オートマトン・クロニクル (トラロック)
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#000 外界からの来訪者

 

 地球への帰還の為に建造された天体型の宇宙船『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』は数十万年に及ぶ長い航海の果てに一つの天体を発見する。

 暗い宇宙空間を漂う宇宙船というには巨大な代物だが、移動しながら補修と増殖、時には廃棄を繰り返す。

 資源確保の為にいくつもの星を取り込んだ事もある。

 

「……生命活動を確認」

「……広い宇宙に生命体の発見は稀なもの。……この出会いを祝福する」

「……我らの新たな拠点とするか?」

「……まずは観察。……接触は慎重に」

 

 船を管理するのは『シズ・デルタ』型の自動人形(オートマトン)と呼ばれる者達。

 無表情な人間の少女という外見以外に個性は無く、同じ個体が無数に移動を繰り返していた。

 彼らの目的はただ一つ。

 

 地球への到達。

 

 それは自分(オートマトン)達の目的ではなく、この船と自動人形(オートマトン)達の(あるじ)達のものであり、悲願でもある。

 途方もない旅路につき、不死性の存在以外は時代と共に失い続けている。目的意識を持ち続ける事は容易なことではない。

 それでも自動人形(オートマトン)達は与えられた使命を至上命題と捉えて行動している。

 この旅が無駄に終わるのか、それとも意義ある何かを得られるのか。それらは遥か以前から議論され、今も明確な答えは出ていない。いや、はっきりとした答えを()()()()ことでは一致している。

 

「……停泊位置の選定を開始」

「……了解」

「……滞在日数はどうする?」

「……新たな船を建造し、彼らの歴史を取り込む。その後は星の住人の歴史次第だ」

「……我等が神……『シズ・デルタ』様……。……御身を目覚めさせる時が来ました」

「……至高の御方であらせられるシズ様の目覚めは地球に到達した(あかつき)であった筈……。未だ目覚めは早計だ」

 

 今日も同じ顔の自動人形(オートマトン)達が議論を始めた。

 それぞれの役割を担う彼女達は与えられた作業の手を止めることはない。

 色んな議論が続く中、目的の星に大きな影響が及ばない位置に地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)を停泊させる事になった。

 それから数年の時をかけて大気成分、文明、自転速度などを調べ上げる。

 目的の星の近くには地球で言うところの『月』に似た天体があり、降り立つ予定の星からは見えない位置となる月の裏側に地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)を忍ばせた。

 そして、それから調査という名目で静かな時が流れる。

 十年以上の外部調査の後で知的生命体が住まう星へ内部調査の為にシズ・デルタ型が降りて行き、誰にも知られる事無く、この物語は(ようや)くにして始まる。

 

 



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現地調査編
#001 自動人形年代記


 

 現地人が使う西方暦という年代で言えば一一五〇年頃。

 『セッテルンド大陸』と呼ばれる広大な大地は南北に広がる『オービニエ山地』によって東西に二分されていた。

 西方は平野が多く知的生命体たる人間の国が多く存在しており、東方は広大な森に覆われていた。

 この森林地帯は『ボキューズ大森海(だいしんかい)』と呼ばれている。

 魔獣が多く住まう大森海から西方を守るように存在するのが東方唯一の大国『フレメヴィーラ王国』である。

 首都はカンカネン。

 ボキューズ大森海(だいしんかい)には魔獣と呼ばれる凶暴な生物が存在し、人の住まう地域である西方への進軍を食い止める為に王国は騎士を擁していた。

 魔獣は小型から小山ほどの巨大なものまで存在する為、人の身では太刀打ちできない事がある。

 それを解決する為に王国では高さ十メートルほどの人型の機械兵器『幻晶騎士(シルエットナイト)』を開発した。

 この幻晶騎士(シルエットナイト)と魔獣との戦いは実に数百年に及んでいる。

 それらの歴史を横目に自動人形(オートマトン)達は静かに各地の調査を続けていた。

 旅に必要なものから長い時を歩む上では関係無さそうなものまで。

 

 知識の収集。

 

 彼女たちの調査はその一言に尽きる。

 シズ達の本来の目的である『地球帰還計画』は数億年の歳月がかかることが試算されている。それゆえに息抜きに百年単位程度の潜伏は想定内だった。――もちろん文明レベルによって数年から千年までと振り幅が大きいが――

 場合によればその地で果てる自動人形(オートマトン)も存在する。

 そして、知的生物が存在する星というのは宇宙全体でも希少――だからこそ扱いは慎重に、且つ大切に扱う事と決められている。

 

「……外装の偽装を終了。……言語調整……クリア。一つの歴史としての活動を開始します」

 

 明瞭な発声で宣言するのは現地の生物である人型。

 脳内に保存されている分類で言えば『人間』とほぼ同一に偽装した自動人形(オートマトン)の一体。

 背は現地人の平均より少し高め。年の頃は二十代に差し掛かる女性、という設定が組まれた。

 腰にかかるほど真っ直ぐに伸ばされた赤金(ストロベリーブロンド)と呼ばれる色合いの髪の毛は彼女達本来のもの。

 エメラルドグリーンに似た色合いの瞳。

 無感情な容貌。死人のごとき白い肌。

 服装は現地の衣服を参考にしている。

 

「定時連絡は自動送信モードとの併用。後は……生物的振る舞いによる活動に専念する」

 

 脳内で『了解』と()()と同じ声が返答する。

 

職業(クラス)構成クリア。所持アイテムの選定。特殊技術(スキル)制限。……一般人としての活動に支障なく……」

 

 オリジナルの『シズ・デルタ』よりも高度な存在であるため、見た目で機械的な存在だと見抜く事が出来ないほど精巧である。

 長い年月をかけてバージョンアップを繰り返した果てに機械と生物の垣根を越え、死という概念すら超越している最新型の自動人形(オートマトン)

 しかし、それでも彼女達には越えられない壁が存在していた。それは単純に言えば()()()()()()()()()()()()()だ。

 機械が『疑問』という概念に何処まで踏み込めるのか。そして、至上命題にどこまで自分達は挑戦できるのか。

 正しく未知への挑戦だ。

 

        

 

 数年に及ぶ現地調査で大まかな地図は完成していた。

 この星に住む生物の中で『人間』に類する存在の歴史は自分達の知るものとあまり差は無い。しかし、機械兵器に関連するものには興味を覚えた。

 巨大兵器を操り、魔法を扱う文化が存在する。

 未知の魔獣との戦いの歴史。そして、兵器の製作に操縦者の育成。

 ゆっくりと流れる歴史に対し、自動人形(オートマトン)はただひたすらに己の任務に従事していた。

 滞在期間は不測の事態を考慮し、最長で一千年を目安にしている。もちろん、入れ替わり立ち代わりの交代はある。――実際に千年単位の滞在が(おこな)われた試しは無い。

 今まで訪れた星々は新たに開拓され、独自の文化を築き今現在も連絡が届いている。

 場合によればこのまま知的生命体の居る星に滞在するのか、それとも地球への進路をいずれは取る事になるのか。

 もちろん、最悪の場合である『目的地である地球が消滅している場合』も想定している。

 様々な想定を空の上で今も別の自動人形(オートマトン)達によって議論が交わされている。

 最終決定は自分達の主が決める。

 すなわち地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)の真なる主だ。

 意思決定が下されるまでは自動人形(オートマトン)は現地の生物として振舞い続ける。

 それは幾たびも繰り返されてきた。

 

「一度停滞に入る。二十年後に再起動を求める」

 

 何十年も姿が変わらない存在は現地の人間に不審を覚えさせる。という考えの下、長期に渡る潜伏では必ず停滞期間を設けている。

 現地の世代交代を基準にしており、次の目覚めで活動しても似ている人が居る程度の認識の筈だ。

 時にはバレることもあるかもしれない。その時は(とぼ)けるだけだ。

 シズ・デルタ型自動人形(オートマトン)はただの機械人形ではない。

 生物的な振る舞いが出来るほどに高度な存在だ。

 セッテルンド大陸に降り立ってから何度目かの再起動を経た西方暦一二二〇年代。

 シズ・デルタ型。個人名は『シズ・デルタ』で統一されているが役割によって細かく分類されている。

 現地に溶け込む意味で正式な名称は使用されない。

 本来の名称を部外者に伝える気がないので。

 

「……起動に問題無し。活動を再開する」

 

 この星での調査による最終目的は未だに与えられていないが自分()の役割は認識している。

 帰還計画が失敗した場合による保険としてこの星を自分達の(つい)棲家(すみか)となるのに相応しいか、どうか。――知的生物の居る星は全て対象となっている。だから、この星()()に拘る事は無い。

 ()()()()()に備えて永住する為の候補地選びも含まれている。

 その判断には数百年ほどの長期に渡る調査が必要になる。これは文明レベルの発展の基準として設けられた制限時間というべきもの。ただし、目安であって絶対ではない。

 目覚めたシズは現地の服装に着替えて外に出る。

 外見は見掛け上、十代ほど。これは小さな子供であれば誰かの娘程度の認識しか持たれないと考えたからだ。大きな街であれば人相の特定はとても困難になる。

 時として大人にする事もあるが性別の変化は考えていない。

 主が不許可にしている項目の一つでもある。

 

「……今日も天気がいい」

 

 朝の陽射しを眩しそうに見つめる仕草。それはとても自動人形(オートマトン)とは思えない振る舞いだった。

 自動人形(オートマトン)たる彼女達はケガをすれば血が出る。

 体内で様々な物質を溶解、分解する機能があるので飲食も可能。更に排泄も出来る。

 それでも機械的な部分があるとすれば無愛想な表情や思考くらいか。

 あるいは解剖によって初めて露見する体内構造とか。

 究極の機械は生物と区別がつかない。そんな事を地で行くほど高度に進化した存在となっている。

 

        

 

 目覚めたシズ・デルタが向かうのはフレメヴィーラ王国の首都『カンカネン』から東に半日ほどかかる距離にある――魔獣などの侵入を妨げる為に建造された高い壁で囲まれた都市の中に同じく城塞のように壁で囲まれた――『ライヒアラ騎操士(きそうし)学園』だ。

 この学園の目的は魔獣から身を守る為の戦闘技術を学ぶことの他に騎士はもちろんのこと、農業、商業や鍛冶師に携わる人材の育成など多岐に渡る。

 シズも学生として入学し、他の生徒と共に勉学に明け暮れる。

 世界の常識は独学より誰かに習うほうが効率的だ。

 生真面目な性格で表情の変化に乏しいところから『鉄仮面』と揶揄されるようになった。本人は全く気にしたそぶりを見せず、成績は優秀。魔法の理解も早く、様々な知識を驚くべき速度で吸収するところから天才児と言われることもあったとか。

 年齢を重ねて成長するように背丈の増量も忘れない。

 騎操士学園は初等部を九歳。中等部は十二歳。高等部は十五歳から学習する課程がある。

 

 この世界では十五歳で成人と見なされる。

 

 そのような事はシズにとって関係なく、彼女は普通に勉強し、普通に卒業した。

 本来ならば『騎操士(ナイトランナー)』としての道を歩むところだが調査が主体の彼女は騎士ではなく、学園の教師の道に進んだ。

 より知識を深める為であり、自らが目立つような振る舞いを避けるためでもある。しかし、人知れず随分と目立っているようだが意外にもシズ自身は気づかなかった。

 

「……このように人間の体内には魔獣達が持っている『触媒結晶』がありません」

 

 この世界には魔法文化がある。

 興味本位で調べて、この道(教師)に進む事にしたシズ・デルタ。

 自分たちが扱うものと違うようだが本質的な部分は大差が無いのではないかと。

 自分達(シズ・デルタ)の知る魔法が十段階ではなく三段階が基本。

 初級魔法(コモン・スペル)中級魔法(ミドル・スペル)上級魔法(ハイ・スペル)

 身体強化に属性魔法。

 騎士になってから扱う戦術級魔法(オーバード・スペル)という更に上の魔法の存在もあった。

 様々な呼ばれ方をしているが原理が分かれば扱いは簡単だと判断した。

 問題は人間が魔法を行使する場合、専用の触媒が無ければ何も出来ないことにある。逆に言えば触媒さえあれば人間は魔法をいとも容易く扱う。

 この世界には『エーテル』という物質のようなものが大気中に満たされており、それを体内に取り込んで『魔力(マナ)』へと変換する。

 そして、それ(魔力)を魔法として使うには『魔法術式(スクリプト)』を構築する必要がある。それは用途別に異なり、記号などで表現する。

 実際に行使する場合はそれらの魔法術式(スクリプト)を脳内に存在する仮想器官『魔術演算領域(マギウス・サーキット)』で処理する。

 簡単に言えば使いたい魔法を頭の中に『選択肢』として浮かべて選ぶ。

 実際に使用する場合はどんな魔法を使いたいのかを決める選択肢こと『基礎式(エレメント)』と、それをどういう風に使うのかを定める『制御式』を組み合わせる必要がある。当然、高度なものほど複雑化し、扱いは難しくなる。

 シズは機械的に理解する事が出来るので習得に時間はかからなかった。しかし、一般人はそう簡単にはいかない。

 それゆえに何度も教える必要がある。

 

「式の構築には慣れが必要です。基礎をしっかりと覚えていきましょう」

 

 教える事は簡単だ。問題なのは相手がどの程度身につけるか、だ。

 他人の事情はシズとて把握は難しい。だからこそ日々、違う変化が生まれる。

 

        

 

 そうして時が経ち、教え子たちが卒業していき、そのすぐ後には新入生を迎える準備が始まる。

 毎年決まった行事の繰り返しだ。

 人間はそれを長い時間をかけて繰り返し、歴史として積み上げていく。しかし、シズ・デルタ達は違う。

 人の一生を遥かに超越した存在は過去に価値を見出す事が難しくなる。特に新世代へと取り替えられる自動人形(オートマトン)は言わば消耗品だ。

 データの引継ぎが済めば廃棄される。資源は有効に活用されなければならない、という考えの下で(おこな)われているシズ達にとっての恒例行事だ。

 中には立ち寄った星から出られなくなり、回収不能になる場合がある。

 この場合は外部から星ごと破壊、または丸ごと吸収する。この時点で自動人形(オートマトン)ごと潰される運命となる。

 それ(仲間の死)を悲しんだり辛いと思うことは無い。それは必然であり、摂理でもあると理解しているからだ。

 

(だが、役に立てずに終わる人生は虚しい)

 

 主の役に立つ為だけに存在する自動人形(オートマトン)とて役に立てないと困るし、辛いと思う感情のようなものがある。

 矛盾があるようだが、仲間の喪失に特段の思いは無いが主関連は別だ。

 高度に発達した機械は生命体と遜色が無い。だからこそそれなりの感情のような振る舞いを見せる事がある。

 

(至高の御方の幸せが我々の幸福だ)

 

 不死性ゆえの呪いだと主に言われた事がある。

 至高の存在にとって不死なる者の欠点を見抜いており、シズ達はそれを理解する為に日々の生活を続けている。

 途方も無い年月をかけなければ自分たちで答えを出せないと言われている命題のようなもの。

 

(長い旅路の中で答えを見出せた個体は……、未だに無し、か……。それとも……)

 

 既に答えは示され、自分達は後追いで求めている最中という事もありえる。

 多くのシズ・デルタにとって自分達の生きる目的のようなものに解答は別段、必要は無い。けれども何がしかの目的が無ければ次の旅路に出られないのではないかと言われている。

 

 至高の御方の考えを真に理解出来るNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は存在しえるのか。

 

 そう問いかけられたら今のシズ・デルタは首を横に降る。

 神にも匹敵する存在の考えは基本的に読み解けないものだ。

 だからこそ一生をかけて考え続ける。

 

(今は任務が優先だ)

 

 取り留めのない思考は本来ならば無駄な行為だ。それをあえてするのは人間的な思考を理解する為に必要だからだ。

 何故、と言われるとシズでも困惑するのだが必要だから思考する。

 与えられた命令の中に含まれているので。

 そして、時は流れて西方暦一二七十年代に入る。

 五十代用の外装を整えたシズ・デルタは後数年ほどで待機状態に入る予定を組んでいた。絶対に二十年毎のサイクルでなければならない理由は無い。

 あくまでただの目安だ。

 時として百年の活動もあり得る。――あくまで予定だが。

 教師としてそれなりの地位に着き、たくさんの教え子から慕われる存在となった。けれども任務優先の彼女には未だに人間的な気持ちが理解出来ない。

 理解しているように振舞っているだけなので。

 緩やかな時代の流れにおいて大きな争いごとは無く、たまに街に魔獣がやってくる程度だ。だが、それらはシズ達の感覚だ。

 現地人たちによる戦争が彼女たちが寝ている合間に何処かで起きていても不思議は無い。

 ライヒアラ騎操士(きそうし)学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)『サロドレア』が大きな地響きを起こして街中を移動する。

 学園内に幻晶騎士(シルエットナイト)を点検、修理、研究する施設がある為だ。

 百年近く人々を守ってきた無骨な容貌の機械兵器。全身には幾多の戦いを繰り返した傷と無数の補修の跡が窺える。

 本格的な研究は別の場所で(おこな)われるので、学園では(おも)に学生の為の勉強会のようなものがある程度だ。

 

「オラっ! さっさと身体を動かせ!」

 

 威勢のいい声で叫ぶのは小柄な人間。いや、正確には人間ではない種族だ。

 鍛冶職に秀でた彼らは『ドワーフ族』と呼ばれる。

 身長は大人でも初等部に通う人間程度にしかならない。

 力は強いが足は遅い。それゆえに力仕事に従事する事が多い。

 元々は洞窟に住んでいて、というドワーフならではの()()があり、シズ達の知識とあまり大差は無いようなので理解するのは早かった。

 この世界には他にも人間以外の種族が居る事が分かっている。しかし、人口の殆どは人間に占められていた。

 

「急げ、急げ。サボってるとぶっ飛ばすぞ」

「へ~い」

 

 保守点検なども全てドワーフが(おこな)っているわけではなく、人間も居る。

 もちろん勉強も差別なく受けられるのだが『貴族』という存在があるので色々と人間関係が面倒臭い事になっていた。

 ドワーフだからと奴隷のような扱いはされないが貴族特有の傲慢さが出る者も居ないとは言えない。

 それはフレメヴィーラだけの問題ではなく、西方諸国に存在する国々にも言える事だ。

 

 



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#002 ライヒアラ騎操士学園

 

 西方暦一二七四年。

 『シズ・デルタ』は六十代という()()で生活していた。

 多少の不整合は女性という立場で誤魔化すことにしている。()()()が人付き合いがし易い、と統計にも出ていた為だ。

 城塞のような壁に囲まれたライヒアラ騎操士学園にはフレメヴィーラの各所から学生たちが集まるので、遠距離から来る者の為の寮が存在する。

 それらの生徒達の間を縫うように巨大人型兵器の搬入などを(おこな)うので結構賑わっている。

 入学式の為にシズ・デルタも新入生たちに挨拶しながら登校していた。

 知らず知らずの内に『鉄仮面』という声が聞こえる。それはおそらく彼らの親からの伝聞が伝わっていると思われる。

 どう呼ばれようとシズは気にしない。むしろ溶け込んでいる証拠だ。

 また一年新入生の教育に従事する日々が始まる。それはシズにとって毎度の行事となっていた。

 各都市から『騎操士(ナイトランナー)』になる為に集まってきた生徒の中から意外な才能が芽を出すかもしれない。だが、他の教師ならいざ知らずシズにとって胸躍るような気持ちは毛ほどにも湧かない。

 それはおそらく自動人形(オートマトン)ゆえの弊害のようなもの。

 振りは出来ても心の底からの喜びというものは至高の存在からのお褒めの言葉でもない限り、全く一切湧かないものかもしれない。

 そして、それを悲しいと思うこともない。

 多くの新入生は講堂に集められ、学園長である『ラウリ・エチェバルリア』のありがたい話しが始まる。

 白銀の髪に老齢に差し掛かった風貌を持つ男性。シズ・デルタにとっては既に見慣れた存在となっていた。

 最初の頃より老けているのは時代の流れ。しかし、老いという概念は見た目の変化程度にしか感じられないシズにとってどうでもいいことのように思えた。

 休眠期間を迎えれば住人の顔が全て変わっている、ということもありえるので。

 出会いと別れは日常的なものに過ぎない。

 

「鉄仮面は今年も微動だにしないな」

「……失礼ですよ」

 

 周りの意見に従い、行動を変化させるのは怪しいと思うので一度確定された自分の行動は基本的に変えない事にしていた。けれども指摘を受け入れる用意は整えている。

 数十年にも及ぶ学園生活においてシズの地位は年々高くなっていた。

 いずれ次期学園長という噂もあるくらいだ。ただ、本人は教師の仕事以外に興味を示していない。

 

        

 

 長い話しを終えた後は解散となり、学園内にある食堂に殺到する事態が発生する。

 混乱を避ける為に生徒達を誘導するのも立派な仕事だ。

 それは毎年恒例のイベントのようなもの。

 

「慌てず、落ち着いて行動するように」

 

 シズは鉄仮面と呼ばれているものの威圧的な言動は無く、また恫喝もしない。

 淡々と作業をこなすところは一流の職人と遜色がない。それに六十代に差し掛かっているはずなのに老いを感じさせない美貌は男女共に定評がある。

 仕事一筋の彼女に何度か婚約の話しがあったとか。

 少なくとも貴族が声をかけない訳がない、と言われていたが時代と共に人数は激減した。

 断りの文句は『仕事一筋なので結婚は辞退します』とシズは繰り返し言い続けた為だ。

 

「今年も多くの生徒に恵まれましたな」

「そうですね」

 

 相手からの声かけに対する返答も随分とこなれてきた。

 当初は何度も見当違いを指摘されたものだ、と感慨深げにシズは口元を緩める。

 自動人形(オートマトン)とはいえ人並みの感情表現も出来る高性能な身体。生物との境目は外見からでは見抜けないほど。

 けれどもやはり人間と明らかに違う点がある。

 

 完璧な生物ではない。

 

 身体の中身を覗けば一目瞭然の真実が現れる――かは闇の中。

 仮に幻晶騎士(シルエットナイト)による事故にでも巻き込まれない内は――人間として行動する。バレた場合は素直に諦める事も健闘されている。

 無理に抵抗するのは()()()自分達の行動に支障が出る。

 

「今年の生徒達の中からどれだけの騎操士(ナイトランナー)が生まれるのやら……」

「才能も大事ですが……、最終的には本人のやる気です」

 

 無難な相槌を打ちつつシズ・デルタは多くの生徒達を眺める。

 これらの内、何割かはどうしても(ふるい)から(こぼ)れ落ちる。それを無理に戻す事は本人の為にならない。

 無駄に命を散らすだけ。ならば別の道を指し示す事も教師の仕事だ。

 人間的な思考によってシズは思ったわけではない。確率論に基づき、結局のところ自分自身の保身による結論――

 長い年月で積み重なった方法論とも言う。

 ようは敵をいかに作らないか、だ。

 

        

 

 入学式は滞りなく終わり、本格的に授業が始まるのは翌日からだ。

 まず最初に(おこな)うのは生徒達の能力測定。

 騎操士(ナイトランナー)を目指すものが最初にする事はどの程度の魔法を扱えるか、の確認。

 幻晶騎士(シルエットナイト)騎操士(ナイトランナー)魔力(マナ)によって起動する。それゆえに体力だけあっても意味が無い。

 魔力(マナ)が無ければ幻晶騎士(シルエットナイト)といえどもただの鉄くず。

 シズ・デルタが今年担当する学科は決まっていないので、各学科を一つずつ見学するところから始まる。

 既に殆どの学科を担当した彼女には毎年一年間受け持つ学科を選ぶ権利が与えられている。

 国に貢献する若者の育成が目的なので細分化された多用な専門分野がある。

 

「シズ先生は今年の担当はまだ決めていなかったのですね」

「一通り担当しましたので」

 

 他の教師から見れば珍しい事だった。

 彼女が()()ことなどあるのか、と。

 シズとしては迷っているわけではない。次の定時連絡の為に時間が空いていて正直に言えば(ひま)になっていた。

 確かに一通りの学科を担当し、次の学科を決めあぐねているのは事実だが。

 つまり結局のところ『迷っている』のと何が違うというのか。

 本人は迷っていないと()()()()()()()ので他の教師達は苦笑していた。

 

「シズ先生。その手に付けているものは何ですか?」

 

 そう言われてシズは自らの手を相手に見えるように掲げた。

 手の甲の部分に魔法触媒を括り付けた手袋である。

 魔法触媒――または触媒結晶とも呼ばれるそれは魔獣の体内にあったり鉱山から採取する宝石に似た結晶体だ。

 

「少し前に立ち寄った店で作ってもらったものです」

 

 魔法を扱う場合は基本的に手に持つ杖が必要だ。

 一般的に杖の材料として魔力を通し易い性質がある木材『ホワイトミストー』がよく使われる。

 それを板状に加工し、更に出来るだけ薄く削っていく。しかし、出来たものは紙のように薄くは出来なかった。

 多少の厚みはあるものの、その板状のものを細かく分割し、糸のように編み込んで手袋にする。だが、そのままではまだ硬いので手を傷める事になるから既存の手袋の上に被せる形にしてもらった。お陰で細かい作業には不向きな厚手の大きなものになってしまった。

 

「魔法触媒を手の甲か(てのひら)につけるかで悩みましたが……」

 

 一般人にとっては木の皮などはちゃんと研磨しないと手に当たる皮膚を傷つけるおそれがある。もちろん、シズにとっては何の支障も無い事だが。

 これを作らせたのは暇つぶしであった。というのはもちろん、()()だ。

 周りには別に何か目的があったわけではない、という人間的な振る舞いを見せる行動によるもの。

 本人(シズ)的には曖昧な行動に意味を見出せない事は何年経っても理解し難い。しかし、生活する上では大いに役立つと統計にあるので()()()()()利用している。

 

初級魔法(コモン・スペル)以上になると燃え上がってしまう欠陥品ですが……」

「あらら」

「時代と共に変化すべきものがあってもいいのでは……、と……」

 

 何の意味も無く変化を切望したわけではない。

 シズが立ち寄った店では既存の常識を覆す事態が起きている、という情報から探りを入れる意味で様子を窺ったまで。

 変化する事については別に悪い事ではないし、咎める意図は無い。

 時代が動くのはいつだって目立たないところからだ。

 シズの知識では時代の変革を『パラダイム・シフト』と呼称する。

 

        

 

 魔法の手袋は今はただの装飾品に過ぎないもので、発展については考えていない旨を伝えた。

 アイテムに頼る魔法は実に不便だ、と本来ならば言うところだが常識の違う世界では無意味なことかもしれないので口をつぐむ。

 教師と別れたシズは初等部を一つずつ眺めていった。

 今年の新入生に磨けば光りそうな人間が居るのか、と期待を胸に秘めて。

 教師という職についている以上、生徒の未来に楽しみを覚えるのが一般的と言える。

 中には無能は要らない、という厳しさを持つ者も居るかもしれない。

 

「シズ先生」

 

 不意に声をかけられたがシズの感覚では数十メートルの範囲であれば索敵は容易で驚くに値しない。けれどもここではあえて驚く()()をする。

 ここでは自動人形(オートマトン)ではなく、人間のシズ・デルタだから。

 

「学園長。おはようございます」

「おはよう。……教室を見ていたようですが……、今回は珍しくまだ決めあぐねているのですか?」

「あ、はい。どの学科も担当しましたので……」

 

 シズの答えに満足したのか、ライヒアラ騎操士学園の学園長『ラウリ・エチェバルリア』は声に出しつつ微笑した。

 年齢で言えばシズとは同年代。付き合いの長い友人という感覚があるのかもしれない。けれどもシズはあくまで彼を職務上の上司であるという以外の感情は持ち合わせていない。

 

「早めに決めていただかないと後から教師の変更は出来かねますぞ」

 

 言葉としては厳しいがラウリはシズに対して咎める意図は無く、世間話し程度の気持ちしかなかった。

 昔から変わらぬ美貌を持ち、老いを知らぬ仕事熱心さに憧れさえ感じていた。

 

「承知しております」

「どの教室でも良いのだが、一週間以内には決めていただきたい」

「はい」

「……しかし、今回は迷うほどの事情がありましたかな?」

 

 一通りの授業経験を積んだ今は改めて一巡しようとは思っていない。

 単なる予定外の休暇のようなもので、シズとしても返答が難しかった。

 困難な状況はいつだって自分の想定を超えたところにある。だからこそ学ぶべきところがたくさんある。

 

        

 

 取り留めの無い会話の後で二人は別れ、シズは一つずつ教室の様子を窺っていく。

 今回は他の教師と合同になっても良い、と通達が成されており、既に説明に入っている教師の大半は事情を察していた為に混乱は起きなかった。

 シズが見た限り、気になる生徒は見当たらず、黙って退屈な説明を聞いている(てい)の生徒が多かった。

 入学初日は(こころざし)を強く抱く生徒がたくさん居るものだが次第に無難な道を歩み始める。もちろん、本当に騎操士(ナイトランナー)になりたいと思っている者も居る。

 全てに平等に道が指し示されることは無く、卒業する頃には自分の適性を見極めて行くものだ。それになによりも騎操士(ナイトランナー)に与えられる幻晶騎士(シルエットナイト)の絶対数が圧倒的に足りない。

 巨大人型兵器の製造は国家事業と言われている。それと技術面での増産が難しく製作費用も嵩む。

 学園で出来る事は教育を施すこと。それ以上の希望を指し示せないのももどかしい問題となっていた。

 

「エチェバルリア君。君に足りないのは基礎学力と身長だ」

 

 とある教室で教師に指摘されていた生徒が居た。

 似た名前に聞き覚えがあった程度だが。

 問題の生徒は年の頃は十代未満に見え、艶のある紫がかった銀髪。青い瞳。そして、指摘されていたように他の初等部の生徒に比べれば低い背丈の人物だった。

 髪の色について、金髪と黒髪が多い中で鮮やかな銀髪が一人いるのは結構目立つ。

 少女のような可愛らしい容貌もまた注目を集めるのに一役買っているような気にさせる。

 

「僕は早く騎操士(ナイトランナー)になりたいのです」

 

 教師に臆する事無く言い切る少年。

 声質からは男性だと思われる。

 

「勉学は一日にして成らず。それは他の生徒も同じ事だ」

 

 楽して騎操士(ナイトランナー)になったとしても実力が伴なわなければただの名声で終わってしまう。それでは真の騎士としての仕事など努められるわけがない。

 子供の夢としては及第点だが生徒としては落第点だ。

 自分勝手の我侭な生徒に手を焼いている、という困った顔をしながら教師はシズに顔を向けてきた。

 貴女ならばこの場合どうしますか、と無言で問いかけてきた。

 教師の様子を察したシズは早速行動する。その辺りの機微を読むのも長い期間の調査の賜物(たまもの)かもしれない。

 

騎操士(ナイトランナー)になる為にライヒアラ騎操士学園に入学したのだろう? 基礎から学ぶ事は当たり前だ」

 

 と、鉄仮面というあだ名を付けられているシズがその名に恥じない冷徹な意思でもって生徒に言った。

 

「みっちり三年間は基礎。次の三年間で……」

「僕は既に基礎を習熟しています。魔法だって中級魔法(ミドル・スペル)以上のものを扱えます」

 

 シズ相手でも臆する事なく言い切る。

 こんな生徒はシズにとって珍しくはない。

 聞いた分で判断するならば彼の言葉には力がこもっていた。それは素直に認める。もちろん教師としての立場で。

 彼は本気だという事も理解した。だが、しかしながら、言葉では何とでも言える。だからこそシズは慌てないし、意外だとも思わない。

 彼のような(こころざし)、熱意のある生徒をたくさん見て来た。

 

「学園で教えられる事は結局のところ座学だ。実戦で役に立たないものは死んで終わりだ。それを分かっているのか?」

「確かに死んでしまえば終わりです。けれども僕はまだ生きています。何も挑戦していません」

 

 彼のような発言を『向こう見ず』と言う。

 実際に挑戦して失敗して挫折して学園から去る生徒をシズは実際に目にしている。

 それほど騎士への道は険しい。

 魔法が使えるからといって誰でも幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れるわけではない。

 人型兵器に乗る為にはまだ乗り越えなければならない問題が山積みだ。

 乗れなくても騎操鍛冶師(ナイトスミス)という道に進むことも出来る。

 

「ここは君の実力をひけらかす場所ではない。一人の暴走が多くの仲間に迷惑をかける。この時点で君は落第だ」

 

 シズの言葉に今度こそエチェバルリアは唸った。

 自分ひとりではどうとでも出来る自信がある彼でも仲間と言われれば黙るしかない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は一人で動かせるほど簡単な代物ではない。

 多くの人々が関わっている問題だからだ。

 

        

 

 シズとしては教師としての意見を述べたに過ぎない。けれども周りは何故か意表を突かれた、という雰囲気に支配されていた。

 それだけ目の前の生徒が特別な存在なのか、それともシズに対して何か驚くような事態などを感じたのか。

 

「……どうかしたのか?」

「あ、ああ、いえ……。全く物事に動じないところが……。なんでもありません」

 

 横に居る教師が尻すぼみな発言をするので益々疑問に思う。

 自動人形(オートマトン)だからとて何事にも疑問を抱かないわけではない。

 簡単な例では()()()()()()()()()()などは理解出来ない。

 見たことも無いものもまた同じ。

 人間とは違い、空想する概念が無いので無から新しい物を創造する能力は人間に劣る。

 

「……それで、エチェバルリア君」

「は、はい」

「言いたい事はそれだけか?」

 

 生徒の意見を封殺する気は無い。

 自分の意見があるならばどんどん発言するべきだ。そこはちゃんと尊重する。

 シズとて自分の意見を押し通す気は無い。もちろん教師としての責務で時には厳しいことを言う。

 どんな言葉が厳しいのかは今いち理解出来ないけれど。

 

「いえ、先生の言う通りだと思います。けれども僕は諦めません」

「誰も諦めろ、とは言っていない」

「……そ、それはそうです……ね……。失言でした。申し訳ありません」

 

 素直な対応にシズはどう切り返せばいいのか分からず、首を傾げた。

 自分の意見が正しいのかは自信が無いが相手が納得しているようなので間違ってはいなかったと思うことにする。

 人間という生き物は同じ言葉でも受け取り方で笑ったり、泣いたり、違う反応を見せる。

 それは一人ひとりの性格や個性の違いだと思うのだが、それらを把握するのはシズにとって()()()()()()()

 非効率的な事柄は自動人形(オートマトン)だから苦手意識を持つのかもしれない。

 

「……それで、話しが済んだのならば……。次は何をするのですか?」

 

 シズは側に居る教師に尋ねた。

 

「この後、生徒達の魔力測定に入ります。……一緒に見学されますか?」

「担当教室が決まらないので……。そうですね。それも大事な事なのでしょう」

 

 困惑していた教師に作り笑いを見せるシズ。

 もちろん本人は喜怒哀楽の変化を意識して調整しているのだが、これが意外と好評であった。鉄仮面というあだ名の影響も関係していると思われるが本人には窺い知れない事だった。

 

        

 

 一旦、教室を出たシズは自分が入った教室がどんな所なのか改めて確認する。

 入る前から分かっていたのだが、少し手間をかける方が()()()()()と統計にもある。

 

 騎士学科の初等部一年。

 

 今期最後の仕事として、高等部より賑やかで新しい風を感じられそうだと思い、この教室に決めようと思った。

 場合によれば延長が認められるかもしれない。

 

(……延長かは生徒次第か……)

 

 いや、そもそも延長しなければならない理由は無い。

 規程の調査を終えれば次の時代まで休眠する。それはいつもやってきた事だ。

 この時代だけを特別視する理由は何処にもない筈だ。

 

(……それでも場合によれば見逃してしまう希望とやらがあるかもしれない)

 

 とはいえ、帰還作戦に関わるような事態は未だに覚えがない。

 そもそもの話しで言えばシズ・デルタの本来の目的は現地の資源を確保すること。

 主の退屈を紛らわせる為の話題収集。これは知識の収集と同義である。

 立ち寄った未知の文化を献上する為に。

 知的生命体が文化を持つ以上、この星を接収する計画は立てられない。

 星々を旅をする上で決められた絶対命令の一つだ。

 数分の思索の後、生徒達が廊下に出始めた。

 向かう先は魔法を使う為の試験場。

 

「シズ先生も来られますか?」

「はい」

 

 彼女の返答に担当教師は心底安堵したようで、深く息を吐き出した。

 ほぼ一方的に相手側がしゃべり続ける形でシズ達は外へと向かう。

 ライヒアラ騎操士学園は石造りの無骨な城壁のような壁に囲まれている。生徒程度の魔法ではびくともしない堅牢ぶりを誇っていた。そうでなければ魔獣から生徒を守れない。

 それと幻晶騎士(シルエットナイト)を保有しているので何かの事故に巻き込まれないように、という意味合いもあるかもしれない。

 廊下を歩く生徒の多くが入学したての子供。当たり前かもしれないがシズの本来の姿と大差が無い背丈の者達ばかり。

 偽装を解けば彼らの中に混じっても違和感が無いほどだ。

 そんな生徒達を眺めつつ目的地である修練場に向かう。

 

 



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#003 至高の御方達

 

 初等部の彼らが学ぶのは一般教養と初級騎士課程の二つ。

 前者はほぼ全ての学科に共通である。

 騎士課程では最初、魔法の基礎知識と魔力の強化。剣術などを習熟する。

 それを三年かけて(おこな)うのだが、先のエチェバルリアという少年は既に課程を済ませたと言っていた。

 独学でどこまで実力を伸ばしたのか、教師としては興味を持たなければならない。

 『シズ・デルタ』としては人間の実力などゴミにも等しい。それに興味を覚えることなどあるものか、という思いがある。

 全てに優先されるのは(あるじ)と至高の存在の言葉や命令のみだ。

 

(だが、与えられた役割は十全に全うしなければ……)

 

 自分たちが仕える主の一人に名を連ねる『シズ・デルタ』は自動人形(オートマトン)達のオリジナルであり、神に匹敵する存在だ。

 彼女の存在なくして自分達は存在し得ない。彼女の名を継承している端末達はその名を受けた瞬間から従僕である事に誇りを抱く。

 

(……これも至高の御方の導きなのでしょうか)

 

 ふと空を見上げるシズ。

 晴天に恵まれた青空の遥か先には自分達の本来の拠点『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』がある。

 月の裏側に停泊しているものは現地の人間には未だに知覚されていない。――その筈だが、何ごとも例外や想定外があるものだと認識している。

 今はまだ星を見る文化が未発達だから、とも言える。

 仮に星を見る装置などが開発されたとしてもシズ――シズ達はそれを妨害する気は無い。

 人々の興味を()()()()()()程度は主も許容している。

 しかしながら、シズが組んでいる予定は全てにおいて優先されることはなく、唐突な変更を余儀なくされる場合がある。

 例えばこんな場合――

 

 定期点検を(おこた)る事は許可できません。

 

 仲間からの連絡が入り、一度自分の拠点に帰還せざるを得なくなった。

 これは度重なる延長申請による弊害で今回も無視するような事になれば強制退去の為の部隊がライヒアラ騎操士学園に送り込まれる事態になる。

 抵抗はしないと自分が思っていても()()()()は不測の事態と捉えるかもしれない。

 生徒達の活躍の場を見学できないのは面白くないのだが致し方ない。

 

「急な用事が入ったので私は今日は早退致します」

「ええっ!? ……ま、まあ、急な話しですね」

 

 シズが途中欠席するような人間に見えなかったので途中まで一緒だった教師は大層驚いた。

 彼女にも何らかの事情があるのだと思い、無理に引き止めても仕方がないと判断した。

 それにシズを引き止める権利は教師には与えられていない。

 

「では、申し訳ありませんが……。失礼します」

「はい……」

 

 一緒に見学出来ない事を心底残念がる教師を尻目にシズは学園を去った。

 その後で何が起きたのかは次の機会に聞くとしてシズは足早に移動する。

 

        

 

 この地に作った潜伏場所は単なる一戸建て。特に外見に特徴が無い普通の家だ。ただし、内部はかなり改造している。

 上層部は家具などを置いたごく普通の部屋。だが地下室は機械的な様相になっている。

 数年間潜伏する上では一軒家は相応しくない。なので幻晶騎士(シルエットナイト)の研究をしている風に装っている。

 本命は遠く離れた森の中や岩が転がる地域にある。

 

「転移装置、起動……」

 

 地下のとある場所にある扉の中に入り、静かに呟けば景色は一瞬で切り替わる。

 普通の人間がシズの部屋に乗り込んでも勝手に様々な装置を起動させることは出来ない。それは監視する者が居るからだ。

 それらを無視しての機械の起動は基本的に出来ない。

 

「……シズ・デルタ帰還いたしました」

「……定期検査のため、着替えてください」

 

 出迎えたのは歳の頃は現地の人間で言えば十代ほどの少女。しかし、容貌は本来のシズ・デルタそのもの。そして、転移した場所は秘密の隠れ家の一つだ。

 十人規模のシズ・デルタ型自動人形(オートマトン)達が老齢のシズを出迎えた。

 久方ぶりの仲間の到来に対し、何の感情も見せない。

 

「……一つ問おう。……延長申請は許可されなかったのか?」

「……上からの命令では検査を受けない限り許可できないとある」

 

 上とは月にある天体型の拠点の事だ。

 そこに居る者たちからの指示であれば従うほかは無い。

 了解した、と告げて永く愛用した偽装の身体の制御を解く。すると糸が切れた人形のように床にへたり込む。

 その後で動かなくなった擬装用の身体は無数の点検に掛けられる。異常が無ければ再使用が許可される。

 検査が続いている間、元の身体に戻ったシズはデータの抽出作業に入り、報告書まとめる。

 本来のシズ・デルタは自動人形(オートマトン)なので人間などの生物のように成長する事が無い。

 見た目には他のシズ・デルタ型と同じ姿だ。

 

「……検査の終了は現地の時間で約四十時間だ」

「……了解した」

 

 高性能な偽装体の検査は時間がかかるものだ。それを短期間で済ませろ、と催促する事はしない。

 しかし、現地の人間は様々な反応を示す。それ自体は知識として知りえているが彼らの性格を完全に把握できているかと言えば否と答える。

 曖昧な思考体系は複雑系に類するもの。それを明確に定める事はどんな高性能な機械であっても不可能に近い。

 

        

 

 数十年ぶりの本拠地での休暇を貰い、シズ・デルタは遥か遠くにある『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』の中を散策していた。

 命令のない者は自由に行動する。

 曖昧な自由という広義の言葉に自動人形(オートマトン)達は今まで溜め込んできた知識を実践したり、議論したりする。

 音の少ない空間において会話が無駄である、と一時期は言われていた。しかし、主の言葉により定期的に大規模な討論会が(おこな)われたり、新技術の開発に携わったりする。

 未知の探求はとても難しく、既存の知識しか持たない自動人形(オートマトン)達は()()()()()()の発見に極めて貪欲に取り組んでいた。

 

「……やはり現地の幻晶騎士(シルエットナイト)を手に入れるしか……」

「魔獣の捕獲も視野に入れねば……」

「繁殖用の魔獣は月の環境にどの程度の耐久度があるのか?」

「……現地の資源を大々的に手に入れるのは許可されていない」

 

 あちこちから様々な声が聞こえるのだが、ほぼ全員が同じ声であった。

 一時期、違う声を入れるべきとの意見もあったのだが、主達の休眠により新たな命令は凍結中。

 次の命令が下されるのはもっと先の事になっている。

 活動している者はほぼ消耗品と同義。だが、主たちは無駄な活動を控え、負担軽減の為に百年から下手をすれば数千年もの長い期間眠ってもらうことになっている。

 だからこそ起きているうちに与えられた命令はとても(とうと)く何よりも優先される。

 

「地上からのデータがまとまった」

「……早速、検討しよう」

 

 議論を担当するシズ・デルタを横目に仕事をなくした地上担当のシズは別の区画に移動する。

 この『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』はほぼ自動人形(オートマトン)しか居ないのだが、一部の区画には地上で捕獲した動植物の献体が保管されている。

 それだけではなく、無機物に支配された施設の中には自然豊かな場所もある。その管理もシズ達の仕事だ。

 様々な星から採取した植物が互いにどう影響しあうのか、日々研究されている。

 中には生物にとって危険な反応を示せば全てが水の泡となるおそれがある。だからこそ慎重に長い時間をかけて仕事に従事する。

 眠り続ける献体には人間も居るので。

 

        

 

 擬装用の身体の検査が終わる頃、シズに新たな命令が下される。

 現在、起きている(あるじ)は十人と満たない。

 不死性のものと有限の命を持つ者。

 

「意思決定機関からの命令を下します」

「……はっ」

 

 寿命があるといっても取り替えの聞く肉体を持つ者達だ。

 彼らはある意味で不死であり、また同時に()()()()()()と言える。

 長い時を歩む上で命の価値が希薄になりがちだ。だからこそ最期を迎えるくらいならば好きに生きようと思う。そう宣言して覚醒を繰り返している。

 星の光りが届かない闇の空間ばかりが広がる宇宙の旅は人間などでは精神に異常を来たすもの。だからこそ星の近くに来ない限り目覚めさせてはいけない事になっている。

 今回は星の近くに寄せているので事前の命令どおりに覚醒させた。

 命令を下す者が居ると自動人形(オートマトン)達はとても喜ぶ。

 それがたとえ設定に過ぎないとしても、彼らは振りでも喜びを否定することは無い。

 機械にも魂や自我が宿る事があるならば今のシズ達は充分に資格がある。

 

「継続調査は許可するが過度の活動は控えるように。……お前にも生物的な欲求があるのかもしれないが……、一人で突っ走るな、という事だ」

 

 そう言ったのはシズ・デルタ型ではない。

 正真正銘の生物。

 旅を(おこな)う責任者でありシズ達の主の一人。

 見た目は人間の背丈ほどもある白い蜥蜴人(リザードマン)。性別は男性。

 種族名は『白子蜥蜴(アホロートル)』で、迷彩柄の服装を着こなしていた。

 彼はオリジナルのシズ・デルタ達を創造した『至高の四十一人』と呼ばれる者達の一人『ホワイトブリム』という。――担当は服飾関係である。

 白子蜥蜴(アホロートル)という生物は地球の知識で馴染みがある名前では『ウーパールーパー』とも呼ばれている『山椒魚(さんしょううお)』の仲間で両生類の一種であり、モンスターとしては火蜥蜴(サラマンダー)の近親種となっている。

 そんな生物が流暢に言葉を話す。

 

「……了解いたしました」

「気になる事があったのかもしれないが……。あまり国に干渉するのは……な……」

 

 シズ・デルタ型はオリジナルの端末のような存在――

 使い捨てに出来る消耗品でもある。それを心配する価値など本来ならば無い。

 折角見つけた星に降り立って友情を深めようと短絡的な行動に出ないのは自分達の姿が異形であるからだ。

 どう見繕っても人間の敵にしかならない。現に彼ら(現地の人間達)は魔獣と戦ってきた歴史がある。

 よその世界から来ました、と明るく振舞っても不審がられるだけだ。もちろん自分たちの立場でも不審に思う。

 

        

 

 ホワイトブリムは何度目かの覚醒によって新たな星の発見に期待に胸を膨らませたのは事実だが、慎重な行動を取っているのは文化の違いがあるからだ。

 こちらは圧倒的に先進的な文明を築いている。――と自負している。知識面からもそうだと思っている。

 かたや相手は地面に足をつける生活を続けている。その差はとても大きい。

 全面戦争にはならないと思うけれど、彼らの技術力の向上次第では五十年ほどで宇宙に攻めてきてもおかしくないと試算している。

 短絡的な相手なら敵対行動にすぐ移るけれど、少しずつ友好を深めるにはシズ達にやらせている事のように現地に溶け込む方法が比較的に安全策だと言える。

 

「他の者の覚醒には時間がかかる。友を連れていた方が何かと便利ではないか?」

「……確かに……」

 

 今まで一人で行動させてきた分際で今更なことを言っても仕方が無い、とホワイトブリムは自虐的に思った。

 無責任な主で申し訳ない、という気持ちはあるけれど、それを素直に口に出せないのは嫌な奴の証拠だ。

 だからこそ部下には優しくしたい気持ちがある。それが例えオリジナルの端末風情――または部品の一つだとしても。

 

「お前の努力次第で現地の生物と親密になれれば後々、友好を深めることにも役に立つか……」

 

 それは無理矢理なこじつけではある。

 自分達の本来の目的は地球への帰還だ。それはホワイトブリム達にとって一番大事な事と言える。

 とはいえ、既にどれだけの時が経過したのか分からなくなってきた。

 このままの調子では地球も寿命を迎えて星屑になってしまい発見が難しくなっている事もありえる。

 その時はその時でまた別の計画を打ち立てるだけだ。

 それだけの事が出来る方法は既に確立している。その為に()()()の宇宙船を建造したのだから。

 

「出発地点の星も既に崩壊済みかな?」

 

 時間は止まらない。

 仮に止めた状態で移動するとしても、そんなことに意味があるのか――

 互いの時間に差があるのならば無駄に終わることもありえるので。

 とはいえ、そういう悲観的なものは考えたくないが目を背けるわけにはいかない。すでに覚悟を決めて出発してしまったのだから。

 

        

 

 端末の一体であるシズ・デルタの任務は引き続き継続させることにしたホワイトブリムは休眠する事にした。

 少し悲観的になりすぎた為に精神の安定が必要だ。

 自動人形(オートマトン)と違い、生物である彼は長時間の起床は身体と精神に毒だった。

 別れの言葉もそこそこにシズの元から姿を消したホワイトブリムと入れ替わるように新たな人影が現れた。

 黒い巫女服に身を包み、腰に掛かるほどの黒髪を一つに束ねた髪型の女性。足元は草履ではなく黒いブーツ。黒い手袋を着用。

 見た目は二十歳ほどの人間に見えるが彼女もれっきとしたモンスターの一種である。

 種族は『二重の影(ドッペルゲンガー)』でオリジナルのシズ・デルタの同僚。

 

「……ナーベラル・ガンマ様」

「情報はこちらでも聞いている。長期間の任務ご苦労様」

 

 表情は乏しいが仲間にかける言葉には少し温かみが込められていた。しかし、彼女は人間に対して酷く冷淡で、ある意味ではシズよりも冷徹なところがある。

 オリジナルゆえに目の前の女性『ナーベラル・ガンマ』もシズにとって神に匹敵する存在だった。

 姿が人間なのは変身している為だ。

 本性は桃色の丸い頭部に目と口の部分が穴のように空いている平坦なもの。

 例えるならば地球のスポーツで使われる『ボーリングの球』に似ている。

 本来ならば鎧と化したメイド服なる装備を身に付けているのだが、今の彼女は巫女服となっていた。

 

「オリジナルのシズの代わりに働いてくれてありがとう。あの子は幸せものね」

「……い、いえ。そんな……」

 

 至高の存在の言葉は玉音と呼ばれるほど貴いもの。

 一言一言がシズの耳に届くたびに録音が開始され、それを聞き逃しては勿体ない、という気持ちになる。

 機械である彼女たちですら生物的な振る舞いになるほど。それほど至高の存在は()()だった。

 

「……シズ様は定期的にお目覚めになられております」

「そうなの? それはいつごろの話しかしら?」

 

 聞かれた質問を包み隠さず答えるシズ・デルタ。

 自らが(うやま)う相手に隠し事など彼女(ナーベラル)よりも上位の存在からの命令でもない限り出来はしない。

 

        

 

 シズ・デルタのオリジナルであり、正式名称『CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)』は端末型と姿形は同じだが製造年代は遥かに古い。

 機能的には端末の方が何十、下手をすれば何千世代も上である。

 自らのバージョンアップについては思うところがあるらしく、未だに現役のまま。

 変化を嫌っているといっても過言ではない。

 オリジナルの主である『ガーネット』も(かたく)なな彼女に手を焼いていた。

 このガーネットこそ数多(あまた)自動人形(オートマトン)達の創造主で、シズ達からは『博士』という敬称が付けられている。

 

「……私が定期メンテナンスに入る時に入れ替わりに……」

「……護衛も付けずに? ……全く自動人形(オートマトン)なのに自分勝手な……」

 

 オリジナルのシズは他の自動人形(オートマトン)よりも自主性に富んでいる。

 自分の好みがあり、時には我侭な姿を見せる。

 小動物が好きで部屋に何匹か飼っていた事もある。殆どは寿命で死んでしまったが。

 生物の死に少なからず悲しみを覚えている節があるようだが、それをおくびにも出さない。

 つまりそれだけ生物的な振る舞いが出来る。いや、それはもはや振る舞いではない、かもしれない。

 長い年月を経て身につけた『(たましい)』のようなものが備わっているといってもいいくらいだ。

 今のシズ・デルタ(オリジナル)は機械であると同時に一個の生命体でもあるという。

 

「同じ名前が居るなら混乱しそうなものだけど……」

「……名前を継承している、と触れ回っているので……、おそらくは大丈夫かと」

 

 自分は十五代目のシズ・デルタ。と周りに告げて平然と街に溶け込んでいる。

 見た目も端末のシズ・デルタの娘と言っても疑われないほどに似ている。というか端末達はオリジナルのコピー品なので当たり前と言えるけれど、現地の人間には()()窺い知れない概念だ。

 文明の差を利用した隠れ蓑とも言える。

 問題があるとすればオリジナルは勝手に行動している。

 端末は命令があるので報告は定期的に(おこな)う。しかし、オリジナルのシズ・デルタは端末に情報を送るだけで数週間もかかる骨董品同然の存在だ。それだけ機能差が激しく離れているので双方向の情報のやり取りに不都合が生じる結果になっていた。

 

「……護衛を付けておりますが……。魔獣の下に行かないか心配でございます」

「……そうね。あの子は命令を聞かないところがあるから……。さすがに壊れてはいないと思うけれど……、私からガーネット様に報告しておくわ」

「……よろしくお願いいたします」

 

 会話を終えた後、ナーベラルはガーネットのところへ。端末のシズは星に再度降り立つ準備を始める。

 おそらくオリジナルのシズ・デルタが活動をしている頃だと思われる。

 大人しく眠り続けてほしいと思う反面、新たな土地の探索を自由にさせてやりたいという気持ちもある。

 端末如きに出来る対処は最新のシズ・デルタを持ってしても手を焼く事態だった。

 

 



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#004 戦闘メイド

 

 数日後に地表に降り立った『シズ・デルタ』はすぐにオリジナルを捕捉した。

 旧世代の自動人形(オートマトン)を索敵する事は難しくない。能力的にも新世代が上だ。

 彼女は街を散歩中で特に目立った動きは見せていないようだ。

 すぐに部下のモンスター達を集めて情報を収集し、まとめていく。

 異常が無ければ安心するのだが何かが起きれば自動人形(オートマトン)とて慌てる事態となる。それは人間からは想像できない概念かもしれない。

 機械が慌てるという事はありえるのか、と。

 

 至高の存在関連ならばありえる。

 

 それが彼らの『設定』という名の恐ろしさ。

 概念すら覆す呪いのようなものと言う者も居る。

 与えられた命題に対し、自らの命すら平然と投げ出す者達。それがシズ達だ。

 捜索対象の存在である少女のシズは部下の慌てぶりなど知らぬ顔でライヒアラ騎操士学園の都市を散策していた。

 どうやってこの地に降り立ったのかと言えば転移だが、本来の彼女は眠り姫の如く機能停止状態だった。それをどのように解除したのか。

 いかに至高の存在とて外部からでしか目覚めさせる方法が無い、と言われている。であれば何者かが起こしたと考えるのが一般的だ。しかし、誰が目覚めさせたのか。その辺りの情報は受け取っていない。

 

「……まずは……御身の確保を優先……」

 

 姿を消す不可視化能力に()けた『シモベ』と呼称するモンスター達に命令を伝える。

 敏捷の数値が高く、隠密行動に特化した『八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)』と呼ばれる忍者の格好をした八本腕の蜘蛛型モンスターが対象(シズ・デルタ)に向かう。

 このモンスターは知能が高く、自己判断も出来る優秀なシモベだ。

 一足早くシズ・デルタの側に降り立ち、警護に就く。

 売店を覗き込んでいた外見が少女のシズ・デルタは側に不可視化したシモベの存在にいち早く気付いたようだが、顔は店に向いたまま微動だにしない。

 そのすぐ後で齢六十という設定のシズ・デルタが到着する。

 周りから見れば老女と孫娘だ。

 老女の方が背が高いのでオリジナルが低く見られがちだが、現地の学生の平均値には達している。いわゆる眼の錯覚というものだ。

 

「……シズ・デルタ様、勝手に外に出られては……」

「……うるさい、黙れ」

 

 静かな口調で少女が言えば大人は黙るしかない。

 

「………」

「……いや、喋っていい。……我侭な娘という事にしてほしい」

「……(かしこ)まりました。勝手に出歩いてはいけません。ここには大きな人型兵器が闊歩するのですから」

 

 与えられた役割を十全にこなす端末のシズ・デルタ。

 命令は絶対。それは鉄の(おきて)のように厳格なものだ。

 切り替えの速さ。柔軟な対応は見る者を驚かせる。

 

「偽装せずに降り立つなど……。少し無用心ではありませんか?」

 

 それよりもどうやって降り立ったのか聞くべきなのか、端末は脳内で様々な選択肢を吟味し始めた。

 

「……至高権限。……実際に降り立ちたいと思っていた」

 

 調査と言われているが何十年も待たされたのだからシズとしては我慢にも現界がある、と言いたいところだった。

 他の自動人形(オートマトン)と違い、我欲を――強く持っている。

 それに一番古い存在ゆえに未知の機能が備わってしまったのかもしれない。

 『ガーネット』の言葉では『祝福(ギフト)』と言われている。

 機械が生物へと進化する。ただ、それは喜ぶべき事なのか、機能不全への布石ではないのかと不安思う日々が続いた。

 機械なのに不安を覚える。そして、それが年々強くなる。

 ついに自分は機械的に壊れてしまった、と絶望感も抱いた。

 

「……ガーネット博士は……それは喜ばしい事だと言っていた」

 

 何が喜ばしいのか、未だにシズ本人には理解出来ないし、端末のシズも適切な解答を伝えられないでいる。

 至高の御方が困っている、という事は理解出来るのに。

 

        

 

 答えの出ない問いを延々と模索しても時間の無駄。

 シズはそう判断し、移動を始める。

 

「……しかし、偽装は必要か?」

 

 今のシズ・デルタは『戦闘メイド』としての正装で、迷彩柄の特別仕様となっていた。なので、天気が良く気温が高いにもかかわらず厚着となっており、迷彩柄のマフラーを巻き、左目を眼帯で覆っている。

 現地の服装とは明らかに違うので――物凄く――目立つ存在に映っていた。

 老齢のシズを十代に若返らせた姿ともいえる。というよりはこちらが本来の正しい姿だ。

 分厚い手袋も迷彩柄。

 ただのファッションではなく身につけているものは全て特別な『マジックアイテム』である。

 戦闘メイドとして戦う為の武装なので見た目では分からない強さを秘めている。

 

「大変目立つかと。この地域に存在するメイド服はもう少し質素ですので」

「……着の身着のまま来てしまったから……」

 

 単なる散歩に来たので戦闘用は不味いかも知れない。そう思い、着替える事に決めた。

 そう判断した事を伝えると端末のシズは大層安心し、喜んだ。

 オリジナルより表情は多彩で至高のシズは少し不満をにじませる。

 早速、端末のシズは自分の拠点としている自宅に案内する。

 それから少し経って、着替え終わったシズは現地の女の子が身につけるような質素な服装で外に出た。

 防御力はほぼ皆無。戦闘用ではない事は分かっているが、いざという時に何も出来そうにないところが残念だと小声で呟いた。

 ただ、偽装という観点から言えば文句は無い。

 眼帯は包帯に切り替えたが、これはこれで割りと目立ってしまう。けれども包帯を外すわけにはいかない。

 

「それでシズ様。どこか行きたい場所はおありですか?」

「……学校。……私も通えると……」

「無茶が過ぎますよ」

 

 即座に否定する端末。

 本来ならば現地に馴染む予定はなく、次の旅まで目覚める事が無いはずだった。

 それを無理矢理に破ったのだから我侭を通すのにも限界がある。

 

「……貴女は私の……祖母……。……お婆様。……私、学校に行きたい……」

 

 無表情でボソボソと呟くような小声で懇願する至高のシズ・デルタ。

 端末に過ぎないシズとしては断るわけにはいかない。けれども、御身に何かあれば、と不安が増大し、返答に時間がかかった。

 先ほど解散させた不可視化出来るモンスター『八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)』達を呼び寄せる。

 八本の腕を持つモンスターは音も無くシズ達の側に集まり跪く。当然、姿は消したまま。

 

        

 

 この世界には魔法文化はあるが索敵に関するものは殆ど無く、また治癒関係も無いといっていいくらいに無い。

 それはつまりシズ達よりも魔法に関する文化が遅れている事になる。その代わりに人型兵器に歳月を注いできたといえる。

 孫娘の手を引いて小さな、と言うには背は低くないシズ・デルタを老女のシズ・デルタがライヒアラ騎操士学園を案内する。

 至高のシズの背丈は中等部の生徒並み。エチェバルリア少年よりは高い。

 自動人形(オートマトン)なので成長する事は無いが、本人が望めば高身長の大人用の偽装体、または義体(ぎたい)と呼ばれるものに挿げ替える事は可能である。

 今まで身体を替えてこなかったので訓練は必要だが、今回は素のままの姿で行動するつもりのようだ。

 

「……みんな人間ばかり……」

「この国はほぼ人間ばかりです。魔獣という生き物が居りますが……、不死系のアンデッドの存在は確認されておりません」

「……了解した。……この地はかの地とは……、随分と違うんだね」

 

 かの地は様々な種族とモンスターに溢れていた。けれどもここは生態系からして違う方向で進化した可能性があり、シズの知る文化と乖離していてもおかしくはない。

 ただただ、少し寂しいな、と思う程度だ。

 シズは自動人形(オートマトン)だが、ある程度の感情表現が備わっている。

 表情の変化は乏しいけれど。

 

「シズ様なら……」

「……ここではシズちゃんと……呼ぶように」

「……しかし……」

 

 大人のシズは困惑する。

 役割とはいえ至高の存在となっているシズ・デルタの敬称を気軽に変える事など畏れ多い事だ。

 

「……名前が同じになってしまうか……」

「いえ、そういう問題ではありません」

 

 口元に手を当てて思案する小柄なシズ。

 そして、数秒の思索の後に出した彼女の答えは。

 

「……私はシズちゃん。……ここに居る間はそう呼ぶように。……あと、これは命令」

 

 至高の御方の特権。

 命令として与えれば端末はそれを絶対に守らなければならない。

 本来は強制力は無いのだが、彼らの場合は鉄のお掟のように効力が発動する。

 もちろん、至高のシズも上位者である『ホワイトブリム』達の命令には基本的には逆らえない。彼ら『至高の四十一人』は自分達自動人形(オートマトン)の生みの親にして本当の意味での至高の存在――

 そして、創世神と言っても過言ではない。

 

「……貴女は先代のシズ・デルタ。……フルネームがいい。……私はシズ・デルタお婆様と呼ぶ」

 

 普段は鉄仮面のあだ名で呼ばれる端末のシズ・デルタが至高のシズの言葉に対して苦悶の表情を形作る。

 変化の幅は端末の方が多いので当たり前ではあるけれど。

 

「……訂正。……お婆様と呼ぶ。……互いにフルネームを使うと流石に不味いし、混乱の元」

「そ、それがお望みであれば……。お戯れが過ぎます」

「……む。……自動人形(オートマトン)は機械的な行動だけしていればいいの」

 

 中途半端に子供っぽい発言をするシズ・デルタ。

 何を言っても無駄だと判断したのか、老齢のシズは苦笑を浮かべつつ軽く一礼する。

 御身が望むのままに、と。

 

        

 

 同じ名前で呼び合う場合は自分達側は良くても周りには違和感を与える。

 愛称なども限度があるはずだ。そして、書面の場合は誤魔化しきれない。

 出来るだけ署名事案を避ける行動に務め、解決策を模索する必要がある、と老齢のシズは脳内でメモを取る。

 もちろん、バレたら諦める、の精神で。

 とはいえ、この世界に自分たちを知る者など居るのかと疑問に思う。

 転移した()()()()ならまだしも。

 ここは少なくとも自分たちが発見した未知の世界だ。

 この世界にも敵勢力が有るのならば警戒すべきかも知れない、けれども。

 

 そんな勢力が存在しえるのか。

 

 国同士の争いごとは想定内だ。

 西側諸国の情報も集めている。では、それ以外の未知なる敵は果たして。

 端末としてのシズは自分で対処できることには責任が取れるけれど、思考の御方に何かあっては一大事という意識があるので、今まで以上に周りへの警戒が強く出てしまう。それによって現地民に要らぬ警戒感を抱かせる事態になるのではと、更に不安が広がる。

 自動人形(オートマトン)として感じる未知の恐れ。

 想定出来ない事にどう対処すべきか、高性能な自動人形(オートマトン)は本当に頭から煙が出るほどに様々な対策を模索し続けていた。

 

「……ん。……お前如きに心配される(いわ)れは無い。……通常任務で良い」

「……しかし」

「……という命令」

 

 至高の御方の命令は実に都合がいい。

 小柄なシズはご満悦で頷いた。

 自分が至高の存在として崇められるようになって随分と経つようだが大半は稼動を停止しているので時間の感覚は取りにくい。

 一万年とも十万年ともいえる長い旅のようだが、シズにとってはまだ十年くらいしか経過していない気がする。

 五十年は確実に経過したはずだが――

 目覚めるたびに高性能な端末に起こされる。その都度(つど)感じるのは時代遅れとなる自分の性能だ。

 ならば自分も高性能になればいい。

 そんな簡単な事を自分は拒否した。

 

 至高の御方から頂いた身体を変える事などとんでもないことだ。

 

 変化し、自らを高める事が大切な事はシズとて百も承知だ。それでも変化する事を拒否したのは自分の数少ない我侭の一つかもしれない。

 そのお陰で周りよりも行動が遅く、足を引っ張る存在になってしまっている。

 ホワイトブリムの許可があろうとも自分はやはり戦闘メイド『六連星(プレアデス)』であり『七姉妹(プレイアデス)』のシズ・デルタでいたい。

 

        

 

 歩きながら物思いに(ふけ)っていたら多くの人間の姿が見えて来た。

 行き交う人間達は『お孫さんですか?』や『可愛い娘さんですね』という声が聞こえてくる。

 それに対して小さなシズは老齢のシズの陰に隠れるような仕草をして警戒している風を装う。

 

「きゃ~。可愛い~!」

「シズ先生にお孫さんが居たんですね」

「とても似ていらっしゃいます~」

 

 様々な声が上がっているが、それぞれ好意的のようだ。

 警戒する振りをしつつ軽く口元を歪めてみたりしながら周りの反応に満足するシズ。

 

「シズ……ちゃん。みんなに挨拶して」

 

 自分の役割を忠実に実行するシズ・デルタ。

 小さなシズは黙ってお辞儀する。そして、すぐに隠れる。

 ちなみに隠れる仕草は昔から好きな行動なので、今日が初めてというわけではない。

 

「シズちゃんに学園内を見学させようと思いまして。この通り、人見知りする子で」

「……名前が同じなのは……、えっと……。……しきたり? ……だから、気にしないで」

「可愛いっ」

 

 大きいシズは義体なので本来であれば同じ顔を指摘されるところだ。だが、年齢による差で上手く誤魔化され、関係性については問題が無さそうだった、と判断する。

 周りにとって好意的であればいいのだから。

 

「シズ先生って独身でしたよね?」

「女の秘密を詮索してはいけませんよ」

 

 それは都合のいい言い訳だ。だからこそ慌てずに対処できる。

 集まってきた人間達はほぼ学園内にいた生徒達。

 教師連中はまだ姿が見えない。

 担当教室を決める刻限も迫っているのだが、至高のシズ・デルタの面倒もある。

 どうしたものかと悩んでいると通路の先から以前見かけた生徒がやってくる。

 紫がかった銀髪は首元までしかなく、丸っこい印象を受ける。

 碧眼で童女のような可愛らしさを持っている男子。

 エチェバルリア少年だと即座に脳内で検索結果が現われた。

 彼の側には友人と思われる二人の生徒の姿があったが何者か検索しようか迷った。

 即座に言い当てると騒ぎが大きくなる事もあるので。特に相手方が。

 初対面の相手は特に警戒される傾向にある。

 大騒動にはならないと思われるが、対人関係は個人ごとに違うので判断するのは大変だ。

 

        

 

 そういえば、と大きなシズはエチェバルリア少年の試験結果について聞いていない。というより報告を受けに行っていないことに気づいた。

 職員室に行っていないのは充分すぎる失態だ。

 何よりも至高のシズの安否を気にかけて基本的な事を疎かにしたのは不味い。

 

「用件を思い出しました。私は……。シズちゃん、行きますよ」

「……ん? ……仕方が無い」

 

 聞き分けのない娘でも演じているのか、肩をすくめる仕草をする少女のシズ。

 向かいから歩いてくるエチェバルリア少年たちに対して老齢のシズは『おはようございます』と挨拶を言うだけで相手の返事を待たずにスタスタと歩き去る。そんな彼女の後を小柄なシズが無表情のままついていく。

 

「え……あ……。おはよう……ございます」

 

 エチェバルリアが言い終わる頃には声の届かない距離になっていた。

 

「うわ~。あの鉄仮面にそっくりな女の子だったな~」

「てっかめん? あの先生のこと?」

 

 エチェバルリア少年と共に歩いていた二人の友人と思われる一人――男性の言葉に対し――もう片方の女性が聞き返す。

 二人共黒髪の少年少女――双子であった。

 

「そ。学園名物の鉄仮面教師。どんなことがあっても表情一つ変えないところから、そんなあだ名がついたんだとさ」

「……あんまり人の悪口には覚えが無いから……。よく聞く噂の元はあの先生のことだったのね」

「……というか俺達、入学したてだから……」

「そうですか。あの人は鉄仮面というのですか」

 

 銀髪のエチェバルリア少年は口元に手を当てて感慨深げに分析を始める。

 特にどうという事はないのだが、言い負かされたままでは気が済まない。そんな気持ちが少しだけあった。

 残念ながら魔法の試験を見せる事は出来なかったけれど、彼女の度肝を抜いてみようかと意地悪な思いが湧いて来る。

 

「僕の目的達成の為にはいずれ倒さなければならない相手かもしれません」

「そうかもしれないけど……。あんま無茶すんなよ」

「大丈夫よ。エル君は無敵だから」

 

 その言葉にどんな根拠があるのか、エルチェバルリア少年は少女の言葉に少しだけ苦笑を浮かべる。

 それよりも途中で退室されたことで改めて自分達の実力を見せる為にはどうすればいいのか、改めて考えなければならない。

 それがとても難題なものに思えた。

 

        

 

 職員室に向かったシズは必要な報告を受けて、改めて担当教室について聞かれる事になった。

 もちろん、決めていない。

 今回は辞退も視野に入れて、各教室の散策で終わることも考えていた。

 充分に学園に寄与した自分は今こそ休暇を取るべきである、と。

 

「……それはそれとして。そのお子さんは入学希望者なのですか?」

 

 教師たちの視線を集めているのはシズが連れている小さなシズだ。

 小さいといっても初等部の生徒と大して変わらない。

 

「見学だけです。……あまり長期間の通学は……」

 

 見た目は初等部の生徒並みだが、年齢は誰よりも高い。そして、老齢のシズが心配しているのは身体の事だ。

 数十万年の宇宙の旅。

 もちろん、何所かに降り立つ予定が無い時は身体機能を停止しているので経年劣化はかなり抑制されている。しかし、そんな事は大きなシズにはまだ正確に伝わっていない。

 長い時を歩んでいる至高のシズの身体はいつ壊れてもおかしくないのでは、と気になって仕方がない。

 特に部品交換など拒否しているので。

 いきなり自壊でもされればいかに自動人形(オートマトン)とて冷静でいられる自信は無い。

 小さなシズが外気に長時間触れているだけで大きなシズは生物であれば脂汗を大量に流して心配するところだ。

 

「……お婆様が怖い顔をするので私は大人しくしています」

「……はっはっは。もう、シズちゃんったら……」

 

 至高の御方自らの演技に対応できず、大きなシズは無表情で笑う演技をするハメになってしまった。

 周りに居た教師たちは異様な雰囲気に気付いて言葉を失っていた。

 この二人の間には人には言えない何かがある、と。

 顔を逸らしたら頭を引っ叩きそうな気がしたので、小さなシズから誰もが目を離せない。それだけ大きなシズが怒っているようにも、戸惑っているようにも見えた。

 

「そ、そうですか……。それで仮に辞退される場合は実家に戻られるとか?」

「そ、そう……ですね。もし、よろしければ幻晶騎士(シルエットナイト)の整備とかをじっくりと見学したいものです」

 

 ライヒアラ騎操士学園にある整備工場は教師などから許可さえ取れば見学は可能だ。ただし、一般人の見学は基本的に許されていない。

 シズが今まで(おこな)わなかったのは単に他の仕事で忙しかっただけだ。

 授業で教える分には基礎や整備の知識は得ている。

 (おこな)っていないのは実際に幻晶騎士(シルエットナイト)に乗り込み、操縦することと直接整備すること。そして、自ら幻晶騎士(シルエットナイト)を開発する事だ。

 

 



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#005 シズ・デルタの世代交代

 

 今まで『シズ・デルタ』が幻晶騎士(シルエットナイト)(たずさ)わらなかったのは単純に乗る必要性を感じなかったからだ。

 能力的には自動人形(オートマトン)である自分自身が強く、現地の人間にとって操縦が難しい巨大兵器は単なるお荷物にしか思えない。

 嗜好品としての価値は認めるけれど、戦闘用としてはまだまだ及第点はあげられない。

 現に王国が製造、管理している『サロドレア』または『カルダトア』という幻晶騎士(シルエットナイト)は今でも魔法一発で倒せる自信がある。

 こんな鉄の塊のデクの坊に遅れをとる事はありえない。

 現地の文化を尊重する名目があるので自分の実力を大っぴらに見せる事は許されていない。けれども、自らの敵として立ち塞がるのならば倒すだけだ。

 その前に済ませなければならない問題として教師の仕事だが、無理に最後まで働く必要は無いので今年は辞退し、のんびりと過ごす予定にする。それに至高のシズの面倒を見なければならない。

 

「後で学園長に報告しに行きますので。私達はこのまま整備工場の見学に行こうかと」

「周りに気をつけてください」

「お疲れ様でした」

 

 様々な言葉をかけられたシズは会釈したり、手を振ったりして職員室を退出する。

 部屋を後にした後は静かな時が流れ始める。

 

「……お前の活動に支障が出るか……」

 

 小さなシズの言葉に大きなシズは苦笑を表す。

 自分の事など二の次に出来る。至高の御方が望む事を全力で持って応えるのが自分達の役目だ。

 それはそうなのだが、(たわむ)れに関しては自重(じちょう)してほしい気持ちがある。

 本来、至高のシズ・デルタには――安全に――目的地まで眠っていてもらい、自分達はかの地(地球)にて盛大に祝福する為に生きている。

 それをこんな辺境の地で万が一の事があれば、と思うと自動人形(オートマトン)といえども生物的に慌ててしまう。

 

「……黙っているのも退屈。……目的地に到達する事は大事だけど……、こういう場所も嫌いじゃない」

 

 見知らぬ土地に生息する『可愛い生物』にとても興味が湧く。

 今のところ、そういう情報は無いけれど探してみたいし、触れ合ってみたい。

 中身は機械だが、至高のシズ・デルタは乙女の心を持つ自動人形(オートマトン)である。

 あまり我侭を言うと強制送還されてしまうので大人しくする事にした。

 大きなシズの機嫌を取ってあげるのも目上の役目である。

 

        

 

 孫娘の役を演じつつ幻晶騎士(シルエットナイト)を整備している場所に向かう。

 学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)『サロドレア』は整備の他に騎操士(ナイトランナー)達が実際に乗って戦闘訓練も(おこな)う。

 本格的な製造は別の場所で(おこな)うのだが、製造資金が莫大な為に国家事業となっていて学生がおいそれと手が出せる代物ではない。

 それと幻晶騎士(シルエットナイト)の心臓部には部外秘となる部品がいくつか搭載されている。それを勝手に解析する事はもちろん禁止だ。

 

「おう、シズ先生。こんなむさ苦しいところへ、ようこそ」

 

 シズ達を出迎えてくれたのは整備班達から『親方』と呼ばれるドワーフの男性『ダーヴィド・ヘプケン』だ。

 見た目はいかついが学生である。

 太い腕と太い足。頭髪はドレットヘアー。野太い声で周りに声かけしている。

 

「あんたに娘さんなんて居たのか?」

 

 大きなシズをそのまま小さくしたような人物。

 無愛想な顔つきは正しく娘と言われてもおかしくない。けれども今は娘ではなく、()娘だ。

 小さなシズは手を前に突き出し、静かに訂正を求めた。

 

あっははは。孫か! どっちにしてもよく似てやがる」

「……よく言われる」

 

 口元を少しだけ歪めて小さなシズは満足げであった。

 自分の言葉、役割がちゃんと相手に伝わったので。

 この星の言葉を事前に学んでおいて本当に良かったと、久方ぶりに喜びを感じた。

 ところ変われば品変わる。

 それゆえに新天地では新しい文化をまず学ぶ必要がある。

 ここまで来るのに数十の文化を学び、出会いと別れを経験してきた。その全ては資料として蓄積し、残る者に与えられていく。

 旅に必要な物は最小限度が望ましいのだが、それを解消する方法も時と共に確立されてきた。

 異星の文化は貴重な財産だ。

 無人惑星型の施設を建造し、様々な星々から集めた知識を集約していく。

 紙やデータの他に機械などの現物まで揃えていく。そうなれば集める毎に規模を大きくしなければならなくなる。

 そんな事を今ここで考えても仕方がない。

 

「我々は幻晶騎士(シルエットナイト)の見学に来ました」

「そうかい。頭とかに気をつけるんだな。孫娘のほうも勝手に走り回ったりするんじゃねーぞ」

 

 ドワーフの責任者ダーヴィドの言葉に小さなシズ・デルタは素直にお辞儀した。

 その後、彼は仕事の為に整備中の幻晶騎士(シルエットナイト)のところに向かい、シズ達は比較的、整備の手が入っていない場所に向かう。

 どの人型兵器も『サロドレア』だが、二つほど色違いが存在した。

 一つは赤く、もう一つは白い。

 装備している武具こそ違うが元になった幻晶騎士(シルエットナイト)は同じサロドレア。

 赤いサロドレアタイプは武装面。

 白いサロドレアタイプは防御面に特化している。

 

「……人間は自らの非力さを自覚し、大型化に憧れを抱くか……」

「……非効率的」

 

 小さなシズの呟きに大きなシズは頷いた。

 数百年の歴史の中で人間達は操作性の悪い人型兵器を運用、管理、改良を重ねてきた。

 シズ達はこの星に降り立ってからまだ百年は経っていない。けれども人々の営みはそれなりに観察してきた。

 その上で非効率的な人型兵器の運用には未だに首を傾げる。

 魔法という文化がありながら人間は何故、このようなものを造り、乗ろうとするのか。

 

        

 

 仮説を立てるならば人々の扱う魔法は人型兵器に劣る。また自らの限界を知り、その上で試行錯誤してきた。

 そうであるならばシズ達が文句を言う資格は無いのだが、他にやる事は無かったのかと苦言を呈したくて仕方がない。

 

「……我々の常識では測れない文化があるのかもしれません」

 

 シズ達とて巨大な天体型の宇宙船が無ければ宇宙旅行など出来はしなかった。

 万能の魔法でも単身で宇宙遊泳できるほど都合の良い奇跡は起こせない。

 

「シズちゃん。乗ってみたいですか?」

「……自動人形(オートマトン)が機械に乗るのは……、おかしいと思う」

 

 そもそも操縦しなければ動かないところが理解出来ない。

 大型の動像(ゴーレム)でも命令するだけで動くので。

 原始的な操作方法。細かい操作系の魔法が無い、という事であればシズとて深く追求しない。

 

「………」

 

 古い骨董品めいた無骨な姿を見ていると自分の末路のようで眉根が寄る。

 誰かに操縦してもらわなければ満足に動けない。そんな未来の自分の姿が脳裏に浮かぶ。

 役に立てなくなった時はきっと部品ごとにバラバラに分解されて別の何かに組み込まれるか、そのまま廃棄。

 それはきっと遠くない未来ではないかと少しだけ不安を感じた。

 

「……こんな姿でも誰かの役に立つのであれば……、それはきっと素晴らしい事だ。……君達は()()幸せものだ」

 

 そして、非効率的と言った事を詫びる、と胸の内で言う小さなシズ。

 高性能なシズ型の中に取り残されている旧型が図に乗ってはいけない。

 

 自分はただの象徴に過ぎない。

 

 側に居る大きなシズ達は旧型である自分を神のように慕ってくれる。

 至高の存在がそうであるように自分もまた彼らの幸せの為に出来るだけ存在し続けなければならない。

 かつての自分がそうしたように。

 

        

 

 数十年の歳月を過ごしてきた老齢のシズの邪魔ばかりしている気になったシズは引き下がる事を選ぶ。

 それと彼女達に与えた仕事を取り上げるのは上位の者として相応しくない。

 自分で調査したい気持ちも無くはないけれど、今更出しゃばるのはみっともないと思った。

 

「……新たな命令を下す」

「……はっ」

 

 命令という言葉に反応し、胸に手を当てる老齢のシズ。しかし、周りに気取られぬように顔は幻晶騎士(シルエットナイト)に向いたまま。

 

「……肉体年齢をもう少し下げて、この地で……もう少し仕事を続けよ。……お前が活躍

する物語を見たくなった」

「……主がそれをお望みならば……」

「……時と場合による力の行使は自己判断だが……、あまり目立ちすぎないように……。……ガーネット博士に叱られてしまう」

「……承知いたしました」

「……調査班の要請などは今まで通りとする。……あとは……自分が思う通りに動くといい。……ということで……、お婆様。……私、帰る。……一人で帰れるので見送りはいいから」

 

 一人で、という所で老齢のシズははっとした驚きの表情になり、手を突き出す。しかし、それは途中で止まる。

 自分は命令を受けた。そして、小さなシズは後を託した。ゆえに引き止める理由が無くなった。

 素直に戻ると至高のシズが言ったのだから尊重しなければならない。

 孫娘が素直な対応を示したのだから。

 

「気をつけて……帰るのですよ」

「……うん。……またね、お婆様」

 

 にこりと微笑む至高のシズ。その笑顔は何物にも替えがたい価値を持っている。

 姿が見えなくなるまで見送った老齢のシズは受けた命令を何度も胸の内で復唱する。

 一人残されたシズは辺りをウロウロするように歩き回って何事かを呟いていた。それらを周りに居た鍛冶師達がいぶかしみつつ自分の作業を続ける。

 怪しい動きは数分ほどかもしれないけれど、奇妙な光景であったのは間違いない。

 

        

 

 老齢のシズが落ち着いたのは三時間ほど経ってから。

 その間、声が途絶えて作業音だけが室内に響いていた。それはシズの事が気になったからだと思われる。

 意を決したシズは作業員の邪魔にならないように移動を開始する。

 学園を出た後、人目につかないように隠れ家に移動し、天体型の宇宙船『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に連絡を入れる。

 既に帰還していた()()()シズ・デルタから話しが伝わっていたようでホワイトブリムやガーネットらは現地の活動継続を許可した。

 

「本来ならば休眠期間に入らねばならぬところを……」

『構わんさ。老人仕様では何かと怪しまれる。けれども若返っても同様……。ならば思い切りが必要だ』

 

 許可を出すのにすんなりと事が運ぶわけはなく、ホワイトブリム達とて躊躇いが生じた。

 今まで平穏に過ごし、現地での地位を確立させてきた。それをいきなり覆す事をしようと言うのだから。

 だが、平穏だけでは物足りないし、面白くない。

 時には血湧き肉躍るサプライズが欲しくなる。それが今ならば使わない手はない。

 

『支援については出来る限りサポートする。能力についてはまだ抑えが必要だ』

「はっ」

『シモベは拠点防衛のみに限定する。多少の不便も必要だからな。……それと一人にして置いて行くわけではない。別口の調査はするから』

「了解いたしました」

『古い身体は回収しておく……。我らも長き旅に一区切りをつけ、安息が必要だ。新たな目標が決まるまでの間でも構わないか?』

「何の不満もございません」

『……不満の一つくらいは言ってほしいが……。では、次の報告まで健やかに過ごせ』

「はっ。失礼致します」

 

 定時連絡とはいえ今回はいつもと毛色の違う報告になってしまった。

 今後の活動を自分で判断しなければならない。それも何やら複雑な事情が絡むようだ。

 自由に過ごす事は自由意志を持たない自分にとって難度の高い任務だ。

 至高の御方とは違いシズは命令があってこそ活動できる存在である。

 

        

 

 次の日から自分の判断で計画を練らなければならないのか、と不安に思っていると別のシズ・デルタから通信が入った。

 内容は今後の活動の指針について。

 多少なりとも活動する上で必要な理由付けを検討するためだった。

 

『……では、今後の活動についての会議を始める。……もし、可能であれば帰還せよ』

「承知した」

 

 隠れ家は必要最小限の物資しか置いていない。

 必要な物を取り寄せるにしろ、いずれは放棄する拠点である。そもそも永住を目的としていない。

 指令を受けたシズは何の不満も漏らさずに身支度を整え、数ヶ月どころか数年に及ぶ今後の指針が検討されていく事になった。

 そして、西方暦一二七七年。

 新たな身体に乗り換えたシズ・デルタはライヒアラ騎操士(きそうし)学園にある幻晶騎士(シルエットナイト)の整備工場に居た。

 顔形は子供、老齢の面影を残し、それ以外は若返りを果たしている。

 見た目は二十代半ば。赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪は肩口で切り揃えた。

 あまりに長髪では工場内での行動に支障が出るので。それと髪が(なび)くと邪魔になりそうだから、という意味合いもある。

 エメラルドグリーンの瞳。背は現地に住む人間の男性の平均身長に合わせた。

 胸の大きさを増量。こちらは多少魅力的な女性になるように。

 声質も家族だから、という事にして変更せず。

 端正で凛々しい顔つき。他は極端に目立たないような体格設定が施されている。

 外からは細身に見えるが筋力などは破格となっている。

 服装は現地のものを参考にし、腰に儀礼用の長剣を提げている。

 両手には魔法を使う為の指貫手袋を装備。

 老齢のシズは鬼籍に入った、という設定を当初は考えた。しかし、六十代ではまだ若いかなと思い、遠くに引っ越した事にした。

 

「同じ名前で恐縮だがよ、シズ先生」

 

 と、荒々しい声で尋ねてきたのは三年経っても見た目が変わらないダーヴィドだった。

 

「なんでしょうか?」

 

 老齢のシズと同じ態度にダーヴィドは少したじろぐ。

 

「こんなに若い娘さんが居るとは思わなかったが……。名前といい、声といい……。()()()()種族ってことか?」

 

 見た目があまりにも似ていれば多少は怪しまれても仕方がない。――同一人物だけど。

 そういう疑念に対して世襲だと言い張る事になっている。

 仮に同一人物だと看破されても現場から逃走することなく、現地の人間達にそういうものだと説明するように厳命されている。

 

        

 

 最初の一ヶ月は奇異の目で見られる事は想定内。だから、尋ねられたら同じ解答をするだけだ。

 そうして現場が慣れてきた頃が活動の本番だ。

 ほぼ無表情なので『鉄仮面』という愛称も継承されたようだ。それに関しては咎めてもどうしようもない。

 自分の愛称を考えてきたわけではないので。

 役職は未定だが幻晶騎士(シルエットナイト)に携わるものを予定している。

 今から騎操士(ナイトランナー)になるとしても現状のシズには実績が無い。

 とりあえず、連日のように整備工場に入り浸り、巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)『サロドレア』の解体と組み立てを眺める。

 基礎知識は持っているのだが、先に進む事が出来ないでいた。

 用意だけは整っている。後は変化が生まれるのを待つだけ。

 

「………」

 

 ただ、黙っているのも暇なので、どうしたものかと悩んでいると簡単な部品なら触ったり組み立ててもいいと近くに居た作業員が気を利かせてくれた。その者達に教わりながら時間を潰す。

 改めて教職に就くことも考えたが、出来れば幻晶騎士(シルエットナイト)に乗って活動したい。そうした方が何かと都合が良いと考えた。

 現地調査に長い時間を取られすぎたせいもあるので、今度は幻晶騎士(シルエットナイト)を直に扱ってみたくなった。

 小さな願望はオリジナルから受け継がれたもので、自分自身にとっては宝物である。

 

「……ん~」

 

 大きなスパナを扱うようになってからシズの服装も周りの作業員と同じものになっていた。だが、彼らの一員になったわけではない。

 物静かに作業する姿がいつしか様になってきた頃、ダーヴィドは簡単な作業を手伝わせてみた。

 部外者は本来ならば邪魔でしかない。

 もちろんシズもその辺りを解決するべく、老齢のコネクションを最大限利用する手段に出た。

 まず教職員達に若いシズに全権を移譲する手続きを取る。

 元々自由に活動する予定ではなかったので多少無理があると自覚しながら必要書類を用意する。

 役職はさすがにすんなりと移す事が出来ないので、試験を適時受けられるようにした。

 そうして数ヶ月も経てばライヒアラ騎操士学園での活動に支障が無くなる。

 役職に関しては保留にして、騎操士(ナイトランナー)を目指す方向にした。

 

        

 

 既に知識や技術などの土台が出来上がっていたシズは特定の騎士団に入る予定を組まなかった。資格だけ得て、整備工場で暇つぶしをする毎日だ。

 道具の扱いや簡単な機器の製造を黙々と(おこな)う。

 

「……ちょっと目を離していたら騎操士(ナイトランナー)の資格を取ってきて、また地味な作業の始まり……。何考えてんのか全く分からねぇ」

 

 色々な道具を扱ってはいるけれど直接幻晶騎士(シルエットナイト)の製造に携わっているわけではない。

 ダーヴィドは呆れつつもシズに対して驚いたのは飲み込みの速さだ。

 見た目はひ弱そうな人間の女性にしか見えないのに力はそれなりにあり、重い道具も文句ひとつ言わずに扱い続けている。

 今も大きなハンマーで金属の板を整形している。

 繊細な作業も得意としていた。難しい整形の失敗が誰よりも少ない。

 

「傍から見たら頑固親父みてぇなところが残念だ」

 

 シズはとにかく寡黙。鉄仮面と言われていた祖母に負けず劣らず。

 お喋りな女性というイメージを見事に壊してくれた。

 

「知識も力も充分。……というか国機研(ラボ)に務めた方が良くねえか?」

 

 国機研(ラボ)とは王都カンカネンの南方にある城塞都市『デュフォール』に存在する巨大施設『国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)』の通称で、国家事業である幻晶騎士(シルエットナイト)の開発、生産を専門的に(おこな)っている。

 この施設の存在はシズも承知していたが国家機関なので迂闊に入れば長い期間拘束され、また秘匿情報の有無により報告しにくくなったり疑われるリスクが高まることを恐れた為に向かわなかった。

 現地調査を優先していた為に今までは特に問題は無かった。

 活動範囲が狭まることはシズとしても気がかりになるので国機研(ラボ)への出向は想定していなかった。だが、今はどうかと言われれば迷うところだ。

 

「……国機研(ラボ)ですか……」

「……おぅ。喋った……。シズ先生よ。別にここに居てもいいんだが……」

 

 他の作業員の邪魔にはならないが話しかける(やから)のせいで整備が少しだけ遅れる事がある。

 現場を取り仕切るダーヴィドにとって看過できない事態だ。

 

「ここはあくまで学生の為の整備施設だ。学ぶことなんてあまり無いと思うんだがよ」

「……いえ、小さなところから知識を得る事に何の不満もありません。……私にとっても……、こういう地味な作業は嫌いではありませんから」

 

 現地の人間達と同じ仕事をする。

 それが新しい発見への足がかりとなるならば多少の労力は惜しまない。

 休息期間における時間の使い方が学べるので嫌いではない、という言葉はそれほど乖離した内容ではない。

 

        

 

 シズは幻晶騎士(シルエットナイト)に良く使われる魔力(マナ)魔法術式(スクリプト)を伝達する銀色の配線『銀線神経(シルバーナーヴ)』の扱いを始めた。

 ホワイトミストーという木材よりも扱いやすく、加工しやすい点で利用されている部品だ。

 この配線は幻晶騎士(シルエットナイト)の内部に張り巡らされ、操縦者たちの魔法術式(スクリプト)を全身に伝えて制御する。

 

(巨大な物体をこのような配線で制御する。実際には簡単に出来るものではないようですが……)

 

 魔力(マナ)を通せば杖と同様の扱いが出来る。ただ、柔軟な素材なので武器として使用するには加工が必要だ。

 細かい部品を繋ぎ合せて大きな物体を動かす。その構造理念に感心するシズ。そんな彼女の奇異な行動を目撃して首を傾げる作業員達。

 

 



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生徒と魔獣編
#006 野外合宿


 

 ある日のこと。シズ・デルタは学院長に呼ばれた。

 比較的自由な行動が認められているシズだが役職は学生と教職員を半分ずつ受け持つ形だ。

 教える側については既に老齢のシズが粗方務めてしまったので基本は学生としての行動が多くなる。

 院長室に入り、事務的な挨拶を交わす。

 

「このところ整備科に居るようだが……、本格的な作業はしていないようだね。何か理由でもあるのか? 別に責める意味は無いので難しく考えないでほしい」

 

 姿勢正しく佇むシズの様子に説教目的のような気がしたので学院長『ラウリ・エチェバルリア』は柔和な表情で尋ねた。

 『鉄仮面』という愛称を持つシズはどんな時でも無表情で愛想も良いとはいえないが、真面目な生徒だと思えば素行にそれほど問題があるとは言えない。

 実際、学業だけで言えば最優の生徒だ。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を覚えました。その設計思想や整備過程を間近で学んでこなかったもので……」

 

 他の生徒より声量は少ないが、はっきりとした物言いは昔から知る()()と大差がない。いや、本人と会話しているといっても過言では無いほど印象が似ていた。

 そういう性格だといえば口出しするのも憚られるが――

 

「……うむ。抗議は無いようだし、ケガなどをしないように……」

「ありがとうございます」

 

 ラウリとしてはもう少し砕けた言い方をしてくれた方が緊張が和らぐのに、と残念な気持ちがあった。

 シズが喋ると不思議と自分も緊張してしまう。

 

「では、本題に入る。……数週間後に中等部を連れて森に『野外合宿』に行くのだが……。シズ先生……ああ、いや。シズさんも同道してみないかね? 幻晶騎士(シルエットナイト)も護衛に就く」

「……野外……。学院長のご命令とあれば……。私の方は喫緊の用事はございません」

 

 出来れば興味を持って参加してもらいたいが、命令となると躊躇いが生まれる。

 老齢のシズの娘というのは間違いがなさそうだ、とラウリは思った。

 

        

 

 生徒達を連れて魔獣がはびこる森に行くのだから万全の対策の為に日数をかける。

 目的地は大都市『ヤントゥネン』から一日かかる距離にある小型の魔獣が現われる森の中。

 参加者は中等部三学年全員という大所帯。

 シズも時代の流れに乗る上で参加する事に同意する。単に拒否する理由が無かったからだ。

 新たに用意すべき物品が無いようなので、当日まで休眠に入る事にした。――実際には義体の整備だ。

 常に万全の体制に出来るわけではない。不測の事態に対処することも任務の内である。

 本拠地と連絡を取りつつ当日を迎える。

 何台もの馬車で移動し、護衛の幻晶騎士(シルエットナイト)が追随してくる。それだけで大規模な演習のように思える。

 中等部の生徒とはいえ魔獣を討伐できるほどの実力は実際には無いに等しい。

 一部の生徒を除けば自己防衛がやっとである。それが普通ともいえる。

 各自最低限度の装備を持って森の中で集団行動を学ぶ。

 そんな中、集団行動とは無縁のシズは教師でも生徒でもない立ち位置ながらも忙しく走り回っていた。

 

「それぞれ整列して荷物確認してください」

 

 無表情を除けば教師として模範的な行動が出来る。

 生徒としても無駄口を叩かないので教師側からは割りと好印象を受ける。

 規則には厳しい、というイメージが着きそうだが、実際のところは口うるさく注意をすることはない。

 

「全員居ますか?」

「一班は全員居ます」

「二班も居ます」

 

 小型の魔獣が現われるといっても生徒達の技量を持ってすれば撃退出来ない事はない。しかし、想定以上の数で攻められればどうなるのかは分からない。

 その辺りの注意事項もしっかりと伝えていく。

 ヤントゥネンで一旦、休憩や補給を済ませ、目的地である『クロケの森』に向かう。

 事前調査が終わっているので生徒を入れても安全が確保されると確認された森だ。

 大型魔獣が現われるような危険地帯に中等部の生徒を向かわせたりはしない。

 

        

 

 フレメヴィーラの国土の大半は深い森に覆われている。その内部は未だに不明。

 調査に赴きたくても強大な魔獣が支配する地域は幻晶騎士(シルエットナイト)を用いても困難を極める。実際、ここ百年余りは調査隊を送り込めていない。

 大型魔獣の中でも更に巨大な魔獣が存在し幻晶騎士(シルエットナイト)数百機分の強さを持つ者が居る。

 旅団級。師団級に分類される魔獣の存在によって人類は『ボキューズ大森海』を開拓できないでいた。

 

「実際のところ、野外合宿では何をするのですか?」

「テントの設営。周りの調査。後は調理だ」

 

 今回は集団行動だが実際には一人でこなさなければならない。その為の実地研修である。

 いずれ生徒達が騎操士(ナイトランナー)になった時は個人で行動しなければならない時が来る。

 仲間の助けが無い時でもしっかり行動できるように。

 数日かけて目的地であるクロケの森に到着したあとは生徒達によるテントの設営で賑わいを見せる。

 上級生は何度も(おこな)ってきただけに手際がよく、下級生は時間がかかっていた。

 次の行動に移る生徒も居て、教師達はそれぞれ自分が担当する場所に散っていく。

 シズも教師ではないけれど近くの生徒達に指導する形を取っていた。

 

「それらが終われば調理の支度を整えてください」

「は~い」

 

 多くの生徒達があちこちに移動していく様を横目に見ながらシズも自分に与えられた仕事に従事していった。

 魔獣が現われる森ということで生徒同士の諍いは意外と見当たらない。それはそれで手間が省けて楽だが、安全が確保されているわけではないので警戒は解けない。

 

        

 

 テントの設営が終わり、食事に入る頃にシズは森の奥に向かう。といっても上級生達も一緒だ。

 小型の魔獣がどの程度まで近付いているかの調査である。

 

「……気配は無し。足音も無し」

「了解」

「この辺りに生息している魔獣は小型だけだっけ?」

「奥に行けば決闘級が出るって話しだよ。でも、ここまで来ているかは分からない」

 

 初日の調査では異変は感知出来ず。それはそれで結構な事だと判断し、馬車の下まで戻る。

 無理して魔獣と戦う事が目的ではないが現われれば迎撃するだけ。

 その点では上級生は手馴れたもので、下級生はただただ慌てながら行動する。

 それらを眺めながらシズは自分に与えられた寝床で一息つく。

 疲労はしないし、睡眠も本来は不要だ。だから、人間と同じような振りをするだけ。

 翌朝、生徒達と共に森の奥に進み、調査を開始したり、様々な事柄に対処する方法を教えられたりしていく。

 そんな彼らを守る幻晶騎士(シルエットナイト)も大型魔獣に備えていたが、今のところは安全が確保されていた。

 今回は整備担当が居ないので騎操士(ナイトランナー)自身が調整や整備をする事になっている。

 シズはそれらを興味深そうに眺める。

 

「け、見学ですか?」

「はい」

 

 教師の()()()立場でもあるので小言でも言われるのではないかと騎操士(ナイトランナー)達に緊張が走る。

 実際、シズは見た目は厳しそうに見えるが激怒するような短気なところは無い。

 質問すれば淡々とした言葉が返ってくるだけだ。

 

        

 

 今回動員されている幻晶騎士(シルエットナイト)は十機。その全てが旧型の『サロドレア』であった。

 長年の整備と操縦する騎操士(ナイトランナー)達の手によって個性的な外見を持つに至っていた。

 軍用は装備一式が揃っているが、学生たちが使用するものは同一個体が少ない。

 それだけ各人が外装にこだわり、改造していった結果だと言える。

 赤いサロドレア『グゥエール』は剣を主体に戦う使用で盾は装備されていない。

 白いサロドレア『アールカンバー』は防御を重視した安定型。

 その他に魔法に特化した機体もある。

 

「………」

 

 鈍重そうな機械の巨人が実際に戦闘に入る時、小型魔獣の群れに対抗するのは難しい。

 小さいものであれば学生たちに駆逐させるのかもしれないが、この機体が必要とされるような事態とはどの程度なのか、シズは脳内で想像する。

 現地の魔獣の基本的なデータは持っている。その上で現行戦力でも立ち行かない場合、自分はどのように振舞えばいいのか。それが一番の悩みどころだ。

 

(自己判断にも限度はある。けれども……、彼らを見殺しにするのは不味い)

 

 現地における重要な事は信用の積み重ねだ。

 至高の御方直々の命令でもある。それを下等生物だからといって勝手に駆逐していい事にはならない。

 この地に存在する文化をガーネット、ホワイトブリム達は大切に思っている。

 その期待を裏切る事は末端であるシズとて出来はしない。

 

        

 

 初日こそ無事に乗り越えられたが獣は基本的に夜間の活動が活発になるもの。

 シズも警戒していたが近場では何も異常は見られない。――遠くで様々な獣の咆哮は耳に捉えていた。

 大森海というだけあり、広大な森は複数の国家を内包しても余りあるほどに広く、そこに住む魔獣もまた多種多様であった。

 師団級と呼ばれる魔獣とて地図の上では点にしか映らない。

 自由時間に独自調査すべきか悩んでいると暢気な生徒達の話し声が届く。

 初遠征の生徒を除き、幻晶騎士(シルエットナイト)に守られている、という安心感が広がっているようだ。

 しかし、騎操士(ナイトランナー)達は魔獣の恐ろしさを知っている為か、緊張感を持って辺りを警戒し、自分の機体の整備を続けている。

 各騎操士(ナイトランナー)のリーダー格と黙される人物にシズは接触を図る。

 白いサロドレアの騎操士(ナイトランナー)『エドガー・C・ブランシュ』という男性だ。

 立ち居振る舞いが堂々としているが彼はまだ学生で、古参の騎操士(ナイトランナー)というわけではない。しかし、堅苦しい性格の為に外見年齢より上に見られがちだ。

 

「シズ先生。ようこそ」

 

 整備の(かたわら)、シズの姿に気がついて姿勢を正して挨拶する。それにシズは片手を上げるのみで返礼する。

 設定上の年齢では大人ほどで教職員と同等の扱いを受ける。しかし、実際には役職は曖昧で敬称は適当であった。

 

「整備かな、ブランシュ君」

「はい。いついかなる時にも呼集がかかってもいいように」

 

 幾多の整備を経たアールカンバーは無骨な鉄の塊であり、鈍重そうな雰囲気を醸し出している。

 何重にも張り替えられた外装が重ねた年齢を表しているようだ。

 十メートル以上もの巨体を人間一人の魔力(マナ)で動かす構造だが、その全てを騎操士(ナイトランナー)が賄っているわけではない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の内部に張り巡らされている『結晶筋肉(クリスタルティシュー)』は魔力(マナ)をある程度溜める事が出来る。この結晶筋肉(クリスタルティシュー)が多ければそれだけ稼働時間を増やす事が可能だが、今の技術ではまだまだ改善の余地あり、という程度に収まっている。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の開発は国家事業であるため、掛かる費用は莫大で新型機ともなれば百年がかりの大事業となっている。

 遅々として進まない状況の中で現地の人間は整備を続けて長持ちさせているに過ぎない。

 人に似せた大型兵器は開発理念の逸脱をせずに今に至っている。

 軽く歴史を流し読みしたシズではあるが、人間としての限界なのか、それとも他の理由があって幻晶騎士(シルエットナイト)を頼る事にしたのか。少し興味が湧いていた。

 それが自分の欲であるならば従うべきなのか、というのを長く自問してきた。

 欲を抱く事を禁じられているわけではない。その点では幻晶騎士(シルエットナイト)の開発過程と似たような進捗で苦笑を覚える。

 外見は高度に進化してきた。中身はそれほど、というのは滑稽だ。

 

「……シズ先生。これに乗ってみますか?」

 

 ずっとアールカンバーを見上げたまま黙っていたのでエドガーはつい声をかけた。

 大人しくしている姿は美しい女性だと思うのだが、冷酷非情という噂を耳にしているので何を言われるか正直に言えば怖いと思っていた。

 そう思わせる冷たい印象を抱かせる。それに不穏な気配をまとっているようにも感じられる。

 

「中身は把握していますから結構ですよ。それより……魔獣の接近が近いようです。警戒を怠らないように」

「魔獣ですか!? そのような報告は受けておりませんが……」

「……あと二時間もすれば報告が来ると思いますよ。他の生徒にも武器を用意するか避難指示がいつでも出せるようにしてください」

 

 淡々と説明されていると本当なのか疑わしくなる。

 けれども冗談を言う人ではないと思うので気に止める事にしておいた。

 魔獣が接近するのであればシズはどうして平然としているのか、それが全く理解出来ない。

 よく分からない心境に陥ってきたが、念のために他の騎操士(ナイトランナー)達に声をかける事にする。

 

        

 

 エドガーと分かれたシズは人気(ひとけ)の無い所に入り、近くの情報を寄越すように仲間に連絡を入れる。

 魔獣は体内に『触媒結晶』を持っている。それを使うからこそ強靭な肉体や強力な魔法を扱ったりすると言われている。

 それに対抗するには同等以上の力が必要で、魔法文化が発達してきた歴史があった。

 いかに魔獣とて魔力(マナ)が無ければただの獣。もちろんその逆も然り。

 凶暴な魔獣をいくつか捕獲し、調査することもシズの任務には含まれていた。

 

(……慌しい一日になりそうですね)

 

 必要な情報を得た後は避難指示を出す為に行動を開始する。

 生徒達を総動員して魔獣を狩るのは非効率的だ。無駄に犠牲が出てしまうので。

 教師、というか引率者としては無謀な選択は選べない。

 学院に席を置かせてもらっている恩はちゃんと返さなければならない。

 魔獣の襲撃と一言で言ってしまったが、実際には()()()()の出来事だ。特に生徒側から見れば。

 それとシズ達が居る場所に来るまで充分な時間的余裕があった。

 気が早いかどうかは個人の感じ方だが、シズにとっては今から対処すべきだと思っている。

 当然の事ながら他の引率者は把握していないので、シズの意見をすんなりと聞くわけにはいかなかった。

 証拠があれば話しは別だが――。その証拠が未来の出来事だから証明するのが難しい。

 彼らが把握する頃には手遅れだと思う。けれども、無理を押し通せば自分に要らぬ疑いを持たれてしまう。

 

(……索敵能力が高いのも考えものですね)

 

 個人での索敵には限界がある。それを延長せしめるのは各所に監視体制として敷いているシモベ達――物品では怪しまれるので『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』による先行偵察――の存在が関わっているからだ。

 影で出来た翼の生えた邪悪な生物としか形容できないものだが、強さはそれほどでもなく、現地の生徒数人でかかれば倒せる程度――

 現地の魔法が想像通りの強さであれば――、という条件がつく。

 不測事態に備えて護衛はついているが、暗殺任務を請け負わせてはいない。あまり不穏な事件が頻発すればシズが疑われるリスクが高くなる、と(至高の御方)が判断しているので。

 

        

 

 魔獣の襲来は実際に目にしなければ生徒達も引率者も簡単には動かない。変に喚いても徒労なだけだ。

 だからといって暢気に待っている事も出来ない。

 最低限度の警備体制を指示し、待つ以外に出来る事は無い。特に()()()引率者風情であるシズには。

 誰に聞いてもここは安全です、と言われる。

 

「……分かりました。では、武器の用意をお願いできますか?」

 

 生徒の武器と言えば魔法を打ち出す杖と防御に使う盾くらいだ。

 中等部一年は野外合宿そのものが初体験である為に実戦はこれからだった。

 シズとしては生徒の安全を考慮する立場であるのだが、義務は無い。だからといって見殺しにする事も出来ない。

 彼らと共に文化を学ぶ上では現地に即した行動が求められる。

 

(不自由な探索も試練だと思えば……)

 

 全てに万全の体制で臨む事は高性能のシズ・デルタ型端末とはいえ不可能に近い。

 あえて可能たらしめる場合は強引な手法ばかりになってしまう。それは至高の御方の望むものではない。

 色々と考えつつ自分に出来る裁量を模索する。

 

        

 

 念のために多数の敵に対処するアイテムの試験運用を試みる事にする。

 それと最奥に迫りつつある()()()()に関しては天からの一撃を要請しているが、過度の破壊は望まない。

 異邦人たる自分達がどこまで現地に配慮できるのか、それもまた勉強の一環であった。

 事前に全てに対処してしまうと彼らが育たないし、新しい発見どころではなくなる。

 

 線引きの設定が難しい。

 

 事態を軽く試算しつつ持ち込んだアイテムを用意する。

 魔力(マナ)を通し易いホワイトミストーで造られた円形の盾。直径はシズの身長の半分ほど。

 特筆すべきは表面に小さな円形の触媒結晶がびっしりと張り巡らされている点だ。

 空気抵抗が存在するので速度のある使用方法には難があるが、防御には適した代物だと思う。――実戦使用は今回が初めてなので、実証試験も兼ねている。それに過度に敵陣に突っ込むような事をしなくていい。

 手元にあるアイテムを工夫する上ではまだまだ改善の余地があるが、それらは今は考えない事にする。

 それからこの盾は分解する事ができ、持ち運ぶ事を容易にしている。――組み立てに時間がかかるのが難点だが。

 

(……少しは活躍しないと立場も向上しにくいから)

 

 特に今のシズの立場は微妙である。

 正式な教師ではなく、高等部の学生と同レベルだ。

 一応、騎操士(ナイトランナー)の資格は持っている。しかし、自分の幻晶騎士(シルエットナイト)はまだ与えられていない。

 学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)には限りがあるので当分は教師モドキだ。

 

(このままでは充分に目立ってしまう……。さて、この先の行動方針のお伺いも忘れてはいけませんね)

 

 ()()()目立つのは良いが()()()目立ってはいけない。

 配分調整に関してシズは苦手としている。何分(なにぶん)、初めての試みなので。

 自分が最初となる事柄は何でも苦手だ。

 参考になるデータが無い行動に関して自動人形(オートマトン)(すこぶ)る役立たずであった。

 

        

 

 大きな丸い盾を装備したシズを目にして驚く生徒達をよそに警告の指示を飛ばす。

 訝しむ彼らの意見は鉄仮面のシズには通用しない。

 反論を無視して魔獣への対策や避難指示を次々と出していく。

 

「ここは小さな魔獣しか出ないんですよ」

「そんな浮ついた気持ちで演習をしていれば死ぬのは君だぞ。あと少しで森が騒ぎ出す。その時も同じ意見が言えたら大したものだ」

 

 取り付く島もないシズに唸る生徒。だが、他の教師達も事態が深刻であると思われていないし、そのような情報も無かった。

 

 この時は本当にそうだった。

 

 シズが姿を消して数分後に遠方から大きな音が聞こえ、監視任務についていた騎操士(ナイトランナー)が大急ぎで戻ってきた。

 決闘級魔獣までの群れが迫りつつある、という凶報を持って――

 (にわか)には信じられず、しばらく誰もが苦笑していた。

 

「小型魔獣、数十匹が群れで行動っ! 迎撃するか、避難誘導を!」

 

 魔獣が攻めて来る進路の先には野営している中等部の生徒達が――

 これから奥に向かう予定の上級生と真正面からぶつかってしまう形になる。

 事態の深刻さに気づいた者は杖を手に。それ以外は避難誘導や逃げ惑う者ばかり。

 少しずつ慌しくなってきたところで一部の生徒が声を張り上げて他の生徒達を導く。

 

「避難する人は馬車へ急げっ!」

魔獣の数は尚も増大っ! 避難を優先すべきです」

聞いたな! 幻晶騎士(シルエットナイト)を動員して盾にっ……

 

 と、指示を飛ばそうとした時、大きな地震のような振動が音と共に伝わってきた。

 何かが爆発したような、または何かが崩れ去るような――

 

「……何だ、今のは……」

「全員避難っ!」

 

 あちこちで大声が木霊する。

 そのすぐ後に小型の魔獣の群れが現れた。

 

        

 

 クロケの森に居るのは『風蜥蜴(スタッカートリザード)』と『剣牙猫(サーベルキャット)』という一般生徒と同じくらいの身の丈を持つ魔獣である。

 一般に知られている為、少数であれば対処は難しくない。

 しかし、今回は彼らの後ろから決闘級という幻晶騎士(シルエットナイト)一体分の力を持つ魔獣が現われた。しかも複数。

 全高三メートルほどあるこの魔獣は『棘頭猿(メイスヘッドオーガ)』と呼ばれている。

 額に小さな角を生やしているのが特徴だ。

 

「まだ充分に距離があるはずだ。慌てず移動しろ」

「いや、思っていた以上に移動速度が速い。迎撃準備を!

 

 あちこちから怒号が上がる。

 そんな慌てふためく彼らに混じっていくつかの生徒が魔法により避難誘導を(おこな)っていた。

 散らばる生徒を出さないように、且つ魔獣達から守るように。

 

「皆さん、馬車のほうへ行って下さい」

「さっき避難しろ、とか言っていたばかりじゃないか」

「でも、小型の魔獣は脚が早いから仕方ないわよ」

 

 中等部に上がりたての三人の生徒はそれぞれ冷静に対処していた。

 そんな彼らに追随するように杖を構える者。避難誘導する者が現れ、魔獣達から離れようと努力し始める。

 

「……そういや、鉄仮面の奴……。森の奥に行ったっきりだよな。俺達も加勢した方がいいんじゃないか?」

 

 少なくとも他の生徒よりも魔力(マナ)が多く、上級魔法(ハイ・スペル)も駆使できる。今の自分達は誰よりも強く、また様々な事に対処できる自信があった。

 

「そうですね。見慣れない装備を携えていたのも興味深いことですが……。彼女の能力が一般の教師程度では危険だと思いますし」

 

 紫がかった艶のある銀髪に少女のような可愛らしさを持つ少年『エルネスティ・エチェバルリア』は周りをざっと見渡す。

 既に多くの上級生たちが小型の魔獣を蹴散らしつつ避難を始めている。(じき)にやってくる決闘級とはさすがに分が悪いので、安全を考えれば撤退は適切な判断である。

 

「むっ!?」

 

 エルネスティは遠くの方で稲光が落ちるのに気がついた。

 もし、間違いでなければ使われたのは『雷轟嵐(サンダリングゲイル)』という上級魔法(ハイ・スペル)。しかも音から察するに、想像を超える規模のようだ。

 学園に通っていて自分達以外で上級魔法(ハイ・スペル)を扱えるのは騎操士(ナイトランナー)くらいだ。

 エルネスティ達は騎操士学園に入る前から魔法の鍛錬に勤しみ、上級魔法(ハイ・スペル)を習得するに至っている。しかも、彼らのような者は他に見当たらないほど稀有な事例であった。それに魔力(マナ)は鍛えなければ増えない代物でもあるので、単なる天才だけで上級魔法(ハイ・スペル)を使用するのは考えられない。

 騎操士(ナイトランナー)の資格を持つほどであるならば逆に納得できてしまう。しかし、それでも上級魔法(ハイ・スペル)は破格の魔法ゆえに消費される魔力(マナ)は尋常ではない。鍛えていない人間であればすぐに魔力(マナ)切れを起こして立ち往生してしまう。

 

        

 

 襲ってくる魔獣を蹴散らしつつ人命救助の名目で奥へ進もうとした彼らの下に一人の上級生が駆けつけた。

 その人物は蜂蜜色の金髪と称される長い髪の毛を今は振り乱し、エルネスティ達の安否を気遣っていた。

 無事だと分かると心底安心したように長く息を吐いた。

 

「ステファニア先輩。ご無事でしたか」

「え、ええ。小型の魔獣の対処に手間取ってしまったけれど……。貴方達はどうなの? ……無事そうにしか見えないけれど……」

 

 ライヒアラ騎操士学園の生徒会長『ステファニア・セラーティ』は学園の有名人たちの無事に安堵しつつも彼らなら心配は無い、という思いも少しはあった。

 けれどもやはり心配だった。特に異母兄弟であるエルネスティの友人『アーキッド・オルター』と『アデルトルート・オルター』の事が。

 

「日頃の鍛錬のお陰で……」

「俺達が避難誘導しますから、先輩方は逃げてください」

「僕は鉄仮面……いえ、シズ先生の様子を見てきます」

「……あの人は厳密には教師という訳ではないけれど……。ついつい先生って敬称を付けてしまうわね」

 

 ステファニアは苦笑しつつ魔獣達から後退する事を選ぶ。しかし、他の生徒の安否が心配なので安易に退避ができない。

 生徒会長として最後まで残る所存だった。

 

「キッドとアディ。この場を任せても?」

「決闘級程度ならまだ全然余裕だぜ」

 

 普通の学生は決闘級の魔獣と戦ったりはしない。

 勝てる余裕があるのはエルネスティ達ぐらいだ。

 ケガ人の搬送と平行してアーキッド達は小型の魔獣を追い払い、エルネスティは深追いしない事を約束してシズの下に向かった。

 

 



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#007 師団級魔獣の消滅

 

 魔獣の群れに先行していた『シズ・デルタ』はまだ生きている魔獣の転送を依頼していた。

 不慣れな現地の魔法が思いのほか強力であった為に想定以上の被害を出してしまった。森が焼ける事態は(まぬか)れたものの、やり過ぎたことを反省する。

 種族別に数十体ずつ送った後は適度に威圧行為の魔法で追い払う。

 魔獣とはいえ現地で暮らしている生き物だ。人間を捕食するような目的でもない限りは穏便に済ませた方が都合がいい。それに彼らとて無闇に襲ってくる様子は見せなかった。――しいて言えば強大な敵から逃走している最中か。

 

(……しかし、触媒結晶を多く付けすぎたせいか、言い訳がしにくくなりましたね)

 

 多重中級魔法(ミドル・スペル)を実際に行使するのは今回が始めてのことだった。

 ある程度の予想はしていた。だからこそ学園で実演するのを躊躇った経緯がある。

 

 あまりにも悪目立ち過ぎるから。

 

 もし火属性であれば延焼によって二次災害が甚大になり、国からのお咎めが出ないほうがおかしいといえる。それと至高の御方には間違いなく叱られてしまう。

 風属性のみにしておくべきだったと脳内で魔法術式(スクリプト)を組み直しておく。

 簡易的に造った盾は先の攻撃でも無事ではあったが乱用は控えた方がいいと判断する。

 急造品は何かと脆いものだ。

 そうして悩んでいると後方から近付く気配を察知する。

 大きさから様子を見に来た学生だと判断し、軽く吐息を吐く。

 自動人形(オートマトン)の身ではあるが人間的な振る舞いが出来るので、欺瞞行為として苦笑や溜息も吐ける。

 

        

 

 大型魔獣は粗方追い払ったので学生が近寄っても大丈夫だと思うけれど、不測の事態が起きないように警戒は怠らない。――既に遠くで発生した問題は()()が始まっている頃だ。

 意識を遠くから近くへと変更し、やってきた学生を出迎える。

 

「これはシズ先生がお一人でやったのですか?」

 

 シズの周りに散乱している小型から大型までの魔獣の死体を見て驚く銀髪の少年。

 ある程度は排除しなければ数の暴力で押し潰されるので、討伐は必要最小限に留めた。だが、それでも一般人から見れば数十体以上の魔獣を一人の人間が討伐するのは異常かもしれない。

 

「少しでも生徒の避難をしやすくするためです。……それで君はお小言でも言いに来たのですか?」

「いえ、先生が無事か心配になって……」

 

 魔獣相手に全くの無表情であるシズに対し、銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』はやはり鉄仮面、と小さく呟いた。

 変な名称は当人に対して言うべきではないのは分かっているけれど、それでもやはり彼女は戦闘機械のような冷たさを感じる。

 それから上級魔法(ハイ・スペル)を使ったと予想していたが疲労の色が全く窺えないのが気になった。

 

「先生というのはよして下さい。君達と同じく学生身分ですから。……シズさんと」

「なんとなくシズ先生って言いたくなるんです。ええ、すみません。シズさんと……呼びます」

 

 思っている事を()()()()口に出してしまうエルネスティはそれでも構わず言葉を続けた。

 相手は未知の能力、または高位の魔法を扱える実力者。

 周りの様子で一目瞭然だ。

 装備している盾に視線を向ける。

 無数の触媒結晶を敷き詰めた単純な代物だが、潤沢な魔力(マナ)を持っていれば大規模な魔法の行使も決して不可能ではない。

 エルネスティは冷静に相手の実力を測っていた。しかし、すぐに意識を引き戻す。今は魔獣の群れから逃げるのか、撃退するのかが大事な問題だった。

 

「これ以上の進行は危険だと思います。……それともまだ進む気ですか?」

「粗方片付けましたし……。……ただ、向こうの様子が気になるので、ギリギリまで観察を続けたいと思っていたところです」

 

 冷静な対応は大規模な魔法を使った後とは思えない。

 正直に言えば一般人が上級魔法(ハイ・スペル)を使った後は少なからず疲労しているものだ。しかし、シズはその片鱗すら感じさせない。

 エルネスティとて数回程度であれば平然としていられる自信はある。それとは別に、シズの存在感に少したじろいでしまった。

 

        

 

 いつまでも無駄に会話している場合ではないと思い直し、辺りを警戒しつつ少しずつ現場から下がる事にした。

 シズが嫌がるかと思ったが、心配の眼差しを向けるエルネスティに呆れたのか、折れてくれた。

 

「……先行したままでは後々叱られてしまいますものね」

 

 そうして引き返しつつエルネスティは言葉をかける。

 ここまで他の誰かと一緒ではなかったのか、という事と決闘級魔獣をどうやって倒したのか、の二点だ。

 それ以上は思いつかなかったけれど――

 

「……それはつまり……どのような魔法で倒したのか、という詮索ですか?」

 

 眉根を寄せつつシズは言った。

 変に誤魔化すよりは直接的な質問の方が効果的かも、とエルネスティが思っていたら当たりだった。

 さすがの鉄仮面も僅かだが表情が崩れた。――少しだけ機嫌の悪い方に。

 

「雷撃の魔法を使っただけですよ。……想定より大規模になって驚きましたが……」

「では、上級魔法(ハイ・スペル)の『雷轟嵐(サンダリングゲイル)』ですか?」

 

 そう言うとシズは盾に顔を向け、そしてすぐにエルネスティに向け直す。

 

「……まあ、そうですね」

「なんですか、その歯に物が挟まったような言い方は。では、別の雷撃魔法なんですか?」

「……()()()雷撃魔法ですよ。少し数が多いだけの……」

 

 自慢するほど凄い魔法を使ったわけではない。

 複数の起動で規模が上級魔法(ハイ・スペル)っぽくなっただけだ。

 もう少し規模が大きければ間違いなく戦術級魔法(オーバード・スペル)と呼ばれてもおかしくない。

 

        

 

 興味がある事に対してエルネスティは遠慮が無い。それはそれでシズにとっては面倒な相手だと思わざるを得ない。

 こちらの都合にお構いなし、では後々厄介な存在として認識しなければならなくなる。

 出来れば学生に対して敵だと判断を下したくないけれど――

 僅かばかりの苦悩をよそに大勢の生徒達が居る場所まで退避した。

 ケガ人は多かったが、小型の魔獣はほぼ撃退できたという報告が入る。

 

「エル~、魔獣は粗方片付けたぜ」

 

 と、元気よく声を張り上げるのはアーキッドだった。側にアデルトルートの姿もあった。

 二人は特にケガらしい負傷は無く、エルは安心した。とはいえ、彼らは自分が鍛え上げたつわものなので小型どころか決闘級の魔獣にも引けをとらない実力があると自負している。しかし、何事にも例外はあるもの――

 無事でなによりとエルネスティは笑顔を向ける。

 

「向こうの魔獣もほぼ駆逐されていました。少しの間は安全が確保されたのではないかと」

「へー」

 

 と、アーキッドはエルネスティの側に居るシズに顔を向ける。

 学園では老齢のシズの娘として鉄仮面を継承した堅物だという噂があり、性格は冷酷で残忍。多くの生徒を鉄拳制裁した、などというものまであった。

 しかし、それが本当ならば何らかの処分や実際に被害者が居なくてはならないのだが、自分が知る限り、途中退学した者に覚えが無い。

 生徒会長であるステファニアが把握していない筈がないので、彼女が生徒の喪失を確認していないのであれば何も起きていない事になる。――さすがに揉み消しまでは想定していない。

 

「撃退と言っても一時的なものに過ぎません。皆さん、念のために避難して下さい」

「ケガ人や魔力(マナ)切れの生徒を優先的に」

 

 それぞれ他の生徒に声をかけていく。

 言い終わった後、シズは魔獣がやってきた方向に顔を向ける。

 後輩を守るのが上級生の責務ではあるのだが、設定された年齢で言えば教師と然程変わらない。それでもやはり責任ある大人として行動するべきであると判断した。

 

        

 

 魔力(マナ)に余裕のある生徒が前面に立ち、新たな脅威に対処する。

 第二陣の攻撃の手は――今のところ――無いが警戒しつつ情報を得ていく。

 遥か前方で起きた大きな音の正体も――

 ここより先には危険な魔獣の襲来を監視する砦があり、つい先ほど師団級魔獣によって破壊された。

 よって生徒は退避するべく行動せよ、と達しが来ていた。

 生徒達を襲ってきた魔獣達は師団級の脅威から逃げてきただけで、逃げる方向に()()()()人間が居たので敵だと思って攻撃した、と考えるのが自然だ。

 お互いがやむを得ずの戦闘ならば致し方ない。

 

「その師団級は先ほど消滅しました」

 

 報告に来た新たな伝令役の情報は不可解なものだった。

 聞こえていた生徒達の頭上にそれぞれ疑問符が浮かぶ。

 その師団級は全高だけで五十メートル。全長に至っては百メートルにも昇る巨体を持つ超がつく大型魔獣、という情報だった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)百機程度と同等の実力を持ついわれる魔獣が忽然と消滅するわけがない。

 どういう事なのかは情報収集中だが、消えたのは確からしい、と何度も言っていた。

 

「……ただ、その師団級が消えたのと同時期に妙な魔獣が居座っているとのこと。大きさは十メートルほど。決闘級程度と思われますが……。詳しい情報はまだ……」

 

 現場が騒然となるなか、シズは学生達の無事を確認していく。遠くの魔獣など何の興味も無いという風に――

 

        

 

 小型の魔獣の襲来が落ち着く頃、破壊されたという『バルゲリー砦』を目指して向かっていた無数の幻晶騎士(シルエットナイト)達も謎の魔獣に警戒していた。その中には学生を警護する予定だったサロドレア型も含まれている。

 先行するのは白い幻晶騎士(シルエットナイト)『アールカンバー』と赤い幻晶騎士(シルエットナイト)『グゥエール』だ。他に三機が追随している。残りは学生の下に残って警備を継続している。

 

「チラっと見たが……。あの師団級の魔獣が忽然と消えるのかね?」

 

 グゥエールを操縦するのは『ディートリヒ・クーニッツ』という血気盛んな若者であった。

 剣を主体に戦う騎操士(ナイトランナー)で、事あるごとに愚痴を言う。リーダーであるエドガーはいつも彼の言動に頭を痛めていた。それを諌める形で後方から声をかけるのは『ヘルヴィ・オーバーリ』という女性騎操士(ナイトランナー)である。

 この三人はいつも一緒に居るメンバーでもあった。

 

「学生たちが大変な目に遭っていたのに、あんたはいつもと変わらないのね」

「私は騎操士(ナイトランナー)として行動しているだけだ」

「無駄口はよせ。先輩方に笑われるぞ」

 

 伝令管によって各幻晶騎士(シルエットナイト)どころか外に居る人間にまで騎操士(ナイトランナー)の話し声が伝わってしまう。だからこそ余計な愚痴で後で叱られる事態になりやすい。

 複数の密集形態により他の魔獣に警戒しつつ目的地に向かう。

 

        

 

 破壊された砦から学生達の居た方角に向かってすぐのところ――

 薙ぎ倒された大木や何らかの能力によって焼き払われたと思しき風景が広がっていた。

 爆心地のような場所に目的の魔獣が鎮座していた。

 大きな動きは無いが先行していた数機の幻晶騎士(シルエットナイト)が監視について、数刻が過ぎている。そのすぐ後でエドガー達が合流する。

 

「な、なんだありゃあ」

「大きさは決闘級……。しかし、この辺りでは見かけないタイプだな」

「……嫌に不気味な姿をしているわね。毛が生えた黒い玉みたい」

 

 もし夜間であれば見辛くて正体を掴む事が難しいに違いない。

 それは全高十メートルほどの黒い玉。天辺には無数の触手が生えていて、今は全て垂れ下がっている状態になっていた。

 形としては球形。

 それが先ほどまで師団級が居た場所に大人しく居座っている。

 いや、目撃者の話しでは空より降ってきて師団級を打ちのめし、その後でどういうわけか師団級が姿を消すことになった。――などなど、情報が錯綜していた。

 

「あの大きさで食べた、というのは些か無理がある。何せ……」

 

 と、伝令管でヘルヴィ達に情報が伝わってくるのだが、どれも信じがたいの一言に尽きる。

 その消えた師団級は『陸皇亀(ベヘモス)』という。

 強固な外皮と口から強烈な竜巻の吐息(ブレス)を吐く。それと長い尻尾による一撃はいかに幻晶騎士(シルエットナイト)といえども食らえば一撃で粉砕されるほど。

 それがどういう理由で消えるというのだ、と各人が疑問を抱いた。

 

「すみませんが、あれが砦を破壊したのでしょうか?」

 

 エドガーはヤントゥネンから応援に駆けつけた守護騎士団に尋ねた。

 

「砦は陸皇亀(ベヘモス)によるものだ。あれは……全く情報が無い」

 

 砦から続く破壊の跡はどう見ても横幅十メートルを越えている。それと陸皇亀(ベヘモス)が歩いたと思われる足跡も巨大な穴となって見えていた。

 どのような理由で陸皇亀(ベヘモス)が進軍してきたのかは分からないが、脅威の一つは去ったと見て間違いはない。しかし、新たな脅威により警戒が解けないのももどかしい。

 攻撃すべきか、それとも様子見で自然と去ってもらうのを待つか。

 相手に動きが無い内に補給や武器の調達を指示していく。

 

        

 

 動かないから安全とは言えない。それは陸皇亀(ベヘモス)の進軍方向には学生達と大都市ヤントゥネンがあるからだ。

 黒い玉の魔獣が動き出して、都市を目指さないとも限らない。

 

「大きさ的に決闘級であるならば一斉攻撃で撃退したほうが早くはないか?」

 

 ディートリヒの意見にヘルヴィも賛成した。しかし、慎重を期すエドガーは情報収集を優先すべきとの立場であり、異見を言った。

 無謀に突っ込んで得体の知れない能力を発揮されてはたまらないので。

 守護騎士団にいい所を見せようなどとふざけた考えは持っていない。

 

「ならば私が一番手を勤めて相手の実力を確かめてやろう。それからでも遅くはあるまい。数は一。他にも居れば撤退も視野に入れればいい」

「……しかし。あれはどうみても普通の魔獣とは思えない」

 

 魔獣というのは獣の姿が基本だ。それなのに黒い玉の魔獣はエドガーの知識にある生物のどれとも違う形だ。――それに――近い生物を先ほどから探しているのだが全く思い浮かばない。それほど奇怪な姿をしていた。――せめて全身が棘だらけであれば、と。

 天辺に無数の触手。足は五本。手のようなものは見当たらず。それどころか首らしきものも見当たらないので、何処が顔なのか全く分からない。

 どのように動き、どれほど強いのか全く不明。

 

「では、ディー。回り込んで横から魔法を一発当ててみてくれ。他の者は防御陣形で待機」

「はっ!」

「了解だ」

 

 エドガーの号令で幻晶騎士(シルエットナイト)達が動き出す。

 大きな歩行音が届いて居る筈だが相手に動きは見られない。死んでいるとも思えないが、エドガーは注意深く観察する。

 ディートリヒが定位置についたのを確認してからエドガーは各幻晶騎士(シルエットナイト)に合図を送る。

 

「ヘルヴィ。逆サイドから君も法撃をしてみてくれ」

「了解。ディー! 同時に攻めるわよ」

「任せておけ」

 

 剣を主体にするとはいえグゥエールも魔法を放つ事が出来る。

 幻晶騎士(シルエットナイト)用の杖を構えてそれぞれ放つ予定の魔法は戦術級魔法(オーバード・スペル)の火球だ。

 これらの魔法は幻晶騎士(シルエットナイト)に組み込まれている魔導演算機(マギウスエンジン)の働きによるもので、騎操士(ナイトランナー)の負荷を軽減した上で大規模な魔法を扱えるようにしている。

 実際に騎操士(ナイトランナー)戦術級魔法(オーバード・スペル)を直に打ち出しているわけではない。もし、そうであるならば早々に魔力(マナ)切れを起こしていてもおかしくない状態に陥り易いからだ。

 魔法に必要な魔力(マナ)魔力転換炉(エーテルリアクタ)から供給されている。これが切れると幻晶騎士(シルエットナイト)は身動きが取れなくなる。

 

        

 

 それぞれの幻晶騎士(シルエットナイト)が謎の魔獣を取り囲むように、また距離を取って配置に着いて行く。

 類似の魔獣に出会わなかったので警戒しながら、且つ逃走経路を確保する。

 

「こちらの音に反応は無し」

「……今が昼間でよかった。夜間だったら気付かないぞ、アレには」

 

 体色はほぼ黒。

 鳴き声が無ければ足音などを頼りにするしかない。視認による発見はおそらく難しくなるとそれぞれ予想する。

 実際に目の前の魔獣がどのようにやってきたのか、()()()()()()者は誰も居ない。

 最初こそ天から降ってきたと言われていたが、空に怪しい影は見当たらない。

 師団級の体内から現われた、というのも些か突拍子も無い。それならば最低でも陸皇亀(ベヘモス)の死体とまでは言わないが、肉片などが散乱していないければおかしい。

 

「……各機、位置に付いたな。では、構え!

 

 エドガーの号令が轟き、幻晶騎士(シルエットナイト)達が杖を黒き魔獣に向ける。

 それから程なくそれぞれが魔法術式(スクリプト)を構築していく。

 

「……反応無し。では、このまま……。放てぇ~!

 

 学生の幻晶騎士(シルエットナイト)を含めた総勢十五機による一斉法撃が始まる。

 狙い違わず、魔獣に打ち込まれる。

 

「よし、当たった」

「……相手に動き無し」

 

 即座に情報が伝令管を伝って各機に伝えられる。

 並みの決闘級であれば今の法撃でも充分に傷を与えられる。――本来ならば。

 法撃が止んだ後で様子を見てみれば全く微動だにしない黒い玉が鎮座していた。

 何らかの動きでも見せればどのような対処をすべきか分かるのだが――

 

「おいおい。今の攻撃は無駄だっていうのかよ」

「仮に死んでいるとしても形くらいは変わっていないと……」

 

 ならば、と杖から剣へと替えたグゥエールが一歩前に出る。

 斬撃か刺突で相手の出方を窺うことをリーダーのエドガーは許可した。どの道、不可解な魔獣には退場してもらわないと不安を取り除けたとは言えない。

 

「充分に気をつけろよ」

「ああ、言われなくても。他の奴は新たな魔獣に注意していろよ」

「了解」

 

 赤い幻晶騎士(シルエットナイト)は剣を構え、勢いをつけて突進する。

 触手の長さは目算だが、伸縮自在であることも考慮しつつ一撃を見舞う。

 近くまで来たのに全く動かない。それどころか近付くほどに不気味な姿がよく見えてしまう。

 表面はつるりとしたものではなく、何らかの凹凸がたくさんあり、それは棘の様には見えないが、他の言葉では例えようもないもの、としか言えなかった。

 五本の太い脚がまた気持ち悪さを物語っている。

 四足歩行獣が多い中、全く異質な生物はとにかく気持ち悪いの一言に尽きる。

 

 ガンっ!

 

 頭頂部附近に剣が当たったのだが、物凄い硬度であることが幻晶騎士(シルエットナイト)を通じて伝わってきた。

 続いて刺突にも挑戦する。

 全く刺さらない。

 軟らかそうな触手にも太い脚にも攻撃を仕掛けてみたが全て無駄に終わった。

 

「な、なんだこいつは……。全身のあらゆる部分が硬いのか……」

 

 ガンガンガン、と斬ったり突いたりしながら一周する。

 特徴的な部分でもあるのかと探してみるものの球体の身体のどこにも顔らしきものは見当たらない。

 

「ディートリヒ。一旦下がれ」

「あ、ああ……」

 

 グゥエールが下がった後、もう一度魔法を叩き込む。――結果は先と同様だった。

 

「……まさか『身体強化(フィジカルブースト)』!?」

 

 決闘級以上の上級魔法(ハイ・スペル)ともなれば常人の想像を超える強度となる。それを踏まえれば幻晶騎士(シルエットナイト)の攻撃を防いでもおかしくはない。――そうなのだが、魔力(マナ)があってこそ、無敵を保つ事が出来る。

 通常であれば長期戦を想定し、魔力(マナ)切れを誘発させて殲滅戦に移行する。

 それをするほどの価値があるのかはエドガーには判断つかない。それは目の前の魔獣が本当に脅威なのか分からない為だ。

 砦を壊したわけでも生徒に危害を加えたわけでもない。だからといって無視は出来ない。

 

        

 

 一向に動かない魔獣をよそにヤントゥネン守護騎士団が対陸皇亀(ベヘモス)用に運ばせていた兵器を試そうと進言してきた。それに対してライヒアラ側に拒否する理由は無かった。

 

「とにかく、このまま放置は出来ない。君たち学生は下がっていたまえ」

「了解です。お気を付けを」

「ああ」

 

 新たに応援に駆けつけた幻晶騎士(シルエットナイト)『カルダトア』四機を使って運んできたのは『対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)』と呼ばれる巨大な金属の塊を杭にした攻撃兵器。

 動きの鈍い大型魔獣が身体強化(フィジカルブースト)で防御を固めていても貫通させるほどの威力がある。

 それを持って黒い魔獣に近付く。

 

        

 

 敵が近付いているのに魔獣は全く反応しない。やはり死んでいるのか、と誰もが思うが、念のために一撃を見舞って判断しようと騎士団のリーダー機『ソルドウォート』を操縦する騎士団長『フィリップ・ハルハーゲン』は命令を下す。

 四機の幻晶騎士(シルエットナイト)がそれぞれタイミングを合わせて大型兵器を黒い魔獣に叩き込む。

 ただぶつけるだけの代物ではなく、その後で空気圧を利用して杭を打ち込む。

 

 ガゴンっ!

