天竜人は地に落ちた。まがねちゃんはそう嘯く (kurutoSP)
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アラバスタ編
さあ、始めよう、まがねちゃん流世界に対する嘘のつき方


「う、うーん。あーあ、死んじゃった。死んじゃった。これから面白くなるところだったのに、まがねちゃんは死んじゃいました。あー残念だなー」

 

 築城院真鍳は自分の意識が浮上して、まず先に自分が主人公に殺されてしまったのを残念に思っていた。

 

 しかし、彼女は死んでしまったのを悔いるのではなく、これから起こるであろう出来事に関われないのを残念に思っていたのだ。

 

 だからこそ、今の現状を確認せず、ただやりたかったことをツラツラと思い返していた。

 

「うるせーぞ!このガキ、静かにしやがれ」

 

「およ?地獄の門番かな?なら此処は地獄かな?でも、まがねちゃんは()()()()()()()()()()()()()

 

「何言ってやがる。ここは海賊船だ。恐怖で頭がいかれたか」

 

 彼女は声した方を軽く確認し、そこに鉄柵を見た。

 

「おっやぁー、これはまがねちゃんは捕まってしまったのかなぁ?それに地獄じゃないなんてとっても残念」

 

「何言ってんだ。気でも触れたか?」

 

「いやいや、まがねちゃんは捕まっていないよね。これは()()()()()()()()()()()?だってまがねちゃんは何も悪いことしてないから()()()()()()()()()()。ねえおじさん?」

 

 男は檻の中の綺麗な商品の明らかに狂った言葉に付き合いきれず、適当に言葉を返し去ろうとする。

 

「それはお前の檻だ。俺が()()()()()()()()だろうが」

 

 しかし、男はこの場を去れない。

 

「嘘の嘘、それはくるりと裏返る」

 

「なっ!」

 

 男はさっきまで檻にいたはずの少女が檻を抜け出し、自分が檻に入っている現状に驚いた。

 

「ほらね!まがねちゃんは檻に入って居ません。あははは」

 

 整った顔が不気味に歪む。その表情からは人らしさを感じられない。男は人ではないなにかと対峙している気分を味わう。

 

 それと同時に、自分の陥った摩訶不思議な現象に一つ当てはまるものを導き出した。

 

「悪魔の実の能力者か!」

 

「ん?悪魔の実?何それ。状況的にその悪魔の実とやらがあるとこんな超常的なことが出来るのかな?」

 

「何の悪魔の実だ!」

 

「んー。何と言われてもわからないのだけれど。悪魔の実なんて知らないし、教えてほしいくらいだよ」

 

 まがねは死んだと思っていたので今の状況を完全に把握していないが、断片的事実からあらゆる可能性を模索する。その思考は常人では考えられないほど早く、そして膨大な情報を処理している。

 

 ただ、彼女の顔は変わらない。何も考えていない様に見えるし、考えている様にも見える。そんな彼女の不気味さに男は言い知れぬ恐怖を感じる。

 

「あは!そうだねー。私は悪魔の実についておじさんにもう教えてもらってたんだ。いけないいけない、まがねちゃんはぼけてますねー」

 

「何言ってやがる。悪魔の実のことなんてお前なんかに教えるわけないだろ!寝言はね…て………」

 

 男の意識はそこで途切れる。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。じゃあ、悪魔の実は食べれば凄いことができるけど、そのかわりカナヅチになるってこと。そうでしょ、おじさん」

 

 まがねの視線の先の虚ろな表情の男がその問いかけに答える。

 

「ああ。海に嫌われること以上に力が手に入るから、かなり貴重で高価な品だ」

 

「うんうん。よく分かったよ。ありがとう」

 

 まがねは自分が置かれている状況を少しずつだが理解してきた。だからこそ、彼女は数ある仮定を並べては消去し、又は積み上げ、その中に光る情報を見つける。

 

 だからこそ彼女は素直に男に感謝した。

 

「本当に助かったよ!じゃあ死んで

 

 だから笑顔のまま男の首に鋭い蹴りを入れ、その骨を折る。

 

 彼女は死んだ男のことをすぐに忘れた。

 

 彼女にとって価値の無いものに成り下がったためだ。

 

 だから彼女は男の死など気にしない。その死も彼女にとって価値の無いものだからだ。

 

 だから彼女は次のイベントを待ちわびていた。

 

「やっぱりまだまだ足りないなー。それでもこの世界は楽しめそうで良かった良かった」

 

 彼女は朗らかに笑う。

 

 

 

 

 

 

「クソ!こんなところで王下七武海に出会うなんてついてねぇ。野郎ども、急いで船を岸からだせ!」

 

「「「おう」」」

 

 まがねを乗せた海賊船は慌ただしくなっている。海賊たちは急いで帆を貼り、錨をあげる。

 

 そんな様子を眺める彼女はごく当たり前の様に船長らしき人のもとにまで、向かう。

 

「王下七武海って何?」

 

「こんな忙しい時にうるせえぞ!前にも言っただろうが、政府の犬に成り下がった海賊だ。あんな狂った連中と戦ってられるか!ん?」

 

 律儀に聞こえた声に反応した船長だが、この船に似つかわしくない女の声に訝しがる。

 

「何モンだ!」

 

 急いで振り返り、剣を女に突きつける。

 

 剣を突きつけられた女はその顔に笑みを浮かべたまま微動だにせず、何が嬉しいのか、おかしいのか、笑いながらこちらに話しかけてくる。

 

「あははは!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!そんな無駄なことよりも私のために踊ってくれない?」

 

 あまりに傍若無人な物言いに、もともと海賊になる様な頭のネジが緩い男は即座に剣を振り上げつつ、目の前の女を殺そうとする。

 

「なら死ね!」

 

「もう、危ないなー」

 

 彼女は危うげなくその一撃を躱し、頭に軽くゲンコツを入れる仕草し、

 

「うーん。失敗失敗」

 

 そう嘯く彼女は、死の危険が迫るのにその笑顔は全く変わらない。

 

 しかし、そんな不気味な彼女の様子を船長の男は強がりだと感じ、言ってはならないことを口にする。

 

「やっぱりハッタリか!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今度こそ死ねぇぇぇぇ!」

 

 彼は海軍支部大佐を仕留めたことのある自慢の一撃を繰り出す。

 

 だが、そんな死の運命が迫っている中、彼女は今度は回避行動をまったく取らない。

 

 男は生意気なガキを仕留めたと確信した。

 

 しかし、彼女の口が裂けるのではないかというほどの深い笑みが体格的にも、状況的にも有利なはずの彼を不安にさせる。

 

嘘の嘘、それはくるりと裏返る

 

 彼女の紡ぐ声は不思議と周りの海賊達の喧騒にかき消えずに彼らの耳にスッと入っていく。

 

「「「なっ!」」」

 

 少女の体を真っ二つにする一撃はたしかに彼女に当たるはずだったのに、結果はただ、床に剣が突き刺さるのみ。

 

 明らかにおかしな結果に誰もが口を噤む。

 

「だから言ったでしょ!」

 

 楽しそうな少女の声に誰もが言い知れぬ恐怖を感じる。

 

「バッ、バカな」

 

 海賊の中で最も驚いていたのは勿論船長の男であった。

 

 この今まで以上に危険な海で、部下を纏め上げ、海軍を追い払った最強の一撃を何事もなかったかの様に躱すこともせずに、どうやったか分からないがくらわなかった。

 

 信じられない彼は何度も彼女に斬りつける。

 

 しかし彼女はただ楽しそうに笑うのみ。

 

 そしてだんだんと剣が振るわれる間隔が長くなり、疲れ果てたのかその剣の切っ先は下を向き、剣は細かく震える。

 

 誰もが訳の分からない現状に恐怖を覚える。

 

 誰もが彼女は化け物だとしか思えず。心が折れる。

 

「おやおや。もう終わりですか?つまらないなー。せっかく悪魔の実なんて面白いことを知ったのに。残念。これで全てか」

 

 彼女は男から背を向け悠然と全体が見渡せる場所に足を向ける。

 

 彼女の隙を攻撃するものは1人も現れない。

 

 彼女のために道を開け、場所を譲る。彼女がこの場の支配者だと誰もが信じ込んでいるかの様に、彼女か最も強者であるが様に恐れ、恐れ、ただ恐れる。

 

 人は理解できないモノを恐れる。

 

 彼女はまさしく理解できない存在だった。

 

 悪魔の実の能力者でも、攻撃を受ければ、その痕跡が一瞬でも残る。だが、彼女はそもそも攻撃を受けていない様にしか見えない。なにせ、剣が振られたと思ったら、いつのまにかその剣は床に刺さっている。まさしく誰もが理解出来ない何かが起きているしか思えない。

 

「じゃあ最後にパァーッといこうか!それが良いよね。それしかないよね!だってそれが最高に面白いと思わない!」

 

 誰も彼女に反応できない。誰も彼女に目をつけられない様に息を潜める。

 

「元気ないねー。まぁ、まがねちゃんはどちらでも構わないだけどね」

 

 彼女の場に合わない無駄に明るい振る舞いから、声のトーンがいきなり落ちる。

 

「どうせ結果は変わらない。あっ、ゴメンねー。まがねちゃんらしくなかったなかった。これが私だよねー。うんうん、じゃあ、最高の結末が何か教えてあげよう!」

 

 またすぐに彼女は調子を取り戻す。

 

 ただ、彼女の雰囲気が戻れども、壊れた空気は元には戻らない。

 

「最高の結末はねぇ」

 

 彼女はそれは可笑しそうに、本当に可笑しそうに、これからおきることを楽しそうに思い浮かべているのか、ここまで言って笑いが彼女の口から漏れでて、言葉が途切れる。

 

 静かな空間に彼女の狂った笑い声が満ちていく。誰かが、その狂気に耐えきれず、崩れ落ちる。

 

 彼女はひとしきり笑い満足すると、それはそれは楽しそうに自身にとって最高の、彼らにとっては結末の言葉を口にする。

 

「ここにはいる人は既にみ〜〜んな死んでいるって最高の結末じゃない」

 

 誰も彼女の言ったことを理解できない。

 

 それもそうだ。誰一人彼女の言葉を聞き、そして息をして、視界に映る彼女を見ているのだから、死んでいるなど言われても理解できない。

 

「ふざけるな!」

 

 誰かが声を張り上げる。

 

 その声につられる様に、彼女の言葉を否定する声が、言葉がドンドン増えていき、遂には彼女を恐れていた者も場の雰囲気、隣にいる仲間の存在、そしてふざけたことを言う少女はただ一人でこの場にいる。

 

 誰もが、彼女の不思議な力を忘れ、隣のものの言に賛同していく。

 

 誰もが一体感を持ち、なんの根拠もない自信を胸に、否定をしていく。

 

 そう、この場の彼女以外、意識あるものが全員一つの意思の元に団結し、彼女を追い出そうとする。

 

「嘘つき!」

「馬鹿言うんじゃねえ!」

「俺たちは生きているじゃねえか!」

 

 否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定……………………………………

 

 ただ一つの嘘を否定していく。

 

 彼女はそんな彼らの様子を楽しそうに、賞賛を浴びるように、その腕を開き、目を閉じてその口を引き締め、その身から溢れ出そうとする歓喜を閉じ込めるように、その腕でその体を抱き込む。

 

「ああ、ああぁぁぁぁぁ!最高!最高だよね!みんな分かっているじゃない!」

 

 身体を腕で抱いた後、その身をかがめて閉じ込めるように、そして下を向いて噤んだ口を開き、この場の誰も理解出来ないことを言ったのだ。そして彼女はその顔を上げ、立ち上がる。

 

「これが最高!これほど生にしがみつき、死ぬとも思っていない人間が、突如理不尽に全てを刈り取られる。自分達は大丈夫だと間抜けにも思うものがポックリと死ぬのは笑えるよね。まがねちゃんが好きなものはたくさんあるけど、ここに来て今が最も最高に楽しい瞬間だよ!君たちは私に快楽を与えてくれたのに本当に感謝しているよ!だからね。私のお返しをあげるね」

 

 船長の男は次の言葉を言わせてはならないと何故だか思い、声を張り上げる。

 

「全員奴を殺せぇぇぇぇ!」

 

 その場にいた海賊は即座に反応し、武器を抜く。ここで動かなければ死が待つのみだと、先ほどまで感じていた万能感をかなぐり捨て彼女の声をかき消そうと大声を出し合い、彼女を殺そうとする。

 

 ただ、全てが遅かった。既に彼女は彼らの命をにぎっていたのだから。

 

 だから、囁くように、されど聞き逃すものが誰もいない。それは死の宣告。

 

「嘘の嘘、それはくるりと裏返る」

 

 動くモノ全てが倒れ臥す。

 

「そして全てが死んでいましたとさ」

 

 静かな海賊船が中途半端に貼られた帆が風を受け、フラフラと岸から離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、馬鹿どもが、海賊としての格が違うって言うのに、理解できないとはな。ロビン、逃げた奴らはどこに行った!」

 

「ふふ、あなたの力ならどうせすぐ終わるのだし、そんなに怒鳴って聞かないで頂戴」

 

「すまんな。最近馬鹿どもが増えて面倒くさいんだよ」

 

「まあ、それには賛成ね。それと逃げた海賊は向こうよ」

 

「そうか。いくぞ」

 

「ええ、了解よゼロ」

 

 砂漠を歩く男と女、逃げた海賊を追い、彼女に会うまであと少しのことである。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

「うっ、何で床に倒れているん…だ!ひっ!

 

 男は目の前にいる同僚の瞬きすらしない土気色の顔を見て悲鳴を上げてしまった。

 

「ん〜?まさか生き残りがいたなんて。ガッカリ、最高の結末だったのに」

 

 嫌なほどの静寂は男の方に近づいてくる足音を伝えてくる。

 

「ここら辺だったような気がするなー。どこかなー?ここかな!それともこれかな?」

 

 自分に近づいては離れる足音に恐怖を味わいながらも、動かす死体のフリをする。

 

 そして足音は遠ざかる。

 

 彼は恐怖で動かぬ体に感謝した。

 

 だが、その感謝もそう長くは続かない。

 

「なーんてね!」

 

 男は突然腹部を襲う衝撃に耐えきれず声をあげ、吐いてしまう。

 

「うわ!汚いなー。このセーラー服はまがねちゃんの一張羅なのに、掛かったらどうするつもりだったんですかねー!」

 

「ぐっ。す、すみません。すみません。命だけは」

 

 再度男の腹を蹴り上げる。

 

 男は恐怖に震え、ただ耐え、慈悲を乞う。

 

「うーん?何言ってるの?私は皆殺ししたかったんだよ?それがあなた達の最も最高の使い方であり、価値ある使い方なんだよねー。私は私のためにあなたを殺す。それ以外の運命は君にはないんだよ。クスクス」

 

 彼女は残酷な言葉を連ね、最後に態とらしい笑いを付け加え彼を追い詰めていく。

 

 彼は自分の運命を悟り、ただ涙する。

 

 しかし、彼女は単なる殺人鬼ではない。

 

「でもー。まがねちゃんは今困っていることを思い出したんだよね。聞きたい?」

 

 彼女の顔に笑顔が浮かぶ。

 

 彼は最後のチャンスを逃さないように必死で頷く。

 

 だから彼は彼女の浮かべていた笑みを見ていない。

 

 それは切れることが約束された蜘蛛の糸であるが、男は躊躇なくすがりつく。

 

「実はね。まがねちゃんはこの世界のことについて何も知らないんだよねー。だから教えて欲しいの?」

 

 男は躊躇なく頷く。

 

「そっかー、なら()()()()()()()()()()()()()!」

 

 男はそれに嬉しそうに頷くが、彼女は顔を歪め、不愉快感を露わにするのを見て男は何を間違えたのか分からず慌てる。

 

「駄目だなぁ。喋らない人形には用はないよ」

 

 ぞっとするような冷たい声が歪んだ笑顔に濃密な死の気配を感じた。

 

「あっ、う…あ」

 

 一歩一歩近づいてくるまがねは彼にとって死神の歩みに見えた。

 

 だから、必死に無い知恵を絞り、恐怖を生存本能で弱める。

 

「あっ、ありがとうございます。そんなことをして頂かなくても一人で帰れます」

 

 彼はそれでも彼女の提案が嘘のように感じ、殺される可能性を思い出したため、急いで一人で帰れる旨を彼女に進言する。

 

「……………………」

 

 男の返答に満足してまがねは何かを呟く。必死だった男には耳に残る言葉が残らない。

 

「いやー。それでいいよ。じゃあ、聞くけど、その前に嘘をつかないでね」

 

 男は反抗心の欠片も残っていなかったため、即座に肯定する。

 

「それとも()()()()()()()

 

 彼女は彼が嘘を欠くつもりがないことを半ば確信している。だが、それでも彼に虚実を囁く。

 

 そして彼女の細められた目に見つめられた男は彼女の良い様に操られる。

 

「滅相もありません。()()()()()()()()!」

 

 彼女の言は余りにも荒唐無稽すぎ、嘘を吐くつもりのない男は彼女が恐らくそんなことを微塵も思っていないことを半ば確信しつつも、彼女の機嫌損なわないように否定する。

 

 彼女は笑う。

 

嘘の嘘、それはくるりと裏返る

 

 じゃあ、お話しにしようかと彼女は今までの雰囲気が嘘のように柔らかい空気を生み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんうん。なるほどねー。大海賊時代に世界政府、天竜人と四皇、七武海に革命軍」

 

 彼女は適当に知った言葉を並べるが、その見た目とは違い、既に自分が欲しいピースを手に入れ、これからについて考えていた。

 

 そんなこととはつゆ知らず、男は彼女が納得したように見えたので、恐る恐る彼女に進言する。

 

「これで岸に帰してくれますか?」

 

「ん?ああ、いいよいいよ。私の欲しい情報は手に入れたから」

 

 男は喜びボートに乗り込もうとして、歩いて海に落ちる。

 

 男の落ちたあたりに気泡が生まれているが、海の男たる海賊の一員が海水面に浮き上がることは無い。

 

「ああ、いい忘れていたけど、まがねちゃんは嘘つきなんだ。でも、約束は守ってあげるよ。私はあなたを殺さない。でも、嘘があるとすれば一つだけ、私があなたを無事に岸に送る気がないことだけだよ」

 

 彼女は上がる気泡を愉快そうに見つめながら、更に続ける。

 

「だから、貴方に海だろうが、船の上だろうが、灼熱のマグマの上だろうが、歩くように()()()()あげたんだ」

 

 彼女の笑みは深く深く、その綺麗な顔を醜く装飾する笑みを張り付け、消えていく男の最期を思い浮かべ、顔を赤らめる。

 

「まがねちゃんは、嘘つきだけど、単なる嘘つきじゃないんだ!嘘はつくべき時につけばいい。私は殺人鬼。だから人を殺すためにつく。でも、私は単なる殺人鬼じゃないんだ。快楽殺人鬼なんだ!だから、最高の快楽を味わうためには私は聖人にも何でもなる。まあ、嘘だけどね。クスクス。この世界に来た時、私は新たな快楽に我慢できなかったんだ。だから、最高の嘘をつけるように、最高の快楽を得るためにあなた達は利用価値があったんだ。だから、君には感謝しているよ。知りたかったことを教えてくれたからね。だからわざと希望を上げたの。そして生きるチャンスを上げたの。この世界に魚人やら、海の生物とかいるから、万が一助かるようにあえて、逃がしてあげたんだ」

 

 彼女は既に気泡が見えなくなった海をひたすら見て、顔に聖女の如き仮面を張り付け微笑みつつ、十字をきる。

 

「でもね!まがねちゃんは自分の楽しみを邪魔されるのは嫌いなんだ」

 

 仮面はすぐに剥げ、邪悪な悪魔に早変わりする。

 

「だから、貴方は死ぬ。この船の中で最も苦しみながら死んでいく。希望は輝くほど絶望はより濃くなる。最高の表情だったね!」

 

 彼女は死体をまるでないかのように歩く。既に彼女の興味は溺れた男に移っていたので、彼等はもう彼女にとってゴミである。

 

 彼女は過去をなつかしまない。利用しても、それをわざわざ記憶にとどめることは無い。彼女にとって単なる知識になり果てる。

 

「さて、この世界は面白いなー。こんなに歪み壊れそうなのに成り立つなんて、私の好きな虚飾が世界を繋ぎ留め維持しているなんて。それが何かまではまだピースが足りないから分からないけど、どれを壊せばいいかは簡単だね」

 

 彼女は空を見据え、今日一番の笑みを浮かべる。

 

「楽しみだなー。天を落とし、その使い、地を這いつくばるゴミの価値を変えたら楽しいだろうなー」

 

 彼女は空に手を掲げ、まだ嘘な事実を一つだけ吐く。

 

「天竜人は天の座から落ちた」

 

 そしてクルリと人差し指を空でまわすと、

 

「嘘の嘘、それはくるりと裏返る」

 

 最後にフィンガースナップをする。

 

 世界は変わらない。ただ、彼女は世界に嘘を吐いた。

 




築城院真鍳
 言葉無限欺という自分の言った嘘に言霊を込め、その言葉を相手に否定させることにより、現実を捻じ曲げ、嘘を真実にしてしまう能力を持つ。
 性格は最悪。
 人間としては壊れているが、その分人間以上にメンタルが強く、化け物並みである。
 その戦闘能力も決して低くない。


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まがねちゃんは舞台作家になる

「何だ?これは、誰が俺の獲物を横取りしやがった」

 

 ミスターゼロとロビンに呼ばれていた男、王下七武海のクロコダイルはアラバスタから逃げた海賊を追い、岸でフラフラと波に揺れ動かされる目的の船を見つけ乗り込んだのだが、その船には死体しかなかった。

