龍戦士、緑谷出久 (i-pod男)
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Level 1: 邂逅
File 01: Next stageは何処(いずこ)


もー24時間で~お正月~ってな訳ですが、ほんと色々あってアイデアばっかり出来てろくすっぽ書けない一年でした。読者様の中ではもう自分の事なぞお忘れでしょうが、細々と生存しております。

「グラファイトって初期カラーは片腕以外は基本緑だし、新で敵キャラ全うできたんだから今度はヒーロー目指せる設定作ったら行けんじゃね?」みたいなノリで書きました。強いですが生れ出たゲームの性質上義理堅いし、ママファイトやし。

見切り発車でエタりたくないので今回はリハビリを兼ねた読み切り版、と言う事で。別の奴でまた緑繋がりでアナザーアギトかアマゾンにでも変身させようかな~?

それでは皆さん、2017年最後の日を悔いの無い様にお過ごしください。


見晴らしのいい広い草原に一人の男が立っていた。全身から滝のような汗が噴き出し、苦痛で顔の端が時折ヒクついている。しかし鉄の意志でそれらを無視し、ゆっくりと迫る二組の足音がする背後へと振り向いた。どちらもドクターの白衣とマゼンタのレバーが付いた大きなベルトを腰に巻いている。

 

「来たか。」

 

「てめえ一人か?」

 

黒髪に白いラインを入れた白衣の男が尋ねた。

 

「この俺に、仲間など不要。」

 

「どうやら説得には応じなかったようだな。むしろ好都合だ。」

 

隣に立つもう一人の男が淡々と言う。冷ややかな視線はそれだけで切り裂けそうな程に鋭い。ひしひしと伝わって来る二人の闘気に、グラファイトは微かに身震いをした。

 

「貴様達に問おう。貴様達にとって『戦い』とは何だ?何の為にその命を賭ける?」

 

「バグスターを残らずぶっ潰して、五年前の過去に決着をつける為だ。」

 

「ライダークロニクルを終わらせて、人類の未来を守る為だ。」

 

二人の答えを聞き、グラファイトは満足そうに口の片端を吊り上げて笑った。あの二人の因縁は深い。そして両名共自分とも因縁がある。むしろ自分の存在自体が二人の因縁を生み出したとも言える。

 

「過去と、未来。背中合わせの志を抱き共に戦うとは、因果な者達だ。」

 

「てめえこそ、一人で戦う事で何の意味がある?」

 

「貴様達が過去と未来に意味を見出すように、俺の戦いの意味は、今この瞬間にある。俺はドラゴナイトハンターZの龍戦士、グラファイト。それが戦う理由だ。培養。」

 

ゲーム機の様なAとBボタンが付いた紫色のパッド型装置『ガシャコンバグヴァイザー』を取り出し、右手に装着した。

 

『INFECTION! LET'S GAME! BAD GAME! DEAD GAME! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

炎の様な紅の光に包まれ、グラファイトの姿は正しく龍戦士と呼ぶに相応しい姿に変貌した。全身に大小様々な突起が生え、人の形を取ったドラゴンを思わせる威圧感のある姿だ。

 

「ゲムデウスウィルスの力を持つ俺のレベルは、限界を突破した!死ぬ覚悟で来い!」

 

「術式レベル100。」

 

『Taddle Legacy』

 

「第伍拾戦術。」

 

『Bang Bang Simulation』

 

「「変身。」」

 

『辿る歴史!目覚める騎士!タドルレガシー!』

 

『スクランブルだ!出撃発進バンバンシミュレーションズ!』

 

姿を変えて突撃してくる二人の戦士を、グラファイトは槍を構えて真正面から迎え撃った。元よりそれ以外の回りくどい闘い方を好まない以上、これ以外有りえないのだ。飛んでくる砲弾を弾き、振り下ろされる炎の剣と真っ向から打ち合う。

 

二人対一人の激戦は、夜まで縺れ込んだ。

 

楽しい。グラファイトにとって、全てはこの一言に尽きた。浅からぬ因縁を持つ二人と、二人の浅からぬ因縁の種でもある自分との闘いだからこそ言える。何度もぶつかり、何度も勝敗を分けぬままの歯痒い状況が続いた。それが今、やっと水を差されることなく解消される。

 

グラファイトは自分の戦闘能力に自信を持っていたが、無敗で最強と付け上がる程の自惚れ屋ではない。二人は決して弱くはない事を理解している。戦って来たからこそ分かるのだ。二人は確実に強くなって来た。

 

「やるな、ブレイブ!スナイプ!」

 

しかしそれは自分も同じ事。二人の動き、二人の癖は概ね把握している。巧みな槍捌きで間合いを詰めさせず、大きく振り払って距離を取らせた。

 

「我が敵として申し分無し!」

 

ブレイブの袈裟斬りを真っ向から受け切り、腕を掴んで盾にすると彼の脇腹に拳をねじ込み、蹴りで後退させた。

 

「激怒・・・竜牙!」

 

離れたところで槍から火炎弾とX字の斬撃を飛ばし、ブレイブとスナイプを後方へ吹っ飛ばした。立つ暇も与えず二人に突っ込んでいき、追い討ちをかける。今の今まで決着をつけられなかった鬱憤を晴らすかの様にグラファイトの攻めは激化していった。

 

しかし尋常ならざるものとは言え、生命体である以上、痛みも感じれば疲労も感じる。何よりグラファイトは現在体をウィルスによって食い荒らされているのだ。その様な状態で戦ったツケが日が昇り始めてからようやく回って来た。

 

「今だ!」

 

「これでミッションコンプリートだ。」

 

『TADDLE CRITICAL STRIKE!』

 

『BANG BANG CRITICAL FIRE!』

 

「来い!!ハハッ!」

 

二人の必殺技を正面から受け、グラファイトは爆炎の中で崩れ落ちた。そして空を仰ぎながら笑った。

 

「何がおかしい?」

 

「最高の戦いができた。悔いは、無い!」

 

「決着はついた。」

 

「ああ。トドメだ。」

 

「オッケー、私の出番ね。」

 

ブレイブとスナイプの横にキャップをかぶったライドプレイヤー・ニコがトドメを刺す準備にかかったが、

 

「諸君。このゲームは無効だ。」

 

ねっとりとした声の主が闖入した。バグヴァイザーを腰に巻きつけた緑と黒の戦士、クロノスだ。

 

「てめえ、邪魔すんな!」

 

強気に噛み付いたものの、スナイプは内心では毒づいていた。よりにもよってこの消耗した状態で最も戦いたくない奴が現れてしまったのだ。

 

「『仮面ライダークロニクル』は攻略させない。」

 

「ふざけんな!最後までゲームやらせろ!」

 

『ガシャット!キメワザ!RIDER CRITICAL FINISH!』

 

銃のマズルが光、照準がグラファイトに向けられる。そしてトリガーが絞られるのとクロノスが腰のバグヴァイザーのボタンに手を伸ばしたのは同時だった。

 

『PAUSE』

 

世界は一瞬にして静寂に包まれた。放たれた必殺の攻撃も、ブレイブも、スナイプも、反動で後ろに吹き飛んでいるニコすらも空中で静止していた。時間その物がクロノスの『一時停止』によって止められたのだ。

 

「君達仮面ライダーは全員絶版だ。」

 

無防備な彼らにゆっくりトドメを刺そうと緩慢な足取りでクロノスは歩を進めるが、グラファイトは残り僅かな体力を振り絞って彼の前に立ちはだかった。

 

「何のマネだ?君を助けてやった私に刃向かうのか?」

 

恩着せがましいクロノスの言葉を、グラファイトは一笑した。

 

「頼んだ覚えは、無い。正々堂々と戦い、決着はついた。なのに貴様は、神聖な戦いに泥を塗った!」

 

今度はクロノスが彼の言葉を鼻で笑い飛ばし、だからどうしたとばかりに肩を竦める。戦いの矜持などには微塵程も興味も価値も無い。

 

「パラド、ポッピーピポパポ。道こそ違えたが、お前達は俺の・・・・生涯の仲間だ。スナイプ、ブレイブ。俺に敵キャラを全うさせてくれた貴様らに、心から感謝するッ・・・・!」

 

止まった時の中に未だ閉じ込められたまま自分を見守る二人の仲間と自分を打ち倒した宿敵への言葉を届かぬと知りながらも遺し、最後の一撃を繰り出す構えを取った。

 

「ドドドドドドドドドドド!」

 

『キメワザ!CRITICAL SACRIFICE!』

 

「紅蓮爆龍剣!!」

 

両者の攻撃はぶつかり、数秒は競り合ったものの、死力を振り絞ったグラファイトの一撃はクロノスを押し返した。敵としての義務の全うを阻む不届き者に一矢報いたのだ。

 

『RESTART』

 

そして時間停止が解除され、再び時が動き出した。ニコの決め技である砲撃が再びグラファイト目掛けての飛翔を再開し、捉えた。

 

「これで、いい。」

 

再び人間の姿に戻ったグラファイトは笑みを浮かべながらそう言い残し、今度こそ消えた。

 

少なくとも、そのはずだった。しかしグラファイトが目覚めたのは、遊具が設置された公園だった。当然見覚えなどない。

 

「まさかバグスターにも死後の世界が用意されているとはな。パラドの言う通り、運命とはまるでパズルだ。」

 

そこらにあるビルに掲げられた看板や標識からして、ここが日本である事は間違いない。右手を見下ろすと、慣れたバグヴァイザーの重みがない。やはりあの場で死亡した時にあそこに残ってしまったのだろう。しかし不思議とあまり気にはならなかった。元より戦い以外で過ぎた事に一々固執する性格ではないし、何より同族のパラドにポッピーピポパポ、そしてスナイプやブレイブ、並びに彼らの仲間がいる。皆曲者だが例外なく強者揃いだ。その内何らかの形であれをライダークロニクル攻略の一手にでも役立ててくれるだろう。

 

体の調子に特に異常は感じられなかった。バグスターとしての変身能力はバグヴァイザーがなくともなんとか出来るし、ウィルスの粒子に変わる事も出来る。異常らしい異常と言えば、ゲムデウスウィルスが体から消えた事と、全身が鉛の様に重い事だ。立ち上がって動けないという程ではないが、かなりの不快感を感じる。

 

まずは自分がどういう訳か流れ着いたこの世界の事を知らなければならない。適当に辺りを歩き回ろうとその場を離れようとした所で、ブランコ辺りからすすり泣く声が聞こえた。振り向くと、縮れた緑色の髪の毛を持ったそばかす顔の少年が声を殺して泣いているのが見えた。見た目からしてまだ幼い。

 

「坊主、どうした?」

 

「な、何で、も・・・何でもない、です・・・」

 

袖でごしごしと涙と鼻水を拭う少年をよく見ると、シャツやズボンが汚れている。擦りむいたのか、ズボンの膝辺りは血が滲んでいた。

 

「戦って負けた、といったところか?」

 

「だって僕、『無個性』だから・・・だから、何もできなくて・・・」

 

「『無個性』?どう言う事だ?人間とは誰しも個性的と聞き及んでいるが?」

 

「そ、その、そうじゃ、なくて・・・」

 

そして少年は話した。彼が言う『個性』とは生身の人間を超えた「特殊能力」を指す言葉であり、世界の人口の八割が「個性」を持つ中で自分は何の能力も持たない『無個性』の人間であるという事を。

 

「つまりお前は無個性だから虐げられ、この有様だと?」

 

頷いて答える少年をグラファイトは軽く睨んだ。

 

「だがそれでも、その様子では何もせず傍観していたと言う訳でも、ましてや逃げたと言う訳ではないのだろう?」

 

「だ、だって、弱い者いじめは駄目だし・・・」

 

「なるほど。多勢に無勢と知りながらも逃げなかったのか。その度胸は称賛に値する。それだけはこの俺が認めてやろう。」

 

「お兄さんは、ヒ、ヒーロー、なの?」

 

「ヒーロー?いや、俺は・・・」

 

むしろその対極に位置する敵だ、と言おうとしたところで口を噤んだ。ブレイブとスナイプの両名と日付が変わるまで激戦を繰り広げた末、自分は敗れ、敵としての役割は自分の中では果たされたのだ。

 

「坊主、そう言えば名前をまだ聞いていなかったな。」

 

「み、緑谷出久・・・です。」

 

「緑谷出久か。俺の事はグラファイトと呼べ。」

 

「グラファイト・・・?」

 

「ああ。お前は俺がヒーローかと聞いたが、何故だ?」

 

「ぼぼぼ僕も、その、な、なりたくて・・・ヒーロー、に。」

 

「だが、その大前提である『個性』が無い、と?」

 

「うん・・・」

 

なるほどとグラファイトは頷いた。宿主を消滅させ、完全体となってから五年と少し、正体が他の人間にバレぬ様に人間観察をしてきた事から人を見る目には自信があった。泣いてはいるが、この少年はまだ負けてはいない。ヒーローに憧れていると口にしている以上、まだ心は折れてはいない。

 

なにより、ここは新しい世界だ。これを機に敵キャラからヒーロー側に転向してみるというのも悪くないかもしれない。

 

「緑谷出久。お前に一つ提案がある。もし俺が、お前の『個性』になってやると言ったらどうする?」

 

「え?」

 

ここぞとばかりにグラファイトの双眼は赤く光り、緑色の龍戦士の姿に変わった。数瞬その姿を晒したところで粒子となって出久の体内へと侵入した。

 

『つまりは、こういう事だ。』

 

「え、えええええええええっ!?ぐ、グラファイト?あれ?どこ?どこ行ったの?」

 

『騒ぐな。俺は今お前の体に感染している状態だ。だが感染と言っても害は無い。お前の体を回復の為の依り代として使わせてもらいたい。その代わりに、俺の力を貸してやる。』

 

「本当に?本当に、僕はヒーローになれるの?」

 

『全てはお前次第だ。』

 




一応自分の中でのグラファイトの見た目は緑でもスペックはあの時より高めです。必殺技は初期の激怒竜牙しか使えませんが。バグヴァイザーもありませんが、出久に『感染』して能力を貸し与えて龍戦士モードに変わるという感じです。

勿論『個性』ではありませんので相澤先生にも抹消不可能です。


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File 02: Game Start! レベルアップ開始

最初に行っておく。

あけましておめでとうございます。
今年こそは何かを捻出いたしますのでよろしくお願い致します。


グラファイトとの出会いは、出久の生活を大きく変えた。無個性だという診断を医師から受けた時に同伴していた母の引子も、息子の『個性』が遅咲きながらも発現したという報告に、壊れた消火栓や間欠泉すら凌駕する程の勢いで嬉し涙を噴出してお祝いとばかりに好物のかつ丼を作りにかかった。

 

『あれがお前の母親か。お前によく似ているな。』

 

「よく言われるよ。」

 

『ところで、もう少しヒーローについて知りたい。』

 

「僕の部屋に色々あるから、食べ終わったら好きに読んで。」

 

「出久?どうしたの、一人でぶつぶつ言って?」

 

「な、何でもないよ!ただの独り言だから気にしないで!」

 

「そう?」

 

息子の個性発現がよほどうれしいのか、それ以上は追及せずに調理を続けた。

 

 

 

 

 

食事の後、出久と共に彼の自室に入ったグラファイトは彼の目を通して広がる内装に頭を抱えたくなった。というのも、部屋が全てたった一人のヒーローのポスターやペナントなどのグッズで覆われているのだ。本棚にはコスチューム姿の20cm近くはある台座付きフィギュアも鎮座している。

 

出久の体から出て実体化したグラファイトは部屋を見回した。

 

「お前が憧れるヒーローが、この男か?」

 

ALL MIGHTと書かれたポスターには赤、青、黄色と白いラインが幾筋も入った派手なコスチュームに身を包んだ筋骨隆々の金髪の男がPLUS ULTRA!の吹き出しと共に右ストレートを繰り出している姿が印刷されていた。

 

「うん!オールマイトっていうんだ!」

 

「オール、マイト。さしずめ、あらゆる事に全力で取り組むと意気込みを表した名前か?」

 

「うん、それもある!どんな事件でも自分が来たから大丈夫って、いつも笑顔で皆を安心させてくれる、世界一のヒーローなんだ!僕はそんなヒーローになりたいんだ!」

 

「そうか。ところでだが、お前のあの母親、料理が美味い。お前の感覚で初めて物を食うと言う体験をしたが、中々癖になりそうだ。」

 

「まあ、そりゃあね。」

 

照れくさくも出久は自慢げに胸を張った。

 

「腹も膨れたところで、話の続きだ。ヒーローという物はどういった存在だ?どうすればなれる?」

 

「ヒーローっていうのは、『個性』で悪い人を捕まえたり、人を助けたりする人の事だよ。それで、皆ヒーローとしてのライセンスを貰う為に勉強するんだ。」

 

つまりヒーローとしての活動をする為には許可証が必要なのだ。

 

「どこでそれをやる?」

 

「う~んとね、人それぞれなんだけど、ここだったらやっぱり雄英高校なんだ。そこでヒーロー科に入学してからがスタートラインなんだ。卒業したらどこかの事務所にサイドキックとして入って、自立していくって言うのが普通だね。」

 

「つまり、ヒーローと言うのは称号よりも職業としての意味合いが強く、その活動で金を得ている、と?」

 

「う、うん。」

 

語気が僅かながら強まったのを聞き、出久は一滴冷や汗をかいた。

 

「くだらんな。」

 

「何で?!」

 

「人間は基本的にはまず己が助からなければ他者を気遣う事は無い。理由は様々あるのだろうが、ヒーローとは最終的に人を救いたいから救う者を指す言葉なのだろう?それが見返りを求めてどうする?少なくとも、俺が知るヒーローは私情こそ多少はあれどもそれだけは揺るがなかった。自らの命を投げ打ってでも他の命を救う。たとえどれ程レベルに差があろうと、恐れずただ前へ進む。唯一の見返りは、救った者の健康と、笑顔。そんな奴がいた。」

 

「それって誰、グラファイト!?どんなヒーロー?何て名前?どんな『個性』?!」

 

十代前半とは思えないほどの凄まじい食いつきに気おされ、グラファイトは思わず半歩足を引いた。

 

「いや、俺が奴らに会う事はもう無いだろう。だが、奴らは医者だった。」

 

「お医者さん?」

 

「ああ。腕利きの医者だ。俺の知る限りでは、な。『個性』とも少し違う能力を持っていた。それよりも、だ。お前がその夢を実現する為の下積みは当然して来たのだろう?」

 

出久の額から流れる冷や汗の量が更に増え、目が激しく泳ぎ始めた。あまりにも分かり易い答えにグラファイトはあっと言う間に出久の胸ぐらを掴み上げた。

 

「ふざけるなよ、貴様。」

 

バチバチとグラファイトの全身からオレンジ色の火花のような物が散り、本来のバグスターの姿が見え隠れする。

 

「下地も無く、理想や夢想ばかりでヒーローになれる筈が無いだろう。大前提である『個性』が無いなら猶更だ。貴様は、ヒーローという物を嘗め過ぎている。今年齢はいくつだ?」

 

「じゅじゅじゅじゅ、じゅじゅ十二でしゅ・・・・」

 

「その雄英高校とやらに行くまでの期間は?」

 

「三、年・・・・・」

 

「三年か。」

 

自分がバグスターとして誕生して活動した時間の約半分、つまりは半生。再び下がってしまった力を取り戻すには十分な期間だ。

 

「ならば今から三年間、我々は力をつける。」

 

「力って、どうやって…?」

 

「その為には、まず貴様の体を借りる必要がある。」

 

「え?」

 

「まずお前のその見るからに貧弱な肉体を、鍛え抜く。安心しろ、一週間の内半日程度の休息はくれてやる。この家にコンピューターはあるか?」

 

「そりゃ、あるけど・・・・・何するつもり?」

 

「俺は世界でただ一種のウィルス生命体だ、人体の構造と機能、そして電子機器に関して自分程詳しい者はいない。これから俺と貴様に合致する鍛え方と戦い方を検索する。五分もあれば十分だ。ここで待て。」

 

粒子となって消えたグラファイトは閉じられたドアの隙間から去り、言葉通りきっかり五分で戻って来た。

 

「考えついたぞ。これだ。」

 

新品のノートとペンを受け取り、グラファイトは凄まじい勢いで字を書いて行き、インクが切れては別のペンを使い、また切れてはペンを替える作業を繰り返し、三十分も経過しない内にノートの全ページが余白を残さずほぼ完全に埋まった。ノートの表紙に書かれたのは、『パンクラチオン』の七文字。

 

「パンク、ラチオン?」

 

「世界最古の総合格闘技と言われている物だ。あいにく俺は格闘技などやった事が無いが、打撃技、投げ技、掴み技、関節技、使える技術は全て使うと言う点では俺と共通している。故にこれを選んだ。そしてお前の目指すオールマイトに通じる物がある。」

 

「何で?」

 

「パンクラチオンとはギリシャ語で全ての力、つまり全力(オールマイト)を意味するからだ。」

 

理解が追いついた瞬間、出久の目は喜びの光で満ち始めた。

 

「ここに書かれている事を全てやって行けばいい。スタートラインなど直ぐに立てる。とりあえずは目を通しておけ。」

 

渡されたノートのページをめくって行くと、そこには全身のあらゆる筋肉の鍛え方、正しいパンチやキック各種の打ち方、防御の種類とその利点と難点、組み技の注意点、間合いのうんちく、複数人を相手取る時にすべき事、更には人体の数多くある急所の位置と最も効果的な攻め方までが子供の出久でも理解できるように分かり易く、尚且つ細かく記載されている。何より凄いのは、どれも全く金がかからない。かかったとしてもかなり安価だ。

 

「凄い!たった五分でこんなに・・・・!」

 

「明日から始める。俺も慣れない事をして少し疲れた。先に休ませてもらうぞ。」

 

出久の中に消えて行くグラファイトはそれきり眠るかのように黙り込んだ。

 

「ありがとう、グラファイト。本当にありがとう。」

 

聞こえるかどうかは分からないが、それでも出久は感謝の言葉を口にせずにはいられなかった。書き取られた事を可能な限り把握しておこうと読み込みを始めた。

 




短編だし、あと二、三話書いて終わりかなーこれは。


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File 03: 少年よ、Be ambitious!

とりあえず雄英入試前のかっちゃんとの絡みは入れたいです。
グラファイトを思いきりブチ切れさせたい。


土曜日、午前七時半。出久の地獄は始まっていた。少量の朝食を食べてからランニングを始めた。ペースはかなり速く、五分も経たないうちに出久の息は乱れていくが、止まろうとしても止まれない。自分に感染しているグラファイトがそうさせてくれないのだ。少しでもペースが落ちようものならグラファイトが即座に体のコントロール権を奪い、スプリンティングのインターバルを混ぜながら無理矢理にでも最低一時間は走らせる。

 

自重トレーニングや柔軟体操、打撃技に使う様々な部位を茣蓙を巻いた木に打ち付けての硬化トレーニングに関してもそうだった、たとえ泣いていても、吐きそうになっていても、全身が筋肉痛に悲鳴を上げていてもグラファイトは手を抜く事はしなかった。

 

週に六日の地獄の体造りは功を奏し、地獄を生き抜いた出久の肉体に大きな変化をもたらした。頼りなかった痩躯は柔軟ながらもバネのような強靭な筋肉が付き、腹筋もかなりはっきりと六つに割れていた。そこらにいる中学生よりも遥かに立派な体付きになった出久は最初鏡を見た時に夢か疲労による幻なのではないかと数瞬我が目を疑ったが、現実と知るや噴水の様にうれし涙を涙腺から噴き出して喜んだ。

 

グラファイトに試しにネックスプリングや片手で逆立ちなど、一年前の自分の貧弱な肉体では到底不可能だった事をやってみるように勧められた。そして最初の二、三度は失敗したが、四度目でどちらも見事にやってのけた。

 

「さて、資本となる体は俺の見立てで九割方は出来上がった。俺の力も完全に、とまでは言わないが、お前と足並みが揃う程度にはなっている。」

 

「え、どうやって?」

 

「お前が鍛錬をしている時、俺はお前に感染した状態だっただろう?その間、俺はお前と感覚を共有していた。吐いた反吐も、息苦しさも、体が動かなくなる程の筋肉痛も全てお前と共に感じていたのだ。正直、他人の研鑽を己の糧とする漁夫の利を得るこのやり方は好かんが、高効率で同等の鍛錬を積める方法はこれしか思いつかなかった。だがもう頃合いだ、そろそろ格闘に移ってもいいだろう。身体作りの残りはそれで終わらせる。ちなみにだが、俺もやる。」

 

「・・・・何回?」

 

出久は恐る恐る尋ねた。この一年を通して、グラファイトは自他共に厳しい性格である事を再確認した。こと自己の研鑽に於いては生半可な鍛え方など言語道断、彼のプライドが許さない。しかし、出久はそれは自分も同じ事だと、肉体造りの時に気付いた。むしろ、元々そうだったのかもしれない。いじめと『無個性』というレッテルによる劣等感と悲観的な気質、そしてグラファイトによる追い込みで抑圧されたそれに拍車がかかったと言える。

 

「一日千回だ、もう休む日も与えんぞ。技は絶えず使わなければ身につかん。千回問題なく出来るようになってから更に回数は増やしていく。最終目標は五千回。」

 

「ごせ・・・!?」

 

 

聞いただけで卒倒しそうになる回数だ。しかしここまで来た以上半端は出来ない。一瞬出かけた反論を引っ込め、出久は頷く。

 

 

「分かった。やろう。でも、グラファイトもトレーニングを終えたら、また僕と感覚を共有して欲しい。」

 

「何?何故?」

 

「僕はグラファイトに会うまでスタートラインを見ることすら叶わなかった。だから、たとえまだ二年あっても、僕はまだまだ足りない。強さもそうだけど、成績とかも、何もかも。それに僕に感染して感覚を共有した状態でのトレーニングは、君の力を取り戻す助けになるんでしょ?だったら手伝うよ。だから君も僕を手伝ってほしい。」

 

「経験値の共有、というやつか。分かった。いいだろう。それならば俺だけが楽をする事にはならない。始めるぞ。まずは俺の動きに合わせろ。」

 

並んで壁に向かった二人は、肩幅より少し広めのスタンスを取り、軽く拳を握り込んで目の高さまで上げた。右拳を引いた顎の前、左を前方に約二十センチ離した状態でボクシングのような基本的な構えを作った。

 

「これが構え?」

 

「まずは基本の手技からだ。足技は手技をある程度極めてから移る。続け。」

 

後ろ足で地面を蹴る感じで、前足に素早く体重を乗せる。前方やや内側を意識し、グラファイトは手の甲は水平よりやや下にある様に意識してまっすぐ左拳を突き出した。同じ背格好の相手と素手で戦っているならば、ちょうど中指の拳の頭が鼻を潰す位置だ。腕が伸び切る反動を使って素早く元の位置に戻す。これをテンポ良く、リズムを刻みながら繰り返す。

 

「これが、ジャブ。」

 

ジャブを戻すと同時に、腰を思い切り左に捻り、更に右肩を内側に捻り込んでジャブと同じ位置に右拳を入れる。この時、左の拳で必ず顔の側面をガードする様に意識する。

 

「これが、右ストレート。この二つを順に繰り出すテクニックが突き技の基本戦法、ワンツー。覚えたか?」

 

「う、うん・・・」

 

「打つ時は当たる瞬間だけ拳に力を入れて、鼻から息を吐き出せ。必ず、呼吸をしろ。でなければ威力が死ぬ。行くぞ。」

 

その後、二人は無言で拳を振り続けた。壁を見つめ、左右と拳を繰り出していく。五百回を超えた所で出久は首筋と肩甲骨の筋肉に鈍く、のしかかるような痛みを感じ始めた。人を殴った事はおろか、ケンカで効果的な反撃など生まれてこの方一度もできた事が無い上にいくら鍛えたとは言え筋力トレーニングとは体の使い方が根本的に違う。特に利き腕を使うストレートは足腰と肩の捻りによってパワーを生み出す全身運動なのだ。次第に足腰の踏ん張りも利かなくなって来た。それでも歯を食いしばりながらも拳を振り続け、千回のワンツーを振り終えた頃には腕は上がらず、膝が震えて言う事を聞かない。

 

 

床は小さなバケツをひっくり返したのかと見紛う程の滴る汗で光っていた。一息つくところでグラファイトは再び出久の体内に戻り感覚共有を始めた。筋肉痛は一気に倍増し、動くだけでも悲鳴をあげそうになったが、出久は歯を食い縛って悲鳴を噛み殺した。この程度の痛みが何だと言うのだ。『無個性』のデクと言われていた悔しさと痛みに比べればこの程度、どうと言う事はない。

 

 

それに戦闘になれば痛い程度では済まされない。

 

 

『どうだ?』

 

 

「うん、超痛い。でも、痛くない。」

 

 

痛みに顔を引きつらせながらも笑い、筋肉をほぐす為に柔軟体操に入った。分離したグラファイトもそれに倣う。

 

 

「どういう意味だ?痛いのだろう?」

 

 

「うん、痛いけど、さ。違うんだ。体は痛いよ。でも、この胸の辺りのズキンッて来る筈の痛みが無いっていうか、あれより遥かにマシなんだ。可能性が見えてきただけでも・・・」

 

 

「可能性?」

 

 

出久の言葉をグラファイトはハッと鼻で笑った。

 

 

「馬鹿を言え。何故このようなところでお前は欲張らない?ここまで時間を費やした以上実らないのは俺の戦士としての沽券に係わる。お前もそうだろう?入試、だったか?あれをトップ通過する程度の大志を抱いてもらわなければ困る。」

 

 

「そ、そう簡単に入試主席を取れって言われても…‥雄英って倍率三桁だよ?筆記以外に何させられるか分からないし。」

 

 

ヒーローという職業は今や社会の花形、当然憧れ、なりたいと思う少年少女は多い。それ故の競争率なのだ。しかしグラファイトはそれを聞いて唯々笑った。障害物が困難であればあるほど燃えるタイプなのだ。

 

 

「なればこそだ。なればこそ、お前は万全を期して挑むのだ。勝つか負けるかは、二の次まず戦え。後の事は後になってから考えればいい。賽の目は出る前ならまだしも出た後は何をほざき、何を宣おうが変わらん。まずは目の前にある障害を潰す事を考えろ。今は、まっすぐ前を見ていればいい。脇目を振ったところで競争相手に気圧されて浮足立つのは目に見えている。」

 

 

「そこまで言わなくても・・・・」

 

 

だが押しに弱いというのが事実である以上出久は言い返せなかった。自尊心はある程度取り戻す事は出来たものの、今まで受けてきた迫害による傷からはそう易々とは立ち直れない。自分を追い込む事には慣れても、グラファイト以外の他人に追い込まれると滅法弱くなる。

 

 

「まあ、そこらへんは後の課題とする。」

 

 

「うん。じゃ、勉強始めるから。」

 

 

「ああ。ん?おい、待て。よく見ろ、そこの使う式が違っているぞ。」

 

 

「え?あ、ホントだ!」

 

 

グラファイトのトレーニングのスケジュール管理は厳しく、ノートに書かれた物は手技、足技、フットワーク、投げ技、関節技、受け身と回避などにきっちり分けられ、二か月ずつで二時間近くにまで伸びたロードワークやシャドーボクシング、筋力トレーニングも含めれば更にきつくなったと言える。

 

 

しかしその濃密な時間は、むしろ出久の笑顔と自信を更に取り戻す結果をもたらした。授業中も空気椅子の状態を保つなどのトレーニングを行い、未だ自分が『無個性』のままであると考えている連中の言葉など全く耳に入らないどころか歯牙にもかけなくなり、ヒーローの道を志す一人の人間としてひたすらに邁進を続けた。

 

 

「で、お前の見立てでは俺の力はどう分類される?」

 

 

「変形型の複合系ってところかな。グラファイトの場合は元々『個性』が常時発動してる状態のセルキーやフォースカインドとは違ってオン・オフが出来るからリューキュウみたいな変形型に近い。それで五感も鋭くなって、膂力も上がってエネルギーを纏った打撃技で更に威力が上がるのはオールマイトの発動型の増強系『個性』に通じる物がある。『個性』としての名前は・・・う~ん・・・・」

 

 

「まあ、今決める必要はない。それより、二年目もそろそろエンドマークだ。いよいよ最終段階に移る。」

 

 

「最終、段階・・・」

 

 

「ああ。実戦訓練だ。」

 

 

「え、いや、でも、一般人の『個性』の使用は法律で・・・・」

 

 

しかしグラファイトは出久の言葉に耳を貸さずに感染し、出久を無理やり人気が少ない河川敷あたりまでウォーミングアップがてら走らせ、再び分離した。

 

 

「ここの法律(ルール)は分かっている。この場合人間は『耳に胼胝ができるぐらい聞いた』、と言うんだったか?心配しなくてもお前がやるのはいわば純粋な組み手だ。まず誰かと相対することに慣れてもらう。今まで学んだ事を全て出し切れ。ちなみにだが、俺は敵としてお前を本気で叩き潰すつもりで攻撃する。」

 

 

出久はごくりと唾を飲んだ。いつもながら、グラファイトの目は有言実行を物語っていた。敵にも窃盗や器物損壊などの軽微な犯罪を犯す小悪党から強盗や殺人を犯した凶悪犯もいる。ポジティブさは重要だが、最悪の状況は想定するに越した事は無い。ヒーローとしての活動は華々しいだけではないのだから。常に殉職という危険が必ず付きまとう。

 

 

一度深呼吸をして気を落ち着けようとした瞬間、グラファイトの左拳が一瞬にして鼻先に迫ってきた。うわっと驚きながら出久はしゃがんだが下段から迫る右拳に反応しきれず、鼻を潰されて芝生に尻もちをついた。立とうとしたところで腹を右足が釘付けにする。

 

 

「忘れるな、これは敵との対戦だ。」

 

 

ミシミシと踵が鳩尾にめり込み、出久は歯を食いしばって痛みに耐え、足をどけようと奮闘するが、まるで根を下ろした大樹の様にびくともしない。

 

 

「お互いやり続ける事は至って単純、相手が最も嫌がる何かだ。相手の弱点を見つけ、つけ込み、その意識を刈り取る。その為のあらゆる研鑽を厭わない。でなければ、お前は誰も救えない。事と次第によっては、死ぬ。相手は待ってはくれない。」

 

 

出久を踏み潰す力を弱め、グラファイトは下がった。

 

 

「さっきのは警告だ。二度目は無い。」

 

 

腹の土と草を払って立ち上がり、開手の両手を目の高さにつかず離れずの距離で構えた。ゴルフクラブを振り抜くような鋭い風切り音と共に回し蹴りが出久の鼻先を掠めた。悲鳴を上げながら咄嗟にスウェーバックで躱し、バックステップで距離を取ったがすぐに詰められ、左右のフックから掬い上げる掌底で顎を打ち抜かれた。大きく仰け反ったことで正中線の急所ががら空きになる。

 

 

「そら、構えが崩れたぞ?」

 

 

そう言いつつ、グラファイトの後ろ回し蹴りが出久の腹を捉え、宙を舞わせた。

 

 

「自ら後ろに飛んで衝撃を和らげたようだが、それ以外は全く以て話にならん。俺達の二年を無駄にする気か?全力で掛かって来い。」

 

 

追い打とうと再び肉薄してグラファイトは再び拳を突き出した。しかし、二年の地獄に耐え抜いた出久は即座に足の動きから予測し、顔面を打ち抜かんとするその攻撃を両手でいなし、そのまま拳を突き出した方向へ更に引っ張った。勢いのついたパンチを止める事が出来ないままグラファイトの体が大きく流れ、体勢を崩したところに腰の捻りを利かせた裏拳とフック、そして返す刀で同じ攻撃を続けざまに浴びせられた。

 

 

出久ははっきり言って恐怖で気絶してしまいたかった。ひしひしと伝わる闘気で押し潰されそうになる。体は震えたり竦みこそしなかったが、打った後で分かった。顎の先端を的確に抉る手応えはあった。攻撃は確実にダメージを与えた。しかし緊張するあまり余計な力が入り過ぎた。グラファイトの意識はまだ刈り取られていない。

 

 

前だ。今はただひたすら前に進む。組み手で一本すら取れないで、自分の身すら守れないでヒーローを目指すなどちゃんちゃらおかしい。今度はこっちが仕掛ける。鼻から滴る血を舐め取り、突っ込んだ。高速で軽いジャブを何発も打ち込みながら必死で思考を張り巡らせる。息をしろ。考えろ。息をしろ。考えろ。絶えず脳に酸素を、思考力を与え続けろ。

 

 

グラファイトは全てに於いて自分に勝っている。体格、身長、リーチ、筋力、どれを取っても自分が格下だ。駆け引きや戦略は自分をしごいた張本人を相手にしている為無意味。第一格上相手にコミックに登場するヒーローの如き決め技で相手を倒せる様な状況はそう簡単には現れないし作れない。

 

 

ジャブ三発からの右ストレート、左フックのコンボを仕掛けたがどれも片手であっさり払われてしまう。グラファイトは至極退屈そうな表情で出久を見下ろしたがそれでも攻撃の手を緩めなかった。自分のこれは攻撃ではない。時間稼ぎだ。当たればそこから更に繋げるが、繋がらないならば勝利に繋がる最適解を掴む為の捨て石にするまで。

 

 

出久は必死で探した。避けながら、いなしながら、当たりながら探した。小柄な出久に出来るのは小回りの利く体格を生かしたヒットアンドアウェイを繰り返して一撃だろうと確実に当てて素早く離脱する事だった。しかしやはり組手とは言え初めての実戦は出久の予想よりも速くスタミナを奪っていく。今度は拳より遥かに重く破壊力がある足技が飛んで来た。

 

 

振り回される鈍器よりも凶悪な風切り音を上げる蹴りを、出久は自殺行為と知りながら真っ向から受け止めた。瞬間、脇腹を貫くような激痛が走ったが掴んだ足を体ごと回転させた。グラファイトの体もそれに従って回転を始めた。これでこのまま地面に叩き付ければ———

 

 

「考えとしては悪くない。格上と知っても倒せる方法は意表を突くしか無い。だが、これは想定の範囲内だ。」

 

 

回転しながら地面に叩き付けられる前にグラファイトはしっかりと両手で体を支えていた。そして掴まれていない方の足を出久の首にひっかけ、膝裏で出久の首を絞め始めた。あっと言う間に息が出来なくなり、脳への血流も止まり、ものの十数秒で出久は意識がなくなった。




アマゾンズの要素を何かとクロスさせてみたい・・・・何がいいだろう?トーキョーグール・・・は色々複雑だしなあ。


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File 04: 救いのRight Fist

あともう何話か書いて行きます。最早短編が短編になってねえけど。


「えー、皆も三年という事でそろそろ本格的に進路を考えていく時期だ。今から進路希望のプリントを配るが、」と真剣な顔つきで進路希望のプリントの束を掴み上げ、笑顔と共に上空に投げ上げた。

 

「皆大体ヒーロー科志望だよね?」

 

どっと教室が歓声で湧く。そしてクラスの生徒全員が自らの『個性』を発動していた。

 

「うんうん、皆良い個性だ。けど学校で使うのは原則禁止な?」

 

「せんせー。皆とか一緒くたにすんなよ。」

 

自分の机に足を乗せている生徒の一人、爆豪勝己が鼻で笑いながら声をあげた。

 

「俺はこんな没個性供と仲良く底辺なんざ行かねーよ。」

 

不遜な物言いに抗議とブーイングの嵐が巻き起こったが、それも教師の次の言葉であっという間に鎮火した。

 

「ああ、そういえば爆豪は雄英志望だったな。」

 

それを聞き、クラスは騒然となった。国立雄英高等学校は社会の花形であるヒーローの卵を育てる最高峰の教育機関であり、偏差値は75、倍率は毎年300前後という難関校の中でも更に一握りの人間しか入る事が出来ない。

 

「そのザワザワがモブたる所以だ。模試じゃA判定、俺はうち唯一の雄英圏内。あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローとなり、必ずやトップ納税者ランキングに名を刻むのだ!」

 

しかしヒートアップした爆豪に担任の次の言葉が冷や水を差した。

 

「そういや、緑谷も雄英志望だったな。」

 

数秒の沈黙の後、教室は爆笑の嵐に包まれた。出久が『無個性』であるという事は周知の事実であり、出久自身もグラファイトという心強い味方と彼の能力を『個性』として使える事と、『個性』も発現して模試もA判定を貰った事を敢えて伏せていた。勿論これはグラファイトの計画の一部である。

 

「はい。」

 

「おいコラデクゥ!」

 

爆発を伴った掌が出久の机に叩き付けられた。

 

「没個性どころか『無個性』のお前が、なんで俺と同じ土俵に立てるんだ、あぁ?!」

 

しかし出久はその恫喝に怯えるどころかむしろ焦げ臭い匂いに顔をしかめただけだった。

 

「僕がいつどの学校で入試を受けようと、かっちゃんにも、当然この教室の誰にも、関係無い。」

 

静かに、しかしはっきりと反論され、爆豪の怒りのボルテージは更に上っていく。

 

「『無個性』のてめえに何が出来るってんだ、あぁん!?」

 

俯いて出久が口を噤むのを予期していたのか、グラファイトはあっと言う間に体のコントロールと人格を掌握してしまい、出久はただ見るしかなかった。

 

 

 

 

「出久。一つ打ち明けなければならない事がある。」

 

「え、何?」

 

初めてのスパーリングで失神してしばらく経ってからグラファイトはある事を打ち明けた。出久に感染して、尚且つ肉体の感覚を共有している最中に彼の今までの記憶が見えてしまった事を。

 

「あ・・・・そう、なんだ・・・・」

 

「お前はあの爆豪勝己とは幼少の頃からの付き合いだそうだが‥‥何故お前は奴との交流を続ける?」

 

「何故って・・・・そりゃ、家がそこそこ近いし・・・・かっちゃんのお母さんも僕のお母さんと仲いいし・・・」

 

「それに、お前は奴に十年近く虐げられ続けた。『無個性』だからという自分に降りかかってもおかしくない偶然を理由に。『個性』持ちが世界人口の八割のこの世界でいうなれば、『無個性』は身体障害者。それを嘲るなど、俺が最も唾棄する性格の持ち主だ。」

 

「で、でも!かっちゃんはそれでも尊敬してるんだ!スポーツだって勉強だって何でもできて、あの『個性』も考えれば応用の幅は広いんだよ!もしヒーローになったら、とんでもなく強くなれる!」

 

尊敬。グラファイトは我が耳を疑った。彼は今尊敬と言ったのか?今まで自分が戦ってきた相手はクロノスのような規格外の格上もいたがエグゼイド、ブレイブ、スナイプ、レーザーといった格下でも敢然と自分に立ち向かって来て、負けても更なる力をつけて自分を打ち破った者ばかりだ。そういった相手は敬意を表するに値する。だが、ただ単に無力だからと自分を今まで踏みつけてきた相手など、憎みこそすれ尊敬の念を抱くなどとんでもなかった。

 

「奴がヒーロー?テロリストの間違いだろう?あんな能力では人や物を粉々に吹き飛ばし、焼き尽くし、音と光で後遺症を残すだけだ。破壊と恐怖しか生まない能力が、他人を虐げて生きてきた人間が、一体どうやって人を守る?人を救う?」

 

「そうだけど!かっちゃんは!」

 

「俺には分からない。何故庇い続ける!?自分を傷つけた相手を!悔しくないのか?いや、悔しい筈だ!お前はいうなれば友と思っていた相手に裏切られたも同然。記憶と共にお前が感じた感情も俺は全て感じた!お前は間違いなく憤っていた!悔しかった!せめて一度は見返してやりたいと思っていた!」

 

「違う!見返すだなんてそんな事は―――」

 

「何が悪い?見返してやりたいと思って何が悪い?!怒りを覚えて何が悪い?!ヒーローは人を救う者だが、ヒーローとて所詮感情を持つ生き物!喜怒哀楽全てが揃ってこその人間だ!さあ、怒れ。泣け。悔しがれ!全てを俺にぶつけろ!」

 

何が来ようと受け切ってやるとばかりにグラファイトは両手を広げて手招きをした。

 

グラファイトの姿は、涙で曇って輪郭しか見えない。言いようのない胸を締め付ける痛みに出久は吠えた。吠えながら拳を振るい、学んだ技の全てをぶつけていった。しかしたとえ急所への攻撃だろうと、グラファイトは決して回避や防御の姿勢を見せず、ただただ受けた。引き倒されても立ち上がり、再び受け続ける。そして出久の顔を見て笑った。

 

泣いているのだ。出久と共に鍛えてきた間、グラファイトは彼を見る度に違和感を感じていた。鍛錬以外での表情の殆どが偽物なのだ。自分が出会う前からその偽りの表情作りに慣れているのか当初は気付く事は出来なかったが、ようやく看破する事が出来たのは床に就いた時だった。寝言を言いながら、出久は泣いていたのだ。

 

しかし起きている時は弱音など吐かず、前へ、とにかく前へ進もうと精進した。どれ程の悔しさや傷を負って今まで生きてきたのだろう。たとえ記憶を見て感情を共有することが出来たとしても、グラファイトは決して理解できないだろうと悟った。

 

そしてようやく全てを吐き出させる事に成功した。激しい感情を抱く事への抵抗を薄れさせ、溜め込んでいた物を出来る限り発散させれば、また一歩彼は強くなれる。

 

全てを出し切った出久は足腰が立たず、皮膚が裂けて血塗れになった拳を握る力すらもなくなってしまい、しゃくりあげながら目をこすった。

 

「少しは楽になっただろう?」

 

「う、うん・・・」

 

「己の激情を恐れるな。そして忘れるな。ヒーローが救う対象に己自身が含まれていなければ意味は無い。自分を救えない、いや救わない奴がヒーローなど片腹痛い。」

 

 

 

「『個性』なら、ある。」

 

「あ?」

 

おっかなびっくりの性格で緊張すると吃音症と間違えるほどよくどもる、草食動物のような少年の目つきが、顔つきが、纏う雰囲気が一変した。今まで見た事のない野獣の如き眼光に、爆豪を除く全員が息を飲んだ。

 

出久の全身から赤い電流がバチバチと迸り、二、三秒ですぐに収まった。

 

「かなりの時を要したが、しっかりとある。さあ、これで同じ土俵に立つという条件は満たした。俺の足を引っ張る暇があるのなら、雄英を受けて正々堂々入試で俺を叩き潰せばいい。するつもりもない奴は、黙っていろ。俺の運命は、俺が変える。」

 

張り詰めた静寂の中、再び席に着くとグラファイトは引っ込んだ。

 

爆豪は口答えする出久にいつものように制裁を加えようという気持ちをギリギリの所で抑え込んだ。教師がその場にいる手前、『個性』を使用した明確な敵意を持った攻撃は内申点に響くどころか雄英の入試そのものを一方的に打ち切られる可能性だってある。スタートラインに立つ前に躓く訳にはいかない。

 

狙うならば、放課後だ。

 

 

 

 

 

 

「話はまだ終わってねえぞ、デク。」

 

出久がリュックにしまおうとしたノートを奪い取りながら爆豪は睨みつけた。

 

「勝己、何それ?」

 

取り巻きの一人が尋ね、爆豪は無言でノートの表紙を見せた。

 

「は?将来の為のヒーロー分析?」

 

「マジか!?」

 

「良いだろ?返してよ!」

 

しかし、そういった直後、爆豪はそのノートを個性で黒焦げにし、更に教室の窓から投げ捨てた。

 

「一線級のトップヒーローはたいてい学生時代から逸話を残してる。俺はこの平凡な市立中学から唯一初めて雄英に進学するって箔をつけてぇのさ。まあ、完璧主義なわけよ。つー訳で、雄英受けんな、ナード君。」

 

出久の肩に置かれた手の隙間がプスプスと焦げ臭い煙を上げ始めたが、出久は即座にその手を振り払った。

 

「僕がどこを受けようがかっちゃんには関係ない。君の箔なんて、僕の知った事じゃない。それに、雄英に入る自信がそんなにあるなら、こんな脅しなんて初めから必要無い筈だよ。」

 

『来るぞ。』

 

爆豪の脇を通り過ぎて帰ろうとした所で後ろから爆豪の右手が迫ってきた。振り向きざま踏み込んだ出久は左腕で顔の側面をガードし、殴り返した。

 

パンチは受けた物と同じく右――大木を切り倒す斧のような右フックだった。喧嘩では全戦全勝で相手にもならなかった出久がよもや反撃してくるとは想像だにしていなかった爆豪は見事に顎をえぐられ、脳震盪を起こして膝をついた。意識こそ刈り取られてはいないが三半規管にも衝撃が及んだらしく、足の踏ん張りが利かずぐらりとよろめいた。

 

「一回は一回だよ、かっちゃん。君をかっちゃんと呼ぶのは、恐らく今日で最後にする。これは僕自身へのけじめだ。僕はもう君が知っている弱虫で泣き虫のデクじゃない。緑谷出久だよ。」

 

荷物を纏め終えた出久はそのまま後ずさる取り巻き二人の間を通り抜けて下校した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああ~~~~~~~~~やっちゃったぁ~~~~!!!とうとう殴っちゃったよ~~!」

 

しかし、通学路にある公園のベンチが目に入るや否や座り込んで頭を抱えた。今まで一度たりとも喧嘩で勝てなかったいじめられっ子が反撃したのだ。だがこれで済ませるほど爆豪が優しくない事は長い付き合いである為分かる。次に顔を合わせた時の報復がどうなるか。正直想像したくもない。

 

ぶつぶつと早口の小声で明日はどうやって切り抜けようか独り言ちていると、後頭部にグラファイトの平手を食らい、つんのめった。

 

「落ち着け、愚か者。たかが一発殴っただけだろう?」

 

「でもあの選択肢はずるいよ!一発本気で殴るかいじめられてる事を職員室で話してヒーローへの道を閉ざすなんて!」

 

「奴はそれだけの事をした。目を背けたところでしでかした事のツケは消えない事を思い知らせる必要があった。確か、天網恢恢疎にして漏らさず、と言い回しがある筈だ。なによりあれだけの年月虐げられて怯えるお前に告げ口はされないと高を括っている事が気に食わん。だがあれで思い知ったはずだ。お前が性根を入れ替え、やろうと思えば奴を抹殺する事が出来るという事を。」

 

トップ納税者ランキングに名を連ねる為にヒーローになるなど、我欲の権化にしか吐けない台詞だ。初めて見た時からグラファイトは爆豪が嫌いだったが、記憶を覗き、今までの交流から更に輪をかけて嫌悪するようになった。

 

「だが、お前が前者を選んでくれてよかったと思っている。圧制者を打ち倒すならば、己が手で打ち倒すが本懐。あれはいいパンチだった。どちらも選ばないなどとふざけた答えを出したら、俺がどちらもやっているところだ。」

 

「だろうね・・・・」

 

「それで、どうだった?初めて俺以外の奴を殴った感覚は?」

 

「手応えは凄くあったけど、でも・・・・なんか・・・・嫌だった。」

 

「そうか。」

 

「でも、ありがとう。」

 

「ん?」

 

「救う人達の中に自分が入っていなきゃ、ヒーローとは言えない。グラファイトは、僕に自分自身を()()()()意味を教えてくれて、そのきっかけをくれたから。だから、ありがとう。」

 

「俺は状況を作り出したまでのこと。己を救う一歩を踏み出したのは、まぎれもなくお前自身。故に礼など不要だ。雄英入試まであまり時が残されていない。分かっているな?」

 

「うん。今度はフェイントの使い方だっけ?」

 




SEE YOU NEXT GAME.....

次回、遭遇!THE ALMIGHTY!



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File 05: 遭遇!THE ALMIGHTY

「フェイントの極意は端的に言ってしまえば、『意』だ。」

 

「い?」

 

意味が分からず、出久は目を白黒させた。

 

「殺意、敵意、要するに特定の方法で攻撃する意思、という奴だ。お前は勤勉で呑み込みが早いことは認める。教えたことも全て反復する上器用でリズム感もある。が、どこが一本調子になる所がある。フェイントはそれを解消する為の技。一流の戦士は、駆け引きも一流でなければならない。フェイントの更に上には、『意』を消して攻撃する、感知されない技というのもある。だがこれは俺ですらまだ会得できていない。まあとりあえず構えてみろ。」

 

左は目の高さで三十センチほど突き出し気味に、右はこめかみの高さまで上げ、どちらも握り込まず軽く五指を曲げている。開手と拳、必要に応じてどちらも使えるようにする為に出久が考えついたのだ。トーントーンとリズムを刻む様に膝を曲げ伸ばしして尚且つ上体を上下左右に揺すり、的を絞らせない。

 

グラファイトは即座に出久の間合いに入り込み、右足を軽く上げた。蹴りが来ると思い咄嗟に左の手足でガードを固めたが、当たったのは右ではなく左の内腿を狙ったローキックだった。

次に腰から肩までを巻き込む左フックの構えに入る。次は読み違えないと再びガードを固めたが、右アッパーが顎を捉え、頭をガードから引っこ抜いた。耳鳴りを無視し、グラファイトに視線を戻す。今度は絞め技や投げ技に持っていくかのように開いた手で掴みかかろうと肉薄してきたが、首を挟み潰す両手の手刀を首筋に食らい、視界が一瞬暗転した。

 

「あ、あれ・・・?ったたた・・・」

 

「こう言うことだ。右の中段回し蹴りと、左フック、更に投げ技か何かが来ると思っただろう?それこそが『意』だ。」

 

「全っ然気づけなかったよ・・・・」

 

「あれでも多少動作を大袈裟にやったんだがな。読み合いという物は読めている内は安心できるがいざ読みが外れ始めると大抵の相手は余裕をなくし、付け入る隙を晒す。おまけに一対多になればそれだけ難易度が跳ね上がる。普段からパニックになりやすいお前には丁度良い試練だ。」

 

「でも大人数相手にしてる時はたしか弱い方から順番にKOしていって確実に数を減らせばいいんだよね?」

 

「ああ。一撃で確実に意識を刈り取れるだけの技術がいるが、理論上はそうだ。だが、お前はまだ俺にてこずっている。それに見るだけで実力を測れるほど場数を踏んでいない。細かい事は帰ってからだ。」

 

短いトンネルを抜けようとした所で出久は己の意に介さず前方に飛んで転がりながら何かを避けた。ベシャベシャと何か滑りけのある物が地面に大量にぶちまけられる音が反響する。

 

「惜しい惜しい。もうちょっとで当たる所だったのに・・・・」

 

声の主は気色の悪い生きたヘドロだった。大の大人の頭程もあるギョロリとした双眼に見据えられ、出久は全身が一瞬強張った。

 

「流動体・・・って事は物理攻撃全般が効かない、よね?」

 

『燃やすか凍らせるかぐらいしか思い付かんな。』

 

柄にもなくグラファイトはこの場に炎と氷の二つを使い分けられるブレイブの『ガシャコンソード』かレベルという概念すら超越した自分の究極奥義を使えればと心の中で無い物ねだりをしてしまった。

 

『しかたない、とりあえず適当にあしらってこいつの足を止める。』

 

「えっ、いやでもどうやって?今さっき攻撃が効かないって・・・」

 

『付かず離れずの距離を保って避け続ければいいだけだ。見た目がこれほど特徴的なら既に追っ手が向かっているだろうしな。要は時間稼ぎだ。』

 

構えは取りながらも出久はヘドロ男に注意しつつ、死角からの攻撃にも対応出来る様に周囲にも気を配った。

 

「逃げるなヨォ、折角の丁度いいMサイズの隠れ蓑だ。心配しなくてもすぐ済む。ほんの45秒間苦しいだけだからさ。」

 

自分を捕らえんと迫る無数のヘドロを軽やかに躱していく。躱しながら、出久は驚いた。人型の形態を保ったグラファイトとの組手で役に立つ回避術が、まさか異形型の『個性』を持った相手に通用している事と、初めての実戦で思いの外上手く立ち回れていることだ。

 

「TEXAS SMAAAAAASH!!」

 

野太い男の声と共に唸りを上げる空気の砲弾が出久の横を通り過ぎ、ヘドロ男をトンネルの壁面に叩き付けた。衝撃を受け流す事には成功したものの、風圧が生み出す凄まじいGは対処のしようもなく、ほぼ一瞬で失神してしまった。

 

あの声には聞き覚えがあった。力強く、畏怖を感じさせると同時に安心感も与えてくれる、雄々しい声。振り向いた先に、彼がいた。Vの字の様に伸びる前髪と、二メートルを悠々と超える巌の如き重厚な肉体、そして太陽の光に勝るとも劣らない恐れ知らずの笑みを浮かべた男が。No.1ヒーローにして、存在そのものが犯罪の抑止力となっている『平和の象徴』――

 

オールマイト。

 

動画で崩落し、燃え盛るビル群の中から数百人の救助を彼が行うのを幼少の頃から何万回と見てきた。画面からでも伝わるその圧倒的な存在感を直に肌で感じた出久はオールマイトの姿をその目に焼き付けた瞬間気絶しそうになった。

 

「やあ少年、大丈夫かい?『個性』も使わずにいい動きをしていたね。」

 

「オ、オ、オオオオオ、オールマイマイオールマイ、マイト!?!?」

 

早回しされる壊れた録音機の様に出久はオールマイトの名を絞り出した。

 

「あ、そ、そうだ、サインサイン!!ってしてあるーーーーーー!!!!」

 

慌ててポケットを探り、焼け焦げた自分のノートが落ちているのが目に留まる。手にして空いたページを見たところ、既にオールマイト直筆のサインがでかでかと極太のマジックで書かれていた。

 

「うわぁぁ~~~~!!!あ、ありがとうございます!!家宝に!!家の宝にーーーー!!」

 

「それじゃあ私はこいつを警察に引き渡さなきゃいけないんで、液晶越しにまた会おう!それじゃあ今後とも、応援よろしくねーーー!」

 

ヘドロ男を詰め込んだペットボトルをポケットに押し込み、飛び去ろうとするオールマイトの足に出久は考えるよりも先に組み付いていた。

 

「ってこらこらこらこらこらーーー!!放しなさい!熱狂が過ぎるぞ!」

 

「いいいい、今放したら、死んじゃいますぅぅぅぅ~~~!!」

 

風圧で瞼や唇が大きくめくれ上がりながらも自分を引き剥がそうとするオールマイトに抗議すると、「確かに。」とそのまま出久を肩に担いで近くのビルに着地した。

 

「こ・・・・怖かった・・・・」

 

グラファイトの扱きで度胸がついたとはいえ、怖いものは怖い。必死に呼吸を整えようとしたが、その間にまたもやオールマイトは去ろうとしていた。出久には聞きたいことがあった。グラファイトという心強い味方を得ても聞きたい、ただ一つの疑問が。

 

「あの!『無個性』の人間でも、ヒーローの道を行く事は出来ますか?貴方みたいに、なれますか!?」

 

「プロはいつだって命懸けだ・・・・残念ながら、力が無くとも成り立つとは、とてもじゃないが口にできないね。人を助けることに憧れるなら警察官って道もある。ヴィランの受け取り係なんて揶揄されちゃいるが、あれも立派な――」

 

仕事だ。そう言おうとした瞬間、オールマイトが膝を折り、全身から蒸気のような物が噴き出し始めた。蒸気が消えると、見慣れた筋骨隆々のオールマイトは、しぼんでいた。隆起していた筈の筋肉が空気の抜けた風船のようになり、不健康なまでに痩せぎすの骸骨の様になっていた。

 

「え?ええええええええええ!?さっきまで・・・・あれ?!えええええええ!?」

 

何が何だか分からない。もしや偽者なのではと再三辺りを見回したが、自分達以外は誰もいない。彼が紛れも無くオールマイトなのだ。

 

「私はオールマイゴフッ!!」

 

更に喋ろうとした直後に喀血までする有様は、虚弱を通り越して病弱の域に達している。平和のシンボルたる威風堂々とした風体は見る影もなかった。

 

「嘘だぁ~~~~~!!!!」

 

「プールでよく腹筋力み続けてる人いるだろ?アレさ。見られたついでだから教えておくが、間違ってもネットに書き込まないでくれよ?」

 

オールマイトはシャツをめくりあげ、左脇腹の痛々しい古傷を見せた。

 

「五年前、敵の襲撃で負った傷だ。呼吸器官半壊、胃袋全摘。度重なる受傷と手術ですっかり憔悴しきってしまった。今の私のヒーローとしての活動時間は約三時間しかない。」

 

「そんな・・・・五年前って、確か毒々チェーンソーの事件・・・!?」

 

「詳しいな。だが、違う。あんなチンピラになどやられはしないさ。別の、私が世間に公表しないでくれと頼んだ事件での負傷だ。人々を笑顔で救い出す。平和の象徴は決して悪に屈してはいけないんだ。ヒーローの重圧と恐怖心をごまかす為さ。時間切れになってこの姿の説明をしたが、君の質問への端的な答えは、ノーだ。」

 

――夢を見るのは悪い事じゃない。だが、相応に現実も見ろ。

 

つまりはそういう事だ。

 

予想はしていたにせよ、出久はヒーローの頂点である男から直接聞いた否定的な答えにショックを隠せなかった。屋上のドアを開けてオールマイトが去っていく音も耳に入らない。

 

「期待外れな答えだったか?」

 

出久から分離して欄干に腰掛けたグラファイトが尋ねた。

 

「いや・・・・・予想はしてたけど、やっぱり本人から直接聞くとっ・・・・辛いなぁ。」

 

熱くなる目頭を押さえ、拳をきつく握り込んだ。

 

「ヒーロー向けの『個性』を優遇する社会の弊害だな。それに、奴はお前の質問の本質を理解していなかった。奴が言わないのならば、俺が言おう。『個性』を持つ持たざるに拘わらず人は誰でもヒーローになれる。勿論、お前もな。」

 

「何で、そう言えるの?グラファイトがいなければ、僕は『無個性』だ。ただ単に力を借りているだけに過ぎないんだよ?そんな僕がヒーローになって誰かを救うなんて・・・」

 

「それはつまり、『救い』に決まった形があるという事か?」

 

その質問に出久は言葉を詰まらせた。実際自分は今日グラファイトに弱い己に打ち勝ち、更には爆豪にも一矢報いるだけの度胸を身に着けるという形で救われた。どれもグラファイトの戦闘能力は一切関与しない形で。命こそ救われてはいないが、心は間違いなく救われた。

 

「お前はオールマイトを神か何かと同一視しているようだが、もう分かっただろう?奴は人間だ。たとえトップヒーローであったとしても、救えぬ者もいる。心臓の移植や癌細胞の切除が必要な患者を手術して命を救うなど、奴にはできまい?精々見舞いで励ましの言葉をかけるのが関の山だ。」

 

「でもその励ましの言葉で誰かを・・・・あ・・・・・!!」

 

「気づいたか。励ましや会話に、『個性』など必要ない。やろうと思えば誰でも出来る。だから言っている。誰でもヒーローになれる、とな。三度は言わんぞ。ところでだが、試してみてはどうだ?」

 

「え?」

 

グラファイトは前方を指さした。数百メートルほど離れた所から黒煙が立ち上っている。事故か事件か、いずれにせよヒーローが出動するような状況になっていることは間違いない。

 

「事態が収束に向かってからでなければ意味は無いが、俺の能力を使わずに人を救えるか試してみろ。」

 




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次回:The Saviour、糞ナード


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File 06: The Savior、糞ナード

評価バーが赤だ。マジかよ・・・・!
十話も書いてないのにUAが一万超えてやがる。マジかよ・・・・!

Oh my....oh my....GOODNESS!!!!!



騒ぎの原因はやはり最初に出久を襲ったヘドロ男だった。商店街に野次馬が集まっており、そこかしこが火の海になっていた。その場にいたヒーローはデステゴロ、バックドラフト、シンリンカムイ、Mt.レディを始めとする面々だったが、どれも有効打を与えられる『個性』の持ち主ではない。

 

「そんな・・・・じゃああの時に・・・!?」

 

オールマイトの足にしがみついた時には確かにあの二リットルサイズのペットボトルはあった。自分を引き剥がそうとした時に落ちた可能性が高い。だとしたら。

 

「僕のせいだ・・・・」

 

「なら、お前が責任を取るほかあるまい?」

 

出久は必死に頭を回転させた。寝る間も惜しんで様々な分野の自主勉強をして来たのは、この様な時の為だ。

 

「相手は流体、そのままじゃ掴めない。でも流体でも水とは違って粘度も伸縮性もある。それらを無効化するのは、凍らせるか、その他の固める方法。他の方法、固める、固める・・・えっと、えーっと・・・そうだ!!」

 

辺りを見回した。ここら辺は休日に出かける時によく来る。近くにホームセンターがあったのを思い出し、駆け出した。セメントの粉が入った袋を碌に確認もせずに財布の中の札をカウンターに置いて現場に戻った。二つの袋に切れ込みを入れ、脇に抱えたまま人込みを押し退けると一直線にヘドロ男の方へと加速した。

 

「馬鹿野郎!止まれ!止まれーーー!」

 

まず怯ませる為に顔面目掛けてリュックを投げつけた。放物線を描くリュックは丁度ヘドロ男の目を直撃し、一瞬視界を潰す。

 

「うわああああああああああーーーー!!!」

 

袋の切れ込みを引き千切り、捕まえている学生服を着た人質がいる辺りに残らずぶちまけた。

 

「なっ、てめえこのクソガキがぁ―――――!!」

 

体は流動体、周りは高温の炎。おまけにセメントは水が多いほど練り混ぜやすい。全身が液体である以上、効果は絶大な筈!全身にはかかっていないから完全に動きを封じたわけではないがそこが狙い目。固まった部分はある程度捨て置いても問題は無い筈。固まらない箇所は、人質に纏わりついていない所のみ。

 

逃げれば人質という楯を失う。留まればセメントがどんどん体の動きを封じていく。抵抗しようと動けばセメントが更に満遍なく混ざっていく。

 

どちらにせよ、結果は同じ。敗北(ゲームオーバー)だ。

 

『俺の力を使わずこの面倒な体質の奴をてこずらせる事が出来るなら、十分だ。後は俺に任せろ。』

 

グラファイトに主導権を譲ると、出久は右腕が一瞬だけ異様に熱くなるのを感じた。そして感じ慣れない重みがあった。

 

「こいつは・・・・」

 

深緑のガシャコンバグヴァイザーが突如右腕に現れたのだ。色やデザイン、ガシャットを挿入するスロットなどの細部は使い慣れていた物とは異なれど、基本的な形は見紛う事無きバグヴァイザーだった。

 

「まさに、運命はパズルゲームだな。」

 

『ギュギュギュ・イーン!』

 

グリップのスイッチを押し、二門の銃口が反転して黄色と赤の刃が前に出た。空気を震わす甲高い機械音と共に刃がチェーンソーの様に高速回転を始める。素早い剣捌きで捕らわれている学生を解放し、後ろにいるヒーロー達の方へ押しやった。

 

「邪魔をするんじゃねえぇーーーーーー!!!」

 

まだ固まっていない車の面積程もある手が上空から出久を叩き潰そうと迫るが、

 

『チュドド・ドーン!』

 

再びバグヴァイザーを反転させて二門の銃口が緑と赤の火を噴き、手を四散させた。

 

「まあこれぐらいでいいか。」

 

手を再構築したヘドロ男が再び出久を叩き潰そうと腕を振るったが、それを一人の大きな男が受け止めた。

 

「情けない・・・・!全く以て情けない!君に諭しておきながら、己が実践しないなんて!プロはいつだって命懸け!」

 

口から血を吐きながらも、オールマイトは握った拳を振り下ろした。

 

「DETROIT SMAAAAAAASH!!!」

 

振るわれたその右拳から、竜巻が巻き起こった。その凄まじい拳圧は周りの炎をろうそくの様に吹き消し、上昇気流を作り出して上空に打ち上げた結果、雨を降らせ始めた。たった一発のパンチが、天候をも変えたのである。

 

 

 

 

 

事態は一気に収束へと向かい、ヘドロ男は警察に引き取られ、オールマイトはマスコミ群に応対し、出久はプロヒーロー達のこっぴどい説教を拝聴した。

 

「全く、無茶にもほどがある!」

 

「君が危険を冒す必要は全然なかったんだ!」

 

「ふざけるな。」

 

主導権を握ったままのグラファイトははっきりと言い返した。

 

「ただ手を拱いていた奴らが、何をほざく?」

 

野次馬が巻き添えを食らう前にその場から退去させる事は、万一その場からヘドロ男が人質とともに逃走しようとした時に取って然るべき対策だ。しかし彼らはオールマイトや自分が来るまでに『無個性』の人間でも出来る事をしていなかった。それどころか有利な『個性』を持ったヒーローが来るまでほぼ棒立ち状態でいる始末。

 

ヒーローが聞いて呆れる。

 

「生憎だが、流動する奴の動きを封じるのにセメントを使うという、『個性』すら必要無い単純な発想に至らなかった奴らの説教を聞く耳など持ち合わせていない。いいか、よく聞け。ヒーローを成すは『個性』に非ず、だ。」

 

はっきり言って失望の一言に尽きた。

 

オールマイトは取材が間違いなく長引くからそのままさっさと帰った。

 

「なんとか、なったね。」

 

『ああ。しかし、セメントとはうまく考えたものだ。』

 

「最初は片栗粉使おうかなと思ったんだけど、大きい袋で売ってる所って業務用スーパーぐらいで商店街には無いから・・・・でもあそこまで言う必要無かったんじゃないの?カメラとか思いっきりこっち向いてたし。」

 

『目を背けた所で現実は変わらん。歯に衣着せた所で気休めだ。逃げ続ければいずれは食われる。』

 

「ところでさ、あの右腕に現れたあれって何?いつの間にか消えちゃってたけど。」

 

『以前俺が使っていた物とよく似ている、ガシャコンバグヴァイザーという物だ。武器以外の使い道もある。細かい差異があるゆえ詳しくはまだ分からんが、何故あれが現れたのかは俺も知らん。だが少なくとも俺達の力の一部である事は間違いない。』

 

「そう、だよね。うん、分かった!ありがと。にしても、緊張が途切れたら一気にお腹空いたな。基礎代謝が良くなったってのもあるんだろうけど。」

 

『帰ったらたらふく食えばいい。』

 

「デクゥーーーー!!!」

 

聞きなれた声、聞きなれた呼び名。爆豪だった。肩で息をしているところを見ると、自分を探す為に方々駆けずり回ってここまで来たのだろう。よく見ると制服や顔が煤やセメントで汚れている。ヘドロ男に捕らわれていたのは彼だったのだ。

 

「あ、かっち・・・爆豪君。」

 

「俺は・・・・お前の助けなんか求めてねえぞ!一人でやれたんだよ。今更『個性』を発現させたペーペーが俺を見下すんじゃねえぞ!恩を売ろうってか!?ああ!?」

 

「どう思おうと君の勝手だよ、余計なお世話を焼くのがヒーローだから。僕はやりたいからやっただけだ。」

 

爆豪は以前よりもいつの間にか一回りも二回りも大きくなっていた幼馴染を睨む事しかできず、舌打ちと共にクルリと背を向け、足音荒く家へと足を向けた。

 

『景気づけにもう一発きついのを食らわせてやった方がいいかもな。今度はしっかり意識を刈り取ってやる。』

 

「ダメだって!」

 

そういった瞬間、「私が来た!!!」とオールマイトが現れた。見慣れたいつもの巌のような風体で。

 

「お、オールマイト!?さっきまで取材されてたんじゃ!?」

 

「HAHAHAHAHA!抜けてくるなんて訳無いさ、何故なら私はオールマゲフゥ!?」

 

喀血と共に巌が枯れ木に変化した。

 

「少年、用件は三つある。礼と訂正、そして提案をしに来たんだ。君がいなければ、口先だけのニセ筋となる所だった。そして君のあの『ヒーローを成すは「個性」に非ず』と言う言葉、身に染みたよ。おかげで初心に立ち返る事が出来た。ありがとう。そしてあの時の質問に改めて答えよう。どんな形であろうと、『無個性』の人間でも、誰でも、ヒーローになれる!」

 

欲しかった言葉が。物心ついた時から死ぬほど欲していた言葉が、憧れのヒーローの口から出た。その現実を受け止めようと、出久は必死に心を落ち着けようと呼吸に集中したが、無駄だった。胸が痛い。痛いが、痞えが取れたように軽くなっていく。目から熱い涙がぼろぼろと溢れてくる。

 




ガシャコンバグヴァイザーIII、調子に乗って出しちゃいました。既存の二つの上位互換という事で音声はキースラッシャーを意識してます。培養はまだ先になりますが。

次回、File 07: 龍戦士グラファイトのOrigin

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File 07: 龍戦士グラファイトのOrigin

ちょっとした事ですが、ガシャコンバグヴァイザーIIIの名前を変えようと思います。詳しくは後書きををチェック!


「本題はここからだ。君ならば、私の力を受け継ぐに値する。」

 

「力を、受け継ぐ・・・?」

 

「HAHAHAHA、なんて顔してるんだ、君は。礼と訂正、そして提案があると言っただろう?これはその提案の部分さ。要するに、私の力を受け取ってみないかと聞いている。」

 

何を言われているのか理解が追いつかず、出久はただ目を白黒させた。オールマイトの『個性』の正体は今や世界七不思議の一つとして列挙されるほどの謎なのだ。

 

「写真集や新聞では、怪力だのブーストだのと誤報されているし、トーク番組ではジョークでお茶を濁してきた。『平和の象徴』オールマイトはナチュラルボーンヒーローでなければならないからね。私の『個性』は、聖火の如く歴代の継承者によって受け継がれてきた物なんだよ。そして次は、君の番という事さ。」

 

「つまり、オールマイトの『個性』は、その『個性』を譲渡する事が出来る物ってことで間違いないですか?」

 

「うん、その通り。そしてそれに冠された名は、一人は皆の為(ワン・フォー・オール)。一人が力を培い、それを一人へ渡し、また培い、渡す。そうして救いを求める人々と義勇の心が紡いで来た力の結晶。元々後継者は探していたのだが、君になら渡してもいいと思っている。」

 

そんな大それた物を自分なんかに渡そうと、オールマイトはそう言っているのだ。

 

「君は、あの場の誰よりもヒーローらしかった。まあ、受けるか否かは君次第だ。強制はしない。」

 

「分かりました。じゃあ、僕も……僕もオールマイトに言わなきゃいけない事があります。僕にとってはオールマイトが今日話してくれた事と同じぐらい重要な秘密が。いいよね、グラファイト?」

 

グラファイトは無言でオレンジの粒子となり、出久の隣に姿をさらした。

 

「まあ、いずれはそうするつもりだったからな。丁度場を設けてくれたから好都合だ。」

 

「君は、一体・・・・?」

 

「俺の名はグラファイト。故あって緑谷出久の『個性』の任を負っている。」

 

「『個性』の任を負っている?しかし、あの時固まったヘドロを切り裂いたのは・・・・・」

 

「あれは俺が出久の体の主導権を握って本来持っている能力を引き出して使っただけだ。」

 

「つまり、少年は本来『無個性』という事か・・・!?」

 

「ああ。」

 

「なるほど。何故あのような質問を投げかけたのか、何故少年の行動にああも激しく心を動かされたのか、ようやく本当に分かった気がするよ。ではグラファイト。君は何なのだ?少なくとも私が知る限りではグラファイトというヒーローはいないはずだが。」

 

「俺はヒーローではない。むしろ、『個性』を持った人間でもない。バグスターだ。」

 

「バグスター?」

 

「話せば長くなるが、人間にもコンピューターにも感染出来る人格と意思を備えた人型に成長したウィルス、と認識してくれ。」

 

元居た世界などの突拍子もない部分は伏せつつ簡単に説明した。完全には理解できなかったが、とりあえず納得したオールマイトは咳払いの後に話を戻した。

 

「これが、君の秘密か。」

 

「はい。遅咲きの突然変異した『個性』っていう事で母にも伝えましたけど、やっぱり嘘はつきたくなくて、せめて誰か一人には打ち明けたいと思って・・・・その、ごめんなさい!」

 

「ナンセンス!謝る必要などどこにもない!むしろ私の秘密よりかよっぽどパンチが利いているじゃないか!」

 

「そんな事無いですよ!」

 

「いいや、ある!そもそも『個性』の域を完全に逸脱しているじゃないか!意思と人格を備えたウィルスなんて聞いた事も無い!」

 

「あり得ない事自体があり得ない『個性』と言う何でもありの世界に住む人間の言葉とは思えんな。」

 

「時間を・・・・考える時間を、頂けませんか?一週間、いや三日。三日だけ時間をください!その間に答えを出します。」

 

「OK、分かった。では三日後の朝七時に多古場海浜公園で君の返事を聞こう。」

 

 

 

 

 

「いーーーーーーーずーーーーーーぐぅ~~~~~~~!!!」

 

玄関を開けた瞬間、出久の母の引子が壊れた水道管にも負けない程の水圧で涙を噴出しながら一人息子を抱きしめた。

 

「大丈夫だった?!怪我は無い?!ニュースで見た時は心配で心配で・・・!!」

 

「大丈夫だよ、母さん。怪我もしてないし。ね?」

 

涙でシャツを濡らす母の背中をさすり、笑顔でその場で跳ね回って腕をぐるぐる回して何の問題も無い事をアピールした。

 

「心配したけど、でもね出久?」

 

「ん?」

 

「超カッコ良かったよ!」

 

超カッコ良かった。母の言葉に出久は胸が空き、熱くなり、自然と口角が吊り上がる。

 

「ありがと、母さん。あれ?またちょっと痩せた?」

 

「そうなのよ~!出久の言う通り下半身を中心に運動してたらね、またウェストが二センチぐらい細くなっちゃったの!やっぱり運動って大事よね!」

 

「うん、僕の筋トレメニューが役に立ってるなら良かったよ。」

 

「ご飯もうすぐできるからお膳立てお願いね。」

 

「はーい。」

 

グラファイトは食事中一言も発さなかったが、出久が部屋に戻ってからようやく口を開いた。

 

『出久、お前、何故あの話を保留にした?お前も分かっている筈だろう?合意の上で貸しているとはいえ、俺の力はあくまで借り物、「個性」とは違う。「個性」と言う元来万人に備わっているべき物が欠如しているお前ならば、あの話に飛びつくと思っていたんだがな。』

 

「たとえそうだとしても、僕がここまで来れたのはグラファイトが僕に力を貸してくれたからこそだよ。もう三年近い付き合いになる君を蔑ろには出来ない。二人で一人ってわけじゃないけど、僕は君と一緒にヒーローになりたいんだ。」

 

『だとしても、だ。俺はいつでもお前から分離して行動できる。利点ではあるがその時襲われでもしたらお前は丸裸だ。そこらの雑魚程度ならどうにかなるとしても、広範囲の攻撃や膂力を底上げできる奴らが相手になれば、ほぼ確実に殺されるぞ。』

 

「でもバグヴァイザーが――」

 

『あれが何故現れたのかはまだ分からん。現れる条件も不明である以上、お前も俺もあればかりをあてにする事はできん。第一お前はあれを使い慣れていない。「無個性」でもヒーローになれると言ったのは俺だが、戦闘に於いては「個性」は必要だ。まあまだ三日ある。じっくり考えろ。』

 

「うん。それと、さ、グラファイト。」

 

『ああ。気にならない筈が無いだろうな、俺の出自が。だが一つだけお前に誓う。』

 

「何?」

 

『俺も、オールマイトと同じで隠し事は多いが、お前には嘘はついていない。バグスターウィルスはコンピューターと人間の両方に感染する事が出来る。人間の脳に感染するとストレスによって増殖し、症状が悪化すれば感染者を取り込んで実体化する。その後分裂しても、ほうっておけば徐々に感染者から存在力と呼べるものを奪い、最終的に消滅させて完全体に至る。』

 

「消滅って・・・・じゃあ、グラファイトは――」

 

『俺に罹った人間の死によって生まれた。説明するより見せた方が早い。お前の記憶を俺が見る事が出来るなら、逆も可能な筈だ。』

 

多少手間取りはしたものの、成功した。そして出久は全てを見た。百瀬小姫の消滅と同時に誕生するグラファイト、処置しようとして失敗した仮面ライダースナイプ、そして患者の恋人であった仮面ライダーブレイブとの幾度にも渡る対決、ゲムデウスウィルス培養の容れ物となる決断、クロノスとの必殺攻撃の応酬、そして止まった時の中で今生の別れを告げるその最期。

 

「あれが・・・・」

 

『ああ。以前の俺だ。見れば分かる様に、俺は元来『悪』なのだ。ガシャコンバグヴァイザーも、本来はウィルスの注入や散布、そして倒されたバグスターの回収と培養を行う為の道具。凶器だ。』

 

「大丈夫だよ!」

 

出久は立ち上がって拳を握り締めた。

 

「人は、変われるから。『無個性』だった僕だって変われた。弱虫で泣き虫でいじめられっ子だった僕がヴィランを止められるだけの勇気を持てた!かっちゃんを殴り返す度胸を手に入れた!グラファイトのお陰で!だからグラファイトだって変われる!それに何事も使い方だよ!料理に使う包丁だって、人を刺す事も出来れば食材を切る為の道具にもなるんだからさ。僕を今まで助けてくれて、変わるきっかけをもう掴んでるじゃないか!もっと変わっていけるかどうかは、全部グラファイト次第だよ!」

 

グラファイトは出久から離れて背を向けた状態で実体化した。いつもの覇気は鳴りを潜めている。

 

「本来ならば高い所から物を言うのは俺に一撃入れてからにしろ、と言いたいところだがその通りだな。しかし、お前もたった二年と少しで俺の言葉を俺に返すとは随分と肝が据わって来たな。」

 

窓の隙間からウィルスの粒子となり、出久の部屋を去った。

 

グラファイトは気付かなかったが、出久は背を向けた彼の表情が窓に映っているのがしっかりと見えていた。武闘派の彼とは似ても似つかない、穏やかで儚い笑みだった。

 

屋根の上で朧月を見上げながらグラファイトはバグヴァイザーが現れるよう念じ始めた。最初に使っていた頃の物は元々実体化していた為このような手間は無かったが、あれがなければ自分も変身出来ず、全力で戦えない。そもそも発動条件からして不明だ。出久に感染している状態であの時は現れたが、それが必ずしも必要かと聞かれればやはり分からない。

 

「やれやれ、色々検証しなければな。」

 

出久が答えを出すまで忙しい三日になるが、その間に答えを見つけなければならない。

 




次回、File 08: How to use a ガシャコンバグヴァイザーZ

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File 08: How to use a ガシャコンバグヴァイザーZ

今回は、グラファイトが・・・・


File 08: How to use a ガシャコンバグヴァイザーZ

 

800メートルを三分以内での全力疾走を約一分の休憩を挟んで十回。出久は現在八度目の中間で腹の中身を地べたにぶちまけていた。こめかみを内側から殴られるような痛みが断続的に襲い、喉の奥には血の味がする。足が棒になるという表現があるが、出久は今や足の感覚が筋肉痛だけになってしまい、その支える棒にすら劣っている。

 

その隣ではグラファイトが同じぐらい汗まみれのまま座っていた。

 

「いきなり・・・・8キロは、きついよ・・・!」

 

「八割近く泣き言を言わずに走っておいて何を言うかと思えば・・・・」

 

「でも、ちょっとこれは・・・・・僕も流石に・・・」

 

近くのベンチにぐったりと座り込み、縮れた雲を散りばめた橙色の空を見上げた。

 

「後二日か。」

 

オールマイトの『個性』を受け継ぐか否か。猶予を設定したのは自分だとしても、高々三日で決められるとは到底思えない。何せあのオールマイトの『個性』なのだ。しかしよしんば受け継ぐ事を許諾しても、その後が気がかりだった。

 

『個性』を受け継いだ後、オールマイトはどうするのか?『個性』を受け継いだ後、オールマイトはどのような影響を受けるのか?引退の事はどう説明するのか?引退した後はどうするのか?引退後の個性犯罪率は再び高騰するのではなかろうか?

 

そんな質問の数々が出久の脳内をぐるぐると駆け巡って行き、筋トレとスタミナ造り、そしてシャドーボクシングしかできない程に細かい思考が不可能になってしまった。

 

「やはり決められないか?」

 

「うん。やっぱり自分だけが後継者の候補に選ばれてるとは思えないから、もっと、こう・・・・僕より優秀な人がいる筈だし。」

 

「お前に修練を積ませた奴を前に随分な言い草だな。」

 

「そうじゃなくて!僕が言ってるのは戦闘能力の事じゃないんだ。まあ勿論それも大事だけど、なんて言うか・・・・」

 

「気後れする、か?あれだけの存在感を持つ男を前にすれば、まあそうなるのが普通だ。貫禄という物は一日で身につくものではない。お前はどうも先を見ようとし過ぎていかん。もっと現在(いま)に集中しろ。」

 

「でも、かといって目先の事にばっかり気を取られるわけにも・・・・」

 

「まだヒーロー候補にすらなっていないのだ、目先の物に目を向けずにどうする。その他の事はそれを考える時期になってから考えればいい。よし、そろそろ足に力が戻って来た。ストレッチでほぐしてからワンツーを打って帰る。」

 

「分かった。ねえグラファイト、バグヴァイザーの方はどう?」

 

立ち上がりながら不満そうにグラファイトは首を横に振った。

 

「駄目だ。お前に感染している時に現れたあの一回きりだ。」

 

「そっか。お互い大変だね。」

 

「ああ。だがこれぐらいでないと張り合いが無い。」

 

柔軟体操を終わらせると、グラファイトは出久に感染して二人はゆっくりと家まで歩いて帰った。

 

『出久。』

 

「ん?」

 

『ヒーローとしての名前は考えてあるのか?』

 

現在(いま)に集中しろってさっき言ってたくせに・・・」

 

『いいから答えろ。グラファイトは俺の名だから使わせるわけにはいかない。ヒーローになる事を夢想していた頃ノートに書き込んだ名前ぐらいいくつかはあるだろ?』

 

「ないよ。考えた奴は全部没案だし。」

 

オールマイトJr、マイティ―ボーイ、マイティ―マン、スーパーオールマイトなど、どれもオールマイトの名前が半分かそれ以上は入っている。子供らしいと言えばらしいが、改めて振り返るとどれも例外なく恥ずかしいまでに稚拙な名前ばかりだ。捻りどころかオリジナリティーの欠片も無い。ヒーローを志す以上、やはり名前は大事だ。長過ぎると覚え辛いし、かといってあまりにも短過ぎると味気が無さ過ぎる。派手過ぎると名前負けする重圧が終始ついて回り、地味すぎる名前だとヒーローという社会の花形になった意味が無い。

 

それにあれらの名前はどれもグラファイトが現れる前に考えついたものばかりだ。共にヒーローとして行動していく以上、肩を並べて戦っているという意気込みを表す名前でなければグラファイトに失礼だ。これはネーミングセンス云々より出久の意地の問題だった。

 

「帰ったら考える。」

 

大きな木の前に立ち、緩急をつけて軽く踏み込み、時に前足を入れ替えながら左右の手でジャブを打ち始めた。最初の内は拳の保護と手首のぐらつき補正の為にバンテージで拳を固めていたが、石段での拳立て伏せとカルシウム摂取などで骨すら鍛え上げた出久の拳はその程度では痛みすら感じなくなった。むしろ今やどちらの拳で放つジャブもストレート並みのスピードとパワーを併せ持ち、当たった衝撃で枝を揺らすのだ。

 

ストレートもただ打つだけではなく打ち抜くイメージをしっかりと意識している。目標は伸び切った拳が当たる木ではない。その遥か向こう側、それこそ路地の突き当りにある自動販売機。いやそれすらも風圧だけで貫けるならば貫く。

 

最後の一撃と共に大きく木が揺れ、木の葉が何枚か枝からはらりと落ちた。それらを全て空中で掴み取り、息を吐いた。

 

「あ。」

 

『どうした?』

 

「バグヴァイザー。」

 

『何っ!?』

 

そして出久の言ったとおり、夢や幻ではない。確かに彼の右手にはグリップと手の甲の部分に接続されているガシャコンバグヴァイザーZがあった。

 

『何故・・・?!何がきっかけで現れた?』

 

「集中と言うか、精神統一なんじゃないかな?ほら、よく英語で『ゾーンに入る』って言うでしょ?意識してちゃ出来ないって奴。」

 

『なるほど。いいか、バグヴァイザーを持ったまま動くな。今から分離する。』

 

「分離してどうするの?」

 

『いいから。俺に考えがある。』

 

出久の手にあったバグヴァイザーが消え、代わりに分離したグラファイトの手中にいつの間にかあった。予想が当たったと分かるや、グラファイトは目をぎらつかせた凶悪な笑みを浮かべた。流石は元『悪』と言うべきか、高笑いも中々様になっている。

 

「ふぅ、すまない。ようやく使い慣れたものが俺の元に帰って来て、つい嬉しくてな。丁度誰もいないし、俺のバグスターとしての真の姿を見せてやる。」

 

グリップからバグヴァイザーを外し、Aボタンを押した。

 

「培養。」

 

『MUTATION! LET'S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

グリップに再び接続した瞬間、聞き慣れているよりは若干トーンが高い音声が流れ、グラファイトは変身した。右腕は赤、それ以外は全身が緑色の雄々しき龍戦士の姿に。

 

「これが、俺の真の姿。龍戦士グラファイトだ。」

 

「・・・・かっこいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 

「うるさい。落ち着け、馬鹿め。」

 

「はごぁ!?」

 

疲弊しているとは思えない程の腹の底から出る叫び声にグラファイトは思わず顎を掌底で打ち上げた。

 

「俺がお前に感染している状態でならお前も変身出来る筈だ。丁度良い、これでお前にバグヴァイザーの取り扱いの手解きが出来る。」

 

「え、ちょ、帰るんじゃ・・・?」

 

「すぐ済む。まあ見ていろ。」

 

『チュドド・ドーン!』

 

赤いビームが二門の銃口から放たれ、木の近くにある岩に小指がやすやすと入るほどの太さがある穴を二つ開けた。まだ熱を持っているのか、穴からは煙草のような細い煙がうっすらと立ち上る。

 

「まずビームガンモード。連射も可能だ。銃と違って狙いの付け方に多少癖があるが、追々慣れればいい。」

 

「これ人に当てちゃダメな奴でしょ、どう考えても・・・・」

 

「腕や足を狙えば死なん。次だ。」

 

『ギュギュギュ・イーン!』

 

「チェーンソーモード。まあ、これは言わなくても何が出来るかは分かるな?」

 

先ほどビームガンで貫通した岩に刃を押し当てて引くと、チーズでも切るかのようにさっくりと切れ込みが出来た。

 

「うん、これこそ絶対人に当てちゃダメな奴でしょ、どう考えても!」

 

 

「他にも、こいつで俺をウィルスとして散布し、相手に感染させて動きを止める事も可能だ。まあ俺一人でも出来る事だがな。後でノートを一つ用意しろ、マニュアルを書いてやる。」

 

「分かった。じゃあ、この両側にあるスロット、何?」

 

「ああ、それか。」

 

左右の挿入口。本来なら入れるべきガシャット―――個人的にはプロトドラゴナイトハンターZが望ましい―――があれば使える筈なのだが、いかんせんそのガシャット自体が無い。だがある以上は何らかの意味がある。ゲームに於いては大半の仕掛けには必ず何かしらの理由がある。ゲームキャラであるグラファイトだからこそ、こればかりは確信していた。

 

「あるアイテムが必要なのだが、生憎俺は持っていない。まあ、焦る必要は無い。」

 

「もう帰ろう!早く僕の中に戻って!」

 

 

決断まで、残り二日。

 




はい、という事でついにグラファイトの変身です。音声はゲーマドライバー程テンション高くは無いですが、くぐもったデスボイスではないバグヴァイザーを意識してください。

次回、File 09: 腕試し In the night

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File 09: 腕試し In the night

今回はテレビドラマから興味を持った末に漫画を読んで大好きになった森恒ニ先生の作品『ホーリーランド』をヒントに書きました。

エグゼイドもデザインが(特にレベル1が)ゆるキャラのようなふざけた見た目でもストーリーの要所要所に重い部分がありますので、今回はヒーローと言う職業の華々しさの『裏』、と言えばいいのかな?とにかくそういった部分に焦点を当ててみようと考えた末にたどり着いたシナリオです。


「出久、外に出るぞ。」

 

「え、何で?もう夕ご飯も食べちゃったし・・・」

 

「だからこそ言っている、腹ごなしの運動だ。少しばかり外に出て悪事を働いている奴がいないか見て回り、お前が制圧すればいい。俺とばかり戦っていては癖がついてしまうからな。」

 

「いやいやいやいや、グラファイト分かってる?僕らはまだヒーローでもヒーロー候補でもないよ?違法なんだよ?」

 

「それはあくまで『個性』を使った場合だろう?使わずに相手からかかって来た所を返り討ちにして取り押さえてしまえば、向こうも何も言えまい?幸い未成年である以上正当防衛だと言い逃れも出来る。それに実戦の緊張感という物には慣れておくに越した事は無い。」

 

グラファイトの言う通りで何も言い返せないのだが、出久が外出したくない理由はもう一つあった。ヘドロ男での一件でグラファイトが出久を介して放った言葉がテレビニュースや様々なバラエティー番組で話題として取り上げられ、更には各社の新聞にも『少年を救った超新星が放ったヒーローの定義』などというセンセーショナルなタイトルで載せられていた。表通りを歩いていると一般人からはよくぞ言ってくれた、ヒーロー達からは原点を思い出させてくれてありがとうと、よく声をかけられるのだ。長年のいじめによって根付いた引っ込み思案な性根はそう簡単に治るものではなく、これ以上のメディア露出を避ける為にパーカーのフードを深めにかぶって外出する癖がついてしまった。

 

そんな注目を集めた自分がひったくりを捕まえたりなどしたらますます面倒な事になる。オールマイトも出久を自分の後継者にという意思を更に固める事請け合いだ。本人は自分が提示した三日間返事を待つという条件を呑んでくれたがあの圧倒的な存在感を放つNo.1ヒーローだ。高々ノーと一度断ったぐらいで引き下がるとも思えない。

 

「そんなにメディア露出が気になるならネックウォーマーか何かで顔を隠せばいい。汗をかきやすくする為だとでも言いくるめれば問題無い。」

 

「・・・・・・グラファイト、前々から思ってたけど、最近暇してるでしょ?」

 

「何故そう思う?」

 

「だって僕達トレーニング以外で何かをやった事ってないからさ、もしかして飽きてきたんじゃないかなって。」

 

図星だったらしく、グラファイトはさりげなく視線を窓に移した。

 

「やっぱそうなんだね。」

 

「俺は、以前己の研鑽しか頭になかった。そうしなければ生き残れないような状況だったからな。だが、そればかりに明け暮れているとつまらなくなるものだと改めて実感した。同じ献立を朝昼晩と繰り返しているに等しい。」

 

「そう?僕はグラファイトとの組手とか楽しいと思うけど。寝技とか投げ技が凄い役に立つし、スタミナもつくし。同じ事続けてるのは事実だけど、特に退屈とは思わないね。」

 

「良いからとにかく俺は今夜外に出たいんだ。門限までには戻る。今はそう言っていても、お前とていつまでも同じ事ばかりを続けていると必ず飽きてくる。さっさと行くぞ。」

 

「分かった分かった。準備するから待ってて。」

 

部屋着のスウェットから最近買い求めた多少生地が擦れたブルージーンズと無地の黒いシャツ、そしてグラファイトに勧められたモスグリーンのコーディガンに着替えて少し出てくると引子に断りを入れてから外に出た。日中のトレーニングを終えた後によく木陰で水分を補給するが、いい塩梅の木漏れ日を浴びる暖かな感触が好きになった。しかしあまり夜間外に出歩かない出久にとって夜の空気は新鮮で想像以上に心地良かった。

 

呼吸のトレーニングを日常的に取り入れてようやく慣れ始めた時と似通った体が丹田を中心に自然と解れていく気分が癖になりそうだ。

 

見慣れた街並みがいつもより人が多く見える。建物から差す人口の光があるとはいえそれでも袋小路や裏路地、そして公園などの街灯ぐらいしかない所は相変わらず暗い。こういった所にこそ犯罪者が息を殺して潜み、無辜の市民を脅かすのだ。

 

『さて、出久。この界隈で犯罪が起きそうな所と言えばアーケード街や灯りが入りにくい夜道が定石だが?』

 

「うーん、僕が住んでるあたりだとあのヘドロ男が逮捕されてオールマイトもいるって事だからそう簡単には見つからないんじゃないかな?なんたってオールマイトだし。」

 

うぅむとグラファイトが悔しそうに唸る。やはり『平和の象徴』などと呼ばれる男がいる界隈では犯罪はそう簡単には起きない。改めてオールマイトが世間に及ぼす影響という物を思い知らされた気がした。

 

「時間もあんまりないし、軽ーく見て回るだけ回って何も無かったらそのまま帰るって事で。」

 

『チッ、致し方ないか。どこから行く?』

 

「人があんまり通らない所かな。ベタだけど安牌って事で。」

 

『堅実的だな。行くぞ。』

 

しかしやはりと言うべきか、犯罪らしい行為が起こっている兆しすら見えない。やはりもう少し市街地の中心に向かうべきかと思い直したが、門限までには帰るという約束がある手前無暗に範囲を広げる訳にもいかない。しかし闇雲に走り回っても時間を無駄に浪費するだけに終わってしまう。

 

「う~ん、どこかピンポイントで何かが起きそうな所って探そうとすればする程見つからないんだよね。」

 

自販機で買ったジュースを飲みながら出久は呟く。

 

『・・・・腹立たしいな。』

 

「そんな不謹慎な事言っちゃ駄目だよ、グラファイト。ヒーローが暇って事は今日も安全って事なんだし。」

 

『だがこれでは外に出た意味が無いではないか。』

 

「出るだけ出たからいいの!この感じ好きだし、たまには息抜きにこうやって夜の散歩にでも行こうかな。」

 

とりあえずやれるだけの事はやった。もう帰ろうと帰路につかんと踵を返した正にその瞬間、バン型の乗用車が猛スピードで通り過ぎて行った。スピード違反になるほどの速度ではなく、そこそこ車道が空いているにせよ街中で常識的に考えて出していい速度ではない。

 

「グラファイト。」

 

『ああ。クサいな。』

 

車は突き当りの角を曲がって姿を消してしまったが、問題は無かった。あの道路は一車線しかない。つまりは一方通行だ。

 

「コォォォォ―――」

 

一度肺の空気を全て完全に吐ききってから深呼吸で酸素を取り入れると、出久は駆け出した。海浜公園などの砂場で走って全体的な脚力を底上げした出久は飛ぶようにその車の後を追った。当然追いつく程の速度は出せないが、それでも一昔前に比べれば自転車と車ぐらいの差はある。走って行くにつれ道を照らす灯りがどんどん少なくなっていく。

 

これはもう、ほぼ間違い無いだろう。

 

グラファイトに指示されるまま影の中を移動しながら車の後を追い、建設予定地の鉄柵に囲まれた更地付近まで辿り着いた。ある程度近づいた所でガタゴトと車体が揺れて押し殺された女の叫び声と男数名分の声が聞こえた。下卑た笑い声も。

 

出久が行動を起こすよりも先にグラファイトの意思が働き、運転手側の窓ガラスが拳の一撃で叩き割られる。勢いを殺さぬまま拳は運転手の横っ面にめり込み、一撃で意識を刈り取った。そのまま割れた窓から手を突っ込み、車のキーを引き抜いて茂みの中へと投げ捨てる。

 

『遠慮はいらない。全力で叩き潰せ。』

 

車のガラスが破壊される音でバンの後部ドアが開き、ガラの悪そうな男が三人出てきた。既に全員『個性』を発動している。一人は鱗を思わせる頑丈そうな皮膚、後ろの二人は指先から縄のような物が噴出し、蛇のように蠢いている。

 

言葉を交わす必要は無い。聞かなくても見れば分かる。服のあちこちが破れた涙目の女性、バン型の車、四人の男。まだ事に至る前に止める事に成功したものの、未遂の現行犯である事は間違いない。出久は迷わず突っ込んだ。

 

自分から―――と言っても仕掛けたのはグラファイトだが―――始めてしまった以上、始末はきっちりつけなければならない。後戻りが出来ない状況では前進あるのみ。不思議と恐怖は無かった。グラファイトの鬼気迫る訓練の方がよっぽど恐ろしい。何より、いじめられっ子だった経験もあって不利な状況という物にある種の慣れが生じてしまっているのだ。

 

拳の側面をくっつけて鼻から下をガードした状態で出久は前に出た。狙うのは左の二人。グラファイトとの組手を続けてきたからわかる。右端の一人より、あの二人の方が弱い。複数の相手と戦う時の鉄則は確実に相手の頭数を減らして行く事。その為には一発ないし二発で勝負をつけなければならない。

 

襲い掛かってくる合計二十本の縄も細い事と夜間である所為で見えにくいが、ウィービングやダッキング、ステップで躱しながら掴んで踏み込んだ。虚を突きジャブで怯ませると、高速の重心移動と爪先から肩までを巻き込む内側への捻りを利かせたフックを繰り出した。素早い切り返しでどちらも寸分違わずそれぞれこめかみと顎を打ち抜き、昏倒させる。

 

残りは一人。さっきの二人よりは遥かに格上だ。全身に生えた堅そうな鱗は、ナイル川などに住む鰐を思い出させる。十五歳に差し掛かる自分と違い、相手は大の大人だ。身長は180cm前後はある。

 

出久の考える定石の攻略は二通りあった。

 

まず一つは体格からして著しく劣っている為柔術などの投げや絞め、関節技での対抗。しかし総合的な筋肉量で劣る以上、パワーで無理矢理外される可能性が高い。

 

二つ目がカウンター。しかしこれには二つの要素が必要だ。一つは相手の技。拳だろうと蹴りだろうと、そのタイミングを体で覚えなければならない。そして二つ目が呼び込み、つまりは『撒き餌』という名の殺気が籠ったフェイントと攻撃を織り交ぜた物がいる。失敗すれば怪我では済まない。

 

しかし即座にその考えを振り払う。約束組手や殺陣ではない為、相手が予想通りに動いてくれる事などほぼあり得ない。

 

どちらにせよ、長引かせると危険だ。

 

水中でのジャンピングスクワットで培ったしなやかな筋肉で一気に距離を詰めて目、鼻、喉、顎の先などを狙う。出久は小さく顔を顰めた。当たりこそしたものの、効いている様子は無く、予想通り硬い。まるでアスファルトをそのまま殴っているかのようだ。しかし怯まない男は即座に反撃に出た。力に物を言わせた大振りな攻撃だ。しかし風切り音が耳元を過ぎる度にごうと音を立てる。高い威力とスピードを持つ証拠だ。

 

思わず後ろに下がろうとしたが思い直し、即座にステップで横に躱して体勢を低くし、前進した。右手首を軽く捻り、前足に重心をかけながら中指の第二関節を伸ばす。そしてトラックのタイヤを殴ったような鈍い音と共に、鳩尾に減り込んだ。面ではなく点の攻撃は流石に堪えたのか、くぐもったうめき声が上がる。更に後ろ足で踏み込みながら伸ばした右腕を畳み、同じ場所に肘で攻撃した。たった一歩とはいえ全体重が肘という固い部分に集約されて伝わる突進は、呼吸を止めるには十分すぎる威力があった。

 

男の体が折れ、押さえられている腹以外の正中線の急所が全てがら空き。

 

出久の狙いは鼻。右のジャブで仰け反らせ、踏み込む。仰け反って体が伸び切り、威力の逃げ場が無くなったところで左ストレート。声も上げずに男は白目を剥いて鼻血を噴きながら後ろに倒れた。

 

『おい。おい!』

 

そのまま更に顔を踏み潰そうと足を上げた所で、グラファイトに体を止められる。

 

「あ・・・・」

 

緊張の糸が切れたのを確認して体を自由にすると、片足立ちだった出久はバランスを崩して尻餅をついた。両手がずきずきと痛む。あの鱗の尖り具合が特に痛かった。肩で息をしているのに気付き、即座に昂った神経を落ち着かせる為の呼吸法に切り替える。

 

『良くやった。初戦にして相手の攻撃を一度も食らわず、俺の助力もなしで四人同時に倒すとは。幸先がいいな。』

 

「うん。ありがと。でも、先にあの人を。」

 

未だにうずくまって震えながら泣いている女性にゆっくりと近づいた。とりあえず本人の物らしい上着を肩にひっかけさせ、共犯者じゃない事をアピールした。相手も中学生と見て安心したのだろう、泣きながら手を握って素直についてきてくれた。

 

もっと街の明るい所に一緒に歩くと、この事を今すぐ通報するように伝えるとそのまま走り去った。

 

門限まで、残すところ三分を切っていたのだ。

 

家に戻り、汗まみれのシャツを脱ぐとそのまま部屋で床に寝転んだ。

 

「はー・・・・」

 

『で、感想はどうだ?』

 

「信じられないよ、今でも。あんな事をする人が、出来る人がいるなんて・・・・」

 

これが、人の世か?ヒーローが数多く存在する世の中に起きている犯罪なのか?出久はその現実を必死に受け止めようと呼吸を続けた。

 

無事に済むとは思っていなかった。怖くない訳でもなかったが、悪意に対して暴力で答え続ける生活。そんな事をしていって、自分は果たして正気を保ったままでいられるのだろうか?

 

『人間とはそういうものだろう。だが、ヒーローはああいった輩と・・・「理由なき悪意」と戦い続けるものだ。それも、己の怒りやその悪意に飲まれずにな。』

 

「出来るかな?僕に。」

 

『まあ、今回は初めてという事で仕方ないとしか言えないが、精神統一もトレーニングに入れておく必要があるかもしれないな。優しい奴ほど激怒する時が一番恐ろしいと言う。次にあんな奴を見たら俺でもお前を制御できるか分からん。』

 

「止めてくれてありがとう、グラファイト。」

 

オールマイトへの返事。期日は、残り半日を切った。

 




次回、File 10: THE ALMIGHTY 再び現る!

SEE YOU NEXT GAME.....


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File 10: THE ALMIGHTY 再び現る!

これで連載にするか、短編で続けていくかの分かれ道です。
感想、評価、どんどんよろしくお願いします。


多古場海浜公園は大量の漂着物をいい事に、不法投棄の温床と化したゴミの山で、地平線から昇る太陽の景観を大きく損なっていた。オールマイトは潮の満ち引きに耳を傾けながら一人、そこに佇んでいる。約束の期限十五分前だ。

 

出久に己の『個性』を譲渡する事に迷いはなかった。しかし、彼の『個性』として活動しているグラファイトの事が気がかりだった。この三日間自分なりにリサーチを重ねて彼の正体を探ろうとしたが、戸籍などの記録は勿論、バグスターという言葉すら出てこない。『個性』で感染する事が出来る犯罪者の存在はいくつか記録されていたが、全員例外なく収容されているか既に死亡している。

 

全く以て謎の存在なのだ。戦った事は無くとも、オールマイトは直感していた。彼は強い。そして恐らく人を殺したことがある。それも二、三人だけには留まらない数の人間を。出久は彼に騙されているのではなかろうか?いや、しかしそうだとしても彼の言動には嘘が無かった。長年ヒーローとして活動していて培った勘がそう告げている。彼は嘘はついていない。そして厳しくも純粋に出久を気遣っている。

 

しかし、砂を蹴立てて近づく足音を聞くと思考を中断して振り向いた。ロードワークを終えてここに来たのか、拳にバンテージを巻いたジャージ姿の出久が手を振ってきた。

 

「やあ、おはよう少年。五分前行動とは感心だね。」

 

「おはようございます、オールマイト。」

 

「約束の三日だ。答えを聞かせてくれ。」

 

「やります。やらせてください!」

 

「受けてくれるか。ありがとう。では、受け取る前に君にやって貰いたい事がある。昨今は派手さが重視されるのがヒーローだが、ヒーロー活動ってのは元々奉仕活動だから地味が元々なのさ。故に!粗大ゴミという名の巨悪からこの景観を救うのが君の最初のミッションだ!幸い君は色々とトレーニングをやって来たみたいだから体はもう殆ど出来上がっていると言える。これは、言うなれば総仕上げと思ってくれ。」

 

「はい!」

 

ジャージとバンテージを砂浜に脱ぎ捨てた出久は、まず壊れた洗濯機の方へ歩いて行った。中学生らしからぬ引き締まっていながらも大きく発達した筋肉はオールマイトの目を見開かせるには十分だった。全身の筋肉がバランスよく鍛えこまれている。それもバーベルトレーニングなどで歪に肥大化した筋肉とは違う、純粋に戦闘で培われたしなやかな筋肉だ。

 

「ふぬっ!」

 

最初こそは苦戦していたものの、俵のように肩に担ぎあげると公園に入る為の階段付近まで運び、今度は千切れたトラックのタイヤを両腕に二つずつ通して運んでいく。

 

「・・・・マジかよ・・・!」

 

左右のブレは一切なく、爪先で砂を思いきり蹴りながらの踏み込み、ハイペースをキープしつつ重量のある物を運ぶ肺活量、そして砂浜という足場が不安定な所でのバランス感覚、そしてそれを保つ体幹。どれもオールマイトの予想を遥かに上回っていた。

 

「驚いているか?」

 

いつからそこにいたのか、自分の後ろにある扉が外れた冷蔵庫の上でグラファイトが胡坐をかいていた。

 

「人の身でよくぞあそこまで練り上げたと、そう思っているだろう。」

 

「ああ。君の入れ知恵かな?」

 

「勿論そうだ。」

 

黙々と作業を続ける出久を眺める二人の間に沈黙が流れる。

 

「俺からも一つ聞きたい。『個性』の受け渡しはどうやる?」

 

「簡単な事さ。私の意思で譲渡した私のDNA、即ち髪の毛や爪の破片を摂取すれば完了する。」

 

「なるほど。」

 

「また以前と同じ質問を繰り返してすまないが、君は一体何なのだ?何故そこまで緑谷少年に肩入れする?」

 

「あいつは俺が知る限りでは誰よりもヒーローと呼ぶに相応しい心の持ち主だったからだ。俺が何なのかについては、まあ、新たな自分の一面を開拓しようとしている戦士グラファイトとしか言えんな。」

 

「なるほど。つまり当面は彼と共にいる、と?」

 

「奴がヒーローの道を違えぬ限りは、な。まあそうしない為にも俺がいる訳だが。貴様こそ、治療系の『個性』を持った人間に呼吸器官と胃袋の移植を依頼したらどうだ?平和の象徴として今しばらく現役でいたいのならば、自分の秘密がどうのと言える状況ではないだろう?」

 

「何事にも引き際が肝心なのだよ、グラファイト。未来を担うヒーロー達の前をいつまでも歩く訳にはいかないからね。それに、この傷の事を知る人間が増えれば、それだけ危険に晒される人間が増えるという事だ。そのようなリスクはヒーローとして犯すわけにはいかない。」

 

「確かに。なら、俺に治せる可能性があるとしたら、どうだ?」

 

「・・・・・なに?」

 

オールマイトはゆっくりとグラファイトの方へと視線を向けた。

 

「馬鹿を言っちゃいけない!君はそのような『個性』を持ってもいないし、ましてや医者でもないだろう。」

 

「だが俺はバグスター、人間から生まれた生命体だ。人体の事は並の外科医よりも熟知している。具体的に損傷したのは主気管支、左肺胞、そして横隔膜。どれも粉砕骨折した肋骨とその破片、更には杭のような物で傷を負った。胃袋にまでダメージが及んだという事は、衝撃が外腹斜筋にも多大なダメージを与えたという事になる。」

 

「ああ。確かに、その通りだよ。だが分かったところで治す事など・・・・」

 

「俺が出久に感染している状態で『個性』を受け取れば、貴様のDNAデータを受け取る事になる。それを徐々に馴染ませながら貴様の足りない部分を培養出来る筈だ。十分な量を培養したところで、ワン・フォー・オールを再び返還すれば、全盛期の力を取り戻せる。多少の時間はかかるしあくまで理論上だが、これならば知っているのは我々三人だけにとどまる唯一の方法だ。だから個性は『受け継ぐ』というよりも『借り受ける』と言った方が適切だ。」

 

胡坐をかいていたグラファイトは立ち上がり、錆びついたドラム缶を押しながら公園の入り口まで運んでいく出久を見下ろした。

 

「お前は、何故と思っているだろう。出久は最初貴様の力を借りず、俺と二人でヒーローになりたいと言っていた。三年以上ここまでやってこれたのは俺の助けがあってこそだから、俺を蔑ろにはできないと。『自分よりも有力な候補がいる筈だ』、『オールマイトの力を受け取るなど恐れ多い』。そのような言い訳にもなっていない弱音など吐かずにそう答えた。だから俺は、その願いを叶えてやりたいと思っている。」

 

グラファイトの言葉はメトロノームのような規則正しい潮騒より静かだったが、オールマイトにはそれが妙に耳に残った。

 

電子レンジを三つ乗せた下駄箱を蹴り倒し、遂に出久のスタミナが切れた。砂の上に大の字に寝転び、最早立つ事すら出来ない。

 

「も、無理・・・・・体、痛っ・・・」

 

「全く、あのバカが。張り切り過ぎだ!」

 

冷蔵庫から飛び降りるとどこから取り出したのかスポーツドリンクが入ったペットボトルを取り出し、出久の上体をゆっくり起こすと蓋を開けて少しずつ飲ませた。体温を下げるためにボトルを首筋に押し当てる。既に入り口付近には運び出されたゴミの山がこんもりと出来上がっていた。物品は五十個近くあるだろう。柱に設置された時計は丁度午前七時半を少し過ぎた所だった。

 

「たった三十分でこれらを全て・・・・!?」

 

景観を取り戻したと言うには程遠いが、それでも普通に考えて三十分間続けて一人の力で運べる筈が無い量なのだ。

 

「今日はここまでにしてもらうぞ。これ以上やればこいつが死ぬ。全く、今日はロードワークで終わらせるはずが…‥」

 

また計画を修正しなければならなくなったとブツブツ文句を言いながらグラファイトは出久に感染し、ジャージとバンテージを回収してよろめきながらも帰途に就いた。

 

「半年だ。」

 

「ん?」

 

「半年で、この一帯の景観を完全修復する。終わり次第、出久に『個性』の使い方をレクチャーしろ。雄英受験前に基本だけでも完全に叩き込む。説明書の用意でもしておいてくれ。お前の事だ、どうせ感覚で制御しろなどという論理の欠片も無い説明で終わらせるだろうからな。」

 

「う・・・」

 

図星を言い当てられたのか、オールマイトはわずかに目を逸らした。

 

「まさか本当にそれで済ませるつもりだったのか?こいつよりもお前の先が思いやられるぞ。」

 

フハハハと不敵な笑みで捨て台詞を残し、グラファイトは出久と共に去った。一人残されたオールマイトはグラファイトとの会話を反芻しながら水平線の彼方を眺め続けた。

 

自分は確かに、緑谷出久という人間を良くは知らない。それもそうだ、直に会うのだってこれで精々三度目だ。しかしあの鍛えられた肉体と、手足の薄皮を張り重ねてしか出来ない古傷は、全て彼自身の努力によって会得した物だという事は間違いない。世の中には天賦の才と『個性』を持った人間は一握りしかいないが、『努力の天才』に成れる人間はそれ以下、一つまみしかいない。それを成しえるきっかけを作ったのがあのグラファイトなのだ。オールマイトもなにも考えなしに育成する後継者を探していたわけではないが、自分よりか彼の方が教える事に向いているのが見て取れた。

 

ワン・フォー・オールを受け止める為の器も初見でも八割以上は完成している。そして残り六か月で、間違い無くグラファイトは出久を完璧以上に仕上げる。彼が脈絡も無くあのような予告をする男には見えない。

 

「平和の象徴と呼ばれても、まだまだ甘いという事か。やれやれ。初心に立ち返らされてばかりだな、ここのところ。」

 

スマホを取り出し、通販サイトで初心者でもできる効果的な教育方法に関連する参考書を片っ端から即日配達に設定して注文を始めた。

 




第三の選択、「借りていずれ返す」と言うのを落としどころにしました。

そして長期間感染していた影響もあって出久のブツブツ独り言を言う癖がグラファイトに感染です。


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File 11: 息抜きのArcade

たくさんの応援と評価、誠にありがとうございます。このエピソードを持ちまして、正式に連載を始めさせていただきます。評価を落とさぬよう、エタらぬよう鋭意執筆活動に邁進する次第でございます。orz

正直ヒロインとかいらないと思うんですけど、異性との絡みは大事だと思うんで、見た目だけで目立つA組のあの方に先陣を切っていただきます。

今回は正式な連載開始の記念という事で長めです。

ではどうぞ。


「コォォォォ・・・・・」

 

「スゥゥゥゥ・・・・・」

 

長い一呼吸の後に睨み合いが一分間続いた末、先に動いたのは出久だった。最初こそは腕一本で捌けたジャブも、勢いとキレが増して同時に体ごと動かさなければ完全には捌き切れなくなってきた。しかしそればかりに気を取られてはいられない。

 

ジャブが叩き落とされた瞬間に別の攻撃を繰り出してくる。どの技も繋ぎに淀みが無く、油をしっかり注した精密機械の如くスムーズだ。おまけにどんどん前に出てくる。開けた原っぱだから良いものの、屋内ならば追い詰められて既に壁を背にしている。

 

出久の体重はこの数年で筋肉量と共に大きく跳ね上がった。ボクシングの階級で例えるならば丁度ジュニアライト級のプロ選手と同程度になっている。身長こそ異形系の『個性』を持った同い年の人間を除外すれば平均を若干下回るものの、中軽量級である為すばしこい上に小回りが利く。打ち終わっては体ごと移動し、揺さぶりをかけようと試行錯誤する。

 

ジャブ一つとっても、自らを攻撃に晒す事になる。スタミナを一発分消費する事になる。グラファイトとは二十センチ近く体格差がある為、初めからそれだけ筋力もスタミナも差が開いている。大技は一発たりとも無駄には出来ない。

 

しかしグラファイトも歴戦の戦士だ。おいそれと下がりはしない。最短距離を打ってもすぐ対応して迫るストレートを開いた手でかち上げ、外側に受け流すと手首を握り込んだ。捻り上げようとしたところで即座に左足の横蹴りが矢のように脇腹目掛けて飛んでくる。

 

「ふんっ!」

 

腕を握ったまま足を上げてカットし、出久の後頭部を掴んで頭突きを食らわせた。鼻こそ折れてはいないが、怯んだところで足を払う。

 

バランスを崩しはしたが出久はそのままグラファイトに掴まれたまま後ろに倒れ込み、更に襟を掴んだ。このまま後方に投げるつもりなのだ。出久の手を離すと今度は足を掴む。捻られる前に腕で地面を力一杯押して体を浮かせ、掴まれていない方の足で回し蹴りと肘打ちを放つ。しかしこれもグラファイトが掴んでいる足を上に押し上げて距離を取る事で不発に終わった。

 

「こ、のぉ!」

 

空中で一回転して着地した直後に足を狙ったタックルをかます。首筋と頭部を狙った上方からの攻撃にしっかり対応出来るようにガードも上げてある。しかし、攻撃は上でも前でもなく、横から来た。屈んだ状態で繰り出される、普段は足払いに使われる下段の後ろ回し蹴り。勢いをつけて踏み込んだ為、カウンターとしてもろに食らってしまった。吹っ飛ばされてうつ伏せに倒れた出久の片足を畳みこんで体重を乗せ、肩甲骨の間と後頭部に拳の小指側の側面でハンマーパンチを三発ずつ軽く叩き込み、グラファイトの勝利となった。

 

「ほら、死亡(ゲームオーバー)だ。背中を六度刺された。」

 

「ケホッケホッ、ったたたた……全然駄目だな……」

 

「小さく、素早く、コンパクトに連打を纏められているのも、常に射程距離内に捕まえる脚力も動体視力も相変わらず冴えている。受け身も中々だ。だがお前は相手を倒そうと意識し過ぎて熱くなる。だから狙いを分散させているつもりでも本命の攻撃ポイントを悟られやすい。あの使いどころを見誤ったタックルがその証拠だ。それにフェイントが今でもまだ下手だからカウンターに弱い。これを機にもう少し『柔』の技を中心にやった方がいいな。組み技や投げ技、寝技を中心に教えなかったのは俺の失敗だ。」

 

「『柔』の技……柔術みたいな?」

 

「ああ。警察でも柔道や柔術などは必修だろう?お前には要人警護官(Security Police)並みの技を修めてもらう。長いリーチを活かした攻撃は精々蹴りしか出来ないお前には、ヒットアンドアウェイか避けながらとことん間合いを詰めて捻じ伏せるかの両極端な戦法しか出来ない。スタミナはあるとはいえ、大人数が相手の場合や長引く時は泥沼になる。その点、柔法は殆ど力を使わずに技だけで相手を無力化できる。重力と地面という強力な武器を味方につけられる上、地面に倒している奴を好きに料理できるしな。」

 

「グラファイト、出来るの?柔術。ぬぅぉあっ!?」

 

襟と足首を掴まれて仰向けにひっくり返されると、そのまま腕を固められそうになったが、出久も咄嗟に両足をグラファイトの首に巻き付けて締め上げた。

 

「出来てるな。」

 

「え?」

 

「お前が今やったその技は三角締めと言ってな、仰向けに倒されてマウントを取られそうになる時に使える。ただし、そのまま持ち上げられて地面に叩き付けられないように締め落とす時は素早く、力強くがポイントだ。」

 

「じゃあ、グラファイトが今やった技は?」

 

「あれは朽木倒しと言う技だ。尻餅をついた状態でも使えるし、倒せば足なり腕なりその他の関節技に繋げられる使い勝手がいい技だ。にしてもいつの間に三角締めを?」

 

「え?いや、なんかの映画で見て……確か、えっと、ジョンなんとかって奴。スタントなしで本人も一年で一日六時間ぐらいトレーニングして撮影したって言ってたから、特典映像見て参考にならないかなーって。」

 

「ほーう?そうか。しかしあれはフィクションだろう?参考になるのか?」

 

「ならない奴もあるけど、アクションはノーカットでカメラのブレも無い。ノースタントの良い映画は体の動かし方についてはプロだし。今度見てみる?」

 

「そうだな。是非参考にさせてもらう。ゴミ掃除の調子はどうだ?」

 

「とりあえず、二か月で三分の一だからペースとしちゃ順調だよ。後は勉強なんだよなあ。」

 

出久は勉強が苦手と言う訳ではない。むしろスポーツが不得意だった為勉強に打ち込むしか道が無かったので割かし得意な方だ。今でも期末、中間、模試なども三位以内をキープしている。しかし流石ヒーロー科の狭き門と言うべきか、筆記で覚える事の細かさと膨大な量に圧倒される。加えていつものトレーニングとゴミ拾いをやっている為、脳を働かせるだけのエネルギーを絞り出すだけでも大変なのだ。

 

「なんか最近休んでない気がする。」

 

「週に一日は休めているだろう。」

 

「もうちょっと欲しいよ!せめて二日!」

 

「そんな暇があるならヒーロー飽和社会が出来上がる事など無い。」

 

「それにしなくても夜な夜なカツアゲ犯とか空き巣とかひったくりを捕まえた後に母さんへの言い訳考えるの大変なんだよ!?もうニュースにも出てるしさあ!」

 

最初こそ新聞では小さく記事になった程度だった。だが回数を重ねて行くにつれて被害者のインタビューでは無言で弱きを救い、何も言わずに去っていく彼はヒーローが職業に変わる前の、言ってしまえば『古き良き時代』を思い出させたと語っていた。そうしていつしか付いたのが『沈黙のサマリア人』と言うB級アクション映画を連想させる仰々しい通り名だった。毎度毎度薄氷を踏む思いで悪人退治をしている。

 

幸いまだ顔バレはしていないが、それもまた時間の問題だろう。ヘドロ男の一件でもマスコミが自宅に押し寄せた事もあった。ようやくほとぼりが冷めた所にナパームを投下するような事はしたくない。

 

トーク番組では彼は自警団員(ヴィジランテ)として取り締まるべきとの声もあるが、『個性』を使った証拠をいくら探してもなにも出て来ない。それを踏まえて今の法律で裁けるのか、そして本当に裁くべきなのか。更には民間人に公に犯罪者を取り締まらせる事は危ういのではないかと言う議論まで持ち上がり、知らず知らずの内に出久とグラファイトはヒーロー社会に波紋を広げていた。

 

「まあ、確かに夜の街のチンピラ程度では相手にならんな。今や俺のアシストなしでも倒せるお前からすればもう少し骨のある奴の方がいい。どこぞにそんな奴はいないものか……」

 

「いない方がいいの!ヒーローと警察と医者が暇って事は、天下泰平って事なんだから。」

 

「ふん、天下泰平とは片腹痛い。刺激が無さ過ぎてつまらんではないか。多少の小競り合いがあってこそ世の中面白いという物だ。」

 

「暇と思う時間すら無いんだけど、僕。トレーニングだから仕方ないけど。仕方ないんだけどね!?」

 

「うむ……時に出久、この近くにゲームが出来る場所は無いか?」

 

「え?ゲ、ゲーム?どんな?」

 

「格闘対戦、パズル、RPG、FPS、ボードゲーム、なんでもいい。何かしらのゲームで暇を潰したい。訓練漬けは流石に俺も限度がある。」

 

「グラファイトもやっぱりそういうところあるんだ。」

 

出久が小さく破顔する。

 

「そういうところ?何が言いたい?」

 

「ストレスで増殖するって言っても、過度のストレスを感じたらそれで異常を来すなんて人間とまるっきり同じだからさ。バグスターって言っても、人間臭いなって。」

 

人間臭い、か。グラファイトも思わず口元を綻ばせた。実際、バグスターの人間態は普通の人間を内面まで忠実に模倣している為、あくまで嗜好品としての範囲に留まるが、飲み食いや睡眠を取る事も出来る。しかし、断じて不死身ではない。

 

『止まった時間の中で死んだ者にやり直し(コンティニュー)の道は無い。死という瞬間のまま永遠に止まり続ける。』

 

クロノスのような時間停止(ポーズ)と言う裏技(チート)を発動した状態で決め技を食らえば、復元不能となって『絶版』。死ぬ。ラヴリカの死はそれを明確にした。あの衝撃は今でもよく覚えている。思えば、あれが今まで感じたストレス値のピークだった。

 

たった一つしかない命を持つ人間と違い、一粒でもウィルスの欠片が残っていればそこから培養、復元、復活出来る事こそがバグスターが優位に立ち回れる理由だったが、それを無効化する圧倒的なまでの理不尽な能力は己を戦慄させるには十分だった。

 

そのたった一つの命を張って必死に戦うブレイブ、そしてスナイプとの一騎打ちは自分なりに敬意を表したかったのかもしれない。

 

「どうしたの、グラファイト?行かないの?」

 

「ん、ああ。すぐ行く。」

 

木椰子区ショッピングモール『WOOKIEES』のフロア一つを丸ごと使ったゲームセンターは出久自身オールマイトグッズに費やしていた為来る事自体かなり久しぶりだった。

 

「ほう……これはこれは。中々楽しめそうじゃないか。」

 

「どれからやる?僕も久しぶりだから……」

 

「JUSTICE Vというのがあるが、どうだ?対戦してみないか?」

 

「格闘対戦か……いいよ。」

 

向かい合う筐体に腰を下ろした二人は百円玉を投入してスタートボタンを押した。キャラクターの選択画面に入り、出久はヒーロー然とした鎧とマントを纏ったキャラクターを、グラファイトはサイボーグ忍者と呼ぶべき風体の背中に刀を背負ったキャラクターをそれぞれ選択した。

 

二人の体力ゲージと制限時間、そして三つの球体が画面上部に浮かび上がる。どうやら三ラウンド先取で勝敗が決まるらしい。

 

『Round 1….READY? FIGHT!!』

 

先制攻撃を仕掛けたのはグラファイトだった。素早い下段攻撃で回避しながらカウンターを狙い、空中に打ち上げてコンボを決める。一気に四分の一近くの体力を削った。

 

「わ、ちょっ……!!」

 

出久も慌ててボタンを連打して応戦した。マントを払う一撃で吹き飛ばして連打を止め、下段から掬い上げるパンチで空中コンボを返した。当てた回数こそ少ないものの、出久のキャラクターは大柄な体躯に見合ったパワーを持っており、受けたダメージ分をしっかり返した。

 

「まだまだ。」

 

スティックと連打するボタンがガチャガチャと騒がしく動き、第一ラウンドはグラファイトが制した。後一撃でKOされるまでに体力が減っている。残り時間も十秒を切っていた。第二ラウンドは僅差で出久が偶然必殺コンボを入力した事によって勝ちをもぎ取った。それでムキになったのか、第三、第四ラウンドは一撃も受ける事すら許さずに出久を完封した。

 

年齢不詳とはいえ見た目は二十代半ばの大人だ。周りから見れば大人げないとブーイングを食らっているところだ。

 

「グラファイト、強過ぎ。何あれ?!」

 

「友人で格闘対戦が得意な奴がいてな。俺はどちらかと言えば狩猟系だが。」

 

「えっと……じゃあ、パズルゲームとかは?」

 

出久が指さしたゲームは『ピヨピヨDX』という落ちてくる様々な種類の鳥の雛を繋げて消す対戦可能なパズルゲームだった。

 

「パズルゲームか。うむ、面白い。いいだろう。」

 

しかしやはりパラド(天才ゲーマーM)の友と言うべきか、パズルゲームの特性をいち早く理解し、最初こそは拮抗していたものの中盤からプロボクサーも真っ青なハンドスピードで雛を消していき、連鎖させる。

 

「わ、ちょっ……速っ!?」

 

出久も負けじとスピードを上げるが、頭の回転はやはりまだグラファイトの方が一枚も二枚も上手で五分と経たないうちに出久の画面は鉄で出来た大量の卵で埋め尽くされた。

 

「また負けた……」

 

「墓穴を掘ったのはお前だ。やろうと思えば麻雀で失点なしで勝てるぞ。」

 

「いや、それは流石に……」

 

「実際にやった。お前のパソコンでネットゲームの無料アカウントを作って勝手ながら色々プレイさせてもらった。俺も流石に緑一色を一発でツモれるとは思わなかったがな。ドラは流石に乗らなかったが、それでも役満だ。」

 

聞き覚えの無い麻雀の専門用語に目を白黒させたが、グラファイトが俄か仕込みのゲーマーではない事ははっきりと認識した。

 

「もうやめやめ、勝負やめ。ただでさえスパーリングでも勝てないのに。」

 

「なら、あれをやるか?丁度別の誰かがやっているようだが?」

 

グラファイトが顎で示したのは、音に合わせてステップを踏むリズムゲーム『Step Up Revolution』だった。パネルを踏む足だけでなく体全体の振り付けをカメラが捉えてそれに合わせて得点が変わる、気軽なゲームの割には採点方法がシビアな事で有名なゲームだ。

 

『PERFECT!』

 

その誰かは動きやすいカジュアルな服装で上にはパーカーを羽織っていた。かなりハードな振り付けをステップに混ぜていたのか、フードをかぶったままで顔が見えない。しかし袖口からピンク色の肌が覗いた。しばらくしてから表示されたスコアがランキングのトップに押し上げられた。

 

「ふぃ~。」

 

「すご……」

 

「訓練とは違ってリズムを掴むにはうってつけの訓練だ。試してみるといい。それに、ダンスは格闘技に通じる物がある。以前下段の回し蹴りを食らったのを覚えているか?」

 

「ああ、うん。あれ、格闘技なの?」

 

「カポエラと言うらしい。ブレイクダンスにも通じる物があるとか、無いとか。それに格闘技やダンスは体を使った芸術、自己表現と言える。あまり深く考えるな。勘で動け。かのブルース・リーと言う男も言っていた。考えるな、感じろと。」

 

「グラファイトはやらないの、これ?」

 

「俺をスパーリングで一度でもKO出来ればいくらでもやってやる。曲を選ぶから行け。」

 

「ぐぅ……」

 

グラファイトの事だ、どうせ高い難易度でテンポが速い曲を選ぶに決まっている。諦めながら筐体の上に上がった。

 

『ARE YOU READY?』

 

出だしから勢いに乗ったベースが筐体のスピーカーから噴き出した。曲自体は古いが、それでもタイトルの通り心が躍るリズムだ。パネルの位置を把握し、出来るだけ画面を見ながらまずステップを踏み始める。

 

落ち着け、大丈夫。パソコンのブラインドタッチを手でやっているのと変わらない。やり方は画面に出ている。その通りに動けばいい。

 

画面に集中しながら動くと、自然と手や体全体の動きがステップに合わせて動いていた。格闘技の技とはいえ一日に何千回と練習した動きにキレが無い筈は無い。ポーズを決めた直後、いつの間にか曲が終わった。

 

『PERFECT!』

 

「え!?」

 

「ほらな?やれば出来るじゃないか、何を渋っていた?本番に強いのは良いが、リハーサルにも強くならねばな。締めにシューティングゲームでもやって帰るか。バグヴァイザーの為にも。」

 

「それは構わないけど、ちょっとタンマ……今の割と神経使ったから……」

 

仕方のない奴めとグラファイトはため息をつく。

 

「凄かったね、今の!」

 

「はぇ?」

 

出久が顔を上げると、自分の隣の筐体を使っていた人物がコーヒー牛乳の缶を差し出していた。フードを外したのは自分と同い年の女の子で、額から小さな角を生やし、目の色も常人とは違い反転していた。ピンク色の髪の毛も出久と同じもじゃもじゃだ。

 

「あげる。なんか自販機に引っかかってたらしくて二つ出てきたから。」

 

「あ、はあ、どうも……」

 

「あの動きキレッキレでカッコ良かったよ!私芦戸三奈!」

 

「み、みみみ緑谷出久でふ!」

 

「噛むな、おい。テンパるのはその髪だけにしておけ。」

 

いくら異性に免疫が無いからと言ってここまで動揺する必要は無い。そのうち恋愛シミュレーションでもやらせた方がいいのではとグラファイトは本気で思い始めた。

 

「俺は倉田保幸だ。」

 

グラファイトも咄嗟に考えついた偽名を名乗る。

 

「二人ともよろしく!」

 




nobodyknows+ のココロオドルを脳内再生してください。

そしてグラファイトの偽名は倉田保昭氏のオマージュです。

愛称が『和製ドラゴン』というのもありますし。

空手七段、柔道三段、合気道二段という人間を超越した技はマジで昭和の仮面ライダー。V3反転キックとか余裕で出来そう。


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File 12: 初めてのトキメキCrisis!

今回はちょっと短めです。


「へー、緑谷も雄英志望なんだ。」

 

「うん、まあ、ね・・・・・問題ないと思うんだけど、どっかでテンパっちゃうんじゃないかって心配で…‥」

 

「どんな『個性』なの?」

 

「あー・・・・」

 

出久は迷った。厳密に言えば『個性』はまだ持っていない。そして正直一口には説明出来る様な状態ではないのだ。 グラファイトとオールマイト、二人の秘密の守り人である以上は。

 

「実は、なんていうかな・・・・結構複雑な能力で発現するのも普通の人よりかなり遅かったし、自分でもよくは分からなくて。でも一応複合系の変形型って言う風に認識してる。人型のままドラゴンになった感じ。」

 

「へー。いいじゃん。あたしは酸が全身から出せんの、濃度も酸性もコントロール出来るから移動にも使えるし。」

 

「なるほど・・・・・それなら移動とか捕縛に関してはかなりのアドバンテージがあるな。ダンスであれだけ体が動かせるなら体幹も動体視力もずば抜けてる筈だからスケートみたいに滑って動いたりするのは問題ない。いやでもやっぱり酸って言っても色々種類があるし、もしかして溶かした後の煙とかにも何か効果があったりして。雨の日とか水場だったらどうなるのかな?やっぱり効果が薄まる?高まる?他の薬品とミックスとかしたらまた溶解液以外の事にも使えたりするんじゃ・・・」

 

ブツブツブツブツと再び独り言を始めて出久の後頭部をグラファイトの平手が打ち抜いた。

 

「人の目の前で独り言を声に出すな。」

 

「あ、ごごごごごごめごめんなさい!その、癖で!良くヒーローの分析とかしてるから、つい・・・・」

 

「いいって別にそんなに謝らなくても。」

 

ヘルニアにでもなりそうな勢いで何度も頭を下げる出久をケラケラと笑いながら芦戸が手をパタパタ振って許した。

 

「でもあれだけでそこまで考えたりできるって凄いじゃん。プロヒーローになったらヴィランなんてゲームみたいに攻略法とか考えて完全封殺してそう。」

 

攻略。グラファイトには色々思い入れがある単語だ。あらゆる手段を用いて相手を攻め、打ち負かし、奪い取る。

数多の失敗を繰り返し、技を磨き、知勇双全の戦士にのみ開かれる道。

 

『ノーコンティニューで、クリアしてやるぜ!』

 

そして同時に攻略を豪語する相手を潰す意気込み。道は遠いが、彼は自分自身と出久の運命を大きく変えた。必ずなれる。そうでなければヒーローの道を選択した意味が無い。

 

「まあ、こいつは『個性』こそ多少ムラがあるが、一度決めれば最後までやり通す真面目一徹ないわゆる努力の天才と言う奴だ。頭の回転も速いし本番にも強い。こいつだからこそヘドロ男の捕縛に至ったとも言える。」

 

「ちょ、何で言うの!?」

 

「ヘドロ・・・・あーっ!そっか人型でドラゴンってあの時の!『ヒーローを成すは「個性」に非ず』ってカメラ目線で言った人!?すごーい!有名人じゃん、握手して!」

 

伺いを立てながらも出久の手を両手で握り、上下に振る。異性のきめ細かい柔らかな肌の感触に、出久の顔は伊勢海老に勝るとも劣らない赤色に染まった。鮮やかさで言えば芦戸の肌の色にも引けを取らないだろう。

 

「へ、あああおなああのちょちょっと!?」

 

一気にテンパりが最高潮に達した出久は、更に奇声を発し始めた。最早言語かどうかすらも怪しい。

 

「芦戸と言ったか?すまないが不用意に出久に触れない方がいい。元々内向的な性根で異性に対する免疫が皆無なのでな。」

 

「あ、そうなんだ。ごめたんごめたん。」

 

芦戸は即座に出久の手を放して詫びた。ショートした出久の首筋にまだ冷えている缶を押し付けて沸騰した脳をいつもの状態に戻していく。初めは緊張しやすかったからか、グラファイトは出久のストレスレベルの起伏に敏感になっていた。それにつられてどういう訳か自分のストレスレベルも上がっていく。出久が赤面し始めてからこめかみ辺りが針でも通されているかのように痛いのだ。

 

「で、緑谷って中学どこ?あたし結田付!」

 

「お、折寺中学、だけど・・・・・」

 

「へー。ここにはよく来るの?」

 

「け、結構久しぶり、です・・・・」

 

正直、見ていられない。グラファイトはため息をつきたい衝動をこれ程抑え込まなければならなかったのは前世も含めて初めてだった。異性に対する免疫となると、ラヴリカの『ときめきクライシス』でもやらせた方がいいのではないか、それともやはり本から学んだ方がいいのかなどと二人の会話が――と言っても芦戸が殆ど会話を仕切って出久が相槌を打つだけになってしまっているが――続いている間に考えていく。

 

「あ、そうだ!同じ雄英志望に会えた記念て事でプリクラ撮らない?!」

 

再び頭痛。手を握られた時よりも酷い。針どころか電動ドリルで頭に穴を開けられている様な激痛だ。悟られまいとグラファイトは無表情を装い、額の汗を拭う。

 

「おい、俺がさっき言った事を忘れていないか?出久は生まれてこの方母親以外の異性と手をつないだことすらない。いきなりハードルを上げてやるな。見ろ、パントマイマー顔負けのフリーズだ。」

 

「あ・・・・・」

 

出久は直立不動のまま思考が停止していた。女子とのプリクラ。それこそ恋人でもなければあり得ないイベント。今の彼が臨むには圧倒的に経験値(レベル)が足りない。

 

「あららら。こりゃプリクラはお預けかな。」

 

「そうなるな。縁があれば雄英で会おう。その時合格の記念にやればいい。」

 

未だ石像の様に固まって動かない出久を引きずりながらグラファイトは芦戸に別れを告げてガンシューティングゲームのコーナーに向かった。到着したところで鳩尾への軽い当身を食らわせて正気に返らせる。

 

「あ、グラファイト・・・・・」

 

「俺以外の奴とも付き合えるように話術も身に着けた方がいいな。いつまでもお前にオタオタされると俺も落ち着かん。」

 

「ごめん・・・・」

 

「今回は許す。あいつの紹介のインパクトが強過ぎたしな。だが、だからこそ断言する。あいつは合格するぞ。運動神経、派手な見た目、強力な『個性』、人当たりの良さ。現代のヒーローに必要な四つの要素を全て兼ね備えている。」

 

最初の三つはともかく、出久は思い知らされた。自分は四つ目、人当たりの良さが足りない。人望は勿論のこと、他のヒーロー達と協力する時にも必ず必要になってくる。寡黙なヒーローはクールだが口下手なヒーローなどはっきり言ってかっこ悪い。

 

「・・・ネットで何か探しとく。」

 

「是非そうしてくれ。」

 

ようやく頭痛が引いてきた所で出久に感染して人目から姿を消した。

 

「ガンシューティング、やる?」

 

「いや、今日はひとまず帰る。明日は確か小テストがあったと記憶している。」

 

「物理だっけ?」

 

「日本歴史だ。嘉永辺りが山だろうな。」

 

1853年(いやん誤算)に浦賀に黒船来航、その翌年に日米和親条約だっけ?そこからイギリス、ロシアとも条約結んで。」

 

「正解だ。開いた港は?」

 

「函館と下田。」

 

「マシュー・ペリーのあだ名は?」

 

「熊おやじ。」

 

「千利休の本名。」

 

「関係なくなっちゃった!?急に関係なくなっちゃった!」

 

「正解は田中与四郎だ。ちなみに身長は日本人の割には高く、180cmはあったとか、なかったとか。」

 

「名前地味な割にデカっ!?」

 

千利休と言う名前自体はすぐ茶の湯と言うフレーズが思い浮かぶ為、聞いた事が無い訳ではない。しかし茶聖とまで謳われる『地味』と『不足の美』がこだわりの大男が狭苦しい二畳の部屋で抹茶を立てて大名に出しているのを想像すると中々にシュールだった。

 

「何でそんな事知ってるの?」

 

「動画サイトを暇潰しに見ていてな。踊りと歌で歴史の出来事を掻い摘んで教えていた。振り付けも戦闘に使えないかどうか検証していたのだが、これが面白くてな。」

 

「え、グラファイトもあれ見たの!?」

 

すっかり現代人に染まっているグラファイトであった。

 




次回、File 13: 受け継がれしLegacy

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File 13: 受け継がれしLegacy

あ~か~い~赤~い!赤い評価の拙作♪

ほんと、マイティクウガやタジャドルかよってぐらい赤い評価バーにピプペポパニックです。UAも五万突破、お気に入りも千件突破してますし。

今回はオールマイトにフォーカスを当てていくエピソードとなります。


午前六時十五分。グラファイトが明言した期限の半年が過ぎた。出久が移動したゴミや漂着物を業者に届ける為に使う軽トラックを止めたオールマイトの目に映ったのは、堆く積み上げられたゴミ山の上で勝利の雄叫びを上げる汗まみれの出久の姿だった。

 

「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!!」

 

その凄まじい肺活量から生み出される咆哮は、オールマイトの首筋に鳥肌を立たせるには十分過ぎた。

 

「おいおいおいおい・・・・・指定した区画以外の所まで?マジかよ!?塵一つ残っていないじゃないか。マジかよ!?Oh my…oh my……GOODNESS!!」

 

ぐらりと傾いて落下した所をグラファイトが飛び上がりながら受け止め、オールマイトの前に降り立った。

 

「約束通り、半年で片づけた。」

 

「素晴らしいよ。言葉も出ない。」

 

コートの内側から一冊のノートを取り出した。『OFA取扱説明書』と書かれている。

 

「これを書き上げるのに随分と苦労したよ。私はワン・フォー・オールを只管実践訓練だけを通して身に付けたから具体的な説明となるとどうしても苦手でね。これではたして足りるかどうかは分からないが、約束通り出来得る限りの事をしてマニュアルを作ってきた。」

 

「中身を検める。渡せ。」

 

差し出されたノートを受け取り、パラパラとページを捲った。何度も書いては消して書き直しを繰り返したのか、ページの所々に消しゴムで消した鉛筆の跡が見える。しかし字は奇麗で、ノートの表紙の内側すらも説明に使う徹底振りに、グラファイトは素直に感心するしか無かった。

 

「思っていた以上だな。流石はトップヒーロー、こうでなければ。では次に『個性』の受け渡しだ。少し待て。」

 

意識ははっきりしている物の未だに倒れたままの出久に感染して立ち上がり、手を差し出した。オールマイトはそれに応え、髪の毛を一筋引き抜いて渡す。何のためらいも無くそれを受け取り、飲み込みながらバグヴァイザーの銃口を腕に押し付けた。一筋のデータが体から流れていく。

 

「これで良い。後はワン・フォー・オールが体に馴染む都度細胞を培養しているバグヴァイザーのデータを『更新』していけばなんとかなる筈だ。」

 

「ありがとう。本当に、ありがとう。」

 

しかし頭を下げようとするオールマイトを出久に感染したグラファイトは手で制した。

 

「これはお前ではなく出久の為にやっている事だ。礼を言われる筋合いは無い。ところでだが、『個性』を受け渡したお前はその時点で『無個性』になるのか?」

 

「いいや、聖火を受け渡したと言っても残り火という物がある。時間は限られてしまうが、まだワン・フォー・オールの力を使う事自体は可能だ。使えば使う程に、そして時間が経つ程に消えて行くが‥‥」

 

「今の制限時間は確か三時間だったな。」

 

「ああ、無茶をすれば更に減退する。まあ君が全盛期の力を再び私に戻してくれる日が来れば話は別だがね。」

 

フンと呆れ半分でグラファイトは鼻を鳴らす。

 

「そう簡単に培養は出来ん。時間はかかると言った筈だ。」

 

二人は満ち引きを繰り返す海を見ながら二十分は黙り込んでいたが、グラファイトが沈黙を破った。

 

「貴様がそもそもヒーローになった理由は純粋に人を助けたいという心の在り方が起源となっているのだろう?」

 

「ああ・・・・」

 

「では貴様にとって、ヒーローとはいかなる存在だ?」

 

「犯罪が減らないのは、国民に心の拠り所が無いからだ。誰かの命だけでなく、その誰かの身に降りかかった恐怖を取り除いて心をも笑顔で救う。真のヒーローとはそういう物だと私は思う。だからこそ、私は拠り所となる『柱』になった。」

 

「その理想に殉じた代償がこのザマか。高くついたな。」

 

「だが後悔はしていないよ。私が決めた事だ。何より、今まで散って逝ったヒーロー達への侮辱になる。」

 

「確かに。だが、皆に頼られる事を良しとし過ぎている。何もしなくとも何か事件が起きれば平和の象徴が助けに来てくれる。だから何も問題は無い。こんな考えが根深く定着している。しかし平和の象徴が表舞台を去るのは今や時間の問題。ましてや出久も俺も、まだヒーローとしては道半ばですらない。次代の平和の象徴が未だ成長しきっていない状態で犯罪抑止の力の大半を一手に担っている貴様がいなくなれば、どうなると思う?」

 

答えは簡単、犯罪が一時的にとは言え再び上昇する。出久が次なる平和の象徴となる時はまだ遥か先の未来だ。再び減少させるにもまた長い時間がかかる。

 

「しかし純粋に世の為人の為に立ち上がったヒーローは今でもいる。緑谷少年もその一人だ。平和を支える『柱』は、私だけではない。」

 

「たとえそうだとしても、大黒柱であるお前が去った時に埋めなければならない穴は大きい。それに、世の為人の為に立ち上がるヒーローはなにもライセンスが無ければなれない物ではない。出久がそれを証明した。だが、それをこいつの様に体現出来る人間がどれだけいる?」

 

太陽が灰色の雲に覆われ、気温が下がり始めた。それこそまるでオールマイトの胸中に渦巻く大きな懸念を浮き彫りにするかの如く。

 

たとえ彼のヒーローとしての活動によってインスパイアされる人間がいたとしても、大抵は社会の花形であるからというのを理由に、その真意を理解せずにヒーローになる者が多い。よしんば理解出来たとしても、それを常に忘れず実行に移せる人間は限られている。

 

「お前に頼り切る堕落から抜け出す為にも、ヒーロー向き、不向きの『個性』、そして『個性』自体の有無を問わず、遍く全ての人間に我もまたヒーローたらんと憧憬の火を灯す義務、そしてトップヒーローとして目指す平和と言う欲望の形を示す責任が貴様にはある。今からこいつを一旦連れて帰る。基礎代謝と免疫力が高いとはいえ汗をかいたまま放置していては、体温が下がって風邪を引いてしまうからな。」

 

再び言いたい事だけ言って去っていく彼の姿を、オールマイトは見つめるしかなかった。憧憬の火を灯し、トップヒーローとしての欲望の形を示す。まず何をどうすればいいのだ?今までのヒーローとしての活動だけでは足りない事は間違いない。では何をすれば?