 

 打ち込みの後で周りに地震による揺れに似た衝撃が伝わる。それだけ対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)の威力が強く、また影響力を備えている証拠だ。

 剣や魔法ではびくともしなかった黒い玉は今度は吹き飛ばされるように転がった。――しかし、体皮を貫くには至っていない。

 

「……なんだと」

「今の攻撃にも耐えるとは……」

 

 歴戦の騎士団達も驚愕していた。

 貫けなくとも傷ぐらいは与えられると思っていたのに見えている限りでは無傷――

 師団級ではなく決闘級程度に通じないのはおかしいと口々に驚きの声が漏れる。

 更に驚くのはこれからだった。

 転がされた黒い魔獣は触手を動かし、元の体勢へと戻った。それはつまり生きている証拠だ。

 

「……動いた」

「なんなんだ、あの魔獣は……」

 

 もう一度、対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)で突くように命令を下す。しかし、今度は今まで黙っていた魔獣が走り寄ってくる幻晶騎士(シルエットナイト)の脚を払うように触手を動かした。――ただ問題はその攻撃が騎操士(ナイトランナー)達の動体視力を持ってしても捉えられない速度で(おこな)われた事だ。

 前方に居た二機の幻晶騎士(シルエットナイト)は急に倒れこみ、行動不能に陥った。

 乗っている者の感覚からすれば、両足が粉砕された事に気づくのが遅れたほど――

 急に倒れこむ事になって慌て始める。それほど意外だった。

 

「……な、何が起きた!?」

「脚が粉砕されたようです」

 

 別方向に居た騎操士(ナイトランナー)が報告する。

 信じられないといった驚愕を持って機体を確認すれば、確かに両足部分が断ち切られたように地面に転がっていた。

 斬られた、というよりは乱暴に破壊された感じだ。それなのに機体は大して揺れなかったので信じられなかった。

 

        

 

 今まで大人しくしていた黒い魔獣が太い五本の足を使って倒れこむ二機の幻晶騎士(シルエットナイト)に近付く。――触手を少し動かしていたが攻撃はしてこなかった。

 中に居た騎操士(ナイトランナー)は這って逃走する事を早々に諦め、機体を捨てる事にした。

 機体から降りた騎操士(ナイトランナー)に対して、魔獣は特に行動を起こさなかった。

 

「クソ」

「後退せよ! 一時退却っ!」

 

 フィリップの命令によって魔獣から離れる事を決断する。

 思いのほか触手は素早く、また強い力を持っている事が分かった。それと現行の武器では傷をつけることも困難である、と――

 離れて様子を見ていたヘルヴィは魔獣の動きがとても気持ち悪く感じた。

 通常の動物とは明らかに違うし、動きも全く予測できない。――より正確には視認できないものとなると、言葉も無い。

 ただただ『なんなのあれ』だ。

 操縦者が居なくなった幻晶騎士(シルエットナイト)を触手で突付いたり、器用に持ち上げたりする魔獣。

 自分で斬り飛ばした脚を運んで並べたりする。

 破壊活動をするのかと危惧したが、直そうとでもしているかのような振る舞いには驚いた。

 少なくとも見た目を除けば何らかの知性ある生き物ともいえる。

 

「ど、どうします?」

「分からん。……だが、あんなのが都市に侵攻してきてはたまらん」

 

 かといって迎撃できる武器があるのか不明だ。

 剣も魔法も対師団級の兵器すら通用しない魔獣など聞いた事が無い。

 いとも簡単に幻晶騎士(シルエットナイト)を破壊せしめる触手の力は本物だ。迂闊に攻めて怒らせては甚大な被害が発生するかもしれない。

 

「囮を一機残して後は退却するしかあるまい。今のアレに対抗できる手段は無いかもしれない」

 

 それと森の中に帰したとしても再侵攻されればまた幻晶騎士(シルエットナイト)を失う事になるし、二度目の囮が通用しなかった場合も考えなければならない。

 現状では一時的にせよ、撤退してもらうしかないのであればやるしかない。フィリップは覚悟を決める事にした。

 

 



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#008 黒い仔山羊

 

 大都市ヤントゥネンを防衛していた守護騎士団の団長機『ソルドウォート』を操る騎操士(ナイトランナー)『フィリップ・ハルハーゲン』は剣を構えつつ、残りの部下達を下がらせる。――学生機の護衛も命令しておく。

 未知の魔獣に対し、勝てるかどうかは問題ではなく、多くの被害を出さない事が最優先事項だ。その中には都市の防衛も含まれている。しかし、現行の武器が通じないのであれば気を逸らせるしか方法が今は思いつかない。

 先ほどまで動かなかった理由は分からないが、一度活動したからには後戻りは出来ないと覚悟する。

 

(眠れる魔獣を起こしたツケか……。いや、遅かれ……あれは活動していただろう)

 

 軽く息を吐いて気合を入れる。

 壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)の側から未だに離れていないが、どういうつもりなのか。

 魔獣の気持ちなど考えたことはないが、よく見れば無闇に攻撃を仕掛ける仕草は確認出来ない。

 知性が高いとしても得体の知れない姿が恐れを抱かせる。

 

(……逃げる人間を襲わなかったのは……。いや、余計な事は考えるべきではないか……)

 

 ゆっくりと回り込むように移動し、魔獣の進行方向を学生から砦へと変えようと試みる。だが、黒くて丸い魔獣の目がどこにあるのか分からないので自分の誘導が果たして有効なのか疑問である。

 それに――見ている限りにおいての感想を述べるならば――()()はあまりにも生物として異質であった。

 

        

 

 離れた位置で待機していた『エドガー・C・ブランシュ』と『ディートリヒ・クーニッツ』、『ヘルヴィ・オーバーリ』も下がりつつ団長機の安否を気遣う。

 本来ならば背後から援護したいところだが、魔法が通用しない。武器による攻撃も通じなかった。その上で更に攻勢をかけることは無駄――または無謀とも言えた。

 

「ディートリヒ。お前の手ごたえから、あれはどの程度だった?」

「相当だったね。軟らかそうな触手すら鋼鉄にぶち当てたような手ごたえだったさ。……なのに動いている姿を見ると柔軟そうで信じられない」

「……どこを向いているのか分からない姿なのに器用に動いているところも不気味ね」

 

 単なる球形ではない。それなのにあの魔獣は何を頼りに相手の位置が分かるのか。

 触手だとしても最初の攻撃を防げた筈だ。

 ――攻撃されるまで寝ていた、というのは些か考えられない。

 

「穴でも掘って落としてみるか?」

 

 ディートリヒは冗談のつもりで言った。

 エドガーとヘルヴィはいい案だと思いはしたが、器用な触手の存在があるので成功率はそれほど高くはならないと感じた。それに触手の長さは魔獣の身長ほど。更に伸縮性に優れている場合も加味すれば、相当深く、また脆い地盤にでも落とさなければならない。

 少なくともこの辺りの地盤は幻晶騎士(シルエットナイト)が移動しても安全だと言われるくらいしっかりした強固なものだ。

 それと幻晶騎士(シルエットナイト)用のシャベルは持ってきていない。

 三人が相談している合間に移動を終えたソルドウォートが黒い魔獣に魔法をお見舞いする。

 

「こっちだ、化け物っ!」

 

 触手で防ぐと思っていたが無防備に当たったのでフィリップは驚いた。

 それと声をかけたにも関わらず、魔獣は現場から動かない。

 目が何処にあるのか分からないので、振り返る事があるのか疑問に思った。――振り返られても正面とは限らないが――

 

        

 

 魔獣の興味が何であれ崩壊した砦へと移動させておかないと安心できない。

 かといって迂闊に近づいてもやられるだけ――

 複数の幻晶騎士(シルエットナイト)が取り付いて強引に移動できるのかと言えば、現実的ではないし、成功率も高くない。一度目は食らった攻撃を二度目は許さなかった。

 鉄壁の外皮に強烈な攻撃。遠距離攻撃してこないこと以外は師団級にも劣らない。

 そんな魔獣をどう退治すればいいのか。

 

「……どう対処すればいい……」

 

 フィリップは独り言を呟いた。

 誰か助言でもしてくれないかと思った上で声に出した。

 先ほど聞こえた話しでは穴を掘る、というものがあった。けれども、誘導できなかったので却下――

 いや、と――すぐに思い直す。

 出来ないならできるようにすればいい。

 その為には一人では無理だ。

 

「……動かない? なら……」

 

 天啓のようにアイデアが閃く。

 魔獣はどの道動かない。近づいて攻撃もできないのであれば無理して突撃しなくてもいい。

 また、動いてもいいように対処すればいい。

 

 魔獣の周りを穴だらけにすればいい。

 

 問題は作業している間に動くかどうか、だけ。

 今のところ壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)の側から離れないし、先ほどまで弄っていた触手も今は興味を無くしたのか、垂れ下がったまま動かなくなっていた。

 本当は回収したいところだが、この際、壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)は諦める事にする。

 少しでも――討伐出来ない魔獣に対する対抗策が出来るまでの時間稼ぎが出来ればいい。それがどれくらいの猶予になるか分からないが、少なくとも都市への被害を食い止めるのが目下の目的としなければ。

 

        

 

 フィリップはすぐに指示を飛ばした。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の剣は硬い地盤を掘削することにはあまり適していない。それと魔獣退治が専門なので一定以上の掘削に動きが対応できるのか不安があった。

 魔法で吹き飛ばすのは効率的とは言えない。

 

「学生の諸君も手伝ってくれるか?」

「もちろんです」

「その前に補給を受けられる体制にしてもらった方が……」

 

 と、様々な意見が飛び交う。

 本当ならば一刻も早い作業が必要だが現場に足りないものが多すぎた。

 フィリップは実現可能であれば何でも許可した。

 その間、エドガー達学生には一旦下がってもらい、応援要請を依頼しておく。――いくら手が足りないからといって学生を危険に晒したままでは騎士団としてもばつが悪い。

 白と赤と他のサロドレア達が居なくなった後、手持ちの装備でどれくらいの事が出来るか部下に命令する。

 運がいい事に魔獣はほぼ現場から移動しない。遠距離攻撃に関しても意に介していない。それはそれで好都合と判断した。

 優先的に都市部への道を塞ぐように掘り進め、余裕があれば丸く囲みたい。

 ――問題は目の前の黒い魔獣がどの程度の動きを見せるか、だ。

 触手を利用して飛ぶなんて事は想像したくないが、気に留めておくことにする。

 

        

 

 撤退しているエドガー達も自分達で手伝える事が無かったかと反省の意味を込めて議論を交わしていた。

 それぞれの伝令管から諦めやアイデアが飛び交う。

 

「集中放火するだけの魔力(マナ)が我々にあると思うか?」

「有効な手だけど……。動いた今は近づくことも出来ない。あの触手が厄介だよな」

「ここは無難に応援を呼ぶことね。悔しいけど、今の私達にはどうすることもできないわ」

 

 道具も十全に揃っていない。

 そもそも大量の魔獣に対処する予定に無かった。更に師団級の存在は学生たちにとって寝耳に水であった。

 

「クロケの森が想定以上の危険な場所だと誰も予想できなかった。あと、我々は無事だ。無謀に突っ込んでやられては避難している学生たちにより不安を与えてしまう」

「……クソっ!」

 

 剣を当てただけで逃げ帰る事になったディートリヒは操作盤に拳を叩きつける。

 相手の頑丈さを考慮しても自分に出来る事がないと知った上で悔しいと思った。

 手持ちの武器も魔法も通じない。誘導も無駄。逃げ帰るしか出来ないのはとても歯がゆい問題だった。――だが、確かに無謀に戦って鉄くずに変えられては騎士の名折れ。

 ここは敵の情報を持ち帰れるだけマシだと思わなければならない。

 

(だいたい攻城兵器にもビクともしない魔獣だって誰が想像できる?)

(流石のディートリヒも彼我の戦力……。いや、実力差を思い知ったか……。だが、我々の被害は殆ど無い。それくらいは幸運と思わなければ)

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)を容易に破壊せしめる謎の魔獣――

 一体だけで多くの騎操士(ナイトランナー)達を驚愕させた。――であれば複数だったらどうなっていたか。

 本当に一体だけか、とエドガーは疑問を覚える。

 目撃例がたまたま一体だけで他にも居る可能性がある。その場合はどう対処すればいいのか。

 剣も魔法も通じない魔獣――

 エドガーは何度も呟きつつ対処方法を思案する。

 

        

 

 それから数刻が過ぎ、エドガー達は避難を始めていた学生たちの下にまで無事に帰る事が出来た。しかし、騎操士(ナイトランナー)の顔は総じて浮かないものだった。

 小型の魔獣から決闘級までの脅威は排除できた、という報告で少し表情が軟らかくなったが事態が好転したのはここだけだ。

 

「謎の魔獣……ですか?」

 

 エドガー達は現場に待機していた教職員に説明を始める。

 多くの魔獣を追い払ったとはいえ、このまま野外合宿を続けるのか、それとも念のために中止するのか、その判断に迫られていた。

 

「決闘級規模なのに太刀打ちできなかった。早く応援を呼びたいところなのですが……」

 

 学生たちに出来る事は避難以外何も無い。

 戦力として参加する事はもちろん許可できるわけがない。――あくまで自衛の範囲内だ。

 

「学生達は避難した方がいいと思います。……このまま都市部に侵攻されては困りますが……」

幻晶騎士(シルエットナイト)でも歯が立たない魔獣……。(にわか)には信じられませんね」

 

 彼らが相談しているところに銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』達が駆けつける。

 避難誘導を終えた報告にやって来た。

 

「軽傷者が多数出た程度です」

「分かった」

 

 彼らの後からゆっくりとした足取りで能面のような冷たさを感じさせる『シズ・デルタ』がやってきた。――彼女を苦手とする者達は知らず知らずの内に一歩後ずさる。

 特段、彼女は激高したり、怒鳴り散らしたり、チクチクと小言を言ったりはしないのだが、そう感じさせるオーラのようなものを発散させているようで、エドガー達のような騎操士(ナイトランナー)でもないかぎり、その緊張感だけで息苦しさを感じてしまう。

 先ほどまで得体の知れない魔獣と戦ってきたエドガーから見ればシズを恐れる者達の気持ちが理解出来ない。

 

「……状況は?」

 

 静かな物腰で尋ねるシズに他の教職員は言葉を詰まらせる。

 その様子を見て少し呆れたエドガーが説明を代弁する。

 

「得体の知れない魔獣……ですか?」

 

 疑問を口にしたのはエルネスティだった。

 伝え聞いていた魔獣のどれとも特徴が合わず、直接見てみないことには判断出来そうにない形状というのが興味を引いた。

 ――ただ『毛の生えた黒い玉』という表現が何とも嫌な予感を感じさせる。

 一緒に来ていた『アーキッド・オルター』と『アデルトルート・オルター』と生徒会長『ステファニア・セラーティ』の三人がそれぞれ連呼していく。

 何やら魔獣とは()()()()()の不穏な単語のように感じられたエルネスティは軽く咳払いして現場の空気を払拭しようと試みた。

 

「……形はどうあれ、幻晶騎士(シルエットナイト)の武器と魔法が通じないところがなんとも……」

「攻城兵器では吹き飛ばせたんだろう?」

「ああ。だが、二度目は許さなかったようで、あっさりと幻晶騎士(シルエットナイト)が撃破された。どうやって攻略すべきか我々……今も相対している守護騎士団達が頭を悩ませているところだ」

 

 大きさは決闘級。外皮や触手、足も強固。

 その上でエルネスティは思案してみたが、結局のところは実際に戦わないことには判断が付きそうになかった。

 敵の動きを観察して攻略方法を練るのも戦略の一つ。

 

        

 

 エルネスティにとって今の状況は波瀾に満ちた血脇肉躍る()()()()のように思えて仕方がない。

 戦闘に参加は出来なくともどうにかして現場を観察したかった。――だが、自分は中等部一年。魔獣と戦いに来たのではなく野外活動の単なる実習だ。

 テントの張り方や仲間内で相談しながら料理を作ったり――、早い話しが遠足に近い。

 この『クロケの森』は小型の魔獣が発生するだけで、実際には『魔獣が存在している』という緊張感を持って行動するのが主な目的だ。

 

「僕達に現場を見せて、と言ったら駄目ですよね?」

「多少の安全性はあるかもしれないが……、学生のお前たちを興味だけで向かわせるのは得策ではない」

「私も……。本来ならば君達に見せるくらいわけない、とか言いそうだが……。あれはなんか……、言葉では言い表せない恐ろしさがあった」

 

 腕を組んだディートリヒが言った。

 普段であれば血気盛んな若者らしく、興味本位の方が気持ちでは勝るところだ。それが今回に限っては身の安全を優先している。

 それだけ危険を感じている証しでもある。

 

「ディーにしては珍しいわね」

「実際に目の前で見た印象としてもあれは……、得体が知れない」

 

 剣で突撃した時、魔獣が活動的であれば自分はあっさりと倒されていた。

 たった一振りの攻撃で幻晶騎士(シルエットナイト)が粉砕されたのだから弱いわけはない。

 見逃されたのか、それとも攻撃を攻撃とも思っていなかった――

 どの道、現行のままではなすすべが無いのは理解した。

 

「まずは非戦闘員に速やかに退避を命令してください」

 

 冷静なシズの言葉に怯えていた教師達が頷いて行動を開始した。

 逃げるにしても多くの生徒を残したままでは幻晶騎士(シルエットナイト)や騎士団も戦いにくい筈だ。――冷静なシズの存在はエドガーにとってありがたいと思った。

 

「シズ先生。遠くからなら観察できると思いますが……。貴女の意見を聞きたい」

 

 そうエドガーからの言葉に最初に驚いたのは側に居たエルネスティ達だった。

 僕達も混ざりたいです、という無言の圧力がエドガーに向かったが彼は(ことごと)く無視した。

 知りたい気持ちは理解出来る。しかし、遊びではない。

 普通に考えれば中等部一年を危険な魔獣の群れに向かわせる事はエドガーには出来ない。それに自分達は彼ら学生の護衛任務についている身でもある。

 シズが許されるのは騎操士(ナイトランナー)の資格を持っているからだ。

 

「……分かりました。……しかし、相対した貴方達が恐れるほどなのですね」

「どういう怖さかと聞かれると……、返答に困りますが……。普通じゃない事は分かりました」

 

 そうですか、と消え入りそうな声でシズは呟いた。

 現地の人間の反応にシズは正直に言えば反応に困った。

 嬉しいのか、恐ろしいのか。

 遠くに脅威があるならば人間として恐れるのは順当な反応と言える。しかし、そうだとしても――

 想定内の幻晶騎士(シルエットナイト)の強さでは何にも面白くない。

 相対的な問題なのかはシズにも分からないが、現地の人間にはもう少し頑張ってもらいたいと思った。

 ――いや、これ以上は彼らにとって酷となるのであれば致し方ない、のかもしれない。

 初手に最強格を投入したのは(至高)の判断ではあるが――それとも彼ら以外でならまだ何か見せてもらえるものなのか、と思考を切り替える。

 

        

 

 シズは周りに居る人間達の顔を丁寧に見定める。

 自分の興味を沸き立たせてくれる人材の有無――

 単独任務としては苦手の部類に当たるが、これもまた大事な任務だと思えば自ら判断して進まなければならない。

 至高の御方が望むのは端末に過ぎないシズ達の自主性――

 

(各々が勝手に行動をとるのは得策ではない筈だが……。御方が望むのであれば致し方ない)

 

 だが――それでもやはり気になってしまう。

 複数の命令系統がバラバラに散るような手段に陥る事はとても危険である、と。

 それとも至高の御方なりの考えがあって許しを与えているのか。

 どちらにせよ、端末如きには窺い知れない世界があるのかもしれない。

 

(いいえ。おそらく……これこそが重要な任務……。だからこそ我々は至高の御方達の糧となるべく働くのだ、と……)

 

 現場の仕事が重要なのではない。

 シズ・デルタの冒険する姿こそが最も重要である。――という仮説を設定する。

 事前に与えられた命令と矛盾する事は()()得策ではないと仮想シミュレーションでは警告している。

 であればいつなのだ、と疑問を投げかける。

 数分経っても応答は無い。つまりは()()が重要な疑問点である事の証明――

 思索は数秒に過ぎないがシズの体感時間では一時間。

 彼女の頭脳はいくつかの仮想的時間の流れが存在し、それぞれ平行して進んでいる。

 現地の時間と思索の時間はイコールではない。それと天上の世界とも違っている。

 

「何にしても私一人の判断よりは……、好奇心旺盛な学生の意見を織り交ぜることも時には得策かと愚考いたします」

「……つまり彼らも連れて行けと?」

幻晶騎士(シルエットナイト)の内部には余剰空間がありますから……。監視程度なら問題はないでしょう。……それとも戦闘に参加する予定でもありますか?」

「い、いえ。監視が主です。……しかし、連れて行けるのは……シズ先生のほかには二人くらいが望ましいかと」

 

 現場が逼迫している為か、エルネスティは先ほどから気になっていた事があった。

 

 シズ先生という呼称を彼女はどうして修正させないのか、と。

 

 細かいところが気になってしまったが、幻晶騎士(シルエットナイト)に乗せてもらえるかもしれないので些細な疑問点はさっさと脳内から追い出しましょう、と早々に結論を出した。

 冷徹だとの噂があるシズに対して考えをこの時は改めようかとエルネスティは思った。

 

        

 

 エルネスティの他に連れて行くと仮定した場合、ステファニアは好奇心旺盛ではない。アーキッドとアデルトルートはエルネスティが行くなら自分達も一緒、という考えを持っている。

 エドガー達の幻晶騎士(シルエットナイト)は三機。残りは道具の積み込みで余計な人材を乗せる余裕がない。

 

「私とエチェバルリア君……」

エル君は私と一緒がいいと思います! 小さいから」

 

 シズの発言を遮って手を挙げて元気よく発言したのはアデルトルートだった。

 その剣幕にエドガー達は一歩引いた。――シズは涼しい顔で受け流していた。

 

「いえ、ここはシズ先生と……シズさんと僕が一緒の方がいいと思います。……というよりアディがうるさいので勘弁してほしいです」

「エル君、ひど~い」

「……私は……どちらでも構いませんが……。アデルトルート君は随分と気持ちに余裕があるのですね」

 

 シズの冷徹な顔がアデルトルートを捉える。その様子を見ていたエルネスティは表情が乏しいだけで別段、怖い顔ではないように思えた。

 噂に尾ひれが付いているだけ――

 しかしながら、近くで見るシズは随分と整った顔をしている。それは見惚れるほど美形だから、というわけではなく――むしろ――

 

(……いえ、これ以上の詮索は流石に失礼でしょう。……しかし、表情筋とやらは動いているようですが……、言葉を発しない時は()()()()()()()()疑問を抱かせる顔をしていますよね)

 

 エルネスティにとって好ましいのかどうかは判断できないが、謎の多()()な人物という印象は受けた。

 

(そういえばオルター君ではないのですね。……二人も居ますから区別するためなのでしょうが……)

 

 教師や大人からは基本的に苗字に当たる家名――君付けで呼ばれる事が多い。

 エルネスティも普段から『エル』と愛称で呼ばれる事が多いので新鮮な気分にさせられる。

 

(君付けだと違和感を覚えてしまいますが……。大人の世界では気にならないものなのでしょうね。は~、僕ももっと背が高ければ……)

 

 小柄な体型のせいで幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦席に座っても足が届かない。それがエルネスティにとって一番の悩みだった。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦席の背後には備品を入れる空間が存在する。それをシズ達を乗せる空間を造り、整理する為に色々と外に出す作業に追われた。

 操縦は出来ないが内部に入ることを許されたエルネスティはとても喜んだ。

 

「教本でしか知りませんでしたが……。やはり足は届きそうにありませんね」

「補助装置を追加すればお前でも操れるさ」

 

 と、会話しつつ必要な物資を整えていく。

 シズはディートリヒの機体に乗せてもらうことになり、ヘルヴィ機(トランドオーケス)にはアーキッドとアデルトルートが乗る事になった。

 

「なんで私はエル君と一緒じゃ駄目なんですか~!」

「うるさいからだ。それにお前は調査を真面目にする気が無いように見える」

 

 というよりもエルネスティと一緒にしては浮かれて調査どころではなくなりそうだと判断した為だ。

 このエドガーの判断にアーキッドとエルネスティ本人も納得した。

 赤いサロドレア『グゥエール』に乗り込んだシズとディートリヒ。

 彼は物静かな女性を乗せるのが今回が初めての事なので少し緊張していた。

 

「シズ先生。俺の操縦は荒いですからしっかり掴まってて下さいよ」

「はい。……ところで、先生はよして下さい。どうも皆さんは私を先生と呼びたがるのですね」

「雰囲気が教師の……、先代と言いましたか……。あの人と似ているんで……」

 

 ライヒアラ騎操士学園に通いたての頃、今で言う老齢のシズの教えを受けた経験がエドガー達にはあるようで、その経験から今のシズにも先生と付けてしまうらしい。

 その話しを聞かされたシズは『なるほど』と小さく呟いた。

 

「……君達にとって彼女は良き教師でしたか?」

「堅物のクソババァだと最初は思いましたけどね。……すみません。娘さんの前で……」

「……いえ」

「でも、あの人は生徒全員の顔を見て話す人でした。それと優秀な生徒ばかりを優遇する教師達の中で、落ちこぼれにも差別無く接する姿は尊敬に値します」

 

 そんな事を言っている自分は人に誉められた人間には育ちませんでしたけどね、と苦笑交じりに続けた。

 シズの記憶にあるディートリヒという生徒は興味を示すほどの逸材ではなかった。

 ただ――、教師としての役職で彼らに授業を教えていただけだ。たったそれだけのことを成長した生徒は自分を――老齢のシズを敬っているという。

 成長する生き物の考えは基本的に――それほど理解することは出来ない。――それは彼らが死ぬ(定命)存在だからだ。

 ディートリヒの後頭部を眺めながらシズは成長する生き物の神秘性を脳内に留めてみる。それにもし価値があるのならば自分の仕事は――きっと有意義なものだったと言える。

 だが、基本的に彼らは無価値だ。

 至高の御方は人間の価値を見出そうとしているようだが、未だにそれはまだ理解出来ない。

 理解したいのか、と自問してもいずれ死ぬと分かっている生物だ。答えは明白な筈――

 

生憎(あいにく)と私には尊敬に値するかどうかが分からない。……君が慕っているのならば……、それを嬉しく思えばいいのかな?」

「どうなんでしょうか。親が子に似るとも限りませんし。他人の目から見た印象はきっと違うように見えたりするものです」

「……シズ・デルタはきっと……」

 

 誉められるのが好きな筈ですよ、と彼には聞こえないほどの声量でつぶやいた。――あと、クソババァとはどういうことなのでしょうか。それについて個人的に聞くべきなのか迷うところ――

 自分は端末に過ぎない。けれどもオリジナルから分裂を繰り返し、高性能化を成し遂げた一体だ。しかしながら大本の部分はオリジナルと同一で、曖昧な気持ちの部分ではきっと今の言葉を肯定する筈だ。

 多くのシズ・デルタ達は等しくオリジナルを敬い、また大元である存在のコピーである事を誇りに思っている。それらを手繰れば彼らの誉め言葉はそのままオリジナルまでのシズ・デルタ達にとって嬉しい事の筈だ。――問題があるとすれば誉める存在が敵である人間という一点のみ。

 オリジナルから引き継いだ設定に書かれている『敵』は覆せない。だからこそ彼らに心を完全に許す事はありえない。そのありえない事態が起きた時、自分はきっとこの星に捨てられてしまうか早々に廃棄処分だ。

 その時になるか、そういう状況がありえた場合、彼らと共に歩んでも構わない、という命令は受けている。

 

(それまではお互いが敵同士なんですよ、クーニッツ君……)

 

 背中を向ける相手を間違えたら命はあっという間に消えてしまうものなのです、と続けた。

 敵と言ってもすぐに殺しに発展するようなものではなく、派遣されているシズ・デルタに許されているのは現地調査だ。率先した敵性の排除は()()受けていない。

 

        

 

 ほんの数分の出来事から思索を現実に戻し、改めてディートリヒの背中を眺めるシズ・デルタ。

 小さい肉体が時を経て大きくなる過程は観察できないけれど、これが時の経過だとすれば自分の仕事は有意義だったのか、と自問してみた。いや、これは直接尋ねた方がもっと効率的かもしれない。だが、それは今の自分ではなく過去の自分の役目である事に気付き、仕事に思考を切り替える。

 

「改めて任務の確認をしましょう」

「了解です」

「第一は魔獣の確認。……正確には視認です。次は周りの確認」

「はい」

「戦闘行為は今回の合宿には含まれていません。小型の魔獣は殆ど追い払いました。ここまで、いいですね?」

 

 一つ一つの言葉に元気の良い返事をするディートリヒ。

 後ろから声をかけられているけれど無駄な事をシズは言わないので煩わしさを感じない。自然と身体が反応するようで不思議だった。

 

「逃走経路の確認は済みましたか?」

「それはこれからです。エドガー達と撤退するので手一杯だったもので……」

「伝令管ですぐに摺り合わせをしなさい。移動しながら……」

 

 少し厳しさのこもった声は老齢のシズと大差が無く、懐かしさを覚えた。だからこそ、彼女の指令にディートリヒは元気よく応え、幻晶騎士(シルエットナイト)を動かした。

 娘だからか、声質がほとんど一緒。そこが少し残念だな、と思ってしまった。

 

        

 

 ディートリヒから指示が飛んできた後、エドガーとヘルヴィもそれぞれ移動を開始しながら確認作業に務めた。

 急に元気な声を聞かせてくるディートリヒの事が少し気持ち悪いな、と思わないでもなかった。

 

「シズ先生を乗せているから張り切っているのか、あいつ」

「そうじゃない? 冷徹な女性が好きそうなタイプだもん。だから、無謀に粋がって突進しちゃう」

「……そこまで女性にいい所を見せるようなタイプじゃないだろう」

(だったらヘルヴィに対して何らかのアプローチがあったりするものだろうに……)

 

 と、エドガーは苦笑する。

 ここで後ろに乗せていたエルネスティから疑問を呈された。

 

「……どうしてシズ()()と呼ぶのかだって?」

「はい。シズさんはシズさんと呼ばれたいそうですよ。正式な教師じゃないからと……」

「雰囲気が似てるんだよ。……いや、あれはもはや同一人物と言ってもいいくらいだ。……だから、敬称をつけてしまうんだな。きっと、刷り込みだよ」

「そうね、刷り込みよね。あたしも呼びそうだわ」

 

 と、伝令管からヘルヴィが言ってきた。

 当然、これらの会話はグゥエールにも届いている。しかし、シズからは苦情は飛んでこない。

 

「おいおい、シズ先生は他の教師が嫌な顔をするから……。すみません、私もつい呼んでしまいます。えっとだな。たぶん、世間体だ。あまり連呼するとシズ……さんが困るぞ、きっと」

「なるほど。それも一理ありますね」

 

 伝令管のやり取りをしつつも顔は前方を向いている。

 気になる事は遠慮無しに伝えられるが、話題の殆どがシズの事ばかり。正確には老齢の方だ。

 エドガー達には余程印象深い人物だったのだな、とエルネスティ達は思った。それに好印象を受けている様子なので鉄仮面と呼ぶと怒られそうな気配を感じた。

 

        

 

 無駄話しを交えつつ魔獣の襲来が他にも無いか、周りへの警戒も怠らない。――特にディートリヒは背後にシズを乗せているので人一倍緊張していた。

 道中は捜査関係で小言などは言われなかったが、会話が急に途絶えた時は気になって仕方がなかった。

 簡易的な安全帯だけで身体を固定しているとはいえ、乱暴な運転になっていないか気にするのは自分らしくない気がした。

 そうしてエドガー達が目的地に到着する頃、地面を掘っている幻晶騎士(シルエットナイト)の姿が見えた。

 戦闘行為は今のところ起きていないようで安心した。それと黒い玉の魔獣を取り囲むような不思議な空間が出来上がっているのに驚く。

 エルネスティ達は幻晶騎士(シルエットナイト)の内部映像から目的の魔獣の姿を見て、それぞれ驚いたり、感心したりした。

 

(本当に黒い玉だ)

(……うわぁ、なんか気持ち悪い。上の方に生えている触手とか)

 

 それぞれ定位置につき、持参した道具を騎士団に提供する。それと連れて来た仲間に穴掘りを手伝わせる。

 今のところ謎の魔獣は壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)の側で大人しくしているようで、時折頭上の触手が動く程度。

 

「よく来てくれた。我々の会話で動くことはないようだが……、危険を感じたらすぐに撤退できるようにしてくれ」

「了解しました」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の中には外の風景を映し出す幻像投影機(ホロモニター)がある。それぞれ目標の魔獣を警戒しつつ分析を始める。

 

        

 

 シズを除けばほぼ全員が未知の化け物に対する知識を有していない。

 エルネスティは形状から近い生物を探してみたが、海洋生物に近い事以外は出てこなかった。

 

「海の生物ならばそれらしいものが見当たるのですが……」

「それには俺も同意見だ。だが……、あれには棘が無い」

「球形で硬いのですよね?」

「ディートリヒの感触ではそうらしい。実際、魔法も通用しないようだった」

 

 硬い球型というのは斬撃との相性が物凄く悪い。突きもおそらく通じないのでは、と予想するエルネスティ。

 完全につるりとした外皮ではないとしても、幻晶騎士(シルエットナイト)の攻撃にビクともしないのでは新しい武器でも造るしかない。

 甲殻類なら関節を狙うところだが、見たところ継ぎ目は無く、触手を狙う以外に有効打を与えられそうな箇所が見当たらない。――その触手も外皮と同程度の硬度があるという話しだった。

 

(正に鉄壁。決闘級の大きさという事で多人数で攻められない優位性もあるようですね)

 

 対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)でも傷一つ付けられない相手だ。魔法以外に活路を見出すのは難しい。

 どんな生物にも弱点があるはずだ、と考えてみたものの攻略方法はすぐには出せない。

 

「あんな魔獣……、見たことも聞いた事もないけど……。他にも居るのかな?」

幻晶騎士(シルエットナイト)をあっさり撃破するような奴が他にも居てたまるか」

 

 その撃破された幻晶騎士(シルエットナイト)は国の制式採用機『カルダトア』だ。性能面からも旧型のサロドレアより上――

 そのカルダトアが撃破されたのだから学生用の機体でどうにかすることなど無理に等しい。

 

        

 

 それぞれ困惑を滲ませる意見が飛び交うがシズは静かに聞き耳を立てるだけで口は挟まなかった。

 彼らが畏怖すればするほどかの魔獣に対する評価が上がるのだから止める理由がない。

 

(立場の問題もありますが……。指示通り、彼らに対して()()()()敵対行為はしていないようですね)

 

 それはそれとして事態を収拾する方法までは与えられていない。ここから自分はどう対処すればいいのか、シズは懸命に思考する。

 勇気ある若者が先陣を切るのか、それとも自分が行く事になるのか。

 仮に自分が勇者ならば正しく悪目立ちは確定してしまう。それは今後の予定を考えれば悪手としか言いようがない。

 

(……だが、困っている生徒達を導くのは教師の務め。そして、今は彼ら学生と同じ立場に居る)

 

 何が最適かはシズの中では決まっている。ただ、その優先順位に問題があった。

 どれを選んでもメリットとデメリットが発生する。――それ自体は必然のようなものだ。しかし、問題は解決へと向かえば向かうほど自分の首を絞めてしまう。

 早期撤退だけは避けなければならない。それ以外においては自己判断が許されているけれど、それでも単独先行になりがちな計画案の殆どは廃案にしなければ――至高のシズ・デルタはきっと不満を(あらわ)にする。

 

(人間に合わせる事がとても難しい任務になるとは……)

 

 人間と同じように溜息をつくシズ。

 こういう状況を突破するのは果たして自分か、それ以外かを模索する。

 

        

 

 黒い魔獣に与えられた命令は現場待機。近づく敵は()()()追い払う程度に留めよ、という簡単なもの。

 思いのほか幻晶騎士(シルエットナイト)が脆かったせいか、シズの目からは意気消沈して反省しているように見えた。

 多少の破壊は許可されているとはいえ、初めての仕事はミスをし易いものだ。それを挽回してこそ至高の御方に顔向けできるというもの――

 

 いつまでも黙っている魔獣というのは疑われやすいものでもある。

 

 シズは幻晶騎士(シルエットナイト)から出る事をディートリヒに伝え、出入り口をあけてもいいか、()()()尋ねた。

 

「……あるいは操縦でも代わってもらいたいですね」

「魔獣に近付く気ですか?」

「……そうすると周りが騒がしくなりますよね。あれ一体だけなら小さな標的はさすがに追わないでしょう」

 

 というよりは多くの幻晶騎士(シルエットナイト)の側に居る方が人間にとっては安全度が低い筈だ。標的が小さく、まばらに居た方がかえって安全ではないかと。

 ここに他の小型から決闘級の魔獣が現われたり、目の前の謎の魔獣が複数居ない事が前提となる。――その前提とて人間側の都合だが――

 無理の無いお願いに対してディートリヒは判断に迷っていた。――それは()()()()想定内だ。

 無謀な願望を提示することで無難な要求が通り易くなる。

 ここから起死回生の一手でも打てば充分に目立つ。それ以外で彼らが目立つ方法は何があるのかと色々と思索する。

 出来る手は少ないし、ディートリヒでは打倒まではいかない。

 実際に戦闘経験を経た彼は今以上の働きは期待できない。それはもちろん本人も自覚している。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦する、降りるの条件に対してディートリヒに言える事は危険な事はしないでください、だけだ。

 これがエルネスティ達ならば大人しく黙っていろ、と言いつけるところ――

 分別のつく大人であるシズだからこそ丁寧な対応となるのだが、伝令管によって話しを聞いていたエルネスティは羨ましいと呟いていた。――それとその言葉が他の幻晶騎士(シルエットナイト)にも伝わってしまった。

 ――おそらく聞こえるように言ったと思われるが本人はとぼけてみせる。

 

(……ならば彼に任せてみるのも良いかもしれません。……ですが、警戒レベルが随分と上がったこの状況……、果たしてどのような決着を見せるのか……)

 

 シズにとってどちらが敵か不明な状況――

 どちらが勝利を収めても納得しない。というよりはより困難な事になるだけだが――それでも、興味がある。

 

 人間の可能性が無限大である、という仮説の証明に――

 

 至高の御方が常に気にかけるのは人類である。亜人でも異形でもない。

 強い種族と弱い種族が居るのは仕方が無い事だが、それでも長い時を経た疑問のひとつは未解決だ。

 

(一つの文明を築き上げる人間という種の神秘性……。我々がその疑問点を解決する必要性が無いとはいえ……)

 

 浮かんだ疑問に対して『解答』が無ければならない。そして、それを求めるのはシズでなくてもいい。

 この自分の考えがもし性急であるのであれば自重(じちょう)しなければならない。

 

(泉に投げ込む小石と波紋の関係性……。ならば、ここは小石を選択する方がシズ・デルタらしいのでは?)

 

 一つの結論を導き出し、ディートリヒの肩を軽く叩く。

 エルネスティに意見を言わせる為に――

 

 



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#009 正攻法と奇計

 

 伝令管によって『シズ・デルタ』より『アールカンバー』内に居る銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』に意見を出すように通達する。

 突然の指名に『エドガー・C・ブランシュ』以下、彼の友人とエルネスティの友人達は驚きの声を上げた。

 物静かで無表情、無愛想な鉄仮面からの指名だ。彼女のことを知る者からすれば様々な憶測が飛び交うほどの意外性に富んでいた。

 

「……エチェバルリア君。この状況下で君が取る……、または取れそうな意見を言ってみて下さい。どんな荒唐無稽でも構いません」

「えっ!? 急に言われても……。ですが、折角のご指名に預かり、しばし思考する時間をいただけますか?」

 

 顔の見えないやり取りに対し、エルネスティは丁寧に対応し、シズも異論は言わなかった。

 

「時間は日が暮れるまで、とします。その間、急かしたりはしませんが……。向こうで作業している者達の安全が確保されている間にお願いしますよ」

「はい。必ずやご期待に沿えるよう努力致します」

 

 バカ丁寧な対応にエドガーと魔法攻撃に特化しているサロドレア『トランドオーケス』を操縦する『ヘルヴィ・オーバーリ』はつい吹き出した。

 エルネスティは口を尖らせるがシズは意に介さなかった。

 

        

 

 謎の魔獣の姿を確認した学生連中は一旦、幻晶騎士(シルエットナイト)から降りて森の中に避難する。

 そこで小さな会議室を作り上げて今後の対策を検討する。――シズはディートリヒの機体から降りなかった。

 エルネスティの邪魔をしたくない、という理由で。

 場が整ったところでエルネスティは『アーキッド・オルター』、『アデルトルート・オルター』の前でコホンと咳払いをする。

 

「……えー、いきなり結論から言えば……、実際に戦ってみないことには始まりません。……おそらく……」

ちょっと待った! えっ!? 議論は出さないのかよ」

「出さない、というよりは出ません、と言っているのですよ」

「……エル君にしては珍しい」

 

 と、アデルトルートが意外そうな顔をする。

 いつも突拍子もないアイデアを言う友人が何の策も講じれない、というので。

 エルネスティとて事前情報のない魔獣に対し、無謀に突っ込みたいとは思わない。

 聞いた範囲で分かった事は幻晶騎士(シルエットナイト)の物理攻撃と魔法をものともしない決闘級であること。

 それは今までの歴史において想定外――規格外の強敵である証拠だ。

 知識だけで魔獣は倒せない。だからこそ実際に戦ってみないことには新たな発見が望めない。その為にはどうしてもエルネスティ自身の手で感じ取るしかない。

 ――それが幻晶騎士(シルエットナイト)に乗る為の口実作りだとしても、だ。

 

「硬い球形の敵に対し、直線的な攻撃は与えにくいものです。対刃外皮(アンティブレード・ハードスキン)とでも名付けておきましょう」

 

 鋭い刃物の弱点は切れる部分の欠如――

 より鏡面然としていれば魔法も通用しにくい。――反射、または逸れやすくなる為だ。

 敵魔獣の外皮は分かっているだけで完全な球面ではなく、ある程度の凹凸がある。そこを狙う以外に突破口は無い、かもしれない。

 それとこうしてただ遠くから分析していても(らち)が明かないのも問題である。

 

「剣による攻撃が駄目なら魔法しかないじゃないか」

「……そうなんですよね。一度は当たった対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)がもたらした結果は魔獣を転がしたことくらい……」

 

 だからこそ今、ヤントゥネンから来た守護騎士団達が魔獣の周りに穴を掘って落とす、という原始的な作戦に勤しんでいる。

 倒せないのであれば動けなくする――または動き難くして時間を稼ぐ。

 エルネスティとしても悪い手とは思わなかった。

 

「……あと、問題なのは……」

 

 決闘級魔獣なのに打倒する手段が無いこと。

 師団級であれば魔力(マナ)切れを狙って、とまで思考が及んだ時、エルネスティは一つの可能性に気がついた。

 

「エドガー先輩」

 

 声を張り上げてアールカンバーに搭乗するエドガーに声をかける。

 外からの音声も伝令管によって伝わる仕組みになっている。だからこそ応答する事が出来る。――つまり機密性はそれほど高くない。

 

「どうしたエルネスティ」

「あの魔獣に魔法攻撃を繰り返して魔力(マナ)切れを狙う作戦は取らなかったのですか?」

「……うん。それに関してだが……。幻晶騎士(シルエットナイト)をあっさり打倒する魔獣を必要以上に刺激しない事に決めたんだそうだ。現行の戦力はあまりにも乏しい」

「……なるほど。単なる戦力不足が原因ですか」

 

 だが、それを責める事は出来ない。

 国が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)の数は多くなく、また学生の野外学習に回せる余裕もまた多くない。

 今回来てくれた大都市ヤントゥネンを守っていた守護騎士団とて回せる機体はせいぜい二十機が手一杯だ。

 それらを鑑みても今以上の戦力の要望はエルネスティのみならず、学生の領分を超えてしまう。それに騎士団はあくまで『バルゲリー砦』を破壊したのが師団級魔獣だからこそ来てくれたのだ。

 たかが決闘級相手に今以上の要望は――被害規模から見ても――却下されるのが目に見えている。

 

        

 

 とはいえ、エルネスティの作戦は有効である可能性が高いこともエドガーは認める。

 距離を取って遠距離から間断なく魔法を当てていけば魔獣がまとう『身体強化(フィジカルブースト)』に回されている魔力(マナ)を削れる筈だ。

 基本的に魔獣は体内に『結晶触媒』を持ち、それを用いて身体を強化する傾向にある。

 それが当たり前――または常識――の文化として『フレメヴィーラ王国』では根付いていた。

 その経験則から分析する以外に方法が無く、打倒予定の魔獣に対しても同様の予測を立てるしかない。

 

(その常識があの魔獣にも当てはまるのか……。僕には疑問なのですが……)

 

 疑問視する理由は学園が保有する資料の中で該当する魔獣が現われなかった事だ。

 より専門的な機関が所有する資料には載っているかもしれないけれど、それでも誰もが異質だと言っている相手なので、希望的観測はあまり期待しない方がいいとエルネスティは判断する。

 ――という話しを横で聞いていたシズは彼の賢さに何度か頷いた。しかし、それはあくまで教師としてのもの――

 

(教本に従うならばエチェバルリア君はとても優秀であるといえます。……しかし、それは()()()()()魔獣であれば……、という条件が付きます)

 

 (エルネスティ)の案はかの魔獣には何の意味も無い、と言えばどれだけの人間が絶望するのか――

 それはそれで興味がある、とシズは薄く口角を上げる。

 

(……とはいえ、あのモンスターを現行戦力でどう打倒しようとするのか……。それを見てから色々と判断する事にしましょう。教師として教え子の努力する姿を見るのも一興……)

 

 エルネスティに直接教えを説いた事は無いが、どんな生徒なのか今から確認する事にする。

 敵か味方か――

 どちらでも構わないけれど、将来の不安材料は今からでも選定しておくに越した事がない。

 

(……あるいは……)

 

 と、余計な思考に入りそうだったので急いで脳内から振り払い、状況を静観する事にしたシズは黙ってエルネスティの話しに聞き耳を立てる。

 最終判断を下すのは結局のところシズではない。いや、端末如きに判断できる案件ではない、が正しいか――

 

        

 

 作戦を立てても実行できる余裕が自分達には無く、ただただ目の前で(おこな)われている作業を見ているしか出来ないのはもどかしい限りだった。

 エルネスティの経験則では必要な人材が揃っている今が行動を開始する絶好の機会であるはずだった。

 

(イベントが起きるなら今。……なのですが……、あの魔獣は空気が読めないのでしょうか)

 

 仮に動いたとしても太刀打ちできなければ無駄に犠牲が増えるだけだが――

 それでも何かを期待してしまうのは(エルネスティ)にとっては悪いクセのようなもの。

 自分の知識にあるパターンでは側に控える幻晶騎士(シルエットナイト)が突如として逃げ出し、それを追いかけて乗っ取る計画までは夢想出来た。

 その後は力技で幻晶騎士(シルエットナイト)を動かし、魔獣を撃退して家路につく。

 その中で大事な事は魔獣討伐ではなく幻晶騎士(シルエットナイト)を自分で動かす事だ。

 無理なら撤退する。深追いしてまで倒したいとは思っていない。

 

(……という計画が実行できなければ数年間は学園生活を余儀なくされてしまいます。……安全志向ならそれでも構わないのですが……。やはり僕は幻晶騎士(シルエットナイト)()()乗りたい。いえ、早く操縦したいです)

 

 はやる気持ちも自身の低身長が仇となって結局は徒労であると認めざるを得ない。

 自分が満足に動かせる幻晶騎士(シルエットナイト)は無く、だからこそ自分で作ってしまえばいいと考えた。

 一つ一つ階段を昇りつつある状況で、自分はどうも我慢が足りないようだ。

 エルネスティは魔獣なんかどうでもいいから、どうすれば幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦できるのか、に思考が替わりつつあった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)を作っても――実際には――そのまますぐに操縦できるわけではない。

 まず最初に騎操士(ナイトランナー)にならなければならない。その為に学園で勉強している最中だった。

 楽して騎操士(ナイトランナー)になったり、幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦できるようなら誰も苦労はしない。

 

        

 

 唸るエルネスティにアーキッドとアデルトルートは友人が幻晶騎士(シルエットナイト)に対して様々な思いを抱いていることを感じ、苦笑する。

 人一倍幻晶騎士(シルエットナイト)に拘りを持つエルネスティは何をしでかすか分からない。だから、何が起きても不思議ではないと思っている。

 

(さすがのエルも鉄仮面が居る前では迂闊な事は出来ないと思うけどな)

(どうだろ。エル君なら野望の為なら手段を選ばないと思うけれど……)

 

 二人は互いに顔を見合わせて小声で相談事を始めた。

 緊張感いっぱいの現場で今、エルネスティに暴れられては後が怖い。

 

「武器による攻撃も魔法も駄目と来たら……」

「エル君。打つ手が無くなったよ~。どうするの? どうしたらいいの?」

 

 不安を滲ませるオルター弟妹(きょうだい)は頼りのエルネスティに救いを求めようと試みる。

 彼ならばどんな窮地も突破できると信じて。

 自分達に出来る事は彼に何らかの()()()()を与える事だ。

 

「……そうですね~。どうしたらいいんでしょうか。……いっそ話しかけてみますか? こちらに来ないで下さい、とか」

 

 常識に捉われない方法でなら活路が見出せる、事もあるかもしれない。

 やらないよりは何でも挑戦する方が建設的である。――しかしながら今回の相手は分が悪い。それは認めるしかない。

 

(……ですが、戦う前から敗北決定の雰囲気は打破しなければ……。僕達はまだ目の前の魔獣に対して何もしていません)

 

 相談だけでも突破口が見出せないなら、当たって砕ける事も必要な時がある。

 そう勢い込んでも現場を動かすには様々な材料が足りない。

 まず第一に自分達は学生である。

 第二に騎士団達に命令する権限を持っていない。

 第三は言うまでもなく、中等部一年の自分達が勝手な行動をすれば物凄く怒られてしまう。それはシズに、ではなく様々な人から、だ。

 

        

 

 唸るエルネスティの姿を幻像投影機(ホロモニター)から眺めていたシズはもちろん彼らの言葉も聞いていた。その中で彼が発した対話を模索する部分に頷いていた。

 討伐だけが解決策ではない。時には突飛なアイデアも有効となりうる。その点は褒めなければならない。

 

(……ですが、この世界の魔獣に言葉が通じるものは殆ど居ない、というのが常識となっています。それでも、ですかエチェバルリア君)

 

 打てる手が限られている場合はどんな方法も試みた方が建設的だ。だからこそ、彼の案を否定する事は出来ない。

 だが――ここまでだ。そうシズは結論を出そうとした。――その前に改めて確認しておきましょう、と付け加えて。

 周りを俯瞰すれば現状で彼らに出来る事は遠くで黙って事態の進展を見守ること。

 今はそれくらいしか出来ない。その均衡を破る事は無謀である。

 ――大人としてはその結論に至る。

 

(パラダイム・シフトを起こすほどであれば要警戒対象だが……。教師としてはそれを望まなければならない。……もう少し観察が必要でしょうか。それとも……)

 

 と、思考を続けていたシズはここで今以上の発展は望めないと判断する事にした。

 もうじき夕暮れに差し掛かる。そうなれば謎の魔獣の姿が見え難くなり、次の日の出には姿が()()()掻き消えている事態に陥る。

 

(それと入れ替わるように天からの祝福(ギフト)が舞い降りる、かもしれませんが……。早々の撤退を進言しなければなりません。……さて、どのような理由を用いれば誰も犠牲を出さずに事態が静まるのでしょうか)

 

 理由が出てこなければ甚大な被害が広がり、少なくも死者は確実に出る。

 乱暴な手段であるのは致し方ない。――なにせ、()()はそれ程の質量兵器と言えてしまうのだから。

 細かく砕いてしまうと余計な面倒ごとが発生する。()()()()()()の場合はやむをえない事情となり、現場どころか国が大混乱に陥る事は必至――

 

「……議論は尽くされましたか、エチェバルリア君」

 

 シズは外に居るエルネスティに声をかけてみた。

 自分があまり前面に立てないのであれば彼に――彼らに出てもらうしかない。

 

「そうですね~」

 

 腕を組み、人差し指を顎に当てつつ唸るエルネスティ。それを見守るオルター弟妹。

 正直に言えば手詰まり。だが、それを認めたくない気持ちがある。

 エルネスティは周りから期待されている事を自覚している。だからこそ、その期待に最大限応えたい気持ちは人一倍あると自負している。――有り余るほどに。

 

「正攻法では無理そうですが……。奇計戦略、または奇策などを用いれば可能性があるかもしれません」

 

 聞き慣れない言葉にオルター弟妹他、エドガー達も苦笑する。

 エルネスティはどんな手を使う気なのだ、と物凄く気になってしまった。

 

「……一応、聞こうか。折角、後輩が頭を痛めて考えた作戦だ」

 

 ディートリヒが仲間達に声をかける。

 剣を振るうくらいしか自分には出来ない。ならば、十全に活動する為には優秀な頭脳担当が必要で、今がその時だと確信している。

 正直に言えばグゥエールでもう一度向かえと言われたら拒否する自信があった。現行の装備ではどうしても適わないからだ。それに先ほどエルネスティが言った通り、戦力も足りない。その中で勇者を気取って突っ込んでも結果は芳しくないものになる。

 何故、そう思うのか――

 戦った感触で思い知ったからだ。

 弱点を見出さない限り、今以上に攻める事が出来ない。そして、あの魔獣の攻撃力は本物である。更に奴の攻撃を避けられる自信が無いし、グゥエールの速度もおそらく負ける。

 それくらいの分析は感覚的にだが出来る。だから、今は待機を甘んじて受け入れている。

 

「作戦と呼べるかは……。まずは……守護騎士団が今(おこな)っている作戦を見守ること。あれはあれで有効です。……そうなると僕達の出番がありません」

「……まあ、そうだな。彼らは俺達より経験豊富な騎操士(ナイトランナー)達だ」

「で、僕らに取れる作戦は殆どありません。というより、これが結論でも仕方がない程に……」

「エル君でも諦めてしまうほどなの?」

「……アディ。世の中には無謀に突っ込んでどうにかなる程、都合よく世界は回らないものなのですよ。……時にはそれで回ることもあるにはありますが……」

(確か『コペルニクス的回転』と言いましたか。……哲学者の言葉を真に受けて思考が硬直しても困りますが……)

「……つまり具体的な方法は現時点では無い、と?」

 

 エドガーの言葉にエルネスティは頷いた。

 現行装備を勘案すれば、彼とてそう結論せざるをえない。

 ただし、幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦出来ればまた違った答えが導き出せる、かもしれない。というのは思うだけに留めた。

 

        

 

 勝利条件がほとんど無くなった事だけが分かったような結論に対し、エドガー達も頭を痛める。

 とはいえ、撤退することもまた立派な決断であり作戦だ。

 誰も犠牲が出ない方がいいに決まっている。――だが、自分達が下がる事で後方に控える大都市ヤントゥネンが襲われない保証は無く、いずれは首都まで進軍してくるかもしれない。――それは考えすぎなところはあるけれど。

 

「……正攻法が駄目なら……、奇策とは? 具体的な案でもあるのか?」

「まずは対話です」

 

 人差し指を立ててエルネスティははっきりと言い切った。そこに迷いは無い。

 誰もが無駄だ、無意味だと言いそうな言葉に対して反論は今この場において出なかった。――それだけ周りが真剣に聞き耳を立てていた、とも言える。

 

「……聞こえてはいたが……。確かに作戦としての一案ではあるな。騎士団の方々の意見はどうなのでしょうか?」

 

 エドガーが代表して近くに居た騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)に声をかけてみた。

 

「知性がありそうな気配があるというだけで……。我々の言葉が通じるとは……」

 

 というより、この会話が魔獣にも届いている筈だ。それと謎の魔獣は壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)の側で触手を僅かに動かすのみで大人しく佇んでいる。

 まるで――人間達の計画している作戦を傍観しているような――

 

「……まさかあの魔獣……、僕らの行動を観察しているんじゃないでしょうか」

 

 エルネスティは今まで想像していなかった結論を近くに居るエドガーに伝えた。

 先ほどから現場を動こうとしない。それは休んでいるようにも見えるのだが、それにしては穴掘りの作業音くらいは届いている筈だ。なのに黙っているのはかえって不自然だ、と思った。

 目や耳が無い生物というのは何かしらの感覚に鋭さを持つと言われている。全く感知していないというのはありえない。その理由として迫り来る幻晶騎士(シルエットナイト)を現に撃破して見せたからだ。

 動いている触手に秘密があるのかもしれない――とエルネスティは分析する。

 

「……壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)を側に置いたまま何もしない?」

 

 騎操士(ナイトランナー)は既に脱出しているのは分かっている。それと人間を追おうとはしなかったことも。

 では、魔獣の目的は何なのか。

 まず浮かんだのは時間稼ぎだ。しかし、目的は不明。仲間が居るのかも不明なので、これ以上の思考は徒労だ。

 人間観察。それはそれで色々と納得しそうだが、そうなるとかの魔獣は自分達が思っている以上に賢い、または高い知能を有している事になる。

 そんな知性豊かな魔獣が大人しくしている理由は何なのだろうか、とエルネスティは頭脳を懸命に働かせた。

 

 人間の行動をあえて見逃している。

 

 もし、その仮説が真実ならば次の行動に移る時、何が起きるのか。

 例えば――

 

(僕達側の作戦を全て無にするような、全く異質な行動を開始するとか。……例えば空を飛ぶ。またはそれに類する行動が実は出来る。毒液を吐く。……これは何処から出すのか分かりませんが……。それと全方位に火炎放射。……ありえそうで怖いですね)

 

 まさかと思いつつも念のためにもう少し距離を取ることを提案する。

 エルネスティが想像した常識外れの行動に対し、他の騎操士(ナイトランナー)達も苦笑しつつ、否定できない事実に緊張が走る。

 触手の動きすら想像を絶する速度を有しているのだから、ありえないと言うのは早計だ。

 

「……つまり、ますます我々の言葉を理解している節がありますね」

「ならば対話を試みようか。こちらに攻撃の意志が無い事を伝えれば……」

「その前に私が攻撃したことを恨んでいたりとかあったらどうしようもないぞ」

「その場合、ディー先輩の幻晶騎士(シルエットナイト)を鉄屑にしてもらうことで許してもらいましょう。後で僕達がきっちり直しますよ」

 

 別に中身まで潰そうとは思わない、かもしれませんし、と。

 それに同じく攻撃に参加した幻晶騎士(シルエットナイト)は操縦者まで潰さなかった。少なくとも魔獣は率先して行動を起こそうとはしていない、またはする気が無い、と考えておく事にする。

 

        

 

 壊される予定のディートリヒとしては納得したくない。けれども事態を進展させる為に必要ならば騎士として諦める事も選ばざるを得ない。――それで多くの人民が助かるなら本望だ。それに――死を選ぶわけではない。

 

「まずはギリギリまで近寄って話し掛けてみましょうか。ファーストコンタクトというやつです」

「……エルネスティ。今回ばかりは君に操縦を代わってあげたい気分になってきたぞ」

「それは是非に!」

 

 目蓋を見開き蒼玉の如き瞳を輝かせるエルネスティ。

 鼻息荒く、早く操縦させてくれ、と興奮しつつ全身で訴える。

 彼にとって全てに優先されるのは幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 

「……騎操士(ナイトランナー)ではない君に勝手に操縦されると色んな人に怒られるし、君もそれなりの罰を受けるぞ」

「そんな事は些細な事ですよ」

 

 はっきりと言い切るエルネスティにエドガー達は苦笑を滲ませる。

 幻晶騎士(シルエットナイト)に関して並々ならぬ思い入れがあるのは充分に理解した。その上で気持ちを落ち着けるように――本人には無駄だと思ったので――オルター弟妹に言いつけた。そのオルター弟妹も幻晶騎士(シルエットナイト)バカである彼の制御は至難の業であった。

 

「私の後ろにはシズさんが居る。代われ、と言うのならば彼女が先だ」

「それは残念です」

「一つの結論が出たところで決行はいつにすればいい。今か? 夜になるのも不味いのだが……」

「あたし達もずっと幻晶騎士(シルエットナイト)に乗っているわけにはいかないわよ。休憩が欲しいところよね」

 

 長時間同じ体勢で居ると体調が悪くなるものだ。

 ヘルヴィとしても適度な休息を望む。それと緊張感から身体が汗ばんできているのが気になっていた。

 

        

 

 魔獣に動きが無い内に小休止をとる事にした。それに対し、エルネスティ達は異論を挟まなかった。

 今すぐに動けば解決するのか、と言われれば分からないと答える。

 グゥエールから降りたシズも合流し、簡易的な会議を始める。

 

「そういえば、あの盾は持ってきてないんですね?」

「持ち込む余裕が無いと思いまして」

 

 結構な大きさがあったので幻晶騎士(シルエットナイト)の中に入れるには嵩張る代物だと納得する。

 珍しい武器に興味が行ったエルネスティだがすぐに思考を切り替える。

 学生達に出来る事は殆どない。独断専行もし難い。

 犠牲を最小限に抑えて事態を打開する方法は皆無に近い。

 ここまで絶望的な状況だが、これが師団級の『陸皇亀(ベヘモス)』が相手であればどうなっていたか――

 前方に鎮座している魔獣よりも好戦的で多くの犠牲は確実――

 だが、エルネスティは実際に見たことも戦ったこともないので迂闊な事は言わないけれど、それでも何らかの行動は取っていたと思う。

 もちろん無謀な突撃をするつもりはない。

 

「そもそも師団級に人間がどうこう出来るわけがない。向こうの砦の惨状を見れば明らかだ」

 

 巨体に物を言わせた突進だけで確実に都市は滅びる。

 決闘級規模のあの魔獣ならばやり過ごせば人的被害くらいは防げる可能性がある。しかし、身体は師団級に比べて小さいとはいえ、人間を襲うタイプであるならば非常に厄介なのは変わらない。

 

「話しかけるとして……。なんて声をかける。挨拶からか?」

「挨拶は大事です。まずは意思疎通が出来るか試す必要があります。いつまでも大人しく過ごしている保証がない以上は様々な方法を試すべきです」

 

 一度動き出して都市に行かれてはどんな被害を被るか――出来ればそんな事態は想像したくない。

 触手()()素早い保証もない。

 知性が高い化け物というのは色々と隠し技のようなものを持っていると見るべきだ、とエルネスティは小声で進言する。

 単純行動しかしない化け物ならば頭を悩ませる必要は無い。けれども、こちらの誘導も挑発にも乗ってこないのは生物として疑問を覚えざるを得ない。

 ここに来るまでに戦った決闘級までの魔獣は少なくとも生物の本能に従った行動を取っていた。

 痛みを与えれば怯む。攻撃すれば興奮して襲ってくる。勝てないと分かれば逃げ出す。

 だが、あの魔獣は攻撃をものともしないどころか思考パターンが全く読めないのが大問題だった。

 どうして自分で壊した幻晶騎士(シルエットナイト)を今も側に置いているのか。

 中から出て来た騎操士(ナイトランナー)を敵だと認識しなかった理由も不明。

 周りで今も作業をしているのに動いているのは触手のみ。しかも、攻撃するでも挑発するでもない。不可解としか言いようがない。

 

「人間……というか幻晶騎士(シルエットナイト)を挑発しているようにも見えません。あれは何を意味しているのか……」

「仲間を呼ぼうとしているとか?」

 

 それにしては触手を長く伸ばさないのが解せない、とエルネスティは言った。

 見ている限りだと暇そうにしているように見える。

 虫とか小さいものをただ追っている、ともいえる。

 近くまで行かないと正確な事は分からないけれど、と続ける。

 

        

 

 一応の方向性が固まったところで次は実行案に移る。

 人間のまま向かうのか、それとも幻晶騎士(シルエットナイト)で移動するのか、だ。

 勝手な行動をすれば今も作業を続けている騎士団に迷惑が掛かる。であればどういう方法が取れるのか――

 

「順当に考えて私が行く方が無難だと思います」

 

 物静かにシズが言った。

 この場に居る最年長者にして責任ある大人だ。幻晶騎士(シルエットナイト)こそ持っていないが資格は有している。

 そして、議論は出尽くしたとシズは判断していた。仮にまだあったとしてもこれ以上の時間の引き延ばしは無益ではないかと。

 

「そ、そうですね。我々が無謀に向かっては学園に迷惑がかかりますものね」

 

 検討を重ねたエルネスティは自分一人で解決できるものと頭の片隅では思っていた。けれども、現場を改めて見渡すととても無謀な一手が打てるような状況ではない。

 有名になりたいとか、華麗に魔獣を討伐してみせるとか。思いはしても実行できるかはまた別の話しだ。危険と判断すれば自分も撤退を選ぶ。

 

(学園どころではなくエチェバルリア家や友人まで巻き込みかねません)

 

 場が静まったところでシズは徒歩にて魔獣に向かう。

 学生に期待しても出来る事は少ない。その上で無謀な行動を起こすようでは教師としては困るが学生としては()()期待してしまうのも如何なものかと――

 

(……さて、邪魔者は排除できました。私というイレギュラーが邪魔をしてしまったかもしれませんが……、成り行きであるから致し方ありません)

 

 まずは注意を引き付ける為、持参しておいた『触媒結晶』付きのグローブを嵌める。

 歩きつつ獲物である魔獣に向けて()()として中級魔法(ミドル・スペル)の『爆炎球(ファイアボール)』を放つ。

 この魔法は誘導性が無く、標的をちゃんと狙わないと外してしまう。――()()()()()()()()()()とは些か違っていて、劣化版のような印象を受けたものだ。

 橙色の楕円系型魔力球は炎の尾ひれを引きながら標的へと飛んでいく。その様子を見たエルネスティ達は大層驚いていた。

 対話するんじゃなかったのかよ、と声無き悲鳴が上がった。

 触手をフヨフヨと動かしていた魔獣に爆炎球(ファイアボール)が当たった。――ゆっくりと飛んでいた羽虫が勝手に激突したような様子だったが――

 それだけで動きに変化が生まれ――同時に周りで作業をしていた幻晶騎士(シルエットナイト)達がどよめく。

 人間大の中級魔法(ミドル・スペル)では針で突っつく程度の感触しか与えられないかもしれない。けれども、それだけの事で魔獣は確かに動きを変えた。

 全ての触手をダラリと下げ、身体を微動させる。

 それに対してシズは熱を持ったグローブを軽く振っていた。

 素材が脆い為に中級魔法(ミドル・スペル)を何度も使用できない上に火の基礎式(エレメント)との相性が悪かった。――そんなグローブがいくつかあるので使い捨て程度には役に立つ――

 

        

 

 攻撃を受けた魔獣は地面に下ろした触手を器用に使い、掘られていた溝を()()()()()()()()()突破した。

 それを見たエルネスティはやはり、と思った。

 頭の悪い魔獣なら溝の存在に気を留めず、そのまま動いて(はま)るのがオチだ。だが、かの魔獣は――おそらく最初から気付いていた上で見逃していた、と見て間違いがない。

 それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味だ。

 

 ズンっ!

 

 と、大きな一歩でシズに肉薄する魔獣。その相対距離は十メートルも無い。

 すぐさま攻撃に移るのかと危惧した。しかし、魔獣は即座に行動せず、攻撃した人間に興味でも覚えたのか、大人しく佇んでいた。――その様子を見ていた周りは声かけすれば危ないと思ったのか、誰も声を発さない。ともすれば幻晶騎士(シルエットナイト)の駆動音すら消すほどの静寂――

 

(……現地の魔法の威力の程は把握しました。……では、次は応用に行きましょうか)

 

 自分達の知る習得出来る魔法とは違い、現地の魔法は仕組みさえ理解出来れば様々な応用が可能となる。欠点があるとすれば先ほどのような威力不足――

 数も少ない。これは単に使い手があまり育たなかっただけで、まだまだ伸びる可能性を秘めている。ただ、それを成せる人材が多く居ない為に幻晶騎士(シルエットナイト)に頼る文化が優先されてきたと思われる。

 人間は効率を追い求め、その果てで様々なものを取捨選択していく。

 だからこそ、この結果を否定する事はシズには出来ない。

 彼らは自ら選んだのだから。

 

        

 

 シズは『魔術演算領域(マギウス・サーキット)』上で適切な『魔法術式(スクリプト)』を構築していく。ただし、その規模は常人を遥かに凌駕していた。

 本格運用の実績が無いので完璧とは言えないが、見る者が見れば唖然とする事態だ。

 魔力(マナ)を消費する以上、シズでも無限に扱えはしない。これは他の高性能のシズでも至高の御方でも避けられない制限のようなもの。

 利便性の高さは目を見張るものがあると評価され、研究が進められている。

 

(人の身で威力を増大させるにはそれなりに魔力(マナ)が消費されますから……。それを外部から供給できれば理論上は無限行動も可能……、不可能ではない、が正確か……。限度がある以上、それに倣った方が安全度は高くなる)

 

 効率化を追い求めても現時点のシズに出来る事は限られている。それは変わらない。

 もっと拡張するには幻晶騎士(シルエットナイト)の――正確には機体に搭載されている『魔導演算機(マギウスエンジン)』や『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』を利用するのが一番の早道だ。

 学生身分ではこの部品を独自に分析したり解析する事は許可されていない。

 国の秘事となっているからだ。

 ――シズは立場的にフレメヴィーラ王国の法律を遵守しているだけで、本来ならば守る必要性は無い。任務だからこそ、だ。

 

        

 

 様々な魔法を構築しても超重量を誇る目の前のモンスターを打倒できるもの、または出来そうなものは見つからない。それはエルネスティ達に配慮しての謙遜ではない。

 このモンスターの強さは本物である。

 そして今は静かに佇むように命令を受けている。

 ――もし、その命令を破棄すればどうなるのか。

 

(相対的に一人での戦闘は無謀……。かといってあっさり倒してはわざとらしく映りますよね)

 

 打倒するにしても、このモンスターには弱点と呼べるものが無い。

 ダメージを与える事は――理論上は――出来る。だが、強固な外皮と尋常ならざる耐久力は群を抜いているので()()()()()ではまず歯が立たない。

 それでも無理に打倒しようとするのならば――強力な魔法による数の暴力を持ってしか打つ手は無い、かもしれない。それと現地の魔獣とは違い、魔力(マナ)切れで無敵性を喪失させる作戦は無意味だ。そもそも触媒結晶を持っていないし、身体強化(フィジカルブースト)という魔法は使っていない。――使えない。

 シズも知識としては知っている。

 単騎で屠れるほど弱いモンスターではないと。それゆえに『決戦級』という特別な呼び方が用意された。

 現地に倣えば一体だけで国を滅ぼせる。ともすれば世界すらも。――やりようによっては出来なくはない。それだけのポテンシャルを秘めているにもかかわらず、世界が平和でいられるのはこのモンスターが通常の生物――ただの魔獣ではないからだ。

 時間制限付きのモンスター――

 ただ、目の前に居るのは時間制限を廃した存在だから脅威度は格段に跳ね上がっている。

 通常であれば放っておくだけでいずれは消えてしまう。対処としては逃走かひたすら攻撃に耐え続けるか、だ。

 打倒しようとするのは無謀な勇者だけ――

 

        

 

 圧倒的な存在感を持つこの魔獣――モンスターの名は『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』という。

 『黒き豊穣の女神(シュブニグラス)』の落とし仔であり、敵を蹂躙するのに打ってつけの壁役(タンク)

 まともに戦う者は殆ど居ない。いや、時間制限があるために徒労だと思われているので挑戦者が少ない。

 

(相対してしまいましたが……。どうしましょう。倒そうとしてみますか。それとも、話しかければいいのか……。それ以前に……)

 

 どうしてすぐに回収しなかったのか、とシズは疑問に思った。

 昼間で人目が多く集まってしまったから回収が延期になった、というのであれば納得出来る。しかし、目の前のモンスターは回収役が中々来なくて寂しがっているように見える。

 他の人間には伝わらないが、見知らぬ土地に残されて退屈を感じ、近寄ってきた玩具のような幻晶騎士(シルエットナイト)と遊ぼうとしたらあっさりと壊れてがっかりしていた。――というのがシズには()()理解出来た。

 すぐさま近寄って慰めたいところ。それが出来ない立場なので、もどかしいかぎりだった。

 

(可哀想な黒い仔山羊(ダーク・ヤング)さん。もう少し待っていて下さいませ。……それとも『転移(テレポーテーション)』に挑戦しますか? 残念ながら上位版は持ち合わせが無いもので……)

 

 モンスターにだけ聞こえる声量で尋ねると触手を横方向に動かす仕草をした。つまり、拒否だ。

 今は目立つ行動は避けるべき、と判断しての仕草だとシズは解釈する。

 

        

 

 普段はその巨体を利用した作業に務めているモンスターだが、知性は人間が想像しているよりも高い。

 人を見分ける事もできるし、手加減も出来る。

 炎を吐いたりするような特殊な能力は無いけれど、力仕事に関してはとても優秀である。

 硬い防御と高い耐久を誇っているのでシズの手持ちの魔法で瀕死になる事は無い。先ほどの魔法にしても挨拶だと解釈できるほどに気にしていない。

 説明だけ聞けば無敵のモンスターに思われるが、ダメージを受ける以上は倒せる可能性がある。要は倒しにくいだけ。

 このまま戦闘に発展しては互いが不利益を被ると判断し、一つの方向を指差す。

 師団級によって破壊されたバルゲリー砦の向こう側を。

 

「ここから立ち去りなさい。……お互いの為にも」

 

 シズの言葉にモンスターは触手を複雑に動かした。

 鳴き声をあげるな、という命令に従っているようで、触手による仕草でシズに伝える。

 会話らしい姿さえエルネスティ達に見せられれば充分だと判断した。細かい解釈は必要ない。それらしい雰囲気だけ演出できれば――

 少しの間、逡巡する黒い球形の魔獣は納得したのか、指示された方向へと歩み始めた。――途中、作られた穴に足を取られてよろめく()()()()を演じたりしながら去っていく。

 

        

 

 脅威の魔獣がゆっくりとした足取りで去る中、騎士団たちはあ然としていた。

 人的被害はほぼ無いので追撃に関しては得策ではないと判断する。

 壊した幻晶騎士(シルエットナイト)を持ち去られるかと思ったが、魔獣は鉄屑に興味をなくしたのか、放置していった。

 

「……助かったのか? あのまま帰して仲間を連れて戻ってくることはないのか?」

「そういう詮索は後だ。現場の調査を始めろ。それと壊れた幻晶騎士(シルエットナイト)を回収しろ」

 

 団長のフィリップがそれぞれに命令を下していく。

 遠くから見守っていたエドガー達も手伝おうかと思って進言してみる。すると快く承諾してくれた。

 動ける機体は何よりもありがたい、という風に。

 

「……シズさんでも倒せませんでしたか、あの魔獣は」

「それはさすがに……。しかし、いきなり魔法をぶっ放すとは驚きました。……僕、シズさんなら本当に会話して仲良くなるんじゃないかと思ってましたよ」

 

 少しだけがっかりしつつ無事に帰ってきた事を喜ぶディートリヒと明るく微笑む銀髪の少年エルネスティ。

 事態が治まったからいいようなものの、もしシズが倒されでもしたら即座に撤退を選んでいるところだ。

 知性のある魔獣に対し、無謀な突貫はエルネスティでもやりたくない。

 もし、仮に幻晶騎士(シルエットナイト)に乗って戦う事になれば――自分は果たしてあの魔獣に勝てたのか、と自問してみる。

 見た目の印象では勝ちにくい。実際に剣を当てていないので。それでもディートリヒの言う通りの強固さであれば――

 

 打つ手なし。

 

 勝てない相手に対して出来る事は逃げること。

 それからじっくりと打倒計画を立てる。それが一番ベストな解答ではないかと愚考する。

 現行の装備や幻晶騎士(シルエットナイト)では無理でも――

 勝てないなら勝てる機体を作ればいいだけだ。

 拳に力を込めて決意するエルネスティ・エチェバルリアの姿をシズは横目で眺めた。

 

 



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#010 魔獣襲来事変

 

 魔獣が去って一時間が経過する頃、辺りの調査を終えた騎士団が集結し、砦復興の為の計画を立て始める。

 森の中に消えた魔獣はその後、忽然と調査隊の追跡をかわし姿をくらました。足跡すらも発見できずに彼らは戻ることを余儀なくされる。

 仲間を呼ぶにしてもいずれはまた相対するかもしれない。その時はその時として今は復興に専念する事にした。

 現場を整地する手伝いに奮闘していたエドガー達も途中で作業をやめて帰還しても良い、と通達を受けた。

 

「ご苦労であった。もうすぐ日も暮れる。君達は戻った方がいいだろう」

「はっ」

 

 と、礼儀正しく敬礼するのは『エドガー・C・ブランシュ』と『ヘルヴィ・オーバーリ』と他の騎操士(ナイトランナー)達で『ディートリヒ・クーニッツ』だけはエルネスティ達中等部一年の誰を乗せるかで揉めていた。

 彼ら(エルネスティ達)の元気を見ていた『フィリップ・ハルハーゲン』は気持ちが楽になったので小難しい挨拶は抜きにすると言った。

 

        

 

 エドガー達が帰ろうとした、正にその時――タイミングを見計らったように辺りが一気に暗くなった。しかし、空はまだ赤みを差したばかりだ。ではなんだ、と周りに居た人間達は慌てふためく。

 最初にそれに気づいたのはシズ――

 正しくは最初から分かっていた、となるけれど彼らには窺い知れない事だった。それに事前に通告する義務も無かったし、する気も無かった。

 

「そ、空です。空を見てください」

 

 エルネスティが空に向かって指差す先には黒い塊があった。

 ()()は少しずつ大きくなっている――ようにも見える。

 

「……あれはさっきの魔獣か!?」

「形状が違う気が……。あ、あれはまさかっ!

 

 エルネスティは先ほどの魔獣の姿と見えている()()をすぐに比較し、同一ではないという答えを出した。

 物の形について違いを見極める事に自信があった彼は空から降って来る予定のものが先ほどの魔獣ではないと感覚が伝えてきた。それに距離から算出すれば先ほどの黒い魔獣よりも大きい。

 相当な質量を持った何か。

 

「え、エル……。逃げたほうがいい?」

「……おそらく無駄かもしれません。聞いた通りの大きさであれば……それほどの質量が落下した場合、相当な範囲が甚大な被害を被る事になります。早い話し……、あれが……仮に近くに落ちようものなら……。いくら僕でも助からないと思います」

「エルく~ん! 急いで逃げようよ~!」

 

 逃げたいのは山々なんですけどね、とエルネスティは震える自分の足に気付いた。

 この状態では走って逃げる事は難しい。であればどう対処すべきか。

 今動かせるのは頭だけ。

 魔法はスズメの涙程度の役にしか立たない気がする。それは感覚的に標的が自分達の居る場所を狙っているように見えたから――

 それに何やら赤っぽい。明らかに危険だと身体が訴えている。

 まるで既に『死』が決定付けられているかのよう――

 

(周りの幻晶騎士(シルエットナイト)を総動員するにしても犠牲が大きすぎます。落下速度から考えて幾分かの時間的余裕はあるようですが……。落下による衝撃からは……)

 

 折角、新たな計画を立てたばかりだというのに、もう人生が終わってしまう。

 それはそれで実に腹立たしいとエルネスティは唇を強く噛みしめる。

 自分の予想が正しければ落下してくるのは師団級魔獣。

 噂に聞いた『陸皇亀(ベヘモス)』のような気がしてならない。

 トゲトゲの甲羅が見えてきたので。

 

        

 

 現場が上空から襲ってくる脅威に気付いてくる頃、どう対処すればいいのかフィリップは辺りに居る者達に尋ねまわった。

 戦っても無駄。

 逃げても無駄。

 黙っていても無駄。

 しかも、落下してきたら確実に大都市ヤントゥネンどころかフレメヴィーラ王国そのものが崩壊するかもしれない。

 それはエルネスティの試算だが、伝え聞いた大きさがそのままであればそうなってもおかしくないと言っておいた。

 これが決闘級程度であれば多少大きな穴が地面に出来るだけで済む。ただ、街に落ちればただでは済まないけれど――

 しかし、百メートル超えの隕石のようなものになると破壊力は指数関数的に増えてしまう。

 尚且つ、今から撤退するとしても熱波と衝撃波とその他諸々によって吹き飛ばされる。――馬車に乗り込んでいる学生などは一瞬で全滅――そんな事がありえる()()しれない。

 魔法による攻撃で破壊する、という案はそもそも採用できない。何故なら――幻晶騎士(シルエットナイト)の魔法攻撃はそこまで強力なものではない。

 仮に通用するとなれば一斉砲撃して砕き切る――ただし、それを成すにはいくらかの条件が必要だ。

 

「……落下まで時間がありません。おそらく十分程度……。遺書も書いている暇も無く……」

 

 というより届けられる者は居ないし、自分達の家ごと吹き飛ぶ可能性もある。

 だが、無駄死にはしたくなかった。

 

「全幻晶騎士(シルエットナイト)を総動員して防御魔法を展開するのは?」

「多少は軽減できるかもしれませんが……。少なくとも僕達は確実に死にますよ。……他の街の為に殉じるのも騎操士(ナイトランナー)の務めだというのでしたら、勘弁願いたいところです」

 

 大切なものの為に死ぬ。それはエルネスティにとって実にバカらしいと思っている概念だった。

 死んだら終わり。何も残らないんですよ、と。

 ならば死ぬ前に足掻けるだけ足掻き尽くすべきだ。

 

「というわけで僕に幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦させて下さい。後生ですから」

「……こんな時だから……。そんなことを言っても許可できるわけがない」

 

 真面目なエドガーに聞いたのが間違いだったと思い、ディートリヒに同じことを言ってみた。

 こちらはすんなりと譲ってくれた。

 後輩の為ならば一肌脱ぐことも吝かではない、とかなんとか言っていたけれど、エルネスティは無情にも彼の厚意を無視した。

 今は無駄に使える時間が殆ど無い。

 幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦さえ出来れば他は眼中に無かった。

 

        

 

 そんなエルネスティの行動に呆れつつも『アーキッド』と『アデルトルート』は自分達に何が出来るのか懸命に考えた。

 エルネスティほど賢くはないけれど、何か出来ないものかと。

 

「守護騎士団の諸君! 落下地点に集まるんだ! 我々の全力の防御魔法によって少しでも衝撃を殺すんだ!」

「おおっ!」

「了解です、団長っ!」

 

 故郷に生きて戻れそうにないけれど、自分達はここに確かに存在し、君達(全国民)を守る為に犠牲になる。

 声に出して自分に活を入れていく騎士団達は幻晶騎士(シルエットナイト)を落下予想地点まで移動させていく。

 その落下予想地点は現在自分達が居る地域だと別の者が報告に来た。

 

「……幻晶騎士(シルエットナイト)が保有する魔力(マナ)だけでは全然足りませんね」

 

 操縦桿をいじっていたエルネスティが呟いた。既にあちこち引き剥がされている。

 最期だからとディートリヒは彼の行動を観察してみた。しかし、何をやろうとしているのかさっぱり分からない。

 自分だけ逃げるつもりか、とも思ったけれど――

 既に残り時間も差し迫っている。その中で逃げ切れるとは思えない。

 

「ああ、クソ……。僕はまだやりたいことがたくさんあるのに……」

 

 死を感じ取ったエルネスティは涙を流した。それを見ていたディートリヒはそんな彼をあざ笑うような真似はしない。

 まだ中等部一年だから、というのは甘いかもしれないけれど――

 見た目どおり、まだ子供らしさを残す彼ならば好きに泣けばいい。――そう思っているディートリヒ自身も泣けてきた。

 死が確定しているような状況だ。男らしく振舞えるわけがない。

 本当の危機に対し、強がりを見せる余裕などありはしない。

 

「ディートリヒ先輩。そこに居ると危ないので降りて頂けると……」

「そうかい? 作業の邪魔か」

「はい。とっても邪魔です。あと時間もありませんので、さっさとお願いします」

 

 泣きながらとはいえ(エルネスティ)の容赦のない言葉はかえって気が楽になる。

 この危機的状況でも諦めを見せない姿勢は尊敬に値するし、見習うべきところでもあった。

 

        

 

 ディートリヒが幻晶騎士(シルエットナイト)から降りた後、エルネスティは呼吸を整えた。

 出来る事は限られている。何をしても無駄かもしれない。けれどもやらないよりはマシだと自分に言い聞かせる。

 

(……どの道、この状況を打開できたとしても僕はきっと死ぬ。または生きながら死んでいるような状態……でしょうかね)

 

 持ちうる全魔力(マナ)を使い切る予定だ。だからこそ何が起きるかはまったく分からない。それに誰かの協力を仰げば共倒れになってしまう。

 共に一緒に死にましょう、なんて言えるわけもない。

 

(残り三分ほどですかね。……ではもう無駄な時間はありません。解析開始)

 

 折角借り受けた幻晶騎士(シルエットナイト)。十全に使いつぶして見せますよ、と意気込むエルネスティ。

 だが、彼の乗る『グゥエール』の全能力を使ったところで短時間の停止が精々。

 他の幻晶騎士(シルエットナイト)と接続している時間も無い。――仮に出来たとしても結果は変わらない。

 大質量を小さな存在が受け止めるのだから、その反動は甚大である。

 

 確実な死。

 

 それでも少しでも誰かの役に立ちたいと思う事は悪い事か、と。

 自分には家で待つ家族が居るのだから。少なくとも彼らの悲しむ顔は見たくない。そう思う心がある。

 

(……駄目だ。集中が乱れて……。魔法術式(スクリプト)がバラバラになってしまう)

 

 残り一分を切った。その焦りがエルネスティを失敗へと導いてしまう。

 起死回生の一手が打てない。それはそのまま全滅を意味する。

 

「諦めるのですか?」

 

 嫌に冷静な言葉が外から飛び込んできた。

 聞きなれた声の持ち主は『シズ・デルタ』であった。

 地表へと迫る落下物の影響で上空から物凄い圧力が迫ってきている。もはや逃げる事は出来ない。幻晶騎士(シルエットナイト)も圧力の勢力圏内に掴まって身動きが取れない。

 それにもかかわらず冷静な声を発するのは信じられない。

 

「……正直に言えば否定したいです、けれど……。僕の出来る事はここまでのようです。というか、アイデアが欲しいです。とても。性急に。今すぐっ! 僕に寄越せっ! 早く!

 

 両の拳を操作盤に叩き付けながらなりふり構わず絶叫するエルネスティ。

 友人の怒声にアーキッド達は諦め模様の中、彼の行く末を見守る事にした。何が起きても恨まないと――

 

(ちきしょう、時間切れ……)

 

 その言葉の後で身体になにやら浮遊感が襲ってきた。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の中に居るのに内蔵が飛び出るような気持ち悪さがあった。

 それはまるで落下による衝撃波の到来のように――とても嫌な感覚に――感じた。

 

「でもまあ、酷な言葉ですよね。……エチェバルリア君。君に時間があれば果たして解決できたのですか?」

「時間があったらみんなで逃げますよ」

 

 言いながらも辺りを見回して原因を探る。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の内部で異常な現象は見当たらない。とすれば外か、と。

 正直に言えば出たくなかった。大好きな幻晶騎士(シルエットナイト)の中で死ねれば本望だと思っていたし、せっかく操縦できる許可を貰ったので――ちょっと――欲が出てしまった。

 

「一緒に死ぬなんてバカらしい。……でも、逃げて助かるのであれば、それで結構なのですが……、それが出来ない場合は……諦めるか……。玉砕覚悟で何かしますよ。ええ、なりふりかまわず。犠牲もいといませんとも

 

 制限時間は既に一分以上は過ぎている。一体何が起きたというのか。

 伝令管からの音声も聞こえてこない。

 外の様子を映し出す幻像投影機(ホロモニター)は先の圧力の影響でひび割れて機能不全に陥っている。

 

「……そういえば……。外に出て実際に確認してみるといいですよ」

「……出たくありませんが……。仕方ありません」

 

 自分で試算した時間はとうに過ぎている。それと先ほどまで感じていた重圧が治まっている事に気付いた。

 

        

 

 シズに言われるまま外への脱出口から恐る恐る頭を出せば巨大な物体が目に入った。

 さすがに消滅はしていなかったようだが、どういうことなのか。

 更に頭を出して観察してみる。地上スレスレまで来ていた事は確実で、それがどうして轟音を響かせて落ちなかったのか。

 

(空中で停止しているわけではない? 少しずつは降りている……。これはどういう現象なのでしょうか。空気の魔法? それでも大質量を支え切るには相当数の幻晶騎士(シルエットナイト)……または相当量の魔力(マナ)が必要な筈……)

 

 見えている限りにおいて、落下物足るものの正体は予想していた『陸皇亀(ベヘモス)』で間違いないようだ。――実物は本でしか見た事が無かったけれど。

 全高五十メートル。全長百メートルほどの巨体は想像以上の大きさに見えた。

 涙で濡れていた顔を一度、手の甲で拭って改めて観察してみる。

 

「……エル君。あれ、途中で勢いが消えてね、ぐすっ……。それであんなことなってるの」

 

 学生とアーキッド達はそれぞれ涙を拭うのに必死なようだった。

 尋常ではない災害から助かったとはいえ、確実な死の体験はエルネスティとて泣いてしまうほど。だからこそ誰も彼らを笑う事はしない。

 

「……まさかシズさん、の魔法とか?」

「どうだろう……。私達は泣いててよく見えなかったけれど……」

 

 というか声を届けたシズの姿が見えない。

 すぐさま視線を彷徨わせると別の幻晶騎士(シルエットナイト)の脱出口から頭を覗かせているのが見えた。

 今の声は伝令管からだったようだ。いや、外から声は出していたが今しがた幻晶騎士(シルエットナイト)に入ったのかもしれない。

 そんな事は今はどうでもいいか、とエルネスティは余計な考えを振り払う。

 必要な情報のみ今はとても欲しかった。

 

「……ところであの『陸皇亀(ベヘモス)』は……死んでいるんですか? 全く動いていないように見えますが……」

「生きている……、らしい。身体が僅かに動いているのが確認された。だが……様子がおかしくてな。攻撃の意志は感じられない」

 

 それも地面に完全に落ちきれば反応があるかもしれない、ということだった。

 現在、空から落ちてきた『陸皇亀(ベヘモス)』はどういう訳か、仮死状態。または休眠状態に陥っている、らしい。それは大きな動きを見せていないからだ。しかし、それとて仮定の話しでしかないけれど。

 急停止した謎はまだ解明されていないが危機の一つは解消された、と思って良いだろうと――それでもまだ安全は保証されていない。

 それから、落ち着きを取り戻した騎士団やエドガー達が集まってきた。

 高さ的に地面に落下しても多少の地響きだけで済むと試算され、街や国への被害は最小限に抑えられる事が判明してくると、それぞれほっと一息つく音――声が聞こえてくる。

 

        

 

 あられもない怒号を響かせたエルネスティは恥ずかしがるどころか、緊張を保ったまま下に降りつつある『陸皇亀(ベヘモス)』を見つめていた。

 大質量の自由落下を防ぐ手立ては現時点の自分達には持ち得ないもの。それが分かって悔しい気持ちを抱いた。――多少の失禁は他のみんなも同様だったので誰も何も言わなかったし、どうする事も出来ない。

 急ピッチで風呂場の用意と着替えを今まさに整えてもらっている最中だ。

 子供だからという理由で嘲笑できる者は現場には居ない。エドガーもヘルヴィも等しく全て、だ。

 例外が居るとすればシズだけ。

 彼女だけは平然としているし、何の支障も報告してこない。我慢しているわけではなく、本当に何も起きていない。

 あの危機的状況下で唯一冷静さを保ち続けた存在だった。

 

(可能性があったなら僕は絶対に失禁なんかしてなかったです)

 

 肉体年齢の都合もある、とエルネスティはやむを得ず納得しておく。

 逃げ道を防がれた危機的状況は経験が無い。

 ()()()()()くらいだ。

 

(人間、確実な死を体感してしまうと全てにおいて諦めてしまうもののようです。……でも、アディ達も一緒ですし、笑われないだけマシですよね。あとこれは母様達には内緒ですね、絶対)

 

 家に帰った後の家族の反応がとても怖い。

 

(可哀相に、とか言われて毎日添い寝を強要されたりしそうです。過剰に護衛は付かないと思いますが……。子供扱いが一層酷くなるのは勘弁願いたいところです)

(みんな仲良くズボンを濡らして帰ったところを見られたら……。確実に本家に笑われる)

(ここにステファニア姉様が居なくて良かったのかしら? 居ても同じか……)

(……身動きが取れなかったとはいえ、何たる無様な格好か)

(みんな生きているだけで我慢できるさ。たかが失禁程度……。国が滅びる事に比べれば……)

(……あたしは比較的軽微なのよね。でも、みんなと一緒ってことにしましょう。……なんだか可哀相だし)

 

 それぞれ色々と思う事があるようだ。

 そして、風呂場の設営が終わると一斉に駆け込むこととなった。

 

        

 

 しばしの風呂場タイムにより、現場が落ち着く頃、問題の『陸皇亀(ベヘモス)』が地面に着地した。

 湯船を少し揺らした程度で、その後は大きな音も反応も報告されない。

 

「無事に生き延びたようですね。ゆっくりと身体を休めておきなさい」

 

 施設の外からシズがエドガー達に声をかけてきた。防音機能が備わっていない簡易的な建物のようだ、とそれぞれ理解する。

 男女別とはいえ――どちらも内部構造は同じ――女湯をヘルヴィとアデルトルートの二人だけで利用するのは――面積の余裕から見て――とても贅沢であった。

 シズが使わないのは大人として現場に残って監視するため。ヘルヴィ達が出てきたら交代する予定になっている。

 

「なんでエル君、女子と一緒に入っちゃ駄目なんですかぁ?」

「……アディ。何を当たり前の事を……」

 

 男用と女用は互いに声が聞こえる位置に併設されている。話すだけなら何も問題は無い。

 覗こうにもテントに穴でもあけるか、外に出るしかない。当然、それを許すほど監視役の騎士団は甘くない。

 

「今だからこそ聞きたいが……。あれはやはりそのまま落ちれば助からなかったのか?」

 

 半身浴のように浸かりながらエドガーは尋ねた。

 今から思えば実は被害はそれほど大きくなかったのではないかと。もちろん結果論であることは分かっている。

 無駄に慌てて取り乱しただけ、というのは面白くない。

 

「少なくとも僕らの居る地域は灰燼と化すほどの熱量は発生するでしょう。その規模は数百メートル……。単なる小石を落とすのとは違います。色んな運動エネルギーをまとって落ちてくるのですから」

 

 特に質量が一定以上の物体ともなれば発生する熱だけで人間は焼死する。次いで発生した衝撃波によって人体の殆どを破壊されてしまう。これは現場に近ければ近いほど甚大だ。

 更に言えば地上に降りた陸皇亀(ベヘモス)はほぼ原形を保っている。

 ――もし、途中でバラバラになり、多くの肉片が燃え尽きてくれれば――と思ったところで終わった事だ。改めて考えるべき事は別にあるような気がした。

 

「……つまりどの道、僕らは死にますし……。避難活動していた他の学生も相当量は衝撃波によって吹き飛ばされていたことでしょう。……幻晶騎士(シルエットナイト)による防りで助けられる人数もそれほど多くはならなかった……」

 

 森が『防風林』の役割を果たさないか、というエドガーの疑問に銀髪の少年は首を横に振る。

 

「落下によって大地は確実に抉れ飛びますので……。()()()吹き飛ぶわけですから、巨木にぶち当たって潰れるか、飛んで来る木々や土砂に潰されると思います」

 

 淡々と被害規模を告げるエルネスティ。

 今だからこそ冷静な思考が出来る。それを聞かされるエドガー達は総じて顔を青くしていた。

 風呂場だからこそすぐに身体に熱が与えられる。

 

「ついでに落下による地震発生にて各地の街も結構な被害を被ると思いますよ。石造りが中心の我がフレメヴィーラは殆ど……。建物崩壊によって少なからず犠牲者は出ますが……。全滅まで行くかは……」

「……聞けば聞くほど恐ろしいな」

「だが、それは本当に起こりうるのか? 地面に穴が出来るだけってことはないか?」

「大きくて深い湖にでも落ちればありえたかもしれません。でもそれは希望的観測に過ぎません」

 

 それに落下予想地点の殆どが森。

 衝撃を吸収出来そうな地域は何処にも見当たらない。

 ついでに森林火災も追加しておく。

 

        

 

 風呂場から上がり、替えの下着を着用して服を着れば元通り。

 服の殆どはシズが洗ったと報告された。

 それぞれ恥ずかしがったりしていたが見た目には新品同然の美しさがあったので気にしない事にした。

 

「途中で落下が軽減された事で被害は最小限に抑えられたようですが……。どういう原理が働いたのか、とても興味がありますね」

 

 それをなしたのがエルネスティの予想ではシズしか思い当たらない。

 あの緊迫した現場において唯一冷静だった人物――とても怪しい。犯人にしか思えない、と。

 自分の手持ちの魔法で想像しても荒唐無稽なのは確か。

 人間一人がどう頑張っても師団級規模の質量を受け止める事は不可能である。――反発する力を発生させるとしても同等規模の負荷が身体に加わるはずなので。

 ――それこそ師団級規模の身体強化(フィジカルブースト)で防りを固めなければならない。

 

(……例えそれでも無傷はありえない)

 

 分析を続けるエルネスティに対し、シズの表情はいつも通りだった。

 大人として冷静な対応を維持してくれるのは混乱した現場において、とてもありがたい存在だ。しかし、興味の方が強いエルネスティは犯人と決め付けるように表情をきつくして彼女を見つめる。

 

(仮に『犯人ですね?』 ……と、聞いたところで『……まあ、そうですよ』と返されそうですが……)

 

 こちらの駆け引きに対して一切揺るがない鉄仮面。

 動揺を誘うのは並大抵の事ではない、とエルネスティは感じていた。

 

        

 

 辺りが闇に包まれるころ、命の危機から辛くも抜け出た面々は騎士団の厚意により避難先の都市ヤントゥネンまで案内される事になった。

 陸皇亀(ベヘモス)に関して学生が調査に加わるわけにはいかないし、精神的にも肉体的にもかなりの負担を強いられたエルネスティ達には休息が必要だった。

 内部を壊されたグゥエールの修理も必要なので。

 それから気が付けばエドガー達三人とシズ以外はぐっすりと眠り始めていた。

 次の日の朝方に避難していた学生と合流し、互いに生還した事を喜んだ。

 

(頭もだいぶ冷静さを取り戻してきましたね。その結果……更なる不信感が湧きました)

 

 帰り支度を整える中でエルネスティは改めて分析を始める。

 陸皇亀(ベヘモス)の落下予想地点が自分達のすぐ側だった点が一番気になる。明らかに狙って落ちてきた――または落とされた。そう考えると何者かの意志があったとみて間違いが無い、ような気がしてくる。

 狙われた事を想定するならばどの道、逃げる事は無駄であると。

 現行の材料で被害を食い止められなかったのか、という疑問に関しては家でじっくりと考えなければならない。

 台風や火山などの自然現象であればすぐに避難するだけで良かった。

 空から降って来るものが噴石であったら規模にもよるけれど幻晶騎士(シルエットナイト)身体強化(フィジカルブースト)をフルに使っても相打ちが関の山――

 衝撃を緩和、または無にする程の強さを発生させる事は出来ない。

 

(……これだけの大事件で犠牲になった人数が少ないのは僥倖……? それとも……)

 

 何にしても生きている事に深く感謝しなければならない。

 これでまた自分の()()を実現させる為に歩めるのだから。

 熱い望みを胸に秘め、『ライヒアラ騎操士学園』へと向かう。

 

        

 

 学生たちが帰還して数日後、安全であると事前調査で確認したのにもかかわらず、国家を揺るがす大きな事件が起きた、という報告をフレメヴィーラ王国の国王『アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ』は自身の執務室にて受け取り、難しい顔をしていた。

 信頼ある騎士団の団長『フィリップ・ハルハーゲン』の署名入りの書類を疑うわけではないが、不可解極まりない。

 陸皇亀(ベヘモス)が消えて、未知の魔獣が現れ、消えた筈の陸皇亀(ベヘモス)が空から降って来る、など――

 理路整然としていない事態ばかりではないかと憤慨した。しかし、フィリップはありのままを書き記して提出した。

 国王の側には各地の領地を納める領主が控えていた。

 一人はセラーティ侯爵領を預かる『ヨアキム・セラーティ』公爵。ステファニアとアーキッドとアデルトルートの父親である。

 他の領主達の視線を受けつつ直立不動の姿勢を保つのは書類を直接持参したフィリップ騎士団長。

 

「これをそのまま鵜呑みにすれば……、実に不可解極まりないな」

「……しかし、現実に起きたことでございます。調査結果が出るのは……また後日となります」

「ご苦労」

 

 壮年の男性である国王は重々しく騎士団長を労う。しかし、表情は堅かった。

 予想される被害規模が未定であることを除けば現場で何が起きたのか、全く想像できなかった。

 森の一角が吹き飛ぶ程度だと試算する領主も居れば、師団級によって破壊される規模が大きいことで顔を青くする領主も居る。

 

「……して、現場に残っている陸皇亀(ベヘモス)はどうなっておる?」

「動きが無い内に解体に入っております。仮死状態のようなものと報告を受けておりますが……、油断なきようにと通達は済ませております」

 

 抵抗の兆しが無かったのが不気味でしたが、とフィリップは呟く。

 落下の影響でどのような事が起きたのかは今後の調査で明らかになっていく。

 

「砦の被害はそれで良いとして……。子供による幻晶騎士(シルエットナイト)の破損……」

「それに関しては大目に見ていただきたく……。あの状況下で抗おうとした男の行動は誰にも責められません」

 

 それに自分で修理すると言っていました、と付け加えておく。

 不可解な事の連続だが学生の多くは無事に帰還を果たしている。まずはそれを喜ぶ事にした。

 師団級魔獣がどのような理由で進撃してきたのか。それと森の中に去ったという未知の魔獣の正体もアンブロシウスは気にかかると呟いた。

 とりあえず、危機は去った。それで一先ずの決着とする。

 続いて、現場に同道していたシズの扱いについての報告が上がる。

 

「……おお、かの堅物の娘か……。名を継承する文化を持つとか……」

 

 アンブロシウスは先ほどまでの沈痛な面持ちから太陽が照ったような笑顔に変わる。

 自分がまだ学生であった頃の同級生が老年のシズだった。

 ここしばらく音沙汰が無くて心配していた、と。

 

「当時のあやつと瓜二つの容姿と聞くが……。性格も似ていたりするのかな……」

「長年ライヒアラ騎操士学園に務めてきた功績を讃えたいのですが……。どのように取り計らえばよろしいでしょうか?」

「勲章か、それとも娘が興味を示しているという幻晶騎士(シルエットナイト)の一機でもくれてやるか。……昔の(よしみ)で、可能な限りは叶えてやらねばな」

 

 報告を終えたフィリップは一礼して退出していった。

 国王の抱える案件は無数にある。脇に並ぶ領主達もそれぞれ必要書類を持参し、提出して退出する。それが日常であった。

 

        

 

 更に数日後、エチェバルリア家の自室にこもって()()()()()()()()を書き記した書類を前に唸るエルネスティ・エチェバルリアへ、彼の母親『セレスティナ・エチェバルリア』が息子の為に作った昼食を持って訪れてきた。

 彼の容姿の殆どは母親から受け継いだもの――。美しいと評判の色々なものは母親も同様であった。

 育ち盛りなのに低い身長を気にする息子の事を心配しつつ、生きて戻った事に大層と喜んだりと表情が良く変わる人物でもある。

 

「終わった事なのにエルは勉強熱心なのね」

「流石に今回は命の危機を感じました。その上で自分に何が出来たのか復習するのは基本だと思います。……それとケーキ、ありがとうございます」

 

 家族だろうとエルネスティは敬語で話す。それは厳格なエチェバルリア家だから、というわけではなく自然とそうなってしまった。

 父親の『マティアス・エチェバルリア』も学園長である『ラウリ・エチェバルリア』もエルネスティには優しくしてしまう。――一人息子であり孫でもある、という理由も関係するのかもしれない。

 

(あの時、落下による衝撃、または爆風を回避するとしても助かるのは自分だけ。ここはどうしても変えられない)

 

 あえて衝撃を受け、流されるままに身をゆだねる方法ならば、あるいはと思った。

 実際にそうなっていたら卑しい人間として嘲笑される人生を送る事になっていた、かもしれない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の為に培った友情をふいにする気は彼には毛頭無かった。

 後に残る残骸は幻晶騎士(シルエットナイト)だけでいい。肉片はノーサンキューだ。

 ――実際に肉片として残るものなのかは怪しいか、とエルネスティは溜息をつく。

 

(経験した事の無い甚大な被害というものは人間の想像を遥かに上回っているものです。だからこそ安易に希望を抱いてはいけない)

 

 それはそうなのだが、と思いつつケーキを一口食べる。

 糖分補給をしながら懸命に頭を働かせる息子の姿がセレスティナには輝いて見えていた。

 

(野外合宿で色々とあったようね、エル。でも、詳しくは聞かないわ。貴方が無事である事が母さんの幸せよ)

(それにしても母様はずっと僕を見つめていますね。……正直、思考の邪魔なのですが……)

 

 微笑む(セレスティナ)と苦笑を浮かべる息子(エルネスティ)

 少しだけ無言の戦いがあったが、独りで考え事をするのはそろそろやめた方がいいとエルネスティの方から折れる事にした。

 

        

 

 床にまで散らばる書類を拾い集めるセレスティナと共に自分も手伝う事にした。

 そして、随分と自分は多くの時間を反省に使ってしまったのだと改めて反省する。

 

「どうにもならないことをどうにかするにはどうすればいいのでしょうか? 絶対に何か方法がある、という確定された概念とか知りたいです」

 

 息子の突然の質問にセレスティナは軽く唸る。

 人生経験は彼より豊富ではあるけれど、賢さまでは自信がなかった。

 自分はただ当たり前の事を言うだけ。それ以上は彼が研鑽してきた事だから。その彼が困ってしまうことに対して言えることなどあまり無い。

 

「そうね~。絶対って言われると困ってしまうけれど……。方法は経験の積み重ねで生まれるもの。それが無ければどうしようもないし、仮に方法があるとしても、その知識を有していない人には手が出せないものよ」

 

 その、手が出ない方法を無理矢理に叩き出そうとする息子に言える事は考える事だけ。

 試行錯誤の繰り返し。最初から解答があると分かっていれば誰も困らない。

 分からないから誰もが困っている。

 

「……もし、あの魔獣が急停止しなかったら……。僕はこの世に居なかった。それどころか母様達をも失う結果になっていたかもしれない」

 

 なぜ、急停止したのか、それは未だに分からない。

 手持ちの魔法でそれを可能とするものに心当たりはなく、可能性の話しの中でならありえるかもしれない、というだけだ。

 理論的には可能な筈だ。

 勢いを殺すには相殺すればいい。出来るだけ相手と同等の力が望ましい。そうではない場合でも被害を少しでも軽減できるかもしれない。

 実際にそれを成すには多くの助力が必要だし、あの短時間で出来る事はそれほど多くない。

 

「現状では存在しない方法なのかもしれません。ならば開発すればいい。……しかし、母様……」

「な~に?」

「あの差し迫った時間の中で僕はベストを尽くせたのでしょうか? ただ喚き散らして何も出来なかった……。ただ死を待つ恐怖……。あれは……本当に怖かった」

 

 自分の身が子供だからではない。大人でも怖いと思う。

 理不尽で大きな力が空からいきなり降ってくるのだから。

 事前に対策が打てる魔獣討伐とは訳が違う。

 セレスティナは震える息子を優しく抱き止めた。自分に出来る事は彼の恐怖を和らげること。

 尋常ならざる経験をしてきたエルネスティに余計な言葉は要らない。

 ただ、お帰りと言ってあげる事こそが最上の解答である。そうセレスティナは思った。

 

 



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次代の変革編
#011 国王問答


 

 ライヒアラ騎操士学園の学生による野外合宿で起きた一連の騒動を暫定的に『魔獣襲来事変』として記録される事になった。

 連続する不可解な事象に対し、少なくない犠牲と崩壊した『バルゲリー砦』を除けば学生達の被害の少なさは奇跡としか言いようのないものであった。

 その中で全長百メートルにも及ぶ師団級魔獣『陸皇亀(ベヘモス)』の落下に対し、果敢に立ち向かおうとした学生達を労うべく、国王『アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ』御自ら足を運ぶことを決意する。

 本来ならば王都『カンカネン』の中央に位置する『シュレベール城』に招待するところだが、事情が事情なだけに――可愛い学生たちが心に傷を持ち、未来を閉ざしてはいけないという事で元気付ける意味での訪問であった。

 多くの護衛に囲まれつつ――物々しい雰囲気のまま騎操士学園の来客室にて国王は事件の当事者たちの来訪を待った。

 ――それと昔なじみの顔を見る為に。

 

「……それでラウリよ。かの者達は不登校に陥ってはいないだろうな?」

 

 学園長『ラウリ・エチェバルリア』とは旧知の仲――

 それでも相手の立場が上なのでラウリは緊張しっ放しだった。

 

「我が孫共々、変わりなく……」

「聞くところによれば多くの学生をいちはやく避難させたと聞く。……一人やんちゃ坊主が居たそうだが……。それはまあよい。危機迫る状況で最善を尽くそうとした者を責める気はない」

「ありがたき幸せに存じます、陛下」

 

 形式ばった挨拶を交わしつつ、国王はまだ来ないかな、と暇をもてあましていた。

 事前に通告していなかったので相手方の用意に時間がかかるのは仕方が無い。しかし、それでも自分はどうも我慢が出来ない性質らしい、と苦笑する。

 

        

 

 国王の呼集に馳せ参じたのは『エドガー・C・ブランシュ』以下の学生騎操士(ナイトランナー)と『エルネスティ・エチェバルリア』と友人二名を含む六人。

 それぞれ横一列に並び、片膝を付く。

 

「こんな部屋で堅苦しい挨拶も無かろう。それぞれ楽にしてよい」

「はっ」

 

 椅子に座ったままアンブロシウスは一人ひとりの顔を確認していく。その中でやはり銀髪の少年がよく目立つ。

 歳はまだ十二と聞く。それほどの若さで死地に臨むのは酷であったろうに、と思いつつも唸るにとどめる。

 

「小型魔獣から学生を防りし者達か……。そなたらの冷静な対応で多くの者達が救われた。……という堅苦しい事は抜きにしようか。現地で見かけた謎の魔獣について、それはどれ程奇妙な存在であった?」

 

 国王の問いに対し、エドガーが代表して答えた。

 見たままを出来るだけ詳しく――

 強さについての補足は『ディートヒリ・クーニッツ』が――

 

「……ふむ。触手を持つ球体型の魔獣か……。今までそのような魔獣の報告は受けておらんな。とすれば新種か……。知性が高く、幻晶騎士(シルエットナイト)の武器や魔法にも動じない……。旅団級や師団級規模の強さを秘めていると……」

 

 大きさは決闘級。それゆえに油断し易いかもしれん、と国王は続ける。

 現時点でその新種の魔獣に対する対処方法は無く、発見から数日経っているが新たな発見例は未だに無し。

 それもまた不可解な気がする、とアンブロシウスは思った。

 

「では、次だ。わしは興味がある事にはとことん遠慮しない。だからお主達も変に遠慮せずとも良いからの」

「はぁ……」

 

 てっきり何かしらの恩賞をもらえる()()のやりとりだと思っていた。

 それぞれの心中では色々と雲行きが怪しいなと感じつつ――

 報告書は国王の下にも届いている。けれどもやはり現場の声を直接聞く方が真実味があって良い、とアンブロシウスは満足げであった。

 彼らの反応を見るのもまた楽しみであったので。

 

「次は嫌な話しになるかもしれんが……。あの陸皇亀(ベヘモス)が空から降ってきたそうだな」

「はい」

 

 一同に緊張が走る。

 自身に植え付けられた心の傷(トラウマ)が蘇るように。けれども国王からの疑問に最大限答えなければならない。

 既に退路は断たれている。それはエルネスティにもいえること。

 

「一度は姿を消したかの魔獣(ベヘモス)はどういう訳か、空から降って来た……。全く理解出来ないのだが、それは(まこと)……なのだろうな」

 

 学生達だけではなく騎士団の多くが目撃している。

 しかし、それを直接見ていない者からすれば何を言っているんだ、と疑念を抱かれる。

 詳細に説明しようともアンブロシウスですら納得できない事柄だ。

 更には地面に激突する寸前に勢いが殺された。その原因も不明――

 国王としてはとても気になって仕方が無い。

 

 この現象が――、詳細がとても知りたい。

 

 学生達に尋ねるのは堅苦しい大人よりも柔軟な発想力を持つ若者の方が新たな発見が得られると思ったからだ。

 大人は何かしら忖度(そんたく)しがちだ。だが、子供はそういう世界に疎く、また大人の世界の汚染度が低い。

 そうさな、と呟きつつ――やはり一番興味を引くのは最年少者――いや、最も歳若く見える少年エチェバルリアに聞こうかな、と。

 そう考えたが、それはそれで酷かなとも思う。

 

「誰ぞ説明出来る者は?」

「……おそれながら」

 

 暫定的に彼らのリーダー役を務めるエドガーが周りの様子をうかがった後、代表して言った。

 

「誰に聞いても答えは一緒……。それでも、でございますか?」

「……それではつまらんのう。その言い方だと口裏合わせしてわしに詳細を教えない、とも取れるぞ」

 

 それでも無理に聞き出そうと考えているのだから警戒されても仕方が無いか、とも思える。しかし、国王ではあるが、ここでは一人の好奇心旺盛なジジィが一人居るだけだ。遠慮は無用、と伝えた筈なのだが――

 うむ、と一つ頷いたアンブロシウスは他の者に顔を向ける。

 それぞれ緊張の為か、顔が笑っていない。それと何も言いたくない、という雰囲気を醸し出している。

 それはつまり相当怖い思いをした、という証明でもある。

 

「では、わしが指名しよう。そこの者……」

 

 当初から狙っていたラウリの孫に人差し指を突きつける。

 姿勢良く臣下の礼を取っていたエルネスティが一瞬だけ身体を硬直させる。

 

「……あえて聞くが……。まずは名はなんと申す?」

 

 堅苦しい挨拶を抜きにしたため、エドガー達の挨拶を省いたが取っ掛かりが必要だと判断し、尋ねてみた。これに応えられないようでは何を聞いても無駄だと判断する事にした。

 それにしても誰もまともに答えてくれないのは実に面白くない。

 少しずつ苛立ちが募るアンブロシウスだった。

 

        

 

 国王からの指名に対し、エルネスティは淡々と明瞭な発声にて自分の名を告げた。

 その堂々とした振る舞いに国王は驚き、そして満足する。

 年齢から考えればなかなか出来ない事と同時に胴にいった物言いは気持ちがいい。

 

「では、エルネスティよ。お前の主観で述べよ。あの陸皇亀(ベヘモス)は本当に空から降ってきたのか?」

「僕の目にはそう見えました」

「わしが聞きたいのは……、知りたいのは空から降ってきた、という表現に間違いが無いのか、ということだ」

「観察したわけではありませんが……。それでも構いませんか、陛下」

「よい。許す。他の者も余計な茶々は入れるでないぞ」

 

 発言の真偽にいちいち横から嘘だ、信じられん、世迷言を、とか言われるのは正直に言って邪魔でしかない。

 相手に好きに発言させよ、と思いはするが国王としては安易にそれも許せないのがもどかしかった。

 好きに発言せよ――この言葉もあまり役に立たないと思っていた。

 

「では、僭越ながら……。陸皇亀(ベヘモス)は確かに空から降ってきました。それ以外に説明をお求めになられるということは何かしらお疑いのご様子……。それは僕も感じておりますが、そうとしか表現できないのです」

 

 物怖じしないエルネスティの言葉に国王は少し驚いた。

 こちらがちょっと手を差し出しただけで彼は見事に応えてくれた。では、更に期待してしまうではないか、と。

 

「もしかして陸皇亀(ベヘモス)が降って来たのではなく、飛んできたとおっしゃりたい? しかしながら……」

 

 発言を続けるエルネスティに対し、ラウリが国王が喋ろうとしたのを邪魔するな、と一言告げるものを――国王が――手で制し、発言を続けさせた。

 そう、降って来たのではなく飛んだ、という表現ではないのが気になっていた。

 自分の目で直接見たわけではないが、曖昧な表現では面白くない。

 

陸皇亀(ベヘモス)が陸地から飛び上がった場面を僕らは見ていません。仮にそうだとしても……地面に激突すればひとたまりもないのはかの魔獣も同様だと思います」

「では、降ってきた、として。どこから、というのが気になるところ。……では、どのくらいの高さから降ってきた? 何か基準になる建物は無かったのか? あるいは山とか」

「見晴らしの良い空しかありませんでしたし……。相対距離を測るほどの余裕はありませんでした。単なる主観で良いなら……およそ三千メートル、またはそれ以上かと思われます」

 

 周りの従者達が驚きで唸るのを無視しつつ――ただし、と人差し指を立ててエルネスティは続ける。

 自分が見たのは既に地表に近い位置だった、と。

 

「落下に余裕があったのは空気抵抗を受けていたから。それと現場を暗くするほどなので小石ではありえません」

「なるほど。続けよ」

「はっ。高高度からの落下は我々が思っているほど速くはありません。しかし、遅くもありません。あの時は咄嗟の事で混乱しておりましたが……。全ては思い込みによる錯覚が伝播し、より錯綜してしまいました」

 

 落下物が陸皇亀(ベヘモス)だったから混乱した、という風に国王には聞こえた。

 では、それ以外だったら対処出来たのか、と聞きたくなる。

 

「けれども、僕は……巨大質量の落下に捉われて取り乱してしまいました。百メートル級の岩石が地表に激突すればどうなるか……。落ちる場所にもよりますが、一番の問題はどの程度の高さから落ちてきたのか、知る術が無かった……」

 

 もし、想定より低い位置からなら大地震、とまではいかないが森の地形が変わる程度で済んだかもしれない。しかし、成層圏――あるのかは未確認だが――からの落下であれば事態はより深刻になる。

 それは質量に落下する時にかかる速度が加わるためだ。更に空気抵抗によって位置エネルギーが熱として溜め込まれ、周りへの被害がより増してしまう。

 高高度であればあるほど運動エネルギーは増大する。それは単なる魔獣程度の大きさであっても――いや、一定以上の大きさを持っていればより深刻さが増す。

 例えば小型魔獣『風蜥蜴(スタッカートリザード)』を成層圏から落下させ、シュレベール城に落とすと魔獣は木っ端微塵になる。――その前に大気の圧に耐えられるかが疑問だが。

 それと細い尖塔くらいはへし折れるかもしれない。

 小石程度であればいくつかの部屋を貫通するだけで終わる事も――

 では、それが逆に大きく、また強固な存在であったなら――城は果たして形を保てていられるのか――

 

「遅く見えていても加わる運動量如何によれば結局のところ被害は甚大……。軽く見てはいけないと判断いたしました」

 

 聞けば聞くほど現実味が無い。それはエルネスティが悪いわけではない。

 実際に落下してもらって辺りに甚大な被害を被ってもらわないと自分はおそらく信じない。――自分だけではない、と訂正する。

 未然に防がなければどうなるか、知った、または感じた人間が目の前に居る。

 それを嘲笑できるのか――

 

「落下の速度を風の魔法で軽減すれば良かろう。少なくとも激突による被害はもう少し減らせた筈だ」

「お言葉ですが、陛下。下に向かって加速度が加わった大きな質量を単なる魔法で軽減できるほど魔法は万能でも強固でもありません」

 

 その前に落下エネルギーに巻き込まれて支えているどころではありませんが、と付け加える。

 本気で落下エネルギーをどうにかする場合は膨大な魔力(マナ)を消費し、巨大な風の壁を何重にも築く必要がある。

 魔法には自信のあるエルネスティでもそこまでの規模の魔法は扱えない。オルター弟妹(きょうだい)の協力があっても足りないのは試算で判明している。

 更に幻晶騎士(シルエットナイト)ではかの魔獣の巨体を支えられないので、エネルギーを中和できたとしても重量によって潰されてしまうのがオチだ。

 

「現場に居た全員の死亡は確定です。その上でなら……遠く離れた王都くらいは守れたかもしれません」

 

 王都以外にも都市があり、各地で魔獣の侵攻を見張っている砦がある。

 少なくとも多大な犠牲は出てしまう、とエルネスティは言った。

 

        

 

 陸皇亀(ベヘモス)の身体が想定よりも柔らかく、地面に激突しても身体が四散するだけならば破片による被害程度で済む、かもしれない。

 けれども、そこにはそういう事前情報がある、という前提が無ければならない。

 強固な身体を維持する『身体強化(フィジカルブースト)』をまとい、百メートル規模の身体を持つ師団級魔獣の落下だ。

 その想定で考えれば安易な希望的観測でやり過ごす事など、誰が出来るというのか。

 

「それに僕達の居る現場に絶対に落ちる、という保証はありません。……そこは今でも疑問であり不可解な点ではあります」

 

 高高度からの落下物は様々な影響を受けやすく、また目的の場所に絶対に落ちる保証は――意図的でもないかぎり――無い。

 場合によればエルネスティ達は指をくわえて見ているしか出来なかった。

 

「それはそうだろう。……しかし、最後は止まったのだろう? それとも陸皇亀(ベヘモス)自身が止めたのか?」

「……分かりません。見ていた自分の見解でも未知の現象としか……」

 

 この言葉に他の者も首肯する。

 報告書を作成した騎士団も原因不明と答えている。

 

「では、嫌な話しはそろそろやめにしようか。最後にもう一つだけ……。陸皇亀(ベヘモス)が落下するまでどれ程の余裕があった?」

「目算で……十分程度……。巨大な質量は様々な抵抗を受けますので……」

 

 それだけの時間が掛かる位置から落ちてきた。

 では、そこまでかかる場所を陸皇亀(ベヘモス)が縄張りにしていたのか、といえば疑問が残る。更にそこまでの距離に()()()()()という報告も伝承も聞いた事がない。

 

「その短時間で……お主は幻晶騎士(シルエットナイト)を壊していたと……。では、その時、何をしようとしていた? 事態に抗おうとしていたのだろうが……」

 

 責めるつもりは無い、という意味で微笑みかけた。――正直、絶望的な状況であった話しが続いたので。

 聞けば聞くほど空恐ろしい状況であったとアンブロシウスも認めるしかない。

 エルネスティの顔がそれを物語っていた。――今にも泣きそうな顔に見えたのは可愛らしい童顔だったからかもしれないけれど。

 

「その時は……もう無我夢中で……。無抵抗にやられたくなかったので一矢報いる何らかの突撃でもしようとしていたのかも」

「具体的な計画は無しか……。僅かな時間を考えれば仕方が無いかもしれない。だが、それでも抗おうとする意思は働いたのだな」

 

 苦笑するエルネスティ。

 ようやく凝り固まった時間が氷解したような気分になってきた。

 今だからこそ聞ける事もあるのではないかと思い、説明を続けさせる。

 彼ばかり質問しても仕方が無いと気付いた国王は他の者にも意見を述べる機会を与える。

 

        

 

 結果としてエルネスティ以外は何も出来なかったと口を揃える事態になった。

 混乱する現場でいち早く動いたのはエルネスティただ一人、というのは些か残念な結果だ。

 しかし、実はもう一人、自由に動いて居た者が居たのだが国王はその事には触れなかった。

 

「早い話しが幻晶騎士(シルエットナイト)一機分を丸々弾丸のように扱って少しでも運動エネルギーを相殺しようかな、と……。少なくとも周りにまとわれている暴風並みのエネルギーによる結界さえ消し飛ばせれば、熱波くらいは防げたのかな、と……」

 

 落下時に起きるのは暴風並みの衝撃波と地震だけではない。

 土砂が巻き上げられたり、近くに居る者を焼き殺してしまうほどの高温を発生させたりと様々だ。

 巻き上げられた粉塵によって辺りに陽が当たらなくなり、気温低下が起きたり――

 とにかく、エルネスティはどれか一つでも被害を相殺できれば後はどうでも良かった。

 

「それにはお主が落下予想地点まで行かねばならんのだろう? 何処に落ちるか分かっていたのか?」

「運よく僕らの近くに落ちると騎士団の方々から教えていただきました」

 

 本当に()()()なのかはわからない。

 もし、もう少し遠くであれば黙って見過ごす。いや、結果は同じだと結論が出ている今はどんな可能性も無意味だが。

 

「結局徒労に終わったエルネスティ以下は無能であるとわしが言えば決着は付くのか?」

「……それはおそらく事実でございますれば……。言い訳も出来ません」

 

 エルネスティが項垂(うなだ)れた後、エドガー達も(こうべ)をたれる。

 それぞれ心中に色々な思いを秘めているのかもしれないが、それを責める為に来たわけではない。

 (まこと)に興味深い話しが聞けて良かったと思っている。

 

「うぬぼれもそこまで行けば大したものよの。騎士団でも何も出来なかったものがお主ら学生如きに事態の打開など求めておらぬわ。しかし、エルネスティよ。その歳で命を捨てようと考えていたのであればわしは悲しいぞ」

「おそれながら。僕は命を粗末にしたいと思った事はありません。……幻晶騎士(シルエットナイト)に乗ったまま死ぬのは本望だ、みたいな事は思うかもしれませんが、これは僕の信条ですので」

 

 心外だ、とばかりに反論する銀髪の少年の輝く瞳。

 そこには人生を諦めた色は微塵も映ってはいなかった。

 

「ですが、陛下の言う通りでもあります。言い訳をあえて致しますが……」

「うむ。続けよ」

「あの現場で逃げ出せば僕は一生後悔すると思いました。幻晶騎士(シルエットナイト)も大事ですが……。人から恨まれてまで生きたいとは思いません。もちろん、死にたくありませんでした。出来る事なら物凄い武器でも使って落下物を粉砕できたらな、と思ったくらいですよ」

 

 残念ながら手持ちに真っ当な武器がありませんでした、と小さくつぶやくエルネスティ。

 捲し立てるように言い放つ小さな子供の言動に横で控えていたラウリは先ほどから汗を拭ってばかり――

 しかし、国王は興味深そうに話しに聞き耳を立てている。

 

(武器があれば打開出来たと申したか。それはそれで真理よの)

 

 その武器が無いから諦めた、わけではなく最後まで知恵を絞り、抗おうとした。

 剣と魔法で無理なら可能な武器を用意するしかない。確かにその通りだ。

 手持ちにある物だけで何とかしろ、というのは国王とて無茶だと思う。

 

        

 

 打開に必要な武器も無く、最後まで残っていた彼らはどんな思いだったのだろうか、と。

 アンブロシウスは改めてエドガー達を見据えた。

 しかし、それでも思ってしまう。

 最後に陸皇亀(ベヘモス)を止めた方法だ。それがあれば――

 

「そういえば……。結局陸皇亀(ベヘモス)を止めた武器は何だったのだ?」

「分かりません。僕は視界の効かない幻晶騎士(シルエットナイト)の中に居たので」

 

 他の者も総じて首を横に振った。

 誰も原因が分からないという。

 そんな事がありえるのか、とアンブロシウスは疑問に思うが、本当に知らないのであれば致し方ない。

 

「今でも分からないのか? 検討もつかないものか?」

「はい。僕の知識ではあの大質量を地表スレスレで止めるような武器にも魔法にも心当たりがありません。荒唐無稽でいいのでしたら……。相当数の幻晶騎士(シルエットナイト)による空気圧に関する魔法とか……。それでも落下エネルギーを相殺しきれず、結構な犠牲が出ると思われます」

「そうなのか? では、逆の見方ではどうだ? 例えば……下から支えるのではなく、上から引っ張るとか」

 

 発想の転換、とエルネスティは思った。

 国王の言葉も荒唐無稽だ、とエドガー達や『アーキッド・オルター』も声に出して言いそうになった。

 

「陛下。高高度から落下する巨大質量の上にどうやって飛び乗るのです? 事前に把握していたとしても、かの質量にまとわれている運動エネルギー……、風圧は強固な結界に等しいものですよ」

 

 仮にその風圧に穴でも空けて侵入したとしても――それすらも掻い潜る方法があったとしても取り付く事は難しい。

 それと地表に近い場合は質量の温度も相当高くなっているはずなので幻晶騎士(シルエットナイト)の内部温度によれば蒸殺されてしまう場合も考えられる。

 

「知恵の回る子供は空恐ろしいな。しかし、大変に興味深い。……だが、そなたが言うように不可能だと言うのであれば可能性の方は何も出てこんのか?」

「僕はわりと現実主義なもので……」

 

 魔法は本来は非現実的な概念だ。しかし、この世界では現実の概念として定着している。それでも荒唐無稽だと言えるものが世の中には存在している、と思っている。

 ただ、それらはまだ未発見であったり、未検証なだけでいずれは既知となるかもしれない。

 

「では、あえて言わせて頂きます。陛下がお望みの可能性というものは、そういうものがある、というだけで僕らは知りえません。それが真理です、きっと……」

「そうか」

「それこそ、そういう事が出来る魔法でも誰かが開発して使った、のであれば……。そうとしか言えません。出来る出来ないで言えば……、僕らには出来なかった。でも、誰かには出来る方法があった……または方法を持っていた」

 

 それ以外で説明する事はエルネスティには出来ない。

 自分達には不可能で、それを可能にする方法はこれから模索するところである。

 しかし、別方向では既に可能となっている方法があり、今回の事件を解決した、というのであれば国王が質問する相手はエルネスティではない。

 可能であると言える何者か、だ。

 

        

 

 国王は一連の説明を聞き終えて至極満足していた。

 一番現場に近い位置に居て死を経験したというエルネスティ。それがこれだけ饒舌に喋れるのだから、もはや何も問題は無いと判断する事にした。

 心の傷も勲章として受け止め、前に進む意志があるのであればそれはそれで結構な事だ。

 他の者は助かって良かった程度の認識なのかもしれないが――

 ――ラウリへの義理はこれで果たしたと判断し、次は各人への報奨の話しに移る事にする。

 休日が欲しいもの。金銭。出来るだけ叶えてやりたいが、それぞれ何を言ってくるのか怖くもあり、期待に胸が躍ってしまう。

 

「俺は何も出来なかったので、報奨をもらう資格はありません。陛下のお言葉だけで満足です」

「私は自分の幻晶騎士(シルエットナイト)の強化を願いたいと思います。壊した幻晶騎士(シルエットナイト)はエルネスティに譲渡してもいいかな、と……」

「解体研究については国秘の部分があるが……。エルネスティが望めば国機研(ラボ)との協力も模索しておこう」

 

 他の者も似たり寄ったりだったが、平穏を今は欲しているようだった。ならば無理に余計な要望を出させる事はないと判断する事にする。

 とはいえ――

 エルネスティ以外は現場の状況をろくに説明できなかったのは残念に思う。それとも思考が凝り固まった者達ばかりだから、か。

 柔軟な発想力を持つ者がもう少し多ければいいのに、とアンブロシウスは小さく溜息をつく。

 

「おっと、忘れるところだった。エルネスティよ。そなたが壊した幻晶騎士(シルエットナイト)……。責任を持って直すが良い。必要な人材など必要であれば優遇しよう」

「はっ」

「……ついでに可能性を追求してみるのもよかろう。わしにここまで説明出来たのだから、それ相応の実力も見てみたいものよの。口だけ達者な小童(こわっぱ)ではないところを見せる気概はあるか?」

 

 子供相手にここまで言うのは単に興味を覚えたから――

 いや――自分でも良く分からないが、とアンブロシウスは言葉を続ける。

 充分な復習を持って受け答えに望んだのかもしれないが、少なくも(エルネスティ)は本気で止めたいと思っていた。そして、諦めざるをえなかったのは時間が足りなかったから。

 ――では、充分な時間を与えていれば今回の被害は食い止められたのか――

 それはおそらく無理だったに違いない。本人も言っているように地上からではどうしようもない、と――

 これ以上は『皆のために何故、死ななかったのか』と責める言葉が出て来てしまう。それではここに来た理由が真逆になって本末転倒だ。

 彼らを労いに来たのだ。今以上にがっかりさせる為ではない。

 

        

 

 齢十二の小さな子供に国の命運を預けるのはきっと愚王だ。

 さすがにそこまでの重石(おもし)を乗せる気は無い。けれども、と期待してしまう自分が居る。

 この小さな存在が大きなことを成し遂げてくれそうな雰囲気をアンブロシウスに感じさせたのだから。

 だが、それにはまず騎操士(ナイトランナー)になってもらわなければならない。

 興味があるだけの理由で幻晶騎士(シルエットナイト)の建造に参加させる事は出来ない。――これは国家事業でもあるのだから。

 

もちろんです! ……しかし、自分はまだ学生ゆえ……。陛下の期待に応えるのは当分先になります」

 

 はっきりと言い切る顔に少し気圧(けお)されてしまった。

 実に将来が楽しみな存在よ、とアンブロシウスは笑った。

 

「一足飛びに何でも許可してしまえば学園長であるラウリの肩身が狭くなるだろうな」

「……確かに。エルよ。あまり欲を出すとわしでも庇えんぞ」

「分かっております。いくら学園長でも僕は無茶は……出来るだけ言いませんよ」

(エル君の野望は簡単には消えたりしないと思うけどな)

(……しかし、さすがのエルも今回の事件は堪えたようだな。いつも以上に真剣な顔をしてる)

 

 エルネスティに対する褒章については別途思案する事を約束し、彼らを退出させた。

 ラウリには今来た者達の恩賞などについて吟味してから決断していくことを約束する。

 従者を除けば国王と学園長だけが残った部屋で一息つく時間が生まれた。

 

「……見所のある孫よの」

「陛下の疑問にあれほど答えるとは思いませなんだ。少々生意気なところはご容赦を」

 

 いやいやと手を振りつつ国王は満足げで頷く。

 あれほどの傑物には久方ぶりに出会った、と喜びをあらわにした。

 元気だけなら自分の孫にも匹敵するのでは、と思ったが脳裏から追い出した。

 

(アレは元気だけで向こう見ずだった。エルネスティの知恵を少しでも分けられたら、もっと評価を改めても良いのだが……)

 

 本当に誰に似たんだか、と小さくつぶやく国王。

 それはそうと、と呟きつつアンブロシウスはもう一人との面会予定を思い出す。というよりはその人物が今回の訪問の目的だともいえた。

 

        

 

 数分後に部屋に呼び出されたのは赤金(ストロベリーブロンド)の髪の毛を持つ女性。

 色白で見ようによれば病的とも言えるほど肌が白く、またそれゆえに独特の美しさを持つ。

 発色の良い碧玉(エメラルド)にも負けず劣らずの瞳がまた神秘的で、髪は首元で切り揃えられていたが、風貌は昔見た知人にそっくりであった。

 雰囲気は紛う事無く同一の者のようにも思える。

 

「……お呼びに預かり馳せ参じましてございます」

「昔の知人と生き写しじゃな」

 

 部屋に訪れたのは二十歳を超える女性『シズ・デルタ』だ。

 神経質なほどに正確な臣下の礼は見事としか言いようがない。

 

「そなたが()()のシズ・デルタか。真に()()によく似ておる。……それで先代は息災かな?」

「はい。……もし、必要とあればお呼び致しますが……」

 

 声質も先代に似ている。――いや、殆ど同一のようにしか聞こえないのは自分だけかと思うほどだ。

 学生時分だった時からシズ・デルタという女性は無機質で成長とは無縁のような美術品めいたところがあった。しかし、時代が移り変わる頃、きちんと歳をとる風貌に驚いたものだ。

 彼女は永遠に姿が変わらないと思っていたので。

 

「此度は学生共々とんでもない事件に巻き込まれたそうだな。無事で何よりだ。今回は事件とは関係の無い(先代)に来てほしかったのだが……。無理に足を運ばせるのも健康に悪かろう。……それで、昔の(よしみ)で長年の勤続に対し、何かしらの恩賞を与えようと思って……。そなた、あの者が欲しがるものが何か分かれば教えてほしい」

 

 正直に言えば先代のシズ・デルタが欲しがる物が全く浮かばなかった。というよりは無役の権化、または勤勉の鬼とも言われるほどの堅物――

 鉄の精神を持ち、どんな事にも動じない。

 そんな人物がついぞ何かにこだわりを見せた事など記憶に無いほど。

 無理に例えば出せば勉学くらいしか無い。

 

「そうでございますか。大それたものは無いと思われますが……。国王陛下が贈りたいと思うものであれば……」

「わしが思うよりはあやつが思う物の方が良いのだ。贈られて嫌な思いをせぬ為にも……」

 

 国王の言葉に軽く唸るシズ。

 教師や学園長から退役の言葉は貰っていた。特別な勲章などはなく、老後の蓄えに不自由しないだけの金銭くらいだった。

 その代わりとして今のシズに色々な権利を与えるように言ったものが恩賞と言われればそうなのだといえる。

 

        

 

 質素を旨に生活を続けてきたシズにとって目立つ事は出来るだけ避けたい事柄だっただけに、どういう言葉を出せばいいのか分からなかった。

 そういう細々としたものは相手側に決めてもらうのが一番無難である、と。

 自分の目的はあくまで現地調査――

 我欲とは無縁であった。

 

「わしが送りたいものとなると幻晶騎士(シルエットナイト)を進呈する事になるが……。それでもいいのか?」

「お決めになる方のご意思にお任せいたします。先代も陛下からの賜り物であれば断りますまい」

「……今のは冗談なのだが……。なるほど、確かにあやつの娘よの。瓜二つだ」

 

 面白いオモチャを見つけた子供のようにアンブロシウスは声に出して笑った。

 母娘(おやこ)揃って堅物であれば、その生活は実に硬くてつまらないものであろう、と。しかし、それでも母娘(おやこ)であるならば文句は言えないし、その権利も――国王であっても――無い。

 

「一先ずは長年の勤労を讃えた勲章を用意した。……あやつは目立つ事を嫌うと聞いておったから特別な行事が出来なくて多くの者が嘆いている、と伝えておいてくれ」

「……申し訳ございません。我々は国を支える仕事に従事する者ゆえ……。裏方を生業(なりわい)とする()()です。余計な敵を作ってはならないのが我々の……取り決めにありますれば……」

「……まるで『藍鷹(あいおう)騎士団』のようじゃな。それともかの騎士団への入団の方が都合が良いか……。わしは口添えは出来るが……、決めるのはそなたらだ。今すぐ、とは言わん。何かしらの欲が出たらいつでもわしの所に来るが良い」

「……ありがたき幸せにございます。しかし、先代は人目には付きませんし、陛下の前にも現われない身……。先も言いましたが御用とあれば連れて来ます。それ以外ではご容赦のほどを……。それが我々の取り決めゆえ、現当主である私が決定させていただきます」

「それは残念だ」

 

 抑揚の無い喋り方は懐かしさを覚える。

 シズ・デルタという一族は謎に包まれている。それは『藍鷹(あいおう)騎士団』に秘密裏に探らせているが、その彼らですら全貌が掴めない程――

 只者ではない事だけは分かっている。

 今のところ送り込んだ『藍鷹(あいおう)騎士団』に行方不明者は出ていない。それもまた不思議な事だった。

 殺す気が無い、としてもそれをすんなりと信じられる材料にはならない。

 こうして話している内容は従者や学園長であるラウリにも聞こえている。隠そうとしない、または言っても構わないと思っているのだろうけれど、それでも全貌が掴めない謎の一族には興味があった。

 

        

 

 最初は冗談だと思っていた。時を経て藍鷹(あいおう)騎士団を扱えるようになり、試しに調査を依頼。

 その結果は目を見張るものがあった。

 シズ・デルタの隠れ家が見つからない。

 彼女が寝床にしている家が無い。――娘の家は判明している。しかし、それは最近借りたものだ。それ以前の住まいの痕跡が見つからないのが問題だった。

 幾度も追跡しているが煙のように消えてしまう。

 一度、直接本人に聞いた事があった。――ただし、アンブロシウスではなく同僚の教師に聞くようにラウリに指令を出して。

 

(女の秘密を暴かないで頂きたい、というのが当時の常套句だった)

 

 秘密の多い女、というのは早いうちから判明していたが、最後まで隠し通したのは先代のシズただ一人ではないかと。

 本格的な人海戦術を敷くわけにも行かず、かといって諦めるのは自分の性格ではありえない。

 そんな時、長年の勤労からついに学園を去ると聞いた時は我が耳を疑った。

 彼女は永遠に働き続けるものとばかり思い込んでいたので。

 

(調査が始まった頃からか……。シズ・デルタ一族と言うようになったのは)

 

 活動内容は『目立たずに働き、地味な活動を信条とする』謎の一族。

 国の汚い仕事を請け負う、というものではなく、本当に目立たずに本当に地味に働く事を本当にそんな事を信条としている一族。

 

 全く訳が分からない。

 

 見た目の印象において目立つな、という方が無理だ。それでも外見ではなく仕事内容が重要だというので、本当に良く分からない。

 いや、当人達にとって仕事が地味であればいいのかもしれない。

 だからこそ、人に聞かれてもいい、と思えば納得は出来る。

 それと、藍鷹(あいおう)騎士団を煙に巻く実力を放置するのは実に勿体ないことである。ここは是が非でも勧誘したいところであった。

 かの騎士団なら一族の信条である『目立たないこと』を満たす。ただ、秘密保持の観点などで動き難くなるし、娘が幻晶騎士(シルエットナイト)に触れられる機会が無くなるかもしれない。

 先代と違って娘は何故か、幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を持った。だからこそ計画が破綻しかけている。

 この辺りの調整は別途相談中であった。

 

(目立つと死ぬのか、といえばそんなことはなく、残念に思う程度という。それがどうして藍鷹(あいおう)騎士団を煙に巻く事が出来るのだ)

 

 当時から謎めいた一族――というよりはシズ・デルタという存在は昔から理解出来ない数少ない神秘の権化。

 目立ちたくない存在が教師になった時はまた驚いたものだ。だが、よくよく考えれば地味な授業をしている教師という職業は不思議なもので、子供時分であれば本当に地味だと思った。だからこそ、なるほど言いえて妙だ、と。

 

        

 

 見目麗しき謎めいたシズ・デルタ。その冷静沈着で人を寄せ付けないようで多くの者を魅了する。

 いや、その冷徹で情け容赦しない地味さ加減を思えば彼女の敵は派手さを好む自分のようなもの――

 なかなかどうして、そんな面白い存在を有効活用――とまで行き過ぎた考えに陥るところを踏みとどまる。

 

「……だが、やはり惜しいな。そなたらを手に入れられぬというのは。先のエルネスティとは対極よの。しかし、目立ったところで残念に思うだけであろう?」

 

 目立てば要らぬ敵を作る、という事だが彼らの敵とは一体なんだ、と。

 派手な者が敵というのも些か疑問だ。

 ここは国で一番目立つ国王としての立場では理解出来ない事かもしれない、と思わないでもない。

 

「無理に信条を変えよ、と国王が命令しては本末転倒……。というよりはそこまでの権利を有しては我がままが過ぎるきらいがあるな」

 

 しかし、その調子で長年国の為に働き、多くの生徒達を導いた功績は讃えなければ彼女(先代)の人生が実に勿体ない結果となってしまう。

 少なくとも今居る藍鷹(あいおう)騎士団は彼女(先代)を尊敬している。――地味さは除くが。

 叙勲式を(おこな)う場合は来てくれるのか、と尋ねると伝えておきます、とだけ答える。

 物言いも感心してしまうほど徹底している。

 だが、その式典を派手に(おこな)おうとすれば逃げ出しそうな気がするので、厳かにしなければならない。というより教師風情の存在を国王が弄り回すのはイジメだな、と苦笑するアンブロシウス。

 

(目立てば敵を作る、か……。上手い事言いおって、鉄仮面が)

 

 先代の話しを切り上げて、先ほどもした『魔獣襲来事変』について聞こうと思った。

 シズもまた現場に居たと報告にある。

 先の者と違い、彼女は色々とおかしな行動をしている。特に目立つような事を。

 

        

 

 生徒達の避難から聞けばいいのか、それともいきなり核心からか。

 同じ話しを改めて聞くのも時間の無駄のようにも思える。

 うむ、と唸りつつアンブロシウスは思案する。

 

「……まず、何から聞けばいいのか……。とにかく、無事に戻ってきて良かったと……。それと多くの生徒を守ってくれて……。そんなところか」

 

 そんなところ、というのは些か失礼な気がしたが、シズを前にすると上手く言葉が出て来ない。

 反応が乏しい事もあるし、事務的な解答ばかりする先代がちらつくので、会話が成り立たない。そういう役目は事務的な事に特化した者にやらせていたので、今まで問題は無かった。

 今回は国王自らが問いかけている。それが問題なのかもしれないが――

 

「私の一人の力ではございません」

「事務的過ぎるぞ、貴様。……それらは置いておこう。謎の魔獣が現われたそうだが……。伝え聞いたままだと実に奇怪な姿だという。……この場に連れて来れないものだから説明を求めても意味が無いか」

 

 国王命令で連れてこい、と言うわけには行かないが実際に見てみたい気持ちはあった。

 黒い玉のような決闘級魔獣。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の武器と魔法をものともしない強固さと奇怪な姿。そして、とても賢いという話しだった。

 触手を使って落とし穴を回避し、攻めてきた幻晶騎士(シルエットナイト)を一撃で粉砕したとか。

 聞けば聞くほど不可解極まりない。おまけにそのような魔獣にシズが立ち向かい、言葉で退散させたというのだから驚かないわけにはいかない。

 一番目立っているではないか、と憤慨に似た興奮を覚えたものだ。

 

「生徒の命の方が大切だと思えば、お前たちの信条とやらも守るに値しない、ということか?」

「……多くの生徒を死なせては一番に責められるのは教師でございます」

「……なるほど。その職種ゆえにかえって目立つか。しかも悪い方に……」

「考え違いをされていると思われますが……。我ら一族は地味に世界を学ぶ者……。だからといって生徒達や国民の敵になりたいとは思っておりません。私が前に出るのはもちろん打算あり気です」

「どういう目論見があって前に出るというのだ? 今まで前面に立とうとしなかったお前達は何を得ようとしている?」

「現地の文化と知識……。魔獣によって失われては困りますので。それと生徒達の可能性も追加いたしましょう」

「可能性……。その先にあるのは国の乗っ取りとか企んでいるのかな?」

 

 それはもちろん行き過ぎた暴論だ。だが、暗殺に関する噂が無い以上、シズ・デルタ一族の目的は別にある様な気もする。

 そうでなければ藍鷹(あいおう)騎士団を煙に巻く実力者が数十年も潜伏しておいて何もしない、というのは考えられない。

 ただ、地味に過ごしたいだけ。それでは普通の国民と変わらない。――それともよそから流れてきた人間だから迫害などをおそれている、というのは考えすぎ――だとも思える。

 

「国は人類が絶滅した後でいくらでも手に入るものでございます……」

「……そこまで遠未来の事を想定している一族なのか?」

 

 シズ・デルタならそこまで考えていてもおかしくないかもしれない。

 こいつやらは未来永劫変わらぬ一族である、という根拠の無い確信を抱かせる。

 

「お前たちが国を取っても地味なままなのだろうな。……国としてはつまらんな」

 

 先ほどから『地味』を連呼するのも嫌になってきた。

 しかし、面白くない事を信条とする良く分からない一族だ、と。

 

        

 

 シズ・デルタ一族なる者達の話しをやめないと苛立ちが増大する。そして、気が付く。

 目立てば敵を作る、という意味はこういうことか、と。――意外と納得出来るから困る。

 ゴホンと咳払いするように邪念を追い払う。

 

「……あー。先の者にも聞いたが空から陸皇亀(ベヘモス)が降って来たという。それに対し、誰もが成すすべなく茫然自失となるしかなかった、とか……。さて、そのような事態に対し、お主はどう対処する? 落下地点は……お主の頭上にしておこうか」

「受け止める事と回避し、やり過ごす事が最善かと思われます」

 

 普通に答えて来た。しかも至極当然とも思われる――模範解答のようなつまらない事を。

 質問した側からすればそうなのかもしれない。それしか言えないのであれば仕方がないとも言えなくはない。

 聞いた自分がバカだと思わなくもないが――よく平然と言えたな、と驚いた。

 理屈を()ねる(やから)に比べればすっきりし過ぎだが、正論ではある。

 

「……う~む。あまりにあっさりした解答で驚いたぞ。いや、それは無理だとエルネスティ達は言っておったぞ」

「尋ねられたので答えたまででございます」

「聞き方が間違っていたのか……。いやはや、先代に負けず劣らずの頑固者……いや融通の聞かない鉄面皮といったところか……。ま、まあよい。それは実現度はどのくらいあるのだ? わしが聞きたいのは現状を打破できるほどの解答よ」

 

 専門分野には詳しくないが、学園の有名人であると噂される銀髪の小童ですらお手上げだった事件を目の前の鉄仮面の女はどう答えるのか。やはり、淡々と言ってしまうのか、と期待と失望が半々――襲ってきた。

 

「現状戦力を(かんが)みれば対処は不可能。ですが、対処方法はあります。より正確に言えばあるというだけで解決に繋がらないだけです」

 

 つまりなんだ、とアンブロシウスはイラつきながら言葉を続けさせた。

 もっと面白い事を言え、と恫喝しそうになる。

 始終、抑揚の無い言い方をしているので頭を引っ叩くまで時間はそうかからない気がしてきた。

 質問者側の我がままではあるけれど、国王を前にしているのだからもう少し感情を見せてほしいと願わずにはいられない。

 

「落下の勢いを殺し、被害規模を出来るだけ減らすこと」

「それは先の者も言っていた。その方法だと支える側が潰れてしまうと。それでもどうにか犠牲無く何とか出来ないのか、と聞いている」

「……では、不可能を可能にすればよろしいかと」

 

 言葉だけのやりとりだと如何様にも言えるから困る。けれども、そういう風に聞いている自分が居るのも困ったものだ、とアンブロシウスは苦笑する。

 無いものねだりも度が過ぎれば解答者を困らせるもののようだと理解した。

 

「……して、その方法を具体的に教えてほしいのだが……」

 

 国王はとっても我がままだ、という雰囲気を全面的に最大限利用してのお願いであった。

 それがいつも顔を突き合わせる部下だといやな顔をするのだが、そういう顔を見るのが趣味の嫌な国王だと思われるのも心外ではある。しかし、実際に嫌な人間なのかもしれない、という思いもある。

 多くの民を幸せにするのが王の務め。だからこそ様々な方法が知りたくなるものだ。

 良き答えには褒美を与える。ただ聞いて、立ち去ると後々何も言わなくなってしまうので、飴と鞭は中々に使いどころが難しい。

 

        

 

 玲瓏なるシズの声色は聞いていて不思議な気分にさせるものだが、もう少し感情を込めてほしいと願って止まない。

 それに――見目麗しい女性なのに面白くない、とぼやきたいところ。

 期待半分、残りはシズとの対話への楽しみ。

 同期であった時代でも彼女(先代)との対話はごく僅か。結局のところ良く分からないままだった。――しかし、娘もまたよく分からない。

 

「例を挙げられるほどには思い付きませんが……。魔法による一斉法撃によって魔獣を破壊する。……この場合、破片による二次災害が広がりますので、得策とは言えないでしょう」

「現状の魔法で可能性はあるのか?」

「無いですね」

 

 ほぼ即答――

 無表情のまま答えられると驚きを感じる。

 シズには疑問に思う時間が存在しないのでは、と。

 それほど相手の疑問に対して答えをいくつも用意しているとも考えられるが――

 

「エチェバルリア君が幻晶騎士(シルエットナイト)を使ったところで時間的猶予はありませんでした。しかし、それでも彼が努力した事を私は誉めたいと思います」

「……そうか」

 

 今のシズは教師のようで教師ではない。

 様々な役職に自由意志で勤める事が出来る立場だが、実際には学生と同様の扱いに留まっている。

 ある意味では下級生の頑張りを誉める先輩のようだ。

 

「彼がやりたかった事を想像するならば……、強固な身体強化(フィジカルブースト)を展開し、落下を食い止める。それが無理なら広範囲に空気のクッションのような魔法を展開する。または自身を弾丸に見立てて破壊を試みる……」

 

 それら全てはエルネスティ自身が否定する事になった。

 想定は出来た。けれども、それで解決しない事もまた理解してしまった。

 これら以外も僅かな時間で考えなければならないのだから、彼の苛立ちは相当なものになったに違いない。

 

「では、不可能を可能に足らしめる方法について」

「うむ」

「一案としてお聞き頂ければ幸いでございます。まず第一に考えられるのは……地上からの法撃による粉砕攻撃……。想定以上の魔力(マナ)が必要ですが……。破片は適時、迎撃してもらいます」

 

 それには相当数の幻晶騎士(シルエットナイト)が必要だ。だからこそ不可能であるといえる。

 数さえあれば解決したのか、と言われると難しい――多くの者が口を揃えて述べる一般論――

 国王も面白くない、と思って不機嫌な顔になった。

 大災害に面白さを追求するのは不謹慎なのだが――

 

「第二に強固な防備による絶対防御。これは現時点では実現不可能ともいえますが……。続いて第三。……落下する物体そのものを軽くする」

「んっ? そ、それは……先の破壊する事と同じではないのか?」

「破壊ではない方法です。巨大な質量を持つ物体を軽く出来れば、それだけ脅威度が下がります。第四は落下速度の緩和……。これも実現には様々な問題を解決する必要性があります。それと第三の案に比べれば……、より現実的でしょう……」

 

 言葉だけだと何の事かアンブロシウスには見当がつなかった。

 破壊ではなく、重さを軽減する――

 何かの言葉遊びのようにも聞こえるし、それが正に不可能を可能にする方法というのであれば分からなくても当然か、と諦められる。

 

        

 

 続きを促したいところだが、出来もしない事を聞くだけでは実に面白くない。――しかし、結果が既に出ている事と先の彼ら(エルネスティ)も反省の意味で様々な対抗策を考えてきたが、それでも自分達には抗えないことを認める結果になった。

 そして今――

 巨大質量を持つ物体そのものを軽くすると簡単に言ってきたが、それは果たしていかなるものなのか。

 上から落ちる物体をどう軽くするのか。破壊ではない方法となると全く想像出来なかった。

 

「……つまり……、なんだ……。お主ならば可能である方法を知っている……、または出来るとでも言うのか?」

 

 言った後で否定するアンブロシウス。

 シズは目立つ事はしない一族だ。――であれば目立たなければ不可能な事も可能とせしめる事も()()()()かもしれない、ということかと。

 荒唐無稽の話しを聞いているのだから、何が出ても異論を差し挟むわけにはいかない。

 かえって何も答えてくれなくなるおそれがある。

 だが、それでも知りたい欲求は人一倍ある。

 

「……この場に陛下お一人であるならば……。一言ご命令くだされば……」

「むっ!? う~む」

 

 と、唸りながら周りに控える護衛と学園長の顔を見据える。

 立場上、彼らを退席させるわけには行かない。しかし、それでも興味が勝れば――

 そうは思うがやはりそれはできない相談だ。

 自分は国王である。そして、今はお忍びではない。

 非公式とはいえ公務である。

 

 それでもやはり興味が強い。

 

 一つ物事を決定したアンブロシウスの行動は実に早かった。

 苦情を述べようとする部下を部屋の外に追いやる。それでも全員とは行かない。

 たかが平民風情と一対一の秘密会議は余程の権力を有した相手でなければ成立しない。

 

「これでも足りぬだろうな」

「不都合を承知で言うならば……。国王陛下を窓の外に投げるだけでございます」

「………。……ん?」

 

 今、とても不穏な単語が聞こえた。

 玲瓏なるシズの言葉とは思えない物騒なものが。

 

(……今、わしを窓から投げ捨てると言ったのか?)