 

「ちっ。ふざけた真似をしやがって」

 

 クロコダイルは死体を踏みつけ、ミイラにする。

 

 少しだけ気分がすっきりとした彼は、この船を襲った何ものかに船の財宝は全て奪われてしまっていると考え、葉巻をゆっくりと取り出すと、火をつけ軽く一息つくと、船を出ようとする。

 

「おお!それが王下七武海クロコダイルのスナスナの実の能力かなー。おっそろしいモノだねー。まがねちゃんビックリ」

 

 しかし、突然背後から拍手の音がし、クロコダイルは振り返る。

 

 そこにはこの場に似つかわしくない綺麗な汚れ一つない服と整った顔立ちの少女が軽く積まれていた死体の山をイス代わりにして腰かけ、手を叩いている。

 

「何もんだ」

 

 そんな場違いな少女に対し、クロコダイルは半ば確信を持ちつつも問いかける。

 

「おお、聞いてくれちゃう?聞いてくれるの?私は築城院真鍳だよ」

 

「聞いたことねえ名だな。何が目的だ」

 

「おやおや、王下七武海クロコダイルと言えばアラバスタの英雄ではございませんか!英雄に会ってみたいと思うのはファン誰もが持つ心じゃない」

 

 大げさなリアクションにパフォーマンスに少しイライラしてきているクロコダイルは彼女の相手が面倒になり、葉巻を加えなおすと、右手を掲げ、振り下ろす。

 

「それは良かったな。じゃあ、俺様の獲物を横取りしたアホウは死ね」

 

 彼から放たれる砂の斬撃とでもいう一撃が彼女の胴体に向けて振るわれる。

 

 その一撃は彼女の元まで届くと、周囲の水分を根こそぎ奪いつくし、死体の山がミイラの山へと変化する。

 

 しかし、彼の表情は変わらずしかめっ面である。

 

「ちっ」

 

「危ない危ない。いやー、怖い怖い。まがねちゃんもあと少しで乾燥ミイラになっちゃうところだったよ」

 

 まがねは口では恐怖を口にするが、その顔は笑顔のまま、その服には砂一つついておらず、横っ飛びに避けたのか、片膝をついての着地姿勢のままクロコダイルを見ている。

 

「再度聞くが、何もんだ?」

 

 手のひらで砂を操りつつ、クロコダイルは問いかける。

 

 少しでも気に食わない答えだったら殺すと言わんばかりにその手をまがねに突きつける。

 

 そんな命の危機にさらされた彼女は軽く指を顎に添えると、少し首を傾げる。

 

「んー」

 

 そのまま少し考えるポーズを続けていたが、何かいいことでも思いついたのかその顔に笑顔を浮かべる。

 

「まがねちゃんはね、貴方の仲間になりたいの。手土産はこの船全部!話の続き聞く?」

 

「………ふん」

 

 興味を持ったのか、掌で渦巻く砂を握りつぶし、先を促す。

 

「おお!世迷言と切り捨てず、聞いてくれる!感謝歓迎雨あられ、まがねちゃんは」

 

「さっさと話せ」

 

「おや、せっかちだなー。怖い雰囲気を和やかにさせようとしたのに。まあ、いいか」

 

 まがねちゃんはニコニコした表情を一変させ、真面目な空気を纏った。

 

 この空気の変わりように、相当場慣れしているクロコダイルさえ呑み込まれ、彼女を見て、その次の言葉を静かに聞こうとする。

 

「まず、仲間にしてほしいってのは本当だよ。だから、この船にあるモノ全てをあなたに献上すると同時に私の有益さをアピールしているってわけさ。戦力が欲しいのはどこも同じだと思うんだ~まがねちゃんはね。後は、あなたは情に流されないから組むには最適だしね。王下七武海のあなたにとっては何ら珍しい話でもないよねー。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まがねの浅い言葉にクロコダイルは騙されない。

 

 彼は人を信じない。だから、いつも冷静に自分の考えで物事を測ることが出来る。

 

 だから、彼はこんなガキに時間を無駄に使ってしまったことを後悔するのと同時に、格の違いを見せつけることにした。

 

「思ってもねえことを口にすんじゃねえよ。俺はガキや俺に嘘を吐く奴は嫌いだ。仲間も部下もいらねえよ!」

 

 まがねは口が裂けんばかりに笑う。クロコダイルはそんな彼女の様子が気に食わないのか加えていたはずの葉巻を噛み千切る。

 

 さっき握りつぶした砂の渦巻きを再度手の中で作りだし、それを投げつけるような姿勢に入る。

 

「俺とお前との格の違いを理解してから言うんだな」

 

 そしてまがねをもろともこの船を吹き飛ばそうとし、彼の耳に彼女の声が届く。

 

「嘘の嘘、それはくるりと裏返る」

 

 彼の動きが止まる。それを見たまがねは彼にそっと近づく。

 

「私も仲間も部下もいらないんだー。気が合うね。これからもよろしくね砂鰐ちゃん」

 

 彼女はさっきまで自分を殺そうとしていた男に何も躊躇なく近づいたかと思えば肩に軽く触れる。

 

「次その名前を言ったらぶち殺すぞ」

 

 彼は乱雑に肩の手を払いのけるが、殺気は全くと言っていいほどない。

 

 そんな彼の様子が面白いのか、彼女はわざと彼に近づき耳元で囁く。

 

「了解。でも私のことはま・が・ねちゃんでいいよ

 

 初めての仲間にどう反応していいか分からないクロコダイルは彼女を強引に押しのけると、自分の様に空中を移動できない彼女のためにボートを海に落とす。

 

「まだ仲間になったばかりで何も分からねえだろうから、俺の目的と計画を話してやる。だが、まずはこの船を出るぞ。だから、さっさと荷物をまとめとけ。でないと置いていくぞ」

 

 不器用ながら優しさがある対応に、人の心に敏感な悪魔は笑い、その神経を逆なでにしつつも、彼の命令を素直に聞く。

 

「仲間を信じない人間が信じる唯一の仲間。いいね。これが壊れたらどんな反応をするかな」

 

 船内で一人になった彼女は財宝に移る歪んだ自分を見ながら、一つ一つ自分の歪んだ思いをしまい込むように袋に詰めていく。

 

 されど、それでもしまいきれない彼女の底知れぬ悪意は口からあふれ出る。

 

「楽しみだなー。ああ、本当にたのしみだなー。アハ!アハハハハハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい仕事仲間だミス・オールサンデー」

 

「初めまして、築城院真鍳だよ。気軽にまがねちゃんと呼んでね」

 

 ニコ・ロビンはにこやかに笑う彼女をどう扱えばいいのか分からなかった。

 

 だから無難に自己紹介をし返す。

 

「私はミス・オールサンデー。あなたの隣にいるミスター・ゼロのパートナーよ」

 

 二人の自己紹介が終わったと見たクロコダイルはロビンに命令する。

 

「こいつはお前の補助だ。こいつにバロックワークスのことを教えといてやれ」

 

 そう言うと一人先に帰るクロコダイル。

 

 取り残されたロビンは自分を楽しそうに見るまがねをどう扱っていいのか、そもそもクロコダイルとはどんな関係なのか分からず途方に暮れていたが、とりあえず、会社のことを説明しつつ拠点に帰ることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコ・ロビンがバロックワークスの説明をするのを静かに後ろで聞いているまがねは、クロコダイルから得た情報と照らし合わせつつ、彼から聞いた彼女の情報を思い浮かべていた。

 

「ニコ・ロビン。世界の嘘に、世界の真実にたどり着ける存在。まがねちゃん運がいい」

 

 彼女はクロコダイルに渡すべき財宝の一部を手でいじりながら、その綺麗な財宝が風にあおられた砂で汚れていく様を楽しそうに見ながら、それを掲げると、地に落とす。

 

「悪魔の子が真実を知るすべを持ち、神様は嘘を吐く。舞台はそろったかな?」

 

 彼女は落とした財宝に見向きもせずに、前を歩くニコ・ロビンを見て、そして空を見る。

 

「後は落ちている真実の欠片を手に入れ、嘘の断片を混ぜるだけ」

 

 彼女は今度はいつの間にか拾っていた石っころを地面に落とし始める。

 

 彼女は後ろを振り返り、ただ砂が広がる大地を眺める。

 

「後は風が吹くままに。最高のタイミングで幕を開けるだけ」

 

 楽しそうに何もない砂漠を眺めつつ、少し離れ、歩くのを止め待っているロビンの元へ駆け寄り、珍しく真実を言う。

 

「まがねちゃんはあなたの事が大好きだよ」

 

 ロビンの反応を見て、まがねちゃんは満足して歩き始めるのである。



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まがねちゃん流暇の潰し方

短っ!


 まがねは暇だった。

 

 それもそのはず、クロコダイルは初めての仲間でどう扱っていいのか分からず、腹の内が読めないニコ・ロビンの警戒役として信頼できる仲間を配置しただけで、具体的にどうするか決めておらず、そして彼女を使わない最大の理由はもう既に計画を実行するだけの戦力が揃っていることである。

 

 つまり、クロコダイルは彼女の扱いに困り、結果放置という形になり、ニコ・ロビンに至ってはクロコダイルとの関係が見えず、彼女がどのくらいの権限を持っているのかも分からず、推測できるのは彼女が監視役で、監視役を任せる程度にはクロコダイルに信頼されているということである。

 

 だから、ニコ・ロビンも彼女に対して仕事を頼むわけにもいかないし、頼まなくてもクロコダイルが出来ない仕事を割り振ることもないので自分一人で何とかなってしまうのだ。

 

 だから、まがねは暇だった。

 

 だから、まがねは人を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、やっぱ詰まんない」

 

 彼女は海軍の船の中佐に当てられた部屋で一人ベッドに寝転がり呟いていた。

 

「中佐程度じゃあ何も知らないか。あーあ、進展なし」

 

 本来の部屋の主はベッドの下に無造作に転がされ、その補佐官と思われる男性も床に転がされている。

 

 彼女がベッドで部屋の主の代わりに転がっていると、電伝虫が鳴る。

 

「およ?確かこれは電話のかわりだったかな。ひょいっと」

 

 彼女は無造作に受話器を取る。

 

『こちら海軍本部!そちらは巡回任務にあたっておられる〇×中佐ですか?』

 

 彼女はその言葉を聞き、良いことを思いついたのか鼻をつまみ、声を低くすると、

 

「こちら〇×中佐でありま……。どうした、補佐官?呼んではいないぞ。なっ!まっ待て」

 

 奪った拳銃をぶっ放す。そこで彼女は自分の素の叫び声も入れた。

 

『もしもし!』

 

 向こう側から焦った声が聞こえ彼女はますます演技にのめり込む。

 

「ぐっ。裏切りも…」

 

「やっ止めて。私は見逃してよ」

 

 彼女はそこで区切るとまた銃を乱射し、周囲の調度品を壊すとガラスを割り、外に凶器の銃を投げ捨て、受話器を下ろす。一人二役を演じた彼女は一仕事終えたように額をぬぐう。

 

「ふう。さーてと。楽しくなってきたー」

 

 彼女は近くにある書類もトランクに詰め海に捨て、ついでに補佐官の死体の服をはぎ取り、自分の服にその補佐官の血を付けた後、彼を海に捨てる。中佐の死体も帽子などの一部の分だけを残して海に捨てる。

 

 そして近づく足音を聞きながら、急いで正義のコートを羽織ると帽子をしっかりと被り、部屋の外に出る。

 

 既に部屋の近くにまで来ていた海兵が部屋から出てくる自分を見つける。

 

 まがねは海兵を無視して彼等が来る方とは逆側に、そしてより船内へと走っていく。

 

 その様子を見た海兵は止まるように命令する。

 

「おい、中佐殿がおられない!」

 

「連れてきた女も、血まみれの服しかないぞ!」

 

「補佐官は何処だ?」

 

 彼女の背後で騒ぎが拡大する。

 

「さてさて犯人は誰でしょうか」

 

 彼女は笑いながら、ポケットに入ってた補佐官の者と思われる手帳を床にわざと落とす。

 

 彼女は走りながら倉庫を見つけそこにいったん隠れる。

 

 そして彼女はこの船の見取り図を取り出し、そして彼女は倉庫が目当ての食糧庫であっていたことに自分を完璧と褒めながらも、コムギをバラまいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方海兵たちは、現場の惨劇と逃走したものが落としたもの、いなくなった補佐官などから彼女の嘘の真実を推測しつつあった。

 

「現場にあった服や帽子は中佐殿とその中佐殿がナンパした女性のものだと考えて間違いないと思われるがどうだろうか?」

 

「間違いないだろうな。付け加えるなら、二人とももう海に捨てられていると考えられるな」

 

「ふむ。何故捨てたのか分からないが、現場から逃げた一人の海兵とその海兵が落としたものと思われる手帳から犯人は補佐官で間違いないかと思われる」

 

「とにかくだ急いで犯人を捕まえるとして、女性はどうする。海軍の中佐が仕事中にナンパしたというだけでもばれたら頭が痛い問題なのに、その女性が海兵に殺されましたとなるとまずいと言うだけではないぞ!」

 

「さっきからひっきりなしになっている本部の対応も急いでしないと、私たちの首が飛びますよ」

 

「とにかく、本部には犯人の情報を上げて茶を濁しておけ!その間に我々は船を捜索だ」

 

 急いで万が一の場合の代理司令官を立て、中佐が殺されてから厳戒態勢に移行させていた海兵に捜索命令を出そうとして船が揺れる。

 

「なっ何だ?」

 

「おい、何の爆発音だ」

 

「敵襲か?」

 

「報告を早くしろ」

 

 船はあわただしくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消火しろー!船が燃えるぞ。急げ急げ」

 

 まがねは爆発した食糧庫を眺めつつ、食料班の服に身を包みつつに大声で火事を知らせる。

 

 それに反応した海兵が続々と現場に集まり、彼女は人混みに紛れてしまう。

 

 彼女はそのまま騒ぎを広げるため至る所で嘘を吐く。

 

「火事が武器庫で起きました!」

 

「火事が兵舎の一角で起きました!」

 

「火事が食堂で起きました!」

 

 それを信じ、そこに向かう者ども、逆に間違いだと指摘する者たち。

 

 だが誰も関係なく現場は混乱する。

 

「嘘の嘘、それはくるりと裏返る」

 

 嘘が真になり、船内の至る所でボヤが起き始める。

 

 混乱する海兵を尻目に彼女は悠々と人がいなくなった船外を歩き、船から出る。

 

「ああ、楽しかった。後は嘘を信じてくれるだけ。嘘も気づかなければうそじゃないって、まがねちゃんはそう思うのだなー」

 

 無邪気に笑いながら人混みに紛れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後火事の現場からは一人の焼死体が発見され、その死体には海兵のコートらしきものに階級を表す勲章が付いており、そこから服の持ち主であった補佐官が焼死体の身元であると推測され、本部には補佐官の裏切りと逃走不可能となり焼身自殺を図ったと報告された。

 

 海軍本部は中佐のミスとまさかの裏切りに頭を悩ませることになり、事件をマスコミなどにかぎつけられ傷が大きくなる前に調査を打ち切り、自分たちにとって都合のいい情報だけを流し、この一件を強引に終わらせた。

 

 何一つ真実がない嘘が真実とされ、その真実が更に嘘で塗り固められ世間に公表された。

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハ!さいっこう!嘘が更に嘘で覆いつくされるなんて、現実は小説よりも奇なりってことかな」

 

 新聞を見ながら凶女が笑う。

 

 その新聞には賞金首として麦藁のルフィが新たに載っていた。




次から原作介入


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まがねちゃんは舞台を開始する

更に短っ!


 まがねちゃんは待ちに待った風を感じていた。

 

「ミス・オールサンデー。ミスター・ファイブとそのパートナーにミス・ウエンズデーことアラバスタ王女ネフェルタリ・ビビの抹殺命令を出せ」

 

「よろしいので?」

 

 ニコ・ロビンは命令された内容を反芻しながら、王女の利用価値についてクロコダイルに問いかけた。

 

「ああ。反乱軍はコーザがまとめてくれた。それにミスター・2が居れば作戦はどうとでもなる。既に王女には計画のスペアとしての役割もねえ。最後に付け加えるなら、コーザとビビが幼馴染である為、二人が会うと厄介だという負の価値しかないんだよ」

 

「了解しましたボス」

 

 ニコ・ロビンは命令を伝えに出て行った。

 

 その場に残るのはロビンについてきたまがねとクロコダイルのみになった。

 

 クロコダイルは未だに彼女との距離を測れずにいた。彼女は此方が命令せずとも(命令をどうすればいいのか分からずそもそも命令自体が無いのだが)海軍の情報など役に立つ情報をもたらしてくれ、優秀な仲間なのだが、今まで一人で生きてきたため、どうするのがいいのか分からず、どうすべきか悩んでいたが。

 

 そんな彼女から提案があった。

 

「私もついて行っていいかな?」

 

「あ?まあ、お前がする仕事など無いから別にいいが。余計なことをするなよ」

 

「まがねちゃんを信用してって」

 

 彼女はウインクをクロコダイルに向けてすると、上機嫌で部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

「短い期間だけど、クロコダイルの信頼を勝ち得たし、彼の性格も把握できた」

 

 彼女は少しだけ集中する動作をすると、ニコ・ロビンの動作の声または意思とでもいうべきものを感じ取り、その方向に向かう。

 

「あとは彼のレールを少しずつずらしていき、最後には崖から突き落とせれば完璧だよね」

 

 彼女は近い未来の出来事を想像して楽しそうに笑うが少し疲れているのかいつもよりその笑いに元気がない。

 

「うーん。やっぱこの世界の人間じゃないからかな?覇気少し使うだけで疲れちゃうな―。誰か使える人から奪った方がいいねこれは」

 

 彼女はクロコダイルから覇気の存在を教えてもらったのだが、信じることが大切などどいう彼女と対極にあるモノはなかなかうまく使えず、覇王色の覇気以外は使えるが、使用しても体が少し頑丈に、ちょっと攻撃力が上がり、何となくだが人が判別できる程度であり、使う割りに合わないほど疲労を感じてしまうのだ。

 

 彼女は便利な力を知りつつも未だに自分が扱えないことに歯噛みしているのだが、普通は使えないし、少し使えるようになるのにもかなり時間がかかることから彼女は圧倒的に天才と言えるのだが、突っ込む人間は誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まがねは興奮していた。

 

王女抹殺のためにきた島で、そのクロコダイルの中では成功する筈の計画が簡単に失敗に終わったため、まがねはそのイレギュラーに酷く興味を抱く。

 

 まがねに興味を抱かれた不幸な存在は、緑頭の剣士と麦わら帽子の男で、彼らはバロックワークスの誇るフロンティアエージェントの二人を瞬殺して、その強さを以て彼女の興味を引いてしまったのだ。

 

 彼らが瞬殺したミスター・5もその相方もまがねから見たら攻撃の隙は大きく、悪魔の実の能力頼みの雑魚なのだが、それでも普通の海賊には十分脅威になりえる二人だっただけにそれをこともなげにやっつけ、あまつさえ仲間同士で喧嘩しあう姿は正しくイレギュラーそのもの、彼女は麦藁の男の行動理由が全く分からず見ているだけで楽しかった。

 

 なので彼等を飽きることなく観察している彼女にニコ・ロビンは仕事を優先するため先に行っていることを告げこの場を去る。

 

「ああいう人を殺す時が一番いい反応をするんだよねー。まあ、それと同時に何かを起こすのもああいう人種だってまがねちゃん理解しているのだ。まがねちゃんかっしこーい。ああ、まだ殺すには惜しい。まだまだ。だから美味しくいただくことにしよ!」

 

 まがねは彼等の漫才と海賊のくせに無駄に優しい所とビビの仲間になったのをずっと見て、彼等を計画に利用することにした。

 

「彼等の行動は読むことなど出来ない。だから、私にとって最高の結果が出るかは分からない。でも面白くなるだろうなー」

 

 彼女は彼等がニコ・ロビンの取引を無視してリトルガーデンへ向かう姿を見てそう実感する。

 

「料理は過程も楽しめるまがねちゃんなのだ。後はニコ・ロビンをどうやって手に入れるかだね。前菜も大切だけどメインデッシュはちゃんと用意しないといけないねー」

 

 彼女は先にニコ・ロビンが去った方向に向かって歩きつつ、頭の中でクロコダイルの計画と自分の立てた計画をすり合わせ準備をしていく。

 

「やっぱ計画の最後はクロコダイルの全てを奪ってしまうことだよね」

 

 彼女はニコ・ロビンがクロコダイルに連絡を入れている姿を見てクロコダイルの力を思い浮かべ。

 

「ロギア系の悪魔の実。やっぱあった方が便利だしねー。後はどうもらうかだね。まがねちゃんは女の子なんだからデザートにはこだわらないとね!」

 

 彼女は楽しそうに未来図を描いていく。

 

 そんな彼女の元には虚ろの目をしたバロックワークスの社員たちがずらりと跪いている。

 

「舞台に必要な役者も台本も客もそろった。始めよう!」

 

 彼女は社員たちに何かの命令を細かく出していく。その際クロコダイルの社長印とでもいうべきものを勝手に使った指令書を付け加える。

 

「まずは社員同士の混乱を。クロコダイルに気づかれない程度の混乱と情報網の穴をつくるかな」

 

 彼女は楽しそうに嘘を吐き始め、彼女の嘘物語を開幕させる。

 

 

 



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まがねちゃんの嘘は秘密結社をも騙す

「んー?それ本当?」

 

 まがねは正面に座るクロコダイルを見ながらいつになく真剣な表情をしていた。

 