 

記者会見?否、堅い。それではただの演説になって心には残らないだろう。

 

トーク番組でのスペシャル?これも否、やはりただ話すだけでは心には残らない。

 

何かある筈だ。マッスルフォームになって三分と経たずにゴミをトラックに乗せ、解除していつも使うゴミ処理の業者へと向かう。しかし家に戻るまでの時間、そして自宅で更に二時間費やして考えてもやはりいい案は浮かばない。

 

やはりここは聞いてみるしか無い。意を決してスマホを手に取り、一つの番号に電話をかけた。

 

『おう、俊典か。久々に電話よこしやがったな、オイ。』

 

電話に出たのは、声音が低い老人の声だった。ピキーンと背筋が伸び、肩肘が一瞬で張り詰める。いつの間にか額も汗でテカっていた。

 

「ご、ご無沙汰しております、先生。」

 

オールマイトは声が裏返るのを必死で抑えながら挨拶をした。

 

「実は一つ折り入ってご相談があるのですが・・・・」

 

『オーオーどうした?いつも以上に改まりおって。』

 

「いえ、電話越しでは意味が無いのです。少しばかりお時間を頂けないでしょうか?」

 

『まあ、構わんが。今から来るのか?』

 

「あ、ももしご都合が悪ければ、後日日を改めても全く問題はございませんが・・・・!」

 

『おう、来い来い。中々顔を見せんからな、久々にいっちょ揉んでやろうか。』

 

「お、お手柔らかにお願いします。」

 

『うん、待っとるぞ。』

 

「はい。では失礼します。」

 

電話を切り、冷蔵庫にある冷えた緑茶を一口飲んで気を落ち着けた。やはり彼との電話は心臓に悪い。

 

 

 

 

 

上質な粒あんを使ったたい焼きと玉露を携え、オールマイトは電話の相手――恩師グラントリノが住まう五階建ての彼以外は誰も住んでいないボロアパートのチャイムを押した。

 

「おう、来たか俊典。まあ入れ。」

 

「お邪魔いたします。」

 

ソファーに向かい合って座り、グラントリノがたい焼きをムシャムシャ食べながら茶を啜る。

 

「ん、で、相談したい事ってのは何だ?」

 

「はい。平和の象徴としての欲望の形という物は、一体どうやって効果的に示せば良い物なのでしょうか?」

 

「欲望の形?」

 

「はい。私は、八代目ワン・フォー・オール継承者として、お師匠の信念に則ったヒーローになろうと今まで努力を重ねてきました。ですが・・・・もっと、何か人々に形は違えど我もまたヒーローたらんと更に出来る事があるのではと模索しておりまして。それで・・・・」

 

「行き詰まって俺の知恵を借りたいというわけか。しかし、欲望の形と来たか。お前も中々のポエマーになったじゃないか。」

 

ワハハと笑いながら茶を再び啜る。

 

「だが、無駄足だな。」

 

「え?」

 

「俺はお前じゃない。そんな事分かる筈も無いだろうが、まったく。身を固める決心でもついて見合いの仲人を頼みに来たのかと思ったら・・・・」

 

「いえ、私がそんな!しょしょしょ所帯を持つだなんて・・・」

 

「まあ、それは置いとくとしてだ。お前はトップヒーロー。言うなりゃ今世紀の王だな。誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せ、全ての人間の羨望を束ね、道標として立っている存在である以上、当然の事だろうが。こればかりはお前自身が這ってでも答えを探さなきゃならん。いつも通りPlus Ultraして来い。」

 

「分かりました。お手数をおかけして申し訳ございませんでした。」

 

「ま、顔見せに来るだけ良しとしてやる。しかし、そんな事を聞きに来るとはお前、まさか後継者見つけたのか?」

 

鋭い。老いたとはいえ、その頭の切れも眼光も、些かも衰えていない。

 

「はい。見つけました。」

 

「そうか。まあ、お前の弟子だ、口は出さん。教えとるうちに欲望の形が見つかるかもしれんしな。精々頑張る事だ。」

 




『聖杯問答』の要素結構ぶち込みました。

次回、File 14: 我が名はMighty Defender!

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File 14: 我が名はMighty Defender!

や~るぞ~、今こそ~命がけ♪体が変わ~る~緑色!燃える怒りの赤い色~♪

相変わらずの高評価、感激しております。

そしてお待たせしました。オリジナルガシャット登場回です。


「コォォォォ―――――・・・・・・」

 

まずはイメージから。何事もまずイメージからだ。『個性』は身体機能の一部。それが元来備わっていなかった以上、その考え、その状態に慣れなければならない。出力をまずは1%、慣れた所で5%、10%と上げて維持しながらいつものトレーニングの約半分から始め、一週間半ほどかけながらその感覚を全身に馴染ませる。

 

現在使えるワン・フォー・オールの最大出力は14%と切りが悪い。雄英の入試当日まで残り二か月を切った。グラファイトは最初出力の上限を25%まで上げると目標を掲げたが、流石にそれは試験前に過労で倒れてしまうと出久が説得し、譲歩で20%にまけてもらった。

 

しかし兎にも角にもしんどい。片手片足だけならまだしも、全身に巡らせた状態で発動して尚且つそれをキープするのはただそれに意識を割くだけで莫大な量のスタミナを消費する。普段のトレーニングに消費する時間の約三分の一を僅か数分上回ったところで膝をついた。

 

週末に一度市内でハーフマラソンを走り切ったことがあるが、消耗はその比ではない。

 

 「駄目だ・・・・・やっぱり…これじゃ・・・・・」

 

突如吐き気がこみ上げ、べしゃりと吐瀉物が湿った砂に落ち、波に浚われた。呼吸を整えて心を落ち着ける。ワン・フォー・オールは力のストックと継承を可能とする『個性』。まだ半分すらまともに使いこなせていない。焦っても無駄だ。胃液を袖で拭い、ひとまず家に帰ったらホットヨガでもしようと考えながら踵を返して階段へ向かったが再び激しい嘔吐と頭痛に襲われた。

 

『個性』が意思を持ったかのようにその力が蹲りながら苦しむ出久の全身を電気の様に駆け巡って行く。そして一際強く頭痛が起き、出久の意識はぷっつりと途切れた。

 

几帳面で真面目なグラファイトが出久が戻らない事に疑問を抱いて海浜公園にたどり着いたのは、出久が失神してから約三十分が経過してからだった。ぐったりして血の気が引いて幽霊すら健康に見えるほどの蒼白な顔色を見て、グラファイトはすぐにバグヴァイザーの銃口を出久の胸に押し付けた。データが中に流れ込んで行き、画面が一瞬光ると緑色のガシャットがグラファイトの手に落ちた。描かれているイラストは一頭身の丸いボディーを持つゲームキャラ、マイティが楯を持った姿と『Mighty Defender Z』の文字。

 

「マイティ、ディフェンダー・・・・守りし者。お前にぴったりだな、おい。」

 

しかし使いこなすとなると、恐らくエグゼイド達がコラボスバグスターや自分を相手にした時の様にゲームを攻略しなければならないだろう。自分の手にあるガシャットと右腕のバグヴァイザーを交互に見つめる。

 

「やるしか無いか。」

 

『Mighty Defender Z』

 

覚悟を決めてガシャットのスイッチを入れると、そこら中に四方三メートルはあるキューブが現れ、辺り一面がゲームエリアへの変遷を始めた。ガシャットも再び光を放ちながらグラファイトの手を離れ、出久の体内に吸収されて行く。出久の姿も変わり始めた。

 

『Mighty Jump! Mighty Block! Mighty Defender! Z!』

 

見た目はグラファイトそのものだった。違うとすれば、グラファイトが更に鎧を着こんで更に右腕にバックラーを装着している事だ。ファンタジーゲームに登場する剣闘士に見えなくもない。さしずめアーマードグラファイトと言ったところか。

 

数瞬は静止していたものの、アーマードグラファイトはグラファイトに襲い掛かった。

 

「やはりか。」

 

バックステップで避けながらグラファイトは一人ごちる。

 

肉体は出久の物を依り代としなければ実体化出来ないが、意志は確実にある。コラボスバグスターの様に倒して『クリア』せねばならない。出久を傷つけるのは忍びなかったがそれでも久々の実戦にこう思わずにはいられなかった。

 

心が躍る、と。

 

「培養。」

 

『MUTATION! LET'S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

攻略(クリア)の先に我々の新たな力がある。耐えろ、出久。」

 

一気に間合いを詰めながらグラファイトは拳を振るった。しかし、アーマードグラファイトは避けない。寸止めなしの右ストレートが顔面を捉えたが、よろめくどころか怯む素振りすら見せない。逆に腕を掴まれて右フックのお返しを食らった。

 

「堅いな。ならばもう一段階上げよう。」

 

緑の電撃がバチバチとグラファイトの体を駆け巡る。『個性』の、ワン・フォー・オールのエネルギーだ。

 

「身体許容上限。まずは5%だ。」

 

手を伸ばせば届く必殺の間合いで、両雄は激しくぶつかるグラファイトの拳が、肘が、膝が、足が、鈍い音を立ててアーマードグラファイトの楯に吸い込まれていく。本人は効いている様子は見せない上、殆どの攻撃を楯でブロックし、更にはその楯を鈍器のように扱って叩きつけてくる。荒々しくも動きは洗練されていて無駄が無い。ワン・フォー・オールもしっかりと14%まで全身に巡らせて併用しているのか、いつもより一段と攻撃が重い。

 

今まで学んで来た全てがグラファイトにぶつけられているのだ。戦いを通してそれが分かる、グラファイトは小さく笑った。繰り出したアッパーにカウンターのフックを合わせ、美しい十字架を描きながらもバックステップで逃げられないように足を引っかけられる距離へと踏み込んでくる。

 

「いいぞ、そうだ。そうだ!もっとだ!もっと!!」

 

防御も完璧だ。防げないならば当てさせない。当たるならばヒットポイントをずらしてダメージを最小限に抑える。単純に楯や頑丈な鎧に頼っているわけではない。しっかりと互角以上に戦えている。意識が無くとも、体が覚えているのだ。何千何万と繰り返し叩き込まれた技の数々を。

 

助走をつけて繰り出した渾身の右ストレートは楯に触れた瞬間、光った。光と共に衝撃がグラファイトを襲い、後方へと吹き飛ばす。追い打つように右腕を振り払い、殺陣が円盤となってグラファイトに向かって風を切って飛んでいく。ガードが間に合わず、水飛沫と共に砂に叩きつけられた。目標に着弾した楯は独りでにアーマードグラファイトの腕へと戻っていった。

 

今のは効いた。しかし倒されるほどの威力ではない。グラファイトは水を払いながら立ち上がる。

 

「攻撃が効かないのはその所為か。今まで蓄積したダメージを己の攻撃と共に一気に俺に返した。ならば、蓄積出来る限界値を超える攻撃を食らえばどうだ?身体許容上限、14%。スゥゥゥゥゥ・・・・・・」

 

正拳を打つかの様に右拳を腰に引き付け、赤い右腕に炎が宿る。小さくも、闘志を滾らせた龍の炎だ。その尋常ではない熱量に、湿った砂から蒸気が昇り始める。添えた左手にもその炎が燃え移った。上がっていく熱は揺らめく陽炎すら作り出す。

 

「今まで技を鍛えてきたのが、お前だけだとは思わん事だ。爪と牙を研いでこその龍戦士。」

 

どっしりと腰を落とした構えを取った刹那、グラファイトの姿は掻き消えた。空中のブロックが二つ消し飛ぶ。

 

『マッスル化!』

 

『高速化!』

 

エナジーアイテムにより強化されたグラファイトは拳を固めた。

 

「逆鱗打。」

 

連打、連打、連打。細かく纏めていながらもそのパンチはどの一発も必殺の一撃となるうる威力を秘めていた。文字通り白熱した拳による連続攻撃にマイティディフェンダーは踏ん張れどもどんどん後方へと押されていく。ブロックするだけで手一杯だ。遂に出入り口の階段につながる壁際まで押し込んだ。

 

「激怒竜牙!」

 

更に放たれるのは右裏拳、左フック、後ろ足で踏み込んでから左裏拳、右フック。引き付けた左拳を伸び上がりざま楯に叩き込む。最早グラファイトの拳の跡で拉げた楯は防具の用途を成せるような状態ではない。アッパーで右腕を弾いた所に間髪入れずに右の打ち下ろしがアーマードグラファイトの顎を抉った。ノーガード状態で再び先程の六連コンボが叩き込まれる。

 

止めに唸りを上げる横腹への回し蹴りで鎧に亀裂が入った。アーマードグラファイトはズルズルと崩れ落ち、多少傷だらけになりながらも出久は元の姿に戻った。ガシャットも出久から勢い良く抜けた所をグラファイトに掴まれる。

 

『GAME CLEAR!』

 

「これでまず一つ目か。」

 

肩で息をしながらどっかりと気を失った出久の隣に腰を下ろす。

 

「お前も大概世話の焼ける奴だな、全く。」

 

再びバグヴァイザーの画面に目を落とした。ワン・フォー・オールを継承してかなりの時間が経つのに、未だ培養は滞っていた。明確な数値は出ていないが、ようやく一割を超えたと言うところだろう。

 

「後は俺自身のガシャットがいるな。」

 

このガシャコンバグヴァイザーにはゲーマドライバーと同じくスロットが二つある。マイティディフェンダーZとドラゴナイトハンターZか、プロト版があればまず間違いなくそこいらの相手に負ける事は無い。加えて十全に使いこなせていないとはいえある程度制御出来るようになったワン・フォー・オールもあるのだ。ヒーローとして活かせる能力の幅はかなり広い。

 

それに加え、グラファイトの心に一つの疑問が浮かんだ。自分に感染した出久からガシャットが生まれたのならば、他の人間も出来るのではないだろうか?不明瞭な点は多々あるが、あくまで漠然とした可能性だけはある。『個性』を再びオールマイトに返せば必然的にバグスターウィルスに感染する事になるのだ。そこから何かが生まれるのは必定と言える。

 

「しかし寄生する事でしか新たな力を得られないとは‥‥我ながら情けない。」

 

ゲムデウスウィルスを克服してレベルという概念を超越するまでに至ったのだ。再び這い上がればいいだけの話だが、それでも不快感を感じずにはいられない。

 

おまけに更に課題が積みあがった。身体許容限界を伸ばす以外にガシャットの能力の検証もしなければならないのだ。出久から生まれたガシャットであるためリスクは無いだろうが、せめて何が出来て何が出来ないかは明らかにしておくべきだ。

 

「またスケジュールが狂った、な・・・・・」

 

意外性だけで言えば、出久は十分No.1だった。

 




ガシャット紹介:マイティディフェンダーZ

楯を持ったマイティ・ガードナーが飛んでくる攻撃を楯で防ぐ防衛系アクションゲーム。本体はシャカリキスポーツよりも深い緑色。音声のリズムはゲンム Lv 2と同様。

アーマードグラファイト

バグスターウィルスと遺伝子レベルで結合した出久がマイティディフェンダーZの力でバグスターとして実体化した姿。基本的に変身したグラファイトの姿と変わらないが、色は暗めの緑で全身に厚みがあってよりマッシブな体格になっており、特に防御力が高い。十分に攻撃を受け止めると貯めたそれを相手に返す事が出来るガシャコンバックラーが武器。投擲も可能である。

次回、File 15: 踊りっぱなしのCrazy Girl!

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File 15: 踊りっぱなしのCrazy Girl!

気付いたら諸事情によりあまり描写が無い芦戸さんに割とフォーカスしちまってる件。


「シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ―――」

 

千回。手刀、背刀、貫手、掌底、平拳を千回ずつ、ワン・フォー・オールを5%解放した状態で出久は大木目掛けて打っていた。右腕にはガシャコンバックラーとほぼ同じサイズのゴミ箱の蓋をビニール紐で括りつけて固定している。左手の指先や関節は擦り剝け、巻いたバンテージから血が滲み始めていた。

 

「ふぅ・・・・こんなもんかな。」

 

『ああ、仕上がりは上々だ。そう言えば、ワン・フォー・オールを全身に発動した状態の名称をまだ決めていなかったな。何か無いか?』

 

「いやそんな急に言われても!えーっと・・・・フルボディ、は安直すぎるか。アーマード…なんか違う。うーん・・・・フル、カウル?」

 

『それだ!』

 

「え?」

 

『フルカウル。オートバイや航空機が風の抵抗を受けない様にする為のパーツ。即ち、お前は迫りくる全ての抵抗力を打ち払い、すり抜ける。ワン・フォー・オール フルカウルで決定だ。おまけに戦闘スタイルも使い分けられる。少なくとも同年代の奴に実戦で負ける事はまず無いだろう。まあお前が油断しなければの話だが。』

 

突き、蹴り、投げ、締めを合わせた様子見のシュートスタイル。

 

その基本に更なる攻撃手段を集約したパンクラチオンスタイル。

 

更に防御一徹の右と最短距離を多彩な手技で打ち抜く左で戦うシンプルながらも崩れぬグラディエータースタイル。こちらは未だ発展途上だが、確実に実戦で、特に持久戦や泥仕合に持ち込む相手に対して使えつつある。

 

「にしても、後一か月かぁ。」

 

『無個性』の人間が持ちうる能力でも悲しいまでに平均もしくは平均以下だった出久のここ数年の伸びは凄まじかったが、その伸びもどんどん定常に近づきつつあった。全身筋肉痛を覚悟で発動したワン・フォー・オール フルカウルも目標まで残すところ3%になっている。確かにグラファイトの言う通り油断をしなければ自分は強い。少なくとも過去の泣き虫の意気地なしの己に比べれば誰にでもはっきりと今の自分はレベルが違うと、そう言えるだろう。

 

しかし、何かが足りない。自分は戦士として明らかに何かが欠如している。しかしその『何か』が一体何なのか、皆目見当がつかない。息抜きは当然している。グラファイトを伴ったり伴わなかったりはまちまちだが、体を休めるという事はしっかりしている。ならば何だ?

 

『快感。』

 

「え?」

 

『それがお前の探し求めている物。快感だ。』

 

「快、感・・・・?」

 

『訓練はお前にとってストレス解消になり、楽しいと感じているのだろうが、それでは意味が無い。快感とは手段であり、目的でもある。やる意味が無いからこそ意味があると言えるのだ。やるからこそ心が躍り、心が躍るからこそまたやりたい。そう思える物が必要だ。』

 

「・・・・例えば?ってそれをグラファイトに聞いても意味無いか。」

 

『理解が早くて助かる。では行って来い。幸い今日は休日だ、門限になるまでは帰るなよ?』

 

「グラファイトはどうするの?」

 

『俺は、少しやる事がある。俺なりの訓練と言う奴だ。』

 

分離したグラファイトに別れを告げ、出久は家を出た。

 

出久が変わったのは、なにも戦闘能力や知能だけではない。服の趣味も大幅に変わった。今までは『ポロシャツ』や『Yシャツ』とだけ書かれたTシャツにカーゴパンツとお気に入りの赤いハイトップスニーカーと言う手堅くも果てしなく地味なスタイルだったが、思い切って普段とは真逆の目がチカチカしてもおかしくないぐらいにド派手な色彩の服を購入した。慣れない為に最初こそ違和感はあったものの、徐々に着こなせるようになり始めてからは色々と冒険するようにもなった。今日はスニーカーをそのままにレギュラーサイズのダメージジーンズ、白に黒い唐草模様のプリントが入ったゆったりめのTシャツ、その上に裏地が紫で表が緑色のフード付きパーカーで外出した。

 

特に道を選ぶわけでもなく、ぶらり、ぶらりと適当なところで適当な方向に曲がる。あても無くさまよいながら自問自答を始めた。

 

そもそも自分が純粋に楽しいからやりたいと思う事は何だろうか?ベタだが消去法で整理を始める。

 

ヒーロー研究のノートは趣味の一環と言えるが、今では戦法構築の為にやっている事だ。これはこれで楽しくはある。しかし明確な目的がある以上、これは違う。

 

筋トレも同様の理由で除外する。

 

ならばゲームか?グラファイトによく連れられて行くし、たまにネットでチェスや麻雀をやる事もある。ソーシャルゲームも課金はせずとも暇潰し程度にやっている。だがこれも違う。やっていて楽しいが、今一つ心に響かない。それに財布にあまり優しくない。

 

ゲームではないが、響いたものは一つある。ダンスだ。『Step Up Revolution』をプレイした芦戸三奈と名乗った彼女のあの動きは華麗にして激しく、優雅且つ力強かった。複雑で繊細な動きの中でも見る者へのメッセージはシンプルにただ一つ。

 

『見よ、私が来た。』

 

「あ。」

 

正しく、自己表現だった。瞬間、カチリと出久の中で何かが噛み合う。ああ、これだ。これだったのだ。自分に足りない物は。快感を与えてくれる物は。戦闘とは違う、第二の自己表現方法。心が躍る、ダンス。

 

「そうか。そうなのか。これなんだ・・・これかあ・・・・!」

 

ぐしゃぐしゃと髪に指を通し、拳の側面で掌を打つ。何度も、何度も。知らず知らずの内にワン・フォー・オールを発動したのか、最後の一発は撃発音とも取れる凄まじい音をビル街に響かせた。答えが分かったならば最早迷う事は無い。

 

行動あるのみだ。

 

スマホで近くに古いCDなどを売っている店が無いか検索し、そこに向かって全力で疾走した。『個性』を使わずともそのスピードは並大抵ではない。おまけに人が行き来する界隈を一切ぶつからず、失速せずに最短ルートを軽快なフットワークで駆け抜けて行く。

 

到着すると目についた物を幾つか手に取り、急ぎ足で会計を済ませた。後はダンスのステップや基本的な振り付けなどの動画を見て練習するのみ。

 

「あれ?緑谷?」

 

再びペースを上げて走ろうとしたところで、聞き覚えのある声を聞いて思わず足を止めた。振り向いた先には黒に蛍光色のアクセントが入った服に身を包んで小さなボストンバッグをたすき掛けにした芦戸三奈がいた。

 

「あ、あああ芦戸、さん・・・・?」

 

「やっぱりそうだ、緑谷じゃん!そのもじゃもじゃ頭は見間違えようがないもん!おひさー!」

 

満面の笑みを向けながらぶんぶんと手を振る彼女の姿を見て出久の頬は緩み、口角が弓なりに吊り上がっていく。ここで彼女に出会おうとは何たる巡り合わせか。これを天の配剤と言わずしてなんという?

 

「どうしたの、こんな所まで来ちゃって。」

 

「ちょっと、ね。純粋に楽しいと思える趣味の発掘と言うか、何と言うか。」

 

「へ~。あ、あの店でCD買ったんだ。古いけど良い奴揃ってるんだよねー。値段もリーズナブルだし。」

 

出久の手にある袋に目を落とし、芦戸もボストンバッグからCDを何枚も収納できるケースを開いて見せた。三十枚は下らない。

 

「凄い・・・・」

 

どれも聞いた事が無い物ばかりだ。元々音楽にはあまり興味は無かったのだが、改めて考えるとなんと勿体無いと強く自分を戒めた。

 

「芦戸さん、今から予定ってある?」

 

「え?いつもの所でサイファーがあるってだけだけど。」

 

「サイファー?」

 

「まあ言ってしまえば仲間内で音楽とか持ち寄ってダンスを披露するの。楽しいよ?緑谷も来る?」

 

「是非お願いします!」

 

腰からくの字に折れて頭を下げて食い気味に返事をした。

 

「おおぅ、凄いやる気。んじゃついてきてー!」

 

 

 

 

 

 

 

グラファイトはとある廃墟にいた。元は鉄工所だったらしいのだが、廃業して今では誰にも使われていない。そこで上着を脱ぎ棄てた半裸状態の彼の肌はまるで体内の血を殆ど抜かれているかのように蒼白で、足元も覚束ない。

 

バグヴァイザーの画面を確認し、銃口を胸に突き立てて更に己を構成するウィルスを吸い出していく。ウィルスを撒き散らしてそれらから生まれる戦闘員クラスのバグスターと睨み合った。その数、およそ五百体。グラファイトはそれらを素手で叩き伏せて行く。

 

薙ぎ倒したバグスターは再びバグヴァイザーに吸い込まれて行く。

 

「後は10%か。」

 

擦り剝けた拳を掌に打ち付けながら舌なめずりをする。

 

「打倒九万と少し。残すところ、ざっと一万。」

 

長い一日になる。掛かって来いとばかりに両腕を大きく開き、前に進み出る。

 

「さあ、掛かって来い!」

 

 

 

 

出久は圧倒されていた。サイファーで集まっているのは彼女の通う結田付中学ダンス部の部員だけではなく、他校の人間も集まって己のルーティンワークや最近身に着けた技を披露していた。曲をミックスするDJも三人はおり、音楽プレイヤーは勿論パソコンや携帯型のスピーカー、更にはターンテーブルまで持ち出すという本格的な物だ。

 

何より凄いのは、全てが『違う』という事だ。同じ技だとしても、入り方、繋げ方、速さ、動きに乗せる感情からしてバリエーションが人の数だけあるのだ。しかしそれでも音楽との一体感だけは誰一人として損なっていない。人は皆違うと頭では分かっていても、ここまで差があるという事実、そして一体感を保ちながら違うという矛盾をまざまざと見せつけられた出久は開いた口が塞がらなかった。

 

「凄い・・・・やっぱり足腰と体幹がしっかりしてるから皆体の使い方が巧い!重心もブレブレに見えてしっかりとしてるし。」

 

「まあ、ね。次緑谷選手、行ってみよー!!」

 

「え?!いやちょ、待って!ちょっと待って!僕ダンスとかした事無いのにいきなり行ってみようって、無理です!無理無理無理無理!」

 

出久はあくまで見学という名目で来たつもりでいたのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「ほらほら、逃げちゃだ~め。来た以上、参加は義務だかんね。ほらレッツゴー!」

 

ズルズルと輪の中に引きずり込まれ、中心へと押し出された。それと同時に新しい曲がかかる。一瞬にして出久の体が強張る。脳もフリーズしてしまう。

 

どうする?何をすればいい?どう動けばいい?とりあえずビートに合わせて体を揺すってはいるもののそこから何にどう繋げればいい?

 

「あ。」

 

必死に記憶を探っていき、ふとグラファイトの言葉を思い出す。踊りも格闘技も体を使った芸術。即ち、自己表現。

 

ここは円の中、逃げ場は無い。ならばやる事は一つ。いつも通り開き直り続けるだけだ。

 

考えるな、感じろ。

 

ビートに慣れ始め、前奏が終わり始めた瞬間、出久は弾けた。

 

派手な回転や蹴りを多用するカポエイラ、テコンドーなどの技を織り交ぜ、出久は目を閉じて体を動かした。周りが見えていては自分の動きに集中できなくなってしまうかもしれないからだ。しかし見えずとも問題は無い。体の動きはしっかり分かる。

 

そして動かせば動かすほど次々と湧き水の様にこう動かしてみたい、と言う無意識の声に従って動くことに抵抗が無くなっていく。先ほどまで踊っていた人間の動きまで容易に組み込める。最後に片手で体重を支えながらも回転、そこから両足を左右に伸ばして止まると、片膝をついて後ろに下がった。

 

きつく閉じていた目を開くと、DJを含めた全員が拍手していた。

 

「緑谷凄いじゃーん!全然動けてるよ―!初めてって絶対嘘だ!ねえ?」

 

「絶対嘘くせぇな、うん。」

 

「片手で体重支えてあそこまで足開けないでしょ普通。ブレッブレになっちゃう。」

 

そうだそうだと同意の声が上がり始める。

 

「よーし、負けてらんない!」

 

対抗心に一気に火が付いた芦戸も宙返りでサークルの中心に降り立つ。知っている曲なのか、動きのキレが違う。振り付けもビートだけでなく歌詞に合わせてあり、次々と繰り出される動きは正しく桃色の嵐と呼べる。体に波を通す滑らかな動き、固く角ばったロボットのような動き、更にはムーンウォーク、繋げてしゃがみながら得意なブレイクダンスの大技に入り、立ち上がって後ろに下がった。

 

そこから約一時間近く出久は踊り倒した。サイファーにも部員同士でのセッションにも飛び入りで参加し、自分の振り付けすら考え付くまでに至った。身も心も解放されるこの一時間は至福の一言に尽きた。

 

「はぁ~~・・・・疲れた・・・・」

 

「でもその割にはノリノリだったじゃん。」

 

「それはその、気付いたら勝手に・・・・」

 

「あははは!緑谷面白~い。ね、携帯出して。連絡先渡しとくから。」

 

戸惑う出久の携帯をさっと奪い取り、自分の連絡先を入力して返す。

 

「んじゃ入試で会おうね~!」

 

ダンスと言う新しく打ち込める趣味らしい趣味が見つかった。

 

そして連絡先を貰った。それも女子から。

 

女子から、連絡先を貰った。電話帳リストに新たに記載されて芦戸三奈の名前をまるで今しがた聖杯でも受け取ったかのような面持ちで凝視し、出久はその場で十分間程立ち続けた。

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハッ!やっと・・・・やっとだ。ようやくレベルアップだ。培養!」

 

『MUTATION! LET'S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

「超・培養。」

 

変身した所で左手に握りしめた二本のガシャットの内で黒い方をスロットに押し込む。

 

『ガシャット!LEVEL UP! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

ゲームエフェクトのような金と黒の稲妻がグラファイトの全身を駆け巡り、黒いガシャットがスロットから消える。グラファイトの姿も一変した。赤い右腕と緑のボディーが金色と黒に変わったのだ。

 

だが電流は収まらず、グラファイトは胸を押さえながら片膝をついた。

 

「一日で残りを培養しきるのは無理が過ぎたか。しかし、これで『黒龍モード』を使える。」

 

今は馴染ませなければならないが時間はまだ一か月ある。しばらく休んでから存分に動けばいい。

 




グラディエータースタイルは「血界戦線」のクラウスさんのスタイルを参考にしています。

そしてようやくダークグラファイトをちらっとだけでも出せました。出久ばっかり強くなってちゃアレなんで二人のパワーバランスを保つ為の措置です。

ダンスの描写は HiGH & LoWのマイティ―ウォーリアーズあたりを参考にしてます。ICEとフォーがかっぴょいい。

次回、File 16: 激突!Dragons & Robots

SEE YOU NEXT GAME......


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File 16: 激突!Dragons & Robots

ふぅ・・・とりあえず二週間経つ前に書き上げられた・・・

久々の戦闘描写上手く書けたかな?これからも拙作をよろしくお願いいたします。


やはりこればかりは慣れるのにいつも以上の時間がかかるだろう。LINEなどのチャットならまだマシだが、電話で、間近で生ボイスを聞くとどうしても言葉が喉につっかえてスムーズに会話が出来ない。芦戸から曲やアーティスト、更には音楽プレイヤーのメーカーや部員が作ったミックステープのコピーなどを貰い、トレーニングも大幅に捗った。彼女と連絡を交換してから二か月が過ぎ、遂に二月二十六日、雄英入試試験当日となった。

 

圧し掛かる緊張を少しでもほぐす為に出久は朝六時から軽くシャドーボクシングをしていた。

 

「そろそろ時間だ。シャワーを浴びて食べたら出るぞ。道中で最後の復習だ。」

 

母に出る事を告げて会場目掛けて一直線に通学路となる道を駆け抜ける。まだ三十分近く時間がある。ベンチに座り込むと目を閉じて丹田を意識した細く、長い腹式呼吸を繰り返す。周りからは奇異の目や『ヘドロヴィランの逮捕に一役買った同世代の凄い奴』と言う畏敬の視線を向けられるが、既に外界からすべてを完全に閉ざし切っている出久にはそんな物は届かない。

 

開場五分前になってから会場に足を踏み入れた。大学の講義で使うような巨大な講堂の造りとなっている会場は二十段近くの弧を描く席がずらりと並んでおり、それら全てに受験票に振られている。番号がある席に座り込んでしばらく目を閉じていると隣に誰かが座った。

 

爆豪だ。

 

『全く、腐れ縁もここまで来るとただの呪いにしか思えないな。まあ訓練の間余計な横槍を入れなかったのは褒めてやらなくは無いが。』

 

それもそうだろう。模試でA判定を取ったとは言え、所詮は模試。本番でその実力を出す事が出来なければ意味が無い。自分なりに修練を積んでここにいるのだろう。

 

時間になった所で壇上にスポットライトが当てられた。オレンジ色のサングラス、ヘッドホン、そして首に指向性スピーカー、そして嫌でも目立つ後ろに大きく反りあがったワックスで固められたであろう金髪の男の姿を照らし出す。同時に前方にある映画館顔負けの巨大なスクリーンに雄英の校章である重なったアルファベットのUとAが浮かび上がる。

 

「Okay受験生(リスナー)諸君!俺のライブにようこそ!Everybody say HEY!」

 

「ヘーイ!」

 

緊張を絶えずほぐし続ける為にも開き直ろうとばかりに出久が人目も憚らずに声を張り上げる。ボイスヒーロー プレゼントマイクの合いの手を無視するなど毎週放送しているラジオ番組のリスナーとして、ファンとして、そしてヒーローを研究してきた人間としてのプライドが許さなかった。

 

「Alright!ノリのいい返事をサンキュー、リスナー2234番!んじゃ、実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!Are you ready!?」

 

「YEEEEEEEAAAAAAAHHHHHH!!!」

 

再び声を張り上げる出久。鍛えられた肺活量と腹筋によって繰り出される叫びは、軽く反響した。

 

「Okay!リキ入ってんなそこのリスナー!入試予行通り、リスナーはこの後十分間の模擬市街地演習をやって貰うぜ!持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!」

 

「ダチ同士で協力させねえって事か。」

 

確かに、連番であるにもかかわらず自分と爆豪の受験票に記された試験場所はそれぞれBとAで違っている。だがむしろ好都合だ。もし同じ試験会場であったら私怨がある事を隠そうともしない爆豪の余計な妨害など容易に想定出来る。しかし予想が良い意味で見事に外れてくれた。これならば心置きなく試験に専念出来るという物だ。

 

『聞いたか、出久?持ち込みは自由だと。使うか?』

 

出久は小さく首をかしげたが、すぐに首を横に振った。グラファイトはあくまで『個性』のふりをしているのであって『個性』ではない。『個性』が千差万別であるからその言い訳がよしんば通るとしても、自分にはそんな嘘をつきたくない。バグヴァイザーは使うかもしれないがやるならば自分の力で、自分で継承したワン・フォー・オールの力を使う。

 

「演習場には仮想ヴィランが三種、多数配置している。攻略難易度に応じてポイントをつけてある。個性を利用して行動不能にすれば、ヴィランに応じて点数が加算される。当然、他人への攻撃などアンチヒーローな行動はご法度だぜ?」

 

「質問よろしいでしょうか?」

 

良く通る男の声が中央から上がる。立ち上がって挙手した青少年の姿は、真面目一徹を絵に描いたようだった。

 

「Okay! Go ahead!」

 

「プリントには四種のヴィランが記載されています。誤載であれば、日本最高峰たる雄英に於いて、恥ずべき事態!我々受験者は、規範となるヒーローのご指導を求め、この場に座しているのです!」

 

「Okay, okay。いい質問だ、受験番号7111君。そいつぁ断じて誤載じゃないぜ?四種目の仮想ヴィランのポイントは、ゼロ。いわゆる『お邪魔虫』だ。各会場につき一体いるギミック。倒しても別に構わないが、倒したところで意味は無い。上手く避けて立ち回る事をお勧めするぜ。」

 

「ありがとうございます!失礼致しました!」

 

九十度に腰から折れて礼をし、受験番号7111の青年は着席した。

 

「俺からは以上だが、最後に我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った。『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者』と。更に向こうへ!Plus Ultra!それでは、良い受難を!」

 

 

 

 

 

演習場Bへは説明を行った会場からバスに揺られて十分ほど離れた所にあった。ビルほどの高さがある扉と壁は、まさに一つの街を囲めるほどだった。

 

実技試験用の動きやすい普段着に着替えた出久は、最後に両手に深緑のハンドラップを巻き付けて立ち上がり、軽くその場で何度か跳ね、体の調子を確かめる為に再び軽くシャドーボクシングをして関節の潤滑具合、筋肉の解れ具合を確かめる。

 

「ハイ、スタート!」

 

プレゼントマイクの号令で扉が開き始めた瞬間、出久はその隙間を通り抜けた。出し惜しみはしない。最初から全力全開、ワン・フォー・オール フルカウル25%で臨む。

 

朝の運動のお陰で体は十分解れている。腹式呼吸で緊張もしっかり解した。スタートは上々、後はヴィランを見つけやすいように高台に飛び移って見つけ次第倒していくだけだ。

 

『出久、左下。』

 

言われるまま飛び降りざま回転しながら踵落としをカメラアイがある頭部に叩き込む。重力に従ってそのまま落ち切る前にもう片方の足で仮想ヴィランのボディーを蹴り飛ばして着地した。体は大きいが威圧感はそれ程でもない。本気を出したグラファイトに比べれば、どうという事は無い。

 

「標的を確認。ブッコロス!!」

 

更に後ろから現れたもう一体を振り向きざま右フックを叩き込んでスクラップにする。

 

『合計点数は俺が把握する。お前は気にせず突っ走れ。』

 

「よしっ・・・」

 

フルカウル状態で再びビルからビルへと飛び移って市街地を駆け抜ける。総数、配置は共に不明。限られた時間と広大な敷地。問われる能力は四つ。状況把握に必要な情報力、あらゆる局面に対応する機動力、どんな状況でも冷静でいられる判断力、そして純然たる戦闘力。

 

これらを総合した結果がポイントの合計という形で示される。

 

「あ・・・!?芦戸さん?」

 

仮想ヴィランと戦っている少女がいる。ピンク色の肌から噴出する溶解液が装甲ごと中身を溶かし尽くしていく。仮想ヴィランがビルを突き破ったせいか、建物の一部から瓦礫が幾らか降り注ぎ始める。彼女目掛けて。

 

「まずい!」

彼女目掛けて飛んだが、それでも目算で僅かに届かない事を悟った。

 

『チュドド・ドーン!』

 

バグヴァイザーの銃口から放たれたビームが瓦礫を粉々に砕いた。そして落ちてくるコンクリートの欠片が目に入ったりしないように着ていたパーカーを頭から被せた。

 

「大丈夫!?」

 

「へ、あ、うん、って緑谷?!」

 

「ごめんなさい、その・・・上から瓦礫が降って来てて気づいてないみたいだったから、つい。そ、それじゃ、頑張って!」

 

パーカーの埃を払って袖を通しながら再びヴィラン退治に赴く。一体、また一体と出久の攻撃が(時折バグヴァイザーと共に)仮想ヴィランを破壊していく。当然苦戦している受験生などの助力や怪我で動けない受験生の移動やその場で出来得る限りの応急処置も忘れない。

 

「残りは二分弱、か。」

 

まだ『お邪魔虫』と鉢合わせていない。いやまだ試験官側が出していない、と言った方が正しいだろう。そして出すと言った以上、彼らは出してくる。今もいい塩梅にポイントを取れる仮想ヴィランの数が減っている。出すとしたら、そろそろだろう。

 

そんな出久の読みは見事に当たった。しかし現れた『お邪魔虫』は予想を遥かに超えた代物だった。ポイント付きの仮想ヴィランは精々が三メートル前後の全長だったが、お邪魔虫は下手をすればその百倍近くはある巨大ロボだった。ビルの底を突き破って出てきたのか、建物が数棟ぺしゃんこになっている。その近くには瓦礫に足を挟まれて動けなくなっている女子の受験者がいた。

 

『ほう、これはこれは。全力をぶつける為に誂えたようなバグスターユニオン以上のデカブツではないか。多少は骨がありそうだ。』

 

バグヴァイザーなどの生半可な攻撃では牽制にすらならないだろう。

 

飛び上がり、突き出た頭部を跳ね上げる。まずアッパー。

 

「SMAAAAAAASH!」

 

しかし多少拉げただけで動作に問題は無い。落下する前にロボを足場に近くのビルに飛び移る。一発ではやはり足りない。オールマイトと違ってワン・フォー・オールの半分の力すら出せないのだから一撃で倒すなんて芸当自体無理な話だ。

 

右手のバグヴァイザーに目を落とした。本来は使わずにいたいと願っていたが、瓦礫から受験者を救う時に咄嗟に使ってしまった。ならもう一度だけ使おう。どうせ今の自分にはワン・フォー・オールを完全には使いこなせないのだ。それ以外の使える手段を頼って何が悪い?

 

『ギュギュギュ・イーン!』

 

「うおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!」

 

回転するチェーンソーの刃が鉄を切り裂き、内部を抉っていく。ある程度装甲を剥ぎ取った所で再び拳を握り直した。一発では倒せない。ならば、倒れるまで叩き続けるのみ。拳を固め直し、再び飛び掛かる。

 

ワン・フォー・オールの赤いスパークだけでなく金と黒の稲妻も出久の拳から伝い始めた。もう何十発打ったか分からない。頭にはハンドラップが擦り切れて千切れた拳が硬い装甲を打ち抜く音しかしない。

 

まだ息は続く。連打、連打、連打。止まるな、止まるな。何があっても打ち続けろ。二百でも三百でも構わない。相手はロボット、急所は無い。どこでもいいから叩け。

 

倒れろ、倒れろ、倒れろ、倒れろ、倒れろ!

 

祈りながらも拳を振るい続け、ようやく傾き始めた。

 

大砲を打つならここしか無い。左足を踏み込みながら腰だめに引き付けた右手を更に引いた。

 

「SCREW JOLT SMAAAAASH!」

 

大きく踏み込み、全体重を乗せた捻りを加えた右拳が巨大ロボの頭を根元から吹き飛ばした。落下しながら出久は何度も大きく息を吸った。連打とは即ち無酸素運動。いくら肺活量を増やしたからと言って筋肉が使う酸素の量は凄まじい。ましてや百以上の打撃を打ったのだ。出久の唇は酸素の著しい欠乏で紫色に変色していた。

 

『チアノーゼか・・・!替わるぞ、出久。許せ!』

 

当然、思考や判断にも脳が酸素を必要とするが、その為の分すら今の出久の体内に無い。足りない。

 

『MUTATION!』

 

地響きと共に倒れる仮想ヴィランはもうもうと土煙を空高く巻き上げて出久を覆い尽くす。その中で大の字に寝そべった出久は必死に酸素を取り入れようと深呼吸を続けていた。ワン・フォー・オールも既に解除しているが、やはり十分間全力で発動したフィードバックがほぼ即座に全身を襲った。筋トレを始めた頃の痛み以上だ。

 

『すまん、あの状況ではああするしかなかった。』

 

「いいよ、もう・・・・結局最後の最後で後が続かなかったん、だから・・・・・ああ、くそ。滅茶苦茶に痛い・・・・」

 

プレゼントマイクの試験終了の号令が鳴ったのは、それから三十秒前後が経過してからだった。

 




これから数週間、卒業後の大学院の願書や住居の手続きなどもあってかなり忙しくなるので更新が多少遅れます(確信)

次回、File 17: Let’s go! 僕のヒーローアカデミア


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Level 2: 入学
File 17: Let’s go! 僕のヒーローアカデミア


今回はちょっと長めです。そして相変わらずマイティフォーム並みに赤い評価バー・・・


感無量です。

4/9 グラファイトのアドバイスとフルカウル会得にもかかわらずスコアが低くて不自然と言うご指摘を受けたので加筆修正しました。


「いだだだだだだ!!!痛い痛い痛い痛い!!!」

 

全身に湿布を張られ、両足を広げて背中を思いきり足裏で押されている出久が食いしばった歯の奥から叫ぶ。同じく湿布にまみれたグラファイトも未だ鈍痛を発する肩や背中の筋肉をほぐしながら出久の上半身を床に倒していた。

 

「我慢しろ。調子に乗っていきなり全速力で『個性』を使ったのはお前だ。筋肉痛だけで済んでよかったと思え。俺が一部ダメージを肩代わりしなければ骨に罅、神経を幾らか断裂しているところだぞ。特にあの連打。いくら鍛えているとは言えワン・フォー・オールは増強系。パワーは上がっても生身である事に変わりは無い。」

 

「うぐぅ・・・・」

 

言い返せない。身体許容上限が25%に上がったのは試験の二日程前。本来ならば20%か、それ以下の出力で加速するマニュアル車の如くギアを徐々に上げて行く所をいきなり最大出力で飛ばしたのだ。鍛え上げた体が一気に体力を持っていかれても仕方が無いのだ。

 

「まあ説教はともかく、感触はどうだった?」

 

「実技は手応え十分。筆記は平均より少し上ぐらいかな。」

 

「そうか。確かに、あれだけやれば入試はトップで入れるだろう。」

 

「いや・・・・トップは流石に・・・・」

 

「入れるさ。俺の勘を信じろ。仮想ヴィランの無力化で合計81ポイント。だがそれだけが得点に数えられる筈が無い。また別の形で点数が入るだろう。俺の予想ではお前の得点は三桁。爆豪など及びもしない。しかし、もう一週間近く経つのに結果がまだ来ないとはいやにやきもきさせるな、雄英も。オールマイトとも連絡がつかなくなっている。何をしているんだ、あの外人かぶれは?」

 

「まあまあ、オールマイトもきっと忙しいんだよ。トップヒーローなんだし・・・・」

 

「それもあの傷ではたして何時まで保てるか。あの調子で続けて行けば、全盛期の力を戻す前に残り火が消えるか、あいつが死ぬ。後はどちらが先に訪れるかだ。」

 

「そんな・・・・!」

 

認めたくはなかったが、徹底した現実主義のグラファイトに感化された出久も想像した事が無い訳ではない。命ある万象は必ず死に、滅ぶ。最強無敵の平和の象徴も『老い』や『寿命』には勝てないのだ。平和の象徴と言う犯罪抑止の封が消える。正直想像したくもない。

 

「だからこそ奴には自粛して貰わなければならない。次なる世代の『平和の象徴達』の為に。まあ言ったところで止まらんだろうがな。あれも最早名医にも治せん職業病と言う立派な病だ。」

 

「そこまで言わなくても・・・・」

 

グラファイトは階下で異変を感じ取ったのか床を一瞥すると出久に感染して姿を消した。その直後に息せき切って母の引子が出久の扉をまるでキツツキのように震える手でタタタタンと叩く。

 

「き、来てた!通知来てたわよ!」

 

差し出された白い封筒には雄英の校章が入った赤い蝋封がされてある。

 

『来たか。フハハハハ!』

 

「後で結果教えるから、その・・・・一人で、いい?」

 

「良いわよ!ちゃんと結果教えてね!」

 

いそいそと部屋を出る引子は、鼻歌を歌いながら下に降りる。彼女の中では既に出久は合格しているのだろう。

 

慎重に封を切って中身を取り出す。案内通知の紙切れ以外に、五百円玉より少し大きい平たく丸い装置が入っていた。スイッチらしい物を押す。

 

『私が投影された!!』

 

「ぬうぉおおあああああああ!?!?いっ“!?」

 

思わず後ろに飛び退り、ずきりと来た筋肉痛に顔を歪めた。

 

『イヤー諸々手続きに時間がかかって連絡がつかなくなってしまってね、申し訳ない。』

 

画面に映っているのは黄色のピンストライプスーツと青ネクタイのオールマイトだった。

 

『実は、私がこの町に来たのは雄英に勤める事になったからなのだよ。ん?え、巻きで?いやしかし彼には伝えなければならない事が…‥後がつかえてる?あ~・・・OK、分かった。筆記は合格、そして実技も81ポイントと優秀な成績で合格。ちなみにだが、見ていたのはヴィランポイントだけにあらず!』

 

『ふん、やはりか。』

 

それ見た事かとグラファイトが鼻を鳴らす。

 

『見ていたもう一つの基礎能力、それ即ちレスキュー!何故なら!「人助け」を、「正しい事」をする人間を排斥するヒーロー科などあっていい筈が無い!綺麗事?大いに結構じゃないか!綺麗事を掲げて実践するのがヒーローの常。ちなみにこれは、厳粛な審査制!君のレスキューポイントは、53!合計134ポイント!』

 

そして成績の上位十名の点数と名前が空中に投影されたスクリーンに現れた。その一番上には、緑谷出久の名がある。

 

『堂々一位の入試主席だ!おめでとう。』

 

グラファイトは我慢できずに腹の底から笑い始めた。清々しいほどに予想通り三桁のスコアを叩き出したのだ、笑わずにいられない。出久が一人で戦い抜いて勝ち取った主席の座は素直に嬉しかったし、何よりヴィランポイントのみで上位にのし上がった爆豪より上だという事実は溜飲を下げるには十分だった。奴の悔しがる顔を見れないのが残念だ。

 

「入試、首席・・・・・!?ぼぼぼ僕が、入試しゅしゅっすふしゅ主席!?え?!」

 

白昼夢でも見ているのではないかと目をこすり、脇腹を抓っても結果は変わらない。緑谷出久と書かれた名前とその順位は、動いていない。消えていない。爆豪勝己の上に、ある。134ポイントが、ある!

 

「うあああああああああああああああああああああああ!!!」

 

嬉しい。唯々嬉しい!壊れた消化ホースの様に涙腺から涙が噴出した。

 

『待っているよ、緑谷少年。早く来い。君のヒーローアカデミアへ!』

 

ビデオメッセージが終わる前に出久は筋肉痛など知った事かと部屋を飛び出して階段を駆け下りると、母親に抱き着いた。泣きながら合格した旨を伝えると、引子もまた凄まじい勢いで嬉し涙を噴出しながら我が子を抱き締め、喜んだ。

 

水分補給をした後に御馳走を作る為に再び買い出しに急ぎ足で出て行ったのは言うまでもない。

 

『言っただろう?一位で合格だ、主席殿。これで爆豪もそうでかい顔は出来まい。癇癪を起して家を吹き飛ばしていなければいいがな、フハハハハハ!』

 

「またそうやって・・・・・ん?」

 

ポケットの携帯が震えた。オールマイトからのメールだった。

 

 

 

 

呼び出されたのは試練を課された海浜公園だった。

 

「やあ、少年。君にはここ最近驚かされてばかりだな。」

 

夜の浜辺で出久を迎えたのは骨と皮のトゥルーフォームのオールマイトだった。

 

「まずは改めておめでとうと言わせてくれ。五本の指に入る成績上位者ぐらいにはなると予想はしていたが、良い意味で斜め上を行ってくれた。」

 

「当然だ。まあ今回は本人の希望もあって余計な手は加えなかったが。」

 

グラファイトが腕を組んだ状態で出久の背後に姿を晒す。

 

「しかし、君は最後のあの瞬間、一瞬とは言え変身しただろう?」

 

オールマイトが若干意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「身体許容限界の出力で『個性』を十五分間全力で振るっていたからな。全身筋肉痛、おまけにギミックを倒す過程で酸素不足になってチアノーゼだ。まともに着地も出来ない状態だった故、あの時だけ体の支配権を奪った。貴様、よもや今更不正だなどとは言うまいな?」

 

「まさか。こちらもグラファイトの事も、私との接点も伏せてある。緑谷少年、君は良くも悪くも真面目だ、そう言うのはズルだとか思って気にするタイプだろう?レスキューポイントの審査にも不参加だ。入試主席は正真正銘、君自身の実力で勝ち取った功績だ、存分に誇ると良い。」

 

「お、お気遣いありがとうございます!でも、オールマイトがまさか雄英の先生だなんて驚いちゃいました。だからこっちに来てたんですね。だってオールマイトの事務所は東京都六本木の港区の」

 

「や・め・な・さ・い!」

 

危うく個人情報をばらすところだった出久に待ったをかける。そこまで知られているとは思わず、オールマイトの額から数滴の冷や汗が流れ落ちた。

 

「それについては学校側が正式に発表するまでは言えないのだよ。後継者を探していた私に、たまたま依頼が来たのさ。実を言うと、君に会う前は育成しているヒーローの卵達の中から後継者探しをして雄英で教師をしながら育てていくつもりだった。でも、視野の狭さを実感したよ。君に会えて本当によかった。ありがとう。」

 

出久は涙を堪えながら差し出された痩せぎすの手を握った。

 

「オールマイト、いい気分な所で水を差して悪いが俺も二つ程貴様に用事がある。一つは貴様の細胞の培養状況だ。やはりと言うべきか、笑える程に遅い。今でようやく10%に到達した所だ。培養のスピードはまちまちだが、単純計算で行けば少なくとも年単位の時間がかかる。」

 

オールマイトは目を細めた。やはりそれぐらいはかかるのか。

 

「だから、お前もその人助けと言う名の職業病を治す事に専念しろ。活動限界時間が削られればそれだけ余計に培養する手間が増える。」

 

「少しずつ元に戻して行くという事は、出来ないのかい?」

 

「傷が新しければその可能性はあったが、これは古傷を治すという言わば治った傷を再び開いて最善の状態に戻す作業を以て治療すると言う荒療治だ。今注入した所で雀の涙にも値しない。どころか無駄遣いだ。」

 

つまり、ゼロか百か、である。

 

「そうか、分かった。ありがとう。では、もう一つの方は?」

 

「ワン・フォー・オールの出自だ。」

 

オールマイトの眉がピクリと引き攣った。

 

「グラファイト、ワン・フォー・オールの出自って・・・・?」

 

「俺は基本暇な時は調べ物をしていてな。興味を惹けば飽きるまで調べ尽くす。その対象の一つが、ワン・フォー・オールの誕生だ。受け継がれる物である以上、発現させた初代がいる筈だ。それが誰なのか、とかをな。」

 

グラファイトの口角がにやりと吊り上がる。しかしその目は瞬きすらせず、オールマイトを射抜かんばかりの鋭い光を帯びていた。

 

「世の中力を振るう者は悪人であろうとなかろうと、またそれより更に上の力によって下されるのが世の常だ。何故なら、そいつが保有する力その物が『挑発』となっているからだ。『挑発』は『敵対』、『敵対』は『災害』を必然的に誘発する。『個性』を受け渡し、力をストックする『個性』などと言う『個性』の中でも特殊過ぎるそれが自然に生まれるという事に少し疑問を抱いてな。何より、名称に引っかかりがある。」

 

「名称?ワン・フォー・オールの?」

 

「ああ。これは元々アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『三銃士』のキャッチフレーズの後半その物だ。偶然とは思えない。人はモノに名をつける時に必ず何かしらの意味を持たせたがる。オールマイト、貴様とて例外ではない。」

 

思い出したとばかりに出久は手を叩く。

 

「あ、そっか!皆は一人の為、一人は皆の為(All for One, One for All)。」

 

「そう。ワン・フォー・オールは前任者の魂と力を受け継ぐ、『個性』。個人の意思によって受け渡され、受け取られる、意思を尊重する物。ならばその対極に位置する個性『オール・フォー・ワン』は――」

 

「やめろ。」

 

オールマイトが静かに、しかしはっきりとグラファイトの言葉を遮ったが、構わずグラファイトは続ける。

 

「『個性』を奪う『個性』ではないのか?お前の脇腹に風穴を開けたのはその力を持つ人間ではないのか?そう考えた。まあ、あくまでこれは全て仮説、証拠も何も無い勝手な想像の域を出ないがな。」

 

しかしオールマイトははっきりとグラファイトの表情を見て分かった。ああは言ったものの、彼は間違い無く確信している。彼のこの長ったらしい説明は、紛れも無く挑発。

 

出久に隠し通すのか?信頼して後継者に選んだお前が。ここでしらを切れば、どうなるか分からないぞ?

 

「こ、『個性』を奪う『個性』ってそんな・・・・!?」

 

出久は震えた。あり得ないと思いたくとも容易に想像出来てしまう。強力な『個性』をいくつも手にした人間がもし犯罪者だったら。町どころか国一つを滅ぼせるかもしれない。世界征服と言うコミックの中だけに存在する筈の野望を実現出来てしまうその出鱈目過ぎる力がまさか存在するとは。その事実に出久の背中を嫌な汗が濡らした。

 

「あり得ない話じゃない。ワン・フォー・オールなんてものが存在するんだ、むしろ無い方がおかしい。」

 

したり顔のグラファイトを一瞬睨み返したが、きつく目を閉じ、オールマイトは目頭を揉んだ。

 

「グラファイト、全く君は・・・・・」

 

「何だ?想像の域を出ない仮説だと言った筈だが?」

 

「本当だよ。その『個性』を・・・オール・フォー・ワンを持つヴィランは、確かに存在した。五年前に腹のこの傷と引き換えに私が倒した男だ。」

 

砂の上に座り込み、出久もそうするように促した。

 

「余計なプレッシャーになると思って後になってから話すつもりだったんだが・・・・話そう。」

 




どうしてこうなった・・・・・
グラファイトが草加並に悪い顔してるようなシーンが出来てしまった・・・・!?!?!?

口が悪くとも根は優しいママファイトでいる筈だったのに!!

次回、File 18: いきなりのTrial!

SEE YOU NEXT GAME.........


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File 18: いきなりのTrial!

偉い速く仕上がってしまったな・・・・そしてUA八万突破!ヤフー!


「グラファイトの推察通り、オール・フォー・ワンは『個性』を奪い、己が物とする事が出来るが、それだけではない。奪った『個性』をまた誰かに与える事も出来るのだ。」

 

「何だと・・・?!」

 

今度はグラファイトが愕然とした。つまり『個性』のストックがある限り、兵隊が死ぬ前に『個性』を回収すれば軍団を半永久的に作れるという事になる。クロノスの能力も十分規格外だが、これでは最早勝負にすらならない。その圧倒的な力の差をオールマイトはたった一つの個性で返り討ちにしたのだ。

 

「君や私が生まれる遥か昔、超常黎明期、社会がまだ変化に対応し切れていない頃、人間と言う規格が『個性』によって呆気無く崩れ去った。法は意味を失い、文明が歩みを止めた。正しく荒廃した混沌の時代に揉まれる人々を纏め上げたのがオール・フォー・ワン。『個性』を奪い、圧倒的な力でその勢力を広げていった。計画的に人を動かし、思うままに悪行を積んでいった彼は瞬く間に悪の支配者として日本に君臨した。正に数多の『個性』を持ったジェームズ・モリアーティーと呼べよう。」

 

出久には最早寄せて返す波の音すら耳に入らない。立っていたグラファイトも座り込んで話の続きを促す。

 

「彼は『個性』を与える事で他者を信頼させるか、屈服させた。ただ与えられた人の中にはその負荷に耐えられず廃人になる者も少なくなかった。だが稀に与えられた『個性』が本来備わっている『個性』と混ざり合う事によって新しい『個性』を誕生させるケースもあった。彼には、『無個性』の弟がいてね。体も小さく病弱だったが正義感だけは人一倍あった。兄の所業に心を痛め、抗い続ける男だった。そんな弟に力をストックする『個性』を無理矢理与えた。優しさ故か屈服させる為か、今では分からないが。」

 

「つまり、その弟が・・・・?」

 

「ああ。彼にも一応『個性』はあった。自他共に気付きはしなかったがね。『個性』を与えるだけの『個性』。それ単体では何の意味も成さない筈だったが、それが力をストックする『個性』と融合し、かくしてワン・フォー・オールが誕生した。皮肉なものだよ、正義はいつも悪より生まれ出ずる。」

 

「超常黎明期と言えば随分前だ。まだ生きているとは‥‥いや、老化を止める『個性』があれば、可能か。」

 

「ああ。奴は、それ故生き続ける半永久的な『悪の象徴』。覆しようのない戦力差と当時の社会情勢と言う不利な状況により敗北を喫した弟は、後世に託す事にした。今は敵わずとも、少しずつ力を培い、自分が死んだ後の遠い未来で兄を倒してくれる力になるだろうと信じて。ワン・フォー・オールは保持者の意思でしか受け渡す事は出来ない。つまり奪われる事が無い、オール・フォー・ワンに対抗出来る唯一の『個性』なのだよ。」

 

「ならばそいつはもう・・・・」

 

「私が倒した。五年前に。」

 

「間違いなく死んだのか?死亡もしくは消滅した所を目撃したのか?遺体は処理されたのか?」

 

「いや、見ていない。ヒーローが人を殺してはいけない。踏み止まりはしたものの、彼ばかりはその一線を越えなければならないと何度も思った。こればかりはいくら君に扱き下ろされても譲れないよ、グラファイト。」

 

『MUTATION! LET'S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

出久が止める前に、グラファイトの黄金の右腕がオールマイトの顔面を、鼻先を捉えた。彼の反応は一瞬遅れ、トゥルーフォームのまま数メートル後ろに砂地にひっくり返った状態で吹っ飛ばされた。

 

「ちょ、グラファイト――」

 

「黙っていろ、出久。これは奴の説明不足と詰めの甘さ故の罰だ。いいか、出久が死ぬような事があれば、俺は貴様を許さんぞ。オール・フォー・ワンに代わって反対の脇腹に風穴を開けてやる。肝臓ぐらいは抉り出すからそのつもりでいろ。貴様の言う事が本当ならば、奴が持つ『個性』の数は百や二百程度ではあるまい。必ずどこかで生き延びてお前を殺す機会を窺っている。悪の支配者とお前が呼ぶのであればお前が憔悴している事も、後継者を見つけた事も、恐らくは知っている。奴の軍団もまだ生きているだろうな。」

 

「くふっ・・・・・緑谷少年にはまだ早いと思って伏せていた。彼の人生はこれからだ。色々な物を見聞きし、楽しむ事も多い青春時代。たとえワン・フォー・オール継承者として認めたとはいえ、私がそれを奪う権利は無い。私は隠し事が確かに多い、それは認めよう。」

 

鼻から流れる血をポケットティッシュで止め、オールマイトは立ち上がった。

 

「だが、一度たりとも君達に嘘をついた事は無い。これは己の命を賭けて誓える。しかしグラファイト、君とてただ調べただけだ。あの場にいたわけでも、オール・フォー・ワンと相対したわけでもない。私が勝利した時、奴は間違い無く虫の息だった。目も鼻も原形を留めず潰れ、耳も無い。まともに立つどころか呼吸すらままならない状態だ。もし君があの場にいれば、間違い無く勝ったと思った筈だ。」

 

「俺をお前の尺度で測るな。ウィルスという物は残滓一滴、残骸一片から再び増殖する。ましてや社会の死病とも呼べるようなその男は、完全に死滅させなければ意味は無い。持ち駒もまだ存命中だろうしな。はっきりしている奴の目的は三つ。お前の抹殺、お前が選んだ後継者の抹殺、そして唯一奪う事が出来ないワン・フォー・オールの滅却。残り火諸共な。貴様の全盛期へ返り咲かせる計画もこれで間に合わなくなった。今のままではな。」

 

グラファイトはバグヴァイザーを外すと銃口を自分の腹に突き立てた。小さく呻きながらもオレンジ色の光が漏れ、バグヴァイザーに吸い込まれていく。同時に、グラファイトの姿がホログラムの様に透け始めて行く。ジジジッと全身にノイズが走り、即座に出久に感染した。

 

「グラファイト、大丈夫?!ていうか、何したの?」

 

『俺の肉体の四割前後をオールマイトの生体データに書き換えて現在培養してある物に加えた。多少無茶をしたが、これぐらいならお前の体内で自分の肉体を培養していれば問題無い。どこまで進行した?』

 

「えっと・・・・」

 

バグヴァイザーについた砂を払い落として画面を確認し、出久は目を丸くした。

 

「かなり進んでるよ・・・・一気に25%に上がってた。」

 

『また俺の肉体が100%に戻るまで時間を要するが、こうすれば足しにはなるだろう?出久、言っておくがこれは断じてオールマイトの為ではない。お前の死亡率を確実に下げる為だ。それにお前がヒーローを目指すならば、その自己犠牲の精神は同じくヒーローを志す者として見習わなければならない。』

 

「グラファイトがまた元気になるまで、どれぐらいかかるの?」

 

『そうだな・・・・どれだけ効果的に休息を取れるかにもよる。とりあえず精神的なストレスを発生させる行動はしばらく控えてくれ。お前に感染している状態だとそれが俺の回復に直に影響する。』

 

パラドのパーフェクトパズルの能力で『回復』のエナジーアイテムを使えばすぐにでも元通りなのだが、無い物強請りをしても詮無き事。自力で全快するのを待つしか無い。

 

「彼は、何と?」

 

「オールマイトの為じゃなく、自己犠牲の精神を学んで、僕を生かす為だと。ごめんなさい、グラファイトが殴っちゃって・・・思いっきり・・・・」

 

「いや、構わないさ。あれは殴られても仕方が無い。私からありがとうと伝えてくれないか?彼には世話になりっぱなしだ。さて、お互い明日から初日だ。今日はもうお互い帰って寝よう。」

 

「はい。おやすみなさい。雄英で、また。」

 

しかし、オールマイトの口から語られたワン・フォー・オールの誕生秘話はあまりにも重過ぎた。結局出久は日付が変わる直前までベッドから天井を見上げ続ける破目になった。

 

 

 

 

眠りこそ浅かったが、普段から健康管理を怠らずにいた出久は眠気を感じず、早朝に軽く汗を流してから届いた制服に袖を通した。

 

「行ってきます、母さん。」

 

「行ってらっしゃい。出久、今の出久・・・・超カッコいいよ!」

 

やはり自分の一人息子がかの雄英に入学出来た感動が未だに拭えないのか、引子の目は涙で光っている。

 

「ありがと、母さん。」

 

ロードワーク用に新調した音楽プレイヤーにイヤホンを差し込み、軽いジョギングの速度で雄英へと向かう。

 

「グラファイト、一晩でどこまで回復したかは分からないけど、その・・・・大丈夫?」

 

『問題は無い。お前から分離しての自立行動が制限されるだけだ。この調子で行けば半月と経たずに元通りだ。』

 

「半月か・・・・分かった、僕も頑張る。ありがとう、オールマイトを助けてくれて。」

 

グラファイトは小さく鼻を鳴らして返事をしなかったが、出久は特に気にしなかった。慣れたのだ。辛辣で率直で熱くなる時は饒舌になるものの、グラファイトは基本的には素っ気無い。

 

そうこうしている内に雄英の正門を通り抜け、教室を探しに回った。頼りになる地図も何もなく、廊下には初日という事で誰もいない。自分の足で地道に探すしかなかった。時間に余裕はあるものの、出久は少しだけ焦っていた。倍率三百の難関校は伊達ではなく、その分キャンパスも広く、建物も入り組んでいる。

 

初日から遅刻など、シャレにならない。

 

しかし案内表などを運良く見つけ、一年A組の教室に繋がる扉を見つけた。そびえたつその扉は三メートル前後ある。

 

「バリアフリーなのかな・・・・?」

 

『お前は入試主席だ。堂々としていろ。俺と組手をやっている時と同じだ、開き直ってしまえば臆する事は無い。』

 

三度深呼吸をして扉に手をかけて開く。

 

「机に足をかけるな!」

 

「あぁん?」

 

教室に一歩足を踏み入れた瞬間に出久の目に入ったのは、強面のツートップ。幼馴染の爆豪と、プレゼント・マイクに試験に関する質問をした眼鏡をかけた受験番号7111の受験生だった。

 

「雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

 

「思わねえよ!てめえどこ中だ?端役が!」

 

「俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ。」

 

「聡明ぃ~?糞エリートじゃねえか、ぶっ殺し甲斐がありそうだな!」

 

相変わらずのヒーローらしからぬどころか三下のチンピラ同然の物言いにグラファイトは小さく鼻を鳴らした。相変わらず進歩の無い男だ。

 

「ぶっ殺し甲斐?!君、ひどいな。本当にヒーロー志望か?」

 

「けっ。」

 

『そうだもっと言ってやれ。』

 

頼むからやめてくれ。初日の朝からそのようなストレスでせっかく太くなった神経をわざわざ擦り減らしたくない。グラファイトも精神的ストレスには避けろと言われたばかりだと言うのに焚き付け、煽っている。彼の言葉がクラスに聞こえていないのがせめてもの救いだ。

 

「あーーー!緑谷じゃーーん!一緒に入学出来たねー!これからよろしく!」

 

足早に寄って来たピンク肌の芦戸が出久の手を掴んでぶんぶんと

 

「あ、ああああ芦戸さん!?」

 

「もー、メッセージ送ったんだから返事返してよー!」

 

「え?」

 

出久は慌てて携帯を確認すると、確かに合格通知が来た夜に出久の入試主席での合格を祝うメッセージが届いていた。

 

「あ、ホントだ!ごごごごめんなさい!他のメッセージがどんどん来て、その・・・・埋もれちゃってて、でも別にわざと無視したとかそういうのでもなくて・・・!」

 

『俺のアドバイスが全く響いていないな、お前。』

 

声だけでグラファイトがどれだけ呆れ果てている表情が目に浮かぶようだ。

 

「いいよ、もう。でもこれからはもうちょっと筆まめにね?」

 

「は、はいっ!」

 

「良かった、君もこのクラスだったのか!俺は私立聡明中学―――」

 

「聞いてたよ。僕、緑谷。飯田君、だよね?よろしく。」

 

「こちらこそ。説明中に合いの手に応えていた君を見くびっていた事を謝罪したい。申し訳なかった。あの実技試験の全貌に気付いていたとは、君を見誤っていたよ。」

 

実際は考えが及ぶ前にグラファイトが先にヒントをくれていたのでほぼカンニング同然なのだが、出久はあははと冷や汗を拭って謝罪を受け取った。高校生とは思えない程に発達した肉体は兎も角、顔は人畜無害を絵に描いたような面構えなのだ。犯罪を取り締まるヒーロー候補とはとてもではないが見えないだろう。

 

「あ、その緑色のもさもさ頭は!地味目の!」

 

「へ?」

 

茶髪で丸みのある顔の女子生徒が廊下に立っていた。

 

『出久、お前が試験中に助けた奴だ。ゼロポイントを破壊した時に。』

 

そう言えばそんな気もする。遠目だった為顔立ちははっきり覚えていないが、グラファイトがそう言うのならそうなのだろう。

 

「ああ、あの時の!」

 

「うん!覚えててくれたんだ、ありがとう!入試主席って凄いね!あのパンチ凄かったもん!」

 

詰め寄られ、出久の顔は一気に真っ赤になった。本当に小さくグラファイトが呻くのが聞こえたが、こればかりは場数を踏んで慣れて行くしかなかった。申し訳なく思いつつも、ある種の諦めに辿り着く。

 

「実はあれ結構痛かったんだよね‥‥『個性』使ったとは言え殴ったの鉄だし。もう大丈夫だけど。」

 

「今日って式とかガイダンスだけかな?先生ってどんな人なんだろうね?!」

 

「お友達ごっこしたいなら他所に行け。」

 

低く、気だるげな男の声が二人を黙らせた。

 

「ここはヒーロー科だ。」

 

声の主は廊下に立っている女子の後ろに寝そべっていた。黄色い寝袋に入っている無精髭の男の姿はまるで芋虫だ。ずっと寝袋に入った状態でここまで来たのだろうか?そもそも何故寝袋に入っている?彼の正体は?三人の頭の中を様々な質問が駆け抜ける。その状況で言える事はただ一つ。

 

何かいる。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君達は合理性に欠けるね。」

 

男は器用に立ち上がって寝袋を脱ぐと、黒の上下と首の包帯の様なマフラーの様な、兎に角帯状の物が幾重にも巻き付いた異様な姿が露になる。

 

しかし彼の言葉から察するに、恐らく担任か何かなのだろう。つまりはプロヒーローだ。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね。早速だが、これ着てグラウンドに出ろ。」

 

寝袋のどこに収納されていたのか、人数分のプラスチックで包装された学校指定のジャージを取り出した。

 

 

 

 

「今から『個性』把握テストをやる。」

 

グラウンドで担任を名乗った相澤は開口一番に言い渡した。

 




さぁてと・・・・・屋内戦闘訓練は原作のままのペアで行くかな・・・・それともハードル上げちゃおうかな?

次回、File 19:除籍をDodgeせよ!

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File 19:除籍をDodgeせよ!

個性把握テストですが、原作とあんまし変わらないです。

いよいよ大学四回生としての人生も大詰め、卒業まで残すところ一か月ですので多少更新がもたつきますが、悪しからず。


「ええっ!?あの、入学式とかガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ。雄英は自由な校風が売り文句。それは先生達もまた然り。お前達も中学の頃からやってるだろ、『個性』禁止の体力テストを。平均を成す人間の定義が崩れてなおそれを作り続けるのは非合理的だがな。まあこれは文部科学省の怠慢だ。実技入試トップは緑谷だったな。お前の中学時代のソフトボール投げの最高記録は?」

 

「61メートルです。」

 

未だ肉体改造の途中だった事もあり爆豪の記録程ではないが、中学一年に比べれば雲泥の差だ。

 

「んじゃ、今度は『個性』全力で使って投げてみろ。思いっきりな。円の中にいる限り何をしようが構わない。」

 

受け取ったセンサー付きのソフトボールの重さを確かめ、腹式呼吸で脱力していく。ワン・フォー・オールの出力を徐々に上げて行き、大きく息を吸う。そして投げる刹那、一気に肺の中の空気を全て押し出した。あらん限りの力を込めて投げられたボールは芥子粒サイズになる距離まで宙を舞った。視認すら難しい程の距離を経て、ようやくグラウンドに再び落ちてきた。

 

ピロン、と相澤の持つ機械から音がして、ボールの飛距離――812.4mの記録が表示される。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの筋を形成する合理的手段。」

 

いきなりの凄まじい記録を打ち立てた出久に、クラスは騒然となった。

 

「初っ端から800オーバーってマジかよ!?」

 

「ナニコレ面白そう!」

 

「『個性』を全力で使えるなんて、流石ヒーロー科!」

 

「面白そう、ねえ・・・・」

芦戸の不用意な一言で、相澤の周りの空気が豹変した。

 

「ヒーローになる為の三年間、そんな腹積もりで過ごすのかい?よし、決めた。じゃあこのテストのトータル成績最下位は、ヒーローになる見込みなしと判断して、除籍処分にしよう。」

 

出久だけでなく、1-A全員が絶句した。

 

「自由な校風が売り文句と言った筈だ。君ら生徒の如何もまた俺達の自由だ。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ!」

 

挑発的な笑みに抗議の声が上がった。

 

「最下位除籍って、入学初日ですよ!?そうじゃなくても理不尽過ぎる!」

 

やっとの思いで入試という狭き門を潜り抜けて来た先に待っている、洗礼と呼ぶにはあまりに過酷、あまりに理不尽な第二の試練。失敗のペナルティーと呼ぶには重過ぎた。

 

「自然災害、大事故、身勝手なヴィラン。いつどこから来るか分からない厄災。日本は理不尽に塗れている。そんなピンチを覆して行くのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったのならお生憎。これから三年間、お前達には絶えず試練が与えられていく。プルスウルトラ、全力で乗り越えて来い。」

 

これが最高峰。ここまで来てしまった以上、逃げも隠れも出来ない。やるしか、無い。

 

「デモンストレーションはこれで終わり。これからが本番だ。」

 

まず第一種目は50m走。出席番号順に二人ずつ『個性』を使って走破し、タイムが気に入らなければもう一度だけ挑戦出来る。

 

出久は次々と走破していくクラスメイトの『個性』を頭の中で分析しながら脳内で色々と書き留めて行く。飯田天哉のふくらはぎのエンジン、蛙吹梅雨の蛙っぽい事、麗日お茶子のゼログラビティなど、やはり『個性』の万別さは改めて見ると面白いのだ。

 

『成程な。「個性」を最大限使って個性の伸びしろを測れば何が出来て何が出来ないかが浮き彫りになり、己を生かす創意工夫に繋がる。上手く考えたものだ。』

 

「でもヒーローは一芸特化じゃ限界がある。」

 

だからこそ、何事にも物怖じしないチャレンジ精神が必要になる。いよいよ出久の番だ。隣に爆豪が親の敵とばかりに出久を睨みつける。目尻が前髪のラインに隠れんばかりに吊り上がっていた。折寺中学唯一の雄英入学者という箔だけでなく、入試主席の座をも路傍の石ころと侮っていた人物に掻っ攫われたのだから無理もない。

 

測定器の号令と共に両者は駆け出した。両手を後ろに突き出して爆風で加速しながら飛ぶ爆豪に対して、出久は5%前後で呼吸をコントロールしながらワン・フォー・オールの出力を車のギアを入れるが如く、五歩毎に一段階、時には飛ばして二段階出力を上げてスピードを上げて行く。

 

『3秒49』

 

「やっぱりいきなりトップギアに入るには慣れが必要か‥‥」

 

『無個性』に比べれば十分過ぎるほどに速い。しかしやはり最高速度に達するまでのタイムロスはある。対する爆豪のタイムは4秒13。やはり両手を使うと威力が分散してしまうらしい。

 

第二種目の握力テストは複製腕の個性を持つ障子が540kgというゴリラやオランウータン並みの握力を見せつけた。出久も一瞬だけ25%のワン・フォー・オールを右腕に集中し、113.5kgの握力を発揮した。約一名は万力を使って800kgオーバーを叩き出したが、創り出す『個性』であるという事で抗議の声は無い。

 

続く立ち幅跳び、反復横跳びもグラウンドが抉れる程の足跡を残した事は相澤に窘められたが、まずまずの結果を残せた。しかし立ち幅跳びで理論上爆破は汗を流す限りいくらでも出せる爆豪が初めての∞という記録を叩き出した。

 

第五種目のボール投げでも増強系の『個性』持ちが上位に陣取ったが、それらは全て麗日がボールにかかった重力を無効化した状態で投げた事で叩き出した∞の記録に打ち破られた。(ボールは相澤の指示で回収の為にすぐ解除するように言われた)

 

「うわぁ・・・・・あれはいくら格闘技が得手でも野外で触られたら終わりだな、いや指五本が全部自分に触らなければいいんだから‥‥うーん…‥」

 

『まずまずと言ったところだな。ベスト5は確実だろう。』

 

「だね。」

 

残る持久走、上体起こし、そして長座体前屈も満足する結果を残せた。

 

「さてと、結果発表だ。順位は単純に各種目のスコアの合計でつけてる。口頭で一つ一つ発表なんて時間の無駄だから一括開示で行く。」

 

空中に投影された二十人の順位で、出久は第三位。推薦入学者のツートップ『創造』の八百万百、『半冷半燃』の轟焦凍の真下だ。ここ三年と少しの結果は、間違いなく出ている。

 

しかし最下位成績の少年峰田実は自分の名がある場所を見ながら口を半開きにして呆然と立ち尽くしていた。やっとの思いで入れてすぐまた放り出されるなんて、あんまりすぎる。

 

「ああ、ちなみにだが、除籍処分の話は嘘な。」

 

「はい?」

 

「え?」

 

「最大限を引き出して限界値を知る為の、合理的虚偽。」

 

「はあああああああああああああああああああ!?!?!?」

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない。ちょっと考えれば分かりますわ。」

 

八百万はそう言う物の、出久もグラファイトも彼の言葉をすぐには信じられなかった。少し時間がかかったが、思い出したのだ。相澤消太、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。見た相手の『個性』を消す事ができて、炭素繊維に合金の鉄線を編み込んだ首の捕縛武器を駆使して戦う、ゴーグルがトレードマークのアングラ系ヒーロー。大人数を相手にすることを想定した戦闘スタイルで、最小限の努力で最大限の結果を出し一切の無駄を省く。そんなストイックな男が除籍を軽々しく口にするようなタイプとはとてもじゃないが思えない。

 

やろうと思えばすぐにでも生徒の一人や二人ぐらい簡単に除籍処分を言い渡すだろう。少なくとも、最初に宣告した時の目は本気だった。

 

「ちょっとヒヤッとしたな・・・・」

 

「俺はいつでも受けて立つぜ。」

 

「これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから目を通しとけ。明日から更なる試練の目白押しだ、覚悟しとけよ。」

 

「うわああああああああああああーーーーーーー!!」

 

今世紀最大のドッキリを仕掛けられた峰田は、嬉しい様なほっとした様なムカつく様な、ともかく様々な感情が一気に噴き出して泣き始めた。とりあえずこれで除籍は免れる。ここにいられる。周りの男子が何人かが良かったなと慰め、皆は教室へと引き上げた。

 

 

 

 

『ほう、中々満載なカリキュラムではないか。一般科目を含めてヒーロー基礎学、ヒーロー史、法律・・・・また面倒な。』

 

「グラファイト、そう言わないでよ。」

 

しかしヒーローが社会的に認められた世界の出身者ではないグラファイトはぼやかずにはいられなかった。ヒーローとは言わば奉仕活動、助けたいから助けているのであってそれで報酬を得ていては本末転倒だ。それに今や社会の花形である為、その人気欲しさにヒーローを目指す人間も後を絶たない。

 

ヒーローの価値そのものが劣化しているのだ。そして感染と言う形を通して互いの互換、感情、考えなどが分かる。その絆を通し、出久ははっきりと感じていた。グラファイトはヒーロー制度そのものに何らかの変化をもたらそうと考えている事を。

 

初日という事もあり、今日は午前中に下校を言い渡された。

 

「どうしようかな、今日・・・・?」

 

正直言っていつもやっているトレーニングしかやる事が思いつかない。思案に耽っていると、肩にポンと手を置かれる。

 

「やあ、緑谷君。今から駅までかい?」

 

「あ、飯田君・・・・うん。午後も何かあるのかと思ってたのに拍子抜けしちゃって何しようかなーって考えてたんだ。必要とは分かっていてもトレーニングばっかりってのも味気無いし。」

 

「ふむ、それは確かに・・・・にしても、君は着痩せするタイプと言う奴だな。後学の為にも是非色々と教えて貰いたいんだが。」

 

「それは別にいいけど・・・・」

 

「しかし、相澤先生にはやられたよ。俺はこれが最高峰とか思ってしまった。まさか嘘で鼓舞されるとは・・・!」

 

『真面目な奴だな。まるでブレイブだ。』

 

後は『俺に斬れない物は無い』と豪語して白衣を身に付ければ完璧だ。

 

「お~い!緑谷~!」

 

「お二人さーん、駅まで~?待ってー!」

 

手を振りながら芦戸と麗日が追ってくる。

 

「君は無限女子!」

 

「麗日お茶子です。えっと、飯田天哉君と緑谷・・・・デク君、だよね?」

 

「違うよ。名前の読みは『いずく』なんだ。デクはかっちゃ・・・爆豪君が馬鹿にする時に使うんだ。だから出来ればそう呼ばないで。」

 

「蔑称か・・・」

 

「え、そうなの!?ごめん!でも『デク』ってなんか頑張れって感じで好きだな、私。」

 

「確かにそう思う。麗日に賛成~。」

 

「デクです!」

 

『おい待て、貴様!』

 

そばかす顔がコペルニクス的展開に直面して真っ赤になった出久のリアクションに最初に抗議したのはグラファイトだった。

 

『散々呼ばれ続けた蔑称を女子に使われて何を赤くなっているんだ、貴様は。しっかりしろ!』

 

「緑谷君!?浅いぞ!今先程自分から蔑称だと認めたばかりだろう!舌の根も乾かぬ内に・・・」

 

飯田もグラファイトと考えが偶然一致し、同じく抗議した。

 

「え、えっと、とにかく、その・・・・なんだっけ、飯田君?教えて欲しい事って。少なくとも筋肉量とかは僕より上だしそこら辺は問題無いと思うけど。」

 

一旦呼吸を整え、落ち着いてから強引に話題に戻る。

 

「それは緑谷もそうでしょ、着痩せするタイプっぽいし。あ、それと遅くなっちゃったけど、入試の時助けてくれてありがとね?」

 

ニシシと歯を見せて笑う芦戸は出久の手をぎゅっと握った。途端に出久の顔が消防車顔負けの赤に変色する。

 

「ど、どどど、どいどいどぅいどういたしまして!ち、近い・・・・」

 

そして柔らかい。ピンク色とは言え、肌のきめ細かさや滑らかな感触は変わらない。加えて縮まった距離により、シャンプーか将又香水か、兎に角ふわりと柔らかくいい香りまでする。再び出久をパニックに陥れるには十分過ぎる刺激だった。

 

「んんっ!」

 

わざとらしい咳払いで飯田が再び脱線した会話をレールに戻した。

 

「俺の個性の『エンジン』はマニュアル車みたいにギアを一つずつ上げて行かないと加速しないんだ。素早い切り替えは出来るようにはなっているんだが、やはりまだどうしてもタイムラグが生じて、どうすればいいか行き詰まってしまっている。おまけに急発進や急停車も出来ないからね。」

 

うーんと唸りながら出久はリュックからノートを取り出して飯田の名を書いたページを開いた。

 

「イメージとしてはやっぱりマニュアル車の加速とギアチェンジが土台にあるの?」

 

「ああ、『個性』の仕組み上、その方が分かり易いからな。」

 

慣れればそうかもしれないが、マニュアル車の仕組みの再現度が高いレーシングゲームを経験している出久はそう言った事とは(偏見ではあるが)縁遠そうな飯田がイメージに使うには多少無理があるのではないかと考えた。しかし今ある物を崩してまで変えるのも勿体無い話だ。

 

「じゃあ・・・・そうだ!例えばまずは十五歩毎にギアを上げて行く事を意識してみたら?そこから歩数を減らして行けばいいスタートダッシュが切れると思うんだけど。」

 

「なるほど、歩数をシフトアップのスイッチにするのか。それは考えつかなかった!うん、ありがとう緑谷君!」

 

「あ、飯田君だけずるい!デク君、私もどうにか出来ないかな?私の個性って指五本で触った物の重力を消すんだけど、やり過ぎると酔っちゃって・・・・」

 

「うーん・・・・・それはなんとも・・・・とにかく『個性』を使いまくって許容量を地道に上げて行けとしか・・・あ、でもでも、『個性』をヒーロー活動に活かす為に格闘技とかをやってみる事はお勧めするよ!麗日さんの場合、相手に触りさえすればそれで終わりだし。」

 

もし屋外での戦闘だったら成層圏の彼方まですっ飛んで行くだろう。考えるだけで恐ろしいが災害救助や瓦礫の撤去では頼もしい事この上ない。

 

「じゃあ次あたしあたし!あたしはね、酸を全身から出せるの!粘度も溶解度も自由自在!」

 

四人の会話はそれぞれの家の最寄り駅で分かれるまで続いた。

 

初めて本当の友と呼べる存在が早速出来た事に、出久は嬉しさで心が躍った。

 




次話は皆さんお待ちかね(と信じたい)屋内戦闘訓練です!

次回、File 20: Rock & Fire! 龍神の拳

SEE YOU NEXT GAME......


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File 20: Rock & Fire! 龍神の(けん)

祝・UA10万突破!OVERFLOW ヤベ~~~~イ!!

これからも拙作をよろしくお願いいたします!!

そして皆さんお待ちかね、屋内対人戦闘訓練です!!



午前中の一般教科を終え、ランチラッシュの安価で頂ける昼食の後、待ちに待ったヒーロー科の目玉と言えるヒーロー基礎学が始まる。

 

「わーたーしーがー・・・・普通にドアから来た!!」

 

そして担当するのはご存知、ナンバーワンヒーローのオールマイトである。そして今日はスーツではなくヒーローコスチュームで登場した。赤、青、黄色のトリコロールにあしらわれた白は正にヒーロー然としたオールマイトのオーラを引き立てていた。気のせいか、風が無いのにマントが軽くひらりとはためいている。

 

「すげぇや、本当に先生やってるんだ・・・!」

 

「画風違い過ぎて鳥肌が・・・・!」

 

「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作る為に様々な訓練を行う科目だ。当然、単位は最も多い。そして今日の訓練は、これ!」

 

フレアマークがついたBATTLEと書かれたプラカードを突き出す。

 

「戦闘訓練!」

 

ヒーローと言えば、ヴィラン退治。いきなり『個性』を存分に振るう事が出来る環境に放り込まれると知り、興奮しない筈が無い。特に爆豪は喜色満面だ。

 

「そしてそれに伴ってこちら!」

 

壁の一角が突き出て出席番号を振ったケースを入れた棚を露にする。

 

「入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえたコスチューム!着替えたら順次グラウンドβに集まる様に!格好から入る事も大事だぜ、少年少女!自覚するんだ、今日から君達はヒーローだと!」

 

出久は自分のケースを手に取った。グラファイトと一か月近く合議に合議を重ねた結果完成させたコスチュームは正に芸術と呼べる程に材料から何からに細やかな注文をつけた。ブーツは踏み抜き防止の鉄板、フード付きの膝丈コートはケブラー、ポリカーボネイト、ノーメックスなどの特殊繊維、鱗を意識したセラミックプレートの装甲、柔軟性と通気性などの機能は勿論、デザインにも細かく気を配った。筋金入りのオールマイトオタクである以上、出久は彼をリスペクトしないデザインなど論外だった。しかしそれと同時にグラファイトに対する感謝の気持ちを込めなければならない。試行錯誤しながら二百を超えるスケッチを時には夜通し描き続け、完成に漕ぎ着けた。

 

基本カラーは出久が変身したアーマードグラファイトのダークグリーンで通し、胸とコートの背中にはオールマイトの銀時代コスチュームの胸にある幾何学的なシンボルをアレンジしてネオングリーンで描いた。以前コミックで見た物で、『希望』を意味するマークからヒントを得た出久が提案したのだ。

 

完成したスケッチが寝落ちした時に偶然見えたらしく、引子からは赤いバンテージとアフガンストールをめでたい色だからと言われて渡された。一人息子が夢に向かう事を母親である自分が諦めてしまった事が今でも情けない。この程度の事しか出来ないがこれからは手放しで応援し続けると涙ぐみながら宣言されてしまった。偶然かどうかは今でも分からないが、彼女が選んだ赤はグラファイトの基本形態の右腕と色合いがほぼ同一だった。都合がよく、ダークグリーンを引き立ててくれると同時に母の存在感をはっきりと感じられる。これを使わずして何を使う?

 

全身にはオールマイトの額から伸びるV字型の髪の毛をイメージしていくつかVをペイントし、更にマスクは変身したグラファイトの頭部をモデルに口元と頭全体を守る二つのパーツに分かれる脱着可能仕様にして貰った。

 

『やはりいいな。特にお前は美的センスもある。ヒーローだけで無くコスチュームデザイナーとして一旗上げるのも悪くないぞ。少なくともベストジーニストとかいうふざけた髪型の優男より遥かに上だ。』

 

苦笑しながら出久はコスチュームの袖に腕を通した。想像していたより心持ち重量があるが普段から重りやタイヤを体に括りつけて海浜公園を一日に数度往復出来る出久にとって然したる問題は無かった。

 

グラウンドに向かうと、既に大多数のクラスメイトがコスチュームを身に付けた状態で立っていた。皆思い思いのデザインで、仮面の奥から出久は顔を綻ばせた。

 

「あ、デク君!?」

 

「う、麗日さ・・・?!」

 

頭頂部から顔を覆うバイザーを見るに宇宙飛行士をモチーフとしたのか、麗日のコスチュームはピンク色のSFチックなデザインとなっていた。しかし布地がぴっちり体に張り付いているため、体の線がはっきりと出ている。初心な出久にはやはり刺激が強く、グラファイトが小さく苦しそうに呻いた。

 

「凄いディテールだね、かっこいいよ!地に足着いた感じ!私ちゃんと要望書けばよかったよ・・・・パツパツスーツんなった。恥ずかしい・・・・」

 

「うんうん、良いじゃないか!全員カッコいいぜ!さあ始めようか、有精卵ども!戦闘訓練の時間だ。」

 

「先生!」

 

近未来的な変形ロボットの様なコスチュームの飯田が挙手した。

 

「ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

 

「いいや、今回はその二歩先に踏み込む。ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、合計で言えば、出現率は屋内の方が多い。監禁、軟禁、裏商売。真の賢しいヴィランは闇に潜む。君らにはこれからヴィラン組、ヒーロー組に分かれて二対二の戦闘訓練を行ってもらう。」

 

「基礎訓練も無しに・・・・?」

 

蛙吹が若干心配そうに呟く。

 

「その基礎を知る為の訓練なのだよ。ただし、今回はぶっ壊せばオーケーなロボが相手じゃないのがミソだ。」

 

「勝敗のシステムはどうなっているのでしょうか?」

 

「ぶっ飛ばしても良いんすか?」

 

「また相澤先生みたいな除籍とかは‥‥?」

 

「分かれ方とはどのように決めるのでしょうか?」

 

「このマントやばくない?」

 

「んん~~~・・・・・聖徳太子ぃ!」

 

さりげなく懐からカンペを取り出そうとしたが、すぐその手を引っ込めた。

 

『ふむ、新米教師とは言え流石に分かっているではないか。』

 

自称エンターテイナーがカンペを読みながら授業を進めていてはサマにならないどころの話ではない。しっかり予行演習はして来たのだろう。

 

「うぉっほん!状況設定はヴィランがアジトのどこかに核兵器を隠していてヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収するか、ヴィランはヒーローを捕まえるか時間一杯まで核兵器を守り切れば勝利となる。チームは、厳正なるくじで決める!」

 

「そんな適当な!」

 

「飯田君、他の事務所のプロヒーローと即興で連携を求められるから、そう言う先を見据えた計らいなんじゃないかな・・・・」

 

「なるほど確かに。失礼いたしました!」

 

「いいよ。それでは早速!」

 

A 緑谷出久・麗日お茶子

B 障子目蔵・轟焦凍

C 峰田実・八百万百

D 爆豪勝己・飯田天哉

E 芦戸三奈・青山優雅

F 口田甲司・砂藤力道

G 上鳴電気・耳郎響香

H 蛙吹梅雨・常闇踏影

I 尾白猿夫・葉隠透

J瀬呂範太・切島鋭児郎

 

「凄い!縁があるね、よろしくね!」

 

「こちらこそよろしく。」

 

距離を詰められて思わず一歩足を引きそうになったが腹式呼吸で平常心を保ちながら平静を装って返した。ヘルメットを着けているのが幸いして赤面しているのは見られていない。芦戸も露出こそ高くないが体のラインを強調する斑模様のレオタードをコスチュームにしていて、思わず目を背けた。これ以上グラファイトにストレスを与えたら後で小言を拝聴する羽目になる。

 

「では、記念すべき最初の対戦相手は、こいつらだ!」

 

Villain、Heroと書かれた黒と白の箱からそれぞれアルファベットが書かれたボールを引き抜き、掲げた。DとA。出久は思わず爆豪の方を見てしまう。自分に向けられた残忍な笑みはおよそ一介の高校生がしていい表情ではない。出久は思わず身を硬くした。

 

『フハハハハハハハ!心が躍るな!まさかあのバカを叩き潰すチャンスがこうも早く巡ってくるとは!狙ったか知らんが感謝するぞ!流石エンターテイナーを名乗るだけはある!偉いぞオールマイト、百万年無税だ!』

 

「出来る事ならバグヴァイザーZは使いたくない。出来るだけ僕自身の力で・・・・」

 

『分かっている。だがお前では対処しきれん攻撃を繰り出されたら、俺はその時は迷わず出るぞ。』

 

「分かった。」

 

爆豪の両腕にある手榴弾の形をしたあの籠手。あれには必ず何らかの仕掛けがある。あの好戦的な性格だ、攻撃力を大幅に上げるようなギミックを搭載しているのだろう。

 

『勝算はあるか?』

 

「飯田君はまだ考え中だけど、かっちゃ・・・・爆豪君なら大丈夫。僕を見下し続けている間は、絶対負ける。」

 

戦闘訓練をまだ行わない生徒たちはオールマイトと共にモニタールームに向かった。

 

「ヴィランチームは先に入ってセッティングを、ヒーローチームは五分後に潜入してスタートだ。飯田少年、爆豪少年、ヴィランの思考を良く学ぶように。これはほぼ実戦、怪我を恐れず思いっきりな。度が過ぎたら中断する。」

 

「はい!」

 

ヴィランチームは核兵器の張りぼてがあるビルの最上階に向かった。飯田は小さく息をつく。訓練とは言え、やはりヴィランの役をするのは心苦しいのだ。

 

「おい。デクは間違いなく『個性』があるんだな?」

 

「ああ。君も入試の結果は見ただろう?『無個性』で主席など、ありえない。しかし君は緑谷君にやけに突っかかるな。」

 

爆豪は既に怒りのダム決壊の半歩手前まで来ていた。最初に通知が届いて結果を見た時に、目を疑った。緑谷出久の名があったのだ。一位に。一位にだ。違う。あり得ない。こんな事あり得ない。デクだぞ。あのデクなんだぞ。泣き虫で弱虫で『無個性』の、路傍の石っころだ。それが何故自分より上にいる?何故その高みから自分を見下ろしている?

 

騙していたのか?

 

中学の時に一撃で膝をつかされたあの日は今でも覚えている。今でも信じられない。喧嘩の腕など四流も良い所の弱者が自分を下したのだ。あの電流のような光はハッタリではない。どんな物かは分からないが間違いなく『個性』でしか発動しない物だ。

 

糞ナードの分際で、自分を謀るなど万死に値する。

 

後五分。五分だけだ。

 

それから全力で死なない程度に叩き潰して格の違いを改めて思い知らせる。

 

 

「うーん・・・・やっぱり見取り図って覚えるの大変だね。でもオールマイトってテレビのイメージと変わらんね。相澤先生と違って罰とかないみたいだし、安心して―――ない!?」

 

ヘルメットを外して見取り図と睨めっこをする出久の表情は、爆豪とは別の意味で恐ろしく、圧があった。

 

「ああ、ごめん。ちょっとその・・・・・なんて言うか、対人戦闘って初めてだから身構えちゃって。こっちにとっては勝利条件がかなり不利だし。」

 

「確かにそやけど、まあでもなんとかなるよ。デク君強いし!」

 

「でも麗日さんだって凄いよ。『個性』も、そのポジティブシンキングも。」

 

「えへへ、そう?ありがとね。でも爆豪君が相手って、なんか男の因縁って感じだね。」

 

「そう、なのかな?うん。因縁、ではあるね、確かに。」

 

『それではAコンビvs Dコンビ、屋内対人戦闘訓練スタート!』

 

「先行するからついて来て。」

 

「うん。」

 

まず10%でフルカウルに入り、建物には窓から入る。上に続く階段は二つ。あの二人の『個性』は攻撃と移動に特化している。コスチュームに付属したアイテムでもない限り罠などの足止めするギミックは心配する必要は無い。とすれば恐らく分断して攻略の手を取るだろう。問題はどこで接敵するかだ。狭い廊下と曲がり角で死角はかなり多い為、不意打ちで出鼻を挫かれるのは避けなければならない。使える攻撃も制限される。更に、核兵器の場所はヒーロー側には知らされていない。『個性』の相性はともかく、初めから不利な状況だ。

 

ふいに出久は足を止め、手ぶりで麗日にもそうするように伝えて後ろに下がらせた。近い。足音とは違う断続的な鈍い音から分かる。爆豪だ。爆発で体を浮かせて飛んで来ている。その場で軽く跳ねながら脱力し、出力を上げて行く。曲がり角から五歩後ろに下がり、麗日には更に下がらせた。

 

大きくなる爆発音が廊下に反響する。来る。このスピードなら二十秒。

 

「ここだ。」

 

十数えた所で廊下の角から躍り出て25%まで解放する。

 

「死ねぇ!!」

 

大振りの右。相変わらずのテレフォンパンチは変わっていない。サイドステップで避け、拳を固める。

 

「デク君!」

 

「大丈夫、当たってないから!先に上に行って!」

 

「う、うん!」

 

麗日の足音が土煙の中で遠ざかるのを聞き、ステップをその場で踏み始める。

 

「こぉらデク、避けてんじゃねえよ。」

 

「かっちゃんが相手なら、必ず出てくると思ってたよ。僕を狙いに。」

 

 

 

 

「緑谷凄いじゃん!奇襲を読んで避けた!」

 

「男らしくねえ、奇襲なんて!」

 

「切島少年、奇襲もまた戦略だよ。正々堂々やるヴィランは、まあいなくはないが少ない。先手必勝に越した事は無いのさ。」

 

しかしオールマイトも内心少し驚いてはいた。あの優しそうな性格の持ち主からは想像もつかない程の闘志が全身の毛穴から噴き出している。画面越しにも伝わるほどに。しかし生徒の一人である以上、表情は崩さない。分け隔てなく厳しく点数をつける。

 

「また爆豪が行った!」

 

 

 

 

「中断されねえ程度にぶっ飛ばしたらぁ!」

 

相変わらずの右の大振り。籠手もある為、まともに食らえば鈍器で殴られるぐらいの衝撃は伝わるだろう。しかし、出久は再びスタンスを変えて前進した。目元から下をがっちりと拳でガードし、頭を左右に振りながらダッキングで爆豪の懐に飛び込んだのだ。

 

右の大振りは空を切り、脇と腹に鈍い痛みが走った。息を詰まらせるほどの衝撃は、鍛えられた爆豪の腹筋を貫くには十分過ぎた。

 

『ピーカブーで懐からリバーと直後にソーラープレキサスを狙った正拳突きか。中々えげつない。』

 

しかし出久の攻撃はまだ終わっていない。くの字に折れた所で後頭部を両手で掴んで顔面に膝蹴りを叩き込む。感触で分かる。鼻を間違いなく潰した。

 

「HANUMAN SMASH!!」

 

仰け反った所で両拳を顎に叩き込み、右腕を掴んで一本背負いを決める。

 

「喧嘩の時、僕は負けっぱなしだった。その右の大振り、何年見てきたと思ってる?それに君が爆破して捨てたノートには、君の事も全て書いてある!いつまでも、雑魚で出来損ないのデクだと思うなよ。今の僕は、頑張れって感じのデクだ。

立てよ、ヴィラン!その程度で意識を刈り取られる程ヤワじゃない筈だ!」

 

出久の言う通り、爆豪は朦朧としながらも意識はしっかりとあった。しかしまだ視界が歪んでいる。呼吸もしっかりとは出来ない。肝臓、鳩尾、鼻に顎。どれも急所だ。どれも全力で攻撃された。小学生の頃の出久とは似ても似つかない圧のある構えと立ち振る舞い。違う。違う違う違う。違う。お前が俺を見下ろすな。お前は石っころ。分を弁えて他の雑草と仲良く底辺の底の底で腐り果てる運命にある奴だ。お前ごときが、俺を見下ろすな。

 

鼻から滴る血を拭い、爆豪は立ち上がる。

 

「デクゥ・・・・そういうところが、相変わらずむかつくなあ!!」

 

『おい、爆豪君!状況を教えたまえ!どうなってる!?』

 

「黙って守備してろ!ムカついてんだよ、俺は今ぁ!」

 

『気分を聞いているんじゃない!おい!』

 

しかし爆豪は耳の通信機の電源を切ってしまった。爆破で瞬間的に加速し、その勢いに乗って回し蹴りが唸りを上げた。

 

「DRAGON SCREW SMASH!」

 

しかし腕で防御され、更に掴む。爆豪の体もそれに従って回転し、再び地面に叩きつけられる。

 

遅い。グラファイトとの組手を振り返るとその経験を活かせている事が良く分かる。爆豪の武器はメンタル、フィジカルのタフネス、そして『個性』を活かした攻撃力。ただそれだけだ。考えてはいるのだろうが、喧嘩の技術と呼ぶのも烏滸がましい程一本調子な戦い方と雑さが目立つ。再び彼が立ち上がった所で、出久がとった選択は逃走だった。

 

「待ちやがれこの糞カスがぁああああああああああ!!!」

 

そうだ、それでいい。怒れ、もっと怒れ。所詮は子供の喧嘩で培った技術だ。突き崩すのは容易い。心を搔き乱し、ミスを誘い、その隙を突く。

 

見取り図は大体覚えている。廊下や壁を蹴って一階を縦横無尽に駆け抜け、爆風で追い縋る爆豪を一気に突き放す。完全に見失った所で窓のヘリに足をかけて飛び上がり、二階へと踏み込む。

 

『デク君、飯田君いたよ。五階の真ん中辺に。』

 

「了解。気付かれないように回収して。こっちは出来るだけすぐに片付けるから。」

 

『分かった。』

 

断続的な爆発音が再び近づいてきた。『個性』でもないのによく鼻が利くものだ。よく見ると足を僅かに庇っている。逃げる直後のあの技のダメージだろう。鼻血も止まっているが、よく見ると肩で息をしている。鼻の中で血が固まって上手く呼吸が出来ていないのだ。

 

「見つけたぜ、この糞デクがよぉ・・・・・」

 

その刹那、爆豪の右腕の籠手が一瞬赤く光った。

 

「溜まった。」

 

「遠距離対策の汗を溜めて許容超過の爆破を可能とする大砲、でしょ?分かってるよ、見れば。飛び道具を持ってない僕とはこれだけ距離が離れている以上それで止めを刺す気でいる。」

 

「んだと、てめえ・・・・?」

 

「かっちゃ――爆豪君、僕は今でも分からないよ、何で僕を目の敵にするのかが。でも君の仕打ちで気付かされた事がある。昔の僕は確かに何もしていなかった。なりたい、なりたいとだけ思って何一つ目標に向けて努力しようとしなかった、ただの夢想家だった。でも、僕は努力でここまで来た。初めて君を殴り倒す事も出来た。努力と言う才能が、僕にはある。だからもう、君の事なんて怖くない!!」

 

「黙りやがれ糞デクがああああああああああああああああーーーーー!!!」

 

「爆豪少年、ストップだ!殺す気か!?」

 

怒りのあまりにオールマイトの制止すらも届かないまま籠手のピンに指をかけたが、引き抜く前に出久の手がピンに引っ掛けた指を抜かせた。しかし出久は畳みかけようとはせず、ただ拳をだらりと下げたままその場で跳ねる。時折前足を素早く入れ替え、全身の各部位をランダムに動かし始めた。そして最後に掛かって来いとばかりに手招きする。

 

 

 

 

「っか~~、緑谷の奴、すげえな!あのセンスの塊の爆豪相手に互角以上に渡り合ってノーダメージだぜ!しかも爆破して来るってのに踏み込めるなんてどんだけ度胸あんだあいつ?!汗が止まんねえわ。」

 

上鳴が大きく息を吐く。

 

「でも、今やってるあれ、何かしら?挑発だけじゃないみたいだけど。」

 

「アリ・シャッフルだ。」

 

蛙吹の疑問に尾白が答える。

 

「アリ・シャッフル?」

 

「うん。オリンピックとかスポーツ競技がまだあった頃に生きていたヘビー級ボクサーモハメド・アリに因んでついた動きだよ。蝶のように舞い、蜂のように刺すってフレーズも彼の動きと戦い方から来てる。挑発って言うのは正しいけど、足だけじゃなく体のパーツ一つ一つが連動しないばらばらの動きだ。何を出すか分からないからカウンターを取る待ちの手の中でも一番相手にとってやりづらい戦法だよ。」

 

「緑谷の奴はそれが出来てるってのか?すげえ・・・・」

 

砂藤が舌を巻く。オールマイトも感心せざるを得なかった。あれはアリ・シャッフル、いやさしずめデク・シャッフルと言った所か。さあ、爆豪はどう出る?

 

 

 

 

彼の答えは、真正面から突っ切ってぶちのめす、だった。しかし跳躍と爆破で距離を詰めて再び右を振り抜こうとした所で、出久は即座にステップで側面に回り込む。爆豪が左を出したのだ。右はフェイントだった。

 

「チィッ!」

 

大方その爆破で視界を潰すと同時に後ろに回り込んで追い打ちをかける算段だったのだろうが、目論見は呆気無く崩れ去った。

 

再びシャッフルで挑発を続ける。今度こそ爆豪は籠手の最大火力をぶっ放した。

 

その威力は天井も壁も床も抉り取り、向こう側の壁に大穴を開けた。出久を狙ったわけではなかったが、狭い廊下で殆ど逃げ場が無い状態でギリギリ壁を破壊してその部屋に飛び込んで回避に成功した。

 

その時点で出久はステップをやめ、腰を落とした。左腕で顔面をカバー、右は槍に見立てた手刀。グラディエータースタイルだ。もう時間はあまりかけてはいられない。ここで決める。出久は右手を腰まで引き付けた。

 

『爆豪少年、次それ撃ったら強制終了で君らの負けとする!屋内戦に於いて大規模な攻撃は牙城の損壊を招く。ヒーローとしてもヴィランとしても愚策だ、それは!大幅減点だからな。』

 

そうだ、怒れ。突っ込んで来い。こちらも時間が惜しい。ご自慢の大砲が撃てない以上、そっちは距離を詰めての殴り合いしか攻めの選択肢が無い。こちらも最大火力の攻撃で意識を奪う。

 

今度は左。右を意識して使わないようにしているが、無駄だった。既に攻撃のモーションは盗んでいる。爆破を掻い潜り、右足で踏み込む。

 

「MEGA SMAAAAAAAAAAASH!」

 

サウスポーの構えになった所で右拳をフックとアッパーの中間の軌道で振り抜いた。その名も、スマッシュ。

 

「ぁ・・・ぐ・・・・?!」

 

ノーガード状態。無条件で、当たる。

 

「龍神の拳を食らえ。DRAGONIC SMASH!」

 

小指の先ほどの距離から繰り出されるゼロ距離パンチは、爆豪の意識を完全に刈り取った。努力が才能を凌駕した瞬間だった。しかし勝利の余韻に浸るにはまだ早い。確保テープを気絶した彼に巻き付け、一気に窓から五階まで飛び上がる。窓のへりにつかまった状態で小声で無線で連絡を取った。

 

「麗日さん、待たせてごめん。どう?」

 

『ごめん、気付かれた。おまけに浮かせられるもんが無いからなんも出来ん!核兵器持ってあんなに走れるなんてずるい!』

 

向こうは回収させずに時間一杯粘る腹積もりか。

 

「じゃあ、一瞬だけ位置を見せるから、窓に向かって誘導して足止め出来る?」

 

『うん。』

 

指先で僅かに顔を出してみると、飯田が張りぼての核兵器を担いだまま逃げ回っていた。もう少し。もう少しだ。

 

「わ!ね、ねえ後ろ!後ろ見て後ろ!」

 

必死の演技で飯田の後ろを指さす。

 

「何をつまらん事を。窓以外何も無いだろう。そんな使い古された手に引っかかるものか!ハッハッハッハッハ!」

 

「はい、確保。」

 

「は・・・・?」

 

飯田は下を見た。足には確保証明のテープが巻きつけてある。

 

「だから言ったじゃん、後ろ見てって。」

 

「騙したなヒーロォーーーーーー!!!」

 

真面目な性格を逆手に取られた飯田は頭を抱えて悔しそうに叫んだ。

 

「回収!」

 

麗日も隙をついて核兵器にタッチした。

 

『屋内対人戦闘訓練、ヒーローチーム・・・・・WIIIIIIIIIIIIIIIIN!』

 

訓練終了のブザーが、やけに大きく聞こえた。他人との模擬戦など初めてだったのでようやく力を抜いた出久はその場に座り込み、ヘルメットを外した。

 

「っしゃああああああああ!勝ったぞどうだーーーー!」

 

 

 

気絶した爆豪は保健室に送られ、残り三人はモニタールームに集合した。

 

「では今回のMVPを当ててみよう!分かる人!」

 

「はい、オールマイト先生。」

 

真っ先に八百万が挙手した。

 

「飯田さんと、緑谷さんです。」

 

「うむ、正解だ。では何故?」

 

「飯田さんはこの状況設定に最も順応していたからです。相手の『個性』を理解し、核の争奪を想定していました。緑谷さんはやはり一番活躍したから、と言えば適切でしょうか。奇襲からチームメイトを遠ざけ、相手の相方の足止めをさせ、最終的にヴィランチームを確保したのは彼一人ですし。攻撃に関しては多少やり過ぎたという印象が否めませんが。爆豪さんは私怨丸出しの独断専行と屋内での大規模攻撃という暴挙を起こし、麗日さんは気の緩みで奇襲のチャンスを自ら潰してしまいました。」

 

思ったより言われたオールマイトは、たじろいだ。

 

「ま、まあ飯田少年もまじめな性格を逆手に取られたからもう少しおおらかになる必要があるが、うん、正解だよ!」

 

「常に下学上達、一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので。」

 

『流石は推薦入学者の一人と言った所か、頭の出来が違うな。それと出久。俺の力を使わずに、よく奴を倒した。俺は嬉しいぞ。疑っていた訳ではないが、あの大砲を食らう瞬間変身しそうになっていたからな。』

 

実際その通りだった。グラファイトの力を使いたくない訳ではないが、あれは本当の本当に自分だけの力ではどうしようもない時に使うと自分で決めている。何よりこれはけじめなのだ。恐れてばかりの自分を超えて、頂上目掛けて疾走する為の第一歩だ。

 

「さて、それでは場所を変えて二回戦を始めよう。この講評を良く頭に入れて訓練に挑むように!」

 




出久のコスチュームデザインですが、胸のマークは『希望』を司るブルーランタンコアのシンボルです。ヘルメットは仮面ライダーTHE FIRST、THE NEXTのライダー達を意識しています。



緑谷出久のSMASH File


HANUMAN SMASH:早い話が顎を狙うダブルアッパー。ムエタイのハヌマーン・タワイ・ワンにちなむ。

DRAGON SCREW SMASH:プロレスのドラゴンスクリュー。ボディや頭を狙う蹴りの返し技。

MEGA SMASH:利き腕で放つスマッシュ。はじめの一歩で千堂武が使う。SMASH SMASHじゃ面白くないので単純にメガをつけてみた。

DRAGONIC SMASH:ブルース・リー(李小龍)のワン・インチ・パンチ。オーバーウォッチのあの台詞も入れたかったから追加。


次回、File 21: 放課後 Fun Times

SEE YOU NEXT GAME.........


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File 21: 放課後Fun Times!

さあ、誰の楽しい時間でしょうか???

いやー、クローズマグマのかっこよさが異常だ。相変わらずの若本節も冴え渡っている。年齢を感じさせない凄まじいボイス。


「すっげー!」

 

「いいなぁ~!」

 

「こりゃまた凄い『個性』だな!」

 

「ヒーロー向けの派手な『個性』ね、勝己君。」

 

『個性』が発現するのは四歳の時。幼稚園にいる最中だった。周りからは羨ましがられ、誉めそやされ続けた。今は線香花火程度の威力しか無いが、年月と共に成長する。

 

そうだ。俺が凄いんだ。皆俺より凄くない。そしてデクが。そう、『無個性』のデクが、一番凄くない。あの時は歯牙にもかけなかった。自分と同じ次元に立つ事すら出来ないから、どうなろうがどうでもよかった。

 

しかし、ある夏の日。昆虫採集に繰り出している最中に天然の橋となった倒れた巨木を渡る時足を滑らせて下の河原に落ちた時。あの瞬間、全てが変わってしまった。当然自分は大丈夫だった。水の流れも弱く、浅い。岩に叩きつけられたわけでもない。むしろじっとりとかいた汗を流せて気持ちよかった。

 

「大丈夫?立てる?頭打ってたら大変だよ。」

 

服が濡れるのも構わず、出久が手を差し伸べた。

 

まだ未成熟な子供だった故分からなかったが、今ならはっきり分かる。殺されても口に出す事は無いが、自分があの時感じたのは紛れも無い『敗北感』だった。その時からだろう、出久を『無個性』の木偶の坊、『デク』と蔑み始めたのは。

 

そしてその胸糞悪い気分を中学で同じ日に二度、立て続けに味わった。一度目は同じ土俵に立ったという、自分に対する恐怖を毛程も感じさせない、まるで別人のような挑戦的な物言いと戦士の風格。二度目は始めて出久に本気で殴られ、膝をつかされた時だ。

 

「一回は一回だよ、かっちゃん。君をかっちゃんと呼ぶのはおそらく今日で最後にする。これは僕自身へのケジメだ。僕はもう君が知っている弱虫で泣き虫のデクじゃない。緑谷出久だよ。」

 

自分を舐めるのも大概にしろ、と言う警告。あの拳は重く、痛かった。

 

三度目は、忘れもしない雄英の入試実技の成績。どんな『個性』を持っているのか結局分からずじまいだったが、出久が入試主席の座に手を届かせていた。それも、自分を遥かに上回るスコアで。

 

そして四度目、今日の屋内対人戦闘訓練。今までの負けを利子共々取り返して入念に心をへし折ってやろうと意気込み、全身全霊で挑んだ。しかし攻撃の予備動作、コスチュームのギミック、行動パターン全てを正確無比な予測で、それこそゲームのように呆気無く攻略された。そして精密機械が如き膝蹴りと投げ、そして五発のパンチでノックアウト。

 

「龍神の拳を食らえ。DRAGONIC SMASH!」

 

『個性』なしで効いた攻撃が、今度は全力で自分の腹に叩き込まれて意識を刈り取った。今まで味わった敗北とは違う。己の全てが通じなかった、『自分』が崩れ落ちて行くような、完膚なきまでの敗北。

 

負けた。

 

ベッドで意識を取り戻してから頭の中はそれだけで一杯だった。既に治療はリカバリーガールが施し、保健室には爆豪ただ一人しかいない。壁の時計を見ると、既に下校時間が迫っている。それだけの間気絶していたのだ。

 

今まで人生で何度も立て続けに同じ相手にここまで手酷い負けを味わった事が無かった分、ショックは大きかった。それも今まで見下してきた相手に負けたのだ。

 

「クソ…‥クソックソックソックソックソがぁーーーーーー!!!」

 

起き上がって痣が出来る程太腿に拳を振り下ろす。悔しかった。許せなかった。出久は勿論そうだが、冷静さなどかなぐり捨てた己の暴挙の数々が、闘争心に罅を入れられてしまった自分が、そしてなによりとどめの一撃を食らう直前に敵わないと思ってしまった自分が、只々憎い。

 

熱い涙が頬を伝う。乱暴に拭ってロッカーから運ばれて来た制服に着替えて荷物を纏めると、さっさと帰途に就いた。

 

この程度で腐ったりはしない。ここからだ。ここから天辺を目指す。もう二度と、負けない。

 

『勝った後の決め台詞の一つも言えばいい物を。』

 

廊下の窓から小さくなる爆豪の後姿を見つめる出久をグラファイトが惜しい事をしたと鼻を鳴らす。

 

「今はそっとしておくよ。勝った僕が何を言っても傷に塩を塗り込むだけになっちゃうし。」

 

まだ二日目だが、これからだ。出久の逆転はまだ始まったばかり。勝つ事が全てとは言えないが、勝ちもせずに生きようとする事こそそもそも論外なのだ。今までずっと負け続けて来た出久はこの大きな白星で『勝利への意欲』を学んだ。四歳から負け続けて来た人生をここからひっくり返していく。

 

『そうか。まあ、いい薬にはなっただろう。しばらくはあの負け犬も吠えずに大人しくしているだろう。お前の言う通り、奴がお前を侮り続ける限り、勝ちは動かない。まあ侮らずとも、あの雑な戦い方を治さなければ結果は見えているがな。これから入念に奴の鼻っ柱を折って行けばいい。奴の相手はオールマイトにでも任せておけ。仕事だしな。』

 

言うが早いか、正門間近でオールマイトが彼の両肩をがしっと掴んで引き留めた。まあ、あれなら一応大丈夫だろう。

 

「おーい緑谷~?」

 

「あ、ごめん!」

 

呼ばれて出久は教室へ取って返した。放課後に全員で訓練の反省会をやっていたのだ。

 

「初戦からすげえもん見せられちまったから気合入ったよなあ。流石入試主席!」

 

「おう!俺切島ってんだ、改めてよろしく!しっかしあの堂々とした戦いっぷり、胸熱だぜ!男らしかったぜ!何喋ってるかわかんなかったけど。」

 

砂藤と切島が賛辞の言葉を贈る。

 

「あ、う、うん、二人ともありがとう。」

 

しかし実際聞かれていなくて出久は心底ほっとしていた。「龍神の拳を食らえ」なんて台詞もどこから出て来たか正直謎だ。後でグラファイトに心当たりがあるか聞くと、とあるオンライン対戦ゲームのキャラであるサイボーグ忍者が必殺技を使う際に放つ台詞らしい。本来は拳ではなく剣らしいが。

 

「うんうん、緑谷やっぱりダンスの才能あるからだね、あの凄いフットワークは!今度教えて!」

 

芦戸・青山ペアも酸と言う触れればアウトな『個性』を活かしてヴィランチームを苦戦させ、勝利を収めた。青山のラメ入りマントが戦闘中に飛び散った酸でチーズのように穴だらけになってしょげていたのはまた別の話である。

 

「そういや緑谷ってさ、なんか格闘技やってんのか?超キレッキレだったぞ?」

 

『俺の事もぼかしぼかしで話しておけ。いずれ擬態した姿はオフの時にでも晒すつもりでいる。』

 

答えるのに迷いを感じたグラファイトはすかさずフォローを入れる。

 

「い、一応色々と本読んだり・・・・後、友達にそういうのに詳しい人がいるんだ。倉田保幸さんて言うんだけど。」

 

「え!?あの人がそうだったの?」

 

「三奈ちゃん知ってるの?」

 

蛙吹が尋ねる。

 

「一回しか会った事無いんだけどね。入試前の息抜きにゲーセン行ったら緑谷と一緒にいる所でちょこっと。確かに強そうだった。」

 

「へー、すげえな、そんなダチがいるなんて!俺らにもアドバイスとかしてくれるかな?格闘技のレクチャーとか!」

 

「聞いとくよ。面倒見は良いけど凄く厳しいから、そこだけしっかり覚えておいて。」

 

ここ数年訓練で本気で死ぬのではと思った回数は両手足では数えきれない。一度ノルマを定めたら筋肉痛だろうと酸欠だろうと容赦無く鞭を打ってゴールラインを超えさせるのだ。終わった頃には最早喋る事すら出来なくなる程の疲労に苛まれる。グラファイト本人も半殺し程度にするつもりで組手をしたと認めた。流石元敵キャラと言うべきか。

 

飯田、麗日、芦戸に加え、更に切島と共に帰途についた。皆帰り道はバラバラなのだが途中までは出久の意見を今後の参考にしてから帰宅したいらしい。

 

これが、夢にまで見た普通の学生生活。出久は唯々嬉しく、積極的に喋った。やっと友達と呼べる存在が周りに増えたのだ。『無個性』と言う異端(アノマリー)だった自分は、孤独だった。その大きな穴を埋めるかのように喋る。

 

「悔しい…‥なんも出来んかった・・・・ウチもデク君みたいに格闘技始めようかな?」

 

「習っておいて損は無いよ、『個性』に頼りきりじゃ流石に限界があるから。運動神経と体力強化は酔いを起こす三半規管の鍛錬にも繋がるし。」

 

「そうなの?!」

 

「い、一応ね・・・・」

 

「緑谷君、『個性』把握テストのアドバイス通り何歩か走ってからギアを上げようとしたんだが、戦闘中では存外難しかったよ。」

 

「まあ実戦でいきなりは無理だよ、流石に。それに閉所だったし。突然だけど飯田君、縄跳びってやってる?」

 

「縄跳び?いや、小学生の運動会以来やっていないが‥‥何故また?」

 

「縄が地面に当たるリズムは自分でコントロールしてるから一定してて無理に意識する必要は無いよ。だからリズム感を養うには丁度良いんだ。」

 

出久はそこから自分でスピードを上げ下げしてリズムを一本調子にならないように工夫しているが、脚が走りに特化した飯田にはまだあまり関係は無い。

 

「なるほど。ふむ、縄跳びか・・・・分かった、僕も自分で調べてみよう。ありがとう!」

 

「なあなあ緑谷、俺は?!」

 

「切島君の『硬化』は自分から全力で硬い物にぶつかったり圧力をかけた方がいいよ。僕もそれで骨を丈夫にして来たんだ。ブロックにも役に立つし。後はやっぱり機動力も考えなきゃだね。いくら体が楯になってくれても限界はあるし、世の中には絶対に食らっちゃいけないタイプの『個性』だって存在するから。」

 

「食らっちゃいけないタイプか・・・・例えば?」

 

「ん~、見た事は無いけど、あるとすれば触れた空間ごと物質を削り取る『個性』かな?後は芦戸さんみたいな酸や物理攻撃じゃないミッドナイト先生の眠り香、エンデヴァーのヘルフレイムとか。」

 

「あ~、確かになぁ・・・・・・そりゃいくら俺でも防げねえわ。しゃあねえから走り込みの量だけでも増やしとくかな。」

 

「うん、不規則なインターバルで走るペースを上げればスタミナもがっつり上がるよ。後はスポーツやボクシングのフットワークとかを参考にすればいいし。」

 

「おっしゃ!ありがとな、緑谷!俺こっちだから。」

 

「うん、また明日!」

 

「ねえねえ緑谷、あそこ丁度公園があるからさ、あのシャッフル見せてよ!参考にしたい!」

 

「ええ~~・・・・いや、でも・・・・」

 

「マジでお願い!一生のお願い!」

 

「高々ステップで一生のお願いを切るのはどうかと思うぞ、芦戸君・・・・・」

 

「でも見て損は無いんじゃないかな、飯田君。飯田君はスピード上がったら急カーブとか出来ないでしょ?だから減速せずに立ち回るならその分歩幅とか足回りのステップ調節が必要になると思うけど・・・・まあ、訓練で一方的に逃げ切られたウチが言えた義理じゃないか。」

 

『ほう、麗日め、中々いい着目点ではないか。案外格闘技向きかもしれんな。出久、俺もそれと無く出てくる。見せて少し囮になってくれ。』

 

公園のベンチに荷物を下ろして制服のブレザーを脱ぐと、グラファイトがさりげなく分離してベンチの茂みから四人の視界から外れた。

 

出久は構えを取ってそのままステップを踏み始める。まず軽く全身を連動させて動き、単純に動きを悟らせず、的を絞りにくくするステップ。そこから一気にペースを上げて行き、前足を交互に素早く入れ替えて体のパーツを独立させて動かし始めた。

 

「うっわすごーい!確かにこれは何が来るか分かんないわ。てかこんなのどうやって練習すんの?」

 

「フットワークはボクシングの動画をいくつも見て見様見真似でやってたんだけど、体の動きに関してはダンスのポッピングが参考になってるんだ。全身で連動した動きが出来るようになれば独立した動きも自然と出来るようになっちゃって。」

 

それを聞き、芦戸は合点がいったのかポンと手を叩いた。

 

「あ、そっか!確かに!格闘技もダンスも原理は一緒だからね。」

 

「ポッピングとは、どんな踊りなんだい緑谷君?生憎そう言った事には疎くていまいち分からないんだが。」

 

「それならお任せあれ~!」

 

待ってましたとばかりに芦戸がカバンの中から音楽プレイヤーを小型スピーカーに繋ぎ、適当な曲を選んで再生した。

 

自主練を積み始めたとはいえまだ初心者の出久は芦戸の鍛えられたしなやかな体から繰り出される動きはやはりいつ見ても芸術的だと感じた。動作から停止、そして再び動作に戻る時の無駄が無いのだ。体の使い方をよく心得ている。

 

「こんな感じ!」

 

「おお~~~、かっこいい!」

 

「なるほど、一零停止か。確かに参考にはなるかもしれない。ありがとう芦戸君!」

 

「中々元気そうだな。」

 

丁度良いタイミングでグラファイトが声をかけた。

 

「あ、ぐら・・・・倉田さん!」

 

「あー、ほんとだー久しぶりー!」

 

「この人が…?」

 

「倉田保幸だ。芦戸には一度会ったが・・・・そこの二人は、飯田と麗日で合っているか?出久から名前ぐらいは聞いている。中々良い友に巡り合えたな。」

 

「うん。ありがとう。」

 

「緑谷君とはどこで知り合ったんでしょうか?」

 

飯田からのいきなり答えにくい質問に出久は臍を噛んだが、グラファイトは涼しい顔で答えた。

 

「中学だったな。こいつに一度助けられた事があって、その感謝の印に色々教えている。」

 

上手い。ぼかせる所はぼかしつつも嘘は言っていない。

 

「最初こそこいつは貧弱なもやしだったが、中々ハングリーでな。来い、出久。今から軽く揉んでやろう。」

 

「え、ここで?」

 

「大丈夫だ、これはただのデモンストレーションだ。『個性』も使っていない以上法は順守している、文句は言われまい。」

 

「えー、見たい見たい!訓練の時先に上に行ったから全然見えなかったし!」

 

「うむ、俺も既に五階にいたから何も見ていないし、興味はあるな。勿論、緑谷君が良ければだが。」

 

「確かに!師弟対決って燃えるしね!」

 

仕方なしに出久はグラファイトと向かい合い、構えを取った。二人の距離は腕一本分も無い。互いに手を伸ばせば届く正に必殺の間合いだ。

 

しばしの静寂の後、訓練の時とは違い今回は出久が先に仕掛けた。踏み込みながら素早いジャブを打ち、合間にストレートを混ぜて早速流れを掴もうとする。

 

グラファイトは顔面目掛けて飛んでくるそれを難なくいなしていき、腕が伸び切った所でカウンターを合わせた。二人の腕で十字架が描かれる。しかし出久もまた即座に対応し、伸ばした左腕の肘を曲げた。それによって動きを制限されたグラファイトの右拳の軌道が変わり、クロスカウンターは不発に終わる。

 

出久はそこから更に深く踏み込み、右肘を前方に突き出した。肘の先が狙うのは、鳩尾。しかし当たる前にグラファイトの左手が間一髪その間に潜り込んだ。肘を払いのけると出久の後頭部を掴んで脇を締め、首相撲の態勢に入る。出久もすかさず同じ事をするが、グラファイトは即座に強引に両腕を大きく開いてクリンチを脱し、顔面から下が全てがら空きになる。開いた両腕で首筋に手刀、更に出久が訓練で使ったダブルアッパーが寸止めで入り、グラファイトは下がった。

 

「すご・・・・」

 

二人が組手をする間、言葉を発する事すら出来なかった中、麗日だけが小さくそう漏らした。

 

「出だしやクロスカウンター封じは良かった。しかし最後の首相撲に付き合ったのは愚策だったな。俺より体格も身長も圧倒的に負けているんだ、あれだけ近ければ投げ技や寝技に持ち込んだ方が勝負を有利に進められる。後ろ襟と袖を掴めば腰技、足を狙えばタックルでダウンを取れた筈だ、引き倒せば後は好きに料理できるだろう?」

 

「あーそうか!練習の癖でつい・・・・後、膝蹴りも警戒し過ぎてた!体小さいから当てにくいってのは分かってたのに!」

 

ガシガシと縮れ毛を掻きむしる。

 

「百聞は一見に如かず・・・・道理で爆豪君を倒せた訳だ。こんな凄い人から教わっていたとは!」

 

「うん、緑谷凄い!達人だよ、達人!」

 

「何を寝ぼけている、こいつは俺がレクチャーを始めてから四年間未だに俺から一本も取れていないんだぞ。達人と呼ぶには程遠い。俺の見立てでは精々弟子以上、達人未満。妙手の域にギリギリ指先が触れるかどうかと言ったところだ。まあ総合力を重視していると言うのも原因の一つだが、この程度で満足されては困る。どれ、今ので体も温まった。お前達も三人纏めて揉んでやろう。」

 

「いやグラファイト、それは流石に・・・・」

 

「雄英に入る為に努力してきたのだろう?多少は腕に覚えはある筈だ。それとも、貴様らは『個性』に頼らなければまともに戦う事も出来ないのか?俺はヒーローではないが。たかが人気取りの様な不純な動機でヒーローとなった志の低い有象無象に後れは取らん。多すぎるのも考え物だな。価値が薄まる。」

 

明らかな安い挑発だが、飯田や芦戸は極めて心外だと言わんばかりに表情を歪める。

 

「今のはちょ~っとカチンと来たかも。」

 

笑ってはいるものの、芦戸の声には若干の棘があり、目には闘志が漲っている。

 

「奇遇だな、芦戸君。俺もだよ。」

 

「私はやめとく・・・・」

 

「二人か。まあいい。来い。」

 

先制攻撃を仕掛けたのは飯田だった。エンジンの『個性』が無くともその脚力はアメフトのランニングバックを思わせる程に凄まじい。勢いの乗った蹴りを繰り出す。

 

「なるほど、飯田は足の速さと下半身の強さが自慢か。確かに安定感のある走りの姿勢だ。爪先の力も強いし、軸のブレもほぼ無い。さぞ打たれ強いんだろうな。」

 

しかし繰り出された前蹴りを簡単に横に払いのけた。

 

「だがモーションが大き過ぎる。もっと手技を使え、手技を。威力が高いが蹴りは突きより遅い。蹴りを活かす繋ぎの技が無ければ当たらんぞ。」

 

払いのけられた勢いで回転し、今度は後ろ回し蹴りを放つが、その下に潜り込んで軸足にタックルをかけられて体勢を崩した。そのまま固め技に繋げようとした所で背後から芦戸の足払いが迫る。

 

「狙いもタイミングも良い。」

 

しかしこれも片手で上に跳ね上げられ、大きく軌道がずれる。

 

「だが放物線を描く軌道の蹴りは直角の軌道から繰り出される力には弱い。」

 

「こんのぉ!」

 

上下左右から繰り出される蹴りをスウェーバックとフットワークで難なく交わしていく。そして顔面を狙った蹴りを避け、足首を掴んで宙吊りにすると脇腹にポンと拳で触れる。

 

「ブレイクダンスを取り入れたカポエラの足技は派手で牽制や威嚇を兼ね、全体重をかける為確かに強力だが、動作が大きい分隙も大きい。それに一度技に入ってしまえば止められないし軸が命綱な為平地でしか使えない。」

 

ゆっくり下ろしてやると二人を交互に見た。

 

「肉体の下地は概ね出来ている。動体視力もまあまあだ。だが、これではっきりした。生まれ持った『個性(ぶき)』に頼り過ぎている。身体機能の一部であると言う事と、それを自在に扱えていると言う事は天と地程の差だ。最終的に勝敗を分けるのは己の肉体。その程度では死ぬぞ?」

 

余裕の笑みを浮かべながら二人を見下ろす。

 

「やり過ぎだよ、いくらなんでも!」

 

見かねた出久が珍しく声を荒らげた。

 

「やり過ぎ?これでも十分手加減はした。それにヒーローの卵である以上、これからは命を狙われる可能性が増えてくる。俺からすれば素顔を晒している奴らの気が知れん。頭脳系のヴィランならばそこから独自のルートで家族構成を割り出すなどの方法ぐらい余裕で考えつく。お前達はルールに縛られない悪の怖さや理不尽さと言う物を、何一つ分かっていない。」

 

「たとえそうだとしても、それを勉強して行く為に雄英に入ったんじゃないか!」

 

「緑谷君、もういい。彼の、倉田さんの言っている事は正しい。それにここまで簡単にあしらわれては認めざるを得ない。それにあの時テレビで言ったそうじゃないか、ヒーローを成すは『個性』に非ずと。新聞で見たよ。」

 

「確かに、改めて考えると私も酸が無きゃ角が生えて全身ピンクってだけだしね・・・・悔しいけど。」

 

「理解が早くて何よりだ。では最後に、二人とも腕を出せ。」

 

「え?」

 

「何故?」

 

「なに、放課後でも出来る貴様ら専用のトレーニングメニューを作ろうと言っているのだ。悪い話ではないだろう?その為の生体データが必要と言うだけだ。痛みは一瞬、インフルエンザの予防接種と変わらん。」

 

半信半疑で袖を捲って腕を出すと、グラファイトはバグヴァイザーZの銃口を押し付け、二人の生体データを読み込んだ。

 

「メニューは後日渡す。短時間で出来るとは言え重度の筋肉痛程度は覚悟してもらうぞ。俺はひとまず帰る。さらばだ。」

 




ようやく新ガシャット登場の伏線を出せました。思ったより時間がかかってしまって申し訳ありません。そして相変わらず不愛想ながらも世話焼きママファイトwww

次回、File 22: 緊急事態! Enter Villains!

SEE YOU NEXT GAME.....


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File 22: 緊急事態! Enter Villains!