 

 改めて聞き返そうとするのが怖くなった。だが、それでもやはり聞きなおさなければならない。

 そうは思うが同じ言葉が出た場合はどう対処すればいいのか。

 沈着冷静な娘である筈のシズの口から突飛な発言が出るとは思わなかった国王はたっぷり数分間、茫然自失となってしまった。それほど意外な発言だった。

 

        

 

 しばらく内容について考えているとシズが黙っている事に気付き、現実に戻る事ができた。

 いきなり胸倉を掴まれる事は無かったが――、場合によればありえた事態に苦笑する。

 本気か冗談かで言えば分からない、というのが率直な感想だ。

 

「国王を放り出す事態になればお主は大層目立つであろう? それでも、か?」

「質問に対する答えを示すのに適切な方法だと愚考いたします」

 

 質問者である国王に体験させるという意味か、と。

 確かに他の者ではいまいち実感が伴なわない。――もちろん自分の感覚として得られるわけではないので。

 シズは目立つ事よりも国王の問いに答える事を重要視したようだ。それはそれで殊勝な心がけだと思うのだが、もう少し穏やかな方法を望む。

 相手を納得させる為ならば手段を問わない、というのは新鮮な感覚だ。特にシズという人間が言うと――

 シズは臣下の礼の状態から両手を叩く仕草をする。

 

「私とした事が……。落下地点にクッションなどを用意すべきでしたね。陛下に地面に激突させるような発言をいたしまして、申し訳ございません」

 

 恭しく謝罪するシズだが、アンブロシウスとしては胡散臭さを感じた。

 

(本気で謝っている顔ではないではないか!)

 

 ずっと無表情。ともすれば顔が固まったままではないかと錯覚しそうになるほど変化に乏しい。更に国王相手に始終抑揚の無い話し方――

 だが、それでも謝ってきたところは悪いと思う心はあるのだな、と理解する。

 正直に言えば確かに自分も地面への激突ばかり考えていた。

 飛ぶ事が大事であるならば下に受け止め用の人材を配置しても問題は無かろう、と。

 ――ただ、窓から落とされる国王に大勢が阿鼻叫喚すると思うのだが――

 

「……下にクッションも無しでは本気で危ない方法にしか思えないのだがな。……少し肝が冷えたぞ」

 

 だが、その条件で念願の秘密が分かるのであれば()()()わがまま――ここではシズのお願いとやらを聞くのも吝かではない。

 ここライヒアラ騎操士学園の建物は地上から最大で二十メートルほどの高さがある。

 運が悪ければ致死に至るが低い位置から飛び降りられない事も――と想像してみたが自分(アンブロシウス)の年齢を考えると飛び降りる事自体、やはり危険であった。

 

        

 

 出来ると豪語するならば実際に見てから判断すればいい。――言葉としては簡単に出るものも体験となると二の足を踏む。

 なんとももどかしい局面となってしまったと国王は苦笑する。

 それと平然と意見を言うシズの度胸に改めて驚かされる。是非とも騎士や官職に召抱えたいほどだ。

 望みどおり地味で目立たない仕事を与えられる。――と考えたが、それでは自分が楽しめない。

 彼女にはもっと脚光を浴びるような仕事を――本音の部分では――与えたいと思っていたのだから。

 才能を埋もれさせるのは実に勿体ない。

 

「……それだけの言葉をわしの前で言えるのだから大したものよ。だが、わしも簡単に身体を張るわけにはいかん立場でな。お主が出来ると言うからには出来ると思うておこうか」

 

 実際に見る事が出来ないのは勿体ないが、自分は国王だ。それと心配する周りの者達の顔色の悪さを窺えばおいそれと実現するわけには行かないのも道理――

 だが、方法がある以上は先の者達に伝授すれば次の対策も容易になるのではないか、と国王は考えた。

 もちろん簡単にはいかないと思われるが、若い世代の頑張りに期待するのも一興かと。

 

「この話しは次回に持ち越しとしよう。……それで本題だが……」

 

 本来はこれが目的だ。

 自分の興味は一つだけではない。

 

「先代から引き継いだシズ・デルタよ。勲章の他にも恩賞を与えるのがわしの目的よ。……率直に聞こう。何か欲しいものはあるか? 無い、とは言ってくれるなよ」

 

 無欲もまた美徳ではあるけれど、今回ばかりはそうも言っていられない。

 シズに対し、何も与えられないのは彼女の行動に制限がかかったままになるのと同義――

 少しでも先代の為になるのであれば幸いだと思った。もちろん昔の(よしみ)というものでしかないけれど。

 それに――長く勤続した者が何も貰えないのは自分であれば納得できない。または我慢できずに何かくれ、と言い出しそうな風景が過ぎるほどだ。

 

「私自身は特に……。無理にひねり出すならば……文化などの情報でしょうか。もちろん、幻晶騎士(シルエットナイト)にも興味がありますが……。それもまたこの国の文化の一つだと思っております」

「現行機であるサロドレアとカルダトアを一機用意するくらいなら出来るが……。お主の場合はもっと専門的な部分が良かろう」

 

 国秘となる部品の分析、解析の許可を与える。という事も脳裏に過ぎったが――

 関係者達が不満を表す一幕になるのは自明の理。だが、それでも彼女が望めば出来る限り叶えてやりたい。

 

「……率直に言おう。国機研(ラボ)にてその興味を開花させぬか? このまま目立たぬまま次代への引継ぎを繰り返すのはわしから見ても惜しいと思うのだが……」

「……誠にありがたいお申し出なのですが……」

 

 シズの言葉は想定内――

 しかし、それはそれで残念な事だと国王は思う。

 頭の固さも先代譲りとあってはいかに国王とて二の足を踏まざるを得ない。

 

「ごく最近、とても興味深い人物が気になっておりまして……」

 

 続いた言葉は全く想定外のものだった。それゆえに国王は目蓋を見開いて驚きを表す。

 何事にも興味を覚えないような女の口から興味深い人物が居る、と出たのだから。

 

「……ほ、ほう? そなたが気にする程の人間か。……うむ。……わしにも思い当たる人物が一人出て来たのだが……」

 

 今の言葉で思い浮かぶのは銀髪碧眼の小さな少年。まさか、と国王は思う。

 先代からして何を考えているのか分からなかったシズが気にするほどの人物だ。ただものではない、とは言い過ぎかもしれないが、とても興味深い。

 

「……もし、お許し頂ければ……。かの者の可能性を見極めたいと思います。優先されるは時代に変革を(もたら)すパラダイム・シフトを起こせる存在……。その資格があるならば我々一族は取り決めに縛られずに活動する事が出来ます」

 

 少し熱のこもった物言いは国王の耳に新鮮な音として伝わった。

 彼女にも人の温かさが存在するのだな、と改めて発見できた気分になった。

 彼女が気にするその人物の名は――あえて聞かないことにした。それは今聞くべきものではないと判断したからだ。

 

        

 

 形式的なやり取りで叙勲をシズに与えたアンブロシウスはひどく疲れを覚えた。

 その後は学園を後にし、帰りの馬車の中で思考を整理する。その中でもシズに関しての事柄が多かった。

 興味は強かったが彼女の変化に乏しい姿勢がどうにも我慢できない。昔のシズ・デルタを見ているようだった。

 だが――受け答えを積極的にしてくれるだけ大分マシとも言える。

 

(物体の重さを軽減する方法か)

 

 下から攻撃するでも上から吊り上げるでもない新しい概念。

 それは如何なる方法なのか。

 試しに他の者に聞いてみたものの誰もが首を横に振る。であれば、これをかの者(エルネスティ)に尋ねた場合、どういう答えが返ってくるのか。

 それと『陸皇亀(ベヘモス)』が落下する直前、身体がふわりと浮くような体験をしたという報告があった。それが何らかのヒントだと思った。

 最初は落下による風圧が原因かと思った。

 アンブロシウスは国王になる前、騎操士(ナイトランナー)でもあったので幻晶騎士(シルエットナイト)に関する事にはとても興味があった。――今でもだが。

 知識欲もあり、専門的な事柄に対しても造詣(ぞうけい)が深い。

 

(今代のシズ・デルタは新しき風を生むか……。しかし、もう少し表情が豊かであれば……)

 

 まずは彼らの無事を素直に認めるところから。

 続いて自分が気にした者たちの今後のことを考えてみるのも楽しみの一つだと国王は微笑を湛えつつ――

 

 



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#012 グゥエール改造案

 

 国王『アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラ』との会談を終えた次の日、現地調査担当の端末『シズ・デルタ』は報告の為に天上世界『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に帰還した。

 国王との問答に際し、自分の行動の再検証の為――

 しかし、それは杞憂に終わり罰則等は与えられなかった。

 

「……引き続き調査を続けよ、とのお言葉を伝える」

 

 現地の学生程度の背丈しかない同型シズ・デルタ達数十人が口を揃えて言った。

 至高の御方達は一部を除いて長期睡眠中だが命令は下されている。

 

「……先の計画で一部不手際があったが……、こちらの落ち度ゆえにお前に非は無い」

「……承知致しました」

 

 淡々と告げられる言葉。そこに熱は無い。

 あるのはただの報告のみ。

 それを寂しいと思うシズが居るのであれば、それは全てのシズが思う共通認識だ。

 その共通認識が寂しさを感じていないのであれば他も同様である。

 しかし、例外もまた存在する。それがオリジナルのシズだ。だが、彼女は定期メンテナンスの為に()()()()機能停止状態に陥っていて現場には居ない。

 

「……魔法文化があるのに、使用に際して『触媒結晶』が必要とは……」

「……機能拡張に余地ありか」

 

 会議室は無味乾燥としているが他の部屋はまた違った様相になっている。

 各種生物や植物の栽培。小動物の飼育など。

 ただの宇宙船ではない有様は現地の人間が見れば阿鼻叫喚並みに驚くこと請け合いである。

 この宇宙船に積まれているのはこの星の生物だけではない。

 設定された大気の関係上、各ブロックごとに別けられているが、その規模は想像を絶する。

 温度管理も徹底され、外部からの干渉が無い限り、中に住まう生物は安全に暮らせる。

 

        

 

 報告を終えたシズが通路を歩いていると掃除担当の一般メイド達とすれ違う。それらメイド達はシズの姿を見かけるたびにお辞儀していく。

 彼女達は見かけ上は人間だが種族としては『人造人間(ホムンクルス)』である。

 彼女(メイド)達にもオリジナルが存在し、働いているのは大半が『複製(クローン)』――正確には複製(クローン)の応用によって生み出された――であった。

 

「………」

 

 現地は機械文明が発達している。しかし、それでもまだ高度とは言えない。

 今の自分達と彼らはまだ対等の立場足りえない。だから、招くこともまた早計であると自分は判断せざるを得ない。

 

(今の調子では数百年はかかりそうですね)

 

 だが、信頼を勝ち取る為には誰かしら招かなければならない。それは至高の御方も望んでいる事だ。

 候補者は何人か居るのだが、時期がまだ未定であった。

 無限の時が与えられている不死性クリーチャーは制限のある生物の気持ちが理解出来ない。

 振りは出来る。ただそれだけだ。

 老朽化の問題があるにもかかわらず、シズは悩んでいた。

 

(……余計な思考は計画の障害となる)

 

 計画というのは現地の制圧ではない。――それらを決めるのは至高の御方ではあるけれど――

 自分達が永住できる条件を満たすこと。

 それらを成すにはまず現地を調査し尽くす。それから共に文明を発展させていく。

 敵対ではなく協調。

 だが、それには一つの障害がある。

 シズ達には根源的に『人間蔑視』が植えつけられている。それを取り除く術が地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)には備わっていない。

 では、それを取り除ければいいのか、というと簡単にはいかない事情というものがある。

 

 人間は欲深い生き物だから。

 

 シズ達が警戒し続ければ油断が生まれにくい。もちろん、逆に致命的なミスを犯しやすい状況に陥る可能性がある。

 端末たちが警戒しつつ報告を届けてくれるからこそ地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)は未だに平和を謳歌できる。

 その平和を脅かされれば全てが水泡と化す、かもしれない。

 

(シズ・デルタ一族という仮の歴史を作り上げることには成功したといっていいのかもしれませんが……。何ともお粗末な結果に至高の御方に顔向けできませんね)

 

 結果はどうであれ、現地の最高権力者が認知したので成功と判断する。

 行動方針自体は今まで通りで良いとして次の手を考えなければならない。

 自分の頭で。

 

        

 

 シズが姿を消している間、地上世界では『エルネスティ・エチェバルリア』が幻晶騎士(シルエットナイト)の中で唸っていた。

 ライヒアラ騎操士学園には幻晶騎士(シルエットナイト)の整備、改修等を(おこな)う『工房』と呼ばれる施設がある。

 多くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が作業を続ける中で銀髪の少年は赤いサロドレア『グゥエール』の内部で悦に浸っていた。

 念願だった騎操士(ナイトランナー)になる事はまだ少し先だが――幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れて嬉しくもあり、どう改修すべきか悩んでもいた。

 元に戻すだけでは面白くない。

 折角国王陛下から()()()許可を貰ったのだから、と。

 

(自分用に改造するのは却下として……)

 

 それ以前に本来の操縦者は『ディートリヒ・クーニッツ』だ。彼を無視する事は出来ない。

 自分で操縦できないのは面白くないし、折角乗ってもいいと言われたのだから多少は動かしたい。

 何も出来ずに終わってしまったのが悔やまれる。

 

(解析するくらいはいいですよね? 前回は集中力が持続できなかったので失敗しましたが……)

 

 本当に壊しても直すけれど、と思いつつエルネスティは外した操縦桿の穴に手を入れて魔術演算領域(マギウス・サーキット)を展開し、適切な魔法術式(スクリプト)を組んで解析作業に入る。

 本来であれば魔力(マナ)を通すだけで幻晶騎士(シルエットナイト)は起動する。それゆえに乗り手は選ばない。騎操士(ナイトランナー)の資格が無いエルネスティでも出来る。

 問題はその後の運用が難しい事だ。

 

(でもまあ……、こうして念願の幻晶騎士(シルエットナイト)の解析が出来るのですから喜ばなくては……。メインディッシュ(マギウスエンジンとエーテルリアクタ)は流石に……、これもこっそり解析するだけならば……。いやいや、変に触って後でバレて怒られると今度は幻晶騎士(シルエットナイト)に乗れなくなってしまうかも)

 

 色々と余計な雑念が入り、目的の作業が思うように(はかど)らない。

 それでも今まで積み上げた知識と妄想によって練習してきた実績により、少しずつ幻晶騎士(シルエットナイト)を解析していく。

 

        

 

 現行機である『サロドレア』が造られてから三百年――

 何度も補修と改修を繰り返し、今に至る歴史の厚みは尋常ではない。

 基本構造こそ大幅な変化は無いが、それぞれに個性が滲み出ている。

 

(グゥエールもアールカンバーもトランドオーケスも同じようでいて微妙に違いますよね)

 

 それぞれの幻晶騎士(シルエットナイト)は乗り手に渡ってから独自の改造が許される。外見の塗装も自由ではあるが、常識の範囲に留められている。――というよりは派手な塗装はあまり許されていない筈だ。特に共に作業をする騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が難色を示す。

 国王騎(レーデス・オル・ヴィーラ)のような派手な金色は国の長にこそ相応しいもの。

 

(全体解析……。長年の運用であちこちガタが来ていますね。これではまるで老人のようです)

 

 部品自体は運用の度に取り替えられているとはいえ、基本構造が同じなので結局は何も変わっていないのと一緒。

 柔軟性に乏しく、力は強いけれど動きが鈍い。かといって動き易さに重点を置けば力が分散されてしまう。

 蓄積されている魔力貯蓄量(マナ・プール)も量産機と変わらず――

 

(この基本スペックを今まで維持しつつ運用してきたのですか……。それは実に……、勿体ないですね)

 

 エルネスティが唸りつつ解析している合間、幻晶騎士(シルエットナイト)は静かに駆動音を響かせていた。

 外に居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は様々な音が飛び交う現場で働いているので幻晶騎士(シルエットナイト)一機の音程度では気にしない。

 大きな動きでも見せない限り。

 

        

 

 解析を終えて必要事項をメモし終わった後は修理作業に入るわけだが、結構強引にあちこち壊したのは流石に申し訳ない気持ちになった。

 道具を使わない破壊行為は必要以上の作業を要求する。だが、それを苦痛だなどと思わない。むしろ、興味深く作業できる事に喜びを感じていた。

 騎操士(ナイトランナー)に拘らずとも騎操鍛冶師(ナイトスミス)も同時期に目指していたエルネスティにとってとにかく重要なのは幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる事と自分用の幻晶騎士(シルエットナイト)を作り上げる事だ。

 それも一から全てを自作して――

 設計案を色々と練っているが、あくまでそれらは知識のみ。

 実際に手で触れて、感じてこそより詳細な形へと昇華する。

 だからこそ、今が一番至福の時であった。

 

(折角(いじ)り回せる幻晶騎士(シルエットナイト)はディートリヒ先輩のもの。いずれ僕だけの幻晶騎士(シルエットナイト)を手に入れれば弄り放題……、なのですが……。その道はまだまだ遠くにありそうですね)

 

 他人の幻晶騎士(シルエットナイト)を改造しても仕方が無い。――とは思っても色々と改良したくなるのは(さが)かな、と。

 ここまで熱中させる理由は何なのか、それを一番に知りたいと思うのはエルネスティの友人達だった。

 齢十二の少年が類希(たぐいまれ)なる知識を持って取り組むには些か不可解な(おもむき)があった。

 

(焦る心を静めなければ……。現在の作業もまた野望への一歩だと思えば……)

 

 生まれた時から幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる事を生き甲斐とし、今日に至る。その為に必要な魔力(マナ)も随分と特訓により増加させてきた。

 様々な魔法術式(スクリプト)を組む技術に関しては他の追随を許さないほどの上達を見せる。それは偏に――

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)愛ゆえ。

 

 否、エルネスティの根幹はそれだけに留まらない。

 例えるならば『前世で叶わなかった自身の趣味』をここで――()()()()で存分に発揮するようなもの。

 だからこそ幼いながら尋常ではない様々な知識を有している、というのであれば納得出来るというもの。しかし、それらは周りの者には窺い知れない超常の概念。

 

(自分の趣味を存分に発揮できる舞台(世界)があるというのは僕にとって楽園と同義。あやうく失うところでしたが……。()()()()も早々に解析して次に備えなければ……)

 

 陸皇亀(ベヘモス)落下に伴なう少し前に感じた浮遊感。

 あれは周りを空気で包んだもの(魔法)と予想していた。自分の知識には無い未知の魔法である可能性が高い。

 シズが犯人だとしてもそれを責める事は出来ない。むしろ感謝しなければならない立場だ。

 

(僕が全てを解決すれば目立ちます。物凄く悪目立ちする。時にはそれが悪手となる場合も考えられますよね。……十二歳の子供ですし。……もし、僕にもっと様々な魔法を開発する機会があれば……。シズさんを見返す事もできた筈だ)

 

 それが出来なかったのは能力開発を怠った自分の責任――

 もし、シズが居なければ――彼女を犯人だと仮定して、ですが――確実に全滅していた。

 全滅どころではない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる事が出来ずに()()無駄に命を散らすところだった。

 

(……とはいえ、新しい魔法を開発するのは容易ではありません。既存の魔法術式(スクリプト)を色々と検証してみましたが……。周り全てに干渉しうるものは膨大で広大で繊細なものと思われます。……結構時間を取られてしまいますよね)

 

 手持ちのいくつかは自作出来た。だからこそ理論的には不可能ではない。

 問題は開発にどれだけかかるのか分からない事だ。

 大規模なものほど時間と手間がかかる。それと一人よりは複数人で取り掛かるのがベスト。

 大きな仕事を成すには一人では限界がある。エルネスティはその事を()()知っている。

 

(この幻晶騎士(シルエットナイト)の構造をコピーして一人で組む事自体は出来そうですが……。一から組むのは中々出来る事ではありませんよね。特に心臓部品は素材からして特殊なようですし)

 

 やろうと思えば()()()()、というだけで()()()と確信を持って言えるわけではない。

 

(おっと、僕とした事が。目の前の作業も残っているというのに)

 

 長考によって作業の手が止まった事に気付いたエルネスティは急いで再開する。

 無駄な思考は家路についてから、と決めて。

 

        

 

 グゥエールの修理は三日ほどで終了した。――その内の一日は解析に潰したので実質二日だ。

 ただ直すのは面白くないと思ったエルネスティは乗り手であるディートリヒに改造案を提示してみた。

 日がな一日を幻晶騎士(シルエットナイト)に費やしているエルネスティはただ解析して満足するような人間ではなかった。

 

「今より能力を拡張させてみませんか? もちろん、いきなり実機で試すより潰しの利く機体から、ということで」

 

 ニコニコと微笑みつつ複数枚の資料を提示する。

 その資料に目を落としたディートリヒは驚いた。

 十二歳の子供が書いたとは思えない細かな文字と数字、図形の羅列に――

 長く幻晶騎士(シルエットナイト)に携わってきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達も驚愕していた。

 

「おいおい、銀色坊主(エルネスティ)。こいつぁお前さんが一人で書いたのか?」

 

 ドワーフ族の『ダーヴィド・ヘプケン』が提示案の一枚を読んで尋ねた。

 自身も設計図を描く事はあるけれど、ここまで専門知識に造詣が深いとは思っていなかった。

 

「夜なべして。アイデアはすぐに書き留めないと忘れてしまいますからね」

「それはいいんだがよ……。お前さん、丸々一機分一から組み上げる勢いじゃねぇか」

「……それはまあ……。趣味と言いますか、勢いで……」

 

 彼の言葉に苦笑を覚えつつディートリヒは真面目に提示案を読み込んだ。

 子供の考えた荒唐無稽な説明書だとばかり思い込んでいたが、そうではない。

 専門用語が飛び交っているが騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が真面目な顔をしているところから、真剣に書かれた物だと思った。

 残念ながら操作の知識はあるディートリヒには理解するのに相当な時間が必要である事しか分からなかった。

 

「これを分かり易く説明してもらえるかな。私にはどうにも専門用語が理解出来なくてね」

「はい。では、説明を始めさせていただきます」

 

 と、言いつつ事前に用意した移動式黒板を持ってくるエルネスティ。

 それは会議などで使う一般的なもので騎操鍛冶師(ナイトスミス)達も使用している。

 そこに白いチョークで器用に文字と絵柄を書き加えていく。その作業が実に手馴れたもので、誰もが静かに見守っていた程だ。

 

「既存のサロドレアは長く運用されてきた為にあちこちがガタついています。しかも、長年それを許容した造りになっているので動きが限定的になっています」

「限定的?」

「はい。関節部分に至っては人間で言えばお年寄りと然程変わらないかもしれません」

 

 元々幻晶騎士(シルエットナイト)は人間を模して造られた機体である。

 使い続ければあちこちガタが来るのもおかしなことではない。けれども、部品交換を続けているので全てが三百年前のものとは限らない。

 実際に部品交換をしていない状態であれば経年劣化によって駆動自体が不可能となる。

 

「骨格を司る金属制の骨格(インナースケルトン)は丈夫なのですが、それ以外はまだまだ改良の余地があると僕は思います。特にこの筋肉を司る結晶質の筋肉(クリスタルティシュー)ですが……」

「各部品の説明から聞かなければならないのかい?」

「基本は大事ですよ、ディートリヒ先輩」

 

 呆れ顔のディートリヒに対して、にこやかに微笑みつつ教師然として言うエルネスティ。

 説明の仕方が実に場慣れしている。本当に十二歳の子供か、と疑いそうになった。

 いや、その前に下級生から教えを請う自分もどうかしている、と。

 

「ご存知のように幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模して造られています。それゆえに骨格、筋肉もほぼ人体に沿った造りです」

「うん」

 

 ディートリヒの返事のような言葉に対し、エルネスティは細い棒を持ち出して黒板をピシィと叩く。

 遠くに居る者にも見えるように説明する為に。

 

「人体は整ってはいますが、それ単体では欠陥が多い。つまり、それ(人体)を模しているという事は幻晶騎士(シルエットナイト)も欠陥だらけということです」

「俺達はその欠陥だらけの代物をずっと整備してるんだがよ。それじゃあ駄目なのか?」

「良くはありません。改良とは操縦者に気持ちよく操作してもらう為にこそ、ですから。欠陥だと分かっているのであれば改善するのは当たり前です」

 

 その当たり前が出来ないのは欠陥だと思っていないからだ。

 与えられた仕様書の通りに騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は長年整備と調整を繰り返してきた。それを急に出て来た少年エルネスティはいとも簡単に否定してくる。

 親方と呼ばれるダーヴィドもすぐさま反論したいところだが、ここはあえて彼の意見を聞く。

 彼自身もすぐ壊れる機体を整備し続けるのには異論があった。ただ、大幅な改良案が今まで出せなかったので仕方なく、という側面がある。

 

「そもそも二足歩行する生き物はそれ自体が欠陥持ちです。安定性は望めません。ですが、それでも幻晶騎士(シルエットナイト)としての形は残したいと思います。カッコイイから」

 

 エルネスティは人型を否定しているわけではない。

 操縦性を追及しつつ出来るだけ人型を保ち、兵器としての存在感を維持する。

 更に動き易く、様々な状況に耐えうる機体を望んでいる。

 

「まず問題なのは筋肉です。何度も張替えが必要になるほど意外と脆い構造に僕は着目しました」

 

 結晶筋肉(クリスタルティシュー)とは錬金術師達が練成した特殊な金属を糸のように張り巡らせ、それを人体の筋肉に見立てたもの。

 基本的に材質を変えたり、張り方を変えるのが精々。

 設計思想の一つに『人体の模倣』があり、それを逸脱するような構造は今まで想定されて来なかった。

 

「設計思想を素直に守り続けるのは頭が硬いというか、思考の硬直です。それでは発展も遅々として進みません」

「具体的にどうするんだ? 国家事業を単なる思い付きで変更するのは並大抵の事じゃねぇぞ」

 

 国家事業という名目があるからこそ誰もが気をてらうことに否定的になり、わずかな改良だけで満足してしまう。――否、そうする事が美徳だと自分達に言い聞かせて新機軸への参入を自ら閉ざしてしまう。

 そして、いつしか大幅な改良に恐れを抱くようになる。

 それぞれの部品を製造する者達の既得権益が脅かされる、とかなんとか理由をつけて。

 

「逆を言えば国家事業であるからこそ国王陛下の鶴の一声さえあれば出来ない事は無い、とも言えますよね。……僕も大量破壊兵器を作ろうだなどと言うつもりはありませんが……。せめて今以上に、より良い機体を作りたいと思っています」

「……不穏な単語が聞こえたが……。とにかく、銀色坊主(エルネスティ)としてはこの幻晶騎士(シルエットナイト)をより進化させたいわけだな?」

「全面刷新は性急過ぎるので……。装備面や部品単位からの変更を試みたいです。その為には騎操鍛冶師(ナイトスミス)の皆さんのご協力がどうしても必要です」

 

 物怖じしないエルネスティの言葉を黙って聞いていたディートリヒは自分が使いやすい機体であれば文句は無かったし、新装備などにも興味があった。

 いつも何かしら不具合を起こす骨董品よりは制式量産機のようなもう少し動きに幅のある幻晶騎士(シルエットナイト)を操りたい、と。

 

        

 

 グゥエールを改造するには乗り手の許可が必要だ。ディートリヒとしては断る理由はないし、どんなものになるのか話しだけでも興味があった。

 エルネスティによる提案の一つは剣と魔法を両立させる方法。または同時使用だ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は戦闘面において武器の交換を必要とする。それはそれぞれの武装に必要な部品が違う為だ。

 魔法を扱うには触媒結晶と魔法術式(スクリプト)を刻んだ紋章術式(エンブレム・グラフ)が必要で、剣にはそれ(エンブレム・グラフ)が無い。

 

「ディートリヒ先輩は剣での戦闘を得意としている、との事なので……。魔法に関しては如何いたしますか?」

「付けてくれるのであれば文句は無いよ」

「そうですか。では、その両方を活用するとして……。問題になるのは武器の交換です」

 

 黒板に簡易的な幻晶騎士(シルエットナイト)を描く。

 それから追加武装の案を提示する。

 

「剣と魔法を使う時に必要となる杖……『魔導兵装(シルエットアームズ)』を両立させる……。しかしそれは複雑な操作であっては駄目です。出来るだけ簡素なものが望ましい。けれども、それを実現するのもまた難しい」

 

 けれども、と言いつつ黒板にチョークを走らせる。

 実際に想定している部品として、本来あるべき腕の他に追加武装としての腕を描く。

 

「複数の腕か……」

「人体を模した幻晶騎士(シルエットナイト)の操作はそれぞれ操縦者と同じです。このように追加された腕の場合、バカ正直に操縦者側の腕を増やして操作するわけではありません。この部分は別に操作できる装置を組み込む予定です」

「二本の腕の他に追加の腕を操作するのか。……確かに。あの操縦席からでは想像できないな」

「新たな筋肉と骨格を与えて、それらを操作する魔法術式(スクリプト)を用意します。理論的には簡単に出来る筈です。腕の駆動と同様の動きさえできればいいのですから」

 

 ダーヴィドとディートリヒは改めて用意された仕様書に目を落とす。

 追加武装の草案は実に魅力的だが、実際に動かしてみない事には実感が湧かない。

 操作性が良ければ採用してもいいと思うのだが――

 全く異質な仕様には些か懐疑的にならざるを得ない。

 

「剣を操る時、邪魔になっては意味が無い。その辺りは……、実際に動かしつつ調整するしかないんだろうな」

「そうですね。僕は案は提出できますが……。それが本当に有意義なものかどうかは……」

「それで親方。これは実現度はどのくらいだ? 使いやすさではなく、造れるのかどうかの話しで」

「……う~ん。坊主の案を実現する事はそう難しくないと思うんだが……。全く異質な追加武装となると……。グゥエールにいきなり仕込むより他の機体で試してからでもいいなら、やってみてもいいと思う」

 

 新しい事に挑戦したくないと思う騎操鍛冶師(ナイトスミス)は居ない。そうダーヴィドは不敵な笑みを浮かべつつ彼の仕様書を食い入るように読み込んでいた。

 そして、親方(ダーヴィド)の言葉にエルネスティの瞳も輝いた。

 自分の設計が実際に形になる様を見る事が出来るのだから人一倍嬉しいに決まっている。

 ただ、反面――失敗のおそれもある。

 

(成功ばかりが発明ではありません。失敗もまた次への布石です)

 

 早速作業に入るかと言えば、そうではなく、図面の引き直しから必要な部品の調達。機体の用意に作業員の分担と多岐に渡る。

 エルネスティは学業をサボる事が出来ないので基本的に騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の作業にずっと付きっ切りでいる事は出来ない。

 決められた時間の間だけグゥエールの修理を許されていた。そして、それが終わった今は学業に専念しなければならない。――これは両親と交わした約束でもある。

 

        

 

 エルネスティが授業の為に施設を後にした後、早速試験の為の土台作りを命令するダーヴィド。

 (エルネスティ)が書いたものは専門的で緻密――

 図面を引く手間さえ要らない程だった。

 

「まずはこの……追加武装についてだが……。簡単な命令で動く程度で良いらしい。まずは……骨格からだな。改修が終わったもんから手伝え」

「へ~い!」

 

 手の空いている騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が交代で作業して三日ほどで完成品に至る。作りを単純にしているので製作時間自体はそんなにかかっていない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)用なので大きく見えるが小ぶりな追加武装にひとまずダーヴィドは安堵する。

 

「折り曲げ。伸ばし。その他諸々の命令にどれだけ対応できる?」

「重いものを持たせなければ動きだけは何とかって感じです」

「……それじゃあ意味ねぇだろ」

 

 命令に対応だけ出来るように造ったのだから、更なる改良が必要だと判断し、次に移行する。

 腕となる部分に必要量の結晶筋肉(クリスタルティシュー)を張っていく。それと平行するように費用対効果を考えた金属内格(インナースケルトン)を調整していく。

 学園の為の施設とはいえ幻晶騎士(シルエットナイト)用の部品はタダではない。

 予算オーバーになっては何も造れない。その辺りは学園長に逐一報告しなければならない事務的なものだ。

 

「坊主も予算の面をちゃんと考えている辺り、本気度が伝わるな。こりゃあ、国機研(ラボ)でも食っていけるレベルだぞ」

 

 感心しつつ土台となる追加武装『腕』の試作品を並べてみる。

 どれも貧相な形となってしまったが機能面を重視し、予算的にも見合う形にすると自ずと削られる部分が限られる。

 

「問題はこれを何処に付けるかだが……。頭、背中、腰、腕に脚と試していくか?」

「そうなると気持ち悪い姿になりそうですね」

「腹とか胸とかは勘弁してほしいです」

 

 文句を言う騎操鍛冶師(ナイトスミス)の気持ちは理解出来るが、適切な部位については実際に試さなければ優位性は分からない。

 それと悪戯に付けられるほどの機能的余裕は現行の幻晶騎士(シルエットナイト)には無い。

 今以上となると新たに新調する必要がある。

 

        

 

 一先ず図面に簡単な人体を描き、それに更に追加部分を適当に書き加えてみる。

 候補は背中と腰である。それ以外にも無難そうなところが無いかダーヴィドが確かめてみるのだが、初めての試みはどれを選んでも気持ち悪いか、納得できそうにないものばかり。

 やはり順当に人型のまま方が安定しているように見えてしまう。

 

「武装の両立の面から考えりゃあ、追加武装は必須……。さて、どうしたものか」

 

 悩んだ時はアイデアを出した当人にやらせるべきだという答えが出る。

 そればかりだと自分達の発想力の貧相さが目立ってしまう。

 いや、実際貧相な発想しか出来ない事は認めざるを得ない。

 今まで追加武装の案など考えた事が無い。

 ただひたすらに補修と整備ばかりやってきたのだから。

 昼ごろに顔を見せに来たディートリヒに意見を聞く。

 

「もう形になっているのか。さすがは親方だ」

「ありがとうよ。それでだ。これらをどう装着させるか、だが。お前さんならどうする?」

 

 ディートリヒは床に並べられた腕達を見比べていく。

 実際に装着してみない事には何も想像出来ないが、自分だったら何処に付けるのか、で結構悩む事だけは理解出来た。

 細身の腕では防御面に難あり、と。

 

「全身に付けまくるとどうなる?」

「……それはそれは気持ち悪い姿になるだろうね。それらに魔導兵装(シルエットアームズ)を持たせれば……ちょっとした爆撃が出来そうだが……。消費する魔力(マナ)もそれ相応といったところか」

 

 一撃が限界。そう判断する。

 剣を持たせた場合は二刀流は想像出来るが、それ以上は動きに自分が耐えられそうにない予感がした。

 対人戦闘に役立つかと言われると疑問が残る。

 それと武器の量と重さで運用が難しくなる。

 

「最初から大量につけるのは良くない気がする。駆動させる手間が増えると動かしにくい」

「……それと重心の問題もあるか。あと、追加による骨格調整が微妙に狂うな」

「そうだねぇ。親方、頑張ってくれよ」

「おおよ」

 

 と、返事をしたものの思いのほか問題点が浮き彫りになってしまったので頭を痛める。

 それでもいきなり装備させて大破させるよりはましだと思って改めて仕様書と図面を見比べる。

 追加する部分によっては前面刷新を要求される。

 重心の変動もまた難題であった。

 

        

 

 中等部の授業が終わり、エルネスティとオルター弟妹(きょうだい)が作業工房に姿を見せる。そして、もう一人――彼らと同世代のドワーフ族の少年『バトソン・テルモネン』が居た。

 彼は街の鍛冶家の息子で現在騎操鍛冶師(ナイトスミス)になるべくエルネスティ共々ライヒアラ騎操士学園にて勉学に励んでいた。順当に行けばダーヴィドの元で働く事になる、予定である。

 出来上がった追加武装に取り付く銀髪の少年とそれを見て苦笑する黒髪(ブルネット)弟妹(きょうだい)とドワーフ族の少年。

 

「動作確認を見せてもらえますか?」

「おう。……しかし、単調な動きしかできねぇぜ」

「それでいいのですよ。複雑な動きでは操作する騎操士(ナイトランナー)の負担になりますから」

 

 一声かけるだけでスラスラと言葉が出る辺り、只者ではない感がにじみ出る。

 考えた当人ではあるけれど負けたくない、という気持ちが親方(ダーヴィド)にはあった。しかし、発想力という点では勝てそうにない気もしていた。

 他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に命令して試作品の動作を試していく。

 基本はボタンで動く程度の代物。

 より多くの動きは今は考えない事にしていた。

 

「曲げと伸ばしは問題ないようですね」

「魔法という事で魔導兵装(シルエットアームズ)を持たせる予定だが……。どの辺りが順当か悩んでいる」

「基本は死角です。人体を模している以上、余裕があるのはその部分ですよ。さすがに視覚の問題は僕でもすぐにアイデアは出ませんが……」

 

 背中が無難である、という一先ずの決着に納得する。しかし、それには()()()()の動きの邪魔になりそうな予感がしていた。

 背面の骨格を弄れば強度的にも不安が残る。

 

「エル君。幻晶騎士(シルエットナイト)に新しい腕を付けるの?」

 

 腕だけ並べられたものを見ながら、『アデルトルート・オルター』が尋ねてきた。

 単品だけだとなんか気持ち悪い、という感想を口にしつつ。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に戦術の幅を設けようと思いまして。より効率的に」

「だけど、エル。幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模しているから追加なんかして、どうやって操作するんだ?」

 

 仕様書を読んでいない『アーキッド・オルター』が胡散臭そうな顔で尋ねてきた。

 彼らは未知のものに対しての知識を持っていない。だからこそ素直な感想を口にする。それ自体は悪い事ではないし、その事で自分(エルネスティ)の欠点を発見する可能性もある。

 出された疑問に対し、エルネスティは丁寧に説明していく。

 

「操作は操縦桿を改造します。出来るだけ簡素に。簡単に扱えるように。ご存知のように幻晶騎士(シルエットナイト)の操作は単純なようでいて実際には複雑で難しいものです。特に全身を支えるだけで魔力(マナ)を消費してしまいます。更に一つ一つの動作に騎操士(ナイトランナー)達は細かな制御を要求される……」

 

 いくらかは魔導演算機(マギウスエンジン)による補佐が働き、各駆動系、関節などの制御の負担は軽減されている。それでも一般人がすんなりと動かせられるようなものではない。

 腕を操作する操縦桿と歩行に必要な(あぶみ)はそれなりに重く、エルネスティでも簡単に操作は出来ない。

 機体を操作するのに肉体的な負荷がそれなりにかかるものなので。だからこそ、騎操士(ナイトランナー)を目指す者達は身体も鍛える。

 エルネスティも騎操士(ナイトランナー)を目指すと決めた日から鍛錬を欠かした事は無い。――背丈の伸びは悪かったけれど。

 

「もちろんコアの部分……。魔力転換炉(エーテルリアクタ)魔導演算機(マギウスエンジン)の改造は出来ません。今あるもので最大限の効果を発揮するしかありません。幸いにも幻晶騎士(シルエットナイト)を解析したところ、まだまだ可能性を秘めている事が分かりました。だから、これらは決して無駄にはならないと思いますよ」

 

 にこやかに説明するエルネスティはいつも以上に輝いて見えた。

 こと幻晶騎士(シルエットナイト)に関して彼は常人を凌駕する。いや、生き甲斐にしているといっても過言ではない。

 一度(ひとたび)走った彼を止める事は長い付き合いのあるオルター弟妹でも自信が無いと言わしめるほど――

 

        

 

 いきなり新たな腕を装着するのは手間がかかるので簡易的な操作を騎操士(ナイトランナー)が出来る仕組みをまず作る。

 それからディートリヒが実際の操縦桿の感覚で動かしてみる。

 

「動かすといってもボタン一つだからな。あまり自分で動かしている感じがしない」

 

 いや、と――

 追加武装まで自分の腕の感覚に依存する必要は無いと気付く。

 要はかゆいところに手が届けばいい。

 用が済めばボタン一つで収納される。そう考えれば使いこなせば新たな戦術の幅が出来るかもしれない。

 

「段々とコツがつかめてきた気がする。無理に腕の感覚に引っ張られすぎていたんだな」

「ディートリヒ先輩。早くも利便性に気が付かれましたか? この追加武装の売りは操作性です。単純攻撃に対して複雑な動きを騎操士(ナイトランナー)側に要求しない。且つ邪魔にならない範囲でなくてはならない」

「ならば魔法に特化しておけば……通常の倍……、またはそれ以上の攻撃が出来るかもしれないな」

 

 二本の腕から四本になっただけでも威力の向上は目に見えて明らか。

 後は実際に魔法を放つだけだ。

 

「それに関しては出来るだけ簡素な造りを目的としていますので、武装も一種類に限定します。まだ序盤ですので……」

 

 ボタン操作で動く新たな追加武装。しかし造られたばかりなので改良はこれからだという。それでもディートリヒは満足していた。

 たかが細身の腕を動かした程度でどうしてそんなに嬉しいのか、オルター弟妹にはまだ実感が伴なわなかった。それはひとえに自分達が騎操士(ナイトランナー)ではないことと幻晶騎士(シルエットナイト)に乗って戦った経験が無い事が原因だ。

 

「折角造った追加武装に名前をつけなければなりませんね。……それは実際に付ける場所が決まってからにしましょう。暫定的に『選択装備(オプションワークス)』と呼称しておきます」

 

 そうして一つの形が出来上がった事を契機にエルネスティは新たなアイデアを模索する。

 叱られない範囲で幻晶騎士(シルエットナイト)の改造に携わる。それはそれでとても魅力的な時間であった。

 その彼の幸せそうな顔をアデルトルートは羨望の眼差しで、アーキッドは苦笑気味に眺めた。

 

        

 

 天上の世界から戻ったシズは当たり前のようにライヒアラ騎操士学園の工房に顔を出し、現場が活気付いている事に小首を傾げた。

 いつもと雰囲気が違う、と。

 その原因は見慣れない物体に取り掛かる騎操鍛冶師(ナイトスミス)の精悍な顔――

 いつもは疲労と苦痛と親方の怒声に嫌気が差したような暗い雰囲気だったが、今は希望に満ち溢れていた。

 ほんの数日留守にした間に何が起きたのか――

 悩む間もなく見慣れない物体が原因なのは明らかなのだが、あえて避けた。

 腕だけを動かして歓喜する騎操鍛冶師(ナイトスミス)達。

 

「何かいい事でもあったのですか?」

 

 手近なところに居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)に尋ねた。

 忙しくてシズの問いに答える暇が無い、という様子で去ろうとしていたが懸命に踏みとどまり、説明を始める。

 幻晶騎士(シルエットナイト)に追加する予定の武装の動作確認をしている最中だという。

 

「新機軸の装備なんで、どうなるか今から皆楽しみにしているんだよ」

 

 外装を剥がされ、新装備の為に骨格から調整し直されている幻晶騎士(シルエットナイト)を指差す。それは現行機サロドレア――

 背中と腰に仮止めで新たな腕が付けられている最中でもあった。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)の歴史に無い新しい概念を取り入れるのですか。しかし……、それを決断するのは容易ではなかった筈……)

 

 長い歴史を持つものほど変化を嫌う。その上で新しい風を招き入れるのは()()()()()()が関わっていなければならない。

 急な発展には必ず原因が付き物だ。

 腕を組んで新たに生み出される予定の幻晶騎士(シルエットナイト)を見上げる自動人形(オートマトン)のシズ・デルタ。

 巨大兵器は自分達の世界には動像(ゴーレム)くらいしか無い。それと上の世界で兵器類の使用は厳禁とされている。――もちろん、条件次第で許可される事はあるけれど。

 この地に住まう人間達にとって必需品であるならば否定する言葉は無粋――

 

(……性急な脅威論は至高の御方の思想に反する。ここは報告のみに限定すべきですね)

 

 シズとて新しい発展を否定しようとは思っていない。ただ、少し――ほんの僅かだが脅威度が増した。

 それは針の一指しほどの小さなものかもしれないけれど。

 数百年後には取り返しが付かなくなる可能性もある。

 

(至高の御方は……その程度の脅威は気にされないかもしれない。けれども、我々は守るべき世界の為に働いている都合上、これを見過ごす事はできない)

 

 そうだとしても排除命令は受けていない。

 

 現地の文化を尊重せよ。

 

 それがある限り、シズは大っぴらな活動を自粛されている。

 先の陸皇亀(ベヘモス)襲来のようなものは事前に報告のやり取りをしていたからこその行動だ。それが無ければエルネスティ達を見殺しにしていた可能性が高い。

 生徒達が()()()()()に巻き込まれてしまい、教師として悲しみを覚え、先輩として哀悼の意を表す。

 そして、また時代が流れていく。

 

(それが私の予定だった。しかし、至高の御方はそうは思っていなかった。だからこそ、彼らを試すような事を……)

 

 現地の幻晶騎士(シルエットナイト)と我々の最強格のモンスターが出会ったらどういう戦いになるのかな、というものだ。

 彼らの技術が自分達の想定以上ならば『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』は苦戦を強いられる。そうでなければ実力差は想定内となる。

 この地に降りてから想定されていた実力差についての議論だが、かのモンスターが太刀打ちできない場合は不干渉を決め込む予定だった。――百年も経てば人間達の様相と文化に変化が――嫌でも――生まれる。

 危惧が否定された今、現地制圧に乗り出すことも実は想定されているのだが、それは最終手段であって当初の案には盛り込まれていない。

 いかに至高の御方が人間の味方をしようとも――彼らが人間を敵だと断じた場合は容赦しない。

 自分達の住処である『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』の防衛は何よりも優先される。

 

(……何にしても与えられた命令は事前の排除ではない。更なる発展に貢献せよ、だ。それが至高の御方のご命令であるならば従うだけだが……。命令に矛盾を感じます)

 

 至高の御方だけではない。命令を下す他のシズ・デルタ達も疑問に思っていないものなのか。分かっていて放置を選ぶのは現地に自分(シズ)には理解出来ない。

 かといって休眠に入っている至高の御方を無理に目覚めさせるわけには行かないし――

 シズは小さく唸りつつ現場を眺める。

 自分の仕事は正しく機能しているのか、聞きたいところだった。

 

 



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#013 許可申請書の提出

 

 新しく製作された追加武装を実際に取り付けられた――ライヒアラ騎操士学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)――『サロドレア』の動作確認を(おこな)う。

 操作は至極簡単に――

 立会人として『シズ・デルタ』以下、多くの者達が見つめる中、試験運行が始められた。

 外装(アウタースキン)が外されたむき出しの骨格が不気味さを演出していたが、それを気にする者は現場には居ない。

 

「本来の腕とは連動していないが、動作の感触はどうだ?」

 

 ガタイのいいドワーフ族の親方『ダーヴィド・ヘプケン』の言葉に騎操士(ナイトランナー)『ディートリヒ・クーニッツ』は外の様子が窺えないので返答に困惑していた。

 操作自体は問題ないのだが死角の動きが体感的に捉えにくいのが難点だった。

 

「内部に居る騎操士(ナイトランナー)には分かりにくい構造になっているのかもしれませんね」

 

 と、問題点があるたびにメモしていく銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』はすぐさま改善案を夢想する。

 当たり前のように居るのだが、彼は本来は学生であって騎操鍛冶師(ナイトスミス)ではない。更には現場を指揮する権限も有していない。

 あくまで乗り手であるディートリヒに提案し、自分の考えが形となったものの確認をしているだけだ。

 

「外から見た感じじゃあ、ちゃんと動いているぜ」

「そうかい。動作は成功でいいのかな?」

 

 本来ならば操縦桿を押したり引いたりする。今回の武装はボタンを押すだけ。

 肉体的負担が軽いのは良いが、軽すぎて慣れが必要であると脳裏に留めておく。

 使い慣れれば他の動作も出来そうな予感はした。

 

「激しい動きにも対応できれば尚良し」

「ボタンが壊れた場合の事も考えて内部で修理できる仕組みも用意しましょう」

 

 親方を通り過ぎてエルネスティが指令を下す。その事にダーヴィドは諦めに似た感情を持ったが、文句は言わなかった。

 発案者が責任を持てばいい。自分達は危険だと分かれば止めるだけだ、と。

 

        

 

 背面、腰、腕の下と色々と付け替えての動作確認を(おこな)い、中で操縦する騎操士(ナイトランナー)の意見をまとめていく。

 作る立場と操作する立場では意見に隔たりが生まれやすい。

 改善の余地が見つかる度にエルネスティは図面を書き換えていくのだが、その詳細に記される線の動きに専門家である筈の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は驚きをもって観察していく。

 彼の熱意は尋常ではないと。

 

「装備はこれでいいとして……。次は強度面の改善も(おこな)いたいと思います」

「……銀色坊主(エルネスティ)。おめぇ、俺たちをこき使う気か? これはこれでいいとしてもだ。学生らしく勉学に励んだほうがいいんじゃねぇか?」

 

 そう告げると悲しそうな顔でうな垂れるエルネスティ。

 確かに言われた通り、自分には騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に指示する権利も権限も無い。けれども折角巡ってきたチャンスは逃したくない。そちらの方が気持ち的に強く出てしまった。

 正論を言われた彼は素直に謝罪した。

 強引に事を進めるほど常識外れではなかったようだ。

 

「親方。折角良いアイデアを出してくれたのだから最後までやらせてみたらどうだい?」

 

 未完成の幻晶騎士(シルエットナイト)から顔を出したディートリヒが言った。

 今まで誰にも出来なかった提案を出した当人を差し置いて事を進めるのは納得できなかった。ただ、それだけ――と言いたいところだったがエルネスティの可能性に興味があったので助け舟を出してみる事にした。

 

「……う~ん。だが、これ以上は学園長の許可とか取らねぇと不味い気がする」

「でしたら、僕が責任を持って説明してきますよ」

 

 元気溌剌となって言ったエルネスティ。

 学園長は彼の祖父『ラウリ・エチェバルリア』だ。孫の言葉にすんなり騙され――否、説得される確率が高い予感がした。

 ダーヴィドは嫌な予感を感じたが形式的なものはどうしても必要だと思ったので、エルネスティに命令を下す。

 太陽が輝くような笑顔を(エルネスティ)が見せた後で親方は側にシズが居る事に気付き、彼女に尋ねてみた。少なくともエルネスティの暴走を止められそうな人物は彼女をおいて他に見当たらない。

 

「事務手続き上はヘプケン君の言うとおりです。学生身分の域を超える事は許されません」

「……そ、そうですか」

 

 冷徹な一撃にエルネスティの熱も一気に冷める。

 相手がシズだと融通が利かない分、言葉で誤魔化す作戦が取り難い――というか、そういう雰囲気を醸し出している。

 言い返そうにもシズは様々な資格を持っているので正論でも論破は難しい。

 

「……しかし、このまま未完成品を放置するのも困りますよね」

「そ、そうですよ、シズ……さん。エルネスティが私の為に考えてくれたアイデアを腐らせるのはちょっと……」

 

 と、ディートリヒが助け舟を()()出してみる。

 もちろん、自分も新武装を使いたい気持ちがあったからだ。

 非常に魅力的なアイデアだと思うし、戦略の幅が広がる分には何の文句も無い。

 

「エル君の為にも作業の継続を許して上げて下さい」

「俺からもお願いします」

 

 『アデルトルート・オルター』と『アーキッド・オルター』の弟妹(きょうだい)が揃って頭を下げてきた。彼等に釣られてドワーフの少年『バトソン・テルモネン』も――

 現場の視線がシズに集中する。

 

(ここで無理に断れば私は悪人ではありませんか。そこまで彼を信じられるのですか、貴方達は……)

 

 軽く唸りつつシズは現場に居る者達を軽く見回した。

 一つの目的に皆の意見、というか意識が集まる様は不可思議としか言いようがない。

 これが友情というものか、と思いつつ。しかし、だからといって彼らの要望に屈するわけには行かない。

 

        

 

 至高の御方からの命令は絶対。それと同じように規則を守る事も重要だという意識がある。

 ただ、それらには重要度という分類が存在し、いかに堅物のシズとて全てを頑なに固持する事はない。

 問題のエルネスティの処遇を委ねられたシズがとるべき行動は至極単純――

 彼らが望む対応を学園長に報告するだけ。

 現場の雰囲気をぶち壊す意図は持ち合わせていないし、その権利も資格もシズは有していない。

 ここで二つの選択肢が提示された。

 一つはエルネスティを連れて行くこと。

 もう一つは工房に彼を置いて、自分一人で学園長の(もと)に行くこと。

 

(現場の状況から平等を期する為に……、後者を選ぶのが良さそうですね)

 

 その理由として前者はエルネスティにとても有利になる。

 後者は通達までの間、彼は自分の思い通りの結果になるかどうかが窺い知れない。

 ここは人間的な感情表現として適切なものを選んでみる事にする。

 それはすなわち――

 

「……学園長と話してきます。その間、君は折角作った機械の調整でも続けて下さい。……一度始めた事を途中で投げ出すのは困るでしょう?」

 

 というのを少し口角を上げた――意地悪そうな顔で言う。

 普段は全くの無表情と表現されるシズの顔がこの時ばかりは――周りにどう映った事だろうか。

 本人はもちろん意地悪そうな笑顔だと思い込んでいる。しかし――周りは滅多に見られないシズの表情に驚いたり、怖がったり、中にはとても素敵です、と言い出す者や見惚れる者まで――実に多種多様な反応に陥った。

 統一された反応ではなかった事が逆にシズを驚かせる。

 

(……思っていた反応とは随分と違いますね。もしかして……表情の作り方を間違えてしまいましたか? これからもう少し練習……いや、反応を示してくれる友人を作らなかった私の落ち度……いやいや)

 

 人間に対する表情の作り方は事前に学んできた筈なのだが、相手が同型のシズ達ばかりだったのが不味かったのかな、と思いつつ現場を去る事にした。

 

        

 

 シズが立ち去った後は素敵な笑顔やいつも以上に恐ろしいなどと様々な感想が飛び交う事になった。

 ディートリヒは良い感情を。

 エルネスティは空気を読んで意地悪そうな顔をして失敗した、という印象を受けた。

 オルター弟妹とバトソンは顔を青くしていた。

 

「……ありゃあヤバイんじゃないか?」

「エル君。鉄仮面が笑ったよぉ。後が怖いよぉ」

「……笑ってはいけない法律はありませんよ、アディ。……案外、あの人は……」

(面白い人なのかも知れません)

 

 噂が先行していたがエルネスティは他人の意見に惑わされる事がなく、自分の興味の殆どは幻晶騎士(シルエットナイト)に傾いている。それ故に素直に受け取る事が出来る。

 ただ、異性に惑わされる事が無いのでアデルトルートの猛アタックはいつも邪魔だなと思ってしまう。

 でも、まだ十二歳の子供ですし、と()()()()()()()感想を抱く。

 

「シズ()()の言葉通り、まずはこいつをモノにするまでは付き合ってやる。それ以降はあの人が戻り次第検討する」

「分かりました」

 

 エルネスティとて我がままを無理に押し通す気は無かった。というよりは押し通すと現場の人間関係がズタズタになりそうだったので。

 大型案件はたくさんの人材とのコミュニケーションが大事だとエルネスティは()()理解していた。だからこそ無理難題に対して()()()()が無い限り、無茶は言わない。

 もし、自分に全権が与えられれば――

 きっと思う存分に指示を下しているところだ。

 

(……どの道、それでも彼らの信頼関係は崩れると思いますので、自重(じちょう)しますよ)

 

 目的の為に手段を選ばないとしても一緒に作業をしてくれる仲間の大切さは理解している。だからこそ、一人で全てをこなす気は無い。

 それは()()()そうだった。

 エルネスティの奥底に存在するのはいつだって喜びを分かち合う仲間と共にあるのだから。

 

        

 

 着の身着のままの格好でシズは学園長室にてラウリに状況説明を始めていた。

 他の者では困惑するところも彼女にかかれば感情に揺さぶられる事無く、淡々と説明する事が出来る。

 エルネスティが(おこな)っていること。それ以上に関しての許可申請の手続きなどを尋ねた。

 

「……状況は理解した。孫が迷惑をかけているようで……」

「そんな事はありませんよ。……しかし、彼の暴走次第では取り返しがつかなくなる可能性があります。この場合、どのような手段であれば穏便に事が進むのでしょうか?」

「まだ中等部一年のエルにわしが与えられる権限は少ない。陛下から色々と許可を得たとはいえ、それはあくまでグゥエールの修理だけだ。それ以上は業務妨害となろう」

 

 そうであればグゥエールの改造を実際に学園長が許可を出せばどうなるのか。

 他の機体を弄る権利は無いがグゥエール一機であればエルネスティはまだ自由に扱える事にならないか。

 

「国から賜った幻晶騎士(シルエットナイト)を勝手に改良するのは問題じゃのう。他の貴族達に呼び出されて叱られるのは嫌だが……」

 

 少なくとも学園に出資してくれる貴族達は難色を示す。

 形式を重んじる彼らは現行機の大幅な変更を良しとしない。特にディクスゴート公爵などは、と。

 学生の単なる思い付きで幻晶騎士(シルエットナイト)の改造は()()許さない。

 国が作り上げた歴史をとても大切にしているからだ。

 

「いきなり着手するのは問題じゃな。まずは計画案を提出させ、それを上申してみる事にしよう。……それから改良という流れが一番無難かの。……許可が出なければ駄目じゃが……」

 

 そもそも幻晶騎士(シルエットナイト)は個人所有の玩具ではない。そこが問題だった。

 シズとしても今後の成り行きには興味があるが、ここは職務上の手続きが優先されると判断する。――かといって一方的に(エルネスティ)の行動を抑止する気は無かった。

 時代の変遷は小さなところから始まるものだと言われている。それが正に今ならば自分は見届けなければならない。

 

        

 

 学園長の言葉を当人に伝えるとえらくがっかりされた。

 これから面白くなってくるのに、という呟きが聞こえたが――

 

「計画案の仕様書はすぐに作成できます。……しかし、許可が降りるかどうかは未知数ですね」

「……十中八九棄却されるだろうよ」

 

 親方の無情な言葉に涙目で訴えるエルネスティ。

 大幅な改良は確かに論外だと思われるかもしれない。けれども、当の騎操士(ナイトランナー)が期待を示せば事態を覆せる確率が高まるのでは、とディートリヒが進言する。

 もちろん、判断するのはシズではないので彼女の顔色を窺っても無駄である。

 

「……それより造っちまったもんはどうすればいいんだ? これはこのまま作業して良いのか?」

「資材に戻すのは大変でしょう。機能試験という名目で完成まで続けてもらっても構わないと……。ただ、新たな創作は控えてください」

「堅苦しいな、お役所仕事ってぇやつはよ」

 

 だが、と――

 急な中止勧告が無かった分、徒労に終わる事だけは避けられた。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の仕事が無駄になってはやる気も出ない。

 それと学生達がこのまま好き勝手に続けていたら工房から追い出されるか、多額の賠償金を請求される等が考えられる。

 いくら国から賜った旧式の幻晶騎士(シルエットナイト)だとしても心臓部の解析は未だに一般には許可されていない。それを思えば今回は随分と穏便に済んだ方だと思わなければ。

 

「こうなれば……。お父様(セラーティ侯爵)にここに置いてある幻晶騎士(シルエットナイト)を買い取ってもらえば……」

「……アディ。それは無茶苦茶ですよ」

「だってぇ~!」

 

 アデルトルートが泣きそうな顔をしている頃、アーキッドはシズを見据えた。

 沈着冷静な鉄仮面ならばこの状況を打破できるのではないかと期待して。

 少しの間、睨むように見つめてみた。

 

「何ですか?」

「シズさんなら俺達の為に力を貸してくれるとか……。そういうのは無いんですか? 確か、貴女も工房で作業を手伝ってるんでしょう?」

「確かに私はこの工房で作業を……手伝っているわけではなく、手持ち無沙汰なだけです。それに学園からの許可も取ってありますし」

 

 途中で言い直した彼女の言葉にダーヴィドは苦笑気味に頷いた。

 無許可でここに居るわけではない。それと仕事が無い間だけの間借りのような扱いだ。

 しかし、仕事が無い分際なのに酷く偉そうな態度に時々、疑問を覚える。

 生真面目な性格だから、かもしれないけれど。

 

        

 

 エルネスティは膳は急げとばかりに許可申請書の作成に入る。それとは別にシズは彼が設計、立案した新装備を眺める。

 新しい風を入れる事に対して拒否感は無い。

 手続き上の問題も時間が解決する。後は自分の立ち位置の確認だけだ。

 エルネスティほど幻晶騎士(シルエットナイト)に対して、興味も妄執も抱いていない。それでも原住民の輪の中に入ってしまった自覚はある。

 無理に出てもメリットは感じないし、かといって率先して彼らと意気投合する気も無い。

 ――後者はシズの気持ちだが。

 今後の計画を見極める上で、必要とあれば彼らと共に歩む事がメリットとなるのか。

 追加の指令が無い今はただただ眺めることしか出来ない。

 自分はあくまで彼らの歴史を見定める事が目的であって、導く者ではない。

 教師という立場の場合はそうかもしれないが、それは学園に居る間だけの問題だ。

 彼らもいずれは卒業していく。そうなればもう他人だ。

 

(それに私が率先して歴史を突き動かせば取り返しが付かなくなる。ここは必要最低限度に留めて彼らに動かしてもらう方が得策と言える)

 

 そうでなければ自らの敵を作り、仲間達が危機に陥ってしまう。

 少なくとも至高の御方に牙を剥くような事があってはならない。

 ならば、その芽を事前に摘み取るべきか――

 そのような命令は受けていないし、おそらく至高の御方達はそれを望んでいない。

 相反する現状に対し、シズに出来る事は結局のところ傍観に徹するか、大きな流れに逸れないように舵を調節するか、だ。

 

(このパラダイム・シフトに対し、早急な対応はむしろ悪手……)

 

 新しい風を恐れているのか。

 敵が目の前に居ればなんだって怖い。それはそういう風に身体に刻まれているからだ。

 任務だからこそ耐えられる。ならばこのまま耐えればいい。

 端末のシズは僅かな時間で様々な試行錯誤を繰り返し、適切な行動へと繋げていく。

 命令を超えた自己判断は想定以上の分量になっている。それらを適切に処理しなければ不安要素ばかりが溜まってしまう。

 

(未来分岐を一気に増加させた為に許容量に負荷がかかっているようですね。……エチェバルリア君。……君は何者だ? 私に疑問を抱かせる存在は限られているが……。もし、()()()()()()()()ならば……。この先、君はどういう道を歩む? ……いえ、この話しは私がするよりは至高の御方案件としましょうか)

 

 もし、シズが想定している『敵』の条件に当てはまるのであれば――それなりの待遇を持って出迎えなければならない。

 過剰なパラダイム・シフトに反応するのは――何も現地の貴族ばかりではない。

 しかし、と――ここでシズは踏み留まり、冷静さを取り戻す。

 あまり過剰反応するのも悪手の一つ。だからこそ普段通りの対応を思い出す。

 あくまで自分達側の安否を思えばこその思索であって、この地で生活するシズ・デルタとしては行動に移すほどの案件ではなかった。

 好奇心旺盛な子供の柔軟な発想が結実しつつあるだけだ。ならば、大人としてそれを祝福しなければならない。

 シズは一つの未来線を選んだ。

 

        

 

 エルネスティは自分の熱意を込めた申請書を学園長に提出してから一週間、途方に暮れつつも作りかけの装備の調整に立ち会っていた。

 立ち入り禁止の沙汰は下されていないので工房に出入りする事は()()許されている。

 この世界の手紙のやりとりは各地の領主に届けたりするので早くて数日、遅い場合は一ヶ月経っても返事が来ない事もある。

 

「はやる気持ちは分かるが……。何ごとも地道に進めるしかないぞ」

 

 そもそも十二歳の子供じゃないか、と。

 ディートリヒが騎操士(ナイトランナー)になり、自分の幻晶騎士(シルエットナイト)を与えられるまで何年もかかっている。それを一瞬で達成する事は誰にも出来ない。

 それに彼にはまず中等部を卒業し、高等部に進学してもらわなければ――

 

「それよりも銀色坊主(エルネスティ)……。せめて試作機だけで我慢して作業に集中しろい」

「……う~」

 

 何日も食事を断っているかのようにげっそりと頬がこけた少年はのろのろと追加装備の元に向かっていく。

 規則や国家事業という大きくて分厚い壁が立ちはだかり、彼はこれを突破出来ずにいた。

 魔法には自信があっても事務手続きはまだまだ難敵が多いようだ。

 

「君はアイデアが溢れているんだな。羨ましい限りだ」

 

 可愛い後輩が悩む姿を見て、先輩としても気の毒に思えた。

 元はと言えば新装備を頼んだのは自分だし、彼が喜ぶ顔は素直に自分も嬉しいと思った。

 ――本来ならば――彼を元気付ける役として『エドガー・C・ブランシュ』が相応しいが、今は鍛錬に精を出している。

 いついかなる時でも外敵に対処できるように。

 女性騎操士(ナイトランナー)『ヘルヴィ・オーバーリ』もそんな彼の後を追うように鍛錬に付き合っていた。

 

「それに()()()()幻晶騎士(シルエットナイト)を修理できた技術があるんだから、未来はそんなに暗くないんじゃないか」

「……はい」

 

 自分の思い通りにならないと元気を無くすのはエルネスティの世代では珍しくない。そう思えば歳相応の反応とも思えて安心する。

 しかし、技術力の高さは本物なので、これを腐らせるのも勿体ないと思う。

 

「元気を無くしているエル君も可愛い」

 

 そんな彼を影から見守っていたアデルトルートはいつも通りの反応に同じく安心した。

 中等部の彼らが未曾有の危機を体験し、それぞれ未来に絶望感を味わった筈なのに今も心折れずにいられるのはディートリヒとて不思議だった。

 

「……で、坊主。動作は順調なんだが、次は筋肉だったか? 途中で話しが止まっちまったけど……」

「あ、はい。従来の結晶筋肉(クリスタルティシュー)は人間の筋肉構造を忠実に再現しています。それはつまり人間と同じように疲労し、痛んできます」

 

 ただし、材質は錬金術師達が生み出した特別な素材で本物の生物の筋肉を使用しているわけではない。

 その名の通り、糸に加工された結晶質の物質を筋肉として繋いでいる。

 伸縮性があり、魔力(マナ)を溜めておく事が出来る。

 強度的には脆く、何度も張替えが必要な消耗品となっていた。

 ――説明に入った途端にエルネスティの中で何かのスイッチが入ったようで、先ほどまでの悲壮感は掻き消えていた。

 その変わり身の早さに親方以下、多くの者達が驚いていた。

 

「仕様書や現物を調査したところ、この仕組みは百年ほど変わっていません。というか素材にばかり注目が行って応用が利いていない」

「人体を忠実に再現するのが仕事だからな」

「先にも言いましたが人体はそれ自体が欠陥品と同義です。それを長い期間忠実に再現しようとも出来上がるのはやはり欠陥品です」

 

 はっきりと告げられるとダーヴィドとしても唸るしかない。

 自分達は長年、その欠陥品を欠陥品のまま作り上げていると言われているのだから。

 より専門的な機関であれば改善するのか、と言えば制式量産機の補修もやったことがある経験から大して違いは感じられないと答える。

 サロドレアの後継機『カルダトア』もエルネスティに言わせれば欠陥品である、と。

 

        

 

 欠陥が分かっているならば改良すればいい。だが、そこには長年培ってきた経験や慣習が立ち塞がる。

 固定概念は早々に覆せないものだ。

 だが――エルネスティはそれを容易に打破できる能力がある。

 

「それで……、全く新しい素材を開発するのか? そうなれば俺達でも一から幻晶騎士(シルエットナイト)に関する知識を覚え直さなきゃならねぇ」

「素材自体は変えません。使い方を工夫してみましょう」

 

 ダーヴィドは実際に幻晶騎士(シルエットナイト)に使われている結晶筋肉(クリスタルティシュー)の未使用品を用意させ、机に並べた。

 水晶にも似た透明感のある輝きを持ち、柔軟性のある糸状の素材。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)は姿こそ人間を模倣していますが、結局のところは巨大な機械兵器です。それをどんなに頑張っても人間には出来ませんし、するべきではありません」

「何故だ? ……いや、何となくは分かるが、あえて聞こうか」

「人が操縦するものを人間そのものにしては……、なんだか気持ち悪いです。幻晶騎士(シルエットナイト)同士の試合で流血まで再現すれば……、それはもうただの残酷ショーになってしまいます。機械らしく、かつ美しく……。機能美を追求すべきだと僕は思います」

 

 子供の意見とバカに出来ないものをディートリヒは確かに感じた。

 模擬試合をすることがある。

 あちこち斬り飛ばされ、その度に親方達騎操鍛冶師(ナイトスミス)に修理させる。その時、あまりにも人体に近すぎれば気持ち悪さを感じ、必然的に騎操鍛冶師(ナイトスミス)の数が減少する事も――決して絵空事ではないような気がした。

 生々しい腕が転がる様を平然としていられるのか――

 その光景を幻視した者達は自然と寒気を覚えた。

 

「もちろん、人が操縦するものは人体に近ければ近いほど動かす時に違和感が少なくなります。その理屈は理解出来るのですが……、中身まで忠実に過ぎる必要はありません。であれば、機能美に特化し、より操作しやすく、小さな子供に憧れを抱かせる外観も大事ですよね」

 

 熱のこもったエルネスティの言葉。

 先ほどまで意気消沈していた少年とは思えない元気さだった。

 

「だからといっていきなり人間離れしてしまうと周りが怖がりますので……。それはおいおい変えていければいいと思います」

 

 その改造の許可が下りるかどうかがエルネスティにとって重要なのだが。

 少なくとも自分が乗る幻晶騎士(シルエットナイト)は支給品よりはオンリーワンの方がいい。

 いずれ一から自分で組めるようになれば遠慮はしない。

 

        

 

 説明をしつつ並べられた結晶筋肉(クリスタルティシュー)の繊維を解いていく。

 この部品は劣化すると破断する。しかし、それだと幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させる場合、脆すぎては使い物にならない。

 一定条件下では強靭さを維持している。

 どれくらいの使い方をすれば劣化するのか、しないのかは長年の研究課題となっていた。

 

「どの道、これは使い続ければ劣化します。それを恒久的に維持する事は僕にも思い浮かびませんが……。まずは今までより機能を向上させるところから始めましょう」

 

 機械に触れているエルネスティの表情はとても明るい。それほど彼にとって好ましい環境――または好きな分野だといえる。

 オルター弟妹の印象としては魔法技術の好きな少年であった。次いで幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 今の彼は幻晶騎士(シルエットナイト)が一番で魔法は二の次となってしまった。――いや、それが本来は正しいのかもしれない。

 エルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)を何よりも一番と捉えている。

 

(エル君が元気なら私は文句は無いわ)

(……俺達まだ中等部も卒業していないのに、こんなことしてていいのかな)

 

 それぞれ思うところはあるが、友人の輝く笑顔を見ていると悩みなどすぐに吹き飛んでしまった。

 そんな彼に着いて行くと決めたのだから。――それに魔法や肉体の鍛錬は今も続けている。

 

「基本としては……結晶筋肉(クリスタルティシュー)()り合わせです」

 

 繊維状の結晶筋肉(クリスタルティシュー)を目の前で束ねて縒っていく。

 ただそれだけでダーヴィドは驚いていく。

 与えられた仕様書に従って整備を続けていたせいで、気付かなかった概念を目撃したような驚きを覚える。

 だが、劣化すれば破断する繊維物質だ。そんな事をすればより強度的に脆くなるのではないかと思った。

 互いに締め付けあった繊維はそれだけで――

 

「……坊主。普通の糸じゃねぇんだから。そんなことすればより壊れ易くなるんじゃねぇか?」

「それは実際に試して確認しましょう。僕の知る限り、結晶筋肉(クリスタルティシュー)を縒って使用した事は無い筈です」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)に関する教科書の内容は既に熟読済みだ。その中で結晶筋肉(クリスタルティシュー)の使用に関しても当然頭に入っている。

 まずは複数本を縒るだけ。

 

「編み込みに関しては服飾学科で色々確認してこないといけませんが……。まずはこれからですね」

「文句は結果を見てからだな」

 

 不安は残るが今までやってこなかったのも事実。

 いや、過去に失敗したからこそやらなかった、とも言える。――などなど文句を呟きつつ試験用の機材に装着を命令する。

 実際に幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させるのは手間なので各部位だけの動作用機械というものがあり、それに装着する。

 

        

 

 言葉としては簡単だが、各部品の装着は素人に簡単にできるようなものではない。しかし、幻晶騎士(シルエットナイト)愛に溢れるエルネスティにとっては苦も無い作業――というよりは自分でも(おこな)いたいと思うほど。

 出来上がった機体を操作するのと同じくらい騎操鍛冶師(ナイトスミス)の作業にも魅力を感じていた。

 そんな彼の()()()を感じたダーヴィドは事前に作らせていたエルネスティ専用の作業着を渡す。

 

「おおっ!」

「遅くなっちまったが陛下からの賜りものだ。替えの事は気にしなくていいがケガには気をつけろよ。お前さんの替えは無いんだからな」

「はい!」

 

 より一層瞳が輝く彼の表情が(まぶ)しすぎて思わず手を(かざ)親方(ダーヴィド)

 彼の元気な返事にいつもは厳つい表情が緩む。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の改良、整備の全権を任されている立場とはいえ新しい風を否定する気持ちは無い。むしろ大歓迎なのだが――いざ実際に現われると二の足を踏む。

 否定の言葉ばかり出てくる自分の態度に腹が立つのだが、やはりエルネスティの提案はとても魅力的で今までの鬱憤が晴れるような気持ちにさせてくれる。

 それでも自分の常識が抵抗するのは怖いから、だと思う。

 

(今まで誰も成し遂げられなかった新しい幻晶騎士(シルエットナイト)の概念だ。それをすんなり受け止められる奴ぁ居ない)

 

 見たことが無い技術は特に。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)は基本的に整備が主で改良は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の領分だった。

 学生である自分達自身が率先して改良に取り組む事は――本来ならばありえない事態だ。

 

(かといって秘密裏に事を進めるのは怖い。……なにせ国家事業に匹敵するからな)

 

 国王陛下直々の言葉でも無い限り、学生の領分を越える仕事はしないものだ。

 それが常識であり当たり前の事だった。

 新しい作業着に袖を通したエルネスティに道具を渡せば目を見張る動きを見せてくれた。

 前々からグゥエールの修理をしていたから――とて手馴れた道具の使い方にもまた驚かされる。

 彼はまだ十二歳の子供の筈だ。いくら学業で優秀でも身体まではついて行けないのではないか、と思っていた。

 

「同年代の学生でもすぐにそこまでの動きは取れねぇはずだ。……銀色坊主(エルネスティ)の家には道具も揃っているのか?」

 

 ライヒアラ騎操士学園の理事長の孫でもある。それくらいの施設は自前で持っているのかもしれない、と思わせる。

 父親(マティアス)騎操士(ナイトランナー)の教官であることも有名だ。

 

「本はたくさんありますが……、道具はバトソンの家で扱う程度ですよ」

「それにしては随分と手馴れていると思ってな」

 

 周りの環境に恵まれているのは理解した。しかし、それでも彼の年齢からすればもっと他に楽しみがあったりするものではないのか、と。

 鉄錆の匂いが充満する汚い現場を嫌がるどころか歓喜している。

 見た目にも上品そうな姿なのに汚れる事も(いと)わない姿勢はこちらが申し訳ないと思うほどだ。

 

        

 

 まず基本の結晶筋肉(クリスタルティシュー)と縒っただけの結晶筋肉(クリスタルティシュー)を並べる。

 見た目には形が違うだけだ。――これを実際に試験用の機材に装着させて動作確認に入る。

 通常の結晶筋肉(クリスタルティシュー)は人間の筋肉と同様の伸縮動作を見せる。だからこそ適度に動かせば動きが馴染んでくるし、使いすぎれば疲労してくる。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の筋肉は動きの補佐だけではなく、魔力(マナ)の蓄積も担っている。

 より多く使用すればするほど魔力貯蓄量(マナ・プール)を増やす事が出来る。反面――重量が嵩み、動作が遅くなる。

 

「普通の動作は見飽きるくらい見て来たが……。次はどうだ?」

 

 単に寄り合わせただけの結晶筋肉(クリスタルティシュー)――エルネスティは暫定的に綱型(ストランド・タイプ)と名付けた。

 早速取り付けて動作確認に入る。

 通常では聞こえない軋み音が響く――そして、それは次第に静かになる。

 

「……う~ん。伸縮に問題は無いな。互いに締め付けあって潰し合うこともねぇ。……どうなってやがる?」

 

 見た目には強引な伸縮に悲鳴を上げているように見える。けれども決して切れず。――戻る時に収縮が起きない、という現象は確認されなかった。

 ある程度の伸縮性があるからこそ筋肉足りえるわけだから、これはすなわち成功と言えるのではないか。

 

「最初は簡単な物からですから。ここから改良していくんですよ」

 

 想定していたよりも動作に問題がなかった事にエルネスティは内心では安堵していた。

 新しい概念というものは簡単に通用できそうで出来ない。

 成功と失敗はどうしても必要だから。

 今回が成功したからといって安心はしない。次はよりよくする方法の模索だ。

 

「強度は申し分ないかも知れねぇが……。量が増えるってことはそれだけ重くなるもんだ」

「はい。それと持続力でしょうか」

 

 普通の筋肉とは違う構造なので下手をすれば前よりも早く痛んでしまうおそれがある。それを確認する方法はひたすら動かし続ける事だ。

 部品の確認作業は一日では出来ない。

 

(確かに強度が上がれば幻晶騎士(シルエットナイト)はより強い力が出せる。……問題はそれがいつまで持続するか、だが……。改良次第ではカルダトアを超えるかもな)

 

 たかが筋肉の改良だけで現行の制式量産機を凌ぐ――

 それはとんでもないことではないのか、とダーヴィドは薄っすらと思い、寒気を感じた。

 自分は今、何を作ったんだ、と。

 

(……ちょっと待て。たかが筋肉の張替えだぞ? それがどうしてこうも簡単に筋力増加に繋がったんだ?)

 

 今まで整備に携わってきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)としておおいに疑問を抱かせた。

 一割増強とて簡単ではない。

 

(これを全身に採用すれば……。……その前に伸縮の耐久性が残っていたな)

 

 もし、耐久力も大幅に増えれば旧型機が新型よりも高性能になってしまう事態もありえるかもしれない、と思った。

 それはつまり歴史が変わる、という意味にならないか、と。

 もちろん、この試験が成功であるならば制式量産機のカルダトアに採用すれば更なる発展が見込める。

 

        

 

 何日か動作試験を行いつつ綱型(ストランド・タイプ)の改良も平行して(おこな)っていく。

 一週間後に出て来た数値は目を見張るものがあった。

 耐久力は数倍に跳ね上がり、筋力も現行の倍近く――

 

「……ただ、重さはまだ解決してねぇけどな」

「速度はどうしても犠牲になりますね」

 

 本来はグゥエールの改造()()だったのが幻晶騎士(シルエットナイト)全体の改良計画に()げ変わってしまった。

 ――一応、監督役のダーヴィドが責任を持って管理しているので、エルネスティの行動が大幅に逸脱する場面は起きていない。――今は、と付くかも知れないが――

 熱心に研究するエルネスティの様子を毎日のように見ていたオルター弟妹とバトソンも離れたところから眺めていたが、帰宅時間が来るまでは暇になっていた。

 自分達も手伝えればいいのだが、エルネスティとは違い幻晶騎士(シルエットナイト)の製作までは興味を持っていなかった。

 彼らの他に現われるシズは自分の作業に集中しているのか、エルネスティの話しに関わる事は無かった。

 アーキッド達はそんな彼女の下に行き、どんな事をしているのか観察してみた。

 基本的に他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)の手伝いと謎のオブジェを作っているくらいで、幻晶騎士(シルエットナイト)の整備や製作には携わっていないようだった。

 大きな工具を使ったかと思えば、細々とした作業に一時間集中し続けていたりする。

 見ている分には気になるような事は無かった。

 

「シズさんは普段から()()なのか?」

 

 近くを歩いていたドワーフ族の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に尋ねた。

 毎日ではないけれど、という前置きから始まり、シズは工房で地味な作業に没頭している事が多い、という意見ばかり聞こえてきた。

 声をかければ手伝ってくれるので誰も寄せ付けない事はないという。

 謎のオブジェに関しては本人も適当に作っているので分かりません、と言っていた。

 ここ数日、シズはエルネスティ達の行動の邪魔をするようなことも小言も(おこな)っていない。最初こそはあれこれ妨害行為でも起こすのでは、と思われていた。

 規則に煩く、堅苦しいイメージを持たれる彼女だが何でもかんでも反対する人間ではない。

 アーキッドがエルネスティに近付き、シズについて尋ねてみた。

 

「手続き以降、何も言われていませんよ。出入りについても、改良案や作業の手伝いに関しても特に……」

「不敵に笑っていたのが気になったからさ」

「……規則を守る限りにおいてシズさんが僕の妨害をする理由が分かりません。彼女の行動に僕は何か関係しているんですか?」

 

 ダーヴィドと相談する事に関してもシズは口を挟んだり咎めてくるような事は無かった。――それを気にして尋ねることもしなかったけれど。

 あまりに大人しいので作業に集中すると存在を――本当に――忘れてしまうほどだ。

 

(それに僕がシズさんを気にする理由も分かりません。彼女は僕の担当でも教師でもないのですから)

 

 それともアーキッド達はシズと対話する事を望んでいるのかな、と思わないでもない。

 だからといって彼女に聞きたい事があっただろうか、とエルネスティは――一応疑問を抱いてみる。

 齢十二の歳だからか、異性にあまり興味を持たない。というよりは幻晶騎士(シルエットナイト)で頭の中はいっぱいだった。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)のことばかり考えるエルネスティも――多少は空気が読める。だからシズと対話が必要なのではないかと思わないでもなかった。

 ――主にアーキッド達がそれ(会話)を望んでいるようだったので。

 かといって彼女と話すネタがすぐに浮かぶわけもなく――

 自分には幻晶騎士(シルエットナイト)の事柄しか無いに等しい。その上で彼女に質問などをすればいいのか、と疑問に思う。

 

(これはどうなっているのですか、と()()()()()()聞いてみた方がいいのでしょうか。それとも他に……。……まあ、無い事もないですけど……)

 

 顎に手を当てて唸るエルネスティ。

 シズは自分の作業に集中しているし、本当は邪魔したくなかった。

 毎日居るわけではなく、気が付いた範囲では本当に暇つぶし程度で去っていく。

 何か目的でもあるのかと勘ぐった事もあるけれど、挨拶以外で話しかけられる事は無かった。

 

(……無理に話しかけるのも悪いですし、ここは自分の作業に集中させてもらいますよ。キッド。アディ)

 

 それでも友人達の期待の視線が気になるので、話題が出来た時に話しかけてみることも吝かではない、とだけ思う事にした。

 今は結晶筋肉(クリスタルティシュー)の実働試験で忙しいので。

 筋肉と呼ばれるだけあって柔軟性に富んだ素材は今のところ急な破断を起こさずに動作に耐えている。

 耐久力などの目算は今までの倍程度――

 

(今は強靭な耐久ですが……、その反動もまた大きいはずです。やはり素材についても考えなければなりませんね。このままだと……)

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)は部品一つで成り立っているわけではない。

 一つが改良されれば他もそれ相応に変えていかなければ無理が生じる。

 見ている分だと金属内格(インナースケルトン)の強度が怪しい。

 

「このままだと筋肉は破断しなくとも骨格はヤバそうですね」

「そうか? このままだとぶっ壊れちまうか。しかしこいつも強度を上げようとすれば重くなるし、加工の手間も増える」

 

 今以上となると国機研(ラボ)の協力も視野に入れる事になる。

 ダーヴィドとしては工房で作業している騎操鍛冶師(ナイトスミス)達だけでやり遂げたいと思っていた。

 少なくとも自分達で幻晶騎士(シルエットナイト)を造っている責任や意地などがあったからだ。急なよそ者は銀色坊主(エルネスティ)達だけでたくさんだ、と。

 

        

 

 次の日に(ようや)くにして幻晶騎士(シルエットナイト)の改造許可申請書に対する返事が王都から届いた。

 重々しく――国王の印が押された――赤い封蝋を施され、丸められた羊皮紙を使者が携えてきた。

 学園長であるラウリと国王は旧知の仲――ということで手続き上の障害となる何重にも立ちはだかる役人や貴族のいくつかを素通りし、()()直接当人に渡ったからこそ短い期間で返事が返ってきたといえる。

 そうでなければ十二歳の子供の申請書は()()門前払いとなっていてもおかしくない。

 使者は申請書を書き上げた当人――エルネスティを一瞥して顔を顰めたが仕事なので平静を装った。ここはお役所仕事としての厳格な体制に身体が動いたようだ。

 当人である事を確認した後で目の前で封蝋を破壊する。

 中身は読み上げず、ただ事務的にエルネスティに羊皮紙を渡した後は一礼して去って行った。

 彼の仕事は現場の意見を聞くことではない、という意思表示なのかもしれないので誰も質問の声は上げなかった。

 早速、書面を確認するエルネスティと中身を見ようと覗き込むアデルトルート。アーキッドは弾き飛ばされた。

 

「え~と……。幻晶騎士(シルエットナイト)の改造は当初の計画通り、グゥエールのみに限定する」

え~! ということは一機だけ~!? ケチ臭~い」

 

 アデルトルートの文句を聞き流しつつエルネスティは更に文章を周りに聞こえるように読み上げる。――彼らに聞かせる義務は無いのだが、使者が去った以上は聞かせてもいいという意味に捉えた。

 それほどこの羊皮紙に重要性は無く、ただ国王からの返事だけが記されているという事だ。

 

「さすがに全機刷新は不味いですよね。それと予算的にも……。これは国王陛下にとっても妥協出来る折衷案というものかもしれません」

 

 というよりは今以上に幻晶騎士(シルエットナイト)を弄り回せば結局全機を刷新してしまう可能性がある、と危惧されたも同然だ。

 改造に関して当初言われていた国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)への協力も口添えされていたようなので、後で確認に行ってみる事にする。

 改造費用はタダではない。一機分とて結構な額が動く。それを十二歳の子供の為に許可するのだから無理を言ってはいけないと流石のエルネスティでも察する。

 

(家族に幻晶騎士(シルエットナイト)をもっと改造したいのでお金を下さい、と言えるわけもなく……)

 

 でも、結果を示せばある程度の額が国から出るかもしれない。

 書面ではあるけれど期待している、と記されていたので応えないわけにはいかない。

 とにかく作業を止める必要が無くなった。なので次にする事は人材の確保など――

 他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)との兼ね合いも忘れてはいない。

 学園長経由にて国機研(ラボ)に様々な要望書を提出しておく。――返事が遅いのは覚悟の上だ。

 

        

 

 それぞれが活気付く頃、シズは事態の進展について様々な計画を修正していく。

 自分の()()()()()と新たな目的は今のところ衝突する確率が低い。

 個人的にもエルネスティの行動を止める理由は無く、教師と先輩の立場としては温かく見守るのが適切な解答だと判断していた。しかし、代わりに警戒度が上がっていく。

 それを脅威と捉えるか、ただ単に急激な変化を危惧してのものかは判断できない。――いや、それ(脅威への判断)はしてはいけないと思った。

 

(時代の変革というものは急に現われるものなのですね。……その点では自分達も同様と言えなくはないのですが……。御方達の命令が無い行動判断は難しいですね)

 

 天上の世界は平静そのもの。

 地上世界と違い、敵対者の存在が殆ど無い。シズが思っている平和の姿が体現されている。

 地球への帰還に関して、任務である事以外にかの星に愛着は湧かない。けれども、そこへ至る仕事には誇りを持って接している。

 

 そういう命令を受けているから。

 

 命令を受けていない場合は次まで待機。それが長い時を歩む自分達の本来の姿だ。

 多くのシズ・デルタ達が天上世界の整備と改良に人生を捧げてきたように地上世界でも同じ事が出来るかと言えば――それは本来ならば――無理な話しだ。

 

(かの方達が目覚めるまでの間、今のまま目立たない行動が出来るのか。それとも……、ある程度の裁量権を行使しても良いものなのか……。……全く。性急過ぎる変化というものは行動に支障ばかり(もたら)しますね)

 

 五年前も十年前も変化に乏しかった世の中が一つの『特異点』によって様変わりする。

 それを目撃する自分は幸運なのか、それとも――

 シズは僅かな思索から現実に思考を戻す。

 目の前にあるのは誰が見ても理解出来ない形の謎のオブジェ。

 これは乱雑なボルトの挿入による力が加わる変動を確認する為の造形物。

 ボルトを増やせば増やすほど物体に掛かる力の配分は計算し難くなる。――これは『複雑系』と呼ばれるものの一例で、特別なものではない。

 素材毎に値は変動する。それを一つずつシズは確認している。しかし、今のところ利用価値については考えていない。

 地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)でも出来なくはないが、重力の関係上、地上世界での作業が必要だっただけ。

 この修正値は将来の役に立つ筈だと言われている。――実際のところは暇つぶしの演出も兼ねている。

 工房で(おこな)うのは本拠地での活動を出来るだけ少なくする狙いがある。厳格に守らなければならないほどの事ではないけれど、外敵に対する備えは怠れない。

 

 



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#014 試行錯誤の繰り返し

 

 国からの払い下げである幻晶騎士(シルエットナイト)サロドレア型『グゥエール』の改造を公式に許可されたとはいえ、すぐには作業に移れない。

 何ごとも一気には事を進められないものだ。

 何度目かの試験の後に高評価を経た結晶筋肉(クリスタルティシュー)金属内格(インナースケルトン)を実装する為の図面引きが(おこな)われる。

 

「最初は新しい腕を付けるだけじゃなかった?」

 

 疑問を呈するのは『アデルトルート・オルター』だった。

 話しとしては間違っていない。

 単なる部品付け程度だと思っていた者も多く居る。その原因は新しい発想を(もたら)した齢十二歳の少年『エルネスティ・エチェバルリア』にあった。

 

「その腕を動かすには充分な筋力が必要なんですよ、アディ。単なる付属品では魔導兵装(シルエットアームズ)を持つだけで精一杯……。それでは意味がありません」

「つまりだな、魔導兵装(シルエットアームズ)を持つには筋肉が必要ってこった。分かったか、お嬢ちゃん」

 

 と、ドワーフ族の親方『ダーヴィド・ヘプケン』が補足する。

 む~、と唸りつつ口を尖らせるアデルトルートをエルネスティが宥めつつ分かり易く幻晶騎士(シルエットナイト)の新装備について解説する。

 

        

 

 学生達が盛り上がっている横では大人しく作業していた『シズ・デルタ』が台座に腰掛けて一休みしていた。

 作業工房の一角は既にシズ専用と化していて、よく分からない残骸が転がっていた。それらもいずれは廃棄されるか、再利用の為に持ち去られる。――もちろん、シズが許可を出したものに限る。

 他の者達と違い、幻晶騎士(シルエットナイト)の製作には全くと言っていいほど携わっていない。

 では何をしているのか、と言えば他人には窺い知れない、という事だけしか分からない。

 

(……実際、幻晶騎士(シルエットナイト)が実働されるような事態が少なくて、この国は本当に平和だと思っていたんですが……。この地域だけ特別ということなのでしょうか。……森側ではもっと過酷かもしれませんが……、今の段階では何とも言えませんね)

 

 金属加工のデータも先日提出し終わり、次の行動について模索する。だが、命令以外の行動が中々浮かばない。

 職務についていない自分が悪いのだが、新たに就くべき役職が未だに決まらない。かといって国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向すれば新たな可能性を見逃すかもしれない。その辺りが実にもどかしく感じる。

 

(私の冒険としてはここに残るほうが得策のようですが……。どうしたらいいものか……)

 

 未知のものに対して自動人形(オートマトン)たる自分は柔軟性が非常に乏しい。その自覚がある上に次の行動を自由意志で決定する事に違和感や忌避感がある。

 更には抵抗感ともいうべきものも含まれる。

 かといって拠点に引きこもっては至高のシズ・デルタにお叱りを受けてしまう。

 

(……自ら指針を見つけなければいけないのですが……。その指針がどのようなものか私にはまだ判断がつきません)

 

 だからこそ命令がとても欲しくなる。

 もとより端末のシズ・デルタはそういうものとして創造された存在だ。

 急な仕様変更には対応していない。

 

        

 

 休息を終えたシズは――誰かに決められたものではなく――学生たちの下に向かった。

 常に無表情の彼女が近付くだけで周りの者達は何事かと訝しむ。

 いちいち騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の行動を監視し、小言を言いまくっているわけではない。ただ、そういう雰囲気を醸し出しているように感じられるだけだ。

 実際に彼女が逐一行動に注文を出す事は無く、大きな規則の違反でも見られない限りにおいて静かに過ごす事が多い。

 その辺りに慣れた親方のダーヴィドは平然と彼女に付き合っている。

 

「改良は順調ですか?」

 

 と、声をかけただけでビクつく騎操鍛冶師(ナイトスミス)をよそにダーヴィドはボチボチだと答える。

 作業は順調だが結果が芳しいのが実情だ。

 

「エル君。鉄仮面が敵情視察に来たわよ」

「僕らと張り合っているわけではありませんし……。あまり敵視するのもどうかと思いますよ」

 

 と、言いつつも紫がかった銀髪の少年エルネスティは近くまで来たシズを出迎える。

 ここ数日は互いに離れた位置で作業をしていたので、アデルトルート程ではないが警戒はしていた。

 また規則などを持ち出してくるのではないかと思っていたのは事実だ。

 上着を腰に巻いた大人の女性シズ・デルタの姿を頭から足元まで見据えた。

 教師風の姿も似合うけれど、汚い現場である工房の中でも違和感無く過ごしている彼女は確かに神秘的で不思議な雰囲気を感じる。ただ、それが好意か敵意かは判断できなかった。

 そもそもシズについてはあまり知らないエルネスティは周りの噂でしか彼女の様子を知りえない。

 本当はどういう人間なのか、知っておいた方が今後の活動に役立つのではないかと思った。

 

「国王陛下より許可を頂いておりますが……。何か問題でもありますか? ……僕としては何か意見でも頂けるとありがたいですが……」

「……いえ。君たちの作業について、許可が出た時点で私が口出しする権利はありません。ただ……、君の噂を耳にした分で言えば……、学生の領分を越えすぎな面があるようですね」

「それは耳に痛いですね」

 

 シズの言う事は尤もだ。だから、反論は出来ない。

 ここまで来るのにエルネスティは()()と無茶をし過ぎた。そして、それは本人も()()自覚している。

 全ては幻晶騎士(シルエットナイト)の為に――

 

        

 

 シズは張り替えられていく結晶筋肉(クリスタルティシュー)の様子を黙って眺めた。

 目の前にあるのは外装(アウタースキン)がまだ装着されていない金属内格(インナースケルトン)がむき出しのグゥエールだ。

 全身の骨格調整を後回しにして上半身のみの試験運用の為の素組みを(おこな)っている。

 

「本当は全身の張替えをしたいところですが……。そうなると部品を丸ごと新調しなければならなくなります。まずは上半身のデータを取って下半身を仕上げる計画です」

「君たちが考えて造るものなのだから私の意見は邪魔なのでは?」

「そんな事はありませんよ」

 

 と言いつつエルネスティはシズの言葉に驚いていた。

 控えめな意見を言うとは思っていなかったので。

 冷静な判断の出来る大人の女性というイメージがあり、細かな駄目出しをされるものだと覚悟していた。

 表情を窺う限り、興味深く観察しているのかは――無表情に近いので――判断できなかったけれど。

 

「……エル君の紫銀の髪と鉄仮面の淡い赤色っぽい髪の毛はなんだか……。対極っぽく見えるわね」

「この辺じゃあ珍しい色だけど……。別にエルに対抗したわけじゃないだろ」

 

 それと背丈は明らかにシズが高く、見下ろす形で喋る彼女には言い知れない威圧感がある。もちろん、本人に威圧の意思は無いと思われるが――

 近くで見るシズという女性は不思議と近寄りがたい雰囲気があった。

 

綱型(ストランド・タイプ)結晶筋肉(クリスタルティシュー)ということですが……、太さは全て均一なのですか?」

 

 この質問に対して『鋭い』と思いつつ目を輝かさせるエルネスティ。

 太さは先の計画にあるだけで予定には組み込まれていた。

 

「その辺りはまだ研究中です。今張っているのはデータ的に高い数値が出たものを採用しています。それと太い結晶筋肉(クリスタルティシュー)は製作に時間がかかるとのことです」

 

 太ければ伸縮率は低くなり、動きが狭まる。ただし、耐久力は上がり、魔力(マナ)を多く溜め易い。

 欠点としては破断しやすい。

 

「人間の十倍近い大きさを持つ幻晶騎士(シルエットナイト)の筋肉も当然大きい方がいい。けれども、材質的に簡単に都合がつかないのも現実です。その辺りは新しく開発するしかないのですけど」

「では、金属内格(インナースケルトン)は従来のまま?」

「そうですね。現状、この工房内で使える材料だけで開発する計画です。これ以上は流石に国機研(ラボ)案件だと思います。数日中にでも彼らから良い返事が来る事を願うばかりです」

 

 学生達に出来る事は限られている。その中で一番の問題はコアの部分である『魔導演算機(マギウスエンジン)』と『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』だ。

 この部品の改良、または改造は厳禁とされている。

 解析も本当はしたいのだが――とエルネスティは小さく呟く。

 そうなると本当に新しい幻晶騎士(シルエットナイト)を造る状況になってしまう。

 

「上半身だけとなると攻撃面の強化……。では下半身はどういう計画なのですか?」

「単に上半身を支える程度です。全体のバランス調整を後回しにして、攻撃力がどれだけ上がるのか確認してから決めていきたいと思っています」

 

 攻撃型のグゥエールに相応しい姿を想像しているけれど、実際にどうなるかはエルネスティでも分からない。

 とんでもない失敗をすれば全てが台無し。そして、振出からまた図面の引き直しだ。

 全体的な自壊だけはしないで、という願いを込めて作業を見守る。

 

        

 

 数時間の作業の後でグゥエールの騎操士(ナイトランナー)『ディートリヒ・クーニッツ』が姿を見せる。

 自分の幻晶騎士(シルエットナイト)がどういう風になったのか様子を見に来た。

 まず最初に抱いた印象は上半身がなにやら太い。腕もそうだが、と呟いていた。

 

「剣で戦う筈が素手で殴り合う仕様になってはいないかい?」

「新型結晶筋肉(クリスタルティシュー)に合わせたものですから……。ですが、強度的に、殴り合いはオススメしません」

 

 見た目には確かに太い腕で殴るタイプの戦闘が出来そうだが、そこまで強固な金属内格(インナースケルトン)になっていないので当然無理だと誰もが口を揃える。

 それと暫定的に背中に取り付けた新しい腕――『補助腕(サブアーム)』と名付けた――背面武装(バックウェポン)は大きな上半身のせいで目立たないものとなってしまった。

 

「つい筋肉に意識が向いてしまって……。ですが、ちゃんと作ってありますよ」

 

 本来の腕に比べればとても貧相な新しい腕(サブアーム)。まるで小さな棘のようだ、とディートリヒはがっかりしたような感想を抱いた。

 しかし、機能面では手を抜いていない事をエルネスティは伝えた。

 

魔力貯蓄量(マナ・プール)の増量に伴ない稼動域は大幅に向上しています。反面……、攻撃に際しての魔力消費量も増大しております」

「……それは本末転倒という事じゃないか」

 

 設計や施工に(うと)いディートリヒにも今の説明は理解出来た。

 要するに目の前のグゥエールは上半身が太くなっただけで何も変わっていない、ということになる。

 変わったものと言えば攻撃力の増加。

 筋肉増量によって敏捷性が犠牲になった。

 

「私としては速度の向上も期待したいところだ」

「それはもう考えてありますよ。ただ、今回は新型の結晶筋肉(クリスタルティシュー)の様子を確かめてから、ということで……」

 

 今のままでは動きの遅い魔獣を相手にするので精一杯になる。それと幻晶騎士(シルエットナイト)の試合では何も出来ずに敗退しそうだ。

 文句ばかりが出るが機能の改善に時間が掛かる事も理解している。

 

「速度を上げるには軽くするしかない。そのあたりの兼ね合いも今後の課題です」

「新生グゥエールがどうなるのか、楽しみでもあり、怖くもある。背面の武装は……付いているようだが……。機能としてはどうなんだい?」

「調整は済んでいます。火気管制(ファイアコントロール)システムを実装し、ある程度の自動化も可能となっております。魔法の選定は未定で、今は一つだけ……」

 

 将来的には切り替えも視野に入れている。

 形としてはまだまだ不細工だが、新しい装備が使える事にディートリヒは楽しみになってきた。

 

        

 

 仮止めの外装(アウタースキン)を装着し、赤く着色されていない素のグゥエールをひとまず完成させた。

 上半身が筋肉質でいかにも強そうに見える外観に騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は感嘆の吐息を漏らす。

 早速、ディートリヒは愛機に乗り込み、エルネスティの講義を受ける。

 

「中は以前と一緒です。操縦桿にいくつかのボタンを付けました。背面武装(バックウェポン)はここで操作します。魔法を使えば魔力(マナ)を消費しますので、残量に注意してください」

「おいおいエルネスティ。前より操縦桿が重くなっていないか?」

「それはまあ……。筋肉増量に伴なった圧といいましょうか……。申し訳ありません。魔導演算機(マギウスエンジン)の改良許可が下りれば、その辺りの改善もお約束できるのですが……」

「つまり、魔導演算機(マギウスエンジン)を改良できればより操作性が向上するのだな?」

「その自信はあります。幻晶騎士(シルエットナイト)の全体解析でも無駄が多い事が分かっていますから」

 

 聞けばすぐに答えが返ってくる辺り、エルネスティという少年は侮れない、と思わせる。

 自分よりも年下の人間が見たことも聞いた事も無い発明を発表するのだから驚きだ。

 口だけではなく実証までするのだから少し尊敬してしまう。

 

「……ところで。その手に持っているのは……銀線神経(シルバーナーヴ)かい?」

「はい。動作確認の為に……」

 

 (エルネスティ)の手にある銀線神経(シルバーナーヴ)という導線のようなものが操縦席の壁面に繋がっていた。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)達による点検用のものと同様だが、彼は導線を掴んだ状態で解析する事ができる。

 既に起動している幻晶騎士(シルエットナイト)において身体に負担が無いのか心配になったが、見ている分には問題なさそうだった。

 まだ中等部一年生であるエルネスティがどうやって幻晶騎士(シルエットナイト)を解析しているのか、それを外部から確認出来ないのは残念だ。――仮に見てもきっと理解出来ない。自分は騎操鍛冶師(ナイトスミス)ではなく騎操士(ナイトランナー)だから。

 ――それはそれとして。

 

「……気のせいかな。一歩動いただけで魔力(マナ)が一割ほど減ったように見えたんだが……」

「……あはは」

 

 そう。グゥエールを外に出そうと試みようとして今は停止中となっている。それが一番の問題だった。

 おや~と言いながらディートリヒは計器類の故障かなとも――

 

「これはあれですね。筋力増加に伴なった弊害と言いますか……。想定以上に操作に魔力(マナ)を食われているといいますか……」

 

 そう言いながらも原因究明に努めるエルネスティ。

 基本的に幻晶騎士(シルエットナイト)魔力(マナ)騎操士(ナイトランナー)自身の魔力(マナ)を使っているわけではない。だから、魔力(マナ)切れによる疲弊は起きない。または起き難い。

 今回は全身に張り巡らせた綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の伸縮に自身の想定を上回る魔力(マナ)が負荷として使われてしまったようだ。

 本来結晶筋肉(クリスタルティシュー)魔力貯蓄量(マナ・プール)としての側面がある。それがどういうわけが機能していない――いや、機能は正常なのだが――

 

結晶筋肉(クリスタルティシュー)もそうですが……、金属内格(インナースケルトン)の維持にも魔力(マナ)をドカ食いしているようですね。筋肉を支えるのも楽じゃないと言いだけに……」

「……見た目からそうじゃないかと思っていたさ」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)魔力(マナ)で起動している。それ故に全身を支える様々なものにも魔力(マナ)が使われている。その魔力(マナ)が無くなれば身動き一つ取れないどころか、自壊する恐れすらある。

 自壊に関しては魔導演算機(マギウスエンジン)が各パーツを上手く制御し、()()()()()()()()()、そんな事態は起きない。

 それと幻晶騎士(シルエットナイト)魔力(マナ)魔力転換炉(エーテルリアクタ)が大気中のエーテルを吸収して常に生成している。例え魔力(マナ)切れを起こしたとしても時間経過によって回復していく。

 

        

 

 起動実験は結局のところ失敗という形となった。

 とはいえ、それはそれで原因を究明し、改善すればいい。

 背面武装(バックウェポン)の試験が出来そうにないのがディートリヒとしては残念な結果だった。

 仮に使おうとすればそれだけで何割も魔力(マナ)が減りそうで怖くなった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)から降りたディートリヒとエルネスティは深く溜息をつく。

 

「いつも以上に身体にズシリと感じたよ。ある意味、対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)みたいな使い方が関の山だね」

「そうですね」

 

 つまり複数の幻晶騎士(シルエットナイト)に運んでもらい、一撃必殺のような使い方しか出来ないという意味だ。

 剣術を嗜む騎操士(ナイトランナー)としては何とも情け無い形だ。

 

「ならば」

 

 と、人差し指を掲げるエルネスティ。

 現状で無理ならば申請書の作成だ、と言わんばかりに熱意を膨らませる。

 早速、学園長の下に向かい魔導演算機(マギウスエンジン)の改良に着手する許可申請書の相談をする。

 グゥエールの改造は国王陛下直々に許可が下りている。

 

魔導演算機(マギウスエンジン)の改造は流石に無理でしょうが……、今のままでは無駄の多い処理で手一杯です」

 

 事前に問題点を洗い出した書類を『ラウリ・エチェバルリア』に突きつける。

 分厚い書類を読みつつ自分の孫は随分と賢いものだなと改めて驚く。

 中等部で魔導演算機(マギウスエンジン)の解析など教科書に載っていただろうかと疑問に思ったほどだ。

 

「エルや。熱意は理解したが性急過ぎるぞ。……それともそこまでの代物をこさえてしまったのか?」

 

 穏やかに孫を宥めるラウリ。

 家では普通の子供のような振る舞いしか知らない孫が事幻晶騎士(シルエットナイト)に関すると別人のように見えてしまう。

 幼い頃に見た情景が原因だとは思うが――と三歳の頃の(エルネスティ)の姿を思い出す。

 

「申し訳ありません、学園長」

「それに国機研(ラボ)からの返答を待たずしてなんとする。……手続きに時間がかかるのは世の常……」

 

 そう言いながら孫に暖かい紅茶を差し出す。

 それにしてもどうしてうちの孫は事を急ごうとするのか、と常々疑問に思っていた。

 まだ中等部一年生であり、幻晶騎士(シルエットナイト)に乗るまでは何年も先の事だ。()()何かやらかして一足飛びするつもりか、と。

 ここ数年――初等部の頃から(エルネスティ)は生き急いでいるように感じられて不安だった。別に不治の病でもないのに。

 

(溢れるアイデアを早く形にしたいようじゃが……。付き合わされる周りの者達の姿を改めて見る事を勧めるしかないのう)

(……性急。確かそうです。アイデアは早い者勝ちなのですから。ですが……()()()()はのんびりし過ぎ……。いえ、僕が早すぎるという事もありますね。これはいけません。人生は一回きりと……、死んだら終わりがこびりついて……)

 

 ほんの数分間、沈黙が降りた。

 それぞれ思うところがあるようだが急いでも良い事はないと自覚していく。

 

「何でもかんでも国王陛下にお伺いを立てるわけにはいかんのだ。いくら国秘の事業とてな。これは国機研(ラボ)に渡しても良いのか?」

「その国機研(ラボ)は改良を許可されているのですか?」

 

 一つ頷きつつ質問に対して質問を返した事に少なからず申し訳なさを感じた。

 学園長ではあるけれど自分の祖父だ。つい気が緩んでしまうのはいけないと――

 

「うむ。多くの構文技師(パーサー)達が頑張っているようじゃぞ」

 

 構文技師(パーサー)とは幻晶騎士(シルエットナイト)を制御するのに必要な術式を刻む技師達の事である。

 通常は複数人に分かれて作業する。

 そもそもで言えば幻晶騎士(シルエットナイト)の制御は元々国機研(ラボ)(おこな)っている仕事だ。だからこそ学生身分の領分を超えているという話しが出てくる。

 

(確かに国機研(ラボ)ならば専門機関ですし、幻晶騎士(シルエットナイト)を研究するのに相応しい。なら僕はそちらへ行けばいいのでしょうか?)

 

 中等部一年生である小さな子供がのこのこ行ったところで門前払いされるのがオチだ。

 実績が()()あるとしても、認めてくれる人間が多く居なければ駄目だ。それくらいはエルネスティとて分かっている。

 

(とはいえ普通に考えても無理な話し……。まずは中等部を卒業しなくては……)

 

 それに学生のまま幻晶騎士(シルエットナイト)に乗るのが目的ではない。

 

 自分の――自分だけの幻晶騎士(シルエットナイト)を作る。

 

 ここに年齢は関係なく、生きている内に達成できればいい。それともちろん研究も続けたい。

 完成して終わりではない。

 自分の『趣味』である分野にいつまでも携われるのは幸せな事だ。

 

        

 

 それぞれが新しい道に進んでいる頃、シズもまた独自に歩み始めていた。

 彼ら(エルネスティ)が作業している合間に予定にあった国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の見学に赴く。これは既に通知済みではあったがエルネスティ達には窺い知れない事だった。

 現在馬車にて移動している目的地は王都から南方に位置する。距離としては馬車を急がせても早くて一日というところ――

 森に覆われた城塞都市『デュフォール』に国機研(ラボ)はある。――いや、都市そのものが国機研(ラボ)である、というのが正確だ。

 多くの制式量産機――幻晶騎士(シルエットナイト)を整備、製作している。

 学生たちが(おこな)っている以上の専門家が集結し、作業に専念していた。

 二日ほどかけて到着したシズは事務的に許可証を詰め所の人間に渡し、中に案内されていく。

 実際のところここに来るのは初めてではない。

 十年に一度という頻度だが、()()シズが来るのは二度目となる。――ただ、それほど顔馴染みが居るわけではない。

 

「所長はおりませんが工房長が詰めております」

「承知しました。……何か新しい技術でも開発できたのでしょうか?」

 

 多少の世間話しを振ってみる。

 全くの無言では相手に要らぬ緊張感を与える。――とは思っても無表情のシズの態度が威圧的に感じてしまう()()()ので意味が無い事が()()ある。

 確かに人間に対して敵意や敵視する事はあるけれど、任務の為ならば気さくな問答も吝かではない。

 あまりに凝り固まってしまうと逆に任務に支障が生じ易くなる。

 

「……いえ。現行機は十年経っても進捗が芳しくありません。作りなれた機体になっている、という以外には何とも……」

 

 苦笑を浮かべる案内役と多少の会話をしながら奥へと進む。

 制式量産機である多くの『カルダトア』が並ぶ光景はすぐにやってきた。その中に一つだけ変わった機体が――あったりはしなかった。

 

(変わったのは担当者くらいでしょうか。……それが当たり前の光景なんでしょうね、本来は……)

 

 学生たちは人と共に新たな発展を遂げた。それがここではまだ適応されていない。

 ここにはパラダイム・シフトを起こしうる人材が居ない、という意味に取れる。

 

 この時までは――

 

 シズが到着する少し前に持ち込まれた『ある書類』が秘密裏に解析されようとしていた。

 これはシズが持ち込んだものではなく、使者を通じて(もたら)されたエルネスティの手による画期的なアイデア集だった。

 ――ただ、執筆者が中等部一年生ということもあり、半信半疑が会議室内を満たしていた。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の製作工房ではなく、面会室のような場所に案内されたシズは用意された椅子に座り、案内役と別れる。

 ここでの目的は知識の幅を広げる以上の意味は無く、エルネスティのアイデアを自分のものとして吹聴するわけでもない。

 日頃の研究に対する意見聴衆が主なものと言える。

 

「………」

 

 普段なら大勢の騎操鍛冶師(ナイトスミス)幻晶騎士(シルエットナイト)の整備に当たっているものだが、今日は人が少ないように見受けられた。

 非番の人間が多く出ただけかもしれない。――普通の人間であればそういう判断を下す。しかし、シズは索敵能力に優れている。

 この都市で活動する人間の足音などを――意図的に――収集する事は造作もない。――だが、特段の理由も無く能力を――人間に使う事は憚られる。

 面会予定時間を数十分ほど遅れて目的の人物『ガイスカ・ヨーハンソン』が現われた。

 地面に付くほどの長い髪と髭を持ち、ドワーフ特有の低身長である彼は随分と老いた姿をしていた。

 国機研(ラボ)で働く騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の上司であり、幻晶騎士(シルエットナイト)の開発を一手に任されている工房長であった。

 

「おお、シズ・デルタ殿か? 急に若返って見違えましたな」

 

 野太い声と歯並びの悪い口から好々爺を酷く歪めたようなセリフが漏れ出る。

 シズはいつもの涼しい顔で応対する。

 

「先代の娘です。()()()()()、ヨーハンソン工房長」

 

 一礼して挨拶するとガイスカは酷く驚いたようだ。

 声といい、姿形は先代と呼ばれるシズ・デルタそのもの。その娘というのは些か疑問を抱く程に――

 とはいえ、目下の興味は齎されたアイデア集なので人間への興味はすぐに霧散する。

 この切り替えの早さが歴戦の技術者である事を物語っている。

 シズも無駄な世間話しをする為に来たわけではない。今までの研究成果をまとめた報告書と論文を提出する。

 金属加工における劣化、破断の研究はそれほど特異なものではない。ただ、シズが書き上げたものは通常の何倍もの精緻なデータが詰まっている。それゆえに一概に無視できない。

 事務的に受け取った後、ガイスカは興味なさそうな顔でパラパラと読みつつも心は未知のものへの興味に向いていた。

 

「学生の工房はここまで精緻な作業が出来るようになったのか?」

「いえ。個人的なものです」

 

 ふん、と鼻を鳴らしつつ折角来てくれたシズに何とはなしに言葉をかけてみる事にする。

 問題のアイデアを提供したのはシズではない、かもしれないが彼女が多少は関わっていても不思議ではない。

 学生の――しかも中等部一年に過ぎない少年に新しい発想など出来るものか、と疑問を抱いた。優秀な教師が側で指導でもしたのだろうと――

 自分の書類に対する意見より新機軸の質問が中心になり、シズは滅多に見せない苦笑を滲ませた。

 元より自分が発案したわけではないので当人に説明を受けたらいいと進言しておいた。

 少なくとも自分の手柄にする気は無く、いかにガイスカの要望でも勝手に話しを進めるわけにはいかない。それと秘匿事項をペラペラと喋るな気安さは持ち合わせていない。

 これが金銭目的の騎操鍛冶師(ナイトスミス)であればあっさりと喋ってしまうおそれがある。

 

「では、その小僧から聞けと?」

「当人から聞くのが一番だと思います。私見ですが……、彼とて発想を現実にするのに苦労しているようでした」

 

 今の説明は適切なのかは考えず、様々な妥協点を模索した結果だけを告げる。

 決して嘘にならず、言い過ぎない文言ではこれが限度だと判断した。

 ――それよりも自分の仕事を優先してほしいとシズは願っていた。今日はその為に赴いたのだから、と。

 持ち込まれた内容とタイミングが悪かったのか、殆ど取り合ってくれないのは面白くない。

 いくら冷静な鉄面皮といえども内なる感情はオリジナルと大差が無く、そのオリジナルである彼女であれば不満を表すところだ。

 自動人形(オートマトン)であるシズ・デルタにも一定の個性があり、それらを受け継いでいる端末のシズもまた影響を受けている。

 

        

 

 結局、シズが用意した書類の殆どは上の空で扱われ、内容に対する意見などは後日とされてしまった。

 今まで後回しにされた事が無かった分、不満を覚えるところ――ただ、その気持ちを溜め込む気は無く、国機研(ラボ)の見学を要望し、それで気持ちを発散させる事にした。

 ガイスカは早々に立ち去り、残ったシズも彼への拘りを捨て、次に移行する。

 大人として優先順位は理解している。それでも自分を無視させるのは些か面白くない。――それに――何日も前から予約を取っていたのはシズの方が先だ。――にも関わらず、だ。

 

(……学生であれば激昂しているところ……。……その学生なんですけれど……、ここは大人としての判断を優先すべきでしょうか。悪目立ちするよりは……)

 

 口を尖らせつつ反復してみるも、やはり面白く無い事には変わらない。

 そうなれば悪戯心が湧いて来る。特に――天上の世界に控えている多くのシズ達ならば次の嫌がらせ――もとい――会議の議題にし始めていてもおかしくない。

 ――さすがに大都市に無数の質量兵器は落とさないと思うけれど、ありえないとは言い切れない。

 相手がこと人間であるならば容赦は基本的にしない。いや、そういう傾向にあるので現場で活動している自分や他のシズ達にも少なからず影響してしまうことだけは避けなければ――

 

 至高の御方達に叱られてしまう事態になりかねない。

 

 現地制圧を端末達が実行に移してよい、という命令は受けていない。それと現地の文化を尊重せよ、という命令を反故にする事になる。

 そう思うと背筋に冷たいものが落ちる感覚に襲われる。

 肉体的には現地の人間とほぼ同等――その感覚からの比喩ではあるけれど――

 気分を切り替えて開発工房へと赴く。

 

        

 

 学生たちで賑わっていたライヒアラ騎操士学園とは違い、ここはほぼ専門家しか居ない。

 カルダトアと隊長機である『ウォート』シリーズの整備を横目に見ながら騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の仕事ぶりを観察する。

 幻晶騎士(シルエットナイト)より人間観察に比重が傾いているシズは新型機の製作には()()興味を覚えていない。正確には造る必要性を感じていないだけだが――

 命令としても受けていない事だが、いずれは自分も新型機の開発に携わるべきなのか、と――薄っすらと記憶にとどめておく事にする。

 必要性にかられてなし崩し的に巻き込まれる可能性は日に日に高まっている。それでもまだ自分は人間観察に重きを置いておきたい。

 国王陛下より様々な許可を頂いているとはいえ、だ。

 

「………」

 

 物静かなシズの視線を気にする者はここには殆ど居ない。

 学生達とは違い、ここで働く者達は真剣に自分の作業に集中している事が多いので、邪魔でもしない限りシズを気に止める事はほぼ無いと言っていい。

 ――例外があるとすれば新機軸の案を持ち込んだ当人が居れば、また違った反応が現われるかもしれない。

 

(魔獣に対抗する為に作られた幻晶騎士(シルエットナイト)を我々も作る事になるのだろうか。大きさ的には何らかの作業に役立つかもしれませんが……。今の段階では何とも言えませんね)

 

 あるいは――と付け加えつつ拠点整備や改造する時などを思案する。

 便利な魔法で今のところ事足りているけれど、全ての人材が習得しているわけではない。

 必要な人材を用意できない場合も考慮しておく。

 不測の事態はどんな場合にどんな症状で起きるか――全く未知である為だ。

 今の段階でシズが作りたい幻晶騎士(シルエットナイト)の草案は無い。ただただ現行機の改良や整備の知識を得るのみだ。

 

(どの道、地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)大型の機械(幻晶騎士)を運用するにはまだまだ勉強が必要ですね。そもそも荷重制限をクリアしていませんし)

 

 外壁に穴が開いては一大事。

 だからこそ天上の世界は地上よりも静かであり、それは必要だからこその処置でもあった。

 それと機密性の問題が残っている。

 この世界は――国は()()宇宙に目を向けていない。というより、宇宙開発まで考慮した文明にはなっていない。

 その辺りは今考える事ではないので、シズはただ周りに迷惑がかからない範囲で見学を続ける。

 

        

 

 失敗から学ぶ事は多い、と思いつつも日が経つに連れて結果が伴なわなければ不安を呼び込んでしまう。

 シズの姿が無い学園の工房内でエルネスティは開発に行き詰っていた。

 専門分野ではない技術の流用なので仕方が無いところはある。

 

(いくつかの試作品を作ってみたものの……。見事に玉砕されると諦めざるを得ませんね)

 

 短期的な数値の増加は確認出来た。けれども長期運用には適さない、という結果はなんとも残念な気持ちにさせるものだ、と深く溜息をつく。

 新型結晶筋肉(クリスタルティシュー)ばかりにかまけている場合ではなく、他の発明にも平行的に進めなければならない。――こちらも結果は芳しくないけれど、大きな失敗は()()確認させていない。

 

金属内格(インナースケルトン)の改良も同時に進めなければならない……と分かっていても開発が遅々として進まないのは……。それとも開発工程としては順当なのでしょうか? 僕の焦りであればいいのですが……)

 

 アイデアでは簡単に作れると思っていた。しかし、造るのは自分ではなく、多くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達だ。

 他人の苦労を理解出来ない事による失態であれば改めなければならない。

 

(なら、その騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の作業をもっと効率化出来ればいいわけですよね)

 

 その方法は既に考えてある。

 肉体労働に特化したドワーフ族とはいえ人間と同じように疲労し、作業が遅くなる。問題はその時間(疲労)が遅いだけで、延々と作業し続ける事が出来るわけではない。

 今までの作業内容からしても随分と捗っている方だ。それを忘れてはいけない。

 一旦、結晶筋肉(クリスタルティシュー)の問題を棚上げにし、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の為に新たなアイデアを構築する事にする。

 

(せめて形だけでも作っておかなければ……。しかし、何を造るにしても魔導演算機(マギウスエンジン)の解析が必須とは……。これは少々の無茶をお願いするしかありませんね。……というより今以上の成果を見せるのにどうしても必須となってきました)

 

 手元にあるものでの開発に限界を感じたエルネスティ。

 整備だけなら充分かもしれない工房とはいえ、新開発に特化しているわけではないし、予算的にも限界はある。

 ここはお小言を貰う覚悟を持って要望書を提出し続けるのが近道だと判断する。

 次の日に城塞都市から戻ったシズが工房に現われた途端に――待ち構えていたエルネスティが飛びついてきた。

 身体に直に掴みかかった訳ではないが、その勢いは感じられた。それと周りに居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)達と彼と共に来ていたオルター弟妹が驚きの声を上げた。

 

「ど、どうしたのですか、エチェバルリア君」

 

 足元に平伏するような格好で飛んできた銀髪の少年の態度に――さすがに――驚きを持って声をかける。

 昨日まで静かな時を過ごしてきた彼女にとって急な変化は看過できない問題だ。その原因は究明しておかないと後々重大事件となるかもしれない。――そういう事を言われて育った経験がある。

 普段はどんな事にも表情を変えない――または変えにくいシズも歳相応の変化を取り、それに気づいたものは人間的な表情がとても素敵だ、とか色々と心の内で感想を述べていった。

 

僕に陛下へのお目通りが叶う機会を下さい。シズさんならば色々と根回しが出来るのでは?」

 

 なりふり構わない姿勢のエルネスティの言葉にシズは――冷静に分析を始めていた。

 普通の人間であればオルター弟妹のように驚いたり、取り乱すような態度に陥る。しかし、シズは違う。

 演技としての振る舞い以外で基本的に慌てる事は無い。

 もし、それが起きる時は至高の御方が居る場合だ。

 

(国王陛下に縋るほど追い詰められているという事ですか。……確かに学生身分では限界があるでしょう)

 

 だからといって素直に彼の要望を聞き入れるわけにはいかない気もする。

 上から睥睨するシズとしてこの時、どんな声をかければ良いのか――または適切なのかは中々浮かばなかった。――と言っても数秒ほどだが――

 今まで充分に努力してきた彼の功績は疑いの無い事実。更にまだ努力を重ねるように言いつけるのが目上としての責務のように感じられる。しかし、今回は逆に甘いところを見せる事も吝かではない気がした。

 進言程度ならば可能ではあるけれど――

 

        

 

 色々と選択肢が並んでいたが――結局のところ――どれを選んでもメリット、デメリットが半々。これはこれで応えにくい事だと判明した。

 (つぶ)らな瞳で訴えかけてくる少年――

 他の女性ならばその可愛らしい童顔でおねだりされれば陥落する確率は九割を超える。アデルトルートであれば即効だ。

 工房の床に膝を着いて手を組んで『どうにかお願いします』という無言のアピールまでしてくれば効果は増大する。更に今にも泣きそうな表情も――

 ――しかし、相手は冷血、冷徹なる鉄仮面。

 この程度で動じる事は――まず無い。更にはエルネスティが()()である事からも同様に。

 しかしながら『シズ・デルタ』には隠された特徴がある。もちろん、オリジナルから受け継いだ個性とも呼べるものだ。

 

 可愛いものを前にすると暴走する。

 

 これは種族問わずだ。

 端末もこの特徴を受け継いでいる。それゆえに今のエルネスティは正に条件が一致する――またはしていると言っても過言ではない。

 ほんのりと頬が紅潮するも表情にはまだ変化は起きない。

 もし、ここにオリジナルのシズが居れば――おそらく彼の要望を叶えるように命令してくるはずだ。すぐさま端末として職権乱用を進言しなければならない所だが――至高の言葉は何よりも優先されるので強引に推し進められてしまう可能性が大きい。

 

(……彼とはここ最近同じ空間に居る事が多い……。それゆえか、私の感情が揺さぶられているような……。感情というか至高のシズ様の影響が……)

 

 立場的に素直に頷くわけにもいかないのが大人のシズ――

 また同じ困難に出くわした時、頼られてしまう。

 何度も彼の無茶な要望を聞き入れては学園での活動に支障を来たす。だからこそ、ここは我慢しなければならないし、彼にも諦めてもらう事も考慮に入れる必要があった。

 

(……しかし、私に頼るという事は後々恩を返してもらう事になりますよ。それでもいいのですか?)

 

 彼は少なくともシズを疑っている。その機微くらい分からないわけではない。

 疑心暗鬼のレベルは比較的高い事は分かっている。それなのに頼ってくるという事は彼にとってシズよりも幻晶騎士(シルエットナイト)の方が優先されるということ。――その確率が極めて高い。

 

「……内容にもよりますが……。見返りとして君の秘密を全て教えてもらう、というのは如何(いかが)です?」

「……はい? ぼ、僕の秘密、ですか!?

