彼女に出会った高校生活 (ビタミンB)
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本編
偶然の産物



今、妄想力が試される…!



 

 

 

 俺が一番最初に彼女を目で追ったのはいつだっただろうか。

 その声が、仕草が、ふと見かけた優しい笑顔が、どうしようもなく気になりだしたのは一体いつだっただろうか。

 

 湊友希那。

 今年同じクラスになった女子で、周囲からは『孤高の歌姫』などと呼ばれている。綺麗な銀髪を伸ばしていて、よく窓から差し込む太陽の光を浴びてはキラキラと幻想的な輝きを放っているのを見たことがある。

 

 孤高と言っても友達がいない訳ではないらしく、よく女子達と話しているのを見かける。噂によると、彼女がバンドを組んで活動を始める前にソロで歌っていた時期があって、その時に広まった名前なんだそうだ。

 

 それに比べて俺はどうだ。

 特に親しい友人もおらず、クラスでもほとんど一人。きっと孤高というより孤立という言葉が俺を表すのにぴったりだろう。あー、友達欲しいなー。その辺に落ちてないかなー。ないか。

 

 話を戻そう。

 さっきも少し触れたが、彼女はバンド活動をしている。バンド名は確かRoselia。Roseは薔薇の意味で、liaは多分椿だと思う。

 

 そんな彼女に今、俺は絶賛恋をしているのである。

 ただ、恋をしていると言っても話した事はたったの一度もない。高校2年のクラス替えで一目惚れしてから既に3週間程経つが、どう話し掛ければいいかわからず、また現状一つも接点のない自分から話しかける事に恥ずかしさを感じてしまい、結局何も会話ができていなかった。まず話題がないしな。俺のことを認知してるのかすら怪しい。

 

「はぁぁ〜」

 

 ついため息をついてしまう。早くも前途多難過ぎて辛い。湊さんは多分誰もが認める美少女だ。かたや俺は影の薄い、どのクラスにも一人はいるであろう空気系男子。彼女を想う反面、俺は9割自分の恋を諦めていた。

 

 だから、これは片想い。

 太陽を求めて少しづつ翼をはためかせ、いつかきっと地に堕ちるイカロスの物語。

 

 

 

 

 決まった……! (かっこいいつもり)

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

「移動しないの?」

 

 前の授業が終わったことに気付かず頬杖をついていた俺、本街修哉の耳にふと、綺麗で、美しくて、ずっと聞いて居たくなるような心地よく凛とした声が届いた。

 俺はこの声を知っている。いつも聞いていたから。いつか、それを俺に向けて欲しいと望んでいたから。背後から聞こえてきた声は他でもない、俺の想い人の声だった。

 

「次、教室移動よ」

「え……あ、あー、気付かなかった。……ありがとう」

 

 それだけ言うと、彼女は踵を返して教室を出て行った。

 普段は喧騒に満ちた箱の中も、今は静まり返っている。廊下から微かに聞こえてくる隣のクラスの声すらも何処か遠く感じて、この空間、ひいては世界に自分一人しか居ないんじゃないかと錯覚しそうになる。

 窓から流れ込んでくる風がカーテンを揺らして優しい音を奏で、そこに壁掛け時計の秒針が確かなリズムを刻む。

 春の少し冷たさが残りつつも確かに暖かい風を浴びて、やっと俺は気づいた。

 

 

 

 ……え? 今俺湊さんと話した? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わって再び教室。

 俺は窓側の前から三番目の自席に座り窓の外を眺めていた。

 あの後急いで移動先の教室に向かい、チャイムと同時に駆け込んだ事で教師からの説教を受けることなく済んだ。あの先生ほんと怖いんだよなー。あと少し行動が遅れていたらどうなっていたことやら。

 でも肝心の授業内容が全く頭に入っていない。まるでさっきまでの記憶が全て吹き飛んでしまったような感覚に、3次元でも本当にこんなことってあるんだなーと思ってしまう。

 多分あの時の俺の頭は嬉しさやら驚きやらでショートしてしまっていたのだろう。

 

 だって、初めて話すことができたから。

 だって、湊さんの方から話しかけてくれたから。

 あの会話とも言えない短い応酬には、きっと意味はない。あの場にいたのが俺じゃなくても湊さんは声をかけただろう。そんな事は分かっている。自分が特別なんじゃない。偶然、たまたま、運良くそこに居ただけの話。だから、この邂逅に運命だなんて陳腐な言葉を当てはめるのはきっと違う。

 

 だけど、少なくとも俺だけは。俺にとってはあの会話は特別なものだった。

 それ程までに、俺は彼女に惚れ込んでいた。

 

 

 空に浮く雲の流れはゆったりしていて、時折隙間から差し込む太陽の光が眩しくてつい目を細める。

 窓側の前から三番目。名簿順で決まったこの場所に、俺は若干の不満があった。やっぱ窓側って言ったら一番後ろの席が最強じゃん。

 だが今は三番目というこの中途半端さが気に入っている。ちょうど中間。前に出てる訳でもなく、後ろに下がってもいない。

 どっちつかずの俺の現状によく合ってる気がして、気付けばこの席はは学校で唯一落ち着ける場所になっていた。

 

 

 ……とまあ、こうやってわざと変な言い回しで無理矢理平静を保ってはいるが、現在俺の顔はどうしようもなく緩んでいた。

 授業中に外を眺めながらニヤニヤしている男子高校生……うん、キモいな。

 

 自分の表情を自覚してから暫く経つが、一向に治る気配がない。今だって思い出すだけでニヤニヤレベルが上がっている。ちなみにレベル最大になると口が横に裂ける。多分。

 あー、マジでやばい。これからどんな不幸に見舞われても大抵は許せそうだ。気分は最高にハイ。今の俺に敵などおらぬわァァア!! 

 

 

 そこでふと外の景色から教室の中へと視線を移す。何やら縦文字で埋まった黒板の目の前、現在進行形で教卓の前に立ち授業をしていたであろう教師と目が合う。

 あっ……。

 

「おい、本街。そんなにニヤついてどうした。そんなに俺の授業が楽しいか?」

「は、はい!」

「そうかそうか〜、なら次の文読め」

「えっ」

「早く」

 

 嫌な予感が的中し、有無を言わさぬ声色で指名される。

 話聞いて無かったから分かんねぇよ! 次ってどこだよ次って! 

 そもそも授業そのものを把握しておらず、急いで机から教科書を取り出す。

 

 ひたすらページを捲って次の文とやらを探す俺に、クラス中から早くしろよオーラが流れ着いてくる。やめて! 俺も困ってんの! だからそんな目で見ないでぇ! 

 いよいよ頭の中で警鐘が鳴り響き始めた。

 

『神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと……』

 

 あぁ、ついに声も聞こえ始めた。しかもさりげなくありがとう神様。

 自分だけでは絶対に分からないと気付き、すかさず隣の席の人にヘルプの意味を込めた視線を送る。が、右側を見た瞬間クラスの大半が俺を見ていることに気付く。

 その途端急に恥ずかしさと惨めさを覚えてしまい、ページを捲る手を止め静かに教卓に視線を戻した。

 

「すいません、聞いてませんでした」

「はぁ……。もういい。じゃあ代わりに湊、読んでくれ」

「はい」

 

 最悪だ。よりによって湊さんに迷惑をかけてしまうなんて。おい神、思いっきり死んだじゃねーか。

 さっきまでは高かったテンションも急降下の大暴落だ。今ならどんな偶然も不幸に捉えてしまえるまである。

 湊さんの声が聞こえる中、もう決してニヤつくもんかと決意しその後の授業を全て真顔で過ごした。

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

「あ゛あ゛ぁぁあ〜〜、疲れた〜……」

 

 家に着くなり速攻で自室のベッドに倒れこむ。俺は部活に入っていない為、学校が終わって家に着いても午後6時を回っていないことが多い。

 あまりに疲れているのか食欲が全く湧かず、ただベッドの魔力に囚われていた。

 この柔らかさには逆らえない……! もうベッドと結婚しようかなぁ(錯乱)

 どうやって婚姻届を準備しようかと考えていると、ふと部屋の壁に掛けられたカレンダーの土曜日と日曜日に赤ペンで文字が書かれているのが見えた。

 そういえば今週末からバイトだった。場所は家からそう遠くないコンビニ。

 えーと、今日は金曜日だから……

 

 

 ……ん? 

 

 

「あ、明日からじゃん」

 

 

 





初投稿なので文や言い回しがおかしい所があれば指摘してもらえればなおします。
次回!はいつになるかなぁ……。


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二度目の邂逅


今回のイベントのRoseliaメンバー全員可愛くない?というかどのイベントでもRoseliaはやばい。
個人的にLOUDERの時の星四友希那とこの前のイベの星四リサがトップで可愛い。まぁ持ってないんだけど。

という作者の好みでした。





 

「いらっしゃいませ〜」

「い、いらっしゃいませー」

「そうそう、そんな感じ」

 

 もう何人目になるだろうか。来店する客一人一人に声をかけてはいるが、初めて店員の立場に立ったためか未だに慣れることはない。

 

 それに加えて、俺にコンビニバイトのノウハウを教えてくれているのがRoseliaのベース担当なんだから少しくらい声がどもってしまっても仕方がないだろう。俺じゃなくてもなるはずだ。

 

「じゃあ次レジやってみよっか」

「はい」

 

 彼女の名前は今井リサ。クラスは違うが俺と同じ羽丘高校に通う2年生だ。

 見た目的にギャルっぽいなぁと思っていたがその実かなり良い人で、やっぱり外見で判断しちゃ駄目なんだなぁと思う。今もこのボタンはね〜と丁寧に仕事を教えてくれている。

 

 まぁ、1回目のバイトだからぶっちゃけ覚えることはそこまで多くないが、初めての環境への緊張で妙に難しく感じてしまう。

 

 今井さんの説明が終わると、ちょうどさっき来店した客がレジに商品を持ってきた。

 やってみて? と促されたため俺がレジをやる事になる。商品はおにぎり一つだったが、袋に入れたり金を受け取るのにもたついてしまう。

 今まで会ったレジ研修中の人、いつも遅いとか思ってごめん。一緒に頑張ろうぜ……! 

 

「ありがとうございましたー」

 

 なんとか会計を終わらせ、袋を持って帰って行くのを目で追う。ピンポーンと軽快な音を立てて開いた自動ドアもじきに閉まり、店内には静寂が訪れた。今はレジに立ち尽くす俺と横にいる今井さんしか居ない。

 

 き、気まずい……。

 俺は基本的に沈黙に弱いタイプの人間だ。会話が途切れてしまうとかなり居心地が悪くなる。

 

「どんな感じー? 覚えられそう?」

 

 気を遣ったのか、はたまた自然なのか、向こうから話を振って来てくれた。

 

「あっはい、大丈夫です」

「あははー、敬語じゃなくていいよ。同い年でしょ?」

「わかり……分かった」

「うん、よし! 分かんないことあったら気軽に聞いてねー」

 

 そう言うと今井さんは満足そうに笑う。……めっちゃいい人やんけ! 

 

「今井さんはいつからここで働いてるんだ?」

 

 俺から話題を振ってみる。

 

「去年からだよ。Roseliaで活動するのに楽器とか色々買わないといけなかったからねー。そのために始めたんだー」

「そうなのか」

「修哉は? なんでバイト始めたの?」

 

 修哉、と言われて呆けてしまう。俺を修哉と呼ぶのは父と母くらいで、学校では絶対に呼ばれない。だがその母ももういないので実質父一人だけと言う事になる。だから、今井さんが口にした名前が誰か他の人のものなんじゃ無いかと思ってしまった。

 

「どうしたの?」

「名前……」

「あ、もしかして苗字の方が良かった? ごめんごめん、これからバイト仲間になるんだしその方が親しみやすいかな〜って思ったんだけど」

 

 そう言って今井さんは謝罪する。しかし俺は名前で呼ばれるのを嫌と思っていない。むしろ嬉しいくらいだ。

 

「いや、名前でいいよ。ただ滅多に呼ばれないから驚いてただけ」

「そっか。ならこれからよろしくね、修哉!」

「こちらこそよろしく、今井さん」

 

 気付けば気まずさは何処かに霧散し、その空間には和やかな空気が漂っていた。

 が、そう感じたのもつかの間。今度は何やら今井さんの方向から視線を感じる。向けば、不満がありそうなジト目で俺を見ていた。

 え、俺なんかした? さっぱり分からん。やだわー、こういう時の女子って言わなくても察しろオーラ出してくるからやだわー。

 

「名前……」

 

 はい察した。ええ、察しましたとも。

 言わないと伝わらないことは沢山あるが一言のヒントで伝わってしまうのが俺なのだ。世に溢れる鈍感主人公キャラよ、お前らヤベェぞ(言葉にできない)。

 

 が、それを分かっててそれでもなお気付かない振りをするのも面白そうだ。仲良くなったついでに軽いジャブ程度の冗談を言うくらい許してほしい。

 

「名前? どういうこと?」

「だーかーらー! アタシは名前で呼んでるんだから修哉も名前で呼ぶべきなんじゃないのってこと!」

「やっぱそれで合ってたか」

「なにそれ!?」

「舐めるな。自称だけど俺はどちらかと言うと鋭い方なんだ。まぁ名前って言われるまで分からなかったんだけど」

「分かってて聞いたの!?」

 

 やべぇ……超楽しい! こんなに話してて楽しいと思ったのは久しぶりかもしれない。そもそも人と会話すること自体少なかったからな←悲しい。

 というか今井さんってツッコミに回るとこういうキャラになるのか。

 密かにテンションを上げていると、勢いの衰えた声が隣から聞こえてきた。

 

「はぁ、疲れた……。それで、名前で呼んでくれないの?」

「うっ……! 急に持病がぁっ!」

「誤魔化してもだめ」

「ちっ」

「舌打ち!」

 

 攻められると急に弱くなる俺でした。まる。

 攻守が逆転したことに気づいたのか、さっきとはうって変わった今井さんは得意げな目でさらに俺への追撃を続ける。

 

「アタシは仲良くしよう、って名前で呼んでるのにな〜。修哉はそんなことないのか〜」

 

 こいつ……! 

 

「分かった! 分かったよもう。リ、リサ! これでいいんだろ!?」

「よしよし! いやー、意外とあっさり呼んじゃったな〜。もうちょっとからかえると思ったのに」

「覚えてろ……いつか必ず……」

 

 内心悔しがる俺と、そんな俺の様子を見て面白そうに笑う今井さん「リサ」

 

「怖えよ。さらっと地の文読むな」

 

 もといリサ。気がつけばバイトの時間もあと少しまで迫っていて、どれだけ俺たちが会話を楽しんでいたのかが証明される。それと同時にこのコンビニに来る客の少なさも証明される。うん、今日はたまたまなんだろう。

 

「ん〜っ! もう少ししたらあがろっか! アタシと修哉のシフトの終わる時間一緒だし」

「オッケー」

 

 リサは両腕を天に向けて伸ばし、某生物やら人間から集めた元気で攻撃する超人のようなポーズをとる。

 すると必然的に体が反るため、リサの2つの山が強調されて俺の視線がそこに吸われてしまう。

 カカロット……お前がNO.1だ!! 

 

 目だけで見ていたのが幸い、リサは視線に気付かずに態勢を戻した。俺だって男だ。もちろんそういう欲求はある。だからリサ、ご馳走様でした。

 そして俺はこっそり手を合わせて軽く頭を下げた。不審な目で見られたのは触れないでおく。

 

「しかしあれだな。全然客こないなこの店。過疎か?」

「うーん、確かに今日は少ないかも。いつもはもうちょっと来るんだけどなー」

「今の俺ならさっきよりスムーズに接客できる気がする」

「あははー、なら頼んだよー? 点数つけたげる♪」

「よし、客こい! カモン!」

 

 すると神の悪戯か悪魔の罠か、軽快な電子音とともに自動ドアが開く。

 が、そこに現れた姿を見て俺は来客時の定型文を言葉にすることが出来なかった。

 

「お、友希那ー! いらっしゃーい! 友希那が来るなんて珍しいねぇ」

「たまたま近くを通ったのよ」

 

 おいリサ、ここお前の家じゃ無いんだぞ。ひょっとして知り合いが来るといつもこんな感じなんだろうか。

 つーかどうしようこの状況。湊さんが来るとか完全に予想外なんですけど。男にだって心の準備とかバリバリ必要なんですけど。

 

「修哉、知ってると思うけどRoseliaのリーダーでボーカルの友希那。ちなみにアタシの幼馴染なんだー。それでこっちは本街修哉。アタシ達と同じ羽丘高校の2年生だよ」

「も、本街修哉です」

「初めまして、湊友希那よ」

 

 初めまして、というフレーズに心が固まる感覚を覚える。

 あー、覚えられてなかったかー、俺。やはりあの会話は俺だけの特別だったらしい。

 分かってはいたが、なんだか無性に悲しくなってくる。

 

「ちょ、ちょっとリサ、こっち」

「どうしたの?」

 

 少し態勢を低くしてリサ呼ぶと、気を遣ってか湊さんは商品を選ぶために売り場へと歩いて行った。リサも同じように軽く中腰になったのを見て、小さい声で話す。

 

「さっきの点数付けるっていったの、ごめんあれ無理」

「え? なんで?」

「いやお前、無理なものは無理なんだよ!」

 

 考えても見ろ。湊さんと面と向かって事務的とは言え会話をして、お釣りが出れば渡すために手に触れる。

 一方的とはいえ、独り相撲だといえ、ただの勘違い野郎の拗らせとはいえ、相手が忘れていたとはいえ。それは無理だ。確実にやばい。何がやばいって超やばい(語彙力)

 

 そんな俺をみて何を思ったのか、リサは目を細めて面白いものを見たという表情でにやける。

 

「ははーん、へー」

「なんだよ……おいその顔やめろ!」

「ま、そこまで修哉が言うなら特別に次回に見送ってあげようかな〜?」

「さすが! 話がわかるなリサ」

「か、わ、り、に! アタシのお願いなんでも1つ聞いてね? ちなみに拒否はダメだから」

「ぐっ……まぁ、分かった」

 

 謎に聞き分けのいい事にほっとしながら、未だにニヤニヤとこっちを見てるリサを軽く睨む。ちくしょうこいつ……。

 あまりに表情が戻る気配が無かったから、俺はリサの頭にチョップをお見舞いしたのだった。

 

 

 

 

 

「……仲がいいのは良いことだけど、会計をして貰えるかしら」

 

 

 

 

 

 

 





リサ姉書いてて楽しいけど難しいなぁ……。

感想とか貰えると作者が喜びます。


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エンカウント


はなしが、すすまない。






 

 

「……仲がいいのは良いことだけど、会計をして貰えるかしら」

 

 

 聞こえてきた声にビクッと肩が震えた。顔だけを動かして湊さんの方を向くと、呆れたような、どこか微笑ましいものを見たかのような表情でこちらを見ていた。

 ん? これなんか勘違いされてね? しかも最悪の方向じゃね? 俺の思い違いであってくれ。

 

「とりあえずリサ、頼んだ」

「オッケー、約束は守ってよね♪」

 

 小声で耳打ちすると、ここは任せとろ言わんばかりのサムズアップをしてレジへ向かって行った。

 

 現在リサは「ごめんごめん、お待たせ〜」と、謝罪をしながらレジを打っている。

 対して俺は特にすることもないので取り敢えず態勢を元に戻し、2人の様子を眺めていた。

 

 つーか落ち着いて見れば湊さん今私服じゃん。……これはやばいな。すげー可愛い。

 普段学校で見かける凛とした格好良さではなく、休日っぽい少しお洒落をした服装に目を奪われる。それに柔らかい笑顔が相俟って、抜群の破壊力を誇っていた。主に俺に対して。多分、幼馴染のリサが居るせいもあるんだろう。

 

「そーだ友希那! もうバイト終わるから一緒に帰ろうよ!」

「ええ、いいわよ」

「ついでに買い物してかない? 最近できたアクセサリーショップ行ってみたいんだよね〜♪」

「構わないわ。なら私は外で待ってるから」

「オッケー!」

 

 トントン拍子で話を進めこれからの約束をする二人。一段落ついたリサは俺の方を向くと、「じゃああがろっか!」と勤務時間の終了を宣言した。

 了解、と短く返すと、店の出口へ向かう湊さんと目が合う。が、すぐに逸らされた。ですよねー……。俺は眼中にないですもんねー……。実際忘れられてたもんなぁ……。

 自分で思ってる以上に俺は女々しいらしい。

 

 そのまま立ち尽くしていると、帰り支度を終えたリサが店から出ようとする。

 

「じゃあね〜修哉。また明日〜」

「おー、じゃ」

 

 自動ドアが閉まると、何度目かになる静寂が再び訪れた。外に見える二人は既に歩き出している。

 

「さて、俺も帰るか」

 

 独り言を呟きながら裏に行き、帰り支度をする。あれ、俺帰ったら今この店誰もいなくなるんじゃね? 本当に大丈夫なんだろうかこの店。客どころか従業員もいねーじゃねーか。

 一瞬もう少しここに残ろうかとも考えたが、家に帰ってする事があるので帰宅することを選んだ。

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

「ただいま〜〜……。あ゛あ゛ぁ〜、特に忙しく無かったけど疲れたよぉ゛ぉぉ……」

 

 誰もいない自宅の玄関に俺の魂からの叫びが轟く。いやそんな轟いてないな。なんて表現すればいいんだろうか。日本語って難しいわ〜(結論)。

 

 自分で出した声なのに無性に恥ずかしくなり、やや急ぎ足で階段を登り自室を目指す。家に一人だとよくあるよね、独り言。むしろここ最近ずっと話す相手も居なかったから俺が口に出す言葉は全て独り言ばかりだった気がする。

 

 さて、家に誰もいないと言ったが、まず俺には母親がいない。覚えてはないが俺が小さい頃に病気で死んだのだ。だから俺は写真でしか母親というものを見た事がなかった。

 次に父親。父はしょっちゅう長期出張に出ているため基本的家にはいない。兄弟もいない俺を家に一人にする事に最初は抵抗の色を見せていたが、俺にとってはそれが普通だったし特に気にしていなかったのでそれを伝えると、渋々納得して現在もどこかで頑張って仕事をしている。

 

 これが俺の家庭環境だ。普通の人は家に母親がいて、父親がいて、それが当たり前の生活だという。過去にも何回か「お前の家って変わってるな」と言われた事がある。だが、俺にとってはこれが普通で日常だった。

 仮に母親が生きていて、父親が家にいる生活があったとしてもそれを想像することは無意味でくだらないことでしかない。『if』も『もしも』もこの世界には存在しないのだ。

 

 一旦思考を中断し荷物を部屋に置き終えると、夕食の準備をするために一階のリビングへ降りる。手慣れた動作で腕を捲ると、無駄に大きなフレンチドアタイプの冷蔵庫を開けた。

 …………。

 

 

「やっば食材切れてんじゃん」

 

 

 そういえば昨日夕飯食べてないから確認してなかった……。ふざけんな昨日の俺。ちゃんとご飯は食えっていつもテレビで言われてるだろうが。ちなみにダイエットとかも一食抜いたりするよりしっかり三食食べてた方が痩せるらしい。ソースは不明。

 

 取り敢えず食料を調達するために買い物に行かねば。自室から財布を取り、今日の夕飯何にしようかなーなどと考えながら家を出た。

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 イヤホンを耳につっ込んで歩いていると、家から一番近いスーパーに着いた。一番近いと言っても割と距離はあり、歩いて20分程だ。

 

 店内に入るとエアコンが効いていて寒くないちょうどいい気温に調整されていた。

 さて、結局何を作るかがまだ決まってない。本来ならこの時間にはもう作り始めてるからな。帰って調理してもすぐ完成するような物がいい。

 ……カレーか。カレーだな今日は。うん、そうしよう。

 こういう時のカレーの便利さな。本格的に作ることも簡単に作ることもできる。それでいて美味しいんだからもう最強の料理なんじゃないだろうか。男の胃袋を掴むには肉じゃがとはよく言うが、俺はカレーの方が掴みやすい気がする。

 

 いくら楽に作れると言ってもここであまり時間を使うわけには行かないと思い、パパッとカゴの中に野菜を突っ込んで行く。あとはルーを入れてミッションクリア。空いているレジで会計を済ませる。この時レジ打ちの手を見るのを忘れない。まぁ見てるだけで俺のレジ打ちが上達したらそれはそれなんだけど。

 

 レシートをゴミ箱にシュゥゥゥゥウ! 超! エキサイティン!! して外に出る。そこそこの量が入ったレジ袋を片手に下げ、来た時と同じようにイヤホンを装着しようとしたその時だった。

 

「あれ、修哉じゃん。奇遇だね〜」

「……なんでお前ここにいるの?」

「さっき友希那と別れたんだよ。今帰ってるところ」

 

 これはまたなんと言う偶然だ。神よ、なぜリサなんだ……。ここにいたのが湊さんなら俺は1000倍は幸せだったと言うのに……。

 まぁどうせ緊張して逃げるように帰ると思うけど。我がチキンぶりにはほとほと呆れ果てる。乙女かお前は。

 

「そうだ! 修哉この後時間ある?」

「俺の手みて分からない? 買い物帰りなの」

「少しでいいから! そこの公園でちょっと話すだけでいいの!」

 

 そう言ってリサは路地の曲がり角を指差した。その角を曲がったところにある公園のことを言っているんだろう。

 

 というか話って何? 夕方の公園で女子が男子に話すこととは。一瞬頭に浮かんだ答えは消えていった。ないな。まずない。なんでもそっち方向に持って行くのは恋愛脳の一番悪いところだ。勘違いダメ、ゼッタイ。

 なかなか返答をしない俺を見て旗色が悪いと感じ取ったのか、苦し紛れながらにリサは口を開く。

 

「じゃあバイトの時に言ったお願い使う! 本当にすぐ終わるから!」

「分かった。10分以内にしてくれよ?」

 

 そんな簡単な事にお願い使っていいのかリサ。まぁ本人の自由だから俺は文句言わないけど。

 俺が了承すると、リサはバイトの時のニヤッとした表情になった。本人は気付かれてないと思っているのか、「じゃあ行こっか」と言って俺の二歩先くらいを歩き出す。

 なに企んでるんだこいつ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園に着くとまず最初にリサがベンチに腰を下ろした。流れ的に俺も腰を下ろした方がいいのだが、隣に座るのも変な気がしたため隣のベンチに座った。公園に人はおらず、コンビニ同様俺とリサの二人だけだった。

 

「で、話ってなんだ?」

「ちょっと聞きたいことがあってね〜」

 

 そこでリサは言葉を区切った。え、なにこの空気。

 俺は黙って言葉の続きを待つ。横に目を向けるとニヤニヤしながらもなんとか真顔を保とうとするリサの姿が。本当になにしてんだろう……。さっきまでの俺の緊張を返せ。

 

 表情の制御に成功したのか、しばらくの沈黙の後にリサが言葉を放った。否、爆弾を投下した。

 

 

「修哉っていつから友希那のこと好きなの?」

 

 

 

 

 はっ? 

 

 

 

 

 





今日から始まったイベントの星三友希那を1発で引けてテンションとモチベが上がった作者でした。

ではまた次回。



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夢と決意と

 

 夕方の公園のベンチに女子と二人きり。元々人通りも多くない道の途中にあるため、この空間は完璧な静寂に包まれていた。

 

 

 反面。

 

 

(は? えっ? 何故? Why? つーかそもそもリサ今なんて言った?)

 

 

 

 俺の内心はとんでもなく荒れ狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとストップ。落ち着け、まずは落ち着けよ。な?」

「修哉が落ち着いてよ……」

「……おっけー落ち着いた。で、今なんて言った? 聞き間違えたかもしれない」

 

 そうは言ったが聞き間違えたなんて事はまずありえないだろう。俺の課題はこの間にできるだけ、全身全霊全力で意識を落ち着かせ平静を装うことの一点だ。シラを切り通せば誤魔化せるかもしれない。

 いや、でも待て。こいつは確信してるかの様な質問をしていた。もしかしたら既にバレてる? もう詰んでるの俺? 

 

 いや、もう一回待て。カマをかけている可能性もゼロじゃない。そもそもこの質問をするきっかけに心当たりが……あった。ありましたわ。バイトの時に思いっきりやらかしてました。

 

 俺の心中などいざ知らず、リサはさっきと同じ事を言う。

 

「だから、修哉はいつから友希那の事が好きなの? って聞いたの」

 

 デスヨネー。

 

「待て、なんで俺が湊さんのことがその……好きって前提なの? その質問」

「え? 違うの?」

 

 違うの? と聞かれれば好きですと答える他ないが、それを素直に口にできるかといえばまた話は別なわけで。

 俺がどう返答したもんかと悩んでいると、間延びした声が沈黙を破った。

 

「おー? リサさーん」

 

 声が聞こえた方に視線を移すと、公園の入り口から一人の女子がこちらにてとてと走ってきた。外には他に4人の女子が立っている。

 

「モカ! どうしたの? こんなところで」

「ちょうどバンドの練習帰りですよ〜。蘭達は外で待ってます〜」

「そうなんだー。お疲れ様」

「リサさんも今日のバイトお疲れ様でーす」

「あはは、ありがとー♪」

 

 どうやらリサの知り合いのようで、完全に俺は蚊帳の外になった。バンドと言っていたがあれだろうか、この町ではガールズバンドが流行っているのだろうか。

 

 喋ることがなくなったので、何となく遊具を見回す。隣からは今日の練習が〜だのバイトはね〜だの、近況報告のような会話が聞こえてくる。というか公園の外で待ってる人たちはいいのか、そのままで。

 さっきから注がれている「まだか……」的な視線などなんのその、モカと呼ばれていた女子はリサとの会話を続けている。

 

 待たせてるけどいいのか? と声を掛けようとした所で、隣から「それで〜……」とまたもや爆弾が落とされた。

 

「そっちの人はリサさんの彼氏ですか〜?」

「え?」

「はっ?」

 

 にや〜と口元を緩めながら聞いてくるモカ(呼び捨て)。

 おいそこの、変な勘違いやめろ。

 

「「違う(!)」」

「おぉ〜、息もぴったり」

 

 否定するタイミングまで同じだったのが面白いのか、さらに笑みを深くする。

 

「それに〜、こんな時間に公園で二人っきりってシチュエーションも怪しい〜」

「ちょっと待て、本当に違うぞ!? そもそも俺は……!」

 

 オーマイダーティーなんて醜態! つい流れで「俺は湊さんの事が〜」と繋げてしまうところだった。これは誤魔化せない。

 はっとして二人を見ると……まぁそうですよね。予想通りニヤニヤしてました。

 

「「俺は〜?」」

「やめろ! てか忘れろ!」

 

 さすがに女子高生とこの手の話題で対抗するのは無理がある。俺の『これ以上は何も言わないぞオーラ』を感じ取ったのか、おもむろにリサが俺の紹介をし始めた。

 

「ほら、前に一回言ったでしょ? 今日から新しくバイト始めた本街修哉。さっき偶然近くであったから話してただけなの」

「ほーほー。なんだ〜、リサさんの彼氏じゃないのか〜」

「違う違う」

 

 一応分かってくれた様で安心する。だが、分からなくて良い事まで分かってしまったのは感心しない。

 ……勘のいいガキは嫌いだよ。

 

「改めて本街修哉です。よろしく」

「青葉モカでーす。よろしく〜」

 

 一通り挨拶を交わすと「それじゃーもう行くね〜」と言って公園の外へ走って言った。

 

「あははー、なんかごめんねー? モカも同じコンビニでバイトしてるんだよ。1年生だから修哉からしたら後輩になるのかな」

「後輩だったのか……」

 

 知らなかったとは言え後輩に弄られる俺って……。

 モカの乱入のせいでさっきまでの空気が乱れてしまい、再び沈黙が訪れる。

 携帯を取り出して時間を確認すると、かなり時間が経っていたことに気付く。

 

「すまんリサ、話の続き今度でもいいか? さすがにそろそろ帰らないとまずい」

「そっかー。いいよ、忙しいのに引き止めちゃってごめんね」

「いや、大丈夫だ。つまらなくは無かったし」

「なにその言い方。でもそう言って貰えると嬉しいかな」

 

 じゃ、またと言って俺はベンチを立つ。その際ずっと空気だった野菜入りのレジ袋を忘れない。家の方向に歩き出そうとした所で、後ろから声がかかった。

 

「ちょっと待って! 連絡先だけ交換しない? ほら、あった方が色々便利だと思うし」

「あー、分かった」

 

 ポケットからスマホを取り出すと、リサと連絡先を交換する。ほとんど人がいない連絡先の欄に人が増え、頬が緩んだ。

 

「ありがと。じゃあまたね〜」

 

 そう言うと、リサは出口から出て行った。それを静かに見送ると、俺一人になった公園に背を向ける。今度はイヤホンを耳に突っ込まずに家を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日が明けて月曜日。まだ眠気を訴える体に鞭を打ち、俺は通学路を歩いていた。

 現在、俺の頭の中を占めているのは、先日なんだかんだ有耶無耶になってしまっていたリサの問い。

 

 

『修哉っていつから友希那のこと好きなの?』

 

 

 いつからか、と聞かれればそれはクラス替えの当日だろう。けど、それを答えてしまっていいのか。俺が湊さんを好きでいることをリサに言ってしまっていいのか躊躇ってしまう。

 

 

 好きなんだろ? と言わんばかりのリサの声色を思い出してまた考え込む。

 俺が仮に湊さんへの想いを告白したとして、多分リサは笑わずに聞いてくれるだろう。もしかしたら応援するよ! なんて言い出すのかもしれない。まだ関わりは浅いが、リサがそういう性格だと言うことは何となく分かっていた。

 

 

 それでもまだ迷っている。ただ単に俺が怖がってるだけなんだろうけど。

 歩いていると学校につき、ホームルームを終え、気付けば午前最後の授業中だった。

 結局どっちつかずのまま結論を持ち越したままだ。

 言うか言わないかという些細な問題で葛藤を起こす俺の内心とは裏腹に、窓からは相も変わらず暖かい陽気が差し込んでいる。

 

 急に眠くなった俺は沈み込む意識に身を任せ、机に突っ伏し眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……哉……。修哉……。修哉?」

「おぉう!?」

「大丈夫かしら?」

「??」

 

 目の前の状況に頭が追いつかない。今俺は白い空間に座っていて、隣には湊さんがいる。どういうシチュエーション? これ。

 瞬間的にこれが夢だという事がわかった。明晰夢というやつだろう。

 

「ごめんごめん、大丈夫」

「そう……ならよかった」

 

 何が大丈夫なのかは分からないが、夢で湊さんに会えるとはなんていい夢なんだ。朝からその事ばかり考えていたからだろうか。

 

「それよりさっきの質問に答えて欲しいのだけど」

「……質問?」

「そうよ。修哉はリサのことが好きなの?」

「はい?」

 

 これまた突然のことに頭が追いつかない。どういうことだ!? なぜ湊さんが俺にそんな質問を? 

 

「いやいや、それはない」

「違うの?」

「違う違う」

「なら他に好きな人はいるの?」

 

 反射的に『いない』と言いかけて口をつぐむ。そして、ここが夢の中だと思い出した。この際、素直になってもいいんじゃないか? 言葉にしてもいいんじゃないか。

 この気持ちを誇れ、本街修哉。堂々と宣言してやろうじゃないか。

 

「……どうなの?」

 

 湊さんは問いを繰り返す。俺はその目をじっと見つめるて口を開いた。

 

「俺は───」

 

 

 しかし次の言葉は口から出ることはなく、急に意識が浮上する感覚に襲われた。今いた空間が遠ざかっていく。

 もう問いは聞こえない。つまり、俺は答えを出した。これはきっとその為の夢だったんだろう。言ってしまえばそれほど大袈裟じゃない、高校男子の恋愛の分岐点が決まった瞬間だった。

 

 

 引っ張られる感覚に拳で抵抗しようとして、俺は『やらかした……』と直感する。

 

 

 眠りから覚醒した俺を待ってたのは確かな揺れと、クラスからの視線の棘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





もはやリサ姉がヒロイン…←

書いてると自然にシリアス展開になってしまうのをどうにか頑張って修正しながら書いてました、作者です。
ちょっと急展開かな?とは思うんですけどその点含めて感想とか貰えると嬉しいです。

てらけん_Roselia さん、評価してくださりありがとうごさいます!
その他にもお気に入りして頂いた方々、ありがとうごさいます!


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確かな進歩

 

 

 

 

「……」

「………………」

 

 静寂。あるいは沈黙。それだけが我がクラスを満たしていた。

 いたたまれなくなった俺は、即座に椅子に座りなおす。

 

「本街。授業に集中しろ」

「……はい」

 

 教師からも釘をさされ、俺は教科書に視線を落とした。

 

 

 

 授業が終わり、この前公園で持ち越した話の続きをするべくリサを探す。が、俺はリサのクラスが分からない。候補は我が2-C以外、つまりA、B、Dの3つになるが、正直3分の1でも当てるのはキツイ。

 すると、ちょうど湊さんが視界に入る。彼女ならリサのクラスを知って居るはずだ。

 

「あの、湊さん」

「? 何かしら。あなた確か……」

「コンビニバイトの本街です。実は同じクラスです」

「そうだったの……。あっ、この前はごめんなさい」

「いやいや! 気にしてないから別にいいよ。自分でも影薄いって分かってるから!」

 

 湊さんはあの時「初めまして」と言ったことを気にしているのか謝罪をする。だがそんな些細な事を気にする俺ではない。言うなれば今の俺の精神は鋼だ。進むと決めたら進む。行動あるのみ! 

 

「それで、何の用かしら?」

「そうだった。リサって何組か分かる? ちょっと話があって」

「リサならAクラスにいるはずよ」

「Aクラスか! 分かった、ありがと」

 

 一言お礼を言って会話を切り上げる。

 早速教室を出ると、一直線にAクラスに向かった。

 

(うわぁ人多いなぁ)

 

 到着して、教室のドアからクラス内を覗くも、人の多さに尻込みしてしまう。ほとんど他人だから多く感じるってのもあるんだろうな。それ言ったら自分のクラスメイトもほぼ他人だけど。

 

 暫く見回していると、前方の席にリサを見つけた。人のいない場所で話がしたいため、呼び出すことにする。

 

「おーい、リサー。ちょっと」

「修哉? どうしたの?」

「ちょっと話したい事あるんだけど時間いい?」

「んー、大丈夫だよ」

「良かった、じゃあ付いて来てくれ」

 

 クラスからの「誰だこいつ」的な視線から逃れるためにひとまず教室から離れる。若干急ぎ足になる俺の後ろを、リサは2、3歩離れて付いて来た。

 

「修哉が学校で話しかけてくるなんて珍しいねー」

「初めてだけどな」

「まあね〜。それで、話しって何? わざわざ呼ぶくらいだから重要な事なんだろうけど……」

「まぁ、重要なのかな? とりあえず着いたら話すよ」

 

 人がいない所、と言う事で屋上へ向かう。

 階段を登り、ドアノブを回して扉を開ける。優しい風が頬を撫でる中、俺はリサに話を切り出した。

 

「で、話しって言うのはこの前公園で中断したアレの事なんだけど……」

「あー、そのことね」

 

 なんとなく予想が付いていたのか、「やっぱり」といった表情をする。俺は大きく息を吸って、口を開いた。

 

「それでだな、これももう分かってるとは思うけど。俺は湊さんの事が好きだ」

 

 言った。言ったぞ俺は。なんだ、簡単な事じゃないか。一体今朝の俺は何に対して迷っていたんだ。

 

「そっかそっか〜、修哉はやっぱり友希那が好きだったか〜。乙女の勘は当たるもんだねぇ」

「勘だったのかよ……」

「あはは……。バイトの時の態度でそうかな〜って思ったんだよ。あの日あったばっかりのアタシに気づかれるなんて修哉は分かりやすいなー」

 

 やっぱあの時だったか。いやまぁ、気づかれたなーとは思ってたんですよ? やっぱ俺ってちょろいわ。チョロQかよ。一旦下がってから前進するらへんマジチョロQ。

 

「それでさ、これからどうすればいいと思う? っていう相談をしたいんだけど」

 

 そう言って俺は本題に入る。聞きたいことはまさにこれだ。取り敢えず諦めると言う選択肢は消え去ったが、猛アタックして行くのかと言われればそれは違う気もする。

 つまるところ、進むにしてもどうすればいいか全くわからないのだ。

 

「ほら、リサって超女子高生じゃん。恋愛経験とか豊富そうだなーって思って」

「いや〜……。実はアタシもそういう経験ないんだよね〜……」

「マジで?」

「まじまじ」

 

 おいおい嘘だろマジかよ。こんな事ってある? リサだぞ、リサ。コミュ力高くて見た目も良くて性格も良いリサだぞ? もう七不思議レベルで謎。

 

「なんか、すげー意外。リサ可愛いから絶対彼氏とかいると思ってた。あ、勘違いしないでね? 俺の中の可愛い頂点は湊さんだから。口説いてるとかじゃないから」

 

 か、勘違いしないでよねっ! とかツンデレをかます気は無い。

 目の前ではリサが若干顔を赤らめている。俺は知っている。これは俺に気がある訳ではない。大方、男子にそんな事を面と向かって言われた事がなくて照れてるとかだろう。勘違いするな。お花畑思考は捨ててしまえ。

 

 一通り照れ終わったのか、リサは軽く咳払いをすると話を戻した。

 

「うーん、教室で少しづつ話かけてみれば良いんじゃないかな?」

「やっぱそんな感じかー」

「あ、そうだ! 今日の放課後時間ある?」

「は? あるけど何かあるの?」

「Roseliaの練習に来てみない?」

 

 

「……はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでやって来ましたよ放課後! いやー、どうしてこうなった。凄い帰りたい。

 

 俺は今、リサと一緒にRoseliaの練習スタジオの前にいる。

 あの後、俺は確実に練習の邪魔になるからと、全力で提案を拒否した。だが、リサが「演奏を聴く側の感想が聞きたい」などと言い出し、しかもそれで湊さんを納得させてしまったのだ。あの時の湊さんの表情と言ったらもう、俺にとって大ダメージだった。

 すげぇ渋々って感じだったからね。

 

「なぁ……これ本当にいいのか? すごい気まずいんだけど」

「あははー、大丈夫……だと思う」

「おい」

 

 提案した側がこれってどうなんだよ。不安しかない。

 リサは「よしっ」と小さく呟くと、スタジオのドアを開けた。

 

「やっほー、遅れてごめん!」

「来たわね。みんな、さっきも言った通り今日はそこにいる修哉も参加するわ。と言っても私達の演奏を聴いて感想を言うだけだけど」

 

 すでにメンバー全員に話が通っていたらしく、すんなり参加する流れになった。しかも湊さんからは名前呼び。それだけで無性にテンションが上がった。

 

 それとは別にやばい。目の前に本物のRoseliaがいる。ボーカルの湊さん、ギターの氷川さん、ベースのリサ、ドラムの宇田川さん、キーボードの白金さん。成り行きとはいえ生でRoseliaの演奏が聴けるのはすごくついてると思う。ありがとう、リサ。

 

「成り行きで練習に参加することになりました、本街修哉です。よろしく」

「よろしくお願いします、本街さん」

「……よろしく……お願いします……」

「よろしくお願いしまーす!」

 

 ちゃんと返事が返って来たことに安心する。取り敢えず受け入れてもらえたらしい。

 

「それじゃあ、修哉は好きな場所で私達に感想や意見を言って貰えるかしら」

「あのー、俺音楽の知識とかないド素人なんだけど大丈夫?」

「リサがあれだけ必死に頼み込んで来たんだもの、心配しなくてもいいわ。ただ率直な感想を頂戴」

「分かった。じゃあ俺はあっちにいるから」

 

 そう言って俺は少し離れた場所に移動する。湊さん達は楽器の準備を整え、練習を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだったかしら?」

 

 少し音合わせをした後、湊さん達は一曲通してやった。実際にバンドの生音を聴いたのは始めてだったから興奮したが、ただ居るだけではいけないと思い、しっかり耳を集中させていた。

 湊さんだけじゃない、Roseliaメンバー全員が俺を見ている。俺がどんなことを言うのか気になっているんだろう。

 ここで俺に求められている意見は「すごかった」や「感動した」なんて誰にでも言えるものじゃない。

 だから、俺は実際に音を聞いて感じたこと、思ったことをそのまま話せばいい。素人なりに。

 

「えっと、最初のサビなんだけど、もうちょっとギターが力強いといいかなって思いました」

 

 相手は実力があるのに、そんな彼女らを指摘する事に抵抗感じて敬語になってしまう。

 一方、湊さん達は俺からまともな意見が出るとは思っていなかったのか、面食らったような表情をしていた。なにそれ悲しい。

 

「……他になにかあるかしら」

「あとは、二番のサビ前でちょっとベースがずれたかなって。あ、最後の方にドラムの音が少し弱くなったのもある。あとは……」

 

 そこまで言って、湊さん達が完全に黙り込んでいる事に気付く。……やっちまった。

 

「ご、ごめん! 素人が偉そうに言って。見当違いな事言ってたら謝るから」

「……修哉」

「は、はいっ」

「今後も時間が空いたらRoseliaの練習に来ない?」

 

 ……はい? どういうことだろうか。もしかして俺の指摘間違えてなかった? それを評価してくれた? 

 

「え、えっと、それはどういう?」

「私が気付かなかった箇所にも修哉は気付いていたわ。だから、あなたがいれば練習の効率が上がると思ったの。本当に音楽の経験はないの?」

「ないない。本当にただの素人で、今日も参加するのが申し訳なく思ってたんだけど……。そう言って貰えるなら時間がある日は来てもいい……かな?」

「ええ、もちろんよ」

 

 そう言って湊さんはメンバーを見渡す。それに応えるように、みんなは頷いていた。

 なんだろう、凄く嬉しいんだけどこんなにあっさり決まってしまっていいのだろうか。全然実感がわかない。

 

「それじゃあ続けるわよ。みんな、集中して。修哉はまた意見をお願い」

「「「「はい!」」」」

「了解!」

 

 そうしてまたみんなは定位置に戻っていく。

 取り敢えずはこの変化を受け入れよう。今の俺は確実に前進できている。なんたって放課後まで同じ時間を過ごしているんだから。

 その事を素直に喜ぼうと思い、俺はまた流れてくる音に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





1つだけ言わせてください。

更新遅れてすいませんでした!


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日常


モ チ べ が あ が っ て き た



 

 

 

「今日の練習はここまでにしましょう」

「お疲れ〜」

「お疲れ様でした」

「……お疲れ様でした……」

「お疲れ様でしたー!」

 

 練習中の集中して研ぎ澄まされた空気はどこへやら、今は緩んだ空気が流れ始めている。

 Roseliaの練習に参加し始めてから暫く経つ。だいぶ緊張も解け、放課後のこの時間が俺の日課になりつつあった。

 

「修哉もお疲れ様。今日も助かったわ」

「いいっていいって。俺は思った事を言ってるだけなんだし。むしろそれで湊さんの役に立ててるなら本望だよ」

 

 そう言って俺も楽器の片付けを手伝う。だが、個人の楽器は俺が不用意に触れて壊してしまう危険があるため、主にコードを巻いたりマイクスタンドを端に寄せたりする程度だった。

 

「ねーねー友希那さん! この後またファミレス行きませんか? りんりんもいいよね?」

「私は構わないわ」

「……いいね、あこちゃん……」

「あこいいね〜! もちろん紗夜も行くよね?」

「ポテト大盛り半額だそうですよ?」

「ジャ、ジャンクフードなどに興味はありませんが、湊さんが行くなら……」

「あははー、紗夜ってば素直じゃないな〜」

「今井さん!」

 

 後ろではそんな会話が繰り広げられている。

 よくファミレスに行くのだろうか。宇田川さんの「また」というフレーズから今回が初めてじゃないということは推測できる。なんの推測だこれは。

 しかし、こうして見るとやっぱり仲が良いなぁと思う。俺にはこんな感じで盛り上がれる友人が居なかったから余計だ。

 

 大まかに片付けが終わり帰ろうとすると、視界の端でリサがこちらを見ている事に気が付いた。

 

「修哉はどうする? 一緒に行かない?」

「いや、俺はやめとく。5人で楽しんでよ」

「そっかー、残念」

「そうね……。私としては来て欲しかったのだけど」

「行きます」

「……え?」

「是非行かせてください」

「意見変わるのはやっ!?」

 

 これは行くしかないだろ。湊さんが来て欲しいと言ってるんだぞ? 行かない理由がどこにある。湊さんのお願いなら例え川に溺れる事になっても石を取りに行くまである。この川ッ、深い……ッ! 

 

 とは言いつつも、若干湊さんが引いている。その隣にいる氷川さんは呆れた視線を、またまたその隣にいる宇田川さんと白金さんは「察した」と言わんばかりの表情を俺に向けていた。やめろ、察するな。

 

「あははー……。それじゃあ行こっか!」

「はーい!」

 

 宇田川さんが元気よく返事をすると、一番先頭を歩き出した。みんなそれに追従するようについて行く。元気だなぁ、と思いながら俺はその最後尾の3歩後ろを歩き、ファミレスを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、俺たちはテーブルの中央にドンと置かれているポテトの山をつまんでいた。

 みんな気づいているのかいないのか、氷川さんが食べているポテトの割合が多い気がする。

 ジャンクフード、好きなんだろうか。

 

「みんな他に何か頼む?」

「私はドリンクバーだけでいいわ」

「わ、私もドリンクバーで結構です」

「私も……ドリンクバーだけでいいです……」

「じゃああこはポテトもう一皿頼んじゃおーっ!」

「俺もドリンクバーでいいや」

「オッケー!」

 

 慣れているのか、リサが手際よくみんなの注文を取り店員を呼ぶ。注文を終えると、各自席を立って飲み物を取りに行った。将来飲み会とかで幹事とか勤めてそうだな。

 

 ジュースの入ったコップをテーブルに置き、再び座り直す。喉を潤すと、湊さんが口を開いた。

 

「次の新曲の事なんだけど、こんな感じの曲がいい、みたいな案はあるかしら」

「あこは、バーン! ドーン! ズバーン! って感じのカッコイイ曲がいいと思います!」

「宇田川さん、毎回それしか言ってないじゃない」

「えー、だってー! りんりーん!」

「……あこちゃん、頑張って……」

 

 なるほど、普段ファミレスではこう言う話をしているのか。宇田川さんが擬音で伝えようとする中、氷川さんとリサは具体的な案を出している。

 俺はただその話を聞いていた。あくまで俺の役割は練習中の指摘係だ。作曲にまで関わるのは踏み込み過ぎだろう。

 

 コップに入っているジュースを飲み干すと、空になった容器を持って席を立った。

 ドリンクバーの機械の前に来ると、何を飲もうかと悩み始めた。

 こういう時ってやりたくなるよね、とりあえず全部のジュース混ぜるやつ。そして大体不味くて残す。でも残すって分かってるのにやっちゃうんだよなぁ。たまに美味いのできたりするし。俺の中では自販機の当たりと同レベルの現象になっていた。

 

 結局2〜3分悩んだ挙句、コーラを入れる。美味いよね、コーラ。

 席に戻ると、山になっていた一皿目のポテトがなくなっていた。その隣にはさっき注文していた二皿目がある。そして、それを恍惚の表情で眺める氷川さん。どれだけジャンクフード好きなんだろうこの人。

 

「遅かったわね」

「いやぁ、あの機械を目の前にすると何飲もうか悩むよね」

「分かる! 分かるよ修哉さん!」

 

 立ち上がって同意する宇田川さん。リサも「うんうん」と軽く頷いている。湊さんと白金さんは「分からない……」と言った感じで首を傾げている。氷川さんは……うん。言わないでも伝わるだろう。

 

「改めてありがとう、修哉。あなたが来てから確実に練習の質が上がった気がするわ」

「そっか。でもまぁ、俺がしてることって言っちゃえばただの粗探しなんだけどね」

「それがありがたいんですよ。私達も演奏をしながらでは細かいところの修正が曖昧になってしまう時もあります。だから、聴きに徹してくれてる本街さんの存在はとても助かっているんです」

「紗夜の言う通りよ。だから、その……これからもよろしくお願いするわ」

 

 そう言って湊さんは少し照れくさそうに微笑む。それを見ただけで、どうしようもなく心が温まる。

 

「こっ、こちらこそよろしく」

 

 嬉しさのあまり若干声が裏返る。

 気付けば、周りはニヤニヤしながら俺たちを見ていた。湊さんはそれに気づいていないらしく、飲み物を飲み始める。

 くっそこいつら……。いつか絶対やり返してやる……! 精神的に! 

 嬉しさと同時に腹立たしくなってきて、周りに鋭い視線を向ける。だがそれすら面白がっているのか、表情を変えることがない。

 結局、店を出るまでそれは密かに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日も楽しかったね〜」

「そうね」

「楽しそうだったな。特にお前は」

「何のことかな〜?」

「覚えてろよマジで……」

「?」

 

 ファミレスから出てみんなが解散する中、帰る方向が一緒のリサと湊さんと俺の3人で歩いていた。なんて偶然だ。

 

「この前まで冬だったのにもうすっかり春だねー」

「そうね。もう五月だもの」

「確かに。最近晴れすぎな気もするけどな。主にあのカーテン貫通してくる日差し。あったかいとか通り越して暑いからね」

 

 他愛のない話をして並列で歩く。その際、ちゃんと車道側を歩くことを忘れない。さりげない行動が紳士的だと思うんです。

 

「そう言えばこの時期って遠足なかったっけ?」

「あー、あったあった。去年って確かどこかの川に行ったよね」

「かなり歩いたのを覚えているわ」

「今年は山らしいよ。確か担任がそんな事言ってた気がする」

「いやいや、プリント配られたでしょ」

「ここからかなり離れた場所に行くそうよ。麓までバスで移動するって書いてあったわ」

「何だそれ……。遠足っていうか山登りじゃん。まぁ楽そうだから良いけど」

 

 さて、どうせ今年も単独行動になるんだろうな。俺の遠足。

 楽しいから良いんだけど。むしろこういう機会じゃないと一人の楽しさを体験できないんじゃないだろうか。

 

 てくてくと歩いていると、隣にいる湊さんが俺を見てきた。身長差があるため、自然と俺を見上げるような視線になる。な、何? 

 

「分かってると思うけど、明日よ。遠足」

「……まじか」

 

 知らなかったわー。もし今言ってくれて無かったら普通に登校して俺だけ置き去りだった。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。

 湊さんが呆れた目で俺を見る。誤魔化しついでに無駄に上手い自信がある口笛を披露しながらそっぽを向いた。

 

「あ、俺家こっちだから。じゃ」

「じゃーねー! また明日〜」

「さようなら」

 

 2人に背を向けて歩き出す。

 平静を保っているように見えて実は速まっている鼓動に比例するように、俺は足早に家を目指した。

 

 

 

 





評価をあげてくださったてらけんさん、新たに評価してくださったハムスターさん、ありがとうございます!

お気に入りしてくださった方も、今後も楽しんで読んでもらえると嬉しいです。




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森と山道と氷川日菜


あれ……?
評価の色が………。




……ん??




 

 

 

 

 春の遠足当日。

 毎年恒例のこの行事に参加するべく俺は通学路を歩いていた。

 いやぁ、危なかった。いつも通りの時間に起きてたら確実に弁当抜きコース確定だっただろう。湊さんに感謝を。

 

 空に浮かぶ雲の形を他の何かに連想しながらのそのそ歩く。昔はよくポケモンだのデジモンだのキャラに似た雲を探したものだ。上を向いて歩こう選手権があったら一位を狙えたんじゃないだろうか。

 

 

 しばらくすると校門が見えてきた。玄関前には、クラスごとに別れたバスが横並びに停車されている。そのまま足を進めて、丁寧に『Cクラス』と書かれた紙を持っている先生の横を通り過ぎてバスに乗り込む。

 中で出席を取っているらしく、運転手の真後ろ、一番先頭の席に担任が座っていた。

 

「おー、来たな本街。おはよう」

「おはようございます」

「もうほとんど来てるから空いてる席座れ」

 

 そう言って担任は後ろを指差す。それに習って視線を移すと、そこには奥から詰めるというマナーを知らないのか、バラバラに座るクラスメイトの顔が見えた。

 でたー、でたよこれ。2つ空いてる席が無いから必然的に誰かの隣になっちゃうやつ。くっ、気軽に話ができる人を1人くらい作っておくべきだった……。しかもお前ら窓側好きすぎだろ。俺も窓側が良かったのに……。

 

 そこで俺ははっとなり、最後の頼みの綱である湊さんを探す。が、その隣には名前も知らない女子が既に座っていた。ですよねー。

 諦めた俺は適当な席に腰を下ろした。それと同時に耳にイヤホンを突っ込む。これにより社交辞令的な会話を遮断。ついでに周囲の雑音も全てカットできる。さらに俺は通路側の席のため到着まで爆睡できる。俺がどかないと窓側の奴は出れないからな。

 何? この作戦完璧すぎない? 我、超策士。

 

 流す音楽をシャッフルに設定して、静かに目を閉じる。しばらくすると、全員が揃ったのかバスが動き始めた。

 ガタガタと体が揺れるが、そんな事は関係ないと言わんばかりの睡魔に襲われ、俺は意識を刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名簿順に整列しろー。室長は点呼を取り次第報告してくれ」

 

 場面は変わってバスの外。今は学年全体が登山道の入り口付近に集合している。

 

 到着と同時に起こしてもらうはずだった俺の作戦は失敗に終わった。まさか俺の隣にいた奴が気が弱いタイプだったとは……。見事に爆睡している俺を起こすに起こせなかったそいつを見て、担任が直々に俺を叩き起こしに来た。その後、流れでそのまま軽い説教をされた。

 策士、策に溺れるとはまさにこれ。

 

 点呼を取り終え、各クラスごとに登山を始める。とは言ってもそこまで整列に厳しくないのか、すぐに他クラスと混ざっていた。実際、俺の斜め約3メートル程前にはリサと湊さんがいる。あれ? 流石に早すぎない? Aクラスは先頭にいるはずなんですけど? どんだけ湊さん好きなんだよ。負けられない戦いが此処にある。

 

 本来は静かな山道の中に、青春真っ最中な集団の声が響く。談笑をしながら歩く奴らを横目に、俺は1人で黙々と山登りを楽しんでいた。流石にここでイヤホンするのはNGだしな。

 

 ふと、視界に湊さんが入る。

 バスの時はつい助けを求めようとしてしまったが、今回はそういう訳には行かない。

 元より湊さんには湊さんの、リサにはリサの日常があるのだ。そこについ最近関わり始めた程度の俺が図々しく突っ込んで行っていい筈がない。

 進むとは決めたがここは譲らない。言わば戦略的撤退、押してダメなら引いてみろ理論だ。まぁ前よりは確実に押せてると思うけど。多分俺に足りないものは、それはぁぁぁあ! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりもォォォオ! 

 

 

 速 さ が 足 り な い !! 

 

 

 遠足を楽しむと言っても、ただ足を進めるしかする事がないので、俺は後ろから彼女を見ることにした。見るだけなら悪くないだろ。

 体操着、いいよね。

 

 現在湊さんはリサを含む女子達と会話を弾ませている。時折見せる微笑みの効果で俺の頬も緩んでいた。あぁ、山頂から見る景色なんかよりこっちの方が絶景なんじゃないかな。これを見放題とかやばいだろ。

 でもこれだけガン見してる事気付かれたら殺され────

 

「わっ!」

「ルウッ!?」

「!?」

 

 急に真横から声が聞こえてつい奇声を発してしまう。

 おい、誰か知らないけどお前。自分から驚かせといて何でお前が驚いてんだよ。しかもドン引きしてるし。流石に怒るぞ。

 

「きゅ、急に驚かせてごめんね? 聞きたい事があって話かけたんだー!」

「は、はぁ」

「キミ、この前の昼休みにリサちーを呼び出してたでしょ?」

「あー、うん」

「キミはもしかして……リサちーの彼氏とか?!」

「はい?」

 

 まーたこの質問か。あの時のモカ以来だからこの人で2人目になる。なに? そんなに俺ってリサの彼氏に見えるの? 嫌ではないけどちょっと凹む。湊さんともっと学校で話してみようかなぁ……。

 

「勘違いしないでくれ、違うから。マジで」

「えぇー! 嘘ー! だって今もリサちーのこと見てたじゃん!」

 

 そこで、ふと周りの視線が俺達に向いていることに気づく。ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちない動きで首を動かすと、やっぱり湊さん達もこちらを見ていた。

 お互いに目が合う。ただ、一刻も早くこの視線の雨から逃げ出したかった俺は、横でこの状況を面白がっている女子を連れてその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 元々Cクラスがいた場所から少し後退した所で俺は立ち止まる。それに習うように、さっきの女子も立ち止まった。

 

「ちょっと? 何してくれてんの? みんなこっち見てたんですけど?」

「面白かったよね〜っ! 今のはかなりるんってきたよ!」

「いやこないから」

 

 よく考えたら逃げてきたのまずかったんじゃね? あの声のボリューム的に絶対本人に聞こえてただろ。やらかした。逃げるにしても誤解を解いてからにするべきだった。

 

「まぁいいけど……。とりあえず俺はリサの彼氏でもなんでもないから。この前のはちょっとバイトの事で話があったんだよ。同じ場所で働いてるし」

「えぇ〜、でも〜……」

「デモもストライキもありません」

 

 努めて真剣な顔でそう言うと、分かってくれたのか、『そっかー』と言って残念そうな顔をした。嘘の中に真実を混ぜる。これが嘘のコツなんですよワトソン君。

 

「なーんだ、本当にリサちーの彼氏じゃないのかー……。あんまりるんってしないなー」

「あー、うんうん分かるわー。全然るんってしないよなー。で? なにそれ」

 

 擬音なの? それ。超感覚言語すぎて何一つ伝わらないんですけど。

 

「えー? 分からない? こう……るんっ! ってしたりビビッ! ってするやつ!」

「ごめん分からない」

 

 あれだろうか、スカウトマンでもしてるんだろうか。渋谷とかでそんな感じで声かけてそう。

 

 会話が一区切り着く。改めてこの女子を見ると、誰かに似ている事に気が付いた。誰だっけな……。

 

「あー、氷川さんか」

「そうそう! あたし氷川日菜。パスパレでギターやってるんだ〜!」

「俺は本街修哉な。氷川紗夜って人知ってる?」

「知ってるよ。なんたってあたしのおねーちゃんだからね!」

「まじか」

 

 こいつと氷川さん姉妹だったのか……。通りで似てる訳だ。ギターやってるらしいし。性格は真逆だけど。氷川さんが理性的で冷静な性格だとすれば、こっちは感覚的で破天荒な性格だろう。我ながら的確な表現だ。

 

「もういいかな。俺さっきの場所まで戻りたいんだけど」

「うん、もういいよー! じゃあねー!」

 

 許しを得たので先に行く事にする。ふと振り返ると氷川はいなくなっていた。他の友人の所へでも行ったんだろう。

 人の隙間を華麗に通り抜け、さっきと同様に湊さんグループの数メートル後ろのポジションを勝ち取る。

 スマホを取り出し時間を確認すると、11時30分を過ぎていた。はやっ。時間の経過早すぎだろ。

 

 

 

 山頂まであと少し。

 

 

 

 

 





気が付いたら急に評価が増えてて喜んだ作者です。

新しく評価してくださったアホの子ジャックさん、ヒャーラさん、クロムスさん、steelwoolさん、夜桜さんさん、雨宮 遥さん、しまらくださん、そんだいさん、ありがとうございます!



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到着、そして


な、な、なんと!日刊ランキングに載りました!
本当にありがとうございます!





 

 

 

 

「ん〜っ! やっぱり森って空気おいしいよね〜!」

 

 そう言って大きく伸びをする。胸いっぱいに吸い込んだ呼吸は本当においしくて、澄み切っている感じがした。

 

「そうね」

「森っていうか山でしょー?」

「あははー、確かに」

 

 多くのクラスが入り乱れている中、現在アタシは友希那や他の友達と他愛もない会話をしながら山道を登っている。

 とは言っても傾斜は比較的緩やかなため疲労はなく、会話やコミュニケーションが主な学校の遠足らしい登山になっていた。

 

 今頃修哉はどうしてるのかな? 

 一度友希那に聞いてみたことがあるけど、クラスで人と話しているのを見た事が無いらしい。

 ……友達いないのかな……? これだけ仲良しが集まって山登りしてる中で1人黙々と歩く修哉……。

 だ、大丈夫だよ! うん! もし修哉に友達がいなくてもアタシは友達だから! それにRoseliaのみんなもいるし、友希那だっているんだ。

 

 1人でいる修哉の姿が簡単に想像できてしまった事への罪悪感でとっさに心の中で言い訳をする。

 そう言えば修哉はクラスで友希那にアタックしてるんだろうか。学校でもっと話しかけてみることを最初に勧めてはみたけど、実のところアドバイスが的確だったのか自信が持てないでいた。

 

「ねぇ友希那。修哉のことなんだけどさ」

「……? なにかしら」

 

 

「えぇー! 嘘ー! だって今もリサちーのこと見てたじゃん!」

 

 

 

 友希那にさり気なく聞いてみようとしたその時、後ろから突然そんな声が聞こえて来る。かなり声が大きかったため、つい反射的に振り返る。自分の名前が聞こえたから余計に気になった。

 

 声の方向に視線を振ると、友希那や周りにいた人もみんなある一点に注目している。

 そこにはぎこちない動きで辺りを見回す修哉と、アタシのクラスメイトの日菜がいた。

 そこで、修哉とふと目が合う。が、それも一瞬で、周囲の視線から逃げるように2人は後ろの方へ逃げて行ってしまった。

 

 

 それにしてもさっきの日菜のセリフだ。

 

『今もリサちーのこと見てたじゃん!』

 

 そのままの意味で捉えると修哉はアタシを見ていた事になる。けど、何か違う気がするんだよねー……。

 

「あっ……。はは〜ん、友希那のこと見てたな〜♪」

 

 多分、それを日菜がアタシを見ていたと勘違いしたんだろう。ふふーん、と自分の推理力に感嘆していると、隣で友希那が首を傾げているのが見えた。

 

「リサ……? 私がどうかしたのかしら」

「あ、いやいや! なんでもない! あははー……」

「……そう?」

 

『怪しい……』と目で訴えて来る友希那に苦笑いを返す。危ない危ない。

 

 だんだん興味も薄れて来たのか、周囲はさっきと同じようにそれぞれの会話に戻っていった。アタシも再び前を向いて足を進める。

 

 これは後でからかっちゃお〜っと♪ 

 楽しみが1つ増えた事で自然の悪い笑みが漏れてしまう顔を抑えて、アタシはまた友達との会話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一定のリズムを刻みながら足を前に出す。

 朝から斜面を登り続けているが不思議とその疲れはなく、どちらかと言うと先ほど突然現れて台風のように去っていった氷川に体力を持ってかれていた。

 リサの事を親しげに呼んでいたからリサのクラスメイトか? それともバンド繋がり? どちらにせよ俺の苦手なタイプの人間である事に変わりはなかった。

 山の神がいたらさっきみたいな接触を防ぐように願おう。じゃないと俺のメンタルが持たない。

 

「ふぅー。空気うまっ」

 

 ため息ついでに大きく息を吸い込む。

 こう言う場所の空気って美味しいよね。植物が生成した酸素で満たされてるからだろうか? 詳しくは知らないけどそんな所だろう。あとこの湿度の高い感じもポイント高い。梅雨は嫌だけどこう言うタイプの湿気っていいよね。キノコと友達になれそう。

 

 登り始めは見渡す限りの緑でほぼ景色なんて無かったが、今はそれなりに高度が上がっている。時折、木々の隙間から見える景色は少しづつだが確実にこの登山の終わりを告げていた。

 

「スト〜〜ップ! 一旦全員止まれ〜。先頭の方に集合しろ〜!」

 

 前方から声が聞こえる。多分先頭にいる教師の声だろう。距離が開いているせいで小さくしか聞こえなかったが、みんな一度足を止めて小さく歩き出した。

 ストップなのか集合なのかどっちだよ。

 

 人の流れに身を任せて歩き続けると、小さく開けた場所に出た。そこから少し進んだ所には木製の階段が続いていた。200……いや、300段くらいあるか。

 

「何となくわかると思うがこの階段を登りきったら到着だ。そこでだ。ただ歩いてただけだから刺激が欲しいだろ? なぁ男子!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」

「うるさっ」

 

 何でこう、うちの男子はノリがいいんだろうか。常時スーパーハイテンション過ぎるだろ。急すぎて話にもテンションにも付いていけないわ……。

 

「いい返事だ。じゃあ男子、お前らは階段ダッシュで先に行け! 登りきったら各自休んで待つように。はいGO!」

「うらぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

「えぇ……」

 

 おいやめろよお前ら。それもう奇声の域だろ。女子も若干引いてるし。同じ男子の俺もドン引きだよ。

 冷静なやつは居ないのか、全員狂ったように階段に向かって走り出す。

 ……耐えろ、階段。

 

 さーて、俺だけでも冷静沈着に落ち着いて行こうじゃないか。周りに流されずに我を貫く俺、かなり印象いいんじゃね? 

 発想の逆転でノリが悪いと言われてしまえばそれまでなんだけど。

 ゆっくり歩いていると、肩に手を置かれる。振り返ると担任がいい笑顔で俺を見ていた。……嫌な予感。

 

「おい本街、なんで歩いてんだ?」

「いや先生、よく見てください、あの光景を。学年の男子全員があのテンションで階段を登ってるんですよ? 同調して突撃して誰かケガでもしたらどうするんですか。つまり俺は一歩引いた所から全体を見て、安全かつ理性的な行動をしてるだけなんです。日本人特有の譲り合いの精神ですよ」

 

 いやー、悔しいなー。俺も早く登りたいなー。でも安全の為だ、仕方ない。と、わざとらしく小声で呟く。

 これにより意欲はある事を示す。さて、どう出る……! 

 

「屁理屈はいいからお前も走れ」

「でも安全が」

「い い か ら」

「イエス!」

 

 ライオンに遭遇したシマウマのようにその場から急いで駆け出す。階段に視線を振ってみても、男子集団の最後尾でさえ既に階段の中腹を通過している。

 

「くっそぉぉぉぉぉおおおお!!」

 

 もう戻れないと判断し、先程の男子どものように声を上げる。これで俺も仲間入り。仲良くしようぜお前ら! 

 冷静な思考は何処へやら、その場の勢いに任せて俺は全力で階段の一段目を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ぁぁぁぁー……。まだ気持ち悪い」

 

 普段からほとんど運動をしない体が悲鳴をあげる。全力ダッシュの直後よりも幾分かマシにはなったが、それでもまだ気分が重い。

 

 

 あの後、遅れて登ってきた女子と合流すると、再びクラスごとに整列し、点呼をとった。ただ、そんな中でも気の迷いでさっきの戦争に参加してしまった文科系男子の群れがグロッキーな事になっていた。

 

「ひとまずお疲れ。これから各自昼食をとって自由時間だ。集合は今から2時間後とする。それじゃあ解散!」

 

 教師の一言により一斉に人が散り始める。

 もちろん友達などカケラもいない俺は当然のようにぼっち飯。人が少ない方に行き、日陰になっている木の根に腰掛けて今朝作った弁当を食べた。

 

 

 そして今に至る。

 

 さて、この残り約1時間半の自由時間をどう使おうか。体調が回復するまで休むのもいいが、それではあまりに時間が勿体無い。

 

 よし、ここは動きまわろう。集団だと気を遣って出来ないような事も出来てしまう1人の利便性を舐めるなよ……! 

 そうと決まれば早速移動しようか。決めてから行動に移すまでのスピードの早さが俺の美点だと思うんだ。

 

「さて、とりあえず奥まで行ってみるか」

 

 登ってきた階段とは反対側、まだ木が生い茂っている方向へと足を進める。何をするかとかは歩きながら決めればいいよな。今はまずここから離れよう。

 

 湊さん達ももう自由行動してるのかなぁ。森に入るのかここで遊ぶのかは分からないが、どこかで偶然会えたらいいなと思う。クラスの関係に割り込むつもりは無いが遭遇するくらいならいいだろう。

 

 

 一抹の期待を抱きながら、俺はわずかに聞こえる喧騒に背を向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 





もうちょい続くぜ遠足編。

新たに評価してくださったシロアリさん、メックKUROさん、鳥、、、さん、ふーカさん、Phalaenopsisさん、ありがとうございます!




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友希那キャット


2月22日という事で。





 

 

 

 

 

「うおぉ……景色凄いな……」

 

 

 見渡す限りの青空と緑。それぞれ高さや大きさの違う木々が生い茂っていて、右手には湖、左手には川。さらに奥には町が見える。

 

「こんな絶景スポット見つけるとか今日ついてるな」

 

 適当にやりたい事をやりながら歩いていたら、俺は一匹の猫を見つけた。山猫って言うんだろうか。

 丁度特にする事もなくなって来ていた俺は、その猫を追いかける事で時間を潰そうと考えたのだ。そして辿り着いたのがこの場所だった。

 

「しっかし不思議な場所だな、ここ」

 

 俺が今いる場所は何故か異様に開けていて、鳥も虫も見当たらない。それどころか植物もあまり生えておらず、ここだけが世界から切り離された空間のように思えた。

 イメージ的には人間が某メデューサの家を建てた場所に近いかも知れない。

 

 俺をここに連れて来た猫は気付いたらどこかへ行ってしまっていた。

 ちくしょう、こんな事になるならキャットフードの一つでも持って来ておくんだった。許せ、猫。

 

 ふとポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 集合時間まであと40分か。とりあえず時間いっぱいここに居よう。そして休もう。

 くそっ、あのダッシュで疲れてる筈なのになんで木登りなんかしたんだ俺は……! 

 ちなみにそのせいで手に豆が出来てたりする。でも達成感がすごかった。帰ったら自分にご褒美でもあげようかしら。

 

 背後からガサッ! と音がして振り返る。まだ姿は見えないが、何かがこちらに近づいて来ているのが分かった。

 

 まじかー……。秘密基地みたいで楽しかったのになー。自分の部屋でも机でも、自分だけのスペースっていいよね。だからこそそれが人に取られる時の喪失感な。例えるなら登校したら自分の席に他の人が座ってて居場所がなくなるとか。やべぇ、あり過ぎて辛い。

 

 草をかき分ける音が近づいてきて、その姿がようやく目に入った。

 

「ニャ〜」

「なんだ、お前かよ」

 

 やって来たのはさっきの山猫だった。もしかしてここが住処なんだろうか。犬と違って猫は自由だけど一応帰省本能はあるらしいし。

 

 だが、よく耳を澄ませるとまだ音が聞こえる。

 何? 熊とか連れて来てないよね? 大丈夫だよね? 

 

「あっ……」

「え?」

 

 見間違いかと思って目をこする。ついでに頬をパチンと叩いて、もう一度視線を上げた。

 

「良かった……。熊じゃなかった」

「修哉……? どうして此処に?」

「湊さんこそ。俺はこいつを追いかけてたら自然とここに来てたんだよ」

「そう……、私も同じよ。不思議な事もあるのね」

 

 横の空いているスペースをぽんぽんと叩いて『とりあえず座ったら?』と声をかける。湊さんは『そうするわ』と返事をして腰を下ろした。

 

「凄い景色ね」

「だよな。隠れた名所っていうか秘境っていうか、とにかく凄いよな」

 

 横を見やると、湊さんは本当に感動している様子で景色を眺めていた。

 その横顔に見惚れてしまう。しばらくひっそり見つめていると、湊さんはポケットメモ帳を取り出した。

 

「何してんの?」

「思い浮かんだフレーズをメモしているの。新曲の歌詞に使えるかもしれないから」

「凄いな……。いつもメモ持ち歩いてんの?」

「当然よ。Roseliaは頂点を目指しているもの」

 

 すごい集中力だな。

 邪魔しないようにしようと思い、再び視線を前に戻す。すると、俺の横にさっきの猫が座っていることに気づいた。

 

「おー、お前人懐っこいなー。前まで飼い猫だったのか? 首輪ないけど」

「ニャー。ニャーニャー、ニャー」

「ごめん何言ってんのか分かんない」

「ニャー……」

 

 抱き抱えて足の上に乗せる。その間、猫はなんの抵抗もせずに尻尾を振っていた。犬かお前は。

 

「湊さんも触る? ほら」

「ニャー」

「……に、にゃー」

 

 ごはっ! か、可愛過ぎるっ……! とんでもない破壊力だ……。戦闘力はざっと100万。

 

「にゃー。……あっ」

「あー、行っちゃったか」

 

 一通り満足したのか、猫は湊さんの膝を飛び降りてそのままどこかへ行ってしまった。

 

「猫好きなの?」

「ええ、好きよ」

 

 好きよ、という単語に一瞬反応してしまう。

 落ち着け、これは猫に向けた言葉だ。俺にではない。慎め、この拗らせ童貞め。

 

 残念そうな横顔を見つめる。俺が見ていることに気づいたのか、湊さんは視線を俺に移した。

 すると当然のように目があってしまい、とっさに精一杯の誤魔化しのつもりで咳払いをする。

 

 少しの間沈黙が訪れる。しかしそれもほんの僅かで、改まった様子で湊さんは口を開いた。

 

「修哉」

「な、なんでしょうか」

「リサの事をよろしく頼むわ」

「え? なんでリサ?」

「なんでって……。2人はその……付き合っているんじゃないのかしら」

「あー……」

 

 うん……。もう何度目だろうこの質問。なんなの? どうしたの本当に。そんなに俺とリサがそういう関係に見えるの? 

 もうほとんど驚かなくなってきた自分が怖いよ全く。

 

「ちなみになんでそう思った?」

「一番最初はコンビニの時よ。その時はただ仲が良いって思ってた。もしかしたらって思い始めたのは修哉が私にリサのクラスを聞いてきた時よ」

「あの時か」

「……ええ。あの時の修哉の目には強い意志が籠っていたわ。何か覚悟を決めた目をしていた。それにその後リサが修哉を放課後の練習に呼んでいいか、なんて聞いてくるんだもの。その時にそういう関係になったんじゃないかって思ってたわ」

 

 お、おぉう……。なんかかなり最初の方から大きな勘違いが始まってるな……。

 湊さんがこんなに喋ってるのを見るのは初めてだ。もう軽く推理大会みたいになってるからね。

 

 そっか、と言葉を零してから、俺はあっけらかんとした口調で返事を返す。

 

「まぁ、付き合ってないんだけどな。そもそもリサをそういう目で見てない」

「……そうなの?」

「うん」

 

 そう……、と呟いて湊さんは黙り込む。心なしかその横顔には安心の色が浮かんでいる気がした。

 

 あれ? ちょっといい雰囲気なんじゃないか? 

 大自然に囲まれた中で湊さんと2人きり。これはアタックするチャンスだ。進め、本街修哉! 

 

「……それに、俺ほかに好きな人いるから」

「……それは、私が知っている人かしら?」

「えっ? そ、それはー、そのー、言えないと言いますか、答えられないといいますか……」

 

 相変わらず言葉を返されると弱くなるが、ちょっと攻めてみたぞ! 

 普段の教室の様子からして俺に友達が居ないことは湊さんも知っているはず! そんな俺が好きな人がいる発言をしたという事は、つまり数少ない俺の知り合いの中から探すしかないっ……! 

 そんな状況に今の会話を当てはめてみろ! そこから導き出される答えはもう1人しかいないだろう! 

 

 変なテンションになってるけど冷静になるとただのチキンですごめんなさい。自分なりに全力を尽くしたつもりだけど、告白にしてはさすがに遠回し過ぎるだろ。まさに駆け引き。恋する乙女か俺は。

 

「……そう。紗夜かしら……? それとも燐子? あこの可能性も……」

 

 半分諦めかけていると、隣から湊さんの呟きが聞こえてくる。

 あ、あれ? そこまで出てるのに自分自身って選択肢はないの……? 

 

「ってやば、そろそろ集合時間じゃん。戻ろうぜ」

「そうね。……きゃっ」

「湊さん!?」

 

 立ち上がると同時に足がもつれたのか、湊さんはその場に倒れてしまう。

 

「大丈夫? なんかヤバそうな転び方だったけど」

「問題ないわ。早く戻るわよ」

 

 そうは言うものの、明らかに足を痛めてそうな歩き方をしていた。

 

「ちょっと待って。無理はしない方がいい。山道ならなおさらだよ。それが原因でもっと大きな怪我したら大変だろ」

「……でも」

 

 深呼吸をする。さっきの分の勇気をここで出すんだ。進め。求めよ、さらば与えられん。

 

「……の、乗って。おんぶしてくから」

 

 体勢を低くして返事を待つ。体に触りたいだけとか思われてたらどうしよう……。さすがにそこまで信用されてない事は無いと思うけど……。

 そう考えたのも一瞬で、湊さんはすぐに返事を口にした。

 

「……じ、じゃあお願いするわ……」

「お、おう、任せろ。救急車より安全運転で行くから」

「それだとスピードが遅すぎるわ。間に合わないわよ」

 

 おずおずと、しかし確かに湊さんは俺に体重をかけてくる。

 やばいやばいやばいっ、心臓が死ぬ! 湊さんをおんぶしてるんだぞ? あの湊さんをだぞ? 柔らかいしいい匂いするしなにこれ!? 助けて! 鼓動が背中まで響いてるんじゃ無いかってレベルで煩い。

 

「……よひ、じゃあしっかり掴まっててくれ」

「……分かったわ」

 

 噛んだけど気にしない。むしろ噛んだだけで済んだのは良かった。頑張ったな、俺。

 帰ってからのご褒美を追加しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽すぎるくらいの湊さんを背負って元来た道を戻る。お互いに会話をせずに、ただ黙々と足を進めていた。

 煩かった心臓も今は落ち着いている。

 正直、最初は背中に当たる湊さんの胸の感触を意識しないようにするのが大変だった。俺だって男なんです。

 

「……ねぇ、修哉。もう一つ気になってる事があるんだけど」

「ん? どうした?」

「なぜリサだけ名前呼びなのかしら。別に呼び方は自由だけど、少し気になって」

「あー、バイトの時に半ば強制みたいな感じで呼ぶことになった。リサが俺を名前で呼ぶからお前も名前で呼べー、みたいな」

 

 今思えば何だったんだろうあの流れ。

 そんな事を話しながら歩く。俺たちの間には穏やかな空気が流れてた。

 

「……そう。ねぇ修哉、私も修哉を名前で呼んでるわ」

「え……うん、そうだね」

「……気付かないかしら?」

「……ゆ、友希那……?」

「……っ、正解」

 

 恥ずかしぃぃぃぃ! なにこの空気! さっきまでの雰囲気どこいったの! 

 急に気まずくなったんだけど、どうしようこれ。

 あぁ、また心臓もバクバクいってるよ。今だって背中に振動が……。

 

「……ん?」

 

 これ湊さんの……? 俺のことを意識してくれてるんだろうか。

 ……そうだったらいいなぁ。

 

 この鼓動が湊さんの物だと分かった瞬間、気まずさは何処かに消えていた。今はひたすらに甘酸っぱい空気が流れている。

 

 案外、青春も悪くないのかもしれない。

 そう思いながら、俺は未だに背中で鳴り続ける振動を受け止めながら、湊さん「友希那」……友希那を支える手の力を強めて集合地点を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとリサもそうだったけど、ナチュラルに地の文読むのやめてね?」

「何のことかしら」

 

 

 

 

 

 





これにて遠足編は終わりになります。
猫の日って事を今日知って急いで書き上げました。よければ評価、感想して貰えると嬉しいです!

ではまた次回。




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修哉ハプニング


実はこの◯ート・ア・ライブ感溢れるサブタイトル結構気に入ってます。




 

 

 

 見慣れた住宅街。見慣れた道。見慣れたライブハウスのドアを通って、見慣れた内装を目に映す。

 最近ようやく挨拶を交わすようになった店員に声をかけ、俺はスタジオの扉を開いた。

 

「ごめん、遅れた☆」

「あーっ! やっと来たー!」

「本街さん……! 遅すぎます!」

「呼び出し食らってたんだよ! 俺も早くこれるよう努力したんだぞ!? 逆効果だったけど」

「なら呼び出されないようにして下さい!」

「ファッ!?」

 

 チッ、許さんぞ担任……! 一体俺の学校生活のどこが弛んでるって言うんだ。俺ほど常に張り詰めた生徒は他にいないぞ、多分。

 

「お喋りはいいわ。早く準備をして。あこも紗夜も集中して頂戴」

「はい」

「はーい!」

「それじゃあもう一度全体で通してみるわよ」

 

 湊さんの声で再び鋭く研ぎ澄まされた空気に戻る。

 俺は荷物をスタジオの隅に置くと、いつも通りの位置に立った。

 皆んなが一生懸命練習しているのに俺だけ座るなんて事は許されない。同様に、多くの意見を伝えるために気になった箇所は全て紙にメモをする。

 

 どれもこの放課後練習に呼ばれた日からずっと続けていることだ。俺にとっては既にここに居ることが当たり前になっていた。

 

 一曲通し終えた湊さん達はこちらに向き直る。

 

「ふぅ……。どうだったかしら?」

「かなり良かったと思う。でも、宇田川さんのドラムが曲が終わりに近付くにつれてちょっと速くなるクセがあるから、そこを直すと良いと思う。あと間奏の所でリサのベースがもうちょいこう……激しい感じだと盛り上がるんじゃね? って思った」

 

「分かりました! 気をつけまーす!」

「オッケー! 」

「白金さんのキーボードはちゃんと周りに合わせられてて良かったよ」

「……はい、私も今のはうまく出来たかな……って思ってて……。ありがとう……ございます……」

 

 本当、よくみんなこんなど素人の意見なんか聞いてくれるよな。もし俺が何かに全力で取り組んでいたとして、素人に口出しなんかされたら機嫌悪くなるぞ。

 それと比べてRoseliaメンバーは心が広くていい人だらけだ。

 

「凄いですね……」

「……そうね。ただ、リサのベースの事は私も少し思ったわ。これだけ的確で彼、本当に音楽未経験者なのかしら……」

「……あの、少し思うんですが、本街さんの指摘の幅が広がってませんか?」

「……ええ。以前まではタイミングやミスの指摘だけだったけど、最近は強弱についての意見が出ているわ。それに演奏を褒めるようになった」

「そうですね。『聴き』の才能があるんでしょうか」

 

 湊さん達の方からそんな会話が聞こえてきて、つい頰が緩む。

 同じく会話が聞こえていたのか、リサがこちらを向いてサムズアップしていた。俺もそれに応じてサムズアップを返す。

 良かった……俺はまだまだ役に立てる。

 

 なぜ俺とリサがそんな事をしているのかと言うと、時は前回のバイトまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お客さん来ないね〜……」

「そうだな〜……」

「修哉が来てからお客さん減った気がするよ〜……」

「おい、それ俺のせいじゃないだろ。……ないよね?」

「あははー、どうだろうね〜♪」

 

 いつものように客足の少ないコンビニのレジで他愛もない話をする。

 本当にあんまり人来ないんだよなこの店。潰れたりしないだろうか。不安だ。

 

「なぁリサ、ちょっと相談あるんだけど」

「なになに!? 話してみ? お姉さんが聞いてあげるよ!?」

「おおう、急に元気になったな……。で、相談って言うのはだな、ぶっちゃけ練習の時に指摘できる所が全然なくて、もう俺って要らない子なんじゃね……? って思うんだよね」

 

 そう、これがまさに俺の最近の悩みなのだ。

 いや、努力はしてるんだよ? 音楽について調べたり、色んなバンドの曲聴いたり。

 それでも確実に限界が近付いている。

 形あるものが崩れる様に、生まれた命が還るように。今、俺が過ごしている放課後の時間にもいつか終わりが来るんじゃないかと、そう思ってしまう。

 

「うーん、そうだねー……」

 

 リサは手を顎に当てて、如何にも『考えてます』的なポーズをとる。こう言う事を無意識でやるんだから女子高生は舐められない。

 

 しばらくすると考えがまとまったのか、リサが顎の手を下ろした。

 

「修哉ってさ、今練習の時にしてる事って間違いの指摘が殆どだよね?」

「ああ」

「もう少し色んなことを言ってみたら良いんじゃないかな? 例えばうまく出来てたって思った所を伝えてみたり」

 

 そう言われてはっとなる。

 

「なるほど……。確かに今までそういうの言った事なかったな」

「でしょ? 次の練習から意識して言ってみたら良いんじゃないかな?」

 

 なんて事だ。リサに話した瞬間あっという間に解決してしまった……。

 

 少しお調子者な面もあるが、改めてリサはリサだということを認識する。

 

「ありがと。割と真剣に悩んでたから本当に助かった」

「いいっていいって、役に立てるとアタシも嬉しいからね〜。それより、そっかー、そんなに友希那と過ごす時間を大切にしたいかー」

「うるせぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上、回想終了。

 

 取り敢えず緩んだ頬を引き締める。

 スタジオの定位置に置かれている人数分の水が入ったペットボトルに目をやると、ほとんど減ってないことに気付く。そもそも袋から取り出された跡が見当たらない。

 

「みんな水分摂らないの? 全然水減ってないけど」

「あぁ、本街さんが来るまでずっと練習してましたから。一度水分補給にしますか」

「了解。はいこれ」

 

 ペットボトルを袋ごと持って来ると、1人ずつ配っていく。

 

「ありがとうございます」

「ありがとう……ございます……」

「ありがとうございまーす! あこ喉カラカラ〜」

「ありがとー♪」

 

 氷川さん達は受け取ったのだが、なぜか湊さんが水を受け取らない。

 え、なんで? ボーカルだから喉を潤すのは必須だと思うんだけど……? 

 

「あのー、湊さん?」

「……」

「おーい、水飲まないの……?」

「……」

「えぇ……? ……ゆ、友希那?」

「ありがとう。……頂くわ」

 

「「「「!?」」」」

 

 ……恥っず! なんて公開処刑? これ。

 みんな驚いてるし湊さんも若干赤くなってるし! ……あぁ俺も暑くなってきた。

 

「ちょ、ちょっといい? 湊さん」

「……」

「友希那さん!? ちょっと!」

「何かしら?」

 

 他4人の好奇な視線に耐えられずに湊さんを呼ぶ。部屋の隅に移動して、俺は説得を始めた。

 

「さすがにみんなの前で名前呼びはキツいんですけど!?」

「? リサは普通に呼んでるじゃない」

「リサとはまた意味合いが変わって来るんですよ!」

 

 おっと、これ以上は気付かれる可能性が微レ存。言い過ぎた。確実に微分子よりも大きい。

 それにしても最終目標が告白からのハッピーエンドなのに気付かれたくないとか、全くめんどくさい男だなー。誰だよ全く……。

 俺か。

 

 なぜ俺がこんなに必死なのかが理解できないのか、湊さんはキョトンと首をかしげる。

 くっ、可愛い……! 