長らくお待たせいたしました。卒業前のレポートの山場がようやく終わったので投稿します。今回は少し長めです。


「出久、いい加減機嫌を直してくれ。何度も謝っているだろう。」

 

しかし出久は無言で机に向かって粛々と今日の課題を空気椅子のままでこなしながら握力トレーニングを続ける。

 

「俺の行動であの二人に害は何一つ及んでいない、それは俺達のパートナーシップを賭けて保証する。」

 

「それを疑っているわけじゃないよ。グラファイトの経験は嘘じゃないし、皆の役に立つ情報をたくさん持ってる。でももうちょっと言い方ってものがあるでしょ?僕はあんな脅すような真似は好きじゃない。そう言った事はいずれ自覚する事になる。でももっと経験を積んでからでも遅くは無い筈だよ。まだ二日目なんだし。」

 

「俺の性格は知っている筈だろう?他人に厳しく、己には更に厳しい。だがまあ、確かにデリカシーの無さは俺の欠点の一つかもしれんな。すまなかった、善処はしておく。」

 

「分かった。最後にもう一つだけ。あの二人の生体データを取った理由って本当にトレーニングメニューの為なの?」

 

「ああ。と言ってもそれだけが目的ではないがな。」

 

そう言いつつ、グラファイトはポケットからマイティディフェンダーZとプロトドラゴナイトハンターZのガシャットを取り出して見せた。

 

「こっちがお前の遺伝子情報と俺の遺伝子情報が混ざって出来上がった物だと説明したのは覚えているか?」

 

「うん。って、まさかあの二人にも!?」

 

「それは無い。誓って無い。マイティディフェンダーはお前に長期間感染していた時に出来た偶然の産物だ。可能かどうかなど考えてすらいなかった。」

 

そもそもガシャットを一から作れる知識と技術を持った人間自体この世界には存在しないのだ。忌々しい笑い声の、神を名乗るあのいけ好かない男が。

 

「だがこの黒いガシャットは純粋に俺自身の体をベースにして作った物だ。そこから考えついた仮説が、『個性』を持った人間の生体データとバグスターウィルスをかけ合わせれば戦力の幅を広げる事が出来るのではないか、と言う物だ。」

 

「それであの二人に・・・・」

 

「ああ。二人のデータをベースにバグスターウィルスを混ぜて培養していく。オールマイトのデータも培養しているからどれだけ時間がかかるかは分からんが、理論上は俺達の手持ちのガシャットはこれで四つになる。」

 

「うん。よいしょっと。」

 

立ち上がりながら前に倒れ、爪先に触れてストレッチを始める。

 

「俺からも一つ聞きたい。」

 

「何?」

 

「お前、ワン・フォー・オールを借りるだけじゃなく本当に受け継ぎたいと言う気持ちは芽生えていないか?」

 

「え?!い、いやいやいやいや僕はグラファイトと――」

 

「それは分かっている。正直に答えろ。別にどう答えようと恨みはしない。ワン・フォー・オールの正当継承者になりたいと思っているか?」

 

いつになく真剣なグラファイトの眼差しに出久は座り込んだが、分からないと無言で首を振った。

 

「まあ、焦る事は無い。お前はまだ俺の力の全てを知らないし、ワン・フォー・オールの力の全ても身に付けていない。今日はもう寝ろ。」

 

「え、でも・・・・今日はシャドーと骨のコンディショニングが・・・・」

 

「今のお前は雑念が多すぎる。身が入らん状態で訓練をしたところで所詮時間の無駄だ。今すぐに答えを出せとは言わんが、答えはいずれ出して貰わなければ困る。寝ろ。」

 

「・・・・分かった。そうだよね。おやすみ。」

 

「ああ。」

 

出久は布団の中に潜り込み、細く、長い呼吸を繰り返して眠りにつこうと目を閉じたが、グラファイトの質問が気になってなかなか寝付けない。グラファイトの気配は部屋には無かった。恐らくまた家のどこかで自分の体をベースにオールマイトのデータを培養しているのだろう。

 

寝返りを打ち続け、三十分が一時間に伸びた。やはり眠れない。布団を跳ね除けて座禅を組む。こうなったら少しでも自分で納得の行く答えが出せるまでとことん考える。

 

最初に海浜公園のゴミ拾いをして疲労で失神して気が付いた後、グラファイトが全てを語ってくれた。グラファイトの治療で憧れのヒーローの雄姿を見続ける事が出来るという事。そしてワン・フォー・オールを継承するのではなく一時的に預かり、借り受けると言う風に話が纏まった事も、包み隠さず全て話した。

 

確かにグラファイトと一緒にヒーローになりたいと言ったのは自分だが、オールマイトはそれよりも遥か昔から憧れの的だった英傑だ。

 

治療を終えて万全の状態に復活したオールマイトにワン・フォー・オールを返せば、彼はまだ現役でいられる。七十代、八十代になっても犯罪と戦い続けるかもしれない。残り火は自分の中から時間と共に消えるが、グラファイトとヒーローになるという目的に改めて専念出来る。長らくただヒーローになりたがる夢想家でしかなかった自分をまだまだ半人前とは言え一人の戦士に育ててくれた恩人と。

 

しかしオールマイトはワン・フォー・オールの継承者を自分と指名したつもりで『個性』を譲渡した。受け継いだ物とはいえ自らそれを手放すなんて一世一代の決断だった筈だ。欲しくないと言えば嘘になる。形式上はあの『平和の象徴』の弟子という事になるのだ。一生分の運を使い切っても足りないようなその出来事を自分から放棄するなどあり得ない。今だってまだ二割と少し程度だが譲渡されたワン・フォー・オールも出来る範囲で使いこなせるようになっている。グラファイトが『個性』のふりをしてくれるとはいえ、彼はバグスター、一個の生命体。今や身体機能の一部であるワン・フォー・オールとは違うのだ。その証拠に彼の力は入試のあの一瞬以外は使っていない。

 

自分は今もしや二人を秤にかけているのか?そんなのは駄目だ、失礼極まりない。そもそも比べようが無い。だが比べてしまっている。思考がとんでもない所に行き着いてしまった。

 

 

 

 

「オールマイトは40%。飯田が65%、芦戸が71%。やはりまだかかるか・・・・・今夜中にせめて一つはどうにかと思っていたが、やはり世の中そう上手くはいかないな。」

 

自身の肉体を他人のデータ化した細胞やガシャットに変換するのはこれが初めてではないが、やはり憔悴するこの感覚には慣れたくないものだ。とりあえず自身が定めた50%の境界はぎりぎり超えていない。

 

明日に備えて休まなければ。

 

 

 

 

 

 

「先日の対人戦闘訓練はVTRで見せてもらった。お疲れ。爆豪、お前能力あるんだからガキみたいな事すんな。」

 

「・・・分かってる・・・」

 

「さてと、本題のホームルームだ。急で悪いが今日はお前らに——」

 

1-Aの生徒は全員直ぐに身構えた。また除籍処分のペナルティーがついた抜き打ちテストなのではないか、と。

 

「学級委員長を決めてもらう。」

 

思っていたよりも学校らしい問題に、全員が安堵の溜息をついた。

 

「はい!やりたいです!それ俺が!」

 

「ウチもやりたいっす。」

 

「リーダーやるやる!」

 

「おいらのマニフェストはスカートの丈は膝上30センチ!」

 

クラスを率いる学級委員長。普通ならば雑務が増えて誰もやりたがらないが、ここはヒーロー科だ。即ちリーダーとして集団を導くトップヒーローの素地を鍛えられる役目だ。出久を除いた全員が我こそがと手を上げる。

 

「静粛にしたまえ!」

 

クラスの喧騒は飯田の一喝で沈下した。

 

「他を牽引する責任重大な仕事だぞ、やりたい者がやれる事ではないだろう!周囲からの信頼があってこそ務まる政務だ、民主主義に則り真のリーダーを皆で決めると言うのなら、これは投票で決めるべき議案!」

 

「いや、一番腕が聳え立ってる奴に言われてもなあ…‥」

 

「それに一週間も経ってないのに信頼も糞も無いわ、飯田ちゃん。」

 

「だからこそ!だからこそ、複数票を取った者こそが真に相応しい人間という事にならないか?どうでしょう先生!?」

 

「時間内に決めれば何でもいいよ。」

 

いつの間に寝袋に入ったのか、相澤は投げやりな返事を返してそのまま教壇のすぐ横に寝そべった。

 

そして投票の結果、ほぼ全員が自分に票を入れる結果となった。唯一票が割れたのはそれぞれ三票と二票入った出久と八百万百だった。

 

「はぁ!?何でデクに!?」

 

「まあお前に入れるよりかはマシだろ。」

 

「んだと、てめえもっぺん言ってみろや!」

 

「しっかし・・・・どうするよ?ツートップで割れちまったぞ?またやり直すか?」

 

「く・・・・・一票・・・・・分かってはいた・・・・」

 

「他人に入れたのね。」

 

「お前もやりたがってたのに、何がしたいんだ。」

 

「んじゃあ、委員長は緑谷、副委員長は八百万だ。決まり。」

 

公明正大に投票で出た結果で仕方ないとは言え八百万は悔しがらずにはいられなかった。

 

『どうした出久?あまり嬉しくはなさそうだな。もしややりたくないのか?』

 

「いや、でも緑谷ならなんか納得出来るよな。強ぇし、『個性』の応用とか、頭の回転も速ぇから。」

 

そこまで評価してもらえるのは正直ありがたい。むしろ誇らしい。だが学級委員長と言う肩書と自分が重ね合わさるイメージが今一つ浮かばないのだ。なった事が無いからと言うのも当然理由の一つだろうが、こう言う形でリーダーになると言うのはどうもしっくり来ない。

 

そしてしっくり来ないまま、昼休みとなった。サポート課、経営課、普通科などの生徒も一堂に会する為、相変わらず人でごった返している。

 

「はふぅ・・・・お米が美味い・・・・」

 

和食セットAに舌鼓を打ちながら麗日がポツリとこぼす。

 

「うむ。程よくカレーに絡んでくる。圧力釜を使って炊いているのだろうか?緑谷君、箸が進んでいないようだが、どうかしたのか?」

 

「ん?ああ、いや、学級委員長の事でちょっとね。」

 

「もしかしてなりたくないの?」

 

「いや、勿論皆の後押しは素直に嬉しいよ。それにプロになった時の判断力を鍛えられる理想的なポジションだって事も理解してる。でも何を以て『導く』って事に繋がるのかなって。それが大なり小なり分かってなきゃリーダーなんて務まらないし。」

 

「いやいやいやいや!デク君深く考えすぎやよ、それは。まだ一週間も経ってへんのに。」

 

「麗日君の言う通りだ。何を以て導くとするのか、それは徐々に自分なりの答えを学級委員長と言う地位を使って探して行かなければならない。それに君はここぞと言う時の胆力や判断力が他を牽引するに値すると思っている。だから僕は君に投票したんだ。」

 

「え、あれ飯田君だったの!?」

 

「飯田君もやりたかったんじゃないの?眼鏡だし。」

 

『この女、何気にざっくりとした印象で決めつけて来るな。まあ、それも感性の違いと言う物か。』

 

「やりたいか否かと相応しいかは別の話だ。僕は僕の正しいと思った様に判断したまでだ。」

 

「僕?」

 

「あ、いや、それは・・・・」

 

「もしや飯田君、坊ちゃんなの?」

 

『本当に遠慮知らずだな、もっと言葉のチョイスがあっただろうに。』

 

ストレートに言われた飯田も動揺を隠せなかった。

 

「ぼっ・・・・!?そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが‥‥俺の家は代々ヒーロー一家でその次男なんだ。ターボヒーローインゲニウムは知ってるかい?」

 

「勿論だよ!東京の事務所に65人ものサイドキックを雇って適材適所でスピード解決を目指す大人気ヒーローじゃないか!という事は・・・・お兄さん!?」

 

「そう!それが俺の兄さ!」

 

飯田は立ち上がりながら胸を張った。

 

「規律を重んじ、人を導くヒーロー。俺はそんな兄に憧れてここに来た。しかし俺自身が人を導く場に立つにはまだ早いと思う。俺と違って実技入試の構造に気付いていた入試主席の緑谷君が就任するのは当然の結果と言える。」

 

しかし出久が言葉を返そうとしたその瞬間、けたたましいベルが食堂に響き渡った。警報だ。

 

『セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください。』

 

『レベル3・・・・つまりは侵入者か』

 

授業中に出久から抜け出して時折雄英のセキュリティーを覗き見していたグラファイトは面白くなさそうに呟いた。そして我先にと出口に向かう生徒達の慌て振りや危機感の低さにも落胆している。ヒーロー科でなくとも、侵入の可能性があるならば警戒していて当たり前だ。全く以て落ち着きの欠片も感じられない。

 

「ちょ、うわっ!?」

 

人ごみの中で皆がもみくちゃにされていく。

 

「侵入って一体誰が!?」

 

人を掻き分けて窓を目指す。見えるのはカメラやマイクを持った報道陣。マスコミだ。どうやってセキュリティーを突破したかは分からないが、狙いはやはりオールマイトが教職に就いたというビッグニュースだろう。

 

教師達は対応に追われて誘導にまで手が回らないのだろう。切島や上鳴が必死で誘導しようとしているが、パニックの喧騒にかき消されて人の波に飲み込まれてしまった。警報が鳴ったという事で頭が一杯になり、侵入者がただのマスコミだという事も分かっていない。

 

「麗日君!俺を浮かせてくれ!」

 

飯田は既に半ばバランスを崩して、人に挟まれてまだなんとか倒れずに済んでいる状態の麗日に手を伸ばした。 彼女の指先が僅かに触れ、天井まで浮かび上がる。ズボンの裾を上げてふくらはぎのエギゾーストを露出させると噴射した。目指すは人が集中しているEXITのマーク。

 

空中で回転しながら宙を舞い、無重力の体が非常灯付近の壁にぶち当たる。上のパイプを掴んだ飯田はさながら非常口のドアを目指す棒人間のポーズだ。

 

伝える事は、短く、端的に、大胆に。

 

「皆さん!大丈夫!!ただのマスコミです!大丈夫!!ここは雄英!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!」

 

委員長の決め方を投票で決めるべきと主張した飯田の大きく、良く通る声がパニックを一瞬で鎮圧した。

 

それから程無く警察が駆け付け、報道陣は強制退去させられた。

 

「Good bye, bad mass communication!! YEAH!!」

 

 

 

 

 

「他の役員を決める前に一つ言いたい事があります。やはり学級委員長は飯田天哉君がやるべきだと思います。僕に票を入れてくれた人には申し訳ないけど、他を牽引する立場にある人が身近にいてリーダーの何たるかを学ぶ機会が1-Aの中じゃ一番多かった彼が誰よりも相応しいよ。」

 

「緑谷君・・・・・」

 

「俺は構わねえぜ。」

 

最初に賛成の意を示したのは切島だった。

 

「投票で当選した緑谷がああいってるんだし、あんなスパッと纏め上げられたのは全部飯田のお陰だもんな。」

 

「確かに。非常口の標識に見えたし分かり易かった。」

 

「時間がもったいない、何でもいいからさっさと進めろ。」

 

「委員長の指示とあらば仕方あるまい。以後はこの飯田天哉が委員長としての責務を全力で果たす事を約束します!」

 

まるで宣誓でもするかのように右手を挙げ、高らかにそう言った。

 

「任せたぜ、『非常口』!」

 

『また変な渾名が広まったな。捻りも糞もあったもんじゃない。しかし・・・・出久警戒しろ。ただのマスコミごときがここのセキュリティーを容易く突破できる筈が無い。と言うかあり得ない。侵入に手を貸して、そそのかした奴がいる。さっきのアレは前哨戦ですらない。仕掛けて来るぞ。』

 

 

 

 

 

マスコミ侵入の騒ぎが収まり、ヒーロー基礎の授業が始まった。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見る事になった。」

 

「何するんですか?」

 

相澤は答える代わりに青い大文字でRESCUEと書かれたプラカードを掲げる。

 

「災害、水難、何でもござれ。レスキュー訓練だ。」

 

「レスキュー…‥今回も大変そうだな。」

 

「ね~。」

 

「これぞヒーローの本懐・・・・腕が鳴るぜ!」

 

「水難なら私の独壇場。ケロケロ!」

 

「おい、まだ途中だ。今回コスチューム着用は各自の判断に任せる。中には動きを阻害する物もあるからな。訓練場は少し離れているからバスに乗っていく。以上、準備開始だ。」

 

キャンパスからバスに揺られる事二十分弱、スタジアムの様なドーム状の建造物の前で停車した。

 

「皆さん、待ってましたよ!」

 

生徒たちを出迎えたのは宇宙服に身を包んだスペースヒーロー13号だった。

 

「わー私好きなの、13号!」

 

災害救助での目覚ましい活躍と紳士的な態度故の人気である。

 

「早速中に入りましょう。」

 

案内されたドームの中はまるで巨大なテーマパークのように様々なエリアに分かれていた。

 

「すげぇー・・・・・USJかよ?」

 

「水難事故、土砂災害、火災、暴風、エトセトラ。あらゆる事故や災害を想定して僕が作った演習場、名付けて『嘘の災害や事故ルーム』!」

 

『本当にUSJになった。さてはあいつ狙って作ったな?』

 

「13号、オールマイトは?ここで待ち合わせの筈なんだが。」

 

「先輩、それが…通勤ギリギリまでヒーロー活動をしていて、その・・・・仮眠室で休んでます。終わり掛けに少しだけなら顔を出せるとは言ってました。」

 

「はぁ・・・・なるほど。不合理の極みだな、オイ。」

 

念の為の警戒態勢だが仕方ない。

 

「えー、では始める前に小言を一つ二つ・・・あ、三つ四つ五つ——」

 

「増えてく・・・・」

 

「皆さんご存知とは思いますが僕の個性はブラックホール。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいます。簡単に人を殺せる力です。皆の中でもそういう『個性』がいるでしょう?超人社会は『個性』の使用を制限し、厳しく取り締まる事で一見成り立っているように見えます。しかし一歩間違えば容易に人を殺せる容易に死人を出せる能力を個々が持っている事を忘れないでください。相澤さんの体力テストで自身が秘めている可能性を知り、対人戦闘訓練でそれを人に向ける事の危うさを思い知った筈です。ですので今回はこの場でそれを人命救助にどう活かせるかを知ってもらいます。君達の力は人を傷つける為ではなく、助ける為にあるのだと心得て帰ってくださいな。以上、ご清聴ありがとうございました。」

 

終わりと共に惜しみない拍手と歓声が挙がった。

 

「そんじゃまずは――」

 

『出久、来るぞ。』

 

「え?」

 

USJの照明が全てダウンした。中央の噴水の勢いも徐々に衰えて行く。そしてそのあたりの空間が歪み、黒い穴が出現した。穴はどんどん広がって行き霧のようにやがて壁の様にUSJを二分した。

 

「相澤先生、後ろ!」

 

出久の言葉に相澤の手は首にかけたゴーグルに伸びた。気配自体はすでに感じ取っていたのだろう。

 

「全員一塊になって動くな!13号、生徒を守れ。」

 

「何だ、あれ?」

 

中から顔と上半身の至る所に切断されたと思しき手を付けた黒ずくめの男の登場を皮切りに、続々と『個性』持ちの人間が出てきた。ざっと見て五十数人はいる。そして最後に、今まで出てきた中で一番の巨体を持つ、脳味噌が露出した化け物がのそりと姿を晒した。

 

「これもしかして入試みたくもう始まってるぞパターン?」

 

「動くな!あれは・・・・ヴィランだ。」

 




ついに始まりました、USJ襲撃!

次回、File 23: 出陣、Double Dragons!

SEE YOU NEXT GAME.......


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File 23: 出陣、Double Dragons!

やっと終わったぁぁぁぁぁぁ!!!!後は卒業式を待つのみぃぃぃぃぃぃぃ!


霧の様に揺らめく体の男が目を細めた。

 

「13号にイレイザーヘッドですか。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいる筈なのですが‥‥」

 

「やはりあの騒ぎはお前らの仕業だったか。」

 

イレイザーヘッドが肩を軽く回して指を曲げ伸ばしした。既に臨戦態勢に入っている。

 

「どこだよ、せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ…・平和の象徴、オールマイトがいないなんて。子供を殺せば来るのかな?」

 

全身に手を付けたリーダーらしき男の言葉に、イレイザーヘッドの捕縛武器が翻る。

 

「ヴィランて、阿保だろこいつら。ヒーロー育成の為の学校だぞここ!」

 

「だからだよ。」

 

出久は恐怖で高鳴る胸を抑えつけた。

 

「だからこそ、崩しにかかろうとしている。」

 

「先生、侵入者用のセンサーは?」

 

「勿論ありますが‥‥」

 

「現れたのはここだけか、それとも学校全体か・・・・どちらにせよ、センサーが反応しなかったってのは向こうにはそれを阻害する能力の持ち主がいるって事だ。校舎から離れたこの空間にクラスが来たこの時間に奴らは来た。奴らは馬鹿じゃない。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ。」

 

表情に出していないだけなのか、轟は妙に冷静だった。しかし冷静なだけに自分達は本物のヴィランと接敵した事実は皆の心に遠慮無く圧し掛かった。

 

「13号、避難開始。学校に電話試せ。センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の奴が妨害している可能性がある。上鳴も『個性』で連絡とってみろ。」

 

「了解っす。」

 

「先生一人じゃ流石に無茶です!いくら見た相手の個性を消すと言っても先生のスタイルは『個性』を消した上で奇襲からの捕縛。短期決着型が消耗戦に真っ向から行くのは・・・合理的じゃない!」

 

オールマイトの様にパワーで力任せに薙ぎ払って意識を刈り取れないイレイザーヘッドの強みはその技の巧さにある。しかしいくらプロヒーローと言えど血肉の通う人間。スタミナも集中力も無限ではない。技のキレも時間と共に落ちて行く。

 

「確かにな。だが、一芸だけじゃヒーローは務まらない。」

 

「どうしても行くなら・・・・グラファイト!」

 

『良いのか?俺が姿を晒しても。』

 

「どうせその内話すつもりでいたんだし、今は四の五の言ってられない!早く!」

 

『了解した。』

 

出久の体が発光し、オレンジの粒子と共にグラファイトが生徒達の前に現れた。

 

「あ、貴方は・・・!?」

 

「倉田さん!?」

 

「どうしても行くなら、彼にも行かせてください。彼は自立した人格を持った僕の『個性』です。僕よりも強いし、先生の『個性』にも干渉されません。ヒーローは助け合い。合理的でしょ?」

 

グラファイトを一瞥し、一目見て彼は強者だという事を確信した

 

「・・・・・生意気な奴だ。いいだろう。今回だけだ。後できっちりと説明してもらうからな。」

 

「回復具合は八割、いや七割五分と言った所か。肩慣らしには丁度良い数だ。出久、こいつは預けておく。俺はガシャットだけでも変身出来るからな。」

 

バグヴァイザーZを後ろの出久にガシャットと共に投げ渡す。

 

「一つだけだがプロトタイプが出来上がっている。」

 

「分かった。気を付けて。」

 

「培養。」

 

『Dragoknight Hunter! Z! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

ゲームエフェクトのような金と黒の稲妻と共にダークグラファイトが首を鳴らしながら階段を下りて行く。

 

「13号、任せたぞ。後お前、遅れるなよ。」

 

「はっ、抜かせ。」

 

イレイザーヘッドが階段を一気に飛び降りるのを見てグラファイトも速度を上げて飛んだ。

 

「射撃部隊、行くぞ!」

 

「情報じゃオールマイトと13号だけじゃなかった?誰よ、あいつ?」

 

「知るかよ!けど、二人で正面から突っ込んでくるなんて大間抜けのする事だぜ!」

 

それぞれが『個性』を発動しようとしたが何も起きない。すかさずグラファイトがアメフトのタックルよろしく体当たりをかまして三人を纏めて後方へ吹き飛ばした。

 

「馬鹿野郎!もう一人の方は知らねえが、ゴーグルの奴は見ただけで『個性』を消すイレイザーヘッドだ!」

 

「消すぅ?なら俺らみたいな異形系の『個性』も消してくれるのかぁ?!」

 

「残念だが、変形と発動型オンリーだよ。」

 

サンゴの様な硬く鋭い物質に全身が覆われた四本腕のヴィランが拳を振りかざすが難なくいなされ、覆面越しに鼻をストレートで潰された。吹き飛んだ所で捕縛武器を飛ばして足先に絡み付け、回避しながらハンマーの様に振り回す。

 

「だが基本お前らみたいな奴らの強みは大概が近接戦闘で発揮される事が多い!」

 

振り回した先にいるのは未だ隙を窺っている数名のヴィラン。凄まじい勢いで着弾した人間ハンマーは合計五人の意識を刈り取った。

 

「そしてそれの対策は、織り込み済みだ。」

 

「力も気迫も技の巧さも、中々・・・・お前は強い。それに比べてこいつらは・・・・レベル2のブレイブ達にも及ばん。雑魚め、レベル上げからやり直してこい。」

 

全方位から射撃部隊の攻撃をノーガードで受け切ったグラファイトは鬱陶しそうに一人ずつ撃破していく。当然殺してはいないが、青痣程度では済ませてもいない。翼を広げるかのように両腕を掲げた。

 

「一人一人は面倒だ。貴様ら全員、纏めて掛かって来い。」

 

首謀者らしい体中に手を付けた男は奥で待機し、首を掻きむしりながら戦う二人をじっと見つめた。

 

「イレイザーヘッド、近接戦も強いな。ゴーグルで視線が隠れて誰の『個性』を消しているか分からないから集団が相手だと連携のラグを突いて統制を突き崩せる・・・・もう一人の方は純粋に強い。外皮が馬鹿みたいに硬いから中途半端な攻撃じゃ隙を晒すだけに終わる。嫌だな、プロヒーロー。」

 

やはりと言うべきか、有象無象では相手にならない。

 

その間に出入り口に向かって13号が生徒達を誘導していくが、いつの間にかヴィラン達を手引きした黒い霧の男が立ち塞がっていた。

 

「させませんよ。」

 

イレイザーヘッドの『個性』は瞬きと共にその効果が消える。その一瞬の隙を突いて向こう側に回り込まれたのだ。

 

「戻る必要は無いぞ、イレイザーヘッド。この戦いに集中しろ、向こうには俺の宿主がいる。お前が思っている程奴は未成熟ではない。」

 

回り込まれた事に気付いて出入り口に取って返そうとした所でグラファイトがそれを止める。

 

「一番の問題は、あの奥にいるデカブツだ。奴は‥‥奴だけは何か違う。」

 

 

 

 

「初めまして、生徒諸君。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、『平和の象徴』オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして。本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず。何か変更があったのでしょうか、まあそれとは関係なく、私の役目は――」

 

しかし言い終わるより早く先手必勝とばかりに爆豪と切島がそれぞれの『個性』を発動した。爆発で土煙が大きく吹き上がる。

 

「その前に俺達にやられるとは考えなかったか?!」

 

しかし煙が晴れても霧のヴィランは相変わらず健在だった。

 

「危ない危ない。そう、生徒と言えども優秀な金の卵だ。私の役目は、貴方達を散らして嬲り殺す!」

 

「いけない!どきなさい、二人共!」

 

唯一辛うじて反応出来た出久はワン・フォー・オール フルカウルを発動して二人を13号の『個性』の射線から押し出した。飯田も何人かを牽引してドームの外に引っ張り出したが、ヴィランの方も『個性』の使用に長けている。他の皆が反応し切る前に出久を含む大多数の生徒達をドーム状に変形させた霧で包み、その中で空間に空いた穴に順次落として行ったのだ。

 

十数メートルの高さに出た出久は驚いたものの、すぐに呼吸を整えた。下が地面でなく水である以上、死ぬ事は無い。しかし念には念をという事もある。

 

「New Hampshire SMASH!」

 

連続で拳を突き出し、その風圧で水難ゾーンの中心にある船の上に着地した。甲板には既に蛙吹と峰田の二人がいる。後者は何故か腰を痛そうに擦っている。

 

「緑谷ちゃん、無事だったのね。良かったわ。」

 

「うん。蛙吹さんと峰田君も無事で良かったよ。」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。しかし大変なことになったわね。」

 

「さっきのヴィランが言ってた事・・・・彼らは明らかにカリキュラムを知っていた。」

 

あのマスコミの侵入騒ぎに乗じて情報を入手したと考えれば説明はつく。轟が言っていたみたいにこれは全部計算ずくでやっている事になる。

 

「でもよでもよ!オールマイトを殺すなんて出来っこねえさ。緑谷の『個性』のグラファイトと先生もいるんだぜ?そこにオールマイトが来てくれれば、こんな奴らけちょんけちょんだぜ!」

 

「峰田ちゃん、殺せる算段が整ってるからこんな無茶してるんじゃないの?そこまで出来る連中に私達嬲り殺すって言われたのよ。オールマイトが来るまで持ちこたえられるのかしら。持ち堪えられたとしても、無事で済むかしら?」

 

「みみみ緑谷!んだよあいつ~!」

 

「あす――梅雨ちゃんの言う事は尤もだよ。でも大丈夫。グラファイトは僕が知っている中でオールマイト並みに強いから時間は十分に稼げる。僕達が今すべき事は、USJの他のゾーンにここにいるヴィラン達が行かないように少しでも数を減らして行って、場合によっちゃ散らされた皆の援護に回る事だ。それで向こうの計画は多少なりとも狂う筈だから。」

 

向こうは数に物を言わせているが、グラファイトとイレイザーヘッドの戦い振りからして戦闘に関しては明らかに素人丸出しの集団戦で、『個性』を持て余しているようにしか見えなかった。

 

「作戦はあるの?」

 

「戦って勝つしか無い。それに、向こうは具体的な作戦を練る時間をくれるつもりはないみたいだし。」

 

峰田が周りを見ると、十人以上のヴィランが船を水中から取り囲んでいた。

 

「何が戦うだよ、馬鹿かよ!!オールマイトぶっ殺せるかもしれねえ奴らなんだろ!雄英のヒーローが来るまで大人しく待ってる方がいいに決まってらぁ!!」

 

「僕らには今先も無ければ後も無い。待った所でそれは変わらない。だから僕達が今すべき事は、ただ勝つ事。勝つ事だけを考えればいい。勝たなきゃダメなんだ。向こうも何時までも待ってはくれない。」

 

出久は懸命に頭を回転させた。相手は明らかに水中戦に特化したヴィランばかり。つまりこのUSJの施設内部の構造をしっかり把握しているという事になる。しかし水難ゾーンにいる自分達の中には水中戦が得意な蛙吹がいる。加えて、人数は明らかに向こうが上なのに一斉攻撃を仕掛けてくる様子が無い。

 

という事は、相手は自分達の『個性』は把握していないと考えるのが自然だ。

 

「二人の『個性』の事、詳しく教えて。」

 

「分かったわ。私は基本蛙っぽい事なら何でも出来るの。跳躍と壁に張り付くのと、舌を二十メートルぐらい伸ばせるわ。後、胃袋を外に出して洗ったり、毒性のちょっとピリッと来る粘液を分泌できるけど、これはあまり役には立たないわね。」

 

「いや、それだけでも十分凄いよ。蛙の水かきは泳ぐだけじゃなく踏み切りにもパワーを発揮するから蹴り技とかの強さは飯田君並かもしれない。僕はまあ色々複雑だけど、グラファイトの影響で増強系並のパワーが出せる。まだ100%じゃないけど。でも終わったらちゃんと説明するから。」

 

「おいらの『個性』は、超くっつく。」

 

峰田は頭のボールを外して船に投げつけると、そのまま張り付いた。

 

「体調によっちゃ一日中くっついたままになる。もぎった傍から生えて来るけど、もぎり過ぎると血が出る。おいらにはくっつかずにブニブニ撥ねる。」

 

ノーリアクションのまま無言で十秒以上二人に見つめられ、峰田は再び泣き叫び始めた。

 

「だから言ったじゃねえか大人しく助け待とうってよ!!おいらの『個性』はバリバリ戦闘に不向きだぁ~~~~~!」

 

「いやいや、十分戦闘に使えるよ!だから――」

 

突如、船が真っ二つに割れた。ようやく痺れを切らしたヴィラン達が動き出したのだ。沈没までもう一分もかからないだろう。

 

「待ってばっかじゃ退屈だ、さくっと終わらせよう。」

 

「緑谷ちゃん、作戦は?!」

 

「今出来た。一網打尽に出来る、取って置きの攻略法が!梅雨ちゃんは峰田君を連れて合図したらとにかく思い切り陸に向かって飛んで。」

 

「分かったわ。」

 

「峰田君は飛んでいる間、兎に角水に向かってモギモギを投げまくって。多ければ多いほどいい。」

 

「あーーーーもう!わーったよ!やりゃ良いんだろやりゃあよお!こうなったら自棄だクソッタレ―!!」

 

「峰田ちゃん、本当にヒーロー志望で雄英に来たの?」

 

「うっせーよ!ここに来て怖くない方がおかしいだろ!!この間まで中学生だったんだぞ!入学早々殺されそうになるなんて誰が思うかよ!あああああああ!!!こうなるんなら八百万のやおよろっぱいに触っときゃ良かった~~~~!!」

 

「大丈夫。僕らは殺されない。絶対に。」

 

峰田の恐怖は良く分かる。自分だって命を失うのは怖い。誰だってそうだ。その証拠に今だって体が震えて竦んでいる。だがその恐怖と言う限界を超えた先にこそ、見える物がある。真のヒーローとして掴み取れる、恐怖を乗り越える力が。

 

今まで負け続けて来た。グラファイトに出会うあの日まで、ずっと夢に縋り、それに甘えに甘え、負けに負けて来た。だがもう二度と負けたくない。誰にも負けたくない。自分のヒーローアカデミアではまだ何も始まっていない。それなのにたかが恐怖に負けている場合ではない。

 

出久はマイティディフェンダーZを起動し、バグヴァイザーZに装填した。

 

『Mighty Defender Z! ガシャット!』

 

「培養。」

 

『LEVEL UP! MIGHTY JUMP! MIGHTY BLOCK! MIGHTY DEFENDER! Z!』

 

出久は一呼吸の後に船から飛び降り、ガシャコンバックラーの中心にあるAとBボタンを同時に二度押した。

 

『キメワザ!』

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!」

 

『MIGHTY CRITICAL FINISH!』

 

光が収束する楯を振りかぶり、ワン・フォー・オールの腕力を使って力いっぱい水面に向かって投げつけた。天井に届かんばかりに水柱が吹き上がる。

 

「梅雨ちゃん!峰田君!」

 

「ケロッ!」

 

峰田を抱きかかえたまま船から飛んで出久を舌で捉え、蛙吹は陸を目指す。同時に峰田も頭から流れる血にも構わず泣きながら死に物狂いで頭のモギモギをちぎっては水に向かって投げつけた。

 

「おいらだって…・おいらだってーーー!!!」

 

水は強い衝撃を一転に与えればその衝撃は拡散し、再び中心に収束する。あれだけの力を水に叩き付けた水難ゾーンは一時的に人工の渦潮となり、ヴィランとモギモギ、そして壊れた船を全て飲み込んでいく。一網打尽で、クリアだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「残り十人か。イレイザー、貴様は少し休んで目薬でもさしていろ。」

 

「んな暇あるか。」

 

中心のヴィランはほぼ全て無力化されたが、その直後に後ろに控えていた手を全身に付けたヴィランが襲い掛かって来た。

 

「本命か。」

 

「23秒、20秒、17秒・・・・ここだ。」

 

両手を広げて突っ込んで来るヴィランを捕縛し、引き寄せながら鳩尾に肘を叩き込んだが、直後にその肘を掴まれる。

 

「動き回るから分かり辛かったけど、髪が下がる瞬間がある。ワンアクション終える毎に。そしてその感覚はどんどん短くなっている。無理をするなよ、イレイザーヘッド。やっぱり集団との長期戦向きじゃあないだろう、その『個性』は。」

 

右肘の皮膚が崩れ落ち、筋肉繊維が露になった。強引に振り払い、入れ替わりにグラファイトのリバーブローで吹き飛ばされる。

 

「だから言った筈だ、休めと。貴様の『個性』の種は割れ、利き腕も潰された。」

 

しかしイレイザーヘッドは無言で『個性』を発動し続け、黙々とヴィランを倒していく。片腕が使えないとは言え、そのハンデを感じさせない程の戦い振りだ。

 

「奇襲からの短期決戦が本来のスタイルなのに、こんな畑違いの正面戦闘を取ったのは、生徒達を安心させる為?かっこいいなぁ・・・・かっこいいなあ・・・・!!所でヒーロー。本命は俺じゃない。」

 

イレイザーヘッドは『個性』を消そうと振り向いて視線を向けるが直後に顔面を巨大な手に掴まれて地面にそのまま叩きつけられる。叩き付けられた所はクレーターが出来ていた。

 

「消せていない・・・・あれが素の力という事か。ドドド黒龍拳!」

 

突き出した拳が脳無の右上半身と腕をえぐり取り、すかさずイレイザーヘッドも後ろに下がったが、その瞬間には無傷の状態に戻っていた。

 

「紹介するよ、こいつが対『平和の象徴』用兵器、改人『脳無』だ。」

 

「気をつけろ、どうやら奴の持つ『個性』は一つだけではないらしい。お前は下がれ、捕縛して隙を作る必要も無い。技の巧さで凌ぎ切れる程生半可な膂力でない事は分かっただろう。出入り口の生徒の安否でも確かめて来い。」

 

「向こうには13号がいる、問題無い。どうするつもりだ?」

 

「俺の宿主、俺の相棒が来るまで凌ぎ切る。どこに飛ばされようが、奴は必ず攻略してここに来る。」

 

とはいえガシャットを作る為に全快とは言えない状態でどれだけ持ち堪えられるか分からない。ワン・フォー・オールも出久同様使えるのがせめてもの救いか。

 

突っ込んで来る脳無をグラファイトは迎え撃った。攻撃力も大幅に上がってはいるものの、効いている様子は無い。そして無気力な見た目に反して動きは単調でも鈍重でもない。振り下ろされる拳を横からの肘打ちでずらし、ボディーに連打を叩き込む。股座を掻い潜り、捻りを加えた掌底を繰り出した。

 

しかしいつの間にか裏拳が顔面に迫っていた。

 

「おお。」

 

こめかみをかすり、一筋血が流れ落ちた。パワーだけでなく切り返しも速い。受け止めなくて正解だった。

 

「死柄木弔・・・」

 

出入り口の方に回り込んだヴィランが再び戻って来た。

 

「黒霧、13号は殺ったのか?」

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がいまして・・・・一人逃げられました。」

 

「は?はぁ~・・・・」

 

黒霧の報告に手を全身に付けた男―――死柄木弔の首を掻きむしるスピードはエスカレートして行く。

 

「黒霧・・・・お前・・・・お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ・・・・!流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ、今回はゲームオーバーだ。帰ろっか。」

 

帰る?今彼らは帰ると言ったのか?

 

水難ゾーンの水際で蛙吹、峰田と共に隠れている出久は理解出来なかった。今ここで帰ってしまえば本来のオールマイトを倒すと言う目的は果たせないどころか、より一層こちらに守りを固める時間を与えるだけだ。

 

一体奴は何がしたい?

 

「まあでも、帰る前に、『平和の象徴』としての矜持を少しでも潰しておきたいね!」

 

一瞬のうちに黒霧のワープゲートで出久達の前に移動した死柄木の手は、蛙吹の顔面に迫った。

 

「GLADIUS SMASH!!」

 

反射的に突き出した貫手は死柄木の手の甲を砕き、掌から骨が露出した。しかし出久の攻撃はまだ止まらない。水の中から出て痛みにのたうち回る死柄木に向かって楯を突き出したまま突進した。

 

「PHALANX SMASH!!」

 

楯を使った体当たりで、死柄木は黒霧の隣へと吹き飛ばされた。

 

「二人ともここから離れて!」

 

そう言い残し、出久はグラファイトが相対している脳無に向かって駆け出した。

 

「グラファイト、行くよ!」

 

「待ちくたびれたぞ、全く。新作を使え。」

 




緑谷出久のSMASH File

New Hampshire SMASH:手足を振るって生み出す風圧による空中移動を可能とする

GLADIUS SMASH:手刀、貫手による攻撃。古代ローマ兵が使った剣『グラディウス』から

PHALANX SMASH:ガシャコンバックラーを使った体当たり。スパルタ兵の陣形『ファランクス』から。

遂に次は新作ガシャット登場です!

次回、File 24: 再生と破壊のDead Heat!

SEE YOU NEXT GAME.....


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File 24: 再生と破壊のDead Heat!

お待たせいたしました。大学卒業や大学院の準備等々で手間取り、更新が遅れました。

長らく書きたかった二つ目の新作ガシャットでの戦闘です。


出久は走りながら黒いガシャットのスイッチを入れた。

 

『MACH CHASER BURST!』

 

そしてマイティ―ディフェンダーZが装填されているのとは反対側にそれを押し込み、A、B両方のボタンを指先で叩く。

 

『ガシャット!LEVEL UP! MIGHTY JUMP! MIGHTY BLOCK! MIGHTY DEFENDER! Z! A-Gacha! ずーっと追跡!撲滅!爆走!MACH CHASER! BURST!』

 

ダークグリーンのボディーは右腕がそのままで、それ以外の全身がメタリックパープルに変わり、元のドラゴンの様な生物的なデザインにエギゾーストパイプやタイヤ、カウルなどバイクのパーツらしき部分が追加されて行く。ごつかったフォルムもすらりとした物に変わり、首にマフラーが現れた。

 

「アーマードチェイサーグラファイト。レベルは、10ぐらい・・・・かな?いつっ!?」

 

更にグラファイトが粒子化して変身した出久に感染し、脳無と向かい合ったが、バチバチと一瞬全身が調子の悪いテレビからするノイズと共に歪み、オレンジ色の電流が走った。

 

『ふむ・・・やはり本来の作り方ではない上まだプロトタイプである故に多少は負担があるな。まあ慣れれば問題は無いか。細かい調整は戦いながら俺がする。お前は奴を倒す事に集中しろ。』

 

「オッケー。」

 

再びバグヴァイザーZに手を伸ばし、Aを一度押す。

 

『MACH!』

 

次にBボタンを連打。

 

『ずーっと!MACH!』

 

地が抉れる程の踏み込みで一瞬の内に脳無に肉薄した。死柄木もイレイザーヘッドも反応出来なかった。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!HIRAM SMASH!」

 

ボディーから顎にかけて細かく鋭い連打を叩き込み、右拳を限界まで引いて可動領域の限界まで捻る。そしてパンチに必要な関節を全て同時に捻り、肺の酸素を一気に吐き出しながら渾身のコークスクリューを繰り出した。

 

「PHILLIPS SMASH!」

 

脳無の腹が拳の後を深々と刻まれ大きく後退した。

 

『スピードはまだ死んでいない。畳みかけろ!』

 

再び接近しながら両手を突き出し、空気を弾く連続デコピンで再び脳無の動きを止める。

 

『決めろ。』

 

A、Bの同時押しを二度行う。

 

『キメワザ!MIGHTY CHASER CRITICAL FINISH!』

 

バグヴァイザーZの銃口から眩い青白い光の奔流が解き放たれ、脳無を飲み込む。

 

「って、ちょ、グラファイト!死ん―――」

 

『まだだ。見ろ。』

 

我に帰った出久は勢い余って殺してしまったのではないかと一瞬冷や汗をかいたが、脳無がいる方向を見て愕然とした。胸から下の右半身は跡形も無く吹き飛び、脚の肉もごっそりと抉り取られたその体は、十秒と経たずに復元した。

 

「そんな!?」

 

『打撃も効いている様子が無かった。どうやらこいつが一番面倒な奴らしい。』

 

「当たり前だろ?言ったじゃないか、こいつは対オールマイト用のヴィランだ。叩こうが潰そうが切り刻もうが、ショック吸収と超速再生があるからどれだけダメージを与えた所でぜーんぶパーだ。肉片をゆっくり抉り取るぐらいの事はしないと。面白い『個性』を使うみたいだけど、たかがオールマイトのフォロワー如きが倒せるような相手じゃない。」

 

死柄木は折れた手を押さえ、痛みに顔を引きつらせながらも笑う。

 

「先生!『個性』の抹消、お願いします!」

 

「もうやっている。」

 

ゴーグルの奥でイレイザーヘッドは目を細めた。教師と言う校内では生徒を守る立場にある者でありながら生徒を前線に出すのは不本意極まりないのだ。だが現状あの脳無と互角に渡り合えるのは出久と彼の『個性』を名乗るグラファイトなる人物しかいない。ならば、まだ動ける内は二人がヴィランを少しでも効率良く制圧出来るように立ち回る事が今の自分の合理的な役目だ。

 

『出久、もう一度だ。手を変える。』

 

グラファイトの指示が飛び、出久は再三バグヴァイザーを操作する。

 

『CHASER! ずーっと!CHASER!』

 

青白い光が紫色に変わり、再び突撃した。脳無もそれを迎え撃つ。

 

大柄な分小回りが利かないと言う考えは甘かったと出久は反省する。反応出来ない程ではないが、ハンドスピードだけでなく、足も十分に速い。つくづく戦闘の幅をグラファイトに広げて貰って良かったと思う。

 

『勝ち目は薄いが無くはないな。奴はショック吸収と言った。「無効化」ではなく、「吸収」と。』

 

「うん。だったら再生と吸収が間に合わないだけの攻撃を叩き込むまで!30%・・・!!」

 

変身中に底上げされる膂力と回復力に任せてワン・フォー・オールの出力を強引に上げ、普段は寸止めする急所を左右の連打に加えてロー、ミドルキックも織り交ぜて狙い、脳無と打ち合う。しかしそれでもパワーが足りない。グラファイトのアシストがあっても、マイティ―ディフェンダーとマッハチェイサーバーストの馬力を加えてもまだ届かず、打ち負けそうになっては瞬間的な後退を余儀なくする破目になる。

 

「MEGA SMASH!」

 

顎やこめかみを狙って脳震盪を狙う意味も無い。イレイザーヘッドの『個性』でショック吸収や自己再生を止める事が出来たとしても、必ず瞬きをしなければならない。それによって脳無が受けたダメージは全て帳消しになってしまう。そしてドライアイの症状が『個性』の酷使で悪化し、瞬きするまでのインターバルもどんどん短くなっていく。変身しているとは言え、出久の体力も無限ではない。

 

しかしそれでも、出久は攻撃の手を緩める事は無かった。出し惜しめる相手ではない。知力で勝てないなら体力、それも駄目なら気力で勝つ。

 

『ギュギュギュ・イーン!キメワザ!MIGHTY CHASER CRITICAL FINISH!』

 

紫の光を纏ったチェーンソーの刃は脳無をステーキの様にぶつ切りにしたがやはり再生してしまう。離れようとバックステップをした所で背中に何か冷たい物を感じた。

 

「え?」

 

後ろに飛んだ筈が、脳無の手が届くすぐ近くに立っていた。既に空を切る拳が迫ってきている。確かな手ごたえを感じさせる鈍い音と共に、出久は反対側の壁に吹き飛んだ。

 

「緑谷!」

 

「大、丈夫・・・・です!」

 

ガシャコンバックラーをすんでのところで展開し、クロスアームブロックを使ってなんとか凌いだのだ。

 

「ふむ、惜しい惜しい。」

 

『ワープゲートか、忌々しい。』

 

「そうか、それで後ろに飛んだ筈が・・・・」

 

『流石ヴィラン、やる事が汚い。出久、先程の操作をもう一度やってワン・フォー・オールの出力を更に上げたら即座に主導権を俺に寄越せ。』

 

「え?」

 

『手はある。最早博打以外の何物でもないが、ある。お互いに負担が更に大きくなる上に効くかどうかは当ててからしか分からんが、それでも俺を信じるか?』

 

出久は迷わず頷いた。グラファイトが何を計画しているのかは分からないが、今更グラファイトを疑う余地は無かった。

 

「うん。乗せられてあげる。」

 

『ならばひとっ走り付き合ってもらうぞ。狙うは勝利(ウィニングラン)ただ一つ!』

 

「死ぃぃぃぃぃいいいいいいいいねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!!」

 

野蛮な叫び声と共に、爆豪が黒霧に空中からのタックルをかけて地面に倒した。

 

「動くな、靄モブ!てめえ霧に出来る部分が限られてるだろ?でなきゃあの時危ないなんて言わねえからな。それで実態を隠してやがる。少しでも妙な動きをしたと俺が判断したら、即刻爆破する!」

 

何度聞いてもヒーローのセリフとは思えない。しかしこれで余計な横槍を入れられる心配は無くなった。

 

「40%!!っぐぁ・・・・!」

 

変身状態でも出力30%のワン・フォー・オール フルカウルの負担は甚大だったが、全身の断続的な激痛が更に倍増した気がした。バグヴァイザーZに震える手を伸ばし、最後の操作を行う。

 

『DEADHEAT!』

 

連打。

 

『BURST!急に!DEADHEAT!』

 

蒸気と血の様な赤い閃光が出久を包み、赤い電流が迸る。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!」

 

最初にマイティディフェンダーZを起動した時に現れたブロックに銃撃を手当たり次第に浴びせて破壊し、中からいくつものエナジーアイテムが現れる。目当ての物を見つけて触れた。

 

『分身!』

 

七人に分身し、その全員がそれぞれ他のエナジーアイテムに手を伸ばす。

 

『ジャンプ強化!』

 

『マッスル化!』

 

『鋼鉄化!』

 

『伸縮化!』

 

『高速化!』

 

『回復!』

 

『挑発!』

 

脳無の目が、自分に注意を向けさせる挑発のエナジーアイテムを使った分身に向かって突進し、それを取り囲んだ残り六人が全方位から迎撃した。

 

『キメワザ!BURST! CRITICAL DEAD HEAT!』

 

「食らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!!」

 

地を抉る七つの軌跡はUSJ全体を揺らす程の強大な爆風を引き起こし、屋根となっているドームのガラス十数枚、そしてバラバラになった脳無を瓦礫共々天高く巻き上げた。

 

「やれ、イレイザーヘッド!!」

 

エナジーアイテムの使い方を見て一瞬で理解したのか、『回復』のエナジーアイテムに触れて最大出力で抹消の『個性』を発動して脳無の再生を阻害した。

 

「・・・・・チートが・・・・!!何なんだよあの子供はさあ!」

 

「ただの子供だと嘗めて掛かったのが、貴様の運の尽きだ。」

 

変身は解除された。体力はほぼゼロ。ダメージもほとんど脳無からではなくワン・フォー・オールの無茶な出力超過でガタが来ている。肩で息をしつつも、死柄木を指さす。

 

「脳無はイレイザーヘッドが押さえている。後は貴様らを攻略すれば、我々の勝ちだ。」

 

言い終えた瞬間、USJの扉が蹴り破られ、オールマイトが現れた。そして出久達がいるところに目をやるや否や一目散にそこへ急行する。

 

「緑谷少年、大丈夫か!?」

 

「問題無い。何にせよヴィラン、これで詰みだ。残りの雄英教師が来るのも最早時間の問題。脳無と言う切り札を失った貴様らに平和の象徴を屠る術は、無い。大人しく縛につけばよし。でなければ、オールマイト、イレイザーヘッド、そしてこの俺で貴様らを全力で制圧する。」

 

「ラスボスが目の前にいるってのに・・・・・・!!」

 

「落ち着いてください、死柄木弔。」

 

あの爆風の隙を突いて首筋を掻きむしり始めた死柄木の隣に戻った黒霧が諫めた。

 

「脳無を含む持ち駒もほぼ全滅してしまった今、これ以上は無意味です。イレイザーヘッドは脳無を無力化する為に動けません。あの少年もほぼ行動不能ですが、オールマイトが相手ではこちらも分が悪い。貴方も手負いですし。ここは――」

 

「ヴィラン連合が聞いて呆れるな。行かせると思っているのか、貴様。カチコミをかけておいそれと帰すお人好しがどの世界にいる。しっかりケジメはつけさせてもらうぞ。」

 

左手で右腕を支えながらバグヴァイザーZの銃口を二人に向けるが、すぐにだらりと下げた。全身が痛い。立っている事すら殆ど出来ない。

 

「何がケジメだ、ぼろぼろの癖に。ま、今の君ぐらいなら余裕で殺せるよ!」

 

黒霧に手を突っ込み、顔から僅か数センチしか離れていない距離にワープゲートと死柄木の無事な方の手が現れた。最早避けるどころか反応すら出来ない。

 

しかし一発の銃弾が死柄木の手を貫き、更に肩、太腿と続けざまに当てられる。咄嗟に黒霧がベールの様に覆いかぶさりながら楯となって更に迫り来る銃弾をいなし、二人は姿を消した。

 




ガシャットDATA

マッハチェイサー・バースト

標識に沿って素早くバイクを操作し、相手を捕まえるQTE付きの追跡系レーシングゲーム。マッハ、チェイサー、デッドヒートのマシンから選択可能。

緑谷出久のSMASH File

HIRAM SMASH:拳を使った高速ラッシュ。世界初のマシンガンを作ったアメリカ人ハイラム・マキシムから。

PHILLIPS SMASH:限界まで後ろに引いた拳とパンチに必要な関節を全て同時に捻りながら全体重を乗せて放つコークスクリューブロー。プラスのねじ回しの一種、『フィリップスヘッド』から。

次回、File 25: 襲撃のAftermath

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File 25: 襲撃のAftermath

エボル ブラックホールのデザインの凶悪さよ・・・・でも超かっけぇ~

にしてもビルドのあだ名が面白すぎる。ひ(むろ)げ(んとく)とかじゃがいもとか。


死柄木と黒霧が消えてから十数秒が経過した。未だに空気は戦闘中の様に緊迫しているが、それも変身を解除して出久が倒れる音で切れた。

 

「緑谷少年!」

 

急いで駆け寄るオールマイトだったが、即座に出て来たグラファイトに止められる。

 

「焦るな、息はあるから死んではいない。肉体を酷使したのとプロトガシャットを使った反動で昏倒しているだけだ。」

 

しかしそういうグラファイトの体も傷だらけで、全身にノイズが時々走る。片膝をついているが力が入らないのか立てた膝が笑っている。

 

「出久の体に及ぶダメージのフィードバックは出来るだけ俺が肩代わりしたが、やはり全快の状態でない以上、それにも限界があった。死にはしないがしばらくの間はまともに動けん。イレイザーヘッド、もういい。そいつを凝視し続ける必要は無い。」

 

バラバラになった脳無から未だに視線を外していない相澤の目はまるで何日も目を閉じなかったかのように血走っていた。意地でも瞬きするものかと大きく目を見開いていたが、ついに限界が来たのか瞬きしてしまい、大きく後ろに下がった。オールマイトは入れ違いに前に飛び出し、身構えた。

 

しかし再生した脳無は攻撃するどころか拳を握る事すらしない。虚空を見つめたまま、ただそこに立ち尽くしているだけだ。オールマイトが警戒して近づき、軽く指で小突いても反応を示さない。

 

「どういう事だ‥‥何故動かない?」

 

「この脳無は死柄木と呼ばれた男の命令が無ければ動かないのではないか?奴はこれを『改人』、つまりは改造人間と呼んでいた。それならば説明がつく。イレイザーヘッド、証拠品を入れる為の袋とハンカチかなにか汚れても困らない物は持っているか?」

 

目薬を差し終えた相澤はベルトのポーチからジップロックの袋とポケットティッシュを取り出した。グラファイトは死柄木達が立っていたところの血だまりをティッシュに染み込ませ、袋に入れた。

 

「これを警察の・・・・鑑識、だったか?そいつらに回せ。DNA鑑定をして血縁関係から当たりをつけて行けば奴の正体に近づく事は出来る筈だ。個性登録は検索するだけ無駄だ、既に抹消していると考えていい。後は任せた、俺は少し・・・・寝る。」

 

相澤に袋を受け取らせ、グラファイトも出久の隣に倒れ伏した。

 

「相澤君、そのDNA鑑定の証拠の受け渡しは任せた。この二人は私が。」

 

相澤は無言で頷き、オールマイトはマッスルフォームを維持したまま二人を救急車に乗せて先に雄英へと戻った。

 

 

 

「16、17、18、19・・・・うん、中の彼以外は全員無事だな。とりあえず彼らには今は教室に戻って貰おう。今すぐ事情聴取ってわけにはいかんだろうし。」

 

「中の彼以外はって、刑事さん・・・・相澤先生や13号先生は?緑谷ちゃんは?」

 

「相澤先生は無傷だよ、心配はいらない。『個性』を使い過ぎて目が痛い程度さ。13号も背中と上腕の裂傷が酷いけど命に別状は無い。しかし、緑谷君だったか?彼も生きているとは言え、偏に無事だとはお世辞にも言えないね。私は刑事だからあまり専門的な医学の知識は無いが素人目からしても、かなりボロボロだった。」

 

蛙吹の質問にベージュの帽子とコートに袖を通した私服警官は淡々と伝えた。

 

「ボロボロって・・・・!?」

 

峰田は口を押さえた。自分と蛙吹に水難ゾーンから離れるように伝えて飛び込んでいった戦いの一部始終を見ていた。認めるしかなかった。彼はカッコいい真のヒーローだと。オールマイトを殺す算段を整えて来たヴィランの親玉とその切り札を実質たった一人で退けたのだ。

 

彼が倒れた瞬間、自分も気を失いそうな程の恐怖に飲まれかけた。もし、彼が死んでしまったら。そんな最悪の状況を嫌でも想像してしまう。

 

「緑谷君は、助かるんですか?意識は戻るんでしょうか?!後遺症は!?」

 

応援を呼びに一人USJを脱し、戻って来た飯田が彼に詰め寄った。

 

「救急隊員の見立てでは全身の至る所に大小の不完全骨折、完全骨折を合わせて二十九か所、全身の至る所に炎症による腫れ、筋肉繊維の断裂、毛細血管の破裂が特に両手足と腰に著しく見られた。靱帯も軽くだが伸びている。後遺症に関しては柔軟性に富んだあの分厚い筋肉が鎧の役目を果たして首の皮一枚で繋がったから、心配しなくともヒーロー科の生徒としてしっかり復帰出来る。リカバリーガールの治療で事足りるからそう時間はかからない筈だ。」

 

「そう、ですか。」

 

「良かった・・・・」

 

緊張の糸が切れたのか、腰が抜けた麗日がその場に座り込んだ。

 

「緑谷には感謝しねえとな。ありゃあ俺達じゃあ相手にならなかった。」

 

切島が誰ともなしにぽそりとこぼした。

 

「ですわね。放課後にお見舞いに行きましょう。」

 

「だな。家庭科の授業で作ったケーキ、あまりもんだけど持ってくか。」

 

「あ、砂藤ずりぃぞ!」

 

「ほらほら、君達はひとまず教室に帰っていなさい。お見舞いなら後でいくらでも行けるから。」

 

生徒達がバスに乗り込んで雄英キャンパスに引き上げるのを確認すると、私服警官はUSJへ取って返した。

 

「三茶、私も保健室に用がある。ここは任せた。」

 

三茶と呼ばれた猫の頭の制服警官は敬礼をしてUSJへと戻って行った。

 

「校長先生、念の為に校内も隅まで見たいのですが。」

 

「ああ、勿論。一部じゃとやかく言われているが権限は君達警察の方が上さ。捜査は君達の分野、よろしく頼むよ。」

 

熊なのか犬なのか鼠なのか、ともかく服を着た無駄に立派な毛並みの喋る二足歩行の哺乳類生物が応対した。

 

口が利けない無反応で無抵抗な謎のヴィラン。そしてワープと言うただでさえ希少価値が高い『個性』がヴィラン側にいると言う事実。この先のそう遠くない未来で、ヒーロー達はかなりの苦戦を強いられるだろうと塚内は直感した。

 

 

 

 

出久の目は朦朧とした意識の中で開いた。体が怠い。怠くて重くて痛い。呼吸をするだけで脇腹がズキズキと痛む。それどころかベッドに接地している部分もまだ痛い。隣のベッドにはグラファイトが寝ていた。目はまだ覚ましていない。

 

「緑谷少年。良かった、気が付いたか。」

 

隣のスツールに痩せぎすのオールマイトが座っていた。奥の机ではリカバリーガールが書類か何かにペンを走らせている。

 

「オール、マイト・・・・」

 

「申し訳無い、本当に。私が、活動限界ギリギリまで人助けをしていたばっかりに。」

 

出久は痛みに顔を顰めながらも小さく首を横に振った。

 

「人を助けてたのに、謝る必要なんて無いですよ。グラファイトが言った様に、オールマイトは神様じゃない。ヒーローと言えども人間だから、ミスをして当然。だから良いんです。その分僕達が戦いますから。ヴィラン連合とも、いざとなればオール・フォー・ワンとも。」

 

「そうならない様にするのが私の務めだ。私の活動時間を削らずに済ませた君の命を賭した努力は無駄にはしない。奴との決着は、時が来たら必ず私がつける。私が、必ずだ。」

 

たとえ己の命に代えても、と心の中で付け加えた。あの悪の根源とも言える男と対峙するには彼はまだ足りない物が多過ぎる。飲まれてしまう。途方も無い絶望の濁流に。壊れてしまう。奴の、あの力の出鱈目さを受け止めきれずに。

 

「良かった、良かった。全く無茶をしたもんだね、そっちのあんちゃんも。アタシの『個性』が作用してラッキーだったよ。」

 

「失礼します。」

 

保健室のドア越しにあの私服警官の声がした。

 

「オールマイト、久しぶり。」

 

「おお、塚内君!君も来ていたのか。」

 

「オールマイト、良いんですか?その、姿を晒して。」

 

「ああ、大丈夫さ。彼は最も仲良しの警官、塚内直正君だからさ。」

 

「ハハッ、なんだその紹介は?早速だがオールマイト、ヴィランについて詳しく――」

 

「待った!ちょっと待ってくれ。それより、生徒達は無事なのか?相澤君は無傷なのを確認したが、13号は?」

 

「生徒はそこの彼以外は打ち身、擦り傷程度の軽傷数名だ。教師も命に別状なしだよ。」

 

「そうか。」

 

ようやくそれを聞けて安心したオールマイトの肩の力はようやく抜けた。

 

「彼らが身を呈して戦わなければどうなっていた事か分からないよ。」

 

「いや、それは違うよ、塚内君。生徒達もまた身を呈した。こんなにも早く実戦を経験し、大人の世界を、恐怖を知った一年生が今まであっただろうか?ヴィランも馬鹿な事をしたよ。このクラスは強い。皆例外なく良いヒーローになれる、私はそう確信しているよ。ヴィランの話だったね、塚内君、ここじゃなんだから屋上で話そう。緑谷少年、また後で。今はゆっくり休むと良い。グラファイト君にも私から礼を言っておいてくれ。」

 

「はい。」

 

二人が去り、保健室は出久、グラファイト、そしてリカバリーガールの三人だけとなった。

 

「ぼうや、このあんちゃんがあんたの『個性』って話、嘘だろ?」

 

「え?」

 

「この歳になれば子供の嘘ぐらい分かるもんだよ。心配しなくても言いふらしたりしないさ、患者のプライバシーはドクターとして死守するのがポリシーだからね。そうなんだろ?」

 

「はい・・・・オールマイトの秘密を知っているなら、リカバリーガールも僕の秘密も知っておくべきだと思います。」

 

そして出久は掻い摘んで話した。グラファイトの正体、オールマイトとの治療の約束、そして自分が九代目であるという事を全て、包み隠さずに明かした。

 

「なるほどねえ。ホント、人生って奴は何があるか分からないもんだ。ま、どういった経緯で一緒にいるかは聞かないけど、このあんちゃんがダメージの半分以上は肩代わりしてくれたからあんたはなんとかなったんだよ、感謝しときな。後、受け継いだ『それ』の無理な出力アップは今日みたいな生きるか死ぬかの時以外は絶対禁止だよ。短期間で同じ個所に怪我が続けば後遺症が残るのも時間の問題さね。」

 

「はい、以後気を付けます。あの、ところでガシャコンバグヴァイザーZは・・・・?」

 

「ん?ああ、あのゲーム機みたいな妙な装置かい。あれならそこの引き出しにゲームソフトと一緒に入れてある。そこに入れただけで別に何もいじっちゃいないから、安心しな。それと、まだ起き上がるんじゃないよ、治りかけとは言えアタシの見立てじゃ重症患者には変わりないんだから。」

 

「ありがとうございます。」

 

言われなくとも分かる。ワン・フォー・オールの出力40%、加えてグラファイトの黒龍モード、マイティディフェンダーZ、そして新作のシグナルチェイサーバーストで紙一重の勝ちを捥ぎ取った。グラファイトなら実力だと言うだろうが、あれは純然たるまぐれ勝ちだ。初めて使って分かった事だが、デッドヒートの負担は尋常じゃなかった。エナジーアイテムも併用したあの大技の後では三分、いや一分も保たなかっただろう。早くワン・フォー・オールを更に使いこなせるようにならなければ。

 

出久の頭の中では早くも新しいトレーニングメニューの内容が凄まじいスピードで組み立てられて行く。水中でのシャドーボクシングやジャンピングスクワット、乗用車ではなくトラックのタイヤを腰に括りつけてのランニング、攻撃手段のレパートリーに追加すべき頭突き、スマッシュのレパートリー、新たな戦闘スタイルの考案、エトセトラ――

 

がらりと保健室の扉が開き、1-Aの生徒が飯田を筆頭に整然と並んで入って来た。流石は委員長と言った所だろうか。

 

「こらこらこら、多いよ!全員は入りきらないんだからせめて半分ずつにしとくれ!」

 

飯田は素早く今保健室にいる人数を数え、副委員長の八百万に交代で入る様に伝えると扉を閉めた。

 

「デク君、大丈夫なん?刑事さんが救急隊員から聞いた状況、酷かったんやけど・・・・」

 

「まあ、なんとかね・・・・呼吸するだけでも腹筋が痛いんだけど、治療前より断然ましだよ。と言ってもまだ起き上がる事も出来ないんだけど。」

 

困り顔で笑う出久を飯田が深刻な顔で窘めた。

 

「笑ってる場合か!君はあの場で下手をすれば死ぬところだったんだぞ!なのにあんな無茶を・・・・屋内対人戦闘訓練で見せたクレバーさはどうしたんだ!?」

 

「それだけ向こうの膂力が僕の何倍も上だったんだよ、下手な作戦程度捻じ伏せられるのが目に見えたから・・・・それに、飯田君が責任を感じる事は無いよ。僕が限界突破して動けない時にジャストミートで来たんだから。いい走りだったよ、委員長。」

 

掛け布団の中から手を出して親指を一瞬立てて脱力した。

 

「緑谷君・・・・ありがとう・・・・!」

 

真面目一徹の彼の事だ、自分が応援を引き連れて駆けつける前に重傷者が出てしまった事に負い目を感じているのだろう。だがこの程度でへこたれて貰っては困る。皆を導く指針となる人物が、折れてしまってはならないのだ。その原因とならないよう自分もまた精進する事を出久は己に固く誓った。

 

「緑谷ちゃん、隣に寝てるグラファイトって言ったかしら?その人の事、説明してもらえると嬉しいんだけど。緑谷ちゃんのコスチュームと同じ姿に変身してたし。」

 

「その事については、俺も疑問に思っていた。無理にとは言わねえが――」

 

「ほらほら、後がつかえてるんだから、用が済んだらさっさと出な!まだ動ける状態になるまでは時間がかかるんだから帰った帰った!」

 

蛙吹と轟の質問を遮り、皆を追い出した。次に入って来た残りのクラスメイトもリカバリーガールの眼力に押され、お礼と簡単な挨拶ですぐに退散した。

 

「帰ったか、奴らは。」

 

「グラファイト!?」

 

「出久、バグヴァイザーZをよこせ。」

 

「え?」

 

「早くしろ。俺の回復が早まればお前に戻って治癒のスピードも上げられる。」

 

「う、うん。」

 

指先で引き出しを開けてバグヴァイザーZを取り出すと、グラファイトのベッドの上に放り投げた。それを掴んだグラファイトは銃口を自分に押し当て、ボタンを押した。傷の大半が癒え始め、起き上がれるまでに回復する。

 

「少しだけだが、俺自身の培養した細胞のストックをいざと言う時の為に保存しておいた。また一から培養し直さなければならないが、これでまともに動ける。お前はもう少し寝ていろ。俺もそうする。」

 

「分かった、そうする。それとグラファイト。」

 

「何だ?」

 

「欲張れるなら、僕はどっちも欲しい。グラファイトは借り受けるなんて言ったけど、オールマイトにとっては一世一代の決断だった筈だよ、受け継いだものとはいえ『個性』を自ら手放すなんて・・・・だからヒーローになれるって僕を信じてくれたオールマイトに報いたいんだ。」

 

「そうか。安心したぞ。お前にも人並みの欲はあったと確認出来たからな。」

 




体育祭辺りでまた新作ガシャット二本立てのフラグぐらいは出しちゃいます!

次回、File 26: 次なるMission!

SEE YOU NEXT GAME........


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File 26: 次なるMission!

夜中!連投! SUPER BEST MATCH!

UNCONTROL TYPING! 今まで書いてきて久しぶりの8000字突破!やべ~い!


「まだ体が痛い・・・・・」

 

朝の柔軟体操をしながら出久は歯を食い縛る。全身の節々が軋んでいるのだ。グラファイトも片膝を立てた状態で前屈をし、呼吸に全意識を集中させて未だに残る痛みを無視していた。

 

「同感だ。しかし、回復のエナジーアイテムを使っても意味が無いとは俺も少しばかり驚いている。出血を止める事は出来ても失った血は自力で蓄え直すしかない原理だとはな。まあ今はとりあえずタンパク質とカルシウム摂取が第一だな。」

 

「相澤先生からのメッセージによると今日は座学だけでゆっくり出来るから問題無いよ。でも凄いね、ヨガって。瞑想だけでも結構頭もすっきりするし。」

 

「達人ともなれば、意識して心拍数や血圧を下げる事も可能だぞ?」

 

「何それ怖い!仮死状態じゃないか!」

 

「何を恐れている、海で肺活量を鍛える為に潜水時間を更新していただろう?あの時お前がやっていた精神統一では無意識にやっていたぞ。まさか十分以上も続けられるとは俺も思わなかったが。」

 

「・・・・・そう言えばそうでした。」

 

「にしても、もうすぐだな。雄英恒例の体育祭。」

 

各国市民の帰化の強要、異形型『個性』の持ち主の確保など理由は様々だが、『個性』の出現で常人の定義が崩れてからオリンピックなどの誰もがテレビに嚙り付いて注目する国際的スポーツイベントが廃れて行くのにそう時間はかからなかった。

 

ヒーローとしてのライセンスを持たない一般市民のみだりな『個性』の使用が厳しく取り締まられている昨今、人は『個性』を存分に振るう者達の姿に飢えている。フォローしているヒーローのヴィラン退治に遭遇する事などそうそう無い。動画も見続ければ飽きが来る。テレビ番組はあくまでフィクションだ。それに成り代わる行事こそ雄英が一年に一度催す体育祭なのだ。

 

「ん~、体育祭かぁ。」

 

「どうした?最近負けず嫌いを発揮しているお前ならそれなりの意気込みを見せるものとばかり思っていたのだが。」

 

「いや、なんて言うか・・・・。」

 

「何だ?」

 

「昨日から寝るまで考えてたんだ、自分がなりたいヒーローってどんなんだろうなって。それが最近分からなくなってて・・・・」

 

「オールマイトが血肉の通う人間だと知ってからか。すまなかったな、お前の幻想を壊して。」

 

グラファイトの謝罪に、出久は頭を振る。

 

「それについては別に怒ってないよ。オールマイト自身それを認めてたし。それに、体育祭がどうこう言う前に、USJ襲撃についてどうしても引っかかる所がある。あの死柄木ってヴィランが全てを計画したリーダーとは思えないんだ。」

 

短絡的な思考、手ゴマの『個性』を自ら明かすという暴挙、犯行をゲームの様に例え、容易く気分を害される幼稚さ、そして打倒オールマイトという大言壮語を吐いておきながら生徒の『個性』を把握しない穴だらけの計画。知能犯の計画にしてはお粗末過ぎるが、やろうと言ってそれを実行するだけの胆力だけがどうもちぐはぐで違和感だらけだ。

 

「考えられる可能性としては一つしか無いよ。」

 

「オール・フォー・ワン、か。奴が扇動していると考えるのが自然だな。奴の一番の目の上の瘤はオールマイト、幼稚な万能感が抜けきっていないあの子供大人の稚拙な浅知恵で練った計画の最終的な目標とも合致する。で、どうするつもりだ?オールマイトに進言でもするか?」

 

「警告だけでもしておくに越した事は無いね。僕らも戦力の幅を広げて行かないと。その為に1-Aの皆を、今よりずっと強くしていかなきゃならない。」

 

「ガシャットの数も増やしていかなければな。それで思い出したが、新作ガシャットのデータ元となった飯田と芦戸のメニューが出来上がった。見てみろ。」

 

「うん・・・・・」

 

差し出されたノート二冊をぱらぱらとめくる。週六日分の朝晩のトレーニングメニューだけでなく、克服すべき弱点、『個性』伸ばしのポイント、食事、睡眠の姿勢、適正なシャワーの温度、それらが及ぼす効果など、かなり細かい。明らかに自分のトレーニングメニューを意識して構築された物と出久は一目見て分かった。

 

「これ・・・・・流石に初っ端から無茶過ぎるんじゃない?」

 

「無茶と無理は違う。ちなみに、他の奴らの分も作成中だ。」

 

こんもりと積まれた十九冊のノートは出久の物を除いて出席番号順に1-Aのクラスメイトの名前が書かれていた。

 

「これいつの間に・・・・・!?」

 

「古くなったノートを格安で譲ってもらった。金も当然俺が出した。」

 

「ちなみにそのお金はどこから‥‥?」

 

出久は恐る恐る尋ねてみる。

 

「不法投棄されている廃材などを然るべき企業に買い取って支払われた報酬だ。あれだけの部品、空き缶だけなら一トン分は買い取って貰ったな。『個性』でなく素の力だと説明するのに多少は苦労したが、これでも食い扶持はしっかりある。」

 

出久のベッドの下から分厚い茶封筒を取り出して見せた。分厚さを見た瞬間、出久の心臓は確実に一瞬止まった。

 

「それ、いくら入って・・・・・?」

 

「最近は数えていないからはっきりと額は覚えていないが、最近八桁になった筈だ。」

 

「うぉぉ・・・・・・」

 

八桁。つまりは千万単位。知らない間にそんな奉仕活動をしていたのか。いや、バグスターである以上電子機器の事にも詳しい筈だ、不可能ではない。封筒越しとはいえそれだけの額の現金を見るのは初めてだった出久は、思わず卒倒しかけた。

 

「後はこれを元手に為替なりFXなりで増やせるが、生憎お前はまだ未成年だ。お前の名義でネット口座を作るのにも捺印やらマイナンバーやらの面倒な手続きがある。」

 

「ま、まあその事はおいおいね。今は取り合えず学校行こう。相澤先生に説明の為に早めに来いって言われてるし。グラファイトも実体化した状態で良いから。」

 

「了解した。ああ、それと出る前に渡しておく。」

 

封筒から新札で二万円を渡された。

 

「ちょ、グラファイト!いいよ別に!第一そんなに使わないし。」

 

「なに、金銭の額や物量に圧倒されない様にする訓練と思えばいい。国がこの紙切れに価値があると言うから価値があるのであって、金の延べ棒を渡しているわけではない。燃えるごみと変わらん。」

 

まるで母親の様な尤もらしい言葉に、出久は一万円札を一枚だけ受け取り、緊急時以外は使わない様にと財布の二つある札入れ用ポケットの空の方に入れた。

 

 

 

 

 

事件が起きた翌日は臨時休校となっていたが、出久はホームルームが始まる約三十分前に校門前に到着すると、既に相澤がそこに立っていた。

 

「ついてこい。セキュリティーシステムは解除してある。」

 

それだけ言うと、教室に着くまで相澤は終始無言だった。教壇を挟んだ所で彼が口火を切った。

 

「まあ言いたい事は色々あるが、まず単刀直入に聞く。お前、グラファイトと言ったな。間違いなく緑谷の『個性』なんだな?」

 

「ああ。『個性』は平均的に四歳の時に開花するらしいが、俺の場合は人格と意思の形成にかなりの時間がかかったらしく、それより更に十年の時を費やした。カテゴライズするならば、常時発動型と変形型の複合した『個性』と言ったところだな。」

 

「『個性』把握テストや入試の実技、戦闘訓練で分離しなかったのは何故だ?」

 

「僕がしない様に言ったんです。先生はご存じないかもしれませんが、僕は十四歳になってようやく彼と出会いました。意思と人格を持った『個性』を使っているなら、自分は何もしていないじゃないかって言われるのが嫌で・・・・」

 

「で、その意思を俺が汲んだだけの事だ。分離しようがしまいが入試、テスト、訓練で見た通り変身せずともパワーアシストは出来る。完全に使いこなせてはいないが、使いこなせる出力も少しずつ上がっているのだ。」

 

「じゃあ、USJの時の様に今まで変身しなかったのはどういう訳だ?」

 

「最初はしたくても出来なかったんですよ。グラファイトは独立して行動する時も僕と一緒にいる時も、これが無いと変身出来ないんです。」

 

出久はバグヴァイザーZと今使える三つのガシャットを教壇の上に置いた。

 

「これでグラファイトが僕についている間、僕は変身出来ます。グラファイト自身も独立して変身も可能です。」

 

「誰が作った?」

 

「俺だ。人間の年齢に換算すれば俺は青二才なのかもしれんが、俺は学習能力が高いのでな。お前達の校長程ではないが、校長を除くこの学校の人間の知能を束にした所で俺には及ばん。一年程時間をくれればミレニアム懸賞問題の答えの一つぐらいはくれてやる。俺の事はオールマイトにも一応話は通してあるぞ。」

 

「オールマイトとはもう話した。これはあくまで事実確認の為の質問と担任としてお前の『個性』の本質を改めて知る為であって、別にどうこうってわけじゃない。あの時は世話になったな。校長を含めた教師陣には俺から説明しておくから、クラスの奴らにはホームルームの時にでもお前から説明しとけ。」

 

「はい。」

 

「手短に頼むぞ。」

 

「分かりました。」

 

「待てイレイザーヘッド、俺からも一つ質問がある。」

 

さっさと去ろうとする相澤をグラファイトが呼び止めた。

 

「血液サンプルのDNA鑑定の結果は出たのか?」

 

「捜査情報は秘匿事項だから言えない。それぐらい分かれ。朝早くに呼び出して悪かったな。」

 

「いえ、そんな。約束ですし。あ、先生。これ良かったらどうぞ。それともし途中でオールマイトに会ったらこれを渡しておいてください。」

 

相澤は差し出された十秒メシのパックとカロリーメイト、そして封筒を無言で受け取って頷いた。

 

「分かった。それまで預かっておく。昨日の今日だ、出来るだけゆっくりしてろ。必要ならリカバリーガールにもう一度治療を受けさせてもらえ。」

 

 

 

 

 

「さて、ここからどうしよう?」

 

一応大事を取ってリカバリーガールにもう一度治療してもらい、節々の痛みは嘘のように取れた。しかしここからどうしたものか。今日は軽い運動すら控えるつもりでいる。しかしかといって体を使う趣味が多い為それに没頭するわけにもいかない。自分のトレーニングメニューのレパートリーを増やして書き留めて行くかと考えた矢先、背後から気配がした。

 

「何か用?爆豪君。」

 

「ちとツラ貸せや、デク。」

 

黙って彼について行った先には小さい頃よく遊び場としていた空き地があった。よくまだ残っていると思う。喧嘩でも吹っ掛けるつもりなのかと軽く拳を握り込んだ。

 

「てめえ、また俺を騙してたのか。今度は『個性』の幅ぁ隠しやがって・・・・!」

 

「違うよ。クラスの皆にいずれ説明するつもりだったけど、これじゃ引っ込みつかないだろうから爆豪君には先に言っておくよ。グラファイト、出て来て。」

 

魔法のランプに住まう魔人の様に両腕を組んでグラファイトは現れた。

 

「中学の時、彼は言った筈だよ?しっかり『個性』はあるって。全貌は確かに説明しなかったけど、別に誰にも言う必要は無いし、USJでは緊急事態だったから分離しただけだし。」

 

落ち着き払った出久の返答にグラファイトも付け足す。

 

「それに戦闘訓練の時にもし分離した俺と戦えば、貴様が『出久より俺の方が目立っている』だのなんだの難癖を付けてくるのが目に見えたから出久は俺を引っ込めると決めてパワーアシストだけで戦った。『個性』はある。それに嘘は無い。用がそれだけなら帰らせてもらう。昨日受けたダメージは我々の方が大きいのでな。」

 

「待てや!話はまだ終わってねえんだよ!」

 

「終わりだよ、爆豪君。」

 

「その呼び方やめろや、ぶち殺すぞ糞デク!」

 

ぼぼぼん、と掌が線香花火の様に爆発を起こす。

 

「何で?君は僕が嫌いなんでしょ?自分を嫌う人と距離を置こうとしてるだけなのに、毎回突っかかって来るのはそっちじゃないか。そもそも誰と仲良くしようが疎遠になろうが、僕の勝手だし。お互い不愉快な思いをするぐらいならその方がマシでしょ?」

 

出久も久しぶりに怒りが込み上げて来た。積年の恨みと言える程安っぽい物ではないが、腹の底で真っ黒な何かが鎌首を擡げた。グラファイトは彼の想像以上に冷ややかな声に驚きを隠せずにいる。

 

爆豪もこめかみをひくつかせながら爆発を引っ込め、拳を握り締める。出久も半身になってい殺さんばかりの睨み顔を真っ向から睨み返した。

 

「それとも何?自分が僕より格上とみなす材料が無くなり始めて焦ってるの?爆豪君。」

 

爆豪は視界が真っ赤になり、生意気な口を叩く幼馴染に向かって拳を振り下ろした。使い慣れた右の大振りを振り抜きはしたが空を切るだけだ。返しの左は何かに当たりはしたが、突如拳に走った激痛に動きが止まる。

 

「いい加減にしろよ、貴様。」

 

万力の様な握力に歯を食い縛って耐えようとしても歯の隙間から呻き声が漏れ、膝が折れた。

 

「痛いか?だろうな、貴様の拳に罅が入る一歩手前の圧力をかけているのだ。痛くない筈が無い。だが、貴様が十年間出久に与え続けて来た痛みに比べれば、この程度は擦り傷に等しい。一度しか言わんからその沸点が低い単細胞並みの脳味噌で理解しろ。今の出久は貴様如きが足元にも及ばぬ程に強くなった。たった四年近くで、そしてこれからもその強さは増していく。少なくとも既に肩を並べられたと認識を改めぬ限り、貴様が出久は勿論の事、我々二人に勝つ事など、永劫叶わぬと知れ。」

 

「待ってグラファイト。」

 

彼を下がらせ爆豪に手招きした。口で言った所で納得などしない。中学のアレはたかが一発。実力を見せたとは言えない。戦闘訓練も頭に血を上げた状態で勝利条件が相手を倒すだけではなかった。負けを認めたとは言え心の中では認め切れなかったのだろう。

 

ならばもう、殴り合いの喧嘩しか白黒つける方法は無い。

 

「『個性』なし。グラファイトもなし。先に倒れて立てなくなった方が負け。僕と君で小細工なしのタイマンなら文句無いでしょ?」

 

「一度や二度俺に勝ったぐらいでいい気になってんじゃねえぞ、デク・・・・喧嘩で俺に勝てたことなんざ一度もねえ奴が随分でけえ事言えるな。」

 

向かい合って瞬きすらせずに睨み合う二人の距離は息がかかる程に近い。

 

「そのデクに助けられたのは、どこの誰だよ。」

 

「あ、やっぱりいた!おーいデクくーん!」

 

拳を繰り出そうとした正にその瞬間、聞き覚えのある声が二人の拳を止めた。

 

「麗日さん?!」

 

「おお、ブラボーだ麗日君!見事に当たっていたよ!」

 

「飯田君・・・・ていうか1-A全員集合!?」

 

麗日、飯田を筆頭にクラスメイト十八名が全員空き地に集まっていた。

 

「チッ!あのクソ丸顔が・・・・!」

 

「全く・・・・・折角いい感じに滾って来たというのに、勿体無い。」

 

空き地の端で傍観していたグラファイトは心底残念だとばかりにため息をついた。

 

「決着は体育祭に持ち越しって事でどう?一対一の戦闘はある筈だし、『個性』も使える。」

 

「首洗って待ってろや。」

 

ポケットに両手を突っ込み、爆豪はクラスメイトを押しのけて足音荒く去って行った。

 

「あ、おい爆豪!聞かなくていいのかよ、緑谷の『個性』の事!」

 

「うるっせえ、知っとるわ!」

 

切島の制止を振り切り、そのまま角を曲がって姿を消した。

 

「もう話したのか?全員集まった所で話した方が二度手間にならねえのに。」

 

「あいつなりの事情と言う奴だ、察してやれ。さてと。全員集まった所で説明を始める。まず、俺の名はグラファイト。USJ襲撃事件の際に見た通り、俺は緑谷出久の『個性』だ。」

 

「緑谷さん、つまりこの貴方の『個性』は人格と意思と己の肉体を持っている、という認識で間違いありませんか?」

 

耳にしたとんでもない事実をいきなり受け止めきれない八百万はそう確認した。

 

「そうだよ、八百万さん。グラファイトは独立行動が出来る。範囲も時間も制限は無い。今は僕に感染、いや憑依?うーんニュアンスが違うな・・・・」

 

「この場合は相利共生と言う方が正しい。共生により俺は姿を認知されなくなり、出久は俺のアドバイスを受けて立ち回れる他、膂力増強の出力を無理矢理上げた時にダメージのフィードバックを軽減出来る。」

 

「はいはい!じゃあ俺から一つ質問!」

 

「では一番手、切島。」

 

「あの変身て、どうやってたんスか?」

 

「俺が作った装置でやっている。共生中は出久が、分離中は俺が使う。」

 

「はーい!学校にいない時は何してるんですか?」

 

「麗日か。まあいい、答えてやろう。情報収集とゲームだ。知識欲が旺盛なのでな。」

 

「では次は俺が!」

 

「飯田か。よし、述べろ。」

 

「あの膂力増強も、貴方のお力なのでしょうか?!」

 

「一応そうだ。あの時は無理矢理身体許容量の限界値を振り切ったから重傷になった。」

 

「はい!じゃあ次私!」

 

「芦戸か。何だ?」

 

「変身するとこ、もっかい見せてくれる?」

 

「確かに・・・・・龍神の姿、今一度拝謁を賜りたい所存。」

 

しかし常闇の賛成に飯田が待ったをかけた。

 

「常闇君!プロヒーローでもない人が『個性』を使うのは犯罪なのだぞ!」

 

「そう固くなるな、飯田。俺自身が『個性』なのだ、元々異形型の存在でその法律はグレーゾーンが多い。お前達が黙っていれば済む事だろう。それに、お前は応援要請の為にUSJを出ていた。つまり変身した姿を見ていないと言う事になる。ヴィランの妨害もあって記憶にあるかどうかも怪しい。」

 

「そう言われると興味出るな・・・・別のエリアでバトってたから見てねえし。」

 

「あんたの場合は脳味噌ショートしてたからでしょうが。」

 

「耳郎、おま、余計な事言うなよ!」

 

「では見たい者は手を上げろ。」

 

即座に大多数の手が挙がる。

 

「民主主義に則って、決まりだな。」

 

にやりと勝ち誇った笑みを飯田に向ける。

 

「好奇心に抗えない自分が憎い・・・・!」

 

「では満場一致という事で。出久、やるぞ。」

 

「え、マジでやるの?」

 

「くどい。そう言っているだろう。何ならお前の主導権をしばらく預かってやってもいいんだぞ。」

 

「やだよ。分かった、やるから!」

 

粒子となったグラファイトが出久の体内に消えて行き、バグヴァイザーZのボタンを押した。

 

「培養。」

 

『MUTATION! LET'S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

「うおおおおおおおおおおおかっけぇええええええええええええ!」

 

「緑谷、俺からも一つ質問良いか?」

 

「え、何?」

 

「お前、あのデカブツと戦った時それに何か挿してたろ?あれは何だ?」

 

轟の質問にまごついた出久がぼろを出す前に宿主の主導権を取ったグラファイトが答えた。

 

「あれは俺が作った物だ。能力の幅を広げる装置、と考えればいい。標識やブロックがそこら中に現れただろう?あの中には、触れた者に一定時間そのエナジーアイテムの効果を付与する事が出来る。どれが出るかはランダムで決まる。原案はゲームから来ているのでな。流石にここで見せれば色々まずいが。質問が以上なら、今日はこれで解散だ。」

 

分離して変身を解除すると、1-Aのクラスメイトは三々五々で四方に散った。

 

「あ、飯田君と芦戸さんはもうちょっと残って。グラファイトが話したいんだって。」

 

「それは良いけど・・・・」

 

「俺も構わないが。」

 

皆が散ったのを見計らい、グラファイトは二冊のノートを取り出した。それぞれに二人の名前が書いてある。

 

「これは一体・・・・?」

 

「言った筈だぞ?貴様ら専用のトレーニングメニューを作ると。これがそうだ。『個性』を含めたあらゆるパラメータを底上げできる。他の奴らの分も目下作成中だが、雄英体育祭が迫っている手前、間に合ったのがお前達二人分だけでな。欲しければ手に取るがいい。俺は約束を守る男だ。」

 

「・・・・・緑谷君、気持ちは嬉しい。本当に嬉しいが、体育祭のライバルに塩を送られるのは、同じヒーローを目指す者としてプライドが許さないんだ。体育祭が終わった後なら、喜んでそのノートを受け取るよ。勿論、芦戸君がそれを今この場で受け取った所で貶めるような真似はしない。」

 

「う~ん、欲しいけど・・・・ほんっっっっとに欲しいけど、委員長が受け取らないじゃあね‥‥ごめん!あたしも体育祭の後で良いかな?」

 

「構わん。己で高みへ登る足掛かりを模索するもヒーローの研鑽の一部だ。それまではしっかり持っておく。ではまた明日、教室で会おう。」

 




次回、File 27: ならば Kriegだ!

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File 27: ならばKriegだ!

あと少し!あと少しでお気に入りが二千に届く!

そしてついに明かされたマッドローグ!白とパープルのコントラストがかっこいい。


授業が終わった1-Aの廊下は、他クラスの生徒でごった返していた。

 

「うぉぉ・・・・・・」

 

「な、なな、何事だーーー!?」

 

教室のバリアフリードアが開いて突如人垣に直面した麗日は軽いパニックに陥った。

 

「君達、A組に何か用が―」

 

「んだよ出れねえじゃん!何しに来たんだよ!?」

 

事情を聴ける前に峰田が文句を飛ばす。

 

「敵情視察だろ、雑魚が。ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だから体育祭の前に見ときたいって腹だろ。」

 

怒鳴り散らしていないとは言え、相変わらずの敵意剥き出しの平常運転で爆豪が峰田の質問に答える。

 

「そんな事したって意味ねえから、どけ、モブども。」

 

「知らない人の事とりあえずモブって呼ぶのをやめたまえ!」

 

「噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのか?」

 

人ごみを押し退け、気だるげな顔つきの生徒が前に出た。

 

「こう言うの見ちゃうと幻滅するな。普通科にはヒーロー科落ちたから入ったって奴が結構多いんだ。知ってた?そんな俺らにも学校側がチャンスを残してくれてる。体育祭のリザルトによっちゃ、俺達のヒーロー科への移籍、あんたらにはその逆があり得る。敵情視察?少なくとも俺は、いくらヒーロー科とは言え調子に乗ってると足元ごっそり掬っちゃうぞって宣戦布告に来たんだけど。」

 

「確か、心操人使君だよね。君の発言は極めて心外だよ。」

 

「ん?」

 

出久は僅かに目を細め、まっすぐに心操を見つめ返す。

 

「爆豪君の態度をクラス全体の総意と取られるのは勘違いも甚だしいって言ってるんだよ。」

 

「んだと、デクてめえ!」

 

「君のエゴの為にクラス全体が不必要なヘイトを被るのは筋違いだって言ってるんだよ。

喧嘩を売るなら一人で勝手にやればいい。」

 

普段は出さない闘気が無意識に噴き出て、爆豪を含む全員がその場から反射的に半歩足を引いた。

 

「僕達は何もUSJに遊びに行った訳じゃない。ゲームみたいに死んだらコンティニューなんて出来ない。一つしかない命を張って生き延びた。十年や二十年先の未来では笑い話になるかもしれないけど、ついこの間死にかけたことを自慢する人間なんていないよ。」

 

「お前・・・・・確かヴィラン倒してぶっ倒れた緑谷、だったか?ヘドロ事件の時と言い、一番の有名人じゃねえか。さぞ座り心地が良いんだろうな、ヒーロー科の椅子は。」

 

「君が思っているほどじゃないよ。ダモクレスの剣が吊られているのと大差無い。僕はもう、勝負からは逃げないって決めてるんだ。挑戦なら僕は受けて立つ。逃げも隠れもしない。」

 

そんなにヒーロー科の席が欲しければ実力で奪い取れ。出久は目だけで力強くそう語り、カバンを持って教室を出た。

 

「緑谷の奴、なんか・・・・・凄かったな。」

 

「挑戦を挑戦で返す・・・・くぅ~~、漢だぜ!」

 

「圧が半端なかったな、おい。」

 

「飯田君、行こ!」

 

「ど、どこへだね、麗日君!?」

 

突然腕を掴まれて引っ張られる飯田は慌てて自分のカバンを掴んで半ば引きずられる形で出久の後を追わされる。

 

「デク君を追うの!今日のデク君、なんか変やもん!」

 

何がおかしいとは言えないが、直感で分かるのだ。今の彼は何かがおかしい。

 

いつもの出久は控えめで大らかで優しい。喧嘩なんてした事があるとは思えない、そんな心優しい人柄の持ち主だと思っていたが、爆豪に向けたあの表情は今まで見た事が無いのも相まって単純に恐怖を感じた。はっきり言ってあんな爆豪とは別ベクトルで恐ろしい形相、彼らしくない。

 

 

 

 

 

「っしゃあ!」

 

左右の肘を水平に振り抜く事五百回、鉄棒に括りつけられたタイヤが遂に千切れて落ちた。

 

「どうした?昨日から偉くカリカリしているな、出久。らしくないぞ。それはどちらかと言えば俺の役目だ。」

 

汗を雑巾の様に絞れる程に吸ったシャツを脱ぎ捨てて体を拭き、レジ袋に入れていたシャツに着替えた。

 

「昨日のアレが、まだ心に残っているのか?」

 

「今日のアレも含めて、いい加減無視出来なくなってきたからね。新開発のスマッシュもちょっと行き詰まってるし。肺活量と・・・・・後はこの、波の動きが今一つ上手く出来ないんだよなあ。もっとストレッチとかヨガやらなきゃ。」

 

肩を交互に回し、渡されたプロテインと生卵が入った魔法瓶を開いて一気に半分を空けた。

 

「ああ。それと一つ伝えておくべき事がある。芦戸のデータを元に作ったガシャットの事だ。どういう訳か不調でな。何度も起動を試みたのだが、待てど暮らせどゲームエリアすら展開されない。」

 

「え?何で?!」

 

「何らかのデータが足りないのかもしれんが、詳しくは俺にも分からん。まあ、今はまだ問題ではない。」

 

グラファイトも立ち上がり、脚の間に千切れたタイヤを挟んだまま鉄棒にぶら下がって片手で懸垂を始めた。一度体を引き上げる度に下半身を左右に捻り、逆の手に持ち替えてこれを繰り返す。

 

出久はまだ収まりがつかないのか、公園にある一番大きく太い木に向かい合い、バンテージを巻いた拳を握り込んで構えた。大きく息を吸うと、考えつくあらゆる手技を木に向かって繰り出した。パンチ、手刀、鉄拳打ち、平拳、貫手、肘打ちと無限に思える組み合わせで木が揺れ、枝から木の葉がいくつも舞い落ちて行く。最後の肘打ちを入れた所で息を吐き出した。木の皮も僅かばかりだが古びたペンキの様に剥がれ落ちている。

 

「七十二発・・・・記録は更新したけど、やっぱり手だけじゃまだ届かない・・・・・!」

 

再び深呼吸を始め、連打の記録更新に挑戦した。

 

七十四。届かない。

 

七十六。最高記録だが、まだ届かない。

 

七十三。遠のいた。

 

背中の筋肉がプチプチと音を立ててようやくやめろと言う危険信号に耳を貸し、出久は座り込んだ。

 

「あ、いたぞ、麗日君!」

 

「デクくーん!」

 

「飯田と麗日か・・・・自主トレはどうした?体育祭などあっと言う間に来るぞ。」

 

「ちょっと、その・・・・・デク君の事心配になって・・・・・」

 

やはりまだグラファイトの存在感に今一つ慣れきっていないのか、若干歯切れが悪い。

 

「爆豪君の事で?」

 

「ほら、それ。前から気になってたけど、かっちゃんて言いそうになるといつも言い直してるじゃん。今日も珍しく突っかかってたし。」

 

「それは俺も気になっていた。勿論答えたくないと言うのなら強制はしないが、疎遠になった理由はあるのだろう?」

 

「うん・・・・・まあ、あれだけ露骨だと流石に気付くか。分かってると思うけど、これオフレコでお願いね。出来るだけ短く切り上げる様に努力するけど、多分長くなるから。かっちゃんて渾名から分かる様に、僕は彼とは幼馴染なんだ。僕が『無個性』と診断されて少ししてからかな、彼にいじめられ始めたのは。木偶の坊のデクって呼び名もそこから来てるんだ。小中高と、ずっと言われ続けててさ。」

 

「そんな・・・・!」

 

麗日は愕然とした。しかしだからこそ出久の強さが際立つ理由が分かった。そう言われ続けてきても相手にせず、表情にも出さず、寝る間も惜しんでたゆまぬ努力と研鑽を積んでここまで来ているのだ。修練の数だけで言えば出久は間違いなく『ヒーロー科最強』の努力人と言えよう。

 

「『無個性』の癖にヒーローになろうなんて思うな。そうバカにし続けて来た相手がずっと彼の先を行ってる。中学三年の時、初めてやり返したよ。右フックで思いっきり殴って膝をつかせた。そこから入試の成績、『個性』把握テスト、そして屋内対人戦闘訓練でも勝った。」

 

「で、頑なに君が強くなった事を認めようとしないで突っかかってくるのにいい加減うんざりしているという事か。」

 

飯田の推理に出久は頷いた。

 

「だから決めているんだ。僕は、この体育祭で爆豪君に勝って優勝を狙う。何度も言っているのに分からないから、今度こそ容赦はしない。実力ではっきりと分からせる。認識を改めなければ僕には、いや、僕達には勝てないって。」

 

「しかしいじめという事なら学校側に報告していれば―――」

 

「そんな事をした所で無駄な努力だ。」

 

懸垂を終えて汗を拭き終わったグラファイトが鼻を鳴らした。

 

「ヒーローが飽和し、社会の花形となったこの世界ではヒーロー向きの『個性』を優遇する傾向が極めて強い。当時『無個性』と思われていた生徒が何を喚き、何を宣おうが大したアクションは期待できん。その内周りから『個性』持ちに嫉妬した負け犬の遠吠えだのなんだの言われるのは時間の問題だ。映像や音声と言った決定的な証拠も無いしな。」

 

「し、しかしそれなら雄英にこの事を伝えれば――」

 

「無駄だ。雄英に過去のいじめの事を伝えて人格的に問題ありと進言した所で既に生徒の一人になってしまっている。有力な『個性』の持ち主の入学拒否や退学はヴィラン側の陣営に寝返る可能性がある。故に教師どもはここで再教育をするつもりでいるのだろう。よほどのことをしない限り、除籍処分は無い。以上の理由から、他人は当てにはならん。故に、プライドに服を着せた奴の鼻っ柱をへし折り、本当に黙らせる方法は一つしか無い。実力を行使した、徹底的な、完膚無きまでの完全勝利。勝った暁には、まあ今までの非礼を土下座の一つでもさせて詫びてもらうとするか。」

 

「昨日僕達があの空き地にいたのも、殴り合いの一歩手前まで行ってたんだ。直前で麗日さんが偶然止めてくれたけど。」

 

これで全てだとばかりに出久は両手を広げた。

 

「・・・・・事情は分かった。話してくれてありがとう。だが一つだけ言っておく。彼ばかりを注視していては、心操君が言っていた様にごっそりと足元を掬われる事になる、と。」

 

飯田はそれだけ言うと駆け足で公園から去って行った。麗日だけはその場に座ったまま何も言わない。

 

「どうしたの、麗日さん?」

 

「デク君は本当にそれでいいの?」

 

出久は訳が分からないとばかりに首を傾げた。

 

「えっと、どういう事?」

 

「だって、幼馴染だったんでしょ?それなら仲直りだって―――」

 

「それが出来ないから今まで苦労したんじゃないか!」

 

思わず出久は声を荒らげたが、すぐに呼吸を整えて荒くなった語気を抑えた。

 

「ごめん、大声出して。僕だって人を嫌いになりたくはないよ。でも十年以上人を傷付けて、尚且つそれに塩をぶちまけ続けた相手に何の謝罪もされずに仲直りなんて、僕には出来ない。僕だって人並みのプライドがある。」

 

むしろ何度も歩み寄ろうとした自分が馬鹿みたいだ。

 

「でもそんなことしたらヒーローやないやん!ウチはそんなデク君見たくない!」

 

「他に方法が思いつかないんだ。そうだよ、これは私怨だ。いじめっ子に今までのツケを払わせる準備をしている。ヒーローから最も遠い行いだよ、その自覚はある。でも過去を忘れて、前に進んで、ヒーローになるには、これしか思いつかなかったんだ。ごめん、麗日さん。どうか僕を止めないで。」

 




なんかめっちゃ暗いエピソードになっちまったーい!やべーい!

次回、File 28: Are you ready?! シャカリキスポーツフェスティバル

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Level 3: 挑戦
File 28: Are you ready?! シャカリキスポーツフェスティバル


お気に入り2000突破来たー!!!!皆さんありがとうございます!

これからも拙作をよろしくお願いいたします。きっちり完結目指して邁進します。

アンチ・ヘイトタグを追加しました。

それと新たな評価者様へ。

・確かに現時点では今の緑谷から原作にあった良さのヒーロー性が失われていますが、これは徐々に取り戻させていきます。

・オールマイトは一番ヒーローらしい行動をしたから彼に個性を譲渡をしたというのに自覚はしているけど過去を清算して前に進むのが復讐みたいなやり方って一番ヒーローらしくない選択させているのに違和感があるのもごもっともです。しかしこれは見解の相違という物です。何を以て「ヒーローらしい」とするかはある程度は共通しますが、多感なティーンエイジャーが自分をいじめた相手を見返してやりたいと思わない筈が無いのでこのような展開に持っていきました。

・緑谷と爆豪の関係や態度は理解できなくはないし下地はあるけど「普通の人間だったら当然だろ」理論のごり押し感がひどい。確かに多少は無理があるかもしれませんが、自分はむしろ何故オールマイトが出久にいつも笑っている理由を明かした時の様に人間としての弱さにフォーカスを当てて行かないのかとたまに思ってこんな感じにしました。


体育祭までの準備期間はあっという間に過ぎて行き、遂に当日の朝がやって来た。USJ襲撃を考慮して中止すべきではないかという声もあったらしいが、ヒーロー育成は国家レベルのプロジェクトだ。それをおいそれと中止する訳には行かない。むしろ死傷者ゼロで生き延びたから警備を例年の五倍にまで上げ、強気に出た方が良いという声もあり、敢行された。

 

1-Aの控室でクラスメイトと待機している出久はノートを見ながら柔軟体操をしていた。

 

『チェックはしたが、コンディションは今までにないほど良い。あまり気負うな。』

 

グラファイトはそう言うものの、そう簡単にはいかない。第一に、これは学年別の総当たり。ヒーロー科、経営科、普通科、サポート科の全学科が参加し、国全体が注目しているビッグイベントだ。次世代の『平和の象徴』として、緑谷出久が来た、と世に知らしめなければならない。

 

第二に、麗日の言葉が未だに深く刺さって抜けない棘のように心の奥底に潜り込んでしまっているのだ。自分を長年いじめてきた相手を叩き潰す。そんな私的で自己満足の為でしかない事の為に、オールマイトから借り受けた力を、ヒーローになる為に助力してくれているグラファイトの力を使おうとしている。

 

これでは何の為にヒーローの道を志したのか分からないではないか。ヒーローは己の為に力を振るわない。ましてや復讐などしない。断じてしないのだ。だがそう思う都度、膿んだ心の傷が疼く。脳裏の奥底から声がする。応報せよと、小さくもはっきりとした声で。

 

爆豪の辞書に『同格』の文字は無い。あるのは『格上』か、『格下』だけ。和解が成立しない以上、根本的な解決方法はとことんぶつかり合って全て吐き出し、相手のいじめようという意志を踏み潰す事。

 

「グラファイト、この体育祭の結果がどうなろうと、終わったら僕はオールマイトに()()()()()。」

 

グラファイトは何も言わなかったが、元々察しが良い男だ。何も言わない。

 

「は~、着たかったなぁ~コスチューム。」

 

「公平を期す為に着用禁止なんだよ。先生も言ってたし。」

 

皆と同じ学校指定のジャージを着た芦戸の残念がりように尾白が苦笑した。

 

「よ、予選の種目って何なんだろうな?」

 

緊張を紛らわす為か、砂藤が会話を求めて誰ともなしに尋ねた。

 

「何が来ようと、対応するしかない。」

 

「皆、準備は出来たか?!もうすぐ入場だ。」

 

ノートをロッカーにしまい込み、首と肩を回して脱力する。まずは本選で勝ち上がる。

 

「緑谷。」

 

ロッカーの扉を閉めて、後ろから声をかけられた。目に入ったのは赤と白で左右半分に髪の色が分かれた髪の毛。八百万と同じく推薦で入学を果たした轟焦凍だった。

 

「お前、オールマイトに目ぇかけられてるだろ?まあその事について詮索するつもりはねえが、始まる前に言っとく。俺は、お前には勝つ。」

 

入場直前の宣戦布告に一瞬身を硬くしたが、出久も若干気が立っており、言い返さずにはいられなかった。

 

「君が何を思って僕に勝つって言ったのかは分からないけど、客観的に見ても君は強い。戦術眼も、『個性』も、大半よりも数枚上手だ。だから僕も全身全霊で挑むよ。君にも、勿論皆にも。」

 

しかし彼は分かっていない。人生丸ごと逆境だった人間の強かさを。その死に物狂いの純度を。

 

プレゼントマイクの実況と共に、列を成した生徒達が入って行った。大歓声と乱射されるカメラのフラッシュ、そして観客の熱気に晒される。これもまた人の目に晒されながら最大の結果を出せるかのリハーサルなしの一発勝負だ。

 

続いてヒーロー科一年B組、普通科C、D、E組、サポート科 F、G、H組、そして経営科H、J、K組も入場する。

 

集まった雄英一年生は壇上の手前で止まった。主審を務める18禁ヒーロー ミッドナイトが手にした鞭を振り上げた。

 

「選手宣誓!」

 

「ミッドナイト先生、なんちゅー格好してやがんだ!」

 

「流石18禁ヒーロー・・・・」

 

「18禁が高校にいても良いのか?」

 

「いい!」

 

「静かにしなさい!選手代表、1-A、緑谷出久。」

 

肩を回しながら出久は一歩一歩を踏みしめながら壇上に上がり、マイクをスタンドから取った。先端を軽くたたいて作動しているのを確認すると大きく息を吸った。

 

「宣誓。僕達一年は、一人一人が自分でしか成り得ない『平和の象徴』を目指す為、全霊を以て死力を尽くして高め合い、戦う事を誓います!」

 

一礼と共に観客から一段と大きな歓声と拍手の嵐が巻き起こった。

 

『即興にしては中々良い挨拶ではないか。』

 

本番に強くなったとはいえこれだけの人数の前だからあがってしまうのではないかとグラファイトは心配していたが、杞憂に終わってくれて僥倖だ。

 

何でも早速始まる雄英のやり方は相変わらずで、第一種目の説明も早速始まった。

 

「毎年多くの生徒がここでティアドリンク!運命の第一種目、今年は・・・・これ!!」

 

スクリーンに現れたのは障害物競走の五文字。

 

「十一クラス全員参加のレースよ。コースはこのスタジアムの外周、約四キロ!雄英は自由な校風が売り文句。コースを守れば何をしたってかまわないわ!さあ、みんな位置に付きまくりなさい!」

 

選手用の赤いゲート前に全員が集合した。ゲート上の緑のランプが一つずつ消えて行く。

 

「スタート!」

 

狭い門を目指し、出久は並み居る一年生を押し退けながらスタートを切った。二十歩毎にペースを上げて行く。当日まではほぼずっと基本の復習にいそしんでいた。今ではトラックのタイヤを腰に括りつけて海浜公園を何度か往復出来るまでになった。一歩毎に踏みしめ、地を蹴る爪先のパワーを感じる。後続との距離はそう離れていないが、スタートとしては上々だ。

 

『さぁ~て、スタートと共に実況開始だ、are you readyイレイザーヘッド!?』

 

『ああ。』 

 

『早速だが序盤の見どころは?』

 

『今だよ。』

 

外周に通じるまでの通路は狭い。押し合いへし合いして鮨詰め状態だ。行ける通路は左右の壁か上のみ。最初のふるいにはもう既にかけられているのだ。更にスピードを上げ、ワン・フォー・オールの出力をハイペースで上げて行く。

 

『出久、来るぞ。轟に爆豪、切島、青山、八百万、その他複数だ。』

 

やはりそうか。流石はクラスメイト、互いの事を心得ている。後続は恐らく氷で釘づけにされたか滑って転んでスタートダッシュが出来ない状態にあるだろう。だが今は無視だ。とにかく今は出来るだけ距離をつける。

 

「フルカウル28%!」

 

これが今出せる最大値。今は前だけを見ろ。

 

『来るぞ、前だ。』

 

『狭き門は前哨戦!ここからハードな受難の始まりだぜ!まずは手始めに第一関門、「ロボインフェルノ」 を切り抜けろ!GO GO GO!!』

 

立ち塞がるは入試の聳え立つ『お邪魔虫』、ゼロポイントを含む仮想ヴィラン多数。しかし出久はペースを落とすどころか更に上げた。大きい分攻撃の面積は広いが小回りは利かない。縫う様にロボの足元をクロスステップやスピンで抜けて行く。バグヴァイザーZである程度攻撃をしておくことも忘れない。

 

『速い速い!失速ナシのトップスピードプラス繊細なフットワークで抜けるは、お手本のような選手宣誓をしてくれた一年代表緑谷出久!あっと、しかし同じく1-Aの轟が猛追!凍結で攻略と妨害を同時にやってのけて二位抜けだ!あれだな、もう何かずるいな!』

 

『合理的かつ戦略的行動だ。』

 

『流石は推薦入学者!』

 

先頭走者は二人。しかしUSJで命を奪われる恐怖を知った1-Aはそれにより迷いを捨てる術を一早く手にしていた。爆豪、常闇、瀬呂の三人が下から行けないならば上からと、ロボ軍団の頭上を飛び越えて行く。

 

八百万も迫撃砲を創造して仮想ヴィランを各個撃破しながら前進していく。

 

『オーオー、第一関門はちょろいってかぁ!?んじゃ第二関門はどうさ?落ちればアウト!それが駄目なら這いずりな!THE FALL! お?おお?!緑谷断崖絶壁向かってスピード落とさねえ!まさか飛び越えるつもりなのか?!飛び越えちまうのか!?』

 

断崖絶壁とその中間地点に乱立する足場。それを繋ぐ唯一の道は丈夫なロープのみ。

 

『Hopper SMASH!!』

 

崖っぷちギリギリまで助走をつけ、両足で力一杯飛び上がる。次の関門へと繋がる地上はまだ先だ。着地からの受け身で再び助走を始める。

 

「言った筈だぞ、俺はお前に勝つってな。」

 

背中が何やら冷たい。恐怖からではない。汗でもない。

 

『チュドド・ドーン!』

 

後ろを見ず、矢継ぎ早にバグヴァイザーZの銃撃で自分に到達する前に氷を砕いて行く。しかしそれよりも氷の生成スピードが速い。向こう側まで跳躍一つで届くというのに、左足の足首から下が氷で地面に縫い付けられてしまった。

 

『OH MY GOD! 緑谷、轟の氷に足を封じられた!その隙にトップが入れ替わる!リードは轟焦凍!』

 

「な、んのぉーーー、これしきぃ!」

 

靴と靴下が脱げてしまったが力任せに氷を砕き、裸足になって自分を抜いた轟の後を追う。むしろ履き物を脱いだお陰で爪先の蹴る力が上がった。左手で右腕を支えながら前方の轟の足元に向けてビームガンを更にぶっ放すが、轟の足が設置した所から幾重もの氷壁がせりあがって銃撃を阻んでいく。更に地面も凍らせて行き、出久の足を止めて自分は更に先へと進む。

 

やはり変身しなければ勝てない。

 

「グラファイト、行くよ。」

 

『いつでもいいぞ。』

 

走りながら変身し、マイティ―ディフェンダーZ、そしてマッハチェイサーバーストを起動して投げ上げた。意思を持つように右腕に装着したバグヴァイザーZの両側の挿入口に二本のガシャットが吸い込まれていく。

 

『「培養!」』

 

『MUTATION!』

 

アーマードチェイサーグラファイトに変身し、ボタンを連打していく。

 

『ずーっと!MACH!』

 

「逃がさないよ、轟君!」

 

『あーっと緑谷ここで切り札発動!素足で氷を砕きながら轟の障害物を物ともせずに遅れた分を取り戻すぅ!そして速い速い速い!!氷壁をぶち抜いて行く姿は正にアンストッパブル、アンコントロールだぜ!緩やかとは言え氷が張った曲がり角もドリフト回転で華麗に切り抜ける!』

 

「・・・・使ってきやがったか・・・・!」

 

『さぁ~て、いよいよ最後の難関、その実態は一面地雷原だぜぃ!YA-HAAAAAA!!! よく見りゃ位置は分かるから、目と足酷使して進めよ!威力はねえが音と光は本物同様だから失禁すること間違いなしだ!』

 

『んなモン人それぞれだろうが。』

 

「デクぅ!俺の前を行ってんじゃねえぞこの野郎がぁ!」

 

『出久、ブロックを。取ったらフェンスへ行け。』

 

「オッケー!」

 

獲物を見つけた猛禽類の様に爆豪が未だ轟を追い抜けていない出久に向かってダイブする。しかし出久も別の方向に向かって飛び、頭上のブロック二つを破壊した。

 

『高速化!』

 

『残像!』

 

『ずーっと!MACH!』

 

爆破で捉えたと思いきや、手応えはスカスカだった。見えたのだ。爆発で捉える瞬間を。しかし、当の本人はコースを示す白いフェンスの上に着地し、走り出した。舌打ちしながら更に先頭を行っている轟に目を付けた。

 

『やはりか。木に近すぎると爆破によってコースが火の海になるかもしれないから標的をトップの轟に変えたな。』

 

「地雷なんざ俺には関係ねえ!半分野郎!!!!宣戦布告する相手間違えてんじゃねえよ!」

 

更なる高威力の爆破でスピードを上げ、トップを争う轟と爆豪は互いの『個性』を放つ手を払いのけながらも足を止めずに先を目指した。

 

しかし二人の間を半径三十センチはある白い物が通過し、足元の地雷の一つに当たった。瞬間、断続的な爆発が二人を襲う。

 

『ワ――オ!緑谷、なんと地雷を掘り返してフリスビーの如く先頭の二人の足元目掛けてぶん投げた!!しかもまだいくつか持ってやがるぞ!良いのかアレ!?』

 

『ずーっと!MACH!』

 

『そしてチャンスとばかりに緑谷、再びトップに躍り出た!盛り上がれマスメディア、お前らの大好きな展開だぜしっかり見とけよ!?』

 

地雷をさかさまにして後方に向かって投げると、更に進む。適当に投げた為に爆発しないならしないで構わない。今は後続を気にしていられない。もう地雷原は通り過ぎたのだ。後は、スタジアム目掛けて一直線に走るのみ。

 

『BURST!!急に!DEADHEAT!』

 

スタミナ残量を無視した、速度計を振り切るような、心臓があまりの血圧で張り裂ける様な速度。聞こえる物は耳元を過ぎる風と息遣いだけ。

 

舞い上がる硝煙と土煙の中から氷の道が現れた。少し遅れて爆豪も追ってくる。二人も抜かれた事に余裕が無いようで必死の形相で追いかけてくる。

 

『イレイザーヘッド、お前のクラスすげえな!どういう教育してんだぁ~~!?』

 

『俺は何もしてねえよ、あいつらが互いに勝手に火ぃ点け合ってるだけだ。』

 

「雄英体育祭一年生ステージ、序盤からのデッドヒート!しかし機転と根性でとことんやる男が、緑谷出久が、今、スタジアムに帰ってきたぁ―――――――――!!!」

 

スタジアムに足を踏み入れ、変身を解除した出久は指二本を伸ばして天に掲げた。

 

平和と、勝利のVサインを。

 

観客席からオールマイトは出久の様子をじっくり見ていた。彼の戦い振りは素晴らしいの一言に尽きた。常に冷静な判断を的確に下し、しかし容赦無く前に出て行く大胆さ。出力が限定されているとは言え、ワン・フォー・オールもきっちり使いこなしている。次代の『平和の象徴』としての自己アピールも十分過ぎるほどに出来ているのだ。

 

しかし、何かがおかしい。どんな逆境も泣き言一つ漏らさずに果敢に挑んでいく彼の形相に、少なくともオールマイトは僅かながら恐怖を感じた。勝利への執着もそうなのだろうが、また別の何かが彼を突き動かしているとしか思えない。宣誓の言葉こそ立派な物だったが、目の奥にほの暗い影が落ちている事と何か関係しているのかもしれない。

 

順次一年生たちがゴールインしていく。出久は座り込み、体力の回復に努めた。まだゴールしていない者は多い。

 

次はいよいよ本戦。さあ、何が来る?

 




緑谷出久の SMASH File

Hopper SMASH:助走をつけて両足を使った大ジャンプ。民家程度ならば余裕で飛び越えられる。バッタの英名Grasshopperから。

次回、File 29:いざ出陣、Cavalry War!

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File 29:いざ出陣、Cavalry War!

ゆっくりと伸びる低評価に若干へこんでいく・・・・・しかし!
逃げない負けない泣かない!果て無き執筆スピリッツ!

・麗日がすぐ反省するのはおかしいとのコメントがあったのでもうちょっと自分の信念に忠実にしておきました。


本戦第一回戦の競技を選定するルーレットがスクリーンで目まぐるしく回る。

 

止まった種目は、予選通過を果たした四十二人での騎馬戦。

 

「個人競技じゃないのか‥‥?」

 

騎馬戦の基本的なルールは知っている。出久は自分の周りにいるクラスメイトを、サポート科を見回した。個人競技でない以上、人選が大事だ。これはそう苦労はしない筈だ。なにせ障害物競走で一位を制したのだ。勝ち馬としてのアピールは十分した。欲しがらない筈が無い。唯一の懸念は人選だ。

 

「チームは一つにつき最低二人、最大四人で騎馬を組んでもらうわ。ルールは普通の騎馬戦とほとんど変わらないけど唯一違うところがあるのは、予選の結果に従い各自にポイントが振り分けられる事!与えられるポイントは下から五ポイントずつ増えて行くわ。そして一位の選手に与えられる持ち点は、一千万!」

 

脳内で組み立て初めていた戦略が、ミッドナイトのその一言で波に浚われる砂の城の如く崩れ去った。

 

守るより攻めてポイントを奪う方が遥かに理にかなっているし、やりやすい。そして一位の圧倒的なまでの高得点は、下位の者であればあるほど奪うモチベーションが高くなる。なんせ何位であろうと、出久の持ち点を奪っただけで後は逃げ切ればいいのだ。

 

これで自分と組んでくれる人間の選択肢はかなり限られてくる。推薦枠組の二人と入試次席の爆豪、飯田はアウトだ。クラスメイトとはそこそこ打ち解けているが、まだはっきり友人と呼べる程交流は深まっていない。

 

久しぶりに、体が震え始めた。恐怖からでもあり、武者震いでもある。自然と口元が緩み、笑みとなっているのだ。説明を聞きながら出久は高速で戦略を練り直し始めた。

 

「制限時間は十五分。振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイントを表示した鉢巻を必ず首から上に着用して奪い合います。獲った鉢巻きも同様の位置にね。それとこれが一番重要なポイント。騎馬が崩れても、鉢巻きを取られてもアウトにはならない!当然『個性』の使用は認めるけど、あくまでこれは騎馬戦。悪質な崩し目的の攻撃はレッドカード、一発退場よ!以上!チーム作り、開始!」

 

スクリーンにチームを決める時間の十五分が表示され、カウントダウンが始まる。出久がまず狙いを定めたのは、クラスメイトの常闇踏影だった。ノートにまとめた彼の『個性』は、人体の可動領域を無視して側面、頭上とあらゆる死角に瞬時に対応可能な物だ。

 

「常闇君、僕と組んで欲しい。」

 

「・・・・・受諾した。よろしく頼む。」

 

「ありがとう。」

 

再確認はしない。集中的に狙われると言う警告も。向こうは承知の上でやっている、覚悟を疑うのは選手として失礼と言う物だ。後二人。

 

「私と組みましょう!一位の人!」

 

「え?」

 

後ろから声をかけられ、出久は振り向いた。ピンクの髪の毛にゴーグル、そしてごてごてとサポートアイテムを身に付けた女子が手を振っていた。

 

「君は、もしかしてサポート科・・・?」

 

「はい!発目明と申します!あなたの事は知りませんが、立場利用させてください!」

 

あけすけだ。建前などあった物じゃない。しかし納得できる。サポート科の成功への道は、自分が作り上げたサポートアイテムの機能性を見せつけ、企業やヒーロー事務所に売り込む事なのだ。

 

「貴方と組めば、必然的に注目度ナンバーワンになるじゃないですか!つまり私のドッ可愛いベイビー達が大企業の目に留まるわけですよ!ベイビーはた~くさん用意してきていますので、お気に召すものがあれば是非使ってください!」

 

巨大なケースを広げると、所狭しとサポートグッズが並んでいる。

 

『サポートアイテムの選定は、俺がする。俺が言う物を取れ。』

 

「分かった。発目さん、よろしく。これで三人。あと一人は・・・・」

 

発目、常闇両名と共に探す。既にチームはそこそこ出来上がっている。爆豪の騎馬は芦戸、瀬呂、そして先頭に切島。峰田は障子、蛙吹の三人組。轟は八百万、上鳴、そして飯田と、他にも凶悪な組み合わせの連中ばかりだ。

 

「麗日さん、僕達と組んで欲しいんだ。」

 

あの日別れた後、改めて思い返してもやはり出久の考え方ややろうとしている事に納得が行かなかった。自分が長期間にわたるいじめらしいいじめを受けた事が無いからそう言えるだけなのかもしれない。自分は友人とは言え、幼馴染二人の問題には何の関係も無いし、その本質を知らない。

 

話を聞いたとはいえ本質を理解していない癖に知った風に上から語る自分は間違っているのだろうか?

 

自分が理想とするヒーロー像を押し付けている偽善者なのだろうか?

 

黙って何も言わずに成り行きを見守るだけに留まった方がいいのか?

 

今この場で質問の答えは出ないが、後回しだ。自分だって勝つ為にここに来ている。更に勝ち上がる手段があるならば、迷う訳には行かない。出久が差し出した手を、麗日は数瞬の躊躇いを見せはしたが取った。

 

「・・・・・うん。分かった、よろしく。」

 

 

後でしっかりと謝らなければならない。彼と組むのも、自分の為でもあるが、彼の為の罪滅ぼしでもあるのだ。

 

「何はともあれ、これで四人。」

 

持ち点は、一千万飛んで三百二十五ポイント。対するチームは十一組。

 

『さあ!上げてけ、鬨の声!血で血を洗う戦いが狼煙を上げるぜ!十二チームの残虐バトルロイヤル、START UP! THREE! TWO! ONE!! 』

 

「スタート!」

 

開始の合図とともに、五つのチームが向かってきた。これは、今や一千万の争奪戦。

 

「いきなり襲来とはな・・・・・追われし者の運命か。選択しろ、緑谷。」

 

「逃げの一手。発目さん、麗日さん!顔避けて!」

 

握ったスイッチを押し、出久の背中のバックパックが火を噴き、包囲網の内側から上空へと押し上げて突破に成功した。

 

「逃がすか!」

 

耳郎のイヤホンジャックが伸びて来るが、常闇の『個性』であるダークシャドウが巨大な両腕でそれを薙ぎ払った。

 

「よし。ダークシャドウ、俺達の死角を常に見張れ。」

 

『アイヨ!』

 

「流石常闇君、中距離からの全方位防御は敵なしだ!凄いよ!」

 

「選んだのはお前だ。」

 

「着地するよ!」

 

麗日の合図で彼女は発目とブーツを起動し、落下の衝撃をホバリングによってゼロにした。現在の重量は、麗日、全員の服、そして装備のみ。サポートアイテムへの負担もほぼゼロだ。

 

「どうですか、私のベイビー達は!?可愛いでしょ!?可愛いは作れるんですよ!!」

 

大興奮で尋ねる発目に出久は大きく頷いた。気が昂っている所為か、口調も多少変わっている。

 

「機能性も速度もばっちり!凄いよ、ベイビー!発目さん大天才!発明の母!麗日さんもゼログラビティありがとう!」

 

「でしょお~!?」

 

「まだまだいけるからね!」

 

「オッケー、このまま前進!」

 

止まっていてはいけない。複数の相手がいる時は、絶対棒立ちになってはいけない。複数の『個性』を持ったチームは言うなれば脳無と変わらない。違うところがあるとすれば脳無程凶悪ではないという事と、『個性』を持った人間がそれぞれ独立して考える人間である事だ。それだけ思考の差と戦術のバリエーションに幅が出るが、連携が綿密であればある程、間違いを犯せる余裕が無くなる。

 

「あれ!?う、動けへん!?」

 

麗日の足裏にもぎもぎがくっ付いて地面に縫い付けていた。

 

「峰田君か・・・・!」

 

障子が頭を低くして迫る。体格を生かし、複製腕の被膜で背中を覆っている。その隙間からもぎもぎに加えて蛙吹の舌も伸びてくる。正に移動砲台だ。騎馬崩しが出来ない以上、中にいる二人への攻撃は勿論、鉢巻き奪取もほぼ不可能だ。

 

「ごめん、発目さん!」

 

『チュドド・ドーン!』

 

再びバックパックの起動スイッチを押して上空に逃げたが、代償として麗日のホバーブーツの一つが千切れてしまった。

 

「ああああああ!ベイビーが千切れた~~!!」

 

これで一旦離れられたが、上空すらもホームグラウンドの男が一人いる。黒煙を引きながら飛んでくる人間爆撃機、爆豪勝己が。

 

『おいおいおいおいおい!あいつ騎馬から離れてんぞ、良いのか!?』

 

「テクニカルなのでオッケーよ!地面についてたら駄目だけど!」

 

「常闇君、ガード!」

 

「承知!」

 

『オオっと!』

 

ダークシャドウがその身を挺して爆豪の爆破を受け切った。

 

「グラファイト、黒龍モード行くよ!」

 

『ようやく本領発揮か。』

 

『LEVEL UP! MIGHTY JUMP! MIGHTY BLOCK! MIGHTY DEFENDER! Z!アガッチャ!ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA! DRA! DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

「レベル5、アーマードダークグラファイト!」 

 

「姿変えた所でやるこたぁ変わらねえんだよ!」

 

更に爆発を重ねてぶつけて行くが、ガシャコンバックラーの前では爆破は通らず、意味を成さない。旋回しながら背後から再び仕掛けるが、ダークシャドウが再び行く手を阻む。すかさず爆破でどかせると、出久がいる位置に向かって手を伸ばした。

 

『出久、投げろ!』

 

「うおおおお!!」

 

風を切って投げ飛ばされたガシャコンバックラーが爆豪の手を弾き、姿勢を大きく崩させた。

 

「DOUBLE DELAWARE SMASH!! かーらーのー、DETROIT SMASH!」

 

そしてブーメランのようにバックラーが旋回して戻ってくる前に両手のデコピンで空気を弾いて爆豪を怯ませ、その隙に拳で生み出した風圧で移動し、別の地点へ着地した。流し目で爆豪が瀬呂のテープで回収されるのが見えた。あれがある限り地面に落ちるという事はあり得ない。

 

「発目さん、ブーツ壊しちゃってごめん。」

 

「大丈夫です!ベイビーはここからいくらでも成長できますから!」

 

「ごめん、片足制御じゃ難しくて・・・・!」

 

不可能ではないが、やはり転んだり着地からのランニングスタートがワンテンポ遅れるリスクは犯せない。麗日のブーツが片方お釈迦になった以上、もう上空には飛べない。出来るとしても精々後一回出来るか出来ないかだ。

 

「気にする事は無いよ。まだ手はある。」

 

スコア表示を見ると、自分を含む上位の三チーム以外は持ち点がゼロになっていた。その内のチームに爆豪の名前がある。奪ったのは、物間チーム。見るともう四本近くは鉢巻きを首にかけている。得点が見えない様にご丁寧に裏返しだ。

 

「え?嘘・・・!」

 

しかしこれで多少は楽になる。完全にブチ切れた爆豪は、出久の前に他の連中の鉢巻きを根こそぎ奪う計画に変更したようだ。しかし、そんな時に立ち塞がったのが轟チームの騎馬だった。

 

残り時間は七分三十秒を切った。

 

『出久、替われ。後半は俺にも楽しませろ。』

 

「オッケー。よろしく、グラファイト。」

 

主導権をグラファイトに譲り、グラファイトは首を回した。頭に巻いた鉢巻きを指さす。

 

「欲しいのだろう?これが。全力で取りに来い。」

 

正面はやはりと言うべきか、機動力に特化した飯田だ。彼以外にも、他のチームがポイントを取り戻そうと、トップに躍り出ようと再び包囲戦に持ち込んできた。

 

「常闇、指揮権は譲って貰った。今まで通り防御に徹しろ。」

 

轟チームには飯田、轟以外に厄介なメンバーが二人いる。広範囲への無差別攻撃が出来る上鳴、そして味方を巻き込まないアイテムを創れる八百万が。

 

「了解した。」

 

「無差別放電、130万ボルト!」

 

再びダークシャドウが身を挺して高電圧の電撃からチームを守り抜いた。防げなかったチームは全身麻痺に加えて思考停止、おまけに棒立ちと来ている。轟は畳みかける様に八百万が創り出した鉄棒を通して地面を凍らせ、他のチームの足を障害物競走と同様に地面に縫い付けた。群がる四チームを一蹴した。更に横槍を入れられないよう氷壁を作り出し、自チームと出久達を隔離した。

 

「一騎打ちに持ち込んで来たか。中々策士ではないか、轟よ。」

 

「感心してる場合ちゃうよ!もう後が無いやん!」

 

だが問題は無いとばかりにアーマードダークグラファイトは腕を組み、頭上を見た。自分を見ずに上を見る姿を訝り、轟達も上を見た。フィールドに大きな影が落ちる。

 

『お?!おおおおおおおお!?なんじゃありゃああああああ!変身した緑谷の腕にある楯が!超ドデカくなっちゃってるぞおいいいいいいいい!』

 

巨大化したガシャコンバックラーが、両チームの間に向かって落ちてきているのだ。落下までもう時間が無い。

 

「宣戦布告をした男が二人共相手の陣営にいる。これは、手札を晒させる博打だ。さあ、どう出る?」

 

仕掛ければ手札が割れる。仕掛けなければ氷が砕けた隙間から逃げられる。

 

「緑谷の奴・・・・!」

 

ダークシャドウで距離を取らせ、反時計回りにじりじりと回り込む緑谷チームの騎手は掛かって来いとばかりに手招きを続ける。

 

「時間は三分を切った。僕が出る。」

 

「飯田さん?」

 

「ここで逃がしたらこの手はもう二度と通じない!今しか無いんだ!しっかり捕まっていてくれ!獲れよ、轟君!」

 

ふくらはぎのエギゾーストパイプから噴き出す炎がプラズマカッターの様な青白い光へと変わっていく。

 

「さあ、来い!!」

 

「トルクオーバー、レシプロバースト!!!」

 

刹那の合間に距離を詰め、轟の指先はしっかりと鉢巻きを捉えた。出久の鉢巻きを見事奪い取ったのだ。直後に、地響きと共に巨大化したガシャコンバックラーが激突し、土煙を巻き上げる。姿は見えないが、音で緑谷チームが距離を取ったのを確認した。

 

だが、首回りが軽い。

 

「あの野郎・・・・・!?」

 

「飯田。今のは・・・・・肝が冷えたぞ。素晴らしい必殺技だ。痛み分けと言った所だな。」

 

アーマードダークグラファイトの両手には、轟が首にかけていた鉢巻きが全てあった。根こそぎ奪われたのだ。戦果は1175点。一位ではないにせよ、差は鉢巻き一つ分。

 

『あーーーーーーっと!!!またまた大番狂わせだ、やってくれたのは轟チームのエンジン、飯田天哉!何だあの技!?あるなら先に使えYOOOOOOOO!見事一千万奪取!しかし緑谷チームもただじゃあやられねえ!轟の鉢巻きごっそり持ってったぜ!』

 

「氷は砕けた。発目、もうそろそろ効果が切れる。ワイヤーアンカーで楯を回収しろ。」

 

「了解です!」

 

射出されたワイヤーアンカーが楯を絡め取り、巻き取っていく。

 

「氷は砕け、突破口は出来た。どうする?」

 

スコア画面を見ると、轟、爆轟チームがツートップで自陣は三位。鉄哲チームは五十点差で四位となっている。

 

「痛み分けとなってしまったが、現在は三位。一千万は丁度目の前にある。取り返すのは筋と言う物だろう?左側に回り込んで進め。」

 

「おっしゃあー!行くよ!」

 

地面に向かってビームガンを乱射して目くらましを作り、上空のブロックを再び破壊する。中のエナジーアイテムが落ちて来た。

 

「そうそう何度も使わせませんわ!」

 

『発光!』

 

腕から伸びるコンクリートの柱で弾こうとしたが、触れた瞬間にその柱が目もくらむ眩い閃光を放ち始めた。

 

「来るぞ!」

 

レシプロバーストの影響で『個性』が使えない飯田が目を覆いながら叫ぶ。

 

「八百万、絶縁・・・・いや、間に合わねえか。しかたねえ・・・・・耐えろ。上鳴!もう一発だ!」

 

辺り一面に雷が迸る。ダークシャドウに楯を投げ渡して防御させ、飛び上がった。バックパックは最初の雷撃で使い物にならなくなったが、ジャンプ力は無くても数十メートル程度は問題無く跳躍距離の範囲内だ。

 

「ブロックが残り少ないか・・・・・」

 

届く範囲にあるブロック全てにビームガンの銃撃を浴びせて破壊し、目当ての青いエナジーアイテムを鉢巻きに触れさせる。

 

『逆転!』

 

『TIME UUUUUUUUP!!!!!二回戦終了!!!!早速上位四チーム、行ってみようか!』

 

「三位、か・・・・惜しいな。目の前に一千万があったと言うのに・・・・」

 

「でもでも、トップスリーに食い込んだんやし・・・・」

 

「問題は無い。俺と出久がいる限り、我々の完全勝利は確定している。」

 

着地したグラファイトが自分の首を指さした。鉢巻きが一本しかない。裏返すと、見えるのは唯一八桁の数字を振った物だった。

 

『一位!最後の最後でどんでん返し!緑谷チーー—ム!』

 

「え・・・・?」

 

「ま、まさか・・・・・・!?」

 

『二位!轟チーム!!!』

 

「馬鹿な!?確かに一千万は僕達が・・・!」

 

「上に飛びあがった時、またブロックを破壊して鉢巻きに触れさせていた。大方、持っている物と取られた物を逆転させる効果があったんだろう。くそっ・・・・」

 

自分の首に巻き付いた四本の鉢巻きを悔しそうに引き千切って投げ捨て、握りしめるあまり掌から血が出始めた左拳を悔しそうに見つめて轟が唸った。

 

「あのグラファイトと言う方・・・・・自立した『個性』というだけでも厄介なのにあの能力の幅広さは反則級ですわね。まさか物体にまであのアイテムが作用するとは…‥」

 

『三位、爆豪チーム!』

 

「ぬぁあああああああああああーーーーーーーー!!!!」

 

芦戸、瀬呂、切島の三人は次の試合に進めるのだから悔しいが結果オーライと言っている

が、しゃがみこんだまま地面に向かって吠えるは、爆豪だった。

 

『四位、あれ!?心操チーム?!いつの間に逆転してたお前ら!?ともかく、以上の四チームが最終種目へ進出だぜ!YEEEEEEEAAAAAAAAAAAAHHHHHHH!!!!』

 

「ふぅ~・・・・全く。ひやひやさせてくれるな、グラファイトも緑谷少年も。」

 

第二種目が一段落した所でオールマイトはトイレに向かい、懐にある手紙を取り出した。相澤が出久からだと言って届けた手紙だ。体育祭の準備もあり、今の今まで開ける事が出来なかった。

 

黒幕は、オール・フォー・ワン。

 

グラファイトの筆跡でただ一行、そうとしか書かれていなかったが、それで悟ったオールマイトは、手紙を握り潰した。まさか本当に彼の言う通りになるとは。よもや生きていたとは。

 

しかし奴ならば納得がいく。死柄木弔に接触したのがいつかは分からないが、接触したことはまず間違いない。USJ襲撃計画の周到さと死柄木の性格のちぐはぐした感触の原因はそれなのだ。根津校長には及ばないが、常人の何倍も生きてきて蓄積した知能と経験、人脈、その他のリソースは十分脅威だ。

 

そしてグラファイトが鑑識に回した死柄木の血液。あのDNA鑑定も。嘘だと思いたいが、目を背けた所で事実は変わらない。

 

やはりあの男は・・・・オール・フォー・ワンは、吐き気を催す程に、骨の髄まで純然たる悪だ。

 

「申し訳、ありません・・・・・・お師匠・・・・・!!」

 

五年前の師匠の死に際と彼女の墓前で泣いたのが最後だった。

 




いやー、色々苦労しました、これは。ようやくトーナメント形式ガチバトルです!

File 30: Old-Fashionなガチバトル

SEE YOU NEXT GAME......


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File 30: Old-Fashionなガチバトル

連・投!ハッ!ハッ!ハッ!評価者合計100人オーバーフローだぜぃ!

結局「主人公側の考えが正しい!」な流れになっているやら「こう描いた方が読者ウケが良い」といった作者の作為的な意図が展開やキャラの考え方などの面で強くなっていると言う意見が多いのう。まあ原作でのもやもやが拙作で解消されているという意見もありで賛否両論なのですが。

悪い意味で緑谷が原作とは異なる方に変わりつつあるって言われても、二次創作だから変化が無きゃ原作丸パクリになって面白くないどころか法律の問題に発展しますし。


「これで最後の種目か・・・・」

 

「うん、でもなんであろうとガシャットはもう使えないね。相澤先生のルールもあるし。」

 

腕を組んでグラファイトは忌々しそうに鼻を鳴らす。体育祭開幕の数日前に相澤からメッセージが届いていた。グラファイトの力を発揮する為に提出したアイテム使用許可申請書は受諾され、申請は通りはしたものの、交換条件があった。他の教師達との協議の結果、バグヴァイザーZを使うのは構わないが、ガシャットは体育祭の競技が何であれ基本形態に必要なマイティ―ディフェンダーZは競技一つにつき一度、合計二度、その他は一度使えばそれ以降の使用を禁ずる、との事だ。

 

最初こそ出久は渋っていたが、曲がりなりにも参加出来るのだからいいではないかとグラファイトは条件を呑み、出久もその意思を組んで条件を呑む旨を伝えた。

 

「せめてこのもう一つが使えたらなあ・・・・」

 

未だラベルがガシャット同様に真っ黒い、芦戸のデータから作ったガシャットを見つめる。一体何が足りないのだろうか?

 

「しかし、待っていろと頼んでおきながら本人が来ないとはどういう了見だ、轟焦凍は。俺もいい加減腹が減っている。」

 

「悪ぃな、待たせて。話はすぐに済む。」

 

出久が轟に持った第一印象は、冷たい人間だった。爆豪を『動』とするならば彼は正反対の『静』と言うべきか。目つきもおよそ高校生のそれとは思えない。

 

「俺はお前に気圧された。見えなかったかもしれないが、一千万を獲った後俺は、一瞬左を使いそうになった。自分の誓約を破っちまったんだ。飯田も上鳴も八百万も常闇も感じてなかった。あの目くらましで、俺だけが気圧された。オールマイトがUSJ襲撃の時に踏み込んで放っていた遠くからでも感じられるあのプレッシャーと質が同じだった。はっきり答えろ。お前、オールマイトの隠し子か何かか?」

 

質問を理解した直後、グラファイトが腹を抱えて笑い出した。数秒置いて出久も必死で笑いをこらえようと口を抑えた。

 

「真面目な面構えで何を聞くかと思えば・・・・・!フハハハハ!出久がオールマイトの息子か、だと!?ハハハハハ!ふぅ・・・・・中々冗談が上手いな、お前は。」

 

「隠し子って・・・・・・!!ないないない、ありえない。全然違う。そんなんじゃないし。」

 

しかし目をかけられているという事に気付かれている以上、轟の頭の中ではその可能性も決してゼロではなかったのだろう。

 

「つまり、それとはまた別の繋がりという事か。けどまあ、最初に言った様に詮索するつもりはねえよ。俺の親父がエンデヴァーだってことは知ってるよな。万年ナンバー2のヒーローだ。お前がもしナンバー1ヒーローの何かを持ってるなら、俺は猶更お前に勝たなきゃいけねえ。」

 

二人は何も言わず、轟の話を黙って聞いた。

 

「親父は病的なまでに上昇志向が強い男でな。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せた。それ故生ける伝説オールマイトの存在を疎ましく思っていた。自分では超えられない。そこで次の策に出た。」

 

「なるほど、それで納得がいった。貴様は個性婚によって生まれたのか。まさかまだそのような前時代的な蛮行に及ぶ奴がいるとはな。それで、氷結の能力を持つ女の親族を金で買収でもして、オールマイトを超えるヒーローを創ろうとしている。凡そそんなところだろう。」

 

「ああ。」

 

「つまり、君が左を使わず勝たなきゃいけない理由って言うのは、エンデヴァーを・・・・・自分の父親を完全否定する為、なの?」

 

「そうだ。俺は奴の承認欲求を満たす為の道具じゃねえ。だから俺は、糞親父から受け継がされた左は死んでも使わねえ。右だけで、勝つ。」

 

目の周りの火傷痕を抑える轟の手は震えていた。怒りと悲しみが毛穴から噴き出てくる。

 

「僕も、ある意味同じだよ。」

 

「あ?」

 

「僕はね、中学の時までずっと自分が『無個性』だと思っていた。それでずっといじめられてたんだ、爆豪君に。その他大勢の人に。この戦いで、僕は彼を真正面から捻じ伏せて、格下じゃないという事をはっきりと分からせる。ヒーローらしからぬ行動だって言われちゃったけど、ヒーローも人間だ。けじめをつけさせないと僕の気が済まない。」

 

一変して出久の目つきが、纏う空気が鋭くなった。

 

「でもだからこそ、言っておく。ふざけるなと。僕は全力で叩き潰しに行く。持てる力の全てを使って。半分しか使わないつもりでいる半端者に宣戦布告されたと分かった以上、僕は侮辱としかとれない。僕だけじゃない、自分の全てをぶつけてここまで勝ち上がって来た人達皆の顔に泥を塗る行為だ!」

 

「同じだと?お前こそふざけた事言ってんじゃねえぞ!オールマイトに、そのグラファイトって奴に、今まで散々助けられてここまで来たお前が知った様に上から語ってんじゃねえ!」

 

癇に障った轟の表情もどんどん険しく、語気も荒くなっていく。だがすぐにここで言い争っても無駄だと悟り、兎に角左は使わないと言い捨てて去って行った。

 

「全く、父親の上昇志向という名の病がうつって父親を完全否定するという形に変異するとは。世の中は皮肉だな。しかし、お前もあそこまでの啖呵を切れるまでに肝が据わって来ているとは中々進歩したではないか出久よ。」

 

「昔の自分を嫌でも思い出しちゃうんだよ。」

 

誰かの尺度で勝手に測られ、語られる理不尽さに対する怒りは、轟と同様十年以上の経験がある。

 

「グラファイト、僕はどうすればいいの?」

 

「何をだ?」

 

「彼の言う通り、僕は色んな人に助けられてここに来た!個性婚で生まれた訳でもない。親に煮え湯を浴びせられた事も無い。親に暴力を振るわれた事が無い僕なんかが彼の事を分かる筈が無いんだ!分からない・・・・・相手の事が分からないのに、どうやって助ければいいんだ!?」

 

自分の目の前に、手が届くところに、救わなければならない人がいる。方法は幾つか浮かぶが、どれも直感的にこれでは根本的な解決にはならないと分かる。どれも最適解ではない。何だ?何をすればいい?何をどうすれば?そもそも爆豪を試合など関係無くエゴの為に叩きのめそうとしている自分なんかが救っても良いのか?

 

答えようとしたグラファイトはこめかみを抑えて呻いた。まずい。出久のストレスレベルが跳ね上がっている。

 

「まず・・・・・落ち着かんか愚か者!」

 

「はぐぁっ!?」

 

デコピンの衝撃で頭が大きく跳ね上がった。

 

「いらぬストレスをかけるな、全く。轟を救う最適解なら、騎馬戦の時に我々が一瞬だけだが既にやっている。」

 

「え?」

 

「奴に、左を使わざるを得ない状況へ追い込むのだ。」

 

出久は訳が分からなった。轟に左の炎熱を使わせる事が彼の救済にどう繋がると言うのだ?

 

「エンデヴァーは奴の父親。何をしようがその事実は変わらないし、逃げる事は出来ない。しかし、奴はそれから逃げようとしている。ならばやる事は逃げる事をやめさせる。これ一択だ。あの炎はエンデヴァーの物ではないと身を以て知らなければ、奴は永久にあのままだ。」

 

逃げる事をやめさせる。

 

ようやく理解が追いついた出久は目を見開いた。形は多少違うが、グラファイトが中学で出久にさせた事と根本的に同じだ。

 

「エンデヴァーの血から生まれた炎である事に変わりは無いけど、コントロールしているのは轟君・・・・・」

 

「そうだ。分かったら行くぞ。いい加減腹が減った。お前のストレスレベル上昇で余計にな。」

 

「ご、ごめん・・・・・・」

 

「こういう込み入った事情がある問題の解決は、シンプルなアプローチが望ましい。とりあえず、最初は肉体言語で会話すればいい。それと、もし言葉を交わすつもりならば何を言うかはあまり深く考える必要は無い。」

 

二人は急ぎ足で食事の為にその場を去った。

 

 

 

 

 

「さて、食事は取った。軽い瞑想もした。柔軟体操も完了。」

 

追加でボトルに残っているプロテインと生卵を混ぜたドリンクを飲み干し、再び会場に向かう。相変わらずの熱気は最終種目に入るという事もあり序盤よりも上がっている節がある。

 

最終種目の前に行われるのは、予選落ちの選手も全員参加できるレクリエーション。既に本場アメリカから来ているチアガール達が見事な連携の振り付けを始めていた。そしてA組の女子全員も同じチアガールのコスチュームとポンポンを両手に持っている。

 

「騙しましたわね、上鳴さん、峰田さん!!」

 

「八百万さん、『個性』であれを作ってたんだ・・・・・全員似合ってるけどさ・・・・」

 

握手を交わす上鳴と峰田に罵声を浴びせる八百万を見て、グラファイトは底冷えするような薄ら笑いを浮かべて二人の方へ歩いて行く。

 

「貴様ら、いい加減にしろよ?女の尻を追いかけるのは勝手だが、今回はやり過ぎだ。」

 

「ほぶぉ?!」

 

「どへぅ?!」

 

どっしりと構えたグラファイトの拳から繰り出された的確なボディーブローで二人は地に這いつくばった。

 

「まあまあ、最終種目までまだ時間あるし、張り詰めてても仕方ないよ。いざ!やったろう!!」

 

唯一乗り気だったのは『個性』故に存在感が薄い葉隠だった。あまり活躍できず、尚且つしていても気付いてもらえなかった鬱憤を晴らすかのようにポンポンを振り上げる。

 

『レクリエーションが終わればお前らお待ちかねの最終種目!四チーム総勢十六名から成る、トーナメント形式のガチバトルだ!』

 

「それじゃ、組み合わせを決めるくじ引きやるわよ!組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります。トーナメント進出者は参加の如何は個人の自由。息抜きしたい人、温存したい人もいるだろうし。」

 

しかしくじを引く前に、尾白が手を上げた。

 

「あの・・・・俺、辞退します。」

 

「え?!」

 

「尾白君、何で・・・・!?」

 

「折角プロに見てもらえる場なのに。」

 

「終盤ギリギリまでしか騎馬戦の記憶が無いんだ。多分、彼の『個性』だ。一年に一度しか無いチャンスを棒に振るなんて馬鹿げていると思うだろう。でもこれは、僕のプライドの問題なんだ。皆が全力を尽くしてここまで勝ち上がってきたステージに、どさくさに紛れてここまで来た僕が肩を並べて立つ資格は無い。」

 

「B組の庄田二連撃です。僕も同様の理由から棄権します。実力云々以前に、何もしていない者が上がるなんて、この体育祭の趣旨に反するのではないでしょうか?」

 

「そういう青臭い話はさぁ…‥好み!二人の棄権を認めます!」

 

好みで決める主審。自由なのは良い事だが、いくらなんでも限度を振り切っている。

 

「となると、二名の繰り上りは騎馬戦五位の拳藤チームから必要なんだけど・・・・・」

 

しかし拳藤は騎馬戦のチームメイトと話し合い、最後まで上位をキープし続けた鉄哲チームから二人選出するべきだと言う意見を出し、それが受諾された。B組から進出するのは鉄哲、そして塩崎茨の二人だ。

 

それぞれの対戦相手が決まった所で、レクリエーションが始まる。

 

「腹ごなしの運動がまだだったな。どうせなら、体をほぐしながら公の場に出て舞台度胸をつける訓練もしようではないか。」

 

「・・・・・何をする気?」

 

恐る恐る尋ねた出久の目に映る、グラファイトの悪い笑みは嫌な予感しかしなかった。

 

「たった今閃いたのだ。この起動不能のガシャットを起動させる方法と、それをこのレクリエーションに役立てる方法を。ついてこい。」

 

グラファイトに先導されるままに向かった先には、既にチアガールのコスチュームから学校指定のジャージに着替えた耳郎響香がいた。

 

そこで気付いた。芦戸の特技はダンス。耳郎の特技は、楽器の演奏。

 

「そう言う事か・・・・」

 

「そう言う事だ。俺も何故今まで気づかなかったのかと己に腹が立っている。耳郎響香、一つ頼みがある。レクリエーションを更に盛り上げる為だ。」

 

「え、ウチに何させる気?」

 

目から猜疑心がありありと見える。峰田の策にまんまと乗せられてしまって警戒心が高まっているのだ。

 

「腕を出すだけでいい。すぐに済む。」

 

出された腕に未だラベルが現れないガシャットを挿入したバグヴァイザーZの銃口を彼女の二の腕に押し付けた。ガシャットのラベル部分に色が宿り始めた。

 

「ありがとう、耳郎さん!ほんっっとに!」

 

「え、あ、うん・・・・」

 

「すまんな。これはまあ、礼の品として納めて貰いたい。」

 

訳も分からないまま走り去った出久の後姿と悠々と歩き去るグラファイト、そして渡された小さな箱を交互に見ながら耳郎はその場に立ち尽くしていた。

 

「ってこれDEEP DOPEのメンバー全員の直筆サイン入ったギターピックじゃん!?!?ほ、本物!?」

 

「さてと。必要な物は揃った。後は舞台に立つ役者がいる。出久、芦戸を連れて来い。全てが自由な体育祭だ、飛び入り参加の出し物も自由だろう。

 

「え・・・・グラファイトまさか・・・?!」

 

「フハハハハ、ありがたく思え。人間逃げ場を失くして開き直ってしまえば羞恥心も糞も無い。存分にキレキレの動きを見せてやるといい。曲は、俺が選んでやる。行って来い、今すぐだ。」

 

有無を言わさぬ迫力で迫られ、出久は芦戸を探しに走り去った。

 

チアガールのパフォーマンス、玉転がし、借り物競争とレクリエーション競技が続いて行く。

 

『さぁ~て、さておいたレクリエーションはこれで――』

 

『ソラシドREVOLUTION!ガシャット!ソ・ソ・ソラシド レミファソ! BREAKING DANCING REVOLUTION!』

 

「花道オンステージだ。」

 

バグヴァイザーを地面に突き刺し、ゲームエリアとなった会場の四隅にスピーカーが現れ、音符がそこら中に散らばる。

 

『お?おおぉ?!なんじゃこりゃあああああああああ!?』

 

「ミュージック、スタート。」

 

音楽が始まると同時に二人はステージ中央に立った。

 

「どうするの?打合せとか何もしてないけど!」

 

「大丈夫!芦戸さんは好きに踊って。僕が合わせるから。」

 

「オッケー、行くよ!」

 

好きに踊れる。それだけで十分やる気になった芦戸は培って来たダンステクニックを存分に見せつけた。出久も数秒それを見ながら飛び込み、動きを合わせてステップを踏んでいく。

 

「緑谷、一緒にフィニッシュ!」

 

曲が終盤に差し掛かったところで指示が飛ぶ。

 

「うん!」

 

最初に学んだブレイクダンスのシックスステップ、シャッフル、バックスピン、フレア、スワイプと派手さが増していく。

 

ああ、楽しい。やはりダンスは楽しい。先ほどまでの悩みが、胸のもやもやが、嘘の様に吹き飛んでいく。気分が高揚する。ステップを踏む度に、視界が回転する度に、体が動くこの瞬間だけに全てを捧げて良かったと、全身に力が漲る。

 

やはり始めて正解だった。

 

曲が終わると同時にハイタッチを交わし、ステージから降りた。

 

『えー・・・ああ、よし、終わったな!飛び入りパフォーマンスたぁやってくれたなあ!いい感じに盛り上がった所で、ステージも完成だ!いよいよやってきました、ガチンコ勝負!ARE YOU READY!?』

 

「YEEEEEEAAAAAAAAAHHHHHHHHHHH!!!!!」

 

プレゼント・マイクの合いの手に開場を揺るがす歓声が挙がる。

 

『心技体、そして知恵!総動員して駆け上がれ!怪我上等!こちとら我らのリカバリーガールが待機してるから、道徳、倫理、一切捨て置け!ただし、勿論命にかかわるような怪我は糞だぜ、OUT!ヒーローはヴィランを捕まえる為に拳を振るうのだ!』

 

ルールは簡単。相手を場外に落とすか行動不能にする。後は参ったなどと降参の意を示させる事も勝利となる。

 

『まずは第一回戦!今までの種目に加えレクリエーションでも驚かせてくれた、ヒーロー科緑谷出久!VERSUS! ごめん、まだ何とも言えねえ!普通科、心操人使!』

 

肩を回しながらステージに上がり、心操と向かい合う。

 

『よりによってこいつが相手か。出久、俺はこの種目では、何も言わん。手を出すとしても爆豪や轟との戦いだ。変身するか否かもお前が判断しろ。』

 




話の流れ的にタイトル詐欺になっちまった、申し訳ありません。次回こそ、次回こそ勝ち抜きバトル書きますから!