 だからかそれにつられたわけではないが、クロコダイルの方も、もともと悪役のボスの雰囲気を持つ男であり、秘密結社と言うよりもマフィアの会合の様な重苦しくそして厚みのある空気を作り出している。

 

「ああ、ミスター・3から報告を受けた。奴は卑劣なまでに手段を選ばずに任務を遂行する男だ。そんな奴のことだ。確実に麦わらと王女は始末し終えている」

 

「ふーん。でもでもですねー。さっき2番に3番の抹殺指令出してなかったっけ?何かイレギュラーが起きたんでしょ?」

 

 彼女はグラスを片手に持ち、液体をそそぎなから、彼女は麦わらの死を疑問に思いつつも、死んだ場合を想定して、脳内で計画を練り直すも、前菜が無くなってしまったことにがっかりしていた。

 

 クロコダイルはその様子を見ない様にして座り心地の良さそうな上質な椅子から立ち上がると、花さしに差してあった花を軽く手に取りガラス張りの壁までゆっくりと歩いていく。

 

「イレギュラーか。各地で少しばかりトラブルが起きてるようだが全体的な計画になんら問題にはならないだろう。だが、奴は俺に嘘の報告を一度あげやがった」

 

 まがねはボスの険しい顔を鏡の様なガラスから見つつ、手に持ったグラスを口に近づけ、ゆっくりと回しその匂いを楽しみながらもその背中に問いかける。

 

「およ?一回の失敗で殺しちゃうの?おお!何と冷徹無慈悲な男なんだ!まがねちゃんは怖くて怖くてゾクゾクしてきちゃったなー。それ、私がやってもいい?もっとゾクゾクできる気がしてならないねぇ」

 

 彼女はグラスを一旦テーブルに置いて立ち上がる。

 

 そしてワザと大きな音立てて椅子を倒し、クロコダイルの視線がガラス越しに向いたのを確認すると大袈裟に手を広げ、クロコダイルの恐ろしさを表現したと思ったら今度は体を抱きしめ、顔をうつむかせ恐怖に震えるふりをして、最後に笑いかける。

 

 その際に再度グラスを取るのを忘れない。

 

 グラスはクロコダイルに向けて突き出されている。

 

 そんな彼女の様子にクロコダイルはその手に持つ花を枯らさせることで答える。

 

「うざい。それと奴の価値は確実に任務を遂行する能力だ。それが出来ないなら必要ないし、仮に何処かの勢力に今寝返られると面倒くさいことになるだろうが。いちいち説明しなくても分かるだろう。それと俺は嘘をつく奴はきらいだ」

 

 枯れた花を地面に捨てるクロコダイルを見て、まがねは肩をすくめると彼がさっきまで座ってた椅子に座る。

 

 そして今度こそ彼女はグラスを傾けその喉を潤す。

 

「んっ、プッハー。ああ、美味しい。この深い味わいはたまらないですにゃー。てまがねちゃんは思うんだけど、いる?」

 

 彼女はその口でテラッと濡れたグラスの先端を彼に向け突き出しつつも、空いているもう片方の手で少し垂れた白い液体をツッとその白い喉からその口までゆっくりと這わせて最後にその指ごと口に含み、時には指に舌を這わせる様に妖艶に舐めとっている。

 

 そんな光景を見た彼はまがねに無言で近づく。

 

 彼女はグラスを傾け少しずつ中身をこぼしその手を濡らしていく。

 

「それとも舐めたい?」

 

 彼女は微笑む。いつものように不気味に微笑む。だが、その頰はいつもよりも少し緩み、その美貌は長い髪に少しほど隠されミステリアスな雰囲気とともに怪しい魅力を醸し出している。

 

 尚も無言で近づくクロコダイルに彼女は微笑みつつもその両手を前に差し出し、彼を迎え入れる準備をする。

 

 そしてクロコダイルは彼女のその濡れた手を掴み自分の方に引きつけると彼は!

 

 

 

 

 

 

 

 彼は彼女を思いっきり上方に引っ張りあげつつその椅子から退け、自分が座ると彼女を適当にほうり捨てる。

 

「ここは俺の席だ。勝手に座ってんじゃねえよ」

 

 彼は脚を組むと、テーブルの上に置いてある葉巻を一つ一つ見比べて、その中の一本を加えると火をつけ、煙を吸うと深々と椅子に座りながらゆっくりとはく。

 

「お前がふざけるせいで部屋が散らかるだろうが」

 

 まがねはオヨヨヨヨヨと膝をつき片手で上半身を支え、地面を向き、もう片方の手で泣き真似の如く顔に持っていき、顔を隠すが、そんな彼女をクロコダイルは冷めた目で見るだけであった。

 

 流石に彼をからかってもいい反応が取れなくなったまがねはしばらくすると諦めて立ち上がり、何もなかったかのように倒した椅子を元に戻して坐り直し、グラスにまた注ぎ直す。

 

「巫山戯るなんて!私はこんなに真面目にあなたのことを考えてやっているのに!まがねちゃんが遊んでいるとでも!」

 

 そしてまたすぐに立ち上がり、椅子を倒す。

 クロコダイルはそんな彼女を見向きもせずに葉巻を吸い、ガラス越しに自分が飼っているバナナワニを眺め、彼女の方には椅子が倒れた時のみ視線をやっただけだった。

 

 無視を決め込むクロコダイルの意識をこちらに向けようとまがねは倒した椅子をまた元に戻して、今度はテーブルを手のひらでバンバン叩き始める。

 

 流石に煩かったのか、彼女の方を向き葉巻を彼女の方に突きつける。

 

「黙れ!わざわざワイングラスでミルクをさも大人の飲み物のように飲みながら真面目に話そうとする奴を巫山戯た奴と言わなくてどうするんだよ。見たくもないものを強調してわざわざ俺に見せびらかしやがって。飲みたくねえんだよ」

 

 彼は彼女が持つグラスの中の牛乳を見ながら指摘して、指摘した後に後悔した。

 

「わかってないなー。本当にわかってないなー。いいかなぁ?言ってもいいかなぁ?言っちゃうよ。説明しちゃうね!」

 

 彼女はここから饒舌に牛乳の魅力について長々と説明しだし、クロコダイルはその話をウンザリとしながら聴きつつも、呼び出したニコ・ロビンが早く来てくれと切に願うのである。

 

 

 

 

 結局ニコ・ロビンが来る30分間それはクロコダイルを洗脳し尽くすかというほど彼女の牛乳への愛を聞かされ、彼はニコ・ロビンが来た時には疲れ果て椅子に全体重をかけ背もたれに頭をくっつけると上を向き、倒れ伏しているようにしか見えない状態であった。

 

 もちろんそんな今まで見たことのないクロコダイルの姿にどう反応すれば良いのか困り果てるロビンだが、その下手人はその魔の手をロビンにも向ける。

 

「…どうしたのかしら?あなたがそんなに疲れるなんて、誰か失敗したのかしら?」

 

「…………………」

 

「本当に疲れているようね?まあ、疲れている理由は聞かないでおくわ。それよりも私に何か指令があるのではないのかしら?」

 

「…………………ミスター2にミスター3の抹殺命令を出せ。俺は部屋に戻る。電電虫はここにあるのを使え」

 

 そう言うと、さっさとこの部屋から出て行ってしまう。

 

 残された彼女はこの部屋にいたもう一人に視線を向ける。

 

「彼は何故あんなに疲れているのかしら?」

 

「さあ?まがねちゃんに彼の崇高な考えなんて分からないのだよ。それより私の話を聞いてくれる?」

 

 彼女の不気味な笑みには人を惹きつけ離さない何かがあるのか、ロビンは訝しげにしつつも、近くの席に座ってしまう。

 

 それを見てまがねは牛乳をロビンの分まで取り出し渡すと手を組み話し始める。

 

「ロビンちゃんは牛乳好きかな?」

 

 長い長い話が彼女を拘束するのである。

 

 ニコ・ロビンからミスター3の抹殺指令は結局その二時間後となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミスター3はリトルガーデンで百年もの間闘い続ける二人の巨人を利用し麦わらの一味と王女をいいところまで追い詰めたが、結局彼の立てた計画は全て打ち破られてしまい、麦わらに顔面を蹴り潰され気を失っていたが、麦わらの一味がこの島を去ってから目を覚ました。

 

 

「フワァ。気持ちよく眠ってしまっていたがね」

 

 彼は立ち上がり、ゆっくりと立ち上がり周りの状況を確認すると、顔面を汗で覆い尽くし始める。

 

「眠っていた?今は何時だかねって!マズイだがねぇぇぇぇえ!」

 

 彼は過ぎ去っていった時間を知り膝をつく。

 

「麦わらと王女の暗殺失敗に、その失敗を取り繕うにもこんなに時間が経っていたら奴らはもういないだがね。つまり私はボスに始末されるがね」

 

 彼は自分の置かれている立場を直ぐに理解し、このリトルガーデンから隠しておいた船で出ることを決める。

 

「急がなければ、もう追っては近くまで来てる可能性が高いだがね」

 

 彼は急いで船をだし、ボスに許しとチャンスを貰いにアラバスタに向けて船を出す。

 

 だが、彼は知らない。追っ手たるミスター2はただ踊っているだけなど。ましてや、本来なら即座に出された命令が遅れたことにより彼への追っ手は未だにアラバスタから出てはいなかったことなど彼は知らない。

 

 ただ言えることは、彼は無事にアラバスタに着くことができるということだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロコダイルはロビンを生贄にまがねから解放されて安堵していた。

 

 まさに部下を駒のように使うこの男の冷酷さが可能にするまがねに対する最高の一手であろう。

 

 彼はすっかり短くなってしまった葉巻を灰皿に押し付けると、グラスと氷を取り出すと、牛乳をそれに注ぐ。

 

 カランといい音を立てて氷が溶けるのを目で見て楽しみつつ、ソファに座る。

 

「奴にあの話題を振ってはいけなかったな。はぁ、無駄に疲れた。さっさと休むとするか」

 

 彼は気づかない。

 

 いつもウイスキーを入れているグラスに牛乳を注いでしまっていることに、そして牛乳がこの部屋にいつのまにか用意されていることに気づかない。

 

 彼はそれをウイスキーをいつも飲むように香りを楽しみつつ飲む。

 

 だけど彼は気づかない。それが自分がさっきまで全く飲む気のなかった牛乳であることに気づかない。

 

 彼は口元に白い髭をつけつつも満足して眠ってしまう。

 

 だが気づかない。彼女の嘘はいつでも真実であるがために彼は気づかない。自分の日常が侵され始めていることに気がつかない。

 

 こうして彼女の思いは密かにバロックワークスを駆け巡る。

 

 そして今日は更にもう一人、彼女の嘘を信じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、バロックワークス向けに牛乳が大量に届くことになったのである。




まがねちゃんの追加情報
 知らない人のために、まがねちゃんは牛乳が好きになのだ。


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まがねちゃんは我慢できない

「ハッハッ」

 

 アラバスタの首都アルバーナのとある路地裏で一人の少女が必死になって逃げていた。

 

 逃げる少女はその端整な顔を苦痛に歪ませている。少女はかなり疲れ切っているのが誰の目にも明らかだが、少女は止まらない。時折後ろを気にしつつ、ただ前にある道をがむしゃらに走る。

 

 少女はよほど必死なのかその服のボタンが壊れその肌が外気に曝されているにもかかわらず、そのままその肌を露出させ走る。

 

 そんな少女は追跡者の姿が全く後ろにも前にもいないことを確認し、急いで民家の戸を開け入ると即座に閉めその扉によりかかるようにして息を整えると安堵しその体の力を抜き座り込む。

 

「鬼ごっこはもういいの?」

 

 聞こえるはずのない声に少女の顔は驚愕を露わにし、同時に急いでこの場から逃げようと立ち上がる。

 

「楽しかった?それとも嬉しかった?」

 

 だが、少女の体は扉を開けることは無かった。なぜならばこの場にいるもう一人の女性により立ち上がった彼女の首は扉に押し付けられたためだ。

 

 薄暗い民家に太陽の光が僅かに差し込み、少女の困惑、恐怖、疑問、そして首を押さえられることによる苦痛を豊かに表現している顔を照らしていた。

 

 そんな少女の顔を見つめる女性はその表情をよく見ようとその顔を近づける。

 

 光により少女の顔と露わになった女性の顔は不気味な笑みを顔に張り付けたまがねであった。

 

 まがねは一人の少女に壁ドンをしながら囁く。

 

「良い表情だね。ゾクゾクしちゃう」

 

 まがねに捕まる哀れな少女はくぐもった声を出しながら彼女に反抗するように手を振り上げるがその振り上げられた拳に力強さはない。

 

「あはははは。まだまだ元気だね」

 

 しかし、そんな少女の弱弱しい抵抗は意味をなさず、ただまがねにその両手を掴まれ頭上で拘束され、より身動きが出来ない状態になる。

 

 少女はそれでも精一杯の抵抗としてまがねを睨みつけ、体を揺らして拘束から逃れようともがく。

 

 そんな抵抗をまがねは阻止せず、むしろ愛おしそうに眺めるだけで邪魔はせず、暫く少女の好きにさせる。

 

「ふふ、汗臭い」

 

 少女が疲れでぐったりとし始めるとまがねは彼女の首元に顔を近づけあえて臭いを嗅ぐ音を鼻から出して羞恥を煽る。

 

 少女は彼女の行動にただ頬を赤らめそっぽを向く。

 

 そんな行動を楽しげに見るまがねは壁についていた手をそっと少女の体を這うようにゆっくりと下げていく。

 

 その動きは緩慢であり、少女にその動きを強く意識させる。

 

 少女の体がまがねの手が下へ下へと降りていくごとに隠しきれない恐怖が沸くのか震え始め、運動とは別の汗が少女の額から流れ始める。

 

 まがねは震える少女を自分の体で壁に押し付ける。

 

「怖い?震えが私にもしっかりと伝わって来てるよ。ふふ、痛いのは最初だけ、この手がずぶりとあなたを貫き血を滴らせるときだけ、後は気持ちいいよ。大丈夫、一緒にイってあげるから」

 

 まがねはそっぽ向く少女の耳元に顔を近づけるとぺろりと舌を出し少女の耳をなめる。

 

 少女は背筋を走る何かを感じ挟まれた体を何とかしてひねろうとする。

 

 長身のまがねは小柄な少女の行動をその体で押さえると、少女の両手を解放し、空いたその手は少女の顎に向かう。

 

「まがねちゃんはね、あなたの顔が見たいの」

 

 少女は頬を赤く染めて目をトロンとさせたまがねと向き合う。まがねの顔を直視する少女はその顔を即座に逸らそうとするも全く動かず、怯えを見せぬためにも目を瞑る。

 

 そんな少女の必死の行動の裏にある感情をしるまがねはより少女の顔をよく見るために少し手を上げ顎の位置を移動させることによりやや下を向いていた少女の顔が上を向く。

 

「最初は誰も怖いよね。安心して、まがねちゃんはこの世界じゃないけどイケメンさんにズブリとされた経験があるからさ。貴方はただ私に身をゆだねるだけでいいんだよ。でも、その顔を隠さないでね。ハジメての時のあなたの恐怖と痛みに歪むその綺麗な顔が見たいの」

 

 まがねは途中で中断させていた手の動きを再開させるために、目を閉じ外からの全てに耐えるように体を縮こまらせ少女の体からまがねは自分の体を少しだけ離すと、また少女の体にその手を這わせ、ゆっくりと降ろしていく。

 

 一方、自分の抵抗が何一つ通用しないどころか自分の隠していた本心が暴かれていき、このどうしようもできない状況に半ば諦めを抱いていたが、それでも少女はかつて自分を救ってくれた男性とその男性が抱く思いを思い出すことによりその心を奮い立たせ、その怯えを映した瞳を隠す瞼を開き、その瞳を怒りで染め上げまがねを睨む。

 

 その行動は少女を完全に理解していると言ってもよいまがねに対して意味のないことだが、少女にとって意味のある無意味でもやらなければならない行為であった。

 

「このくそ女が。何があろうともお前の言う通りになんかなるものか!」

 

 少女はこの暑いアルバーナにおいてまがねに必死に抵抗していたため、軽い脱水症状を起こしており、叫ぶようにして言う少女の声は枯れ果てていた。

 

 だが、少女の声には今までの力ない抵抗とは違い、しっかりとした強い力がこもっていた。

 

 少女の変化を敏感に感じたまがねは少女の顔を固定していた手を外すと、いつの間にか赤く染まり熱を発する頬を覚ますようにその手で仰ぎつつもその強い意志の宿る瞳を見つめる。

 

「ああ、いいよ!最高だよ。まがねちゃんはあなたに惚れちゃった」

 

「気持ちわりーな」

 

 少女の大人しい見た目に似合わない荒々しい言葉がその口から出る。

 

 少女はまがねから感じる嫌悪感が強くなったことに体がまた震えそうになるが、自分を奮い立たせるために口をまた開こうとするが、その口は何かにより湿ったまがねの指により塞がれる。

 

「それ以上言うと今すぐにでもあなたを食べたくなっちゃう」

 

 熱い吐息が少女の頬にあたる。

 

 塞いでいた指は直ぐに外されるがその指は暫く少女の目の前をさまよい、少女の視線がその指に集まっていることを確認するとゆっくりとその指を自分の唇にそっとつける。

 

「乙女って好きな人とこうして間接キスして気持ちを抑えたり高ぶらせたりするらしいね。アホだなーと思っていたけど、案外悪くないね。ね?」

 

 少女は怒りと恐怖を感じながらも、まがねのオンナの表情を見て、戸惑いつつもこんな場で意識するのがおかしい感情が少女の頬を赤くさせる。

 

 少女がまがねに翻弄され、このままではまずいと思い雰囲気に呑まれ出来なかった質問をする。

 

「何で……」

 

「およ?何かな。もしかして、まがねちゃんの愛が疑わしく思っちゃったのかなー?大丈夫大丈夫、この思いは本物さ」

 

「何であなたはここにいるの!」

 

 少女はふざけている様にしか見えないまがねに対して、少女の仲間以外知りようのない()()()の臨時拠点に先回りされていたことをどうしても聞いておきたかった。

 

「ん?そんなことどうでもいいじゃない。ここはあなたとまがねちゃんの……」

 

「ふざけないで!ここが何処か知っているのは私の仲間だけよ。それに」

 

「それにどうして他の仲間がいないのかってことかな?」

 

 少女は自分の質問が先回りされ、続きの言葉を飲み込む。

 

「分かりやすいなー。はあ、興ざめだなー。そんなどうでもいいことよりも今を楽しもうよ」

 

 少女はまがねのおざなりの反応に嫌な予感を覚える。

 

「仲間に何をした!」

 

「んー?別に邪魔だったから殺しちゃっただけだよ」

 

 まがねは光を取り込む窓にかかるカーテンに手を伸ばすと、シャッと引き、部屋全体に光を取り込む。

 

「っ!」

 

 少女は光に当てられ、部屋の床に倒れ伏す仲間たちの姿を見て息を呑む。

 

「みんな!どうしたの。起きてよ」

 

 少女は必死に痛む喉を酷使して仲間に呼びかける。だが、少女の呼びかけに反応する仲間は誰一人いない。

 

 それでも少女は最悪の事態を信じられずに仲間に駆け寄ろうと、もう疲れ果て動かない体のどこからそれほどの力が出るのだろうかと言う程の力でまがねの拘束から逃れようとする。

 

 まがねはその様子を楽しそうに眺めながらも少女の邪魔をする。

 

「もう無駄だよ」

 

 優しく少女にまがねは残酷な事実を告げる。

 

「うるさいうるさいうるさい!」

 

 それでも少女はまがねの言葉を信じない。そんな事実は嘘に決まっていると否定する。

 

 そんな少女の思いが届いたのか、仲間の一人がゆらりと立ち上がり武器を構える。

 

 仲間は傷一つなく軽く服が汚れている程度であった。

 

 少女は立ち上がり無事だった仲間の姿に挫けかけていた心を再度奮い立たせる。

 

「おや?仕留め損ねちゃっていたのかな?」

 

 少女の視線を追って後ろを向いたまがねを見て、少女は最後の賭けに出る。

 

「ん?そんなに私にしてほしいのかな?そんなに求められるとまがねちゃん濡れちゃう」

 

 少女はまがねの体に抱き着き拘束する。そして立ち上がり剣を振りかざす仲間に向かって叫ぶ。

 

「今よ」

 

 少女は必死にまがねに抱き着き、仲間の補助をする。

 

 そして剣が振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煌めく剣は無駄のない動きで腕を裂き、血を滴らせる。

 

「ああ」

 

 まがねは赤く染まり始める自分の体をみて笑みを深める。そしてまがねはゆっくりと倒れる()()()()を支える。

 

「今のあなた最高においしそう」

 

 まがねは仲間に腕を斬られ茫然とする少女を余すことなく見ている。

 

 仲間に斬られた少女は信じられないと言った表情で仲間を見つめる。

 

 余りの出来事に少女は体の痛みよりも感情のショックが上回り、茫然としつつも仲間に問いかける。

 

「どうして?」

 

「ふふ、そう言えばどうしてここが分かったのかってきいたよね?」

 

 少女は近くから聞こえる声にようやく自分がまがねに支えられていることに気づく。そして同時に少女はまがねの言葉がするりと入ってきて知りたくもない事実を予想させる。

 

「やっ、いや!聞きたくない」

 

 仲間に腕を斬られる前まで心を奮い立たせ、気丈に振る舞っていた少女はもうそこにはいない。

 

 まがねは脆く崩れ去る少女の心を更に壊すために言葉の続きを言う。

 

「それはね、彼が私に革命軍についてぜーんぶ教えてくれたんだ」

 