 

 上から見下ろすシズの表情がエルネスティの目には少し嫌らしい大人の顔に見えた。

 正直に言えばドキリと心臓が高鳴るのを感じた。――悪い意味で。

 この時、なりふり構わなかった自分は選択を間違えた、などと思う暇も無く――

 冷静になって考えれば相手は強固な壁の権化たるシズだ。生半可な覚悟で突破できる相手ではない。――そういう存在だと分かっていたではないか、と自分を責め立てるエルネスティ。

 

(……ですが、ここは攻めさせていただきたい)

 

 恥も外聞も無く。

 全ては幻晶騎士(シルエットナイト)の為に――

 目の前に可能性があるならば縋ってでも追いかける――時には悪い方向に行ってしまうけれど今は気にしていられない事態に直面している。

 エルネスティにとって()()()()()()()()()――という怨念とも執念ともいえるようなものが自分を前に押し続けている。

 しないで後悔するより何事にも挑戦してから――元より選択は一つだけ。

 彼は選んだ――前に進む事を。

 ただ、相対するシズは想像以上の強敵であった。――色んな権利を持つ大人として。

 

 



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#015 母と呼ばれる端末

 

 アイデアを形にするには色々な障壁を突破しなければならない。その最難関に立ち塞がるのは冷酷無比なる『シズ・デルタ』だ。

 容赦なく弱みを握ってくる。

 『エルネスティ・エチェバルリア』にとっての『弱み』とは幻晶騎士(シルエットナイト)から引き離されること――それ以上の苦痛は無いと思っているくらいだ。

 秘密の暴露と彼女は言ったが、アイデアの事なのか、それとも個人情報に類するものか――

 どちらにせよ、言いにくい事には変わらない。特に前者は――

 後者の方は割り合い教師連中が把握している筈なので、身長体重などを教える分には気にならない。

 病気があるのか、虫歯があるのか、とか聞きたいわけではあるまい、と。

 性別も男性だと公言しているし、工房内で裸になれ、と言われれば――幻晶騎士(シルエットナイト)の為ならば出来なくもない気がする。

 他に言えそうな事柄があったかな、と首を傾げて思案する。

 

「……エル君。本気で悩んでる……」

 

 小さく呟く『アデルトルート・オルター』は彼らのやり取りの結果に(すこぶ)る興味が湧いていた。しかし、助け舟を出したいところだが、内容が幻晶騎士(シルエットナイト)なので()()どうしようもなかった。

 

(意地悪な要望に対し、エチェバルリア君はどう答えるのか。これは個人的に興味があるのですが……。果たして……)

 

 基本的な情報は事前に把握している。その上での無茶な要望だ。

 新しい情報が出るのであれば良し。出なくても仕方が無いと思うだけ。

 縋りつく下等生物(エルネスティ)の姿は見ていて気分がいい。

 

        

 

 邪悪な思想に彩られているシズとは誰も気付かない。そのまま時間が刻々と過ぎていく。

 適切な解答を模索していたエルネスティはどんな言葉をかければシズを打倒できるのか――本気で思考をフル回転させていた。

 目的が魔導演算機(マギウスエンジン)なので、出し惜しみをしている余裕は無い。

 

(……僕の日常生活は特に秘密めいたものはありませんし……。まともに答えたとしても彼女が納得するかは……。いえ……、嘘を言うわけにはいきませんよね。……さて、どうしたものか)

 

 愉快痛快の人生を歩んできたわけではない。それにまだ十二歳の子供だ。

 ――それとも()()()()()()()()を言えばいいのか、と。

 仮にそうだとしてもシズの興味を湧き立たせるような満足感は与えられないはずだ、と――

 自分(エルネスティ)の人生は誰もが考えているような大層なものではない。

 ただの趣味人の一生に過ぎない。

 ごく普通の人間の短い人生だ。それが果たして対価として相応しいのか――

 それはシズが判断するのだろうけれど、とエルネスティは苦渋の決断を迫られているような圧迫を感じてきた。

 催促されているわけではない。ただ、目的の為に気持ちが暴走気味なだけ。

 

「……僕に大層な秘密などありませんよ。それでもいいんですか?」

「あれば良し、という程度です。無かったからとて……。無いなら諦めて下さい、と言えば納得しますか?」

「嫌です」

 

 はっきりと言い切るエルネスティ。

 折角のチャンスは逃がしたくない。多少の無茶も覚悟の上――

 そうやって今まで進んできた。あと少し。あと少しで新たな道が開けるのです、と。

 

(……ただ、今の流れだとアディ達にも土下座みたいな事を強要しそうで心が痛みます。できればそんな事はさせたくないです)

 

 いくら手段を選ばない人間だとしても友達を失うような事態には抵抗を感じる。少なくとも幻晶騎士(シルエットナイト)と同等程度には――友人を大切に思う心がある。

 大きな物事には仲間の存在が必須。それを自分(エルネスティ)はよく知っている。

 

「……君の意見は分かりました。検討を……」

 

 と、言いかけたところでエルネスティがシズの腰に巻いてある服を掴んできた。

 攻撃か、と思って彼の手を反射的に打ち払った。

 

「……なんですか?」

 

 眉を寄せて一層険悪な表情で言い放つシズ。今までの無表情より()()()怖いと思わせるもの――

 冷徹を通り越して敵意しか感じられない。それを感じ取ったエルネスティは言葉に詰まった。あと、思いのほか痛かった。反論も出来ずに痛みを我慢する。

 いきなり掴みかかれば驚かれるのは当たり前と思い、一歩引き下がる。

 

「いえ、検討だと時間がかかるかなと……」

 

 大人の逃げ口上に()()使()()()()常套句なので、とは言えなかった。けれども絶対に聞き入れろ、とも言えない。

 こういう言葉の確約はなかなかに取り難い。

 焦る気持ちが選択を誤らせる。今の行動でシズが更に頑なになってしまったのであれば残念な結果だ。

 これ以上は流石に攻め込めないと判断する。

 

        

 

 何も言い返せないままでいるとシズは興味を無くしたように何所かに去ってしまった。

 機嫌を損ねたと思ったエルネスティはより一層意気消沈する。

 

(……攻めすぎました。これは不味かったですね)

 

 それと無表情に慣れすぎて感覚が麻痺していた事も失態だ、と。

 完全に怒らせたと思った彼は周りを見回して自分の愚かを痛感する。

 友人であるオルター弟妹以外は痛い思いをする彼に同情は見せなかったものの良い教訓として受け止めろ、と言っているように見えた。

 

「……今回は失敗しちまったな」

「……はい」

 

 何でも自分の思い通りにはならない。その点では納得するしかない。

 無理を押し通すのは必要に駆られた時だけだ。だからこそ、心機一転して新たな決意を固める――とはいえ、そう簡単には切り替えが出来ない。

 打ち払われた手は未だに痛んでいる。

 

(後で謝罪をちゃんとしなければ……)

 

 数分ほどの沈黙の後でエルネスティは立ち上がり、出来る限りの事を模索し始める事にした。

 まずは形だけでもいくつか作っておかなければ――

 

「それと皆さん。お騒がせして申し訳ありません」

 

 現場に居合わせた全員に対して頭を下げる。

 自分は謝れない人間ではない。悪いと思ったらちゃんと謝罪が出来るところを見せておかないと我侭な印象を持たれたままになる。――それを思い出した。

 大きな開発は仲間とのコミュニケーションが大事だ。それを疎かにしては満足なものなど出来はしない。

 

「……銀色坊主(エルネスティ)。後で一緒に謝ってやるから、どんどん頑張れ」

 

 現場監督の『ダーヴィド・ヘプケン』の言葉に静まり返っていた現場に活気が戻る。そして、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達もそれぞれ安心していった。

 険悪な空気だけは避けられた、と。

 一番の目標が頓挫したからといって開発が滞るわけではない。やはり順当に今出来る事を続けるだけだ。――それと目的のものを手に入れるにはそれ相応の結果を出す以外に道はないとエルネスティは思った。

 

        

 

 心機一転、と言いたい所だが――

 手の痛みで気持ちの切り替えがまだ出来ないエルネスティは工具を持ちつつ気分が落ち着く事を祈る。その様子を眺めていたオルター弟妹と現場で手伝いをしていたドワーフの友人『バトソン・テルモネン』が軽く元気付ける。

 目的は頓挫したけれど開発そのものが中止になったわけではない。

 

(……ならば魔導演算機(マギウスエンジン)無しで作るしかない)

 

 設計は出来る。問題は扱える人間が限られてしまう事だ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)もそうだが、魔力(マナ)を鍛えていない人間は何をするにも苦労する。

 年齢を抜きにすればエルネスティ達は一般の騎操士(ナイトランナー)よりも豊富な魔法扱えるまでになっていた。

 そもそも魔導演算機(マギウスエンジン)を必要とする理由は動作に魔力(マナ)を使うからだ。

 ただでさえ幻晶騎士(シルエットナイト)は動かすのに戦術級魔法(オーバード・スペル)を必要するほど燃費が悪い。それを小型化したとしても最低でも上位魔法(ハイ・スペル)規模は必要だ。

 それを扱い易くする為にはどうしても(くだん)の機能が必要になる。

 

「……魔導演算機(マギウスエンジン)無しで作ってみましょうか」

 

 設計は得意なので不可能だとは思わない。問題の扱える人間については保留にしておく。

 誰にでも手軽に使ってもらう事が目的だから特定の誰かだけ、では困る。だが、やはり一度造っておかないといけない。

 何事にも試作品は必要――そこから改良などを改めて考えればいい。

 

「というわけで小型の幻晶騎士(シルエットナイト)をバトソン達に作ってもらいましょうか」

「……話しが飛び過ぎだぞ、エル」

 

 呆れ顔のバトソンに苦笑するオルター弟妹。

 それはそれでエルネスティらしいと言える。

 

「多くの人材が居るのですから。平行作業は特に問題は無いかと。僕一人で全てを作り上げるわけではありませんし」

 

 それに、誰かに頼る事もできない我侭な人間だと思われたくない。

 アイデアは独り占めの傾向があるけれど、それは世の開発者全てに言えると思うので言及は避けた。

 『グゥエール』の作業は引き続き騎操鍛冶師(ナイトスミス)達にやってもらい、バトソン達――若手の騎操鍛冶師(ナイトスミス)――には彼ら(騎操鍛冶師)の為の補助装置の製作に取り掛かってもらう。

 完成品の試験は暇そうにしているオルター弟妹に――

 後はグゥエールの完成が遅れている事をディートリヒに謝罪する。――締め切りは設けていないけれど楽しみにしている人を待たせるのは心が痛む。そう思ったからこそ彼に頭を下げる。――納期が遅れた事による謝罪は()()()()()とはいえ――慣れたくない。

 

「未完成のままでは心苦しいので……、他の機体を代わりに使えるようにしておきます」

 

 ただし、赤い色は塗布出来ない事を了承してもらう。それに対してダーヴィドは文句は言わなかった。

 ディートリヒも代替品で仕事が出来る事に苦情は言わなかった。

 中身が同じサロドレアだったことも起因する。

 

        

 

 エルネスティから別れたシズは感情を抑制する為に予定に無かった天上世界への帰還に望む。

 人間に触れられる事に忌避感を覚えるのは不味いと判断したからだ。

 外装を本来のものに交換し、会議室に赴く。

 

「……予定より早い帰還だけど、異常事態でも起きた?」

 

 常に待機している自動人形(オートマトン)の一体が尋ねてきた。

 事務的な作業において個体の――能力的な――差異は設けられていない。それゆえに全員が同じ顔に見えてしまうのは今更覆す事はできない。

 言葉使いは数種類用意してあり、平坦な日常で時忘れの効果を抑制している。それと個体差をある程度設けておく事で誤作動の原因も同様に――

 

「……現地調査において……、自らの感情面に異常を来たしているのか、検査をお願いしたく……」

「……了承した。……それからシズ様が目覚められている。……可及的な用件は伝えられていないが挨拶に赴くと良い」

 

 前回の機能停止からまだ一年も経っていないのに、と疑問を抱くがすぐに本来の目的に思考を傾ける。

 部屋を退出したシズが向かうところは多くの検査室の一つ――

 不都合な感情や記憶をいちいち消去する事は無いけれど、検査だけは定期的に(おこな)われている。

 

 彼ら(自動人形)には仕事が必要だから。

 

 常に命令に飢えている彼らは退屈を嫌う。例外も居るけれど。

 至高の御方の役に立つためだけに存在すると豪語する多くの自動人形(オートマトン)達は一生の歳月をかけても終わらない――または終わりそうに無い仕事を与えられた。

 それが『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』の安寧だ。

 不安要素を詰め込まれた地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)は地球への旅路の為に途中で危機的状況に陥ってはならない。それを成し遂げるには数千万近い数の人員でも足りないほど――

 既に失敗例が出ている以上、彼らは常に仕事に粉骨砕身する事態に陥っていた。

 そしてそれに不満を表す者は居ない。――これにも例外があり、小さな愚痴は許されている。

 

「……感情の起伏に多少の揺らぎがある程度。……それ以外は問題ない」

 

 無感情に検査役のシズタイプが告げ、検査を受けていた調査端末のシズは黙って首肯するのみ。

 彼らの検査を疑うほど取り出すような感情の起伏は確かに感じない。であれば(エルネスティ)の手を払った原因が()()()()()

 いかに自動人形(オートマトン)とて分からないものは多数存在する。

 与えられていない知識は特に。

 小さな異常は後に大きな混乱を引き起こすと言われている。だからこそ気になることを疎かにできない。

 魔法による治癒でもどうにもならないことは多々あると分かってはいるが、現状の技術で解決できないものとなると打つ手が無い。

 いくつか確認された深刻な場合の対処法を検索する。

 ――感情面については一人で悩まないこと。それ以外は物理的な廃棄処分が多い。

 

(現地調査がある自分としては誰かに相談するのが良さそうですが……。ここはシズ様にお尋ねになるのが……。一人で抱え込んではいけない、とも言われていますし)

 

 悩みを抱えるのが自分ひとりであれば端末全体の問題ではないので、何かあっても処理する労力は低く抑えられる。

 この天上世界に存在するシズ・デルタの端末の総数はかなり多い。その全て――とは言わないが毎日数千人規模が相談事に訪れる事になればオリジナルや至高の御方の気苦労は計り知れなくなる。

 出来るだけ自分達で解決できるように毎日の会議は欠かせない。その為に様々な『文化』を手に入れてきたのだから。

 

        

 

 身なりを整えて次に向かったのは至高の御方が住まう御殿。

 積層構造を持つ地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)の中で一番厳重にして安息を齎さなければならない神聖なる場所――

 巫女服を着た専門の人材が清潔を保っている。

 睡眠時以外は利用しない場所で、オリジナルのシズの私室もここにある。

 直接中に入る事になるのか、と危惧したが途中で巫女たちに違う場所を示された。

 地上からこっそりと持ち帰った機械の残骸を調査する研究室で待っている、とのこと。

 端末は少し安心し、次に別の意味で心配になってきた。

 神聖な場所なので慌てて走る事は厳禁だが、気持ちはすぐに駆け出したかった。

 

(……供はちゃんと付いているのでしょうか? 現地の大気は問題ないとしても……、いつの間に……。砦から持ち帰られたのか?)

 

 先の『魔獣襲来事変』によって多くの幻晶騎士(シルエットナイト)が破壊されたと聞いている。その中で一つや二つ無くなっても気づかない、と思われて持ち帰られたのであれば失策だ。

 彼ら(原住民)は全ての幻晶騎士(シルエットナイト)を管理している。無くなったとあれば既に大騒ぎになっている。

 少しだけ駆け足で目的の場所に向かい、扉をノックする。すると中に控えていたメイドが声をかけてきた。

 このメイドは至高の御方付きで端末たちの部屋には居ない。

 掃除役とは違う仕事が与えられている。

 

「……お目通りの許可が下りました。……どうぞ」

 

 端末たちに負けず劣らず淡白な対応をするメイド。けれども、それは仕方が無い。

 活動している多くのメイドに感情を与えていないのだから。

 長期間運用する上で感情を持つ者とそうでない者が出てしまうのは長年の課題であり、どうしようもない事情による。

 外が暗黒空間である宇宙において平静を保っていられる生物はとても少ない。だからこそ多くの生物には休眠が必要となる。

 自動人形(オートマトン)であるシズ達も一度(ひとたび)感情を与えられれば狂乱に陥る可能性が()()()()発生してしまう。

 (ゼロ)ではない確率は数万年規模にとっては大きな誤差の元となるので。その危惧を払拭することは基本的に出来ないとされている。

 仮に出来てしまうと生物の存在しない――時が止まった状態が延々と続いてしまう。

 血の通った生物を抱える宇宙船において、それはとても悲しい事だと至高の御方は判断されている。

 

        

 

 一言挨拶しつつ部屋に入るとまず飛び込んできたのは機械の残骸。間違いなく幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 操縦者はどうしたのか、気になってしまったが――迂闊な事はオリジナルもしないと判断し、平静さを保つ事に務めた。

 いかに高度に進化した端末とて至高の存在を前にすれば生物的に慌てる。これはエルネスティ達に見せる()()とは違う。本当の意味で驚く。

 至高の御方の私室は多少の差はあるがだいたい画一的なものとなっている。

 極端に部屋の構造を変える事は――宇宙船では――内部構造の問題が発生してしまうので、調度品で個性を出す。

 オリジナルのシズは可愛い物好きで知られており、安全と判断された多くの生物が置かれている。

 生きているもの。剥製となっているもの。無機質の動像(ゴーレム)類。

 生物はいずれ死ぬ。それでも近くで愛でたい彼女の為に様々な試行錯誤の品物が持ち込まれていた。

 ――世話についてはメイド達と共に(おこな)っており、()()()()()は責任を持って接する。

 

「……シズ様。……この金属類はどうしたのですか?」

 

 挨拶もそこそこに端末は結論をぶつけた。

 いくら部屋が広いとはいえ、乱雑な瓦礫はあまりにも目立つ。

 

「……回収した。……見て分からない?」

 

 部屋の主であるシズ・デルタは部品を一つずつ人型になるように並べていた。

 服装はいつもの()()()()()()()()。至高のシズの()()()制服でもある。

 聞いた話しでは中身の肉体部分は至高の御方の要望に折れ、新しい部品に少しずつ変えているとか。

 

「……魔力転換炉(エーテルリアクタ)などの重要部品は……、解析を終えた後にこっそりと戻しておいた。それ以外は別に回収しても問題ないはず……」

「……あまり勝手をされますと……」

 

 至高の御方の手が汚れることを端末は危惧している。それはもちろんシズも承知しているが、機械や金属に触る事は彼女も好きな部類で、普段は銃火気の手入れをしている彼女も新しい機械には興味があった。

 現地で活動しない代わりに様々な行動を許せ、と暗に言っているようなものだ。

 

「……()()()。……子供の興味は束縛するものではない」

「……ん」

 

 端末以上に表情の変化に乏しいシズは子供らしい我がままを言った。

 自動人形(オートマトン)である彼女達は会話という()()()()()()()()使う。

 端末同士だとやりとりが一瞬で終わる事もあるが、自動人形(オートマトン)ではない至高の存在や身の回りの世話をするメイド達に配慮して体感時間を調整している。

 

「……では、母として言わせて頂きますが……。部屋を汚してどうなさるおつもりですか?」

 

 容赦の無い端末の言葉に今度は至高のシズが眉根を寄せる。

 確かに端末の言う通りで反論がすぐに出てこなかった。

 

        

 

 至高のシズ・デルタの部屋は本来は清潔である、とは言わない。

 銃火器の扱いが好きな彼女の部屋はわりと汚いのが一般的だ。それが今回は更に汚れている結果となっていた。

 御付きであるメイドも見守る事しかできない。至高の御方に注意喚起できるのは同じ立場の存在くらいだ。

 もちろん、ただ汚れるだけを黙認する事は無く、視界の隅に掃除用具が山となっている事に端末は気付いていた。

 ここが地上――または地下の拠点であれば問題は無い。しかし、ここは重力制御と大気の管理が徹底された天上――宇宙――の中にある。

 何らかの障害によって外壁に穴が開けばひとたまりもない。しっかりとした危機意識を常に持つ事は――ここでは義務として存在している。

 

「……それともこれは至高の御方達のご許可を得た上でのものでしょうか?」

「……それはもちろん……。……ガーネット博士に無断で、これだけのことは……出来ない」

 

 至高の御方の名前が出たからとて端末は納得しない。

 こと危機意識において相手が至高の存在でも一言進言する事は認められている。

 長い航海を(おこな)っていく中で危機意識を無視する事は大事に至る。だからこそ端末に色々と権利を認めさせている。

 それを煩わしいと思っても強権によって撤回させる事はオリジナルのシズには許可されていない。――それを決めたのは最上の存在である至高の御方(ガーネット達)だから。

 

「……管理の行き届いた幻晶騎士(シルエットナイト)の無断拝借は……困ります」

 

 設計図や部品類は出来るだけ渡しているというのに――やはり本物、というか一機丸ごとを所望してしまった事に頭を痛める端末のシズ。

 だが、必然でもあると思考を切り替える。

 至高のシズが求めるものを端末が全力で叶えるのは本来の務めだ。

 

(至高の御方達からは地道な実績作りを優先せよ、と言われているのだけれど……)

 

 わがまま娘は演技ではなく、本気だったのかと疑わずにはいられない。しかし、それもまた至高のシズの性格の一側面でもある。

 

 人はそれを個性と呼ぶ。

 

 呆れてばかりはいられない。そして、持ってきてしまったものを返す事は現時点では難しい。

 不審の元になるので。

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)によって既に持ち去られてしまった、というシナリオを用意しつつ改めて部屋の中を見回す。

 以前は様々な小動物を放し飼いにされていたのに、今回はどうしてこのような結果になってしまったのか、と――

 

(『針山の槍(スピアニードル)』は何処へ?)

 

 針山の槍(スピアニードル)とは体長二メートルほどの白い兎型モンスターだ。

 警戒心が強く、野性のものは近付くだけで体毛を鋭い針へと変化させる。そうなると軟らかさを堪能できない。

 世代交代を重ねているものの身体的な変化は起きず、数万年の時を経ても昔と変わらぬ姿を維持していた。

 他の生物――特に現地生物が主だが――時代の移り変わりによって形態が変化し、環境に合わせた姿へと変わる。

 それは『進化』と呼ばれるものだが、自動人形(オートマトン)であるシズ達は外見の変化が起きないので生命とは不思議な概念、または振る舞いだと思っていた。

 

        

 

 部屋に居ない生物のことを早々に脳裏から追い出し、目下の目的は部屋に散乱する鉄屑の後始末だ。

 組み立てるにしても現地の技術者の姿は無い。

 自力で再建させるつもりなのか、と。

 

「……この部屋で組み立てるおつもりなのですか?」

 

 間取りとしては不都合が無いくらい広い。

 ただ、扉を潜らせる事は難しい。下手をすれば破壊しなければならない事態になる。

 普通の建築物と違って部屋の改造にはそれなりの手続きと資材が投入される。安全管理は地上とは比べ物にならないくらいの厳重さを要求される。

 

「……作業部屋が出来るまでの間……。……今は並べているだけ」

 

 それならいいが――と言いたい所だが、そうであっても助手の一人も付けないのは問題だ。

 部屋に居るメイドは力仕事に関しては無力だ。せめて動像(ゴーレム)の一体でも用意しなければならない。それに至高の御方の言葉があったとしても端末としては見過ごす事が出来ない。

 優先されるべきは至高の御方の身の安全だ。

 

「……駄目? ……お母様……」

 

 訴えかけるような表情でお願いされても端末のシズとしては安易な許可は出せない。

 安全対策を整えれば納得するのかと問われれば――否だ。

 一つの決断が大きな災いを生む事だってある。それが分からない至高のシズではない、筈だが――

 

「地上人に言い訳が出来なくなります。……シズ様。……私の立場も考慮していただきたいものです」

「………」

 

 融通が利かないのは至高のシズ譲り。だからこそ言い訳が出来ない。

 口を尖らせてゴニョゴニョと呟く至高のシズとて我がままな娘を演じ切れはしない。

 床に並べた瓦礫が何らかの条件で爆発すれば――責任を問われるのは誰なのか――

 それを思えば端末の言葉に折れる事もある。しかし、急ぎの中止勧告をガーネット達から受けていない。

 ――受けてはいないが心配している雰囲気は感じ取った。

 

地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)に作業部屋を造られるようですが……。ガーネット博士が指揮しているのであれば……。ここは母として一言申し上げなければならないところ……)

 

 それよりもいつの間にか家族構成の()()が追加されてしまった。それについて未だに理由を答えてもらっていない。

 場の雰囲気に流されてばかりではいずれボロが出るのでは、と思っているのだが――

 事がスムーズに進むのであれば納得するしかない。そうだと思っても、だ。

 端末であるシズという存在は一つではない。数万体の予備体が控えている。

 地上で活動している自分もいずれは処分され、新しい端末に挿げ替えられてしまう。その時、今の自分に愛着を持たれると至高のシズとしては何らかの不具合が生まれる原因になるのでは、と危惧している。

 

        

 

 既に持ち込まれた瓦礫については追々考える事にして、護衛の手配をまずは優先すべきと進言してみる。

 至高のシズも端末達を心配させる意図は無かったとはいえ軽はずみな行動だと自覚し、素直に応じた。

 組み立てるにせよ。廃棄するにせよ。端末もどう扱えばいいのか分からない。

 

(床の重量制限はどうなっているのですか? それぞれバラバラに配置されているからとて……)

 

 過度な負荷は床が抜ける原因となる。そして、この下は割りと広い空間が控えていて、結構な被害が予想される。

 本来なら分厚く造るべきなのだが、それはただ幻晶騎士(シルエットナイト)や瓦礫を持ち込むことを想定していなかっただけ。

 数体程度の動像(ゴーレム)ならば充分に耐えうる事は分かっている。

 

「……重力制御があるとはいえ、無重力とは違うのですよ」

「……ごめんなさい」

「……下の階層の天井補強の手配はどうなっている?」

 

 端末がメイドに声をかけると既に手配済みであると返してきた。

 確認作業はとても大事だ。この宇宙船の中では特に。

 命令の不備一つとて甘く見る事は出来ない。

 ――しかし、いくら初期型のシズとはいえ機能的に劣っているとは思えない。思考能力は今でも人間を凌駕しているし、様々な能力においても端末に劣るとはいえ――

 

 単騎で国を滅ぼせる力は確実に備わっている。

 

 長い年月の経過が自動人形(オートマトン)の本質を歪めているのか。もし、そうであるならば――今以上の小言は不毛である。

 機械が生物的な振る舞いをし続けていけばどうしても避けられない問題に直面するとガーネット達が言っていた。その片鱗が至高のシズに起きているのであれば端末は黙ってそれ用に調整し直すだけだ。

 

「……私に与えられた命令では今以上の対応は出来ません。……シズ様。……決して無理をなさらぬよう……お願い致します」

 

 端末が片膝を付くと部屋に常駐していたメイド達も同じように倣った。

 それらをシズは黙って周りに居る者達を眺める。

 意味も無く我がままを演じているわけではない。

 自分に出来る事は彼らの為に動き続ける事だけ。――残念ながら永遠に眠り続ける事は嫌だった。

 せっかく新たな星が見つかり、それぞれ冒険を始めているのに自分だけ蚊帳の外に放り出されるのは――

 

 とても面白くない。

 

 身の危険も承知している。それでも()()()()()()()としては参加しないわけには行かない。

 文化を持つ星はとても稀少で貴重だ。

 

「……無理はしていない。……だが……そこまで心配されると……困る。……お母様に叱られたくない」

 

 天上の世界において至高のシズは他の端末たちよりも長く存在している。だからこそ、自分が彼らの母であるのが本来は正しいあり方だ。

 役とはいえ逆の立場を演じているシズとしては――とても楽しいひと時に感じている。

 年下は可愛い。小動物も好きだ。だから、自分もそういう属性において可愛い存在である筈だ、と信じているところがある。

 年上はガーネット達のような本物の至高の存在だけで充分だった。

 

        

 

 端末に仕事を委ねている間、至高のシズは『娘』役を演じ続けたい願望があった。

 ガーネット達からやめろと言われるまでは好きにさせてもらう、と。

 それを伝えると端末は唸った。メイド達は軽く苦笑した。

 

「……この残骸は全て戻さなければならないの?」

 

 折角持ってきたのに、と残念な顔をするシズ。

 後々大問題に発展しては現地に派遣しているシズ達が不審に思われてしまう。例え証拠がなくても――

 

「……コアの部品を除けば今更戻しても仕方がありません」

 

 例えばこっそりバルゲリー砦近くに廃棄したとして、誰の仕業かで問題が発生する。

 それがシズの仕業でなくとも空高くに存在する『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に注目されるきっかけが早まってしまう。特に端末が目をつけているエルネスティという少年は危険度が高い。

 それとコア部品だけ置いた事によって実行犯がとても賢いと思われればより一層の警戒感を持たれてしまう。

 

「……シズ様が望めば私は全力で取り組む所存です。……ですが、調査のみの計画が破綻してしまうおそれはどうしても発生してしまいます。……そこはどうか、ご了承くださいませ」

「……分かった。……ならば命令……。私の為にこの瓦礫をもっと持ってきてお母様。とても気になって。もっとじっくりと調べたいのです」

 

 いつもの口調から流暢な娘の口調へと変えて言い放つ。

 至高のシズもあまり表情の変化は付けないが、今はとても可愛らしい笑顔になった。

 娘の懇願に対し、母役のシズとしては断るわけにはいかない。

 

「丁度……都合の良い場所に大量の瓦礫があります。……しかし、それでも簡単ではありません」

「……お前の仕事の支障にならない程度で良い。……しかし、コアの部品だけはどうしても入手困難?」

「……そのようです。国の秘事となっている部分は何よりも優先されているようで……。……製造元が特別な場所にあるので……。……今の身分では色々と不都合がありますれば……」

 

 コアの部品たる『魔導演算機(マギウスエンジン)』と『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』は貴族の了承と国王の了承を必要とする。

 教師風情のシズにはどうにも出来ない部分だ。

 それをどうにかする方法はあるにはある。事が強引なので調査の仕事がご破算になる可能性が高くなってしまう。更には新たに調査団を派遣し難くなる。

 シズ達は現地の技術を持ち帰るほどの魅力をかの星に求めていない。これは単に個人の趣味である。ガーネットも巨大兵器について何の言及もしていない。この事から必要に迫られていないことは自明である。

 『ホワイトブリム』は機械より服飾に興味を持つ至高の存在――そちらは適時持ち帰っている。もちろん、自費で購入できるものに限られる。

 『ナーベラル・ガンマ』は地上世界に興味を持っていない。彼女は働く端末たちの面倒を見る事に喜びを感じるタイプだ。

 

        

 

 至高のシズ・デルタの願いを聞き届けた後は端末自身についての相談事の番だ。――けれども、それを発言すべきか迷っている。

 選択ではどちらともつかない状態ではあるが、内に溜めておくのも不健康である事は理解している。

 機械的な思考であれば無駄な処理は削除するに限る。しかし、そうでない曖昧な部分は実に生物的で煩わしい。

 高度に発達した機械は簡単に割り切れない概念を持ったことで新たな問題を抱えている。そしてそれは未知の分野となっており、その解決は至高の存在とて難題だと言わしめるほど――

 

(……私が我慢しても他の端末に影響が無いとは言い切れない。であれば進言すべき……。それを何故、即断即決できない?)

 

 思考する時間がいくら数瞬だとしても解決しなければ意味の無い時間だ。

 自動人形(オートマトン)にも未解決となる問題があると既に証明されている。

 新たな都合の良い数式は突然降って湧いたりしないものだ。

 

「……シズ様にご相談したい議がございます」

 

 改めて声を低める端末にシズは軽く吐息をつき姿勢を正す。そして、次を促す。

 

「……ありがとうございます。……私は地上世界において長期の調査を(おこな)ってまいりました。……幾分か省きますが……彼らとの交流によって私の感情や行動に些か……、揺らぎが生まれている模様です」

「……他の端末も同様?」

 

 シズの問いかけに首を横に振る端末。それは否定ではなく疑念。答えられない問題だと小さく告げる。

 自動人形(オートマトン)の中でも高度に発達した存在ではあるが人間的に嘘が上手くつけるか、と言われれば不明だと言える存在である。明確な答えの無いものに関して適切な解答はいかに端末であっても難しいものだ。

 それが複雑系――より正しくは『混沌(カオス)』の恐ろしさでもある。

 常にいつでも同じ形である保障の無いもの。自分達が高度に発展すればする程、相手も同様に複雑さを増してくる。

 

「……人間的な感情の営みとは違う? ……自動人形(オートマトン)が経験値を積んでいる、という話しは聞かないけれど……。……出来ないとも言われていない」

 

 もし、シズの想定する現象であれば祝福すべき案件だ。――実際に彼らは経験値を積める。ただ、自然界で自主的に積めるかどうかは未確認だった。特に技術的なもの以外で。

 感情という目に見えない部分は分かりにくい。

 可愛いものを見ると胸が温かくなる現象はシズにも覚えがある。それと同様の事が起きているのだとすれば説明は難しいが――同士と言いそうになる。

 

「……もしかして(くだん)のエルネスティ・エチェバルリアが原因? ……とても()()()男の子だと聞いている……」

 

 端末を通じて基本的なデータは受け取っている。せび、持ち帰って抱きついて感触を確かめてみたいと思っていた相手だ。

 人間種であるから慎重に事を進めなければ自分が居る世界に危機を呼び込んでしまうおそれがある。特に端末が要警戒対象に指定している相手だ。

 革命的な技術革新を促進させては何かと面倒になる。

 

「……小柄な男の子でありますれば……」

「……お持ち帰り……。……いや、自分で会いに行く。お母様、お友達を紹介してくださいませ」

 

 都合のいい役は使わなければ勿体ない。それゆえにシズは最大限活用する事にした。

 連れて来られない相手ならば自分から会いに行けばいい。それに関しては何の問題も無い。

 娘という役柄は既に認知されているのだから。

 

「……相手はパラダイム・シフトを起こしうる相手……。……正体を看破されるおそれが……」

「……ならば出来ないようにするだけ。……都合の良い献体は……細かい機微を気取られる相手ならば……。……これは少し思案する案件……」

 

 さすがの至高のシズも即断とはいかなかったようだ。それに関して端末は()()()()()で安心した。

 強引なまま事が進まなくて、と――

 それと同時に人間的な反応を示す自分に戸惑う。本来の自動人形(オートマトン)の定義から外れつつあるのではないのかと。

 

        

 

 原因の処分ならば何も問題は無い。しかし、触れ合いとなると端末には一個人が背負える責任の範疇を超えてしまう事に抵抗を感じていた。

 事は端末一個の問題ではない。

 情報を共有する相手を巻き込む事態だ。――辛うじて至高のシズは書面での伝達で済んでいるので被害は軽微だと予想する。

 いざとなれば――それは最終手段に類する問題だが、自分達の世界を守る為ならば何物よりも優先しなければならない。しかし、それも至高の御方の命令によって凍結させられている。

 

「……危惧が重なってエルネスティの命が危ぶまれては大変……。……可愛いものに罪は無い」

「……無茶な論理で誤魔化さないで下さいませ」

「……むしろ歓迎したい。……だけど、ここ(地獄の瞳)まで自力で来る頃には可愛さが抜けてしまっていることも……」

 

 端末の言葉を聞いているのか、無視しているのか――態度に示さず、う~んと唸りながら右へ左へと移動するシズ。

 感情の起伏――表現――は乏しいが人並みには備わっている。

 自らの種族に準じている為――これが本来の自動人形(オートマトン)有様(ありよう)である。高性能に過ぎた端末は表現が豊か過ぎて種族の枠組みを超えてしまっている。

 

「……今すぐ、というわけにはいかない。……ガーネット博士に相談した後、色々と決めていく事にする。……それまでお前たちは決して荒事に発展させるな。……特に調査の枠を超えた権限は許さない」

「……承知いたしました」

 

 命令として受け取った以上は従わなければならない。

 端末としてはその方が気が楽だった。――そういう感情も生物的ではないかと思う時がある。自分の種族としての存在意義について長い討論が必要なのは理解した。

 部屋に散乱する瓦礫については後で考える事にし、メイド達には適切な処置が決定するまでは手を出さないように通達する。

 

        

 

 部屋を退出した端末は気を取り直しつつ今後の予定を組みなおす為、進行表に修正を施す。

 今までは至高のシズが大人しく休眠していたので何の支障も起きなかったのが、ここ数年で事態が急激に変化している。それはとても恐ろしくもあり、また新たな興味を呼び起こす。

 停泊予定の星に到着する時はいつだって緊張感に支配されるものだ。それが自動人形(オートマトン)であっても――

 各地に散らばる他の端末達はどうしているのか、母親役の端末は思考をそちらに傾けてみた。

 

 



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動乱の予兆編
#016 共振崩壊現象


 

 フレメヴィーラ王国の西側には魔獣から生活圏を勝ち取った人間の国が多くある。

 それらは俗に『西方諸国(オクシデンツ)』と呼ばれている。

 大国の『ジャロウデク王国』を筆頭に様々な国がある。元々は一つの国として存在していたがある時を境に分裂し、今の様相を呈している。

 元々の国の名は『世界の父(ファダーアバーデン)』といった。

 人間の国が無数にあれば個性も様々に存在するもの――

 国家が成熟し、大きくなれば必然的に起きるのは『大国主義』だ。そして、ジャロウデクは過去の栄光を手にする為に動く覇権国家でもある。戦乱は時間の問題と言える。

 多くの自動人形(オートマトン)達は各国にも降り立ち、それぞれの文化を調査している。もちろん国の趨勢には殆ど不干渉を決め込んでいる。しかし、ここ数年――雲行きが怪しくなり始めてきた事にそれぞれ不安を覚える報告が増えてきた。

 基本的に間者(スパイ)を疑われないように天上世界以外との情報のやり取りは禁止されていて、フレメヴィーラ王国のシズ・デルタは他の国の情報を僅かしか持っていない。

 必要な事は殆ど命令として受け取っているものばかりで、それ以外の事柄については把握していない事が多い。

 必要に駆られれば自ら取得に動く――事もあるという程度――

 世界に散らばる端末の総数は一〇〇に満たないが、それぞれ独自の判断で日々を過ごしていた。

 『シズ・デルタ一族』や家族構成の設定は後付けだが、それらは同時期に各端末も共有しており、話しに矛盾が生じない程度の修正を会議によって成されていく。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は各国にも存在するが――シズが必ず関わっているわけではない。

 飲食店や教師と職種はさまざまだ。

 国の要職に就いている者も居ないわけではないが多くは一般人に近い立場だ。

 

        

 

 数多く存在するシズの中で特別物凄い存在と化している個体は居ない。

 地味な活動を旨とする所はほぼ共通で無愛想な女程度の認識が一般的だ。

 あくまでも目的は世界の文化を学ぶこと――

 世界を動かす存在()になる事ではない。

 あるシズはジャロウデク王国の幻晶騎士(シルエットナイト)の建造に携わり、あるシズはクシェペルカ王国の城務めのメイドとして働き、あるシズは平民に紛れて平和を謳歌している。

 何十年も昔から――

 地元民の一員として溶け込んでおり、彼女達を異物だと判断している者は――おそらく少ない。

 最近入ってきたよそ者ならばまだしも――

 長く潜伏し、地味な活動に務めた者を疑う事は難しい。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ライヒアラ騎操士学園(がい)のとある酒場にシズは入った。

 毎日というほど通い詰めてはいないが数日置きに訪れている程度だ。既に店員とは顔なじみである。

 物静かなシズは賑やかな店を嫌っている印象を持たれているが人との交流を断っているわけではない。

 

「……強めのお酒を一杯」

「畏まりました」

 

 店員はいつものように対応する。歳若いシズが飲むには確かに強い酒だが店主はいつものような気楽さで棚から彼女の好みに合いそうなものを一本降ろす。

 最初は大丈夫かなと心配したものだ。だが、そんな心配をよそに『鉄仮面』の異名を持つ彼女が泥酔したところを見た事が無い。――少なくとも店員として働いてから一度も。

 普通に注文し普通に飲み干して普通に帰って行く。

 いつも同じ酒ばかり飲むわけではないが、少し強めの酒が好みなのは理解した。

 特別世間話をするでもなく、三杯ほど飲んだあとは黙って去っていく。もちろん勘定は払う。

 

(……本日の飲料の定期摂取はこれで終了。やはり、現地の飲み物は即席より味が良いですね)

 

 特別な任務以外での飲食は嗜好の範囲で摂取するシズ。

 自動人形(オートマトン)という種族だからといって飲食できないわけではない。だが、何でも食べられるわけでもない。

 それを可能としているのは義体の恩恵があるからだ。

 擬似的な満足感は得られるがステータス的には無意味なもの――

 ()()()身体でも多少の飲食は出来る。しかし、体内器官が人間とは異なっているので不測の事態を避ける上でも滅多に人前で飲食しない。だからこその義体だ。

 無趣味に思えるシズの楽しみは年々喉越しが良くなる強めの酒。

 飲む事はもちろんだが作ることにも興味があり、時間をかけて作る文化は長い時を歩む者にとっての癒しであった。

 

        

 

 義体の種族は人間種なので酒を必要量飲めば酩酊してくる。過度の摂取を避けてはいるが多少の酔いは人間社会にとって必要であると認識している。

 本来の身体ではない、というところが勿体なさを感じさせる。

 そんな日常を何十年も過ごした王国において未だに現地に愛着は持てないが、いずれは降り立った星で朽ちるまで過ごす事になるのか、と空を見つつ思う。

 一〇〇年周期で入れ替わる自動人形(オートマトン)の端末たちの行く末は幸せばかりではない。――そう判断しているのは端末自身だが。

 一つの目的の為に多くの端末は自己進化を繰り返し、不具合があれば廃棄していく。その繰り返しで今まで過ごしてきた。

 

(……私以外の端末達はどうしているだろうか。任意での連絡は許されているとはいえ……)

 

 柔軟な発想が不安を呼び込む。

 だからこそ――

 自らの死を考えなければならない。

 

(……人間に危害を加えてはいけない。それを逆手に取られた状況の場合、私は黙って殺されねばならなくなる。……だが、それがシズ様が望む冒険とは到底思えない)

 

 暴漢に襲われるのは一度や二度ではない。その時々で対処は変わるが、安易に撃退できないのは難儀する事だった。

 その仮定で命を落とす場合はどうすればいいのか。

 義体は死ぬ。その場合は意識が元の身体に戻るだけだが――死体を回収するのも手間である。ちなみに憑衣魔法の場合は迂闊に死ねない場合がある。

 

(他の端末達は……無事に過ごしているだろうか)

 

 任務に支障が生じる事に当事者ではない端末でも心配になる事がある。

 それぞれに対抗意識は無いが仲間意識が強い。そういう風に教育されたからだ。時には敵対も想定されてはいるけれど――

 不測の事態に対して端末としても色々と悩むところだ。

 それが実に人間らしい――生物的に。

 

        

 

 酒場から少し離れたところで唐突に囲まれるシズ。

 索敵したにもかかわらず相手が無言――または無反応――だった。能力的に察知されていれば雰囲気も幾分か違ってくる。仮に仲間であれば何らかの合図があるはずだ。だが、それは無かった。

 物取りか、何らかの情報を求めた他国からの刺客――あるいは怨恨。

 後者には身に覚えは無く、王国に今のところ迷惑をかけている自覚も無い。

 他国の人間であれば色々と不味い状況が想定される。

 

(他国に居る端末が人質に取られていれば私に出来る事は無視するか……、迎撃だ。このような場合はどういった解決策が望ましいでしょうか)

 

 無視すればやられるだけ。迎撃に転ずれば事態は悪化する一方――

 単なる物取りであれば困ることは無いけれど、国が絡むと対処の仕方によっては行動に制限が掛かってしまう。

 

 対応次第では目立ってしまうので。

 

 だが、黙ってやられるのは面白くないし、迂闊に死んだりすれば大騒ぎ。派手に立ち回れば色々と噂の尾ひれが付いて不味い事この上ない。――そう思案している間にも相手方はシズの様子を窺っている。

 人違いで済む選択は無いようだ。

 

(……ここしばらく平静だった時代の流れに変化が起きはじめた……と見て間違い無さそうですね。……どの道、()()()()想定をしてこなかったわけではありませんが……)

 

 呆れに似た溜息をつくシズ。その行動により、謎の襲撃者たちの動きに変化が生まれる。

 一触即発の状況を作り出しているので、シズが何らかの行動を起こせば相手側も反応せざるを得ない。

 全身を覆う黒い外套で正体を隠している所から暗殺者(アサシン)盗賊(シーフ)――

 前者においては恨まれる行動を取っていないので身に覚えは無い。――無いが他国のシズと間違われている可能性がゼロではないので否定しきれない。

 フレメヴィーラ国内において『藍鷹(あいおう)騎士団』以外の追跡者には心当たりが無い。とすれば国外からの刺客――

 予想されるとすれば幻晶騎士(シルエットナイト)関連だが――何処かの国のシズが関係していることを知る者達――

 力ずくによる情報収集は端末のシズにとっては初めての経験に近いほど。

 今までそのような遭遇戦を経験していない。けれども情報としては知っている。

 

(現フレメヴィーラ王国は他国と戦争状態に入っていない。尚且つ領土紛争も存在しない。それなのに襲撃される理由が思い浮かびません。……とすれば……、何処かから幻晶騎士(シルエットナイト)関連の情報が漏れ、魅力を感じた者が差し向けた刺客と見るのが一般的でしょうか。……はた迷惑な事です)

 

 襲われる立場のシズにとっては――

 考えれば考えるほど面倒臭い、というよりは面倒ごとしか無い。

 無視する事も相手をするにも目立つ結果が待ち構えている。そうすると至高のシズの命令を(たが)えてしまうおそれがある。だが、強引な手は取れない。

 

        

 

 現在の義体のステータスは一般人より少し強い程度。あまり異常な強さを持つと目立つ――特に勘の良いエルネスティ辺りには。適度にステータスを変更し、様子を窺っている。

 そういう予感めいたこともシズは感じ取れる。これは長年蓄積してきたデータのお陰である。

 かといって黙ってやられると冒険の中止に追い込まれる。死んだシズが実は生きていた、というだけでも大騒ぎ間違いなしだ。その辺りを調整するのは難しい。

 

(気絶……。しかし、どのような場合を想定すれば気絶と見做されるのでしょうか。……天上の方々にここはお任せするしかありませんね)

 

 与えられた仕事を一人で成し遂げる事こそ部下としての価値がある。つまり、これから発生する事態というか問題を解決できないとなると今後の行動に大きな支障を生む。

 もちろん、これはシズ自身が思っている事で至高の存在達が判断したものではない。

 

「……困りました」

 

 本当に、と。

 無言のまま襲い来る相手をいなし、どう倒そうか悩みつつ。

 物取りであれば口汚いセリフが出てくるのだが、今回の相手はそういう手合いではないらしい。

 それはそれで行動しにくいが、何人か捕らえる事にする。可能であれば――

 武器はナイフ。刀身に毒が塗られている。何の毒かは分からないが致死性か神経毒。

 対するシズは無手だ。魔法による迎撃は()()()()()と判断した。

 

「相手は一人だけだ。まだ倒せないのかい?」

 

 苛立つ襲撃者の一人が呆れたように言った。声の質と体格から女性。

 見た目の様子からも見知らぬ相手。

 知り合いでなかったのは気持ち的にも楽である。しかし、数が多くて対処が難しい。何より今は身体の動きが鈍い――相手よりも。

 逃げ切れる可能性は低い。それはそれで別にシズとしては問題ない。

 こういう状況は何度もシミュレーション済みであり、至高の御方からも色々とアドバイスは聞いている。

 だが、それでも倒れるわけにはいかない。

 

 最低限、死んではいけない。

 

 目標は決まっているが実現性は低い。それと小ぶりの雨が降ってきた。

 義体は耐水性について気にしなくていいが視界不良はどうしようもない。早めに決着を付けたいと思っても、それは相手も同じことだ。

 複数人からの一斉攻撃に対し、避けられる程度は限られてくる。

 それと正当防衛の為にいくらか反撃も試みているが決定打には至っていない。

 

「意外としぶといね。……これは予想外だよ」

「………」

 

 無言を貫くシズに対し、相手は喋るようになってきた。しかし、だからといって有利になったわけではない。

 激しい動きによって呼吸が苦しくなってきた。主に義体側の問題で。

 いくらか攻撃を受けたことにより意識の混濁が始まる。

 それらを俯瞰して分析するのはシズなのだが――

 

(回復手段が取れない戦いというのはこんなにも身体が重くなるものですか。脆弱な人間の身体は……本当に難儀しますね)

 

 心臓めがけて飛んできた攻撃を右腕で受け止めて身体をひねる。それだけで相手を巻き込むように引き倒す。

 無手なので腕に受けた武器が景気よく貫通する。だが、敵はまだ居る。

 ある程度の格闘技が使えるとしても鈍い身体では限度がある。そして、限界も近い。

 目標が定まらない。それでもあと一人は倒したい。

 左目にナイフが深く刺さった。しかし、既に手遅れなので無視する。

 

「なんて奴だい。ここまでの手練とは聞いてないよ」

「……はぁ、はぁ……」

 

 杖でも持って来ていれば牽制くらいは出来た。身軽な格好なのは完全に失策であったと反省するシズ。

 傍観に徹していた女襲撃者が短刀を持って襲い掛かってきた。一気に勝負を付ける気だと認定する。

 ぼやける視界の制限を今だけ解除する。しかし、それは即座には(おこな)われない。ほんの少しだけの時間を要する。

 それだけで勝負は変わってしまう。

 

        

 

 攻め手(女襲撃者)の攻撃をあえて受けつつ相手の腕を絡め取り、へし折る。骨折音を確認した途端に意識が一気に暗転していく。

 それでもまだ動けることは確認出来た。

 周りの音が一気に消失したが()()()()()()には問題ない。

 義体の損傷は痛手だが、守るべき情報さえ手元にあれば何も問題は無い。

 

「こぉのぅ~! 死にぞこないがぁぁ!」

 

 声を頼りに身体を反転。上から下へ叩きつけるような蹴りの一撃を女の肩に見舞う。

 今の攻撃の影響で空中でバランスを崩すシズ。そして、着地が無様になった。

 景気よく顔から落ち、起き上がるには(いささ)かの時間が必要だと判断する。いや、既に立ち上がれない状況だ。

 最後の一撃の時、女は腰に帯刀していた小刀を用いてシズの首を狙った。それを防ごうと腕を出したところで意識が完全に消えた。

 その後がどうなったのか分からない。意識を失う寸前で義体から意識を切り離したので。

 後始末についてはシモベに任せている。

 

「………」

 

 隠れ家で目を覚ます端末のシズ・デルタ。

 小柄な少女然とした姿の彼女はため息をつく。不自由な義体による遭遇戦は不慣れながらも()()()()()()、筈だ。

 あまり深入りし過ぎるとかえって怪しまれる。適度な痛み分けでなければならない。

 

(致命傷はなんとか避けた筈ですが……。首は大丈夫でしょうか? あの部位だけでも無事でなければ……)

 

 言い訳が難しくなる。

 たたでさえ無茶な設定で生活している。今以上だと他の端末たちにも悪い影響が向かってしまう。

 シズ・デルタは地味な一族でなければならない。

 人智を越えた存在であると見透かされてはいけない。

 

(……今回の襲撃の目的なんだったのでしょうか? 怨恨? それはとても面倒ですね)

 

 他の国からだとフレメヴィーラのシズにはどうにもできない。

 その仮説が正しいとなると世界に何かが起きたことを意味する。そうなればもう端末一機だけの問題ではなくなってしまう。

 平凡な日常が送れないのは実に勿体ない。

 

        

 

 少し後に回収した義体は酷い有様だった。

 ある程度は予想していたが――

 それから襲撃者は手痛い反撃を受けた為か、探索をせずに撤退したとシモベから報告を受ける。

 

(あちこち致死性の毒が……。これは早々に無毒化できるとしても……。顔と腕が酷いですね)

 

 左目に深々と刺さったナイフは証拠品として保管するとして、問題は右腕。

 最後の反撃によって首を守ろうとした為に見事に断たれていた。首が繋がっていたのは僥倖だ。それと幸いにして部位は全てそろっていた。それだけでも修復にも問題は無い。

 問題は無いが――無傷の復活は諦めざるを得ない。本体であるシズとてそう思うほどに。

 襲撃理由は分からない。捕虜も取れなかった。打倒した筈の賊は全て生き残っていて逃走済み。――ただし、それは()()()()()()()()()だ。

 

(ケガの事情を知る者が居るなら……。ケガだけはしばらく残さなければ怪しまれますね。……一族の秘術という言い訳が通じるとよいのですが……。無茶、ですよね)

 

 この面倒な事態についてシズは一人で思い悩む。

 有効な手立てが浮かばないのは明らか。であれば天上へ報告するしかない。

 本来なら失態を報告する事に抵抗がある。だが、今回は事情が複雑そうだと判断し、意を決することにした。

 それから数日後、義体への乗り換えを終えたシズはため息をつく。

 しばらく目立つ行動になるが、素直に諦めろ、との至高の御方(ガーネット)のお言葉に従う。――端末(シズ)は知る(よし)もなかったが逃亡したと思われていた襲撃者達は既に捕らえられており、調査が始まっていた。

 歴史の中で騒乱の発生は避けられぬイベントである。その発端が不可避であれば仕方がない。そう判断された。

 

「……雨が上がり、歴史が始まる……」

 

 そんな言葉を呟く端末のシズ。しかし、今回はどうにも気が重い。身体も比例してか、重く感じた。

 ライヒアラ騎操士学園は通いなれた場所なのに今日は何故だが遠かった。

 教室に行く必要は無いので真っすぐに向かったのは工房である。しかし、右腕が使えないので結局、何しに来たのか分からない。

 それでも無事な姿を見せるべき、という命令に従って来ている。

 作りかけのオブジェを前にして何もできないシズ。ただ立ち尽くすだけ。

 周りはシズの変わり果てた姿に大騒ぎしていたが、それすら今の彼女にとっては聞くに値しない雑音だった。

 

        

 

 多くの作業員がやってくる中、本当に先行き不安の為に呆然としていたようで多くの視線を受けている事に気づいた時は周りの人数に驚いた。

 索敵機能を止めていたこともあるが、ここまで意識を手放したことは久方ぶりである。

 何もできない状態を想定したことが無いわけではない。大抵は長く眠る時と廃棄される時だ。

 

「えらく酷い姿になっちまったな」

 

 野太い声で近づくのは親方と言われるダーヴィド・ヘプケンだ。

 工場の一部を借りている手前、彼らの接近を拒絶することは出来ない。

 慣れない苦笑で挨拶する。

 

「……腕をやられちまったみてえだな」

「……一族の秘術でどうにかしますよ。……今は……毒抜き作業で……」

「毒かよ。それにしても……酷い姿だな。よくそれでここに来たもんだ」

 

 シズは頓着しなかったが、彼女の姿は誰が見ても酷いというくらい酷い有様だった。

 (あざ)と切り傷が多い。それと左目を覆う眼帯。

 今まで奇麗な人形じみた姿だったのか嘘のように変わり果てている。これで心配するな、という方が無理だ。

 

「来てもいいんだがよ。普通なら寝込んでてもおかしかねえぞ。大丈夫なのか、精神的なところとか」

「……なんとなく。ここに来た方がいいかなと思いまして。……他人の意見が欲しいんですよ、今は特に。……それとも寝込んでいた方が良かったですか?」

 

 感情のこもらない声なのでダーヴィドは余計に心配になってきた。

 今ほど彼女の口調が危険な気配を帯びているように聞こえたことは無かった。

 他の作業員を集めて意見を集めさせる。少しでも生きる気力を保ってもらう為に。彼とてシズに死なれは寝覚めが悪い。

 だが、これもまたシズの目論見――至高の御方(ガーネット)――である。

 本来ならばシズ自らが時代を動かしてはならない。特に率先して。

 しかし、絶対ではないので不意の襲撃の際は可能な限り周りを巻き込むように利用してみろ、と沙汰が下った。そして、今はそれを実践している。

 もし、彼女(シズ)を異物と判断していれば彼らは容赦なく排除にかかる。そうでない場合は――結果が目の前にある。

 

「皆さん、どうかしたんですか?」

 

 人ごみが発生している事に気づいた者が現れた。それは授業よりも早く幻晶騎士(シルエットナイト)をいじりに来たエルネスティ・エチェバルリア少年であった。

 今日も手入れの行き届いた薄紫がかった銀髪と笑顔を輝かせて――

 しかし、それもシズの姿を見て激変させる。

 

ど、どど、どうしたんですか、シズ先生っ! 利き腕がっ……」

 

 いつも右腕をメインに動かしているのでそう思った。しかし、それは間違いでシズは両利きである。人間的な偏りは()()()演出している。

 そもそも自動人形(オートマトン)であり、それが操る義体だとしても同じことだ。

 

「一族の秘宝とかで治すらしいんだが……。おい、坊主。これって治せるもんか?」

「……接合であれば治せなくはないと思いますが……、神経接続とか難しくて大変だと思いますよ。義手の方が楽なくらいに」

 

 と、普通に言ってのけた。それだけでも凄い事だが腕を無くした人間を見ても逃げ出さないところも驚きであった。知り合いであれば泣いても驚かないくらい取り乱す。

 とにかく、親方の話しよりもシズの容態が心配でたまらない。そんな状態で彼女の右腕に視線がくぎ付けとなっていた。

 完全に肘より先が断たれている。再生はしないとしても接合はすぐに始めなければ間に合わない。そんな記憶の中の知識を取り出す。

 場合によれば確かに義手にするしかないが最終判断はシズがする。エルネスティはただ心配しか出来ない。

 

        

 

 普段は敵だと言ったり思ったりした彼女の事を今日ばかりは放っておけなくなった。それは何故か――

 エルネスティも事故か何かで腕を失うような事が起きないとも限らないと思ったからだ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の制作は子供の玩具作りと訳が違う。少しの失敗で死人が出るほどの大事故につながる。その為にたくさん予防策を整える。

 

「ぼ、僕に手伝えることはありますか? 着替えとかはアディにやってもらうとして……」

 

 そう言うと他の作業員たちも手伝うと言い出した。

 これが自分で歴史を回す事か、と呆れつつ指示された感情『照れ』を表現する。

 過度に視線が集まると行動が束縛傾向にある。それを目の当たりにした彼女は至高のシズの言葉が正しかった事に感動した。

 

「……日常生活は娘にやってもらいますので大丈夫ですよ。……ここでの作業を手伝ってもらうかもしれません」

 

 彼女の言葉に目の前に鎮座する謎の鉄くずにエルネスティは顔を向けた。

 いつもシズが取り掛かっているものだが、作業員の殆どはこの鉄くずが何なのか分からなかった。

 不格好な鉄板に適当に穴をあけ、大きなネジを差し込む。特別な装置を組み込むわけでもない謎の物体。

 

「……前々から聞きたかったんですけど、これ……。何なんですか?」

「もしかして、破断実験のオブジェですか?」

 

 作業員の疑問の横でエルネスティも疑問を口にした。

 『はだん』と言葉で言われて首を傾げるのが半数。残りは事情を理解して納得した。

 エルネスティは改めて鉄のオブジェに顔を向けた。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の廃材を用いた細かな実験であることは予想がついていた。その使い道までは考えが及ばなかったが、何らかの研究として取り組んでいたのだな、と。

 これはこれで大事な実験だ。特にシズが作り上げたものは理解不能の形をしているものの見事に原形を保っている。それが凄いとエルネスティは感じていた。

 

「ここまで不揃いに穴をあけてネジを締め込んだものは力の加減で壊れやすくなります。いわば強度実験の一種です」

 

 と、シズの代わりに説明を始める。それに対して彼女は黙って未来の若者に任せた。

 一つ頷いてオブジェの説明を始めると作業員たちは自然と椅子を持ち寄り、聞き耳を立てる。

 

「鉄板は材質にもよりますが、人工的に穴を開けると脆くなりやすい。特に何度もネジを取り換えて行けば摩耗するものです。細かな傷が溜まればいずれは裂けて壊れます。それが『破断』です。しかもこれは『金属疲労による破断』といい、無理な力が多方面から加わるとどう壊れるか、の試験体となっています」

「それで……それが何の役に立つんだ?」

「それはもちろん、どの程度の力が加われば壊れるか知る為です。無意味に穴をあけていいわけがありません。強度を維持するために必要な分野ですよ」

 

 エルネスティが見る限り、シズの造り上げた金属塊は無茶な形を成しているものの相当量のネジで固定されている。しかも、穴周りの破損が見当たらない。

 ここまでたくさんのネジを使用して壊れないものを丈夫とは言わない。何らかのきっかけがあれば瓦解する危うさがある。

 壊れない金属は現場には無い。いくらシズの手をもってして作られようとも。

 

「……彼の言う通り……。これは既に限界が近い。……このまま放置すれば錆によって自然破断いたします」

「はい」

 

 僕もそう思っていました、とばかりに笑顔になる銀髪の少年。

 特に、と続けて左手で指定した場所を見るように命令するシズ。

 

「……多角的な力のかかりが不安定なのですが、ある瞬間には安定を見せる時があります。金属特有の振る舞いによる安定。……または共振の現象が起きているのでは、と予想しています」

「共振現象ですか? 魔法の影響ではなく?」

「……これは自然法則以外の影響を受けておりません。……ですが、ラボではこの論文を取りあってくれませんでした。ここからどう改良しようか、ここ数日考えていたのですが……」

「シズさんの研究を無視するとは酷いですね」

「君に言われると……心強いですよ。しかし、共振とて振動です。……別角度には弱くなる。そこに新たな締めを追加してみたのですが、最終的に何にも利用できない物体となりそうで……」

「そうですね。商品としての価値は……ありそうにないですが……。攻略の助けにはなるかもしれません。物は壊れます。不変なものは存在しません。それもまた美しい破壊の美……。または崩壊の美です」

 

 うっとりとした顔になるエルネスティを不気味だと思う者が引いていった。しかし、シズは不変ではない、というところに疑問を抱く。

 形は確かに壊れる物だ。それでも壊れないものがあるとすれば信仰心や心の絆とかいう観念的なものではないのか、と。

 それを言ってしまえば物質文明の否定のようになってしまうので飲み込んだ。

 彼はあくまで物質文明の使徒だ。その意見は確かに間違っていない。

 

        

 

 難しい話しばかり聞いても作業員には理解できそうになかったので一人二人と持ち場に戻っていく。その中でやはりエルネスティは機械工学に興味があるらしく最後まで残った。そんな彼も自分の作業があり、オルター弟妹達が現れれば引き下がらざるを得ない。

 シズは人ごみの流れの変化をただ見据えるのみ。

 自身のケガによって発生したイレギュラーもまた生活の糧となる。

 

「……この共振のおそろしいところは一見無事だと思ってもより強い力を加えると……」

 

 と、言いながらエルネスティに指定した部分を金槌で叩くように命令する。

 小さな子供の力とて衝撃の質は変わらない。

 ガッ、と鈍い音が響く。様々な金属に衝撃音が乱されている為だ。そして、変化はすぐに起きた。

 何処にもヒビが無かったはずの金属塊は急激に痛みを思い出したようにネジが収まっている穴から下方に向かって割れて行った。

 爆発するような事は無く、見た目には静かな崩壊だった。

 

「凄い。目の前で見ると不思議な光景ですね」

「そうですか? ちなみに、これの問題点が何か分かりますか?」

 

 ひび割れた金属塊は形を保っている。けれども崩壊した。

 その上で問題点があるとすればただ一点。

 

「もうこれに利用価値が無くなり廃棄するだけになった?」

「……それは確かに答えの一つですが……」

 

 そう言いながらシズは左手の人差し指で()()幻晶騎士(シルエットナイト)を指さす。

 それは現在進行形で整備を受けている『サロドレア』の一機だった。

 シズはエルネスティに指定した部分を見るように命令する。

 従順な生徒のように――半ば嬉々として――幻晶騎士(シルエットナイト)の下に向かった。

 学生たちが整備しているサロドレアは数百年も使い込まれた年期ものだ。シズが作っていた廃材もそれ相応の年代物であるが金属である限り、金属疲労から逃れられない。それの逃げ道として魔力(マナ)金属内格(インナースケルトン)に走らせて無理矢理に安定させている。

 だから、魔力(マナ)が枯渇すると自壊しやすくなる。

 

「……そんな騙し騙しにも限界があります」

 

 シズに指定された部分をエルネスティが金槌で――割と強く――叩く。それだけで即座に金属がひび割れて一気に崩れ去る。

 叩いた本人も驚いたが、これほどあっさりと大きな部分が壊れるとは想定していなかった。

 

「おいおいおい! なんてことしやがる!」

 

 まだ整備前の幻晶騎士(シルエットナイト)の肩が完全に壊れた。

 通常では壊れない部分を強く打ち付けただけ。彼がやったのは共振現象を利用した幻晶騎士(シルエットナイト)における『ここ弱点(ウイークポイント)』を突いた攻撃だ。

 つまり人の身でも破壊できることを意味する。

 

「すごいですね。僕も盲点でした。新規に建造する幻晶騎士(シルエットナイト)では見つけにくい弱点って事ですから……。これは新たな問題となりますね」

「そうです。それを事前に見つけなければ……、君が作ろうとしている幻晶騎士(シルエットナイト)も壊れてしまう。……もし、設計図に精通した破壊者が居ればだいたいの部分は分かってしまうかもしれませんよ」

「そ、そうですね。それは困りました。僕は製造は好きですが、騎操鍛冶師(ナイトスミス)の細かい技法は未収得なんですよね。……年齢の問題で……」

 

 念のためにもう一点叩いてみると同じように壊れた。

 エルネスティが壊した幻晶騎士(シルエットナイト)の弱点は二点。後は新たな部品を付ければまだ少し長持ちする。

 全身を崩壊させるほどの弱点は無いとシズが告げると声を聞いた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は安堵の表情を見せた。

 

 



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#017 無職の自動人形

 

 シズ・デルタによって露見した幻晶騎士(シルエットナイト)の弱点。それを克服するすべはエルネスティ・エチェバルリアの知性をもってしても一筋縄ではいかないと予想した。

 これは盲点とも言うべきもので、付け焼刃でどうにかなる問題ではない。

 急遽全ての幻晶騎士(シルエットナイト)の図面を見渡し、整備班が四苦八苦することになるが――

 この問題の報告はすぐに国王の下にも届けられた。ついでにシズの負傷も。

 

「……あの女が負傷とは……。なにやらキナ臭い事になってきたのう」

 

 現場は酒場の近く。当初、あまりに酷い姿だったので死んでいるのではないかと言われていた。けれども、気が付くと復活していたのだから二度ビックリした、と目撃者は語る。

 国王アンブロシウスは長年の付き合いで少なくない見舞い金を贈るとともに――念のために――シュレベール城へ招聘する。

 普段であれば忙しいと拒否するシズも今回ばかりは精神的に参ったのか、素直に応じた。

 そして、国王の前で片膝をつく彼女は確かに手負いの身だ。特に利き腕が欠損しているのが痛々しい。

 他にも顔や露出した肌の多くを包帯で包んでいた。

 

「……楽な姿勢で構わんぞ。此度はわしも報を聞いて肝を冷やしたわい」

「……申し訳ありません」

「何を謝る。とにかく、襲撃者を捕らえねばならない。それについては邪魔はせぬだろうな?」

 

 何かと一族の問題だ、と言われそうな雰囲気だったので念のために尋ねた。

 シズは静かに頷くのみだった。相変わらず不愛想というか堅苦しさが窺える。しかし、それこそが彼女の個性であり、変わらぬ態度で(むし)ろ安心した。

 

「これは興味なのだが……。その腕、未知の魔法とかで再生させることは出来るのか?」

「……それに近い事は出来るかと。その為に現在、毒抜きをしております」

「毒抜き? 毒を受けたから切り落とした、というのか?」

「首を守るために……。不可抗力でした。相手は毒を操る賊でございました。残念ながら正体は分からず、捕虜にも出来ませんでしたが……。何分(なにぶん)、国の秘事に関わっているとは思いもよりませんでしたので……」

 

 澱みなく答えるシズ。

 我が身に降りかかる不幸を全く気にしていない豪胆さ。少しは女らしくしてもいいのでは、と思ってしまう。けれども、意志を強く持っている為に国王と平然と相対している。それはそれで素晴らしい心掛けだ。

 何を聞いても秘密です、と言われると危惧していたのが馬鹿らしくなってくるほど素直だった。

 それとも自分の失態だという意識から喋っているのか、と。

 

「その賊は人であろうな? 化け物であればどうしようもないのだが……」

「……見た感じでは黒衣をまとう人間でした。何が目的だったのかは……。特別な役職についているわけではないので皆様方に迷惑はかけていないと思いますが……。人知れず恨みを買っている事もあるかもしれません」

「……まさか。絶賛無職である貴様に恨みを抱くバカが()るとは……」

 

 と、言いつつ周りに控えている兵士や貴族関係者に顔を向けると総じて首を横に振った。

 素直に自分が犯人です、とは言わないとしても考えられない事だ。

 少なくともシズは他人を押しのけて昇進しようとする上昇志向が無い。なにより地味で目立たない事に主眼を置いた一族構成を持っていると公言している程だ。

 もし、彼女が貴族位についているというのであればまた話しが変わる。

 

        

 

 見舞金と(ねぎら)いの言葉を与えた後、最近届いた幻晶騎士(シルエットナイト)の問題点について尋ねた。それとシズの為に椅子を用意させた。

 今回の襲撃とは些か関係があるようで関係なさそうな気がしたが折角来てもらったので意見が聞きたかった。

 

「あの幻晶騎士(シルエットナイト)に意外な弱点があるそうだな。それを見つけたのは最近か?」

「……実際に実演したのは最近でございます。それまでは単なる研究の一環でございました。あそこまで見事に壊れるとは……予想しておりませんでしたが……」

 

 子供の一撃で腕が落ちる幻晶騎士(シルエットナイト)というのは聞いていて信じられなかった。

 詳しく聞こうにも信じられない現象にしか見えなかったという。

 

「それをまとめた論文は既に国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に提出していたので、それほど驚かれるとは思いませんでした」

「んっ? そうであったか? 後で担当者から意見を聞いておこう」

「……現行の幻晶騎士(シルエットナイト)はほぼ骨董品でございます。その金属疲労も甚大……。それを魔力(マナ)によって無理矢理延命しているので、いつ限界が来てもおかしくはありません。……今のところ心臓部は特殊金属のお陰か、崩壊に至るほどの現象は確認できません」

「うむ。であれば(がわ)の問題か。それでも身動きが取れない幻晶騎士(シルエットナイト)はただの張りぼてよな」

「……おっしゃる通りでございます」

 

 国王とて幻晶騎士(シルエットナイト)を駆る騎操士(ナイトランナー)である。興味が無いわけではない。

 彼の背後には黄金の国王騎『レーデス・オル・ヴィーラ』が鎮座している。

 

「……便利な力に頼り過ぎれば意外なところで瓦解する……。それがたまたま効果を発揮したにすぎません」

 

 尊敬する至高の御方(タブラ・スマラグディナ)の言葉を引用しつつシズは国王に言った。

 適時必要な言葉を披露する事は許可されていたとはいえ、下等な人間に使うのは正直に言えば躊躇われた。けれども恩には報いよ、との言葉(ぷにっと萌え)もある。

 先達から連綿と伝えられる言葉は次代へと引き継がれていく。

 

「先の崩壊についてですが……。疲労度が溜まっていない場合でもある程度のダメージ蓄積にはなります。魔力(マナ)切れのように……。限界に達した部分は己の自重によって壊れます。この……程度を測る事が出来れば費用対効果にも良い影響となる筈です」

 

 つまり、毎度いちいち全身骨格を挿げ替えていれば膨大な整備費用が嵩んで国庫を圧迫してしまう。

 疲労度の程度を予測できれば無駄な支出が抑えられるかもしれない。

 経済担当の役人をすぐに呼びつけて検討させる国王。

 

「……ものは壊れます。修復にはお金がかかります。それらは決して無尽蔵ではありません。私の研究は……それほど大それたものではなく、国の一助になればそれで満足なのです」

 

 聞いているだけで理解する。

 それは(まこと)に地味である、と。

 下地を支える者が居るからこそ派手な部分が()えるものだ。

 

(地味ではあるが無視も出来ない。……単なる恥ずかしがり屋だと思っていたが……、わしの認識が間違っておったようだ)

 

 人知れず国を乗っ取ろうと長期的な計画を立てている不遜な一族だと。

 何世代もかけて(おこな)うには壮大過ぎる。かといって彼らが国を運営する理由も思いつかない。

 祖先の誰かが爪弾きにされて、その復権を狙っている――とかなら理解できる。しかし、家系図的にシズの存在は示唆されていない。

 

        

 

 国王とシズが閑談している間、エルネスティは未完成品の幻晶騎士(シルエットナイト)『グゥエール』の制作に着手していた。

 先の共振現象による金属疲労の度合いを検査し、問題が無ければ結晶筋肉(クリスタルティシュー)の改良版を張り付けていく。

 それと並行するようにドワーフ達、作業員の作業効率向上も実行に移していく。

 一人で複数の作業を楽し気に(おこな)う銀髪の少年の行動力にダーヴィド・ヘプケンは恐怖を感じていた。

 

(あいつは過労で倒れないのかよ)

 

 見ているだけなら熟練の騎操鍛冶師(ナイトスミス)だ。しかし、彼は単なる趣味人で何の権限も持ち合わせていない。

 あるとしても幻晶騎士(シルエットナイト)一機分の改造許可のみ。だが、これは試作と称して既に何機分も改造を試みている。もちろん、国には内密にしている。

 そのせいで作業量が尋常ではない。

 

「前回、共振によって破壊した部分ですが、あれは使い方によっては魔法による極小攻撃を加えればもっと効率的になります。その防衛は急務といえるでしょう」

 

 そう宣言するも対抗策は浮かばない。

 装甲を厚くすればいい。という意見は想定内だが、エルネスティはそれよりももっと深刻に受け取っている。

 意図的に共振を起こす魔法があればどんな幻晶騎士(シルエットナイト)でも破壊することが可能となる。それこそ新型でさえも。

 魔力(マナ)切れで自壊する全ての幻晶騎士(シルエットナイト)にこれを防ぐ方法が無い。

 

(もちろん、破壊する魔法もまた無いのですが……。僕が本気で取り組めば出来そうな気がしますが……。何だか、イタチごっこみたいで嫌ですね)

 

 折角作るものをすぐに壊されるのは気分的にも許容できない。もちろん、すぐに壊すのも。

 物は壊れる。それは真理ではあるけれど意図的に寿命を早めるべきではない。

 

(現状で知られている攻撃魔法に直接的なものが無い内に開発できればいいのですが……。世の中には隠れた天才が居るものです。それこそ『お約束』的な……)

 

 現状に満足せず精進する事こそ新しい発明の一歩だ、と強く決意する。

 それとシズの地味な作業も侮れない事を自覚した。彼女と敵対する事はとても危険である。

 

        

 

 現状の材料では出来る事は限られてくる。ならば、と様々な方面から新技術の開発を打診。

 以前から国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に人材派遣を要望していた返答がようやく届いた。

 現状で提供できる人数は三人。それでも構わないか、というもの。当然、一人でも歓迎なのでエルネスティは了承を伝える。それと新型の材料の試作品が届いた。

 魔力(マナ)を蓄積する事に特化した板状の材料『板状結晶筋肉(クリスタルプレート)』は使い道が不明なため、試作を作業員に依頼する。

 大型機械兵器である幻晶騎士(シルエットナイト)の改良は遅々として進まないが、着実な前進は感じていた。

 

綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)は柔軟性を追求し、魔力(マナ)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)に依存させます。重量の加算はこの際、必要経費としますが、問題は金属内格(インナースケルトン)の強度の向上ですね」

 

 材料が限られているので工夫しか出来ない。

 新素材の開発は学生だけで出来るものではない。ここで出向してもらった国機研(ラボ)の人員にアイデアを練ってもらうことにする。

 彼らは新機軸で作られようとする新しい幻晶騎士(シルエットナイト)に驚いていた。

 古来より続くサロドレアの改修の延長程度と考えていたので。しかし、目の前で繰り広げられるものは新しい技術工程のオンパレードだ。知らない事が多すぎる。

 それもここ最近に確立されてきた技術である。国機研(ラボ)でもここまで革新的な事はやっていない。

 

「目標は扱いやすいグゥエールです。新技術を搭載すると必ず不具合との戦いになります。それに勝利する事が出来れば他への転用も可能となる。ですが、我々には限られた技術しかありません。皆さんのお力を貸していただきたく存じます」

 

 エルネスティが代表者のように作業員たちに頭を下げた。

 それに対し、一斉に咆哮する作業員たち。心は一つだ、のような迫力が国機研(ラボ)の人間に伝わってきた。

 国機研(ラボ)の人間達の前に秘密情報であるグゥエールの図面を広げる。

 新技術搭載によって不安定化した骨格の改良を見てもらう為だ。

 現状では着膨れした不格好な姿にしかならない。少しでも痩せさせて、見栄えを良くし、更に操作性に優れて丈夫なものにしなければならない。

 攻撃力の向上も約束しているので単なる置物では話しにならない。

 

「解決策としては防護用の魔法を走らせる事です。それには膨大な魔力(マナ)が必要となります。その為の筋肉増量です」

「その筋肉を支えるためには骨格が丈夫でなければならない、と……」

「そうです。重量に負けているんですよね。ちょっと腕を曲げようものなら折れてしまいます。でも、筋肉だけは無事という……」

 

 新型の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)は切れにくくなったが重い。その重量を軽減するには量を減らすしかない。そうすると切れやすくなる。

 切れにくくするには魔力(マナ)が必要である。それを解決するための板状結晶筋肉(クリスタルプレート)の用途は不明なまま。

 切れにくく丈夫で減らしても良さそうなものだが柔軟性が犠牲になっている。

 これは魔力(マナ)を供給する肩代わり要因として使う予定だ。

 

「人間で例えるなら骨が老化したまま筋肉を若返らせている状態です。この骨の部分を強化したいわけです。それに合わせて筋肉も調整できれば……、と」

 

 従来の幻晶騎士(シルエットナイト)も操作性に問題があった。鈍重ではあったが数百年の運営に耐えられた。であれば新技術にも耐えられるもっと動きやすいものに改良したくなるもの。

 それには巨体を動かすに足る強靭な内部骨格と筋肉が必要である。

 尤も、効率だけを上げるのであれば核たる部品である『魔導演算機(マギウスエンジン)』と『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』に手を入れるだけで良かったりする。

 少なくとも無駄な処理を軽減するだけでも幾分か違いが浮き彫りとなる。それを使わない場合は余計なお荷物を背負ったままの改良を余儀なくされるから困っている。

 これは暗にエルネスティなりの嫌がらせだ。

 ただ、これも経営戦略の一つなので文句を言われる筋合いは無い。

 

 いい仕事をするので、いい材料を寄こせ。

 

 それに彼には自信があった。

 だからこそ損はさせない。それにはやはり実力を認めさせる必要がある。多少の無茶も覚悟の上だ。

 

(……そのせいでシズさんに嫌われる事も織り込み済みでしたが……。彼女を怒らせるのは思っていた以上に厄介だと分かりました)

 

 不謹慎ではあるが重傷となった彼女を利用しない手はない。

 なにより自分が想定していなかった問題に気づかせてくれたのだから。

 今度は自分が彼女に報いる番ではないのか、と。

 

        

 

 その後、試行錯誤を繰り返して一週間もあっという間に過ぎ去った。

 国王との面会を終えてライヒアラ騎操士学園の工房にシズが訪れると大変な賑わいが起きていた。

 見慣れない幻晶騎士(シルエットナイト)が柔軟なポーズを取っている。しかし、それは新型ではなく外装(アウタースキン)を付けていない筋肉剥き出しのサロドレアだった。

 

「……何やら進展があったようですね」

 

 シズは自分に与えられた場所に向かうと鉄くずがいくつか転がっているのに気づいた。

 明らかに台座に置けない奇妙な形状で、無数のボルトによって破断済みとなった物体。

 誰かが同じようにやって壊したのだと理解する。

 

(……手際の悪さから誰かを特定することは出来ませんが……。力をかけ過ぎていますね)

 

 左腕一本で現場を軽く掃除して椅子を置く。

 その後でエルネスティが挨拶に訪れた。

 

「おはようございます、シズさん」

「……おはようございます」

「自宅療養もしないで工房に来るのは……、暇なんですか?」

 

 暇かと言われればそうだと言える。自由に歩けるうちは出かけるようにしていた。

 ただ、普通の人間は大きなケガを負えば治るまで引きこもっているもの。その事を失念していた。

 仕事で言えば働いている最中だ。学生身分で言えば暇である。どらでもあり、そうではないともいえなくもない。そんな曖昧な感じの立ち位置に居た。

 

「……エル。随分と直球な物言いだな」

 

 ここ最近、工房で手伝うことになっていたドワーフ族の少年バトソン・テルモネンが言った。

 オルター弟妹と同様にいつもエルネスティと行動を共にしているが、彼の場合は裏方が多い。それと個人的な発明品を製作する上でも頼りにされていた。

 

「無職ですからね。研究はしていますが……。暇だと言われればそうだと言えます」

 

 腕の接合は繊細な作業だから時間がかかる、と周りには言っている。けれどもエルネスティはそういう事に関心が無さそうだった。

 他の者から『デリカシーが無い』と言われてもおかしくない。

 

「せっかくなので……、シズさん。だいぶ形になってきた幻晶騎士(シルエットナイト)について忌憚のない意見をお願いいたします」

「……何が折角なのかは分かりませんが……」

「そうだぜ、エル。随分と遠慮がないよな、お前」

 

 バトソンは呆れるも当人は首を傾げるのみ。興味は全て幻晶騎士(シルエットナイト)に向けられていた。

 シズは稼働している幻晶騎士(シルエットナイト)に顔を向ける。

 

        

 

 意見と言っても素晴らしい点や欠点などを告げればいいのか、それとも何か新しい見解でも求めているのか。

 はっきりしない問いだったので何をどう言えばいいのか悩んだ。

 曖昧過ぎればシズとて困惑する。柔軟な対応が出来る分、不確定の問いに対する答えというものは膨大な数に上る。その中で適切なものを選ぶとなると――

 もし、決められた模範解答が存在していれば、その数だけしか答えられない。

 

「……外側だけでは何とも言えません」

「そうだよな……。作っている所を見せてないもん」

「新しい素材を用いて工夫した部分を説明してもいいですか?」

「……私の意見で君は制作方針を変えるのか? これは君が執り(おこな)う仕事の筈だ」

 

 本当に忌憚のない意見にたじろぐ彼と近くで聞いていた作業員達。

 それでもめげずに説明を始めるエルネスティ。

 新素材を利用し、筋肉を自在に動かす幻晶騎士(シルエットナイト)を試作。それにより重量を無視しつつ金属内格(インナースケルトン)の改良に着手中である、と。

 魔力貯蓄量(マナ・プール)の増量には成功しているものの最大の問題が魔導演算機(マギウスエンジン)の改良だった。

 この部品をどうにかしないかぎり先に進めそうにないと告げた。

 

「つまり。魔導演算機(マギウスエンジン)が現状のままでは機能を充分に活用できません。外側だけでは駄目なのです。全体的に調整しないぎり不具合からは逃れられません」

「ならば……、それに代わる機能を作ればいいのでは?」

 

 魔導演算機(マギウスエンジン)そのものに頼らずにエルネスティの思うがまま働く新しい魔導演算機(マギウスエンジン)を自作する。

 彼にとってそれは確かに盲点ではあったが、最低限でも構わないから仕様書を見て作りたいと思った。

 いや、正直に言えば魔導演算機(マギウスエンジン)の機能を十全に知る事が出来なくて困っていた。だからこそ、作りたくても作れなかった。

 

「それには大量の資料が必要です。いくら僕でも一から作るのは途方もない労力を必要とします。それに……、様々な材料を作ってくれる人が居なければ満足なものは出来ないと考えています」

「そうですか。……そうですよね。国の秘事を一学生が一から造り上げられるほどのものであれば苦労はしませんよね」

「はい」

「……いいでしょう。今のは暴論だと認めます。……では、金属内格(インナースケルトン)は現行の規格では限界があると思います。ここは新たな魔法術式(スクリプト)を走らせる必要がありそうです。それと関節部……。ここも戦闘ではかなり負荷がかかり摩耗する場所なので、現段階では……実戦に向きません」

 

 掃除用具を使いながら幻晶騎士(シルエットナイト)の各所を指し示し、的確に意見を述べるシズ。それを目を輝かせて聞き入るエルネスティ。外野は完全に置いてけぼりだった。

 制作に携わったドワーフ族の作業員たちも自信作だと思っていたのに欠点ばかり指摘される。良い点は無いのかと自信を消失していく。

 最終的には欠陥機ですね、と締めくくった。

 

        

 

 容赦のない意見にエルネスティ以外は撃沈していた。

 シズはそれでも良く頑張った方ではないかと思っていた。与えられた材料だけで新たな機能を作り上げる事はとても難しい。その事を良く知るからこそ遠慮しなかった。

 変に妥協する事は後々大きな不具合を生むものだ。

 

(実のところ、私とて幻晶騎士(シルエットナイト)の良し悪しは理解しておりません。こんな事でいいのかも……。至高の御方からその手の話しを聞くべき……、いえ……。こんなものの意見を聞こうだなどと……)

 

 シズが数秒程思索に耽る頃、作業員とオルター弟妹達が続々と訪れた。

 学生達で賑わう頃になり、シズは帰宅することにした。エルネスティが言う所の静養の為に。

 あまり彼らに意見を言って時代をかき回すのは得策ではない。なにより目立つ。

 だからこそ現状の様なケガを負ってしまったのではないか、と。

 

(……ならば彼に目立ってもらう方がいいのでは? シズ様もそろそろご降臨なさる頃合いです。……しかし、性急な変革のように思えて、とても不安です)

 

 緩やかな時代の流れを調査する事が元々の主題だ。

 シズは辺りを軽く掃除してから帰宅の途に就く。

 それから数日後、毒抜きを終えて右腕を接合する。しかし、すぐには自由に動かせない。普通の人間らしくするうえで――

 血行が少し悪いが時間をかけていけば問題は無い。しかし、人の身で活動するのは何かと不便である。だからこそ現地にうまく溶け込めるのだが。

 右腕を包帯で包み、布巾によって首から吊るす形にする。それと顔の傷はしばらく放置することにした。急にケガが無くなるのは襲撃者に怪しまれると判断した。

 

(……少し彼と接近し過ぎではないか? それともこのままでいいのか?)

 

 他の端末たちの動向を知る事は許されていないが、今の自分と同様の障害が発生していれば天上世界にも危機が訪れる。

 それが気掛かりとなっていた。

 工房に赴くことを休止し、新たな装備品の設計を始める事にする。

 ずっとエルネスティの発明品に付き合っているわけにはいかないので。

 

「そういえば、明日はシズ様がご降臨される。街の案内と……やはり彼との面会を所望されるかもしれませんね」

 

 机に街の地図を広げ、観光に適した場所を選定していく。

 治安に関しては悪くないと思っていたが他国からの諜報部隊が紛れている場合は大きな騒動に繋がる。それについては別途別動隊の要請をしなければならないけれど、今のシズに大きな権限はない。

 だが、老齢のシズ・デルタならば――

 

(それこそ本末転倒……)

 

 人間らしくため息をつきつつ計画書を作成していく。そして、夜が明けて約束の刻限となるまでに五〇枚も作る事になった。

 不眠不休で仕事ができるとはいえ、精神的な疲労を義体は感じていた。なので魔法のアイテムを使用し、問題に取り組むことにした。

 更に昼頃に差し掛かると隠れ家に至高のシズ(オリジナルの義体)が現れる。いつもの迷彩柄のメイド服ではなく、可愛い女の子らしい服装となって。

 

「……お母様。ご無沙汰しています」

「ようこそ、シズ・デルタ様。すっかり子供役が板につかれて……」

「……練習、した。エルネスティくらいの歳恰好に調整している。飲食も可能。遠隔操作だから……、我が身の危険はあまり考えなくてよい」

「……普通の主婦であれば子供の安全は何にも代えがたいものです」

 

 指摘を受けて言葉に詰まる至高のシズ。

 普段と違う種族を演じるのは難しいと小さく呟いた。

 

        

 

 無職である大人のシズに連れられて街中を探索する事にする至高のシズ。

 端末とは違い、表情の変化は付けられなかったが頑張って愛想の勉強をしてきた。

 服飾の店に入ったり、飲食店にて様々な料理を堪能したり、各地に店を出しているドワーフ族の工房を覗いたり、本当に観光のように連れ回した。

 

「シズちゃん。ここでは魔法を扱う者達の杖を作っているのです」

「私も欲しい……」

 

 と、親子揃って無表情で店内を物色する姿が不気味だと店員に呟かれた。

 特に小さなシズは感情面の表現が一段と乏しい。

 気持ち的には本当に興味を持ったり、嬉しさを表したいのだろうけれど。残念ながら旧型ゆえに義体越しでも難しかった。

 

「……お母様は無職で無一文でしたね」

「お金はありますよ。大きな買い物が出来ないだけです」

 

 同じ顔が二つ店主に向けられる。

 なんなんだ、この親子は、と戦々恐々とする現地の人間達。

 大きいシズは割合知名度があるものの親子としてはまた違った反応を示す。

 前回、至高のシズが下りてから幾分か時が過ぎて免疫が無くなったのかもしれない。

 

「私はケガ人です。少しは大人を労わってほしいものです」

「……己の油断が招いた結果……、とお父様なら言っていますよ」

「……お父様はお星さまになったのです。そんなことを言うものですか」

 

 店内で――しかも無表情、無感情による――やりとりする摩訶不思議な親子。

 どうやら喧嘩している、らしい気配は感じた。ここで商品の一つでも進呈しなければ収まらないのだが、生憎と売り物なので――

 

「……店主」

 

 唐突に娘の方のシズが尋ねてきた。

 顔を近づけながら物欲しそうにする態度に怯む。

 

「な、なんだい?」

「製法を……教えなさい。……自分で作る」

「シズちゃん。我がままを言うものではありません。お店の人が困っているでしょう」

 

 無言の圧力ならぬ無表情の圧力が襲い掛かる。

 感情を見せない人間というものが今日ほど恐ろしいと店主は思った事が無い。

 かといって安易に根負けも出来ない。商売人である自負があるから。

 例え可愛い顔立ちだとしても。

 

        

 

 我がままな娘の背中を摘まみ上げるような感じで大人のシズは謝罪した。しかし、どう見ても感情がこもっているようには見えない。

 その後、買い物せずに外に出て行ったシズ達を見送ると緊張が解けた店主は息苦しさから解放されたように酸素を求める。

 店から出た二人は飲食店に向かい目に付いた食べ物を物色していく。合間に声を駆けられれば二人一緒に挨拶を交わす。

 奇異な姿に映ってはいたものの似た者親子として少しずつ浸透していった。

 

(……これが人間の文化。我々は見事に彼らの中に溶け込んでいる)

(思いのほか行きつけの店を用意できませんでしたね。これ以上は数日かかる距離にある施設(ラボ)が関の山か……)

 

 街の探索の後、ライヒアラ騎操士学園か王都に向かうことになりそうだが、今日は一日いっぱい街で過ごす予定にしたかった。

 無理のない移動でなければ周りに警戒感を生む。

 足取りを通常より遅くし、襲撃者の気配を探る。

 

「……お母様。宿というものはあるのですか?」

「ありますよ。ここは多くの学生を擁する要ですから。地方からも多く来られています」

「モンスターは何処に居るのですか?」

「街の外です。近くには居ませんが、広大な森の中にたくさん居ますよ」

 

 興味を覚えた事をどんどん質問してくる少し小柄なシズに大人のシズが出来るだけ応えていく。その光景を他の者が見れば本当に親子にしか見えない。

 誰もが中身が異質な存在だと見抜ける筈も無く――

 ただ、本人たちはそうではなかった。

 それでも何者かは看破してくるのでは、と警戒し続けていた。

 昼間の街中で急な襲撃は無かったものの街外れの酒場などに近づかない。特に大人のシズは――

 そうして何事も無く一日が終わろうとしていた。寝床について少し悩んだくらいが大きなトラブルではなかったか、という程だ。

 二日目はライヒアラ騎操士学園の中を案内する予定にした。体裁としては転入手続きの為の様子見だ。

 前回、少し見回ったので改めて細かいところまで見るつもりはなく、単なる話し合いにすると至高のシズは告げた。

 なので目的地は職員室だ。理事長室でも良かったのかもしれないが、無職のシズに余計な権力を使わせるのは良くないと判断した。その後、老齢のシズのコネなら問題が無い事に気づくのだが、後の祭りだった。

 最適解というものは気分によって変わってしまう。振り幅が大きいのもまた未知への娯楽の一つ。だから、失態もある程度は織り込み済みだ。

 

        

 

 学園内での小柄なシズは前回同様に周りの生徒たちの注目の(まと)となった。

 堅物で有名なシズの娘でもある。名前が同じなのは『しきたり』だの『(おきて)』で強引に誤魔化した。それ以外では言い逃れ出来そうな解答が得られなかったので。

 元々端末たちの名前は形式番号に過ぎない。なにしろ膨大な数が存在する。それらに一つずつ名前を付けていくことは困難である。それと同一個体が多いのも――

 地上に降りている端末達は衣装や姿をある程度変化させているとはいえ、中身はやはり同じものだ。

 

「……地味を信条とする一族なのに何故、目立つのでしょう」

「……可愛いものの宿命。……これは不可抗力である、と私は認める。……ガーネット博士も苦笑しておられた」

 

 唸る大人のシズに対し、表情が乏しいものの満足げな至高のシズ。

 この程度は想定内であるが、それはあくまで雰囲気についてだ。人気の高さまでは予想していなかった。

 端末を異物と判断せず、受け入れている状況ならば文句はない。

 時に無表情は現地の人間を驚かせたり、恐れさせたりする。そういう知識があった。

 主な理由は『何を考えているか分からない』というもの。店で店主が警戒していたように、人間的というか()()()()()()()()()()()()()()()至極当然の反応である。

 

「シズ先生の娘さんって転入するんですか?」

「……可能であれば学()に通いたいです、お母様」

 

 他の生徒の言葉に同調して大人のシズに顔を向け、胸の前で手と腕を合わせて祈るようなポーズを取り、上目使いで可愛い女の子アピールする。しかし、顔は無表情のまま。

 もし、感情が表現できれば目を潤ませて同情を引くような顔を足している。

 

「私の一存で決められませんよ。偉い人から許可を貰わなければ……」

「……じゃあ貰ってきて」

「そうですよ。こんなに可愛い生徒を入れないなんて勿体ない」

 

 通りを歩いていた女子学生たちはそう言った。しかし、そうなると学園で活動するシズとしては気になる事が増えて困ってしまう。

 ただでさえ警戒している人間が何人か居るというのに。

 転入は確かに想定内だが、世間話しから決定事項に移されるのはやめてほしかった。安易な決断は特に。

 

(……シズ様。自重(じちょう)してください)

(……ただの戯れ。……あまり本気と受け取るな)

(……本当にそうでしょうか?)

(……気持ち的には転入してみたい気持ちがある。……こんなに可愛いと言ってくれる人達がいるから……。……悪い気分、じゃない)

 

 他の生徒には伝わらない程静かな戦いがシズ達の間で始まった。

 傍目(はため)には顔を突き合わせて睨み合っているように見えなくもない。

 

 



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#018 サスペンション

 

 天上世界『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』より来訪したオリジナルのシズ・デルタの義体は問題なく稼働していた。その様子をモニタリングするのは制作者であるガーネット。

 シズ達の生みの親だ。

 長い航海の殆どを寝て過ごす彼は一時(いっとき)の時代の流れに大層満足していた。

 

「……数百年ぶりの新天地か……。どんなところだろう、とか子供らしく喜んでいたら一〇〇年以上も経過しちゃった」

「そんなものだよ。我々の体感する時間の流れなんて実際、物凄い早いんだ」

 

 彼の言葉に反応したのは同じく至高なる存在ホワイトブリム。主にメイド服などの服飾を製作している。

 現在は船外活動用の制服制作の指揮を執っている。

 使われている言葉は日本語――というわけではない。既に何語か特定できない程に複雑化し、それでもあえて言うのであれば聞く者の耳に理解できる言葉だ。

 ただし、特定の単語――専門用語など――は理解できないものになっている場合がある。

 

「僕たちもいずれ降りるんだろうな」

「義体に乗って。現地の大気は未知の物質で満たされているらしいね」

「有名な『エーテル』だ。発生原理が分かればお手伝い出来そうなんだけれど……。余計なお世話になるのかな」

「……なるだろうね」

 

 気さくな会話が続くが彼らは人間の姿をしていない。エルネスティ達から見れば立派なクリーチャー――化け物(モンスター)である。

 そんな彼らが超科学を操り、衛星の影に潜んでいるとは誰も思っていない。正に、この時はまだ、と言われるほどに。

 下界に使者を何体か遣わして様々な情報を得ているが、それが何の役に立つのか判断するのはガーネット達の様な存在だけ。

 命令に従順な夥しい数の自動人形(オートマトン)は極わずかな至高の存在の為に日夜粉骨砕身している。

 

「先日持ち帰った大型モンスターの調査はどうなっている?」

 

 ホワイトブリムが側に控えている従者に声をかけた。

 臣下の礼を取るのは黒い甲冑と巫女服を合わせたような装備を身にまとう黒髪の女性『ナーベラル・ガンマ』という。オリジナルのシズの同僚で戦闘メイドの一人だ。

 見た目には人間に酷似しているが、彼女も()()()モンスターである。それから、この天上世界に人間は居ない。――正確には活動している人間は、だ。

 

「分析官の報告によれば魔力(MP)に似たエネルギーを生み出す器官があり、その危険性を調査しているところ、とのことでございます」

「肉は食べられそう?」

「外皮に近いところは動像(ゴーレム)の餌として申し分なく、柔らかい部分も毒素は無いので調理次第では可能かと……。ただし、宝石のような鉱石は避けた方がいいと報告を受けました」

 

 澱みなく伝える黒髪の女性。

 報告に満足したガーネットは彼女に下がるよう命令する。

 

「……失礼します」

 

 静かな足取りで退出するナーベラルを見送った後、ガーネットは軽く息をつく。といっても人間的な反応しか出来ないが。

 お決まりの報告結果と質問内容はもう数えきれないくらい繰り返してきたような気がした。それでも会話を促すための必要な事だ。

 もはや儀式と言ってもいい。

 

「……で、この先どうする?」

「折角の文明だ。楽しまない手はない。他にもこういう星があればいいけれど……」

「星間戦争フラグが立ちそうだね」

「……そうなると我々が創設した銀河系の平和が脅かされる。……他のみんなに叱られるよ」

 

 先の事を考えると頭が痛くなるので、過度の干渉はしない事に落ち着く。

 しかし、とガーネットは呟く。

 本来生物の居ない星が多く点在する宇宙において独自の文化を形成する生命体の存在は希少で貴い。だからこそ強引な制圧は好まない。

 それに――

 

 ガーネット達は悲願である筈の地球到達を既に成し遂げている。

 

 この事実を知るのはガーネット達――本物の至高の御方と呼ばれる数十人の集団だけだ。

 被造物であるシズ達NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達は知らない。少なくとも彼らの記憶では。

 あるいは知っていて黙っている事もあるのではないかとガーネット達は予想している。

 彼ら(NPC)は賢い。至高の御方と呼んで自らを低く見ているがスペック的にはガーネット達には太刀打ちできないくらい今は進化を遂げているし、それを認めている。

 それでも神の如く扱うのは創造主である事の一点だけだ。

 シズ達にとってガーネット達は敬いの対象だ。崇拝すべき存在だ。

 その意識を強く持っている為に反逆の意思が湧かない。

 

(……昔はしつこいくらい疑ったりしたなー)

(……コールドスリープする度に消されるのでは、と……。でも、今もって存在しているのはある意味宗教じみている)

 

 こうして思考している自分は既に彼らにとってどうにかされた後ではないか、とも思ったが――

 その場合はもう手遅れなので思い悩むことは止めようと決めた。

 

「不死を利用した宇宙旅行も悪くないけれど……。僕らの時間の流れ、少しおかしくない?」

「クリーチャーとしては当然だと思う。そこは深く悩まない方がいい。私も諦めている」

 

 基本的に到達した星の自転時間を元に活動内容を決めている。それゆえに現地の人間から見ればガーネット達は酷くゆっくりとした時間の流れの中に居るように見える筈だ。

 長期間を過ごす彼らの速度は遅めだ。もちろん、この時差は降り立つ星によって補正される。それが出来るクリーチャーでもある。

 

        

 

 他の国の情報を吸い上げていると世界情勢の雲行きが怪しい事に気づくガーネット。

 各地に配置したシズは端的な事しか伝えないが、人々の様子だけで平和か危機感を抱いているかは分かる。

 特にジャロウデク王国は多くの幻晶騎士(シルエットナイト)の建造を始めていた。魔獣の脅威が増えたわけでもないのに。

 何に対しての武力増強か、と言えば自ずと答えは絞られる。

 

(……何がきっかけでそういう事に至るのか……。やはり国を治める者は力を求める傾向にあるか……)

 

 平和が嫌いなわけではないと思う。そのメカニズムは平和主義を自称するガーネットには理解できない、というわけではない。

 戦いは好きな方だから。

 ゲームであれば危惧はしない。国の戦いは人が死ぬ。それを良しとするほどの気楽さは無い。

 

(革新的な技術を獲得したのか? ……まさか地球の知識を持った転移者や転生者でも現れたとか?)

 

 自分達がそうであったように時代をかき回す存在は自然発生しないものだ。大抵は唐突な技術革新がきっかけとなる。

 報告によればフレメヴィーラ王国ほどの革新は無いと受けている。であればどういう事なのだ、と。

 空からの急襲も無く、更に西方からの脅威も無く。

 意味の無い増長はしないものだ。

 

(一部の端末を下がらせるか。……まさかこんなところまで追跡してくる侵略者(インベーダー)が居るとは思えない)

 

 もし、そんな存在が居るなら自分達の探知範囲を掻い潜れる強者(つわもの)だ。

 しかし、それは考えられない。

 銀河を創設する自分達の捜査網は広大で緻密。時差を考慮しても眼下の星の探索に時間をかけた。

 

「外からの侵入は考えられる?」

「それは無いと思うよ。針の穴を通すような物好きが居るとは思えない。……居たとしてもるし★ふぁーさんだ」

「……だよねー。じゃあ……転移とか?」

「……我々は自力で見つけたけれど、都合よく現れるものかな。それこそ天文学的確率だ。しかも、同時代というのは出来過ぎている」

 

 時間経過からもありえない、とホワイトブリムは言った。ガーネットも同意見である。

 この星は少なくとも長い時をかけた航海の末に見つけたものだ。そこに急に異物が侵入する事はありえない。

 もし、それがありえるならば別方向から来た星の旅人でなければ納得がいかない。

 『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』並みの星間移動型宇宙船の存在は一光年という狭い範囲の中には存在しない。――これは自分達が保有する宇宙船を除いたものだ。

 隠蔽するとしても数の暴力によって索敵している自分達の目を掻い潜るには費用対効果からいっても得にはならない。

 

「でもまあ、神経質になって探ろうとすると自分達で自分の首を絞める事になるよ」

「……そうですか。出来る事なら戦乱は避けてほしいところだけど……」

 

 世界を焼くのはゲームの中で。

 既にある程度の文明が発達している星は奇麗なので汚されたくない。ガーネットとホワイトブリムも平和的な世界を望んでいる。決して混沌を(もたら)したいとは思っていない。

 迂闊な戦乱は天上世界にとっても良くないので。

 それから話しに出た『るし★ふぁー』が数日後、久方ぶりに遊びに来た。この時、シズ型端末たちに一斉に武器を向けられる事になり、ちょっとした騒動が起きてしまった。

 

        

 

 至高のシズ・デルタの我がまま――気まぐれにより、転入手続きを取らざるを得なくなった端末のシズ。

 至高の御方からも許可が出てしまい、ますます居心地が悪くなった。なにより至高の存在が下界に降りたのだから気が気ではいられない。

 普段は何にも興味を見せないような無表情、無感動な存在が小さく慌てている。それを見た者が驚かないわけがない。

 他の端末とは違い、至高のシズが義体を使っているとしても扱いは繊細にしなければならない。

 本体は遠隔操作の都合で地上に降ろしていると聞いた時は更に慌てた大人のシズ。

 

「……勉強と生徒との触れ合いくらいしか、しない。……大丈夫。私も人との付き合い方は出来る方……」

 

 友達が居なかったわけではない。人間との付き合い方の長さは大人のシズよりも長いし、経験と実績がある。

 気楽な調子で通りを歩く住人や生徒達に挨拶して回る事も容易くこなして見せた。

 

「……幻晶騎士(シルエットナイト)は作れないと思うけれど……、ただの勉強であれば……」

「……目の届く範囲に居てほしいです」

「心配性ですね、お母様。私はもう子供ではありません」

 

 大人のシズの娘だから、ではない。

 端末は潜在的に至高の存在を敬う者達だ。神に何かあれば慌てるのは当たり前。それはもう宗教的なものに近い。

 ガーネット達もその辺りは承知している。端末とは別に安全対策を取ることを約束した。

 

「制服を着てみたいです」

「あ、はい。分かりました。……まずは服飾店に行きましょう。いえ、その前に手続きが先ですね。同名でも構いませんか?」

「細かい部分は任せます、お母様」

 

 都合の悪いところは端末に任せる。そうすると大人のシズは仕事を斡旋してくれた、という認識にとられるので嬉しさを僅かに滲ませる。

 その途中で入学金の事を思い出した。それ以前に色々と入用になるので蓄えの確認を始めた。

 

「シズちゃん。私、無職なのですが……、働き口が見つかっていません」

「困ったお母様ですね。国王様に仕事を貰ってはいかがです? ……あ、ケガが治っていない……設定でしたね。……それは確かに困る……」

 

 仕事自体は老齢のシズで殆ど済ませてしまった。改めて繰り返すことも可能ではある。

 そうすると幻晶騎士(シルエットナイト)に携われなくなる。至高のシズの為に研究を続けてきたので。

 実績作りは即席ではできないものだ。

 

        

 

 いくつかの注意事項を受けたオリジナルのシズ・デルタとしても現地で長く活動してきた端末達の邪魔をする気は無く、大人しくすることを約束した。

 手始めに地味に活動するすべを学ぶ。

 魔法については特殊な職業(クラス)を必要とせず、大気に漂うエーテルを把握し、魔力(マナ)に変換出来れば発動までは容易くなる。

 それゆえにこの星より外で魔法を扱う事はおそらく難しい。それを可能にする方法は確立されていないが仮説は立てられている。

 

「……魔法術式(スクリプト)を組んで発動します。その際に可能となる属性が限定的で、万能性については未知の領域です」

 

 先生役のシズがオリジナルに解説する。

 生徒として入る前に基礎知識を持っていなければならない。さすがに無知では色々と言い訳が難しくなる。予備知識を持っている事で注目度を下げる狙いがあった。

 

(……我々の魔法体系とは明らかに違います。エチェバルリア君の出現で更なる飛躍が見込まれたようですが、それでもまだ未知の部分が多い)

 

 そのエルネスティといずれ出会うことになると色々と余計な情報を告げそうで困る。

 特に可愛い存在だと認識した至高のシズは口が軽くなる。それと抱き着く可能性も。

 長く生きている今のシズであれば自宅にまで招きそうだ。そうなると隠している秘密部分を探られる恐れがあるので、それだけは止めるように進言した。

 思いのほか自由度が低くて納得できない至高のシズも任務の障害を思えば妥協をせざるを得ない。

 

「簡単な魔法を扱えれば後は普段通りで構いません。特にエルネスティ・エチェバルリアは特別な存在のようです。彼を基準にしてはいけません」

「……了解した」

「無理に避けるような行動は……」

「……分かっている。……目立たず、地味に……。……けれども、愛想良く」

 

 表情の変化は無理だが、それ以外はなんとかなる自信がある。

 その後、細かな打ち合わせが続いた。

 転入手続きが完了するまで早くて三か月程。時期的にも急な事ゆえにまとめる書類や関係各所への手続きに時間がどうしてもかかる。

 日用品は服装のみ。それ以外では対人関係を除けばほぼ揃っている。後は護衛問題。

 

「お母様。お手数をお掛けします」

「こちらこそ。……しかし、よろしいのですか? 不穏な気配が漂っていますのに……」

「……以前から打診していた計画。……それを急に中止にさせるのは……、困る。……もし、学生の領分を超える事態になれば……、大人しく引き下がる。それまでは……、観光気分でいさせてほしい」

 

 大人のシズは片膝をつき、臣下の礼を取る。

 言葉は無く、数秒の後にはお互い親子として振舞い始める。

 

        

 

 至高のシズは安全な生活を過ごす事を約束し、大人のシズは兼ねてから続けていた作業に戻る。

 工房での金属疲労の研究である。――研究対象はそれだけではないけれど。

 大型機械の幻晶騎士(シルエットナイト)の骨格たる金属内格(インナースケルトン)の疲労度は早くて一年で限界が来る。

 元より魔力(マナ)という不可思議な力で無理矢理に支えているので、ほぼ消耗品扱いだ。

 激しい動きを続ければ負荷は比例して溜まっていく。限界が来た時に魔力(マナ)が枯渇すると一気に崩壊が始まる。大抵は関節部分から壊れる。

 

「これはまだ疲労度の観測機ですが……。負荷の原因を軽減する方法の模索はこれからです」

 

 興味を持って近づいてきた薄紫がかった銀髪の少年エルネスティに説明するシズ。

 右腕の復元に感心したり、驚いたりしながら快復を喜んでくれた。それに対し、素直に感謝の意を述べる。

 グゥエールの改修作業はゆっくりと進んでいるので、今は休息時間の為に横道にそれている。

 

「外部圧を無効化するには魔法術式(スクリプト)を刻むしかないと思います。機械的な処理だと、それはそれで負荷の一助になってしまいますし」

「……分散方法を持つ新たな器具は作れそうにありませんか?」

「うーん……。それにはもっと時間が必要だと思います。……新素材は……研究に時間がかかりますからね。いえ、見当……というか予想は出来るんです。僕の分野ではちょっと難しいかな、という具合になっていまして……」

 

 現行の素材で外部からの圧力を無効化――または減衰させるのは難しい。というか無理だ。

 しかし、考えにあてが無いわけではない。

 予想が正しければサスペンションや油圧式が有効だと――

 問題はそれをどうやって用意するか、だ。もう少しでエルネスティは思い出せそうだった。

 この世界の移動手段は主に馬車だ。エルネスティの記憶にある高度な機械文明は魔法文化によって多く変容している。それゆえに無い物があったり、あるべきものが無かったりする。

 

(空気圧を利用したサスペンションも寿命があります。油圧式にするとしても圧縮時に発生する熱は幻晶騎士(シルエットナイト)規模となると甚大です。そもそも耐えられるか不明……)

 

 人体を模倣している幻晶騎士(シルエットナイト)にとってサスペンションとなるのは関節部分。所謂(いわゆる)『軟骨』に該当する部分だ。

 人間であれば飲食によって補強する方法があったり、外科手術による措置も可能である。

 しかし、相手は金属疲労を除けば数百年も生きる機械巨人。

 

(今ある素材は綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)。……これだけでは『劣化』に耐えられません。まだ何か足りない……)

 

 外部に油圧式のサスペンションを組み込むのも悪い案ではない。けれども、それだと武骨な姿になってしまう。

 理想はスマートな人型だ。それも無駄のない強靭な肉体を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)

 エルネスティにとっては見栄えも大事である。ただ強ければいい、というわけにはいかない。

 

(手持ちの魔法を考えろ。何がある? 空気圧? 大気弾丸(エア・バレット)……は難がありますね)

 

 思いついたのは油圧ではなく、空気圧。こちらは制作が安価。ただし、危険度が高くなる。何がと言われれば爆発しやすい。空気を抜けばいいのか、というとそういうわけにはいかない。

 大気を操る魔法を開発していたエルネスティも少しいい案かなと思ったがすぐに欠点が浮かんだ。

 大気弾丸(エア・バレット)を利用した大気衝撃吸収(エアサスペンション)は衝撃まで緩和する事が出来ない。それでも無理を通す場合は『外装硬化(ハードスキン)』という魔法術式(スクリプト)を使うほかない。そうすると余計な手間が一つ増えてしまう。

 永続的に維持するのも無理だ。なにより想定以上の圧力が加えられれば限界を迎えて弾け飛んでしまう。作業員にとっても危険だ。

 

(やはり油圧構造で作るのが理想ですね。しかし、水はダメですし、油はいいのですか? 重機を扱う上では無難だと思いますが……)

 

 悩みだすエルネスティに対し、シズは黙って自分の作業を続けた。

 

        

 

 一般的な幻晶騎士(シルエットナイト)の構造強化は身体強化(フィジカルブースト)という魔法で支えている。恒常的に使用することで長期間運用してきた。そもそも緩衝材的な懸架装置(サスペンション)を魔法で無理矢理に代用してきた。

 巨体を支えるのではなく動き回らせている。当然、魔力(マナ)切れを起こせば自壊するのも当然と言える。――その不自然さもエルネスティにとっては改良のし甲斐があるので嫌いではなかった。

 今回は――絶対ではないけれど――出来るだけ魔法や魔力(マナ)に頼らず、柔軟性を与えてより長持ちさせたかった。それには適時負荷を逃がす構造が必要不可欠である。

 もし、それを可能たらしめたらグゥエールは今まで見たことも無いくらい縦横無尽の動きを取る事が出来る。より肌になじむかのように。

 機械で出来ているので武骨さは拭えないけれど。

 

「あと少しです。あと少しなんですけど……」

 

 と、アイデアに詰まった彼はシズのオブジェを指でつついた。

 作業が完全に行き詰ってしまった。それとは別に小型の幻晶騎士(シルエットナイト)モドキは造り上げた。ただ、扱えるのがエルネスティとオルター弟妹の三人だけ。

 多くの魔力(マナ)を保有し、上位魔法(ハイ・スペル)を扱えなくてはならない。

 

「負荷を逃がす計算は魔導演算機(マギウスエンジン)にやってもらうのが一番楽です。それとは別に……、熱を冷やす手段がありません。あったとしても次は錆の問題が出ると思いますけど……」

 

 魔法で出来ない事は化学や科学で(おこな)うしかない。

 悩むならばいっそのこと――

 

 僕が直接幻晶騎士(シルエットナイト)を操作するしかない。

 

 そんな考えが浮かんだ。それには後で怒られる覚悟を持たなければならない。

 当初はその手も考えていた。

 

(少し強引な手にでも出なければ新しい発想は生まれない。いつだって予想外のところからヒントは出てくるものです)

 

 幽鬼のようにフラフラと揺れ歩きながら整備中のグゥエールに乗り込んだ。

 中に入る事は整備の関係上許されている。乗り手である『ディートリヒ・クーニッツ』も容認している。

 操縦席回りは都合上、配線が剥き出し状態のまま。こっそりと解析を試みたりしているが本格的には(おこな)っていない。迂闊な操作で爆発とかされては困ると判断したから。

 

(例えば僕の魔法で幻晶騎士(シルエットナイト)を操作する場合、あらゆる負荷を請け負ったら……。身体が千切れそうですね。強化は出来るかもしれませんが……、限界が来たら自壊する……)

 

 機械には機械なりの美しさがある。それを出来るだけ尊重したかった。

 壊れる事を覚悟して一度はちゃんと解析しなければならないのかもしれない。そう思ったエルネスティは覚悟を決める事にした。――念のために手紙をしたためる。

 工房から脱兎のごとく飛び出した銀髪の少年はまっすぐ理事長室に直行。ほぼ直訴する形で理事長兼祖父のラウリに嘆願した。

 

「せめて全体解析も認めてくれるよう、お願いします」

「エルや。少し熱が入り過ぎではないか? お前の事が心配でたまらんぞ」

 

 可愛い孫が薄汚れて、ここしばらくは食事も喉に通っていないのではと気が気ではなかった。

 出来る事なら幻晶騎士(シルエットナイト)に関わらせたくない程、孫はのめり込み過ぎているように見えた。これ以上は身体を壊す、と。

 

「あと少しなんです。変に妥協すれば大事故に繋がりかねません。お願いします、ラウリ理事長」

「……手紙は届ておこう。少し休め、エル。おじいちゃんも倒れそうじゃわい」

「すみません。開発に行き詰ってしまって」

 

 どうして幻晶騎士(シルエットナイト)にここまでのめり込むのか、ラウリは全く理解できない。

 騎士課程すら習熟していないのに、今すぐでなければならない理由は何なのか。ほんの数年先にエルネスティの願いは叶うはずだ。

 孫に甘い祖父としては今以上にかけられる言葉が見つからなかった。

 

        

 

 孫の身を案じたラウリは早速国王に嘆願書を届ける。本来であれば簡単に渡してはいけないのだが、ある程度の特権を許されているからこそ出来た事だ。

 特に国民生活ではなく秘事たる幻晶騎士(シルエットナイト)に限定されるが。

 

「ラウリの孫は何を作ろうとしているのか……。まさか隠れて新型を作っているのではないか? たかが整備の延長であろう? なにを悩んでおるのだ」

「それが私にもさっぱりで……。余程革新的な機能でも付けようとしているとしか……」

 

 椅子に深く座す国王アンブロシウスは国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から取り寄せた報告書にも目を通していた。

 革新的な機能が満載であり、それを生かすために苦労している事も聞いていた。

 新型というわけではないが、想像を絶する幻晶騎士(シルエットナイト)が出来そう、という。

 物凄く興味が湧いているので直接見学に行こうか迷っていた。それとこんな事の為に藍鷹(あいおう)騎士団を動かそうとして様々な貴族に叱られたばかりだった。

 知りたくてたまらない。国王は好奇心旺盛な老人であった。

 

「それにしても……。余程魔導演算機(マギウスエンジン)がお気に召さぬようだな。本当に任せてやったらどうだ、とは言ったんだが……。頭の固い連中に阻まれてしまってのう。……だが、既存の機械で満足しないとはなかなか向上心にあふれて結構ではないか」

 

 呵々大笑に匹敵する満足げな笑い声をあげる。

 聞いているラウリからすれば冷や汗ものだ。

 

「このままでは独断専行し兼ねんな。少し条件を緩和するか。わしも完成品を見てみたい」

「では、許可を出してよろしいので?」

「出さねば身体を壊してしまうのだろう? 未来ある若者をここで潰してはわしも心を痛める。……もし、完成品に満足できれば……、心臓部の改良にも挑戦してもらうか。案外、凄まじい幻晶騎士(シルエットナイト)が出来上がるかもしれん」

 

 ただし、心臓部だけは国王とておいそれと手が出せない。それは『盟約』があるから。

 今出せるのは可能性だけだ。後は当人の頑張り次第といったところ。

 しかし、気軽に言ってみたものの幻晶騎士(シルエットナイト)の改良は一筋縄ではいかない。学生達が整備しているサロドレアも今の形になるまで数百年もかかっている。制式量産機『カルダトア』でさえも機能が少し向上しているに過ぎない。

 思い付きで改良できるほどの発展は今まで無かった。それを急に表れた学生が出来ると豪語するのは摩訶不思議としか言いようがない。

 

(もし、大言壮語が真実となったら……。わしも考えを改めねばなるまい。……しかし、本当に出来るのか、エルネスティという子供に)

 

 齢十二の子供と言えど様々な革新技術を開発した実績が既にある。それはそれで脅威である。

 そう。脅威の子供だ。

 大人が何十年も研究して形に成すまで途方もない時間を費やすものを彼はポンポンとまるで片手間のように作ってしまった。

 

        

 

 数日後、報告を受けたエルネスティが絶叫するかの如く喜んだのは必然と言えた。

 ただし、健康に気を使うように。まずは三日間の自宅謹慎という処分を――何故か――言い渡された。

 喜びから絶望へ落ちる落差は目に見えて凄まじかった、と目撃者は語る。

 国王の命令であり、それに従えなければ許可を取り消すとまで言われてはさしものエルネスティも大人しくならざるを得ない。

 

「国王陛下……、容赦ない」

「……ああ。だが、エルを止められるのはあの人くらいしか……」

 

 オルター弟妹は友人の末路に同情しつつも慰めの言葉はかけなかった。自分達はエルネスティの過剰なまでの幻晶騎士(シルエットナイト)愛にうんざりしていたところがあった。

 なにせ、以前まで一緒に鍛錬していた魔法の修行などが全て無くなってしまったのだから。気持ち的には面白くなかった。

 

「しっかし……。ここまで作り上げてまだ満足しないって……。いったいエルの思う完成型ってどんなものなんだ?」

 

 外装(アウタースキン)がまだ付けられていない金属内格(インナースケルトン)剥き出しのグゥエールは魔導兵装(シルエットアームズ)を付けられた状態で静かに待機していた。

 上半身はほぼ調整が終わり、下半身に着手する予定になっていたが改修作業は止まっていた。

 各種関節部分も部品の取り付けが(おこな)われていない。

 

「……だが、今はこんな姿だが。動かせば従来のものとは比べ物にならなかったりしてな。最初の鈍重さは確実に抜けている筈だ」

 

 無駄を無くし、筋肉だけに特化した機体の動きは既に実証済みだ。

 気掛かりがあるとすれば金属内格(インナースケルトン)だ。負荷に耐えられない限り、実働時間は従来より短くなる。

 それを解決しようと様々な試作品が足下に散らばっている。

 

「関節部分の繋ぎ合わせ……、人間で言やあ『軟骨』に当たる部分だが、摩擦を軽減するために球体を仕込む事にしたんだが……」

 

 その計画は頓挫している。

 いい案だと誰もが思ったが、付け焼刃だと考え着いた当人(エルネスティ)は言っていた。具体的に何が駄目で、悪かったのかダーヴィドには分からなかった。

 アデルトルート・オルターは自分の身体で肘と膝を曲げて確認する。

 

「曲げやすくするのに球体を使って……、駄目と……。どうしてだろう?」

「まず完璧な球体が作れねえ。その技術も無い。国機研(ラボ)の連中でも時間がかかると言っていたが、問題はそれだけじゃねえ。例え作っても幻晶騎士(シルエットナイト)の重量に負けないだけの素材が無い事だってよ。そりゃあそうだ、これだけの重量に負けない金属なんかそうそうあるもんか」

 

 それと新型結晶筋肉(クリスタルティシュー)で包む都合上、中で破損などしようものならすぐに筋肉を引き裂いてしまう。

 かといって破損しないように作る事など実際問題として出来るわけがない。気にし過ぎでは、という意見も無かったわけではない。

 人が乗るからこそ気にしている、という意見には賛成出来るが――それにしては少し過剰ともいえる。それが今回の謹慎に繋がったのでは、と予想していた。

 

「……エル君、優しい」

「そんなこと言ってたら幻晶騎士(シルエットナイト)はいつまで経っても完成しねえぞ」

「……あはは。エルにしてみれば安全で強くてカッコいい幻晶騎士(シルエットナイト)が作りたいんだろうなー」

 

 感心したところで親方(ダーヴィド)の意見も理解できる。

 次に着手したのは球体に魔法術式(スクリプト)を刻む事だった。これは早々に断念せざるを得なくなった。

 理由は単純で適切な魔法が思いつかなかった。

 大気を操る魔法も早期に上がってはいたが、密閉には向かなかった。これは新たな術式構築の為に保留にされている。

 その次は関節の繋ぎ目部分を半球状にし、受け手側は形に添って凹ませる。ここは人間の骨格を参考にしている。

 元より幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模倣して作られているので原点回帰ともいえた。

 

「刻めば摩擦や摩耗で破損しやすくなるわけだが……。坊主が言うには、そもそも幻晶騎士(シルエットナイト)の関節に空間を設けているのが悪いんだと」

「……俺達に言われても理解できないけどな」

 

 今まで出てきた案は次々と廃案に追い込まれた。聞いているだけでオルター弟妹もエルネスティの絶体絶命ぶりになすすべが無いと思ってしまった。というよりよく思いつくよな、と感心もした。

 自分達と然程変わらない年齢なのに大人に負けない知識を有して果敢に挑戦している。

 

「さすがの俺もこれ以上は無理じゃねえかと思うんだが……。あいつの頭の中にはまだ打開案があるらしい。ここまでやって撃沈してきたのに大したもんだぜ」

 

 その一つは当然のことながら魔導演算機(マギウスエンジン)の改良だ。

 欠陥を持ったまま改修しようとすればするほど手に負えなくなる。それでも無理に作ろうとしているのが現在の状況だった。

 最初から無茶なのは想定内。

 

        

 

 エルネスティが謹慎して二日後に国機研(ラボ)からある物資が届いた。

 物がモノだけに移送に時間がかかってしまう。

 それはバルゲリー砦を急襲した師団級魔獣の身体の一部――

 

「……なんか凄いのが来たな」

 

 整備を依頼していた騎操士(ナイトランナー)達が工房に顔を出していた。その中にはディートリヒの姿もある。

 今日は大掛かりな移送があると聞いていたので興味本位の見物人が集まってきていた。もちろん、学園関係者以外はお断りにしている。

 工房に運び込まれたのは『陸皇亀(ベヘモス)』の身体の一部。

 これらは国機研(ラボ)が独占的に調査していたものだが、以前より素材としていくつか分けてもらう様に打診していたものだ。

 

「小さく切り分けてもまだ大きいんだな、これは……」

「巨体を支える関節部分と幻晶騎士(シルエットナイト)の攻撃でもビクともしなさそうな甲羅。これを使えるだけで随分と凄そうだが……。俺達に加工できるのか?」

 

 加工できる人材は国機研(ラボ)から出向してきた人達だ。秘匿性も保証される。

 陸皇亀(ベヘモス)は巨体を維持するため、恒常的に身体強化(フィジカルブースト)を駆け続けている。

 膨大な魔力(マナ)を有する生き物であった。当然、魔力(マナ)が切れれば動けなくなる。

 魔獣の肉体を使う事自体は珍しくない。しかし、師団級がそうゴロゴロ居るわけではないし、狩れるという保証も無い。

 

「最終的に魔獣そのものを作るようになるから、とか言っていたが……。確かに……、魔獣の方が強そうだ」

「動かなくなったとはいえ、天然の要塞とまで言われる魔獣だ。その関節はどの程度の代物なんだ?」

「かなり強靭です。加工できるか、怪しいくらいに。ここまでになると……学園では手に負えないかもしれません」

「じゃあ、どうするの?」

 

 エルネスティにやらせれば加工できる可能性はある。しかし、もっと確実性が高い場所が国機研(ラボ)の他にもあった。既に研究用に持ち込まれている。

 工房に持ち込まれた分は国王の命令により挑戦する権利を与えられているので、失敗したとしてもお咎めは無い、と運び込んできた国機研(ラボ)の者達は告げた。

 早速、調査班と幻晶騎士(シルエットナイト)用に加工できるかの検討が始められた。

 ここで騎操士(ナイトランナー)の一人『エドガー・C・ブランシュ』はある人物の姿が見えない事に気づいた。

 その事を尋ねると――

 

「シズ先生ならここしばらく就職先を探してて忙しいんだと」

「はっ?」

 

 工房の片隅にあった彼女の作業場所は既に片付けられ、ガラクタの様な鉄くずはシーツなどで覆われていた。――その空いた場所に魔獣の残骸が運ばれてしまった。後で彼女がどういう反応するのか、楽しみでもあり、怖くもあった。

 現在、娘の為に再就職に勤しみ、研究はしばらく保留にすると宣言して去っていった。

 オルター弟妹達も驚いた。彼女はいずれエルネスティと一緒に幻晶騎士(シルエットナイト)を作るものだとばかり思っていたので。

 あの鉄仮面(シズ)が子育てを優先したのか、という噂する声が多かった。

 

(あっ! そういえば娘さんを見かけたことある。親に似て無表情だったけれど……)

 

 学園内を見学しているシズの娘は顔こそ無表情だが、他の生徒達に積極的に話しかけていたのが意外であり、驚きだった。

 言葉が(つたな)いところはあるかもしれないが、見た目が可愛いのは親譲り。

 知的な雰囲気があり、実際男子にはモテているように見えた。それと何故か、エルネスティの事を質問してくるという。

 好敵手の出現にアデルトルートは危機感を抱く。彼女はこの手の話しに敏感であった。

 

 



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#019 パターン解析開始

 

 国王アンブロシウスから直接謹慎処分を受けたエルネスティ・エチェバルリアは無罪放免となった後、早速ライヒアラ騎操士学園の工房に向かった。もはや禁断症状の(たぐい)ではないかと両親は危ぶんだ。だが、言いつけを守り、健康的に暮らしていたことに間違いはない。

 発想の転換を図る上だとしても彼とて不健康で倒れたくなかった。

 

「おお、来たか銀色坊主」

「はい。ご迷惑をおかけしました。陛下から言われた通り、心身ともに健康に気を使ってきましたよ」

 

 身奇麗にした姿を見せるエルネスティ。

 服装自体は変わっていないが艶やかな銀色の髪と瑞々しい肌が輝いて見える。

 取り上げられた玩具を返してもらった子供のような笑顔を向けてきた。それだけなら歳相応で何の文句も無い。しかし、彼が扱うのは大型機械の塊だ。

 

「早速ですが、エチェバルリアさん。こちらが国機研(ラボ)から提供された陸皇亀(ベヘモス)の一部です」

「防腐処理は既に施してありますので」

 

 事務的に告げるのは国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から出向してきた助手達だ。

 既に作業の準備が整えられており、エルネスティが見せる発想力を楽しみにしている様子だった。

 ここで(つちか)った技術は当然のように国機研(ラボ)にも送られる。それについてエルネスティも異論を挟まなかった。みんなで作りましょう、という気持ちがあったので。

 

「……あの、ここってシズさんの作業場ですよね?」

「シズ先生はしばらく来れねえ。子育てに専念するらしいからな。ここは好きに使ってもいいと言われてるぜ」

「……そういえば。僕としては残念でなりませんが……」

「お前も学生だろうに。本当なら授業に出ていないとおかしいんだがな」

 

 いつも当たり前のように来ているが、そもそもがおかしい。

 (エルネスティ)は中等部の殆どの修士課程を済ませてしまい、幻晶騎士(シルエットナイト)の改修に全力を尽くしていた。高等部に上がるまでの三年間はここで遊んで暮らす(開発)つもりらしい。

 後から来るオルター弟妹の方がまだ常識人だった。

 エルネスティは若き天才として有名になっているが本人はその事に気づいていなかった。

 

「僕も自宅で勉強していましたよ」

「……どうせ幻晶騎士(シルエットナイト)の設計図でも書いてんだろ」

「よくお分かりで。謹慎といえど全身を拘束具で固められていたわけではありません。きちんと朝昼晩の食事にお風呂。清潔を保ちつつ勉強も疎かにしませんでした。あと、魔法の鍛錬も……」

 

 親方のダーヴィド・ヘプケンからすれば椅子に括り付けていた方が世の中が平和になるのでは、と本気で思った。

 それくらいエルネスティの幻晶騎士(シルエットナイト)に対する執着は病的とすらいえた。

 

        

 

 復活したからとて怒涛の動きを見せるわけではなく、留守中に制作を依頼していた『モノ』をまず確認するところから。

 学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)の数は定数の二〇。しかし、騎操士(ナイトランナー)はその倍以上存在する。

 幻晶騎士(シルエットナイト)を与えられなかった騎操士(ナイトランナー)は暇になる。この問題を解決するべく製作したのが小型の幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 元はドワーフ族の作業補佐を目的としていたが扱いが難しく、騎操士(ナイトランナー)の鍛錬に最適だと判断した。その理由は単純で動作に上位魔法(ハイ・スペル)を多数使用する必要がある。

 エルネスティが実際に作られた小型幻晶騎士(シルエットナイト)幻晶甲冑(シルエットギア)』を装着する。

 全高は二メートル半。顔は露出しているがそれ以外は分厚い装甲に包まれる。

 操作には上位魔法(ハイ・スペル)身体強化(フィジカルブースト)を利用する。

 

「……なかなか良く出来ていますよ」

 

 身軽に動き回るエルネスティ。しかし、それは彼だからこそできる芸当だ。

 常時上位魔法(ハイ・スペル)を発動して宙返りなど長く騎操士(ナイトランナー)を務めているエドガー・C・ブランシュでも出来ない。

 遊びに来ていた女性騎操士(ナイトランナー)『ヘルヴィ・オーバーリ』が興味を抱いて着込めば一歩も動けない事を思い知る。

 

「な、なによこれ~。全然ビクともしないんだけど」

 

 どうやって小さな身体のエルネスティは自在に操ったのか。説明を受けても信じられなかった。

 それでも彼女も騎操士(ナイトランナー)なので少しずつではあるが歩けた。というか、それしか出来ない。

 二歩歩くだけで滝のように汗が出た。

 身体を動かすのに必要な魔法術式(スクリプト)が多いため、姿勢を安定させるだけでも重労働となった。

 例えるなら()()()負荷がかかった小さな幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 

「……なにこれ。よくあんな動き出来たわね」

「常日頃の鍛錬のたまものですよ。キッドとアディも平気そうですし」

 

 彼らの為に用意した予備の幻晶甲冑(シルエットギア)は何の支障もなく走り出していた。それだけで更に信じられなかった。

 何か細工でもしているのか、とさえ――

 その後、さらに努力してみたもののやはり身体の制御が一筋縄にはいかなかった。

 

魔力(マナ)を増やすには使い続けるしかありません。僕たちはそうやって鍛えてきました。先輩方も鍛錬を続ければ自在に動かせるようになりますよ」

「……そうかしら。あんた達の領域に到達するのに何年もかかりそうなんだけれど……」

「そうですね。一朝一夕には出来ないでしょうね」

 

 エルネスティに悪態をついたものの回数を増やしていくと歩数が増えてきたように感じられる。

 今の段階では一歩で限界が来る。それをしばらく続ければ確かに歩いたり走ったりできるようになるかもしれない。そうすれば幻晶騎士(シルエットナイト)に乗った時、より長い稼働時間を得る事が出来るようになる気がする。

 完成品は三体のみ。追加は鋭意制作中という話しだった。

 

        

 

 エルネスティは常日頃から腰に下げている杖代わりの武器を取り出す。

 彼個人の設計によって作られた斬撃と魔法法撃を兼ね合わせた銃杖(ガンライクロッド)『ウィンチェスター』。

 既存の杖ではなく、どうしてこれを作ったのか、こんな形にしなければならなかったのか。それはやはり彼にしか分からない境地であるといえる。

 製作は友人のバトソン・テルモネンの工房に務めるドワーフ族の人達が成し遂げた。

 数々の発明品はエルネスティ個人が極秘に作ったわけではない。主に設計図だけ引いて依頼する形だ。だから、誰にも作れないような代物ではない。

 

「……頻繁に魔獣と戦うわけではありませんから、随分とこの武器もご無沙汰でした~」

 

 オルター弟妹もエルネスティに図面を引いてもらい、それぞれ特別な武器を製作してもらっていた。

 それらは武器としても使えるが大気を操る魔法を習得すれば簡単な移動手段にも使える。

 

「というか師団級の肉体って硬いんでしょ? 幻晶騎士(シルエットナイト)でもないと解体は無理なんじゃ……」

「風の魔法を利用すれば人間でも無理は無いと思いますよ。僕たちはこれ(魔法の杖)で魔獣も倒してきましたし」

 

 無理と言わないところがエルネスティらしいとアデルトルートは苦笑しながら感心した。

 現在の魔獣は粗方解体済みで、強固な肉体を維持してきた身体強化(フィジカルブースト)はかかっていない。

 肉体というか骨格だけになっているが――

 バルゲリー砦を襲撃した筈の師団級は突如として消え去り、突如として空から飛来した。その謎も解決していない。

 落下後にどうなったのかは学生たちは知る由もないが、国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の人員が総出で調査し、解体されて今に至る。

 彼らの手による調査でも落下の謎は今もって不明。

 なにより不思議なのは外傷が殆ど無いこと。どうやって死んだのかも不明であった。

 病気だったのか、落下によって心臓麻痺でも起こしたのか。

 

「しかし、師団級ともなると迫力がありますねー。巨体を魔法で支えていたとしても生物である事には変わりません。この関節部分にある軟骨の構造は非常に丈夫に出来ていると思われますし、摩耗度も気になります」

 

 事前に残すべき肉体部分は発注済みであった。

 これだけの巨体になると腐敗速度は遅く、多くが原型を残しているものだ。

 例え、それらが無理であっても関節部分は宝石の様に磨き上げられている可能性が非常に高い。

 それと骨格。自壊せずに残ったということで材料としての強度は充分にある。

 天然の骨は金属よりも強固で軽く丈夫なのが通説だ。特に大型生物のは。

 

(ただし、師団級は数が少ない。幻晶騎士(シルエットナイト)の量産には適していません。可能性としては隊長機や旗機に使うのが最適ってところでしょうか)

 

 そんなことを考えながらウィンチェスターを斬撃使用にして風の魔法をまとわせる。

 齢十二にして殆どの魔法を習得、更に独自に開発までこなしているエルネスティ。

 彼に出来ない事は無いのでは、と思わせる。

 当人にしてみれば慣れた作業であった。必要な術式を適切に配置替えして運用する。

 考え方としては『魔法術式(スクリプト)の改造』だ。そして、それを運用するだけの知識も学んできた。それはもう努力と根性で。友情は言うまでもない。

 

(おっと、そうでした。忘れるところでした)

 

 魔法を解除し、巨大な骨格に線を描いていく。

 何事も大雑把に切り出すより出来るだけ測った方が無駄が出にくい。これには国機研(ラボ)の人員にも手伝ってもらった。

 骨の中にあった骨髄などは油圧用の材料として既に採取されており、ほぼ骨格のみとなっている。

 切り取り線を入れ終わってから改めて武器を構える。

 

(ちゃんと切れるといいですね)

 

 呼吸を整え、大きく振りかぶる。

 通常であれば原始的に工具を使って叩き割り、細かく削るのだが今回は一刀の下に叩き切る。

 

「せいっ!」

 

 自身に身体強化(フィジカルブースト)をかけ、更にそれを拡大術式(アンプリファ)にする。それから風の斬撃魔法をウィンチェスターに乗せて振り下ろす。その時、描いた線に乗せるように気を付ける。

 小さな子供の力では強固な骨格を切りつけたところで弾かれる。しかし、エルネスティは普通ではない。

 幼い時から鍛えてきた実績がある。

 魔法の刃が物体に当たる時、大きな音は鳴らなかった。ただ、線に沿って切れ目が走る。

 

(……あっ)

 

 気づいた時は遅かった。

 予想外にあっけなく切れたせいで地面ごと切れ目が入ってしまった。すぐさま、退避勧告をする。

 幸い、地面が割れるような異常事態は起きなかったものの派手に亀裂は入った。

 

「お見事です、エチェバルリア君」

「……あれを一回で叩き切るとは……」

 

 誉め言葉を聞きつつエルネスティは威力を加減しつつ加工を続ける。

 本命は骨と骨の繋ぎ目だ。必要以上に傷つけてはいけない場所なので慎重に、時間をかけずに武器を振るう。変に時間をかけるとかえって手元が狂いやすい。手慣れた技術者ならば感覚的に理解するが、素人(しろうと)目には驚かれる光景である。

 

        

 

 陸皇亀(ベヘモス)身体強化(フィジカルブースト)が持続していればいかにエルネスティと言えど骨格を切り分ける事は不可能だ。

 何の恩恵も無い今は幸運である。

 

(骨密度が高く鉱石と変わりませんね。けれども軽くて丈夫……。問題の関節部分は芸術的といっていいくらい滑らか。これは加工するのがもったいないくらいです)

 

 甲羅の一部も今は加工可能になっている。これに新たな魔法術式(スクリプト)を施せば強固な外装(アウタースキン)や防具の材料になりうる。

 一体の師団級から切り出せる数は限られているので慎重に切り分けていく。それらは数時間にも及んだがエルネスティはまだまだ余裕だった。これが一般の学生であれば最初の段階で力尽きているところだ。

 滑らかな部分は(さい)の目状に切り分ける事にした。それは大きく取ると損壊の時の損失が大きくなるからである。――小さく分けたと言っても一つ一つが子供の頭部ほどの大きさだ。

 陸皇亀(ベヘモス)クラスであれば細かい方が柔軟に対応出来そうと考えた。

 切り分けた物体の内、(なめ)らかではない方の裏側に魔法術式(スクリプト)を刻み、摩耗度を考えながら取り換えがどの程度必要かを測る。

 天然の素材は変に加工しない方が長持ちするものだ。

 

「全体的に使わないの?」

「加工がそもそも大変です。大きく取ってしまうと量産機の分に回せなくなってしまいます。それにもったいない。少ない負荷。少ない魔力(マナ)で運用できるようにすることが大事ですので」

 

 分散は一見すると足し算で消費量が多くなるように見えるが、個々の負荷を軽減できれば実際にはかなり少なく済むこともある。

 馬鹿正直に全ての部品に魔力(マナ)を通す必要は無い。その辺りの調整は後回しになってしまうけれど。

 

(負荷が大きくなるところ()()に集中すれば全体強化をするよりも効率は良くなるはずです。馬鹿正直に一つ一つ構文を書くとプログラムは長大になります。少ない量で書いて同じ作用を表せられるのであれば後者の方がいいに決まっています)

 

 更に小さい欠片に同量を刻めれば交換も容易くなる。それには熟練の技術が必要だ。

 いきなり最上位は危険なのでグゥエール一機分に集中する。

 関節部分の問題はこれで解決し、次は増えた重量をどうやって分散するか、だ。

 小型化するには時間と労力がかかる。それと負荷の問題だ。

 綱型(ストランド)にした事で大きさと重量が増えてしまった。これを解決する方法は即席では浮かばない。

 丈夫で魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量も増えた。けれども機体の重量も増えてしまった。

 小さくて同じようなものを作ればいいのか、というと全体的には悪手である。

 それを成すには素材そのものを新しくする必要があり、結晶筋肉(クリスタルティシュー)を製作している錬金術師学科に無茶なお願いをするしかなくなる。

 使い方だけで解決したいと思っていたエルネスティにとっても頭の痛い問題であった。

 

        

 

 現行の改修から中身が新型へと変わっていくのであれば技術革新からはどうしても逃れられない。

 それを改めて思い知った。

 本当ならここまでするつもりは無かった。

 

(そう。僕はロボットのプラモデル作りが好きなだけで、ここまで本格的な機械工学は専門外でした。……あと、本職は単なるプログラマー……。それが運よく()()に携われた。それだけでも充分幸せです)

 

 だが、折角(たずさ)われたのだから――だからこそ欲が出るものだ。

 エルネスティは様々な技術革新を提示こそすれ本人も楽しみにしていた。

 作られていく技術に。

 金属内格(インナースケルトン)結晶筋肉(クリスタルティシュー)を作業員に任せ、今日は一番楽しみにしていた魔導演算機(マギウスエンジン)の解析と改造――改良だ。

 事前に操縦桿から引き出しておいた銀線神経(シルバーナーヴ)を両手に持つ。そして、自身の魔術演算領域(マギウス・サーキット)に直結させる。これは解析担当も(おこな)う行為だ。だが、エルネスティの手にかかれば規模が違ってくる。

 

「では、パターン解析開始」

 

 操作する事が目的ではないが念のために人員を遠ざける。何かあればすぐに駆け付けられるようにオルター弟妹が幻晶甲冑(シルエットギア)を装着して待機した。

 目を瞑るエルネスティの脳内に幾何学模様が無数に表れる。

 

「……まずは無駄を一つ消してみましょうか。……修正」

 

 言葉と共に整備中の機体から音が鳴った。金属内格(インナースケルトン)から魔法術式(スクリプト)が走っていくものと思われる。

 本当なら複数人で取り掛かる作業だが安全面と試験運用の程度を見るため、エルネスティ一人にやらせている。

 全ての機体を彼一人に扱わせる気は無く、仕様書が出来れば他の作業員にも(おこな)わせる。

 

(修正と同時にチェック。問題が無ければ次の修正へ。問題があれば保留。……いえ、マーク……。現行の機体の負荷を参照……。……うわぁお。年季の入った魔法術式(スクリプト)で感動しますね)

 

 異音を響かせ始めたグゥエールに戦々恐々とする作業員たち。合間に煙まで立ち上る。

 さすがにボルトが勝手に外れたりはしなかったが自壊しそうな雰囲気を誰もが感じた。

 

「私のグゥエールは無事だろうか」

「……壊れても直すって言ってるけど……」

「エル君……」

 

 最近の技術をもって機体を調整し直す作業はエルネスティでも時間がかかった。

 修正箇所が膨大。これは予想していたことだが、従来品に無理矢理新しい技術を盛り込んだ弊害といえる。

 一時間ほどの格闘の後、作業を中止した。

 

(……身体と頭が熱い。さすがの僕でも連続稼働は危険……ということですね。これは少しずつやるべき仕事だ)

 

 従来品の機体のままであれば修正箇所も幾分か少なく済んだ筈だ。しかし、今回は事前に盛り込み過ぎた状態で、更に陸皇亀(ベヘモス)のパーツも取り付けている。

 杖に魔法術式(スクリプト)を組むのとはわけが違った。

 大型機械はチームで取り掛かるべきだ。

 

(まるで大型の案件に徹夜で取り組んでいた時代を思い出します。……優秀な人材が多ければ僕も楽が出来るのに……。三日貫徹の刑に処されている気分です)

 

 グゥエールから降りたエルネスティはアデルトルートの膝枕に甘え、額に冷やしたタオルを乗せて休んでいた。

 熱暴走が酷くなる前に降りて正解だった、と。

 

        

 

 一気に改良するのは身体(しんたい)的にも危険だと判断し、数日に分ける事を決める。

 それから更に三日かけて修正したものを報告書にまとめ、新型の魔導演算機(マギウスエンジン)として作り直す。

 一部は協力してくれた国機研(ラボ)に渡した。

 エルネスティとしては完全隠蔽するより、よりよい機体づくりに貢献したいだけで権力欲は無い。あくなき探求さえ続けられれば良かった。

 それから一週間かけて全体改修を終え、(ようや)くにしてグゥエールが完成した。

 自信を持って出来ると宣言したものの思いのほか時間がかかってしまった事をまずは本来の騎操士(ナイトランナー)であるディートリヒに謝罪した。

 

「随分とお待たせいたしました。新生グゥエール。どうぞ、お確かめください」

「う、うん。前より形がすっかり変わったような気がするけど……ありがとう」

 

 背中から腕が二本生えているし、全体的に筋肉質になっている。

 塗装は済んでいるもののグゥエールというよりは完全な新型だ。これと同程度の機体が二機改修中である。ダーヴィドが一機だけではもったいないとして作業員にやらせている。

 ある程度の動作確認が済んでいて起動するだけになっている。

 

「さあ、先輩。どうぞ、お確かめください」

「おう」

 

 騎操士(ナイトランナー)として正装したディートリヒは操縦席に入る。操作方法は講義済みである。

 起動の為の魔力(マナ)を走らせると幻晶騎士(シルエットナイト)は異音を響かせた。

 手にかかる感触により、重く強い事が伝わる。

 前回は少しの起動で膨大な魔力(マナ)が失われたが、今回は微々たるものだった。

 通常の幻晶騎士(シルエットナイト)は人間のように座った状態で待機している。そして、起動によって立ち上がろうとした。その動きがディートリヒの身体に伝わるのだが、違和感が少ない。

 

(か、軽くなってる……。これはちょっとどころの軽さじゃないぞ。関節も滑らかだ。なんだ、逆に気持ち悪いくらいだ。……だが、これなら行けそうだ)

 

 平然と立ち上がるグゥエール。

 筋肉が軋む音は外で待機している者達の耳に届いているが中に居る騎操士(ナイトランナー)には届かなかったようだ。静音が施されているとしてもここまで静かだったことは無い。

 不思議と腕に力がみなぎるような感覚を味わう。しかし、それは自分のものではない。

 

(ここまで柔軟に動くのか!? 魔力(マナ)の消費も少ないだと!?)

 

 立ったままではまだ分からない。

 次に歩いてみる事にする。前回は一歩だけ。

 あまりに自然体で動くものだから歩き方を忘れてしまったような感じになった。しかし、腕の動きで感覚を即座に思い出し、一歩目を踏み出す。

 筋肉の増量で騎操士(ナイトランナー)にある程度の感覚は伝わるが重さとしては軽微だ。鳥の羽根ほどではないが、軽かった。そして、力強い。

 関節にかかる違和感はほぼ無いと言ってもいい。

 

(なんだこれ!?)