 

「じゃあ周りに人がいない時はちゃんと名前で呼ぶから今は勘弁してくれ!」

 

 流石に俺の精神が持たないので折衷案を出す事にする。妥協は交渉において基本中の基本。お互いに最低限譲り合って納得するための歴史的文化だ。

 

「……仕方ないわね。納得はいかないけど……それでいいわ」

「ふぅ……分かってくれて良かった……。じゃあ、戻ったらまた今まで通りに『湊さん』で」

「……ええ、分かったわ」

 

 ……なんで名前で呼ぶか呼ばないかでこんなに話し込んでるんだろうか。

 だが、これでまたいつも通りに戻るのだ。

 

 俺が湊さんを名前呼びって、嬉しいけど何か違和感あるんだよね。馴れ馴れしい感じがするんだろうか。

 いつか、もっと距離が近づいた時は堂々と名前で呼ぼう。そう心に決める。

 

「じゃあ戻ろうぜ。練習まだ続けるんでしょ?」

「ええ、もちろんよ」

「よし、頑張りますか」

 

 話を終えてみんなの場所に戻る。が、こちらもこちらで何やら話し込んでいた。声が小さいため内容までは聞き取れないが、確実に俺たちの事だろう。

 やめて! やっと落ち着いたのにまた俺のメンタルを削らないでぇ! 

 

「時間を取らせたわね。水分を摂ったなら練習に戻るわよ」

「わかりました」

「……はい」

「はーいっ!」

「後できっちり話聞くからね〜♪」

「Oh.」

 

 やけに機嫌がいいなぁと思ったらリサに死刑宣告をされた。さながら俺は死神に鎌をかけられた咎人。多分死は間逃れない。

 なにその未来超帰りたい。

 

 

 結局、練習終了直後は何とか逃げ切る事に成功した。

 が、後日クラスにリサが突撃してきて屋上に連行。逃げ道を塞がれた状況で根掘り葉掘り聞かれたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

「……今の話、他のRoseliaメンバーには秘密でお願いします……」

「えー? どうしよっかな〜? ……あっ、もしもし紗夜? あのねー」

「……ねぇ? ちょっとリサさん! リサさん!? やめてぇぇぇえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※主人公はホモではありません。

新しく評価してくださったミキわっちさん、マヨネーズ撲滅委員会さん、神薙 聖さん、ハムスターさん、ライギオンさん、ありがとうございます!

それと感想をくれた方、お気に入りにしてくれた方もありがとうございます!
今後もよろしくお願いします。



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非日常

 

 

 

『ジリリリリリリリリリリリリ』

 

 カチッ。

 

『……ジリリリリリリリリリリリ!』

 

 ……カチッ。

 

『……ジリリリリリリィィィィィィイ!!』

 

 

「だぁぁぁぁあ! うるせぇ!」

 

 

 早朝から無慈悲に鳴り響く目覚まし時計のアラーム音で目が覚める。

 自分でセットしておいてなんだが、最悪の目覚めだ。既に超疲れた。

 しかしこの時計、音で俺を煽ってた気がするんだが気のせいだろうか。

 

 外は晴れているらしく、カーテンの隙間から差し込む日差しは柔らかい。

 俺の機嫌を損ねる原因となった目覚まし時計とは別に、無機質な壁掛け時計の秒針の音が部屋に響いている。

 

 時刻は7時前。このまま睡眠欲に従い再び眠りにつきそうになる身体に鞭を打ち、ベッドから起き上がる。

 

「あれ……?」

 

 そこで、ふと違和感に気づく。

 とてつもなく体がだるい。それに喉も痛む。この感じは叫んだからとは少し違う。

 

 あっれー、これもしかして風邪? 季節の変わり目だから? モンスーンでも吹いたの? 

 

 

「……とりあえず薬飲もう」

 

 

 そう1人呟いてリビングに降り、薬箱が仕舞ってある棚を開ける。歩いた感じフラフラするわけでも無いし、まぁ食欲もある。

 吐き気を催すほど気分も悪く無いし、症状は軽い方なんだろう。

 

 薬箱からル◯を取り出すと蓋を開け、水と一緒に飲み干す。

 

 こういう場合って学校は休んだ方が良いのだろうか。ベンザをブロックするCMでも原因が「風邪引いてるのに無理して学校来た奴から」ってあるくらいだし。……ないか。喉とかですよね。

 

「……とりあえずリサに連絡入れとこう……」

 

 もし学校で悪化なんかしたら湊さん達に移してしまうかもしれないしな。行くのはやめよう。

 体調が悪いから学校休むという旨を送信し終えると、返事を待つ事なくスマホをしまう。

 本来なら湊さんに連絡を入れてその流れで会話の一つや二つしたい所だが、連絡先を持ってないんだから仕方ない。

 

「さーて、今日は何しようか」

 

 今のところ動けないって訳じゃないからなー。家の掃除でもするか。休むのはこれ以上体調が悪化したらでも大丈夫だろ。危なくなったら寝る。ヒットアンドアウェイ的な精神で行こうじゃないか。

 

 そうと決まれば行動に移すのは容易い。

 ご飯を煮ておかゆを作り、梅干しをのせて食べる。ふっ、日頃から料理してて良かったぜ……! 

 

 食べ終わった俺は食器を片付け、着替えてから掃除に取り掛かった。

 

 今日も1日頑張るぞい! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──とか言って調子に乗っていた時期が俺にもありました。どうすんのこれ! 完全に悪化したんですけど! 

 ヒットアンドアウェイどころかオールヒットだよ。会心の一撃を食らったまである。

 

「あ、あ。あーあー。……ぁぁぁぁあ゛!!」

 

 駄目だ、声も死んでいる。

 今朝の活発さとは打って変わって、俺はゾンビのような声を上げながらベットで横たわっていた。

 まさに絵に描いたような病人の図である。

 

 結局、掃除以外にも洗濯、風呂掃除までこなしてしまった……。己が身に染み付いた家事根性が憎い。

 

「……あ、リサからの返信まだ見てなかった……」

 

 こんな状況なのに独り言を言ってしまうあたり、相当癖になっているらしい。

 

 ……まぁ、後で見ればいいか。

 節々が痛む程ではないが、正直かなり体がだるい。まさか病人を練習に駆り出すような文句を言うような奴じゃないだろう。

 

 一瞬不安が脳裏をよぎったが、気にしないように俺はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の教室。

 

 クラスメイトが自主勉強や談笑などに勤しむ中、私はただ1人でバンドの事を考えていた。

 

 修哉のおかげで細かい音の修正が可能になって、確実にRoseliaのレベルは上がった。

 でも、まだまだ足りない。私たちの信じる音を極める為には、まだ何かが足りていなかった。

 

「おーう、席につけー」

 

 ガラガラッ、と豪快な音を上げて私たちのクラスの担任が教室に入って来る。

 教卓の前に立つと、挨拶をしてから出席を取り始めた。

 

「本街ー。あれ、本街はいないのか。誰か知ってる奴がいたら教えてくれ」

 

 そう問いかけられるも、答える人は誰もいない。いつもクラスで1人だから当然と言えば当然だった。

 

 声が上がらない事を確認した先生はそのままホームルームを進める。

 

(……何かあったのかしら)

 

 そう言えば彼が遅刻なんて珍しい。

 いや、彼を知ってからは今まで一度もなかったはずだ。

 このまま学校に来なければ、恐らくバンドの練習にも参加しないという事になる。

 

 ホームルームが終わってすぐに連絡を取ろうと思い携帯を取り出すが、彼の連絡先を持っていない事に気がついた。

 

「……交換しておくべきだったわね」

 

 つい独り言を呟いてしまう。練習中や帰り道によく独り言を零している誰かさんの癖が移ってしまったのかもしれない。

 そう思うと少し頰が緩んだ気がした。

 

 通知を見ると、リサから連絡が来ている。

 さっき考え事をしていたせいで気付かなかったらしい。

 

『修哉、体調悪いから学校休むってさ〜』

『分かったわ。練習はいつも通りにやるから、そのつもりでいて』

『了解〜!』

 

 そう返すと、リサからもすぐに返信が来た。

 紗夜と燐子には放課後に伝えよう。例え修哉がいなくても、実質やる事は変わらない。

 

 そこで一度思考を切り上げ、再び『どうすればRoseliaはさらに成長できるか』について考え始める。

 

 ──やっぱり新曲かしら……。

 

 この前ファミレスで意見交換はしたが、どれも抽象的すぎてあまり参考にはならなかった。

 あこ、意見を言ってくれるのは良いけどもう少し具体的に言えないのかしら……。

 

 しかし、新曲をやるにしてもその前にまずはライブだ。いつも通りCiRCLEのステージで行うそれは、既に3週間を切っていた。

 

(……終わったら本格的に煮詰めてみようかしら)

 

 そのためにも、次のライブはいつも以上に手を抜く事は許されない。

 そう思った途端、放課後が待ち遠しくなり頭の中が音楽のことで埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──それで、今日は本街さんは来れないんですか」

「うん。でも送られてきた文のテンション的にそこまで酷くはないと思う」

「修哉さんなら大丈夫そうですよねー」

「……そう、かな?」

「どんなテンションで送ったんですかあの人は……」

 

 放課後になり、紗夜と燐子に修哉の事を話す。燐子は心配そうにしているが、紗夜は軽く溜息をついて呆れていた。だがそこに嫌悪感はなく、表情は柔らかい。

 

 ……紗夜、修哉には甘い気がするのは気のせいかしら。今のも、いつもなら『自己管理がなっていない』と言い出しそうな所だ。そしてそれに対して修哉は屁理屈を言い返すのだろう。

 今、ここには無い景色だ。

 

「無駄話はそこまでにして。練習を始めるわよ」

 

 盛り上がる会話を中断させ、マイクスタンドの前に立つ。それぞれも自分の楽器を持って配置につき、流れを決めてから練習を始めた。

 

 各パートを十数回確認してから通しに入る。だが、歌う私の視線の先には誰もいない。あるのは無機質な防音壁のみ。

 いつもはそこに居るはずの人の影はなく、前までは当たり前のように見慣れていたスタジオが妙に広く感じられた。

 

「……さん、湊さん」

「っ……。何かしら? 紗夜」

「いえ、今日は調子が悪いなと思いまして」

「……大丈夫よ、続けましょう。もうライブまであまり時間はないもの」

「それなんだけどさ〜……」

「なにかしら、リサ」

 

 紗夜やあこ、燐子もみんなリサを見て続きを待つ。

 

「なんか今日はみんな調子出ないっぽいし、練習は終わりにして修哉のお見舞い行かない……?」

「今井さん……。 先程湊さんも言いましたが、ライブまで時間がないんです。一回一回の練習を大切にしないと技術は上達しません!」

「でも今の状態で練習を続けても効率悪いじゃん……? こうなってる原因って、修哉が居ない事が関係してると思うんだよねー……」

「今井さん……。あの、わたしもそう思います……」

「あ、あこもです! あそこに修哉さんがいないと、なんか寂しくなっちゃうっていうか……」

「白金さん……。宇田川さんまで……」

 

 リサだけじゃなく燐子やあこも同じ意見を出す。私も練習を続けるとは言ったが、効率が悪くなるのは何となく予測できた。

 

「……紗夜。確かにリサ達の言う事も間違ってない。だから、今日はここまでにして修哉が戻ってきたら倍の量練習すればいいわ」

「友希那!」

「友希那さん!」

「友希那さん……」

「……はぁ。分かりました。湊さんがそう言うなら……」

 

 紗夜が納得した事で、スタジオに笑顔が戻る。

 

「よーし! ならアタシはキャンセルの手続きしてくるね!」

「私達は片付けをしましょう」

「分かりました」

「はいっ!」

「……はい」

 

 リサを始めメンバー全員が動き出す。それぞれ手早く自分の楽器を片付け終え、スタジオを出た。

 

「……あの、修哉さんの家って……どこにあるんですか……?」

「……あ」

「……」

「えぇっ!?」

「知らないでお見舞いに行こうとしてたんですか!?」

 

 言われてみれば修哉の家の場所を知らなかった。リサもそこまで考えていなかったのか、慌てたような様子だ。

 

「ほ、方向は分かるから表札に注意して行けば着くんじゃないかなー……、なんて……」

「……ここまで来たんだもの、探しながら行くわよ」

「えーと……が、がんばろー!」

「うん……そうだね、あこちゃん……」

「計画性がなさ過ぎます……」

 

 そう言ってリサはいつもの帰り道を歩いて行く。私も別れ道までは分かるから、先頭の方を歩く。

 

 やがて、いつも修哉が曲がっている住宅街に着いた。私とリサに追従するように皆がついて来ている中、表札を探し始めた。

 

「えーと……本街、本街……っと。……あ、あった!」

 

 そこには確かに本街と書かれた表札に、ごく普通の一軒家が建っていた。

 

(……そもそも起きてるのかしら……)

 

 そう思ったのも束の間。

 次の瞬間にはリサがインターホンを押していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





こんなぐだぐだしたRoseliaもあっていいと思うんです。

新しく評価してくださったベースマンさん、リュウさん、ありがとうございます!




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夢か否か


どうも、バンドリ1周年のガチャキャラに星4友希那がいて狂喜乱舞した作者です。




 

 

 

 

 

 

「お、おじゃましまーす……」

 

 インターホンを鳴らしても反応がなかった為、リサを先頭に恐る恐る家に入る。

 何故か鍵が開いていたため、侵入は容易だった。

 ……不用心ね。

 

 内装もやはり普通の一軒家のそれだったが、気になる箇所があった。

 

「靴が一足しかないわね」

「本当だー。家の人いないのかな?」

「いないみたいですね」

「……これって不法侵入なんじゃ……」

「だ、大丈夫だよりんりん! ……多分」

 

 細かいことは気にしない。

 私自身、彼の生活に興味がないと言えば嘘になる。

 家に人がいないことが分かると遠慮がなくなり、みんな自然体で行動し始めた。

 

「おー、ここが修哉の家のリビングか〜」

「……キレイですね……」

「でも、あまり生活感がありませんね」

 

 入って右側にはテレビ、机、ソファーが配置され、左側にはキッチン、テーブルなどがある。

 しかし、丁寧に掃除されていて物も散らかっていないリビングには紗夜の言う通り生活感が感じられなかった。

 

「……修哉の所へ行くわよ。私達は家の見学会に来たわけじゃないの」

「はーい。行こ? りんりん」

「……うん」

 

 リビングを出て二階へ続く階段を上る。

 そこで不意に妙な既視感に襲われる。デジャヴというやつだろうか。

 私はこの景色を見たことがある。夢か過去か、それとも全く別のどこかと重ねているだけかも知れない。けれど不思議と見覚えがあった。

 

「……ここね」

 

 ドアノブの脇にひらがなで大きく『しゅうや』と書かれた部屋の前で立ち止まる。

 文字は上から擦ったような跡が付いていて所々掠れていた。

 

 ……油性ペンで書いて消えなくなったのかしら……。

 

「修哉〜? お見舞いに来たよ〜……」

 

 リサが小声で呼びかける。

 控えめにノックをするが返事はない。

 音を立てないように気をつけながらドアを開けて部屋に入る。

 

「寝てますね」

「起こした方がいいかな……?」

「あこちゃん……病人にそれは酷……」

「……そっとしてあげた方がいいわね」

 

 なにも無理に起こすことはない。体力を回復させるためにも、今は寝かせてあげるべきだ。

 会話が途絶えると、思いついたようにあこが声を上げあげた。

 

「あ、あこ、濡れタオルとか持ってきます!」

「あ、ならアタシも手伝うよ」

「……わたしも行きます……」

「ちょっと紗夜も来てくれない?」

「? えぇ、分かりました」

 

 そう言って私以外のみんなが立ち上がって部屋を出て行く。

 

「友希那は修哉のそばにいてあげて。もしかしたら目を覚ますかもしれないし」

「わかったわ」

 

 ドアが閉まり、部屋には再び沈黙が訪れた。特にすることもない私は部屋の中を見渡す。

 そういえば、男子の部屋に入ったのはこれが初めてだ。それからくる緊張のせいか、妙に動悸が早い気がする。

 緊張を振り切るように軽く首を振って、立ち膝になり修哉の近くに寄る。

 

「……こうして見るとあどけない顔ね」

 

 寝ているからだろうか。

 普段見かける怠そうな顔や、ぶっきらぼうな顔も鳴りを潜めていた。

 

「……っ」

 

 無意識のうちに距離が近づいていることに気付いてはっとなる。込み上げてくるのは恥ずかしさと形容し難いむず痒さ。

 けれど、どこか温かいそれについ頰が緩む。

 あこ達が戻る気配はまだない。

 

(……もうちょっとだけいいかしら)

 

 そう思った私は再度修哉の顔を眺め始める。

 静かな部屋には響いているのは規則正しい時計の秒針の音と寝息。背後と正面から聞こえてくるそれ以外にももう一つ、私自身の内側から聞こえる音があった。

 

 しかし、いつだって気づいた時にはもう遅い。

 次の瞬間、私はこの行為を後悔することになる。

 

 

 

 

「……あ? ……湊さん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する感覚を覚え目を開ける。

 だが、妙に意識が朦朧としてはっきりと状況を把握できない。

 

 現在、ベッドで横たわる俺の目の前には湊さんの顔がある。

 普段の凛とした双眸は見開かれていて、浮かべる表情も驚きに溢れている。

 妙に現実じみていて、それでいて実際はあり得ないような、そんな妄想。あるいは願望。

 

 ……つーか最近夢見すぎだろ俺。現実で見てない分、こっちに割りが回ってきてるんじゃねーの。

 

「幸せな光景だ……」

 

 

 湊さんよ、永遠なれ──

 

 

 というか俺さっきまで何してたんだっけ。

 あぁ、急に体調悪くなって寝たのか。ならばこの夢にも納得がいくと言うものだ。

 

 瀕死状態の俺にあまりにも湊さん成分……いや、夢の中くらい友希那って呼ぼう。友希那成分が足りていなかった為、脳が生命の危機を感知。しかし実際に補充することなど不可能な現状をどうにかするべく、こういう形で対処したんだろう。

 所謂プラシーボ効果に近いかもしれない。

 

 俺の脳、グッジョブ……! 

 

「……起きたのね。体調はどう?」

「看病シチュとか最高かよ……」

「……問題なさそうね」

 

 だんだん意識もはっきりしてきた。ゆっくり体を起こしてみるが、寝る前の怠さも今はない。

 視界も良好、本街修哉に異常なし。まさに元気100倍ア○パ○マ○。

 

「無理しないで。ゆっくり休んで」

「いや、大丈夫。なんか友希那見たら回復してきた」

「っ……」

 

 名前呼びに対して言葉を詰まらせる友希那。すげぇな、反応超リアルじゃん。今度不意打ちで呼んでみようかしら。

 

「……熱は何度くらい?」

「……あー、測ってなかった」

「全く……体温計の場所はわかる?」

「そこの机の一番上にあるはず……」

 

 場所を伝えると、友希那は立ち上がって体温計を取りに行く。その後ろ姿をただ眺めていると、『そういえば……』と小さい呟きが聞こえて来た。

 

「リビングもそうだったけど、意外と片付いてるのね」

「リビング……? あぁ、いつも掃除してるからな。てか意外ってなに? まるで俺が汚いみたいな言い方しないでね? 傷ついちゃうから」

「ふふ……冗談よ。……あったわ」

 

 微笑みながら体温計を差し出される。……正直かなりきた。今の笑顔、ぼく絶対に忘れない。

 あまりに素晴らしいものを見てしまったため一瞬体が硬直するも、なんとか抜け出して体温計を受け取る。

 

「…………」

「…………」

 

 体温を測っている間、俺たちの間に会話はない。それでも俺は確かな幸せを感じていた。

 たとえ夢の中だとしても、こうして2人だけでいられる時間は今まで一度だってなかった。

 だから、俺はこの瞬間を噛みしめるように過ごす。

 

「……友希那」

「……なにかしら」

「……ありがとう」

 

 気が付けば、そんな言葉が口から出てきていた。この『ありがとう』は一体何に対して言った言葉なんだろうか。

 あの放課後の会話のこと? 

 Roseliaの練習に参加を許されたこと? 

 練習の役に立てたこと? 

 帰り道を一緒に歩いていること? 

 今、こうして過ごせていること……? 

 

 

 ───全部だ。

 全て、出会ってから今に至るまでの全ての過程に対して、この言葉は自然に溢れていた。

 きっと夢じゃなければ言えていなかったであろう、そんな台詞。

 普段の俺なら絶対に照れて、尻込みして、どうしようもなく臆病になっていた筈だ。

 今だから、このシチュエーションだからこそ俺は踏み出せたのだろう。例えそれが幻想で、目が覚めてしまえば俺の中だけで完結してしまう出来事だとしても。

 

 でもまぁ、これを伝えられたなら案外風邪もいいかもしれない。柄にもなくそんな事を思ってしまう自分につい笑みが漏れる。

 

「──修哉」

「ん? 」

「……その……私こそ───」

「いたっ……!」

「ちょっ、あこ! しーっ! 静かに……!」

「宇田川さん……!」

 

 ………………うん。聞こえなかった。むしろ聞きたくないものが聞こえてきた。なんだろう、幸せな夢から一転して悪夢になるこの感じ。

 許 さ な い。

 

 お互いに黙り込んでドアを凝視していると、ドアノブがゆっくりと動き始める。

 少しづつ開いていく隙間からはリサの顔が見えていた。

 やがて完全に開ききると、体勢を崩した状態のRoseliaメンバーの姿がそこにあった。

 そして、それを真顔で見つめる友希那。

 怖っ、目がマジだよ友希那さん。

 

「あ、あははー……。えっと、その……わざとじゃないっていうか……。ねぇ紗夜……? 」

「わ、私ですか!? ち、違うんです湊さん。これは……そう、元はと言えば宇田川さんが……」

「え──っ! 紗夜さんずるい!! みんなで聞き耳立ててたじゃないですかー!」

 

 お互いがお互いに責任を押し付け合う、醜い争いがそこにはあった。ただ、それを許さない存在が1人。

 

「……言い訳は良いわ。それで、いつからそこに居たのかしら」

「え、え〜っと……修哉が起きたところかな……? 」

「一番最初じゃねーか……」

「え……? 」

 

 え? って何だよ、え? って。

 それよりこいつらどうしてくれるんだ。俺の一生に2度見れるかどうか分からない幸せな夢をぶち壊しやがって……。

 心なしか体温が上がってきたかもしれない。なんなら怠さもぶり返してきた。

 すると、ちょうど体温計が熱を測り終えた音が鳴り響く。

 

「……えーと……38.6……? あぁ、幻覚か」

「38.6!? すぐに横になって! あこ、タオル貸して! 」

「は、はいっ! 」

 

 リサに促され再びベッドに横になる。頭に濡れたタオルが乗せられ、伝わってくる冷たい感覚が心地いい。

 

「ゆっくり休んで」

「さー、いえっさー……」

 

 急に瞼が重くなる。閉じていく視界の中で、最後に友希那の優しい顔が映った。

 

 ──あぁ、楽しい夢だったなぁ。

 

 なんだかんだ言いつつも俺はRoseliaが大好きなんだろう。

 暗闇に落ちていくような意識の中、俺は妙に安心していた。

 

 

 

 





自分で書いといて思うんだけど、主人公が友希那を名前呼びする事に若干の違和感あるんだよね。いつかは自然に友希那呼びが出来るような主人公に育て上げたい。頑張れ、自分。

新たに評価してくださったccwさん、負け犬の近吠え・ハルさん、女騎士さん、jishakuさん、ありがとうごさいます!
感想をくれた方やお気に入りをしてくださる方もありがとうございます!




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小さな頭脳戦


深夜投稿でもいいじゃない、人間だもの。




 

 

「……っていう事があったんだよ……。怖くね? 」

「「「「「…………」」」」」

 

 

 いつも通りRoseliaの練習終了後。リサ達にファミレスに行かないかという提案を受け、まず湊さんが了承、そして当然のように氷川さんも承認する形で今に至る。

 俺? 俺はもちろん即答で返事したとも。なんだかんだ俺は練習中とは真逆のこの緩い空気感が気に入っていた。

 

 今朝、と言っても朝の3時くらいに俺は目を覚ました。今度こそ体は健康そのもので、念のため体温を測ってみたが36°でばっちり平熱。全くと言っていいほど感じられなかった食欲も無事復活していた。

 唯一困ったことがあったとすれば、寝すぎて寝れないあの現象が起きてしまった事だろう。まぁ、そのおかげて登校するまでネトゲできた訳だけど。普通に考えて病み上がりの人間がする事じゃないですね。

 ただ、不思議な事がいくつかある。一つは体温計の位置だ。今回は別だが、俺は日常的にほとんど体調を崩さない。だから体温計の場所は決まっていて、そこから動くはずがない。だというのに、目が覚めた時に体温計は机の上に置きっぱなしになっていた。どこかのタイミングで自分で起きて測ろうとしたと考えるなら説明出来なくもないが、どうも現実性がない。第1その場合俺はそのことを覚えていないから完全に無意識な行動、風邪と同時に夢遊病を患っているという事になる。なにそれ怖い、この説無し。考えないようにしよう。

 

 もう一つはリビングにある。食欲を満たそうとした俺は階段を降りて一階に向かった。その時点でまずリビングのドアが開いている事に気付く。普段からドアは閉めるようにしているから、普通なら開けっ放しにはしない。

 だがそこで一度冷静に考える。昨日の俺の事だ。調子が悪すぎてそこまで気が回っていなかった可能性もある。閉めたつもりが閉めてなかったなんて事も十分にあり得る。だから、それはまだいいのだ。

 本当の問題はその次。

 

 

 ……テーブルの上におかゆがあったんです……。

 

 

 どう思う!? これ? さすがに理解に苦しむわ。しかも丁寧にラップがかけられていて、その横には梅干し、塩などのトッピング用の具材や調味料まで準備してあった。これを見た瞬間、俺本気で夢遊病かどうか疑ったからね。

 でも、おかゆがあるという事は確実に調理をしたという事だ。そこで慌ててキッチンを確認しに行くも、特に変わった様子はない。米を煮た筈の鍋も、その他使ったであろう調理器具も、何もかもが定位置にあった。昨日の朝はまだそこまで体調を崩していなかったからこの記憶に間違いはない。

 

 ──Oh……おばけなんてないさ……。

 

 内心本気でビビっているが、今は食欲を満たす事が優先事項だと判断し、席について恐る恐るおかゆを口に運ぶ。その際、梅干しのトッピングも忘れない。

 

「……うめぇ……なにこれ……」

 

 ……うん、なんだろうこの複雑な感じ。体は正直だと言わんばかりに舌が喜んでいるのがわかる。空腹は最高のスパイスとも言うくらいだからな。今なら何でも食べられるかもしれない。

 その後、あっという間におかゆを食べ終えた俺は思い出すように怖くなり、慌てて自室に避難。思わず『自宅 心霊 除霊』で検索をかけるレベルでビビっていた。

 そこで、恐怖を紛らわせるために始めたのがネトゲだった。このゲームは二日に一回は必ずログインして遊んでいる程度のやり込みだ。ただ、イベントが来た場合のみガチでプレイしている。よくチャットでやり取りするフレンドもいて、現実での繋がりがない分、こちらの方で満たしていた。まぁ、所詮顔の見えない相手とのやり取りだからな。虚偽、虚無、虚構の関係性だ。うわぁ自分で言ってて悲しくなって来た。

 

 しかし、一度やり始めるとこれがまた楽しくて、つい時間を忘れて遊んでしまう。気が付けば朝日が顔を出していて、毎日家を出る時間になっていた。慌ててパソコンをシャットダウン。モニターの電源を切って、スクールバッグを肩から下げる。開いてないとは思うが一応戸締りを確認して玄関とドアに手をかける。

 が、そこで再び違和感に襲われた。

 

 ──あれ……? なんで鍵開いてんだ……? 

 

 そこからはもう速かった。速攻で外から鍵をかけ、家から離れる。目指すは学校、目的は湊さん。この恐怖を打ち消す術はもうこれしかないっ……! 今の俺なら胸を張って言えるだろう。『速さは足りた』と……! 

 ある程度離れた事を確認すると、未だ少し恐怖に震える体に鞭を打って少しでも人が多い方へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

 ──というのが一連の流れだ。

 

 

 俺の説明が理解できないのか、怖くてビビっているのか。はたまた別の思いがあるのか、話を聞いたみんなは黙り込んでいる。

 

「これ、どうしたらいいと思う……? 正直俺お家帰りたくない」

 

 ここに来て急に心霊現象発生とかマジで笑えないから。生まれてから時間を共に過ごして来た我が家に霊だと? ふざけんな。エスカレートするようなら証拠炙り出してテレビ局に送りつけてやる。あわよくばお金とか欲しい。むしろそっちが目的だ。

 すぐに呼びましょ陰陽師! レッツゴ-! 

 

 とは言え、帰りたくないのは本当だ。今までそういう現象は全くと言っていいほど信じていなかったが、実際この身に起きた途端とどうも敏感になってしまう。

 

「あの〜……修哉? 」

「リサ……。なんかいい考えある? つってもどうしようもないんだけど」

「あの、もしかして覚えてない……? 」

「……は? 何を? 」

「あちゃー……」

「予想外ですね……」

「な、なに? なんなの? 」

 

 今度ははっきり分かるぞ。これは呆れている目だ。くそっ、話が噛み合わない……! 何故だ? 俺がなにを忘れてるって言うんだ。

 こいつら、自分達しか知らない内容を俺に振ってきてあまつさえ呆れるだと……? 流石に失礼だろそれは。

 

「だーかーらー、アタシ達が昨日お見舞いに行ったの覚えてないの? って聞いてるの! 」

「はぁ? お見舞い? なにそれ」

 

 唐突に全く記憶にない事を言われて混乱する。まさか嘘ついてるわけじゃないよな……? 100歩譲ってあのRoseliaが練習をせずに俺のお見舞いに来たとしよう。うん、普通に嬉しい。

 だが、少し待て。確かにそれっぽい事はあったがあれは夢じゃないのか? 第1あんなものはお見舞いとは呼ばねぇ。唯一看病してくれてたのは湊さんだけじゃねーか。

 

「あぁもう、だから────」

 

 理解が追いつかない俺を見て、リサが説明を始めた。俺は頭の中を整理しながらそれを聞く。

 

「────ってこと。だからそのお粥も作ったのはアタシで、リビングのドアとかその他も全部アタシ達がお見舞いに行ったから起きたことなの」

「……マジ? 」

「本当よ」

「夢じゃなかったのか……」

 

 なるほど、確かにそれなら不思議な現象にも納得がいくと言うものだ。だがまだ足りない。あと一つ、重要なことが残っている。

 

「玄関の鍵ってどうした?」

「アタシ達が行った時にはもう開いてたんだよ。心当たりない?」

「心当たり…………あっ、そう言えば朝にゴミ捨てに行ったわ」

「それね」

「間違い無いですね」

 

 なんで今までその事を思い出せなかったんだ俺。完全に心霊現象方向に思考が持ってかれてて気づけなかった。確かにゴミ捨て行ってから鍵かけた覚えないわ。

 全てに説明がついて急に安心感に襲われる。つい力が抜けた俺は、ため息とともにテーブルに突っ伏した。

 

「あははー、ごめんごめん。そんなに気にかけてたとは知らなくて……」

「いやお前、流石に気にするだろ……」

「ところで修哉さん、ゴミ出しとか掃除って言ってましたけど、家の人はいないんですか? 」

「あ、アタシもそれ思ったー」

 

 それまでただ話を聞いていた宇田川さんから質問が飛んでくる。その手にはファミレス定番のポテトが摘まれていて、放り投げるように口の中に入れると、また次のポテトに手を伸ばす。その横にいる白金さんも気になっていたのか、宇田川さんの質問に相槌を打っている。

 

「あー、俺母さん居ないんだよね。仕事とかじゃなくて、もうこの世にいない。父さんは出張とか多い仕事でさ。今もどっかで社畜ライフ送ってるんじゃないかな」

 

 父さん、元気にしてるだろうか。過労で倒れてないと良いんだけどな。曰く、そこまでブラックじゃ無いとの事だからそこは安心しているが。

 

 一瞬の沈黙が流れる。あ、重かっただろうかこの話題。

 

「そ、その……ごめんなさい」

「いいよいいよ、別に気にしてないから。むしろ一人暮らしの必須スキル覚えられて得してるまである。だからこの重い空気なんとかしてくれ。いや、してください」

 

 そう言って拝むようなポーズをとると、幾分か空気が柔らかくなった気がした。うんうん、ファミレスはこうじゃないと。

 

 だが、未だに俺の頭の中にはこれから家に帰る事に抵抗があった。いやさ、分かってるんだよ。結局はみんなが家に来たってだけで俺の勘違いだってことは。でも一回脳がそういう風に捉えちゃうとなかなか離れないじゃん? 離れないじゃん!? 

 

「ぁぁー……帰りたくない……」

 

 自分で思っておいてなんだけど、ビビりすぎだと思う。俺ってこんなに幽霊とか苦手だったっけ。

 

「それなんだけどさ、修哉」

「なに?」

「その……修哉がよければなんだけど、今日修哉の家泊まってもいい?」

「……頭でも打った?」

「打ってない! ほら、色々積もる話もあるしさ〜♪」

 

 そう言って俺にウインクをしてくるリサ。その目の中にはひたすらに『察しろ』という意味が込められている気がした。

 ……そうか、リサは俺の湊さんへの好意を知っている。それに関して何かアドバイス的なものがあるのかも知れない……! ちょうど良い。作戦会議と行こうじゃないか。

 

「おっけー。俺も自慢じゃないが家に1人は心細かったんだ」

「……本当に……自慢じゃない……」

 

 話はお泊りコースに向かっていく。そんな中、それを許さないと声を上げる人物がいた。『ポテ川さん』こと氷川さんだ。

 

「本街さん! 今井さんも、不純異性交遊は風紀委員として見逃せません」

「えぇー、固いなぁ紗夜は〜。何も起きないって! ね? 修哉」

「リサ相手に間違いなんか起こすわけ無いだろ。俺だぞ? 俺」

「うん、それで良いんだけど言い方に棘ない……?」

 

 なんて悲しいQ.E.Dだ。まぁ湊さんが好きな以上、男のプライドにかけてもリサに手を出すなんてことはあり得ないだろう。俺をなめてもらっては困る。

 しかし氷川さん、風紀委員だったのか。このまま破廉恥です! とか言い出さないかな。それどこの古手川さんだよ。

 

「ですが……」

「……なら、私も行くわ。紗夜、これなら問題ないでしょう?」

「えっ」

「み、湊さん?」

 

 俺を含め表情を驚愕の色に染める中、リサだけが含みのある笑みを浮かべていた。

 こっ、こいつ! まさかこれを狙っていたのか……? 湊さんの幼馴染で、氷川さんが風紀委員という事を知っている。つまり、自分が泊まる宣言からこの流れに持って行くのは計算済み……? 

 

 今決めた。心の中でリサのことを先生と呼ぼう。

 

「はは〜ん、友希那も来るんだ〜」

「ええ、何か不都合でもあるかしら? リサ」

「んーん、大丈夫だよ。修哉も大丈夫? 」

「当然。むしろありがとう」

 

 トントン拍子で話が進んでいく。湊さんが参加した事で強く言えなくなったのか、氷川さんが『それなら……』と納得しかけている。湊さんへの信頼の厚さが成した技だ。

 

「ならそろそろ解散にしよっか。時間も遅くなって来たし」

 

 リサの一言で解散ムードになり、それぞれが席を立つ。ファミレスの時計を見てみると、時刻は8時近くになっていた。

 俺が代表で会計を済ませている間に、他のみんなは外に向かう。遅れて俺が外に出ると、そこでやっと解散になった。

 元気に手を振る宇田川さんと、控えめな白金さんに手を振り返し、俺はリサと湊さんと共に自宅を目指して歩き出した。

 

「ねぇ、着替えとかってどうすんの? 流石に家に女性用のはないんだけど」

「アタシは一回家に帰ってから行くよ。昨日でもう場所は分かるからね」

「了解。湊さんは?」

「私も一度帰るわ」

「おっけー。なら俺軽く夕ご飯作っとくわ」

 

 そんな会話をしながらいつもの分かれ道に着く。俺は2人に『また後で』と告げて1人家を目指す。

 

 ──あれ、これ冷静になると結構やばい状況じゃね? 

 

 なに普通に女子とお泊まり会開こうとしてんだよ俺。なんなの? リア充に出世でもするの? 

 こんなの人生で初めての経験だぞ。あぁぁどうしようどうしよう、急に緊張して来た。

 

「あの2人もなんであんな事言い出したんだろ……」

 

 リサは……まぁ分かる。湊さんは何で……? 女子ってそういう警戒心強いんじゃないのん? 

 それともあれだろうか、俺がそもそも男として見られてないとか、そんな度胸も根性もないと舐められてるのか。間違ってはいないが、それもそれで悲しい。

 

 ──何があっても耐えろよ、俺の鋼の理性……

 

 そんな事を思いながら、これから起こる事への期待と緊張を抱いて俺は進む足を早めた。

 

 

 

 

 

 





ポテ川さん…いい響きだ(?)

今回5000字近くになったけど読みやすいかな…?

予定としてはあと30話?40話?とかそのくらいで完結させたい。でも長々書いてると話がグタグタして来そうだからなぁ。そんな事を考えてます。

新しく評価してくださったたんきさん、櫛菜さん、ありがとうございます!

わざわざ書き込む感想もないかもしれませんが、それでも感想くれると嬉しいです!

次回は前々から書きたかったお泊まり会。楽しみにして貰えると嬉しいです(自らハードルを上げて行くスタイル)
では、また次回。


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友希那のパーフェクトお料理教室


1日に2度投稿したっていいじゃない、人間だもの。




 

 

 

 

「それじゃあ、いっちょやりますか」

 

 家に着いた俺は早速準備に取り掛かる。さて、夕飯を作って待ってると言ったがメニューはどうしよう。せっかく2人が来るんだ、俺の料理の腕を存分に振るった料理を作りたい。確か前に買ったカレーも残っていた気がするが、今回はやめておく。もう少し手の込んだものが作りたい。こう考えてる時点で既に軽く無いんだよなぁ……。

 さっきファミレスでポテトを食べたから、あまり重いものは無しの方向で行こう。……いや、そうでも無いのか……? よく思い出してみるとほとんど1人に吸われていた気がする。個人の尊厳を保つためにあえて名前は出さないが……まぁ、あの人です。

 それはさて置き、重いものは無しという時点でまずサラダを作ることは確定した。

 

「……和食でいくか」

 

 それなら後は味噌汁と白米で完成したようなもんだけど……あと2、3品欲しい。タンパク質を摂れる和食ならやっぱり魚料理か。ブリの味噌煮なんでいいかもしれない。あとは卵料理が定番か……。玉子焼き……いや、茶碗蒸しでも作ろう。ついでに煮物とかも作ってみるか? それならサラダで取りきれない野菜や栄養もちゃんと含まれてるし、それほど時間がかかる料理でも無い。

 よし、これで行こう。今晩のメニューは白米と味噌汁、ブリの味噌煮、シーザーサラダ、茶碗蒸し、それと筑前煮だ。これならそんなに重くなく、適度にお腹を満たせるはずだ。

 大丈夫だよな……? あの2人好き嫌いとかないよね? 

 大方方針が決まった所で冷蔵庫を開く。が、俺は失念していた。逆になんで今まで気付かなかったんだろうか。フレンチドアタイプのそれの中身はすっからかんで、めぼしい食材が殆ど入っていなかった。

 

「……40秒で支度しろぉぉお!!」

 

 これはまずい! 企画倒れもいい所だ! なんだよ俺、間抜けすぎるだろ。あれだけ悩んだくせに前提から成り立ってなかったじゃねーか。

 俺は急いで階段を駆け抜け、自室から財布だけ掴み取ると家を飛び出す。自転車にまたがると、全速力で足を動かしながら人気のない道を走り抜ける。いつもは運動がてら歩いて向かうスーパーだが、今回ばかりはのんびりしていられない。俺より先に湊さんたちが家に来てしまった、なんて事になったら流石に笑えないだろう。

 

「飛べよぉぉぉぉおおお!」

 

 これもシュタインズゲートの選択なのか……。そんなくだらない事を考える思考を投げ捨てて、俺は死ぬ気でペダルを漕ぐ。

 目指すはスーパー、買うは食材。願うは売れ残りがあらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 無事にスーパーで野菜と必要な材料、ついでにジュースなども揃える事に成功した俺は、行き程ではないが急いで家まで戻っていた。

 リサと湊さん、まだ来てないと良いんだけどなぁ。『待ってる』と言った手前、言い出しっぺが家にいないなんて事態だけは避けたい。自然にペダルを漕ぐスピードが上がり、我が家までの距離は着々と縮まってきていた。もう視界に入るまで近づいている。

 

「到着ッ! ……よし、まだ来てないな」

「誰が来てないって? 」

「ヒッ!? 」

 

 ビクンッ! と肩が跳ね上がる。喉からは軽い悲鳴が上がり、駐輪しようとしていた自転車には俺の手が当たってガタンッと硬い音が鳴った。

 

「ビビった……マジで死ぬかと思った……」

「あはは〜、大げさだな〜♪ 」

 

 いや、実際のところ全然大げさじゃなく、今の俺なら一歩間違えれば気絶してたまである。全く、激しい運動で心臓が忙しい時に驚かせるんじゃないよ。変な汗かいてきたわ。

 一通り呼吸を整えて顔を上げると、リサの横に湊さんもいる事に気付く。

 

「こんばんわ。早過ぎたかしら?」

「こ、こんばんわ。いや、ナイスタイミング。とりあえず家に入ろう」

「お邪魔しまーす」

「……お邪魔します」

 

 玄関を開けて家の中に先導すると、2人も付いてきて靴を脱ぐ。リビングへ案内すると、リサがソファーに腰を下ろした。

 ……ちょっと? なんでお前そんなにくつろいでんの? 人の家だぞ人の家。まぁ自然体の方が俺も嬉しいんだけどさ。

 一方、湊さんはリサとは違いソファーに座らずに立っている。その手には泊り用の着替えなどが入っているであろうバッグを持っていた。

 

「湊さんも座って良いよ。遠慮なんかいらないから楽にしててくれ」

「そう、ならそうするわ」

「そうそう、このソファー沈んで気持ちいいよ〜? 」

「お前は自重しろ」

 

 ソファーの感想を含めた雑談を交わす2人。こうして見ると、本当に仲がいいんだなぁと思える。そんな和やかな雰囲気が漂う前方とは裏腹に、俺は別の意味で和やかな雰囲気を発していた。

 湊さん、リサ共に今は私服。バンド練習は放課後直接向かうことが殆どのため、普段見かけるのは制服姿に限られる。しかし目の前の景色はどうだろう。リサはいかにも夏を先取りしたような服装をしていて、そのため若干露出が多い。だが、そこはリサだからこそ似合っている。着こなしが上手いのだろう。

 その一方、湊さんは清楚な服を纏っている。前に一度コンビニで私服を見たこたとがあったが、それとは別の印象を抱く。こちらも少し夏を意識しているのかもしれない。リサはホットパンツを履いているのに対し、湊さんはスカート。端的に言って可愛い。最強の一言に尽きるのがこの景色だった。

 

「ってやば、そろそろ作り始めなきゃ」

 

 ふと我に帰り、手に持っているレジ袋をキッチンに運ぶ。まな板を洗ってから上に野菜を置き、順番に切り始めた。

 

「アタシ手伝うよ。何作るの? 」

 

 いつの間にソファーから抜け出したのか、リサが隣で俺の野菜カット技術を見ていた。ふっ、見惚れるのも無理はない。日頃から全ての料理を己の腕で作り上げているのだ。スキルポイントはもう上限突破している。

 

「……リサって料理できるの? ……取り敢えず献立は和食メインで、ご飯と味噌汁、ブリの味噌煮とシーザーサラダと茶碗蒸し。それプラス筑前煮で考えてるんだけど」

「筑前煮!? やったー! アタシ大好物なんだよね〜。よしっ、全力で手伝うよ〜! 」

「大好物なのか」

 

 正直意外だ。ギャルっぽい見た目なのに和食が好きなのか。いや、ギャルに対する偏見とかじゃなくてですね、こう……ギャップに驚いたといいますか。優しくて家庭的で見た目もいいとか、やっぱリサって結構モテるんじゃないだろうか。

 

「修哉……私も手伝うわ。何をすればいい? 」

「友希那? 」

「ありがと、助かるよ湊さん。じゃあちょっと食材切ってくれない? ここにある鶏肉は一口大、人参とごぼうは乱切りでお願い。こんにゃくはスプーンで一口大にしたら塩揉みして水洗いよろしく」

 

 マジか……! 湊さんと料理とかやばいだろ。既に嬉しさで頰が緩み始めてきた。頑張れ表情筋、負けるな俺。ポーカーフェイスを意識しろ。恋は駆け引きって誰かも言ってただろ。

 

「修哉……ちょーっといいかな……? 」

「なに? リサは味噌汁の具材とか味噌煮の準備して欲しいんだけど」

「友希那を見てあげて……? 」

「え? 」

 

 そう言われて湊さんを見てみると、野菜を持ったまま硬直していた。……あれ? どうしたんだろ。ザ・ワールド? 

 

「修哉、さっき言われたのはどうすれば良いのかしら」

「湊さん……もしかして料理初めて? 」

「ええ」

「ちょうどいいんじゃない? 修哉、友希那に料理教えてあげなよ♪ 他の作業はアタシがやっておくから、ね? 」

「……分かった。じゃあその、良ければ一緒にやる……? 」

「! ……もちろん。やるわ」

 

 内心、リサ先生に感謝する。なんて計算高いんだ……! まさかお泊まり宣言した時点でここまで読めていたのだろうか。なんて恐ろしいお方……! 一生ついて行きます! 

 俺は鶏肉やその他の野菜をまな板の上に乗せ、一度お手本を見せる事にする。

 

「一口大ってのは、簡単に言うとまぁ読んで字の如く一口で食べられる位の大きさにする事ね。まず鶏肉をこの大きさに切ってみて? 」

「分かったわ」

「包丁の使い方は分かる?」

「……包丁?」

「えぇ!? まさか認知してないパターン? おいおいそれは想定外だぞ」

「じ、冗談よ。包丁くらい使えるわ……多分」

「聞こえちゃったんですけど。ねぇ、今俺聞こえちゃったんですけど?」

 

 ……大丈夫だろうか。とりあえず不安に思った俺は包丁の持ち方、切り方から教えていく。一通り説明した後、横で俺がしっかり見守っている状態で湊さんは肉を切っていく。まだ包丁の扱いが少し怖いが、この位なら怪我はないだろう。何より俺が見ている。絶対に怪我なんてさせるもんか(使命感)

 

「ふぅ……出来たわ」

「おっけー、上手く出来てるよ。じゃあ次はその肉を一旦ボウルに移してまな板を洗う。そしたら人参から切ってこうか」

 

 言われた通りに作業をこなす湊さん。そんな湊さんを見て、俺は幸福感を得る。そしてさらにそんな俺たちを見て、調理中のリサはニヤニヤしている。……うん、きっかけを作って貰ったんだ。いつもならチョップの1発くらい入れる所だけど、感謝はしてるし見なかった事にしよう。

 まな板を洗い終わり、野菜を切る工程に移る。この時の俺は、『この調子なら問題無いな』なんて事を考えていた。が、ここから全てが始まったのだった。

 

「修哉、人参の皮を剥いたらどう切るのかしら」

「人参っ!? お前人参か!? しっかりしろ! 湊さん、流石に細すぎだよこれ! 」

 

 

「修哉、乱切りが終わったわ」

「それみじん切りィィイ! 乱切りどころか人参本体が終わってるよそれ! 俺お手本見せたよね? あれ? 見せたよね!? 」

 

 

「修哉……」

「こ、今度は何でしょうか……? 」

「……これ、ごぼうで合ってるわよね? 」

「ご、ごぼう!? お前まで……! 安心しろ、美味しく食べるから……」

 

 

「……なにやってんの……? 2人とも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと……やっと完成だ……。すげぇ疲れた……」

 

 俺たちがわちゃわちゃ騒いでいる間にリサがどんどん調理を進めて行き、あとは煮物を待つだけになった。味噌汁や魚も完璧、ご飯は釜で保温してある。サラダや茶碗蒸しに関しても言うことはない。煮物の中身に関しては……まぁ、想像にお任せする。

 

 それにしても、湊さんがこんなに料理音痴だったとは……。普段の姿がクールでカッコいいだけにギャップを感じる。今の俺の中での湊さんの印象はポンコツ可愛いに上書きされていた。

 

「よし、そろそろいいかな」

 

 煮物が出来上がったタイミングを見計らって火を止める。大きめの深皿に盛り付けると、食器やコップと共にテーブルに運ぶ。リサや湊さんもそれに習い、軽く後片付けをする。リサが人数分の茶碗にご飯を盛り付けて運んだ後、みんなでテーブルの席に着いた。

 

「この世の全ての食材に感謝を込めて……いただきます」

「いただきます」

「いただきます!」

 

 そんなこんなでやっと夕飯にありつける。時刻は9時を過ぎていて、ファミレスで飲み物しか口にしていなかった俺の腹は警鐘を鳴らしていた。食欲の赴くままに料理に手を伸ばして飲み下していく。

 

「うっまぁ……。これ、煮物以外ほとんどリサが作ったんだよな。料理スキル極めてんの? 普通に凄いわ」

「大したことないって〜。でも、美味しくできてて良かったよ!」

「ま、俺と湊さんで作った煮物も負けてないけどな」

 

 所々形の崩れたごぼうや人参、里芋にこんにゃくが入っている筑前煮は、見た目に反してかなり美味しい。リサも湊さんもそう感じているのか、口に含んだ時の表情は柔らかい。

 いつかリサと食戟してみたいな。おあがりよ! とか超憧れる。

 

「ん〜〜♪ 美味し〜!」

「……美味しい。リサ、昔から料理が上手かったわよね」

「え、えへへっ。まあね。うちはお母さんと一緒に作る家だったから」

「湊さんもこれからもちょっとずつ料理の練習していこうよ。そうすれば1人でもこれくらい作れるようになるはず」

「……そうね。料理、やってみようかしら」

 

 湊さんは味噌汁の茶碗で顔を隠しながらぽつりと呟く。その表情は窺えないが、きっと微笑んでいるのだろうと、なんとなくそう思う。

 それから取り留めもない会話に花を咲かせ、気が付いた時には皿の上にあった料理はそれぞれの胃袋の中へ入った後だった。

 コップの水を飲み干すと、俺は席を立って伸びをする。

 

「あ〜、楽しかった。こんなに楽しい調理と夕飯は初めてだよ」

「……ええ、私も。普段の食事はこんなに会話がないから」

「うんうん、アタシも楽しかったよ♪ 」

「じゃ、そろそろ片付けるか。食器持ってきてくれない? 俺洗っちゃうから。2人はソファーでくつろいでてくれ」

「了解〜」

「わかった」

 

 自分が食べた食器を重ねて持ってくると、2人はソファーへ向かっていった。気を利かせてテレビを点けて、再び皿洗いに戻る。

 あぁ、本当に楽しい食事だった。Roseliaメンバーと行くファミレスを除けば、自宅でこんな賑やかな食事をとったのはこれが生まれて初めてだ。それに、湊さんと料理ができた。作業中は意識しないように頑張っていたが、お互いの距離が近過ぎてつい顔が赤くなっていたかもしれない。今回は俺が教える立場だったが、いつか湊さんが料理をできるようになった時、一緒に作れたらいいなぁなんて思う。

 

 ソファーからは2人の話し声が聞こえてくる。それと対比して俺は無言。しかし、自然と表情は柔らかい。流れる水の音が耳に届き、妙な安心感を覚える。

 

 ──またいつか、こうやってお泊まり会的なことやりたいな──

 

 洗い物を進めていく中、俺はそんな事を考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あともう一話続くよ!
話を進めるために会話を増やすか、内容を濃くするために地の文を増やすか。最近考えてみた結果、地の文成分多めで試してみてます。

新しく評価してくださった貧しい蛇さん、鏡月紅葉さん、ありがとうございます!

あと、昼頃に見てみたら日刊ランキング16位に載ってました!感謝…圧倒的感謝…!


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うちに燻る気持ちと感謝


どうも、ドリフェスで80連した結果友希那どころか限定を1人も抜けず、財布の中身が頂点へ狂い咲き更新が遅れた作者です。

唐突ですがポピパのオリジナル曲ならB.O.Fがトップで好きだったりします。





 

 

「ん〜、いいお湯だった〜! 次友希那だよ〜♪ 」

「今行くわ。じゃあ修哉、お風呂借りるわね」

「ごゆっくり〜」

 

 夕食の片付けも終わり、ある程度のんびりした俺たちは順番に風呂に入っていた。もちろん俺が一番最初。最後でいいと言った所、リサと湊さんに最初に入ってくれと頼まれた。だがここは家主の意地がある(家主では無いけど)。客をもてなす義務の為に遠慮したが、有無を言わさぬ口調で入れと言われた。解せぬ。やっぱ女子ってそういうの気にするんだろうか。

 

 そんなこんなでリサが上がり、次は湊さんの番になった。ソファーから立ち上がると、持って来た宿泊道具を手に下げリビングを出て行った。

 リサがいない間、俺と湊さんは2人でのんびりテレビを見ていた。いや、のんびりではないな。会話以外に特にすることもなかった俺は、毎週この時間帯に放送されている動物系の番組にチャンネルを回した。すると偶然にも猫の紹介コーナーが。後はもう言わなくても分かるだろう。そう、天国だ。

 

「はぁ〜〜〜」

 

 妙に色っぽい息を吐きながらリサがソファーに腰を下ろす。俺も座っているため、隣が沈み込むのが分かった。

 

「ちょ、近い近い」

「あははー、初心だな〜」

「お前も経験ないって言ってただろ」

 

 風呂上がりで熱を持ち、上気した横顔は僅かに汗ばんでいる。普段の肌が白い分、仄かに赤く染まった頰が色めかしい。

 ダメだ、見るな本街修哉! これは毒だ、蝕まれるぞ! 

 大体、なんでこんなにのぼせかけるまで風呂に入って居たんだろうか。女子って基本長風呂なの? 男子の俺はよく分からん。でもその辺はしっかり自己管理して欲しい。風呂場で倒れられても困るしな。

 テレビのスピーカー越しに聞こえてくるバラエティ番組の笑い声はどこか遠く、時間の流れがゆっくりになった気さえする。しばらくお互い無言でソファーに体を預け、安定する体勢を探す。

 

「でさ、最近どう? 」

「どうって……また雑な振り方だな。まぁこうやって家に泊まりに来る位には進展したんじゃないかな? 」

 

 話を切り出したのはリサだった。どんな策略を巡らせていたのか俺には予想もできないが、最初からこの話はするつもりでいたのだろう。

 

「でも、正直今はまだ脈は無いと思う」

「今は、ってことは〜?」

「そういうのじゃねーよ。なんて言うんだろう……こう、そういう風に見られてないって感じかな」

「そうかなー? アタシは順調だと思うけど」

「どこ見て順調とか言ってんだよ……。湊さんからしたらこの泊まりだってリサが居るから来たようなもんだろ。それに結局教室でもあんまり話せてないし」

 

 断言できる。確実に湊さんは俺に好意を向けていない。逆に悪感情を向けられているかと聞かれればそれは勿論ノーで、恐らく認識としてはRoseliaのサポートメンバー。良くて友達止まりだろう。うーん、どうなんだろうそれ。

 

「でもまぁ、関係者って時点で前より進歩した方か」

「そっか。機会があったらアタシからさりげなく友希那に聞いてみるよ」

「……マジ? さすが先生! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ。そこに痺れる憧れるゥ! 」

「大げさだな〜……もう」

 

 人生に一度は言ってみたかったセリフトップ10を言うことが出来て満足感に浸る。だが、一度我に返って考える。

 これで良いんだろうか。リサは俺を手伝おうと思って厚意でやってくれてるんだろう。だが、そもそもこれは俺の恋愛だ。だから、本来なら俺が一人でやるべきこと。人に頼ってどうする。

 悩んでいると、リサがテレビを見ながら口を開いた。

 

「友希那ね、前は全然笑わなかったの。ある事が原因で」

「笑わなかった? 湊さんが?」

「うん。微笑んだりすることはあったんだけど、それもたまにでね。でも修哉が来てからちょっと変わったんだ〜。少しづつだけどまた笑うようになったの」

「……そうなのか」

「あー、信じて無いでしょ〜」

 

 あえてその『原因』とやらに触れず、微妙そうな口調で返す。

 俺が来てから変わった? 疑いの視線を向けてみるが、変わった反応はない。俺は俺が来る前の湊さんを知らない。せいぜい教室でしか見たことがなかったからだ。Roseliaのライブにも行った事がないし、校外で合うこともない。だから俺には真偽を確かめる術がない。

 思い出してみるとクラスの女子と話してる時に微笑んでいた気がするが、まぁ幼馴染のリサが言うんだから本当なんだろう。

 

「……そうだったら嬉しいけどな」

「修哉からして友希那の印象は? 最初と比べて変わった? 」

「勿論変わったわ。なにあれ、可愛すぎない? 猫好きすぎでしょ。羨ましい。むしろ猫になりたい」

「それはやりすぎでしょ……。でも分かるな〜。友希那ってば猫の事となると性格劇的に変わるからね〜」

「でもそれ以外の湊さんもいいけどな。普段のクールな湊さんも、歌ってる時の楽しそうな湊さんも、それこそさっきのポンコツな湊さんも。……全部好きだよ」

 

 そこまで言うと、急にリサが黙り込む。連鎖的に俺も黙り込むと、たった今自分の口から出てきた言葉に恥ずかしさを覚えた。

 なに? 何でそんな自然に出てきたの今の言葉! やめてよ恥ずかしい! 

 ちら、と横を見るとリサも少し顔が赤くなっている。

 

「あはは〜……。なんかこっちまで恥ずかしくなってきた……」

「初心なやつめ」

「修哉も顔赤いよ? 」

「……ほっとけ」

 

 それから俺たちは取り留めもない会話を広げていった。前の名前呼びのことを弄られたり、昔の湊さんの話を聞いたり。普段は静寂に包まれた寂しいリビングに、明るい声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯気が立つ浴室にシャワーの水音が反響する。流れるお湯に体を温められながら、私は胸にある違和感の正体を探っていた。気になるのはさっきのこと。

 

「私、なんで料理なんて……」

 

 あの言葉は自然に口から溢れていた。家での家事は分担制で、料理はおか……母が担当している。小さい時からこれは変わっていないため、私は料理をほとんどした事がない。そのせいでさっきもミスを重ね、野菜達を無残な姿に変えてしまった。

 修哉に見てもらっていたお陰で怪我はせずに済んだが、私一人だったなら確実に指を切っていたはず。

 

「これを毎日やってるなんて、修哉もリサもすごいわね……」

 

 私も毎日練習すれば出来るようになるかしら……なんて考えて、小さくかぶりを振る。きっと駄目だ。唯一時間を費やして来た歌でさえ、一人じゃ出来ないのだ。一人じゃ出来ないからRoseliaを結成した。だからきっと料理も同じ。仲間の、周囲の、誰かの存在と協力があって、やっと成し得ることができる。

 

 シャワーを止めて、タオルで体の水気を取っていく。改めて考えてみるとこの状況は普段の自分なら考えられないようなものだ。リサが泊まると言い出した時、つい私も名乗り出てしまったが、私は今も何故自分があんな行動に出たのか分からないでいた。ただ、やけにリサが挑発的だったのを覚えている。あれは一体……? 

 服を着て廊下に出ると、リビングから2人の話し声がかすかに漏れて聞こえる。扉の前まで近づくと、はっきりと内容が聞き取れた。

 

「それよりどうだった? 今日友希那と料理してみて」

「ハラハラして怖いと同時にすげー楽しかった。心臓やばかったけど。二重の意味で」

「あははー、そっかそっかー♪ 」

 

 2人の声は明るく楽しそうだ。リサと修哉は仲がいい。最初はバイトで知り合ったらしいが、私が知った時にはもうかなり打ち解けていた。練習中も修哉は特にリサに対して口調や態度が砕けている。リサも当たり前のようにしているから、それだけお互い受け入れ合っているんだと思う。

 仲がいいのは良い事だ。そのはずなのに、私の心にまた得体の知れない靄がかかる。この正体が何なのか、私にはわからない。

 

「でも……もし湊さんが料理をしたら、俺が一番最初にそれを食べたいな」

「お、言うね〜。でも残念、一番はアタシだよ〜? 小さい時から一緒なんだら、それだけは譲れないなー」

「……湊さんに決めてもらおう」

「なら勝負だね♪ 」

 

 話の区切りがついたところで、リビングのドアを開ける。部屋の中のソファーに見える二つの肩がビクッと揺れた気がした。

 

「おかえり友希那〜」

 

 リサは顔をこちらに向けて声をかけて来るが、修哉の顔は前向きに固定されたままだ。

 ……今の話、聞かなかった事にしておこう。

 

「……さて、湊さんも上がった事だし……何かする? 大したもの無いけど」

「あっ! じゃあ修哉の部屋行かない? 友希那も行きたいよね? 」

「私はどちらでも構わないわ。修哉がいいなら行くけれど」

「俺は別にいいけど、何も無いぞ? 」

「いいのいいの♪ 」

 

 じゃあ行くかー、と言う掛け声とともに修哉が立ち上がる。テレビと電気を消し、私たちは修哉について部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、昨日ぶりだねぇ」

「あーそっか。現実だったんだもんな」

 

 まだ夢の印象が強いのかそんな事をつぶやく。確かに目が覚めたら自室に私達がいるなんて、普通は思いもしないだろう。私だって、目が覚めて部屋にRoseliaメンバーがいたら夢かどうかをまず疑う。

 

「これ、卒業アルバムね」

「え! 見たい見たい! ねぇ修哉、見てもいい? 」

 

 本棚に立て掛けられていたアルバムに手を伸ばし、視線を修哉に移す。急に大きな声を出したリサに少し驚きながらも、見てもいいと許可を貰う。

 

「おー、修哉全然変わって無いね〜」

「そう簡単に変わらないだろ。ただ身長は伸びたけどな」

「一人でいるのも変わってないのね……」

「真に強い動物ほど群れをなさないんだよ……ちょっとやめて、沈黙が痛い」

「……でも不思議よね。修哉の性格なら自然と人が寄って来そうだけど」

「あ、アタシもそれ思ってた。なんでいつも一人なの? 」

 

 途端、沈黙が訪れる。リサの問いに答える声はない。どしたのかと思い修哉を見てみると、何か思い出しているような、懐かしむような表情をしていた。

 

「ほら、俺ってこんな家庭環境じゃん? それで中学の時少なからず周りから色々言われてたんだよね。俺はこれが当たり前だから特に気にしてなかったんだけど、まぁそんな流れで今もこんな感じな訳ですよ」

 

 修哉は見た目が悪いわけではない。世間でいう『イケメン』の区別は私には付かないが、これだけは言うことができた。それに、性格だってたまにふざけるが、明るく接しやすい。

 普段から自然にしていればいいと思うのだが、問題は修哉自身が他人との壁を作っている事だった。本来外へ向くべきそれが、内側にしか向いていない。向いたとしても一定以上の距離にいる人たちだけで、主にRoseliaメンバーがこれに当たるだろう。

 

「……そうだったんだ。あ、これっていつの写真? 」

「あー、それ中三の時の遠足のやつだわ。なっつ! すげぇ懐かしいなぁ……相変わらずぼっちだけど」

「あははー、もう見慣れたもんだよ」

 

 一度思考を切り替えて会話に戻る。リサも少し気を使ったらしく、別の話題に持っていった。だが、修哉の様子からしてその事を気にしている訳では無いらしい。

 

 それから私達はアルバムの写真を眺めたり中学時代の面白エピソード(修哉主催)を聞いたり、リサの無茶振りに私が乗る形で校歌を歌わせたりした。

 

 気がつくと壁掛け時計の短針は午前0時を指していて、随分話し込んでいた事が分かった。

 

「さて、そろそろ寝るか。ちょっと待ってて。隣の部屋に布団敷いてくるから。2人とも同じ部屋で良いよね?」

「ええ、問題ないわ」

「アタシ達も手伝おうか?」

「いや、いいよ。パパッと敷いちゃうからここにいてくれ」

「了解〜♪」

 

 それだけ言って修哉は部屋から出て行く。主が居なくなった部屋には私とリサだけが残っていた。時間を意識した途端、眠気に襲われてつい欠伸が出そうになるのをかみ殺す。そんな私にリサが声をかけてきた。

 

「友希那はさ……修哉の事どう思ってる?」

「? ……どういうこと? 」

「ほ、ほら、修哉もRoseliaの練習に参加してからもう結構経つじゃん? 修哉に対する友希那の印象が聞きたいって思ってさ」

「……そうね。イメージしてた性格とは全く別だったわ。いつも一人でいるから、もっと暗いのかと思ってた」

「それはアタシも分かるな〜。他には? 」

「他には────」

 

 シャワーを浴びている時に感じた違和感を話そうか悩む。けれどそれも一瞬。リサなら答えを知っているかも知れないと思い、口を開いた。

 が、その続きは発せられる事はなく、主の帰還によって遮られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テキパキとした動きで布団を敷き終えた俺は、全く使われていない空き部屋をみてさっきの事を思い出していた。

 

「いやー、ウケてくれてよかったな〜。黙られたらどうしようかと思ったわ……」

 

 面白い話して、と言われたときの動揺と緊張ほど精神をすり減らせるものは無いと思うんだ。まぁ自信があったから自ら話し始めたんだけど。体育祭の話も良かったが、文化祭の時にやった王様ゲームもなかなか良かったと思う。いいよね、絶対命令権。俺もそういう権利が欲しい。

 ──令呪を以って命ずる。自害しろ、ランサー。とか言って見たい。……なにかと自害するよねあいつら。報われない。

 と、そんな事を考えてる場合じゃなかった。湊さん達を呼ぶために廊下に出て、自室のドアを開いた。

 

「準備できたぞー。……ってあれ、なに? 取り込み中だった? 」

「そんなことないわ」

「うん、全然大丈夫だよ」

「ならいいんだけど」

 

 俺が入った瞬間静かになったからな。つい悪い事をした気分になってしまう。2人は荷物を持って立ち上がると、部屋の外へ向かう。逆に俺は中へと進み、2人を見送る形でベッドに腰を下ろした。

 

「じゃあおやすみ〜♪ 寝込み襲っちゃダメだぞ? 」

「誰がお前なんぞ襲うか馬鹿」

「そうだよねー、修哉が襲うのはアタシじゃないもんねー? 」

「おぉおい!? ストップ! ちょっと待て! 」

 

 それだけ言い残してリサが部屋から出て行った。……我慢だ我慢。リサに感謝を。リサに祈りを。リサに信仰を……。……うん、もう末期だわ俺。

 

「……急に騒がしいわね」

「ごめん湊さん、眠いのに」

「もう慣れたわ。この空気にも、あなたにも」

 

 そう言って微笑む湊さんから、俺は視線を離すことができないでいた。ただなんとか言葉を返そうとして、慌てて口を開く。

 

「そ、そっか。疲れただろうしゆっくり休んで。明日は休みなんだし」

「えぇ、そうするわ」

 

 踵を返し、湊さんは廊下へ向かう。だが部屋のドアを閉める直前で立ち止まり、再び顔をこちらに向けた。肩から流れる銀髪に目を奪われそうになるが、平静を装って目線を固定する。

 

「それと修哉。私こそ、ありがとう。……おやすみなさい」

 

 パタン、と静かにドアが閉まる音だけが部屋に響く。だが次第に別の音も鳴り始め、今ではむしろその方が大きいんじゃないかと思う程だ。

 音の発信源は俺の内側。激しく振動を繰り返すそれの影響で徐々に顔も熱を帯び始め、居ても立っても居られなくなった体はベッドにダイブし始めた。

 

 

「……なんだよあれッ! 反則だろ……」

 

 

 顔の熱が引く様子はない。また風邪がぶり返すかもしれないな……なんて思いながら、俺は冴えてしまった目と共に眠れない夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 





文字数が今までの話の中でトップクラスに躍り出ました。話が進むのが遅いですが、今後も楽しみにしてくれると嬉しいです。
更新が遅れた理由としては前書きに書いたのもあるんですが、書きたい描写が多すぎて時系列ごとにまとめていたら妄想が膨らみ、つい本編を書くのを忘れていたんです。すいませんでしたぁ!

という謝罪をしたところで、新しく評価してくださったタニヤンさん、ありがとうございます!

ではまた次回。



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起点と機転


はい、前話投稿後にまた石を集めドリフェス終了5分前にガチャった結果、限定友希那とモカを引き寄せることができました作者です。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!(歓喜)
バンドリ1周年おめでとう!(間に合ったか…?)

涙で一瞬前が霞むレベルで嬉しかったです。

あと日刊ランキング10位になってました!ありがとうごさいます!





 

 

「おーっす。……って誰もいないのかよ」

 

 ドアノブをひねって前に開け放つ。

 いつもと同じ時間に学校を出て、これまたいつもと同じペースで歩いて来たはずなのにスタジオには誰もいない。練習が無しになったという連絡は来ていないから、ただ全員が遅れているだけなんだろう。

 

「珍しいなぁ。宇田川さんとかはともかく氷川さんまでいないなんて」

 

 ま、そういう日もあるか。そう頭の中で結論付けると、とりあえずいつも通りに機材のセッティングをするべく動き始める。荷物を定位置に起き、端に寄せられているマイクスタンドやコードなどを機器に繋いでいく。参加したての頃は壊すといけないと思い簡単な作業しかしていなかったが、最近になるともうこの動作も手馴れたもので、かなりスピーディーに準備が完了した。これがプロミスの力か……恐ろしい。

 

「……うん、早速暇だ」

 

 なんでだろう、誰も来る気配がない。あれ? まさかドタキャンとかないよね? クラスだけじゃなくRoseliaメンバーにさえ存在忘れられてるなんて事ないよね?

 慌てて携帯を取り出して確認してみるも、やっぱり何も連絡はない。……考えすぎだろう。ちなみにこれフラグじゃないから。フラグじゃないから! 

 

「……ちょっとくらいなら遊んでも大丈夫だろ」

 

 流石に立ってるだけでは暇なため、普段みんなが演奏している場所まで移動する。スピーカーの電源をつけ、おっかなびっくり音を確認。

 スタンドからマイクを抜いて声を出してみる。

 

「あー、あー。おぉ……今更だけど凄いなこれ」

 

 あー、ちょっとテンション上がって来た。何か一曲歌ってみようかしら。

 そう思った瞬間頭に浮かんだのは、Roseliaの代表曲とも言える『BLACK SHOUT』。練習参加初期の頃によく聞いていた曲だ。前奏からまずかっこいいし、Aメロもかっこいい。もう全部かっこいいって言っても過言じゃないくらいの曲だ。つまり最強。

 

「凄いよなぁ。同い年なのに作詞作曲までして、しかもライブまでやってるとか……。マジで俺場違いなんじゃねーの」

 

 しかも自前の楽器まで持ってるときた。高校生だぞ高校生。どんな経済力なんだよみんな。リサは去年からバイトして稼いだって言ってたけど、他のみんなはバイトしてる訳ではないと思うし……うん、凄いな。

 

 脱線しかけたところで俺は目的を思い出す。そうだ、歌うんだった。いいね、この感じ。スタジオ貸切の一人カラオケ的な。超悲しいけど超楽しい。

 そんな思いを込めて俺は歌い始めた。湊さんとは違った俺の声がスタジオに響く。

 

「──不条理を壊し 私は此処に今、生きているから SHOUT! 」

 

 マイクを持って最高潮。有頂天ボーイの誕生日である。ただ当然自分の声だけでは物足りない。楽器の音が欲しいとも思ったが、不可能なので諦める。……改めてバンドって人居ないとできないんだな。一人じゃ絶対に成し得ないことだ。

 

「それにしても毎日こんな感じで歌ってるのか……。クールで可愛いとかもう湊さん最強だろ……! 」

「……そう、ありがとう……」

「……はっ!?」

「そんなに驚きますか」

 

 突然聞こえて来た声に肩が跳ねる。ちょっと俺驚き過ぎじゃない? ここ最近しょっちゅうこんな場面あった気がするんだけど。

 

「湊さんにポッ……氷川さん……。……あの、ちなみにいつから……? 」

「そうね、あなたが音を確認した後、マイク回しをしながらBLACK SHOUTを歌っている所は見たわ」

「おいそれほぼ全部じゃねーか」

 

 えぇ……? どのタイミングで居たの? 全然気づかなかったんですけど。気配を遮断することもできるとは……さすがRoselia。レベルが違う。

 

 奇行を見られた事とさっきの独り言を聞かれた事に恥ずかしさを覚え、つい顔を下に向ける。しかしこのままでは沈黙が訪れるだけだと予感して咄嗟に口を開こうとすると、氷川さんが先に話し始めた。

 

「一瞬言いかけた『ポッ』が気になりますが……それにしても驚きました。本街さん、意外と歌が上手いんですね」

「あれ上手いの? 自分だとよくわからないけど。……っていうか聞かなかったことにして欲しいです。精神的に」

「確かにいい声をしていたわ。普段指摘しているからかリズムや音程も完璧だったし、声もよく伸びていた。そして何より楽しそうに歌っていたわ」

 

 おぉう、俺の歌声謎の高評価。あれだろうか、毎日のように繰り返してきたこの練習と一人カラオケで知らない間に鍛えられてたとか。……うん、意外とあり得そうだな。

 

「……それで、なんでみんな今日こんなに遅いの? 」

「リサは久し振りにダンス部に顔を出してくるそうよ。あこと燐子はどうしても済ませたい買い物があると言っていたわ」

「へー……ってリサ部活やってんの!?」

「ええ、テニス部と掛け持ちしてるらしいわ」

 

 ……は? おいおいマジかよちょっと待て、一旦落ち着こう。

 ……え? 部活掛け持ち? そしてバンドやってて? 休日にはバイト? リサお前本当に人間かよ。いくらなんでもオーバーワーク過ぎじゃないだろうか。それなのに疲れを一切表情に出さないんだもんなぁ。

 何故か無性に部活に入ってない自分が許されない存在のように思えてきた。

 

「湊さん達は部活やってないの?」

「私はなにもやってないわ」

「私は弓道部に入ってます」

「あー、確かにそんな雰囲気あるかも」

 

 氷川さんに関しては納得いくかもしれない。性格的にも弓道部っぽい鋭さはあるしな。

 

「さぁ、練習を始めましょう。別に、全員揃っていなくても出来ることはあるわ」

「そうですね」

 

 湊さんの声でそれぞれ動き出す。それから俺たちは3人で個人的なパートの確認作業をしたりした。

 

 そして十数分後、遅れてやってきた宇田川さんと白金さんを含めた5人で練習を開始。さらに5分ほど後に来たリサも加えていつものような放課後を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時と場所が変わって今日は土曜日。珍しく俺とリサにシフトが入っていなかった為、Roseliaメンバー全員で昼からファミレスに集合していた。俺たちが休みな分、今頃青葉が頑張ってレジに立っているだろう。

 今いるメンバーは湊さん、氷川さん、リサ、俺の四人。宇田川さんと白金さんはまだ来ていない。だが休日という事もあり、時間がたっぷりあるため誰もそれを言葉にはしない。ただのんびりドリンクを飲みながら緩く会話を広げていた。

 

「アタシ飲み物取りに行ってくるけど、ついでに入れてこようか? 」

「私はまだあるので大丈夫です」

「なら私はコーヒーを」

「オッケー♪ 修哉はどうする? 」

「いや、俺は自分で取りに行くよ」

 

 そう言って席を立つ。リサも湊さんの分のカップを持つと、ワンタイミング遅れて席を立った。

 

「それにしてもさりげなく友希那の隣座ったね〜。自然すぎてアタシもさっきまで気付かなかったよ」

「あ、俺も意識してなかったわ。ある意味自然にあの席座ってた」

「あはは、何それ」

 

 とか言ってるけど嘘です。実はめっちゃ狙ってました! 不自然じゃないかとか内心考えてました! 

 

 本当に無意識な行動だったかのように振舞って飲み物を入れる。お、あのリサに気付かれていない。もしかして俺かなり演技派なんじゃね? 肝心な時に通用しないのが玉に瑕だけど。

 ドリンクバーマシーンで自分用の飲み物を調達し終えると、リサを待って席へと戻る。ちなみに今日はオレンジジュースだ。たまに無性に飲みたくなる味だよね、これ。

 

「今回は早かったわね」

「そう毎回悩まないわ。自分でも早かったとは思うけど」

 

 おまたせー、という声と共にリサが湊さんの前にコーヒーカップと大量の砂糖を差し出した。

 

「え? 湊さんブラック飲めないの……?」

「……そう言うあなたは飲めるのかしら」

「……い、いやいや余裕ですよ余裕。全然美味しく飲めるから」

 

 自然にコーヒーを口に含む。……うっわまず。飲めないことも無いけど自分から飲みに行くような味じゃないだよなー、これ。

 だが決して顔には出さない。なんかブラック飲めるってだけでも大人っぽい所あるからな。さぁ、今こそリサすら欺いた俺のポーカーフェイス力を発揮する時……! 

 澄ました顔で液体を飲み下し、ふぅ、と息を吐く。横目で湊さんを確認してみると、ジト目で俺を見つめていた。やだ照れる。

 

「美味しく飲めてないじゃない」

「……なら湊さんは飲めるのかよ」

「私は……飲めないこともないわ。………………くっ」

「おこちゃまめ」

「あなたにだけは言われたくない」

「ほらジュース」

「……頂くわ」

 

 

「……何してるんでしょう、この二人……」

「さぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜! もうすぐ夏だねぇ」

「そうね」

「これ以上暑くなるのか……」

 

 新曲や練習スタイルなど、今後のバンド活動についての話を終えて今はその帰り道。

 リサが言うように春の終わりを告げるかのような日差しの中、俺たちはゆっくりと足を進めていた。

 

「そうだ友希那、今年も夏に合宿するよね?」

「ええ、その予定よ。去年と同じ場所にしようと思ってるわ」

「何? 合宿なんてあんの?」

「うん。夏休みに2泊くらいしてこことは違う環境で練習してるんだ〜」

「へー」

 

 合宿か。いよいよすごいなRoselia。そこまで本格的だったとは。他のバンドってどうしてるんだろう。例えば前に氷川が言ってたパスパレってのもアイドルバンドらしいし、それ以外にもこの辺だとガールズバンドブームだからなぁ。案外合宿なんかも普通にやってる事なのかもしれない。

 

「あっ!」

「どうしたの? リサ」

 

 急に声を出したリサに湊さんが問いかける。何やらバッグの中を探し始め、慌てたような顔で口を開いた。

 

「お店に携帯忘れてきちゃった……」

「すぐに取りに戻らないとだな」

「うん、アタシちょっと行って来る! 友希那達は先に帰ってて! 」

「分かったわ」

「おーう」

 

 その場で回れ右をして駆け出して行くリサ。さすがと言っていいのか、かなりのスピードで走って行った。

 

「リサってしっかりしてるように見えておっちょこちょいな所あるよな」

「ふふ、そうね。周りを気遣ってくれて、自分の事を後にしてしまう部分もあるわ」

「確かに。リサらしいって言えばリサらしいけどな」

 

『らしさ』なんて主観でしか無いし、リサの全てを知ったわけじゃないが、なんとなくそんな気がする。対して湊さんは幼馴染という事もあり、その辺りは分かっているのだろう。

 

「湊さんが音楽始めたきっかけって何なの? 」

「急な質問ね」

「あー、今ガールズバンドって流行ってるじゃん? そういう人達って何がきっかけで音楽始めたのかなー、って思って」

「私が音楽を始めたのはお父さ……父の影響が大きいわね」

「お父さんもバンドやってたの?」

「……ええ」

 

 問いかけに答える声はどこか重い。ほんの僅かなトーンの変化だったが、あぁ、これあんまり触れない方がいいな、と直感する。リサがこの前言っていた『笑わなかった』に関係しているのかは今の俺に知るすべはないが、もしかしたら少なからず関連性はあるのかもしれない。

 

「そうだ、さっきの合宿の事なんだけどさ」

「何かしら? 」

「……俺ってどうすればいい? そこまで行っていいのか判断に悩むんだけど……」

 

 こういう質問って自分からするの気が引けるよね。断られた時の悲しさがデカすぎるし。でもその代わりオッケー貰えた時の喜びも大きい訳だからギャンブルっぽい。

 その面で言えば人生や人間関係なんてある意味ギャンブルめいているのかも知れないが。

 

「出来るなら来て欲しいけれど、無理にとは言わないわ」

「もちろん行く! 行かせてください」

「え、ええ。ならそういう話で通しておくわ」

 

 食いつき過ぎただろうか、湊さんが若干引いている。でも許して欲しい。こんなに深くまで関われて喜ばない男子などこの世に存在しないだろうからな。俺は正常。

 

「きゃっ」

 

 頰を緩ませて歩いていると、隣から小さい悲鳴が聞こえた。何事かと思い急いで思考を切り替えると、湊さんへ視線を振る。

 俺の視線の先、つまり湊さんの横にはいかにもな三人のチャラ男達がいた。

 

「……ごめんなさい、少しぼーっとしていて」

「お〜、かなり美少女じゃん」

「へへっ、いい拾い物ですねアニキ」

「お嬢ちゃん、俺、今ので肩痛めちゃったんだよねー。でも今から俺たちと遊んでくれるってんなら許してやるよ。どうだい?」

「……今ので肩を痛めたの……?」

「ちょ、湊さんそこは……」

 

 触れちゃダメな場所でしょ! いや、俺も思ったけどさ? 男と女が肩ぶつけ合って男が負傷とか笑えないだろ。豆腐か? 豆腐なのかお前の肩は。

 

 とか余裕ぶってるけど実際俺はパニクっている。いやいや、あり得ないだろ。こんなイベントラノベの中の話だろ? 急すぎて混乱している。現実で起こるとか聴いてない。相手は年上の男なのに対しこっちは湊さんとそのクラスメイト兼空気だぞ。確実に戦ったら負ける。

 

「あ? 何だよお前は。彼女の何? 関係ないならどっか行きな」

「みな……友達がすいませんでした。そ、その、許して貰えませんか……?」

「……ぷっ、あははは! アニキ、こいつ超ビビってますよ! 」

「怪我してんのはこっちなのにいい度胸だなテメェ……。やるか? おい」

 

 どうする! こんな時どうすればいい!? 周りの人は知らんぷりだし、警察なんか呼ぶ暇はない! ラノベなんかとは大違いだ。相手を返り討ちにするなんて以ての外、天才系主人公のような奇策も思いつかない。体は剣で出来てなんか無いのだ。

 

 ……詰んだ。此処はどうしようもなく現実で、弱い俺に取れる手段なんてほとんどない。今だって謝ったが、目の前にチャラ男アニキがいてメンチを切っている。湊さんの表情は窺えないが、この空間には固まる俺と、ひたすらに愉悦に浸るチャラ男達で完結していた。

 

「アニキ、そんなのいいじゃないっすか。それよりも……」

「まぁそうだよな。お楽しみはこっちだ」

 

 そう言って口元を歪ませると、チャラ男アニキが湊さんに手を伸ばす。その細い腕が男の腕に掴まれる。その瞬間、弾かれるように体が動く。反射的に湊さんに伸ばされた手を払い、流れで湊さんの手を掴んで走り出す。

 

 敵前逃亡。力も知恵も勇気もない俺が唯一取れる手段。俺が出せる最高のスピードで走り出し、チャラ男達を巻こうとする。ビビっていた俺が急に行動に移したせいか、一瞬隙ができる。この間に極力人通りがなく、道が入り組んだ方へ向かう。この状況で周囲は当てにならない。誰かを頼る前に自分から動かなければ現状に変化は生まれない。

 

「湊さん! 今だけ頑張って走って! 」

「えっ、ええ! 」

 

 右に、左に次々と曲がり、ある程度進んだ所で湊さんを無理矢理おんぶする。踵が高い靴を履いているからこのままでは必ず怪我をする。まだ完全に振り切れてないから、この方が確実だった。

 

「おいガキ! 出てこい!」

「……きた……」

 

 どうする、どこに逃げる? 考えながらも足を止める事はない。ただひたすらに目に付いた脇道へと駆け込んでいく。普段影が薄いからか、何となく人がいない道、あまり注目されないような道が自然にわかる。

 

 とりあえず家に逃げ込むのは危険だ。たとえ振り切れたとしても近辺というだけで特定される危険性がある。だとしたら俺しか行けないような場所。他の人が入り込めなくて、尚且つ安全が確保された自宅以外の場所は…………。

 

「! ……湊さん、もうちょっと我慢してくれ! あとで謝るから! 」

 

 居場所がバレない程度の声を出す。こんな惨めな行動しか出来ない事はあとでしっかり謝るとして、場所は決めた。あそこなら多分安全だ。

 

 かなり走って息が上がってるのに、自然と疲れは感じない。俺は脇から通る湊さんの太ももを抱える力を強めながら、下半身を動かし続ける。絶対に離さないように、守るとまでは行かなくても、ちゃんと逃げ切る為に。

 距離が少しずつ開いてきたのか、男達の声が少し遠くから響いてくる。頭にきているのか、声音が張り詰めて、耳に入るだけで心臓が掴まれたように収縮を繰り返す。

 

 前に出す足のスピードを一層速め、俺は自分のバイト先───今、青葉が働いているであろうコンビニを目指した。

 

 

 

 

 

 

 





それはバンドの練習後。
夜の冷えた空気。街行く人。電柱の夜光灯。何もかもが当たり前のように存在する日常に、その日はただ一つの欠落があった。
さて、恒例のようにファミレスに来たRoseliaメンバー。今後の活動について話し合う前に、まずリサを中心にそれぞれ注文をしていく。

「ドリンクバーは頼むとして…みんなは何注文する?」
「わたしは…この『あっさり和風パスタ』を…」
「はーいっ! あこはこの『スペシャルハンバーグプレート』で! 前から食べてみたかったんだ〜! 」
「私はドリンクバーだけでいいわ。リサはどうするのかしら? 」
「うーん、ならアタシは「とろ〜りチーズのエビグラタン』にしよっかな♪ 紗夜は? 何頼むか決めた? 」

リサが問いかけるも答えは帰ってこない。メンバー全員が不思議そうな視線を向けた先には、メニューを漁るように見つめている紗夜の姿があった。
全員が静かに言葉を待っていると、この世の終わりを体現したかのような表情でただ一言、紗夜が重く呟いた。

「……フライドポテトが…ない…? 」

メニューから姿を消したフライドポテト。受け入れがたい現実が目の前に広がり、脳を直接殴られたかのような衝撃に襲われた。

「絶対に……絶対に取り返してみせます…!」

突如として失われた日常(ポテト)を取り戻す戦いが今、此処に始まる…!

─────────────────

っていうのを思いついたんだけど、誰か書かない? チラッ

またまた文字数が多くなりました。読みにくかったらすいません。
あとみんな、紗夜姉が弓道部って設定知ってた? 街での会話であるんだけど、意外と認知されてないよね。

新しく評価して下さったジャム6さん、笹倉 海斗さん、黒麒麟さん、小石 音瑠さん、メガネパンダさん、komachinezuさん、ありがとうございます!

評価、感想など貰えると作者が喜び投稿頻度があがる(?)かもしれません!よければお願いします!
ではまた次回。



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逃げの先に


はい、前話投稿後に感想をいただいたのに投稿ペースが変わらなかった作者です。すいませんでしたぁ! ちょっと忙しかったと言いますか、受付嬢を許さないといいますか、あまり時間が確保できなかったんです。許してください!