 仲間の裏切りという事実はギリギリで保たれていた少女の心を壊すには十分な一撃だった。

 

 放心する少女をに対してまがねはずっと彼女の体に当てていた手を強く押し当てる。

 

 少女はお腹に当たる手の感覚に意識を取り戻し、その手の存在に死の恐怖を取り戻す。

 

「今のあなたは最高!」

 

 まがねの手は少女に突き刺さる。

 

「あっ、え?」

 

 少女は熱くなるお腹、口から出る血、その何もかもが自分の生命を脅かすものだが、余りにもあっけなさ過ぎて理解できなかった。

 

「あなたは死ぬんだよ」

 

 少女はまがねの言うことを信じられない。

 

「うそ、だって私は」

 

「まがねちゃんは嘘をつかないのだ。だってほら」

 

 まがねは少女に突き刺さった己の腕で内臓をかき回すように動かす。

 

「あっ、がぐ」

 

()()()()()()()()()()()、そんな嘘がありえるのかな?」

 

「痛い!やめ、止めて、()()()()()()()()もうやめて!」

 

 まがねはその言葉に笑みを深くし、腕を少女から抜く。

 

嘘の嘘、それはくるりと裏返る

 

「え?」

 

 少女のケガは全て綺麗になくなる。されど壊れた少女の心は治らない。

 

 まがねはそんな何が起きているのか理解できていない少女に更に残酷な仕打ちをする。

 

「あれれ?けががないね。まがねちゃんが嘘を吐いちゃったことになっちゃうな~。困ったね~。仕方ない、もう一度」

 

 少女の体にまがねの手が突き刺さる。

 

 同じ痛みが少女を襲う。

 

「あっそうだ!君もやりなよ」

 

 少女の仲間が彼女の腕をまた斬りつける。

 

 既に心が折れた少女は痛みに絶叫する。

 

 少女はすでにか弱い女の子になり果て、仲間が自分を傷つけることに怯え、ひたすら止めるように懇願するも、彼は止まらない。

 

 少女の悲鳴、血と涙が部屋に充満する。

 

「ああ!最高」

 

 まがねはその様子を眺め、高ぶる気持ちを自分を慰めることにより発散していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女がこと切れて少しして、まがねは濡れた下着を履き替え気分を新たにしたところで、自分が得た新しい人形に向き合う。

 

「最高のショーだったよ。どれだけ懇願し、救いを求める仲間を切り捨てるあなたは実によかったよ」

 

 まがねは泣いている物言わぬ男に語り掛ける。

 

「ふふ、今更泣くなんて、やっぱり人間って面白い」

 

 まがねは感情豊かな人形を見つつも、電伝虫を取り出す。

 

「まあ、革命軍の連絡は以前命令していたとおりにしてよ」

 

 まがねは人形に再度命令を下すと部屋から出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 革命軍にちょっかいを出し終わったまがねはクロコダイルが最後の指令を出すレインベースへと向かう。

 

「これで、革命軍は敵対する者の存在を知る。さあ、どうでるかな?楽しみだなー」

 

 彼女は麦わらのルフィに代わる何かを革命軍にさせようとしていた。

 

「上手くいけばよし、駄目で元々だし、革命軍に求める役割はここじゃないしね」

 

 彼女は他の人形にも命令を出す。

 

 彼女は自分が打った手がどうなるか楽しみにしつつも、今日の途轍もない快楽を思い出してしまう。

 

「あっ、また感じてきちゃった」

 

 彼女はまた人を殺すのである。

 

 

 



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まがねちゃんは口で災いを呼ぶ

 レインベースのクロコダイルが経営するカジノの一室においてクロコダイルとまがねが対峙していた。

 

「これはどういうことだ?」

 

 クロコダイルはイスに座りながら、手に持つ書類をまがねにテーブルを滑らして渡す。

 

「何?どこか問題でもあったの?」

 

 まがねはその書類を一切見ない。そんな彼女の様子にクロコダイルは額に筋を浮かべる。

 

「ああ、俺はこれまでこの会社が稼いできた資金を全て武器火薬にまわすように指示を出した。これを反乱軍に渡せばもう止まらないからな。だが!」

 

 クロコダイルは感情が高ぶったのか右手の能力が発動し、イスの取っ手が干からび始める。

 

 彼の悪魔の実の能力によりその場の空気は乾燥し始め、彼の怒気が空気にビリビリと伝わっているようであり、クロコダイルの背後に控えていたニコ・ロビンは緊迫した表情を見せる。

 

「だが、何故その資金の一部が社員2000人分の3日間のミルク代に化けてやがるんだ!」

 

 クロコダイルが問題を指摘して初めてまがねは渡された書類に目をやる。

 

 その書類はクロコダイルが計画にない資金の流れのあるページがクシャリと握り潰した跡があり、しわだらけになっていた。

 

 まがねはそれを丁寧にしわを伸ばしつつその手に取ると、クロコダイルにとある一点を指さして彼の眼前に突きつける。

 

「何だ?」

 

「社員2000人分だけじゃない!正確にはそれと幹部専用の高級ミルクを手配してあるんだなー。まがねちゃんは抜かりない女なのだ」

 

 何かがキレる音がする。

 

 それを敏感に察したニコ・ロビンはクロコダイルから距離をとる。

 

 最初に読んだときには我慢して握りつぶす程度だったその書類を今度はそのフックで完全に切り裂き手元に落ちた切れ端はチリにする。

 

「どうでもいいんだよ!俺がミルクを嗜む男に見えるのかテメェは」

 

「ええー。でもでもですねー。以前まがねちゃんが頼んでいた高級ミルクを自分の寝室で飲んでいたじゃない?」

 

「あれは疲れていたせいだ。そもそも俺の部屋にテメェのミルクをおくんじゃねぇ」

 

「そんなこと言われても困るんだよ。まがねちゃんの部屋には冷蔵庫が無いんだもの」

 

「んなもん買ってやるから俺の部屋に置くんじゃねえよ」

 

「えっ!おごり?ラッキー」

 

「ボス」

 

 まがねとクロコダイルの話がアラバスタで彼が計画した最終作戦ユートピアから離れていることに気が付いたロビンは声を掛ける。

 

 ニコ・ロビンはクロコダイルのことはあまり好きではないし、まがねも気味の悪くクロコダイルの部下であるからして同様に好きではなく、なるべく関わりたくなくドライな関係でいたいため、二人の会話に関わりたくなかった。しかし、まがねのミルク談義は彼女にとっての一種のトラウマになっており、彼女の口からミルクに関することを聞きたくなかったということが声を掛けることにした最大の要因であろう。

 

 ちなみに余談であるが、ニコ・ロビンの部屋にはいつの間にか牛乳瓶が常備されており、彼女自身は呑んだ記憶が無いのに毎日冷蔵庫から数が減り、無くなると補充されていることに言い知れぬ恐怖を抱いてしまうため、彼女は冷蔵庫を捨ててしまった。

 

 ニコ・ロビンはクロコダイルが少し落ち着いたのを見て再度声を掛ける。

 

「かなりの額がこのミルクにつぎ込まれていることを言いたかったのでしょう」

 

「ああ、すまねぇな。その通りだ」

 

 冷静になったクロコダイルは葉巻を取り出し火をつけ、目を瞑り一服する。そして部屋の片づけをニコ・ロビンに命令し、まがねと向き合う。

 

「でだ。これはどういうことだ」

 

 クロコダイルは冷静になってはいるがその怒りはちっとも収まっておらず、その右手は水分を吸い続け、ふざけたら殺すとその目は語っていた。

 

 流石のまがねもこの緊迫した空気の中でふざけることは無いだろうと不安に思いつつも地面に散らばる紙片を集めるロビンは彼女の表情を見て、後悔した。それは彼女はいつもと変わらない不気味な笑みを張り付けており、全く何を言うのか分からなかったからだ。

 

「ミルクを飲まないとは人生損して………」

 

 まがねの顔めがけて灰皿が飛んでいく。もちろん彼女は首を軽く動かし躱すため、壁にぶつかり大きいガラスの塊が壊れる音がする。

 

 ロビンは片付けるものが増えうんざりしつつも、その顔は引きつっている。

 

 それは灰皿が壊れる程の力を込めて投げたクロコダイルの殺意ある彼女への対応にそれをこともなげに躱す普段と変わらない彼女、この二人のコミュニケーションの様子は見ていて気持ちのいいモノではない。ハラハラする。

 

 まがねは割れた灰皿の音に首をすくめる動作こそすれど、やはりその顔に一切の変化などない。

 

「半分ほど冗談なのに怖い怖い」

 

「次はこれだ」

 

 クロコダイルはフックをまがねに見せつける。

 

 まがねは死刑宣告を聞かされても額に軽く叩くだけで、ハナハナの実の能力者であるロビンの片づけを興味深げに見ている。

 

 見られているロビンはあまりいい気分ではない。だが、何も対応しないのも何をされるのか予想できないのでより事態が悪化する可能性が高いため胃がキリキリするのを感じつつも彼女に尋ねる。というか、さっきから彼女のクロコダイルへのおざなりの対応が彼のイライラを増幅し続け、部屋の調度品がまた一つとチリになっていくのである。

 

 ロビンはこれからオフィサーエージェントを招く部屋がボロボロになるのは避けたかった。彼と彼女とのやり取りの後を片付けるのは毎度ロビンの仕事であったためだ。

 

 普通なら他の社員を使えばいいだけの話なのだが、此処は秘密犯罪会社バロックワークスの社長室とでも言える場所、社訓は徹底した秘密主義であるからして最重要機密事項である社長の情報などが漏れるわけにはいかないため、ロビンがクロコダイルの裏の顔として活動しているので、大抵の雑事も彼女がこなす。

 

 つまり、簡単な雑用は彼女の仕事でもあるのだ。もちろんクロコダイルも普通なら何らかの手を取るだろうがロビンの能力は便利すぎたのだ。

 

 しかし、まがねが来るまではロビンに此処までの負担は無かった。そしてこの負担が今日で最後となる日にこの部屋を何とかしないといけなくなるような負担を負いたくなかったのだ。

 

 一方、ロビンにどうしたのかと問われたまがねは彼女に負担をかけていることを理解しつつも自分の楽しみを優先する。

 

「いやなに、いつ見ても面白いなーって思っていたのさ」

 

 そしてクロコダイルの方を見ると、さも今思い出したと言わんばかりに手の平に拳をポンと叩きつけちらりとロビンに視線を送りつつもクロコダイルの方に体を向ける。

 

 一瞬視線を送られたロビンは嫌な予感がして失礼を承知でその口を塞ごうと思ったが、彼女の能力発動は少しばかり迷いにより遅れ、その隙にまがねはさらっと言ってしまう。

 

「そうか、私はこれが見たいがためにあなたをおちょくってしまうのか!」

 

 クロコダイルの座るイスの右側の取っ手は完全にチリになり、きれいな大理石のテーブルにはフックで穴が開きそこからヒビが走り、地面には噛み千切られた葉巻が落ちる。

 

 ロビンはこの時点で能力を使用するのを諦めて部屋から出る。彼女は悟ってしまったのだ。もうどうしようもないなと。そして言い訳するならばこの部屋は証拠隠滅のために使われるのが今日で最後である為、どうせなくなる部屋を綺麗にしても無駄だと思ったからだ。決して自分の努力が意味をなさないからではないし、これ以上この部屋にいたくなかったからではないと自分に念を押しながらやはり早足に部屋から出る。

 

 ロビンが出た後、部屋からは怒号と笑い声が響き渡った。

 

 

 

 結局彼女が入れたのはオフィサーエージェントが来る30分前で、既にまがねに資金の使い方を詰問する時間など残っておらず、この部屋のありさまロビンは途方に暮れ、クロコダイルはなおも怒りが収まらない様子で、そして元凶は楽しそうに笑っている。

 

 この部屋で秘密犯罪会社バロックワークスの最後の作戦が行われようとしているはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパイダーズカフェからきたオフィサーエージェントたちはロビンに通され部屋に着いた時には通される前まで通ったきらびやかなカジノや通路を見てきただけに部屋のありさまに皆に緊張が走る。

 

 その部屋にはこの会社の社長が座るであろう立派だったイスに、穴が開きヒビこそ入れども高級感あふれる大理石のテーブルに彼等に用意されたところどころ砂を被り、物によっては傷がついているイスはこの部屋の主の性格を物語り、そしてテーブルにグラスに用意されたミルクがここに来た社員のためにあるものだとは分かるのだが、余りにもこの空間には似合わず、秘密犯罪会社として何か意味のあるモノではないかと各々が考えながらも席に座るため誰も手を付けない。

 

 誰もが此処までに来るまでに煩く騒いでいたのに、今ではすっかり借りてきた猫のように静かである。

 

 その様子にロビンはこのままでは先に進まないかと思いさっさと社長の説明をする。

 

 そして現れた社長クロコダイルに誰もが息を呑むのと同時に彼から感じる怒気はアラバスタの英雄というのが仮面であり、まさしく犯罪会社のボスに相応しいと納得してしまう。

 

 彼等は余りに格上の存在とこの部屋のありさまにますます縮こまる。

 

 クロコダイルはその様子を満足げに見つつ、自分が圧倒的上位者として振る舞えていることに少しばかり溜飲を下げると、計画を彼等に話すのである。

 

 しかし、この光景を見るニコ・ロビンは複雑な感情が入り混じっていた。

 

 彼女は結局荒れに荒れ果てたこの部屋を直すことは不可能だと悟りどうしようか迷っていた時にこの現状をつくった原因に助けてもらったためだ。

 

 結局、まがねはクロコダイルにこの部屋を利用してここに来る能天気なオフィサーエージェントに威圧することを提案したので。

 

 もちろんクロコダイルは最初は反対していたが、彼女の口八丁手八丁により結局グラスに注いだミルクを用意させることまで確約させたのだ。

 

 その経緯を知るだけにニコ・ロビンはこの会談をひっそりと陰ながら見ているまがねの存在にまたクロコダイルが激怒しないか、そして少し前まではこうではなかったのにと思わずにはいられなかった。

 

 そして彼女はクロコダイルと長いこと一緒にこの会社にいたため、彼が仲間を信用しない性格で、彼と結んだ計画と自分の思いが最終的にかみ合わないことを理解している。だから彼女はいつでもクロコダイルに裏切られても良い様に準備をしているわけだが、この頃どうしてもクロコダイルに殺されるよりも先に心労で自分が死んでしまうのではないかと思わずにはいられなかった。

 

 彼女は昨日乗った体重計の結果を何故かこの場で思い出し、その結果が女子にはうれしいモノだったがその要因を推測できるだけにそれを素直には喜べなかった。

 

 彼女はこの会談に胃薬を持って臨んでいるのであった。

 



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まがねはちょくちょくと舞台をいじりたがる

「ふーん。貴方たちが麦藁の一味だよね?」

 

 どんどん水が入り込むこの沈みゆく部屋に一人の女性が、クロコダイルたちが出て行った通路から出てきた。

 

 海楼石でできた檻に閉じ込められた麦わらの一味はみなそちらを向く。何故か一緒に捕まってしまっていた海兵のスモーカーだけは葉巻をふかして目を瞑り座り込んでいた。

 

「俺たちだが、誰だお前?」

 

「いや、ルフィ。クロコダイルとこいつは通路ですれ違っているはずだ」

 

 ルフィはいきなり現れた見たこともない女にそのまま誰かと問いかけたが、ウソップはクロコダイルたちが出て行った時間と彼女が此処に入ってくるまでの時間差から彼女が敵か味方かだいたいの区別をつけていた。

 

「ん?ウソップ知ってんのか?知り合いだったのか。ならこの檻から出してもらえるように言ってくれねえか」

 

「いや、違う。こいつは敵だぜ、たぶん」

 

「そこの長い鼻の人間?でいいんだよね。もしかしたら人形かな。ちょっと悪趣味だとは思うけれど、それの言う通り君たちの敵になるかな」

 

「何!ここから今すぐ出せ!ぶっ飛ばしてやる」

 

「そうだ!この長鼻を馬鹿にするやつはゆるさねえ!ルフィやっちまえってああ!格子に触るなルフィ」

 

 興奮したルフィだったがすぐに海楼石でできた格子に触れて力が抜け段々と水位が上がってきた水面に沈みそうになり、同じく興奮していたウソップが慌てて助け出す。

 

 そんな愉快な光景を見て彼女は笑いだす。

 

 笑っている彼女にクロコダイルが出るとともに解き放たれたバナナワニが大口を開けて襲い掛かる。

 

「なっ!あんた危ないぞ」

 

 ウソップがつい声を掛けてしまう。しかし、彼は避けろ!のよの口で固まってしまう。

 

 ナミも飛び散る血を幻想してしまっていただけに目の前に移る光景が理解できず。悲鳴を上げようとして大きく口を開いた状況で固まった。

 

 バナナワニに襲われている彼女は振り返らずにその拳を振り上げ、きゃしゃな見た目からは想像できない威力の拳をワニの顎に叩き込み、その巨体を浮き上がらせる。

 

「今良い所だから邪魔しないで欲しいかなぁ」

 

「きゃ!」

 

 ナミがいきなり吹き荒れた風により尻もちをつく。いや、室内なのだから風など吹くはずもない。ナミは彼女から発せられる何かに気圧されたのだ。

 

 この不可思議な現象について麦わらの一味は誰も理解できなかった。ただ強い風が吹いた程度にしか感じなかった。しかし、この場にいたスモーカーだけは瞑っていた目を見開き葉巻を口から落としてしまう。

 

「覇王色の覇気だと」

 

 彼の呟きは小さすぎて誰の耳にも入らなかった。しかし、彼は立ち上がると海楼石仕込みの十手を彼女の方に向けて固い声で問いかける。

 

「お前は何もんだ」

 

「およ?此処に来ているのは王女と麦わらの一味のみだって聞いていたんだけど、何で海兵がこんなところにいるのかな?これって笑った方がいいのかな。あはははははは」

 

 彼女が放った覇気により、ルフィたちは彼女に無意識ながら気圧されており、鰐たちは急いで水槽に戻って行っていたため彼女の笑い声が良く響く。

 

「ふざけるな!」

 

「およ?煙」

 

 彼女は突如煙へと変化するスモーカーを見てその不気味な笑いを止める。そして少しばかり上を向いて考えていたかと思うとまた不気味な笑みを張り付け、スモーカーを見つめる。

 

「怖いね。確か君は悪魔の実の能力者それも自然系だったかな。うらやましいなー、出世頭確定じゃないか。まがねちゃんもそういう力が欲しいなー」

 

「黙れ海賊が!俺の質問に答えてればいいんだよ」

 

「海賊?私が、海賊だって?何を根拠に言っているのかな?私は一般市民。誰がどう見ても善良な市民。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「此処にいる時点で黒だろうが!」

 

「まっそうだよね。でも、誰がどう証明するのさ」

 

 まがねはゆっくりと彼等が捕らえられている牢獄に近づいていく。

 

 そして、その檻を優しく撫でると、檻の中を一瞥する。

 

「ここにいる限り、死んでいくあなた達に私が善良な一般市民かなんて証明するすべもないし、あったとしても死んでいたら無意味だよね。なら、誰も私が犯罪者だって知らなければ誰も私が一般市民じゃないなんて言えないよね?だからまがねちゃんは()()()()()()()()()()よ。違う?」

 

 檻の格子ギリギリまで近づいたまがねの顔めがけてスモーカーの十手による高速の突きが放たれるも彼女は簡単にそれを避ける。

 

「危ない危ない。これじゃあどちらが正義でどちらが悪だかわかったもんじゃないね」

 

「悪はてめえだろうが」

 

「そうかな?はた目から見たら牢獄に繋がれる人相の悪い男が、か弱い少女に向かって暴行をしている様にしか見えない。これを聞けば誰もがまがねちゃんが正義で、君を悪だと思うんだけどなぁ~」

 

「その腐り切った性根がその顔に透けて見えなければな」

 

「酷いなぁ。こんなに美少女なのに」

 

「テメェが美少女ならうちのたしぎも美少女になっちまうな。はっ、それよりも質問に答えろ」

 

「つまらないなぁ。海兵はどいつもこいつもつまらない奴ばっかり。殺したら少しはましになるだけましだけど。やっぱり生きていると不愉快でしかないね」

 

「なに」

 

 彼女の発言にスモーカーがピクリと反応する。

 

「ねえ、麦わら君たち。ここから出たい?」

 

「おい!俺の質問に答えろ!」

 

 格子に触れるか触れないかのギリギリのところまできて彼女を睨みつけるスモーカーを無視してまがねはルフィに問いかける。

 

「出してくれんのか!」

 

「おい!聞いてんのか」

 

「条件次第では別にいいよ」

 

「本当か!お前いいやつだな」

 

「おいまてルフィ。碌な条件じゃねえぞ絶対!それよりもビビの帰りを信じて待とうぜ」

 

 騙されやすくとんでもないことをしでかすルフィに不安を抱いたウソップは一旦彼にビビの存在を思い出させて冷静になるように仕向けつつも不気味に笑う彼女の方を決して見ずにいた。彼は極度の怖がりである。

 

 しかし、まがねはそんな彼等に爆弾を投げつける。

 

「ビビ?ああ、王女様ね?クロコダイルが何か約束していたけれど。彼がそんなに優しい人間に見えるのかな?」

 

「何が言いたい」

 

「簡単な話だよ。王女はここで死ぬ。これが彼の計画では決定しているだけってことだよ。つまり君たちもここで死ぬってことだけど」

 

「嘘つけ!ビビは絶対に戻ってくる!クロコダイルなんて関係ねぇー!」

 

 

 吠えるルフィを楽しそうに見つめるまがねは彼等に致命的な一言を言う。

 