次回、File 31: Show me a move! 強さの種類

SEE YOU NEXT GAME......


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File 31: Show me a move! 強さの種類

最近思ったんですけど、ガシャットの音声って考えつくのが案外難しいですね。レベルがまだ一桁に留まるガシャットならまだ何とかなるんですけど。

特にオリジナルのダブルX系やクロノス、マキシマムにハイパー無敵のあれ、音声どころか最早短めの歌だし。試行錯誤しておりますが韻の踏み方や言い回しが自分の中で納得できてないのであります。

後はクリティカルフィニッシュ以外の必殺技に使う言葉のチョイスをどうしよう?

まあ登場するのはまだ先なのでそのうち思いつく筈!(超適当)

気長にお待ちくださいまし。では本編どうぞ。

6/15: コピペミスがあったので大至急修正しました。ご指摘いただいた皆様ありがとうございます。


プレゼント・マイクの号令は既に出た。しかしどちらも動かなかった。出久は拳を固めてはいるが変身すらしていない。

 

「参った、ね。これは心の強さを問われる戦い。強い将来を思うなら、形振り構ってなんかいられない。あの猿はプライドがどうとか言ってたけど、チャンスをどぶに捨てるなんて馬鹿だと思わないか?」

 

「さあね。」

 

答えた刹那、出久の拳は緩み、だらりと下がった。目も虚ろになり、まるで夢遊病者のように軽く猫背になっている。

 

「俺の、勝ちだ。」

 

『あれ?!おいおいどうした~~~~!!大事な初戦だ、盛り上げてくれよ!』

 

しかし出久はそれでも動かない。呼吸以外は石像の様に固まったままだ。

 

『緑谷、開始早々からの完全停止!ビクともしねえぞ!「個性」か?!心操の「個性」なのか!?全然目立ってなかったけど、彼ひょっとしてやべえ奴だったのか!?ヒーロー科緑谷出久、まさかの攻略!成るか下克上!?』

 

『だからあの入試は合理的じゃねえって言ってんだ。二人のデータを個人戦の為にまとめて貰ったが、心操はヒーロー科、普通科の両方の試験を受けてる。ヒーロー科は落ちる事を想定していたんだろうな。あいつの「個性」は強力だが、実技試験は仮想ヴィランとの戦闘。戦闘能力に作用するものじゃない。ポイント稼ぐなんざどだい無理な話だ。』

 

「お前はいいよなぁ、緑谷出久。振り向いてそのまま場外まで走れ。全力疾走だ。」

 

ぎこちない動きのまま、言われた通りに出久は後ろを向き、フィールド内と場外を隔てる白線目掛けて一直線に走り出した。十歩、二十歩とペースが上がり、場外負けまでの距離が縮まっていく。

 

「知っているか?夢ってのは呪いと同じだ。呪いを解く方法はたった一つ。夢をかなえる事だ。途中で挫折した奴は一生呪われたまま、らしい。こんな『個性』でも、俺はその呪いにかかっちまった。お前なんかに俺の気持ちは分からねえ。だからそれを解く為に、俺の為に・・・・負けてくれ。」

 

だが、白線を越えるまで僅か二歩。その手前で出久の足は完全に止まっていた。後ろの足が地を蹴ったまま片足立ちになっているのだ。まるで前に出すまいと抵抗するかのように。

 

出久は必死でもがいていた。頭の中にかかった靄を払おうと、靄から脱しようと死に物狂いで抵抗していた。尾白から控室で警告はされていた。物理的ショックによって洗脳が解けた事も。しかし出久は敢えて洗脳される道を選んだ。

 

相手の『個性』を受け切ったうえで勝利するなどと言う挑戦を自分で設定していた自分が恨めしい。しかし結果的に半分は成功した。足は止まったのだ。足だけは。次は口だ。僅かに口を動かし、噛む。強く、強く、顎の力を更に強めると、口の中が生暖かくなった。しかしこれでは足りない。衝撃、衝撃、衝撃、衝撃・・・・!

 

刹那、脳内で一陣の突風が吹き荒び、靄が晴れた。そして出久の目に八つの影が目に映る。全員が自分を見ている。

 

何だあれは?誰だ、あれらは?

 

彼を中心に一陣の強い風がぶわりと会場を襲った。途端に体の自由が戻り、左手が激痛に見舞われる。ちらりと見たが、人差し指と中指が赤紫色になっていた。間違いない。折れている。

 

だがやったのは、自分ではない。願ったのは自分だが、あの時は足を止めるだけで精一杯だった。ならば誰が?あの知らない八人の影か?誰であれ、彼らの存在を認識したあの一瞬だけ頭の靄が完全に消えた。

 

八つの影。八人。

 

もしやと出久は思った。自分は九人目。ならば、あれは歴代ワン・フォー・オールの継承者達の影、残留思念とでも呼べるものなのか?トゥルーフォームのオールマイトらしき影もその場にいた。辻褄は合うが、今はこの際どうでもいい。考えていても仕方ない。痛みを呑み込んで心操の方を振り向くと、勝機得たりと笑みを浮かべる。

 

『も、戻ったぁ~~~~!!緑谷出久、ふっかーーーーーーつ!場外負けまで残す所二歩!起死回生の逆転!洗脳を打ち破りやがった!ひやひやさせてんじゃねえよ全く!!』

 

今は、考えるのをやめる。

 

「何をした…?!何をしやがった!」

 

初見殺しの洗脳が破られ、心操は明らかに動揺していた。その一瞬を突き、拳が届く間合いへと詰め寄る。捻りを利かせた右ジャブ二発が顔面を捉え、仰け反らせる。左足を前に出して彼の後頭部を掴んだが振り払われ、折れた指に拳を振り下ろす。

 

「づっ!?こ、んのぉ!」

 

折れているがそれがどうしたと出久のリバーブローが心操の脇腹に減り込む。

 

「くぉ・・・・!?て、めぇ!!」

 

続いて二発、三発とボディーに食らわせる。

 

連打を止めようと掴みかかるが当たる前に出久は軽やかなステップで下がり、その場で跳ねる。アウトボクシングの基本戦法、ヒットアンドアウェイだ。

 

『緑谷、軽やかなステップで掴み技を回避!心操はリバーブローで顔色悪そうだ、大丈夫か!?』

 

脇腹を押さえながらも心操は出久を見据える。歯を食い縛って痛みに耐えながらも踏ん張っている。まだ、目が生きている。俄仕込みと一目見て分かる手技をブロックして場外付近へと追い詰めて行く。

 

再び心操が拳を繰り出した。頭を僅かに傾け、出久は右拳をそれに合わせた。二人の腕が交錯し、十字架を描く。右のクロスカウンターで顎を揺らされた心操はその場で膝をついた。脳を揺らされ、踏ん張りが利かずともなんとか立ち上がろうとしたが、尻餅をついた瞬間、手が場外エリアに触れた。

 

「心操君、場外!緑谷君、二回戦進出!」

 

『大・逆・転!!僅か四発!拳四発で、一気に形勢逆転のTKO!初戦にしちゃあちと物足りなかったが、両雄の健闘を称えてeverybody clap your hands!!』

 

倒れた心操を助け起こすと、彼の手をしっかりと掴んだ。

 

「ありがとう、心操君。」

 

惜しみない拍手が沸き上がる中、出久は尋ねずにはいられなかった。

 

「何で君はヒーローに?」

 

「・・・・・憧れちまったモンは仕方ないだろが。」

 

「待って。」

 

「んだよ、これ以上俺に何を言おうって―――」

 

「君はヒーローになれる!絶対に。人の救い方に決まった形は無い。自分が出来る方法、得意な方法は絶対にある。それをこれから見つければいい!君はヴィランだって傷付けずに捕まえられる『個性』を持ってるじゃないか!雄英じゃ僕が知ってる中で誰よりも優しい『個性』の持ち主だと、僕は思う!」

 

誰も傷付けず、誰も傷つかず、言葉の力だけで事態を収束に向かわせる。器物損壊、死傷者、共にゼロ。正に平和を体現する素晴らしい能力だ。その気持ちに嘘偽りは無い。

 

「・・・・結果によっちゃヒーロー科編入も検討して貰える。覚えとけ、今回は駄目だったとしても、俺はあきらめない。ヒーロー科入って、資格取得して、絶対お前らより立派にヒーローやってやるから覚悟しろ!」

 

後ろを向いたままの言葉に、出久は何も言わずに親指を立てた右手を突き出した。それは古代ローマで満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草だった。

 

同じ普通科の仲間からの称賛やプロヒーロー達の心操を欲しがる声を受け、両雄はそれぞれの方向からステージを去った。

 

『これで二人目だな。』

 

一回戦中沈黙を守って来たグラファイトがようやく口を開いた。

 

「え?何が?」

 

『一人目はお前自身。二人目は、心操。これでお前は二人の人間の心を救った事になる。奴に至っては一度の顔合わせで二度救っている。』

 

「えっと・・・・どゆこと?」

 

『まず奴の「個性」に関する卑屈さから救い、更にヒーローの道を進む希望を救った。人間の言い方で言うならば、一粒で二度おいしい、と言う奴だ。ヒーローになる可能性は勿論、警察でトップネゴシエーターになる可能性もある。』

 

「ネゴシエーター?あれって映画だけの話じゃ・・・・?」

 

『人質立てこもり事件説得交渉専科は警察大学校にある交渉人育成の為のプログラムだ。警察が法的に「個性」を限定使用する許可を取る方法を見つければ、奴の世界は大きく変わるぞ。』

 

「なるほど・・・・・」

 

『しかし、まさか自力で洗脳を破るとはな。騎馬戦同様、場外まで二歩とは少しばかり肝が冷えた。何があった?何をした?』

 

「分からない。でも、見えたのは歴代ワン・フォー・オールの継承者達の影みたいな何かだった。それで、暴発して・・・・って、あれ?」

 

見ると指の腫れも痛みも綺麗さっぱり消えていた。

 

『もう治しておいた。他の試合を見に行くぞ。』

 

クラスメイトが座っている観客席まで飛び上がり、適当な席に腰掛けた。

 

「はー・・・・疲れた・・・・」

 

「デク君、おめでとーーーーーー!!!」

 

「ほんと良く勝ったよ、緑谷ぁ!場外行きそうになった時心配したよ!」

 

「うむ、逆転勝ちとは実に君らしい。しかし君は尾白君から彼の『個性』の事を聞いていたのだろう?それなのに何故?試合後も何か言っていたようだが・・・」

 

「彼にとっては気付け、かな?次の試合って、確か・・・」

 

「轟だよ。相手は瀬呂だ。」

 

「轟君か・・・・」

 

対策は彼との試合になってから考えればいい。グラファイトにはそう言われた物の、考えずにはいられなかった。どちらも『個性』と言う物のせいで辛い人生を送って来た。しかし中身は『無個性』だから、そして強力な『個性』だからと、性質は正反対だ。殊更理解など出来る筈もないと思う。

 

「皆、後ろの席に下がった方が良いよ。」

 

「え?何で?」

 

「いいから。轟君・・・・・昼休み前から結構というか、かなり機嫌が悪そうだったから。」

 

冷静そうに見える人間ほど、激情に駆られた時の爆発力が半端なく恐ろしい。自分自身が初めて本気でグラファイトを殴った時に思い知った。

 

しかし轟は違う。憎い父親に手向かえど訓練中に何度も一蹴されているのが目に浮かぶ。そして何よりその男がこの場にいると言うだけで怒りは更に煽られている。エンデヴァーが来ている事はほぼ間違いない。接触も当然しているだろう。

 

ならば尚の事父を否定し、氷結の能力だけで勝とうと言う意思表示をこれでもかと、最大火力でかましてくる可能性はほぼ百パーセント間違いない。そしてその最大火力の範囲が未知数である以上、出来るだけフィールドから距離は取った方が安全だ。

 

『優秀!優秀なのだが拭いきれないその地味さ!ヒーロー科、瀬呂範太!VERSUS!! 予選は二度も二位で通過と強すぎるぜ、YOU! 推薦入学者の実力は伊達じゃないってか!?同じくヒーロー科、轟焦凍!それでは最終種目第二試合、READY? START!!』

 

やはりと言うべきか、先に仕掛けたのは瀬呂だった。轟の上半身、下半身にテープを射出して動きを止め、そのままハンマー投げの様に振り回して場外に押し出して勝つ戦法に出た。『個性』の相性も含めて、先手必勝の奇襲は狙いとしては決して間違いではない。

 

だが、今回ばかりは相手が悪すぎた。

 

場外まで一メートルを切った所で、氷が地面を覆い、スタジアムの屋根を軽々と超える高さの大氷塊が瀬呂の体を完全に封じた。攻撃力、そしてそのあまりの規模に、あれほど白熱していたスタジアムの歓声がミュートボタンを押したように掻き消えた。

 

氷塊があわや破壊しかねない距離の席に座っている者達は恐れ戦く者、気絶する者、馬鹿みたいにあんぐりと口を開けたまま氷塊を凝視する者と、リアクションは様々だった。

 

「や・・・やりすぎだろぉ・・・・・!?」

 

「瀬呂君・・・・動けふ?」

 

綺麗に右半身だけが氷漬けにされたミッドナイトが若干不明瞭な声で尋ねる。流石はヒーローと言うべきか、タフだ。

 

「動ける訳無いでしょ、これ・・・・!いってぇ・・・・」

 

「瀬呂君、こうろう不能!ほほろきふん二回へんひんひゅつ!」

 

呂律が回らずとも主審の役目をミッドナイトはしっかり果たした。見上げた根性である。

 

「ど、ドンマイ・・・!」

 

「ドーンマーイ!」

 

敗北した瀬呂に同情のドンマイコールが数秒後に会場の沈黙を破る。

 

「すまねえ、やり過ぎた・・・・」

 

体に降りた霜と氷を砕いて氷に囚われた瀬呂に左手で触れ、溶かしていく。体に降りた霜と氷もそれで解け、蒸発し始めた。

 

「・・・・あんなんどうやって勝つのよ‥‥しょっぱなから見せつけてくれるわね、轟の奴。」

 

出久の言う通り最後列の席に移って氷が迫るのを間近で見ずに済んだ芦戸が、沈んだ声で呟く。

 

「それを何とかするのがこの種目の醍醐味ではないのか?」

 

同じく後ろに下がっていた常闇が深呼吸を続けながら答える。

 

「そうなんだろうけどさあ・・・・」

 

「まだ当たるかどうかは分からないよ。一回戦の試合がまだ全て終わった訳じゃないし。次の試合は・・・・・上鳴君とB組の、確か・・・・」

 

「塩崎茨だ。」

 

グラファイトが答える。

 

「そうそう。その人。」

 

「デク君、どっちが勝つと思う?」

 

「あ、それは俺も気になるな!緑谷って分析しながら力で捻じ伏せるっつー器用なことできるから案外当たるんじゃねえか?」

 

麗日の質問に切島が後ろを向いて背もたれから身を乗り出した。

 

「ならば、ちょっとしたゲームの取り決めをしようではないか。丁度ステージが乾くまでの猶予がある。まず、どちらが勝つかプレイヤーは予想を言い、外れた者は当てた者に、自販機の飲み物を一つ奢る。当然参加は自由だ。」

 

「グラファイト君!遊びとは言えそれでは賭け試合になるではないか!犯罪だぞ!?」

 

手刀の様に何度も腕を振り下ろして委員長モード全開の飯田がストップをかける。

 

「落ち着け、何もリアルマネーで賭け事をしようというのではない。内輪でマッチ棒をチップに見立ててポーカーをやるような物だ。勝負強さと観察眼を鍛える為のゲームと思えばいい。」

 

「面白ぇ、乗ったぜ!」

 

「あ、じゃあウチも。」

 

「タダのドリンク?やるやる~!」

 

「俺もやるぞ!」

 

「二つに一つ・・・・勝機は十分だ。」

 

「切島、耳郎、芦戸、砂藤、常闇の五人で、出久も入れて六人か。丁度いい。」

 

それぞれが勝利予想を述べ、出久、砂藤、耳郎が塩崎の勝利に、芦戸、常闇、切島の三人が上鳴の勝利に賭けた。

 

結果的に、上鳴は一瞬で敗北した。一言で言えば敗因は『油断』である。一瞬でケリを付けようと言う意気込みで騎馬戦の最中に見せた無差別放電を食らわせたが、茨が棘のある蔓の様な髪の毛を切り離して防ぎ切り、脳味噌がショートした所で地中を掘り進ませた蔓で捕縛して勝利した。試合時間は三十五秒と轟の圧勝に次ぐ最短時間だ。

 

「おっしゃー、ドリンクゲットォ!」

 

「ごちそーさーん。」

 

「な、なんかごめんね・・・・」

 

「ちっきしょー、負けたぁ~!」

 

「あちゃー、外れちゃったか。」

 

「・・・・不覚っ・・・!」

 




次回、Extra File: グラファイト's Weekend

感想でグラファイトのプライベートな一日を見てみたいと言うのがありましたので、早速試してみようと思います。続けるかどうかは分かりません。あくまで実験です。

以降の決勝戦はこれの後になります。対戦カードも原作と同じものでキープしておきます。

それでは、Ciao~!


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Extra File: グラファイト's Weekend

次の試合の話を書く前にグラファイトの日常を幕間に挟みます。案外人間としての生活に溶け込めてるママファイトの週末の一幕をどうぞ。


休日であろうと、グラファイトの朝は早い。ワン・フォー・オールをようやくある程度ものに出来るようになった出久は褒美として休日のトレーニングは軽い(と言っても最低二時間の)ロードワークとシャドーボクシング十ラウンドだけで済んでいる。いつやるかも本人に任せてある。

 

「さてと。」

 

不明瞭な寝言を言う出久をそのままに、置手紙を残してグラファイトは外出した。時間は午前五時半を少し過ぎた所だ。基本夜中近くまで起きている割に早起きだが、人間から生まれたとは言え生物として根本的に違う為、食事も睡眠も基本嗜好として嗜んでいるに過ぎない。

 

故にだるさや眠気は殆どと言っていいほど無い。

 

朝の五時半過ぎから仕事を始めている所は農園かコンビニ、または運送屋のどちらかしかない。練り歩く住宅街は人がほとんどおらず、時折通り過ぎるタクシーや朝帰りの一般市民程度だ。歩きながら道端にあるごみを拾っては手近な分別されたゴミ箱に入れ、出久がワン・フォー・オールを受け取った第二の運命の分岐点、多古場海浜公園に辿り着いた。

 

ゴミが綺麗さっぱり無くなったおかげか、学生が描いたであろうポイ捨て禁止などの看板や張り紙が多く張り出されている。

 

駐車場には巨大なトラックが三台、そしてオフロードバイク、ビッグスクーターなど多種多様な二輪車が五十台ばかり停まっており、砂浜にいかにもガラが悪そうな青少年が大勢集まっていた。まるで組長へ直参に来たやくざか、はたまた上官の指示を待つ連隊か、ともかく全員が整列し、背筋を伸ばして立っていた。全員例外なくジーンズにTシャツ、履物はブーツやスニーカーという、動きやすく汚れても構わない服装を身に付けていた。

 

「倉田さん、おはようございます!」

 

「おはようございます!」

 

一糸乱れぬ動きで挨拶と共に全員が腰から四十五度折れて頭を垂れた。

 

「よし。時間通り来たか。では今日の課題を言い渡す。まずA班。貴様らは木椰子区全体のゴミを一掃しろ。ウーキーズの様なショッピングモールが多い商業地域だ。燃えるゴミ、プラスチック、缶、瓶、チリ紙、粗大ゴミのシックスマンセルだ。」

 

「うす!」

 

「B班は集めて来たボランティア募集の張り紙に書いてある場所に向かい、足りない人員の穴埋めを申し付ける。それぞれの特技を活かせる仕事だ、存分に働く喜びを知れ。」

 

「うす!」

 

「C班は東京湾に隣接する区を選んでその砂浜のゴミを全て回収しろ。回収業者に話は付けてある。塵一つ残すな。」

 

「はい!」

 

「最後にD班、貴様らはこれで半年の間に見聞を広めて来た。今日やる事は、各地にある心療センター及び小児医療センターにツーマンセルで迎え。今度は貴様らが、人を救う番だ。今は午前六時。そうだな・・・・・七時間。午後一時まで、貴様らは与えられた仕事をこなせ。班長は一時間ごとの定時連絡を忘れるな。終わったらここに全員集合だ。」

 

「はい!」

 

「必要な情報は俺が既にタブレットから送ってある。後は貴様ら次第だ。働きぶりは常に監視している。怠けたり半端な仕事をした奴は、タイヤを腰に括りつけたまま東京二十三区を巡るウルトラマラソンの権利をもれなくくれてやる。では、散れ。」

 

「失礼します!」

 

グラファイトの号令とともに再び頭を下げた彼らは散っていった。

 

「やれやれ、マフラーを付けるぐらいには常識を身に付けたか。」

 

実際グラファイトの常に監視していると言う警告は嘘ではない。バグスターである以上、あらゆる監視カメラのネットワークに繋がって情報を得る事が出来る。自分自身が意思を持ったウィルスなので侵入は勿論、痕跡を消す事も造作無い。

 

海浜公園からNR田等院駅まで走り、そこにある公衆電話に硬貨を投入して電話をかけた。

 

「仕込みの最中に悪いな。無理を承知で仕事を一つ頼みたい。ああ。海浜公園での炊き出しだ。人数?うむ、ざっと二千人分だ。勿論キャッシュで良い値を支払おう。急な仕事だ、なんなら今からそちらに出向いて先に金を渡しても構わんぞ。うむ、せっかくの海だ、海鮮カレーで頼む。必要な時間は?なるほど、ギリギリだが間に合うだろう。根拠?そこは腕前に期待しているとだけ言っておく。よろしく頼むぞ、ランチラッシュよ。」

 

受話器を置くと、タブレットを見ながら次の目的地に向かう。バトルヒーロー ガンヘッドが創設したガンヘッド・マーシャル・アーツの道場だ。彼のサイドキック達は勿論、自立して自分の事務所を持つようになったプロヒーローも許可を取って道場を開いており、その数もそこそこ多い。

 

しかしグラファイトが向かったのはガンヘッドの事務所も兼ねている総本山だった。朝早くから事務所の所長である本人が道場で一人雑巾がけをやっている。と言っても鉄板を何枚も仕込んだ代物で掃除というよりはただのトレーニングでしかないが。

 

「お、来たね、グラファイト君。待っていたよ。オールマイトから話が来た時は何事かと思ったけど。今日はどうするんだい?」

 

「お前の門徒が来るまでしばらくここで汗を流したい。」

 

「それは構わないよ~、君ももう師範代みたいなものだしさ。他の道場にもちょくちょく顔出してるって元サイドキック達からメッセージ来るし。僕が行く時より嬉しそうってのがちょ~っぴりショックだけど。」

 

「なに、苦難上等の精神で来ているのだ。気骨十分で結構な事ではないか。本業より人気商売の方に力を入れているヒーローが多い昨今、お前はそのような日和見主義者共とは一線を画している。武闘派の売り文句は伊達ではない。」

 

「そこまで言われると照れちゃうなぁ~。じゃあ・・・・戦ろうか。」

 

ガンヘッドの和やかな雰囲気は霧散し、二人は向かい合った。

 

ガンヘッドは腰を軽く落とし、指先を軽く丸めた両手を付かず離れずの距離でゆらゆら揺らして狙いを悟らせない。対するグラファイトは上体を起こしたまま軽快なステップを踏み、右拳を顎に付けると軽く握って下げた左拳を脇腹辺りでゆらゆらと振り子の様に揺らし始めた。

 

鎌首をもたげた蛇の様に様々な角度から襲い来るフリッカージャブをガンヘッドは両手で手首や掌を使っていなして踏み込んで来た。流石武闘派、軌道が変わりやすい攻撃などは目も体も既に慣れている事が見て取れる。左腕のガトリングが回転を始めた。すかさず払いのけて左足を引き、前蹴りを食らわせた。後ろに下がらせる事に成功はした。が、当たった感触が硬い。前腕の大部分を覆うガトリングが楯の役目を果たしたのだ。

 

再びグラファイトから接近し、しっかりとフットワークのリズムを刻みながらジャブとストレートを使い分けながら追うが、ガンヘッドもヒーローの年季がある。頭を左右に傾け、時にはバックステップで対応してグラファイト並みに軽快な動きで避ける。

 

連打が止まった所で彼も反撃を始めた。手技で来るかと思えばガトリングの銃撃、銃撃かと思えば手技で攻め、グラファイトを翻弄する。

 

「シンプルながら嫌な『個性』、だなっ!」

 

通常、音速で迫る銃弾が来るのを見てから避ける事など不可能だ。故に相手の目、そして手を見て撃鉄が落ちるタイミングを見て体を捻って射線上から外れるが、発動系の『個性』であるガンヘッドのガトリングに物理的な引き金は無い。故にグラファイト並みの熟練の戦士でも発射のタイミングは相手の力量もあって非常に掴みにくいのだ。

 

「一か月ちょっとで避けられるようになった人に言われても、ねぇ!」

 

止められても振り抜く凶悪な回し蹴りに銃撃を織り交ぜてグラファイトを追い詰めるガンヘッドに変化が生じた。

 

普段は仮面やプロテクターを身に付けた筋肉質な男という厳つい見てくれとは裏腹な仕草と穏やかな声のギャップが目立っていたが、殺傷禁止などの最低限のルール以外を打ち捨てた実戦を想定したスパーリングが闘争本能を更に昂らせているのだ。

 

「閃光!無双!撃破!」

 

一撃ごとに叫ぶ。アドレナリンか、はたまたエンドルフィンなのか、声も高揚感がありありと伺える。

 

「フハハハハハ!そうだ!もっとだ!もっとよこせ!」

 

手技の、足技の応酬が更に激しさを増していく。

 

「刺激!無敵!劇的!」

 

四方の壁には穴が幾つも開通し、フローリングも三割近くは破壊されているが、それでも両雄は止まらない。建築物の損壊すらいとわぬ激戦は更に三十分近く続いた。

 

「心火、無欠、極熱ゥ!」

 

「龍爪踏破!」

 

拳と蹴りがぶつかり、ようやく二人のスパーリングとも実戦とも取れぬ激戦は幕を閉じた。

 

「ふむ、流石にこう何度もやり合えば読まれるか・・・・・」

 

「いやいや、左構えを使ってこられたら僕でもちょっと苦労するよ。おかげさまで慣れてきてはいるけどこっちは右利きだしさ。って、やば・・・・道場!」

 

「心配するな。修繕する為のあてはあるし、当然支払いも俺が持つ。電話を貸してくれ。」

 

渡されたスマホに暗記した電話番号を入力して電話をかけた。

 

「もしもし、麗日社長か?倉田だ。ああ、毎度同じ所に呼んで同じ仕事を頼んで申し訳ないが壁と床の修繕を頼みたい。ああ、ガンヘッド事務所の道場だ。いつにも増してかなり派手にやらかしてしまってな。以前より少しばかり手間がかかるが・・・・・そうか。うむ、やはり社長に頼んでおいて正解だったな。着手金と成功報酬はガンヘッドに預けておくから来たら受け取るがいい。」

 

電話の相手の言葉がおかしかったのか、グラファイトは小さく笑った。

 

「なに、今更遠慮する事は無い。俺はその経営理念を買っているのだ。それに加え仕事振りから職人気質が感じられる。大手は殿様商売をする銭ゲバが多い。奴らにあれ以上金を渡す気は更々無くてな。ああ。では頼むぞ。」

 

通話を終えて携帯を返すと、首を何度か回した。

 

「君が懇意にしてる建設会社、小規模だけどいい仕事してくれるよ、電気系統のメンテナンスもやってくれるし。契約しといてよかった。あ、書類とかはいつも通りやっとくからね。」

 

「ああ、頼む。それとだが、伝手で何か聞いていないか?当時治安がお世辞にも良いとは言えん邪空(じゃくう)区出身でルーキー時代は蛇曽宮(だそみや)や鳴羽田にも出張り、元サイドキックやその他の顔馴染みがそこで事務所を構えて連絡を取り続けているお前なら知っている筈だぞ?ヒーロー殺しのヴィジランテの事を。」

 

「悪いけど、その事は詳しくは言えないよ。極秘事項。」

 

「なにも捜査情報を話せと言っているのではない。単純に奴の行動理念が知りたい。あくまで個人的な興味と言う物だ。」

 

「・・・・贋物の粛正、だそうだよ。言えるのはここまで。」

 

「それだけ聞ければ十分だ、礼を言う。」

 

建設会社の人間に渡す為の紙幣が詰まった茶封筒をガンヘッドに渡し、グラファイトは彼の事務所を去った。

 

最近見つけた行きつけのイタリア語で『恋煩い』を意味する看板を掲げたカフェへ向かうと窓際の席を一つ陣取り、タブレットに送られる定期連絡に目を通して次の指示を飛ばしつつブレンドコーヒーとナポリタンを注文した。

 

コーヒーは一杯税込みで八百円と少なめな量の割に値が張るが、それだけ美味いのだ。人より十倍近くコーヒーにうるさい常連の男性客が時折訪れ、マスターが直々に豆を挽いて淹れたその一杯に釣銭すら受け取らずに一万円札を置いて帰る瞬間も度々目撃している。

 

コーヒーを飲む神聖な場を汚すクレーマーなどの不届き者も率先して叩き出すのでマスターや従業員からはちょくちょくサービスとしてメニューにある物を適当に持って行っている。

 

軽食も当然メニューにあり、グラファイトは当初引子の手料理や自分で出久の健康に良いと判断した物以外口にしなかったが、初めてそこのナポリタンを口にした時、これならば何度でも飽きずに食べられるとすら思った事がある。実際調子に乗って大盛のナポリタンを食べた上で顔色一つ変えずにオムライス五人前を完食し、従業員と客を唖然とさせていたのはよく覚えている。

 

これを機に、週末は一人で食べ歩きをするなどの趣味が増えた。この数年で ポレポレ、甘味処たちばな、レストランAGITΩ、Bistro la Salle、そば屋たどころ、シャルモン、そして高級レストランLegend of Gatheringなど、様々な店の常連となっている。

 

「さて、ヒーロー殺し、粛正、贋物、と・・・・」

 

何時から活動を始めたのかは不明だが、ヴィランの殺害人数は勿論、ヒーローの殺傷件数も徐々に上がっている。ニュースでも良く報道されているが動機などが長らく不明だった。しかしガンヘッドの一言で全てが繋がる。

 

原点への回帰。

 

ヒーローの原型はヴィジランテ。社会のシステムにヒーロー制度が組み込まれていない、『個性』犯罪が跋扈する時代で彼らは影から日向から人々を犯罪から守ってきた。他人の為に己の全てを投げ打ち続けて来た。ヒーローたるもの、そのような自己犠牲の体現者でなければならない。

 

感謝されたり報酬を受け取ったりするなど言語道断。見返りを求めた時点で人助けと言う正義は、最早ただの自己満足。それどころか公僕が極当たり前にやっている仕事に成り下がる。丁度現代のヒーロー飽和社会が良い例だ。

 

人を救う為ではなく名声や富を掴む事を夢見てコスチュームを纏う輩は、そんな奴らは断じてヒーローではない。ヒーローであってはならない。故に、誰かが悪を裁き、贋物を間引き、汚され、捻じ曲げられた英雄のあるべき姿を取り戻さなければ。

 

「言っている事だけは尤もなのだがな…‥実に惜しい。」

 

「はい、ブレンドとナポリタン。」

 

小柄な眼鏡をかけたエプロン姿のマスター、木戸がグラファイトの前に注文の品を並べて行く。彼は元々老け顔なのだが、ここまで容姿が変わらないとなると最早『個性』と認定してもいいのではないだろうかと思い始めている。

 

タブレットの記事を横目で見て、木戸は顔を顰めた。

 

「やだねえ、最近物騒でさ。」

 

「うむ、確かに。」

 

「倉ちゃんはこう言うのどう思ってるの?」

 

「考え自体は共感出来なくはない。ヒーローの価値が薄まっていると言うのは事実だ。犯罪と戦う人手が多ければ良いとは一概に言えんしな。」

 

「まあねぇ・・・・でもヒーローだからって自分の生活まで棒に振ってちゃ本末転倒でしょ、自分を救えなきゃ他人を救うなんて出来ないんだし。」

 

「一理ある。」

 

ナポリタンを咀嚼して飲み込み、グラファイトはそう返した。

 

「だがそれならヒーローとは関係ない副業をやればいいだけの話だ。もう十年以上前になるが、医者とヒーローの仕事を両立させていた男がいる。凍傷で利き腕を失っても、死んだ弟の腕を移植して人々の為に戦い続けた。もっと最近で言えば、一億円を稼いで脳にある銃弾を摘出し、今でも二足の草鞋を履いてやっている医者がいる。大変だろうが、ヒーローを志した以上はその程度の苦行を乗り越えられなければ所詮その程度という事だ。」

 

「倉ちゃんシビアと言うかストイックだね~。良いと思うよ、その生き様。」

 

「淡々とした姿勢がぶれないマスターも尊敬に値する。馳走になった、また来る。」

 

食事と会計を済ませ、グラファイトはカフェを後にした。タブレットの時計は十二時半を指している。海浜公園まで歩いて行けば間に合う。

 

「さて、ヒーローになれなかった青少年少女諸君は、自分なりのヒーロー像を見つける事が出来たか‥‥?」

 

これが、グラファイトの忙しくものどかで、飽きる事のない充実感溢れる休日の一つである。

 




いかがでしょうか?またやるとは限りませんが、とりあえずお試し版という事でこの番外編を出しました。

次回、File 32: Armour Zoneに逃げ場なし!

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File 32: 逃げ場なしのArmour Zone

今回で決勝の第一回戦全てが終了となります。

最後の試合、麗日vs爆豪には少しばかり改変があります。


「次は飯田君と発目さんか・・・・・何か嫌な予感。」

 

飯田と発目の対戦は、対戦と呼べる物ではなかった。発目が開発して飯田に装着させたオートバランサーを始め、全方位対応の離脱用アタッチメント、電磁誘導反発によって高度の跳躍が可能となるエレクトロシューズ、ヴィラン捕獲用の拳銃型ネットランチャーを始めとする約十五分にも及ぶ数々の発明品のプレゼンを終えてから本人が場外へと足を踏み出し、飯田を勝たせる結果となった。

 

「騙したなぁーーーーーーーーー!?!?!?!」

 

またしても真面目な性格を利用された飯田に出久は苦笑するしかなかった。しかし商売根性の逞しさ、そして目的の為ならば味方すら利用する開き直りっぷりは素直に尊敬に値する。

 

「あ、緑谷、次あたしと青山の試合だから先行くね。ほい。」

 

ピンク色の掌を向けたまま伸ばされた手を見て、出久は困惑した。

 

「ほら、ハイタッチ!」

 

「え?ああ!」

 

パンと良い音が鳴り、芦戸は走り去った。

 

「んじゃ行ってくるねー!」

 

「・・・・女の子の手・・・・・柔らか・・・・・」

 

「大袈裟な奴め、高々手が触れた程度だろうが。」

 

戦利品の缶コーヒーをチビチビと飲みながらグラファイトが会場を見回した。しかしその所為でハイタッチ直後の重要な所を見逃したのだ。ほんの二秒程度だったが、芦戸が指を絡ませて軽く出久の手を握って来た瞬間を。

 

『続いて第五試合!腰にはベルト!だが変身はしねえし二輪もねえ!ヒーロー科、青山優雅!VS!! あの角から何か出るの?ねえ、出るの!?同じくヒーロー科、芦戸三奈!』

 

「青山やっちまえぇ――――――!!格闘ゲームで服が破れる感じで倒せ―――――!!へぶぉ!?」

 

コーヒーを飲み終えた空き缶が剛速球となって峰田のこめかみに命中し、沈黙させた。拉げた空き缶は当たった衝撃で跳ね、再びグラファイトの手に収まる。

 

「・・・・・当たるとあんな音出せるんだな、空き缶は。」

 

丁度顎の下を缶が掠めた障子が呟いた。

 

『Are you ready!? STAAAAAART!!!』

 

こちらも結果としては呆気無い物だった。屋内対人戦闘訓練の時に組んでいた二人は、互いの手の内は粗方頭に入っている。

 

青山は持続時間がネックになるネビルレーザーという遠距離では強力な武器と、遮蔽物が無いと言う地形のアドバンテージがある。が、芦戸も酸を地面に撒いて高い機動力を確保出来る上、運動神経はトップクラスだ。加えて酸は対応出来る距離に幅がある。拳が届く距離にいなくとも、火力が無くなってしまえば青山の制圧は容易い。

 

スピードスケーティングの様にステージを高速で滑走し、青山にレーザーを撃たせまくる。そして腹痛で限界に達した瞬間、ベルトに酸をぶちまけられた上で滑走の勢いがついた強力な左アッパーで撃沈した。

 

「ぐぎぎぎ・・・・・青山と芦戸の『個性』が逆だったぼふぉぃ!?」

 

再び空き缶という名の弾頭が峰田を襲い、今度は右頬を捉えた。

 

「頓死しろ、屑が。」

 

続いて第六試合、影を従える暗き侍こと常闇踏影 vs 万能創造、折り紙付きの才能を持つ八百万百。

 

「緑谷、この試合はどう見る?」

 

「・・・・・難しいね。でも、僕の予想では多分常闇君が場外で勝つと思うな。」

 

「ケロ?何で、緑谷ちゃん?」

 

「常闇君の『個性』は攻防一体、タイムラグなしで発動出来る。出来る事と出来ない事の境界線がはっきりしているんだ。こう言っちゃ失礼かもしれないけど、八百万さんはプレッシャーをかけられた時の思考スピードが遅い。それならごちゃごちゃ考えず、彼女に考えさせず、とにかく前に出て速攻がベストだ。八百万さんは勝負が長引けば有利になるタイプだから。」

 

八百万の『個性』の長所はその戦法の幅広さにある。相手によって戦法を変えて行く変則性もあるが、最初の策が駄目なら次の策、また次の策と、作戦の物量で押し切って相手のミスを誘い、一気呵成に畳みかける事も出来る。

 

だが八百万はまだそれが出来ない。故にそれが今はまだ弱点になっている。騎馬戦では頭脳を働かせるのが彼女だけではないお陰で有利に立ち回れたが、『個性』も頭脳も優秀であるが故に、一対一ではどうしても先に考えてから行動に移ってしまう。

 

『第六試合、STAAAAART!!!』

 

故に思考と戦闘を同時に行える器用さが未だ欠けている彼女の対応は、どうしても常闇に一歩遅れを取ってしまうのだ。

 

号令の刹那、あっと言う間にダークシャドウを展開した常闇が先制攻撃を仕掛けた。八百万も辛うじて楯を創造してオープニングヒットを防いだが、大きく後退させられた。

 

「緑谷ちゃんはグラファイトと一緒だったらどう攻めるのかしら?」

 

「どちらも物量で押し切って距離を詰めて殴る。」

 

蛙吹の質問に二人が声を揃えて答えた。

 

「緑谷から筋肉馬鹿の意見が出た!?」

 

彼女が武器を創造しようとした所でダークシャドウは更に攻撃を重ね、八百万に思考の時間を与えない。三度目の打撃で楯が手から離れたが、再び新たな楯を創造して装備する。

 

しかし、常闇はそれ以上の追撃はせず、ダークシャドウを引っ込めた。チャンスとばかりに八百万の右手に鉄棒が創造されるが、ミッドナイトの判定が出る。

 

「八百万さん、場外!常闇君、二回戦進出!」

 

足元を見て、彼女は愕然とした。確かに左足がステージと場外を隔てる白線を割っている。何も出来ないまま、負けてしまった。

 

「ほう、楯にのみ攻撃を集中して八百万に受けさせて後ろに飛ばしたか。芸達者ではないか。二回戦が楽しみだ。」

 

二回戦まで試合は後二つ。『個性』ダダ被りの暑苦しい二人と、麗日 VS 爆豪。

 

「グラファイト、ちょっと行ってくる。」

 

何をしに行くのか大体察しがついたグラファイトはしっしっと無造作に手を振って出久に行くように促した。大概な世話焼きだ。そう思いつつ、思考をシフトする。

 

一回戦の後に、グラファイトは出久から話された事を聞いて驚いた。自分はそれを見ていないのだ。共生中は両者が合意の上で感覚や記憶を共有出来るが、あれだけは共有出来ていない。やはり感染していても宿主は一人だけ。ワン・フォー・オールの意思の働きによる物か?

 

分からない。

 

バグヴァイザーZを取り出し、画面を覗いた。表示される数値は68%。

 

「・・・・回数を増やすか‥‥?」

 

 

 

 

 

 

 

 

出久が向かった先は麗日が自分の試合前の最終調整をしている選手控室だった。励ます為に飯田も既にそこにいた。

 

「あ、デク君・・・・あの・・・・ごめん!」

 

いきなり頭を下げられ、出久は目を白黒させた。何故自分が謝られているのだ?

 

「デク君がどれだけ傷ついて、どんな思いで我慢してここまで来たのか、分かるわけないのに。仕返しなんてしちゃいけないって、知ったような事言って、ホントにごめん。」

 

「良いよ、謝らなくても。僕は僕の意見を正しいと思っているのは変わらない。けど、麗日さんがあの時言った事が間違っていないのも変わらない。だから謝らないで。別に怒ってないから。」

 

そう、怒ってはいない。怒ってはいないが、混乱はしている。迷っている。客観的に見て、どちらも正しい。しかしどうしてもその一線を越える手前で、爪先がその境界線を越える手前で、自問自答してしまう。

 

これで良いのか?正しいのか?

 

際限ない自問自答の嵐を頭の隅に押しやり、大丈夫だと出久は親指を立てて笑って見せた。

 

「ありがと・・・・あ、でも他の試合は見なくていいの?」

 

「結構見たから、一試合ぐらいは大丈夫。大体短期決戦で終わっちゃってたし。馬鹿な質問かもしれないけど、自信の程は?」

 

「ん~~・・・・・微妙やね。」

 

「ま、まあしかし、流石に爆豪君と言えども女性相手に全力の爆破は・・・・・」

 

「しない筈が無い。彼はそんな人間じゃない。良くも悪くも何事もフルスロットルでやるタイプの人間だ。僕は雄英で出来た友達は麗日さんが初めてなんだ。だから、力になりたい。麗日さんの『個性』で対抗出来る作戦、付け焼刃だけど幾つか思いついたんだ。」

 

「おお!麗日君、やったじゃないか。」

 

正に天の配材とばかりに飯田が両手の親指を立てた。

 

「ありがと、デク君。でも大丈夫。デク君は入試主席で、いつも努力してて、頭も良くて、体育祭でも凄く活躍してる。飯田君がライバル宣言した時も、デク君を止めようとした時も、後から考えると自分がちっぽけに見えて恥ずかしいなって思った。騎馬戦の時も、やっぱりデク君の力に頼って甘えちゃったから。だから、大丈夫。私も死力を尽くして、戦うから。決勝で会おう。」

 

震える手で、麗日もサムズアップを返した。

 

出久は頷いてそれきり口を噤んだ。彼女は既に腹を括った。ならばもうこれ以上とやかく言って覚悟に水を差すのは侮辱にしかならない。飯田と目配せし、二人は会場の席に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ~て!一回戦第八試合!一回戦はこれでラストバトル!中学時代はちょっとした有名人!堅気の顔じゃねえ!ヒーロー科、爆豪勝己!VS!!俺こっち応援したい。ヒーロー科、麗日お茶子!』

 

「お前、浮かす奴だな。丸顔。」

 

「まる・・・!?」

 

「棄権すんなら今の内だぞ。いてぇじゃ済まさねえからな。」

 

『第八試合、STAAART!!!』

 

「誰がするもんか!」

 

そんな選択肢、初めから無い。屋内対人戦闘訓練とは違うここは平地。そしてこのステージに上がった時点で逃げも隠れも出来ないし、何より自分のプライドがそんな真似を許さない。ずっと恐れていた相手に恐れず立ち向かうだけの勇気を持った、自分を友と呼んでくれる人に合わせる顔が無い。

 

体勢を低くしたまま、麗日は迷わず突っ込んだ。服も靴も軽くした。速度を上げる出来得る限りの事をして、低い体制のまま肉薄する。爆豪のオープニングヒットは大概右の大振り。

 

しかし彼女の予想は下から上に掬い上げる動きによって大きく外れた。後ろに吹っ飛ばされ、視界を晴らそうと、手で煙を払う。

 

やはり駄目だ。出久の読みや戦法を参考にしても彼程の技術もパワーも反射神経も無い。反応出来ないのだ。しかしだからと言ってあきらめると言う選択肢は無い。煙幕となった煙の中から爆豪のシルエットが見える。上着を脱ぎ棄て、無重力にしてからそこに向かって投げつけた。

 

「舐めんなコラァ!」

 

予想通り反応した。背後から回り込み、自分の体重をゼロにする。酔いの波がすぐに押し寄せて来たが、まだ耐えられる。触れさえすればいい。超低空タックルで足を狙った。

 

しかし、爆豪の反射神経は彼女の策の上を行く。背後から来るのを見た後に反応して再び爆破をぶつけたのだ。

 

即座に自分にかけたゼログラビティーを解除し、次の策に移る。下だ。とにかく下から上に掬い上げる爆破を撃たせ続ける。何度吹っ飛ばされようと、麗日は立ち上がり、食らいつく事をやめなかった。麗日は誓った。体力が無くても気力でカバーし、最後まで戦う。

 

「まだまだぁーー!!」

 

爆破の都度、煙が、瓦礫が宙を舞う。

 

「相手が触れられる間合いにいないと発動しない『個性』ではやはり分が悪いか。しかし爆豪君もここまで試合を引き延ばすとは・・・・」

 

飯田の表情は苦々しい。もう何度爆破を受けたか分からない麗日を見かねて観客にいるプロヒーローがブーイングを始める程だ。しかしそれも相澤の一喝で止まる。

 

爆豪は油断などしていない。警戒している。警戒した上で麗日を正面から叩き潰そうとしているのだ。

 

「うん、でもまだだよ。彼女は自棄を起こしているわけじゃない。あれは策だ。」

 

「あれが、策だと?」

 

飯田は訳が分からなかった。唯々突進しては吹っ飛ばされを繰り返す千日手の一体どこに戦術的要素があるというのだ?

 

「見ていれば分かる。彼女の目は、まだ死んでいない。」

 

麗日が何をしようとしているか、出久は瞬時に看破した。あの突進は全て布石。相打ち上等の、彼女が今この場で打てる最大最強の一手。

 

「『個性』とか関係無しであれは僕らが出来るような事じゃない。だから、届く可能性は十分ある。唯一の懸念は、あれらで足りるか否かだ。」

 

爆豪が不意に頭上を見上げた。直後に麗日が両手の指を合わせてゼログラビティーを完全解除した。今まで何十回と突進を繰り返した麗日諸共吹き飛ばしたステージを成すコンクリートの欠片で出来た、瓦礫の夕立。その真下に立つ爆豪目掛けて、麗日は再び突っ込んだ。

 

距離を詰められることを嫌って爆豪は迎撃する。しかしすれば上からの瓦礫に対応できない。対応すれば浮かされる。

 

距離が一メートルへと縮まった所で隠し持っていた小さなコンクリートの欠片を爆豪の顔面目掛けて投げつける。当然避けられるがそれでいい。対応がコンマ一秒でも遅らせる事が出来れば勝率は芥子粒程であろうと上がる。

 

しかし、彼女の渾身の一撃は爆豪の会心の爆撃によって打ち消された。

 

降り注ぐ瓦礫は更に粉々になり、場外へといくつかの小石になって降り注ぐ。

 

しかし、それでもまだ負けていない。負けを認めない限り、意識がある限り、まだ負けではない。まだだ。まだだ。

 

再び爆豪に向かって足を踏み出したが、その足から力が抜け、麗日は前のめりに倒れた。

『あ~~っと!麗日、力なく崩れ落ちる!ダウンだ!』

 

意識はある。だが体が動かない。動いてくれない。あの瓦礫を使った荒業で、体力の九割九分は使い切ってしまったのだ。最早自重を支えて四つん這いになる事すらも敵わない程に疲労がピークなのだ。

 

駄目だ。まだだ。まだ終わりじゃない。終わらせない。ここが自分の限界だとするならば、限界の先。そこに、あるとは思いもしなかった力が見えて来る。掴み取れる力がある筈だ。

 

だから動け。動け。呼吸を整えろ。出久がやっていた様に。立ち上がれ。目を見開け。

 

「まだっ・・・・ま、だ・・・・・」

 

気付けのつもりなのか、掌で横っ面を叩き、もう一方の手で足を叩く。自分の体なら言う事を聞け。残っている物全てを絞り出せ。目標の為に。

 

『大きくなったら父ちゃんと母ちゃんのお手伝いするっ!』

 

『気持ちは嬉しいけどな、お茶子。親としては夢をかなえてもらう方が何倍も嬉しいわ。そしたらお茶子にハワイ連れてってもらえるしな!』

 

そして何より、家族の為に。

 

「父、ちゃん・・・・・!」

 

あの時の気持ちを思い出せ。呼吸を整えろ。立ち上がれ。気を失うな。自分が折れない限り、まだ終わりじゃない。自分はまだ諦めていない。

 

ゆっくりと、本当にゆっくりと、麗日は四つん這いから片膝立ち、片膝立ちから両足で立ち上がった。

 

『うぉおおおおおおおおおおお立ったぁーーーーーーーーー!!!!正に執念!正に意地!しかし動かない!立ち上がった所から麗日、微動だにしない!』

 

ミッドナイトがステージに上がって彼女の方へ駆け寄った。

 

気絶している。それも立ったまま。

 

弁慶の仁王立ちという表現がある。源義経の忠臣であった僧兵の武蔵坊弁慶が主の自刃が完了するまでの時間を稼ぎ、最期まで主を守り抜いて立ち尽くしたまま息絶えた事に由来する。

 

麗日には弁慶ほどの武人ではないにせよ、その奮闘ぶりと諦めの悪さ、切り札を潰されてなお立ち向かおうとする気概は彼に比肩する物だった。少なくとも、出久やグラファイトはそう感じていた。

 

「麗日さん、失神・・・・・二回戦進出、爆豪君!」

 

「出久、準備がてら見舞いに行くぞ。」

 

二回戦第一試合は小休憩を挟んでから始まる。相手は、轟焦凍。

 

「うん。行こう。」




次回、File 33: 氷と炎・・・・Now you’re in control

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File 33: 氷と炎・・・・Now you're in control

UA 二十万突破とは・・・・・読者様すげえ!

久々にウルトラマンオーブ・ジ・オリジン・サーガの主題歌を日本語、英語の両方で聞きました。神ってるなあ、やっぱり。英語なのにしっかりとウルトラマンっぽさを残している。

作詞作曲の先生方、歌ったFuture Boyzの皆さま、お疲れさんです!

ではそんな歌にインスパイアされて書きあがった本編をどうぞ。



「いやー、負けちまったぃ!」

 

開口一番の麗日の元気そうな言葉に、出久は開いた口が塞がらなかった。そして我慢しているのだと直感した。今まで爆豪の仕打ちを耐え抜いてきた自分だからこそ分かる。彼女は悔し涙を流したくて仕方ないのだ。

 

「最後行けると思って調子乗ってしまったよ、くっそー。」

 

「怪我とかは、大丈夫なの?」

 

「うん、リカバリーしてもらったし。にしても、いや~やっぱり爆豪君は強いね。真正面から全部潰された!もっと頑張らなきゃな、私も。」

 

君は十分凄かった。出久はそう言いたかった。

 

「あの、これ良かったら食べて。麗日さん和食好きでしょ?売店の奴であんまり大した事無いけど。」

 

レジ袋の中身をテーブルに出すと、緑茶のボトルとおにぎり数種類が転がり出た。

 

「ありがと、デク君。二回戦見とるから、頑張ってね。」

 

「うん。ありがとう。」

 

瓦礫の雨を一撃で吹っ飛ばされて、心が折れない筈が無い。体に力が入らず、まともに立つ事さえ不可能な程に膝も笑っていたが立ち上がった。その気力、精神力は、間違い無く爆豪の顔色を変えた。あの立ち往生の姿は決して虚勢などではなかった。もしまだ体力が残っていれば、逆に彼を精神的に追い詰めていただろう。

 

だが言えない。言ってはいけない。

 

結局出久は何も言わずに麗日に背を向けて去った。ドア越しに、彼女のすすり泣く声が聞こえる。

 

『賢明な判断だったな。』

 

「え?」

 

『励ましや慰めの言葉をお前は一度として口にしなかった。良い判断だ。デリカシーのある男は、モテるそうだ。』

 

「もももモテるって・・・・・!?」

 

『まあそれは兎も角、轟相手に使う戦法。どうするつもりだ?』

 

「シンプルこそベスト。彼は僕が策略を練ってくると警戒しているのは間違いない。だからこそ、手の内を全て曝け出したグラディエータースタイルと超オーソドックスなシュートスタイルでインファイトを仕掛けて、兎に角プレッシャーをかけまくる。変身した状態で。グラファイトが参戦するか否かは任せる。」

 

『了解した。心が滾って来たぞ。』

 

自分の試合に向かう途中で、のっそりと全身が炎に包まれた大男が突き当たりの廊下から出て来た。№2フレイムヒーロー、エンデヴァーである。背中や口元、目元を包む炎は、逞しい肉体も相まって歌舞伎の隈取りや不動明王の様な御神体を彷彿させた。

 

「エン、デヴァー・・・・!」

 

「おお、いたいた。君の活躍を見せて貰ったよ。素晴らしい『個性』だ。パワーだけで言えば、オールマイトに匹敵する力だ。」

 

「ありがとうございます。けど失礼します、もう試合がすぐ始まるので・・・・」

 

彼がワン・フォー・オールの事を知るそぶりは見せていないが、一番気取られてはいけない人物だ。接触はなるべく避けようと、出久はエンデヴァーを通り越した。

 

「うちの焦凍は、オールマイトを超える義務がある。君との試合はテストベッドとしてとても有益な物となる。くれぐれもみっともない試合をしないでくれたまえ。言いたい事はそれだけだ、直前に失礼したな。」

 

「では僕からも一言。当たり前ですが、僕はオールマイトじゃありません。轟君も、貴方じゃあないんですよ。」

 

背を向けたままそう言い残し、出久は拳を固めた。歩き去りながら軽いフットワークとシャドーボクシングの準備体操をしてステージに上がる。

 

『待たせたなEVERYBODYYYYYYY!二回戦第一試合は目玉カードの一つ!一回戦の圧勝で観客を文字通り凍り付かせたIce man!ヒーロー科!轟焦凍!対する相手は、見た目は地味だがナメたらいかんぜ!一年勢のダークホース!ヒーロー科!緑谷出久!』

 

言葉など交わさずとも、二人は互いの意思をしっかりと感じ取った。

 

『両雄共にトップクラスの成績!それではカウントから入って始めるぜ!THREE! TWO! ONE! FIGHT!』

 

『MUTATION! LET’S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

変身し、フルカウルを発動しながら肉薄。とにかく懐に飛び込むところから始める。

 

しかしそう簡単には行かない。轟の反応速度も群を抜いて速いのだ。下がりながら氷が迫る。

 

「DELAWARE SMASH!」

 

まずは小手調べと指で空気を弾いた。しかしまだ氷は止まらない。渾身のジャブで氷が吹き飛び、肌を突き刺す寒波が轟と彼の後ろにいる観客席を襲った。道が開けた所で再び接近。氷の壁を後ろに作って吹き飛ばされるのを防いだ轟は再び地を這う氷結攻撃で応戦した。

 

再びジャブ。氷が砕ける。

 

接近、氷結、ジャブ、砕ける。

 

『互角ぅ~~~!轟の氷結と緑谷の左ジャブ!威力は五分五分、いや風圧があるから緑谷が若干優勢か!?』

 

轟の戦い方は『個性』で唯々圧倒するタイプで、情報が少ない。あの大氷塊も恐らく出してくるだろう。だがまだだ。これは耐久力を競う戦い。とにかく彼を疲れさせて足を止めさせる。

 

氷結が迫るスピードと規模も大きくなってきた。ジャブだけでは連続で出しても対応できない。拳を固め直し、出久が繰り出したのはグラファイトに最初に学んだ、手技で行うコンビネーションの中でも基本中の基本。

 

「ONE-TWO SMASH!」

 

利き腕を活かす為にジャブで動きを止め、高威力の右ストレート。ステージの、いや会場の反対側までぶち抜くつもりで放つ。氷の欠片が宙を舞い、打ち終わりを狙ってその上を轟が氷の橋を足場に距離を詰めて来た。同じ事ばかりをしていては埒が明かないと悟ったのだ。

 

『轟決めにかかってきたー!どう返す、緑谷!?』

 

ありがたい、向こうから近づいてくるとは。伸ばした右腕が近づく。しかし瞬きの瞬間、龍戦士は轟の視界から完全に消えた。直後に、頭の左側面に衝撃が二度走った。

 

「かっ・・・・!?」

 

もろにワンツーを食らった轟はそのまま吹き飛ばされた。意識はまだあるが、左耳がキーンという甲高い音しか捉えていない。立ち上がろうとしたが一瞬ふらついた。

 

『緑谷反時計回りにピボットからのサウスポーワンツー!轟ぐらついている!それもその筈、狙った場所はUnder the ear!平衡感覚を保つのに必要な三半規管!』

 

しかしまだ戦える。再び構えた所で既に出久は低い体勢のまま、目元から下を拳でガードして迫っていた。氷結を発動させようとした所で脇腹に拳が突き刺さる。

 

『入ったぁ~~~!!インファイター十八番のリバーブローが深々と突き刺さる!緑谷、遂に捉えた!』

 

それを皮切りにボディーブローの嵐を叩き込む。振り払おうとする轟の手は上半身を振って回避しては打ち込む出久を捉えられない。

 

『ボディー、ボディー、ボディー!ワイドスタンスを取った緑谷の拳がしつこく轟の腹に減り込む!じりじり後退していく轟!押す緑谷!このまま場外で勝つか!?勝ってしまうのか!?』

 

「ぬぉああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

後頭部を掴んで凍らせ、膝蹴りを入れて離脱した。

 

出久はこの試合で今まで出した物とは比べ物にならない程の氷塊に右腕を除くほぼ全身が囚われてしまっていた。一回戦で見せたものほどの規模ではないが、それでもステージの三分の一はしっかり覆っている。

 

無理矢理出久を引き離した轟は腹を押さえた。増強系の『個性』でない生身の肉体には動けない程ではないがしっかり効いている。それに最初のワンツーも右腕が届きにくい左側に回り込んでいた。

 

左を使えと言う、明らかな挑発。しかしこれで終わりだ。勝った。

 

「緑谷君、行動不――」

 

「んーーー・・・・・・はぁっ!」

 

力任せに氷の枷を引き千切り、纏わり付いた氷の塊を叩いて潰し、首を回す。残った拳を左右のフックで消し飛ばすと、とんとんと左手を叩いて、手招き。

 

『挑発だぁ――――!緑谷、時間が惜しいから掛かって来いと氷をぶっ飛ばしてから強気な挑発!くぅ~~~~~魅せつけくれるじゃねえか!』

 

いや、違う。挑発であることに間違いは無いが、メッセージが違う。内容は側面に回り込んだ時と同じ物。左も使ってかかって来い。奴はそう言っている。腸が煮えくり返るような怒りが迸りそうになった。落ち着け。落ち着け。使うな。左は使うな。ここで使っては意味が無い。あんな糞親父の『個性』が無くたって勝てる。その為にここにいるのだ。

 

「どこを見てるんだよ、轟君。」

 

再び、脇腹と鳩尾にほぼ同時の衝撃。

 

「っぁう・・・・あ・・・・!?」

 

呼吸が出来ない。あばらが軋んだ。場合によっては罅も入っているかもしれない。

 

「君の敵は、僕だろう?余所見をするなよ。寒くて震えているなら、左を使って降りた霜を溶かせばいい。」

 

『個性』は身体機能。轟にも冷気に耐えられる許容範囲があるのだ。震えているのが出久には見えている。限界はもうすぐそこなのだ。それを解消出来るのにしない。全力で戦わない。自分も全力で戦えない。出久はそれが歯痒く、心底ムカついた。

 

「あの時言った言葉をもう一度言う。ふざけるなと。半分の力で勝つ?君は僕にこの体育祭でまだ一度だって勝っていないじゃないか!」

 

「・・・・てめえ、糞親父にのせられでもしたか?」

 

こめかみを狙った左フックを掴み、凍らせる。

 

「一緒にするなよ。僕はエンデヴァーに言った!僕はオールマイトでもないし、轟君もエンデヴァーじゃないって!僕は、僕がなりたいヒーローになろうと思って戦ってる!君もそうだろう?!」

 

だからどうしたとばかりに出久はシフトウェイトと腰の回転で凍り付いた左拳で轟を殴り倒し、氷も叩き割った。

 

『左フーーーーーック!轟遂にダウン!』

 

「皆もそうだ!僕達に出来て!君に出来ない筈が無い!」

 

五歳のころから、血反吐を吐くような訓練を積まされた。母親ですら止められず、彼女の胸に顔を埋めて夜を過ごしてはまた繰り返す。彼の様には、母に手を上げる様な男にはならないと、あの時誓った。

 

守ってくれる母親に、左側が醜いと言われても、熱湯を浴びせられても、その気持ちは少なからずあった。母は悪くない。悪いのは、そこまで彼女を追い詰めた父親にある。これは奴への復讐。

 

邪魔はさせない。

 

「僕には確かに、君の境遇も覚悟も、原点も理解できないかもしれない。でも、君の左は・・・・その炎は!エンデヴァーも誰も関係無い!紛れも無い・・・・・・君の、力じゃないか!!!」

 

血に囚われる事なんかない。強く思う将来があればそれでいい。なりたい自分になっていい。

 

母の言葉が脳裏に木霊した。

 

熱気と共に、体に降りた霜が蒸発した。ステージに散らばった氷の欠片も消え去った。左半身から、炎が迸る。

 

「俺だって・・・・なりてぇさ・・・・・!なりてえよ!ヒーローに!!!勝ちてぇくせして敵に塩を送るなんて・・・・ふざけてる?どっちがだ、この野郎!」

 

だが罵倒の言葉とは裏腹に、轟の口元には笑みがあった。全てが振り切れた笑み。憑き物が落ち、尚且つ決意に満ちた笑みだ。

 

「焦凍ぉーーーーーーーーーーー!やっと己を受け入れたか!それでいい!そうだ!!ここからがお前の始まり。俺の血を持ち、俺を越えて行き、俺の野望を果たせ!!」

 

しかし今の二人にエンデヴァーの言葉など届かない。この瞬間、そこに今必要な全てが在る。相手の鼓動、相手の思考。そして得体の知れぬ高揚感。

 

「やっと、本気出してくれたね。」

 

「覚悟しろよ。こっちは長らく使わなかったせいで加減が利かねえ。どうなっても俺は知らねえぞ?」

 

「望むところだ。」

 

拳が届く距離に立ち、両雄は動いた。

 

燃える拳、凍てつく蹴り。そんな攻撃が襲い掛かる。それらを出久は避ける。迫る氷をバグヴァイザーの刃で、銃撃で砕く。風圧を込めた蹴りで、拳で応戦する。

 

『半冷半燃FULL POWER!轟ようやくエンジンがかかったのかぁ?!おせーよぉ―――!!何にせよこれでついにスタート!本当の戦いは、ここからだぜ!!!』

 

変身していても外皮に感じる。刺す冷気を、茹だる熱気を。そして轟の闘志を。ようやくだ。これが、戦いたかった相手。心が滾る相手!防御すら忘れ、兎に角互いを打ち倒そうと持てる技と力の全てを尽くし合う。

 

「KOPIS SMASH!!」

 

手刀が、背刀が迫る。紙一重で避けたつもりが頬にすっぱりと傷口が走る。

 

「おらぁーーーー!!」

 

腹への掌底と同時に氷で吹っ飛ばす。

 

「まだまだぁ!!」

 

『ギュ・ギュ・ギュ・イーン!』

 

チェーンソーで氷を叩き切り、ビームガンを連射して肉薄する。

 

拳と拳がぶつかり合う。出久が、競り勝った。

 

「堅ぇな・・・・・」

 

「こっちも、体温の起伏で体調崩しそうだよ・・・・」

 

「抜かせ。そろそろ決めさせてもらうぞ。」

 

出久は頷いて右拳を固め直し、光り始めた。

 

轟もステージ全体に氷を大量に張り始め、左手を前方に向けた。

 

対する出久は出力を無理矢理上げた踏み込みで急速接近。

 

「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!!!!!」

 

冷却された空気が瞬間的に膨張し、爆発が巻き起こった。ステージどころか会場すらも消し飛んでしまうのではないかという衝撃波が会場を揺らす。

 

巻きあがった土煙が収まり、勝敗が明らかになる。痛む右腕を押さえながらボロボロになっても変身した状態を保った出久がその場に立っていた。轟も踵の縁が場外の白線に触れているまま倒れてはいない。それどころかまだ意識がある。

 

どこにそんな余力があるのか、中心に立つ出久に向かって足を進めた。

 

まだ倒れられない。伝えるべき事を伝えるまでは。

 

出久の前に辿り着き、肩に手を置いた。

 

「緑谷・・・・・・ありがと、な・・・・・・」

 

その手を掴んで頭上に掲げた所で意識が途切れ、出久が彼を抱き止めた。

 

「僕こそ、ありがとう。轟君。」

 

「轟君、行動不能!三回戦進出、緑谷君!」

 

『決まったぁ――――――!試合開始から二十四分三十八秒!大決戦の末、軍配が上がるは、緑の龍戦士!!緑谷出久だぁ―――――――――!!』

 

『出久、平気か?100%を初めて使ったようだが。』

 

「・・・・・めっっっっちゃ痛い・・・・・治癒、頼める?」

 

『ああ。リカバリーガールにも診てもらうぞ。』

 

「よろしく。」

 




ふぃ~~・・・・・疲れた・・・・・


緑谷出久のSMASH File

ONE-TWO SMASH:名前の通りの基本に徹したシンプル故に使い勝手が良く強力なボクシングの基本コンボ。

KOPIS SMASH:グラディエータースタイルから放つ手刀及び背刀。スパルタ人が使った片手剣のコピスから。

次回、File 34:優しさから始まるPower

SEE YOU NEXT GAME......


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File 34: 優しさから始まるPower

普段よりちょい短めですが準決勝を挟んでのエピソードです。


「まったく、この大馬鹿!」

 

「すいません・・・・・」

 

「いくら『個性』が回復能力を備えているとは言え無茶にも程があるよ!たかが試合の為に自損覚悟で挑む必要なんか無いだろうに!もっと自愛しな!」

 

「面目次第もございません・・・・・」

 

出張保健室でリカバリーガールの治療を受けてから出久は許容超過の威力で『個性』を自損覚悟で使った無謀さや回復の手間について小言を拝聴する破目になった。

 

「あの、轟君は・・・・?」

 

「左耳の鼓膜が軽く傷ついてたのと、いくつか骨に罅が入ってる箇所があった。脳震盪も起こしてる。けどそこは大丈夫さね。今日中には回復するよ。頑丈に生んでくれた親に感謝しな。」

 

「そう、ですか・・・・・良かった。」

 

湿布を張ったメンソール臭が強い腕を軽く動かした。神経はまだ大丈夫だ。腕の怪我の八割近くはグラファイトが治してくれた。後はスタミナ回復に努めればいい。時間はまだある。

 

とりあえずリカバリーガールに治療の礼を述べて出張保健室を出ようとした所でドアが開き、痩せぎすのオールマイトが戸口に姿を現した。

 

「おお、緑谷少年。丁度良かった。怪我はもういいのかい?」

 

「平気です。グラファイトとリカバリーガールの相乗効果でしっかり動かせます。準決勝と決勝までは念の為右腕は使いませんけど。」

 

「賢明な心掛けだ。しかし、まさか試合中に彼を救おうとして結果的に成功してしまうとはね。」

 

「僕と彼はある意味似てるんです。強力過ぎる力を持っている轟君、そして何もなかった僕。立ち位置こそ対極ですけど、辛い目を見たという点では同じです。だから、理解は出来なくてもせめて歩み寄るぐらいの事はしてあげたかったんです。」

 

「やはり君にワン・フォー・オールを預けて良かった。」

 

「え、ちょ、良いんですか、話しちゃって?」

 

「ああ、心配ない。リカバリーガールも私の事情は知っているよ。」

 

「そうですか。あの、戻る前にちょっといいですか?二人で話がしたいんです。」

 

「分かった。」

 

会場の人気のない場所へと先導された所で出久は自分の髪の毛を一筋頭から引き抜き、オールマイトに差し出した。

 

「ごめんなさい、オールマイト。僕は・・・・僕にはやっぱり貴方の力を預かる資格は無い。ワン・フォー・オールは、お返しします。」

 

「え?」

 

オールマイトは目を白黒させた。

 

「僕は優勝を目指します。でも決勝戦で、僕は間違いなく爆豪君と戦う事になる。その時僕は、試合も何も関係なしに彼を叩きのめすつもりでいるんです。彼は――」

 

「待て、出久。そこから先は第三者の俺が話す。当事者が話せば無意識に脚色が入るかもしれん。」

 

グラファイトが共生状態を解いて出久を制した。

 

「オールマイト、爆豪と出久の関係を知っているか?」

 

「同じ折寺中学を卒業したとしか・・・・」

 

「爆豪は出久の幼馴染だ。物心ついた時から共にいる、いわば竹馬の友。少なくとも、幼少期はそうだった。が、それが変わった。出久が『無個性』という一点故に。小中と、爆豪だけでなく周りの人間からも憐れみと侮蔑の視線で見られ、誹謗され、中傷され続けた。爆豪が何故出久をデクと呼ぶか、分かるか?『無個性』で何も出来ない。ヒーローにもなれない役立たずの出来損ないの木偶の坊。十年だ。十年間、出久はその絶え間無い自尊心への暴力に耐え忍んでここまで這い上がった。確かこの国では自殺や精神疾患などに繋がる実害を出すにも拘らず、それを随分とシンプルに形容していたな。『いじめ』、と。」

 

オールマイトは黙ったまま耳を傾けた。今は何も言うべきではない。

 

「中学での反撃以降、出久は奴に勝ち続けた。ヘドロ事件で奴を救い、入試主席、屋内対人戦闘訓練の勝利、そしてUSJ襲撃事件で脳無をほぼ単身での撃破。しかし奴は距離を置こうとしても突っかかってくるのだ。今まで見下してきた相手が格上となった事を頑なに認めようとしない。何も改めようとしない。謝罪すらしない。だから公衆の面前で、奴の身も心もへし折ると言う最終手段に出る事にした。」

 

「僕は彼と当たる時、十年分の恨みを晴らす為に戦います。ヒーローは、他が為にのみその力を振るわなければならない。私怨で動く以上、僕はヒーローを名乗れない。名乗っちゃいけないんです。でも僕は彼にけじめをつけさせる。そうしなければ、僕は一生前に進める気がしない。でもこんな事の為に、オールマイトが、先代の方々が培って来たこの力をそんな事の為に汚す訳には行かない。」

 

人としての正しさ、ヒーローとしての正しさ。どちらも正しいが、選べる正しさはただ一つ。悩んだ末に彼は人としての正しさを選んだ。その事実を受け止め、オールマイトは一分近く沈黙したままだったが、その沈黙をゆっくりと、慎重に選びながら破った。

 

「君の言い分は、理に適っているし、筋も通っている。だから・・・・思う存分暴れて来るがいい。」

 

これを言えばもう後戻りはできない。だが彼を信頼している以上、言うべきだ。

 

「え?」

 

「良いんだ、それで。私も君と同じなのだよ。私はもう、ワン・フォー・オールを汚してしまっている。五年前の戦闘で、私のお師匠――前任者の七代目ワン・フォー・オール継承者、志村奈々が目の前であの男に殺された時にね。あの時私は、本当の殺意という物を生まれて初めて抱いた。その殺意に、怒りに身を委ねた戦った結果がこれだよ。」

 

出久の肩に手を置き、自分の脇腹を指さした。怒りに飲まれて拳を振るった、消える事のない古傷(だいしょう)を。

 

「君は誰よりも心優しい少年だ。自分をいじめた相手をヴィランの手から救った。轟君を心の闇から救った。そんな事が出来るのは優しさから始まるパワーを持った人間、つまり君のような人間さ。絶対的に正しい選択などあり得ない。故に個人の尺度で定めるしかない。優しい君が骨の髄までとことん悩みに悩んだ末にこれが自分にとって一番正しいと判断して出した答えなのは明らかだ。」

 

ならば、いやだからこそ止めない。それで怒りを、恨みを乗り越えられるのならば。自分と同じ間違いを犯さずにいられるならば。

 

「だから、誰もが持っている心に巣食うその闇を恥じてはいけない。力ずくで消そうとしてはいけないのだ。押さえつけようとする分だけ、闇もまた反発する。だから受け入れて、乗り越えて、己自身の闇をも照らせる光とならなければ。清濁併せ呑んでこそ、我々人間は本当の強さを手に出来る。」

 

出久の肩に手を置き、軽く握った。君なら大丈夫だと笑って見せた。

 

「もうワン・フォー・オールを返すなんて言わないでくれ。相応しくないなんて自虐を言わないでくれ。君なら大丈夫だ。言ったろう、君はヒーローになれると。私は隠し事が多い。だが嘘は言わない。」

 

「分かり、ました。ありがとうございます。」

 

腕で涙を乱暴に拭い去り、出久は頭を下げた。

 

「さあ、準決勝になる前に試合を幾らか見て対策を考えてくるといい。」

 

出久は頷き、再び腰を折って深々とお辞儀をすると、グラファイトを伴って歩き去った。彼の足音が消えるのを確認すると、オールマイトは近くの壁を殴りつけた。

 

「ああは言ったものの・・・・・生きていると知った以上、私のはまだ消えない、か。」

 

それどころか、強くなっている。お師匠が守ろうとした人を奴が、オール・フォー・ワンが悪に染めたと知ってしまってから。DNA鑑定の結果、はっきりしてしまった。今は死柄木弔と名乗っている男の本名は、志村転弧。師匠の、実孫だ。

 

また守り切れなかった。また救えなかった。よりにもよって師匠の宝を。平和の象徴が聞いて呆れる。救えない命もあると分かっていても、口惜しいと思わずにいられない。

 

「どこにいるんだ、オール・フォー・ワン・・・・!」

 

恐らくこの怒りは、彼も自分も、腰の曲がった老人になってようやくうっすらと消え始めるのだろう。

 

 

 

 

オールマイトとの談合の後、出久は観客席には向かわず、一目散に会場に来た時に荷物を置いたロッカールームに向かった。携帯を引っ張り出すと、母親に電話をかけた。

 

『もしもし?出久?出久なの!?』

 

「うん。試合、見てたよね。ごめんなさい、無理して心配かけちゃって。」

 

『良かったぁ~~!!!でも凄いわよ、準決勝進出なんて!お母さん脱水症状でもう七回は失神したのよ!』

 

帰ったらとりあえず病院に連れて行くことを出久は固く決心した。自宅が水浸しになっていないか、割と本気で不安になってしまう。どれだけ涙と鼻水でティッシュが消費されたのだろうかという割とどうでもいい素朴な疑問が頭をよぎった。

 

「僕よりも凄い事になってるんだね、そっちは。ここまで勝てた事は、自分でもかなりびっくりしてるよ。あんまり時間無いけど一つ聞きたい事があるんだ。人として正しい選択とヒーローとして正しい選択。母さんならどっちを取る?」

 

『難しい質問ね・・・・・分からないわ、ヒーローじゃないし。』

 

「それもそうか。あはは・・・・・・ごめんね変な事聞いて。」

 

『でも一つだけ分かる事があるわ。生きているとね、途轍もなく漠然とした質問があるって事にある日突然気が付くの。自分は何の為に生まれて来たのか、どういう人間になりたいのか、とか。私もね、高校を卒業してからずっとその答えを教えて欲しかった。色んな先生にも聞いたし、お父さんにもお母さんにも聞いたし、久さんにも聞いた。誰かにその答えを教えて欲しかった。でも皆の答えは全部違って、全部釈然としなかったの。何年も経ってからやっと気づいたわ、釈然としないのは、自分でその答えを出さなきゃいけないからだって。だから、貴方も正しいと思う事を自分自身で決めていきなさい。それで決めたら進む事!もう高校生なんだから。ね?』

 

「うん。ありがとう、母さん。頑張るね。」

 

『どういたしまして。何かあったら話してちょうだい。相談ならいくらでも乗るから。』

 

「はい。」

 

通話を切ってロッカーに携帯を放り込むと、再び込み上げて来た涙を拭いた。

 

「図書館でとある小説を流し読みしていたが、母は強しと言うのは、本当らしいな。俺には親と呼べる存在はいないが、お前の母親は別次元の強さを持っている。俺には持ちえない強さを持っている。それが酷く羨ましい。」

 

強い。甲斐甲斐しく健気で、息子の事となると激しく動揺してしまう普段の母親とは思えない程強い。これもまた、オールマイトが言った優しさから始まるパワーと言う奴なのだろうか?もしそうだとしたら、そんな強さが欲しい。出久はそう思い、観客席に急いだ。

 

準決勝まであまり間が無い。

 




やっぱりね、人生経験豊富な意見を出せる親の存在は偉大ですよね。そう思って引子さんにもこのエピソードで見せ場作っちゃいました。

次回、File 35: 不屈のEngine Running Gear

SEE YOU NEXT GAME...........


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File 35: 不屈のEngine Running Gear

お待たせいたしました、飯田戦です!!

昨夜、自称神がプリント入りシャツとピンクのブレザーとおしゃれな帽子をかぶって消しゴムハンコや俳句で特待生になる番組があって驚いた件。

私に出来ない事など・・・・・ないのだぁあああああああああ

とか内心あのぶっ飛びボイスで言っていたと勝手に想像しちゃいました。

ならこの天気と湿度を何とかしろよ、神(無理)


軽い。全身が。別にパワーアンクルやウェイトリストを付けていたのを外したからではない。ただ、軽い。心が。

 

「出久、お前は尊敬に値する男だ。」

 

「な、どうしたの突然?」

 

「俺の本音だ。爆豪の悪意に対して暴力で応えると言う己の道を選び、その過程でお前はワン・フォー・オールを返そうとした。人としての正しさを選んでも自分なりにヒーローとして正しい筋を自分なりに通そうとした。だから尊敬に値すると言っている。素直に受け取れ。」

 

「ありがと・・・」

 

照れくさそうに目を伏せ、観客席に戻って行った。そして戻る途中で芦戸と鉢合わせた。手にはスポーツドリンクが入ったペットボトルを持っている。

 

「あ、芦戸さん・・・・」

 

「緑谷、お帰り~!凄かったじゃーん、轟に本気出させるなんてさ!」

 

「ああ、うん・・・・・あれ結構行き当たりばったりだったんだよね、実は。」

 

「嘘だぁ~、緑谷作戦立てるの上手いじゃん。絶対狙ってたでしょ?」

 

「狙ってないって。」

 

「あ、それはそうと、はいこれ。賭けの負け分・・・・・って手がそんなんじゃ開けるの無理か。」

 

別に平気だと言おうとした所で彼女がボトルのキャップを外して差し出した。出久は素直にそれを受け取り、一気に飲み干す。程よく冷えたスポーツドリンクが染み渡った。考えてみるとあの戦いの後は水分を一切摂取していない。電解質を豊富に含むこの銘柄のスポーツドリンクは、疲労回復にはうってつけだ。

 

「ふぅ・・・・芦戸さん、ありがと。」

 

「いいよ。お礼言うのはこっちだし。レクリエーションの飛び入り参加で誘ってくれたでしょ?しかも自分が脇役に徹して活躍の場、作ってくれたじゃん。常闇に負けちゃったからもう見せ場無いし。だからありがとう、緑谷。」

 

差し出された掌が自分を向いている。もう意味を知っている出久は、反射的に彼女とハイタッチを交わし、やはりまた指を絡ませられた。

 

「え、あの、ちょ・・・・・どどどどどうしたの芦戸さん?」

 

手を何度も、それも異性ににぎにぎとされる感触に慣れない出久は普段の数倍どもった。顔が炉に突っ込まれた鉄塊の様に真っ赤に、熱くなった。

 

「ん、いや、なんか分かんないけど、コレ安心する。」

 

「いい雰囲気な所を邪魔して済まないが、残りの試合を観戦しないか?逢引きなら体育祭が終わった後でいくらでもさせてやる。」

 

「あ、あいびっ・・・・!?」

 

「ちちち違うから!全然そんなんじゃないから!お礼だから!お礼!」

 

何とでも言うがいいとばかりにグラファイトは肩をすくめて小さく鼻で笑った。

 

観客席に芦戸と戻りながら出久は既に脳をフル回転させていた。彼女の試合が終わったという事は、飯田vs塩崎の試合も決着が既についたという事になる。勝ったのは十中八九飯田だろう。彼には初見殺しのレシプロバーストがある。彼の足なら約十秒ギリギリで場外に押し出せる。となると、準決勝の相手が彼という事だ。

 

残る試合は丁度始まった爆豪vs切島。これも鉄哲戦同様、気力とスタミナの耐久勝負になる。

 

「出久。」

 

「うん・・・・・切島君、速く決めないとまずいね。全身、一部と自在に肉体を硬化が可能な彼にはそのシンプルさが肌に合っているから扱いやすい。防御面では問題無いけど、彼の硬化の持続時間が明確な弱点になってる。長時間腹筋に力を入れている状態と同じで時間が経てば経つ程、綻びが出やすい。」

 

「加えて分かっているとは言えスロースターターの爆豪は厄介だ。」

 

屋内では制限されるが、ここは野外。存分に爆破の『個性』を振るえる。そして彼は手の汗腺からニトロに似た物質を分泌することによって使える。つまり汗をかけばかくほど、切島が粘れば粘る程威力が上昇するのだ。

 

加えて機動力、リーチの明確な差がある。それこそ飯田並に身軽なフットワークを身に付けていない限り、爆破で飛び回れる爆豪に攻撃を加えるのは不可能に近い。後はクロスカウンターで切って落とす手もあるが、切島はまだそれだけのテクニックがあるとは言えない。

 

あの不器用なまでに真っ直ぐな戦い方で分かる。距離を放し、相手には打たせずコツコツ当てて行く堅実なタイプじゃない。足の使い方でも分かる。殆どベタ足だ。彼は足を止めて打ち合い、ガンガン距離を詰めて気迫とパワーで圧倒するこてこてのインファイターだ。ボクシングの技以外に硬化して威力を増した格闘技、それこそムエタイの首相撲、肘、膝蹴りなどでバリエーションを持たせれば更に強くなれるだろう。

 

「出久、爆豪だが、どう倒す?」

 

「二対一に持ち込んだ状態で視界と機動力をじっくり削いでからトータルゼロスタイルで行く。」

 

オールマイトの後押し。そして母の後押し。一度倒すと決めている以上、もう迷う訳には行かない。もうぶれる訳には行かない。徹底的に、完膚なきまでの勝利で後塵を拝してもらう。

 

「ほう?あれを使う決心を固めたか。」

 

「決勝戦だけね。でも、使うよ。」

 

「了解した。」

 

断続的に続く爆発音がようやく収まり、出久、飯田、常闇、そして爆豪でベスト4が決まった。

 

「あまり休憩は取れなかったが、行けるか?」

 

「うん、大丈夫。飯田君の対策も考えてあるから。」

 

「そうか、なら任せる。俺も少しばかり回復の時間が欲しい。変身するなら止めはせんがな。」

 

試合開始直前までは湿布も氷嚢も外さないが、右腕の調子も大分戻って来ている。

 

「多分だけど、大丈夫。フルカウルを使う時、いつもは全身に巡らせてるけど、一つ思ったんだ。ストックする力にも種類があるんじゃないかって。脚力、腕力、握力、走力と言った物理的な力じゃない力も。例えば、内臓。それこそ脳に使ったらどうなるか、とかね。」

 

「ほう?」

 

興味をそそられたグラファイトの笑みは深まった。

 

「では、向かいながら詳しく聞こうではないか。」

 

「うん。」

 

「デク君、頑張って!!」

 

「ありがと、麗日さん。」

 

手を振って軽く走りながらステージの入口へと向かう。並走しながら会話を続けた。

 

「で?大体想像はつくが、脳に力を集中させるとはどういう事だ?」

 

「脳は肉体の全てを操っている、いわば司令塔。そこに力を集中させれば、五感の感度が上がる。反応速度も上がる。頭の回転も加速する。それにもしかしたら脳波の種類も、アドレナリン、エンドルフィンの様な脳内麻薬も操れるかもしれない。」

 

「なるほど、フィジカルではない方面のブーストか。確かに、搦め手の『個性』を持つ相手や知能犯などには持って来いだな。だが、許容上限が分からん以上、俺もあまりカバーのしようが無い。カバーし過ぎれば力は半減する反面、足りなければ脳の過剰使用で後遺症を残す可能性が高まる。そうなれば、単純な体組織を再生するのとはわけが違う。普段より一層時間がかかるぞ。最悪の場合は治らんかもしれん。」

 

「大丈夫。実は体育祭が始まる随分前からやってたんだ。脳へのブーストが安全に出来るのは5%だけ。使うのも一日三分間って決めてる。」

 

「お前いつの間に・・・・・!?」

 

「グラファイトだって週末とかは良く一人で出かけて色々やってるでしょ、知ってるんだよ?僕だってただ休んでるだけじゃないんだから。ガシャットだけじゃ強くはなれないし。」

 

それを聞き、グラファイトは不敵な笑みを浮かべながら首を振って出久に感染して姿を消した。全く、四年前までは泣き虫の鼻たれ小僧だった奴が良くもここまで成長した物だ。

 

この感慨深さ、もしや親心と言う物なのだろうか?

 

『準決勝第一試合!ここまで勝ち上がってきた最強地味ボーイとエリートの対決だ!潤動するは、Fast & Furiousなエンジン野郎!ヒーロー科、飯田天哉VS深緑のファイター!ヒーロー科、緑谷出久!』

 

「遂にここまで来たな、緑谷君。」

 

「お互いに、ね。」

 

どちらもにこりともしない。

 

「あの時も言ったが、僕は君に勝つ。勝って、一番になって、兄さんに報告する。」

 

「僕も勝ちは譲れない。どう転んでも、恨みっこなしだよ?」

 

『STAAAAART!!!』

 

「勿論!!」

 

しかし開始の合図が出ても、飯田は動かなかった。動けなかった。どう攻めれば良い?

 

考えていなかった訳ではない。むしろ出久に勝つ事が優先順位としては高かった。攻略の為に彼の試合は全て注意深く見て来た。だが分からない。技が、戦略が、あまりに多岐に渡り過ぎている。だが、足踏みした所で前には進まない。今は前進あるのみ。一速、二速、三速と出久に最初に教えられた通り歩数をスイッチとして速度を上げ、突撃した。

 

距離は残り十歩。

 

「トルクオーバー・・・・・レシプロバーストォッ!!」

 

リスクありきとは言え現在自分が出せる最高速度はこれでしか出せない。出久は依然として動かず、じっと飯田を見つめたままだ。

 

九秒。まだ動かない。

 

八秒。動かない。

 

七秒。まだ。

 

六秒に縮まった所で出久は動いたが、避ける訳でも守りを固める訳でもなく、その場に正座をしたのだ。両手もきっちり太腿の上に置かれている。不意に嫌な何かが過り、飯田の拳が鈍ったが、その瞬間後方に吹っ飛ばされた。

 

何が、起きた?

 

グニャグニャして瞬きの都度瞼の裏で星が飛び交う視界の中、出久の姿が辛うじて見える。左手を斜め上に、右拳を丁度中段の正拳突きをしたかのように胸の高さに突き出している。

 

何をされた?いつ間合いを詰めた?

 

レシプロバーストの制限時間が過ぎ、ふくらはぎのエギゾーストパイプから黒煙が立ち上る。出久が近づいて来るのが分かる。ゆっくりと歩いてきている。

 

立ち上がり、拳を固めた。考えつく限りの手技を織り交ぜ、蹴りも繰り出す。しかしどれも届かない。片手で払われ、間合いの外に逃げられ、虚しく空を切る。

 

飯田は小さい頃から格闘技はある程度習っている。グラファイトに指摘された手技もしっかりと意識した訓練を重ねた。しかし所詮は『個性』と言う土台ありきの物。出久は格闘技自体を己のバックボーンとし、その上で『個性』を補助に使っている。彼と比べれば自分の技の質は付け焼刃。俄仕込みと思われてもおかしくない程に練度が低く、稚拙だ。

 

彼の戦う様はヒーローではなく、戦士。そう、戦士だ。人々の平和以前に、純粋に勝利する為のあらゆる研鑽を積む、テルモピュライでレオニダス一世率いるスパルタ人の様な(つわもの)。自分とはその純度がまるで違う。

 

そんな彼を相手に勝てるのか?轟に本気を出させた上で勝った彼に、自分なんかが?

 

その迷いが、命取りとなった。飯田が繰り出した右ストレートをいなして腕を掴み、更に奥へと出久は引き込む。そのまま後ろに倒れて、飯田の勢いを利用した巴投げで場外ラインぎりぎりまで投げ飛ばした。

 

「どうしたの、飯田君?」

 

出久は呼びかける。不機嫌な表情で顔がゆがんでいる。

 

「倒すんでしょ?僕を。そんな及び腰じゃ、僕には蹴りも拳も届かない。」

 

レシプロバーストでまだエンジンがストールしている。しかし出久が距離を詰めるスピードは変わらない。少し早めに歩いているだけだ。まるで回復を待っているかのように。

 

残り一メートルの距離を詰め、右ストレート。当たりはしなかったものの、飯田の眼鏡を吹っ飛ばし、フレームとレンズを砕いた。打ち終わりを狙い、飯田も反撃して得意の蹴りを繰り出した。『個性』がまだ使用不能な状態にあるが、それでも鍛え上げた足腰から繰り出される捻りを利かせた蹴りは十分強い。

 

が、出久は肘で顔の側面を、膝で脇腹をガードして受け止めた。顔を顰めはしたが、一歩も引いていない。身長、体格、総合的な筋肉量で上回る威力の蹴りを顔色一つ変えずに止めたのだ。そのまま足を掴み、全体重をかけて捻る。屋内対人戦闘訓練で見せたワニのデスロールが如き回転に飯田は地面に叩きつけられた。

 

再び数歩下がり、飯田が立ち上がるのを待つ。

 

迷い故の弱さがありありと見える。迷い故のスタンスのミスが、見える。

 

それがたまらなく歯痒い。狂おしいほどにイラつきを加速させる。過去の自分が、見えるのだ。夢はあってもそれを叶えるだけの力を付けようとする事をしなかったあの時の自分が。

 

立て。立ち上がれ。立って戦え。戦え。戦え。誰もがその為に、ここにいる。自分の成長を見せる為に。強くなったと証明する為に。

 

ようやくエンジンストールが直ったらしく、飯田が本来のスピードを取り戻した。歯を食い縛り、必死に食らいついて来た。

 

エンジンを生かした素早い踏み込みで繰り出すボクシングスタイルのパンチ。当たらない。

 

エンジンの出力を上げながら繰り出される多種多様な重い蹴り。届かない。

 

手を出せば当たる距離にいる筈なのに自分ばかりに拳が当たり、蹴りが入り、投げが決まる。自分の全てが、通じない。

 

こんなに遠い筈が無い。遠過ぎて勝てる実感すら沸かなくなった。否定と承認が心の中でせめぎ合う。視界が涙で霞んだ。それでも前に進まなければ。兎に角手を出し続ける。

 

『出久、いつまでやるつもりだ?ここで無駄に体力を消費した所でどうにもならん。飯田の今の力の底は見えた筈だ。こいつはお前とも轟とも違う毛色の人間だぞ、しがらみも禍根も無い。あっても小規模の物だった筈だ。どう足掻いてもこいつはお前に勝てないぞ。友を想う気持ちは立派だが、ここは勝負の場である事を忘れるな。』

 

そう、勝負の場。友人だろうと何だろうと、立ち塞がる以上は倒すべき敵同士なのだ。下手な情けをかけるなど、その聖域を汚す蛮行である。

 

出久は飯田を見つめた。疲労が色濃く表情に浮かんでいる。目元まで上げた拳が、踵を軽く浮かせた両足が、震えている。拳も蹴りも殆ど受け流すか空振りさせていたのだ、もうあの状態を保つのがやっとだろう。ローキックを浴び続けたせいでどちらの脚も青痣が出来ている。

 

「行くよ、飯田君。」

 

拳を固め直し、小さく呟いた。

 

ワンツー。フックからの右ストレート。リバーブロー。顎が空いた所で止めのフック三連打。そして、右回し蹴り。

 

「DECURIO SMASH・・・・」

 

拳の九連コンボがクリーンヒットし、飯田は意識を刈り取られた。

 




緑谷出久のSMASH File

DECURIO SMASH:パンチとキックの九連コンボで組み合わせは自在に変えられる。由来は古代ローマ軍の歩兵八人を指揮する者の階級。

次回、File 36: 脅威と驚異のTotal Zero

SEE YOU NEXT GAME........


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File 36: 脅威と驚異のTotal Zero

長らくお待たせいたしました。アルバイト探しの面接やら大学院の課題で時間を取られました。本来はもっと長くしようかと思いましたけど、なんか短くなりました。ではどうぞ。


控室で、出久は顔を両手に埋めた。やってしまった。爆豪にぶつける為にくすぶっていた火種が飯田との戦いで暴発してしまった。あれでは試合どころか完全な八つ当たりだ。

 

違うあんな風に戦いたかったんじゃない。あんな戦い方を望んでいない。望んだのは、鍛え上げた全てを相手に見せて競い合い、勝負の場でもその技を更に高め合う、クリーンなファイト。だがあれはあまりに一方的過ぎた。飯田の攻撃全てが床に広げられた新聞のページを読むかのように見透かし、反撃出来た。

 

今や彼の切り札のレシプロバーストすらも裸眼である程度は見切れる。エンジン全開で威力を増した蹴りもしっかりと踏ん張りを利かせて片足立ちでも真っ向から受け止められる。

 

「ねえ、グラファイト。」

 

「何だ?」

 

「僕は、強くなり過ぎたのかな?」

 

「どの基準を以て強くなり過ぎたと認識するかによるな、それは。だがまあ、生徒でお前に勝てる奴などそう簡単には見つからんだろうな。エクトプラズムやスナイプ、イレイザーヘッド辺りにも条件付きだが勝てるかもしれん。それがどうかしたのか?」

 

「皆を・・・・・遠くに置き去りにしてしまっているんじゃないかって思うんだ。」

 

出久の言葉にグラファイトは小さく笑った。

 

「それの何が悪い。優秀ですいませんとでも言うつもりなら、お前はどう思おうと周りには嫌味にしか聞こえんぞ?それにお前が地道に血反吐を催す研鑽を積んで強くなった結果をお前自身が負い目に感じてどうする?」

 

出久は強くなった。グラファイトも強くなった。大いに結構な事ではないか。誰が何を喚き、何を宣おうがこの事実は変わらない。他ならぬ彼ら自身の弛まぬ努力によって磨き上げられた心技体に、何人たりともケチをつける事は出来ないのだ。

 

「お前が自分自身を責めるのも、誰かに責められるのも、この事に関しては筋違いだ。そう心配するな。強さも弱さも種類は千差万別、それに加えて順位など付けようものならキリが無くなる。お前より強い物が現れる事は間違い無い。違いは遅いか早いかだけだ。それはひとまず置いておくとして、最終確認だ。本当に使うのだな?現在お前が持つワン・フォー・オールフルカウルの中でも切り札であるトータルゼロスタイルを。」

 

「うん。使う。」

 

「お前が使うと言うのならば止めはしないが、暴走しても俺は止めんぞ?」

 

出久は眉を顰めた。『個性』は今の所出力の加減を誤らなければしっかり使える。暴走など『個性』を強制発動させる『個性』でも使われない限りはあり得ない。

 

「俺が言っているのは『個性』というより、お前自身の事だ。雄英体育祭最終種目の決勝戦という状況とお前の人間性を良く分析しろ。」

 

出久の強みは、精密機械並みに正確無比な行動と観察眼、そしてそれによって生み出される幾通りもの戦術と攻略法によって相手を搔き乱し、守勢に回らせた上で倒す、接戦も視野に入れて戦う超理詰め。

 

相手は十余年にも及ぶ迫害で自分を傷付けて来た、プライドを人型に固めて服を着せた人格破綻者。幾度もその長い鼻をへし折り、格の違いを見せつけても理解から小賢しくも逃げ続ける愚者。致命傷さえ与えなければ、後は何でもありのストリートファイト同然。場所は公衆の面前である。

 

出久の中で、全てが繋がった。

 

「僕の感情の暴走、って事だよね。」

 

元々根が内気な出久は蓄積したフラストレーションを発散させるよりも全てを内側に溜め込み、我慢するタイプの人間だ。グラファイトはガス抜きを兼ねたトレーニングで我慢をやめる局面を見極める癖を付けさせてはいるが、人間の性根はたかが数年で変わる程ヤワではない。発散出来た怒りは例外無く己に向けた物ばかり。

 

爆豪への恨みや怒りは、押し留めた精神のダムの奥底に未だしっかりと残っている。積年の怒りを形容する言葉など、辞書を引けども見つかるような物ではない。もし、開戦と同時にそのダムを意図的に決壊させれば、どうなるか?

 

誰もが羨むオールマイト並みに凄まじい戦士へと変貌する事はまず間違い無い。ジャブでも掠っただけで大抵の人間などザクロの様に弾けるだろう。

 

そしてそれだけの怒りを一気に開放すれば、相手がどうなるかなど想像に難くない。爆豪の体に、心に残り続ける同じぐらい傷を刻み込んでやろうと躍起になる。彼の苦痛に歪む顔が、声が、それを更にエスカレートさせる。ヒーローが越えてはいけない一線など、容易く超えてしまう。少なくとも、半身不随では済まないだろう。下手をすれば、彼を殺しかねない。

 

手加減は出来るがしたくない。手加減はしたくないがやらねばならない。ならどうすればいい?聞いた所でグラファイトは答えなど言わないし、言えないだろう。もし感情に身を任せ、己を律する事を自ら放棄してしまえば、所詮はその程度だったまでの事。

 

これは試練であり試験。今まで課せられた中でも最高レベルの難易度だ。ゲームと違い、セーブは勿論、コンティニューも出来ない。ノーコンティニューでのクリア以外に意味は無い。

 

「大丈夫。僕は僕として戦うよ。誰よりも自分を理解してなきゃいけない僕がそれを放棄したら、今までの全部が無駄になっちゃう。そんな事はさせない。誰にも。自分にもね。」

 

グラファイトはそうか、とだけ言って頷き、脚を組んで座り込んだ出久に背を向けた。今や規則正しい、細長い呼吸しか聞こえない。本人が既に決意を固め直しているのだ。それを疑うなど戦士としてのプライドが許さない。

 

「俺もいい加減、己を甘やかすのはやめなければ、な。」

 

何時までも黒龍モードに甘んじているつもりは無い。ゲムデウスウィルスを体内に宿したレベルという概念を超越した状態にはなれないとしても、せめて紅き龍戦士の姿に、紅蓮モードを会得しなければならない。出久を導く者とはいえ、グラファイトもまた戦士。そう簡単に追い抜かせてやるつもりは無い。

 

「グラファイト、そろそろ行こう。」

 

「うむ。」

 

 

 

『この体育祭もいよいよLast battle!一年の頂点を決めるのは、こいつらだ!!』

 

ステージのコーナーから火柱が吹き上がると同時に出久と爆豪の画像が会場の超大型スクリーンに映される。

 

『決勝戦!ヒーロー科、緑谷出久VS ヒーロー科、爆豪勝己!開始の合図も出してねえが、両雄睨みface全開で来てるぜ!やる気は十分てか?!泣いても笑っても、頂点に立つ者は常に一人!FIGHT!!』

 

先制は、当然爆豪。しかし、自然体で脱力した出久の胸から突如伸びた腕が彼の攻撃を払いのけて逆にカウンターパンチを鼻っ柱に叩き込んだ。手応えで分かる。間違いなく鼻骨が折れた。パタタッとステージの一部に血が落ちた。

 

実体化した変身状態のグラファイトも拳に付いた血を至極無感動に舐め取り、出久の隣で腕を組む。楔はこれで打ち込んだ。

 

『オープニングヒットを取ったのは緑谷!「個性」であるグラファイトの鮮やかなクロスカウンターで飛び込んだ爆豪を切って落とした!』

 

グラファイトの構えはガードをほぼ完全に下げて右腕をリズミカルに振るサウスポーのヒットマンスタイル、対する出久は両脚を開いた状態で軽く膝を曲げ、不規則に開手を顔の前で動かしながら体を揺らし、左右の肩を回し始めた。じっくり時間をかけて湯舟に浸かる様に、全身にワン・フォー・オールの力を普段の二十分の一程のスピードで、ヨガの様に緩慢でコントロールされた長い呼吸に合わせて巡らせる。

 

「ワン・フォー・オール フルカウル トータルゼロスタイル・アルファウェーブ。」

 

獲物を見つけた二頭の捕食獣の様に、二人は爆豪を囲み、出久はゆっくりと、グラファイトはきびきびと徘徊する。

 

『おっと緑谷、グラファイトとの速攻挟み撃ちに行かない!じっくり確実に攻めて突き崩す戦法に切り替えるつもりなのか!?超強力頭脳プレーを見せてくれるのか!?どう攻める!?そして爆豪、どう返す!?』

 

いくら待っても攻めて来ない様子に、爆豪が焦れ始めた。

 

「スタングレネード!!」

 

目も眩む十万カンデラ前後の閃光が二人の目を襲った。五感を司る器官の内、視力は外界の情報の約八割を脳にインプットする。

 

「死ぃぃぃぃねぇぇえええええええええ!!!」

 

「ガンマウェーブ。」

 

片手ずつで放てる殺さない程度の最大威力の爆破を二人の位置目掛けて放った刹那、腹に断続的な痛みが、脛に衝撃が走った。

 

「んな、ぁ・・・!?何、で・・・・てめえが・・・・!」

 

「中々小癪な技を持っているな、貴様のみみっちい性格にぴったりではないか。これに加えて二百デシベル前後の爆発音を出せれば本当のスタングレネードの様になるのだがな。」

 

出久がいた筈の場所に、グラファイトが立っていた。体には傷一つ無い。中指の第二関節を突出させた拳が見えた。少ない面積で衝撃を相手の体に伝える空手に使われる一本拳だ。衣服に隠れてはいるが、間違い無く爆豪の鳩尾や脇腹は痣だらけになっている。

 

脛には出久が下段の回し蹴りを叩きつけていた。樹木を素足で蹴り続けた出久の脚は最早凶器に等しい。コスチュームのロングブーツと学校指定のジャージのズボンの所為で見えないが、手応えで分かる。蹴った個所は間違い無く罅を入れた。

 

再び距離を取り、徘徊が始まる。

 

必死に交互を見て爆豪は考えを巡らせる。どう攻める?分からない。どっちを先に潰す?分からない。次はどこを狙われる?分からない。

 

構えだけ見ればグラファイトが距離を離させて出久の方へ追いやり、出久に注意が向いた所で強打をぶち込む。出久は体格と不規則なリズムで動いて超近距離から連打を浴びせてフリッカージャブの餌食にさせるコンビプレイで来ると見える。

 

しかし全てがフェイク、全てがペテンだった。轟の様にあっという間に終わる試合でもないのに使える情報が少ないどころか全く無い。まさしく、完全零(トータルゼロ)なのである。

 

『緑谷容赦ねえええええええ!!!凄まじいコンビワークで爆豪、攻撃も入らなきゃ防御すらさせて貰えねえ!誰しも卑怯と言いたい所だろうが聞いて驚け、あの龍戦士こそが緑谷出久の人格を持った「個性」、名をグラファイトと言う!「個性」を使って戦ってる以上、ルール抵触はしてないから反則じゃあないぜ。そこだけヨロシクゥ!THANK YOU!』

 

「クソが・・・・・!」

 

「貴様が以前からやって来た、数に物を言わせた弱い者いじめと言う奴だ。今更よもや卑怯だなどと蒙昧極まる発言をするつもりではあるまいな?」

 

二人が再び肉薄した。

 

爆破が及ぶ範囲は広い。発動型の『個性』である爆豪の意思が、起爆のスイッチとなっている。しかしその起爆の数舜前に手を払いのけられ、見当違いの方向へと爆破を押しやられる。

 

その都度どちらかがボディーやリバーブローを入れては下がり、ローキックを入れては下がりを繰り返し、倒しはせずとも確実にダメージを蓄積させていく。しかし狙うのはボディーと足だけにはとどまらなかった。前足を入れ替えながら左右のジャブで目を狙う。フリッカーのしなるジャブは顔面のそこかしこにみみず腫れを作っていく。ストレートジャブもガードしようにも防御すると言う気配を活字の様に読み取られては一人に邪魔をされ、ノーガードの顔面をもう一人に好き放題小突き回される。

 

足は碌に動かない。鼻血が鼻腔の奥で固まっている所為で呼吸もままならない。呼吸する度に罅が入ったあばらが痛む。ジャブも数を貰い過ぎて脳震盪は確実に起こしている。瞼は幸い切れてはいないが、フリッカーによる腫れが酷く、視界はかなり塞がれている。

 

余力が無い。一人ずつ倒すのが論外である以上まとめて叩き潰すしか無い。爆破で空中に逃げ、二人目掛けて落下ときりもみ回転を始める。両手から交互に放つ爆発で回転スピードを上げて行く。

 

内容に関係無く、勝負は何が起こるか誰にも分からない。人の力では変えられない物なのかもしれない。だがいつの世も勝者はより深く、大きく笑う。

 

大きく笑うは、切り札『榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)』を切った、爆豪勝己。

 

「ワン・フォー・オール フルカウル トータルゼロスタイル・シータウェーブ。」

 

深く笑うは、肺一杯に空気を吸い込み始めた緑谷出久。グラファイトは彼の後ろに立ち、耳を塞ぐ。

 

「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

爆弾でも落ちたかのような、鼓膜が潰れる程の轟音は会場を震わせ、放送席のガラス、プレゼントマイクのサングラス、果ては大型スクリーンの液晶にまで罅を入れた。

 

「BANSHEE SMASH・・・・・」

 

空中で攻撃態勢に入ったまま自分に向かって飛び込んで来た爆豪は、強化された肺に取り込んだ大量の空気で声帯を震わせた音の砲弾をまともに食らい、そのまま受け身すら取れずに真っ逆さまに落ちてくる。

 

「WAVE ZERO SMASH」

 

肩を回して力の波を作り、それを相手に伝える、トータルゼロスタイル唯一の技。ただそれだけなのだが、その一撃は爆豪を進行方向とは真逆に吹き飛ばした。

 

「ぎりぎり、三分・・・・」

 

勝てた事は素直に嬉しいが、どういう訳か大して驚くような結果とは思えない。殆ど歯応えが無かったのだ。公の場で爆豪を改めて力で捻じ伏せ、乗り越えるべき過去を乗り越えた。乗り越えればどこかすっきりすると思っていたが、思っていた物と感触が全く違う。

 

体育祭が始まる前の準備に見せた意気込みは、何だったのだろうか。自嘲の笑みが出久の唇を歪める。今までの競技、今までの一騎打ちで感じていた達成感をまるで感じられない優勝の味は湿気たクラッカーの様に淡白で、尚且つ妙に虚しかった。

 




緑谷出久のSMASH File

トータルゼロスタイル:出久が編み出した未だ未完成の超攻撃型スタイル。習得したあらゆる技を一つに集約したルール無用の戦法で、基本一対多を想定している。相手を最小限の努力でただ『倒す』のではなく反撃する気力すら霧散させる「完全無力化」を目的としている。その為急所を狙うなど人体の破壊を目的とした攻撃手段が多く、回避、防御すら次の攻撃に繋げる。滅多な事では使わない。

BANSHEE SMASH: 技名こそつけられていないが『刃牙』シリーズの野村/ガイアが使った技。肺一杯に吸い込んだ大量の空気で声帯を震わせ、相手を怯ませるか気絶させる。開けた場所では音が拡散しやすい他指向性を持たせられないので味方や環境も巻き添えにしてしまうなど、様々なデメリットがる為使いどころが難しい。由来はアイルランドの恐ろしい叫び声を持つ妖精、バンシーから。

WAVE ZERO SMASH: 映画Re:Bornで使われるゼロ距離格闘術の基本技、ウェイブ。並の相手ならば触れられた時点で勝負は決しているに等しい。フルカウル状態ならば破壊力は累乗で上がる。

次回、File 37: 手を伸ばそうIt’s Alright!


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File 37: 手を伸ばそうIt’s Alright!

今回は体育祭の後日譚、正確には終わった次の日です。


体育祭が終わってから一日が経過した。昨日の今日で疲れが溜まっている筈だとグラファイトからは授業が始まる明後日まではロードワークと柔軟体操だけでいいと言われた出久は、ベッドから天井を見上げている。久々の二度寝をして今や時間は十一時を過ぎた所だ。

 

三位は飯田と常闇、二位は魂が抜けたような爆豪、そして一位の自分。メダルを表彰したオールマイトはありきたりな称賛の言葉以外には何も言わなかった。出久の目を見て色々と察したのだろう。

 

引子は部屋が床上浸水せんばかりの歓喜の涙を流しながら表彰状やメダルを額に入れて飾ろうとはしゃいでいた。自分の事のように喜んでくれている彼女を見て、自分が今程強くなければこれぐらい感極まっていたのだろうなとぼんやり思う。

 

しかし問題はここからだ。環境が変わりつつある。闇から闇へと身を隠して街を血で汚すヴィジランテの存在が浮き彫りになった。『個性』は不明である為個性登録を洗って身元を割り出す事も出来ない彼の者の標的はヴィランだけでなく、ヒーローすら殺害するか半身不随の目にあわせている。

 

飯田の兄、インゲニウムもその凶刃にかかった。これでもう何件目だろうか。

 

「・・・・・虚しい・・・・」

 

このままではだめだ。これ以上この状態が続けば心も思考も腐ってしまう。とりあえず外に出ようと起き上がると、机の携帯が鳴る。液晶に番号は表示されていたが、名前が無い。

 

「はい、もしもし?」

 

『緑谷、轟だ。』

 

「轟君?何でこの番号知ってるの?」

 

『麗日から聞き出した。今、時間空いてるか?』

 

「大丈夫だけど・・・・どしたの?」

 

『会ってから話す。時間は取らせねえ。』

 

待ち合わせ場所を指定されて電話はすぐに切れた。不思議に思って首をかしげたが、話す内容に関する事以外の疑問らしい疑問は浮かばず、外出する理由が出来てこれ幸いとすぐに外に出た。

 

体育祭優勝者という事もあって出久の顔は既に世間に知れ渡っている。せめてこの縮れ毛を隠そうと帽子をかぶり、視線を若干下に向けながら待ち合わせ場所の洋食屋『カンテナ』を目指した。看板こそ一昔前のテレビアンテナが突き出た拉げた空き缶に店名が書いてあるネオンサインと言うなんとも奇天烈なデザインだが、料理は美味いし値段はリーズナブル、音楽も時折従業員の生演奏が聞けると言う事もあり、開店から二か月弱にも拘らず、人気の店としてテレビでも報道されている。

 

「てここグラファイトが出資したって店じゃん・・・・」

 

本人にとってはこれも人助けの範疇に入るのだろう。出資金も少しずつだが月極めできっちりと回収している。

 

「緑谷。」

 

「あ、轟君。」

 

「よお。」

 

轟は小さく会釈をするとついてこいとばかりに店のドアを開けた。来店を報せるチャイムが小気味の良い音を立てる。

 

「ここなら落ち着いて話せる。行きつけの店が定休日でな。」

 

「そうなんだ。あの、僕がやっといてなんだけど、怪我大丈夫?」

 

「鼓膜ならもう完全に治った、心配はいらねえ。それとお母さんに今朝会って来た。あん時は気絶して中途半端になっちまったから、報告はしておきたかった。お前のお陰でそうする決心がついた。ありがとな。」

 

彼なりの筋を通しておきたいのだろう。当初は何を考えているのか良く分からないと言う印象が強かったが、彼も真面目で家族思いの優しい一面も持っている事を知り、出久は素直に嬉しかった。

 

「で、お前は良いのか?」

 

「何が?」

 

「とぼけんな、爆豪の事だよ。お前らのやり取り見てたら大体想像はつく。腐れ縁並みに長い付き合いの幼馴染で、いじめでも受けてたんだろ?対人戦闘訓練の時も体育祭の時も敵意剥き出しだ、何も無いって方がおかしい。決勝戦は後半しか見てねえが、あの容赦ゼロの戦いぶりは俺も少し肝が冷えたぞ。」

 

やはり見られていたのか。轟は『個性』なしでも十分タフなのは戦った出久自身が良く分かっている。だが戦いぶりでそこまで割り出されるとは、『個性』が存在しない世界であれば警察官としても十分やって行けただろう。と言うか、そこまで観察されていた事が若干恥ずかしい。

 

「奴は、弱かったか?」

 

「・・・・うん、弱かった。多分グラファイトと二対一に持ち込まなくてもほぼノーダメージで勝てたと思う。もう少し時間はかかってたかもしれないけども、結果自体は変わらない。それに、さ、ぼろ負けした相手に会いに行くなんてちょっとね・・・・・」

 

まあ確かにな、と轟は頷く。

 

「でも、これからどうしようって思うな。もう僕は何度も彼に勝っている。雄英に行く前、僕は初めて人を――彼を殴ったんだ。一撃で膝をつかせた。入試実技も、僕だけ三桁のスコアを叩き出した。そして今回の決勝戦での勝ち星は決定打になった。それで、もし何か――例えば不登校とかになったらどうしようって思うけども、その反面謝ろうともしない彼がどうなろうが知ったこっちゃないって思う時もある。」

 

注文したランチセット(出久が温玉のせカツカレー、轟が和風パスタ)が丁度出され、二人は食事をしながらも会話を続けた。

 

「それだけ積もり積もった因縁があってその上付き合いが長けりゃ無理も無い。しかし今まで通りの関係は金輪際無理だろうな。お前が名実共に強者(かくうえ)だってのは白黒はっきりついた、動かしようがねえ。」

 

「だから困ってるんだよ。彼に手を伸ばすべきか、もうこれを機に縁を切るか。」

 

「今すぐ答えを出す必要はねえだろ。向こうの出方次第だ。」

 

食事は進み、体育祭で戦った時の反省点や格闘技、そして効率的な『個性』の運用などの話をして盛り上がった。轟自身はあまり表情を崩す事は無かったが、目や眉毛の動きで喜怒哀楽を見せて自分なりに楽しんでいる様子だった。

 

「そもそも、お前はあいつの事をどう思ってる?好きか?」

 

「いや、好きではない・・・・ね。」

 

正直なんであそこまで彼を尊敬していたのか、自分の愚かしさが、弱さが嫌になる。あれでもいい所があるとDV夫を庇おうとする女房の様だ。

 

「じゃあ嫌いなのか?」

 

出久は言葉に詰まってしまう。別に好きではないが、かといって本当に心の底から嫌いかと聞かれても素直に頷けない。好きだった頃はあった。憧れていた頃はあった。尊敬していた頃はあった。身近にいた、何でも出来た怖いもの知らず。それが幼少の爆豪勝己だった。どれも過去形だがその事実は確かに在った。それらを全て昔の事だと一蹴する事は容易いが、自分の中ではどうも筋が通らない。

 

「俺がどうこう言えるような事じゃねえ。最終的に決めるのはお前だ。だが必要なら俺を頼れ。俺なりに貸してやるよ。知恵も、氷も、炎もな。」

 

「うん。その時になったらよろしく、轟君。」

 

会計を済ませ(出久が割り勘にすると言い張った)、連絡先を交換すると二人は互いに別れを告げた。

 

「また一人、友達が増えたな。」

 

だが喜んでばかりもいられない。次の行き先はもう決まっている。保須市だ。腹ごなしにそこの総合病院を目指し、スマホの地図を頼りに出久は走り出した。元々今日はそこに行くつもりだったのだ。

 

 

 

病院の受付でインゲニウム――本名飯田天晴の病室を聞き出し、急行した。途中で廊下を走らない様に何人か看護師に注意されたが、耳に入らなかった。病院の三階にある一人部屋の病室の前にあるソファーに飯田とその家族、そして何人かのサイドキックが屯している。

 

「飯田君、インゲニウム――お兄さんは?」

 

「緑谷君か・・・・ああ、兄は無事だよ。幸い一命を取り止めた。」

 

普段の良く通る覇気に満ちた声が見る影も無い。か細く、昨夜の凶報が今でも信じられない呆けた声だ。

 

「そっか、良かっ―――」

 

「取り止めはしたが、走る事は疎か立ち座りの動作、起き上がる事すら自力で出来なくなった。一番深い傷が脊髄にまで及んでいたそうだ。」

 

上腕のエンジンによって加速する体を動かすのは両脚。それが動かない。つまり引退する以外の道はないのである。もっと多くの人を助けたいのに助けられない。車椅子から見る事しか出来ない。その絶望、悔しさは計り知れないだろう。その夢を奪ったヒーロー殺しに対する怒りは如何ばかりだろう?

 

兄弟もいない自分には想像もつかない。

 

「だが、リハビリは一応やれるだけやると言っていた。今のままでも、出来る事は沢山ある。後輩の育成に力を注いで行くと。自分がチームIDATENに空けてしまった穴を埋められるように。ああ、それと、遅れてしまったが体育祭の優勝、おめでとう。やはり君は本当に強いな。気圧されっぱなしだった僕ではとても敵わないよ。」

 

真面目一徹な性格である以上、作り笑いと空元気が殊更浮き彫りになる。

 

「そう言うと思って、はいこれ。」

 

グラファイトが作成した強化トレーニングメニューのノートを差し出した。飯田はそれに手を伸ばして掴んだが、出久はそれを離さず、飯田を見据える。

 

「元々体育祭が終わった後に折を見て渡すつもりだったんだ。だけど一つだけ約束して欲しい。一人でヒーロー殺しを追うなんて馬鹿な真似はしないって。それを約束してくれるなら、このノートはあげる。約束してくれる?」

 

「・・・・・悪いが、その約束は出来ない。いくら君でもそれだけは・・・・!」

 

怒りに声を震わせる飯田は、ノートから手を離した。

 

「現役のプロヒーローすら簡単にあしらい、殺す事すら出来る相手なんだよ?僕にすら勝てなかった君が、頭に血を上げた状態で勝てる相手じゃない。第一、見つけたとしてどうするの?倒すの?それとも殺すの?」

 

どちらにしろ犯罪となる。ヒーローのやる事ではない。やってしまえば、その一線を越えてしまえば、全てが終わる。ヒーローとしての道も。次代のヒーローとして受け継がれなければならない、辿るべき意志(レガシー)も。

 

全てが、途絶えてしまう。

 

「・・・・君は何もするなと言うのか?兄を傷付けた犯人を!君だって爆豪君を――」

 

「うん。そうだよ。僕はヒーローとしてではなく、僕自身の復讐の為に彼と戦って勝利した。でも、虚しかったよ。何も感じなかったんだ。あの時、僕は努力もしていないし、戦術も練っていなかった。僕はただ勝てた。それだけなんだ。」

 

飯田や轟と戦った時の方がよっぽど知恵や戦術を要した。爆豪との戦いでやる事は既に決まっていたし、計画を変更する必要すら無かった。心が躍る、刺激や歯応えのある試合とは程遠い。勝利の余韻も達成感も、何も残らなかった。今でも灰のようなその味がしつこく残る。

 

「僕は一人っ子で家族を危険な目に遭わされた事も無い。その辛さも怖さも知らないし、出来れば知りたくもない。でも復讐の虚しさは君よりよく知っている。経験者として、友達としてヒーロー殺しを探すのはやめて欲しい。折角出来た友達を殺されたくない。」

 

ノートを飯田の隣に置き、出久は病院を去った。余計なお世話かもしれないが、それがヒーローの本質だ。今の自分に出来るのは手を伸ばすだけ。爆豪との仲をどうするかと同じように、最終的にヒーロー殺しの後を追うか手を掴むかは、彼自身の判断にかかっている。

 

どちらを取ろうと責められないし、責めるべきではない。

 

だがもし血に塗れて横たわる飯田とそれを見下ろすヒーロー殺しの姿を見てしまえば、正直どうなるか、どうするのか、出久は見当がつかなかった。だが何をするにしろその『未知』がたまらなく恐ろしい。

 

願わくば伸ばした手を取ってくれと、出久は祈るしかなかった。

 

ひとまず家に帰ろうと地図アプリで最短ルートを割り出そうとスマホを取り出すと、液晶に再び電話がかかった。今度は公衆電話からだ。

 

「はい。」

 

『出久、俺だ。生憎携帯が無いので公衆電話という物を使っている。今どこにいる?』

 

「保須市の病院を出た所だよ。飯田君のお兄さんが入院してるから、お見舞いに。」

 

『どうだった?』

 

「生きてはいるけど・・・・下半身麻痺でもう現場復帰は出来ないって。あ、でもグラファイトなら――」

 

『無理だ。』

 

「どうして!?」

 

『バグヴァイザーZは複数のタスクをこなす事が出来るが、同じタスクを同時進行は出来ない。インゲニウムを救いたいなら今培養しているオールマイトのデータを全て破棄した上でならば可能だ。生憎これにはデータをセーブするなどと言う都合の良い機能は付いていないのでな。』

 

「なら・・・・・後なら大丈夫なんだね?オールマイトのデータを100%まで培養し切った後なら、行けるんだね?」

 

『それならば問題は無い。生きているならば、どうにでもなる。』

 

「分かった。で、どうしたの?」

 

『お前の自宅に芦戸を含む1-Aの連中が向かっている。他にいるのは八百万、切島、砂藤、瀬呂の合計五人だ。』

 

「ごにっ・・・・!?え、ちょ何で!?何故?どうして!?何で僕の家に!?」

 

『落ち着け、愚か者。友人ならば家に遊びに行くぐらいの事はするだろう。まあお前が留守なのは知らんだろうから、早めに戻る事を勧める。招かれざるとまではいかなくとも急な客だ。』

 

「何を話せば・・・・・」

 

『話題なら向こうが提供するだろう。そこで適当に相槌を打って自分の話題も持ち込めば簡単だ。奴らが何をどう話すかなど見当もつかん、臨機応変に対応しろ。』

 

「お茶菓子は・・・・シャルモンのケーキワンホールがあったから大丈夫か。分かった、すぐ帰る。グラファイトは今何を?」

 

『ん?ネットカフェでダークウェブに潜って裏通販サイトを崩している最中だが?ブラッディーマンデイという俺が作成したウィルスでパンデミックを起こそうとしている最中だ。』

 

「うん、オッケー分かった。」

 

言動がまんまサイバーテロリストにしか聞こえない。

 

これ以上深く聞いても頭が痛くなるだけだ。まずは帰ろう。

 




芦戸、八百万、切島、砂藤、瀬呂の組み合わせは特に意味はありません。あんまり出番無いんで出演させてるだけです(笑)。その内常闇君との絡みも・・・・いれようかな?

次回、File 38: Great Teacher 緑谷

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File 38: Great Teacher 緑谷

あっつい・・・・・皆さんも熱中症、脱水症状、日射病等々の夏特有の症状に気を付けて夏を過ごしてください。


始めて友達が、それも五人も家に遊びに来たと言う事実に直面した母親を現実に引き戻すのにかなり時間がかかってしまったが、とりあえずケーキを切り分け、お茶をこぼさずに運ぶぐらいには落ち着かせる事に成功した。

 

「あ~・・・・・シャルモンのケーキ美味ぇ~~」

 

うっとりしながら一口一口を砂藤が噛み締めながら感慨深く呟いた。

 

「良くあの店のレアチーズケーキワンホールを手に入れましたわね。シャルモンのオーナーは気難しさと徹底されたプロフェッショナリズムで知られていますのよ?」

 

「グラファイトが仲いいんだ。僕もなんかインスピレーションを湧き立たせてくれるって言ってたまに新作の試食とかさせてくれて。」

 

「何それ羨ましい!!」

 

ワイワイと談笑しながらおやつを食べながら、出久が一番気になっている事を切り出した。

 

「と、ところで、皆どうしたの?昨日体育祭が終わったばっかりだし、てっきり家でゆっくりしてるかと思ったんだけど。」

 

「ん~、まあゆっくりはしてたけど、緑谷や轟、後爆豪程ダメージ深刻じゃないからね。今後の参考の為にチャンピオンにアドバイス貰っとこーかなーと思って何人か誘ったんだ。」

 

やはりピンクな彼女の差し金かと、出久は困ったような笑ったような表情を浮かべた。

 

「それに緑谷が外出たら人が群がって大変な事になるから、こっちまで来たってわけ。」

 

「チャンピオンて、やめてよ恥ずかしい・・・・・ってアドバイス?僕に?」

 

「ええ。緑谷さんの戦術は、私達とは違って『個性』ありきの物ではありませんもの。『個性』をあくまでも手段の一つとしか捉えていない。なればこそ、『個性』という枠組みに囚われない柔軟な発想が出来る。差支えなければその知恵を少しでも分けて頂ければと思いまして。」

 

なるほど。他の皆は確かに『個性』を使わなければ満足なヒーロー活動は出来ない。それに比べて出久は陸上自衛隊レンジャー候補生並みの訓練をしている(というかさせられている)。『個性』を使わなくとも余程の大物でない限りは環境を利用して勝てると言う自信もある。

 

「それは別にいいけど、皆自分が『個性』も含めて何を伸ばすべきかとか改善必須な点は分かってるの?」

 

自力で答えを見つけさせ、その上で意味を理解しなければ意味は無い。身に染みて学んだ事だ。分からなければ自分が言った所で成長はしない。

 

「やっぱり近距離での戦いと、出せる酸の量に限りがある事かな?酸が利かない相手とか泥沼化したりとか。」

 

「反応速度と、やっぱ近づかれたらまずいってのがある。街中みたいにテープ巻きつけられる所があった方が機動力上がるけど、体育祭のステージみてえに何もねえと轟にやられたみたく一撃ブッパで負けちまうし。俺の場合基本テープで拘束してから攻撃に繋げる相澤先生と同じ奇襲アンド短期決戦て感じだけど、決定打に欠ける。」

 

「俺はやっぱ機動力と硬化の持続時間だな。緑谷が言ってたみたいに不規則にスピード変えて走ったりしてるんだけど全身ガチガチになったら飛んだり跳ねたりとか出来ねえし、爆豪にやられた時みたく連続でドカドカぶちかまされたら綻んじまう。」

 

「あ、持続時間で言えば俺もだな。シュガードープって時間制限があるから、どうしても短期決戦型になっちまうんだ。それに連続使用だと頭パーになっちまうから許容上限の底上げも必要か。」

 

「私は・・・・・やはり、創造のスピードと何事もまず頭で考えてしまう所、でしょうか?」

 

次々と自分の問題点を挙げて行く皆の言葉をどこからか取り出したメモ用紙に書き留め、ちょっと待っていてくれと部屋に戻り、五人分のノートを持って帰った。

 

「元々ヒーローの研究とか小さい頃から一杯してるから、雄英の先生やクラス皆のノートもあるんだ。」

 

「一人一冊びっしりかよ‥‥すげえなおい・・・・トレーニングメニューまで。しかも絵、上手っ!?」

 

「同感ですわね。素晴らしいスキルをお持ちです。」

 

「なんか、優勝出来たのも頷けるよなあコレ見てると。『個性』から性格まで全部丸裸にされたって感じでちと怖ぇけど。」

 

「でもありがと、緑谷!これ凄いよ!」

 

「八百万さん、僕の戦い方は『個性』ありきの戦術じゃないって言ったけど、格闘技の経験が無い訳じゃないでしょ?」

 

「五歳になった頃から父に稽古をつけて頂いていますわ。」

 

「さっすがヤオモモお嬢様、スケールが違う!」

 

八百万の背中をポンポン叩きながら芦戸が笑った。

 

「でも格闘技かぁ・・・・・確かにやってねえな・・・・」

 

「俺も本読んで参考にしてるって程度で実際習ったりした事ねえからな。」

 

「同じく・・・・」

 

瀬呂、切島、砂藤は気まずそうに俯いたり、顔を背けた。

 

「やっぱりやってると違いってあるのか?こう、やり易くなるとか。」

 

「あるよ。動体視力や筋肉のしなやかさ、全身の柔軟性には繋がるね。『個性』抜きの戦闘で自分の得意分野、弱点、相手に合わせてスタイルを崩さずにどう対応するかとか。後、一番大事な効率的な体力の使い方。皆は『個性』発動の限界値があるでしょ?そこに達する程の長期戦だって将来出て来るかもしれないから覚えておいて損は絶対無い。極めるのに時間はかかるけど。尾白君が良い例かな。空手や日本拳法をやってるみたいだけど、単純な殴り合いだったら尻尾を使わなくても彼は間違いなく強い。動きもほとんど無駄が無いし。」

 

「じゃあ俺らに合う格闘技ってあるのか?」

 

瀬呂の言葉に出久は首をかしげたが、八百万が即座に返答した。

 

「合う、合わないは体格や性格、そして『個性』によって大きく左右されます。例えば私は単純な腕力で言えば皆さんに劣るので、素手の場合は柔術や合気道などの組み技、投げ技、固め技を重点的に使いますわ。打撃系は出来なくはありませんが、間違い無く攻撃が効く事と当てられる自信がある時以外は『個性』で武器を創造して当てるか回避します。」

 

「そうだねぇ・・・・三人に合う・・・・・一つだけとは限らないんだよなあ、これ。ん~~・・・・」

 

格闘技と言っても技や理念、単純な相性など、考慮すべき要素は様々ある。いくらデータがあるからと言ってそれが彼らの全てではない。遠い未来に開花するヒーロー活動に応用が利く別の才能だって眠っているかもしれないのだ。それを自分の考え一つで型に嵌めてしまうのは逆に成長の妨げになるような気がして憚られる。何と言えばいいか分からず、出久は頭を抱えた。

 

「ま、まあ緑谷、そこまで真剣に悩まなくても・・・・」

 

「そうだぜ、頼りっぱなしは男らしくねえ!俺らで出来る事は俺らでやるから、そう気にすんなよ。な?」

 

しかし出久は食い下がった。自分を頼りに来た以上、その期待には出来る限り応えなければいけない。

 

「いや、ここまで来た以上ノートを渡して後は自分でって言うのは無責任な気がする。せめて自分のスタイルのヒントだけでも持ち帰って貰わないと。近くに公園があるから、そこに行こう。」

 

口で説明したり、映像を見せるよりは実際に体験した方が分かり易い。

 

 

 

 

出久の案内を受けて辿り着いた公園の遊具は多少さびれており、あまり手入れもされていない。鉄棒やブランコ、小さなジャングルジム程度だ。奥の右端には日除けの為の屋根に覆われたベンチと水道の蛇口がある。

 

「ここでどうするんだ?」

 

「格闘技って言っても色々あるから、まずはどんな物が良いか、今の自分に『個性』以外の足りない要素を体で覚えた所で考えた方が早いと思うんだ。誰からやる?」

 

「えと・・・じゃあ、俺から。」

 

瀬呂がおずおず手を挙げて前に出た。

 

「怖がらなくても寸止めでしか当てないから。」

 

「いや寸止めでも昨日のアレ見てたら十分怖ぇわ・・・・」

 

「じゃとりあえず始めようか。」

 

肩を軽く回し、ゆらり、ゆらりと左右に体を揺らしながら膝を曲げ始めたが、慌ててその動きを止める。代わりに首を竦めて目の高さまで拳を持っていき、左足でトン、トン、と規則正しいリズムで地面を軽く蹴り始めた。

 

瀬呂も一応構えらしい構えは取っているがやはり中途半端だ。足は肩幅に開いて拳もしっかり顔面をガードしている。だが脇を完全に閉めていない上に顎を引いていない。

 

「行くよ。」

 

拳を開き、開手で距離を詰める。パンチはしっかり腰を捻った物を入れているし、180cm弱の身長に見合ったリーチは背丈が低めの出久にはやりにくい。蹴りもそこそこ強い。

 

だがそれだけだ。やはり『個性』頼りの戦い方が染みついているのか、反撃が甘い上に雑だ。テレフォンパンチが多くなってきている。拳や蹴りを繊細なフットワークと軽快なヘッドスリップで潜り抜けて近づき、リバー、顎に左右の掌底、更にクリンチからの膝蹴り三連発、とどめに飛びつき三角締めを食らって終わった。

 

「っか~~、緑谷速ぇわ。手が全っ然見えねえ・・・・」

 

「瀬呂君は手足が長いし、拘束系の『個性』持ちだからそれを活かせる物が良いね。打たせず打ちまくって弱った所を関節技か投げをドーン、が定石になる。構えはチューリップガードになってたからそこは絶対直して。脇を閉めないとさっきみたいに肝臓と顎を狙われるから気を付けて。」

 

「お、おう、サンキューな。」

 

「よし、どんどん行こう。次は?」

 

「では、私が参ります。」

 

勇み足で八百万が進み出た。

 

「おおー、やったれヤオモモー!!」

 

八百万は両手を開いた構えで、出久のトータルゼロスタイルのように動かしはしないが、明らかにやり慣れているのが見て取れる。出久は再び体を揺らし始め、不規則に手を動かし始めた。

 

いけない、まただ。不意に動きを止めた所で八百万に腕を掴まれた。咄嗟に反応して肩を回し、その力の波を伝えながら上へ、そして急激に下へ引っ張った。

 

「えっ!?」

 

急発進した車に腕を引っ張られたかのように八百万のバランスが一気に崩れ、前のめりに倒れ込んだが、鳩尾へ軽い鉄拳打ちが入り、顔面すれすれで掌底が止まる。

 

「あ、ごめん!ちょっと力入っちゃって…・腕大丈夫!?」

 

「はい、これぐらいはすぐに治りますわ。お気遣い無く。それで、どこですか?私はどこをどう改善すればいいのでしょうか?」

 

「・・・・八百万さんは、ちょっと焦り過ぎかな。積極性は勿論必要だけど、あくまで相手の手の内を晒させる撒き餌としてだけだから、匙加減にだけ気を付けて。僕と同じ理詰めで相手を守勢に回らせるタイプだから、連携でもしていない限りガンガン前に出過ぎると持ち味を自分から崩す事になる。」

 

「分かりました。しかと参考にさせて頂きます。このノートも。」

 

「肩の事、ホンットごめん!」

 

心配しなくていいと八百万は出久の必死の謝る姿に苦笑した。

 

「っしゃあ、次は俺が行くぜ。」

 

やる気十分と拳を握り締めた砂藤が出久の前に立つ。身長が185cmある彼の前に立つ166cmの出久は、まるで格闘技の無差別階級(パウンド・フォー・パウンド)試合に臨む選手に見えた。

 

砂藤がレスリングで使う低い構えを取るのに対して、出久は格闘技の構えらしい構えは取らなかった。ヒグマが後ろ足で立ち上がって両手を広げて敵を威嚇する様を彷彿させるスタンスを保ったまま距離を一歩、二歩と縮めて行く。

 

腕一本分の距離に届いた所で出久は足を止め、砂藤を凝視し、時折己の右手、左手に視線を移す。

 

そもそも出久程の経験を積んでいない砂藤もそれが罠なのか本命なのか判断出来ない。判断材料がゼロだ。出久の両手が動いた瞬間、彼も動いた。前に出ている左足を狙った、片足タックル。しかしそれよりも素早く巨大な癇癪玉が破裂するような大音が五人の耳を劈いた。

 

砂藤だけでなく、見ていた他の四人も何が起きたか分からなかった。突如凄い音がしたと思ったら、出久が彼をスリーパーホールドでがっちり捕縛していた。

 

「な、え・・・?」

 

「・・・・・や、八百万。あれ、見えたか?」

 

「いえ、私も何も・・・・!」

 

「凄い音がしたけど・・・・」

 

「今のはクラップスタナーって言う奴。別名猫だまし。砂藤君は馬力があるし、度胸もある。開き直っちゃえばどんどん前に出るハートがあるから、後は技術と戦術眼だね。フェイントとかさっきみたいに何らかの形で意表を突く方法を見つければ短期決戦で有利に立ち回れる。」

 

「お、おう・・・・」

 

「残るは切島君と芦戸さんだね。どっちから行く?」

 

「ん~~・・・・んじゃ、レディーファーストっつーことで。」

 

「やたっ!んじゃ、行くよ。」

 

芦戸は出久の様に体を左右に揺らしてはいるが、フットワークが違う。動画で見たカポエラの基本、ジンガで出方を窺っているが、手は顔の下半分で揺らし、手足の動かすスピードも時折バラつかせている。

 

そしてジャブ。

 

「おっ?」

 

更にジャブ連打。

 

「おっ、おっ?」

 

二連続ワンツー。

 

「おお、おお、おお!」

 

細かいステップで立ち位置を変えながら芦戸は愚直にワンツーを繰り返すが、鮮やかなヘッドスリップとダッキングで躱した所でボディーへと打点を変えたワンツーが飛んでくるがこちらは手で払う。更に体勢を低くした所で下から顎を蹴り上げんとするコンバースが飛んでくるのが見えて後ろに頭を逸らし、バク転で躱して距離を取った。

 

凄い。パンチは多少読みやすく、リズムが一本調子になっている節があるが、更に低く体勢を下げた所でロックダンスのしゃがんだ状態から後ろに倒れて片足を頭上に振り上げる技――シフトを流用した蹴りが飛んで来たのは予想外だった。重心移動がかなり重要なファクターとなるダンスをこうも簡単に活かしてくるとは。

 

「今のは、凄く良かった。」

 

「良くはないでしょ、当たんなかったんだから。悔しー・・・・」

 

当たったら当たったで軽く失神ぐらいはしていた筈だ。足の使い方が巧い彼女の蹴りをまともに食らえば、『個性』なしだとただでは済まない。酸を纏った蹴りも想定してみたが、質が悪い事この上ない。当たれば下顎の筋肉組織が煮込み過ぎたロールキャベツの様になってしまうのだから。

 

「でも、手技の基本のワンツーはそこそこいい線は行ってると思うよ。技とは何かって言う哲学的な問題の答えを体で知っているから、体で覚えられる事は大抵出来るみたいだし。後はリズムをこまめに変えてモーションを盗まれない様にする事に気を付けて。一本調子になったらどんな攻撃だろうと、いくら速くても対応されるのは時間の問題だから。後は手技のバリエーションだけど、そこはノート読んで。」

 

「オッケ、ありがと・・・って緑谷、鼻!」

 

「え?あれ?」

 

距離を測り間違えて鼻先を掠ったらしく、軽く指先で鼻に触れると生暖かい血が鼻腔から垂れていた。さっきの蹴りの爪先が鼻を掠ったのだろう。唇に垂れた血を舌で舐め取り、残りを指先で拭き取って蛇口で顔も一緒に洗った。

 

「緑谷、大丈夫か?!結構出てたぞ?」

 

「これぐらいだったら大した事無いよ。グラファイトの右ストレート、ガードの上からでも鼻潰された事があるんだ。その日は黒いシャツ着てたから汚れとかは目立たなかったけど。あれに比べたら大した事無い。威力は間違いなくあったけど。さてと、最後は切島君だね。お待たせ。」

 

「ほんとに大丈夫なのか・・・・・?」

 

「来ないなら僕から行くよ。」

 

再び開いた手で構えを取った。重心は高く、軽く差し出した右掌の肘関節辺りにもう一方の開いた手を胸の高さで添えたまま出久は狭い歩幅で距離を詰めた。腰の捻りと上腕三頭筋を使う正中線から繰り出される素早く途切れを知らぬ正確な拳は鑿で木材を削る様に丁寧に切島のガードを潰していく。繰り出す拳は肘の先端や手首で弾いては手技を丁寧に当てて行く。突き放そうと拳を振るっても腕を掴まれて引き寄せられては更に攻撃を浴びせられる。

 

「瀬呂の言う通り速ぇなぁ・・・・・しかも当たらねえし・・・・柳の枝殴ろうとしてる見てぇだ。」

 

「切島君も砂藤君と同じで『個性』を使うと時間が経てば経つ程不利になるから同じように意表を突く方法を発見すれば短期決戦能力を底上げ出来ると思う。持続時間は、地道に伸ばしていくしかないけど・・・・」

 

「いや、でもなんか見えて来た気がするぜ。誘いに乗って正解だった。ありがとな緑谷!」

 

「ううん、こっちこそありがとう。休みの日にわざわざ来てくれて。じゃあ、最後に皆に一つ僕の質問に答えて欲しいんだ。決勝戦の僕のあの戦い方、怖かった?」

 




次回、File 39: Teach me! 強者の器

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File 39: Teach me! 強者の器

台風と湿度を生み出す高気圧が猛威を振るう日々が続いております。どうぞ皆様お気をつけて。


スパーリングで適度に張り詰め、それでも和気藹々としていた空気が一瞬にして固まった。気まずい沈黙が辺りを支配した。折角上手く行っていたのに聞くべきではなかったと出久は後悔していたが、それでも確認せずにはいられなかった。

 

ヒーローとはどんな時でも駆けつけてくれる。悪い奴をやっつけてくれる。守ってくれる。

 

何故それが出来るのか?『個性』、勇気、自己犠牲の精神、義憤、技術、知識、そう言った『力』があるから。

 

ならば『力』とは何か?自分もそれが欲しいと憧れる物である。そして、それを持つ者には逆らわないでおこうと言う、畏怖の対象でもある。

 

金と権力が表裏一体と良く言われるのは、力のある者に金が集まり、また金がある者がその金で権力を手にするからだ。力に対する憧れと畏怖も例外ではない。

 

「沈黙はイエスと取るよ。特に砂藤君と八百万さん。二人は間違いなく恐怖していた。」

 

図星を突かれ、砂藤は目を逸らした。自分とのスパーリングの時、彼は動かなかった。動きたくなかった。出久がとった謎の構えは正中線上にある部位への守りががら空きだった。がら空きに見えるのだが、一歩でも動けば捻じ伏せられる。そんな予感が彼の足を止めてしまった。躊躇った一瞬で勝負がついた。

 

もしヴィランなら、あの場で首の骨をへし折られて死亡だ。

 

八百万も俯いた。あれには殺気を感じた。爆豪との試合を見ていたから分かる。大多数の観客はスクリーンを通して試合の運びを見ていたが、彼女は双眼鏡を使って観察していた。そして思った。あれは『戦う』や『倒す』などと血の気が通った形容が出来るような物ではない、と。

 

処理。そう、『処理』だ。あれは爆豪をただ処理していた。不要な書類をシュレッダーにかけ、ゴミを収集車に投げ入れるが如く淡々と、坦々と、無感動に。サンドバッグの縫い目が解れ、吊るす鎖が切れて地面に横たわるまで小さく、鋭く、細かく叩き続ける。人畜無害を絵に描いたような彼が、猛獣に人の皮を被せた爆豪をだ。しかもその彼が、笑っているように見えた。本当に微かだが、そう見えた。蹂躙のなんと楽しい事かと嗤っている気がした。

 

誰も何を言おうとしなかったが、出久が沈黙を破った。

 

「いや、良いよ。気にしないで。これで僕も、何をすべきか少しは分かった気がするから。」

 

嘘だ。今まで母親に『無個性』だからいじめられた日々を何でもないとついて来たのと全く同じ嘘だ。ワン・フォー・オールやグラファイトの事で既に隠し事と嘘を重ねている。更なる嘘を上塗りするのは心苦しかったが、彼らのばつが悪そうな表情を見続けるのはもっと嫌だった。

 

「とりあえず今日はこれで終わり。皆来てくれてありがとう。また学校でね。」

 

使い古した作り笑いを浮かべて手を振り、出久は去った。道の角を曲がった所ですぐさま仮面が劣化した漆喰の様に剥がれて崩れ落ちた。眩暈がする。吐き気もする。それらが本格的に悪化する前に振り払おうと出久は近くの電柱に頭をぶつける。

 

迷うな。恐れるな。退くな。しっかりしろ、緑谷出久。お前はヒーローになるんだろう。まだ何も始まってもいないのにまた足踏みする時の、弱い時の自分に戻るのか。

 

いやだ。いやだ。いやだ。それだけは、絶対に嫌だ。

 

十回以上頭突きを続けて額から生暖かい物が垂れ落ちたが、構わず続ける。二十回を超えた所で遂に立てなくなり、その場に座り込んだ。

 

「怖がられない方法・・・・いや、それよりまず自分自身を怖がらない方法。考えろ。考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。得意なんだから考えろ。」

 

自分の成長は良く分かっているつもりだった。しかし爆豪との一戦で、改めて思い知らされた。自分自身の強さと、未だ同世代では見る事すらまだ出来ていないその高みを、重みを。

 

それがどうしようもなく怖い。他の人にどう思われようと気にしない癖をつけて来たが、そう簡単に根本的な性根は変わらない。性格は兎も角、承認欲求だけで言えばそれこそ爆豪並みに大きいかもしれない。近しい友人が出来たのだってグラファイトを除けばつい最近の出来事だ。訂正はしたものの一度はオールマイトですら自分の考えを否定したのだ。

 

未だ同年代じゃ指先すらかけていないこの自分のレベルの高さより上に行ってしまったらどうなるのか?自分の中にある力と、グラファイトから借りている力を恐れて友人も遠ざかってしまうのでは?自分はそのプレッシャーに押し潰されてしまうのでは?