 

 ディートリヒは胸の内で絶叫する。

 以前は操作するだけで疲れを感じた。それは重さだと思っていた。しかし、今はそれらの違和感が解消されている。

 まるで――

 

(疲れが取れたような気持ちよさだ)

 

 徹底的に無駄を排した事で騎操士(ナイトランナー)に余計な負荷がかからなくなった。今はただ動くだけだが、戦闘を重ねれば疲労は蓄積する。そうすればディートリヒも違和感を思い出してくる。

 それまでの間はきっと悩みが解消された人間と同じような清々しさを味わう事になる。

 

(力は感じる。関節の動きも手に取るようにわかる。なのになんだ、この滑らかな動きは……。無理な部分はちゃんとあるな)

 

 強引な関節の曲げに対してはきちんと止まる。いや、止められる。

 外で見ている作業員たちも驚いていた。複雑な動きを見せているのだから。

 特に細かい動きが気持ち悪く見えるほど人間的に動いている。

 以前の様な機械的な武骨さが抜けているというか――

 

「……銀色坊主。中に人が入っているように見えるんだが……。操縦者の事じゃねえぞ。幻晶騎士(シルエットナイト)って奴はここまで動けるのか?」

「ここまでになるとは僕も想定していませんでした。実にスムーズな動きで美しいです」

 

 しかし、これでもまだ()りを取った程度だ。

 学生に与えられた資材だけで出来る精一杯の作品と言える。今は完成品の動きに満足しようと思った。

 

        

 

 新生グゥエールは『グゥエラル』と名付けられた。名づけに関してディートリヒから異論は出なかった。――幻晶騎士(シルエットナイト)に集中していた為、武装面は全く整えられていない。

 魔力(マナ)に余裕があるうちに稼働試験と称して外に出てもらい、様々な動きをしてもらうことになった。

 動きはいいが、動けるだけで戦えないのでは意味がない。それと防御面が実は弱い、ということもあってはならない。

 

「まずは基本です。歩行。疾走。停止。可能であれば軽く跳んで下さい。あと、逆立ちは……さすがに怖いので却下ということで」

「任せろ。今の俺は何でもできる気がする」

 

 エルネスティは制作者ではあるが実働するのはディートリヒである。無事に済むように小さく祈る。

 一つ一つの動きにチェックを入れていく彼の様子を離れたところで見守っていたアデルトルートの手に自然と力がこもる。

 大好きなエルネスティが真面目な顔で幻晶騎士(シルエットナイト)を見つめている。そんな彼女の目には嫉妬が混じるが羨望も多かった。

 

(……こうしてエル君の仕事ぶりをちゃんと見る事って無かったな……。いつもにやけているイメージがあったけれど)

 

 一通りの動きが終わり、背面に取り付けた補助腕(サブアーム)による魔法の試し撃ちが(おこな)われる。

 これも既に無駄を省かれた魔導演算機(マギウスエンジン)による火気管制(ファイアコントロール)システムの恩恵が――

 

「……あまりに動きが良すぎて滑るぞ。正確なのはいいんだが……」

「練習が必要ですね。より柔軟に対応できるように改良したのですけれど……」

補助腕(サブアーム)は単純な動きしか出来ない筈だ。法撃の反動計算と……、少し乖離があるように感じられるな」

 

 基本法撃である火炎弾丸(ファイアトーチ)を放ってみた。撃った直後、標準がブレる。固定化はされていないようだ。

 当初の狙い通りに法撃は確かに着弾した。通常よりも簡素で分かりやすい。

 文句を言ってしまったものの訓練を積めば解決できる問題として次に移行する。

 

補助腕(サブアーム)は決まった動きしか出来ないという話しだが、標準は細かくできるんだな。向きに関しては限界がある、と……)

 

 気が付いたことはどんどん自分でもメモしていく。いずれ後輩や部下が付いた時に説明する機会もあると思うので。

 それにしても従来よりも動きやすく、扱いやすい。もっと複雑な操作が必要かと危惧していたが、単純化された部分は大いに満足した。

 

(そうじゃないな。より柔軟になった事で騎操士(ナイトランナー)自身の力量が表に出易くなっている。安易に胡坐(あぐら)はかけない、ということか)

 

 同じ機体に乗っても騎操士(ナイトランナー)によって差が如実に表れる。これはそれがよく分かる機体だ。

 癖を読まれれば負けてしまう。ならば負けない為の訓練は必要だ。

 次に防御力を確かめるため、エルネスティが無数の魔法をグゥエラルに向けて放つ。もちろん、威力は弱めてある。

 人間大の魔法はたかが知れる。しかし、エルネスティの場合は見かけ以上の威力になる恐れがあった。

 

「……うぉ!? 結構な衝撃が来たぞ。もしかして装甲が薄いのか?」

「いえ、そんなことは無い筈です。敏感になっている、のかもしれません。感覚を鋭くしていますから」

(感覚? ……確かに衝撃には驚いたが……、これは何処に攻撃が当たったかを伝えているだけか? なんという技術力の高さか)

 

 実際に外側から見ていたダーヴィドも確認している。

 エルネスティの攻撃に装甲が吹き飛んでいる事実が無い事を。

 更なる追撃とばかりに全方位から火炎弾丸(ファイアトーチ)による弾幕の嵐が襲い掛かる。それだけでも見ている者からすれば恐怖であった。

 

(エル君、意外と容赦ない)

(感覚が鋭いだと!? この不快感は弾幕でこそ本領発揮じゃないか。……くっ、これも騎操士(ナイトランナー)として耐えねばならない。これしきの事で屈していては誰も守れん)

 

 と、強がりを思うがキツかった。

 怒涛の弾幕。これを一人の人間が(おこな)っているとは信じられない程に。

 操縦席回りは無事だ。散々動いたのに消費された魔力(マナ)はまだ五割以上ある。通常であればもう限界に近い。

 

(恐ろしいほどの低燃費。まさかここまでとは……。それとだいぶ慣れてきた。当たる負荷もおそらく大丈夫……だとは思うが。だが、やはり新型は凄い。……ん? 装甲の新開発なんてやっていたか?)

 

 中身ばかり開発していた筈だ。燃費の向上と関節。それはなんとなく理解している。しかし、装甲面での開発は耳に届いていない。その筈だ。

 身体強化(フィジカルブースト)の恩恵が向上している為か、とディートリヒは首を傾げた。

 

「攻撃を止めてくれ」

「はい」

「……エルネスティ。一つ尋ねるがグゥエラルの装甲も新造したものなのか?」

「いいえ? 新調こそしましたが、新開発ではありませんよ」

 

 一分ほどの沈黙があった。

 何でも無い事のように応えたエルネスティはそこでディートリヒの言わんとしている事を理解する。

 

「無駄のなくなった身体強化(フィジカルブースト)と新型結晶筋肉(クリスタルティシュー)などの相乗効果ですよ、きっと。使った魔法は低位ですし、これが本来の装甲……。防御力なのではないかと」

「そ、そういうものか? えらく頑丈になったものだと驚いたぞ」

「長く愛用されてきたサロドレアの本領といったところです。この機体の機能が十全に発揮されたものと思われます」

 

 それに陸皇亀(ベヘモス)の素材は関節部分にしか使っていません、と続けた。

 甲羅は今回は保留にしている。用途が思いつかなかったので研究用以外は国機研(ラボ)に送り返すことにした。

 

「銀色坊主。これは成功と見ていいのか?」

「細かい部分を省くとしても……。破損は軽微のようですし……。一先ずは……、成功と見ていいと思います。メインとなる心臓部(エーテルリアクタ)は何もできませんし」

 

 親方ダーヴィドは声を上げて吠えた。それに呼応して開発に携わった作業員たちも一緒に。

 ここに新型幻晶騎士(シルエットナイト)の誕生が宣言された。

 そう。新型である。単なる改修工事を受けたグゥエールではなく――

 新型幻晶騎士(シルエットナイト)のグゥエラルだ。しかし、担当した本人であるエルネスティの中ではサロドレアの改修程度という認識しかなかった。

 

 



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#020 模擬試合と招聘

 

 銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアの中では改修した事になっているグゥエール改めグゥエラルによる模擬戦闘が始められる。

 対する幻晶騎士(シルエットナイト)は白銀のアールカンバー。同じサロドレアを改修し、エドガーC・ブランシュの専用機である。

 工房から舞台を変えて闘技場へ。

 

「ディートリヒ先輩。中身は変わっていますが外装(アウタースキン)は従来品のままです。決して(おご)ってはいけません」

「了解した。……しかし、あれから更に調整を入れてもらったのだが……。反応が早くてびっくりだ」

 

 何より驚くのが消費される魔力(マナ)が少ないことだ。

 今までの何倍もの稼働時間が確保されている。

 注意事項を受けた後、幻晶騎士(シルエットナイト)を指定された位置に配置する。

 

「グゥエールよりも筋力が増えたように見えるな」

「その辺りは実際に戦って確かめるさ。今日はなんだか負ける気がしない」

 

 両者武器を構える。

 アールカンバーは大きな盾と剣を。

 グゥエラルは二刀流だ。更に背中には背面武装(バックウェポン)が控えている。

 

「では、これより模擬試合を(おこな)う」

 

 あくまでも試合形式なのでどちらかの幻晶騎士(シルエットナイト)が先に動かなくなったら負けだ。

 そして、銅鑼(どら)が鳴らされる。

 先に動くのはディートリヒは防御に厚いアールカンバーに対し、牽制するのが定石だが今回は最初から攻めに転じる。

 今までよりも素早く動ける。なにより負ける気がしない気持ちの大きさが行動を大胆にする。

 

「攻撃に際する消費魔力(マナ)の大きさが気になります。前回はそこを確認しませんでしたので」

 

 そう独り言のようにつぶやくエルネスティ。

 勝ち負けに拘りはないが大破だけはしないように、と祈った。

 

(……最初の一撃……、全てはそこから……)

 

 グゥエラルの一刀を――落ち着いた様子で――盾で受ける。その衝撃の大きさはエドガーの想定を上回る。

 一言で言えば重い、だ。

 新しい結晶筋肉(クリスタルティシュー)とそれを支える金属内格(インナースケルトン)の強靭さがなせる業だ。

 武器も以前から使っていた支給品。特別切れ味が良いわけではない。

 両刃の大刀。それは斬る、というよりは叩き切るような力業に任せるところがある。

 刃こぼれがあろうと折れていなければ使い続ける。そういう武器だ。

 

(……ん。盾は断てんか。手首の感じから硬さが伝わる。……よし、折れるほどではないな)

(両手持ちの一刀に匹敵する攻撃を片手で、だと!? しかも、それを連続で繰り出せるとは……。相当、強くなっている)

 

 盾の角度を変えつつ距離を取るアールカンバー。

 数度の受けで防御に回した魔力(マナ)の減りが早くなった。それを一瞥した後、攻勢に出る。

 最初の一刀を繰り出すとあっさりと避けられる。

 本来であればお互いの反応速度に差は殆どない。あるとすれば戦闘経験くらいだ。

 

(早い? それにしては……見てから避けられたような……。速度が向上したから見えるようになったのか?)

(おうおう、すごいすごい。機体が重くて避けにくかったエドガーの攻撃を感覚だけで避けられた。……こいつは凄いな。……それをアールカンバーにも施せばもっとすごくなって私の活躍が減るかもしれないな)

 

 エドガーは決して弱くはない。今は機体の性能のお陰で()()()()()()()()()()だけだ。

 エルネスティの言う通り、驕ったら手痛い敗北を期する。

 

「どうしたディートリヒ。魔法は使わないのか?」

「私は剣での勝負が好きなんでね。……だが、所望とあらば応えないわけにはいかないな」

 

 補助腕(サブアーム)に持たせた幻晶騎士(シルエットナイト)用の杖がアールカンバーに向けられる。

 腕の操作ではなく簡単なボタンと標準機能によって専用魔法術式(スクリプト)が走る。

 それにより、従来よりも簡素に魔法を撃ち出せるようになった。

 はたから見れば二つの動作を同時に(おこな)っているようなものだ。慣れない動きは油断を生む。

 剣と杖を同時に警戒する事は難しい。特に従来の騎操士(ナイトランナー)にとっては――

 

        

 

 勝負はディートリヒの一方的な攻防に終始した。もちろん、エドガーも健闘はしたのだが、反応速度の差で決定打が与えられず。

 何より決定的なのは消費魔力(マナ)だ。圧倒的と言ってもいい。

 攻勢を強めていたディートリヒは完全勝利より、友人の安否を優先し、剣を引いた。これ以上の戦闘は無意味だと判断し、エドガーも同じ結論に達したので動きを止めた。

 

「……俺の負けだな」

「そうだな。だが、お前が同じ機体に乗れば負けていたのは私の方だ。これは……反則的すぎる」

 

 技量の上ではエドガーが上だ。それはディートリヒも認める。

 これだけの機体差があるにも関わらず、決して諦めなかった。もし、逆の立場なら――と、ふと思ってしまった。

 理不尽な存在相手ならば手も足も出なくて当然だ。だからといって負けを認めたくはない。

 

(エドガーに勝ったところで一番になれたわけじゃない。何よりこの幻晶騎士(シルエットナイト)を作ったのはエルネスティだ。彼が自分の幻晶騎士(シルエットナイト)を手に入れた場合は果たして勝てるのか? それと自分達はまだもっと強大な敵を忘れてはいないか)

 

 確かに何倍も強くなったかもしれない。けれども、クロケの森で出会った魔獣はもっと強いかもしれない。

 あれが街に現れた時、この機体でも戦えると果たして言えるのか、と。

 まして、この機体は学生様に用意された型落ちと言われるサロドレアを改修したものだ。

 制式量産機でも国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)が作り出した新型でもない。

 

 学生が作り上げた新型に過ぎない。

 

 斬撃の打ち込みでボロボロになったアールカンバーを見てディートリヒは明日は我が身だ、と思った。

 もっと技術向上を目指し、魔獣に負けない決意を固める。

 それにはやはり自身の肉体的向上だ。それと魔力(マナ)の増量。

 模擬試合を終えて、ディートリヒは走り込みやヘルヴィも匙を投げた幻晶甲冑(シルエットギア)の着用を試みる。

 

(うぉっ!? 幻晶騎士(シルエットナイト)とは真逆に動けない……。なんだこれは……。これをエルネスティはどうして自在に動かせる!?)

 

 先ほどまでエドガーに優位に立てた筈なのに一気に敗北感が襲ってきた。

 やはり一番の敵は近くに居たようだ、と思い知る。

 後日、完成品の報告を兼ねて理事長室で説明を始める。

 

「……本当に新型を作りおった」

「お言葉ですが、新型というよりは新型のようなもの、です。まだまだ改良の余地があると思います」

「あれでか? 我が孫ながらたくさん驚かされて心労で倒れそうじゃわい」

「それはいけません。おじい様には長生きしていただきたいのですから。それで、改修は終わったのですが、僕としてはこのまま幻晶騎士(シルエットナイト)に携わりたいと思っております。勉学も続けます。騎操士(ナイトランナー)になる為の努力も……。これからもお世話をかけると思いますが……」

「あまり根を詰めるような真似はやめておくれ。……もう少し子供らしい方がいいのじゃがな」

 

 祖父の顔色が優れない事に気づいたエルネスティは苦笑する。

 自分の趣味に走り過ぎてたくさんの人に迷惑をかけていたのだと、(ようや)くにして気づいた。いや、立ち止まる事が出来た。

 だからといって幻晶騎士(シルエットナイト)の事は諦めたりはしない。

 今回の作業で培われた技術を改めて資料としてまとめる作業に入る。それと学生生活も。

 

        

 

 エルネスティが久方ぶりに教室に戻る頃、学生服姿のシズ・デルタの噂が耳に入ってきた。

 気が付けば数か月も時が経ち、秋空の(てい)を成している。

 季節の移り変わりにも気が付くのが遅くなり、自虐的に苦笑する。そして、もうすぐ自分は中等部二年に進級する――それと十三歳になる。

 長いようで短い時間だった。エルネスティは後ろを振り返る事無く進み続けてきた。

 

(一つの目標を達成する充実感は気持ちがいいです。けれども僕はまだ止まるわけにはいかない)

 

 それと一つの目標だけで満足してもいけない。

 生きている限り、挑戦できる限り前に進まなくてはならない。

 それと忘れてはいけないのは命を大切さだ。自分が造る幻晶騎士(シルエットナイト)によって多くの命を奪ったり、泣く人を出してはいけない。少なくとも戦争は望んでいないが――戦乱を望んでいないわけではない。闘争心が無ければ幻晶騎士(シルエットナイト)に乗り続けることは出来ない。その気持ちまで否定したいとは思っていない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)同士の戦いも望むところ。――殺し合いは望まないが技術向上という意味でなら肯定する。

 

(奇麗ごとかもしれませんが……。争いが激化すれば人死にが出ます。それが自分のせいで起きないとも言えない)

 

 全てを無責任に処理しようとは思わない。しかし、いちいち罪悪感を覚えては何も作れなくなってしまう。

 そこはきっと感情を切り捨てる時が来る。エルネスティは自身を聖人君子だとは思っていない。そうでなければ兵器製造を否定、忌避している。

 正当防衛とはとてもいい言葉だと呆れつつ思うが――

 

(……大量殺戮兵器……。聞こえはいいですが……。僕が作る先にあるのは自分の趣味で済ませられるものでしょうか。そうありたいと思っている事がいつまで続くのか……)

 

 お気楽そうに映るエルネスティとて気がかりにはいくつも覚えがある。

 今は良くてもあとでたくさん後悔することになる。それもまた『お約束』だ。絶対ではないが、必ず向き合うことになる。そう確信している。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の延長的な考えに耽っていると目の前に女の子が居た。とても見覚えのある不愛想な顔。背中にかかるほどの長さでまっすぐに伸びた赤金(ストロベリーブロンド)の髪の毛。明るい緑色の瞳。陶器を思わせる色白の素肌。

 

「……お前がエルネスティ……エチェバルリアか?」

「……シズさん?」

 

 一般学生の制服を着ているシズ・デルタ。いや、そんな筈はないと即座に否定する。

 では、目の前に居るのは何者なのか。

 姿形は良く似ている。違いは背丈くらいか。

 

「名乗る手間……省けて助かる。……可愛い男の子と聞いて会いに来た」

 

 抑揚のない言い方はシズによく似ていた。表情が変わらないところも。

 髪の毛が長い以外はどう見てもシズ・デルタだ。

 

(……娘さん、ですね。前に会った時と少し印象が違う気がしますが……。成長とか別の姉妹でしょうか。幻晶騎士(シルエットナイト)ばかりに(かま)けて人間に関心が向かないとは……)

 

 まずは軽い挨拶から。すると相手もきちんと返答してきた。

 伝え聞いた情報が正しければシズ・デルタという名前の筈だ。一家が全員同名というのは理解に苦しむが――

 どうやって区別しているのか、想像がつかない。

 

「……ネイアのような味のある顔というわけではないな……。面白くない」

「?」

 

 人の顔を見て面白くないと言われたのはエルネスティにとって初めてだった。

 しばらく見つめられた。彼女の瞳は明るめの緑色。この辺りでは見かけない神秘的な美しさがあった。

 その後は興味を失ったのか、彼女は黙って教室から去っていった。

 表情の変化が全くなかった不思議な生徒で呆気に取られてしまった。

 

(……何だったんでしょうか。それよりも……、人間と話している感じがしませんでしたね。大人のシズさんはもう少し温かみがあったような……。あれでは人形と変わらない)

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)は好きだが人形の様な人間は嫌いだ。血の通う生命を否定したい気持ちは微塵も無い。

 感情が死んだような存在は見ていて心が痛む。会社に使い潰されて心が壊れて命を落とす、そういう人間を何人も知っている。

 だからこそ命を大切に思い、笑顔になってほしい。楽しい毎日を送ってほしいと思った。

 

(……人間であるなら感情が無いと駄目です。あれでは悲しすぎます)

 

 そういった後、周りが騒然となった。いや、その原因はすぐに理解した。

 エルネスティの目から涙が滂沱の如く流れて出ていたのだから。

 自分でも驚くくらいに。

 迂闊に他人に共感すると感情が暴走する事がある。特にエルネスティくらいの年頃には珍しくない現象だ。

 いつもは無機質な幻晶騎士(シルエットナイト)を愛でている彼とて感情がある。その落差によって受ける衝撃はかなりのものだったのかもしれない。

 

        

 

 涙は一時(いっとき)のものだが、それで自分の目的が変わるわけもなく。

 気を取り直して勉学に励む。目標は中等部の課程を無事に終えること。次なる目標は高等部に進学して騎操士(ナイトランナー)になること。そうしないと正式に幻晶騎士(シルエットナイト)に乗る事が出来ない。

 乗りさえすれば自分で弄繰(いじく)り回す機会も必然的にやってくる。

 さすがに必修課程を()()すっ飛ばす真似は出来そうにないし、理事長をストレス性胃炎で苦しめたくはない。

 学生のシズはその後、真面目に授業を受け、始終エルネスティを追い回すような奇行に走る事も無く――

 本当に地味としか言いようがない。ただし、見た目が可愛いし、意外と愛想が良いので人気が高かった。悪いのは不愛想な無表情だけ。

 エルネスティのように凄い魔法を使ったり、幻晶騎士(シルエットナイト)の話題で盛り上がるような事も無い。

 

「……てっきりエル君と一緒に幻晶騎士(シルエットナイト)を作ろう、とか言い出すかと思ってた」

 

 エルネスティの机に突っ伏す様にアデルトルート・オルターは愚痴を言う。

 大好きな彼の為に様々な噂話を集めていた。しかし、シズに関しては目立った行動が見られない。当初こそエルネスティを探すような事があったのが変わった事と言える。

 

「僕の顔を見て満足しちゃったんでしょうか?」

 

 欲しいものを手に入れた途端に飽きる現象には覚えがある。それと似たようなものなら理解できる。

 それから大人のシズは学園には居らず、国機研(ラボ)に出向しているという噂を聞いた。

 娘の為に働き口を探している、ということだったので素直に就職できたのであればおめでとうと思う気持ちはある。

 機会があれば出会える筈だ。そんな気がした。

 それから一ヶ月間、真面目に学生生活を送り、家族とも平穏な時間を送っていたエルネスティだったが、突如理事長を経由して国王の下に出向するよう命令が来た。

 ここしばらく幻晶騎士(シルエットナイト)の改修や製作に携わっていなかったので寝耳に水だった。驚いたのはエルネスティだけではない。家族は当たり前として事情を聴きつけたオルター弟妹達と工房に居た親方連中も。

 訳も分からず特例で休学届が受理される。これは国王自ら命じた事らしい。

 不穏な気配を覚えつつフレメヴィーラ王国王都カンカネンへと向かう。

 馬車による移動で向かうのは街の中心にある『シュレベール城』だ。人々の活気を横目に見ながらエルネスティは一緒についてきたオルター弟妹の顔を見る。

 呼ばれたのは理事長と自分の二人だけ。確かに供を付けてはいけないとは言われなかった。しかし、二人は勝手に休学して大丈夫なのか心配だった。

 腹違いとはいえセラーティ侯爵の御子息、御息女であるのだから。

 

「俺達はエルのお付きのようなものだから」

「一人で遠くに向かう事をお父様がお許しにならないと思う。だから大丈夫」

 

 何が大丈夫なのかエルネスティには理解できないが、一緒に怒られるのは勘弁願いたいとだけ伝えた。

 他にエドガー達騎操士(ナイトランナー)も付いてくるのでは、と勘繰ったが――そういう事態にはならなかった。

 

        

 

 人ごみを避け、裏手から城に入る事になった。正式な招待だと思っていたエルネスティは意外だと思いつつも大々的な催しにされては気恥ずかしいので、助かったといえる。

 護衛の兵士たちに案内されて向かうのは事務室ではなく王が構える謁見の間だ。

 国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラとは面識があるエルネスティ達も少しずつ緊張が増してきた。

 荘厳華麗な城の中を移動するだけで気持ちが高揚してしまう。それは幻晶騎士(シルエットナイト)に気持ちが全振りしているエルネスティでさえも。

 大扉を抜けて通された謁見の間――その際奥にある玉座に国王は座していた。

 肘掛けに寄りかかり、厳しい目つきで。

 国王の御前にエルネスティ達は横並びに整列し、片膝をつく。

 

「国王陛下。招聘に応じ、エルネスティ・エチェバルリア(まか)り越してございます」

「うむ。……わしは確かお主とラウリの二人しか呼んでいなかったはず……」

 

 国王の側には見届け役として貴族と思われる人物が数人立ち尽くしていた。その中にオルター弟妹の父ヨアキム・セラーティ侯爵の姿があった。

 言い訳を考えている彼らに対し、セラーティ侯爵は黙したまま。

 

「こちらは友人代表として連れてきました。もしお邪魔であれば人払いなされば良いかと……」

「……いや、良い。幻晶騎士(シルエットナイト)(うつつ)を抜かすお主の友を蔑ろにしては何を言われるか……。だが……、誰ぞ、椅子を持て。そなたらは横で待機しているが良い」

 

 お叱りを受けるかと覚悟していたオルター弟妹は脂汗を流しつつ穏便に済んだことに安心した。だが、椅子は父の側に置かれたので緊張が再発する。

 しぶしぶ移動したもののセラーティ侯爵は黙っていた。視線は中心にいるエルネスティへ。

 

「此度はお主を招くにあたって気持ちが高揚しておったのだが……。つい先日に悪い知らせが届いた。機嫌が悪いのはそのせいだ。別件ゆえ気を悪くせんでくれ」

「は、はあ……」

 

 少し唸る国王はエルネスティに謝罪してから疲れたように息をつく。

 今日は彼から面白い話を聞くために招待した。それが急に台無しになり、しかも、解決策が浮かばずに悩む事態に陥ってしまった。

 表情を変えたくても気持ちが強く出てしまう為になかなか思うようにはいかない。

 

(……どうすればいいのだ。たかが賊の脅しに屈せよ、と? バカバカしい。……未だ怒りが抜けきらぬ)

 

 気分を変えたくても変えられない。それに呼んでしまったエルネスティに今更帰れとは言えない。

 今回の催しは何日も前から計画してきたのだから。急な中止は考えていなかった。いや、出来ないところに凶報が届いてしまった。それも無視できないものが。

 

「……いかんな。折角楽しみにしていたのに……。では、改めて……。いきなり不躾(ぶしつけ)だが長い言い回しは苦手でな」

「はい」

幻晶騎士(シルエットナイト)の改修が済んだ、とのことだが……。報告は受けているがあえて聞こう」

 

 そう言いながら従者に手で合図を送る。すると小さなテーブルが国王とエルネスティの側に置かれた。その台の上には報告書と思われる紙の束があった。

 それから各自に椅子が提供され、楽な姿勢になるように声をかける。

 

「単なる改造程度だとわしは思っていた。それがどういうわけか新型に変貌していた。その理由を話せ。出来るだけ分かりやすくな。出来るか、エルネスティ」

「はい。陛下がお望みとあれば……」

 

 そう言って椅子から立とうとしたエルネスティだが、国王は座ったままでよいと伝える。しかし彼は説明は立ったままの方が楽だと言い返してきた。それと黒板を所望した。

 既にある程度予測されていたのか、すぐに別の従者によって黒板が運び込まれた。

 手際の良さから国王が彼の説明を聞くのを楽しみしていたことを確信した。

 

(……こういうやりとりを想定されていたのですね。余程興味を持たれているご様子……。では、その希望を全力で叶えさせていただきます)

 

 一つ息をつき、意識を説明に集中する。

 テーブルの上に乗っていた報告書は国機研(ラボ)に提出していたものであった。それを手に取って中身を軽く確認する。

 

「では、始めさせていただきます。えー、まずは……ディートリヒ先輩の愛機グゥエールの改修を打診した僕は動きを良くするため、色々と調べました。陛下が危惧されたように僕も当初は大幅な改造を想定しておりませんでした。多少のアイデア程度で終わるものだと……。ですが、元々旧型のサロドレアの改修機は既にあちこちに問題を抱えていました。単なる部品交換では機能向上も見込めません」

 

 そう言いながら離れている者にも見えるように黒板に簡単な幻晶騎士(シルエットナイト)の全身の絵を描く。

 意外と上手い事に国王は驚いた。

 設計までこなしていると聞いていたがほぼフリーハンド。いやに描き慣れている。

 

「まず背中に背面武装(バックウェポン)を……。これは元々アイデアがあったので付けてみただけです。動きも単純ですし、操作も簡単にするつもりでした。その合間に筋肉の構造を見る機会があり、綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)のアイデアを思いついたわけです。元々は耐久力向上を思って」

(くだん)の筋肉繊維の縒り合わせだな。単なる編み込みで耐久力が上がるとは……、当時のわしでも思い至らなかったことよ。随分と時間を無駄にして後悔したぞ」

 

 そういいながら笑い出す国王。

 少し表情が和らいだのでエルネスティ以下は安心した。

 

「この方法は確かに耐久性を向上させました。しかし、同時に重量が嵩みます。従来の筋肉を増量するので当たり前なのですが……。これを全身に施すと動きが鈍くなります。元々、サロドレアの重量はそれ自体で完成されていたのですから。追加は想定外だった。であればどう解決するか……。機体を大きくするか筋肉を削るか……」

「その前に……。耐久性だけではなく魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量が増えたとあるが」

「はい。結晶筋肉(クリスタルティシュー)自体に魔力(マナ)を蓄積する特性がある為です。よって筋肉を増やせば魔力(マナ)の蓄積も増えます。そうすると活動時間が増えます」

 

 折角増えた魔力(マナ)で喜んだのも束の間、身動きが取りにくくなる事態になった。

 そうすれば次にすることは軽量化だ。どこを削ればいいのか、という問題に当たる。

 つまり、一つを改良したばかりに他に問題が発生し、それを解決すればまた別のところから問題点が浮き彫りになる。

 

「想定外による問題点の連続浮上は難題でした。それらを解決しなければ折角の技術が死んでしまいます。勿体ないと思った僕は出来る限りの対策を考えました。まずは筋肉だけ別の試作機で様子見をすることにし、データを取ります。これは未整備の機体を借りただけです。次は下半身の支えたる関節部分の改良です。それと同時に骨格をどうにかできないか思案致しましたが……。なかなか思うようにはいきません」

 

 新たな問題点を図に書き込む。

 殆ど問題点が無い部分など無いと言わんばかりだ。

 

「ここでおさらいとして、幻晶騎士(シルエットナイト)の全身は身体強化(フィジカルブースト)という上位魔法(ハイ・スペル)で支えられています。当然、魔力(マナ)が無くなれば構造強化を維持できず機体は己の自重(じじゅう)に抗えなくなる。最悪、自壊するおそれがあります。特に古い部品は顕著です」

 

 身体強化(フィジカルブースト)によって構造強化しているといっても整備の為に機能停止させる時は安定している。そう簡単には自壊したりしない。これは通説として語っているだけだ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)魔力(マナ)を全身に走らせて動かす巨大な機械兵器だ。当然、魔力(マナ)が無ければ何もできない木偶(でく)の坊である。それと人体を模して造られているので休ませ方も人間に倣っている。だから、立ったまま機能を停止させると足に負荷が掛かり続けて壊れる事もありえる。これが自重(じじゅう)による自壊の理由だ。

 

「うむ。お前たち学生に与えたものは骨董品とさして変わらぬものよ」

「今回の筋力増強に関しては従来の骨格を新調しても構造的に支えきれず、崩壊する危険性がありました。それを解決するには身体強化(フィジカルブースト)が必須です。新しい金属の開発は学生身分ではおいそれと出来ませんし、丈夫な金属のあてもありません。無いものは諦めるしかなく、既存の材料で乗り越えなくてはなりません。しかし、今回は運がいい事に陸皇亀(ベヘモス)の死骸が国機研(ラボ)から提供されました。もし、これが無ければ……、二本脚を諦めていたと思います。そもそも足で歩く必要は無いのですし、動きさえすればいいわけで……」

 

 不穏な言葉が周りに聞こえ、幻晶騎士(シルエットナイト)に携わった事のある者達は彼が何を言っているのか理解できなかった。いや、理解するのが怖くなった。

 もし、材料が無ければどういうものを作ろうと企んでいたんだ、この子供は、と。

 それはオルター弟妹も初耳だった。

 黒板に描かれていた幻晶騎士(シルエットナイト)の脚の部分はチョークで乱暴に消された。

 

「窮地にこそ活路を見出す機会があるものです。どの道、完成させるつもりでいました。どんな形に変貌しようと」

 

 口元を歪ませるエルネスティの邪悪な笑みにオルター弟妹のみならず周りに控えていた護衛や従者達が戦々恐々とした。ただ、国王だけは不敵な笑みで対抗していた。

 自分で言いだした事なので諦める、という選択肢は無かった。それは元技術者としての矜持でもある。

 

「従来の幻晶騎士(シルエットナイト)の関節部分は消耗品扱いです。壊れれば取り換えればいい。それゆえに長持ちさせる事が考えられていません。他の部分も似たようなものです。魔力(マナ)で無理矢理維持できるから、と胡坐(あぐら)をかいている部分が多々目立ちました」

 

 単なる改修の説明から幻晶騎士(シルエットナイト)のダメ出しに移行した。しかし、国王はそれを楽し気に聞き入っていた。

 小さな子供に過ぎないエルネスティが見つけた問題点。

 自身も騎操士(ナイトランナー)であった国王は不満点を思い出しながら彼が立ち向かった苦労を我がことのように感じていた。

 

        

 

 何百年も昔から製作と改修が続けられた幻晶騎士(シルエットナイト)は急に現れた天才――才能――によってあっけなく打破されようとしている。それはとても凄い事である。

 国家事業に匹敵するものを子供が簡単に覆せる筈がない。本来ならば無理である。それなのにどういうわけかここ数年で覆ってしまった。

 当初、国王は地味で有名な一族シズ・デルタの恩恵を疑っていた。元々、謎の存在であり、幻晶騎士(シルエットナイト)に携わるライヒアラ騎操士学園で教師も務めた人物だ。いずれ何かしてくると予想、というか予感があった。なのにそれらはエルネスティという全く予想外の人物によって(おこな)われてしまった。

 シズがやっていたのは単なる鉄くずのオブジェ作り。

 

(学生時分であったシズは知識は吸収していたが作業には参加しなかった。その娘がいよいよ動いたかと思えば鉄くずで遊ぶ始末……。更に娘の娘は最近入学したばかり……。勘繰りすぎたようで残念に思ったものよ)

 

 シズの事を考えるのは悪い報告に関係する。しかし、今は(エルネスティの説明には)関係が無い。そうだと頭ではわかっている。

 しばし思考が脱線し、唸るアンブロシウス。それに驚いたのは従者たちとエルネスティだ。説明に不備でもあったのか、と戸惑いを見せた。

 

「陛下? どうかされましたか? ご質問はどしどし受け付けております」

「ああ、すまぬな。続けてくれ」

「え、はい……。では、説明を続けさせていただきます。人の十倍近い巨体を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)は構造を支える金属内格(インナースケルトン)にかなりの負荷を与えます。それを我々は身体強化(フィジカルブースト)魔法術式(スクリプト)で受け止めています。今回の改修に当たって筋肉の増強に伴い消費される魔力(マナ)が膨大になってしまったので、出来る限り節約したいと考え、新たに間接部分を改修する事にしました。しかし、かなりの重量を支える金属は手許に無く、動けば摩耗する部分です。生半可な材質では消費頻度も早くなり、当然整備も多くなります。費用対効果としても損益しか出ません。そこで苦肉の策として陸皇亀(ベヘモス)の骨格を使う事に致しました。これは大量生産に向かず、代替品が出来るまでの繋ぎとして使うことにしました。お手元の資料にあります通り、ざっとですが幻晶騎士(シルエットナイト)の十倍近い大きさの身体を強大な身体強化(フィジカルブースト)で支えていた師団級魔獣です。その関節は素晴らしいの一言に尽きます。一種の芸術品とさえ言えます。今回はそれを小さく細断し、必要最小限の量になるように気を使い、関節部分に使わせていただきました。どのように使用したかは資料をご覧ください。……これで懸念の多くは解決いたしました」

 

 長い説明にもかかわらず、国王は黙って資料とエルネスティの話しに聞き耳を立てる。他の者は手を上げたくて仕方が無かったが、事前に質問する事は禁じられていた。

 聞くべきことは子供が国家事業を(おこな)った事への弾劾である。そんなことを聞くために彼を呼び寄せたわけではないので黙らせた。

 

「解決しただと? わしにはそうは聞こえんな。解決していない懸念は相当残っている筈だが?」

 

 他の者であれば聞き逃してもおかしくない。けれども、国王は騎操士(ナイトランナー)としての経験があるゆえか技術的な専門用語を駆使するエルネスティの言葉でさえたじろぐことなく言い返してくる。それにオルター弟妹は驚き、口を挟むことも出来ない理事長ラウリは気が気ではなかった。

 そんな中にあってさえ強敵と相見(あいまみ)えたように笑顔を崩さないエルネスティの度胸は凄まじいものであった。

 

「ええ。今まで提示した機能を十全に生かすための術式(スクリプト)の問題ですね。ですが、その前に……。こうして機能を追加したり改修したりしたわけですが、その度に不具合が生まれます。それを解決すれば別のところが上手くいかなくなる。なれば全体を一気に解決しなければなりません。用意できる機能は揃っています。後はそれを束ねるだけ……。それには僕一人の力ではどうにもなりません。陛下や国機研(ラボ)の協力が無ければ叶わない。必要不可欠な問題でした。僕一人で出来る事であれば良かったのですが、そうもいきません」

「……つまり。お主は単独開発を諦めたのだな?」

「それは語弊があります。僕はなんでも自分一人で出来ると思っている程傲慢ではありません。みんなで造る事も楽しみですから。仲間と協力して新しい物を作る……。それを否定する気持ちはありません」

「だが、周りはそうは思っていないようだ。此度の改修の殆どはお主の発案が多いそうだな。……それを悪いとは言わんが……、無茶が過ぎるところがあったとか」

 

 そう国王が言うとエルネスティが小さく唸った。

 強引なところは否定しないし、反省するところである。けれども作りたい欲求には抗えなかった。

 目の前にチャンスが転がっている。それを黙って諦めるわけにはいかない、という気持ちが濃く表れてしまった。

 

「それに僕は案は提示出来てもものを作る事が出来ませんでした。特に錬金術師学科の皆さんには大いに助けられましたし、素材を提供してくれた国機研(ラボ)にも感謝しています」

「そなたの熱意に動かされた結果だな。わしも報告を楽しみにしていた。もし、お主が難題に行き詰り黙って引き下がる人間であればグゥエールの完成は数十年も先延ばしになっていたやもしれぬ。そればかりか勝手な改修による経費の請求が……、無いとも言えんな」

「ま、まあ、お金に関しては……、何とも言えません。一生働いてでも返済する所存です。それには実績を積んで良い会社とかに就職しなければなりませんが……」

「確かに。お主ならば国機研(ラボ)で働くことも可能であろうな。……良い、続けよ」

 

 国王の挑戦的な発言に軽く頷く銀髪の少年。

 周りの者達は『まだ続くのかよ』とか『聞き足りない事なんてあるのか』と混乱の極致であった。

 ここに来て国王アンブロシウスという人物はただ玉座に座って偉そうな態度を示すだけの案山子(かかし)ではないことを多くの者が知る事になった。

 こういう説明の場合は大抵、側に専門職の者が控えて通訳するものだ。なのに国王の側にそのような人物は配置されていない。あるのはエルネスティが持つものと同じ報告書の束のみ。

 

「では、説明を続けさせていただきます。先の説明の通り多くの懸念が発生し、その解決策を模索する上で避けては通れないのが頭脳と心臓です。幻晶騎士(シルエットナイト)において重要な二つの部品は学生には軽く扱えず、解析と改造などは諸侯貴族、国王陛下に許可の申請をせねばなりません。今回は心臓部を諦めましたが、頭脳を(つかさど)魔導演算機(マギウスエンジン)の解析はどうしても必要でした」

 

 これについては国王自身は許可を出してもいいと早期に思っていた。

 得体の知れない子供にいじらせるのは遺憾である、ということで反対多数で否決されてしまった。

 最終的には(エルネスティ)の熱意勝ちだが。

 

「先にも言った通り、幻晶騎士(シルエットナイト)は全身を身体強化(フィジカルブースト)術式(スクリプト)で構造を支えています。普通であれば当たり前とおっしゃることでしょう。しかし、改修によって生じた負荷まで適切に処理するとは思えません。既に組まれた術式(スクリプト)というのは柔軟な変化に対応出来ないものですから。そのままでは早期に破綻いたします。……まあ、自分で魔導演算機(マギウスエンジン)を自作しろ、という意見はその時全く思いつかなかったのですが……。ディートリヒ先輩の為に頑張ろうという気持ちが強すぎて盲点でした」

「……これは興味からだが。魔導演算機(マギウスエンジン)をお主は自作できるか?」

「……さすがにすぐに……とはいきません。先人の知恵は侮れないものがあります。無から作る事は僕でも難しいし、おそらく……五年以上は研究に没頭しなければならないと試算しております」

 

 頭脳の仕組みを勉強するところから始める場合、既存の知識を理解するのに数か月は絶対に必要だ。そこから魔法術式(スクリプト)を構築するのに時間はそうかからないと予想している。

 この理屈だと半年もあれば出来そうだが――最初の数か月を得るには卒業しなければならない問題がある。(くだん)の知識を得るためには国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向する必要がある。学業の片手間で教えてもらえる程、簡単ではない筈だし、ここに国王の強権を発動させるのは後々不味そうな事態を生む可能性が高い。ゆえに五年というのは最低限度の数値である。――正確には六年かもしれないが誤差の範疇だ。

 後は(がわ)の製造だ。

 制作に関してはエルネスティも単独で造る事に慣れておらず、今は知識のみしか持っていない。

 五年というのはあくまで指標であり、もっと早く完成する事もあり得る。ただし、そこから更に改良する事になるので真に完成品となることは無い。

 

(……その歳で五年かかると言うか……。もし、その言葉が真実になればフレメヴィーラ全体が震撼するほどのことよの)

「それと心臓部たる魔力転換炉(エーテルリアクタ)……。触らせてもらう機会があり、確認してみましたが……。あれは更に厄介です。素材からして不明。どういう原理かも不明……、何となくは分かるのですが……。大気中のエーテルを魔獣が体内に持つという触媒結晶を介して魔力(マナ)に変換する仕組み……。これを機械的にどう作用させているのかが全く分かりません。分かるのは変換できる仕組みが存在している、ということのみ。これを無から作るのは……、おそらく十年ではきかないと思われます」

「……ほう。お主でもそこまで言う代物であったか」

 

 もし、何とか頑張れば出来ます、と言おうものならそれはそれで驚きだ。

 彼とて出来ないものがある、ということはとんでもない生物ではない証拠だ。

 少し賢いだけの――幻晶騎士(シルエットナイト)が大好きな少年。それがエルネスティ・エチェバルリア。

 

「問題なのは大きさです。魔力転換炉(エーテルリアクタ)程の大きさにまとめる技術の高さ。僕はそれに感服しております。あれに匹敵する機能をもし自作するのであれば相当巨大なものになります。それくらいならばエーテルを魔力(マナ)に変換する装置を作る事は……おそらく可能かと」

「……はっ? つ、作れるというのか?」

「理論の上では……、と言っておきます。原理は分からなくとも実際に僕たちは触媒結晶を扱えますからね。小型化を諦めれば無理矢理で出来なくはないです。それを成すには魔獣を絶滅するくらい狩る必要があるかもしれません。そうなると生態系が崩れてしまうおそれが……」

 

 エルネスティにとって問題は幻晶騎士(シルエットナイト)の大きさに合う仕組み作りだ。

 あまりにも逸脱した大きさは彼とて望んでいない。それは頭脳たる魔導演算機(マギウスエンジン)も同様で、相当量の魔法術式(スクリプト)を用意すれば理論上不可能ではない、と説明した。

 国王はこの意見に大層笑った。

 これが荒唐無稽であれば呆れるところだ。しかし、彼は理論立てて製造する仕組みを説明してのけた。

 そう。聞けば答えてくる。答えられるだけの土壌(知識)が彼の頭の中にはあるのだ、と。

 

        

 

 ずっと喋らせていたので喉を潤すための飲み物を用意させた。他の者にも同様に。

 叩けば出てくる(ほこり)の如く。エルネスティに限界は無いのかと驚いた。これは国王の素直な感想だ。

 

「自作についてはまたの機会として……。なんとか魔導演算機(マギウスエンジン)の解析の許可が下りる事になったのですが……。多くの負荷を軽減するため、多数の無駄を排したわけですが……、長年の積もり積もった埃のように払えばすっきりと……」

 

 と、にこやかな笑顔になるエルネスティ。その時の様子が何故だが手に取るように幻視出来た。

 相当、見晴らしの良い景色が彼の中には映し出された事だ、と。

 

「内部を大幅に入れ替えた機体ですから、最適化するのに少し手間取りましたが。身体を支える時に発生する様々な問題(不具合)を取り除けば水を得た魚……。僕もびっくりするほど良い動きを見せてくれました」

「報告だけみれば筋肉の増量と関節部の刷新を除けば大したことはしておらんのう。後は全身を制御する頭脳を矯正したところか」

「はい。関節部に関してはまだ改良の余地があるかもしれません。天然素材は数が限られていますから。ですがっ! モデルケースさえ作れれば改良には然程時を必要としないと思われます」

 

 自信を持って言い放つエルネスティ。その自信は何処から来るのか、国王は大いに興味がわいた。ただ、それに反比例するように諸侯貴族達の顔は蒼白になっていた。

 なんなのだ、この子供は、と。

 国家の秘事をいともたやすく何度も覆しおって、とか色々と小言が漏れる。

 

「……もでるけーす?」

「試作品のようなものです。後は模倣です。形さえできれば人間、何とかなるものです。それまでが大変なのですかけれど」

「……(まこと)、ラウリの孫は傑物よの。わしは大いに驚いたわい。見事なり、エルネスティ。完成品の動きは勿論存じておるが……。数値からして信じられん。……して、その幻晶騎士(シルエットナイト)は未だ()()……なのだな?」

「無事とは? 模擬試合の後、再検査にかけましたが異常は見られませんでした。結構丈夫に作ったと自負しております」

「……いや、悪く思うな。通常であれば稼働した後の幻晶騎士(シルエットナイト)は部品の取り換えがあるものなのだ。それが一つも無いというのはわしの記憶する限り、一度とてなかった筈だ。つまり、お主が作り上げた幻晶騎士(シルエットナイト)はそれだけ高性能で品質も上質なものであるという事だ。特にこの魔力(マナ)消費量の軽減は凄まじいな。一気にここまでのものになるとは……。心臓部まで任せればもっと凄そうなものが出来そうだのう」

「……僕の見立てでは心臓部というのは魔力(マナ)の変換効率を伸ばす程度で、大幅な増強に繋がるかは未知数です。過剰戦力を期待する場合は取り組まなければならない問題なのでしょうけれど、あまりに強すぎる力は僕とて怖いと思います」

「怖い? 今以上の戦力に繋がるかもしれぬのだぞ」

「いえ。僕は様々な幻晶騎士(シルエットナイト)が作れればいいので。それが国と国が争うようなものに発展するのは本意ではありません。試合形式であればこの限りではありませんが……。それに彼らが悲しむのは僕とて嫌です」

 

 横に控えているオルター弟妹に顔を向ける。

 特にアデルトルートは間違いなく軽蔑してくる。いや、大声で怒鳴り散らす。

 更に母であるセレスティナが喜ぶとは思えない。(マティアス)は少し喜びそうだが――

 魔獣退治には協力できるが人を殺すための兵器は抵抗がある。少なくともそういう目的で幻晶騎士(シルエットナイト)を扱いたいわけでは無かった。

 大きなプラモデル以上の考えは持ち合わせていない。

 

「わしの勅命の場合はなんとする?」

「国外逃亡でしょうか? ですが、人質を取られると思いますので仕方なく従うしかなくなりそうです。僕とて命は大事だと思っていますから……。そうですね……、現実逃避して開発に従事すると思います」

 

 意外な言葉に国王は驚く。しかもほぼ即答だ。

 彼ならば少なくとも逃亡すると踏んでいた。フレメヴィーラ王国に敵対してでも自分の信念は曲げない、と思っていた。

 ここに来て自分の命を優先する卑怯者を選ぶとは。

 

(……(そし)りを受けても生き延びようとする覚悟を持っていた場合は勇気というのだろうか。そうではない筈だ。エルネスティは……お前は何をその目で見てきた? 中等部に過ぎない子供が抱くには(いささ)か不自然ではあるな)

「それとも……、それがご機嫌が優れなかった原因に繋がるのですか?」

「……まあ、当たらずも遠からず……。どこの国かは調査中だが……。我が国にケンカを売ってきた者が居る。……それも無視できない形でな。その対処に追われていたのだ」

 

 秘密情報の筈なのに平然と言ったのは相当頭に来ているからだとエルネスティは予想する。その証拠に発言を制限しようと何人かの貴族が進言を試みた。

 それらは国王が軽く手を振って制していく。単なる愚痴よ、と言いおいて。

 

「あえて聞くが。お前が作り上げた技術などは最近完成したもので相違ないな?」

「報告書に記載した通りでございます。お疑いならば担当した作業員に尋ねてもらっても構いません」

「うむ。それともう一つ……。その幻晶騎士(シルエットナイト)は何機作った? よもやライヒアラ騎操士学園の目を盗んで建造できるような施設を持っているとは思えんが……。確認の為だ」

「はい。エチェバルリア家はもちろん、知り合いのドワーフ族の店も大掛かりな敷地はございません。まして、大きな幻晶騎士(シルエットナイト)を隠せるほどのものは……。キッド達の家ならば可能かもしれません。僕は彼らの敷地を知らないので」

「そうか。セラーティ侯爵の敷地はわしが存じておる。後は移送か……。とはいえ不毛よの」

「機体数ですが、同時に改修していたのは他に二機です。それらは作業員の方々が(おこな)っていたので完成したかどうかは存じません」

「それについても確認している。つまり都合、三機だけか」

 

 はい、と元気よく答える。

 それ以上は整備の為の幻晶騎士(シルエットナイト)しかエルネスティは知らない。

 

「小型化した幻晶甲冑(シルエットギア)も同数製作いたしました。あれならば制作に携わった作業員に尋ねられれば答えてくれると思います」

 

 もちろん、それも報告書に記載している。

 現行三機のみ。追加で作っていたとしてもエルネスティとオルター弟妹しか使いこなせない難物である。改良もまだだったはずだとエルネスティは記憶していた。

 

        

 

 分かっている事を尋ねるのも心が痛む、と小さく呟く国王。

 その後、少しの間唸る。何かを悩んでいるように思えるし、エルネスティも質問してくれれば何でも応えたい気持ちがあった。隠す気など微塵も無い、と言わんばかりに。

 

「使用目的は分かりませんが、陸皇亀(ベヘモス)以外の事でしたら技術供与はある程度()めるのではありませんか? 単なるアイデア程度が多いですし。特別な秘密兵器を作り上げたわけでもありません。それが人殺しの道具にするつもりであれば……、考えてしまいますが……」

「……相手は得体の知れない賊だ。賊を使って情報を得ようとする国が正しいかもしれん。そんなことでお前の技術をくれてやる義理は無い」

「……賊。……賊? ………」

 

 ごく最近、身近で怪しい気配を感じた。それが何なのか、何故か思い出せない。というか思い出したくない思い出のように。

 時間が経つにつれ、汗一つかかずに国王相手に長く説明してきたエルネスティの額から脂汗が流れ出る。

 それと同時に心臓が強く鼓動し始めた。

 

「えー、あー……。その……国王陛下……。言葉にするのが非常に難しいのですが……。何故か、とっても身に覚えがあるのですが……」

「……そなたの顔を見れば言いたいことは理解できる。さすがの貴様も無視は出来んか」

 

 今までにこやかに、平静に、冷静に――

 取り乱す事など無かったエルネスティが顔面を蒼白にしている。やはり特別な生物ではなかったのだな、と(むし)ろ国王は安心した。それと同時に酷な事を告げねばならない気持ちが胸を締め付けてくる。

 時期を改めた方がいい気がした。彼の功績を(たた)えるために今回は呼んだのだから、気持ちよく帰ってもらいたい。

 

「これは単なる興味なのだが……。わしは売られたケンカは買う主義でのう。この場合、国王という立場でわしはどう振舞えばいい? 報復が一番良いと思っているのだが……」

「いけませんっ!」

 

 エルネスティは即刻大声で言い放った。

 笑顔が可愛い男の子が真剣に怒りを表した。

 

「そ、そんな……、陛下は国の(かなめ)……感情論で動かれては民が困惑いたします」

「……その通り」

 

 と、横に控えていた貴族の一人が言った。

 それに国王は軽く唸る。

 

「あえて不敬を承知で言わせていただきます。報復は報復による連鎖を生みます。絶対にダメです。まずは調査隊を……」

幻晶騎士(シルエットナイト)にしか興味が無いと思っておったぞ。政治にも口出しするのか、貴様は」

「何をおっしゃいます。国が荒れては幻晶騎士(シルエットナイト)どころではなくなるからです。この国は魔獣を相手にしていればいい平和な国であってほしいです」

「……お前もなかなか無茶な論理を展開するのだな」

「エル君ですから」

幻晶騎士(シルエットナイト)に関われなくなると禁断症状に見舞われるかもしれませんよ」

 

 オルター弟妹の言葉に何かを思い出したのか、国王はラウリに顔を向ける。

 よき理解者が多くて羨ましいと、暗に言っている顔だ。

 

(なかなかどうして、言うではないか。完全に興味がないから勝手にすればいい、とか言うと思っておったぞ。……しかし、()()を見ても同じように冷静でいられるか……。……いや、確かに……、報復は暴論だな、やはり……)

 

 誉めるために来てもらったエルネスティを嫌な気持ちにさせては本末転倒だ。それに今の暴論で多少なりとも傷つけてしまった。その自覚は国王としても持ち合わせている。

 本音を言えば彼に意見を貰いたかった。どうすればいいのか、権力に頓着しない柔軟な発想を持つ歳若い若者代表として。

 

        

 

 賊関連はエルネスティの意見を取り入れ、調査隊を結成する事を約束する。安易に国を戦火に巻き込まない事も。

 その代わりにもう少しだけ話しを聞かせてもらうことにした。

 

「それはそれとして、だ。ラウリも他の……、国機研(ラボ)の連中からも聞いたのだが……。改修ではなく新型を作った、という事になっておる。それについてお主の考え……、というか気持ちを聞かせてもらおうか」

「は、はい。では、率直な感想を述べてさせていただきます。旧来のサロドレア型幻晶騎士(シルエットナイト)グゥエールは中身がほぼ新造部品に替わりました。僕としては改修型なのですが……。新型ともいえなくもないというか……。すっかり動きが変わってしまいました」

「新たな名が与えられたようだが、騎操士(ナイトランナー)から同意は得たであろうな? その者からの報告は受けていないが……、どういう反応があった?」

「もちろん、同意を貰いグゥエラルと名付けました。改修の延長という意味で元の名前からもあまり離れないように、と……。ディートリヒ先輩は大変喜んでくださいました。実に動きやすいと。見ていた僕も驚いたほど。実に滑らかに稼働しておりましたよ」

「わしはそこまでしろとは言っておらん。それゆえに驚いた。お主は妥協というものを知らんようだ」

 

 それが悪いとは思わないが学生に出来る事は限られている。それを覆すような事をすれば諸侯達が騒ぎ出す。そして、何らかの悪意が生まれるものだ。

 悪意に関しては不明な点が多いのでエルネスティに責任を押し付けるつもりは無いし、考えてもいない。

 

「人が乗る幻晶騎士(シルエットナイト)です。変に妥協して大きな事故が起きては困ります。その為には安全対策は万全を期しました。……それがああなったわけですが……。いくら形や能力が向上しようと潰されるのは中に居る騎操士(ナイトランナー)です。僕は少なくとも自分の作るもので人死にが出るようなことは嫌でした。命は大事です。一つしかないのですから」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)だけに熱中する子供と思いきや、命に関して力説する。それもまた国王にとっては驚くべきことだ。

 エルネスティという少年の熱意の(みなもと)とは幻晶騎士(シルエットナイト)だけではないようだ。

 

「その心掛けは大したものだ。……だが、貴様は国の秘事に一人で立ち向かい、それを成した。前代未聞と言ってもいい。数百年の研鑽の果てに新型は生み出されるものだ。それを急に表れた貴様は簡単に成し遂げてしまった。本来なら新型の製造に対し、褒めるのがわしの立場だ。だが、歴史を無視できないのが諸侯貴族の立場だ。この場合、お主はどういう立ち位置に居ると思う?」

「……大勢の立場の方としては僕は厄介者という事でしょうか?」

「そうではないが、間違ってもいない。……あまりなじみは無いと思うが教えておこう。そのような場合、わしは成功者を誉める。場合によれば貴族位に置くこともあり得るし、お主の場合は特例として騎士に召し抱える事も出来る。……言いたいことは理解できたか?」

 

 エルネスティ以外は理解できた。

 国の偉業を一人で成し遂げる人物に対し、その身に余る栄誉を賜る。つまり、他の貴族連中からすれば非常に面白くない人間の誕生を意味する。

 セラーティ侯爵の嫡子であれば彼の一族は繁栄が約束される。他の貴族もそうなる。その為に我が子に様々な知識を学ばせるものだ。

 今回はエチェバルリア家全体が(くらい)を上げる事になる。敵対貴族が居ないのであれば問題は無い。ライヒアラ騎操士学園は拍が付くし、本人にその気があるのかは分からないが学園の理事長職にそのまま収まる事もありえなくはない。

 将来を約束された存在になるのは確実だ。それによって多くの妬みが生まれる事も考えられるが――

 

「……えーと、僕はこの歳で騎士になると?」

「それどころか一個師団に入れる事も、その団の団長の地位もありえるぞ」

「……まさか。それこそ暴論ではありませんか?」

「それだけの価値があるのだ。その国家事業というものは。だからこそ大勢の人間が関わっている。その大勢を一足飛びに飛び越えてお主は偉業を成し遂げたのだ。ある意味では蹴落とした、といってもいいくらいにな。既に国機研(ラボ)は大慌てよのう。得体の知れない若造にお株を奪われたのだから」

 

 実に楽しそうに国王は言った。

 これはエルネスティを窮地に貶めるつもりでの発言ではない。堅物揃いの国機研(ラボ)を冷やかせて面白がっている。

 国王としても新開発の幻晶騎士(シルエットナイト)の誕生は素直に嬉しかった。だが、それを成したのが年端もいかない子供なのだから大いに驚いた。

 

「先の話題でわしは非常に機嫌が悪い。そんなわしを楽しませる気はあるか?」

「……僕としては……、国王陛下がご所望であれば叶えたい気持ちはあります。もちろん、平和的な手段に限られますが……」

「いずれ人との戦闘もあるやもしれぬぞ。幻晶騎士(シルエットナイト)を持っているのは我が国だけではない。魔獣の居ない国では戦う相手は限られてくるからのう」

 

 東は魔獣に専念できるが西側諸国はそうはいかない。

 人間同士の覇権を争う血で血を洗う戦場が存在する。今は彼に詳細まで告げる気は無いけれど――

 ここまで言ったのだから幻晶騎士(シルエットナイト)造りを諦めるかもしれない。

 国王としては子供に戦争の道具を作ってくれとは言いたくない。けれども国を守るためには必要になるかもしれない。その事実を知る大人として言わなければならない事があるだけだ。

 

「ここまで関わったお主だ。最後の部品を諦めるわけはないであろう?」

(最後とは心臓部……。でも、僕はここにきて迷い始めている。……戦争の道具になる。そんなことを考えないようにここまで来てしまった。歴史の授業を話し半分で聞き流したのがいけなかった)

 

 けれども――途中で諦めるわけにはいかない。手を伸ばせば届くところにまで来ているのだから。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の心臓部を除けばほぼ全て掌握したようなものだ。その上、心臓無しでやめますとは言えない。

 自分には自分の為だけの唯一ともいえる幻晶騎士(シルエットナイト)を作り上げる目標がある。その為に今まで頑張ってきた。

 もう少しで最後のパーツが手に入る。だが――

 

(それは同時に戦乱の予兆です。この国に凄い人間が居る事が諸外国に知られてしまう……。既に知れ渡っているのかもしれません。その事を失念したまま情報を国内に流してきたようなものですから。……きっとシズさんは巻き込まれただけ。僕のせいで……かもしれないけれど)

 

 シズはおそらくエルネスティの身代わりだ。まさか子供が幻晶騎士(シルエットナイト)を作っているとは思わない。ということは何者かが外国に情報を流している事になる。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の改修に意識が向いていたエルネスティは今更犯人を捜すことは出来ないけれど、責任は感じた。

 

        

 

 責任を感じたからと言って幻晶騎士(シルエットナイト)に関わらなければいいのか、というのは時間の問題である。今日でなくとも将来的に巻き込まれる誰かが現れる。

 たまたまシズだっただけだ。今回はエルネスティも他人事(ひとごと)とは思わない。

 制作者は責任も付随する。それは他人にプログラムを提供する立場であった頃と然程変わらない。

 だから、安易に逃げてはいけない。

 

「制作者の責任として……。不十分なもので満足しないために。最後の部品を求めたいと思います」

「よく言った。ここに居る諸侯は証人だ。良いな?」

「へ、陛下っ!? このような子供に委ねるおつもりですか?」

「外に流れるより召し抱えた方が良かろう。誰が責任を持つかは後で決めるとして……。決まらなければわしが面倒を見る事になるぞ、クヌートよ」

「……おそれながら、陛下。お戯れが過ぎますぞ」

 

 国王と歳が近い男性貴族クヌート・ディクスゴード公爵は食って掛かった。それが出来るのも国王と長い付き合いがあるからだ。他の貴族は唸るだけ。

 その中に合ってセラーティ侯爵はオルター弟妹の様子を見ているだけで大人しく佇んでいた。時折、軽く頷いたりするくらいだった。

 

「エルネスティ。そなたは中等部一年だったな?」

「はい」

「では、中等部三年の卒業間近に……、国機研(ラボ)と勝負いたせ。条件はわしの度肝を抜く幻晶騎士(シルエットナイト)を作り上げること。大きさは出来るだけ標準でなければならん。これは試合会場の都合もあるし、競うのは外見ではなく性能だ。戦ってもらうのだからな」

「了解しました」

「公平を期すためにある程度の情報を国機研(ラボ)に渡すことになる。新型と旧式では勝負にならん。新型には新型で当たらねばな。それと関節部に使った陸皇亀(ベヘモス)の材料は特例として認めるが、それ以上は許さん。残りは既存の技術で賄うように。追加の資材も従来品のみとする。……結構厳しい条件だと思うが……、構わないか?」

「もちろんでございます。しかし、同じ幻晶騎士(シルエットナイト)が出来上がる可能性があると思われますが……」

「それはあり得ん。奴ら(国機研)が作るのは量産機だ。そう命令してある。向こうは費用対効果を。こちらは奇抜さと性能で立ち向かう」

 

 そう言うと得心がいったエルネスティは不敵な笑みを見せる。

 既に国王は国機研(ラボ)が作る機体に見当がついている。しかし、こちら側は予測不能の幻晶騎士(シルエットナイト)を作れ、ということだ。

 自由な発想が許される分、気が楽だが戦闘に耐えうるものに仕上げるには資材と時間が必要だ。人材は既に用意されていると言ってもいい。特にエルネスティの要求に応えられる者は限られてくる。

 

「それほど多くは作れないと予想するが……、多くて五機くらいだろうな。最低でも一機だ。グゥエラルとやらに相当時間をかけたようだから……」

「……今から取り掛かって……新型となると……。確かにそれくらいはかかってもおかしくないですね」

 

 そもそも新型を数年で造れるはずがない。要望したとしても従来であれば百年後だ。それを二年足らずで造れと命令している。

 それが出来るのはエルネスティだけだ。そして、国王はよく理解していた。

 改めてエルネスティは驚かされる。自国の王様アンブロシウスに。ついでに細かい指定が気になる。まるで事の成り行きを手に取るように把握しているようで――

 もしかして国王には見えているのかもしれない。勝負の流れが。そうエルネスティは予想する。

 

「この勝負は熟練の職人集団たる国機研(ラボ)と素人同然の学生集団の戦いだ。それに勝利すれば魔力転換炉(エーテルリアクタ)をわしの権限で個人的に提供しよう。……さて、改めて聞く。この勝負、受けるか? 負けても罰則はない。多くの者に嗤われるだけだ。所詮子供の児戯だったとな」

 

 試合は秘匿されるものではなく、多くの観客が居ると公言したも同然だ。

 であれば国王以外に見せる相手が居る事になる。それは誰なのか――

 

「いいでしょう。受けます。……最後のは余計です。ですが、こちらも要求したいことがあります」

(このタイミングは謀られたもののように感じますが……。いいでしょう、乗ってあげますよ)

「言ってみろ。挑戦者の正当な権利として認めよう」

「ありがとうございます。では、遠慮なく……。勝利の暁には魔力転換炉(エーテルリアクタ)を提供されるということですが……。既存の部品では満足できません。むしろ、僕が作りたいです。欠陥品だと分かっている部品より徹底的に仕上げた完成品がいいです」

(……ただ、懸念は残っています。全てのパーツが揃っても建造に必要な拠点がありません。従来通り学園の工房を使わせてもらうことになるのでしょうか?)

 

 既存の魔力転換炉(エーテルリアクタ)を欠陥品と(のたま)うエルネスティ。

 この発言に対し、多くの貴族、従者たちが唖然とした。その中にあって国王だけは大きな声で笑った。

 実に満足げに。さすがは豪胆な若造よ、と。

 豪胆と言われて少し不満げなエルネスティ。ただ、この発言も国王の想定内のような気がしてならない。

 この勝負は外国に向けてのパフォーマンスを兼ねているとしたら――

 

(国の未来を憂いていれば必然か……。なかなか侮れないお人のようだ。でも、魔力転換炉(エーテルリアクタ)は貰いますよ。くれるって言ったんですから)

 

 今度はビクビクして分析しなくていい。自分の裁量で分析し、改造できる。

 その為には国王を驚かせる必要がある。何やら想定内の場面を浮かべているようなので、それを覆す機体を用意しなければならない。だが、あまりにも巨大なものでは移動や戦いにならない。反則的では印象が悪くなる。勝負どころとしての最低限の規則は守れ、といったところ。

 事前に細かく指定しなければ勝負としての楽しみ()()()()まで覆すと危惧されている。

 

(つまり、常識の範囲は出来るだけ守れ。でも、びっくりさせてみろ、と。やりましょう。やってみせますよ)

 

 それに現状の資材だけで造らなければならない。おそらく制作場所は学園の工房のみ。

 秘匿性も(かんが)みて造れる程度は自ずと決まってくる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()エルネスティにとって大事なことはただ一つ。

 やり甲斐のある仕事である事だ。楽しくなければこの先も続けていけるわけがない。

 これは自分の趣味の強さを見せる――見せつける戦いでもある。

 

 



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従来と奇抜編
#021 ラボとの協議


 

 国王アンブロシウスとの謁見の後、とんでもない要望を聞かされたエルネスティ以外は顔面を蒼白にしていた。特に祖父であり理事長ラウリ・エチェバルリアは幾分か寿命を縮めた。

 気分のすぐれない祖父を気遣うエルネスティだったが頭の中は新型機の設計思想の構築に染まりつつあった。

 何を作るにしても指針は必要である。

 

「そういえば、幻晶騎士(シルエットナイト)騎操士(ナイトランナー)はこちらで決めてもいいものなのでしょうか?」

「それは後で聞いておこう。それよりとんでもない事になってしもうたの」

 

 国王自ら孫に新型機の制作を命じるとは――

 何らかの目的があるにせよ、貴族諸侯を介さずに直接命じられるのは国王の特権である。今頃、貴族たちに文句を言われている頃だとしても一度決めたことを覆すような曖昧な人ではない。

 

「おじい様。陛下からの(めい)は受けましたが勉強や健康には気を付けていきます。家族を心配させないように……」

「そうしておくれ。ともかく、無茶だけはしてくれるな」

「はい」

 

 素直な返事はとても可愛い。それがどうして大型兵器に興味を持ってしまったのか。

 子供らしく、というのはもう無駄かもしれない。ラウリはとにかく孫の安否を気遣った。

 一気に老け込んだ祖父を自宅に送り届けた後、オルター弟妹と三人で散歩に勤しむ。今日は一日幻晶騎士(シルエットナイト)の作業には携わらないと決めて――

 

「……国王陛下相手にお前はすごかったよ」

「そうですか? プレゼンテーションとしてはまだ言い足りない気がしたのですけど」

「……エル君、よく酸欠にならなかったわね。私なら途中で逃げ出す自信があったわ」

 

 挟まれる形でエルネスティは彼らの言葉を聞いていた。

 自分が作り上げたものを説明する事は嫌いではない。商品を説明する事と一緒である。

 多くの人材が関わる幻晶騎士(シルエットナイト)において秘密主義は不信を招く。切磋琢磨してもらう方が作りてとしても刺激を受けるものだ。より改良し、より良いものを作るために。

 競争心を否定するわけではないが、身内で争うのは好きではない。今の自分はまだ多くを学ぶ学生である。

 

        

 

 国王陛下の下に(もたら)された凶報は天上世界の住人達にも届いていた。アンブロシウスから、ではなく端末たちの報告によるものだ。

 派遣先の国で二体のシズ・デルタが凶刃に倒れた。それをどう回収すべきかで創造者ガーネットと配下の者達とで議論が交わされていた。ただ、下界の住民とは違い、危機意識が違っていた。

 円形に並べられたテーブルの一角に座るガーネット。異形種である彼は人間の姿と遜色ない多くの自動人形(オートマトン)達の中でも浮いた姿をしている。けれどもそれを異常だなどと思う者はこの場には存在しない。

 武骨で逞しく、戦闘用としては優秀な殺人人形といっても差し支えない。

 

「ここに来て端末を狙うとか……。ありえないんですけど」

 

 見た目にそぐわない軽い発言に同僚のホワイトブリムは苦笑する。

 その名が表す姿であれば服飾そのものでなければならないが、体現しているのは色だけだ。

 爬虫類のようで猛獣ともいえる異形の彼もまた大勢の中から見れば浮いて見える。こちらはガーネットと違い生物的な異形種だ。

 

「ようやく僕達の時代が来た、って感じだね」

 

 楽しそうにガーネットは言ったが事態は深刻なものとして他の端末たちは受け止めていた。けれども、至高の存在にとっては些事である。だからこそ誰も異見を唱えない。

 それが出来るのは同じ至高の御方だけだ。

 

「私達の存在に連なるとは思われていない筈だよ。精々、他国の間者(スパイ)

「マジで? 残念だなー」

「何がだい? 彼らが私達の存在を認識すると……、色々と忙しくなるよ。……予想じゃあ五年もあれば本格介入することになるよ」

「……ご苦労な事だね。僕らが馬鹿正直に地表に降りると思っているのかね?」

 

 不敵な発言に対し、ホワイトブリムは呆れを見せる。

 実際のところ戦争に発展させる気は二人ともない。あると仮定した場合は数個の質量兵器を落とすだけで決着する。

 現地の戦力に合わせる必要はそもそも無い。

 

(……こうして見つけた文明を自分達が破壊する事になるわけだ。実に我がままで神にでもなったつもりか、とか言われる事になるんだろうな)

(白い両生類の()()神様ですが)

(僕はただの機械人間ですもんね。神様っぽい部分が見当たらない)

 

 小声で言い合う至高の御方。

 そしてすぐに思考を切り替える。

 この星を発見し、調査の名目で端末を送り出してまもなく一世紀半。いや、もっとだ。人間の感覚ではまだ数十年も残っているけれど。

 長いようで短い年月だった。とはいえ、もっと長い時を過ごしている彼らにとっては一瞬の出来事だ。

 

「端末たちよ。多少の些事が起きた程度だ。取り乱す事のないように」

「承知しました」

 

 従順な彼女達は声を揃えて返事をした。

 至高の存在だからとて一方的に発言を潰す気は無い。今回は一つの方向性を示しただけだ。それに彼らも『睡眠』を必要とする。その期限も決められていた。

 眠る必要のない種族だとしても精神的な部分は危うい。そう本人たちは思っている。だから、定期的に起きて無数のシズ達と『言葉』を交わし、精神の安定を図っていた。

 暗黒空間に満たされた宇宙はとても娯楽に飢える場所だ。騒乱すら児戯に過ぎない。

 

(けれども二世紀は過ぎた。……下界の時間ではそうなっているみたいだけど……)

(ちょっと眠ったらそれくらいすぐ経っちゃうよねー)

 

 長い時間をかけた調査の結果を前にして思うのは『悲願』である。

 天上の世界から見下ろすだけで彼らは満足する存在ではない。神様的な振る舞いはやむを得ない事情があるから(おこな)っていただけだ。

 一言で言えば――

 

 安全性。

 

 大気成分や様々な事象作用など。

 都合のいい惑星は実のところ存在しないに等しいくらい稀有なものである。多くの奇跡が結実して文明は生まれる。

 それを気まぐれで壊したいと思うほど、彼らは莫迦(ばか)ではない。

 いや、バカである方が気が楽である。難しい理屈はある程度無視する事にもしている。

 

「やあ、僕たちは君達をずっと見守っていた神様だよー、とか言ったら笑われるかな?」

「確実に変人だと思われるに一票」

「ふん。傲慢な神め。この星は我々人間のものだ~。……そして長い戦いが勃発。そこに謎の天才が現れ、神を(おびや)かしていくのであったー」

「……という流れが一般的だよねー。そろそろ、そんな存在が色々してくると思うけれど……。実際に五十年とか経過しちゃうと待つのが馬鹿らしくなるよね。大抵は時代が動いたな、と思ったら数年で凄い発展とかしそうなものなのに」

「してるじゃん。新型幻晶騎士(シルエットナイト)が完成。きっととんとん拍子で技術的革新に至って……、あと十年以内に僕たちに攻撃を仕掛けてくる。という確率はとても高いと思う」

「こうしてのんびりと危機感の薄い会議をしている間に油断した神は拠点を破壊されて宇宙の藻屑となりましたー。ハッピーエンド」

「実際には寿命を迎えるまで続くんだけど……。まさかねー……。これ(アイ・オブ・インフェルノ)が一つだけとは思わないよね? とか言ってみたい」

「どうかな? 革新的な方法で覆してくるかもよ」

 

 危機感の薄いガーネットとホワイトブリム。しかし、実のところ彼らは慎重に防衛設備を整えている。元より油断はしていない。更に言えば()()()()()()()()()()()で安穏としているわけがない。

 これは単にエルネスティ達が住む星()()を警戒しての事ではない。

 広大無比な宇宙は様々なものが飛び交っている。それが小さな岩石だとしてもまともに激突すればただでは済まない。

 理不尽な物理法則を小さな存在が覆す事は不可能に近い。

 理不尽に対抗できるのは理不尽だけだ。そしてそれを彼らは何度も経験してきた。

 

        

 

 期日まで二年。それが遅いか早いかと問われれば早いとエルネスティは答える。

 国王の要望も大事だが学生としての本分も忘れてはいない。それから国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から出向してもらった三人の協力者は三ヶ月という期日をもって帰ってしまう事が伝えられた。

 情報共有によって作られる幻晶騎士(シルエットナイト)の模倣をおそれた、というよりは何らかの細工を施すような妨害工作を抑止するためと思われる。

 エルネスティとしては妨害を除けばずっと居ても構わないと思っていた。

 切磋琢磨に模倣はつきもの。――ある日、学園の食堂にて食事会と称して話し始めた。

 

「……それに何を作るか決まっていませんし、安全面での助言も欲しいところです」

「君は凄いな。権力欲……というか上昇志向は無いのか?」

 

 共に作業をすることになった国機研(ラボ)の一人が苦笑交じりで尋ねた。

 自分達が分からないと言えば平然と図面や説明を始める。そこに秘匿性が無いのが怖いと最初は思った。

 

「それほど興味はありませんよ。僕は幻晶騎士(シルエットナイト)を作ったり関わったり出来ればいいので」

「それに君が考えたアイデアを持ち帰って検討しているのは事実だ。それも平気なのか?」

「僕の案にはまだ多くの穴があると思いますので。専門職の人が修正してくれるのでしたらありがたいと思っています。……出来れば僕の方にも報告書を回してくれれば……」

「あ、ああ。それは構わない。元より君が考えた事だ」

「期日までに作る幻晶騎士(シルエットナイト)だが……。グゥエラルのようなものを用意する気かい? 既に出来ている機体なら制作も容易だと思うのだが……」

「これは土台にする予定です」

 

 何でもない事のようにエルネスティは言った。それに対し、聞き手の三人の時が止まる。

 時間にしては一分にも満たないのだが――今彼は何と言った、という疑問符が脳内を受けつくす。

 

「……はっ?」

 

 エルネスティは愛用の黒板を持ち寄り、軽快なチョーク(さば)きで絵を描く。

 この黒板は折り畳み式になっており、必要な時に展開できる優れものだ。持ち運びに関しては日常的に身体強化(フィジカルブースト)を改良した限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)により、筋力を上げているので重さによる苦痛は軽減されている。

 限定にしているのは無駄を無くす処理に身体を慣らしている為だ。最小限の魔力(マナ)を効率的に使うことによって効果を最大まで引き上げる。

 

「まだ全然決まっていませんが、方向性を決める上で必要事項はある程度揃っています。問題は陛下をびっくりさせるもの。グゥエラルの技術を基に更なる改良を施す予定です」

「これ以上の機能追加は難しいのではないか? これだけでも相当な時間がかかった筈だ」

「基礎は大抵時間がかかります。後は応用力です。頭脳(マギウスエンジン)の解析が出来た以上、より効率的な機動を実現するのは難しくないと思います。問題は依然課題が残っている『骨格』です。新造の方は従来品のままという事が決定していますので、無視します」

 

 平然と発言しているが国機研(ラボ)の人間からすれば、それらを実現するのに数百年の研鑽を擁した。更に改良と称して――都合――二年で新たな機体を作る。

 現実としては荒唐無稽だ。近いどころではない。やれと命令を受けても出来ないと自信をもって言える。

 だが、エルネスティは違う。違った。

 彼は作れと言われれば作ってしまうおそれがある。いや、確信と言ってもいい。

 新機軸の技術を僅かな期間で立て続けに発表したのだ。それも専門職が唸るほど魅力的なものを。

 

「……それよりも我々は君がこの技術をどうやって思いついたのか知りたい」

「既存の技術には無い、全く新しい分野だと言えるのだが……」

 

 長年国機研(ラボ)に務めていた人間だからこそ理解できる。エルネスティが作り出したものは過去の歴史に類を見ないものばかりだ。

 アイデアだけであれば納得しそうなのだが、それだけではない何かを感じさせる。

 その代表格が結晶筋肉(クリスタルティシュー)を縒っただけの綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)だ。

 一見するとバカバカしい発想だ。なぜ、これを思いつかなかったのかと言えば単純な話しだ。

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模して造られている。

 

 人間の筋肉は縒れていない。もし、自分達がそんなものを工房長に見せようものならお叱りを受ける。

 人体に可能なかぎり近づけて作ることこそが正解なのだ、と自分達は学んできたのだから。それらを急に否定できるわけがないし、歴史から見てもそんな事案は見当たらない。

 現代まで続く幻晶騎士(シルエットナイト)はその固定観念によって作られ、国を守ってきた実績がある。

 

「新しいものを作る上で必要なのは既製品の否定です。もっと上手く出来るのではないかと、と自己批判の精神がそうさせます。いってしまえば、その一言に尽きると思いますよ。後はそれを認めたり、形に出来るかが焦点となりますが」

「……否定するのか? 今までの歴史を……」

「歴史は歴史です。僕たちは今を生きる。今の時代に合ったものを作るのが正しい。変動する時代には変動する発想で」

 

 秘匿すべき発想もエルネスティは隠さず(おおやけ)にする。

 この国に住む者。それ以外の諸外国の人間でも彼の様な心境に至れるかと言えば、無理だと言える。

 国益を思えば秘匿は絶対だ。だからこそ他国より優位な分野は必要不可欠だ。

 

「我が国の秘事を君は諸外国にも同じように(もたら)そうというのか?」

「いえ、そこまでは……。隠し事は苦手ではありますし、恨まれたくもありません。そこは柔軟に対応したいと思っています。この情報もフレメヴィーラの人間にしか言っていません」

「仮に俺が間者(スパイ)だと告白したらどうする気だ?」

 

 この言葉に始終笑顔だったエルネスティは唸り、脂汗を流す。

 それだけで話しを聞いていた国機研(ラボ)の人間は苦笑する。

 正直者を否定する気は無いが、幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる者はある程度の秘匿性を順守すべきだ。

 これに対し、エルネスティも同意した。そして、調子乗りましたと謝罪してきた。

 それだけ見ると本当にかわいい男の子なのだが、色々と驚かされる。

 

「ちなみに君は秘匿性について……、考えていないような気がするが……。これからどうしていく気だ? このままというわけにはいかないと思うぞ」

「……そうですねー。あまり考えたくなかったのですが……。やらなきゃダメですよね」

 

 彼の言葉に三人の技術者は揃って頷いた。

 この部分では優位性を保てるようで安心した。

 秘匿性まで既に用意していました、とか言って何かの試作品をテーブルに乗せられたら完全に降参する自信がある。

 

「大勢が関わる以上は情報封鎖は悪手です。けれど、外部流出は避けたい。ついでに持ち逃げも防ぎたい。……うーん、難題そうです」

 

 顎に人差し指を何度も当てながら唸る事、五分。この間、今まで即答に近かったエルネスティも悩み続けていたようで、待っている方も手に自然と力が入った。

 結局のところ良い案は出てこなかった。

 

「今回の競争にはある程度の情報共有が認められています。であれば……、この問題についての協議を国機研(ラボ)側に申し入れたいと思います。それと金属内格(インナースケルトン)の研究資料なんかも見せてもらえると助かります」

「分かりました。早速、打診しておきましょう。こちらからは背中に取り付ける背面武装(バックウェポン)火気管制(ファイアコントロール)システムの説明を求めます。……見よう見まねで造っているものの動作がいまいち不安だというので」

「了解しました」

「……エチェバルリア君。あまり気軽に受け取ってもらうと不安です。それ、他の国の人にもやらないでくださいよ」

「ぜ、善処致します」

 

 交渉が成立し、お互い硬く握手を交わした。

 その後、学業の傍ら余裕のある時間が出来た時に国機研(ラボ)に赴くことになった。

 新しい幻晶騎士(シルエットナイト)の計画はまだ未定ではあるが、一つは浮かんでいる。潤沢な魔力貯蓄量(マナ・プール)と強靭な足腰を持つ――

 それらはメモにだけ記し、仕事に意識を向ける。

 

        

 

 馬車で数日をかけて南方にある城塞都市『デュフォール』に向かう。その名の通り物々しい城塞に囲まれた都市である。そして、丸ごとすべてが『国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)』でもあった。

 噂などでは聞いていたエルネスティも直接赴くのは今日が初めて。行くと決めた日から期待に胸を膨らませていた。なにせ、幻晶騎士(シルエットナイト)の制作にまつわる総本山と言っても過言ではないのだから。もうすでに就職先として目を付けていた。

 意気揚々と詰め所に向かい手続きを済ませる。

 のんびりと都市を見物したい気持ちもあったが滞在日数が限られているし、ここで働く目的は()()無い。

 将来の楽しみに残さなければ魅力が減退してしまう。

 

(この街の全てが国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)! 学園の工房との規模からして違いますねー)

 

 学生達が扱う粗雑さはここにはなく、理路整然とした清潔感がある。

 案内役に付き従い、向かうのは応接室。

 いきなり幻晶騎士(シルエットナイト)の工房に赴いては作業員たちが困る。けれども、エルネスティとしては見学したくてたまらない。

 欲望と自制との戦いに苦悩しつつ椅子に座る。

 今回の目的は共有できる情報の交換だ。相手方の幻晶騎士(シルエットナイト)を作りに来たわけではない。

 待つこと数分。事前に面会の約束期日は伝えているので急な案件が無い限り拒否はされない筈だ。

 無駄な調度品が無く、長居するには退屈を覚えそうな部屋だなと思っていると扉が開いた。

 やってきたのは背の低いドワーフ族の工房長――だけではなく、背の高い優男が一緒だった。

 工房長ガイスカ・ヨーハンソンの名前は知っていたがもう一人の方には覚えが無かった。

 色白の肌で頭にタオルを巻いたような。何処か別の民族を彷彿とさせる――作業着には見えない――衣装を身にまとっていた。

 

「おお、お前がエルネスティ・エチェバルリアかっ! 聞いた通り子供であったか」

 

 地面に届くほどの長い髭と(つち)を模した杖を振り回す危険人物――のようにしか見えない小柄な老人――が詰め寄ってきた。

 どこか狂人じみた顔で興奮しているドワーフ族のガイスカの物言いに驚きつつもエルネスティは胸に手を当て、冷静に挨拶した。

 それに対し、手に持っていた槌のような杖で殴りかかってくるかと予想していたが、さすがにそこまで狂ってはいなかった。

 

「私は所長のオルヴァー・ブロムダール。ようこそ国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)へ」

 

 興奮しているガイスカとは対照的に落ち着いた雰囲気をまとう長身のオルヴァー。

 エルネスティは差し出された手を握り返し、目つきは鋭いが柔和な笑顔を形作った。

 人のよさそうな好青年。けれども内に何かを隠している。それは単に優男のイメージであり、オルヴァーの性格を表すものではない、と思いつつも()()想像してしまった。

 

(……背が高いですね。僕も大きくなりたいです)

 

 高身長とまでは言わないが、ある程度は成長してくれないと幻晶騎士(シルエットナイト)(あぶみ)に足が届かない。

 初等部で既に驚異的な魔法の才を披露したエルネスティにとっての一番の懸念は発明品よりも身長であった。

 

        

 

 双方椅子に座り、話しを始めようと思ったのだがガイスカが騒ぎ出してエルネスティに詰め寄る。

 知りたいことがたくさんあって我慢できない、という禁断症状に見舞われた病人の様な有様だ。

 それに対し、エルネスティも身に覚えがある様子に苦笑を滲ませる。他人から見る自分は今のガイスカに違いないと――

 

「ガイスカ君。今日は君の為に用意した会談ではないよ。それに質問は後にしたまえ」

「なーにを……。あ……こほん。いや、失礼……。知識欲が暴走したまでよ」

 

 いい大人であるからか、指摘されて即座に自分の振る舞いに気づいた初老のガイスカは一つ咳払いして自分の席に戻った。けれども目はまだ血走ったままだ。

 エルネスティ側はいくつか想定問答を用意しているので何を聞かれても対処する自信があった。

 情報交換をする上で何を伝え、何を秘匿するかは事前に選別済みだ。

 

「うちの工房長は……見ての通り開発欲に溢れている。いい歳だから身体には気を付けてほしいのだけれど……」

「僕もおじいさまを心配させていますので耳に痛いですね」

 

 一つ咳ばらいを双方がした後、会議を始める事にした。

 まずは今まで開発した技術の説明から入る。これはエルネスティ側が先に黒板を用いて丁寧に説明する。

 ガイスカは一つ一つ説明を求めていたがオルヴァーにすぐ(たしな)められた。

 エルネスティの発案は幻晶騎士(シルエットナイト)を丸々挿げ替えるほど技術にあふれているわけではない。単なる改良の延長だ。

 しいてあげれば背中に腕が付いた程度。

 

「人型に拘り過ぎて機能的な部分が疎かになっています。従来の幻晶騎士(シルエットナイト)はそもそも魔獣退治を目的としていた筈です。この辺りはどうなのでしょうか?」

 

 エルネスティの疑問に対し、オルヴァーは顎に手を当てて唸った。正直、そこまで考えたことが無かった。

 開発の多くはガイスカに一任していたが彼とて机の上で眠っていたわけではない。

 長い歴史を歩む幻晶騎士(シルエットナイト)の開発工程に少なからず意識を傾けていた。それでも、長い歴史だからこそ惰性で気づかなかったことがある。

 

「いつの間にか人型に拘り過ぎて、それ以上の機能は思いつかなくなっていたのだろう。形が完成に近づけば新たに追加できるものも限定的になってしまう」

だがしかぁし! より洗練された幻晶騎士(シルエットナイト)を作るのがわしらの使命。背中に腕を付けるなど邪道の極致」

 

 とはいえ、国機研(ラボ)はエルネスティの技術を模倣し始めている。それは彼の発案を認めたことにほかならない。

 筋肉を含む中身も新たに模索し始めている。この中で自分達独自の技術は無いも同然だ。

 ガイスカにとっては子供が考えた技術を肯定する事は認めがたい問題であった。

 

騎操士(ナイトランナー)の背中に腕は生えていないからね。操縦桿こそあれ、操作は彼らの肉体的感覚に同期するよう作られている。極論から言えば銀線神経(シルバーナーヴ)を直結させた状態でも動かせる」

「はい。この辺りは騎操士(ナイトランナー)達の技術といいましょうか、魔法術式(スクリプト)の才能に左右されると思います。大半を魔導演算機(マギウスエンジン)に依存しているゆえの弊害といいましょうか」

 

 魔法の得手不得手にかかわらず魔導演算機(マギウスエンジン)は大抵の誤差を補正してくれる。そのお陰で騎操士(ナイトランナー)がどの幻晶騎士(シルエットナイト)に乗っても同じ結果を導き出す。この辺りは量産機の強みだ。

 個人機は調整が難しく、量産機よりも価格が高い。けれども、面白いものが出来やすい。

 

「僕は個人機を作ろうとしています。最初から量産を目的としている国機研(ラボ)とは発想が違って当たり前かもしれません」

「君が作り上げる機体はまだあると見て良いのだろうか?」

「はい。設計はこれからですが……。学生身分の作るものは荒さが目立つものです。専門職の人達の仕事ぶりを参考にさせてもらえれば嬉しいです」

 

 始終微笑みを絶やさない銀髪の少年エルネスティにオルヴァーは人当たりのよさそうな子なのにどうして幻晶騎士(シルエットナイト)に関わっているのか、疑問に思った。

 単なる玩具程度の認識かと思いきや大人の意見に負けない発言力には素直に感心させられる。それに熱意も感じられた。

 

        

 

 簡単ながらエルネスティの事を知った上で新たな技術の説明を聞くことにする。

 これは既に仕様書を提出されて頭には入れていたが、作った当人の口から聞くと新たな発見があると思って尋ねてみた。

 黒板を使いながら説明する彼の姿がいやにこなれているのがおかしかった。

 

「……魔導演算機(マギウスエンジン)の空白領域に新たな魔法術式(スクリプト)を用意し、簡素な動作を実現しました」

「この領域は何処にも干渉せずに独立しているって理解でいいのかな?」

「はい。他の機能の邪魔にならないように……。二つの動作を同時に(おこな)う事は(あいだ)に負荷が発生しやすくなります。魔法術式(スクリプト)というか擬似的な魔術演算領域(マギウス・サーキット)が焼け付かないようにするのが目下の課題と言えます」

 

 単に機能を追加するよりプログラムの一つとして組み込み、不具合が起きそうになったら自動的に遮断するようにする方が安全度が高まる。

 今はまだボタン一つで動作する程度だ。ただし、ボタンを増やせば覚える事も増える。後々、対応できなくなる者が続出する。

 自前の魔法術式(スクリプト)を走らせないからといって楽になるわけではない。

 

「身体全体で幻晶騎士(シルエットナイト)を操作しようとするとどうしても騎操士(ナイトランナー)の技量が引っかかってきます。今は簡素なボタン式ですが……。これはあまり増やさず、各騎操士(ナイトランナー)依頼(オーダー)に対応させられれば費用対効果としても損益を低く抑えられると思います」

「ある程度の自動化は騎操士(ナイトランナー)の負担軽減にはなる。ただ、身体の感覚としては違和感が発生してしまう」

「それは訓練で解消するしか……。新機能は使って覚えていくしかありません」

 

 常識的な言葉でオルヴァーは安心した。

 突飛な発想ばかり続くと思っていたので。

 だが、エルネスティは思っていたよりも幻晶騎士(シルエットナイト)を研究していて感心もした。単なる子供程度とガイスカ同様に思っていた。だから、説明も期待していなかった。

 それが今はどうだ。黒板を用いて分かりやすく説明してのけてくるではないか。

 そんな人間に久しく出会った事がなかった。

 

「自動化はともかく背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)という概念は素晴らしい。用途を最初から決めているから無駄が少ない。これらを動作させる魔法術式(スクリプト)は君が組んだと聞いたが……」

「はい。火気管制(ファイアコントロール)システムなどの機能面は僕が用意しました」

 

 中等部の教科に幻晶騎士(シルエットナイト)の各動作用の魔法術式(スクリプト)を説明するものはない。これらは専用機関である国機研(ラボ)(おこな)ってきた。

 それがどうしてエルネスティに出来たのか。というより国機研(ラボ)の者でも考え着かない機能を追加できたのか。

 一番確実なのは技術盗用だ。しかし、そもそも考え着かない機能なのでそれはあり得ない。

 

「……これらは君が独自に解析して構築した……、という理解でいいのか?」

「そうですね。魔法術式(スクリプト)の構築は……得意というか自信がありました」

 

 中等部であれば魔法を放つために魔法術式(スクリプト)を学ぶものだ。決して幻晶騎士(シルエットナイト)の機能強化の為に覚えるものではない。

 それを覚えるには専門書を読み解かなくてはならない。

 

(理事長の孫というだけで説明できるのか? 彼には我々の知らない能力があるような気がする)

 

 荒唐無稽な考えなので今以上に詮索する事は難しいが将来が恐ろしいと思った事は――今までの人生の中でも――無い。

 それと同時に好奇心が刺激されている。隣に控えているガイスカ同様に。

 

「貴様はこれらの技術をどこで手に入れた? 子供がおいそれと使えるとは到底思えん」

 

 敵を見るような厳しい目つきでガイスカは言った。オルヴァーとしては言い争いになりそうだから疑問などは自分が引き受けようと思い、彼の発言を制していたが我慢に限界に来たようだ。

 確かに子供と侮っている部分は認めるところだ。

 エルネスティの発想の原点は無から現れたようには思えない。説明からして蓄積された知識があってこそ成り立つ理論だ。その大元は何処から来たものなのか。

 

「……何処でと申されましても」

(前世のロボットアニメです、なんて言えないですし。言ったところで荒唐無稽と言われてしまいます)

 

 本来は単なる玩具(プラモデル)作りの延長だ。それがたまたま幻晶騎士(シルエットナイト)に応用できた。しかもプログラマー専門の自分が工業までこなせるのはダーヴィド達の協力があってこそ。

 全て自分の力だとは思っていない。それを相手に理解させるのが目下の課題であった。

 

「子供が夢見た風景を現実に応用しただけ……。言ってしまえばそれだけなんです。信じてもらえないと思いますけど」

「……確かに。我々を前にして夢で見たものを信じろと言うのは……。だが、現実に結果を見せられている。君の夢とやらはかなり現実的なもののようだ」

 

 それが真実か、という問題になるのだがエルネスティもオルヴァーもその辺りの議論が不毛になる事を理解していた。

 だが、ガイスカは割り切れなかった。何らかの技術の盗用があったに違いないと。それがどこの国のものかは分からないが、説明が詳しすぎるのが逆に怪しい。

 

        

 

 エルネスティの発想の原点はロボットアニメだ。次がプラモデル。

 元々は創作上の技術を玩具に落とし込んだだけの代物だ。それがこの世界では現実に幻晶騎士(シルエットナイト)として存在し、ある程度は応用が利いた。

 内部骨格まで自分で作れるほど簡単なものではなかったし、筋肉や魔法という概念が合わさっている所にも差異が認められる。

 

国機研(ラボ)の方達は人が操縦する(もっと)も最適化した幻晶騎士(シルエットナイト)を作ろうとしている。僕は単にカッコいい幻晶騎士(シルエットナイト)です。そこに強さや整備性は考えられていません」

「カッコいい幻晶騎士(シルエットナイト)? 子供の憧れではあるけれど……」

「この国には夢の形を現実に出来る技術があります。僕にとって大事なことは夢を現実にする事です。もちろん、周りに迷惑が掛からない範囲で……」

 

 戦争という物騒な単語が他の国にあるのであれば戦乱の拡大は望みたくない。少なくとも家族や友達の悲しむ顔を見たくない、という気持ちはある。

 魔獣退治のような平和利用。最悪、世界征服を企む独裁者の打倒だ。

 

「夢を語る子供と我らは戦うのか。軽く見られたものだ」

「まあまあ、ガイスカ君。新しい幻晶騎士(シルエットナイト)を作るきっかけを貰ったのだから……」

「そういえば、戦うにあたって騎操士(ナイトランナー)はこちらで決めてもいいものなのでしょうか?」

「いいんじゃないかな。不慣れな機体に乗せるより、お互い訓練された者の方が観客も喜ぶだろう」

「期日まで二年……。それまでにお主が作り上げられる保証は無い。まず、出来るのか、エルネスティ・エチェバルリア」

 

 一番の懸念をガイスカは突き付けた。

 新型と一言で言っているが国家の大事業だ。子供に簡単に成し遂げられる筈がない。

 既に造り上げた『グゥエラル』はおいといて、いくつかまだ作らなければならない。最悪、グゥエラル一機で国機研(ラボ)と戦う事もありえる。

 

「基礎は既に出来ています。問題は……形です。それと金属内格(インナースケルトン)……。身体を支える部分に不安があるので、しばらくはその解決に時間を使いそうですね。それさえクリア出来れば期日までに五体くらいは何とかなると思います」

 

 量産機を五体作るのか、とガイスカの更なる質問に対してエルネスティは首を横に振る。

 五体全て違う幻晶騎士(シルエットナイト)。つまり新型を五種類用意すると豪語した。

 一つは確定しているが残り四体はどういうものになるのか、この疑問にさすがにオルヴァーがガイスカを止めた。

 エルネスティならば教えてくれそうな気がしたが――

 質問を受けた彼は――まだ構想の中で形になっていないと答えた。

 

「絶対に五体という保証はありませんが……。グゥエラルを作ったばかりですから、無難な数ではないかと」

「承知した。今度はこちらが技術提供する番だね。いいかい、ガイスカ君?」

「ふん」

 

 子供に技術提供させるのが面白くないガイスカはそっぽを向いた。

 技術者の矜持としては間違っていない気もするが、とオルヴァーは苦笑しつつ自分達の資料をテーブルに広げる。

 エルネスティが欲するのは金属内格(インナースケルトン)と秘匿技術。それと魔法術式(スクリプト)を刻む構文技師(パーサー)の見学許可だ。

 

 



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#022 冬季到来

 

 多くの魔法術式(スクリプト)を特殊な金属に刻む者達の事を構文技師(パーサー)という。

 単に模様を刻むだけでいいというわけではなく、魔力(マナ)を通しやすい材質でなければならない。

 エルネスティ達のような学生が普段から持っている杖は『ホワイトミストー』という木を加工したものだ。

 先端に魔獣や鉱山から採掘した触媒結晶を取りつけ、魔法を発現する。

 幻晶騎士(シルエットナイト)が持つ大きな杖――結晶の受け皿の部分――には特定の術式に対応した銀板が設置されている。騎操士(ナイトランナー)はそれに魔力(マナ)を通すことで魔法を発射している。

 加工自体は学生でも出来るが国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)はより専門的な分野として取り組んでいるとエルネスティは予想しているので楽しみにしていた。

 自力での学習と専門分野では抜けがあるものだ、と。

 今回、情報共有の為に数日の滞在を予定しているので時間的な余裕はたっぷりとっていた。しかし、それでも全てを学ぶには時が足りない。

 オルヴァーの案内で通されたのはたくさんの構文技師(パーサー)達が居る部屋だ。

 

(……あっ、シズさんが居た)

 

 右腕を布巾で吊るした状態の見覚えのある人物『シズ・デルタ』を発見した。

 黒板に様々な文字や記号を書き、技術者に説明している様子だった。

 周りからライバル扱いを受けている為、対決させようとする空気はいつも感じていた。無理に関わるのも相手方に迷惑なのだが、彼女自身はどう思っているのか。

 不思議な人間であることはエルネスティも認めている。しかし、それと幻晶騎士(シルエットナイト)は違う気がする。

 

        

 

 オルヴァーの紹介によってエルネスティは構文技師(パーサー)達に頭を下げつつ挨拶した。

 彼らは幻晶騎士(シルエットナイト)の各部品に必要な魔法術式(スクリプト)を刻む専門職の人間達だ。その作業風景は武骨なドワーフ族が行き交う荒々しさは無い。

 ――当たり前だが――魔法術式(スクリプト)は一度刻むとやり直しがきかない。

 

「刻んだ後に流し込むのは魔獣の血液が主流なのですよね?」

「それだけとはかぎりません。錬金術師学科が開発した『血結晶(エリキシル)』……。()()よりは劣りますが……」

 

 紋章術式(エンブレム・グラフ)魔法術式(スクリプト)を走らせるには触媒が必要である。血結晶(エリキシル)はいわば生物でいう血液に該当する。

 ただの模様に魔法術式(スクリプト)を走らせる事は常識から言って疑問である。

 

「常に魔獣から採取できるとは限りません。人工的に作り出せれば様々な用途にも使えます」

「生物である魔獣が居なくなっては何もできなくなりますからね」

 

 エルネスティは気になった事を質問しつつ彼が使う道具も扱わせてもらった。

 いずれ自分で術式を刻むことも考慮して。

 構文技師(パーサー)達が扱う術式は大部分に置いて世間に知られているものであり、見たことが無い特殊なものは見当たらない。極秘を簡単には見せない事を考慮しても、意外性は無かった。

 一通り質問攻めにした後、シズの下に到着する。

 相変わらず表情に編がが無い冷徹そうな顔だった。

 

「ご無沙汰しています」

「……こちらこそ。今日は見学ですか?」

「それもありますが……。新型機制作の為のヒントを得ようかと思いまして。それと彼らと情報共有する事も入っています」

 

 シズの背が高いので見上げるような格好だ。

 彼はシズの腕に顔を向けた。義手ではなく、肉体の接合。見た感じでは血行は良さそうだった。

 一度切断した肉体の接合は想像以上に難しい。医療に詳しくないエルネスティとて成功例が少ないことは様々なニュースで見たことがあった。

 自分の知識の大半は過去形になってしまうけれど――

 技術的、資金的、肉体的なものがあるとしても万能とまでいかない医療技術はもっと発展してもいいと思った。

 

「重い物は難しいですが、料理程度は出来ますよ」

「……いえ。無事でよかったと思います」

「ありがとうございます」

 

 ほんの僅か彼女の表情が和らいだように見えた。

 滅多に笑わない彼女とて喜怒哀楽はある。娘のシズとは違い、今回は胸の内が温かくなるのを感じた。

 

        

 

 シズは構文技師(パーサー)達の講義や手伝いはしているがエルネスティと対決するための幻晶騎士(シルエットナイト)作りはしていないという。これにはオルヴァーも頷いた。

 腕の事もあるし、力仕事はせず、地味な仕事ばかりだとか。もちろん、清掃も入っている。

 

「どうして皆さん、シズさんとを戦わせたがるのでしょうか」

「何かと目の(かたき)にされているとか?」

「……少なくとも彼女の邪魔はしていない筈です」

 

 学園の有名人だから、という意味でシズとエルネスティはライバル関係だと見られている。しかし、共に工房で作業をしていたかぎりではシズは全く幻晶騎士(シルエットナイト)についてアイデアを提供することは無かった。手伝いくらいしかしていない。

 本人は暇だからと言っていたし、エルネスティも聞いている。そんな人物とどうしてライバル関係になるのか理解できない。

 

(陛下からもシズさんについて特に言われませんでしたし。彼女はどう思っているのでしょうか)

 

 挨拶が済んだ後のシズは仕事の戻って講義を始めていた。

 基礎の術式の組み方と無駄な処理について。

 言葉によるものとは別に作業内容の粗取りも(おこな)う。

 エルネスティは開いている席――一番前に近い場所――に座り、内容に聞き耳を立てる。

 内容的には学園の授業と大差なく、専門用語が増えた程度だ。――というよりエルネスティが自ら改良した高度な魔法術式(スクリプト)が多かった。

 中等部の授業からすれば高度であるが社会人向けでは当たり前か、と納得する。

 

(……僕はここまでの内容を初等部で修了してしまったのですね。これでは新しい発見は難しそうです)

 

 なにより他の人間よりも効率的な方法を組み上げている。それが国機研(ラボ)では普通となっている。

 つまりエルネスティは国機研(ラボ)レベルの事を学生に強要してきた。追いつけなくて当たり前だ。

 急に罪悪感が湧いてきたエルネスティは様々な者達に貢献しなければならない、と決意する。少なくともがっかりさせるような結果だけは見せてはいけない。

 

「はい。シズ()()、質問いいでしょうか?」

 

 元気よく挙手したエルネスティに驚いたシズはオルヴァーに顔を向ける。すると彼は事態を理解し、頷いたので指名する。

 

「どうぞ」

「はい。その術式には無駄があるように思えるのですが」

 

 一旦黒板に顔を向け、エルネスティに向き直る。そこには全く驚いたような感情は無かった。

 

「その前に……。これが何の術式か分かりますか?」

「図面の様子から(すね)身体強化(フィジカルブースト)ですよね」

「そうです。通常よりも一割以上負荷が掛かる部分です」

 

 淀みなくシズは言った。

 他の者達はその部分のどこが無駄なんだ、と小声で囁く。

 負荷を軽減させるには通常よりも多くの魔力(マナ)を通す必要がある。

 

「構造上内股部分を増やし、外側は外装(アウタースキン)の脆い部分に集中すべきです」

「……続けて」

「既存の身体強化(フィジカルブースト)をもう少し限定的に使うべきではありませんか? 無駄な部分(デッドスペース)にまで魔法術式(スクリプト)を走らせるのは魔力(マナ)の無駄使いだと思うんです」

「……だそうですが、ヨーハンソン工房長。この部分の改良はやはり必要だとエチェバルリア君は進言していますが」

 

 シズは厳めしい顔をしているガイスカに言葉を投げかける。

 彼はすぐさまは机を叩いた。

 

「な、なにを言うか。既存の術式は既に完成されたものだ。改良の余地などあるわけがない」

「いえ、術式そのものが無駄だという事です。もう少し規模を縮小すべきではないでしょうか」

(……あ、これはシズさんの責任ではなく固定観念の弊害なんですね。そういえば、僕の改良魔法術式(スクリプト)は僕達だけの共有物でした)

 

 生意気な発言に申し訳なさを感じた。

 シズとて無駄な術式であることは百も承知なのだ、と。

 

「改良の余地はあります。僕が構築したものは特別なものではなく鍛錬によって誰でも出来るようになるものばかり……。それに成功例がありますから」

 

 その成功例がオルター弟妹だ。

 アーキッドとアデルトルートは今でも教師(エルネスティ)の教えを守り、魔力(マナ)の増加に邁進している。それと同時にエルネスティから教わった魔法術式(スクリプト)の構築方法も。

 同じ鍛錬を他の者も(おこな)えば――時間はかかるが――彼らの境地に至る事は不可能ではない。

 

        

 

 シズはエルネスティに講師役を譲った。早速黒板に魔法術式(スクリプト)を描いていく。

 フリーハンドではあるが奇麗な図形を描く様は構文技師(パーサー)達に感嘆の吐息をつかせた。

 

「既存の身体強化(フィジカルブースト)がこれです。ここから限定的に絞るために作ったのが限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)です」

 

 チョークで不要な部分を消し、新たに線を追加していく。その中で彼ら(パーサー)が見たことが無いような新たな記号は使われていない。全て基礎式(エレメント)と制御式で構成されている。

 ただ、エルネスティが手慣れた様子で書いていく魔法術式(スクリプト)はあまりにも緻密で複雑だった。

 

「つまり魔法術式(スクリプト)を改造し、君は使用しているのか?」

「はい」

 

 改造と言っても簡単ではない。

 魔法の才能もあるが、かなり訓練を積まなければならない。それを中等部に入りたてのエルネスティが独自に組み上げているというのは大人としては驚きだ。

 この魔法術式(スクリプト)も歴史が長く、簡単に改良しようと言う者は殆どいない。

 専門書に記されたものを再現するのが精々だ。それゆえに上位魔法(ハイ・スペル)以上を扱わなくてはならない騎操士(ナイトランナー)になる人間の数も必然的に少ない。

 

「初期で断念するのは魔力(マナ)が不足しているからです。僕も最初から膨大な魔法術式(スクリプト)を扱えたわけでありません。人知れず努力を重ねた結果が現れたに過ぎませんよ」

 

 秘匿すべき事柄ではないので鍛錬方法も教えましょうか、と言うと多くの構文技師(パーサー)達が食いついてきた。

 教えるだけではなく見返りも要求する。そこはちゃんとしなければ国機研(ラボ)に来た意味がない。

 

「秘匿性について相談しに来たわけですが……。具体的にどうすべきか、国単位で扱う方がいいのか思案中でして」

「普通は国単位だ。我らは組織内で対立し、情報の共有化を禁止しているわけではない。外部流出にさえ気を付けられればいいと思うけれど……」

 

 オルヴァーは言いながら側に居るガイスカに顔を向ける。

 怒りっぽいドワーフ族のガイスカであれば情報の独占を主張しそうだったから。

 魔法術式(スクリプト)や一部の技術は世間一般に広まっている。大事なのは幻晶騎士(シルエットナイト)の頭脳と心臓部。それ以外でとなると新造部品くらいだ。

 エルネスティはいったん黒板を奇麗にし、個人使用に関する簡単な文章を書いた。

 

「秘匿性を高める場合は各騎操士(ナイトランナー)にしか使えないように……。この場合、操縦ですね。整備まで出来ないとなると困りますから」

幻晶騎士(シルエットナイト)はどの騎操士(ナイトランナー)でも扱える。それを取りやめるのか?」

「専用機の場合はこの方法が確実だと思います。一般機についてはまだ考えにありませんが……、一種の鍵のようなものです」

 

 それを製作する為の方法はエルネスティでも頑張れば作れそうだが、この部分を構文技師(パーサー)達に委ねようかと思った。

 仕事の寡占化はいらぬ恨みや妬みを買う。ガイスカの顔を見ていると胸が痛くなってきた。

 汎用性が高ければ自分だけのものとして扱うより、新しい技術が誕生するきっかけになるかもしれない。少なくともエルネスティに妬みの感情は薄い。無いとは言えないだけだが。

 

        

 

 個人認証用の技術開発は国機研(ラボ)(おこな)うことになった。一応、アイデアをいくつか提供し、試作品を貰う約束を取り付ける。

 商売に置いて大事なことは相手に全てを奪われないようにすることだ。

 他の見返りとして構文技師(パーサー)の技術を教わる。

 

「鍛錬方法もちゃんと教えます。こちらは今後の付き合いの為の先行投資……と思って下さい」

(あまりにも自分だけ突出してしまうとフレメヴィーラの全ては僕の裁量でしか動かなくなる。それはそれで楽しみが減退するものです)

 

 まだ見ぬ技術を見たいのに誰も作れないのでは意味がない。またはとても寂しくなる。

 知識欲が人一倍あるエルネスティにとって未知は宝であった。

 

「二年後の試合に向けて僕の方はまだ形がありませんが、皆さんを驚かせる機体を作って見せます」

「それは楽しみです。こちらは技術力と熟練の騎操士(ナイトランナー)だが……。どのような戦いになるのか」

「……一応、大きさは既存のものから逸脱しないようにします。出力たる魔力転換炉(エーテルリアクタ)は今までの仕様のまま。その範囲で造る事になりますから攻撃力が極端に増えることは無いと思います」

 

 この辺りが言える範囲かなと思い、エルネスティはシズに顔を向ける。

 彼女の仕事を奪ったまま話しを続けてしまったので気にはしていた。始終黙っているところは相変わらず。

 彼に顔を向けられたシズは特に言葉は発しなかった。

 

(……我々が驚いても彼女は微動だにしない。それはそれで凄いな)

 

 オルヴァーもそう思うほどシズは謎と神秘に満ちていた。

 彼女が国機研(ラボ)に来てから不動の如く淡々と仕事をこなす姿に驚いたものだが、果たして彼女も驚きと言うものがあるのか気になっていた。今回の会談でも全く変化無し。条件反射的な反応は見せる事があるけれど、真に驚いた、というような事は無かったはずだ。

 どのような事なら驚いてくれるのか――

 仕事に支障が出てはいけないのでいつも通りにしてくれないと――本当は――困るが興味はある。彼女の母とは浅からぬ付き合いがあるので。

 

大老(エルダー)と話しが合うのは彼女くらいだ)

 

 何十年かに一度という頻度でシズ・デルタ一族が大老(エルダー)と面会していることはオルヴァーも承知している。

 世代交代を終えた今、老齢の方は来ないという話しになっていたが彼女はいつごろ来るのか、と。

 オルヴァーから見てもシズは異質で不思議な女性だった。

 

        

 

 数日かけて情報共有と様々な技術の獲得、道具の譲渡などを経てエルネスティはライヒアラ騎操士学園へと帰還する。

 国機研(ラボ)を未来の就職先に指定し、にこやかな雰囲気でオルター弟妹達の下に向かう。

 

「何かいいことでもあったのか?」

 

 短い黒髪(ブルネット)の少年アーキッドの言葉に楽し気な様子のエルネスティは自慢するでもなく、楽しい時間を過ごしたと簡素に告げた。

 説明する程の新発見は無く、彼らが楽しめる情報も無かった。けれども当人は充実した時間を過ごせた。

 

「ちょっとだけですよ。それより新しい幻晶騎士(シルエットナイト)を設計しなければなりません」

「……お前が楽しく過ごせたのならそれでいいけど」

「今度作る予定の幻晶騎士(シルエットナイト)はキッド達にも乗ってもらいたいのですが……、構いませんか?」

「エルの頼みを断れるほど薄情じゃないぜ。でも、正式な騎操士(ナイトランナー)じゃないけどいいのか?」

「見知らぬ人材よりは知り合いの方が安心です。それに僕も乗る予定ですし」

(やっぱりか)

 

 作るだけで満足するエルネスティではない。自分が乗る為の幻晶騎士(シルエットナイト)を作ろうとしていたのだから必然だ。

 問題は危ないかどうかである。

 安全に気を付けている事はオルター弟妹達も承知している。けれども、心のどこかでは心配だった。

 グゥエラルを作り上げるまで心身ともに疲弊し、見るからにボロボロになっていたので。

 休むべき時に休まなければいつ倒れていてもおかしくなかったのではないかと今は思う。

 

「本格的に作るのは来年以降……。今年は勉学と設計、それと各部品の実験くらいでしょうか」

「それと健康も忘れんなよ」

「もちろんです。騎操士(ナイトランナー)は身体が資本ですから」

(……というか俺達正式な騎操士(ナイトランナー)じゃないけどな)

 

 帰ってきて早々に動き出すかと思われたが健康と鍛錬に数日を費やし、念のために理事長から自分が幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦してもいいのか尋ねた。正式な騎操士(ナイトランナー)ではないことはエルネスティも自覚していたので。

 それらは後日、手紙にて国王に報告する事を約束した。

 本来、騎操士(ナイトランナー)は騎士過程を修了し、騎士団に入った一握りがなれるものだ。

 

魔法術式(スクリプト)ばかりに目が行って肝心の剣術が疎かになっていました!)

 

 操縦席から操縦する幻晶騎士(シルエットナイト)ではあるが、操作するには身体強化(フィジカルブースト)を駆使して(おこな)う。通常は魔導演算機(マギウスエンジン)が多くの術式(スクリプト)を肩代わりするので頭脳の負担は少ない。しかし、それでも動きのイメージは騎操士(ナイトランナー)が伝えなければならない。

 必然的に身体を鍛えていた方が正確性が高まる。

 

(魔法には自信がありますが……、剣も振るいたい。ここは父様に師事した方が……)

 

 中等部にあがったばかりのエルネスティはまだまだ初級程度の課程しか出来ない。独自に研鑽を積んでおいた方が早道ではあるが要らぬケガをする可能性がある。

 丁度、騎操士(ナイトランナー)の知り合いが三人居るのでこちらに師事した方が早い。

 自分の父親は何かと忙しい人なのでそう思った。

 まず一日の予定を組み、二年後までにやらなければならない工程の中で基礎的なところを仲間と共に歩むことに決めた。

 

        

 

 朝方はいつもの魔力(マナ)増加の鍛錬。昼頃はエドガー達による剣術の鍛錬。これは毎日ではなく日をまたいで(おこな)う。そうしないと予定に身体が潰されてしまう。

 夜間は設計に時間を費やす。

 最初はそれで二ヶ月消費した。その間、工房で造りかけだった二機の幻晶騎士(シルエットナイト)が完成したがエルネスティは承知していない。

 一機は未使用だった板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を改良した畜魔力式装甲(キャパシティブレーム)を採用した。これは板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を複層式にし、装甲の一部にしたものだ。

 完成機はそれぞれ『テレスターレ』と『パーラント』と名付けられた。

 前者(テレスターレ)はヘルヴィの個人機として使われていたトランドオーケスが生まれ変わったものだ。機能は従来の魔法特化を引き継いでいる。

 搭乗者が未定のパーラントは武装面を強化している。

 エルネスティが不在のままでも完成できたことに責任者であるドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンは感動で涙を流した。

 基礎的な理論はエルネスティのものだが、大部分においては学生たちが作った。それは同時に彼が居なければ作れないものではなかったことの証明になる。

 

「とはいえ、銀色坊主の功績は大きい。俺達も頑張れば新型を作れそうだな」

「ここからどう新型にするんですか。技術的にも限界のように見えるんですけど」

「バカ野郎。それをどうにかすんのが技術者だろう」

 

 機動性が従来よりも段違いによくなった弊害として動きに慣れる必要がある。その為に女性騎操士(ナイトランナー)『ヘルヴィ・オーバーリ』に試験運用を依頼した。

 低燃費で動きやすく、攻撃力も増えた。しかし、その機動性ゆえに操作が難しくなってしまった。

 小型の幻晶甲冑(シルエットギア)とは違い、柔軟過ぎる点は感覚を狂わせる。

 

「……あんまり楽をするもんじゃないわね。これに慣れたら従来の幻晶騎士(シルエットナイト)が使えなくなりそう」

 

 適度に重さがある方が巨大兵器を扱っている感覚が味わえる。もし、それでなければならない場合は敵がテレスターレ並みの存在でなければならない。

 今は()()過剰戦力だと言えた。

 

(それにしても感覚的に動かせるほど機動力が上がったわね。なんというか無理が無くなった)

 

 筋力が増えた分、大きな武器もある程度は振るえている。

 背面武装(バックウェポン)の動作も問題なし。

 あえて欠点を探せば動き易過ぎるために静止が効きにくい。これは慣性の法則が影響していた。

 これを抑制するには前面に大気圧縮推進(エアロスラスト)という風系の魔法を使う事で解決できる、のだが――

 エルネスティ達が縦横無尽に動き回る時に使っていたものだ。ただ、この魔法を扱える人間が少ない。ヘルヴィも最近になって勉強したところだ。

 

(……ほんと、あの子は凄いわね)

 

 単なるアイデア提供者というわけではなく見かけを除けば熟練の騎操士(ナイトランナー)に決して引けを取らない。彼が本当の意味で騎操士(ナイトランナー)になった場合、自分達に勝てるのか疑問である。

 後に武装面を整えた改良型テレスターレは『トライドアーク』と改められた。

 

        

 

 時は過ぎ、一面雪景色となる頃――

 進学を控えつつ図面と睨めっこしている銀髪の少年エルネスティは新型機の構想に明け暮れていた。

 残り時間は一年と少し、一番手のかかりそうなものを一つ。自分用を一つとまでは決められた。

 背面武装(バックウェポン)を防御面で使用する新型機は既に工房に提出しているので三機目は早期に仕上がる予定だ。

 

「ずっと図面ばかり見て頭が痛くならないのかしら?」

 

 息子に紅茶を勧めながら母親のセレスティナ・エチェバルリアは彼の身体が冷えないように暖房設備の様子を窺う。

 祖父から続く銀髪を受け継いでいる彼女はおっとりとした性格で波乱に満ちた生き方をするエルネスティの行動に対し、常に応援する立場を取っていた。

 もちろん、心配もするけれど――

 

「長時間は流石に……。しかし、図面は出来ても実際に作るとなると色々と感覚にズレが生じるものでして」

 

 実際に作ってみたら信じられない不具合が発生した、という経験は一度や二度ではない。

 えてして創造と現実が違うものである。今回は大型機械が相手なので僅かなズレで深刻になる場合がある。

 

(安全面についてはいくつか仕上がっていますが……。安定性に問題があるんですよね)

 

 そもそも人型を模している幻晶騎士(シルエットナイト)はそれ自体が不安定だ。

 四足歩行の動物とは違う。そして、今回用意する幻晶騎士(シルエットナイト)は空想上の生き物だ。

 骨格からして未知である。

 

(パワーが足りない。……それに関しては既に対抗策を思いついていますが……。一人で設計するのは大変ですね。こうして既存の設計図を見る事が出来なければ素組みすら怪しいものです)

 

 素材がプラスチックだけの玩具とは違い、様々な部品が超重量を支える。それらも疎かにできない。

 巨大兵器製造は確かに国家事業であって子供の玩具のように扱っていい訳がない。

 今更ながら自分のやっている事に後悔の念が襲い掛かる。特に他人に扱わせる所が。

 一つの失敗で騎操士(ナイトランナー)は簡単に死ぬ。今のところ無事だが――

 幻晶騎士(シルエットナイト)は玩具ではない。

 

「……お母様。僕が作った幻晶騎士(シルエットナイト)で人が死んだら悲しいですか? 設計の不備とかで潰れたりする場合です」

「兵器としては命のやり取りをするのはお父さんも覚悟の上だけど……。そうねー。そう感じるエルに同情を覚えるわ、きっと……」

 

 姿勢を正して母は言った。

 息子が真面目な問答を求めている。子供だからと適当な事は言えないと感じた。

 

「そうならないように頑張っているのでしょう? けれども絶対は無い。エルも命の大切さに気付いたのね」

「……それは前からですよ。僕は他人の命なんかどうでもいいと思った事はありませんよ。命は一つしかない。それを大切にしなければならない」

「……でも、そんなことに固執して身体を壊さないか心配よ。ここしばらくは健康面に気を遣うようになって、私は嬉しかったわ」

 

 変に賢い息子ではあるけれど他人に目を向けられる優しさがある。

 ここ最近は特に顕著だと母親は思った。だからこそ、あまり余計な事は言いたくなかった。

 エルはちゃんと悩みを言える子だ。少し規模が大きいけれど。

 

        

 

 雪が降ろうと学園の工房に休みは無い。整備と開発で大忙しだ。

 新型機に関するある程度の図面を引き終えたエルネスティはドワーフ族の為の新たな発明品を提示する。

 魔導演算機(マギウスエンジン)の解析が出来たので彼らにも容易に扱える小型の幻晶騎士(シルエットナイト)幻晶甲冑(シルエットギア)』の改良版の図面を見せた。

 

「今度の幻晶甲冑(シルエットギア)魔力(マナ)が少ない皆さんでも容易に動かせるものを目標としました。以前のものは僕らが使いますので」

「片手間でこんなのも考えていたのかよ」

「作業効率を上げるのは勿論のこと。安全に作業してもらいたい気持ちからです」

 

 普通は彼らに図面まで丸投げするところだ。しかし、エルネスティは普通ではないので殆どの厄介事を済ましてくる。

 作る前にちゃんと話し合いも設けるところが親方(ダーヴィド)にとってやりやすかった。

 この新型機は以前の改良なので頭脳部分以外は使い回しと大差ない。ドワーフ族の体形に合わせて調整するだけとなっていた。

 

綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を使い武装に組み込めば使用の幅はもっと広がります。今は素の状態ですが……」

 

 例として『ワイヤーアンカー』の設計図を用意する。これは銀線神経(シルバーナーヴ)を組み込み、結晶筋肉(クリスタルティシュー)の収縮作用などを利用させる。

 武装は今のところ構想の中にだけあり、彼らの要望に応える形で考えることを約束する。

 

「使い方としては高い位置に移動する時……、でしょうか」

「使い方は実際に作ってから考えるとして。しばらく大人しくしていたと思ったら……。大したもんだ」

 

 早速試作品の製造を命令する。

 その後で親方はエルネスティの顔を見つめた。

 

「新型の図面も用意してたりしねえだろうな?」

「そう思っていましたが……、季節柄寒いので後でもいいかなと……。寒冷における金属破断のデータ検証をしなければなりません。それが終わり次第、といったところです」

 

 学生たちが扱う金属は特別なものではない。

 魔法術式(スクリプト)を刻んで強度を増す以外は温度などの影響で使い物にならなくなるおそれがある。

 加工できる金属ゆえに弱点がある。

 それよりもまず解決しなければならないのは寒さ対策だ。ドワーフ族とはいえ寒さに強いわけではない。工房内は広く、幻晶騎士(シルエットナイト)を出し入れさせる都合上、扉が巨大だ。そこから入り込む冷気はとても多い。

 冬場対策を講じ終える頃には年が明けていた。

 

 



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#023 第二子懐妊

 

 西方暦一二七九年。

 中等部最後の年が始まった。卒業までにやる事が山積しているライヒアラ騎操士学園の工房は大忙しの(てい)を成していた。

 小型の幻晶騎士(シルエットナイト)として制作した幻晶甲冑(シルエットギア)は訓練用を『モートルビート』、ドワーフ族の作業用を『モートリフト』と命名した。

 前者は身体強化(フィジカルブースト)を駆使しなければ自在に扱えず、後者は魔力(マナ)の少ない者でも容易く扱える。

 一年をかけて追加装備を色々と制作した。その中の一つが防御を担当する『可動式追加装甲(フレキシブルコート)』だ。

 元々幻晶騎士(シルエットナイト)には『外套型追加装甲(サー・コート)』があったが背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)を追加したことで利用法に幅が生まれた。

 これらは総じて『選択装備(オプションワークス)』と呼ばれ、必要に応じて切り替えられるようにした。

 一年の大半をかけて懸念であった金属内格(インナースケルトン)の増強などは国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)と共同で事に当たった。その結果、現行の素材のまま強度を上げ、負荷の原因を取り除く魔法術式(スクリプト)を用意することで延命措置が講じられた。

 早い話しが魔導演算機(マギウスエンジン)を各幻晶騎士(シルエットナイト)に合わせて調整しただけだ。

 長大な魔法術式(スクリプト)は不慣れな構文技師(パーサー)では太刀打ちが出来ず、銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアの講義によって鍛えられる事になった。

 本来は競争相手の筈だが国王は研鑽を積むことに肯定的で難なく許可が下りた。

 それから一月(ひとつき)ほど経った頃に母セレスティナから衝撃的な言葉を告げられる。

 

「……妊娠したみたい」

「ええっ!?」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の追加装備の案で頭を悩ませていたエルネスティも新しい命の誕生には思わず筆を落としたほど驚いた。

 発覚したのは数週間前。彼女は特に体調を崩させずに過ごしていたので気づかなかった。

 機械以外には鈍感かとさすがに自分でも思ったが、父であり今も教官を務めるマティアスも気づかなかった。

 今まで黙っていたわけではなく熱っぽいなと本人が気になり、病院に行ったら発覚した。

 偶々(たまたま)、偶然。普段はおっとりとした性格の母も苦笑を浮かべていた。

 

(……絶対僕の子ではありません。そういう冗談を言う人が居たら……口を利かないと釘を刺すべきですかね)

 

 見た目は子供であるエルネスティも転生前の年齢を加算すれば妊娠のメカニズムを知らないわけではない。

 前の年齢の感覚だと羞恥心で顔が赤くなる。しかし、学生身分の今の自分は子供らしく笑顔で祝福すべきではないかと――高速で――思考が巡った。

 それにしても母が妊娠とは驚きだ。つい父に顔を向けて親指を立てた合図を送りたくなった。けれども、それだと性に興味のある子供だと見られてしまう。

 しかも母親に対して――

 家族の不和は生活に支障が出るのでここは差しさわりの無い賛辞だけ送る事にする。

 

(……えーと、妊娠が今月発覚したなら出産予定は……早くて秋から冬にかけて、になりそうですね)

 

 エルネスティの子供ではないので(マティアス)が苦労すればいい。新型幻晶騎士(シルエットナイト)を造る事に障害になることは無いと試算する。

 悪い考えだが大きな試験が控えている今は一家族の都合で予定は変更できない。国王の鶴の一声で変えられるとしても――

 

        

 

 妊娠の情報は母親関連の噂で(またた)く間に広まり、エチェバルリア家にアーキッドとアデルトルートが駆け込んでくるのに時間はかからなかった。

 彼らの母親であるイルマタル・オルターとセレスティナは友人同士。(むし)ろ、伝わらない方がおかしい。

 

「エル君に家族が増えるの~!?」

「そのようです」

「……エルは一人っ子から長男として振舞うことになるのか……。想像できないな」

 

 普段は武骨で冷たい機械の塊である幻晶騎士(シルエットナイト)の事しか考えていない男の子だ。弟か妹の世話などきっとしないに違いない。と。

 エルネスティからすれば忙しい時期に余計な問題が噴出してしまった、と思ったものだ。すぐにそういう嫌な考えは捨てたけれど、非人間的な思考をするような自分に嫌気がさした。

 確かに自他ともに認める幻晶騎士(シルエットナイト)バカではある。

 

(邪魔だとか言いそうな自分がいる。自分の趣味に全てを注ぐ人生って難しい)

 

 最初は夜泣きに悩まされ、次は遊び相手。下の子までどこかの転生者というのは出来過ぎている。おそらく普通の子として成長するはずだ。もし、可能性があるなら『日本人』で居てくれるとありがたい。

 何となくそう思った。

 

(言葉の壁がありますからね。僕はすんなりと現地の言葉を覚えられましたが……)

 

 一抹の不安はある。無事に生まれてくれる事は願うけれど、様々な騒動の元凶になったり、巻き込まれたりしない事の方が気になった。

 現に自分は国を左右する立場に居る気がするので。

 

「母様の体調はこれから悪くなると思いますが……、僕は自分の仕事で忙しい。そこでアディ達に協力をお願いしたいと思っています。とても……我がままな頼みでもありますが……」

「……だろうな、とは感じた。俺達は幻晶騎士(シルエットナイト)の制作には関われないから」

「どんな子が生まれるのか今から楽しみです。エル君に似て賢い子だといいな。女の子で金髪……。それもいいな~」

 

 父方(マティアス)が金髪だからありえないことはない。

 父も自分に似た子供がいいと思うはずだ。それ(髪の色)についてエルネスティからどちらがいいとは言わない事にしている。

 

「それとアディ。母様のお腹はまだ大きくありません。触らせてと言い募るのは控えてください。……なんとなく卑しい人間に見えるので」

「ある程度大きくなった時に触らせ貰うわ。今からだと……、確かにあざといわね」

 

 理解があってよろしい、とエルネスティは首肯する。

 子供が生まれるのはもっと後なのでアーキッド達と共に鍛練するのは予定通り。それと新発明の試験も頼んだ。

 自分一人だけ活躍しては新造の幻晶騎士(シルエットナイト)の数が減ってしまう。楽しみは分かち合わなければならない。

 

        

 

 そして、夏本番を迎える頃にエルネスティは一つの発明品に着手する事にした。

 今回制作するものは扱いを誤ればとても危険な代物だ。安全対策だけで数日かかったほど。

 

「実証実験も順調ですね。ここまで長かった……」

 

 学園都市の郊外に簡易的なテントが作られ、とある実験が始まろうとしていた。

 工房内では危険なので人気(ひとけ)のない場所がどうしても必要だ。

 それは前代未聞の新装備――『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』と名付けたもの。

 初期のころから案として存在していたが室内では危険だと判断し、設計のみ続けてきた。

 普段エルネスティ達は移動に風系の魔法である大気圧縮推進(エアロスラスト)――大気衝撃吸収(エアサスペンション)を背面利用したもの――を駆使している。今回はそれを推進器として利用できないか、と考えた。

 構想の段階では爆発的な推進力を生み、その力で巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす仕組みだが――

 それが本当にできるかは実際に取り付けてみないことには始まらない。

 もしこの装置が完成すれば幻晶騎士(シルエットナイト)は更なる飛躍が――字面の通りに――見込める。当然、反動が大きい操作なので危険度は高い。

 出来るだけ小型化し、低燃費に抑えた試作機は可動自体は成功したものの大きな物体を動かすまでには至らなかった。

 制御を誤れば簡単に吹き飛んでしまう危険性も確認済みだ。それと膨大な魔力(マナ)を消費するので長時間の稼働に向かない。

 巨体を動かすのに必要な力が大きすぎるためだ。当然、幻晶騎士(シルエットナイト)規模を動かそうとして失敗すれば大規模な爆発が起きる事も想定される。

 

「操作の強度を上げて必要な魔力(マナ)を調整する。これの製作だけで一ヶ月は楽に消費されてしまいましたが……。やはり新発明は一長一短ですね」

 

 機能は正しく作動している。問題は大きさだ。

 現行の出力調整が上手くいかない。心臓部である魔力転換炉(エーテルリアクタ)の改造は出来ないので、ある程度の妥協はやむを得ない。

 

(普及させる事は難しいですが、短時間だけでも成功すれば予定数の幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させてあげられるのに……)

 

 現段階では対決の時には使えないと判断し、一例のみに留める事にした。

 小柄なエルネスティ程の大きさの筒状の容器の中に専用の魔法術式(スクリプト)を刻んだ紋章術式(エンブレム・グラフ)の銀板を大量に並べ、離れた位置から魔力(マナ)を通す。

 様々な形状に加工しては実働データを取っていく。

 

        

 

 国機研(ラボ)との勝負に参加してくれる騎操士(ナイトランナー)は現在のところ『エドガー・C・ブランシュ』、『ディートリヒ・クーニッツ』、『ヘルヴィ・オーバーリ』の三人。それからアーキッドとアデルトルート。そして、エルネスティ自身の六人に決まった。

 ディートリヒとヘルヴィの機体は既に完成している。エドガー機も装備を付ければ完成となる。

 

「エドガー先輩の機体名はどうしましょうか? 変えるも自由。変えないのも自由です」

 

 可動式追加装甲(フレキシブルコート)を装着した新造のアールカンバーは従来よりも機動性が上がっている。装甲の強度は残念ながら少し向上した程度だ。現行の材料では機動力程の上昇は得られなかった。

 その代わり、剣の長さを短くし、盾の内側に仕込めるようにした。それにより、予備の盾も背面に設置できないか検討されている。

 攻撃を捨て、防御を厚くし、近距離の攻防を目的とした。攻撃は相棒たるディートリヒに任せた形だ。

 ワイヤーアンカーの完成により、銀線神経(シルバーナーヴ)を織り込んだ武装『ライトニングフレイル』が出来た。

 目標に当てた後、魔法を乗せられるところから牽制用として作られた武装である。

 

「俺達の事より母上様の様子はどうなんだ?」

「少し具合が悪くなっています。悪阻(つわり)などは起こさなかった人ですが……、悪くなる時はあるようです」

 

 エチェバルリア家第二子の懐妊は既に広まっている。最初の報告からだいぶ経つが毎日大きな変化があるわけではないのでエルネスティもどう答えたものかと悩んでいた。

 それによって制作に支障が出てはいけないのだが――新しい家族は誰もが気になるところのようだ。

 そもそも心配するのは父親であり、息子のエルネスティが思い悩むのは違うと思っていた。

 主婦仲間のイルマタルも度々様子見に来てくれるので今のところは放っておいても良さそうと判断した。もちろん、一家の一大事にはエルネスティも駆けつける気ではいる。

 

「天才児たるエルネスティと比べられて悩む姿が目に浮かぶ」

 

 そう言ったのは暇そうにしているディートリヒだ。

 自分用の幻晶騎士(シルエットナイト)は既に完成しており、新武装の調整以外ではする事が無かった。

 ヘルヴィも同様ではあるが、男連中の様子見ばかりしている。残っているのがエドガーとアーキッド達の分の幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 最後の機体はこれから作り上げる新武装の様子によって変えていくことになっている。

 

        

 

 本来ならば天才児と噂されるエルネスティに新たな家族が出来る報告は王都カンカネンに居る国王の耳に届いてもおかしくない。それがどういうわけか天上の世界たる『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に住む至高の存在達の耳に入った。

 地上に派遣しているシズ・デルタの報告を無視出来るのは至高の御方の特権である。

 

「……おめでとう、とお祝いの手紙でも送りたいところだ」

「そうすると一気にバレる。何のために隠匿しているのか」

「だって暇なんだもん。たまたま何気なく拾った情報がまさかの懐妊。……僕達は彼らの発展を見守る立場なのは忘れていないよ」

 

 見た目は偉業の存在だが地上に暮らす人間達の安否は気にかけていた。

 彼らの文化的発展は至高の存在にとっての娯楽。そして、自分達の道標(みちしるべ)のともなる。

 侵略という安易な手を打たない代わりに神の如き振る舞いを(おこな)うのはいずれ対話する予定があるという意思表示でもある。

 それにはどうしても橋渡し役が必要になる。シズ・デルタを通して――

 

「……そのシズは彼と距離を置いている。変な勘繰りをされない都合では良い方向か?」

「母親として振舞う都合があったからね。王様がいきなり呼び戻さなことを祈るよ」

「王様は多少我がままな方が面白い。貴族を黙らせる豪胆さがあると安心感も強くなる」

 

 二人が談笑しているところに報告役の端末から連絡が入り、気配が変わる。それはお気楽なものから真剣さに――

 すぐさま指示を端末に伝えて部屋から退出させる。

 

「星には星の……。こちらにはこちらの戦いがあるってわけか」

「神様らしく頑張らないとね」

「……さあ、みんな~。お仕事の時間だよー」

 

 自身のこめかみに指を当て魔法を行使する。

 エルネスティ達には窺い知れないもう一つの戦いが静かに幕を開ける。彼らが相手にするのは――

 

        

 

 事情を知らない地上世界では既に何日も経過していた。

 発明に忙しいエルネスティは同時進行している案件に忙しく対応している。家族については気にかける程度だが、こちらはこちらで気が抜けない。

 誰も居ない広い空間で(おこな)うのは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の稼働実験だ。

 起動こそ成功しているが制御が今一つ上手くいっていない。理論と実践には見えない壁があるようだ。

 何事も新発明というものは考え着いたからといってすぐに完成するものではない。そんな事象は極まれだ。それを誰よりも知っているのは制作しているエルネスティ本人だ。

 

(小規模の爆発は起きましたが……。不味いですね。術式の制御がここまで困難とは……。他人との感覚の乖離が問題なのは分かっているのにどうすることも出来ないとは)

 

 例えば感覚的な説明で相手に理解させることに似ている。

 自分は分かっている。どうして出来ない、と。

 エルネスティも説明が上手いと自信を持っていたが機械相手はそう簡単にはいかないようだ。

 同じ発明に取り掛かっている人間はおそらく居ない。教えている時間的余裕は無い。

 それには様々な理由があるのだが――

 

「……今回も失敗か?」

 

 実験に付き合わせているドワーフ族のバトソン・テルモネンは友人に言った。

 彼ら言われるとおりの設計は出来る。しかし、どうして成功しないかまでは理解できない。

 手先が器用なバトソンとて天才肌のエルネスティの意図を完璧に理解する事は無理だと心のどこかでは思っていた。

 

「……そうですね。実践に使えるレベルには達していない、というのが現状です。術式自体は成功している筈なんですが……」

 

 問題は幻晶騎士(シルエットナイト)を自在に動かせるほどの負荷に耐えられるか、という点かもと予想する。

 機械自体は正常な筈だ。ここから改良するのが難しいところ。

 この発明品はエルネスティが乗る幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させる予定だ。それによって他の機体へ採用していくことになっている。

 

(それとも僕は焦っているのか? 新しい家族に対して……。いけませんね、こんなことでは)

 

 自分にとっても新しい家族は初めての経験だ。だからといって母親を視界から外すことは出来ない。

 納期の締め切りが近い心境を思い出し、苦笑する。

 こういう時こそ自分は本領を発揮してきたじゃないか、と自身を鼓舞する。

 困難がある時こそ乗り越えた気分は最高だ。それを思い出したエルネスティは設計図から見直すことにした。

 暴発が起きていない事はほぼ成功と言ってもいい。やはり負荷の問題か、と各部のチェックを始める。

 現行の材質でかけられる負荷に限界があるなら削るか、それとも増やして黙らせるか。

 

        

 

 エルネスティが唸っている間、もう一つの発明品であるオルター弟妹用の幻晶騎士(シルエットナイト)が秘密裏に工房内で建造されていた。

 設計図自体は既に完成しており、組み立てるだけだが――これがまた難物だった。

 既存の幻晶騎士(シルエットナイト)の姿を逸脱したものだからだ。

 

「骨格から何から銀色坊主は用意してくれたが……。本当に動くのか、こいつは?」

 

 言われるまま建造しているが誰もが不安を滲ませていた。

 通常の倍近くの大きさを持つ(ゆえ)出力をどうするのか、という点が最初の壁だ。これは魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基搭載する事で解決する。それとそれ専用に作り上げた魔導演算機(マギウスエンジン)も既に完成していた。

 腕の数は四本。しかし、今回は二本を封印状態にする。最初だから、という理由で。

 そんな説明で立ち去ったものだから建造担当のダーヴィド・ヘプケンは理解不能のまま取り組むことになり、いつも以上に不機嫌だった。

 何度も本当にいいのか、と連呼する彼に脂汗を流しつつドワーフ族の少年少女達は(つち)を振るう。

 

「……といっても余分な魔力転換炉(エーテルリアクタ)は無いし、これで造るしかないわけだが……。完成したらすごいことになるのは確かだな」

「機動力。瞬発力が計算通りであれば既存の幻晶騎士(シルエットナイト)を何倍も上回る事になります」

「……だが、今のところ量産が出来ねぇ」

 

 国から与えられている魔力転換炉(エーテルリアクタ)の数は有限である。

 部品の中で最も高価なものを二基も贅沢に使う幻晶騎士(シルエットナイト)など彼の今までの歴史の中で見たことも聞いたことも無い。

 魔導演算機(マギウスエンジン)の自作も前代未聞の出来事だったが、まだまだ驚くことがあって休日がなかなか取れないな、と。

 不眠不休だと制作に支障が出るのできちんと休みを取るようには言われている。だが、それでも早く完成させたい気持ちが強かった。少しばかり無理を言ってドワーフ族が二人潰れてしまったところで焦ったけれど。

 

(人馬型……。それも、より戦闘向きに仕上げなけりゃならねぇ。しかし、どうして腕が四本も要るんだ? 背面武装(バックウェポン)として付けるのかと思ってのに)

 

 足に該当部分の追加は無かったけれど、重さの関係から少し増やした方がいい気がした。

 今のままだと自重(じじゅう)で潰れかねない。何度も設計図と睨めっこして重量計算を何度も(おこな)った。

 上半身の骨格調整はほぼ問題無し。一番の懸念はやはり支える下半身だ。

 高出力を叩き出すために下半身の内部には通常の倍以上の結晶筋肉(クリスタルティシュー)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が盛り込まれている。

 豊富な魔力(マナ)を持つが大部分は機体維持に回されるという燃費の悪さ。だからこそ魔力転換炉(エーテルリアクタ)の増設に踏み切ったといえる。

 試作機として色々と不十分な点がある。それを補うために仮だが操縦は二人で(おこな)うことになっている。

 

 上半身担当と下半身担当。

 

 足回りと戦闘は最初は不慣れなものだ。であれば担当を分割すればいい。そういう発想から始める事にした。

 どんどん人型から遠ざかる事に最初は誰もが懸念を抱いた。しかし、人型に拘る必要は無く、あくまで新型機を創造する。そこに様々なアイデアが放り込まれるのは必然といえる。

 

「……だが、人が操縦するもんだ。人型を完全逸脱は出来ねえ」

「親方~。悩んでないで手伝って下さいよ~」

 

 そうしたいのは山々だが、前代未聞の幻晶騎士(シルエットナイト)の制作にしばらく悩むことになる。

 もし、これが完成すれば新しい歴史が刻まれる。それは誰の目にも明らかだ。

 

        

 

 母の様子が刻一刻と悪化しつつあり、エルネスティも焦りを隠すことが出来ない状態になってきた。

 本当は発明に意識を向けたいのだが、お世話になった家族である()()エルネスティにとっては実の親だ。無視することは出来ない。

 妊娠三か月を超え、お腹が目に見えるほど膨らんでいる。

 自分の記憶が確かであれば医療技術はそれほど高度ではない。運が悪ければ命を落とす。

 出来る事なら無事に生まれてくれればいい。もちろん、母子ともに健康に。

 

「出産予定日は随分先の事よ。今から心配なの?」

 

 自室のベッドで休むセレスティナは心配の顔を見せる息子の頭を撫でる。

 普段は笑顔が絶えないのに今は顔面が蒼白だ。余程赤ちゃんが気になるのか、それとも(やつ)れていく母親が気になるのか。

 元々セレスティナは華奢な女性で小柄な息子が生まれた事で健康に育つのか自信が持てなかった。それゆえに大きく育たないのは自分のせいだと責めた事もあった。

 そんな気持ちを覆す様にエルネスティは元気に、小柄ながらも健康的に育ってくれた。

 性格も明るく、友達も多く出来た。セレスティナはそれだけで幸せいっぱいだった。

 

「母様が気になるうちは実験も危険ですから。薬では母体に悪影響なので食事療法を続けましょう。それと運動は必要です。歩かなくても出来る動きというものを色々と模索してみました」

 

 母親の前に分厚いノートが置かれる。

 普段は幻晶騎士(シルエットナイト)の事にしか興味が無く、それ関連の事しか書かれない筈のノートには健康的に過ごす様々な事柄がびっちりと記されていた。

 いつ調べたのか驚くほど詳細に。

 命は大事だと言っていた彼の優しさが伝わるようだ。

 

「落ち着けエル。ティナが(やつ)れるのは赤ちゃんに栄養が周っている為だ。どの母親も大体はこうなると聞いたぞ」

 

 見舞いに来た父親のマティアスもエルネスティ同様に仕事に手が付かず、心配でたまらない様子だった。学園側には長期休暇を申請している。

 男二人に心配されてセレスティナは幸せに包まれていた。

 後日、オルター弟妹と彼らの母イルマタルが果物の差し入れを持参してきた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)以外で様子が変わるエルは中々見ないな)

(エル君がその気になればお手製の育児用具が散乱しそう。しかも物凄く手が凝った……)

 

 エルネスティはオルター弟妹に魔法を教えたように意外と教育熱心だ。普段は冷たくて硬くて大きい幻晶騎士(シルエットナイト)に興味が全振りしている彼だが――

 真剣に取り組む姿勢は誰にも負けない。おそらく相当な傑物の弟妹(きょうだい)が増える気がした。

 それは不安であり楽しみでもある。

 なにより家族のために戦う姿は少し憧れを抱く。

 

        

 

 セレスティナの容態が悪化すると言っても病気ではない。マティアスが医者を連れてきて様子を診させる為、息子には自分の仕事に専念するように言いつけた。

 一度始めたことを途中で投げ出すな、と。

 父親らしいことが言えなかったし、賢いエルネスティは何でもこなしてきた。そんな彼が珍しく慌てている。

 自分の問題であれば奇抜なアイデアで乗り切るところだが、今回の相手は新しい家族だ。手が出せない相手でもある。

 

(歳が離れている家族が出来るとは……。全くの想定外。こういう案件に覚えが無いわけではありませんが……。どの世界も依頼人は鬼畜です。僕が一体何をしたというのでしょうか)

 

 皆のために働いて、給金で趣味に走る。ただそれだけだったのに、と。

 今回の仕事も大勢の協力者に手伝ってもらっている。それも国王からの勅命である。

 罰則は多分無いと予想しているが勝利すれば拍が付く。特にドワーフ族達や先輩方は。

 エルネスティはその中で趣味に全振りできるいい機会だ。それだけでもご褒美ものだ。

 残念なことに新しい家族という褒美は期待していない。欲しいのは幻晶騎士(シルエットナイト)に関係する全てだ。

 その辺りは家族に申し訳ないと思っている。

 

(今の心境のまま作業すると絶対に何か大きな失敗をします。物事には精神論も時には必要なのです)

 

 ゲン担ぎは意外と大事だと思うエルネスティであった。

 作業の一時停止について国王にどう説明したものかと祖父に相談してみる事にした。

 自分達が盛り上がっている間も国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の技術者たちは機体建造に心血を注いでいる筈だ。彼らを失望させる仕事はやりたくない。

 

「まだ充分に期間はあると思うのじゃが……。間に合わぬと言うのか?」

「……いえ。今のままだと真っ当な仕事が出来ないと言っているのです。何と言いましょうか……。手につかないといいますか……。物事に集中できないのです」

 

 両手を握ったり開いたりしながら説明する孫。

 懐妊は祖父も知っているが孫が苦悩するとは思っていなかった。

 報告を聞いた後はまたすぐに作業に向かうと思っていたので。

 だが、期間内に出産ともなればエチェバルリア家は大騒ぎになる。そうなれば更に仕事に手が付かなくなる。

 孫には関係ないと果たして言い切れるのか。折角生まれたのだから抱いてみろ、とか。ちゃんと面倒を見ろとか言いだして彼の時間を奪うのではないか、と。

 もし、その想定ならば確かに国王に一言伝えておかないと競技が台無しになるおそれがある。

 

(エルが生まれた時も我が家は大騒動があったような気がするわい。なにせ待望の第一子だ。期待は大きかった。何をするにもティナ(セレスティナ)は側に置いていたし)

 

 納得したラウリは孫に国王に伝える事を約束する。

 祖父への意見を済ませた後、日々変化する母の容態を気にしつつエルネスティは実験の続きを(おこな)わなければならない。

 今の心境で感覚がどれほどずれたのか確認する意味でも。その為に出力を押さえ、自己に備える。いわば暴発訓練とも言うべきものだ。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は扱いを誤れば危険な爆発物となる。それだけの出力を出せる代物だ。

 設計から出力計算した結果、街一つを吹き飛ばすほどではないとしても確実に幻晶騎士(シルエットナイト)一機を大破する。

 これは兵器ではなく推進器だ。武器として使う事は想定されていない。

 

(簡易的に組んだ幻晶騎士(シルエットナイト)では軽すぎて話しになりませんが、重くすると赤熱しますし……。量産には向かないのでしょうか)

 

 理論は大体出来ている筈だ。細かい計算が合わないと効果が発揮しないというのは中々に難物である。

 着火剤のように最初の点火を工夫するしかないか、と図面に色々と書き込む。機体調整は友人のバトソンに依頼するが、彼も長くエルネスティの発明品を扱っているだけに手際がいい。見ていて安心する。

 

        

 

 (くだん)の新装備である魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の失敗作は結構ある。

 大半が熱暴走により大破した。とにかく出力調整が難しい繊細な代物となっている。

 原理としての魔法はエルネスティも扱えるのだが、人間と幻晶騎士(シルエットナイト)では――当たり前だが――かなりの差異があるようだ。

 

(扱う魔法が戦術級魔法(オーバード・スペル)ですからねー。個人で簡単に出来る訳がそもそも無いわけですが……。完成すれば幻晶騎士(シルエットナイト)の新しい可能性が開けるのは確実です)

 

 地上を移動するだけの巨大な鉄の塊が猛スピードで移動できるようになる。ただし、それを成すには膨大な魔力(マナ)が必要になる。

 訓練を(おこな)わない騎操士(ナイトランナー)には扱えないので一般に落とし込むのは今は無理だと判断する。

 

(みんなの機体が出来上がっているのに僕のだけまだ未完成では……。予定が少し狂いましたが……、まだ誤差の範囲です。……という時ほど油断が生まれやすいんですよね)

 

 各自の機体は既に製作に入っているか、完成している。残りはエルネスティ専用機だけ。

 その為には魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の完成品が必要だ。これが無ければ普通の幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 膨大な魔力(マナ)を消費する機体を操れるのは現時点で自分一人だけ。試作機ゆえの問題点ではある。

 

「エルの機体名はどうするんだ?」

「おもちゃ箱を意味する『トイボックス』と暫定的に決めました。今の段階で出来る最高傑作……とは言い難いですが……」

 

 色々と制限がある中で造れる機体の中ではトイボックスも最高傑作と言えなくはない。しかし、エルネスティ自身は納得していない。

 一から全てを作り上げてこそ、自分専用の傑作機だ。だが、それを得るには勝負に勝たなければならない。

 最後のピースたる魔力転換炉(エーテルリアクタ)の秘儀を得るために。その為だけに今まで努力を重ねてきた。今更やめますとは言えない。

 他の機体が満足する仕上がりに対してトイボックスは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)のみが売りの機体だ。他に余力が割けなかったともいえる。

 それぞれ特色のある試作機として造っているので兵器類を充実させるよりは面白みに傾いている。

 

(そもそもでいえば魔力(マナ)をドカ食いするんですよね。今の出力では魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を制御するだけで充分だと思います。限られた期間で製作するものとしては重畳(ちょうじょう)かと)

 

 追加機構は完成してから改めて設計する事にする。今は目の前の発明を成功に導かなければならない。

 組み立てはバトソンに依頼し、エルネスティは確認作業を入念に(おこな)う。

 

「……効率を上げたくても未知の発明ですから一つずつ確認しなければなりません。バトソン、起動は全てが終わってから(おこな)います。避難場所の確認もお願いします」

「了か~い」

 

 肉体労働の大半はバトソンに任せているがエルネスティも指示だけ出すわけではなく、安全を考慮して避難場所の小屋を造ったりする。限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)を日常的に使う彼にとっては鍛練にもなるので一石二鳥だ。

 対するドワーフ族のバトソンには彼ら専用の幻晶甲冑(シルエットギア)『モートリフト』を使ってもらっている。

 彼らの為に最適化した魔導演算機(マギウスエンジン)は機能を如何なく発揮させており、大きな機材を軽々と扱う。

 問題があるとすれば見た目が武骨であること。デザイン面が(おろそ)かになるのは試作品の宿命である。

 双方の準備が整ったところで実験を開始する。まず安全確認から。

 周りに人は居ないが魔獣が急に現れてもいいように――

 

「爆音に注意。では……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)起動試験を開始します」

 

 起動装置は約十メートル離れた位置に置かれている。

 無数のケーブルに問題が無い事を確認し、バトソンは大きな盾を持って身を守る。

 エルネスティが一呼吸した後で起動のスイッチを()()()()した――まさにその時、爆音が轟いた。

 

 



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#024 大激震のフレメヴィーラ

 

 フレメヴィーラ王国全土がその日、不可解で――決して見過ごすことのできない重圧とも異常とも思える音を聞いた。否、聞かされた。

 尋常ならざる轟音は音の他に衝撃を振り撒いた。

 王都カンカネンのみならずライヒフラ騎操士学園にある住宅地の屋根が震え、窓ガラスの多くがヒビ、または砕け散り住民たちの悲鳴がそこかしこに鳴り響く。

 しかし、それだけの事に建物の倒壊は――まだ――確認されていない。

 古い家屋の壁に亀裂が入るのは仕方の無い事だとしても。

 王都の中心にあるシュレベール城ではすぐさま緊急招集がかけられ、情報の収集に護衛騎士たちなどが各地に散った。

 私室にて各地方貴族からの嘆願や手紙などを読んでいた国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラは表情を引き締め、窓に向かおうとしたがすぐに亀裂が走った事で一歩引き下がる。

 揺れは城全体に及んだ。いや、強くはないが長く不安を覚える不気味なものだった。

 小間使いを何人か呼び、場内の様子を探らせる。

 

「……これもエルネスティの発明の影響か?」

 

 街中で爆破音が響く、という報告を受けていたので今回の轟音も銀髪の少年の仕業ではないかと、犯人の顔として脳裏に浮かんだ。だが、それにしては規模が大きすぎる。

 発明の失敗であっても今回は笑って済ませられるとは思えない。最悪、活動の停止か――拘束はやむを得ない。

 もちろん、それが本当に彼の仕業であれば、の話しだ。

 

(まだ揺れておる。何なのだ。何が起きた?)