 

 

 

 

 逃げるは恥だが役に立つ、という言葉がある。いや、正確には作品か。細かい所は置いておくとして、この言葉は読んでそのままの意味で捉えれば『逃げる事は悪ではない』という風に受け取れる。逃げるのが恥だというならば、じゃあ戦う事が必ずしも誉れなのか? と聞かれれば、イエスとも言い難いだろう。戦略的撤退という言葉があるように、『逃げ』が弱者の行動という訳ではないのだ。言ってしまえば逃げる事も強さ。つまり、現在進行形で逃げている俺も強いということになる。……違うか。

 

 

「はぁっ、はあっ」

 

 

 見慣れない道から一気に見慣れた道に辿り着く。もう背後からチャラ男達の声は聞こえないが、聞こえない事が逆に恐怖心を煽っていた。どこにいるか、どこから出てくるかが予測できない。

 先回りはあり得ないだろうという結論を出し、まばらにいる人の横を走り抜ける。避ける時や曲がり角の動きは最小、最短を心がけ、一刻も早くコンビニを目指す。

 

「湊さん……! 大丈夫……っ!?」

「私は大丈夫よ。でも修哉が……」

「なら良かった……! もうちょっと我慢してくれ!」

 

 しばらく進み続けると、目的地を告げる看板が視界に映り始めた。ラストスパート、と限界の近い心を奮い立たせて、ようやく店の前に到着した。身体的にも精神的にも焦っているせいか、普段は何も感じない自動ドアの開閉さえひどく遅く感じる。開いた途端に店内に駆け込むと、レジの青葉と目があった。

 

「すまん! あとで説明する!」

「えぇ〜?」

 

 相変わらずののんびりとした返事を背に受けながら、バックルームへ移動する。

 休憩中で外出しているのか、はたまたそもそもシフトがないのか、そこには誰も居なかった。え、今青葉一人なんじゃね? 本格的に大丈夫かよこの店。

 

 近くにある椅子のそばに湊さんを降ろすと、俺はその場に座り込んだ。

 

「あぁ〜〜……死ぬかと思った……」

 

 いや、確実に死んでるなこれ。運が良かっただけで、普通なら追いつかれてバッドエンド一直線だった筈だ。やっぱ人生って運ゲー。

 

「その……修哉」

「湊さん大丈夫? あいつに掴まれた所とか痛くないか?」

「……ええ、大丈夫よ。あなたこそ大丈夫? 私をおぶってあんなに走ったのに……」

「俺は全然大丈夫……。今はただ一気に緊張解けて脱力してるだけ。てか前も思ったけど湊さん軽すぎでしょ」

「そうかしら……?」

 

 大丈夫、とは言ったが実際のところかなりキツい。それもそうだろう。部活にも入らず普段から激しい運動なんかしない俺が、あんな急な展開でいきなり走ったんだから。途中で何度膝から崩れ落ちそうになったことか。恐怖でまだ少し膝が震えている。

 

 ため息を吐いて顔を上げると、湊さんと目が合う。余裕の無さが表情に出ていたのか、その瞳には心配の色が見えた。

 

「……ありがとう。修哉が居なかったらきっとあのまま連れて行かれていたわ」

「どういたしまして。そしてごめん、かなり無理矢理引っ張ったりおぶったりして」

「気にしてないわ。……修哉が私を助けようとしてたのは、分かったから」

 

 そう言ってはにかむ湊さん。

 無性に気恥ずかしい空気が流れ、少しの沈黙が生まれる。その後、どちらともなく小さな笑いが漏れ、一気に安心感が湧いてきた。

 

「あ。湊さんちょっとごめん」

「? なにかしら」

 

 先に謝罪をしてから、俺はポケットから携帯を取り出す。ロックを解除し連絡先を開くと、急いでその名前をタップした。

 

 プルルルル、という呼び出し音が数回聞こえたと思うと、相手と繋がり声が聞こえてくる。

 

「もしもし、リサ?」

『そうだけど、どうしたの? 』

「見るからにチャラい男三人組に気をつけてくれ! ちょっと色々あって追いかけられた」

『ええ!? 今どうしてるの!? 友希那は!?』

「とりあえず逃げ切って今はコンビニのバックルーム。湊さんも一緒にいる」

『無事なんだね。オッケー、アタシも気をつける。そっち行った方がいい? 』

「いや、逆にコンビニ付近の方がまだいるかもしれないから危険だと思う。リサが一人で歩いてたら絶対絡まれるぞ」

『分かった。じゃあアタシは帰るから修哉達も気をつけて帰ってね。友希那のこと、頼んだよ』

「任せろ」

 

 通話を切ると、再び携帯をポケットにしまう。この先のことを話そうと思い湊さんに視線を向けると、難しそうな顔で視線を宙に漂わせていた。

 

「湊さん?」

「っ、なにかしら」

 

 声に対し、はっと息を飲むように言葉を詰まらせる。考え事をしてたんだろうか、それともこの状況が不安とか。

 ……あり得るな。湊さんだって女子だ。男達に腕を掴まれれば怖くだってなるし、当然不安も感じる。しかも自分の足で走るんじゃなくて俺が背負っていたのだ。俺が転んだら、追いつかれたら、など色んなことを思ったはずだ。自分の身を相手に任せているのだ。それも今回の場合は俺が一方的に背負ったんだから、逃げている間ずっと不安だったはず。

 

 もう一度謝ろうかと思ったその瞬間、バックルームの扉、普段は従業員以外立ち入り禁止と注意書きがされているそれが、ゆっくりと開き始めた。そののんびりとした開き方に、扉の向こうにいるのが誰なのかすぐに想像することが出来る。むしろ今店内にここ開けられる奴がそいつしかいない。

 

「修哉さん、こんにちは〜。友希那さんも〜」

「……こんにちは、青葉さん」

「青葉……。さっきは騒がしくして悪かった」

「それは良いんですけど、何があったんですか〜?」

「訳あって男達に追いかけられてた」

「ほうほう〜、それであんなに必死そうに走ってきたんですか〜」

 

 自分でも掻い摘んだ説明だと思うが、青葉は特に深くまで追求することはない。

 こいつと話してると自然と会話がゆっくりになるからかなり心に余裕ができる。いつもは特に気にしていなかったが、こういう状況になるとこのペースは有り難かった。

 

「それにしてもあの時の修哉さん、かっこよかったですよ〜。男、って感じでした〜」

「そ、そう……?」

 

 圧倒的恐怖による生存本能で逃げ出した俺がカッコいいだと? ならライオンから逃げるシマウマなんか超かっこよくないとおかしいんですけど?

 とか内心でふざけながらも照れる俺。うっわチョロい。もうちょっと耐性つけとけよ。相変わらず自分が弄られるのには弱いらしい。

 そんな俺の反応を見て満足だったのか、青葉はちら、と店内の方へ視線を移した。マジックミラーのようになっている扉からは店内の様子が伺える。相変わらず人がいないのが悲しいが。

 

「じゃあモカちゃんは戻りますね〜。お二人とも、ごゆっくり〜」

「バイトの途中に邪魔したわね」

「お気になさらず〜」

 

 来た時同様ゆっくりと扉が閉まり、青葉はレジへと戻って行った。

 

「それで湊さん、この後どうするかだけど」

「いつまでも此処にいる訳にもいかないでしょう」

「うん、だから帰ろうと思うんだけど……湊さんってここから家までどのくらい?」

「歩いて10分くらいかしら……」

「そんなに遠くないな。なら行こう、家まで送ってく。さすがにあいつらもそこまで執念深くないだろ」

「分かったわ」

 

 見失った相手を探し続けるほど暇なら別だけど、と心の中で補足する。普通ならどこに行ったかも分からないものを探し続けても時間の無駄だろう。範囲も広いから尚更だ。

 立ち上がりながら湊さんを見てみるも、さっきのような難しい目はしていなかった。俺に習って湊さんも立ち上がると、二人で店を出て家を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ」

「ええ、また学校で」

 

 コンビニでの言葉通り修哉は私を家へと送る。歩いている途中の修哉はちらちらと辺りを警戒していたがそれも杞憂に終わり、無事帰宅することができた。

 軽く挨拶をして、修哉はそのまま踵を返し歩いていく。私を背負い、さっきまでは隣に並んでいたその背中や肩が遠くに見える。

 家に入ると、真っ先に自室へ向かう。ベッドに腰を下ろすと、コンビニよりも一層の安心感に襲われた。

 

 ……初めてだった。

 今までも何回か声をかけられた事はあったが、その時はリサがやんわり断っていた。相手もそこで諦めていたから良かったが、今回は違う。手首を掴まれた力は強く、あのまま引っ張られていれば私は確実になすがままにされていた。

 恐怖、不安。この二つの感情に心を埋め尽くされる中、男の腕を振り払い、私の手を取って走り出したのは修哉だった。走り回り、時には隠れ、靴の踵が高い私を気遣っておんぶまでして、ひたすらに逃げ続ける。家じゃなくコンビニに逃げ込んだのも、逃げている間に必死に考えていたんだろう。修哉は謝っていたが、謝るのは私の方だった。

 

「……なんなのかしら、これは」

 

 修哉のことを考えると、自然と心が締め付けられるような感覚に襲われる。苦しいような、むず痒いような、嬉しいような、それでいて手放せないような、形容し難いこの気持ち。さっきおんぶされた時だって心臓がうるさかった。恐怖と緊張によるものかとも思ったが、今ならそれ以外にも原因があったと言える。音楽以外のことに疎い私でも、修哉が私を守ろうとしてくれているのが痛いくらいに伝わっていた。

 

 いつからだろう。彼と出会ってから数ヶ月経つが、一体いつから私はこうなってしまったんだろうか。遠足の時? それとも前に泊まった時だろうか。普段の何気ない会話や放課後の練習の時かもしれない。明確な時期は思い出せないが、時が経つにつれて徐々に心の中の修哉の割合が増えていく気がした。

 

「……そういえば、リサに聞けていなかったわね」

 

 リサ、と言えばさっき修哉がリサと通話をしている時、私の心には泊まりの時のような靄がかかっていた。いや、修哉の行動は正しい。男達がどこにいるかも分からない状況で、注意するように伝えるだけでも大切な事だ。それによりリサの安全性が大きく上がる。だというのに、私はあまり良くない感情を抱いていた。多分、あれは嫉妬だ。自分自身、なぜ嫉妬していたのかが理解できないがそれは間違いなかったと思う。あの時、修哉には心配をかけてしまったかも知れない。

 

 ──まただ。

 

 気が付けばすぐに修哉の事を考えてしまう。

 この妙な気持ちについて、私は結局聞けていない。なんでも知ってるリサのことだ、案外あっさりと答えてくれるかもしれない。それこそ私が考えるのが馬鹿らしいくらいに。

 

 でも、この気持ちも悪くない。このふわふわと浮かびそうな気分に、今日感じた疲れも消えていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





基本的にプロットというものを書かないので思いついた内容を思ったように書くスタイルなんですが、今後の展開は大体イメージ出来ているので次こそは今回より早めに投稿できると思います(思います…)
モチベが下がったとかじゃないからそこは安心して!

新しく評価してくださった大和兎さん、白い稲妻さん、セツナの旅さん、黄昏の魔弾さん。そして評価を上げてくださったsteelwoolさん、ありがとうございます!感想をくれた方もありがとうございました!

ではまた次回。


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神の悪戯


どうも、ちゃんと早めに投稿することができました、作者です。

そういえば紗夜日菜の誕生日について言い忘れたのを思い出した。
遅れたけど誕生日おめでとう! ツイッターで多くの人にさよひなが祝われてて嬉しかった。


そして── は な し が す す ま な い 。(前書き2回目)





 

 

「へー、それで友希那をおぶって逃げたのか〜。大変だったね」

「あれは本気で死ぬかと思った」

 

 午前の授業を消化し終えた昼休み。定期的に行われている報告会の声が空に溶ける。文字通り刺すような初夏の日差しが降り注ぐ中、俺とリサは屋上で弁当を食べていた。ちなみに俺たちはそこまで広くない日陰に座っている。一歩でも出れば干からびることは間違いない。それくらいに今日は暑いし、太陽もハッスルしている。

 

「で、後は電話で言った通りだな。それから湊さんを家まで送って帰った」

「そっか。どう? 実感とかは」

「……分からん。あの時は余裕なかったからな」

 

 吊り橋効果とやらを期待したんだろうか、リサが玉子焼きに手を伸ばしながら問いかけてくる。

 人間は事実さえあればいくらでも過去を捏造出来てしまう生き物だ。きっと何度戒めてもそれは変わらない。今だって、俺は『助かった』という結果だけをもとに過程を改変し、どうすれば進展できたか、なんて考えている。あんなに恐れていたのに、あんなに必死だったのに、後になってしまえば全てが嘘のように感じられた。

 

 だって家帰ってから思ったからね。なんでお前もっと背中の柔らかさを感じなかったんだ……! って。それと逃げるのに必死こきすぎ。もうちょっと「お前は俺が守る!」みたいな台詞言えなかったのかよ、とか。言えないけども。

 

「あ、そうそう。この前友希那に修哉の事聞いてみるって言ってたじゃん? あれ聞いてみたんだけど」

「まじ? やっぱアウトオブ眼中だった?」

「どんな答え期待してるのさ……。でも、確かにそういう目線で話してなかったかな〜。それも話の途中で誰かさんが来たせいなんだけど……」

 

 はぁ〜、とため息をつくリサ。誰かさん、とは誰だろうか。人が来るという事はそういう場所で話していたという事だ。しかも言い方的にリサの知り合い、もしくは俺も知っている。

 ……待て、心当たりがあるかもしれない。リサに視線を移すと、『やっと気づいたか』とでも言いたそうな目で俺を見ていた。

 

「ねぇ、誰かって俺……? 泊まりの時に部屋が妙な空気だったのってそれだったのん?」

「正解! よく分かったね〜、偉い偉い♪ 」

「いや、タイミング悪かったのは謝るけど、お前今どの立場なの?」

 

 馬鹿にされてる気がする。冗談交じりにじっとリサを睨んでみると、すぐにあははと笑って表情を戻した。

 

「アタシも続き聞きたかったんだけどね〜。友希那、その時真剣そうな顔してたから、踏み込んだ事聞けると思ったのに」

「……いや、本当ごめんなさい」

「でも前も言った通り、アタシは修哉が言うほどの距離じゃないと思うけどなー。むしろゴールは近いよ?」

「また乙女の勘ってやつか? 俺も絶望的……って程じゃないとは思うけど。まぁ結局は今後も特に今とやる事は変わんないんだろうな」

 

 正直精一杯ですはい。これ以上何すればいいの? 手を繋ぐ? まず無理だろう。2人で帰ろうとか言ってみるか? 練習帰りならリサに頼めば2人になるかも知れないが、なった所でそれも無理だ。湊さんに真顔で「なんで?」とか言われたらメンタル砕け散って死ぬまである。

 

「……ああ、そうだ。俺もRoseliaの合宿に行く事になった。というか行きたい」

「本当に? いいね〜♪ 友希那に言われたの?」

「俺から聞いたら出来れば参加してほしいって言われた」

「やったじゃん! 今から楽しみだな〜♪ あ、そうだ海とか行こうよ! みんなで行ったら絶対楽しいよ」

「うっわ超行きたい。でも湊さんと氷川さんが拒否する未来が見えた」

「うわー、アタシも想像できちゃったよ……」

 

 太陽、砂浜、海、水着。やばい、もう既にやばい。何がとは言わないけど。そうなった場合、目先の目標は湊さんの説得だな。これさえクリア出来ればあとはチョロい。湊さんがそう言うなら……で全て解決である。宇田川さんと白金さんは言うまでもなく賛成だろうからな。

 確か2泊だったっけ。改めてすごいな。その資金ってどこから出てるんだろうか。まさか自腹……? 

 

「そろそろ戻ろっか」

「そうだな。時間的にもちょうどいいし」

 

 お互い空になった弁当箱を片付け終えると、立ち上がり屋上から出て行く。校内に入っただけで、日陰とは違う冷たさが感じられた。階段を下り終えると、避暑地を求めたのか多くの男子生徒がコンクリートの壁に張り付いているのが目に入る。……何こいつら。気持ちは分かるけどやり過ぎだろ。なんで二列で整列してんだよ。握手会じゃねーんだから。

 これがうちの男子のノリなんだよなぁ……。本当、どうにかならないものだろうか。2人して顔を引きつらせていると、意識を逸らすためかリサが話を振ってきた。

 

「そ、そういえば友希那、筋肉痛になったって言ってたよ」

「俺も今体すごい痛いんだよね。あれだけ走れば仕方ないけどさ」

「あはは、友希那もそうだけど、修哉もあんまり運動しないタイプだからね〜」

「……鍛えようかな」

 

 肘を曲げて力を入れてみるも、悲しい事に全くと言っていいほど盛り上がりが見られない。俺よくこんな腕で湊さん支えられたな。怖ぇえよ。

 

「じゃあ、また放課後ね」

「おっけー、じゃ」

 

 気付けばクラスの前に着いており、リサと別れて教室に入る。窓側に並ぶ我が席は日差しで熱され、ただでさえ暑い気温に拍車をかけていた。

 そんな席に着いて思うことはただ一つ。暑い……そして熱い。これで湿度高かったら強制サウナだろ。拷問レベルでキツイ。

 

 授業までの数分間だけでも退避しようと考え、閃いた。そうじゃん、こういう何気ない時間に喋りに行けばいいんじゃん。ふっ、見てろよ。

 立ち上がると、俺は右斜め二つ後ろにある湊さんの席に視線を滑らせる。が、そこにはヘッドフォンを着けながら携帯に指を滑らせる本人の姿があった。夏の日差しを受けて尚、その銀髪は輝いていて、俯きがちな顔から覗くまつ毛は長い。美しい絵画を見ているような感覚を覚え、静かに目を奪われる。

 どれくらい見つめていただろうか。急にはっとなり、慌てて視線を外へずらす。

 

(……バレては……ないな。よし)

 

 一応チラッと確認してみるも、気づかれた様子はない。やましいことをした気持ちに襲われ、なんとなく俺は教室内に目線を泳がせてから席に着く。

 まぁ、作詞中なら仕方ないですよね。うん。邪魔、ダメ。ゼッタイ。

 

 頭の中を切り替え、合宿について思考を巡らせる。楽しみだなぁ……なんて考えている内に教師が来て、午後の授業が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりにこんな場所来たな……」

 

 自宅から歩いて数十分後。いつも買い出しに行くスーパーとは真逆の方向にある大型ショッピングモールに俺は来ていた。なんかオフ会0人事件が起きそうな場所だなぁ、なんて思う。オィィィィィィィィッス! (自己規制)でぇぇぇぇす!! あの大物YouTuber、復活してくれないかな。

 急に脳内に『これ以上は危険だ』という警告を受けたため、思考を切り替える。

 腕を軽く伸ばすと、噛みしめる様に言葉を吐き出した

 

「あー、疲れたなー……」

 

 近づくに連れて多くなる人混みもそうだが、なんと今日は珍しくバイトが忙しかったのだ。どのくらい忙しいかと言うと、あの青葉の喋るスピードが2割り増しになるくらい。青葉単位すげぇな。これだけで大抵の比較ができる。

 

 リサは休みだったらしく、今日は来ることはなかった。ちっ、運のいいやつめ。いつかあの忙しさを味あわせてやる。

 

 さて、そんな疲れの中、何故バイト終わりにこんな所に来たのかと言うと、合宿に向けて準備をするためだ。『いや、お前楽しみにしすぎだろ』と思ったそこの君。言うな。俺も分かってる。

 だが分かっていても来てしまったのだ。考えても見てくれ。特に意識したことはないが、今の俺の状況は『実力派ガールズバンドの中にただ一人存在が許された男子』。そう、つまり客観的に見ればハーレムなのだ。それだけでもすごいのに、さらに水着イベントだぞ? これが丸腰でいられるか。

 湊さんの水着姿を拝むまで俺は死ねない。

 

 

 とか考えてたら人混みに流されてました、本街修哉です。くっそ、失敗した。まさか夏に向けてのガチ勢がこんなに居るとは……。先にこの前発売したラノベから買うべきだったか。

 なんとか流れから脱すると、丁度目の前にモール内の案内図が描かれていた。現在地が東側の一階。目的の水着を売っている店は二階の南側か。運が良いことにここから近いな。近場のエスカレーターに乗り上を目指す。位置が高くなり開けたモール内を見渡せるが、どこもかしこも人だらけ。これは儲けてるな、なんてつい景気のいい事を思う。この規模で6階まであるんだもんなぁ。もうこんなのショッピングモールじゃなくて軽いビルだビル。

 

 この巨大な施設全体にはよく冷房が効いていて、外気とは隔絶された温度に心地よさを感じる。最近では完全に夏物の服が増え、ここに来るまででも露出の多い薄い服がよく見かけられた。学校でも夏服に移行する期間に入り、灰色の制服を着用せずにワイシャツのみで過ごすようになった。……全く、素晴らしい文化だ。夏服万歳。

 

「っと、ここか」

 

 目的地に到着すると、前面的に売り出されているのは女性用の水着だった。立ち止まってマネキンに着せられたそれを見る人もいるため、若干流れが妨げられている。中も広いらしく、壁側には確かに男物の水着も売られていた。

 ただ、入り口からもう女性水着オーラ全開のため、なんとなく店に入り辛い。少し離れた場所から、なんとか店内に男を見つけて安心しようと覗き込む。

 しかし、そこには男の姿はない。代わりと言ってはなんだが、俺と同じように店内を覗いている奴らが周りに増えた。男ォ! お前らもっと頑張れよ! 人の事言えないけど。

 

 そんな中、店内に見慣れた影が一瞬見える。ウェーブのかかった茶髪に、やはりと言うべきか露出が多めの服。高い位置に結ばれたポニーテール。

 ……まじ? 偶然とかそういうレベルじゃない気がして来た。もはや恐怖。草むら歩いてたら伝説のポケモンしか出ないくらい怖い。

 

 ──本当、なんでこんな馬鹿でかい場所で遭遇するんだろうな……。

 

 ラノベとか二次元じゃないんだからさ。ご都合展開とかマジでいらないから。これ超入り辛いじゃん。むしろ入れないじゃん。

 

 理論や概念、確率など全てを吹っ飛ばしてただ目の前に広がる現実から目を背ける様に、俺はそっと手で顔を覆ったのだった。

 

 

 




大物YouTuberの復活、心から願っています(白目)
ハッピーシンセサイザのカバー決まった時に真っ先に思い浮かんだからね。

それはいいとして。話が進まないと言いましたが、着実に物語は終わりに近づいています。前にあと30話で完結と言ったな、あれは嘘だ(土下座)
やっぱグダグダしてくると思ったんで、もう完結までの流れを決めました。それまで楽しんで貰えると嬉しいです。

新たに評価してくださった菘亜杞さん、トム岡さん、悠久の時間さん、有栖川さん、ありがとうございます!



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白羽の矢

 

 

 

 俺は今、脳内で思考を巡らせている。

 どうしよう、別にリサとは気まずい関係じゃないが、場所が場所だけに突貫しずらい雰囲気にある。俺が主人公補正の効いたバリバリなイケメンなら、ここで『偶然だな。よければ水着、選んであげようか?』なんて気障ったらしい台詞を平然と吐けるんだろうが、生憎そんな事はない。ただ俺自身が気にしなければ済む話なのだが、そうなれるほど精神的に強くなかった。

 リサは一人なのか、時折見える姿の隣には誰もいない。

 

(意外だな。湊さんとかと来てると思った)

 

 リサといえば湊さん、湊さんといえばリサ。そのくらい二人が一緒にいることは多いし、なんなら一番心を許しあってるのかもしれない。

 

「……まぁいいか。本当に偶然なんだし」

 

 ストーカー疑惑を向けられないか一瞬不安にもなったが、リサならそれは大丈夫だろうと考え直す。そんな風に思われるほど不仲じゃないだろう。

 

「何が偶然なのかしら?」

「……!」

 

 平静を装い一歩を踏み出そうとしたその瞬間、やはりと言うべきか彼女の声が耳に届く。もうそんなに驚いたりはしない。こういう不意打ちには耐性が付いて来たんだ。驚くたびに成長する戦闘民族を舐めるなよ。

 

「やっぱ湊さんもいたのか。いや、水着買いに来たら中にリサいたからさ」

「あなたも……? リサもそう言いだして一緒に来たんだけど……合宿で海には行かないわよ」

「……予想通りか」

 

 やっぱそうなるよね。分かってた。だがここからが本番だ。説得するなら早いうちが良い。どういう方向から切り出そうか悩んでいると、湊さんが先に口を開いた。

 

「……もしかして、2人で行くのかしら……?」

「……は? それはどういう? 」

 

 あまりに唐突な質問にポカンと呆ける。一方湊さんの方は真剣だったのか、至って真面目な表情をしていた。あ、なるほど。目的が同じだったからそう思ったのか。つまり現時点で合宿=海という考えは湊さんの中には微塵もないという事になる。

 否定ついでに説得を始めようと思い口を開くも、またもや湊さんに遮られた。なに? 本街ブレイカーなの? そのふざけた幻想(水着イベント)をぶち殺すの? 

 

「私も買うわ。行くわよ」

「おぉ、分かったけど、いいの?」

「構わないわ。お金はあるもの」

「なら良いんだけどさ。じゃあ行こう。正直1人じゃ入り辛かったんだ」

 

 何故かよく分からない内に自分から行く気になってくれて困惑する。だが一応否定しておこう。こういう所を見逃すと勘違いを生みかねないからな。ソースはラノベ。俺の人生構築材料の大半がこれである。

 

「湊さん、別に俺リサと2人で海行くわけじゃないからね? あくまで合宿の時に行きたいってだけで。今日会ったのだって本当に偶然だし」

「……そうなの? ……ならよかった。あと、合宿中に海は行かないわよ。目的はあくまで練習。遊ぶ暇なんてないわ」

「くっ、手強い……」

 

 バンドのリーダー的存在は湊さんだし、言ってる事はもう反論のしようもないほどの正論だから返す言葉に詰まる。しかし(水着)を諦めきれず、なんとか隙を見て食いつく。

 

「でもほら、ずっと練習っていうのも気疲れしてくるじゃん? 気分転換というか、リフレッシュ的な……」

「確かにそれは一理あるわね。でも各自自由時間はちゃんとある。大体、許可してしまったらリサやあこが一日中遊んでしまって練習どころじゃなくなるわ」

「うわぁこれ説得無理だ」

 

 もう何も言い返せない。切れる手札を全て切って尚、湊さんの方が枚数も強さもレベルが違かった。

 

「でもさ、ならなんで湊さん水着買うの? 合宿で海行かないならいらないんじゃね?」

 

 もう既に店内に入っていて、陳列棚には数多くの水着が並んでいる。下着と水着って名前違うだけでほぼ同じだよな……。けしからん。

 そんな事を思いながらも湊さんの返事を待つ。しかし考え込んでいるのか言葉が返ってくる事はない。……ここだ! 一筋の光を見出した俺は、思いつくまんまに喋る。

 

「買うなら折角だし行こうよ。この近くって全然海なんてないし、俺も行きたいし」

「……考えておくわ」

 

 よし! 状況はさっきより確実に好転した。あともう一押しでいけそうだが、生憎もうゴリ押し以外に手がない。あまりしつこく言いすぎても機嫌を損ねてしまうことになり兼ねない為、これ以上の応酬をやめる。

 

「希望が見えてきたぞ、リサ!」

「へっ!?」

 

 ハンガーに掛けて並べられている水着に手を伸ばすリサに声をかける。背後から近づいた所為でこちらに気付いておらず、素っ頓狂な声を上げた。

 

「オッス、オラ◯空」

「……? ごめんなさい、少し遅れたわ」

「なんで修哉がいるの!? ってか◯空って……」

 

 テンションが上がっていたためふざけた挨拶が飛び出す。俺の発言がつまらなかったのか表情をカケラも変えない湊さんとは違い、リサは驚いた顔で俺達を見やっている。

 

「水着買いに来たらそこで会った。偶然って怖いよな」

「うわーっ、すごいねそれ。偶然って言葉で言い表せない気がして来た」

「俺もそう思う」

 

 合流できたのは良かったが、男物の水着コーナーが別方向なため居心地の悪さを感じる。俺が1人でここにいたら確実に不審な目で見られていたこと間違いない。

 

「じゃあな。俺あっちで自分のやつ買うから」

「オッケー」

「分かったわ」

 

 それだけ言ってそそくさと退散する。売り場に辿り着くと、無難な色の水着を求めて俺は棚から選び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさか修哉がそこまで楽しみにしてたとはね〜♪ 」

「ただの合宿で大げさね」

「合宿で大げさなの!? もしかして盛り上がってるのって俺だけパターンかよ」

「そ、そんな事ないよ! アタシも超楽しみだから、ね? 友希那」

「……確かに新鮮味はあるわね」

「冷静すぎる……」

 

 水着を買い終わった後、そのまま本屋に直行して帰ろうとした俺をリサ達が引き止めた。いやセコイでしょこいつら。店の前で出待ちとかお前ら警察かよ。折角2人で来ているんだから俺がいては邪魔だろうに。そりゃ誘って貰えるのは嬉しいが、何となくそんな事を気にしてしまう。

 そんなこんなで今、俺は最近開店したらしい人気のケーキ屋に来ていた。勿論提案者はリサ。本当女子ってこういう情報仕入れるの早いよな。

 ただ『来ている』と言っても流石に人気店というだけの事はあり、店の前には大行列が出来ている。そこの中間付近に俺たちは並んでいた。

 

「にしてもすごいなこの列。売り切れるんじゃね? 最後尾とかもう見えないし」

「確かにすごい人ね。こういったお店はこれぐらい混むのが普通なのかしら?」

「うーん、どうなんだろ。お店の種類によるけど……でも多分売り切れとかはないと思うよ」

 

 確かこういう順番待ちの時に会話が途絶えるとまずいんだっけ。今は3人だから気にならないが、某夢の国のアトラクションの待ち時間を2人で経験したカップルは別れるとか言うジンクスがあるくらいだからな。

 会話が途切れる。つまりそれはお前に興味はないと、これ以上話す事などないと暗に相手に受け取らせてしまう事に他ならない。それを気にしない関係性ならば理想的で何も問題はないが、少しでも意識して気まずさを感じてしまえば、もう崩壊への賽は投げられている。

 つまるところ、こう言った場において求められる行動とは『いかに自然体で居られるか』の一点なんだろう。無理に取り繕って空気を読んだ所で状況に変化は生まれない。相手も自分が空気を読んだことを読んでいるのを忘れてはいけない。◯ッキーに助けて貰おうだなんて思うな、ミッ◯ーは敵だと思え。

 

「進んだわね」

「あ、本当だ」

 

 気がつけばかなりの人数が並んでいた列は消化され、前方数人前にはショーケースが見え始めていた。店側はこの売れ方など想像通りとでも言うように、裏からどんどんケーキを運んで来ては追加している。

 まだ待っている人も多い為、早めに選んで会計を済ませる。ちなみに俺はチーズケーキを買った。個人的に一番好きなスイーツだからな。

 

 店を出ると、数十秒遅れて2人も出てくる。リサは買えたことへの満足感が、湊さんは列から抜け出せた達成感と疲労感が見え取れた。……まぁ、こういうの得意じゃなさそうだもんな。

 

「そっちで食べてかない?」

「構わないわ。少し疲れたから、休むのにちょうどいいわね」

「俺も賛成。この箱持ったまんま歩くのは邪魔になるしな」

「それもそうだね〜」

 

 自由に座れるテーブルや椅子が並べられているスペースに座り、それぞれが購入したケーキを食べていく。その後も、結局俺はリサ達に言われるまま服屋、アクセサリーショップ、楽器屋、ペットショップに行った。猫を愛でる湊さんが可愛すぎてやばかったです(語彙力の消失)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜〜! 楽しかった〜!」

「疲れた。超疲れた」

「私も疲れたわ」

「も〜、2人して何言ってんの〜? 高校生なんだからもっと楽しまないと!」

「青春万歳できるほど明るい人生じゃないんだよなぁ……」

「でも……たまには悪くないわね」

「友希那ぁ〜〜」

 

 空気舐めんな空気。そのうちエアとか撃てるようになるんじゃないだろうか。1人げんなりする俺の横では、リサが湊さんに抱きつくという百合展開が繰り広げられている。まさにA.Tフィールド。絶対不可侵領域である。

 

「俺夕飯の材料買ってから帰るからこっち行くわ。じゃ」

「ええ、また明日」

「じゃあね〜」

 

 日中と比べ少しはマシになった気温の中、夕日を背に歩き出す。

 全く、数ヶ月前の俺が見たらこの状況を何と言うだろう。良かったな、と賛辞を送るだろうか。様々な文句を連ねてくるかもしれない。あの日、あの時からは考えられない程に今の俺は充実している。それこそ夢のような出来事だ。散々現実を軽視していたが、きっかけ次第でこうも変化が起きることを身をもって実感する。

 

「──ま、俺は何も変わってないんだけどな」

 

 そう、どんなきっかけを与えられても、俺は何一つ変わっていない。周囲が、誰かが、俺を取り巻く環境が変わっただけの話。その中にただ存在している俺自身は昔のままで、お調子者の顔を前面に出してはいるが、その実ただの臆病者だった。

 そんな自分を分かっていながらも、この現状に頰を緩ませる。

 だって、変われそうだから。彼女に出会ってから抱いたこの感情が、俺に変化をもたらしそうだから。一歩を踏み出せない臆病者が、小さな覚悟を抱いたから。

 

 ──告白。

 

 うじうじと足踏みを繰り返す中、どこかでこれは決めていた。運良く場所もセッティングされたんだ。これに乗らない手はない。

 合宿中、湊さんに告白しよう。3か月という短い間に大きく育てたこの感情を、本人へと伝えよう。ただの臆病者から進むために。この現状に一石を投じるために。

 俺も男だ。決める時はしっかり決める。例えそれがどんな結果になろうとも、進めた足に迷いはないから。だから、それまではこの幸せを噛み締めよう。

 

 内心の重さに対し、アスファルトに反響する足取りはどこか軽い。その足音を耳で受けながら、俺はそのまま歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───そんな事を考えて気が緩んでいたのかもしれない。だから俺は今日、俺を影から見てはその口元を歪めて嗤う存在に気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 





矢は射られた。



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欠損


はい、新しくタグを追加しました、作者です。控えめに書いたつもりですが、そういう描写が苦手な方はブラウザバックをおすすめします。

では本編、どうぞ。



 

 

 

 

 

「でさー、その時モカが──」

「ふふ、マイペースね」

「でしょー?」

 

 修哉と別れてから、アタシと友希那は他愛もない話をしながら帰路に着いていた。既に時刻は6時を回っているものの、日が長くなってきた今の季節では外はまだ明るい。

 

「それでねー……って、友希那?」

「……なにかしら?」

「いや、ぼーっとしてたからさ。どうしたのかなーって思って」

「……大丈夫よ。少し、考え事をしていただけ」

「なになに? どんな考え事してたの? お姉さんに言っちゃいなよ〜」

「…………」

 

 軽い口調でそう言ってみるも、友希那は口を閉ざしたままだ。あ、あれ? ちょっとまずい内容だったのかな……?

 燃えるような夕日のせいか、隣を歩く友希那の顔は朱に染まって見える。ゆっくり顔をこちらへ向け、アタシの目を見てから友希那は小さく言葉を零した。

 

「……しゅ、修哉の好きな人に、心当たりはあるかしら……?」

「……へっ?」

 

 突然の問いに間の抜けた声が出る。

 

「ちょ、ちょっと待ってね。友希那、もう一回お願い」

「だから……修哉の好きな人に心当たりはない? って聞いたのよ。……何度も言わせないで」

「ご、ごめんごめん!」

 

(え、えぇー!? あの友希那が自分からそんな質問を……! もしかしてこれは……!)

 

 友希那は恥ずかしさからか目を伏せ、腕をもじもじさせている。今ならばこの表情が夕日のせいではないとはっきり分かった。かわいいなー、もう。修哉が好きになるのも分かるかもしれない。

 

「でも、なんで急にそんな事を?」

「……私も分からないの。この気持ちが何なのか。苦しいような、嬉しいような。気付けば修哉の事を考えてしまって……前も一度リサに聞こうと思ったんだけど、タイミングが悪くて」

「あの時のはそういう……」

「修哉、前に好きな人がいるって言っていたの。私はリサかと思ったんだけど、本人が違うって言っていたわ。修哉の身近な人だとは思うんだけど……」

「う、うーん……ごめん、ちょっとアタシは分からないかなー」

「……そう」

 

 嘘を付いていることに若干の心苦しさを覚えるが、こればっかりは仕方がない。今ここでバラしてしまうのは、修哉に申し訳なく感じたからだ。あれだけ真剣に悩んでいたんだ。アタシが勝手に言っていい筈がなかった。

 ……それにしても友希那、自覚無いのかな? 修哉、普段からあれだけ友希那にアタックしてたのに。

 

「ちなみにいつからそう思い始めたの? 」

「いつからだったかしら……。気づいたらこうなっていたわ」

「そっか」

 

 友希那はこう言っているが、多分、前々から悩んではいたんだろう。こうやって意識し始めたのは最近だが、確実にそうだと思えた。だって、あの友希那が料理をしようって言ったんだよ? もしかしたらこの時から薄々勘付いていたのかも。

 

「──ねぇ、友希那。本当に分からない?」

「な、なにを」

「その気持ちのこと、本当に心当たりない?」

 

 ただ、気付かせるようにそう問いかける。これはアタシの問題じゃない。友希那と修哉、2人の問題だ。

 

「あ、家着いちゃったね。友希那、また明日」

「え、ええ。また明日」

 

 笑顔で軽く手を振り、アタシは振り返って歩き出す。そんな中、小さな声が確かに背中に届いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私は、修哉の事が……好き……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの生徒が友人と駄弁りながら登校する中、俺はその隙間を縫うように歩く。学校に近づくにつれて次第に増していく喧騒が、まだ眠気を訴える思考をクリアにしていった。

 

「あ、修哉。やっほー☆」

「……おはよう」

 

 朝から元気だなぁ……なんて思いながらも気怠げな挨拶を返す。何やら語尾に星が見えた気がする。

 うっわ、テンションひっく〜……なんて言いながらリサは呆れ顔を向けてくる。

 

「ちょっと色々あって寝るの遅かったんだよ。で、なんでお前いるの?」

「アタシは朝練だよ〜。いやー、朝からテニスっていいねー! 修哉もやらない?」

「死んでもやらない。むしろやったら死ぬまである」

 

 俺はお前と違って超人でもないし、オーバーワークに耐えうる体も持ってないんだよ。

 相変わらずの多忙っぷりに苦笑いが溢れるも、本人が元気なんだから良いんだろう。

 

「あ、おーい、友希那〜!」

 

 気が付いたように俺の後方へ視線を移し、手を振りながら声を上げる。つられて俺も振り返ると、少し離れたところから湊さんが歩いてきていた。

 

「湊さんおはよー」

「……お、おは……」

「……おは?」

「〜〜っ! 何でもないわ」

 

 途端、湊さんは目も合わせずに横を通り過ぎていく。状況が飲み込めない中、俺とリサだけが取り残されていた。

 

「……ねぇ、俺なんかしたっけ」

「友希那が……! あの友希那がついに……っ」

 

 

 ……駄目だこいつ、早くなんとかしないと(使命感)

 ぽわぽわと花が咲き、脳内どころかその半径1メートルがお花畑と化しているリサを置きざりに考える。……駄目だ、考えてもさっぱり分からん。

 

「リサ、おいリサ? 帰ってこい!」

「はっ、そうだった! アタシ朝練戻らなきゃ! 」

「え、いや違う違う、帰るのそっちじゃない。こっちだこっち」

「じゃあね修哉、また後で〜!」

 

 思い出したように走り去っていく体操着姿の女子高生を、ただ後ろから眺める事しか出来ない男子生徒の姿がそこにはあった。

 ……というか、俺だった。

 

「マジで帰りやがった……」

 

 追いかける訳にもいかず、スッキリしない気分で昇降口へと向かう。自分の靴を取り出すためにロッカーを開くと、すぐ手前に見慣れない手紙が置かれていた。

 

「……なんだこれ」

 

 小さい正方形に折り畳まれたそれに手を伸ばし、一応ポケットに突っ込む。

 流れでそのまま靴を履き替え、教室へ向かう。

 ポケットに入れた手紙を取り出すと、歩きながらそれを開いた。

 

『大切なお話があるので今日の放課後、体育館裏で待ってます』

 

 うっわぁ。マジでなんだこれ。

 あれだろうか、俗に言う「嘘告白」というやつだろうか。

 

「……くだらない」

 

 自分でも全く意識していないのにため息が出る。

 まず前提から落第点だ。相手が悪い。俺だぞ俺、馬鹿にしてもらっては困る。

 次に名前がない。まぁこの時点でこの要求に応じるやつは馬鹿かアホの二択だ。100歩譲って呼び出すのは良しとしても、放課後というのがアウト。俺の放課後をそう簡単に奪えると思うなよ。

 あと紙が安い。これでは行きたい心があっても瞬間的に萎えてしまうだろう。和紙だ、和紙を使って出直してこい。

 

 脳内で名も無き手紙に評価をし終えると、そのまま細かく破ってゴミ箱へ投げ入れる。教室内には俺より先に行ったはずの湊さんの姿はない。

 

(あれ、本当になんだったんだろうな)

 

 原因に心当たりが無さすぎる。挨拶か? 挨拶に何か問題があったのか……? あの時、湊さんはやや顔が赤くなっているように見えた。つまり、考えられるのは四つ。

 一つ、俺からの挨拶に照れた可能性。……うん、自分で言ってて思うけどこれは無いな。さすがに自意識過剰すぎる。

 二つ、体調が優れていなかった可能性。これは……どうなんだろう。現状一番それっぽいな。だとすれば今ここにいないのも保健室だと説明できる。

 三つ、顔を真っ赤にするほど怒った。これは絶対ない。意味わかんねぇよ。世の鈍感系主人公はしょっちゅうこんな勘違いしているが、どういう思考回路してるんだろうか。確実に正常じゃない。

 四つ、もっと別な『何か』がある可能性。これに関しては漠然としすぎて影を掴むことは出来ないが、あり得ないとは言えない。

 

「あぁ〜、分かんねぇ……」

 

 どれもいまいち説得力に欠け、俺の頭では見当が全くつかない。

 まぁ、後で話しかけてみればいいか。そう無理矢理結論付け、俺は机に突っ伏したまま時間が流れるのを静かに待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、つい先程まで静寂に包まれていた教室内も再びざわめきを取り戻し始める。部活に向かう生徒、教室に残り自主学習に励む生徒、委員会に向かう生徒、恋人同士でどこかへ向かう生徒。そのどれにも当てはまらない俺は、クラスの喧騒を背に一人廊下を歩いていた。

 基本的に、俺がスタジオへ行くタイミングはリサや湊さんと違う。彼女たちは一度全員で集合してからCiRCLEに向かう事がほとんどだが、俺は一人で向かう事にしている。

 

 今、俺の頭の中に浮かぶのは今朝の手紙の事。あれは確実に偽物だ。断言できる。文字こそ女子の筆跡だったが、そんなもの頼めば幾らでも代筆は可能だし、そもそも俺なんかにラブレターなんぞ縁がなさすぎる。

 ならば何故こんな事をするのか。それは、恐らく何らかの理由を俺に見出したからだ。単なる愉快犯の可能性もあるが、そう楽観視もしていられない。誰かの悪意ある行動なんじゃないかと勘ぐってしまう。

 

「ま、帰るから関係ないんだけどな」

 

 昇降口で靴を履き替えながらそんな事を呟く。外に出て、校門までの道を一直線に進んで行く。お、これは行けたな。全く、穴だらけの作戦だったな、送り主よ。俺が無視して帰るという予想をできなかったんだろうか。

 

「も、と、ま、ち、くーん」

 

 突如横から聞こえてきた声に肩が震える。その声は周囲の会話をすり抜け、俺の耳に直接届く。

 

「ひっどーい、待ってるって言ったのに〜。おい、ちょっと面貸せよ」

「……分かった」

 

 ……失念していた。複数犯によるものなら見張りがいる可能性を考慮するべきだった。

 ひと睨みされ、ただ俺は頷いてその男子について行く。道中、バレないように携帯を操作し、リサにただ一言『遅れる』と連絡を入れる。やがて人気のない体育館裏に着くと、ゆっくりとそいつは振り返って俺を見た。

 こいつ一人なのか……? 他の仲間は? 

 

「俺しかいねぇよ」

「……なんであそこにいたんだ?」

「本当にここに来るにしろ、無視するにしろ、帰るなら必ず校門を通らないといけないからな」

 

 なるほど。頭の方はキレるらしい。チャラ男に絡まれた時並みの緊張で心臓が騒ぐ中、極めて平静を装い問いかける。

 

「……で、何の用だよ」

「あぁ……それはな。こういうことだ、よォッ!!」

「────ぁ……!」

 

 ──痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 

 

 一瞬視界が白く染まり、ひたすらに痛みの信号が脳へ送られる。鳩尾を殴られたと気付いたのは、数秒経った後だった。

 

「ぁ、ぁあ……」

「お……らぁっ!」

 

 丸くなった背中にまたもや鈍い痛みが走る。そのまま地面に倒れ伏した俺に、繰り返されるように蹴りが飛んでくる。土と草の匂いが鼻につく中、俺はただ丸まって耐えるしかない。反撃なんて無理だ。それほどまでに一方的な光景だった。

 

「お前、影薄い陰キャラのくせに随分と楽しそうじゃねぇか! 歌姫達とのお買い物は楽しかったかよぉ、なぁ!」

 

 背中、腕、足。まるで何人かに囲まれて蹴られているような感覚に襲われる。終わりが見えない痛みのせいか、聞こえる声はぼやけて上手く聞き取れない。

 

 やがて痛みの雨が止むと、ただ一言、貫ぬくような言葉が俺の耳を突き抜けた。

 

「あんま調子乗んなよ、ぼっちが」

 

 途端に止んだ蹴りを置き去りに、そいつの足音が遠ざかって行く。丸めていた体を伸ばすと、全身にじわじわと感覚が滲む。

 あぁ、これ痣になるパターンだ……。地に伏したまま仰向けの体勢になり、俺は空を見上げる。

 

「調子に乗るな……か」

 

 確かに調子に乗っていたのかも知れない。

 近づけてると思って、仲良くなった気になって、その実何もわかっていない。今朝だってそうだ。湊さんの様子がおかしい原因に、俺は心当たりの一つもない。

 もし、もしもだ。湊さんが何らかのきっかけで俺を嫌っていたとしたらどうだろう。

 

「いや、そんな訳──」

 

 言いかけて、口籠る。なぜかいつものように容易に否定する事ができない。そんな訳ないと思っている筈なのに、どこかにしこりが残る。

 

 歌姫達とのお買い物。あいつはそんな事を言っていた。ということは、昨日の俺たちを見たんだろう。それがきっかけでこんな形で接触してきた訳か。

 芸は身を助けると言うように、今まで教室で話しかける事が出来なかった俺の臆病さが俺の身を助けていたんだろう。なんて皮肉だ。

 

「はは……痛ぇなぁー」

 

 つい自嘲的な笑みが漏れる。なるほど、あの手紙は俺に立てられた白羽の矢だった訳だ。あぁ、面白い。だと言うのに笑えない。

 

 透き通った夏の空。倒れる俺を嘲笑うかのように浮かぶ太陽の光が、とてつもなく嫌らしい。

 確か、前に一度かっこつけて自分をイカロスとか言った事があったっけか。父、ダイダロスから忠告を受けたにも関わらず、太陽を目指して彼は失墜した。つまり、己を過信し『調子に乗った』のだ。あぁ、これまたなんて皮肉だろうか、過去の俺。ノストラダムスもびっくりの大予言じゃねーか。

 

「やめだやめ。ネガティヴ思考は捨て去れ」

 

 このままだと負のスパイラルだ。これ以上深くまで考えないようにし、俺は起き上がろうと力を込める。が、思い出したように痛みが走り思うように体が動かない。

 

 ゆっくり、ゆっくり体を起こしていると、タッタッタという軽快な足音が近づいて来る。瞬間的にやばいと判断し、急いで体を起こそうとするもやはり激痛で動かない。

 ついその場に再び倒れ込んでしまった俺の近くで、その足音は止まった。

 

 ──あぁ、これなんて説明しよう。それともあいつのお仲間さんか? 

 

「修哉くん!」

 

 ……誰だ? 俺をそんな呼び方で呼ぶ奴に心当たりがない。だが、呼びかける声には聞き覚えがあった気がした。

 

「大丈夫!? 何があったの?」

「……やっぱお前か」

 

 そこにいたのはいつぞやの超感覚少女、氷川日菜だった。

 

「なんでここ来たの? 」

「部室から修哉くんが連れてかれるのが見えたから。もしかしたら、って思って。ほら、修哉くんって友達いないから」

「おい、なんでそんな平然と追い討ちかけられるの? つーかなんで知ってんだよ」

「リサちーがたまに話してるからねー」

 

 くっそあいつ。よりによって何故そこを人に話した。

 

「……それで、何があったの? もしかしてあの男子に……」

「いや、特に何もなかった。ちょっと話し合いしただけだよ」

「嘘。ならなんで倒れてるのさ。それはあんまりるんっ、てしないよ」

「嘘じゃねーよ。あとお前、これ昼寝だからな昼寝。知らないの? これが俺流のやり方なんだよ。だから、何でもない」

 

 最後だけ語気を強めて言い切る。ここであまり深く事情を追及される訳にはいかない。こいつの行動は予測不可能だ。それに姉の氷川さんに余計なことを言われるのは避けたかった。

 

「……そっか。ならあたしはもう何も聞かない。一人で立てる?」

「当然。自分で寝たのに起きれないとか致命的にも程があるからな」

 

 痛みに耐えながら、なんとか自然を装って起き上がる。大丈夫だ、お前ならやれる。いつものぶっきらぼうな表情を作れ。出来るだけこいつに与える情報は最小限に抑えろ。

 立ち上がり終わり、体についた土を払っている途中、氷川の悲しそうな瞳が目に映る。

 

 ──なんなんだよ。

 

 なんでここから立ち去らない。なんで俺にそんな目を向ける。憐れむな、同情するな。そんな壊れてしまいそうな物を眺めるような目で俺を見るな。

 

「で、なんで修哉くん? ちょっと違和感あるんだけど」

「えぇー、なんでー? いいじゃん、この方があたし的にるんっ、てするんだよね〜!」

「さいですか……」

 

 よかった、これでこそ俺が知る氷川日菜だ。

 スクールバッグを肩からかけると、昇降口へ向かって歩き出す。途中まで氷川も一緒についてきたが、その間俺たちの間に会話はなかった。

 

「さてと、俺は帰るわ。じゃあな」

「うん、またね!」

 

 そのまま踵を返して歩き出す。さーて、遅れた代わりに何か奮発して差し入れでも持って行こうかな。確か商店街の方に青葉オススメのパン屋があった筈だ。

 意識的に少しでも明るいことを考えて、それ以外の思考を切り捨てていく。宇田川さんとか特に喜びそうだなぁ、なんて考えながら、俺はとりあえず商店街を目指す。

 

 氷川と別れた昇降口にはもうあまり人がおらず、静かな風の音のみが存在している。

 歩き出す俺の足音は自分の耳に入ったが、反対に校内へと戻る氷川の足音は聞こえて来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 





少しずつ、少しずつ。


感想をくれた方、お気に入りをしてくれた方、ありがとうございます!

ではまた次回。


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飛べない鳥


はい、作者です(手抜き)




 

 

 

 

 

 

 CiLCREの自動ドアを通り、今はスタジオの扉の前。内側から微かに漏れてくる演奏音を耳で受け止めながら、俺は静かに深呼吸をする。

 

「……よし」

 

 小さく呟くと、極めて自然に、いつものようにその扉を開け放った。

 

「すまん、遅れた☆」

「やっときた〜! 修哉さん遅すぎですよ!」

「何分……いや、何時間遅刻したと思ってるんですか!」

「いや、まだ1時間半くらいじゃ……」

「1時間半もです! ……それで、遅れた理由は?」

「ちょっと呼び出しを食らいまして……。許してヒヤシンス」

「またですか……? いつまでもそんな態度では困ります」

 

 ペロッと舌を出すのを忘れない。

 そんな態度が癇に障ったのか、やや本気モードで氷川さんが怒りを露わにする。

 

 俺が入った瞬間、それまで行われていた演奏が中断され、それぞれが楽器の元を離れた。

 

「……ちょうどいい時間だし、一度休憩にしましょう」

「賛成〜♪ それで、その手に持ってる袋は?」

「良い匂いが……します……」

「ふっ、よく聞いてくれたな……」

 

 自分の肩の高さまで両手の袋を持ち上げると、自分でもよく分かる程のドヤ顔でそれを見せつける。

 

「遅れたお詫びに差し入れを買ってきました! ドンドンパフパフ! これで許して」

「わ〜! 山吹ベーカリーのパンじゃないですか! しかもすごい沢山!」

「だろ? 俺もタダで遅れる男じゃないってことよ」

「そもそも遅れなければ良いんですけどね」

「紗夜〜、細かいことはいいじゃん♪ ちょうど休憩なんだしみんなで食べようよ〜」

「……それもそうですね」

 

 俺のサプライズに全員のテンションが上昇したのを感じる。やったぜ、氷川さんも上手くリサが抑え込んでくれた。これで小言はもう言われない。

 

「あれ、こっちの袋は中身違うんですか?」

「その通り。こっちがパンで、こっちはハンバーガーとポテトだ」

「えぇ!? そんなに買ってきたの!?」

「この前給料入ったからな。ほら、氷川さんも良かったらこれ食べて」

「ま、まぁ、くれると言うなら断るのも申し訳ないですし……頂きます」

「ふっ、チョロい」

「声出てるよ声」

 

 これぞ氷川紗夜特別対策法、その名も『とりあえずジャンクフードあげとけば何とかなるよね』である。……うん、ネーミングそのまんまだな。だが効果は覿面(てきめん)。流石のリサも苦笑いを浮かべている。

 

「あ、ちなみに焼きたてらしいぞ」

「わーい!」

「だから……いい匂いだったんですね……」

 

 予想通り宇田川さんが大喜びする中、俺はそれぞれにパンを配っていく。ちなみに買ってきたのはチョココロネとメロンパンだ。

 

 俺が店に着くと、レジに立ってた女子とは別に2人の客が来ていた。一人はやたらテンション高くてひたすらパンの匂いを嗅ぎ、もう一人は氷川さんに負けないレベルの目力でチョココロネを眺めていた。

 瞬間的に『うわぁ』と声が漏れてしまい、それに気づいた店員女子は苦笑を浮かべる。露骨な態度とってごめんなさい。

 青葉は全部美味しいという漠然的過ぎる事しか言っていなかった為、正直どれにしようか少し悩む。そこで店員女子にオススメを聞いたところ、客の二人にこの二つを勧められた。お前らに聞いてないんだけどなぁ(困惑)

 ……というか、今思えばあの制服花咲川のやつだよな。氷川さん辺り知ってるんじゃないだろうか。ギターとベースらしきもの背負ってたし。

 

「美味しいー! ね、りんりん! メロンパンサクサクだよ!」

「チョココロネの方も……サクッとしてるよ、あこちゃん」

「ん〜、本当に美味しい〜! さすが修哉だね〜♪ 」

「私としては……もぐ。もう少し反省して貰わないと……むぐ。困るんですが……はむっ」

「氷川さん落ち着け、落ち着いて食べてくれ」

 

 スタジオ内には香ばしいパンの香りと、揚げたてのポテトの匂いが立ち込める。そして目の前にはそれを本当に美味しそうに食べるRoseliaメンバーが。そんな光景を見て、つい固まっていた頰が緩む。

『役に立てるなら立ちたい』。そんな思いで参加を決意したあの時の俺は、どうやら間違っていなかったらしい。

 

「あ、湊さんにはもう一つあるんだ。食べきれないかもしれないけど……これだ!」

 

 そう言って俺は別の小さな袋から新たなパンを取り出す。そこにはレーズンで目、チョコペンでヒゲや口が描かれたネコのパンがあった。

 

「いや〜、偶然見つけたんだよな〜これ。どう? めっちゃ美味そうじゃね?」

「へぇ〜、そんなパンもあるんだ〜」

「……か、可愛いっ! んんっ、……あ、ありがとう。是非頂くわ」

 

 湊さんのきめ細やかな指が俺へと伸ばされる。それに応じるように、俺は袋ごとパンを直接手に乗せようとした。

 

 その時だった。

 

「……っ!」

「…………え?」

 

 手元が狂ったのか、別の『何か』があったのか。俺と湊さんの指先が触れ合った刹那、急にその指が引かれる。パンは受け取られることはなく、重力に従うように床へ落ちた。ドッ、という鈍い音がその場に静かに反響する。

 

 その瞬間、聞こえるはずの音が全て消える。いや、実際には音はするのだ。今だってみんなは談笑をしながらパンを食べている。だというのに俺に届くはずの音声は何処か遠く、まるで現実味を感じられない。

 感じるのは心臓が潰されるような痛み、穴が開けられたような虚無感。

 曖昧な感覚の中、床に転がるそれだけは俺を逃すことはなく、どうしようもない現実を見せつけてくる。

 

 静止した世界の中心で、ただその事実のみが虚しく存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもすごい数買ってきましたよね、修哉さん」

「ねー。みんなの分と修哉の分入れたら全部で12個だよ? それにハンバーガーもあるからね〜。これは感謝して食べないと♪ 」

「夕飯……食べられないですね」

「あはは、確かに」

「もぐっ、もぐっ」

 

 半分にちぎったメロンパンを食べながら、そんな会話を繰り広げる。既にチョココロネを食べ終えたあこの口の周りには、甘い匂いを放つチョコが付いている。それに気づいた燐子が口元を拭いてあげたところでちょうど修哉が声をあげた。

 

「あ、湊さんにはもう一つあるんだ。食べきれないかもしれないけど……これだ!」

 

 そう言って取り出したのはネコの顔が描かれた丸いパンだった。確か……スコティッシュフォールドだっけ? 前に一度友希那から教えてもらったことがある。ちょこんと折れた耳が特徴的なネコだった筈だ。

 

「へぇ〜、そんなパンもあるんだ〜」

 

 それを一目見た友希那は目を見開き、直後その白い頬を染めて微笑んだ。ホント、ネコに関しては性格変わるな〜、友希那は。

 

「……友希那さんって、ネコ好きなんですか?」

「どうでしょう。本人から聞いたことはありませんが」

「でも友希那さん……前に特別好きというわけじゃないって言ってました……」

「うーん……リサ姉は何か知ってる?」

「あ、アタシ? いやー、どうだろう。ネコ以外にも可愛い動物多いからね〜。燐子がそう聞いたんならそうなんじゃない?」

「それもそうですね!」

 

 危ない危ない、友希那がネコ好きってことはみんな知らないんだった。アタシの答えに納得したのか、あこはあと少し残っているメロンパンを再び食べ始める。

 

 そんな姿を眺めていると、ドッ、という何かが床に落ちる音と、小さな振動が伝わってきた。何かと思い修哉たちの方を横目で見ると、そこにはその場に固まった二人の姿が。伸ばした手は宙を彷徨い、その中間地点の床には取り落としたのか、先程のパンが転がっている。

 

「……ごめんなさい。少し風に当たってくるわ」

 

 そう言って友希那はパンを拾ってスタジオを出て行く。その時の横顔は赤くなっていて、修哉を意識している事が目に見えて分かった。

 

(何かあったのかな? 友希那ってば照れちゃって〜。さてと、反対に修哉はどうなってるかな〜?)

 

 扉が閉まる音を聞き届けると、視線を修哉へとずらす。

 

「……え?」

 

 しかし、そこにはアタシが想像した修哉の姿はなかった。

 ひどく歪んだ表情。未だ固まり続ける右手。悲しそうに、ただ哀しそうに俯く瞳には何も映し出されていない。そんな修哉に、アタシは心臓を鷲掴みされるような感覚を覚える。嫌な汗が額に滲み、体が硬直したような感覚に襲われる。

 すぐにみんなを確認するも、相変わらずの笑顔で会話を続けている。気づいているのはアタシだけ。他の誰も、修哉の事を見ていない。

 

「……さて、俺も自分のパン食べますかね〜」

 

 だが、それもほんの一瞬。すぐに修哉はさっきと変わらない笑顔を浮かべると、袋を漁ってパンを取り出す。あまりに急な変化だったせいで、今浮かべていた表情は全て嘘だったんじゃないかと錯覚してしまいそうになった。

 

(……でも、さっきのは……)

 

 確実に現実だ。脳が見間違いと判断しても、この目はその光景を忘れることはない。

 

「修哉さん、なんで友希那さん出て行ったんですか?」

「ん? あぁ、この部屋いろんな匂い充満してるからなー。落ち着いて食べたかったんじゃね? 」

「なるほど、確かに匂いすごいですもんね」

「……つーか大体、ここってこんなにガッツリ飲食しても大丈夫なの……? 俺普通に持ち込んじゃったけど」

「「「…………」」」

「ちょっと? その沈黙やめて!?」

 

 ツッコミとともに周囲を巻き込んでいく修哉。それを見て小さな笑いが起こり、『いつも通り』がそこに広がる。

 それなのにアタシが感じるのは違和感のみ。心から楽しそうにしているその表情が、いつもと変わらない笑顔がどこまでも作り物めいて見える。

 

「……ねぇ修哉、さっき何か落とさなかった?」

「あー、キャッチミスでネコのパン落ちた。潰れたかと思って怖かったわ」

「大丈夫だったんですか?」

「多分、恐らく、ギリ」

「そうなんだ」

 

 直前の状況について質問してみるも、特に変わった様子はない。……やっぱりアタシの勘違い……? 確かに見たんだけど……。うーん。

 自分自身では証明のしようがない問いに、それでも答えを出そうと脳を働かせる。しかしやはり結論が出ることはなく、渋々勘違いという形で納得する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるのかしら、私」

 

 CiLCREの外。椅子や丸いテーブルが並べられたカフェテリアで、私は静かにネコを形容したパンを眺めていた。頬を撫でる風はこの季節にしてはやや冷たく、空を仰ぐと黒い雲がうっすら見える。

 明日あたり一雨来そうね……なんて思いながら、その場で小さくため息をつく。

 

 あの場でネコに反応してしまったのは仕方がない。あの不意打ちのような状況で反応するなという方が無理だろう。それよりも問題なのは、修哉の事だ。

 少し指先が触れただけで、それまでの事が吹き飛んでしまうくらい緊張した。顔が熱くなり、心臓が忙しく収縮を繰り返す。まともに修哉の顔すら見ることが出来ずに、ただ目を伏せることしか出来ないあの感覚。

 

「……駄目ね」

 

 意識し出したら止まらない。好きという感情が自分の意思とは関係なく暴れ回り、好き放題に私の心を乱していく。

 

(変わったのかしら)

 

 考えてみれば想像もつかない。歌うことだけに時間を費やし、他の物などその前に切り捨てて来たはずなのに。馴れ合いなど要らないと散々言って来たはずなのに、そんな私が恋をしているだなんて。昔の私が知ったらなんて思うだろうか。

 

「……修哉。〜〜〜!」

 

 あぁ、どうやら本当に駄目らしい。小さく名前を呟くだけで、どうしようもなく高鳴ってしまう。

 

 思い返して見れば最初にリサとこのスタジオに来た時、修哉は気まずそうな、居心地の悪そうな表情を浮かべていた。そんな修哉に今後も練習に参加しないかと提案したのは他でもない私。修哉の事を想う反面、このことが気に掛かっていた。

 

 ──修哉を縛り付けてるんじゃないか。

 

『役に立てるなら立ちたい』。修哉ならこう思うかもしれない。それは私が頼んだから。そして役に立ててしまう修哉は参加してしまう。

 そんな訳あるはずがない、他でもない修哉自身が望んでこの日常があるはずだ。そう思っているにも関わらず、意識すればするほどにこの事実が浮かんでは消える。さっきだって急に外に出て来てしまったが、残された彼は自分が何かしたのかと疑ってしまうだろう。それが分かっていながらも、今でさえ何も動き出せない。

 

「……そろそろ戻らないと」

 

 椅子から立ち上がると、袋を持ってCiLCRE内へ歩き出す。

 

 私は変わった。きっとこれは揺るがない事実だろう。だがその反面、変わらないものもある。歌への思い。私が歌う理由。その全ては昔から変わらない。

 

 一人の歌姫は仲間を得た。それは同じ志で高みを目指し、日々時間を共有しては繋がりを深め合う、そんな仲間。だというのに、変わり続ける日常の中で今はただ立ち止まる。

 

 孤高の歌姫、なんて呼ばれていたが今は違う。今の私は身動きすらできない『鳥籠の歌姫』だった。

 

 

 

 

 





シリアス「やぁ^^」

と言うわけで若干のシリアスさんが混じって来ました。そんな事より紗夜さんかわいい(唐突)

新たに評価してくださった ごく普通の付与術師さん、焼豚野郎さん、ありがとうございます!
最近感想が増えてきて嬉しくなってます! よければ評価、感想等どんどんください!

ではまた次回。



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異なる一歩を


はい、軌跡が追加され悲しさと感動に襲われ、Roseliaイベが始まって走り回っている作者です。しかも星4がりんりんと紗夜姉っていうね。迎えにいきます。
それにしてもあのイラスト見たときに、ふと一航戦のあの人を思い出した(やりました)

では本編、どうぞ。





 頬杖をついて流れる雲を眺める。空は今にも落ちて来そうなほど重い黒に染まっており、そこから降り注ぐ雨が地を濡らす。全く内容が入ってこない授業に1割ほどの意識を割り振りながら、頭に浮かぶのは昨日のこと。

 

 ──あの男子、結局誰なんだろ

 

 まぁ、このクラスにいない時点で他クラスってことは確定してるんだけど。登校時、下駄箱を開いた時点で手紙が入っているという事はなかった。つまり、今は様子見の期間なんだろう。きっと再び俺が調子に乗ったタイミングでまた呼び出される。出る杭は打たれるのが必然。この思春期における監視社会のルールがある限り、100パーセントの尊厳が保たれる事はない。

 

(でも、気になる部分もあるんだよな)

 

 一番のポイントはあいつが単独で行動に出たことだ。通常ならば頭数を増やし、群れをなして獲物を襲う。人間にも通用する自然界の掟というやつだ。だというのに、あいつはそれをしてこなかった。ということは、集団で来れない理由、もしくは来なくてもいい理由があったという事になる。

 例えば、周囲と共有できない感情のもとで動いていたから。或いはあいつもぼっち説。ふ、これだったら笑えるな。

 それに、普段から俺とリサはよく校内を歩いたり屋上で弁当を食べたりしている。にも関わらず、あいつが材料にしたのは一昨日の目撃情報だけ。なにかがおかしかった。

 

「いっ……」

 

 これ以上進まない考えを打ち切ると同時に頬杖を止め腕を下げると、肩から二の腕にかけてじわじわと蝕むような痛みが走る。その跡をそっと撫でると、ふと今朝のことを思い出した。

 起床してから確認してみたところ、目に映るのはやはり痣。それもかなり多く、背中や足などにも紫がかった打痕が残っていた。

 

 俺はちゃんと笑えていただろうか。気付かれていないだろうか。あの時からどうも記憶が曖昧ではっきりしない。自分自身で何をしでかしたのかが分からないなんて馬鹿な話だが、そんな不安を昨日の夜から感じていた。

 

(湊さんが傷つくような事がないといいんだけど)

 

 あんなに心が痛んだのに、今もこんなに痛みを感じているのに考えるのは湊さんのこと。昨日の態度で嫌われている線の確率は上がってしまったが、それを勘づきながらもこうして想ってしまう。

 一度知ってしまった蜜の味は忘れることが出来ない。何度でも盲目的かつ永続的に欲してしまう中毒性、依存性が確かにあって、そんなものを俺は今も求めてしまっていた。

 

「じゃあ、今日の授業はここまで。各自必ず板書を写しておくように。日直、号令」

 

 静寂を打ち破る教師の声に思考を切り替える。ハキハキとした日直の令で授業は終わり、今の時刻は昼休み。今日は弁当を作らなかったため、購買へ向かおうと席を立つ。

 

「あっ、いたいた〜! おーい、修哉くーん!」

 

 窓の外とは真逆のような明るい声がクラスに響く。……あの馬鹿野郎。

 

「……なんの用だよ」

「ちょっと来てくれない?」

「は、なんで?」

「なんでも! ほら、ババーンと行くよ〜!」

「っ……分かった、分かったから離せ! 離して!」

 

 咄嗟に近付き小声で要件を訪ねるも、そんな事は関係ないと言わんばかりに氷川は声のボリュームを下げない。終いには手首をがっちり掴み始め、そのまま俺は引っ張られていく。意外と力が強く、肩の痣を刺激する鋭い痛みが走る。

 

「とうちゃ〜く! ここだよ」

「……天文部? こんな部活あったのかこの学校」

「ま、部員はあたし一人なんだけどね」

「それ同好会じゃないの? よく存続できてるな」

「細かい事は気にしないの。さ、入って入って」

 

 促されるまま部室に入ると、そこには天文部らしい物はなくただの軽い物置き兼空き教室のような空間が広がっていた。

 

「ここから見えたんだよ」

「……なるほど」

 

 確かにここなら丸見えだ。窓の外には校門から昇降口までが一望できる景色が広がっている。

 

「……それで、あの時何があったの?」

「……何もなかったって言わなかったか? それにお前は『もう何も聞かない』って言った筈だろ。この状況は何だよ」

「だって! あんなの明らかにおかしいし……見ちゃったから気になるし……」

「人の昼寝が気になるとは……。お前、天文部じゃなくてお昼寝同好会とか向いてるんじゃね?」

「ふざけないで」

 

 諌めるような声音で言い放つ。本当に何なんだこいつは。なんでそこまで俺に干渉してくる。見なかった事にして全て忘れてしまえばいいものを。

 沈黙により答える意思はない事を示していると、責めるような表情でさらに言葉を続ける。

 

「……それに、さっきだってあたしが引っ張った時痛がってたでしょ」

「手首の皮が一緒に引っ張られて痛かったんだよ。てかなんでお前そんな細かい所まで見てんの? 感覚派のキャラどこいった」

「……そうやってどうでもいい人の前だと平気で嘘つけちゃうんだ」

 

 ……あぁ、やはりこいつは俺が苦手なタイプの人間だ。読めない行動力だけじゃない。この核心を突くような、心を覗き込むような、どこか逸脱した影に恐怖すら覚える。

 さらに、氷川の目が俺に刺さるのだ。昨日、いやそれ以上の憐れみと同情、不安、怒り。そこに無理して作っているのが丸見えな微笑が加わって、残酷味を増している。

 

「……嘘かどうかなんて分かんないだろ。つーかそもそも、いきなり教えろとか言われても意味分かんなくて困るんだけど? 」

「……腕に痣できてるのに?」

「!?」

 

 急な一言につい反射的に腕を確認してしまう。ワイシャツは肘まで捲っているが、その場所には痣はないはずなのに。氷川に鎌をかけられたと気付いたのは数秒後だった。

 

「……分かった。誰にも言うなよ?」

「うん」

 

 もう、話そう。ここまできたらどちらも同じだ。表情を整えてからそう腹をくくると、俺は一昨日の事から話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜、ムッカーってする! もうドッカーンって感じ!」

 

 話し終えた途端、そう言って氷川は怒りを露わにする。だというのにその表情は晴れやかで、先程とは真逆と言ってよかった。

 

「相変わらずの超感覚言語……。よく聞くと普通に理解できるから困るんだよなぁ」

「え、分かるの? じゃあ修哉くんも使ってよ! 絶対るんっ♪ ってするから!」

「それはお前だけだ。俺が使ったらもうアウト」

「ぶー」

「ぶーって……さっきと雰囲気違いすぎない……?」

 

 気になっていることを問いかける。すると、氷川は小さく微笑みながら腕を後ろに組んだ。

 

「だって、ちゃんと話してくれたからね」

 

 その笑みは純粋なもので、先程の残酷さなどカケラも残っていない。

 

「誰にも言うなって言ってたけど、この話ってリサちーと友希那ちゃんにはしたの?」

「……してない」

 

 したくない、と言うのが正しいか。優しい2人の事だ。この話をしたら確実に自分のせいで……なんて責任を感じてしまうだろう。それが何よりも嫌だった。

 

「あたしはするべきだと思う」

 

 諭すような口調で氷川は俺をじっと見る。

 分かってる。俺の私情を除いて、普通は話すべきだ。それを分かっていながらも俺はどうしても動けない。

 人は皆、正しいわけじゃないから。選ぶ答えが正解とは限らないから、間違える事で真実味を持たせようとする。悪知恵を覚えた中学生なんかが宿題の答えを写す途中でわざと間違えるのに感覚は近い。事実だけで成り立つ関係なんてきっとないから、だから今でさえ俺は嘘で取り繕おうとしている。

 

「……例えば、ifの話で。氷川ならさ、大事な人が自分のこと嫌ってるかも知れない……って状況ならどうする?」

「……! あたしは、自分から近づく。と思う」

「さらに嫌われるかも知れないのに……?」

「それでもだよ。それで離れちゃったら、ずっと分からないままだから」

 

 氷川の妙に感情のこもった言葉を受け止めながら俺はただ息を飲む。

 ……そうだ、馬鹿か俺は。いや馬鹿だな。まだ決まった訳じゃない。『かもしれない』で何をこんなに落ち込んでるんだ。らしくない、全くもってらしくないぞ本街修哉。

 

(……今日、全部話そう。それで全てはっきりする)

 

「氷川……助かった」

「どーいたしまして。……友希那ちゃんのこと、大事に思ってるんだね」

「ちょっと? 俺例えばって言っただろ。──でも、そうだな」

「うん、そうだね。今の修哉くん、スッキリした顔してるよ」

 

 外を見るといつのまにか雨は止んでいた。晴れとまではいかないが、厚い雲が薄まる程度にはなっている。電気をつけていないこの部屋は暗いままだが、それも今を持って終わろうとしていた。

 

「修哉くん。頑張ってね」

「……ああ」

あたしも、頑張るから

 

 ポツリ、と僅かに零れた小さな言葉を確かに拾う。その表情は窺えないが、何処か自分に言い聞かせるように聞こえた。

 

 多くの人が苦悩を抱えるこの日常で、氷川日菜もきっと何かに悩んでいた。恐らく、先程の俺の質問がその一端を掠めたのだろう。だから、俺とこいつは少し似ている。閑散とした部屋の中で、ただそんなことを思った。

 

「さて、じゃああたしはお弁当食べよっかな! ばいばーい!」

「そういえば俺も昼まだだった……ってもう行ったか」

 

 相変わらず唐突な奴だな……なんて思うが、不思議と今はそれに対する嫌悪感はない。その足跡をなぞるように俺も天文部の部室を出ると、購買に向けて歩き出す。

 

 

 校舎の中でも人気が少ない部類に入る廊下に、リノリウムの床を進む俺の足音が響く。今日の放課後が決戦の第1段階だ。上手くいくかなんて分からないが、確かに背中を押されたから。同時にそれが背中を押すことに繋がったから、俺は頑張れる。また一歩を踏み出せる。

 

 

 

 

 だから───

 

 

 

 

「頑張れ」

 

 

 

 

 何一つ事情は知らないが、静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 





相変わらず話が進まないね。許してください。しかも今回はキリを良くしたかったので文字数も少なめです。
でも日菜って書いてて楽しいんですよね。完結したら新作書いてみようかしら…?

ではまた次回。

─追記

修哉にキャラブレが見られたので若干修正を入れました。
他にも何か意見、指摘などがあればどんどんお願いします。


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決意の調べ


はい、何度も消しては書き、消しては書きを繰り返してようやくケリをつけました、作者です。


それはそうと紗夜とりんりんを迎えられないんだけど? (悲しみ)



 

 

 

 

「友希那さーん、リサ姉ー、また明日〜! あっ、あと修哉さんもー」

「ええ、また明日」

「またね〜! 紗夜も燐子もじゃあね〜♪ 」

「ちょっと? その俺だけ思い出したように挨拶するのやめてね? 虚しくなるから」

 

 元気な声と、それに答える声が響く。アタシがあこに手を振り返していると、『時間帯を考えてください!』なんて紗夜に叱られながらみんなは遠ざかっていった。

 夜も遅くなり閑散とした路地。所々にできた水溜りが街灯の光を浴びてゆらゆらと揺れている。

 

「雨、急に止んだね〜」

「そうね」

 

 お昼頃に止んでから雨は降ることはなく、アタシ達は手持ち無沙汰になった傘を持ちながら3人で帰路についていた。

 

「そうだ、アタシ帰ったらクッキー焼こうと思ってるんだ〜。上手くできたら明日あげるね♪ 」

「そう、ありがとう」

「任せて! 今回も腕振るっちゃうよ〜♪ 」

 

 さーて、今日は何味に挑戦してみようかな〜。チョコクッキーは定番すぎるし、ラングドシャ風のやつはこの前作ったし…….友希那の好きなハチミツティーを元にハチミツクッキーとか? うん、アリかもしれない。そうなると修哉にも作ってあげたいけど……。

 

 そこまで考えてアタシは修哉の好みを何も知らない事に気がつく。バイト先が同じになってから約3ヶ月近くが経つ。ほとんど毎日顔を合わせているのに、驚くほどアタシは何も知らなかった。

 どんな味がいいか聞こうと思い、友希那を挟んで道路側を歩いている修哉へと顔を向ける。薄暗い色に包まれているせいではっきりと視認できないが、その表情は何か考え込んでいるようだった。

 

「あのさ、ちょっと話あるんだけど……時間いい?」

「ん、どうしたの? 改まって」

「……何かしら」

 

 何でもないように聞き返すが、アタシはなにか嫌な予感がしていた。それこそ昨日の事だったり。

 その場の雰囲気で立ち止まると、一歩遅れて修哉も立ち止まった。そしておもむろに腕を捲る。

 

「って、どうしたのそれ!? すごい痣じゃん!」

「……どういうこと」

「今から話すよ。これは───」

 

 修哉の口から語られる出来事に、アタシはただ固まる事しかできない。信じられない……と思う反面、どこか納得をしている自分がいた。

 

(ってことはあの時のは見間違いじゃなくて……)

 

 これに原因があったということだ。その痕は見ているだけでも痛々しい紫色で、内容からして腕だけじゃないことが容易に想像できた。

 辛いはずだ。痛いはずだ。だというのに、本人が語る口調は暗い色など映しもしない。昨日だってあんなに明るくスタジオに来て、何一つ変わらぬ笑顔を浮かべていた。ただあの一瞬だけ耐えることができなかったんだろう。

 

「……ねぇ、修哉───」

 

 言いたいこと、聞きたいことは沢山あるのに何一つ言葉に変わらない。ただその目を見つめて話を聞く事しか、今の私には叶わなかった。

 

 そんな視線に耐えかねたのか、修哉は無理に笑顔を作りおどけた様子で言い放つ。

 

「でも別に大丈夫だから。元々昔からこんな感じのことはたまにあったからさ」

「…………ないわ……」

「……え?」

「何も……大丈夫なんかじゃない……ッ」

「ちょ、友希那!」

 

 瞬間、それまで喋っていなかった友希那が声を上げる。それは絞り出しているような、叫びたいのを我慢しているかのような、そんな声。突然の事に立ち尽くしていると、友希那は何処かへ走り出す。

 アタシはそんな状況をただ見ている事しか出来なかった。

 

「っ…………修哉! 追いかけて!」

「でもリサは……」

「アタシはいいから! ……早く友希那の所に行ってあげて」

「……分かった。絶対湊さん連れて戻ってくるから!」

 

 強い口調でそう言うと修哉は弾かれるように走り去って行く。普段ぶっきらぼうな横顔は真剣そのもので、微かに見えた歯は食いしばられてした。

 

「……なんだ、足速いんじゃん」

 

 遠ざかる足音がアタシを置き去りにする。誰もいなくなった路地の静寂を切れかけた街灯の明かりが彩っていた。道路の塀に軽く背中を預けると、息を吐き出し空を見る。

 

 なんで、修哉はこの事をアタシ達に話したんだろうか。修哉ならアタシ達が責任を感じてしまう事くらい、簡単に予想できるはずだ。友希那が走り出したのは予想外だとして、実際アタシも責任を感じている。他にもまだまだ聞きたいことはあるが、今はその一点が気になっていた。

 まだ足りない。まだ修哉の話は終わってない。アタシ達は修哉が打ち明けた理由について知らないといけないのだ。

 

「それにしても意外だったな〜……」

 

 あの友希那があんなに感情的になるなんて。

 昔はよく笑ったのに、お父さんの事があってから友希那は変わってしまった。いつもどこか冷たくて音楽の事しか見えていない。そんな中にも暖かさはあったけど、アタシ以外の人はそれに気づかない。そのせいで常に周りとは一歩引いた立ち位置にいて、学校でも友達は少なかった。

 だから、そんな友希那を見守りたくて、支えたくてアタシはいつもそばにいた。ううん、それだけじゃない。また友希那に笑ってほしい。友希那はこの話をあんまりして欲しく無いようだけど、アタシはまた昔みたいに楽しく過ごしていたかった。

 そのためにRoseliaに入って、一緒の時間を過ごして来た。それでも友希那の目的は変わらないから、根底からの変化は見られない。

 

 修哉は、そんな友希那を変えたんだ。あの日、アタシが練習に誘った時を境に友希那は少しずつ確実に変化していた。さっき逃げ出したのが何よりの証拠だろう。友希那は音楽以外に興味を引くもの……恋を知ってしまったのだ。

 

「あ〜あ、こりゃアタシはもう要らないのかな〜…………なんて」

 

 いつか修哉が懸念していたことがアタシを襲う。きっと、修哉なら友希那を何とかしてくれる。そしてこれからもずっと側にいるだろう。修哉は友希那が好きで、友希那も修哉への思いを自覚した。ならもうその先の結末は一つしかないんだ。

 

 そこには二人の気持ちを知っているからこその確信があって、それが逆にアタシの心の隙間に入り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 どれくらい走っただろうか。

 ぐしゃぐしゃになった頭の中を整理するように、その場で大きく深呼吸をする。

 

 ────ここは……

 

 ふと周囲を見渡して見ると、小さな公園にいる事に気づく。夜光灯に仄かに照らされながら、静かにその存在を保っているベンチに腰を下ろした。

 マシにはなったが、未だ僅かに荒い呼吸のせいで肩が上下する。夜の少し冷えた空気を喉で感じながら、私は先程の光景を思い返していた。

 

(私、何も気づかなかった……)

 

 修哉があんなに傷ついていたのに、私は自分のことで浮かれていて何も見えていなかった。そんな自分に酷い嫌悪感を抱く。

 

 修哉はあんなことを言っていたが、元はと言えば私のせいだ。あの時、私が声をかけていなければ。行こうなんて言わなければ、修哉は傷つかなかったなかったんじゃないか。そんな取り返しのつかない過去への後悔が次から次へと湧き出しては蓄積する。

 

 Roseliaは──私は修哉を傷つけている。そんな黒い思いが心を蝕んでいく。最初から、修哉は何一つ大丈夫なんかじゃなかった。

 

「湊さん……っ!」

「…………っ」

 

 聞こえてきた声に体が揺れる。顔を上げると、公園の入り口に立つ修哉の姿が目に映った。

 体が痛むはずなのに、彼は息を切らしながら近づいてくる。

 

「湊さん、ごめん」

「……なんであなたが謝るの。わたしが、わたしが…………っ」

「……ごめん。いいんだよ。湊さんは悪くない。だからそんなに自分を責めないでもいいんだ」

 

 涙が頬を伝って零れていく。泣きたくないのに、泣きたいのは修哉のはずなのに、この感情を抑える事が出来ない。

 気づけば、私は優しい腕に包まれていた。目の前には修哉の胸が広がっていて、そこに顔をうずめるようにしがみ付く。

 

「……本当は話す気なんか無かったんだよ。もし話したら湊さん達は絶対に責任を感じる。俺が気にするなって言っても気にしちゃうから」

「……なら、どうして……」

「それでも、話さなきゃって思ったから。ずっと隠したままだったら、絶対どこかで崩れてたと思うから」

 

 優しく静かな声が耳に届く。私の顔のすぐ上から発せられるその声音には、確かな意思が宿っていた。

 

「自分勝手でわがままかも知れないけどさ……俺、嫌われてても一緒に居たいんだよ。初めての時はそりゃ緊張したけど、今はあの時間が……Roseliaが居場所みたいになってるんだ」

「でも、Roseliaはあなたを……っ。私が傷つけて……」

「Roseliaが俺を……? 何のことか分かんないけど、俺はずっとああやってスタジオで過ごしてたいんだよ。いつか役立たずになるんだろうけど、それでも近くに居たいんだ」

 

 嗚咽が混じって上手く言葉が出ない私の背中を、修哉はそっと撫でてくれる。それだけで酷く安心して満たされてしまう。

 修哉の匂いが、優しさが、温もりが渇いた心に染み込んでいく。あぁ、駄目だ。もう止めることなんて出来ない。

 

「……ずるいわ」

「……うん、ごめん」

 

 涙は未だに流れ続ける。だが、その意味はもう違った。悲しいものから嬉しいものへ。私は小さく頬を緩ませ、離さないように抱き返す腕の力を強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫?」

「……ええ、大丈夫よ」

 

 

 ひとしきり泣き終えた後、俺たちはベンチに座りなおしていた。涙で目を赤くした湊さんは暴力的なまでに美しくて、それだけで守ってあげたい衝動に駆られる。

 

「ワイシャツ、汚してしまったわね」

「気にしないで。湊さんの涙で濡れたんだから本望だよ」

「……忘れて頂戴」

「それは無理だろ……」

 

 しっかりと記憶に焼き付けました! 男として、好きな女子に胸を貸せるなんて名誉だろう。もう嬉しさで爆散するレベル。

 体が自然に動いて抱きしめてしまったが、今になればとてつもなく恥ずかしい。言ってしまえば弱みに付け込んだに等しい行動だったからな。だ、大丈夫だよね? 問題なかったよね……? 

 

 相変わらずヘタレな意見ばかりが脳内に浮かぶ中、少し離れた所に座る湊さんが近づいて来たのが分かった。かっ、可愛い……! 今の擬音にしたら絶対『ちょこん』だろ! やばい超悶えそう。

 

「さっき『嫌われてても』って言っていたけど、あれはどういう意味?」

「えっとですね……その、俺って実は湊さんに嫌われてるんじゃないかなー……なんて思ってしまった訳で……。ほら、あの朝の時とかパンの時とか」

「あれは……」

「あ、別に気にしてるとかじゃなくて! ただたまたま様子がおかしかったからネガティブな妄想が飛躍したってだけで」

「…………ばか」

「えぇ……?」

 

 俯いているせいで表情を窺うことは出来ないが、怒ってはいないことは分かった。それに、俺ももう気にしてはいない。こうして二人で話せているだけでそんな考えはどこかに消えてしまった。全く、単純な男だ。

 

「おーい、2人とも〜」

「リサ……」

「あ、戻るの忘れてた」

「あー、それは大丈夫」

 

 駆け足で近づいてくるリサを見て、内心焦る。だが本人は気にしていないのか、俺たちの前に立つと優しい微笑みを浮かべた。

 

「もう大丈夫そう?」

「ああ、バッチリだ」

「……心配させたわね」

「ううん、友希那が無事ならそれでいいの」

 

 リサに返すように微笑む湊さんの横顔を見て、俺は改めて決意する。

 

 ──絶対に告白しよう。

 

 一度は揺るぎかけたこの決意。一時の感情で逃げかけたこの想いを、再び俺は胸に刻む。涙に震える小さな肩を抱擁しながら感じた気持ち。さっきの俺が、思い出せば恥ずかしいような言葉を素直に伝えたように。言わなければ伝わらない事は多いから、俺はしっかりこれを言葉にして伝えようと、そう思った。

 

 その第一歩として俺はリサに向き直る。

 

「リサ。今更かも知れないけどさ、その……俺の友達になってくれないか……?」

 

 まず目に飛び込むのは驚いたような表情。目を見開き、一瞬顔を歪めた後にリサは大きな笑顔を見せる。

 

「──うんっ!」

 

 返って来たのはその一言。それだけで、何か成長したような気になってくる。人生で初めて『友達になろう』なんて言葉を口にしたかも知れない。多少の気恥ずかしさを感じる中、リサも何か憑き物が落ちたような顔をしていた。

 

 続けて俺は体ごと横に向ける。湊さんに向き合うような姿勢になり、その目でしっかり赤みが引いた目を見つめる。湊さんもそんな俺と目を合わせ、続くであろう言葉を待っていた。

 

 ──落ち着け、落ち着け。

 

 うるさく鳴り続ける心臓の音を受け止めて、俺は小さく息を吸い込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──湊さん。合宿の時に、大事な話があるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張に歯を震わせながら、そう宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 




という事で、これでようやくシリアス先輩がマサラタウンにさよならバイバイしました。次からはやっと合宿編に入れるのかな?
「おい、ちょっと待てよ」と思ったそこの君、大丈夫だ。ちゃんと次回で分かるから。

感想をくれた方、本当にありがとうございます! 執筆意欲の源になっているので、ありがたく読ませて貰っています。
今後も評価・感想等お待ちしています!

ではまた次回。


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8時だョ! 全員集合


はい、前話投稿後に感想欄がマサラ送りのことで賑わって普通に笑った作者です。

いよいよ合宿編! 物語の大詰めと言うことでじっくり書いていこうと思います。

チラッと見たら久し振りに日刊ランキングに載っていました! ウレシイ...ウレシイ...