 

そう考えると、たまらなく怖い。

 

解決策は?分からない。駄目だ、脳味噌が上手く働かない。頭を抱えて蹲る。ああでもない、こうでもないと、漠然として全く使えない考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 

「場所が、悪いのか・・・・」

 

やはり街中のコンクリートジャングルでは駄目だ。深く考えるには喧騒が多すぎる。

 

「海浜公園・・・!」

 

そうだ。あそこに行こう。波の音も規則正しく、呼吸を合わせる事が出来る。そこまで行ってから考えよう。血も海水で洗い流せばいい。少し痛むだろうが、これぐらいどうという事は無い。もっと痛い目を見ているのだ。

 

立ち上がり、出久は駆け出した。思考が纏まらずとも、涙で視界が霞み頭部からの出血で僅かに意識が朦朧としても、フットワークは体がしっかり覚えていてくれる。その為人込みで誰かにぶつかる訳でもこける訳でも無く、スピードを殺さず海浜公園を目指した。

 

見えて来た所で階段すら使わず、欄干に飛び乗って砂浜目掛けて一気に飛び降りる。湿った砂が迫る中、出久は目を閉じた。爪先が地面に触れた所で倒れ、続けて脛の外側、尻、背中、肩の順に着地し、衝撃を五等分に分割して立ち上がった。

 

基本のワンツー。そこから始めよう。壁に向かって立つと、拳を振るった。ゴゴン、ゴゴン、とリズミカルに拳が壁を打ち抜く。訓練している時、痛みを感じている時だけは、どんな嫌な事も忘れられる。

 

グラファイトは丁度出久がいる場所とは真逆の方向から歩いて来た所で額と両手に血を滴らせる出久の姿を見た。握りしめた大振りになった右の手首を掴み、膝裏を蹴って地面に引き倒す。

 

「グラ、ファイト・・・・・・」

 

「貴様、何をしている?いや、言う必要は無い。目を見れば分かる。泣くなとは言わん。喜怒哀楽揃ってこその人間だ。しかし、逃げる為に己を傷付けるなどと言う愚行は貴様であろうと許さん。」

 

「なら僕はどうすればいいの!?こんな・・・・・僕はこんな・・・・・!あぁ・・・・・・・あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

頭を抱え、掻き毟りながら出久は吠えた。言いようのない精神を蝕む苦しみに、手負いの獣の様に打ち震えながら。

 

「お前は弱さを十分過ぎる程に知っている。惰性で生きるだけの人生を知っている。自分を見限る事が何を意味するのかを知っている。だが、それだけでは真の力を手にする事は出来ん。これより先、お前が学ぶべき事は『強さ』だ。そして今お前が感じているそれは、他者を圧倒し、淘汰し得る力を持つ者に死ぬまで付きまとう強さへの恐怖とそれを持ち、振るう責任の重圧と言う物だ。」

 

グラファイトはただ出久を見下ろし、淡々と、静かに語る。

 

「狂う程に苦しかろうが、逃げるな。踏ん張って耐えて見せろ。今の貴様ならば出来る筈だ。その器で全てを受け切れ。そしてもし一人で勝てぬのならば、分かち合える者を探せ。過去に戦った戦士の言葉を借りるならば、超協力プレイで、クリアすればいい。頼る事を恥と思うな。」

 

言いつつ、グラファイトは出久に手を差し伸べるでも無く、背を向けた。

 

「耐え抜いた暁には、笑え。傲岸に、不遜に、笑え。俺の心は折れなかった。俺はまた一つ強くなったぞ、ざまあみろ、と。」

 

力を振るう事に些少の躊躇いも無い自分に出来る事はこれ以上無いとばかりに、グラファイトは歩き去った。

 

「恐怖か。」

 

感じた事が無い訳ではない。強さに対する恐怖は、己の物に対してではないが、感じた経験はある。忘れもしない仮面ライダークロノスこと檀正宗が、同胞であるバグスター、ラヴリカを停止した時空の中で滅却したあの瞬間だ。

 

『止まった時の中で死を迎えた者にコンティニューの道は無い。死という瞬間のまま、永遠に止まり続ける。』

 

完全体であるが故に何度倒されようと時間さえあれば培養し、再び万全の状態で戦える。仮面ライダーには無いその鉄壁のアドバンテージはあっという間に濡れた紙の楯と化した瞬間だった。あの時、グラファイトは間違いなくクロノスを恐れた。恐れたが、ゲムデウスウィルスという諸刃の剣を以て乗り越えた。

 

出久も必ず乗り越えるきっかけを手にする筈だ。それが何かは分からないが、今はとにかく彼を信じるしか無い。自分が出しゃばって答えを教えた所で進歩とは呼べないのだから。

 

 

 

 

砂浜に取り残された出久は、寄せては返す海水に拳を突っ込み、痛みも気にせずハンカチで手を拭いた。更に四つん這いになり、顔を突っ込んだ。十秒ほどその体制を維持し、目を見開き、頭を上げた。

 

「弱さを知ってても強さを知らない、か・・・・・」

 

思い返せば、確かにその通りだ。自分は調子に乗っていたのかもしれない。舞い上がっていたのかもしれない。ようやく自分もヒーローになると言う夢を叶える事が出来る。今までの努力が全て実ったのだと。だがそれを実現する力を手にする意味を、その重みを、今の今まで一度でも本気で考えた事があっただろうか?

 

「ないよなあ。」

 

これじゃあ彼と変わらないじゃないか。偉そうに説教を垂れておいて、知らぬ間に安い陶酔に浸って、何がヒーローだ。

 

「とりあえず頭は冷えたみたいだね。」

 

「え?」

 

海浜公園の欄干に座って足をぶらぶらさせている芦戸三奈の姿があった。元々気配を探していなかったどころか探せるような精神状態ではなかった為、出久はさりげなく両手をズボンのポケットに突っ込んだ。

 

「芦戸さん、何でここに・・・・」

 

「最後に一人で走ってったのが気になったから。他の皆は帰ったけど、適当に理由つけて探してた。どう見つけたかは、まあ、女の勘て奴。」

 

そう言えば自分の母親もクイズ番組や刑事ドラマの犯人などのを言い当てる事が上手くなった。本人も女の勘と言い張っている場面があったな、とぼんやり思い出した。やはり馬鹿には出来ない。

 

「あたしもさ、本音で話すタイプなんだ。梅雨ちゃんほどじゃないけど。昔もずっとあたし変だって言われてたんだよね。『個性』が出るまでずっとピンクの肌で角が生えてただけだったから。『個性』が発現しても調整間違えて服やら物やらを溶かしまくっちゃうそんな自分が嫌いだったけど、音楽とダンスで好きになったんだ。こんな見た目だから派手なダンスが更に派手に見えるし。」

 

「でも、芦戸さんは『無個性』でもなければ遅咲きでもない。僕とは違うよ。」

 

「違わない。緑谷だって、大概自分の事嫌いでしょ?昔はアタシもそうだったから分かっちゃうんだな。」

 

「自分が、嫌い・・・・・?」

 

「爆豪と何かあったのは分かるけど深くは聞かないでおく。話してくれるって言うなら別だけど。あんな勝ち方して納得いかないって感じだったけど、でもだからって自分を嫌いになるのは違うんじゃないかなって思う。人ってさ、自分の良いとこも悪いとこもぜーんぶ好きにならなきゃ他の誰かを好きになるって事は出来ないと思うんだ。」

 

「自分を好きになる・・・・どうやって?」

 

「それは自分で見つけなきゃ。緑谷ならできるよ、きっと。」

 

指を絡ませて手を取られ、一度だけ軽く握られ、芦戸は去った。

 




今回はちょっと短めになってしまいました、すいません。アルバイトが忙しいもので・・・

次回、File 40: いざ往かん、己を辿るQuest

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File 40: いざ往かん、己を辿るQuest

家に戻った出久の脳味噌の歯車はトップスピードで回転していた。

 

グラファイトと芦戸の言葉で、一気に霧が晴れたかのように心の視界が開けた。数ある新品のノートの内の手近な物を引っ掴み、プリンターに使うA4サイズの白紙を何枚も壁に張り付けて行く。

 

癖となった小声の独り言も普段の倍近くのスピードで口から飛び出て来る。

 

「自己嫌悪・・・・・ストレス解消、被害妄想の拡大、自己肯定感の低さ、柔軟性の欠落、短所だけに注目して長所に目を向けない目的の達成。という事は傷つく事への過剰的な恐怖。対人関係に踏み出さなければ傷つく事も無い・・・・必要な物は先入観の破壊、他人の評価の無視、完璧主義の投棄、不要な比較の廃止・・・・」

 

一つの『何』が二つの『どうして』に、二つの『どうやって』が四つの『何故』に、質問が更なる質問を呼び込む。

 

口が回るのとほぼ同等かそれ以上のスピードで紙面をペンが走った。角や端に少しばかり字がはみ出ようが構わない。とにかく今は書き続ける。考え続ける。それが強引でも今の自分に出来る精一杯の内省なのだ。

 

夕飯の支度が出来たと告げる母の言葉も、携帯のメッセージ通知の音すら届かない程の思考の深海に出久は潜っていった。紙が足りなくなればまた新たな紙を壁に、窓に、本棚に張り付け、ノートのページや表紙の内側が埋まれば新しい物を開いては書き続ける。インクが切れれば次のペンを、ペンが切れればシャーペンを、シャーペンが切れれば鉛筆をと、ペースは落ちるどころか更に上がる。

 

思考の全てを吐き出し終わった頃にはもう夜が白々と明け始めており、出久も頭痛がしていた。脳を酷使してオーバーヒートを起こして出た鼻血を舐め取ってティッシュで拭い去り、シャワーを浴びて着替えた。

 

「・・・・・眠い・・・!」

 

それもそのはず、夕食も口にせず、一睡もせず二十時間を軽く超える猛烈な内省を続けていたのだ。未だ肉体的に未成熟な分、余計に苦しい。一日ゆっくり休養するつもりが(当然収穫はあったが)裏目に出てしまった。

 

とりあえず学校に行く準備だけはしておき、自室の扉に母への詫びと感謝のメッセージを張り付けて学校に向かった。小糠雨を降らせる淡い灰色の雲に覆い尽くされた空を見て、出久はいつもより走るペースを上げた。スマートフォンで天気予報を確認したところ、降水確率はそこそこ低かったのだが、時間が経つにつれ見る見るうちに雲の色が濃く、暗い灰色へと変わってきて、雨足も強くなり始めている。

 

途中でコンビニに立ち寄り、眠気を吹き飛ばせるほどにミントの味が極めて強いガムを購入した。鼻と口から冷たく感じる空気を這い一杯に吸い込み、それが脳を突き抜ける。

 

「お、兄ちゃん試合見てたぜ!優勝おめでとう!」

 

「俺も応援してるぜ。良いヒーローんなれよ。」

 

人の往来が多くなるにつれ写真を取られたり声をかけられたりして大変だった。やはり帽子か何かを持ってくるべきだったと今更ながら後悔したが、

 

交通費削減の為に電車を使わず徒歩で登校する出久はいつもより少し早めに家を出た為、いつもより十分ほど早く雄英に来ていた。

 

「おはよう、緑谷君!」

 

良く通る、年齢の割に威厳のこもった挨拶が後ろから聞こえた。飯田だ。緑の雨合羽にクリーム色のゴム長靴を履いてこちらに向かって走ってくる。相変わらず重心がブレないランニングバック並の綺麗なフォームだ。

 

「飯田君・・・・ってそんな急いでどこ行くの?!ここからだと歩いても予鈴十分前に余裕で着くよ!」

 

抜き去っていく飯田の背中に向かって叫ぶ。

 

「それでいいのだよ!雄英の生徒たるもの、十分前行動を心掛けずしてどうする!」

 

その場で足踏みしながら出久を窘める。

 

「昨日はいらぬ心労をかけてしまって申し訳なかった。兄の事なら心配無用だよ。」

 

嘘だ。自分がついて来たのと同じ経路の物だから分かる。不自然なまでに明るい溌溂とした声と振る舞いには既に罅が入っているのが見え見えだ。雨合羽を持った手には必要以上に力が入り拳の頭が白くなっているのだ。嘘をつき慣れていない飯田の仮面から、僅かながら怒りや悲しみ、憎しみの感情を感じ取れる。

 

何よりわざわざ重体の兄の事を持ち出している時点で、自分から気を逸らそうとしているのが見え透いている。

 

 

 

 

 

教室では未だ体育祭の興奮の余韻が冷めやらぬ状態で小学生に通学中ドンマイコールをされた瀬呂、普段の倍以上目立っていた芦戸などが口々に話していた。しかし、二十人いる筈の教室に一人だけ姿が見えない。自分の正面に座る爆豪だ。

 

風邪だろうと怪我だろうとそれを押してでも通学する性格の持ち主である彼が、欠席している。それだけの決定的な勝利を収めたのだから無理からぬことではあるが。しかしそれでも心配せずにはいられなかった。昼にでも爆豪家に電話の一本も入れておこうと念頭に置いておく。

 

「おーっす緑谷チャンプ!」

 

「ちょ、やめてよチャンプって・・・・・通学中先々で言われたんだから‥‥」

 

「ほんとの事だからいいじゃねえか別に。朝刊にも動画サイトにも載ってんだぜ、お前の戦い。」

 

それを聞き、出久は僅かに顔を顰めた。新聞に載るぐらいはまだいいが、問題は動画サイトだ。爆豪の無礼、傍若無人極まる言動の数々を快く思わない連中は決して少なくない。そしてネットにアップされている以上、彼の目に触れるのも時間の問題だ。彼に対する誹謗中傷のコメントも間違い無く書き込まれている。

 

「緑谷ちゃん、大丈夫かしら?まだ疲れが抜けてないの?」

 

「大丈夫だよ、あす・・・・梅雨ちゃん。疲れはまだ抜けてはいないけど、今日ぐらいは乗り切れるから。」

 

始業のベルが鳴った瞬間、バリアフリーのドアが開き、相澤が入室した。

 

「おはよう。」

 

「おはようございます!」

 

「今日のヒーロー情報学は少し特別だ。」

 

特別。そのたった一つの単語で、一気に教室に緊張が走った。相澤のシビアさは今や嫌という程身に染みている。今日は一体どのような無理難題を吹っかけて来るのだろうか。ヒーローの法律に関する小テストか?災害状況における分析とそれに見合う適切な措置か?

 

全員が身構える中、相澤が口を開いた。

 

「コードネーム。即ち、ヒーロー名の考案だ。」

 

「胸膨らむ奴が来た――――――――!!!」

 

一瞬にして色めき立ったが、相澤の『個性』を用いた一睨みでほぼ同等の速度で鎮火した。

 

「これは、先日話したプロヒーローのドラフト指名に関係している。指名が本格化するのは経験を積んで戦力として数に入れられる、二、三年から。つまり今回一年のお前らに来た指名は、将来性に対する個人的な興味に近い。だがその興味が削がれたら一方的にキャンセル、なんてケースもざらにある。」

 

「大人は勝手だ・・・・」

 

峰田が拳で机を叩きながら呟いた。

 

「でも、つまりそれは頂いた指名がそのままハードルになるって事ですよね?」

 

葉隠の言葉に相澤は無言で首肯した。懐からリモコンを取り出し、黒板に向けてボタンを押した。

 

「で、その指名の集計結果がこうだ。」

 

横棒グラフが黒板に投影され、その隣に生徒の名前と来た指名件数の正確な数字が多い順にトップ十人が映し出された。

 

案の定というべきか、三巨頭は出久、轟、そして不在の爆豪の三人だった。多少差はあれど、三人共指名件数は三桁を優に超えていた。出久に至っては四捨五入すれば五桁にも届く。

 

「例年はもっとバラつきがあるが、今回はこの三人に注目が集中した。」

 

「っかぁ~~~・・・・・白黒ついちまった・・・・・」

 

「見る目無いよね、プロ。」

 

上鳴、青山はそれぞれ天を仰ぎ、ふてくされた。

 

「緑谷が一位なのはこの際当然として、二回戦敗退の轟が二位の爆豪を抜くって・・・・」

 

「辞退した僕が言うのもなんだけど、あそこまでのワンサイドゲームだと仕方ないんじゃないかな。二回戦敗退とは言え、緑谷との一騎打ちで互角以上に渡り合えたのは轟しかいなかったんだし。」

 

「親の七光りも、ファクターの一つだ。」

 

忌々しそうに顔を顰めて轟が吐き捨てた。

 

「この結果を踏まえて、指名の有無に拘わらずお前達は近日職場体験に行ってもらう。USJでお前らは一足先にヴィランとの戦闘を経験してしまったが、プロの活動を実際に間近で見て、訓練により実りを持たせようって寸法だ。」

 

それ故に、一限目からいきなりヒーロー名の考案というお題が相澤の口から出たのだ。

 

「まあ、考案と言ってもあくまで暫定的な名前だ。適当な物は――」

 

「後で地獄を見ちゃうよ!!」

 

再びバリアフリーの扉が開き、鞭と過激なSMコスチュームに身を包んだミッドナイトが刺激の強い体付きを強調しつつ入室した。

 

「学生時代に付けたヒーロー名が世に認知され、そのままプロ名になってる事が多いからね。」

 

「故に、しっかり吟味し、イメージを固める事を進める。」

 

「え、グラファイト!?」

 

いつの間に手に入れたのか、スリーピーススーツに身を包んだグラファイトが彼女に続いて入室した。

 

「校長からの提案でグラファイトには雄英の臨時スタッフとして出入りする事になる。当然守秘義務はあるから、機密事項を聞き出そうとしない様に。ネーミングセンスはミッドナイト先生とグラファイトの二人に査定してもらう。将来自分がどうなりたいか、名を付ける事でイメージが固まり、それに近づいて行く。それが名は体を表すって事だ。オールマイト、とかな。」

 

ホワイトボードと水性ペンが配られ、ヒーロー名考案が始まった。査定はミッドナイト一人がやる為、自分がすべき事はやったとばかりに相澤は寝袋を取り出して潜り込み、壁にもたれかかりながら目を閉じた。

 

「出来た人から発表して行ってね。」

 

再び、相澤が『特別』という言葉を使った時同様、クラスに多大な緊張が走った。発表形式という事は自分のネーミングセンスがミッドナイトだけでなく、自動的にクラス全員に査定されるという事だ。肝試し以上に度胸がいる。

 

「じゃ、僕が行くよ!」

 

体育祭でも一回戦敗退の憂き目に遭った青山はトップバッターを名乗り出た。

 

「輝きヒーロー、『I cannot stop twinkling』!略して、『キラキラが止められないよ』!」

 

「短文じゃねえか!最早名前ですらねえわ!」

 

「ここはIを取って、cannotをcan’tに省略した方が噛みにくいわね。」

 

「それでいいなら俺は止めんが、ネーミングセンスだけで言えばゼロを通り越してマイナスだな。」

 

「んじゃあ次アタシね~~!リドリーヒーロー、『エイリアン・クイーン』!」

 

「2!?血が強酸性のアレ目指してるの!?やめときなって!」

 

「威圧のある良き名前だが、お前の性格は女王というよりじゃじゃ馬の姫だ。もう一捻り加える事を勧める。」

 

「ちぇ~~・・・・」

 

割と気に入っていたのか、即効ミッドナイトに却下されて落胆した芦戸はしぶしぶ席に戻った。

 

最初の二人のせいでヒーロー名の発表が大喜利の様になってしまっている。これ以上誰かが名前にとんちを利かせる様な下手を打ってしまえば本来の目的から脱線してしまう。

 

しかし、その空気を打ち破ったのは蛙吹梅雨だった。提示した名前は、『梅雨入りヒーロー FROPPY』。小学生の頃から考えていた名前らしく、自信はある様だ。

 

「可愛いわ!!覚えやすく親しみやすい!皆から愛されるお手本のようなネーミングね。花丸満点、あげちゃうわ!」

 

「うむ。ビジュアルから言えば威圧より友和を強みとするお前にはうってつけの名前だ。そのままプロデビューまで十分使える。」

 

大喜利の空気を見事に破壊してくれた彼女を称え、教室にはフロッピーコールがしばらく続いた。

 

「じゃあ俺も!剛健ヒーロー、烈怒頼雄斗!」

 

「赤の狂騒・・・・漢気ヒーロー クリムゾンライオットのリスペクトね、これは!」

 

「そうっす。大分古いけど俺の目指すヒーロー像はクリムゾンそのものなんで。」

「なるほど、あの男か。古き良き時代のヒーローとはいい着眼点だ。しかし憧れの名を背負うという事は、相応の重圧が付きまとう。精々押し潰されぬように精進する事だ。」

 

「望むところっす。」

 

そんな調子でどんどん考案された名前が発表された。ヒアヒーローイヤホン=ジャック、触手ヒーローテンタコル、テーピンヒーローセロファン、武闘ヒーローテイルマン、ピンキー、スタンガンヒーローチャージズマ、ステルスヒーローインビジブルガール、万物ヒーロークリエティ、漆黒ヒーローツクヨミ、モギタテヒーローグレープジュース、ふれあいヒーローアニマなど、名が体を表すシンプルな物からもじりを入れた名前が様々あった。

 

そして麗日もウラビティと言う洒落た名前を見せ、残るは欠席の爆豪を除けば飯田、出久、そして轟の三人だけだ。

 

「緑谷、まだ整ってなかったら先に行くがいいか?」

 

「うん、どうぞ。」

 

「ヒーロー名、アブソリュート。」

 

「おぉ~~、シンプルだけどカッコいい!!『絶対』の信念も感じられるわね。うん、合格!」

 

「同感だな。単純ながらも絶対熱と絶対零度、『個性』である炎と氷の繋がりもある為由来の奥が実に深い。てっきり和のテイストを強調した名になるかと思っていたが、いい意味で期待を裏切られた。そのままプロとして使っても構わんぞ。」

 

続いて飯田は自身の名、天哉と書いて見せた。無表情故に心境は窺い知れなかったが、本人はこれで良いと押し通し、ミッドナイトもグラファイトもそれ以上は何も言わなかった。

 

「さてと、最後は大トリの緑谷君、しっかりと決めちゃいなさい!」

 

「はい。龍戦士、ドラゴン・デクリオン。通称DD。」

 

「ドラゴンは分かるけど、デクリオンて何?」

 

「古代ローマ軍の最小集団である歩兵八人の命を預かる人の事です。それに僕とグラファイトを合わせて丁度十人。まだ日本に軍隊があった頃は一人十殺なんて物騒な事を言っていた時代がありましたけど、今の時代に合わせるなら、一人十衛。僕とグラファイトを含めて、初心を忘れず、まず十人の命を確実に救えるようにと。」

 

おお~~、とクラスがその名の由来とその深さに納得し、どよめいた後に拍手が上がった。

 

「文句ナシの大トリね。」

 

「それに加え、蔑称のデクという言葉が入っている。進んでそれが入る言葉をヒーロー名に選んだという事はまた一つ成長したと言う証拠に他ならない。見事なネーミングセンスだ。共に戦う時は俺もそう名乗ろう。」

 

 

 

 

 

「緑谷、今いいか?」

 

昼に食べたカツ丼の食器を返却口に置いて教室に戻ろうとした所で出久は轟に呼び止められた。

 

「轟君?どうしたの?」

 

ついてこいと目配せして足早に教室に向かう轟を出久は慌てて追った。

 

「お前が変身する時に使っているあのゲームソフトみたいな装置、ガシャットと言ったか。」

 

「ああ、うん。それがどうかしたの?」

 

「単刀直入に言う。俺のガシャットを作って欲しい。」

 

「え?ちょ・・・・ちょっと待って。誰からガシャットの事聞いたの?」

 

「ただの勘だ。USJで変身した時、見た目が変わっただろう?見た目は飯田に似てる所があった。方法は知らねえけどあいつ自身がいなきゃ出来ねえと思ったが、大当たりだったみたいだな。」

 

カマをかけられたのか。してやられたと出久は目をきつく瞑り、小さく息をついた。

 

「そうだよ。ガシャットは特定の人の生体データを元に作ってる。でも何で新しいガシャットが必要なの?使えるのは僕かグラファイトの二人だけなんだよ?」

 

「ヴィラン連合に加えて、ヒーロー殺しが出てきた以上、戦力増強は必要だ。だが誰でもいいってわけじゃねえ。お前なら、預けられる。俺を救ってくれたお前なら。もし俺の力が近いうちに何かの形でお前の助けになるなら、それをさせてくれ。頼む。」

 

深々と上体を折った轟を見て、出久は迷った。ここでイエスと言うのは簡単だ。グラファイトもまたしばらく自由が利かなくなると文句は言えども、反対はしないだろう。しかし出久は正直言って乗り気ではなかった。

 

というのも、ガシャットは研鑽や訓練などで会得する力や技ではない。他人の生体データを元に新たな自分の力の源を生み出しているだけだ。そんな安易な方法で強くなる事を出久はよしとしたくなかった。

 

しかし、轟の言う事も筋が通っている。使える力は持っているだけでは意味が無い。使うからこそ意味があるのだ。

 

「まずグラファイトと三人で話そう。バグヴァイザーは元々彼の物だから、断り無く勝手な事をする訳には行かないんだ。」

 

「まあ、当然だな。ありがとう、緑谷。ヒーロー名、良かったぞ。」

 

「轟君のも重みがあって凄くカッコよかった。」

 

互いに穏やかな笑みを浮かべていたが、それがどうにもおかしく、二人揃って大声で笑い始めた。奇妙な友情で結ばれているが、友情に変わりは無い。

 




ヒーロー殺し編突入までもう一話だけ挟みます。

次回、File 41: 絶望の淵から、Take Me Higher

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Level 4: 血風
File 41: 絶望の淵から、Take Me Higher


何時までも守りたい~その微笑みを♪


「何でここなの?」

 

「教室は普通にアウト、流石に屋上や廊下じゃ目立つし、グラウンドとかは先生の許可がねえと入る事すら出来ねえからな。苦肉の策って奴だ。」

 

「だからってトイレでやるのはなあ・・・・・・」

 

「別に時間はかからん。しかし、お前の観察眼は中々侮れんな。自力でガシャットの生成に辿り着くとは。だが今はまだ作るわけにはいかない。」

 

グラファイトの言葉に出久は目を丸くし、轟の眉間の縦皺が深まった。

 

「え・・・!?」

 

「勘違いするな、轟。別に貴様の覚悟を疑ってはいないし、理由もしっかり筋を通している。作る事自体に反対しているわけではない。だがしかし、今のお前のコンディションのデータを採取してガシャットを作った所でクォリティーの面に問題が生じる。」

 

「クォリティー・・・・問題は左の炎、か。」

 

グラファイトは頷いた。

 

「理解が早くて助かる。そう、貴様は左を使いこなせていない。個人的な理由で使う事を怠った。つまり鍛える事を怠ったという事になる。炎はプラズマである以上氷の様な固形ではなく、不定形である故に扱いにくいが、それでも技の巧さは底上げして貰わねばならん。粗悪なガシャットは、出久の命を縮めるどころか、奪う可能性さえあるのだからな。」

 

プロトドラゴナイトハンターZは既にグラファイトに馴染んでいるため負担や副作用などが出久にフィードバックされる事は無いが、他のガシャットとなれば話は別だ。

 

おまけに出久はバグスターではない。正規版のガシャットと違い、もしプロトガシャットが出来てしまいそれを使う事を強いる状況に陥ってしまえば、その都度寿命を削りながら戦う事になる。仮面ライダースナイプ―――花家大我の様に。その可能性は出来る限り避けて通りたい。

 

「確かにな。分かった。」

 

だが、と立ち去ろうとする所でグラファイトが轟を呼び止めた。

 

「お前だけ筋を通させるのも俺の沽券に関わる。右手を出せ。」

 

轟は言われた通り右手を差し出し、グラファイトはバグヴァイザーの銃口を手の甲に押し付けた。一瞬針で刺される痛みを感じてその不快感に僅かに顔を顰めたが、軽く手を振って流してしまう。

 

「これでガシャットを作れるのか?」

 

「一つだけだがな。」

 

「一つだけ?グラファイト、それどういう事?原則ガシャットは一人一個しか・・・・」

 

「こいつには他の奴らと違い、『個性』が二つある。したがって、ガシャットも論理上二つは作れる。扱い慣れた右の氷のデータを元にまず一つ目を作り、左の扱いに改善が見受けられれば二つ目も作る。今の俺に出来る最大限の譲歩だ。」

 

更に轟の為のノートを懐から取り出し、鼻先に突き出した。

 

「十分筋は通してる。悪いな、無理言って。職場体験、頑張れよ。」

 

「轟君もね。」

 

冷静な見た目がデフォルトだが、出久は体育祭を通して知っている。轟の心の奥底は炉心の様な熱い闘志を秘めていると。業界からは引く手数多だろうが、ノートを受け取った彼がどの事務所に足を運ぶのか、九割方予想はついている。

 

「所でグラファイト、臨時スタッフってどういうこと?何をどうしてそうなったの?いつの間にそんな事になったの?」

 

トイレを後にし、出久は今朝のヒーロー名考案の際に相澤が言った臨時スタッフの事を尋ねた。

 

「校長直々のオファーでな。どうやら俺が休日中お前と別行動している時の活動がSNSやブログなどで拡散したのを見たらしい。『個性』で俺がすぐ近くに立っている公衆電話に連絡を入れて、今までに無いタイプだから是非雄英で手を貸してくれないかと誘われた。」

 

「何それ怖い。」

 

根津の『個性』は動物だてら並みの人間を遥かに凌駕する知能指数であり、彼からすれば紅茶を入れるぐらい容易い事なのだろうが、それがたった一人(というか一匹)に備わっていると言う事実に、出久は薄ら寒さを感じた。

 

「で、具体的には何をするの?」

 

「USJでの一件以来、雄英の生徒を守る能力に疑いの眼差しが向けられているから、主にその対策だ。キャンパスのセキュリティープログラムを今朝の内に一新して穴をパッチとファイヤーウォールで塞ぎ、サポート科に防犯装置各種の開発も突貫で頼んでいる。後は校外で行われる活動の計画書見直し、職場体験で指名が来なかった生徒が選択する事務所のデューデリジェンス及びリスト作成だな。」

 

「臨時スタッフって言う割には結構重要な事任されてる‥‥!!」

 

「誰もやりたがらない事を顔色一つ変えずにやり、言いたがらない事を遠慮なく言える人材は稀だからテコ入れが必要な箇所があれば校長に一度通して許可が下りればご随意にと言われている。余程の越権行為をしなければ制約はほぼ皆無だ。」

 

臨時スタッフの身分でありながら下手をすれば教頭並みの権限を手にしたグラファイトを見て、出久は唯々恐れ入るしかなかった。

 

「では帰るか。」

 

「え、良いの、帰っちゃって!?」

 

「臨時スタッフだからな。それに今日は初日だし、俺はお前の『個性』だ。指名が来た事務所の精査もいくらヒーローに関する知識が人の十倍あったとしても一人だけでは無理だろう。お前の母親にもいい加減説明しなければならない。俺がどういう存在なのか。」

 

「あ・・・・・」

 

そう。出久は未だにグラファイトがどういう存在なのか、母に全て話してはいない。人の姿に変わる事や、ここ数年彼がして来た事も、何一つ話してはいなかった。隠すつもりは無かったと言えば言い訳になってしまうが、やはり話した後の彼女の反応が気がかりでどうしても全て話す事に半歩足を引いてしまう。いくら心が広い性分の持ち主とは言えその広さにも限度という物がある。

 

早々とその限界地点に到達してしまうのではないかと、出久は気が気でならない。

 

「ごめん・・・・・・なんか、色々忙しかったから全部きっちり説明するの忘れてた・・・・」

 

「まったくお前と言う奴は・・・・・かなり抜けているな。頭の回転は速いくせに。」

 

「グラファイトだってここ数年は何も言わなかったじゃないか!」

 

「馬鹿者、あれはお前の母親だ。お前が説明するのが当然だろう。お前がまごついた時や俺が説明すべき個所はしっかり受け持つが、お前の役目である事が大前提にある。俺はお前の『個性』だぞ?」

 

言い返せず、出久はため息をついた。この調子ではスパーリングだけでなく言い争いでグラファイトに勝つ事は遠い未来の事になりそうだ。

 

やる事も考えるべき事もたっぷりある。

 

「グラファイト、皆がどこに職場研修に行くかって言うのは知ってるよね?」

 

「全員ではないがな。麗日はガンヘッド、切島はフォースカインド、蛙吹はセルキー、轟はエンデヴァー、そして飯田の奴はノーマルヒーロー、マニュアルの事務所に決めたそうだ。保須市の、な。」

 

「やっぱりそうか・・・・」

 

予想していなかった訳ではないが、やはり改めて聞くと心が痛い。以前の自分と似た状況に飯田が立たされているからだ。否、この場合は彼の方がもっとひどい。何せ家族を半身不随の目に遭わされ、ヒーロー生命を絶たれてしまったのだから。人として死んでいなくとも、ヒーローとしてのインゲニウムは間違い無く殺害されてしまった。

 

ヒーローと人間。どちらでもあるが、どちらかの道しか選択できない。飯田もまた出久と同じ人として当然の道を選択したが、ヒーロー殺しへの怒りに任せてされた物だ。今回ばかりはヒーローとしての道を選択して欲しかったと言うのが出久の本音だ。

 

同年代の学生ならまだしも、相手は事前にターゲットを研究し尽くした上で相手を確実に追い詰め、傷付ける事に呵責など感じない冷酷な殺人マシーンだ。ノートを渡したとはいえ現役ヒーローを十七名殺害し、更に二十三名を再起不能にする手練れに彼が一騎打ちで勝てるわけが無い。

 

「私が独特の姿勢で来た!!」

 

廊下の突き当りを曲がろうとした所で上体をほぼ九十度に曲げた状態のオールマイトが飛び出してきた。

 

「うぉおぅ!?ど、どうしたんですかそんなに慌てて。」

 

「ちょっとおいで。」

 

二人は屋上までオールマイトについて行った。既に敷地内からかなりの数の生徒が三々五々帰途についており、ほとんど人影が無い。

 

「単刀直入に言おう。君にはたくさん指名が来ている。で、もう一つ遅れて指名が来た。グラン・トリノという、一年間だけ雄英の教師をしていたお方であり、当時の私の担任だった。」

 

「デューデリの手間が一つ増えるだけの事だろう。そんな些末な事を伝える為に呼び出したのか?」

 

「彼は、ワン・フォー・オールの事を知っている。その事で緑谷少年とグラファイトに声をかけたと言って良い。」

 

「知っているという事は、お前の師匠であり志村奈々と関係があるという事か。しかしそれだけ昔のヒーローならば、今はもう老いて引退していてもおかしくはない。何故そんな奴が指名を?まさかワン・フォー・オールを使いこなせているか品定めをすると言う訳ではあるまい?」

 

「い、いや・・・・・その通りかもしれない。」

 

ピキリとグラファイトのこめかみに青筋が浮かんだ。

 

「ほう。偉く足元を見られたものだな。」

 

「い、いや、決して君達の力を疑って指名して来たわけではない筈だ。しかしあの時後継者が出来たと話してからこうするつもりだったのか‥‥?いやそれとも私の至らない指導に目も当てられずに重い腰を上げて来たとか・・・・・敢えてかつての名で指名して来たという事は・・・・怖ぇ、怖ぇよ!震えるなこの足め!!」

 

学生時代のトラウマか何かが蘇ったのか、巌の様なマッスルフォームのオールマイトが恐怖に全身を打ち震わせ、笑い始めた膝を叩き始めた。

 

「・・・・・オールマイトが、ガチ震いしてる・・・!!」

 

「と、兎に角、君を育てるのは私の責務なのだがせせせせ折角のご指名なのだから、存分にしごかれてくくくるっくるっく・・・・・」

 

最早まともに喋る事すら出来ない程の精神的な追い詰められた様は出久の心を一気に不安で満たした。オールマイトすら恐怖する程のヒーローとは、一体如何なる存在なのか?

 

「ほう、オールマイトの担任か。面白そうな相手ではないか。出久、喜べ。指名して来た事務所のデューデリの手間がたった今省けたぞ。行先はグラン・トリノに決定だ。」

 

「うん、分かった。グラファイト、先に帰っててくれるかな?ちょっとオールマイトに話したい事があって。」

 

オールマイトが差し出した指名先の情報を書いたメモを受け取って無言で頷き、別のメモを渡すと、グラファイトは去った。屋上のドアが閉まったのを確認した所で出久は口を開いた。

 

「私に話・・・・察するに、爆豪少年の事だね。」

 

「はい。あの時、僕は勝っても全然嬉しくなかったです。」

 

「うっすらとだが気付いてはいたよ。今の君と彼とでは、力の差が開き過ぎているからね。今日は欠席だったそうだが、よほど君に負けた事がショックだったのだろうな。」

 

傍若無人に服を着せたような人間。しかしヒーローとして超えてはいけない一線は越えない。激情家に見えて冷静というか、みみっちい。だが能力だけ見ればずば抜けている。爆豪に対するオールマイトの評価はそんなものだった。

 

そして一度、二度、三度と彼が敗北する様を通して、唯一彼を支えているプライドに罅が入り、遂に崩れて行くのが見てとれた。

 

「倒した僕が言うのもなんですけど、彼は大丈夫なんでしょうか?昨日、彼の家に電話して謝ったんです。でも、逆に感謝されたんですよ。自分より強い人間はこの世にごまんといると、身の程を知らせてくれてありがとうって。」

 

「私にも分からない。彼は実力とそれに対する絶対的な自信が打ち砕かれたのだ。それも彼は人生で君に連敗するまで挫折した事が無いと聞く。挫折に対する慣れが無いまま成長し、自尊心が肥大化してしまった彼が立ち直るにはかなりの時間を要すると思う。」

 

「君は爆豪少年の家人に礼を尽くした。なら今度は爆豪少年に礼を尽くし、立ち直るのは彼自身に任せるべきだ。違っていたら訂正してくれて構わないが、君は別に爆豪少年を心の底から憎んでいた訳ではないのだろう?」

 

「はい。そう、ですよね・・・・・」

 

「罪悪感を感じるのは分かる。君はそれだけ優しい心の持ち主だ。だが、優しさは時に傷つける事もあるんだ。それを忘れないでくれ。」

 

「はい。話は、もう一つあるんです。体育祭で優勝した時、僕は勝てて良かったと思えませんでした。グラファイトは強さを知って日が浅いのが原因だって言ってました。強くあるという事がどんな意味を持つのか、自覚がまだ薄いって。」

 

「なるほど。確かにね。弱さを知っているから強くなれると言う言葉は間違ってはいないが、致命的な穴がある。強くなれると言うのは間違い無いが、その強さを恐れ、弱いままでいいと思う物も少なからず存在するからね。強くあるという事は、その強さの使い方、強さの在り方を損なわぬように自らに制限をかけるという事になる。君は、迷っているんだね。自分がどんなヒーローになりたいのか。」

 

「だから、昨日の夜から寝ないでずっと考えてたんです。僕はこれからどうあるべきか、どうありたいのか。」

 

これが証拠だと、リュックからノートを取り出して見せた。

 

それを受け取り、オールマイトは慎重に一ページずつに目を通した。時に書き綴られ、時に書き殴られた文字は、出久が存在を自覚した、心の奥底に巣食う闇を集約した物だ。ページを捲るその都度、眉間の皴が深まっていく。

 

これほどまでに深く、重い物を背負い悩み続けて来たのか。これほど世論に雁字搦めにされ、崖っぷちに追い詰められた状況から死に物狂いで巻き返して、未だ折れずにここに立っているのか。もし誰かが不用意に何か心無い言葉をぶつけていたら、自傷や不登校、最悪自殺を図っていたかもしれない。

 

強いという事を知らない?これで?とんでもない。これほどまでに逆境をバネにしてここまで這い上がってきた雄々しき強者を、オールマイトは見た事が無かった。

 

「緑谷少年。これを読んで、私は改めて君に謝らなければならない事に気づかされた。君は、物心ついた時から崖っぷちでギリギリ踏ん張っていた。初めて君に出会ったあの日、私は君を殺していたかもしれない。もしグラファイトがいなければ、私の言葉はその崖っぷちから奈落へと突き落とす引き金になったかもしれない。事情を知らなかったから、などとつまらない言い訳はしない。未来ある若者の夢を否定し、生きる希望を奪おうとしたのは他ならぬ私だ。本当に申し訳なかった。」

 

トゥルーフォームに戻ったオールマイトは跪き、コンクリートに額を擦り付けて詫びた。情けない。なんと情けない。何が平和の象徴だ。燃え盛るビルから二十人救出出来た所でボロボロになった少年の心一つ癒せないで、何がヒーローだ。

 

「あの時オールマイトが僕の言葉を否定してくれなければ、今の様に強くはなれませんでした。だから大丈夫です。自覚は無かったかもしれませんけど、あの時確かに僕はオールマイトに試練を課せられました。夢も現実も相応に見た上で、憧れのヒーローの否定を覆すと言う試練を。だから、謝らないでください。今は確かにまだ迷っています。でも僕はいつか絶対自分自身が納得出来る、僕だからこそなれる、自分が好きになれるヒーローになって見せます。」

 

差し出された出久の手を見て、オールマイトは目頭が熱くなるのを感じた。駄目だ。ここで涙を見せてしまっては色々とおしまいだ。

 

やはり、人選を誤ってはいなかった。

 

「素晴らしい答えだよ、緑谷少年。私もまだまだ勉強が足りないな。また何か相談事があればいつでも連絡してくれたまえ。戦闘に関してはグラファイトがいるが、ヒーローとしての経験やその他の相談ならばいくらでも乗る。ヒーローは助け合ってなんぼだからな。HAHAHAHA!」

 

「その時は宜しくお願いします。」

 

出久の手を掴んで立ち上がり、笑った。出久もそれにつられて大声で笑った。

 

「では、そろそろ君も帰りたまえ。グラファイトが待っているだろう。職場体験、頑張れよ。」

 

「はい、失礼します。」

 

出久が去った所でグラファイトに渡されたメモ用紙を開いた。70とだけ書かれている。

 

「残り三割か・・・・・間に合えばいいのだが・・・・」

 




次回、File 42: 職場体験、Let’s challenge!

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File 42: 職場体験、Let’s challenge!

遂にビルドが終わってしまった・・・・・どうなりますかねー、ジオウ。ジクウドライバーのデザインや変身音はシンプルで結構好きなんですけど・・・・


職場体験当日の朝、グラファイトと出久は早めに1-Aの教室に来ていた。

 

「予想以上にすんなり受け入れられたな。」

 

「そこは僕もちょっと意外だった。でもよかったよ、母さんがグラファイトの事怖がらなくて。と言うか結構受け入れてたよね。」

 

「怖がられるような事はしていないが?」

 

「眼付も変身した時の姿、十分おっかないよ。場合によっちゃヴィランに見えるヒーローランキングで上位取れるぐらいには。」

 

「まあ何はともあれ、これでお前の名義で新たな銀行口座を幾つか開く事が出来た。現金を隠し切れなくなってしまっていたから困っていたのだが、ようやくこれで問題が解決した。」

 

「ああ、うん・・・・あれは母さんもびっくりしてたよ。」

 

グラファイトの手腕で着実に増えていた現金は最早出久の部屋だけに隠しきれるほど少なくなかった。それを見て引子も二度卒倒し、半分はくれてやると言うグラファイトの言葉に再三意識を持って行かれたが、流石に多過ぎると断り、協議の結果全体の30%だけを必要な所に充て、使わなかった分は手持ちの口座に均等に振り分ける事を落としどころにした。

 

二割は出久名義でグラファイト専用の口座を二つ開き、そこに半分ずつ貯金した。残りの半分は一割ずつ適当な募金やヒーロー育成機関に匿名で寄付し、ようやく大金の存在を心配せずに生活できる、と出久は安心した。

 

実際は後三千万程の現金が出久の部屋のどこかに隠されているが、この隠し金の事はグラファイトしか知らない。

 

「グラントリノって、どんなヒーローなの?」

 

「ヒーローとしての知名度は皆無と言える。盟友である七代目、志村奈々の意思を汲んでオールマイトを鍛える為に資格を取っただけらしいからな。奴の怖がり具合から妥協無しの実戦重視なのはまず間違い無い。『個性』はジェット。吸い込んだ空気量に応じて足の裏からジェット噴射で屋内外問わず高速移動が可能らしい。若い頃は短時間とは言え飛行も可能だったとか。」

 

「盟友って事は、やっぱり知ってるのかな。オール・フォー・ワンの事。」

 

「間違い無く知っているな。戦った事もあるはずだから、引き出せる情報は全て引き出しておけ。」

 

「引き出しておけって・・・・・・グラファイト、来ないの?職場体験。」

 

無言で首肯するグラファイトを見て、出久は少しばかり寂しくなったが、グラファイトの性格を誰よりも分かっているからこそ不参加の理由も分かっていた。

 

立てなくなれば何時だって彼はやってくるだろうが、自分の脚で立てる間は、自力で出来る事がある間は自分で立つべき。それが戦士としての誇りであり、義務であり、ケジメなのだ。

 

「俺にしか出来ない、やるべき事があるからな。お前はお前のやるべきことに集中すればいい。来たるべき戦いの為に。」

 

「オール・フォー・ワンとの全面対決、だね?」

 

「ああ。オールマイトのデータは今丁度七割。奴は時が経つにつれ憔悴して行ったが、オール・フォー・ワンはそうはいかない。受けた傷は完全に治りはしなくとも、数多の『個性』を取り込んで戦力は確実に上がっている。年単位の時間で開いた差は決して小さくはない。俺の予想では、最終的に我々で倒す事になる。」

 

ワン・フォー・オールを除く『個性』を奪い、己が物とする事が出来る悪の根源。その手練手管で善悪の判断を狂わせ、悪の頂点として犯罪社会に水面下で暗躍する影の王。オールマイトと相打ちながらも生き延びる程の死闘を演じた究極の敵役。

 

出久はそんな途方も無い相手と戦う姿を想像したくなかった。そんな相手と渡り合える程強くなった自分を想像出来なかった。

 

しかしその思考をドアの開閉音が中断させた。入って来たのは蛙吹と麗日だ。

 

「おはよう、緑谷ちゃん、グラファイトちゃん。ちょっといいかしら?」

 

「いいよ、蛙吹さん。」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。二人に話があるの、お茶子ちゃんが。」

 

雄英に入学してから出来た本当の友達と呼べるのは、初めて自分の力を認めてくれた飯田、戦いで心を通わせた轟、己の未開の地を開拓した芦戸、そして偶然入試で助けて知り合い、爆豪との因縁を話し、決勝戦での戦いを見られて以来どこか距離が離れてしまった麗日。

 

「分かった。」

 

「私は外で待ってるわ。終わったら教えて頂戴。」

 

ドアの開閉音の後に、静寂が訪れた。

 

「デク君、ほんまにごめん。」

 

オールマイトに続いて、またか。

 

「最低やね‥‥デク君にはデク君の事情があったのにウチ、それ全部無視して勝手な事ばっかり言って。」

 

また謝られるのか。何も悪い事をしていないのに。

 

「どれだけ苦しかったか分かる筈無いのに、何もかも知ったような事言ってごめん。」

 

「いいんだよ。麗日さんは間違ってないと思うよ。今でもそう思う。でも、僕も自分が間違っているとは思わない。自分はこう思うんだってはっきり言えるんだからそれでいいんだよ。麗日さんはそれでいい。何も悪い事はしてないんだから、もう自分を責めないで。」

 

「同感だな。お前の言葉は確かにエゴだ。正義とはそもそも尺度が変われば中身も変わるエゴそのもので出来ている概念。だがお前はそれを押し付けようとはしなかった。出久が目的を果たして尚、最後まで自分の正しさを貫いたのだ。出久の行動の真意を知り、それでも曲げなかった。誇るべき事ではないか。お前の正義にお前自身がケチをつけては意味が無い。」

 

「泣かないで。泣いたら全然麗かじゃないよ、麗日さん。」

 

頭の中がぐちゃぐちゃになったであろう麗日の顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。さりげなく目を逸らしながらポケットティッシュを差し出し、謝るなという言葉など耳に入らないかのようにしゃくり上げながらも謝罪を続ける彼女の背中を何度か背中をさすってやる。

 

「僕は大丈夫だから。麗日さんも笑って。」

 

自分の為に泣いてくれる人がいるのは素直に嬉しい。だがこんな事で泣いて欲しくはない。

 

「ありがと・・・・デク君。」

 

「麗日さんも、話してくれてありがとう。今日の職場体験、頑張ってね。」

 

「うん。あ、ああの、つ、梅雨ちゃん呼んで来るわ!」

 

赤くなった目を擦りながらドアの方へ向かった。

 

「お前、中々女の扱いに慣れて来た様だな。」

 

「扱いって、そんな人を女たらしみたいに・・・・」

 

グラファイトは肩をすくめた。確かに言い方は悪いかもしれないが、異性への免疫が強くなっているのは確かだし、立派な進歩と言える。そして優しそうな見た目と頼り甲斐のありよう、見た目とは裏腹な戦闘中のワイルドさを兼ね備えた優秀な戦士に成長しているのだ。

 

惚れない奴はいないと言う程ではないが、グラファイトからすれば出久に惚れる異性の一人や二人はいなければおかしいのだ。

 

爆豪を除く生徒が集合した所でコスチュームを入れたケースを棚から取り、各事務所に向かって三々五々に散った。

 

 

 

 

 

 

「あ“ぁーーーーーーーーーー!!死んでるぅ――――――――!!!!」

 

「生きとる!」

 

「あ“ぁーーーーーーーーーー!!生きてるぅ――――――――!!!!」

 

オールマイトに渡されたグラントリノの住所であるボロアパートのドアを開けた所で、内臓と血をそこら中にぶちまけた小柄な老人の死体に出くわした。と、出久はそう思っていたが、実際は滑って転んだグラントリノがソーセージとケチャップを床にぶちまけただけだった。

 

「・・・・・・茶番だな。」

 

元々血が持つ特有の鉄臭さが無かった為、グラファイトは特に焦ってはいなかった。

 

「すまんすまん、昼飯に食う為に移動させておこうと思ったらすっ転んじまってな。聞いとるぞ、お前が九代目らしいな。」

 

「はい。緑谷出久です。で、こっちが―――」

 

「グラファイトだ。」

 

「おお、お前さんの事も聞いとるぞ。えらく色んな事に手ぇ出しとるそうじゃないか。ワン・フォー・オールの出力も着実に上げて来ているとか。」

 

「まあ、一応な。来て早々だが、手合わせをしておきたい。オールマイトの師であり、七代目の盟友であり、ワン・フォー・オールの事を知っていようが、俺には関係無いが、デューデリジェンスの結果、第三者の客観的な評価と言う物がこいつには必要だと感じたからここにいる。まずそれだけは誤解の無い様に言っておく。」

 

初対面の相手にのっけからなんて失礼な事を言うんだと出久は慌てたが、喧嘩腰ながらも合理的な物言いに閉口するしか無かった。グラントリノ自身も特に気にしている様子は無い。

 

「はっきり言ってオールマイトは教えるという事に関してはずぶの素人と呼ぶ事すら烏滸がましい程にレベルが稚拙だ。ワン・フォー・オールを出久に授けた時に直感した。感覚で操れなどと言う曖昧な一文で片づけようとしていたからな。まあその前に俺が釘を刺したが。」

 

「ほう。」

 

凄まじい風切り音と共にグラファイトの顔面があった所に蹴りが飛んだ。グラファイトは特に問題無く反応して回避していたが、内心ではかなり驚いていた。精々自分の腰までしか無い小柄な老人の蹴りとは思えない程に鋭い。

 

「腐ってもプロヒーローと言った所か。その矮躯のどこからそれだけの力が出ている?」

 

「この人・・・・あの年齢で飯田君より速い・・・・!!」

 

更に数度、グラントリノは小回りの利くその体系で狭い屋内の壁や天井を蹴って飛び回り、二人に襲い掛かった。

 

「いきなりか・・・・!」

 

出久も即座にフルカウルを発動してグラディエータースタイルの構えに入って蹴りを跳ね除け、回避と防御を繰り返しながら反撃のチャンスを伺う。

 

「ほう、体は常時解れる様な癖をつけとるな。反応も目ばかりに頼っとらん。よしよし。ならもう一発。」

 

部屋の調度品が壊れるのも構わず、天井を、床を、壁を蹴りながら迫るグラントリノが更にスピードを上げて迫ってきた。最早ただの黄色い霞しか見えない。なまじまだ辛うじてそれが見える分、大抵のものは目に頼り、彼を捉えようとする。

 

しかし出久にそんな未練は全く無い。何の躊躇いも無く目を閉じ、飛んでくる拳の風圧を感じ取った。そして当たった瞬間に首を横に捻ってパンチをいなしその腕を掴み、投げ飛ばす。

 

「Maryland SMASH!!」

 

「昇竜突破。」

 

その先に待ち構えたグラファイトの拳を食らい、反対側の壁に激突した。

 

「グラファイトやりすぎだってば!何でいつもいつもそうやって――」

 

「平気だ。当たりはしたが衝撃は無効化された。ジェットで咄嗟に後ろに飛んでダメージを逃がしている。まあすべては殺しきれていないがな。」

 

「ふぅ・・・む、流石に多少は効いちまうか・・・・・うむうむ、巧い巧い。技は中々だな、どっちも。目に頼る事を完全に捨てる、己の利を切る度胸もある。有精卵の割にはよう練り上げたわい。」

 

「ありがとうございます。」

 

「当然だ。俺はこれで外す。後の事はこいつを死なせさえしなければ好きにすればいい。適当なヴィランにでもぶつけてやれ。脳無でも構わん。」

 

「脳無ってそんな無茶苦茶な・・・・!グラファイトと相澤先生でやっとどうにかなったんだよ!?ガシャットも無しに・・・・」

 

「なら、ヒーロー殺しの一人でも捕縛しに行け。道程で準備運動がてら小物を数匹捻ってしまえ。用事を済ませたらまた合流する。」

 

返事を待たずにグラファイトは静かにボロアパートを去った。

 

「おい、良いのか。出てっちまったぞあいつ。『個性』なんじゃろ?」

 

「あー・・・・・そうか、この事はオールマイトはまだ伝えてなかったんですね。大丈夫です。彼が僕の『個性』って言うのは実は嘘なんです。」

 

グラファイトがどういう存在か、掻い摘んで話すと、グラントリノは目元を隠すドミノマスクの奥で分かったような分からないような、曖昧な表情を浮かべつつもとりあえずは理解を示した。

 

「まあ、そこそこ出来るようだからな。まずは朝飯を食うぞ。食っとらんだろ?」

 

「は、はい。って、朝ご飯にたい焼き食べるんですか!?」

 

「俺は甘いのが好きなんだよ、悪いか。」

 

不健康な、と思いつつも出久は皿のたい焼きを電子レンジに入れて温め直し始めた。

 

 

 

 

「オールマイトか。結果はどうだ?」

 

『脳無はオール・フォー・ワンが作った物で間違い無い。暴行と強盗の犯罪歴があるチンピラに更に四人の人間の遺伝子が見つかっている。それに加えて複数の『個性』に耐えられる様に体を手術や薬物でいじり倒されている。何をしても何の反応も示していないんだ。もう元には戻らない。』

 

「複数の『個性』による副作用で脳に著しい負荷をかけているんだろうな。それに見合う体になるように調整された、正に改造人間だな。故に、改人か。」

 

『君は今どうしている?緑谷少年は・・・・』

 

「グラントリノと一緒にいる。俺は別件で動いている途中だ。許可は既に取ってある。」

 

『別件?どう言う事かね?』

 

「雄英体育祭で何も仕掛けて来なかったのが気になってな。それに俺の変身は勿論、ガシャットの力も奴らに晒している。だが、原理は解明されていない。」

 

『・・・・君はまさか、囮になるつもりじゃあないだろうね?』

 

「流石トップヒーロー。理解が早い。そのまさかだ。ワン・フォー・オールと同様、オール・フォー・ワンは俺を警戒する。篭絡するか、潰すか。どちらにせよ使いを寄越して何らかの形で俺と接触を図る筈だ。向こうにはワープが出来る黒霧がいるのだ、その程度造作も無い。」

 

『それはいくらなんでも危険過ぎるぞ。能力も割れているのなら―――』

 

「全ては割れていない。確かに手札の一部は既に晒されている。だが、まだ晒していない物がある。むしろそれが本命だ。俺は向こう見ずに突っ走るだけの命知らずではない。これはただ利を切っているだけだ。不利も利も平等に躊躇い無く切り捨てられる者こそ、勝利を掴める。」

 

つまり、これは布石なのだ、ヴィランの根源たる男を表舞台へ動かさせる為の。ガシャットやグラファイトをどうにか手に入れれば戦力が増すと思っているだろうが、手に入れて使った瞬間、奴らはバグスターウィルスと言う名の毒を食らう事になる。

 

「志村転弧については・・・・まあ、両腕を落とすぐらいの事はしなければならんだろう。オール・フォー・ワンの甘言に毒され過ぎている。人格にあれ程の歪みが生じてしまった以上、矯正するには洗脳ぐらいしか俺は思いつかん。」

 

『・・・・君が味方ながら恐ろしいよ、私は。』

 

「フハハハ、誉め言葉と受け取っておこう。とりあえず保須に向かう、もう切るぞ。」

 




さーて、ヒーロー殺しのガシャットでも作ってしまおうかなー・・・・?

次回、Extra File 2: 内省!I'M A....?

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Extra File 2: 内省!I'M A....?

大変長らくお待たせいたしました。思った以上に大学院の課題が忙しく・・・・ともかく、二つ目のExtra File 投下です。普通より若干短めですが、どうぞ。


結局、俺は一体何がしたかったのだろうか?何の為に戦いたかったのだろうか?中学時代は納税者ランキングのトップに君臨するなどと馬鹿な事をほざいていた。当然今でこそその間抜け極まるような考えは改めているが、ただ別の、更に間抜けな考えに挿げ替えられただけだ。

 

液晶越しにオールマイトの姿を何度もその目に焼き付けた。どんなに追い詰められようと、必ずその逆境を覆し、勝利する。その姿に、憧れた。それ故にヒーローを目指した。その為のうってつけの『個性』も発現した。だから、自分は誰よりも強くなれる。いや、違う。だから自分は誰よりも強い。周りもそう言っていた。それを信じた。その固定観念に踊らされていた。

 

自分がやらなければならない事は、ただ勝つ事。勝つ事だ。勝たなきゃ駄目だ。勝ちもせずに生きようとする事がそもそも論外だ。勉強も喧嘩も、誰にも格下だなんて思わせる事すら認められないぐらい強くなった。『無個性』だった筈の天に見放された木偶の坊を見下し、踏みつけた。それによって少年時代のあの敗北感を塗りつぶそうとした。

 

しかし結局上塗りになっただけだ。自分は今、誰よりも弱い。それを認められず、下らない意地を張り続け、再三負けの上塗り、更には恥の上塗りを繰り返した。これではどっちが雑魚の木偶の坊か分かったものじゃない。

 

「何がヒーローだよ・・・・・クソが。」

 

帰ったその日は柄にもなくショックで寝込み、熱を出した。熟睡して翌々日の昼にそれは引いたが、更に次の日は初めて仮病で休んだ。部屋に閉じこもり、体育祭最終種目の決勝戦の映像がアップロードされた物を何度も何度も見直した。そして見直すうちに思い知らされる。結局自分も底辺と見下していた連中と変わらない。自分の覚悟が、鍛錬が、どれだけ中途半端で、脆弱で薄弱か。

 

今頃クラスの連中は職場体験を始めているだろう。欠席中に通知やその他の物が郵便受けに来ていた。だが今の自分にはどうでもいい。

 

机の引き出しに入っている畳まれた書類を引っ張り出した。何度も握り潰していた所為で紙面は皴だらけになっているが印刷された退学届の三文字はきっちりと見える。所々インクが滲んでいるが記入すべき事項はすべて書いてあるしちゃんと読める。ハンコも親が留守の間に荷物を受け取る事がある為場所は把握していたから既に押してある。

 

敗者は黙って去る。勝負事でプライドを粉々に打ち砕かれるような大敗を喫した者に出来るのは最早それだけだ。

 

しかしそれでもやはりヒーローの道を進みたいと言う未練の欠片がなかなか抜けない棘の様に自己主張を続ける。

 

部屋の扉がノックされ、慌てて退学届を引き出しの中にしまった。

 

「んだよ。」

 

「話あるから開けて。熱、もう引いてるでしょ?」

 

母の光己が扉越しにそう答えた。爆豪も立ち上がって扉を開けた。あの声はてこでも動かない時特有の声音だ。さっさと言いたい事を言わせた方が良い。

 

扉を開けると二人はそれぞれベッドと机の椅子に座り、向かい合った。

 

「体育祭が始まる何日か前に、パートの帰りで出久君に会ったのよ。」

 

あの時の表情は印象深く、光己は今でもはっきりと覚えている。気弱でおっかなびっくりな性格は鳴りを潜め、目には覇気が宿り、鞘に収められた刃の様な気配をごく自然に纏っていた。体付きも別人のように隆起しているのが服の上からでも見て取れる。

 

挨拶を交わした所で出久は人目も憚らずその場に跪き、額をアスファルトで叩き割らんばかりの勢いで頭を下げた。

 

『僕は体育祭で、爆豪君を殴ります。全力で。今まで虐められた分の借りを返す為に。ヒーローがする事じゃないのは分かってます。でも僕は人間だから。こうでもしないと前に進めない。彼の事は良く思っていませんけど、おばさんは好きだから、先に謝ります。本当にごめんなさい。』

 

爆豪君。かっちゃんではなく、出久は彼を爆豪君と呼んだ。それだけで、光己は悟ってしまった。どれだけ自分の息子が彼を傷付けて来たのか。腐らず、それをバネにする為に

 

「久しぶりに会った子供が土下座しながらそんな告知かますなんて思わなかったよ。無駄にきれいな姿勢だしさ。でもあれ見て、出久君は強くなったんだなあと思った。ヒーローでもないのにあんたの事助けた時もそうだけど、あんたにされてる事が嫌いだから、はっきりと嫌だからやめさせる為に対抗するなんて小学校の頃じゃ考えられなかった。」

 

ならば今母親としてしなければならない事ははっきりしている。本当はもっと早くにやるべきだった。悔やんだ所で過ぎた時間は戻らない。

 

「もうあんたがケジメ付けられる方法は一つしか無い。出久君がしたみたいに、頭下げて詫び入れに行きな。出久君と、出久君のお母さんにも。そっから彼がまた友達としてやり直したいって歩み寄るか、縁切るかは彼の自由。どうしようとも、あんたはそれに従いなさい。雄英やめるかどうかは、そん時に決めればいい。」

 

ぎくりと爆豪は肩を強張らせた。

 

「何年あんたの母親やってると思ってるんだい、負けが込んで悩んでた事は知ってるよ。部屋の掃除してる時に偶然見つけちまったのさ。ティッシュみたいにグッシャグシャだったけど。」

 

二人の間に長い沈黙が訪れた。全てを見透かしている母親に爆豪は何を言えばいいのか分からず、口を真一文字に引き結んで視線を床に落としたが、光己が沈黙を破った。

 

「あたしもね、最初は子供の喧嘩に親が出るのはどうかと思っていた。当人同士でしか分からない事もあるだろうし、内々で解決出来る様に立ち回るのも勉強だからって。あんたが出久君泣かす度に一緒に謝りに行って、成長すればあんたも多少は分別がついて馬鹿な事をしなくなるんじゃないかと思った。」

 

誰と仲良くするかは当人の自由であり、親が制限出来る物でもなければするべきでもない。幼馴染と疎遠になる。端から見てもそれは実に惜しく、寂しい事だが、出久がそれ以上の被害に遭わずに済むのならばそれもやむなしと思った。

 

しかし光己の期待とは裏腹に、その期待は大きく裏切られた。何一つ変わらないどころか輪をかけて酷くなった。デクという名称が誰を指しているのかも、見当をつけるのにそう時間はかからなかった。

 

「自分が情けなかったよ。正直、どこであんたの育て方を間違えたのかって真剣に悩んだ。あんたが雄英に行くのも止めようかと思った。いじめっ子がヒーローになった所で誰も得なんかしないって思ってね。お父さんと話してそれは流れたけど。でも、一つだけどうしてもわからない事がある。あんた、何で出久君がそんなに嫌いなの?」

 

「・・・・・あいつが・・・・・」

 

――弱ぇくせにヒーロー面するからだ。

 

『君は僕が嫌いなんでしょ?自分を嫌う人と距離を置こうとしてるだけなのに、毎回突っかかって来るのはそっちじゃないか。』

 

違う、そうじゃない。違う。『出久』がいつしか『デク』に変わったのは―――

 

『大丈夫?立てる?頭打ってたら大変だよ?』

 

あの手を差し伸べる姿に、ヒーローの面影が見えたからだ。たとえ誰であろうと迷わず助ける、自分には無い底無しの優しさという名の強さを持った、自分では決してなる事が出来ないヒーローの面影が。

 

『個性』も無いくせにその姿を見せつけたから。寝ても覚めてもちらちら見える。

 

グラファイトが現れてからもそれは変わらなかった。自分よりもヒーローだと、勝つ度に思い知らされた。

 

何度も、何度も。

 

何なんだ、お前は?何故そこまでやれる?

 

それがどうしようもなく、狂おしい程に羨ましく、妬ましかったから。『個性』がある自分がそれに劣る筈が無い。劣るような事があってはならない。分からないのが嫌だった。理解できないのが怖かった。それが恐怖の種に凝り固まり、歪みに歪んで育ち、巡り巡ってこのざまだ。

 

『痛いか?だろうな、貴様の拳に罅が入る一歩手前の圧力をかけているのだ。痛くない筈が無い。だが、貴様が十年間出久に与え続けて来た痛みに比べれば、この程度は擦り傷に等しい。一度しか言わんからその沸点が低い単細胞なりの脳味噌で理解しろ。今の出久は貴様如きが足元にも及ばぬ程に強くなった。たった四年近くで。そしてこれからもその強さは増していく。少なくとも既に肩を並べられたと認識を改めぬ限り、貴様が出久は勿論の事、我々二人に勝つ事など、永劫叶わぬと知れ。』

 

今なら分かる。何度も動画で出久の戦う姿を見た。必死で、一生懸命で、何度倒されても諦めずに立ち向かっていく。あれぞ正しくヒーローの戦い振りだ。強さを自慢する独りよがりな自分とは大違いだ。

 

オールマイトともかけ離れている。

 

胸の奥にずしりと響く痛みがその証拠だ。これ以上意地を張っても意味は無い。もうやめろと、そう言っている。

 

「終わったら。」

 

「ん?」

 

「職場体験、終わったら行くわ。」

 

「そ。じゃ、先に昼ご飯食べよっか。今日はチゲ鍋用意してあるから。何を言うかは後で考えればいい。」

 




次回、File 43: DANGER! DANGER! 緋色のキラー

ステ様登場です!

ジオウも中々いい滑り出しになっています。

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File 43: DANGER! DANGER! 緋色のキラー

一部は久々に見直したFate/Zeroの聖杯問答を参考にしております。

そしていよいよステ様 On Stageです!


「やれやれ、探すのが随分と手間がかかる男だな、お前は。ヒーロー殺しステイン。」

 

黄昏時の路地裏でぐったりしている血塗れのヒーローを見下ろす返り血を浴びた男を建物の屋上から見下ろし、グラファイトは声をかけた。

 

「ハァ・・・・・お前も、ヒーローか?」

 

ゆっくりと男は頭を上げ、グラファイトの姿を捉える。目元を覆う色あせた白いバンダナ越しに見える双眼は静かに、しかし激しく燃ゆる意志を灯しており、自然とグラファイトの口元を緩ませる。

 

本物の殺意。本物の闘気。そして断固たる決意。レベルはブレイブやスナイプにも比肩する。

 

「一応そうだ。だが、お前が思っている種類とは違う。」

 

「お前は・・・・・成程、確かにお前は粛清対象には該当するとは言えないな。そしてお前の使い手、緑谷出久。ヒーローを成すは『個性』に非ずというあの言葉・・・・・・奴も実に良い。ヒーローと認めるに相応しい。そんなお前が俺に何の用だ?」

 

「個人的に聞きたい事があるから話をしに来た。貴様の言う粛清対象に俺が当てはまらないと言うのならば、それぐらいは構わんだろう。そいつも最早手遅れだしな。」

 

夕暮れが僅かに照らしているそのヒーローは十箇所近くに切創、割創、刺創がある。脇腹、太腿、喉など、大部分が急所だ。どの傷も例外無く深い。応急処置をした所でもう手遅れだろう。

 

「良いだろう。だが、貴様のヒーローの定義も聞かせて貰うぞ。返答次第では粛清対象に当て嵌め直す必要があるのでな。場所を変えるぞ。ここは・・・・・目立ち過ぎる。」

 

ステインは両手のナイフをシースにしまい込み、五歩にも満たない助走で飛び上がると両脇の壁面を交互に蹴って屋上に上り詰め、移動を始めた。刀に加え多数の刃物、そして鉄板と棘付きの半長靴を履いていると言うのに動きは機敏だ。

 

グラファイトも黙って彼を追った。未だ保須の市内にはいるが、比較的人の往来が少ない辺りで足を止める。

 

「さて、では始めようか。ヒーロー問答を。お前はどれ程の大望をその刃に宿しているか。それに如何なる義が、道理があるか。聞かせて貰おう。」

 

「ハァ・・・・・言うは易しだが、俺が目指すのは、『英雄』の称号をあるべき姿に戻す事だ。その為にこの十年間、世界に蔓延るヒーローとは名ばかりの拝金主義者や目立ちたがり屋の贋物を粛正し続けて来た。社会が、己を蝕むガンの存在に気付き、自らそれを排斥する日まで。それにより、本物のヒーローが、第二、第三のオールマイトが現れる。」

 

「では更に問おう。貴様の、英雄の定義とは何だ?」

 

「ヒーローとは、自己犠牲の果てに得うる称号でなくてはならない。見返りを求めた時点で、ヒーローを名乗る資格なし。ただの贋物。成りたがりの、ゴミだ。」

 

「なるほど、確かにな。お前の言う通り見返りを期待した時点でそれは最早正義に非ず。損得勘定、エゴだ。・・・・邪魔が入った。」

 

グラファイトの視線の先にステインも気配を巡らせ、ナイフに手をかけた。黄昏に霧が出るなどあり得ない。ましてやそれが黒いのならば猶更だ。

 

「黒霧・・・・だったか。」

 

「覚えて頂いて光栄です、龍戦士グラファイト。そしてお初にお目にかかります、ヒーロー殺しステイン。貴方がたお二人に話があります。」

 

「お二人?俺もなのか?」

 

片方の眉を吊り上げ、グラファイトは黒霧を一瞥した。

 

「ええ。そうです。危害は加えません。そちらが何もしなければ、の話ですがね。」

 

「分かった。良いだろう。」

 

「ハァ・・・・・貴様らの話に興味は無いが、このグラファイトとは話の途中なのでな。一応ついて行く。」

 

「ではこちらをくぐって下さい。私の店に案内致します。」

 

黒霧が創り出したゲートに二人は足を踏み入れ、黒霧自身も霧散し、その場は無人となった。

 

 

 

 

「遅ぇよ、黒霧。」

 

「申し訳ありません、死柄木弔。探すのに少々手間取ってしまいまして。ですが、二人が丁度あっていたので幸いでした。一人ずつ探し回る手間が省けたので。」

 

「俺は話の腰を折られてイライラしている。要件を早く話せ。」

 

「大方察しはつく。どうせ、ヴィラン連合に寝返れとでも勧誘するのだろう?」

 

グラファイトの言葉にステインの目の色が変わり、だらりと下げられた両手の指が僅かに引き攣る。

 

「ヴィラン、連合・・・・?ハァ、雄英を襲った連中か。だとすれば、誘う相手を間違えたな。俺は贋物同様、貴様らのような奴らが嫌いだ。奥に座っているそいつはどうか知らんが、お前、黒霧と言ったな。お前は、『個性』からして幹部クラスと言った所か。丁度いい。」

 

ステインの動きは速かった。瞬きする間にナイフを黒霧と死柄木に向かって投げつけた。黒霧はワープゲートを開き、死柄木に向かうナイフを消して自分に向かうナイフの軌道と直角になるように新たなワープゲートを開いた。狙い通り、二本のナイフは空中でぶつかり、甲高い金属音と共に木製のフローリングに落ちたが、ステインは既に次の手を打っていた。

 

「遅い・・・・」

 

カウンターを飛び越えながらピルスナーとペティーナイフを一つずつ掴み、再び死柄木に向かって投げつける。

 

「同じ手は――むぅっ!?」

 

再びピルスナーをワープゲートで飲み込もうと気を取られた隙に、黒霧の肩をバーテンダーの商売道具の一つであるアイスピックが肩の肉を抉った。

 

投げたのはステインではない。角度と本人の位置からしてあり得ない。ならば投げたのはグラファイトと言う事になる。しかし彼はカウンターから十歩弱は離れている。ワープも出来ない彼がそれを手にするのもあり得ない。

 

「即席のコンビとは思えませんね。」

 

それを即座に引き抜き、ステインはそれに付着した血をその長い舌で舐め取った。その瞬間、黒霧の動きは止まる。

 

既に死柄木も肩に傷を負わされており、床に転がされていた。マホガニーのフローリングの汚れが更に広がっていく。

 

「何かを成し遂げるには信念が必要だ。そして常に弱い者が淘汰される。今のこの状況が良い証拠だ。」

 

「いってぇ・・・・・マジで強いな、どっちも。」

 

ステインは高枝切り鋏の様に一対の鉈を交差した状態で死柄木の首に突き付けた。

 

「黒霧、こいつ帰せ。」

 

「か、体が、動かない・・・・!恐らくヒーロー殺しの『個性』ですね・・・・」

 

「ヒーローが本来の意味を失い、偽物が蔓延るこの社会も、いたずらに力を振りまく犯罪者も粛清対象だ。」

 

刃が死柄木の喉笛を裂かんと迫って行く。しかしその一つが死柄木の顔を覆う掌に当たりそうになり、痛みも厭わず死柄木はその刃を掴んだ。

 

「・・・・殺すぞ。」

 

たちまち刃は錆びつき、塵となった。

 

「口数が多いなあ。信念?んな仰々しいモン無いね。強いて言うなら、オールマイト。あんなゴミが祭り上げられてるこの社会を滅茶苦茶にぶっ潰してやりたいとは思っているよ。」

 

繰り出される掌に『個性』の絡繰りがあると直感したステインは反射的に後ろに下がり、新たにナイフを引き抜いて構えた。

 

「折角傷が治って来たってのに…‥こちとら回復キャラいないんだぞまったく。」

 

「それがお前か。俺とお前の目的は対極にある、これは変わらん。だが、今を壊すという一点において俺達は共通している。死線を前にして俺が見極めたお前の本質はそう現れている。お前がどう芽吹くか見極めてから始末するか否かを決めても遅くはなさそうだ。」

 

「それは違うなあ、ステイン。」

 

そう言いながらグラファイトは先程死柄木が座っていたテーブルにあるレモンの切り身が入ったコーラを取り、一口飲むと顔を顰める。無駄に甘い。

 

「確かに今を壊すと言う点ではお前と同じだが、こいつらは後の事など何一つ考えていない。」

 

「後の事?どういう意味だ?」

 

「気付いていないのか?肝心な質問の答えが欠如している事に。それからどうなる?それからどうする?という質問に対する答えが。」

 

彼の言葉にピクリとナイフを握るステインの手が震えた。

 

「ハァ・・・・興味深い見解だ。続けろ。」

 

「見れば分かる筈だ。こいつは力を振りかざす事に味を占めた、暴力という名の蜜に酔っているジャンキーであると。となれば、それをよしとしないオールマイトとヒーロー社会は邪魔になる。しかしこいつは社会を変えると言う免罪符(言い訳)を楯にして、お前を引き込もうとしているに過ぎない。いたずらに力を振るう小悪党などより余程質が悪いぞ。」

 

「歪と感じる理由は『壊す』と言うのが目的であると同時に手段であるから、か。なるほど、先見の明を感じない理由が、今はっきり分かった。要するにガキの癇癪と言う物か。」

 

「誰がガキだ・・・・」

 

『チュドド・ドーン!』

 

ビームガンの銃撃が死柄木の手負いの肩を掠め、人肉が焼ける臭いが立ち上る。

 

「貴様の事に決まっているだろう。黙っていろ、鼻たれ小僧が。今は大人の喋る時間だ。まあ、どうしても口を挟みたいのならばまたこいつで会話してやるが。高出力のエネルギーを塵に出来るかどうかは甚だ疑問だがな。試してみるか?指が落ちても責任は負いかねるが。」

 

顔を覆う手の奥から殺してやると言わんばかりにグラファイトを睨みつけたが、グラファイトはそれを鼻で笑った。

 

「続けろ。」

 

「それに、だ。こいつは自分の力では何一つしていない。現場に行きはするが、そこの黒霧や脳無に命令を下す。おんぶにだっこと言う体たらくだ。自分ではそれが確実に出来ると言う自信が無い表れとしか取れない。はっきりと言っておく。こいつらに与した所でお前の信念が汚れるだけだ。」

 

グラファイトは立ち上がり、黒霧が無言で作り出したワープゲートを通って消えた。ステインもその後を追い、バーにいる人間は死柄木と黒霧だけになった。

 

「おい、黒霧何してる!?何であいつらを行かせたんだよ!」

 

「交渉は決裂しました。あちらがわざわざ来たのは、明確な意思表示の為、と言った所でしょう。お二方の戦闘能力は未知数である以上、無理に引き留めるのは不毛と判断したまでの事です。」

 

何よりここで暴れればせっかくの拠点も台無しになる。

 

「あの野郎ぉ・・・・・・言うだけ言って逃げやがって・・・・・・あのヒーロー殺しって気違いも・・・・俺に刃ぁ立てといてタダで済むと思うなよ…!?」

 

 

 

 

「ハァ・・・・・お前には礼を言うべきなのだろうな。」

 

「フハハハ、背中が痒くなるからやめておけ。柄にもない事はするものではないぞ。まあ、アイスピックをいきなり投げ渡された事に多少驚いたのは否めんが。話の続きをしようか。」

 

「そうだったな。ハァ・・・・では、お前の番だ。ヒーローとは何だ?何を以てお前は緑谷出久とヒーローを志す?」

 

「大体お前の理想とする物と変わらないが、更に一つ付け加えるならば、勇気を持つ者だ。」

 

「勇気?」

 

「当たり前だと貴様は思うだろう。だが、それが俺の答えだ。」

 

ヒーローとは弱きを救う者。その手は万人に差し伸べられなければならない。たとえ救いを望まぬ者であったとしても、そしてヴィランであったとしても、それは変わらない。

 

「勇気にも色々ある。身を挺する勇気、不条理に立ち向かう勇気は勿論、己を変える勇気、弱さを認める勇気、仲間に弱さを見せる勇気、仲間を信じる勇気、許す勇気、そして誤った道へ進んだ友を殴ってでも止める勇気。俺はこれら全てが開花するのを数年越しに見ている。緑谷出久という、後世にまで名を遺すであろう誇りある戦士の人生に。それに感銘を受けた。故に俺は、奴と共にヒーローとなり、その生き様を最後の一瞬まで見届ける。出久はいずれお前の前に立ち塞がり、お前を止める。その時に思い知るがいい。俺は、正しかったと。」




次回、File 44: 誰かの為に削るHP

SEE YOU NEXT GAME........


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File 44: 誰かの為に削るHP

またほぼ一か月ぶりの投稿なのに短い・・・・・
ギリギリ四千字にすら届かないとは・・・・


「小僧、ついて来い!」

 

「はいっ!」

 

新幹線の壁を突き破って来た相手を引き離して二次被害、三次被害の妨害が先決だ。

 

四つの目と露出した脳味噌。最初に会敵した個体とは違う薄緑色の体表、異様に長い手足、そして痩身であるなどの差異があるが、見間違えようが無い。脳無だ。

 

足裏のジェット噴射によるスピードに乗ったグラントリノの蹴りに合わせ、出久も渾身のストレートを腹に叩き込んだ。壁、ビルの一角をぶち抜きながら三人は市街地へと飛んでいく。

 

「グラントリノ、気を付けてください!こいつはUSJにいたヴィランと同じで『個性』が幾つかあります。膂力も薬物で上がってる。」

 

正直考えたくないが、もし超再生とショック吸収の『個性』を付与されていたらグラントリノだけでも倒すのは無理だ。グラファイトとの共生状態で変身し、ガシャット二本に加えてエナジーアイテムを大量に使う必要があった。そこら辺にいるヒーローではまず倒せない。

 

「あ奴の力で造られたヴィランか。俊典から聞いとるわい。廃人になっちまって救う手立ては無いそうじゃな。」

 

瓦礫の中から脳無が這い出て来た。甲高い奇声を上げながら逃げ遅れた市民に向かって行く。

 

「見境無しか‥‥!GLADIUS SMASH!」

 

罅壁や木などの硬い物にぶつけて強化された出久の指は、ワン・フォー・オールの力も相俟って脳無の脇腹に沈み込んだ。不快極まりない生暖かさが指先を包んでいく。

 

「貫いた・・・・!?」

 

つまりショック吸収と超再生の『個性』を持ってはいない。ならば、とフルカウルの出力を上げ、拳が風を切る。

 

「十、二十・・・・・・三十・・・・・・・四十・・・・・五十・・・・・!」

 

四ツ目に吸い込まれていく拳のスピードが更に上がり、グラントリノの目でも霞んでしか見えない。

 

「八十、九十・・・・・CENTURION SMASH!」

 

百発目の打撃で顎を打ち上げ、更に後頭部をグラントリノのドロップキックが打ち抜く。

 

「よっしゃあ、良いぞ小僧!一気にそのまま畳んじまえ!」

 

「DRAGONIC SMASH!!!」

 

がら空きの顔面に拳が減り込む。確かな手応えだ。しかしまだ違和感が消えない。

 

「ただの職場体験の筈が、とんだ巻き添えを食ったわい。」

 

「おかしいです。」

 

「ん?何じゃい小僧。」

 

「何か・・・・・・上手く説明出来ないけど、これで終わりじゃないと思うん――あっつっ!?」

 

コスチュームを通して突如背中に感じた凄まじい熱気に出久は思わず振り向いて大きく後ろに下がった。

 

二メートルはあろう身長と分厚い胸板、そして顔を含む全身を包む業火。

 

「エン、デヴァー・・・・・」

 

「その声、緑谷出久か。がっかりさせないでくれ。勝負がついてもいないのに敵に背を向けるものではないぞ。しかし、準備運動がてら弱火でやったのだが意識を保っている奴を見るのはこれが初めてだ。後は俺に任せて貰おう。」

 

「キェェェェェ!!!!!」

 

痩身から炎が一気に噴き出した。出久とグラントリノは距離を取ったが、エンデヴァーは己の炎でそれを相殺した。

 

「超再生とショック吸収じゃなく、吸収と放出の『個性』か。だが吸収時にダメージを負っている。雑魚『個性』じゃないか。」

 

「エンデヴァー!この脳無、USJの奴と同じ複数持ちです!気を付けてください!」

 

炎が効かないと見るやいなや、四ツ目の全身の筋肉が巌の様に隆起し始めた。道路を割る程の跳躍でエンデヴァーに飛び掛かる様は、まるで野生の狒々を思わせる。

 

「そう言う事か。説明御苦労。」

 

エンデヴァーは右手をかざして出力を上げた炎の発射体制に入ったが、四ツ目は口を大きく開き、彼を捕らえんと触手状に枝分かれする舌を伸ばしてきた。

 

「させん!小僧、合わせろ!」

 

グラントリノが触手を蹴りで打ち抜き、出久も拳大のコンクリート片を四ツ目目掛けて全力投球した。

 

「PILUM SMAAAAAAASH!!!!」

 

自分が貫手で穿った脇腹に直撃し、止まった所でグラントリノが背後から再びドロップキックを食らわせてそのままアスファルトに叩き付けた。

 

「チィッ、道路を割っちまった。久々だと加減がなあ・・・・・・」

 

「やるじゃないかご老人。」

 

本心から褒めつつ黒煙が立ち上る箇所へ目を向ける。

 

「向こうはヒーローが集中している筈だが・・・・少なくとも二、三分は経過している。まだ収拾がつかんとは、揃いも揃って使えん奴らだ。」

 

「早いとここいつの身柄(ガラ)引き渡して加勢に行くぞ。」

 

「うむ。」

 

「あのっ!僕は、別行動させてもらっていいですか?」

 

「馬鹿言え、職場体験中にそんな事が出来るか。」

 

出久は食い下がり、スマートフォンの液晶を見せた。轟から来た物で、地図の位置情報だけが示されている。

 

「これ、さっき友達から来たんです。轟君が選んだ職場はエンデヴァーの事務所ですよね?」

 

「うむ・・・・・」

 

「なら分かってる筈です。彼は、無意味な事はしないって。位置情報しか送って来ないって事は、もうそれしか送れない程逼迫した事態が起こってるって事になります。そしてルール違反上等で独断専行した。恐らく、この住所にヒーロー殺しがいます。」

 

住所は細道で、騒ぎの中心から離れている上に今までヒーローが襲われた現場と特徴が六割程似通っている。確証は無いが可能性はある。特に今はまだ街が騒がしい状況だ。路地裏の殺人など目にも止まらないだろう。

 

「お前と轟の倅の二人で止められる程ヒーロー殺しは甘くない、と言いたいところだが、好きにしろ。俊典にゃ改めて小言を言っとく必要があるが、お前はしっかりヒーロー出来とる。実力も申し分無い。共闘してとは言え、こいつを捻れるからな。」

 

気絶した四ツ目を杖で小突き、グラントリノは頷いた。

 

「向こうの騒ぎはきっちり片付けといてやるから、行って来い。『個性』の使用も許可する。」

 

「ありがとうございます!」

 

「それとな、行く前にもう一つ。」

 

「はい?」

 

「誰だ君は?」

 

「この状況で!?僕は緑谷――」

 

「そうじゃないだろう、馬鹿モンが。」

 

「あ・・・・・ドラゴン・デクリオン・・・・DDです!」

 

「それでいい。」

 

フルカウルを発動し、出久は去った。

 

「心配ではないのか?」

 

「なあに、あいつはもう俺が教えようと思っとった事をもうしっかり体に叩き込んどる。今更言った所で無駄な復習にしかならん。轟、お前こそ倅が心配じゃないか?」

 

「問題は無い。焦凍は、負けん。」

 

「緑谷以外には、な。」

 

 

 

 

間に合ったのは、奇跡と言える。ステインが飯田の背中を刀で貫かんとした正にその時に、轟の火炎放射がそれを止めさせ、後ろに下がらせた。位置情報を送信してから二分程が経過したが、まだ誰も来ない。なら今自分に出来る事は、負けず、勝たせず、兎に角場を持たせる事だ。

 

しかし言う程容易くは無い。手負いのプロヒーローであるネイティヴ、そして飯田を守りながら戦うのは今の自分には無理がある。特に左の炎を完全にコントロールできない自分には。苦肉の策として氷の防護壁を二人の周りに張り巡らしたり右腕に氷を張って即席の楯にしたりしているが、氷の強度をステインの執念が常に上回る。刃こぼれした刀でどうやっているのか、すっぱり何度も切り刻まれてしまうのだ。

 

おまけに、相手の『個性』の絡繰りがまだ分からない。少なくとも、血液にまつわる物だという事は分かる。でなければ大量に持ち歩いている刃物の説明がつかない。近づかせず、氷と炎で牽制して応援を待つのがこの状況で出来る最適解なのだ。

 

「粘るな、お前。そして手負いの人間を守り通すその姿勢、中々見上げた物だ。」

 

「てめえに言われた所で微塵も嬉しくはねえがな。」

 

一瞬だけにやりと不敵な笑みを浮かべて轟は強がったが、内心は焦っていた。相手の攻撃が掠りでもすればアウトなのだ。丁寧にブロックし、回避する時は体ごと移動しているが、いつまでもそれが通じる程ヤワな相手ではない。もう恐らくモーションをある程度盗まれているだろう。

 

「轟君・・・・・もういい・・・・!もういいんだ!僕一人の間違いで君が傷つく事は無いんだ!僕は―――」

 

「黙ってろ、眼鏡叩き割んぞ。応援はもう呼んだ。詫びなら後でいくらでもさせてやる。」

 

助けたい。そう思ったから助けている。理屈など不要なのだ。友達とはそう言う物なのだから。

 

後少し。後少し待てばいい。プロヒーローが来るまでの辛抱だ。昔の自分とは違う。今はなりたい自分という指針がある。

 

再びステインが肉薄した。ナイフが二本飛んでくる。

 

二本?

 

「くそっ・・・・!」

 

ステインが視界から消えたと気付いたのは、ナイフが自分を通り過ぎた後だった。ナイフの標的は守ろうとしている二人だったのだ。そして刀は上空に投げ上げられており、たった今ステインがそれを跳躍して掴み取った。

 

ナイフを防げば自分が、刀を防げば二人が死ぬ。

 

轟は、迷わず氷を張り直した。

 

「轟君!!!」

 

防御はもう間に合わない。

 

「自己犠牲。素晴らしい選択だ。だが所詮は弱者。贋物同様、淘汰されるがいい。正しき社会の供物として。」

 

しかし上空から振り下ろされる刃は届く事は無かった。轟の前に赤いバンダナを巻いた腕がある。自分の頭を一刀両断せんとしていた刀はその腕の持ち主に握られて止まっていた。

 

「緑、谷・・・・・!?」

 

「遅くなってごめん。助けに来たよ、轟君、飯田君。」

 

仮面の奥で出久は笑っていた。そして刀を握り締め、拳一つ分の刃が砕けた。

 

「その姿、お前・・・・・グラファイトが言っていた奴。緑谷出久か?奴はお前を高く評価していたが、どれ、真のヒーローたり得る存在かどうか手合わせ願おうか。」

 

「後悔するなよ、ヒーロー殺し。僕はもう知らないぞ。」

 

ワン・フォー・オール フルカウルを発動し、出久はトータルゼロ・スタイルの構えを取った。

 

「ガンマウェーブ。」

 

腹式の深呼吸と共に構えられた手が、だらりと下がる。出久はそのままゆっくりとステインに向かって歩いて行った。

 




緑谷出久のSMASH FILE

CENTURION SMASH: フルカウル状態での打撃百発。スピードに乗っているため一発の威力は低いが、基本質より量で圧倒し、同じ個所にダメージを蓄積させる。

PILUM SMASH:物を投擲して相手に叩き付ける、瓦礫さえあればいくらでも使える技。Pilumとはローマ帝国の兵士が持っていた投げ槍に由来する。


次回、File 45: 仲間も自分もI Gotta Believe!

SEE YOU NEXT GAME......


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File 45: 仲間も自分もI Gotta Believe!

相当、EXCITE EXCITE 高鳴る~♪


「アブソリュート、何も聞かずに一分経ったら僕を氷の中に閉じ込めて。それまで援護ヨロシク。」

 

「は?お前、何言って―――」

 

早口でそう言われ、轟は困惑した。しかしその意味を完全に理解する前にステインが出久を標的に定め、襲い掛かる。

 

「爆豪君の時よりも―――」

 

「速ぇ・・・・・!」

 

刀が振り抜かれるよりも先にその間合いの内側に踏み込んだ。空いた手で振り抜かれる鉈を掻い潜り、ステインの股座をくぐって伸び上がりながら背後に肘打ちを放った。脚力に加え、腰と肩の回転も加えた後頭部への一撃にステインは前方に大きく投げ出される。

 

「ハァ・・・・ッ!!良い反応速度だ!子供とは思えん。お前が一番本物に近い存在だ。口先だけの贋物を何人も粛清してきたが、この中では一番生かしておく価値がある。私怨を優先したそこのインゲニウムと違って良いセンスだ。」

 

しかしそれでも意識を保ち、鉈に付いた血をしっかりと舐め取っていた。

 

「駄目だ!逃げろ緑谷君!血を舐められたら・・・・!!」

 

「俺が止める。」

 

すかさず轟の氷がステインに襲い掛かるが、全身を固められる前にステインが鉈で氷を叩き割り、出久目掛けて後ろ回し蹴りを繰り出す。上半身を後ろに倒しながら蹴りを放ち、轟に向かって鉈を振るうが氷に阻まれた。

 

だが、それでいい。当たればベストだが当たらずとも距離と時間を稼げるのだ。

 

「どこを見てる。」

 

突如下から掌が伸び上がる。ぎょっとしたステインは咄嗟に仰け反ったが掌底が僅かに顎を掠めた。下唇がぱっくりと割れ、尖った顎を伝ってぼたぼたと地面とコスチュームが血に染まっていく。

 

「緑谷、君・・・・・何で・・・・!?」

 

「確かに血は舐めた筈・・・・・何故動ける?だが、ある意味これで晴れて対等に戦えるという事になるか。」

 

棘付きブーツの蹴り、回収したナイフの投擲、刀による斬撃、そのどれもが、手を伸ばしきらずとも届く距離にいる筈なのに、掠りもしない。殺意を込めたフェイントすら完全に無視される始末だ。完全に避けきれない物は刃の腹を手で弾かれ、軌道をずらされる。その衝撃に耐えきれずにナイフが、鉈が、ひび割れては砕け散る。

 

「そうだ、もっとだ。もっと!」

 

最後の鉈を叩き折り、ステインの得物は棘付きブーツと刀一振りだけとなった。

 

「ハァ・・・・いいなぁ。実に良い。その力、その技。正しくヒーローだ。」

 

しかし出久の耳にステインの言葉は入らない。聞こえるのは鼓動。心臓の鼓動。自分を殺そうとしている相手が目の前にいて凶器を持っていると言うのに、驚く程リズムは乱れない。丁度熟睡できそうな奇妙な浮遊感、安らぎすら感じる。そして呼吸。寄せては返す波のように長く、穏やかだ。

 

戦意、殺意にも敏感な為に反応速度は驚異的だ。条件が厳しいあの『個性』を十全にアドバンテージとして使いこなしている。ならば最適解はたった一つ。

 

戦意、殺意、闘志、その他諸々の『意』を消した上での必勝の一撃。もう残り時間は三十秒と無いが、焦っては絶対できない。

 

フーっと細く、長く鼻から息を噴出した。兎に角まずは脱力する。余計な力という力の必要最低限をギリギリまで切り詰める。

 

コキリ、コキリ、コキリと出久は肩を回し、首を回す。小さく回し、大きく回し、ゆっくり回し、速く回す。回しながら前に進む。ゆっくりと、一歩ずつ踏み締めて進む。うねる波に揉まれ、身を委ねながら進む。硬質ゴムで出来た靴底と爪先には踏み抜き防止の鉄板が仕込まれているのに、音一つしない。

 

出久以外、誰一人として動かなかった。正しき社会の名の下にヒーローを殺そうとしていたステインさえも。全員が唯一動いている出久を注視している。

 

トン、と出久とステインの体がぶつかった。

 

ハッとステインは我に返ったが、直後に視界が真っ暗になった。

 

彼が倒れる音と刀が地面に落ちる音で、ネイティヴ、飯田、轟が我に返る。

 

「一体、何が・・・・・?ヒーロー殺しが倒れて、え・・・・?!」

 

「くそっ!」

 

既に一分以上は経過していた。心の中で出久に詫びながら彼の背中に向かって氷を解き放つが、振り向きざまの回し蹴りで氷は砕け散り、天高く欠片が舞い上がる。

 

「轟君、何をしているんだ!緑谷君に攻撃など――!」

 

「二分経つ前に止めるよう頼まれてんだ!何でかは分からねえ――」

 

瞬きの刹那、渾身の殺意を乗せた出久の拳が眼前に迫った。

 

「やれやれ、やはりこうなるか。」

 

赤い腕が、赤い腕を握って止める。自信に満ち、尚且つ呆れ返った声音の、男の声だ。

 

「グラファイト・・・・・!」

 

「暴れまわっている脳無を捻った後にしばらく様子を遠目に見ていたのだが、ガンマウェーブを使うとは俺も予想していなかった。まったく、いくら友のピンチとは言え短絡的にも程がある。あれ程使うなと念を押したというのに。愚か者が。」

 

裏拳の一撃で出久はステインが倒れている所まで吹き飛ばされた。

 

「あれは一体何だ?今緑谷はどうなってる?」

 

「爆豪との戦いで見せたトータルゼロスタイルの、まあ言ってしまえば殲滅モードだ。限定的に様々な脳波をコントロール出来るのだが、奴が今使っているのはガンマ波。最も謎が多いとされている。それが『個性』によって強制的に周波数を引き上げられている状態だ。詳しい説明は省くが、要するに脳味噌が活性化していて、認知機能が高められている。」

 

「あの攻撃を全部避けきれたのも、最後のあの攻撃もその所為か・・・・」

 

「しかし、それだけなら何故轟君に攻撃を・・・・!?」

 

「脳味噌が活性化している、つまり刺激に敏感になってるって事だろ?」

 

轟の言葉に、グラファイトは首肯した。

 

「奴にとって今自分以外の全ての人間が倒すべき敵に見えている。活性化のせいでアドレナリンなどの脳内麻薬の分泌量が通常の数倍だ。おまけにタイムリミットをしっかりとオーバーしてしまっているから理性も無い。故に自発的な解除もままならんアルファ波やシータ波なら三分はギリギリ行けるが、ガンマ波では二分の壁すら超えられていない。止めるなら、兎に角奴の意識を刈り取れ。手足の一、二本を駄目にしても構わん、俺が治す。あの状況がこれ以上続けば脳味噌が負荷に耐え切れずに焼き切れてしまうから急ぐ事を勧める。」

 

「なら君が止めればいいじゃないか!君は彼の『個性』なのだろう!?」

 

まるで他人事の様に落ち着き払ったグラファイトの素っ気無い言葉に飯田は凄まじい剣幕で詰め寄った。

 

「ああ。その通りだ。だが、貴様らは奴の友だ。出久はお前達の助けを求める呼びかけに応じてやってきた。『彼ならなんとかしてくれる』というお前達の期待に応える為に。そして浅はかな戦法を使ったとは言え、ヒーロー殺しを倒した。お前達を守る為に。なら、ああなったのはお前達にも責任の一端があると言えよう?したがって俺は未だ貴様らが健在の状態で尻拭いをするつもりは無い。特に飯田のは、な。」

 

未だステインの『個性』で動きを封じられた飯田は、倒れ伏したまま目を伏せた。

 

『一人でヒーロー殺しを追うなんて馬鹿な真似はしないって。それを約束してくれるなら、このノートはあげる。約束してくれる?』

 

『復讐の虚しさは君よりよく知っている。経験者として、友達としてヒーロー殺しを探すのはやめて欲しい。折角出来た友達を殺されたくない。』

 

何度も言われた。何度も、やめろと。それなのにこのざまだ。

 

差し伸べられた友の手を振り払い、忠告に耳を貸さず、ヒーローとしての矜持を汚し、受け継ぐべき兄の名を汚した。

 

「そう、だな・・・・・そうだ。僕が、助ける。僕は今まで散々緑谷君に助けられ、多くをその生き様から学んだ。今度は、僕が助ける番だ。体さえ、動いてくれれば・・・・!!

 

悔しそうに拳を握り込む。

 

「もう動く様だぞ。ヒーロー殺しの『個性』の効力が無くなったか。」

 

「あ、手が、動く・・・・!?よし、これなら・・・・」

 

「飯田、俺もやる。緑谷とは約束があるんでな。」

 

自分の力が近いうちに何かの形で助けになるならそれをさせて欲しいと、あの時轟は自分でそう言った。こんな形でそれを果たす事になるとは思わなかったが、有言実行は早いに越した事は無い。体を張ってなりたい自分の姿を見せてくれた友人の為に体の一つも張らなければヒーローを目指す者としての沽券に関わる。

 

「それでいい。俺は直接手を出さんが、これは未熟な貴様らへのボーナスだ。」

 

『ガシャット!LEVEL UP! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

ダークグラファイトにレベルアップし、辺りにエナジーアイテムが多数散らばった。

 

「俺からの餞別だ、好きに使え。」

 

「じゃあ、まずは・・・・」

 

『回復!』

 

飯田は回復のエナジーアイテムに触れた。体の中に吸い込まれていくと同時にステインに貫かれた左肩の痛みが消え、血が止まる。

 

「轟君、頼みがある。足を凍らせてくれ。マフラーを除くふくらはぎの全体を満遍なく。」

 

「・・・・・ああ、あれ使うのか。けど避けられたらどうする?」

 

「心配いらない。作戦はある。USJでの緑谷君の真似になってしまうが・・・・・」

 

それで察したのか、轟は頷いた。

 

「分かった。当てろよ?」

 

「了解した。トルクオーバー・レシプロ・・・・バースト!」

 

『透明化!高速化!』

 

飯田の姿が消え、ただでさえ速いスピードが更に上がる。出久はしずしずと轟の方へ足を進めて行く。

 

一秒経過。

 

飯田の不可視の蹴りが出久のこめかみを狙う。しかし軽くしゃがみながら見える筈の無い蹴りをいとも容易く回避しながら下段に蹴りを放った。まだ軸足一本で立ったままの飯田の体勢が大きく崩れる。

 

二秒経過。

 

「まだだ。」

 

地面を氷結させ、出久の足を止めようとしたがすかさず建物の壁面を足場に飛びあがり、回避するが、今度は炎が迫る。しかしこれも正拳突き一発で生み出された風圧により大穴を開けられて無力化された。

 

「やっぱ強ぇ・・・!!」

 

三秒経過。

 

『分身!ジャンプ強化!』

 

「まだまだ諦めるには早い!」

 

四秒経過。

 

透明化の効果が切れ、姿を現した五人の飯田が出久目掛けて一直線に宙を舞う。全身に回転をかけた蹴りを見舞うがやはりそれぞれの蹴りを両手足で受け止められてしまった。しかし五人目までは対処しきれず、レシプロバーストで上がった速度とパワーを腹に受け、落ちて行く。

 

五秒経過。

 

辺りを限界まで冷やした所で準備が整い、轟は霜が降りて凍傷寸前の右腕に左手を添えた。

 

しかし出久もただ落ちているだけではない。両手を伸ばし、意図的にスピードを上げながら轟に肉薄しながらデラウェア・スマッシュを乱れ撃った。

 

六秒経過。

 

「飯田、撃つぞ!!!」

 

体を捻り、何とか移動して積み上げられたゴミ袋の山に落下し、衝撃を殺した。

 

七秒経過。

 

「決めてくれ、轟君!僕の事は心配無い、今は緑谷君を!」

 

「アブソリュート・ブラスト。」

 

八秒経過。

 

一気に左の炎で温度を限界まで上昇させた瞬間、散々冷やされた空気が即座に膨張し、その衝撃が加速して落下してくる出久をもろに襲い、動きが完全に止まった。

 

九秒経過。

 

「ほう、これはこれは。USJでの出久と俺のエナジーアイテムを使った戦いを参考にして攻略したか。トータルゼロスタイルを改めて見直す必要があるな。」

 

プスン、と音を立てて飯田のエンジンがエンストを起こし、轟も自分が創り出した衝撃波の反動に耐えきれずに壁に叩き付けられてぐったりしていた。意識はしっかりあるが右腕に数か所ひびが入っており、脳震盪も間違いなく起こしている。

 

十秒経過。

 

出久をキャッチし、グラファイトは俵の様にぐったりした彼を無造作に担ぎ上げる。

 

「まあ、よくやったと言ってやりたいところだが――」

 

「当然の事を褒める必要はねえだろ・・・・自分のケツ拭いただけだ。」

 

「言うようになったではないか。左もまあ、粗さは多少なくなったと言える。もう一本作っても問題はなさそうだな。さて、後は、奴を回収して落着だな。」

 

どこか嬉しそうにグラファイトは未だに出久の一撃から立ち直れていないステインを指示した。

 




緑谷出久のSMASH FILE

ワン・フォー・オール フルカウル トータルゼロスタイル ガンマウェーブ

訓練の末に脳をコントロールしてガンマ波を出せる状態に至って周波数を強制的に引き上げる。活性化した脳は五感や反射速度、筋肉への電気信号伝達速度を大幅にアップさせる効果を持つ。

出久が使える中で最も危険な脳波のタイプであるが、危険であるが故にその力は絶大。普段かけられている脳のリミッターが全て外され、『個性』の有無に関係無く人間の限界を超えた動きと思考が可能。要求される情報処理能力も相まって脳への負荷が凄まじく、その負荷から逃げる為に意識も曖昧な状態になる。故にまだ完全に扱えているとは言えない。

二分以内でなければ意図的に使用の中断が出来ず、制御する前のビルドハザードフォームよろしく全自動撲殺人形に変貌する。出久の性格のお陰で先に手を出されない限り攻撃はしないが、自分の身に降りかかるあらゆる刺激を脅威と認識してしまう為、間合いに入り込んだだけでも攻撃対象となる可能性がある。

次回、File 46: 大人の世界のDeal

SEE YOU NEXT GAME.......


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File 46: 大人の世界のDeal

長らくお待たせいたしました。

期末も終わって燃え尽き症候群と睡眠不足を概ね克服した所でようやく投稿できます。

もう忘れてる人も多いのではと思いますが、まだだ、まだ終わらせない!
本当の戦いは、ここからだぜ!


白い天井、薬臭いシーツ、点滴装置とそこから腕に続く管、そしてメトロノームのように規則正しい心電図の作動音。病院の一室だ。ズキンズキンと鈍痛が出久の全身を駆け抜け、意識を覚醒させた。

 

「一晩で全快とまでは行かなくとも意識が戻るぐらいには回復したか。まあアレの後と考えれば上々だな。」

 

「あ・・・・・グラファイト・・・・・?」

 

意識が無い間に麻酔か何かを打たれたのか、頭がぐらぐらする。窓から差し込む光が妙にまぶしく、出久は顔を手で覆った。

 

グラファイトはカーテンを閉め、ベッド脇の椅子に腰かけた。椅子の横にはギターを入れる様な長方形の黒いケースがある。

 

「お前の母親には無事だと連絡してある。昨夜何をしたか覚えているか?」

 

出久は無言で首を振る。覚えていない。ステインを前にしてガンマウェーブを使おうと思い、使い始めた。そこまでの記憶はある。しかしそこから先の目が覚めた今までの記憶がすっぽり頭の中から抜け落ちているのだ。

 

そこで出久は恐ろしい可能性を最悪の状況を否が応でも思い浮かべてしまう。全身から血の気が引いた。

 

「そんな顔をする必要は無い。ステインは警察病院で手当てを受けてしっかり生きている。と言っても、かなりの重傷だがな。下顎骨骨折、重度の脳震盪に加え、打撲による内臓へのダメージで意識もまだ無い。」

 

「そんなに・・・・?」

 

「ああ。」

 

「僕は、彼に何をしたの?」

 

「見ていなかったから何とも言えんが・・・・・数年前に『意』を消した攻撃の話をしたのを覚えているか?」

 

「あ、えと、うん。確か殺気と言うか、攻撃する気概が全く無い状態でする攻撃だっけ?」

 

「それで合っている。お前がしたのは恐らくそれだろう。殺気が完全に断たれた状態で接近し、その上で許容限界範囲内ギリギリまで出力を上げたウェイブゼロスマッシュを叩き込んだ。あれで生きているとは、あの男は悪運の強さも並外れている。」

 

「っ・・・・・じゃあステインが狙ってたあのヒーローは?!飯田君や轟君は――」

 

「全員無事だ。」

 

グラファイトは詰め寄る出久の顔を抑え、やんわりとベッドに押さえつけた。

 

「轟は打ち身擦り傷程度の軽傷と右腕の骨折、飯田は肩や腕にかなり傷を負っているそうだがヒーローとしての活動に支障はない。標的にされたネイティヴも全治二か月前後の重傷を負っているが現場には復帰できる。お前が早く駆け付けたおかげだ。その点だけは誇るがいい。」

 

「だけはって・・・・・」

 

「当たり前だろう、貴様は俺があれ程使いどころに気を付けろと念を押した戦法を俺がいない状況で使い、結果的に暴走した。緊急事態だったとは言え冷静な判断をしなかったのは紛れも無い事実。お前のこの勝利は実力でも何でもない。ただの運だ。今回は轟と飯田というお前の戦い方をある程度理解している者が近くにいて、エナジーアイテムの力で取り押さえてくれたが、一歩間違えばお前はステインも、飯田も、轟も、ネイティヴさえもその手にかけていた可能性が十分にあった事を忘れるな。」

 

「・・・・・ごめん・・・・・」

 

「同じ過ちを犯さなければそれでいい。という事で、しばらくはトータルゼロスタイルの使用を禁ずる。俺が許可を出すまでその名を口にする事も許さん、分かったか?」

 

まあ当然と言えば当然のペナルティーと言える。むしろそれだけで済むのならば安い物だ。元々トータルゼロスタイル自体それだけの威力を持った攻撃を使わなければ有効打を与えられない相手、速攻で決めなければ危険な相手、そして時間との戦いを想定した、相手を殺しかねない戦闘方法なのだ。使わないならそれに越した事は無い。

 

「それと、一つ朗報がある。」

 

「え?」

 

「これだ。」

 

三つのガシャットを見せつけられ、出久は目を丸くした。

 

「新しいガシャット!?それも三つ・・・・・・!どうしたの、これ?」

 

「一つはステインの物だ。残り二つは轟のデータから培養した。一つ分だけのデータのつもりだったのだが、どうやらステインとの戦いで成長したらしい。俺も正直驚いている。この二つは、俺の生涯の友であるパラドが使っていた物に限りなく酷似しているからな。」

 

出久はグラファイトとの長年の付き合いで己の過去を詳しく語ろうとはしない事は分かっていたし、彼自身もまた時期が来ればいずれ話してくれるだろうと思い、深く聞こうとはしなかった。

 

「そのパラドさんて、どんな人?」

 

そんな相棒の口から初めて聞く名に出久は食いつかずにはいられなかった。

 

「己に正直で、何事も真剣に楽しむ事を忘れない、ゲーム好きな奴だ。当然戦闘もこなせる。まあ多少ガキっぽいが責任感はそこそこ強い。」

 

一度死んでしまった以上、もう二度と会う事は無いが。もうクロノスとの決着はついたのだろうか?朝日が昇った保須市の街並みを見つめ、グラファイトは小さく息をつく。戦えなくとも、せめてパラドやブレイブ、スナイプの雄姿を見たいがそれももう叶わない。

 

「実に惜しい。」

 

「何が?」

 

「独り言だ、気にするな。そろそろ飯田やグラントリノ達が来る頃だ、顔でも洗っておけ。俺は雄英に戻る。」

 

「あ、その黒いケースは?」

 

「轟が来たら俺からだと言って渡しておけ。ああ、言い忘れるところだったが、ステインから伝言を預かっている。ヒーローをよろしく頼む、だそうだ。」

 

そう言い残すと、グラファイトはデータの粒子となって病室から姿を消した。

 

出久は天井を見上げながら考え始めた。まず手始めに轟と飯田への謝罪の言葉を。グラファイトの言う通り、トータルゼロスタイルの威力を考えれば二人は自分の手で殺されていたかもしれないのだ。もう二度と安眠する事は無い程にその事実は出久の心に重くのしかかっていた。そしてグラントリノにも詫びなければならない。行かせてくれと頼み、自分の実力を信じて許可したのは彼だ。自分が監督すべき人間がこの体たらくでは責任を問われて何らかのペナルティーを科せられるのは間違い無い。

 

「あ~~~~~どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。」

 

毛根を死滅させんばかりの勢いで縮れ毛を掻きむしりながら頭をフル回転させる。

 

「イ“っ・・・・・痛い・・・・・」

 

麻酔の効果がどんどん消えて行くにつれ、痛みがぶり返してきた。自分が怪我人だという事をすっかり忘れていた出久は大きく溜息をついた。

 

「しばらく筋トレとかできないな、これ。」

 

指や手足を曲げ伸ばししながら一人ごちると、病室のドアが開いた。

 

轟は右腕を、飯田は両腕を三角巾で吊っており、絆創膏なども所々に張り付けているが

 

「緑谷、起きたか。」

 

「体調に異変は無いかね?」

 

「轟君、飯田君・・・・全身筋肉痛で色々痛いけど、まあそれぐらいだよ。止めてくれてありがとね。心配かけて本当にごめん。僕の所為で・・・・・」

 

「何を言うんだ!君のお陰で僕も轟君もネイティヴさんも助かったんだ。あれは君の奥の手だったんだろう?」

 

「あの状況で使うべき物じゃなかったんだよ!あれは・・・・・まだ制御しきれないんだ。今の僕じゃまだ・・・・・時間内にケリを付けられなかったのは僕だ。冷静さを欠いたのは僕だ。皆を不必要に危険に晒したのも僕だ。助かったなんて結果論だよ、そんな物。グラファイトが間に合わなきゃ、僕は・・・・・・殺していたんだ。二人を、この手で。」

 

「それを言うなら俺達も油断した責任がある。あの後お前が脳無に拉致られた後、誰も何も出来なかった。ヒーロー殺し以外は。」

 

あの時の状況を思い出したのか、轟の眦は大きく吊り上がり、悔しそうに拳を握り締めた。

 

「え?ちょっと待って、それどういう事?」

 

「ステインを倒して、君の意識を奪った後、よそで暴れていた脳無が飛んで来て君を連れ去ろうとしたんだ。」

 

「はいぃ?」

 

「本当の事だよ。応援に駆け付けたヒーローも何も出来なかったが、ナイフをまだ隠し持っていたステインが『個性』を使って君を助けたんだ。正直何を考えていたのかは分からないが、それが事実だ。」

 

連れ去ろうとした?殺害が目的ではなく、拉致?明らかに何かがおかしい。脳無は特定の人間の音声による命令を聞かなければ動かない様になっている。少なくともUSJの個体はそうだった。考えられる理由は、新たな改人製造の為の検体確保ただ一つ。

 

ヴィラン陣営ではワン・フォー・オールの事は偶然とはいえ創り出したオール・フォー・ワンが熟知しているが、恐らくそれをみだりに誰かに話すような事は無い筈だ。貴重なカードをおいそれと晒すような人間ではない。

 

ならば自分を連れ去ろうとしたのは恐らく偶然だろう。しかし間違い無く指示を出したのは死柄木だ。となると、まだ何か来る。USJに加え、職場体験まで引っ掻き回してきた。死柄木はグラファイト曰く『子供大人』で、幼稚で負けず嫌いな所がある。だとすれば、また狙ってくる可能性が高い。今度は脳無だけでなく、他のヴィランも盟に加えて更に厄介な布陣の展開が予想できる。

 

グラファイトはやろうと思えばオールマイトとほぼ互角に渡り合える強者だ。出久も並大抵の相手でなければ負ける事はまず無いだろう。だがどちらも身は一つきり。

 

「皆の強化も視野に入れるか・・・・・」

 

「皆の強化?それは一体―――」

 

「おお、起きたか。よしよし。」

 

開きっぱなしのドアをくぐり、グラントリノ、マニュアルの二人が入って来た。

 

「おお、坊主、七孔噴血しとった割には元気そうじゃな。」

 

「しちこ、え?」

 

「ああ、目、鼻、耳、口から血ぃ流しとったのよ。その割にゃぴんぴんしとるみたいだから安心したわい。やわな鍛え方をしとらんのは手合わせで分かっとるからな。」

 

さらりと中々とんでもない状況にあった出久は背中に嫌な汗が言葉にならない不快感と共に浮かぶのを感じた。多少頭がふらつくのはやはり若干貧血気味だからなのだろうか?

 

「えっと・・・・・グラントリノ、後ろに控えてらっしゃる立派な面構えの方は?」

 

「ん?おお、そうじゃそうじゃ、お前達に話があるのはどっちかっつーとこの人でな。保須市警察署署長の面構犬嗣さんだ。」

 

「面構・・・・ってえ、署長?彼が?」

 

人間の『個性』を持った犬なのか、はたまた犬の『個性』を持った人間なのか、ともかくスーツをかっちり着こなした成人男性の体にビーグル犬の頭をくっつけたリアル『犬のおまわりさん』こと面構犬嗣が病室に入った。

 

飯田と轟が立ち上がったのを見て出久もそれに倣おうとしたが、やはりまだ体の感覚がぼけている上に碌に力が入らない。

 

「ああ、そのままで結構だワン。君達がヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒で間違い無いね?」

 

「はい。・・・・・・ワンって言った・・・・・・」

 

強面な割に中々お茶目な男らしい。

 

「ヒーロー殺し逮捕の件についてだが、彼は今厳戒態勢を敷いた警察病院で集中治療を受けている。多数の骨折や内出血、内臓損傷など中々な重傷だが、死ぬ事は無い。雄英生徒なら分かっていると思うが、超常黎明期、警察は統率と規格を重要視し、『個性』を武に用いない事とした。そしてヒーローはその穴を埋める形で台頭してきた職業だ。個人の武力行使、容易に人を殺められる力は本来ならば糾弾されてしかるべき物。これらが認められているのは先人がモラルやルールをきっちり順守してきたからだワン。ヒーローライセンス未取得者が保護管理者の許可なく『個性』で危害を加えた事は立派な規則違反だ。相手がヒーロー殺しであっても、それは例外ではない。故に、マニュアル、エンデヴァー並びに二人の保護観察下にあった二人は厳正な処罰を受けなければならない。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい署長さん!」

 

「ん?」

 

「二人って・・・・・僕には何も無いのはおかしくないですか?」

 

「いや、何もおかしい事は無いワン。グラントリノの監督下から離れたと言うのは確かにアウトだが、『個性』の使用も実力を踏まえた上で許可したと彼が証言している。ヒーロー殺しに与えられたダメージ量と緊急事態であった事も踏まえれば限りなく黒に近いが、すれすれのグレーゾーンだワン。」

 

「そんな・・・・!それなら・・・・過剰防衛だ!そう、過剰防衛って事になりませんか?僕が気絶する前にヒーロー殺しに向けた攻撃は相当性の点から見て正当防衛の定義から大きく逸脱してます!これは立派な傷害罪に――」

 

「ならない。」

 

瞬き一つせずに面構は出久の言葉を切り捨てた。

 

「何故なら君の攻撃を受けても短時間とは言えヒーロー殺しは意識を取り戻した。無力化とはいえないし、死んでもいない。加えて殺傷した人数を鑑みると、不正の侵害、急迫性、防衛の意思、防衛の必要性、そして君の論点である相当性の五つをしっかりと満たしているワン。よく勉強している。感心な事だ。」

 

「よしたまえ、緑谷君。たとえ限りなく黒に近いグレーゾーンであったとしても君の行動は客観的に合法だと判断された。轟君と僕がした事は、たとえ正当な理由に則った行動であっても違法である事は変わらない。僕のエゴが引き起こした問題に君が食い下がって側杖をわざわざ食う必要は無い筈だ。」

 

「悪いが、俺も納得出来ません。緑谷が処分を受けないのは、署長が無罪放免て言うならそれについてとやかく追及はしない。でも、飯田があの場にいなきゃネイティヴさんは殺されてた。緑谷が間に合わなきゃ俺達三人は纏めてやられていた。脳無の引き起こした混乱に乗じてヒーロー殺しが出現したことを俺達以外は誰も気づいていなかった。規則守って死人が出たら、何の為に俺達はプロヒーロー目指してるんだって話になる。」

 

「つまり君は結果オーライであれば規則など有耶無耶にしてしまっても構わない、と?」

 

面構の落ち着き払った質問一つ、たったそれだけで轟は言葉に詰まってしまう。

 

「・・・・・・人を守るのがヒーローの役目じゃないのかよ。」

 

「だから君は卵なのだよ。全く、良い教育をしているワンねえ、雄英も、エンデヴァーも。」

 

「何だとこの犬が!」

 

駄々をこねる幼児を窘めるような言い方に流石の轟も堪忍袋の緒が切れ、面構に詰め寄ったが、既に(すんで)の所で腕を伸ばした出久に腕を掴まれて止められた。

 

「轟君、待って!納得いかないのは分かるけど彼に当たっても何も変わらないよ。」

 

「坊主の言う通りだ、話は最後まで聞け。近頃の若者はせっかちでいかん。」

 

「以上が警察としての公式見解。で、処分云々はあくまでこれらを公表すればの話だワン。公表すれば世論は君達を褒め称えるだろう。だが処分は免れない。だがしなければ、傷跡からグラントリノ、ドラゴン・デクリオン、そしてエンデヴァーの連携で捕縛に成功したという事にすればいい。幸い目撃者は少ない。誰かがマスコミにリークするか、よほど荒唐無稽な筋書きでない限り、事実はどうとでも捻じ曲げられる。」

 

「・・・・・署長さん、それはつまり・・・・・・隠蔽、ってこと、ですよね。それに僕も関わっていた事を公表するって・・・・」

 

恐る恐る隠蔽という言葉を口にする出久に、面構は鼻を小さく鳴らした。

 

「嘘の信憑性を高めるには適度に事実を織り込む必要があるから、君の名も功労者の一人に加えるのは当然だワン。実際、とどめの一撃を入れたのは君だと言う証言が取れている。身も蓋も無い言い方になってしまうが、この一件は我々警察の独断で握り潰す。が、そうすれば君達の英断と功績は誰にも知られる事は無い。どうするか決めるのは君達だが、個人的には前途ある若者の偉大なる過ちにケチを付けたくないんだワン。」

 

「まあどっちにしろ監督不行き届きで詰め腹切らされるんだけどな・・・・・」

 

とほほと落ち込みながらマニュアルが一人ごちる。そんな彼に、飯田は怪我をしている体を押してギリギリまで頭を下げた。

 

「申し訳ございませんでした。自分の勝手な行動で、マニュアルさんや他のプロヒーローの皆様に多大なご迷惑をおかけしたこと、深くお詫びいたします。」

 

「よし、許す。分かったらもう二度とすんなよ?次は無いからな。」

 

トン、と手刀を下げられた頭に落とし、マニュアルは頷いた。

 

「はい。」

 

それに続いて出久と轟も頭を下げた。

 

「よろしくお願いします・・・・・・」

 

「大人の勝手な都合で君達が浴びるべき称賛の声は無くなってしまうが、それでもせめて共に平和を守る者として礼を言いたい。ありがとう。」

 

「・・・・・・まずはそこから始めてくださいよ・・・・」

 

轟が誰ともなしに呟いた。

 

「まあ色々あった事だし、今夜はゆっくり休むと良いワン。」

 

雄英生徒の三人だけがその場に取り残され、病室のドアが閉まると曖昧な空気が充満する沈黙が訪れた。

 

「まあ、とりあえず何とかなったな。」

 

「そうだね。ごめんね、僕だけ…・」

 

「構わねえ。実際本当の事だ。お前が来なきゃマジでヤバかった。ありがとな。今度・・・・飯でも奢る。」

 

「緑谷君、僕も改めて礼と謝罪をしたい。ありがとう。轟君も。越えてはならない一線を踏み越えるか、あの場で無駄死にするか。どちらにせよ君達がいなければ僕は取り返しのつかない事をしていただろう。そして、申し訳ない。僕は何も見えていなかった。いや、見ようとすらしなかった。」

 

「まあ、今はなりてえモンしっかり見えてんだろ?ならいいじゃねえか。」

 

「そうだよ。折角特赦を貰ったんだから、これから気を付ければいい。あ、それと轟君、この黒いケース、帰る時に持って行って。」

 

「グラファイトからか?」

 

「良く分かったね。そうだよ。」

 

「大体予想はつく。」

 

「流石は推薦入学者。」

 

「うるせえ。それより緑谷、お前明日が大変な事になるぞ。コメントの準備しとけよ?」

 

軽口を叩き合いながら、三人は窓の外に目をやった。まだそこかしこから黒煙が立ち上っているのが見えるほか、階下でパトカーの赤ランプが幾つも回転し、カメラのフラッシュと思しき不特定多数の白い光が不規則に明滅している。

 

こうして『ヒーロー殺し事件』は、幕を下ろした。

 




さて、グラファイトは一体何を渡したんだろーなー(すっとぼけ)

やっと書けるぜ、期末試験と林間合宿で行われる強化という名の地獄の満漢全席!!

File 47: Aftermathと仲直りの一歩
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File 47: Aftermathと仲直りの一歩

めっっっっっっっっっっっっっちゃくちゃ時間が経ってしまった・・・・・
あかんわ、これ。長らくスランプと言うか、意欲減退の状態異常が続いていましたが、とりあえず投下です。本当にお待たせして申し訳ない。

仲直りの一歩、どう書けばいいのやらと試行錯誤しまくってたんですけど、自分の中ではこれが適度な歩幅の一歩に出来たかなと思います。




バグスターウィルスとの長年の共生による恩恵か、出久のタフネスは並の人間の数倍にまで上昇していた。一晩寝ただけで多少の不快感はあるものの、日常生活には全く支障が出ない程にまで回復しているのだ。

 

「轟君はどうするの?骨折は比較的すぐに治るって先生が言ってたけど。」

 

「ああ、まあな。一応こっちで出来る限りの処置はしてもらって、職場体験に戻る。終わって雄英に戻ったらリカバリーガールに直行だが。説教されんのが目に見える。」

 

「確かに。ああ、緑谷君、食べている途中でマナー違反なのは承知だが、テレビをつけてくれないか?昨夜の騒ぎがどう対処されたのか確認しておきたい。」

 

病院で朝食を食べながら三人は部屋のテレビで昨夜の騒ぎの報道がどうなったかを確認していた。

 

『昨夜未明、日本を震撼させた『ヒーロー殺し』ステインがプロヒーローのエンデヴァー、グラントリノ、そしてグラントリノで職場体験中であったドラゴン・デクリオンの活躍で保須市警に逮捕されました。警視庁によりますと『ヒーロー殺しの』本名は赤黒血染、三十一歳の男性で、社会に浸透した昨今の腐敗したヒーローの概念を正す目的で度重なる犯行に及んだ事が明らかになっています。こちらが今朝警視庁及び現場のプロヒーロー達によって行われた会見の一部です。』

 

映像が切り替わり、警視庁の刑事部長、保須警察署の面構などの警察関係者、そしてエンデヴァーやグラントリノのプロヒーロー達が据え置きのマイクを設置したテーブルの後ろで控えていた。更に面構とエンデヴァーを挟んだ席に、見覚えのある緑色の龍戦士の姿があった。

 

「み、緑谷、あれ・・・・・」

 

「グラファイト・・・・!?何であんなところに!?」

 

「動けない君の代わりにコメントをすることを引き受けたのではないか?体育祭でも姿を晒していた事だし。」

 

「いや、だとしてもあの姿で出るとは思わなくて・・・・」

 

『ヒーロー殺しの手により多くのヒーロー、サイドキック達が再起の道を、更には命をも断たれましたがこちらにいるプロヒーローとヒーロー候補の協力でようやく確保に繋げる事が出来ました。市民の皆様には多大なご心配をおかけいたしました事、心よりお詫び申し上げます。』

 

『プロヒーローとしての資格を取得していないそちらのドラゴン・デクリオンさんの『個性』使用は、いくらヒーロー殺し逮捕の為とはいえ違法なのではありませんか?ヒーロー候補として法やモラルを無視した事に対する処断が無いのは、些かおかしいのでは?」

 

『指摘は尤もだな。それについては監督係である儂が巡回をする前に幾らか手合わせをして、今のままでもチンピラ程度ならば十分通用すると判断した上で許可を出しておいた。勿論制約は多々付け加えたがな。監督下を離れて行動していた時にヒーロー殺しに出くわしたのは偶然以外の何物でもない。合流しなかった理由はしっかり伝達してくれたが、派手に暴れる脳無三体の鎮圧で彼の応援が後手に回ってしまったんじゃ。現在の法によれば、確かに「個性」を市民が公共の場で使用する事は禁止されとる。職場体験中のヒーロー候補もまた然りだ。』

 

『しかし、生命はその者に与えられた権利。』

 

そう付け加えたのは腕を組んだまま重々しい佇まいのエンデヴァーだ。目の回り、口元、顎を彩る炎の隈取りの火勢が数舜とは言え増した事に、マスコミは一気に押し黙った。

 

『それを守ろうとするのは人間として、ひいては生き物として当然の判断と言えるだろう。どんな思想や目的であれ、それを何の躊躇も無く奪おうとしている相手を前にヒーロー候補が座視すると?自他の理不尽な死を受け入れると?それがヒーローのする事だと?一介の学生が相手取ったのは曲がりなりにも殺しのプロ。逃がしてはくれない。ドラゴン・デクリオンの行動は、紛れも無く自衛目的であり、最適解だったと言える。』

 

突き崩すどころか一気呵成にひっくり返され、質問をした記者は閉口して着席した。

 

『では先程の質問とは無関係ですが・・・ヴィラン連合とヒーロー殺しの関連性についてです。同時多発した脳無の襲撃、そして同じ市内で起きた殺人未遂。これらに関係はあると見ている者は多いのですが、いかがでしょうか?』

 

面構がマイクを引き寄せて即答した。

 

『ありません。両者の関連性は、皆無だワン。』

 

『その根拠は?』

 

『ヒーロー殺しとヴィラン連合が繋がりを持つ事は、前者のシンパに犯罪行為を促す誘発剤に成り得る可能性を少なからず孕んでいました。それを危惧して、警視庁は雄英のプロヒーローやスタッフの協力を仰ぎ、独自の調査を進めるうちに音声だけですが、両者の関係を徹底的に否定するに足る証拠を手に入れる事に成功しました。こちらです。』

 

面構がリモコンを押すと、天井に設置されたスピーカーから録音が流れ始めた。ステイン、死柄木、黒霧、そしてグラファイトの会話だ(グラファイトの声は改ざんにより別人の物に変わっていたが)。

 

『音声は以上です。なおこれらの声はそれぞれヴィラン連合の自称黒霧、死柄木弔、ヒーロー殺しの物である事も実際にUSJで相対したオールマイトの証言により確認済みです。もう一人の声は雄英所属の人間の物ですが、本人の安全の為氏名の公表等は控えさせていただきます。そしてこれはまだ推測の域を出ませんが、USJ襲撃の一件も含めて考えると、ヴィラン連合の首魁・・・・・・真のリーダーは、また別にいると言う可能性も否定できなくなりました。』

 

カメラのフラッシュと共にざわめきがより一層沸き上がった。

 

『それは何故でしょう?』

 

『こちらで答える。』

 

グラファイトが赤い腕を上げて質問をした記者に自分の方を向くように手招きした。

 

『USJでの襲撃が失敗した時、死柄木はこう言った。「今回はゲームオーバーだ」と。そしてオールマイトを「ラスボス」と呼んだ。遊び感覚でUSJに殴り込みをかけ、ステインに否定された腹いせに脳無を市内に放った。これが悪名高いヴィラン連合を率いるような人間の言動か?知能犯のする事か?答えは、否。だが、手口は間違い無く巧妙になっている。ステインが活動している市内で別所に黒霧のワープゲートを使って脳無を放ち、あたかも繋がりがあるかのように印象付けようとしていた。』

 

一呼吸置き、グラファイトはマイクをスタンドから外して立ち上がる。

 

『しかし死柄木は幼稚な万能感に満ちた子供大人だ。純粋故にどこまでも残酷になれる。自ら変わろうなどと言うやる気は第三者の介入が無ければほぼあり得ないだろう。素性は分からないし存在自体も怪しいが、いたと仮定した場合、ヴィラン連合の首魁の立ち位置は教師のそれに近い。それも「悪意」と言う科目のエキスパートだ。USJでの一件よりも手口が進歩したこの事件が何よりの証拠だ。だからこそ可能性を捨てきれない。死柄木弔の背後に次代の「悪の象徴」になる為の英才教育を施している――まあ陳腐な言い回しになってしまうが――現代のジェームズ・モリアーティーがいるという可能性を。』

 

再び画面が切り替わった所で出久はテレビの電源を落とした。

 

「悪の、象徴・・・・?死柄木が・・・・?」

 

飯田がつぶやいた。最早食事どころではなくなってしまった。

 

「ジェームズ・モリアーティー。別名犯罪界のナポレオン。筋は通っているし的を射ているが・・・・・・偉く仰々しい例えだな。緑谷、どう思う?」

 

「う~~ん・・・・・」

 

轟に意見を求められ、出久は頬をかいた。オール・フォー・ワンの事は当然まだ誰にも話せない。言葉を慎重に選びながらゆっくり答えた。

 

「まあ~、まだ証拠も何も無いからほんとにただの推測だろうけど・・・・・可能性は十分あると思うかな。死柄木の事は別として、僕がそう思うのは脳無が原因なんだ、いくつも『個性』を持ってたし。ナチュラルなやり方だと『個性』の複数持ちは個性婚でしか存在し得ない。成功率なんてピンキリだし。それにあれは明らかに違う。それ以外の方法だと、改造手術ってのが一番妥当だ。死柄木にはそんな技術は無い。ならバックにそれが出来るだけの人脈、財力、経験があるパトロンが存在する。そう考えた方が辻褄は合うんじゃないかな。」

 

「だとすると、おちおち寝てられねえな。少し早ぇが俺は先に出る。」

 

カーテンを広げて病院のパジャマから自分の服に着替えると、グラファイトが残したケースを持ち轟は小さく手を振って病室を後にした。

 

「また後でな。」

 

「あ、うん。お大事に、轟君!」

 

「また学校で会おう!」

 

 

 

出久は外の空気を吸ってくると言い残し、携帯を持って一階に降りた。不在着信やメッセージが多数送られてきているが、今はまだいい。遂にグラファイトが動き出したのだ。オール・フォー・ワンを表舞台に引きずり出す為に。だとすれば、プロヒーローだけでなく、オールマイトに加え雄英のヒーロー科が更に集中的に狙われるのはほぼ確定事項だ。

 

教師並びに生徒の『個性』、独特の癖、予備動作、更なる応用方法などは全て出久の頭の中に入っている。こう言う状況で強化に最も役に立つ情報が、全て。使わない手は無い。今のうちに新しいノートで全員分の『個性』強化・応用メニューを考案しなければならない。職場体験に復帰したらコンビニかどこかでノートを何冊か買う必要がある。

 

更に校外でも活動出来るような場所が必要になる。それも可及的速やかに。グラファイトの財力に物を言わせて土地を買ってもらって訓練用の施設を作るか?それとも――

 

「あーーーいた!!緑谷!」

 

「病院ではお静かに!」

 

「す、すいません!」

 

てててっと小走りで誰かが近づいてくる。聞き覚えのある声だ。もしやと思い振り向くと、案の定、まだら模様の奇抜な色相のコスチューム姿の芦戸三奈だった。

 

「芦戸さん、何でここに?」

 

「何でって・・・・そりゃお見舞いに決まってんでしょーが。お馬鹿。」

 

腰に手を当て、いかにも怒っているぞと言うポーズで目を細める彼女に、出久はたじろいで慌てて弁解を始めた。

 

「おば・・・・・!?いや、だって職場体験の事務所、全然違うとこだし・・・・・あ、でも別に来て欲しくなかったって訳じゃなく、純粋に興味本位で聞いてるだけだから!」

 

「・・・・・・心配だったから。」

 

「僕は大丈――」

 

「嘘。」

 

細められる黒い目に、出久は口を噤んだ。元々咄嗟に嘘をつくのは下手だが、言おうとする刹那に看破され、居心地が悪そうに目を逸らす。

 

「ぶっちゃけ今の緑谷、見てて怖いよ。」

 

「やっぱり?」

 

「ごめん、説明が足りなかった。おっかないって意味じゃなくて危なっかしいって事。前に切島達と遊びに行ったでしょ?最後のあの時の顔・・・・・・全然笑ってなかった。笑ってたけど、中身がスカスカって感じた。怖がられた事がやっぱりショックだったんだって。自分の事が怖いかって聞いてそれでスマイル満開出来たらそれはそれで色々ヤバいけど。でも誰にも見えないところでどこか泣いてる気がする。今だって多分そうでしょ?我慢する事は大事だけど、我慢しない事も大事だよ?」

 

「我慢、ね・・・・・」

 

今思えば、自分の人生は大半が我慢尽くしだった。

 

いじめに対する我慢、雄英に入る為に力を着実につける我慢、爆豪に対して怒りに任せて力を振るう我慢、級友に向けてしまった恐怖に対する我慢、そしてオール・フォー・ワンとの決戦に向けての我慢。

 

「そ。理解して貰えないかもしれないけど、話すだけでもだいぶ楽だよ。これ経験談ね。」

 

「芦戸さんは何でそこまでして僕に肩入れするの?僕が怖くないの?おっかないって意味で。」

 

「いやいやいや、緑谷の通常運転って人畜無害丸出しじゃん。何を怖がれと?」

 

「体育祭の決勝戦を見て何も思わなかったなんてつまらない嘘はつかないで。やった僕ですら・・・・・怖かったんだ。一瞬とは言え僕は思ったんだよ、あの戦いでもし爆豪君が再起不能か、最悪死んじゃっても構わないってね。それだけ力を込めて攻撃したんだ。今回だってそう。ステインを倒す為に僕は爆豪君に使ったのと同じ技を使った。けど、暴走したんだ。時間内に決められなかったし、冷静とは程遠い状態だった。後一歩で飯田君も、轟君も、ネイティヴさんもステインも・・・・・殺していたかもしれないんだ。グラファイトがいたからそうはならなかったけど、それは結果論でしかない。そう何度も都合良く助けてくれる人は現れちゃくれない。だから僕がしっかりしなきゃいけないんだ。もっと・・・・・・」

 

今まで以上に、そして誰よりも。最高のヒーローになる為に。

 

「嘘は言ってないよ。怖くはなかった。でも、悲しかった、って言えば良いかな?」

 

「悲しい?何で?」

 

「優勝しても嬉しくなさそうだったからって以外に、こう・・・・・・どうすればいいんだろうって、迷ってる感じがした。助けて欲しいのに自分で蓋しちゃってSOSを無視してる、みたいな。」

 

「助けて欲しい……?僕が?僕はもう十分助けられてるよ。」

 

相棒のグラファイトは、何度も自分を救ってくれた。命の危機からも、自分の心の闇からも。

 

ヒーローとしての自分を改めて見つめ直すきっかけをくれた。

 

ヒーローになる為に、自分の力を授けてくれた。

 

ヒーローとしてだけでなく、人間としての強さを、弱さを教えてくれた。

 

ヒーローになる為の特訓も数年に渡ってつけてくれている。

 

憧れたヒーローを救おうとしてくれている。

 

そのヒーローを屠らんと欲するヴィランを倒そうと策を練っている。

 

自分は恵まれている。救われている。救われている筈だ。SOSはしっかりと応じられている。さっぱり分からない。理解できない。

 

「あー分かんないならもういい!その内分かる筈だから。緑谷、頭いいし。」

 

また学校で会おうねと手を振り、芦戸はその場を後にした。

 

 

 

 

「迷ってる、ね。」

 

正直分からない。リカバリーガールの治療を病室で受けて彼女に聞こうと思っても、どう質問すればいいか見当もつかなかった。自分が何に迷っているのか、そして何を以て助けて欲しいと思っているのか。

 

そしてオールマイトと話した、自分で納得した上で自分だからなれる、自分を好きになれるヒーロー像も、思い描く強さの定義も、未だに不明瞭だ。

 

誰に聞いても納得のいく答えが出ない気がして、どれも結局胸の内にしまったままだった。一足先に治療を受けて体験先に戻ると飯田からのメッセージが珍しくスタンプ付きで送信され、思わず笑ってしまった。

 

コスチュームに着替えて自分もグラントリノのアパートに戻ろうとした所で病室のドアが乱暴に開かれた。誰なのかは足音で予想がつく。

 

「僕に何か用?爆豪君。」

 

「時間、あるか?」

 

「まあ、無くは無い。また勝負でもしたいの?」

 

「違ぇ。」

 

いつもの語気の粗さが無い。戦意も感じられない。放っておいたは良いが、また突っかかってくるのだろうか?背を向けたままでも不意打ちには十分対応出来るが、ここは病院だ。正直荒事は避けたいと言うのが出久の本音だったが、今更彼を叩き伏せる事に躊躇いは無い。

 

「じゃあ、何でここに来たの?またデクの癖に目立ってんじゃねえとか言いに来たとか?」

 

「違ぇ!」

 

「じゃあ何?」

 

答えられなかった。それもその筈だ。職場体験が終わるまで謝罪の言葉をじっくり考えて頭を下げに行くと言ったのに、ニュースでステイン逮捕の経緯を見て家を飛び出したのだ。確かに熟慮してからの方が尤もらしいセリフが出て来るかもしれない。しかしそれは何かが違うと直感したのだ。それでは何のけじめもつけず有耶無耶にしてしまっている。どこかでそう思ってしまった。それでは落とし前を付けた事にはならない。ボロボロで二束三文にもならない、なけなしのプライドがそれを許さなかった。

 

鈍い打撃音に出久は思わず振り向き、爆豪が飛び掛かろうとした所を迎え撃とうと拳を固めたが、そこには膝をついて額をリノリウムの床に力一杯叩き付けた彼の姿があった。割れた額の血だまりがゆっくりと広がっていく。

 

「何て言やぁ良いのか、俺にはもう分からねえ。十年越しの詫びなんざ・・・・・・俺が今更何を言った所でどうにかなるようなもんでもねえ。」

 

「そうだね。」

 

加害者がどれだけ被害者に詫びようが、後者が許すと言わない限り何も変わりはしない。たとえ詰め腹を切って見せた所で同じ事だ。

 

「許してくれとは言わねえ。もうンな事頼めねえぐらい手遅れだ。どうすればいいのか、俺は分からねえ。俺は・・・・・弱いから。」

 

「うん。弱いね。」

 

「それでも俺は・・・・・・なりてえんだ。ヒーローに。オールマイトを超える様な。」

 

「そうなんだ。」

 

屈さぬプライドだけが人生の指針にして支えになっていた彼がそれを打ち砕かれてどうなるか、正直出久にも見当がつかなかった。雄英を去る可能性だってあるかもしれない。

 

「だから、教えてくれ。俺を・・・・・・・俺に『ヒーロー』って奴を教えてくれ。」

 

「・・・・・・はいぃ?」

 

オールマイトをも超えて俺はトップヒーローとなり、必ずやトップ納税者ランキングに名を刻む。

 

そう豪語して憚らなかった人間の言葉とは思えない。

 

求める物、その極地へ至る目的は恐らく変わっていないだろう。だがしかし、顔は見えないが何かが変わっているのは分かる。プライドをかなぐり捨ててでも、十年以上も目の敵にしていた、自分に勝った相手に教えを乞うだけの理由が。

 

「俺は・・・・・・・・強く、なりてぇんだ!!弱いから、強くなりてぇ!」

 

「何の為に?」

 

その質問に爆豪は初めて頭を上げた。顔には幾筋もの涙の痕が光っており、額から血が滴り落ちて行く。

 

「何の、為・・・・・?」

 

「君は野心より優先しようと思った何かがある。プライド振り翳すだけで生きて来た君が、今こうして僕に土下座してまでヒーローの道に縋って強さを求める理由。僕はそれが知りたい。返答次第じゃ、君が今まで僕にして来た事を全て相澤先生とクラスの皆に話すつもりでいる。答えるかどうかは勝手にすればいいけど、その前にしっかり考えて。僕はもうグラントリノの所に戻るから。お見舞いは素直に嬉しかったよ。ありがとう。あ、血とか拭くの忘れないでね?次の患者さん来るから。」

 

「分かっとるわ言われんでも・・・・」

 

 

 

「色々あったが、小僧。お前さんはようやったわい。」

 

「ありがとうございます、グラントリノ。はっきり言ってまだ釈然としないですけど。職場体験で僕だけお咎め無しなんて。」

 

「納得できん事だらけじゃ、世の中は。飲み込む事はちょっとずつ覚えればいい。お前はまだまだ十代半ばだからな。それよりホレ。」

 

グラントリノから無造作に厚みのある茶封筒を投げ渡された。

 

「うぇっ?」

 

封を切って中身を見ると、思わず人間らしからぬ奇声を発してしまった。自分が持っている纏まった金など精々四、五万円程度しか見た事は無いが、封筒の中には目測だけでもその十倍近くの一万円札が詰まっていた。

 

「ちょ、あの、グラ、え?あの、コレ・・・・?」

 

「ん?報酬だ。多かったか?」

 

「多すぎますよこんなの!!こんな大金僕にどうしろってんですか!?嫌ですよ!?受け取りませんからね、これ全部は!!」

 

グラファイトの所為で大金は見慣れてしまっているとは言え、この金額をポンと渡されるのは訳が違う。高価な瀬戸物を扱う様に慎重にそれをテーブルの上に置いた。

 

「そうか・・・・・それでも特別報酬の一割程度なんだがな。」

 

「ここ、これでですか・・・・・!?」

 

「うむ、受け取った報酬の半分は被害が出た地域修復の為に業者に渡してある。二割はワシの口座、残り二割は適当な募金、で、一割は今さっき渡した。」

 

「なるほど・・・・・・」

 

「ところで小僧。お前の『個性』のグラファイトと言ったか。奴は一体何を考えとる?」

 

「と言いますと?」

 

「明らかに奴は、オール・フォー・ワンを倒す気でいる。倒せると言う、確信にも似た何かを感じる。奴を白日の下に晒してしまう事によって生じるアドバンテージは理解しとるつもりだが、どうやって奴に勝つ?奴自身が奪い取られやせんのか?」

 

「それは無いです。オールマイトにも話したんで、グラントリノにも話しておきます。実は僕・・・・・ワン・フォー・オールを受け継ぐまでは、無個性だったんです。彼は僕に寄生と言うか、共生している『個性』とは違うバグスターと言う別種の生命体なんです。」

 

出来る限り要点を抑えながらも掻い摘んでグラファイトや彼が持つ能力、そしてオールマイトの治療について説明した。

 

「ふむ・・・・・まあお前も俊典も信用しとるなら何も言わん。確かに、俊典が全盛期の力を取り戻せば、勝率は上がるだろう。じゃが、果たしてそれが正しいと言えるのか?」

 

「え?」

 

「勿論、奴を鍛え、先代の盟友としても俊典の回復は願っても無い事だ。ワシが言ってるのは、その後の事だ。」

 

「後、ですか・・・・・」

 

「ああ。オールマイト、八木俊典。トップヒーローと呼ばれようと、奴もワシやお前と同じ人間じゃ。断じて神ではない。奴が死ねば、唯一この国の犯罪発生を一桁にまで押し留めているダムが決壊する。それがどういう事か分かるか?」

 

それは、再び日本が混沌の闇に飲まれてしまう事を意味する。

 

「で、でも!その為に僕が後継者に―――」

 

「それが問題なんだよ、このバカタレが!お前、奴と同じ人身御供になるつもりか?」

 

「いや、僕はそんな―――」

 

「志村がまだ生きてた頃、俊典はこう言っとった。この国で犯罪が減らないのは、国民に心の拠り所、即ち『柱』が無いからだと。それ故、自分がその柱になるとな。オール・フォー・ワンとの戦いを含めた激戦の連続、助けずにはいられない最早末期の病としか言えない奴の性格を矯正せずにいた結果があのザマよ。人に言われた所で耳を貸すような奴じゃねえ。だからお前さんが止めるんだ。」

 

「僕が、オールマイトを止める・・・・・?」

 

「奴は寝ても覚めても人助けしか頭にねえ。それこそ、本当に死んじまう一歩手前まで来てようやく止まろうと思うって程にな。あいつはもうプルスウルトラし過ぎとる。助けを求める声に応えようとする心意気は買ってやるが、死んじまったら終わりだ。あのメリケンかぶれのドアホに伝えとけ。ヒーローの仕事ってのはな、医者やってる修繕寺の婆と同じでまず自分が死なん事が肝要だ。小僧、お前も自分から死にに行くような真似だけはするんじゃねえぞ?『柱』なんぞ言語道断だ。分かったら準備せぃ、パトロールに出る。」

 

「はい!」

 

まだ全快とまでは行かないが八割方回復はしているしトータルゼロスタイルも一時的に封印している為、暴走の心配も無い。パトロールも徒歩でやる為負担も少ないのだ。グラントリノの部屋に置いてある指定のゴミ袋で道なりにあるゴミを拾う片手間に車上荒らしや空き巣、引ったくりだの食い逃げだの、つまらない犯罪行為に走る小悪党を見つける都度ひねっていく。

 

ステインや脳無などに比べると明らかに歯応えが無さ過ぎるが、別にそれでもよかった。ひねくれた言い方をしてしまえば、ヒーローの飯の種は人の不幸なのだ。ヒーローや医者が儲からないのは世の中が平和な証拠だ。平和ならば出来る限り長くそれでいい。

 

十重二十重に絡まった問題を幾つか紐解く必要があるが、今は頭の片隅に追いやっておく。

 

今は、公的に人を助ける事を許可された自由を享受して、助けを求める手を掴み続ける。それがたとえ誰であろうと。

 

「おい、坊主。書類仕事も将来やる事になるから覚えとけよ。手本見してやるから。」

 

「はい!お願いします!」

 

小規模の犯罪からゴミ拾い、歩道橋で上り下りの補助、道案内などの誰でも出来るちょっとした奉仕活動を日が暮れるまで続けた結果、ステイン確保の功績も相まって新聞や雑誌、SNSでも幅広く取り上げられた。

 

『緑の彗星!ブレイブな龍戦士、推参!』

 




正直、次話がいつになるか明確な時期は分かりませんが、AFO最終決戦、オーバーホール編、そして学園祭編まで行って終わらせるつもりです。I・アイランド編もどうするか構想は85%は固まっていますので予定通りやろうと思います。

しかしその前に、期末試験をば。

次回、File 48: Ready Go、覚悟!期末試験!