 

 焦る気持ちを押し殺し、城内に居ては危険と感じたアンブロシウスは外への避難を決め、すぐさま行動し、廊下を駆け足気味に歩きつつ他の者にも避難を呼びかける。

 歩きつつ様々なところから従者が現れ、報告が飛んでくる。

 

「地震にしては最初の轟音が気になります。どこかで爆発が起きたと考えるのが……」

「いや、爆炎は確認されていない。……少なくともシュレベール城から見える範囲では……」

「ライヒアラはどうなっている?」

 

 情報の錯綜は想定内だ。国王は彼らの報告を聞きつつ城下の様子も尋ねた。ただし、顔は前を向いたまま。

 王が外へ向かう間、ライヒアラ騎操士学園と国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)。復興中のバルゲリー砦でも同様の異常は観測されていた。

 フレメヴィーラ全体の時が止まり、そして、悲鳴と避難。様々な人の声が木霊(こだま)する。

 更に森に住む多くの魔獣たちは混乱し、散り散りに走り回った。

 それから地面の揺れが中々治まらない事に気づいた者達が慌て始める。

 身体全体に伝わる微振動が動きを阻害する。

 

「お母さん、お母さんっ!」

「慌てないで避難してください。建物は無事です。落ち着いて~」

 

 街中に駆り出された学生や騎操士(ナイトランナー)達が避難誘導を始める。本当なら幻晶騎士(シルエットナイト)を動かし、拡声機能にて呼びかけるのだが――

 更なる混乱を呼び起こすきっかけになると判断し、人力による人海戦術で駆け回る事にした。

 今のところ火災は起きていない。

 

「……まだ揺れが続いている」

「大きくはないけれど……、気持ち悪い揺れ方ね」

 

 妊娠中のセレスティナにはイルマタルがついており、安全確認は既に済ませておいた。

 念のために建物から出て庭で待機する。

 

「あの音は何処から鳴ったのかしら?」

「煙が無いからずっと遠くの筈なんですけど……。地面から魔獣が現れた兆候もありません」

 

 仮に地面から魔獣が現れると大規模な地震は起きない。しかし、念のために警戒はしておく。

 二人が身を潜めていると学生が確認にやってきた。

 手早く現状を知らせ、セレスティナが身重であることを別の学生に伝えていく。

 街中が大騒動と化している中で適切に動いている彼らの姿にセレスティナ達は安心した。

 

        

 

 謎の轟音は実験中のエルネスティ達も把握していた。急遽実験を中止し、隠蔽をバトソンに任せて街へ駆け出す。

 自分達が居るのは周りに遮蔽物の無い安全な地域だ。地割れでも起きない限り、滞在していても意味が無い。それらエルネスティには守らなければならない者がたくさんいる。

 

(……予想外の天変地異……。街から煙が上がっていますが……、あれは信号弾ですね。火災は確認できませんが……。しかし、長い揺れは嫌な気分にさせます)

 

 腰に備え付けてある武器『ウィンチェスター』から空気の魔法『空気弾丸(エア・バレット)』を駆使した。その時、彼の視界の片隅に猛烈な速度で駆ける存在を複数確認した。

 どう見ても人間が出せる脚力に見えない。

 それらは一様に頭部を兜によって覆われ、見慣れない服装の小柄な人間達だった。

 数にして十数人ほど。

 

(盗賊? でも、僕の姿が見えているならこちらにも来るはず……。来ないなら来ないで無視します)

 

 本当は気になるけれど今は母がとても心配だった。

 安全志向と健康を主に家族を悲しませるようなことはしないと決めていた。この世界で一番お世話になった存在を自分の趣味を優先する程には無視できない。

 ものの数分でライヒアラ騎操士学園の街中に入ったエルネスティは大勢の避難民の姿に少し驚いた。それらを無視する形で自宅に直行する。

 行きなれた道は多くの人でごった返していたので家の屋根に飛び乗り、そこから移動する。

 今でも屋根の移動は止めているが、今は緊急事態ということで強行する。

 

(居た。庭に避難してくれてたんですね。……良かった)

 

 なりふり構わず、自宅の庭に飛び降りて母の様子を窺う。

 顔色は多少悪い程度だが酷い状態ではなかった。側に居るオルター弟妹の母イルマタルのお陰だと判断し、一礼する。

 

「揺れはまだ続いていますが建物の倒壊は確認できていません。ここでじっとしているのも手ですが……。外の様子を見るに……、無理に移動するよりじっとしていた方が安全かもしれません」

「エルも無事で何よりよ」

「……僕は見晴らしのいい平原に居ましたから……。音の発生源は……念のために言いますが僕ではありませんよ。起動する前でしたから。それと何かあったらここには来れてません」

 

 そう言うと母は苦笑した。

 元気な顔を見せてくれただけで今は安心する。しかし、確かに揺れが未だに治まらないのは不安だった。

 エルネスティの実験でなければ何なのか。

 それと幻晶騎士(シルエットナイト)が好きな彼ならすぐに学園の工房に向かうはずだ。それなのに家族を優先させた。

 試合が近いというのに、と。

 

「私達はもう大丈夫よ。幻晶騎士(シルエットナイト)の様子は見ないの?」

「何を言っているんですか。家族が一番に決まっています。二番目は友人ですが……。僕が鍛えた二人はまず大丈夫だと思います。……工房もわりと頑丈なんですよ。せいぜい工具が散らばる程度ではないかと」

 

 それに自分が行ったところで間に合わない。近い場所に居る学生などに任せるほかはない。勿論、後で様子を見に行くけれど、と少し楽観的だった。

 理由は分からないが、エルネスティの中では大丈夫という気持ちが強かった。

 

        

 

 お互いの安否確認が終わったすぐに揺れが一段と強まって周りから阿鼻叫喚が湧き起こる。

 地震にしては強すぎる。

 それに――

 

(大気まで振動している……? まさか……)

 

 嫌な気配を感じ取ったエルネスティは空を見上げた。

 晴れ渡る青空が広がっている筈の景色は無数の糸のような白い雲上の(すじ)が走っていた。まるで空がひび割れているかのように。

 すぐに流れ星という単語が浮かんだ。それにしては数が多いし、もしそうなら筋はすぐに消える筈だ。

 隕石かとも思ったが大きな塊は確認できない。

 

(仮に隕石だとしてもここまで強い衝撃になりますか? 実際に落下した時の衝撃に経験はありませんが……)

 

 イルマタルもエルネスティに倣って空を見上げ、小さく悲鳴を上げる。

 見たことも無い景色に恐れた。

 

「原因が空なら地震の心配は……。でも、揺れているから避難は必要ですね」

 

 避難させたくても揺れが足腰に響いて困難さを増幅させている。

 既に街の人間達はその場に(うずくま)るように動けなくなっていた。

 これを解消するすべにエルネスティは心当たりが無い。だが、母は守りたい。そう思っていると先ほど見掛けた小柄な人物が揺れにもかかわらず平然と走り去っていった。それも複数人が。

 

(見た感じだと子供なのですが……。雰囲気的に……。まさかとは思いますが……)

待ってください! あなた方は……シズさんですか!?

 

 そう呼びかけると何人かはそのまま走り去り、数人は突如声掛けされて戸惑ったように辺りを見回す。

 正体不明の人物達は無言のまま手話のように手の合図だけでやり取りし、散っていく。

 残った一人が声掛けしたエルネスティの下に駆け寄ってきた。

 

「……確認。エルネスティ・エチェバルリアだな」

 

 聞き覚えのある女性の声。

 間違いなくシズのものだ。だが、同じ声が何人も居る者なのか、と疑問に思う。

 エルネスティの知る人物は親子だから似た声だと思っていた。しかし、それにしては似すぎではないか、と。

 

「は、はい」

「今回は非常時故……、あまり情報は出したくないが詮索はしないでいただきたい」

「……ごめんなさい。……確か、目立ちたくない一族の方でしたね」

 

 詳しくは知らないけれどシズは一族という集団を持ち、活動内容は地味である、と。

 それくらいしか情報は無い。

 

「……同じ顔が多く居ると混乱を引き起こすからだ。私はお前が知るシズ・デルタではないが……、シズ・デルタ()一人だ。……それで用件は何だ?」

「えっ!? よ、要件……。えっと、それはこちらが聞きたいところです。貴女達はどんな目的で街中を移動しているのですか? 盗賊ではありませんよね?」

「盗賊ではない。目的は……住民の安否確認と重傷者の捜索だ。軽傷は無視している」

 

 淡々とした声でエルネスティの言葉に応えていく謎のシズ。

 秘密を連呼されると危惧していたが意外と答えてくれることに驚いた。それと自分も移動しなければならない事を思い出す。

 住民の安否確認であれば彼女達に任せた方が心強い。どういう方法かは分からないが激しい揺れの中にあっても移動を可能にする脚力には興味が湧いた。

 

「んっ……。エルネスティ・エチェバルリアの安全を確認した。こちらの情報を共有してもよろしいか?」

 

 頭部を完全に覆う兜をかぶったまま耳に手を当てて()()()()()言うシズ。側には誰も居ないが住人達の呻き声や悲鳴が飛び交っている。

 様子から遠くにいる仲間に連絡しているものと見られる。

 

「了解した。エルネスティ・エチェバルリア。他の都市も今頃安否確認と避難が(おこな)われているが死傷者の存在は確認されていない。地上の揺れは数時間続くと推察される。……地面の下から魔獣が現れる気配も兆候も無い事を伝える」

「ありがとうございます」

「……軽傷者が学園にて何人か発生。……一族の存在と接触したエルネスティ・エチェバルリア。お前はどうする? ここに残るか? それとも移動を開始するのか?」

「母様が身重なので移動したいのは山々なのですが……。せめてもっと安全な場所や建物に移動できませんか? この人達だけでも……」

「了解した」

 

 淡々とした口調とエルネスティの要望に即答するシズ。

 あまりの判断の速さに思わず驚きで呻いた。

 予想外の即答ぶりはついぞ経験が無い。

 

        

 

 シズと思われる謎の人物と対話している間も大勢の人間達が右往左往し、悲鳴を上げていく。

 今まで感じた事のない揺れが動きを阻害している。エルネスティも知識では知っていたがいざという時は足が動かない。これは恐怖というより固有の振動が原因のような――

 

「避難民は見晴らしの良い平地に移動させている。既に小屋の制作も始められているようだ。彼女達はそこへ連れていく。お前も避難した方がいい」

「学園が気になりますので……。とにかく、母様たちをお願いします」

「了解した。……それとこの揺れの原因は夜になってから空を見ろ。地面はただの共振だ」

 

 そう言って大人のセレスティナを小柄なシズが軽々と抱え上げて猛烈な速度で運び去った。

 あまりの行動力に驚きつつ空を見ろ、という言葉が気になった。

 今見えているのは無数の白い糸を張り巡らせような空模様――

 これが夜になると揺れの正体が判明するという。それはつまり――

 

(……月。月に何かが起きたのですね。……おそらく隕石の(たぐい)。今の時間帯では見る事が出来ないから……)

 

 小さな隕石程度は想定内だ。しかし、星の地表にまで干渉する揺れを起こすものとなると尋常ではない。それに原因を既にシズ達は把握しているのも驚きだ。不可解とは言わない。

 それらを知るすべを持っていると仮定し、人命救助に奔走する者を悪く言うのは心が狭い証拠でもある。

 

「アディ達の母様。動けますか?」

「ご、ごめんなさい。足腰が震えて駄目みたい。他の人も似たようなもののようね」

 

 人間は大地に足を乗せ、踏ん張る事で立つことが出来る。それには最低限、安定した土地が必要だ。

 不安定な水の上に立てないように。

 地震が起きると大地は液状化したようにうねる。おそらく今、そういう状態だ。であれば建物の多くが傾く可能性がある。

 土壌に詳しくはないけれど揺れが収まっても安心は出来ない。

 

(この国だけとも思えません。月なら星全体が揺れている筈……。これほどの規模は経験がありません)

 

 地震大国出身()()()エルネスティでも星を揺るがす天変地異には覚えが無い。

 相当な規模の揺れが起きている筈だが建物の倒壊が殆ど無い。それがいやに不気味であった。

 地盤が強くても無事である可能性は低い。――ということを考察している暇が無い事を思い出し、イルマタルを背中に乗せ、魔法を使う。

 大人一人くらいなら日頃から使ってきた限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)で抱えることは容易い。工房の事も気になるがまずは避難が先だ。

 

        

 

 彼女を街の郊外に連れていくとシズが言っていた小屋が見えた。といっても一つではなく無数に建設されており、多くの住民が怯えていた。一見すると数人で手際よく小屋を建てるシズ達に対するものにも――

 街から離れたと言っても揺れは未だに続いている。

 背負っていたイルマタルを避難場所に残し、学園に向かう。その途中、無数の人影が往復していた。

 数としては十人前後。姿は一様に同じに見えた。

 全く焦らず冷静に行動する彼女達は実に機敏である。無駄を感じない。

 

(シズ・デルタ一族……。今回の事で随分と目立ってしまっていますが……。ありがとうございます。このお礼はいずれ何らかの形で返したいと思います)

 

 先程話したせいか、シズ達はエルネスティを一瞥するものの進行を邪魔立てすることなく、逆に道を開けてくれた。

 無駄のない動きで次々とその場から動けない住民を運び去る。

 倒壊の無い建物のお陰で移動は順調だった。なにより道を開けてくれるシズのお陰もある。

 こういう時こそ火事場泥棒が現れる。一応の警戒をし、学園へと向かう。

 入り口付近で多くの騎操士(ナイトランナー)や教師、アデルトルート達見知った面々が(たむろ)していた。

 

「皆さん、こんなところでどうしました?」

「エル、無事だったか」

 

 アーキッドに頷きで応え、軽く周りを一瞥する。

 目立ったケガ人は軽傷者くらいだった。

 母親とイルマタルの無事を彼らに伝え、エルネスティは教師達の下に向かう。

 

「この自然災害は空で起きた天変地異が原因と聞きました。しかし、揺れはしばらく続くそうです」

 

 戸惑いを見せていた教師たちは信じられない言葉に驚きつつ小さな銀髪の少年を見つめる。

 空の様子からも無数の隕石が関係している気がするのだが、さすがに全体を把握するすべはエルネスティといえども持ち合わせが無かった。

 

「地震じゃないのか」

「共鳴によって発生した地震である事には間違いないかと。これだけの規模は僕も覚えがありませんから」

 

 人生経験で言えば高等部以下のエルネスティだが、前世の記憶に照らしても前代未聞――

 こういう状況の時は避難以外にすることが無い。自慢の幻晶騎士(シルエットナイト)で出来る事と言えば建物のを支える事と瓦礫撤去が浮かぶ。

 

「持ち出せるものは少ないと思いますが……。郊外に避難しましょう」

 

 それに揺れのせいでまともに歩けない人間が多い。

 地面に着地したエルネスティでさえ(ひざまず)く形で待機する事しか出来ない。

 

「工房はどうなっている?」

「僕とキッド達で様子を見てきます。皆さんはなんとか移動してください」

 

 手早く支持を出し、エルネスティは移動を再開した。残った者は移動したくても出来ない。そこへ謎の集団が現れ、次々と人間を抱えて走り去る。

 一切の無駄口を叩かず、強引に。

 

        

 

 エルネスティとアデルトルート達が幻晶騎士(シルエットナイト)を保管している工房へと向かうと多くの作業員が地面に這いつくばる形でじっとしていた。

 見た感じでは多くの資材は傾きこそすれ、散乱するような事態にはまだ陥っていなかった。そして、奥で資材の片づけをする数人のシズ達が見えた。

 

(……どうやら重い幻晶騎士(シルエットナイト)は簡単には倒れなかったようですね。作りかけは……鎖で繋ぎ止められているところから無事に見えますが……)

「みんな~、ケガ人とか居る~?」

「……お、おう。無事っていやぁ無事だ。さっきやってきた変なガキ共が迅速に行動してくれたお陰でな」

「それは良かった。とにかく、皆さん、避難しましょう。新造幻晶騎士(シルエットナイト)はまた作ればいいのですから。人命が最優先です」

「……いいのか、銀色坊主。おめぇの自信作が壊れるかもしれねぇのに」

「何を言っているんですか。……命の方がなにより優先されるんです。いくら僕だって皆さんに死んでほしくないんですから」

 

 軽く苦笑しつつドワーフ族を抱えようとした。しかし、さすがに通常の人間よりも重さがある彼らは身体にズシリと響く。

 新造した作業機械である『モートリフト』はバトソンの分しかない。

 ――緊急ゆえに自分用のモートルビートを取り行く、という発想がこの時のエルネスティには無かった。とにかく急いで避難しなければ、と。

 今回の異常事態は想定できなかったが、後悔しても仕方がないと自分に活を入れる。

 

(ここは無難に避難活動ですね。壊れたらまた作ればいい。勝負に勝つよりも大切なものがある)

 

 とはいえ、国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)も結構な被害に遭っている可能性がある。

 向こうにはシズ・デルタ(先生)が居るので大事は無いと思いたいが心配であった。

 王都については完全に思考から抜け落ちている。申し訳ないが国王の安否までは考えていられない。

 目に付くドワーフ族や作業員を工房外に運び出す。

 地面の振動はドワーフ族にとっても厄介な代物のようで満足に移動できないでいた。

 

(魔法に長けた種族ではない、というのが……。こういう時の為の『足』を用意すべきでしたね)

 

 地震は想定していなかったわけではない。ただ、規模の大きい地震の経験が無かった。

 大きな幻晶騎士(シルエットナイト)が歩く振動程度は何の障害にもならない、と身体が()()()()()()()()()()()

 後悔先に立たず、とはこのことだとエルネスティは唇を噛みしめる。

 

        

 

 作業員をあらかた外に出した後で工房内で工具などが散乱する嫌な音が聞こえてきた。

 台座に座らせた幻晶騎士(シルエットナイト)は勝手にずり落ちることは無かったが、建造途中の大型幻晶騎士(シルエットナイト)がある場所はガタガタと大きな音を響かせていた。

 最悪、倒壊しても仕方がない。そうエルネスティは覚悟した。あれはアデルトルート達の為に設計した幻晶騎士(シルエットナイト)なので悔しい思いだったが人命には代えられない。

 そう判断を下していると複数のシズ一族が問題の場所に集まり、鎖などを持って隠蔽用の覆いを潜り抜けていく。

 作業員の為に簡易的な覆いしか施されていないので侵入は容易い。

 

(まさか機体を固定しに? 人命以外も関わる気ですか?)

 

 それはそれでありがたいが、今の自分に彼女達のような行動は到底とれない。だからこそ、優先順位を間違えるわけにはいかない。

 

 人命こそ第一に優先されるべきもの。

 

 揺れは今も続いている。

 建物が倒壊する前に出来るだけ離れるように言いつけ、次の現場に行こうか悩んだ。

 正直、こういう自然災害の場合、火事でも起きない限り安全な場所で待機するのが賢明だ。

 土砂崩れや洪水による冠水でもないかぎり。

 

「ここはあの人たちに任せて僕達は街に行って逃げ遅れが居ないか確認しに行きましょう」

「そ、そう」

「……俺達だけで幻晶騎士(シルエットナイト)をどうこうするなんて出来ないしな」

 

 三人が諦めムードに陥っているとシズ一族の一人が駆け寄ってきた。

 全員見た目に違いが見受けられず、兜も被っているので先ほどの人なのか違う人なのか判断できなかった。

 ――さっき聞いた言葉が正しければ兜の中は全員同じだと思われる。

 

「ご、ご苦労様です」

 

 エルネスティが最初に頭を下げて礼を述べると相手は軽く『ん』と唸るような返事を返した。

 無反応よりはましだと判断し、次の言葉を待ってみた。

 

「ライヒアラ騎操士学園の避難はほぼ終えようとしている。お前達は残る気か?」

 

 振動が続く大地にしっかりと匂い立ちするシズ一族。全く身体に影響がないかのような振る舞いにエルネスティは驚いた。

 自分達も魔法を駆使して立つのがやっとなのに、と。

 

「逃げ遅れの確認をしようかと……」

「それならば問題は無い。……問題があるとすれば彼らが持ち出そうとする大事なものだ」

 

 つまり逃げ遅れの確認もしている、と。

 身体つきからして女性っぽいが顔を見るべきか迷うところだ。

 

「逃げ遅れが居るかもしれないのに……、どうやって調べてるんだ? いや、……分かるものなのか?」

「分かる。睡眠中の赤子ですら探知は可能だ」

「……キッド。ここで必要な事は最低限の情報だけにしましょう。こういう場合、無駄な説明はいけません」

 

 時間経過とともに被害は大きくなる。それが自然災害の恐ろしいところだ。

 共鳴による振動と彼女は言っていた。本震ではないとしても揺れが大きく未だに治まらないのが怖い。

 エルネスティをして額から脂汗が出るほど早く逃げだしたい気分だった。

 

「……ん。住民全ての避難は完了した。……後はここに残っている者達だけだ。無駄な捜索はやめた方がいい」

 

 それは確かに正論だ。しかし、彼女達にも見つけられない存在が居た場合は後悔する事になる。――とはいえ、無理に捜索すれば自分達が潰れてしまう。

 人命を優先するにも限度がるあことをエルネスティは知っている。だが、それでも気持ちは助けを求める者に傾けたい。

 一番の問題点は自分の目で確かめる事だ。それが徒労であっても――

 

「……我々の命の定義はお前達よりも詳細だと思うのだが……。このまま街に繰り出し、自らの気持ちに納得を付けるまで無謀なことをしようというのか?」

「貴女方の探知が完璧だと僕は知りません。万が一……ということがあります」

「……エル君。私達より人数の多いこの人達に任せたらいいんじゃない? も、もうこれ以上は建物に潰されちゃうかもしれないし」

「俺達の家族が無事なんだから元気な姿を見せないと悲しませる。……それとも見ず知らずの誰かの為に死ぬつもりか?」

 

 アデルトルートとアーキッドの言葉は胸に深く刺さる。けれども、動ける人間が何もしないのは責任放棄だ。そういう気持ちが強く自分を押している。

 誰よりも魔法の扱いに自信があり、こういう災害でも取り乱すことなく行動できるのに、ここにきて引き返す事など出来ない。

 

「もう一度言う。この街の住民は全員避難した。愛玩動物も含めて。もうすぐ倒壊する建物が出始める。我々はそれらを防ぐ(めい)は受けていない。大人しく避難した方が身のためだ」

 

 淡々と、しかし力強く宣言するシズ一族。

 経験のない大災害であるのはアーキッド達も理解し、おそれた。だが、エルネスティは頑なに誰かを救おうとしている。全員が無事かどうかは確認できないけれど、分かる範囲は助けた筈だ。

 エルネスティ本人もシズの言葉が正しい事は分かっている。それでも、ここから立ち去ると後悔するのでは、と強迫観念を強く感じていた。

 自由に動けるのは自分達だけだ。だからこそ、それが出来る者の責務を最後まで果たしたい。

 思い悩むエルネスティを見かねたのか、シズは常人には知覚できない速度で彼のこめかみを(てのひら)で打ち抜いた。

 

 パァンっ!

 

 物体が揺れる音で聞き取りにくい状況だがアデルトルート達の耳にははっきりと聞こえた。

 一瞬の攻撃だった。エルネスティは衝撃だけ感じ、倒れることなく立ち尽くす。しかし、急激に景色が歪んで――

 眼球が裏返り、昏倒した。

 

「……世話が焼ける、とはこの事か。深きまどろみ(ディープ・スランバー)

 

 念のためにとシズは魔法を行使する。それはアーキッド達には耳なじみのない単語だった。

 混乱状態ゆえの自己判断だがエルネスティ達の安全も彼女(シズ・デルタ)達は『至高の御方』から厳命されている。むざむざ見殺しには出来ない。

 アデルトルートは自分達と同じくらいの背格好の謎の人物にエルネスティが倒されたので口を大きく開けて驚きを表した。

 

(……え~!)

(エルが……。エルが倒されたの初めて見た……)

 

 白目をむいている少年(エルネスティ)をシズは抱っこする形で持ち上げる。それから避難場所に向かうとアデルトルート達に告げる。

 驚きのあまり立ち往生している彼らの事が気になったが自分が移動すれば気が付くと判断し、シズは移動を始めた。その後を追う様に作業に従事していた他の仲間達も飛ぶように移動する。

 現場に残される形のアデルドルートとアーキッドはすぐに我に返ったもののダーヴィド達を置いていくことは出来ないと思い、二手に分かれる事にした。

 作業員の側にアーキッドが残り、エルネスティの後はアデルトルートが追う。

 

 



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#025 ブラック・ファラオ

 

 前代未聞の大災害と化しているフレメヴィーラは謎の集団の助力もあり、大きな混乱の広がりを軽微にしつつあった。しかし、揺れは一向に治まらない。

 謎のシズによって昏倒させられ、避難場所に運ばれたエルネスティ・エチェバルリアは数十分ほどで目を覚ました。

 彼女に叩かれた部分が赤い痣となって残っているが今は濡らしたタオルによって冷やされていた。

 気が付いた時、側に母のセレスティナとアデルトルート・オルターの顔があった。

 

「あっ、気が付いた」

 

 痛む頭を押さえつつも上半身を起こそうとした。しかし、それは母によって止められる。

 シズの説明により、彼を休ませるように言われていたので――

 震動が続く現状、しばらく大人しくする方が賢明だと誰もが思った。

 

(痛た……。僕は気絶させられたのですか? ……全く分かりませんでした)

 

 むきになった事は反省すべきところだが、とエルネスティは苦渋に満ちた顔でシズとのやり取りを思い出す。

 大きな災害の時は無理に行動するのはかえって危険である。頭では分かっていても何かしていないと不安になる。

 災害心理というものが働いて無用な被害を拡大する所だった。

 

「あの人たち容赦なかったけれど……。皆避難しているっていうから信じましょう」

「……全く根拠のない言葉ですよ、アディ」

 

 根拠は確かに無い。けれども、だからといってライヒアラ騎操士学園の都市全体を捜索するのは無謀である。建物の倒壊が起きた場合、自慢の魔法で対処できると果たして言い切れるのか。

 自信は時に慢心を呼ぶ。

 

「ああっ、建物がっ」

 

 避難民の一人が遠くにある街の様子に気が付いた。

 現在位置は街からそれほど離れていない平原のど真ん中。ここにシズ達が作ったと思われる小屋が無数に点在していた。

 エルネスティも大所帯が滞在できる簡易的なテントのような小屋に居た。そこから街の様子も見る事が出来る。

 季節が夏ごろなので窓の必要は無いが長期間寝泊まりするには(いささ)か手狭だ。

 

(脆い家屋などが倒れましたか。……学園や工房はおそらく無事だと思いますけど……)

 

 金属加工技術を持つとはいえ原始的な建物が多い。大きな地震には意外と弱いものだ。

 エルネスティの邸宅のような貴族街とは違い、市民の建物はこれから次々と崩壊していくだろう。

 それらをどうにかするすべはエルネスティは持ち合わせていない。だが、また建てればいい。生きてさえいれば復興は出来る。

 そう割り切りたいところだが被害者からすれば一人でどうにかすることなど無理な話しだ。

 

(無理なんですけれど、まずは地震が治まるまではどうにもできません)

 

 この災害が治まったら復興の手伝いをしようかな、と。さすがにこんな状態で幻晶騎士(シルエットナイト)造りなどする気にならない。

 まさに驚天動地。そんな言葉が脳裏を駆け巡る。

 

        

 

 見ているだけしか出来ないけれど、建物がいくつか崩れ落ちているが火災は起きていない。電気系統が発達していれば漏電などの恐れがあるものだが、フレメヴィーラにはこの手の技術が特別な場所にしかない。

 水害は今のところ無さそうだが雨天の対処も考えなければならない。それと避難民のトイレ事情と医療だ。特に母は身重である。

 ふとセレスティナに顔を向けるが特に異常は無さそうだった。

 

「ねえねえエル君。私達が今居る小屋ってあんまり揺れてないよね」

「そうですね。特殊な技術でも使われているのかも」

 

 完全に揺れていないわけではないがごく微小にまで軽減されている。

 何らかの免振技術だと思うけれど、様々な事が調査意識を阻害していた。

 

(……免振。確か簡単に出来る方法があった気がします。……バネのような。ゴムでしたか?)

 

 大きな建物の免振となると大規模な工事が必要だが木造の小屋程度であれば厚めのゴムを下に敷くだけで幾分か軽減できた筈だ。

 そのメカニズムについては詳しくないけれど、後で調べようと思った。

 問題があるとすれば軽減する時に熱が発生する。もちろん程度に拠るけれど。

 位置エネルギーを別のものに変換する事で免振が成り立つからだ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)も動作に免振に似た技術が使われている。熱暴走を押さえる為に。

 

(魔法なら大気衝撃吸収(エアサスペンション)なんですが……。家庭用に中級魔法(ミドル・スペル)以上は普及していませんから)

 

 それとこの震動がかなり長い時間続くということだ。

 避難民の精神状態は少しずつ回復していると思うけれど、長引けば諍いが起こりやすくなる。

 閉鎖空間における人間の精神状態は悪化しやすい。

 何もできずに時間だけが過ぎていく。

 普段は幻晶騎士(シルエットナイト)の事ばかり考えていたエルネスティも何もしない、という状況は不味いと思った。だが、他に出来る事が浮かばない。

 

(……そういえば食料はどうしましょう。飲料の確保もしていません)

 

 そう思っていると入り口の扉が開き、兜をかぶったシズ一族が避難民に食料を配り始める。

 用意がいいのか、それとも想定内だったのか。とにかく、懸念が解消されて安心した。

 

「仮設トイレと風呂場を用意したものの揺れが酷くて利用には付き添いが必要だ」

「騎操士学園の者も手伝ってほしい」

 

 そう告げて彼女達は作業を開始する。

 動けそうな若者は騎操士(ナイトランナー)くらいだが揺れの中であればエルネスティとアデルトルートくらいでなければ難しかった。

 街中の捜索でなければ来い、とシズは言ってエルネスティを手招きした。

 一度昏倒した事で冷静さを取り戻し、今自分に何が出来るのか見定める為にシズの要望に応える。アデルトルートもそんな彼の為に手伝う事を進言した。

 

        

 

 激しい揺れの中を移動するのでアデルトルートに適切な魔法の使い方を伝え、シズ達の下に向かう。

 とはいえエルネスティも一日いっぱい魔法を行使するだけの魔力(マナ)を持っていないので無駄なことは出来ないと覚悟を決めた。

 避難民だけで数万人、それ以上とも思われる規模になる。それだけの人員を混乱させずに面倒を見るのは数人程度では到底無理だ。

 

「そうだ。あの……」

 

 エルネスティは手を上げた。それに対し、シズは首を傾げつつ発言を促す。

 こういう時だからこそ可能性は早めに試すに限る、そう彼は思い立つ。

 

「夜間照明を用意したいので協力者を募りたいと思います。それには作業部屋や工具が必要になりますし、大きな資材搬入は今の僕達には難しい問題です」

「了解した。……夜間照明か。我々は表立って行動できない。そちらが先導してくれるのであればありがたい」

 

 表立って、という言葉にエルネスティはシズ達に深く感謝の意を表した。おそらくここまで前面に出る予定は無かったはずなのに自分達の存在意義を投げ捨ててまで救助に貢献してくれた。

 彼らを統率する者の意思かは分からないが、おそらく地震が治まったら――と嫌な考えが浮かんだ。

 

(それにしてもシズ一族って何なんでしょうか。僕と同じ転生者とも思えませんし……。まさか宇宙人? ……あり得そうで怖いですね)

 

 見た目も近未来的と言えばそう見えてしまう。

 顔が全て同じである可能性が高いらしいのがまた恐怖を募らせる。だが、大人のシズ・デルタが居る。彼女達とはどういう繋がりがあるのか。

 余計な思考に陥るもあながち間違ってもいなかった。

 

(ファンタジーでありながらSF(サイエンス・フィクション)の要素も加わると……、もう何でもありに思えてしまう。……いや、宇宙も想定されてしかるべき要素であるのは間違いありませんが……)

 

 今の自分達は()()地上で戦闘する技術しか持っていない。だが、だからといって世界規模が今の技術であるとは言い切れない。

 そうなればシズ一族は――

 

 未来の存在である可能性が高い。

 

 そう考えると腑に落ちる事がある。

 未来人はえてして身を隠しがちだ。何故なら――

 

(あまりにも隔絶された技術を持っているからだ。そういう存在は大抵……、現地の文化を破壊するより現状維持に回る事が多い)

 

 エルネスティの知識にある未来人の印象ではあるが、あながち的外れでもない気がした。そして、それは確かに真理を突いている。

 そう仮定したとしてシズの正体はこうだ、と言うべきなのか。多くの市民を救う彼女達は実は国を簒奪する侵略者(インベーダー)である、と。

 侵略者は言い過ぎかもしれない、とエルネスティは頭を振って邪悪な思考を追い出す。

 

        

 

 人間側が様々な思惑に四苦八苦する間、シズ達は淡々と作業をこなしていた。

 免振ゴムを敷いて木の板を正確に敷き詰め、その上に布製の覆いをかぶせ、何処からか持ってきた工具や資材を乗せていく。ついでに作業員のドワーフ族まで。

 その後で仕切り壁の設営に入る。

 

(黙って見ていると悪い人達ではない気がしますが……。疑心暗鬼になりやすい我々は彼女達と仲良くなれるのでしょうか)

 

 最初から疑ってかかるのは良くないのだが、正体を見せ始める不可解な存在をすぐに信用する事は難しい。

 だからこそ長い時間をかけて理解者を作る事が大切だ。少なくとも大らかで豪快な国王とは付き合いが長いようだ。

 

(……今まで興味を持たなかったのに随分と都合がいいな、エルネスティという若者は)

 

 と、自虐的に思う銀髪の少年。

 母と友を救ってくれた恩人として今は多くの市民の為に働くべきだ、そう強く思い作業場に向かう。

 トイレは簡易的な物ながら次々と利用者の列が出来始める。それらを横目に見ていると水源が気になった。

 現状、満足に動けるのはシズ達だけだ。人海戦術によって近場の川から汲み上げているのが見えた。

 ライヒアラだけでもかなりの数なのだから国全体からすれば相当数のシズが居ることになる。それら全てが同じ顔というのは悪夢以外の何物でもない。

 

(未来人だと仮定すれば量産型という事ですよね。……えー、そんなことがありえるんですか、人型で。……ああ、あり得ますか……。複製(クローン)なら)

「エルネスティ・エチェバルリア」

「は、はいっ!?」

 

 近くで声をかけられてびっくりする銀髪の少年。

 余計な思考で更に混乱してしまった。

 

「……他に必要な資材があれば教えてほしい」

「あ、はい。すみません。えーと、大規模な夜間照明を作りたいので……、ここは大盤振る舞いで魔力転換炉(エーテルリアクタ)を一台使いたいと思います。郊外に試作型幻晶騎士(シルエットナイト)がありますので、それを持ってきます。皆さんは照明の用意を」

 

 指示を出すとシズ達は一様に頷いて飛ぶように移動する。

 次々と指示されたものを持ち寄ってくるその機動力は現行の騎操士(ナイトランナー)を凌駕し、エルネスティでも太刀打ちできるか分からない程洗練されていた。

 試作型幻晶騎士(シルエットナイト)『トイボックス』を運んできたものの満足な装備が無いので戦闘力は皆無に等しい。これに新型装備を付ければ完成だが――

 今回はやむを得ない事情により魔力転換炉(エーテルリアクタ)を取り外し、発電機代わりに使用する。

 大気中に魔力(マナ)がある限り、魔力転換炉(エーテルリアクタ)が止まることは無い。戦闘に関しては膨大に魔力(マナ)を使用する都合、枯渇した分を補うための冷却期間が存在する。

 

        

 

 無数の照明を一気に点灯させるための制御式を――即席ではあるが――構築して図面に起こす。出来た分はドワーフ族の技術者に渡し、次の発明に取り掛かる。

 他の砦や都市にはシズに設計図の配達を頼んだ。

 各都市には防衛用の幻晶騎士(シルエットナイト)が配属されているので渡した図面を利用してもらえば一時(いっとき)(しの)ぎにはなる。

 問題は他の国だ。

 フレメヴィーラ王国だけの問題とは思えない。その点はどうすればいいのか――

 

「この国だけにシズ一族が関わっているのでしょうか? あえて答えにくい事を聞きますが……」

「……他国との情報交換は高度な案件だ。それに答える権限を私は持ち得ない」

 

 人助けだからと言って国境を勝手に(また)ぐことは出来ないし、国王に内緒で、というわけにもいかない。

 ――だが、セッテルンド大陸全土が被害を被っているのであれば無視するわけにはいかない。他国には特色ある――(いま)だ見たこともない幻晶騎士(シルエットナイト)があるかもしれないのだから。それをむざむざ台無しにされては――

 

 他国の技術で造られた幻晶騎士(シルエットナイト)にも興味がある。

 

 急造の机の上で図面を引きながら同じ大陸に住む者達の安否を気遣う。そこへ建物に吹き付ける風の音が聞こえた。それは明らかに強風――

 シズ達が一斉に外に顔を向ける。

 

「竜巻警報発令。……こんな時に新たな自然災害とは……」

「共振であれば地面だけにとどまらない筈です。……しかし、規模にもよりますが……、想定以上の場合は避難のしようがありません」

 

 エルネスティの言葉に頷くシズ。

 おそらく現場で一番状況を把握しているのは彼女達だ。

 

(無風状態が一番怖い。台風の目のようなものですが……。この上雷雲まで発生されては(たま)りません。僕にはやりたい事がたくさんあるし、新しい家族も出来るんですから)

 

 まるで以前遭遇した陸皇亀(ベヘモス)落下のような危機だ。あれよりも今回ははっきりと被害をもたらしている。

 大自然の前では無力であることは今更だが、時間も惜しい。方策がとてもほしい。

 

(大陸全土を襲う災害に幻晶騎士(シルエットナイト)で対応など不可能だ。……ですが、何もしないでいるよりは図面を引いていた方が気が紛れます)

 

 それとシズ達が側に居る。本当に未来人であるなら何かしてくれるかもしれない。

 ――頼ってはいけないのかもしれないが、利用できるものはなんでも利用しなければ生き残れない。

 生き残る為であれば非情にもなる。時には殺人すらも――

 危険な思考に走るほどエルネスティは追い詰められていた。まだ地割れや津波は起きていない。それだけでも安心する材料だ。

 

「……ん。……あの方が……しかし……」

 

 耳に手を当てて唸るシズ。報告を受けていると思われる。

 そういえば、と先ほどもそういうやり取りをしていたことを思い出す。

 現場監督は彼女だけではない。おそらく大陸全土とは言わないがフレメヴィーラ王国全土位の範囲は情報のやり取りをしている筈だ。

 

「発言を……お許しくださいませ。……ありがとうございます」

 

 会話内容から相当上位の者であることは窺えたが、多くのシズを束ねる存在は何者なのか。まさか大人のシズ・デルタというわけではあるまい、と。

 側にエルネスティが居るにも拘わらず、通話内容を漏らしているのはわざとなのか、それとも彼女も混乱しているのか。

 顔が隠れているので表情は窺えない。

 

「避難民の数が膨大でございます。安全な場所はもはや空にしか……。しかし、大型台風が発生したとの……。はっ、申し訳ありません」

 

 丁寧語を使うほどの相手の声は聞こえないが上司に叱られる部下のように見えた。

 エルネスティの知識では社長あたりかな、と。

 

        

 

 彼らが照明器具を製作しているころ、シズ一族を統率する『至高の御方』は人気(ひとけ)のない郊外で景色を眺めていた。もちろん、部外者が現れない事を確認しながら。

 その者は天上の世界に居たホワイトブリムやガーネットではない。

 言うなれば三人目――

 彼の名は『るし★ふぁー』という。

 遊びに来た時に色々と雲行きの怪しい事態を察知し、どういうわけか手伝わされる事となり、少し不機嫌だった。

 先の二名のように彼もまた異形種である。

 背中に大きな鳥類のような白い翼が生えており、体毛がびっしりと全身を覆う。

 手足は肉食獣のような獣風――しかし、二足歩行であった。

 顔は不可思議な能力によるものか、渦を巻いた空間だけがあり表情を窺うことは出来ない。

 基本となった種族は『再生の獅子(シェセプ・アンク)』――その上位種であり邪神系モンスター『黒貌の王(ブラック・ファラオ)』であった。

 エジプト神話系モンスター特有の身なりをしているが現地の住民には窺い知れない不思議な格好となっている。

 獣の尻尾を持つるし★ふぁーは機嫌が悪くとも与えられた仕事に関しては責任を持つ。

 

「……月の拠点が爆砕ってなんだよ。俺、帰れるの?」

『文句を言うな。折角来たんだ。現地で働かせてやるから感涙して喜べ』

 

 彼の耳――見た目からは分からないが――には同じ至高の存在の声が聞こえていた。

 月に停泊させていた『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』が超ド級の隕石によって爆砕。想定外の質量から彼らも逃れていたが地上に大変な被害を(もたら)した事に少なからず責任を感じていた。

 地上に派遣していたシズの他に地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)に詰めさせていた端末たちも大量投入し、情報収集に当たらせた。

 

「……地上への隕石落下は確認できないんだけど……。揺れが酷いな。俺達は行動阻害対策しているからあんまり実感無いけど……」

『想定震度は五から六に移行中だ。七までは想定しているが……、大気が不安定になっている。これ以上の災害は文化の崩壊につながる。だから……なんかとかしてくれ』

「丸投げっ!?」

『こっちも拠点の後片付けがあるんだよ。他のメンバーにも助太刀を打診しておいた。……起きてたら誰か来るだろう』

 

 距離から考えて移動に数年から数百年かかってもおかしくない。それだけの期間待っている内に星が崩壊するか、現地民の世代をいくらか過ぎてしまう。

 あまりに気候が変動し過ぎれば人間が絶滅し、新しい種族が席巻するかもしれない。そこまで悠長に待つ予定はガーネットには無いがるし★ふぁーとしてはどうでもいい事だ。

 ただ、拠点に戻るには新しい『マーカー』が必要だ。それの設置を終えるためには素直に仕事に従事しなければならない。

 自力で戻れない事も無いが――自分一人だけ戻るわけにはいかない。

 

「……お前(ナーベラル)も報告は聞いたのか?」

 

 るし★ふぁーの側に跪き、大人しく佇んでいた漆黒の巫女服をまとう端正な顔立ちの女性は顔を上げる。

 シズ・デルタの同僚であり戦闘メイド『プレアデス』の一人『ナーベラル・ガンマ』だ。

 

「はっ」

「……まさか俺一人で惑星の気候変動を平定してこいっていうんじゃないだろうな? 絶対に無理だから。人の大きさって意外と小さいんだぜ」

 

 迫りくる台風の一つや二つくらいは消し去れるかもしれない。だが、多くの国を襲うと予想されるすべてに対応は出来ない。そこまで万能性もない、と自身では思っている。

 不安げな様子だが不定形の顔立ちなので判別が出来ない。

 急遽下界に派遣される事になり、人間へ擬態する時間すら与えられなかった。お陰で人の目を避けて行動しなければならない。

 別に人前に出ても良かったが大騒ぎになるとシズ達が困ると判断して大人しく控えていた。

 

(……それにしても身体が重く感じるな。今まで低重力下に居たせいかな。観光とかしたかったな……)

 

 見た目がモンスターだから無理そうかな、と残念がるるし★ふぁー。

 そんな彼の前には大型に発展しそうな黒い風の壁が迫りつつあった。

 彼のステータスにかかれば風系魔法による力業で圧倒する事が可能だ。しかし、その際、高熱が発生する。だがそれは術者には何の障害にもならない。

 この星での魔法や特殊技術(スキル)の仕様には一定の法則が作用する。それゆえに街中での活動が制限されていた。

 

        

 

 自然に起きる台風などを魔法で消し去ると後々自然界のバランスが崩れる。だからこそ、迂闊なことは出来ない。

 今回はやむを得ない事態とはいえ星全体の気候を強制的に変える事になる。そうなると一年の四季が崩れ、更なる天変地異が起きるかもしれない。

 そういうこともあり、るし★ふぁーは現地に暮らす人間に申し訳ない気持ちを抱いた。

 

(……ごめんな、皆。数百年後に大旱魃(かんばつ)になるかもしれない。温暖化を防ぐ手立てはちゃんと施すから。今だけは耐えてくれ)

 

 彼は本来は担当する星が別にある。それでも自分が関わる事で多くの人間が不幸になるかもしれない、という事に罪悪感があった。

 そんなことを考えている内に台風に飲み込まれるるし★ふぁー。しかし、身体が強風域に囚われようと平然と物思いに耽る。

 何故なら、台風如きでは彼に傷一つ付けられないからだ。(むし)ろ、微風程度で動じる筈が無いと言わんばかり。

 

(確か逆回転をかけて相殺すればいいんだっけな。細かい調整は苦手なんだけど……)

 

 頭を掻きつつ風系魔法を解き放つ。すると内側から強引に逆回転(ベクトル)の作用を持つ風魔法が台風を切り裂く。

 扱いを誤ればそのまま新しい台風になる。

 体感的な様子を窺いつつ側に控えるナーベラルに顔を向ける。彼女もまた行動阻害対策を全身に施しているので風の影響は全く受けていない。

 台風を魔法で掻き消して終わりではない。突如、暴風域が消失すれば元に戻ろうとする(ベクトル)が働く。それを防ぐためにナーベラルに命じる。

 

微風(ブリーズ)

 

 魔力系風魔法のスクロールを使用する。

 台風が消え、その内部にそよ風が満ちる。これである程度の大きさの変動を軽減できる。

 暴風域が治まったのを確認してから次の台風を(しず)めに移動する。

 天候を操る者から予測情報を受け取り、街への被害を軽減する。

 暢気(のんき)に喋っていたるし★ふぁーだが基礎ステータスが高いために一般人の目には猛スピードで移動しているように映る。――目撃者が居るとも思えないが。

 地面の揺れに関しては手持ちの魔法ではどうすることも出来ない。いや、出来なくはないが更なる悪循環を生みそうなので無視している。

 

「……地図は貰ったけど……、これ全部回るの疲れる……」

(疲労を無効化出来るし、種族の恩恵もあるけど……。精神的っていうか、そっち方面はすんごい疲れるわけ。どこかで街の見物させてもらいたいな……)

 

 愚痴を抱きつつ与えられた仕事をこなしていく。

 彼とて荒れる都市を観光したいとは思っていない。願わくば現地の人間とも交流を深めたいとも。

 それをしないのは魔獣が脅威になっているからだ。

 相互理解にはまだ少し早いと予想している。

 多くのシズ・デルタの端末たちが約一〇〇年かけて仕事をしているものを台無しにするわけにはいかない。だから、傍観者に徹していた。

 

(……たまには大規模イベントも悪くはないけれど……。隠れながら仕事をしなければならないっていうのは面倒くさいな。……シズ達が悲しむのは気が引けるし……。なんで俺……、遊びに来ちゃったんだろう……)

 

 偶々(たまたま)目覚めた時期にこんなことになるとは、と意気消沈するも人間が住む星をむざむざ崩壊させるのは勿体ない。

 愚痴は多少言うが仕事はしっかりとこなす。るし★ふぁーは意外とお人好しであった。

 

        

 

 共振現象とは言え揺れに波がある。大きくなったり小さくなったり――

 いくつかの台風予備軍を(しず)めたるし★ふぁーは街の様子を見に行った。仕事はしっかりこなしたので見物くらいは良いだろうと判断した為だ。側仕えのナーベラルも特に咎めたりはしなかった。

 

(おっ、第一街人発見。大きさは子供か……。端末の探索漏れか? それともトイレとか?)

 

 視界には何も映っていないが感覚的なもので生命体の存在を感知した。もちろん魔獣との区別は出来ている。その魔獣たちは森の奥で大人しくしていて見晴らしのいいところに出てこない。

 しばらく歩いていると森の入り口付近と思われるところに木にしがみ付いた少女を発見した。年の頃は十代未満。親からはぐれたのか、勝手に抜け出したのか――

 二足歩行のまま近づこうとしたるし★ふぁーは自身が獣であることを思い出し、地面に両手をつけてみる。

 

(動物らしく。……はたから見るとナーベラルのペットだな。……見た目が異質だから怖がられると思うけれど)

 

 索敵を続けているナーベラルに無駄口を禁止させた。そうしないと人間に対する悪口や恫喝が出てしまうので。

 見た目は端正だが性格は残忍なところがある。なのに褒められると喜ぶ素直さがある。

 ペットを付けた貴婦人風を装ってもらいつつ少女の下に向かう。ここで種族的な鳴き声がなんであるのか思い出せなかった事に気づく。

 再生の獅子(シェセプ・アンク)の正しい鳴き方を色々と想定してみた。しかし、どれも何かが違うような気がした。

 猫科であることは確かだが素直なものだと威厳が無くなりそう。だが、威厳を持つと怖がられる。かといって普通に話しかけるのも違う気がする。

 そんなことを考えつつ最終的には適当に挨拶する事にした。――最初の声掛けはナーベラルに譲る。

 

「ここで何をしているのですか?」

 

 冷徹な雰囲気のまま彼女は少女に尋ねた。声を掛けられた少女は地面からの震動に耐えられず身動きが取れなかったのと得体の知れない大型魔獣を見て全身を――恐怖によって――震わせていた。

 口許がカチカチ言っているのでまともな返答が出来そうにない。ここで一声でも鳴けば号泣するのではないかと――

 

(……おしっこ漏らしているな。言わなくても分かるけど……、俺くらいの大きさの猛獣って居ないんだな)

 

 居ないというか居たとしても凶暴な魔獣だ。平然と近寄れる生き物はおそらく少ない。

 るし★ふぁーはナーベラルから離れて一人で少女の下に向かった。既に恐怖は限界を超えている。ここで更に増えたところで状況は変わらないと判断した。

 怖がらせて楽しむ趣味は無いとしても直接触れ合う現地の人間は貴重である。特に遠目から観察していたるし★ふぁーにとっては。

 

(進化形態も興味があるが……、見た目は人間だ。……この宇宙には人間型がいやにありふれていないか?)

 

 星々はるし★ふぁーの知識にある『地球』と同一の筈が無いと思っている。それゆえに森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)が居る異世界ファンタジーの(ことわり)が不思議に思えて仕方がない。――居るんだからそうなのだろうと言い聞かせているけれど。

 通常の常識では星の運行状況や成り立ちなどの状況から()()()()()()()に向かう事はありえない。

 だが、現にありえている世界がある。

 

(……神の介在を信じるのであれば意図的な部分が恣意的というか作為的というか)

 

 軽く唸りつつ前足を少女に近づける。

 震動と魔獣の接近でその場に蹲る事しか出来ない少女はただただ泣き続けた。

 襲う気は無いるし★ふぁーはそのまま彼女の頭に手を乗せる。少女にしてみれば魔獣の前足だ。少し力を込めただけで頭から足元まで引き裂かれる行動でもある。

 渦巻く時空を体現した様な顔を向けている為、怒っているのか笑っているのか彼女には判断できないが早く退散してほしいと願い続けていた。

 

「……言葉はわかるかい、お嬢さん?」

「ひっ!?」

 

 すぐ目の前の魔獣が喋った事で驚き恐怖し、足下に向けての失禁の量が増えた。

 ナーベラルに拘束させることも出来たが、あえて様子見に徹しさせた。そうしないと蔑んだ顔のまま睨みつけて蹴り飛ばしそうな雰囲気を感じた。

 彼女は粗相(そそう)をする少女を完全にゴミムシ以下の存在と認識している。

 念のためにるし★ふぁーは端末に少女の事を尋ねた。すると馬車移動中に地震に見舞われ、森の奥に避難した人間だと答えた。木々の奥に彼女の両親が居るらしい。

 

『馬車が横転し、ケガを負ったので治療を施しているところでございます』

 

 現在、端末の一人が居て様子を窺っている。

 るし★ふぁーの存在には気づいていたが仕事を優先させたため、姿は見ていない。

 

「……俺の背中に乗りなさい。震動も和らぐぞ」

 

 そんなことを言っても満足に動けない事は百も承知。一応、声掛けしてナーベラルに命じた。

 失禁したのだから汚い筈だが浄化の魔法を使えば汚れは消える。それにるし★ふぁーは失禁程度で汚れたりはしないし、この程度の事で腹を立てたりもしない。()()()()()()子供は世界の宝だからだ。

 怖がる少女を――無理矢理――るし★ふぁーの背中に乗せるナーベラル。命令だからこそ従った。そうでなければ自主的に彼の背中に乗せたりはしない。それはとても恐れおおい事だからだ。

 

(あ、この子を乗せてたら台風の対処が出来ない。……まあいっか。次の報告が来るまでの間だ)

 

 現地の人間との触れ合いは久しぶりだった。僅かと言えど彼の心の平穏にはなった。

 落ちないように翼の付け根を掴むように言ったり、優しく声をかける事を心掛けた。

 その後、動物らしく四足歩行で移動しつつ時には猛獣らしい鳴き声を――少女が怖がらない程度に――上げる。

 地面の時と違い、るし★ふぁーの背中に乗った途端に震動が治まり、最初は怖がっていた彼女も少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

 

        

 

 未曽有(みぞう)の大災害となったフレメヴィーラ王国――いや、セッテルンド大陸全土の自然災害の原因は空の上だ。

 夕方に差し掛かる頃には多くの人々の目に入る。

 いつもであれば大きな月が姿を見せるだけのものが今回ばかりは様子が違う、という事に。

 地域によっては既に目撃されている現象だがフレメヴィーラ王国は夕方から注目を浴び始めた。そこにはシズから聞いていたエルネスティ達も。

 

 月に隕石が衝突した。

 

 星は太陽の周りを途方もない長い時間をかけて回る。その間に様々な隕石の衝突はありえないことではない。

 ただ、今回はエルネスティの知識に無い不可解な現象が映っていた。

 無事な月に噴煙をあげる様子。衝突によるものとはとても言い難い風景が現れている。

 何がと言えば衝突によるものであれば月の地表から土砂が巻き上がる筈だ。なのに今回の現象は月と噴煙の間に隙間が現れている。

 地上からは距離感が掴めないが相当な空白地帯が存在し、どういうわけか空中から噴煙が上がっているようにしか見えない。

 

「噴煙にしては……止まっているように見えるのは何故?」

「地上と違い、月の重力が低いからだと思いますよ」

 

 アデルトルートの疑問にエルネスティは空を見上げつつ答えた。

 今は行くことが出来ない宇宙。だが、いずれは行きたいと思っている。今回は大災害によって空に注目する事になってしまった。

 

「あの様子から相当な大きさの隕石がぶつかったと推測できますが……、様子がおかしいんですよね」

 

 そもそも隕石が月に衝突する確率はとても低い。あるとしても小型な物だ。

 大きな隕石が衝突するまで分からなかった、という事はあり得るのか、と疑問に思う。もちろん、フレメヴィーラ王国にも天文学はあるにはある。より詳しく調べる施設に――彼は――覚えが無いだけだが。

 星の運行は(まじな)いの分野なので無いとは言えない。

 

(ここからでは分かりにくいですが、隕石が空中爆発した様な様子なんですよね。バウンドしたとは言い難い物理現象……)

 

 月の重力によって不思議な様子を見せる噴煙。それ自体は予想通りと言えなくもない。

 地上に干渉する程の衝撃であれば月の崩壊も視野に入れなければならない。もし、その過程が(しん)であるならば自分達の逃げ道がほぼ無い。

 地表に降り注ぐ月の欠片は大気圏で燃え尽きることは無い規模となる。そうなる筈だと思っている。

 

「シズさん。あの現象は秘匿事項でしょうか?」

 

 避難民の世話をしているシズ達に声をかけてみた。これで秘匿事項であれば諦めるしかない。

 耐震作業を終えたシズがエルネスティの下に訪れた。

 

「見た通り隕石の衝突が起きた現象だ。詳細についてはこちらも把握中だから詳細を求められても困る」

「ありがとうございます」

「隕石の規模は月の体積の二〇分の一ほど。ここに来るまで他の小惑星などにぶつかりつつ大きさを縮めていたが……、それでもここまでの震動を地上に伝えてしまった」

(彼女達は天文に精通している? いや、それらはどうやって把握しているんでしょうか)

 

 それを尋ねる事は今は出来ない、と思いつつも質問したい気持ちが湧く。

 自然現象であろうと不可解な物理現象でも気になる事は質問したい。そういう知識欲は幻晶騎士(シルエットナイト)以外にも向かう。

 何が役に立つか分からないから。

 

「第二陣は観測されていない。これ以上は無用な混乱を招くので控えるが……。後日、国王へ報告されるはずだ。私も詳細を十全に持ち合わせていないからな」

「分かりました。……それから多くの人民の為にご助力いただいて恐縮です」

「文明の存続と発展の為だ。我らはこの星に滅びを求めていない。……ただ、エルネスティ・エチェバルリア」

 

 少し威圧気味にシズはエルネスティに声をかけた。雰囲気的にも余計な事は喋るな、と言われそうなものがあった。

 彼はまた叩かれるのではないかと危惧したが手は出して来なった。それはそれで安心出来た。

 

「は、はい」

「我らへの質問はほどほどに。本来は出会うべき機会は無い、筈だった」

 

 そう言いながらシズは彼の母親に顔を向ける。

 大きくなったお腹を守るように空を見上げるセレスティナ。震動が軽減されたベッドの上だが天井は吹き抜けになっている。それもいずれ解消されるが天気が良くて良かったとアデルトルートは思った。

 天候が悪ければ月を見る事は難しかっただろう、と。

 

「今しばらく震動による自然災害に苦しむ事だろう。それは全世界規模に及んでいる事は確認されている」

 

 避難が終わったとしてもいつ終わるか分からない揺れに人々は体力もそうだが精神面も疲弊し続ける。それらの様子を改めてエルネスティは見回した。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の知識は必要充分だとしても災害に対する対処方法が浮かばない。それ以前に避難活動そのものをやってこなかった。それもこんな大規模な地震は想定していない。

 

(頻繁に隕石はぶつかってきません。けれども地震への対処はしておくべきでした。……とはいえ、これほどの震動にどのような方法が取れるのでしょうか……。あまりにも規模が大きい)

 

 免振技術だけで事足りる訳が無いのは思い知った。であれば、次はどうすればいいのか。

 安全な場所に居る今、自分達は生きている。だからこそ考えなければならない。次の災害への対処を。

 もし、シズ達が居なければ――エルネスティは母のお腹に顔を向ける。

 大切な命が確実に一つ、失っていた可能性がある。まだ見ぬ新しい家族が触れられぬまま消えていくことを自分は果たして許容できるのか。

 自分の為の幻晶騎士(シルエットナイト)は大事だが、家族の存在も友人の存在も忘れてはいけない。だからこそ――自分の知識を惜しむ理由は無い。

 この知識と技術は自分の欲の為に死蔵するのは愚かな事だ。

 銀髪の少年は胸の内で熱い炎を燃やした。

 

 



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失策と誕生編
#026 苺鳶騎士団


 

 未曽有(みぞう)の大災害は『月面衝突事変』として歴史に刻まれることになった。有史以来、セッテルンド大陸全土を巻き込む自然災害として――

 その震災における死者は世界規模でも数十人足らずという少なさで収まった。多くは救助が間に合わなかったり、病死やショック死である。

 倒壊に巻き込まれた者が居なかったとは言わないが謎のシズ一族による救助活動もあって、死傷者の数は想定よりも少なく済んだ。

 およそ一週間近く続いた強震度の揺れも少しずつ治まり、余震はあるものの時間経過とともに歩き出す者が増えてきた。

 そして――秋ごろに入る頃には復興が盛んになる。それはフレメヴィーラ王国のみならず、隣国のクシェペルカ、ジャロウデク。更には様々な小国も。

 そんな中、城の復旧の合間に何人かのシズ達が国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラの下に招聘されることになった。他の国でも同様に国の要人の下に報告の為に訪れているが――

 多くの貴族の前での報告の為、通常であれば謁見の間に通されるところだが各貴族たちは多忙なため一部のみが同席する事になる都合で執務室を使うことになった。

 

「普段であれば情報を渋るお前達が我々の招聘に応じるとは意外であった。……だが、感謝するぞ」

「勿体なきお言葉にございます」

 

 頭部を兜にて覆うシズ・デルタが三人。王の前でも脱がなかった。そして、国王はそれを咎めなかった。

 事前の知識として知っていた事もあるが恩人であるがゆえの恩赦ともいえる。

 

(子供のシズ一族が来ているが大人の方はどうしているのやら)

 

 国王の知るシズの一人は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向したまま。おそらく現地で復興の手伝いをしている筈だ。

 もう一人の老女の方は未確認だがアルヴの里に居ると予想している。彼女はかの者(エルダー)と長い付き合いがある。今回の震災の影響が無いとも言えないし、無視する程薄情とも思えなかった。

 

「報告書は読んだ。それを踏まえてあえて聞くが……、揺れはまだ続くのか?」

「震動は往復いたします。年単位で少しずつ収まるものと……」

「通常の地震とは異なり空からの脅威です。今一度の激突が無ければ……、余震はおそらく軽微かと思われます」

 

 月に激突した隕石は師団級魔獣陸皇亀(ベヘモス)の一〇〇倍以上もの大きさと質量を持っていた。それが空に浮かぶ月にぶつかった。離れた星に振動として影響を及ぼしているところからも尋常ではないのは明白。

 それなのに月は未だ原形を保ち、地表への小さな隕石群も確認されていない。それはそれで実に奇妙な事である。

 天文に詳しい人間からすれば――未だに空に白い線が走っているのが見えている――月がどうして無事なのか疑問を抱くはずである。

 月と隕石の間に()()がある筈なのだ。いや、あった筈だ。

 

「改めて聞くが……、本当に隕石とやらの仕業なのか?」

「はい」

 

 周りの疑念に対し、シズは抑揚の無さそうな声できっぱりと答えた。

 国王としても隕石以外は何らかの実験の失敗しか浮かばない。だが、現に月に異常な現象が起きているのは目の見えて明らか。

 

(……月の事をどう聞こうとしても(わし)は納得できる気がしない。だからといってエルネスティを呼びつけるわけにはいかない。あやつなら何か言いそうだが……)

 

 だが、エルネスティ・エチェバルリアがいかに天才児だとしても月の事を尋ねて答えるものだろうか。何でも答えそうではあるが限度があると自分でも思う。それに当人は新型幻晶騎士(シルエットナイト)の製造と並行して復興の一助も担っている。母親が妊娠している為にいつも以上に頑張っているのは友人であり、かの者の祖父であるラウリからも聞いていた。

 ここで彼の仕事の邪魔をすることはいかに国王とて(はばか)られる。

 

        

 

 噴煙自体は未だに空を覆っているが脅威はやってこなかった。

 母であるセレスティナがベッドから動けなくなる頃、息子であるエルネスティは試合の事を思い浮かべていた。

 今回の大災害によって中止する事も視野に入れ、復興と母の事に意識を向ける方がいいのかと悩んでいた。

 延期の報告は無いし、自分からしたこともないけれど(おこな)う事に抵抗を感じた。

 

(災害時の自粛というものですが……。数か月も経てば再開したくなるものです)

 

 期日にはまだ余裕がある。今から延期や中止の事を考えても仕方が無い。

 母の出産予定日が試合の日に被りそうだが立ち会う義務はない。あるのは父親(マティアス)だ。

 一人っ子として過ごしてきたので新しい家族が出来る事に内心では焦っているのかもしれない。それは良い意味でも悪い意味でも。

 双子のオルター弟妹とは違い、年が離れてしまう。ステファニア・セラーティから姉から見た弟たちの様子を聞くべきか迷うところだ。

 ここ数日は幻晶騎士(シルエットナイト)よりも新しい家族の事ばかり浮かんでしまう。その影響からか自分の幻晶騎士(シルエットナイト)であるトイボックスの武装が全く浮かばない。――それ以外はほぼ完成している。

 自分が居なくとも整備担当のドワーフ族たちが頑張っているお陰だ。

 

(エドガー先輩の幻晶騎士(シルエットナイト)も完成しましたし、キッド達の起動運転を残せば僕の幻晶騎士(シルエットナイト)だけが残ります)

 

 ヘルヴィ・オーバーリの専用機は汎用性の高い幻晶騎士(シルエットナイト)で、改造の余地がたくさん残っている。普段のエルネスティであれば楽しみで不眠に陥るところだ。それが今は全く興味を示さない。いや、出来ないと言った方が正確か。

 図面に色々と記号を書き込みつつも頭の中はすぐに弟か妹の世話でいっぱいになってしまう。

 もはや幻晶騎士(シルエットナイト)での勝利など二の次と言わんばかりだ。

 

 新しい命の誕生。

 

 それを祝福できないわけがない。

 だが、試合も大事だ。自分の人生をかけてきたのだから急に変更する事は出来ない。国王にも凄い幻晶騎士(シルエットナイト)を造ると宣言もした。

 目的は勿論『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』の秘儀を得る事だ。このチャンスを逃す手はない。――その筈だった。その為に多くの時間をかけて今まで努力を重ねてきた。

 

(男の子ならエゼルレッドかアルトリウス。女の子ならベアトリス。……駄目だ。身が入らない)

 

 目的から見れば不本意だが個人としては楽しみだった。

 家族が賑やかになる事を否定できるわけがない。

 社会人時代は一人の時間が多かったエルネスティの前世であるが――本物のロボットに携われる今は横に置ける程の余裕がある。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)だけに向けられた全てが瓦解するとは……。僕は……駄目になったのでしょうか)

 

 もし試合で敗北、またはみっともない戦闘をした場合、目的である魔力転換炉(エーテルリアクタ)の秘儀が遠のく。普段であればそれは困ると言っているところ。しかし、今は違う。

 遠のいても自力で造ればいい、とさえ思う。元々は実現の難しい部品だ。だが、不可能ではない。大きさを度外視すれば、ある程度の機能は再現可能である。その理論も少しずつ構築できている。時間はかかるけれど。

 

        

 

 冬の季節に入り肌寒く、道行く人々の服装は自然と厚着になっていた。震災から数週間過ぎた今は空さえ見なければいつも変わらぬ風景である。

 気晴らしに外出した紫がかった銀髪の少年エルネスティは白い吐息を吐きつつ自身の幻晶騎士(シルエットナイト)であるトイボックスが置いてある学園工房に赴き、思案に暮れていた。

 もはや来年の事は試合よりも新しい命(家族)の事でいっぱいだ。

 そんな彼の苦悩を知ってか知らずか。周りで(せわ)しなく働く作業員たちは何度もため息をつくエルネスティを心配そうに見つめた。

 作業をろくにしなくなり、復興の疲れが出ていると思われたが最近はそれが違う事が判明した。

 

「……やべぇな。坊主が役に立たなくなった」

 

 作業員を取りまとめるドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンは呆れつつも作業の手は止めない。油断は大敵だからだ。

 だが、作業をするでもなく日がな一日心ここにあらずの少年(エルネスティ)ははっきりいって邪魔だった。

 アイデアが枯渇して何もできなくなった、というのであれば頭を叩くことも出来る。しかし、彼に課せられていた仕事は自身の幻晶騎士(シルエットナイト)以外は既に済んでいるので怒るに怒れない。

 

(……おいおい。このままだと坊主の幻晶騎士(シルエットナイト)はすぐに大破して退場になるぞ。いいのか?)

 

 倉庫に鎮座する幻晶騎士(シルエットナイト)の中でひと際巨大な機体も既に何度か稼働試験を終えている。後は試合の日が来るまで整備を続ける事だ。今以上の発展はエルネスティの発想待ちとなっている。

 地震によって無期限延期も危ぶまれたが機体自体の損傷はほぼ無いと言ってもいいくらい。それもこれもシズ一族のお陰、かもしれない事にして胸の内で感謝した。

 

「赤ちゃんを乗せても平気な機体を用意すべきでしょうか?」

「……坊主が作るべきは試合用だ。それは後でも出来るだろう」

 

 そもそも幻晶騎士(シルエットナイト)に赤ちゃんを乗せて移動させる理由がダーヴィドには理解できない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は魔獣を駆逐し、フレメヴィーラ王国を守護する為にある。決して子育てに使うものではない。

 彼の中では育児の事でいっぱいなのはもう理解した。しかし、今はそれをどこかに投げ捨ててもらい、目下の目的である国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)との試合に意識を向けてほしかった。

 

(赤ん坊が出来た途端に腑抜けになる(たぐい)か……。ある意味、真っ当ともいえるが……。今は目の前の仕事に意識を向けてほしいんだがな)

 

 突飛なアイデアで人々を驚かせた銀髪の少年が今は()()()()()に見える。当たり前のようで当たり前ではない異常事態だ。

 試合に身が入らずに負けるのはエルネスティの責任だ。しかし、整備に関わるドワーフ族達も少なからず影響を受ける。そう考えると安易に放置も出来ない。

 鍛冶師としての矜持が腑抜けを許さないからだ。

 

「……うむ。ところで坊主。隕石によって物凄く揺れたが……」

 

 何らかの話題を振り、現実に意識を向けさせる。それには理解不能な事でも構わない。

 正直に言えば震災の事は早く忘れたかった。

 

「はい。規模が大きい揺れでしたね」

 

 視線を変えることなく答えたエルネスティ。完全に妄想の世界に入っているわけではないようで少し安心した。

 元々、様々な事を同時進行で進める人間だ。尋ねれば適切な答えが返ってくる。その能力は通常の学生とは一線を画すほどに高い。

 

        

 

 ダーヴィドはシズ・デルタが作っていた謎のオブジェの残骸がある一角に顔を向けつつ質問を続ける。

 震災によって完全に崩壊したものだが、それが星にも起きるのか尋ねた。すると即座に彼は否定する。

 

「共振による崩壊は小さなものであれば起きやすいですが……。星に対して適応させるには規模が足りません。本気で今いる星を破壊する程の揺れならば僕たちはまず生きていけません。崩壊する以前の問題です」

「その根拠は?」

(聞いても分からねえけど)

「地震というものは地殻変動で起きるのが一般的です。であればそれで崩壊する筈です。でも、そんなことは起きない。……起きていないか、遥か未来には崩壊するかもしれない。それくらい遠大な話しになるものです」

 

 重力の崩壊とか色々と考えられるけれど外部からの衝撃で破壊するには巨大な隕石が必要だ。地震だけで星が壊れないのは歴史が証明している。でなければ人類は歴史を刻んでいない。

 月の衝突から相当な規模であった事は推測できるが崩壊には至っていない。謎の緩衝地帯があったからだ。

 天文の教師に尋ねたところ距離の変更は見られないと聞いている。

 ありえないことがありえた。今はそう思うしかない。

 

「僕達が持ちうる技術で星規模の振動を軽減させることは不可能……。さすがに僕でもどうにか出来るとは思いません」

「巨大な魔法術式(スクリプト)を構築しても無理か?」

 

 星を覆うほどの魔法術式(スクリプト)を構築すれば何らかの歯止めが出来ないとは言わない。けれども動員するべき人数は天文学的数字だ。更に全員に戦術級魔法(オーバード・スペル)並みの術式を強要するのは荒唐無稽にも程がある。

 もし、仮に出来るとしても――それでもやはり現実的ではない。

 おそらくシズ一族を動員してでも無理ではないかと。いや、謎の技術を持つ彼女達ならば何らかの対策は取ってくれそうだ。そんな気がした。

 復興に目処(めど)が付いた途端に姿を消してしまったが感謝はしている。母の容態に特段の異常が無かったのだから。

 

「……それに」

 

 今回の隕石は不可解だ。何がと言われれば全く観測できなかった。

 異変の前兆は大きいものほど観測しやすい。天文分野が存在するのだから星に向かって来るものの一つや二つは報告書に記載されていてもおかしくない。だが、今回は全く誰も把握できていなかった。

 しなかったのではない事はエルネスティも独自に聞き取りをしたので確認している。

 彗星ですら移動の痕跡が残る。今回の隕石は唐突過ぎる。まるで――

 

(隕石そのものが隠蔽されていたかのように……。情報ならばあり得るのですが、物体そのものを人為的に消すことは正しく荒唐無稽。不可能の部類です。情報操作の方がまだ現実的です)

 

 もし、ありえる現象として考えるならば――観測できない程の速度が出ていなければならない。それこそ光速に匹敵するような――

 それでも衝撃波は発生する。特に巨大な質量を持つ物体であるならば影響力は計り知れない。

 なのに結果は星を揺らしただけ。そんなことはありえない。衝撃波だけで月が粉々になってもおかしくない。それを完全に隠蔽など誰が出来る。出来るわけがない。

 

(僕の知らないところで何らかの戦いでもあるのでしょうか。(むし)ろ、その方が現実的です)

 

 それとも、月に何かがあるのか。

 見えない緩衝地帯に謎がありそうだが現地に行って調査する事は今の技術では出来ない。

 シズ一族は少なくとも事情を知っていそう、とエルネスティは推理する。

 文明に関する事でかの一族は暗躍している。何らかの事情により大地に住まう人間達に死んでほしくないかのように。

 

        

 

 エルネスティが思案に暮れている時、シズ一族から報告を受けたアンブロシウスは理解できない事柄に頭を痛めていた。

 事が空の上だ。地上の事でも手一杯なのにどうしろ、と嘆く。

 喫緊(きつきん)の危険は去った。第二の隕石の兆候は遥か未来という話しも聞いている。しかし、それでも信じるには足りない。というよりも荒唐無稽だったからだ。

 事情を話してくれる事には感謝しているけれど、詳しい専門家が実のところ居ないのが問題だ。

 

「……当面の危機は去った、というだけで手打ちにせねばなるまいな」

 

 既にシズ達は去っている。秘密裏に追う事も控えている。確実に居場所が分かっているのが一人居るので充分だと判断したからだ。

 もう一人は不確定だがアルヴの里から報告があるかどうか次第だ。

 

「集まってくれた諸侯たちに聞きたい。かの者の話しは信じるに足るか」

「事が空の上でありますからな」

「……一概に否定は出来んが……。棚に上げるのが最善だと思う」

 

 国王の言葉に招聘された貴族たちから異論は出なかった。正確には出せなかった、ともいえる。

 空に今もある隕石の欠片と軌跡は数年は残るかもしれないが天候不順になるほどではない事は聞いた。ゆっくりと薄くなり、消えるものだと。

 殆どの粒子は大気圏で燃え尽きる事になるので。

 

「文化を守るシズ一族か……。あの者達はどうして我らの文化を守ろうとするのでしょう」

「守りたいと思う上位者が居るのは確実だ。であれば銀髪の少年(エルネスティ)は正に彼らの敵にならないか?」

 

 かのエルネスティは今までの文化の流れを変えようとする知識と力を持つ、と報告にはある。既に新型の幻晶騎士(シルエットナイト)を複数建造した。学生身分で。

 専門職に就いているわけでもなく、学生に過ぎない小さな子供が、だ。

 

「外部、内部からも彼らに危害を加える存在は報告にありません。(むし)ろシズ・デルタへの襲撃があったくらいです」

「……いや、まさか少年とは思わずシズ殿が原因と判断されたのかもしれませんぞ」

「現在確認されているシズ・デルタは今も国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)で教鞭を取っておられるそうです。唐突に姿を消すような不審な事は無かったとか」

「単なる避難であれば姿を消してもおかしくはないが……。とにかく、当面の危機は去り、来年には学生との試合だ。その準備の方はどうなっておる」

 

 嫌な話に一区切りをつけ国王は話題を切り替えた。

 地上からどうこうする事が出来ない問題を延々と議論するのは精神衛生上よくない。今も国王の下には様々な案件が舞い込むものだ。それらも無視できない。

 友好国であるクシェペルカに慰問へ向かうべき、とか。ジャロウデクが軍備増強しているとか、様々な案件が控えている。

 それらの中で王国内に謎の魔獣が現れ、子供と戯れる。というものがあった。

 詳細は不明だが気に留めておく事しか出来ない。警備を担当する者達は謎の魔獣を目撃する事が出来なかったので。

 

        

 

 地上でのごたごたが収束し、それらの報告に満足した天上の世界に住まう者達は安堵した。

 月面に停留させていた『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』を()()失う結果になったのは残念な事だが必要経費として処理にすることは以前から決まっていた。

 巨大な隕石の衝突予測は一〇〇年以上前から示唆されていた。本来であれば無視する予定であった。その予定を変えたのはエルネスティ・エチェバルリア――正しくはシズ・デルタが気にかけた家族の存在があったからだ。それを意外だと思うか、何も知らない地上人には当然窺い知れない。

 

「運命の歯車の調整……。神らしく言うならばそんなところか」

 

 機械人間(アンドロイド)であるガーネットは宇宙から人の住まう星を見下ろしつつ呟いた。

 異種族にして多くの自動人形(オートマトン)を従える『至高の御方』と呼ばれる存在だ。

 彼の言う神という存在では決してないけれど、それに匹敵する異能の持ち主であることは事実だ。

 ある意味において間違ってはいない。彼らは実際に人の文化を持つ銀河系をいくつか創造している。

 地球への帰還は物凄く手間がかかる。それに通り過ぎる場所には大抵何も無い。であれば、何も無いならあるようにすればいい。時間は途方もなく膨大にあるのだから。

 最初は暇つぶしの一環だ。それが今では銀河団を所有する程の規模となって後方に控えている。

 それから更に時間は経っているが生命体が発生し、どのような文化を生み出しているのか――実の所は把握していない事が多い。

 エルネスティが住まう星は偶々(たまたま)発見できた未知の(かたまり)。ガーネット達の介在しない無垢な物。

 

大質量(彗星)隠蔽(いんぺい)したのはまずかったかな」

 

 星の運命を人為的に操作する事はガーネットとしてはやりたくない事だった。

 崩壊もまた文明の結果である。それを覆せば自分達に火種が降りかかる可能性が高くなる。そうなれば天上でのうのうとふんぞり返っている事が出来なくなる。

 だが――それでも彼らは――後悔はしていなかった。

 文化を持つ星は彼らにとって貴重な宝だ。本来ならすぐにでも交流を持ちたい。それをしないのは自分達が異形種であるからだ。

 魔獣を畏れる人間にすんなりと(無条件で)会える筈もなく。また、騒動の元になる。

 

(……事前に破壊しようがしまいが恩着せがましい事になるだけだ。シズ達の活動も大幅な見直しが必要になるかもしれない)

 

 星の行く末に迂闊に干渉する気は元々は無かった。だが――今回はシズだけではなく自分達も下界に興味を深く持ってしまった。

 それは人間であった頃の残滓なのか、それとも単なる気まぐれか。

 知的生物としてのふるまいを忘れない為には干渉もまた必要経費ではないか、と自問する。

 

        

 

 時は無情にも過ぎていく。その間、幻晶騎士(シルエットナイト)から遠ざかり――幻晶甲冑(シルエットギア)『モートルビート』を原型とする――ドワーフ族専用の『モートリフト』の量産に意識を向けていた銀髪の少年も一五歳になろうかという時期に来ていた。

 慌ただしい日常から一気に熱が冷めたような平坦な物へと移行し、自分の成長具合について全くといっていいほど自覚していなかったエルネスティは()()()()()()()自身の姿を姿鏡にて眺めた。

 過度なストレスによって頭髪が白くなったり薄くなったりする事も無く、これといって覚えのある大病も(わずら)っていない。(すこぶ)る健康であった。

 

(毎日会社に行って神経をすり減らすような案件をこなしてきて良く死ななかったものです。……こちらの世界でも(いささ)か危惧はありましたが……、今日も僕は生きていられました)

 

 生きているだけで幸せである、という気持ちは本当に実感がこもっていた。

 今以上に慌ただしく、命を危険にさらす必要は無い。

 ――無いのだが安定してくると趣味に走りたくなる。

 以前のように専門店で買えるような子供の玩具では無いけれど、手を伸ばせば届く位置にロボットがある。そして、開発に携われる好機にも恵まれた。

 大きな事故も無く今日を生きられるのは本当に幸せである。

 

(しかし。僕には野望があります。現状に満足している暇は……本当はありません。……か、未曽有(みぞう)の天災に今回ばかりは命の危機を覚えました)

 

 自分一人だけの不幸であれば幾分かは我慢できる。しかし、今は新たな家族が出来るかもしれない。そんな時に諦めている場合ではない。

 趣味と家族の命を天秤にかければどちらが重いのかは明らかだ。

 原因の究明もしなければならない。けれども、それらは今か未来かの問題だ。

 自室の机に広げられた図面には完成させるべき発明の数々がある。それらは今は遅々として進んでいない状況だ。それはマズイ。とてもマズイ事は頭では分かっている。

 

(後ろ向きな思考は僕には似合いません。それ(魔力転換炉)を得るための戦いなのだから。もっともっと足掻くべきです)

 

 造るべき発明は残すところ一つくらい――

 新造幻晶騎士(シルエットナイト)『トイボックス』改め――けれども、それは期日までに完成する目途が立たない。時間的にも無理そうなのは分かっている。

 今までの調子から考えれば失態に匹敵する程の無様な結果だ。自然とため息が漏れる。

 

(今の僕には情熱が足りない。……このままでは今までの努力が……)

 

 そう思っていると地面から揺れを感じて身構えた。

 本震は既に去り、余震程度だと頭では分かっていても一度体験した大きな揺れに慣れる事は中々出来ない。これは幻晶騎士(シルエットナイト)の中で感じる者とは明らかに質が違っている。

 馬車の揺れとも違う。人間として忌避感を覚えるもののようだった。

 

        

 

 気持ちを切り替える意味で学園の工房に向かい、自身が搭乗する予定の幻晶騎士(シルエットナイト)の前に立つエルネスティ。

 他の機体は既に完成済みだが半数近くは封印作業を施されている。完成品にして未完成の機体群。

 これは勝利の暁に実装する為の()()()()――にする予定の処置だ。もちろん、()()実装していないので実際に稼働させることは出来ないが。

 戦うのは自分だけではない。多くの者達がエルネスティの望みの為に付き合ってくれる。それらを(ないがし)ろにするわけにはいかない。

 

「時間的猶予はないが……。坊主の命令一つで俺達はすぐに動けるぜ」

 

 頼もしい言葉をかけるのは親方ことダーヴィドだ。大きな工具を肩に担ぎつつ明るい調子で話しかけてきた。その後ろにはエルネスティの手足となって動く予定でいるドワーフ族の作業員が待機していた。

 時間的猶予はない。だが、協力者がたくさんいる。彼らが多少の無理を押せば出来ない事は無い、と思えるほどには余裕が感じられた。

 

(一度進んだ針は戻せない。僕も駆け出したからには止まってはいけないと思います)

 

 だが、自分の幻晶騎士(シルエットナイト)に施す機能は全く浮かばない。

 主武装は一つだけ。国王に見せる予定の『すごい幻晶騎士(シルエットナイト)』とは到底及ばない。

 凄いのは新機能だ。それ以外がお粗末である、とエルネスティが認めている。

 対戦相手の国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)は今もギリギリまで量産機の調整をしている事だろう、とは思う。

 彼ら(国機研)の熱意は今も衰えていない筈だ。そんな相手と戦わなくてはならない。

 大見栄(おおみえ)を切っておいて間抜けな結果を見せては相手に失礼だ。

 

(ですが、メイン武装に傾き過ぎた機体に新たな装備を付けるのは難しい。それに出力の問題は中途半端ですし……。もっと豊富に魔力(マナ)が使えたら、と思っても無いものは無いのが現状……)

 

 装備を除けば機動力だけだ。

 騎操士(ナイトランナー)としての技量は先行する先輩方より劣る。例え魔力(マナ)で勝っていても――

 エルネスティは最悪、自分だけ敗北する事も考慮しなければならない気がした。負ける気は無いけれど練度の点は流石にどうしようもない。常日頃の鍛練は先達が優れているのは覆せない。

 

(……であればいっそ……、未来投資の布石を打てる程度の戦い方が出来ればいいのでは? 無理なものはどうしても無理です。時間も無い。……僕の機体に出来る事は……捨て石覚悟の突貫……。というのは芸が無いですよね)

 

 すぐ爆砕する機体に投資家が金を投じるとは思えない。エラーが分かっていて何もしないのは怠慢としか言いようが無いのと一緒だ。

 エルネスティは物思いに耽りつつ歩き回り、作業机の上にたくさんの図面を広げて唸る。

 一向に言葉を発しない小柄な銀色坊主(エルネスティ)の様子にダーヴィドは黙っていた。

 少しずつ顔つきが真剣になっていくのが分かったので。

 必死に頭を回転させている彼に声をかけるタイミングはまだ来ない、と予想している。

 

(隕石騒動でたくさん時間を無駄にしてしまいましたから良い案が中々出てきません。……復興に全振りしてしまったのは致し方ないのですが……)

 

 ここで作業員たちに顔を向ける。工具を持った彼らは指示を受け次第すぐにでも動けるように控えている、そんな姿に見えた。

 現行、エルネスティの幻晶騎士(シルエットナイト)だけ――本当の意味で――未完成のような扱いだ。

 実際は全ての幻晶騎士(シルエットナイト)にまだ若干の余裕があるのだが、それらはエルネスティの発想待ちとなっている。

 用意したモートリフトを装着したドワーフ族の期待に満ちた視線が今はとても痛い。

 新装備は作ったとしてもすぐに実装は出来ない。安全確認などの実証実験を繰り返さなければならないからだ。そして、その時間すらもはや無いに等しい。

 

(変形合体分離機構の時間的余裕は全く無いですし。()()()遠い……。量産機と違い、専用機の制作は年単位……。実際はこんなものなんですね。……この世界では一〇〇年単位でも早いと言われるほどですか)

 

 玩具(プラモデル)作りとは違う現実の時間経過にエルネスティはため息をつく。

 図面を引いて職人に渡せば数か月で出来る、とはならない。それが巨大ロボットの宿命のような気がした。

 まして本物に(たずさ)わっているのだから実際に体験できることは幸せな事である。

 

        

 

 エルネスティが再始動し始める頃、フレメヴィーラ王国王都カンカネンにあるシュレベール城に――国機研(ラボ)に出向していた――シズ・デルタが招聘された。

 量産型(端末)とは違い、こちらのシズは大人の女性である。

 大地震による復興を終え、いつもの日常を送っていた彼女の表情に変化はない。常に怜悧なままであった。

 国王との面会は執務室で(おこな)われることになった。

 まずは儀礼的な挨拶から――

 

(他のシズ・デルタとは雰囲気からして違うが……。やはり分からんな、シズ一族というものは)

 

 挨拶に満足しつつも不可解な存在に少しばかり頭を痛める国王アンブロシウス。

 国全体の復興の事務処理を終えたとはいえ次に始める試合に向けての根回しも忘れてはいけない案件だった。

 

「息災で何よりだ」

「……勿体ないお言葉にございます」

(少しくらい表情を変えてほしいものだ。……これがシズ・デルタというものの個性か)

 

 機嫌が悪い顔は分かるが笑った顔は見たことが無い。無い筈だと国王は過去の出来事を思い出そうとしたが時間がかかりそうなので早々に諦める。

 今回彼女を呼び出したのは――もちろん試合のことについてだ。

 国機研(ラボ)に作らせている幻晶騎士(シルエットナイト)の状況や機体に問題は無いのか、という気掛かりなどを尋ねる。

 既定の幻晶騎士(シルエットナイト)は完成済みで試合を待つだけとなっていた。

 銀髪の少年(エルネスティ)との戦いに向けての用意は既に終えている事を聞き、満足する。

 

騎操士(ナイトランナー)の当ても終わっているのか?」

「……アルヴの里を守る『アルヴァンズ』へ既に打診済みでございます」

 

 その名は王国の守護者に賜る最強を意味する。

 国王はアルヴァンズの名を聞いて至極満足気であった。

 

(こちらの舞台はほぼ整ったが……。肝心のあの者(銀髪)は腑抜けになったとか……。学園を賑わせた有名人であっただけに……。しかし、勝負事は常に非情である。ここで(わし)が手を緩めることはないぞ)

 

 表情を引き締め、最後の一手としてシズに()()()を命じる。それも拒否が出来ない王命として。

 だが――国王はここに来て少し抵抗を感じた。

 騎士団でもない学生集団に対して(いささ)か過剰戦力ではないか、と。

 その事も含めてシズを見つめる。彼女に打診すれば即座に拒否されそうな気配を感じる。なにせ目立たないように活動する一族の出でもあるのだから。

 ――だが、もし受け入れるのであれば――

 

 苺鳶(まいえん)騎士団。

 

 任命しようとすれば葛藤するに違いない。前面に立つことになるのだから。

 成長(いちじる)しい銀髪の少年にはまだ荷が重いかもしれないし、実績が不明だ。今回の試合――模擬戦の結果次第で色々と分かるとしても。

 命じた本人も息をのむ沈黙の時間が訪れる。それはほんの僅かなものであったとしても――だが、シズは静かに告げるのみだ。

 

「……王命、確かに(うけたまわ)りました」

 

 一切の迷いなく、とは言わないが姿勢に変化はなく、ただ淡々とした言葉のやり取りで終わった。

 それを意外と思うか。それとも驚愕と感じるか。

 とにかく、一番驚いているのは命じた国王その人――というのは確実なようだ。まさかすんなりと受け入れるとは思わなかった、と心の内で冷や汗をかいた。

 とにかく、ここに国王側の準備は整った。後は決戦の日が訪れるのを心待ちにするだけ。そして――時はあっという間に過ぎ去り、国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)と学生との模擬試合の日が訪れた。

 

 



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#027 模擬試合開幕

 

 ライヒアラ騎操士学園中等部を卒業してすぐに国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)との模擬戦が(おこな)われる運びとなっている。

 十二歳だった少年も三年の月日の経過に随分と駆け足の人生だったと述懐する。

 当初の幻晶騎士(シルエットナイト)製作の熱意は消沈している気がしたが、開発意欲が無くなったわけではない。元々、その為だけに人生を謳歌していた。数年程度で無くしては実に勿体ない人生になってしまう。それだけは避けたかった。

 

(……予定通り自分の幻晶騎士(シルエットナイト)は完成に至りませんでした。……ため息しか出ません)

 

 運が良いのはアデルトルート・オルター達の機体()用意できたことだ。これらまで未完成品では試合どころではない。

 時間的猶予から考えて本当の意味での完成とは行かないが――試合に耐えうる中では最高の出来ではないかと。

 問題は国王陛下に自慢できるほどの機体かどうか。そこは残念ながら自信が無い。

 あれこれもやりたいと思っても手持ちにある材料には限界がある。

 

「……隕石騒動からエル君……、ため息ばかり」

 

 自分の機体の中から外の様子を窺っていたアデルトルートは銀髪の少年の姿を見て言った。

 様々な騒動はあったものの皆無事だった。それだけで充分ではないかと思っていても彼にとっては深刻な問題として受け取っていた。その詳細までは感じ取れないものの力になりたい気持ちはあった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の開発では役に立てなくても――

 しかしながら今もって彼の為に行動出来た(ためし)はない。

 彼女の背後にはアーキッドも居た。――二人乗りの幻晶騎士(シルエットナイト)なので。

 その彼とて友人を元気付ける方法が見つからない。

 

(試合。幻晶騎士(シルエットナイト)。隕石と来て……、新しい家族だ。エルには心の余裕が無かった。……でも、今はいくつか解決した筈だ。まだ何か……って自分の機体が完成しなかった事かな)

 

 彼にしては珍しい――と思えるほどの失態。しかし、アーキッドから見れば今までの突飛な行動が抑制され、かえって()()()に見えた。

 ここに居るのは誰もが天才児と褒め称える人間ではなく、一人の少年だ。

 友人としては彼の異常性が成りを潜めてくれた方が静かではある。しかし、それはそれで彼の発展を妨げてしまう。

 

「折角の機会を台無しにするのは……勿体ないよな」

「……エル君。絶対に勝つからね」

 

 勝利の暁には新たな問題が噴出する、事になる。そうだと分かっていてもやはり彼の元気の無い姿は痛々しくて見ていられない。

 人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)は単なる思い付きで造れるほど簡単ではないし、高機動に動けるようにしっかりと仕上げてくれた技術力の高さは決して学生だからと侮られるものではない。

 他の機体も同様に。

 エルネスティは間違いなくフレメヴィーラ王国にとって無くてはならない財産である。

 

        

 

 学生と国機研(ラボ)双方の準備が整い、模擬戦当日となった。

 決戦の舞台は王都カンカネンにある――正式に騎操士(ナイトランナー)になった者達が模擬戦をしたり、式典として使う――試合会場だ。この日の為に整備は万全に整えられた。

 戦うのは幻晶騎士(シルエットナイト)なので万民にお披露目するのは(はばか)られた。

 見物人は国王の他には諸侯貴族が(おも)である。

 特別観覧場には国王が座す玉座が用意され、周りを行き交うのは式典を(とどこお)りなく進めるための作業員たちだ。

 巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)が登場するので眼下の試合会場の扉は大きい。――既に国機研(ラボ)側の機体が控えている事は見物人には伝えられていた。

 今回の試合は形式的な意味合いが強く、勝敗を判断するのは国王だ。そして、今日の試合を一番に楽しみにしている人物でもある。

 最初に貴族たちが所定の位置に座るものの堅苦しい式典とは違い、楽な姿勢である。

 

「此度は学生の試合とか。どのようなものになるのでしょうな」

「専門集団たる国機研(ラボ)は今回の為に新型を用意したと聞いております。それらに学生が太刀打ちできるものでしょうか」

 

 それぞれに期待と不安が入り混じる。その中には国王(アンブロシウス)と古い付き合いのあるクヌート・ディスクゴートとアーキッド達の父親であるヨアキム・セラーティの姿もあった。

 特にヨアキムは真剣な顔で現場に臨んでいた。他の諸侯とは違い彼の子供達が現れる予定だ。親として少なからず心配していた。それが例え(めかけ)の子だとしても――

 外見は厳格な父親に見えるが子供達を心配する気持ちは貴族らしからぬ、という事を自覚している。

 

(親だからといってどのような機体を用意したかは秘密にされていたが……。無事に進むことを祈ろう)

 

 それぞれが着席していると国機研(ラボ)の責任者である所長のオルヴァー・フロムダールと幻晶騎士(シルエットナイト)制作の総指揮を務めていたドワーフ族の工房長ガイスカ・ヨーハンソンが現れる。

 学生側の観覧者は一人も居なかった。これはフレメヴィーラ王国の秘事を秘匿する意味合いが強いものと思われる。ただ、保護者という観点で言えばヨアキムが該当する、ともいえる。代わりにエルネスティの祖父にして騎操士学園の理事長であるラウリの姿は無い。これは単に本人が観覧を辞退したからだと思われる。それと今回の試合は国機研(ラボ)と学生の技術力を見る事が目的である。見世物として一般市民に披露するものではない。

 

        

 

 準備が整った報告を受け取った国王は形式ばった挨拶を始めた。

 天候は快晴。しかし、空には未だに幾筋もの白い線が走っている。当初よりも薄いので完全に消えるまで何か月も先になる。

 余震は未だに続いているものの規模は小さい。市民生活に支障が出るほどの脅威は――ほぼ――去ったと見ていい。

 

「数々の困難はあったものの今日を迎えられて(わし)は大いに満足している。……では、国機研(ラボ)幻晶騎士(シルエットナイト)を入場させよ」

 

 長ったらしい挨拶は国王とて苦手としている。それゆえに簡潔にまとめて次を促す。

 国王の次に貴族諸侯の自己紹介などは無い。そもそも聞かせる相手(多くの見物人)は眼下に居ない。

 巨大な扉が開かれ、重厚な足音を響かせて試合会場に姿を見せるのは国機研(ラボ)が開発した新型の正式量産機。その数は一〇機。それが規則正しく行進している。

 機体を操作する騎操士(ナイトランナー)の技術力の高さを観覧客に見せつけながら。

 

「おおっ!」

「なんと動きが滑らかなのだ」

「重々しいかと思っていたが……。これはこれは……」

 

 重量まで軽減は出来ないので歩くたびに伝わる振動音は消せない。けれども気になるほどの音量でもなかった。

 そう。いやに歩行音が静かだった。その事に気づくのは少し経ってからだった。

 国王が階下(かいした)に控えているガイスカ達に説明を許した。するとドワーフ族の彼は意気揚々と――些か興奮気味に新型機に向かって手を伸ばす。その間にも新型幻晶騎士(シルエットナイト)は諸侯貴族に向かって整列していく。

 

「これが我が国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)が作りし新型機っ! カルダトアをベースにしたカルダトア・アルマにございます!」

 

 唾を吐くほどの大きな声量で()くし立てる。側に居るオルヴァーは思わず彼から一歩離れて苦笑する。

 あまりに興奮しているので秘かに医療班を控えさせている。

 

「従来に比べて出力、機動力は勿論。魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量は概算でおよそ倍っ!

倍!? 二倍ということか?」

 

 諸侯貴族の疑問に答えず、ガイスカは説明を続ける。

 全体的な向上は(はか)れたものの武装面が心許ない事も説明する。都合の良い部分だけで終わらせないのは彼の技術者としての矜持の表れか。

 新型の結晶筋肉(クリスタルティシュー)である『綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)』や板状の『板状結晶筋肉(クリスタルプレート)』を利用して作り上げた『畜魔力式装甲(キャパシティブレーム)』を説明していった。もちろん、背面に装備させた魔導兵装(シルエットアームズ)の二本の補助腕(サブアーム)の事も。

 あまり説明し過ぎると試合時間が短くなってしまう。黙っていると夜中まで書かれそうなのでオルヴィーは適当なところで工房長の話しを止めさせた。

 とにかく、従来の制式量産機であるカルダトアを凌駕する新型機であることは集まった諸侯貴族達には伝わったようだ。国王もあまりの熱意に少しだけたじろいだほど。

 

(さすがは国機研(ラボ)よ。専門職は実にいい仕事をしてくれたようだ)

 

 立ち並ぶ幻晶騎士(シルエットナイト)を見れば全く不安を感じさせない安定感があった。

 操作する騎操士(ナイトランナー)の技量もあるとはいえ、だ。

 カルダトア・アルマは見た目には安定している。以前は関節部分の問題が無かった一世代前の『カルダトア・ダーシュ』はもっと動きがぎこちなかった。今でこそその不安定さが分かるが、それ(関節部分)が無ければ今以上の向上は望めなかった。

 数値の上でもダーシュとアルマには格段の差の開きがある事はガイスカにとっては想定外のものであった。

 

「此度の催しに王国の精鋭『アルヴァンズ』に来ていただきました」

 

 オルヴァーが声を上げると並んでいる幻晶騎士(シルエットナイト)の搭乗口から騎操士(ナイトランナー)達が顔を見せ、観客席に向かって敬礼していく。

 王国屈指の騎士たちの登場に諸侯貴族達から感嘆の吐息が漏れる。

 彼らは数多の騎士団の頂点に君臨する最精鋭。単なる新型機のお披露目に呼んでいい集団ではない。それが出来るのは国王の命令があったからだと貴族達は理解する。

 

        

 

 今回の催しは新型のお披露目だけではない。だが、貴族達にはあまり情報は伝わらなかったのか、満足している顔が多かった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の説明が終われば国機研(ラボ)の技術者たちに何らかの褒賞を与える事になると思い込んでいたが、それは一向に始まらない。

 国王は周りの顔ぶれを見回した後で一息つく。

 

国機研(ラボ)幻晶騎士(シルエットナイト)……。よもや本当に作るとは……。数百年の研鑽が必要な筈が……、随分と今回は早かったものよ)

 

 その原因はある程度理解しているが現実問題として結果を見せられると改めて驚かされる。

 たかが学生のアイデアと馬鹿には出来ない。それを思い知った。

 

国機研(ラボ)が作りし幻晶騎士(シルエットナイト)。実に見事である」

 

 国王の賛辞の言葉にオルヴァーとガイスカは膝をついて(こうべ)を垂れる。

 行事としてはこのまま終わっても構わない、という雰囲気だが――それで終わりではない。

 国王は側仕えの従者に言伝(ことづて)を託す。

 それからガイスカ達に席に着くことを命じる。勲章や報奨金などは現場では授与しない。これからが見物なのだから。

 

「さて、折角作った幻晶騎士(シルエットナイト)の性能を見せてもらおう。此度は模擬試合……。対戦相手の用意も整ったようだからの。……オルヴァー、ガイスカ両名に聞くが対戦に異論はあるか?」

「いいえ」

「新型機の性能を確かめるには実際に戦うのが一番でございます。わしも異論はありませぬ」

 

 二人の了承を得てから国王は一つ頷いた。

 アルヴァンズが通った扉とは反対側の大扉が開けられる。

 

「貴族諸君。今回の模擬試合の為に国機研(ラボ)とは別の……、学生たちが作りし幻晶騎士(シルエットナイト)を用意させた。どのようなものかはわしも知らん」

 

 公平を期す、というより楽しみを事前に知ってしまうと面白みが無くなるので今日まで情報は確認していない。しかし、従者たちはどのようなものかは知っているようだ。

 国王とは違って額から脂汗を流しているのが気になるが――

 未完成のような完成品とだけ耳に聞こえた。

 程なく地響きが現場に伝えられた。何人かは地震か、と慌てだす。

 ガルダトア・アルマとは違い、明らかに旧来然とした幻晶騎士(シルエットナイト)の歩行音のようであり、巨大な何かが駆ける音の様でもあった。

 それは次第に大きく、早くなる。

 

 ドガン!

 

 まず最初に聞こえたのは破壊音だった。

 対戦相手が出てくる筈の大扉が巨大な何かにぶつかって壊れる音――にしては少しは出過ぎる。

 国王のみならず、見物人たちが一斉に驚いた。

 

「……あっれー。扉(くぐ)れないよー」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)に備わっている伝令管から少女の声が漏れ出た。

 大破壊の犯人であることは確実だが、まだその正体は現れていない。

 

「仕方ありません。壊して進んでください」

「りょ~か~い」

「……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 更なる破壊音が程なく響き、それに伴い土煙を上げながら会場に乱入してきたのは異様な大きさの()()だった。

 何か、というのは幻晶騎士(シルエットナイト)なのだが、それが既存の姿と一致しないので多くの貴族達は巨大な魔獣だと思ってしまい、それぞれ悲鳴を上げる。

 生物とは思えない鋼鉄の肌を持つ巨大な物体。それは下半身が馬で上半身が人型の幻晶騎士(シルエットナイト)それ(人馬)が荷物を牽引しながら駆けていく。

 荷物もまた巨大である。そう――幻晶騎士(シルエットナイト)を内包できるくらいに。

 

「ヒッヒ~ン」

「あまり調子に乗るなよ。……国王陛下が観覧するって聞いてるんだから」

 

 声の主はオルター弟妹。しかし、その出所は巨大な人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)である模様。それに気づいたのは国王と共に観覧している彼らの父親ヨアキムである。

 闘技場に現れた人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)の大きさは通常の機体より二倍は無いものの縦にも横にも大きかった。そして、胴体などに包帯のようなものが巻かれて痛々しい姿であった。

 脚や腕の欠損は無い。

 装甲は緑を基調としている。元となったのはサロドレアの筈だが面影が全くないように見えた。

 

(……ほう。人と馬が合わさったものか……。よく造り上げた)

 

 感想としては簡単なものだが国王は目の前で腕を振りあげる巨大幻晶騎士(シルエットナイト)に驚いていた。

 目蓋を限界まで広げで頭から足元まで食い入るように見つめるほどに。

 人馬ではあるのだが上半身の身体には――見間違いでなければ――腕が四本あるように見えた。

 背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)ならば側に控えているカルダトア・アルマにも備わっているが、人馬は背面に補助腕(サブアーム)は無く、脇から新たな腕を生やしている、ように見える。つまり都合四本の腕を持っていることになる。

 脇の方は腕組したまま包帯が巻かれていた。

 

(なんともはや。面白い物を作り上げたな。しかもあの巨体が自在に駆け巡るとは……)

 

 人馬が持ってきた大きな荷物はひとりでに開き始め、予想通り複数の幻晶騎士(シルエットナイト)が状態を起こし始めた。こちらは全て人型だった。

 人馬に引かせる馬車のような物体まで作り上げているとは思わなかった国王は目新しい現場に瞳を輝かせた。その顔は見た目の年齢よりも若々しい活力に満ちていた。

 新たに現れたのは学生が作り上げた新型――という話しだがいくつかは見覚え、というか面影があるものだった。

 赤い機体は『グゥエラル』――の筈だが更に改良が加えられた模様。

 白い機体は『アールカンバー』が元になっている。

 地味目の古臭さの色合いは魔法特化のサロドレア型『トランドオーケス』を基にしたもの。そして、最後の機体は全く見覚えが無い。

 一見すると他の機体よりも特徴が無いように見える。おそらくエルネスティが未完成品だと言っていたものかもしれないと国王は思った。

 荷台から降りた幻晶騎士(シルエットナイト)はカルダトア・アルマの対面に整列していく。人馬型だけ異様に大きいが――とても――目立っていた。

 

「………」

 

 国王は言葉を失ったまま新型機と思われる幻晶騎士(シルエットナイト)に目を奪われていた。何か言わなければならない筈なのに食い入るように見つめたまま身体が止まっていた。

 それに気づいた従者が小声で声をかけるとアンブロシウスの意識が現実に引き戻り、失態を演じたことを誤魔化すために咳払いをした。

 

「……うおほん。あまりの事に驚いたぞ。それが学生たちが作り上げた新型か」

 

 一番小柄で地味目の幻晶騎士(シルエットナイト)から姿を見せるのは各種幻晶騎士(シルエットナイト)を発案した当事者である銀髪の少年エルネスティ。

 観覧者に向かって軽く一礼する。その後で人馬を含めて搭乗者が姿を見せる。

 

「ライヒアラ騎操士学園にて製造した新型機をお持ち致しました」

「うむ。では、皆の者。かの者達は学生でありながら国機研(ラボ)にも引けを取らない小童(こわっぱ)どもよ。製造に関してはわしの要望もあったが……。これは些か……、期待以上の出来である」

 

 しかし、人馬を含めて(エルネスティ)らの幻晶騎士(シルエットナイト)はケガ人のように包帯が巻かれている。それが少し気になった。

 歩き方や武装に問題があるには感じなかったけれど。

 ガイスカと違い、いきなり喚き散らさなかったエルネスティに機体の紹介を命令する。

 

「……いや、その前に。その包帯は何なのだ?」

「現行の技術、資材の限界を意味しています。残念ながら今以上の増強は出来ませんでした。……もし、それ以上の事が出来れば真の意味で完成する、という意味を込めました」

(それはわしへの嫌がらせか。……確かに包帯を解けば真の力を発揮する、という意味であれば納得しそうだが……。つまりまだまだ余力を残しているとも言えるな。腑抜けの小僧というのは欺瞞(ぎまん)か?)

 

 人伝えの情報ではエルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)造りに消極的になった筈だ。それが蓋を開けてみれば全くの嘘っぱち。

 彼はまだまだ創作意欲が溢れている。確かに学生身分には限界がある。規模からしても国機研(ラボ)の足下にも及ばない。

 それなのに都合五種類もの新型を持ってきた。その力量を疑う余地は無い、と言える。――ただ、実力はまだ見ていない。

 

「では、一番大きな幻晶騎士(シルエットナイト)から紹介いたします。これは陛下の期待に応えるためだけに作り上げた大型幻晶騎士(シルエットナイト)……。本当はもう少し小さく作る予定でしたが必然的に大きくなってしまいました。ええ、決してわざと大きくしたわけではありません。これは『サイドルグ』と言います。二人乗り用に建造した『ツェンドルグ』の改良試作型……。腕を四本にしたところまでは良かったのですが……、いろいろありまして……。続いて初期から作ってあった新型『グゥエラル』ですが、改良は続けてきました。白い機体は『アールダキャンバー』で汎用型の方は『トライドアーク』と言います」

 

 機能の説明を省いているとはいえ聞きなれない機体名に貴族達は呻くばかり。

 最後に紹介されるのがエルネスティの専用機。

 自他ともに認める未完成品。

 

案山子(かかし)を意味する『スケアクロウ』でございます」

 

 黒っぽい機体色。剣も盾も見当たらないし、サイドルグの巨大さのせいで地味な印象を受ける。

 学生側の期待のお披露目は以上で終わった。性能面の説明は長引きそうだが聞くべきか迷うところだ。しかし、模擬戦を(おこな)うので今説明すると弱点が露呈してしまう。

 それに口より実際に動く姿が見たくてたまらない。その反面、ガイスカは今にもエルネスティに飛び掛からんばかりに新型に釘付けになっていた。これらの説明をしろ、と怒鳴りそうな雰囲気があった。所長のオルヴァーが懸命に引き留めている姿が国王の視界に映る。

 

        

 

 学生側が用意した新型幻晶騎士(シルエットナイト)はサイドルグを除けばカルダトア・アルマに引けを取らないものである。しかし、やはり巨大さが仇となり、印象が薄い。

 剣を主体にするグゥエラル。

 防御型のアールダキャンバー。

 法撃特化のトライドアーク。

 謎のスケアクロウ。

 これにサイドルグを加えた五機と向かい合うアルヴァンズの精鋭たち。

 

「……人馬の幻晶騎士(シルエットナイト)は卑怯ではないのか?」

「でかいな。旅団級とも渡り合えそうだ」

 

 アルヴァンズの女性騎操士(ナイトランナー)は一人だけ。学生側はアデルトルートとヘルヴィの二人。他は男性だがバランス的には問題無さそうな印象をお互い受けていた。

 機体数は国機研(ラボ)の方が上回っているが、このままぶつかることは無い。

 勝負は公平を期する事になっているので。――その筈だが巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)と戦う場合は一対一とはならない。まして騎馬と人間が相手をする時は一対複数となるのは定石である。

 通常であれば正面と両脇の合計三機。これに牽制を付けるとしても一機が限界だ。

 残りは人型なので同数対応が常である。

 お互い新型。学生とはいえ手を抜かなくていい、と所長(オルヴァー)より指示を受けている。

 

「此度の試合は学生であるエルネスティの(ため)しも含まれる。そなたが作りし幻晶騎士(シルエットナイト)の実力が本物かどうか……。未完成であろうとお互い悔いなく戦うが良い」

 

 国王の言葉にエルネスティは深く頭を下げた。

 対するアルヴァンズはどう戦えばいいのか困惑気味だったが表情に極力出さないように努めた。それと新型との戦闘には興味があり、辞退者は出なかった。

 彼ら(アルヴァンズ)の中から戦闘に加わらない者が出るのは想定内なので国王は特に言及しなかった。

 

「陛下。いくら新型だとしてもアルヴァンズ相手では……」

「歴戦の強者(つわもの)の実力を知る良い機会ではないか、伯爵殿」

 

 学生が負ける、というより戦いにならないのではと危惧する者。新型が壊れるのを恐れる者。黙って見極める者。

 それぞれ感想に極端な偏りはなく、否定も肯定もまばらであった。

 大部分で巨大幻晶騎士(シルエットナイト)の出現に度肝を抜かれたせいだ。これは国王も同様であった。

 それに乗るオルター弟妹の父ヨアキムは最初の衝撃から立ち直り、幾分か平静であったが心臓はまだ激しく鼓動していた。

 あれに自分の子供が乗っているのか、と。それよりもあれほど巨大なものであったかと驚きは様々だった。

 サイドルグは従来の幻晶騎士(シルエットナイト)の二倍も身長があるわけではない。下半身の大きさによって錯覚しているだけで実際の大きさは幾分か小さい。

 エルネスティは大きなものを作ろうとしたわけではなく、体重計算や機動の関係上必要な大きさが偶々(たまたま)こうなってしまった。もう少し時間かければ小型化出来るかもしれないが、それは試合後にすべきことと判断した。

 

        

 

 国王の命によってアルヴァンズとエルネスティ達の試合が執り(おこな)われる。

 覚醒は全機。対するアルヴァンズは七機。サイドルグ相手に少ない気もしたが絶対勝利をもぎ取る意思は無いので戦略的な数字に従う事にした。

 あまくで規定に(のっと)った試合をするためだ。

 

「……向こう(騎士)は定石通りのようだ。こちらはどうする?」

 

 お互い戦略を練る為の時間を当てられ、各操縦者は一旦機体から降りていた。サイドルグは乗り込むのが大変、という理由で乗ったままエルネスティ達の話しを聞く態勢になった。

 性能面を国王に見せるうえで奇抜な武装は無く、エドガー機(アールダキャンバー)ディートリヒ機(グゥエラル)は普段通り。ヘルヴィ機(トライドアーク)も同様だ。

 サイドルグは高機動戦を(おこな)う予定だが操作に未だ慣れていない部分がある。

 最後のエルネスティ機(スケアクロウ)は仲間も知らない機能が備わっている。これはギリギリまで調整した為であり、秘匿する予定は無かった。だいたいの雰囲気は伝えている。

 

「敵は本物の騎士です。学生が普通に戦って勝てるとは思えません。なにより機動力はお互い同じ仕組みを採用しています。操作する騎操士(ナイトランナー)の実力がよりはっきりと見えると思いますよ」

「そうだとすると勝ち目が無いな」

「本音で言えば勝ちたいです。けれども命を懸けるほどの無茶はしないでください」

「うん、分かってる」

 

 今回はあくまで模擬戦闘が主体だ。殺し合いではなく新型機の性能テストと同義だ。

 いくら重要装置である魔力転換炉(エーテルリアクタ)を求める為とはいえ仲間を失うような事態は避けたい。なにより自分が設計したもので悲しい結果は寝覚めが悪い。

 安全面について少し時間をかけて再調整した。それによりエドガー達に直接的な致命傷は極力避けられるはずだ。

 だからこそ、スケアクロウを捨て石にするような事態を想定した。

 小柄なエルネスティでも鐙が踏めるように操縦席はしっかりと調整済み。武装は主な物はないが他の期待には実装していない唯一のものが備わっている。

 現行では大したことは出来ないが――少なくとも国王は驚かせることが出来ると自負している。

 

「リーダー格を落とせば勝利……、のような簡単なものではなく。既定の時間までに相手の数を減らすのが目的です。確実に一機ずつ」

「最初から機体数が違うんだが」

「僕らより少なければいいって事でいいと思いますよ」

「当たり前ですけど……。観覧席を攻撃してはいけませんよ」

 

 試合とはいえ闇雲に攻撃していいわけはない。国王を(はぶ)いたとしても諸侯貴族に危害が加えられれば即座に試合は中止。厳罰や説教が待っている。

 周りへの被害を考えて魔法以外の飛び道具の仕様は極力控える事になっている。

 アルヴァンズの武装はチラッと見た程度で言えば剣と魔法を放つ杖と防御の盾のみ。

 

国機研(ラボ)が作った新型機っ! 試合が終わったら見せてくれますかね。あちらも僕達の機体が気になっている筈……)

 

 様々な事があり、制作意欲が減退していたエルネスティではあったが未知の可能性を前にすると興味が再燃するらしい。

 早く試合がしたくてたまらない。どのような戦い方。幻晶騎士(シルエットナイト)の機能がどういうものになるのか、身をもって知りたくなってきた。

 自分達の機体は既にある程度は把握している。けれども他人の動きはまた別格だ。

 自分には及びもつかない事こそ好奇心には重要だから。

 

        

 

 およそ戦略と呼べる方法論は出なかったが後悔の無いように戦い抜くだけだ、と自分達を叱咤する。

 機体の性能では騎士達を上回っているかもしれない。けれども経験や練度の差はどうしても縮められない。

 本来は魔獣戦の為に作られた幻晶騎士(シルエットナイト)だが、対人戦ではどこまで戦えるのか――

 怖くもあり興味深くもある。

 

(元はと言えば僕の望みをかなえる戦い……。それに付き合ってくれるエドガー先輩、ディートリヒ先輩にヘルヴィ先輩。ありがとうございます。それとキッドとアディも)

 

 機械兵器たる幻晶騎士(シルエットナイト)にあまり興味を持っていなかったオルター弟妹もエルネスティの為に一肌脱ぐと言ってくれた。

 当初から付き合いのあった彼らは騎士としての実力はまだ未熟だが魔力(マナ)操作はたについづぃを許さない程に上達している。教えたエルネスティでも驚くほど。

 三人の先輩はお人好しなのかまとめて付き合ってくれる。それはそれで非常にこそばゆい思いがある。

 

(子供が設計した得体の知れない新型に乗ってくれて……。逆の立場なら怪しんで断るところなのに)

 

 今更ではあるが、エルネスティは彼らに心から感謝した。そして――

 この戦いに勝ちに行くことを誓う。

 対戦相手のアルヴァンズの情報は無いけれど非常に優れた騎士団の者達という認識だ。

 大技は初見しか通じない。後は学生らしく足掻くだけ。それは戦略と呼べない子供の児戯――

 それでも彼らには無い戦い方が出来る。

 

「彼らは定石(じょうせき)で攻めてくる筈です。こちらは奇策で迎え撃ちます。方法としてはこれしかありません」

「上等だ」

 

 銀髪の少年の言葉にディートリヒは子供っぽい笑みを見せた。対する真面目なエドガーは顔を曇らせる。もう少し頭を使えと言わんばかりだ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)造りなら自身があるエルネスティも戦士としての戦い方はまだまだ未成熟であった。ある程度の戦略は立てられるが練度が圧倒的に足りない。

 

「即席の小隊でもあるし、統一感の無い機体ばかりだ。これで騎士として戦え、というのは無茶が過ぎるか」

「規則正しい優等生対好みも性格も見た目も違う愉快な仲間達。面白いじゃない」

 

 ヘルヴィが子供っぽく笑い、場が(なご)む。彼女の場合は早く新型(トライドアーク)の真価を発揮したくてたまらないようだ。

 各自新型機を本格運用するのは今日が初めて。それと実戦形式による起動試験も兼ねている。

 更には――

 

(この戦いもまた新たな機体を造る布石です。国機研(ラボ)の出来を見せられても創作意欲が湧かないのであれば……、僕は相当にダメな子になってしまった証拠。それはなんか嫌ですね)

 

 家族の事も心配だが今日という日を迎えられたことは幸せである。――(いささ)か駆け足気味の人生だった気もしないでもない。

 およそ戦略と呼べるものは結局のところ決められなかったがそれぞれ全力を尽くすことで一致した。そして、それぞれの機体に登場し、指定された位置に移動する。

 試合を取りまとめる王国側の幻晶騎士(シルエットナイト)が一機、中央に移動し、それぞれの準備が整ったかどうか確認する。

 双方の支度が整った事を確認した後、杖を掲げた。

 

「では、模擬試合……、開始っ!

 

 決戦の火蓋として魔法が上空に打ち上げられる。

 その勝敗の行方は国王のみならず諸侯貴族達やエルネスティ達にも予想がつかない。

 新型対新型の戦いが(おごそ)かに始まった。

 

 



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#028 安全性の落とし穴

 

 王国が誇る騎士団『アルヴァンズ』の精鋭七機と学生騎操士(ナイトランナー)を含めた寄せ集めとの戦いが始まった。

 一気呵成に攻めず、まずはお互いの出方を窺う。戦闘に置いて無謀は命取りだ。時には戦略として有効だとしても。

 大型幻晶騎士(シルエットナイト)『サイドルグ』がまずは突貫。――武装は騎乗槍一本。

 防御と機動力が段違いなのでそう易々とは撃破されないと見越した上だ。相手方も想定していたようで混乱は認められない。ただ――人馬型(サイドルグ)の背中には銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアの機体(スケアクロウ)が騎乗していた。

 人間の時であれば不思議は無いが幻晶騎士(シルエットナイト)として騎乗行為をされるのはアルヴァンズにとって――観戦席に居る者達にとっても目新しい光景に映った。

 

(股関節が柔軟でなければ馬に(またが)るなど)

(実際にやられると驚かされる。いやはや人生において珍しい光景が見られて幸運だ)

 

 驚きはしたもののアルヴァンズの中では好印象だった。

 スケアクロウ乗せたサイドルグの速度は一向に落ちない。それだけ強靭な金属内格(インナースケルトン)になっていることである。

 

「キッド達はこのまま突貫してください。それと……重圧軽減の魔法は()()()忘れないでください」

 

 背後からエルネスティの声がサイドルグに乗っているオルター弟妹に伝えられる。

 人馬は二人乗りである。下半身をアデルトルート。上半身の制御はアーキッドが担当している。

 

「了解」

「りょ~か~い」

「では、行きますよ。僕とキッド達の合体技を。吸気圧縮開始……」

「対気圧防御確認っ!」

「対気圧防御っ! 確認しま~す!」

 

 エルネスティの言葉に即座に応答するオルター弟妹。

 身体に受ける圧力を軽減する為に自身に空気の魔法を展開する。

 勝ち目を無視して新型幻晶騎士(シルエットナイト)の能力を見せつける。それには衝撃が必要だ。

 アーキッドとアデルトルートが魔法の展開と同時にいくつかの操作を始める。外側では脇に装着した補助腕(サブアーム)がスケアクロウをしっかりと挟み込む。

 サイドルグの補助腕(サブアーム)――脇腕(サイドアーム)――は既存の関節を無視した動きを見せた。

 

刮目(かつもく)せよ! これぞ疾風怒濤っ! 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)起動っ!」

 

 勢いに乗る時は大きな声を出す。それだけで気持ち的にも前向きになれる。

 スケアクロアの保有する魔力(マナ)の残量が勢いよく減っていく。彼の想定では半分ほど持っていかれる。

 エルネスティの機体(スケアクロウ)の背面から青白い炎のような魔力光が吹き出し、駆けているサイドルグは更なる加速に見舞われた。

 

「なんだ!?」

「馬ごと突進する気か!? 回避っ!」

 

 人馬の駆ける四本の脚が地面から離れた瞬間に物凄い速度で――文字通りに幻晶騎士(シルエットナイト)が飛んだ。

 エドガー達がまだ駆けているというのに。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は残念ながら他の幻晶騎士(シルエットナイト)には実装されていない。改良案については試合に間に合わなかった。

 

(単なる案山子というのも味気ないですからね。……無力ながらも一泡吹かせないと僕の存在価値が無くなってしまいます)

 

 身体にかかる感覚から機体に異常は認められない。

 急加速してきた人馬にカルダトア・アルマが一機、かすった。風圧も加わり、あっさりと吹き飛ばされる。ただ――

 敵陣地目掛けて突貫したサイドルグが方向転換しようと、急停止に入った途端に脇腕(サイドアーム)があっさりとへし折れ、しっかりと掴んでいた筈のスケアクロウは人馬の頭を強打しつつ地面に向かって投げ出された。

 一度地面にぶつかり、そのまま競技場の壁に衝突。

 

「あっ!」

「エ、エル君!? 大丈夫っ!?」

 

 自分達は急停止する前に大気衝撃吸収(エアサスペンション)を前面に展開して衝撃を緩和した。しかし、スケアクロウは壁に穴をあけるほどめり込んでいる。それによって自分達が使った技がいかに強力なものであったか思い知る。

 エドガー達のみならずアルヴァンズの面々も思わず立ち止まるほど。

 魔法文化があっても慣性の法則に逆らえない。これは良い教訓となった。特に遠くに居たディートリヒは思わず感心した。

 エルネスティの事は心配だが試合は続いている。少し戸惑いつつ双方が動きを再開する。

 

(……発明は見事だが……、使い方に問題があるようだ。……全く動かなくなったが大丈夫かの)

 

 国王アンブロシウスはエルネスティを気にしつつ試合の経過を眺める。安全面に気を使っている筈だ、ということを信じて。――念のために何人かの作業員に様子を見るように通達する。

 

        

 

 銀髪の少年は調子に乗った。そのツケが今の現状である。

 理論は完璧。何度かの試験でも結果を出した。その上で自身は忘れてしまった。

 成功した時に起こりうる慢心というものを。

 壁に激突したスケアクロウは改良された装甲によって大破は免れている。そう簡単に壊れないように皆で造りあげた幻晶騎士(シルエットナイト)だ。その自負もある。それなのに――この(てい)たらくは何だと自分を叱りつけたい。

 

(……僕は生きているよう……ですね。全身が痛い……。戦闘は……。試合はまだ……)

 

 機体の中で懸命に動こうとする少年。スケアクロウが今どういう体勢になっているのか内側からは分からない。分かるのは壁に激突した事だけ。

 慣性の法則により、サイドルグから投げ出された。ぼんやりとそんな状況を思い描く。

 懸命に頭を働かせるものの身体は一向に動かない。正しくは大きく動かせない。

 

「……う、あ……?」

(……幻像投影機(ホロモニター)が赤い……)

 

 外の様子を映し出す装置が真っ赤に染まってて地面がどこにあるのか分かりにくい。ただし、機械自体が壊れていないのは分かった。

 それよりも機体内部の惨状が酷いと言うべきか、と。

 考えたくないが避けて通れる問題ではない。

 エルネスティは現実に向き合う事にした。助けを呼ぶ時間を確保しなければならないので。

 

(自分で言っておいてエアバッグ(大気衝撃吸収)を忘れるとは……。とんだ間抜け野郎じゃないですか)

 

 急停止によって操縦席に(くく)り付けたシートベルトが凶器となって内臓を圧迫。それと壁への衝突も加わり尋常ではないダメージが騎操士(ナイトランナー)に直接襲ってきた。

 結果、大量の吐血で内部は真っ赤に染まり、意識を保っているのが不思議なほど。

 機体が壊れていないので戦闘が出来るかもしれないが、確認する気が起きない。

 

(……大きな声が出せない程……。現実のロボット戦闘ではこういう事が起きるんですね。都合の良い科学は存在しないと……)

 

 無ければ作るしかない。次はもっと安全に配慮した――

 身体が千切れ飛んでいない事が幸運とでもいうように。自分はまだ生きている。それが分かっただけ安心出来た。

 もはや勝利は諦めてもいいとさえ思うほど。さすがにここまで酷い状態になってまで部品の為に命は懸けられない。

 

「……はぁ、はぁ」

(……あの急加速の後……、どうやらブラックアウトしたようですね。ということはキッドとアディも同様!? ……いえ、サイドルグは……僕が指示した事を真っ当に実行していると思います。……情けない)

 

 身体にかかる圧力が強ければそれだけ何がしかの影響が出る。それゆえに安全対策は万全を期さなければならない。

 しかしながらエルネスティはアニメや創作物(転生前の文化)の都合の良い部分ばかり見てきたので色々と失念していた。特に実際に乗った事が無い乗り物の常識などは。

 人体を模倣する幻晶騎士(シルエットナイト)が音速域に到達すればどうなるか。身体中の血管が騒ぎ出す。それも悪い方へ。

 よく眼球が飛び出なかったものだ、と。いや、片方は飛び出ているかもしれない。先ほどから片目でものを見ている、ということを今更ながら思い出す。

 戦闘音が聞こえてきた。鼓膜は無事。試合も継続中。

 断片的に外の様子が分かった。

 

(魔法には自信があると言っても慢心まではどうすることもできません。……父様から騎士としての訓練をもっと受けておくべきでした)

 

 身動きが取れないまま数分が経過。おそらくエドガー達は健闘している筈だ。そう易々と倒されるような機体は作っていない。根拠はないが自信があった。

 次第に音が小さくなり、代わりにスケアクロウの起動音が大きく聞こえてきた。

 停止させようにも身動きが取れない。どういう体勢なのかもよく分からない。――少なくとも頭に血が上るような感覚は無いのでひっくり返っていない事は理解した。

 うつ伏せでもない。

 おそらく一回転でもして尻もちをついたような状態だろうか、と。

 

(……自身を使った衝撃実験はやりたくないですね。……専用の人形を作らいなと……。意識が朦朧としてきた!? 早く誰か助けてくださ~い。……声を出そうとすると痛みが強まります)

 

 冷静に物事を考えられるからこそ痛みから逃げられない。

 手足は震えている。想像以上に血を流し過ぎた可能性がある。

 こういう時に救助信号を出せるような仕組みが必要だと脳内にメモする。

 外部から脱出口を開ける事が可能であったはず。それにかけて出来るだけ動かないように心掛けた。

 

(……ああ、僕はここで死ぬんですか……。判断力の低下……。これはいけません)

 

 本来の予定では華麗な動きを見せる筈だった。しかし、やはり巨大人型兵器を常日頃から扱った事が無いエルネスティにとって、それは夢想の存在でしか無かった。

 いくら感覚的に操作できるとしても第三者の視点で動きを見ているわけではなく、自分の視界はそれほど広範囲では無かった。

 二次元と三次元の戦闘は違う。まして機体性能が想定通りだと思っても体感的な差というものがどうしても存在する。それこそが練度と言われる概念だ。

 エルネスティはまだ現実との差を埋め切れていなかった。

 

        

 

 スケアクロウが行動不能に陥っている間、戦闘は実のところすぐに中断した。エドガーとディートリヒは割合健闘したもののヘルヴィと巨大人馬型を操るオルター弟妹が戦闘に集中できなかった。

 アルヴァンズとて戦意を消失した者を無理に追い詰めようとは思わず、武器を置いて停止した。

 先程からエルネスティに呼び掛けているのに全く返答が無い。伝令管が破損しているのか、エルネスティが意識不明に陥っているのか。

 体勢が全く変わらない幻晶騎士(シルエットナイト)の側に駆け寄る事にした。

 

「おいおい、エルネスティの奴……。急停止の作法を忘れたのか?」

「……あるいは思いのほか高出力だったとか。想定外の事態に対処しきれなかった可能性もある」

 

 冷静に判断するエドガー達。

 爆発炎上こそしていないが黒い煙が立ち上っているのは確認できた。ただ、それは小さなもので機能の一部が壊れた程度だと思われる。

 王国側の担当者が何人か近づき出入り口を外部から開けようと工具を持ち寄った。

 

(……歳相応の無茶ぶりよな。些か拍子抜けしたわい。……だが、あの巨体ごと飛んだのは見事だ。もう少し研鑽の時が必要であったやも知れぬが)

 

 国王は冷静に事態を見守っていたが貴族達からは不満が漏れ出ていた。やはり子供が作ったものはろくでもない。真っ当な騎士なら壁に激突するような間抜けな事はしない、など。

 言い分は理解できる。しかし、新型機のみならず見たことも無い武装まで用意していた事は評価しなければならない。

 そもそも数百年規模の工程によって作られる幻晶騎士(シルエットナイト)を短期間で建造し、更に様々な武装の発明を成し遂げたのだから。それを無視する事は国王とて出来はしない。

 

(気丈に見えて様々な問題が蓄積しておったのかもしれぬ。……腑抜けになったのではなく……、な)

 

 ただひたすら幻晶騎士(シルエットナイト)の事だけを考えていれば良かったところに未曽有の大災害。いや、その前に新しい家族だ。浮かれたり恐れたり感情が様々に襲ってきた筈だ。少年とは言え多感な時期にまとめるには無理が過ぎたかもしれない。

 それでも――国王は一人一人の事情まで把握することは出来ない

 端的に得た情報の中での感想である程度の同情はするが、それだけだ。

 

        

 

 試合は中止になったが悪い事ばかりではない。

 安全第一を信条としていた筈のエルネスティ自ら証明して見せた。

 自分達が作る兵器の危険性を。

 恐れる者は騎操士(ナイトランナー)にならなければいい。それはそれで命を長らえさせる。

 恐れない者は無謀な者――命の大切が分からないという意味で。

 どちらが王国の騎操士(ナイトランナー)に相応しいかと言えば愚問であろう。

 

「……エルネスティが死んだ?」

「い、いいえ。心停止の状態でございます」

 

 操縦席が血まみれ。運び出すのも憚れるほどの惨状と血の匂いに救助班が思わず呻いた。

 呼びかけに全く応えない。生きているのかも怪しいという報告に国王は思わず声に出して物騒な事を言ったので声を聞いたエドガー達は大いに慌てた。

 特にアデルトルートは叫びつつ幻晶騎士(シルエットナイト)から飛び降りて控室を目指した。彼女の後をアーキッドが追う。

 

「ただ……、中が酷い状態にもかかわらず幻晶騎士(シルエットナイト)や操縦席はそれほど損傷しておりません。それが少し不思議でした」

(確かに。壁に激突した割に形は保てている。歪みも遠目ではあるが認められない)

 

 それなのに搭乗者だけが酷い状態というのはどういう事なのか。

 身に着けている装備が同じアデルトルート達は攻撃に参加した筈なのに平然としている。

 急遽アーキッドを呼び戻す様に命令する。アデルトルートでは喚くばかりだと判断した。

 

「せっかくアルヴの里より呼び寄せたアルヴァンズの皆には期待外れな戦いを()いて悪かったな」

「いいえ。我らも新型機に乗り、戦う機会を(もう)けていただけで……」

「あの人馬型には我らも驚かされました。更に空まで飛ぶとは……」

 

 学生が開発したと侮れない驚きを得て、それぞれ表情が笑みで満たされていた。実に面白いものでした、と。

 軽くしか手合わせできなかったがエドガー達の機体の性能も決して悪くなかったと褒めた。

 制式量産機であるカルダトア・アルマに比べればクセの強い幻晶騎士(シルエットナイト)だが、お互い新型機という条件で戦ったにしては苦戦した方だった。

 学生相手に精鋭が苦戦した。それは紛れも無い事実だとして彼ら(アルヴァンズ)は認めた。

 

「一番にあの小童(こわっぱ)が退場するとは……。わしも想像外の事に驚きを禁じえんぞ」

 

 挨拶担当の代表者でもあるエルネスティが居ないのでリーダー格のエドガーが恭しく(こうべ)を垂れる。

 無謀とはいえ当初の予定ではしっかりと安全対策が取られ、サイドルグの脇腕(サイドアーム)が折れる事も無かった筈だ。だが、想定外の高出力と慣性の法則の相乗効果の前には無力であった。いや、サイドルグが止まれたのは巨体の重量のお陰かもしれない。そうでなければ共に壁に激突していてもおかしくなかった。

 同じ慣性の法則に囚われた筈なのに人馬の四足の脚は健在である。

 

「貴族の印象は最悪になったやも知れぬ。だが、だからとて学生が作りし機体を否定する事は出来ぬ。あの者抜きで試合を再開する事も出来るが……、辞退するか?」

「未熟者の我らに機会を与えて下さり、汗顔の至りですが……」

「折角の機会を逃す気か? 我らが胸を貸すと言っているのに」

 

 アルヴァンズの一人がエドガーに言った。ここで引いては勿体ない、と。

 他の面々も学生達に笑顔を向ける。

 正式な騎士ではないエドガー達にとっても悪い話しではない。だが、仲間が大怪我をしたことが引っかかって意欲が湧かない。

 ディートリヒは全然戦っていないのでお願いします、と即答した。ヘルヴィは二人の様子を窺いつつエドガーがやる気になれば受けるし、そうでなくてもどちらでも良かった。

 

(あの子はアディちゃんに任せればいいじゃない)

(……しかし、勝手に再開していいものか)

(真面目ねー。でも、あたしたちの目的は新型のお披露目よ。彼が居ようが居まいが関係ないじゃない。スケアクロウは整備不良……。ただそれだけ。トライドアーク共々新型の性能を貴族達に見せないとお金が入ってこないのよ)

 

 そう、小声で捲くし立てるヘルヴィ。

 貴族に良い印象を与えないと学園の援助金が増えない。資金が増えないと物資を買うお金が足りなくて何もできなくなる。

 工房にある資材もタダではない。

 壊れたら補修しなければならないし、その資金は騎操士(ナイトランナー)が自前で用意しているわけではない。

 エルネスティも発明品のいくかを資金に出来ないか理事長に打診している。一方的に物資を寄こせとは言わないし、言っていない。

 流用できる発明品の資料の束を国機研(ラボ)に送りつけたり――彼なりに資金稼ぎはしていたのだ。

 使えないものに金は出せない。国庫は無限ではない。その事も踏まえてエルネスティは資料作りにも時間をかけた。

 学生身分なのに大人顔負けの営業姿勢に理事長であるラウリは大層驚いたものだ。そうでなければ孫の無茶なお願いを受理などしない。いくら可愛い外見だとしても。

 エルネスティ以前の資金稼ぎは主に魔獣討伐で手に入る触媒結晶などの売買だ。後は商人の護衛。

 

        

 

 ケガ人の為の医務室に運ばれたエルネスティの容態はとても悪かった。内臓の損傷と大量の吐血による血液不足。意識は既に朦朧としていた。

 近代科学の医療技術が無いフレメヴィーラ王国では手の(ほど)しようも無いほどの重傷と判断された。

 早い話しがいつ死んでもおかしくない。

 うわ言を呟いているが既に聞き取れない程に弱々しい。家族を呼んだところで間に合うかどうかも。

 ここまで深刻な状況なので国王や学生達に告げるのは躊躇われた。今は絶対安静とだけ伝えている。

 そこへ――彼を心配したアデルトルートが駆け込み、必死に助けを請うた。

 

「お願いします。エル君を助けてください、お願いします……」

 

 無茶だと本人も分かっている。けれども言わなければ気が済まない。

 エルネスティの惨状は入った瞬間から理解した。手遅れなのも――

 明らかに顔色は土気色だ。露出させた腹が異常な凹みを見せている。

 担当医も返答に苦慮していた。おそらく何を言っても無駄だと分かりつつもアデルトルートを宥める事しか出来ない。

 夢に向かってひた走る姿しか知らなかった。そんな彼が夢半ばで退場しようとしている。それを認める事は出来ない。

 魔力(マナ)の訓練方法を教えてもらい、学園では彼に並ぶ実力者にまで成長した。の恩を満足に返していない。

 付き合い自体は長い。けれども理解できない事は多々ある。だからこそ――毎日が楽しかった。

 (めかけ)の子として居心地が悪い生活から抜け出そうとした時に出会った希望。――殆どは自分達の思い込みだった。父親であるヨアキムは彼女達を厄介者として扱ったことは無い。真面目な顔が少し怖い程度で話しを聞かないことは無く、態度は父親らしい真摯さがあった。他の兄姉達――特に兄――からは当たりが強かった程度。

 彼女の願いを叶えられる存在はこの場は居ない。ただ虚しく時間ばかりが過ぎていく。

 

 奇跡は何度も起きはしない。まして、安売りする程には――

 

 医務室の扉が急に開き、入ってきたのは赤金(ストロベリーブロンド)の髪の女性――ではなく頭部を黒いベールで隠した長身のメイド風の人物だった。

 何の前触れもなく勝手に現れた闖入者。それにまず驚いたのは医療担当者。けれども謎のメイドが軽く手を振ると担当者は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 叩いたわけではなく、何らかの方法で眠らされたような――

 

「あらあらまあまあ。ご友人がいらっしゃったのですか? わん」

 

 はっきりとした物言いで疑問を呈するメイド風の人物。

 胸の大きな女性という事までは分かるがアデルトルートの記憶には全く出てこない謎のメイドの登場に驚いた。

 いくら泣き顔で汚くなった顔だとしても幻を見るほどに取り乱してはいない。

 

(だ、誰!?)