 

 

「あぢぃ〜……」

 

 

 照りつける太陽。揺らめく陽炎。街を行くスーツ姿の人の群れを横目にただ日陰に立ち尽くす。

 まだ朝だというのに仄かに聞こえる蝉の声がこの暑さを助長しているようにも感じられ、ついそんな言葉が口から漏れた。

 

 夏休みに入り今は八月。暑さも本格的になってきた季節の中、俺は駅前で一人待ちぼうけていた。

 そう、何を隠そう今日がRoselia・夏の合宿当日なのである。いやー、序盤からテンション上がるわ〜。合宿だぞ合宿! 泊まりだぞ!? 普段家以外の場所に泊まらない俺からしたらもう神イベントなんですよ! 楽しみ過ぎて超早く家出てきたわ。修学旅行とかの比じゃない。

 

「おはようございます」

「ん、あぁおはよう……ございます?」

「……なぜ疑問形なんですか」

「いや、思えばこういう挨拶ってしたことなかったなぁ……って思って」

「確かにそうですね」

 

 声に振り向くと日差しの中を氷川さんが進んで来ていた。ぎこちなく言葉を返し、俺はさりげなく時間を確認する。

 現在時刻は朝の7時30分。集合時間は8時だからまだ時間的にも早すぎる。にも関わらず、当然のように彼女はそこに立っていた。

 

「それより来るの早くない? まだ30分くらいあるけど」

「それを言ったらあなただってそうでしょう。それに、私はこうして待つ時間も好きなんです」

「ふーん」

 

 正直意外だ。氷川さんは無駄な時間を許さないタイプだから、こういう時も時間直前まで家でギターの練習とかしてると思ったのに。まさに鋭く固い性格。それでいてどこか磨きがかかっているんだから、例えるならフォークやナイフ、最近某動画投稿サイトで流行ったアルミホイルボールなんかがピッタリだろう。……これバレたら殺されるな。

 ちら、と視線を移してみると、時計を見ながら少しそわそわしているのが目に映った。

 

 あっ……はい、ちゃっかり楽しみなのね。失礼なこと考えてごめん。たまにこういうギャップがあるから氷川さんは氷川さんなんだよなぁ。

 

「おはようございまーす! 我が深淵なる闇の力を……えーと、闇の……」

「おはよう……ございます……」

「おはようございます。宇田川さん、白金さん」

「おはよー」

 

 しばらく他愛もない会話をしていると、宇田川さんと白金さんが到着した。とは言っても時刻はまだ10分前。湊さん達の方が早く来ると予想していたがどうやら外れたらしい。

 

「友希那さんとリサ姉はまだ来てないんですか?」

「ええ。でもまだ時間にはなっていませんし、そのうち来るでしょう」

「それもそうですね!」

 

 宇田川さんが来たことで一気に騒がしくなり、活発的な会話が広がっていく。やっぱ中学生って元気だなー。高校2年のおっさんにはもう暑さを嘆くことしか出来ねーよ。

 

「それにしても来る気配ないな」

「……なにかあったんでしょうか……?」

「ちょっと電話してみるわ」

 

 気がつけばもう集合時刻の1分前。辺りを見渡しても二人の姿は見当たらないため、とりあえず俺は携帯を取り出した。連絡先から見慣れた名前をタップすると、電子音と共に呼び出しがかかる。

 

「あ、もしもしリサ? お前今どこにいんの?」

『ごめん! ちょっと準備に時間かかっちゃって! もう少しで着くから!』

 

 軽く走っているのか、荒い息が聞こえて来る。健全な男子高校生にとって、それは毒にしかならなかった。

 

「……了解。湊さんは?」

『友希那も一緒にいるよ』

「おっけー。じゃ、また後で」

『うん!』

 

 なるほど、リサが準備に手間取りそれを待っていた湊さんも同時に遅れてる訳か。

 

「今井さん、なんて言っていましたか?」

「なんか信号に引っかかりまくって遅れてるらしい。今ちょうど6つ目を無視したって言ってた」

「えぇ!? 修哉さんそれホントですか!? 」

「んなわけあるか。リサが準備に手間取って遅れたんだってさ。湊さんも一緒らしい」

「そうですか。電車の時間までに来ればいいんですが」

「もう少しって言ってたから多分大丈夫だろ」

 

 宇田川さんちょっと純粋すぎない? 将来信号どころか詐欺とかに引っかかりそうで若干不安だ。それこそ魔法陣とか売りつけられそう(偏見)

 

 そんなことを考えていると、ふと隣で顔面蒼白になりながら震えている人が目に入った。言うまでもなく白金さんである。

 

「……えーっと、顔色悪くね?」

「り、りんりん! 大丈夫?」

「ひ、ひと……っ、増えてきて……」

 

 ……もう大丈夫なのかこのバンド。

 周りや何の関わりもなかった時の俺ならRoseliaと聞けば『クール』『プロ並み』なんて印象が浮かんだんだろうが、いざ知ってしまえば割とみんなポンコツで、なんというか同じ人間なんだなってのが改めて感じられる。

 

 再び実感した日常に笑みを浮かべていると、人の群れを掻き分けながら見慣れた影が近づいて来ていた。

 

「ごめーん!! 遅れちゃった!」

「はぁ……っ、ごめんなさ……い……はぁ」

「湊さん!? 深呼吸して深呼吸!」

 

 ちょっと待てよ集合段階で死にかけじゃねーか。……まぁ無理もないか。朝とはいえこの暑さの中荷物持って走れば俺でもこうなる。むしろ俺の方が酷いかもしれない。つまりこれも全てリサが悪い。

 つーかリサ疲れてなくね……? お前の方がマサラ人だろ絶対。

 

「と、とりあえず切符を買いに行きましょう。ほら、白金さんも行きますよ」

「は……はい……」

 

 リサが謝罪と共に湊さんの背中をさする中、券売機を目指して歩き出す。

 それより湊さんの私服についてだ。これで何度目か分からないけど相変わらず可愛い……! 実は他のメンバーの私服も今日始めて見たけど、湊さんだけ群を抜いていた。まぁ、好きだからって理由もあると思うんだけど。

 

 呼吸が整ったのか、湊さんが並ぶように俺の横を歩き出す。

 

「言いそびれたけどおはよう。……体調とか大丈夫?」

「……おはよう。ええ、もう大丈夫よ」

「ならよかった」

 

 とりあえず大丈夫なようで安心する。ほっと胸をなでおろしていると、視界に携帯の画面が入り込んで来た。

 

「ん?」

「連絡先……交換しない?」

「しますッ!」

 

 即答である。思えばなんで今まで交換してなかったのかが不思議なレベル。電話番号とメールアドレスを交換し終えると、妙に胸がほっこりとした。リサと違ってL◯NEじゃないところがまたポイント高い。

 

「いや〜、修哉から電話きた後、友希那不機嫌になっちゃってさ〜♪ 」

「リサ!」

「え、なにそれkwsk」

「後でじっくり教えてあげるよ♪ 」

「感謝」

 

 リサの言葉に湊さんは顔を赤らめながら早足で進んで行った。そんな姿を見るだけで、どうしようもなく心臓が締め付けられるような、嬉しいような感覚に襲われる。この前の一件があってから、俺は今まで以上に湊さんのことを意識してしまっていた。極力表情には出さないようにしているが、その実かなり頻繁に内心は荒れ狂っている。

 

 この前の一件と言えば体の痣はほとんど治り、再び元の健康体が帰ってきていた。あれから呼び出さた事はまだない。

 ……え? 解決しなかったのかって? おいおい現実舐めんなよ。いじめ、今回の場合は暴力だが、基本的に受け身側の行動なんて限られてくるものだ。少ない選択肢の中で穏便に済ます方法、それは即ち『待つ』ことだ。息を殺し、身を潜め、耐久しながら長期戦に持ち込むことで相手の興味の損失を誘う。今はまさにこれを実行している途中だった。

 

 あの夜、リサと湊さんにこの案を話した結果いろいろ言われたがなんとか納得してくれた。この場合俺がただ大人しくしていればいいだけの話なんだが、2人には出来るだけ相談したり頼ったりしようとは思っている。一人で抱え込んで潰れていくなんてのは自己犠牲野郎のする愚行に他ならないからな。今回で俺はそれを学ぶことができた。

 

「……っと、ここか」

 

 順番に切符を買うと、改札を通りそれぞれがホームへ向かって行く。 海水浴目当ての人が殆どなのか、すれ違う人の多くは夏服に身を包み男女の集団で歩いている。サングラスまでかけているせいでガチ勢感が漂っていた。

 

「良かった〜、普通に間に合ったねー」

「とりあえず乗りましょうか」

「そうね」

 

 既にホームに到着している電車に乗り込む。合宿場の詳しい位置は分からないが、話を聞くと約1時間半程で着くらしい。

 

「涼しい〜! ね、りんりん隣座ろ!」

「いいよ、あこちゃん……」

「アタシ達も行こっか」

 

 中身が2人席タイプの車両らしく、真っ先に宇田川さんが白金さんの手を引いて席に着く。リサの声で俺たちも歩き出し宇田川さん達の方へ移動する。

 ……あれ、これ2人1組ってことは俺隣どうすんの? しかもこの座席180度回転できるタイプのアレじゃん。確実に残りの2人が輪から外れちゃうんですけど。

 

「あ、アタシここ座ろーっと♪ 紗夜も隣座らない?」

「? ええ、別に構いませんが」

 

 氷川さんの手を引き席に座る中、一瞬リサが俺にアイコンタクトを送ってくる。その視線に『上手くやれよ?』的な意図が込められてることは容易に想像ができた。

 くっそお前、俺の内心も知らないで……! 感謝したらいいのか恨んだらいいのか分からん……!

 

「……じゃ、とりあえず俺らも座るか」

「ええ、そうね」

 

 なんとなく気恥ずかしさに襲われながらも湊さんを窓側にして座ることに成功する。レディーファースト、大事。

 しばらくすると次第に車両が揺れ始め、映る景色も流れるように変化を繰り返していった。

 宇田川さん達の会話を背に受けながら、湊さんは窓の外を眺めている。

 

 どうしよう……! こういう時って服装褒めた方がいいのか!? でもなぁ……なんか今更? って感じあるし、可愛いのは事実だけどなにより俺が恥ずかしい。……そうか、ここは『月がキレイですね』よろしく何か別の言葉に例えて見ればワンチャン……!

『パンダ』とか? 駄目だ、例えが例えになっていない。パンダがまんま過ぎて伝わらない可能性が大きい。

 ならば『空が高いですね』とか……? 駄目だもう唐突すぎて意味がわかんねぇ。

 

「……な、何かしら?」

「えっ、いや……ふ、服が似合ってるなと……思いまして……」

「……っ、そ、そう。ありがとう」

 

 訪れるのは沈黙。気がつけば後ろからの会話も聞こえなくなっていた。意味が分からないくらいに暴れる心音を押さえつけながら、なんとも言えない恥ずかしさに満ちた空気を肌で感じる。

 

 ……もうその内俺死ぬんじゃないかな。萌え死ぬぞ。

 

「そ、そうだ。着いてからの練習メニューってどうなってるの? 俺何も把握してないんだけど」

 

 まぁ、俺が把握してもあんまり意味ないんだけどな。基本的にサポートが多いし、その場に応じて臨機応変な行動を求められる事がほとんどだから。

 

「まず到着したら歩いてコテージまで移動。それから休憩を挟みながらずっと練習、かしら」

「ご飯とかどうすんの?」

「少し離れた所に小さなスーパーがあった筈だから、そこで調達するわ」

「おお……なんかいいね」

 

 そうだ、料理は俺が作ろう。せっかく腕を振るう機会があるんだ。日頃の感謝を伝える意味でもこれは丁度いいチャンス。今からメニュー考えとこう。

 

「……楽しそうね」

「もちろん」

 

 それに、この合宿は楽しむ為だけのものじゃない。俺にとっての今後を左右しかねない大事なイベントだ。想像するだけで緊張するが、それすらも心地よく感じていた。

 

「あれ、湊さん寝不足?」

「……少しね。昨日、遅くまで作曲をしていたから」

「お〜、順調?」

「順調、とは言い難いわね。もっと最高の曲にできるはずなの」

 

 よく見ると目の下に薄っすらクマが出来ている。ただ、作曲の方は少し詰まっているのかその表情はやや曇り気味だ。本当凄いよなぁ、同学年なのにやってる事のレベルが違う。

 

「そっか。手伝えることがあったら何でも言ってよ。作曲とかに関しては全然力になれないけど、それ以外なら頑張るからさ」

「っ……ええ、ありがとう

 

 素直な言葉を口から零すと、湊さんは再び窓の外に視線を移した。あ、あれ。ちょっと今のセリフ臭かったかな……?

 

「そういうあなたこそ、目の下にクマができてるわよ」

「あー、俺は今日が楽しみすぎて寝付けなかっただけ」

 

 全く間抜けな話である。ネトゲなんてせずに無理にでも寝ていれば良かった。小さく欠伸をすると、今になって急に眠気が襲ってきた。

 

「寝たら? 眠気で練習に集中できない、なんてことがあったら困るわ」

「ん、じゃあごめん、ちょっと寝るわ……」

「おやすみなさい」

 

 睡魔の囁きに湊さんの声が拍車をかけ、いよいよ意識が沈んできた。電車の揺れと走行音に包まれながら次第に力が抜けていく。最後に小さく聞こえた「私も少し……」なんて声を耳に、俺は完全に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜、だんだん景色が変わってきたねぇ♪」

「本当だ〜! 木ばっかりですね」

「人……いない……木……」

「あと5分ほどで着くようですし、降りる準備をしておきましょうか」

 

 トランプや雑談をしていたら時間が経ち、いよいよ目的地最寄りの駅に到着しようとしていた。

 

(修哉達は今頃どうしてるかな〜?)

 

 アタシの作戦は見事に成功し、2人の席を隣同士にすることができた。いやー、あれは自分でもナイスだと思うな〜。

 

「2人ともー、もうすぐ着くから降りる準備しようってさ〜」

「……返事……ありませんね……」

「アタシちょっと見てくるね」

 

 そう言って席を立ち、友希那と修哉が座った席へと移動する。

 

「おーい、2人とも〜? 聞こえてる〜? ……って」

 

 正面から見ると、そこには肩を寄せ合いながら眠る修哉と友希那がいた。

 互いに気付いていないのか、初々しい雰囲気はなく気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

(ホント、2人とも幸せそうだな〜♪ )

 

 ふふっ、と小さく笑みを零すと、すかさず写真を撮る。

 

「リサ姉〜! 友希那さん達は〜? 」

「ううん、大丈夫ー!」

 

 あと少し、着くまでは眠らせてあげよう。そう思ってアタシは再び3人の元に戻っていった。

 

 

 

 

 

 





あぁー友希那可愛い(真理)

合宿編は合計4話程で書いていこうと思ってます。お楽しみに。

新たに評価をしてくださったNasu@さん、ありがとうございます! お気に入りも500人を突破しました! 今後も楽しんで読んでいただけると嬉しいです!

ではまた次回!



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日差しと瞳


はい、最近これ前書きで書きたいな…と思ってもいざ書こうとすると途端にその内容が思い出せずこんな文を書いてしまう作者です。

結局りんりんと紗夜をお迎えできなかった…チクショウ!



 

 

 

 

「────────」

 

 揺らぐ景色が目に映る。

 何かを絞り出すように発した後、俺は何故か頭を下げていた。

 唐突に耳と視界に飛び込んで来た情報に困惑する中、ただ体だけは未だ同じ姿勢を維持している。

 

(……え、なにこれバグった?)

 

 無意識に発動している平身低頭精神が全く理解できず、ふとそんな事を思う。

 少しでも情報を集めようと集中する耳に届くのは波の音。そして僅かに鈴虫の羽音が辺りに響いている。固定された視界に映るのは俺のものと思われる足と、それに向かうように存在している誰かの足。海であろう砂浜の上に立つ俺たちを攫うかのように波が寄せては引いていく。

 

「────────」

 

 まただ。なにも聞き取れない、声なのかどうかすら怪しい奇妙な感覚。脳に直接送られているような、形のないそれを俺は浴びていた。

 動こうとしても動けない自分の体がもどかしい。まるで決められたシナリオをただなぞっているみたいに、淡々と時間だけが過ぎていく。

 

「───!」

 

 急に地面が揺れたと思ったその途端、闇に包まれていた世界が傾いていく。いや、違う。俺だけが傾いている。

 不安を煽るような黒の中、先ほどの足場を置き去りに俺はひたすらに落ちていく。

 

 

 やがて強い衝撃に襲われたと思った次の瞬間、強い光が視界を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってぇ!」

 

 ゴッ! という鈍い音と同時に意識が覚醒する。目を開けると、そこに映るのは立ち上がっている湊さんの後ろ姿。その脇には俺を見て笑っているRoseliaメンバーがいた。

 

「やーっと起きた。ほら、もう着いたよ」

「……おぉ、着いたか……。って着いたの!?」

「寝ぼけてないで早く起きてください。降りないと出発してしまいます」

「友希那さんも早くー!」

 

 どうやら完全に眠っていたらしく、すでに駅に着いていた。うわまじか。俺寝る前に『ちょっと』とか言っちゃってたんですけど? 男に二言は許されないんですけど? ハーラッキリ! ハーラッキリ!

 

 体勢を整え席を立つと、やや赤面している湊さんの横顔が見える。……な、何? なんかあったの?

 未だ眠気を訴える思考を抑え込み、荷物を持って電車から降りる。時計の針は10と8を指しており、1時間半をまるまる寝てしまったことを改めて理解した。

 

 やっべぇぇぇ……! これ湊さん完璧に暇だったパターンじゃん……! 何がレディーファーストだ馬鹿野郎! 俺が寝てたら湊さん出れねぇじゃねぇか! さながら窓側に孤立させるための壁だ壁。巨人に蹴られてマリアからシーナまで散ってしまえ本街修哉。

 ……考えたら結構やってるなこれ。後ろからリサ達の楽しげな声が聞こえる中、1人だけ横に爆睡する男がいる席で1時間半座ってるだけって……。許してヒヤシンス、後で謝っておこう。

 

「宇宙きた────!!」

「宇宙……? 宇田川さん、あまりはしゃぎ過ぎないでください! 私たちはあくまで合宿に来ているんです。もっとその自覚を持ってもらわないと」

「その通りよ。あこ、もっと落ち着いた行動をして」

「まぁまぁ、ちょっとくらいイイじゃん? こんな所滅多に来れないんだからさ♪ 」

「人……少ない……ふふ」

 

 それぞれがそれぞれらしい反応を見せる。1人だけ宇宙来てるけどみんな安定のスルー。つーか白金さん大丈夫か……? どんだけ人混み苦手なんだろう。(そして俺もスルー)

 

「さてと、そのコテージってどこにあんの?」

「ここから15分くらい歩いた所にあるわ。私たちが場所を知っているから、修哉はついて来て」

「りょうかーい」

「なら早速行きましょう。こうしている時間が惜しいわ」

 

 とか言ってるけど、ちょっと口角上がってますよ。分かりやすいなー本当。

 

 ついて来い、とは言われたが俺はバッチリ湊さんの横につく。気づいた時にはもう遅い。いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌モトマチ☆ホテプ。

 

「なにしてるの……?」

「気にしないでくれ」

 

 心底疑問の色が篭った視線を向けられるも、左から右へと流す。やめて! そんな目で俺を見ないで! ただでさえ太陽から暑い視線が注がれているというのに横から銀色の太陽の視線まで浴びさせられるなんて! 溶けるゥ! 次回、「本街、死す」。デュエルスタンバイ!

 

 

 …………なんだろこのテンション(賢者タイム)

 

 

「にしても長閑(のどか)な所だなぁ」

「そうね。私達の町に比べたらかなり田舎の方だから」

「確かに空気は澄んでる気がするよね〜っ!」

「お前さ、宿泊道具だけじゃなくてベースまで背負ってんのに暑くないの? 同じ10代なのに元気すぎ」

「暑いよ? でも楽しみ♪ って思いが強くてあんまり気にならないかな。それに風も涼しいし」

「確かに……」

 

 俺もそう考えたら涼しくなってきた気がする。なるほど、これがリサの強さの原動力なのか。感情1つで己の感覚、精神さえもコントロール出来てしまう。バトル漫画かよ。

 

「よし、俺もなんか涼しくなってきた……! 後で森行ってカブトムシ捕まえてくるべ!」

「いいね〜♪ ならアタシは川で水遊びでも……」

「2人とも、いい加減にして。さっきも言ったけどこれは合宿なの。ふざけるようなら帰って貰うわ」

「Oh.」

「ごめんごめん☆ 冗談だよ」

「……もう、子供なんだから」

 

 呆れたように、でも少し楽しそうに小さく微笑む。それを見ただけで、さっきの太陽という例えが間違っていない事を実感した。風になびき輝く銀髪、吸い込まれるような黄金の瞳、静かに並ぶ頬や鼻筋。その全てが確かな存在感を放っていて、俺の中で欠けてはいけないものになっている。

 

「これ宿泊費とか大丈夫なの? すげぇ自然にここまで来てるけど」

「気にしたら負けよ」

「えっ」

「気にしたら負けよ」

「でも」

「気にしたら──」

「分かった! もう気にしてません!」

 

 ……うん、色々ありそうだけどそう言うならあえて負けに行く必要性はないだろう。大体、それを言ったら毎日のように貸し切っているスタジオのレンタル代なんてどうしているんだ、という話になってくる。

 だから、その全貌が全くと言っていいほど闇に包まれているRoseliaの経済力にはあえて触れない。それこそ宇田川さんに闇の力が〜とか言われてしまう。

 

「見えてきたわ」

「お、どれ?」

「ほら、あそこあそこ。あの二階建ての」

「全部二階建てでさっぱり分からん」

 

 曖昧すぎる説明にツッコミを入れつつ近付いて行くと、次第に全貌が明らかになってきた。

 

「おぉ……これがコテージ……合宿イベの開催地か……」

 

 感動する俺を置き去りに……いや、宇田川さんもか、俺たちを置き去りにみんなコテージへと入って行く。事前に鍵を持っていたらしく湊さんが解錠していた。

 

「修哉さん! あこすっごくワクワクしてます!」

「俺もだ……!」

 

 ひとしきり外観を楽しむと、後に続いて中へと進む。いやー、こういう新しい家とか場所に来るのっていいよね。間取りとか広さとか壁紙の色とか本当に見てて楽しい。

 ソファーとテーブルが置かれているリビングに到着すると、全員が立ち止まって荷物を降ろした。

 

「今日から3日間、強化合宿を始めるわ。いつも通り……いや、いつも以上に集中して質の良い練習をするわよ」

「「「「はい!」」」」

 

 一斉に揃い大きさを増した声がリビングを満たす。バンドの合宿に使う事がメインなのか、壁は防音仕様のものになっている。二階への吹き抜けになっているお陰で開放感があり、白い壁紙もそれを助長するかのような明るい雰囲気を作り上げていた。

 

「じゃあ、とりあえず荷物を置きに行きましょう。部屋は大きいのがあるからそこを使うわ」

「はーい! 行こっ、りんりん!」

「ふふ、引っ張らないで……」

「アタシ達も行こっか♪」

「そうですね」

「ええ」

 

 宇田川さんと白金さんペアが先陣を切り二階へ続く階段を駆け上がって行く。既に部屋にたどり着いたのか、宇田川さんの声がここまで聞こえてきていた。

 ……ん? これ俺の部屋ってどうしまするのん? 大きい部屋って言ったよね? ビッグルームって言ってたよね?

 

「……ねぇ、俺ってどうすんの?」

「あ」

「あっ」

「えっ」

 

 声と共に逸らされる視線。輝かしい俺の合宿ライフが、リビングのソファーで寝て過ごす事が確定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うーん、果たして現在ここに俺がいる意味とは」

 

 正午を過ぎて時刻は午後3時20分。あれから休憩を挟みつつ音を全体で合わせる練習を数時間し、今は湊さんが作曲作業に移ったため各自のパートを練習していた。

 

 最近では楽譜通りに演奏するだけでなく、僅かに動きを付けながらやってみたり、小さなアレンジを加える工夫を取り入れるといった少しライブを意識した練習をするようになってきている。

 とは言っても基礎や楽譜通りに弾けずにそんな事をしても意味がない。だが、今のRoseliaは既存の曲ならほぼ完璧といって良いほどの演奏をできる技術が身についていた。

 

 まだやり始めたばかりで手探りの段階だが、それでも確かな真剣さと楽しさがあった。

 

「ね、このBメロの音の出し方変えてみたんだけどどうかな?」

「そうだなぁ。変える前は力強さがあったけど、なんて言うんだろう……滑らかさ? が出て聞きやすいと思う。でもそれが他の音と重なった時にどう聞こえるかも重要だしな」

「うーん、そっかぁ。オッケー♪ 」

 

 特に、最近は氷川さんに少し変化が見える。前までは『譜面通りの演奏命!』というかどこか決められた教科書のような硬さがあった。その正確な演奏が氷川さんらしいものではあったと思うが、近頃は少しづつその硬さも良い方向に解れてきて演奏中の笑顔も増えてきたように思う。俺は前よりもこっちの方がいいな……なんて密かに思っていたりする。

 

 ちょっと意外に思っただろ。ところがどっこい、俺だってメンバーの事は見てるつもりだ。本来の役割は演奏についてのアドバイスだけだが、毎日ステージに立つみんなを見ていれば多少の変化にはすぐ気付く。自分で言うのもなんだが、鈍感な人間ではないと自負しているのだ。

 

「ちょっとごめん、席外す」

「はいよ〜」

「分かりました」

「すぐ戻るよ」

 

 許可を取りその場を離れる。ソファーでパソコンとにらめっこしている湊さんの横を通り過ぎて、俺はキッチンへ向かう。そう、下調べだ。なんだかんだ言ってここに来てからまだ一度もしっかりキッチンを見えていない。対面式のそれに立つと、練習風景がよく見える。

 とりあえず、俺は調理器具や食器の確認をする事にした。

 

「お、この鍋でかいな。しかもちゃんとガスコンロ。いいね、IHも便利だけどやっぱガスだろ」

 

 夕飯はどうしようか。野菜が多くて食べやすいのがいいだろうな。メンバー全員の好みは全く把握してないが、まぁ無難な料理なら残す事は無いはずだ。

 

「ならやっぱ……カレーか」

 

 ここで登場、万能料理カレー。こいつマジですげぇよな。確実にみんな好きだし、調理過程もそれほど複雑じゃ無い。凝ったものを作るなら別だが、料理を経験したことがない人でも手順通りにやればある程度美味しいものが簡単にできてしまう。

 

 だが、俺は今回野菜をふんだんに使った夏カレーを作るつもりだ。それならバランスも良いし満足してくれるだろう。デザートに何かフルーツがあればもっと良いかもしれない。

 

 一度考えてしまうともう抑えることが出来ない。既に脳内は一刻も早く買い出しに出て食材を確保することでいっぱいになっていた。

 

「ただいま〜……」

「案外遅かったね。何してたの?」

「ちょっとキッチン見てた」

「キッチン? 本街さん、料理をするんですか?」

「まぁね。ほぼ一人暮らしみたいなもんだし」

「すごーい!」

「大変そう……ですね……」

「慣れればそうでもないよ」

 

 それぞれが反応を返す中、やはり俺の中には先ほどの衝動が湧き出ている。

 

「それでですね、買い物行ってきていいっすか? ちょっとテンション上がってて」

「うんうん、分かるよ〜その気持ち」

「そういうものなんでしょうか……? 私は別に構いませんよ」

「氷川さんの許可があれば百人力だ! って事でちょっと行ってくるわ。夕飯、楽しみにしててくれ」

「楽しみ──!」

「楽しみ……です」

 

 練習中にも関わらず許しを得て、俺は財布を手に取ると飛び出すようにコテージの玄関を開け放つ。感謝! 圧倒的感謝……!

 

 

 昼間よりやや落ち着いたものの、未だ確かな熱を持つ日差しを全身に浴びながら、俺はその場で伸びをする。

 その暑ささえ今は無性に心地よくて、つい笑みが溢れてしまう。潮風を感じながら、俺は蝉の声が木霊する道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 





可愛い友希那を書きたい……ッ!!(願望)

あと、先日初めて活動報告を更新してみました。内容はこの物語が完結した後についての話なんですけど、暇で時間があって興味がある、そんな方は良ければ目を通してみてください。作者が何かを語っています。

新たに評価してくださった 蛇にゃんさん、Pad2さん、暉儚さん、泉奈さん、桜月さん、ありがとうございます!
最近再び日間ランキングにも乗り始め、なんとUAも4万人を突破しました。この作品を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

ではまた次回!


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名案、或いは迷案


完結へは近づいているんだ。近づいてる筈なんだけど……話が進まねぇ(自己解決不可能案件)

とにかく自分に鞭打って更新頑張ります…!(薔薇鞭)




 

 

 

 

 クーラーが効き適度な室温になったリビングで、パソコンに向かいキーボードを叩く。ヘッドフォンをつけながら作曲作業をしていると、視界の端を何かが高速で過ぎったのが分かった。その場では気にしなかったが、時間が経過するにつれ集中が途切れてしまいそのままヘッドフォンを外す。

 

「……修哉は?」

「あ、友希那おつかれ〜。修哉ならちょうど夕飯の買い出しに行ったよ」

「そう。早いわね」

「居ても立っても居られなくなったんだってさ〜。夕飯楽しみにしててくれー、って言ってたよ」

「ふふ、それは楽しみね」

 

 この前も思ったが、修哉の料理はおいしい。そして何より楽しそうに作っているのが印象的だ。泊まった時は私に付きっきりで教えてくれていたが、そんな時でも彼は常に笑顔だった。

 

「修哉さん何作るのかな? ハンバーグだったらいいなぁ!」

「あははっ、そうだといいね♪ 」

「紗夜さんは……何だったらいいですか……?」

「私は何でも構いません。ですが、そうですね……にんじんを使った料理でなければ尚良いですね」

「うそ意外ー! 紗夜ってにんじん苦手だったんだー」

「私にも苦手なものくらいあります」

 

 修哉が居ないRoseliaでも、こうして修哉の話題が上がる。本人は自覚が無いのか心配していたが、既に彼はRoseliaに欠かせない存在になっていた。

 

「友希那は苦いものは駄目だもんね〜?」

「……ええ、考えるだけで苦くなってくるわ」

「そ、そんなに……」

 

 過剰に聞こえるかもしれないが、それくらい私は苦いものが苦手だ。特にゴーヤ。駄目よあれは。

 前にファミレスで流れで飲んだブラックコーヒーの味だって今でも鮮明に覚えている。あの時も修哉が───。

 

(……あの時、修哉も私のコーヒーを飲んでいなかった……?)

 

 ふとそんな事を思い出す。記憶違いでなければ、確かに私のカップに入っているものを飲んでいた。それだけじゃない。その後に口直しで飲んだジュースだって修哉のコップに入っていたものだ。

 

(かっ、間接キ…………っ)

 

 かぁぁっと顔が熱くなる。堪えるように力を入れた指が、虚しくソファーを掴んだ。

 

「ん、友希那大丈夫? ちょっと顔赤いよ?」

「だっ、大丈夫よ」

「疲れてるなら……休憩してください……。手伝えることがあれば手伝います……!」

「あこもです!」

「白金さんの言う通りです。今のところずっと作業をしていたようですし、一度休憩を挟んだらどうでしょう」

「え、ええ。ありがとう」

 

 よりによって何故今思い出してしまったんだろう。当時はこうも意識していなかったのに、今の私ではどうしようもなく表情に表れてしまう。

 

(…………恥ずかしい)

 

 自爆、とはこういう事を言うんだろう。勝手に思い出して勝手に頬を染めている。

『あの時、変な顔をしていなかっただろうか』なんて事を心配し同時に嬉しいような酸っぱいような気持ちが浮かんでいく。

 疲れと勘違いしているみんなに気付かれないように再びディスプレイへ向き直ると、その脇に置いてある携帯を手に取る。

 

 ほんのり熱を持った連絡先に並ぶ文字の羅列を選択し、恥ずかしさを誤魔化すように一通のメールを送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、ここを右、っと」

 

 ハイテンションでコテージを飛び出したは良いものの始めて場所に土地勘なんてあるはずもなく、俺はマップを見ながら地味に歩を進めていた。

 道を行きながらここが改めて地元と違うということを実感する。ビルや車通りもなく、見渡しても畑や田んぼ。都会の形骸化した風景とは打って変わった新鮮さがここには広がっていた。

 

「お、ここだな」

 

 目的地へ辿り着くと、世間話をしている老人たちの脇を通って店内へ入る。ちょうど携帯をしまったそのタイミングで、通知を告げるバイブ音が伝わって来た。

 

「ん、ん? 湊さん……?」

 

 俺の携帯に連絡を入れるのは基本的にリサか父さんだけのため、画面に表示された文字をつい二度見してしまう。

 うぉぉ……なんかめっちゃ嬉しい……! 内容知らないけど。

 好きな人から連絡が来る。そんなささやかな幸せが胸の内にじわじわと広がっていく。俺は高揚感と緊張のせいでゆっくりになった指を動かし、本文を開いた。

 

 

 ────────────

 

 買い出しお疲れ様。晩御飯、楽しみにしているわ。

 それと、いくら楽しみでもあまり遅くならないで。本当にカブトムシを捕まえるなんてことは無いように。

 

 

 あと、苦いものはやめて。

 

 ────────────

 

 

「お、おう」

 

 滲み出る圧倒的保護者感。かと見せかけて最後に夕飯の好みを伝えて来る素直さと子供っぽさ。控えめに言って超可愛い。

 初メールにしては可笑しいような文面だが、そこがまた俺たちらしくて微笑ましかった。

 すかさず画面から返信をタップし、文面を打ち込んでいく。

 

 ────────────

 

 湊さんこそ作曲お疲れ様。

 

 ……俺のこと何だと思ってんの? 流石に練習抜け出してカブトムシコースにGO! とかはないからね? 

 

 献立に関しては……まあおいしいの作るから楽しみにしてて。苦いものについては善処する形で前向きに検討しておく。

 

 ────────────

 

 

(あぁ、なんかいいなぁこういうの)

 

 ふっと小さく微笑むと、携帯をしまいカゴを取る。

 さて、遅くなるなって忠告も受けたことだしパパッと買いますか。なにより楽しみにして貰えるんだ、腕を振るわない理由はないだろう。

 

 普段行っている所と比べると遥かに小さい店内。人もまばらなその空間を進みながら、悪い笑顔で鮮やかな緑を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで帰ってきました我がコテージ! 早速靴を脱いで中に入ると、真っ先に冷蔵庫へ食材をしまう。野菜は鮮度が命なのだ。

 

「おかえりー。早かったね」

「まぁな」

 

 ちらっとその場で湊さんへ視線を移すと、ぷいっと顔だけ逸らされた。リサ達に背を向けるような姿勢でソファーに座っているため、俺以外それに気づく人はいない。演奏を中断しているみんなはそんな俺を見て不思議そうな顔をしている。

 

「じゃあ再開しよっか♪ 」

「オッケー。何時までやる予定?」

「満足がいく演奏が出来るまでです」

「ええーっ! 日が暮れちゃいますよ!!」

「しっかり演奏すればいい話でしょう。それとも宇田川さん、1人だけ辞めますか?」

「いっ、いやです! あこもやります! やるから辞めさせないで!」

「あこちゃん……頑張ろ……!」

 

「こんな感じのやり取り何回目だろ」

 

 既に宇田川さんと氷川さんの会話パターンを把握してきたまである。一見スパルタに見えて結果を出せば文句は言わないスタイルだからこそ、宇田川さんもこうしてやる気が出ているんだろう。こらそこ、ほぼ強制だろとか言うな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ夕飯時。

 季節的に外は全然明るいが、日は傾き僅かに暑さも和らいできている。カラスが鳴く時間もとうに過ぎ、点々と空に浮かぶ黒の群れを小さな窓から眺めていた。

 

「よしっ! と言うわけで調理開始!」

 

 取り敢えず日中の練習は終了し、現在みんなはソファーでくつろいでいる。放課後の3時間とかとは訳が違うからな。今日ここに到着してから既に5、6時間近く楽器に触れていたんだ。疲れるのも無理はない。

 宇田川さんなんてあれから120パーセントの力を出し続けたせいで色が抜けたジョーのようになっている。まぁ、そのお陰もあってか氷川さんは褒めていたが。

 

「しばらく休んでてくれ。みんな疲れてるだろうしさ」

「すいませんがそうさせてもらいます」

「ありがとうございます……」

 

 返事を確認すると、冷蔵庫から野菜を取り出し軽く水で流す。さっき気づいたが包丁も割といいものが収納されており、なんとも腕がなる環境だった。

 

「アタシも手伝うよ♪ 」

 

 そんな声が聞こえて横を向くと、手を洗い既に戦闘態勢に入っているリサがいた。

 

「お、助かるよ。……でもお前休まないでいいの? かなり疲れてると思うんだけど」

「なに〜? 心配してくれてるの? 大丈夫だよ、まだまだ余裕!」

「そうか」

 

 アタシは何をすればいい? なんて言いながら笑顔でエプロンを着る。そんな姿にただ俺は一種の尊敬すら覚えた。

 

(こいつマジで強いな)

 

 本人そのものの性格もそうだが、きっと今まで色んな経験をしてきたんだろう。部活などの体力的な努力に加え友人付き合いやアルバイト、さらにはいつか言っていた『湊さんが笑わなかった』事も。

 その全てを経験して今のリサがいるんだろう。あの話を俺にした時、僅かに苦しそうな表情が浮かんだのを俺は記憶に覚えていた。

 そして、リサがいたから俺は今ここにいる事が出来ている。なんとなくそんなことを思ってしまった。

 

「……じゃ、野菜のカットお願い」

「オッケー。って、そもそも何作るの?」

「今は夏。夏といえばカレーが定番だろ? ってことでカレー作りまーす」

 

 他にも素麺とか色々あるんだけどな。昼飯ならまだしも夕飯に素麺では少し軽すぎるだろう。いくら俺以外が女子だとしても物足りなさはきっと残る。

 

「みんな何か苦手な食材とかある? 一応聞きたいんだけど」

「あー、それならアタシ分かるかな。まずあこがなまことピーマン、燐子がセロリ。紗夜がにんじんで、友希那が」

「──苦いもの、だろ?」

「知ってたんだね」

「知ってたんですよ」

 

 元から風を装っているが『知った』が正しい。

 

「でもどうするの? アタシ的ににんじんはカレーに必須だと思うんだけど」

「俺も同意見だ。なら氷川さんの分だけにんじんを取り除けば良いと考えたけど、それも違う」

「……どういうこと?」

「つまり、『るんっ♪ 嫌いなものでも美味しく食べようカレー』を作ればいいと、俺はそう思った訳だ」

「どういう訳なのそれ」

 

 しかもそれ日菜の……なんて聞こえるが気にしない。使い方的には合ってるはずだ。この言語日本語検定とかに含めていいと思うんだけど。

 

「でもさ、紗夜の嫌いな物だけ、ってのもなんかあれじゃない?」

「……ジャーン! 都合よくゴーヤ、準備してました……!」

「えぇ!? それじゃあピーマンは?」

「なんと……ピーマンも準備してあります!」

「!? もしかしてセロリも……?」

「こちらになります」

「うっわぁ……もうなんでもアリだね」

「というかこれ、普通に夏カレーに入る具材なんだよな」

 

 何なの? 実はみんな夏嫌い? Roseliaがみんな野菜苦手って知ったらそっち方向のファンとか増えそうだな。

 

「ってことで今回はいかにバレずに、いかに美味しくこのカレーを完成させるかに全てが掛かっている。……協力してくれるか?」

「……アタシを誰だと思ってんの〜? やるからには全力でやるよ、修哉」

「もちろん」

 

 その場で固く握手を交わすと、お互いに何の合図もなく同時に動き出す。目標、ゴールは決まった。ならばもう自然に体は動いてくれる。

 

 こうして俺たちの夕飯作りは静かに幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リサ、こっちの野菜のカットもお願い。取り敢えず玉ねぎの方行くから」

「了解。ならまな板だけ洗ってくれない? 今肉切ったでしょ」

「サービスを要求する」

「そちらはサービス対象外です♪ あ、ピーさん取ってくれない?」

「はいよ、ほらピーさん。……これもうピーマンってバレてるんじゃね?」

「あはは、かもね〜」

 

 野菜名をぼかすことで事前バレを防いではいるが、これ効果あるの? なんて思っている。ちなみにゴーヤは緑、人参はうさぎ、セロリはベクトルだ。

 

「なんか……あの2人夫婦みたいですね」

「すごい連携……」

「夫婦…………」

 

 ソファーからそんな声が聞こえてくる。全く、これだから恋愛脳に満たされた中学生は……。せめて湊さんが隣にいる時にそういう事を言ってくれ(恋愛脳)

 

 玉ねぎとししとう、肉を炒め終えると早速鍋にシュートする。夏野菜カレーとは言ったが茄子は使わない。定番食材なんだが、茄子だと水分を吸ってしまう。そしてなによりアクが出てしまうから、代わりにピーマンを使っていた。

 

「修哉、手伝えることはあるかしら?」

「ちょっ、湊さん!? えーと……そうだ、台拭きでテーブル拭いてからスプーンとかコップの準備して貰えない? 皿はカレー盛り付けてから配るから」

「分かったわ」

 

 危ねぇ……! リサ思いっきりゴーヤ切ってるのにまさか湊さんが来るとは……! 気づかれてはいないようだが内心冷や汗をかいていた。やめて、と言われた食材を普通に使っているんだ。まだバレるわけにはいかない。

 

「野菜終わり! 今持ってくね」

「了解。 なら俺ルーの準備しとくわ」

 

 しばらくしてルーを入れ終えると、ちょうどご飯が炊けた音がした。釜を開けて米を切ると、一人分づつ皿に盛り付けていく。

 

「そっちはどう?」

「うん、もう大丈夫かな」

「ガラムマサラは?」

「さっき入れたよ」

「完璧だな」

 

 時計を確認すると、時刻は7時を過ぎていた。時間経つのはやっ。精神と時の部屋かよ。

 リサが火を止めカレーを盛り付けていく。そこでまたもや湊さんが登場。俺が受け取る予定だった皿を高速で奪い取りテーブルへと運んでいく。えぇ……? 腹減ってるのか……?

 

「いい匂い!」

「おいしそうです……」

「にんじんにんじんにんじんにんじんにんじんにんじんにんじん……」

「ちょ、紗夜戻ってきて! 大丈夫だから、ね?」

「……とりあえず食べない?」

「ええ、そうね」

 

 ファミレスとは違った空気、環境、雰囲気を感じる。

 いただきます! という声がリビングに上がると、一斉にカレーに手を伸ばす。レタスを割いて作った軽いサラダも置いてはあるが、今は誰もそちらに目を向けていなかった。

 

「おいし〜〜!」

「野菜カレーなのね。おいしいわ」

「ピリッとした辛さがいいですね」

 

 自分の苦手とする野菜が入っている事に気付いているのかいないのか、特に声を上げずに食べ進めていく。ふっ、目論見は成功と見た。やはり好き嫌いなど調理法によって幾らでも克服出来るのだ。

 ……アレルギーとかだったらどうしよう(手遅れ)

 

 

 その後も笑顔で食事は進み、気が付けば全員の皿は空になっていた。氷川さんも例外ではない。

 宇田川さん達が会話に花を咲かせる中、一瞬目があったリサがニッと笑うのを見て俺も小さく笑って見せたのだった。

 

 

 

 

 





セロリの言い換え、分かる人には分かると思うんだ。

あと、Twitter垢作りました。投稿予定日とか作品について以外は基本的にツイートしないと思いますが、それでも構わねぇって人はフォローなどよろしくお願いします。(プロフィール欄にリンク載っけてあります)

たくさん感想を送っていただき本当にありがとうございます! 終わりまであと少し続きますが今後も楽しんで貰えると嬉しいです。

ではまた次回。



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最後の決意


はい、クールタイプガチャではぐみ星4を引き喜ぶと同時に「お前かよ…ッ!」と心が叫んだ作者です。




 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたーっ!」

「ごちそうさま」

「ごちそうさまー」

「ごちそうさまでした……」

「ごちそうさま。じゃあ洗い物するから食器だけ運んでくれない? リサも後は俺やるから休んでていいよ」

 

 若干ゲシュタルト崩壊を迎えそうなごちそうさまを耳に受け、食器を持って立ち上がる。はーい、と緩い返事をした一同はその場で満足そうなため息を吐いた。

 よし、満足してもらえたようだ。後でネタバラシしてやろう(笑顔)

 

 それぞれが食器を運び終わると、食器同士がぶつかる音と水音がキッチンに響く。

 そこで初めて炒め物に使ったフライパンが放置されている事に気付いた。あー、油だけでも先に拭いとくべきだったかな。

 

 油が溜まったフライパンを取りに行き再びシンクに戻ると、先程まで俺がいた場所に湊さんが立っていた。

 

「休んでていいんだよ? このくらいの量なら1人でも大丈夫だし」

「水気を拭くくらなら私でも出来るわ。……それに、頼りっぱなしっていうのも嫌なの」

「……りょーかい。なら俺が洗うから拭いてしまってくれ」

「ええ、任せてちょうだい」

 

 それ以上の会話は2人にない。なのに穏やかな空気が流れ、言葉などいらない暖かいものを感じていた。俺だけなのかもしれないが、そんな事も今は気にならない。俺が洗い、それを湊さんが片付ける。流れるような共同作業をお互い自然にこなしている事が心地よかった。

 

 やがて全ての食器を洗い終えると俺たちも遅れてソファーへ合流する。一応フルーツもあるが今は出さないでいいだろう。

 

「お風呂とかどうする? こういうのって個人によって入る時間に差とかあると思うんだけど」

「いえ、別に特にこだわりはありませんし、時間が空いたなら入ろうと思ってます」

「アタシさっき見てきたけどかなり広かったよ。みんなで入れるんじゃないかな? 」

「温泉かよここ」

 

 何気に設備充実してるよなこのコテージ。

 今なら裏に露天風呂があるとか言われても驚かない自信がある。嘘、やっぱ驚くわ。

 

「ならもう入ろうよ! ねっ、りんりん!」

「わたしはいいけど……みなさんは……」

「私も別に構わないわ。紗夜はどうかしら?」

「全員で入るんですか……? ま、まぁバンド内の結束を強めるという意味でもいいんじゃないでしょうか」

「ぷぷっ、素直に入りたいって言えばいいのに紗夜ってば〜♪ 」

「今井さん!」

 

 え、マジで? 百合展開キタ? 宇田川さんありがとう。その行動力と発言力は本当に凄いと思う。まず最初に白金さんを引き込む辺りとかもう洗練されすぎてお見事としか言えない。

 

「ちなみにその全員に俺は含まれて……」

「「「「「ないです(ないわ)」」」」」

「ですよね〜」

 

 分かってた。分かってたから。常識的にそんな事有り得ないってちゃんと分かってたから! だからそんな本気で引いたような目で俺を見ないで!

 

「では、行きましょうか」

「わーい!」

「覗いちゃダメだからね〜?」

「覗かねーよ」

 

 馬鹿め、俺を何だと思ってるんだ。一対多数が負けるなど火を見るよりも明らかじゃないか。俺が動く時、即ちそれは一対一。マンツーマンにこそ価値があると信じているのだ。理由があれば別だけど。

 とは言うものの結局覗く勇気も度胸もないから何もしないんだが。くっ、男が足りねぇ。

 

「……ふぅ〜」

 

 みんなが立ち去ったリビングに俺のため息が溶けていく。暗くなった外を遮る窓は室内の光を反射し、その端にくたびれた様子の俺が映っていた。

 あー、今頃キャッキャウフフしてんだろうなぁ……。

 

「──見に行けない分、想像で補うか」

 

 …………天才かっ! その手があるじゃないか。俺ならいける、俺ならできる。よし目を瞑れ、そして風呂場の壁になるんだ。さすれば必ず見えてくる──ッ! 

 

 

 

『あこいちばーん! ほらー、りんりんもー!』

『え、えいっ……! 2番……!』

『宇田川さん! 白金さんも飛び込みはマナー違反です!』

『やっぱ広いね〜。友希那、背中流してあげよっか?』

『遠慮するわ。……リサ、もう子供じゃないんだから』

『えへへ、懐かしいよね〜♪ それにしても……ゆきな〜、ちょっと胸大きくなった?』

『キャッ! ちょっ、リサ! やめ、やめて……っ

 

 

 

 ……みたいな!? みたいな事あるのか!? くそっ! この目で見てぇ……(想像です)

 あー、めっちゃやばい。言葉に出来ない何かが湧き上がってきてるのを感じる。鎮まれエクスカリバー! 素数だ、素数を数えろ。1、2、3、4……もうダメだ。

 

「……顔でも洗おう」

 

 煩悩を完全に俺の脳内、ひいては世界から抹消するべく洗面台へ向かう。しかし、当然のようにそれは脱衣所と同じ場所に設置されているため、どの道侵入しなければならない。

 今『普通にキッチンで洗えばいいだろ』って思っただろ。ふっ、ここまで来たらもう遅い。顔を洗うという大義名分を得た以上、ただ突貫あるのみ。そう、これは覗きじゃない、覗きじゃないんだ。怯えることは何もないさ本街修哉。自分を信じろ。

 

 そーっと扉を開けると滑らせるように足を進め、音を立てないようにゆっくりと水を捻る。顔にかけると冷たく心地よい感覚が広がり、沸き上がる衝動もスッと引いていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゆ〜き〜な〜、正直に言ってごら〜ん?』

『リサ……ッ! 本当にやめっ……んっ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 聞こえて来た声に俺は顔を拭くことすら忘れ、顎から水滴が静かに滴る。そっと、肩についた埃を払うような動作で回れ右をし、そのまま脱衣所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜! いいお湯だった〜!」

「…………」

 

 廊下から聞こえて来た声に振り返る。扉を開けて入って来たのは髪にタオルを当てるリサで、その後ろでは他のみんなも同じようなポーズをとっている。

 しかも湊さんちょっと不機嫌そう。心なしか頬も上気してるし。まさかあの後…………やめ、もう考えるのやめよう。

 

「……修哉、何か聞こえなかった……?」

「何も聞いてないです」

「……? そう、ならいいんだけど」

 

「ど」、と同時に黄金の瞳がリサを睨む。その視線を受けたリサは苦笑いを浮かべて両手を合わせた。そして俺も両手を合わせる。ありがとう。

 一部を聞いてしまっているせいで、湊さんが恥ずかしがると俺まで赤くなってしまいそうになる。しかも水気を含んだ嫋やかな髪からはシャンプーの匂いが漂い、それとは別に女子特有の甘い香りまでする。

 

「じゃあ俺風呂行ってくるわ」

「ごゆっくり〜♪ 」

「ゆっくりするといいわ」

 

 自覚できるほど赤くなった顔を隠すように立ち上がり、そのままリビングを出る。

 タオルや着替え一式を取りに行き俺は先程の脱衣所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はいそして現在9:30分! 野郎の入浴シーンなどバッサリカットしていこう。1つ感想を言うなら落ち着けるのが大変だった()

 

「あれ、宇田川さんどうした?」

 

 ソファーへと近づくと、腕をだらりとさせながら倒れているのが見える。うつ伏せのせいで背中しか見えないがピクリとも動く様子はない。

 

「疲れちゃったらしいです……」

「あれだけ叩けば無理ないか……」

 

 その時は勢いでなんとか出来てしまう事も、後になって気をぬくと一気に疲れに出るものだ。俺もバイトとかで経験するから今まさにゾンビ状態になっているのも分かる。

 

「あこちゃん……寝るなら上いこ……?」

「うーん……りんりんも一緒に……」

「……うん、行こっか……。みなさん、おやすみなさい……」

 

 おやすみ〜と返事を返すと、ゆらゆら揺れながら歩く宇田川さんを連れて二階へと向かって行った。

 

「アタシたちも上行こっか。ガールズトークとかしようよ☆」

「やらないわ」

「やりません」

「えぇ〜? そんなこと言わずに〜!」

 

 こう言う時に相手にされないリサ。まぁこの2人相手なら仕方ないよな、ガールズトークとか興味なさそうだし。

 

「私はもう少しここにいます」

「そっか、オッケー♪ じゃあ友希那、行こ?」

「はぁ……分かったわ」

「おやすみー」

「おやすみなさい」

 

 白金さん達に続いて2人もリビングから出て行く。なんだかんだ言いつつやっぱ仲良いなぁ……なんて思いながらそっと微笑む。

 2人分ほど離れた所に座る氷川さんが小さく動くと、一呼吸置いてから口を開いた。

 

「本街さん、湊さんとはもう大丈夫なんですね」

「……はい? なんのことでおじゃるか?」

「気づいてないと思ってたんですか? 前の練習中、かなり放心していました。ほんの2日間でしたが」

 

 ……え、まじ? 気づいてたの? ダメじゃん『ジャンクフード』作戦。ちょろかったのは俺の方だったか。

 

「な、なんでそれが湊さんに関係してると……?」

「……はぁ。これも既にメンバー全員が気づいてると思いますが、好きなんですよね? 湊さんのこと」

「えぇ……?」

 

 なんで知ってんの? 俺そんなに分かりやすい……? って思ったけど違ったわ。確かこの人たち全員ファミレスでニヤニヤしてたよな。完璧それじゃん。

 周りが気づいても意味ないんだよなぁ。

 

「まぁ、その……好きなんですけど」

「なら私は伝えた方がいいと思います。私にも最近、想いを伝えてくれた人がいたので」

「……うん、伝えるつもり」

 

 この合宿は俺にとってその為のものでもあるのだ。いつだってそれは忘れていない。恐怖心は多少あるが、それでもこれだけは覆せない。

 

 それに──

 

そっか、あいつも伝えたのか

 

 氷川日菜が言っていた言葉。小さく呟かれたあの一言が向いていた方向は姉の氷川さんだったんだろう。その末が、目の前の表情を見ると良い方向へ進んだ事を理解した。

 なら、俺もまだ頑張れるだろう。

 

「だいたい、湊さんも鈍感なのよ。私ならとっくに気づいてるのに」

「そんなに!? ……って、なんか氷川さんとこんな話するの新鮮だな」

「そうですね。私もまさかこんな日が来るとは思ってませんでした」

 

 練習中とは違う楽しそうな笑みを浮かべそんな事を話し合う。その後もしばらくそんな会話を楽しむと、氷川さんが立ち上がった。

 

「では、私もそろそろ部屋に行きます」

「そっか。おやすみ」

「おやすみなさい。……応援してます」

「……おう」

 

 ガチャ、とドアが閉まる音を聞き届けるとその場に静かに横になる。

 静かに天井を眺めていると、テーブルに置いてあった携帯が震える音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

「……深淵なる闇の力が〜……すぅ……」

「あこ……ちゃん……すぅ」

「ふふっ、燐子も寝ちゃってるね」

「ええ、静かにした方がいいわね」

「それじゃあ、静かなガールズトーク開催〜!」

「…………」

「ちょっと、ノリ悪いよ〜?」

「普通に喋るだけじゃダメなのかしら?」

「それでもいいけど、雰囲気とかあるじゃん?」

 

 照明を点けっぱなしで寝ている2人を置いて、私とリサは布団に座る。自宅ではベッドで寝ているため敷布団が新鮮に感じられた。

 

 ──大事な話って何なのかしら……

 

 夏休みに入る前、あの公園で言われた言葉が未だに頭の中を回っている。その意味、内容、目的を考えない日は無かったと言っても過言ではないだろう。良い話か悪い話か、なんて想像を膨らませては萎ませる。そんな事を繰り返しているうちに気づけば当日を迎えていた。

 

(でも、今日は何も無かったわね)

 

 まさか修哉が忘れている……?

 いや、自分で言い出したんだからそれはないだろう。タイミングを逃した……? それとももう既に──

 

「ゆーきなっ、難しい顔してるよ? 修哉のこと?」

「っ……違うわ」

「うそー、アタシが何年一緒にいると思ってるのさ。それくらい簡単に見抜けるもんね〜♪」

 

 反論虚しくいつもの笑顔で看破される。

 

「あの時言っていた『大事な話』が気になっただけよ」

「あぁ〜、あの友希那が泣いた日の」

「……寝るわ」

「待って待ってゴメン、もうからかわないから寝ないで!」

 

 からかわれるのは今回が初じゃない。私自身思い出すだけで恥ずかしいのに言葉にされてしまうと悶えそうになる。

 

 抱きしめられた腕の力は強く無かったが、それでも胸は広く優しい匂いに包まれたのだ。……それに情けなくも泣いてしまった。だが、あの日以降さらに距離が縮まったのは確かだろう。実際、私もかなり意識してしまっている。

 

 ──料理の時、不自然じゃなかったかしら……? 

 

「あ、また赤くなった」

「……リサ、いちいち言わないで」

「可愛いなーもう。あ、そうだ。いいものあげるよ♪」

「いいもの……?」

 

 リサは携帯を取り出すと、その画面を私に見せないように操作し始めた。何故かしら、良くない予感がする。

 

「あっ……。送ったよ〜☆」

「あっ、って何かしらあっ、って」

 

 同時に私の携帯が震え一通のメールが届いた。恐る恐るそれに添付されている画像を開くと、顔が一気に熱くなった。

 

「ふっふーん、よく撮れてるでしょ? ……あと先に謝っとくね。ゴメン、一斉送信しちゃった♪ 」

「わざとね……!」

「わ、わざとじゃないよ! 本当に!」

 

 緩んだ表情のまま問い詰めると、下からゴンッ! という鈍い音が聞こえてきた。しばらく待つと、横に置かれているリサの携帯が震える。有無を言わさずそれを開くと、先程の一斉送信メールに返信が来ていた。

 

 

 ────────────────

 

 先生、ありがとうございます……本当にありがとうございます。

 一生の宝物にします

 

 ps.もし今の音で宇田川さん達起きちゃったら地震とでも言っておいてくれ

 

 ────────────────

 

 

「〜〜〜っ」

「良かったね〜友希那?」

「良くない!」

 

 良くない、全くもって良くなんてない。今まで以上に膨れ上がったこの気持ちは一体どうすればいいんだ。

 

「皆さん、まだ起きていたんですか」

「紗夜……!」

「紗夜おかえり〜」

「ガールズトーク、盛り上がってますね……」

 

 少し呆れた様子の紗夜が部屋に入ると、私とリサの横を通り越して布団の上に座る。違う、詳しい定義は知らないがこれはガールズトークなんかじゃない。

 呼吸を乱しながら柄にもなく取り乱す私に追い打ちをかけるように、今度は私の携帯に一通のメールが届いた。

 

 

 

 

 

 ─────────────────

 

 

 湊さん、まだ起きてる? 

 

 

 ─────────────────

 

 

 

 瞬間、心臓が大きく脈打った。

 

 

 

 

 

 





確実に完結に近づいて来ましたね。一回でもいいから友希那と混浴したい(死ぬ)

お気に入りやTwitterのフォローありがとうございます! 本当に励みになってます。
もう物語も終盤ですが最後まで楽しんで貰えると嬉しいです。

ではまた次回。


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月が綺麗


クライマックス…!




 

 

 

 冷房の影響でひんやり冷えた床の温度が体に沁みる。ソファーから転落した時にぶつけた側頭部がやや痛むが、今はそんなことを気にしている余裕は俺に無かった。

 

(送っちゃったよ!? ついに送っちゃったけど大丈夫なのか俺!)

 

 緊張に手が震える。一拍遅れて訪れた甘酸っぱいような気持ちに硬いフローリングの上をもがくようにのたうち回った。なんなんだ、覚悟決めるとか言ったり動揺したりブレッブレだなマイメンタル。

 だが同時に高揚感を得ている自分も確かに存在していて、それが不思議と心地よくもあった。

 

「……落ち着け、落ち着け。決めたことだろ」

 

 もう賽は投げられた。あとは湊さんの返信を待ち、それ次第で心の中身をぶちまける、もとい伝えるだけだ。結果は……またその時になって考えればいいだろう。

 

「それにしてもさっきの画像……」

 

 リサから送られてきたメールに添付されていた一枚の画像。行きの電車内で俺と湊さんが肩を寄せ合い眠りにつくその絵がどうしても頭から離れない。しかもあれ何故か一斉送信だったしな。なに? わざとなの? 拡散希望なの? リサとか友達多そうだからそういうのやったら最強なんじゃないだろうか。

 

 待ち時間に改めて画像を開くと、顔へ熱が上ってくるのを感じる。陽の光を浴びる湊さんはどこまでも幻想的で、一枚の絵画のような輝きを放っている。

 一方その隣で死んだように安らかな顔で眠りにつく一人の男。まるで真横に広がる絶景に水を差すかのような圧倒的な場違い感がそいつからは放たれていた。というか俺だった。

 

「───でも、我ながら本当……」

 

 ……幸せそうな顔してるなぁ、なんて。自分の無意識を撮られただけに、映る光景が本物のような気がして無性に嬉しさがこみ上げてくる。

 湊さんはこれを見たんだろうか。もしそうなら、これを見て何を思ったんだろうか。「よく眠っているわね」と流しただろうか。「何故こんなのを撮ったの……?」とリサに問いを投げたかもしれない。それとも、もしかしたら───

 

「うぉっ」

 

 ……なんて考えを遮るかのようなタイミングで携帯が震える。床に落としそうになるのをうまく堪えて、通知の主を確認する。

 やはりというか、湊さんだった。

 

 

 ───────────────

 

 

 起きてるわ。今そっちに行くから。

 

 

 ───────────────

 

 

「来るのか!?」

 

 来て欲しくはあったがここは『起きてるわ。何か用かしら?』みたいな流れが普通なんじゃないか!? 嬉しいけど! 嬉しいけども! 

 

「……騒がしいわね」

「み、湊さん……本当にきたのか」

「ええ、ちょうど眠気が覚めたから」

 

 ドアの隙間から流れた声に振り返る。そこには呆れた視線でこちらを眺める湊さんの姿があった。

 

 ここで一度俺の体勢を確認する。フローリングの上に横たわり、コイ◯ングもびっくりな跳ねるを繰り出した直後の硬直時間。打ち上げられた魚のようなポーズをとった男の姿が転がっていた。……穴があったら埋まりたい(切実)

 

「と、とりあえず落ち着いたから。無害だから入ってきてくれませんか……?」

「……何をしていたのかはこの際追求しないわ」

「ありがとうございます……」

 

 ドアを開け、こちらへ歩いてきてソファーに腰を下ろすも目が合う事はない。何故か湊さんは斜め下へと視線を固定させ、落ち着かない様子だった。

 

「……どうした? そこ何かある?」

「なっ、何でもないわ」

「そ、そう?」

「そうよ」

「そうか……」

 

 何とも可笑しいような会話を繰り広げる。皿洗いの時とは違いやや気まずい空気が流れ、お互いが次の言葉を待っているような雰囲気を醸し出していた。

 

「ガールズトーク楽しかった?」

「あれは……ガールズトークなんかじゃないわ」

「お、おう。リサがなんかやったのは理解した」

 

 思えば上から音してたしな。声までは聞こえないが、吹き抜けのせいで多少は響きやすくなってるのかもしれない。

 

「ねぇ、湊さん」

「……何かしら?」

 

 本題を切り出そうと息を飲む。意識した途端にうるさく騒ぐ心臓をそのままに、俺は続く言葉をそのまま放った。

 

 

「──ちょっと、散歩しない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……涼しいな」

「それにとても静かね」

 

 等間隔に並べられた街灯が照らす先を二人で歩く。空には無数の星が瞬いており、その中心に座すかのように浮かぶ月が闇夜を照らしていた。

 

「作曲の方はどう?」

「そうね……もう少し、かしら。もっといいフレーズがあると思うの。そっちはどうかしら?」

「かなりいいんじゃないかな。前よりは確実になってると思う」

 

 まぁ素人の意見なんですけど、と心の中で付け加える。いつだって俺はただの素人で、試行錯誤してみてはいるがどうしても限界はあるのだ。それでもこうしていられるのは、今までの俺の行動、言動が影響しているのだろうか。

 

「改めて、俺が今こうしてるのってすごい事だよな」

「……どうしたの? 急に」

「いや、ただ何となく通ってただけの学校とか私生活がここまで変わったのが素直に嬉しくてさ。人生何があるか分からないなー、なんて」

「……ええ。私もあなたが来てから変わった。本当、何があるか分からないものね」

 

 何故、夜はこうも感傷的になってしまうんだろうか。この暗闇が、月明かりが、静寂を飾る二人の足音が心地よくて、つい普段は決して言わないようなセリフを口走ってしまう。ただそれは湊さんも同じなのか、いつになくリラックスしているように見えた。

 

「俺が初めてRoseliaの練習に参加した時のこと覚えてる? あの時とかめっちゃ緊張しててさ」

「リサが私に言いに来た時は驚いたわ。今こうしていられるのもリサのおかげね」

「ああ、全くだ」

 

 さすがは幼馴染。リサが話題に上がった瞬間に湊さんの頰が若干緩んだ気がする。嫉妬しているわけではないが、何となく羨ましくも思ってしまう。

 

 それからも取り留めのない思い出を話し合う。山で見た景色の話や初めて俺がファミレスに同行した時の話、泊まりの時の料理の話など、語り出したらきりが無いような濃い時間に追憶を巡らせる。

 

 やがて潮の匂いが強まり、ざぁぁっと轟くような波の音も聞こえてきた。

 

「おー、海だ」

 

 風で飛ばされた砂がちらつく道路を歩き、人の音がない砂浜へと足を踏み入れる。

 

「なんだか新鮮ね。……夜の海、好きかもしれないわ」

「うん、その気持ち分かるかも」

 

 この景色を邪魔するものは何もない。人も、喧騒も、蒸せるような暑ささえも。何者に上書きされ書き換えられる事のない自然がそこに広がっていた。

 

 どちらともなく歩き出し波が届かないギリギリの距離で足を止める。押しては引いていく水面に映る月が儚げに揺れ、それを見ているだけで心の中が空っぽになっていく気がした。

 

「……綺麗」

「……うん。綺麗だよ、ほんと」

 

 そっと湊さんを見ながら呟く。仄かに照らされた髪は潮風でなびき、銀の花を宙に咲かせる。その姿がどこまでも幻想的で、神秘的で目を逸らすことができなかった。

 

「────」

 

 伝えようとして口を開くも一つも言葉は出てこない。その意味に気づいた瞬間、涙が溢れるような思い出が脳を駆け巡る。視界が滲み、開かれた口と行き場のない波音が一帯を彷徨っていた。

 

 これで終わりだ。そして、別の何かがまた始まる。それが微笑む先は誰も知らないが、少なくとも確実に現状は転がる。

 

 ──なんて、今更だよな。

 

 そうだ、今までだって変化の連続だったじゃないか。いつだってそれを受け入れて、時には踏み出して、その度に一喜一憂して過ごしてきた筈だ。

 ただそんな事を思う心を鼻で笑い、ふっと息を吐き出した。そこに確かな想いを乗せて。

 

「──湊さん。話が、あるんだけど」

 

 いつかの記憶の焼き回し。あの時は今日と違って今にも泣き出しそうな空模様だったっけ。だがそれも過ぎ去った。空どころかムードも話の内容も、これから言うのは全てが真逆。

 

「──何かしら」

 

 ピクッと肩が震え、ゆっくりとこちらに向き直る。月光の影になりその表情は窺えないが、今の俺にははっきり見えていた。

 

「俺、俺は───」

 

 緊張に歯が震える。心臓はかつてないほどに脈打ち、呼吸することすら忘れてしまいそうになる。ぐっと腹に力を込め、ついに絞り出すようにその一言を放った。

 

 

 

 

「ずっと、ずっと前から湊さんのことが好きでした……っ! 俺と付き合ってください!」

 

 

 

 

 同時に頭を下げる。訪れるのは静寂のみ。視界に映るのは微かに光る砂浜とそこに立つ二人の足。

 どのくらい時間が経っただろうか。数分、もしかしたらほんの数秒かもしれない。緊張で感覚が狂い全てがスローモーションにすら見えてくる。

 

 未だ固定された俺に言葉は何も返ってこない。それがだんだん大きな波紋となり、一つの結末が脳裏を掠めた。

 

 

 ──あぁ、これ終わったかな。

 

 

 漠然とそんな事を思う。途端に感じたのは悲しさでも憤りでもなく『喪失感』。失ってしまったものを見送るかのような寂しい思い。

 

 そんな中、俺に向かうように立つ足元に波とは違う染みができ始める。ぽつりぽつりと砂を濡らすそれに、俺は軽く頭をあげた。

 

 

 そして気づくことになる。

 

「み、湊さん!? なんで泣いて……」

 

 るの──と続く言葉は口から出ない。涙をそのままに湊さんの目は驚きに見開かれている。俯いた顔を庇うように前髪が揺れ、隙間から覗く頬や耳は目に見えて赤い。

 

 やがてゆっくりと顔を上げると、最高の微笑みを持って答えを返した。

 

 

「……すき。私も……修哉のことが好き……っ」

「……ぇ」

 

 

 告げられた言葉の意味を反芻する。俺は湊さんが好きで、湊さんも俺のことが好き……?

 意味を飲み込むと同時に、再び俺の視界も滲み始める。あぁ、反則だ。そんなに泣かれたらこっちまで泣きそうになるじゃないか。

 

 涙で赤くなった瞳が俺を覗き込む。その全てが愛おしくて、すかさず細い体を抱きしめた。

 俺は湊さんが好きだ。ふとした時に見せる小さな笑顔や歌ってる時の真剣な瞳、控えめな胸も俺より僅かに低いその身長も、多くありすぎて挙げてしまえばきりがない。

 だから、全てを3文字に纏めて優しく放つ。

 

「好きだ」

「っ…………」

 

 きゅっ、と抱き返す力が強まる。それがたまらなく嬉しくて俺も抱きしめる腕に力をいれる。

 

「心臓……すごいわね」

「……言うな。湊さんだってすごいからね」

「……恥ずかしいからやめて」

 

 激しい音が胸に伝わり、同時に湊さんへも俺の鼓動が響いている。お互い緊張している事が筒抜けの状態に、2人して小さく笑い合う。

 

「服、また汚してしまったわね」

「いいんだよ。俺も、ちょっと汚しそうだから」

 

 幸せすぎる現実に涙が押し寄せてくる。気を抜けば頬を伝ってしまいそうになるそれを、男の意地で堪えていた。

 

「あっ……」

 

 そっと肩を掴んでその身を離すと、名残惜しそうな声が耳に届く。

 

 まだ少し潤んだ瞳を見つめていると、次第にどちらともなく顔が近づいていく。探るように、おっかなびっくり縮まる2人の距離を、月明かりが優しく照らす。

 

 

 

 

 

 そっと触れるように一つになる影が、短く砂浜に伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(き、気まずい……)

 

 

 海辺を離れ、俺たちは同じ道を辿り帰路に着いていた。一周回って冷静になったせいで燃え上がるような恥ずかしさに襲われる。さっきから隣を歩く湊さんから顔を背けるように、ひたすら田んぼに向かって気持ちの悪い笑みを浮かべていた。あ、いま案山子と目あった。

 

 背中に光る月とは別に、光度マシマシな人口の明かりの中を歩く。ちら、と時間を確認してみると午後10時30分を過ぎていることに気がついた。おぅふ、思いっきり補導時間じゃないですか。まぁこんな田舎の夜道に警官なんて居ないだろうけど。

 ちなみにこれフラグじゃないから。

 

(それにしても……柔らかかったな……)

 

 先程の感触を思い出して唇をそっとなぞる。歯がぶつからないようにゆっくり進んだその口付けは触れるように軽く、いつまでも続けたいような気持ちよさがあった。

 

「……しゅ、修哉」

「は、はいっ! 何でしょうか!」

「……ふふっ、ぎこちないわね」

「……はは、確かに固いな」

 

 どこまでも初心なことを指摘し合う。こうして2人で同じ事で笑えることがたまらなく幸せに感じた。

 

「私たち、付き合うってことでいいのよね……?」

「うん、良いと……思う」

「その……よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「……まだ固いわね」

「こればっかりは慣れだろ……。ちょっと恥ずかしすぎてつらい」

 

 一歩は踏み出せても、結果を得ることができても、やはり俺は変わっていないらしい。だがそんな相変わらずのチキンっぷりにさえ安心する自分もいるわけで。

 

「これ、リサに報告した方がいいのか?」

「今はまだいいんじゃないかしら……? その、恥ずかしいから……」

 

 あ、赤くなった。日頃のクールさはどこへやら、照れまくる湊さんを見ると俺まで照れてくる。

 でも、ちゃんと話そうとは思っている。リサなら話さないでも速攻で察して祝ってくれるだろうが、それでもしっかり自分たちの口から言いたかった。

 

「じゃあ、その……改めてよろしく。ゆ、友希那」

「っ……今名前呼びは卑怯だわ」

「ちょっと卑怯なくらいが丁度いいんだよ」

 

 久しぶりに名前を呼んだ気がする。だがそれの意味するものは前とは違く、さらに深い想いを宿していた。

 

「でも、呼び方はそのままでも構わないわ」

「え、なんで?」

「だって────想いは、もう伝わってるもの」

 

 その一言に目を見開く。幸せの限界量を軽々と超え、想いと同時に再び涙が溢れそうになる。泣くな、堪えろ泣き虫。

 

「それに、その方が修哉らしいわ」

 

 今までの俺が作り上げてきた『らしさ』。それがこの呼び方なのだとしたら、今からはそれを変えていこうと決意する。何度目かは分からないが、隣で微笑む彼女を見て強くそう思った。

 

「……湊さんだって卑怯じゃん」

「お返しよ」

 

 同じ歩幅、同じリズムで足音を刻む。視界の先には光の漏れるコテージが映り、玄関のドアを開けて中に入ると一層の安心感に襲われた。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

 言葉を交わしてリビングへ戻る。

 窓の外。雲が覆った月の影に、鈴虫の旋律がどこまでも輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





と言うわけで告白回でした。いやぁ難しい…! 上手く書けていることを願ってます。

新たに評価してくださった 笹倉海斗さん、ジュンさん、Clear2世さん、ジョイン@にのまえさん、ありがとうございます!

次回、最終回。


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波間に続く


蛇足感溢れますが最終回です




 

 

 トントントン、と刻みのいい音がリビングに響く。ぶつかる刃、倒れる野菜、味噌汁を温めるガスの音。ただ景色だけが違ういつもの朝に、俺は1人キッチンに立っていた。

 いや、他にも違うものが一つあったな。

 

 それは────

 

「彼女……湊さんが彼女……やばい」

 

 俺が無人のリビングに向かいながら口元を緩めていることだろう。

 いや仕方ないだろ!? 寝て起きたら改めて実感湧いてきたんだから! 朝日で目覚めた直後とかまず最初に夢じゃないか疑ったからね!?

 思い出すだけで恥ずかしくなり、胸がかぁっと熱くなる。

 

「おはようございまーす! わ、朝ごはん作ってるー!」

「修哉さん……おはようございます……」

「おはようございます。早いんですね」

「お、おはよう。もうすぐできるから待っててくれ。……リサ達は?」

「今井さん達ならもうすぐ来ると思います。ほとんど同じ時間に起きたので」

「そっか、了解」

 

 つい「ゆ、友希那達は?」と言いそうになるのをなんとか堪える。恥ずかしいから内緒と零したあの横顔を思い出し、さらに熱くなるのを感じた。

 

「あれ、修哉さん体調悪いんですか? 顔赤いですけど」

「大丈夫大丈夫、これはあれ、息止めてるから赤くなってるだけ」

「息止めてるんですか!?」

「暇つぶしで」

「ふふっ……さぁ、宇田川さんも白金さんも席に着いて待ちましょう」

「はい……」

「はーい」

 

 ふと、席へと向かう氷川さんが振り返り柔らかい笑みを作って見せた。まるでそれが『上手くいったみたいですね』と言っているように映り、反射的に視線をそらす。

 

 同じタイミングでドアが開き遅れて2人が入ってきた。

 

「おはよう」

「おはよー。あれ、もうご飯できるの?」

「2人ともおはよ。もうすぐできる」

「オッケー、ならアタシは食器とか出そうかな」

「私も手伝うわ」

 

 見慣れたポニーテールを揺らしながらテーブルの前を通り過ぎ、俺の後ろの棚から食器を持ち出し運んでいく。リサの後に続いてきた湊さんがその場で小さく動きを止めると、不意に顔を寄せてきた。

 

「修哉、おはよう」

「っ……友希那もおはよう」

 

 この世の全てを魅了するかのような瞳に心臓がドクンと跳ね上がる。そんな俺とは裏腹に、湊さんは満足そうな笑みを浮かべると踵を返してリサへと続く。

 ……あれ? ドキドキしてるの俺だけ……?

 

「あっれー、友希那また顔赤くない?」

「ほんとだー! 友希那さん大丈夫ですか? さっき修哉さんも赤くなってたし……2人とも風邪とか?」

「あこちゃん、大丈夫だよ……。多分、風邪じゃないから……」

「白金さんのいう通りです」

「……リサ、いちいち言わないで」

 

 ……なんてこったい! 余裕そうに見えて湊さんも恥ずかしかったという事実。……あぁ、可愛すぎて辛い。

 

「とりあえず作り終わったから食べようぜ。サラダは自分で取ってくれ」

「はーい!」

 

 俺が席に着くと、いただきますの声と共に賑やかな朝食が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふ……妾は深淵より来たりし魔姫あこなるぞ! 闇の旋律を……旋律を……?」

「宇田川さん、真面目にやってください」

「やってる! あこちゃんと真面目にやってます! りんりーん、助けて〜!」

「え、えぇ……」

「あはは、あこ十分カッコイイよ〜?」

「ダメなの! あこのドラムでもっとバーン! ってさせるんだから!」

「それで、今のは何なのかしら?」

「えーと、MCの練習です」

「まじかよ」

 

 いままで宇田川さんが言ってたこれって全部MCの練習だったのか。初めて知ったぞ。

 

「ふぅ……そろそろ休憩にしましょうか」

「わかりました……」

「オッケー」

 

 時刻は正午を回っている。午前のほぼ全てを練習に使い、やっと訪れた休憩時間に肩の力を抜いた。が、再び入れ直す。リサと小さくアイコンタクトを交わすと作戦を開始した。

 

「海行こう!」

「え、いいの!?」

 

 ……よし食い付いた。まず最年少で最も活発な宇田川さんをこちらに引き込むことに成功する。これにより芋づる式に白金さんも引き込める。苦手な人混みに関しては宇田川さんの無意識の協力と運次第だ。

 

「行きません」

「ダメです、行きます」

「行きません!」

「ダメです」

「ダメですって何ですか!?」

 

 そして立ちはだかる壁。氷川さんには試した通り強行突破が通用しない。だがこれも計算の内。

 

「いいじゃん紗夜〜、ぶっ続けで練習してたんだから気分転換も必要じゃん? それにちょうどお昼なんだし色々食べようよ〜」

「それに海の家で色々売ってるらしいぞ。ポテトやらラーメンやら」

「……昼食なら仕方ないですね」

「湊さんもいい?」

「今から否定してもどうせ行くんでしょう? ……私は構わないわ」

「ふふっ、決まりだね〜♪ 」

 

 よし、釣り上げた……! 

 瞬間的に賑やかになったリビングに拳を握る。勝った……勝ったぞ! これで水着イベは確定だ。

 それぞれが着替えや準備をし、そのまま海へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

「キャッ! 冷たーい! それっ」

「やったな〜! おらっ!」

 

 

 聞こえる会話に視界が歪む。

 

 

「太陽よりお前の方が輝いてるよ」

「やだ嬉しいー! こんなイケメンに愛されて幸せー」

 

 

 響く声に気温が上がる。

 

 

「はい、あーん♡ どう? おいしい?」

「あぁ、最高に美味しいよハニー」

 

 

「爆ぜろリア充! 弾けろシナプス! バニッシュメント! ディス! ワール──」

「静かにして」

「……はい」

 

 刺すような日差しの中。まるで別空間かのように佇むビーチパラソルの下に俺たちは座っていた。

 

「……そういえば氷川さん達は?」

「海の家に昼食を買いに行ったわ。リサ達も一緒にいるはずよ」

「そっか」

 

 決して多いわけでは無いがそれなりに人がいて、ぼーっとしているだけでも視界の隅から目の前を通過していく。

 正直、これほどまで砂が熱いのは予想外だった。火傷するぞ火傷。そのせいで2人してこじんまりとかき氷を食べているわけで。

 

「冷たいな」

「そうね」

「水着、似合ってるよ」

「っ……そう、ありがとう」

 

 隣に座る湊さんはすっと消えそうな白い肌に対比するかのような黒いビキニタイプの水着を身に纏っている。どこまでも美しさを放つその姿に何度目を吸われたことか。理性を保つので一苦労である。

 

 特にさっき俺が女の人にぶつかった時、ぽつりと「やっぱり大きい方が……」って呟いたのはやばかった。狙ってるかと思ったわ。

 そのせいか今水着を褒めた途端、嬉しそうに頬を緩めていた。

 

 しばらくして食事を運んできた氷川さん達と共にポテトや唐揚げに手を伸ばす。

 

「他の2人はどこかしら?」

「宇田川さんと白金さんならすぐ戻ると言って席を外しました。お手洗いでしょうか」

 

 リサも水着を着ているのに、ただ1人氷川さんはTシャツを着用している。暑く無いのかよ……という意味を込めて視線を送るが、気にしていないと言わんばかりに顔を背けられた。

 

「ただいまー!」

「戻り……ました……」

「噂をすればだな……どこ行ってたの?」

「それはですね……これです!」

 

 戻ってきて早々、宇田川さんは背後に隠していたものを持ち上げた。

 

「スイカ、ですか?」

「おっきい〜〜! それどこから持ってきたの?」

「それは……我が内に眠る暗黒の魔法陣から召喚を……」

「海開き記念で……1組一つ配ってました……」

「太っ腹な海だな」

「ということで、スイカ割りしましょう!」

 

 高らかに宣言すると、これまたどこから持ってきたのか長い木製の棒を取り出す。おいちょっと待て、お前どこに隠してた。サイズ的に無理だろそれは。

 

「いいね〜♪ なら早速やろっか!」

「わーい!」

 

 人が少なめな場所にスイカと棒を移動させる。やはりというか活発的な宇田川さんを中心にみんなも遊びに参加していた。

 

 宇田川さんから順に目隠しをして目を回してもらう。スイカは離れた位置に置かれているが、なんとなくこの一回で終わってしまいそうなきがする。

 

「じゃああこ行きます! ムム、見える……我が魔眼には全て見えているぞ! ここだぁっ!!」

「うぉぉ!? 危ねぇ!」

「さてはこっちか!!」

「違うそれスイカじゃない! しかもなんでそんな正確に狙えんの!?」

 

 魔眼強すぎ! バッチリ俺だけ追尾してるからねこの木の棒。

 ──それからも順番を変え、スイカを叩き割るための戦いは続いた。

 

「次は私が行きます」

「紗夜ガンバ〜!」

「こんなもの、集中すれば目を瞑っていても問題ありません」

「……氷川さん、そっち真逆」

 

 ある者はスイカを見失い。

 

「わたしの番……」

「りんりんファイトー!」

「うん……頑張る……!」

「白金さん! いまです!」

「えい……っ!」

「惜しい〜! 燐子ドンマイ」

 

 ある者は普通に空振り。

 

「次はアタシだね〜♪ アドバイスお願い!」

「リサ、もう少し前よ」

「オッケー♪」

「イキスギィ!!」

 

 ある者は行き過ぎ。

 

「次は私ね」

「友希那さん、頑張ってください!」

「湊さん、決着をつけてください」

「ええ、行くわよ!」

 

 そしてある者は……。

 

「……当たっても……割れない……」

「……可愛い」

 

 そもそも割ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……疲れた……」

「もうしばらく動きたくないわ」

「同感だ……。みんな体力あるよなぁ」

 

 

 日も傾いて夕暮れ時。俺たちは暑さも和らいだ砂の上で寛いでいた。

 なんとかスイカを割り終えた後も海に潜ったり、砂で城を作ったりなど休む暇なく遊び続けた。その果てがこの光景だった。

 全身がくたくたに疲れ、グロッキーになっているであろう俺はため息と共に空を仰ぐ。

 

「それにしても、なんだかんだ言ってみんな水着持ってきてたんだな。氷川さんとか後半超ノリノリだったし」

「私も意外だったわ。あんな紗夜を見たのは初めて」

 

 特に城造りの時がピークだったな。もしかしたら練習よりも厳しかったんじゃないだろうか。指示通りに動き「こんなはずじゃ……」と嘆く宇田川さんが印象的だった。助けてやれなくてごめんな。

 

「夕方の海もいいもんだな」

「……ええ。夜とは違った良さがあってとても綺麗」

「いつかさ、また来ようよ。今度は……その、2人で」

「……! そうね。いつか、2人で」

 

 いつか、なんて不確定な約束をそっと交わす。不変なんてものは存在しない。それはいい意味でも悪い意味でも等しくて、俺と彼女の関係がそれを色濃く証明していた。

 だからこそ、俺は自信を持って言えるだろう。また必ずここに来ると。

 

 

「修哉」

「……ん?」

 

「──Roseliaに全てを賭ける覚悟はある?」

 

 問いかけに振り向く事はない。ただ前だけを見つめ続け、ふっと肩の力を抜いた。

 答えなんて聞かれる前から決まってる。バンドの練習中やあの遠足、初めて会った時からずっと、俺の中には彼女がいた。だから自信をもって、胸を張って伝えることができる。

 

 

「──ああ、賭けるよ」

 

 

 Roseliaに、彼女に俺の全てを賭けよう。

 

 夕に染まった水面は何処までも続き、やがて1つの線になる。あの先には何があるんだろうか、なんて考えながら潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。確かに存在するその先はまだ見えないが、それがまた俺の未来を弾ませる。

 彼女に出会って初めて生まれた高校生活は、大きな1つの答えを得た。近づき、並び、時に離れたこの感情が唯一それを確信している。

 

 

 ──本当にありがとう。

 

 

 落ち着き始めた喧騒の波間に耳を傾けながら小さな温もりに手を重ねる。

 浜辺を彩る波音だけが、どこまでも空に溶けていった。

 

 

 

 

 

 





どうしても最後のが書きたかったんや…!

ということで、これにて完結になります。
今まで「彼女に出会った高校生活」を読んでいただきありがとうございました! こんな思いつきで書き始めたような作品に評価、感想、お気に入りをしてくれた方も本当にありがとうございます!

また別の作品を投稿したらその時はよろしくお願いします。

ではでは、ビタミンBでした。



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Neo-Aspect編
予兆、或いは徴証



Roselia二章、Neo-Aspectのイベスト最高でしたね。もうなんて表現したらいいか分からないレベルで感動しましたし、例の友希那が泣くシーンは画面の前で10分近く固まってました(実話)

って事で今回からは『Neo-Aspect編』を書いていこうと思います。
楽しんで(?)読んでいただけたら幸いです。

ではどうぞ。



 

 

「さてと……どうしたもんか」

 

 窓から流れ込む風が頬を撫でる午前中。

 あいも変わらず教師の話を聞き流しながら、俺は使い込まれた一冊のノートとにらめっこを繰り広げていた。

 ちなみに結果は100戦100敗。こいつ表情ないからどうやっても勝てない。

 

 先端から顔をのぞかせた炭素の細棒をトントンと紙にぶつけながら、何も書くわけでもなくノートの枠線に視線を滑らせる。

 既に小さな見出しと共に書かれている文字を、何度目か分からないまま心の中で読み上げた。

 

 

 

 ──今回の改善点と前日比、ライブに向けたセットリストとそれに向けた個人の課題について。

 

 

 

 うん、我ながら大層な事をやっていると思う。最近では雑用のような仕事ではなく、こういった演奏の根本についても考えを巡らせるようになっていた。まぁ雑用って言ってもアドバイスと指摘は標準装備なんだけど。つまり、内容が具体性を増し広範囲になったのだ。

 

「まずは一つづつ考えてくか……」

 

 全く……前から思ってはいたがRoseliaのみんなは俺の事を買い被りすぎじゃないだろうか。

 正直何も分からんぞ。なんでこう思ったんですか? と聞かれたなら『直感です』と答えるしかない。直感だぞ直感。みんなだから許されているが、側から見ればふざけてると思われても仕方がない。

 

 でも、それでもみんなは俺を頼ってくれる。俺に意見を求め、その言葉を聞いてくれる。

 相手はあのRoseliaだ。クール、最強、実力派。蓋を開ければポンコツ、仲良し、やっぱり最強。確かに意見には不安を感じる時もあるが、現状なんとかなっている。そこから外されないために、少しでも役に立つために、一緒にいるために俺も努力はしているのだ。

 

「まずは今回の改善点だな──」

 

 小さくポツリと、声にすらなっていない程の声量で呟くと記憶を遡らせていく。ノートの前のページに記したその日の課題を追憶し、音として思い出す。

 

 そうして意識を沈ませて、いつものように振り返るのだ。

 瞼に焼きつく演奏を巻き戻すように、俺は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って感じなんだけどさ、今の聞いてどう思った?」

『そうですね、いいんじゃないでしょうか。今日の練習のときに湊さんにも聞いてみましょう』

 

 時刻は移り昼休み。俺は弁当片手に屋上へ登り、落下防止柵の向こうに広がる街を眺めていた。

 今日はリサと食べる約束はしていない。つまり、なぜか人気ない屋上には俺1人しか存在していなかった。

 手に握る携帯電話の繋がる先の彼女は、柔らかい口調で声を返す。

 

「良かったぁ……さすがは風紀委員会」

『風紀委員は関係ないでしょう? ……それにしても本街さん、変わりましたね』

「変わった…? 何を今更。俺は元から変わり者だぞ」

『確かにそうですが、そういう意味じゃありません。最初はこんな感じの指摘ではなかったでしょう? 考え方も、見方も変わっています。第一、私にこうして電話を掛けてくる時点で否定はできないでしょう』

「確かに……。ってちょっと? 最初のそれ認めちゃうのかよ」

 

 スピーカーの向こうからは小さな笑い声が漏れてくる。

 

 俺は変わったのだろうか。自身の思考は前と大した変化はない。今だって俺は昔と同じだと思っているし、その考えに揺るぎはない。環境が、周囲が、誰かが変わっているだけなのだと一途に思っている。今だってやる事が変わっただけの話で、その根本となる『本街修哉』の人格そのものに変わりはない。

 

 だが、氷川さんがそう言うならそうなのかもしれないと思い直す。

 誰よりも客観的な彼女のことだ。俺が気づいていないだけで、もしかしたら……なんて事はあり得ないとは言い切れない。

『自分のことは自分が一番分かってる』とはよく聞くが、一概にそうとは言えない事を俺は知っていた。

 

「そういう氷川さんも変わったよ」

『そうでしょうか? あまり自覚はありませんが」

「変わったもんは変わったの。……ってかごめん、普通に電話掛けてるけど時間大丈夫だった?」

『今更ですね。ええ、大丈夫です。こちらもちょうど昼休みでしたので』

 

 その答えを聞いてやや安心する。というか、昼休みなら余計に俺と話していていいのだろうか。友達と昼食を食べたりとかは……氷川さんだと考えづらいな。あれ、ってことは……。

 

「もしかして……実は氷川さんもぼっち?」

『なぁっ!? 違います!」

「でも友達とかあんまり作らなそうだよね」

『それは……ですが、私は別にぼっちなどではありません。断じて違いますからね。あなたと同じにしないでください」

「そこで俺を引き合いに出さないでくれません!? 今はRoseliaのみんながいるからいいんだよ! 俺はぼっちじゃねぇ」

『ほら、そういうところですよ」

「…………なるほど」

『ふふ、自覚なかったんですか』

 

 ……確かに今のは否定できない。前までの俺ならこんな事を氷川さんに言わなかったはずだ。多分、変わったのは彼女との関係性。やや友達未満的なポジションにいたお互いが、どこかフラットになったのだろう。

 

『さて、話はそれだけでしょうか? もう無いなら切りますが。これ以上話していると本街さんが湊さんに叱られそうなので』

「俺かよ。……俺か」

『冗談ですよ。では、また後で』

「了解。また後で」

 

 ツー、ツーという電子音を聞き届けると、携帯をポケットにしまう。所々錆びついている柵に寄りかかりながら、ただぼーっと風を感じて目を閉じた。

 

 よし、じゃあ今日の放課後に早速改善策を試してみよう。なにせ氷川さんの同意もあるんだ。やってみる価値はあるだろう。

 そのためにはまず────

 

「わっ!」

「っ!?」

 

 背後から突如聞こえてきた声に肩が跳ねる。咄嗟に身を反転させると、声の主へと睨みを向けた。

 

「危ねぇ……落ちて死んだらどうすんだ」

「ご、ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくて」

 

 チロっと舌を出しながら謝罪する少女、リサは軽く腰を曲げて苦笑いを浮かべる。

 

「……で、なんでいんの? 今日約束してなかったよね?」

「うん、でもなんか来たくなっちゃって。なんていうか癖? 習慣みたいな感じかな」

「あー、何となくわかるかも」

 

 俺がここに来た一因にもそれはある。

 その場にどっと腰を下ろすと、驚かされた拍子に落とした弁当箱の蓋を開いた。少し遅めの昼食である。

 

「ところでさー……さっきの通話、随分仲よさそうだったねー? いつの間に連絡先交換したの?」

「ついこの前。さっきのは今後練習の事でちょっとアドバイス貰ってたんだよ」

 

 この前、とは言っても数週間前の出来事だ。時々こうして案を浮かべては、最初に氷川さんへと話を通していた。

 この時点で友希那には話していない。

 ほら、やっぱかっこつけたいじゃん。スパッとビシッと決めて「さすが修哉ね」とか言われたいじゃん。そのために動機は伝えてないが氷川さんに協力してもらっていた。

 

 多分、氷川さんからしたら俺は『急に異常なやる気を出して私を頼り始めた本街さん』だろう。どちらにせよ好印象だ。やだ俺ってば打算的。

 

 ここまで言って、ふとある違和感に気づいた。

 

「お前、いつから聞いてた?」

「修哉が紗夜にぼっちって言ったらへんかな? いやー、笑い堪えるの大変だったよ♪ 」

「いやそこは笑えよ」

 

 笑っていれば俺はあんなに驚かずに済んだのに。肝心なときに堪えてしまうのが今井リサだった。

 

「友希那がいるのに浮気しちゃっていいのかー?」

「これは断じて浮気じゃない。むしろ逆だ逆。業務連絡だし、俺の中には友希那しかいないから」

 

 訪れた沈黙に、かぁぁっと顔が熱くなるのを感じる。馬鹿か俺! 自分で言って照れてんじゃねぇ! 耐性つけてから出直してこい! てかリサも急に黙るな顔を背けるな!