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Level 5: 激闘
File 48: Ready Go、覚悟!期末試験!


長らくお待たせいたしました。

Wish in the dark ループさせて聞きながら書きました。


「期末試験まで残り一週間ってとこだが、お前らちゃんと勉強してるだろうな?知っての通りテストは筆記だけでなく演習も含まれている。当日に備えて頭と体、同時に鍛えておけよ。以上だ。」

 

授業終了のチャイムと共に相澤が退室したのを皮切りに、一年A組は一気に色めき立った。

 

「まったく勉強してなああああああああああああああああああああい!!!!」

 

中でも特に騒がしかったのは中間成績のツートップならぬツーボトムの芦戸、上鳴の二人だった。前者は開き直って笑っており、もう一人は精神的に追い詰められるあまり全身を奇妙に捩じっていた。

 

「確かに行事続きではあったが・・・・」

 

「けど、入学したてで中間の範囲は狭かったし、期末となりゃヤマ張るのも一苦労だな。」

 

常闇、砂藤も中間成績の順位は下から数えた方が早い。上鳴程大っぴらに表面には出さずとも、内心じっとりと冷や汗をかいていた。

 

「演習があるってのがツライとこだよなぁ~。」

 

頬杖をつきながら得意顔で峰田が間延びした口調で聞こえよがしに何度か頷いた。

 

「あんたは同族だと思ってたのにぃ~~~!!!」

 

「お前みたいな奴は馬鹿で初めて愛嬌が出るんだよ、どこにお前みたいなのの需要があんだよ!」

 

「世界、かな?」

 

中間では九位を獲った故の余裕もあり峰田は瞬き一つせずに大見栄を切った。

 

「まあまあ芦戸さん、上鳴君、一緒に頑張ろうよ!皆で林間合宿行きたいし。ね?」

 

「うむ!僕も委員長として二人の奮闘に期待する!」

 

「奮闘っつっても・・・・・・普通に授業受けてりゃ赤点は取らねえだろ。」

 

中間三位の出久、二位の飯田、五位の轟に上鳴は胸を抑えて蹲った。正論過ぎてぐうの音も出ない。

 

「お二人とも、座学でしたらお力添えできるかもしれません。」

 

「ヤオモモー!!」

 

中間一位を見事取った才女の後光に中てられ、ツーボトムは一気にモチベーションを取り戻した。

 

「演習の方はからっきしでしょうけど・・・・・・」

 

「お二人じゃないんだけど、ウチも良いかな?二次関数、ちょっと応用に詰まづいちゃってて。」

 

「ごめん、俺も!八百万、古文分かる?」

 

「俺も良いかな?いくつか分からない部分があってさ。」

 

自分は、頼られている。嫌でも分かるその事実に、暗く沈んだ八百万の表情に光が戻った。

 

「皆さん・・・・・!いーですともー!!!!では私の家で勉強会を催すとしましょう!まずお母様に講堂を空けて頂く様にお話しませんと・・・・・皆さん、お紅茶はどこか贔屓にしている銘柄はありまして?我が家はいつもハロッズかウェッジウッドですが。勿論、勉強の事もお任せください!必ずお力になって見せますわ!」

 

生まれの違いで横っ面を引っ叩くマシンガンピュアセレブトークに常人ならば多少なりとも引き攣った苦笑いを浮かべる所だろう。しかし、プリプリした八百万百の可愛いオーラにそれら全てがどうでもよくなってしまった。

 

「演習の方は僕が担当するよ。内容に関しちゃ流石にヤマを張るのは無理だけど、組手とかだったら何人でも相手するから。それと、もう飯田君とか渡しちゃってる人は何人かいるけど・・・・・・配っておく物があるんだ。はい。」

 

どさりと卓上にノートの山を下ろした。知っている者は大して驚きはしなかったが、知らない者は目を皿のように見開いた。

 

「ナニコレ・・・・・」

 

「ノートの山・・・・・!」

 

「自分の名前が載ってる奴を取って。一週間でどこまで出来るかなんてたかが知れてるけど、今後の課題を知っておけば多少は楽だし。」

 

「緑谷君、これはもしや・・・・・?!」

 

飯田の言葉に出久は大きく頷いた。

 

「飯田君はもう渡したよね。これは全員合格を目指す為の『個性』を伸ばす為に必要な内容。推奨トレーニング、個人的な癖、『個性』以外の改善点とその優先順位。全部ある。演習が戦闘だろうとレスキューだろうと、はたまた両方を交えた内容であろうと、これで赤点の確率は少し減らせる。流し読みでもいいから、目は通せるだけ通しておいて。」

 

「俺やダークシャドウにこんな癖があったとは。」

 

『不覚ッ・・・・・・!』

 

「あるある、皆ある。僕もある。」

 

しかし、出久はただ一冊だけノートが残っている事に気付いた。爆豪勝己の名が記された物だ。普段の彼からは想像もつかないほど静かにしている彼は、それをしばらく見つめていたが、結局取らずに無言のまま教室を後にした。

 

皆もそれぞれ出久に礼を述べながらランチラッシュのメシ処に向かった。その場に残ったのは、出久と轟の二人だけだった。しばしの沈黙の後、轟が口火を切った。

 

「緑谷、あのケースの中身だが・・・・・・」

 

「どうだった?グラファイトが持ってった物だから中身までは僕も知らなくて・・・・」

 

「これだ。」

 

ポケットからスマートフォンを取り出して画像を見た出久は首を傾げた。形こそ騎士が使う両刃の剣に見えるが、柄の部分にガシャコンバグヴァイザーZ同様にAとBのボタンが一つずつ横に並んでいるのだ。加えてガシャット装填の為と思しき溝もある。

 

「これ、は・・・・・・剣、って認識でいいの、かな?」

 

「ああ。あいつはこれをアブソリュートカリバーと呼んでいた。俺と同じ氷と炎の攻撃が出来るらしい。形やデザインこそアレだが、切れ味とかは問題ねえよ。これで五キロあるって以外はな。」

 

「五キロ・・・・!?地味に重いね。」

 

「俺としちゃ使うつもりでいるんだがな。出来れば演習でも。素振りぐらいはやれる。」

 

「まあそこはその時に判断すればいいと思うけど、気に入ってくれたみたいで良かった。あ、そうそう、出来上がったよ。ガシャット。これなんだけど。」

 

出久が制服のポケットから引っ張り出したガシャットは群青色だった。

 

「パーフェクト、パズル?これで何が出来るんだ?」

 

「試してないからまだ分からないんだ。でも、僕もこれを使おうと思う。期末の演習で。勿論、林間合宿でも。」

 

「そうか。なら・・・・・・予習復習。一緒にやらねえか?」

 

「轟君と?」

 

「・・・・・・嫌、なら無理に――」

 

普段無表情な轟だからこそ微妙な表情の変化は目立つ。それを目ざとく見抜いた出久は慌てて両手を振って弁解した。

 

「あ、ごめんごめん!そそ、そうじゃなくて、その・・・・・・なんて言うかな。普段は放課後直帰の轟君がそんな風に誘ってくるのが意外で。も、勿論嬉しいよ!うん、僕で良ければ喜んで。じゃあ、ご飯行こう。昼休み終わっちゃう。」

 

「ん。蕎麦が一番美味い。冷たい奴が。」

 

「そうなんだ。じゃあ試してみる。」

 

 

 

 

その日、爆豪勝己は購買で買った焼きそばパンを屋上で食べた。思えばそんな事をしたのは中学以来だった。今はとにかく考えられる環境が欲しかった。人でごった返した雑音塗れの食堂では思考など纏まらない。

 

――僕に土下座してまでヒーローの道に縋って強さを求める理由。僕はそれが知りたい。

 

「理由、か。」

 

思い返せば自分がヒーローになった理由は薄っぺらかった。幼馴染とその他大勢が格下だの自分が格上だのとちっぽけな事に拘っていた。何かある筈だ。自分のプライドより遥かに大きな何かがある。あった筈だ。

 

「何だ?俺はヒーローになって何がしたかった・・・・・!?」

 

当然だが、まだ十歳にもなっていない時に崇高な大義名分や目的があった訳ではない。オールマイトに憧れた。どんな逆境に陥っても、崖っぷちに追い詰められても不撓不屈の力と技で巻き返す常勝無敗の雄姿にただただ魅せられた。

 

被害を及ぼすのはヴィラン。

 

確実な被害拡大阻止の達成条件はヴィランの打倒、即ちヒーローの勝利。

 

ならば、勝利する事こそがヒーローの本懐、存在理由である。筈だった。

 

しかしそこから先のビジョンが、全く見えない。白昼夢の様に何もかもが曖昧になって行く。

 

誰の為?何の為? エンドレスにその自問自答が続く。

 

「・・・・・・分からねえ。」

 

「随分と悩んでいるようだね、爆豪少年。」

 

「オール、マイト。」

 

黄色のピンストライプに青いネクタイ姿のオールマイトは魔法瓶についているプラカップに冷えた麦茶を注いで飲んでいた。USJ襲撃の後でまた新調したのだろうか?あの魔法瓶は彼の握力に耐えられるのだろうか?そんなどうでもいい疑問が頭を過る。

 

「当ててみよう、緑谷少年との事だろう?君のお母さんから聞いたよ、保須市までわざわざ見舞いに言ったそうじゃないか。こう言っちゃなんだが、君も多少は丸くなったと言うか、いくらか落ち着きを覚えた印象を受けるよ。」

 

「丸くなんざなりたかねえわ!!」

 

爆豪は咀嚼していた一口を飲み込んで声を荒らげた。

 

「ハハハ、まあ君の性格上そう思うのは仕方ないだろう。だが、君は確実に強くなっているよ。」

 

「俺のどこが強ぇんだ一体!?」

 

食べかけの焼きそばパンを地面に叩きつけ、麺や野菜が辺りに飛び散った。

 

「負けた俺の・・・・・・どこがどう強ぇんだよ・・・・・・」

 

「負けたからこそ、さ。君は強くあるという事を知っている。十分過ぎる程にね。だがその反面、君は弱くあるという事を知らなさ過ぎる。爆豪少年、今君が経験しているこれは言うなれば弱さの無知と弱くあると言う経験の不足故の皺寄せだよ。弱いという事は恐ろしい事だ、途轍もなく。だがその恐ろしさを知り、恐怖を是とする事が出来る器を手に入れてこそ、また新たな強さへの道が拓ける。」

 

「恐怖を、是とする・・・・・・?」

 

「そう。君は確か登山が好きだったね。ならばこういう例えが分かり易いかもしれない。山の怖さを知らない登山家はいない。だが怖くても、怖いと知りながらもエベレストやキリマンジャロなどの頂上制覇に挑む。彼方にこそ栄え在り。届かないと言われるからこそ、挑みたくなる。その困難の先にある何かを掴み取り、それを知りたいから。要はそう言う事さ。」

 

恐怖を受け入れる。一昔前の自分ならばそんな事を宣う輩など腑抜けの間抜け野郎と罵倒して道端に蹴り飛ばしている所だろうが、それを言わせていたプライドは今や根絶やしにされ、縋るだけの地盤すら擦り潰された。

 

使える糸口があるならば、その糸が切れるまで手繰り寄せるまでだ。誰も知らない真実を。

 

己の、真実を。

 




次回、Extra File 3: 初めてのトモダチ Making

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Extra File 3: 初めてのトモダチ Making

轟焦凍は、迷っていた。

 

緑谷出久を期末試験の予習復習に誘った。誘ってしまった。そして向こうも了承してくれた。

 

だが一つ重要なファクターを失念していた。

 

「友達のもてなし方って・・・・・・分からねえ。」

 

この世に生を受けてこの方出来た物は心身の傷と知人どまりの人間関係だけだ。出久との関係は、正直どう形容すればいいのか分からない。

 

自分の心を救ってくれた恩人である。これは確定だ。しかし自分が一方的にそう思っているだけで、迷惑に思われるかもしれない。だが知人と言う程浅い仲では決してない。雄英体育祭という公の場であったとは言え、お互い腹の中をぶちまけ合ったのだ。

 

だが、彼がどう思っているのかが分からない。彼は嘘をつけるような人間ではない。ついたとしても悪意を持ってする様な性根の腐った人間ではない。分かっていたとしても、どうしようもなく、たまらなく恐ろしかった。

 

(エンデヴァー)の評価にのみ左右されるような人生を歩んでくること十余年、新たな人間関係の構築に半歩足を引いてしまうのは仕方の無い事だと分かっていても、進歩の無さに歯噛みしてしまう。変わるきっかけを与えてくれた彼に申し訳が立たない。

 

無線の充電パッドに置いてあるスマートフォンを取り、電話をかけた。轟家には、人間関係の知恵袋が存在するのだ。彼女ならば知恵を貸してくれる。

 

「姉さん、ちょっと話したい。明日人を家に呼ぶんだけど・・・・・・どうすればいいか全く分かんねえ。」

 

 

 

出久は正門のインターホンを押した。ポーン、と鉄琴を叩いた時に出る様な小気味のいい音が鳴り、赤いランプと共にカメラが起動した。

 

『はーい?』

 

「あ、ああああのあの!轟君の友達の緑谷でひゅ!」

 

応対したのが女性の声だった事に意表を突かれた出久は、思い切り舌を噛んだ。

 

『ああ、貴方があの緑谷君?入って入って!』

 

正門の扉が開き、出久はそっと轟家の敷居を跨いだ。玄関に到着するまでの道のりは、竹と白砂、そして石灯篭で石庭となっており、戸建ての家にすら住んでいない出久はあまりのスケールの違いに思わず眩暈がした。流石は高額納税者である。

 

母に失礼の無い様にせかせかと菓子折りを持たされ、更に着る服にまで世話を焼かれた出久は、はっきり言って心配だった。体育祭で轟焦凍とある程度分かり合えたのは自分にとっても彼にとってもプラスになった事はまず間違いない。彼は、彼として道を歩み始めた。十年越しの溝と受けた傷はとにかく根深いが、今の彼は一人ではない。

 

考えながら歩いている内に、玄関先に到着した。

 

「うぉぉ・・・・・・・・だ、大名屋敷っ!!!」

 

勉強会を催している八百万邸の正門に続いて母屋の写真がグループメッセージでどんな物か見せられたが、今出久の目の前にある轟家の自宅はその真逆で、木造の老舗旅館を思わせる立派な日本家屋だった。既に竹箒を持ったエプロン姿の若い女性と作務衣姿の轟焦凍が立っている。

 

「こんにちは、緑谷君。焦凍が友達を家に連れて来るなんて初めてだから、今日来るって聞いた時耳がおかしくなったのかと思ったわ。私は轟冬美。よろしくね。」

 

冬美と名乗った彼女の髪の毛は弟とは違い、白髪に赤が少しばかり混じっている所があり、眼鏡越しに見える彼女の眼にはどこか人を引き付けるきらめきがあった。

 

「ご、ご丁寧にどうも。あ、これつまらない物ですが、どうぞ。」

 

「あらあら、珍しい。蕎麦ぼうろじゃない!」

 

蕎麦、という言葉に反応した轟の眼が一瞬冬美の受け取った包みの方へ逸れた。

 

「良かったわね、焦凍。じゃあこれは一息入れた時のおやつにって事で。二人とも期末試験、頑張ってね。」

 

「轟君、お姉さんいたんだ・・・・・」

 

「ああ。近くの小学校で教師やってる。まだなったばっかりの新人だけど。」

 

「へー。人気ありそう。」

 

「結構あるらしいぞ。とりあえず上がれよ。遠いとこ悪いな。」

 

木製の廊下を渡りながらどこからか鹿威しの音が聞こえた。進むうちに盆栽やら一本松などの園芸品も多々目に入る。出合え出合えと叫べば藩士が刀を押っ取り、今にも飛び出して来そうだ。

 

「良いよそれは。ヒーローのライセンス取得者の私有地でしか『個性』が使えないって縛りがある以上は仕方ないし。少なくともライセンス取得するまではさ。もしくは轟君が自費で演習場を建設したりとか。」

 

「まあ、それはその内にって奴だ。ここだ、俺の部屋。」

 

ドアには『焦凍の部屋』と小さな掛け軸に書かれていた。紙の色が若干変色してこそいるが、それ以外に傷んでいる様子は無い。

 

「・・・・・・何で掛け軸?」

 

「俺が欲しいって言ったら、お母さんが書いてくれた。字、綺麗だろ。」

 

筆ペンで書かれたその字は、書道が芸術たる所以を見事に表していた。書き方からすでに気品を感じ取れる。

 

「うん、これは確かに凄い。バランスからして違うもん。僕は書初めとか下手だったからなあ。」

 

部屋は青畳と窓辺に置かれた植物によって清涼感が出ており、唯一ちぐはぐ感を出しているのはパソコンやランプなどの文明の利器と本棚に置かれた現代の書籍、そしてアブソリュートカリバーを収めたケースだけである。

 

「さてと、じゃあ早速始めようか。」

 

「その前に一つだけ教えて欲しい。」

 

「ん?」

 

「お前は何故そこまでする?何故誰かの為にそこまで出来る?クラス全員分のこのノートだってそうだ。勿論ヒーローとして大事だって事なのは分かってる。体育祭とヒーロー殺しの事件以降、ずっと考えてたが、やっぱり分からねえ。ヒーローになりたい夢を叶えるって以外で、何の為に戦ってるんだ?何がお前をそこまで強く支えてる?」

 

「・・・・・・僕を信じてくれる人がいたから、かな?」

 

「信じてくれる人?」

 

「僕の力は――」

 

そこまで言うと、出久は迷い、口を噤んだ。普段無口な轟焦凍がこれほどまでに心を開いて尋ねているのだ。せめてグラファイトの事については、彼の生体データを元にガシャットを既に一本作ってしまっている手前本当の事を話すべきだ。表情にこそ出さないものの、いつ誤って口を滑らせてしまうか気が気でない。

 

「轟君、これから僕が言う事は誰にも言わないで欲しい。知っているのはオールマイトだけなんだ。僕の『個性』というか、グラファイトについて。」

 

「あいつの?」

 

「うん。実は――」

 

轟は時折質問を挟む以外の事は一言も喋る事は無かったが、出久が話し終えると大きく息をついた。

 

「バグスター・・・・・・すげえ事になってんだな、お前の人生。」

 

「うん、でもそれだけ劇的な出会いがあったからこそ、僕は夢を追いかけて全てが変わった。僕は変われた。強くなれた。僕自身を好きになる事が出来た。好きになっても良いんだって思えた。それが分かって、安心できた。轟君も、僕とは違う人生を歩んでここにいるけど、それでも僕が今言った事を、君も少なからず経験してきたんじゃないかな?」

 

だからこそ、左の炎を使わせられた。だからこそ、出久は放っておけなかった。確信にも似た何かが、そう言い切らせた。

 

「そう、なのかもしれねえ。俺は一度お母さんにお前の事を話した。その二日後に手紙が来たんだ。お前と・・・・・・友達になって欲しい。そしていつか息子とやり直すチャンスを与えてくれた恩人に会わせて欲しい、と。」

 

「お、恩人てそんな大げさな・・・・・!!でも、僕はもう轟君とは友達でいたつもりなんだけど、違ったの?」

 

失言に気付いた轟は何とか取り繕う言葉を探して何度も小さく口を開けては噤んだ。

 

「あ、いや・・・・・・」

 

「飯田君と一緒にヒーロー殺しを倒したのに?」

 

「その・・・・・・・」

 

「体育祭であんなにボロボロになるまで殴り合ったのに?」

 

「ん・・・・・・」

 

遂に言葉に詰まった轟は表情を曇らせて俯いた。流石にやり過ぎたと今更ながら後悔した出久は、そっと彼の肩に手を置いた。

 

「ごめん、ちょっと意地悪し過ぎたね。でも友達って言うのはさ、今日から成るとか決めるんじゃなくていつの間にかなってるものだと思うんだ。少なくとも、僕は君の事を体育祭から友達のつもりでいたよ。君にありがとうって言われた時から。」

 

「そう、か。緑谷は、そう思うのか。なら・・・・・・改めて聞いとく。」

 

一瞬にして喉がカラカラに乾き、舌が上手く回らない。心なしか心拍数も上がった。声の上ずりを必死に抑えながら声を絞り出した。

 

「俺と、友達に・・・・・・・なって欲しい。」

 

「うん、いいよ。改めてよろしくね、轟君。」

 

熱湯を浴びせられたわけでもないのに、眼が熱い。視界がぼやける。だと言うのに、口角が自然と持ち上がっていく。

 

――お母さん。俺にも、手紙じゃ書き切れないぐらい自慢したい友達がやっと出来た。

 

「じゃ、やるか。復習。」

 

「うん。」

 

「苦手科目ってあるか?俺より良い点とったらしいが。」

 

「僕にも苦手な物はあるよ。強いて言うなら古文の解釈と、化学の応用問題とかかな?頭で理解出来れば身につくって訳でもないし。轟君は?」

 

「数学と歴史だな。覚えるモンが多過ぎる。人名とか年号とか。姉さんは語呂合わせで覚えた方が楽だったらしいが、いまいちピンと来ねえんだ。」

 

「あー確かにね。あれは回数こなすしか無いから。歴史も、変な問題たまに出たでしょ、小テストで。ほら、千利休の本名を答えよ、とか。」

 

「あれは俺も全く分からなかった。茶聖とか呼ばれた割には地味だった覚えはある。ググってみたら田中与四郎だった。」

 

「わ~、地味!」

 

「豊臣秀吉のあだ名が禿鼠ってのもあったな。」

 

「ただの蔑称!?」

 



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File 49: 補習のPrelude

三日続いた筆記試験後の束の間の小休止を噛み締められるゆとりと回答欄を全て埋めきった喜びは、長くは続かなかった。その翌日に演習試験が迫っているのだ。一年A組は、委員長、副委員長の飯田と八百万を筆頭に二列に並び、大声を上げながらキャンパスの外周を走っていた。その横を脱落などしようものなら地獄を見せてやるとグラファイトの厳しい視線が全員に注がれる。

 

「イチ、イチ、イチニー!」

 

「ソーレ!」

 

「イチ、イチ、イチニー!」

 

「ソーレ!」

 

「イチ、イチ、イチニー!」

 

「ソーレ!」

 

「イチニ、イチニ!」

 

「イチニ、イチニ!」

 

「連続歩調!歩調!歩調!歩調!数え!イチ!」

 

「ソーレ!」

 

「ニー!」

 

「ソーレ!」

 

「サン!」

 

「ソーレ!」

 

「シー!」

 

「ソーレ!」

 

「イチニサンシー、イチニサンシー!」

 

「イチニサンシー、イチニサンシー!」

 

最後尾の切島、出久が全力疾走しながらペースを保って走る十八人を追い抜き、再び列に加わって掛け声の先導を始めた。

 

「俺達!」

 

「俺達!」

 

「俺達!」

 

「俺達!」

 

「精鋭!」

 

「精鋭!」

 

「精鋭!」

 

「精鋭!」

 

「1- A!」

 

「1-A!」

 

「1-A!」

 

「1- A!」

 

「今日は!」

 

「今日は!」

 

「今日は!」

 

「今日は!」

 

「気合!」

 

「気合!」

 

「気合!」

 

「気合!」

 

「入れて―!」

 

「入れて―!」

 

「入れて―!」

 

「入れて―!」

 

「走るぞ!」

 

「走るぞ!」

 

「走るぞ!」

 

「走るぞ!」

 

腹の底から大声を上げながらキャンパスの外周を四周した所で走り込みは終わった。あくまで()()()()()、である。直後に腕立て伏せ用意の号令がグラファイトから飛ぶ。それも、警笛が鳴った時のみ上げ下げが許される。規則正しくなる時もあれば、四十五秒から二分近く鼻を地面にくっつけた状態でいる事もある。

 

「ちょ、これ・・・・・・」

 

「も、無理ッ・・・・!!」

 

「手足以外の部分が地面に触れたら貴様らの両隣にいる奴らが死ぬと思え。貴様らが勝たねば誰が勝つ?弱音で人を救う事など、守る事など出来ない。口をきける気力があるならば自力で上げろ。涙を流す暇があるならば血と汗を流せ。たかが筋肉痛で無理などと抜かす奴は俺がこの場で間引いてやる。」

 

繊維が引き千切れるような筋肉痛にほぼ全員が筋肉を代弁するように痛みに身を捩り、叫びながらも体を警笛の音と共に押し上げた。

 

「言っておくが、これは演習試験に向けての訓練ではない。味見だ。赤点を取った時に受ける補習という名の生き地獄のな。装備が無い故手ぶらで走ってもらったが、補習を受ける者は、約四十キロの砂袋を入れた背嚢を背負って手始めに一日十六キロ走って貰う。給水、休憩は、勿論無い。その日脱落して走れなかった分は翌日の十六キロに加算する。」

 

更に不規則なリズムの中三十回の腕立て伏せを終え、仰向けに寝転んで揃えた脚を真上に伸ばして警笛に合わせて左右に振る、「胴回し、用意」の号令がかかった。

 

「・・・・・・根津校長、いくら何でも筆記試験を終えて明日に演習試験を控えているのにこれはやり過ぎなのでは?少年少女にはベストのコンディションで挑んでもらわなければ・・・・・・」

 

オールマイトは校舎の窓から苦悶の表情を浮かべてトレーニングを続ける生徒を見てそう尋ねた。過去の自分のトレーニングを思い出していたのか、じっとり嫌な汗が背中に浮き出るのを感じる。

 

「具申して来たのは担任の相澤君だから問題は無いのさ! 」

 

「相澤君が?」

 

「勿論メニューの作成はグラファイトが、添削と修正、そしてどこまでやっていいかの譲歩は相澤君がしてこちらに立案書として回してくれたのさ。認可のハンコも押してあるし、機密文書って訳でもないから、見せてあげてもいいよ?」

 

「いえ、担任である彼が問題無いと判断したのであれば、同じく彼らを教える立場にいる人間としてそれを信じます。それに、この方が結果的に良いのかもしれません――演習試験の内容と、現状を鑑みれば。」

 

当初こそ入試同様の仮想市街地でロボ相手の模擬戦闘となっていたが、それに異を唱えたのはやはりグラファイトだった。

 

――ぬるい。それでは生身の人間相手に行使する『個性』の力加減を体で覚える事が出来ない。オールマイトという的が雄英(ここ)にいる以上、奴らはあらゆる手段を講じて平和の象徴としての矜持を潰しにかかる。一人でも死ねば、即負けと知れ。元より将来的に命を危険に晒す事を常とする状況に身を置くのを是としたのだ、遠慮する事は無い。貴様らが殺すつもりでぶつかれば来たるべき戦闘の準備運動程度にはなろう?

 

「先の会見でヴィラン連合とステインの関係性の無さを立証し、増長を阻んでから、全くと言って良いほど動きが無い。叩いても叩いても出るのは払う埃程度の、目に見える違いは無い、三流、四流の小悪党ばかり。連合は必ず仕掛けてくる。」

 

「来るとするなら、合宿中だね。学校の生徒は学校の者が守り通すのはここの校長としての責任だ。けど、ヒーロー科の担任二人だけじゃ足りないのではと思わざるを得ないよ。連合を名乗っている以上、物量で押し切られたらどうしようもない。向こうにいるヴィランの名も『個性』も、脳無が何体いるのかも、全てが不明さ。」

 

「私なら、護衛を引き受けてくれる人物に一人心当たりがあります。」

 

「グラントリノかい。彼は確かに強い。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

「さて、補習の味見が終わった所で、お前達にやって貰う事がもう一つだけある。」

 

「もう、一つ?」

 

「俺を相手にした肉弾戦、だ。二十対一のシバき合いをしてもらう。噛みつき、目潰し、何でもあり。首にかけたこのストップウォッチを奪って止めるか、俺の背を地に付ける事が出来れば、その時点で終了とする。制限時間は一時間・・・・・・と言いたいところだが、明日の為に必要な休息と貴様らの担任との約定もある。まけにまけて十五分で手を打つ。スタートだ。」

 

身構えるよりも先にグラファイトの手刀が瀬呂の眉間を打ち抜き、声すら上げさせずに意識を刈り取った。

 

『MUTATION! LET’S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

変身した所で全員の肌がぶわりと泡立った。気絶した瀬呂を踏み越え、次々に突っ込んでくる生徒達を片手で捻じ伏せて行く。多少の手加減こそしているものの、ぶつけている圧は本来の敵キャラとしての物だ。

 

「これで、もう一人死んだぞ?俺を止めぬ限り、俺は贄を獲り続ける。」

 

しかし六分二十七秒が経過した所で、すでに半数以上の生徒が意識を刈り取られているか、脳震盪を起こして足元が覚束ない状態にまで追い込まれていた。対するグラファイトはほぼ無傷。

 

「惰弱、惰弱。貴様らはその程度の力で戦うつもりか?意志だけでは、人は救えんぞ?俺は殺しこそしないが、ヴィラン連合はそうは行かん。脳無はそうは行かん。分かったら、貴様らの弱さを認識しろ。意識の甘さを受け入れろ。勝ちを求めろ。脳細胞を回せ。でなければ無間地獄の苦しみを、滴る血と汗が砂になるまでじっくり味わわせてやる。さあ、残るは十分弱。補習を受けたくない奴から掛かって来い。」

 

 

 

何度目か分からない溜息をついた黒霧は、バーの奥にある部屋を覗いた。一等地にあるワンルームマンションの様な部屋の中は、まるで小さな嵐が空き巣にでも入った様に荒れていた。壁紙ははげ落ち、天井も所々欠片が落ちてフローリングを汚していた。調度品も野生の肉食動物に引き裂かれたように粉々になっている。

 

唯一無傷なのは液晶テレビと、それに繋がれたゲーム機である。現在ゲームはポーズされており、丁度ボスキャラとの戦闘に入る直前、扉の手前に作成したキャラクターが止まっている。

 

罅の入ったコントローラーを握り締め、ギリギリ家具として機能するソファーの上に膝を抱えて血が滲むほどに首を掻きむしっているのは、志村転弧――死柄木弔である。

 

「死柄木弔、いい加減調度品を破壊するのはご遠慮願いたいと何度も申した筈ですが。先生のご厚意とは言え、タダではないのですよ?」

 

「黙ってろ黒霧。俺は今機嫌が悪いんだよ・・・・・ステインもオールマイトも、あの子供もグラファイトとかいう奴もっ!何なんだよあの無理ゲー糞ゲーの権化は一体さあ!!」

 

『苦戦しているようだね、弔。』

 

ゲームのポーズ画面に割り込み、男の声がスピーカーから発された。低く、しかし良く通る紳士然として落ち着き払ったもので、まるでお茶に誘った友人に話しかけているが如き柔らかさがあった。しかし黒霧には分かる。その柔らかさの裏には障害となっている者に対する興味、どう料理してやろうかという蜘蛛の足を引き千切ってそれを観察する、子供染みた嗜虐心が僅かに見え隠れしている。

 

「先生・・・・・・っ!」

 

『いやいや、あの会見の運び方は見事だった。音声データも揃えているとは、完封だよ。敵ながら天晴としか言えないね。』

 

「申し訳ありません、私も気付く事が出来ず・・・・・・」

 

「感心してる場合じゃないだろ!これじゃ何時まで経ってもオールマイトを殺せない!」

 

いきり立つ死柄木に、男は問題が解けずに苛立ちを募らせる生徒を諭すように言葉をかけた。

 

『弔、こう言うのには順序があるんだ。オールマイトはやろうと思えばいつでも倒せる。しかし、あの少年・・・・・・緑谷出久とその「個性」グラファイトは、彼とは違う意味で中々厄介だ。だから、段階的に、分けて考えればいい。』

 

「分け、て・・・・・?」

 

『そう、君が今していたゲームのボスキャラ。無策で突っ込んでも負けただけだろう?命は一つきり。ゲームと違って命あってこそやり直し(コンティニュー)が利くんだ。過去の失敗から学びなさい、弔。君はたかが失敗の二つや三つで腐って終わる器じゃあない。大丈夫、この世に攻略不能なゲームなど無いのだから。駒は私が用意しよう。無論、ドクターにも打診する。だが、布陣と差配は君の意思だ。失敗は何度でもするがいいさ。それだけ学べる、それだけ強くなれるのだからね。』

 




次回から演習試験の話に入ります。組み合わせは基本同じにするつもりですが、少しだけ変更する部分があります。当然林間合宿も大幅修正です。

次回、File 50: MADな教育課程

SEE YOU NEXT GAME........


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File 50: MADな教育課程

とりあえず考えた結果こういう風にストーリーを運んで行こうかなと思います。


「演習試験開始前に連絡事項を伝える。試験内容は職員会議の末、急遽変更となった。」

 

担任の言葉に一年A組クラス委員長の飯田がスナイプのクイックドローに勝るとも劣らない速度で挙手して尋ねた。

 

「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「それについては僕が説明するのさ!」

 

相澤がマフラーよろしく首に巻いている捕縛武器の中から無駄に立派な毛並みの喋る二足歩行の哺乳類生物が現れた。

 

「うぉっ、なんだ?!犬?」

 

「いやいや、熊でしょ、あれは。」

 

「何言ってんだよ、でっかい鼠だろ?」

 

「残念!僕の正体はここ雄英高校の根津校長なのさ!」

 

「答えになってるようでなってない!?」

 

根津が校長であるという事以外全く何も分からないと不満そうな生徒達を再び本題に傾注させた。

 

「USJでの一件やヒーロー殺し事件、そして保須に出没した脳無などの事件を鑑みて皆には限りなく実戦に近い経験をしてもらおうと考えている。また散らされて『個性』不明なヴィラン不特定多数の戦闘、なんて事になる可能性は無いとは言い切れないからね。即応性、柔軟性、計画性、判断力、胆力などなど、実戦に限りなく近い状況に君達を置いて様々な面をしっかりチェックしていくよ。その為に、演習試験では君達にはここにいる教師一人と戦ってもらうのさ。」

 

先生(プロ)相手の演習。ごくりと喉を鳴らす音が複数聞こえた。

 

 

「制限時間は三十分。君達の目的はこの手錠を先生にかけるか、ペアの片割れが演習場から脱出を果たすかだ。ペアの組み分けと相対する教師は筆記試験の最中に合議してこちらで既に決めてあるよ。」

 

「脱出か捕縛・・・・・戦闘訓練と似てるな。」

 

「でも、ホントに逃げちゃっていいんですか?」

 

芦戸の疑問に根津は「良いんだよ」と返した。

 

「明らかに相手が格上な場合、掛かって行ったところで返り討ちにされたり、人質にされて戦況を無駄に引っ掻き回すよりは遥かにマシさ。乗り越えられればそれに越した事は無いけど、得手不得手は誰にでもあるからね。ヒーローは人を救うのが仕事だけど、その為には自分が死なないでいる事が大前提なのさ。」

 

十三号が更に付け足した。

 

「故に、逃げて応援を呼ぶと言うのも人命救助に於いては立派な役目なんですよ。逃げて勝つか、戦って勝つか。皆さんで判断して臨んでください。」

 

「それで『こんなの逃げの一択じゃね?』と思った少年少女諸君!勿論我々もハンデ無しでやり合おうなんて酷な事は言わない。サポート科に掛け合ってこれを作って貰った。」

 

オールマイトはコスチュームの上から装着した手足の黒いリングを見せた。

 

「超圧縮重り!重さは装着者のおよそ半分あり、教師はこれを装着して君達と戦う。古典的だが動きづらい上にスタミナは削られる。そして、もう一つ伝えるべき事項がある。緑谷少年、君の場合は『個性』の事もあって少しばかりルール変更がある。」

 

「ルール変更・・・・・?どんな?」

 

「そこは俺が伝えよう。」

 

オレンジの粒子が変身したグラファイトの形を取り、ランプの魔人よろしく腕を組んだ状態で現れた。

 

「お前には、二度やって貰う。一度目は校長が言った様にペアを組んで教師を相手にしてもらう。変身するのも構わんが、俺は戦闘に参加する事は無い。二度目はヴィラン側の立場で俺と共に教師二人と戦ってもらう。これの対戦相手は直前まで発表はしない。」

 

グラファイトの言葉に、出久は僅かに目を見開いた。

 

「二度・・・・・・演習試験を二回やるって事?!そんな無茶苦茶な!」

 

麗日が抗議した。いくら自由な校風が雄英の売り文句と言えど、生徒の如何は教師の自由と言えど、この采配はあまりにシビアだ。

「同意します。相澤先生、いくらなんでもこれは緑谷さん一人に対してあまりにも不公平に過ぎますわ!」

 

八百万も珍しく声を荒らげた。

 

「話は最後まで聞け、八百万。これはグラファイトが打診してきた事でもあるし、我々も当然最初は反対した。だが、合議の末、理由も筋が通っていると判断したからこそ許可している。第一に、グラファイトが独立した意思と肉体を兼ね備えた『個性』である以上、一貫した二対一のハンデが緑谷と組んだ者だけ三対一となってしまい、試験に挑む他のペアに比べて公平さを欠く。第二に、単純に緑谷がお前らより格上だからだ。」

 

雄英体育祭の個人戦、団体戦で追い詰めはしても誰一人として彼を破る事が出来なかった動かぬ事実がある以上、クラスメイト十九人に反論の余地は無かった。

 

「故に、それに伴う相応のハードル上昇は至極当たり前かつ合理的と言える。そしてもう一つ付け加えるルールがある。緑谷、合格判定を二度出さなきゃその時点で赤点とする。」

 

「それこそ滅茶苦茶じゃないスか!二回やってどっちか合格すればオッケーって条件ならまだしも、どっちも勝たなきゃ問答無用で赤点なんて――」

 

「分かりました。」

 

出久は抗議する皆の声を遮った。

 

「やります。でもその代わりに、二度目の対戦相手は僕に選ばせてください。」

 

「いいだろう。だが組み合わせによっちゃ即却下するからな。もう分かっているだろうが、この試験でも勿論赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともないへまはしない事だ。一気に発表してくから、組む相手が分かり次第合流しろ。こちらからは以上だ。」

 

試験を受ける順番、パートナー及び対戦相手は以下の通りとなった。

 

・切島、砂藤vs セメントス

・蛙吹、常闇vsエクトプラズム

・飯田、尾白vsパワーローダー

・轟、八百万vsイレイザーヘッド

・緑谷、爆豪vs オールマイト

・麗日、青山vs十三号

・芦戸、上鳴vs根津

・口田、耳郎vsプレゼントマイク

・障子、葉隠vsスナイプ

・峰田、瀬呂vsミッドナイト

 

「出番がまだの者は、見学するなりパートナーと算段立てるなり、好きにするといい。」

 

 

 

 

 

生徒、教師両陣営の受けたダメージを測る為にいるリカバリーガール以外、モニタールームにいるのは出久と麗日、芦戸、上鳴、八百万、そして轟の六人だけだった。

 

「デク君、ええの?試験、二回も受けなきゃあかんのもせやけど、爆豪君と話さんでも。」

 

麗日は心配そうにそう言葉をかけたが、出久は静かに首を横に振った。自分にのみ適用されるハイリスクな試験内容に声が上ずるなり緊張するなり何らかの反応があっても良いと言うのに、自分の落ち着き具合に内心驚いていた。

 

「今の彼とは何も話せないよ。話した所で聞く耳持たないだろうし、何より僕は彼の答えを待っているんだ。それを聞いていない以上、僕は彼に何を言われても歩み寄るつもりは無い。麗日さんこそ、しなくていいの?作戦会議。」

 

「あー、うん・・・・・・青山君の場合、話が通じないと言うか・・・・・・」

 

ヒーロー名を英語の短文にしてしまい、何よりも見た目に気を使う彼に何を言っても無駄だった。今も恐らくコスチューム姿のまま鏡の前でポーズをとるなりしている事だろう。

 

「ああ、なるほどね・・・・・・と、轟君と八百万さんはどう?相澤先生が相手だけど。」

 

「『個性』を一時的とはいえ使えなくされるってのは痛いな。筆記試験の合間に組手も『個性』の応用もお前とやったから、多少は何とかなる。コレもあるしな。」

 

そう言いつつ、背負ったアブソリュートカリバーを指さした。

 

「もう少し慣らしておきたかったってのが本音だ。」

 

激しい動きの最中でも確実に身体へ固定する為に襷掛けになった肩のベルトが腰のベルト部分と一体化している。見た目こそ武骨さがあったが、轟のコスチュームは上下を紺色で揃えて機能美とシンプルさを追求した為、上手い具合に映えていた。

 

「ナニコレ新装備?!かっこいいじゃん轟!」

 

友達に貰った物を褒められて嬉しいのか、芦戸の言葉に轟の口角が僅かにだが上がった。

 

「緑谷がくれたノートにあったみたいに、もう少し小回りを利かせれば勝ち目はある。後は協調性、だったな・・・・・・」

 

しかし上がったほぼ直後に僅かだが表情を曇らせた。友達は(少なくとも自分の認識では)一人しかいない以上、中々に高難度な問題だった。

 

素早くそれに気づいた出久も、「ま、まあ、それはおいおいって事で。ね?」と励ましてフォローしてやる。

 

 

 

『砂藤・切島チーム、演習試験 ready, go!』

 

第一戦のステージは市街地。ランダムなスタート地点から、両者は走り出した。

 

「なあ、この試験てさ、やっぱ逃げるより捕まえた方が貰える点数高いよな?必然的に。」

 

「まあ単純に考えりゃそうだけどよ・・・・・・って、来た!」

 

柔らかな粘度の様に地面の形が変わり、道の中央に聳え立つ壁が出来上がった。その二百メートル先に、両手から緑色の光を放つセメントスが待ち構えていた。

 

「セメントス先生は動きが鈍い!正面突破で――」

 

「ちょ、待てって切島!緑谷のノート読んだか?!」

 

「読んだけど―――」

 

『弱点その1:「個性」の持続時間。消耗戦・持久戦は圧倒的に不利である。体育祭最終種目での戦いを教訓とするべし。

 

弱点その2:中・遠距離攻撃手段が皆無。「個性」強化によりガードしつつ距離を詰めるべし。

 

弱点その3:防御不能な攻撃あり。(例:ミッドナイトの眠り香、シンリンカムイの捕縛技、etc.)

 

弱点その4:「個性」発動中、機動力低下。純粋なスタミナと回避の為の機動力アップを推奨。

 

弱点その5:一本気な性格。正面切っての戦闘に対するこだわり過多。状況に応じてそれ以外の勝ち筋も模索するべし。』

 

しっかりとこれらの点は覚えているし、屋内対人戦闘訓練で言われた絶対に食らってはいけない攻撃の存在も鑑みて『個性』の使いどころのメリハリと機動力上昇に出来る限り時間をつぎ込んだつもりだ。しかし敵に背を向けるなど考えるだけで気分が悪い。

 

訓練とは言え、屈辱なのだ。止めるべきヴィランが目の前にいる。だのにたかが相性が悪いからという理由で背を向けて逃げ隠れするなど、信念が許さない。

 

だが自分には足りない物が多過ぎる。その最もたるは、今この場でその信念を貫き通す『力』だ。ならばどんな形であれ勝ちを拾い、次に繋げるしか道は無い。信念だの流儀に酔って勝利を捨てるなど、自分達の為に骨を折ってくれた出久に申し訳が立たない。後悔しか残らない。

 

そんな物は男らしくも何でもない。張りぼての粋がりだ。

 

「があああああ!くそぉ!砂藤、逃げんぞ!!」

 

「お、おう・・・・・・!」

 

断腸の思いで踵を返し、走り始めた。しかしやはりと言うべきか、セメントの壁が行く手を阻む。

 

「ぶち抜いて……脱出して勝ぁああああああああつ!!!」

 

「おうよ!シュガードープ!!」

 

指先を伸ばし、硬化した貫手がその壁を貫き、次いで肥大化した拳が完全に壁を砕いた。三枚、四枚、五枚と砕く。砕いては走る。ペースを落とさず、ただ只管出口を目指して走る。角を曲がってちらりと背後を見ると、セメントスの姿は無い。更に壁の出現も止まった。

 

「壁が来ねえ、って事は・・・・・・操れるセメントは視界に届く範囲だけ、か?」

 

「距離が離れた分だけコントロールの精度が下がるとか?」

 

「いや、そこまでは流石に分かんねえけど・・・・・・」

 

よしんばそうだとしても、セメントスは現役のプロヒーローだ、加えて『個性』は市街地ではほぼ無敵の強さを誇る。そう言った付け入る隙があったとしても、それを容易に曝すほど生温い試験ではない筈だ。兎に角今は死に物狂いで逃げるしかない。

 

しかし二人の逃走劇は十字路交差点で早々の幕切れを迎えようとしていた。前方と左右から道幅を塞ぎ、周りの建造物と変わらぬ高さのセメントの大波が迫ってきている。その波の上には、修行僧の様に座禅を組んで急接近するセメントスの姿があった。

 

「嘘だろオイ!!あんなんアリかよ!?」

 

唯一セメントの波が迫らない経路は、来た道のみ。機動力に著しく乏しい切島は勿論、拳で風圧を起こしてセメントを吹き飛ばすだけのパワーを持たない砂藤でも突破する事は出来ない。しかしかと言って元来た道へと引き返すわけにもいかない。この広い演習場のどこに出口があるかまだ把握していないのだ。

 

「しゃーねえ・・・・・・切島、合図したら俺を踏み台にしてくれ。」

 

「はあ?」

 

「俺のシュガードープでお前をセメントの波を越えられるぐらい上にぶん投げる。出口見つけたら方向だけ叫んで突っ走れ。位置さえ分かれば俺も別方面から行ける。」

 

「確かに、二手に分かれりゃいくらセメントス先生でも止められねえな。ぅし、頼むぜ!」

 

「おう!」

 

砂藤は装備帯のポーチからスティックシュガーを引っ張り出して包みを口で破り、残らず口に流し込み、溶ける事すら待たずに嚥下した。

 

『弱点その1:「個性」の持続時間。消耗戦・持久戦は圧倒的に不利である。伸ばすべし。

 

弱点その2:中・遠距離攻撃手段が皆無。格闘戦に持ち込む為に機動力向上を図るべし。

 

弱点その3:「個性」の副作用。発動限界の拡大を図るべし。

 

弱点その4:パワーのメリハリの無さ。糖分摂取量、もしくは持続時間の短縮・延長による出力調整によって活動の振り幅を広げるべし。』

 

『個性』の発動の感触は腹から全身に熱いエネルギーが流れて行くのを意識してタイムリミットの三分が迫ると同時に冷めて行く、と言う物を意識した。焼き菓子をオーブンに入れて冷ますイメージを応用したのである。

 

「パワーのメリハリ・・・・・だったら――」

 

オーブンの熱を上げるだけだ。十グラムで三分間、膂力は五倍。だが今は、十秒あればいい。バレーボールのレシーバーよろしく腰を落とし、指を絡ませて足場を作った。

 

「行くぞ、切島!」

 

「おし、来いや!」

 

切島が足をかけ、体重を乗せた瞬間、発動。約二十倍にまで膨れ上がった膂力は、切島を楽々とビルを超える高さまで弾き上げた。直後、凄まじい倦怠感で体の力が抜け切り、砂藤はその場に崩れ落ちた。

 

「見えた!」

 

出口は、ほぼ進行方向。距離はおよそ五百メートル。

 

「砂藤!このまま真っ直ぐだ!」

 

流石にセメントスもこれは予想していなかったらしく、思わずおお、と漏らした。

 

「上手いね。だがしかし、上空ならば回避は不可能。」

 

波の中から網状のセメントが飛び出し、切島に迫るが、全身を硬化させて腰をひねって右に体を逸らし、左腕のみを犠牲にしながらも回避にはおおむね成功した。一瞬解除し、膝を抱え込んで再び硬化。土煙と共に地面に小さなクレーターが出来上がった。

 

すかさずそこにセメントを飛ばしたが、既に切島はそこにはいない。

 

「うむ、上手い上手い。だけど――逃がさない。」

 

即座にセメントの波の方向を変え、追い縋る。少しでも波との距離を縮めようと更に切島の前に壁を作り、行く手を阻んだ。

 

余力を残す余裕などない。持続時間など糞食らえとばかりに硬化した拳でセメントの壁を砕いては進み、進んでは砕く。しかし壁は際限なく増えて行く。そして遂に、持続時間の限界が来た。壁に阻まれ、セメントの波に呑み込まれた直後、終了のブザーが鳴る。

 

『切島、砂藤チーム、タイムアップにより、リタイア。』

 

出口通過まで残された距離は、五十メートル弱。

 

「惜しかったが、まだまだ。」

 




出久にはかなりのムリゲーをさせてる自覚はあります。ウルトラセブンばりの厳しさを発揮したグラファイトの措置です。

補習組のメンバーはあまり変えるつもりはありませんが、多少健闘はさせるつもりです。

次回、File 51: 心は雨のちRainbow

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File 51: 心は雨のちRainbow

五か月ぶりに、私が来た!!

はい、年内にせめて一話だけでもと思って書きました。

ホント、お待たせしてしまいまして申し訳ない。スランプやらなんやら書く気が失せる状況が続きましたが、また少しずつでも書いていきたいと思います。Heroes Risingの話もはたして取り入れるべきか否か・・・・・・


「あ~~、惜っしい!!いい線行ってたのにも~~!!」

 

芦戸がまるで自分が赤点を取ってしまった様に地団太踏んで悔しがった。

 

「確かに、考え自体は間違ってはいないね。砂藤君があれだけのパワーを発揮してセメントを避けて行く機転は良かった。でも、今度は逃げる事に固執し過ぎていた。もしセメントス先生目掛けて飛ばしていたら、ハンドカフスをかけるチャンスは逃亡中でもあったかもしれない。まあこれは個人の能力の精度や練度の問題だから、数日でどうにかなるってもんじゃないし、そこは仕方ないけど。」

 

「うむ、赤点を取りこそしたが、傾向は・・・・・・まあ、及第点と言った所か。」

 

背後の声にモニタールームで一部始終を見ていた全員が振り返った。背中を壁に預けて立つグラファイトがいつもの若干不機嫌そうな顔つきで腕を組んでいる。

 

「グラファイト・・・・・!」

 

「あの二人は基本クロスレンジでしか戦えん。まともに相手をするつもりが無い相手から逃げる潔さも、闇雲に逃げない計画性もあった。伸びしろは期待大だ。出久、第二戦はどう見る?」

 

「ん~~・・・・・・数の暴力で分断・攻略されなければ勝てるかな。一応どっちも全距離には対応可能な『個性』持ちだし、立体機動もスピーディーに出来る。コミュニケーションに関しちゃ蛙吹さんがいるから問題は無いと思うよ。彼女は課題と言えるほどの偏りや欠落が無いから。後は連携の上手さと、エクトプラズム先生が仕掛けて来るであろう消耗戦をどう回避するかの応用力ってところ。数学教師なだけあって分身の動かし方が理詰めだから。あ、でも演習場が平野だったら負けるかも。」

 

「ならば、第三戦は?」

 

「パワーローダー先生の『個性』の特性上、彼に多少なりとも有利な演習場を必然的に使う必要があるのを鑑みて、これは先生だけじゃなくて時間との勝負にもなるね。尾白君も飯田君も、多少なりとも足場があってこそ戦える『個性』だから、それを先に潰されたらその時点で二人は詰むよ。飯田君の発想力と、尾白君の適応性で引っ掻き回された盤面をどれだけ早く突破できるかだね。」

 

すらすらと出て来る出久の分析にモニタールームで見学しているクラスメイト達は開いた口が塞がらなかった。

 

「・・・・・・緑谷がヴィランになったらと思うと恐ろしいぜ。見ただけで『個性』から何から丸裸にされちまうとか一番敵に回したくないタイプだ。」

 

上鳴の言葉に出久とグラファイトを除く全員がうんうんと頷く。

 

「当然だ。この俺が下地を作り、奴が執念で練り上げた力と技だぞ。こいつに勝てる人間など簡単には見つかるまい。お前達には勝ち筋の一つや二つはあるのか?」

 

「あるにはある。緑谷との復習は、得る物が多かった。」

 

「勝ち筋と言えるほど確かなものではありませんが、同じくですわ。」

 

「えーと・・・・・・・」

 

「いやーそれはそのぉ~~~・・・・・・」

 

「ん~~・・・・・・無い、です・・・・・」

 

轟と八百万は頷いたが、芦戸、上鳴、そして麗日の三人は居心地悪そうに縮こまった。

 

「まあそれはそれでいいかもしれないな。勝ち筋をあえて作らせた上で潰せば入念に心を折って戦意を奪う事が出来る。頭脳派、技巧派の定石だ。精々足掻くがいい。」

 

 

 

「蛙吹さん、常闇君、お疲れ様。」

 

「ケロ、緑谷ちゃんのノートのおかげよ。今後の課題も分かったわ、ありがとう。」

 

「うむ。あとは我々次第。磨穿鉄硯あるのみ。」

 

「飯田君と尾白君も、条件達成最短記録おめでとう。」

 

「いや、僕は飛ばされてゲートをくぐっただけでほとんど何もしてないから・・・・・」

 

そうは言いつつもやはり褒められて素直に嬉しいのか、尻尾はかなりの勢いで左右に揺れている。

 

「うむ、緑谷君ならどうするかと考えていたら咄嗟にアレが思い浮かんだのだが・・・・・・正直かなりのギャンブルだった。あんな計画が成功するなんて一度きりだと思う。緑谷君、君こそ大丈夫なのか?轟君と八百万君の次は君と爆豪君だろう?それもいきなりオールマイト先生が相手になるなら・・・・・」

 

うん、まあ、と出久はお茶を濁した。「なんとかするよ。骨の二、三本と脳震盪は覚悟してるからさ」とは言いつつも、保須での一件以来、出久は彼と一言も口を利いていない。姿を見かける事は何度もあった。しかし一目見ただけで分かる。彼の心はほぼ完全に折れている、と。その張本人と組まされるなど、チームワーク云々以前の話だ。

 

正直、戦力としてあてにできるかどうかすら怪しい。

 

 

 

『轟・八百万チーム、演習試験 ready go!』

 

選択されたステージは、砂糖・切島チームと同じく市街地だが都会ではなく高台らしい高台となる建物が無い住宅街である。既にアブソリュートカリバーを抜刀し、準備を始めていた。

 

「八百万、何でもいい。小物を作り続けてくれ。作れなくなれば近くに相澤先生がいると考えろ。『個性』に異変があったらすぐ言え。」

 

見つかりにくい路地を通り、周囲に気を配りながら轟は指示を出した。

 

市街地の様に遮蔽物における遭遇戦では、見つからずに相手を見つけた者が先手を取れる。ましてや相手は奇襲・奇策を弄するプロだ。まだライセンス未取得の子供で多少手加減され、ハンデもつけて貰っているとはいえ甘く見ればあっと言う間に負けてしまう。

 

「流石ですわね、轟さん。」指示通り小物――マトリョーシカ人形を作りながら八百万はそうこぼした。

 

「何がだ?」八百万にそう言われながらも脇目を振らずに尋ねた。

 

「相澤先生への対策をすぐ打ち出すのもそうですが、ベストを即決出来るその判断力です。」

 

「これぐらいどうって事ない。緑谷なら俺以上に洞察して最善の策を練れる。あいつみたいな考え方は俺にはできねえ。加えて俺の攻撃は雑だ。懐に潜り込まれちゃ対応が遅れる。課題づくめだぞ。」

 

どうって事ない。

 

その言葉は、意図せず八百万百の心に深く突き刺さった。

 

「雄英高校推薦入学者というスタート地点は同じでしたのに、ヒーローとしての実技において私は特筆すべき結果を何一つ残せていません。騎馬戦では轟さんの指示のもとに動いただけ。個人戦は成す術無く常闇さんに負けてしまいました。自分でも気づいていない反省点すら緑谷さんからノートを頂いて知りました。」

 

それが、どうしようもなく悔しい。自分一人の力ではまるで何も出来ていないではないか。

 

「っ、八百万、マトリョーシカが!」

 

はっとして振り向いた。ない。人形が、消えている。

 

「すみませ――」

 

「と思ったらさっさと行動に移せ!」蜘蛛のように電線から逆さになってぶら下がる相澤が二人の間に降り立った。

 

――頼むぞ、緑谷。

 

祈る様にアブソリュートカリバーを握りしめ、Bボタンを連打する。「八百万、壁際に寄れ!」

 

『BLADE BURN!!』

 

刀身の炎が燃え上がり、切っ先を地面に叩き込むと、コンクリートから幾筋もの火柱が伸び、相澤にも襲い掛かった。

 

「うおぉ?おっととと・・・・・」しかし新しい装備の導入にも動じず、落ち着いたフットワークで伸びる火柱を軽やかに回避していく。瞬きこそしてしまったが、『個性』を再度発動、視線はしっかりと轟を捉えたままだ。

 

「一旦退くぞ、体勢を立て直す。」

 

「いやいやいや、そう簡単に逃がすわけないでしょ。痛い所はどんどん突いてくからな。」

 

「ならこれでどうだ。」轟、すかさず打Aボタン。

 

『BLADE KEEN!!』

 

刀身が百八十度回転し、燃える炎の模様が一転して凍り付く物に変わった。辺りにドライアイスの様な冷気の霧が立ち込め、視界が潰れる。

 

「持て余し・・・・・てはいない、か。」だが負ける要素はどこにもない。相手の人数も『個性』も把握している。迎撃態勢はばっちりだ。

 

 

 

八百万は、焦っていた。先んじて対策を立てられず、索敵にも失敗。おまけに先手を取られ、危うく二人纏めて捉えられる所だった。

 

「と、轟さん、申し訳ありません。本当に・・・・・・」

 

「八百万。」

 

「ま、まだ・・・・・時間はあります。改めて索敵を、いえこの場合は――」

 

「八百万!」

 

掴まれた肩と荒らげられた語気に、彼女は思わず身を竦ませた。

 

「すまねえ。最初にお前の意見も聞くべきだった。俺の弱点その1は『コミュニケーション能力』。意識してパートナーとの意思疎通を積極的に図るべし、だ。はっきり言って俺は緑谷やお前ほど柔軟に頭を回せねえ。だから頼む。作戦を練ってくれ。」

 

「で、ですが轟さんの計画で敵わなかったのなら私の物など――」

 

「学級委員決める時の投票、俺はお前に入れた。」

 

「え?」

 

「お前なら頭を使った搦手に長けた奴だと思ったからだ。指示を出してくれれば全力で従うし、多少の無茶ぐらいいくらでもしてやる。だから、勝ってくれ。()()()()()()()()()。」

 

「・・・・・・はいっ!」大きな深呼吸を済ませ、八百万は己を奮い立たせた。これだけ言われて嫌だと言えばヒーロー名家八百万の名が廃る。「では御覧に入れましょう。対相澤先生用の、とっておきのオペレーションを!まずは視界から外れます。時間さえあれば私達の勝ちです。今から話す通りに動いてください。常に氷結の発動確認を!」

 

「おお。」

 

相澤の視界に入っている事と『個性』が使えないことは常にイコールではない。瞬きの瞬間に解ける『抹消』は、『個性』の発動にしっかり気を配れば分かる。

 

「急がねえと追いついちまうぞ!」しかしその挑発に轟はもちろん、八百万は見向きもしない。

 

一瞬だけでいい。『抹消』が再び発動されるまでのインターバルにさえ入ってしまえば――

 

「轟さん、今です!出力最大!」

 

「分かった!」

 

――体育祭で見せたあの巨大氷壁を出せる。

 

行く手も視界も阻まれた相澤は戸建ての屋根に着地し、目薬を点し直した。「そうそう。痛い所はどんどん突いてけ。」

 

 

 

「ほう、轟の奴め、中々上手く使いこなせているではないか。」

 

「うん、しっかり弱点克服を目指してるね。結果的に八百万さんにも上手く発破をかけて自信喪失を吹っ切らせた。ところでグラファイト、そもそもあれ何なの?明らかにサポートアイテムが発揮できる能力を逸脱してると思うんだけど?」

 

画面を見ながらほくそ笑むグラファイトを見て出久は訝った。明らかにあの剣は質量保存やエネルギー保存などの物理法則に真っ向から喧嘩を売っている。

 

「ああ。アブソリュートカリバーは俺が作った物だ。俺の宿敵の一人が使っていた得物を参考にした。能力も鑑みて奴が持つに相応しいと思って渡したのだ。当然俺もお前も使おうと思えば使えるがな。」

 

「まあ、グラファイトの事だから変なものじゃないことは確かだろうし。後は八百万さんの度胸と、どれだけ轟君がカバーできるかだね。」

 

「うむ。八百万はその名の通り生物を除く万物を創り出せる、神に準じた能力を持っている。間違いなく化けるタイプの人間だ。」

 

 

 

「勝負は一瞬。よろしいですか?」

 

「ああ、文句なしだ。」差し出された黒い布を八百万同様頭からかぶり、作戦を開始した。

 

「布、か・・・・・・」確かに有効な対策ではある。相手の姿を肉眼で捉え続ける事が出来なければ『個性』の抹消を維持することは出来ない。しかし、視界を遮り、動きを鈍らせるデメリットを逆手に取ることは容易だ。投げ放った捕縛布で二人をまとめて縛り上げた――筈だった。捕らえたのは轟一人だけだった。

 

布を剥ぎ取ると、持ち手がついたマネキンの上半身と、大量の包帯を乗せた投石器が露わになる。

 

「ここですわ!」発射レバーに手が――かからなかった。相澤に集中するあまりか、目測を見誤ったのか、兎も角、手元が狂ったのだ。

 

「っのやろ・・・・!」轟の視界はぎりぎりだがゼロではない。投石器は辛うじて見える。左手に持ったアブソリュートカリバーを手首だけの力で横にほうった。掠るだけだが五キロ前後ある重さの剣は受け皿の留め金を外させるには十分な衝撃を与え、包帯の束が相澤目掛けて飛んでいく。

 

「轟さん、地を這う炎熱を!」刹那、炎が辺りを駆け巡り、ばらけた包帯の形状が変わって行く。意志を持った蛇のように相澤の全身に巻き付き、完全に動きを封じた。「先生相手に『個性』を使った攻撃を当てられる確率は低い。故にこれを使わせて頂きました。形状記憶合金『ニチノール』!加熱によって元の形へ復元されるものですわ!」

 

「・・・・・・やるじゃねえか、副委員長。」

 

見事に術中に乗せられた相澤の手に手錠がかかり、試験終了のブザーが鳴る。

 

『轟・八百万チーム、条件達成!』

 

「轟さん。」

 

「どうした?」

 

「これからは・・・・・いえ、これからも、一年A組の皆さん共々、どんどん私を頼ってくださいまし!」

 

嬉し涙を流しながら笑顔を湛えた八百万百の心は本日の晴天同様、晴れ晴れとした物だった。

 

「ああ。そうさせてもらう。」

 




アブソリュートカリバーの音声はスクラッシュドライバー、マグマ及びブリザードナックルでおなじみの若本ボイスでお願いいたしやす。

次回、File 52: 暗中模索のIdeal

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File 52: 暗中模索のIdeal

読者・作者の皆様、メリークリスマス!

およそ半年分の遅れを取り戻すため、今年中にあともう一話書くつもりでいます(注:間に合うとは言っていない)


「轟君、ナイスアシスト!」

 

「あんなのはたまたまだ。破れかぶれでやったら発射させちまってた。けど、お前のノートのおかげで逆転できた。ありがとな。」

 

「助けられっぱなしというのが少々腑に落ちませんが・・・・・・・」と、八百万は呟き、轟も頷いて同意の意を示す。

 

「その時は二人が僕を助けてよ。ね?」

 

「分かりましたわ。ええ、必ず!」

 

「ああ、絶対助ける。だから、お前も勝って来い。使いたかったらこれ(アブソリュートカリバー)も貸す。」

 

「今回は大丈夫。役に立って良かった。」

 

 

 

演習試験場に、コスチューム姿の彼がいた。全てを敵と見定める剣呑な気配は無い。誰であろうと噛みつく牙も根元から再三へし折った。はたして戦えるのか?

 

「言っておくけど、僕に負けたからってオールマイトの胸を借りるつもりで戦ったら、許さないよ?」

 

ないと思いたいが、出久はとりあえず釘を刺しておく。

 

「わーっとるわ・・・・・」反抗する気力すら感じられない空返事は相変わらずだ。

 

「で?どうする?撤退戦?遅延戦?徹底抗戦?」

 

一応意見があるなら聞くだけ聞いておくが、相手があのオールマイトである以上、十中八九意味をなさないだろう。勝つ算段も逃げる算段も立てたところで潰される。あの巨体で新幹線がカタツムリに思えるほどのスピードを出せるのだ。どう足掻こうと戦闘は避けられない。奇襲の類もあの速度では捉え切れないから不可能。

 

「・・・・・てめーで勝手にやれや。」

 

チームワーク前提の試験。だのに思考の放棄。彼の唯一の持ち味と言えた、勝とうと言う強さの気配を背中に感じられない。いよいよ危険だ。グラファイトも言っていた。

 

――闘争心に亀裂が入った人間が戦いの場ですることは、敗北ありきの玉砕。駆け引きも駆け引きですらない()()()()()()()()()に成り下がり、味方の足を引っ張る。

 

もしそんな事をするようならば絶交は確定だ。

 

「じゃあ、こうしよう。籠手を片方僕に渡して。それぞれ一発ずつ最大火力を放つ。オールマイトが怯んだ隙を突いて、お互い同時に全速力でゲートを目指す。以上。」

 

返事は無いが、僅かに頷くような動きが目の端に映り、手榴弾の形をした籠手を無造作に投げ渡される。

 

「ところで、病院で言った質問の答え、出た?」返事は黙秘。つまりはノーだ。まあそう簡単に見つけられたらそれはそれで疑う余地がありまくりだが。

 

開始の案内とブザーが鳴る。演習試験場は繁華街のど真ん中。脱出ゲートは進行方向にキロ単位で離れている。

 

「出て――」

 

刹那、衝撃。

 

肉眼では確認出来ないほどの距離から、地を抉る威力の風圧が特大サイズの砲弾となって飛んできた。当然、二人もその餌食となって木の葉のように舞って落ちる。

 

「町への被害など、糞食らえだ!」

 

直後、威圧。ビル群並みの高さまで狼煙の如き土埃の中から現れた。

 

満面の笑みを湛えた、オールマイトが。

 

我こそ地上最強の生物なりと言わしめんその佇まいは、まさしくヴィランの親玉と呼べる貫禄だった。活動時間の制限があり、憔悴による著しい衰えがあるとはいえ、『平和の象徴』となる為にその身を捧げて築き上げた力は伊達ではない。その威力は推して知るべし。直撃を食らえば踏み潰されたトマトが可愛く見える末路を辿るだろう。

 

「試験だ、などと考えていると痛い目見るぞ?私は(ヴィラン)だ、ヒーローよ。」

 

『MIGHTY DEFENDER Z!』

 

『PERFECT PUZZLE!』

 

右手にマイティ―ディフェンダーZ、左手にパーフェクトパズルのガシャットを持ち、起動。辺り一面にブロックと色取り取りのエナジーアイテムが散らばった。

 

「ですよね。」

 

ガシャットは出久の手を離れて宙を舞い、バグヴァイザーZのスロットに収まった。

 

『ガシャット!What’s the next stage? What’s the next stage?』

 

「培養。」

 

『Mighty Jump! Mighty Block! Mighty Defender! Z! A-gacha! Get the glory in the chain! Perfect Puzzle!』

 

ダークグリーンの右腕にはガシャコンバックラー、左腕には手榴弾型の籠手と多少ちぐはぐした印象はあるが、それ以外の全身が金に縁取られた青色のボディーを持った龍戦士が光とともに現れた。

 

「パーフェクトアーマードグラファイト・レベル52。オールマイト・・・・・・行きます!」

 

「その意気やよし!真心込めてかかって来い!」

 

重い。痛い。初めてマッハチェイサーバーストを使った時の比ではない。全身に電極を撃ち込まれて断続的に電流を流されるような激痛に喉の奥で呻く。使える事は使えるが、保って精々数分。繰り出す拳を掴まれ、更に顔面を掴まれた。ぬいぐるみの様に振り回され、地面目掛けて背中から叩き付けられる。すかさずバックラーで地面を殴りつけ、衝撃を逃がして受け身を取ったが、がら空きのボディーにもう一方の拳が迫る。

 

『液状化!』

 

間一髪、エナジーアイテムでゲル状に変化して拘束から抜け出し、拳がアスファルトにクレーターを入れた。背後を取り、籠手の発射体勢に入る。

 

「ゲートに向かって!」

 

『発光!』

 

しかしあくまで体勢に入っただけだ。同時に新たなエナジーアイテムを呼び寄せ、凄まじい光度で全身から光を放った。当然その身一つで戦うオールマイトにはそれに対抗出来る装備を持ち合わせていない。ガードを固めつつ腕で目を覆う。

 

『マッスル化!』

 

「歯ぁ食いしばれよ、ヴィラン!!」

 

オールマイトの胴体ほどにまで肥大化した籠手のピンを抜きつつ跳躍。再び閃光と共に解き放たれる特大級の爆発は、ゲート目掛けて放物線を描きながらパーフェクトアーマードグラファイトを後ろ向きに吹き飛ばした。

 

一先ず大きく距離を離し、ゲートに肉薄することに成功はした。下では爆豪が少し後ろを己の起こす爆発の余波で飛んでいる。

 

「いっつつ・・・・・!」

 

肩を抑える。多少やりすぎたかもしれない。最初はどんな能力かと思ったが、グラファイトの言っていた意味が身に沁みて分かった。

 

――パーフェクトパズルは・・・・・俺の生涯の友と呼べる男が使っていた力の一つだ。マッハチェイサーバーストや俺のドラゴナイトハンターZ単体より遥かに強い。エナジーアイテムを自在に使って戦闘を有利に運ぶ。元々頭で戦うお前には誂えたようなものだろうが、十分注意して使え。このガシャットのレベルは、50。今まで使っていたものとははっきり言って桁が違う。バグスターウィルスによる抗体は十分出来ているだろうが、これの連続使用は極力避けろ。俺が制御していない時に使えばどうなるか、俺でもわからん。

 

高位のガシャットを使うために蓋をしていたダメージと虚脱感が先程の一撃で一気に噴き出してきた。気を緩めればこのまま気絶、などという事もあり得なくはない。

 

 

 

怖い。分からないと言うのは、弱いと言うのはこれほどまでに恐ろしいのか。出久の質問の答えなど出ていない。答えなど出ているはずもない。今まで考えた事すらなかったのだ。自分が決めた様に生きる。何を言おうとやろうと、それが通った。誰もが黙った。

 

何故か?答えは単純、強い『個性』に恵まれたから。そして周りの人間もヒーローになることは天命、運命、なるべくして生まれて来たと信じて疑わなかったからだ。

 

だからそれを信じる皆を信じた。一番凄いのは、強いのは、偉いのは、自分なのだと。

 

だが実際は運が良かっただけ。『個性』という名の宝くじにたまたま当たったからだ。

 

もし自分が戦闘で大して役に立たない『個性』をもって産まれていたら?もしくはそんな能力など花から持っていない『無個性』として産まれていたら?でくのぼうと後ろ指をさされていたのは自分だったのかもしれない。

 

ヒーローになるのは誰の為?決まっている、自分の為だ。

 

ヒーローになるのは何の為?決まっている。勝つ為だ。

 

どれだけ考えてもこれは変わらない。これだけは。

 

ならば、ヒーローになるのは誰に勝つ為?分からない。

 

今まで死に物狂いで食らいついていた相手の姿ははっきりと見えていた。緑谷出久と彼の『個性』を名乗るランプの魔人や守護霊が如き存在、グラファイト。だが今はその明確なビジョンが無い。

 

それが、たまらなく恐ろしい。進むべき道が見えない。正解が、最適解が、分からない。自分は何と戦っていた?何と戦おうとしている?誰と?倒すべき敵は何だ?誰だ?

 

「戦闘中に考え事とは、随分余裕だね!爆豪少年。」

 

頭上から、声。ブワリと肌が泡立つ間もなく、拳が腰に突き刺さり、地面に叩き落とされた。その衝撃で自分の籠手が破壊されてしまう。

 

「君もだぞ、緑谷少年!」

 

地響きがすぐ近くで起こる。

 

「チームワークはまあギリギリ及第点といった所だな。最大火力で怯ませて距離を稼ぎ、脱出ゲートをくぐる。プランとしちゃあ悪くはない。だが、爆豪少年のアクションには大して(リキ)を感じられない。それをチームワークと呼べるのか否かは別として、籠手を破壊された君達には要である最大火力という手札は消えた。よって、私から逃げる術は最早無い。終わりだよ。」

 

ああ、やはりか。

 

「さあ、くたばれ!ヒーロー共!」

 

そうだ。相手はハンデ付きとはいえ世界一高い壁。最速、最高、最強のヒーロー。負けてしまっても仕方ない。嘆息して、振り下ろされる拳が当たるのを待った。

 

『高速化!鋼鉄化!』

 

しかし、当たったのは何か金属のようなもの。自分ではない。朦朧とする意識の中、楯を腕にはめた鋼鉄の戦士が自分を庇っていた。

 

「答え・・・・・まだ聞いてないよ・・・・・・!君が目指すヒーロー、見つかったのか。」

 

「ねえ、よ・・・・・見つかってねえよ。」だがそれでもいい。今まで開き直ってなんぼの人生を送ってきた。ならば、とことん開き直ってやる。

 

「知ってた。」

 

 

 

「随分さっぱりした顔してるけどね、その割にはさ。」

 

「だから見つけんだよ。こっから。この戦いで。それが駄目なら次、それでも分からねえならそのまた次だ。俺は俺にしかなれねえ。けどだからこそ、俺になれんのは俺だけだ。」

 

怖い、それ即ち弱いと思っていた。挙句、柄にもない事をオールマイトに言われる始末だ。山の怖さを知らない登山家はいらない。山登りが好きだと言うこと知ったればこそ選んだ例えなのだろう。

 

分からないなら、それでいい。今は。

 

「だから・・・・・分かるまで俺は戦う。戦って、勝つ。」

 

「それじゃ以前と何も――」

 

「最後まで聞けや糞ナード。ヴィランに勝つたぁ言ってねえだろうが。んな糞ゴミクズ共なんざどうでもいいわ。俺が勝つのは、俺にだ。てめーでもオールマイトでもねえ。俺を超えられるのはただ一人、俺だ。」

 

諦めなければ答えは見つけられる。これが答えだとばかりに立ち上がる。

 

「分かった。とりあえずそれで今は納得してあげなくもない。」

 

鋼鉄化の効果が切れ、纏めて路線バスに叩きつけられた。ガラスを突き破り、座席も一部ひしゃげている。

 

「残り一キロ弱・・・・・時間は十分切った。はい、()()()()()()。」

 

『ジャンプ強化!伸縮化!』 

 

それで遂に限界が来たのか、出久はたまらずガシャットを引き抜いて変身を解除した。

 

「あ“?てめ何でそれ抜いた?」

 

「負担半端ないんだよこれ……これ以上は多分気絶するか、動けなくなる。足引っ張るのは君一人で十分だから。」

 

元の人間の姿に戻り、ワン・フォー・オールを発動する。先ほどまでは使う余裕が無かったが、今はもうこれを使うだけの気力しか残っていない。

 

「後は俺がやる。」

 

「え?」

 

「俺がやるっつってンだよ。てめーはさっさとゲートくぐれや。」

 

足手まといならば、精々死に物狂いで()()()()()()()()()()()()()。強化された脚力で上空に飛び、爆破でゆっくりとした足取りで向かってくるオールマイト目掛けて急降下を始めた。

 

籠手が砕けたが、それはいい。あれは元々許容超過の爆破を()()()()()()発射する装置。小道具ありきで撃てる物ではないのだ。

 

「くたばれや、オールマイトォォォォォ!!!!」

 

「ふん、そんな直線状の軌道など――」

 

しかし、突き出した爆豪の腕が伸びてオールマイトの頭を掴んだ。

 

「んなっ!?」

 

空対地(ATG)・MAVERICK!」

 

相手を固定した所で、腕の筋肉繊維どころか骨すら悲鳴を上げる限界ギリギリの最高・最大火力のゼロ距離爆破。爆豪は耳鳴りと遠のく意識の中で、体に何かが巻き付いて引っ張られるのを感じた。




期末試験編は後二話ぐらいで済ませます。そしてやっとパーフェクトパズルを出せた・・・・・・二度目の試験でノックアウトファイターを出します。ちょうど良い奴と戦わせるつもりなので。

それと、ステインと連合の関連性は完全に消してしまったので開闢行動隊のメンバーが大幅に変わります。

次回、File 53: Don’t say no! 勝利の為に

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File 53: Don’t say no! 勝利の為に

2019年ラストの一話、間に合わなかったか……無念。

皆さん、明けましておめでとうございます。

2020年もよろしくお願いいたします。


残りの試験も恙なく進み、大多数のペアが脱出か相対する教師を捕縛する条件達成を果たしたが、やはり取りこぼしは避けられなかった。峰田と組んでいた瀬呂は序盤から無力化されながらも峰田の意地と機転で逆転、芦戸・上鳴のペアは終始根津に翻弄され、時間切れとなって条件達成はならなかった。

 

「まあ、これは俺が落ちんのは仕方ないな・・・・・・悪い。」

 

「皆ホントごめん!!」

 

「完っ全にしくじったな・・・・・ああ・・・・・林間合宿が・・・・・」

 

三人が口々に合格組の人間に頭を下げた(約一名は落胆のあまりそれどころではないが)。

 

「まあまあ、やっちまったモンは仕方ねえよ。自分の強みを前面に出し切れなかったのは誰でもねえ俺のしくじりだからな。」

 

「おお。俺、帰りにケーキ作ってやけ食いするつもりでいるから、お前らもよかったら来いよ。」

 

すでに赤点確定の切島と砂藤が苦笑交じりに三人に気休めとは言えねぎらいの言葉をかけた。

 

「で、でも、伸び代はあるって事だよ。」

 

残る対戦は一つ。緑谷出久とグラファイト対雄英教師の二人一組(ツーマンセル)のみだ。

 

「緑谷、決まったか?誰とやるか。」

 

相澤の問いに、出久は頷く。

 

「はい。まず一人目は、校長先生。お願いします。」

 

「勿論。重機しか操縦していないから、僕はまだまだ元気一杯だよ!お手柔らかに頼むのさ!」と前足をあげてスーツ姿の根津が快諾した。

 

「二人目は・・・・・・」

 

出久は迷った。根津は既に決定していたが、それを計画に組み込む武辺を持ち合わせた相手は、そういない。

 

真っ先に思い浮かぶのは、言わずと知れた実力者、オールマイトだった。ワン・フォー・オールの残り火は緩やかに、しかし確実に消えて行っているとは言え、それでもなお彼と相打つ事が出来たのは宿敵のオール・フォー・ワンただ一人。

 

そんな彼に自らの意思で再び挑む。とても正気の沙汰とは思えない。彼は最速・最強・最優のヒーローだ。彼と戦って得られない物などないが、彼を治すという手前、治すと公言した者が彼の残り火を削るのは本末転倒ではないだろうか?

 

オール・フォー・ワンを倒すまで、オールマイトが倒れるわけにはいかない。無駄に力を使わせるわけにはいかない。なら他の誰かがいるはずだ。今までの戦いを見て、グラファイトでもてこずる厄介な相手は二人思いつく。

 

一人目はエクトプラズム。三十体以上の分身を状況によって任意で使い分けられるゲリラ小隊を彷彿させる汎用性抜群の白兵戦術は、まさしく脅威である。

 

二人目はセメントス。今時コンクリートを使わない建物や舗装道路は殆どない。射程圏に制限はあるのだろうが、際限無い妨害と消耗戦の押し売りは間違いなく手を焼くことになる。

 

「二人目は、オールマイトだ。今一度、オールマイトとの戦闘を所望する。」

 

出久の長考を見かねたグラファイトは、迷わず平和の象徴との再戦を選択した。

 

「分かった。じゃ、ここに行け。十分後にブザーが鳴るから遅れるなよ?」

 

「無論だ。出久、行くぞ。」

 

「う、うん・・・・・・」

 

二度目の戦闘に臨む出久にいくつもの激励の言葉がかけられた。爆豪勝己の姿も、声も、なかった。

 

 

 

選択されたステージはプレゼントマイクが地中を掘り進んだ虫の大軍勢の奇襲で敗北した森林地帯だった。コスチューム姿の出久と変身したグラファイトはその入り口前で待機していた。

 

「出久、お前はUSJ事件の後に言っていたな。出来る事なら、オールマイトの後継を務めたいと。それは今でも変わらないか?」

 

「うん。」

 

「ならば、問おう。何故奴と戦う選択肢を取る事に躊躇した?」

 

出久は一度、二度、三度と口を開けては閉じたが、演習試験開始の放送とブザーが鳴っても、その答えを言葉に起こすことは出来なかった。

 

出久は木の梢を飛び移って頭上から警戒し、グラファイトは地上から警戒してゲートを目指した。まだ仕掛けて来てはいない。だが時間の問題だ。森の中は擦れる枝葉と土を踏み締める音しか聞こえない。グラファイトは特に警戒する様子もなく、歩みのペースを緩めずに進んだが、出久は少し遅れて付いて行った。木から木へと飛び移るたびに、グラファイトが前進するたびに、心臓が胸を打つたびに、その音が自らの位置を喧伝する爆竹の炸裂音に聞こえた。

 

受け身の取れない空中から撃ち落されるかブービートラップにかかるのではないか?あの時は重機の操作だけで勝利したが、ここにそれはない。あるとするなら遠隔操作できる固定砲台、オールマイトに指示して自然界の材料で作った落とし穴などの罠各種。何が飛び出すか気が気ではない。

 

その心配を裏付ける爆発が数メートル先で起きた。狼煙が立ち上る。

 

「グラファイト!?」

 

「落ち着け、ただの地雷だ!お前は出口を目指して突っ切れ、他は無視だ。足止めは俺が潰す。」

 

「わ、分かった!」

 

フルカウルと同時に枝を蹴り、空中に身を躍らせた。脱出ゲートは目視できる。表情は見えないが、マントとトリコロールのコスチュームを身にまとった人物もはっきりと捉えた。

 

「New Hampshire SMASH!!」

 

空中を両足で許容限界が許す威力で蹴り、直進。背後で起こる爆発と銃声に交じって風が轟々と唸った。

 

オールマイトと戦うことを躊躇ったのは何故か?彼を尊敬し過ぎているから?

 

違う。尊敬はしていたし、している。変わったのは度合いだけだ。グラファイトに出会う前は、オールマイトを神か何かと思っていた節があったが、年月を重ねる内に彼もまた人の子であると認識を改めさせられた。

 

もしオールマイトの治療が間に合わないか、あるいは失敗すれば、敵の根源であるオール・フォー・ワンとの戦いに自分が終止符を打たなければならないという重責を恐れているから?

 

間違ってはいないが、これも違う。グラファイトは誇り高き戦士であると同時に計算高い軍師でもある。オール・フォー・ワンとオールマイトは互いに殺し合った長年の宿敵であり、怨敵。まだギリギリ半人前と言えなくもない一学生である自分が介在する余地も資格も無い。

 

ならば、何故?

 

「い″ッ!?」

 

そんな考えが心中でひしめく中、衝撃が背中を貫く。振り向きざまデラウェアスマッシュを連発したが、射線上にあるのは浮雲と青空だけだ。再びニューハンプシャースマッシュで高度と勢いを取り戻そうとしたが、今度は四方向から同時に衝撃が貫いた。硬い何かが飛んできたのだ。高度を保てず木の幹に激突し、更に枝や張り巡らされた根に全身をしたたかに打ち据えられた。辛うじて受け身が間に合い、コスチュームの防御力によって多少の威力は軽減されるものの、青痣は確定だ。

 

「いったぁ・・・・・・!!」

 

頭を打ったからか、視界がちかちかする。砕ける程に奥歯を噛み締めて息を吸い込み、自らに喝を入れると、更にフルカウルの出力を上げる。今で丁度30%、上限を超えている。当たった物を拾い上げると、それは大きいビー玉ほどもあるベアリングだった。多少の弾力があることから恐らくゴム製なのだろうが、かなり固い。胴体なら打ち身程度で済むだろうが、顔に当たれば怪我では済まない。

 

撃ちだしているのはやはり遠隔操作されているステルス機能搭載型移動銃座か、はたまたドローンか。どちらにせよ、今はとにかく移動だ。相手はホーミングの『個性』を持つスナイプではない。弾道はほぼ直線。木々を遮蔽物として縫う様に動けば先程の様な直撃は避けられる。

 

だが安心した直後、横殴りの衝撃と数十発のゴム製ベアリング弾が出久の動きを止めた。再び目を潰され、更には耳をも潰される。

 

「クレイモア地雷・・・・・!?マジか、校長先生!?」

 

ベアリング弾以外は体育祭で使われた音と光のこけおどしだが、冗談抜きでこれは痛い。さらに追い打ちの銃撃が襲い来る。別のエリアでまた三、四本煙の柱が昇るのがぼんやりと見える。

 

今もたれかかっているこの木を根元から引き抜いて振り回せばドローンを叩き落せるだろうか?さぞ爽快だろう。何ならゲートにいるオールマイト目掛けてそれを投げ飛ばすのもありだ。楯にも出来る。

 

しかしそんな出久の思考も見透かされているのか、止まって考える時間など与えてくれない。破れかぶれの逃げ隠れを繰り返しながらも、考える事をやめなかった。自分より頭がいい相手と戦う時、思考を放棄した瞬間、坂を転がり落ちるように負けが重なる。

 

 

 

「・・・・・・これ、緑谷勝てるのか?」峰田がそう呟いた。

 

「おい、峰田!おま、お前何言ってんだよ!?」

 

「だ、だってよぉ!相手オールマイトと校長だぞ!?最強パワーと最強頭脳だぞ!?試験っつってもUSJよかよっぽど不利だぞ!?そんなんと戦って――」

 

「あいつは勝つ。」轟はスクリーンを見つめたまま、静かにはっきりと言い放った。「絶対にだ。」自らに課した血の呪縛から救ってくれた英雄は、負けない。

 

「うむ、むしろ逆境でこそ彼らの力は増す。今これ以上の逆境はない。」轟同様、飯田も出久に勝算があるかなど分からないし、彼が勝てるという論理的な根拠などない。だが、約束を破り、後戻り出来ぬ一線から彼は体を張って引き戻してくれた。未だ友と呼んでくれる彼を信じずして、何が友人か。何がヒーローか。

 

「然り。ヒーロー科一年最強の男がここで敗北するなど、到底ありえん。」騎馬戦で自分をいの一番に選んだ戦友を、常闇は信じた。

 

「そうね、常闇ちゃん。一度は勝ったんだもの。また勝てるわ、ケロ。」USJで共にピンチを切り抜けた蛙吹もまた、彼を信じる事を選んだ。

 

 

 

グラファイトの方から合流してきたのは運が良かった。見たところ大してダメージを受けた様子はないが、やはり目と耳は殆ど使い物にならないらしい。しかし見えない銃撃の正体は予想通り周囲に溶け込むクローキング機能を付けたVTOL型ドローンだったと壊れた機銃を見せられた。数はいくらか減らしたが、合計数は不明。そして『個性』持ちとは言えやはり元は野生の動物だからか、ホームグラウンドにいる根津のアドバンテージはほぼ動かない。広大なエリアのどこかに塹壕でも掘ってドローンを遠隔操作しているのは間違いない。

 

「捕縛は諦めるしかない、よね。」

 

「ああ。だが奴自身の戦闘能力は低い。だからドローンは無視だ。ゲートまで押し通る。」

 

『DRAGOKNIGHT HUNTER! Z!』

 

『MIGHTY DEFENDER Z!』

 

『MACH CHASER BURST!』

 

ゲームエリアを展開し、変身。エナジーアイテムの連続使用でゲートの位置を確認すると、わき目を振らずに前進した。ドローンに打たれても破壊し、地雷を踏めば起爆する前に走り抜け、木があれば薙ぎ払う。一直線に動く暴風と化した二人は、脱出ゲートとその番人たるオールマイトを目前にした――筈だった。

 

「え・・・・・?」

 

森林エリアの風景が、仁王立ちのオールマイトの姿が、そして脱出ゲートさえもが、消えた。

 

代わりに無味乾燥な試験場が露わになった。草木のいくらかは間違いなく本物だったが、それ以外は全て幾何学的な形の鉄塊やパイプに変わり、浮雲も青空も無い、鏡の様なパネルに覆われたドームの白い天井がそれぞれ驚愕と怒りに染まる二人の表情と、残り時間が十分を切った事を示すタイマーを映していた。

 

「ホロ、グラム・・・・・!?」

 

「やってくれるではないか、齧歯類の分際で。」

 

二人揃って一杯食わされたと気づいた時には、もう遅かった。振り向き、ゲートを探した。左側にオールマイトが立っている。今度こそ本物である。その筈だ。

 

「出久。」

 

「な、何?」

 

「何故奴と戦う選択肢を取る事に躊躇した?」

 

「こ、こんな時に何を――」

 

「答えろ。その理由をお前は知っている。その答えが、突破口だ。」

 

オールマイトを二度目の試験の相手に選ばなかった理由。

 

「オールマイトがいない世界が、怖いから。」

 

その後ろ姿で、その笑顔で支えてくれた彼が息絶え、心を引き裂かれるのが怖いから。

 

彼がいない世界で芽生えた思いもよらぬ悪意に立ち竦んでしまうのが怖いから。

 

そんな世界でヒーローをしっかり務める事が出来るか、怖いから。

 

「人間の一生は何人にも肩代わりすることは出来ない。それがどれだけ大切な相手であろうとだ。お前は、ヒーローになれると信じてくれたオールマイトに報いたいと言っていたな。ならば、やる事は決まっている。オールマイトの生き様を、口出しせずに最後まで見届ける事と、後の事は()()に任せればいい。貴様の心配は杞憂となり果てたと見せつけてやることだ。」

 

――我々。そうだ。僕は、僕たちは、一人じゃない。なら僕も、僕の信念(ヒーローの道)を走り切る。

 

赤いガシャットを取り出した。

 

「グラファイト・・・・・僕さ、今すっっっっっっごく、心が震えてるんだ。」

 

変身しているため、顔は見えないが、グラファイトは出久が今まで見た中で一番晴れやかな笑顔を浮かべている事は直感で分かった。

 




ドローンですが、イメージはクエンティン・ベックことミステリオがEDITHを使って操っていたアレです。

長らくお待たせいたしました。これでようやくヒロアカ劇場版『二人の英雄』のエピソードを書くことができます。拙作ですが、一応終着点はオールマイトvsオール・フォー・ワンまで行くつもりです。あとはジェントル・クリミナルやら芦戸さんとのフラグ回収やら、番外編をちらほら書いたり書かなかったり。

GET READY FOR THE NEXT BATTLE! SPECIAL FILE: BATTLE OF I-ISLAND

次回、Mission 01: 科学のUtopia

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SPECIAL FILE: BATTLE OF I-ISLAND
Mission 01: いざ、科学のUtopia (Part 1)


お待たせいたしやした。プロットの調整に手間取りましたが、

SPECIAL FILE: BATTLE OF I-ISLAND、いよいよ開幕です。




始業のチャイムが鳴る十三秒前に一年A組の教室に通じるバリアフリーの扉が開き、担任の相澤が足を踏み入れた。水を打ったように教室が静まり返る。全員の視線が自分に向けられているのを確認してチャイムが終わると、相澤は口を開いた。

 

「さてと、もう既に結果が分かっている連中もいると思うが、一応伝える。期末試験で筆記はばらつきこそあったが全員合格した。しかし、残念ながら実技で赤点が五人出た。自動車運転仮免許の実技試験と同じ要領で全員百点からスタートする減点法式と減点の度合いを調整する試験官達の合議を併用して採点した。中身は席にあるその封筒の中だから、目を通しておけ。赤点取った奴は勿論、合格した奴も改善点や課題は多いから、進級したけりゃ自覚と反省を忘れるな。下校時間まで校内の施設は申請すれば自由に使ってよし。その他の連絡事項は後日、追って伝える。俺からは以上だが、何か質問は?」

 

手は上がらない。

 

「無いなら今日の授業は免除だ。ただし!夏だからと言って訓練を怠れば、どうなるか分かってるな?以上、解散。」

 

五分にも満たないホームルームが終わり、相澤が退室した直後に歓声のコーラスが教室に響いた。

 

「っしゃああああああああああ!!休みじゃあああああああああ!!」

 

「俺は寝る!寝るぞ!寝るったら寝る!んでもって食う!食いたいモンを!吐くまで!」

 

「ちなみに手始めに食べるのは?」

 

「コーンフレーク。腕組んでる赤いスカーフを巻いた虎のイラストがついた奴。」

 

「地味っ!?」

 

「皆、元気だなぁ・・・・・・」

 

出久は自分の通知を見て顔をしかめた。戦闘は二度行った為、二つの点数の平均が最終的な点数となっている。合計は、百点中七十八点。高得点でこそないが、危なげなく合格だ。そして評価に値する部分と、減点の理由とそれに応じて引かれた点数が簡潔に箇条書き形式で印刷されていた。

 

一度目の試験の点数は、八十五点。二度目が七十一点とある。

 

「納得いかない・・・・・・・高過ぎる。」

 

「何がだ?」

 

「あ、轟君。」

 

「何が高過ぎるんだ?」

 

「え、ああ、うん・・・・・・ちょっとね。点数貰い過ぎた気がするんだ。二度目の。制限時間までホントにギリギリだったし。」

 

「ラスト三分だもんな。だが、お前が勝つのは分かってた。」

 

そこまで言い切られるとは思っていなかったのか、その言葉に出久はキョトンとした。

 

「根拠が無くともそう信じるのが、友達だと・・・・・・お母さんが言ってた。」

 

高校生の身で子供の様に母の受け売りを語るのが恥ずかしかったのか、轟の顔がうっすら朱に染まる。

 

「そっか。ありがと、轟君。でもその後押しと轟君の力があったから勝てたよ。」

 

「俺の力・・・・・ああ、アレか。赤いやつ。」

 

「そうそう。赤いやつ。青いのもお世話になったからね。」

 

「俺もあの剣に助けられたから、おあいこだ。それでなんだが、この後時間あるか?」

 

「まあ、うん。大丈夫だよ。」

 

「なら、俺のお母さんに会って欲しいんだ。雄英でのイベントも一段落したし、できればと思ってるんだが。」

 

「うん、いいよ。今から行く?」

 

今度は轟がキョトンとした。

 

「今から・・・・・・?」

 

「うん。今日は本当に用事も無いし、僕自身休みを満喫する以外何もするつもりないから。」

 

「いいのか?俺の親に会うのを休み満喫することにカテゴライズしても?」

 

「勿論。轟君のお母さんがどんな人か、個人的に興味があるし。」

 

 

 

「で、要件とは?」

 

校舎の屋上で座禅を組んでいたグラファイトは姿勢を崩さずに隣に立つオールマイトに問うた。

 

「林間合宿で同伴する護衛の件さ。もう少し応援が必要になる。」

 

セキュリティの関係上、行き先はまだ誰にも知らされていない。グラファイトもどこぞのプロヒーローの所だろうと当たりはつけていたが、その人物とヒーロー科の担任二人では、確かに心許ない。USJの様に雄英の私有地ではない他、生徒は未だライセンス未取得者なため、法的な束縛もある。勿論、彼自身戦力の内に数えられてはいるが、念には念を入れて悪いということはない。

 

「お前は行けないのか?グラントリノは?」

 

「あの方は別件で動いているらしく、しばらくはそっちにかかりきりになるそうだ。私も行きたいというのは本音だが、平和の象徴が私情で街の警邏を怠れない。そこで私は・・・・・・」

 

一度言葉を区切り、深呼吸をしてから更に続けた。

 

「そこで私は、元サイドキックに話をつけて応援を求めようと思う。」

 

「お前のサイドキック・・・・・・確かサー・ナイトアイと名乗っていたか?」

 

その名を聞き、オールマイトの表情が明らかに曇った。

 

「ああ。元は一介のファンだった男なんだが、ひょんなことから私の最初で最後のサイドキックになった。六年前に私の今後の進退に関する相違で、喧嘩別れという形で袂を別ってしまっていてね。加えて・・・・・・彼がかねてから手塩にかけて育てていた雄英の生徒ではなく、緑谷少年にワン・フォー・オールを譲渡している。関係を解消してからそれを伝える為に一度だけしか連絡していない彼と話すのは、その・・・・・・気まずいんだ。」

 

気まずい。その一言でグラファイトは座禅をやめて立ち上がった。マッスルフォームのオールマイトより明らかに劣る体格だが、彼の風格を巌と形容するなら、グラファイトは刃だった。冷めた表情、そして瞳の奥にちらりと怒りが見える。

 

「・・・・・・言っている場合か。貴様の些末な個人事情などどうでもいい。元同僚とよりを戻す程度のことが気まずいだと?婦女子か、貴様は?冷め切った恋仲にあった者とやり直したいと持ち掛けているわけでもあるまい。何を躊躇うことがある?」

 

流石に言い返せない。オールマイトも何か言ったところで言い訳臭く聞こえると思い、開こうとしていた口を噤んだ。

 

「必要なら同伴するが?」

 

「いいよ、初対面の君が来ても話が不必要にややこしくなるだけだ。これは他ならぬ私のミスだから、尻拭いは自分でするさ。」

 

「ならば結構。だが、この件はいずれ出久の耳にもしっかりお前の口から入れてもらうぞ?お前の正式な後継者ではないが、結果的にお前は相棒だった男が手塩にかけた後継者の候補を蹴っている。仁義は切っておけ。」

 

「そうするよ。I-アイランドに行く時に話しておこう。」

 

「急ぐ事を進める。今日の出久はトレーニングも何もない。完全なるオフだ。どこに行くか、何をしに行くかは与り知らん。」

 

グラファイトは踵を返して出入口へ向かいながら付け加える。

 

「それとだが、出久の最大出力が三十二パーセントに上がり、お前の復元率は今で丁度八十パーセントを超えた。この調子でいけば完全復活の奇跡もあるいは・・・・・・」

 

「分かった、教えてくれてありがとう。」

 

「まだ礼を言われる段階ではない。お前はまだ治療を終えていないからな。だが、自重を忘れるな。回復の度合いは百パーセントに達するまでの間お前の残り火がどれだけ残存するかにも依存している。一定水準を下回れば、延命は出来ても完治は出来ん。」

 

「構わんさ。礼という物は、何度言ってもいいものだからね。それに、君のおかげでデスクワークももう少し回せるようになった。」

 

 

 

「この・・・・・・病院なんだ。」

 

出久と轟は、雄英から電車でおよそ二十分離れた大学附属病院に到着した。

 

「ああ。ここ、元はどこぞの大名の支城があったらしくて、それに合わせて設計したらしい。」

 

「道理で総合病院の形がそれっぽく見えるわけだ。向こう側から鉄砲で撃たれそう。」

 

轟は何度も来ているため、慣れた様子で受付の名簿に名前を書き、出久もそれに倣ってついていった。老若男女様々な入院患者、面会者、看護師、介護士、そして白衣のドクターが忙しく廊下や部屋を時にベッドや担架に横たわる患者と行き来し、時折群青色の制服姿の警備員達とすれ違う。

 

ヒーローが主に活動する現場とは違うが、本質的には同じ。人の命を繋ぐ為に日夜懸命に足掻く永久(とこしえ)の戦場であることに変わりはない。

 

 

 

三階の突き当りにある、日当たりも見晴らしもいい315号室のネームプレートに轟の姓があった。ノックの後にまず轟が入室した。

 

「あら、焦凍。今日は随分と早いのね。」

 

戸口に立ったままの出久が見たのは、友人の右半分と同じ新雪を思わせる長い白髪の女性だった。机に向かって本を読んでいた彼女は、病院のパジャマという無味乾燥な出で立ちが霞んで見える程美しかった。轟が男から見ても美男子なのはやはり母親の遺伝らしい。

 

「ああ、うん・・・・・・期末試験の結果を聞きに行っただけで終わった。明日泊まり掛けで出るから、その前に会いに来た。」

 

開いた扉の戸口に立ってまずは様子を見ることにした出久の第一印象は、ただただ『硬い』だった。空いた時間は母との間に出来た溝を埋める為に全て費やしていることは容易に想像がつくし、会いに行こうという気概、そして面会がある日は必ず一度は顔を出す習慣を維持・継続しているだけでも大きな進歩だが、それでも硬い。

 

片や幼い息子に心身ともに消えない傷をつけてしまった負い目からか、及び腰な母。片やトラウマの再燃を防ごうと顔の左半分が極力視界に入れないようにして動いているのが丸分かりの息子。そしてなにより、二人の距離が遠い。事実、轟は引き戸を引いて入室する為に二、三歩歩き、母を前にして足が止まってしまっていた。

 

「戸口に立っているのは、学校のお友達?」

 

冷は気にしている様子は無い。まさか今までお見舞いの都度こうして立ったまま会話を続けていたのか?

 

「あ、うん・・・・・・そう。この前手紙に書いた緑谷出久。学校での行事も一段落したから、会わせたかった。」

 

硬い。そして遠い。もう少し(物理的に)歩み寄ってもいいだろうに。なんと勿体無い。なんと歯がゆい。とはいえ、人様の事情に首を突っ込むのは無作法故に強く言えない。

 

「そうなの、貴方が。緑谷君、ずっと戸口に立っていないで、入って来ても構わないわよ?」

 

「え、あ、その・・・・・・はい・・・・・・失礼します。」

 

「ウチの焦凍がお世話になっています。母の轟冷です。」

 

「同じクラスの緑谷出久です。僕も色々と気を使ってもらっています。」

 

無難な社交辞令以外にかける言葉が見つからない。あな歯痒し。

 

「手紙ではよく貴方の事を自慢していたわ。初めて友達ができたって。」

 

「そう言ってもらえて、僕も嬉しかったです。高校より前は、友達がほとんどいなかったんで。」

 

最初こそ何とも言えない曖昧な空気の中にいたが、息子の思い出話と学校での様子などを出久が交換して僅かばかりだが盛り上がった。途中、枕の下にある厳選した子供達の写真が入ったアルバムを嬉しそうに見せて轟が茶を入れると顔を逸らしたが、耳まで赤くなったことは見逃されなかった。

 

しかし轟は、その場から精々二歩前に進んだだけで、部屋の隅にあるパイプ椅子に腰かけようともしなかった。

 

しばらくしてから看護士が投薬の為に一旦席を外すように指示し、二人は廊下に出た。

 

「轟君のお母さん、すごい人だ。いいお母さんだね。」

 

「そうだろ?」

 

「うん。でも、ちょっとだけいい?」

 

両肩に手を置き、指を軽く食い込ませた。

 

「ん?」

 

「距離を縮めてあげて!」

 

「きょ、り・・・・・・?」

 

「ずっとあの距離キープしてお見舞いしてたでしょ?」

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

「ダメなんだよ、それじゃさあ!こう・・・・・・もっと歩み寄ってあげて!物理的に!手が届く距離まで!」

 

「いや・・・・・・けど・・・・・・」

 

「時間がかかるし、轟君達のペースがあるってことは分かってる!気をつけなきゃいけないことも分かってる!分かってるけど、こう、なんかもっと・・・・・・もっと世話を焼かせてあげるとか!子供らしく甘えるとか!」

 

こんな時に自分の母の姿が浮かぶのは、やはり必然か。記憶の中でも、今でも、緑谷引子は世話焼きだ。高校に進学した今でも忘れ物のチェックなど、いつも欠かさず気を回してくれている。熱を出した時、予防接種の時も、いつもそばにいて手を握ってくれた。宿題も分からないところがあれば根気強く教えてくれた。自分の為に笑ってくれる。泣いてくれる。怒ってくれる。心配してくれる。信じてくれる。いつも心のどこかに留めて置いてくれる、帰る場所を示す眩き道標だ。

 

誰よりも、何よりも、子供だけを守りたいと思ってくれる。平和の象徴と謳われるオールマイトをも超える全人類共通の、身近にいる大英雄と言えよう。

 

「世話を、焼かせる・・・・・・?」

 

「そうだよ!お母さんにとっちゃ子供は高校生だろうと社会人になろうと子供なんだよ!轟君も、明後日にI-アイランドに行くんでしょ?僕は荷造りしなきゃいけないから先に帰るけど、行く前にしっかり甘えてあげる事!」

 

「あ、いやその、でも、な・・・・・・」

 

「返事ィ!」

 

「はい・・・・・・」

 

有無を言わせぬ友の気迫に、轟は折れた。満足そうに頷いて去ろうとしたところで青筋を立てた看護師の姿があった。投薬はいつの間にか終わっていたらしく、無言で壁にある『院内ではお静かにお願いします』と書かれたサインを指さす。

 

「・・・・・・すいませんでした・・・・・・」

 

興奮のあまり思った以上に声量が上がっていたらしい。頭を下げて謝罪し、出久は病院を後にした。

 

「緑谷、お前の方がよっぽど世話焼きだ。」

 

 

 

パスポート、招待状、およそ三日分の服の着替え、パーティー用の礼服(グラファイトの資金で注文したスリーピースの手縫いイタリアスーツ二着とウィングチップ一足)、洗面用具、筆記用具、新しいノート、エトセトラ。ヒーロー科の生徒と言う事で、I-アイランド内のみに限ってコスチュームの着用は許可されているが、これは空港で渡されることになっている。

 

「けどなあ・・・・・・・誰と行けばいいんだろうか?」

 

エキスポのプレ・オープンの招待状は雄英体育祭の各学年の優勝者に送られるのが通例で、数日前に郵便受けに入っていた。そして宛てられた自分だけでなく、同伴者一名様まで入場可能とある。未来世界が島一つに凝縮されたI-アイランドのプレ・オープンなど、誰でも行きたいと思う筈だ。

 

オールマイトは事前に行くと言っていたし、同伴する人物には近々電話すると言っていた。正体はまだ秘密にしているが、向こうで会う約束になっている。

 

飯田、轟は家族の代理で、八百万は実家がスポンサー企業の株を持っているため出席は確定していると聞いた。男二人は同伴者を連れてくる可能性は低いが、八百万は女子何人かを連れて行くだろう。

 

「誰を誘えばいいのだろうか・・・・・・」

 

実際、期末試験前の追い込みとノートによる短所の再確認と長所の更なる強化で皆との距離は多少縮まった筈だ。その中から一人だけ独断と偏見で選んで連れて行くというのも不公平に思われてしまうのではないだろうか?招待状を貰ったのは自分だから、最終的な同伴者の決定権は自分にあるし、選ばれなかった人が異を唱えられるのは筋違いかもしれないが、それでもやはり心苦しい。

 

そもそも、誰かを誘ってどこかに行った事など、一度も無いのだ。猶更ハードルが上がる。

 

連絡先のリストに纏めてある出席が決定している者以外のあいうえお準で並んだ名前を行き来する。

 

「何を逡巡しているのだ、馬鹿めが。」

 

どこから入ってきたのか、気配を殺していたグラファイトにスマホを後ろからさっと奪い取られてしまった。

 

「え、ちょっと!?」

 

「お前が誘う相手は一人しかいまい。」

 

「え、誰?」

 

「愚か者め、決まっているだろう。一年A組の婦女子で、期末試験の実技で赤点を取ったのは誰だ?」

 

「え・・・・・・マジで?マジか!」

 

「マジだ。電話を掛けろ。そして連絡がつき次第スピーカーモードに切り替えてしっかりと誘え。ミトリダテス六世が毒への耐性を身に付けたのと同様に、いい加減お前の異性に対する免疫を高めておかねばならん。」

 

実際クラス内の女子なら多少は何とかなっているのは大きな進歩だが、次に行くのは公共の場だ。女など世界中からこぞってやって来る。

 

「お前のストレスで俺は強くはなるが、過剰なストレスは俺にも差し障りがある。分かったら電話を掛けろ、今すぐ、可及的速やかに。」

 

ずずいっ、とスマホの画面を印籠でも見せるように突きつけた。

 

「いいいいいいやいやいやいやいやちょちょ、ちょ、ちょっと待って!待って!ま、まずは待って!?」

 

「断る。」

 




長くなるので前編、後編に分けさせていただきます。

次回、Mission 02: いざ、科学のUtopia (Part 2)

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Mission 02: いざ、科学のUtopia (Part 2)

話が進まない・・・・・・・いろいろ盛り込み過ぎた・・・・・


「ありがとぉぉぉぉぉ~~~~~~~~王様神様緑谷様~~~~~!!!!」

 

出久に抱き着き、持ち上げて振り回さんばかりの喜ぶ姿は搭乗時刻を待つ客全員の注目を集めていた。グラファイトは粒子化して出久の中にいるため、二人きりの状況である。それによって起こる状況はただ一つ。

 

「ちょ、ああ、あ、あああああ、ああし、芦戸さん!皆が見てる!皆が見てる!見てるから!!」

 

純然たる、パニックである。

 

「え~~、いいじゃん別に。減るもんじゃなし。」

 

そうは言うものの、出久のゲージは確実に減っていた。同年代の女子との出会いはおろか、関りすらなかったのだ。スキンシップによって改めて自覚する思春期女子特有のフェロモンやらシャンプーの匂いやら、ともかく色々すべすべしてぽかぽかしてくらくらする。

 

耐えろ、耐えるのだ。そう自分を奮い立たせる。ここでみっともない真似をすれば更に墓穴どころか蟻地獄を結果的に掘ることになるのだから。

 

「でもさ。」と(幸いにも)芦戸が一旦離れて首を傾げた。

 

「はい?」

 

「なんであたし?」

 

「えーっとですね、それは・・・・・・」

 

彼女を誘うまでに、一悶着あったのだ。

 

 

 

時は出久が同伴者に誰を誘うか迷っている間にグラファイトにスマホを掠め取られた所まで遡る。

 

「いいいいいいやいやいやいやいやちょちょ、ちょ、ちょっと待って!待って!ま、まずは待って!?」

 

「断る。」

 

出久が明らかにアクションを起こす気が無いのを見て取り、グラファイトは電話をかけ始めた。

 

「わぁ~~~~~!!!わぁ~~~待って!ホント待って!!ちょっと待っ――誰に!?誰にかけてるの!?」

 

「芦戸だ。」

 

「やめてぇえええええええええええええ!!!!ねえ待って!ホントにちょっと待って!」

 

発信ボタンに指がかかるゼロコンマ二秒前でグラファイトの暴挙を阻止した出久は破れかぶれながらも提案を口にした。

 

「くじ引き!くじ引きで決めよう!既に行くことが確定している人以外のクラスメイトで!ね?ね!?」

 

一度ぐらいならいいだろうとグラファイトは承諾し、好きな範囲の数字をランダムに弾き出すアプリを起動すると、スタートボタンを押させた。出た数字の出席番号に該当する人物を、たとえ誰であろうとそれに従って誘うのだ。例外を認めるのは、同伴者として誘い、既に行くことが決まっている人間の出席番号が出るか、断られた場合のみ。

 

そして出た数字は―――2。

 

一年A組、出席番号2番の生徒―――芦戸三奈である。

 

「いいいいいやあああああああああああああああああ!!!!!」

 

「これは最早天がお前に奴を誘えと言っている。諦めて連絡しろ。必要ならば台本を先に書いても構わん。」

 

 

 

「と、言う事がありましてですね・・・・・・あ、いや勿論、決して誘いたくなかったというわけじゃ無くて――」

 

「いーよ、もう。緑谷こういうのまだ苦手意識あるんだもんね。くじ引きの偶然てのはちょーっと釈然としないけど、誘ってくれたのは実際嬉しいから。グラファイトさんにも感謝感謝だね。」

 

「ソウデスネ・・・・・・」

 

会話を弾ませようとぎこちなくも色々話題を振ってみるが、やはり自分は同年代の女子と一対一では話し手に不向きだと痛感した出久は、聞き手に徹した。しばらくしてから売店で軽食を買いに行くと芦戸が一旦その場を離れ、出久も一息つく機会を手に入れた。

 

「女子との会話って・・・・・・なんか疲れる・・・・・」

 

『電話が来たーー!!電話が来たーー!!電話が来たーー!!』

 

オールマイトの着信ボイスが意味する事はただ一つ。

 

「はい、緑谷です。」

 

『緑谷少年、今時間は大丈夫かね?』

 

「はい、搭乗時刻まであと三十分はあるんで・・・・・・オールマイトはもう・・・・・・?」

 

『私の便はあと一時間弱で着陸だよ。それでなんだが、今私の隣にI-アイランドで合流したら君と引き合わせたい人がいるんだ。私の元サイドキックでね。君を知って貰う為にも、自己紹介だけでも構わないから話をしてくれないだろうか?』

 

「それは別に構いませんけど・・・・・・」

 

オールマイトが引き合わせたい相手と言えば、自ずとその選択肢は限られてくる。オールマイトは『個性』の関係や平和の象徴という立場上、真に心を許せる相手は限られている。グラントリノ、リカバリーガールなどの大先輩が真っ先に浮かぶが、どちらももう既に顔を合わせている。彼の元サイドキックと言えば――

 

『隣から失礼する。』

 

落ち着き払った、圧のある冷ややかな声がした。

 

『電話越しで申し訳ないが、名乗らせてもらう。私は、プロヒーローのサー・ナイトアイだ。』

 

「サー・ナイトアイ・・・・・・!」

 

オールマイトの最初で最後のサイドキック。どんな『個性』か、そしてどんな人物かは出久も知らないが、世界最高のヒーローと肩を並べていた男だ。

 

『君が緑谷出久か。USJやヒーロー殺しの件での活躍は新聞や捜査資料などで読ませてもらった。中々・・・・・・特殊な『個性』を持っているそうではないか。本来なら空港で直接君と話をするつもりだったのだが、生憎スケジュールの都合で出立の予定を前倒しする必要があった。オールマイトから聞いているよ。君に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』

 

ナイトアイの声の圧が、グンと上がり、出久は思わず息を呑んだ。

 

「・・・・・・はい。」

 

『・・・・・・まあ、言いたい事は諸々あるが、それはI-アイランドでじっくりやろうではないか。』

 

「楽しみに、しています。」

 

『結構。では、後程。』

 

通話が切れ、出久はため息と共に脱力した。電話程度でここまで疲れさせられる男は生まれて初めてだった。飛行機の中で眠って少しでも体力の回復に専念しようと思った矢先、ナイトアイの言葉で引っかかったことがあった。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼は確かにそう言った。つまり、ワン・フォー・オールの事は勿論、オール・フォー・ワンとの戦いの事も知っていることになる。オールマイトは、何故それを隠していた?

 

 

 

「ナイトアイ、まだ会ってもいない相手に何もあそこまで威圧する必要は――」

 

「あったに決まっているだろう。理由はどうあれ、彼を後継者たりえる人物と見定め、アレを譲渡までしたというのに彼は返すつもりでいるそうではないか。勿論、ヒーローを目指す若者として幾ばくかの期待が無いわけではないのだが・・・・・・」

 

グレーのスーツ姿の痩身の男は眼鏡越しにオールマイトを見据えた。瞳は全てを見透かさんばかりに鋭く、猛禽類を思わせる。その手には、緑谷出久と書かれたファイルが握られており、備え付のテーブルには新聞の切り抜きなどの資料が大型の茶封筒から覗いていた。

 

「会えば分かるよ、ナイトアイ。必ずだ。緑谷少年は、たとえ受け継ぐつもりが無くとも、君の弟子と同じように私が次の世代に残したい志をしっかり持っている。その点で言えば、彼は最早私の手を離れかけているのだよ。」

 

相変わらずの眩い笑顔に、サー・ナイトアイは身じろぎどころか瞬き一つせずに返した。

 

「オールマイト、私達は貴方の今後の身の振り方での見解の相違で袂を別ったが、私は貴方の事を今でも尊敬している。だが、やはり私は貴方の意思を図りかねると言わざるを得ない。空港で合流する前に会った時も貴方を()()が、何一つ変わっていなかった。緑谷出久を信じるのは貴方の勝手だが、私が信じるか否かは私が決める。」

 

 

 

「ねー、緑谷。」

 

「はい?」

 

「どうしたの?ご飯買って帰って来た時からすっっっっごい怖い顔してるけど。全然食べなかったし。」

 

「・・・・・・そんなに?」

 

「うん。下手すりゃ爆豪とは違うベクトルでも倍近くは怖いよ。こう・・・・・・能面、て言えばいいのかな?そんな感じ。」

 

出久は答えに迷った。ワン・フォー・オールの事は勿論、オールマイトの秘密を話すわけにはいかない。

 

「芦戸さんは・・・・・自分が信頼している人が自分に関係がある大事な隠し事をしていて、それが本人の口じゃない出所からそれを聞いちゃったら、どう思う?」

 

「う~~ん・・・・・・」

 

アーモンドチョコを一つ口に放り込み、じっくりとチョコが口の中で溶けるまで質問を反芻した。

 

「その信頼している人って、親とか?」

 

「い、いやそこまでの事はないんだけど・・・・・・こう、例えば、先生的な・・・・・・お世話になっている人、みたいな。」

 

ポリ、ポリとアーモンドをゆっくり噛んでから芦戸は答えた。

 

「それはやっぱり嫌、かな?でも、もしその隠し事にちゃんとした理由があるならそのうち許しちゃうかも。頭では理解しても心はしばらく追いつけないままでいるんじゃないかな~、個人的に。ほら、人って基本心で生きてるじゃん?」

 

「心で、生きてる?」

 

「ん~~、何て言うか・・・・・・笑ったり泣いたりするのに一々頭で考えてそれを表に出すわけじゃないでしょ?考えるよりも感じて生きるから。」

 

「なるほど・・・・・・」

 

「うん。だから、すぐには許さなくてもいいんじゃないかな~と思う。許さないっていう気持ちも許すっていう気持ちと同じぐらい大事だし。緑谷は皆に優しいからそんなに悩んじゃうんだね。自分には厳しいくせに。」

 

そんなことはない、と出久は言いたかったが、開きかけた口を閉じた。切島などは実に男らしいと褒めちぎってくれるが、峰田、上鳴辺りは最早病気だと頑なに言い張っている。グラファイトの影響もあって、確かに自分にはかなり厳しいと言える。トレーニングはヒーロー科の訓練も含めて自主トレーニングを早朝・夕方に週六日、睡眠時間はきっかり七時間、大半の食事や摂取カロリーにすら気を使い、果ては専用の体重計で体脂肪量、筋肉量、骨量、骨密度などもつぶさに計測しているのだ。

 

「緑谷はさ、頑張りすぎてるんだよ。そりゃあプロヒーロー目指すんだったら努力は必要だけども・・・・・・も~うちょっと甘えて、力抜いて生きてても、バチは当たらないんじゃない?」

 

――今お前が感じているそれは、他者を圧倒し、淘汰し得る力を持つ者に死ぬまで付きまとう強さへの恐怖とそれを持ち、振るう責任の重圧と言う物だ。

 

グラファイトの言葉が、耳の奥に蘇る。

 

――頼る事を恥と思うな。

 

「じゃあ・・・・・・もし、仮に・・・・・頼りたくなったら、あてにしてもいい?」

 

「勿論!ヒーローは助け合いだよ?」

 

「そっか。ありがとう、芦戸さん。ちょっと元気出た。」

 

肩の荷が下りた出久は、差し出された彼女の手を握ったままI-アイランドに着陸するまで微睡んだ。そんな様子を見ていた芦戸も、いつの間にか釣られて窓に凭れ掛かり眠りこけてしまっていた。

 

二人の意識が完全に睡眠状態に落ちたのを確認したところで、グラファイトはオレンジ色の粒子と共に腕を組んだまま現れた。

 

これでいい。人間の子供とは本来、こうある事こそが理想だ。

 

頼れる仲間はいる。師と仰げる存在もいる。だが緑谷出久に唯一足りなかったのは、純粋に心を通わせられる存在。甘えることを良しとしてくれる存在。今まで負った傷を少しでも癒してくれる存在。良くも悪くも戦士でしかない自分では、成りえない存在だ。

 

クロノスと相対した時に痛感した。たとえゲムデウスウィルスの力で強くなっても、一人きりでは戦えない。その先の未来を求めても、一人きりでは届かない。

 

それは自分も例外ではなかった。今は、()()()()()

 

――俺の戦いの意味は、今この瞬間にある。俺はドラゴナイトハンターZの龍戦士、グラファイト。それが戦う理由だ。

 

今思えば、戦いに身を投じるだけが生きる意味だった頃とは何もかもが違う、激動の数年を過ごした。英雄に憧れる少年と出会い、彼を鍛えた。その過ぎて行った一日一日を()()()()()()()。行き場を失った力の使い方と、彼と共に生きる事に、英雄の道を歩むことに意味を見出した。

 

もしこの場にいれば、誰よりも長く人間社会に溶け込んでいたポッピーピポパポは素直に喜んでくれたのだろう。

 

今は亡きラブリカも、華やかな演出で祝ってくれたのだろう。

 

そしてパラドも、リプログラミングされた自分よりよっぽど人間に近づいたことに、心を躍らせていただろう。

 

得難き生涯の友が、また一人増えたことを。

 




I-アイランド紹介に三話も使ってしまうとは・・・・・・・・

次回、Mission 03: いざ、科学のUtopia (Part 3)

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Mission 03: いざ、科学のUtopia (Part 3)

お久しぶりでございます。科学のUtopia編はこれで終了です。

そしてメタルクラスタホッパーはよ。


入国手続きは恙なく終わり、荷物も宿泊施設に運ばれると搭乗前に告知されている為、身軽になった。そしてI-アイランドに続く自動ドアが左右に開いた瞬間、二人は息を呑んだ。

 

眼前に広がる光景は、正しく『個性』と時代の先を行く最先端の技術が成せる、この世の楽園だった。レンガを敷いた敷地を一般公開前にもかかわらず、数千とも数万ともつかない数の老若男女が行き交い、パビリオンには『個性』を応用した様々なアトラクションがたくさん見える。とてもこれが人口の島とは思えない。

 

『出久、オールマイトには到着した事と先に羽を伸ばしている旨を伝えた。今は休暇中だから好きに動くといい。指図はしない。俺は、寝る。』

 

「わ、分かった・・・・・・」

 

機内で普段はしない昼寝で溜まった疲労をある程度抜いた出久の体は不思議と軽かった。よほど眠りが深かったのか。それとも、未だ自分の手を離さぬ人の齎す安堵故か。手汗を気にして一旦手を拭こうと出久は手を放そうとしたが、中々言い出せない。

 

『とは思いつつも、貴様、案外満更でもないだろう。普段あるささくれた釘の蓆を思わせるストレスが棘程度に縮小している。』

 

全く無くなったわけではないが、それはそれで弛み過ぎになる。

 

異性との遠出と言う未踏の経験によって生じる適度な緊張感。

 

組み手、勉強などの義務を一時的に忘れて羽を伸ばす解放感。

 

そして何より、以前はいなかった友が存在するという多幸感。

 

それらが全てある。ヒーローとしての人生を歩むのは約束もある手前、大いに結構なことだ。だが、思春期真っ盛りな彼には、今ぐらいが丁度良い。少なくとも、引子が買取りを依頼した古本の中にあった子育て関連の書籍の一冊にはそうあった。

 

「ねえねえ緑谷緑谷!まずはアレ行こ、アレ!!」

 

早速目欲しいアトラクションを見つけたのか、出久を半ば引きずる形でそちらに向かい始めた。

 

ブレイブとて決まった時間に甘味を摂取し、恋仲にあった自分の生みの親と過ごしていた時期がある。これぐらい、バチは当たらないだろう。

 

 

 

カプセル型の検査機に入ったオールマイトの前に脳波のグラフや心拍数などの数値が映し出されていた。医学など門外漢だが、病院にはよく世話になっているため、数値の良しあしはある程度分かっている。何より、元相棒のデビッド・シールドと元サイドキックのサー・ナイトアイの曇った表情と深まる眉間の皺が悪化の何よりの証拠だ。

 

「やはり、と言うべきか。」ナイトアイは静かに目を閉じて呟いた。

 

「この個性数値の大幅な下落は一体何故・・・・・?!」

 

検査機に繋がれた大型のコンピューターに映し出されるもう一つのグラフは、緩やかに下がっていたところでほぼ一直線に急激に落ち、再び緩やかに下落していた。

 

「オール・フォー・ワンとの戦いで損傷を受けたとはいえ、この数値はいくらなんでも異常過ぎる。君の体に何があったというんだ?」

 

「長年ヒーローをやって来たんだ。呼吸器官半壊に加えて胃を全摘している。それ以外にも色々怪我を負ってきた。」

 

痩せぎすのトゥルーフォームのまま、デビッドの問いにオールマイトは肩を竦めた。

 

「今までやっていた無茶が今になってぶり返して来ているんだろう。」

 

「・・・・・・君がアメリカに残ってくれればと、何度思ったことか。平和の象徴を守る為にも。」

 

悔しそうなデビッドの肩に、オールマイトは手を置いた。大学生時代も人助けをし過ぎた所為で授業に遅刻したり単位を落としかけたりと、迷惑をかけ続けた旧友に是が非でも言いたかった。治る可能性がある、と。しかし、良くも悪くも学者肌な彼は、その人物の素性や方法を自分を救うため、そしていずれ無辜の民を救うため、後の科学の発展に生かすために知りたがるだろう。

 

「その気持ちだけで十分だよ。それに、日本には私以外の優秀なヒーローが何人もいるし、デイブのような素晴らしいサポートをしてくれる方がいる。それに、仮に機会があったとしても、今はまだ日本を離れるわけにはいかないんだ。」

 

だが出来ない。緑谷出久を、グラファイトを裏切ることになる。勿論、彼が言っていたように意志を持った『個性』だと言えば納得してくれるのだろうが、ただでさえ隠し事が多い。その上で更に嘘をつきたくない。

 

「何故なんだ、トシ?オール・フォー・ワンはもう――」

 

「まだ生きている可能性が高い。」

 

デビッドは目を見開いた。「そんな馬鹿な!?君はあの時、間違いなく倒したと・・・・・・・!」

 

「ああ。しかし、私が奴の底力を見誤っていたという可能性は十分ある。勿論、まともな体じゃないことはまず間違い無い。奪った『個性』で使えない物もかなりあるだろう。だが生きている限り、かき集めるだろう。だから、まだ何も終わってはいない。そして仮に第二、第三のオール・フォー・ワンが現れたとしても、本当に何もかもを出し尽くすまでは、平和の象徴を降りるつもりはない。」

 

本人にそのつもりは無くとも、巨悪を打倒する世代を超えた英雄達の絆は、しっかりと次代の若者に受け継がれたのだから。

 

「オールマイト、私は少し外の空気を吸ってくる。検査やオール・フォー・ワン以外の積もる話もあるだろう。旧交はしっかり温めておくといい。遠方の友人である以上、会える内に会って、話せる内に話しておかないと後で後悔する。ホテルか、パーティー会場で合流する。シールド博士、また後程。」

 

一礼してから脇目も振らずに退室した元サイドキックに、オールマイトは苦笑した。

 

「気を悪くしないでくれ、彼は根っから真面目一徹なとっつきにくい性分で自分にも他人にも厳しいんだ。組んでいた頃は書類作成や事務作業はほぼ全て彼がしてくれていた。」

 

抜けた時は事務所が大変だったけどね、と困窮時代がフラッシュバックしたのか、オールマイトの顔色が別の意味で悪くなった。

 

「いやいや、メールや電話で話には聞いていたけど・・・・・・実際に会うと君が根負けしてサイドキックにしたのも頷けるよ。正に、真人間の頂点に立っていそうな男だ。もし彼が科学者だったら、私も是非欲しいと思っていたさ。」

 

「パーティー会場で是非彼にそう言ってくれ。表情には出さないだろうが、喜んでくれるよ。彼と仲直りしたいのもあって、無理を言って一緒に来てもらったんだ。」

 

「まあ、来る者は拒まないし、必要とあらば僕からもフォローはするさ。あ、サイドキック歴は後れを取っているけど、友人歴は私の方が長い事も言っておくよ。それとなくね。」

 

「HAHAHAHA! おいおい、男の嫉妬は醜いぞ?」

 

 

 

 

三十六種類のセンサーが内蔵されたゴーグル。

 

「見え過ぎィ!?」

 

深海七千メートルまで潜ってもびくともしない潜水スーツ。

 

「深過ぎィ!?」

 

陸海空を踏破する可変型バリアブルビークル。

 

「万能過ぎィ!!」

 

運動エネルギーを自在に吸収する全距離防御を可能にした、未知の金属で出来た強力な無線操作シールド。

 

「ヤベーイ!」

 

そして説明書き曰く、有機物、無機物の『成分』を抽出した色とりどりの小さなボトル。

 

「モノスゲーイ!」

 

更に、腕に覚えがあるなら誰でも参加可能な『ヴィラン・アタック』なるゲーム。単純に表れるロボット型の仮想ヴィランを撃破し、所要時間を競う、という物だった。そこには十秒と言う暫定一位の記録を叩き出した、コスチューム姿の轟焦凍の姿があった。新調したのか、背中にはアブソリュートカリバーを収納した鞘を背負っている。

 

嬉しい。楽しい。興奮で脳が疲労を処理しきれない。喉を潤し、小休止の為にひとまず近くにあったカフェテラスで席を取り、出久は座り込んだ。

 

「やっばい・・・・・・やばいよ、思春期女子の体力マジで甘く見てた・・・・・・!!」

 

趣味がダンスと言うだけあり、身体能力の素地は1-A女子ではトップクラスであるが、I-アイランドと言う一般人では入れないような所に百を超えるアトラクションの数々に加え、女子が飛び付く様な飲食店の数々。思いつく限り、片っ端から回った。

 

特に食いついたのが、先ほどのヒーローアイテムの展示会である。

 

「・・・・・・プレ・オープンにこれだったら、一般公開日はどうなるんだろ……」

 

「あ、バイトで来てる上鳴と峰田もおんなじこと言ってた。」

 

「楽しそうやったね、デク君。」

 

「はぇ?」

 

突っ伏した頭を起こし、振り向いた。麗日を筆頭に八百万、耳郎の三人がニマニマ、ニヨニヨ、ニヤニヤしていた。

 

「とっても楽しそうでしたわね、お二人とも。」

 

「ウチ、色々聞いちゃった~♪」恐るべし、イヤホンジャック。

 

「う、麗日さん?!耳郎さん、八百万さんも・・・・・・!来てたんだ・・・・・・」

 

「恨みっこなしのじゃんけんで勝ち抜いたんやよ。他の皆も一般公開日に来るけど。」

 

「私も驚きました。まさか二十回近くあいこが続くとは思いませんでしたわ。」

 

あいこが二十回。それだけでどれだけプレ・オープンに行きたい彼の本気度が伺える。

 

「でも会えてよかったよホント!まだ回ってないところとか絶対あるから教えて!」

 

別のテーブルの椅子を三人分寄せたところで、芦戸は四人目の存在にようやく気付いた。

 

「えっと、この方は・・・・・・?」

 

三人の背後に立っている、見知らぬ金髪碧眼の眼鏡をかけた同年代の少女が手を振ってきた。『個性』という遺伝子レベルで人を変えられる物の特性上、断定は出来ないが、風体は東洋人らしからぬことが見て取れた。

 

「私はメリッサ・シールド。このI-アイランドに住んでいて、貴方と同じ学生よ。と言っても、私はもう三年生だけどね。メリッサって呼んで。」

 

「三人で回ってる時に、話しかけられてさ。道に迷った人とかを案内して回ってるから、色々助かってたんだ。現在進行形で。ありがとね、メリッサ。」

 

「どういたしまして、キョウカ。」

 

シールド。その名に、出久の目が皿のように大きくなり始めた。ノーベル個性賞受賞者にしてヤングエイジ、ブロンズエイジ、シルバーエイジ、そしてゴールデンエイジのコスチュームを一から作り上げた、『個性』研究におけるトップランナー。

 

「シールド・・・・・・シールドって、もしかしてデビッド・シールド博士の・・・・・?!」

 

「うん、娘よ。よろしくね。貴方がイズク・ミドリヤ君ね?」

 

「はい・・・・・・あれ、でも何で名前を・・・・・・?」

 

「私だって雄英体育祭を毎年欠かさず見てるのよ?上位入賞者の名前ぐらいしっかり覚えてるわ。それに、三人が口を揃えて言うんですもの。雄英一年生最強の男って。」

 

「最強の男って、そ、そんな大袈裟な・・・・・・!」

 

「ハンデ付きとはいえガチのオールマイトと渡り合った人に言われても皮肉にしか聞こえない。」

 

芦戸の言葉にクラスメイト三人はうんうんと一堂に頷き、今度はメリッサの目が皿のように大きく見開かれた。

 

「え!?貴方、マイトおじ様に・・・・・・勝ったの!?」

 

「ほんと、ギリギリで勝ったというか、逃げ切ったというか・・・・・・」

 

「凄いのね!流石は雄英一年生最強の男。」

 

慣れないお世辞に頬が緩み、熱くなる。それを悟られぬように出久は顔をそむけた。

 

「で、早速なんだけど、ちょっとそのままでいてくれる?」

 

「はい?」

 

突如聴診器らしきものを取り出し、出久に向けると、スイッチを押した。五秒も経過しない内に掌サイズのスクリーンが空中に投影され、それを見てメリッサの目つきが険しい物に変わる。

 

「あの・・・・・・どうかしたんですか?僕が何か・・・・・あ、ひょっとして病気とか?」

 

「ん~、どう言えばいいかしら・・・・・・休暇で来ていて、クラスメイト同士の再会早々で切り出しにくいんだけど・・・・・・少しイズク君を借りてもいいかしら?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ぜひ彼と話をしたいって。会ったばっかりでこんなこと頼むなんて図々しいのは承知の上よ。でもその上でお願いします!」

 

 

 

不満たらたらだったが(主に芦戸が)、結局出久が埋め合わせをするという言質を取らせた上で渋々別行動を許してくれた。注文を届けに来た峰田や上鳴は逆ナンだのなんだの騒いでいたが、全速前進で二人を注意しに来た飯田の説教を食らう前に退散した。

 

「お友達に、悪いことしちゃったわね。本当にごめんなさい。」

 

I-アイランドの中心に近い研究施設のエレベーター内でメリッサは出久に詫びた。

 

「め、メリッサさんが気にする必要はありませんよ!あのその、科学者なんで・・・・・」

 

「それでもよ。科学者以前に私は一人の人間なの。けじめはちゃんとつけなきゃ。それに私は正確には科学者の卵、なんだけどね。それに、私が謝っているのは強引にお友達から引き離したことだけじゃなくて、皆に嘘をついたことなの。」

 

「嘘?」

 

出久はエレベーター内に視線を巡らせた。業務用エレベーターほどではないが、そこそこ広い。最悪の場合ガラスを力づくでぶち破って脱出と言う手もある。

 

「うん。イズク君の様な『個性』・・・・・・いえ、能力を研究している人がいるのは本当。いえ、正確にはいた、と言った方が正しいわ。」

 

「いた?じゃあ、もう・・・・・・?」

 

「ええ、亡くなったわ。過労で。そしてもう一つの嘘が、研究のテーマは意思を持った『個性』じゃないと言う事。勿論『個性』研究だけじゃなく、特にサイバーセキュリティ―と医学の発展を促す素晴らしい貢献をしてくれたわ。いくつもね。でも、彼の本当のテーマは人間に感染する能力を獲得したコンピューターウィルス。その名も、『バグスター』。」

 

出久の意識はあっという間に後方に引っ張られ、グラファイトの意識が肉体を動かした。

 

『MUTATION! LET’S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 




これで話をようやく進められる・・・・・・音程を合わせないノリノリな神も、おっと。

次回、Mission 04: GODの置き土産

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Mission 04: GODの置き土産

久々の一週間以内の投稿だぜやっふー!