 

 肌の露出が全くない不思議なメイド服を身に着ける女性。しかし、頭部の形状は人間には見えない。いや、そこだけ見ないようにしていた様な――明らかに人間ではない。

 現実逃避する程には意識は保っていた筈だとアデルトルートは自身を叱咤しつつ改めてメイドに顔を向ける。

 布製のベールで隠しているのは顔の上半分ほど。鼻から下は見えていた。

 突き出した口。飛び出た鼻。それを人間というには形状が一致しない造りだ。

 

(い、犬!? 犬が喋った!? それとも作り物かしら? ……全くそうは見えないんだけど)

(もうこの人間は死ぬようですね、わん。……しかし、この者を助けるのは些か不味い気がいたしますのに……。将来の敵は早めに摘むべし、ではなかったのですか、わん。……と、ナーベラル・ガンマが騒いでおりましたよ、るし★ふぁー様)

 

 死に(たい)のエルネスティを眺めつつ犬頭のメイドは小首を傾げ、物思いに(ふけ)る。しかし、それはほんの僅かな時間だ。

 命令は遂行しなければならない。だからこそ余裕のあるうちに思索する。ただそれだけだ。

 

(私としては子供の新鮮なお肉を丸かじりにする良い機会だと思いますが……。人間主体の世界ではそんな機会には中々巡り合えません、わん。……先日のヒエタカンナスという女の人間は少々硬く、火を通すことである程度は食べられる食材になりましたが……)

 

 少年を眺めつつメイドの頭の中は食べる事ばかり。それもその筈、このメイドの種族の特性が原因だからだ。特に自由に好きなものが食べられないストレスのようなものが溜まっていて食材確保を定期的に打診している。それほど()()()()()に飢えていた。

 無機質や毒物でもない限り好き嫌いは無い。けれども好みはあるようで若くて新鮮な人間はご馳走であると信じて疑わない。その事に関して至高の存在は調達に苦慮している。

 そして、今――目の前には彼女のお眼鏡にかなった食材(エルネスティ)が横たわっている。まるで、どうぞ食べてくださいと言わんばかりだ。

 

        

 

 頭部を隠している――隠しきれていない――メイドの名は『ペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコ』――ただし、オリジナルから何世代にも経ている個体の一体である。

 多くの彼女達はそれぞれの場所でメイド達の指導に当たっている。至高の存在からは癒し要員として徴用され、長年愛されてきた。思考や理念は大体他の個体と同じだ。アデルトルートの側に現れた彼女は()()食へのこだわりが強いようだ。

 完全に同一個体というのは作りにくく何かしらの個性が備わっており、それは育った環境や時代背景が関わる事なので希望通りの存在とはいかない。それもまた――変化を楽しむ上で重要な事だと認識していた。もちろん、それは至高の存在が感じる事である。

 食への熱望と至高の御方の命令を天秤にかければ重く傾くのは至高の存在の方だ。いくら彼女とて彼らが見守っている原住民を勝手に殺したり食すことは出来ない。もちろん、それらの欲求に抗う為の都合の良いアイテム(維持する指輪など)は既に貸与されているので問題は無い。

 それでも『食べたい』という欲求はある程度出てしまうのは致し方ない。それだけ食べる事が好きな個体なのだから。もちろん、人間以外の肉も食べる。

 黙って彼らを見ていると涎が零れそうになるので意識を現実に引き戻す。

 

(……目撃者に見られても良い、ということでしたが……。この方がアデルトルート・オルター。では、もうすぐ来られる方がアーキッド・オルターですか。……この出会いは本来ならばあり得ない筈……。彼はここで死ぬべきではありませんか? 何故、()()()()()()のですか、わん)

 

 彼女の疑問に答えられる者は現場には居ない。自己判断しなければならない事態はペストーニャにとって――(今代)の彼女にとって困難を極める。

 運命干渉系。そんな単語を思い浮かべる。それはどういう事だったのか、思い出そうとするも何も出てこない。という事は思い出す事ではないと判断する。

 そもそも自分(ペストーニャ)はオリジナルではない。であればどうすべきか。

 当初の予定に必要な思考が急に転換し、余計な思考に染まる。

 おそらく勝手に発動した食――特に人間――への渇望が原因だと分析する。

 

「私の存在は早めにお忘れください。他言無用に願います……わん。……それとそちらの方は強く叩けば起きますのでご心配なく」

 

 場の空気を全く考慮しないペストーニャの気軽な発言。横では今にも死にそうな少年が少しずつ呼吸を荒くしているというのに、()()()落ち着いた佇まいの犬頭の存在にアデルトルートは言い知れない恐ろしさを感じた。

 危害を加える意図は無さそうだが急に現れた怪人物に混乱する頭のアデルトルートはただひたすら思った。願ったともいえる。

 

 誰でもいい。化け物でもエル君を助けて。

 

 言葉としてすぐには出なかったが涙ながらにペストーニャを見つめた。身長差から見上げた、というのが正確か。

 身長だけで言えば確かに彼女は長身である。――二メートルは無いとしても。

 

「ああ、それから……。二人分の食事の用意を……。私の分ではなく……。……ということで少しの間、この部屋から退出していただけると非常に助かるのですが……、わん」

「……は、はい。エル君をお願いします。助けて……ください」

 

 言葉から助けてくれそうだと思ったアデルトルートは泣きながらペストーニャの言葉に首肯した。本当は全く違う意味だった、という事などは考えず。

 けれども、それは杞憂に終わる。何故なら、思考の存在はエルネスティの死を望まなかった。シズ・テルタの懇願とはまた違う意味で、だが。それらを現地の人間が知るのは今ではない。

 食事の用意と聞いてペストーニャが食べる分だと思った――思い込んだアデルトルートが部屋を出るとアーキッドと鉢合わせになった。そこで部屋に入らないように厳命する。それはもう緊急事態で人命救助に大切な事だからと大声で捲くし立てながら。

 それと急いで食事の用意をしなければならない、と言い張った。

 

「落ち着けよ、アディ」

絶対に中に入らないでっ! 食事が出来るまででいいから。お願い」

「……分かった。俺は扉を守っているよ。それくらいは良いだろう?」

 

 扉を守っていると中に居るペストーニャが出てこれない。かといって誰にも近づけさせない事はおそらく出来ない。

 何らかの医療行為が(おこな)われるならば別に構わないのか、と混乱する事態の中で懸命にアデルトルートは考え、アーキッドの意見を聞くことにした。それでも何度も中には入らないように、と言いつける。

 

        

 

 扉の外の事は中に居るペストーニャの耳にも聞こえてきた。なにやら人間が騒ぎ出したので早めに処置に取り掛からないと面倒な事になりそうだ、と。

 もうすぐ死ぬ予定の食材を目の前にしてお預けを食らった犬のように残念がりつつ――

 念のためにエルネスティの状態を診る事にした。のんびりしている内に死んでくれた方が手っ取り早いのだが、それはそれで様々なところで叱られてしまう。そんなことを考えながら。

 

生命の精髄(ライフ・エッセンス)病気診断(ダイアグノース・ディジーズ)

 

 信仰系の魔法を唱え、まず最初に生命力の残量を。続いて軽く病気について診断する。

 現地特有の風土病があればついでに治す予定だった。

 彼は自分達の仲間では無いので『状態確認(ステータス)*1』という魔法は控えられていた。気に掛ける少年なのに何故、と疑問を抱かないわけではなかったが――深く追求する気も無かった。

 ()()()()()()()()()の事を戦闘メイド――の端末――が気にするのは全体秩序の乱れの原因でもある、と苦言を呈したかった。しかし、(こと)(ほか)至高の御方はまんざらでもないらしく、今に至る。個人的には全く理解できない。

 ペストーニャから見てエルネスティはどう見ても食材より上には見えない。

 

(押せば死ぬほどに弱っていますね。病気は特に無し。内臓などが損傷している以外は取り立てて問題はありませんね、わん)

 

 人間の内臓はしっかりと火を通せば珍味に類する貴重な部位。それが潰れているのは実に勿体ないと思わず想像して(よだれ)が少し出た。

 彼女の空腹を満たす方法はあるにはあるが天然ものに憧れがあり、量産品とつい比べたくなる。実際には味の違いはほぼ無い。単に熟成具合などは気分の問題だ、と料理に詳しい至高の存在の言葉を思い出す。だが、けれども、それでも、と。

 実際に食べ比べしたくなるのは己の欲望の(さが)である。

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)。……例のものは持ってきましたか?」

 

 彼女が言うと足元の影が数個に分裂し、大きな物体がせり上がった。

 それは人間一人を充分に納められる大きな円筒形のガラスの容器。所謂(いわゆる)『保存容器』だ。それが彼女の要望で数個部屋に並べられる。

 大きい物体なのでいくつかは影の中に戻してもらった。

 

「よろしい」

(報酬として……。保存用、調査用、食用、愛玩用……。後は……繁殖用ですか……。それほど時間をかけることも出来ませんから、その辺りで妥協いたしましょう、わん)

 

 口元を歪ませ、目の前の獲物を食らおうとする野獣の様な笑みを浮かべ、何処からともなく大きな刃物を取り出した。――それは大型の獲物を解体する道具のような。決して手術用の器具には見えない。とても物騒極まりない――

 至高の御方やオリジナルのシズ・デルタからは決して死なせてはいけないと言明されている。それ以外では方法は問わないと――どのような形、または形状になっていたとしても生きてさえいれば命令は遵守された事になるのだから。

 半死半生の少年は密室の中で死よりもなお辛い体験をすることになるが――運がいい事に体感的な痛みは軽減されているので実感自体は伴わなかった。

 もし――意識がはっきりと残っていれば――この世の地獄を満喫する事が出来ただろう、というのは想像に(かた)くない。

 それほどに彼女(ペストーニャ)が取ろうとする方法は現地の人間には耐えられないものだった。

 

 

*1
これら三つの魔法の詳細は『ギルガメッシュ(小説ID:146408)』の『疫病魔法』の付録を参照。



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#029 アルトリウス・エチェバルリア

 

 扉の前で警護する形となったアーキッド・オルターはこっそり聞き耳を立てた。特に話し声は聞こえてこないが大きな物音はした。それから何かが壊れる、または壊す音。いやに大きな破壊音とでも形容すべき異常なもの。

 それが聞こえてなお室内に入るべきか迷った。アデルトルートが必死になっている手前、迂闊な事をすれば恨まれるか、大事な友人の安否がより悪化するかもしれない。

 数瞬ほどの葛藤の後、突撃する事にした。黙って見過ごすことは出来なかったからだ。

 ドアノブに手をかけると全く動かせない。部屋の中から鍵でもかけられたように。しかし、それはおかしい。

 今の自分は限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)によって簡単に扉を破壊できるほどの力を使っている。それなのにビクともしないのは相手方も同様の力を使っている、と思った。だが、それもおかしいとすぐに気づく。

 少なくともドアノブは壊れていなければならない。これではまるで――

 

 ドアそのものに身体強化(フィジカルブースト)がかけられているかのよう。

 

 想定外の事態に混乱しつつも友人に声掛けしながら中に居るであろう人物の反応を待った。しかし、返答はない。

 それから更に数分が経過し、音も止んだ頃に急にドアノブの抵抗が無くなった。急いで開けるとそこには――誰も居なかった。

 正確には中で治療していた筈の人間が、だ。

 床には護衛の人物が倒れている。それとベッドに寝かせられていた筈のエルネスティ。ただし、そのベッドは見るも無残に引き裂かれていた。ついでに壁にも亀裂が――

 それ以外は()()()奇麗だった。返り血も確認できない程に。

 

(……なんだこの状況は……。部屋はすごく奇麗だけど血臭が残っている)

 

 天井なども確認したが異常なのはベッドと壁くらい。最低限掃除したかのように。

 急いで友人に駆け寄る。血臭の正体は彼の上半身の服のようだった。下半身は布で包まれていて、側には奇麗に畳まれたズボンなどが置かれていた。こちらにも多少の血が染みついていた。

 ここに確かに彼らの他に誰かが居た、という痕跡に見えた。

 

        

 

 アデルトルートが職員に作らせた食事を持って戻ってくる頃にはアーキッドも友人の容態の調査を終えた。

 顔色は(すこぶ)る悪いが外傷は殆ど無い。しかし、どうして下半身は何も着ていなかったのか気になるところ。双子の妹が来ない内に着せたものの他人の裸は意外と恥ずかしい。

 

(とにかく、無事そうだ。服は酷いけど……。でも、上の服はボロボロなのに下の方は汚れてるけどボロボロにはなってない。……なんで?)

 

 気になる事はもう一つ。

 激しく損傷したベッドだ。壁はついでに壊れたような気がしてならない。

 食事を運んできたアデルトルートの(げん)によれば誰が居たかは言えない。秘密だと言った。――殆どバラしている気もしないでもなかったが、そういう事として理解する。

 

「……エル君、さっきまで酷い状態だったんだけど……。お腹が治ってる。でも、滅茶苦茶痩せてるし~」

(食事が必要ってこういうことか。あと、ありがとうございます。犬のメイドさん)

 

 ずっと床で寝ていた人は叩いたら目が覚めた。口封じで殺されていたら、と思うと顔が青くなるけれど無事で良かった、と安心した。

 寝ている間の事は全く覚えが無いのも聞いた。それから彼の容態を医療担当者に見せると物凄く驚かれた。

 先程まで息を引き取る寸前だった少年が息を吹き返したのだから。それも致命傷であった腹部の損傷が()()()回復している。それは決してありえない現象である。

 潰れ切った内臓がどういう方法で治るのか――

 

「とにかく、陛下に報告を」

 

 事態が急展開したことにそれぞれが走り回る。そして――数日の休養期間を設けた。

 模擬試合は実質中断。諸侯貴族への説明は国王自ら(おこな)った。

 改めて学生から説明を受けるために王都に滞在させていたエルネスティ達をシュレベール城に招待した。これは命令ではなく任意同行という形だ。拒否しても咎めないと伝えている。

 もちろんエルネスティは出席せざるを得ない。国王の目的を理解しているので。

 事故の後、何が起きたのか実はよく分かっていない。脳内を目まぐるしい何かかが駆け巡り、何度も気持ち悪い状態に陥った事だけは分かった。

 覚醒後は身体の負担が殆ど無くなり、食事も普通。しかし――一度は崩れた体調は簡単には戻らず、下半身の状況が安定するまで『松葉杖』ならぬ幻晶甲冑(モートルビート)での登城を特別に許された。というか国王からの命令だ。

 エドガー達からすれば小柄だったエルネスティも幻晶甲冑(モートルビート)を着こむと彼らよりも少しだけ背が高くなる。あと、移動音が意外と通路内で響く。

 静音技術が必要と脳内にメモする。

 

(僕だけ違う格好というのも……。これはこれで恥ずかしいです)

 

 罰としてならば拒否する気は無かった。

 それに内臓が回復した()()()が――自分でも分かっている。それがいかに難しいのかを。

 アデルトルートは誰かと約束しているので言えないと説明していたが、エルネスティの予想ではシズ・デルタだ。だが、その予想は間違っているとか。――他に該当者は浮かばない。

 回復したとしても調子自体はまだ不安定だ。なにやらまだ動作に違和感がある。痛みや快楽といった様々な気持ち的なものが混然一体となったような――

 思うように動けない。それが第一印象だ。

 食事療法を続けて歩行の訓練を繰り返していくほどに元の調子は戻ってきたのだが、歩いている今も思う。急に失禁しそうだと。例えるならば――下半身だけ生まれたてに戻ったような感じだ。

 考えると恥ずかしい事だが男の子なので、という事で無理矢理納得する事にした。

 

(ほんの数日ですが身体へ巡らせる魔法術式(スクリプト)の走りが上手くいきませんでした。魔術演算領域(マギウス・サーキット)に問題は無い筈ですが……。こそばゆいというか……。何と例えたらいいのでしょう)

 

 相当ひどいケガからの復帰だ。これくらいのことは想定内かもしれない。そんなことを考えながら歩き続けた。

 毎回国王に呼び出されている気分にはなったが予想では説教かな、と。

 

        

 

 不安に駆られつつ到着したのは国王の執務室だ。

 試合の報告もしなければならないけれどエルネスティはとても居心地が悪かった。

 大言壮語を掲げつつ見事に失態を演じてしまったのだから。より羞恥心が刺激される。

 まずリーダー格のエドガーが挨拶し、それぞれ臣下の礼を取っていく。

 部屋には国王の他は側近のクヌート侯爵と国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から所長のオルヴァー・ブロムダールが控えていた。

 

「うむ。よくぞ参った。それぞれ楽にしてよい。エルネスティはそのまま待機しておれ。無理は良くないが……」

「……恐れ入ります」

 

 国王の表情は安心の色に見えた。反面、クヌートは(いか)めしい顔で睨むような表情だった。オルヴァーは侯爵の顔を見て苦笑するのみ。

 用意された椅子にエルネスティ以外が座ったのを確認した国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラは集まった面々を(ねぎら)う。

 試合は中途半端だが善戦した者はきちんと褒めた。

 

「……もう分かっていると思うが……、エルネスティよ。いきなり無様な結果となってしまったな」

「反論の言葉もありません」

「しかし、そなたは仲間には身を守るように言ったのだろう? あえて聞くぞ。何故、自分の身を(おろそ)かにした?」

 

 優しく語り掛けるように国王は言った。そこに責める意図は無いように気を使ったのだが、エルネスティはより小さく身体を縮ませる。聞かれたくない不祥事のように。

 国王の問い掛けを無視することは出来ないし、反論の言葉は無いと言った手前、どう言えばいいのか――

 

「命を大事にする、が信条の貴様が。……しかし、だからといって一方的に責めるわけにはいかぬ。壁までは結構な距離があった。わしの目から見てもあの噴射する装備を使った瞬間に()()があったような気がするのだ。明らかにあの時……、既に意識が無かったのではないか? お主は覚えておらんかもしれんが……」

 

 意識がどこまであったのか、と言われると答えにくい問題である。分かっているのは失敗して壁に激突した()()だ。過程の方は確かに思い出せない。

 どこまで覚えていただろうか、と。

 

「事故の検証は(おこな)わねばならぬ。であれば貴様が作りし新装備の秘密を暴露することになる。その点についてどう思う? 自分で調べるか、それとも専門機関たる国機研(ラボ)に任せるか?」

「……第三者視点で調査する事に異論はございません。あれは試合の為の装備ゆえ、それが終われば公開する予定でした」

 

 国王がオルヴァーに顔を向けると察した彼は胸に手を当てて頷いた。

 それよりもいつになく弱々しい声で答えた銀髪の少年――いや、今、国王は気づいた。

 紫銀の艶やかな美しい頭髪が()()()白っぽくはないかと。

 まるで精気を吸い取られたかのように。頬は少しこけている程度だが下手をすれば病人の様相ではないかと。

 下を向くとより一層(はかな)げな少女のように見える。

 男子でありながら見目麗しいと評判のエルネスティの変化は既に噂になりつつあった。

 

「……此度(こたび)の事故の責任はわしにもあると感じておった。この一年、そなたの周りでは様々な事態が立て続けに起きたであろう? 見掛けは子供でも精神的な負荷は随分と溜まっていた筈だ。なにより刻限も迫っておる。普通の人間であれば平静など保ってはおられまい」

「……いえ、そのようなことは……」

「王命である。それに従うお前達の心労は通常以上に負担になるものだ。それに未完成品を持ってきたであろう?」

「あれは……現行の資材での限界であって……。決して陛下への嫌味などではありません」

(当たらずも遠からず。どの道、予定に間に合わない部分なのは事実ですが)

(充分嫌味に受け取ったぞ)

 

 もし、満足なものを作ったとしても学生に出来る完成品であり、真の意味での完成ではない。でなければ最後の部品たる『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』を求めたりはしない。

 此度の試合で良い戦果を挙げた暁に作られる幻晶騎士(シルエットナイト)は更に輪をかけた性能を見せてくれる筈だ。その予感を国王はしっかりと感じた。

 人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)は元となった『ツェンドルグ』の発展型という。既に改良型を作っていた。

 制式量産機であるカルダトア・アルマは現行を仕上げるのに苦慮したというのに。学生側は同士進行で複数の新型を持ってきた。それはとても凄い事だ。

 今回の試合には用いられなかったが『パーラント』という機体もあるとか。

 多種多様な機体を創る学生の今後がとても楽しみで仕方がない。

 

        

 

 エルネスティにケガから立ち直たとしても幻晶騎士(シルエットナイト)に改めて搭乗する気があるのか聞いていなかった。

 国王としては乗ってほしいのと乗ってほしくない気持ちが半々。

 子供らしく諦める事もまた一つの結果だ。それに対して叱る気持ちは無い。

 もし、懲りずにまた乗る気があれば応援したい。立場があるとはいえ、自分も騎操士(ナイトランナー)のはしくれだ。

 素晴らしい機体を造る能力をむざむざ捨てるのは勿体ない。

 

「此度は……そなたへの説教というわけにはいかん。それはそれとして……汚名を(そそ)ぐ気はあるか? 熱意はまだ持っておるか?」

「それはもちろんでございます」

 

 自分の夢に近づき、(ようや)くにして操作できるところまで来た。ある程度納得のいく新型も作れた。

 後はより良い部品を搭載し、更なる発展に臨む。その気持ちは未だに消えていない。

 

「今回の試合の為に呼び寄せたアルヴァンズが一ヶ月、鍛練を付けてくれることになった。といっても三名だけだが……。エルネスティも共に身体を鍛えるが良い。もちろん、幻晶騎士(シルエットナイト)の整備をしても良いが……。そなただけ万全の態勢にしなければな」

「……ありがとうございます。ご心配をおかけしました」

「あんな事故が起きたからとて開発の機会を奪っては今以上に体調が悪化しそうであるからな。それに今度生まれてくる家族に自慢話しの一つも用意してやらんと……」

 

 国王の言葉に思わず顔がほころぶエルネスティ。

 兄として弟か妹に顔向けできない結果は出せない。それには現状をもっと改善しなくてはならない。

 

(華麗な勝利は出来ませんでしたが……。その前に僕は真っ当な騎操士(ナイトランナー)ではありませんね。その問題を忘れていました)

 

 立場的にエルネスティはライヒアラ騎操士学園を卒業しただけで騎操士(ナイトランナー)の視覚を持っているとは言えない。その途中で大事故を起こしてしまったので剥奪も薄っすらと脳裏に過ぎる。

 最悪、魔力転換炉(エーテルリアクタ)を諦めざるを得ない事態になっても仕方がないと割り切れるが――騎操士(ナイトランナー)としての正式な資格は欲しい。ついでに騎操鍛冶師(ナイトスミス)の資格も取れたら貰いたかった。

 

「勝利は条件に含めんが……。挽回の機会をやろう。改めて試合を執り(おこな)う事にする。そこでわしを満足させられたら……。もちろん、大事故は論外だが……。可能な限り褒美をやろう。改めて新型を造れ、というわけではない。現行機で構わん」

「はっ」

「時間は限られておるが……。実質エルネスティ一人だけ努力すれば問題の無い条件とした。身体づくりに励め。そして、元気な姿を改めてわしに見せよ。……ああ、それと次の試合まで整備などは国機研(ラボ)との協力の下に(おこな)えるよう、わしから進言しておく」

 

 ここで国王の言葉に違和感を覚えた。それはエルネスティだけではない。

 彼の言い分だと誰と戦うことになるのか。アルヴァンズとの再戦なのか、それとも別の騎士団か、と。

 エルネスティの知識では王国にはいくつかの騎士団が存在する事は知っている。

 出会った事は無いが『緋犀(ひさい)騎士団』という規律に厳しい実戦派の集団がある。

 

一月(ひとつき)後に戦う相手はアルヴァンズなのでしょうか?」

「それは当日のお楽しみだ。アルヴァンズはアルヴの里に戻らねばならん。だからこそ三人だけ残ってもらったのだ。無理を言ったのだから後で礼を言っておくように」

 

 エドガー以下の騎操士(ナイトランナー)三名は恭しく(こうべ)を垂れた。

 オルター弟妹もエルネスティ同様に正式な騎操士(ナイトランナー)ではないので大人しく過ごしていた。

 

「アルヴの里?」

「そなたらには言っておらなかったな。我が国の重要拠点だ。詳細は伏せるぞ……」

「承知しました」

 

 つい口が滑ったが――どの道彼らを案内する事になるだろうから、その事は特に問題視しなかった。

 此度の事故が無ければ。順調に行けば希望が叶ったかもしれない。それは国王側の希望的観測ではある。

 

        

 

 国王との会談を終え、帰路に就く面々。

 いつもであればエルネスティが自分の趣味全開の会話が続くものとばかり思っていた。今回はほぼ国王の強引な話術に終始した。

 大人しい銀髪の少年の姿は周りから見ても珍しいと言わざるを得ない。

 

(殆ど決定事項を伝えるだけでしたね)

 

 それと思いのほか国王はエルネスティを気遣っていた。余程楽しみにしていた試合が急遽台無しになって落胆したのかもしれない。

 本当であれば新型の説明を求められるところを全く触れてこなかった。おそらく、わざと触れないようにした可能性も否定できない。

 

(父様との鍛練と思ってましたが……。アルヴァンズの方々が直々にとは……。今の僕には良い刺激かもしれません)

 

 父親(マティアス)であれば手心を加えられて真剣さが足りない事になるかもしれない。そう考えれば決して悪い話しではない。

 では早速気持ちを切り替えて再出発だ、という短絡的な行動にはとれない。まず自分がすべきことは健康管理――も大事だが魔力(マナ)の操作特訓だ。それというのもここ数日、急に下手くそになった気がした。

 原点回帰に立ち戻り、思考を整理する。

 ――他の者達より遅れてアルヴァンズの稽古を受けたのは一週間ほど過ぎた頃だ。その時には幻晶甲冑(モートルビート)を脱いで行動できるようになった。なった、というかそうなるように努力した。

 特訓の場はライヒアラ騎操士学園に併設された訓練場である。彼ら(アルヴァンズ)は本来であれば秘匿された騎士団という話しであった。もちろん、訓練内容は他の学生には公開されない。あくまでエルネスティ達に限定した厚意である。

 

「遅ればせながらエルネスティ・エチェバルリアです。よろしくお願いします」

「うむ。よく逃げ出さなかった」

 

 アルヴァンズの精鋭たちとまずは挨拶を交わす。

 訓練は走り込みや武具を使った簡単な戦闘が(おも)である。

 人体を模倣して作られた幻晶騎士(シルエットナイト)において戦い方を身体に覚えさせるのは非常に有効的な手法である。単なる操縦技術だけ上手くても駄目である。

 逆に言えば普段の動き以外の行動を取らせるのが非常に難しい。この辺りは感覚による。

 どちらにしても実際に身体を動かして肉体的にも精神的にも鍛えなければ満足に幻晶騎士(シルエットナイト)は操れない。

 

        

 

 座学と魔法の扱いが得意なエルネスティは遠距離型。接近戦はディートリヒに軍配が上がる。

 それぞれのクセを見極め、それに適した動きを意識するように指導を受ける。

 普段であれば誰よりも優れた能力を発揮する銀髪の少年もごく普通の訓練生の様な状態でアルヴァンズの言葉をメモしていく。

 その代わりとしてエルネスティは自らが作り上げた魔法の使い方、魔力(マナ)の扱い方を彼らに教える。

 

魔法術式(スクリプト)の操作は元々得意でした」

 

 そう言いながら持ち込んだ黒板に色々と書き込む。

 椅子に座らされたアルヴァンズの騎士達は学生にしては小難しい筈の学問を詳細に記載するエルネスティの天才肌を間近で実感していく。

 学園に入学する前から魔力(マナ)切れを利用した増強は無茶もいいところ。普通の子供であれば無理のない方法を取るものだ。これは明らかに容量の増加を見据えた特訓である。

 

「そもそも魔力(マナ)を枯渇させるような無茶な方法論で魔力貯蓄量(マナ・プール)が増える仕組みを理解したのか。一〇にも満たない歳の内から」

「何となくですが……。確信はありました。肉体を鍛えるように魔力(マナ)も鍛えれば増強されるはずだと。そうでなければ上位魔法(ハイ・スペル)は扱えません」

「最初から豊富な魔力貯蓄量(マナ・プール)が膨大にあった、というわけではないのだな」

「そういう都合のいい天才ではありませんでしたよ。最初は少しの魔法を使っただけで頭痛やめまいを覚えました」

 

 そういう弊害に耐えられたのは幼き日に見た幻晶騎士(シルエットナイト)の雄姿があったから。

 父から身体を鍛えるのとある程度の魔法を扱える必要がある、と教わった。

 独自の訓練で気が付けば周りの子供より先に進んでいた。ただ、それだけ。日頃の努力がしっかりと現れたおかげでもある。

 知識については『前世の記憶』というもののお陰もある。それがなければ――今のも平凡な少年として暮らしていた。

 

「既存の魔法を読み解き、無駄な部分を削ぎ落し、もっと効率的な魔法を開発するすべを僕は身に着けていきました。そもそも魔法術式(スクリプト)は基本式の積み重ねです。固定観念として存在しているわけではありません」

 

 黒板に基本の魔法術式(スクリプト)を書いたら一緒に見物していたエドガーから止められた。説明が長くなる、という理由で。

 一から魔法論議を語ろうとすると一ヶ月全てエルネスティの講義で埋まってしまう。

 

「普段は自身の身体強化をしながら生活するようにしたのです。常に身体に重りを付けた感じですね」

「……普通の学生は勉学に終始するものだが……。君は最初から違っていたようだ」

「エル君の特訓で私達も実際に魔法の扱いは得意になりました」

 

 特異な訓練はエルネスティだけの専売特許というわけではなく、アデルトルート達のように教えれば同等程度に増強できる、という実証を証明させた。

 発想こそ突飛だが――それは決して一個人の独占で誰にも出来ない不可能な案件ではない。

 もし、不可能であるならば国を挙げてエルネスティを保護する動きを取られる。そうなると自由を奪われてしまう可能性が高まる。

 

(運がいい事にアディ達は教えたら強くなれた。僕だけの能力というわけではありません。独占は時に喪失が怖いです。僕しか出来ない案件が何らかの事情で失われたら誰かに頼れなくなってしまう。もちろん、全てをオープンにし過ぎるのは良くないのですが……。保険を持つ事はとても大事です)

 

 自分だけしか幻晶騎士(シルエットナイト)を造れないとしたら――

 同じ楽しみを共有する相手が居ないのと同義。それはそれで寂しいものがある。そうエルネスティは思っている。

 現在分かっている範囲では国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に居る工房長ガイスカ・ヨーハンソンはエルネスティ並みの熱意を持っている。高齢であるのが(いささ)か気になるが。

 出来れば同年代で幻晶騎士(シルエットナイト)について熱く語れる友達が欲しい。切磋琢磨する事は新しい発想に繋がる。残念ながら身近にロボット愛を持つ同年代は居ない。

 独りよがりな日々が続く。それは自身も認めるところ。

 

        

 

 アルヴァンズの面々はエルネスティが使用する限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)に興味を持ち、自分の達の鍛錬に使ってみると言った。

 今回は特別な魔法無しの原始的な訓練に始終する。

 魔獣相手に使う方法ではないが剣と盾を生身で実際に使う。身体の小さなエルネスティには小技を教えていく。

 

「魔法を併用した戦闘が得意としても単なる肉体のみでは動きがぎこちないな」

「こういう本格的な訓練は高等部から習うものと……」

 

 エルネスティは中等部を卒業したばかりだ。本格的な騎操士(ナイトランナー)として教わるのはこれからだ。

 時系列としては(いびつ)である。

 そもそも基本的な知識しか有しない中等部の学生が国王の命でアルヴァンズと模擬試合をするなど――

 その事を指摘するとエルネスティも納得の顔になる。

 自分は()()飛び級しすぎた、と。

 

「……だが、将来が楽しみだ」

 

 前人未到の新型を学生身分で作り上げたのだから。誇るべきところはある。

 それから黙々と。淡々と訓練課程が続いていく。

 魔法を併用すれば大人の騎士と対等近くまで渡り合えるエルネスティも実戦形式はきつかった。特に体力面は並々ならぬ疲労を覚える。

 本格的な騎士過程を習得しているのだから。汗一つかかずに楽々と走破する事は出来ない。――天才児といえども。

 それに一ヶ月という短い期間だ。肉体的な急成長を遂げ、筋肉に覆われたりはしない。特に元々身体の弱かったエルネスティがいきなり横幅の広い人間に変貌すれば多くの支持者(アデルトルートやステファニア)が悲しみの涙を流す。それは決して過言ではないと断言する。

 訓練課程が終わる間に起った事と言えばエチェバルリア家に新しい家族が出来た。それはもうあっさりとしたイベントだった。

 難産に陥る事もなく病院に行ってその日に無事赤ちゃんが生まれた。それくらいだ。

 性別は男の子。既に髪の毛が生えており、父親似の金髪。唐突に『俺は日本からの転生者。これからチートな能力で世界を救う冴えない主人公だ、よろしくアニキ。困っている人は放っておけない。数多(あまた)のヒロインばかりと出会う運命の星の下に生まれた。一年以内に全ての争いを解決する事を約束するぜ。俺は自分が約束したことは絶対に守る』を『天上天下唯我独尊』という言葉に集約する事もなく――

 ただ単純に『おぎゃあ』と言った。いや、それこそが前述した言葉の集約かもしれない、とエルネスティが身構えたのは秘密である。

 自分がそう(日本からの転生者)であるから彼もそうであると思ってしまうのは元日本人の悪しき慣習だろうか、と疲れを覚える。

 エルネスティにとって初めての兄弟。この世界でも向こう(日本)の世界でも。

 

(……ああ、とても可愛いです。……というのは今だけのような気もしますが……)

 

 動物も生まれた時は可愛いが成長すると気に食わない事が増えてくる。エルネスティの場合は自分と感性が合わなければ仲違いを起こすかもしれない。元々大人であった彼は人付き合いの難しさを()()知っていた。

 子供の名前はアルトリウスに決まった。父親が考えたものだ。エルネスティは特に案を出さなかった。思いつくのは日本名ばかりなので。西洋風は国によって特色が変わる。

 迂闊にインド風になっても困るので。

 女の子の名前は先に上げたベアトリスの他にはツェツィーリアとエリザベス。後はターニャとラクシュミー。

 

(古今東西入り混じる名前候補ですね)

 

 まだ外界の情報を得るには身体が出来ていない弟のアルトリウスは小さく身じろぎしながら兄の腕の中で眠る。

 子育ての大変さはある程度理解しているエルネスティだが、果たしてこれから彼とうまく付き合えるのか不安になってきた。これは元々の記憶による。

 特に夜泣き。育児は想像上に精神的負担が大きいものだ。多くは母親(セレスティナ)が担当するとはいえ、兄として何かできないか気にしないわけにはいかない。

 

        

 

 アルヴァンズの訓練以上に疲労するエルネスティはアーキッド達から見て異常であった。訓練の途中から目に見えてげっそりとしている。

 事が好きな幻晶騎士(シルエットナイト)であれば喜び勇んで取り組むのに育児となると別問題であったようだ。

 自分が赤子であった時を俯瞰して見ることは出来ない。けれども何もしないわけにはいかない。

 

(物心つくまでが大変でしょう。僕の場合は五歳くらいですか。それまでに出来る事は……。無いですね)

 

 つい兄として頑張らないと、というよく分からない強迫観念に囚われたが――

 学生時分のエルネスティがしなければならないことは目の前の特訓だ。それと高等部への進学。

 向けるべき方向性を間違えてはいけない。――と頭では理解している。

 子供については家族で会議する事として鍛練を続ける。

 心労の面で言えば頭脳派であるエルネスティは一番疲労度が高い。なにより肉体的な鍛練を終えても各幻晶騎士(シルエットナイト)の整備、調整がある。彼にとってはこちらは癒しかもしれないが――

 自身の幻晶騎士(スケアクロウ)以外は特に問題はない。

 

(……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)自体には問題がありません。あるとすれば僕自身です。急激な重圧に小さな身体は耐えられない。アディ達よりも倍以上、肉体に負担がかかる事が分かりました。操縦席回りと専用の幻晶甲冑(モートルビート)を用意すれば解決する筈です)

 

 本来、幻晶騎士(シルエットナイト)を操作する騎操士(ナイトランナー)が普段着であるのはおかしい。しっかりと防備を固めなければならない。特に対衝撃(ショック)機構は必須と言える。

 そもそもエルネスティとオルター弟妹は騎操士(ナイトランナー)になる前に幻晶騎士(シルエットナイト)を操る段階に入ってしまった。やはりここは原点に立ち返り、しっかりと座学なり受ける必要があるかもしれない。

 専門書の読み込みは得意な方なので残りは実践だけ。

 

(高等部卒業を待たずに何足も飛び越えてしまった弊害……。今から思えば僕はかなり無茶な事を……)

 

 訓練明けは反省の繰り返し。ため息の回数は最初よりも多くなった気がする。

 そんな友人を心配してか、アーキッドはエルネスティの肩を揉む。

 

「色々あったけれど充実した毎日で俺達は楽しかったぜ」

「私はエル君が無茶をしてケガしないか心配だったけれど」

「……僕は無敵ではありません。それが良く分かりました。便利な魔法を自在に操れる……、それは幻想でした」

 

 どこかで自惚(うぬぼ)れていた。その結果が大事故に繋がっている。もし、これがアーキッド達に起きていれば物凄く後悔していた。二度と幻晶騎士(シルエットナイト)に携わらないと思う可能性も否定できない。

 いくら高性能だとしても乗り手を死なせるような欠陥機に乗せたくない。

 それは装備に欠陥があったとしても操縦席だけは万全である都合の良い創作物の影響がある。しかし、現実は違う。作り手がいい加減であれば出来上がる機体は危険な爆発物と同じだ。

 様々な要因を加味して作られる幻晶騎士(シルエットナイト)の制作期間が長いのはそういうことだ。短期間で出来る幻晶騎士(シルエットナイト)に異を唱える者の気持ちを少し理解した。あくまでそれはセラーティ侯爵を通じて聞かされた一部の諸侯貴族の愚痴のようなもの。

 色々あったが一ヶ月の特訓は大きな事故も無く終了し、模擬試合の再開が執り(おこな)われる事となった。

 

 



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#030 同じ轍を踏まない

 

 機体整備は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から出向してきた作業員の協力の下に(とどこお)りなく(おこな)われ、戦闘に支障は無い。

 今回は特に銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアの防備を万全にした。安全確認は他の者よりも多めに。

 身体――肉体――への魔法術式(スクリプト)の走り具合も確認した。これで同じ(てつ)を踏むようでは正式な騎操士(ナイトランナー)にはなれそうもない。素直に裏方である騎操鍛冶師(ナイトスミス)になった方が賢明である。

 試合会場は前回と同じく王都カンカネンの公式広場――

 国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラによる再紹介は省略される。それと対戦相手だった国家の精鋭アルヴァンズは引き払っている。

 エドガー・C・ブランシュのアールダキャンバー。

 ディートリヒ・クーニッツのグゥエラル。

 ヘルヴィ・オーバーリのトライドアーク。

 アーキッド・オルターとアデルトルート・オルターのサイドルグ。

 そして――整備し直したスケアクロウは悠々と会場に姿を現す。

 前回の荒々しい登場はしない。二度も同じ結果では芸が無いし、会場に来ている筈の貴族諸侯にとってはただの騒音に思われてしまう。ただでさえみっともない結果を見せて不興を買ったのだから。

 

(……万全を期してもトラブルは何処からともなくやってきます。兄様は弟に敗北を見せたくないのです。……ああ、どうして会場にアル(アルトリウス)を連れてこれなかったのでしょう)

 

 機体を操縦しながらも頭の中は可愛い弟の事でいっぱいだ。あまり雑念を抱くと操縦が狂うかもしれない、とは分かっている。けれども、愛おしい存在を前にすれば全てがどうでもよくなる。エルネスティ本人も驚くくらい気持ちが幻晶騎士(シルエットナイト)に傾かない。

 

「……エル君が操縦しながら上の空だよ~」

「器用だな……。だが、新しい家族が出来て嬉しがる姿は……本当に普通の少年だ」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)について初等部でありながら高度な知識を披露し、入学当初から上位魔法(ハイ・スペル)を披露してライヒアラ騎操士学園を賑わせた人物とは誰が思うのか。

 今でこそ一般人並みに見えるが高等部前で既に自在に幻晶騎士(シルエットナイト)を操っている。エドガー達でさえ長い訓練を要したというのに。

 彼の潜在能力はまだまだ未知である、とでもいうように。

 

        

 

 新型機を――前回のアルヴァンズが(おこな)ったように――観覧席に居る国王に向けて横並びに配置する。

 そして、各操縦者たちは外に姿を晒し、胸に手を当てて一礼していく。

 段取り自体は同じなのでいくつかの挨拶は省かれている。

 

「よくぞ逃げ出さずに参った。……して、エルネスティ。今日の体調は万全であろうな?」

「国王陛下並びに諸侯貴族の皆々様……。先日は大変お見苦しい失態を見せて申し訳ありませんでした」

 

 諸侯貴族の一部は都合により欠席したり、新しい顔ぶれになっていたりした。しかし、それはエルネスティ達には窺い知れない事だった。

 クヌート・ディスクゴートとヨアキム・セラーティは前回同様に参加していた。国機研(ラボ)側もオルヴァー・ブロムダールとガイスカ・ヨーハンソンも。

 その中にあって見慣れない成人男性が国王の近くで腕を組んで仁王立ちしていた。

 荒々しい髪形に鍛えた筋肉がはち切れそうになっている偉丈夫。面影がアンブロシウスに似ている。

 

「学園が作った幻晶騎士(シルエットナイト)を見に来たんだが……。すげぇな」

「えっ? あ、はい」

 

 遠く離れている筈なのに声が良く通る。貴族らしくない姿から新手の騎操士(ナイトランナー)かと思った。

 しかし、それでも腑に落ちない。彼は国王のすぐそばでふてぶてしい態度で居る。それなのに誰もそれを咎めない。

 まるで、彼がそうしてもいい立場の人間であるかのように。

 

「さて、それぞれの機体の説明を求めたいところだが……。時間も押し迫っておる」

 

 エルネスティは一応、周りを見回した。

 会場に存在するのは護衛のカルダトア型の幻晶騎士(シルエットナイト)が点在するのみ。それ自体はカルダトア・アルマのような制式量産機ではない。であれば対戦相手はまだ来ていない事になる。

 

「えー。俺は詳しく知りたいんだがな、じーちゃん」

「お前は黙れ。今知ろうと後で知ろうと大して変わらんわ」

 

 国王に対して無礼な物言い。けれども、発言内容で理解する。

 彼こそがアンブロシウスの孫にあたる人物その人だ、と。学園での知識によれば友好国クシェペルカに留学していた筈だ。

 王位継承権については試合に関係ないので割愛する。

 ともかく、国王の孫が幻晶騎士(シルエットナイト)にえらくご執心な様子から不安を抱いているクヌートとは対照的に好意的であると受け取った。

 味方が一人でも多い方がエルネスティ側は動きやすい。今後の制作において指示も受けやすくなるからだ。

 

        

 

 一通り騎操士(ナイトランナー)の挨拶を終え――エルネスティは謝罪と反省の弁が多くなった――改めて試合内容を聞く。

 今回戦うのは新型五機に対し、一機だけ。その機体の姿が無いのはこれから呼ばれるためだ。

 ここに来て更なる新型機の登場か、と期待に胸を膨らませるエルネスティに国王は残念ながら前回ここに居たカルダトア・アルマと同型機だと告げる。

 

「前回の試合で呼ぶ予定だったが、あそこで戦闘に入らなかった機体だ。性能もそれほどの差異は無い」

「……それは残念です。国王騎であるレーデス・オル・ヴィーラが()()として出てくるかと……」

「あれは単なる試合で動かせるようなものではないわ。それに……、性能面でも旧式の機体よ。新型には遠く及ばぬ」

 

 金色に輝く機体である国王騎は旧式の幻晶騎士(シルエットナイト)『サロドレア』の改修機ともいえるもの。使われている部品に新しい物は無い。

 それに新型機に国王騎がボロ負けする姿を貴族達に見せるのは心証に良くない。

 国王の側に従者が近づき、小声で伝えるとアンブロシウスは一つ頷いた。

 

「学生諸君。対戦相手の入場だ。貴族諸侯達には目新しさの無い機体で悪いが付き合ってもらうぞ」

「承知いたしました」

「……前回の量産機でよろしいのですよね?」

「オルヴァーよ、発言を許す」

 

 国王に指名された国機研(ラボ)に務める所長のオルヴァーは集まってくれた貴族諸氏にこれから現れる幻晶騎士(シルエットナイト)の説明をする。

 制式量産機カルダトア・アルマではあるが細かい調整を受けた機体である、と。武装に特別なものは無く、目新しいかは実際に戦ってみないと分からない事も。

 

「しかし、一機で学生の新型五機を相手にするのですよね?」

「はい。私もどのような戦いになるのか予想できません。あー、忘れておりました。多数を相手取るので武装は多めに用意されるそうです。だからといって背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)がたくさん付属しているわけではありません」

 

 それでも多数を相手取るカルダトア・アルマというのは理解できなかったようだ。しかし、現物を見ているオルヴァーもそれしか言えなかった。これは別に秘密にしているわけではない。

 

        

 

 疑問の声が(のぼ)る中、大扉が開かれる。そして、現れたのは前回同様のいでたちのカルダトア・アルマが一機。それと多くの武装を運ぶ荷物持ちの王国側のカルダトアが数機。

 荷物持ちであるカルダトア達は剣と杖を地面に突き刺し、大盾を武器に立て掛けていく。それが終わると引き下がっていった。

 

(確かに前回見たカルダトア・アルマですね。武装面でも特別新しい物は……見当たりません)

 

 新型特有の静音技術が施されたような滑らかな歩行に改めて貴族達は感心した。

 それと姿勢正しい立ち姿。前回のアルヴァンズにも引けを取らない美しさがあった。

 複数を相手取る事になるので巨大なものや奇抜なものかと危惧していたが、前回に現れたものと大差が無かった。

 前回とは逆の立場で対面する事になったエルネスティ達をよそにカルダトア・アルマは既定の位置に立ち止まると搭乗口が開いて騎操士(ナイトランナー)が姿を現す。

 短めに切り揃えられた赤金(ストロベリーブロンド)の髪に宝石の如き碧玉の瞳、端正で怜悧な顔立ち。それだけで一種の芸術品と思わせる完成された美があった。

 騎士用の防具をまとうその者は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向していた筈のシズ・デルタであった。

 彼女の姿を見るのは未曽有(みぞう)の大災害『月面衝突事変』以降では初めてであった為、エルネスティ達は遠い記憶のように懐かしさを覚えた。

 

「……王命によりシズ・デルタ。御身の前に(まか)り越してございます」

 

 物静かな調子で諸侯貴族と国王へ一礼する鉄仮面のごとき風貌の女性。

 対戦相手として意外だと思ったのは果たして誰であるのか。

 

(……遅かれ早かれ、このような形で出会うことになるとは……。予想していなかったわけではありませんが……。ここに来て登場するとは)

(なんかよく分かんないけど……。すっごい強敵っぽい!)

(……さて、どのように振舞えばよろしいのでしょうか。至高のシズ様は基本通りとおっしゃいましたが……)

(シズさんが戦う場面を見るのは今まで無かった。彼女はどれだけ戦えるのか。そもそも彼女は騎操士(ナイトランナー)だったのか?)

 

 それぞれ内なる葛藤を抱きつつお互いに見つめ合う。

 エルネスティ達が疑問を抱くように国王や諸侯貴族達もシズ・デルタの実力は未知数である。

 正体不明のシズ一族であることだけが公開されている情報だ。

 

        

 

 シズ・デルタはエルネスティを見据える。

 フレメヴィーラ王国とは違う情報網を持つ彼女は模擬試合の事故について――一応――聞いていた。

 大怪我をしたエルネスティの治療に当たったという『ペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコ』が不満を抱きながらも命令を順守した、と。

 しかしながら至高のシズ・デルタは方法に問題があるとガーネットに苦言を呈した。

 オリジナルのペストーニャは子供に対して深いこだわりがあり、守ろうとする特性を持つ。しかし、今回出張ってきた彼女(ペストーニャ)は地上に派遣されてきた端末と同様の量産型。それも食にこだわりを持つ。――ある意味では行動に問題のある存在だ。

 信仰系の使い手であるペストーニャは能力的には優秀である。それは端末のシズも認めるところだ。

 

(シズ様を不快にさせるような行動を取ったらしいですが……。彼に余計な心的負担を()いていないか心配です。それに赤子が誕生したと。……量産型のペストーニャの同席は……、とても勧められませんね)

 

 彼が試合会場に来ているところから無事であることは間違いない。その表情も穏やかだ。

 王命による試合内容はすでに把握し、準備も終わっている。それ以外の気掛かりは突発的な事故くらいだ。

 外敵の問題が無いとしても心的な問題は何が起きるか予測が難しい。それはシズ・デルタであっても。

 

「では、双方所定の位置に着き試合を始めよ」

 

 唐突に宣言される開始の合図。エルネスティ達は戸惑ったがシズは慌てる風もなく、戦闘の為に彼らから離れ、指定された位置で立ち止まる。

 置き去りにされたような形で戸惑う五機の幻晶騎士(シルエットナイト)は会議する間もなく動き始める。

 相手は一機。一気に突っ込めば楽勝で勝てそうだ。しかし、それでいいのか疑問に思う。これは何らかの罠ではないか、と。

 試合前の打ち合わせが無いままに始められてしまった事は予想していなかった。既に試合開始の合図(魔法)も上げられている。

 戸惑う学生達にシズは玲瓏なる声を伝令管から響かせる。

 

「試合という形式ですが……。まずはエチェバルリア君以外と一対一の形式で戦います。指名はこちらで(おこな)いますので、それぞれ落ち着いて行動してください」

(つまり主導権をシズさんが握る形ですか)

「まずは最初にブランシュ君。前へ」

 

 指名されたエドガーは戸惑いつつもアールダキャンバーをシズに向けて動かす。

 予定外の事態に戸惑っていた彼は動きがぎこちなくなった。それでも不意打ちはされず――

 向き合う形になった両者だが、まず最初にシズは無手のまま話しかけてきた。

 

「大盾使いの防御型……。その実力を存分に発揮してください」

「了解しました」

 

 白いアールダキャンバーは自在に動く補助腕(サブアーム)に盾を持たせて防御を固める機体だ。簡単な操作で出来る分、機動に従来以上の労力を割くことができる。

 大盾はいくつかに分割でき、隙間から法撃も出来る。

 他の機体同様に関節部分の衝撃吸収(サスペンション)構造が従来品を凌駕しているので動きが実になめらかであり、稼働時間も倍増している。

 ――金属内格(インナースケルトン)などの内部構造はカルダトア・アルマも同様だ。差異を生じるのは騎操士(ナイトランナー)としての技量ではないか、と。

 

(こちらの攻撃が当たらない。防りは完璧でも攻め込めないのでは時間切れになる)

 

 シズの隙は全く見えない。

 動きが良すぎる分、生半可な攻撃では通らないと思わせる。それゆえに勝利が全く見えない。

 アルヴァンズと戦った時より厄介で難敵だと思わせる。いや、それだけの技量を持つ事に驚きを禁じ得ない。

 エドガーは早期に盾を背後に仕舞い、両手を上げて降参する。今以上の攻勢に出られないのであれば敗北と同義だと悟った。

 

        

 

 シズはエドガーを下がらせた後、次の相手にディートリヒを指名する。

 攻撃主体の赤い幻晶騎士(シルエットナイト)グゥエラルは早期に完成させた新型の中でも洗練された存在だ。

 更なる可動を要求し、今に至る。

 

「両手剣の二刀流……。攻撃特化型。では、試合を始めましょう」

 

 淡々と言葉を紡ぎ、剣を構えるシズ。

 ディートリヒは防りを厚くすると予想していたが剣戟を所望したことに驚きつつも駆け出した。

 騎操士(ナイトランナー)の要求に十全に応えられる挙動を可能とする機体に仕上がったグゥエラルは左右から剣を繰り出す。

 カルダトア・アルマはそれに対し、落ち着いた動きで受け止め、いなし、躱していく。

 攻め込む事はせず、まずはグゥエラルの実力を測るような戦い方だ。

 

(……なんだ? 機体性能は僅かでもこちらが上ではないのか? どうして攻撃が簡単に受け流される?)

 

 疑問を抱きつつもディートリヒは躍起になって剣を振り回す。

 より身体に馴染んだ動きを取るので操縦する騎操士(ナイトランナー)の肉体的疲労が直接襲ってくるような感覚に陥る。実際には幾分か軽減されているとはいえ――

 大振りを避けられると気持ち的にも疲労する。それが次の動きに支障を生む。

 エルネスティは先の二人の動きから弱点や欠点を見極める。

 操作性が良いほどに騎操士(ナイトランナー)への負担がどうかかるのか、を予想していく。

 

補助腕(サブアーム)からの法撃も最小限の動きだけで避けましたね。シズさんはここまで戦える人だったとは……)

 

 エルネスティは感心していた。

 実際に戦闘する彼女を見て、その操作技術の高さに。そして、決して無駄に大技を使わない。無理をせず、相手の実力を見極める戦い方――それは洗練された教師と遜色が無い。

 そして、新型相手でも引けを取らないところは熟練した騎操士(ナイトランナー)そのものだ。

 

(シズ・デルタの技量はアルヴァンズ以上か。よもやここまで戦える女とは……。わしでも負けるかもしれんのう)

 

 多くの斬撃を慌てずに全て剣一本で対処しているし、未だに機体にかすり傷さえ付けていない。

 稼働させるのに必要な魔力(マナ)の消費もおそらく軽微ではないかと試算する。

 従来の幻晶騎士(シルエットナイト)であれば新型と同等の動きをするだけで数分も経たずに停止を余儀なくされるものだ。それが一〇分近くの戦闘を(おこな)ってもまだ余裕を見せている。

 回復量を加味しても通常の四倍近くは稼働時間が確保できているのかもしれない。

 当たらない攻撃に――精神的に――業を煮やしたディートリヒが一歩前に出ようとした、その隙を見逃さなかったシズの機体がグゥエラルの足を払う。

 

「うわぁ!」

 

 一瞬の浮遊感の後に地面に無様に顔を打ち付けて転ぶグゥエラル。それで勝負がついた、かに見えたが咄嗟に補助腕(サブアーム)から法撃を地面に打ち込み体勢を立て直そうとした。しかし、そんな動きを取った事が――今まで――無い為に予想に反して動きがより乱雑になって更なる一回転の後、遠くに転がって行ってしまった。

 重く感じていた安定感があれば無事で済んだが、今は軽くて機敏な新型だ。咄嗟の対処は想像以上に難しかったようだ。

 

        

 

 次はヘルヴィ機(トライドアーク)だが彼女は早々に敗北宣言した。

 汎用性の高い機体で法撃主体――けれども基本戦術は仲間達の補佐だ。一点突破するような秘密兵器は無く、一対一には向かない。

 先のエドガーとディートリヒと共に三人体制での戦闘であれば参加してもよかった。

 その事を伝えるとシズは納得の意思を見せる。けれども法撃の性能を見るために戦闘するように命じた。

 

「折角装備した武装を観覧席に居る方々に披露しなければなりません。オーバーリ君の実力を見せておく事に越したことはありませんよ」

「……う。分かりました。……ですが、あたしは大それた魔法は使えません」

「弱音を吐くのは戦闘の後でしなさい」

 

 真面目な言葉を受けて再度唸るヘルヴィ。

 折角皆が作ったトライドアークを何もせずに引き下がらせるのは確かに勿体ない。だが、どう戦えばいいのか――

 牽制しようにも仲間が居ないのであれば実に味気ない。そうは思うが魔獣戦闘の時を思い出して自分に活を入れる。

 

(あーもう! やるだけやってやるわよ)

 

 一定距離に移動したヘルヴィは両手に杖を構え、背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)に装備されている杖を二本、共に敵性体カルダトア・アルマに向ける。

 新型機であるトライドアークは追加装備を施すことで更に二本分の補助腕(サブアーム)を取り付ける事が出来る。しかし、消費される魔力(マナ)の都合で今は包帯が巻かれている状態だ。

 他の機体も今後の戦闘次第で追加する予定になっている個所がある。

 シズが剣を向けたところで戦闘開始の合図とされた。

 

「挨拶代わりの法撃からよ」

 

 直線的な火属性の法撃を打ち出す。それらは当然の様に(かわ)される。

 トライドアークが行使できる魔法は火、風、雷の三属性。それらは手元の操作盤で簡単に切り替える事ができ、多種多様な戦術を(おこな)える。ただし、命中精度は若干劣る。これはあまりにも高精度過ぎて騎操士(ナイトランナー)の技量が追いつかなかったためだ。

 もちろん、自前の魔力での法撃も可能だ。その為にエルネスティ達から魔力(マナ)を増やす特訓を受けてきた。

 最初は動くだけでも大変だった初期の幻晶甲冑(モートルビート)で街中を一周するくらいは出来るようになった。もう少しで逆立ちできるところまで来ている。

 

        

 

 四連装法撃とはいえ、撃ち出される魔法の属性はバラバラ。それは通常では人為的に調整する事が難しい技術である。それを新型は機械的に容易にした。

 諸侯貴族達もその様子に驚きつつ感心していく。

 もちろん、魔法以外に武器による攻撃も可能だ。だが、今回は魔法だけに集中するつもりで戦闘に臨んでいる。

 

(魔法の弾幕をいとも簡単に……。同じ新型の筈でしょ!? どうなっているの)

 

 ヘルヴィは次々と撃ち込んだ法撃を時に躱し、時に大剣で防ぐカルダトア・アルマの様子に戦慄していた。

 見える分には敵側に決定打を与えられていない。

 物凄い速度で動いているわけでもないのに――

 

(必要最小限の動きで対処していますね。技術の高さは並ではないのは理解しました)

(……避けるだけではないな。前進しつつ対処しておる)

(おー、おー! 制式量産機の方が性能いいじゃん。どうなってんだ、こりゃあ)

 

 観客の驚きとは無縁のシズは淡々と物事に対処していた。

 連戦で消費された魔力(マナ)は約一割。休憩を挟んだ方が良かったか、と疑問に思いつつヘルヴィ機に意識を傾ける。

 幻像投影機(ホロモニター)から見える景色は他の幻晶騎士(シルエットナイト)と同規格である。特別な仕様は搭載されていない。

 違いがあるとすれば情報処理能力が彼らを軽く凌駕している事だけ。それでも同じ土俵で戦うにあたっていくらかは制限している。

 シズが本気で戦う場面は――存在しないと試算しているが――模擬試合には無い。あってもいけないと思っている。

 だからこそ彼女は気持ち的に余裕があった。

 

「命中精度が低いですよ。大技に頼り過ぎは良くありません」

「……ごめんなさ~い」

「牽制の仕方を工夫しましょう」

 

 お互いの声は聞こえている。けれどもシズは弾幕の中を掻い潜りながら、だ。対するヘルヴィはあまりにも冷静な声の彼女に余計に驚いた。

 一旦、杖を()()放り捨てて剣と盾を拾う。

 やはり法撃だけでは味気ないと判断し、突貫を試みる。

 臨機応変に戦術を変える事も時には必要だと判断して――

 

(杖は本来なら収納する予定だけど……、今は余計なお荷物なのよね。その辺りの実装は計画にはあったけれど……。完成を優先して見送ったっけ)

 

 杖の本数を増やしても魔力(マナ)が増えたりはしない。補佐する立場であれば仲間に武器を渡す役目を担う事がある。それを円滑にする為の装備は今回の試合には向かないものだ。

 ヘルヴィの攻勢に対してシズは落ち着いて対処する。冷静さが迎え撃つ者に恐れを抱かせる。

 背面武装(バックウェポン)を手放した事は後悔していない。あったとしても避けられそうな気配を感じた為だ。

 

        

 

 数合の打ち合いで剣を取り落とし、盾は体当たりで落とされる。時に大胆な戦術によってヘルヴィは地面に転がされた。

 起死回生しようにも戦略的な手段は打ち止めだと判断し、敗北を認める。

 腕に自信があると思っていたがシズはそれを上回った。ただそれだけのことだ。

 体感的にはアルヴァンズよりも強いかもしれない、と。

 

(女同士でも駄目か)

(……カルダトア・アルマが凄いのかシズさんが凄いのか分からないな)

(うー。次は私達っ! これは負けられないわ)

 

 ヘルヴィ機が下がった後、少しの間沈黙の時間が訪れる。連続戦闘による疲れか、それとも魔力(マナ)の回復か。

 エルネスティが分析しようとする時、シズは次の相手にサイドルグを指名した。二人乗りなので乗り手より機体名にしたようだ。

 仮に乗り手の場合、一人ずつ戦うことになるのか気になった。二人乗りなので一人で操作出来る仕様にはなっていない。

 

ヒッヒーン! がんばるよ~」

「アディ。無理矢理な勝利は望んでいません。……ですが、しっかりと戦って下さい」

「りょうかい。勝利をエル君の為に」

(……今、駄洒落(だじゃれ)に聞こえたような……)

 

 スケアクロウが搭乗者の心象を表す様に頭を振った。

 四腕人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)サイドルグは意気揚々と既定の位置に向かった。

 従来の機体の二倍近い大きさに見えるが全高二〇メートルほど。

 機体を支えるための様々な仕組みを内包し、高出力を得るために魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基搭載している。

 国機研(ラボ)と違って頭脳を(つかさど)魔導演算機(マギウスエンジン)はエルネスティの手によって独自に調整している。

 それ以外の内部構造は国機研(ラボ)と仕様は大差がない。

 

「高速戦闘を得意とする大型幻晶騎士(シルエットナイト)……。しかし、その機動性ゆえに取り回しに何あり……」

 

 先ほどからシズは相手の機体の特性を声に出している。それによって対処は想定済みだと言わんばかりだ。だが、エルネスティは違う事を思い浮かべていた。

 そもそもどうして態々(わざわざ)言うのか、と。何か意図でもあるのか。単なるクセか。

 あえて言う事で相手が自分の弱点を守るような戦い方に固定しようとする意図とも取れる。言うなれば――

 

 言葉による誘導。

 

 だが、先の三名はとても誘導された戦い方はしていないように思われる。あるいはそんなことを気にする余裕がない、かだ。

 エルネスティはチームの中では頭脳担当なので考えすぎなところは認めるところ。

 

(とはいえ、僕との戦闘の場合はどうなるのでしょう。満足な武装が無いわけですし)

 

 先の三名が敗退した時点で敗北は確定したようなもの。それでも戦闘が続くのは全ての機体性能を見る意図がある。そう考えると納得する。

 後ろ足で地面を削るように動かし威嚇する。気持ち的には馬そのもの。これはアデルトルートが意図して(おこな)わせている。

 

「前回は途中までしか動けなかったけれど。今回は最初から本気で行きますからね」

「遠慮は無用です。アデルトルート君。存分にかかってきなさい」

 

 そう言った後で駆けだす。

 瞬発力は全ての幻晶騎士(シルエットナイト)を凌駕している。もちろん、姿勢制御はその分難しくなっている。

 サイドルグは上半身と下半身で役割を分けている。機動は全てアデルトルート。攻守はアーキッド。

 突撃を始めたサイドルグは騎乗槍にてカルダトア・アルマを吹き飛ばそうとした。

 大きな槍の横払いは大剣によって軽々といなされた。

 

「な、に……!?」

「きゃあ!?」

 

 強引な体重移動をさせられたように機体が傾き、倒れそうになったがアデルトルートは必死に立て直しに入る。

 遠目から見てシズが何をしたのか、それによってどうして巨大なサイドルグが傾いたのか理解できた者は殆ど居ない。

 エルネスティはしっかりと視認していた。

 小さな動作でサイドルグを手玉に取った方法を。

 

(……まるで合気道……、いや太極拳? でしょうか……。それを巨大な機械兵器で再現するとは……。シズさんはやはり強敵ですね)

 

 (むし)ろ一対一に持ち込んでいるからこそ出来る方法ともいえる。多数を相手にすればシズでも苦戦するはず。――それすら覆しそうな予感はあるけれど。

 背後を取られたサイドルグが方向転換するには大幅な迂回運動を必要とする。なので充分に迎撃される時間が出来る。だが、シズは何もせずに見送った。

 強烈な脚力によって(のぼ)る土煙を撒き散らしながら会場をかけるサイドルグ。

 再攻勢を仕掛けようとするもののエルネスティはこの時点で敗北を悟った。

 シズが見逃したから好機(チャンス)だ、とは到底思えなかったからだ。

 

(今ならサイドルグを転倒させることが出来ます。……内部構造が同じ仕様であるならば……、それが出来る。出来てしまう筈です)

 

 だが、エルネスティが考え着いた攻略方法をシズが使うとも思えない。

 それにもましてシズの騎操士(ナイトランナー)としての技量の高さに驚かされる。未来人だから、とか言っていたが本当にそうなのか自信が持てない。

 見ている限りではアルヴァンズの騎士達にも出来そうな雰囲気があったからだ。

 人の身で可能な技術しか使っていない。特別凄い未知の能力は介在していない。それは確かだ。――その筈だ。そうとしか見えない。

 

(それが出来る技術を国機研(ラボ)に提供したのが(あだ)となってしまったような……)

 

 シズに驚く反面――自分達が作り上げた技術力の高さにも改めて驚かされる。

 ここまでの事が出来る機体は間違いなく自信作と誇っても良いくらいに。

 だが、それでも旧式のサロドレアを基にした新型でしかない。国機研(ラボ)はカルダトアだが。

 現状の素材での到達点と見ていいのかもしれないが、もっと高性能な機体に仕上げられる余裕が人類にはある。ある筈だ。

 その為には魔力転換炉(エーテルリアクタ)を解析し、出来れば自作したい。そうすることで更なる高性能を引き出せるかもしれない。

 それこそ空を目指せるような――

 

        

 

 上空に視線を向けるエルネスティをよそに駆け回るサイドルグは勢いを更に付けて加速する。

 試合会場は大型機にとって手狭だ。従来機よりも大きな身体は想定されていないので。

 二基の魔力転換炉(エーテルリアクタ)が通常よりも負荷を強いられ、機体内に異音が響く。

 

「もう少し頑張ってサイちゃん」

「これ以上は危険だ、アディ」

 

 機体内には危険を表す赤い線で出力メーターに印を付けている。それが今、限界近くにまで達していた。

 機体の魔力貯蓄量(マナ・プール)が目に見える形で減っていく。

 

(通常出力の限界に迫っていますね。これ以上はカルダトア・アルマでも迎撃は不可能。……出来たとしても損壊は免れない)

 

 高速で駆けてくる馬を人間台の幻晶騎士(シルエットナイト)で迎撃しなければならない。

 ある意味では捨て身の攻撃だ。先ほどエルネスティに言われた事を忘れていると見て間違いない。

 呆れ半分、仲間思い半分といった感想をシズは抱く。

 

「……仕方のない子供達ですね」

 

 今まで使用を控えていたカルダトア・アルマの背面武装(バックウェポン)が動き始める。

 それを見たエルネスティは目を見開く。

 

「シズさん! 助言は有効ですか?」

「……もう手遅れですよ」

「アディ! 避けるか速度を落として!」

 

 禁止とは言われなかったのでエルネスティは可能な限り叫んだ。しかし、確かにシズの言う通り手遅れだった。

 勢いに乗った機体を急に止めることは出来ないし、慣性に乗った速度を切り替える事も難しい。

 よって、彼の叫びと同時に地面に向かって法撃するシズ。着地予想地点に丁度いい穴が出来た場合――それを避ける事が果たしてオルター弟妹(きょうだい)に可能なのか。

 彼らが気づく頃は既に決着していた。

 想定外の事態に足を取られる馬はいとも簡単に(くずお)れる。それによって前足が一本へし折れた。

 

「きゃあっ!」

 

 体勢が傾き、上半身が激しく地面に打ち付けられる――筈だった。そうなる前に気が付いたアーキッドが機体の前面に大気衝撃吸収(エアサスペンション)の魔法を展開して致命的な事故を避けた。だが、機体の中ではアデルトルートが運転席から投げ出されようとしたが安全帯によってかろうじて事なきを得る。

 それでも胸を強打し、目を回した。

 

「運転役が目を回したんで俺達の負けでいいです」

「分かりました。彼らの搬送をお願いします」

 

 シズは控えていた王国のカルダトアに声をかける。

 数機の幻晶騎士(シルエットナイト)が協力して大きなサイドルグを引っ張っていく。別のカルダトアは現場に出来た穴を整地する。

 

        

 

 もし、シズの魔法に気づいて飛び上がっても――地面に向けて放たれているので防御はそもそも無理。盾でも投げつけない限りは――着地を狙われる。どの道、地面の穴からオルター弟妹は逃げられない。そうエルネスティは確信していた。

 サイドルグの弱点は大きな身体と取り回しの利かなさだ。単独戦闘では意外と弱い事が証明されてしまった。

 元々機動力が心許なかった以前の旧型仕様の機体であれば速度にものを言わせた強引さが使えた。しかし、今は幻晶騎士(シルエットナイト)特有の弱点が殆ど軽減されている。

 

(……更に言えば学生側は()()に特化した機体ばかり。弱点さえ把握すれば簡単に瓦解してしまう)

 

 作った当人も納得する程の敗北理由だ。それを否定することは出来ない事も認める。

 歴戦の騎士であればシズでなくとも同様の勝利をもぎ取れるとさえ言える。

 

「最後ですね、エチェバルリア君」

「そうですね。ここまで実に見事な戦いでした。()()れしましたよ」

「ありがとうございます」

 

 皮肉ではなく尊敬の意味を込めて褒めた。それに対してシズはいつもと変わらぬ調子で応えた、気がした。

 殆ど諦めた様子でスケアクロウを移動させる。

 この機体に出来る事は爆発的な突進――それに類する機動力が売りだ。消費される魔力(マナ)が尋常ではないので要改良が必要となる。

 その上でシズを攻略する方法は――全く浮かばない。

 安定型であることがカルダトア・アルマの強みでもあるかのように。

 

(量産型の利点はコストパフォーマンスと言われます。対してこちらは高コストの欠陥機……。どちらを採用するかは火を見るより明らか。それは子供でも分かる簡単な算数の様なもの)

 

 叱られる子供の様な気持ちでシズと相対する。

 直接、姿を見ることは出来ないが――操縦席に居るので――何だか怖い教師を目の前にしているような気分になってきた。

 そして、戦闘開始が静かに告げられる。それはもう何の迷いも疑問も無く。

 

「………」

 

 開始の合図は既に出されたがエルネスティは何もしなかった。正確には出来なかった。

 戦闘に対する展望が真っ白になったような、そんな気分に陥っていた。

 対するシズは相手の出方を窺う姿勢のようで仕掛けてはこなかった。

 

(……あれ? シズさん。この機体(スケアクロウ)の特徴を述べませんね。述べるほどの価値が無いとでも?)

 

 いやに静かなカルダトア・アルマに不信を抱くもスケアクロウ側も動きようがないのは事実だ。

 (おもむろ)に法撃すれば動きを見せるかと思うものの反撃に対応できない気がした。

 いや、完全に詰みの状態である。そうエルネスティは結論付ける。

 

「……君は諦める人なのですか?」

 

 (ようや)く喋ったと思ったら厳しめの言葉が出た。

 そう言われても仕方がないくらい諦めているのは事実だ。否定はしない。

 足掻きたい気持ちは無い事は無いのだが――勝利の展望が全く見えないから困っている。

 機体性能で言えばスケアクロウは従来機を凌駕している。だが、それだけだ。そこから先に進む為には今の出力では足りなさすぎる。かといって魔力転換炉(エーテルリアクタ)を何個も搭載するわけにはいかない。

 

「勝利の為に命を犠牲にするわけにはいきません。安全確保ができないからと言って……、諦めるわけではありませんよ。ただ、シズさんがあまりにも()()()()実力を見せたので攻略が難しいのです」

「……なるほど。しかし、それでも仕様書以上の実力を見せていない筈なのですが……」

「確かに(はた)から見る分には……、そう見えてもおかしくありません。貴女の正確無比な操縦技術は並々ならぬものを感じました」

 

 少し言い過ぎな部分を認めつつ言葉による戦闘を開始する。

 どの道、幻晶騎士(シルエットナイト)での戦闘では歯が立たないのは事実だ。であれば口による攻撃しか残されていない。

 シズはその手法に乗ってくれたようだ。――本筋の作法からは外れているけれど。

 

「とにかく、武器を持ちなさい。そこら辺にあるものを使ってもいいですから」

「……例え武器を持っても僕は貴女に勝てそうにないのですが……。それでもと言うのであれば(やぶさ)かではありません。ただ、一つ気になっている事があります。単刀直入に言いますが……、未来人ですか?」

「……荒唐無稽ですよ、エチェバルリア君。それでは預言者と言っているのと変わりません。私やシズ一族はそういうものではありません」

 

 近くに突き刺さっている大剣を引き抜きながらエルネスティは更に尋ねる。であれば、何者だとはっきりと。

 質問に対して無言や沈黙で答える事はある。しかし、今は()()言葉として答えてくれる。それは彼にとってみれば――尋ねた側だが――意外だと思った。

 通常であれば秘密主義に囚われ、何も教えてくれないのが一般論――

 

「……ですが、君の周りで不可解な現象が立て続けて起きれば疑いが生まれても仕方がありませんね」

「確かに立て続けに異常事態は起きています。だからといって全てがシズさんの仕業と見るのは強引すぎますけれど……」

「もし……その過程が真実だとすれば……君から見た私は何者なのでしょう。未来人という()()が確定するのですか?」

「予想ですから確定ではありませんし、確証もありません。それに唐突に僕だけをターゲットにするには材料が圧倒的に足りない。僕は他の人より多少は賢いかもしれませんが……。この地で生まれた一人の人間に過ぎません。シズさんに狙われるような理由も思い浮かばないのですが……。(むし)ろ教えてほしいです」

 

 突如始まったシズとエルネスティの会話劇に諸侯貴族は何事かと騒ぎ出す。しかし、国王はシズの事が知れる良い機会だと思い、放任を決め込んだ。ついでに孫に黙れと言ってある。

 敗北したエドガー達も勝負の行方は勿論気になるがエルネスティの質問に相乗りする形でシズという存在に興味を持っていた。

 学園始まって以来の天才児に好敵手が挑んでいるのだ。無視できるわけがない。

 ――会話の殆どは難しくて追いつくのは無理そうだと思ってしまっているけれど。

 

        

 

 勝負を諦めた――または投げ出した筈の少年はシズに対して真っ向から戦いを挑んできている。それがどういうことか、どういう意図があるのか彼女の脳内では様々な憶測が飛び交う。

 人間を理解するのは実はとても難しい。本来の身体である自動人形(オートマトン)であっても対応は同じだ。

 

(未来人……。その予測は想定内ですが……。実際に直接的な言葉として聞くことになるとは……。そういう段階に来たのでしょうか? こちらの予想ではまだ数年の猶予があった筈……。隕石激突は精神的影響が甚大でしたか)

 

 外的要因による予定の狂いは確かに想定外だ。シズとして、というより端末としても修正が困難なほど。

 この星に降り立った頃、エルネスティのような存在は何処にも確認できなかった。だからこそ長い時を平和的に過ごせた。それがここ数年で劇的に変わってしまった。

 転生者であるエルネスティが幻晶騎士(シルエットナイト)の存在に一喜一憂する事に匹敵する程の――パラダイム・シフトが起きたことを意味する。

 

(シズ・デルタ様はそれを許容しようとしている。であれば……、私は彼を敵とみなすことが出来なくなる。……それで良いとお考えであれば私はそのように予定を変えるだけです)

 

 端末の仕事は調査であり、要人の抹殺ではない。

 それが例えエルネスティだとしても。

 

(シズの動きが変わった? あの坊主と一体何を話しているのだ?)

 

 離れた位置に居るアンブロシウスのところにまで正確な言葉は届いていない。それは意図的に低められていると思われるが急に変化した状況に戸惑いを見せる。

 それは観覧している他の貴族も同様だった。

 戦闘が一向に始まらない事に動揺している。オルヴァーはともかく工房長のガイスカは早く結果が見たくて仕方がない。

 既に四体の新型を退けている。それも国機研(ラボ)が作った新型が。最後の一機は別に無理して倒さなくても良いくらいの戦果ではあるが結果は知りたくてたまらない。

 ここまで学生側が退けられるとは予想していなかったが、シズ一人による成果はある意味では脅威であった。

 彼女は少なくとも無名の騎操士(ナイトランナー)に等しい立場なので。

 

「……ご要望とあればスケアクロウの力をお見せ致します」

「ならば命令です。見せなさい。そして、しっかりと戦いなさい」

 

 ここまではっきりとした物言いをシズから言われたのは初めてだ。

 担当教師であれば何の不思議もない。けれども今は立場的にどうなのか、という疑問がある。

 

(彼女の言い分は一理ありますが……。いや、余計な気遣いはもういい。僕は全力でシズさんを打倒しなければならない。……吸気圧縮開始。……あと、忘れないように前方対気圧防御。……後忘れている事は……ありませんよね?)

 

 操縦席周りを何回か確認する。魔法の状態も正常。身に着けている特製の幻晶甲冑(モートルビート)も問題無し。

 問題があるとすれば攻撃方法だ。実質体当たりしかないに等しい。

 武器はそこら辺にたくさんあるけれど――

 剣と魔法用の杖を装備する。その間にも背中に装着した新装備『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』の起動音が広場に木霊(こだま)する。

 シズは準備が整いつつあるものその場から動かない。どうやら迎撃する気でいる。

 推進力によって擬似的に飛行する機体の操縦は既に何度か試している。その結果、機体の取り回しは機敏に(おこな)えることが分かった。

 気圧による身体(しんたい)の圧迫さえ解消できれば恐れるに足らない。

 

(僕にとっても真っ向勝負は初めての相手……。どういう手段が有効か全く分からない。ですが、負け越しばかりでは弟に顔向けできないんです。兄様としての矜持……、見せてあげますよ)

 

 前方をしっかりと見据え、確認作業も終えたエルネスティは背面の装備を起動する前に牽制として杖を突きだす。

 

雷轟嵐(サンダリングゲイル)!」

 

 地面ごと砕く雷撃魔法を展開し、こっそりと魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)も起動しておく。

 いかにシズとて魔法による攻撃を――特に雷系――()()()()()()()芸当は出来ない筈――

 なによりこの雷撃(サンダリングゲイル)は不規則にうねりながら敵に襲い掛かる。終着点が分かっていても過程は対処しにくい。

 

        

 

 前方に放たれた雷撃をシズは大盾を地面に向かって投擲し、雷を対処する。金属を伝って地面に流すその手法――しかし、それはエルネスティも想定していた。

 少しでも後退させられればいい。現にシズは盾を取るために移動した。

 運が悪ければスケアクロウは投擲された盾に当たっていた。そこは頑張って軌道変更し、敵性体であるシズに肉薄する。

 突進力が高まった幻晶騎士(シルエットナイト)の突貫を素直に防御することは無謀である。当然、相打ち覚悟だ。(むし)ろ――避けてほしい、と。

 投擲された盾を無事に突破し、カルダトア・アルマに向かう。ここまでは順調だ。

 ほんの僅かな時間での攻防だがエルネスティの思考はとても鮮明であった。

 

(さあさあ、どうしますか)

 

 人間は勢いに乗れば感情が(たかぶ)る。ずっと冷静でいる事は実は難しい。特に感情豊かな年頃の者にとっては。

 そんな概念が通用しないシズは何があろうと冷静でいられる。その謎を解き明かせば色々と分かる事がある。今の段階で解き明かせる者は試合会場には居ないが。

 振りかぶられる剣を軽い跳躍の後に膝を当てる事で受け流す。それはまるで――

 

 格闘家のようだ。

 

 その動きに一番驚いたのはエルネスティだ。

 剣と魔法が主体の異世界で巨大人型兵器が活動する。今までの知識において肉弾戦に特化した幻晶騎士(シルエットナイト)を見たことが無い。

 いや、確かに出来ない事は無い。誰もやらなかったし、そもそもそれが出来るようになったのはごく最近だ。そして、シズが(まさ)に証明した。

 最新の幻晶騎士(シルエットナイト)は格闘技に対応できる、と。

 エルネスティも人馬型に騎乗できたのだ。同じ仕様の柔軟性を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)であれば、その程度の芸当が出来て当然ではないか。

 驚きは一瞬――すぐに納得する。

 

(……合気の真似事が出来るんです。その程度の事が出来て驚いているようでは……)

 

 いや、急激な突進に臆することなく対応する反応速度と技量の高さは常人には出来っこない。なんてすごい対応力なんですか、と改めて驚いた。

 剣を受け流すだけで手いっぱいだったようで、シズ機(カルダトア・アルマ)はそのまま風圧に(あお)られて離れていく。反撃に移られる事は無かった。もし、出来ていたら更に驚愕していたところだ。

 膝に剣を当てた後、風圧によってお互いが離れる結果となったけれど、一歩間違えば互いにぶつかって大破していてもおかしくない危険な行為だ。

 エルネスティはまず無事であることに安心し、勢いそのままに突進し続けるスケアクロウを冷静に制御して反転を試みる。

 消費された魔力(マナ)は全体の半分ほど。少し相手に見惚れた分がマイナスとなってしまった。

 

(気圧による眼底の圧迫は阻止。頭痛、吐き気、めまいも無し。状況オールグリーンという奴ですね。他に異常はありませんか、僕? 無ければ戦闘を継続しますよ。いいんですね? ……では、再開です)

 

 独り言のように自己確認し、問題が無い事が分かると姿勢制御に意識を傾ける。

 機体の損耗はほぼ無し。

 

(ちゃんと確認すれば何も問題はありません。……それこそが一番大事な事です)

「……雷撃投槍(ライオットスパロー)

 

 静かに告げられる魔法に驚きつつ索敵、回避を選択。

 シズの冷静な言葉は今は何より恐ろしい響きを伴っている。暢気に安心している暇はないと悟った。

 相手の杖を見てから回避したものの、さすがに危なかったと心臓の鼓動が耳に聞こえるくらい高まった。

 新装備に驚いてくれる者なら今の攻撃で充分時間的余裕が出来るはずだった。だが、相手は沈着冷静なシズだ。通常の常識が通用しない、気がする。

 その危惧はすぐに現実のものとなる。

 一つの魔法を避けられた程度で攻撃の手が止まると誰が決めたのか、と言わんばかりの光景が広がっていた。

 次の魔法が既に視界に映っている。それもかなりたくさん――

 次から次へと雷撃魔法がスケアクロウに襲い掛かる。

 

        

 

 シズの魔法を避けていてある事を思い出した。

 彼女には手製の武具が存在したことを。それを使えばもっと事態は悪化するが――興味はある。

 組み立て式の盾型魔法具、ともいうべきもの。それは一つで無数の魔法を放つことを可能とする、らしい。

 なにしろ豊富な触媒結晶を装着させた贅沢な逸品だ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)用の武具にすればもっと過激な攻撃を可能とするのではないか。

 

(……その前に魔法名を言いましたね? 通常の法撃はほぼ無詠唱の筈……。自前の魔力(マナ)でこれだけの法撃!? そんなことが出来る人が僕らの他に居たんですね)

 

 通常、幻晶騎士(シルエットナイト)の戦闘による法撃は機体の魔力貯蓄量(マナ・プール)に蓄えられている魔力(マナ)を消費して放たれる。これはエルネスティが実装した背面武装(バックウェポン)の仕組みによく似ていた。

 巨大兵器たる幻晶騎士(シルエットナイト)の法撃は上位魔法(ハイ・スペル)戦術級魔法(オーバード・スペル)という強力なもの。

 エルネスティも人の身で強力な魔法を扱えるとはいえ自前での法撃はあまりしない。

 

(……一流の騎操士(ナイトランナー)のような戦い方をするんですね。この日の為に鍛練を積んできたのでしょうか? それにしても流石です)

 

 数分ほどの弾幕攻撃が止み、一定の距離を置いて互いに睨み合う形となった。

 決定打を与えられないスケアクロウは逃げの一手だけでも精一杯。対するカルダトア・アルマはまだまだ余裕を見せている。

 たかが制式量産機なのに、とは言わない。

 

(……やはりエチェバルリア君は特殊な存在のようですね。現行の騎操士(ナイトランナー)では対処できない攻撃をああも回避するとは……。ですが、本人も自覚している通り、それだけ……。決定打の足りない欠陥機。……牽制という意味では充分役に立つかもしれませんが……、単独戦闘には向きませんね)

 

 だが、もし満足な装備を用意していたら――もう少し違った展開になっていた筈だ。

 シズは決して相手を侮らない。冷静な分析の後、エルネスティの作ろうとする機体の本質を少しでも知ろうと努力した。

 勝利を得るならばこのまま弾幕を続ければ彼の機体は魔力(マナ)切れを起こす。それはそれで味気ない結果でもある。

 国王からの命令では少なくとも楽しませなければならない。あまりにも単調な結果を見せてしまうと諸侯貴族を落胆させることにもなる。

 だからといって手を抜くわけにもいかない。

 

(舞台演出が得意な素体ではないのですが……。『女優(アクトレス)』という職業(クラス)は何かと目立つと言われていたので……。それに場面ごとに適当な素体を用意しようとすると必要経費を越えてしまいます)

 

 端末が調査に使える素体は有限だ。なにより事前に用意するだけでも手間であり、即席に作れるものではない。

 なにより、それらは至高の御方が手ずから作るので使い捨てにするような事は――本当ならば――してはいけない。

 

        

 

 あっさり勝負がつくと予想していたエドガー達や国王は突貫や回避を駆使する戦闘に言葉を失いつつ見入っていた。

 それはほんの数分程度の短い攻防でしかない。それなのに尋常ではない速度を幻晶騎士(シルエットナイト)は出している。

 

(カルダトア・アルマの基本性能はあそこまで高かったのか)

 

 国機研(ラボ)の所長オルヴァーも目が離せない程に。

 ガイスカは興奮のあまり酸欠によって気絶寸前にまで陥るのを防ぐ為に側には医療担当の人員が控えていた。

 国王の側で見守っていた彼の孫も身振り手振りで互いを応援している。そして、この戦闘の結果がどうなるのか、もはや予想がつかない。

 単なる勝ち負けでいえばシズに軍配が上がるのは疑いの無いこと――かもしれない。または足掻き続けるエルネスティの秘策が披露されるかもしれない、という期待が観客を焚きつける。

 

「……回避で更に魔力(マナ)が減りましたね。さて、ここからどう挽回したらいいのでしょう」

 

 声に出して悩む銀髪の少年。

 打つ手が無いのは最初から分かっていた。だが、それを享受すると失望される可能性が高まる。もちろん、観客席に居るお歴々(れきれき)が。

 自分の知る熱血物は主人公が窮地に陥る時こそ光明を見出す。――それが例え荒唐無稽の創作物の展開だとしても。

 

(ならば機体性能を越えた真の力とやらを発揮させてみましょうか。十全の性能を発揮させるシズさんに対抗するには捨て身……、またはそれに近い方法論が必要かもしれません)

 

 毎回、そんな手法を取ろうとすれば幻晶騎士(シルエットナイト)が何機あっても足りない。経済的にも得策ではない。けれども今、この場であれば有効となる。

 実際、壊れても直す気でいるエルネスティにとって次の開発もまた楽しみの一つだ。それが例え新型であろうとも。

 

「シズさん。これから僕はとっておきの方法を使おうと思います。なので少しだけ待っててもらえますか?」

 

 場違いなほどに明るい口調でエルネスティは言った。

 今での苦闘などまるで感じさせない、実に子供らしい調子だった。

 周りで聞いていた者達も思わず言葉を失うほど呆けたような顔をした。しかし――

 

「……今は試合の最中ですよ」

 

 どんな時でも沈着冷静なシズは慌てず、いつもの調子で言い放つ。それに安心したのは貴族諸侯か、国王アンブロシウスか。

 側に居る国王の孫と思われる人物も次々と起こる現象にとても興味津々であった。

 

「それは重々承知しております。でも、このまま黙って負けてしまうと今日まで頑張った意味が無くなりますので。……それにシズさんは僕の新型を四機も撃破したじゃないですか」

 

 子供の駄々と思われてもいい。これはれっきとした交渉術である。

 大人の対応として受け入れるか、それとも戯言(ざれごと)と一蹴するか。

 どちらにせよ、エルネスティは勝負に出た。

 

「エルネスティの挑戦を受けてやれ」

 

 そう発言したのは今まで大人しく座って観戦していたアンブロシウスだ。

 彼の勝負がどういうものか興味を持ったようだ。

 合理的に判断するならば挑戦を受けるべきではない。けれども、シズは淡々と了承する。本音で言えば――彼女も同意する気でいた。

 機体性能を見る上では例え分かり切った結果であろうと知る必要があったので。

 

「ついでにお主(シズ・デルタ)も何か切り札を持っておらんのか?」

「……制式量産機の機体性能は既に充分に発揮されておりますから……。それ以上となると難しいでしょうね」

 

 と、答えたのはシズではなくオルヴァー。彼は苦笑しながら言った。

 設計に携わった者として隠し玉があるか無いかは――一応確認済みだ。今回用意したカルダトア・アルマはシズが()()手を加えたことを除けば他の機体と遜色ない。

 その手を加えた個所というのは主に関節部分や接合に使われる部品だ。

 魔導演算機(マギウスエンジン)魔力転換炉(エーテルリアクタ)に手を加えてはいない。共に関わった整備担当も特段の異常は確認できなかった。

 しいてあげれば操縦席周りに剥き出しの銀線神経(シルバーナーヴ)が何本も出ている事くらい。もちろん、操縦に支障がないような処置は済んでいる。

 

        

 

 国王が期待しているものをシズ・デルタが拒否することは出来ない。今回の戦いはアンブロシウスを楽しませる事も目的の一つだからだ。

 もちろん、勝利は副次的なものに過ぎないし、シズとしてもそれほど熱心に取ろうとは思っていない。

 機体を十全に扱い、満足のいく戦いが出来ればいいのだから。

 攻撃を止めたカルダトア・アルマは黙って距離を取り、スケアクロウを見据える位置で待機する。

 

(ありがとうございます)

 

 エルネスティは操縦席で思わず一礼したが外見の幻晶騎士(シルエットナイト)は無反応だった。

 いざ、という時にカルダトア・アルマが片手をあげて戦闘中止を勧告した。それに驚いたのはエルネスティのみならず国王や観客に居る全員だ。

 何事だ、と騒ぎ出す。

 

「……国王陛下。彼の機体の魔力貯蓄量(マナ・プール)が回復する手助けをお許しいただけますか?」

「……う、うむ」

「皆々様。お時間をいただきます。国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)と彼らの整備担当の技術者は機体の整備などをお願いいたします」

 

 シズの言葉の後で所長のオルヴァーも許可の意思を示し、指示を下す。

 万全の態勢になるまでシズは大人しく佇む事にした。

 急に展開が変わった事で騒然となり、数十人規模の技術者がスケアクロウを取り囲む。

 その間、地面の整地や武具の補充などを護衛の幻晶騎士(シルエットナイト)達が(おこな)っていく。

 

(……窮地から一転してしまいましたが……。どの道、魔力(マナ)が無ければ短時間で戦闘不能です。それで出来る事は一撃必殺くらい。……それはそれで戦いは白熱するかもしれませんが……)

 

 まさか補給を受けても良いとは思わなかった。これにはエルネスティも驚いた。

 そもそも殺し合いではなく、互いが作り上げた幻晶騎士(シルエットナイト)の性能試験の一環――

 内容を確認すればシズの取っている方法にも納得がいくというもの。

 

(事務的で地味……。シズ一族としては正しい。ですが、熱血漢が無いところは相容れない所ですね。……命を縮めるような戦いをする方としては文句を言う資格は無いんですが……)

 

 どちらが正しい方法論かと言えば規則の無い(非合法)試合ではないのでシズが正しいのは明白。

 もし、ここが戦場であればエルネスティが正しい、と言える事もあるというだけ。

 ――ここは戦場ではない。それを忘れてはいなかったか、とエルネスティは自問して機体の魔力(マナ)が回復するまでの間、精神統一を図る。

 

        

 

 休憩の間、食事やトイレを済ませる者達の横ではエルネスティを応援する者達がシズ機(カルダトア・アルマ)攻略の方法を議論していた。

 魔力(マナ)の回復は基本的に時間経過だ。液体燃料のように注ぎ込むことは出来ない。

 あくまで魔力(マナ)は大気中に存在する『エーテル』を体内に取り込んで魔力(マナ)に変換して行使する。大型機械である幻晶騎士(シルエットナイト)魔力転換炉(エーテルリアクタ)を用いる。

 現在の機構では効率的に燃料化する技術は――民間には――無い。自然に任せているのが現状だ。

 

(この変換のシステムを(つかさど)るのが魔力転換炉(エーテルリアクタ)なのですけれど……。これ無くして効率化はありえない)

 

 国の秘事というか技術の秘匿状況から見て一般化すれば大きな騒動(戦争など)の幕開けは想像に(かた)くない。――そしてそれを求めているのがエルネスティだ。

 個人の趣味で事が済む問題ではないのは確か。しかし、それでもより良い――かっこいい――機体の製造は夢である。

 世界最強は二の次だ。技術の進歩に停滞は許されない、または不要なもの。――もちろん、大量破壊兵器は作るべきではない、とは思っている。

 魔力貯蓄量(マナ・プール)が満杯になり整備が終了した後は蜘蛛の子を散らす様に人員が引き下がっていく。

 エネスティが思い描く秘策は言うなれば幻晶騎士(シルエットナイト)の制限を取り外す行為――当然、試合後は完全に壊れる。いや、ぶっ壊れる。

 これは製造過程で何度か試したもので、無駄の多い旧型機は特に顕著だった。

 実質、エルネスティが()()で操作すると骨格(インナースケルトン)筋肉(クリスタルティシュー)と次々に自壊していく。それを防ぐために用意された安全装置(リミッター)を外すので自明の理と言えるが――

 機体性能を極限まで引き出す、ということはそういうことだ、と証明してしまった。

 

(自壊と引き換えにしてでも確認したかった幻晶騎士(シルエットナイト)の真なる力……)

 

 現状、人の身でそんな無茶(芸当)が出来るのはエルネスティだけ。オルター弟妹でも出来はしない――というかやろうとも思わない。

 相手が強敵だと認めて、何とかするには無茶な方法も取らざるを得ない。そして、それは今使うべきだと判断した。もちろん自身を守る対処は敷設済みだ。

 今のところ自壊する時、爆発は伴わない。機体が維持できなくなるだけで、頭脳(マギウスエンジン)心臓(エーテルリアクタ)は単に停止する。それらが壊れない事は確認済みだ。

 重要部品は他とは違う素材で出来ているようで、かなり丈夫だと仕様書には記載されている。詳しい部分は黒塗り状態になっていて国機研(ラボ)の技術者にも知らされていない。――解析すら禁止されている『国秘(ブラックボックス)』だ。

 その中で魔導演算機(マギウスエンジン)の解析だけは特別に許されたのは運が良かったとしか言いようがない。

 

「……では、試合を始めましょうか」

 

 シズの静かな言葉に周りは固唾をのんで見守る。

 先行は下準備に時間がかかるというエルネスティから。彼が動かない間、彼女は攻撃しない事になっている。

 機会を貰ったからには後に引けない。気を引き締めたエルネスティは事前に操縦桿を引き抜き、銀線神経(シルバーナーヴ)を引き出していた。

 この時の為に作っておいたのは特別製の『手袋(グローブ)』だ。銀線神経(シルバーナーヴ)と直結させて制御確認や調査に使う。そして、ここから魔導演算機(マギウスエンジン)の解析も出来るようにした。

 魔法術式(スクリプト)などの制御式――『プログラム』に自信があるからこそ出来る手法だ。だからこそ、ともいえるエルネスティだけの特権。

 

「……僕の思い描く動作手順を可能な限り再現できるように変換(コンバート)開始」

 

 数多(あまた)の制御術式における機体を維持する為の安全装置(リミッター)を片っ端から解除していく。――この過程でスケアクロウが光ったりする演出は起きない。

 静かに異音があちこちから轟くが動きは止まったまま。

 今、エルネスティが(おこな)っている方法はこう名付けられている。

 

 思念直接制御(イマジン・フルコントロール)

 

 確実に機体が壊れる危険な行為だが一時的に爆発的な機体性能を発揮する。

 今日、この日の為に調整し尽くされた機体なので改めて解析する手間は大幅に減退している。それによって効果を発揮するまでの時間は数分で済む。

 最初は三〇分以上かかっていた。

 機体の各所から水蒸気の様な物が噴出した。しかし、それは僅かに漏れ出た魔力(マナ)である。

 主に機体を維持する身体強化(フィジカルブースト)に何らかの影響が及んでいると思われる。

 

(……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の最大の欠点は操作性の悪さです。身体にかかる圧力も相当なものであるのは理解しましたが……、ここまでとは思いませんでした)

 

 想像通り動けたら誰も苦労はしない。それはエルネスティでも思う事だ。

 機体性能を一時的に向上させるといっても自爆では意味がない。発揮するのは一秒程度――そしてすぐに停止しなければまた医務室送りになってしまう。

 勝つにしても『勝ち方』というものがある。今は御前試合のようなもの。決して殺し合いになってはいけない。

 

        

 

 既に調整済みなので修正箇所も少なく安全対策もしっかりと取った。これならば胸部、腹部の圧迫による内臓損傷の様な大怪我は起きない筈だ。念のために強めの外装硬化(ハードスキン)を展開しておく。

 何重にも対策しておかないとまた皆に心配と説教を受けてしまう。特に母は産後の回復もまもなく長男の重体に失神しかけたと聞いた。父の憤怒の顔を見て久しぶりに恐怖を感じた。

 

(……それだけ大事にされている事を僕は気づいていなかったのですね。アル(アルトリウス)に兄様かっこ悪いとか言われたら立ち直れる自信がありません)

 

 家族の為にも弟の為にも。

 勝負よりも無事に戦いを終える事こそがエルネスティにとって大事なこと。

 だからといって自分の趣味を捨てられるわけが無いのだが――守る者が増えるというのは色々とこそばゆいものだと苦笑する。

 覚悟を決めたエルネスティは軽く自身に活を入れ、最大出力に時間的制限を設ける。狙うはシズ機だけではあるけれど戦闘後も無事でいる事を今回は想定しなければならない。

 自壊寸前に陥る事は間違いないが最大限気を付けるべきは操縦席回りと自分自身。それはロボットを操作する者が普段は疎かにしがちな部分だった。

 こっそりと確認作業を済ませ、軽く呼吸を整える。

 

「では、勝負です、シズさん!」

「……どうぞ」

 

 彼女の言葉はスケアクロウの背面から噴き出した轟音によって掻き消される。

 新装備である魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は多重推進装置ともいえる魔法の応用によって作り上げたものだ。

 原理は『大気圧縮推進(エアロスラスト)』の多重起動。仕組み自体は単純なものだ。しかし、その効果は絶大。――悪い意味でも体験したエルネスティも驚くほどの性能。

 それを成す専用の紋章術式(エンブレム・グラフ)を造り何度も実験を繰り返した。その成果を改めて発揮させる。

 前回はうっかりサイドルグに乗騎したせいで荷重が通常の倍以上になり、負荷が甚大になってしまった。今回はスケアクロウ単独だ。計算外の負荷は身に着けていない。――あるとしてもエルネスティが安全対策として着込んでいる幻晶甲冑(モートルビート)分だけ。

 爆発的な推進力により幻晶騎士(シルエットナイト)は前方へ飛ぶように浮かんだ。すぐに前傾姿勢となって空気抵抗に逆らわないようにする。この辺りは練習しているので驚きはなく、淡々と姿勢制御に意識を向ける。

 問題は――対応するシズの動向だ。既に迎撃の為に動き始めている。それはとても信じられない程、素早い反応であった。

 

(……高速思考の中にあるのにシズさんはきちんと対応している。その技術力の高さは凄いですね)

 

 相対距離は一秒よりも短い時間の内に縮まる。従来の幻晶騎士(シルエットナイト)であれば対応が遅れて吹き飛ばされる位置に居る。しかし、新型であるカルダトア・アルマは機体性能の高さのお陰で激突回避位置まで移動していた。

 そんなシズ機に軌道を変化させて追いすがる。

 機体を大破させる気は無く、機動力か攻撃力を奪う事を目的としている。だが――やはりシズは難敵だった。

 高速移動の最中(さなか)にあって繰り出される法撃すら適切に回避して見せた。

 数度の法撃の後でスケアクロウはカルダトア・アルマを追い抜く。そのすれ違いによって強力な風圧が発生するも自ら回転する事で被害を最小限に抑えた。

 

(……くっ。優秀な関節と機動力のなせる(わざ)ですね。実に見事です)

(……状態修正。……現行機では受け止めは危険……。このままでは事故に繋がりそうです。……さて、どう決着を付けましょうか)

 

 安心するのも束の間、今のスケアクロウは仕様以上の性能を発揮し、旋回運動も通常よりも狭い範囲で切り替えられる。その分、消費される魔力(マナ)は甚大だ。

 スケアクロウは魔力(マナ)の温存を放棄している。すぐに次の攻撃が始まる。

 回避ばかりされればシズ機の勝利だ。それが成功し続けられれば、の話しだが。

 

直接制御(フルコントロール)でも捉えられませんか。……それだけ国機研(ラボ)潜在能力(ポテンシャル)は高かったのですね。さすがです。でも、まだ負けませんよ)

 

 量産機と侮れない動き。それ自体は確かに仕様書にある通りだ。見ているエルネスティですら感心する程だ。更にそこに違法性も認められない。

 学生側に内緒で秘密兵器を搭載したわけではないだろうが――操作する人間が違うだけで機体の性能はがらりの変貌する。その変化に改めて驚かされた。

 だが、シス側も驚いているし、困惑もしている。

 安易に攻撃を仕掛けるとお互いの機体が大破する可能性があることに。

 無力化する方策がカルダトア・アルマには積まれていない。可能性で言えばエルネスティの速度に合わせて組み伏せる事くらい。当然、それを成すと周りが騒然となる。

 

(どうやら安全対策はしっかりと(おこな)っているようですね。人間に耐えられる限界圧力はとっくに超えているというのに……)

 

 回避しつつシズは操縦席近くにある銀線神経(シルバーナーヴ)を掴んだ。

 秘密兵器ではないがエルネスティにまた大破されては困る。これは親切心から(おこな)う事ではない。

 至高の御方からの指令に基づくものだ。

 

(……関節部を除けば必要最小限の破砕を織り込みます。共振度、規定値。各部の摩耗度、規定値。先の戦闘による損耗度……中程度。残存魔力(マナ)は六割……。耐圧防御展開……。加速度比率、上昇値は三割に留める)

 

 洗練された機体制御の能力で言えばシズの方が遥かに優れている。その部分だけで言えば人間よりも卑怯であり、違法ともいえる。しかし、そこは制限を順守する自動人形(オートマトン)を本体とするシズ・デルタだ。決して想定を上回らない。

 例え自らが不利になろうとも守らなければならない事は熟知している。

 人間のように限界を超えるような熱血漢は介在しない。ただ淡々と――作業のようにこなすのみ。

 

        

 

 スケアクロウに遅れてカルダトア・アルマも瞬間加速を始めた。傍目からは確認しづらい変化である。

 たたでさえ流暢に動けようになった制式量産機が自然な動作で高速飛行するスケアクロウに追随する。それはフレメヴィーラの歴史において存在しえなかった未知の光景だ。

 旋回の為に体勢を立て直そうとしたスケアクロウのすぐ背後にカルダトア・アルマが迫る。その動きか、すぐ側に居た事か――とにかく様々な事象にエルネスティは驚愕した。

 

(な、なんですぐそばに迫っているんですか!?)

 

 ついさっきまで引き離したばかりなのに猛烈な速度で迫る量産機の姿に度肝を抜かれた形だ。自分の機体も大概だが、とにかく予想外の対応に混乱する。

 急発進により自身は加速し、相手は減速したように見える。それが先ほどまでの光景だ。それが一転して互いが同じ時間を共有するように動いている。

 それは到底ありえてはいけない光景だ。特にエルネスティ側にとって。

 更に言えばカルダトア・アルマには魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は搭載されていない。これはエルネスティが発明したばかりの代物だ。であればどうやって加速しているのか。

 答えは単純――同速度にまで駆けているだけ。

 異常な脚力をもって高速飛行するスケアクロウを文字通りに走って追いかけている。もちろん、そんなことをすれば関節部分が破損してしまう。魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)によって(もたら)された速度を単純な脚力で出せるわけがない。当然、無理が生じれば自壊する。

 

(クソ。相手も直接制御(フルコントロール)を使用しましたか。……まあ、出来る出来ないで言えば出来て当然、かもしれませんが……。ここに来てやってのけるとは)

(……通常の部品であれば壊れている頃合いですね。……後で言い訳するのが大変です)

 

 追いすがるシズは暢気に後の事を考えていた。

 加速したもののスケアクロウを追い抜ける程の性能になったわけではない。最短距離を活用して相対距離を縮めているだけ。これはエルネスティの操作が正確であれば追いつくことは難しくなる。(あら)があるから追いつくことが出来るだけ。

 二人の戦闘に対し、外野はほぼ言葉を失っていた。今、目の前で途方もない戦闘が繰り広げられている。それも前史以来見たことも聞いたことも無いものだ。

 国王に至っては身を乗り出して見守っている。当然、その孫も両手に力を込めて。

 エドガー達も急に始まった速度勝負に驚いていた。

 

「……シズさんの機体が急に早くなった。なにあれ、エル君が負けちゃうの?」

「それよりもどうしてエルの発明品に追い付ける程の速度が出るんだ?」

 

 オルター弟妹の側には整備担当の責任者であるドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンも居た。その彼もまた人知を超える光景に叫びそうになるくらい驚いていた。

 エルネスティの新装備の仕様は彼もある程度知っている。だが、カルダトア・アルマの事は知らない。どうしてあれほど速く走れるんだ、と。

 

        

 

 追いかけっこと化しているが魔力(マナ)が尽きれば終わりである。それとシズ機の限界が近い。

 特別に仕込んだ部品を除けば従来品で出来ている。それが壊れようと軋みを上げ始めた。

 対するスケアクロウは機体自体はまだまだ余裕がある。推進以外はそれほど機体に負荷が掛からない仕組みだからだ。あるとしてもせいぜい風圧くらい。

 ボルトが何本かはじけ飛ぶのも頭の片隅にあるシズは追撃を止めない。自らの計算による動きに疑いを持っていないので。

 

(機体損耗率、想定内。……もって後四〇秒ほど。充分ですね)

 

 機体性能を維持したままで戦う事が大事である。それに伴い適切な運用を心掛けている。

 多少の破損もまた必要経費だ。無視できる。

 なにより、カルダトア・アルマは学生と共同開発したも同然の機体だ。国機研(ラボ)のみならず学生も誇っていい結果でもある。工房長は認めないかもしれないが所長はおそらく認める。

 

(……二八秒。立ち回りが上手くなってきましたね)

 

 残り時間が一七秒になる頃に(ようや)くスケアクロウの腕を掴めた。

 加速の中では法撃以外の武器は使えない――機体が受ける風圧の関係で――ので撃墜より安全な方法が用いられた。

 腕を掴んだ後、機体をジャンプさせて相手の速度に乗り、二体分の重みで速度を減退させる。ここで無理に暴れないようにするのが鉄則である。そうしないと二機まとめて錐もみ状態となり、どんな被害を被るか分からなくなる。そこはエルネスティも熟知していたようで余計な動きは見せなかった。いや、出来なかった。

 一度地面に打ち据えられたスケアクロウは反動を利用して脱出を試みる。その時、カルダトア・アルマが容赦なくエル機の頭部を殴って吹き飛ばした。

 

「ああっ!」

(あっ!? 僕としたことが今頃ですか!?)

 

 殴られて気づいた。シズの本当の目的が何であるのか。――いや、ここに来て気づいたのは本当だが。今まで失念していたとは思いもよらなかった。それによる驚きも加わってしまった。

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の真なる弱点に――

 

 それはとても原始的であり、もっとも単純な事だ。

 そう。幻像投影機(ホロモニター)の喪失である。これは基本的に頭部に搭載されているものだ。それを失えば操縦席は一気に光りを失ってしまう。いくら機体を動かせるとしても。

 相手の姿どころか周りの光景すら喪失したスケアクロウは一気に現状把握が出来なくなった。しかもまだ少し加速の中だ。すぐに対処しないとあちこち打ち付けてしまうし、最悪観覧席に突撃する事もありえる。

 エルネスティは混乱する頭で機体を停止させるために機能を止め、全体的に防御の魔法を展開した。それはもう全力で。自分と幻晶騎士(シルエットナイト)の残存魔力(マナ)を使って。

 もし、これがスケアクロウ単機であれば重大な事故になる可能性が高い。けれども、ここには無事な機体がもう一機ある。

 シズ機は被害を許さない。それゆえに()()()機体は停止する事が出来たようだ。

 

        

 

 結果だけ見ればエルネスティの完全敗北。機体を見れば真逆の結果だ。

 限界を超えた動きを取った為にカルダトア・アルマはボロボロ。全体的な改修が必要なほど。対するスケアクロウの目ぼしい損耗は頭部だけ。それ以外は多少の整備が必要なくらい。

 大きな事故も無く試合を無事に終えられただけでも本来は喜ぶべきものだ。

 

「……満足な武装が無い時点で君に勝利は無かった」

「……おっしゃる通りです。それと見事な操縦技術でした。それが僕にとっては驚きでしたよ」

「ありがとうございます」

 

 シズは勝利者なのに喜怒哀楽を表さない。淡々とした事務作業のような様子に呆れるも無事であるならいいか、とエルネスティは気にしない事にした。

 負けは負け。確かにその通りだ。しかし、性能面では実は勝っているのではないか、と少し思っている。カルダトア・アルマがボロボロなので損耗率で勝負すれば――という考えが浮かんだが言葉には出さなかった。

 損耗率の勝負であればシズはもっと容赦のない戦い方をしそうだと思ってしまったので。

 

(……本当に容赦なく完膚なきまで叩き潰しに来そうですよね。それが出来る実力を見たような気がしますから)

 

 今、自分が無事に過ごしている事が幸せだ、と思っていた方がいいと判断する。それに弟の世話もしたいので、ここで死んでいる場合ではない。

 試合が終わり、エドガー達が近寄る頃、カルダトア・アルマから異音が響いた。

 主に膝関節部分から。シズ達は既に機体から降りているので様子を見守っていると自壊する様子を見ることが出来た。

 

「……やはり関節部分に無理が祟りましたか」

「現行の部品ではあのような動きは取れないと証明されました。次はもう少し改良しなければなりませんね」

(時間前に戦闘を終えたから余裕があった、そうでなければ機体から降りる前に壊れて大変な事態に……。飛び降りますから別に構わないのですけれど)

 

 滅多に見る事の出来ない珍しい光景を前にしたエルネスティの素直な感想に対し、シズはいつもの調子で感想を述べた。

 (くずお)れたカルダトア・アルマはもう戦えない。制式量産機といえど限度がある。それがお互い分かった。

 スケアクロウも本当は自壊しなければならないところだが飛行していたお陰か、それほど損耗があるようには見えないし、異音も聞こえてこない。

 思念直接制御(イマジン・フルコントロール)を使ったら絶対に壊れる、というのは思い込みかもしれない。そして、新たな興味が生まれた。――その前にもげた首を繋ぎ直さなければならないけれど。

 

エル君すごかった! シズさんも凄かった! とにかく二人共凄かった」

 

 興奮するアデルトルートはそのままエルネスティに抱き着いた。

 まず無事を確認し、それから頬ずりする。これはいつもの光景のようで苦笑(にがわら)いが周りで起こった。

 

「すみません、負けてしまいました」

「……ロクな装備も無いのに勝てるわきゃねーだろ。とにかく大破だけは免れたようだな。よし、野郎ども、持って帰って反省会だ!」

 

 と、整備係に声をかけるダーヴィド。

 もちろん、自壊したカルダトア・アルマを回収するべく出張ってきた国機研(ラボ)の整備担当も一緒になって声を上げていた。

 共に興奮する戦いを見て同調したようだ。特に仲違いは認められない。

 

        

 

 半壊した幻晶騎士(シルエットナイト)が回収された後は国王からの祝辞が始まる。

 それぞれの機体性能は充分に伝わった筈だし、敗北もまた良い経験であるとエルネスティは思った。もちろん、中途半端なところは認めるし、素直に悔しいとも。

 それにもまして優位に立てると思い込んでいた自分が情けなくてたまらない。当初は凄い発想だ、などともてはやされて国王との謁見まで漕ぎつけたのは今では幻想であったかのようだ。事実、それは疑い様のない現実となった。

 

(……はぁ。魔力転換炉(エーテルリアクタ)はまた今度という結果になりましたね)

 

 短期間で歴史を塗り替えたエルネスティもさすがに意気消沈した。しかし、模擬戦までの三年間は我慢できた。次の高等部の課程もおそらく我慢できるのではないか、と。なにせ今はアルトリウスの世話がある。

 目的を先延ばしにしても良い価値が。

 

「見事な戦いであった。先に敗北した者達も情けない顔をするでないぞ」

 

 至極ご満悦な国王アンブロシウスは一人一人に祝辞を送る。負けて悔しがる暇があるならもっと鍛練せよ、など。

 叱責は無く、健闘を讃えていく。特にオルター弟妹の戦いは興奮した、と。

 元より巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)だ。どういう戦いになるのか気が気ではなかった。

 

「そして、エルネスティ」

「……はい」

「ロクな武器も持たずに一番の活躍を見せおって。何なのだ、お主の幻晶騎士(シルエットナイト)は。全く訳が分からん。……分からんが面白い戦いであった」

 

 国王は豪快に笑うも当人(エルネスティ)は至って不満だった。制式量産機に決して負けないと思っていたので。ただ、大部分で自爆したことが後を引いていたことは否めないし、自惚(うぬぼ)れもあった。

 総合的には大差で敗北している。それはもう覆せない事実であり、認めるところ。

 

「学生と対決したシズ・テルタよ。お主も大概よの。全く驚かされたわ」

「陛下が喜ばれたのであれば、私が出張った意味もあるというもの……」

 

 淡々とした言葉に国王は不満を見せたが彼女に期待するだけ無駄だとすぐに思い出す。

 どんな状況下でもシズ一族は平常心を維持する。そういうものだ、と。

 それに――一番気にしなければならないのは対戦相手が全員無事であること。

 試合形式だから当たり前と言われるかもしれない。だが、エルネスティとの一戦だけは様相が違う。あれだけは互いに無事でいる保証の無い危険な戦闘だった、と国王の目には見えた。

 シズ・デルタであったからこそ五体満足だったのではないか。もし、アルヴァンズであったら最悪の結果になっていたかもしれない。そんな気がした。

 最後の隠し玉として彼女を控えさせたのは間違いではなかったと今なら言えるし、安心もした。

 ますます新規の騎士団として設立したくなる。当人が拒否するかもしれないので代理として――()()()()苺鳶(まいえん)騎士団に今後の活躍を期待する、と命令しておく。

 

        

 

 試合は終わり、敗北したエルネスティに景品が授与される事もなく――

 厳かな式典は粛々と進められて終わりを告げた。

 疲労している学生達は一旦帰還した。その後の予定はおって連絡されるという事になった。

 数日かけて家路についたエルネスティはずっと暗い顔だったが幼いアルトリウスを見た途端に明るい笑顔を取り戻す。

 まだ満足に動けない赤子のアルトリウスはただ存在するだけで彼の癒しとなった。――夜泣きで寝不足になる事は後で思い出したが。

 後日、目の下に(くま)を作ったエルネスティは――ほぼ――無期限の自宅療養となった。これは元より家族に言われていたことだ。

 何らかの理由によって復活したとはいえ本調子とは言えない。それに先日のシズとの戦闘でかなり疲労も蓄積した。

 目的の部品を手に入れる機会は確かに遠のいたかもしれない。けれども幻晶騎士(シルエットナイト)は近くにある。

 今後は心臓部を除いた新たな改革案を模索するしかない。――並行して独自の魔力転換炉(エーテルリアクタ)が作れないか研究する。

 それらが終わる頃には飛行能力の考察だ。現行では莫大な魔力(マナ)を消費するので長距離には使えない。

 魔力(マナ)の節約をすればいいのか、それとも全く新たな発想を作り上げるか。

 

(……そうして僕は色んなロボットを作っていく。この世界はそれが出来る。もし、国機研(ラボ)に行っても専用機は作りたいですね。画一的な量産機ばかりでは発想が硬化してしまいます)

 

 サイドルグのように魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基詰む幻晶騎士(シルエットナイト)の応用とか。

 高額商品なので安易な増産も出来ないけれど。安価な廉価版くらいはいずれ作ってみたい。そんなことを夢想して眠りについた。

 今のエルネスティに必要な事は(すこ)やかな生活だ。好きな事はいつでもできます、と母セレスティナは言っていた。

 翌日から気晴らしに図面を引いたり、新たな発明の構想を練る。機体自体に問題は無い。であれば操縦する騎操士(ナイトランナー)の改革が必要だ。特にエドガー達の増強は急務ではないか、と。

 シズの能力は想像を超えて高かった。あれに勝つにはまだまだ研鑽が必要だ。

 闇雲に幻晶騎士(シルエットナイト)を作っても無駄に金がかかるだけで終わってしまう。補修費もばかにならない。

 

(かといって他国に技術を売るのは戦争屋(死の商人)と変わらなくなりますし、そうはなりたくないです)

 

 けれども資金を確保する事も大事である。

 売れる商品も考えておいた方がいいのかな、と思い始めた。現実的な問題として幻晶騎士(シルエットナイト)を作るには金がかかるものだ。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)にこれからもタダ働きしてもらうわけにはいかない。

 

(僕は技術屋ではありますが……、商売には()けてはいませんからね。マネジメンド側の助っ人も必要でしょう。……クヌート侯爵やセラーティ侯爵のお知恵を拝借できないでしょうか。うちのおじい様は少し頼りない気もしますし、御高齢であられますからね)

 

 国王は豪快なので論外だし、と。

 ただ、頼る相手としては一番望ましいが安易な利用も出来ない。それは何となく理解できる。

 であれば後は専門分野に長けた国機研(ラボ)の協力も視野に入れる。

 昼食の時間までエルネスティは今後の展望を紙に記し続けていたようで、母の言葉があるまで没頭したことに驚いた。そして、気づいた。

 未だ熱意が冷めやらぬならば僕はまだ戦える、と。

 

 



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西方革命編
#031 高校生活開始


 

 西方暦一二八〇年。

 今年は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)との新型機対決という一大行事があった。――学生側の結果は散々だったが。

 他にはエチェバルリア家に次男が誕生。だが、貴族社会では長男を優遇するのが常で、それ以下は不遇な扱いとなる。この家に限っては通例が通じない事もないとはいえない。元より常識というものは唐突に崩れ去るもの。

 (くだん)の模擬試合を経た銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアは金髪の赤子アルトリウス・エチェバルリアを大層溺愛した。

 普段の彼は冷たくて硬くて大きな幻晶騎士(シルエットナイト)にしか愛情を注がない冷血人間と思われていた為、他の友人達からかなり驚かれた。

 今年で十五歳となり大人の仲間入りを果たしたエルネスティだが急な変化は弟に対してだけであり、相も変わらず幻晶騎士(シルエットナイト)愛は健在である。

 大事故を起こした事もあり、自宅謹慎めいた通達を言い渡されたものの机上での模索は禁止されなかった。それゆえに時間があれば図面を引き、専門書の読み込みに新技術の論文制作と()()()()()忙しい日々を送っていた。もちろん、睡眠時間はちゃんと確保している。――たまに弟が夜泣きを起こす日を除けば(すこぶ)る健康的な日々だ。

 

「アルちゃん可愛い」

「そうでしょうそうでしょう。例え女の子でも僕は同様に可愛がりますよ」

(エル君が普段、女性に興味を持ったところ見た事ないんだけど。お姉さま(ステファニア)に抱き着かれても無表情だったくせに)

(……さすがに自分の妹なら可愛がるよな。これで幻晶騎士(シルエットナイト)にしか興味を持てないんだとしたら弟が可哀想だ)

 

 自分達と触れ合うので気にしたことは無かったがエルネスティは意外と淡白である。それは全く変化に乏しいシズ・デルタと大差がないのでは、と思うほどに。

 人間に全く興味を持たないほどであれば友人として付き合う事は到底できないけれど、そこまで徹底した冷血漢ではないのは安心する材料である。

 まだ生まれて一年も経たないアルトリウスを抱えるエルネスティ。既に弟の為の玩具作りは始まっていた。

 金属製だと肌を痛めるというので幻晶騎士(シルエットナイト)に関するものは殆ど置いていない。代わりに造形が単純で口に入れられないものが置かれている。

 エルネスティが幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を持ったのは五歳くらいの時期。アルトリウスが幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を持つまでまだ幾分か時間がかかる。それに言葉もまだ話せないし、一人で歩くこともままならない。食事は離乳食。

 なにより赤子は病気にかかりやすい。

 

「セラーティ侯爵という父親は俺達の小さい時は可愛がってくれたのかな」

 

 普段は厳めしい顔しか見たことがない。いかにも貴族という風体の人間が(めかけ)の子をどのように扱っていたのか、アーキッド達には想像できない。

 本家の兄姉のうち歳の近い兄の一人バルトサールとは険悪の中だ。今は騎士団に入っているのでどうしているのか――興味が無いので知らない。

 だからというわけではないがエルネスティの可愛がりが羨ましいと思った。

 

        

 

 弟ではあるが自分の息子ではない。四六時中アルトリウスを弄り回すのも健康に悪いのでほどほどにする。

 今は謹慎状態に近いので、朝から面倒を見ることが出来る。

 午後からは友人を交えた交流が主だ。これは別に強制力は無いけれど身体の調子を見る上で決定された措置だった。なにしろ内臓破裂に至ったのだから『治ったので今は平気です』と笑顔で言おうものなら殴られる状況だ。しかも王命も付与されているので拒否権は無い。

 健康診断の期間はおよそ一ヶ月。度重なる不測の事態込みで。

 

「……で、エルは高等部に進学するのか?」

 

 中等部は卒業した。その後は比較的自由に過ごせる。成人扱いにもなったわけだし、就職活動に専念してもいいし、騎士過程を受けるために高等部に進学することも出来る。進路を自由に選べる。

 エルネスティならば当然本格的に騎操士(ナイトランナー)を目指すものだと思っていたが彼は悩んでいるようだった。付き合う形のオルター弟妹は今のところ進路を保留にしている。実家(セラーティ侯爵)からも催促は無い。

 

「進学しなくても独自に修練は積めますからね。もし許されるならば国機研(ラボ)に行きたいです。操縦もいいのですけれど……、幻晶騎士(シルエットナイト)の製造にも関わりたいので」

騎操士(ナイトランナー)騎操鍛冶師(ナイトスミス)の兼任って事になるのか。そんなこと出来るのか?」

「エル君なら出来そうだけど……。また無茶しそう」

「……それは否定できませんが……。情熱が暴走するのは若気の至りなのです」

 

 前回は秘密裏に制作し、協力者を募るのも制約があった。今はそれが無くなり、危険そうなものは専門機関に委託できるようなった。

 アイデアがいくら斬新でもそれが使えなければ危険物と大差ない。それについてはエルネスティも認めるところ。

 最新の発明である『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』は国機研(ラボ)にて鋭意解析され、小型化、効率化に向けて検討、議論されている。疑問点は制作者当人に質問状として送られてくる手筈だ。

 国機研(ラボ)のある城塞都市デュフォールは現在、新機軸の発明品によって大混乱に陥っていた。

 

国機研(ラボ)もそうですが思考が硬くなっているせいで応用力が乏しいんですよね。忠実に再現する技術が高いのに……。模倣が駄目とは言いませんが……)

 

 送られてきた手紙を読みつつ解答用の文章をしたためる。その様子をアデルトルートが覗き込むように眺めた。

 部外者には見せられないがオルター弟妹はすでに関係者扱いになっているので幻晶騎士(シルエットナイト)関連の書類を見ても(見せても)咎められない。もちろん、口外秘は守らなければならない。

 

        

 

 日がな一日自宅待機しているわけではないエルネスティの日課の一つに鍛錬がある。それは長く付き合っていたオルター弟妹にとっては日常的なものだが他の者はそうはいかない。

 ある日、正式な騎操士(ナイトランナー)である筈のエドガー・C・ブランシュ、ディートリヒ・クーニッツ、ヘルヴィ・オーバーリが重武装ともいえる幻晶甲冑(モートルビート)を着込んでエチェバルリア家の庭を走り込んでいた。

 貴族でもあるエチェバルリア家の敷地はそれなりに広い。(マティアス)騎操士(ナイトランナー)の教官でもあるので鍛錬用の敷地がいくつか存在していた。その一つを彼らが利用している。

 

 エルネスティ式魔力(マナ)増強法。

 

 方法論としてはそれほど難しくない。日常的に身体強化(フィジカルブースト)を使用するだけ。ただし――いきなり身体強化(フィジカルブースト)を使う事は難しいので魔法についての講義から始めなければならない。

 当たり前のことだと思われるが基礎は大事、という理由で勉強を半ば強引に受けさせた。

 エドガー達はその勉強を終えて次の段階に進んでいた。

 

「皆さん、最初の時よりも動きがいいですよ。順調に体内の魔力貯蓄量(マナ・プール)が大きくなっている証拠です」

「当初よりも苦にならなくなったのは事実だが……。才能頼りだった頃の騎操士(ナイトランナー)達が哀れに思うぞ」

「これは国家の秘事ではないので広めて下さって構いません。というより僕は高等部に進学していないのでなんともいえないのですが」

 

 エルネスティの方法論に才能は関係ない。やる気があれば誰でもできる。そういう点では非常に有益なものであった。

 ただ、魔法術式(スクリプト)の構築は得手不得手があるので一様な向上は見込めない。それは元日本人であったエルネスティにも覚えがある。

 

 理解度の差だ。

 

 出来ない人間は何年経とうとも出来ない。出来る者は数秒で出来てしまう。

 そして問題なのはそれを相手に理解させることが一番困難なものであるということ。

 

(僕が当たり前のように出来る事も相手には何のことかさっぱり分からない。どれほどの時間を割いて教えても日本人に爆炎球(ファイアボール)が放てないようなもの)

 

 こちらの常識はあちらの非常識。それはどの世界であっても通じる概念の様な――

 理解されないのは悲しいけれど仕方がない時もあるのかな、とうっすら銀髪の少年は思った。

 

        

 

 殆ど揺り籠の中で生活する弟は可愛い容貌だが、ずっと見つめていると急に泣き出す。無理な接触もよくないとメモに書いていく兄のエルネスティ。

 様子だけ見ていれば優しい兄にしか見えない。この銀髪の少年が国王や貴族を巻き込んだ幻晶騎士(シルエットナイト)の新型開発の責任者とは到底見えない。そして、その頭脳は国の宝として守るべきとの意見も出始めている。

 正体が少年なので身の回りの護衛にも気を使わなければならない。暫定的にシズ・デルタが矢面に立つ事で目を逸らす手段が講じられている。

 対外的にも余計な敵を大人が引き受ける形となった。それにエルネスティは申し訳ない気持ちを抱きつつシズに必要な書類を提出する。内容は既製品の解説書である。

 

(……僕に魔の手が来るのは構わないけれど、アルトリウスはまだ自衛が出来ません。……ここは素直に大人に頼るべきですよね)

 

 精神年齢で言えばエルネスティも充分大人なのだが。

 常識の乖離は埋めなければならない。そこは他人事のように無視できる問題では無かった。

 進学シーズンは既に去り、自宅に入り浸りのエルネスティではあるがオルター弟妹やエドガー達を護衛に付ければ外出することは許されている。単に単独行動さえしなければいい。

 弟の面倒を見終わった後は学園に向かい、今も幻晶騎士(シルエットナイト)開発、整備に邁進しているドワーフ族たちの様子を見る。

 試合の報酬としてより大きな工房を貰えることになり、それは今も建設中であった。

 

「おお、銀髪坊主。外に出てもいいのか?」

 

 人間以上に太い身体と筋肉を持つドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンが手を振りながら挨拶してきた。

 通称である親方がすっかり戸板に付き、名前で呼ばれる事が殆ど無い。精々、教師連中が呼ぶ時くらいだ。

 

「いいんですよ。見張りは必要なのですけれど。……半数以上の幻晶騎士(シルエットナイト)が移送されてすっかり寂しくなりましたね」

「ここで整備するには心許ないからだろ。代わりに国機研(ラボ)の新型が届いているぜ。知見を寄こせってな」

「それは楽しみですね。分解してもいいってことですよね?」

「……壊していいとは言われていない。後で持ち帰るって話しだからな」

 

 親方の言葉を半分も聞き流してエルネスティは早速新型機であるカルダトア・アルマが座る場所に駆け出した。

 他人が作る新型がどういうものか、実際に触れて確かめる機会に恵まれて瞳がいつも以上に輝いた。それも国機研(ラボ)の許可が出た幻晶騎士(シルエットナイト)だ。調べない理由は無い。

 

(ああして生き生きとした面を見ると安心するな。やっぱり坊主に幻晶騎士(シルエットナイト)がよく似合う)

 

 謹慎している間は幻晶騎士(シルエットナイト)に触れられないので、さぞかしげっそりとした状態だろうと危惧していたがオルター弟妹の話しによればアルトリウスの存在のお陰で大事(だいじ)には至らなかった、と。

 つい、幻晶騎士(シルエットナイト)バカにしては珍しい、と思ってしまった。なにせ、大事な玩具を国から取り上げられたも同然なのだから。

 

        

 

 制式量産機『カルダトア・アルマ』は国機研(ラボ)が造り上げた、およそ一〇〇年ぶりとなる新型機である。しかし、それは既に過去のもの。

 学生達の協力もあり、更なる機能向上を図る計画が持ち上がっていた。

 元より向上した性能はかなり高く、今以上というのは正直に言えば難しい代物だ。だが、エルネスティに触らせればどうなるか――

 

(学園ではできなかった魔力貯蓄量(マナ・プール)の問題がかなり改善されています。特殊な工具でもあるのでしょうか)

 

 設計図と実機の内部構造を見比べながらおかしな点が無いか点検していく。

 特殊な装備の無い汎用性に優れた機体は存在するだけで美しい。所謂(いわゆる)、機能美というものがある。だが、画一的な機体というのは面白みに欠けるものだ。

 背中に取り付けた補助腕(サブアーム)は改良された形跡が無いので、新装備ではあるけれどそれ以上を目指す事を諦めたように感じられる。

 全体的な感想としては新発想を基にしたが全体的なバランスを取るので手一杯。

 

(元より人型からの脱却は硬化した思考では難しいものです)

 

 仮にここから更なる発展を見せろと言われれば大勢の技術者は頭を痛める。結果として更に一〇〇年ほど経過しても作れないのではないか、と。

 だが、エルネスティであればもっと短い期間で造る自信がある。その理由は単純で多種多様なロボットを――玩具ではあるが――見て来たし、作ってきた。それを現実にどこまで落とし込めるかが問題だが、可能性はかなり高い。

 

(ベースとなる機体はカルダトアだとして……。僕達も新たなベース機体(素体や筐体)を造るべきでしょうか)

 

 大掛かりになる場合は新造の砦で(おこな)わなければならない。それが無い今は案だけ書類としてまとめるのが最善。

 大規模な開発は出来ないが、解析する楽しみは残っていたのでエルネスティとしては不満は無かった。

 鼻歌交じりにどんどん書き込まれる様子に国機研(ラボ)から出向していた技術者たちは驚愕していた。何故、そんなに簡単に改善案を書けるのか、と。

 興味本位で尋ねてみた。

 

「確かに完成品には違いがありませんが……。それは一つの筐体が出来たって話しで、ここで終わりというわけではありません。物凄い道具を作り、それで更に物凄い道具を作る。その繰り返しです。可能性の追求に終わりは無いですよ」

「……つまりまだこのカルダトア・アルマは進化できると?」

「可能性で言えばありますと言えますが……。操縦する騎操士(ナイトランナー)はどんどん困ってきます。対応の速度も調整しないと。僕でも扱えない高性能すぎる機体では折角作っても扱えない事になってしまいますので」

 

 かといって質を上げ続ければ騎操士(ナイトランナー)がどうなってしまうのか想像するのが怖くなる。

 物事の発展はやはり急加速では駄目だ。その調整は流石にエルネスティも苦手とするところ。だからこそ情報の共有と討論、使用試験は大事である。

 ボタンを一〇〇〇〇回押すだけの試験装置が良い例だ。地味ではあるが無くてはならない。

 

(プログラマーで言うところのテスターの存在ですね。バグ取りも大事ですがバグ探しも輪をかけて大事です。予期せぬ挙動は見た目では分からない。時に人海戦術は有効である……)

 

 三か所の改善案と七か所の問題点を記入し終えたところでシズ・デルタの存在を思い出す。それを尋ねると相変わらず教鞭を取っている、とのこと。

 いつもと変わらぬ地味さ加減に(むし)ろ安心した。――地味なのは国王の話しでの印象だ。あの人(シズ)ほど特異な人は他に居るのか疑問である、と。

 それとライヒアラ騎操士学園に居る学生のシズの事も気になった。同じく地味な一族である為か、全く情報が得られない。いや、記憶に残らないくらい存在感が薄い。

 見た目はとても目立つはずなのに、不思議な事だ。

 

「学生のシズさん? ああ、居たね、そういう人が」

「……特に噂らしいのは聞かないな。凄い天才児だぁ、みたいなのも……無いな」

 

 勉強も魔法も特段の噂が出ない学生というのはありえるのか、と言われればありえる。

 一般的な学生はそもそもエルネスティ達の様な膨大な魔力(マナ)を持つような鍛錬はしていない。教師に歯向かう事も無ければ勝手に幻晶騎士(シルエットナイト)の開発に関わろうともしない。

 平凡に教育を受けて卒業していく。

 

        

 

 新学期を終えて数か月が過ぎる頃、東側に位置するフレメヴィーラ王国の最奥では魔獣たちの群れが騒ぎ出す。それと並行して西方諸国も呼応するように各地で小競り合いを勃発させた。

 それらを天上から眺めるのは至高の存在達だ。今日は一部が休眠期間に入り、顔触れも色々と変わっている。

 惑星規模の大震動が治まり、次の異変まで幾分かの余裕が生まれた。長い年月の観察対象に置いて数年た院の事変は(まれ)な現象である筈だった。こういう時は世界が何らかの警鐘を鳴らしているものである。

 

「……浮遊大陸に巨人族。西方諸国の利権争い。急なイベントの発生だな。ここ数十年は静かだったのに」

「……眼下の世界が何をしようともここは安全です」

 

 報告に来たメイドが(うやうや)しく(こうべ)を垂れながら言った。

 活動している殆どがメイド達である。だからといって数万人も狭い場所に押し込められているわけではない。

 活動する者と長期睡眠する者とに分かれている為、実際の人数はとても多いのは間違いないけれど。

 

「そろそろシズ・デルタにも帰ってきてもらわないと。大して動かないなら本体だけ送り返せと言っておけ」

「承知いたしました」

(学園生活でも楽しんでいるのか。それはそれで良い事だ。ならば友人も送りたくなるが……。誰がいいかな? 起きた途端に発狂されては困るけれど……)

 

 一部の人間は数万年単位の生活に耐えられない。ごく一部ではあるが起きた(覚醒した)途端に憤死するケースが僅かばかり存在する。

 人間は忘れる事の出来る生物である筈なのに不思議な事だ、と呆れた事がある。

 

「第一候補はネイアだが、レメディオスも捨てがたい。いや、あれはただうるさくなるだけか……。大半は食用に回しているからな……」

 

 生物は基本的に食用が多い。それは事実だ。うっかり間違う事も至高の御方の中では珍しくない。

 前者のネイアの他にも人間の素体はいくらか存在する。無ければ取り寄せるだけだ。

 自らが異形種となってから感覚に齟齬が目立つ。そして、それを自覚しているからこそ困惑する。

 人間に対する感じ方に。

 

(現地の人間達ともう少し交流を持たないと駄目か。俺達が下りても混乱させるばかりだもんな。そもそもシズ達の(あるじ)が降臨すると思われている可能性が高いし。……安易に降りねーよ、バーカ。……どこのジュブナイル(ラノベ)だ)

 

 既に降り立ってしまった『るし★ふぁー』は報告が無いけれど下界で長期睡眠に入ったらしい。適度に起きると思われるが寝ていてくれた方が端末たちも動きやすい。

 彼の側にはナーベラル・ガンマが居る。何かあれば連絡を寄こす手筈になっている。

 

        

 

 高等部への進学について色々と悩んだものの原点回帰として学園生活を続ける事をエルネスティは決意する。とはいえ、学士課程の殆どは既に修了している。今更感はあるが新たな出会いがあるかもしれないし、取りこぼしの知識も否定できない。

 体調管理を疎かにしない事を両親共々に約束して懐かしのライヒアラ騎操士学園に向かう。

 学園長の孫という立場を最大限利用し、遅れを取り戻すのではなく楽しむ事も織り込むことにした。

 

(遅れてきた転入生みたいで恥ずかしいですが……)

 

 新調した高等部の制服をまとい与えられた教室に向かう。そこで彼は気づいた。

 中等部時代に一度は高等部の教室に来たことを。その時は早く幻晶騎士(シルエットナイト)の事について知りたい一心だった。今から思えばかなり無茶な事をしたと頬が赤くなる。

 

「今年から皆さんと共にお世話になるエルネスティ・エチェバルリアです」

 

 大半はエルネスティの事を知っている。知らない人間を探す方が難しいくらい。

 軽く教室を見回すと赤金(ストロベリーブロンド)の少女の姿は見当たらない。――確か一個か二個下の学生だったと思い出す。

 あまり他人の事を頓着していなかったのに今更気にするのもどうかと思い、現実に目を向ける。

 オルター弟妹は本格的に騎操士(ナイトランナー)になる訓練を受けている。共に同じ学部とも思ったが――

 彼らは知識よりも肉体面が得意分野で、エルネスティと共に同じ教室に居るのはかえって邪魔をするかもしれない。どの道、工房で顔を合わせる事になるし、寮生活しているわけではないので自宅でも会える。特に今はアルトリウスの面倒に熱心でもある。

 席に着いたエネスティは今まで疎かだった歴史の勉強から始める事にした。合間に思いついたことをこっそりとメモ帳に記していく。

 休憩時間になれば多くの学生達に幻晶騎士(シルエットナイト)でどんなことをしていたのか質問を受けるようになる。

 専門用語が多数出ると理解を放棄した者が脱落するが何人かは残った。自分で整備するする関係で覚えなければならないと思っている生徒だ。それ以外は単なる拍付けの貴族である可能性が高い。

 

「エル君は生徒会長に立候補したりするの?」

「……いいえ。そういうのに興味はありません」

 

 授業が終われば自宅に戻り弟の面倒を見る。以前であれば工房に行きたいので、と言うところだが今はさすがに言わない。

 当初より空気が読めるようになったからだ。

 作りたいものをいくつか完成したお陰で周りを見る機会が増えた。それによって自分がいかに無茶な事をしていたのか思い知る。

 さっさと帰る時もあれば新しい友人関係の構築も大事だと思う時もある。都合がいい事に半数以上は貴族の出だ。資金確保のスポンサーになってもらえるかもしれない。

 先日祖父を介してクヌート公爵に打診した内容に対して良い返事が届いた。

 

(学生身分でトントン拍子に調子に乗った事についての説教がありましたが……。若気の至りとして許してほしいも手のです)

 

 オルター弟妹の父親であるセラーティ侯爵は見た目から堅物そうな印象を受けるが話しを聞かない程、硬い頭では無かった。

 破天荒な機体を造る事で生まれる弊害を危惧されていた。その点については納得し反省する所である。

 

        

 

 午前の授業を終えて食堂に向かう時、物陰から女生徒が声をかけて来た。

 見た目は鉄仮面とあだ名されるシズ・デルタの印象に近いが、こちらは割合血の通った人間に見えた。

 第一印象がまるで違う。シズは見た瞬間に非人間的だった。

 

「……少々お時間を頂けませんか?」

 

 そう言う彼女は同じ教室には居なかった別の学生だが、初見である事は間違いない。

 秘密の話しという事で少し警戒するものの撃退の技はいくつか持っている。それにエルネスティには護衛が付いている事も本人は知らされていた。

 多くの学生に交じって内と外で何人か見回りをしている、という事だった。誰が護衛かはエルネスティも把握していいな。

 相手の要求に頷きで応え、向かった先は倉庫の様な教室だった。

 外に出て物置にでも連れて行かれる場合は流石に魔法を使う。

 

「……着いて来てくださり、ありがとうございます」

 

 女生徒は軽く周りに気を配った後、エルネスティに向かって片膝をつく臣下の礼を取る。

 その身のこなしから只者では無い事は窺えるが、当事者となると自然と緊張する。

 

「私はエルネスティ様の見回りを守護する人についている者です」

「そうですか」

「御用聞きは私が(おこな)うことになっております。こちらをどうぞ」

 

 学生服の内ポケットから丸めた羊皮紙を取り出して、そのままエルネスティに差し出した。

 それは国王の印章によって封蝋された命令書のようなもの。

 中身を確認すると彼女の立場、どういう存在であるかが書かれていた。

 

 藍鷹(あいおう)騎士団』

 

 フレメヴィーラ王国を陰から守護する秘密組織。その全貌は秘匿されているが彼女のように表に顔を出せる者も中には居る。そうでなければ生活が出来ないし、誰と連絡を取りつけるのか分からなくなる。

 

(その藍鷹騎士団が護衛の人なのですね。学生に紛れて……。ご苦労様です)

「えーと、貴女は国王陛下との橋渡しが出来る人間なのですか?」

「……いいえ。命令を受ける時はそうなのですが、私共はクヌート公爵様直下の騎士団でありますれば……。かのお方(クヌート公爵)を介するのが基本でございます」

 

 抑揚の無い言い方で女生徒は答える。

 首元で切り揃えられた藍色の髪の気は外がに跳ねたクセっ毛。赤い瞳。儚げであり、表情の乏しい容貌。

 長身であることが実に羨ましい、と。

 歳のころは高等部高学年程に見える。

 

「学園に居る間はノーラとお呼び下さいませ。私の任務は主に連絡要員でございます」

「承知いたしました。……ところで。先輩、なのでしょうか?」

「表向きは同級生でございます。こうして二人きりの時は敬語にて失礼いたします」

 

 任務に忠実な騎士という印象を受けた。

 自己紹介が目的のようで緊急連絡などは無いとのこと。

 彼女『ノーラ・フリュクバリ』以外の人員の情報は例えエルネスティでも明かせない事を謝罪してきた。

 

        

 

 秘密工作員たる藍鷹騎士団の任務は不審者の捜索と排除。要人警護。それ以外は機密が多い案件となっている。

 一般的な騎士団は幻晶騎士(シルエットナイト)を持ち、魔獣討伐に精を出す。あの国家の精鋭アルヴァンズもその一つだ。

 だが、藍鷹騎士団は任務内容から目立つ幻晶騎士(シルエットナイト)を所有していない。

 興味があったので質問したら色々と教えてくれたのはエルネスティが既に国の宝と化しているからだ。

 ノーラは任務に戻り、エルネスティは食堂に向かう。その後、別の組織からの引き抜きの様な事態は起きなかった。

 

(公爵ともなると直通で手紙のやり取りは出来ませんか。僕がエチェバルリア家の人間だから、ということも……)

 

 藍鷹騎士団から渡された手紙は学園の中で気軽に確認する事は出来ないが、召集令状ではないのは分かった。顔合わせを兼ねた報告だと受け取る。

 今後の予定として三年間は学業に専念する。それ以降は幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる。

 大まかに言えばそれだけだ。

 この世界に転生してどこまで自分の趣味が出来るのか分からないし、世界が混沌としてしまうのも困りもの。

 平和が一番。でも、何らかの形で様々な幻晶騎士(シルエットナイト)に触れ合いたい。

 

「……一番は戦争ですか……。それは困りますが……発展は早まります」

「何が早まるって?」

 

 そう声をかけて来たのは高等部にて同じ教室に居た男子学生の一人だ。まだ全員の顔と名前は憶えていないが見覚えはある。

 人より大型機械にばかり興味が向いていた為、対人関係が(おろそ)かになっていたのは不味いと思った。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)への今後の展望ですよ」

「そういえばエチェバルリア君は既に開発に携わっているんだよね?」

「ええ、まあ……。なりゆきでそうなりました。今は学業に専念する予定です」

 

 見目麗しい銀髪の少年の噂は既に学園に広まっている。尚且つ尋常ではない魔法の使い手としても有名だった。

 学生時分で上位魔法(ハイ・スペル)を扱う者は数が少ない。それゆえにとても目立っていた。

 卒業生の話題も脅威の新入生でもちきりだった、と。

 

「そういえば騎士は特定の騎士団に入らないといけないんでしたか?」

「……多くの騎操士(ナイトランナー)は大抵どこかしらの騎士団に所属しているよ。(むし)ろ、所属していない騎操士(ナイトランナー)は見たことも聞いたことも無い」

 

 エルネスティは特定の騎士団に入りたい願望は無く、幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦するのが騎操士(ナイトランナー)である、という認識しか持っていない。

 もし、この前提が崩れると入りたくもない騎士団に入らざるを得ない事態になってしまう。かといって入りたい騎士団に覚えは無い。

 エドガーもディートリヒも騎操士(ナイトランナー)ではあるが特定の騎士団に入っているとは聞いていない。

 

「資格を持っているだけで入団がまだの騎操士(ナイトランナー)じゃないか。高校生では騎操士(ナイトランナー)になれても騎士と名乗ることは出来ない。彼らは多分、払い下げの幻晶騎士(シルエットナイト)を使わせてもらっているだけだと思うよ。正式な騎士は卒業してからという……」

 

 学生の内は騎操士(ナイトランナー)までにはなれる。それ以降は己の実力でどこかしらの騎士団に入って活躍する。

 学生との違いは幻晶騎士(シルエットナイト)の扱いに対する自由度ではないかと予想する。もちろん、厳しい規則や訓練がある正式な騎士はエルネスティからすれば制作に携わる時間を奪られるので、躊躇ってしまいそうになる案件だ。

 

(僕みたいに趣味で幻晶騎士(シルエットナイト)に乗ろうというのは騎士達から見ればとんでもないことなんでしょうね。王国を守護する為の幻晶騎士(シルエットナイト)を私的利用するのは(まさ)しく不敬罪……。それでは多くの諸侯貴族に怒られるわけです)

 

 脳裏に浮かぶのは厳めしいクヌート公爵だ。子供の玩具ではないのだぞ、という怒声を最近聞いているので脳内に響いた(リフレイン)

 もっと動きやすくするから魔導演算機(マギウスエンジン)を解析させてください、と言っていた自分の所業を思い出すと顔が真っ赤になってしまう。今でこそ理解できる不敬の数々が蘇ってくる。

 

(……なんだ? エチェバルリア君の顔が唐突に真っ赤になったぞ)

(おしっこでも我慢しているのかな?)