 

「んんっ……じゃ、俺そろそろ戻るよ。リサはどうする?」

 

 ちまちまと弁当をつまみ終え、空になった箱を片付けながら声をかける。俺が食べている間、リサは柔らかく柵の外を眺めていたが、声をかけると顔をこちらに向けて言葉を返した。

 

「じゃ、アタシも戻ろっかな。そろそろ昼休みも終わっちゃうし」

「ほんとだ。じゃあ行くか」

 

 時計を確認すると、確かに時間はもう近い。そろそろチャイムが鳴り、散らばっていた人の群れもそれぞれの教室に帰還するだろう。

 

 屋上を後にして教室へ向かう。風向きが悪いのか、開けられた廊下の窓からは風が入ることはない。そのせいで普段より落ち着いた雰囲気の教室前を2人で並んで進んでいた。

 

「じゃあね〜、また後で!」

「おう、また後で」

 

 別れてそのまま教室へ戻る。友希那は相変わらずイヤホンをつけ、席で携帯に文字を打ちこんでいた。多分作詞をしているんだろう。最近はこの姿を見ることが多い気がするなー、なんて思いながら、俺は席について頬杖をついた。

 

 間も無く鳴り響いたチャイムによりクラスメイトが自席へ戻る。

 ふと、何気なく黒板付近を漂っていた視線がわずかな変化を捉えた。

 

 ──あ、時計ズレてる。

 

 目に映るのは長針一目盛程度の僅かなズレ。

 まああの時計も歳だしな。随分埃を被っている癖に、無駄に高い位置にあるから誰も掃除をしようとしない。

 そんな風に思考を流すと、俺は再び視線を窓の外へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチ、カチ、と音が鳴る。

 

 寸分違わず時を刻むその針が、リズムを奏でて同じ場所を廻り続ける。

 

 だが俺は気付かない。

 

 予想もしないような意識の外。

 

 着実に確実に、見えないところで狂いの影は伸びていた。

 

 

 

 





という事でこの話はプロローグに当たります。
いやぁ紗夜かわいい。書きながら「紗夜メインssだっけ?」と勘違いしそうになりました。友希那はこれからいっぱい出るから今回は出番なくても許してくださいお願いしますなんでもしますから(なんでもするとは言っていない)

スイッチが入るとつい6000字や7000字、下手すれば10000字を軽々超えるくらいの文章になってしまうんですが、出来るだけ4000字〜を目安に書き進めていこうと思います。

今後、修哉がいるからこそ起こる展開やキャラの行動の変化などにも注目してみてください。

ではまた次回!


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引き金、若しくは要因


どうも、Neo-Aspectイベの順位が2300位台で力尽きた作者です。
それより六兆年カバーだよ! やばくない!? しかも難易度29とか言われてるし! 超超楽しみです!

一度20分前にミスで投稿してしまいすいませんでした。だれも見てない事を祈る()

では本文どうぞ



 

 

 

 

 轟音が轟く。

 

 四方の壁に囲まれた空間の底面には蠢く様に伸びるコードやケーブル。

 無機質な防音壁の箱の中には楽器を手にした5人の少女がそれぞれ音を奏でている。そことは別の壁寄りの場所。演奏を見つめる1人の男子は、一音たりとも聴き逃すまいと鼓膜を震わせていた。

 

 普段は走りがちなドラムは僅かにペースを抑えて叩く。だがすぐに熱くなってしまい、つい力のこもった音が響いた。

 それを諌め落ち着かせるかのようなギターの旋律は、正確さを極めた芸術作品。合わせて重低音を響かせるベースの後ろで、弾けるようなメロディーを奏でるキーボード。それら全ての音を背に受けながら、ヴォーカルが美しく喉を震わせる。

 

 

 ──すごい。

 

 

 映る光景に息を飲む。飲み込んだ唾すら何処かへ消えて、他ものなど目に入らない。

 時間を忘れるほどステージに目を奪われていた俺は、演奏を終えたみんなが近づいてきてようやく意識を取り戻した。

 

「すごい……すごいです!! すごくまとまってて、それでいてバーン! って感じで!」

「わたしも……そう思ったよ……」

「同意見です…。いつもより遥かにまとまっていましたし、指が勝手に動いたようでした」

「そうね。音が一つになった気がしたわ」

「アタシも! いやー、みんな同じこと思ったんだねぇ♪」

 

 達成感溢れるみんなの表情に、俺は安堵のため息を溢す。

 床に置かれたノートの開かれた1ページ。そっと撫でるような視線を向けていると、きめ細やかな手がそれを拾い上げた。

 

「修哉、よくこんなに書いたわね。前回との比較……確かに今まではっきりと分けていなかったから、とても参考になるわ。ありがとう」

「……まあ、暇だったから」

「嘘ね」

「嘘ですね」

「嘘……」

「照れてるな〜♪」

「ちょっと外野うるさい!」

 

 ほ、本当に暇だっただけだからね! とは叫んでみても、妙に嬉しさがこみ上げて来る。みんなもそれ以上は突っ込まずに手応えを確かめ合っていた。

 

「それにしても本当にすごいね、これ。いつの間にこんなに書いたの?」

「普通に授業中」

「授業中が暇なんですか…」

 

 はぁ…と呆れたようにため息をつく氷川さん。よく見るとリサや白金さんも苦笑いを浮かべていた。え、なに? みんな暇じゃないの? おいおいまじかよ。

 

 そんな中、氷川さん同様に俺への呆れを露わにしている人が横に1人。友希那はこめかみに右手を当てながら、小さく髪を揺らして俯いた。

 落ち着いた雰囲気と冷静さが相まって、その仕草はとても様になっている。

 

「……だから集中しているように見えたのね。いつもは外ばかり見ているのに、珍しくノートを取っていたようだから」

「いつもは……?」

「……! なんでもないわ、忘れて」

 

 ふと思った疑問の一声に、友希那は一気に顔を背けた。急に揺れた銀髪に視界の多くを埋め尽くされる。

 

「はは〜ん……友希那、『いつも』修哉のこと見てるんだ〜?」

「み、みてないわ」

「嘘、顔赤くなってるよ♪」

「わー、友希那さん真っ赤です」

 「赤くないっ……」

 

 ぽしょりと、呟くような言葉が聞こえた。

 というかいつも見てたのか……見てたのか!? やばいすごい嬉しい。だめだ抑えろ、ニヤけるな俺!

 

 途端、緩む頬を隠すように右手で咄嗟に顔を覆い、自然な動作で明後日の方を向いた。ここはいっそ吐く振りでもしてみようか。空気が入れ替わること間違いなし。主に悪い方向に。

 

「……ホント似てるね〜、2人とも」

「そっくりです……」

「……それはいいから片付けしようそうしよう。結構いい時間だし」

「んんっ、そうね。あなたたち、片付けるわよ」

「はーい」

 

 返事が聞こえると、そそくさとその場を離れて行く。

 数分経ってスタジオがもと通りになると、軽く手を払って息を吐いた。うん、中々いいペースだ。これならもっとゆっくり出来るかもしれない。

 

 ちょっとした達成感に浸っていると、視界の先で手が挙がる。

 

「ねぇ、今日はちょっと早く終わったし、外のカフェに寄ってかない?」

「さんせー!」

「私は別に構わないわ」

「俺も賛成。リサ、ゴチになります」

「奢らないからね!?」

 

 チッ、と舌打ちを溢すも、すぐに柔らかい空気に溶けた。氷川さんも白金さんも賛成意見を挙げたため、荷物をまとめて外へ向かう。

 スタジオの重苦しいドアを開けると、そのまま自動ドアを通り外へ出る。夕刻をとうに過ぎた茜色の空の下、人がまばらなカフェテリアには開放的な空気が広がっていた。

 

 毎回思うんだけどこのカフェ人少なくない? 時間帯が悪いだけで昼が賑わってるんだろうか。

 

「ん〜、涼しー! 今日はいい練習だったね〜」

「あこも超楽しかった!」

「修哉のノートのお陰ね」

「いやぁそれほどでも」

 

 軽く頭を掻きながら小さく笑う。白金さん達もノートを褒めているが、俺は内心微妙に感じていた。

 

 俺が凄いわけじゃない。そう、別に俺は凄くないのだ。凄いのは、褒められるべきはみんなであって俺じゃない。俺が書いたことと言えばいつもと変わらないような事ばっかりだ。ただそれを見やすく纏めて、自身の考えを混ぜただけ。

 何かしたい、新しい事をしたいと手を伸ばし試行錯誤を繰り返した結果なのだ。

 

 でも褒められて嬉しくない訳じゃないから頬は緩むんだけど。実は今もかなり喜んでたりする。

 

「幅広く書かれていて凄いと思うわ。()()()()()()

「っ……そ、そうだ、みんな何か注文する? 俺買ってくるよ」

「あ、じゃあ抹茶アイスお願い♪」

「では私も今井さんと同じもので」

「あこはバニラがいいです!」

「わたしはココアで……」

「……私はアイスコーヒーでお願い」

 

 注文を聞くと席を立って歩き出す。やせいの しゅうやは にげだした! いや仕方ないだろ。あのタイミングであれはずるい。

 気が付けばさっきの思考などどこへやら、俺は心の底から歓喜していた。やはりどこまでも俺は単純らしい。

 

「いらっしゃーい」

 

 笑顔の女性店員に5人の希望と自分の飲み物を注文する。出来上がり次第席まで持ってきてくれると言うので、そのまま踵を返して輪に戻る。

 

「ありがと。いやー、まさか修哉が奢ってくれるなんてね〜。ラッキー♪」

「我ながら盛大なフラグ回収だとは思う」

 

 だがそんな事は気にしない! 今の俺は機嫌が良いのだ。全員分奢ってもお釣りが来るだろう。

 

「そう言えば紗夜、来週一緒にクッキー作るって話してたけんだけどさ……」

「えっ、紗夜さんとリサ姉、一緒にクッキー作るの!?」

「なにそれ初耳。ってかちょっと意外かもしれない。氷川さんもそういうのするんだね」

「い、今井さん……! その話はあまり大きな声でしてほしくないと言ったはずです……!」

「オーケー、なら小さい声でしようじゃないか。氷川さんクッキー作るってマジ?

「本街さんっ!!」

 

 おぉう、相変わらずいいキレだ。Roselia内でツッコミ選手権やったら優勝する事間違いなし。ちなみに予想だとリサが2位で宇田川さんが3位。白金さんは困ったように笑うのが目に浮かぶし、友希那に関してはジト目で睨んできそう。地味にそれが一番嬉しい。

 

「あれ、そうだっけ……ごめんごめん。でも、もうバレちゃったしいーじゃん?」

「お前中々最低な事言ってるぞ」

 

 リサの黒さを垣間見た気がした。怖い、リサめっちゃ怖い。

 

「紗夜さん、クッキーできたらあこ食べたいです!」

「あ、じゃあ俺も食べたい」

「べ、別に構いませんが……」

「やったーっ!」

 

 許可を貰いガッツポーズで喜ぶ宇田川さんを見て、氷川さんが恥ずかしそうな目を向けていた。

 

 でも、氷川さんがクッキーか。茶化してはいたが楽しみではある。なんせあの氷川さんが作るんだ。しかもリサも一緒に……ってちょっと待て、もしかしたら氷川さんも料理オンチなんじゃ……? Roseliaメンバーのことだ、なにがあっても不思議じゃない。

 クッキー作ろうとして炭を作る可能性だって0じゃないんだ。

 

 「リサ、私にも今度クッキーの作り方を教えて貰えないかしら」

 「ふふっ、オッケ〜。とびっきりおいしいの作ろうね♪」

 「ええ、負けないわ」

 

 隣で繰り広げられるヒソヒソ話を耳に受け、俺はぼやーっと空を眺める。肝心の中身が全く聞き取れないのがもどかしい。

 談笑が繰り広げられるテーブルを染める夕日が、遠くの空に浮かんでいた。

 

 ──あ、あの雲数字みたいだなー……1()3()か。

 

 ゆったりとした動きで流れるそれを見て、心で静かに呟いた。やっぱやっちゃうよねこれ。雲に形を当てはめるやつ。

 しばらく視線を漂わせていると、つい先ほど聞いた声が耳に届いた。

 

「おまたせしましたー。みんなの分の飲み物とアイスねー」

「まりなさん! ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

「うん、練習お疲れ様ー。ゆっくりしていってね」

「はーい!」

 

 お盆に乗ったそれをテーブルにそっと置くと、ひらひらと手を振ってカウンターへと帰って行った。

 

「まりなさん……?」

「あれ、修哉知らないの? CiLCREの店員さんだよ」

「あー、そういえば見たことあるかもしれない。みんなは知り合いなの?」

「ええ、たまにカウンターで少し話す程度ですが」

「なるほど」

 

 確かによくCiLCRL内のカウンターにいるかもしれない。

 飲み物を飲みながら話を聞いていると、遠くからスーツ姿の男の人が近づいてくるのが見えた。普段ならば決して気には掛けないが、何故だかその時はこの人がこっちに来るという確信があった。

 

 やがて予想通りスーツの男性がテーブル付近まで来ると、ハキハキした口調で声を掛けた。

 

 

「すみません、Roseliaの皆さんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいお話を……いただきましたね……」

「SMS、だっけ? 今調べてみたけどなんかすごいイベントらしいよ。俺にはどんなのかはさっぱりなんだけど」

「FUTURE WORLD FES.に出たことがあるバンドも多く出演しているイベントよ」

「そ……そんなすごいイベントに直接声を掛けていただけるなんて……」

 

 スーツの男が帰った直後。静けさが訪れたカフェテリアで、俺たちは話し合っていた。

 先ほどの男は SWEET MUSIC SHOWER という音楽関係のイベントの関係者で、話の内容はそのイベントにRoseliaが出演して欲しい、というものだった。突然の事に全員が驚いている。俺も驚いてはいるが、そのベクトルは若干違っていた。

 

「やっぱすごいなRoselia……!」

「ですよねっ! Roseliaは超超超カッコいいもん!」

「修哉、あなたもRoseliaのメンバーなのよ。あなたのお陰で今の私たちがいるの。その事を忘れないで」

「うんうん、修哉も立派なRoseliaの一員だよ」

 

 優しく告げられた言葉が胸に染み込んでいく。心が温かくなるような感覚。俺もRoseliaの一員なのだと、ゆっくり飲み込んでいく。

 

「……っ、了解!」

 

 なんとか言葉を返すと、来るであろうビッグイベントに向けて気を引き締めた。

 それからしばらく話し合っていると、外が暗くなり始めた。カフェテリアにも俺たち以外の人が消え、閑散とした闇が広がる。

 

「さて、そろそろ帰りましょうか」

「だいぶ話し込んでしまったわね。じゃあ、帰りましょうか」

「今井さん、申し訳ないけれど、クッキー作りは SMS が終わってからにしましょう」

「まー、しょうがないよね。りょーかいっ! 終わったらゆっくりやろ♪」

「そうしてくれると助かるわ。終わった後のクッキー、楽しみにしてるわね」

「じゃあそのイベントに向けてセットリストとか考えてみるよ」

「ええ、各自で考えてきてちょうだい」

「「「「はいっ!」」」」

 

 気合いを入れたところで席を立つ。荷物を持って道に出ると、それぞれが帰路につく。

 

「じゃあ3人とも、また明日〜♪」

「また明日〜!!」

「ええ、また明日」

「はい、また……」

 

 大きな声とともに手を振る宇田川さんを、氷川さんが注意する。いつか見た光景だなぁ、と懐かしんでいると、隣から軽く肩を叩かれた。

 

「私たちも帰るわよ」

「うん、帰ろう」

「じゃあ行こ〜♪」

 

 リサが先陣を切って歩き出すと、それに続いて俺たちも足を進める。

 すっかり顔を出した月が照らす夜道の中、小さな談笑が響いていた。

 

 

 

 

 





という事でイベストでいう一話が終わりました。
大まかな流れはイベストと同じですが、所々違います。修哉がいる影響でもあり、作者の個人的な都合でもあります。
会話とか全部そのまんま持ってきても面白くないよね、みたいな。オリジナリティーを発揮してくぜ…!

完結から新たに評価して下さった、並びに評価を上げてくださった 櫛菜さん、アクアランスさん、ジュンさん、ジョイン@にのまえさん、Clear2世さん、零落氏さん、ENABLEさん、書記長は同士さん、白い稲妻さん、クロムスさん、BELLCATさん、9-3さん、shimotukitanさん、大和兎さん、アイリPさん、イノセントさん、悠久の時間さん、Luna_さん、新圧雄太郎さん、風見なぎとさん、c c w さん、タカノリさん、本当にありがとうございます! 今まで何も言わずにすいませんでした!

って事でみんなもっと評価してもええんやで!?(急な評価乞い)

ではまた次回!


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幸福、または一抹の憂虞


どうも、本日星4日菜が被った作者です()

この頃更新遅れてほんっとうにすいませんでしたぁぁぁ!!!
飽きたとかじゃないから安心して! むしろモチベは前よりあるから! めっちゃ書きたいって思ってるから!

あまりこういうのを言い訳にしたくないんですが、最近割と忙しめで時間がないんですごめんなさい!お兄さん許して()

そんな中なんとか書き上げた話です。銅像。


 

 

「これだと……違う。ならここにこの曲を……」

 

 A4サイズの紙にシャーペンで文字を綴る。現在の時間は午後10時。練習から帰った私は、迫り来るSMSに向けてセットリストを考えていた。

 

「ふぅ……」

 

 付けていたヘッドフォンを外し机に置く。未だシャカシャカと流れる自分たちのバンドの曲を、繋がっている携帯の停止ボタンをタップして止めた。

 セットリストの構成は、考え出すと奥が深い。曲の選定もそうだが、順番、曲調、さらに演奏するメンバーの体力的な面など様々な要因が影響してくる。

 もちろん普段の練習から鍛えてはいるが、観客がたくさんいる大きなステージとあの小さなスタジオでは訳が違う。緊張で生じた僅かな綻びから全体の演奏が崩れる、なんてことはあってはならない。

 だから、私はこの一見単純に見える作業に時間を割いていた。

 

「スタジオの場合、観客は修哉一人になるのかしら?」

 

 正面の壁際で一人、私たちの演奏を見つめる修哉の姿が脳裏に浮かび、ふふっと小さな笑みが溢れた。

 それはあながち間違っていないのかもしれない。いつだって修哉には、彼にはRoseliaを好きでいて欲しいし、ああやって一緒の時間を過ごしていたい。

 個人的な感情が含まれているのは否定できないが、事実なのだから仕方がない。

 

「……?」

 

 ベッドに腰を下ろし伸びをしていると、脇に置いた携帯が震える。練習中からマナーモードにしたままだった事を思い出しながら、連絡の主について思いを巡らせる。

 

 

 ──リサかしら?

 

 

 そういえばさっきカフェテリアでクッキー作りの話をしたばかりだった。でもSMSが終わってからとも言ったはず……。

 小さく疑問を浮かべながら携帯を手に取る。そして、そこに表示されている文字に目を向けた。

 

 

 

 着信 : 修哉

 

 

「っ!?」

 

 

 しゅ、修哉?

 ど、どうすれば。予想外過ぎて心の準備がままならない。

 本人が見ているわけでもないのに軽く前髪を整えると、携帯同様に震える右手で通話ボタンをタップした。

 

「んんっ、も、もしもし?」

『も、もしもし……?どうしたの声裏返ってたけど』

「……裏返ってないわ」

『いや、でも今』

「裏返ってないわ」

『分かった! 聞き間違いです裏返ってません!』

 

 半ば強制的にそう言わせると、電話越しでも変わらぬ様子に安心する。それと同時に笑みも溢れて、気づけば緊張など消えていた。

 

「それで、どうしたの?」

『あー、いや……今何してるかなー、って思いまして……」

「っ、そう」

 

 ……こういう所が修哉はずるい。その一言でどうしようもなく嬉しくなって、満たされて、舞い上がってしまう。まるで狙っているかのような一言に、つい言葉が詰まった。

 

『あ、もしかして忙しかった?』

「別に忙しくはないわ。さっきまでセットリストについて考えていたけど、今はちょうど休憩中」

『あ、俺もさっきまで考えてた。その事なんだけどさ──』

 

 画面越しに聞こえてくる声を耳に受け、私は考えを巡らせる。修哉の意見としては「全部盛り上がる曲でいいんじゃね?」とのことだった。それについては私も同意見。やれる曲数が限られているイベントにおいて、一気に駆け抜けるような演奏をした方が確実に盛り上がるだろう。

 

「それなら曲順は──」

 

 修哉の考えを聞き、私が自分の意見を伝える。そのやり取りの繰り返しで、気づけば1時間が経過しようとしていた。

 

『結構時間経ってるな。すごい早く感じたわ』

「私も。楽しいと時間の経過は早いっていうものね」

『……じゃ、じゃあセットリストはさっき話した感じでいいな』

「……逃げたわね」

 

 露骨すぎる話題転換に苦笑いが浮かぶ。携帯越しにノートを閉じる音が聞こえたことから、修哉なりに今の会話をメモしていた事が分かった。

 

「そういえば修哉、最近のやけに詳しいノート、紗夜と協力してたのね」

『ファッ!? なんで知ってんの?』

「やっぱり……今日の練習で私にノートを見せた時、紗夜とアイコンタクトをしていたでしょ。気のせいかとも思ったけど、本当のようね」

『まじか……って、ノート見ながらよくそこまで見えたな』

「ふふ、私はいつも修哉を見てるもの」

『!』

 

 優しい声音でそう零す。

 正直、紗夜と協力してノートを作っていたというのは確信はなかった。偶然、なんとなく気になったから聞いてみただけのこと。その結果、見事に予想は的中していた。

 瞬間、私の中に一つの感情が湧き出る。

 

 ──なんで紗夜なのかしら……私でもいいじゃない。

 

 多分、これは嫉妬というのだろう。私は同じバンドメンバーの紗夜に嫉妬の感情を向けていた。何をしているんだと自己を客観する自分もいるが、同時にやはり私に何も言わなかったことが悔しくなって、気がつけば普段は決して言わないようなセリフが口から溢れていた。

 

『……そういうの、ずるいと思いまーす』

「お返しよ。……それで、何故紗夜なのかしら?」

『えーと、それはですね……』

「私に言えない事なのかしら?」

 

 ちくり、と胸が痛んだ気がした。

 聞きたい。私じゃなくて紗夜を頼ったその訳を、修哉の口から教えて欲しい。そんな願望が湧き出る中、追求するなと訴えかける自分もいる。

 誰にだって隠しておきたいことはある。頭では分かっているのに、心は思考をやめない。

 

『いやいや! 全然そんな訳じゃないんだけど……カッコイイところを見せたかっただけと言いますか、褒めて欲しかったといいますか』

「──え?」

 

 聞こえた言葉に、つい素っ頓狂な声が漏れる。

 

 ──私に良いところを見せるため……? カッコイイところを見せたくてあのノートを……?

 

 少しずつ意味を理解し始め、気づけば口元が緩んでいた。

 

「ふふっ、カッコいいわよ」

『あーやめやめ! 恥ずか死ぬからもう終わり!』

「ええ、そうね。じゃあ、そろそろ寝るわ」

『もういい時間だもんな。オッケー、俺も寝るよ』

「おやすみなさい。また明日」

『うん、また明日』

 

 

 

「…………」

『…………ちょっと、通話切らないのん?』

「……修哉こそ、寝なくて良いのかしら?」

『よし分かった。じゃあいっせーのーせで切ろう」

「分かったわ。それじゃあ……いっせーのーせっ」

『………………』

「………………ふふっ」

『切らないのかよ!』

 

 やや大きめなツッコミが入る。そんな状況が面白くて、さらに笑みが零れてくる。

 

「何してるのかしらね、私たち」

『本当だよ。今度こそ切るからね? じゃあ、改めておやすみ』

「ええ、おやすみ」

 

 今度こそ耳から携帯を話し、通話終了ボタンをタップする。そのままベッドに倒れ込むと、枕に口元を埋めた。

 

 楽しい。時間を忘れてしまうほど、私は修哉との通話に夢中になっていた。ただ夜に彼氏と電話をする。たったそれだけのことで、私の心はどうしようもなく満たされていた。今だって、抱いた枕に隠した口元はだらしなく緩んでいる。

 

 ──単純ね、私って。

 

 それもこれも全て修哉が悪い。そう頭で結論付け、部屋の電気を消した。途端に部屋には暗闇が訪れ、カーテン越しに僅かに差し込む月明かりが美しく映る。

 今頃、修哉も同じようにしているのかしら。そんな事を考えるだけで心が踊った。今の幸せがずっと続けばいいのにと、そう考えずにはいられない。

 

「おやすみ、修哉」

 

 ぼそっと小さく呟く。熱くなる顔をそのままに、私は静寂に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、SMS用のセットリストの案よ。これを見て」

 

 そう言って、友希那はきめ細やかな銀の髪を揺らしながら一枚の紙を見せた。髪だけに。…………くっ、なんてセンスの無いギャグを思いついてしまったんだ……!

 

「演奏できるのは3曲だけ。昨日修哉と一緒に考えて、緩急をつけずに一気に駆け抜けるような構成にしてみたわ。どうかしら?」

「はいっ! あこ、すっごくいいと思います! 超カッコいいRoselia、見せちゃいたいです!」

「私も問題ないセットリストだと思います。宇田川さんの体力が心配ですが、そこはなんとかしましょう」

「ハードな演奏が続くけど……あこちゃん、大丈夫……?」

「が、頑張るっ!」

 

 ああ、確かに宇田川さんには少しキツいセットリストかもしれない。考えている最中にも思ってはいたが、改めて見るとこの三曲は中々だ。

 だが、本人が頑張ると言っているんだ。それをいちいち言わないでもいいだろう。Roseliaのドラムをなめてはいけない。

 

「アタシも超いいセットリストだと思う! 3曲の中に、アタシたちが詰まってるって感じ!」

「当然俺も賛成。じゃあ今日の練習はこの3曲の確認かな? 俺も頑張って改善点探してみるよ」

「そうね。では、始めましょうか」

 

 言外に「時間がもったいない」という意味を込めて、友希那はマイクスタンドに向かい歩いていく。続いて他のメンバーも楽器を持ち、ステージ側へと足を進めていった。

 

「よし、集中」

 

 ノートの準備はできた。耳も研ぎ澄んでいる。あとは僅かな音の差を拾い、彼女たちに伝えるだけだ。

 

 広がる光景ははいつ眺めても美しく、俺の瞳を通して脳に伝わる。

 シンバルのリズムと共に始まった演奏が、今日もスタジオに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の練習疲れた〜っ! もう腕が動かないよ〜」

「あこちゃん……お疲れ様」

「よく叩けていたと思います。この調子でお願いしますね、宇田川さん」

「紗夜さん……はいっ! 最高にかっこよくやっちゃいます!」

 

 街灯が照らす帰り道。雲が月を隠している所為で部分的ではあるが、街は灯りで溢れていた。

 練習からファミレスに向かういつもの流れを終えて、今は別れ道までみんなで歩いていた。

 

「いやー、アタシも今日の練習、最近で一番ハードと思うなぁ」

「これくらいで根を上げていてはダメよ。本番まではこのペース……いや、これ以上のペースで練習をしていかないと」

「だよね〜、ゴメンゴメン!」

 

 胸の前で両手を合わせ、リサが友希那に軽く謝る。だがその表情は柔らかく、照らされた口元は笑みを浮かべていた。

 

「なんで笑ってんの? ファミレスで変なもんでも食ったか」

 

 今日何食べたっけ。確か友希那がサラダ、宇田川さんがいつものハンバーグプレート、白金さんがチーズグラタンで、氷川さんとリサがポテトだけだっけか。

 うっわ原因ポテトじゃん。でも氷川さんには特に変わった様子はない。

 ……なるほど、もう末期なのか。

 

「……本街さん、今すごく失礼な事を考えませんでしたか?」

「かっ、考えてません!」

 

 怖っ、氷川さん怖っ! なんでみんなさらっと心の中読んでくるんだよ。俺も読みたい。

 

「あはは……そういうわけじゃなくてさ、なんていうかアタシ、嬉しくって」

「嬉しい? ハードな練習が……?」

「えっ……? ちょっとそういう話は他所でしてくださいよ奥さん」

「じゃなくて! SMSみたいな大きいライブに出られるってこと。アタシ達も、だいぶいい感じになってきたのかなーって」

「おぉう、ハードが好きって話の後だとSMSすらそういう意味に聞こえちゃうんだけど」

「ちょっと修哉、そろそろ怒るよ?」

「ゴメンナサイ」

 

 いや仕方ないじゃん、多感な高校2年なんだもの。SとかMとかSMSとか聞いた日にはそっち方向に持って行ってしまうものだ。そう考えるとヤバいイベントだなSMS。挟まれてる感が特にヤバい。

 

 くだらない思考を浮かべていると、リサが再び口を開いた。

 

「FUTURE WORLD FES.のコンテストに出た時、アタシ達Roseliaは伸びしろがあるって言ってくれたじゃん? やっぱ、審査員の目は伊達じゃないんだなーって」

「FUTURE WORLD FES……? なにそれ」

「あー、修哉は知らないのか。修哉がRoseliaに参加する前、そのフェスのコンテストに参加したんだよね。結果は落選だったんだけど」

「審査員はもっと成長した姿を見せて欲しい、と言っていたわ」

「へぇー、そんな事あったんだ」

 

 FWF……か。つくづく音楽関係のイベントは2文字のアルファベットで真ん中を挟むのが好きらしい。

 

「演奏技術もそうだけど、最近バンドの雰囲気もすごくいいし、このままいけばきっと……」

「……まだ先のことは分からないわ」

 

 その声は、夜によく通る声だった。心なしかトーンが落ちたその音が、やけに素直に耳に響く。なにがそれを誘ったのかは測りかねるが、彼女達に何か思わせるものがあるということは理解した。

 

 それに、さっきリサが言った言葉もそうだ。『最近バンドの雰囲気もすごくいい』。特に深い意味はない一言なのかもしれない。

 俺自身も、参加したての頃よりバンドの雰囲気は良くなったと思っている。それは主観的なことで、主な理由は俺という存在がRoseliaに溶け込めたという事が大きかった。

 

 でも、さっきのリサの言葉はまるで過去に仲が良くなかったとでも言っているかのように聞こえる。俺の知らない事だけに、Roseliaの過去が無性に気になってしまった。

 

「あ、はは……ゴメン。アタシつい浮かれちゃって」

「SMSから直接声がかかったのは私もとても嬉しいと思っているわ。それに、以前のりバンドの雰囲気がいいのは私や他のメンバーも感じていることよ。原因は……」

「お、俺?」

「ええ、修哉の影響が大きいわ。いつも言っているでしょう? あなたはRoseliaにとって必要な存在、って」

「うんうん、アタシもそう思う。やっぱ修哉が来てから賑やかになったよね♪」

「ちょっと照れるんでやめてもらっていいですかね」

 

 そんな会話をしながら道を行く。俺は照れながらも、続けて話に耳を傾けた。

 

「だから、こういう時こそ油断をしてはいけないってこと。明日は今日以上にいい練習にするわよ」

「おうよ!」

「だよね。よーっし、頑張ろうっ!」

 

 気が付けば別れ道についていて、俺、リサ、友希那以外の3人が手を振って別の道へと進んで行く。

 それを見送ると、俺たちも家を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に残る僅かなしこりに気付かずに。

 

 

 

 

 

 





という事で癒しの投下でした。可愛く書けていたら嬉しいです。

徐々に不穏な気配が漂って来てますが、多分2話ほど後になればシリアスが訪れていると思います。

新たに評価してくださった&評価をあげてくださった
うたたね。さん、巌窟王蒼魔オルタさん、ソウソウさん、悠久の時間さん、パスタおにいそんさん、Luna_さん、ツモられさん、神山涼さん、ユマサアさん、黒き太刀風の二刀流霧夜さん、黒麒麟さん、ヨルノテイオウさん、Syo5638さん、Solanum lycopersicumさん、神代さときさん、ありがとうございます!
お気に入りをしてくださった方もありがとうございます!

総合評価が2000を超え、お気に入り件数も700を超えました。本当にありがとうございます!

そんなことより前話の評価乞いの後にめっちゃ評価上がった事に驚いたんだけど()
めっちゃ嬉しかったです。今後も評価や感想お待ちしてるんで、よければどんどんお願いします。

次回はいつになるか分かりませんが、必ず投稿するので失踪の心配はしないでくださいな。ではまた!


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開催、そして続くのは


ただいま(1ヶ月ぶりの更新)(お兄さん許して)




 

 

 

「る、る、る……留守!」

「スイカ」

「か、か……カモメ……!」

「めかー。じゃあメガネで!」

「ね、ねこ」

「ほいコンドル。宇田川さん『る』ね」

「また『る』ぅぅぅぅぅぅう!!!! 」

 

 適温に調整された車内。ガタンゴトンと一定間隔で音を鳴らす電車の中では賑やかな声が聞こえている。

 

 今日は待ちに待ったイベント当日。俺たちは僅かな手荷物を抱え、SMSの会場へと向かう電車に揺られていた。移動中の暇つぶしとして始まったしりとりは意外と長く続き、確かな盛り上がりを見せている。

 それにしても、こうしてると何しに行くのか分かんねーなこれ。あまりに緊張感というか不安というか、そういったものが感じられない。自然すぎる自然体。常に全力で妥協を許さず、絶対的な集中、努力の積み重ねを続けた練習故の自信がそこからは滲み出ているような気がした。

 

 話は戻るがちなみに宇田川さんは今ので通算18回目の『る』である。

 

「しーっ、あこ落ち着いて! 他の人の迷惑になっちゃうから、ね?」

「でも〜〜!」

「そうだぞ宇田川さん。電車内では静かに、これ常識」

 

 真面目な顔でそう言うと、宇田川さんは両手を上げて「うがぁー!」と声をあげた。しかし、すぐリサに口を塞がれてしまい恨めしそうな目を俺に向ける。大袈裟に膨らんだ頬がその感情を顕著に表していた。あらやだ怖い、しりとりで『る攻め』は基本じゃないですかー。

 

「修哉さん……容赦ない……」

「まあね。伊達にしりとり鍛えてないから」

「今までしりとりを鍛えられるような友人がいたんですか?」

「え? 一人だけど」

「えっ」

「えっ?」

 

 途端、悲しい生き物を見るような目が俺に集まる。質問を投げた氷川さんは意味がわからなそうに呆け、リサは優しい笑みを浮かべていた。友希那に関しては明後日の方向に視線を泳がせている。

 えっ? しない? 一人しりとりしないの? 嘘でしょ? 何回続けられるかとかやらなかった? こう言われたらこう返そうとか考えたことあるでしょ絶対。俺の場合それが実際に使われる事は無かったけど。

 

「ま、まあ修哉のしりとり事情はいいわ。それよりもうすぐ駅に着くわよ。みんな降りる準備をしておいて」

「はーい」

「いよいよですね」

「とは言ってもRoseliaのステージは午後だけどね」

 

 どうやらこの時間も終わりが近いらしい。俺はペットボトルのお茶を一口煽ると、外の景色へ目を移した。

 流れる空、走る風景。泰然と佇むビルやそれに並ぶ建築物に俺はそっと視線を沿わせる。

 そのまましばらくぼーっと景色を眺めていると、不意に目の前から呟くような声が届いた。

 

「ううう〜、緊張してきた〜……」

「早くない?」

 

 さっきの雰囲気どこいったの。あんなに笑ってたじゃん。お菓子食べてる友希那見て「そんなに食べると太るぞ〜?」とか言いながらその倍くらいお菓子食べてたじゃん。

 

「だってさ〜……こう、ね?」

「うんうん、わかるよリサ姉!」

「わたしも少し……緊張します……」

「そういうもんなの……?」

 

 やはりステージに立つ当事者にしか分からない感情なのだろうか。いや、俺だって緊張はする。というかしてないと言えば嘘になるだろう。今日のライブは普段のものとは規模が違う。ライブハウスをはるかに上回る客数、ステージ、熱気。まだ実感が湧いていない部分もあるが、それでも流石にレベルの違いは理解していた。

 

 だが、それに対する不安や懸念はカケラもない。それはきっとRoseliaへの信頼故。彼女たちがそうであるように、俺も今日の成功を信じているのだ。

 だから、胸に抱くこれはきっと高揚感や期待に当たるものなんだろう。それは先程の俺が感じたみんなの雰囲気に似通っていた。

 

「練習は本番のように。本番は練習のようにといつも言っているでしょう? その通りにやれば問題ないわ」

「紗夜の言う通りよ。私たちは十分やってきたわ。今日はそれを出し切るだけよ」

 

 二人の言葉にみんなが頷く。

 気がつけば電車は速度を落とし始めていて、ブレーキ音と共に景色の流れが固定された。どうやら駅に着いたらしい。

 

「お、着いたね」

 

 アナウンスと共にドアが開き、荷物を持ってホームへ降りる。

 リサがその場で伸びをすると、弾んだ声で呼びかけた。

 

「よしっ! じゃあ行こっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのが今から約6時間前の出来事である。

 あれから会場に着いた俺たちは、楽器や曲の準備をした後、他のバンドの演奏を聴いて過ごした。

 そして問題はここからである。そろそろ昼時だからご飯を食べようという話になり、一旦客席から出た俺たちは外に向かう通路を歩いていた。そこに現れたのがSMS会場スタッフA。その人曰くRoseliaには昼食に弁当が準備してあるらしく、控え室に人数分置いてあるとのことだった。そう、つまり俺の分はない。余分に買ってあるとのことで一度は俺も貰える流れになったのだが、相変わらずの変な遠慮が働いてしまい一人会場を出たのだ。

 

 という事で現在一人悲しく会場周辺のコンビニで昼食を購入しているのでした。めでたしめでたし。

 

「……にしても売り切れ多いな、ここ」

 

 やはりイベントが関係しているのだろうか。思えば朝の電車内もかなりの人が居たように思う。まあそれを言ったら会場なんて比べ物にならないんだけど。あの熱気はやばかった。どこを見ても人、人、人。白金さんが目を回すのも無理はない。

 と、そうのんびりしてもいられない。買い終えたおにぎりとお茶を持ち、やや駆け足で会場へ戻る。

 

 幸いそこまで距離はないため、移動に要する時間は短くて済んだ。

 

 入り口から入り人にぶつからない程度の速度で足を進めていると、自販機が並んでいるコーナーに見慣れた影を見つけた。

 

「おーい、氷川さーん」

「あら、本街さん。早かったですね」

「思ったよりコンビニが近かったんだよ。で、なにしてんの?」

「見れば分かるとおりです」

「……なるほど、飲み物を買いに来たけど全部売り切れてるってことですか」

「これだけ人がいれば仕方ないですね。大人しく諦めます」

 

 数台ある自販機は、どこを見ても赤字で売り切れと表示されている。氷川さんは手にある開きかけの財布を閉じて踵を返す。心なしかがっかりしたように見える背中を見て、気がつけば俺は反射的に声をかけていた。

 

「あー、その、お茶いる? 二本あるから一本あげるよ」

「いえ、ですが……」

「いいっていいって。じゃあ今度何か飲み物奢ってよ。それでいいでしょ」

 

 ほれ、とぶっきらぼうにペットボトルを差し出す。渋っていた氷川さんも俺の態度に諦めたのか、おずおずとお茶を受け取った。うんうん、それでいい。

 

「女子相手に奢れなんて……変わってるわね、あなた」

「うるせい。悪かったな、無償で提供できるほどイケメンじゃなくて」

「いえ、その方が楽でいいです」

「そういうもんか」

 

 まあ、確かにそうかもしれない。

 純粋な献身。愚直なまでの厚意。いつだってなんだって、見返りのない行為はどこまでも嘘くさいものだ。無償で済むのはせいぜい親からの愛情くらいで、その他のものには当てはまりずらい。そういった意味では、どうやら俺の返答は正しかったらしい。

 

「みんな控え室にいるんでしょ? 俺ってそこ行っていいのかな」

「恐らく大丈夫だと思います。恐らく」

「大事なことだから二回言ったね今。じゃあ俺も行こうかな。一人で他のバンドの演奏見てるのもなんだし」

「そうですね。では行きましょうか」

 

 片手にお茶を持った氷川さんに続くように俺は足を進めていく。おにぎりだけが残ったコンビニ袋が、背後で小さく音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在は控え室。時刻は午後2時を回っており、いよいよ次がRoseliaのステージだった。

 

「つ、次がアタシたちの出番……!う〜、やっぱり流石に緊張してきた……」

「お客さんすっごいたくさんいたし……ドキドキするよ〜!」

「燐子、大丈夫?」

「大丈夫……大丈夫……」

「全然大丈夫に見えない……」

 

 本当に大丈夫だろうか。小さく震える白金さんを見ていると俺まで緊張してきてしまう。口の中が渇き、ありもしない唾液を飲み込もうとして喉が鳴った。ステージ出る訳じゃないのにこれとかやばいな。

 

「Roseliaさーん、そろそろスタンバイお願いしまーす!」

 

 あわあわとした控え室に、張り詰めた空気を打ち破るかのようなスタッフさんの声が響いた。

 

「あわわわわ……! いよいよだよ!」

「大丈夫よ。普段通りの私達を見せましょう」

「……うんっ、そうだね! よーし、終わったらファミレスで反省会しよう!」

「! はいっ……」

「うんっ!」

 

 リサの言葉に空気が解れる。流石はリサだ。たった一言で緊張を和らげ指揮をあげる。単純に見えてなかなか出来ないその行動が、どこまでも凄く感じた。

 

「っと、じゃあ俺はそろそろ席の方行くね。……みんな、頑張って!」

「「「「「はい(ええ)!!」」」」」

 

 その返答になぜか無性に頬が緩んで、気分が高揚して、体が震えた。みんなは大丈夫だ。きっと最高の演奏をする。そんな確信が頭に浮かんだ。

 なら、俺がするのはただ一つ。客席で見守る事だ。一瞬たりとも離すものか。彼女たちの演奏を、奏でる音の一つ一つを心の底に刻みつけよう。

 

 早まる鼓動はうるさく鳴り、胸を震わせてはまた繰り返す。

 

 

 

 

 

 

「あなたたち、頂点を目指すわよ!」

 

 

 

 

 

 

 控え室から出て扉を閉めるその瞬間、俺の耳には確かな決意の声が届いた。

 

 

 

 

 





ということで本当に更新遅れてすいませんでした。しかも文字数が少ない! 許して! 次から増やすから!

次回こそは、次回こそはそこまで間隔開けずに投稿したいと思ってます(震え)

ではまた次回!


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起点、又は通過点


どうも、毎回更新するといって更新しない詐欺をしている作者です。(悪気はない)

そんな事より聞いてよ! ドリフェスで友希那出なかったんだよ!! まただね! ゔわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛ん(号哭)

本文どうぞ……。


 

 

 

 タッタッタッと、焦りを孕んだ足音が通路に響く。静かな空間に響くその音が、俺を余計に焦らせていた。

 

「やっべぇ……! なに余裕ぶってんだ馬鹿野郎!」

 

 これは某慢心王もビックリするレベルの慢心さ。いや、違うか。別に慢心してねーわ。焦りすぎて思考が意味不明な方向へ向かっていく。意味不明すぎて図にのるなよ雑種! とか言われそう。

 

 今さっきまで俺がいた控え室から客席までは建物の構造上僅かに距離がある。そのせいで俺が客席に着くまでにRoseliaの演奏が始まってしまう可能性があった。

 

 人目がない通路を陸上選手もビックリのスピードで全力疾走で駆け抜ける。ふっ、舐めるな。かつて友希那を背負って逃げ回った時に比べればこの程度なんとでもないのだよワトソン君。

 

「はぁっ、はぁっ……間に合った」

 

 時間にして数十秒ほど。一分もかからない内に客席までたどり着く。全身の筋肉やら内臓やらからどっと押し寄せる疲労に、俺は膝に手を当てて荒く呼吸を繰り返した。

 も……もう無理……。いや仕方ないじゃん、最近全然運動してなかったんだから! つーか最近どころかもともと運動なんかしてなかった。くそっ、もういっそのこと空港にある歩くエスカレーター的なの全国に実装してくれないかな。いろいろ進むぞ。運動能力の退化とか。

 

 ある程度整った呼吸を続けステージを見やると、ちょうどみんなが出てきたところだった。

 

「ワァァァァァァァァァア゛ア゛」

 

 腹の底から響くようなたたましい歓声と共に会場が騒めき出し、極彩色のサイリウムが闇を飾る。

 うぉお!? お前らガチ勢か!? Roseliaファンか!? よかろう、俺も加わろうじゃないか。

 

「おっ、Roseliaじゃん」

「へー、今日ってRoseliaも出演するんだ」

「Roselia?」

「えっ、お前知らないの? 最近流行ってるだろ、ほら、ガールズバンドってやつ。その中でもずば抜けて上手いのがこのRoseliaなんだよ。なんでもプロ並みだとか」

「へー、凄いんだなー」

「あ〜燐子ちゃんバブみ〜」

 

 あらゆる所からRoseliaの話が聞こえてくる。だよね! 凄いよねRoselia! わかるよ。ただ俺がRoseliaの関係者だなんて事は誰も思いもしないんだろうな、なんて事を考えて、少し自慢げに息を吸った。僅かに熱気が籠った会場のぬるい空気が肺を満たす。最後のは……聞こえなかったことにしておこう。

 

『Roseliaです』

 

 友希那の声がマイク越しに響き、会場を震わせる。数秒前までの騒めきがしんと静まり返り、暗い会場に鮮やかなサイリウムが輝く。

 

 

 そして、演奏が始まった。

 

 

 静寂を打ち破る一曲目は『BLACK SHOUT』。特徴的なイントロから透き通るような声が踊り、ドラムを始めとする楽器が音を轟かせる。

 やや顔が強張りながらもドラムを叩く宇田川さんも、緊張からか必死に鍵盤だけを見つめる白金さんも、反対に緊張が解けたのか体を揺らしながらベースの弦を弾くリサも、冷静に見えて僅かに口角が上がっている氷川さんも、そのセンターで一際華麗に目を瞑り、喉を震わせる友希那の姿も。俺からは、全てがはっきり見えていた。

 

「すげぇ! やっぱみんなすげぇ!!」

 

 柄にもなく声を張り上げてサイリウムを振り回す。届かなくても、楽器の音にかき消されても構わない。みんなが大きなステージで演奏している。いつものように間近でそれを見る事はできないけれど、どうしようもなく興奮して、口角が上がって、飛び跳ねたくなるこの気持ちを今は叫ばずにいられなかった。

 

 だが、そこでふと気が付く。

 

 

 ──あれ、どこ行くんだろ。

 

 

 あちらこちらの客席から人がいなくなっていく。気になり出したら止まらない性格上、一度演奏音から意識を外し人の声を聞き取るために耳を集中させた。

 

「今のうちにトイレ行こうぜ」

「あっ、じゃあついでにコンビニ行かね? 小腹空いたんだよね」

「まあ、高校生ならこんなもんか」

「自販機で飲み物買ってこようかな」

「あ〜燐子ちゃんバブ」

 

「……は?」

 

 

 ……はっ? What? Why? 何言ってんだこいつら。

 トイレ? トイレだと……? そんなもん先に済ませとけよ時間あっただろ! コンビニも同じ! あ、でも歩いて数分だからわりと近いよ! あとお前、残念だったな自販機の飲み物は売り切れだ。コンビニまで行ってこい。最後のは……もう、いいだろ。

 

 ふぅ……少し荒ぶったが、心の中くらいなら許して欲しい。こんなの実際口に出したら即連れ出されて集☆団リンチされて、ついでに金まで巻き上げられてしまうかも知れない。つまり死ぬ。暴力反対、平和的に行こうじゃないか。

 

 そうこう考えているうちにもどんどん曲は進み、同時に人の数も少しづつ減っていく。俺は視界の端に見える出口から意図的に視線を逸らし、食い入るように光を集めるステージに目を向けた。が、どうしても動く人が目に映る。複数ある出口に吸われるまばらな人。徐々に寂しさを漂わせる始めた客席が、悲しく音を跳ね返していた。

 

「高校生ならこんなもん……か」

 

 この場を後にする人たちもこう思っているのだろうか。確かに今日演奏をしてきたアーティスト達はプロだった。知名度も実力も経験も、どれもが圧倒的に上の存在。確かに『高校生なら』と感じるのは無理もないのかも知れない。

 でも、それでも俺はそう思わない。なぜ『高校生でこの舞台に立つなんて凄いな』という思考が出来ないのか。どうして彼女達の演奏を軽んじるのだろうか。なぜ、純粋に応援ができないのだろうか。

 

「──なんて、詭弁だな」

 

 勝手がすぎる思考回路に、一つ冷静に意見を投げる。

 逆の立場なんていくらでもある。自分の興味のないものを見たって仕方がないのだ。いつだって取捨選択の連続で、去る去らないも己の意地で、それは誰かが決めたものじゃないから。

 だから、俺はここに居よう。そう思って目を開き、再びサイリウムを振り回す。

 

 後でみんなに会う時にはばっちり感想を言おう。俺らしく変に飾らずに、それこそドン引きされるくらいの表現で伝えてみてもいいかも知れない。そんな事を考えながら、轟く音を耳に反響させる。

 

 俺たちが考えたセットリストは一曲目にRoseliaの代表曲である『BLACK SHOUT』、二曲目にさらに盛り上げ会場を沸かせる『熱色スターマイン』、そしてトドメの『LOUDER』である。あの時話し合った『最後まで駆け抜ける』という構成上、必然的にこうなった。熱色スターマインを『Re:birth day』にして緩急をつけるか、『Determination Symphony』に変えるかは悩みどころだったが、狙いどおりオーディエンスが頂点に狂い咲いてくれたようで何よりだった。

 宇田川さんも絶好調らしく、いつにも増した迫力でドラムを叩いている。

 

 三曲目も終盤に差し掛かり、ラストスパートが掛かってくる。そしてそのまま演奏が終わり、再び会場に歓声が上がった。

 

『ありがとうございました。Roseliaでした』

 

 凛々しい声で軽く礼をすると、みんなは舞台袖に戻って行く。

 会場は熱気をとどめたまま、彼女達の出番は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

「あ、修哉」

「修哉さん」

 

 控え室のドアを開く。タオルで汗を拭きながら水分補給をしているみんなの姿が目に映るが、その瞳はどこか曇って見えた。

 

「え、なになにどうしたの。みんなすごかったじゃん! もうずっと鳥肌立ちっぱなしだったからね俺。このまま死んでもいいってくらい最高の演奏だったよ」

「……」

「……ありがとう」

 

 重苦しい空気に気まずさが充満していく。俺が出した明るい声も飲み込まれ、伏せた視線の先に消えていった。

 

「……悪くない演奏だったと思います」

 

 それは、誰に向けて放たれた言葉だったのだろうか。

「そんなことないって」、「全く、向上心高いなぁ氷川さんは」なんて、かける言葉はいくらでも思いつく。

 それでも、呟くように言葉を零す氷川さんに俺は言葉を返せなかった。納得できないような、不満を感じているような瞳の奥に居心地の悪さを感じる。

 

 なになになんなの、なんでこんなシリアスっぽくなってんの? 俺こういうのあんまり得意じゃないんだけど? どのくらいか数値化すると『シリアス耐性たったの5か、ゴミめ』みたいになっちゃうんですけど?

 全員がこうも暗いと流石に調子が狂ってしまう。数瞬悩んだ末の結論は、空気を読むということだった。

 

「どうしてお客さんがどんどんいなくなっちゃったんですか? あこ、何回も間違えてたところも、今日はちゃんとできました。なのに……」

 

 無言。誰も言葉を返さない。沈黙が辛くなって、耐えきれず俺は宇田川さんに同意するべく口を開いた。

 

 その瞬間、控え室のドアが開く。

 

「Roseliaさん、お疲れ様でした」

「あっ……お疲れ様でした!」

「えっと、あなたは?」

「え……? あー、俺です俺、ほら」

「そんな詐欺じゃないんだからさ」

 

 突然の振りに混乱し、電話越しに聞こえて来たら即切断か通報もの、下手すれば動画を撮られてネット上にネタとしてあげられそうな言葉が飛び出した。陰キャ兼コミュ障ぼっち舐めんなよ。他人との意思疎通レベルの低さにおいて俺の右に出るやつはいないのだ。

 

「えっと、俺はRoseliaの友達といいますか、関係者といいますか……」

 

 俺はRoseliaのなんなのだろうか。そんな素朴な疑問が頭に湧いた。協力者というには響きが固いし、知り合いというにはあまりに遠い。先日俺もRoseliaの一員だ、とは言われたものの、こういった第三者への客観的な説明には適していなかった。

 

「彼は私たちの友人です。それで、何か話しがあるんじゃないですか?」

「ああ、そうでした。すいません」

 

 友人、という説明に一応納得したのか、目の前のスタッフは話を戻す。

 

「皆さん緊張してましたか? 以前聴いた時と印象が違ったような……音が変わったように感じました」

 

 そう言いながら、僅かに視線を俺に向けたのを俺は見逃さなかった。

 

「あ、あはは〜! すみません、緊張しちゃってたかもしれません……」

「それは──っ」

 

 嘘だ、と言いかけて口をつぐむ。

 あの場で誰よりも自然体だったのは間違いなくリサだった。この場合の緊張とは、悪い意味でのものではなく良い意味でのものを指す。このスタッフの口調から察するに、今回の演奏に何か腑に落ちない部分を感じたのかもしれない。

 

「ま、まあ高校生ですからね。まだまだこれからですよ。よければ、このあとの演奏も自由に聴いていってください。それでは、今日はありがとうございました。お疲れ様でした」

 

 一礼とともに、スタッフは部屋から出ていった。ドアの閉まる固い音は宙を漂い、再び顔を出した静寂に飲み込まれていく。

 なんとなく雰囲気に耐えかねた俺は、先ほどと同じ口調で口を開いた。

 

「さーて、この後どうする?」

 

 どうする? とは聞いたものの、ぶっちゃけ家に帰りたい。元から人混みは得意ではないのだ。多少なりとも疲労はある。

 

「……今日はここで解散にしましょう」

「了解。じゃあ帰ろっか」

「ごめんなさい、少し一人にして欲しいの」

「友希那……」

 

 心配そうなリサの声が小さく響く。一緒に帰る提案を断られた俺は、ただその場で小さく笑った。

 

「そっか、じゃあ今日はお疲れ」

「ええ、お疲れ様。……それじゃあ、私はここで」

 

 荷物をまとめ、友希那は控え室から出ていく。

 えっと……この後どうすんだろ。一人にして欲しいなら今すぐここをでるのもアレだし、かと言って留まり続けるのも良くはないだろう。

 

「あー、そういえば反省会だけど……どうする?」

「そうですね……今井さんはどう思いますか?」

「えぇっ、アタシ? うーん、そうだなぁ……あこはどうしたい?」

「あ、あこですか? えっと、あこはりんりんが行くなら……」

「ええっ……? あ、あの……わたし……」

「ねぇなにコントやってんの」

 

 自分の意思を持てって親に教わらなかったのか。因みに俺は教わってない。自分しかいなかったからね! ……おいそこ、鼻で笑うな。

 

 とはいえ、今ので幾分か空気が解れたのも事実。重かった表情は、やや晴れやかに見えた。

 

「じゃあ今日は無しにしとこう。また後日にすればいいよ。友希那抜きでやるのもなんか嫌だし。とりあえず帰って休もうぜ」

「そうですね」

「はいっ……!」

「はーい!」

「賛成〜。じゃあアタシたちも帰る準備しよっか」

 

 ふぅ……こんな感じでいいのだろうか。全く、メンタルケアなんて専門外だっつーの。でもまぁ、今回は仕方ないのかもしれない。客席にいた俺以上に、ステージからは全て見えていた筈だ。一人先に帰った友希那もそのことについて整理したかったんだろう。

 

 やがてリサ達が荷物を整え終えると、俺たちは会場を後にした。

 

 緩やかに風が流れる空には西に傾いた陽が浮かび、その前を薄い雲が流れていく。俺はみんなの数歩後ろを歩きながら、ただその景色を眺めていた。

 

 

 





やっとイベストでいう三話が終わった……チカレタ。このペースで行ったらこのネオアス編終わるまでに20話くらい行くんじゃないかって若干不安なんだけど。そこは頑張ろうと思います。

新たに評価してくださった、又は評価を上げてくださった 百式機関短銃さん、ゆう@0119さん、A-10使徒さん、Pad2さん、みみっちぃさん、鳥籠のカナリアさん、アイリPさん、本郷 刃さん、ありがとうございます!!
お気に入りをしてくれた方もありがとうございます! 最近UAも78000を超え、総合評価も2200ととても増えました! 応援してくださり本当にありがとうございますm(_ _)m

ではまた次回! (今度こそ)


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変わってしまったもの


お久しぶりです、作者です (約2ヶ月ぶり)

うん、もはや何も言うことはない……すいませんでした!!!!

それよりだいぶ前の話にはなるんですが、水着友希那が実装された時に死ぬ気でガチャったんですけど出なかったんですよ。それで、悩んだ結果データ消してリセマラしました\(^o^)/
4回目で引けるという神引きかまして幸せな気持ちになりました。
あ^〜友希那可愛い。

ということでどうぞ。



 

 

 

 

 街灯が仄かに照らす住宅街に小さく影が伸びる。その足取りはどこか重く、静かに響く靴音と共に夜道に溶けるように消えていく。

 

 SMSが終わった。思ったよりもあっという間に、まるで数秒間の出来事だったかのように感じる今日が夜へ沈んでいく。行きの電車ではあれほど気合いを入れ、胸に確かな高揚感を抱いていた筈なのに、それも今では影も形もなくなっている。

 ふいに、肩にかけているバッグの重みに疲労を感じた。

 

「ただいま」

 

 声を出すが返事はない。お父さんもお母さんも今の時間はいるはずだ。リビングの電気をが電気がついているから、中でテレビを横目に話をしていて聞こえないのかもしれない。

 宙を漂った声はやがて静かな空気に飲み込まれ、それを合図に私は自室へと向かった。

 

「……」

 

 荷物を置き、流れるようにベッドに腰を下ろす。口をついて出たため息から、先ほど感じた疲労が増した気がした。

 

(今日の演奏……何故オーディエンスはいなくなってしまったの?)

 

 思い出すのは今日のこと。反響する音。滴る汗。虹に揺れるサイリウム。熱気を孕んだ会場の空気。そんな中、確かに会場の外へと足を進めて去っていくオーディエンスの姿がどうにも目に残っていた。

 

(なんで……)

 

 浮かんでくるのは純粋な疑問のみ。私たちは以前より確実に演奏は上手くなっているはず。それぞれが個人の課題を乗り越えようとしてる。練習中の集中力も悪くないし、あこ達も決して手を抜いているように見えない。修哉だって最近は特に頑張っているし、新しい事に挑戦してはRoseliaを支えてくれている。私たちが頑張れるのは修哉がいるから、というのも大きい。

 それに、バンド内の雰囲気も決して悪くない。技術面でも、結束面でも確実に上達しているはずなのに、何故……。

 

『皆さん緊張してましたか? 以前聴いた時と印象が違ったような……音が変わったように感じました』

 

 ふと、スタッフの言葉が思考を掠めた。ただ思いのまま、心から自然に出てきたであろうあの発言が、どうにも心に引っかかる。

 

「以前と……何が違うの……?」

 

 口に出してみても分からない。

 纏まらない思考を投げ出すように、視線を窓の外へと向けた。カーテンの隙間から見える隣の家の二階は暗く、人の気を感じさせない。

 

(リサ、まだ帰ってないのかしら)

 

 暫く外を眺めていたが、変化のない様子に視線を部屋の中へ戻す。ベッドに置かれた携帯電話もどこか寂しげに見え、倒れるように横になると私は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 ガヤガヤと相変も変わらずな喧騒が耳へと届く。

 寝坊しそうになりながらも起床して、ご飯を食べ、家を出て、いつもと変わらず聞き流す程度に1日の授業をこなして今は放課後。欠伸交じりに昇降口で靴を履き替え外に出ると、強めの風が髪を揺らした。

 

「うぉお……寒いな」

 

 秋も中旬へと差し掛かり気温が低い日が続いてはいたが、今の風はなかなかのものだったと思う。大した防寒対策とかしてないからちょっと体震えたわ。鳥肌も立ってきた。

 

「おーい、修哉〜!」

 

 ちょうど校門を出る辺りで聞こえてきた声に振り返ると、リサが小走りでこちらへ向かって来ていた。

 

「お前なんでここにいんの? 他のみんなは?」

「ちょっと部活に顔出さないといけなかったから先に行ってもらったの。それより修哉は今からスタジオ行くんでしょ? 一緒に行こうよ」

「そういうことか。いいよ、行こうぜ」

 

 未だ頬を撫でる風のせいか、リサは少し足早に歩き出す。俺も同様に足を進めて隣についた。

 普段から屋上やバイト先で話している所為もあり俺たちの間に特に目立った会話はなく、ただ流れるような景色を眺める。しばらくして再び冷たい風が吹いた時、少し歩くペースを緩めてリサが口を開いた。

 

「うぅ〜……最近寒いね〜」

「分かる、寒波仕事しすぎだよな。そのせいで最近朝ベッドから出るのが超つらい」

「だよね! いや〜、なんか時間流れるのって早いな〜。ついこの前まで夏だったのに」

 

 頷きながら同意するリサをちら、と横目で見やると、俺同様に防寒対策意識のカケラもない姿が目に映った。

 いつも思うけど女子って足とか寒くないのかな。夏場ならまだしもこの時期スカート短くしてるのって軽く自殺行為だと思うんだけど。そのくせ「さむーい (笑)」とか平然と言っちゃうあたりアレだよね、もう理解の範疇超えてる。お前の方がよっぽど寒いわ。寒さ舐めんな。

 

「あ、そうだ。修哉に見せたいものがあるんだよね〜♪」

「ん? なに? あ、給料明細? いや助かるわ〜、俺先月のやつまだ貰ってなかったんだよね」

「全然違うよ……ってえぇ!? 修哉まだ貰ってないの!? アタシこの前店長から貰ったけどな」

「まじ? つーかそもそも最近店長に会ってないわ」

 

 ほんとなんなのあの店……。明細くれよ明細。この調子だとそのうち「あ、給料振り込むの忘れてた☆」とかぶち込まれそうなんだけど? 洒落にならん。

 まあ別になくて困るとかじゃないんだけどさ。リサが貰ってるってことは俺のシフトのタイミングが悪かったっていうだけの話なんだろうし。

 

「そんなことより! じゃーん、これ!」

 

 そう言ってリサがスクールバッグから取り出したのは、袋に包装されたクッキーだった。

 

「おー、作ってきたのか」

「うん! SMSの後でちょっと空気重くなっちゃうかなーって思って。ちなみに今回のは結構自信あるんだよね〜♪」

 

 動物の形や正方形など、様々な形のそれの一つを俺へと見せる。開いたスクールバッグの隙間からは他にも袋が見え、全員分が用意されているのが分かった。

 

(やっぱ気配り上手いな)

 

 空気が重くなるかもしれない、というのは俺も同意見だ。そこまで重度なものではないとしても、本調子とまではいかないだろう。

 そこに関して察知し、行動に移すのがリサらしいと思った。

 

 でも、どこか気になる所がある。どこだ、えっと────

 

「そうだ。お前氷川さんとクッキー作るって言ってなかった?」

 

 そう、この前のカフェテリアでリサは氷川さんと一緒にクッキーを作るという話をしていた。先程の口振りからするに、このクッキーはリサが一人で作ったものなのだろう。

 俺の問いかけに対しリサは「あはは……」と控えめに頬を掻きながら言葉を続けた。

 

「あー、紗夜だけじゃなんだけど……あのライブの後だからちょっと誘いづらくてさ。一人で自主練とか反省とかしてるだろうし」

「あー、確かに氷川さんならそうするね。もっと技術を向上させなければー、とか言って」

「あははっ、修哉全然似てない!」

「うるせえ! ……今の氷川さんには言わないでね……?」

「えー? どうしよっかな〜♪ あ、スタジオ着いた。もう練習始まってるかも知れないし急ごっか」

「ねえちょっと? リサさん? 言わないでよ? 絶対に言わないでくださいお願いします!!」

 

 その瞬間、俺は全てを理解した。

 あっ、これ絶対言うわ……と。ちくしょう……!

 

 紗夜だけじゃない、と言った事に若干疑問を覚えたが「まあなんでもいいか」と放り捨てる。

 笑いながら駆け足で進んでいくリサを、俺は後からいっそ清々しい顔で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、さっきの二つ前から」

 

 練習が始まって暫く経った。あの後スタジオ入りした俺たちは友希那に準備を促され、各自がセッティングや楽器の調整に移った。

 ノートさえあれば特に準備がいらない俺は、いつものようにみんなの手伝いへと回った。

 

 そんなこんなで練習が始まった訳だが──

 

「……」

「あこ? カウントお願い」

「……あ、は、はい……!」

 

 調子が悪い。

 はっとした様子でカウントを取り始める宇田川さんを見て、俺は手に持っていたシャーペンと床に置いた。

 心ここに在らずというか、何処かスッキリしない表情でドラムを叩いていく姿をただ眺める。その一因がSMSにあるということは考えるまでもなかった。

 

「……そろそろ終わりの時間ですね」

 

 演奏に一区切りがついたところで氷川さんが切り出した。

 ちら、と時計に目を向けてみると、いつもの練習終了時間の大体3分前くらいまで長針が迫っている。

 

「それぞれつまづいた箇所を次回までに必ずつぶしておくこと。それじゃあ、今日はここまで」

「「「お疲れ様でした」」」

「おつかれー」

「よーっし、じゃあ片付けよう」

 

 軽い返事とともにそれぞれが自分の楽器の片付け作業に移っていく。

 

(……と、その前に……)

 

 俺は宇田川さんに声をかけようと向き直る。しかし、視界に映った友希那の表情に踏み出しかけた足を止めた。

 

 軽く俯き、何か考え込んでいるような、でも答えが見つからないような、そんな顔。さらりと揺れた銀髪がスタジオの照明を受け止めて、その輝きを増している。ただ立っているだけで絵画さながらの美しさを醸し出すその姿に、俺は目を逸らせなかった。

 

「ゆーきな! お疲れっ! 友希那もクッキー食べない?」

 

 リサの声に意識を戻す。

 危ない危ない、このまま見続けてたら確実にバレるところだった。女子は視線に敏感って言うしな。別に友希那には嫌がられないとは思うけど、バレたら俺が恥ずかしいし。……嫌がられないよね? 嫌がられないと信じたい。

 

 軽く頭を振って思考を振り払うと、改めて俺はリサ達の会話へ耳を傾けた。

 

「今井さん、一緒にクッキーを作る約束をしていたのに……一人で作ってしまったの?」

「あはは〜……ごめんごめん。なんかほら、これはちょっと別っていうか?」

 

 申し訳なさそうな表情で氷川さんに謝るリサ。

 やっぱそうなるよね。女子って約束とか結構大事にするし。昔の氷川さんなら一緒につくる事は疎か、スタジオにクッキーを持ち込む事すら許さなそうだが、今のやり取りを見る限りやはり彼女は変わったのだろう。

 

「SMSではちょっと……うまくいかなかったけどさ、アタシ達もまだまだなんだなって改めてわかったし! これからも頑張っていこー! 的な?」

「そういうことでしたら、なおさらバンドメンバーの私も参加したかったというか……」

「まあまあ氷川さん、リサもリサなりに考えてやったっぽいし。次一緒に作ったらいいじゃん? 」

「本街さん……その通りですね。では今井さん、次に作る時は必ず誘ってくださいね?」

「紗夜……うん、おっけー! 絶対誘うね!」

 

 沈みかけた空気が元に戻ったことにそっと安堵の息を零す。だが、俺が最初に声をかけようとしていた宇田川さんの表情が未だ曇っている事に気付いた。

 

「うう……あこ、どうしてSMSがうまくいかなかったのか、未だに分からないんです……」

「うーん……アタシは、自分の技術がまだまだなのかなって思ったよ。うまくノレて演奏はできたけど、技術がさ……」

「技術的なブレがあるなら練習あるのみです。今井さん、付き合いますよ」

「ホント? ありがと紗夜〜」

 

 おぉう。いつの間にかリサと氷川さんで百合ワールドが展開されてるんだけど。あれ? この二人ってこんなに距離近かったっけ? なんか急接近してない? ゆるゆり? ゆるゆりなの?

 

「紗夜さんも、やっぱりあこ達が上手じゃなかったから、お客さんがいなくなっちゃったって思ってますか?」

 

 それでも、未だ納得がいかない表情で宇田川さんは言葉を続ける。

 

「そうね……一概にそれだけではない気もするのだけど……。ただ、技術を磨くことは損ではないはずだから、まずはそこを、ということかしら。他に改善すべき点はその中で見えてくると思うわ」

「わかるまでは……まずは練習、ということでしょうか……」

「そうですね。考える時間は必要ですが、考え続けて時間をつぶしてしまうのはもったいないですから」

 

 凛とした様子でそう言う氷川さんのおかげで、ようやく雰囲気が落ち着いたような気がした。宇田川さんを窺って見るも、先程のような表情はどこかへ消えている。結論を先延ばしにするような形にはなったが、一応納得はしているようだった。

 

「修哉さんはどう思いましたか? あの演奏を聴いてみて」

「そうだなぁ。俺も氷川さんと同意見かな。確かにリサはあのステージで一番ノってたし、氷川さんのギターはほぼ完璧だったと思う。宇田川さんだっていつもミスってたところ叩けてたよね? 白金さんも途中から体揺れるくらい緊張解けてたし、友希那は声の伸びとか凄かった。でもあれだけ観客がいなくなったってことは技術もあるのかもしれないけど、それだけじゃない何かがあるんだと思う」

 

 一通り感じたことを話すと、みんなが固まった。何か言われるかと思って俺も少し黙ってみるも、なぜか誰も動かない。

 

 唖☆然! 完璧な沈黙です! ここまで見事に黙られるの初めてで反応に困るんだけど? なに、なんなの? why? 誰か喋って、お願いだから喋って!

 

 一人悲しくなって脳内ハイテンション実況大会をしていると、ようやく氷川さんが口を開いた。

 

「……よく見ていますね、そんなに細かいところまで。オーディエンスがいなくなったとは言ってもかなり盛り上がっていたと思うんですが」

「普段から聞き慣れてるからじゃね? そりゃあ歓声とかも大きかったけど集中して聴いてたらそんなに気にならなかったし」

「……すごい、ですね……」

「アタシ、たまに修哉にすごい才能があるんじゃないかって思う時があるよ……」

「うん、あこも」

 

 突如、顔が熱を帯びて行く。完全に予想外。いきなり黙ったと思ったらまさかの特大高評価。

 少し恥ずかしくなって視線を斜めへ逸らすと、誤魔化すように問いかけた。

 

「で、この後どうするの?」

「あっ、顔赤くなってる」

「ほっとけ!」

「そうですね、みなさんはどうしますか?」

「うーん、一旦解散したら個人練でいいと思うな。アタシはもうちょっと残ろうと思う」

「なら私も残って今井さんの練習に付き合います」

「ならスタジオの時間延長しないと」

 

 そこで、ふと今までの会話に友希那が入ってきていない事に気がついた。それはリサも同様だったのか、軽くアイコンタクトを交わすと笑顔で友希那へ会話を振る。

 

「友希那はこの後どーする?」

「……今日はこのまま帰るわ」

 

 友希那はそこで一度言葉を切る。一拍おいて「それから、リサ」と続けると、真剣な顔で言葉を投げた。

 

「……もう、クッキーは作ってこなくていい。必要ないわ」

「……えっ?」

「友希那……さん……?」

「あ、あれ? ごめん、なんかアタシ、空気読めなかったかな?」

「……それじゃあ、私はこれで」

 

 周囲の反応など聞いていないかのように、自分の荷物をまとめて友希那はスタジオから出て行く。

 

「友希那さん……どうしたのかな?」

 

 そのといに答える声はなく、代わりに防音扉の重苦しい音が反響した。リサの手に持たれたクッキーは行き場をなくし、どこか寂しげに揺れている。

 

「ごめん、俺ちょっと行ってくる」

 

 どこかこの空気から逃げ出したいという気持ちもあったのかもしれない。また戻ってくる、という意思を込めて荷物をその場に置くと、俺は重い扉を開いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

「……寒いわね」

 

 冷えた風が頬を撫でる。日も傾き暗くなり始めた秋の夕暮れが、人気の少ないカフェテリアを夕に染めていた。どこか侘しさを感じる椅子や白い円形のテーブルを一瞥しながら、私はスタジオ内でのことを思い出していた。

 

 SMSが終わってからずっと考えていたこと。私たちに足りないものとは。私たちの、何が変わってしまったのか。ずっと考えてみても分からなかったことが、リサの行動で気付いた気がした。

 

 ──雰囲気。

 

 そう、私たちの雰囲気は過去と比べ物にならないくらい変わった。否、変わってしまった。特にその変化は修哉が来てから劇的だったように思う。私自身、自分がここまで変わるとは思ってもいなかった。

 修哉と出会って、遠足で距離が少し縮んで、看病をして、家に泊まって、おんぶされて逃げ回って、自分の気持ちに気付いて、一緒に合宿に行って、恋人になって。

 どれも以前の私では考えられないような出来事ばかりだ。それだけじゃなく、修哉はRoseliaというバンド内の関係性すら良好なものにしていった。

 

 ──だから、なのかもしれない。

 

 私たちは何かを失ってしまった。お父さんの無念を晴らす。そんな動機で歌を歌い続けていた私の信念は未だ微塵も揺らいでいない。でも、どこかでその想いを手放しかけていたとしたら。修哉がいれば、これからも修哉と一緒ならと、目標の過程に大きな価値を見出してしまっていたとしたら──。

 

「駄目ね……」

 

 いけない。修哉が悪いわけではないのだ。修哉がいることで得られるものは多いし、修哉じゃないと出来ないことが沢山ある。それに……私も修哉と一緒にいたい。でも、それでも──。

 

「おーい! 友希那ーっ!」

「……っ! 修哉。どうしたの?」

「ちょっと様子おかしかったからさ、どうしたのかなって思って。……あぁいや! 言いにくい話だったら全然いいんだけどさ。力になれるならなりたいって思っただけだから」

 

「一応……彼氏だし……」と小さく呟く修哉を見て、どこか気が緩んだ気がした。心なしか朱に染まって見える頬は、この夕日のせいではないだろう。

 

「ありがとう。……でも、大丈夫よ」

「そっか」

「ええ……じゃあ私は行くわ。また明日」

「うん、また明日」

 

 踵を返してスタジオから離れて行く。しばらく進んでから後ろを振り返ってみると、既に修哉はスタジオの中へと戻っていったようだった。

 

 沈む夕日に背を向けながら、訪れる夜の方へと足を進める。

 私たちは、変わった。変わりすぎてしまった。その心の中身が無意識の内に音に乗ってしまっているのだとしたら。そのせいで、FWFに辿り着けないのだとしたら……。

 

 

 

 

 

 

 私たちは、取り戻さないといけない。

 

 

 

 

 私たちの歌を。私たちの、張り詰めた想いを──。

 

 

 

 

 





久しぶりなのでどこか文が変な場所や誤字あったらすいませんm(_ _)m

ということでようやく本題に入りかけましたね。
執筆が止まっている間にやそれ以外にも感想をくれた方々、本当にありがとうございます。執筆意欲が急上昇しました。次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。

ではまた次回。


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打開への一手


今回のイベントを走っていたら投稿が遅れました、作者です。

前話を投稿してから起きたことをまとめると

・1話分があと少しで書き終わるところまで進む
・対バンイベが来る
・寝る間も惜しんでA to Z
・課金するも友希那引けず絶望
・投稿

という感じです。因みにイベント順位は300位台です。どうでもいいね。
本文どうぞ;;



 

 

 

「いってきます」

 

 誰も居なくなった我が家に低めのテンションで声を投げる。ポケットから取り出した鍵でドアに施錠すると、身震いをしながら歩き出した。

 

 時刻は朝8時。徒歩20分程という割と近い距離にある学校へ向かうべく、未だ眠気を訴える体に鞭を打ち通学路を進んでいた。

 

 この季節のこの時間は早朝よりはマシだが空気が冷えていて、時折吹き付ける風が顔の温度を奪っていく。それでもちらりと視線をずらせば綺麗な紅葉やカサカサと音を立てて地を滑る枯葉なんかが目に映り、この寒さの中に秋らしさを感じたりもするのだ。ただし銀杏、テメェは駄目だ。確かに食べればおいしいけどそれ以前に臭すぎ。しかも地面に大量に転がりやがって。踏まれてたらもう最悪レベル。トラップか。

 

 他にも肌の乾燥とか嫌なことは色々あるが、それを上書きするように朝の澄んだ朝の空気を胸に吸い込む。肺がひんやり冷える感覚に、この寒さも案外悪いもんじゃないな、と思い直して制服のポケットに手を突っ込んだ。

 

「あー、今日の練習どうなるんだろ」

 

 あの後、帰路につく友希那をある程度見送ってから俺はスタジオの中へと戻った。扉を開いた途端俺に「どうだった?」という意を込めた視線が注がれたが、特に何もなかったことを説明すると再び沈黙が訪れた。

 

 抱く感情はそれぞれだったように思う。宇田川さんや白金さん、氷川さんは主に驚きや疑問を感じていた。それは俺も同様で、突然発せられた「お前の席ねーから」、もとい「お前のクッキーいらねーから」宣言には少なからず驚愕と疑問、そして不安を感じた。

 

 リサに関してはすぐに笑顔を作って誤魔化してしまったためよく窺えなかったが、少なからず傷ついたのは見て取れた。幼馴染からああ言われれば無理もないだろう。

 別に幼馴染じゃない俺も友希那からああいう風に何かを否定されたら傷つくと思う。というか確実に傷つく。むしろ傷つき過ぎて全身打撲とか切り傷だらけになって泣きながら病院に駆け込むまである。精神科に。先生心が痛いです。

 

「脱線したな」

 

 話を戻そう。

 昨日のあれは確実に後味は良いものではなかった。少なからず今日の練習は昨日の空気を引き継ぎ、重いものになるということは想像に難くないだろう。

 ふざけている場合ではない。かと言って固くなるのも俺らしくないからどうしようもない。

 

 そうこう考えている内に我が羽丘高校が目前に迫っていた。

 結局何が思い浮かぶ訳でもなく、俺は「どうしたもんか……」と頭を悩ませながら静かに校門をくぐるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 そして訪れた放課後練習。普段の数倍はピリついた空気に居心地の悪さを感じながらも、俺は演奏に耳を傾けていた。

 

「……ストップ! 今、テンポが崩れたわ。……あこ、前回の練習で今日までに苦手な箇所を潰しておくようにと言ったはずよ」

「……すみません」

 

 目の前で強く言い放たれた声に反射的に肩が跳ねる。鳴り響いていた楽器の音が止むと同時に、みんなの視線が一点に集まった。

 

 やばいな……。今朝予想した通り空気が重い。

 いつもなら「どうしてこうなった……」などと考えるが、今はそんなことすら思わない。未だ友希那にキツイ言葉を投げられながら俯く宇田川さんを、此処にいる誰もがただ見ている事しかできなかった。

 

「このまま上達しなければ、抜けてもらう事もある。その覚悟を常にもって演奏して」

「はい……」

「なっ……!?」

 

 聞こえてきた言葉に耳を疑った。……は? 抜ける……? なんで? 何から? Roseliaから……?

 信じられない。いや、信じたくない。ひたすら「何故」という言葉だけが頭の中をループする。

 なんで友希那はそんな事を言ったんだろう。今まで仲良くやってきていた筈なのに。そしてなんで宇田川さんも返事をしているんだ。

 

「ちょっと友希那……急にどうしちゃったの? そんなこと言って……」

 

 静かさが煩いスタジオに控えめな声が零れた。

 

「いいえ。基準に満たなければ抜けてもらう。これは前から言っていることでしょ」

 

 そこで一度言葉を区切る。宇田川さん、白金さん、氷川さん、リサ、そして俺。それぞれに一度視線を振ると、再び友希那は言葉を続けた。

 

「そのくらいの危機感をもって練習に取り組まなければ、FUTURE WORLD FES. にはいつまで経っても出られないわ」

 

 FUTURE WORLD FES.。聞き覚えのある単語にふと記憶を遡った。確かSMSに向けて練習していた日の帰り道でリサ達が話していたっけ。

 俺がRoseliaの練習に参加する前。友希那と出会う以前にみんなが挑戦した音楽イベント。結果は落選だったらしいが、それでも悪いものでは無かったとリサは言っていた。

 思い出してしまったことで今まで記憶の片隅にあったワードがその存在を主張する。同時に俺が知らない『昔のRoselia』が、頭の中をぐるぐる回った。

 

「確かに今の演奏は、少し緩んでいたかもしれません。緊張感をもって演奏しなければ。宇田川さん、もう一度やりましょう」

「うぅ……」

 

 氷川さんの声に思考を切り替え、再びスタジオ内に意識を向ける。いつもより3割……いや4割くらいだな。4割増しで柔らかい声音で喋る氷川さんに、固まっていた宇田川さんの表情が僅かに崩れた気がした。

 

(やっぱ変わったよ、氷川さん)

 

 勝手な印象ではあるが、前の氷川さんならこの状況で何も喋らず、しばらくしてから硬い声で「……そろそろ練習を再開しましょう」なんて言ったのだろう。ふっ、ぶっきらぼうにも程がある。自分で想像しておきながらやけにリアルなイメージに、つい口元が緩んだ。

 

 その瞬間、ふと氷川さんと目が合う。怖っ! 怖い怖いよ。あと怖い。なんでいつもこういう時だけこっち見んの? マジで人の脳内読み取るセンサーでも付いてるんじゃないの。今なら『真のギタリストは目で殺す』説を推せるまである。

 

「んんっ……あー、ここらで一回休憩にしない? 空気を入れ替える的な意味でもそろそろ休んだ方が良いと思うんだけど」

「……そうね。じゃあ、休憩にしましょう」

 

 割って入る様に提案すると休憩時間が始まった。

 俺はその場に腰を下ろすと同時に、今日の良かった点、問題点、改善点のスペースに何も書かれていないノートに視線を滑らせる。いつもなら雑談が始まるスタジオも静まり返り、会話が生まれる様子もない。

 気まずい空気から目をそらすと、俺は静かにノートを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ時間ね。今日はここまでにするわ。前回同様、今日できなかった箇所は次回までに潰しておいて。特にあこ、あなたはまだ未熟な点が目立つわ」

「っ……はい、すいません」

「謝るくらいなら次回はもっと緊張感をもって取り組んで」

 

 結局最後までこの重さと気まずさに慣れることはなく、練習時間が終わりを告げた。控えめに「お疲れ様ー」と言うと共に、それぞれが黙々と片付け作業に入って行く。

 

(友希那、本当にどうしたんだろ)

 

 心なしか普段より乱雑に床を這うケーブル類を片付けながら考える。こういう場合、本人に直接聞ければ一番いいんだろう。でも怖い。もしそれで答えてくれなかったら。嫌な思いをさせたら。そんな思考ばかりが浮かんで俺は中々声を掛けられずにいた。つまるところただのヘタレである。

 

「じゃあ、私はこれで」

「あっ、友希那……」

 

 一緒に帰ろうと俺も立ち上がるが、友希那はそのままスタジオから出て行ってしまった。声が聞こえていなかった筈はないと思うから1人にしてほしいという事なんだろう。

 

「あー、アタシも帰ろっかな」

「わ……私も……」

「じゃあ今日は解散にしましょう。この状況で自主練をしてもあまり良いものにはならないと思うので」

「賛成。じゃあ帰るか」

 

 荷物をまとめてスタジオを出る。白金さんとリサはすっかり沈んでしまった宇田川さんに明るい声をかけていた。

 外に出ると空はすっかり闇に包まれており、吐く息は宙を白く染めては消えて行く。

 

「私はスタジオの予約状況を確認してきます。先ほどの湊さんの様子から少し気になったので。宇田川さんたちは先に帰っていて頂戴」

「はい……分かりました」

 

 再び自動ドアの向こうへ進んで行く氷川さんを見届けると、宇田川さんと白金さんがが俺たちへと向き直った。

 

「バイバイ、リサ姉。……あと修哉さんも」

「さようなら……」

「うん! あこも燐子もまた明日ね!」

「ちょっとそれわざとやってるよね? あえてついでっぽく言ってるよね?」

「そ、そんなこと……ないですけど」

「おい今なんで目を逸らした」

 

 前もこんなことあったな。何となく思ってたけど宇田川さんからネタとして扱われてる気がする。俺一応先輩なんだけどなぁ (困惑)。

 

「まぁいいや。また明日」

 

 ぶっきらぼうながら挨拶を返すと、宇田川さんはほっと息を吐いた。な、何?

 

「あこ、なんだか安心してきちゃいました。修哉さんはいつもと変わらないなーって思って」

「あ、私もそう思いました……。修哉さん、いつも楽しそうですよね……」

「うんうん、良くも悪くも修哉は修哉だよねー♪」

「……褒められてるのか遠回しに能天気って言われてるのか判断に困るんだけど。後者だったら俺泣いていいよね」

 

あはは、とその場に笑いが起こる。気が付けば沈んでいた宇田川さんの表情は晴れ、同時に白金さんも優しく微笑んでいた。

 この2人仲良いもんな。どこかお互い通じてる部分があるのかもしれない。片方の幸せはもう片方の幸せ〜とか多分そんな感じで。

 

 やがて笑いが収まると、2人は踵を返し帰路に着いた。今この場所にいるのは俺とリサだけ。

 

「さてと、アタシ達も帰ろっか」

「それなんだけどさ……ごめん、俺ちょっとこの後用事あるんだよね。悪いけど一人で帰れる?」

 

 申し訳なさそうな表情で両手を合わせる。リサは一瞬考えるような動作を取ると、表情を変えて頷いた。

 

「用事ねぇ……なら仕方ないか。オッケー、ならアタシは帰るね」

「おう、また明日」

「うん、また明日〜」

 

 なんかやけに素直に納得したな。いつもならもうちょい追求して「何かあるの? 」とか聞いて来そうな所なのに。

 まぁいいか、と思考を切り捨てると、1人歩いて行くリサの背中から視線を逸らした。

 

 さて、考えたことがある。今朝は何も浮かばなかったが、何もしないより遥かにマシな行動。殺伐としたこの状況を、僅かに打開出来るかもしれない手。

 俺以外に誰もいなくなったカフェテリアで小さく、確かに拳を握る。

 

 

 しばらくすると、自動ドアが静かに開いた。

 

 

「あら? 本街さん、まだ残っていたんですか?」

「やっと来たか」

「? 何かあったんですか? 予約のことならしっかり入っていましたが」

 

 そう説明する氷川さんの声には、何故俺が一人で此処にいるのかが分からない、という考えが滲んでいる。

 それに答えるように、俺はいつもの口調、いつもの表情、いつもの声音で切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「氷川さん、ちょっとファミレス行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ということでここから少しオリジナルになっていきます。

次回もお楽しみに。


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一歩、また一歩


あけましておめでとうございます (ただいま)




 

 

 

 ガヤガヤとしたファミレス店内のテーブル席に腰を下ろす。ワンテンポ遅れて対面に氷川さんが座ると、ほっと小さく息を吐いた。

 

 あの後氷川さんは疑問を口にしながらもファミレスに行くことに賛成の意を示した。この店はスタジオから徒歩10分程の位置にあるため、割と気軽に訪れる事ができる。Roseliaのみんなもよく利用している、もはや行きつけと化した店だった。

 

「それで、何の用事ですか?」

「いや、ちょっと話があると言いますか……。てか何の用事かも聞かずにここまで来てくれたよね」

「あなたが誘ったんでしょう……でも、大方その話の内容は察しがつきます」

「おー、さすが氷川さん。風紀委員の名は伊達じゃない」

「それは関係ないでしょう」

 

 如何にも頭が痛いといったポーズをとり呆れの意を示す。そして、俯いた顔から視線だけをこちらへ向けた。

 

「それで、話なんだけどさ」

 

 俺が氷川さんをファミレスに誘った理由は2つある。

 1つ目は近況の相談と意見交換のため。これが一番の目的であり重要な課題だ。最近のRoseliaは前と明らかに違う。言ってしまえばとSMS以降の友希那の様子がおかしいってことなんだけど。原因に心当たりはあるが、動機が不明なのだ。その点、ずっと前からRoseliaメンバーである氷川さんならば何か知っているかも知れなかった。

 それに、氷川さんからの話も聞きたい。多分餌 (ポテト) を撒いておけば幾らでも話してくれるだろう。もはや常套手段である。

 

 そして2つ目は氷川さんだから。もう既に理由が意味不明というか曖昧だがこれもかなり重要で、しっかりとした考えがある。まず氷川さんの性格だ。客観的で冷静沈着、言うことははっきりと言う彼女は、意見交換の相手に適している。

 これが例えば宇田川さんなら「闇の力がドーン! バーン!」のオンパレードで会話が成立しないだろうし、白金さんなら「あの……えっと……」ってなること間違いなし。というか俺、そもそも白金さんと2人で喋ったことって殆どないな。まぁそれは置いといて。

 次にリサだが、この場合は適切じゃない。今回の話の中心であり軸となるのは友希那だ。彼女の場合、友希那のこととなると返答が曖昧になるのが目に見える。というか友希那の幼馴染である彼女に過去のことを探るような相談を持ちかけることに気が引けちゃったのである。

 つまるところ、ほぼ消去法のようなものだった。

 

 という事で、今俺たちが話し合うべき内容は今のRoseliaについてと友希那の態度の変化についてだ。

 

「って事で氷川さん、何か知らない?」

「やはりその事ですか……」

 

 ある程度要件に察しがついていた所為か、声は存外に平常だ。それでも顎に手を当てている姿から、氷川さんも答えを出しかねていることが何となく見て取れた。

 

「そうだ、なんか注文しようぜ。あの空気にやられて腹減ってるんだよね、俺」

「はぁ……ブレませんね、あなたは」

「褒めても笑顔しか出ないぞ」

「あなたのニヤけ顔なんていりません。それより、メニューを」

 

 ニヤけ顔と言われた事に軽くショックを受けつつも素直にメニューを渡す。

 え、俺ニヤケてた……? 普通に笑ってると思ってたんだけど。って事は今までもそうだったのか!? 爽やかな笑顔を浮かべてるつもりでも、周囲からしたらただ爽やかにニヤけてるだけだったんじゃ……。

 やばい、超恥ずい。まず爽やかにニヤけるとか言う単語が知能指数低すぎて恥ずい。

 

「では、私はこのサラダと……期間限定・秋の野菜盛り盛りパスタで」

「なにそれ美味しそう。なら俺はチーズグラタンとサラダにしようかな。あとこの見るからにヤバイポテトで。氷川さんポテト食べるっしょ?」

「わ、私はジャンクフードに興味は……」

「あ、その設定まだ続いてたんだ」

 

 久しぶりに聞いた気がするこのセリフ。前みんなで来た時はバクバク食べてたはずなんだけどなぁ。というか隠さなくてもみんな分かってると思う。むしろ隠す気無いじゃん。アイラブポテト全開じゃん。

 

「まぁいいや。あ、ドリンクバーはつけていいよね?」

「はい、お願いします」

「おっけー」

 

 ベルを押して店員を呼ぶ。この時間帯は割と繁盛しているらしく、店内を見渡せば何処かしらで店員が忙しなく動いていた。

 

「それでさっきのさっきの話だけど、どう思う?」

「また曖昧ですね」

 

 確かに曖昧だ。曖昧で不確定。具体性などカケラもない、しかしあの場で実際空気を感じたからこそ伝わる問い掛け。

 

「私としてはあまり良い雰囲気ではないと思っています。湊さんは……明らかにSMSが関係していると思いますが、詳しいことは分かりません」

「うん、俺も同意見。オーディエンスがいなくなったアレはステージ側からしたら心に来るのがあったのかも知れないけど、あの変化の理由が分かんないんだよね」

 

 SMS直後の練習。それ自体の雰囲気は決して悪いものではなかった。むしろ反省点を挙げ意見を交換し、少しではあるが話し合いもした。それに、その時は友希那も今みたいな態度ではなかった筈だ。それが最近になってピリついて来たということは、何か変革があったのだろう。

 

「そもそも結局やってないしな。SMSの反省会」

「そういえばそうですね……。あの日も湊さんは先に一人で帰ってしまいましたし」

 

 あー、うん。そうだった。でもあの日って結局俺たちみんな電車で来てたから当然のように帰りも電車だったんだよね。会場を出たタイミングもほんの数分違うだけだったし、俺以外気付いてなかったっぽいけどなんなら直線の道とか出たら遠目に友希那の後ろ姿見えちゃってたし。というか帰りの電車も同じ時間だった。あの時はあえて触れなかったけど内心冷えっ冷えだったからね。流石に一人にした方がいいと思って全員を別の車両にさりげなく誘導したレベル。

 

「なんですかそのまるで『気付いたのが自分だけで良かった』とでも思っていそうな顔は」

「ファッ!? ……んんっ! なんでもないなんでもない。アイアム平常心、オーケー?」

「少なくとも平常心でないということは分かりました」

 

 もうなんなの。なんで心読んでくんのこの人。

 

 ……さて、早速会話が詰まり始めた。

 くっ、もっとちゃんと話す中身決めてから誘うべきだったな。ただ現状確認しただけじゃねーかこれ。他に話すことあるだろ本街修哉。聞きたいことも、あった筈だ。

 

「でもまあほら、今は何か悩んでカリカリしてても時間経てば落ち着くかもしれないし」

 

 結局、出てきた言葉は楽観視もいい所、自ら話を終わらせてしまう一手だった。駄目だ会話が下手すぎる。

 

「そうですね。私も出来る限りフォローしようとは思っています。……とは言っても、その必要もないかも知れませんが」

「ん? ああリサか。あいつのフォロー力やばいからなぁ」

 

 リサの気遣い&優しさスキルと言ったらRoseliaトップで間違い無いだろう。それで今までRoseliaを支えて来たんだろうということは想像に難くない。

 それでも今回は旗色が悪かったっぽいけど。実際、バンドの事を思って焼いてきたクッキーだって友希那の前に一刀両断されていた。

 

「それに俺も出来る限りフォローしてみるよ。このままだと流石に宇田川さんがボッコボコ過ぎてかわいそうだし」

「そうですね」

 

 本当、宇田川さんは目も当てられない。集中砲火もいい所だ。その上脱退させるなんて言われているんじゃ心に来てもおかしくない。

 

 氷川さんも同じことを思ったのか、うんうんと首肯していた。

 

「第一、湊さんに直接聞けば早いんじゃないですか? あなた、彼氏でしょう」

「そうだけどさ、聞きづらいことってあるじゃん。その……彼氏だからって何でも知ってる訳じゃないし」

 

 寧ろ知らないことだらけだ。長いように見えて俺と友希那、Roseliaの関係は存外に浅い。特別な関係性になったとは言え、半年ほどの付き合いではまだお互いを真に理解しているとは言えないだろう。

 

 知っていい事と同様に知らなくてもいい事だって世の中には沢山ある。つまるところ、人間は知ってることだけ知ってるのだ。ソースは某委員長。

 

「そういうものですか」

「そんなもんでしょ。近いからこそ聞けない事って、きっとあるから」

「なるほど……。少し、分かる気がします」

「てかさ、結局この話を纏めると『原因は不明だし直接聞くのも無理だから様子を見ましょう』だよな」

「そうですね」

「つまり現状維持だよな」

「そうですね」

 

 ここに来た意味とは。

 まあこうやって話し合えただけでも十分か。そもそも解決しようとしていた訳じゃないしな。いや、最終的には何とかしたいと思っているけど、流石にすぐには出来ないだろう。

 

「店員遅いな」

「そうですね」

「さっきからそうですねしか言ってない気がする……。なに、マイブームなの?」

「なぁっ……違います! それで会話が成り立つならいいんです」

 

 やっぱ氷川さんってぼっちなんじゃ……。コミュニケーション能力があるのかないのか未だに分からん。

 しかもマジで店員来る気配ないし。俺もそんなにコミュ力ないからそうですねばっかり使われると詰むんだけど。あれ? お互いコミュ力ないとかこれもう詰んでね? 裸のキング蔑むどころかチェックメイトされてんじゃん。

 

「あー……そうだ、聞きたかったんだけどさ」

「? なんですか?」

 

 ──宇田川さんを脱退させるってアレ、どういう事なの?