突然の変身に、メリッサは反応を示す事はなかった。異形型や変形型の『個性』を見慣れているのだろう。

 

「まさかバグスターを知っている人間が、他にもいるとはな。答えろ、メリッサ・シールド。その研究者の名を。」

 

『ちょ、ちょっとグラファイト!?いきなり何を――』

 

「黙れ。」たった一言。怒鳴ったわけでもない、ただ静かな声音のままで放たれた一言は、只管に恐ろしかった。今まで聞いたことも無いような、殺気と怒気が滲み出る恐怖が出久にのしかかった。「出久、お前は知らないだろうが、もし、俺の知る者の名と合致するような事があれば・・・・・・第二、第三のモリアーティが台頭するかもしれないことを覚悟しておけ。奴は、過労ぐらいでくたばるほど柔な奴ではない。」

 

過労どころか普通に殺したところで蘇るのがオチだ。ゾンビの方がまだ諦めが良い。

 

「クロトよ。研究者の名前は、シン・クロト。日本人だったらクロト・シンと言った方が正しいわね。心配しなくてもバグスターの事を知っているのは、今は貴方達二人以外に私とパパだけ。定期的な視察に来る各国の重役も知らない。研究が完成する前に亡くなってしまったから、スポンサーに完成品を公表する前にお蔵入りしてしまっているの。」

 

チン、と小気味の良い音と共にエレベーターが止まり、ドアが左右に開いた。

 

「着いたわ、このフロアよ。」

 

一度変身を解き、メリッサに入り組んだ廊下を案内されると、やがてローマ字表記でシン・クロトなる人物の名を記したプレートと扉があり、その下にはパソコンのキーボードが設置されていた。

 

「ここが研究室・・・・・・・」

 

「うん。亡くなってからは、誰も入れないのよ。」

 

「入れない?パスワードか何かでプロテクトを掛けられているのか?」

 

グラファイトの言葉にメリッサは小さく頷いた。

 

「ええ。元々コンピューター関係の頭脳は神がかってたの。ハッキング対策も万全だから、システムの権限を奪おうという動作を始めた瞬間、彼の研究データは全て削除される。パスワードを入力できるチャンスは三回まで。もう二回失敗しているから、後がないの。資料にあった貴方――グラファイトバグスターなら何か分かるんじゃないかと思って。」

 

「生憎俺はその手のプロではないのでな。俺が直接システムに干渉するハッキングが無理となると、パスワードを残りの一回をノーミスで当てる必要がある。ヒントはないのか?」

 

メリッサは無言でキーボードを操作すると、壁のパネルが外れて画面が露わになった。

 

『我が名を四度、三十一文字で復唱せよ: EF NL AF HL』

 

「・・・・・・全く分からない。」出久は二十秒と経たずに降参した。元々畑違いである為仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも何ら解決に貢献出来ないのは頗る歯痒かった。「グラファイト、何か分かる?」

 

「奴の事だ、この程度を解けなければ自分の英知に触れる資格なし、と言ったところだろう。名を四度復唱、か・・・・・・」

 

「あーあ、葛城博士がいたらなあ。一分と経たずに分かるのに・・・・・・」

 

「葛城博士?」

 

「葛城戦兎博士。パビリオンに展示されたボトルがあったでしょ?あれを作った人よ。物理学と言う分野においては名実共に天才的な学者で、未回答のミレニアム懸賞問題全てを一人で、たったの二十時間で解いたの。今はスイスの学会で忙しいから、ここにはいなくて。」

 

「無い物ねだりはやるだけ無駄だ。」

 

「そうだね。『無いなら作ればいい』と言うのは科学以外のあらゆる分野にも当てはまる格言だ。」

 

「パパ!?」

 

「やあ、メリッサ。」黒縁眼鏡にポロシャツ、その上に羽織った白衣。顎髭を蓄えた男の姿を見て、うっすらと見える皺は、在りし日々は凛々しかったであろう風貌に程よい丸みを帯びさせていた。

 

「私も来た!」

 

「マイトおじ様まで・・・・・・!」

 

「ここに滞在中緑谷少年に会わせておきたいと思っていたんだが、手間が省けたよ。」

 

「オールマイト・・・・・・何故ここに?」

 

「ああ、久々に来たからね。私が日本に戻った後に新築された施設を案内してもらっていたんだ。その中の一人に大層変わり者がいたというんで、まあぶっちゃけ探検していたのさ。HAHAHAHAHA!あ、紹介をしなければね。彼は私の大学時代からの親友、デヴィッド・シールド。デイブ、こちらは雄英高校ヒーロー科所属の緑谷出久少年だ。」

 

「トシの教え子か。なら、将来有望だな。デヴィッド・シールドだ。好きに呼んでくれて構わない。」

 

差し出された手を、出久は息を整え、手汗を拭いながら握った。

 

「お、お会いできて光栄です、シールド博士ッ・・・・・・・!ああ、それと、もう一人紹介する人がいます。グラファイト。」

 

「ああ。培養。」

 

『MUTATION! LET’S CHANGE! LOTS CHANGE! BIG CHANGE! WHATCHA NAME!? THE BUGSTER!』

 

「バグスターのグラファイトだ。この場にいる者しかバグスターの事を知らないと言う話につき、本来の姿を晒した。」

 

再び龍戦士の姿に戻ったグラファイトの姿に、デヴィッドは口があんぐりと開き、目も負けず劣らず見開いていた。

 

「バグ、スター・・・・・・!?ほ、本当に・・・・・・!」

 

「ああ。」デヴィッドの驚き具合に味を占めたのか、首を傾げ、両手を広げて見せた。

 

「お前がどれだけ黎斗との交友が深かったか、どこまでバグスターウィルスの事を知ったかは今はひとまずどうでもいい。俺は紛れもなくバグスターウィルスだ。この事実は動かん。今は訳あって出久を宿主としているが、見ての通り実体化及び独立行動も可能としている。そこで、だ。丁度来たのならばあの糞忌々しい自称神のパスワードを解きたい。オールマイトを探検に連れ回すだけの余裕があるならば、暇を持て余しているだろう?」

 

「あ、ああ・・・・・・まあ、確かにいい加減このスペースを遊ばせておくわけにはいかないしね。一度目は私が試したんだが、別の仕事の片手間にやっていたからね。二度目は代わりにメリッサが解読しようと頑張ってくれたんだが。『我が名を四度、三十一文字で復唱せよ』か。なるほど、うん、とりあえず四分の一は分かった。」

 

「え、もう!?」

 

「まず先程のアルファベットを数字に置き換えると、こうなる。」

 

5, 6 14, 12, 1, 6 8, 12

 

「56とは、即ち語呂。まあ、日本独自のとんちだよ。クロト・シンをそれに倣う数字に変えると、9、6、10、4、0となる。ここから更に次の四分の一を埋めるヒントになる。NとLはそれぞれ14と12。NLはNumber to Letter、つまり数字から文字に変換する暗号。NとLの位置がずれていないとなれば、1はA。即ち9、6、10、4はそれぞれI、F、J、D。残った0は、当てはまる物が無いから空白(スペース)。」

 

カタカタとキーを片手で操作した。あっという間に三分の一が埋まった。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

メリッサは科学者だ。デヴィッドは順序だてて説明しているつもりなのだろうが、理解が追い付かない。突拍子もない論理の繋げ方に目を白黒させるばかりだ。

 

「仮に、仮によ?そうだとしたら、AFは・・・・・?」

 

パターンが見えてきたのか、グラファイトは即座に紐解いた。

 

「AとFはそれぞれ1と 6。あの男は元を正せばプログラマーだ。これだけあればもう分かる。十進法を十六進法に変換。解は、EAA10。」

 

これで十六文字が埋まった。

 

「でも、この最後のHLは?数字に変えても8と12。語呂合わせなんて出来ないよ。Hと、L・・・・・・・グラファイト、これもコンピューターの数値表現の何かに関係してるの?」

 

Hと、L。それを何度もつぶやきながらメリッサは首を左右に傾げた。

 

「デイブ、大学時代、君は言っていた。どんなコンピュータープログラムも、元を正せば、1と0だけで出来たデータの塊だと。スイッチでいうなれば、オンとオフ。真と偽の真理値。」

 

「そうか・・・・・・二進法!」

 

1001 110 1010 100 0

 

1と0から成る最後の十五文字を入力。

 

開け、ゴマ(OPEN SESAME)・・・・・・!」

 

たん、とデヴィッドの人差し指がエンターキーを叩く。

 

『AUTHORIZE』

 

キーボードが引っ込み、扉が開いた。

 

「開いた・・・・・・!」

 

「良かったぁ~~・・・・・・」

 

部屋は計算式をいくつも殴り書きしたボードに資料の詰まった箱、そして工具や何らかのパーツをぶちまけた一角を除けば、何も無かった。

 

全員の興味を引いたのは、デスクトップ型のコンピューターと筐体の脇に鎮座した大小二つのジュラルミンケースだった。留め金つきで、大きく『神の才能』と書かれた鉢巻で縛られてはいたものの、施錠はされていない。

 

小さいケースにはガシャット二つ分の厚みがある『マイティ―ガーディアンズXX』のガシャットが、大きいケースの中には二つの出っ張りがついたメタリックグレーの金具と、グラファイトが良く知っている色こそ違うが、まごうことなきゲーマドライバーが入っていた。

 

「これは・・・・・・?」

 

「ベルト、よね?」

 

「ああ。医者ならば医療機器と言い張るだろうが、早い話が対バグスター用の兵器だ。使える人間も限られている。資料も見る限り・・・・・・・おそらく様々な病気に対するワクチン生成の為にバグスターウィルスを利用しようと考えていたのだろう。コンピューターウィルスでもある以上、プログラマーの奴ならばどうとでもいじれる。不治の病や治療法が確立していない特定疾患にも手が出せるようになる。」

 

「グラファイトと言ったね。君は、なぜそこまで彼や彼の研究の事を知っているんだい?I-アイランドに来るのは、初めての筈だろう。」

 

「簡単な話だ。奴が俺を生み出したからだ。俺は奴を振り切り、外界にて人間社会に溶け込み、独自に学習(ラーニング)を続け、進化し、ここまでこぎつけた。でなければ奴がこんな突拍子も無い研究を始めるわけがなかろう。」

 

デヴィッドの質問にグラファイトはそう答えた。真っ赤な嘘ではないが、十分真実味は帯びさせているのか、彼はそれ以上追求しなかった。

 

「ケースのそれは、バグスターウィルスが暴走した時の為の安全装置だろう。だが安心しろ。俺は自分から誰かを襲うつもりはない。今の()()は緑谷出久の『個性』で通しているんでな。」

 

「デイブ、黙っていたことは謝るよ。だが、彼の事については私が保証しよう。彼は緑谷少年と共にいくつもの命を救った。」

 

「私達の仲じゃないか、気に病むなよ、トシ。それに人の秘密はむやみに明かしていい物じゃないからね。君がそこまで言うなら、信じよう。」

 

「ありがとう。」

 

「僕からも、ありがとうございます、シールド博士。」

 

突然デヴィッドの腕時計のアラームが鳴った。

 

「おお、もうこんな時間か!ここは私がやっておくからレセプションパーティーに出る準備をしてくれ。」

 

「え“、もうそんな時間になってるんですか!?」

 

出久は慌てて携帯を取り出した。ずっとマナーモードにしていた為に、大量のメッセージ通知と不在着信に気づかずにいたのだ。

 

「ヤバい・・・・・・・芦戸さんに怒られる。」

 




やっとここでゲーマドライバーを出せた・・・・・・長かったなあ。

後は変身後の名前を考えねば。

次回、Mission 05: 鋼鉄のDystopia

SEE YOU NEXT GAME.......


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Mission 05: 鋼鉄のDystopia

ELSの力持ったメタルクラスタニキの圧倒的さよ・・・・・・

強キャラってゆっくり歩くのに定評があるけど、棒立ちで迎撃ってのはしびれる。T-1000を思わせる無機質さとか怖かっこいい。

とにかく、『二人の英雄』編、第五話です。


島の敷地内で『個性』の使用は許可されている。出久はワン・フォー・オールを許容限界ギリギリまで出力を上げてホテルの部屋へ急行した。荷物はベッド脇の棚に収納されており、大急ぎでシャワーを浴びてから仕立ててもらったスーツをスーツケースから引っ張り出した。

 

ここで出久は、重要な事実に気付く。

 

「黒い・・・・・・・!!」

 

そう。濃淡の度合いにこそ差異はあれど、オーダーメイドのスリーピーススーツは上着、ベスト、ズボン、靴、そしてペイズリー柄ネクタイの全てが黒一色なのだ。唯一シャツが白い。映画の主人公である殺し屋が着こなしていた衣装にしか見えない。

 

「・・・・・・マジか。」

 

悪目立ちすることは必至である。しかし、自分は礼服の細かい事などは分からないからグラファイトに任せると言ってしまっていた以上、文句を言える立場ではない。加えて、他ならぬグラファイトが用意したのだ。それもかなりの金額を掛けたのが素人目からも明らかだ。市販のスーツにはない高級感がある。正直、自分の様な庶民が着てしまっていいのか、躊躇ってしまう。

 

一度深呼吸をして覚悟を決めると、袖を通した。今後の肉体的成長を踏まえて多少サイズに遊びはあるが、フィット感は抜群だった。招待状、スマートフォンなどの身の回りの持ち物を点検し、会場に急ぐ。すでに十分は遅刻している。

 

「怒ってるだろうなあ・・・・・・・あぁ~・・・・・・」

 

「上手く言っておけ。」

 

「言っておけって・・・・・・グラファイトは行かないの?」

 

「ここに来た我々の主な目的は休暇。即ち休息だ。言った筈だぞ、俺は寝ると。それに、アレを見つけてしまった以上、考えるべき事が増えた。」

 

確かに、声にこそ出さなかったがケースの中身をグラファイトが見た瞬間、大きく眦が吊り上がったのを出久ははっきりと見た。驚愕と怒り、そして分かっていた、半諦めにも似たような下がる視線。

 

「そっか。そう、だよね。その、クロト・シンって人は、グラファイトにとって何なの?あそこまで怒るとこ、久しぶりに見たよ。」

 

グラファイトはしばし顔をしかめた。

 

「話したくないわけではないが・・・・・・話せば長くなる。一晩ではとても語り尽くせん。だがまあ、奴は神を気取る狂人であったと言う事だけは覚えておけ。無駄に知力がある分余計に質が悪い。だが、今は俺の事は気にするな。楽しんで来い。」

 

追い出されるようにホテルの部屋から押し出された出久は、慣れないスーツに切られている感触を払拭出来ぬまま、I-アイランド中央タワーのパーティー会場に急行した。

 

タワー入場前に受ける危険物のスキャンルーム前に、グレーのスーツを着た二メートルはある長身痩躯の眼鏡をかけた男が立ち塞がっていた。ビジネスマンの様な堅い出で立ちとは裏腹に、前髪には二筋の金色のメッシュが見える。

 

「えっと・・・・・・」黄金の双眼による鋭い視線は、猛禽類を思わせ、否応なく出久の肌をひりつかせた。

 

「初めまして、緑谷出久君。」電話越しに聞いた声の主だ。「改めて自己紹介をさせていただく。プロヒーローのサー・ナイトアイだ。」

 

オールマイトのサイドキックを務めた男がどんな見た目をしているのか全くビジュアルが浮かばなかった出久は、予想していなかったヒーローらしからぬサラリーマン然とした風体の本人を目の前にして、目を白黒させた。

 

「貴方が・・・・・・」

 

「そう。私が、オールマイトの元サイドキックだ。落ち着いて聞いてくれ。レセプションパーティーが狙われる。もう間もなくだ。」

 

「・・・・・・はい?」いきなりそんなことを言われても、そう返すしかなかった。

 

「根拠は無論、ある。私の『個性』は直に触れ、目線を合わせた者の未来を見通す事を可能とさせる『予知』だ。とある人物を視て、レセプションパーティーが狙われ、会場内全員が武装集団によって人質にされるのを確認した。オールマイトも含めて。」

 

「オールマイトも!?そんな・・・・・・どうやって!?」

 

後遺症により、確かに力は全盛期を遥かに下回っている。とは言え、彼は腐っても『平和の象徴』だ。そう易々と捕まるような男ではない。

 

「I-アイランド全域の警備を担うシステムは、ヴィランを収容する特別監獄『タルタロス』に勝るとも劣らないレベルを誇ると聞く。それを占拠者一味に逆手に取られたのだろう。」

 

「警備システムの掌握・・・・・・って事は、島民も、今日来ている人達も――」

 

「――然り。全員人質、と言う事だ。」

 

出久はとっさにスマートフォンに手を伸ばしたが、ポケットに触れるよりも早くその手首をナイトアイに掴まれた。

 

「今から連絡しても変わらない。まだパーティー会場に入っていない人に、心当たりは?」

 

「く、クラスメイトが・・・・・・・僕の友達が、この先のエレベーターの前で待ち合わせを・・・・・!」

 

「人数は?」

 

「ええっと、轟君と、飯田君、他にはたしか――」突然の事件発生の予告で焦りが生まれ、思考がもたつく。

 

「遅い。情報は素早く、正確に、元気よく一息に。」

 

「・・・・・・ぼ、僕以外でご、合計八人です!あ、ほ、他にはメリッサさん・・・・・・シールド博士のお嬢さんも!」

 

「相手側の人数とほぼ同じか。」眼鏡を押し上げ、出久を再び見据える。「行くぞ。」

 

「はい。」

 

セキュリティーチェックを終え、二人はエレベーターホールへの入場を許可された。そして既に轟、飯田、八百万、メリッサ・シールド以下九名が待っていた。

 

「やっと来ましたわね。」

 

「おせーぞ緑谷!」待ち草臥れているのが明らかな上鳴が文句を飛ばした。

 

「まったくもってその通りだ。団体行動を何だと思っているんだね、君は!?」伸ばした手を上下させながらもっともなことを言われ、出久はごめんと小さく頭を下げた。

 

「緑谷の正装って初めて見っけど、キマッてんな!すげえイイぜ、それ!」

 

いつの間に合流したのか、相変わらずの赤い独特のヘアスタイルの切島鋭児郎の姿があった。上鳴、

 

「切島君?!それに・・・・・・爆豪君も、一緒なんだ・・・・・・」

 

思わぬ面子に出久は表情を強張らせた。爆豪も、一瞬合わせた視線を逸らす。

 

「おお。丁度金欠だったところを峰田達から割のいいバイトしねえかって誘われてオッケーしたんだ。爆豪は、ノリで誘った。」

 

得意そうに胸を張る切島に、出久は苦笑した。どんな話術で説き伏せたのか、まったくもって謎である。

 

「あ、でもよ。実は約一名、お前に文句言いてえ奴がいるんだわ。ほれ。」

 

レースをアクセントにしたスカイブルーの膝丈ドレス、白いパンプス、ネイルにメイクアップと、おめかしフルコンボの芦戸三奈が、両腰に手を当てた、いかにも怒っていますというアピールで進み出て、呆れ顔で頭を左右に振る。「ないわー。緑谷、いくらなんでもこれはないわー。誘うだけ誘っておいてエスコートほぼ丸投げとかマジないわー。」

 

確かに、ピンヒールで対人地雷の信管を踏み抜くレベルの痛恨の極みだった。

 

「そんなつもりじゃないのは分かってるけど、もしこれが・・・・・・例えば片思い中の相手だったら緑谷、速攻で絶交されるよ。」

 

「ホント、すいませんでした!!」

 

「ん、分かればよろしい。今夜はしっっっかりエスコートしてもらうかんね。」

 

「残念ながらそんな時間はない。もう間もなく、ここは武装集団に占拠される。」

 

質問攻めに遭う前に出久が口を挟み、かいつまんでナイトアイの素性と彼が予知で視た事象を説明した。

 

「だ、だったら早く会場の皆に伝えなければ!」飯田は携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込んだが、その刹那に警報が耳を劈いた。

 

『I-アイランド管理システムよりお知らせいたします。警備システムによりI-エキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手しました。I-アイランドは現時刻をもって、厳重警戒モードに移行します。今から十分以降外出している方は警告なく身柄を拘束されます。』

 

アナウンスが流れる最中、建物のシャッターが降り始め、窓と出入り口、更にはエレベーターを封鎖した。

 

「私の予知の的中率は、千パーセント。見えた事象に誰がどんな改変を加えようとしても、いわゆる歴史の『修正力』によって無理やり帳尻が合わせられてしまう。例えば、A, B, Cの流れの未来でBをDに変更しようとしても、反作用する-Dが強制的に挟まれて互いを相殺。元の木阿弥に戻ってしまう。」

 

「だとしても、俺達がやる事は変わらねえ。」轟が目を細めて呟いた。「結果オーライで規則をうやむやにはしねえ。けどルール違反だからつっても、動ける奴が何もしない言い訳にはならないだろ。」

 

「轟さん・・・・・!我々はまだライセンス未取得者です。戦うわけには・・・・・・」

 

「どちらの言い分も正しい。ルールを順守したいというその心意気は評価しよう。しかし、今は非常事態だ。プロヒーローの権限で、君達の『個性』使用は私が許可する。何も後ろめることはない。君達はUSJでヴィランと遭遇しているし、この時期ならインターンも済ませている。最低限の経験則は積んでいると言う前提で話を進めさせてもらう。」

 

 

その前に、とナイトアイの黄金の瞳が切島、爆豪の両名に向けられた。

 

「君達の『個性』は緑谷君から聞いている。そこの二人以外は、だが。」

 

「切島君は肉体の全身ないし一部の硬化、爆豪君は掌の汗腺からニトロの汗で爆破を出せます。」

 

「了解した。まずは情報収集から始めよう。メリッサ嬢、エレベーター以外で会場に近づく方法は?」

 

「非常階段を使えばぎりぎり近づけるわ。そこから耳郎さんの『個性』でマイトおじ様の声を拾える。案内は任せて。」

 

「よろしく頼む。」

 

 

 

「Shit・・・・・・」

 

まさかI-エキスポを狙う輩がいたとは。

 

旧友と時間を過ごせる事に有頂天だったせいで完全に不意を突かれた。そんな自分に腹が立つやら悔しいやらで、オールマイトは奥歯を砕かんばかりに噛み締めた。残り火とはいえ、今でも自分を捕縛している装置を力任せに引き千切ってヴィランを一人残らず制圧するだけの余力はあるが、この場にいる自分以外のプロヒーローに加えて銃を向けられている民間人を同時に、完全に守り切ることは出来ない。

 

ナイトアイの『個性』の事は十分知っているし、組んでいた数年で外れたことは一度たりともない。しかし、信じられなかった。いや、今でも信じたくない。まさか招待してくれた親友が自分の為とは言えこんな無茶をしでかすなんて。

 

『君の元来人を疑わない純粋さは、素直に尊敬するし、羨ましいと思う。だがその純粋さは、時として君自身の首を絞める事になる。』

 

ナイトアイも良く言っていた状況が、今まさに起きている。それもこれも、自分がワン・フォー・オールの事を隠していたからだ。

 

純粋?とんでもない。友人と呼ぶ彼を心のどこかで完全に信じきれなかった自分は、ただの臆病者だ。ワン・フォー・オールを手放している事を秘密にすれば彼を守れると甘えた結果、彼にこんな手段を取らせてしまった。

 

()()()()()()()()

 

齢十八の取りこぼしを、また繰り返すことになってしまうのか。()()、何も出来ぬまま。

 

マッスルフォームを維持するために力んでいても、震えが止まらない。

 

心の奥底に押し込んだ筈の記憶が浮上し、耳の奥にこびりついた声が脳を揺らす。

 

――後、頼んだ。オールマイト。

 

明らかな劣勢。それでもなお、持てる全てを投げうって自分を救うことを選んだ師匠(はは)の声。

 

――素晴らしい喜劇を、ありがとう。

 

それを一片の躊躇もなく奪った、まだ目も鼻もあった頃の怨敵(バケモノ)の冷笑。

 

「お師匠・・・・・・ッ!」

 

落ち着け。落ち着くんだ、八木俊典。押し留めろ。押し留めるんだ。対峙しろ。まっすぐ、恐怖の目を見て、睨み返せ。睨み返して、笑え。お前など怖くもなんともないぞ、と。

 

チカチカ、と上から強い光が視界の端に入った。転がされた体制から横目で上を見ると、元相棒がスマートフォンの明かりを使って合図を送っていた。視線が合ったところで、指で耳を、そしてこめかみを叩いた。

 

――聞いている。情報をくれ。

 

「君が視た通り、ヴィランがタワーを占拠、警備システムをジャック。私を含むヒーローも全員人質だ。デイブと助手のサムが連れていかれた。すぐに教え子達とここから避難を。」

 

しかしナイトアイは首を左右に振り、モールス信号で返答した。我々がタワーを奪還する、と。

 

「我々・・・・・・ッ?!緑谷少年らか。」小さく頷くと、ナイトアイはサムズアップを見せ、視界から消えた。「頼むぞ、皆・・・・・・」

 




次回、Mission 06: 有精卵、Strike back

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Mission 06: 有精卵、Strike back

POWERD TIME! RE-VI-VE 剛烈!GO LET'S!!!

最後の投稿から実に七か月の時間が経過し、もうお忘れになっている方も多いでしょう。

コロナ騒ぎや実家の諸々、そして就職と、個人的な問題が続出いたしましたが、ようやく時間ができました。多少端折ってしまうのは承知の上ですが、最後まで書くつもりですので、よろしくお願いいたします。

コロナウィルスによる影響が相変わらず治まらぬ日々が続きますが、皆様何卒ご自愛くださいませ


「相手は少なくとも十人弱、『個性』以外に銃火器も装備している。まずは見立てが必要だ。メリッサ嬢、ヴィランが狙う物に心当たりは?特にシールド博士と彼の助手が深く関わっていた物だ。」

 

「父が関わっていた研究はたくさんありますから、一概にこれとは・・・・・・でも、最上階に警備システムを制御しているフロアと、I-アイランドで開発した物を多数収めた保管室があります。」

 

麗日はぎょっとした。「それ、もろに宝物庫やん!」何があるかは知らないが、悪用されれば碌なことにならないのは明らかだった。

 

「確かにそれならば博士とその助手を連れて行った事も筋が通る。しかし目当ての物が何であるにせよ、状況はこちらが圧倒的に不利だ。監視を逃れて百階以上あるこのタワーの最上階まで行くのは至難の業だ。接敵すれば戦闘は避けられない。」飯田の眉間の皺が深まった。

 

「そうでもないかもしれないわ。システムを掌握したって事は、パスワードや認証プロテクトを解除しているってことだから、ヴィランを制圧してコンソールまで辿り着けば、私がシステムを取り返せる。それに、ヴィランは警備システムをジャックしてはいても、使いこなせているわけじゃない。時間はかかるけど非常階段を使えば行けないわけじゃない。付け入る隙は十分にあるわ。」

 

「では、これより作戦発動だ。分かっているとは思うが、念を押しておく。これは実戦。良くて病院送り、悪くて安置所送りとなる。気を引き締めろ。」

 

 

 

二十階、三十階と、タワーの非常階段を駆け上がっていく。目指す最上階は二百階。ヴィランと鉢合わせるよりはましだが、それでも体力の消耗は避けられない。特にヒーロー科所属ではないメリッサは、人並み以上の体力があるとは言え、早くも息が上がり始めていた。

 

しかし、ナイトアイは一瞥もくれずにただ足を動かし続けた。

 

接敵することなく、一行は順調に八十階まで上り詰めたが、更に上の階は鋼鉄のシャッターが行く手を阻んでいた。

 

「どうする?壊すか?」

 

「壊せば警備システムに反応、される・・・・・・・」

 

汗を袖で拭い、息を整える轟が伸ばした手を出久は止めた。

 

「なら、こっちから・・・・・・・・行けばいいん、じゃねえの?」予期せぬ小休止で緊張の糸が撓んだ峰田は、息も絶え絶えにふらつく足取りで手近にあったドアの開閉ハンドルに手を伸ばした。

 

「待っ――」

 

メリッサが止めるより早く、飯田が峰田の手を払い除けた。

 

「あっぶねぇ~・・・・・・委員長ナイスセーブ!」上鳴が親指を立てて壁に凭れ掛かった。

 

「迂闊だぞ、峰田君!我々がいるのは島の中枢施設だ!厳戒態勢状態でドアを開ければどうなるかぐらい分かるだろう!」

 

「しょーがねーだろ!他に使える道がねえんだからよ!」

 

「お二人ともやめてください!内輪もめをしている暇はありませんわ!確かに迂闊ですが、今この状況で使える道は峰田さんが開けたドアだけです。メリッサさん、ここから迂回して上に行くことは可能ですか?」

 

「ええ。反対側に非常階段があるわ。構造も同じよ。でも警報を鳴らさずにここを通るのは無理なの。ごめんなさい、力になれなくて。」

 

「そんな事ないよ!」芦戸がメリッサの肩を叩いた。

 

「そうそう!地の利は無くともここの構造を知ってる人がいるだけでも大助かりだぜ!荒事は俺らヒーロー科に任せて欲しいっす!」切島も便乗して落ち込むメリッサを励ました。

 

「サー・ナイトアイ、シャッターを突破してもこのドアを通っても警報は鳴ります。どうしますか?」

 

「君ならば、どうする?」

 

ナイトアイの切り返しに出久は面食らった。そして悟った。これは試練だと。

 

普段からストイックなのだろうが、初めて会った時から敵意にも似た猜疑心を出久は感じていた。彼は試しているのだ。自分を。たとえ一時的でも真にワン・フォー・オールを持つに相応しいか否か。

 

「・・・・・・迂回します。」

 

「根拠は?」

 

「シャッター破壊の所要時間は不明、破壊中は前進できません。なによりタワーの被害にヒーローが片棒を担ぐわけにはいきませんから。」

 

「分かった。ではそのように。三つ数えたらドアを開き、走る。」

 

耳郎がドアのハンドルに手をかけ、準備万端と頷いた。

 

一、二、三、と指を立て全員が通路に飛び込んだ。小休止で回復した体力を総動員し、走り始める。区画ごとに設置された上下から出現するシャッターが前後から封鎖を始めた。

 

「やばいっ・・・・・・!」踏み込みざま、轟の右足を起点に壁を伝う巨大な氷塊が生まれた。耳障りな金属音と共に氷がつっかえ、人が通れる空間を作り出す。「急いで通れ。いつまで保つか分からねえ。」

 

「轟君、ナイス!飯田君、突入!ドアが見えた!ルート確保!」

 

「了解!」エンジンの駆動でズボンの膝から下を弾き飛ばし、飯田はつっかえた氷で出来たスペースを通り抜け、ドアを助走の勢いで蹴り抜いた。中は鉢植えから樹木まで多種多様な植物が植えられており、湿り気のある空気も生暖かい。

 

「ここって・・・・・・・植物園?」

 

「ええ、『個性』の影響を受けた植物の研究に使っているの。」

 

「耳郎さん、索敵お願い。僕達がここにいるのは警備システムを通してヴィラン側にはもう割れてる。これだけ死角がある場所だと、少人数でも奇襲が効く。」

 

――巧いな。

 

サー・ナイトアイは自分なりに気配を探りつつ、出久の方を見た。

 

――『個性』の研究とクラスメイトを適材適所で指示を飛ばせる判断力、そして無理にでも隔壁を壊して最短ルートを取るという誘惑を迷わず切り捨てられる自分への信頼感。見込み違いではない、か。

 

しかし、まだだ。『平和の象徴』を目指すのならばその程度は呼吸同様、出来て当然でなければならない。

 

「緑谷、エレベーター動いてる!こっちに上がって来てるよ。中は二人!」

 

「馬鹿な質問だけどさ、逃げるのに飽きた人、挙手。」

 

即座に轟、切島、芦戸の手が上がる。

 

「足止めは任せろ。」

 

「期末で赤点取っちまってんだ。今度こそ、へまはしねえ。」

 

「右に同じ。せっかく来たのにぶち壊しにされちゃったし。ムカ着火ファイヤーだよ、もう!」

 

「三人か・・・・・・」

 

「四人だ」爆豪が切島と轟を押しのけて進み出る。「俺もやる。ただし、ヴィランをカタに嵌めた後で、てめえとナシつけるからな。勝手に死んだらぶっ殺す。」

 

出久は小さく笑い、一人一人を見据え、頷いた。「二人相手に二組、ね・・・・・・分かった。この組み合わせでいこう。轟君、使って悪いけど氷で上のスカイウォークに行く足場、お願い。」

 

「ああ。ここを片付けたらすぐに追いかける。爆豪も言ってたが、死ぬなよ?」

 

「勿論。友達残して勝手に死んだりしないよ、僕は」

 

氷の円柱が足止め組の四人以外を頭上に押し上げ、全員が渡り切ったのを確認したところで爆豪が爆破で叩き割った。同時に、エレベーターの到達階層を告げる表示が80になり、開く。

 

正装ではない、明らかに特殊部隊然とした風体が像を結び、剣呑な雰囲気を感じた刹那、轟は右足からエレベーター目掛けて身の丈の倍以上もある氷塊を繰り出した。

 

「轟、ナイス!」

 

「うぉいコラ、半分野郎ぉ!俺の獲物を横取りしてんじゃねえ!!」

 

「してねえよ。見ろ」

 

エレベーター諸共凍らせるつもりで繰り出した氷塊は、エレベーターのドア部分に不自然に抉れた大穴があった。

 

「危ねえじゃねえか、ガキ共が・・・・・・!」

 

水かきのついた大きな手を持った痩身長躯の男が口元を歪ませ、冷ややかに笑った。

 

ずんぐりした側頭部に剃り込みを入れた相方は青筋を額に浮かべて歯をむき出し、『個性』を発動した。物の数秒で紫色に上半身が変色して隆起、肥大化し、それに伴って衣服が弾け飛んだ。腹立ち紛れなのか、はたまた己の力を誇示する為か、残った氷をゴリラを思わせる丸太の様な剛腕で叩き割って見せる。

 

轟は小さく舌打ちをした。やはりと言うべきか、USJのヴィランとは比べるべくもない。『個性』を使い慣れているだけではない。間違いなく殺しに慣れている。単純な人数による戦力差で言えばこちらが有利だが、練度は向こうが上だろう。となれば、連携を崩しに行くのが定石だ。

 

「爆豪、まずは分断だ。水かき野郎は俺と芦戸でやる。そっちのデカブツは切島とお前で何とかしてくれ」

 

「仕切んなてめえが!」

 

「まあまあ、まあまあ!あのでかいの、明らかに面倒そうじゃねえか!あのヒョロガリよりかは倒し甲斐あんだろ?な?」と、いきり立つ爆豪を切島が宥めた。

 

「・・・・・・ぜってーあの糞ヴィラン近づけんな。しくじったらてめえも纏めてぶち殺す」

 

算段を立て終わったところで再び氷塊を二人組目掛けて解き放ち、分厚い氷壁を作り出してそれぞれを別方向に飛びのかせた。

 

体に降りた霜を左半身の炎で溶かし、体温を平熱まで上げ直すと、芦戸に目配せした。

 

「轟、作戦て、あんの?」

 

「緑谷なら、まず機動力とスタミナを確実に削いでいくな」

 

『個性』は見たところ両手に集中している。ならば機動力はたかが知れている。まずは搔き乱してミスを誘い、畳みかける。

 

 

 

「ここもダメか・・・・・・」ナイトアイは至極無感情に隔壁で封鎖された廊下を一瞥した。

 

「おいおい、どうすんだよ!これじゃ俺達完全に袋の鼠じゃねえか!」

 

「ここまでかよぉ・・・・・!」

 

峰田は未だに好転しない危機的状況に呻き、上鳴は悔しそうに天を仰ぎ見た。

 

「諦めるのはまだ早いよ、二人とも!」息を整えながらも麗日は二人を励ました。

 

「うん。メリッサさん、あの天井にあるあれ、上の階に通じてるんじゃ?」

 

出久が指さした先には、確かに天井の一部とは違う鉄製のパネルが見える。

 

「日照システムのメンテナンスルームね。」

 

「おお!あの構造なら非常用の梯子があるのではないか?」

 

「確かにあるわ。でも手動式だし、内側からしか開けられない」

 

「でしたら、まだ可能性はありますわね。」八百万の両手に光が宿り、出来上がった物をそのパネル目掛けて力一杯投げつけた。金属同士がぶつかる不協和音に続き、小規模の爆発がドアを吹き飛ばし、通路の確保に成功した。

 

「通風孔の隙間から外に出て、外壁を伝って上の階に行けば、内側から開けられるはずです。二百階建ての建造物である以上、この階だけにアレがあるとは思えません」

 

「そうか!」

 

「それなら確かに――」

 

「中に入れるわ!」

 

狭い通風孔に入り、尚且つ外壁を伝って上の階に到達できる人間。メリッサとナイトアイを除くほぼ全員の視線が峰田実に注がれる。

 

「ももももしかして、おいらが!?」と、いきなりの注目に冷や汗が吹き出し始めた峰田は、大股で後ずさり始めた。

 

「お願い、峰田君!」

 

「あんたにしかできないんだよ!」

 

「バカバカ!お前らここ何階だと思ってんだよ!?落ちたら俺グシャッ、てなるんだぞ!グシャッ、て!」

 

しかしここぞとばかりに、上鳴が尻込みする峰田の肩を掴んで女性との交流と言う(励ましの言葉)を撒く。

 

「皆を助けた功労者になったら、インタビューとかされたりして女子に大人気間違いなしだぜ!」

 

「それにこういう下積みが、案外思わぬ形で将来実を結ぶ可能性だってあるしね。あ~あ~、今この状況じゃ峰田君にしかできないんだけどな~。君が頼みの綱なんだけどな~」と、出久も更に畳みかけた。

 

豚も煽てりゃ木に登るとはよく言ったもので、しばしの逡巡の末、峰田が恐怖とストレスで泣きながらもやけくそで承諾し、頭のもぎもぎで壁を登り、通路を目指し始めた。

 




ストックはあるので、I・アイランド編は近々に仕上げます。

次回、Mission 07: 無駄には出来ぬSacrifice

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Mission 07: 無駄には出来ぬSacrifice

出久と部屋に戻ってからグラファイトはベッドに仰向けに寝転がり、天井をぼんやり眺め続けていた。

 

「まさか、奴がこっちに来ていたとはな・・・・・・」

 

バグスターを目的達成のための道具としか思わぬ、正に傲岸不遜を絵に描いた、己を神と自称してはばからぬ狂人。既にこの世にいないのがせめてもの救いか。この世界でも懲りずに同じことをしようとしていたであろう心算が目に見える。ゲーマドライバーとバグヴァイザーをバグルドライバーとして運用するためのパーツをご丁寧に作ってあったのだ。

 

正直、アレの相手をする必要がない事に、グラファイトはほっとしていた。

 

「問題はあれか・・・・・」

 

ドライバーを使うべきか、使わないべきか。それが問題だ。島のファイアーウォールなどのセキュリティープログラムを潜り抜けてサーバーに侵入し、研究データに一応目は通した。設計図もアーカイブに残っていた。

 

だが、問題はそれが支障なく使えるかだ。神を自称している狂人とは言え、マイティ―アクションXなどのプロトガシャットを筆頭にパラドのガシャットを一から作り出したのは紛れもなく檀黎斗。その頭脳は明晰である事に疑いの余地はない。しかし、自分以外が使えないようにする細工が無いとは限らない。当然、設計図に明記などしないだろう。あるという確証はないが、ないとは言い切れない。だからこそ、使用を躊躇ってしまう。

 

年単位の共生状態にあったおかげで出久の体内に蓄積した抗体は強靭かつ膨大。仮にゲーマドライバーを使って変身したとしてもガシャットによる副作用は出ないはずだが、やはり檀黎斗の手によって組み上げられた物である以上、安心はできない。本来なら自分がテストしたいが、生粋のバグスターである以上、それも不可能だ。

 

だがその反面、今は無理をして使う必要はない。バグルドライバーでもガシャットの力を引き出すことは出来る。それにゲーマドライバーはバグスターウィルスと戦う手段をもたらす道具であるが、元を正せばゲーム病治療の為に使われる医療機器であり、厳密には兵器ではない。バグスターやゲーム病患者でもない相手に対してそれを使うのは、敵キャラを全うさせてくれた宿敵への礼儀に反する気がして、どうも座りが悪くなる。

 

「休息の為に来たというのに、余計に疲れてしまったな」

 

これも全てあの自称神の所為だ。パラドがいればゲームの対戦や会話ができるのだが、ここにはいない。

 

「様子だけでも見ておくか」

 

島を厳戒体制に移行させた不逞の輩を憂さ晴らしに付き合わせれば少しは気も紛れるだろう。データ化し、電脳空間にアクセスした。絶えず切り替わる青と緑の文字と記号の羅列が降り注ぐその空間を飛ぶように駆け抜け、セキュリティーカメラの回線に潜り込んだ。

 

島全域に小隊ないし中隊レベルのチームに分かれて見回っている無数の警備ロボット。

 

八十階にて交戦中の雄英生徒四名とヴィラン二名。

 

最上階のシステム制御用のコンソールがあるエリアにヴィラン二名。

 

レセプションエリアにて一般人とオールマイトを含むヒーローの人質、そして首魁と思しきヴィランを含めて五名。

 

最上階を目指す階段エリアに出久とメリッサ・シールドを含む一年A組の生徒達と、プロヒーローのサー・ナイトアイ。

 

「ほう、中々善戦しているではないか。これならドライバーや俺の加勢は不要か」

 

他に気になるデータを物色していると、最上階に保管されているサポートアイテムを記載した名簿のファイルが目に入った。当然、閲覧制限とパスワード入力を求められる。片腹痛いとばかりに進もうとしたが、パスワード入力を求める画面はダブルドアの様に一対あるのだ。

 

「別個のパスワードの同時入力とは、なんともひねりがない」

 

バグヴァイザーを装着し、銃口を向けた。バグスターウィルスであるオレンジ色の粒子を浴びせられた壁は徐々にノイズが走り、調子の悪い蛍光灯のように激しく点滅を繰り返しだした。ほぼ完全に透明になったところで壁を素通りして再びウィルスを回収すると、白い空間に続くゲートをくぐった。

 

「これは中々・・・・・・実に興味深い」

 

数十万近くはあるであろうファイルの数に、グラファイトは一瞬顔を顰めた。番号しか振られていない以上、中身の詳細な情報が分からない。地道に見ていくしかない。

 

「目も手も足りんな、まったく」

 

 

 

爆豪、切島、芦戸、轟の四人とテロリスト二人の戦況は拮抗していた。前者二人の相手は膂力とタフネスに物を言わせて攻撃を耐え凌ぎ続け、硬化したまま囮となって前進して揺さぶりをかける切島を突き放しては爆豪を先に倒すか、相方と合流しようと移動する。

 

後者二人はそれぞれ氷と溶解度、濃度を調節した酸で足を止めさせ、懐に飛び込みつつ攻撃、捕縛の作戦を決行していた。しかし氷は抉られ、散布した酸も水かきで接地面ごと吹き飛ばされて用を為さない。

 

「キリがねえ・・・・・・糞デカブツ、さっさと死に晒せやおらあああああ!!!!」

 

クレーターを作るほどの勢いで壁に激突したにもかかわらず応戦を続けるヴィランに痺れを切らした爆豪は空中で爆破を繰り返し、速度を上げ、回転しながら更に爆破の威力を上げていく。そして鼻先に迫った刹那、今日一番の爆破を繰り出した。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!」

 

反撃に繰り出した拳すら撥ね退けられ、『個性』発動を強制終了させられたヴィランは全身に打ち身と火傷の痕に塗れたまま昏倒した。

 

もう一人のヴィランも特大の爆破で思わず気が逸れてしまう。そして僅かに残っていた溶解度ゼロ、粘度最大のトラップに足を取られた。

 

「しまっ――」

 

「寝てろ」

 

出久から貰った弱点克服のノート。特に左半身から放つ炎に関しての扱いは微に入り細を穿つものであった。威力の調節、範囲の調節、火力の調節。これら三つを一定レベルで同時に可能とするのが、『呼吸』と言うメトロノームにリズムを合わせる事だ。

 

腹式呼吸で鼻から息を吸い、左拳を腰に引きつけて炎を溜める。止めて、巡らせ、伸ばした指先に集中。

 

イメージは自分と言うA地点、相手と言うB地点を結ぶ、最短距離の直線。

 

一槍・炎螺(いっそう えんら)」吐息と同時に――解放。

 

炎は波ではなく螺旋を描くミサイル弾頭の様に空を裂き、ヴィランの左半身に手酷い火傷を残した。

 

すかさず芦戸が懐に潜り込み、滑走の勢いを利用したアッパーで顎を打ち上げた。脳震盪を起こし、紙切れのように宙を舞うヴィランは首から下を完全に氷で覆われ、捕縛された。

 

「わりぃ、左の調整がまだ甘いから手間かけさせた」

 

「いーっていーって!早く上に行った緑谷達と合流しよ!」

 

そうだな、と言いかけた直後に、自分たちに近づくサイレンの音が聞こえた。I-アイランド全域で見かけた警備マシンの大群だった。

 

「まずはアレを片付けてからだな。」再び深呼吸を始め、今度は左手を右腰に添える。次は点ではなく、線を意識し、横一線に振るった。

 

 

 

「全員、一旦止まれ」

 

ナイトアイの言葉にこれ幸いとばかりに峰田と上鳴が座り込んで呼吸を整え始めた。

 

「どうかしたんですか?」飯田が汗を袖で拭って尋ねた。

 

「走破した階層が三桁に突入してから隔壁などの障害物がごっそり減っている。明らかに罠だ」

 

「でも前に進む以外に道は――」

 

「ああ、その通り。前進以外の選択肢は無い。しかし、ここまで来た以上、無駄な時間、無駄な体力、そして徒な『個性』の乱発を避けるべきだ。使用に上限がある物は特に。まずメリッサ嬢、この百三十階には何があるか教えて欲しい」

 

「はい、主に実験施設があります。実験の内容も危険な物もあるので、造りは頑丈です。『個性』も大規模な爆発を起こす程の物でなければ使っても問題ありません。ここから入れます、けど・・・・・・警備マシンが大量に・・・・・」

 

「僕達が雄英の生徒だって事がばれたね、多分。来客のリストと顔認証システムがあれば時間の問題だし」

 

「つまり、閉じ込めるのではなく『捕縛』に方針を変えたと言う事ですわね。警備マシンの突破ですが、ここは上鳴さん、お願いしますわ。飯田さんは彼をあそこまで飛ばす発射台の役を」

 

「うむ、了解した!頼むぞ、上鳴君!」

 

敬礼にも似たポーズで飯田は意気込みを見せた。

 

「おうよ!へっへ~、ようやく俺の出番だぜ。そうだよなあ、精密機械の天敵と言えば水に衝撃、そして高圧電流だもんなあ」

 

小休止で調子が戻った上鳴は髪をかき上げ、やっと自分も役に立てると息巻いた。

 

「私はその計画に異存はないわ。でも保険は必要よ。あの警備マシン、かなり頑丈に作られてるし、ここも島である以上、防水加工や防錆ラミネートは勿論、高圧電流にも耐えられるように設計してあるの。もしカミナリ君の『個性』出力が防御を下回ったら・・・・・・」

 

「計画がパァだね。ん~~・・・・・・単純に壊すだけなら僕や飯田君でも出来るしなあ・・・・・機械の注意を逸らせる物って無いかなあ?」

 

「あ、じゃあ・・・・・・あの花火みたいな奴ってどうやろ?」

 

「花火?こんなとこで?」訳が分からないとばかりに耳郎が首を傾げた。

 

「あーでもその、ほら、本物の花火やなくて、バババババーって周りにめっちゃばら撒くアレ!」

 

言葉が出てこないのがもどかしく、麗日はそれでもどうにか伝えようと必死に身振り手振りで示した。「うーんと、飛行機とかについてる奴なんやけども・・・・・」

 

「飛行機・・・・・・」はっと気が付いた八百万は目を輝かせた。「フレアとチャフですわね!妙案ですわ、麗日さん!」

 

麗日のインスピレーションによって持ち上がった計画はこうだった。

 

まず絶縁シートを用意し、飯田を除いたメンバーがその下に避難。

 

次に飯田がエンジンで勢いをつけて上鳴を警備マシン群の中心に放り込み、同じくシートの下に避難。

 

上鳴はおよそ五十万ボルトを一度放電し、効かなければ即座に持たされたチャフのキャニスターを起爆。

 

続いてそれを合図に麗日、耳郎、八百万、メリッサの四人も同じ物を投擲し、起爆。飽和で対処能力超過を誘発、通信を妨害したところで一番馬力がある出久と飯田が正面突破しつつ、上鳴を回収。

 

まだチャフの効果が活きている間に耳郎が増援の警備マシンが来る方向を探って各員に伝達してそれを迂回、更に上を目指す。

 

「いい作戦だ。一つ修正を加えるならば、上鳴君と言ったかな?君の回収は私に任せてもらいたい。この場で役に立つ『個性』は持ち合わせていないが、私もプロヒーローだ。セミプロですらない君達にばかり動かれては私も立つ瀬が無い」

 

嫌とは言わせんぞとばかりの鋭いナイトアイの眼光に、反論するものはいない。

 

「よっし、んじゃ飯田!よろしく頼むぜ!」

 

「任せたまえ!むぅぅおおおおおおおおおおおお!!!」

 

上鳴の両手を掴み、エンジンの『個性』を発動。その場で回転を始め、頃合いを見て彼の手を離す。

 

「さんざっぱら走らせやがって、食らえコンチクショー!無差別放電・50万ボルト!」

 

眩い電光が迸り、警備マシンに黒い焦げ跡がつき始めた。せり出していたカメラアイも引っ込んでいく。

 

「やっぱ防御しちゃうよなー。ならこいつで!」発煙筒より少し太く短いキャニスターのピンを引き抜き、地面に叩きつけて顔を背けた。辺り一面にアルミ箔がばら撒かれ、照明の光を受けて煌めく。「ヤオモモ!」

 

「了解ですわ!皆さん!」

 

「おっしゃー!」

 

更に四つのチャフキャニスターが宙を舞い、炸裂。

 

「一速、二速、三速!」平らな一本道で淀み無いギアチェンジと加速を行う飯田。

 

「フルカウル30%、FLORIDA SMASH!」そして左肩を前に出したタックルの構えで突き進む出久。

 

動きが鈍ったマシンは凄まじい激突音と共にボウリングのピンの様に跳ね飛ばされ、風圧で他のマシン達もひっくり返り、欄干の向こう側に吹き飛ばされていく。

 

「左から来てる!数は不明!」

 

「ならば右折だ」

 

一行は再び階段を見つけ、百三十八階まで上り詰めた。高い天井に二メートル以上はある黒い直方体が図書室の本棚の様にいくつも並んでいた。

 

「ここは・・・・・・サーバールームか。」辺りを見回す限り、警備マシンもヴィランも見当たらない。正面に自動ドアがある。しかし十歩も進んでいないところでドアが開き、再び百数十体のマシンがサイレンを鳴らしながら現れた。

 

「しつけえええええええ!!!」

 

もううんざりだとばかりに峰田が呻く。しかしそんな非難などお構いなしに数は二百、三百と膨れ上がっていく。

 

「メリッサさん、強行突破はやっぱりまずい、ですよね?」

 

「ええ。サーバーに被害が出たら警備システムに支障が出るかもしれない。チャフも冷却ファンに入ったら大変だからここじゃ使えないわ。カミナリ君の『個性』も勿論アウト」

 

「・・・・・・非常に不本意だが、座禅陣を組むしか無い」眼鏡を押し上げながらナイトアイがため息交じりに言った。

 

「ざぜん、じん?」上鳴がオウム返しに聞いた。こんな時に座禅を組んでどうしようと言うのだろうか。

 

「島津の退き口をやるのだよ」

 

その意味を理解したのか、飯田と八百万の顔が強張る。

 

「・・・・・・分かりました。では、僕は残ります」

 

「私も残りますわ」

 

「ちょ、おいおい、待ってくれよ!島津の退き口って何だよ!?」

 

「捨て奸。要するに、究極のトカゲの尻尾切り戦法だよ。」残る事が何を意味するのか分かりかねる上鳴に出久がかいつまんで説明した。「チームの数人が殿となって敵を死ぬまで足止め、を繰り返すことになる」

 

「幸い向こうは殺害ではなく捕縛が目的だから、死ぬことはない。まず二人は決まったが、他はどうする?」

 

「じゃあ、ウチも残る。ヤオモモのサポートぐらいは出来るし」と、ナイトアイの言葉に耳郎が声を上げた。

 

「おいらも残っとくぜ」

 

ナイトアイとメリッサを除くほぼ全員が耳を疑った。

 

「え?」

 

「はい?」

 

「な、何だよお前ら!」

 

「いや、あんたの口から殿に志願するなんて遂に上鳴のアホが伝染、もとい通電したんじゃないかと思って」

 

「はぁ!?耳郎、おま、ふざけんなよ!?」

 

「お、おいらだってカッコつけてえんだよ!良いだろ別に!?」耳郎の言葉が心外だとばかりに峰田は頭のもぎもぎを床一帯にばら撒き始め、虚言ではないぞと見せつけた。

 

「よろしい。人数はこれぐらいでいいな。では先へ進むのは我々五人。メリッサ嬢、先導を」

 

「はい!みんな気を付けてね!」

 

クラスメイト四人を残し、出久達は別のルートへ向かった。

 




緑谷出久のSMASH File:

Florida Smash:助走をつけてかますショルダータックル。なお、ワン・フォー・オールを使えば踏み込み一歩でも事足りる。由来はテキサスに次いで優秀なアメフト選手を輩出しているフロリダ州から

次回、Mission 08: Atrociousな男達

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Mission 08: Atrociousな男達

変身まで、あと少し!


最上階までまだ先は長かったが、飯田達を残して風力発電システムが設置された屋上スペースに出た。最上階に一直線で辿り着く為に麗日は出久、メリッサ、ナイトアイの三人に触れて『ゼログラビティ』を発動、タワーの最上階まで押し上げ、再び捨て奸を敢行して上鳴と共にその場に残った。

 

「サー・ナイトアイ、一つ聞いても?」

 

「この事件に関係していることであるならば許可する」

 

「タワー入場前に言ってましたよね?レセプションパーティーが狙われて会場内全員が武装集団に人質にされる未来を視たって。具体的に誰を視たんですか?」

 

ナイトアイは一度、二度と瞬きし、問い返した。「知ってどうする?」

 

「I・アイランドのセキュリティーをこうも簡単に突破して掌握なんて、いくらなんでも都合が良すぎる。内部の人間が手引きをしたとしか思えないんです。島の人間全員を人質に出来るなら、レセプションパーティーで拘束した貴賓やプロヒーローは十把一絡げ。見せしめも兼ねてあの場でプロヒーローだけでも全員始末してしまえば障害はほぼ百パーセント消える。装備も整っていたし、明らかに汚れ仕事に馴れているみたいだったのに。にも拘わらず、それをしなかった。もしくはしないようにしないように指示されたんじゃないかと思います。内通者兼首謀者に」

 

「ちょ、ちょっと待って。内部の人間が手引きって、そんな――」

 

「はい。メリッサさんの言う通り、証拠は状況的な物しかありません。これはあくまで根拠薄弱な推測です。だから万が一サー・ナイトアイが事件の関係者を視ていたら答え合わせで確証が持てます」

 

「よろしい。理路整然と一息に言えた事に免じて答えよう。私が視たのは――」

 

 

 

「チッ、やはり俺一人では処理しきれん」

 

監視カメラの回線を通してタワー内での戦闘の一部始終を流し目で見つつ、グラファイトは保管室のデータを物色していた。特殊な細胞分裂を起こすガスを内包したタンク、果物のデザインをあしらった錠前、卵ほどの体積がある宝石をはめた指輪、超古代の文明に彫られたであろう石板の一片、あらゆる動植物とは異なる種類の細胞がこびりついた隕石の欠片など、保管されているものは千差万別だった。

 

だが、一つとして探している物には該当しない。しかしその最中、保管庫の一つにデビッド・シールドがアクセスしている事を報じるウィンドウが開いた。

 

「1147ブロック・・・・・・ほう。機械を介して『個性』数値の増幅を図る物か。」

 

出久達も近づいているが、まだ距離がある。首魁ヴィランの方が近い。探し物の片手間にコード解除を少しばかり邪魔してやろうと操作を始めた。

 

「ん?」アクセス拒否の文字を見て、デビッドは眼鏡越しに顔を顰めた。

 

「アクセス拒否・・・・・・どういう事ですか博士?」サムは背後の開け放たれた銀行の金庫を思わせる分厚いドアを肩越しに時折確認しながら額の汗を袖で拭い、尋ねた。「コードはまだ変わらないはずでは?」

 

「い、いや、コードを打ち間違えただけ・・・・・・の筈なんだが」

 

「ドクター・クロトのおかげでセキュリティー機能は大幅に上がりましたが、上がり過ぎると言うのも考え物ですね」ジョークで緊張を和らげようと試みたサムだったが、あまりにも場違いで、自分自身ですら笑いがこみ上げるどころかニコリともできない。

 

「そうだな」再びコードを入力しようとしたが、手が止まる。そもそも、何故否認の文字が出た?コンピューターなど小学生の頃から使っていたし、キーの位置など見なくとも手を置いただけで分かる。打ち間違える事ぐらいあるが、それなら何をどう間違えたか、すぐに分かる筈なのだ。しかし、先程自分は間違いなく正しい解除コードを入力した。なのに、アクセスを拒否されてしまった。まるで何らかの上位存在の意思が思惑を阻止ししているかのように。

 

いや、そんなはずはない。迷惑をかけるのは承知の上だが、これも人助けの為なのだ。

 

「よし、解除した」最後の認証を突破し、1147ブロックのボックスが開いた。

 

「やりましたね、博士。全て揃っています。」ケースのラッチを外し、サムはその中身をデビッドに見せた。

 

「ああ、遂に取り戻した。これだけは、データであろうと誰にも渡せない。」

 

「プラン通りですね。ヴィラン達も上手くやっているみたいです」

 

「ああ、君が彼らを手配してくれたおかげだよ」

 

「パパ・・・・・?」

 

心臓が止まりかけた。幻聴ではなかった。デビッドが振り向いた先には、まごうことなき一人娘のメリッサが、その場にいた。混乱と失望がない交ぜになったその面差しに早くも胸が潰れそうな気がし始める。

 

「プラン、通りってどういう事?サー・ナイトアイが言っていたのが勘違いだって、嘘だって信じたかった。信じたかったのに・・・・・・ッ!」

 

「メ、メリッサ・・・・・・!」

 

しかも彼女だけではない。緑谷出久と、オールマイトの元サイドキックのサー・ナイトアイも後ろに控えている。

 

「これを仕組んだのも、その装置を手に入れる為に・・・・・・?そうなの、パパ?」

 

真っ直ぐに見据える娘の視線が痛い。デビッドは観念したように「ああ、そうだ」と頷いた。

 

「何で・・・・・・どうして!?」

 

「博士は奪われた物を取り返しただけです!機械的に『個性』を増幅させる、この画期的な発明を!まだ試作段階ですが、薬品と違い、副作用も無い。効力の振れ幅もありません。しかし、この発明と研究データはスポンサーによって没収、研究そのものも各国の圧力によって永久凍結となりました。これが公表されれば、超人社会の構造が根底から激変するからと・・・・・・」

 

「それで、ヴィランを装った人間を雇い、引き入れて別の場所で研究を再開しようとサムが手配を・・・・・・」

 

ここで初めてナイトアイは口を開いた。「貴方は忘れている。盛者必衰の理を。形あるモノはすべからく滅び、消える。『個性』社会であろうとなかろうと、それは変わらない。貴方も、私も、勿論オールマイトも。」

 

「たとえそうだとしても!これはオールマイトを救うために必要なのだ」悲痛な顔でデビッドが声を絞り出した。「これさえあれば、消えかかっている彼の力が蘇る。全盛期以上の力を取り戻すことができる筈なんだ。分かってくれ、メリッサ」

 

「分かんない!パパが言ってることなんて全然分かんない!!マイトおじ様がそれで力を取り戻したとしても、こんなやり方、絶対喜ばない!」

 

視界が歪む。目が熱い。髪を頭皮ごと引き千切りたい。目の前にいるはずの懇願する父親がまるで別人のようだ。力が入らない足に踏ん張りを利かせるだけで、メリッサは精一杯だった。

 

「たとえそうだとしても!私はこの装置を彼に渡さなければならない。もう作り直している時間も無いんだ!頼む、この装置を彼に渡させてくれ。その後でなら、どんな罰でも甘んじて受けよう」

 

「命がけだったわ・・・・・・ミドリヤ君と彼の友達は命をかけて戦って私を守ってくれた。それまでに何度も死にかけたのよ!?」

 

ここで初めてデビッドは違和感に気付いた。「死にかけた?いや、しかしヴィランは偽物・・・・・全ては芝居の筈だ」

 

「デビッド・シールド博士・・・・・・貴方は、愚かだ。確かに博識ではあるのだろう。ノーベル個性賞を取るほどだ。が、こと人間が持つ悪意に関しては無学に等しい」ナイトアイは懐から取り出したスマートフォンのロックを解除し、それを投げてよこした。

 

「何を・・・・・?」それをキャッチし、デビッドは気絶した男の写真を見た。服装からサムが手配した偽ヴィランの一人だとすぐに分かった。

 

「その男のヴィランネームはソキル。英語での綴りはSwordkill。前科は傷害、恐喝、銃刀法違反、そして五年前に在日フランス大使、書記官、そして外交官に全治八か月の重軽傷を負わせ、警備にあたっていた人員とその場にいた民間人合計十四名を殺害した、れっきとしたテロリストだ。そして彼を率いるのが実行犯のリーダー、通称『ウォルフラム』。」

 

「テロ、リスト・・・・・・サム、どういう事だ?!」

 

「あ、え、いや・・・・・・」

 

「良~く知ってんじゃねえか、ヒーロー。そして博士、勿論芝居をしてたぜ。『偽物ヴィラン』と言う芝居を、な」

 

白いコートに鉄屑を溶接して作った武骨な左右非対称の仮面の男――ウォルフラムが部下を一人連れて戸口に現れた。そして無造作に扉に触れた瞬間、欄干が蛇のように捻じ曲がって出久とナイトアイを壁に釘付けにした。

 

「金属操作の『個性』かッ・・・・・・!」

 

「少し大人しくしていろ。サム、装置は?」

 

「こ、ここに。」ケースを抱え、サムはつんのめりながらもウォルフラムのもとへと階段を下りた。

 

「サム・・・・・・!?君は最初からヴィランに装置を渡すつもりで――」

 

「ええ。ですが博士、貴方も悪いんですよ。長年貴方に仕えてきたと言うのに、あっさりと研究を凍結させられ、手に入れるはずだった栄誉に名声!それが全て無くなってしまった!貴方だって結果的に私を騙したじゃありませんか!お金ぐらい貰わないと、割が合いません!」

 

人間の悪意に関しては無学。デビッドは、ここで初めてそれを思い知らされた。初めから騙され、利用されていたのだと。机に、パソコンに、論文に、寝る間も惜しんで血反吐を吐きながら噛り付き、作り上げた『個性』増幅装置。『平和の象徴』を守る為と言う大義名分のもと、己が善であると信じて疑わず、目的達成の為に他を無自覚に犠牲にした自分はそれを超える、より醜悪などす黒い『悪』であると。

 

「ご苦労。謝礼だ」ウォルフラムはケースを受け取り、懐に手を入れた。しかし取り出したのは札束どころか金品ですらない、拳銃だった。鈍い撃発音と共に、サムが倒れる。

 

「な、何故・・・・・や、約束が違う!」

 

「約束?忘れたな。謝礼は銃弾(コレ)だよ」

 

しかしサムの額を銃弾が貫くことはなかった。突如現れたオレンジの粒子が楯となり、弾丸をその場にとどめている。

 

「グラファイト・・・・・・!?」

 

「グラファイト?お前がそうなのか。思っていたよりは小さい奴だな」

 

ウォルフラムの小馬鹿にした笑みなど意に介さず、グラファイトも鼻で笑い返した。

 

「貴様こそ、不細工な仮面だな。素顔は絵にも描けぬ、よほど醜悪な物と見た」

 

売り言葉に買い言葉の、安い挑発の応酬。気が逸れている間に出久はワン・フォー・オールを発動して全身に巻き付いた鉄を引き剥がそうと抵抗を始めたが、やはり鉄は鉄であり、飴細工ではない。許容上限一杯まで出力を上げても足りないのだ。ならばと更に出力を上げていく。出し惜しみなどしている場合ではない。

 

「本来はこいつを殺したければ勝手にしろと言いたいのが偽りなき本音だが、死なれては困るから邪魔をさせてもらった」

 

「ほう、」と言いつつ、ウォルフラムはデビッドに銃口を向け、発砲したが、再び弾丸が標的に辿り着く前に握り潰された。銃創はおろか皮膚には火傷すらない。「良いのか?そいつはもう科学者じゃあない。今や立派なヴィラン、俺と同類だぞ?どんな理由があろうと、悪事に手を染めた。俺達が偽物だろうが本物だろうが、そこに片棒を担ぐ当人の意思が存在している限り、それは変わらない」

 

「同感だ。だがそれを言うならば俺とて同じ。俺もまた、『悪』だ。だが貴様らと俺の差は、天と地ほども隔たっている。俺は貴様らの理解すら遠く及ばぬ、深淵の巨悪だ」

 

「おいおい、ヒーロー様が自ら悪であると認めちまっていいのか?」

 

「顔だけでなく耳も悪いと来たか。俺は一度もヒーローと名乗った覚えはないぞ。そして俺は休息を邪魔されて、すこぶる機嫌が悪い。今すぐその銃とケースを捨てて作戦を中止すればよし。続行するならば、二度とその仮面を外せぬよう、顔面ごと踏み潰す」

 

「どうやって?」ウォルフラムの銃口が、再び足元に倒れているサムとデビッドに向く。

 

「下手な芝居はよせ。貴様を雇ったその脂ぎった愚物と違い、その装置の理論を構築し、量産できる唯一の人間を殺すなど、理に適わん」

 

「なら、これはどうだ?」と、ハッタリを看破された事などおくびにも出さず、銃口の向きを変えた。

 

しかし、ウォルフラムの行動にグラファイトはただ口元を歪めた。

 

「壁を撃って、何をするつもりだ?もしや跳弾で俺を殺そうと言うのか?面白い、やってみるがいい。その様に芸達者ならば前座程度は務まろう。」

 

「壁?何を――」言っているんだ、と言う言葉がウォルフラムの口から洩れる事は無かった。いない。銃口の先にいた筈の『個性』で壁に釘付けにした眼鏡をかけたビジネスマン風のヒーローと、博士の娘が。残っているのは、拘束を無理矢理引き千切った雄英高校のガキ一人。図られたと気づいた時には既に遅かった。

 

『I・アイランドの警備システムは、通常モードに戻りました。繰り返します、I・アイランドの警備システムは、通常モードに戻りました』

 

「警備システムをッ・・・・・・!?」

 

「言った筈だぞ、俺は悪であると。俺の説法(時間稼ぎ)など意に介さず強行突破していれば貴様の勝ちの芽は潰えずに済んだのだ。だが愚かにも耳を傾けた。心の隙を突く悪辣な弁舌屋がより悪辣な弁舌で詰めを誤り、足場を崩し、結果敗れる。フハッ、皮肉なものだろう?」

 

ウォルフラムの手がドアに触れ、地面や壁から柱がうねるように伸び、グラファイトに迫った。

 

『ギュギュギュ・イーン!』

 

木を伐採するが如くそれら全てが空中でぶつ切りになって落ちた。舞う土煙が治まった頃には、ウォルフラムも、同伴していた配下の男も、デビッド・シールドの姿も無かった。

 

「無駄な事を・・・・・・」

 

「グラファイト!今までどこにいたの!?」

 

「部屋と、この島のシステムの中だ。心配せずとも島が封鎖された時から電脳空間にて全て見ていた。そもそも、俺がいなくとも十分上手く立ち回っていたではないか。俺があの場にいれば、などと言う考えが一度でも頭をよぎったか?」

 

「だとしても!見ていたなら助けてくれれば良かったじゃないか!たとえ君の助けがここに辿り着くまでいらなかったとしても、あればいくらでも手間は省けた!警備システムの掌握も、潜り込めるならメリッサさんがやる必要はなかった!グラファイトが言ってるそれはあくまで結果論だよ!何もやらない事の言い訳にはならないッ!!」

 

急速な語気の荒みに合わせで瞳孔が限界まで開き切り、ワン・フォー・オールの光がスパークして出久の全身を駆け巡る。

 

「・・・・・・否定はしない。だが、いずれお前は俺が援護できない状況に出くわす。必ずだ。幸いここは現代社会でも民間には出回らない最先端の技術をふんだんに使った施設で、行き来など散歩も同然。が、そうでない場所ではそうも行かん。その状況でお前は、同じことを言うつもりなのか?」

 

「だとしても——」

 

「今すぐ納得しろとは言わん。お前はまだ道半ば、そしてこれは俺の持論、根本的に感性も死生観も違う非人間の持論だ。さて、」そう言いつつ、自分の流した血だまりの中で蹲ったサムを足で小突き、仰向けにした。「起きろ、愚物。貴様にはあと一つだけ仕事をしてもらう。くたばるならその後で許す。今日デビッド・シールドが保管庫にケースを収めたブロックのナンバーを吐け。中身を拝借して奴を倒す」

 

「あ、う・・・・・・・」

 

「急げ。失血死するぞ」

 

出久が上着とその辺にあった鉄パイプを使ってターニケットを作り、銃創を圧迫されながらも、サムは掠れる声を絞り出して答えた。「い、いち、いち、ゼロ・・・・・キュ・・・・・・」

 

「ご苦労」

 

壁に設置された救急キットを開いて応急処置を施すと、グラファイトは指を鳴らしてブロックを開き、バグスターバックルを取り出した。

 

「出久、使ってみるか?」

 

「え?それを?」

 

「ああ」

 

『ガッチョーン!』

 

バグヴァイザーZに装着し、それを出久の腹に押し付けると、ベルトが伸長し、勝手に巻き付いた。

 

「いつも手に付けてたのに、ベルトに・・・・・・・!?」

 

「バックルで機能が拡張されるのだ。ガシャットの能力を引き出せるだけでなく、高レベルガシャットの副作用やダメージのフィードバックもある程度は軽減出来る筈だ。いつも以上の無茶ができるぞ、喜べ」

 

「じゃあ、その派手派手な奴は?」

 

「うむ・・・・・・どう説明した物か・・・・・・まあ使えなくはないが、作った奴の性格だけに、そいつ以外の物が使えばどうなるか分かった物ではないからな。念の為置いておく」

 




次回、Mission 09: バッドエンドはNo thank you

SEE YOU NEXT GAME......


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Mission 09: バッドエンドはNo thank you

前回の後書きで書き忘れましたが、ガシャットとドライバーを収納したケースの番号1109は
ゴッドマキシマムゲーマーのレベルを指数表記で表した数字です。つまり、1 x 10^9です

そして更新のペース配分ですが、無難に7~14日に一度で行こうと思います。


少々迂闊だった、と言うのがウォルフラムの正直な感想だった。雇い主から気を付けるようには言われていたが後々になってからしか姿を見せなかったせいで完全に虚を突かれた。だが、今はまあいい。手駒の大半は失ってしまったが、本来の目的である個性増幅装置とそれを量産する手段も手に入った。

 

そして今、空に逃げる自分達を止める奴は誰もいない。

 

「警備システムが完全に再起動する前にずらかるぞ。急げ!」

 

「了解!」

 

しかしヘリに残った部下二人が乗り込んでエンジンを点火したその刹那、潰れて爆発した。

 

「親友を、返してもらうぞ。ヴィランよ!」

 

脱出を目前にして恐らく一番の難関が、現れた。二メートルを優に超える巨躯、彫りの深い雄々しい面差し、そして夜の闇をも煌々と照らし出さんばかりの満面の笑み。

 

「チッ、あの餓鬼どもに時間を取られ過ぎたか」

 

だが何も問題はない。いくら最強のヒーローと言えども、手札はこちらの方が充実している。何より、装置のテスト稼働と値段を吊り上げるデモンストレーションの相手にはうってつけだ。

 

振り下ろされる握り拳を『個性』で作り出した鉄壁で遮り、四方八方からの柱を繰り出して殴殺を開始する。タワーと言う人工の建造物と言う武器は『個性』で自在に扱える。対するオールマイトはその身一つ。地の利によって齎される圧倒的物量がある限り、自分は無敵だ。

 

「往生際の悪いヴィランだなお前はッ!」飛んでくる鉄塊をかいくぐり、再び肉薄した。「CAROLINA SMAAAAAAASH!!!」

 

「往生際が悪い?どっちがだよ?」

 

肉厚な鉄壁が再び攻撃を阻み、オールマイトの動きを止めた。更に壁にめり込んだ両手をギプスの様に嵌めさせ、釘付けにする。そしてさらに五本の鉄塊が側面から迫った。

 

「トシッ!!」まざまざと見せつけられるのは自分の(エゴ)が生み出した結果がこれだ。そして代償を払うのは自分ではなく周りの人間。

 

レセプションパーティーの貴賓。

 

緑谷出久と、彼の仲間達。

 

サム・エイブラハム。

 

オールマイト。

 

そして、メリッサ。

 

「もう、やめてくれ。私の事はいい!」

 

サムを庇った時に食らった銃弾が心臓を、いや、個性増幅装置などという物を作り出した自分の脳を貫いてくれていたらどれだけ楽だったろう。そうすれば、二度とこんな悲劇が起きる事は無い。

 

幸いウォルフラムはオールマイトに集中して自分の事を地面に置いている。見たところ手掌で直に触れなければ金属操作は出来ない。その証拠に片膝をついて地面に触れた体制を維持し続けている。ケースは手に握られたままだが、あれさえ引き離してしまえば勝機はある筈だ。

 

屑鉄で縛られた両手足に力を入れ、何とか立ち上がった。両足を揃えたまま跳ねると言う無様な格好だが、それでも距離は詰められる。十分に近づいたところで自分の全体重をケースのハンドルを握った手に全体重でのしかかった。

 

「こうも馬鹿ばかりとは、ヒーローが早死にするのも当然だな」

 

その目論見は儚くも潰えたかに思えた。のしかかったその腕に金属操作の『個性』の持ち主では出し得ない膂力でそのまま振り払われてしまった。しかしデビッドは間違いなく聞いたのだ。振り回されたケースのハンドルがその膂力に耐えきれずに砕ける音を。

 

匍匐前進でケースのもとへ辿り着き、しっかり抱え込んだ。そしてそのままタワーの端を目指して転がっていく。

 

「デイブッ、よせ!!」

 

「やるじゃねえか。装置諸共の自決とは、感動的だな。だが、させねえぞ」

 

「ぐぁあ!?」

 

突如左足に激痛が走る。地面が虎バサミの形に変化して脛をがっちりと挟み込んでいるのだ。ならば、とデビッドはその体制から残り少ない体力を費やし、ケースを開いて中に手を入れた。壊すだけの力も体力も無い。ならばせめて――

 

「おっと、危ねえ危ねえ」

 

踏み抜き防止の鉄板を仕込んだブーツの爪先が腹を捉えた。出血量も相まって、デビッドの意識が数秒ブラックアウトした。

 

「小手調べは十分。性能テストと行こうか」

 

タワー全体に青い光が走った。直後、ヘリパッド、欄干、フロア、そしてその下に十重二十重に敷き詰められたコードやワイヤー全てがまるで重力の作用方向が逆転したように捲れ上がり、持ち上がり始めた。それらがウォルフラムを中心に巨大な生物のように絡み合い、積み重なっていく。そして昏倒したデビッドもその中に飲み込まれた。

 

「Holy shitだ、畜生め・・・・・・!」会場で捕らわれている時にマッスルフォームを維持し続けた所為で既に限界を迎えつつある。一日の活動時間を削らずに済む安全マージンはとうに超えてしまっていた。

 

「オールマイト、バトンタッチの時間です」

 

「緑谷少年・・・・・!」

 

「いや~、流石に徒歩で階段二百階分は辛かったですよ。もう足が痛いのなんのって。あ、レセプションパーティーに来る人達、全員無事ですよ。A組の皆も、メリッサさんも、サー・ナイトアイも」

 

疲労を色濃く残しながらも冗談を飛ばす出久の姿に、オールマイトは少しばかり笑ってしまった。

 

「そうか・・・・・・ありがとう。しかし、バトンタッチは出来ない相談だ。デイブが、あの中にいる。彼を救わなければならない。グラファイトの計画に支障をきたすことは百も承知だ。だが、それを分かっている上で曲げて頼みたい。どうか私にも戦わせて欲しい」

 

出久の双眼が赤く輝いた。そして出久の口からグラファイトの声が発せられた。

 

『まあ、義理堅いのはお前の美徳だ。良いだろう。ならば、早々に決着をつけようではないか』

 

『DRAGOKNIGHT HUNTER! Z!』

 

逆手に構えたガシャットが光り、ゲームエリアが展開される。それと同時に、空中に大量のエナジーアイテムが現れ始めた。

 

『出久、行くぞ』

 

「うん。培――」

 

『違う』

 

「え?何で!?いつもは――」

 

『ああ、だがこれはいつもとは違う。こう言うのだ。変身』

 

『ガシャット!BUGGLE UP! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

ガシャットをドライバーに挿入した直後、頭上に投影されたモニターのエフェクトから黒い雷が矢継ぎ早に降り注ぎ、出久の姿は一瞬見えなくなったが、その闇の中から黄金の炎を吹き出す仮面の戦士が一歩踏み出した。夜の闇に紛れる筈のモノクロな配色が一等星の様に輝いている。特に強く光っているのが、風も無いのにたなびく赤いマフラーだ。

 

「見知りおけ、ヴィラン。我が名は仮面ライダーグラファイト。幽谷より舞い戻った、禍時の龍戦士なり。アブソリュートカリバー、我が意に応えよ」

 

そう唱えて頭上に手を掲げると、風を切って一振りの剣が地平線の彼方から飛来し、彼の手に収まった。

 

「オールマイト、道は我らが作る。遅れるなよ」

 

『BLADE BURN! HEAT! FLAME! MAGMA! VOLCANIC DISCHARGE BLAZE!』

 

Bボタンを押すと赤からオレンジ、オレンジから黄色へと変化する超高熱の刃は飛んでくる巨大な鉄屑のブロックと柱を触れた所から跡形もなく消し去っていく。

 

「威力は申し分なしか。では、もう一押し」

 

バグルドライバーのAボタンを押し込んだ。

 

『GUN!』

 

グラファイトは空いた左手を前に突き出すと、腕に一対の銃身が現れた。そこから砲弾に等しい光の弾丸を枝分かれする無数の棘を備えた一際大きな柱に向けて撃ち放った。発砲の都度、龍の咆哮もかくやと闇夜に轟く。

 

『まだまだ』

 

『CLAW!』

 

膝と爪先の突起が巨大化し、猛禽類、否ドラゴンの鉤爪となった。捕らえようと迫る幾筋のワイヤーとケーブルがばらばらに切り裂かれていく。

 

「流石はデイブが作っただけの事はある・・・・・・なっ!」

 

オールマイトもグラファイトに負けじと取り零した障害を打ち砕きながら突き進む。喉の奥の濃厚な鉄の味が消えない。だがまだだ。無視しろ。ここで痛みに怯めばさっきまで受けた攻撃のダメージがぶり返す。まだ倒れるわけにはいかない。せめて、友を救うまでは。

 

「この・・・・・・死にぞこない共がぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」

 

しぶとく、しつこく、頑強な抵抗を続ける二人に業を煮やしたウォルフラムは両手を頭上に掲げ、宙に浮かぶ瓦礫や鉄塊、その他の操れる物全てを一点に集め始めた。それは見る見るうちに膨れ上がり、タワーその物に影を落とす隕石に勝るとも劣らない巨大な物が出来上がった。

 

明らかに一人の人間ではどうにもできない。だがグラファイトはただ首を傾げ、再びドライバーのボタンに手を伸ばした。

 

『FANG!』

 

更にめぼしいエナジーアイテムに触れる。

 

『ジャンプ強化!』

 

迫りくるその塊に向かって一直線に突っ込んだ。グラファイトの仮面の口元が開き、オールマイトすらその熱風に顔を思わず背ける程の高熱を持つ黄金色の火を吹き出した。

 

『オールマイト、アレを殴れ』

 

「無茶苦茶言ってくれるな、君も!」

 

『我々が()()()()()()()()()で構わん』

 

すぐに意図を理解したのか、オールマイトは頷いた。

 

『仕上げだ』

 

『BLADE KEEN! ICE! FROST! BLIZZARD! GLACIAL DISCHARGE FREEZE!』

 

迫る鉄塊が間合いに入ったところでアブソリュートカリバーを突き出した。剣先が触れた所から霜が降り、やがて完全に氷に包まれた。

 

『BLADE!』

 

左手にアブソリュートカリバーを持ち替えると同時に、右腕から更に一本の刃が伸び、氷漬けになった鉄塊に亀裂を入れた。

 

「TEXAS SMAAAAAAAAAAAASH!!!!」

 

吹き上がる大量の水蒸気を裂いたオールマイトは固めた右拳をその亀裂の中心目掛けて突き出した。超高熱から即座に超低温に下がったそれの展延性はすぐに限界を迎え、轟音を上げながら乾いた粘土のように砕けていく。

 

それを突破されまいと強化された『個性』で形を維持しようとウォルフラムは全神経を集中させていたが、耳の裏に静電気の放電の様な痛みが走った。そして頭に装着していた顔に触れている装置のパーツが、ポロリと落ちた。

 

馬鹿な、とウォルフラムは叫んだ。試作品とは言え、装置は完成していた。サムはそう言っていた。しかし、一瞬だけデビッド・シールドがケースの中に手を入れる事を許したのを思い出す。

 

部品に細工をされた。デビッド・シールドがゼロから構築したものだ、ならば自分の一部のように構造もパーツも熟知している。それしか説明がつかない。

 

オールマイトの勢いが治まらない。穴の開いた袋から砂が漏れ出るように高まっていた力が抜けていく。

 

『最初に言ったが、俺は休息を邪魔されて頗る機嫌が悪い』

 

ぎょっとして上を向くと、左手に剣を持ち替え、新たに右腕からもう一本の刃をはやしている仮面の戦士の存在を忘れていた。もうあの規模の鉄塊を作るだけの時間がない。そして鉄の樹木の様に根差したその場にいる自分は逃げられない。避けられない。

 

『刎頸にも値する罪だが、初犯故に足蹴一発で手打ちとする。神に祈るなら今のうちだぞ』

 

二つ目のパーツが、火花を上げた。

 

『キメワザ!DRAGOKNIGHT CRITICAL PREDATION!』

 

最後にウォルフラムが感じたのは、申し訳程度の防御を貫き、腹を抉る巨大な拳と、首をもぎ取らんばかりの勢いがついた回し蹴りだった。

 

『会心の一発ゥ!!』

 

 

 

砂嵐のスクリーンを前に、男は笑った。手を叩いて笑った。最高の喜劇を見た、ボックス席の観客の様に。

 

「素晴らしい。素晴らしい力だよ、グラファイト。緑谷出久。いや――仮面ライダー」

 

少しは苦戦するかと思っていたが、己と互角の者が一人しかいなかった故の認識の甘さを思い知らされてしまう。老いるのも良い事ばかりではない。

 

「近々にリターンマッチを楽しみにしてくれたまえ。オールマイト共々、ね」




Pixivにあった仮面ライダーグラファイトの画像をイメージしていますが、プロトガシャットを使っていると言う事もあり、右胸のエクスコントローラー、左胸のライダーゲージ以外の配色は『覚悟のススメ』の主人公が使う強化外骨格『ゼロ』の様に黒に白、随所に差し色の銀です。マフラーはアクセントの為に一号・二号を意識した赤。

https://www.pixiv.net/artworks/64276994

今回は未登場でしたがファング、ガン、ブレイド、クローの個別使用以外にオールドラゴンもといフルドラゴンも使用可能な、攻撃と防御にステータスを振ったバランス型寄りのパワー型です。

次回、File 10: 泣いて、悔いて、Restart

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Mission 10: 泣いて、悔いて、Restart

ヴィラン襲撃と言う未曽有の危機が過ぎたI・アイランドを登り行く朝日が照らしている。堆く積まれた瓦礫の山の中で、デビッド・シールドは揺り起こされた。

 

「デイブ。デイブ!」

 

「ト、シ・・・・・・?」

 

目の前の親友はボロボロだった。あちこちから血を流し、見慣れている巌のような姿も半ばしぼんでいる。そんな重症そっちのけで心配そうに自分の顔を覗き込む彼は相変わらずだった。

 

「良かった、生きているな。応急処置はしてあるが、如何せん血を流し過ぎているからな。もう間もなくドクター達が来る。それまで踏ん張ってくれ」

 

「すまない、トシ。本当にすまない。私は、怖かったんだ。君と言う希望が、途絶えてしまうのが。君が築いた平和が崩れていくのが。君を救いたかった、どうしても」

 

「何を言うんだ?君は十分私を救ってきたよ。渡米してコンビを結成した時から、ずっとだ。私に希望を与え続けて来たのは、他ならぬ君じゃないか!日本に戻ってもそれは変わらなかった」

 

「怒って、いないのか・・・・・・?」

 

涙で視界を曇らせつつ、我ながら馬鹿な質問だとデビッドは思った。

 

「怒っているさ。あのヴィランから装置を奪って破壊し、自分も死のうとしただろう」

 

根拠は無いが、確信しているからこそのオールマイトの平叙に、デビッドは目を背けた。

 

「あのヴィランが言っていた。どんな理由があろうと、私は悪事に手を染めた。悪事である自覚があろうがなかろうが、そこに片棒を担ぐ当人の意思が存在している限り、それは変わらない。君を救うために私一人がその代償を払う事になるなら、それでもいいと思った。だが、それを無関係な人達に・・・・・・メリッサにその代償を背負わせるわけにはいかなかった。そうするぐらいならいっそ装置ごと私の体も砕ければいいと思った」

 

「君は私よりは地頭がいいと常々思っていたのに、こんな形でそれを裏切られるとは思わなかった。君が死んだところで喜ぶのはヴィランぐらいだと何故分からない?」

 

こんな時でも優しい彼は、ずるい。声を荒らげ、子供の様に叱ってくれればどれほど気が楽か。

 

だがずるいのは自分もそうだ。死んでも構わないと思っていたのは自分だけだ。苦楽を共にしてきたこの島の人間達を、オールマイトを、そして一人娘を残して勝手に死ぬなど、裏切り以外の何物でもない。

 

「あの時にはあれしか思いつかなかった。それに、結局あの装置は君の体を治すことは出来ない。今更過ぎるが、無駄な時間を過ごしたよ。もう研究などできないし、皆に迷惑をかけてしまった。悔やんでも悔やみきれない」

 

「なら、大丈夫さ。君は悔いているのだろう?過ちを犯したと、自覚しているのだろう?」

 

「ああ」とデビッドは頷いた。

 

「ならそれで良いじゃないか。君は愚か者ではあるが、卑怯者ではない。これは君の受け売りだが、たとえ過ちを犯しても、二度と繰り返さない為に何をすべきか、それを体系化して研究するのが科学の役割だ。償った上で、メリッサや皆に改めて誠心誠意頭を下げればいい。君の研究への熱意は、誰かを想うからこそ。今回は、たまたまその方向を間違えてしまっただけだ。それとなんだが・・・・・・もしかしたら、治るかもしれない」

 

「え?」

 

「詳しい事は本人の許可がない以上言えないが、方法自体はあるんだ。実行出来るまでにまだ時間はかかるし、上手く行くかどうかも分からない。だが方法はある。私は諦めない。だから君も諦めるな」

 

 

 

 

緑谷出久は空を眺めていた。戦闘の高揚が失せ、ようやく張り詰めた緊張の糸が途切れると、疲労が津波のように押し寄せて全身の力を奪い、青天井のままでいるのだ。

 

「だ~めだ、動けないや~」

 

あちこちが軋んで痛むし、眠い。おまけに空腹で腹の虫がやかましい。正直このまま眠ってしまえばどれほど楽だろう。だがまだだ。安否確認を完了して、初めて役目を全うしたと言える。突き刺さったアブソリュートカリバーに手をかけ、それを杖にして起き上がった。

 

「どうだ、出久、初めて仮面ライダーになった感想は?」

 

実体化したグラファイトが尋ねた。

 

「どうって・・・・・・疲れた。お腹空いた。正直言うとあんましやりたくないかも」

 

「何故だ?」

 

否定的な答えが多少ショックだったのか、グラファイトの声のトーンが上がる。

 

「いや、だって身長も手足の長さも変わるし、割と慣れるの大変なんだよ。それにこんなに疲れるならコスパ悪すぎでしょ。後、フルカウルなしでもあのパワーは色々まずいよ、絶対。ぶっちゃけ死んだかと思ったもん、ヴィランが。そもそも、あれ元はと言えばグラファイト仕様でしょ?僕に感染した状態で使わなくても全然行けたんじゃないの?」

 

「む・・・・・・」

 

痛いところを突かれたグラファイトは閉口した。実際その通りなのである。バグルドライバーはバグスターウィルスの抗体を大量に持った人間か、バグスターでなければ使って生きてはいられない。出久は前者に、グラファイトは後者に当て嵌まる。その為、どちらか一人が変身して三人で戦えた。二人がそれぞれのドライバーで変身してオールマイトを援護すると言う選択肢もあった。

 

「そこは察してもらいたい。外連味という奴だ」

 

その答えに出久は思わず笑ってしまった。横隔膜が動く度に脇腹に鈍痛が走る。

 

「外連味かよ。グラファイトってさ、変なところでカッコつけたがるよね」

 

「いかんか?見た目は大事だろう?まあ共通の知り合いで外面に無頓着な教師が約一名いるが」

 

「あれは別でしょ、目立ちすぎると『個性』の性質上本人が困るから。てか、そもそも相澤先生って目立つの嫌いだし」

 

「随分ボロボロだな、緑谷出久。」

 

「サー・ナイトアイ・・・・・・!」

 

ネクタイが無くなり、服は泥や埃に塗れてはいても七三分けと眼鏡は全く乱れていないオールマイトの元サイドキックは目線を合わせるように出久に向かい合って腰を下ろした。

 

「まったく、君と言いオールマイトと言い、毎度毎度無茶をして壊し過ぎだと諸々言いたいところだが今回は言わないでおく」

 

「既に明言しているではないか、こいつ」

 

「君には謝罪を述べなければな。タワーの最上階を目指す際に、非常事態であるにもかかわらず度々試すような真似をしてしまった。申し訳ない」

 

出久は何も言わず(と言うか疲労で喋るのも若干億劫になってきており)、深々と頭を下げるプロヒーローに会釈を返した。

 

「私はこれで失礼させてもらうよ。警察の調書を手伝わねばならないのでね。また会おう。」

 

「はい。またいずれ」

 

「おーい緑谷―!どこだー!?」

 

「緑谷さーん!返事をしてくださーい!」

 

「緑谷君、聞こえるなら返事をしてくれたまえ—!」

 

「うぇ~い・・・・・!」

 

口々に叫ぶのは、聞き覚えのあるクラスメイト達の声だった。

 

「こちらに誘導するか?」

 

「ん~・・・・・・いや、しばらくほっといて探させとこ?」

 

グラファイトの問いに出久は首を横に振った。質問攻めにされるが目に見えている。こうして自分を探しに来る余裕があるなら大丈夫だろう。ならばせめて仮眠をとれる内に取っておこう。

 

「そうしよう。良き初陣だった」

 

 

 

「葛城博士、帰って来て早々お手数をおかけします」

 

研究員数人が左右非対称の赤と青のコーディネートの上にベージュのトレンチコートを着た、側頭部の寝癖がすさまじい事になっている若い男に手厚く礼を述べた。

 

「あー、いーっていーって。面白い研究テーマが見つかるまでこれぐらいはさ。むしろごめんね、その場にいなくて。出遅れた分はきっちり頑張るから。ずっと座りっぱなしで体もほぐしたいし。この状況は・・・・・・う~ん、よし、これで行こう!」

 

そういうや否や、全身に弾帯の様に巻き付けたベルトに収納された小振りなボトルを一つずつ手に取り、『個性』を発動した。シャカシャカ振って蓋を開き、右手のボトルが熾った炭のように赤く、左手のボトルが艶のある黒色に発光した。それらを同時に頭に押し付ける。

 

「不死鳥+ロボット。振って被って、ビルドアップ!」

 

葛城の体が、変化した。右肩甲骨から炎が噴き出す巨大な朱色の羽が垂れ下がり、左腕は油圧ショベルを思わせる武骨なロボットアームに変わった。

 

「お、いたいた!葛城さん、おひさ~!」

 

「あーっ!飛電インテリジェンスの零二さんじゃん!来てたの?」

 

葛城は自分の頭の倍以上はある左腕を上げて手を振った。声の主は、二十代に入ったばかりのスーツが妙に似合わない青年だった。

 

「プレオープンには別件があったから間に合わなかったけど、俺社長だから一応ね。ここでの納品は初めてだし、こういう時にこそ役立てようと思って。テスト期間中にラーニングを済ませた最強匠親方集団とドクターオミゴトが納品リストにあったから、早速起動してスタッフを手伝ってるよ」

 

「人工知能搭載人型ロボ『ヒューマギア』、だっけ?」

 

「そうそう。秘書に板前、警備員。あらゆる業種に対応する、俺の・・・・・・・いや、人類の夢だよ」

 

「最高だね、そのラブ&ピース満載な夢。現在進行形で叶っちゃってるしさ。じゃ、この天っ才物理学者の俺もロボットや始末をつけてくれた次期後輩達には負けてられないから、気合入れちゃいますか!再建造、開始(リビルド レディーゴー)!」

 

 

 

結果的にアイランドジャックの解決に一役買った雄英高校の生徒十一人は大した怪我も無く、昨夜の食べ損ないを帳消しにする勢いで食事をしていた。

 

特に健啖なのは『個性』に脂質を消費する八百万と血糖値とグリコーゲンが危険なレベルにまで低下していると診断された出久だった。質より量を重視した厨房スタッフ(といっても決して質が低いわけではないが)の計らいで献立は和洋折衷、バイキング形式になっているが、未だにこの二人だけが食事の手を止める様子がない。

 

「っか~~・・・・・・食ったら眠くなってきた」

 

「おいらもう無理、歩けねえ。このまま寝てやる」

 

上鳴はテーブルに突っ伏し、峰田も今回ばかりは矮躯に感謝しつつ椅子の上で猫の様に丸まって寝る準備に入っていた。

 

「食べてすぐ寝たら牛になるって言うけど・・・・・・今回ばかりはウチも同感。飯田ですら寝ちゃってるし、切島は寝ながら食べてるし」

 

耳郎が向かいに座った飯田とその右隣の切島を耳のジャックで指差した。

 

「切島はともかく、飯田は目ぇ開いてるし、起きてるだろ?」

 

飯田は姿勢を正し、テーブルに着いたまま約一分は動いていない。しかし轟の言う通り、両目はしっかり開いているのだ。だが声をかけても目の前で手を振って見せても全く反応しない。

 

「呼吸は、あるか・・・・・・冗談抜きで目が開いたまま寝てるな。」

 

「二人とも器用や!でも飯田君のそれ、気絶とちゃうん?大丈夫なん?」

 

「気絶と睡眠は全くの別物ですが、飯田さんは打ち身擦り傷程度の怪我しかしていませんでしたし、どれも頭部ではありませんでした。おそらく過労ですから心配には及びませんわ。目が覚めた頃にはすっきりしているでしょう」

 

ようやく満腹になったのか、八百万がナプキンで口元を軽く抑えつつ麗日の疑問に答えつつ両手を合わせた。

 

「皆さん、疲れているのは百も承知ですが、ホテルのお部屋もありますからそれまで辛抱してくださいね?くれぐれもここで寝るなどとは考えないでくださいまし。せめて飯田さんと切島さんは起こしてあげませんと」

 

「うぇ~~、ヤオモモが厳し~~」

 

「圧制はんた~い」

 

「うるっせえんだよモブ共、とっとと出ンぞコラ。片付け滞っちまうだろが、はよしろ」

 

食器やグラスを持つ度に眉間の皺を深めていた爆豪が眠っている二人の頭をはたき、眠ろうとしていた二人を椅子から蹴り落として追い出して、自らも退室した。

 

「芦戸さんは私達が責任を持ってお部屋にお送りいたしますので、ご心配なく」

 

重力を消されてなお熟睡状態から覚醒しない芦戸を風船のように宙に浮かんだまま手を引っ張り、女子組もそれを追ってその場を後にする。

 

「あ~、轟君は大丈夫?部屋、一人で帰れそう?」

 

「まあ、なんとか。それと、ノートのおかげで炎を形作るイメージ、上手く行ったぞ。ありがとな」

 

「そっか、役に立ったのなら良かった。また午後に皆で合流しよう」

 

「ああ」

 

轟も多少はよろけながらも別れを告げて退室し、出久だけがその場に残った。

 

「グラファイト。メリッサさん、大丈夫かな・・・・・・?」

 

『分からん』

 

「そんな身も蓋もなく――」

 

『誤解するな、俺は純粋に分からんだけだ。動物の様に番の間に生まれたわけではないからな。親と子の心情はお前とお前の母親のやり取りを近くで見て、ある程度理解は深めたつもりだが、それでも未知なのだ。分かる事と言えば、親と子の絆は固く、時を重ねて強まる物であり、容易く断ち切れぬ物であると言う事。加えて、見たところメリッサ・シールドの母親は恐らくもうこの世にはいない。その上二親で唯一存命している父に「科学」を理由に裏切られたのだ。最早尊敬も糞もあったものではないだろう。父にも、科学にも、人間にも。果たして再び歩み寄れるかどうか』

 

「最終的に決めるのは、当人同士だよ。だけども、」出久は適当に見繕って料理を数品よそった皿を持って立ち上がって続けた。「理由はどうあれ厳重に保管されていた物を勝手に使っちゃった手前、お詫びとお礼とお節介を兼ねてきっかけだけでも作っておかなきゃね」

 




今回はエグゼイドの次回作であるビルドと令和第一号のオマージュ(ほぼパクリですが)を出しました。

物理学ヒーロー・ビルド(本名:葛城戦兎)

個性:成分抽出

右手で触れた有機物、左手で触れた無機物の持つ特性を成分として抽出、容器に詰めてその力を使える。蓋がついた容器であれば何でもいいが、その場合一度使えば容器が自壊する(なお、ボトルに詰めず、毒などの有害物質を抽出だけすると言うのも可能)。故に専用容器のフルボトルを開発し、半永久的な再利用を可能とした。

しかし連続発動時間にはボトルの組み合わせ(特にベストマッチ)ごとに限界がある。緊急時では爆発的に戦闘能力を上昇させる『ハザードコンダクター』、それを制御する『フルフルスタビライザー』、手持ちのボトルの能力を全て行使できる『ジーニアスアダプター』などのアイテムがあるが、滅多な事では使わない。普段はフルボトル以外にトランスチームガトリンガー、スチームドリルブレード、フルボトルバスターを介して能力を使用する。

プライベートでは初めて『個性』の成分を抽出した幼馴染が二人おり、よく連絡を取っている。

次回、Mission 11: 科学者のLogos & Pathos

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Mission 11: 科学者のLogos & Pathos

本日は二本立てでお送りいたします。


涙の痕を残し、目も泣き腫らしたメリッサの表情は沈んでいた。親族と言う事で島の総合医療センターまで付き添いはしたものの、オールマイトが同席している父の病室に入る気になれない。手続きだけ済ませ、逃げるように病院の屋上まで走った。

 

吹き荒ぶ真夜中の嵐の胸中とは裏腹に、空は腹立たしい程に青々としていた。だがそれでいい。何もない空を見ている方が頭の中を一度空っぽにして物事を順序だてて理性的に、科学者らしく整理するには丁度良い。

 

裏切られた。目標であった父親に。人を救う為の科学を理由に。

 

傷つけられた。同じ島に住む友達も、新しく出来た友達も、裏切った父親も。

 

許せるか否か?たとえオールマイトが許しても、世間と司法が許しはしない。本物のヴィランだと知らなかったとはいえ、犯行その物の計画には加担し、未遂には終わったが実行もしていた。懲役刑はほぼ確実と言えよう。だがそれは他人が許せるかどうかだ。

 

問題は、自分が許せるか否か。理に則れば迷わずノーである。しかし相手は家族。まごうこと無き血を分けた肉親なのだ。情が、心が、イエスと、許せと言う。

 

許す、許さない。

 

許したい、許せない。

 

許そう、許さない。

 

許せばいい、許してはいけない。

 

たった二択、されど二択。間違えてしまえば一生後悔する二択。だが考えれば考える程感情と理性のせめぎあいが目頭を熱くさせ、いつしかメリッサはベンチに泣き崩れた。

 

「分かんないよぉ・・・・・・!」

 

出せない。出来ない。出したくない。最適解が分からない。

 

屋上が無人なのも相まって、堰を切って大粒の涙がこぼれて落ちる。聞かれても構うものかとばかりに泣いた。

 

「・・・・・・これ、完全に出るタイミング逃したね」

 

成長したとはいえ、あの場に堂々と突入する気にはなれない。ひとまず彼女がすっきりするまで泣かせておこうと、出久は屋上に続く階段に腰かけた。

 

しかし、そんな事など気にも留めない左右の半身が非対称な男がケースを片手に空から舞い降り、彼女の前に降り立った。

 

「葛城、博士・・・・・・どうしてここに?」

 

「どうしてもなにも、タワーの修復を超特急で終わらせて内部の修理は飛電の社長さんに任せて飛んできたんじゃん。生徒の中じゃ君はお気に入りだし。あ、今のオフレコね」

 

葛城の少年の様に得意げでそれでいてあどけない笑みは暖かかった。だが、彼女の傷ついた心は、冷え切ったままだ。メリッサは無言で俯き、ベンチで膝を抱え込んだ。

 

「大変だったな。よく頑張った」

 

「マイトおじ様の為でも、何であんなことを・・・・・・!私、もう訳が分かんないです」

 

「うん。俺もだよ。けどそれが当たり前だ。所詮人間は主観が全て。人の気持ちを思いやることは出来ても、人の気持ちになるなんて出来ない。まあ、その手の『個性』がある奴は別だけど」

 

流石は理論と証明で成り立つ学問の頂点に立つ男と言うべきか、一切のオブラートを廃した物言いだ。

 

「私・・・・・・・ずっと、パパの様な科学者になる事を目指してっ、今まで勉強してきました。間違えても、失敗しても、いつか彼みたいな凄い物を作って、自分もいつかノーベル個性賞を取ってやるんだって。でもパパはその科学をッ!」

 

「彼は良かれと思ってやったんだろうなあ。彼を庇うわけじゃないけど、仮にも科学者を名乗ってて、戦争や殺人に加担したい奴なんて一人もいないよ」

 

「だとしても!パパの技術で!科学で!人が傷ついた!たくさん、たくさん傷ついた!」

 

頭を掻きむしりながら絞り出すメリッサの悲痛な叫びに葛城は瞑目した。

 

「そこが科学の難しいところだ。使い方次第で人の命を救いもすれば、奪いもする。アルベルト・アインシュタインの特殊相対性理論やマリー・キュリーの放射能は新たな英知と技術をもたらした。同時に、原子爆弾と放射能兵器という最悪の応用方法も。人の意思で科学技術の用途が百面相する以上、ある意味自然災害より始末に負えない。だが、なればこそ科学は素晴らしいと思う。人間の意思でいくらでも平和利用の為に力を尽くす方法を見つけられるから」

 

例えを見せようと言いつつ、葛城は紫と黄色のボトルを抜き取って見せた。

 

「このベストマッチは戦闘にも使えるが、絵を描いたり、資料写真の撮影、印刷、そして製本も出来る。もしこの技術を応用した物を体系化できれば、紙の為に森林伐採をする必要はなくなる。おまけに紙媒体を作る費用をゼロに削れるんだ。懐にも地球にも優しいだろ?」

 

葛城はメリッサを真っ直ぐ見つめ、頭が地面に付きそうなほど深く頭を下げた。

 

「一度は人間に絶望した科学者の一人として、どうか人間の意思を信じて欲しい。そして科学を嫌いにならないで欲しい。君は君のやり方でデビッド・シールドを超えればいい。それがたとえどんな形であろうとも」

 

「どんな、形・・・・・・え・・・・?」

 

「何年客員講師をやってると思ってんの?シールド博士との今後の事も考えてるだろ?けどその答えって、ぶっちゃけ今すぐ出さなきゃいけない物か?」

 

「でも・・・・・・」

 

「焦るなって。事件が収束した直後で心も体も疲れてるだろ?コルチゾール、レニン、アドレナリン、その他のストレスホルモンマシマシの状態では、とてもじゃないけどまともな思考なんてできるわけがない。焦って出した結論ほど不確かで不透明で不具合過多な物は無いよ。一旦博士の事は忘れて、まず自分がこれからどうするかを第一に考えればいいんじゃない?」

 

「これ、から・・・・・・それこそ不確かで不透明じゃないですか!」

 

「うん。でも俺、一人で考えろなんて言ったっけ?いるだろ、友達。そいつらと考えればいい。足りない部分は補ってもらっても、別に恥じゃないんだから。俺だってこのボトルの設計製作に七年、それを運用できる専用のサポートアイテムに半年、ボトルに使える成分の検証とそれらのベストマッチをコンプするまで五年は費やしてるんだ。で、その間色んな奴に手伝ってもらった。主に技術的な事以外で」

 

十二年半。メリッサの半生を軽く凌駕する時間だ。

 

同期(プロヒーロー)二人に、その一人の従弟で地元のヒーロー科にいる万丈、日本の文部科学省研究開発局局長やってるゲンさん、コーヒーが異常に美味い第一秘書の内海さん、農家なのにヒーローでドルオタのかずみん、かずみんの舎弟の三馬鹿、件のネットアイドルのミソラ、カフェオーナーの彼女の父親」

 

名を挙げる毎に、葛城は指を折っていく。

 

「名前を挙げるだけで日が暮れる。ヒーロー・ビルドは一日にして成らず。そして俺一人では成れず。周りに仲間がいるからこそ、俺は戦える。何を壊されようと、何度壊されようと、俺がこの手で建造(ビルド)すると言う決心を固められる。要するにだ、俺ですらヘルプが必要なのに成人どころか、アカデミーを卒業すらしてない奴が一人で焦ったところでどうにか出来るモンじゃないの。人を頼れ。分かったか、このバカチンが」

 

「あぅっ!?」

 

割と鋭いデコピンを食らい、メリッサは変な声を上げて仰け反った。そのリアクションが余程おかしかったのか、葛城はげらげら腹を抱えて笑った。

 

「今はゆっくり休んで、セカンドオピニオンもたっぷり参考にして、しっかり準備を整えてから話せばいい。怪我がある程度治るまで博士はここで警察と俺の監視下にいるから、時間はある。そこで盗み聞きしてる彼にでも相談すればいいよ」

 

自分の事をいきなり話題に出された出久はぎくりとし、両手を挙げて降参のポーズをとってばつが悪そうに戸口に姿を晒した。

 

「アハハ・・・・・・そんなつもりなかったんですけどね。流石、気づいてましたか」

 

「うん。今俺が発動してるサメボトルの能力でね。姿や音は消せても電位差を誤魔化せる奴はそういないから。さしずめ出るタイミングをミスってそこにいたな?」

 

「・・・・・・仰る通りですハイ。後、サインお願いします!」

 

頭を下げつつ、出久は開いたノートのページとペンを差し出した。

 

「よし、じゃ交換条件だ。君に仕事をやろう。天っ才物理学者であるビルド直々の仕事だ。彼女の話を聞くこと、以上。承諾すればサインをあげる」

 

「優先順位的にそのつもりで来たので貰えなくてもやりますけど」

 

「お、いいねぇその心構え。しかもラビットタンクの絵うまっ!ほいっ、と。こんなんでいい?」

 

ペンを走らせてサインを左下の空白に書き込んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

「ん、どういたしまして。あ、そうそう。忘れる前に君にこれを渡しておかなきゃね」

 

出久にケースを押し付けた。見覚えのある形のそれは、保管庫で管理しているサポートアイテムを入れる物だった。ふられた番号は、1109。

 

「え、これは・・・・・・・」

 

「ケースの中に譲渡証明書とかその他の届出書が入ってる。それにサインして島にいる研究員の一人に渡してくれれば、それは正式に君の物だよ」

 

「いやでもこれは、その、あくまで借りて返すつもりで――」

 

だが出久の言葉を遮って葛城が辟易した顔でパタパタと手を振る。

 

「いやいやいや、それ使える奴が君以外にいないからはっきり言って保管庫スペースの無駄だし、邪魔なの。作った本人も死んじゃったし、遺書も無いから。まあ、厄介払い。それに次期後輩なら愛と平和の為に役立ててくれそうだから、先行投資と思ってくれればいい。結果的に実行犯ぶっ倒したの君だしね。じゃ俺、早速シールド博士に小言言いに行くから後はヨロシク」

 

無断で借り受けた事を謝罪して返す筈が悉く外堀を埋められてしまった。出久は開いた口が塞がらず、受け取らされたケースを持ったまま葛城が去るのを黙って見ているしかなかった。

 

「初めて会ったけど・・・・・・面白い人だったなぁ」

 

「ええ。葛城博士は・・・・・・まあ言うなれば各国の物理学会のマイトおじ様だから」

 

「あー、何か分かる気がします。それと、これ」

 

少し場所を開けてベンチに座り、間に皿を置いた。

 

「昨日の夜からメリッサさん、何も食べていませんよね?出るに出れなくて座ってる間に冷めちゃいましたけど」

 

「ありがとう、頂くわ」

 

メリッサが食べる間、沈黙が続いた。太陽は既に地平線から顔を出し、I・アイランドを照らす。心地よく、穏やかな潮騒しか聞こえない。

 

出久は何と声を掛ければいいのか、彼女が今何を必要としているのか、分からなかった。葛城が既に彼なりの慰めと前に進むための励ましを口にしたが、正直それに比肩する言葉を持ち合わせていない。結局、ナイトアイが視た未来の通りになってしまったのだ。父が自分を裏切る筈がないと信じ続けた上で、裏切られたのだ。

 

理由の無い悪意に晒された彼女にかける励ましの言葉も、慰めの言葉も、考えれば考える程安っぽく、薄っぺらく感じてしまう。どうしても彼女を救った実感が湧かない。ならば、無理に言う必要は無いのかもしれない。今の様に同じ科学者と言う未知の解明に命を燃やす戦士でなければ心中を推し量れない場合だってある。

 

「ミドリヤ君、私が「無個性」だって話したっけ?」

 

「初めて知りました。『無個性』、ですか・・・・・・」

 

「うん。最初は周りの皆みたいにヒーローになりたいって思ってたんだけど、やっぱり『個性』がないと無理だって周りに言われて、自分でも思って。だからパパみたいにヒーローを救える科学者を目指したの」

 

「『個性』がないと無理だなんて、そんなことありませんよ」

 

一瞬荒くなった出久の語気に思わずメリッサは怯み、それを見て出久も僅かに滲み出た怒りを胸の奥にしまい込んだ。

 

「僕の担任で、視界に入った相手の『個性』を一時的に抹消するヒーローがいます。けどそれは発動型、変形型だけで、異形型の人には効かないんです。増強系の『個性』じゃないんで、本人の身体能力はそのままで変わらないです。あくまで自分と同じ条件下で戦わせるだけなんで」

 

「じゃあその人は実質『無個性』のままで戦ってるって事?」

 

「はい。だから・・・・・・難易度は高いですけど、可能性はあります。もしやる気があるんだったら、世界初の科学を駆使する『無個性』ヒーローなんていうのも断然ありだと思います」

 

「『無個性』ヒーロー、かぁ。考えておくわ。さて、と」と言いながらメリッサは立ち上がった。「私も、ちょっとパパに文句を言いに行ってくる。『無個性』ヒーローになるかもしれないって事も。本当にありがとう」

 

「頑張ってください。メリッサさんは、強い人ですから」

 

 

 

結果的に、エキスポは予定通り開催される運びとなった。実験的に導入されていたヒューマギアと葛城の尽力によりタワーが受けた被害の大部分は見る影もなくなっているし、死傷者も厳戒態勢発令により、デビッドやサムなど事件に直接関わりのある人間以外はゼロという奇跡にも等しい結果を出している。レセプションパーティーこそ台無しになってしまったが、エキスポ自体を中止するに至る被害たりえなかった。

 

タワー内で激戦を繰り広げた出久を除く十人の雄英生徒は疲労とダメージがある程度抜けた午後に、再びタワー前で集合していた。私服であったりヒーローコスチュームであったり、皆思い思いの出で立ちだった。

 

「何で俺ら集められたんだ?昨日の今日で事情聴取とかか?」

 

「知らねえけどさっさと済ませて欲しいぜ。まだ眠いんだよ、バイトの続きもあるし。ふぁ~あ・・・・・」

 

切島の問いに上鳴は大欠伸をしながらぼやき、目を擦る。峰田も疲れが抜けきっていないのか、上鳴の足に半ば凭れ掛かったまま目を半開きにして立っていた。

 

「ヴィランと戦った俺達が呼び出しを受けたとしたら、多分アレだな。秘密保持契約書の署名、とかだろ」

 

ああ、なるほど、と轟の予想を聞いて合点がいったと全員が頷く。ヒーローの卵である自覚を持っているとは言え、やはり精神的にも未発達である自分達に分別をつけろと釘を刺して確約を取り付けておきたいのだろう。

 

「取るべき措置として間違ってはいないのだろうが、これも情報規制されると考えたらやはりこれでいいのかと考えてしまうな」

 

複雑そうに眼鏡多くで飯田が眉根を寄せた。特にヒーロー殺しの事件でも警察が事実を握り潰し、記者会見で公表した事の顛末を大幅に変えたその場に立ち会っていた経験がある以上、考えさせられるものがあるのだろう。

 

「まあでも、ウチら『個性』の無断使用とライセンス未取得者の身の上でヴィランとの交戦はプロヒーローの許可が下りたからお咎めなしで終わったから、それぐらいいいんじゃないかな?怪我も打ち身、擦り傷程度で済んでるし」

 

「ですわね」と八百万が相槌を打った。「加えて凶悪ヴィランを収容する監獄タルタロスに勝るとも劣らないと言われるI・アイランドのセキュリティーを内側から崩されてしまったのは紛れも無い汚点です。それが中途半端に世間の知るところとなってしまえば、島の権威は失墜してしまいます。契約書の署名はその予防と、身内の不始末は身内がつけるからこれ以上の干渉は不要であるとはっきりさせる意味も兼ねているのでしょう。私達は未成年で学徒とは言えヒーロー候補ですから、その辺りのけじめを形式とは言え踏まえさせる措置でしょう」

 

「そうやね。終わり良ければ総て良しってわけやないけど、一応これで八方丸く収まったって事になるし。けど・・・・・・皆、デク君どこに行ったか知らない?」

 

しかし麗日の質問に答える前に職員が彼らをタワー内に彼らをタワー内の会議室に通した。そこには既にI・アイランドの重鎮と思しき面々が会議テーブルの前で座っており、向かいの席には人数分の書類とペンが一列に並べておいてある。

 

奥の席には、タワー前で唯一不在だった緑谷出久が座っていた。

 

「デク君!?」

 

「緑谷!来ねえと思ったらもう来てたのかよ!」

 

「ごめんごめん、後から全員来るって言われてたしどっちみち合流するんなら別にいいかなーって思って・・・・・」

 

「楽観的過ぎるぞ、緑谷君!団体行動で報告(ほう)連絡(れん)相談(そう)は基本中の基本ではないかね?!」

 

「粛に」

 

たったその一言で、部屋の気温が一気に下がった。声の主は向かいに座る重鎮で最も高齢のスーツを着た、胸まである長い白髪の男である。しかし老人とは言え、滲み出る覇気はまるで座っている回転椅子が玉座に見えてしまう程に凄まじく、立っていた生徒達は皆弾かれた様に席に着いた。

 

「私はI・アイランドの統括を任されている蔵明白亜(くらあけはくあ)だ。まずこの場を借りて島の危急を救ってもらったことを正式に感謝すると共に、本来もてなす筈であった客人の手を煩わせた事を心より謝罪したい。申し訳なかった」

 

白亜が頭を下げると同時に、その左右に控えていた二人も立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「諸君らがタワー前で予想していたように、今日集まって貰ったのはこの事件に関する情報規制を徹底することだ。その為に、まず機密保持契約書に全員署名をしてもらいたい。内容は至極簡潔。いかなる理由があろうとも、事件に関連する君達の行動、見聞きした事、その他の詳細を部外者、SNS、メディア関係者には漏らさない。それだけだ。勿論、法廷で証言台に立つ場合や我々を代表する弁護士と話をする場合など、状況と相手次第ではこの限りではないが。そして当然、破れば相応の沙汰はある」

 

誰も何も言わず、空調とペン先がカリカリと紙の上を走る音だけが上がった。出久は自分がサインした物を含めて全員の署名した契約書を集め、白亜に差し出す。

 

「確かに。では、私はこれで失礼する。相楽、見送りを」

 

「はいよ、旦那」

 

白亜が眼鏡をかけたもう一人の若い男性と共に席を立って一礼してから退室し、唯一残った相楽と呼ばれた民族衣装に身を包んだおよそ科学者とは思えない中年の男が皆をタワーの外へと先導した。

 

「俺、心臓一瞬止まったわ」

 

「こえーよあの人!目とかおっかねーよ!」

 

「しっ、黙っときなって!聞こえてるから絶対」

 

口々に白亜の散々な第一印象を聞き、相楽はカラカラと笑った。

 

「悪いね、不愛想な統括管理官で。強面とあの気迫で誤解されがちだが、白亜の旦那はあれでも愛妻家だ。まあでも、普段より眉間の皺が五倍は増えちまうのは無理も無い。特に今回の事件では後始末の矢面に立つ事になるから、猶更ご機嫌斜めなのさ」

 

「でも、あー・・・・・・こういう言い方しちゃうとアレっすけど、たかがヴィランの侵入一回でそこまでの事になります?」

 

切島の質問に相楽は首肯した。

 

「ああ、それぐらいだったら別に問題は無い。一年に一回あるかないかってぐらい頻度は低いから記事にすらならなかった。ただ、今回は成功してしまった事実と、内部の人間が共犯者だったってのが大問題だ。さっきだってひっきりなしにかかってくるスポンサーからの連絡を保留して会議室に出張ったからな。実際は旦那の所為じゃないんだが、立場上の連帯責任があるし、真面目だから個人的にも責任を痛感してる。ま、それはこっちの問題だから少年少女諸君は気にしなくていい。エキスポ開催中の三日間を存分に楽しんでくれたまえ。」

 

悪戯盛りの悪ガキの様な笑みを浮かべた相楽は手を振り、口笛を吹きながら踵を返すと、その姿はフッと消えた。

 

「さて、昨夜は意図せずヒーロー活動に従事してしまいましたが、エキスポも続行するわけですし、後れを取った分を今から取り戻して楽しみましょう!」

 

「おおー!」

 

全員の距離が少し離れどこに行こうか、誰と行こうかと年相応の高校生らしくワイワイし始めたところで、タワーの正面扉の左右に並ぶ柱の横から消えた筈の相楽が現れた。

 

「悪いね、緑谷君。君に損な役回りを押し付けてしまった」

 

「内部にいた共犯者の名前と目的を()()()()()()()()()()()()()()()()()って機密保持契約ですから、それは別に構いません。でも約束は忘れないでください、百識ヒーロー『ヘルヘイム』さん」

 

「勿論だとも。今回限りだが、志村奈々とその親戚縁者に関する情報は喜んで提供しよう。明後日までには用意しておく。しかし、まさか俺の事を知っている奴がまだいたなんて、久しぶりにドキリとしたよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ああ、それとだが、」と友人達に追いつこうと駆け出した出久を相楽は呼び止めた。「いい機会だから一つ覚えて帰ってくれ。一人の憎しみは、百人の善意を打ち砕く力を持つ。そうやって人の歴史は幾度となく血に染まってきた。そして面倒なことに、憎しみ、即ち悪意は広範囲に、誰にでも伝播する。」

 

言うだけ言った相楽は、今度こそ本当に姿を消し、出久も自分を呼ぶ友達の方へと走り出した。

 




なんか思った以上に葛城博士の出番が出てしまった・・・・・・でも科学者と言う事もあってメリッサのメンタルケアには最適な相手なのではと思い、このような形に仕上がりました。夜中の妙なテンションで加筆を進めていくと同時にカメオ出演数もアップ。

今回、相楽はDJではなく植物園の管理責任者です。フルネームは相楽蛟(さがらみずち)。好物は果物全般。果肉だけでなく皮も丸ごと食べます。種は植えて栽培する派。

そして既に投稿したエピソードの伏線などもある程度回収しておく必要もあるので若干無理矢理感があるかもしれませんが、そこは何卒ご容赦を。

合宿編ですが、開闢行動隊をどうしようか考えていなくて正直悩んでいます。ステインの犯行は連合とは無関係と発表しちゃったので・・・・・・それを踏まえて原作キャラ不在のタグはつけてあるのですが、第三勢力もあり、か?

原作の流れ的に『二人の英雄』はウォルフラムを倒して終わりなところがあったのでBattle of I-Islandの本編はここで終了ですが、最後にもう一話だけお付き合いくださいませ。

次回、Extra File 4: 最後のShow Down

SEE YOU NEXT GAME........


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Extra File 4: 最後のShow Down

ようやく書く機会が出来たので書きました。

インスピレーションの為に森恒二先生の『ホーリーランド』を読み返したりドラマを見直したりしました。


三日間開催されるI-エキスポ最終日の早朝六時。メリッサに頼み、タワー内の実験室の一つを借りた出久はそのだだっ広く、何も無い部屋の壁に背を預けて座りこみ、スマートフォンからメッセージを送った。

 

待つことおよそ二十分、堅牢な合金製の自動ドアがスライドし、普段着の爆豪勝己が足を踏み入れた。

 

お互い用件は言わずとも分かっている。

 

「喧嘩にルールってのも変な話だけど、一応設定しとこうか」

 

「『個性』以外は何でもあり、だったな」

 

「うん。でも目潰し、金的、喉への攻撃はなし。あとは・・・・・・首折るの禁止。延髄、締め技ならあり」

 

徹底的に痛めつけるつもりはあっても流石に出久も殺すつもりはない。何よりこれは処刑ではなくけじめなのだ。さりとて手を抜くつもりも、泣いたところで殴るのをやめるわけでもないが。世間話でもするような調子で最低限のルール以外を排して出久は爆豪と向かい合った。

 

距離こそ『個性』を使わなければ届かない間合いだが、爆豪は出久の表情を見て思わず生唾を呑み込んだ。その表情は只々ひたすらに恐ろしかった。今まで見たことも無い、むしろ来世になっても見たくない、限界まで瞳孔が開き、口角を吊り上げ、歯を剥き出した面差しは、正に鬼面毒笑。どんな感情が混ざってその表情を形作ったにせよ、決して一介の高校生がしていい顔ではない。

 

そしてそれに触発され、今まで出久につけられた黒星の記憶が頭の中で再生される。拳と蹴り、肘に膝、一発一発当てられた所が警告するように疼いた。

 

やめろ、どうせ無駄だ。さっさと逃げろ、訓練や試合とはわけが違う。そんな心の声が足を後方ににじり寄せる。

 

試合とは読んで字の如く試し合い、つまりはリハーサルだ。百万回やったところでそれは変わらない。真剣勝負(リアルファイト)にはなりえない。審判は勿論不在、そして殺すなというルール以外はほとんど何もない以上、向こうは死にたいと思いたくなるぐらい強大かつ凶悪な暴力を振るい続けるだろう。

 

だが退くわけにはいかない。敵前逃亡などプライドが許さない。今まで生きてきて負けた事はあっても、不戦による敗北だけは一度も無いのだ。四度も惨敗した相手の前では自慢にすらならないが、そこだけは死んでも譲れない。

 

互いの距離が縮まるにつれ、歩幅、速度、血圧、そしてアドレナリンも上がっていく。

 

片や己を奮い立たさんと上げる気合の叫び。

 

片や再び心を踏み砕き、敗者に相応しい結末(エンディング)と、それを避けられない恐怖を植え付けんと吐き出す恫喝の唸り声。

 

初手、爆豪。右足の横蹴り。

 

二手、出久。低い体勢を更に低め、擦れ違いざま軸足にラリアット。

 

文字通り足を掬われて爆豪は体勢を崩すも、すぐに受け身を取った。

 

だが立ち上がった時には既に出久の飛び上がりつつ振り下ろされる拳がこめかみを捉えた。骨と骨がぶつかる鈍い衝突音と共に視界が傾く。追い打ちに脇腹に鋭い蹴りが入り、体が宙に浮かされる。

 

その勢いを利用して転がって距離を取った爆豪は立ち上がった。

 

「右の大振りが読まれてるからって次は右足の蹴り?安直で暗弱だね」

 

構えすら取らず、自然体のまま大股で近づいて追撃を始めた。拙い防御と回避も時間稼ぎにすらならない。筋肉量と体格は劣るが、それだけだ。『個性』があろうとなかろうと、自分が負ける根拠にはならない。

 

「たまに思うよ。何で中学の時、君のヒーローへの道を永久に閉ざす算段を立てなかったのか。君が今まで僕にしてきたことを考えれば、退学と少年院送致は当然だった。法廷で学校その物を叩き潰す事だってできた」

 

繰り出される連打を片手で払い、苦し紛れの右の大振りの威力を踏み込んで封殺。膝裏に手を潜り込ませ、腰のひねりと同時に押し上げる相撲の外小股の応用で投げ飛ばす。

 

「でもそうしなかった。グラファイトに選ばれる前に僕が君を殴る事で手を打ったんだ」

 

立ち上がりながらも低空タックルで足を掴もうと迫ってくる爆豪の背面。飛び越えつつ、延髄に拳で鉄槌打ちを振り下ろす。

 

「今思い返せば、あの時僕は・・・・・・まだ君に洗脳されたままだった。ヒーローになる夢を持つことに対して罪の意識を抱かせ、『個性』を持たない僕は何物にも成る事は許さない。憧憬の念を抱いて自分を見上げるだけならまだ許す、と言う風に」

 

未だに目を回して立ち上がれない彼の鳩尾に出久は助走の勢いを乗せた蹴りを入れる。蛙が潰れたような苦悶の声とともに吹っ飛ばされ。二度、三度と爆豪は体を引き攣らせ、やがて酸っぱい悪臭が鼻につく。

 

「だけど、もう違う。君の思い通りにはならないし、させない。僕は自由になった。君の精神的圧迫からも、暴力からも。そして君に奪われた物を僕も君と同じ方法で奪い返した。自分の生き方、自分の在り方、それをよしとする自信、そして人間としてのプライドを、暴力で。後はもう一つ。僕が溜飲を下げる理由を差し出してもらう」

 

「喧嘩でゴチャゴチャ・・・・・・駄弁ってんじゃねえよ!」

 

再び爆豪は飛び掛かる。が、やはり遅い。粗い。

 

「余裕をこくのは強者の特権だ」

 

爆豪勝己は幼馴染でもなんでもない。ただの敵。十年分の人生を無駄にさせた、クズで、カスで、目障りな敵だ。腹が立つ。だが彼にではなく、こんな弱者に踏みつけられる事を良しとし続けていた自分に。

 

「お前が僕の意思を捻じ曲げるな。僕に指図をするな。僕の矜持を奪うな。僕の如何を決めるな。決めるのは――僕だ」

 

膝蹴り、ローキック、掌底、拳、肘、頭突き、投げ技。身に付いたありとあらゆる戦闘技術を総動員した。受け止められようとガード越しに衝撃は通せる。ブロックされようと、反撃をいくらか食らおうと構わずその上から執念深く、非道に、苛烈に攻める。

 

気づいた時には壁際に迫っており、最後に放った前蹴りで彼を壁に叩きつけていた。

 

爆豪の顔は目尻、瞼、唇、鼻からは血を流し、防御の為に上げていた両腕も痛みと痺れで震え、だらりと下がっている。衣服に隠れて見えないが、全身くまなく打撲痕と皮下血腫が出来ているだろう。足も踏ん張りが利かず、壁に体重を預けて辛うじてつっかえ棒にしている状態だ。

 

「頭を垂れて蹲え。そして負けを認めて、僕に謝れ。僕の留飲を下げられるのは、それだけだ。それ以上はいらないし、それ以下は認めない。応じるならばよし。今後一切蒸し返すことはない」

 

無論、拒否するならば応じるまで時間をかけて心身を諸共に砕く用意があるが、それはその時だ。まずは自分が奪い取る物を明言する。

 

しかし返事を聞く前に、ドアの開閉音が出久の耳に届いた。

 

「お前ら何やってんだよ!?」

 

「緑谷君!今すぐにやめたまえ!」

 

声の主は飯田と切島だった。

 

「クソモブ、共が・・・・・・」

 

「ホンットに間が悪い時に来るなあ、もう」

 

ほぼ同時に溜息交じりの舌打ちが二人の口から洩れた。

 

遊び疲れて寝ているだろうと思い、人目のつかない場所と時間帯を選んだと言うのに。出久は声がした方向に顔を向けると、アイランドジャック事件で活躍したクラスメイトの面々が戸口に立っていた。ある者は驚き、ある者は困惑し、ある者は血にまみれた二人の姿に足を竦ませ、またある者は諦めにも達観にも見える、何とも言えない顔をしていた。更にその後ろではきまりが悪そうに目を伏せるメリッサの姿が見えた。大方彼女に居所を聞いたのだろう。

 

持ち前の『個性』と脚力で二人の間に飯田が割って入り、出久を爆豪から多少強引にでも遠ざけようと間合いの外へと半ば引きずり出し、切島も倒れ掛かった爆豪の肩を抱いて支えた。

 

「緑谷君、説明したまえ!これは立派な暴力事件だぞ!」

 

飯田自身も殴り掛からんばかりの剣幕で出久に詰め寄った。それに触発され、八百万を筆頭に全員が駆け寄る。

 

「説明も何も、事件の夜に植物園で言ってたじゃないか。ヴィランをカタに嵌めた後で僕と話をつけるって。それとも、アレをその場凌ぎの口約束だとでも思ってたの?飯田君も麗日さんも知ってる筈なのに?僕らの()()というか、()()をさ。まあ、いいか。改めておさらいしよう」

 

不幸自慢に聞こえるのもあり、出久は正直話したくなかったが、話さなければ理解はされないどころか納得する努力すら放棄されてしまう。だから全てその場で話した。十年以上続くいじめっ子といじめられっ子の関係、その関係を破壊する為の一歩、そのくびきから逃れる為の大金星の数々、そして全てに決着をつける為のけじめの喧嘩。

 

改めて聞いた者も、初めて事情を耳にした者も、何も言えなかった。出久の胸ぐらを掴んでいた飯田の手も緩んだ。

 

「これを聞いた後、何を思ってこれから僕と接するかは皆に任せるよ。友達のままでいたいならそれでもいいし、距離を取りたいって言うなら、勿論一向にかまわない。でもこれだけははっきりさせとく。僕は自分が何一つ恥じる事をしたつもりはない。僕達の間で始まった事の始末をつけてるだけだ。たとえそれが何を意味しようと、お互いどんな代償を払う事になろうと。これは僕と彼の問題だ。邪魔だけはしないで欲しい」

 

「なら!もういいだろ!?爆豪ボロボロだぞ!もう勝負はついたんだから終わりでいいじゃねえか!」

 

「良く、ねえよ。クソ髪が」

 

支える切島の腕を振り払い、爆豪は出久をまだ腫れていない目で睨む。

 

「彼の言う通り、よくないよ。何一つよくない」

 

中学、入試、屋内対人戦闘訓練、そして体育祭。どれもルールはあった。公式だろうと暗黙だろうと、何かしらの制約はいつもあった。敗北と勝利の判定を定めたルールがあった。だが出久ははっきり覚えている。爆豪勝己は、一度たりとも自分の口から負けを認めていない。つまり、真の決着は未だついていないのだ。たとえ足を折られ、腕を引き千切られ、ぼろ雑巾になっても、敗れた本人が認めなければ決着とは言えない。

 

「敗北宣言と僕への謝罪。その条件が満たされていない以上、何一つ終わっていないんだよ。切島君がどれだけ説き伏せようとも、彼は頭を縦に振る事は無い。心の底から負けなければ、ね。だから、そこをどいて」

 

切島は一言「嫌だ」と返し、爆豪を背なに庇った。

 

「切島君――」

 

「断る!!お前らでけじめつけなきゃいけねえってのは、分かる。筋を通さなきゃ終われねえってのも分かる。部外者の俺が出る幕じゃねえってのも、分かる。分かるけど!それでも俺は・・・・・訓練でもねえのにクラスの仲間同士が殴り合うとこなんて見たくねえんだ・・・・・・ッ!」

 

「だったら黙ってさっさと帰れや、カスが」

 

爆豪は切島を押しのけ、口を手で無造作に拭うと、乾いた血を舐め取った。

 

「俺はこの場にいる奴の手なんざ借りねえ。借りるぐらいなら今すぐ舌噛み切って死んでやらぁ。見物すんなら勝手にしやがれ。だが邪魔すんなら、ぶっ殺す。それだけだ」

 

「だね。僕も引くつもりはない。これは今この場で出来るからこそやらなきゃ意味がないんだ。水差されちゃったけど、今ここで止めるなんてだらしない真似は出来ない。全部、無駄になる。今までの訓練も、戦いも、勝ち星も――全部パァだ!この件に限って『浪費』、『無駄』の類は、一切許さない。止めると言うなら、諸共に君を踏み潰す。」

 

二人に挟まれ、睨まれた切島は身を固くしたが、不意に肩に手を置かれた。

 

「轟・・・・・」

 

「お前の言い分は分かるが、俺は続行する事には賛成だ。切島、首突っ込む場所を間違えてるぞ。状況こそ体育祭って違いはあったが、俺は緑谷と徹底的にぶつかり合って蟠りを消して、その結果として友達になった。二人がそうなるかどうかは分からねえが、俺には関係ない。当人同士で決める事だ。だから俺やお前が二人の取り決めをどう思おうと、どっちが正しかろうと、その結果を出す為の喧嘩の邪魔は助けでもなんでもねえ。侮辱だ。クラスの仲間って繋がりが大事なら、不干渉のまま意思を尊重して、信じて待つのが部外者なりの筋の通し方じゃねえのか?」

 

それだけ言い残すと、轟は皆を置いて一人実験室の出入り口を目指したが、一度足を止めて振り向いた。

 

「ああ、それとこれは俺の勝手な希望だが・・・・・・できれば緑谷に勝って欲しい」

 

数十秒の沈黙を破り、遠ざかる轟の背を悔しそうに「・・・・・・っかぁ~~~~・・・・・・・何だよあれ!?」と叫んだが、声音とは裏腹に切島は感服したように角を曲がって姿を消した戸口を見て、顔を顰めつつも笑顔だった。

 

「よっ!轟焦凍、男伊達ぇ~~!!」冗談交じりに耳郎が声を張り上げた。

 

「切島君、あそこまで漢らしい事言われて更にゴネたら、完全に恥の上塗りやよ?」

 

「だよなぁ・・・・・」麗日の後押しもあり、切島はため息をついて両手を上げて降参のポーズをとる。「分―かった。俺の負けだわ。ちなみに俺は爆豪の勝利に一票な」

 

「分かったからさっさとどけや、アホ髪。」

 

「けどなあ・・・・・緊張感とかアドレナリン無くなったよ?全部。どうすんの?色々台無しだよ?」

 

「あ?んなモンこうすりゃいいんだよ」

 

近づきつつ、爆豪の頭突きが出久の鼻頭を捉えた。完全な不意打ちに仰け反り、鉄の匂いが鼻腔を満たす。ダメージが足に来ているお陰で幸い鼻骨は折れていないが、重力の力もあってかなり痛い。

 

「さっきのお礼参りじゃ、糞ボケ」

 

相変わらずの凶悪な笑みを浮かべ、爆豪はかかって来いと手招きする。

 

「・・・・・・私、趣味や嗜みは数多くありますが、午前の早い時間に殿方同士の殴り合い見物は含まれていませんので、これでお暇させていただきますわ。救急キットは創っておくので、必要とあらばお使いくださいまし」

 

「あー・・・・・・同感。ウチも別にいいかな。折角だから二度寝したいし」

 

「俺らもパスだわ。実は昨日朝飯一緒に食いたいって誘われてんだよ。な~、峰田!」

 

「おう!行こうぜ!」

 

「ならば、僕は残ろう。因縁を最初に打ち明けてくれた者の一人として、決着には立ち会って然るべきだからな」

 

「そうやね、なら私も飯田君と残って最後まで見届ける」

 

「そういう事なら、俺も残るぜ。どっちかが歩けなくなるぐらいボロボロになるかもしれねえし」

 

「んじゃ、以下同文であたしも残ろーっと」

 

喧嘩を再開した二人を見て残る者と決着を待たずに退散する者に分かれ、鈍い打撃音と少年二人分の唸り声が響く。残った男女四人は、それを只々注視していた。見入ってしまうのだ。

 

クラスメイトの闖入があってから時間の感覚がない。二十分経ったのか、三十分か、はたまた一時間か。何にせよ、決着は今日つける。

 

殴り合いの興奮を冷まさぬ為にも、出久は攻撃の手こそ緩めなかったが、防御を捨てた。着ている服が暗色で統一したのは幸いだった。血まみれのシャツで歩き回っていたら何が起きるか分かった物ではない。

 

拳の頭の皮が捲れ、膝や足首が軋む程の打撃。

 

打撃の都度跳ね上がる頭と、折れ曲がる胴体。

 

疼く痣、腫れ、そして舌に広がる鉄の味。

 

それらが全てを二人の頭の中から消していく。怒りも、責任も、しがらみも、葛藤も、目的すらも。快、不快のみが行動の源であり、目的である。

 

しかしそれも長くは続かなかった。

 

天井を見上げる爆豪勝己の胸に、見慣れた赤いハイトップのスニーカーが申し訳程度の体重をかけている。踏ん張りを利かせようと重心がぶれまくっているのを靴裏越しに感じる。

 

「わーったよ、言やぁいいんだろ?一回しか言わねえからな。俺の負けだ。それと・・・・・・今まで、ごめん」

 

胸の重圧が消え、隣に小学生のガキ大将顔負けの勝ち誇った笑みを浮かべた幼馴染が隣に倒れた。外野が駆け寄ってきて何か言っているが、聞こえない。何故なら彼の目に映った自分も、おかしなことなど何も無い筈なのに口元を大きくほころばせていたのだ。

 




これで一応出久・爆豪のけじめの喧嘩は終わりました。長かったな・・・・・・

お次はいよいよ林間合宿!

次回、File 54: 『個性』を伸ばして、Everybody Jump!

SEE YOU NEXT GAME......


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Level 6: 敗残
File 54:『個性』を伸ばして、Everybody Jump!


合宿編以降についての話の流れに関するアンケートがございますので、ぜひご一読ください


校門前のバス停に一年A組の引率である相澤消太ことイレイザーヘッドが、整列した教え子二十人一人一人の顔を見据えた。

 

「雄英高校ヒーロー科の授業は一学期が終了して、現在は夏休み期間だ。しかし、プロヒーローを目指す諸君らに『休み』、『安息』、その他諸々の類語は無いものと心得ておけ。授業を含めた様々な経験をしてきたお前達はそれらすべてを最大限活かし、更なる高みへ――Plus Ultraを目指してもらう。その成長を促す為にも、オールマイトが校外のプロヒーローを二人呼んで一足先に現地で待って頂いている。俺からは以上だ」

 

「では諸君!席の並びも旅行バス同様全て前方を向いているから、今度こそ教室の席順に並んで座ろう!!」

 

前回の失敗から学んで座席の並び方をチェックした飯田は相変わらずの委員長気質を発揮していた。

 

「いやー、にしてもまたやられちまったな」

 

上鳴が溜息交じりに誰ともなしに声に出した。

 

「だな。合理的虚偽なんざ男らしくねえ・・・・・・」

 

切島も行ける事自体は素直に嬉しいが、げんなりせざるを得ない。グラファイトが宣告した通り、補修と言う名の無間地獄が到着地点で待っているのだ。あの鬼教官に果たして何をさせられるか、考えただけで吐きそうになる。実際期末試験前日のトレーニングでも自分を含め約四人が実際に吐いてしまったのだ。

 

「あのどんでん返しはなあ・・・・・・確かに毎度毎度心臓に悪いよ」

 

「麗日、そうは言うけど相澤先生もクリアイコール合格とは言ってなかったし、逆に赤点取ったら行けないとも言ってなかったからな」

 

相澤の言い回しは詐欺まがいどころか詐欺その物の手法だったが、しっかり意味を考えず、鵜呑みにした自分達にこそ非がある。イカサマは気付かずにやられた方が馬鹿なのだ。

 

「まあまあ。合理的虚偽のおかげで全員林間合宿に行けるんだからそう言わないの!」

 

赤点を取って絶望が希望に変わった芦戸は普段より高いテンションで周りのクラスメイトとワイワイガヤガヤ接している。

 

「緑谷君、そのノートは……ヒーローの『個性』用ではないね。ヴィラン連合対策の為かい?」

 

「ああ、うん。一応ネットで公開されている要注意人物とか指名手配犯とか、学校の資料室にある記録とかからも情報は仕入れてるんだ。脳無専用のノートもある」

 

「やはり島での一件が気がかりなのかい?」

 

「うん、なんかね」と、出久は頷いた。「うまく言えないけど漠然とした嫌な予感がするんだ」

 

I-アイランドの事件以降、何一つ動きが無いのはあまりに不自然なのだ。オールマイト経由で警察が調べたヴィラン連合関係の情報やグラファイトの暇潰しのハッキングで逐一入ってくるが、ぱったりと情報が途絶えている。これが第一の不安要素。

 

死柄木弔——ヘルヘイムの情報で本名は志村転弧らしい――は幼稚だが決して馬鹿ではない。オール・フォー・ワンが後ろ盾にいる以上、失敗を糧に学習し、また何か仕掛けてくる可能性が高い。これが第二の不安要素。

 

これらの根拠は、オールマイトが連合の情報を洗い出すことに専念する為、この林間合宿に参加しないと言う事にある。林間合宿中世話をしてくれるヒーローが四人、オールマイトが外部から応援要請をして駆け付けた二人、そして引率教師の二人。プロヒーロー合計八人はかなりの戦力と言えるが、果たしてこれで足りるのか?

 

脳無の製造過程や期間は知らないが、相手が相手だ。材料にも設備にも事欠かないだろう。ショック吸収、超再生、翼などの『個性』を持った個体を大量投入してきたら、ヒーロー科の生徒総勢四十名でもどうなるか分からない。A組はグラファイトのしごきで多少戦闘能力もプロヒーローの卵としての意識は上がった筈だが、ヒーローは基本不殺が大前提だ。脳無を完全破壊することを躊躇って死ぬかもしれない。

 

そして忘れてはならないのがウォルフラムの様な子飼いのヴィランである。どんな奴らなのか、想像もつかない。何より厄介なのが、自前の物以外にどんな『個性』を与えられているかが相対するまで分からないと言う事だ。

 

今や三冊目となっているヴィランノートはその不安を紛らわすための気休めなのだ。

 

『吸血鬼』の能力を持ち、一万以上の人的被害を出した齢百を裕に超えて未だなお逮捕されていない老獪な『ストラード』。

 

猛毒精製の『個性』を駆使して化学兵器を作り出すだけでなく、高値で売り捌く『ヴェリーノ』。

 

『個性』で切り刻んだ人間の断面観察とそれを食す事に快楽を見出す狂気の殺人鬼『ムーンフィッシュ』。

 

個性犯罪の渡し船となる数多のフィクサーとブローカー。

 

そして『解散』はしていても『壊滅』には至っていない、未だ休眠中の『異能開――

 

「こら!」

 

「いてっ!」突然出久は頭頂部に軽い衝撃を感じ、ペンを紙面に走らせる手を止めた。顔を上げると、斜め前方に座っている芦戸三奈がポテトチップスの入った筒形容器を持っていた。

 

「せっかくの全員行ける合宿だよ?!怖い顔禁止!」

 

「そんな怖い顔してた、僕?」

 

「してたよ。めっちゃ怖い顔」

 

やはり島の一件が落着してからという物、自分の中で何かが変わってしまっている。ごめんと一言謝り、リュックの中にノートとペンを乱雑にしまい込んだ。

 

「ごめん、落ち着かなくて。ここ最近考える事が多すぎてさ」

 

「緑谷君、島での一件の事を気にしているのなら、どうか胸を張って欲しい。君の様な自分を貫き通せる友達がいて、むしろ誇らしいよ。ちゃんと見習わなければ・・・・・・」

 

隣の席から後ろで騒ぐクラスメイトをいさめるのを遂に諦めた飯田がしかめっ面の出久の肩を叩いて励ます。

 

「ああ、うん・・・・・・お気遣いありがとう」

 

実際そこははっきり言ってどうでもいい。あの時の宣言は今も昔も撤回するつもりはない。折角盛り上がっている所でヴィラン連合がどうのと水を差すのも憚られるので、勝手に勘違いしてくれてこれ幸いと、出久は適当に相槌を打った。

 

キャンパスから出発してバスに揺られることに時間が経過し、小休止の為にバスは一時停車した。

 

そしてここで、A組の面々は不審な点に気付き始めた。一つは停車したのは高速道路にあるパーキングとは名ばかりの欄干付きの空き地である事と、もう一つはB組のバスが見当たらない事。三つめは、車が一台待っているように停車していることだ。

 

「よう、イレイザー!久しぶり!」車の中から明朗な女性の声がした。

 

「ご無沙汰してます」それに応じて相澤が頭を下げた。

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」

 

猫モチーフのメイド服コスチュームと猫の手グローブを身にまとった女性二人の名乗りに面食らったA組は、ただ無言で二人を凝視した。

 

「今回の合宿でお世話になるプッシーキャッツのお二人だ。」

 

「山岳救助を中心に活動するフォーマンセルのベテランヒーローチーム!キャリアは今年で十二にょう!?」

 

それ以上何か言われる前に猫の手をかたどったデザインのグローブで出久は顔面を掴まれた。

 

「心は十八!!」金髪の女性がまるで自分に言い聞かせているような凄まじい形相で出久の言葉を遮った。

 

「必死かよ・・・・・・・」

 

そんなやり取りをやっている最中、一台のバイクがその場で停車した。一人はスーツ姿にヘルメット、もう一人は黄色いコスチューム姿の小柄な男だった。

 

「一分ほど遅れてしまったな」

 

「よう、小僧!元気にしとったか?」

 

「その声はグラントリノ!?サー・ナイトアイまで、どうしてここに?!」

 

「オールマイトが念の為の警備増強という名目で応援を頼んだのが、我俺の仲である彼と私だ」ヘルメットを脱ぎ、懐の眼鏡をかけて乱れた七三分けを指で直した。流石に暑いのか、サドルバッグから折り畳み傘を取り出し、展開する。「それに、島で私は言った筈だぞ?また会おう、とな」

 

別れ際の社交辞令じゃなかったのか。だが、経験豊富な機動力抜群の攻撃を当てにくいヒーローと未来を予知するヒーローと言うのは心強い。

 

「これで全員揃ったな。お前ら、挨拶しろ」

 

自己紹介と挨拶が一通り終わったところでショートヘアーのヒーロー マンダレイが現在地から見える山の麓を指さした。

 

「ここら一帯は私たちの所有地なんだけどね、あんたらがこの数日過ごす合宿所はあそこ」

 

目算で見積もっても距離は三桁のキロメートル単位だ。

 

ここで新たな疑問が生じた。もしそこまで距離が離れているなら、何故ここで止まったのか?