「でも、クロコダイルはここにこの牢のカギを棄てたかのように見せていたけど、実際のところそれは偽物だったってだけの話。君らを救える人間などここにはいない。そしてこの国を救える者もね」

 

 彼女の言葉に言葉を失う麦藁の一味。

 

 彼女はそんな彼等を満足げに見渡すと、絶望を感じているであろう彼等に希望の糸を垂らそうとする。

 

「でもまがねちゃんなら………」

 

「関係ねぇ」

 

「ん?」

 

「そんなの関係ねぇ!俺はあいつをぶっ飛ばすし、ビビは国を救うんだ!」

 

 ルフィの何の意味もない言葉にまがねは現実の見えない彼に対して興味を失い、懐に隠し持っていたカギを取り出すのを止めこの場を去ろうと檻に背を向ける。

 

「ガッカリ。君たちは私を楽しませてくれたし、今回も何か起こしてくれると期待してたのにがっかりだねぇ。まがねちゃんは現実の見えない子供に付き合ってられないかな。残念」

 

 しかし、彼女は数歩歩くとその足を止める。

 

 まがねの目の前には王女と見知らぬ男がいたのだ。

 

「助けに来ました皆さん」

 

「何仲良く捕まってんだよお前らって、見たこともないかわいこちゃんがいるぅぅぅぅ♡」

 

 まがねはタイミングよく表れた彼等を見て、虚を突かれた表情になる。そして、麦わらの一味の情報を全て頭に思い浮かべて彼女の少しだけ納得したかの表情を浮かべる。

 

「なるほど、夢想家は夢想家でもここまでくると現実が見えていると言えるかな。嘘と真実は表裏一体。まだ使えるかな?」

 

 彼女はワニが暴れて引き倒されたイスを手に取ると、彼等全体を見渡せる位置まで引き下がり、座る。

 

「意外と当たりかも。面白くなってきた」

 

 彼女はルフィの意外性とその主人公性に大きな価値を見出し、それがどうすれば最大限輝せられるか流れている牛乳瓶をさりげなく掴むとそれを開け彼等の次の行動をゆっくりと待つ姿勢になる。

 

『この場ではスモーカーの性格を掴んでスナスナの実の能力の代わりに彼の力を貰おうかなって思っていたけど、本当に意外と面白くなるかな。彼等はついでにしか思っていなかったけど。一番最初に彼等を見た時に感じたモノは間違ってなかった。ああ!笑いが止まらない』

 

 彼女は不気味に彼等に笑いかけているのである。



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まがねちゃんは心を壊すのが大好きなんだにゃ~

 サンジは部屋の隅で牛乳を飲む少女の存在が物凄く気になっていたが、沈みゆく部屋に、檻のカギを見つけなければ全滅と言うことをビビから聞いていたため、少女に攻撃の意思もなさそうなので一旦カギを食べてしまったバナナワニを見つけるために、バナナワニ退治に専念する。

 

「おら、おら、おらぁぁぁぁ!」

 

「すッ凄い!」

 

 ビビはサンジの戦闘をこの麦わらの一味と一緒になって見たことが無かったため、巨大で自分が全く歯が立たなかったバナナワニを一瞬で倒していき、そこら中にバナナワニが水に浮かんでいるのを見て驚き、サンジを素直に褒める。

 

 もちろん、女好きなサンジは調子に乗りカギを探すことを半ば忘れかけ、ただ目の前のワニをどれだけカッコよく倒せるかに専念し始める。

 

「どうだビビちゃん。惚れるかい?」

 

「たく、あのバカ。鍵のこと忘れてないか」

 

「ちょっ!サンジ君鍵!急いで鍵も探して頂戴!」

 

「了解だ、ナミさん!」

 

 恋の奴隷もとい、ナミの奴隷たるサンジはナミの命令ですぐさま通路の向こうに控えているバナナワニは一旦無視して倒したバナナワニからカギを探し始める。

 

 しかし、彼がカギを探し始めようとして、一匹のバナナワニから白い球体状の大きな何かが吐き出される。

 

 その白い物体は即座に割れて、中から一人のミイラと見まごうばかりの男が出てきた。

 

「みっみず~」

 

 その男は乾燥わかめが水に漬けたら瑞々しく戻るように麦藁たちが見た覚えのある男に戻っていく。

 

 その男、包帯こそ巻いて少しばかり顔は分かりにくくなっていたが、その頭の3の髪型はとても見覚えがあった。

 

「誰だあれ?」

 

「ミスター3。リトルガーデンで私たちを襲ってきた男よ!」

 

「本当かビビちゃん。たく、こんな忙しい時に厄介だな」

 

 そう、その男、リトルガーデンで麦わらの一味およびアラバスタ国王女ネフェルタリ・ビビの抹殺指令を受けて、彼等を卑劣なまでの罠で追い詰めはしたものの、結局負け、更に、サンジのせいでうその報告を上げたことになり、自分に逆に抹殺指令がおり、更には汚名返上、名誉挽回のためにボスに直接会った際には、何故だか初めからお怒りモードでいらっしゃったため、自分が奏上する前に一旦ひとまずボコられたのちに報告後、クロコダイルにより水分を抜かれワニの餌にされた哀れなミスター3である。

 

 彼は自分が死んだと見せかけて能力で自分を覆い、抜け出すチャンスをうかがっていたのである。

 

 そして、何とか窒息死する前にワニの中から出ることに成功した彼は水を飲んでいる際にその手に何かが振れ、それを水の中から引き上げる。

 

「何だがね?鍵?」

 

「あぁぁぁ!それこの檻のカギだぁぁぁぁ」

 

「ちょっ!バカルフィ」

 

 ウソップが慌てて叫ぶルフィの口を塞ぐが時すでに遅く、どんな状況か把握しようとしていたミスター3の明晰な頭脳は事情を全て理解したわけではないが、この手に持つ鍵、どんどんと水が入っていき沈みゆくこの部屋、その部屋に捕まる麦わらの一味、そして自分の抹殺対象である王女と変な眉毛をした男が何かを探している。

 

 彼の顔はその考えて出た結論が丸わかりの表情だった。つまりはあくどい笑みと言う奴だ。

 

「なるほどだがね」

 

「「「鍵がぁぁぁぁ!」」」

 

 適当に投げられ水の中に沈みゆくカギを見て牢屋のルフィ、ウソップ、ナミは絶叫する。その様子を見て顔をこれでもかと歪めるミスター3だが、彼はこの部屋にいるもう一人の女性には気づかない。

 

「テメェ」

 

 サンジがミスター3を睨みつける。しかし、ミスター3は焦らない。何故ならばこの状況は彼にとって有利な要素しかないのだから。

 

「ふふふ。私に敵意を向けるのはいいのだが、そんなことをしている暇が君たちにはあるのか少しばかり疑問に思うのだがね」

 

 ミスター3は自分がカギを投げたあたりを見つめつつ攻撃しようとしていたサンジに牽制をするように言葉を投げかける。

 

 サンジの動きが止まったのを確認すると彼は更に言葉を重ねていく。

 

「理解できたようだがね。カギを見失わないといいのだがねぇ」

 

「このくそ野郎が」

 

「もちろん、私もその邪魔をするつもりですし、王女の命も狙うつもりだがね」

 

 ミスター3の脳裏には自分の能力で遠距離からチクチクと王女をいたぶりつつ、それを防ぐために目の前の男が身動きが出来なくなり、そしてそうして時間を浪費させていればカギを見つけるのは不可能になり、此処が沈む前に逃げれば彼等は勝手に全滅してくれる。そしてボスについては自分を死んだものと扱っているであろうから、此処にいる目撃者は全員死んでいくため追っ手もなくなるという完璧な未来を見ていた。

 

 まあ、この場にいる彼女の存在に気づいていないだけで穴だらけの作戦ではあったのだが、ミスター3と同じく悪だくみが得意なウソップの何気ない一言により盤面はひっくり返される。

 

「あれ?あいつの能力でカギを作り出せばいいんじゃないか?」

 

「へ?」

 

「おおー。ウソップお前頭いいなぁ。あいつの蝋はいろんな形になるもんな」

 

「なるほど」

 

「ちょっ!ま、まつだが……」

 

 ミスター3は自分の力に自信を持ちつつも過信はしていない。だから彼は野蛮な戦いを好まないと言い訳をよくしており、決して正面からの戦いはしない。

 

 つまり、彼は汎用性の高いドルドルの実の能力者であり、その能力と頭脳をもって罠にかけて戦い、相手の戦闘能力を極限まで削り戦うことによりバロックワークスでは3の地位をもつ強者でいられるのであるだけであり、その戦闘能力自体は悲しいことに高くはない。

 

 なので、この状況でサンジの目的がカギ探しと王女の護衛が優先順位の上にあるのならば有利でも、自分を倒すことが優先事項になった場合、サンジの攻撃は自分に集中することになる。

 

 つまりは、顔面を膨れ上がらせ、憎き敵にへこへこと頭を下げつつ檻の前で能力を使う哀れな男が一人出来上がることになる。

 

『くそ!このままでは済まさないぞ麦わらめぇぇぇぇ!』

 

 心の中で怒りをメラメラと燃やしつつもその顔に出さないように、もしくは出してしまった際に顔を見られないように下を向いていた。

 

「ん?何の影だが……ブベラッ」

 

 水面に映る陰にミスター3は上を向き、顔面に強い衝撃を食らい気絶してしまうのである。

 

「あースッキリ。やっぱ一回殺したものはちゃんと死んでないといけよね。それに希望は目の前で潰すのが最高だと思わない?」

 

 ミスター3の顔面を両足で踏みつけたまがねちゃんがルフィ達に笑いかける。

 

「どうしたの?私はあなた達の敵だから邪魔するのは当たり前だと思うのだけど」

 

 まがねは目の前で目を見開き動きを止めている彼等を見てもう一度笑いかける。

 

「テメェ」

 

 サンジの蹴りがまがねの顔に向けて放たれる。だが、まがねは面白そうにその攻撃を見るだけである。

 

「攻撃に殺意も私を攻撃する意思も乗っていない。サンジだったっけ名前。ふふ、私も狂ってるけど君も相当にイカレているよね」

 

 まがねは自分の顔の横にあるサンジの足を横目に見ながら、その拳を握る。

 

「まがねちゃん少し嬉しいかな。私を女性扱いする人なんて久しぶりだもんね。お礼に殺してあげる」

 

 サンジは慌てて下がろうとするが、体勢が悪くまがねの拳が腹に突き刺さり吹き飛ばされる。

 

「うーん?普通の人なら内臓破裂するはずなんだけどな~」

 

 まがねは手を開いたり閉じたりしながらその彼を殴った時の感触を思い出している。

 

 明らかに敵対行動を見せるまがねにビビは彼女に突撃をし、その小指につけたアクセサリーの様な武器を使い彼女に攻撃を仕掛ける。

 

「上手く避けられちゃったか。残念だなー」

 

 王女の攻撃をまがねはその場から動かずに躱し続け、逆に彼女の手首を捕まえ自分の方に持ってくる。

 

「ああ!」

 

「ふーん。王女様はなかなかお転婆ですねぇ。そんなに焦らなくても殺してあげるよ。貴方は生きているよりも死んでいた方がまがねちゃんにとって価値が高いからね。大丈夫、クロコダイルみたいに負の価値があるから捨てるんじゃないから安心していいよ。私はちゃんとあなたの価値を分かっているから死んでいいんだよ」

 

 まがねはそっとビビの白い首に手を当てるとその細い首に指を一本一本かけていく。

 

「いっ、いや」

 

 ビビは手袋越しに感じる冷たい指の感触に震え、拘束から逃れようとする。

 

 まがねはそんな彼女の様子を楽しげに見ながらも首に全ての指がかかると、ゆっくりと力を込めていきその苦痛に歪む顔を真正面からよく観察する。

 

「コーザってあなたと幼馴染だったけ?彼どんな顔するかな。想像するとゾクゾクしない?」

 

 ビビにだけ聞こえるようにその顔を悪意に歪め微笑みかけるまがねに彼女は恐ろしいモノを感じ、それと同時に怒りを感じた彼女はまがねの拘束から、死の運命から逃れようと暴れる。

 

 しかし、そんなビビの行動はまがねを楽しませるだけであり、彼女は苦痛にあえぎ、その目から零れ落ちる涙を顔を近づけなめとる。まがねはその強い意志を灯った眼球を直接舐め、そして抉り出したくなっていた。

 

ビビから手を離せ!

 

 まがねの欲求は大声で注意を引き付けられたため、一旦は収まった。ただ、新たなる欲求のはけ口を見つけただけでもある。

 

 まがねはビビに近づけていた顔を少しだけ彼女から離すと、檻に近づき、怒りを露わにしたルフィを見る。

 

「君には驚かされてきたよ。まがねちゃんみたいに言霊を操るでもなしに言葉を現実にするさまは驚嘆に値するよね。でも、君は結局死の運命からは逃れられない。それともまがねちゃんの条件を呑んでくれるかな?」

 

「ビビを放せ」

 

「それは無理な相談だよ。まがねちゃんは目の前に美味しいモノがあったら迷わず食べちゃうからね。」

 

「放せよ」

 

「良い目をしてるね。本当に美味しそうだよ。ゾクゾクしちゃう」

 

「いいから、ビビを放せ!」

 

 まがねはルフィの叫びを全く意に介さず、その指に掛ける力を強める。そして深い笑みを浮かべ彼に悪魔の選択を迫る。

 

「放してもいいよ。君の仲間の誰かと交換でだけどね。最も役立たずな仲間を見捨てるのを推奨するよ。それとも王女様は仲間じゃないのかな?君たちには価値は無いのかな」

 

 まがねは笑う。選択を迫られる者に対して笑う。捨てられるであろう者に対して笑う。見捨てられるであろう者に対して笑うのである。

 

 沈みゆく部屋で、どの選択肢を取ろうが最終的には死んでいく彼等を思い浮かべ。その顔が苦渋の決断により歪むさまを、高潔な精神が、無垢なる心がけがれるさまを間近で見られるこの機会にまがねの心は踊っている。

 

 彼女の嘘は、人をどれだけ愉快に殺せるか。その為だけに彼女は嘘をつく。

 

 だからまがねはビビを即座に殺せるように、分かりやすく死んだと見えるように、ビビの武器を指に挟み頸動脈にあて、その答えを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女はここで前菜を食べることにし、その狂った心を満たそうとする。

 

 それに対して彼等は彼女により決められた逆らい難い運命の中で一つの決断をし、この場に一人の血が流れ、彼女は狂ったように笑うのである。

 

 



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まがねちゃんでも嘘をつかないことはある

 水しぶきを上げ、水の中に沈みゆく王女。それを見てとても愉快に笑うまがねの手には赤い血が付着している。

 

「ビビ!」

 

 ルフィの叫び声が響き渡る。

 

 その光景を見て、ナミは口元を手で押さえ、ウソップは信じられないものを見たせいか動きを止めてしまっている。

 

「人は大切な何かを壊された時、もしくは大切な誓い、約束を破った時脆くなる」

 

 まがねは自分の手から離れて、遠くまで吹き飛ばされた王女を見ながらも、いつの間にか自分に近づいていたサンジに手刀を彼の腹めがけて繰り出す。

 

「避けろサンジ!」

 

 全く動く気配のないサンジに向けてルフィが焦ったように叫ぶが、サンジは全く反応しない。

 

「その表情、いいね」

 

 サンジの脇腹に彼女の手刀が刺さる。

 

「君の攻撃はあんな状況下なのに私に当たらないように蹴られていた。ふふふ、本当に君は狂っているよね。だからあえて君が攻撃しているのに、近づいてきていることに気づかないふりをして、君の攻撃をワザと王女様に当たるようにしてみたんだけど。大当たりだね」

 

 まがねはサンジから手を抜くと、王女の首を浅く切りつけた際に出た血と彼の血で汚れた手を自分の頬まで持っていくと、スーッとその白い肌に血を塗りつけ、その血のぬくもりを感じ少しだけ頬を赤らめる。

 

 サンジは力が抜けたのか、膝立ちの状態になる。

 

「狂った人間はなかなか壊せない。だって既にもう壊れているからね。だからこそ、それを壊してみたくなるのが人間ってもんじゃないかな。不可能なモノにこそ憧れる的な、それとも不可能を可能にしてみたい的な、限界を超えてみたい的なあれですよ。わかるかな?それともまがねちゃんだけですかな?」

 

 表情が抜け落ち、地面を向くサンジを見ながら、まがねは麦わらたちが一生懸命サンジに届かぬ声、そして思い無駄にぶつけているのをBGMとして聞きながら、ゆっくりと彼から遠ざかり、背を向けたまま檻にちかづく。

 

「壊れた人間は大抵はもう死んでいるからつまらないんだけど。彼は壊れながらにして理性を持っている。女性に決して手を出さない。こんなバカげたことをこの命が安い世界で実行するなんて狂人以外の何物でもない。彼の過去に何があったのか知らない。彼がどんな人生を歩み、どんな思いでそんなバカげた制約を自分に課したかなんて知らないし、知る必要もない。知ってるかな?壊れたモノは工夫次第で壊せちゃうんだよ。だからね、それらの思いを踏みにじるのにはその制約さえ知ってれば、その制約を破らせさえすれば、人を壊してしまう。ね、簡単でしょ。それにね、普通の人間よりも頑丈に見えてこういう人間は頑丈な心の柱を一本折ってしまえばいいんだ。やっぱり簡単に壊せてしまうと思わない?アハ!そしてね、そうしたらね、その壊れた心を簡単にのぞかせてしまうんだよ、誰にでもね。ねえ知ってる?ある学校で一つの悲劇が起きたってお話なんだけどね。聞きたい?聞きたいよね。ふふ、最高に楽しいお話だよ」

 

 まがねは未だに動く気配のないサンジを面白そうに見ている。その血が体から流れ出て、周囲の水を赤く染め始めているのを見てただ楽しそうに喋る。

 

「これはある学校の話。この学校は平和な学校。そこは戦争、殺し、暴力を何も知らない平和でとてつもなくつまらない場所でした。だから、つまらないこの空間にある生徒は、一輪の赤い花を咲かせたらどれだけ綺麗で、どれだけ楽しいのだろうかと、教室にそれはとてもとてもきれいな花を咲かせて見せました。その時の彼女らの表情は今でも忘れられない。ああ!違った違った、その時の彼女らの反応はその生徒にとってはとても満足が行く物でありましたが、その反応はその生徒にとっては一時の快楽にしかなりえなかったのです。それもそのはず、その生徒は平和である学園で起きたことだからこそ、一時的な満足を得られたものの、その生徒にとってはその反応は日常とさほど変わりなかったのです。それに気づいてしまったその生徒は、そこからその教室の全てを赤い花でいっぱいにしたお花畑にしても全く満たされません。だからその生徒は彼女らを徹底的に壊した。そして彼女らの日常を壊し、様々な感情を生まれさせては裏切りによる殺し合い、共闘、敵とも知らずに友になる者どもを見て、こわし、壊し、そして殺していくのです。知ってます?極限状態にしてこそ、その人の本性が見られるって。そして人間って何度も壊せるって知ってたかな?」

 

 まがねは楽しそうに誰かが犯した過去の事実を思い出すように話している。

 

 ウソップとナミは固唾を呑み、彼女の雰囲気に呑みこまれまいと二人して肩を抱き合い、ルフィは彼女に掴みかかろうとして海楼石に触れて力が抜けながらも、その確実に見えなくとも確実に笑っていると雰囲気で分かる彼女を睨みつける。

 

「一人の女子生徒は死んでいった親友との約束を胸にしながら、それを決して破らぬようにその生徒に向かっていき、残酷な真実を告げられ壊れ、死んでいく。普段リーダーシップを取っていたある女子生徒は他の者に裏切られてその生徒に生贄として残酷なゲームの最初の犠牲者となった。ふふふ、誰もが気付かない。もうすでに今までの自分が既に壊れていることに。未だ自分が壊れていないと信じ込もうとしている姿は滑稽でした。徹底的に壊れてもなお、人はまた再構築できる。そしてその再構築した時、人は強い一本の柱をもち、それにすがる。あの子は本当に最高でした。皆に裏切られ、絶望し、その脆く壊れた心に軽く復讐と言う新たな柱を作ってやれば嬉々として友を殺していく。その心が完全に復讐に染まった時、その生徒に忠誠を誓った時に壊す時のあの爽快感。一度何もかも壊れたからこそ、次に壊す時には綺麗に崩れてくれる。柱は一本しかないからね」

 

 まがねは懐から一本のカギを取り出すと麦わらたちに見せびらかす。

 

「彼は既に壊れている。だから完璧に壊れる様に苦労しました。けどね、だからこそその快感は計り知れない」

 

 まがねはカギを懐にしまう。その様子を見たナミはサンジを叱咤する。自分の命の危機にさらされその本性をのぞかせる。

 

「何落ち込んでるのよ!このままだとビビも私も誰も助からないのよサンジ君!ここであなたが落ち込んでも何の意味も無いわよ。自己満足よそんなの。レディファーストを心掛ける紳士でありたいなら、此処で男を見せてよ」

 

 その声を聞いてサンジはふらりとだが起き上がる。ルフィとウソップの声は届かないようだがナミの声は届いたようだ。

 

「あれ?あれで十分だと思ってたけど、やっぱり王女様は殺しておくべきだったかな?」

 

 まがねは失敗失敗と言いながらも、その顔は何時もの不気味な笑みを張り付けたままである。

 

 ナミは起き上がったサンジを見てガッツポーズをする。ルフィもその様子に安心したのか海楼石から手を離す。ウソップはナミのえげつなさに引きつつもこの状況を何とか打開できないか周りを見て、何かに気づいたのかこそこそと移動を始める。