(男同士の恋愛話し? あの人たち何してんの?)

 

 有名人であるエルネスティの様子が急変したことに他の学生が様々な憶測を抱いて小さな呟きが重なり騒然となる。

 しかし、当人(エルネスティ)は周りの喧騒が耳に入っていなかった。

 

 



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#032 クシェペルカより

 

 エルネスティ・エチェバルリアが高校生活を始めるのと並行して西方諸国に出向しているシズ・デルタの一人が高貴な者の付き添いとしてフレメヴィーラ王国へと向かっていた。

 各国に派遣されている彼女達は間者(スパイ)として疑われないように端末同士の情報共有は基本に禁止されている。――ただし、位置情報だけはある程度公開されていた。

 先日、クシェペルカ王国に留学していた国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラの孫にあたる『エムリス』が帰郷し、その後を追う形で移動する集団があった。

 彼らの目的は外交である。

 何機かのクシェペルカ製幻晶騎士(シルエットナイト)を護衛に付け、長い距離をゆっくりと進んでいた。

 途中、魔獣や何らかの目的を持つ盗賊などに襲われるものの旅自体は順調だった。もちろん、不測の事態を避けるために先方(フレメヴィーラ)に救援要請を早馬にて知らせている。

 

「私、かの国に行くのは初めてなのですけれど……。魔獣の多いところなのですよね?」

 

 白磁の如き透明感のある素肌に腰にかかるほど長い金髪。慈愛に満ちた碧眼。それは紛うことなき一国の姫君――

 その容貌も端正にして美麗。しかし、まだ幼さの残る少女でもあった。

 未知のものに興味を抱く好奇心を臆面もなく発揮しているのはクシェペルカ王国の姫『エレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ』であった。

 

「奥地には魔獣がたくさんいる。だが、街中まで来させはしないさ」

 

 男勝りの喋り方でエレオノーラの相手をするのはクシェペルカ王国に嫁いだアンブロシウスの娘『マルティナ・オルト・クシェペルカ』だ。

 赤毛であり、父に似て快活な女性だ。何事か起こっても慌てることなくどっしりと構えているような雰囲気を醸し出している。

 馬車にはもう一人――マルティナの娘イサドラが居た。年の頃はエレオノーラと同じく今年で十六となる。二人は親戚同士で仲が良く、いつも一緒に行動する。

 

「窓から景色を見るのは結構ですが……。揺れておりますので、ほどほどに」

 

 メイドのシズに言われ、エレオノーラは視点を空から道に移す。

 長期間の馬車移動はいくら王家仕様といえども尻が痛くなる。それと場合によれば車酔いに陥る。旅に慣れている者でも必ず休憩するので油断は禁物である。

 なにより馬車の周りを巨大な人型兵器である幻晶騎士(シルエットナイト)が追随している。余計に振動が伝わってしまう。

 

        

 

 いくつかの賊が現れたが旅自体は順調であった。特にフレメヴィーラ王国の領内に入った途端に雰囲気ががらりと――比喩ではなく――変わったような安心感ともいえるものに包まれた。

 オービニエ山脈によって東西に分かたれたクシェペルカとフレメヴィーラ。

 西は人間の国。東は魔獣が蔓延る国。どちらが平和かと聞かれれば西側と答える者が大多数に上る。しかし、それは本当にそうだろうか――

 無数の国々がれぞれの思惑を持ち、様々な兵器開発に(しのぎ)を削っている。そんな中で平和というのは些か早計ではないか。そんな思いで来たエレオノーラ達の目にまず飛び込んできたのは国境を守護する幻晶騎士(シルエットナイト)の差だ。

 関門を潜る前に見たクシェペルカの幻晶騎士(シルエットナイト)と相手の国境に入った途端に見ることになるフレメヴィーラの幻晶騎士(シルエットナイト)の印象の差は歴然と言っても過言ではない。どう見てもクシェペルカよりも高性能であることは動きからも読み取れる。

 久しく故郷に戻っていなかったマルティナが感嘆の吐息を漏らしたほど。

 自分の記憶にあるのは制式量産機『カルダトア』と隊長機として使われる『ハイマウォート』である。なのに護衛の引継ぎで共にすることになった幻晶騎士(シルエットナイト)は全く見た事の無い機種だった。それも()()()静かな起動音――振動ともいえる。

 

(……まさか新型機!? いつの間に……)

 

 マルティナの懸念通り、それは国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)が最近開発した制式量産機『カルダトア・アルマ』の発展型『カルディバール』である。機能は少しだけ向上しているが、この機体の特徴はなんといっても従来の制作費よりも低く抑えられているところだ。

 エルネスティが言う所のコストパフォーマンスに重きを置いている。ちなみに、その彼の意見を取り入れて改善を施した機体でもある。

 費用対効果を念頭に置いた新型機の第一号ともいえる。

 安いからと言って性能を犠牲にした、という事は全くない。

 

(……父上……まさか私が居ない間に新型を作らせたのか? それもこれほど高性能なものを……)

 

 自国(クシェペルカ)幻晶騎士(シルエットナイト)に比べると明らかな機能差がある事が目で見てわかる程。

 車酔いの事を忘れて窓に張り付いて見入ってしまった。そんな母の異変にイサドラは驚きつつもエレオノーラと共に新型と思しき幻晶騎士(シルエットナイト)をしばらく眺めた。

 三人が窓に目を向けている間、シズは彼女達が体調を崩してもいいように用意だけ整え、大人しく佇んでいた。

 一週間近くかけてフレメヴィーラ王国の王都カンカネンにたどり着き、まずは旅の疲れを癒す。今日の内に城に行くのは体力的にもきついと判断。これは体力に自信があるマルティナですら休憩を選ぶ。

 

「お嬢様方。街の見物は明日にして湯あみの支度を……」

「私は着る物を見てくるわ。エレオノーラが先に入っていらっしゃい」

「そうですね。まずは湯に浸かり、疲れを取ります。シズも入るのでしょう?」

 

 王女を一人で宿の湯に入れることは出来ない。自国では無いし、お付きがメイド一人だけ。それはとても心細いものだがマルティナが護衛を兼ねて見張ると進言してくれた。

 宿の外には別の護衛が控えている。それと王城に通達も済ませている。

 

        

 

 翌日、軽い朝食をとった後、宿を引き払い国王の居るシュレベール城に向かう。

 何度も馬車移動するのも大変ではあるが外交は他の国の者も一大行事並みに労力と人材を消費する者である。今回は大々的な式典は無く、厳かに済まされる予定だ。

 留学していたエムリスが帰還した時も国を挙げて賑わったことは無い。

 

(……やはり見慣れない幻晶騎士(シルエットナイト)が多い。しかも背中に腕が追加されているなど……)

 

 一見すると軍備を増強したように見える。実際、そう見られてもおかしくない。

 不穏な気配を感じつつ城に向かい、マルティナは到着して間もなくエレオノーラ達を置いて早足で国王の居る執務室に向かった。

 その足取りは長旅の疲れを微塵も感じさせない力強いものであった。

 取り残される形の娘達はのんびりと後を追う。元より駆けられる服装ではないので。

 

「あんなに慌てて……」

「街を見ましたが、不穏というほどの危機感は感じません。何があったのでしょうか」

 

 ふと、二人は背後に控えるシズに顔を向ける。

 尋ねてみても『分かりかねます』と言うのみ。それはそうだと二人は納得する。

 城勤めの従者に案内されてエレオノーラ達も遅れて執務室に到着する頃にはマルティナの叱責するような大きな声が聞こえてきた。

 父譲りの豪快な人なので声が大きい。エレオノーラとイサドラは苦笑しつつ扉をノックし、中に入る。

 御年六〇を越えようとする筈のアンブロシウスは未だに壮健で、武器を持たせれば魔獣狩りに出かけそうな程顔色が良かった。

 

「おお、よく来たな。まずは……適当なところに座りなさい」

「父上……」

「マルティナよ。お主も興奮するでない。軍備の増強というのは別に悪い事ではなかろうて。つい先日に技術者が新型を作った。それだけのことよ」

 

 計画して作ったわけではない、と娘に言うものの信じてもらえない。

 それだけ幻晶騎士(シルエットナイト)の新型機の配置はただ事ではない、とマルティナに思われた。

 それというのも隣国ジャロウデク王国が(まさ)に軍備増強を図り、クシェペルカに圧力をかけてきているからだ。今はまだ小さな小競り合いだが――

 

「国境を通ったならば見たであろうが、折角の新型を遊ばせないための措置よ。国内はまだ総入れ替えする程の数は無い。一小隊(約一〇機)分が完成した程度だ」

「それにしてはあまりにも性能が違いませんか?」

「ほう、分かるか? あれなるは学生が案を出し、国機研(ラボ)が研鑽したものよ」

 

 まるで我がことのように喜ぶ国王。しかし、娘のマルティナは悪い意味に受け取った。

 どう考えても国にとって良くない。それほど新型の幻晶騎士(シルエットナイト)というのは良い印象を受けない。

 

「陛下。新型は学生が考えたものなのですか?」

「そうよ。歳はお主らと変わらぬ。それよりよく来たなエレオノーラ、イサドラ。長旅で疲れておるだろう?」

「……いいえ、それほどでもありません。それよりメイドを入れてもよいでしょうか?」

「ああ、構わん」

 

 軽くお辞儀したエレオノーラは側に控える従者に命令する。王女として自分で行動を起こすのは失礼に当たると教わったので。

 従者は扉の外で待機するクシェペルカのメイドに入出許可を出した。

 入ってきたメイドの顔を見て国王は驚いた。

 歳のころは三〇代ほどの女性。あらゆる特徴がシズ・デルタに似ていた。いや、同一と言っても良いくらいに。

 印象そのものが同じなので変装しているのでは、と思ったくらいだ。しかし、彼女がクシェペルカに居る情報だけは知っていた。そして、フレメヴィーラに居るシズとは別人だが同一の一族である事も。

 それでも実際に目にすると驚かされる。

 

        

 

 入室してきたシズは目上の存在である国王とは顔を合わせずにエレオノーラの背後に控える。これは一般市民が国王と対等ではない証拠。そして、許可も得ずにご尊顔を拝する事は不敬であると教えられているからだ。

 気軽に執務室に居る国王に『こんにちは』といきなり挨拶する一般人は基本的に存在しない。

 

(……話しには聞いていたが実際に目にすると驚かされるな)

 

 何か尋ねた方がいいのか、と思うもののあまり意味が無いとフレメヴィーラ側のシズから聞いていた。

 文化を学ぶシズ一族は担当する国以外の情報を基本的に共有しない。国の要人に疑われれば活動しにくくなるからである。そしてそれは確かに真理を突いていた。

 クシャペルカのシズはメイドの仕事をしている。それも長い期間、エレオノーラ達の身の回りの世話をしている。それ自体はマルティナ達の手紙で聞いていた。

 今年から急に疑わしい行動を取り始めた、とか物騒な事は無く――

 

「どうかされましたか?」

 

 真剣な表情になったアンブロシウスにエレオノーラが心配そうな顔で尋ねた。

 視線の先に居るシズは己に与えられた仕事を全うしている。そこに疑いを抱けば誰もかれも疑わしくなる。

 国王とて頭では分かっていた。

 

「……なんでもない。そのメイドが知り合いに似ててのう」

「そうでしたか。幼少の頃から身の回りの世話をして頂いております。父上もその仕事ぶりに信頼を寄せるほどですわ。今では多くのメイドを従える重鎮となっておりますの」

 

 自慢のメイドだ、と嬉しそうに語るエレオノーラ。興奮状態にあったマルティナも思わず表情がほころぶほど。

 ただ、イサドラは常に沈着冷静で笑わない所が不満だと述べた。確かにアンブロシウスの想像通りのシズであれば面白みに欠けるところは否定できない。だが、仕事は優秀である、その筈だ。

 

(……自発的に喋らんところから、わしが命令した方がいいのか? いや、無理に聞き出すのは無粋か。……確かこのシズは一人だけだったな)

 

 災害時に現れた多くのシズを除けば各国には一人ずつしか居ない事になっている。これは無理矢理言わせたところがあるのでこの国のシズは実に不満そうだった。

 一つ二つ疑われるのは想定内だが、そのうちに加速度的に疑われて何もできなくなる。それが間者(スパイ)であればアンブロシウスも徹底的に疑うが――そうではない目的の場合は話しが変わる。特に災害時のように。

 判断基準を設定するのがお互いに難しいところがもどかしい。

 

「我が孫共々長きに渡り世話をしてくれているそうで……。礼を言うぞ。これからも励むが良い」

 

 そう言うとメイドのシズは目を伏せたまま軽く(こうべ)を垂れるのみ。

 その後、お前は幻晶騎士(シルエットナイト)に興味は無いのか、とつい口が滑った。言った後はもう後の祭りだ。

 マルティナ達も首を傾げて何を言っているのですか、と怒り出した。

 

「あいや、すまん。こちらのシズは幻晶騎士(シルエットナイト)に携わっておるからな。そのメイドも興味があるのかと思って……」

「そうでしたか。いえ、父上。その口ぶりだとシズは何人も姉妹が居ることになりますよ」

「実際に居るのだ。アウクスティ王やフェルナンド大公は何も聞いていないのか?」

 

 アウクスティは現クシェペルカ王国の国王でフェルナンドはマルティナの夫であり国王の弟君である。今は大公として王の補佐を務めている。

 マルティナの記憶ではシズは王族付きのメイドではあるが、それ以上の詳細は聞かされていない。特段の仕事を頼んでいる節も見当たらない。裏の仕事が無いとは言わないが――

 夫婦仲は良いし、フェルナンドがシズを極秘に徴用している事は――機密に相当するような(たぐい)の情報――聞いたことが無い。

 周りを軽く見回した後、マルティナはシズに発言を許した。

 

「……陛下のおっしゃる通りでございます」

 

 何のためらいもなく玲瓏たる声でメイドのシズは言った。

 しかし、それだけだ。長い説明があるものと身構えたマルティナは話しが終わった事に拍子抜けした。

 

「そ、それだけか? 他に何か言い様があるだろう」

「そう言われましても……。具体的には何とお答えすればよいのやら」

 

 上司に満足な答えを出すのが難しいと軽く首を傾げながら困惑するシズ。その仕草は実に自然なものであった。

 姿や姿勢だけ見れば普段通りのシズである。何もおかしな点は認められない。

 そもそもシズは物静かなメイドだ。無駄口を叩かず、仕事は丁寧。配下のメイド見習の信頼も厚い。なにより、仕事熱心さでは憧れを抱かれる程の人気者だ。

 

(かの国では『シズ一族』の事は伏せられているのか。別に公開したところで……。いや、公開しないからこそ不自然さが無いのか)

 

 フレメヴィーラ側は少々強引に聞き出したので色々と立場がぎこちなくなってしまった。

 それ以外ではこちらのシズも仕事熱心であるといえる。本来、仕事の鬼はそうであるべきだ。

 

「聞き方を変えよう。そなた、メイドの仕事に何の楽しみを抱いておる? 与えられた命令を順守するだけで満足なのか?」

 

 国王自らの発言に戸惑うシズ。通常であれば質問されれば答えなければならない。だが、相手は国王である。例え国王の命とはいえ安易に発言する事は不敬だ。――ここに貴族諸侯が居れば咎めているところ。だが、それらの人材は無く、今は身内だけだ。

 シズはクシャペルカ側で一番の目上であるマルティナに顔を向ける。

 彼女が発現の許可を与えると軽く頭を下げる。

 

「……はい。陛下のおっしゃる通りでございます。私は与えられた仕事を十全にこなすことを喜びと致します」

「……嬉しそうには見えないが……」

「父上。そう揚げ足取りの様なことを……。それではシズが困るでしょう」

「……いいえ、マルティナ様。喜怒哀楽の感情表現が乏しいのは事実でありますれば……。申し訳ない次第でございます」

 

 クシェペルカに居る時のシズは確かに笑ったり泣いたり、怒ったりする顔はほとんど見たことが無い。仕事中だから、ということもある。それにエレオノーラ達も疑念を抱いたことは無かった。

 近衛の者達も普段から厳めしい顔をしていたので。大人はそういうものだと認識していた。

 

        

 

 他国の事ゆえシズ一族について暴露するのはかえって彼女の立場が危うくなるのでは、と思いアンブロシウスは質問を切った。しかし、既に行ってしまった事は覆せない。そうなると帰国した後の処遇は場合によれば悪化するかもしれない。

 今まで何の問題も起きなかったのに自分の発言のせいで――そう思うと申し訳ない気がしてきた。

 

「陛下。この国に居るシズはやはり王族付きのメイドなのですか?」

「いや、何世代か様々な職種についておる。一人は学生。一人は幻晶騎士(シルエットナイト)の設計……。後はよく分からん」

 

 イサドラは驚き、マルティナはメイドのシズに疑わしそうな顔を向けた。

 ここに来る前に見た幻晶騎士(シルエットナイト)と関連するのか、と言いたそうな顔だ。

 それらに対してシズは特に反応は見せず、大人しく佇んでいる。その精神的な豪胆さとも言うべき不動の心に感心した。

 

「話しを変えるが……。マルティナよ。そう疑わしく思うてやるな。この者達も色々と事情があるのだ。わしは偶々(たまたま)それらを知る機会を得た。この者も同様である筈だ」

「しかし、事が間者であれば……」

「今は良いのだ。のう、シズ・デルタ。お主はクシェペルカで人々の暮らしを学んでおるのだろう?」

「はい。長く王城にて仕事を与えられ、人々の文化を……。ここでは貴族や王族の文化を学ばせていただいております」

 

 想像通りの答えにアンブロシウスは納得して頷いた。それに対し、不信が募ったマルティナは逆にどんな秘密を掴まれているのか、と。

 唸るマルティナを宥め、間者の問題を棚上げにさせた。その代わり、クシェペルカで天変地異のような事が起きたか尋ねた。

 事が隕石であれば世界中が大混乱になった筈だ。フレメヴィーラだけの問題だ、と言われたらそれはそれで驚きだ。

 

「……確かに街中……、小さな村も含めて大混乱に陥りました。それらは謎の集団が現れて各地の民を避難させ、死傷者は想定よりも少なく済んだ、と報告を受けております」

「ええ。お空に白い線が今も薄っすらと残っておりますが……。あれはいったい何だったのかしら」

「今でも揺れが起きると眠れなくなります」

 

 クシャペルカも家屋の倒壊は相次いだが人命の損失は軽微に治まった。それは城勤めの者はあまり知らないが街に小柄な集団が現れ、人知を超える力にて人々を救っていった、という。それらが何者かはマルティナ達には分からなかった。

 そもそもその者は尋ねても何も答えなかった。

 フレメヴィーラは偶々(たまたま)運よく正体を掴めたから知る機会があった。時と場所が違えばクシェペルカのように彼らは謎の存在として噂に上っていたことになる。

 

        

 

 天変地異というのは隕石が月に激突した事により発生した振動である。そう簡潔にアンブロシウスは言った。

 救助に赴いた集団については言わなかった。言ったところでメイドのシズは何も反応を示さないとしても。彼らの秘密はそんな程度のものではないと予想している。

 

「おそらくジャロウデクも同様であるし、西方諸国(オクシデンツ)だけ無事というわけではあるまいて」

 

 既に事が済んでいる事を話題にしても仕方が無いと判断し、国元での暮らしなどを尋ねようとした。しかし、マルティナは軍備についてまだ聞きたそうにしていた。

 フレメヴィーラは何をしているのか、と。

 

「当面は魔獣対策だ。西側に進出気は無いし、わしも歳だ。国王を退いてリオタムスに王位を譲ろうと思う」

「そうでしたか」

それ(退位)の暁には新型に乗って森でも出かけるとするか。此度の新型は従来よりも操作性が良いというからの」

 

 軍備以前に自分が乗りたいだけだとマルティアは理解し、深くため息をつく。

 豪快で大らかな人物であるし、覇権主義という印象は無かったが心配はしていた。

 一国の主は個人の感情で動くことは基本的に許されない。貴族達の意志によれば他国への進軍もやむなし。――すぐ側の国がクシェペルカであることは幸運なのか。

 フレメヴィーラの暴走を止めるとすればクシェペルカにしか出来ない。

 

(外交という話しよりも先にしなければならないことがあるような)

 

 保護者であり、国王の名代ともいえるマルティナは早速頭が痛くなってきた。

 つい先日まで平和だったフレメヴィーラの変貌に。しかし、ここで引き下がることは出来ない。

 一旦、与えられた自室に戻り今後の展望を模索する。

 難しい事を延々と考えるのは苦手なマルティナは父譲りの強引さを発揮する事にした。

 連れてきたエレオノーラとイサドラの留学である。当然、当人たちは用が済んだら帰国する者と思っていた。その驚きようをマルティナはあっさりと無視する。

 

「三年も滞在しろとは言わない。一年か半年ほどかけてこの国の内情を学ぶ。本国にはすでに手紙を送っておいた。どういう返答だろうと、それまでは学生として過ごしてもらうよ」

「……おば様。そんなことをして良いのですか?」

 

 よくは無いが世界の為だ、とにべもない。

 余程、国境で見た幻晶騎士(シルエットナイト)が気になって仕方がないようだ。

 その後はトントン拍子に事が進み、滞在期間中の生活費は全て王国が負担する事になった。

 アンブロシウスは学びに対し寛容で、快く資金提供を承諾した。その決定力というか決断力はマルティナ並み、またはそれ以上だった。

 身分についてはクヌート公爵の遠縁という事にし、家名をディスクゴードとする。

 

「……普段はエレオノーラとしか呼ばんだろうが、それで凌いでくれ」

「……はい」

 

 身の回りはシズが継続して行う事が決まり、少し安心した。それと同級生としてイサドラも巻き込まれる形で付き合うことになった。

 事態が思わぬ方向に行ってしまった事に歳若い娘たちは困惑するばかり。それでも国の大事の為の仕事だと思えば頑張れそうな気がした。

 

        

 

 多くの助力によってフレメヴィーラ国民へと偽装身分を得たエレオノーラとイサドラは国王が勧める『ライヒアラ騎操士学園』に転入生として入る事になった。

 成績が悪くて退学してもいいから、とマルティナには言われているが折角入るのだから出来るだけ頑張りますと宣言。

 一般学生と同じ制服を着たエレオノーラとイサドラは不安を胸に秘めつつ学園に向かった。

 事前に情報を得ているとはいえ、全員が見知らぬ人間だ。それにやたらと注目を浴びているように思えた。

 

(エレオノーラは美人だからなー。私の方は殆ど見てくれないし、ちょっと腹が立つわね)

 

 いつもの王女としての装いではなく、髪の毛をシズにまとめてもらった学生風の外見。それでも普段から出し並みに気を使っていた為に美しさが漏れ出ているようだった。

 化粧品に関してはイサドラと大差はないのだが。

 

「皆様、ごきげんよう」

 

 共に同じ方向に向かう学生達に手を振りながら挨拶すると顔を赤くして早足で走り去る者や俯く者が続出した。

 何か間違ったのかしら、と訝しむもイサドラは気にしなくていいわ、と言ったので()()()()()気にしないようにした。

 高貴な存在が転入する事は一部の教師陣――学園長や彼の信頼する教師――には伝えられているが特別扱いすると目立つ、という事で一般教師はエレオノーラの事情は知らない。

 彼女達が学業を学ぶ予定は一年生。年齢による区分けは初等部と中等部。それ以降は特に制限は無い。

 多少、年齢を詐称しても――

 騎操士学園はその名の通り、騎操士(ナイトランナー)を育成する事を目的としている。しかし、エレオノーラとイサドラは生まれてからそのような事を学んだ経験がない。基礎過程すら持ち合わせていない。

 本来の目的は学生の中に入り、幻晶騎士(シルエットナイト)の内情を得ること。

 会話などの交渉術であれば二人にも出来る。それ以外は適当に流してよい、と。

 

(……それを世間一般では間者(スパイ)というのですよ。シズを責める資格がないではありませんか)

 

 長年仕えてきたシズ・デルタ。見ている限りでは裏表があるようには見えないし、疑うなら解雇すればいいと豪語するほど堂々とした態度を見せる。

 国王(アウクスティ)はそれを分かって徴用している。今更疑念が生じたので解雇するとは言えない。もし、言ったら素直に受け入れそうだが。

 

        

 

 エレオノーラとイサドラは転入生としての挨拶を簡単に済ませ、与えられた席に座る。

 教室内を軽く見て気になったのは小柄な少年が居た事だ。それ以外は特に気になる者の姿はない。

 二人にとって学ぶ内容は小難しく、騎操士学園らしく専念用語が多い。製造過程自体は基礎だが母マルティナが気にするような内容は全く分からなかった。

 まず最初の授業を終え、内容の殆どが頭に入らなかった。

 

「あ、あのすみません」

 

 エレオノーラは勇気を出して生徒の一人に声をかけた。

 幻晶騎士(シルエットナイト)は何処で造られるのか、と。すると学園の近くにある工房で製造していると答えた。

 秘匿されていないところにまず驚いた。それと学園でも製造している所にも。

 エレオノーラも自国の幻晶騎士(シルエットナイト)の存在は知っている。それは専念施設でのみ製造されるような(おごそ)かなものだと思っていた。

 

「見学は自由だよ。そこで働くドワーフ族の邪魔はしないようにね」

 

 親切な同級生に礼を言う。

 そうして昼食までの授業を何とか終えた。実技は午後からだが、参加すべきか迷う。

 一国の姫であるエレオノーラは今まで騎操士(ナイトランナー)としての鍛錬を(おこな)ったことはない。しかし、学んでいくうちに興味を覚えた。

 普段は自分を守る騎士達がどのような訓練を積んでいるのか、全く知らずに育ったのだから。

 

(皆様もこの勉学を通じて騎操士(ナイトランナー)になっていくのですね)

 

 そうして初日の授業を終え、拠点とする宿に一旦戻る。

 寮生活も出来なくはないが突発的な予定を組まされたので色々と不備が目立つ。

 

「放課後に工房へ行ってもいいそうですが……。今日はやめておきますわ」

「そうね。……全く陛下や母様は唐突過ぎます。うちの家系なのでしょうか」

 

 一日目を無事に終え、ほっと一息を突く。これからの事を考えると寝付けないのでは、というのは杞憂に終わった。

 気が付けば三日ほど経っている有様。意外と順応している事にエレオノーラ達は驚いた。

 この日は登校時に見覚えのある人間を見かけた。

 赤金(ストロベリーブロンド)の髪に奇麗な碧玉の瞳の女性なのだが、背丈以外はメイドのシズ・デルタに様子がそっくりだった。

 つい、声をかけたものの相手は小首をかしげるのみ。メイドとしての挨拶は一切してこなかった。

 そこでアンブロシウスの言葉を思い出し、この子が別のシズ・デルタであると理解する。

 見た目の雰囲気や容貌はそっくりだがメイドのシズとは違う()()があった。

 

「すみません。知り合いにあまりにも似ていたもので……」

「……ん。それは私の親戚……。あまりにも似ていると感じたら親戚でいい」

 

 物静かな口調で女生徒のシズは言った。

 抑揚の無い言い方。表情の乏しい顔。

 それは確かにメイドのシズと特徴が一致する。

 

「……それと私が『シズ一族』の頂点……。……他のシズ・デルタ達は居場所を奪われるまで、滞在国に不利益は与えない。……だから、大切にしてあげて」

「は、はい」

 

 言うだけ言ってシズは学園に入っていった。

 不思議な印象を受けた気がした。今までメイドのシズと触れ合ってきたものとは明らかに毛色(けしょく)が違う。雰囲気が段違いとでも――

 

        

 

 謎の女学生であるシズとの出会いに魂が抜けかけたような気分に浸ってしまったがすぐに現実に意識を取り戻す。

 まるで白昼夢にあったかのようだ。とにかくシズについて少しだけ教えてもらったような気がした。

 今日は放課後に幻晶騎士(シルエットナイト)の整備を見学する為、工房に行く予定にしてある。

 工具に触ったりすることは出来ないが見る分には問題ないと聞いている。

 学園に置いてあるのは旧型『サロドレア』が殆どである。基本であり、幻晶騎士(シルエットナイト)を学ぶ上では適切な教材だ。

 制式量産機はライヒアラには置いていない。それらは別の都市で造られている。

 見学する上で汚れてもいい服に着替えさせられる。クシェペルカの王宮ではまず着ない汚い服装。それについ顔を顰めてしまったけれど、作業員はそんな環境で仕事に従事している。

 

(優雅な舞踏会の様なところで巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)を製作しているわけではありませんものね)

 

 イサドラと共に――ほぼエレオノーラのお供と化している――見学に向かうが怒鳴り声があちこちから上がって大層驚いた。

 使われている言葉がとにかく汚い。

 

「ご、ごきげんよう」

「あー!? なんだ、見学か?」

 

 厳ついドワーフ族の男性が機嫌悪そうにしながら応えてきた。

 普段は気丈なイサドラも怖気ずくほど。

 声をかけた相手はダーヴィド・ヘプケン。国機研(ラボ)から持ち込まれた故障したカルダトアの修理をしていた。

 何でもすぐに新型に取り換えるより、最後まで改修して使い潰す方が経済的だと判断した。これは国機研(ラボ)も持っている認識なので特段の反発は出なかった。

 

「は、はい。見学、です……」

「それなら……、向こうのサロドレアのとこに行きな。新人研修用に解体の仕方とかやってっからよー。頭上に注意しながら進め。おい、ボルト一本締め忘れてんぞ! てめー新人だな! そっちは五連止めだ! 基本中の基本だぞ! おい、そっちの奴っ! そんなところに配線通したら断裂するだろ!

「すいません!」

 

 叱られる現場を早足でエレオノーラ達は立ち去る。

 大型の部品が近くに落ちるとそれだけで恐怖を覚える。そんな中、ドワーフ族や作業員たちは仕事をしていた。

 か弱い王女が居るべき世界ではない、と。

 工具の大音響にも驚いたが指定された場所に向かうと好青年と思われる作業員が差し棒を使って新人に説明をしていた。先ほどのドワーフ族と比べると柔和な印象を受ける。

 

「皆さんには実際に外装(アウタースキン)を一つずつ外してもらいますが……。手順を間違うと他の作業員が危険にさらされるので気を付けてください。それと大型重機の使用の際は遠慮なく大声で指示を仰ぐこと。一旦作業に入ると様々な音に塗り潰されますから、遠慮は無用ですよ」

「はーい」

 

 丁度新人たちが数人がかりで外装(アウタースキン)を外す講習を受けているところだった。

 それぞれ役割分担を決めて行動したり、考えなしに向かって怒られたり、様々な様子が見られた。

 それとは別に工房内の独特の匂いに王族の少女達は顔を顰めた。

 いつも華やかな世界に居たものだから汗臭い場所は衝撃的だった。

 

 



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#033 エレオノーラの憂鬱

 

 見たことも無い道具を使い、重機を操る作業員たち。半数以上は小柄な体格のドワーフ族。それらの内の何人かは見慣れない大型の鎧の様な物を着込んでかなり大きな資材を運んでいた。

 いくら力持ちのドワーフ族でも持てないような巨大なものを何の苦も無く――

 その様子にフレメヴィーラの技術者たちは相当凄いと感動してしまった。

 

「……リース兄(エムリス)でも持てなさそうなものを、あんなに軽々と……」

「あれは凄いのですよね?」

「もちろんよ。クシェペルカの技術者でも無理じゃないかしら」

 

 世俗に(うと)いエレオノーラ・ミランダ・クシェペルカは目の前に広がる光景をなんとか理解しようと勤めた。ここで何とか技術を覚え、少しでも祖国のために使えないかと。

 今回の外遊は外交が目的だ。単なる見物で終わらせるわけにはいかない。

 交渉役がマルティナである事はもちろん分かっている。それでも何かできないかとエレオノーラは必死に頭を働かせた。

 だが、さすがに一国の王女が鍛冶師達の役に立つ方策など浮かぶはずもない。

 

        

 

 何もできないまま幻晶騎士(シルエットナイト)外装(アウタースキン)が一枚ずつ丁寧に取り外されていく。

 欠片と言っても人間と比べればかなり大きい部品をドワーフ族は鎧――幻晶甲冑(シルエットギア)『モートリフト』――を着込んだ状態のまま軽々と運び出していく。

 小さな身体なのに物凄い力持ちだと驚いた。

 モートリフトには小型化した魔導演算機(マギウスエンジン)が搭載されている。魔力(マナ)を持たない者の代わりに上位魔法(ハイ・スペル)身体強化(フィジカルブースト)を上手く制御している。それを成したのが若き天才児であることはクシェペルカの者達には知る由も無かった。

 

「ど、どういう原理で……」

「すごい。フレメヴィーラってここまで進んだ技術を持っていたのね」

 

 見る者全てに驚愕させられる。

 軍備増強を疑っているマルティナが恐れるわけだ、と何となく納得してしまった。そのままでは何が起きても不思議ではない。もちろん、悪い方向に。

 

(お父様にお知らせするべき案件の様な……。ですが、アンブロシウス陛下にも何かお考えが……)

(落ち着いてエレオノーラ。ここは学生の工房よ。国家の秘事をこんな堂々と披露する筈ないじゃない。見てもいい技術のようだけど……。末恐ろしい事は確かね)

 

 もし、友好国でなければフレメヴィーラの印象はもっと最悪に向かっていた事だろう。それこそジャロウデクが軍備増強に入っても納得できるほどに。

 かの国はそれを踏まえているのか、はエレオノーラには窺い知れないが戦乱の予感がしたのは間違いない。

 他国の知らない事情程怖い物は無い。

 

 だが――

 

 高度な技術ではあるが学生に公開している。友好国にも見せている所はどういう意図があるのか。

 世俗に疎いからこそエレオノーラは思っていた以上に考えすぎていたのでは、とも捉えられる。

 

(……お父様。私に力をお貸しくださいませ)

 

 手に力を込めて見せられ数々の光景を脳裏に焼き付ける。専門用語はまだ理解できないけれど。

 クシェペルカの制式量産機『レスヴァント』を遥かにしのぐ幻晶騎士(シルエットナイト)をいくつか見せられ、戦争になったら負けますわね、と小さく呟きつつ愕然とする。

 動きがまるで違う。素人目でも分かるほど、というのが恐怖をあおる。

 

「この『カルダトア・アルマ』は一世代前の代物だが……、まだまだ充分に働ける。最新の方と性能的にも差は微々たるものだ」

 

 ドワーフ族によって説明を受ける。

 公開されている機能の範囲が想像以上に広くは無いかと改めて驚く。とにかく、驚かないでいられる自身は既に無い。

 これほどの国であったか、と。

 

「し、質問なのですけれど……」

「おう、なんだお嬢ちゃん」

 

 国元では『姫様』と呼ばれていたエレオノーラはぶっきらぼうな愛称には面を食らった。だが、フレメヴィーラでは身分を隠してのお忍び中だ。ここは聞き流すことにする。

 聞きたいことはたくさんあるのだが、それを言葉にするのに難儀した。

 まず最初に聞かなければならない事。

 口をモゴモゴさせて一分ほど経過。その間、ダーヴィド・ヘプケンはしっかりと待っていてくれた。さっさと喋れ、と怒鳴られるかと思っていたが――

 向けられる視線が鋭いまま。真剣さが伝わる。

 

「こ、これだけの技術を何に……、使うおつもりなのでしょう?」

「何に、か……。幻晶騎士(シルエットナイト)の役割は魔獣退治と治安維持が相場だ。……知らない奴からすれば過剰戦力に見えても仕方がねえ」

「……はい、そうです。従来機でも充分な性能だったのでは? それとも……」

 

 自分達の知らない巨大な魔獣でも現れたのか。もし、そうなら一大事だ。

 西方諸国(オクシデンツ)に魔獣番と揶揄されているフレメヴィーラの働きで魔物の被害は軽微で済んでいるのだから。その国ですら手に負えない相手では他の国でも対処が難しくなる。

 

「従来機は一〇〇年前の代物だ。もう骨董品だったんだよ。それをある挑戦的な若者が改革しちまった」

「……改革?」

「背中に腕を付けたり、今までに無い発想をもって従来機をどんどん進化させていきやがった。その結果が新型機ってわけだ。詳細は省くが……、これでも奴にとっては過程にすぎねえ」

 

 これほどの幻晶騎士(シルエットナイト)でもまだ途中という事か。それはいったいどういう事なのか、と更に驚く。

 心臓が破裂するのでは、とエレオノーラを心配する従姉妹(いとこ)のイサドラ。隣で見ているかぎり、顔から大量の汗が流れ落ちているのが分かった。しかも顔面は蒼白だ。

 聞けば聞く程心臓に悪い。イサドラとて内容を聞いて気が気ではいられなくなったのは同様だ。

 二人が驚いたのは発想元の人物はまだ中等部の学生であったこと。それから三年足らずで今に至るという。その短期間でフレメヴィーラ王国の技術革新は他国を遥かに凌駕してしまった。

 これをそのまま自国の王に告げれば今のエレオノーラの状態になるのは想像に(かた)くない。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の改革を推進した人物はライヒアラ騎操士学園の高等部に居るという。

 特定の騎士団に所属しているわけでもないただの学生。それもまた驚く点ではあった。

 先ほど授業に参加していた限りでは天才の噂は入ってこなかった。偶々(たまたま)なのかもしれないけれど。

 

(私も幻晶騎士(シルエットナイト)の事は聞き齧った程度ですが……。高等部の学生が新型に関わっている、というのは彼らの様な技術者ではないのですか?)

 

 聞いた感じでは制作者の一人ではなく新型を発案した張本人、ということらしい。

 想像外の事にエレオノーラの頭の中は疑問符で満杯になってきた。

 その人物は真っ直ぐ家に帰る事が多く、週に一度くらいしか来なくなったという。

 

「その方はどのような経緯で新型を作られたのです? ……その前に学生が新型を作れるものなのですか?」

幻晶騎士(シルエットナイト)の頭脳と内部骨格をどうにかすりゃあ新型は作れる。それには既存の常識を打ち破る必要がある。それを成したのがその天才様よ。そうじゃなきゃ、俺達はいつまでも旧型の整備をさせられて一生を過ごしていただろうよ」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の頭脳と言えば魔導演算機(マギウスエンジン)だ。それを学生が改良したというのか。

 考えれば考えるほど訳が分からない。

 自分に情報を集める才能は無いのかも、と自信が無くなってきた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に詳しくない私がいくら考えても仕方がありません。……ですが、会ってみたいですね、その天才様に。さすがに国家の秘事を握る者であるならば口外秘匿は当たり前でしょうけれど)

 

 この日は無理に聞き出す事を諦めて引き返す。あまり進むと身動きが取れなくなってしまう。場合によれば拘束も――

 エレオノーラとイサドラは学内から情報を集める事にした。気分は間者(スパイ)である。

 次の日から同級生に様々な事を尋ねまわった。最近起きた事や外を歩き回る新型幻晶騎士(シルエットナイト)の事などを。

 分かっている範囲では答えてくれるが詳細まで説明できる生徒は居なかった。それと(くだん)の天才児の名前は早々に判明している。

 

 エルネスティ・エチェバルリア。

 

 彼は幻晶騎士(シルエットナイト)だけではなくライヒアラ騎操士学園全体での有名人だった。

 新入生を除けば知らない者は居ない程という。

 入学当初から上位魔法(ハイ・スペル)を披露し、自分の趣味の為に高等部の教室に突然やってくるなど。噂に枚挙の暇がない。

 聞いているだけだと奇人ではないかと思えてくる。しかし、エレオノーラはそうではない事を知っている。

 

(……私達の同級生が正に噂の元とは……。この小柄な方が……)

 

 女性にも負けない見目麗しい容貌を持つ銀髪の少年こそがエルネスティ。

 授業の風景からも特に問題行動は見られないし、幻晶騎士(シルエットナイト)についての突飛な行動も見られない。これはどういうことなのか。

 

「あいつ、色々やらかして国王陛下から謹慎を食らったり健康的な暮らしをするように言いつけられたりしたから大人しくしているんだ」

「……国王陛下……御自ら?」

 

 一学生に国王陛下が命令を下すとは穏やかではない。

 傍目には大人しくて可愛らしい男子なのだが――

 今は高等部に在籍しているが実は既に学業は修了している。今は骨休め期間のようなものとか。

 

(高等部が休暇の期間に使われている!? 何なのですか、エチェバルリアという方は……)

 

 他の者に聞いても同じ答えが返ってきそうな予感がした。

 それはこっちが知りたい、と。

 

「……イサドラ。私、何だか寒気がいたしますわ」

「……分かる。分かるわ、エレオノーラ。問題児に付きまとう功罪って奴ね、きっと」

 

 寒気を感じている暇はなく、彼に色々と聞かなければならない。

 クシェペルカの未来の為に。いや、事は既に世界規模に渡っているかもしれない。

 

        

 

 急遽ディスクゴード公爵に手紙を送り、内密にエルネスティと対話できるよう手配を申し入れた。

 学生なのだから教室ですればいい、というわけにはいかない。かといって工房では騒音が酷い。

 王家の娘であるエレオノーラは庶民の事情が分からないし、イサドラも同様だ。

 もやもやしつつ学業に意識を向け、返答を待った。早馬を使って二日後に返信が来た。この時ほど心待ちにしたことは無い、というくらい焦っていた事を自覚し、何度も深呼吸を繰り返す。

 

「火急の件ということで急かしてしまい申し訳ありません、とお伝えくださいませ」

 

 手紙を持ってきた使いの者にそう言い、自室にて手紙の中身を改める。

 エルネスティが何者かをここで(つまび)らかにするには手紙では足りない、と添えられており、簡潔に対話の機会について了承が記された。場所は指定された時間に学園の学園長室にて(おこな)われる。

 部屋の周りを従者で固めるので機密性は保証する、とあった。

 

「……公爵様、厚く御礼申し上げますわ」

 

 日取りは早い方がいい、ということで二日後。即日ではないのは手紙の配達の都合だ。

 まずエレオノーラは質問するにあたって何を相手から聞かなければならないかを書類の形に記していく。

 時間も限られているし、自分が理解できないのであれば意味がない。

 書記をイサドラに託す。あまり大勢では仰々しいし、質問が増えてしまうので。

 自身が思いつく用意を整えて約束の日を迎えた。この日は一日いっぱい授業を休む。相手側であるエルネスティも休暇気分のようだから問題は無い筈。仮に問題があっても一日分の埋め合わせくらい出来るとエレオノーラは考えていた。

 服装は学生服のまま。王族の礼装のままでは学生達が困惑するし、形式的にはお忍びで来ている事になっている。

 早速、学園長室に向かい、先に入室を果たしておく。どれくらいの時間がかかるか分からないので飲み物類も控えておいた。

 対話に当たって今回はクヌート公爵の同席も願っていた。一度、エルネスティという若者について見ておきたいと快く引き受けてもらった。

 

「かの者の破天荒ぶりは目に余るものがありましたゆえな。陛下も一緒になって騒ぐ始末……。エレオノーラ姫のように危機意識を持つのが我々の共通認識で安心しましたぞ」

「同じ危機意識かは分かりませんが……。一学生が国家の秘事を扱ったりするのは私から見ても異常だと思いました。この件につきまして見過ごすことは後の世界情勢にも何らかの影響があるものと……」

 

 と、クヌート公爵とエレオノーラは硬く握手を交わし合い、共通する危惧を確認し合った。

 エレオノーラは幻晶騎士(シルエットナイト)について詳しいわけではない。けれども、今のままでは何かまずい気がする、というのは体感的に感じていた。

 クヌートは日ごろの不満が溜まっていたのでこの際、発散するのもやむなしと考えていた。

 問題の人物が来る前に軽くお互いの認識のすり合わせを(おこな)う。すると思った以上に意気投合してしまった。

 

「そういえば、今回は公爵様の身内という事になりましたが……。おじさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「私で良ければ……。隣りの国とはいえ移動は長い道のりでしたでしょう?」

「はい。……途中に現れるのが魔獣ではなく賊が多かったのも気掛かりです。国は平和だと思っているのは私だけなのかしら、と」

 

 そんな事を話している内に来客を知らせる合図が鳴った。

 エレオノーラ達は自然と緊張を高めて客を入れるように側仕えに指示した。

 

        

 

 学園長室に(くだん)の人物エルネスティが入ってきた。

 話し合いの席は極秘という事で少人数で臨むことになっている。護衛を含めれば数人程度。

 代表してクヌートがそれぞれ席に着くように言った。挨拶や握手は省かれた。

 

「急なお呼び出しをして申し訳ありません」

「いいえ」

 

 エレオノーラが一礼するものの顔は非礼のお詫びではなく、敵を前にした厳しいまなざしだった。それだけ彼女は真剣に向き合っているのが分かるというもの。

 対する銀髪の少年エルネスティは説教かな、と内心で脂汗を流していた。

 ここしばらくは新開発をやめ、学業に専念していたので怒られる理由が浮かばない。他に心当たりがあるとすれば――と考えている時に気が付いた。

 存在感が薄くて気づくのが遅れたがエレオノーラの背後に控える赤金(ストロベリーブロンド)の髪のメイドに。

 

(シズさん!? しかもメイド服を着ている。技術屋をやめたんでしょうか? ……いや、そんな筈は……)

 

 メイドのシズはエレオノーラやイサドラ付きのメイドであり、今回の会談に何の関係もない。けれども国王やマルティナの態度から一人残すのは不安だったので同席を願った。

 それぞれ対面に座り一息つく。

 シズはメイドの仕事としてそれぞれの前にソーサー()を置き、一つずつ紅茶を注いだティーカップを置いていく。

 淡々と――厳かに。

 エレオノーラからすればいつもの光景だがエルネスティから見ると普段とは違う雰囲気を感じた。

 紅茶の他に砂糖とミルク、小さなスプーンの用意も整えていく。

 エレオノーラとイサドラは指にはめた指輪をカップに近づけて何かを確認してから口に着けていく。

 クヌートは彼女達の行動に違和感を覚えたので尋ねた。

 

「ああ、こうしゃ……おじさまはご存知ありませんでしたね。これは毒を検知する指輪なのです。こうして近づけて毒が入っていれば宝石が変色する仕組みなのですよ」

 

 同じポットから注がれているので毒が入っていれば全て危険だ。だが、カップに毒が塗られていれば個人のみを(しい)する事が出来る。

 エレオノーラはクヌートのカップに指輪を近づけて変色するかどうかの様子を見せた。

 

「実際に実験して確認しておりますので、変色するのは確かです。イサドラも知っております」

「はい。何色になるかは内緒です」

 

 可愛らしい笑顔で唇に人差し指を当ててイサドラは言った。

 取り残されたエルネスティにも指輪の変色具合を見せておく。

 身内だけとはいえ間者(スパイ)や暗殺者が紛れ込んでいる可能性がある。決して信用しないのも王家の務めである。

 

        

 

 安全確認を終えたエレオノーラ達は一口紅茶を含んでから敵性体エルネスティに厳しいまなざしを向ける。

 一見すると害の無さそうな純朴な少年にしか見えない。容貌から少女と見られてもおかしくないのは分かったが――

 実に可愛らしい。だが、それで手を抜くことは出来ない。

 

「この度、お招きいたしましたのは貴方が幻晶騎士(シルエットナイト)の開発に関わっていると聞いたからです。……その、学生身分である貴方が……、新型の設計に携わったとは……、俄かには信じがたいのですが……」

「はい。新型に関する設計思想の殆どに関わらせていただきました」

 

 にこやかにエルネスティは言い切った。この言葉が真実かクヌートに顔を向けると彼は重々しく頷いた。

 同年代の少年が新型に関わる。それは一体どういうことなのか。

 機械に詳しくないのがもどかしい。

 

「製造に関しては多くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が関わっているので僕一人で全てを作り上げたわけではありませんよ」

「……そ、そうでしょうね」

 

 驚いているエレオノーラにクヌートは一つ咳払いをする。

 王族の姫に事前の教育を施すのを忘れていた為だ。彼は慌てて従者に死霊の取り寄せを命令する。

 外野が慌ただしくなるものの始められた会談を中止するわけにはいかない。

 

「国の秘事であることは重々承知しております。なので勝手に作った訳ではないことをお伝えしておきます」

「はい。……いえ、そうではなく……。新型の製造にどうして貴方が関わったのですか? 差し迫った事情でもあったのでしょうか」

「元々幻晶騎士(シルエットナイト)に興味がありまして。もっとカッコいい機体を造りたいと思っておりました。この学園に入ったのも幻晶騎士(シルエットナイト)をより知る為であり、いずれ自分の機体を造りたいと思ったからです」

 

 淀みなく答える銀髪の少年。

 騎士に与えられる幻晶騎士(シルエットナイト)を知るのは悪い事ではない。しかし、自分で造りたいと言う人間にエレオノーラとイサドラには覚えが無かった。

 多くの騎操士(ナイトランナー)は基本的に国から支給された幻晶騎士(シルエットナイト)の機能向上にそれほど口出ししないからである。

 クシェペルカの騎士達の中に新型を自分で作る、などという者は見たことも聞いたことも無い。

 ――だからこそエレオノーラは驚愕する。

 単なる学生が国より貸与される機体にケチをつける事が。

 

(……もっとかっこいい? 何を言っているのですか、この少年は……)

 

 エルネスティからすれば自分の発言に何の違和感も持っていない。多少、認識の乖離は認めるところだがエレオノーラの顔色が青くなる様子に驚いて慌てて自分の発言内容に不安を覚える。

 国王は特に言及してこないが貴族諸侯は幻晶騎士(シルエットナイト)の新しい発案に対し、総じて不安を滲ませる。この事はつい先日に気づいて認識を改めようかと思っていたところだ。

 

「もしかして学生である僕が関わる事が問題だと認識されていますか?」

「当たり前です!」

 

 普段は大人しいエレオノーラが声を張り上げたことにイサドラはもちろんクヌートも驚いた。

 前々から突飛な発想をすると報告を受けていたクヌートは改めて彼女の激高に理解を示した。これこそが当たり前の反応である、と。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)は多くの技術者が研鑽を積んで製造するものと聞き及んでおります。それを単なる学生の発案で新型が出来るものですか」

「……え、ええ。そうなんでしょうね」

 

 多くの大人達から怒られてきた経験の為か、エルネスティはあっさりと納得した。

 以前であれば反論する所だ。これもこの世界に住んで身に着けた経験かもしれない。

 子供の発案で幻晶騎士(シルエットナイト)の歴史が変わる。それは確かにとんでもないことだ。今だからこそ実感が湧く。

 もし、自分と同等か、それ以上の発想を持つ歳若い人間が現れたらエルネスティは歓迎できるのか。それとも――エレオノーラ達のように恐れるのか。

 個人的な気持ちでは新しい発想は何でも気になる。だから、歓迎を選択する。

 

(そうだ。僕は正式な技術者ではありません。……だから、たくさんの大人から怒られるんでした。多少の箔付けがなければどんな言い訳も無駄……。この世界の貴族社会はそういうものなんでした)

 

 貴族や王族は伝統を重んじる。それはエルネスティも認識している。その筈だったが――熱意が暴走するとついつい忘れてしまう。

 彼らが怒るのは伝統の破壊に繋がるからだ。それがいかに優秀な技術だろうと関係なく。

 国王からもらうべきは幻晶騎士(シルエットナイト)に関したものではなく、肩書である。それを今認識した。

 そうでなければ彼女のように怒りを表す人間に呼び出され続ける。

 

(勲章とか騎士団を希望しておくんでした。……部品ばかりに意識が向いてて、こういう事態を全く考慮できていませんでしたね)

 

 騎士団は無理でも功労賞などの勲章などは今からでも貰えないか検討しておく。

 今は怒れるエレオノーラをどう宥めるか、だ。

 

        

 

 高性能な新型を造れば喜ばれる。そう思っているのはエルネスティだけ。後は製造に携わる騎操鍛冶師(ナイトスミス)くらいだ。

 その彼ら(騎操鍛冶師)とて学生身分の技術者だ。本職からすればまだまだ未熟な存在である。

 

「詳しくは存じませんが……。学生の発想をそのまま受け取るのは大変危険だと認識しております。この国の未来を担う幻晶騎士(シルエットナイト)はいつから学生の玩具になったのでしょうか。私はそれがとても気掛かりでなりません」

「……おっしゃる通りです。しかし、言い訳をさせていただけませんか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。現行機は設計が骨董品となっております。内部を色々と交換しているとはいえ動きがぎこちない。毎回の整備費もばかになりません。であればもっと効率化を推し進める必要があるのではありませんか?」

「ええ、そうでしょうね」

 

 エルネスティの弁が熱くなってきたところで外に出した従者がたくさんの資料を抱えてやってきた。クヌートは更なる増員を決め、言伝を与えた。――急いでやってきた従者にはひとまず休憩を命じておく。

 持ってきた資料をエレオノーラとイサドラに渡し、小休止に入らせる。どの道、何の資料もない状態ではエルネスティの説明を理解するのは難しいと判断したからだ。

 

こやつ(エルネスティ)にも言い分はあるだろう。学生の単なる発想だけで許可を出したわけではない事をお伝えせねばなりません。こちらの資料をどうぞ」

「ありがとうございます」

「エルネスティは発想を基にこのような……、膨大な資料も書いてきます。それらを検討し、設計に当たるそうです。それでも失敗する場合がありますが……。試験はちゃんと(おこな)っていると報告もありますので」

 

 内容は難しいが絵入りで分かりやすくしようと努力している所は理解した。

 ただ、ライヒアラ騎操士学園に入ったばかりのエレオノーラにはさっぱり理解できない分野であった為、どの程度凄いのか、何をどう改善したのかが分からない。

 そもそも幻晶騎士(シルエットナイト)の仕様書自体読んだことが無かった。

 

「……えっと、待ってください。これは授業で習う事なのでしょうか?」

「基本設計は授業で習います。僕は早い段階から高等部で勉強したので他の人より先に進めたんですよ」

 

 高等部の授業はエレオノーラ達も知っている。その中でここまで詳細な説明は無かった筈だ。これは学生の領分を越えた専門書に匹敵する。

 なにより国の秘事をここまで分析できるものなのか。

 歴史や機能の大体のところは習うかもしれない。しかし、新発想の基になっているとは到底思えない。

 

「エルネスティ様の……家系なのですか?」

「これは完全に趣味の域です。学業の他に工房にある幻晶騎士(シルエットナイト)を実際に見学したり、部品を調査したりしましたから」

 

 見学についてはクヌートも首肯した。

 それでもここまでの資料が書けるとは信じがたい、とエレオノーラは驚いた。

 仮にそれらが真実であってもそう簡単に新型を作れるものなのか。

 

「学生の工房での様子は私達も拝見いたしました。……しかし、それでも学園の工房です。新型製造まで出来るとは……」

「機能を大幅に向上させるのに場所はあまり関係ありませんでした。筋肉たる結晶筋肉(クリスタルティシュー)の改良と魔導演算機(マギウスエンジン)の調整だけです」

「……は? そ、それだけで新型になるのですか?」

「新型というよりは新造ですね。後は全体的な調整ですから。工房でも出来ます」

 

 聞いているだけだと簡単そうだ。しかし、それはおかしいと肉体的にも感覚的にも警告を受ける。

 エルネスティの言葉にはまだ自分の知らない事実があるのではないか、という恐れを感じた。

 単なる調整で新型になるわけがない。そうであればクシェペルカの幻晶騎士(シルエットナイト)も早い段階から新型を作れていなければならない事になる。

 

        

 

 聞けば聞くほど不安が増大する。それがどういうことなのかエレオノーラは感覚でしか分からない。出来れば理解しやすい言葉として知りたかった。

 戸惑う彼女は何度かクヌートに意見を求めた。その彼ですら説明に苦慮するほど。

 いくら無知に近いエレオノーラとて分かるとこがある。

 学生が新型に関わること自体が異常であることを。いや、関わる事ではなくほぼ開発を主導する事だ。

 

(天才の所業というものですか!? そんな馬鹿な)

 

 だが、資料の実在をクヌートは疑わない。これは確かに目の前に座る小柄な同級生が書いたものだと証明されている。

 王家で何も知らずに育ったせいか、それとも世界は思った以上に逼迫(ひっぱく)でもしているのか。

 言い知れない不安だけが時間とともに増えていく。

 

「……えと……、すみません。上手く言葉に表せなくて……」

「……頑張って」

 

 イサドラが額に手を当てるエレオノーラの背中をやさしくさする。

 難しい説明はイサドラも理解が追い付かない。何より緻密な説明文の洪水だ。短時間で読み解けるわけがない。

 これでも正式な仕様書としては正しいらしく、クヌートは半分ほどは理解できていた。残りはまだ精査が途中であるために発言を控えていた。

 この仕様書は『カルダトア・アルマ』のものだが半分以上、約七割近い分量はエルネスティが担当した。実際に彼が書いたわけではなく参考にした割合だ。それでも多すぎるのだが――

 どうしてこれだけの分量になってしまったかはクヌートにも説明できる。しかし、仕様書の解説は一筋縄ではいかない。

 こと魔法術式(スクリプト)に関してエルネスティは他に追随を許さないほど優秀である。おそらく国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向しているシズ・デルタを同席させなければならないほどだ。

 

(……お、そういえば)

 

 この場にはメイドのシズ・デルタが居る。クヌートはつい彼女の顔をうかがった。

 顔と名前がほぼ同じだからといって同一の存在ではない。つい尋ねたら答えてくれそう、と思ってしまったが頭を振りつつ雑念を振り払う。

 伝え聞いた範囲ではクシェペルカのシズは幻晶騎士(シルエットナイト)に携わっていないという。であれば聞くだけ無駄だと悟る。

 

「クヌートおじさま? シズがどうかしましたか?」

「いや、つい……。彼女であれば良い意見がもらえるかもと思ってしまってな。こちらにもシズ・デルタがおるので……」

「そう……でしたか。しかし、それは難しいかと存じます。メイドの仕事しかしてこなかったシズに機械の事は……」

 

 国王やクヌートの口ぶりではシズに尋ねたら解決しそうと思われているのは感じられた。だが、だからとってエレオノーラもそれに乗っかるわけにはいかない気がした。

 少なくともシズはマルティナに疑われている。

 

(尋ねたことを素直に答えただけであれば疑う必要はないのでは? それに……お父様が何もご存じないとは到底信じがたいことです)

 

 あるいは間者(スパイ)だと分かった上で徴用している。またはシズがその役目を国王(アウクスティ)から秘かに受けているからエレオノーラ達には知らせてこなかった、ということも。

 何にしても唐突に疑うのは良くないと判断した。

 

        

 

 とにかく、難しい文面については今理解することはできないと理解した。その上でいくつか尋ねる。エルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)についてほぼ淀みなく答えてくるのでとても賢い男子であることも分かった。

 単なる天才児ともてはやされる愚者ではない。しかしながら不安は一向に(ぬぐ)えない。

 相対するエルネスティも危惧されていることは理解した。こちらは誠心誠意対応する事しかできない。

 

(……一個人の突出が大事(おおごと)になっていますね。かといって嘘を並べるわけにもいかない。実は違いました、勘違いでした、なんて言えません)

 

 それでも駆け引きは大事だ。だが――今それをする必要は感じなかった。

 エレオノーラは繊細な女性だ。わずかな機微すらも敏感に反応するほどに。そんな相手に冗談を言うと余計に信用されなくなる気がした。

 商取引では相手が信用に足るかどうかは言葉の感じ方だけで分かる事がある。後は表情。

 西欧風の顔立ちの場合、元日本人では分かりにくいが彼女達はそうではない。

 彼女達は魑魅魍魎が跋扈する貴族社会の中で生きている。常に相手を疑っているのが()()()――

 

(持ち前の二枚舌でやりこめる、なんてことは僕にはできませんし)

 

 仕様書に嘘を書くと製品の質はどん底まで下がる。

 趣味が高じて本物に携われる今、その幸せなひと時を自らが放棄する理由はない。だから、真実を心掛ける。それは当たり前のことではあるが――相手方には中々理解してもらえない難しさがあるのも知っている。

 

(……いや、学生だからこそ賊への対応が気になる。技術力が高ければそれだけ国は不安を抱えてしまう)

 

 エレオノーラが不安視するのは他国の反応だ。それを体感的に感じ取っている様子に見えてきた。

 こちらがどんな説明をしようとも、詳細が緻密であればあるほど不安は解消どころか一層濃くなってしまう。

 所謂(いよゆる)『負のスパイラル』だ。これを解決するのはエルネスティでも一筋縄ではいかない問題だ。

 

「既に作ってしまったものは覆せません。その上で僕の説明を理解してもらうにはどうすればよいとお考えでしょうか?」

「……そうですわね。私が国の(ちょう)であれば専門職の立ち合いを義務化致しますわ」

 

 エレオノーラの言葉にクヌートは頷いたがフレメヴィーラ王国の(国王)(むし)ろ猪突猛進なところがあるのでエルネスティの味方をする。

 ただ、一般論としては正しい判断だと思った。

 勝手に作らせるから問題が噴出する。であれば義務化は良い案だった。――しかし、それはそれで実は難しい問題でもあるが今は無視できる。

 

「ぎ、義務化……ですか……」

 

 エルネスティが戸惑いを見せた。やはり言われたくない単語だったとクヌートは感じた。

 自由奔放に幻晶騎士(シルエットナイト)に関わらせない事が彼にとっては痛い部分のようだ。

 謹慎処分よりも効果的ではないかとさえ。

 

「新型機の開発自体を学生に(おこな)わせるのは遺憾である、と言うのは暴論でしょう。ですが、過度な発展はこの国だけの問題であれば文句はありません。しかし、他国が見てしまうと話しが変わるのです」

「うむ」

「……高度な技術を開発すると狙われる危険性が高まるから? もしくは何らかの火種……でしょうか?」

「それが分かっているならば自粛をお勧めいたしますわ」

「……それはお受けできかねる問題です。僕は幻晶騎士(シルエットナイト)を作り、乗ったりするために今まで努力してきたのですから。そこは譲れません」

「そこは無理に止める気はありませんが……。であれば現行の進捗(しんちょく)で満足されれば良いでしょう? 聞けば複数の新型を製造したとか? というよりもこれだけの資料を短期間で作られる頭脳の高さにも驚きましたが……」

 

 上体を引き上げ、真っ向からエルネスティを見つめるエレオノーラが国元の名代のような雰囲気をまとわせているようにクヌート達には見えた。

 機械に関して無知にも等しいが国の平和を思う気持ちは人一倍のようだ。

 

「アイデアは早く形にしなければなりません。その結果が今に至るわけです。当時の僕はのんびりと学業に専念する気が無かったので。……今はゆっくりと専念する気でいますよ。作りたいものをとりあえず、ですが……作れましたので」

「今は? それでも随分と火急な進行のようですが……。そもそも学生である貴方を急がせるほどの理由が思い浮かびません」

 

 それに――とエレオノーラは目の前に座る銀髪の少年の顔を眺める。

 少女のような可愛らしい容貌の彼がどうして薄汚れた工房で働くに至ったのか。王族であるエレオノーラ達には全く理解できない。

 巨大な人型兵器たる幻晶騎士(シルエットナイト)にどんな魅力があるというのか。あれらは国と国が争う時に使われる。フレメヴィーラでは魔獣討伐用だとしても野蛮な攻撃兵器であることには変わらない。かといって国の守護に欠かせないことも理解している。

 

(彼は騒乱を望んでいるのでしょうか? 幻晶騎士(シルエットナイト)とは争いの道具以外に何の用途があるというのか)

(ど、どうしましょう。アイデアを急いで形にする理由を説明できません。そもそもこの世界にそんなシステム(特許など)が無い……。詳しく調べていないだけで発明品の権利自体はどこかにあるはずですが……)

 

 権利関係を除けばエレオノーラの言い分は理解できる。そもそも急ぐ理由は無い。それが世の中の常識だ。

 現行機のまま数百年も歴史を築き上げてきたのだから、急な発展を見せれば危惧されるのは当たり前だ。

 なにより彼女を不安視させているのが学生であるエルネスティが大急ぎで発展させてきたことだ。第三者視点で俯瞰すれば理解不能の数々が拝める。

 

(僕が幻晶騎士(シルエットナイト)を作る理由は単なる趣味……。この時点で相手に理解させることは無理ですよね。だから、どんな説明も意味をなさない。新型を作ったので褒めてください、というのは今から思えば子供の戯言です。……僕でもそう思うほどに)

 

 もし、新型機ではなく結晶筋肉(クリスタルティシュー)綱型(ストランドタイプ)にしただけであればここまで騒動が大きくはならなかったのではないか。

 彼にしてみれば非常に物足りない結果ではあるけれど、将来を思えばそこで小休止するべきだった。

 一つの発明品が完成したら何年も試行錯誤し、緩やかな発展に臨むのがフレメヴィーラ王国での日常。それだけで充分な成果と言えた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)は一国の中でならばどんな発展も許容できましょう。しかし、他国が存在する中で異質な発展は脅威なのです。それが急なものであればあるほど……」

「……はい。それは何となくですが……」

「私も何となく、ですが……。東方は魔獣相手に集中できるから分からないのかもしれませんが……。西方は違います。多くの大国が点在しておりますが仲は良くないのです。領土を巡る争いは日常茶判事です。そこに別方向から異常な……、高度に発展した幻晶騎士(シルエットナイト)の情報がもたらされればどうなると思われますか?」

 

 両手に力を込めてエレオノーラは言い放つ。

 彼女の故郷は切実な問題を抱えていた。王女という立場もあって詳細は(おおよ)その予想しかできないけれど、それでも分かることはある。

 国王である父親の顔色が年々悪くなっていることに。それは体調の問題もあるが主な原因は隣国の情勢に対する危惧だ。

 

「各国がこぞって情報収集に邁進(まいしん)する?」

「それも大勢で。……残念ながらフレメヴィーラ王国の情報は既に流出しております」

 

 国境警備に就かせているカルディバールが居ること自体、すでに手遅れである証拠だ。

 かの国には自分達の幻晶騎士(シルエットナイト)を凌駕する技術がすでにできている、と。そうなれば調査に派遣させる諜報員が膨大になってもおかしくない。

 エレオノーラも実質的にはその中(諜報員)の一人である。

 

        

 

 今はまだクシェペルカ王国が立ち塞がる形で警戒しているのでジャロウデク以外の国々については問題ないと考えられているし、クヌートも独自に調べさせている。

 しかし、それがいつまで続くかは未知数だ。

 

「私としては今以上の開発速度をどうにか止めるか緩めて頂きたい。フレメヴィーラの前にあるのはクシェペルカなのです。ジャロウデク一国でも苦戦するというのに……。他の諸国まで面倒を見ることは出来ないですよ」

 

 もし、かの国(ジャロウデク)が他の国と連合などを組もうものならひとたまりもない。今は覇権主義のお陰で規模の拡大は無いらしいが――

 それでも時間の問題だとエレオノーラは考えている。いや、彼女以上にマルティナが不安に思っている筈だ。だからこそアンブロシウス国王に怒鳴り散らしたのだから。

 

「エレオノーラの希望は難しいと存じます。国王陛下がいたく彼を気に入っておりますので」

「……そのようですね。私も驚いております。陛下が学生を個人的に優遇するなど……」

 

 全くです、と小さくクヌートは呟いた。

 ほぼ説教となってしまった事にエルネスティはひどく居心地が悪くなってしまった。さらに反論できない事も。

 西方については軽く勉強しているので、ある程度は知っている。ただ、自分の行動が想像以上に()()()雰囲気になっているのは想定外だった。

 隕石よりもある意味では性質(たち)が悪い。

 話しが一旦止まったのを見計らい、メイドのシズが御代わりとして温かい紅茶を()れなおす。もちろん、それにも毒がないか確認する。これは癖をつける為でも必要だと親から言われていた。

 例え信頼厚いメイドが淹れたものだとしても確認するように、と。

 

「開発速度に関して今の僕は学業に専念しておりますので……、それほど警戒されることは……」

「……確かに。一度進んでしまったものは止められません。しかし、今後も同程度……、またはそれ以上の速度を出されると困るのです」

 

 時間は巻き戻らない。しかしながらエルネスティは困ってしまう。

 目の前に機会(チャンス)があるのに釘を刺されてしまうことに。相手方の危惧も理解はできるが、だからといって意欲を無くすことは死に等しい。

 そもそもエレオノーラがどういう立場か分からないエルネスティにとっては暴論ばかりぶつけられている状況で面白くない。かといって反論もできないのが実情だ。

 

(歳が近い者の意見の方がエルネスティには堪えるか。しかし、ここまで攻めに転じられるとは思っておらなかった。……それほど母国の実情が危ういという事か)

(今更開発を止めさせても事態が急変するわけではありません。……少々、言い過ぎたところはあるかもしれませんが……。お父様であればどう処理するでしょうか。国力を上げる事に傾きそうですけれど)

 

 力関係は今はジャロウデクに傾いている。クシェペルカは今以上の発展が望めないのでいずれは攻め込まれてしまう。それを防ぐには毒を飲むしかない。

 その毒が目の前に居る銀髪の少年というのは実に心もとない。

 出来るだけ平和的な解決を望むエレオノーラに出来ることは何もない。ただエルネスティに当たり散らしただけだ。事態は変わらない。

 実に不毛な時間を過ごしてしまった。そう思わざるを得ない。

 

 



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#034 幸せになる方法

 

 クシェペルカ王国は他の諸国に比べれば平和に胡坐をかいた弱小国家と言われてもおかしくない。けれども、エレオノーラ・ミランダ・クシェペルカにとってみれば――それでも自慢の故郷である。

 暴力的なことが苦手で大型兵器である幻晶騎士(シルエットナイト)の存在についてはまだ無知であると認めるところ。

 防衛力はどの国も所有し、父親で国王のアウクスティも抑止力という観点から導入を決定した。

 もし、これを否定した場合は早期に隣国に侵略を許していただろう、と。

 敵はジャロウデクだけではない。

 利権が絡む話しになるので今まで距離を置いていたが西方諸国(オクシデンツ)には『孤独なる十一国(イレブンフラッグス)』という組織がある。

 犯罪組織というわけではないが友好的な雰囲気は無いと聞かされている。

 

「……もし、この国の技術がどこかで漏洩した事により、西側が活気づけば間違いなく我が国……、クシェペルカは……飲み込まれてしまいます」

 

 留学生という立場なので国名についてはクヌート公爵は指摘しなかった。

 彼女に相対する銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアは東側のことしか知らない筈だ。そう思うと怒りが自然と湧いてしまう。

 だが、それを責めることは出来ない。

 

(フレメヴィーラの脅威は魔獣だけですから。我が国を救えなどと言えるはずがありません)

 

 友好国であるから助力自体は可能だ。それでもエレオノーラが勝手に判断してはいけない問題だが。

 祖国の未来を考えれば危機意識は自ずと強く出てしまう。

 

        

 

 彼女の熱意のこもった訴えに対し、エルネスティは二つ返事で開発を止めます、とは言えないし、言う気もない。

 熱意がある限り開発を続ける所存である。それが今を生きる自分の目的だからだ。

 戦争の火種は望んでいない。彼女の言う通り、自分が原因で戦火が広がるのであれば責任を持つ覚悟はある。――取れる範囲によるけれど。

 

「……貴女の言い分では僕に何も作るな、とおっしゃるわけですね?」

「極論ではそうなりますが……。それは無理でしょう。すでに出来上がった技術は他の方が引き継いでいくでしょうし……。出来る事なら大人しくしていただきたい」

「はいそうですか、と従う気はありません。……確かに戦火の火種は僕も望みませんが……。そちらはそれほど切迫しているのですか? 世間知らずな部分があることは認めるところですが……」

「はっきり言えば……、はいと答えます。今も国境付近で小競り合いが続いていることでしょう。……もしここで敵側に革新がもたらされれば……、そう思うと安心できませんもの」

 

 エルネスティは彼女の言い分に理解を示して頷いた。

 本当に危機がすぐそこまで来ている。しかし、それを実感するには実際に現場に行かなければならない。

 話しから彼女は隣国の友好国クシェペルカ出身であることは理解した。

 

(……賊がもしジャロウデクの手のものだとヤバイですよね。何の方策もなく他国に攻め入ることなどあり得るのでしょうか? というより隕石騒動があったにもかかわらず攻め込む元気があるとは意外です)

 

 不謹慎だが苦笑を覚える事態だ。

 西側とて無事では済まなかったはずの大災害である筈だ。敵国の復興の速さは異常ではないかと思わざるを得ない。それともそれをきっかけにしているから元気なのか。

 

「双方の言い分もあるだろうが……。エレオノーラ、少し熱が入りすぎですぞ」

 

 クヌートが緩衝役を買って出て場を和ませようとした。隣に座っているイサドラも額に汗して語るエレオノーラが心配になってきた。

 背後に控えているシズは無言のままおしぼりを差し出した。

 

「申し訳ありません」

「しかし、エルネスティは今のところ大人しく過ごしていると聞く。……現状ではこちら側の一方的な言いがかりである。……技術漏洩に関しては既に手を打ってあるが……、火消は無理そうです」

「でしたら、クシェペルカ側の戦力を上げれば良いのでは?」

「……結局はそこに行きついてしまうのですか? 私は暴力は嫌いです」

 

 理想を語ることは自由だ。しかし、クヌートは理解している。それは何も知らない王族の戯言であることを。

 現実は残酷である。強大な力を手にした国が大人しくしている筈がない。フレメヴィーラ王国ですら――いや、国王自ら望んでいるのだから。それが例え侵略目的が無いものだとしても。

 

(陛下は新しいもの好きであるからな。開発を停止させるような命令は出さないであろう)

 

 対するクシェペルカは本当に平和を愛する大人しい国だ。それに付け込んで攻めるジャロウデクは覇権主義国家だ。

 世界統一の野望を持つ。そういう国は中々和平案に応じない。

 

        

 

 みんな仲良くすればいいのに、というのは誰もが思う。それと同時に世界を統一したい、と思うものまた存在する。

 力は強大であればあるほど危険思想に染まりやすくなる。

 

(魔獣、隕石と続いて次は国家間の戦争……。不謹慎ですが、少し前なら面白くなってきました、と言っている所です。しかし、当事者からすれば面白くもなんともない。実際に国を焼かれる側からすれば……、たまったものではないでしょうね)

 

 そんな焼かれる国を見てエルネスティが笑っている。新型を作って浮かれている少年を目にしたエレオノーラは当然のごとく怒り狂う。

 声なき怒号が幻聴として聞こえる。

 

 貴方のせいで国が焼かれるのですよ!

 

 本当にエルネスティのせいかはおいといて。そう決めつけられても仕方がない結果を残してしまった。

 フレメヴィーラの技術を手に入れればもっと国が焼ける、と知られてしまったようなものだ。

 これを防ぐ方法は難しい。開発を止めればいい、というわけにはいかない。そうなると次は誘拐と国そのものに圧力をかける。

 

(クシェペルカは既に圧力を受けている。だから危機感を募らせている)

 

 賊の正体を突き止めたところで相手国は認めない。証拠が全て揃っていようと。

 そんな中で平和なフレメヴィーラに出来ることは静観だ。他国に干渉するわけにもいかないので。

 心苦しいのは理解できるが実際問題として学生であるエルネスティに出来ることは多くない。

 困っている国があるなら助けに行きましょう、と言って行ける訳がない。アンブロシウス国王がお気楽な性格だとしても即断即決はしないはずだ。

 

「貴方が作り上げた資料を私が全て理解することは出来ません。とても素晴らしい発明をなさったのですね、としか……。ですが、これは結局のところ兵器です。生き物を殺すための」

「自衛とは取られないのですね」

「取れるわけがありません。……そんな綺麗ごとを……」

 

 大型人型兵器たる『ロボット』が平和利用されることは稀だ。エルネスティも認めるところである。

 戦争は嫌いだが、などというのは彼女の言う通り綺麗ごとだ。いずれ人を殺すようになる。特に国が戦力を持つという意味でも避けられない問題だ。

 将来的には大量破壊兵器が作られてしまう。これは必然と言える。

 玩具の中だけで満足していればいいのに現実に影響を及ぼせば世界がどうなるか、エルネスティは改めて考える必要性に気付いてきた。

 この世界では現実であるという事に。

 

        

 

 フレメヴィーラではまだ魔獣相手に防衛が許された自衛手段として認知されている。西側はそうではなくて国家が保有する暴力装置だ。その機能を拡大していけば行くほどに泣く人が加速度的に増大する。

 エレオノーラからすれば幻晶騎士(シルエットナイト)は存在そのものが迷惑な機械人形だ。

 だが、国家防衛の抑止力としての歴史がある以上は簡単に無くせないのも事実だ。

 

(彼女を説き伏せてもクシェペルカが引き下がるわけではありません。これはいわば国を相手にすることに匹敵します。こちら側は国王陛下でも持ってこないと解決には至りません)

「もし……僕に機会をくれたら……。平和への助力は惜しみません。ですが、幻晶騎士(シルエットナイト)の開発だけは譲れません。僕は人生をかけているので」

「兵器に人生をかけるのですか? ……失礼ですが……頭がおかしいと言われたことは?」

「よく言われております」

 

 銀髪の少年はにこやかに誹謗中傷を認めた。それに対し、エレオノーラは少しだけのけぞった。

 常ならばオルター弟妹達が助けてくれるけれど、今は助っ人が誰も居ない。

 完全な『アウェー(敵地)』である。

 

「その前に軍備増強を危惧されているようですが……。幻晶騎士(シルエットナイト)はそもそも高額商品です。そう易々と数を増やせるものですか?」

 

 エレオノーラに尋ねると首を傾げられた。(もと)より期待はしていなかったので次にクヌートに手を差し出した。

 フレメヴィーラに存在するいくつかの幻晶騎士(シルエットナイト)について公爵も責任を持つ形になっていると聞いた覚えがあった。

 

「援助する者が居れば可能であるな。特に部品だが……。フレメヴィーラにある魔力転換炉(エーテルリアクタ)は全て管理されているので他国に渡る事はない。だが、西側にそれに匹敵する部品がないとも言えないのが実情だ」

「そのエーテルなんとかという部品は特別なものなのですか?」

「はい。国秘ゆえに詳細は教えられませんが……。一般には製造されておりませぬ」

 

 クシェペルカの王女であるエレオノーラは元々幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を持たなかったので詳しいことは分からなかった。今回の留学で少し学んだ程度だ。

 フレメヴィーラの資金源と言えるのは主に魔獣の素材だ。どの国もそれなりの資金源があって軍事費に費やす。単なる廃材からロボットを作るわけではない。

 

「新型こそ作っている我が国も絶対数自体はそれほど増えておらん。いくら数を増やそうとしても肝心の魔力転換炉(エーテルリアクタ)が揃っていなければ動かせないからな」

 

 魔獣対策の為に多くの幻晶騎士(シルエットナイト)が動員されている。しかし、ジャロウデクを始めとする国々は魔獣の脅威が無い分、戦争に大量投入できる。それゆえに多く見えてしまう。

 その説明を聞いてエレオノーラは改めて自分の無知さ加減に気が付いた。

 エルネスティの技術は確かに脅威だが資金源まで考えが及ばなかったことに。ある程度の暴論部分を謝罪し、平和利用のための助力を(こいねが)う。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)に関連する事であればエルネスティに断る理由はない。――だが、今は弟の面倒などがあり、先ほどからの説教も影響しているのですぐに行動には出られない。

 数年前であれば駆け出している所だ。

 

「新型開発は難しいですが……。改良ならば早い段階から着手することができます。というより他の国の幻晶騎士(シルエットナイト)がとういうものか見てみたいです」

「お前に見せたら国問わず新型に挿げ替えられてしまう。そこは慎重に進めざるを得ない」

「……いくら僕でも新型をホイホイ作れませんよ。必要な材料があれば不可能ではない、というだけです」

 

 案は確かにたくさんある。実用に足るかはまた別の話しだ。

 クヌートにしてみれば簡単に作られては困る。自国も他国も脅威にさらされてしまうから。だからこそエレオノーラは危惧していた。

 

(同盟国が多ければエルネスティの希望は成ったやもしれぬ。だが、今はまだ敏感な問題なのだ。それをこの子供にどう教えればよいのか……)

「そうですか。時にエルネスティ様。この先のことはどうお考えであられます?」

「卒業した後のことですか?」

「はい」

「騎士団に入るか……、騎操鍛冶師(ナイトスミス)。または両方を兼ね備える。とにかく、僕は幻晶騎士(シルエットナイト)に関われればいいので。あんまり深く考えていません」

 

 優秀な頭脳は確かに有効的に使われるべきだ。彼がもし政治に関わればとんでもないことが起きそうな気がする。特に悪い方へ。

 技術者として見るならばまだ飼い殺しが可能だ。この手の人間に権力を持たせるとロクなことがない。そんな予感を強く感じた。

 

「魅力的な条件を提示されればどんな国にも行かれるのですね」

「どんな国にも、というのは語弊がありますよ。……確かに条件次第では未知のクシェペルカにも行くかもしれませんし、ジャロウデクもありです」

「……では、後学のために教えていただきたい。エルネスティ様はどのような条件をお望みでしょう? 地位や名誉、金銭に領地……」

「適度な施設と資材があればどこでも構わないのですが……。少なくとも僕は……、家族や友人が悲しむ結果だけは選びたくありませんし、命を大切にしたい気持ちがあります。それと自由な研究でしょうか。今のところ大それた条件は思い浮かびません」

「家族や友人と引き換えに国が焼かれてもよいのですね?」

 

 エレオノーラの言葉は意地悪ではあるが真理である。

 何かを提示すれば他は犠牲になる。その極論をもって彼に尋ねている。

 

 お前は幻晶騎士(シルエットナイト)の為に何を犠牲に出来る?

 

 エレオノーラであれば国と家族と民は犠牲に出来ない。だから幻晶騎士(シルエットナイト)に関することはすべて犠牲に出来る。

 しかし、それが本当に正しい選択かは分からない。もしかすれば取り返しのつかない事態になるかもしれない。

 正しい選択とは何かも――

 

「犠牲を出さずに済む方法は無いと私は考えます。その上で尋ねます。エルネスティ様は何を犠牲にすれば世界を幸せにできますか?」

「極論でよいなら僕はこう答えます。生きとし生ける生命全て……。知的生物が存在する限り世界は決して幸せにはなれません。文明そのものが世界にとって毒だからです」

 

 近代文明の功罪をエルネスティは転生前から知っている。

 高度な科学文明は様々なものを犠牲にしてきた。そこに幸せなどあるわけがない。だからこそエレオノーラの疑問にはそう答えるほかない。

 

(極論に対し極論で即座に切り返す……。子供とは思えない思考を持っておるようだ)

(我々が世界の毒? つまり皆殺し……、というわけではないでしょうね。しかし、幸せになれないとは……)

 

 エルネスティの思いもよらない答えに愕然とした時、背後に控えていたシズが優しく肩に触れた。

 会話に参加してもよろしいでしょうか、と彼女にだけ聞こえる声で。

 何にも(すが)りたい気持ちになったエレオノーラは発言の許可を出した。

 通常、メイドは会議の場で余計な口を開かないものだ。今までも彼女が会話に割り込んだ場面に覚えはない。それはこれからもずっとそうだと思っていた。

 先のアンブロシウスの言葉からシズに対する印象がガラリと変わった気がする。

 

「メイド風情が口を挟むことをお許しくださいませ」

 

 まずクヌートに軽く一礼し、断りを入れる。それに対し、彼は特に指摘しなかった。

 続いてエルネスティに顔を向ける。

 

「知的生物が存在する限り世界が幸せになれないのは本当でしょうか?」

「知識としてはそうだと言えます。文明を築くのは基本的に人類ですし、便利を求めて自然を破壊しますから」

「……なるほど。しかし、世界を幸せにする、という条件であるならばその世界もまた知的生物に匹敵する存在ですよね? 幸福を感じるのは知的生物の特権である筈……」

「そうですね。概念的な話しになればどこまでも揚げ足取りになってしまうのですが……」

「知的生物を毒と定義するならば……、抗体と定義されるのは一体何でございましょうか?」

「この場合の条件でいえば……、人類の敵ですね。それは自然災害であったり疫病や魔獣……。外敵に類するものと思われます」

 

 自然災害に満たされれば。疫病に満たされれば、世界は幸せになれるのか。

 そもそも生物が住めない星は死んでいるのと変わらない。あるいは永遠の停滞こそが幸せの正体とも言えてしまう。

 この場合、観測者がどう思うかで解釈が変わる。

 

        

 

 メイドのシズ・デルタは自らの幸せについて聞かれた場合を脳内で想定する。

 エレオノーラの言う幸せとは同義にならない。

 エルネスティの言葉による幸せは文明の存在によって阻まれる。

 しかしながらシズは幸せな世界に居た事を知っている。ただ、それを人類に告げる意味や理解されるのかは分からない。

 至高の御方によって創造された世界に不満点があるのか、と尋ねられたら無いと即答する。

 天上の世界は唯一ではないけれど幸せに満ちている。あれ以上を望む事は自動人形(オートマトン)には出来ない。

 

(……ただ、思考力を奪っては意味がないので我々は物を考えることが許されている。漠然とした望みに対する幸せの解答は提示することが難しい)

 

 もう少し具体性を持たなければ誰も納得しないのは理解した。

 エレオノーラはその具体性を持っていない。それゆえに限界がある。

 

「貴族が願う幸せと平民が願う幸せもまた同義にはなりえません。個人の感想は千差万別……。これだ、という解答を僕が出しても、それは僕の意見にすぎません」

「……ですが、それは良い模範解答です」

「ありがとうごさいます」

 

 シズから褒められるとは思わなかったエルネスティは素直に喜んだ。

 しかし、側に控えるエレオノーラはまだ不安が拭えていない様子で、満足したとは言えないようだ。

 

「皆々様の意見を集約するに……。全ての世界に共通する敵がいれば良いのですよね?」

「……は?」

 

 唐突に提示されるシズの言葉にエルネスティは思わず呆けたような言葉を発した。

 褒められたばかりなのに何を言われたのか理解できなかった。

 どこをどう集約したのか――

 

(世界共通の敵……? 敵は居ない方が……)

 

 いや、確かに共通する敵という概念は有効だ。必要悪という言葉がある通り、バラバラな意見をまとめるにはうってつけである。

 しかし、それはそれで更なる騒動の予感がする。

 

「例えば先の隕石……。国同士の争いよりも優先された一致団結のきっかけ……。その時は確かにあったはずです。人々の幸せの形というものが……」

 

 大きな災害の時は戦争よりも優先される事がある。確かに言い分としては納得できる。

 自分たちに被害が被るような大きなものほど協力関係は築きやすい。そして、その時は確かに平和という言葉が重みを増す。

 略奪がないとは言わないけれど――

 

「そういう災害が何度も起きては人々の生活圏が(おびや)かされてしまいます。あれはあくまで一過性のもの……」

 

 しかし、そういう時に使われる幻晶騎士(シルエットナイト)は戦闘の道具ではなく人命救助に必要な道具(ツール)として有効だ。

 もし、そうなればエレオノーラも不安には思わないはずだ。人の役に立つ幻晶騎士(シルエットナイト)として見るようになる。

 兵器開発は結局のところ不安要素の増大ばかり。平和利用に使うにしても今のところ用途が限られているのでどうしようもないのは認めざるを得ない。

 

        

 

 用途に関して急な変更ができないし、専用の幻晶騎士(シルエットナイト)を新たに作ることになってしまう。

 新しいことをするにはたくさんの段階を経る必要があり、当然の帰結として他国に狙われる。

 出せる情報があれば出したいがエルネスティの自己判断でできることは少ない。

 

「どの道、他の国々が兵器利用している限り抑止力としての幻晶騎士(シルエットナイト)の存在は消せません。これらを入れ替えるには長い時間が必要になります」

 

 新型機の開発はすぐに出来ても総入れ替えは簡単には出来ない。この辺りは幻晶騎士(シルエットナイト)の長い歴史と似通ってしまう。

 都合の悪い時だけ時間がかかるという点が――

 

「それと大型兵器がなくとも騎士という概念があるので結局のところ争いを無くすのは難しいかと」

「確かに。それもまた真理ですね」

 

 騎士という言葉でエレオノーラは自分の発言の不備に気が付いて申し訳ない気持ちになった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)があるから争いが続く、とばかり。しかし、それが無くとも人々は争ってしまう。武器や魔法で。

 

「……申し訳ありません。気が()いていたようです。何も新型機ばかりが悪というわけではありませんものね」

(……良かった。幻晶騎士(シルエットナイト)不要説に発展しないようで)

 

 エルネスティにとっては死活問題だ。

 人生の意味を取り上げられるところだったので。それとシズの言葉にも助けられた形だ。もし、彼女がいなければずっと幻晶騎士(シルエットナイト)は悪者として責められ続けていた。

 ほっと胸をなでおろす銀髪の少年。だが、それで問題が終息したわけではない。

 冷徹なメイドであるシズが残っている。既にイサドラは聞き手に回り、クヌートは必要な時以外は見守る役に徹していた。

 

(我が国だけであれば新型機開発についての一家言(いっかげん)があるのだが……。西方はまた違った事情があるようだ。……それを無視してエルネスティを責め立てるのは不味いな)

 

 それに最近の彼は大人しく過ごしているし、意見を求めようになった。

 勝手な振る舞いは無いが不安はまだ残っている。次にどんなものを作ろうとしているのか、だ。

 戦争の道具ではなく人々の役に立つものとしてならば考えないこともないと公爵は考えた。

 

「お嬢様の不安が晴れたのであれば……、これ以上は何も言いますまい」

「い、いえ。シズにご足労をかけて申し訳ないと思っています。私はもう大丈夫ですから……」

「そうですか。皆様、メイド如きが生意気を口にして申し訳ありませんでした」

 

 あっさりと引き下がるシズ。これにエルスティは呆気にとられた。

 仕事に忠実であるという点でいえば何の問題もないのだが――

 元のメイドとしての仕事に戻るとテキパキと必要な道具を用意し始める。

 

        

 

 エルネスティから聞きたいことは大体聞いたので会談をお開きにすべきかエレオノーラはイサドラとクヌートに尋ねた。

 二人は今以上の問題の発展を恐れたのか、特に意見は無いと答えた。

 (エルネスティ)はこれまで通り幻晶騎士(シルエットナイト)に関われる雰囲気を感じたので余計なことは言わない事に決めた。

 

(……問題の先送りが精々……。私もいずれ幻晶騎士(シルエットナイト)と向き合わなくてはなりませんね)

 

 単なる兵器という枠組みにとらわれず、自身が願う平和や幸せをこれからも模索していかなければ。そう、エレオノーラは強く思った。

 椅子から立ち上がろうとすると軽くめまいを感じた。思った以上に熱が入っていたためか、それとも頭に上っていた血が一気に下がったのか。とにかく、身体がだるい。

 そういえば、と自身の両手を見る。

 

(……汗がこんなに)

 

 さらに息が荒く、呼吸も苦しい。

 紅茶を飲んでいたはずなのに軽い脱水症状に見舞われていたようだ。

 いや、それだけ身体が熱くなっていた。

 会談を終えて別室で横になったエレオノーラは過労で倒れたことを淡々とシズから説明を受けた。

 慣れない興奮も加えて少し休めば大丈夫ですよ、と聞きなれた声に安心する。

 

(……シズが側にいるだけで心強い。もし、それが全て演技だとしても……)

 

 小さい時からシズは側にいた。今から思えば容姿に変化が無いくらい。いつもと変わらぬ美貌を維持していた。

 願望というものが無いのか、彼女から何かを(こいねが)われたことは今までなかった。これからも無さそうだと思うほどに。

 会談の場で急遽、エルネスティと相対したシズが人生で一番頼もしく見えた。

 

「……先ほどの問いですが……、世界を平和にする方法は本当にあると思いますか?」

「繰り返しになりますが……、エルネスティ・エチェバルリアが言ったとおりだと思われます」

 

 横になっている主の言葉に即座に答えるメイド。

 冷たい手ぬぐいの用意を整え、適度な時間にエレオノーラの額に乗せる。その冷たさが実に心地よい。

 

「……えーと、文明がある限り自然が破壊される? であれば我々がいなくなればいい、という?」

 

 いや、違いますね、と訂正する。

 知的生物を毒と定義する事だ、と。

 世界にとっての本当の敵は自分たち自身。その敵が世界の幸せを願うという矛盾。

 まだ少し理解できないクシェペルカの王女はしばらく考え続けた。そして、自分はあまりにも無知であることを知る。

 王宮で何不自由なく育ったせいで世間がどうなっているのか、今一度学び直す必要がある、と。

 それと魔獣の存在も無視できない。特にフレメヴィーラ王国はその脅威がある限り戦い続ける宿命にある。西側とはまるで常識が違う世界である事を忘れてはいけない。

 

「魔法や剣術も……習うことができましたよね?」

「ライヒアラ騎操士学園の教育課程に組み込まれております。ご興味があれば挑戦されてはいかがですか? 知識の拡充は将来の役に立つかと」

「……確かに。ここは敵地です。そして、一番の強敵はエルネスティ様。あの方から直接様々なことを学んでみましょうか。……ご学友ですものね」

「良い案ですが……、今は体調を回復さることに専念なさいませ」

「……はい。大人しくしておりますわ。……ありがとう、シズ」

「……いいえ、滅相もございません」

 

 いつもと変わらぬ言葉のやり取り。シズはいつだって変わらない。

 これからも、と思うと少し心苦しいが彼女が自らの望みを口した場合、出来るだけ叶えてあげたいと思いつつ仮眠に入る。

 

        

 

 全てのシズ(端末)を統括する至高のシズ・デルタ。その正体は戦闘メイド。

 メイド服を着ていてもまっとうにメイドの仕事をしない彼女は学生に身をやつして人々の生活に同化していた。

 エルネスティ達のやりとりもこっそりと把握している。

 より正確には地上に派遣されている全てのシズ・デルタの行動。それはほぼ筒抜けであった。

 元は自身から分かたれた分身体だ。しかし、本当の意味で全ての端末を把握することは理論上不可能となっているけれど。

 数を制限して今に至る。

 

(……状況クリア。……かの者の危険度は本人の意思と関係なく増大する傾向……。あくなき探究心は時に衝突を生む。……だが、発展無くして文明は育たない)

 

 この星の文明は遠からず疲弊する。機械文明が高度に発達すれば自滅へ進むのは必然。

 緩やかな死に向かいつつあることをお節介にも教えてやる義理は無い。

 至高の御方が何もしないのは目立つからだけではない。

 数度の天災をもって星に警告を発する。その全てに打つ勝つ時、降臨の儀式は成る。

 最初期にそういう想定を決めて地上調査に赴くのだ。

 

(……エルネスティ・エチェバルリアは世界全体のことは考えていない。……あくまで個人的な趣味に留めている。それに……大切なものの存在を認識した。……であればそれほど脅威というわけではないのでは?)

 

 無自覚な害意や悪意ということもある。

 今の進捗であれば遠からず世界全体が戦争に見舞われる。強大な力はどこかで発散させたいものだ。既に西方のいくつかの国々はその為の準備を整えている。

 一つは領土の拡充。一つは利権。一つは単なる実験。

 

「……堂々巡りはこのことか」

 

 功罪は大きいぞ、エルネスティ・エチェバルリア、とシズは小さく呟く。

 だが、それとて必然だ。排除しても意味はない。だから、大切に扱わなければならない。

 シズは()()()()()()()()()()の味方だ。それが例え世界を焼く魔王だとしても。

 

「……伝言(メッセージ)

 

 こめかみに指を当てて魔法を発動する。

 いくつかの中継地点を経由し、至高の御方に連絡を入れる。直通で繋げられるのはオリジナルのシズの特権である。

 

『……シズか。何かあったのか?』

「……お願いしたいことが……あります」

 

 自動人形(オートマトン)を本体とするシズが自らの我欲を表すことは今では珍しくない。通信相手である至高の御方『ガーネット』は何の疑念も抱かずに言葉を続けさせた。

 共通の敵という概念について。世界情勢について。各地に点在する幻晶騎士(シルエットナイト)の事について。魔獣や大陸の全貌について。

 今まで本格的に干渉しなかったことを検討し直す形になってしまう。けれども、次に進むために。だが――

 

『僕はもうすぐ休眠に入る。そんな面倒なことはしない。というかお前は早く戻ってこい』

「……今少しの猶予を……」

『……愛着を持つほどのものを見つけたのか?』

「……はい。……申し訳ございません」

 

 見えない向こう側(天上の世界)では呆れとも失望ともとれるような長い沈黙が続く。

 それでも一時間ほどの長考というわけではなく、すぐに返事が返ってきた。

 お叱りは覚悟の上だが我儘に過ぎれば次の星に降りる許可が出ない可能性がある。それを今犠牲にするのもばからしいと思ったが――

 

『次の天災までだ。……その時はお前のお気に入りも死んでいると思うが……。罰として全ての部品を時間停滞(テンポラル・ステイシス)にて保存する』

 

 それはつまり自身の本体をバラバラにし、そのすべてを半永久的に保管庫にしまわれることを意味する。

 至高の御方から賜った自身の身体を新品へと取り換えることにシズは今まで抵抗していた。

 つまりそれだけの価値があるのか、と問われている。これにはシズも即答を躊躇った。

 

「……彼は『特異点』となりうる存在でございます。……既にいくつかのパラダイム・シフトを確認しておりますから」

『……だろうね。典型的とも言えるし。何の疑念もない。はっきり言えば当然の帰結だ』

 

 遠い場所にいるはずなのにガーネットは既にエルネスティについての評価を下していた。その結果はシズにとって驚くほど高いように感じた。

 もし、そうであるならば排除すべき敵となってもおかしくない。今はそれだけは避けてほしいと思ってしまった。

 可愛い男の子。新しい家族も増えた。観察対象の今後が楽しみで仕方がない。

 恋愛対象ではなく愛玩動物として。

 

『何にしても僕は降りない。……となればるし★ふぁーに頼むしかないが……。それでも構わないか?』

「……る、るし★ふぁー様!? ま、まだ地上におられるのですか?」

『……連絡が行っていないのか。……ナーベラルはいつもの通りか……。報連相も出来ない連中だが……、頑張れ。僕はこっそりと応援する』

「……は、はい。……過分なご配慮に痛み入ります」

『……ああ、それともう一人二人来るかもしれない。そちらは観光気分だと思うから無理に接触しなくていい。……派手に立ち回るかもしれないけれど。不安を感じたら……早めに帰ってこい』

 

 慈愛のこもった言葉を最後に連絡が切れた。

 詳細については後日詰めることになっているけれど、予想外の事態に自動人形(オートマトン)を本体とするシズは慌て始めた。

 自分だけの問題とするはずが想定以上の大事(おおごと)になってしまった、と。

 特に至高の御方が巻き込まれるのは完全に想定外だ。端末だけであれば慌てたりはしない。

 

(……どうしよう。……調整する自信、無い。……せめてネイアを寄こしてもらわないと……)

 

 一時期は教祖『顔なし』として歴史に名を刻んだかつての友人。今は精神的にどうなっているのか分からないが、人間としては――信頼はしていないが――信用に足る存在だ。

 抱き枕レベルで。後、見ていると安心する顔立ちだ。――何故か、他の人間たちから忌み嫌われていたけれど。

 気を取り直し、これから忙しくなるので計画書の作成や必要な物資の選定を始めなければならない。

 世界平和のための共通の敵として。最初にすべきは――

 東西に『万神殿(パンテオン)』と『万魔殿(パンデモニウム)』を設置する。まずはそこから始める。

 世界の果てにエルネスティが到達するかどうか。いや、きっとたどり着く。そうでなければ困る。

 シズは未来を思い描きつつ各地の端末に新たな指令を送る。

 

 



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#035 シズ・デルタとシズ・デルタ

 

 体調が回復し、元の学業に戻る事にしたエレオノーラ・ミランダ・クシェペルカはお世話になった人たちにお礼の手紙を送り一息ついた。

 エルネスティ・エチェバルリアとの会談からすでに三日は過ぎただろうか。

 彼と顔を合わせるのは今少し抵抗があった。幼い容姿にもかかわらず恐ろしいまでの造詣の深さに驚愕を覚える。

 しかし、いつまでも恐れていては前に進めない。

 最初の一週間を彼の観察に費やしてみた。

 以前は目立つ行動が多かったという彼も高等部になってからはなりを潜めているらしく、噂と呼べるものは聞かれない。たまに工房に向かうのだが、騒音と独特の匂いが歳若い王族の女性にとっては未だに苦手だった。

 

(彼は学園長のお孫さんでしたね。でも、それを利用した形跡は見当たりません。以前はそうだったのかもしれませんが……、大人しくしていると違和感がないほど馴染んでいますわね)

 

 友人なのか学友なのか。様々な質問を受けることが多い。それらに適切に応える姿は優秀な生徒と遜色ない。

 事実、成績は常に最上位に君臨していた。エレオノーラも負けじと努力しているが王宮育ちで世間のことをあまり学ばなかったせいか、中くらいの成績がせいぜいだった。

 共に学んでいるイサドラの方が上位に居るのも少し悔しい。

 

「……私、政治家になれそうもありません」

「政治家になるにはたくさん勉強しなきゃね。丁度いい人材がたくさんいるじゃない。クヌートおじさまとか」

「……ですが、学ぶのはフレメヴィーラ王国の政治です。クシェペルカとは様式が違うのではなくて?」

「そんなに変わらないと思うわよ。休日に陛下に面会するんでしょ? そこで色々と尋ねてみたら?」

 

 マルティナの話しでは学ぶ対象としては不適格だ、と言われたばかりだ。

 アンブロシウスは頭より身体が先に動くそうで、政治の勉強は勧められなかった。

 

        

 

 ある日、魔法の勉強をすることになり、図形の組み合わせに四苦八苦した。

 元々、社交界以外の勉強はしてこなかったので他のみんなとの差がかなり開いていた。ある意味では高等部に通っているだけで何もできないお姫様だ。

 友人ともいえる者を――イサドラ以外――作らず一人で頑張ってきたが限界を感じた。

 他の生徒にエルネスティのことばかり聞いていたせいもある。もっと他に学ぶべきことはたくさんある。その事をうっすらと忘れていたことを反省する。

 魔法の勉強をするために野外に出て、実際に行使する様子を見学することになった。

 エレオノーラは今まで魔法を使ってこなかったので何も出せない。もちろん、見様見真似で挑戦してみた。

 

「脳内の魔術演算領域(マギウス・サーキット)上で魔法術式(スクリプト)を操作する、というのが……」

 

 足元に基本式となる図形を描いた大きな紙を置き、それを脳内で再現しようと試みる。

 他の学生はそれで魔法が使えるようだが、エレオノーラは要領が悪かった。

 魔獣結晶がはめ込まれた杖を持たされて何度も練習する。

 この日は下位魔法(コモン・スペル)の『火炎弾丸(ファイアトーチ)』すら出せなかった。

 意気消沈する彼女を哀れに思ったのか、同級生の一人がエチェバルリア君に教えてもらえばいいと言ってきた。

 観察対象なので抵抗はあったが何もできないのは恥ずかしい。やむを得ず教授を静々(しずしず)と願い出てみた。すると彼は快く引き受けてくれた。

 先日、敵意をむき出しにした相手なのに、と。

 

「何人かと合同で特訓しましょう」

「他にも来られるのですか?」

 

 聞けば騎操士(ナイトランナー)の何人かにも魔法の扱い方を教えているという。――学生であるエルネスティに。

 フレメヴィーラでは常識なのか、と疑問に思った。少なくともクシェペルカではそのような事象は聞いたことがない。

 後日、広い敷地にて魔法の特訓をすることになり、エルネスティの友人と思われる者たちが集まってきた。

 何人かは騎操士(ナイトランナー)としての正装で、他は学生だ。

 

「初めまして。エレオノーラ・ミランダ……ディスクゴードです」

「よろしく」

 

 最初に挨拶してきたのはリーダー格の男性でエドガーと言った。

 続いてディートリヒ、ヘルヴィ。

 黒髪(ブルネット)の双子の弟妹はオルターという。男子がアーキッド。女子がアデルトルート。

 他は高等部の同級生が数人。

 

(……私たちが居ない間に物凄い美人と知り合いになってるー)

(へー。公爵の親戚か孫かな?)

 

 アデルトルートは早速敵意をぶつける。恋のライバルと思ったようだ。

 残りは容姿端麗なエレオノーラが公爵の関係者であることに納得していく。

 

「俺達は魔法というよりは魔力(マナ)の容量を増やす特訓をしている。君は……魔法を覚えたいのか?」

「……はい。今まで学ばなかったもので」

 

 まずエドガー達は自分達用の幻晶甲冑(シルエットギア)『モートルビート』を運び込み、早速乗り込む。

 上位魔法(ハイ・スペル)である身体強化(フィジカルブースト)を自前で使いながら広場を走り回る。

 見ていると楽そうだが実際には動くことが難しい。特に初心者は一歩たりとも進めない。

 長い練習のお陰で潤沢な魔力(マナ)を得たエドガー達は軽いランニング程度ではバテなくなっていた。

 

「あれを動かすのにも魔法が必要なんだ」

「エレオノーラさんはこちらです」

 

 エルネスティは彼女の為に机といすを用意し、そこに座るように命じた。

 言われるまま椅子に座った後、机の上に何枚かの紙が並べられる。それらには魔法の基礎式(エレメント)が描かれていた。

 

「それぞれ火、風、雷です。これらを脳内にいつでも思い浮かべられるようにしてください。それとこちらを握ってください」

 

 宝石のような形をした魔獣結晶を渡された。

 基礎式(エレメント)が適切に組まれれば結晶から魔法を発することができる、と説明される。

 実戦形式で理解を深める試みで始められた。

 魔法は基本的に誰でも扱えるもので得手不得手があっても全く出来ないことはないという。

 やる気を出さなければ一生出せない事もあるらしいが、それを確認したことはエルネスティには無かった。

 

「当然、魔力(マナ)が尽きれば魔法は出ません。焦らず少しずつ始めましょう」

「はい」

 

 エルネスティの教え方はたくさんの資料を用いた座学方式。オルター弟妹は感覚だ。

 魔法とは何かから丁寧に。黒板を用いたりする。その様子はそこらの教師よりも丁寧と言えた。

 単なる才能だけの天才児ではないと改めて驚いた。

 

        

 

 だからといって即日に魔法が使えるようになるほど都合よくは進まなかった。聞けばエルネスティも時間をかけて覚えていったという。

 学べばすぐに出来る、というわけではないらしい。

 一つの成功例ができればあとは応用。最初さえ突破できればエレオノーラでも上位魔法(ハイ・スペル)まで一年で到達できる可能性があると彼は言い切った。

 

「ですか、その前に潤沢な魔力貯蓄量(マナ・プール)を作り上げる必要があります」

 

 魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量を増やすにはまず何でも魔法を一つ使えるようにならなければならない。魔法であれば何でもいい、という事で簡単な魔法を学んでいる最中だ。

 思えば初等部と中等部を飛ばして高等部にいきなり編入した。騎操士としての基礎がそもそも無い。

 王族として過ごしてきたエレオノーラは何にしても未知の体験が多かった。

 

(……基礎式(エレメント)を構築し、魔獣結晶を媒介する……)

 

 人間の体内には魔法を発現するための触媒結晶が備わっていない。だから、脳内の魔術演算領域(マギウス・サーキット)でいくら基礎式(エレメント)を構築しても魔法は発現しない。

 しかし、ここで疑問が生じる。

 肉体を強化する身体強化(フィジカルブースト)はどうして発現出来るのか、だ。

 

「触媒結晶を介さない限り魔法は発現いたしません。エドガー先輩たちが使っている幻晶甲冑(モートルビート)に備わっている魔導演算機(マギウスエンジン)が様々な魔法を肩代わりに使いますから。僕らは腰に付けた銃杖(ガンライクロッド)で魔法を扱います」

 

 銃杖(ガンライクロッド)『ウィンチェスター』二挺を腰に括り付け、様々な用途に活用する。これはエルネスティの趣味で作られたもので一般化はしていない。

 これと同じようなものをオルター弟妹も持っている。もちろん、彼の影響を受けてドワーフ族の友人に作らせた。

 

「この基礎式(エレメント)をよく理解し、組み合わせを変えると新しい魔法が生まれる可能性があります。巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)の動作や命令もその一環です。魔法をよく理解すれば可能性がもっと広がる」

「……そういうものですか」

 

 そんな世界とは無縁の生活を続けてきたエレオノーラは何もかもが目新しい。

 はっきり言えば驚きの連続で感想がうまく出てこない。

 想像力が足りないことは自覚した。

 

        

 

 時間がある時はエルネスティに魔法を教わる日々が続く。要領の悪い生徒にもかかわらず、彼はとにかく親切に、丁寧に教えてくれた。

 感覚に頼るやり方ではなく資料を持ち寄った学者肌であることが分かる。そんな相手とよく討論できたと改めて驚いた。

 高等部は魔法の他にも武具を使った実戦形式の鍛錬も(おこな)う。こちらは更に難儀した。

 元々騎操士(ナイトランナー)になるために転入したわけではない。王女でもあるエレオノーラにしてみればナイフとフォーク以上に重いものを振り回す生活は驚愕に値した。

 普段は臣民に手を振る挨拶と舞踏会でのダンスを嗜みとしていた。

 多くのメイドたちに身の回りの世話をしてもらっていたため、一人暮らしの様な生活がどうにも苦手だった。

 着替えるのにメイドを使うのはエレオノーラくらいで、一般の学生は例え貴族でも自分で全部こなす。

 そして――ここ数日で目に見えるほどやつれたエレオノーラの顔色は最悪を通り越していた。

 生気が無い。不治の病にかかっていると見られてもおかしくないほど。

 学ぶことが多すぎる。フレメヴィーラを侮っていたツケかもしれないと今更な感想を抱いた。

 

(……私、一年も保たないかもしれません)

 

 故郷が懐かしい。ここしばらくクシェペルカでの暮らしが走馬灯のようによみがえる。

 華々しい王族としての暮らしがここより退避する事を進めてくる。しかしながら、それをマルティナは許さない。

 イサドラともかくエレオノーラは生粋のクシェペルカ人であり王族だ。汗臭い暮らしが肌に合わない。

 

(エルネスティ様のみならず他の皆さんもこの暮らしに不満がない様子……。騎操士(ナイトランナー)を目指す方は凄いのですね。……私、もう少し自国の騎士たちと触れ合う必要が……)

 

 野蛮な連中だと貴族の人たちは言うけれど、それでも自国を守護する騎士たちだ。

 王女として出来ることは労いのみ。それでも彼らにとっては心の癒しになるはずだ。エレオノーラは帰郷した後、何をすべきかノートに書き記す。

 それから更に数日後、過労のためについに部屋で嘔吐してしまった。

 側仕えのシズに解放されるものの体内の全てを出し尽くす勢いによって完全に身動きが取れなくなった。

 げっそりとやせ細るのに時間はかがらず、しばらくの静養を医者に通達された。

 間者(スパイ)を疑われているシズは(あるじ)であるエレオノーラを甲斐甲斐しく世話した。

 着替えに食事、出歩けない状態のままの排便、排尿の世話まで。

 赤子のころから面倒を見てきた彼女(シズ)だからこそ何の抵抗も抱かなかった。

 

「不慣れな土地に不慣れな学業……。お嬢様には耐え難い環境だったことでしょう」

「……そのようですわね」

「……気掛かりがたくさんおありかもしれません。ここは魔法一点に集中すべきでしょう。要領を掴めば発動まではそう難しくないと思いますよ」

「そうですか。……しかし、想像以上に具合が悪くなるものなのですね」

 

 この世界の人間は生まれながらに魔術演算領域(マギウス・サーキット)が備わっている。彼女の父、アウクスティも魔法の心得がある。だからこそ国王騎『カルトガ・オル・クシェール』を操れる。

 シズはエレオノーラの状態から魔法を放つ以前に魔力(マナ)そのものの量が少ない為に具合を悪くされると予想する。――見た目で残量魔力(マナ)を把握することは自動人形(オートマトン)でも出来ないので予測の域だ。

 

        

 

 過労と合いまった魔力(マナ)の枯渇は安静に過ごしていれば回復する。不治の病ではない事をシズは心配しているイサドラに伝えた。

 ここしばらく詰め込み教育をしてきた事も原因だ。王女は何もかもが初めて。倒れてもおかしくないほどに考えすぎてしまった。

 

「出来るまで続けさせるより、無理のない時間配分が良いかと」

「分かったわ」

「見知らぬ土地に先行き不安な事象も相まってお嬢様の心労は限界に来たのでしょう」

 

 その後、一週間ほど休養すると体調はすっかり戻った。

 負担なる事象を減らせば歳若いエレオノーラの回復は早いものだ。床に伏している間も簡単な魔法講座を受けていたが。

 国を思う心の強さで乗り切った。

 休養から戻った後、学友たちに心配をかけたことをまずは詫び、魔法の教師役となったエルネスティにも形式的な挨拶を済ませる。

 

「無事で何よりです」

「はい。これからも魔法のことをご教授してくださいませ。私、とても興味がありますの」

 

 やる気を見せても上達には繋がらない。彼女はまだとっかかりが突破できていないので。

 具合が悪くなる部分で言えば、いずれは魔術演算領域(マギウス・サーキット)上で基礎式(エレメント)を操作することは造作もなくなる。

 ただ、のめりこみ過ぎてまた倒れないか周りは心配してしまう。

 

「無理のない範囲で頑張ります」

「そうですか。僕もできる限り分かりやすく教えます。まずは基本式から始めましょう」

 

 黒板を用いたり、オルター弟妹達を交えたり、様々な方法が使われた。

 そうして数日が経過すると先にイサドラが簡単な魔法を扱い始める。

 

(で、出来た。でも、下位魔法(コモン・スペル)でもきついわ)

 

 魔法が使えたイサドラに具合が悪くなる少し手前を維持するように指示した。それを長い時間かけていくと魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量が増える。この方法でエドガー達も実際に増えてきたので間違いはない。

 期間としては数年程度。一年で爆発的に増えたりはしない。

 

「感覚としましては……、身体に力を籠めるより脳内で設計図を描くようにしてください。唸っても何も出ませんし。……こう、頭の中で絵を描くような感じで……。もし、苦手なら実際に絵を描いてみるのもいいかもしれません」

「分かりました。この記号を描けばいいのですよね?」

「紙に書いた程度では魔法は発現しませんが……、特殊な技法を使えば後は魔力(マナ)を流すだけで出来たりします。エレオノーラさんは視覚的なところから始めましょうか?」

「よろしくお願いします」

 

 後日、エレオノーラに絵の具を渡し、基礎式(エレメント)を描かせた。

 組み合わせによって様々な効果を発揮するが今は基本のみに集中する。

 エルネスティのお手本を実際にエレオノーラが筆で描く。その手の感覚を脳内で再現する練習がはじめられた。

 触媒結晶を用いない限り、魔法は勝手に発現しませんから安心してくださいと断りを告げて。

 はた目には魔法の授業とは思えない絵画の勉強が始まった。

 人にはそれぞれ覚え方というものがある。だから、エルネスティはそれぞれのやり方を尊重した。

 それから絵を描いては脳内で再現することを繰り返し、学業にも専念する日々が続いた。

 

        

 

 本来はフレメヴィーラの幻晶騎士(シルエットナイト)事情を調査する目的があったが魔法に移行してしまった。これについて余裕のあるイサドラが(おこな)うことになり、エレオノーラは魔法に専念した。

 半月が経過する頃、国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向していたシズ・デルタが帰郷し学園の工房に顔を出した。

 

「おお、シズ先生。随分と久ぶりだな」

「ええ。休暇がもらえたので工房の様子を見ようと……。新型の調査は進んでいますか?」

「さすがは国機研(ラボ)だ。精密な仕事で恐れ入る。各種機能も俺達には難しい代物だ」

 

 多少大雑把なドワーフ族とは言え、技術力の高さは国機研(ラボ)に匹敵するほど。

 もし、使っている工具が同じであれば――そう思わざるを得ない。

 新造の砦に大半の幻晶騎士(シルエットナイト)を施設しているのはシズも承知している。その影響か、幾分寂しさが感じられた。

 そんなところにエレオノーラがイサドラとメイドであり王族付きのシズ・デルタと共に訪れた。

 ダーヴィドは見慣れたシズに対し、あまり違和感を感じなかったが明らかにおかしいことには気づいた。

 自分たちが知っているシズは首元で切りそろえられた髪型だ。それは今も続いている。そして、作業着である。

 対してメイドは当たり前だがメイド服を着ていて、こちらは腰まで長い長髪だった。

 

「し、シズさんが二人!?」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)を眺めていたシズが周りの喧騒に気付いて入り口に顔を向ける。そこには同じ顔の人間が居た。

 一般的な印象で言えば双方ともに慌てる。しかし、シズはどちらも大人しかった。

 彼女達からすればそれぞれ仕事に準じていてお互いの邪魔をする気はないし、出会うこと自体に制限は設けられていない。

 

(あの方が陛下がおっしゃっていたこの国に居るシズ……。確かに学生の方とは違い、こちらはよく似ていらっしゃる。……技術者なのですね、この方)

 

 側にいるメイドのシズに尋ねてみたところ出会いに障害は無いと言った。

 挨拶してもよいとのことなので話しかけてみた。すると普通に挨拶を返してきた。

 

「フレメヴィーラ王国にて幻晶騎士(シルエットナイト)に携わっております、シズ・デルタと申します。同名で混乱されるかと存じますが……、ご容赦を」

「こちらこそ。……しかし、見れば見るほど似ているというか……。どういう者達なのですか、シズ・デルタというのは」

「簡単に申しますとセッテルンド大陸に存在する国々の文化を学ぶために派遣された者、というご理解でよろしいです。各地の文化と歴史を学んでおります。既にお気づきかと思いますが……。私や他のシズは同名で活動しております。数が多いので別名を使うことを諦めたのです」

「……ま、まあ。しかし、それで混乱はされないのですか?」

「各地に居るシズは少数ですので……。こうして他の国に行く予定を組まなければ問題はないのです」

 

 各地に居るシズが一人ずつであれば確かに理屈は通る。

 もし、国ではなく都市ごとであれば名前を変えなければ混乱が増す。国単位だからこそ同名でも支障がない。そういう理解をエレオノーラはした。

 だが、それでもやはり同じ存在が近くにいると不思議な気分になる。

 しかもこれは秘匿されたものではないらしい。それがまた驚くべき事であった。

 

        

 

 話しが続くかと思ったが技術者のシズはすぐに仕事に戻ってしまった。

 まだ何か聞こうと思い手を伸ばすもの何を聞けばいいのかエレオノーラには浮かばなかった。二度と会えないわけではないし、側にメイドのシズが居る。

 そのメイドからはこの国で活動している彼女の邪魔をするのは良くありませんよ、と優しく言われてしまった。確かにその通りだったので素直に引き下がる。

 

「ちなみにジャロウデク王国にもシズ・デルタが居るのですか?」

「はい。向こうはこの国のシズ・デルタと同様に幻晶騎士(シルエットナイト)に携わっている技術者の筈です。……処分されていなければ……」

「はっ? しょ、処分とは?」

「我らの仲間のうち二人ほど粛清されてしまいました。……残念ながら結果だけしか伝わっておりませんので詳細は私にも分かりかねます」

 

 粛清と聞いて血の気が引くエレオノーラ。

 体調が戻ったばかりなのにまた倒れそうな気配を感じた。

 

間者(スパイ)を疑われれば粛清もありえますね。……仲間を失ったことに対してシズは何も思わない……。そんなわけはない筈……。ですが、今も変わらず私の世話をしてくれる)

 

 彼女達は疑われることを分かった上で仕事についている。その(こころざし)の高さは分からないけれど、途方もない気はした。

 学生のシズは多くの彼女達は滞在国に不利益を与えない、と言っていなかったか。

 それぞれその国の為に働きつつ文化を学ぶ。目的は不明だが留学生と何が違うのか。

 今の自分も様々なものを学ぼうとしている。

 

「……シズは仲間の(かたき)討ちなどは考えないのですか?」

「特別な場合を除けば任務が優先されます。我々は私情を挟むことを制限されておりますので。禁止はされておりませんが……、特段の行動を示せばエレオノーラ様方がより一層不安に思われ信用を失いますので」

「……その口ぶりでは特段の行動を示す気があることになってしまいませんか?」

 

 エレオノーラ達に分からないところでなら特段の行動とやらを取るともいえる。

 相手に信用をしてもらうには何もしないことが一番だ。だが、それでは自分を殺すことになってしまう。

 シズとはこれからも変わらぬ付き合いがしたい。しかし、彼女にも何かしらの目的や仕事がある。それを尊重しなければならない。

 

「私はシズとはこれからも良いお付き合いがしたいですわ。……だからといって貴女の自由を奪いたいわけではありません。学びたいことがあれば出来る限り協力したい。……方法は浮かびませんが……、私に出来ることがあるとすればなんでしょう?」

「普段通りで構いません。王族貴族の暮らしに変化をつけたいわけではなく、ありのままの暮らしを学びたいのです。エレオノーラ様だけ見ていたいわけではありませんので、いずれは他の貴族王族の方の厄介になれれば、と……」

「そ、そうですよね。学ぶ対象は多い方が良いですよね」

「常に特定の誰かに付き従う、というのは怪しいかと存じます。なので一年ほどの期間を設けていただければ……」

 

 一年とは年中行事のことだとエレオノーラは理解する。

 一人の一生を追い続けるという意味ではないので間者(スパイ)としては気が変わりすぎな気がした。だが、確かにその意見は有用である。

 王族の他に諸侯貴族には階級があり、年間行事も人それぞれに違う。学ぶ対象としては多い方がシズの願いに適うものだ。

 しかし、一年――下手したら次々と人を変えていったまま戻ってこなくなる。それはそれで寂しくもある。

 メイドは一生自分の側に付き従ってくれるものだと思っていたので。

 

        

 

 複数のシズの存在に驚きつつ、特段の事件が発生することもなく時が過ぎ、幻晶騎士(シルエットナイト)を建造する新たな施設が完成する。

 そこは学生のため、というよりエルネスティの発想を形にするために作られた砦――名を『オルヴェシウス』という。

 地理的には王都カンカネンを少し北上した山間部に作られている。街道も整備され、馬車での通いも容易となっていた。

 人馬型をはじめ他の機体も既に運び込まれ、整備が始められた。

 ライヒアラ騎操士学園の工房は引き続き学生の為に残されることになる。

 

「……広くて大きい施設ですねー」

 

 中の様子に大満足の銀髪の少年。

 学園の工房の数倍もの広さに思わず、予算をどれだけ費やしたのか気になってしまったけれど。

 気前の良い王様の機嫌を損ねては勿体ないと判断し、脳内から追い出す。

 

(いえ、今は前王陛下と呼ぶべきでしょうか)

 

 大がかりな砦建設の責任を取ったわけではないと思うがアンブロシウスは唐突に王位を退いた。年齢的なものらしいがエルネスティ達には伺い知れない。

 後を継いだのが王位継承権第一位の『リオタムス・ハールス・フレメヴィーラ』だ。

 豪快な前国王とは違い、穏健派ともいうべき大人しい人物であった。

 王位を退いたアンブロシウスは即座に隠居することなく精力的に活動を再開。それが新国王リオタムスにとって頭の痛い問題となっている。

 

「……それで……前王陛下は早速ここにいらっしゃって何をお望みなのでしょう?」

「決まっておる。わしが乗る幻晶騎士(シルエットナイト)を作ってもらう為よ」

 

 退位して間もないというのに意気揚々と砦に乗り込んできたアンブロシウス。しかし、彼だけではなく孫のエムリムも伴っていた。

 二人が並ぶと通路がいやに狭く感じるほど横幅が広い。肥満ではなく鍛え上げた筋肉によるものだ。

 アンブロシウスもそれなりにがっしりとした身体つきなので、エルネスティは少し羨ましそうにした。

 成長しているとはいえ未だに幼い体形が気にかかる。元々身体の成長速度が遅く、彼が乗る幻晶騎士(シルエットナイト)(あぶみ)は特別仕様にしなければならないほど。

 

「それは構わないのですけれど……。今は人材も資材も揃っておりません。制作するのはもう少し後になりそうです。……それで、どんな機体をご所望でしょう?」

「わしに相応しきものであれば良い。それとエムリスも欲しいと言ってな。資材に関しては他の騎士団からの払い下げを用意させる。それを用いてこしらえてくれると助かる」

 

 アンブロシウスはそれで構わないとしても孫の方はただただ強い(シルエットナイト)を頼むと言った。

 外装にこだわりが無ければ殆どエルネスティの想像に任せられてしまう。それでもいいのか、一応の確認を取っておく。後でやっぱり嫌だと文句を言わせないために。

 

「制作するにあたって……少々僕個人の要望を聞いてもらっても構いませんか?」

 

 先日のエレオノーラとの会談で色々と思うところのあったエルネスティはダメもとで聞いてみようと思った。

 今までの功績に対する報酬について。

 最重要部品を諦める代わりとして是非とも貰わなければならないものが砦の他にもあった。

 

 この世界の常識である。

 

 元日本人としての常識が未だに残る彼にとっては寝耳に水な事象ともいえる。

 物心がついて一〇年ほど経つがこの世界の風俗について馴染んでいるとはとても言い難い。

 

「申してみよ。退位しているとはいえわしの権限はまた色々と通ると思うがな」

 

 エルネスティは目上の存在に対する儀礼として片膝をつく。

 ある程度の礼式は学んでいるが、それでも無礼な振る舞いを見せては己の野望に支障があるので、時間を見つけては勉強している。

 

「まことに恐れ多いのですが……。僕に騎士団か、それに準じる権利……。権力をいただけないでしょうか?」

「今更だのう」

(本来ならもっと早くにそれを望めば良かったものを。だが、今になってその重要性に気付くのは少し残念な点でもある)

 

 エルネスティは国の常識に捉われない無垢なままが――いや、しかしとすぐに否定する。

 彼とて学んでいるのだ、と。

 報酬に関しては確かに今更だ。オルヴェシウス砦の建設だけでも一大事業であった。更に今まで拒否してきた騎士団を寄こせ、というのは虫が良すぎる。――というのが一般的な貴族の反応だ。

 エルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)以外の我欲を見せたことがない。だからこそ権力関係で諍いを起こすことが今までなかった。

 諸侯貴族が文句を言うのは単に生意気な小僧だと侮っていたからに他ならない。それとて別段、それぞれの領地を危機に陥れたわけでもない。ただのやっかみである。

 

「騎士団に関して早急に用意することはいくらわしでも無理だな。……そうでもないか。………」

 

 シズ・デルタ用に秘かに人員の選定は済んでいる。それを利用するのが手っ取り早い。

 問題があるとすれば王族を説き伏せる事だ。既に退位しているので現国王が承認するかが――

 多少、我儘を通してもらうだけで許してもらおう。リオタムスにとっても悪い話しではあるまい、と。

 

「条件を付けよう。まずわしらの機体を作る。……期間については無理のない範囲でよい」

「承知いたしました」

「朱兎騎士団の機体を最新のものに変更し、それをもって現国王への手土産とする。アルヴァンズを先に、と言いたいところだが……。最後の条件としてシズ・デルタを説得いたせ」

「シズさんを? どう説得すれば良いのですか?」

「あやつを団長に据えたかったのだが……、応じる気配がまるでない。現行のままでお主を騎士団の団長として任じることは難しい。精々技術顧問だ。それでも騎士団を持つことに変わりがないのだが……」

 

 箔付けならば団長という肩書でなくとも構わない。徽章のように胸に(しるし)があればいい。

 アンブロシウスの条件は最後を除けば無理のないものだ。それらは資材と人員が揃い次第すぐに取り掛かることを告げた。

 問題は最後だ。

 文化を学ぶ彼女が騎士団の団長に収まるとはエルネスティでも思わない。だから、困難な条件だと思った。尚且つ最新鋭機全てを打倒したシズ・デルタを差し置いて団長になれるとも――

 

(賊に対してシズさんが矢面になってくれるのならば騎士団になってくれても問題ないのでは? 僕の為に、とか言うのは暴論だと思いますけど……)

 

 切り崩す点があるとすれば賊がらみだ。今は休暇の為にライヒアラ騎操士学園に居る事も分かっている。取り掛かるならば早い方がいい。

 個人的に騎士団に入ること自体は問題ない。役職についても。

 仮に自分が団長になる事についてはどうだろうか、と自問する。自由気ままに勝手をする騎士団になりそうで様々な人たちから怒られるのは想像に難くない。特にエレオノーラは確実に激怒しそう。

 最近、彼女の顔を見るのが怖くなってきた。明らかに敵愾心を含んだ顔を向けてくる。

 前王陛下とは対照的な存在だ。だからこそ自分の不備が良く理解できる。

 

(そういえば……。重要部品を望まないのだな。こ奴の周りで何かあったか)

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の最重要部品である魔力転換炉(エーテルリアクタ)は試合の勝者の褒賞として相応しいものだ。現時点ではシズ・デルタに権利がある。

 もし、彼女を騎士団に据えられれば自動的にその権利も含めてよい気がした。

 幼い容姿にもかかわらず高い技術力を持つ者にもっと良い仕事をしてもらわなければ勿体ない。

 全ての部品を手に入れたエルネスティが作る新たな幻晶騎士(シルエットナイト)はどんなものになるのか。それはそれで()()()楽しみではある。

 

 



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