 

「大変お待たせ致しました。ご注文をお伺いします」

 

 若干気まずい思いをしながら友希那の言葉を意を聞こうと口を開くが問いは言葉になる事はなく、ぱくぱくと開閉を繰り返して静かに閉じた。

 

「……とりあえず注文しよっか」

「はい」

 

 タイミングの悪さに呆れ半分で笑顔を浮かべ一旦話を切る。

 あまり待たせても店員に悪いと思い、俺たちは手短に注文を済ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 数多くのCDや楽器、その他ピックや弦やドラムスティックなどのオーディオ機器が陳列された店内。心地良いボリュームで流れるクラシックなBGMを遮断するかのように視聴用のヘッドホンを耳につける。

 

 聴こえてくるのは最近海外で有名になってきている実力派バンドの最新曲。激しいドラムのリズムにギターが暴れ、ベースが全体を整えるように調和の旋律を奏でる。男性ボーカルの声は荒々しくも繊細で、うまくリズム隊に合っている。

 

 CDを買うくらいに注目しているバンド。その最新曲と言えばいつもはもっと心が躍る筈なのに、何故か耳元で響く音は何処か遠く、まるで自分の意識が宙に消えてしまいそうなほどに覚束なかった。

 

 最後まで聴き終えずにヘッドホンを外す。

 ここは私の、この近辺で音楽活動をしている人にとっての行きつけである楽器店。お父さんがバンドを組んでいた時から建っている、新しくも古くもないようなそんな店。

 

 ズラリと並んだスコアに一瞬視線を滑らせながら外へ出る。暖房の効いた店内とは違い、冷たい風が薙ぐように吹いた。

 

「…………」

 

 練習が終わった後、修哉の声に振り向きもせずにスタジオを後にしてしまった。無視をしたのなんて初めてのことだった。

 

 ──修哉、怒ってないかしら。

 

 SMS以降、修哉と過ごす時間が減った気がする。いつもならリサと修哉と3人で帰っていた練習後だって、今はこうして一人で風に吹かれいる。

 今頃、2人で一緒に帰っているのかしら……。そんなことを考えて少し寂しさに襲われた。

 それもこれも、原因は私にあるというのに。

 

 Roseliaを取り戻す。曖昧で漠然的で、朧気で不明瞭な目標。

 でも、今日やってみて実感した。以前のような視点で厳しい言葉を放ってみて、分かった。

 私たちの音は変わってしまっている。そのせいでオーディエンスが居なくなったのだとしたら。そのせいで、雰囲気が違うと評されたのなら。

 

 

 

 私たちは、戻らないといけない。夢のために。

 

 

 

「おーいっ! ゆーきな〜!」

「……リサ?」

 

 振り返ると、リサが小走りでこちらへ向かって来ていた。

 

「まだここにいたんだ。てっきりもう家に帰ってるのかと思ったよ」

「少し、楽器店に寄っていたの。それよりリサ、修哉は? 一緒じゃないのかしら」

「んー、なんか修哉、用事があるって言ってたんだよね。だからアタシはこうして一人で帰ってるわけ」

「……そう」

 

 全く、この暗い中に女の子一人で帰らせるってどうなのさー。と文句を零すリサが横目に映る。

 しばらく足を進めていると、あっという声と共にリサが口を開いた。

 

「友希那、ちょっとファミレス行かない?」

「行かないわ。そんな時間は私にない。帰ってからもやらないといけないことがたくさんあるの」

「そう言わずにさ〜♪ 最近ちょっと友希那ヘンって言うか、張り詰めてる感じするし、息抜きしないとダメだよ?」

 

 ふと顔を覗くと、瞳が心配そうに揺れていた。

 

「……少しだけよ」

「やたっ♪ 」

 

 つくづく自分はリサに弱いらしい。

 半ば抵抗を諦めるように息を吐くと、方向を変えて歩き出した。幸いファミレスはここからそう遠くない。帰り道のついでに寄れるような場所にあるため、移動にそう時間はかからないだろう。

 

「〜〜♪」

「なんだか上機嫌ね。何かあった?」

「んーん、なんでもなーい」

「変なリサ」

 

 今だけ。今だけだ。こうしてファミレスに行くのもこれきり。

 明日になればまた前の私のように。頂点へ辿り着けるように、常に厳しく張り詰めたものでいなくては。

 

 しばらく他愛もない会話を交わしていると、ファミレスが見えてきた。大きなガラス張りになっている窓から店内を見やると、繁盛しているのかかなりの人が目に映った。

 

「あちゃー……すごい混んでるね〜……って、あれ? 修哉と紗夜……?」

「え……?」

 

 リサに言われて気が付く。普段Roseliaが反省会として使用しているいつものテーブル席で、修哉と紗夜が2人で食事をしている。盛り上がっているのか楽しそうに言葉を交わす2人を見て、心に黒い靄が射した気がした。

 

「何でいるんだろ。そもそも修哉、用事があったんじゃ」

「帰るわ」

「あっ、ちょっと友希那!」

 

 見たくない、見たくない、見たくない。

 予想外の出来事に思考が上手く纏まらず、ただもやもやした気持ちだけが心の内を支配していく。

 

 どうしようもなくなって、私は引き止めるリサの声に聞こえないフリをしてその場を去る。冷静さなどカケラもない。ただ気付いた時には自然と走り出していた。

 

「はぁっ、はぁ……っ」

 

 ある程度離れた所で立ち止まる。リサは追いかけてきていないらしく、夜の寂れた路地に荒い息遣いだけが反響した。冷えた空気が痛みを伴い肺を満たす。

 

 別に修哉がどう過ごしても私が何かを言える立場ではない。むしろ私から修哉を避けるような事をした。なのに、それなのにどうして──

 

「……っ」

 

 冷静さなど何処へやら、心の靄は濃度を増し飽和していくばかりだった。

 

 





更新まで期間が空いてしまいすいませんでしたぁッ! m(_ _)m (n回目)
更新が止まっている間にも感想、お気に入り、評価をして下さった方々、本当にありがとうございます。
改めて気合い入れて執筆していこうと思います!


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崩壊


ギリギリ連日投稿!
頑張って書いた。まる。




 

「ふぁぁ〜あ」

 

 昇降口で靴を履き替え教室に向かう途中の階段。一段一段をちんたら登りながら、俺は大きく欠伸をした。

 

 朝という時間は嫌いじゃない。

 基本的に人が少ないこの時間の学校は、俺のように大した会話相手も友達もいないぼっちにとっては至高なのである。早起き自体は好きじゃないけど。

 

 しかも最近は寒いせいか、教室や廊下でウェイウェイ騒ぎまくるリア充軍団の登校時間が遅い。それによって俺の精神環境はオールクリーン、コンデションは最高になっていた。ふっ雑魚め。所詮は寒さに勝てないということか。因みに俺は心も体も常に寒い。悲しすぎる。

 

「まぁ俺も側から見れば十分リア充なんだけど」

 

 いざ自分に彼女が出来てみて改めて実感したことがある。それは『リア充にも種類がある』という事だ。

 

 まず代表的なのが彼氏、彼女持ちの人種を称するリア充。次に上がってくるのが『俺らいかにも青春してます☆』系リア充だ。こいつらはもはや害悪。ただ騒音発生器でしかない。しかもこの手のタチの悪さは数が多い事にあって、文化祭や体育祭などの期間限定系行事ではしゃぐ所謂『便乗系リア充』とは違い、年中無休時間を問わず騒ぎまくるという習性にある。

 別に彼氏、彼女がいなくてもそう呼ばれているから、彼らに対するリア充とは最早蔑称であるとも言えた。

 

「あったけぇ……」

 

 内心で文字通り寒い思考を繰り広げながら我らが2-Cの教室のドアを開く。するとちょうど廊下へ出ようとしていたのか、目の前に銀の髪が揺れた。

 

「あ、おはよう友希那」

「……」

 

 無言。ピクリと肩を揺らす彼女は俺に目を合わせる事もなく、ただ俯きがちに俺の横を通り抜けた。

 

「……え?」

 

 瞬間、目の前で起きた出来事が飲み込めずに思考が固まる。同時に息も浅くなり、疑問符だけが頭の中を支配した。

 

(む、無視? なんで? 俺何かしたっけ……? 確かに最近様子は変だったけど挨拶を返してくれないなんて事は今まで一度も──)

 

 考えろ、必ずどこかに理由がある筈だ。遡れ、思い出せ。昨日の練習か……? 違う、別に昨日は無視されるような事はしていない筈だし、帰り際の俺の言葉だってただ聞こえていなかった可能性がある。

 なら何だ? もっと日常的なこと? というかそもそも──

 

 

 ──俺、最近ほとんど友希那と喋ってなくね?

 

 

 心に鈍い痛みが走る。悲しいような寂しいような、それでいて何処か自分が虚しくて。小さく挙げた手も行き場をなくしてぶらりと下がり、俺はその場に立ち尽くす。

 

 暖房が効いて暖まった教室とは対照的に凍えていく心。うまく纏まらない思考の海に、すれ違いざまに漂うシャンプーの香りだけが虚しく甘く届いていた。

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 眠っていた意識が浮上する。

 いつの間にか寝ていたらしく、耳に残響しながら本日最後の授業の終わりを告げるチャイムで目を覚ますと荷物を纏めて席を立った。

 

 そのまま喧騒の波を縫うように潜り抜け、昇降口を出て学校を後にする。寝起きだと言うのに頭がやけに冴えていることから、睡眠が浅かったことが分かった。

 

 結局、朝の答えは出ていない。

 

 考えても考えても心当たりがない現象。だというのに確実に心を蝕んでいくその事実が、どうにも心地悪かった。昨日氷川さんと話して少し気分的に楽になっていた分、それが逆に俺へと重くのしかかっている。

 

 しばらく足を進めてスタジオに到着する。そこらのショッピングモールのよりもよっぽど反応が良い自動ドアを潜ると、俺に声がかけられた。

 

「こんにちはー。今日は早いね」

「こんにちは、まりなさん。他はまだ来てないんですか?」

「うん、君が一番乗りだよ。毎日Roseliaのサポートお疲れ様」

「いや、好きでやってる事なんで。ありがとうございます」

 

 最近になって一言二言言葉を交わすようになってきた店員──まりなさんに軽く頭を下げて、重いドアを開く。途端に鼻孔をくすぐる防音壁の木の匂いで肺を満たし、いつもの位置に荷物を置いた。

 

「なんか久し振りな気がするな」

 

 こうして一人で立ってみるとスタジオがやけに広く感じる。一番最後に来ることがほとんどだからな。それかほぼ同タイミングくらい。

 

「まだ来る気配ないしセッティングしとくか」

 

 独り小さく呟くと、慣れた手つきでコードを刺し機械の電源を入れる。マイクスタンドやケーブル類の準備も粗方済ませ、後は各自が持ってきたギターやベースなどの楽器を接続するだけでいい状態になった。

 

「確か前にこのままBLACK SHOUT歌った事あったっけ」

 

 確かあの時は友希那と氷川さんに思いっきり聞かれてて恥ずかしい思いをしたんだ。2人からの評価は悪いものではなかったが、普段からあれだけ高レベルな音楽を生で聞いている俺からすればお世辞もいいところだった。

 

「……来ないな」

 

 俺がスタジオに入ってからしばらく経つが、それでも未だにみんなが来る気配はない。

 どんだけ早く来たんだ俺。考え事をしていたせいで足早になっていたのかも知れない。

 

 まだ思考は重い。気を紛らわせるために吐いた独り言も見事に逆の効果を発揮して、ただ無機質な壁に吸われていく。

 

「あれ、修哉さんもう来てる!」

「早い……ですね……」

「修哉が早いなんて珍しいね〜。いつもは後に来るのに」

「やる気があるのはいい事です」

 

 扉が開き一気にスタジオが賑やかさを増す。みんなが来たことに僅かな安心を覚え、俺はステージ側から離れた。

 

「……さあ、各自準備をして。出来次第すぐに練習を始めるわよ」

「準備はもうやっといたよ。楽器の準備さえすればすぐにでも始められる。だから────」

 

 ──だから、何なのだろうか。

 

 何でもいいから言葉が欲しいのか、朝の不安を取り除きたいのか。一連の理由が聞きたかったのかもしれない。

 

 続く言葉は喉で搔き消え、代わりに掠れた息が漏れた。

 

「ありがとう……ございます……」

「あー、もしかして結構待たせちゃった? 全員分準備するのって結構手間だったでしょ」

「いや、そうでもないよ。いつも手伝ってるから慣れてるし、早く来すぎたせいで特にすることもなかったし。なんなら一曲歌おうかと思ってたところだ」

「あはは♪ なら、いいんだけど」

 

 各自が手早く楽器の準備に移っていく。時間の経過と共に緊張感が膨れ上がり張り詰めていくスタジオの空気を肌で感じながら、俺は無理矢理気持ちを切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あこ! またテンポが乱れているわよ。前回もそれぞれつまずいた箇所を克服しておくようにと言ったはずなのに、何度も同じことを言わせないで」

「……ごめんなさい……」

 

 今日も始まった宇田川さんへの指摘。全体の雰囲気にも影響するためなんとかフォローしてあげたいが、聞いていた俺からしても今は確かにズレていたためどうもうまい言葉が見つからない。

 当の宇田川さんも鋭い声音と口調に完全に萎縮してしまい、普段なら叩ける箇所も叩けなくなるという悪循環に陥っていた。

 

「まあまあ、流石に昨日の今日でミスを完全に無くすのって無理あるじゃん? 宇田川さんも頑張ってるんだし、また練習して出来るようにしていけばいいと思う」

「修哉さん……」

「そ、そうそう! あんまり焦ってもいいことないし、友希那もそんなに言わなくても……」

「……では、もう一度同じところから」

 

 それとなくカバーし、なんとかその場を凌ぐ事に成功する。リサと軽くアイコンタクトを交わすと、少し心強さが増した気がした。

 

 だが、その途端に絞り出すような声が零れた。

 

「……何度やったって、出来ないと思います」

「宇田川さん……?」

「何度やったって、どうせあこ、失敗します! だって、どうやったら上手になるのか、もうわかんないし!」

「甘えたことを言わないで! ダメなら出来るようになるまで繰り返すしかないでしょう」

「何のために上手になればいいんですか!?」

「っ! それは……!」

 

 お互い舌が熱を帯びていく。俺は視界の奥であわあわする白金さんと同様に、初めて見た2人の姿に困惑することしか出来ないでいた。

 それはリサや氷川さんもなのか、誰もその口論を止めようとしていない。

 

 これはまずい。

 

「SMSで失敗したのに反省会もやらないで! みんなわけがわからないままずっと練習ばっかりしてて……FUTURE WORLD FES.に近づいているのか、遠くなっているのかもわからないし……っ!」

「遠のいているわよ。今のあなたは」

「ちょっ、それは流石に」

「……っ! なんでですか!? あこが上手じゃないからですか!」

 

 宇田川さんの声は張り裂けそうな程に大きく響く。ダメだ、これ以上言わせちゃいけない。この場を納めないと取り返しがつかない事になる。早く止めないと────

 

 

 ────誰が?

 

 

「そうよ。それにこの程度で音をあげているようじゃ先が知れてるわ」

 

 言葉を切って、言い放つ。

 

「そんな甘えた様子で、このバンドにいる資格はない!」

「……っ!!!」

 

 言わせて、しまった。取り返しがつかない一言を、今までの努力の全てを否定するような一撃を、宇田川さんに浴びせてしまった。

 

 大きく見開かれる瞳。次第に雫が溜まり始め、宇田川さんは涙声で絞り出す叫ぶように叫んだ。

 

「……こんなの……こんなの、Roseliaじゃない!!!」

「あっ、あこ!!!」

 

 涙を流しながらスタジオを飛び出していく。重いドアが自然に閉まった音が暗く悲痛に木霊した。

 

「友希那……友希那ってば……()()()っ!」

「ッッ……!」

 

 どうして……と続く言葉は声にならない。聴きたいのに聴けないもどかしさに腹が立って、拳を強く握りしめた。

 

「……続けるわよ。ここにいるメンバーだけでもやれることはあるわ」

「どうして……あこちゃんにそんなこと……いうんですか……?」

「燐子……?」

 

 怒りを孕んだ声。普段の静かさからは考えられないような声音に、びくっと小さく肩が跳ねた。

 

「きっと……わたしたち……どれだけ練習したって……音なんか……あいません……! こんな演奏……誰も……振り向いてくれません……! だって……誰も……みんなの音……聞いてないから……っ!」

「燐子!!!」

 

 宇田川さんの後を追うように白金さんもスタジオを飛び出していく。突然の展開に頭が付いていかない。ぐちゃぐちゃに搔き回されるような感覚の中。

 

 ──もう、取り返しがつかないかも知れない。

 

 そんな思考が脳を掠めた。

 

「友希那、どうしちゃったの? この間の練習の時から、なんかヘンだよ?」

 

 昨日のアレだって……そう言いながらリサは俺へちらりと視線を振った。昨日のアレ……? なんだ……? リサは何を言っている……?

 

「私は、Roseliaを取り戻したいだけよ。そのために私たちは昔に戻らないといけない……ただ、それだけ」

「昔のRoseliaに……戻る?」

 

 気付けば、声が震えていた。

 それはどういう事だろうか。考えたくても頭が回らない。ただ瞳に焼きつく()()()の苦しそうな顔だけが、俺の思考を縛り付ける。

 昔のRoselia。それは俺が知らないもの。俺が参加する前の、5人だけの居場所を指す。

 そこに戻るというならば、俺は────

 

「……っ」

 

 考えたくない。考えたくない。考えるな本街修哉。首を振って笑い飛ばせ。いつもみたいにふざけて誤魔化せ。馬鹿みたいにテンション上げてお調子者のフリをしろ。

 そうでもしないと、どんどん沈んでしまうから。

 

「湊さん、言っている事が不明瞭過ぎます」

「Roseliaに馴れ合いは必要ない。クッキーはもう、要らない」

 

 真意を確かめるような疑問に対する言葉はどれも抽象的で。対象に形を成した言葉のナイフが心の内を切り刻んで行く。

 

「私たち、仲良くなりすぎてしまったんじゃないかしら」

「────」

 

 ──止めだった。息が切れる。汗が流れる。ドッドッドッとタガが外れたように収縮を繰り返す心臓の音が、真っ黒な視界を彩った。酸素を取り込もうと躍起になる肺は痛いくらいで、ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃと頭を掻き混ぜドロドロになって溶けるような錯覚に襲われる。

 

 もう何も考えられない。自分が自分じゃなくなるような虚無感に呑まれる中、定まらない視点はどこか遠くを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

「友希那っ!」

「湊さんっ……っ! ……行ってしまったわね」

 

 仲良くなりすぎた。ぴしゃりとそう言い放つと友希那はスタジオの外に出て行ってしまった。あこや燐子もいなくなってしまった今、どうしたらいいか分からずにアタシはただ立ち尽くす。

 

 もう、何がなんなのか分からない。浮かんできた率直な感想はそれだけだった。

 

「今井さん……大丈夫?」

「あ……ご、ごめん……なんか、驚いちゃって」

 

 大丈夫か、と聞かれれば決して大丈夫じゃないだろう。

 友希那、まるで本当に昔に戻っちゃったみたいだった。最近の友希那はずっとそれを望んでいたんだろうか。SMS以降急に厳しくなった練習や、鋭くなった指摘の言葉。それはいつも私たちに指摘をしていた修哉が何も言うことがなくなるほどに厳しく激しいものだった。

 

「そうだ修哉……!」

 

 昔に戻るという事に加え、友希那は仲良くなりすぎたとも言った。友希那と付き合っている修哉がその言葉に傷つかないはずがない。

 

「しゅう──っ」

 

 飛び込んで来た光景に息を飲んだ。ゾゾゾっと気持ち悪い悪寒が背中をなぞり、恐怖からか肌が粟立つ。

 出来ることなら、見たくなかった。

 

 その目は塗り潰したように生気を感じない黒色で、どこかを彷徨う視線は酷く歪んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 口角を吊り上げながら、修哉は壊れそうに嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ストーリーの都合上、どうしても2章のセリフが多めですが許してヒヤシンス


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そうして彼は


24時間 バンドリ! TVでずーーーっとチャットにいたオットセイの真似するアレが好きすぎてつらいです。



 

 

 フラついた足取りで玄関を開け靴を脱ぐ。自宅の鍵やスクールバッグをリビングに放ると、そのままソファーへ倒れ込んだ。

 

「…………気持ち悪い」

 

 襲うのは激しい頭痛と吐き気。背中や額にじっとり滲む汗が不快感を誘い、俺の体調の悪化を後押ししていた。カチリ、カチリとリズムを刻む壁掛け時計の秒針がやけに遠く聞こえる。どうやら耳鳴りもしているようだった。

 

 緩慢な動作でソファーから転がるように起き上がり風呂場へ向かう。脱衣所で乱雑に服を脱ぎ、頭からシャワーを浴びると不快感が和らいだ気がした。

 

「俺、今までなにやってたんだろ」

 

 あの場において湊さんの言葉は正真正銘本心で、何処にも嘘はないのだろう。彼女がそういう性格であることを俺は知っている。だからこそ、告げられた意図に心が締め付けられた。

 

「いやー、まさか戦力外通告されるとは思わなかったなー」

 

 予想外過ぎてビビったわ。ノストラダムスでも流石に予言できないレベル。しかも何? あの空気。近年稀に見る大寒波だったんだけど? みんな飛び出しちゃうし、なんか俺も出てきちゃったし、タカキも頑張ってたし。

 酷く遠回しで具体性に欠けていても、言いたい事は伝わった。これでもう俺はお役御免。Roseliaにとって不要な過去の遺物になって、もうスタジオに行くことも、一緒に、話しながら、帰ることも、カフェテリアで……っ、みんなで話すことも、もう、もう二度と…………。

 

 

「……キツいなぁ……っ」

 

 

 呻くように、絞るように声が出た。

 

 好きだからこそ、辛かった。あの場所が、あの時間が大切だったからそこ、どうしようもなく悲しかった。あれは嘘だと、聞き間違いだと信じたいのに。耳にこびりついた台詞は容赦なく理想を打ち砕き、残酷な現実を俺に見せつける。まるで、全てが夢だったと告げるように。

 

 嫌な思考ばかりが加速していく。

 湊さんは言っていた。危機感を持って練習に取り組まなければFUTURE WORLD FES.には出られないと。あの時は気付かなかったが、それはつまりRoseliaはそのフェスを目指してバンド活動をしているって事なんじゃないのか。それに、リサも俺が参加する前にRoseliaでFWFに挑戦したことがあると言っていた。

 もしかしたら最初から、それこそRoseliaが結成された当初から、目的はずっと──。

 

 ──嗚呼、本当嫌になる。

 Roseliaには意味があった。夢があった。目標があった。あくまであの練習は過程だと、そのための手段の一部だとどうして気づけなかったのか。湊さんが、リサが、氷川さんが、宇田川さんが、白金さんが何の目的を持たずにバンドを組むはずがないじゃないか。その姿を1番近くで見てきた俺が、どうしてそれを外していたのか。愚かに愚直に盲目にそれを見逃し意識の外に放り出し、「一緒にいたい」「少しでも長く眺めていたい」「話がしたい」なんて馬鹿げた思考を掲げていた。

 FWFに出場する。そんな真剣で崇高な意思の元に行われていた練習を、俺は今までそんな不純な動機で穢していたのだ。だがそれは表に出してこなかった。だから、きっと彼女は俺がただ純粋に手伝っていたと考えているのだろう。本当は違うのに。

 嗚呼、本当に嫌になる。

 きっと……いや、違うな。これは絶対だ。俺が練習に参加したせいで、Roseliaは変わってしまった。だから今回の衝突も涙も分裂も、元を辿れば俺のせい。他の誰でもない俺こそが、この現状を生み出していた。

 

 

「……っ」

 

 

 何かが込み上げてくる。が、不思議と涙は出なかった。たとえ鼻の奥がツーンとして呼吸が深くなろうとも、じわりと熱をもつ目頭が瞬きと共に痛んでも。どうしようもなく空っぽになってしまった心は、もう何も失わないようにと鍵をかける。

 

 

 ……これ以上、考えるな。こういうの得意だろ、お前。前にボコボコに殴られた時だって平気装って笑ってたじゃないか。この程度は何でもない。過程なんて、違和感なんて気にするな。本街修哉は不要。ただその結論さえ在ればいい。だから、笑え。笑って繕って誤魔化して騙して欺いて隠して笑って笑って笑って笑え。そうでもしないと、きっと────

 

 

 鏡の中には平生と変わらぬ俺が映る。気持ち悪く不気味に歪んだ口角に、カケラも動かない目元。顔色は悪く、体も震えているけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──うん、いい顔だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも笑う人形は、きっと狂ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは一位の発表です! 本日最も運勢がいいのは……天秤座のあなた! おめでとうございます!』

 

「おい昨日も天秤座だったじゃねーか」

 

 快活な顔で今日の運勢を語り出すキャスターに文句を垂れながら朝食を作っていく。

 この占いコーナー全っ然信用できないんだよな。しかも確か一昨日も天秤座だった。3日連続ってあり得ないだろ普通。なんなの? 天秤座贔屓してんの?

 

 不平等だ、と嘆きながらも四角いフライパンに油を敷き、予め調味料と混ぜておいた卵を投入。火を弱火〜中火あたりに調整して発生した気泡を箸先で潰していく。半熟状態になったら奥から手前に折りたたみながら移動させて、最初の卵の残りを入れて同じことを繰り返せば……。

 

「うっし完成! いやー、やっぱ弁当と言ったら卵焼きだよな」

 

 外せないよね、卵焼き。弁当に入れるのは半分としてもう半分は朝食用に皿に盛る。後は適当に野菜と冷凍食品詰めとけばいいだろ。因みに俺は甘い派だ。

 油まみれのフライパンを軽く水で流しシンクに放ると、サラダと卵焼きをテーブルに運ぶ。すると丁度いいタイミングでトースターがチン、と小気味良い音を鳴らし、パンが焼きあがったことを知らせた。冷めないうちにマーガリンを雑に塗りつけると、席に着いて両手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 父親が仕事で家を開けるようになってから毎日のように繰り返してきた朝食風景。なんの変哲も無い平和を飾った日常が、リビングには広がっていた。コーナーが切り替わったらしいテレビ番組のニュースに耳を傾けながら、俺は目の前の食卓に手を伸ばす。

 

 

「…………」

 

 

 ──不味い。

 

 

 いや、これは不味いとかそういう問題じゃない。

 口に含んでも、咀嚼しても、舌の上で転がしても、呑み下しても……。

 

「味が、しない」

 

  からんと音を立てて箸が転がる。未だ口内を彷徨う『ナニカ』は、まるで粘土細工のようだった。

 

 どれだけ固まっていただろう。意識がはっとした時には既にパンは冷めていた。手に取り無理矢理口の中へと詰め込むと、逃げ出すように席を立つ。

 残ったサラダにラップをかけ、卵焼きが乗っていた皿をシンクに放る。洗い物は……帰ってからでもいいだろう。

 

 昨日放り投げたままになっているスクールバッグを手に取ると、足早に家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 弁当を忘れた事に気が付いたのは、我が羽丘高校の校門が見え始めた頃だった。というかもう校門通過しちゃってる。どう考えても手遅れだった。

 ちょっと何やってんの俺。何が「弁当と言ったら卵焼きだよな」だ。弁当舐めてんのか。つーかそもそも野菜も冷食も入れてなかったじゃん。くっ、せめてもうちょい早く気付けば取りに戻……らないな、うん。めんどくさいし絶対戻らん。

 

「昼飯購買で買うか……」

 

 あー、あの卵焼き結構自信作だったのになー……。まあ別にいいけどさ。てかそれより金持ってたっけ俺。不安になってきた。

 

「ダメダメだな、今日」

「なにがダメダメなんですかー?」

「うおっ!?」

 

 突如隣から聞こえた声に素っ頓狂な声が出る。一瞬誰だと思ったが、この間伸びした口調に一人心当たりがあった。

 

「青葉か」

「せいかーい。可愛い後輩のモカちゃんでしたー」

「自分で言っちゃうのかよ」

 

 悪戯っぽく笑いながら、青葉は俺の横に着く。

 

「珍しいな、お前が学校で俺に声かけて来るのって」

「たまたま見かけたのでー。そもそも、普段学校で修哉さんのこと滅多に見かけませんからねー」

「まあ学年違えばそんなもんだろ」

 

 それにほら、俺活発系男子じゃないし。花も恥じらう草食系男子は体育以外ほとんど教室から出ないのだ。その生息地の狭さたるや、俺がポケモンならオドシシ名乗れるまである。

 

「……で、お前それ何やってんの?」

 

 脳内で不憫なポケモンに仲間意識を持ちつつ青葉の腕を指差す。

 華奢な彼女の両腕には、缶やペットボトル、パック系のものなど種類を問わない数本のジュースが抱えられていた。明らかに一人で飲む用ではないだろう。

 

「お前……もしかしてイジメ」

「違いますよー」

「ですよねー」

「ジャン負けでジュース頼まれたんですよー。お金は貰ってるんで、ただ買いに来ただけですけどー」

「へー」

 

 うん、まあそうだよね。こいつに限ってそんな事は100%ないだろう。むしろジャン負けするようなイメージが全然ない青葉がするくらいだ、よほど仲がいい相手に買うんだろう。やだ、俺柄にもなく後輩の心配してる!

 

「……修哉さん、体調悪いんですか? さっきから少し顔色悪いですけどー」

 

 覗きんだ言葉に上がりかけていたテンションがすっと下がる。普段はほんわかのんびりゆったりしているその声が鳴りを潜めたように聞こえる。冷や水をかけたような感覚を覚えたが、しかし不思議と気にならなかった。

 

「いや、全然? 悪いどころかむしろ元気だぞ。元気すぎて馬鹿じゃなくても風邪引かないレベル」

「あーはい、大丈夫そうですねー」

 

 瞬間、いつもの青葉が戻ってくる。どうやら俺の気のせいだったらしい。呆れ混じりに「適当だな」と言葉を返すと、彼女は思い出したように口を開いた。

 

「そういえば修哉さんー、モカちゃん、最近ちょーバイト頑張ってるんですよー」

「へー。例のパン屋のパンの買い占めでもすんの?」

「……誰かさん達が全然シフト入れないから、その分モカちゃんが働いてるんですよー」

「お、Oh……。なんて言うか、ごめん」

 

 いやほんと、マジでごめんなさい。確かに最近全然シフト入れてなかったわ。そもそも放課後は基本毎日練習で忙しかったし、土日も練習あったりするし。それプラス最近はSMSなんかもあったから、全くと言っていい程コンビニに出向いていなかった。同じくリサもそうだろう。

 

 でも、それも過去の話。今の俺には関係ない。

 

 むーっと頬を膨らませながら不満の意を示す青葉に苦笑いが漏れた。

 

「まあ、今後は俺もシフト多めに入れるようにするよ」

「お〜! 本当ですか〜?」

「流石に最近ずっと休みだったからな。そろそろ行かないと店も困るだろ」

 

 本当に困るかは知らないけど。そもそもこの時期って忙しいのか? どの記憶を遡ってみてもあの店が混んだ覚えがほとんどない。ただ店のことは置くとして、青葉が助かるのは確実だろう。

 それに、俺も放課後は暇だしな。

 

「それじゃあ修哉さん、バイト来てくださいよ〜」

「おー」

 

 昇降口に到着すると青葉は駆け足で自分の教室の方へと向かって行った。ぶっきらぼうに短く返し、俺も自教室へと足を進めていく。

 その時だった。

 

「っ」

 

 見慣れた銀が視界に映る。廊下で談笑を繰り広げる生徒の中を淡々と、まるで意にも介さずに歩いてくる。相手はまだ俺に気付いていない。ただしかし、着々と確実に近づいて来ている。

その距離が残り数メートルまで近づいた時、体は反射的に動いていた。

 

「…………なに隠れてんだ、俺」

 

 即座に方向を転換し、すぐ横にあった男子トイレへと入る。途端に全身の緊張が解け、そのまま壁にもたれかかった。

 気にするな、意識するな、考えるな。そんなこと、頭の中ではしょうがないほど分かっているのに────

 

 

 

 

 

 

 どうしようもなく、彼女に会うのが怖かった。

 

 

 

 

 

 





どん底までネガティブになると思考が嫌な方向にばっかり行っちゃうあるある。


感想、評価等くださる方々、いつもありがとうございます。嬉し過ぎてモチベに繋がっています。もっとください (ド直球)


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再来


鳥籠……友希那……(白目)



 

 

 

 

 楽しい時間ほどすぐに過ぎ去り、苦痛と感じる時間の経過を長く体感することはままあるだろう。だから、当然来店する客を捌き、減った商品の品出しをし、人が減ればレジでただぼーっとしているだけという俺の体感時間の流れは最悪レベルで遅いと言えた。

 それに、隣にいるのがのんびりした奴なんだから余計にそう感じるのも無理はない。

 

「……本当に来たんですね」

「や、来て欲しいって言ったのお前じゃん。俺そんなに信用ないのかよ」

 

 休日の店内。

 

 店長曰く『立ちっぱなしだと疲れるじゃん』とのことでレジスペースの隅に申し訳程度に置かれたパイプ椅子に座り、俺は客のいない売り場を眺めながら青葉と駄弁っていた。

 

「まあ、修哉さんですからねー。基本的に適当なんで、実のところあんまり期待はしてませんでした」

「なにそれ酷い。いや、まあその通りなんだけど。実際ずっと来てなかったから返す言葉もないんだけども」

 

 しばらく話していると、軽快な電子音と共に自動ドアが開き客が来店した。商品の会計を慣れた手つきで済ませて客が出て行くのを見送ると、椅子から立ち上がった青葉がそういえば、と声をあげた。

 

「リサさんは何か言ってましたか〜?」

「リサ? なんでリサ?」

「いえ、リサさんもここ最近来てないんで、あの後修哉さんがリサさんにもシフトの話したのかなーって思いまして」

「あー、そういえばしてなかったな。忘れてたわ」

 

 それ以前、あれから俺は学校でリサと関わることがほとんどなかった。見かける事やすれ違う事はありさえすれど、一度も言葉を交わしていない。交わさなかった。

 断絶、或いは隔絶というのだろうか。あの日、俺が不要と暗に宣言されて以降、完全にRoseliaメンバーとの関わりを絶ってしまっていた。

 

 そもそもリサにバイトの話をするって考え自体が頭になかったしな。事実、青葉が必死こいて働いている状況に俺一人が加わっただけでも負担はかなり減るだろう。そこにリサがいればさらに減るが、リサもリサで今後のバンド活動やら何やらで忙しい筈だ。だから、とりあえずはこれでいい。

 

「ってかリサなら連絡取れるんじゃないの? 仲良いでしょ、お前ら」

「そうですけど、修哉さんが声掛けてくれればその手間もないじゃないですかー。一緒にバンドの活動もしてるからモカちゃんよりも接点多いですし」

「確かに……」

 

 勝った、とでも言いたげにニヤける青葉に若干イラつきながらも、実際その通りなのでそのまま流す。後輩に言い包められて先輩は悲しいですはい。

 でも、本当に今まで俺たちが開けていた分を青葉が代わっていたのなら何故まず先にリサにヘルプを出さなかったんだろう。たまたま学校で会った俺に話をするよりもそっちの方が確実性があるはずなのに。

 

 ……あれ? リサと青葉って仲良いよね? 俺には仲良しに見えてたんだけどそれで合ってるよね? でも青葉がヘルプを出さなかったのは事実……。

 そこまで考えて一つの可能性に行き当たった俺は、はっと顔を上げた。

 

「まさか……!」

「?」

 

 ……フェイク!? 仲良しは上辺の飾りだったとでも言うのか!? なんてことだ。

 

「女子の友情って怖いなぁ」

「どうしたんですか急に」

「気にしないでくれ」

 

 闇が深すぎるためこの辺で考えるのをやめる。ニーチェも深淵をのぞく時、深淵もこちらをのぞいているって言ってたしな。覗きダメ、絶対。多分ニーチェもこんな深淵覗きたくない。

 

「……っと、そろそろあがる時間だな。お前も同じ時間だったよね?」

「はい。じゃあタイムカード切りますかー」

 

 どうやら思いの外時間が経過していたらしく、気がつくと既に退勤時間になっていた。

 欠伸とともに立ち上がると、荷重から解放されたパイプ椅子がぎしりと鳴った。古くもなく、かといって新しい訳でもないそれを畳むと、レジスペースから出て裏へ向かう。

 

「しかしあれだな、相変わらず客足少ないよなこの店」

「修哉さんの運がいいんですよー。前はこれよりもっとお客さん来てましたし」

「なにその運いらねぇ……。第一、店の儲け的には客来ないとまずいんだけどな」

「まあまあ、楽だからいいじゃないですかー」

 

 特に中身の無い適当な会話を繰り広げながらタイムカードを切る。

 客足の悪さに関しては……たまたま偶然ってことにしとこう。そもそも今更感あるし、きっと土地が呪われてるんだろ。烏森もびっくりなレベルで妖も人も来ない。ついでに店長も来ない。呪い以前に終わってた。

 

「じゃ、お疲れ〜」

 

 荷物を纏め、青葉に軽く視線を振ってから閑散とした店を出る。なんとも言えない空模様を気に留めず歩き出すと、背後から足音が聞こえてきた。

 

「修哉さん、ストップ〜」

「? なに? 俺もう帰りたいんだけど。てか帰る。さよなら天さん」

 

 内心チャオズーーーー!!! と叫びながら再び足を進める。ところで餃子って書いてチャオズって読むアレ、中国語らしいね。ちなみに地方によってジャオズとかガーウジーとも言うらしい。決してまんま餃子(ぎょうざ)ではない。

 

 無駄な知識を披露しながら青葉を無視して歩いていると、今度は服の襟を掴まれた。ちょっと痛い痛い! あと意外と力強い!

 

「なんだよ……」

「モカちゃんは修哉さんたちがいない間、バイトを頑張ってました」

「うん、そうだな。それはもう聞いた」

「可愛い可愛い後輩に負担をかけた先輩は〜、なにか労うべきだと思うんです」

 

 真面目な表情、と見せかけてニヤけるのを必死に我慢している青葉は、人差し指をピンと立てて俺を見る。あー、大変だったなー、あれはキツかったー、とわざとらしく回想する様子を見かね、大きな溜息が口をついた。

 

「……なにが望みだ」

「山吹ベーカリーのパン、好きな分だけ」

「ファッ!?」

 

 おいちょっと待てふざけんな。あの無類のパン好きの青葉に好きな分だけパン奢るだと? 無理無理無理です財布が死んじゃう。

 

「流石にそれは……」

「あ〜忙しかったな〜」

「ぐっ……ああもういいよ仕方ねぇ! でもちょっとは手加減していただけると……」

「しょうがないですね〜。じゃあ、レッツゴ〜!」

 

 先輩後輩など関係ない。年功序列を思いっきり無視した一方的なカツアゲがそこにあった。

 財布の中身が気になるけど……まぁ仕方ないと割り切る事にする。青葉に任せっきりだったのは本当だしな。ほんの少しでも申し訳なさを感じてる時点で俺の負け。

 それに、俺自身パン屋に行く機会ができたと思えば悪くないだろう。ただそこにプラスアルファで後輩への奢りと言う名のおまけが付くだけ。なにそのハッピーセットいらない。

 

 ……あれ? もしやこいつも結構策士なんじゃね? リサといい青葉といい俺の周りが俺に策を弄しすぎな件。

 

「俺帰って掃除とか夕飯の準備しないといけないから選ぶなら早めにしてくれよ」

「大丈夫ですよ〜♪ どのパンを買うかは今から選んでるので〜」

「お、おう……。ならいいんだけどね……?」

 

 横で楽しそうにあれとこれとと鼻唄を歌う様子に嫌な予感がして、僅かに頬が引き攣った。無類のパン好きでも流石に限度は弁えていると信じたい。

 

 しばらく道なりに歩いていく。休日ということもあり、目的地である商店街に向かうに連れて徐々に人が増えつつあった。ちらりと街の喧騒に目を向ければ子供を連れた主婦なんかが世間話を繰り広げている。

 そのままぶらぶらと周囲に視線を泳がせながら歩いていると、ふとある人物が目に入った。

 

(っ、湊さん……!)

 

 何故此処に、とは思わない。そんな事を考えるよりももっと早く、瞬間的に弾かれるように体が動く。

 

「あ〜、あれ湊さんじゃないですか? 」

「青葉、ちょっと道変えよう。こっちから行くぞ」

「え? ちょっと修哉さ〜ん?」

 

 青葉の腕を半ば無理矢理掴むと、一本横の道へ抜ける。やけに煩い心臓がどくんどくんとリズムを刻み、急激に口内が乾いた。

 

「…………」

 

 最悪だ。ここで遭遇した事じゃない。反射的に避けることを選び、(あまつさ)えそれに安心している自分が、何より最低で最悪だった。

 ちら、と視線だけを横に振ると、青葉と一瞬目があった。こいつは馬鹿っぽいが馬鹿じゃない。細められた瞳の奥に何かを勘付いたのは確かだろう。

 

「……ささ、早く行きましょ〜。パンがなくなっちゃいます〜」

 

 けろっ、と何もなかったかのようにそう言って歩き出すに姿につい呆けてしまう。

 

「どうしたんですか? 鳩にメロンパン投げた時みたいな顔して〜」

「実際に投げたのかよ……。あんまり鳩をいじめないでやろうな」

 

 馬鹿馬鹿しい会話に嫌な思考が切り替わり、自然と表情も笑顔のそれへと変わっていく。

 

「んじゃ、行くか」

「おー!」

 

 ふっと息を吐いて再び足を進める。

 聞きたいことならあった。気にならないのか、聞きたいことはないのか。だが、それはあえて言葉にしない。きっと青葉は聞いてこない。何かがあると分かった上で、あえて聞こうとしないだろう。関心的な無関心。このサバサバして適当な距離感が、今はありがたく心地よかった。

 

 それから数分が経ち、俺たちはようやく目的地に到着した。外にまで漂う芳ばしいパンの香りが鼻腔をくすぐり、僅かに食欲が目を覚ます。片手でパン屋のドアを開け、青葉と二人で中に入る。

 

「いらっしゃいませ〜。あ、モカ! と……本街先輩?」

「やっほーさーや〜」

「あっはい、こんにちは本街です……おい青葉、なんでこの人俺の名前知ってんの?」

「そりゃ〜修哉さんはある意味有名人ですからね〜」

 

 なんで俺自分の知らないところで有名になってんの。怖いんだけど! 一回しか来たことないパン屋の名前も知らない店員に俺が名前知られてるってめっちゃ怖いんだけど! 個人情報保護法仕事して (切実)

 

 情報化社会の恐ろしさに震える俺など露知らず、青葉は見るからにテンションを上げてお盆にパンの山を作っていく。おい他に客もいるんだぞ。しかもなんかこっち見てるし。え、俺めっちゃ見られてね? つーかこの制服って花咲川の……

 

「あっ」

「あーーっ!」

「うぉっ!? なんだよ香澄!?」

「有咲! 本街先輩だよ! ほら!」

「だぁぁうるせぇ! んなこと知ってるよ!」

 

 いやなんでお前も知ってんねん。

 

「覚えてますか!? 前にメロンパンをオススメした戸山香澄です! あっ、あのときはりみりんも一緒にいたんですけど、今日は有咲が──」

「ストップストップ! 覚えてるから!」

 

 確か前にパンを買いに来た時に居た女子の内、中毒者みたいな顔してパンの匂い嗅いでた方だろう。この常時ハイテンションさは間違いない。というか年下だったのか。

 対してもう一人は……うん、知らん。金髪ツインテ巨乳のツッコミ役とか一度会ってたら絶対忘れないから知らん。属性モリモリすぎでしょこの人。

 

 俺の視線が気になったのか、金髪女子は爽やかな笑顔を作った。

 

「初めまして本街先輩。市ヶ谷有咲です」

「こ、こちらこそ初めまして。本街修哉です」

「有咲、また猫被ってる〜」

「うっせぇ! 大体お前がぐいぐい行きすぎなんだよ!」

「修哉さんも緊張してる〜」

「仕方ねぇだろ。ぼっち舐めんな」

「ぼ、ぼっちなんですね……」

 

 さーやさん? に哀れまれた。悲しい。

 それにしてもマジでなんでこんなに俺の名前知られてんだろ。どっかから漏れてんの? それとも誰か噂してんの? 青葉はさっき俺がある意味有名人って言ってたけど……だめださっぱりわからん。

 

「あの、なんで俺の名前知ってるんですか?」

「えっ、知らないですか!? あのRoseliaさんをサポートしてる男子がいる、って話題になってるんですよ」

「……とは言っても、そんなに大々的じゃないですけどね。あくまでガールズバンドの中で話題になってるって感じです」

「なるほど……」

 

 そういう感じで名前が知られてるのか。取り敢えず悪い方向の広がり方じゃない事に安心する。

 

「お会計お願いします〜」

「うわっ、これまたいっぱい買うね〜。大丈夫なの?」

「へーきへーきー」

 

 声が聞こえて振り返ると、そこには溢れ落ちる寸前までパンが積まれたお盆とそれを恍惚とした表情で見つめる青葉がいた。店員のさーやさんはその量に若干引きながらレジを打ち、合計金額を表示した。

 

「えっと、3982円になります……3982円!? 一人で!?」

「青葉ァ!?」

「修哉さん、ごちそうさまです」

「え、えぇ……? お、奢りなんだ……はは」

 

 この野郎手加減は何処行ったんだ……。でも一度決めたんだから仕方ない。ちょうど財布に野口が四人いるからギリ払える。空になった財布が悲しい。

 

「先輩、イメージと違くてびっくりしました」

「なんだろそれ、嬉しいような悲しいような……」

 

 後輩に奢らされてる姿なんてイメージしないからね普通。むしろイメージ通りとか言われたら泣いてたまである。

 さーやさんは心底可哀想な目でパンを袋に詰めていく。やめて! そんな目で俺を見ないでぇ!

 

「あの! よかったらライブ来ませんか!?」

 

 ちょうど全てのパンが袋にシュゥゥゥゥゥゥしたところで背後からライブの誘いが超エキサイティン。

 

「は、はぁ!? おい香澄っ! なんでそうなるんだよ!」

「いいじゃん有咲〜! あの……どうですか?」

 

 軽く俯き一瞬考える素振りをする。そして、

 

「ごめん、俺はこの後用事があるから遠慮するよ」

「あたしもパス〜。ごめんね〜」

「あの、すいません……ホント、無茶言っちゃって」

「うー、仕方ないかぁ」

 

 社交辞令(バトルドーム)的なアレかと思ったら本気で誘っていたらしく、戸山さんは肩を落とした。

 でも実際用事があるのは確かだからこればっかりは仕方ない。青葉にしてもそうだ。これだけのパンを持っていざライブへ! とはならないだろう。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ帰るよ」

「さようなら〜!」

「毎度ありがとうございます」

「ごちそうさまでした〜」

 

 背中に受けていた声も、しかしドアを閉めると途絶え静かになる。どうやら青葉はもう少し残るらしい。

 夕飯時に差し掛かったということもあり僅かに人が減り出した商店街を後に自宅へ向かう。

 

「ライブ、か」

 

 もう自分とは縁がないであろう言葉を口でなぞる。心からドロリとしたものが流れ出かけて──堰き止められた。

 

 大丈夫、鍵は依然かかったままだ。その事に安心、吐き気、笑顔、不安、希望絶望その他を感じ、俺はゆったり足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

「このグラフの座標の値を式に代入して、連立方程式で解く。そこで出た解をさらに───」

 

 

 

 

 相変わらず退屈な授業を聞き流しながら窓の外をただ眺める。炭酸カルシウムの白棒が黒板を穿つ小気味のいい音を耳に受けながら、一応板書はとっていた。

 

 あれから動きは何もない。最初からこれが俺の日常だったかのように過ぎ行く毎日が、少しずつ蝕むように過去と感覚を風化させていく。

 湊さんと会話はない。視線さえ交わらない。そのことに俺は、まるで彼女との間に何も無くなってしまったような錯覚を感じる。

 現実では数歩ほど歩けば届く距離にいるはずなのに、今その距離は途方もなく遠いように感じられ、不快感が胸を濁らせる。

 

 つまらない授業。退屈な空。流れる時間。教室の端でただ無為に、とりとめもない思考を繰り返して青春を費やしていた日々。

 

 まるで、全てが戻ったようだった。

 

「お、時間か。じゃあ今日はここまで。各自次回までに復習しておくこと」

 

 本日の全授業の終わりを告げるチャイムが響き、日直の礼で教室に喧騒が訪れる。机を片付け荷物をまとめ、帰ろうと教室を出た時にそいつは現れた。

 

「やっほー♪ ちょっとついて来て!」

「はっ? おいちょっと待て待て待って引っ張らないで!」

「いいからびゅーんと行くよー!」

 

 快活な声と共に腕を掴まれ、あり得ないくらい強引に何処かへと連れて行かれる。この時点で誰かわかるだろ。俺もわかる。完全にデジャヴ感じたからね。

 てかちょっとマジで待って速い! 走るの速すぎ!

 

 途中何度も転びそうになりながら連れて来られた部屋は、なんとも懐かしい場所だった。

 

「到着〜!」

「はぁ、はぁ……お前ふざけんなよ……はぁ」

「なにブツブツ言ってるの? やっぱ修哉くんって面白いね〜」

「誰のせいだと思ってんだ」

 

 窓から射し込む日差しを浴びて、キョトンと首を傾げながら。

 俺をここへ連れて来た張本人は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──氷川日菜は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





更新遅れてすいませんでした許してヒヤシンス (早口)
ポピパメンツ書いててすごい楽しかったんだけど上手く書けてる自信ないです。難しい。

物語もようやく起承転結の転らへんに差し掛かってきました。終わりに向けて頑張って書いていこうと思います。

評価者、感想共に100件を超え、お気に入りは960件、総合評価は2700になりました! 本当にありがとうございます……! 評価者100人は夢だったのでとても嬉しいです! これを励みに続きを執筆していこうと思うので、今後も楽しみにしていただけると嬉しいです。えきさいてぃん (古い)


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こぼれ落ちる涙


マ°ッ (バレンタイン友希那復刻に歓喜する声)




 

 

 

 

「やっほーリサちー! って、どうしたの?」

「……ヒナ。ううん、なんでもないよ♪ ちょっと考え事してて」

「ふーん。あっそうだ聞いてよ! この前パスパレでね──」

 

 授業の合間。頬杖をつきバンドの事で頭を悩ませていると、アタシの席にヒナが来た。相変わらず元気で楽しそうにバンドのことを話す姿に自然と微笑みが浮かぶ。

 

「あははっ。楽しそうだね〜パスパレ」

「うん! るんっ♪ ってすることばっかりですっごく楽しい! あっそうだ。そういえばリサちーに聞きたいことが──」

 

「授業始めるから席に着けー。日直は早く黒板消せ」

 

「っと、もう休憩終わりかー。そういえば日直ってヒナじゃない?」

「ぶー、話の途中だったのに〜」

 

 頬を膨らませながらヒナは席を離れていった。授業道具を机に並べ、アタシは先程中断した思考を再開する。

 

(どうすればいいんだろ……)

 

 あの後、修哉は黙ってスタジオを出て行ってしまった。

 突然の出来事に固まっていた体が自由になったのはそれからしばらく経った後で、それは隣にいた紗夜も同じだったらしい。複雑そうな面持ちで閉じたドアを見つめていた。

 

 友希那はどうしてあんなことを言ったんだろう。

 

 出て行っちゃったあこと燐子は大丈夫かな。

 

 それに修哉も……あれからどうしてるんだろう。

 

 

 Roseliaは、どうなるんだろう。

 

 

 そんなことばかりが頭の中をぐるぐると回り、しかし答えは浮かばない。

 結局その場ではどうすることもできなくて、アタシと紗夜はスタジオの片付けを始めた。

 その後は飛び出して行ったまま置き去りになっていたみんなの荷物を届けるという話になり、二人でスクールバッグを抱えてスタジオを出た。

 修哉だけは出るときに荷物を持っていたらしく、こういう時でも抜け目のなさは健在だな、と少し楽になったのは内緒の話。だからといって、決して安心はできないから。

 

 そのまま紗夜と話しながら帰路に着いて、家に帰った時には疲れで直ぐに眠ってしまった。

 

 そして、数日が経ち今に至る。

 あれから修哉との会話は何もない。メールを送る勇気もないし、スタジオに来ることもない。それはあこと燐子も同様で、あの日以降みんなスタジオに顔を出すことはなかった。

 

 そのまましばらく頭を悩ませていると、チャイムと共に授業時間が終わりを告げた。同時に昼休みが訪れる。どうやら一時間ずっと考え込んでいたらしい。

 

「あっちゃ〜、ノート取ってないじゃん」

 

 黒板の文字は既に日菜が消している。あはは、さっき言われたこと気にしてる顔だなーあれは。

 黒板を消し終えると同時、教室から出て行く日菜を横目に昼食をとる。

 

 やがて空になった弁当箱を片付け終えたアタシの足は、自然と屋上へ向かっていた。

 別に修哉との約束はないし、屋上に用事はない。それでも何故か行けと言われている気がして、迷う事なく足を進める。

 景色の割に生徒が立ち入らない屋上用階段を登り終えると、真新しいドアノブに手を伸ばした──その時だった。

 

「えっ?」

「あ」

 

 勝手に開かれたドアの前。突如現れた修哉に驚き素っ頓狂な声が出た。

 

「……っ」

 

 しかし目が合ったのもほんの一瞬。固く口を引き結びながら修哉はアタシの横を通り過ぎて行った。その動作に拒絶の意を感じて、心の奥がチクリと痛む。

 

 一人で此処に来たはずなのにポツリと取り残されたような感覚を覚え、フェンスに手をつき街を眺める。

 

「酷い、クマだったな……」

 

 逆光の状態でもその顔に浮かぶ疲労は直ぐに読み取れた。顔色自体もあまり良くなかったから、もしかしたら眠れていないのかもしれない。

 光も生気も映さない深淵のようなあの瞳の色に、アタシは心当たりがあった。俯く修哉の顔が当時のものと重なって、その事にまた心が痛む。

 

「……うぇっ!?」

 

 突如、制服のポケットにある携帯が震えた。深く考え込んでいた所為で大きく肩が跳ね、またもや素っ頓狂な声が飛び出した。此処にいるのがアタシ一人でよかった……!

 

「あっ、あこと燐子からメッセ届いてる」

 

 今日の朝に送った文面への返信が画面に映し出される。学年も高校も違うのにほぼ同時に届いたことが可笑しくて、ついふふっと笑みが零れた。やっぱりあの二人って仲がいいというか、通じてる部分あるよね〜。

 

 微笑み混じりに文面を読んでみるが、しかし内容は当たり障りないことばかり。

 先日のことや今後のこと、Roseliaについての話題は意図的に避けられていた。

 

「あはは……前途多難だなぁ」

 

 返信する文面を考えかけて……そっと閉じた。

 昼時の秋風は冷たく流れ、場所が場所だけに僅か強めに吹き付ける。

 ポニーテールはゆらゆら揺れるし身体も冷える。でも、今はそれがどこか心地よかった。

 

「精神的支柱、かぁ……」

 

 帰り道、紗夜に言われた言葉を口ずさむ。今までアタシがやってきたことは、Roseliaの為になってなかった。

 空気を読んで、気遣って、衝突を防いで。友希那が自身の夢を叶えられるように、精一杯支えて一緒に居た。それがこの状況に繋がっているとも知らずに。

 でも、そんなアタシを紗夜は認めてくれていた。誰よりも自分にも音楽に厳しい紗夜が、アタシはRoseliaのベーシストだと言ってくれた。

 紗夜は変わったんだ。なら、アタシはどうするべきか。Roseliaのベーシストとして、今井リサがやるべき事は。

 

「……うんっ! しっかりしないと!」

 

 考えるんだ。アタシなりの向き合い方、アタシがRoseliaにいる理由。Roseliaの取り戻し方を。

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 スタジオの予約時間に合わせて家を出た。休日の街を行く足取りは気分に比例してやけに重く、気を抜くと立ち止まりそうになる足をどうにか動かしスタジオへ向かう。

 

 あれから数日。あこと燐子はあれ以来スタジオに来ることはなくなった。頻繁に連絡を取るようなこともないため、二人が今現在どういう状況なのかはわからない。遊んでいるのか、自主練をしているのか。

 

「わからない……」

 

 わからないから、苛立った。

 あこは自覚が足りていない。私の言葉は間違っていなかったはずだ。FUTURE WORLD FES.に出場するためには、今の私達では足りていない。以前審査員から悪くない評価を貰ったことは事実だが、それでもまだ先がある。Roseliaの技術はもっと向上の余地がある。それが何故伝わらないのかが、私の頭を悩ませていた。

 燐子だってそう。Roseliaは仲良しバンドじゃない。バンドよりも友情を優先して飛び出して行ったことが、どうにも納得できない。

 

「そういえば修哉も……」

 

 あこと燐子同様、修哉もスタジオに来ていない。連絡もない。学校での会話もない。目も、合わない。

 

 何故。そんな言葉が頭に浮かぶ。

 最近、修哉との距離が開いてきている。徐々に、しかし確実に広がっていたその間隔は、気づけば他人同然にまでなっていた。話かけようとしてもなんて声を掛けたらいいのかわからない。わからないから考えて、でもその間にいつも修哉は教室から出て行って。

 何故この状況になったのか。どうすればいいのか。何故それがわからないのかすらわからなくて、他でもない、自分自身に苛立った。

 

 やがて商店街の方へ差し掛かると、急に人が増えた。

 談笑を繰り広げる人の群れを一人で通り抜ける。そのことに何故か酷く孤独を感じ、足取りが更に重さを増した気がした。

 

「あ〜、あれ湊さんじゃないですか? 」

「?」

 

 名前を呼ばれた気がして声の方向へ視線を向ける。しかしそこには疎らな人の群れがあるだけで、声の主は見当たらない。

 

 それでも何故か、その中に修哉の影を見つけた気がして、いよいよ足は動きを止めた。

 

 そんなことあるわけないのに。偶然修哉が此処にいるなんてことはあり得るはずがないのに。

 

「……ふぅ」

 

 心の弱さか、はたまたこの沈んだ気分が見せた幻か。あり得ないと断じて尚修哉を探す自分自身を嘲笑するように息が漏れた。

 

 立ち止まっている場合じゃない。早くスタジオに行かないと。そう切り替えて再び歩き出す。

 スタジオに着いたのはそれから数分経った後だった。

 

 もしかしたら、今日は修哉が来ているかも知れない。先ほどに引き続きまだそんな事を考えて期待して、開きそうになる口を引き結ぶ。

 そして、ドアを開いた。

 

 

「──来ていたのね。二人とも、お疲れ様」

 

 

 そこに、修哉の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

「おっはよ〜! 紗夜、何かわかった? 取り戻し方!」

「今井さん、おはようございます……。そんなすぐにわかったら苦労しないわよ」

 

 少し早めに着いたため一人で自主練をしていたスタジオに、今井さんが入ってくる。

 開口一番に飛び出してきた言葉に呆れつつも、口元が緩んだ。

 

「そういえば今井さん、あれから宇田川さんたちと連絡はとれたの?」

「うーん……連絡自体は取れるんだけど、二人ともバンド関連の話を避けちゃってて……」

「前途多難ね」

「うん、アタシも同じこと思った」

 

 沈黙が流れる。

 この状況は決してよいものではない。あれからずっとこんな感じで重い雰囲気を引きずっている。スタジオに入る度にあの日の光景が頭に浮かぶ。特に初めて見た本街さんの歪んだ表情が、脳裏にこびりついて離れなかった。

 

 ふと顔を上げると、俯きつつも今井さんが微笑んでいるのが目に映る。

 

「どうしたの? ついにあなたも……」

「あなたもって何!?」

「いえ、おかしくなってしまったのかと思って」

「あはは、大丈夫だよ。こういう言ったら怒られちゃうかも知れないけど、アタシ、ちょっと嬉しくて」

「何を言ってるの、こんな時に……。やっぱりどこかおかしくなってるんじゃ」

「ないない! ないから!」

 

 ならどうしたんだろう……? そう思い首を傾げていると、今井さんは頬を掻きながら話し始めた。

 

 以前もこうしてバンドがバラバラになった時のこと。

 その時は自分が弱音を吐けなかったこと。

 だから今、こうして湊さんやバンドのことで相談できる相手がいるのが嬉しいということ。

 

「だからさ、今こうして紗夜と話せてるのって、お互いに心を開いたからなのかなーって。えへへ」

「今井さん……」

 

 頬が熱を帯びていく。面と向かって改めてそう言われた恥ずかしさに、少し今井さんから顔を背けた。

 

「……こ、こういう話はすべてが解決した後にしましょう。今は目の前の問題に取り組まないと」

「そうだよね、ゴメンゴメン!」

 

 そこで彼女は一度言葉を切る。紗夜、と私の名前を呼んで、優しい笑顔を浮かべた。

 

「一緒に、がんばろ」

 

 その言葉が嬉しくて、昔の私のままだったら決して向けられていないだろうと容易に想像することができて。

 

「最初からそのつもりよ」

 

 努めて表情を変えずに、そう返した。

 

 あの日の夜、今井さんは私は変わったと言った。その前に、本街さんも私が変わったと評していた。

 どこがどう変わったのか、と聞かれればわからないと返す他ない。でも、それでも確かに自分は変わったと今なら言える気がした。

 日菜のこともそうだけど、それだけじゃない。今井さんや本街さん、Roseliaで過ごしてきた時間や経験が、私を変えたのだ。

 

 だから、このままじゃだめ。

 どうにかして現状を改善しなくては。

 

「来ていたのね。二人とも、お疲れ様」

「ゆ、友希那……! おはよ!」

「練習をはじめましょう」

 

 遅れて湊さんも到着する。声にどこか落胆の色が滲んでいた気がするが、特に触れずに問いかけた。

 

「湊さん、一つよろしいですか?」

「何かしら」

「Roseliaの音を取り戻さなければならない。それはわかります。ですが……昔のような未熟な状態に戻る必要はないのではないでしょうか」

 

 聞きたいことはたくさんある。

 でも、出来るだけ簡潔に纏めようと努めて話す。

 

「このバンドを組んでから、私たちはチームとしても個人としても様々な経験をしました。そして成長してきたはずです。それを無下にするようなことは……」

「……からない……」

 

 苦しそうに、絞り出すように声が漏れる。

 今井さんが心配そうに湊さんの表情を伺うが、彼女はキッと睨みつけるように顔を上げた。

 

「わからないのよ!!! 他にどうしたらいいのか、わからないの! 見つからないから……こうするしか……っ! こうするしか……ないじゃない……!」

「……っ!」

 

 感情のままの叫びがスタジオに響く。普段から歌っている分声量のある大きな声が、苛立った感情を乗せて耳へと届く。

 

 その姿が、以前の私と重なって。

 まるで暗闇の中を一人彷徨っているかのように、日菜に対する自分の気持ちがわからなかった頃の私の姿にそっくりで。気が付けば、私も同じように声を荒げていた。

 

「私だってわからないですよ! でも、こんな形でこれまでの経験を全部なかったことになんてしたくないんです!!」

 

 息を呑む音が聞こえた。今井さんか、湊さんか。

 ひょっとしたら、自分自身のものだったのかもしれない。

 

「個人的な話ですが……私はバンドに入ったからこそ、成長することが出来ました。妹と約束したんです。彼女の隣を並んで歩いて行けるようになると……前に進んで行くと……」

 

 らしくない。バンドの話に私的なエピソードを持ち出すなど、私らしくない。

 でも、それが変化の一部だというのなら悪くない気がした。

 

「湊さん、あなただって同じはず。お父様の大切な歌を歌ったこと。それも全部なかったことにするんですか? 本街さんのことだって!」

「……っ、修哉……そういえば、今日も修哉は来ていないのね」

 

 息を呑む。間違いない、今度は私自身のものだった。

 

「……本気で、言っているんですか……?」

「……え?」

「────っ! あなたという人は!!!」

 

 何かが切れる音がした。

 そして、激しい怒りが込み上げる。湊さんがなぜそんなことを言えるのかが理解出来ない。

 

「本街さんはいつもRoseliaを、あなたを想っていました! 最近は電話で私にバンドの相談をしてくるくらい練習にも真剣に取り組んで! 本街さんは変わろうとしていたんです! それが今は連絡も途絶えて、今井さんも本街さんとの関わりが薄れていって!」

 

 舌が熱を帯びていく。

 最近だけじゃない。本街さんは、今井さんが初めてスタジオに連れてきたあの日からずっと、Roseliaの為にと頑張っていた。本来ならば無関係な彼がこうして同じ時間を共有してきて、湊さんとも恋仲になれて。様子がおかしくなった時だって、ファミレスに誘ってまで現状を改善しようとしていた。

 

 だというのに彼の姿は何処にもない。全て、あの日を境に失われてしまった。

 

「なのに何故あなたが! 彼女のあなたがそんなことを言えるんですか……っ! 馴れ合いはいらない? 仲良くなりすぎた? いい加減にして下さい!」

「ちょ、ちょっと紗夜!」

「昔のRoseliaに戻るなんてそんなこと、本街さんが聞いてどう思ったか考えなかったんですか!!」

 

 過去に戻る。彼女が言うそれは現状の放棄に他ならない。

 本街さんは、昔のRoseliaを知らない。そこに彼はいなかったから。

 だからこそ、他でもない彼にその発言は響いた筈だ。自分の彼女が、大切な人が、他でもない自分が存在しなかった頃に戻りたいだなんて口にしたのだ。ふざけているようで繊細な彼が傷つかない筈がない。

 

 あの日、本街さんにあんな顔をさせておいて、何もしていない。

 その自覚すらないなんて──

 

「あまりに、彼が可哀想です」

「…………っ」

「ゆっ、友希那っ!」

 

 言い切ると、湊さんは見開いていた目を伏せスタジオを飛び出して行った。

 

 ──やってしまった。

 

 途端に湧き上がるのは自己嫌悪。つい感情的になりすぎて、強めの言葉を放ってしまった。湊さんだって、悩んでいただろうに。

 

 しかし、気付いた時にはもう遅い。

 冷静さを取り戻した頃にはもう全てが手遅れで、ぎぃぃと閉まる鉄扉の音が静寂に(ひび)を打った。

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 スタジオを飛び出して、走り続ける。

 息が切れる。ぐちゃぐちゃになった心が激しく痛む。行き場のない感情が頭の中で暴れ回って、徐々に速度が落ちていく。

 気付いた時には、駅前まで来ていた。

 

「……」

 

 後悔が、自己嫌悪が、無力感が心を蝕むように染め上げていく。今自分が何をしているのかさえ把握できない。

 

 苦しい。

 悲しい。

 痛い。

 辛い。

 

「……うっ……うう……っ」

 

 熱い何かが目から零れた。

 わからない……自分が何をしているのかも、何故こんなやり方しかできないのかも……!

 修哉が真剣なのはわかっている。気持ちの大きさも、どれだけ私を大切に思ってくれているかもわかっている。でも、肝心なところがわかっていなかった。

 

 ……わからない。

 

 自分が何がわかっていて、何がわからないのかすらわからない。その事が、とてつもなく苦しかった。

 

「っ……修哉……修哉……っ」

 

 どんどん、遠のいてる。このままじゃ、何もかも失ってしまうかもしれない……。

 暗い思考が全身を満たし、息を吸うのも辛いほどの苦しみに押し潰されそうになる。

 名前を呼んでも、来るはずがないのに。今更気付いた所で遅いのに。

 

 嗚咽混じりに絞り出されるその声は誰にも届くことはなく、ただ無情にも時間だけが過ぎていく。

 

 もうどうにもできなくて、狂った時計はその秒針の微動を止めた。

 

 

 

 

 

 





修哉&モカがパン屋に行ったせいで現れない香澄&有咲 (絶望)

友希那の涙のダメージがデカすぎて書いてて泣きそうになりました。あとちゃっかり初の紗夜視点。

思ったんだけどこれだけ書いててまだストーリーでいう8話なんですよね。まだ半分。話進むの遅すぎてやゔぁい (デデドン)



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夜へ沈む


ユキナヲ、ヒケナカッタ。



 

 乱れた呼吸を整えるように息を吐く。

 急なダッシュに驚き収縮を繰り返していた心臓も次第にクールダウンしていき、上下運動を繰り返す肩もようやく動きを止めた。

 

「……にしても、相変わらずだなこの部室。まだ潰れてなかったのか」

「潰れないよ、失礼な。こう見えてちゃんと活動してるんだからね!」

「へー」

 

 そう返しながら部屋を見回す。

 隅に積まれた荷物の山や机に積もった僅かな埃。濁り曇った空の機嫌も、そこに佇む氷川さえも。

 何一つ、前と変わっていなかった。

 

「で、何の用? 俺早く帰りたいんだけど」

 

 視線を氷川の目に合わせ、俺は本題を切り出した。

 いやマジで何の用だ。今日スーパーの特売日なんだぞ。卵を買わせろ卵を。できればついでに野菜も買いたい。この先だんだん高くなってくからな、今のうちに仕入れるのがベストなのだ。

 

 そんなこんな考えている間にも、氷川は笑みを崩して俺を黙視する。

 不自然に空いた言葉の間。薄暗い部屋に流れる沈黙に、じとりと嫌な予感が背をなぞる。

 吹き付けた風が窓ガラスを鳴らすと同時、ようやく氷川は口を開いた。

 

「また、何かあったんでしょ?」

「……何か? なんのこと?」

「またまた〜。大丈夫だよ、隠さなくても」

 

『何か』。酷く抽象的で具体性に欠けていて、『何か』が何かすらわからないような、曖昧であやふやな言葉。だが、この場においては大きな意味を宿していた。

 

 ……嗚呼、まただ。頭の隅に焼き付いているあの日のこいつが目に浮かぶ。もはや何故知っているのか聞く気すら起きない。一部か全部かはわからないが、今回の件に関してこいつは勘付いている。

 ただ目の前で確信を持って微笑むこいつの表情が、その事実を肯定していた。

 

「ほら、あそこ。心当たりない?」

「あそこ?」

 

 指を指されて窓際に寄る。外を見やると、校門から昇降口にかけての通路に並べられているベンチが目に映った。

 

「Oh……yes」

 

 めっちゃネイティブになった。

 ……うん、思いっきり見覚えあります。つーか俺が毎日弁当食べてる場所だった。

 昼休みというのは俺にとって基本暇な時間でしかない。リサと屋上に行くことも教室で湊さんと話すこともなくなった今、俺の居場所はあのベンチくらいしかなかったのだ。一回だけ屋上に行ったこともあったけどリサと遭遇しちゃったからな。あれは気まずかった。

 

「修哉くん、最近ずっとあそこでご飯食べてるよね」

「いや、そうだけどなんでお前知ってんだよ……」

「ふっふーん♪ 天文部だからね!」

「天文部関係ねーだろ。あれ、関係あるのか……?」

 

 もう天文部ってなんなんだってばよ (錯乱)。

 つーか最近ずっとって言ってるあたり俺のこと見かけたの一日だけじゃないよね。ってことはなに、何日も俺が一人で飯食ってんのをただ見てるだけだったの? あれか、お前は某宇宙人未来人異世界人超能力者を募る団体の一員みたく観測してんのか。エンドレス◯イトで地獄見そう (小並感)。

 

「で、何があったの?」

 

 もう一度、確認するように問いが投げられる。

 

 どうするべきか。まだシラを切ることは十分にできる。こいつが提示した情報はまだ薄い。偶然俺がそこにいたと言い切ることだって十分可能だし、前回同様鎌をかけているかもしれない。

 頭痛が走る。疲労のせいか鈍る思考は纏まらない。

 

 とりあえず、俺はまだとぼけることにした。

 

「いや、リサと約束なければ俺基本一人だし。最近たまたま外で食べてただけだぞ」

「外、寒いのに?」

「それはあれだ、最近寒さのせいでクラスの連中が教室に溜まって煩いから、静寂を求めて俺が外に出てんだよ」

 

 いやー、ベンチまじで静か。静かすぎて俺が芭蕉なら岩じゃなくベンチに染み入るまである。

 

「他にも。修哉くんの目、充血してるし酷いクマだし」

「クマは最近夜中までゲームしてて寝不足だからだよ」

「最近お姉ちゃんたちの様子も変だし、結局リサちーにも話聞けてないし……」

「それは」

 

 語気を強めた氷川だったが徐々に勢いを失っていき、やがて黙り込んだ。同じように俺も答えに詰まり口を閉ざす。

 嫌な沈黙が場を覆った。

 

 氷川の行動の理由はわかった。そのことに僅か靄が晴れた気がしたが、追ってこの回りくどい問答に対する苛立ちがじわじわと滲み出る。

 心の鍵が、ぎしりと軋んだ。

 

「その反応、何があったか知ってるんでしょ? 前みたいに話してみてよ。きっと楽になるから」

「……ただ単にお前が知りたいだけだろ。それに何度も言ってるけど何のことかわからん」

「違うよ! あたしは修哉くんのために──」

「しつけぇよ」

 

 つい荒くなった語気に、氷川は大きく目を見開いた。

 怒りなのか悲しみなのか、失望なのか不安なのか。複雑に揺れる瞳の色の正体はわからない。

 ただ苛立ちだけが増していく。普段の俺なら決してこうは言わなかっただろう。どんな状況でもふざけおちゃらけ話を逸らし、誤魔化すことはきっと出来た。

 それが出来ていないということが、あの日以降の「いつもの俺」の破綻を証明していて、他でもない自分自身に苛立った。

 

「第一、何かあったとしてもお前には関係ないし話す気もない。それこそ氷川さんに聞けばいいだろ」

「っ……! 関係なくない!」

 

 乾いた部屋に、悲痛な声が木霊した。

 

「あたしは修哉くんのおかげで一歩を踏み出せたの! きっと今、辛いんでしょ? 苦しいんでしょ? そんな顔になるまで悩んでるんでしょ? 辛い気持ちなら……苦しい気持ちならあたしにもわかる! だから力に──」

「ふざけんなッ!!」

「……っ!」

 

 音を立てて何かが弾けた。

 途端、熱い何かが込み上げる。

 

「わかんねぇよ」

 

 わからない。お前なんかにわかるものか。

 俺の気持ちが、辛さが、苦しみが。何をやっても悲しくて、何処にいても虚しくて。本街修哉が作り上げてきたものが全て失われた喪失感と虚無感が、たかが数回話した事がある程度のお前如きに理解されてなるものか。

 同情するな。憐れむな。

 不躾に無遠慮に、心に土足で踏み入るな。

 

 冷や水を打ったように部屋が静まり返る。感情のままに氷川を睨みつけていたが、やがてそれも俯きに変わった。

 

「……っ」

 

 熱が頬を伝っていく。あれだけ塞いでいたのに。あれほど固く閉じ込めたのに、決壊した感情はいとも容易く溢れていく。

 

 どれくらいそうしていただろう。

 

「ふざけてないよ」

 

 不意に、声が静寂を破った。

 温度のない、底冷えするような、そんな声だった。

 ぐちゃぐちゃに痛み乱れる頭と呼吸をそのままに視線を持ち上げる。

 視界のピントを氷川に合わせて──

 

「──」

 

 ──恐怖した。

 

 体が硬直するのがわかる。

 その瞳にさっきの色など微塵もない。残酷に冷淡に、つまらないものを蔑むような目を俺に向け、ただ口角だけが不気味に歪む。

 その表情に、何故か俺は氷川日菜が氷川日菜たる所以を垣間見た気がした。

 

「──ねぇ、修哉くん」

「……っ」

 

 得体の知れない不気味さが全身を強張らせ、貼り付けられたように瞳は逸らせない。

 気付けば涙は止まっていた。

 

「今の修哉くんはさ、一体何なの?」

「……は?」

「友希那ちゃんとはどんな関係?」

 

「答えてよ」

 

「────ねぇ」

 

 残酷なまでに赤い落陽に影を伸ばし、顔を俺の目の前まで近づけながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ──依然、氷川日菜(その化け物)は嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……うぷ」

 

 脳内と景色がぐちゃぐちゃに流れる中、廊下を逃げるように走り続けた。昇降口を飛び出して、校門を潜り抜けて。途中で息をつくこともなく、ただこの体もぐちゃぐちゃになれと願いながらひた走る。

 やがて立ち止まった時、そこは自宅の玄関だった。

 

「うっ……おぇえ」

 

 気持ち悪さと吐き気、頭痛、倦怠感に五感を出鱈目に掻き回され、洗面所で胃の中身を全て吐き出す。しかし込み上げたのは胃液だけで、喉から伝わる不快感が一層俺を蝕んだ。

 

 軽く口をゆすぐと、未だばくばくと収縮を繰り返す心臓を押さえつけ自室へ向かう。途中何度も壁に体をぶつけながら、ふらつく足で床へと倒れ込んだ。

 

「何なんだよ……どうすればいいんだよ……ッ」

 

 大丈夫だと思っていた。嘆き、悲しみさえすれど、潰し閉じ込めてしまえば後は時間が忘れさせてくれるものだと、割り切れるものだとずっと思い込んでいた。

 

 これではとんだピエロだ。とんだ道化だ。自分のことは自分が一番知っている。俺の理解者は俺だけ。それで満足だったし、それで十分だった。

 十分だった──はずなのに。今はもう自分すらわからない。

 

「っ……うぅ……」

 

 声が震える。

 苦しい。悲しい。痛い。辛い。泣きたい。投げ捨てたい。逃げ出したい。逃げ出して楽になりたい。楽になって安心したい。二度と怯えることのない安寧に浸かりたい。もう二度と何も失いたくない。孤独は、怖いことだから。

 

「っ……」

 

 頭で散々もう自分は無関係だと叫びながらも、心は裏腹に手を伸ばす。ぽっかり空いたこの虚が、『自分』を演じる自分自身が、どうしようもなく怖かった。

 出来ることならもう一度。そう考えてループする。

 

(……情けない)

 

 俺が望んで、望まれた。元を辿ればこの関係の根本は利害の一致に過ぎなくて、そこに特別性などなかったのかも知れない。

 だが、もう一致しない。俺が望んでも望まれない。

 だから、俺も望まない。

 

 それが正しい、はずなのに。

 

『今の修哉くんはさ、一体何なの?』

 

「わかんねぇよ……」

 

 もう、どうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経っただろう。

 いつもチクタクと勤勉な壁掛け時計の電池はどうやら寿命を迎えたらしく、無機質な部屋には物音一つない。まるで自身の呼吸すら止まってしまったかのような完璧な無音に、何故だか少し落ち着いた。代わりに氷川への態度に対する自己嫌悪と虚脱感が胸を濁らせる。

 

 倒れている姿勢から上体を起こし、ベッドにもたれかかる。

 

「……今、何時だろ」

 

 夏ならば外の明るさで凡その時間は判断できるが、この時期は暗くなるのが早いせいで通用しない。止まった時計を一瞥して、どうでもいいかと切り捨てた。

 

(夕飯は……食欲ないし食べないでいいか。そうなると風呂もめんどくさい)

 

 そもそも、体がここから動くのを拒否していた。無理して味のしないナニカを食べる必要などどこにもない。栄養を取るために料理はしていたが、それももう面倒だ。

 

 今日もまた、眠れない夜が始まった。

 

「っ!?」

 

 突如、制服のポケットに入っていたスマホが震える。静寂を打ち破る機械音に反射的に肩が跳ねた。振動の長さからして電話がかかって来ているらしい。

 

(……誰だろ)

 

 もしかしたら店長かもしれない。だとしたらシフトの調整だろうか。めんどくさいなぁ。バイトに行く気も起きない。

 恐る恐る端末を取り出すと、画面の強い光が視界を覆った。暗闇に慣れた瞳孔が急激に絞られていく。

 少しして、ようやく瞳は文字を捉えた。

 

 

 

 

 着信:リサ

 

 

 

 

 もう一度、肩が大きく跳ねた。

 

 

 





思った通りの話を書く技量が足りないせいで何回も書き直し、結果投稿が遅れてしまいました (いつもの)
ちゃんと読める文章になっている事を願う。

UAが11万、お気に入り件数が1000を超えました! 本当にありがとうございます……!!! もっとくれてもええんやで^^ (強欲)

物語も折り返しているので、完結までもう少しお付き合いいただけると嬉しいです。





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安堵の指先


頑張ってギリギリ連日投稿ェ……!



 

 

 

 

 二人しか居ないスタジオにベースとギターの音が鳴る。しかしドラム、キーボード、ヴォーカルがいない今、そこに以前のような迫力はない。控え目に空気を震わせるだけだった。

 

「今井さん、少し音がずれてるわよ」

「ごめんごめん! う〜、アタシここ苦手だな〜……。もっと練習しなきゃ」

「ええ、そうね。私でよければ幾らでも付き合うわ」

「うんっ、ありがと!」

「では早速……と言いたいところだけど、そろそろ休憩にしましょうか」

「オッケー♪ ……ってうそ! もうこんなに時間経ってたんだ」

 

 時計を確認すると、既に練習開始から1時間以上が経過していた。

 水分補給を終え、スタジオ内を見回す。

 

「ねえ紗夜〜……アタシ達、本当にこうやって練習してるだけでいいのかなあ?」

「宇田川さん達や湊さんが練習に来ない以上、私たちでRoseliaを守らなければいけないでしょう。今、誰もRoseliaの楽曲を演奏しなくなったら今度こそ崩壊してしまうような気がして……」

「紗夜……」

 

 確かに……紗夜の言う通りだ。バラバラになっちゃった今だからこそ、アタシ達がRoseliaを守らなきゃいけない。もう一度、Roseliaを取り戻すために。

 

 でも……。

 

(取り戻す、って言ってもな〜……)

 

 結局、どれだけ考えてみても取り戻し方はわからない。友希那の言ったように昔に戻るのか、新しい状態になるのか。偏に取り戻すと言っても、課題は漠然的過ぎた。

 

「たとえ今の音に以前のような迫力がなかったとしても……これが、私たちの音なのだから……やるしかないのよ」

「紗夜、ホントに変わったね」

 

 前とは別人みたい──なんて、口にはしないけど。

 

「まあ……そうね。私自身そう思うわ。特に、本街さんが来て以降」

 

 言われて、頷く。

 前に本人が言っていたように、Roseliaというバンドの経験を通して紗夜は大きく変わっている。修哉のことで友希那に怒りを露わにしたのがその大たる証左だろう。

 ううん、紗夜だけじゃない。修哉が来てからバンド全体が変わっていった。思い付きの提案から始まったこの関係は、いろんな形でアタシ達に影響を与えてきた。

 

「この前のこと、気にしてる……?」

「ええ……少し、感情的になりすぎました。でも、後悔はしてないんです」

 

 憂いを帯びた、しかしどこかすっきりとした表情でそう零す。その姿にふっと優しい気持ちが込み上げた。

 

「……んんっ! まあそれはそれとして。私個人がここで立ち止まるわけにはいかないのよ」

「個人……立ち止まる……」

 

 呟いて、ばっと顔を上げた。その動作に紗夜が驚いたのが目に映る。

 そっか、もしかしたら……!