 

「俺は、俺は男として情けないぜ。だが、此処で何もしないのは男じゃねえ」

 

 サンジは脇腹を押さえつつも片手でタバコを器用に取り出し、加えるとそのまま火をつける。

 

「何より!レディの期待に応えるのがナミさんの白馬の王子たる俺の役目だ」

 

 サンジはまがねに近づくと得意の蹴り技を何度も放つ。しかし、ケガの影響か何時ものキレがない。まがねはそれでも危険な攻撃を繰り出す彼に対して抵抗のそぶりは見せず語り掛ける。

 

「やっぱり、一本になったとはいえ、大きな柱は簡単には折れないね。でも、おれていないだけだね」

 

 まがねは全く避けない。サンジの攻撃はされど当たらない。

 

「ちっ!あんまり俺をなめてるんじゃねえぞ」

 

 サンジはその場で勢いよく回転しだし、大技を繰り出そうとしていたが、それでもまがねの表情は変わらない。

 

 まがねはサンジの攻撃にワザと当たるように無造作に近づく。

 

 サンジはギリギリまで回転を止めようとはしなかったが、まがねの表情は一切変わらず、彼の攻撃に当たりに来てるようにしか見えないため、サンジは回転を止め距離をとる。

 

「何がしてんだ?自ら当たりに行くなんてあぶねえじゃねえか!」

 

「ちょっ!サンジ君、そいつ敵よ。蹴り飛ばしてしまいなさいよ」

 

「サンジらしくなってきやがった」

 

 ナミはさっきまでまがねの雰囲気に呑まれていたとは思えないほど元気よくサンジに怒鳴りつけていたが、ルフィは逆にサンジらしいと笑っていた。

 

 空気がガラリと変わる。それを敏感に感じ取ったまがねは俯くと、その長い前髪をガシガシとより分けるようにして掻くと、ため息をつき、懐に手をいれる。

 

「はあ、つまらない」

 

「ああ?」

 

「だから、つまらない。私の大っ嫌いなモノだよそれ。ああ、興ざめ」

 

 まがねは手の平をサンジに突き出す。そこには檻のカギが握られている。

 

 いきなりの彼女の豹変に誰もついて行けない。

 

 彼女はサンジに近づく。

 

「本物か?それ」

 

 余りにも怪しく、訝しげに彼女にそのカギが本物かを聞く。

 

「もちろんだよ。詰まらなくなったからあげる。それとも女性が嘘を吐くとでも」

 

「ふっ。愚問だぜ。ありがたく頂戴するよ君からの愛は」

 

 まがねは顔を俯かせたまま、サンジの横を通り過ぎざまにカギを渡す。

 

 そして、サンジの意思がそのカギに向かった時に彼女はくるりと振り向き、その血にまみれた手を振りかざし、その血の付いた顔を歪め、その目には狂気を宿している。

 

「まがねちゃんはね。嘘つきなんだ?つまらないことを面白くするのも嘘の醍醐味。そしてまがねちゃんはね。ある事柄にだけは真摯で、それは正直者なんだよね。何だと思う」

 

 その赤い手が無防備のサンジの背中に迫る。

 

「それはね、壊すこと、殺すことなんだ」

 

 ナミが叫ぶ。

 

「無抵抗なモノをいたぶるのも好きだけど。君にはもったいないから。くふ、きれいな花が咲くといいね」

 

 まがねの視界が赤く染まる。




まがねちゃんの過去エピソード

 彼女は原作では女子学園の生徒を皆殺しにしている。

 ある学校のお話は一体何のことなのだろうか………。


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まがねちゃんは見つけてはいけないものをついに見つける

 まがねの目の前が赤く染まる。

 

「あは?あれれれれ、ナニコレ。まがねちゃんちょっと理解できないかな」

 

 まがねはサンジを殺そうと手刀を繰り出そうとして体が急に言うことを利かなくなったことに理解が及ばない。思考がうまくまとまらないながらもまがねはグラつく自分の体を不思議に思いつつ、この原因であろう鈍痛のする額に手をやる。

 

 ぬるりとした感触がまがねの手に残ると同時に額が熱を持つ。

 

 まがねは自分が怪我をしていることに気が付くと同時になぜ自分が怪我をしているのかを即座に考え、その攻撃が飛んできたであろう方向を予測し一つの考えにいたる。

 

「まがねちゃんビックリ」

 

 額から血を流し、その血が元からついていたサンジとビビの血と混じる。

 

 まがねの視線はサンジから彼の全力の攻撃を食らったであろう王女様へと向かう。

 

「サンジさんは貴方如きでは壊せません」

 

 そこには彼女に浅く首を斬られて首筋から血を流し、サンジの攻撃により内臓を軽くやられたのか口から血を流していたが、しっかりと立ち片手に武器をつけ戦闘への意思を見せつけている。

 

「ふふふ」

 

 まがねは王女の状態を大けがであり戦闘不能状態になったとサンジの攻撃から予想を付けていた。

 

 しかしそれは間違いであったと今の王女の状態を見て彼女は思う。

 

 まがねはサンジが全力での攻撃を途中で手加減しつつ急所に入らないように外すという離れ業をこなしていたことに、驚きと同時に彼の心の中を読み間違えた自分への怒りがあった。

 

『あの時全く動かなかったのは無理をした反動で体に既に大きな負担が掛かっていたから。そしてその後の技の切れの無さ、それもその無茶のせい。女性のために自身の身を削るなんて……、此処まで狂っているなんて驚き。くくくくく、ふふ、アハハハハハハハハハハハハハハ』

 

 彼女は王女が自分に向かって再度攻撃してくるのを見ていたがその場から動かずただ体を小刻みに振るわせるだけである。

 

 そんな彼女に、王女は自分が投げた石が脳天に当たり予想外のダメージを食らっていると思い、飛び上がり、彼女の首に向けてその武器を振り下ろす。

 

 彼女の攻撃がまがねを捉えそうになるその瞬間、俯き誰にもその顔を見せずにいたまがねの顔が上を向き王女にだけその表情が露わになる。

 

 そこにはただ不気味な笑みを張り付けているまがねがいた。

 

 そう、まがねはこの状況下においても笑っているだけだ。

 

 ただ、その笑みは口が裂けんばかりの笑みであり、それでいて不気味さがいつもよりも薄れた笑みだった。

 

 彼女が顔を上に向けた時同時に弱弱しくも覇王色の覇気がこの空間に満ちる。

 

 それは彼女の笑みがいつものとは異なる張り付けていた笑顔という仮面が壊れたために、そのひび割れからあふれ出た本物の感情がこの場に解き放たれているようだった。

 

 その壊れた仮面から覗く彼女の覆い隠された本当の顔がビビに恐怖を植え付ける。

 

 そして彼女から発せられる空気に触れた誰もが彼女の漏れ出た感情が何なのかを理解した。

 

 壊れた笑顔は引きつり、それでいてまがねの口からは歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。

 

「あは!アハハハハ、クク、クハ、フフフフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 笑い声が響き渡る。

 

 女性の物とは思えぬほどの、先ほどまで饒舌に喋っていた人物と同一人物なのかと疑うほどの低い笑い声がその場にいる全員の鼓膜を揺らす。

 

「まがねちゃんはね、騙すのは好きでも騙されるのは嫌いなんだ。それとね」

 

 何時ものように軽くしゃべっているはずなのに、彼女の言葉に虚偽が一切含まれていないと誰もが感じた。

 

「死人は……、死人は死んでなければおもしろくない」

 

 まがねは硬直したビビの腕を掴み引き寄せるとその腹に蹴りをぶち込む。

 

「かは」

 

 まがねは血を吐く王女を無感動に見下ろして、掴んでいた腕を放すと、倒れ込む王女の長い髪を無造作に掴みその顔を強引に引き上げると、拳を握り、殺意を込めて振り下ろす。

 

 鈍い音が室内に何度も何度も何度も、まがねは王女がか細く何かを言っていても止めずにその拳を振り下ろす。

 

「はあ……、まがねちゃんは嘘をつかない。殺し、壊しは正直にあるべきだとまがねちゃんは常々思うのだよ。それが私の絶対のルールであり流儀なんだ~。だから、くだらないし、つまらないし、呆れたよ?何もかもが無駄だと言うのにね」

 

 見かねたサンジがビビを救おうと蹴りを繰り出そうとするがまがねは王女を盾のようにサンジの目の前に掲げて、漸くいつも通りの笑みを浮かべて見せびらかすようにその酷くはれ上がり血を流す王女を見せる。

 

「君には無理だよ。死にゆく王女様を見守るのが君に出来る唯一のこと。それとも女性に手を上げる?どちらもできない?それでいいんだよ。それがいいんだから。今度こそ君をちゃんと壊してあげる。その檻の中の彼女を次は君の目の前で同じように殺してあげるから楽しみにしててよ。クフフフ」

 

 まがねは漸く美しく死に化粧を纏った顔立ちになった王女の顔を愛おしそうに撫でると、檻の中にいる無邪気な彼に向けて深い笑みを浮かべ、少しワクワクしながら、顔を檻に向ける。

 

「死んでいく者の姿を見ればさぞ面白くなるだろうね。最高のショーだと思わない?」

 

 まがねは無惨な仲間の死にざまをどのようなツラで見ているのか期待に胸を膨らませながら檻をみる。

 

 しかし、彼女の表情は固まる。

 

 開くはずの無い檻が開けられており麦わらの一味がどこにもいないのだ。

 

何も面白くねぇ!

 

 まがねの真横から怒りに満ちた声がする。

 

俺の仲間はお前なんかに壊せないし、誰も死なねぇ!

 

 まがねが声の主を確認する前に彼女は吹き飛ばされる。

 

 既に腰の深さまで水が溜まっている室内でまがねはその水の中に沈みながらも自分を吹き飛ばした犯人を視界に入れる。

 

誰の救いも必要ない!俺たちだけでクロコダイルをぶっ飛ばすし、ビビも国を救うんだ。お前なんかに俺たちの行き先を決められてたまるかよ!

 

 そこには伸ばした腕を戻す麦わらのルフィの姿があった。

 

 彼女は絶対に助かるはずの無い人間が自分を追いつめているのに今度は怒らなかった。

 

『この世界の人間は頑丈だったのを忘れていたよ。ちゃんと脳ミソ飛び出るくらい踏みつけとくべきだったね』

 

 彼女は水面に浮く包帯の切れ端を見て何が起きていたのか悟る。

 

『ふふふ、誰も死なないか。たいそうな嘘つき。その嘘が嘘になるときが楽しみ』

 

 彼女は一人も殺せなかったがその心にはもう怒りなど殆ど無かった。

 

「君に決めたよ。絶対に私のショーに招待してあげる。待っててね」

 

 まがねの呟きは彼女の体が着水し、大きな水しぶきを上げる音に消し去られ誰の耳にも届かなかった。

 

 そしてまがねが水に沈むのと同時に、水圧に耐えられなくなった部屋の壁が壊れ始め、一気に水が浸入する。

 

 麦藁の一味と海兵一名がその場を泳いで逃げる間、彼女が水の中から浮き上がるのを見たモノは居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザバァ

 

 周りを水堀で囲まれたカジノの周りは海兵といきなりカジノの端が落ちたことによる野次馬で大騒ぎであったため、そんな中、一人の少女が水堀から路地裏にひっそりと移動しているのに誰も気づく者はいなかった。

 

「まがねちゃんが嘘つきにされるのは久しぶり」

 

 その少女は薄暗い路地裏で笑っている。血を流しながらも、ある目的地に迷わず向かう。

 

「見つけた」

 

 目的地に着いた少女は迷わずその変哲もない住居に入ると中にいる人形どもに指示を出す。そこにはクロコダイルが向かったこの国の首都や反乱軍の情報がちりばめられた部屋だった。

 

「見つけた。前の世界で私が嘘つきにされたあの主人公さんと同じく、まがねちゃんが殺し損ねた人間。ふふ」

 

 彼女は少し赤くはれている頬を撫でながら、何時もの笑みを浮かべている。

 

「私の物語の主人公を見つけた。これで、まがねちゃんの嘘はようやく真実になる」

 

 彼女は少しだけ壊れた笑みを浮かべるがすぐにその表情を何時もの笑顔で覆い隠す。

 

「今度は失敗しない。あは!始めようか!」

 

 彼女は外に出て沈みゆく太陽を見ながら楽しそうに、ゆっくりと真実に近づいていく嘘を呟く。

 

「天竜人は地に落ちた」

 

 路地裏にパチンと指を弾く音が響くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

「おいサンジ!いい加減にしろよ」

 

「ほっとけウソップ。バカは死んでも治らねえよ。引きずりゃいいだろ」

 

「それは流石にどうなんだ」

 

 急いでクロコダイルを止めに首都アルバーナに向かわなければいけないのに、無事に脱出できたのに落ち込むサンジを見てウソップは何で落ち込んでいるのか分からないが、急がなければいけないので落ち込んでいる暇はないと何度も言うが、全く微動だにしない彼に業を煮やしていた。

 

 ゾロはサンジのことをよく理解しているため、バッサリと切り捨て、引きずろうと提案する。

 

 そんな中、サンジが漸く反応を示す。

 

「俺は紳士失格だ」

 

「割といつも失格だと思うぞ」

 

 ウソップの鋭いツッコミを無視して彼は独白する。

 

「俺は沈みゆく傷ついた孤独な少女をあの場で助けることが出来なかった」

 

 彼の歪んだ眼は歪んだ少女をとてつもなくおかしなフィルターを挟み見ていたようだ。

 

「クソ!」

 

 目に涙をため、既にびしょ濡れで火など吐くはずもないタバコをその手に持ちながら、拳を握り地を叩くその様はなかなかのものだが、周りとの空気の差が酷く、雰囲気が伴わず、酷くコメディー色が濃厚である。

 

「おいルフィ!サンジを引きずれ。この馬鹿に付き合っててもらちが明かねぇ」

 

「そうだな、俺が間違ってたよゾロ」

 

 引きずられながらも彼の目はあの部屋と共に沈みながらも微笑んでいた美少女に思いをはせていた。




 通りすがりの読む人さん誤字報告ありがとうございました。

 まがねちゃんはルフィをロックオン!

 一瞬「最高のショーだと思わんかね?」と言わせたくなりました。


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まがねちゃんは人形遊びが大好き

 アラバスタの首都アルバーナは国中から雨を奪い去ったのが国王だと国中に知れ渡った。

 

 その事実は国民の怒りを増幅させ、今まで国王のことを信じていた者たちまでもが反乱軍に加わり、大群となった反乱軍が国を滅ぼそうと王宮に攻め込もうとして国王軍と戦争を始めていた。

 

 その様子をまがねは王宮のテラスより楽しそうに眺めていた。

 

「ふふ、凄いな~。たった一つの嘘が此処まで大きくなるなんて」

 

 まがねは王宮の外で流れる血を想像しご満悦だ。そしてその気持ちを共有するかのようにニコ・ロビンに拘束されているこの国の王ネフェルタリ・コブラを見ながらいつものように薄気味悪い笑みを浮かべ「面白い。そう思わない?」と声を掛ける。

 

 声を掛けられた王はその明かに人間としておかしい少女を直視してその言葉を否定する。

 

「そう?自分たちの敵が偽りの王だったってだけの話でしょ。それなのに誰もあなたの本当の姿を信じずに偽りの王を信じるのだもの。おかしいよね。国を救うモノが国を亡ぼすことになるんだから。自分たちが正義だと思い、最後に真実を知った彼等はどうなるのかな。ふふ、楽しみじゃない」

 

 まがねはコブラから視線を逸らすとまた眼下の人と人であったものを眺める。

 

「ふふ、何のために死ぬのかな」

 

 まがねは彼等の愚かしい行為を見て、それにより流れる血、そして反乱軍と国王軍の争いに巻き込まれるこの国の民を見て本当に楽しそうだ。

 

「まがねちゃんも結構大騒ぎは好きなんだけど。此処までの大騒ぎは体験したことが無いからちょっと体がうずいちゃうな」

 

 まがねの視線にコブラはぞっとする。

 

 彼女からは人を同じ人だと思っていないように感じられたからだ。

 

「ああ、此処でもう王様を殺しても面白そうなのだけれど駄目かな?」

 

 彼女は誰もいるはずの無い通路の奥を見ている。

 

 しかし、彼女の言葉に声を返すものがいたのだ。

 

「駄目だ。まだこいつには役割がある」

 

 後ろから砂が風に運ばれるこの砂漠の民ならば聞きなれた音が砂などあるはずもない王宮から聞こえてくる。

 

 その音にコブラは視線を横にずらすと、まがねを止めに入ったクロコダイルの姿がある。

 

 コブラは自分の娘ビビがこの男の会社に潜り、この国を滅ぼそうとたくらんでいるのがこの国では英雄と呼ばれる男だと知っている。

 

 その男が遂に自分たちの目の前に現れたということに名君と称えられる賢きコブラは既にこの国が積んでいることをいやおうなしに感じた。

 

 今まで決して姿を現さなかった黒幕がその姿を表に出す。それは計画が既に終わりに差し掛かっていることに他ならない。

 

 しかし、同時にコブラは今まで感じてきた違和感、それが今何なのかわかり、クロコダイルに対してこの絶体絶命の状況下でありながら臆せずに問いかける。

 

「貴様は何がしたい」

 

 毅然とした態度を崩さない王にクロコダイルは少しばかり感嘆する。

 

「ほう。で、何がしたいかだと?」

 

「ああ、国を手に入れたいにしても、このやり方では何も手に入りはせぬ。いったい何が狙いなんだ」

 

「クハハハ。まあ、流石に分かるか。ああ、俺はこんな国が欲しい訳じゃねえ。欲しいのはお前ら王族が伝承し、守ってきたポーネグリフにしか興味なんざねえんだよ」

 

 コブラはその言葉に自分が反応してしまっていないか心配で顔に手を触れたくなるが、それを意志の力で押さえつつ、平常心を心掛け、顔には訝し気な表情を張り付ける。

 

「何故そんなものを欲しがるのだ。あれは誰にも読むことなど不可能な代物」

 

 しかし、コブラは言うセリフを間違えた。彼は自分が思っていたよりも動揺しているようだった。

 

「なるほど。やはりこの国にあるんだな。ポーネグリフが」

 

 クロコダイルはコブラの顔を冷静に観察する。そして言葉を選びつつも、ここで確信をつく。

 

「古代兵器プルトンが」

 

 コブラの目が見開かれる。

 

 その反応にクロコダイルはこの王がプルトンについて知っていること、そしてここのポーネグリフが確実に自分の欲する物を手にすることが出来る代物だと分かった。

 

「その在りかを知りたいんだよ。だから、この国がいくら荒れようがどうでもいい。俺がプルトンを手に入れるまで世界政府の目をそらせさえすれば後はどうとでもなる。俺も空っぽの国なんかに興味は無いからな。クハハハ」

 

 クロコダイルが楽しそうに笑う中まがねは王宮からいつの間にか手に持っていた双眼鏡で数か所の場所で起きている戦いを楽しそうに見て、少しだけそわそわとしていた。

 

「ねえ、王女様が王宮に入られたようだけど?私殺しに行っていいかな。彼女とは私約束してるんだよね。ころしてあげるってね」

 

 まがねの目は王宮に入り込むことに成功したビビを一瞬だが捕らえていた。

 

 こんな様々な人間で溢れ返す中王女を見つけるのは至難の業だが、まがねは周りで暴れる麦わらの一味とその一味の行動から王女が必ずこちらに向かっていることを看破し、もし来るならば戦闘に巻き込まれない人通りの少ない場所だと当たりを付けて戦争の観戦がてら見張っていたのだ。

 

「ほう。此処まで来たか。何をするつもりなのか見てやろうじゃないか」

 

「殺したいなぁ~」

 

「我慢しろ。それとも俺に逆らうか」

 

 まがねはクロコダイルに睨まれると、諦め王様を連行してビビの元に向かうクロコダイルの後ろを静かに歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火をつけなさい」

 

 ビビはこの宮殿に何とかたどり着くとそこで護衛隊副官チャカに出会い、反乱軍と国王軍の戦争を止めるためにある指示をだし、中庭に彼と共に二人の兵士を引き連れていた。

 

「しかし、ビビ様。本当によろしいのでしょうか。王宮を爆破するなど……」

 

 松明を持つ兵士は既に王女様とチャカ様が許可していることでも、この国の象徴を破壊してもいいモノかと逡巡し、火をつける手を一度止め確認する。

 

 それもそうだ。いくら戦争を止めるためとは言え、自分たちの守る場所を壊せと言われて壊せるものはすくない。

 

 だから彼等は迷い、チャカに再度確認をする。

 

「ああ、火をつけろ」

 

 チャカは王女の顔を一度ちらりと見た。そして彼は兵士に許可を出す。

 

 しかし、それでもためらう兵士に彼は叱咤する。

 

「我々が守るのはこの宮殿という象徴にあらず。守るべきは国。その国の根幹たる民だ。守るべきものを守るのが我らの役目だ。迷うな」

 

 それは王女様に会うまでの王を思う護衛隊副官としての自分を殺した一言であり、国を思うこの国の守護者としての言葉であった。

 

 その決意に押される形で兵士は覚悟を決め、導火線に火をつけるため松明を近づけようとしたその時、砂嵐が突如巻き起こり火をつけようとしていた兵士を吹き飛ばし地面に叩きつける。

 

 松明の火は結局導火線に引火することなく鎮火し、地面に転がる。

 

 あり得ない現象にチャカは愕然としたが、砂を操る男を何度も見てきたビビは重症を負った兵士に駆け寄り、容体を確認しつつもこの国の敵が此処にいることに気づいた。

 