 

「ま・・・・・・まさか・・・・・・」

 

「今は午前九時三十分。速ければ十二時前後かしら?十二時半までに到着しなかったキティ達はお昼抜きねー」

 

「ば、バス戻ろうぜ、バス!」

 

「そうだな、そうすっか!な?」

 

嫌な予感が的中したらしく、既に何人かはバスに戻ろうとマンダレイ達に背を向けた。しかし、そこに立ち塞がったのは緑谷出久だった。

 

訳が分からず、全員の防衛本能に一瞬の隙ができる。

 

「皆ごめん!フルカウル30% Chicago SMASH!!」

 

出久はスパークする両腕を左右に大きく広げ、風圧で土が舞う。そして伸ばし切ったまま手を羽ばたかせる様に力一杯振り抜いた。土煙が舞い上がり、視界が潰れると同時に全員の体が地上を離れ、欄干の向こう側へと吹き飛んだ。辛うじて欄干に尻尾を巻き付けたり手足を引っかけて残っている者も、うねる波のように盛り上がる地表から引っぺがされ、同じように吹き飛んだ。

 

「私有地につき『個性』は使っちゃっても大丈夫だから、今から三時間、自分の足でその魔獣の森を抜けてごらんなさい!

 

「お~、多少は出力制御がマシになっとるな。今で上限はなんぼだ?」

 

「今で39%になりました。緊急時には40%台もいけます。相澤先生、何で僕だけここに残れと?」

 

「あーその事だがな。緑谷、この際だからはっきり言おう。お前は強い。経験則が足りないのは仕方ないが、お前は一年坊全員の中でも頭が一つ二つは抜きん出てる所がある。ご丁寧に『個性』伸ばしやコスチュームに関するノートも全員分こさえてるしな。正直、今のお前に相打ちせずに勝てる奴があのクラスにはいないと言うのが俺の意見だ。が、しかしそこが問題でもある」

 

「と、言いますと・・・・・・?」

 

「お前のクラスメイトを想う心は立派だが、お前のその突出した能力に対するあいつらの依存を早い段階で断ち切らなければならない。個々人の能動的成長を促す為にも」

 

確かに合理的な相澤らしい理由とやり口だ。正規だろうとなかろうと、チームアップをしたところで最終的にヒーローが頼れるのは自分なのだ。本来助ける側の人間が助けられてばかりいては本末転倒である。

 

「じゃあ、僕はどうすれば・・・・・・もしかして一人で別ルートから森を突っ切れと?」

 

「流石にそれは許可できない。複数人いるならまだしも、見知らぬ森の中だと怪我や遭難の危険が高まって訓練どころじゃなくなる。一人ならなおの事だ。お前はこのまま徒歩で道なりに進めばいい。遠回りになるが、合宿所には着く。そう言いたいところだが――」

 

「前振り長っ!!」

 

「お前にも森は抜けてもらうが、もう少し苦戦してもらう。まず、両手足にこれをつけろ」

 

相澤がポーチに手を入れ、四つの輪を差し出した。期末の実技試験でプロヒーロー達が装着していた、超圧縮重りである。

 

「重さは調整してあるが、合計がお前の体重とほぼ同じだ」

 

「おぉ・・・・・」

 

「儂からも、一つくれてやるわい」

 

グラントリノはバイクのタンデムシートから飛び降り、出久の顔面に自分とお揃いの目元を隠すドミノマスクを張り付けた。

 

「別ルートで言ってもらうからな。迷わねえようにそれをナビに使っとけ。言わずとも分かってんだろうが、落とすなよ?」

 

「はい!」

 

そうは言いつつも、出久は動かずにナイトアイの方へ目を向けた。

 

「何かな?」

 

「いえ、前回みたいに実力測るための縛りを何か追加するのではないかな~と」

 

「今回その必要は無い。勿論、君の実力の底が見えたなどと言うつもりは無いが、一定水準は超えていると言う事は確認できた。今回はそれをキープできると見せてくれれば十分だ」

 

「了解です。じゃ、行ってきます!」

 

フルカウルの出力を上げ、出久は跳躍し、その場に深くスニーカーの踏み後を刻みながら木立の中に消えた。

 

「で、イレイザー。あの子何者なの?普段は教え子に厳しい貴方がそこまで言うなんて。確か、雄英体育祭一年の部で優勝してたわよね?主席入学で入場の挨拶もしてたし」

 

「何それ!?有力候補じゃないの!?」

 

「はい、能力を見ればあいつは優秀ですよ」プッシーキャッツの全距離担当のピクシーボブの一言を無視し、マンダレイの質問に相澤は目頭を押さえつつそう答えた。

 

「『個性』に関しては頭脳が半分コンピューターで、常に最適解に手を伸ばすことを信条としている。ノーライセンスのくせに下手なヒーローよりもヒーローらしい。そこらのヴィランじゃ準備運動にもならないでしょう。けど、問題は性格です。これは、緑谷が課題のレポートとして提出した物の抜粋です。読み上げます」スマートフォンを取り出し、読み上げた。

 

――歴史上、『正義』は『悪』よりも人を殺している。何故なら正義は麻薬だからだ。人を盲目にし、考える力を奪う。そして何も分からないまま争いに身を投じさせる。その最もたる例が十字軍遠征だ。十一世紀から二百年弱、両陣営が九度に渡り石畳を赤く染めた。ただひたすら、正義(かみ)の名の下に。今とて『正義』というイデオロギーがいかに危険か、そしていかに多くの矛盾を孕んでいるか、気付く者は微々たるものである。故に西部開拓を正当化するマニフェスト・デスティニーや国家社会主義、非国民と言う侮蔑的レッテル、『個性』の種類ないし有無による差別的意識の改革停滞など、『正義』という名の毒は『ヒーロー殺し』ステインなどの過激な思想家の台頭に至るまで連綿と受け継がれている。

 

「・・・・・・まるで大学の卒業論文じゃな」

 

「うむ、確かに。磨けば賞の一つや二つは難なく取れる内容だ。そして、『正義』という概念そのものに真っ向から挑む狂気にも似た何かを感じる」

 

「そう、まさにそこです。今でこそ問題は起きていませんが、状況打破の最適解への工程がどれだけ苛烈で、悪辣で、卑劣であろうと、断固たる決意でやり切る。たとえ結果的に我が身を削る事になろうとも」

 

考えはまるで常在戦場、動きは擬人化した戦闘教義。腕や目を潰されたぐらいでは止められないし、止まらない。文字通り、命ある限り戦うだろう。それこそ、オールマイトの様に。いや、むしろオールマイトをあらゆる面で良くも悪くも凌駕するかもしれない。

 

「最適解に辿り着く工程構築の際に思考が偏るのは仕方ないでしょ。人間なんだからさ。それに我が身を省みていない、というわけではなさそうだし、別に問題は無いんじゃない?」

 

マンダレイが朗読された抜粋部分を反芻しながらそう返した。

 

「省みてはおるが、いざという時は自分を勘定から切り捨てる事を先取りして考えとるようじゃな。それにあいつは恐らく必要とあらば厭わずヴィランを殺す」

 

グラントリノの言葉にナイトアイの眉間の皺が深まった。「ご老体、冗談でも言葉が過ぎますよ?」

 

負けじとグラントリノの目つきも鋭くなる。「二十歳にも成っとらん奴がするやもしれん命のやり取りを冗談で口にするほどボケとらんわい、阿保め。儂の勘がそう言っとるってだけだ。そうならなければ、それでよし。ただの取り越し苦労と片付ければええ。当たっとったら・・・・・・まあ、その時は儂らが全力で止めるしかない。ガキを守るのは大人の責務だしの」

 

やり取りの一部始終を車の後部座席から見ていた少年は角が前方に突き出た赤い帽子をかぶり直し、ふんと鼻を鳴らした。

 

「くだらん・・・・・・」

 




次回、File 55: Always ギリギリまで踏ん張って!


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File 55: Always ギリギリまで踏ん張って!

お待たせいたしました。職探し後に無事転職、そして新しい職場での研修でごたごたしておりましたが、二週目のシフトが全て終わって非番になったので投稿します。

大秦寺さんのあの振り切れテンション好きやわ。


「キリがねえぞこれ!」

 

「左から三、右に四、正面は六!」

 

「ちょ、ヤオモモ!後ろ!後ろ後ろ!」

 

「まっかせて~!溶解度最大で、アシッド~チョ~ップ!」

 

時間の感覚などあったものではない。とにかく土で出来た魔獣を倒して前進、倒して前進を只管繰り返す。

 

残った距離はどれぐらいか。何十メートル前進したか。今何時何分か。それら全てに思考を割くだけの精神的余裕がない。出久を除く一年A組十九人全員での連携を維持するだけで手一杯なのだ。

 

土魔獣の形状に際はあれど、サイズは等身大、中型、大型に分かれており、まるで統率の取れた獣の群れの様に襲い来る。大型が楯となりつつ前進し、その馬鹿みたいなサイズに気を取られている間に中型が前衛として距離を詰め、等身大の土魔獣がその脇を固め、足元を守る。

 

おまけにこの土魔獣には血の通った獣と違い、急所が無い。頭や手足の一、二本が欠損してもすぐ足元の土を吸収して元通りになる。殴り、蹴り、投げ飛ばし、叩き潰し、吹き飛ばしても数が一時的に減るだけ。おまけに操る本人には一切ダメージフィードバックはない。そんな手合いを相手にしていれば自ずと己の役目が見えてくる。

 

空中遊撃隊を務めるのは、爆豪を筆頭に瀬呂、常闇、蛙吹、麗日の五人。

 

「死にさらせやクソモブ共が!!」

 

空中での機動力と攻撃力を持った爆豪は無限に湧き続ける有翼の魔獣を相手に文字通り鉄砲玉となった。爆風の勢いで飛び込みながら空中格闘を繰り広げて陣形を搔き乱し、確実に数を減らしていく。

 

「うっは~、荒れてんな、爆豪。まあ相変わらずだけどよ、ッと!」

 

瀬呂も肘のテープを伸ばして魔獣たちの翼や手足を絡め取り、時折振り返って後続がついてきているかを確認。前衛を爆豪に任せ、牽制と捕縛を優先し、全員がある程度固まるまで時間を稼ぐのだ。

 

「梅雨ちゃん、常闇、麗日!落ちてく奴、よろしく!」

 

「承った。ダークシャドウ、殲滅せよ!」

 

「任せて頂戴、ケ~~ロ~~~!」

 

「投げて~、解除!」

 

残りは撃ち漏らしの機動力を削いでとどめを刺しつつ、高台に登れた者から次に出現する新手を確認しつつ各員に伝達していく。

 

地上遊撃隊は飯田、轟、尾白、峰田の四人。

 

轟は空中遊撃隊の手が回り切らなかった方面をカバーした。山火事を鑑みて体に降りた霜を溶かし、体温を維持する以外での炎の使用を一切封印し、範囲攻撃による土魔獣の足止めとアブソリュートカリバーで迎撃。動きが止まったところで三人が更なる波状攻撃で一掃する。

 

「ちっきしょおぉおぉぉぉぉ~~~~!!!お前らの所為でズボンびっちょびちょじゃねえかクソッタレエ!!!」

 

轟が霜を溶かす時に生じる隙は、我慢していた尿意に負けた峰田が倍返しの八つ当たりもぎもぎ特攻、尾白の尻尾の滅多打ち、そして飯田の脚力でカバーする。

 

「くぬぅぉおおおおお!!!!動け!動けエンジン!エンストなど起こしている場合ではないのだぞ!動いてくれ!!」

 

エンストから回復して間を置かず即座にシフトアップ、そして更に度重なるレシプロバースト発動によって飯田のふくらはぎは早くも熱を帯び始め、排気口からも黒煙がプスプスと断続的に吹き出していた。心なしか、エンストから復活するまでのタイムラグも数秒伸びてしまっている。

 

「飯田、これで冷やしとけ」

 

霜を蒸発させた蒸気を纏った轟が右手でふくらはぎと排気口に氷の膜を張り、アブソリュートカリバーを地面に突き刺した。

 

「轟君、何を・・・・・・!?

 

「尾白、峰田、そいつら縦に並べろ」

 

轟の目つきと左手の先に集約していく高熱と光を見て察したのか、二人に否やは無かった。

 

「お、おう!」

 

「分かった!」

 

もぎもぎと尻尾で足元を崩された魔獣の数、およそ十体。

 

「一槍・炎螺!」

 

限界まで息を吸い込んで吐き出し、解放。息を吐き切ったところで炎を消し、同時に右半身で冷却。

 

両隊の役目は、一秒でも速く、一ミリでも前へ進む道を切り開くこと。負担など糞くらえとばかりに一切の出し惜しみを廃し、怒号に気合の声が爆発音や地響きに交じって木霊した。

 

司令隊は耳郎、障子、八百万の三人から為る。前者二人は発達した五感を駆使して敵の動きを察知し、八百万に伝達するのが主な役目だ。

 

「距離三百!右側面から更に六!」

 

「上空左翼から三、右翼から七!」

 

八百万はそれらの情報を総合して最適な配置や陣形の組み換えをいち早く割り出して各隊に伝える。

 

「耳郎さん伏せて下さいまし!」

 

「へ?うぉあっと!?」

 

いつの間にか背後に現れた中型サイズの土魔獣が耳郎に襲い掛かろうとしたところで胸から上が綺麗に吹き飛んだ。

 

「ご無事ですか?」

 

「あ、うん・・・・・・てか武器のチョイスえげつなっ!」

 

創造で作り出したグレネードランチャー・ダネルMGLとH&K MP7を装備し、後方からの火力支援と二人の援護も兼任している八百万は汗を無造作に手で拭い、耳郎を助け起こした。

 

「今の状況では、最高の誉め言葉ですわ」

 

防衛隊は切島、砂藤、上鳴、葉隠、口田、芦戸、そして青山の七人が務めている。役目はその名の通り司令隊の防衛だ。遊撃隊を第一防衛ラインとするならば、防衛隊は言うなれば最終防衛ラインである。故にチームで最も人数が多く、パワー、防御力、攻撃範囲、射程距離、機動力など個々の能力を掛け合わせて何倍にもポテンシャルを膨らませられる総合的なバランスを重視した編成となったのだ。

 

個ではなく群での移動であるため、ある程度足並みを揃えなければならない。が、しかし、着実に前進はしている。ノートによる客観的分析に目を通したおかげで強くなれている。そしてその実感がある。級友のありがたみを噛み締めると同時に、自分が成長していると言う自覚と、彼よりも早く辿り着こうと言う暗黙の意気込みがより一層皆のやる気に拍車をかけた。

 

 

 

「お~お~、皆すっごい頑張ってるね。あ、ここで右か」

 

険しい崖路を駆け上がりつつ反響する爆発音を耳にしながら出久は、所々で立ち上る幾筋もの煙を見て満足そうに何度も頷いた。

 

「まあ、あれだけお膳立てをしてやったのだ。これぐらいは当然だろう。でなければノート十九冊分の代金を全員から徴収しているところだぞ」

 

「グラファイト、それただのカツアゲ」半分は冗談なのだろうが一応たしなめつつ、出久はリュックの中からゲーマドライバーと今まで使ってきたガシャットを取り出した。「I・アイランドではバグルドライバーの方を使ったけど、合宿中はこっちの・・・・・・ゲーマドライバーの試験運用をしたいんだけど、いいよね?」

 

しかめっ面のままグラファイトは頷いた。「気は進まんが致し方ない」

 

使える物は使わなければ意味が無いし、副作用があれば早めに慣れておく必要がある。蓄積した三年分の抗体もあるし、特に問題は無いだろう。いざとなれば自分が出久の体の主導権を奪ってガシャットを抜き取ればいい。念の為にバグルドライバーで変身し、準備を整えた。

 

「では、実験開始だ。いつでもいいぞ」

 

「ん。じゃあ、行くよ?」

 

ゲーマドライバーを腹に充てるとバックルからベルト部分が伸長し、自動的に採寸にあった長さで巻き付いた。

 

「ねえ、グラファイト。この左腰のこれって何?」

 

「ああ。余分なガシャットを収納するホルダーと、必殺技のスロットだ。ガシャット挿入後、スイッチを二度押せば発動する。ちなみにガシャットを入れなければ、ステージセレクト、変遷によって別の空間に敵諸共に強制転送できる」

 

「え、そうなの!?」

 

つまりもしヴィランによる大規模戦闘が勃発した場合、ヴィランを纏めて自分と同じ空間に閉じ込める事が出来ると言う事だ。

 

「ああ。詳しい仕掛けは知らんから聞くな。ガシャットを起動しろ」

 

「ああ、うん」

 

『MIGHTY DEFENDER Z!』

 

起動スイッチを押し、ガシャットの端末部分が一瞬緑色の光を放つと、そこら中に地上と空中にいくつもの煉瓦模様のチョコブロックが現れた。

 

「ふむ、ここまではエグゼイドと同じか。では、お前から見て右側のスロットにガシャットを入れろ」

 

「右側ね。ほいっと」

 

『ガッシャット!』

 

「うわっ!?」自分を中心に展開した回転するキャラクターアイコンの円陣に驚き、思わず右手で払った。しかし、それが偶然アイコンの一つに掠ってしまう。

 

『LET’S GAME! MECCHA GAME! MUCCHA GAME! WHATCHA NAME!?』

 

回転が止まってアイコンが消え、出久は更に一際眩い緑色の光に包まれた。

 

『 I’M A KAMEN RIDER!』

 

そこに立っているのは、見紛う事なき仮面ライダーの姿だ。緑色の頭部とその向きが逆なこと以外はブーツや胸のライダーゲージを含め、ゲンムやエグゼイドによく似ている。

 

「ねえ、グラファイト・・・・・・・僕、もしかしてすっごいずんぐり体系になってない?背丈が伸びたのは嬉しいけどちょっと動きにくい。しかもうまくしゃがめないし。というか、これ着ぐるみに入った人みたいに倒れたら起き上がれないんじゃ?」

 

「まあ、それが第一形態だからな。だが四頭身の見た目に騙されるな、それでもフリーランナー以上の敏捷な動きができるぞ」

 

試しにその場で垂直跳びをしてみると近くにある樹木の梢付近まで容易に手が届く距離まで上がった。一瞬だが要綱を反射する一筋の何かが見えた。おそらくは瀬呂のテープ攻撃だろう。

 

「わ、ホントだ。凄い!」

 

「何か異常はあるか?些細な事でもすぐに言え」

 

「今は特に問題ないよ。最初のあのパネルが一杯出て来た時にはびっくりしたけど」

 

「よし。ならば次は第二形態だ。ドライバーのレバーを開け」

 

「レバー・・・・・・これか」

 

『ガッチャーン!LEVEL UP! Mighty Jump! Mighty Block! Mighty Defender! Z!』

 

レベル1の四頭身ボディーのパーツが弾け飛び、着地したところで、仮面ライダーはぐるぐると両肩を前後に回した。

 

「よしよし、この方が遥かに動きやすい。身長も・・・・・・伸びてる!これが百八十センチ辺りの景色か・・・・・・」

 

「これがレベル2。多少は能力値も見栄えもマシになるが、基本それだけだ。後は専用の武器がある」

 

「武器?」

 

「バグヴァイザーを使って変身していた時に、盾が出て来ただろう?そして轟に渡しているあの剣、あの類のモノだ。使うガシャットによって変わるし、武器にもそれぞれ単一だが能力がある。主に属性変更、形態変更の二つで別れるが、まあ使ってみなければ分からんな。これは合宿の為に取っておく」

 

「分かった。じゃあ、次は別のガシャットとの併用かな?」

 

「ああ。二つ同時に使う場合、当然戦闘能力は一気に跳ね上がるが、物によっては暴走の危険性がある。それと、特に注意が必要なのがこの二つだ」

 

そう言いつつ、グラファイトは赤と青のガシャットを一本ずつ取り出して見せた。

 

「ノックアウトファイター3と、パーフェクトパズル?これ、轟君のデータから作った奴だよね?」

 

「ああ。そして、俺の友であるパラドが使っていた物でもある。ちなみに――レベルは50だ」

 

「ごじゅ・・・・・・!?」

 

「ああ。文字通り、桁が違う。当然、副作用や負担も他のガシャットより遥かに大きくなる。使い続ければやがては順応するだろうが、それはまだ先の話だ。実戦での使用は極力控えろ。特に俺が近くにいない場合はな」

 

「分かった。じゃあ、次はこのガシャットの試運転を始めよう」

 

『ソラシド REVOLUTION!』

 

 

 

太陽が地平線に三割ほど沈みかけた頃、出久を除く一年A組十九名は魔獣の森を突破し、山の麓に辿り着いた。身も心も『個性』も限界まで酷使させられた少年少女達は、最早漫然と足を一歩ずつ前に進められるか否か、後一度『個性』を発動出来るかどうかの瀬戸際まで消耗しているのだ。

 

スタミナ自慢の爆豪でさえ両腕が上がらず、歩く度に上半身に走る鈍痛で終始表情を歪めたままだった。

 

轟も最初こそ持ち上げていたアブソリュートカリバーを引きずりながら歩いていた。両手の皮は豆が出来た傍から破れ、破れては新たな豆を作り戦い続けた為、シャツの袖を破って包帯を巻いていたが、今や真っ赤に染まっていた。

 

飯田も遂に脚に限界が来たのか、右足を引きずって歩いていた。脛には氷のシンガードを幾度も轟につけて貰った所為か、膝から足首にかけて凍傷になって皮膚が赤く変色し、痺れていて感覚が無い。

 

「何が三時間ですか!?」

 

切島が座り込むのを皮切りに、十九名のうち凡そ半数の緊張の糸が切れ、その場に座り込んだり蹲ったりした。

 

「あ、ごめーん。それ私らがやったらって意味だったの」

 

「実力差自慢かよ・・・・・・・やらしいな」

 

「あれ・・・・・・てか、緑谷は?あいつの事だから先に来てるんじゃ・・・・・?」

 

「いやいや、一応できるだけ後方確認はしてたけど何も見えなかったからそれは多分無いと思うけど・・・・・・」

 

しかし、そんな疑問に答えるかのように、ブォン、ブォン、とエンジンの空吹かしがどこからか木霊した。

 

「エンジン音・・・・・・こんな森の中で?」耳郎は首を傾げた。こんな森の中を高速で走破できるとしたら、オフロードバイクぐらいしかない。

 

「八百万じゃあるまいし、身一つで森に入ってった緑谷がバイクなんて持ってるわけ――」

 

『MACH! CRITICAL CHASER!』

 

しかし、峰田の否定を遮るように、皆が通ってきた獣道とはまた別の方角から人型サイズの物体が木々をなぎ倒しながら皆の前で止まろうと足の側面で地面を捉えた――が、止まり切れず派手にバランスを崩し、数メートル豪快に転がりながらようやく止まった。

 

『ガッシュ―ン!』

 

「いったたた・・・・・・流石に馬力がすごいな。あ、皆も到着してたんだ!お疲れ~!」

 

息切れはしているものの、皆ほど疲労の色は濃くない出久は大の字に伸びたまま頭だけを起こし、手を上げてパタパタ振って見せた。

 

『まったく、試運転だと言うのにいきなりレベル6のキメワザを使うとは。まあ、ある程度使いこなせてはいるか』

 

しかし、内心グラファイトは驚いていた。レベル1や2ならまだしも、エグゼイドですら所見では扱いきれなかったレベル5すら使いこなしているのだ。疲れてこそいるが、特に悪影響があるようには見えない。

 

「でもまあ、ノーライセンスの一年生にしちゃ随分良く動けてたね。躊躇いの無さは経験故、かな?特に、そこの三人と別ルート行ってた君!」ピクシーボブが両手で出久、爆豪、轟、飯田の四人を指し示した。「三年後が楽しみ!唾つけとこぉ―――!!!」

 

「・・・・・マンダレイ、あの人いつもあんな感じでしたっけ?」

 

言葉通り本当に唾を四人に向けて吐きかける様子を見て、相澤は内心頭を抱えたくなった。

 

「焦ってるのよ。職業上仕方ないとはいえ、ほら、適齢期的なアレで色々とね」

 

「適齢期と言えば・・・・・・その帽子被ってる彼はどなたのお子さんですか?」

 

流石に寝そべって会話をするのは失礼だと思って状態を起こした出久は、マンダレイから少し離れた所で一年A組の方を侮蔑と嫌悪の入り混じった視線を隠す気も無くぶつけている少年へ目を向けた。

 

「ああ、違う違う。この子は出水洸汰。従弟の子なのよ。ほら、挨拶しなさい、一週間一緒に過ごすんだから」

 

ある程度体から土屋枝葉を払い終わった出久はまずは自分がと立ち上がり、片膝をついて目線を合わせると、手を差し出した。

 

洸汰と呼ばれた二本角帽子の少年が返したのは、鼻先を狙った拳だった。しかし出久の僅かなスウェイバックで眼前に迫る拳は伸び切り、鼻頭の数センチ手前で止まった。

 

「筋が良いね。腰もしっかり入ってるし、ちゃんと拳も握りこんでる。でも大きく後ろに引くのがまずかったね」

 

疲れていてもヒーロー科だ。テレホンパンチなど当てさせはしない。止まった拳をピン、と指で弾いたが、今度はちょうどいい高さにある股間目掛けて蹴りが飛んできた。しかし出久が反応する前に、横から手が伸びて蹴り上げる足をがしりと掴む手があった。

 

「おい、クソガキ。てめえ大概にしとけよ?」

 

手の主は、爆豪だった。出久もまさか彼が割って入るとは思わず、視線を彼の方に向けた。普段の見慣れたいかつい人相は見る影もなく、どこか悲痛な顔に見えた。

 

「ヒーローになりたい連中なんかとつるむ気はねえよ」

 

足を離された洸汰はそう吐き捨て、走り去った。

 

「茶番は終わったか?」時間を無駄にされて明らかに憤慨している相澤が場の空気を整えた。

 

「全員到着したなら、さっさとバスから荷物を下ろせ。緑谷は元気が余ってそうだから手伝ってやれ。部屋に運んだら食堂にて夕食。その後入浴、そして就寝だ。言っておくが、これはまだ軽いジャブだぞ。本当の戦いは、ここからだ」

 




拙作で開闢行動隊をどうするかはほぼ纏まりつつあります。そして出久が変身するライダーの名前も決まりました。

次回、File 56: 滲む Hatred,重なる Past

SEE YOU NEXT GAME.........


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File 56: 滲む Hatred,重なる Past

投稿が予定より遅れてしまって申し訳ありません。色々改変したいところがあったのと、それをうまく原作とかみ合わせつつオリジナル要素も盛り込みたかったのもあり、調整に手間取りましたが、ようやく完成したので投稿します。

久々の六千文字超えでございます。


「・・・・・・美味しい。流石は山中と言うだけあって、水から違うのかな?しかもこの粒立ちは・・・・・・圧力釜?いや、土鍋か!」

 

「一口食べただけで良く分かるもんだね、ホント」

 

感心と呆れが半々と言った表情でピクシーボブが開いた皿を下げて更に料理を運ぶ。二十人分の、それも体が資本のヒーロー志望二十名ともなれば、その量は莫大だ。特に食べた物がそのまま『個性』の燃料に変換される八百万や、『個性』の関係上基礎代謝が生まれつき高い飯田、轟、爆豪、砂藤、そして出久もいるのだ。先の戦闘で消費したカロリーを全て取り戻そうと本能レベルで盛り付けられた料理に食らいついている。

 

「まあ、色々世話を焼くのは今日だけだし、食べれるだけ食べときな!」

 

「あざーっす!!」

 

空き腹が膨れ始め、ヒーロー科の表情から疲労が引き始めた。

 

「轟君、その手、大丈夫なの?」

 

「・・・・・・今は正直微妙だな。消毒し直して包帯も新品に替えて貰った。明日までには何とかなるだろうが、今日は箸を使うのはアウトだ。だが、収穫はあった。右も左も、多少はラグがあっても併用に慣れ始めた。お前のノートのおかげだ」

 

包帯を巻いた手でスプーンやフォークを使って食べている轟は多少食べにくそうにしていたが、そのうち慣れて周りのクラスメイトに負けないぐらいに食べるペースを上げた。

 

『気になるか?』

 

「ん?」焼き餃子を咀嚼している最中のグラファイトからの質問に出久は一旦席を立って男子トイレの入り口まで移動した。

 

『爆豪のあの小僧とのやり取りで無用であると理解しているのにも拘らず介入した理由だ。気にならないのか?』

 

 

確かに行動の理由は分からないが、出久がたかが小学生の拳と蹴りに対処出来ない筈が無いと、誰よりも理解している彼が自分を守る為に動いたのだ。

 

「まあ、気にならなく・・・・・・はないけど。でも、かと言って取り立てて知りたいとも思わないかな」

 

喧嘩の後の仲直りなど、都合よく大団円を迎えられるほど人間関係は単純ではない。元幼馴染にして現クラスメイト、そして赤の他人である爆豪勝己の心中で、何らかの変化はあったのだろう。でなければ自分以外の誰かを、ましてや幾度も黒星をつけられた相手を守ろうと動いている筈が無い。それがまだ年端もいかない子供が相手からだとしても。

 

だがそれは彼の問題だ。冷え切り、罅の入ってしまった関係を修復したいならすればいいし、また一からやり直したいと説得したいならすればいい。全ては彼の気持ちのありようと行動次第だ。それに別に彼がどうしようと自分の生きる道は何一つ変わらない。

 

「優先順位的に言えば、気になるのはヴィラン連合の動きだよ。USJ、保須、I・アイランド。どれも雄英高校やそれに準ずるヒーロー多数を抱えて組織立ったアクションを起こせる陣営がすぐには介入できない状況だった。その点で言えばこの林間合宿もそうだよ」

 

プッシーキャッツの四人、雄英からはヒーロー科一年のクラス担任二人、そしてオールマイトの要請で来たグラントリノとサー・ナイトアイ、合計八人のキャリアを積んだプロヒーローがいる。戦力としては申し分ない。

 

『ならば一番の問題は、黒霧だな。実質的に連合の兵站を一番上手く回しているのは奴だ。ワープゲートの開閉条件や制限の有無など一切が不明な以上、仕掛けてくるとすれば初手から分断してくることは確実だ。新たに戦列に加えたヴィランか、脳無か、または両方の混成部隊か・・・・・・どちらにせよ、戦いはかなりもつれる』

 

「だよね。皆いざとなったら戦えるかな?本気で殺しに来る相手を前にして」

 

『さほど心配する必要は無かろう。その為に我々がいる。そして運用可能なドライバーは二つあるのだ。I・アイランドでテロリストと遣り合った者もいる。オール・フォー・ワンが出陣してこない限りはギリギリ五分と五分だろう』

 

魔獣の森の走破も連携の練度向上と個々人の継戦能力を培う良い訓練になった。実際に動き、無限に襲い掛かってくる土魔獣の性質は『ショック吸収』と『超再生』を併せ持った脳無の下位互換とも言えるし、訓練形式も限り無く実践を想定していた。

 

「そうだね・・・・・・うん、僕らで頑張らないと」

 

『そういう割には、どこか迷っているようだが?』

 

「怖いんだよ。グラファイトが現れるまで、僕は一人だった。味方なんて母さんぐらいだ。でも、君が僕の『個性』になると言って、オールマイトにワン・フォー・オールも預けてもらってから僕は強くなった。強くなれば理想の自分になれると思っていたから、辛い訓練も乗り越えられた。ヒーローの登竜門をくぐって力と知識を身に付けて行けば、自分を好きになれると思った」

 

『嫌いなのか?今の自分が』

 

「分からない。でも、理想の自分からかけ離れている気がして、最初にどうなりたかったかも分からなくなってきて・・・・・・そんな迷ったままの今の自分が、どうしようもなく嫌になる」

 

「ならば、早く見つけなければな」

 

トイレの個室からした声で出久は大きく飛び退いた。

 

「サー・ナイトアイ・・・・・・」

 

「結果的にプライベートな問題を立ち聞きしてしまったな。申し訳ない」

 

「気づかなかったのは、僕ですから」そう言いつつも、出久は表情を固めた。

 

油断した。あれがヴィランだったら、あのまま後ろから刺されて死んでいたかもしれない。辛うじて致命傷は避けられても先手を取られたのは痛い。

 

「貴方が僕の()()()の事を知っていると分かったのは、電話で初めて話した時でした。オールマイトが貴方の事を伏せていたのは、何故ですか?」

 

「その質問に答えるには、私と彼の出会いから始めなければならない。オールマイトと出会ったのはおよそ五年前だ。サイドキックは取らない主義だった彼に幾千回と頭を下げ、根負けさせた。彼はヒーローとして外回りを、私はもっぱら頭脳労働や書類関係を担当していた。しかし六年前に、例の男との戦いで負傷し、価値観の相違で袂を別つ破目になった。怪我を押してまで、彼がヒーローであり続ける必要は無いと。いずれ第二、第三の平和の象徴が台頭すると。それを彼は、何て答えたと思う?」

 

――その間にどれだけの人々が怯えなければならない?私は世の中の為に、ここにいるべきではないんだ、ナイトアイ。

 

「・・・・・・彼らしい、ですね」

 

「ああ。だからこそ、そんな彼に敬服しているからこそ、腹立たしかった。死にに行こうとする彼にも、それを止めきれない私自身にも。病院から出ようとする彼にかっとなって、言ってしまったんだ。私が視た彼の未来を。それでも結局止めるには至らなかったがね」

 

眼鏡を外し、目頭を指先でもむナイトアイの姿にいつものヒーロー然とした覇気はない。疲労が吹き出すのを押し留めて仕事に従事する年相応の悲壮感漂うサラリーマンのそれだった。

 

「喧嘩別れした後でも、私は探したんだ。私なりに、後継者と成り得る生徒を探して、鍛えた。真に相応しい後継者の成長ぶりを見せて納得してもらえば、引退の言い訳も立つと考えて。しかしそれを引き合わせる前にどこの誰とも分からない中学生に譲渡したと聞かされ・・・・・・溝は更に深まった」

 

「それは・・・・・・確かに深まりますね」

 

グラファイトに出会う前の自分を振り返り、出久は自嘲的に笑った。

 

志だけではヒーローなど務まらない。そんな事も分からない程弱く、愚かで、逃避的だった自分に最高のヒーローの力を与えると言われれば怒るのも当然だった。オールマイトに最も近い人間の一人として彼が選んだ人間を試し、見極めたくなるのも、無理からぬことだ。

 

「人々の平和を守る為と言う大義名分のもとに戦い続ける彼は、死に場所を探しているようにも思えた。君に黙っていたのも、枷になりたくない、そしてファンにそんな姿を見せたくないと思ったからだろう」

 

彼らしい。プライドやエゴましましの理由だが、それらに塗れすぎてむしろ潔く、清々しい。グラファイトは出久の中で笑っており、出久も思わずそれにつられそうになった。

 

「それでも、I・アイランドでの呼びかけに応えてくれたって事は、本当にオールマイトの事が好きなんですね。ヒーローとしても、人としても」

 

「ああ。諍いや喧嘩はあっても、心の底から嫌いになれる筈が無いだろう。あんな高潔な人間を、私は人生で彼しか知らない。老衰などの自然な死ならば、まだいい。だがそれ以外の、第三者の手によって齎される死を考えると・・・・・・脳がフリーズして、どうすればいいか分からなくなってしまう。だからどうしても阻止しなければならないんだ。彼の、死を」

 

「死・・・・・・?!」

 

「最後に彼を『視た』のは六年前で、それが起こるのは今年か、来年か。どれだけ先の未来であるかに比例する誤差は生じるが、起こる事象その物を変えられたことは無い。島でも一度オールマイトの未来を視たが、やはり変わっていなかった。だが私は諦めない。最後の最後まで、私は彼を救う事を諦めない」

 

「なら、僕達も諦めません。オールマイトの生存も、オール・フォー・ワン打倒も」

 

ハハッ、と乾いた笑いがナイトアイの口から漏れた。「オールマイトですらギリギリ相討ったオール・フォー・ワンの打倒とは、大きく出たな」

 

「何も僕が直接手を下すわけじゃありません。でも両方を可能とする算段はあります。聞きますか?」

 

「勿論だ」

 

「分かりました。その為には、僕とグラファイトの事を知って貰う必要があります。前置きが結構長くなりますけど・・・・・・」

 

「構わない。それなら場所を移そう」

 

流石にトイレの前でずっと話し込んでいては誰かに聞かれてしまう。

 

 

 

風呂文化。古代ローマのテルマエ、フィンランドのサウナ、トルコのハンマーム、メキシコインディアンのテマスカルなど、歴史上にも様々存在する中で、最も風呂文化の認知度が高いのが日本とその温泉である。

 

食事で腹が膨れた生徒たちは、天然の温泉で足を延ばし、全身の毛穴から疲労を抜いていた。

 

「あ“~~~・・・・・・沁みるぜチクショー・・・・・・」

 

「後でストレッチしたら即寝落ちする奴だ、コレ」

 

「でもな~~、求められてるモノって、そこじゃないんすよ」肩まで使って岩盤に背を預けて風呂を堪能する空気に水を差す言葉に、過半数の男子が聳え立つ壁を前にタオル一枚を腰に巻いて仁王立ちする声の主、峰田実の方を向いた。「求められてんのは、この壁の向こうなんすよ」

 

その疑問に答えるかのように、壁の向こう側で同じく温泉を満喫している1-A女子の声が聞こえる。

 

「気持ちいいね~~!」

 

「温泉あるなんて最高だわ」

 

「ほら、いるんすよ。この壁の向こう側に。今日日、男女の入浴時間をずらさないなんて、事故。そう、これは最早事故なんすよ」

 

それだけで峰田の謀を察したのか、飯田が湯船から立ち上がった。

 

「君のしようとしていることは女性陣だけでなく自分をも貶める恥ずべき行為だ!即刻その壁から離れたまえ!」

 

しかし峰田にはそんな声など最早聞こえない。いや、聞こえてはいるがただの雑音としてしか脳が認識していないのだ。

 

壁とは超える為にある。

 

頭のもぎもぎを取っては貼り付けて掴み、または足場にし、ロッククライミングでもするように登っていく。加えて人より低い体重のおかげで壁が壊れる心配も無い。物の数分で塀の縁に手が届く所まで登り詰め――出水洸汰が天辺から身を乗り出した。汚物を見るような冷淡な視線を峰田に向け、「ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」と、峰田を突き落とした。

 

クソガキ、と罵る峰田は蜘蛛の糸を伝って地獄から逃れようとした犍陀多よろしく、湯舟まで真っ逆さまに落ちて行った。

 

「やっぱり峰田ちゃん最低ね。ケロ」

 

「ありがと、洸汰君!」

 

背後の女子風呂から上がる歓声と感謝の声に、洸汰は思わず振り向いてしまった。当然、そんなことをすれば湯船に浸かっているとは言え、視界に思春期女子の裸体が入ってしまう。思わず顔を背けた彼もバランスを崩し、男湯の方へ頭から落ち始めた。

 

「あんのクソガキが!」しかしバランスが崩れた所で既に動いていた爆豪が彼の頭と胴体を下から抑えて受け止めた。「手間かけさせやがって」

 

「おお。かっちゃん、ナイスキャッチ!」

 

かっちゃん。クラスの中でも一人しか呼ばないその愛称で呼ばれ、思わず振り向いた。暖簾を丁度くぐった緑谷出久が男子に手を振っていた。

 

「緑谷、おせーよ!何やってたんだよ?」

 

「飯の時もいつの間にかいなくなっちまってたよな」

 

「ごめんごめん、ちょっと用事があってね。思ったより時間がかかっちゃって。もう終わったから」思わず愛称を口にしてしまった出久は爆豪から視線を外しつつ、作り笑いを浮かべたまま手桶を取って湯をかぶり、湯船に浸かった。

 

「爆豪、そいつマンダレイさんとこに連れてった方がいいんじゃねえか?」

 

「あ?何で俺がンな事しなきゃなんねえんだよ、アホ面!?」

 

「まあまあまあまあ!」と上鳴に食って掛かる爆豪を切島が毎度の様に止めに入る。「助けちまったんだし、そこはな。ほら、最後まで見届ける責任って奴。行って戻りゃすぐだろ?大丈夫だって、まだまだ入浴時間終了まで余裕あんだからさ。な?」

 

大きく舌打ちをしながらぐったりした洸汰を米俵の様に肩に担ぎ、爆豪はその場を後にした。

 

「さてと・・・・・・」もぎもぎが張り付いた女湯と男湯を隔てる壁を見て状況を察した出久は、悔し涙を流す峰田の肩に手を置いた。「さてと、峰田君——水中土下座って、知ってる?」

 

 

 

「落下の恐怖で失神しちゃっただけね、ありがとう。イレイザーに一人性欲の権化みたいな生徒がいるからって見張りに付けてたんだけど。最近の女の子って発育良いからね」

 

だが爆豪の耳にマンダレイの言葉は届かなかった。まただ。また、戦わずに助けた。戦わずして、勝った。ヒーローに否定的な考えを持つ子供を、差し出した手を拳で応対した敵を、救ったのだ。

 

「・・・・・・こいつは、ヒーローが嫌いなのか?」そんな質問を不意に口にしてしまう。爆豪の周りには幼少からヒーローに対する気持ちは羨望や畏敬の念こそ持つ者はいても、恨む事などなかった。誰がより強く、カッコよく、凄い『個性』かなどの批評はあっても、子供同士のレベルの低い言い争いでしかない。

 

しかしそれを飛び越えるレベルの嫌悪は、洸汰の年齢でははっきり言って異常だ。

 

「うん。普通に育っていれば、他の皆と同じようにヒーローに憧れていたんだと思う」洸汰の頭を撫でながら、マンダレイは俯き、唇を一文字に引き結んだ。

 

「洸汰の両親はあたしらと同じプロヒーローだったんだけど、殉職しちゃったんだよ」

 

殉職。湯呑を載せた盆を持って入室して来たピクシーボブの言葉を聞き、温泉で温まっていた爆豪の体から血の気が一気に引いた。

 

よくある話ではある。警察官や消防団員、救急医、そしてヒーローは、誰よりも多く人の死に立ち会う機会がある職業に就いている。それは市民だけでなく、同業者の最期も含まれる。そして『個性』の発現で、殉職率は超常黎明期前より遥かに高い。

 

ニュースでも速報が流れるのを何度も見た。市民を守り切り、息を引き取ったヒーロー。守り抜いた末に怪我で引退に追いやられたヒーロー。洸汰の両親も、該当者なのだ。

 

「二年前に事件を起こしたヴィランを相手に市民を守ったの。ヒーローとしては立派な最期なんだろうけど・・・・・親が世界の中心にいる物心がついたばかりの子供にそんなことは分からない」

 

両親は自分を置いて逝ってしまった。なのに周りの人間はそれを素晴らしい事と褒め称える。嫌って当然だ。親がヒーローでなければ、死なずに済んだのだ。死んで偉いと褒められる奴らが存在するなんて、訳が分からない。頭がおかしい、どうかしている。

 

理解できない。

 

気持ち悪い。

 

そこで、爆豪の中で全てが繋がった。

 

「・・・・・・長々と話してんなよ。イエスかノーで済む質問だろが。後、そのマセガキに伝えとけ、ヒーロー嫌うのは勝手だが、死に物狂いでなりてえモン目指す奴をナメくさるのはクズのする事だってな」

 

温泉に入りなおそうとどすどすと足音荒く退室し、頭を掻きむしる。ようやく洸汰の言動が癇に障る理由が分かった。

 

「クソガキが・・・・・・まんま昔の俺じゃねえかッ・・・・・!!!!」

 

悪態をつきながら太ももに痣が出来る程に拳を振り下ろした。

 




次回、File 57: 目指せ、Level Up!

SEE YOU NEXT GAME.......


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File 57: 目指せ、Level Up

最後に投稿した日を見たワイ:(°o°*)
今日の日付けを見たワイ:∑(゚Д゚)

本っ当に長らくお待たせして申し訳ありませんでした。引っ越しやらフルタイムの仕事やら心療科のカウンセリングやら抗鬱剤投薬の調整やらを優先していて書く時間も書く気力も起きず、ほったらかしにしていました。

ですがエタらせはせん!エタらせはせんぞ!

最終話まで、俺は俺の光を走り切る(ネクサス並感)!!

定期的な更新は不定期なスケジュールに振り回されて多少難しくなりますが、ある程度書く元気も出て来たので続きを書かせていただきます。大変ご迷惑をおかけいたしました。もう忘れてしまっている方も多々いらっしゃると思いますが、まだ読んでいる方がいればこれからも拙作をよろしくお願いいたします。orz




筋繊維は酷使すれば壊れ、修復されると太く、より強靭になる。学術的に身体機能の一部であると証明された以上、『個性』も同じである。

 

『個性』の限界値はそのままヒーローとしての活動限界値にも結び付く以上、ヒーローの卵にとっては義務であり、使命なのだ。

 

A組の面々は午前六時時の朝食前から既に『個性』伸ばしの特訓に励んでいた。

 

ドラム缶で沸かした熱湯に両手を浸け、汗腺を広げては爆破を繰り返す火力増強に悪態を叫びながらも従事する爆豪勝己。

 

凍結と炎を交互に発動し、浸かっている水の温度を一定に保ちつつ、規模と威力を徐々に上げて体を温度差に慣らす轟焦凍。

 

テープを絶えず出し続ける事で容量と強度、射出速度向上を図る瀬呂範太。

 

互いの『個性』の強度を高める為に硬化した切島鋭児郎を尻尾で殴り続ける尾白猿夫。

 

大容量のバッテリーと通電することで高い電力に耐えられるように銅線が剝き出しにしたケーブルを握りしめて悲鳴を上げる上鳴電気。

 

超長距離を走り続け、エンジンの強度、ギアシフトの効率化、並びに肺活量とスタミナを養う飯田天哉。

 

暗所では力を増し、暴走する黒影(ダークシャドウ)を洞窟で抑え込む常闇踏影。

 

発動型は『個性』の許容上限の底上げ、異形型、その他複合型は『個性』に由来する器官の更なる鍛錬。全員がおよそ人間にできる顔つきとは思えない程の凄まじい形相で『個性』伸ばしに励んでいた。

 

「何だこの地獄絵図・・・・・・!?」

 

ブラドキング率いる一年B組の面々は、開いた口が塞がらなかった。痛み、疲労、倦怠感、羞恥、その他のありとあらゆる不快感に真っ向から飛び込むA組の目には、光など無い。只々その日を生き延びようと一歩一歩足を前に進める事だけに命と執念を燃やすその姿は――まさに、鬼のそれである。

 

「でも、ヒーロー科のクラス二つで四十人ですよ?プロヒーロー八人でなんとかなるんですか?」

 

疑問を口にしたのはB組クラス委員長の拳藤だ。

 

「その為のあちきら四位一体!」

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「猫の手、手助け、やってくる!」

 

「どこからともなくぅ、やってくる・・・・・」

 

「キュートにキャットにスティンガー!ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ(フルver.)!」

 

ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツのラグドールの『個性』であるサーチで最大百人まで対象の居場所、『個性』、弱点などの情報を把握、ピクシーボブの『土流』で各々の鍛錬に必要なエリアを形成、マンダレイの『テレパス』で複数人同時にアドバイスを出し、殴る蹴るの暴行でそれらを実践で使えるレベルまで虎が練り上げる。幅広い用途の『個性』を持つ四人だからこそ可能な鍛錬法だ。

 

「では、単純な増強型の者はついて来い。我―ズブートキャンプはもう始まっているぞ」

 

虎が視線を向けた先には、深く腰を落とした態勢のまま延々と砂の詰まった大きな壺を指先で保持したまま緩やかな速度で持ち上げては下ろしを繰り返す緑谷出久の姿があった。全身を緑色の電流が駆け巡り、発光している。汗はかけども力んでいる様子は微塵も無く、まるで座禅でも組んでいるような涼しい表情を保っていた。

 

三戦(サンチン)・・・・・・?いや、それを含めた站樁《たんとう》の修練か」

 

「やめてよし!打って来い!」

 

「20%・・・・・TEXAS SMASH!」ボクシング教本に使える理想的な右ストレートは虎の鼻先三寸まで迫ったが、大きく背中を逸らした虎は難なく避ける。しかしそれだけでは止まらず、スウェーバックの勢いで背中を更に逸らし、頭と上半身を己の股座をくぐらせてカウンターの猫アッパーを食らわせた。

 

自分よりも二回りは体格が大きい現役プロヒーローの掬い上げる拳の一撃で両足が地上から離れつつも出久は受け切り、ブロックに使った腕をプラプラと振った。赤く腫れており、今日中には間違いなく大きな痣を残すだろう。

 

「まだまだキレッキレじゃないか。筋繊維が破壊し尽くされていない証拠だ。腕立て伏せ用意!」

 

明らかに堅気の人間ではない凶悪な表情と、猫モチーフの可愛いコスチュームのギャップが醸し出す異様な威圧感に気圧された増強型『個性』持ちのB組生徒も、その場で腕立て伏せの準備を始める。

 

「Plus Ultraだろ?しろよ、ウルトラ」

 

「Yes sir!」

 

「声が小さい!」

 

「YES SIR!!」

 

 

 

「んぎぎぎ・・・・・・・!!」

 

痛い。幼少の頃に転んで掌を擦りむき、かさぶたすら碌に出来ていない状態で誤って湯船に浸けてしまった感触を更に数倍高めたようで、指先の感覚が既に無い。

 

それでも芦戸三奈は、『個性』の発動をやめない。

 

『個性』発動の都度肉体に害が及ぶのを防ぐために遺伝子が変化し、体内での酸の生成時に相殺するアルカリ性の化学物質が分泌され続けた結果、丁度化学実験で使ったリトマス試験紙の様に肌が全身ピンク色になったのだろうと言う見立てを医者から母と共に聞かされている。

 

だが、それはあくまで日常生活中、そして溶解度と量を標準レベルに調整した酸を放出した場合だ。上限を底上げしなければ最大放出量や溶解度、更にはそれらに耐えうる皮膚が作れない。両手に押し付けた岩壁は生乾きのセメントに手を押し込んだように手形の窪みが出来ており、足元にも垂れ落ちた酸ですり鉢状の穴が出来上がっていた。

 

掌での限界が来れば拳、二の腕の外側、側面、更には肘、膝、足裏など、活動中最も使う頻度が高いであろう部位から重点的に『個性』を追い込む。

 

早朝からの訓練はおよそ二時間。残り一時間半をようやく切ったところで、ふと考えてしまう。

 

「緑谷、大丈夫かな・・・・・・?」

 

ふと名実共にクラスのエース的存在が頭を過った。一年生の中では心身共に誰よりも強く、誰よりも己に厳しく、誰よりも『個性』運用の研究に余念が無く、自分が信じる正義の(ロード)を突き進む、完璧無敵の強者である彼の事が。

 

何時からか、彼の表情、特に笑顔が日に日に作り物になっている事に気付き始めてしまったのだ。良くも悪くも、普通とは違うと認識される肌や目の色彩が原因でいじめを受けていた頃に作り笑いの経験が幼少期にある。だからこそ、明るく振舞う所作がいかに見え透いた物であるか、分かるのだ。

 

多少大袈裟に口角を持ち上げ、表情をじっくり見られる前に顔を相手の視界から外す。

 

問題を無視し、憑りつかれた様に別の何かに打ち込んで気を紛らわせる。

 

今まで楽しい、遣り甲斐があると思っていた筈の活動から感じる筈の達成感が不意に無味乾燥になる。

 

社交の場や友人同士の集まりの渦中にいても禁じ得ない、孤独感と疎外感。

 

根拠こそ推測の域を出ない。だが、芦戸三奈は直感的に緑谷出久は助けを求めていると、確信した。

 

それを顕著に感じたのは、林間合宿の数日前、各人が必要とする物資の調達するためにショッピングモールに繰り出した時の事だ。必要な物を買いつつ、その他の調度品をウィンドウショッピングして会話と買い食いを楽しむ。学生の身分である者にとってはごく普通の、場合によっては思い出にもなるイベントだ。

 

皆がそれぞれ必要な物、欲しい物で三々五々に別れて散った中で、出久一人はベンチに座ってノートのページと睨み合い、眉間に爆豪とほぼ互角とも言えるほど深い皺を刻んで、買い物そっちのけで考えに耽っていた。

 

最初に会った時は数分まともに目を合わせるだけでも過呼吸を起こして卒倒しそうな彼の百面相は実に面白かった。それが今や、普通科や経営科の生徒達には非公式とは言え一年のエースとちらほら囁かれている。

 

芦戸自身も実際その通りだと思っていた。彼は、紛れも無い強者である。

 

ある時はUSJ襲撃事件にて徹底抗戦の姿勢を崩さず、応援到着まで脳無を凌ぎ切った。

 

またある時は雄英体育祭にて完膚なきまでの優勝を掴み取り。

 

更にある時は、悪名高きヒーロー殺しの捕縛に一役買い、更に更にI・アイランドにてテロリスト集団打倒作戦で司令塔を担い、オールマイトの援護もあってヴィランを撃退し、島を人質ごと奪還。

 

ヒーロー候補とは言え若干十五歳の、それも一介の高校生の経験としては果てしなく濃密だ。場合によっては国内外のお偉方から感謝状の一つ二つは貰ってもおかしくない経歴である。実際、I・アイランドのドローンが統括管理官の直筆の署名が入った感謝状を校長室の窓際に届けに来たのだ。

 

はっきり言って、次元が違い過ぎる。

 

これほどの修羅場の経歴を持つ強者をどうやって救う?彼の様な戦闘能力など持ち合わせていないのは自分が一番よく分かっている。

 

だがそれでも活路を見出すのがヒーローだ。命を救うばかりがヒーローではない。心をも救って初めて意味がある。

 

 

 

「異常は無し、か」

 

奥の一間にて、専用の接続アダプターで繋がれたバグヴァイザーとゲーマドライバーのデータをパソコン二台の画面を通して調べるグラファイトは『異常なし』の検知結果が腑に落ちないとばかりに顔を顰めた。有り得ないのだ。あの檀黎斗が作った物に、何らかの仕掛けが無い筈が無い。しかしこれ以上調べようが無い。

 

出久にはそろそろ試運転をさせて欲しいとせがまれているが、ドライバーに異常が無いか調べるのが先だというやり取りを林間合宿前から既に都合四度しており、四度突っぱねている。

 

「心配かね?」

 

「・・・・・・ナイトアイか。心配とは?」

 

「緑谷出久がそのアイテムを使いこなせるかどうかさ。でなければそう熱心に異常が無いかチェックする事は無いだろう?」

 

「あいつは優秀な戦士に成長しつつある。が、これの扱い方をまだ分かっていない。中途半端に調整された物を試運転で渡したくないだけだ。無用なアクシデントは避けるに越したことはない」

 

「同感だな。だが、遅くとも三日目の正午には渡しておくことを勧める。念の為、今日彼の未来を視た。お世辞にもいい物とは言えない」

 

「連合が、やはり動くのか」

 

それは質問ではなく、確信だった。

 

「その通り。人数は不明だ。加えて中には一線級の『個性』持ちや名の知れた指名手配犯も混じっている。そして緑谷出久は――奴らに拉致される」

 

拉致、という言葉に思わずパソコンのキーボードを叩いていたグラファイトの手が止まる。

 

「拉致だと?負けるでも殺されるでもなく?まあ生きているだけ兆倍マシだが」

 

「ああ。理由は分からないが、生き汚い()()()が絡んでいる以上、碌な理由ではない。装具点検も結構だが、見守る度量を持つことも大事だ。同じく弟子を持つ者としての余計な一言だと思ってくれて構わん」

 




はい、と言う事で原作での拉致対象はかっちゃんではなく我らの主人公、という変更をしました。出久単体でのライダー変身ですが、林間合宿中に初登場させるつもりではいます。名前も既に決めてありますので。

開闢行動隊襲来まであと一話だけ挟みます。かっちゃんと洸汰君の掘り下げをもう少しばかり頑張りたいので。

次回、File 58: 過去にサヨナラ、Transformation

SEE YOU NEXT GAME...............


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File 58: 過去にサヨナラ、Transformation

二年半ぶりの執筆作業なのでまずい文章でお目汚し失礼いたします。


実践に勝る知識なしと言うフレーズは様々な場面に当て嵌まる。しかしその最もたる例が、『戦闘』である。彼我の得意技、得意な間合い、弱点の防御法、僅かな予備動作の癖、スタミナのペース配分、コンディションや人数によって変わる立ち回り方、エトセトラ――いくら修行を積もうとその修業を元に実際に戦わなければ約束組手、言わば戦いのごっこ遊びに成り下がる。

 

そうしない為にも、相澤消太とサー・ナイトアイが問題児其の一である出久に課した午後のトレーニングが、『個性』常時発動状態(なお自他の安全の為出力は限定)の無限組手。それも、一年B組の増強系『個性』持ち全員が相手である。

 

増強系の『個性』は得てして使用者の本来の身体能力及び健康状態の高さに依存している。鉄分を消費して肉体を鋼に変える鉄哲や手のサイズを自在に変える拳藤などその代表的な例だ。どこでどう使うか。どれだけのエネルギーを消費するか。それらを実践の中で見極め、その感触を体で覚えなければならない。

 

「ぬぅぅ・・・・・・まさか私がパワーで負けるとは!まだまだ修練が足りませんな。見事です緑谷氏」

 

左腕を背中に固定されたままサブミッションホールドで無力化された宍田獣郎太は、空いた手で眼鏡を押し上げながら悔しそうに唸る。

 

「いやいや、僕みたいに理詰めのタイプはガンガン来られて戦闘スタイルガタガタにされるのが一番やりにくいから、宍田君のその積極性は凄くいいよ。後は手数と相手の動きを観察できるようになればもっと良くなる」

 

固めた左腕を開放して彼を助け起こす出久は、額から滴る汗を拭い、切株に置いてあるノートにいくつか走り書きをしてから再びB組の同期達に向き直る。

 

「じゃあ次はそうだね・・・・・庄田君と拳藤さん、鉄哲君の三人で」

 

コキリと首を捻って鳴らし、出久は両手の拳を握り込んで額の高さまで上げた。肩幅に開いた足は、前に出した左だけが規則正しく地面を踏む。

 

「オッケー!かかって来な!」

 

髪を結わえ直した拳藤は、肩をぐるぐる回しながら半身立ちになり、軽く膝を曲げた。両手は互いにつかず離れずの距離を保ち、利き手だけ軽く握り込み、左手は開手のままである、空手の組手立ちだ。

 

「よろしくお願いします」

 

庄田は八オンスあるグローブのマジックテープを手首に巻き直し、拳を目元まで掲げるとリズムを取る為に左右に体を振り始めた。

 

「オッシャア、いくぜぇ!」

 

先手必勝とばかりに側面から突っ込んで来たのは鉄哲である。三人の中で唯一武術や格闘技を習得していない彼は、低い姿勢から左足を狙ってタックルをかました。

 

が、まるで電柱にでも激突したかの様に彼の動きはその場で止まる。

 

「止まった・・・・・!」

 

鉄哲は一瞬下を見て理解した。出久は自分が足に組み付くよりも一瞬早く地面を踏み締め、その衝撃を伝える事で足場を更に固めたのだ。

 

「んがっ?!」

 

更にその腕を容易く振り払い、がら空きになった彼の顔面に膝蹴りをお見舞いして仰け反らせた。

 

「ほらほら、ぼさっとしない!効かないと分かったらすぐ離れるか二手目、三手目を繰り出さないと」

 

仰け反った所を更に前蹴りで庄田の方へと押し返した。しかしそこは流石フェザー級ボクサーのトレーニングを続けて来たというべきか、単純なステップでかわし、肉薄した。

 

「お?お、お、おお、おお、おおっととととととと!?」

 

速い。その恵体に似合わぬ懐に飛び込むダッシュ力もそうだが、パンチが鋭く走っている。可能な限りはパリィで払って対処できるが、そうでない物はすれすれのダッキングやウィービングで躱し、拳の間合から離れた。

 

解放(ファイア)

 

「イ“ッ!?」

 

出久は思わず顔を顰めた。庄田の言葉と共に、頬や顎、口角に蚯蚓腫れや切り傷が現れたのだ。

 

庄田二連撃の『個性』は『ツインインパクト』。文字通り一度殴った個所に再び衝撃を発生させる事が出来る、シンプルながらも応用の幅が広い能力である。出久でも拳打に特化した戦闘スタイルを取る相手には熟練度で劣るのか、やはり完全には避け切れずいくらか貰ってしまった。

 

「行っけー!即興必殺、人間砲丸!」

 

その巨大な両掌でサッカーのスローインよろしく前蹴りで吹っ飛ばされた鉄哲をキャッチし、再び突っ込ませるのはB組委員長の拳藤一佳である。

 

「庄田!もう一発!」

 

「はいぃ!解放(ファイア)」」

 

低く構えながら拳を小刻みに地面に当てて一周し、再び『個性』を発動。瞬間、もうもうと土埃が舞い上がって出久の視界を完全に潰した。

 

これなら行ける。拳藤は投げ飛ばした鉄哲の後を追って土埃に向かって走り出した。少しばかり高めの弾道で彼を投げてしまった。視界を潰しているとは言え恐らく避けられるだろう。だが本命は彼ではない。しゃがむか、飛ぶか、はたまた側面にステップして躱すか。どちらにせよ、前後から庄田と挟んでいる以上どちらかの攻撃は当てられる。

 

当たらなくとも鉄哲が受け身を取って別方向から援護してくれれば更に勝率は上がる。

 

クリア条件はB組の中の誰かが緑谷出久から一本を取る事なのだ。即興とは言え二段構えならぬ三段構えの布陣、そう簡単には破れない。そして手応えを感じた。間違いなく。だが、硬い。骨とは違う、もっと無機質で、冷たい硬さだ。それこそ鉄の様な——

 

その瞬間、二人は負けた事を悟った。顔を手で覆われて声が出せなかったから分からなかったが、拳藤の正拳突きは鉄哲の右頬を、庄田の右フックは鉄哲の脇腹を正確にとらえていたのだ。

 

が、出久の姿はどこにもない。

 

「え?あれ!?」

 

「いない?!そんな馬鹿な!」

 

黒霧の様なテレポート能力は持っていない。さりとて姿が消えた事に説明がつかない。

 

「上だ!」

 

ようやく声を出せた鉄哲がかすれる声を力一杯張り上げた。二人が見上げた所に、出久が鉄哲の頭の上で逆立ちしていたのだ。

 

「こんのぉ!」

 

再び手を巨大化させながらも手刀を食らわせようとするがまた避けられてしまう。体操選手の様に空中で体を捻りながら右足を伸ばし、庄田の脳天に踵落としを決めながら片足で着地した。思わぬところから思わぬ反撃を食らった彼は成す術無く、あえなく撃沈。意識を手放した。

 

「狙いは悪くない。けど、それじゃ届かないよ?」

 

 

 

「・・・・・・緑谷君すごっ。将来有望どころかもう中堅のプロ並みでしょ、あれ。身体能力も『個性』抜きなら虎より上かもよ。格闘戦とかもうイレイザー以上だね」

 

プッシーキャッツのリーダー、マンダレイが訓練の様子を一年の担任達と見守っていた。

 

「緑谷の強さは、分析力もそうだが、一番怖いのが引き出しの多さとその多面的な応用だ。何が出てくるか、出て来たモンをどう使って来るか、どう配分して使うのか。分からない。たったそれだけなのに、足が竦む。同一の『個性』を持ってるわけでもないのに頭の中見透かされてる気がして、何をやっても無駄に思えてしまう。今回はそういう精神的なプレッシャーを与えるような戦い方を意識するようにしている。まあ、USJ事件の簡易版ってとこだ。ブラド、こんな感じでいいんだな?」

 

相澤の言葉にブラドキング――本名、管赤慈郎――が首肯した。

 

「うむ、問題ない。A組の生徒を『個』の力が強みとするならばウチのB組の奴らは『群』の力が持ち味だ。威力は轟や爆豪などには劣る事は否定できんが、足並みを揃えるのが上手く、連携は御覧の通り即席でもお手の物だ。」

 

「確かに。委員長の拳藤、だったか?司令塔の役割をうまく果たしている」

 

「ふふふふ、そうだろうそうだろう!あいつは人を引っ張るのが上手くてな、満場一致でクラス委員長にもなっている頼れる生徒だ」

 

「連携崩されずに立ち回るのと、連携せずに個々で立ち回れるようにするのが今後の課題ってところか・・・・・ん?」

 

ポケットで震えた携帯を取り出し、メッセージを確認すると相澤は小さく笑った。

 

「ナイトアイとグラントリノが設置を終わらせたみたいだ。一応これでやれることはやった。何もなければいいが、正直嫌な予感しかしない」

 

 

 

あっという間に太陽は地平線の彼方へと身を隠し始め、ようやくその日の訓練課程が全て終了した。雄英一年生全員が真っ白に燃えつけてしまっていた。立ったまま疲労で気絶しているか、あまりの激しい消耗に立ったまま半分眠りこけている者もちらほらといる。

 

「さあさあ!色々世話を焼くのは昨日だけって言ったよね!」

 

「己で食う飯ぐらい己で作れ!だからって雑な猫まんまは駄目だよ!」

 

用意されたのは大量の米と野菜と肉、そしてカレールーだ。

 

「う~っす・・・・・・」

 

「はぃ・・・・・・」

 

「た、確かに災害時には避難先で消耗した民間人の腹と心を満たすのも救助の一環。流石は雄英、無駄が無い!皆、世界一美味いカレーを作ろう!」

 

全員肉体的だけでなく精神的な疲労の蓄積も生半可な物ではない為、返事には覇気が無い——飯田を除いて、だが。

 

夕食と言う報酬が先に待っていることもあってか、少しずつ気力を取り戻し始めた一年生達はそれぞれ野菜を切る係、米を砥ぐ係、火を点ける係などに手早く役割を分担し始めた。

 

「轟、こっちも火ィ貰える~?」

 

「ああ、いいよ」

 

当然というべきか、炎を左半身から自在に出せる轟は火の番を任され、頼まれれば指先に炎を灯して丸めた古新聞を焼き、枯れ枝の束をその上に載せ始めた。疲労は色濃く顔に残ってはいるものの、炎の制御に一歩近づけた感触を噛み締め、小さく笑みを浮かべた。

 

爆豪も負けじと爆破で薪に火を点けようとしたが、思い留まって線香花火程度の出力を出して枯れ枝に着火する事に専念した。

 

「あれ?緑谷は?」

 

ふと瀬呂がそう口にした。それを聞き、A組の皆が辺りを見回したが、確かに一年最強の緑谷出久の姿がどこにもない

 

「ねえB組、緑谷と組手してたでしょ?どこ行ったか知らない?」

 

「ああ、それなら残り三十分ってところで引率で来た・・・・・・グラントリノだっけ?ってプロヒーローに連れてかれた。追い込みの最終調整がどうのこうのって」

 

「や~、ごめんごめん!もう作り始めちゃってる?」

 

噂をすれば影が差す。今まさに話題の人が密集した枝葉を押しのけて姿を現した。一言で表すなら、その姿はボロボロであった。全身ぐっしょりと濡れており、シャツやズボンは所々ほつれている。除く肌の至る所に打ち身、擦り傷、切り傷の類が絶えず続いており、髪の毛に至ってはアインシュタインの鳥の巣頭に負けず劣らずの状態だった、今も枯れ枝や葉、割れた木片などを取ろうとしており、スニーカーも片方無くなっている。

 

「うぉおおい!緑谷!大丈夫か!?」

 

「うん、平気平気。あ、でも右腕には触らないで欲しいかな。肘と肩脱臼して治したばっかだから」

 

「脱臼!?大丈夫なん、腕動かして!?」

 

麗日が八百万の方を向くと、既に彼女は三角巾に使える手頃なサイズのタオルを創り出していた。

 

「あーしばらくは冷やしてゆっくりじんわり温めれば大丈夫だって」

 

「でも治したってどうやって?一人ではめられるモンでもないだろ、関節って」

 

「あー、いや、割と行けたよ。膝蹴り一発で肩は治せた」

 

「膝蹴り!?」

 

「うん、こう前屈になって、左膝で右肩をガツッと。肘関節の方がちょっと難しかったかな、肩と違って可動領域が狭いから。まあ腕を殴って何とかしたけど」

 

「バケモンじゃねえか、そんなことして涼しい顔してるとか」

 

「痛み止め飲んでるからってのもある。後から痛くなると思うよきっと。で、痛みがぶり返さないうちに何か手伝える事無い?」

 

「怪我人にしてもらう事なんざねえわ、火の番でもして座っとれやボケが」

 

負傷していない方の腕をつかみ、爆豪はイズクを近くのベンチに座らせた。

 

「そうそう、うちらB組の特訓にも付き合ってもらったんだし、十分緑谷は働いてるよ。ありがとな」

 

「然り、緑谷氏はむしろ頑張り過ぎていると思いますぞ。明日の訓練に付き合ってもらう為にも、しっかり休んでいただきませんとな」

 

「これで水分と塩分を補給してください。余り物を押し付けて申し訳ありませんが、塩キャンディーとスポーツドリンクです」

 

着々とB組からの人望も集めている出久は、苦笑しながらも礼を述べてそれらを受け取った。

 

轟も彼が戻ってきたところでスポーツドリンクに右手で触れ、適度に冷やして右肩に手をやんわりと置いてやる。

 

「肩、平気か?」

 

「一応ね。いや~ひんやりして気持ちいい~!轟君、ありがと」

 

「気にすんな。友達、だし」

 

 

 

出水洸汰の腹が訓練の場から歩いて二十分ほどの所にある秘密基地にてコオロギの合唱をバックグラウンドにして盛大に鳴る。夕食前にあの場から離れたのは失敗だったが、既に離れてしまった手前引っ込みがつかず、都会の明かりから離れた夜の星空を睨み付けていた。まるでそうすれば空腹など無視できるとでも己の胃袋に言い聞かせるように。

 

——洸汰!留守の間、家を守ってくれな。頼むぞ!

 

——コーちゃん!ママ、頑張ってくるからね!

 

玄関から二人を見送ったその日が父、出水琉太と、母、出水浪子との最後の会話だった。二人一組のチーム『ウォーターホース』としてレスキューを主にプロヒーローとして活動していた。ビルボードでの順位は決して高いとは言えなかったが、それでも誇りを持って従事する姿は市民の好感度を上げ、洸汰もまたそんな二人の事が大好きで、誰よりも、どんなヒーローよりも誇らしかった。

 

二人が殉職した、と言う訃報を受け取るまでは。

 

葬式には親戚縁者だけでなく、仲の良かった近所の住民や以前二人に助けられた者、更には二人に所縁あるプロヒーロー達も参列して二人の殉職を惜しんだ。

 

——立派な最期だった。

 

違う。帰って来なきゃ意味無いじゃないか。

 

——ヒーローの本文を最後まで全うした、模範とすべき人達だ。

 

そんなわけあるか。馬鹿げている。死んだ事を手本にする?子供を置いて逝った親を?何を言っているんだコイツらは?そんなに死にたきゃ誰にも迷惑かけずに一人で勝手に死ねばいいじゃないか。

 

返せ。返せ。返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!そんな事はどうでもいい。ヒーローもヴィランもどうでもいい!パパとママを返せ!二人がいないのはお前らの所為だ。お前らみたいにヒーローだヴィランだ言ってる奴が蔓延っているから皆死んじまうんだ。

 

——ウォーターホース、素晴らしいヒーローでした。しかし二人の輝かしい未来は、一人の心無き犯罪者によって絶たれてしまいました。犯人は現在も逃走を続けており、警察とヒーローが行方を追っています。

 

ヴィランなんて絶滅してしまえばいい。そうすればヒーローも全員廃業してしまう。

 

いや、それでは足りない。

 

『個性』だ。『個性』なんて物があるから二人は死んだんだ。『個性』なんてこの世から、いやこの世ごとまるっと消えればいい。

 

「こんなとこにいやがったかマセガキ。保護者が探していたぞ」

 

両手にカレーライスを盛りつけた皿を持った爆豪が一メートルほど離れた所にそれを置いた。

 

「お前、何故ここが!?」

 

「足跡残したんはてめえだろうが。それはともかく、食っとけ。おめえの腹の虫なんざコオロギ以上に耳障りだ」

 

「いらねえよ。言ったろ、つるむ気などねえ。俺の秘密基地から出てけ!」

 

武士は食わねど高楊枝とばかりにそっぽを向いた洸汰はそう吐き捨てた。

 

擦れた態度に思わず爆豪の口から舌打ちが漏れた。

 

「言われんでも帰るわ、アホ。けどな、てめえがいくら世界嫌った所で何も変わらねえんだよ。てめえがこんなとこでウジウジしてる癖に死に物狂いでなりてえモン目指す奴をナメくさる資格はねえ。覚えとけ、クソガキ」

 

「うるせえ!!」

 

かっとなった洸汰は手近な石を掴み取って彼に向かって投げつけたが、爆豪は子供の腕力で投げられる距離の遥か射程圏外におり、石礫は山中の闇へと消えて行った。残ったのは微かなやまびこと二皿のカレー、そしてスプーン一本だった。

 




さて、いよいよ襲撃が迫ってきますが、File 47でステインとヴィラン連合の繋がりをクリティカル・デッドしちまったから原作通りに開闢行動隊が出せねえ!いや、多少強引でも出せるか?・・・・・・どうしよう、また更新が途絶えてしまう!!

次回、File 59: Eeny-meeny-miny-moe! 狙いはだあれ?

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File 59: Eeny-meeny-miny-moe! 狙いはだあれ?

すいません、今回ちょっと短めです。マスキュラーなどの純粋にヴィランである連中は何とかできますが、やはりステインシンパが混じっている開闢行動隊をどうするかが中々上手くストーリーには落とし込めず・・・・


「さて!腹は膨れたし、皿も洗った!お待ちかねのクラス対抗肝試し、始めるよー!!」

 

「いよっ、待ってました!」

 

「試してぇ――!!」

 

三日目の夜、その日の訓練課程と食事が全て終了し、飴と鞭のうち前者を与えられる時間となった。ヒーロー育成の為の教育機関と言っても学校は学校。それらしい行事もしっかりと組み込んでくれる良心(?)も関係者側にはあるのだ。

 

「大変心苦しいが、補習組はこれから俺と授業だ」

 

しかし、相澤の一言で華やいでいた雰囲気が一瞬で無に帰した。

 

「日中の訓練が思ったより捗らなかったからな。残念だがこっちを削るしかない」

 

捕縛布で拘束された五人は成す術無く怨嗟と哀愁の呻き声を上げながら施設の方へと引きずられていった。

 

「あの!相澤先生!」

 

「ん?」

 

「補習の授業・・・・・・僕も受けちゃだめですか?皆の精神的援助も兼ねて」

 

「期末に合格している以上お前にはその必要は無い、と言いたいところだが、自ら志願するのを止めはしない。やるなら最後まで残ってもらうぞ。丁度お前のノートも参考にしている所だ」

 

「分かりました、補足できる所はします。それに肝試しも奇数だと一人余っちゃうのが心苦しく思いまして」

 

「合理的な判断だ。では行くぞ。『個性』の強化だけでなく期末で露呈した立ち回りの脆弱さをきっちりと克服してもらう」

 

「いやだああああああああ!」

 

「試させてくれぇえええええええええ!」

 

そんな様子を遠巻きに見ていたのがパソコンのモニターを囲むグラントリノ、ナイトアイ、ブラドキング、そしてグラファイトの三人だった。

 

「どうじゃ、動きはあっか?」

 

たい焼きをかじりながらグラントリノが尋ねる。

 

「まだだな。三日と言う時間ではやはりセンサーの網を張り切るにはあの範囲は無茶があった。ギリギリ間に合わせてくれたことは感謝する。流石は生涯現役と言った所か。ナイトアイ、視た未来に変わりは?」

 

「昨日の時点では大して何もない。だが、少し気になる事はあった。やはり正確な人数は不明だが、見知った顔はいくつかある。一人が今筋強斗、別名『血狂い』マスキュラー。もう一人が引石健磁、通称『マグネ』。一人ステインを意識したコスチュームを着た爬虫類の異形型がいる。更に二人はマスクをつけているが、そのうち一人は見た感じ恐らく脱獄した死刑囚の『ムーンフィッシュ』。他二人は名前も顔も分からない。背格好からして未成年だからだろうな」

 

「分かっているだけでも全国指名手配レベルが三人、視えただけでも合計七人か。プロヒーローとの人数差では、ギリギリ劣勢か。いや脳無投入の可能性も含めれば、更に劣勢・・・・・しかし生徒四十人を含めれば拮抗か、こちらがやや優勢。さて、布陣は考え物だな」

 

「私は施設周辺に残ろう。一日一回の制限がある『個性』につき、出来る事は限られる。ヴィラン相手に援護程度はする」

 

「なら、儂は肝試しルートの外周を回っとくわい。何かあったら報せる」

 

「ああ、頼む。イズクも一応施設の方に居残ってもらうように頼んでおいた」

 

「プロヒーロー達に伝達してくれるのはありがたいが、生徒達にはどう伝える?相手が奇襲を仕掛けて来るなら、それに備えて出鼻を挫ける様に避難させた方が策としては安牌だろう?」

 

ブラドキングの質問にナイトアイは眼鏡を押し上げて首を横に振った。

 

「伝えない。少なくとも、間際までは駄目だ。プッシーキャッツにも私がそれとなく伝えておいた。それに、生徒達に戦わせない為にも、第一防衛ラインとして我々がいるのだろう?」

 

「加えて、だ」とグラファイトは続けた。「連合には黒霧と言う兵站のスペシャリストがいる。合宿施設の位置は既に特定されていると考えるべきだ。避難の最中脳無などの新手を投入されて搔き乱されれば、後手に回って巻き返される。奇襲を悟られた事を悟らせず、逆に誘い込んで各個撃破を狙う」

 

幸いと言うべきか、生徒達もプロヒーローも肝試しや補習の為に分散している。ならば、ヴィラン陣営も緑谷出久の身柄確保と言う目標達成の為に同じくせざるをえない。

 

今一番されて困るのは人数を纏められて正面切っての戦いを挑まれる事。勿論出来なくはないが、不殺と言うヒーローの大前提が大きなハンデとなってしまう。

 

「そろそろだな。では各位、手筈通りに」

 

 

 

「緑谷、わざわざ補習に付き合う事無いんだぜ?サポートは素直に嬉しいけどさ」

 

「この前なんか夜の二時まで続いたんだ。二時だぜ!?」

 

瀬呂、切島の言葉に出久は思わずうわ、と顔を顰めた。

 

「それで七時起床は確かにきついか・・・・・・できなくはないけど」

 

「いや出来るんかい!」

 

授業に使う為の小部屋は、二列ある折り畳み式のテーブルと人数分の椅子、そしてキャスター付きホワイトボードが一枚と、かなり殺風景な物だった。窓際に小さな冷蔵庫、茶菓子や湯飲み、ポットなどが置いてあるが、精々その程度である。

 

出久は席に着き、グラファイトに教室に入る前にさりげなく渡された小さなバッグのジッパーを開いて中身を確認すると、小さく笑った。笑わざるを得なかったのだ。

 

ゲーマドライバー以外に、マイティ―ディフェンダーZ、マッハチェイサーバースト、そしてノックアウトファイター3が入っているのだ。ドライバーには「緊急時のみ」とだけ書かれたメモが張り付けられている。

 

「もうほぼそうなってるでしょうが」

 

笑いながら出久はノートを取り出し、席についた。

 

ナイトアイとグラファイトから既に事情は話されている。()()()()()()()()()()()()()()。だが不思議と心は軽かった。ワン・フォー・オールを奪われるかもしれない。その恐怖や不安も無視できる程度の規模でしかなかった。

 

ドライバーとガシャットという新たな力の源を得たからだろうか?それかオールマイトの生体データを八割以上修復しているという事実があるからだろうか?とにかく、今はどこか安心すら感じてしまっている。

 

やはりグラファイトから『戦士』としての英才教育を受けていても長年憧れた『英雄』の感化は未だ拭えないらしい。

 

 

 

『皆、お楽しみの最中で本当に申し訳ないんだけど、悪いニュースがある』

 

マンダレイの『テレパス』能力で、敷地内にいる全員に彼女の言葉が響き渡る。

 

『ナイトアイの『個性』で、ここがヴィランに襲われるのを予知した。人数は十名弱、うち三名は脱獄死刑囚を含む全国指名手配レベルの凶悪犯よ。全員可能な限り合流して施設の前まで来て。絶対少数で動いちゃダメ。逃げられない場合は戦闘も許可するけど、今は人命第一。戦わずに済むならそれに越したことはないわ。肝試しルートに入った人たちはとにかくスタート地点を目指して。グラントリノが向かってるから彼に合流して指示を仰ぎなさい』

 

丁度折り返し地点からゴールまで道半ばとなった爆豪、轟は既に走り出していた。そして一つ重要な事に気付く。

 

——あのマセガキ、多分だがまだ戻ってねえ!

 

プロヒーローの親戚縁者が人質として効果覿面なのは馬鹿でも分かる。それが子供となれば、猶更だ。暗くてスタート地点こそ違うが、登山を趣味としている以上、山岳地帯は二、三度歩けば暗闇でも大体の位置は分かるし、道筋も覚えている。

 

行かねば。

 

「おい半分野郎。あのクソガキ連れ戻しに行くって伝えとけ。居場所は分かる。空中を行ける俺の方が速ぇ」

 

それに『個性』伸ばしで限界値がどこまで伸びたかの丁度いい試金石となる。

 

「分かった、伝えとく」

 

 

 

『洸汰!洸汰!私のテレパス聞こえてた?!すぐ施設に戻って!私――ごめんね!いつもどこ行ってるか知らないの!だから助けに行けないの!ごめん!すぐ戻って!』

 

しかしマンダレイの念話も空しく、洸汰にその声は届かない。目の前にいる大きな影を落としている黒装束の人間の姿への恐怖で、それどころではないのだ。

 

「見晴らしの良い所を探して来てみれば、資料になかった顔があるなぁ。ところで子供、センスのいい帽子被ってんなぁ。俺のこのだっせえマスクと交換してくれよ」

 

くぐもってはいるが声からして男の物である事は分かる。

 

動け。動け。間違いなくこの男はヴィランだ。逃げなければ。逃げなければ、確実に殺される。雰囲気から既にこいつはヤバい。子供だろうと、いやむしろ子供だからこそ嬉々として命を奪いに来るだろう。

 

「新参は納期がどうとかでこんなおもちゃしか貰えなくてよぉ!」

 

ようやく足が動き、逃げようとしたがあっという間に回り込まれた。その際に蹴った壁には大きく蜘蛛の巣状の罅が入り、石の欠片がいくつか崩れ落ちた。

 

「景気づけに一発殺らせてくれや!なあ!?」

 

ピンクの筋繊維が徐々に腕に、上半身に巻き付き、マスクを外した男の顔が露わになる。

 

あの顔は、嗚呼、嘘だ。

 

何でこんな所にこいつがいる?!

 

「お前、は・・・・」

 

——身長は二メートル前後、『個性』は単純な増強型で、左目には戦闘で受けたと思しき裂傷があります。この顔を見かけたら、すぐに110番及びヒーローに通報を。

 

忘れもしないその顔、左の目を中心に額から右半分の上唇まで達する古傷の持ち主の名は今筋強斗。ヴィラン名は、誰が呼んだか『血狂い』マスキュラー。テレビの画面で見た時と違うのは、左目に義眼が入っていることぐらいだろうか。

 

今度こそ、洸汰の目は恐怖で涙が滲み、自分の頭を叩き割ろうと振り下ろされた拳を見上げるばかりで動けなくなった。

 

榴弾砲・着弾(ハウザーインパクト)!」

 

しかし、その拳は耳を劈く爆発と硝煙の臭いによって阻まれる。

 

「おぅ、クソガキ!生きてんなら返事しやがれ。そして立てンならさっさと失せろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 




次回、File 60: Bastard! 目には目を

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File 60: Bastard! 目には目を

非番の日が続いている間に可能な限り投稿します。

今回の戦闘描写ですが、アマゾンズの主題歌をループで聞きながら書いてます。


爆豪勝己の戦闘IQは出久ほどではないにせよ、かなり高い。そして戦う前から既に分が悪い勝負に出ていると言う事にも。相手は殺す気で来る。いつもやり慣れた様に。対して自分は殺す気で手向かったとしても、実際に命を奪うわけにはいかない。加えて出水洸汰と言う保護対象(ハンデ)も背負っている。

 

そして相手はオールマイトやUSJにいた脳無と同じ近距離特化の増強系。『個性』発動状態のマスキュラーは体格だけで言えば既にどちらも一回り以上は上回っている。

 

だが、やるしかない。ここまで来た以上、退くわけにはいかない。出久に負けるのは、この際水に流す。しかし、ヴィランとなると話は別だ。ヒーローはヴィランに勝ってこそヒーロー、どんな形であれ最終的に勝てているから強く、格を上げていくのだ。

 

「お前は確か・・・・・・爆豪、だっけか?資料にあった顔だ。お前は、率先してぶち殺しとけってお達しだ。さあ――血ぃみせろや!」

 

腕に剥き出しの筋繊維が纏わり付き、更に巨大化したマスキュラーは突進して来た。速い。だが、USJの脳無程ではない。ましてや期末のオールマイトほどでもない。

 

「捕まれ。後、喋んじゃねえ、舌噛むぞ!」

 

前方に両手で爆破を放って後ろに下がり、洸汰の腕を掴んでそのまま崖下へ飛び降りた。背中にしがみつく洸汰の感触を確認しつつ両手の爆破を推進力に換えて飛び始める。

 

「おいおいおいおい!逃げてんじゃあねえぞ、てめえらあ!血ィ見せろって言ってんだろうがよぉ!なあ!?」

 

しかし飛び始めてまだ一分と経たないうちにマスキュラーの追撃が二人を襲う。

 

野太い風切り音の直後、もっと鋭い、高いピッチの風切り音が無数に背後から迫る。本能的に何かを感じ取った爆豪は体を傾け急旋回の体勢を取る。直後、右足を刺すような痛みが走った。感触は固い。石だ。あの筋力に物を言わせて大量の石礫を葡萄弾みたいに射出しているのだ。広範囲に散らばる以上、正確に当てる必要は無いし、弾薬は環境が提供してくれている故潤沢にある。

 

加えて爆破と言う光と音を伴う軌跡を残している上、こちらの位置は未だ高台にいるマスキュラーから丸見えだ。至近距離の爆破で視界を一旦潰したから重度の被弾は免れたが、それでも当て勘の良さは肝を冷やすには十分だった。

 

ある程度距離は稼げたが、皮膚に収まり切らない程の筋繊維を自在に操れる生粋の近距離パワー型を相手に一キロや二キロ程度、どうと言う事は無いだろう。視界もそろそろ晴れて見えるようになってくる頃だ。

 

林の中に不時着して洸汰を下ろし、改めて被弾した足の具合をチェックした。痣こそあって血も出ているが、それだけだ。歩けないほどではない。

 

「に、兄ちゃん・・・・・」

 

「騒いでんじゃねえ。良いか、俺が撃ったら全力で走れ。振り向いたらぶち殺す」

 

「無理だ!逃げよう!さっきだって勝てないから逃げたんじゃないか!だから―」

 

「勘違いしてんじゃねえぞ、マセガキ!てめえが戦いの邪魔だから場所移しただけだ」

 

中学まで山岳地帯でのキャンプやハイキングをしていたし、トレーニングでもよく使う以上、環境は使い慣れている。ホームグラウンド、とまでは行かないが、少なくともさっきまでいた遮蔽物が無い岩山よりアウェー感は下がる。

 

「いいか、俺は雄英来てから、ヴィランにだきゃあ負けた事はねえんだ。今更それを変えるつもりもねえ。俺が倒すつったら倒すんだよ。それと、ウォーターホースの件、何で知ってるのかって顔してんな?簡単だ、クラスにヒーローオタクがいるから情報には事欠かねえだけだわ。来るぞ。てめえは余計な心配してねえで、走る準備しとけ」

 

点が、巨大な肉壁となって迫ってくる。汗は十分かいた。両手で円を描き、照準を合わせる。射程距離まで、4,3,2,1――

 

88式高射砲(アハトアハトFLAK)!!!!!」

 

片膝をつき、踏ん張りながら発射の反動に耐える。首や肩、手首がピキピキと嫌な音を立てるが、構わず発射を続ける。

 

視界の端に洸汰が走っていくのが見えた。約束通り後ろを振り返らず一心不乱にその小さな脚を動かしている。

 

「――痛ぇじゃねえか」

 

先程溜まった汗を全放出して食らわせた爆破を、マスキュラーは耐えきった。爆発と爆風のダメージは確実に受けているし、薙ぎ倒された木々の向こう側から立ち上がってくるのが見える。受けてはいるが、あの筋繊維の壁を盾にされて()()()()()()のだ。

 

「あいつの名前・・・・・・みこ、いやみの・・・・・違うな、緑・・・・・・そう、緑谷。緑谷だ!そいつはどこにいる?一応形だけでも仕事はしなきゃなあ。」

 

「知らねえな。遠近感の利かねえガラス玉より望遠鏡でも頭にぶっ刺して勝手に探せや、少しはマシになるぜ筋肉達磨ぁ!」

 

「そうかそうか、知らねえか。オーケー、なら遊ぼうぜ!」

 

速い。先程とは倍近くも。ともすれば、出久並み。辛うじて爆破を起こして軌道を逸らしはしたものの、当たりの面積が大きい。逸らし切れずにごっそり左脇腹を砕かれてしまう。

 

口中に鉄の味が広がる。あれだけの巨大な拳だ。顔面も掠って口の中が切れたのだろう。必死に呼吸に意識を回しながら爆豪は立ち上がった。

 

「はっはっはっはぁ!いいぜぇ!血だあ!楽しいなあ!それと、お前ウォーターホースっつってたよなあ。逃がしたガキはあいつらの子供か!?すげえぜ、運命って奴じゃあねえか!」

 

再び迫ってくる拳。爆破で逸らすだけでなく、可能な限り足で距離を稼ぐ。そして逃げる洸汰から引き離す。

 

オールマイトとの戦いで学んだ。ちまちました小、中規模の爆破を繰り返すヒットアンドアウェイでは決定打たりえない。それこそ榴弾砲・着弾(ハウザーインパクト)やさっき放った88式高射砲(《アハトアハトFLAK)並みの攻撃を食らわせるしかない。しかし相手もそれが分かっている以上間違いなく防がれる。そして今の自分に連続大爆破の攻撃を撃つ術は無い。ならば消去法で残された倒す方法は一つしかない。

 

ゼロ距離での、それも急所を狙った威力超過の大爆発。

 

撃つ前に応援が来るならそれもいいが、来る前に倒すのがベスト。すでにヒーロー殺しで出久は新聞の一面を飾るほどの手柄を立てている。自分もここで根性を見せなければ立つ瀬がない。

 

——俺は勝つ!勝つんだ!オールマイトみてぇに!

 

呼吸を整えながらも凌ぎ、耐え、避け、貯める。しかし動けば動くほど痛めた脇腹の痛みが寄せては返す波の如くぶり返し始める。マスキュラーもそれを分かっているのか、執拗に脇腹を狙い続け、ついには爆破のいなしを突き破る威力で右脇腹を打ち抜いた。

 

「ウォーターホースの仇を取る?どうやって!?実現不可なキレイゴト宣ってんじゃねえよ!それに俺を責めるのは筋違いってもんだぜ、爆豪。俺は別にこの左目の傷をつけたあいつらを恨んじゃいない。俺は人を殺したかっただけ、あいつらはそれを止めたかっただけ、つまりはお互いやりてぇ事をやった結果がアレだ。できもしねえ事をやりたがるから、そうなるんだよぉ!!!!」

 

痛い。マスキュラーの話は半分程度しか耳に入ってこない。今の一撃で恐らく右側面のあばら骨は全て罅が入ったか、折れた。加えてあの勢いだ、恐らく内臓にまで骨が刺さったかもしれない。右腕を上げようとする度に首筋に痛みが走る。鎖骨も多分やられてしまったのだろう。額も切れて視界の右半分が消えた。

 

いよいよ勝てる要素がごっそり減ってしまった。だが今は賭けるしかない。

 

マスキュラーが再び接近した時が勝負だ。

 

「うる、せえよ・・・・・・てめえの持論なんざ知るか」

 

呼吸で腹を膨らませる度に右脇腹に鉄アレイでもぶつけられたかのような痛みが走る。かかって来いとばかりに手招きをして見せる。右腕はだらりと下がったままだ。

 

「それによお・・・・・・やりてえ事やった結果が全てっつーなら、俺がやりてえ事は、ウォーターホースの仇を取る事、ただ一つ。てめえ如きで躓いてたんじゃあ、オールマイトも、()()()()、超えられない!」

 

再三迫る拳。それに向かい、爆豪は爆速ターボを最大出力で放ち、一気に駆け出した。

 

胴体を狙って止まらないなら、残りは頭しかない。視覚と聴覚をメガカンデラ単位の光と数百デシベル単位の炸裂音で、破壊する。

 

低く、さらに低く頭を下げる。それこそ四足歩行の獣の如く。低空タックルでもかますように地面すれすれを飛び、更にマスキュラーの死角——奴から見て左側に回り込んだ。

 

「読めてんだよ、バァカ」

 

だが、マスキュラーの『個性』は皮下に収まりきらない程の筋肉の増殖及びコントロール。剥き出しの筋肉には当然神経が通っている。空気に晒された神経は、皮膚感覚がより敏感だ。

 

岩を砕くその巨大な手に掴まれ、身動きが取れなくなる。

 

「いや、読み違いだ」

 

つくづく過去の自分を連想させる相手に縁があるようだ。勝ち方が決まってる奴は勝ち筋を用意すると簡単に乗ってくる。今のマスキュラーは正しく体育祭の頃の自分。安易な勝ち筋にホイホイと乗っていくバカ丸出しだ。

 

「馬鹿は、てめえだぜ。てめえは、黙ってただの踏み台になってりゃいいんだ」

 

辛うじて拘束されないよう上に挙げた左腕に痛む右腕を添えて持ち上げ、顔面を——右目を狙う。

 

「右目、貰うぜ!地雷群(クレイモアクラスター)!!」

 

機関銃の、いや無数の地雷が炸裂したような断続的な炸裂音が夜の闇を揺るがし、矢のような閃光がその闇を切り裂いた

 

 

 

最後の爆発からかなり時間が経った。思わず洸汰は振り向いてしまう。見えない。見えないが、あの煙が上がっている事は、まだ戦っていると言う事なのだろう。

 

「パパ、ママ・・・・・力を貸して!」

 

祈るように呟き、洸汰は足を止めた。振り向くなと言われたが、振り向いた。振り向いて元来た道を真っ直ぐに走り始めた。

 

何をしているんだ、自分は?振り向かずに施設の方まで行けと言われただろう。自分に何ができる?相手はあの血狂いマスキュラー、自分なんか虫けらみたいに踏み潰されるだけだ。

 

その通りだが、考えるよりも先に足が反対方向を向き、矢継ぎ早に歩を進めていたのだ。自分に戦う術は無い。出来るのはただ祈ること。自分を逃がした彼がまだ生きている事を。まだ戦っている事を。

 

靴も靴下も躓いて片方脱げてしまった。それでも、出水洸汰は止まらない。胸が、横腹が痛くても無視した。足を枯れ枝か何かを踏みつけて切った。それでも止まらない。

 

必死で息をしながら夜の闇を煌々と照らす蒼い炎で見える立ち上る煙を目印に走った。

 

「兄ちゃん!爆豪の兄ちゃん!!」

 

洸汰がみたのは、凄まじい光景だった。周りの木々を数本薙ぎ倒し、未だニトロの臭いをくゆらせ、くすぶるクレーターの中心に、二人の人間が倒れている。だが、うち一人はギリギリ動いている。

 

「・・・・・クソガキ、何で戻って来やがった」

 

「こ、これ!」

 

洸汰は両手を器にし、『個性』を発動した。小さな手に、コップ一杯分ほどの水がたまる。彼はそれを起き上がる爆豪の口に振るえる手でゆっくりと流し込む。

 

「宣言通り、思いっきしやっつけてやったぜ。

 

——一番でかいマスキュラーを倒せれば、他はどうにかなる。

 

子供じみた希望的観測を多大に含んだ勝算だったが、実際そうだ。純粋な馬力で言えばマスキュラーの右に出る者はいない。オールマイトが不在の状況で一番厄介であろう戦力を処理できれば、戦況は間違いなくひっくり返る。

 

「洸汰君!?かっちゃん!!」

 

緑のもさもさ頭のそばかす顔。確か、緑谷。マスキュラーが狙っていたやつだ。

 

「遅ぇよ、糞バカ。マスキュラーは俺がぶっ殺したぜ。俺一人でな。てめえなんざお呼びじゃねえんだよ」

 

相変わらずの憎まれ口に出久は思わず笑ってしまう。

 

「自慢してる場合かっての。洸汰君は、大丈夫?あ、靴、脱げてる!」

 

「ひみつきちの、その・・・・・・あそこ、が、崖の、下に爆発出す兄ちゃんがマスキュラーと!!!」

 

肩で息をしながらも、なんとか要点をかいつまんであらましを伝えた。

 

「分かった、知らせてくれてありがとう」

 

出久は歯を見せる程の満面の笑みを見せ、大きく頷いた。

 

「助かったよ。疲れたでしょ、背中に乗って。君を施設の方まで送り届ける」

 

ずれた帽子を直し、爆豪をおぶり、洸汰を小脇に抱えて出久は駆け出した。緑の閃光となり、山道、獣道をまるで平地を走るように走破していく。

 

「・・・・・ありがと」

 

メッセージをスマホで飛ばす出久には聞こえないように、ぽそっとこぼれた一言だったが、それは間違いなく純粋な出水洸汰の自分を救ってくれたヒーロー達への、心からの感謝の一言であった。

 




次回、File 61: 最低なSurprise
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File 61: 最低のSurprise!

考えに考えた結果、いよいよ開闢行動隊をどうするかの進退を決定いたしました。アンケートにご協力いただいたユーザーの皆様、お付き合いいただき誠にありがとうございます。

久々の五千字オーバーの投稿で、しかも久々の移り変わる戦闘シーンだらけなので、拙い文章でない事を祈りつつアップしています(汗)

一応今作の最終話ですが、壊理ちゃん登場前まではオールマイトVSAFO戦で終わらせてエピローグ的な何かを書いて終わりにしようかと思っていたのですが、折角ですので死穢八斎會の所まで行こうと思います。ドライバーと変身に至るまでをここまで引っ張ったんで見せ場は多めに作っておきたいですし。

もしかしたら原作通り異能解放戦線までやるかもしれませんが、個人で、それも別のサイトで二次創作以外を書いてみたいという気持ちも少なからずあるのでそちらを優先してしまう形になるかもしれません。

筆が乗ればその限りではありませんが、あらかじめご了承ください。


「どうなっている・・・・・・何故()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

いつもは冷静沈着なグラファイトも、今回ばかりは怒りと混乱で頭がどうにかなりそうだった。直接目にしたわけではないが、クロノスやゲムデウスはエグゼイド達仮面ライダーが倒した。根拠こそ無いがスナイプ、ブレイブに敗れた戦士としての勘がそう確信させていたのだ。当時レベルを超越したバグスターとなった自分を倒せるほどの者達がいるならば、後は任せて逝けると。

 

が、現に施設の前に現れたマグネとステインに似たコスチュームに身を包んだトカゲの『個性』の男が、あろうことか『ゲキトツロボッツ』と『ギリギリチャンバラ』のガシャットでガットン、そしてカイデンに変身したのだ。

 

有り得ない。この世界にはバグスターと感染者はそれぞれ自分と出久だけだ。ガシャットの能力やバグスターの事自体知っている人間の数は限られている。他に知っているとすれば――

 

「I-アイランド・・・・・・まさかあの時か?」

 

ヴィランと通じていたサム・エイブラハムはウォルフラム一味と共に逮捕こそされたが、差し金はあのオール・フォー・ワンだ。内通者が彼一人だけとは限らない。あの部屋のプロテクトを解除してしまった以上、誰でも入れるようになった。デジタル機器の操作に特化した『個性』を持った者ならばデータを抜き取る事ぐらい容易だろう。外部の協力者に直接データを渡したとすればそれこそ記録や痕跡も残らない。

 

「貴様ら、全員下がれ」

 

『ガッチョーン!』

 

バグルドライバーを装着し、大股で最前線へと出た。

 

「奴らは、俺が倒す。この俺が。他の生徒を回収する事を最優先にしろ。ナイトアイ達の端末で位置情報は見えるようにしてある。今の俺は久しぶりに——本当に久しぶりに、怒っている。正直奴らを倒しさえすれば周りがどうなろうと構わんとすら思っている」

 

『ドラゴナイトハンターZ!』

 

ガシャットを起動し、ゲームエリアにエナジーアイテムが拡散される。すでにその力の一端をUSJ並びに体育祭で目の当たりにしていたA組の面々は下がり始めた。

 

「だから急げ。まだ俺が、自制できているうちに。変身!」

 

『ガシャット!BUGGLE UP! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE!』

 

変身が完了する間も無く、グラファイトは二体のバグスターに向かって一直線に駆け出した。義憤にその拳を握りしめながら。

 

そして丁度その瞬間、爆豪と洸汰を運ぶ出久が森の中から飛び出し、グラファイトの背後に着地した。

 

「マンダレイ!洸汰君連れ帰ってきました!ウォーターホースの仇も、かっちゃんが取りました!!後は雄英の僕らが戻れば完了です!ここはグラファイトに任せて施設の方へ撤退を!」

 

「オッケー!」

 

肩の荷が下りると共に、彼女と虎の士気が目に見えて上がった。それぞれ爆豪と洸汰を出久から受け取り、その場にいる生徒達の撤退に備えて殿を務めた。

 

「虎、生徒達の護送に行くよ!」

 

「うむ、そこまで言うのであれば信じよう。いざ!」

 

「僕は森の中に戻ってもう一度合流しきれていない人を探してきます!」

 

 

 

B組クラス委員長の拳藤一佳は『個性』で倒れたクラスメイトの骨抜柔造と小大唯をその巨大化して両手で覆いしつつ合流を目指していた。問題はマンダレイが放った伝令には、肝試しに出た面々が置かれている状況の事が一切含まれていないと言う事。つまり何の障害も無く合流できると思っているのだ。

 

その状況は、辺り一面を覆い尽くしている、有毒ガスの事だ。骨抜が気絶した事から害があるのは間違いない。だがいくら体力に自信があるからと言って息を止めたまま走り続けるのにも限度がある。

 

「おぉーい!拳藤!」

 

茂みを突き破り、鉄哲がぐったりしたクラスメイトを抱きかかえながら姿を現した。両名とも顔にマスクをつけている。更にその背後からは傘を脇に抱えたナイトアイも枯葉をスーツから払い落としながら進み出た。

 

「鉄哲!?サー・ナイトアイも!って、そのマスクどこから?」

 

「A組の八百万が運良く近くにいて創ってもらった。B組の位置は泡瀬がグラントリノのおっちゃんと一緒に回って救助してくれてる。ガスマスクは沢山もらったからお前らも使え!」

 

「ごめん、助かる!」

 

その場にいた全員にガスマスクが行き渡り、ナイトアイが先導を始めた。

 

「そういえば、何でここの位置が?」

 

「生徒達が訓練をしている間、グラファイトと私、そしてグラントリノの三人で敷地にセンサーの網を張り巡らせていてね。どこに誰がいるかは携帯の電波で探知している。山を張るのは私が事前にしておいた」

 

「じゃあ、ヴィランの位置、分かるって事っスよね?」

 

「分かる。が、倒すというのであれば却下だ。君達生徒を全員施設に送り届け、人質とされぬように立ち回るのが今の私の責務だ。わざわざ捕まりに行くような真似をする行動を許すとでも?」

 

「俺は・・・・・・!俺は悔しいんすよ!」

 

泣くものかと思いつつも、そんな気持ちとは裏腹に鉄哲の目に涙が込み上げてくる。

 

「心のどこかで感じてるんス。A組と同じ試験、同じカリキュラム。なのに先生どころかA組の緑谷にまで『個性』伸ばしの訓練手伝われる体たらくだ。差は開きっぱなしで、俺は悔しい。あいつらはいつもピンチをチャンスに変えてきた。人に仇為す連中に背を向けるなんて、俺には出来ねえ!ここでやらなきゃいつやるってんだ!?」

 

「鉄哲、気持ちは分かるよ。悔しいって気持ちもね。合宿中結局一回しか緑谷に攻撃当てられなかったし。でも、今は優先順位を考えないと。私らが戦ってもし何かあったら先生達に迷惑かかるんだよ?」

 

戦えればそれで満足なら、どこぞの地下核闘技場にいくなり、適当に喧嘩を売るなりすればいい。民間人には誤解されがちだが何も戦う事だけがヒーローではない。万人ならば戦うという選択をする時にこそあえて戦わない事を選ぶのも、またヒーローなのだ。今は雌伏の時。これから戦う機会は、まだいくらでも訪れる。

 

「・・・・・・わーったよ。今回は委員長の顔を立てる為にも逃げに徹する」

 

「賢明な判断―――伏せろ!」

 

ナイトアイは拳藤を押しのけた。そして傘を開くのと乾いた劇発音が夜の闇を劈いたのはほぼ同時だった。傘の内側が銀幕の様に反対側を映し出し、一発のひしゃげた銃弾が落ちた。

 

「どうやら向こうは逃がしてはくれないようだ。ご丁寧に飛び道具まで装備している。恐らくこの有毒ガスで我々の位置を把握できるのだろう。仕方ない。鉄哲君、君の案で行こう。奴を叩いてよそにガスを撒かれないようにする。ただしこれは実戦。しくじりは許されないぞ」

 

「押忍!」

 

「拳藤君は学友をガスの射程圏外まで運んでくれ、ここは二人で十分だ」

 

「はい!」

 

鉄哲の肩に手を置き、ナイトアイは『個性』を発動した。そのしかめっ面はほんの僅かだが綻んだ。

 

「防御は私に任せろ。君は私の指示があるまで動かないでくれ。」

 

二発、三発と再び銃声がするが、方向もタイミングも全てナイトアイは視ている。

 

四時方向から、二発。

 

八時方向から、一発。

 

三時方向から更に三発。

 

弾込めのインターバルか、十八秒挟んで、五時方向から一発。

 

時にはしゃがみ、時には立ち上がり、時には傘をくるりと回転させてその布地で飛んでくる銃弾を次々と弾いていく。

 

「今だ、七時方向」

 

反射的に鉄哲は拳を固め、ナイトアイの背後へと歩を進めた。そして数メートル先で見た。酸素ボンベとガスマスクを背負った人影の姿を。

 

「一年B組、なめんじゃねえ!!!!」

 

しかしあと一歩の踏み込みが足りず、鉄哲の拳はヴィランでなくその手にある拳銃を弾き飛ばすだけに留まってしまう。

 

「糞っ!?」

 

追撃しようと更に進むが再びガスの中に姿をくらました。が、呻き声と共にガスが霧散し始める。鉄哲が見たのは、傘の取っ手についた血をティッシュで拭うナイトアイと、ガスマスクが叩き割れる程の打撃を食らって昏倒した年端も行かない少年の姿だった。

 

「一撃で意識を刈り取れなかったのは減点だが、飛び道具と利き手を潰したので良しとしよう」

 

 

 

右腕に氷の丸楯を創り出した轟は、貫かれた左脇腹を抑えて息を荒らげていた。肝試しの順番を決めるくじの結果、一人で行くことになったのが思わぬ形でヴィランと一人で対峙するという結果を呼び込んだ。しかも相手は地形と『個性』を使い慣れた動きを見せてくる。一方、こちらは山火事を懸念して左を迂闊に使えない上に気絶した生徒を一名背負っている。お世辞にも戦えるような状況ではない。が、逃がしてくれるほど柔な相手でもない。

 

「あぁ・・・・・・仕事(ひごと)ひなきゃ・・・・・・」

 

幸いと言うべきか、さっきまで見えていたガス溜まりは少しずつ引いている。恐らくその『個性』を持ったヴィランは倒されたのだろう。ならばここは遅延戦術一択だ。

 

右腕の楯を更に大きくして兎に角距離を離そうと走る。左足から限定的に炎を凝縮させて放出して更にスピードを上げる術も、それと同時に氷壁を生み出す術も編み出した。今はそれに頼りながら、轟は逃げた。

 

「ああでも肉、肉ぅ、に、ににに肉面んッ!見せろ!見せろ見せろ見せろ見せろぉおおーーーー!!」

 

しかしヴィランーームーンフィッシュはその必死の抵抗をあざ笑うように口から伸び縮みする刃のような歯で氷を貫き、追い縋る。

 

——考えろ。こんな時あいつなら、緑谷ならどうする?手数、射程距離、環境。全部こっちはアウェーだ。そんな状況をどうやってひっくり返す?

 

しかしそれ以上の思考をする事は叶わなかった。

 

「肉肉うるせえぞ、ったく。こんな所に居やがったか、肉バカめが。今度はその歯ぁ生えねえように引っこ抜いた方がよさそうだな、ええ?」

 

空中で月明かりに照らされた小さな黄色い影がムーンフィッシュの歯を速度の乗った跳び蹴りで一気に纏めてへし折ったのだ。

 

「おお、轟の坊主。死刑囚(ムーンフィッシュ)相手によう粘ったわ。ここは任せぃ!久々に骨のある相手で俺もちとうずうずしとるんでな」

 

老兵に似つかわしい老獪な笑みを肩越しに見せ、親指を突き上げたグラントリノはさっさと行けとばかりにその指で轟の進行方向を示す。

 

「大部分はもう合流しとる、お前が戻りゃあもう残りは十人もおらん。急げ!」

 

 

 

「流石にどこに誰がいるかまではわからないか・・・・・・」

 

木の梢でスマートフォンを操作しながら出久は毒づく。ヴィランとそうでない者の反応は違うが、固有の発信源までは分からない。

 

「一番近いのは、この二つ」

 

しかしその発信源はどちらも止まっている。そして二つのすぐ近くに別の発信源が一つ。嫌な予感がした出久は即座にフルカウルで木を足場にしながら急行した。視界や進行を阻む枝葉を手刀で切り払った先には、蛙吹を気に釘付けにしてナイフで近づく金髪の女がいた。年恰好からして同い年ぐらいだろうか、学生服を着ている。

 

「DOUBLE DELAWARE SMASH!!」

 

マグナム弾にも劣らない勢いで放たれた圧縮空気はその女の背中に背負われた機械と右手のナイフを粉々に破壊した。

 

「蛙吹さん、麗日さん、大丈夫?!」

 

「平気、ナイフ掠っただけやから。それより気を付けて。その人に血ィ、取られた!」

 

「血を!?」

 

「私も大丈夫よ。危なかったけど。気を付けて、このヴィラン、普通じゃないわ」

 

「痛いです、そこの緑髪の——」と彼女は続けようとしたが、痛みも忘れて出久の方を呆然と見た。

 

——顔が血で赤くて、カアイイ!!!

 

実際出久の顔は木々の梢を飛び回っていたせいで枝や葉などで所々切り傷が出来ており、深手ではないにせよ額や頬、顎、首筋など、至る所から出血していた。

 

「貴方ですね、緑谷君は!!私、トガです!トガヒミコ!」

 

砕けたナイフの破片を歯で引き抜き、傷を舐め上げる姿は正しく御伽噺に出てくる吸血鬼のようだった。出久も思わず首筋の肌がぶ割と泡立つのを感じ、身構える。しかし、スカートの中にその血まみれの手を突っ込んで引っ張り出したのは――ピンク色のガシャットだった。

 

『ときめきCrisis!』

 

「あれってデク君が持ってるのとおんなじ奴?!」

 

「どこでそれを!?」

 

「秘密です♪知りたかったら——私にチウチウされてください!」

 

「二人とも、先に戻ってて。アレを使ってくる以上、今この場で彼女を倒せるだけの力を持ってるのは僕だけだ。早く!」

 

「分かった。気ぃつけてね!」

 

「ケロ、ちゃんと無事に戻ってきて、緑谷ちゃん。約束よ!」

 

出久は無言で頷き、バッグからドライバーとガシャットを引っ張り出した。

 

「緊急事態、正に今だよね」

 

「ああ、出久君も同じの持ってる!!私とお揃い!お揃い!!」

 

鎖骨にガシャットの端子を押し付け、トガヒミコは変身した。

 




引っ張りに引っ張りましたが、ようやく次で出久君単体での初変身です。

名前ももうあります。

次回、File 62:ご唱和ください!I’M A KAMEN RIDER

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File 62: ご唱和ください!I’M A KAMEN RIDER

予約投稿で書き溜めした奴を投下します。いやー、やっぱ書くの楽しいなあ。


グラファイトのかつての仲間達、バグスターがどのような姿をしていたのか、出久は一度聞いたことがある。過去の交友関係に興味をそそられた事に興が乗ったのか、グラファイトはイラスト編集のアプリで人間態、変身態のバグスターを描いて見せた事がある。

 

トガヒミコが使った『ときめきクライシス』のガシャットのバグスターであるラヴリカがどのような見てくれなのかも、勿論知っている。しかし、その姿は予想とは違っていた。変身者が女だからなのか、オリジナルのすらりとした造形よりも更に細く、より女性らしく丸みを帯びた姿になっている。右肩からはみ出る花束も小振りなブーケサイズにまで縮小されており、ピンクと白を基調とした配色も血の様な濃く、深い赤色が混ざっていた。さしずめ、ラヴリカR(レッド)と言った所か。

 

「出久君も早く変身してください!早く早く!」

 

まるで誕生日プレゼントを手渡されるのを待ちきれない無邪気な子供の様にはしゃぐその姿は出久の背筋をうすら寒くさせるには十分すぎた。

 

「催促されるのは癪だけど、まあ言ってる場合じゃないか」

 

『Mighty Defender Z!』

 

チョコレート色のブロックが辺り一面にちりばめられ、ガシャットを握る出久の手に僅かにノイズが走り、目が一瞬だけ翡翠色に輝く。

 

「・・・・・変身」

 

『ガシャット!ガッチャーン!LEVEL UP!』

 

起動したガシャットを逆手に持ち替えドライバーに装填し、即座にレバーを展開した。

 

『Mighty Jump! Mighty Block! Mighty Defender! Z!』

 

出久を中心に幾つものパネルが現れ、正面に来た一つを突き飛ばすように手を突き出した。レベル1から即座にレベル2への変身を遂げた彼の姿は、もしグラファイトがその場にいれば思わず身構えてしまっていたことだろう。

 

基本的な姿形は細部を除けばエグゼイドやゲンムと変わらないが、配色パターンが檀正宗——仮面ライダークロノスのそれと酷似しているのだ。色こそクロノスより暗いメタリックグリーンだが、腰回りにも幾何学的な模様が入った裏地が赤いマントも翻っている。もしこれでバグルドライバーが装着されていたならば、一瞬クロノスに見間違われてもおかしくはない。

 

両手を顔の高さまで上げて指先を曲げ伸ばしし、調子を確かめた。今の所異常は無し。なら、遠慮なく行かせてもらおう。

 

「僕は――インデクス。仮面ライダーインデクスだ!!」

 

ラヴリカが繰り出す拳と蹴り、更には伸縮する棘のついた蔦を織り交ぜた攻撃は、速かった。近接格闘には一家言ある相澤ならば一時的に凌ぎ切れるかもしれないが、生徒の中で凌げる者は恐らくいない。変身しているからこそ、そしてグラファイトの長年の積み重ねた訓練もあればこそ出久も初めて使うドライバーで変身しても対応しきれているが、ガシャットの固有能力も計算に入れれば恐らく脳無並みかそれ以上に厄介な相手となるだろう。

 

『ガシャコンバックラー!』

 

バグヴァイザーを使った時と同じように円形の楯が左腕に現れ、受け幅が広くなったのを活かして攻撃を弾き、受け流し続ける。

 

「んもう!出久君も攻撃してください!私ばっかりじゃつまんないです!」

 

だが出久も馬鹿ではない。変身した状態もそうだが、変身者自体も間違いなく危険だと言う事を本能的に感じ取っていた。手の内が分からない相手との戦い程面倒な事は無いのだ。しかし遅滞戦闘を続けるにも限界がある。他のヴィランと合流されればそれだけ不確定要素が増えるのだ。

 

「じゃあ遠慮なくっ!」

 

ガシャコンバックラーを取り外し、ラヴリカR目掛けて投げつける。しかし彼女は避ける様子は無く、むしろ両手を広げて受け止めんとしていた。風を切って一直線に飛んでくる投擲武器は見事ラヴリカに命中した——かに思えた。

 

『MISS!』

 

「は?」

 

思わず間抜けな声が漏れてしまう。ミス?何が起きている?相手は避けもしなかった、クリーンヒットの筈だ。なのにゲームエリアが下した裁定は攻撃無効。

 

弾かれて戻るバックラーをキャッチし、更に勢いを込めて投げつける。バックラーは周りのチョコブロックに弾かれて角度を変え、今度はラヴリカRの側頭部を的確に捉える。

 

『MISS!』

 

しかし無情にも下される判定はまたしても無効(ハズレ)

 

どうなっているんだ?ガシャットの不調ではない。ならばドライバーの不調か?だとするならば変身できた説明がつかない。

 

様々な可能性を出久の脳がトップギアで算出し始め、消去法で残った結論に辿り着く。

 

「『ときめきクライシス』の特性か!?」

 

「さっすがは私の出久君!大正解です!」

 

 

 

弱い。

 

それがグラファイトの感想だった。相手にならなくはないが、同じバグスターとして侮辱的と思えるほどに弱い。

 

ガットンはレベルが上がるほど馬力が上昇するのは勿論、攻撃の効きが薄くなる。加えて『激突ロボッツ』はロボット同士が殴り合うアクションゲーム。レベルが上がるにつれ相手の動き、能力を学習して戦闘の精度が上がり、より倒しにくくなる。

 

カイデンは何と言ってもその二刀流の剣技と飛んでくる弾丸すら後ろを向いたままでも両断できる反応速度が持ち味。息もつかせぬその剣捌きはその一撃一撃全てが必殺の威力を誇っている。

 

だというのに、変身する物が違えばこうも著しく落差が出るのか。嘆かわしい。

 

「・・・・・・もういい」

 

グラファイトは振り下ろされるカイデンの大上段を腕の隙間を縫うアッパーでカウンターを決め、よろめかせた。

 

「大見得を切ってそのザマならば、貴様らでは所詮バグスターの力を御しきれんことが証明された。ガシャットを置いて立ち去るならばよし。去らぬならば貴様らの体内から直に抉り出してでも奪い取る」

 

「やれるもんならやってみやがれ!」

 

スピナーと名乗った男が変身したカイデンは再び突撃し、ガットンも左腕をグラファイトに向けて射出した。

 

「それが答えならば俺も遠慮はしない」

 

『Perfect Puzzle!What’s the next stage? What’s the next stage?』

 

「一思いにパワーで叩き潰す。貴様らと俺のレベル差を、思い知るがいい」

 

エナジーアイテムが辺りに散らばり、グラファイトはバグルドライバーを百八十度回転させるともう一方のスロットにガシャットを押し込んだ。

 

『ガシャット!BUGGLE UP! ド・ド・ドドド黒龍拳!DRA!DRA!DRAGOKNIGHT HUNTER! GRAPHITE! A-Gatcha! Get the glory in the chain! Perfect Puzzle!』

 

黒かったボディーが青に染まり、頭部は丸みを帯び始めた。両肩に新たに追加されたパーツ、マテリアライズショルダーが一瞬光を放ち、露わになったエナジーアイテムを手の一振りで引き寄せた。

 

『分身!』

 

一人が二人になり、二人は再びエナジーアイテムを引き寄せる。

 

『高速化!伸縮化!ジャンプ強化!PERFECT CRITICAL COMBO!』

 

『マッスル化!鋼鉄化!高速化!PERFECT CRITICAL COMBO!』

 

二つのキメワザを同時に食らった二体のバグスターは人間の姿に戻り、ガシャットが宙を舞う。

 

「今度は『個性』を使ってかかって来い。少しはマシになるだろう」

 

伸縮化のエナジーアイテムの効果が消えないうちにそれらを回収したが、ガシャットは先程の戦いのダメージによる不可に耐えきれなかったのか基盤が剝き出しになっており、煙と異臭を燻らせていた。

 

 

 

「B組は後一人だ、イレイザー!」

 

受け持っているクラスの頭数を再三再四数えたブラドキングはそう告げる。

 

「こっちは・・・・・後七人、いや・・・・・・」

 

森の中からB組の円場を担いだ麗日と蛙吹が全力で駆けてくる姿を見て相澤は訂正した。

 

「後五人。ナイトアイ、彼らの現在地は?」

 

「一人は依然ヴィランと交戦している。もう一人は少しばかり離れているが、恐らく隠れているのだろう。他の三人は交戦中の一人ともうすぐ合流を果たす。捕縛済みのヴィラン以外に三、いや四!?いきなり現れた!」

 

「連合の黒霧!」

 

「不在のプロヒーローはラグドールのみ。発信源がよそで途絶えたが、そっちには今虎が向かっている」

 

「なら残りの有精卵共は俺が連れ戻すとするか」

 

座っていたグラントリノがよっこいせと腰を上げる。

 

「イレイザー、お前の『個性』では奴らが変身したアレには対応しきれん事は検証済みだ。こっちで防衛を頼む。グラファイト、飛ぶぜ」

 

「応とも、行くぞ」

 

「待ってくれ!俺達にも行かせてくれ!ヴィランの数が少ないのなら猶更——」

 

「駄目だ」とイレイザーは切島の懇願をはねつける。普段は眠そうなその目には現場に立つプロヒーローの凄みがあり、有志として同伴しようという生徒達の気持ちを一瞬で沈下した。「奴らの判明している狙いの一人が少なくとも緑谷である以上、他の生徒も狙っている可能性が高い。狙われているお前達をみすみす危険に晒すなど非合理の極みだ。グラントリノ、グラファイト、行ってくれ」

 

二人は頷き、ナイトアイが示した方角に向かって一直線に飛んだ。

 




さて、ここまででかっちゃんを除くメンバーが未だ避難完了してませんが、ナイトアイが見た未来通りになるか、外すか・・・・・・どうしよう笑?どっちも面白そうな事になりそうなのに。

ちなみに出久が変身したライダーですが、名前はコンピュータープログラミングの用語辞典を開いて何かいい言葉ないかなーと探した結果、インデクスにしました。理由としては原作エグゼイドでは生涯の友と呼んでいたパラドの変身した姿がパラドクスなので、響きが似ている物にしました。名前にもデクって入ってますし。それに歩くヒーロー百科事典だから索引の英名を使うのもちょうどいいんじゃないかなーと。

次回、File 63: 覆されしfuture

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File 63: 覆されしfuture (前編)

で、でけた・・・・・場面が一々変わるから書くのがめんどくさい・・・・・・けど何とか出来ました。前編、後編の二部構成とさせていただきます。

若干出来栄えに不満があるので後々ちょこちょこ修正するかもしれませんが、そこはご容赦のほどを。




——まずい。まずい、まずい、まずい!

 

仮面の奥で出久――仮面ライダーインデクスは歯噛みする。戦況を完全に把握できているわけではない。これは勘だ。だが、長年いじめと言う名の悪意に晒され、グラファイトに鍛え上げられた生存本能は普段使いの理詰めの頭脳と違い、ここぞという時に警鐘をけたたましく鳴らす。

 

――完全に逃げるタイミングを見失ってしまった!

 

襲撃してきたヴィラン達の内数名は間違いなく無力化及び捕縛してある。だが如何せん、数も個々の能力も不明だ。そして今己は、己の攻撃が全く通らないバグスターに張り付かれている。エナジーアイテムを使えば僅差で逃げ切る事も可能だろうが、それも相手がラヴリカR一人だけが相手だった時の話だ。

 

彼女の他に背中から工具が先端に取り付けられた六本の副腕を持つ青緑の脳無が紳士服とステッキを持ったマジシャン然としたシルクハットをかぶった男と、剃刀のような鋭い巻き尺を鞭の様に振るう男も合流し、一気に四対一と言う数的不利が、脱出を許さない。仮に逃げ切れたとしても他のまだ避難が完了していない生徒達の方へ矛先を向けるかもしれない。

 

「トガちゃん、こいつ誰?俺知ってる!」

 

「出久君です!私とお揃いで変身してます!」

 

頭の上半分が灰色のマスクとラバースーツで全身を覆った男が支離滅裂に自問自答をし、ラヴリカRが手を叩きながら答える。

 

「なるほど、体育祭で見たアレ・・・・・・とはまた形状が違うみたいだが、まあ何にせよやる事は変わらない。荼毘、ターゲットを発見した。脳無に指示を飛ばせ」

 

数秒後、副腕の工具が唸りを上げ始め、脳無がインデクスに襲い掛かった。

 

「お、っと!」

 

頭上から振り下ろされるチェーンソーをバックラーで受け止め、更に高速回転するドリルを空いた手で突き刺さる前に止める。スーツに防護されているとは言えドライバーへの物理的干渉は極力避けるべきだ。

 

『CHARGE MAX!』

 

ギャリギャリと火花を散らす程に金属同士が激しくこすれ合う。設置中にバックラーの内側にあるゲージがみるみるうちに溜まり、カメラが焚くフラッシュの如き閃光が瞬く。怯んだ脳無を押しのけ、ワン・フォー・オールを発動、未だに握り締めたドリルのついた副腕を力任せに引き千切った。波状攻撃を仕掛けようと迫るラヴリカRにそれを投げつけ、距離を取りつつガシャットを引き抜き、バックラーのスロットに装填。

 

『ガッシューン!ガッシャット!キメワザ!』

 

「そー、れっ!」

 

光を放つガシャコンバックラーをフリスビーの様に投げたインデクスは、更に後退する。

 

『MISS!』

 

目まぐるしく光るエフェクトを発しながら地面すれすれに飛び、ラヴリカRの左足に当たり――そのまま跳ね返った。腕を失い、血を流しながらも前進する、脳無の腰背面目掛けて。それに合わせてインデクスが脳無の顎に蹴りを入れ、大きく背を仰け反らせた。

 

『個性』を複数詰め込んだとは言え二本足で立つ特徴は普通の人間とは変わらない。背骨は衝撃を殺す為に常にS字型に曲がっているが、今はほぼI字型、つまり衝撃の逃げ場はほぼゼロ。バックラーは腰椎と背骨を破壊し、再び跳ね返る。

 

「ほぇ?」

 

ダメージどころか激突の衝撃も感じないラヴリカRは間抜けな声を上げた。そして上昇しながら再び己の顔に向かって跳ね返ってきたバックラーに思わず頭を下げて回避してしまう。飛んだ先は、エナジーアイテムを内包した、チョコブロック。

 

『高速化!』

 

エナジーアイテムに触れたバックラーの速度は更に上がり、ヴィランに、地面に、周りの木々に、そして時にはインデクス自身が繰り出す拳と蹴りで最早常人では目で捉え切れない程の速度にまで加速した円盤に翻弄された。

 

バックラーのゲージが空になり、インデクスの手元に飛来する。

 

『MIGHTY CRITICAL COUNTER!逆転の一発!』

 

余剰エネルギーで飛び散る火花と爆発に紛れ、インデクスは高速で後退した。途中でバックラーが破壊して露出させた『透明化』のエナジーアイテムでも姿をくらまし、クラスの皆がいる施設を目指して走り始めた。

 

「やられたな、予想以上に抵抗してくる」

 

「むう、Mr.コンプレス、何であの楯を圧縮しなかったんですか?」

 

変身を解除し、ふくれっ面でマジシャン風の男――Mr.コンプレスは苦笑しながら肩を竦めて見せる。

 

「はははっ、無茶を言うな、おじさんの『個性』にも射程距離があるんだよ。そもそもあんなスピードで動く物を閉じ込めるのは流石に無理だ、十年ぐらい前の動体視力なら目で追うぐらいは何とかなったかもだが、あんな物下手したら発動中に腕が飛ばされてしまう」

 

「じゃあじゃあ、トゥワイスの分身で肉の楯!」

 

だがその案もラバースーツのトゥワイスに「ごめん無理、分身は能力までコピーできても脆いからありゃぶち抜かれちまう!俺なら何の問題も無い、丈夫なのが取り柄だ!」と、あえなく却下された。

 

「でもどうします?出久君、捕まえられなくなっちゃいました。チウチウしたかったのに・・・・・・」

 

コンプレスはため息をつき、ポケットを手に押し込んだ。折角のショーが台無しになってしまった。エンターテイナーを自称する身としては、手品を使わず事を進めるのはポリシーに反する。だが、仕事をしに来ている以上、そちらを優先しなければポリシーも糞もあったものではない。仕事のやり方を選べるのは贅沢という物だ。全くもって、非常に、誠に不本意だが、捕まえられないなら捕まってくれるようにお膳立てをすればいい。そして手っ取り早い方法はあるにはある。超常黎明期以前から使われて来た有効であるからこそ今でも使われる手段だ。

 

「おじさんは兵書読みってわけじゃあないが、昔の偉い人も言ってたじゃないか。『鳴かぬなら、鳴かせて見せようホトトギス』、ってね」

 

『人質』と言う名の、伝家の宝刀が。

 

 

 

「イレイザー、こっちは全員揃ったぞ!後は何人だ!?」

 

「俺のクラスからは四人だ」

 

現在、回収した生徒達を一箇所に集め、ピクシーボブの『個性』で作り上げた土の要塞の中にいる。その天辺からイレイザーヘッドは双眼鏡で様子を窺っていた。

 

本人達の所為でないとはいえ、迅速に戻ってきてくれないのがもどかしい。特にA組どころか一年生きっての問題児にしてヴィラン連合のターゲットである緑谷出久がまだ戻ってきていない。最後に携帯の画面を見た時は複数のヴィランと対峙しており、少ししてから撤退していた。彼の能力を考えればもう戻ってきてもおかしくない筈だというのに。

 

彼以外に未だに戻ってきていないのが耳郎、葉隠、そして青山の三人。だれしも肝試しのペアを決めるくじ引きの中では比較的先に出発した生徒達だ。信号が動かないという事は発生したガスが毒性であることを知らずにやられてしまった可能性が高い。ガスはナイトアイと鉄哲の協力で鎮圧して晴らす事に成功したが、効果はまだ残っているのだろう。その証拠に一向に動き始める気配が無い。

 

現在残っているプロヒーローの中では最速のグラントリノと随一の戦闘能力を持つグラファイトがそれぞれ残った四人の回収に向かっている。

 

その間に過る考えは、『どうやって場所が漏れたか』と言う事。だが分からない。ヴィラン連合の魔手がどれほど深く根付いているかが分からず、何より物的証拠が無い以上、内通者の有無は勿論のこと、正体も決め打ちは出来ない。そんな可能性を示しても余計に状況が混乱し、生徒達の中でも疑心暗鬼が募るだけになる。

 

「すまん、下手を打っちまった!」

 

グラントリノがガスマスクをつけた耳郎、葉隠の二人の首根っこを掴んだまま着地した。

 

「何があった?」

 

「俺が向かった方にいた三人のうち、気を失っとるこの二人は連れ戻せたが、最後の一人が捕まっちまった。蒼い炎が遮ってきてな」

 

『あー、あー、聞こえているか?ヒーロー諸君』

 

マグネ、スピナーから押収した通信機から声が入る。若い男の声だ。

 

『俺は、ヴィラン連合の荼毘という者だ。開闢行動隊の何人かが世話になったようだな。もう既に分かっていると思うが、お前達の生徒の一人は預かっている。ハッタリだと思っているかもしれない奴には、証拠を見せよう』

 

突如黒い靄が黄色い目と共に現れる。黒霧のワープゲートだ。

 

虎、マンダレイがそれぞれ拘束したマグネとスピナーが靄の中に消えて行き、代わりにやせこけた無造作な黒髪の男が別のワープゲートから現れた。黒いコートから覗く腕や顔は焼け爛れた皮膚を太い継ぎ目で繋ぎ合わせた不気味ないで立ちで、全身から仄かに青色の炎を燻らせている。そしてその右手の指先は恐怖で失禁でもしそうなほどに顔をひきつらせた青山優雅の首に絡められたままだ。

 

そしてその瞬間、まるで示し合わせた様に変身を解除した出久が木々を突き破って現れる。

 

「っ、青山君!!」

 

「お、丁度良い所に。緑谷出久、取引だ。お前の身柄とコイツの身柄を交換したい。それとも・・・・・我が身可愛さに友を見捨てるか?」

 

更に左手が青山の側頭部に押し当てられる。

 

即座にイレイザーヘッドは『個性』を発動して荼毘と名乗った青年の『個性』を消そうとしたが、すぐに解除した。常時炎を燻らせているのは、自分対策だろう。『抹消』は『個性』を消せても相手の動きが止まるわけではない。出久が行動を起こす前に首の骨を折られてしまう。

 

「見捨てないよ」

 

「み、緑谷君っ・・・・・・」

 

「妙な真似はするな。ゆっくりこっちに向かって来い」

 

出久は両手を上げたまま荼毘に向かってゆっくり足を進めた。状況に反して足取りはまるで散歩でもするように軽い。

 

「青山君、心配しなくていい。大丈夫、僕はちょっとした小旅行に行くだけだから。ちゃんと戻るよ。皆にもそう伝えて。かっちゃんにも後はよろしくって君から伝えて」

 

「小旅行、か。健気だな、緑谷出久」

 

そして十メートルも無い距離を歩き終わり、荼毘の手を首に当てられた所で青山は解放された。だが動き出す前に注意される。

 

「おっと、慌てるなよ。お前が動くのは緑谷出久がワープゲートをくぐってからだ。その条件が達成されない限り、お前が動くことは許可しない」

 

頭が痛い。心臓が痛い。呼吸が浅く、速くなっていく。眩暈もしてきて膝ががくがくする。そんな過度なストレスによって失神寸前の青山に、出久は優しく笑いかけた。

 

「大丈夫。僕がいる」

 

刹那、出久の姿が搔き消えた。青山は自分が凄まじい突風に煽られて吹き飛ばされるのを感じた所で完全に意識を途絶えさせた。

 

そしてその直後、耳を劈く叫び声が辺りに木霊した。すぐ近くにいた荼毘は勿論、離れている相澤やブラドキング、プッシーキャッツの面々ですら耳を覆わなければならない程のデシベル量だ。

 

しかしそんな中、黒霧ただ一人が鼓膜に多大な負担を駆けられながらも冷静に行動した。出久の足元にワープゲートを落とし穴の様に展開しようと靄を発生させたのだ。

 

「させん」

 

『チュドド・ドーン!』

 

だが、茂みの中からの広範囲の光弾の弾幕でそれを中断して身をかわす事を強いられた。躓きながらも出久は高速でその場を離れようとしたが、その飛んでいく青山の頭上にもゲートが現れ、回転しながらナイフが落ちていく。

 

『DELAWARE SMASH!』

 

空気弾でそれを弾くも、今度は複数開いたゲートから青緑色の工具を先端に付けた腕が宙を舞う青山を切り刻もうと迫る。遠距離攻撃が届いたところで手遅れになる距離に開いている。

 

鮮血が迸った。

 

肩、脇腹、太ももに、チェーンソーの刃が食い込んでいる。致命傷こそ避けられてはいるが、出血量は無視できない程度には多い。内臓も間違いなく一部は抉られた。更に頭を大振りのハンマーで殴られ、意識を持って行かれてしまう。

 

目が閉じる際に青山が担任の捕縛布に包まれてしっかり保護された事に気付き、小さく笑った。

 

「余計な手間を増やしやがって・・・・・・・まあいい、黒霧、閉じろ」

 

耳から流れる血を上着で拭いながら毒づいた荼毘は、ふらつきながらもゲートの向こう側へと渡り、姿を消した。

 

 

 

その日、ヒーローを目指す者達として、雄英はヴィラン達に完全なる敗北を喫した。

 

ヴィランが去った十五分後に、消防と警察が到着した。生徒四十名の内、ヴィランのガスで意識不明になったのが十五名、重軽傷者七名、無傷で済んだのは二十七名。そして行方不明の生徒が一名。現場にはヴィランの意趣返しだろうか、それか気丈に振舞おうというその生徒の意地か、親指を立てた肘から下の二の腕だけが現場に残された。

 

プロヒーローはプッシーキャッツのラグドールが大量の血痕を残し行方不明となっていた。

 

ヴィランは三名が現行犯逮捕。他のヴィラン達は黒霧のワープゲートでどこかへ姿を消した。

 

楽しみにしていた林間合宿は、結果的に最悪の終わり方で幕を閉じた。

 




次回、File 64: 覆されしfuture (後編)

SEE YOU NEXT GAME...............


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File 64: 覆されしfuture (後編)

今回は割と早めに上げられましたが、その分短めになっております。でも多少内容は濃く出来たかなーと。

次話は新章突入、冒頭から奪還作戦に入ります。


嘘だ。口にこそしなかったが、A組の面々は誰しもがそう思った。有り得ない、と。

 

USJでヴィラン連合率いる一味と脳無を撃退した緑谷出久が。

 

体育祭で優勝した緑谷出久が。

 

ヒーロー殺し確保に一役買った緑谷出久が。

 

I-アイランドでヴィランの謀略を挫き、模擬戦とはいえオールマイトに勝利し、その他様々な艱難辛苦を乗り越えてきた()()()()()()がヴィラン連合に拉致されたなんて。しかも左腕を切断される重傷を負うなんて。

 

しかし、グラファイトとグラントリノがそれぞれ彼の使う変身アイテムを入れた小さなバッグと切断されて未だ血が滴る左腕を見て、あの日の出来事が全てまごう事無き現実であるという事を突き付けられる。特に麗日、蛙吹、青山の三人は最後に出久を見た者達として殊更責任を痛感し、クラスメイトに慰められてもその言葉は届かない。

 

飯田や轟など、その事件や体育祭などを通して出久と特に心を深く通わせたクラスメイト達はショックのあまり悔し涙すら出ない。ただ呆然とするだけだった。

 

誰よりも早くに彼の拉致に感情的な反応を示したのは爆豪勝己だった。教師達に詰め寄り、罵声を浴びせた。貴様らプロヒーローがヴィランごときに後れを取ってどうするのだと。グラファイトに至っては――腕を負傷していたので効きこそしなかったが――殴りかかりもした。あいつの『個性』を名乗るのならばしっかり守れないお前は何の為にいるのだと。しかし責め立て、吊るし上げる相手を探す彼に返せる言葉など誰も持ち合わせていない。

 

爆豪も否応無く出久の存在の大きさを皮肉にも不在によって痛感させられた。あれほどまでに大きく、前を走る彼の姿が無くなるだけでこうも見える景色が変わるのか。奪われることが、こうも人を悲哀と絶望と無力感の彼方へと押しやるのか。

 

ヴィランは犯罪行為によって物や命だけでなく、時には人の心の拠り所すら奪う。ならば十年間自分が彼にしてきた事は――そして何より間接的に彼の母親にしてきた事は、一体何だ?

 

少年法と言う命綱があるだけでやっていた事など微塵も変わらないではないか。

 

がつりと額を割らんばかりの勢いで壁に叩きつける。相変わらず、気づくのが遅い。これではどっちがデクか分かった物ではない。

 

考えろ。あいつならどうする?もしA組の誰かが拉致されたとすれば、あいつならば何を考える?何を成す?頭の中がヒーロー百科事典となっている糞ナードなら、どんな一計を捻り出す?

 

 

 

テレビ局に新聞社、果ては週刊誌の記者までもがうだる暑さにも負けず。バリアーで固く閉ざされた雄英高校の正門前でこぞって我先にとコメントを求めて群がっている。その様子を、グラファイトは会議室の窓から眺めていた。

 

そこには校長の根津を筆頭にオールマイト、グラントリノ、サー・ナイトアイ、ミッドナイト、スナイプ、プレゼント・マイク、してイレイザーヘッド達プロヒーローがテーブルを囲んでいた。部屋の空気は暗く、重い。オールマイトに至っては誰の顔も見上げる事も出来ず、ただ目前にあるテーブルの一点を睨み付けていた。

 

「ヴィランとの戦闘に備える為の合宿の襲来・・・・・・恥を承知でのたまおう。『ヴィラン活性化の恐れ』と言う我々の認識が甘すぎた。奴らは既に戦争を始めていた。ヒーロー社会を壊す戦争を」

 

「オールマイトの台頭以降、組織立った犯罪はほぼ淘汰されてましたからね」

 

早い話が、知らず知らずのうちに平和ボケしてたんだ、俺らは、とプレゼント・マイクが悔しそうに呟く。教職の本分があるとはいえ、プロヒーローでもあるその場で不在だった全員が大なり小なり責任を痛感していた。

 

「・・・・・・己の不甲斐なさに心底腹が立つ」

 

消え入りそうな程にか細く、絞り出すような声でオールマイトの眉間の皺が深まる。教え子一人助けられずして、何が『平和の象徴』、何が『ヒーロー』か。

 

「皆が死に物狂いで戦っていたというのに私は、半身浴に興じていたっ・・・・・・!!」

 

雄英はUSJ直後に体育祭開催を敢行して、屈さぬ強気な姿勢を見せたが最早その手は使えない。開闢行動隊と言う少数精鋭に緑谷出久の身柄だけでなく、人々のヒーローに対する信頼まで見事に奪われてしまったのだ。

 

「しかし、何故緑谷君を?生徒を拉致するだけなら、何も彼でなくともいい筈だ」

 

スナイプが疑問を呈した。

 

「そりゃあアレだろ、一番強ぇ奴を間引けば後々犯罪活動を円滑に進められるってもんだぜ」

 

「もしくは、ヒーロー科の情報をあらゆる手を使って吐かせた後に見せしめに殺すか、何らかの形で寝返らせるかだな。ヒーローの失脚と連合の勢力拡大の下準備をより盤石にする為に」

 

グラントリノの言葉にイレイザーヘッドは反論しようと口を開きかけたが、やめた。相手はヴィラン連合。それも矢継ぎ早にヒーローを狙っているのだ、それぐらいの事は試みるだろう。少なくとも、自分ならばそれに準じた行動をとる。

 

いや、それどころかもう既に始めているかもしれない。テーブルの下で拳を握る力が更に強まった。もし一年きってのヒーロー候補生がヴィランに懐柔されでもしたら、教育機関としての雄英はおしまいだ。

 

「校長、信頼関係云々の話するなら、この際はっきりさせましょうや。いるだろ、内通者が」

 

ああ、確実にいるな、とグラファイトがここで初めて口火を切った。合宿先はプッシーキャッツと教師達しか知らない。怪しいのはそれだけではない。携帯の位置情報など、居場所を割り出し、特定する事が出来る方法はそれこそ『個性』の多様性を考えれば難しくはない。

 

「だが、今はこの際内通者はどうでもいい。一旦端に捨て置け。凶報ばかり並べたてられるのも飽きてきた。ナイトアイ」

 

眼鏡を押し上げ、黄金の瞳を見開きながらサーナイトアイは立ち上がる。

 

「私は、緑谷出久に『個性』を行使し、彼が拉致される未来を視た。混乱と他の生徒への被害拡大を考慮し、これは皆には話さなかった。まずはそれについて謝罪をしたい」

 

ここで、だが、と話の腰を折られる前に付け加える。

 

「彼が拉致されるその未来には、私が視なかった出来事が起きている。私が『個性』で見る未来は変えられない。変える為の作用に対し何らかの反作用が働いて軌道を修正し、同じ結末を辿る。少なくとも、今まではそうだった。だがあの晩、あの場所で、緑谷出久はそれを覆した。たった一点の違いだが、間違いなく未来を変えたのだ」

 

「覆した?どうやって?現にあの小僧は結局連れて行かれちまったろう?」

 

グラントリノの言葉に確かにそうだとオールマイトや根津を含む皆が頷いたが、グラファイトが更に続けた。

 

「現場に残された出久の左腕がそのただ一つの相違点だ。あれはナイトアイの予知にはなかった物だ」

 

何時からだろうか、見たくもない未来を見せられ、それを変えようと奔走しても自分が作り出した作用を修正する反作用が働き、結局全てが視た通りに終わってしまう。まるで世界そのものに『この世には「結果」だけが残るのだ』と嘲られているように。そして取り零したのだ。『個性』を行使した都度視た未来その物が『変えられなかった過去と、未熟だった過去の己に打ち勝って見せよ』と言う一つの大きな試練であったという事を。

 

「確かに緑谷出久が拉致された事はヒーロー社会にとって大きな痛手だ。しかし、だ。私が視た未来が不確定であると分かった以上、彼の安否も未だ不確定。まだ望みはある。彼のおかげで私は確信をもってそう言える」

 

求めてはいなかった物の『結果』だけをまざまざと見せつけられた末にそれを受け入れ、何もしない『近道』を是としてしまい、足掻くやる気がナイトアイの中から失せてしまっていたのだ。しかしその灯火が再び蘇った。

 

「マスコミの御機嫌取りなど、後回しにすればいい。我々が今成すべき事はただ一つ、勝って緑谷出久とその失った信頼を取り戻す事のみ。その為に今から我々が起こす行動に無意味なものは何一つとしてない

 

変えようという意志さえあれば、いつかは変えられる。緑谷出久は体を張った『行動』と『結果』でそれを示して見せた。彼に出来た事が、自分に出来ない筈はない。

 

サー・ナイトアイ——本名、佐々木未来も、彼と同じ人を救いたいと願うヒーローなのだから。

 




次回、Level 7: Showdown File 65:緊急!特急!RESCUE!

SEE YOU NEXT GAME...............


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