 

「紗夜……っ! アタシ、わかったかもしれないっ!」

「わかったって……何が?」

 

 何がなんだかわからない。そう言いたげな手を取って、アタシは高らかに告げたのだった。

 

 

「Roseliaを取り戻す方法っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

「──って思ったんだけど」

 

 上手く喋れていたかわからないけど、一通り考えを伝え終えると紗夜は顎に手を当てた。

 

「なるほど……つまり、私達はRoseliaというバンドをやっていながら、個に囚われていたと」

「うん、なのかなって。アタシ達、RoseliaっていうバンドでFUTURE WORLD FES.を目指してたつもりだったけど……それって本当に目指せてたのかな? ……って」

 

 きっと、アタシは目指せていなかった。

 結成当初は目指せていたと思うけど、それすら意識的なものだったのかもしれない。

 

「みんな、Roseliaの中で個人の目標にしか向かえてなかった気がしてきてさ」

「Roseliaにいながら、誰もRoseliaのことを見ていなかったんじゃないか……ということですか」

「うん」

 

 友希那はFWFに出場して頂点を目指す為に。

 紗夜はヒナと向き合う為に。

 アタシは友希那を支える為に。

 それぞれがそれぞれの目標を抱えながら、一つになったと錯覚していたんだ。その皺寄せが今回の崩壊だった。

 

「確かに、今井さんの言う通りね……」

 

 静かな呟きが床へ落ちる。

 

「私は自分の音を探す為に……妹との約束を違えないためにギターを続けているだけで、Roseliaという集団を意識できていなかった」

「だけでなんてそんな……! アタシもさ、同じなんだよ。友希那のことばっかりでRoseliaを見れてなかった」

 

 ちら、とステージへと目を向けるが、そこには誰の姿もない。

 賑やかさが、温もりが失われたその空間は物寂しさを湛えたまま、じっと黙り込んでいた。

 

「燐子が飛び出して行った時『誰の音も聴いてない』って言ったのは、そういうことだったのかも」

「一番集団を意識できていたのはひょっとすると、白金さんだったのかもしれませんね」

「あこもそう。いつも『Roseliaはカッコイイ』って言ってたから」

「それと────」

 

「「修哉! (本街さん)」」

 

「……あははっ!」

「……ふふっ」

 

 声が揃ったのが可笑しくて、二人でしばらく笑い合う。

 この場に修哉がいたら「ねぇ、いい加減そのついでみたいな扱いやめてね?」なんて言いそうだ。その台詞がやけにリアルに想像できて、さらに笑みが深まった。

 

「……っと、笑ってる場合じゃなかった」

「……そうですよ今井さん。しっかりしてください」

「紗夜だって笑ってたからね!?」

 

 空気が明るくなったのを肌で感じる。重い話に沈んだ口角は持ち上がり、自然と笑顔が浮かぶ。どうやら紗夜も同じらしかった。

 

「Roseliaを取り戻すには三人の力が必要みたいね」

「うんっ! とりあえずスタジオから出ない?」

「ええ、そうしましょう」

 

 居ても立っても居られない気持ちに駆り立てられる。これからどうするかはまだ決まってないが、無性に行動したくなった。

 

 片付けを終えスタジオを出る。普段と違い二人分しかないため、さほど時間はかからなかった。

 

 自動ドアを通り抜けると、日暮れを迎えたカフェテリアに出迎えられた。時期が時期だけに人は少なく、照明に照らされた椅子やテーブルが物静かに佇んでいる。

 

「あ、リサさんに紗夜さん。こんばんわ」

 

聞き慣れない声に名前を呼ばれ視線を振ると、

 

「巴さん?」

 

あこの姉、宇田川巴がそこにいた。

 

「巴。一人? バンドのみんなは?」

「今日はみんな都合が悪くて。いつもは蘭がやってるんですけど、今日はアタシがスタジオの予約を入れに来たんですよ」

「そうだったんですか」

 

 赤髪を風に靡かせながら巴は困ったように笑うと、「そういえば」と言葉を続けた。

 

「最近、あこが燐子さんの家に行って一緒に衣装を作ってるんですよ」

「あこと燐子が……?」

「衣装を……?」

 

 ばっ、と紗夜と顔を見合わせる。

 

(そっか。あこたちもRoseliaを取り戻そうと……)

 

 心が温かくなるのがわかる。二人が諦めていなかったことが何より嬉しくて、アタシはぎゅっと自分の手を握りしめた。

 

「ありがとう、巴さん」

「アタシからもありがとう、巴」

「いえいえ! アタシは何もできないけど……応援してます」

 

「失礼します」と頭を下げて、巴はスタジオに入って行った。

 

 頑張ってるんだ。あこも、燐子も。ならアタシ達も頑張らなきゃ……!

 

「紗夜、この後大丈夫?」

「私も同じことを聞こうとしていたわ。……白金さんの家に行ってみましょう」

「うんっ!」

 

 スタジオの屋外灯に背を向けて歩き出す。時間が夕飯時なのが気になるけど……とりあえず行ってみよう。とにかく今はこの気持ちのままに行動したかった。

 

「宇田川さんと白金さんはいいとして、本街さんはどうしますか……?」

「あっ」

 

 そうだった。巴のお陰であこと燐子の現状は把握できたけど、修哉については未だ不明のまま。そもそも接点が失われてしまった今では知ること自体が難しかった。

 

「うーん……電話、かけてみる……?」

「出るかどうか怪しいところですが、今はそれしかないわね。いきなり本街さんの家に押しかけるのも気が引けますし」

「だね……ならアタシ、かけてみるよ」

 

 携帯を取り出し、某メッセージアプリを開く。慣れない通話ボタンに指を近づけて──一瞬、動きを止めた。

 

 もし出なかったらどうしよう。出たとして、何を話せばいいんだろう。そんな思考に囚われて指はその先へ進まない。

 ただ、足音だけが反響した。

 

「今井さん……?」

「っ、あぁごめんごめん! 今かけるね」

 

 笑顔で強がって、そのボタンをタップする。連絡を取り合うことがなくなった今、時間に埋もれた最後のトークに胸が痛んだ。

 

 一応、スピーカー状態にしてじっと待つ。

 一回、二回、三回。コールが回数を重ねる度に、心臓も煩く暴れ回る。

 友達に電話をかける。言語化すればたったそれだけの行為なのに、背中に少し汗が滲んだ。

 紗夜も緊張しているのか、ただ無言で画面を見つめる。

 

「──ぁ」

 

 何コールしただろうか。不意に画面が元へ戻る。同時に鳴り止む電子音。着信を拒否された証だった。

 

「出ません……でしたね」

「……うん」

 

 行き場をなくした携帯をそっとしまう。

 

 一体、どうしたかったんだろう。自分からかけたのに、出て欲しかったはずなのに。拒絶に胸が痛むのに、

 

 ──どうしようもなく、()()()()()

 

「……さん。今井さん」

「っはい! な、なに?」

「いえ、白金さんの家に着きましたよ」

 

 紗夜に呼ばれ立ち止まる。どうやら進みすぎたらしい。振り返ると紗夜と距離が開いていた。

 

「なにを考えていたのか、私にも少しわかる気がします。けれど、折角ここまできたんだから今は気持ちを切り替えましょう」

「紗夜……。うん、ごめん。よーし切り替えた! 行こっ!」

 

 そうだ。折角久し振りにあこと燐子に会うんだからこのままじゃダメ。修哉のことは気になるけど、今は少し置いておこう。

 

「……っていうか、紗夜?」

「何かしら?」

「えーっと……ここ、本当に燐子の家……?」

「そうよ」

「そ、そっかー」

 

 目の前に建つ豪邸に目を見開くアタシを置き去りに、紗夜はインターホンを鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 帰宅するなり呟いて、逃げるように自室へ向かう。スクールバッグを放るように床に置くとそのままベッドに倒れこんだ。

 息遣いだけが暗い部屋に溶けていく。

 

 修哉に会いたい。会って話がしたい。そう願っても依然距離は縮まらず、あれからまた無為に日々が過ぎた。

 

 ──どうすれば、いいんだろう。

 

 答えなんて出ないのに。考えるほど胸がぎゅぅっと締め付けられるのに、まるでそれしか許されていないかのように何度も何度も繰り返す。

 落ち着きを取り戻して尚、私はあの日の思考に溺れていた。

 

「……あっ」

 

 ふと、目の前にある机の上へと視線が向いた。そして、一冊の本をその手に取る。

『美味しい楽しいクッキー作り』。表紙にはそう書かれていた。

 

 以前、練習の休憩時間にカフェテリアでクッキーの話題になった後にこっそり買っておいたものだ。それが未だ一度も開かれていないことに一抹の寂しさが込み上げる。

 

「……駄目」

 

 馴れ合いは、クッキーはいらない。自分で言ったことだ。自分で言った、ことなのに。

 

『昔のRoseliaに戻るなんてそんなこと、本街さんが聞いてどう思ったか考えなかったんですか!!』

 

 紗夜の言葉が頭を回る。

 正直、驚いた。紗夜の性格、言動は以前と比べて柔軟なものになっていた。だからこそあの言葉がより深く心を揺らす。

 

 ──修哉の、きもち……。

 

 立場を逆に考えてみる。もし修哉が私の前で昔に戻りたいと言ったら? もう不要だと、そう告げたら……。

 

「……っ、私は……」

 

 一体、何がしたかったんだろう。

 修哉を傷つけるつもりなんてなかった。あこを泣かせ、燐子に叫ばせるつもりなんて何処にもなかった。

 でも、気持ちを考えていなかったのも事実。修哉だけじゃない。自分のことばかりで、私はあこも燐子もリサも紗夜も、誰の気持ちも意識していなかった。

 

「みんなの……気持ち」

 

 Roseliaを取り戻したい。出来ることならもう一度。その気持ちは大きさを増すが、やはり方法はわからない。

 

 

 

 目前の闇は、まだ晴れない。

 

 

 

 

 

 

 





評価、お気に入り、感想を書いてくださる方々、いつも本当にありがとうございます。


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最後の一人


明日はいよいよドリフェス……!




 

「あはは、そっか〜。あれからずっとそんな感じだったんだね〜♪」

「笑いごとじゃないよリサ姉! あこ達、ずっと不安だったんだから!」

「ごめんごめん。今アタシすっごい嬉しくてさ」

「氷川さん達は……今まで何をしてたんですか……?」

「私は今井さんと二人でスタジオで練習を続けていました。あなたたちは来そうにありませんでしたからね」

「あ、その……すいません……」

「別に構いません。その間、こうして衣装を作ってくれていたんだから」

 

 部屋に明るい声が溢れる。

 あの後、アタシ達は燐子のお母さんに燐子の部屋へ案内された。

 Roseliaの取り戻し方、二人がいつもRoseliaを意識してくれていたこと。そして大まかな近況を報告し合い、今に至る。

 

「ホント、急に来ちゃってごめんね?」

「いえ……いいんです。こうでもしないと……また逃げ出してたかもしれませんから……」

「紗夜さん達が来たとき、あこ心臓止まるかと思いました。飛び出したことを怒りに来たんじゃないかって思って……」

「私をなんだと思ってるんですか」

「あの……実はわたしも……」

「白金さんまで……?」

 

 少しショックを受ける紗夜に、あこと燐子が慌ててフォローを入れる。それでもみんな楽しそうで、それを眺めるアタシにも笑顔が浮かんだ。

 

(この感じ……なんか久しぶりだなぁ)

 

 ずっと離れていたものが少しづつ一つになっていく感覚。徐々にRoseliaが戻っていっている実感が、この空間を染め上げる。

 一通りやりとりが終わると、あこが急に笑い出した。

 

「宇田川さん、どうしたんですか?」

「あこ、今すっごく嬉しいんです。リサ姉も紗夜さんもあこ達とおんなじこと考えてたんだなーって」

「あこ……うん、アタシも同じ気持ちだよ!」

「私にとってもRoseliaはかけがえのない大事なものですからね……」

「わ、わたしもみなさんに負けないくらい……Roseliaのこと、大切に思ってます……!」

 

 みんながRoseliaでいたかった。

 辛くて、苦しくて、距離が離れてしまっても、Roseliaが大好きだからまたこうして集まれた。改めて感じたRoseliaへの想いと誇り。

 それに気づけた今なら、なんでもやれそうな気さえして。

 

「ね……友希那もさ、Roseliaのこと、好きかな?」

「きっと好きだと思います……! 根拠はよくわからないけど……きっと好きです!」

「わたしもそう思います……! 友希那さんは誰よりも、きっと……」

「みんな……! そうだよねっ!」

 

 友希那と話し合おう。考えるとちょっと怖いけど……大丈夫、きっとうまくいく。それに、まだ修哉のこともあるんだ。

 

「あの、そういえば修哉さんは? リサ姉達と一緒じゃないの?」

「あ……わたしも気になってました……修哉さんは今どうしてるんですか……?」

「そういえば二人は知らないんでしたね」

「「?」」

 

 首を傾げるあこと燐子に紗夜が話し始める。

 二人が飛び出して行った後のことや、連絡がつかないこと。ついさっき電話を切られたことも含め大まかに伝え終えると、数瞬の沈黙が訪れた。

 

「そんなことが……」

「あったんですか……」

「はい。なので、湊さんだけでなく本街さんとも話し合わなければいけません」

 

 少し厳しそうですが、と加えて呟く。

 同感だ。先程のように連絡はつかなければ、友希那と違ってスタジオにも来ないし同じクラスでもない。いや、たとえ同じクラスだったとしても厳しいかもしれない。

 

(アタシじゃダメだ。今の修哉と面と向かって話すのは、きっとアタシじゃできない。できるとしたら、きっと──)

 

 幼馴染の顔が頭に浮かぶ。

 その表情が一人きりで歌っていた頃のものと重なって、ぎゅっと手で空を握る。

 

 

 

 ──どうか、元に戻りますように。

 

 

 

 再開した会話に微笑みながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も状況に変化はなく、気がつけば一人スタジオへ向かっていた。

 もしかしたらステージに立って歌うことで何かを見つけようとしていたのかもしれない。

 

 スタジオでひたすら喉を震わせる。

 いつものように、今までそうしてきたように紡ぐ歌詞やメロディーが、何故か今は酷く中身のないもののように思えてしまい私はやがて口を閉ざした。

 歌声を置き去りに流れ続ける演奏音は寂寥な空間に反響し、壁に吸われて消えていく。

 その一つ一つがやはり無機質に感じられて、マイクスタンドに添えていた手がついに落ちた。

 

(何度歌ってみたところで、何もわからない……)

 

 どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 だが、こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。じわじわと、蝕むように、削るように。

 いずれ取り返しがつかなくなってしまうんじゃないか。或いは、もう既に……。そう考えて、否定できない現状が怖かった。

 

(本当に暗闇に迷い込んでしまったみたい……)

 

 隅に置いてある水を飲むと僅かに喉が痛んだ。どうやら無意識の内に力強く発声していたらしい。

 

「今日はもう帰ろう……」

 

 気分的にも喉の調子的にも、これ以上はやめた方がいいだろう。

 Roseliaに半端な歌声はいらないし、何よりこんな状況で歌い続けることが楽曲への何物にも勝る侮辱に感じて許せなかった。

 

 言うなら、これは誇り。

 

 ならば、この気持ちの正体は。闇の先には……。

 

「!」

 

 不意に音がして振り返る。開きかけのドアの向こう。その隙間から音の主は──氷川紗夜は現れた。

 

「一人で練習ですか」

「歌えば何かわかる気がしたの。でも、まだ駄目みたい」

 

 もう少しなのに。答えは喉まで出かかっているのに。もどかしさが滲んで私は瞳を伏せる。

 

「あなたは……あなたと私は、似ていると思います」

 

 突如、紗夜が力強い声で話し始めた。

 何かと思い顔を上げると、声と裏腹にその表情は優しくて。

 

「最近、私は変わったって言われたんです。本街さんや、今井さんに」

「それは……」

「言われてみると、確かに私は変わっていました。きっと以前なら、こんなにバンドの問題に向き合わなかったかもしれない。感情を露わにすることも、今こうしてあなたと話すことさえも」

 

 その通りだ、と納得する。

 私が最初紗夜に抱いたイメージは名前の通り氷のように冷静で、夜のように澄んでいて。努力家で、自他共に厳しく僅かな妥協も許さない、そんな人物像だった。だからこそ一緒にバンドを組むに相応しいと判断したし、こうして活動を続けてきた。

 紗夜の変化はわかっている。そしてそんな紗夜を受け入れている私自身もまた変わったのだと、そうわかって。

 

「何故、こんな風になったのか。それは、私がRoseliaの氷川紗夜だから」

「Roseliaの……」

「そうしてくれたのは、あなたが背中を押してくれたからです。少しづつ、日菜を見返そうとする私から、Roseliaのギタリストの私へと変わって行ったんです。まあ、別方向でも背中の押し合いはあったらしいんですが……」

 

 真剣に、心からの声を伝えるように瞳が交わる。別方向……? と考えていると、紗夜は再び言葉を続けた。

 

「あなたも同じ。あなたもきっと……もう、お父様の影を追いかけるだけの湊友希那じゃないはず」

「あ……」

 

 カチリと、何かがはまった音がした。徐々に靄が薄れ始め、思考の闇に光が差す。

 

「そして、今のあなたは……いえ、これは私から言うべきじゃありませんね。とにかくあなたは何者なのか。もう一度よく考えれば、答えは出てくるはずです」

 

 そう言って紗夜はスタジオを出て行った。

 もう一度、なんて。考えなくても既に答えは出ていた。

 遅れて閉じる鉄扉の重い音でさえ、今は耳に心地よい。

 

(私が何者なのか。それは昔から変わっていない)

 

 勿論、紗夜と同様に変わっていったものもある。寧ろその方が大きいだろう。

 だがその逆もまた然り。いくら過程を重ねても根底は、大事な気持ちは揺らいでいないから。

 

 

 

 

 

 ならば、私は。

 

 

 

 

「私は────」

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 翌日、私はスタジオのドアの前に立ち尽くしていた。

 昨日ようやく答えに気づけて決意を固めたはずなのに、肝心なところで怖気付き足が震えて動けなかった。

 

 扉の向こうから演奏の音は聞こえない。行くなら今しかないだろう。

 

「ふぅ……」

 

 浅く息を吐き出す。そして小さく吸うと同時、大きくドアを開け放った。

 

「みんな……っ!」

「友希那さん!?」

「……!」

 

 驚いた表情と共に視線が私へ注がれる。

 

「みんな……」

 

 あこが、燐子が、リサが、紗夜がこうして目の前にいる。刹那、心無い言葉を投げて傷つけた記憶が、苛立ちをぶつけて逃げ出した記憶が脳裏を過ぎり、視界がぼやけていく。

 

 怖い。

 

 もしかしたら許して貰えないかもしれない。どうしようもなく見限られてしまったかもしれない。そう考えるとこの視線が胸に刺さって、自然と吐息も震え始めた。

 

「……」

「……」

「……っ」

 

 なにか、言わないと。

 黙るためにここに来たんじゃない。

 私の気持ちを……伝えないと。

 

 伝えないと、いけないのに。

 

 誰もがじっと私を見る。言葉の続きを待つように、ただそっと見守るように。

 

 口を開く。

 緊張で指先は震えたままだ。

 隠すように手を握る。

 まだ言葉は出てこない。

 口の中が乾いていく。

 沈黙が耳に木霊する。

 

 不意に、紗夜と目が合った。

 すると、不思議と口は動いていて。

 

「……SMSの失敗からずっと考えていた。何故お客さんが離れていったのか。昔の私達と何が違うのか。……昔に戻れば、昔のような音が取り戻せるんじゃないかと思ったけれど、それは間違いだった」

 

 震える声で、少しづつ伝えていく。

 

「音を取り戻すこと。ただ漠然とどうすればいいか考えていたけれど……わからなかった。答えを見つけるまで、あなたたちに顔向けできないと、そう思っていた。でも……」

 

 息を吸う。気付けば手の震えは止まっていた。もう、迷いは何処にもない。

 

 何故なら──

 

「私は、Roseliaの湊友希那だから……! 誇りを失おうが、惨めだろうが、私はRoseliaの湊友希那でいたい……! その為に、ここにいさせてほしい! 私は、ここで歌うことしか……できないから……」

「……友希那……っ!」

 

 言い切った。伝え切った。

 目頭が熱を帯びていく。泣くな。泣くな……まだ、泣いちゃ……。

 

「友希那さんは、惨めなんかじゃない! そんなこと……あるわけない……っ!!」

 

 燐子が叫ぶように告げる。

 

「Roseliaの湊友希那でありたいって気持ち……そこに友希那の『誇り』はあるんだよ」

「あなたは一度だって誇りを失ったことなんかない。ずっと誇りを持ち続けたからこそ、こうして悩み続けたんです」

「あ、あこ! やっぱりRoseliaのことやっぱり誰よりもカッコいいバンドだと思ってます! その為に、Roseliaの誰が抜けてもダメだって!」

 

 リサが、紗夜が、あこが同じように言葉を放つ。力強くて、優しい言葉。

 

「……ごめんなさい……こんな私をもう一度受け入れてくれて……」

「ううん、友希那。アタシ達だって、ずっと『Roselia』を見てこなかったのは一緒なんだよ」

「私たちは……今……ようやく『Roselia』になれたんです」

「うん……うん……! あこ、Roseliaが大好きです!!」

 

 よく見れば、みんな目の際が光っていた。しかし嬉しそうに微笑む口元を見て、心が温まっていく。

 もうこの空間に罅はない。どこまでも優しく、確かな決意だけが満ちていた。

 

 どのくらいそうしていただろう。

 切り替えるように、リサが目元を手で拭った。

 

「さーて、あと一人ここに必要な人を呼び戻さないとね!」

「ええ、そうですね」

「うんっ! 修哉さんもきっと戻ってきてくれるよ!」

「うん……! そうだね……」

 

 そうだ。まだ終わりじゃない。一番大事な人がまだここにいないままだ。

 

「修哉……」

 

 謝るんだ。もう二度と間違わないように。

 

 五人で目を合わせる。考えているとことはみんな同じ。一つの目的の為に、今一度決意を固め合おうとして……

 

「……?」

 

 突如、重く響いた音に意識が逸れた。

 

「今の、なんの音?」

「さあ……? なんだろ」

「ドアの方から聞こえましたね」

「外で……何かぶつかったんでしょうか……」

 

 いや、違う。今の音はぶつかったというよりも──

 

「ドアが、閉じた音だった」

 

 何か、とてつもなく嫌な予感がする。

 

 先程とは真逆に静まり返ったスタジオ。

 音の正体を確かめるように、私の足は自然とドアへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

「……」

 

 携帯の液晶とにらめっこしながら道を歩き、画面をつけては落とし、つけては落としを繰り返す。

 圧倒的睡眠不足からくる気怠さに冷たい風が吹き付けマシになるかと思いきや、最悪なことに不快指数を跳ね上げていた。

 画面に跳ね返った自分の顔を呆れを込めて鼻で笑い、ポケットにしまう。

 

 先日のリサからの着信がどうにも頭から離れない。

 

 あの時、突然のことに驚き数コールは放心していたが、結局電話に出ることはなかった。

 何を言われるかわからないという恐怖と一度屋上ですれ違った気まずさを、俺は女々しく引きずっていた。

 

 リサは何の用があったんだろう。

 その意図はわからない。でも漠然と悪いものではないように思えてきて、愚かしくも意を決し俺はスタジオへと歩を刻んでいた。

 もしかしたら。そんな存在するかどうかもわからない不確定な希望に縋りしがみつき手を伸ばし、景色は次々流れていく。

 やがて見慣れた自動ドアを通過して、重苦しい扉の前に立ち尽くした。

 

 ……落ち着け、落ち着け。

 

 そう言い聞かせながら努めて気分を明るく保ち、小声で第一声を口ずさむ。

 

「はいどーもー、お久し振りです本街でーっす! はいどーもー、お久し振りです本街でーっす! ……はいどーもー、バーチャルユーチューバーの本街でーっす……よし」

 

 よくない。

 

 これだけ連絡も接触も遮断しておいて久し振りの会話がこれとか間違いなくドン引きされる。

 いや、でもこれくらいが丁度いいのかも知れない。畏まって入った所で切り口が見つからないし、黙り込んでしまうのが目に見える。ある意味で俺らしく。うん、危ない気もするがこれで行こう。

 

「……あれ」

 

 いよいよドアに手をかけて、動きを止める。

 普段ならドア越しに演奏音が漏れていることが多い。だが今はそれがしていなかった。

 

「休憩中……?」

 

(だとしたら、中の様子はどうなってるんだろ)

 

 気になって少しだけドアを開き、その隙間に耳を当てた。

 

 

「……ごめんなさい……こんな私をもう一度受け入れてくれて……」

「ううん、友希那。アタシ達だって、ずっと『Roselia』を見てこなかったのは一緒なんだよ」

「私たちは……今……ようやく『Roselia』になれたんです」

「うん……うん……! あこ、Roseliaが大好きです!!」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 なにが……え? リサも、宇田川さんも、白金さんも、湊さんもいて……? みんな仲直りしてて、ようやくRoselia……?

 

 久し振りに聞いた声はどれも美しく震えていて、見ずともわかる暖かさをその空間は孕んでいて。

 

 

 それだけで、全てわかってしまった気さえした。

 

 

 するりとドアから手が落ちると同時、俺の足は引き返すように速度を増す。

 隔絶するように鈍く響く重音が、どこか遠く聞こえていた。

 

 

 

 





次回、最終回。


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彼女に出会った高校生活


今、妄想力は試された。



 

 

 湊さんの後ろ姿をじっと見つめる。音がした方へ辿り着くと、恐る恐るといった様子で彼女はドアを開ける。そして、そのまま動きを止めた。

 

「友希那さん、どうしたんですかね?」

「さぁ……何かあったんでしょうか」

 

 未だ向こうを眺め続ける姿に違和感を覚え、私たちもドアの方へと向かっていく。一体何を見ているのかしら。そう思い背後から外を覗き込むと、入口の自動ドアが静かに閉まるのが見えた。

 

「友希那、どうしたの?」

「……いえ、何でもなかったみたい」

 

 そう零す声音はどこか不安げだ。みんなもそれは薄っすら感じ取ったのか、そうですかと返しながらもスッキリしない様子でいる。

 

「あ、友希那ちゃん」

「あっ、まりさなん! お疲れ様です」

 

 スタジオ内に戻ろうとしたところで、カウンターの方から声がかかる。顔をこちらに向けながら、まりなさんは不思議そうに問いかけた。

 

「今さっき修哉くんが出ていったけど、何かあったの?」

「……え?」

 

 呆けた声が耳に届いた。同時、頭の中で最悪の想像が浮かび上がる。

 なんだか酷く嫌な予感がして、私は咄嗟に声を出した。それは、みんなも同様で。

 

「湊さんっ! 行ってください!」

「友希那!」

「友希那さん!」

「友希那さん……!」

 

「……ええ!」

 

 力強く頷いて、彼女はスタジオを飛び出して行く。何一つ状況が把握できず困惑するまりなさんに心の中で謝罪を入れて、その後ろ姿を見守った。

 

(大丈夫。あなたなら、きっと……)

 

 これはきっと彼女にしかできないことだ。もどかしいけれど、私達はただ待つことしかできない。

 なら、今はその役目を果たそう。扉を開けて、二人が笑って帰ってこられるように。

 

 

 

 

 

 もう一度、6人でRoseliaになるために。

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 夢を見ているようだった。

 

 

 心地よくて、温かくて。

 ただ無感情に席に座り、クラスメイトの喧騒を冷めた目で眺める日々は気付いた時にはどこにもなくて。

 

 彼女を始めて見かけた日から、心はずっと満たされていた。

 一緒にいればどんなことでも楽しめると、そう本気で思っていた。

 

 

 

 そしてそれがずっと続くと、そう願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、どこかの公園に立っていた。

 世界から音が消えてしまったのかと錯覚するほど閑散とした空間。夜に差し掛かり色の失せた遊具達が静かに俺を見つめている。

 

(ぁ……ここ、確か……)

 

 前も一回来たことあるな。

 状況を認識すると途端、呼吸を忘れていた体が激しくむせ返る。どうやらかなり走ったらしく、手を付く膝がガクガク震えた。

 

 やがて呼吸も落ち着き始め、並行して思考も醒めていく。

 

『修哉くんはさ、一体なんなの?』

 

「もう、なんでもいいや」

 

 きっと限界だった。ふざけることも、無理に平生を繕うことも、無理矢理割り切り飲み込むことも。

 我慢することなんてできなくて、でも選択肢は一つしかなくて。一人じゃどうすることもできないから、疲れてしまったのかもしれない。

 

 ゆっくりと、震える息を吐き出した。

 そして公園の外へ……日々の終わりに足を向ける。

 

 しかし、すぐに立ち止まった。

 

「は……え、なんで……」

 

 なんで、なんで、なんで。その単語が頭の中身を埋め尽くす。跳ねる心臓、固まる口角、震える体。

 死んだ色彩に美しく、銀の花が揺れていた。

 

「……っ、大丈夫!? 取り敢えずゆっくり深呼吸して!」

 

 反射的に体が動く。激しく乱れた呼吸のリズムを整えるようにゆっくり背中をさすりながら、ベンチの方へと誘導する。

 

 上気した頬が乱れた髪の隙間から覗き、どきりと大きく鼓動が鳴った。

 湊さんは座り、俺はその横に立ちながら落ち着くまで黙って待つ。反対側に佇むベンチの空きスペースを冷たい風が流れていった。

 

「はぁっ、はぁ……っ、もう大丈夫、落ち着いたわ」

「そっか」

 

 諦観からか、困惑からか。やけに他人事めいた台詞が口をついた。

 気まずい空気に息が詰まる。だというのに、湊さんが隣にいる事実が、久しぶりに近づいた距離がどうしようもなく心を揺らす。

 やがて、湊さんは立ち上がって俺を見た。

 

「あなたに、話があるの」

「……っ」

 

 揺れる黄金に、嫋やかな髪が滑る。

 本音を言えば逃げ出したい。湊さんがこれから告げるであろう言葉の先が恐ろしくて、今にもこの顔は笑って誤魔化そうとしてしまう。

 

 逃げるな。受け止めろ。覚悟を決めろ。

 

 そんな言葉で足を地面へ縫い付ける。

 永遠にも感じられる沈黙の中、湊さんはついにその唇を震わせて──

 

「ごめんなさい……っ!」

 

 俺は目を見開いた。

 頭が真っ白に染め上げられていく。スタジオでの会話、離れた距離、下げられた頭。状況からして、この言葉の意味は一つしかなかった。

 つまりそれは、この関係の終わ──

 

「ずっと謝りたかった……。SMSで失敗してから、昔のような音にならないと、張り詰めたRoseliaを取り戻さないとって……。そしてあなたにあんなことを……」

「……ぇ?」

 

 間の抜けた声が抜ける。想像と180度真逆の内容をうまく飲み込めず、口がぱくぱくと彷徨った。

 

「許して貰えるかわからない。だけどRoseliaには……私には、あなたが必要なの……修哉っ!」

「────っ」

 

 ……あぁ、ずるいなぁ。一番欲しかった一言をこの状況で言うなんて。そしてそのことにどうしようもなく満たされていく自分自身が、驚くほどに単純で。

 心に熱が灯っていく。次第に目頭も熱を帯び始め、温かいものが流れ落ちた。

 

「俺、俺……っ、ずっと悲しくて、苦しくて……嫌われたんじゃないかって不安になって……っ」

 

 積もった感情が溢れていく。声が震えてうまく言葉が出てこない。

 

「でも、湊さんが……そう望むなら仕方ないって……。Roseliaが変わったのは俺のせいだから」

「っ……! それは違……」

「違くないよ」

 

 最初はただ、湊さんに近づければそれでよかった。胸に抱いたこの感情が結ばれるなんて夢見たことは一度もなくて、ただ自己満足を重ねるためにサポートという大義名分を得ていただけだった。

 でもそうしてる内にだんだん楽しくなってきて、もしかしたら、なんて考えるようになっていて。その成れの果てがこれだ。昔も今もなんら変わってなどいない。

 

「だから、俺はもう──っ!?」

 

 突然、熱が体を包み込む。優しい匂いがやけに近い。抱きしめられたと気付いたのは、数秒経った後だった。

 

「……今回のことで気付けたの。私は、Roseliaの湊友希那。でも、それだけじゃない。私は、修哉の彼女の湊友希那でもあるの。それは、あなたも同じ」

「俺も……?」

「ええ……あなたはRoseliaの本街修哉で……私の彼氏の本街修哉だから……!」

「──っ」

 

 心が溶けていく気がした。背中に回る手の温もりに、全てが包まれていく気がした。

 

(そうか、簡単なことだったんだ)

 

 胸の中から聞こえる声は優しく、どこか諭すようで。何故だか、今までの思い出が頭の中を駆け巡る。

 

 

『仲がいいのは良いことだけど、会計をして貰えるかしら』

 

『なんでって……二人はその、付き合ってるんじゃないのかしら』

 

『……起きたのね。体調はどう?』

 

『こんばんわ。早すぎたかしら?』

 

『私も買うわ。行くわよ』

 

『連絡先……交換しない?』

 

『……すき。私も……修哉のことが──』

 

 

「好き……っ。だから、お願い。しゅう──」

 

 

 それより先は聞こえない、言わせない。もう、十分伝わった。

 唇を重ねながらお互い情けなく涙を流す。みっともないと思っても、今はそれがどうしようもなく心地よくて。壊そうと思えば瞬く間に壊れてしまいそうな体を、壊れそうなほど抱きしめる。

 

 いつもなら暴れ出しているであろう心臓は穏やかなリズムを刻み、友希那から伝わるリズムを受け止める。

 

 やがてどちらともなく抱擁を解くと、顔見合わせくしゃっと笑った。

 

「──修哉」

「……ん?」

「Roseliaに、全てを賭ける覚悟はある?」

 

 懐かしい問いに笑みが浮かぶ。

 

 もう一度繋いだ手は前より固く、繋いだ想いはさらに大きく。心に刻みつけるようにその言葉を口にする。決意と、覚悟と、想いを乗せて。

 

 

「──賭けるよ。今度こそRoseliaに、友希那に俺の全てを賭ける」

 

 

 

 

 

 雲は晴れ、優しい風が二人を攫う。

 そんな秋夜の公園を、月明かりはいつまでも照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めると真っ白の空間に立っていた。果てはどこにも見えなくて、ただ一色が世界を満たす。これ夢だと認識するまでそう時間はかからなかった。

 

(なんか懐かしいな、この感じ)

 

 デジャヴを感じ、もしやと思い視線を横にずらしてみるとやはりそこに彼女はいた。我ながら恐ろしいほど寸分違わぬシチュエーション。

 目が合って、口がゆっくり開いていく。

 なら、もう一つ当ててみようか。次に聞こえてくる台詞は──

 

「「ねぇ、修哉。好きな人はいる?」だ」

 

 たまらず笑いがこみ上げる。あー、面白い。シチュエーションだけじゃなくまさか内容も一緒とは。俺も俺でよくわかったな。無駄に記憶力がいいのも個性の一つかも知れない。なにその没個性。

 

 そうこう考えている間にも、彼女は静かに答えを待つ。俺は正面からその双眸に視線を合わせ、笑顔と共に口を開く。

 答えなんて決まっている。それこそ、ずっと昔から。

 

「──いるよ。大好きだ」

 

 だから、もう大丈夫。何も心配はいらないんだ。

 

 心でそっと呟くと世界が淡く消えていく。

 光に満ちたその中心で、何処か安心したように彼女は小さくはにかんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮上するように意識が覚醒する。どうやら眠っていたらしい。

 我が人生でベッドの次に睡眠を共にしてきた愛しの机から上体を起こすと、頬杖をつきながら外に視線を漂わせる。教室には誰もいなかった。

 ぼんやりとした意識で鱗雲を数えながら、俺は静かに目を瞑る。

 

 あれから、白金さんと宇田川さんが作っていたらしい新衣装を完成させたり、それを着てライブをしたり、バンド内でクッキーブームが起こったりした。要約したけど濃いな。

 リサと氷川さんだけかと思っていたらまさかの友希那もクッキーを作ってきて、心底驚いたのはまだ記憶に新しい。所々焦げていて形は不恰好だったけど、それは今まで食べたどのクッキーより美味しかった。

 

「あっ」

 

 そういえば氷川だが……この前再び天文部に足を運び、怒鳴ったことを謝った。俺は一体何なのか。経緯はどうであれ、また氷川に大事なことを気付かされたのは事実だったからな。

 ぶっきらぼうに頭を下げる俺に対し、氷川もどこか申し訳なさそうに謝っていた。曰く、少しムキになったとのこと。

 

 まだ心に恐怖は刻まれてるし、やっぱり氷川は苦手だけど。今ならそれはそれでいいかと思えていた。つーかあいつムキになるとああなるのかよ。マジで怖かったからね。不良の恫喝が可愛いレベル。

 

 とにかくまぁ、そんなこんなで今はようやく落ち着きを取り戻していた。

 

「色々あったなぁ」

 

 いやほんと、マジで色々ありすぎた。一目惚れしてバンドのサポートに放課後費やして、泊まられ泊まって友希那と両想いになって、毎日輝いてたと思ったら今度はそれが崩壊の危機とか。彼女に出会う前の俺が聞いたら絶対鼻で笑っていた内容だ。

 

 今になれば言えるけど、相当馬鹿なことで悩んでたと思う。

 自分は必要ないだなんて、そんなの気にしないで良かったんだ。過去の未知を求めずに、今ある自分を、Roseliaの本街修哉を認めればそれで良かったんだ。

 

 きっと俺は怯えていた。無知は悪だと思い込んで一人になるのを怖がって、躍起になって知らないことを知ろうとしていた。そんなことせずともみんなは俺を認めていたのに。肝心なところで自分以外を信じられず、どうにか居場所を作ろうとしていたんだ。散々本街修哉はRoseliaに必要の存在だと言われていたのに、あなたはもうRoseliaの一員だとまで言ってくれていたのに。

 どうしようもない大馬鹿野郎だと自嘲気味に己を笑う。

 

 もう、何も心配することはない。

 ならば、本街修哉は。

 

「移動しないの?」

 

 頬杖をついたままの俺に、ふと綺麗で、美しくて、ずっと聞いて居たくなるような心地よく凛とした声が届いた。

 その声が、セリフが、風景がどこまでも懐かしくて、俺はすっと目を細める。

 

「次、移動教室よ」

 

 まるでいつかを再びなぞるように、あの日の言葉が耳を撫でる。

 

 俺は一生忘れない。もう二度と離さない。

 分かっているつもりになって、結局なにも分かってなくて、不変を願って打ちのめされて、それでも心は近づいて。側から見れば笑われてしまうような日々に胸を張って微笑んだ。

 

 

「──うん、今行くよ」

 

 

 教材を持って席を立つ。

 足を進める廊下には、手を繋いだ二人の影が伸びていた。

 

 

 





彼女に出会った高校生活、これにて本当に完結になります! ネオアス編めっちゃ難しかった……(白目)
途中更新まで期間が空いてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!

完結、とは言いつつも長きに渡り続いたシリアス描写のせいで作者の精神が摩耗、加えてドリフェスでも心を抉られ圧倒的にイチャイチャ成分が足りていないので、後日書き上がり次第番外編も投稿しようかなと考えてます。癒しをよこせ。

感想をくれた方々、評価をしてくださった方々、お気に入りしてくれた方々、この小説を一目読んでくださった方々、改めてありがとうございました。
またどこかの小説でお会いしたらその時はよろしくお願いします。

それでは、ビタミンBでした。


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番外編
たまにはこんな日常も


恐らく過去最短時間で書き上げたんじゃないかってくらいの文章になります。(約1時間)
4月1日ということで。初、番外編になりますが楽しんでいただけたら嬉しいです。

尚、本編とは時系列が違います。そういうものだと思って読んでください。

ではどうぞ。



 

 

 

「そういえば今日ってエイプリルフールですね!」

「宇田川さん、無駄口を叩く暇があったら集中してください」

「エイプリルフール…?」

 

 聞きなれない単語につい疑問の声が漏れる。瞬間、あこや燐子が驚きの視線を向けてきた。

 

「一年に一度だけ嘘が許される日だよ〜。ほら、覚えてない? 中学の時、アタシが友希那に嘘ついてた日あったじゃん?」

「…あぁ、それが今日なのね」

 

 そう言えばリサがやたら話しかけてくる日があった気がする。嘘、とは言っても大抵は『寝癖ついてるよ?』とか『じゃーん! 今回はゴーヤクッキー作って見たよ!』なんて内容だったけれど。

 

「それで、それがどうしたのかしら」

「ふっふっふ、わらわは思いついてしまった…ズバリ、全員で修哉さんに嘘をつきましょう!」

「全員って、全員?」

「全員です! Roseliaのみんなで! ちょうど今日も遅れて来るそうですし!」

「お、いいね〜♪ 面白そうかも!」

「面白そう、じゃありません。そんな事をしている時間があるなら練習を…」

「まあまあ、そんな固いこと言わずにさ〜。一年に一度なんだよ? 楽しまなきゃ損だって〜。ね、友希那?」

 

 あこに続きリサも便乗し始める。既にどんな嘘をつくか話し合っていて、とてもじゃないが練習を続けられる雰囲気ではなかった。

 

「はぁ…分かったわ」

「湊さん!? いいんですか…?」

「こういう時は付き合ってあげるのが一番なのよ。このままの状態で集中して練習ができる思えないでしょう? それに、バンド内の結束を強めるという意味でも、ね」

「湊さんがそう言うなら…。宇田川さん、やるなら徹底的にやりますよ」

「やったー!」

 

 紗夜も乗り気になったところで、いよいよ本格的に話し合いが始まる。練習中の空気はどこへやら、楽器音とは別の煩さがスタジオを満たす。

 

「大丈夫…かな…」

 

 そんな中呟かれた燐子の冷静な声は誰にも届くことはなく、喧騒に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

「毎度ながら本当にごめんなさい、困ってたお婆さんをざっと10人ほど助けてたら遅れてしまいまして……」

 

 スタジオの扉を静かに開きながら、明らかに言い訳じみた文句を垂れ流す。ちなみにもちろん嘘。この街にそんなに大量の困ったお婆さんなどいない。

 

「そう、なら仕方ないわね。練習を続けるわよ。早く位置について」

「え、はい」

 

 何というか…意外だ。絶対に最初に宇田川さんが『あー、やっと来たー!』的な事を叫び、続けて氷川さんに叱られるのが何時もの流れなのに。なぜか今日は湊さん以外誰も何も発さない。練習に集中していたんだろうか。やっべぇ、なんか申し訳なくなってきた。

 

「BLACK SHOUTのイントロから合わせるわよ。あこ、カウントお願い」

「分かりました!」

 

 シンバルの音を数回鳴らし、楽器隊が同時に演奏を始める。重い音が反響して俺の耳を内側から震わせる。でも……なんというかこれ……。

 

「Re:birthdayじゃね……? あれ…?」

 

 曲が違うんですけど? あっれ、確かに湊さんBLACK SHOUTって言ったよな? 聞き間違い? Re:birth SHOUTとか聞こえちゃったパティーン?

 

 全く意味がわからずメンバーを見てみるも、ふざけている様子はなく真剣そのものだ。どうやらふざけているのは俺の耳らしい。

 

「やばいなこれ。難聴とかそういうレベルじゃない気がして来た」

 

 パンッと頰を両手で叩くと意識を集中させる。みんなを見習って真剣に取り組め、俺!

 

 やがてRe:birthdayが演奏し終わると、途端に静寂が訪れる。

 

「どうだったかしら」

「えぇと…ごめん。ちょっと意識弛んでて前半のパート聴けてなかった。でも全体的に良かったと思う。あとリサ、ピック変えたんだな」

「聴けていなかった? そんな態度では──」

「そう、分かったわ。続けるわよ。紗夜、集中して」

「すいません、分かりました」

「……えぇ?」

 

 マジでどうなってんの? なんか今日の湊さん妙に俺に優しくない? 気のせい? 気のせいか。それに宇田川さんもリサも珍しく何も言わないし。

 

 未だに困惑する俺を置き去りに、そのまま練習は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。15分休憩にするわ」

「分かりました」

「はーい!」

「はい…」

「はいよ〜♪ 」

「休憩…休める…休みたい…」

 

 しばらく時間が経ち、俺の疲労が限界に達したタイミングで湊さんが休憩を宣言した。あれからもあべこべな演奏は続き、着いていけない俺の耳と脳は限界を訴えていた。

 

 湊さんが『納得ができないパートがあるの』なんて言ってもう一回やったBLACK SHOUTがアカペラだった時の俺の心境よ。めっちゃ本気で歌ってるのに他のみんな棒立ちだからね。驚くとか通り越して普通に笑ったわ。お前ら演奏しろよ。

 

「本街さん、疲れている様子ですが…何かあったんですか?」

「え、マジで? 何かあったよね、今確実にあったよね何か」

「そんな事より修哉さん、あこのドラムどうでしたか!? いつもより控えめにやってみたんですけど」

「いや、叩いてなかったじゃん。突っ立ってただけじゃん。控えめすぎでしょ」

「あの…私のキーボードは…」

「あの『猫踏んじゃった』の事? 上手かったよ。上手かったけどおかしくね? 『火をつーけーたーあーなたの言葉! 猫踏んじゃったー』って」

「ふっ」

「おいリサ、お前なんで今笑った」

 

 こんなの俺が知ってるLOUDERじゃない。もう脳が現実から目を逸らし始めて、夢なんじゃないかとすら思って来ている。それくらいに意味がわからない。

 いつものように全員に水を配り終えると、魂ごと抜けてくんじゃないかと思える程のため息を吐いた。

 

「ため息吐くと幸せが逃げるぞ〜?」

「ため息如きで逃げるような安い幸せなんぞいらん…。ねぇ、どうしたの? なんでそんな平然としてられんの?」

「え〜、何のこと? あ、それよりよくピック変えたの気づいたね〜。お姉さん嬉しいぞ♪ 」

「明らかにいつものと違かったからな。毎日見てれば流石に気づく」

 

 そこで、ふと俺とリサ以外の会話がない事に気づく。視線を滑らせて横を見ると、何やら4人が円になって話し込んでいた。

 

「…ねぇ、なにしてんの?」

「何でもないわ」

「でも」

「なんでもないですよ!」

「んなわけあるかぁッ!」

 

 そうツッコミを入れて見るも、ひそひそ話が終わる様子はない。仕方なくリサの方を向き直すと、俯きながら肩を震わせていた。

 

「おい、なんか仕組んでるだろ」

「そ、そんな事ないって〜! もう、疑い深いな〜修哉は」

「確信だよ確信」

 

 これは疑うとかいうレベルじゃない。確実になにか裏で組んでるのは流石に分かった。

 

「そ、そんな事をやるのかしら?」

「友希那さんなら行けますよ! 」

「そうですね。そろそろ湊さんの番でしょう」

「紗夜さん…意外とノリノリ……」

「……分かったわ」

「ご武運を」

 

 断片的だがそんな会話が耳に届く。全部が聞こえた訳ではないが、まだ何かが続くだろうということは容易に予想できた。

 

「修哉」

「…今度はなに? お前が歌えとか言わないよね…?」

「これ…」

 

 そう言って差し出されたのは3分の1ほど中身が減ったペットボトル。先程俺が配った物だった。

 

「……こっ…交換しない?」

「……はっ?」

 

 心臓がドクンと跳ねる。ちょ、ちょっと? これはどういう旨のイベントなんだ? 別に準備してあったものに塩を混ぜたとか?だとしてもそんなものは見当たらないし、何より本数が合わない。…と言うことは、これは正真正銘湊さんの飲みかけと言う事になる。

 

「じょ、冗談じゃ…」

「…嘘じゃないわ」

 

 嘘じゃない、と聞いて何かピースがはまった気がした。嘘といえば今日って確か4月1日…エイプリルフールじゃん! なるほど、みんなそれで意味わかんない行動してたのか。

 ……いや待て、本当にそれが原因か? エイプリルフールを隠れ蓑にした何かあるんじゃないか?

 ここまできたら完全に疑心暗鬼である。ただ、それが俺に仕掛けられた罠だと言うことは理解した。ここは逆に利用してやろうじゃないか。

 

「…分かった、交換しよう。はい、これ俺のやつ」

「え、ええ……。本当にいいのかしら…? 別に無理にとは…」

「いや、大丈夫」

 

 そういって湊さんからペットボトルを受け取ると、おもむろにキャップを開けて中身を飲もうとする。だが、本当に飲むような事はしない。それは流石にいけない事だとは理解している。だから、仕返しのつもりで俺はゆっくり、焦らすように近づけていく。

 

あっ……

「ちょ、ちょっとストップ! 修哉もそこまで!」

「うおっ」

 

 半ば無理矢理ペットボトルを奪われると、行き場を失った手がだらりと落とされる。

 

「みんなもそろそろストップ。ネタばらししてもいいんじゃない?」

「それもそうですね」

「あこも充分楽しめたから大丈夫!」

「私も…賛成です……」

「と、言うわけで〜、じゃーん! 今日はエイプリルフールでした〜! 」

「……やっぱそれだったか…」

 

 やはり、というか予想通りの答えに納得する。みんなの様子を見るに、さらにその裏が…なんて事はもうないらしい。

 

「どうだった? アタシは、ふふっ、笑いを堪えるのが大変だったかな〜」

「あこも! 演奏中の修哉さん、ポカンとしてて凄かったです」

「確かに、見ていて面白くはありましたね」

「でしょー? やって良かったね♪ 」

「いや、良くないから…」

 

 こちとら超疲れたわ。1週間練習参加するよりも今日1日の方が疲れたまである。

 

「ね、友希那はどう思った? …って、友希那?」

「なっ、なにかしら?」

「いや、友希那はドッキリやってみてどうだったかな〜って思ってさ」

「そ、そうね……。そんな事より休憩はもう終わり。再開するわよ」

「あっ、逃げた」

「ずるーい! 友希那さんも何か言ってくださいよ〜!」

「あこ、集中して頂戴。みんなも切り替えて」

 

 1人だけコメントから逃れてスタンドマイクの元へ向かう湊さん。その顔は俺が見ても分かるくらい薄っすら朱に染まっていて、それに気づいたメンバーはニヤニヤしながらも配置につく。

 

 騒がしくもあったし疲労も蓄積したが、たまにはこんな練習があってもいいのかな…なんて考える。柔らかく頬を緩めながら、これ以降あんな演奏が二度とないように静かに祈り、俺は聞こえてくる音に意識を研ぎ澄ませたのだった。

 

 

 

 

 




もし、あのまま口がついていたら……なんて考えて見ても面白いかも知れないですね。そもそも棒立ちとか嘘じゃ無い←

これからもちょくちょく番外編を投稿するかも知れませんが、その時はよろしくお願いします。
では皆さん、よきエイプリルフールを。



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性欲から始まる世界(コラボ回)


はい、帰ってきましたビタミンBです。
サブタイトルで分かる方もいると思いますが今回は「性欲から始まる初恋物語」の作者、ジュンさんとのコラボ回になります! ドンドンパフパフ
一風変わった書き方をしていますが、楽しんでもらえたら嬉しいです。

ではどうぞ!



 

『──本日は全国的に桜が多く開花し、各地では花見が行われ───」

 

「…もうそんな時期か」

 

 毎朝のように朝食を作っては片付ける。

 既にルーティーンと化したこの動きを一瞬狂わすかのように、テレビのスピーカーから流れる声に耳を傾けた。

 

 見慣れた顔のニュースキャスターが笑顔で桜の解説を始めた頃には既に興味は霧散しており、再び皿洗い作業に戻る。

 

「桜、ねぇ…」

 

 桜。春の代名詞とも言われる木のことを指し、毎年多くの人間がこれを求めて集まっては飲めや歌えやの宴を開く。

 そんなイベントに全くと言っていいほど縁がない俺は、この季節が来るたびにそんな奴らを鼻で笑っていた。

 

 だって美しいものに寄せられ、群がり、散ってしまえば興味を失うなんて姿、まるで誘蛾灯に誘われる蛾のようではないか。

 全く主観的で一方的な考えだが、なんとなく昔からそんな事を思っていた。

 

 …とまあ、少し皮肉的な言い方になってしまったが許してほしい。別にそれが嫌いなわけではないのだ。

 だいたい、あんな誰かと行く事が前提みたいなイベント一人で行けるわけねーだろ。桜は孤独を殺すのだ。忘れるなかれ、ソースは俺。

 

 片付けを終え、未だ使い古された知識の披露会を続けるテレビを消し、誰もいなくなった家を後にする。

 一歩外へ足を踏み出すと、暖かいこの季節特有の風が頰を撫でた。

 

(なるほど、確かにこれは開花時かもな)

 

 四つに分かれたこの国の季節に、人はさまざまな意味を見出す。いや、季節に限った話じゃないか。形のないもの、曖昧なもの、分からないものに対して人間は形を持たせようとするのだ。その中でも特にこの『春』は幅が広い。

 

 始まりの季節、桜の季節、別れの季節など。解釈は人の数だけあって、一つの正解は存在しない。世の中はそんなもので溢れているのだ。

 

 故に、本街修哉はこれを『変化』と解釈する。成功も失敗も、出会いも別れも停滞も希望も絶望も、『非日常』さえも訪れかねない、そんな季節。「可能性は無限大」とはよく聞くが、それに当てればこれも理論としては成立していた。

 

 夏もと秋とも冬とも違い、肌の表面をそっと撫でるような日差しに向かうように道を進む。そんな光を遮るために小さく細めた視界の先には、我が羽丘高校の校門が見え始めていた。

 

(もう学校か)

 

 考え事をしていたせいか、いつもより感じる時間の流れが早い。

 

 人の波を縫うように校門をくぐり足を進める。その間俺は誰の目にも止まらない。流れるように教室へ向かうと、席に座り外を眺める銀色の花に声をかけた。

 

「湊さん、おはよ」

「修哉…おはよう。今日は少し早いわね」

「俺も思った。てかそう言う湊さんも大概早いよな」

「そうかしら…? これが普通だと思っているからあまり実感はないけれど」

「まぁ、本人からしたらそういうもんか」

 

 これがここ最近の日課だ。空気として、陰キャラとして目立つことがほとんど無い俺のささやかな幸せ。この人もまばらな時間帯の教室で、微笑み交じりに小さな会話を繰り広げる。

 

 窓から入るそよ風に弄ばれる細い髪を眺めながら、俺は静かに頬を緩めた。

 

「そういえば桜すげー咲いてるよな」

「この辺りは今日が満開らしいわよ。さっきリサが言っていたわ」

「あぁ、リサと一緒に登校してるんだっけ?」

「ええ、時間が合う日はそうしているわ。家が隣だから」

 

 リサいいなぁ……と思ったのは内緒にしておく。くそっ、俺も隣の家で生まれたかった…! そして幼馴染ポジで人生エンジョイ! パッピーソーライフを送りたかった…! 全く悲しい話である。

 

 しばらく言葉のキャッチボールを続けていると、次第にほかのクラスメイトが登校してくる。気づけば既に箱の中は喧騒に満ちており、意識を背けるように窓の外へ視線を向けた。

 

「授業始めるぞ。日直は号令掛けろー」

 

 入室してきた教師の声で授業が始まる。

 板書の音も、この静寂も、流れる雲も変わらない。

 

 

 ──いつも通り、変哲のない日常が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

「それで、その服が超可愛くてさ〜!」

「ふふ、そうなの」

「今度一緒に見に行かない? あっ、アクセショップも行きたいんだ〜♪ 」

「ええ、構わないわ」

 

 時は流れ昼休み。授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時に屋上に来た俺は、現在3人で昼食をとっていた。

 太陽がほぼ真上に位置しているため日陰はないが、それでも割と快適な気温になっている。

 

(いい眺めだよなぁ、ここ。なんで俺たちしか居ないのか不思議なくらいだ)

 

 ちら、とフェンス越しに見える景色にそんなことを思う。人類の進歩、技術の進歩に伴い確実に発展している筈なのに、どこか退廃的な街並み。或いは形骸化したその光景を、今はピンクと白の花びらが彩っていた。

 

「綺麗だよねぇ」

「そうだな。今週ずっと晴れらしいからしばらくこんな感じだろ」

 

 

 言葉を返すと、スーパーや家電量販店に多用される売り文句のような『期間限定』の桜色から視線を戻す。弁当箱の中身をひょいと口に放り込むと同時、リサが腕を上げて伸びをした。

 

「んん〜っ! 気持ちいいよねー、春って」

「ふふ、リサはいつも気持ちよさそうよね」

「そ、そうだけど! この…空気? とかイイ感じじゃん?」

「まぁ、何となく言いたいことは分かるかも。視覚的にも感覚的にも、冬とはガラッと変わるからな」

「確かにそうね」

 

 心地よい風が頬を撫でる。流れる雲が陽を隠し、辺りは巨大な影に覆われた。

 

「おぉ…急に肌寒くなったな」

「うん、アタシもちょっとぶるってした」

「…そうかしら?」

「ふっ、鈍感め……ってちょっと? やめて! 卵焼き返して! それ最後の一個ぉぉお!」

 

 湊さんの口の中に消えていく卵焼きを見届けると、項垂れながら途端に寂しくなった弁当箱を眺める。

 

「ちくしょう……卵焼きに生まれれば良かった」

「あはは…そっちなんだ」

 

 まあいいか、と思考を切り替える。そうだ、湊さんに手料理を食べてもらったと考えれば問題ないじゃないか。レッツポジティブシンキング。

 

「美味しいわね。うちとは違って修哉の家庭の味? がするわ」

「それは良かった」

「えー、気になるー! アタシも食べたかったかも」

「残念ながらもう残ってないんだよ、ほれ」

 

 弁当箱を傾けて空であることを見せつける。「そっかー、じゃあまた今度だね♪」と笑うリサを見て、何故か俺が申し訳なく感じてきた。

 

 …今度から大目に作ってこようかな。つーかもういっそのこと全員分作るか? 手間的には大して変わらないし……いや変わるわ。超手間だし超変わる。

 

「あ、そうだ友希那。アタシまたお菓子作るんだけどさ───」

 

 片付けをしながら目の前で始まる会話にそっと耳を寄せる。リサが会話を振り、湊さんがそれに返す。微笑ましいほど幸せな日々が、目の前に広がっていた。

 

(いいよなぁ、こういうの。今日も相変わらず平和な昼休みだ)

 

 そんな事を思いながらも、頭の片隅では別の思考が手を挙げる。

 

 ──もう少しくらい、何か起きても面白いのになぁ。

 

 雲が流れ、隠れていた太陽が顔を出し始める。残酷なまでに美しく、暖かく、それでいてどこか冷たい光が屋上を包み込んだ。

 

「……は?」

 

 その瞬間、世界の動きが僅かに止まる。

 全ての終わりを彷彿とさせるかのように停滞したその空を、ただ見ていることしかできない。

 

 やがて光が俺の元へ届いた途端、視界が暴力的なまでの白に包まれる。何も見えない空間で、何故か自分の姿だけは鮮明に映し出されていた。

 

(あ、これやばいかも)

 

 狂おしいほどの白に、俺の意識が流されていく。抵抗することも許されない春の日差しの中、最後に感じたのは闇に消えていくような浮遊感だった。

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 光が萎み、視界がクリアになっていく。

 意識が覚醒した感覚をそのままに、僕、細山てるあきは目の前の景色に息を飲んだ。

 

(……なんだこれは)

 

 走るはずだった痛みは頬に感じない。

 目に映るのは高い空、吹き抜ける風、そして2人の女子生徒。1人は茶髪でギャルっぽい見た目の女子で、もう1人は白金色の髪を腰あたりまで伸ばした女子だった。

 

(誰だこいつら。というか…)

 

 ここはどこだろうか。制服を着ていることから羽丘高校なのは間違いないんだろうが、おかしい点がいくつかある。

 

 まずはさっきまでと状況が違いすぎること。

 光に飲み込まれる前、僕は確かに廊下にいたはずだ。それに、便所で食べようとしていた昼食も持っていない。

 憤怒に表情を染めながら、僕に掌を振り下ろしていたあの女子生徒はどこへ消えた?

 

 

 

 というか………

 

 

 

 

 

 ──僕は一体どこへ消えた?

 

 

 

 

 

「でさー?…って修哉、どうしたの?」

 

 茶髪の方が僕に言葉を投げかける。だが、その名前に心当たりがないため無言を貫く。

 いや、言葉を返せなかったというのが正しいか。奇想天外、摩訶不思議な現状に少なからず動揺している僕を、これまた不思議そうに眺める2人。

 

 あぁ、これは少し人間っぽいんじゃないだろうか。表情にこそ出てはいないが、今僕は確かに驚いている。

 

「しゅ、修哉? おーい」

「? どうしたのかしら」

 

 集まる視線に耐えきれなくなり、たまらず疑問に思っている事を吐き出した。

 

「あの、あなたたちは誰ですか?」

 

 瞬間、2人の表情が固まる。

 

「えーっと、本当にどうしたの?」

「卵焼きを食べた事なら…その、謝るわ」

「いや、それはこっちが聞きたいんですけど。僕、いつからこんな場所にいましたか?」

「え、えぇ…? ねぇ友希那、なにこれ」

「さぁ…。でも、()()()()()()()

 

 ひそひそと何かを話しあうその中で、核心を突くような言葉が耳に届く。

 

 雰囲気だと? 知りもしない相手に僕の雰囲気の何が分かるというんだ。…いや、悪い意味で校内で有名だから、もしかしたら一方的に知られているのかもしれない。だとしても『違う』というのが理解できなかった。

 

「ねぇ、質問してもいい?」

「ならその前に僕の質問に答えてください」

「…分かった。アタシは今井リサ。今はお昼休みで、ここは羽丘高校の屋上だよ」

「…私は湊友希那。あなたと同じクラスよ」

 

 …知らない名前だ。大体、僕のクラスに湊友希那なんて人はいなかった筈だ。名前すら聞いたことがない。こんなに綺麗な銀髪なんだ、同じクラスなら確実に覚えている。

 

(それにしても、屋上か)

 

 見た感じで分かってはいたが、改めて言われるとそれが現実だと認識する。

 ワープ? 瞬間移動? ありえない。生憎だがそんな非科学的なもの、僕は信じていないのだ。

 

「…そうですか」

「それでアタシ達からの質問なんだけど───まず、君は誰?」

「羽丘高校2年、細山輝晃です」

「細山…? 聞いたことがないわね」

「うん、アタシもないかな」

 

 

(どういうことだ…?)

 

 

 ここまで来ると本格的に分からない。そんな僕に、今井リサと名乗った少女は言葉を続ける。

 

「君はさっき『いつからこんな場所にいた』って言ってたよね。じゃあ、それまではどこにいたの…?」

「廊下にいました。もう1人、名前も知らない女子生徒と一緒に」

「……そう、やはりおかしいわね。あなた、本街修哉という名前に心当たりは?」

「ごめんなさい、知りません」

 

 2人が唾を飲んだのが分かる。ただ、本当に心当たりのカケラもない僕はなぜか落ち着いていた。

 

「聞きたいこともないんで、僕は失礼します」

 

 2人をそのままに立ち上がり屋上を後にする。いつもは刺すような視線を向けてくるはずが、校内に入ってもそれは感じられなかった。

 

(本当、どうなってるんだ)

 

 つくづくここが何処なのか分からない。同じ世界のはずなのに何かが決定的に違っている。面白い事が起きろとは願ったが、まさか現実になるとは。

 

 まるでフィクションの中にいるかの様な感覚。そんな事を肌で感じながら、僕はそのまま行き先のない足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

 

 

 バタン、と音を立てて閉まるドアの音を聞き届け、私はふっと息を吐いた。

 

「ねぇ…何だったのかな、あれ」

「……分からないわ」

 

 何一つ変わらない屋上。何一つ変わらない景色。その中に、一つだけ変わってしまったものがある。

 

 先程の出来事を思い出し冷や汗が流れる。それはリサも同じのようで、多少の動揺が見て取れた。

 

「ただ、一つだけ言えることがあるとすれば……あれは修哉じゃない」

「うん、それはアタシも思う。嘘を言ってる感じじゃなかった」

 

『修哉じゃない』なんて、自分で言っていておかしく感じる。だが事実、リサと話している最中、小さく声が聞こえたと思った次の瞬間に彼が放つ空気がガラッと変わった。

 修哉の顔で、声で、姿で細山輝晃と名乗った彼は、一体誰なんだろうか。

 

「ねぇ、友希那」

「…何かしら」

「あのさ、今は細山君って人が修哉の中にいるわけじゃん? アタシ達には隠してて実は二重人格でしたー、ってのとは違うと思うから」

「……何が言いたいの?」

「…今までアタシ達と一緒にいた修哉は、どこにいったのかな」

「…っ!?」

 

 リサの言葉に胸がチクリと痛む。確かにそうだ。どういう訳かは知らないが、修哉の意識、人格はあの細山輝晃という人物と入れ替わっている。

 なら、元からいた修哉のそれはどこに消えた…? まるで上書きされたかのように現れた存在に、ゾッと恐怖を覚えた。

 

「ねぇ、友希那。どうしようか」

 

 もう一度、繰り返すように問いが投げられる。

 

「…とりあえず、彼の近くにいた方が良さそうね。何をするかが分からないし、修哉が戻ってくるかもしれない」

「うん、わかった」

 

 ほんの数秒前までは賑わっていたはずの昼休みなどどこにもない。それは、置き去りにされた修哉の弁当箱が証明していた。

 色を感じさせない風に、空のそれが滑るように流される。そっと指で動きを止めた私は、静かに空に視線を向ける。

 

「…さて、いつまでもここに居ては拉致があかないわ。追いかけましょう」

「うんっ! そうだね」

 

 自分たちの分も片付けると、リサと同時に腰をあげる。誰もいない屋上を背に私たちは彼を探して歩き出した。

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

 

 

 

(席がない…)

 

 とりあえず自分のクラスに戻った僕は、目の前の光景にただ立ち尽くす。

 

 無数の女子が僕の席だった場所を陣取り、仲良く昼食を取っている。おまけにクラスに入った瞬間、いつもとは違う視線に襲われた。

 

 刺すように鋭い陳腐なものではなく好奇心や疑問に満ちたそれに、どこか新鮮さを感じる。改めて、本格的にここは元いた僕の世界じゃないらしい。

 

 ふと、人の目を背に教室を出た僕の顔が窓ガラスに映し出される。

 

(…やっぱりか)

 

 違う世界、間違われる名前、無くなる席。このことからなんとなく予想はしていたが、やはりこれは誰かの体らしい。その目も、顔も、輪郭すらも見覚えがない。

 

(この人は、どんな人間だったのだろうか)

 

 女子と3人で屋上でランチをするくらいだから、僕とは似ても似つかないタイプだとは思うが。

 

 そんな事を考えながら呆然と状況を整理する。

 

 まず、恐らくここは僕以外の、この体の持ち主である『本街修哉』の世界だ。そしてこの世界に飛ばされた原因はきっとあの光、天地開闢のような発光にある。

 

(それなら、この人はどこに行ったんだろう)

 

 仮に上書きされたなら、元から彼女たちが知っている本街さんは消えてしまったという事になる。そう思うとなんだか後味が悪い。

 

「おーい! ちょっと待って細山君!」

「あなたは…今井さん?」

「そうそう! いやー、ちょっと探したよ〜?」

 

 僅かに息を切らす彼女と、その後ろから小走りで近づいてくるもう1人の女子。確か、湊さん…と言ったか。

 

「それで、僕に何か用ですか?」

「うん! 君の話を聞きたいなって思って。にわかには信じられないけど、こことは別の所から来たんでしょ?」

「………そのようです」

「ならさ、話せる事だけでいいから話してくれないかな…? 元に戻れるきっかけがあるかもしれないし」

  「はぁ……」

 

 とは言うが、原因に心当たりはあってもきっかけなど微塵も分からない。それでも目の前の彼女の視線に少し押され、僕は淡々と話し始めた。

 

「まず、さっきも言いましたが細山輝晃と言います。羽丘高校の2年生で、クラスはここでした」

 

 そう言って目の前の教室を指差す。習うように2人もそちらを振り向くと、続きを促すように視線を戻した。

 

「…それで、ボロいアパートに暮らしてます。あ、あなた達の事はついさっき初めて知りました。元の僕とは何の関わりもありません」

「……っ」

「そっか。細山君はさ、この事についてどう思ってる?」

「…このこと?」

「修哉…えっと、君がいま動かしてる体の事」

「…よく分かりません。強いて言うなら、人間らしいと思います」

「人間らしい…?」

「はい。僕は人間らしくないらしいので」

 

 1人小さく息を飲む湊さんを置き去りに、今井さんと話を進めていく。

 この体の持ち主は、一体どんな生活を送って来たのだろう。少なくとも、こうして誰かに心配されている時点で本来僕が過ごして来た環境よりは良いように思える。

 

 ただ、求めていた答えと違ったのか今井さんは難しそうな、もどかしそうな顔をしていた。

 

「…この体に移ったきっかけは分かりません。いきなり世界が光に覆われたと思ったら、もうあの屋上にいましたから」

「光…?」

「…そう言えば、修哉が声を出したタイミングも陽が注いでいたわね」

「あ、あともう一つ。─────面白いことが起きないか、と願いましたね」

 

 途端、2人の表情が驚愕に染まる。そして僕自身もどこか納得している場所があった。

 

(もしかしたら、きっかけはそれかもしれないな)

 

 もう一つ、性交渉がそれかとも思ったが、別に今日に限ったことではないので除外する。今井さん達にもその事は話さない。

 

「…分かった、ありがとね。あ、もうお昼休み終わっちゃう。アタシちょっと考えてみるね! また後で!」

「ええ、また後で」

 

 そう言って、今井さんは手を振りながら去っていった。僕と同じくその場から動かない湊さんに、そっと言葉を投げかけた。

 

「あの………騒がせてしまってすいません」

「……気にしないで。あなたが悪いわけじゃないわ」

「そうですか」

 

 確かにその通りなのでただ頷く。

 

「それにしてもあなた、妙に落ち着いているわね。驚いたりしないの?」

「はい。最初は驚きましたが、もうなんともないですね。慌てたところでどうにかなるって感じでも無さそうですし」

「……そうね」

 

 重く言葉を零し、小さく俯く彼女の心境を僕はカケラも理解できない。

 

 

 そこでふと、ある事に気がついた。

 

 すれ違う人も、駄弁る女子も、活発な男子も、誰も僕を見ていない。中身である僕とは全く関係なく、入れ物そのものの『本街修哉』という存在を誰一人として気にもかけない。

 普段から正反対の待遇を受けている僕にはにわかに想像もつかないような、妙な感覚。

 

 人から悪意、興味、嫌悪感を向けられる事で自分が人間だと思えていた僕とは全く違う。ある意味で誰からも認められていないこの体が、酷く居心地悪く感じられた。

 

「私たちもそろそろ行きましょう。同じ教室だから案内するわ」

「………ありがとうございます」

 

 歩き出す湊さんの後ろをゆっくりついていく。そんな態度が気になったのか、彼女はわざわざスピードを落として僕の隣に付いてきた。

 

「あなた、放課後は時間あるかしら」

「………なんでですか?」

「修哉が…その体の持ち主が毎日行っている場所があるの。そこに案内しようと思って」

 

 なるほど、どうやら湊さんは少しでも関連性のある場所に連れて行きたいらしい。

 

(まあ、行ってもいいか)

 

 このまま一生この体という訳にもいかないし、僕も多少は元に戻りたいとは思っている。それに、本街さんにも申し訳ない。

 

「分かりました」

「…そう、ありがとう」

 

 言葉が返ってくると同時に、湊さんが立ち止まった。

 

「ここよ」

「2-F……?」

「ええ、あなたの席はここ。それじゃあ授業が始まるから、また放課後に」

「はい」

 

 窓際前から3番目の席に案内され、そのまま椅子に腰を下ろす。そっと窓の外に視線をずらすと、なぜか無性に落ち着いた。まるでこの体に染み付いた動きをなぞったような感覚を、『不思議なものだ』と形容する。

 

(…これからどうなるんだろ)

 

 僕は果たして戻れるのか、そうでないのか。光に満ちた空を眺めながら、何となくそんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ行きましょうか」

「はい」

 

 放課後。約束通り湊さんが僕のところまで来て声をかける。

 僕は普段から授業中に寝ることがない。だから問題はないと思うが、一応この体でもノートは取った。

 

「それよりこれからどこに行くんですか?」

「ライブハウスよ。私たち、バンドを組んでいるの。あなたはその練習に毎日参加していたわ」

「………バンドですか」

 

 湊さんには悪いが、僕はあまり音楽に興味がない。聞いたところで何がいいのか全くわからないからだ。

 

「ええ。もうすぐリサも来ると思うわ」

「リサ…………ああ、今井さんですか。彼女もそのバンドに?」

「そうよ。私がボーカルでリサがベース。他にもあと3人いるわ」

「……本街さんも何か楽器を弾いていたんですか?」

「いいえ、修哉は楽器を弾かないわ。というか多分弾けないわね」

 

 楽器が弾けないのにわざわざそんな所に行っているのか? なんて時間の無駄たることか。僕にはその行動原理が全く理解できない。

 

「おーいっ! 遅れてごめーん☆」

 

 後者を出ると、ちょうど背後から声が届く。昼とは打って変わって明るいその声に、まず湊さんが振り返った。

 

「来たわね。行きましょうか」

「あれ? 細山君はどうしたの?」

「成り行きでついて行くことになりました」

「その方が良いと思ったの。もしかしたら何か起こるかもしれないし」

「うん、そーだね! じゃあよろしく、細山君」

 

 今井さんは上辺じゃない、作り物じゃない笑顔を浮かべる。何が楽しくてこの人はそんな顔ができるのか、僕には理解ができない。

 

(まあ、別にどうでもいいか)

 

 今井さんがどうあろうと僕には関係がないことだ。今は余計なことに意識を割かずについて行くことにしよう。

 

 会話に区切りが着くと、湊さんを先頭に歩き出す。今井さんもその隣を歩くように歩幅を合わせ、僕はそんな2人の後ろに続くように足を進める。

 

(見慣れない道だ)

 

 いつも登下校に使っている道以外は知らないせいで、いま連れられている歩道に見覚えがない。

 

 そのまま歩き続けていると、ある建物の前で2人が立ち止まった。どうやら到着したらしい。

 

(CiLCRE………?)

 

「ここよ」

「こんな場所があったんですか。初めて知りました」

「まあ、普通はあんまり来ないよねー。じゃあ行こっか♪」

 

 人がまばらなカフェテリアを通り過ぎて、自動ドアの奥へ進む。鉄製の重い扉をゆっくり開くと、中にはごちゃごちゃした機材やらコードが見えた。

 

「あっ、友希那さん!」

「こんにちは。今日は少し遅かったですね」

「ごめんなさい。少し事情があって時間を使ってしまったわ」

「それは別に構いません。練習を始めましょう」

「そのことなんだけどー……ちょっと時間いいかな?」

「どうしたんですか……?」

「っていうか、修哉さん今日あんまり喋りませんね? 体調悪いんですか?」

 

 紫の髪をツインテールに結んでいる少女がそう言うと、長い黒髪の女子と碧色の髪を伸ばした女子の視線が僕へ向いた。またもや悪意や嫌悪感をむき出したものではなく、純粋な疑問、心配が見て取れた。

 

 今日学校にいた大衆とは違うその態度に、なぜか僅かな安堵を覚える。

 

「さすがあこ! 今から話そうと思ってたのはそれなんだけど……ちょっと本人から説明してもらってもいい?」

 

 今井さんは視線だけ僕に向ける。なぜ僕が自分で言わなければいけないのかが理解できないが、別に構わないので頷きを返す。

 

「…初めまして、細山輝晃といいます。訳あって本街さんの体に入っています。どうぞよろしく」

 

 

 

 

「「「……は?(え?)」」」

 

 目の前の3人は意味がわからない様子で言葉を漏らす。それもそうだろう。僕だって意味がわからない。実は仏が神だった、という戯言並みの一撃だ。

 

「み、湊さん、今井さん…?」

「…これって……」

「どういう事なんですか!!?」

「あはは〜……やっぱそうなるよね〜」

 

 リズム良く問い返されるも反応に困る。

 

 人は何でも知っている訳じゃないのに。むしろ自分自信を分かっていない事の方が多いと言うのに、それでも問いかけをやめない。それは僕も、目の前にいる彼女達も同じだった。

 

 今井さんは今の説明が簡単すぎたのか、もっと詳しく話してと僕に促す。今日1日でなんでこんなに話さないといけないんだ、という不満をなんとか飲み込み、僕は渋々昼間と同じことを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……つまり、気が付いたら本街さんと入れ替わっていた、という認識ですか…?」

「はい。でも、正確には入れ替わりかどうかなんて知りません」

「そんなことが……現実に……!」

「すごい! ……けど、修哉さんはどうなっちゃったの?」

「さあ?」

「さぁ、ってあなた………!」

 

 知らないことを知らないと返して何が悪いのか。塗り潰し、取り繕い、着飾り、メッキを貼り付けた自分を見せて、それがなんだというんだろう。

 

「紗夜、落ち着いて。それは輝晃に言ってもどうしようもないことよ。今は少しでも元に戻す方法を考えるべきだわ」

「…確かにそうですね。すみません」

 

 碧色の女子を湊さんが諌める。どうやら彼女がこのバンドのリーダー的な位置にいるらしい。だからだろうか、人のことも自然と名前で呼んでいる。

 

「それにしても、中身が違うだけで他は本街さんそのままなんですね」

「なんか修哉さんがこの口調って違和感ありますよねー。はっ、まさかドッキリとか…!」

「あこちゃん、違うと思うよ……ほら…」

 

 そう言って黒髪女子が湊さんに視線を移すと、それに習って視線を振った紫少女がシュンとする。

 

 僅かに空気の重みが増した空間。もう特に話すこともなくなったが、帰るわけにもいかず立ち尽くしていると紫少女が声をあげた。

 

「しゅ、修哉さん!」

「……僕は細山です」

「ほ、細山さん! 紗夜さんがよくファミレスで食べるものって何だと思いますか!?」

「宇田川さん…!? いきなり何を言いだすんですか」

「えっと、入れ替わったんだとしても体は修哉さんなんで、今までのことを言えば何か起きるかも…って!」

「それいいかも! 細山くん、なんだと思う?」

「知りませんよ。本街さんの体でも、僕自体に特に変わったことは…………」

 

 そこまで言いかけてふとある事が脳裏をかすめた。

 

(…いや、あった。僕の意識とは関係なく感じたことが、たった一つ)

 

「どうしたの…?」

「一度だけ、窓の外を眺めた時に本街さんの体が動きを覚えているような感覚がありました」

 

 あの時、湊さんに教えてもらい、本街さんの席に座った時に感じたものだ。気がついたらやっていたような動き。もしかしたら、この調子で何とかなるかもしれない。

 

「……そう。もしかしたら習慣化されている動きや景色を眺める事に鍵が隠されているのかも」

「だね! よーし、あこ! じゃんじゃんいっちゃおー!」

「うんっ! ちなみにさっきの答えですが、紗夜さんはいつもフライドポテ───」

「宇田川さんっ!!」

 

 碧色女子、もとい『紗夜さん』とやらがその先を遮る。とは言っても8割聞こえてたからあまり意味はない。

 

「それなら、私にも考えがあります。こほんっ……わ、我が言霊は焔となりて、彼方の闇を……闇を〜……」

「わーーーー! 紗夜さん酷いです! あこちゃんと言えてる時あるもん! 詰まってばっかりじゃないもん!」

「お返しよ」

「あこちゃん…がんばろ…?」

「うぇーん! りんりんまでーー!!」

 

「うっわー、今の紗夜ちょーレアじゃない? ね、友希那」

「え、ええ、そうね…」

「…あの、いつもこんな感じなんですか?」

「あははー、どうだろ」

 

 なんなんだこれは。もはやバンドの練習などしていないじゃないか。

 

 仲良くないと、お互いを知っていないと繰り出せないような会話。少なくとも、今までの僕が体験したことのないような、いつも学校で他のやつらが披露していたそれが目の前で起こっている。

 

 いつもなら興味も示さず聞き流すそれを、今はなぜか聞いていたいと思ってしまった。

 

「なら次は友希那さんのモノマネします!」

「湊さんですか…? 楽しみですね」

「……に、にゃー…」

「あこ、これが終わったら話があるわ」

「!? ごめんなさい! 謝ります! 謝るから許してください!」

「あははっ! あこうまーい!」

「リサ…!」

 

「じゃあ細山君、次はアタシから問題! 燐子は何が好きでしょうか♪」

「わ、私ですか…?」

「さぁ………読書とかですか」

「うーん、残念! 正解は、あ─────」

「いっ、今井さん…!」

 

 大人しい印象を抱いていた黒髪女子、『燐子さん』が今井さんに飛びつくように動きだす。

 あ、から先は言葉になることはなく、なにかヒソヒソ話をして丸く収まったようだった。

 

「あ…? りんりん、あって何?」

「…な、内緒……」

 

 そこまで言ったところで、『紗夜さん』がステージへと歩いていく。何かと思ってみていると、ギターを持って振り返った。

 

「次は実際に演奏してみますか? 本街さんが一番見慣れている光景だと思いますし」

「賛成〜!」

「いい案ね。早速始めましょうか」

「はいっ!」

「はい……」

 

 全員がステージに立ち、こちらを向いて楽器を構える。すると途端に流れる空気が変わり、研ぎ澄まされた、鋭い針のようなものを彷彿とさせる。先程の騒がしさなどもうどこにも無かった。

 

(なんだ、この感じ)

 

 またもや昼と同じ感覚が肌を通して駆け巡る。もしかして、本当に戻れるんじゃないだろうか。

 流れてくる音が耳に響く。音楽に対する興味も知識も全くないが、何故かその演奏から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

 

 

「どうだったかしら」

「…よく分かりませんでしたが、良かったと思います」

「そう。なら良かったわ」

 

 何曲か続けて演奏した後、湊さんが僕をみて小さく微笑む。

 今、一体僕はどんな顔をしているのだろうか。自分の表情がわからない。多分、それほどまでに僕は聞き入っていた。

 

「そろそろ時間ね。今日の練習はこれで終わりにするわ。みんな、お疲れ様」

「お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした」

「おつかれ〜」

「お疲れ様でした……」

 

 声がかかると片付けが始まる。地に這うコードをまとめ、機材の電源を落としていく。その間僕はただ立ち向くし、ぼーっとどこかを眺めていた。

 

(結局戻らなかったな)

 

 そう簡単にはいかないのだろう。生活に支障はないから問題ないが、しばらくこのままというのも何か嫌だ。

 そんな事を考えていると片付けが終わったらしく、バンドメンバー全員でライブハウスの外へ出た。

 

「細山さん、戻りませんでしたね…」

「そう簡単には…無理なのかも……」

「かもしれませんね。練習同様、努力あるのみです」

「あはは、紗夜らしいね」

「じゃあ、今日はこれで解散にするわ。また明日もよろしく」

「「「「はい!」」」」

 

 2グループに分かれて歩いていく。とりあえず、僕は湊さん達に続いて歩き出した。

 

「………あの、本街さんの家ってどこなんですか?」

「私たちと同じ方向にあるわ。案内するから安心して」

「……はあ」

 

 安心して、とは言われるがどうなんだろう。人の家に勝手に入っていいものなのか。

 

「どう? 細山君。戻りそう?」

「分かりません。まず戻れると決まっている訳ではないんですし、もしかしたらこのままかもしれませんね」

「……そう」

 

 湊さんの顔に影が落ちる。そんなに本街さんが心配なんだろうか。

 

 だとしたら、何故僕じゃダメなんだろう。僕とこの本街さんの違いは? 体も、身長も、声も僕のものじゃない。確かに『本街修哉』が持っていたそれだ。

 

 仮に、僕が『本街修哉』を演じられれば彼女は満足するのだろうか。ふと、そんな事を考えた。

 

「あ、ここだね。ここをまっすぐ進めば右側にあるよ」

「分かりました。あとすいません、湊さんと少し話がしたいんですが、いいですか?」

「私と…? ええ、別に構わないわ」

「おっけー、ならアタシは先に帰ってるね? 細山君、くれぐれも友希那に変なことしないように」

「しませんよ」

 

(多分な)

 

 心の中で付け足すと、そんな事に気付きもしない今井さんは手を振って立ち去っていった。

 

「…それで、話ってなにかしら?」

「湊さんは、本街さんに戻って欲しいですか?」

「ええ、もちろんよ。あなたも元の体に戻りたいでしょう?」

「…はい。でも、そう強くは思っていません。居心地は悪いし慣れない事だらけで嫌ですが、それでもこっちの方がまだましです」

 

 月明かりが闇夜を照らす。流れる雲が光を遮り、僕らを暗い影が包んだ。同時に、僕の心にも影がさす。

 

 ごく自然に、当たり前かのように、息をするようにその言葉を解き放った。

 

「なんで、僕と一発ヤってくれませんか?」

「……………え?」

「元に戻るかもしれませんよ? 湊さん、本街さんに戻ってきて欲しいですよね?」

 

 小さく溢れた言葉を置き去りに湊さんが硬直する。そんな僕らの間を通り過ぎる冷たい風は、まるで彼女の心中を表しているかのようだった。

 

「それに、これは僕じゃありません。『本街修哉』の体です。湊さんがこの人のこと大事に思ってるなら、できるんじゃないですか?」

「っ……!」

 

 そう、これは交渉だ。

 もし、もしも僕と性行為をすることでこの現象が解決するのだとしたら、彼女はなんて答えるだろう。少なくとも本街さんに対して悪感情を抱いていない事は明白だ。

 湊さんは湊さんの望む『本街修哉』を取り戻し、僕は僕が望む人間の姿へと近付ける。

 

 言葉の意味を理解したのだろうか。次第に怒りで顔を染める彼女を見て、ふとそんな事を思った。

 

 もうここからは想像に難くない。手が高く上がり、ビンタをされるいつもの流れである。入れ替わり前の女子生徒といい湊さんといい、誰に言ってもこの反応は変わらないらしい。

 

(ああ、やはり僕にはこういう人間らしい行為がお似合いだ)

 

 予想通り僕の頬を目掛けて飛んでくる掌を最後に、衝撃に備えて目を瞑る。

 だが、その瞬間に世界の動きがスローになった。

 

(まさか…………)

 

 高い空。僅かに空いた雲の隙間から、眩ゆい光が溢れ出す。とても月明かりとは思えないそれに視界が包まれ、再び全てが光に覆われた。最初のが天地創造だと言うのなら、さながらこれは天地崩壊の幕開けなんだろう。

 

 勢いを増して薄れていく意識の中、やはり僕は一筋の闇に向かって進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

「──────!??」

 

 パンッ! という破裂音、もとい衝撃音が辺りに響く。繋ぐために差し出した手は宙を彷徨い、替わりに頬へ痛みが走った。

 

 何が起こったのかが理解出来ずに立ち尽くす。痛む頬を抑える俺が、目の前にいるのが湊さんだと認識したのは数秒経った後だった。

 

「……ぁ、戻った…? これ戻ったのか?」

 

 手を確認し、髪を触る。何一つ違いがない、懐かしい俺の体だった。

 よっしゃ! なんか二重で意味わかんないけど元に戻れた…! あばよ変態、これが俺の真の姿だ。

 

「……え……修哉?」

「どうも、帰ってきた瞬間ビンタを食らった修哉です」

「修哉………っ!」

「ちょ、えぇ…?」

 

 途端に安堵に表情を染めた湊さんが抱きついてくる。やはり何一つ飲み込めない俺は、頬の痛みなど忘れてテンパっていた。

 

(何この状況!? おい湊さんに何をした! よくやった! ありがとう!)

 

 俺が細山輝晃の体にいた間、この体を使っていた奴に感謝をする。まぁ、多分あいつしかいないだろうが。

 

「あのー、湊さん? いつまでそうしてんの?」

「っ……! 何でもないわ。忘れて」

「いやそれは無理だろ…」

 

 月明かりが俺たちを優しく照らす。辺りを見渡すと、ここが見慣れた別れ道だと理解出来た。

 路地に静寂が響く中、俺から離れた湊さんの眼をじっと見つめる。同じように帰ってきた視線に微笑むと、心の底から言葉を零した。

 

「ただいま」

「ええ、おかえり」

 

 手を差し出すとそっと優しい温もりが返される。どうしようもなく嬉しくて、それでいて恥ずかしくて、どちらとも無く笑い出した。ボディータッチの成功である。

 

 闇の中でもその笑顔の輝きは曇る事はない。どちらも同じ湊さんだが、俺はこっちの方が好きだった。

 

 今日という日を、この体験を俺はきっと忘れないだろう。いつもならば有り得ない、春が運んできた『非日常』。こことは違う世界の話を、俺はずっと忘れない。

 

 

 雲一つない星空に、小さく誓った夜だった。

 

 

 

 





ということで入れ替わる話でしたー。いやぁ、他作品のキャラって難しいですね。ちゃんと書けていたら幸いです。

ジュンさんの方に投稿された話と対になっているので、詳しい内容はそちらを読んで貰えれば分かると思います。というか多分読まなきゃ分からない←
それだけじゃなく、まだ読んでいない方がいたら是非ジュンさんの作品も読んでみてください。面白いですよ(宣伝)

ジュンさん、コラボしていただきありがとうございました! 斬新な内容でとても楽しかったです!

ではまた次回。


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彼女と出会って始まる世界(コラボ回)


どうも、ビタミンBです。

今回の話は『性欲から始まる世界』でコラボさせていただいたジュンさん(現在じゅそさん)の方に投稿されていた話になります。ジュンさんが小説を消してしまったので見ることが出来なかったんですが、こちら側で再度投稿させて頂くことになりました。パチパチ。

ということでこの話は前話と対になっています。
本編どうぞ。


 

 

 春と聞いて、人々は何を思い浮かべるのだろうか。

 

 桜だろうか、虫だろうか、あるいは…………新学期?

 とりあえず、春という言葉から連想される文字は暖かく、優しい言葉で満ち溢れていると僕、細山輝晃は考えている。

 

 冬の寒さを越え、暖かな太陽が目を覚まし始めたころなのだ。そういう言葉が浮かび上がるのも頷ける。

 

 

 

 しかしはっきり言おう、細山輝晃が春と聞いて浮かび上がる言葉は………………性交渉である。

 

 そう、僕、細山輝晃は年がら年中性のことばかりを考えている………そういう感じの人種なのである。

 

 

 しかし現実というのは残酷なもので、思い浮かぶのが性交渉というだけで実際は性行為ができるということもなく、今日も一日ダラダラと過ごしているだけである。

 

 暖かくなり、服も薄くなると同時に貞操観念も………というわけではないらしい。いやはや、人間とはこうもわかりにくい生き物なのか。

 

 摩訶不思議な生き物、人間についての考察はこれまで。さっさと学校へ行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 春の暖かな日差しを背中いっぱいに塗りたくりながら、通学路を歩いていく。

 ポケットに入れている安っぽいウォークマンから、これまた安っぽいイヤホンを通して安っぽい僕の耳へと安っぽい歌が流れ込んでくる。

 

 歌手の名前はわからない。曲名も曖昧である。僕の母の形見だと言って、僕が小学生の頃に父がくれたものだ。まあ、正確に言えば父がくれたのはCDだったのだが、大して変わらんだろう。CDも捨ててしまったしな。

 よく考えれば売れたかもしれないが、どうせどこかの違法サイトから落としたであろう真っ白なCDなんて売れるはずもないだろうということで、ぱっきりと割って捨ててしまった。

 

 

 脳に直接流れ込んでくる歌詞を無視して、ぼんやりと考える。

 

(あったかくなったことだし、今日は人間っぽいことをしようじゃないか)

 

 

 

 

 校門をくぐると、途端に僕を襲う鋭い視線たち。最初は物珍しさに目を輝かせていたが、今となっては飽きてしまった。睨むだけなら犬畜生にだってできる。肝心の行動を起こさなくてはダメではないか。

 

 視線の嵐をものともせずに、校舎に入り靴を履き替える。こうして今日も僕の青春劇が始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日は誰に頼んでみようか…………)

 

 そこら辺の百均で買ったメモ帳を眺めながら、今日の作戦を練る。

 同じクラスの女子は教師に告げ口をするかもしれないので危険度が高いため、違うクラスが理想的である。

 

 とんとん、とメモに綴られている名前を軽やかにタップしながら、その名前を目に焼き付ける。基本的に気に入った名前の女子から誘うことにしているのである。

 

 

(よし、今日はこいつにしよう)

 

 

 楽しそうに決めているが、その実心の中は真っ黒である。

 少しでも人間らしくなるために、演じながら毎日を過ごしているのだ。

 

(こんなリアクション取って、果たして人間らしくなれるのか……)

 

 若干呆れながら、メモを鞄の中にしまった。気が付けば授業が始まっていたようだ。見慣れた教師が見慣れない数式を黒板の上に描いている。

 

(こんなん解いて何かあるのか?)