「何処まで邪魔をするのよ。クロコダイル!」

 

 ビビは死んでいく兵士を見守りながらもここを見ているであろうクロコダイルに向け叫ぶ。

 

「クハハハ。人聞きが悪いな王女様。それにそれは流石にお転婆すぎる。俺がこれから住む場所がなくなるだろうが」

 

 チャカは薄暗い通路から足音を聞くと、王女の盾となるべく彼女の前に出て身構える。

 

 通路の暗がりから四人の男女が姿を現す。

 

 その姿を確認したビビは冷静さを失い、即座に自分の父を助けようと駆けだそうとして、顔を強張らせ殺気を漲らせたチャカに止められる。

 

 通路から姿を現したのはこの国を陥れた元凶たるクロコダイル、この国の王コブラを拘束するニコ・ロビン、そして彼等の仲間だと思われるまがねだった。

 

 チャカはこのままでは王女がクロコダイルの前に走っていきそうなため、冷静にと心掛け、彼等に王の解放を求める。

 

「コブラ様を放せ」

 

 ただ、冷静を装うチャカの手はその腰にある剣に伸びている。

 

 そんなこの国きっての戦士の殺気に誰もひるまないどころか、その姿がおかしいのか笑みすら浮かべている。

 

「何がおかしい!」

 

「だってね~。ぷ、クク。ああ、笑いが抑えきれない」

 

 まがねは彼等の姿が滑稽だと言わんばかりに腹を抱えて笑い出す。

 

 クロコダイルは声に出して笑ってはいなかったが、その思いは一緒なのか顔に似たような笑みを浮かべている。

 

「確かに滑稽極まりない。お前の後ろには守るべき王女、その前にも守るべき王がいると言うのに」

 

 そこまで言うと、ニコ・ロビンの方をちらりと見る。

 

 ロビンはそれに対して王の体に生やして拘束していた自分の腕に二本の杭を渡すと、近くの柱にコブラを張り付ける。

 

 その際短い悲鳴をコブラは上げるが、王女もチャカも黙って見ていることしかできない。

 

「でっ?何ができるんだ。お前たちに」

 

 コブラに近づきフックを突きつけるクロコダイル。そんな彼は睨むことしかできない哀れな王女様を見て嘲笑う。

 

「クハハハハ。何もできないんだろ。なら黙って見とくんだな。……さてコブラよ、先ほどの続きといこうじゃないか。ポーネグリフの在りかは何処だ」

 

 王に問い詰める彼の言葉を聞いてビビは何故そんなものを求めるのか分からなかった。

 

 しかし、いつの間にか彼女たちの背後にいたまがねが機嫌よくその疑問の答えを言う。

 

「この国のポーネグリフは世界を亡ぼすほどの古代兵器が眠っている在りかを記してあるの。だからそのポーネグリフの在りかを知る必要があるんだよね~。理解できちゃったかな?」

 

 ビビはいきなり真後ろから聞こえる声に戦慄し、振り向きざまに武器を振るう。

 

「およよ?親切を仇で返された」

 

 まがねちゃん悲しいと言う彼女に対して、ビビは一方的に殴られたあの時の恐怖がよみがえり、片手で煩く鳴る心臓を胸の上から抑え込み、片手で武器をまがねに向け敵意を漲らせなければ足が震え、膝をつくところだった。

 

 クロコダイルは余計なことを言うまがねを睨みこそしたが、ほぼ順調に計画の終わりが近づきつつあること、そして死ぬ人間であることからして何も言わず。その代わりにコブラにただ一言「王女を殺す」と脅しをかける。

 

「ッ!」

 

「どうした?」

 

 王が娘のために折れそうになったその時、ニコ・ロビンが手を押さえ、切れて軽く血を流す手から顔を上げ宮殿の門を睨むため、何が起きたのかクロコダイルが彼女に問いかける。

 

 ロビンがその問いに問い返す前に宮殿の扉から四人の屈強な戦士が現れてクロコダイルは理解した。邪魔な兵士どもを入れないように彼女が守っていた扉を突破したのだと。

 

 その四人の戦士に最も感情を動かされていたのは何故かまがねだった。

 

 と言っても、彼等の強さに驚いたとかではない。彼女はもの凄くガッカリしてぼそりと「こんな場面で登場するのがモブとかないわ―」と呟き、こんな雑魚を通してしまったニコ・ロビンを睨みつける。

 

 そして、ガッカリとしつつもまがねは即座に考えを改めた。

 

 彼女が考えを改めていた頃、この国の為を思い、命を削り自身に力を与える水を飲んでこの国の敵に一矢報いようとする四戦士は各々の武器を持ち、クロコダイルにこの国の痛みを語る。そして、守るべきものを守らずに死んでいくことを詫び、彼等はクロコダイルに戦いを挑もうとしていた。

 

 だが、そんな彼等の四人の戦士はクロコダイルの元にかける前に三人になった。

 

雑魚(モブ)なら別に殺しても問題ないよね」

 

 手刀が戦士の首に走り、その首から夥しい血の雨が降り始め、崩れ落ちた彼の体の後ろにはまがねがその血を浴び、恍惚としつつ怪しく笑っている。

 

 いきなり、仲間が殺されたことに動揺しつつも彼等は彼女の存在を敵と認識して武器を構えなおそうとする。

 

「楽しまなくっちゃ、ふふ」

 

 しかし、彼等の動きは遅すぎた。その構えなおすワンアクションの間に彼女は彼等の間合いを潰している。

 

 骨が折れる音がする。

 

 また一人の戦士が死んでこそいないものの、体の骨を折られ地に伏せる。

 

 一瞬で残り二人となってしまった戦士たちは仲間の死を悲しみつつも覚悟してきた為、それでも躊躇なく武器を振るう。

 

 されどそんな彼等の決死の覚悟をあざ笑うかのように彼女は死にぞこないの彼等の仲間の体を蹴り上げ盾にする。

 

「「っ!すまない」」

 

 彼等は卑劣なことをする彼女に怒りを、結果的に自分たちが止めを刺してしまった仲間に詫びると、武器を死体から引き抜く。

 

 しかし、また一人その決意を無駄にするかの如くその体から剣を生やして体から力が抜けていく。

 

「仲間の剣で死ねるなら本望なんでしょ?」

 

 まがねは死体の陰に隠れて拾っていた剣を死角から投げつけ、彼等が自分たちの手で殺した仲間を見ながら可笑しそうにそう言う。

 

 誰の目からも致命傷を負った戦士はそのまま地に伏せる。

 

「きっ、貴様ぁぁぁぁぁ!」

 

 最後の戦士が吠える。

 

 だけどまがねはそんな彼を見ていない。さっき剣を投げたように今度は仲間の槍を投げる体勢に入っている。だが、その槍の矛先は彼に向いていない。

 

 彼女の視線の先には王女様がいた。

 

 戦士の目には必死に王女様の前に出ようとするチャカの姿がある。

 

 彼は即座に判断してその身をその射線に躍らせる。この二人を死なせるわけにはいかなかったのだ。

 

 だが、そんな彼を愉快そうに見るまがねの視線に彼はゾクリとする。

 

「バカだね。見捨ててれば、かすり傷くらいは負ったかもしれないのに。ふふふ」

 

 彼女は投げない。楽しそうにその槍を彼の前に投げ捨てる。

 

 余りに不可思議な行動に彼は「何を?」といいたかったが声にならない。いや、それどころかその体はもう言うことを利かずに力なく段々と地面に近づく。

 

 命の限界が訪れてしまったのだ。

 

 まがねはそんな彼のそばに歩み寄ると、その彼が落としてしまった武器を拾うと彼の目の前に置き、しゃがみ込む。

 

「主君の為にも、仲間の為にも死ねず、ただ一人命を枯らして死んでいく気分ってどうかな?」

 

 まがねは彼の目の前に置いた武器を今度は彼の投げだされた手の平に乗せてあげる。

 

「武器を握らないと殺せないよ。ふふふ、ほら」

 

 彼女は戦士をあざ笑う。お前だけは戦士ではないと嘲笑する。

 

「仲間の仇、国の敵、それを目の前にして武器も握れない」

 

 戦士の耳元で彼女は囁く。

 

 彼はただ涙する。

 

「そしてあなたはただ死んでいく」

 

 彼女はまだ殺しきっていない、体から剣を生やした戦士に近づくと、彼の耳にも聞こえる様にその剣を引き抜き、そしてまた刺し、時たま撫でる様にその体を切り刻み、そして愉快なオブジェへと変えていく。

 

 それは彼が見える位置でわざと行い、彼の耳の最期に聞こえる声が仲間の断末魔であるようにじっくりと剣を振るう。

 

「良い表情だよ」

 

 彼女は全ての戦士が息絶え、その顔が彩る様々な表情を恍惚とした様で眺める。

 

 最初に殺された戦士は戸惑いの、次に殺された戦士は驚愕の、命を枯らした戦士は悔恨の、最後になぶられて殺された戦士は苦痛と恐怖の表情を刻み込まれ、彼女を楽しますように彩られている。

 

 余りに凄惨な有様に王女は言葉を失い、国王は彼等の死を悼み、チャカは戦士を侮辱する彼女に怒りを燃やす。

 

「クハハハ、愉快だな。俺のために準備してくれたんだろうが単なる玩具だったみたいだな」

 

 クロコダイルはまがねの玩具にしかならない彼等を嘲笑う。

 

 その戦士の誇りを傷つける行為をとうとう見逃せなくなったチャカは武器に手を掛ける。

 

「貴様らぁぁぁぁぁ!」

 

 チャカが吠え、四人の戦士の無念を取るためにまがねに突進する。

 

 その突進速度は彼の悪魔の実であるイヌイヌの実モデル“ジャッカル”により、その距離は変身してから一瞬にして縮まる。

 

 まがねはその様子を面白そうに見ても構えはせず、戦士の死体を彼の目の前に投げる。

 

 死んでもなおその身を汚す行為にチャカは怒りで目の前が真っ赤になったように感じ、そしてこの女だけは殺さなければならないと彼等の為にも、そして自身の誇りにかけて、仲間の死体を乗り越え、彼女の首めがけてひたすら走る。

 

 しかし、その牙が彼女に届くことは無かった。

 

 砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)

 

 彼の体に砂が走り、通り過ぎていく。ただそれだけだが、地面は割れ、彼の体を切り裂く。

 

 砂が走った通り道の始まりにはクロコダイルがつまらなそうに右手を下し葉巻を吸う姿があり、その目は冷え切り、チャカの戦士としての戦いに何も感じていないようだった。

 

「そろそろ仕事の時間だ。これ以上てめえらのお遊びに付き合う気はねぇ」

 

 冷酷にそう告げるクロコダイルは力を失い地面に伏せるチャカの行動をまるで犬の芸とでも言うかのように言い放つと、誰も守るモノが居なくなった王女に右手を向けつつ、王を見る。

 

「分かるよな?次は王女の番だ」

 

 コブラは苦悩する。

 

 そしてまだ、彼等の主人公は駆け付けてこない。



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まがねちゃんは殺すのが大好き

 反乱軍と国王軍の戦いは宮殿前で一時の静けさを生み出している。

 

 両者ともに国を思い戦うだけに、そして反乱軍は正規の軍ではないため指揮系統がほぼなく数で戦っている状態の為、一度戦いだしたら止める手段がほぼない。だが、この場だけではあるが反乱軍の動きが止まっていた。

 

 この状況が生み出せるのはこの国には一人しかいない。反乱軍リーダーのコーザである。

 

 彼が王国軍の中から現れたため、彼等は動きを止めたのだ。

 

 一方、コーザはどうしてもかつての国王の姿を思い出し、この国を亡ぼす前に国王にもう一度会いに、子供の頃王女ビビと砂砂団をしていた頃に利用していた隠し通路を使い王宮に忍び込んでいた。

 

 なので、彼はそこでクロコダイルたちの姿と、彼等に追いつめられる王族と倒れ伏す兵士を見て自分の戦いに、自分が掲げた正義が揺らぐのを感じつつ、今自分たちがしていることが最悪の結果なのではないかという思いに支配されながらも、言葉を絞り出し、王にそして行方不明になっていた王女に何が起きているのかと問う。

 

 そこで知らされる真実。それは余りにも最悪なモノであった。

 

 このままでは戦争を止めるために、国を思い立ち上がるモノ、国を守るモノが全て消し去られてしまうことに彼は手の震えを隠せずにいたが、王の言葉、そしてビビの言葉にこの戦争を止めるために反乱軍に自分の言葉を伝えようと、国王軍の中をかき分け反乱軍を止めようと立っていたのだ。

 

 ただ、結果からすればコーザは、そしてビビは選択を誤った。

 

 より良い結果を、理想を求めるばかりに戦争を止める最後のカギは、火を劫火に変える油となった。

 

「前にも言ったと思うが、お前には何も救えない」

 

 クロコダイルの声がビビの耳に届くが、彼女はそれに対して以前のように睨むことさえできない。

 

 彼女の眼前には国王軍に扮したバロックワークスの社員に撃たれ、反乱軍の目の前で倒れ伏すコーザの姿が、そして騙されたと感じた反乱軍が怒り狂い目の前の兵士に殺意を向け、もう止めることが不可能ではないかという血みどろの争いを始めている光景が広がっている。

 

 王宮の庭から戦争を見るビビは国が傷つく有様に涙を流す。

 

「ああすれば、こうすれば、理想は口にするのは結構だが、いい加減目を覚ましたらどうだ。理想とは実力の伴う者だけが口にしていい現実だ。分かるか?」

 

 そんな王女の襟首をつかむと強引に此方を振り向かせるクロコダイルはその涙を見て吐き捨てる様に言葉を連ねる。

 

「見苦しいんだよ。その涙は何だ?くだらない。すべて何も切り捨てることのできない弱いお前のせいだと言うのに、お前に泣く権利などあるのか」

 

 激化する戦い、増える反乱軍を見て、クロコダイルは王女にその光景を見せつける様に頭を押さえつける。

 

「見ろ。奴らは自分たちの運命を知らずにどんどんここに集まってきやがる。もうすぐ砲撃でここら一体が吹き飛ぶと言うのになぁ。分かるか?お前が理想を言い、コーザはそれに従った。ここで奴等に真実を言えば奴等は混乱し、被害がでる?ああ、そうだ。そうだが、お前は何を言ってるんだ。もうすでに大量の血が流れてるんだ。奴らが混乱してそれでまた大量の死がまき散らされようとも、それ以上の命が助かると言うのに。既に何千人単位の死者が、万単位の負傷者が出ているのに、被害を最小に?そんなお前の理想が、実力の無いお前の妄想が奴等を殺す。お前が滅ぼす国をよく見とけ。滅びる国の愚かな国民をその目に焼き付けとけ」

 

 クロコダイルはビビの首を掴むとゆっくりと彼女の体を地面から離し、王宮の外に運ぶ。

 

 彼女の足元は遥か下にあり、このまま手を離されれば死は免れない。よしんば死ななくても瀕死になることは間違いなく、そんな彼女に戦争を止めるどころか、この戦争で自分の身を守ることも出来ないだろう。

 

 せめてもの抵抗としてクロコダイルを睨む。それを見てクロコダイルは嘲笑う。

 

「笑え。見てみろ、笑えるだろうが。最初から最後までこの国の人間どものしてきたことを見てきて笑うしかないだろうが。誰もかれもが国を救うと理想をのたまい、その目を曇らせ、救えるもんをそこら中に捨ててきて、最後にその国と心中する。これほど愚かで救いようのない馬鹿を笑わずしてどうするんだ」

 

 クロコダイルは愉快そうに笑う。そして眼下のゴミを見る。

 

「王族の死に、その昔は国民を生贄に捧げたと言う。ここがお前たちの墓であり、奴等が生贄だ。せいぜい地獄で馬鹿どもと理想を語るんだな」

 

 クロコダイルの手が砂となりて消え、ビビは地面へと重力に引かれ、その体がゆっくりと地面に向けて加速しつつ落ちていく。

 

 そんな彼女を見てクロコダイルの笑い声が響き渡り、アラバスタ王国の王コブラの叫びがむなしくその場の人間の耳朶を打つ。

 

「ようやく来た」

 

 そんな中、まがねは一人空を見てポツリと呟く。

 

「まだ、幕をしめるのは早いよクロコダイル。だってまだまがねちゃんは満足してないんだから」

 

 空を仰ぎ笑い始めたクロコダイルは太陽に不思議な影を見てその笑いが止まり、それが徐々にこちらに近づき、その姿を視認すると驚きに固まる。

 

 クロコダイルとまがねが見つめる先には大きな鳥に乗り、樽を体に括り付けた麦わらのルフィが此方を睨みつけているのだ。

 

「クロコダイルゥゥゥゥ」

 

 遂に物語の主人公が現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ。ボスだけ楽しんでずるいな~」

 

 まがねはロビンとロビンに拘束されてポーネグリフの在りかに案内させられているコブラの後をついて行きながらも宮殿の方をチラチラ見て愚痴をこぼしていた。

 

 そんな彼女を見て、ロビンは彼女の奇行になれ、相手をするだけ無駄だと理解しているが、コブラはそうではなかった。

 

「君は何を見てそんなに楽しそうだというのかね?」

 

 コブラの質問に、まがねはこんな状況下で質問されると思っていなかったのか、彼女には珍しくきょとんとしていた。

 

「ああ、いたね」

 

 どうやら、まがねにとってコブラの存在は既にどうでもいいようだった。彼女にとってコブラは既に死んだも同然の存在ゆえに気にかけておらず、利用価値ももう生まれないため、半ば忘れかけていたのだ。

 

 その彼女にとっていなくなった存在に話しかけられて驚いたようだった。

 

「で、何が楽しそうだって?」

 

 まがねは軽く早足で二人の前に出ると、クルリと振り返り、両手両腕を目いっぱい広げ、楽しそうに答える。

 

「すべて」

 

 無邪気に彼女は答える。

 

 ロビンとコブラの足が止まる。

 

「硝煙、剣戟、爆発、崩壊、悲鳴、粉塵、殺気、死体、凶器、狂乱、欠損、欠落、思い、屈辱、叫び、嘆き、殺意、血潮、自衛、暴行、利益、対立、暴力、精神、闘争、破壊、陰謀、謀略、教義、矜持、殺人、拷問、自殺、火災、苦痛、憎悪、困難、奇跡、不安、嘆き、快楽、不幸、憤慨、諦念、苦悶、慈悲、軽蔑、落胆、欲望、無念、失望、絶望、嫌悪、喜び、困惑、嫉妬、羨望、興奮、敵意、恐怖、心酔、侮蔑、激昂、拒絶、傲慢、良心、孤独、重圧、執念、衝撃、悲痛、後悔、悪意、善意、同情、共感、亡骸、感傷、悲観」

 

 まがねはそこまで言うと、開いた両腕で何かを抱きしめる様に優しく腕を動かし、そして優し気に微笑む。

 

「この場の人間の全てを騙して生み出しているこの現状の全てが楽しい」

 

 そういう彼女は、慌てて人気のない所に逃げ込んできたであろうこの国の住民である親子が彼女たちの間を通り抜けようとした瞬間、その子供諸共その首を簡単にへし折る。

 

「誰も私を咎められない。誰もが死んでいく。だから私が殺しても何も問題ない。これが楽しくないはずがない」

 

 簡単に人を殺すまがねの邪悪さにコブラはうめく。

 

「お主は……」

 

「なに?まさかこれが悪だと言うのかな?何で殺しちゃいけないのかな?あなたの軍はこの国の住民を私以上に殺している。貴方の一声で簡単に殺せちゃう。それなのにたった二人殺しただけの私を、大量殺人を良しとしているあなたが、何を言うのかな」

 

「確かに今の現状は私に罪があるかもしれん。だが、それで貴様がこの国の民を殺していい理由になどならん」

 

「理想を騙っていいのは実力のある奴だけだよ。今まがねちゃんを止められる法などどこにもない。だいたい、人が人を殺すのはこれは当たり前のこと。それもここは戦場だよ?」

 

 まがねを咎めるコブラに対して、まがねは殺した子供の亡骸を踏みつつ問いかける。

 

「何を忌避しているのか、まがねちゃんには分からないな~」

 

「私には何故お主がそんなに簡単に人を殺せるか不思議でならない」

 

「何故?人なんて簡単に死ぬ。いつでもどこでも、大量に生まれて大量に死んでいく。当たり前でしょ?人の命は特別でも何でもない。そこらに生えている雑草と同じようにどこにでもあるモノ。そういう意味では動物の命の方が特別かもね」

 

 まがねは踏みつけている死体に興味が無くなったのかまた歩き始める。

 

「今ここで死んでいく命に価値があるとでも?今まさにバタバタ無意味に死んでいく人間に価値があるとでも?なら何で天竜人は人を殺してもいいのに、私は駄目なの?彼等は人間じゃないと本当に思っているの?世界政府創立に貢献した二十の王の一人であるあなた達はこの地で人間として生きているのに?彼等とあなたの違いが本当にあるとでも?それでも人間の命に価値があるとでも?もしあるのだとしたらあなた達の命の価値はやっぱりゴミみたいなものだと思うんだけどなー、まがねちゃんはさ」

 

 彼女は振り返らない。もうすでにコブラを見る気が無い。彼女にとって問答する価値もコブラにはすでになくなりつつあった。

 

「所詮、権力。つまり力さえあれば、人間の命はいくらでも摘み取れるものだってことだよね」

 

 彼女は最後に「良い世界だよね。だから楽しい」と吐き捨てると、勝手に歩いて何処かに行ってしまう。

 

 そんな彼女に、この地で自分たちのために死んでいく兵士の重みを背負っている王は、軽はずみに否定など出来なかった。今まさに自分がその大切な命を摘み取っている立場になってしまっているがゆえに。

 

 ただ、下を向き、死んでしまった子供とその親の亡骸をみて歯を食いしばり、すまぬと謝ることも、まがねに彼等の命の重さを説くことも出来ず、自分の為すべきことのために前へ歩く。

 

 一方、ロビンも何かを思い出したのか、拘束しているコブラの手首を強く握りしめ、その目は王に何らかの憎悪を向けていたが、すぐに消え去り、彼女もまた自分の目的のために前に進む。

 

 二人とも止めるべき言葉を持たぬため、自由にしてはならないものをこのアラバスタに解き放ってしまった。しかし、彼等は気づかないし、気づけない。誰もが目的が近づき、その道が輝いているため、そばにある影が濃くなっていることに気が付きもしないのである。

 

 誰にも聞こえないがまがねちゃんは笑っている。密かに反乱軍、革命軍共に兵隊の一部がおかしな動きをしていたが誰も気づかないのである。



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まがねちゃんはかたる

 乾いた国、その国は人々が協力し合い、乾いた大地でも力強くいき、活気が絶えない国でした。

 

 ただ、そんな国も一人の男の謀略により、国には人の怒号と武器の奏でる音で満ち溢れてしまったのです。

 

 しかし、そんな負の音に満ち溢れたこの国に人々がその身を削って奏でる以外の音が最初はゆっくりと、されどその音はしっかりと地面を伝わり戦場に響き始めました。

 

 その音は誰もが国を思い傷つけ合うそんな悲惨な戦場とは離れた王家の墓の方面から聞こえてきました。

 

 それはまず、微小な振動となり、人々の体を揺らすのです。

 

 だから戦場から少し離れた人々はその地響に武器を振るうのを止め、発生源の方を意識し、その大きくなる振動に戦うのを忘れ始めました。

 

 そして誰もが驚愕し、その手に持つ武器をおろし、落とし、重低音の中にカシャリカシャリと軽やかな音を新たに奏で始めました。

 

 彼らの目にはどんどんと盛り上がる大地が見えていたのです。

 

 大地の盛り上がりは成長していき丘の様になったかと思うと、ひび割れ、地面の上に建てられていた建造物を崩壊させ、丘の頂が裂け、そこから何かが天高く昇っていくではありませんか。

 

 人々はその光景に驚愕をし、そして誰もが口を閉ざす。

 

 打ち上げられたのはボロボロになり気絶しているこの国の英雄クロコダイルでした。

 

 誰もが理解できない中、彼らの耳に雨の音と王女の悲痛な叫びが聞こえます。

 

 誰もが隣のものの顔を見て、誰もが欲しかった雨に心を揺さぶられ、誰もがその声の主を見上げるのです。

 

 ここに国中を巻き込み大量の血を流した内戦が、偽りの英雄に奪われた雨を再び取り戻すことによって終結したのです。

 

 人々は喜びあい、憎しみ悲しみを水とともに流し、抱き合います。

 

 これは王女が苦難の末、国を救い、それを手助けした海賊たちは王下七武海という巨悪を打ち滅ぼし、英雄となったのです。

 

 これで王女様と海賊の救国の物語は終わりを迎えたのでしたとさ。

 

 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おしまい?