 

 およそほとんどの学生が考えたことがあるであろう冴えない疑問を頭の中に浮かべながら、数式を解こうと試行錯誤してみる。

 

 

 …………………………。

 

 

 解けない。思っていたよりも難しい。

 

 

(まあいいや。この問題を解いたところで、僕は人間っぽくなれるわけでもないんだし)

 

 

 窓に数枚貼りついた桜の花びらを横目で見ながら、数学は諦めようと決心した僕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 

 

 

 ランプの魔人が現れたとき、僕は何を願うだろうか。

 大抵の人は、永遠の命が欲しいやら金が欲しいやらなんとかかんとか答えるらしいが………僕の場合はどうだろうか。

 

 

 

 科目は変わり、歴史の授業である。

 

 

 誰が誰を殺したやら、誰が生き返ったやら………やりたい放題嘘つき放題の歴史なんて聞くつもりはない。

 人類に与えられた最も素晴らしいアプリケーションである脳を改造して、よくわからない如何わしい情報をインストールするつもりは毛頭ないのである。

 

 話が逸れた、ランプの魔人である。

 

 もしランプの魔人が僕の目の間に現れ、三つ願いを叶えてくれると言ってくれたなら、僕は迷わず人間らしくしてくださいと頼むだろう。ここまでは普通に考えつくことである。

 

 しかし、問題は残りの二つである。

 正直、人間っぽくしてくださいの他に願いはない。

 

 

 教師の目を掻い潜り頭を悩ませていた僕は、一つの名案を作り出した。

 

 

 二つ目、もし最後の願いを叶えられなかったら、僕の奴隷になってくれと頼んで三つ目に不可能なお願いをすればいいじゃないか。四角形の丸を描いてくれとか、熱い冷水を持ってきてくれとか。

 

 これならば魔人が困っているところも見れるし、おまけに奴隷になってくれる。

 なるほどこれはうまいことを考えたなぁ。

 

 自分が叩き出した答えに酔いしれていた僕は、昼休みを告げる鐘の音で我に返った。

 

 どうやら僕は、本当にくだらないことを青春劇の一ページに描いていたらしい。

 

 まあ授業を聞いていても面白い一ページになるわけでもないのだが、と自嘲的に呟いて席を立つ。今日は便所で飯を食べよう。

 

 クラスメイトに気づかれないまま教室を出る。今日は少し遠くの便所を使用しよう。そんな気分である。

 

 ふわり、下を向きながら歩く僕の視界に、ふと銀色の髪が映った。

 

 数歩歩いて、後ろを振り向いてみたが誰もいない。どうやら近くの教室に入っていったらしい。関係ないことである。

 道草を食うのはそこまでにして、お目当ての便所を目指す。

 

 

(おや…………あいつは………)

 

 ふと見ると、何回か見たことがある顔が歩いていた。

 別に交友関係があるわけではないのだが、彼女は僕にとって大切な人である。

 

 もちろん、今日性交渉をする対象である。

 

 よく見ると、彼女は一人で歩いている最中である。ちょうどいい、今さっさとやっておこう。

 

 

 思い立ったが吉日、さっと彼女に近寄り話しかける。

 

 

「すみません。ちょっとお話いいですか?」

「………何よあんた」

 

 

 気の強そうな女だ、彼女の第一印象はそんな感じだった。

 

 黒色の艶やかな髪を後ろに結って、まあまあ整っているであろう顔を嫌悪感で彩っている。どうやら僕がどういう人間かを知っているらしい。

 まあ僕はこの学校の問題児らしいので、ほとんどの生徒が僕のことを知っていると言っても過言ではないだろう。

 とりあえず、頭の中で考えていた言葉をすらすらと口から流しだす。

 

 

「えっと……ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「あたし急いでんだけど」

「すぐに終わるので………よろしいですか?」

「…………………なに」

 

 

 こういう女は押しに弱い。強がっているがぐいぐい攻めてみると案外すぐに崩れてしまうのが毎回のパターンである。

 まあそれはともかく、最後にこの学校での僕の代名詞ともいえる言葉を発する。

 

 

「えっと……とりあえず僕とヤってくれませんか?」

 

 

 

 ぴきり、目の前の彼女のこめかみから何か音が鳴ったような気がした。

 はあぁ、とえらく長ったらしいため息をついた後、少女は口を開いた。

 

 

「あのさぁ、正直あんたがそういうことを言うってのは理解してたけどさ……もうちょっと女の子の気持ちとか考えられないわけ!?」

「……すみません」

 

 話していくうちにヒートアップしてきた少女の怒りを避けるために、平身低頭である。

 

 しかし少女の怒りは収まらない。僕を睨みながら、叫んでくる。

 

 

「謝ればいいってもんじゃないのよ!! あんたのせいで男子が怖いって言い始めた子もいるんだから!! ちゃんと考えてるの!?」

「すみません」

 

 

(考えてるわけないだろ雌豚が………)

 

 

 ぺこぺこと謝りながら、内弁慶を顕現させているうちに、少女の怒りのボルテージが上がって来た。

 今にも爆発しそうなほどに顔を真っ赤にしている。

 

「あんたいい加減にしなさいよ!!!!」

 

 鼓膜が破裂しそうなほどの声量を撒き散らしながら、少女は僕の胸倉を掴んだ。

 ああ、またいつものパターンである。

 

 手が高く上がる。ここから斜めに振り落とされ、僕の頬に当たるというわけだ。

 

 痛みによって自分が人間だと理解できることは嬉しいのだが、こうもワンパターンだと飽きてしまう。

 

 ああ、何か………面白いことが起こってくれないものか。

 

 心なしかスローモーションで迫ってきている掌を見つめながら、願った。

 

 

(ああ、こんな世界、僕以外の誰かに譲りたい――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、いきなりだが旧約聖書の始まりには、こんなことが書かれてある。

 始まりには何もなく、暗闇が世界を覆っていたと。

 

 そして、神はある日突然こう言ったと。

 

 

 ―――――――――光よ、あれ、

 

 と。すると、世界に光が満ちた………と。

 

 

 

 

 何故そんなお伽噺のようなストーリーを今言うのか? それは簡単である。

 

 

 

 

 

 少女の柔らかそうな掌が、鋭く僕の頬に着地する―――その瞬間、世界が光に覆われたのだ。

 

 

 まるで、天地創造の瞬間のように、世界の終末が訪れたかのように……僕の知っている世界は目が眩みそうなほどの光量と共に一瞬で消えていった。

 

 ふわり、光に包まれるとともに僕の視界までも真っ白に染まって来た。ふらふらとする頭が、大音量でこれは危険だと告げている。

 

 

(まずい………力……が……)

 

 こんなところで気絶したらまずいことくらい、人間らしくないと称される僕でもわかる。しかし、何かの強い力にあらがうことはできず、僕の意識は、皮肉なことにまばゆい光の中で暗い闇の中へと駆け出して行った。

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 パッシーン!!

 

 

「ぐぶはっ!!」

「きもいのよ! あんた!!」

 

 

 突然俺の頬を襲った鋭い痛みに、目を見開く。

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

「俺は今リサと湊さんの三人で昼飯を食っていたと思ったら、急に知らん女子生徒に殴られていた!」

 な……なにを言ってるかわからねーと思うが(以下略)

 

 とりあえず、少し整理してみよう。

 俺の名前は本街修哉、クラスに一人はいる影の役、所謂陰キャという種族だ。

 先ほど言った通り、俺は屋上で和気あいあいと湊さんとリサの三人で昼を食べていたはずだった。

 しかし、いきなり世界が真っ白になったかと思ったら、次の瞬間には中庭で知らない少女にぶん殴られていた! しかも結構痛い!!

 

 何が起こったのかわからずにぶたれた頬を抑えていると、目の前の女生徒が再び手を振りかざした。

 急いで止めに入る。

 

「ちょちょ!! ちょっと待った!!」

「なによ!!」

 

 ダメだ、興奮状態である。

 少女の肩を掴むが、すぐに振りほどかれてしまった。

 とりあえずもう殴られたくないので、話し合いを試みる。

 

「あ、あの……! ここがどこかわかりますか?」

「はあ!? あんた頭おかしいんじゃないの!?」

「い、いや………その………」

「羽丘に決まってんでしょ!! ついに頭まで狂ったの!?」

 

 

 羽丘………なら同じ場所のはずだ……じゃあなぜ一瞬で屋上からこんなところへ? もしかして瞬間移動獲得しちゃった? 

 やばい、これから俺の学園SFバトルが始まるのか!?

 うん、始まらないな。

 高鳴り始める胸を若干強引に押さえつけ、現実を見張る。

 

「もういいわよ!!」

「え……あ! ちょ、ちょっとまだ答えてほしい質問が………」

 

 

 くだらないことを考えているうちに、目の前の少女は怒りで肩を震わせながら歩き去っていった。

 

 

 うぅむ、どういうことだ?

 とりあえず今起こったことを整理してみるが、まったくわからない。

 

「とりあえず、屋上に行ってみるか」

 

 考えていても埒が明かないので、とにかく先ほどまで昼ご飯を食べていた屋上へ向かうことにした。

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 歩いていて気づいたことがある。生徒の俺への態度がかなり厳しい。ていうか視線がきつすぎる。

 

 一人の生徒とすれ違うと、露骨に嫌な顔をされるか怯えられ、二人以上で歩いている生徒とすれ違うと、陰口か何かを言われクスクスと笑われる。

 

 イジメにも似た行為に、少々憤慨しながらも何も言えない僕は、心の中で滅多に働かない休火山を大爆発させながら廊下を歩いていた。

 

 俺が何をしたっていうんだ!? 陰キャラなのは認めるが、そこまで変なことはした覚えないぞ!

 

 魂の叫びを心の中で発しながら屋上のドアを開ける。

 しかし、先ほどまで一緒に弁当を食べていたはずの二人の姿はどこにもなかった。

 

「…………あれ!? なんでいないんだ!?」

 

 もしかしてかくれんぼか? と呑気に屋上を隅々まで探すが、見つからない。

 

 もしかして俺を探すために教室に帰ったとかか………それならあり得る。

 というわけで、急いで踵を返し教室へ向かう。

 

 教室へ向かっている途中でも、やはり何人かの生徒に睨まれた。どうやら俺は知らないうちに何かをしてしまったらしい。

 

 

 

 窓の外から見える立派な桜には目もくれず、勢いよく教室の前まで走り、それとは真逆に静かに教室に入る。

 俺が座っている席から少し離れた教室の中央付近、いつもは違う人が座っている席に、はたして彼女は座っていた。

 まるで他のクラスメイトとの間に絶壁があるかのような、そんな雰囲気を醸し出している彼女に話しかける猛者はいない。

 そんな湊さんに話しかけるために、ゆっくりと近づいていく。

 

 席間違えてんのかな? とにかくことの顛末を話さなければ。

 

「あの……湊さん、ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」

「…………………? その前に、貴方は誰かしら」

 

 

 

 え?

 

 何を言われたのかわからずに、俺の頭は真っ白に染め上げられる。

 

 もしかして、嫌われすぎて他人のふりされてる? あやばい泣きそう。

 目頭を押さえ、涙が出ないように踏ん張りながら言葉を出す。

 

「えっと……俺だよ、修哉。本街修哉」

「………………ごめんなさい、心当たりがないわ」

 

 

【悲報】 本街、湊さんに存在を忘れられる。

 

 頭の中で号外! 号外! と叫び始める脳内記者。お前は少し黙ってろ。

 

 すでに折れかけのハートを何とか修復して、再び話しかける。

 

「えっと、とりあえず話すだけは………?」

「今お弁当食べてるから」

「あ、すいません」

 

 

 一言、冷たく言い渡された言葉に僕の何かがぷつりと切れた。

 よし、死のう。

 

 一瞬にして俺の心はボキボキと派手な音を立てながら複雑骨折をして、倒れ伏した。

 

 死んだ目で挨拶をして、教室を後にする。とりあえずリサにだけは話しておこう。

 

 ふと中庭を見ると、そこにはリサの姿が。一人で何かをしているらしい。

 すぐさま彼女の元へ向かう。

 

 

「おーい、リサー!」

「はいはい? って………誰?」

「お前までも!?」

 

 中庭についてすぐリサに話しかけるも、またしても怪訝そうな表情で言われた。もう心折れる。

 

「いや俺だって、本街修哉! Roseliaの練習とかに参加させてもらってる!!」

「へ? 本……街? 君細山くんじゃないの?」

「は? 細山? 誰だそれ」

 

 いきなり俺の顔を見て、よくわからない人の名前を出すリサ。

 

「いやだって、この学校じゃ君の顔は悪い方向で有名だよ? …………ほらやっぱり、細山くんじゃん」

 

 言いながらリサは、俺のポケットから生徒手帳を取り出して、それを広げて僕に見せてきた。

 手帳には、まるで人生になんも楽しさがないと表情で語っている青年の写真が。全く俺に似ていない。リサはどこを見て似ていると言ったんだ。

 

「全然似てないだろ、これ」

「な、何言ってんの? そのまんまの顔じゃん。ほら」

 

 リサが取り出した手鏡を覗いて、俺は絶句した。

 手帳に貼られている写真と瓜二つの顔がそこにあった。

 

 暫くの間、ぼうっと写真を眺めた後、衝撃に目を見開いた。

 あれ!? これ俺!?

 一気に頭の中に流れ込んできた情報が、僕の脳を弄ぶ。

 まずい、頭が混乱してきた。

 

 必死に頭の整理をしていると、リサがおずおずと話しかけてきた。

 

「えっと………なんか事情があるっぽい感じ?」

「です」

「………聞いた方がいい感じ?」

「ですです」

 

 

 

 というわけで、全部話した。

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

「なるほど、君は本街修哉君で本来ならRoseliaで働いている。わけのわからない光に包まれていつの間にかこんな顔になっていた………と。そゆこと?」

「そう! その通りなんだ!!」

「うーん…………何そのSF……信じられない……」

 

 おい、そんな胡散臭そうな目で俺を見るな。いや本当に胡散臭いとは思うけれど。

 

「本当なんだって。なんだったらRoseliaのメンバーの嫌いな食べ物とか全部言えるぞ?」

「いや別に信じるけどさ………んで、本街くん? は何したいの?」

「何がしたい………なんだろう。特にすることもないな………」

「だよね………じゃあ放課後Roseliaの練習に参加する?」

「ぜひ」

 

 リサからのありがたいお誘いに、勢いよく頷いた。

 というわけで、Roseliaの練習に参加することになった。

 そういえば、とふと思いついた疑問をリサに尋ねる。

 

 

「とりあえず、俺はどうなったっていう認識なんだ?」

「入れ替わった………ってことだと思うけど」

「なんかものすごい人と入れ替わっちゃった気がするなぁ……」

「あはは……まあその通りだね……それで、アタシは君のことなんて呼べばいいのかな?」

「あー……修哉でいいよ。俺も無理やりリサって呼ばされてたから」

「りょーかい。なんか君も苦労してるみたいだねー……」

 

 とりあえず、入れ替わってしまったものはしょうがない。とにかく今はこの体の主の情報を集めなければ。

 

「えっと、リサは細山? さんの住所とかクラスとか知ってる?」

「住所は知らないけど………クラスなら二組だったと思うよ。連絡帳に住所も書いてるから、見てくるよ」

「すまん、恩に着る」

 

 てててっと走り去るリサの背中を見送りながら、感謝の気持ちで俺は満たされる。

 やはり、世界が変わってもリサは世話焼きらしい。今はその性格に救われた気分だ。

 

 中庭ですることもなく待っていると、リサが急ぎ足で戻って来た。

 

「ふぅ、遅くなっちゃってごめんね! 見つけてきたよ!」

「いやぁ本当にありがたい。後でなんか奢るよ……って、勝手にこの人の財布使ったらまずいか」

「あははっ! 好意だけ受け取っとくよ!」

 

 

 リサは、お得意の笑顔を振りまきながら言った。

 ああ、先ほど殴られた頬が癒されていくようだ……。

 くだらないことを思いながら、リサが持ってきた住所のメモを書きとる。

 

「そういえば、さっきリサはこの体の主が有名人って言ってたけど、何してんの? この人」

「え………え、えーと………そのですね……」

「え、なにそんな言えないようなことばかりしてる人なのこの体!?」

 

 言い淀むリサの姿に、どうしても不安が隠せない。

 リサは少しの間唸っていたが、観念したかのようにぽそりと言った。その顔は心なしか赤い。

 

「えっと………まあ、色々な女子に…………い、いいことをしないかって誘ってる感じ………かな」

「…………………オウ…………」

 

 想像以上の紹介をされて、オットセイのような返事しかできなかった。

 思ったよりすごい奴らしい。こりゃすごい奴の体に入ったもんだ。

 

 絶句する僕と、顔を赤らめながら俯くリサ。なんだこの絵面。

 だから校舎を歩くだけで殺気を感じてたのか。納得した、そりゃ嫌われるわ。

 

 

 おっと、喋っているともうそろそろ昼休みが終わりそうだ。

 

「じゃあもうそろそろ教室に戻るわ。ありがとなリサ」

「あ、うん。また放課後にね~」

 

 リサに礼を言い、教室に戻る。ほとんどの生徒が席についていたので、自分の席はすぐにわかった。

 一応意識は俺だとしても、外見は細山さんなので、授業は真面目に聞いておこう。

 

 

 

 

 

 

「はい、じゃあ今日はここまでね」

 

 柔らかい日差しを頬に浴びながら、俺は目を覚ました。同時に心に押し寄せる、後悔の波。

 

 やっべ、寝てた。

 

 ガラガラと扉が開く音で、俺の脳は完全に覚醒する。

 

 まあ、一日くらい大丈夫だろうと聊かポジティブすぎる思考を持って、靴箱にまで向かう。

 

 

 

 さて、昇降口に来たのはいいのだが、靴箱が見つからない。

 一人寂しく探すのもなんなので、そこら辺に突っ立ていた少女に尋ねることにする。

 

 

「あの………ちょっといいですか?」

「はい………? っ!! な、なんですか!!」

 

 話しかけた瞬間に、びくりと飛び跳ねた俺から一定の距離を取ろうとする女生徒。

 

 うーわ、めっちゃ警戒してる。

 ばっと身構えた少女を刺激しないように、優しい口調で話す。

 

「あの………俺の靴箱どこにあるか知りません?」

「へ? あ、ああ………細山くんの靴箱なら………あっちにあったはずだけど……」

「ああ、ありがとね。見つからなくて………」

 

 必殺爽やかな笑顔を添えて、お返しをしてやった。これでこの人の好感度も少しは上がるだろう。

 少女の頬も少し赤くなっていたので、満更でもないのだろう。いや、そんなお誘いなんてしなかったら普通にモテると思うんだけどな………まあいっか。これは彼の問題だ、とやかくは言わん。

 

 靴を履き替え、荷物を置くために家に向かう。

 校門でリサと合流し、二人で向かうことになった。リサ曰く、迷いそうだかららしい。世話焼きもここまでいったら芸術ではなかろうか。

 

 

 

 

 

「えっと………ここの角を曲がって………ここ?」

「………………ほんとにここなの? もしかしてアタシ、住所書き間違えちゃったかな………」

 

 

 書かれた住所通りの場所は、人が住んでいるとは思えないほどのぼろアパートだった。間違っても高校生が住んでいる場所ではないだろう。

 

 とりあえず、表札を見て名前を探す。

 

「あ、細山……あった。二階か」

 

 ぎいぎいと嫌な音が鳴る階段を上り、自分の部屋の前に立つ。

 

 ドアノブに手をかけ、ふと思い出す。

 あれ、そういえば、大切なものがなくね?

 

 

「鍵、どこにあるんだろ……」

「ないの!? 鞄の中とか探した?」

「さっき探したけど、なかったよ」

「ええ…………じゃあポストの中とか?」

「そ、そんなとこに鍵があるわけないだろ…………」

「あ、あった」

「マジで!? 防犯対策もっと頑張って!? セ〇ム入ってますかー!?」

「それイ〇テルじゃなかったっけ」

 

 

 くだらない会話を交わしながら、扉を開ける。入った途端、畳の懐かしい匂いがした。

 周りを見渡して、部屋のシンプルさに驚く。ほとんど何もない。

 

「この部屋………本当に人間が住んでたのか?」

「現在進行形で住んでるらしいよ。バイトもしてるらしいし」

「え、バイト………? それ行かなくて大丈夫か?」

「うーん…………………………まあいいでしょ! どこでバイトしてるかもわかんないし、そういうのは考えるだけ無駄無駄!」

 

 リサの簡単すぎる結論に、若干顔が引き攣る感覚を覚える。

 あっけらかんと言ってくれるな。職がなくなるかもしれんのだぞ。

 まあ、悩んでいてもどうしようもないのだが、なんだかすごく罪悪感が………。

 

「じゃあ、荷物も置いたことだし、買い物行こっか!」

「待て、なんでそんな話になってる。ライブハウスには行かんのか?」

「もちろん行くよ? けど練習は七時からだから、それまで買い物しとこうかなーって………」

「お前なぁ………もうちょっと本気で練習に取り組んだらどうなんだ? とにかく、買い物はダメだ」

「友希那も来るんだけどなぁ」

「行かせてください」

 

 

 さて、買い物の準備をしよう。

 俺の手首がねじ切れたのではないかと疑うほどの掌返しを若干呆れた目で見てくるリサは放っておき、準備をしようとするがよく考えたらこの部屋には何もない。とりあえず近くにあった私服に着替える。

 

 服を脱ぎ始めたら、リサが真っ赤になって逃げて行ったが、どうやらあいつはかなり初心らしい。

 

「着替えたぞー」

「まったく、着替えるときは言ってから着替えてよね…………って、おお………」

 

 ぶつぶつと言っていたリサは、俺の格好を見て少し言葉を失ったようだ。

 そんなに似合ってないか、と少しがっかりしたがリサ曰く思ってたより似合ってたかららしい。嘘くさい。

 

 とりあえずリサに湊さんを呼べと伝えて、外に出る。

 

 桜の枝がそよそよと揺れているのを見て、この世界も変わらないなぁと独り言ちる。

 さて、今から湊さんと放課後デートである。気を引き締めなくては。

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

「お待たせ………って、貴方は……」

「えっと………お久しぶりです?」

 

 湊さんは、今日の昼休みのことを覚えていないらしい。まあ、そこまで覚える必要のないことなので、忘れてても別に構わないのだが。

 それよりやばい、久々に見る湊さんが可愛すぎてやばい。

 

 しかし、どうやらリサは僕がいるということを告げていなかったらしく、湊さんは怪訝そうな顔でこちらを見ている。

 

「あーえっと………この人は………本街修哉くん! 今日Roseliaの練習を手伝ってくれるって!」

「手伝ってくれる………? それはどういう?」

「あ、俺そういうのは慣れてるんで、ここがよかったとかどこが悪かったとか言えると思います」

「……………………………そう、わかったわ。よろしく……修哉」

 

 ずがん、雷が俺の頭の上に落ちたようだった。

 ま、まさか二人の湊さんから名前呼びされるとは…………僕ってもしかしてすごく果報者なのでは?

 おっといかんいかん、思わずにやけてしまっていた。

 

 湊さんは、その色の薄い睫毛を数回瞬かせ、リサを見た。

 

「えっと、この後何をするのかしら?」

「あれ、言ってなかったっけ? 買い物だよ」

「はあ………じゃあ行きましょう」

 

 湊さんがため息をついて、歩き始めた。

 その後についていくために歩き出そうとしたが、リサに襟を掴まれてぐえっと蛙のような声が喉から捻り出されてしまった。

 

「何するんだよ」

「ちょっと待って友希那、まだ説明しないといけないことがあるの!」

「……………何かしら」

「さ、あとは修哉が説明して」

 

 まるでもうやるべきことはやったとでも言いたげな表情で、リサは僕の背中をポンと叩いた。

 まあ、多分入れ替わりやらの話をしろということなのだろうが、

 さて、どうしようか………。

 

「……実は……俺は修哉じゃないんだ」

「…………………それはどういう意味なのかしら?」

「えっと………意識は俺……修哉なんだけど、体はそうじゃないっていうか……なんか超常現象が起こって誰かの体に入ったというか………」

「………………………………………早く行きましょう」

「いやショッピングはちょっと待って! 話すべきことがまだ!」

「行くのはショッピングじゃないわ。精神科の病院よ」

 

 

 湊さんが呆れた目でこちらを見ながら言った。

 

 なんてこった! 俺は湊さんにやばいやつと思われてしまったようだ!! おーまいがっ!!

 

 いや、ふざけている場合じゃないだろ。

 

 

「信じてくれ湊さん。俺は違う世界から意識だけ飛ばされてきたんだ」

「そんなの信じられるわけないでしょう」

「…………………」

 

 まずい、めちゃくちゃ正論ですわ。

 何も言えずに言葉に詰まる僕に、リサが助け船を出した。

 

「そ、そいえば、修哉はアタシたちのこと結構知ってるんだよね? それを言ったら証拠になるんじゃない?」

「あ、ああそうか!! じゃあそれを言おう!!」

「……………………そう。じゃあ言ってみて」

 

 

 さあ、今こそ俺のRoselia力が試されるときだろう。

 脳みそをフル回転させ、記憶を手繰り寄せる。

 

 

「まず、メンバーは五人。白金燐子と宇田川あこ。氷川紗夜、今井リサ、そして湊友希那だ。ついでにそれぞれのメンバーの嫌いなものは、あこはなまことピーマン、燐子はセロリ、氷川さんはにんじん、そして湊さんが苦いもの、最後にリサはグリーンスムージーという、見事に野菜が壊滅的なグループだ。ちなみに湊さんが好きなものは猫で、氷川さんはポテトあと――――」

「い、いやもういいよ!!」

 

 べらべらと喋っていると、リサに止められた。

 湊さんを見ると、ほんのちょっぴり動揺していることがわかる。

 

「ほ、ホントに知ってるんだね………」

「ええ、そこまで知っているとは思っていなかったわ………」

「……これで認めてくれるか?」

「………………まあいいわ。さっさと行きましょう」

 

 どうやら認めてくれたらしい。湊さんがさっさと歩き出した。

 

 しかし、湊さん一人説得するのにもこんなに時間がかかるのか…………。こりゃRoselia全員と話し合えるのは難しそうだ………。

 

 リサも同じことを思ったのか、そっと耳打ちをしてきた。

 

「紗夜とかにはどうやって説明する? いっそ説明しないとか………」

「いや、けど宇田川さんって羽丘だろ? もしかしたらこの体の主のことを知っている可能性もあるからな………」

 

 宇田川さんはああ見えて鋭い子である。もしかしたら細山さんのことを知っていて、Roseliaのみんなに伝えているかもしれないのだ。

 リサも思い当たることがあるのか、小さく頷いて言った。

 

 

「じゃあ、ライブハウスについてから考えよっか!」

「………………あ、そう」

 

 リサのあっけらかんとした声に、思わず肩を落とす。

 楽観的というのか、ポジティブシンキングというのか………。

 

 まあ楽観的でもいいさ、とりあえず今は俺たちを少し睨みながら待っている、『孤高の歌姫』との時間を楽しもうじゃないか。

 

 少し疲労を感じ始めてきた肉体とは裏腹に、俺の心と足取りは驚くほどに軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、修哉はお金持ってないの?」

「持ってないな。細山さんが金欠っぽいし」

 

 ショッピングモールをぶらぶらと歩きまわっていると、ふとリサがそんなことを言い出した。

 

「ふうん、じゃ今日は奢り役はいないのかぁ……」

「おいちょっと? 今すごいこと聞こえちゃったんですけど? こっちのお前ってそんな事してんのかよ」

「じょ、冗談だよ………ねえ友希那?」

「さあ、リサなら本気でやりかねないわね」

「ちょっ、何言ってんのさ!? アタシは純情な子だよ!?」

 

 よくわからないファンシーな服屋に突撃しながら、二人は会話を弾ませる。

 ちなみに俺はこんな可愛らしい店には入ったことがないので、緊張しすぎて声が出ないでいる。

 

 

 ハンガーに引っ掛けられた有象無象の中から一着の服を手に取り、自らの体にぴたりと合わせるリサと湊さん。一般人がすると、ただただ試着をしようか迷っているポーズなのだが、この二人がするだけでそれはがらっと一変する。

 所謂画になる、というやつである。

 

 

「ねえ修哉、これ可愛くない?」

「いいんじゃないか? 俺にはよくわからんが」

「じゃあこの友希那の服はどう?」

「めっちゃ似合ってる。正直さっき天使かいい意味での悪魔か見間違えたくらいだ」

「……………貴方は何を言ってるのかしら」

 

 二人を危険ではない目で眺めていると、ふとリサが俺に服の感想を求めた。最初はよくわからなかったのだが、どうやらこれは彼女なりのフォローらしい。ありがたい。

 湊さんが呆れたように、だがそれでいてどこか嬉しそうに話す。そんな表情が見れただけでも満足だ。

 

 やけにふわふわふりふりしている数多の衣服を背景に、俺は湊さんを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

「お腹空いたしなんか食べてく?」

「練習の前だから、買い食いは控えたいところ………けどお腹が空いたのは確かだわ」

「じゃあ氷川さんのお土産を買うついでに、ファストフード店に寄るか。えっと………俺のおごりでいいし………」

「お、やったね!! 太っ腹ぁ!」

「なんだか申し訳ないわね………」

 

 

 細山君の財布を取り出しながら、自信ありげににやりと笑う。しかし、心の中では冷や汗をかきまくっていた。

 すまん細山君。俺は今から君の持ち金を少し使うことになった。本当に許してくれ。

 だが安心しろ、君のお金は今から美少女の腹の中に入るのだ。そう考えると、無駄遣いとは考えられないだろう?

 

 

 どこに行ったかわからない持ち主に心の中で謝罪とは似ても似つかないことをしながら、ファストフード店を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健康に害をもたらしそうなほどに油でぎとぎとになったポテトを頬張りながら、リサは話す。

 

「そういえば、修哉の世界でのアタシ達はどんな感じなの?」

「Roselia? 多分同じだと思うぞ」

「聞きたかったのだけれど、貴方と私達の関係はなんなの?」

「うーん……マネージャーみたいな感じかなぁ。よくわからん」

 

 ファストフード店のカラフルなシートに背をもたらせながら、俺達は駄べっていた。

 この世界も俺がいた世界もあまり変わらないらしく、話していると同じところがいくつもある事に気がついた。

 しかし、唯一違うところは湊さんの表情である。俺がいた世界の湊さんよりかはまだ難しい表情をしている気がする。

 

 そんな話をしていると、気がつけばいい時間になっていた。

 

 他メンバーの食べ物を買い、ライブハウスに向かう。

 この体では初めてになるライブハウスである。ちゃんといい印象を与えなければ。

 

 

 

 まあ、先に結果を言っておこう。俺の第一印象は最悪だった。

 

 

 

 

 

 

 リサと湊さんに連れられて、ライブハウスCiRCLEに入った俺は、真っ先に練習場所へ向かった。

 防音対策のためか、無駄に厚く重い扉を開くと、よく見慣れた面子がそこにいた。

 

 まず、白金さんがこちらを向いた。俺の顔を見るや否やびくりと体を強ばらせると、宇田川さんの後ろへ隠れてしまった。

 白金さんのリアクションで、他の二人もこちらを見た。

 

 氷川さんの目が、俺を見極めるかのように細くなる。

 黙っているのもなんなので、警戒心を露わにしている三人に話しかける。

 

 

「えっと……初めまして?」

「貴方…………どなたでしょうか?」

 

 氷川さんが、探るような目つきで俺に尋ねてきた。

 

 えっと、なんと説明すればいいのだろうか……。

 

 なんと説明すればいいかわからずに、頭を悩ませていると、リサが横から割り込んできた。

 

「え、えっとね! この人は、アタシと友希那と一緒の学校で、今日はーーーーー」

「あー!!」

 

 しかし、リサの説明は途中で飛び込んできた叫び声によって打ち切られた。

 見ると、宇田川さんがわなわなと震えながら俺を指さしている。

 

 何故俺を指さしているのだろう、そんな疑問が頭によぎる前に、宇田川さんは叫んだ。

 

「こ、この人危ない人ですよ!!!」

「………危ない人?」

「え、えっと………それについて説明したいんだけどーーーーーー」

「こ、この人、私にエッチなことしようって誘ってきたんですよ!!!!」

 

 

 宇田川さんの言葉に、Roseliaが凍りついた。

 氷川さんが、まるで油の切れた機械のような動きでぎぎぎ、とゆっくりこちらを見る。

 

 いや細川さん、あなた本当に何してんの?

 

 心の中で細川さんにツッコむが、忘れてはいけない。今は俺が細川さんなのだ。

 

 氷川さんが、怒りを隠そうともせずにゆっくりと僕に向き直った。

 冷たい瞳に射られ、俺の顔は縫い付けられたかのように動かない。

 

 やがて、氷川さんが静かな怒りの声を発した。

 

「貴方は…………何をしているんですか?」

「い、いやですね……………実はそのことについて話さなければいけないことがありまして………」

「は、話なんか聞くことありませんよ友希那さん!! この変態さんをさっさと追い出してください!」

 

 宇田川さんは、俺の顔を見るのも嫌なのか、氷川さんの後ろに隠れてしまった。

 その結果、氷川さんの後ろに宇田川さん、その後ろに白金さんというよくわからないムカデ人間のようなフォーメーションになってしまった。本人は真剣なのだろうが、少し面白い。

 

 

 しかし面白がっている場合ではない。このままでは、話も聞いてもらえそうにないぞ。

 途方に暮れていると、湊さんが口を開いた。

 

「あこ、彼はどうやら私たちの知り合い………らしいの」

「知り合い……? どういうことですか?」

「私もあまり詳しくはわかっていないのだけれど、だから説明してほしくてここに連れてきたのよ」

 

 言って、湊さんはこちらを見る。どうやら俺に説明をしろと言っているらしい。

 というわけで、俺は違う世界から来たこと、違う世界ではRoseliaの手伝いをしていること、気が付いたら入れ替わっていて、この人になっていたことなどを簡潔に説明した。

 

 説明はしたものの、三人の顔色は変わらない。いや、宇田川さんだけは「い、入れ替わり………違う世界……かっこいい!」みたいなことを言っているが、他の二人は胡散臭そうに俺を見ている。まあその視線もわかるが、今は信じてほしい。

 

 というわけで、賄賂としてフライドポテトを氷川さんに、バーガーを白金さんに手渡す。怪しんでいたわりには、ポテトだけはすんなりと受け取る氷川さんだった。がめつい。

 

「疑う気持ちはわかる。けど、あっちの世界では皆の手伝いをしていたからさ、少しは力になれると思うよ」

「……………そうですか。じゃあ今日だけ練習に参加することを許可しますけど、明日からは来ないでくださいね」

「まあ、いつ戻るか……ていうか戻れるかすらも曖昧なんだけどな」

 

 未だに猜疑の眼差しは向けられているものの、何とか練習には参加できるようだ。

 練習を見るために、近くの椅子に腰を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうでしたか?」

「うん。まず、氷川さんは最後のところもうちょっと強く弾いた方がいいと思う。それと逆に宇田川さんは少しだけ弱くして、白金さんはもうちょっと柔らかく弾いた方がいいと感じた………ってところ?」

「…………………………へえ」

 

 皆は俺の思ったより正確な指摘に驚いたのか、先ほどの嫌悪感も忘れて頷いている。

 普段から練習しておいてよかった………これで少しは好感度上がったか?

 

 上手く指摘できたことに、胸をなでおろす。これで「いえ、そこは大丈夫なのだけれど……」なんて言われていたら俺のメンタルはぼろぼろになっていたことだろう。

 

 湊さんの言葉により、もう一度練習を始めたRoseliaを見ながら、やはり違う世界に来ても彼女たちは変わらないなと実感する。

 

 そして、やはり世界が変わっても湊さんは奇麗だ。

 

 

 

 

 ステージの中央で歌う彼女。玉の汗を飛ばしながら、銀色の髪をなびかせる彼女に、思わず見とれてしまっていた。

 

 ふと、湊さんと目が合ってしまった。途端に気まずくなり、誤魔化すかのように他のメンバーを観察するふりをする。

 俺は違う世界に来てまで何をやっているんだ………。

 自嘲的に笑いながらも、俺はRoseliaの演奏を脳内に叩き込むのだった。

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

「今日はありがとうございました」

「いえ、俺こそなんか偉そうなこと言ってすまん。もしかしたらまた来るかも」

「そう、じゃあさようなら」

 

 氷川さんと別れ、帰り道が一緒のリサと湊さんで帰路に就く。なんだか懐かしいようで、新鮮だ。

 

 四月とはいえまだ寒い夜空に白い息を吐きながら、同時に冷たい空気を肺の中いっぱいに取り入れる。この空気も違う世界の空気なんだよな。なんだか感慨深いわ。

 

 紫煙を吐き出すかのように、ふうっと口をすぼめながらほけ(白い息)を出していると、不意にリサが叫んだ。

 

「あー! そういえば、アタシ用事があるんだった! ごめん二人、先帰るね!! じゃあまた明日!!」

 

 そのまま俺の耳元まで近づくと、湊さんが聞こえないくらいの声量で囁いた。

 

「じゃ、二人っきりの時間を楽しんでね!! 恋する男子よ!!」

「ちょっ! なんで知ってんの……って、そうじゃなくて」

 

 言ってから、しまったと気づくがもう遅い。リサはにんまりとおっさんのような笑みを浮かべながら再び囁く。

 

「やっぱそうだったんだ~。いや、練習中にずっと眺めてたから、もしかしてとは思ってたんだけどねぇ………ま、頑張りなよ!!」

 

 リサはそのままどん、と俺の背中を強めに叩いて走り去っていった。

 

 あ、あの野郎……俺の気持ちも考えてくれ。これは俺の体じゃないんだぞ?

 

 文句を言うがその本人はいない。渋々、怪訝そうな表情の湊さんに話しかける。

 

「えっと……今日はありがとうございました」

「ああ、私達の方こそありがとう。明日も期待してるわ」

「明日…………ですか……けど僕は、もしかしたら明日には―――」

「それでもいいわ」

 

 周りの同じように、暗くなりかけた雰囲気を湊さんは軽々しく打ち破った。

 その顔には、見る者すべてを魅了する柔らかな微笑。

 

 湊さんは、街灯に照らされてキラキラと反射している銀色の髪を片手で抑えながら、俺に手を差し出してきた。

 

 どうしていいかわからずに立ち尽くす俺。すると、湊さんは再びくすりと笑って言った。

 

 

「明日消えるかもしれないけど、友人にはなれるでしょう?」

「……………そう、ですね」

 

 その笑顔に魅せられて、その表情に見とれてしまって……改めて俺は目の前にいる彼女のことが好きなんだなと思い知らされた。

 ばくんばくんと、まるでこれは試練だぜとでも言いたげに高速移動を開始した心臓を落ちつかせ、俺も手を指し伸ばす。

 

 

「こちらこそ……これからよろしくお願いします」

 

 差し出された手に、俺の手が触れ――――――ることはなかった。

 

 

 がん!! 後頭部を殴られたかのような鈍痛が、俺の頭の中を駆け巡った。

 先ほどまで街灯があってようやく見えていた路地が、急に真昼かのように白い光で照らされている。

 

 

 この感覚…………まさか!

 

 

 空を見上げると、まばゆいばかりの光が闇を一方的に追い込んでいる最中だった。

 まるで色塗りをしているかのように、空に浮かぶ大きなキャンバスは黒色から真っ白に変わり果てる。

 

 逆に、俺の頭の中には黒色の靄がかかり始める。

 戻るのか、帰るのか………どちらにせよ、もうこの世界からはお別れらしい。

 

 目の前にいた湊さんまでも消えていった世界で、ぼんやりと一人考える。

 一つ後悔することがあるというならば、湊さんの手を触りたかったことかな…………。

 

 よし、元の世界に帰ったら存分に湊さんとボディタッチをしよう!

 

 

 そんなくだらないことを考えながら、俺の意識は刈り取られていった。

 

 

 

 ――――――――

 ――――――

 ――――

 

 

 ぎゅっと、突然僕の掌を得体のしれない感触が襲った。

 僕を襲うであろうと思われていた掌を受けるために、きつく目を閉じていた僕はいきなりの感触に少々驚いて目を開ける。

 途端にぐわんぐわんと揺らぐ世界。目の前には、先ほどまで僕の目の前にいた少女……湊さんが。

 

 手を見てみると、見事に僕と彼女で繋がっている。所謂握手というやつだ。

 

 未だに僕の中で暴れまわっている三半規管を無理やり押し黙らせ、周りを眺める。

 暗い夜道を照らす一本の頼りない街灯。僕らはそのすぐ近くに立っていた。

 街灯に照らされて、彼女の白い肌はより一層引き立っていた。

 

 

「あの…………修哉?」

 

 彼女の言葉に、僕は現実に引き戻される。

 何も言わない僕を不安に思ったのか、銀色少女がこちらを見ていた。彼女の言葉に対する僕の答えは冷たい。

 

「僕は修哉じゃなく細山です」

「……………えっ?」

「ここはどこなんですか?」

「もしかして……………戻ったのかしら?」

「多分そうですね…………あの、もうそろそろ手いいですか?」

「っ! ご、ごめんなさい」

 

 僕の指摘により、自分がずっと僕の手を握りしめたことに気づいた湊さん。慌てて手を振りほどいて、背筋をぴんと正した。

 

 先ほどまで僕の掌を包んでいた暖かい感触を握りしめながら、僕は思った。

 

(ああ…………やはり僕にこういうのは似合ってないな……)

 

 握手をされたら僕は人間らしくなるのだろうか? 答えは否である。

 だとすれば、まだ痛みを感じれるビンタの方が数倍マシといえるであろう。

 

 しかし、僕の掌は、彼女の温もりを嫌がってはいなかった。

 まるで手に滲むかのように、彼女の肌の暖かさ、柔らかさ、透き通るような白さと滑らかさが握りしめた手の中で僕を翻弄する。よくわからない感情に、僕の心も同じく揺れ始める。

 

 不意に、湊さんが僕に向かって手を差し伸ばした。

 街灯に照らされた彼女の横顔は、まるでそれが一つの絵画かと疑ってしまうほどに、美しかった。

 穏やかそうで、しかしその中に力強さを隠している金色の瞳の周りを縁取る色の薄い睫毛を眺めていると、言葉は自然に僕から離れて行った。

 そんな僕を嘲笑うかのように、街灯の灯がゆらゆらと揺れる。

 

 挿し伸ばされた手に戸惑っている僕に、湊さんが優しく言った。

 

「その……明日からよろしく」

「……? 何故明日からもなんでしょうか?」

「それは、貴方と私が友人だからよ」

 

 湊さんは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。

 

 友人……か。なんだそれ。

 正直、それがどんなものなのか、なんのためにあるのかわからない。

 第一、彼女が友人と言っているのは、僕と入れ替わっていた「彼」に対してだ。間違っても僕ではない。

 

 そう、彼はどうか知らないが、僕は握手なんか欲しくないのである。

 僕が唯一欲しいもの…………それは―――――これからも変わることのない………。

 

 微笑みながら僕に手を指し伸ばす彼女に、思わず言ってしまった。

 

「あの、友人とかどうでもいいんでとりあえずヤってくれませんか?」

「……………………………………………は?」

 

 

 人間らしい行為である。

 

 

 

 ぽかんと口を開け、目を見開く湊さん。

 なんだか新鮮な表情である。

 

 最初は呆然としていた湊さんだったが、その顔が徐々に赤くなってきた。もちろん、怒りでである。

 

 そして次にワナワナと体を震わせ始めた。これももちろん、怒りでである。

 

 そして、手を高く振り上げた。そのまま刀を振り切るかのように、彼女の手刀が僕の頬をとらえた。

 

 

 ばっしーん!!!

 

 気温が低いせいか痛みも酷い。

 ふらふらとよろめきながらも、人間らしさを痛感する。やはり僕にはこういうのが似合っている。

 

 僕を殴って満足したのか、それとも呆れてしまったのか、湊さんは走り去ってしまった。

 

 

 痛いな…………。くらくらは収まったが、再び目がチカチカしだした。

 

 しかし、僕はこれでいい。友人になるよりも、握手をして彼女のことを知るよりも、この方が僕に似合っているのだ。

 

 まるで自分に言い聞かせるかのように心の中で反芻させると、満足感と共に僕の心に忍び込んできた得体のしれない感情を蹴り出して歩き出す。

 

 多分、寂しいという感情だったのだろう。

 どうやら知らん奴に心を乗っ取られて、センチになってしまったらしい。

 

 

 まあいいや、帰ろう。

 街灯を越えたあたりで、気づいた。

 

 

「ここ……………どこだ」

 

 

 

 

 

 

 翌日、今井さん……だったか、茶髪の女が「友希那とはどうなったの!?」みたいなよくわからないことを尋ねてきたので、性交渉を持ちかけたら顔を真っ赤にして走り去っていった。

 彼女は一体なんだったんだろうか。

 

 

 

 まあそんな感じで僕の興味深く、訳のわからない体験は幕を下ろしたのであった。





ということでコラボ回でした。
じゅそさん、改めてコラボしてくださってありがとうございました!



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始まりの朝


はい、ドリフェス開催を心の底から喜んだ作者です。スター1万個くらいしか無いけどあことおたえ待ってろよ…!!

という事で今回は特に内容が無い話になります(宣言)
まぁ番外編はこんな駄文というか、緩い感じで思いついた文を書いて投稿していく形になると思うんでお願いします。あと話毎に時系列とかも変わってくるんでその辺もよろしくお願いします。

では銅像。



 

 降り注ぐ日差し。夏も終盤に向かい命を燃やすような熱が地面を照らす中、一つの足音がアスファルトに染みていく。

 

 決まった顔のニュースキャスターが言うには今日が今季最強の気温らしく、夏に入ってからめでたく3回目の最高気温更新日だった。全く向上心のある季節である。やめろよお前、コスモ燃やし過ぎだから。限度を知ってくれ。

 

 上からの熱と地面からの照り返しで灼熱サンドイッチされたこの時期は暑苦しいブレザーを着ずに、涼しげなワイシャツ姿で生活している。だが実際は涼しくなんかなく、ビルや建物のせいで風が遮られるこの地域一帯ではそんなもの気休め程度にしかなっていなかった。ただし屋上は別だ。あそこは天国と言っても過言じゃない。日光さえ度外視すれば校内で一番過ごしやすいだろう。

 

 やがてそんな思考を繰り返す足音が立ち止まる。見慣れた路地に俯いていた顔を上げると、夏の日差しを受けて尚、その輝きを増している銀髪が視界を満たす。そっと目を合わせると、静かに言葉を投げかけた。

 

「早いな」

「あなたが少し遅れてるのよ。…眠たそうね」

「ちょっとゲームしてたら朝になってた」

「やりすぎよ…。体調管理はしっかりしてちょうだい」

「練習に支障が出るからだろ?わかってるよ。ちゃんと寝るから大丈夫」

 

 学校でだけど、と内心付け加えて歩き出す。確かに睡眠不足のせいで態度が弛んだ俺があのスタジオにいれば迷惑だろう。みんなが頑張っているのにその士気を下げるような真似は許されない。氷川さんとか超怒るだろうなぁ…。そして何よりそれだと友希那に申し訳なかった。

 

「それもあるけれど……単純に体調を崩して欲しくないからよ」

「……はい」

 

 横目で俺を見ながらそう呟く彼女を見て、途端に嬉しさが込み上げて来る。すかさず顔を反対側へ逸らすことで緩んだ口元を誤魔化した。

 こういう所がズルイと思うんです。

 

 俺と友希那……湊さんがこうして一緒に登校するようになってから一週間ほどが立つ。永遠に続けと願った夏休みも非情に終わり、再びスクールライフが始まっていた。スクールデイズではない。そこ気を付けて。

 あの時決めた名前呼びもちゃんと徹底しており、ぎこちなくはあるが呼ぶことは出来ている。

 

 一通り落ち着いた顔を元に戻すと、ちらっと金の瞳を宿す顔を横目で覗き込んだ。

 

「友希那こそ昨日遅くまで曲作ってただろ」

「作ってないわ」

「嘘つけ。目の下に薄っすらクマできてるぞ。体調には気をつけてくれよ、俺だって困るんだから」

 

 主に可愛い成分が補充できなくて困る。既に生活の一部に組み込まれているこれを奪われたら連鎖的に俺も体調を崩してしまう事は間違いない。

 いや、でもお見舞いに行けると思えば悪くないのか…? いつか彼女が俺の家に来たように、俺も湊家に行けるという事なのか!? くっ、悩ましい。

 

「…気をつけるわ」

「分かればよろし」

 

 なんとかお返しができた、と満足感に浸っていると、横で先程の俺のように顔を背けている友希那が目に入る。……うん、行動パターン同じなんですね。

  そんな彼女を優しく眺めて、俺は毎朝の決まった言葉を口から零した。

 

 

 

 

 

 

「遅れたけど、おはよ」

「…ええ。おはよう」

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても慣れないわね、その名前呼び」

「前も呼んでたことあったでしょ。ほんの数回だったけど」

「あの時とは違うわ。気持ちも、関係も」

「…確かに」

 

 変わり映えしない通学路にそんな会話が交わされる。

 

 俺もあの時とは変わったのだろうか。0から1は生まれないが、1の先は無限にある。元より持っていたこの気持ちは確実に昔よりも確実に膨れ上がっていた。それが思いを伝えたことで勢いが増し、今も少しづつ形を変えている。

 そういう意味では俺がこの名前呼びに抱く意味も理由も本質も、僅かに変わったのかもしれない。

 

 今では付き合えてこそいるが、俺と彼女の関係はそこまで大きく変わっていなかった。挙げるなら登校や昼ご飯を共にするくらい。一緒にいる時間は増えたが、彼氏彼女らしい事が出来ているかと聞かれれば言葉に詰まってしまう程度の進展具合だった。

 

 でもそんな現状だけで十分満たされている俺がいて、しばらくはこのままでもいいんじゃないかな、なんて考えていたりもする。つまるところ、未だにヘタレは治っていなかった。

 

「そういえばリサはどうしたの? 部活の朝練ない日は一緒に登校してたんだよね?」

「ええ。最近はまた朝練ばっかりだけど、ない日は3人で行けばいいでしょう」

「いいの? 女子同士で積もる話とかは…」

「構わないわ。それに、リサと2人で話す機会ならいくらでもあるもの」

「あ、家隣なんだっけ」

「ええ。昔はよくベランダ越しに話をしていたわ」

「は? なにそれ羨ましい。引っ越そうかな」

 

 言った途端、友希那が若干引いたような目で俺を見る。やめて! 傷つくから! 普通に傷つくから! ……ジト目もいいな。

 

 会話に区切りがつくと、ふと冷静になって空を仰ぐ。相変わらず人気の無い道に2人。ただ歩いているだけなのに幸せで、嬉しくて、まるで此処にいるのが自分じゃ無い誰かの出来事のような気さえして、ただそれだけで心が弾む。うまく言葉にしようとしても表し難いこの気持ちを、俺はそっと抱いていた。

 

 そんなことを考えていると、ふと手が何かに触れる感覚が走る。

 

「……っ」

「?」

 

 どうやらいつのまにか俺が友希那の方によっていたらしい。距離は殆ど無くなっておいり、今の感覚も俺の手が友希那の手に触れたんだと分かった。

 

「ご、ごめん」

「え、ええ。気にしてないわ」

 

 反射的に出た言葉と、それに返す詰まった言葉。やはり俺たちは変わってないらしい。この関係になっても相変わらず初々しく、不測の事態にどうしようもなく弱い。

 

 でも、それより先に進んでみても良いかもな…なんて思いで、ビビる心を振り切って俺はそのまま手を伸ばす。そして、次の瞬間には小さな手を握っていた。

 

「っ、修哉」

「…言うな。俺だって恥ずかしいんだから」

 

 それでも手は離さない。恥ずかしさを飲み込んだのか、友希那も同じように握り返してくる。だがやはりなんとも言えない空気が走り、その場に沈黙が訪れた。

 

「…しりとりでもする?」

「下手くそかよ…。しりとりとか会話の最終手段じゃんか。古今東西ゲームしようぜ」

 

 しりとり。別名『会話の墓場』とも言われる言葉遊びをするにはあまりに早計過ぎるだろう。その点古今東西ゲームなら勝るとも劣らない、絶妙なラインを攻めていた。

 

「それもあまり変わらないじゃない。……ネコの名前でしりとりとかは…」

「しりとりは変わんないのかよ。てかそれ俺わかんないからね? しりとりできるほどネコって種類あるのかよ」

「あるわ。ネコは無限大よ」

「お、おう。そっか」

 

 声のトーンが目に見えて上がる。見開かれた目は俺を捉え、興奮に握られた手は俺の右手にかける圧を増してくる。普段は冷静な分、この手の話題の時にガラッと変わる性格とのギャップが、俺はたまらなく好きだった。

 

「そんなに好きなのに家でネコ飼わないの?」

 

 つい疑問に思っていることを聞いてみる。これだけ好きなんだ、飼わないのではなく飼えないという線が強いかもしれない。例えば実はネコアレルギーでしたー、とか。なにそれ辛すぎだろ。

 

「……家にネコ……ふふっ、にゃーん」

 

 瞬間、今までにないほど表情が緩む。自宅にネコがいるシーンを想像したんだろう、その頬は若干赤く染まっているように見えた。

 くっ、ネコの分際ででしゃばりやがって…!

……動物に嫉妬とか俺もう末期かよ(冷静)

 

「おっ、校門見えてきた」

「んんっ……そうね」

 

 無理矢理、あからさまに話題を逸らす。いや仕方ないだろ、 あのままじゃ俺は嫉妬と同時に萌え死んでいた。

 

 集合時間にやや遅刻したせいか、いつもより心なしか同じく校門に向かう生徒が多いように見える。

 ぬるい風が吹き付ける中、俺たちは校門をくぐるとそのまま校舎へ向かった。

 

 いつもより妙に視線を感じるなぁ、なんて思う俺は、手が繋がれたままだという事に気付かずにそのまま昇降口の中へと歩みを進めていく。

 

 

 静かに刺さる好奇の目を背に、俺の1日はまた幕を開けた。

 

 

 

 





どうだい? 中身がないだろう?(誇らしげ)

いざ書こうとしてもなに書けばいいか迷っちゃうのよね、番外編って。書きながら「自分にはストーリー性ある話書く方が向いてるなー」なんて思ってました。
って事でそのうちストーリー性ある話投稿しようと思ってるんで、楽しみにしててください! (?)

ではまた次回


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試練の訪れ 【前編】


はい、明日に迫ったRoseliaのストーリー二章に鳥肌が立っている作者です。
まず友希那が泣いていたことに衝撃受けました。相変わらずバンドの二章って重いんだなぁ…って思いました。

そして一言、更新遅れてすいませんでしたぁ!? いろいろ忙しくて中々執筆が出来なかったんですが、それももう片付いたんで今後はそこまで間隔開けずに更新できるかなー、と思います。

あ、あと今回の話は一応修哉と友希那が付き合う前の話になってます。

長々と話してしまいましたが本編どうぞ。



 

 

 

 

 

 

 放課後。

 チャイムが鳴り響いた校内には授業の終わりが訪れ、部活、若しくは帰宅モードに入った生徒達の喧騒で溢れる。とは言っても何事にも例外はいるわけで、今回の場合は俺がその内の1人だった。

 

「…さて、行くか」

 

 周囲に聞こえない程度、俺だけが聞き取れる声量で小さく呟くと、窓の外を彷徨っていた視線を教室内へと戻す。

 

 振り返ると湊さんはもう席にいなかった。大方、授業が終わると同時に出て言ったんだろう。他人以上に自分に厳しい彼女のことだ。時間厳守や5分前行動などは当たり前にこなす筈だ。

 

 同じく俺も教室を出て昇降口へと足を進める。

 今日は一週間の中でも授業が1時間短い日だ。だから必然的にRoseliaの練習も早く始まる。という事はいつもより長く湊さんと居ることができる。つまりは天国、Q.E.D。

 

「ん?」

 

 ちょうど階段を下っている最中、ポケットに入っている携帯が震えた。マナーモードにしているそれが連続的に振動を繰り返すため、電話が掛かってきていると容易に想像することが出来る。

 俺は歩みを止めずに画面をタップし、本体を耳に近づけた。

 

「もしもし」

『もしもし本街君、お疲れ様』

「店長? お疲れ様です。どうしたんですか?」

『ごめんね、これからシフト入れないかな?』

「えぇ…? これからですか? なんでまた急に」

『露骨に嫌そうだね…。本当はモカちゃんが来る予定だったんだけど、風邪で休んじゃってるんだよ』

「まじかよ」

 

 青葉でも風邪引くのか。馬鹿は風邪を引かないとはよく聞くが、どうやら青葉はそれに当てはまらないらしい。いや、相当失礼な考えではあるが。あの勤務態度ではそう思われても仕方がないだろう。

 

「それで、時間はどのくらいですか?」

『できれば3時間くらい入って欲しいかな。あ、無理にとは言わないよ。用事があるなら別にいいんだ』

 

 …上手い。ここで一歩引かれればこちら側に申し訳無いという気持ちが湧き起こってしまう。事実、俺は放課後を投げ打って行くか否かで揺らいでいた。

 

 

 だが断るッ!!

 

 

 当たり前だ、やってられるか馬鹿野郎。貴重な放課後を奪おうったってそうはいかないのだ。

 

『今日は厳しそうかな? ならこの後今井さんに電話してみるよ』

 

 俺の沈黙を察してか、店長が完全に引く態勢を取る。だがラッキーと思ったのも一瞬で、続いた言葉にさらに沈黙が訪れた。

 

 そして、結局俺は────

 

 

「あ、俺今日行きますよ。特に用事も無いんで」

 

 

 180度、意思をひっくり返したのだった。

 

 

『本当かい? いやー、助かるよ。今日はお客さん多くてね〜…って、電話か。そういう事でごめん本街君、今日はよろしく頼むよ』

「分かりました。失礼します」

 

 電話を切って軽く深呼吸をする。どうやら今日は珍しく店が混んでいるらしい。店長の言葉もあるし、通話中に鳴っていた店の子機の音もそうだ。…あの店が忙しいとか想像できないんだけど。明日は槍でも降るんだろうか。

 

「あぁ〜…めんどくさい」

 

 つい愚痴が溢れるも、足取りは素直に前へ進んで行く。靴を履き替え終えた俺は、そのまま校門を出ようとした。

 その時だった。

 

「あ、修哉」

「…え、なんでみんなまだここにいんの? 見た感じ全員揃ってるけど」

「アハハ〜…実はアタシもこれからバイト入っちゃってさ〜。いまその話してたところなんだよね」

「…………は?」

 

 …は? いやいや、は? 意味分かんないんだけど。店長お前どうした。いや本当にどうしたお前。

 待て、落ち着こう。さすがに今のは失礼だ。

まず、俺がさっきのバイトを断ればリサに電話が行く。性格的に断れないリサは何だかんだで店長の頼みを受け入れてしまうだろう。それが青葉の代わりなんだからなおさらだ。今日の練習からメンバーのリサが抜けるのは致命的。そう思って俺が名乗り出たのに何この状況。店長お前ふざけんなよ(2回目)

 

「いやー、モカの代わりに修哉が出るってなったんだけど、なんか島田さんも休みらしいんだよね〜…」

「おぉう…そっちかよ」

 

 島田さんとはたまにシフトが被るパートのおばさんの事だ。基本的に温厚で親切な性格のため、従業員だけじゃなく客にも結構評判がいい。

 

(なるほど、さっき後ろで鳴ってた電話はそれか)

 

「…じゃあ俺とリサがバイトで練習行けないってことか」

「うん、そうなるね」

「店長2人分働かねーかな」

「あはは、いくらなんでもそれは無理でしょ…」

 

 なんてこった。俺の献身的な行動など関係なく運命が決まっていたなんて。

 まあ、決まってしまった物は仕方がない。潔く諦めて、俺は湊さんの方を向いた。

 

「えーっと、そういう事なんだけど…ごめん! 俺の場合勝手にバイト引き受けちゃったし」

「アタシもゴメン! 終わったら出来るだけ急いで行くから!」

「決まってしまった事は仕方がないわ。ただし、遅れた分は取り戻して貰うからそのつもりでいて」

「うん!」

「了解」

 

 それだけ言って踵を返す。2人も休みが出たんだ。今頃店長が目を回しながら店を回すという器用なことをしているだろう。

 その姿が簡単に想像できてしまったから、俺とリサはアイコンタクトだけ交わすと駆け足でコンビニへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ● ○ ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもとは違う楽器の音がスタジオに響く。

 張り詰めた声が、マイクを通して空気を震わせる。

 演奏の為じゃない、惰性で続けられているだけのその音からは、疲労の色が感じられた。

 

 練習を始めてからどのくらい時間が経っただろうか。もう随分長い時間続けている気がする。修哉とリサと別れた時から、私達の間には特に会話が生まれなかった。元々話が好きという性格ではないが、こうもあからさまに減ってしまうと違和感が残る。

 今も、明らかに音の質が下がっている現状に、ただ喉を震わせる事しか出来ないでいた。

 いつも笑顔のリサがいる右隣も、修哉が見ている正面も。広がる空間がひどく寂しく感じられて、それがなんだか落ち着かなくて。内心を誤魔化す為に、私は再び歌い始めた。

 

「あの! 友希那さん!」

「何?」

「そろそろ休憩にしませんかっ!? 時計、見てください!」

 

 そう言われて時計を確認する。短針が6と7の間を指しており、かなり続けて練習していたことがわかった。

 

「結構時間経ってたわね。じゃあ、休憩にしましょうか」

「そうですね」

「はい……」

 

「「「「…………」」」」

 

 途端に静かになったスタジオを、スタンドマイクから離れて定位置へ移動する。紗夜や燐子も続いてステージから降り、タオルで汗を拭っていた。

 

「修哉、水を───」

 

 そこまで言って、呼びかけた先に誰もいない事に気づく。あるのはただ虚しく広がる防音壁のみで、私の声は意味を成さずに静かに溶けた。

 

(…ダメね)

 

 自分の中に染み付いた当たり前の光景に首を振る。今は修哉もリサもいないのだ。頼ってばかりではいけない。

 そもそも、いつから私はこうなったのだろうか。修哉と会うまでは、リサがRoseliaに加入するまでは、バンドを組んで活動する前までは、全て一人でやっていた筈だ。

 スタジオの予約を入れ、音を流して歌い、休憩を入れ、時間が来れば片付けをする。最低限やらなければいけない事はなんだってやってきたつもりだし、出来るつもりでいた。

 

 それが今はどうだろうか。少し環境が変わっただけで、どうしようもなく動けなくなっている。

 

「…はぁ」

 

 つい、小さいため息が口から漏れる。すると、伏せ目がちな私の視界の端に一人の足が映り込んだ。

 

「あの、良かったら…みんなで外のカフェにいきませんか…? 甘い物でも…」

「りんりん、ナイスアイディア〜! 友希那さん、紗夜さん、みんなでいきましょうよ! ねっねっ!」

 

 控えめに提案する燐子に乗るような形であこが声を上げる。

 私は滴る汗を優しく拭い、先程取りに行った水を口に含んだ。感じたのは静寂と居心地の悪さ。普段はもっと賑やかなはずの休憩時間は、文字通りただ休むだけの時間と化していた。

 

 だからだろうか。

 

「どうしてもっていうなら…」

 

 普段なら反対するはずの提案に、自然と乗ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでカフェテリア。

 私達は適当な席に腰を下ろし、メニューを眺めながら何を注文するか相談していた。

 

  「ん〜、何頼もうかな〜♪ あっ、今日のおすすめ、パイナップルジュースだって! おいしそう〜」

「何にしようかな……」

「湊さんは何にします?」

「そうね…ここのソフトクリームはコクがあっておいしいとリサが言っていたわ」

 

 ふと、そんな事を思い出す。一緒に来たことはなかったが、それでもリサは楽しそうに私に話してくれていた。今度一緒に行こうと誘われたが、それもリサがいない今では意味を成さない。

 

「そうですか。では私は…このいちごのソフトクリームをいただきましょうか」

「あっ、それもおいしそう〜! う〜ん…悩むけど…あこはこっちのマンゴーソフトにしよ〜っと!」

 

 自分の注文を決め、メニューから顔を上げたあこが「友希那さんとりんりんは?」と声をかけてくる。どうやら纏めて注文してくれるらしい。私には、いつもファミレスでリサがやっている役を代わっているように見えた。

 

 内心で小さく微笑むと、私はホットコーヒーと抹茶ソフト、燐子はホットミルク頼む。私達の希望を聞き終えると、あこは元気よく席を立っていった。

 

 すると、思い出したように追いついてきた沈黙が円形のテーブルに波紋を広げる。あまり自分から話すタイプではない3人が残った事が、この状況を助長していた。

 どことなく視線を漂わせていると、隣の紗夜が口を開いた。

 

「みなさん、よくこのカフェに来るんですか?」

「私はたまに、くらいね。ここのカフェはスナック系も充実しているからいいわ。ドーナツとか、カリカリポテトがおいしいの」

「カリカリポテト…」

「わたしは…あこちゃんとよく来ます…。一息つくのに…ぴったりだから…」

「そうなのね」

「お待たせ〜っ!」

 

 ちょうど話に区切りが付いたタイミングであこが戻ってくる。手に持ったお盆の上には、全員の注文したものが見えた。

 

「じゃあ…いっただっきまーす!」

「いただきます」

「いただきます…」

「いただきます」

 

 声を上げてそれぞれが食べ始める。まず最初にコーヒーを飲もうとした私は、不意にカップに伸ばしていた手を止めた。

 

「…あら、砂糖がないわ」

「あれ、友希那さんコーヒーにお砂糖いりますか?」

「ええ、いつも入れているわ」

「分かりましたっ! すぐもらって来ますね!」

「いえ、自分で行くわ。どのくらいの量かまで分からないでしょう?」

「それもそうですね…。分かりました!」

 

 残念そうな顔で座り直すあこを横目に、私は席を立ってカウンターまで歩いていく。頭に浮かぶのは何かが欠損した感覚。またもや当たり前になっていた事が綻んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 ──修哉とリサ、早く来ないかしら。

 

 

 

 

 瓶に入った角砂糖の山を眺めながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたち、リフレッシュできた?」

 

 カフェテリアでの休憩を終え、再びスタジオに戻ってきた私たちは練習を再開しようとしていた。

 

「ええ、気分転換になりました。疲れているときに甘いものはいいですね」

「すっごくソフトクリーム美味しかったです〜!」

「みんなでカフェにいけて…良かったです…」

「それは良かったわ」

 

 あくまで自分は違う、というニュアンスでそう返す。確かに燐子の言う通り、みんなでカフェに行けたのは良かった。こういう機会じゃないと、まず私たちは休憩時間にあそこには行かないだろう。

 現に、活発的な修哉やリサがいる時でさえ行ったことがなかった。

 

 だが、リフレッシュ出来たかと聞かれれば首を縦には振らないだろう。それどころかうちに募る想いは膨れていた。

 

「さぁ、練習に戻るわよ。残り時間も少ないから、あと2〜3曲で終わりだと思って。最後まで気を抜かないでいくわよ」

「「「はい!」」」

 

 そしてドラムでリズムをとり演奏を開始する。響く音は確かに力を取り戻していて、休憩前とはまるで別物のように聴こえた。

 

「…じゃあ、今日の練習はここまでにするわ」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様でした…」

 

 その言葉と共にスタジオ内の空気が緩むのを感じる。ふぅ、と息を吐いてその場に黙る。同じようにみんなが黙ったのを感じたあとに、私ははっとして顔をあげた。

 

 ──まただ。

 

 いつもはこの息抜きのタイミング。空気と共に気を緩めるタイミングで、修哉が指摘やアドバイスをしていた。先程あれだけ修哉はいないと実感したはずなのに、またもや私は気にしてしまっていた。

 

 それはどうやらみんなも同じらしく、ステージ前方へ視線を漂わせた後、私の方へ向き直った。

 

「今日はそれぞれの音自体は良かったわ。でも、集中が切れて全体の調和が取れていなかった」

「私もそう思いました。集中力が切れたことについては…すいませんでした」

「いえ、気にしないで。私も少し、そうだったかもしれないから。あとは……」

 

 久し振りに自分から意見を言ったせいか、うまく言葉が繋がらない。

 いつもは修哉がいたから。修哉が私の歌を、私たちの音を真剣に聴いてくれていたから、歌うことに集中が出来ていた。

 ついさっきまで修哉がいると思い込んでいた私は、無意識のうちに自分たちの音を聴くことを疎かにしていた。

 

 ──本当にダメね、私。頼りっぱなしだわ。ねぇ、修哉。

 

 そっと心の中で名前を呼ぶも、当然声は返ってこない。変に感傷的になってしまっているせいで、僅かに悲しさが込み上げてきた。

 

「そろそろ終わりの時間ですが…片付けますか?」

「ほんとだー! もうこんな時間かぁ…。リサ姉と修哉さん、まだ来ないのかなぁ」

「まだ…来てない…みたい…」

 

 燐子がスタジオの扉を眺めながら言葉を零す。結局、練習中に2人が来ることは無かった。だかそれはもう割り切り、せめて行動に移す。

 

「…仕方ないわ、片付けましょうか」

「そうですね。レンタルした機材の片付けは宇田川さんと白金さんにお願いしていかしら。マイクケーブルは私と湊さんで…」

「分かったわ」

 

 指示を出す紗夜に従い、ケーブルを片付けるために移動する。だが足を前に出した瞬間何かが足に絡まり、私はそのまま倒れ込んだ。

 

「きゃあっ!」

「友希那さん!? 大丈夫ですか?」

「いたた……ごめんなさい、ギターのシールドが足に絡まって」

「湊さん、気をつけてください。って、床に何かこぼれてますよ!」

「あぁっ…すいません…! 休憩の時のホットミルク…持って来てたんです…」

 

 倒れたミルクが床に広がっていく。それは次第に範囲を増していき、ついに機材やケーブルまで到達してしまった。

 

「機材にも飛び散っていますね。早く拭かないと壊れてしまいます!」

 

 紗夜が声を上げる。それに加えあこもミルクの上で転んでしまい、状況はさらに悪化していく。

 

「っ、あなたたち、急いで片付けるわよ!」

「わたし…ハンカチとティッシュ持ってるから…使ってください…! ってあれ…ない…。ティッシュきれちゃってる…」

 

 一度綻ぶと、どうも連鎖的に綻んでしまうらしい。拭くものもない、やる事が多くてなにから片付ければいいかも分からない。まさに手詰まりな状況に、僅かに諦観が滲み始める。

 

 

 

 

 ──その瞬間、背後の扉が音を立てて開け放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ということで今回はリサイベに修哉をぶち込んだ形になります。長くなりすぎたんで2話に分けました、許してください。

一応、この話の時系列は公園での一件から合宿までの間になってます。

ではまた次回!



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6人でRoselia 【後編】


どうも、ガチャを回せなくて現在進行形で絶望のどん底、これ以上堕ちるところはないってレベルで地を這っている作者です()

Roselia推し、ひいては友希那推しのみなさん、イベント走ってますか? 一応自分は1200位ほどまで辿り着いたんですが、上には上がいてまたもや絶望してます。

ってことで本編どうぞ(唐突)



 

 

 

「はぁっ、はあっ……!」

 

 街灯が薄暗く照らす路地を2つの影が走り抜ける。薄っすら顔を覗かせる月明かりを背に、その影はタッタッタッと軽快な音を鳴らした。

 

 長い髪を揺らしながら先頭を進む少女は、あくまで余裕、とでも言いたそうな速度で風を切る。

 対して、その後ろを千鳥足ながらに追いかける存在は口から呻き声を漏らしていた。

 

 

 

「リサっ、リサぁ! お前早すぎっ……早スギィ!!」

 

 

 

 他でもない、俺だった。

 

 

 

「修哉が遅いんだよ!? なんでそんなにフラフラしてるのさ」

「馬鹿お前、俺の帰宅部根性舐めんなよっ? はぁっ、スーパーマンのお前とは格が違うんだよ!」

「情けないぞ男子〜?」

「くっ……」

 

 小さく風が吹き抜ける耳元に、ある雑音と共に荒い呼吸の音が届く。辺りに反響して遅れてやってくる足音に追いかけられながら、俺たちは一直線に駆け足で道を進んでいた。

 

 客足が落ち着いてきたため早めにバイトを上がれた俺とリサは、無駄口を叩きながらもスタジオを目指していた。

 文句を垂れ流す俺に文句を返しつつも、ちゃっかりスピードを緩めてくれているリサに心の中で感謝をする。てんで体力のない俺にとって、その気遣いは本気でありがたかった。

 

 しばらくそのまま足を動かし続けると、見慣れたカフェテリアが見えてくる。明かりが灯るその空間に立ち止まると、ため息とともに疲れを吐き出した。

 

「はぁ、はぁ……あー、疲れた! もう一年間くらい走りたくねぇ……」

「やっと着いたね〜。練習、もう終わっちゃったかな?」

「分からん。時間的にはギリギリだと思うけど」

「それなら早く入ろっか! 修哉、大丈夫?」

「おう…なんとか」

「よしっ、じゃあ行こー!」

「お前元気すぎだろ……」

 

 自動ドアを通り抜けて重苦しい扉の前に立つ。中から音が漏れ出ていない事から、俺は既に練習が終わってしまっていると予想する。

 

 関係ないと言わんばかりにリサはそのまま扉を開けると、明るい声で飛び込んだ。

 

「みんな〜、おっまたせ〜!」

「どーもどーも、ご無沙汰してます本街でーす」

「リサ!」

「今井さん!」

「今井さん…!」

「リサ姉! あ、あと修哉さんも!」

「ねぇ、その毎回俺だけついでみたいな感じやめてね?そろそろ本気で傷つくから」

 

 いや、まだ今回はマシか。ここでみんながみんな「リサ! やっと来たわね!」みたいになってたら完全に俺がただの空気と化していた。それこそ透けて消えて無くなるレベル。

 

 ばっと向けられた視線を受け止めてスタジオに入る。

 

「早めにバイト終わったから急いで来たよ! もう練習終わっちゃった?」

「ええ、ついさっき……」

「そっか〜、残念。 修哉が走った意味無かったね〜?」

「怒っていい? ねぇ俺そろそろ怒っていいよね?」

「あははっ、冗談だよ冗談♪ 」

「お前が言うと冗談に聞こえな…って何この状況!? 色々ヤバいんだけど」

 

 そう言った視線の先には絡まったコードとシールド、それから白い液体が床に広がっていた。まさか如何わしい液体……ではないですよね、うん。本当なにこれ。どうしたのRoselia。

 

「うわ、本当だ! 何こぼしたの!? シールドもマイクケーブルもぐちゃぐちゃだし…」

「そ…それはホットミルクで……」

「あぁ、ホットミルクか。なら良かった」

「良くないからね!? とりあえず話は後で聞くから、みんな片付けるよ!」

 

 リサの声にそれぞれが返事をして片付けが始まる。だが中々動き出せないメンバーを見て、まずリサがスクールバッグからタオルを取り出した。

 

「よーし、まずはこぼれたホットミルクを拭かなきゃね! 友希那、これ使って」

「タオル……いつも持ち歩いているの?」

「そうそう、ダンス部でよく汗かくからいつも持ってるんだよね〜♪ ……あっ、これはきれいなヤツだから安心して!」

「ちょっとストップリサ! わざわざそんないいタオル使わないでもいいよ。……これを見ろ!」

 

 そう言って俺もスクールバッグを漁る。目当ての物を中から取り出すと、手を高く上げてそれを見せつけた。

 途端に集まるみんなの視線。それを感じた俺は、某未来から来た万能ロボットの如き口調で声を上げた。

 

「ぞうきん〜」

「雑巾!? なんでそんなの持ち歩いてるのさ……」

「のび◯くん、君ってやつは……んんっ、まぁ冗談はここまでにして、いつもみんな演奏中にかく汗とか床に落ちてるからさ? 雑巾掛けしようかなーって思って買っといたやつ。好きに使っちゃってくれ」

 

 冗談交じりに紡いだ言葉は、「それどころじゃない」と言わんばかりの鋭い視線の雨によって遮られた。

 くそっ、最後までやらせてくれてもいいじゃないか。メンタルが足りねぇ。メンタルを持ってこい!

 

「ありがと! じゃあアタシと友希那で床拭くね!」

「了解」

 

 雑巾を渡し終えた俺は振り返って、氷川さん達に視線を向ける。

 

「氷川さんはあの濡れた機材とかケーブルとかを拭いてくれ。はいこれ雑巾」

「わ、分かりました!」

「白金さんはとりあえず散らばってるマイクスタンドとか楽器を端の方に寄せて貰えない? とりあえず周辺だけでもスッキリさせとこう」

「は……はい……!」

 

 2人がそれぞれの作業を始めたのを見届けると、1人残った宇田川さんに声かけた。ココアの上で転んだのか、スカートは白く濡れている。

 うっわそれ最悪だろ。しかも結構染みちゃってるし。近くに拭くものが無かったんだろうなぁ。

 

「リサー、ごめん、ハンカチ持ってない? 宇田川さんのスカート拭くのに使いたいんだけど」

「持ってるよ〜。はいこれ」

「汚しちゃうけどごめん」

 

 苦笑い交じりに一言断りを入れて、それを受け取る。こらそこ、雑巾は持ってるクセにハンカチ持ってないのかとか言わない。

 

「って事で宇田川さん、とりあえずこれでスカート拭いて。ただし擦っちゃダメだから。上から叩くように水気取って、ちゃんと水洗いしてきてくれ。多少においは残ると思うけど、うちの制服って普通に洗濯できるから」

「うん……修哉さん、ありがと……」

「お礼ならリサに言ってくれ」

 

 しょんぼりしているとも安心しているとも取れる表情で、宇田川さんはスタジオを出ていく。重い扉が閉まる音が響くと、俺も雑巾を取って氷川さんの加勢に向かった。

 

「本街さん……ありがとうございます」

「ここぞという時に長所を発揮する系男子だからな、俺は。今のうちに印象良くしとこうと思って」

「ふふ、今はそれが頼もしいですね」

「……う、うん?」

 

 いつものおふざけを入れたつもりだったが、氷川さんから返ってくる反応は柔らかい。それがなんだかむず痒くて、俺は気をそらすようにコードの水気を拭き取る動作に集中した。

 

「ふぅ、きれいに片付いたね!」

 

 床を拭き終えたリサが立ち上がり、ため息とともに声を漏らした。

 ほぼ同じタイミングでケーブルを拭き終えた俺と氷川さんもそれに習って立ち上がる。

 

「今井さんと本街さんが来てからすぐに片付いたわ……」

「指示が…的確でした…」

「リサ姉、修哉さん、ありがと〜! 濡れちゃったところきれいになったよ!」

「助かったわ……」

 

 俺とリサに向かって放たれる感謝の言葉を浴びながら、俺は内心で首を傾げる。

 

「……なぁリサ、なんだったのこれ」

「さ、さぁ…? アタシも何がなんだか」

 

 ひっそりと言葉を交わす俺たちに、変わらず視線は注がれる。それに気づいたリサはふっと笑顔を浮かべると思い出したように話し始めた。

 

「あ、そうそう、みんなにお土産あるんだー♪ ね、修哉」

「あー、忘れてた。『急にシフト入ったお礼』ってお菓子とか色々貰ってきたんだよ。みんなで分けて食べようぜ」

「飴とかポテトチップスとか、いろいろあるからね〜」

 

 スタジオの端に置かれた袋の中に入った大量の菓子類を指差す。

 確かに感謝の気持ちとしてくれるのはいいんたが店長、さすがに多すぎ。これ持ってガサガサ音立てながら走った俺の気持ち考えて。確実に足引っ張ってたからね。

 

「……リサ姉〜! ずっと待ってたんだよ〜!」

「わわっ! どうしたのさあこ、急に抱きついてきて」

「リサ姉の顔見たら安心したよう……」

「あはは、そんな大げさな〜……」

 

 小さく笑うリサとは逆に、みんなは真剣な顔で口を噤んだ。やはり何かおかしいと感じた俺は、特に何を言うまでもなく黙って見守る。

 それはリサも同じなようで、少し驚きながらも言葉を返していた。

 

「なんだか、やけに熱い視線を感じるんだけど……」

 

 逆に俺は視線すら感じないんですが……なんてツッコミを心の中で入れてみるも、リサへと向かう視線に変化はない。

 

 空気を読んで静かにその場を離れると、ひっそりと残りの機材を片付け始める。確かにケーブル類の汚れは拭き取ったが、それ以前の問題、白金さんが臨時的に移動させた機材を元の位置に戻す必要があった。

 

 いつもやっている動作のため素早く片付けをこなしていく。

 背後にいるみんなは、なにやらそわそわしながらリサに言葉を投げていた。詳細は聞き取れないが、側から見ていて暖かい光景に変わりはない。

 

「やっぱり……やっぱり、Roseliaにはリサ姉がいないとダメなんだよーーー!!」

 

 一通りさっぱりさせた後、元の位置に戻ろうと踵を返した俺の耳に宇田川さんの声が飛び込んでくる。何があったのかと困惑したが、それを言われた張本人のリサ自身も状況を飲み込めていないようだった。

 

「な、何? どうしたのみんな。宇田川さんも」

「あこ、リサ姉と話したいから今すぐファミレスに行きたいっ!! 友希那さん、いいですよね?」

「そしてスルーか」

「……いいわ。行きましょう」

「うん、それはいいけど…友希那がファミレスに乗り気なんて珍しいね?」

「詳しくはファミレスに移動してから説明するわ」

 

 それだけ言って湊さんはリサから視線を俺に移す。交差する視線は真剣味を帯びていて、自然と背筋が伸びるのを感じた。スルーとか言ってる場合じゃない。

 

「修哉も構わないわね?」

「イ、イエス、マム!」

「なぜそんなに畏まってるのかしら…」

「なんだか修哉さんっぽいですね〜!」

「安心……します……」

「宇田川さんの中で俺ってどんな印象なの…?」

 

 返ってくるのは明らかにいつもと違う反応。リサが困惑する理由が分かり、なんとなく落ち着かない気分になった。

 

「ねぇ、何言われるのか怖いんだけど。見てよこの笑顔。数瞬後に『ドッキリ成功! あなたはもう脱退よ』とか言い出してもおかしくなさそうじゃね?」

「さ、流石にそれはないと思うけど……。今日のバイトも一応断りは入れたわけだし……うーん、分かんない」

 

 どっちにしろ行くしかないという判断になり、自分たちの荷物をまとめる。

 その間も2人でヒソヒソと話し合いながら、元どおりになったスタジオを後にしてファミレスへと歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 

 

 

「さて、何頼もっかな〜」

「とりあえずドリンクバーでいいんじゃない?」

「そうだね。じゃあドリンクバー6つと…みんなは何頼む?」

「あっ、じゃああこはこの『特盛超お得ポテト』にしよっ!」

「すごいメニュー置いてるなこの店」

 

 初めて聞いたぞそんなメニュー。しかもでかでかと『大人気料理!』なんて見出しまでつけられている。

 でも、確かここに熱烈なポテトファンが一人いたな。もしかしたら氷川さんがいる限りこの商品無くならないんじゃないだろうか。ほら、一人で食い荒らす的な。

 

「じゃあとりあえずはそれでいいかな? すいませーん、ドリンクバー6つと特盛超お得ポテト1つお願いします!」

 

 手際よくリサが注文を入れると、それに合わせて席を立つ。続いてリサも席を立つと、みんなに希望を取り始めた。

 

「みんな何飲む? 俺持ってくるけど」

「私はホットコーヒーにするわ」

「あこはオレンジジュースで!」

「あ……じゃあ私もオレンジジュースで……」

「私はなんでも構いません。本街さんに任せます」

「了解。ホットコーヒーとオレンジジュース2つ、本街スペシャル1つね。ちょっと待っててくれ」

「待ってください! なんですかその不穏な名前の飲み物は! ……普通にオレンジジュースでお願いします」

「最初からそう言えばいいものを」

 

 氷川さんをからいながら、リサと共に真っ直ぐドリンクバーの機械へと進む。分担して飲み物を持ちながら席へ戻ると、コトッと音を立ててグラスをテーブルに置いた。

 

「はい、氷川さんのオレンジジュースと湊さんのホットコーヒーね。あとこれ砂糖、もりもりのマシマシで持ってきたよ。確かこのくらいだったよね?」

「……っ、ええ。ありがとう」

 

 相変わらずいっぱい使うよなぁ、砂糖。まあそこが普段とのギャップで可愛いんだけど。あ、今ちょっと口元緩んだ。

 

 妙に嬉しそうな湊さんに僅かな疑問を覚えるも、続いてきたリサが宇田川さん達にジュースを渡す声でかき消される。

 改めての席に座り直すと、思い出したように口を開いた。

 

「…で、今日のアレはなんだったの? すごい気になるんだけど」

「それそれ。アタシも気になる。みんな疲れた顔してるけど、どうしたの?」

「いろいろあって大変だったのよ……。あこ、代表して話してあげて」

 

「はい! それがね────」

 

 宇田川さんが大まかな経緯を説明し始める。話は俺とリサが校門前で別れた場面から始まり、練習中、休憩時間のカフェ、その後のスタジオ惨状へと続いていった。

 

 そして、その話の全貌と共にみんなの態度の変化の正体を掴んだ俺たちはというと────

 

「あっはっは〜! そんなことがあったの!? その場にいたかったわ〜」

「なんだよそんなことだったのか〜。いやー不安になって損したわー。あー面白い」

 

 

 当然のように腹を抱えて笑っていた。

 

 

「あなたたち、そんなに笑わなくても…」

「そうだよっ!あこたち大変だったんだからね!」

「いやでも……ふふ、氷川さんがいちごのソフトって……」

「それのどこが面白いんですか! 私だってアイスくらい食べます」

「うん、冗談。それくらいさすがに分かるよ」

「っ、あなたという人は…!」

「てへぺろ」

 

 舌を出して思いっきりふざける。さっきまで密かに暗い話をされるんじゃないかと懸念していた身からすると、こんな拍子抜けするような内容に対してどこか安心感を覚えていた。だからだろうか、今は自分でも分かるくらいに機嫌が良かった。

 

「もうっ、みんなアタシがいないとダメなんだからー♪」

「そうだよっ! 次に同じようなことしたら怒るんだからねっ! リサ姉がいなくなったら……あこ……あこ……」

「大丈夫だって、アタシはいなくならないから! 今回は急に抜けちゃってごめんね?」

「うん……」

 

 話を聞いた時は笑っていたが、こうも真面目になるとどうもその気も湧いてこない。今の俺はそっとグラスの中身をすすりながら、話に耳を傾けていた。

 

 みんなが話す内容にそれぞれに共通しているのが『リサへの感謝』。それは今日に限定した事ではなく、普段からの思いも全て。

 ふと冷静になって思い返して見ると確かに気持ちは理解できる。

 笑顔が絶えないリサのことだ。本人は気づいていないんだろうが、精神面で一番Roseliaをサポートしているのは間違いなく彼女で、今日の欠員できっとみんなはそれを大きく理解した。

 

 もとよりそこまでお喋り好きではないバンドなんだ。練習中なら尚更で、だからこそ普段の喧騒が失われた時に寂しさを感じる。予想でしかない考えだが、俺なら多分そう感じるだろう。

 

「あっ、リサ姉ちょっと泣いてる〜!」

 

 宇田川さんの声にはっとなると、顔を上げてリサを見る。すると、そこには確かに涙が目の縁を彩っていた。

 

 俺は静かに席を立つと、空になったグラス持ってその場を離れる。あまり俺がいていい雰囲気ではないだろう。女子には女子の、RoseliaにはRoseliaの空気があるのだ。

 俺はしばらくドリンクバーの機械を眺めながら時間を潰し、頃合いを見て席に戻る。注ぎ直された飲料に目を向けると、湊さんが口を開いた。

 

「長かったわね」

「ちょっと何飲もうか迷ったんだよ。ほら、ドリンクバーだし」

「ふふ、そうね。迷ったなら仕方ないわ」

 

 一通り落ち着いたのかリサの涙は引いていて、穏やかな空気が漂っていた。

 

「修哉」

「ん? なに?」

「その……リサだけじゃなくて、あなたにも伝えようと思って。いつもありがとう」

「……っ、ど、どういたしまして?」

「私からも。いつも本街さんがいるおかげでとても助かっているんです。次回からは休むことが無いようにお願いします」

「あこも! 修哉さんにはいつもいてほしいです!」

「わたしも……です……」

「り、了解……」

 

 な、何この褒め殺し? リサだけじゃなかったの?

 ちら、と横目でリサを見ると、湊さんの方を眺めて優しく微笑んでいた。

 

「あなたはあまり自覚が無いようだけど、Roseliaにとってもうあなたはなくてはならない存在なの。だから、また今回のようなことがあってはバンド全体が困るわ。……あと、私も

「────」

 

 恥ずかしそうに逸らされた瞳に、僅かに傾く輪郭に、流れるように滑る銀髪に、全てに目線が奪われてしまい浮かぶ言葉が出てこない。ただ金魚のように口をパクパクさせながら、曖昧に視線を漂わせることしか出来なかった。

 

(なるほど、リサはこれを喰らってたのか……)

 

 これは確かに恥ずかしい。そして、確かに泣きそうになる。

 

「うん、次からは気をつけるよ。絶対参加するようにするから」

「お願いするわ。第一、あなたは過去にも一度休んでいるでしょう?」

「あれは風邪だから仕方ないだろ……いや、体調管理も気をつけるけど」

 

 湊さんからお願いされたなら、断るわけにはいかないだろう。

 なんならまたお見舞いに来てほしい。というか家に遊びに来てほしいなー、なんて思いながら、俺はふっと小さく笑った。

 

「お待たせ致しました〜。特盛超お得ポテトになりまーす」

「おっ、きたきた〜♪」

「それじゃあ……いただきます!」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

 一斉にポテトの山に手が伸びる。

 会話に花を咲かせるテーブルには、いつもと変わらない笑顔が浮かぶ。

 

 

 冗談交じりに話を繰り広げながら、俺たちは時間を忘れて笑いあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、湊さんが転んだって場面の話詳しく」

「あこ、話したら……分かるわね?」

「宇田川さん、話してくれるよね?」

「あっ……あこはどうすればいいんですかーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 





ということで後編でした。
予定では前話を投稿した次の日に更新するつもりだったんですが、内容的な問題で少し遅れが出てしまいました()

少し長くなってしまいましたが許してください。悪気はないんです。

またイベント走りながらちらっと書いてひょこっと投稿すると思うので、その時はよろしくお願いします。
ではまた次回!!


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