 

 そう、救国の物語はここでお終い。まあ、もしかしたら英雄たちと王女様の間でまだ何かお話が続いているのかもしれないかもしれけど、まがねちゃんはしょーじきそんな感動物語も英雄譚にも興味はないのだよ。

 

 そして、この救国の物語自体も、まがねちゃんは人々が多く死ぬ、悲鳴が満ちる、絶望に彩られる、無意味なことをやって馬鹿している人々を見られればいいのであって、結果何てどうでもいいの。

 

 え?それなのに何かこそこそ細工していたって?やだなーもう、何事も楽しむには準備が必要ってもんでしょ。私は戦争の過程を楽しみたいだけだよ?それにこれはまがねちゃんの始める物語の序章に過ぎないのに、引っ掻き回して爆笑する以外やることなんてないんだな~。

 

 まあ、この国が救われず、気づいたら救おうとしていた心意気が全てこの国をほろぼすこういだったて気づいた姿も見てみたかったけど、それだと私の目的が果たせない。

 

 あ!だからあなたに協力していたのは嘘じゃないよ。まぎれもないまがねちゃんの本心。

 

 でも、私を満たせるのは貴方じゃないんだよね。だから私はあなたに協力してこの組織とあなたの力を貰うことにしたんだ。ふふ、この力は凄いね。まがねちゃんも正面からあなたとの戦闘して勝つのは難しいし、かといって嘘で絡めるのも正直不可能だと思ってたから、今回の彼等の活躍は本当にありがたかったかな。

 

 ふふ、英雄か、ああ、本当に彼等は英雄だよ。警戒心が高いあなたが隙を見せるのはそんなにないし、この戦争で何個もの罠を用意しといたけどすべて無駄になっちゃた。

 

 とっ、無駄に話しすぎちゃった。

 

 ありがとうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタ王国にクロコダイルが打ち上げられ、戦争が終わった夜。そのクロコダイルを捕まえた海兵の一団が護送のために軍艦まで護送していたの。しかし、その部隊が何時まで経っても護送完了したという報告があがらず、連絡を取ろうにも彼らからの連絡が途切れてしまっている。

 

 スモーカーにこの国のことを頼まれたたしぎは確認しに行ったところ、砂に埋まり、ミイラとなった海兵の体の一部が広がる光景だった。

 

「これは………いったい」

 

 目の前の光景が信じられないたしぎは、既になれ、この国の砂の上の歩き方を知っているはずなのに、足元が崩れ、流れ、足を取られ、自分の体が揺れているように感じられた。

 

 砂から突きだした乾いた手の元に彼女はたどり着くと、膝をつき、その砂の上から空に向かって突き出された手をそっと触るが、既に限界だったのか、その瞬間、乾いた音を立てて指が、手首が折れ、砂になる。

 

 たしぎは目の前の光景が信じられず、その手を顔にもっていく。しかし、その手はしっかりと彼女が着けるメガネに触れる。

 

 彼女と一緒に来た海兵たちも上官のその姿にかける言葉が無かった。

 

 そしてそのまま時間が無為に過ぎ去っていくが、その間にも砂漠には風が吹き、目の前の光景を変えていく。

 

 一人の海兵が何かに気づき、走り出し、砂に手を突っ込み、かき分け、砂の中から軍服を取り出す。

 

 たしぎ以外の海兵はその服を見て、俯く。

 

 そして拾った彼も俯きながらそれを持ち、茫然とするたしぎに近づく。

 

「これを」

 

「…………」

 

「護送をしていた部隊の者が着けていたもので間違いありません」

 

 その言葉を聞き、この国に来てニコ・ロビンに相対しなすすべもなく地に伏した時、クロコダイルに地に伏しもがく自分を嘲笑われた時に感じていた自身の無力感が、そして張り詰めていた彼女の心が悲鳴をあげる。

 

「クロコダイルは?」

 

 それでも彼女は海兵としての正義にすがり、仕事を、自分の為すべきことをしようとする。

 

「…………いません」

 

「…………そう、ですか」

 

 吹き荒れる砂、その砂は全てを埋めてしまう。しかし、たしぎは降りかかる砂の中その服を握りしめ、顔のそばまで持っていく。

 

「…………どうして」

 

 震える声が、何時も生真面目で、男に負けないようにしている彼女とは思えない弱弱しい声がこの場にいる皆の耳に届く。

 

「どうして、私たちはこんなにも無力なんでしょうか」

 

 その言葉に死んでいった部隊に友がいた者、仕事仲間がいた者、先輩がいた者、同僚がいた者、全てが拳を握りしめる。

 

 たしぎは湿り気を帯びた自分の顔に張り付く砂に、服に張り付く砂に、自分の足を捕らえる砂に、視界を遮る砂に、正義を埋めるこの砂に、そのメガネを曇らせる。

 

「弱いからですか?それとも彼が強すぎるからですか?」

 

 彼女はこれ以上服を砂で汚さないように丁寧にたたむ。

 

「私たちに正義を騙る資格が無いのでしょうか?私たちでは何をしても無意味なのでしょうか?」

 

「「「…………」」」

 

「それでも、それでも悪に怯える人々を救う正義になりたい私は!」

 

 彼女は自由になった片手を振り上げる。

 

「正義になれない私は!私はどうすればいいのです!」

 

 振り上げたこぶしは何も起こさない。砂の大地にはその拳を振り下ろした後もその音も残らない。

 

 それでも砂が憎い。

 

 彼女の拳は止まらない。

 

 砂の流される音が周囲に満ちる。

 

 沈黙が捧げられる。

 

 そして彼女の拳が暫くして打ち付けた砂の上で止まる。

 

「力が欲しい。正義を笑う悪が憎い。正義を振りかざせないこの世界のルールが、悪を良しとしてしまうこの世界のルールが、自分が、全てが憎い」

 

 彼女は自分の刀を鞘から抜き、砂につきたてる。

 

「斬ります」

 

 彼女は立ち上がる。

 

「例え、何をしても悪を斬ります」

 

 彼女は突き立てた刀を墓標代わりにして、カラになった鞘を背負いその場を背にする。

 

「行きましょう皆さん。やるべきことがまだあります。悲しむのは終わりです」

 

 彼女は部下に命令する。

 

 命令された彼らはいつもと違うたしぎに違和感を抱いたが、それはこの現場のせいだろうと片付けたが、その曇ったガラスの下の目を見たならば誰科が彼女に声を掛けたであろう。

 

 しかし、誰も彼女の顔をしっかりと見ることは無かった。

 

 吹き荒れる砂が彼女の表情を隠してしまう。

 

「絶対、許さない。クロコダイル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかった。次はどこにいこうかな?」

 

 砂に紛れ、この国を去る彼女に気づける者がいなかった。

 

 

 



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閑話 クロコダイルにかたる

 クロコダイルは目を開くと牢屋の中だった。

 

「ちっ、海楼石か」

 

 自分の目の前にある不快な光景にそれを全て壊そうとした時、自分の体から力が抜ける感覚がして、悪魔の実の能力が発動しなかった。

 

 彼はその現象に当たりをつけ、自分を拘束する手錠を睨みつける。

 

 しかし、彼は睨みつけただけで、その手錠を外そうと言う努力をする気配は全くなく、そのまま寝転がる。

 

 そして護送されているため揺れる牢屋の中でまた目を閉じ寝ようとした。

 

 しかし、彼の目が完全に閉じ切る前に銃声があたりに響き渡り、更には大きな爆発音がしてこの牢屋を大きく揺らし、眠りを妨げる。

 

 いきなり騒がしくなった外の様子にクロコダイルは全く興味を示さない。それどころかうるさそうに、そして迷惑そうに眼を細める。

 

 普通に考えれば彼を護送している海軍を襲う誰かがいる状況下で、常人では興味を示さないのはあり得ないことだが、彼は常人とは違う。

 

『俺の部下がバカやってるのか、それとも身の程知らずの海賊か。まあ、どちらでもいいが、うざいな』

 

 彼は結局目を瞑り今度こそ寝ようとするのだが、戦いの音が鳴りやみ背を向けている牢屋の扉が開く音がし、まだ眠れないことにクロコダイルはイラつく。

 

「ボス!お助けに上りやしっ!ぎゃ」

 

 牢屋を開いた男は短い悲鳴を上げて冷たい牢屋の地面にうずくまる。

 

「煩いんだよ」

 

 うずくまる男の隣には手錠を掛けられ、囚人服に身を包んだクロコダイルがそのフックに血をこびりつけ睨んでいた。

 

「ボッ、ボス。俺たちはあんたを助けに………」

 

 いきなり仲間を殺されたバロックワークスの職員たちは驚きに身をすくませ、言葉に詰まりながらも捕まったボスをただ唖然と見る。

 

「誰が助けろと命令した?外で大騒ぎしやがって、おかげでゆっくり睡眠も取れやしねぇ」

 

 しかしそんな社員を睨みつける彼は海楼石の手錠に繋がれ、力が封じられ更に弱体化しているようには全く見えず、助けに来た彼等は一様に固まってしまう。

 

 クロコダイルは牢屋から出ずにその場に寝そべり、また目を閉じる。

 

 誰もが口を出せない中、一人の少女の声が良く聞こえる。

 

「お疲れさまでした皆さん。最後は派手に散ってね」

 

 そんな声と共に、牢屋の前に集まっていた社員のうち一人がその体に巻いていた爆弾に火をつけ、仲間諸共盛大に自爆し、周囲肉片を飛び散らかせる。

 

 自爆した社員は他の社員の背後にいたため誰にも気づかれることなく全員を爆発に巻き込めたが、クロコダイルにはその爆発の余波は社員と言う肉壁によりほとんど吸収され、黒煙とすすが強風となって彼の体に降りかかっただけだった。

 

 それでもいきなり体を汚された彼は聞きなれた声の主に文句を言う。

 

「煙たいだろうが。で?俺様の命令に従わずに王家の墓にいなかったお前が今更どういう風の吹き回しで俺の前に現れる?」

 

「おや?せっかく仲間の屍を文字通り踏み越えて、助けに来たというのに、その言い草は酷い!」

 

「仲間の死体じゃねえだろうが。嘘を言うな()()()

 

 明らかにまがねが何かして彼らを殺したと確信しているクロコダイルは呆れて彼女の嘘を指摘し、同時に手錠に繋がれてもいささかも衰えることのない王下七武海の名を背負う男の気迫を見せながら、自分の質問の答えを待つ。

 

「そんなに睨まれるとまがねちゃん怖い」

 

 いつも通りの笑顔を張り付け怖いとのたまうまがねに対してクロコダイルはその眼前にフックを突きつける。

 

「冗談だよ、冗談」

 

「それ以上冗談を言うならその口削ぐぞ」

 

「ぶー。ツマラナイ。助けに来たって言うのに」

 

 彼女の発言に胡乱気な視線を送るクロコダイル。

 

「それを素直に信じられるとでも思うか?お前が命令通りに動いたことがあるか?」

 

「仲間じゃない」

 

「違う。仲間だっただ」

 

 その言葉にまがねの笑顔が少し固まった。

 

「何言ってるのかな?私たちは仲間でしょ?」

 

「あ?お前があの時俺の命令通りニコ・ロビンと一緒に行動していなかった時点であの女と同じく裏切りものだ」

 

「絶対の言霊がこの世界では弱まっているのかな?いやでも、完全に切れているのかな?」

 

「どうしたさっさと答えろ」

 

 今までどれだけやらかそうが、殺意こそ向けられても敵意は向けられたことが無かっただけにまがねはクロコダイルから向けられている敵意に少し戸惑っていたが、またいつも通りの笑顔を浮かべその戸惑いを隠す。

 

 

「んー、まあ、そうだね。私にとって今回のあなたの作戦は序章に過ぎないの。だから私は作戦が成功しようが失敗しようがどちらでもよかったんだ。私にとって重要だったのは作戦を発動することだけだから。もうあなた自身には私は生かして利用する価値はない」

 

 クロコダイルは彼女の目が笑っていないことに納得し、鼻を鳴らす。

 

「でもその悪魔の力を腐らせるのはもったいないじゃない?」

 

「なるほど」

 

 クロコダイルの殺気が高まり、フックがそのか細い首に勢いよく振られる。

 

 しかし、いかにクロコダイルといえど海楼石を身に着けている現状では全力とはいいがたく、簡単に避けられてしまう。

 

「危ないなー、もう。最後まで聞いてもいいじゃない?」

 

「ふん。計画が崩れ、もうこの国のことも世界もどうでもいいが、それでも俺は敵対する奴は殺す」

 

「敵対じゃないよ。ただ、欲しいモノがあるから頂戴って話だよ」

 

「悪魔の実を奪うなんて話は聞いたことがねえな。だが、まともな方法じゃねえだろう」

 

「聞いたことが無いだけで、これがあるんだよね。知りたい?」

 

 まがねは攻撃の届かないところまで離れると横たわる海兵の死体に座り、意味深に笑いかける。

 

「興味ねえな」

 

「ええ~。聞きもしないの」

 

「お前が本当のことを言うとは思えないからな」

 

「いやいや、聞いた方がいいよ。なんたってまがねちゃんはこれからあなたの能力を奪うんだから」

 

 クロコダイルは自信たっぷりにふざけたことを抜かす彼女をジロリと見るが何もせずその場で胡坐をかく。

 

「悪魔の実ってそもそも何だろう?そう思わない」

 

 彼女はクロコダイルから戦闘の意思が薄れたのを感じる。

 

「ハッキリ言って物凄くおかしなモノだよね。食べただけで超人的な力を持つ。それもデメリットは海に嫌われる、つまりカナヅチになるだけ、デメリットという程ではないし、海楼石や水が溜まっている場所では力が抜けるけどそれもぶっちゃけどうとでもなる。まあ、海の秘宝とでもいうべきものだよね。調べてみても、海の悪魔の化身と呼ばれ、普通の果実の果皮に唐草模様が出ている実であり、二つはその身に宿せない。ハッキリ言って何も分かっていないと言っている様なモノ、海軍の情報でも、貴方の元にある情報もね」

 

「海軍?いつから通じていやがった。あれはお前の差し金か?」

 

 クロコダイルは海軍の情報を持っているというまがねの言葉に反応し、そして英雄として信頼され海兵などいるはずの無いこの国に作戦当日に邪魔するように現れた海兵の存在を結び付ける。

 

「まさか!面白いと思って報告はしていなかったけど、あれは私の差し金じゃない!信じてよ。うう、全く人を疑うなんてひどい!」

 

 泣き崩れる様に砂の大地にその手を着ける。

 

「それでよく俺に仲間だと言えたな」

 

 あまり興味なさげに聞いていた彼であったが、少しだけそのこめかみに怒りが浮き出ていた。

 

「信じて。ただ、この国の近くに来ていた海軍にちょっかい駆けて混乱している隙にそれぞれのコードを抜き取って、本部に連絡とったりして悪戯電話をしただけ!それだけしかしていないの」

 

「十分じゃねえか」

 

 怒りに震えるクロコダイルをさらに挑発するように、神の敬虔な信者とでもいうように腕を組み祈るように言うまがねは誰がどう見たってふざけている。

 

「まあ、いい情報を得たよ。ドクター・ベガパンク。彼の情報は面白かった。流石に機密情報は抜けなかったけど、面白い実験をしてるよね」

 

「ちっ、ミスター4のペアの犬か」

 

「そう、無機物に悪魔の実を食わせる。あれは興味深い結果だよね。使い切れているかはビミョーだけど」

 

「だが、あれを知ってどうなる」

 

「まあ、あれは今回の件に関係するかって言うと、何も関係ないんだ。ただ、何も分かっていないからこそ、いろんな可能性がある。あり得ないなんてないんだってね」

 

「で、何が言いたい」

 

「だからまあ、悪魔の実の移動方法を偶然知っちゃったていったら?」

 

「くだらねえ、どんだけ嘘をつけば気が済むんだまがね」

 

「そう!まがねちゃんは嘘つきだからね」

 

 まがねは不気味に笑う。

 

「だから何度でも嘘を吐く。でも、貴方に私の嘘を見破れるかな」

 

「バカバカしい」

 

 クロコダイルは彼女と普段通りに会話する。

 

「確かにバカバカしいよね、貴方の悪魔の実を私が奪えるなんてことは」

 

「そうだな」

 

「うんうん。所で、悪魔の実って人間のどこにその力を根差していると思う?私は人間の心臓、人の中心にあると思うんだよね。で、だから力を奪うには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるんだよね」

 

「本気でそう思っているなら病院をすすめてやる」

 

「ふふ、でも、()()()()()()()()()

 

「やらなくても分かり切っている。答えは出来ないだ」

 

 クロコダイルという男は冷酷非道なエゴイストかつ実力主義者であり、周到に策略を巡らせ野望の達成を図る謀略家である。そんな男が悪魔の実と言う訳の分からないモノについて何にも調べていないはずがない。

 

 だからクロコダイルは彼女の分かり切った嘘をバッサリと切り捨て、()()()()()()()()()()

 

 そしてくだらない嘘に付き合う気が無くなったのか、彼女に背を向けてしまう。

 

「嘘の嘘」

 

 そんなクロコダイルの耳に不思議な響きを持つ言葉が聞こえる。

 

「それはくるりと」

 

 後ろから殺意を感じ、クロコダイルは振り返りがてらにその腕に着いた武器を振るう。

 

「裏返る」

 

 しかし、その手は空をきり、その体に衝撃が走ったと思ったら力が抜ける。

 

 「何を?」そう言おうと思ったクロコダイルだが、言葉にならない。

 

 一方、彼の心臓を貫き握りつぶしたまがねは何が言いたいのかその顔から察し、愉快そうに笑いかける。

 

「だって仲間じゃないんでしょ?」

 

 この時になってクロコダイルは自分の今まで取ってきたおかしな行動に違和感を覚えた。

 

 なぜ、今までこの明らかに危険な女を味方だと思っていたのか、そして今も仲間でないと知りながら無防備に背を向けてしまったのか、何故、誰も信じない、全ては目的のための駒であると決めていたのに何故この女に計画の全容を語ったのか。

 

 死の間際になり、彼の呪縛が遂に解けた。

 

 そのフックを再度振るおうとするも、その前にまがねの手が彼の体から抜け、彼女はその右手に握るモノを見せながら下がる。

 

 クロコダイルは崩れ落ちる体を無視して彼女の命を狩らんとその手を振るおうとして彼女の右手にあるモノを見て、動きが止まり、地面に体を横たえる。

 

「これがスナスナの実かぁ~」

 

 まがねが楽しそうに掲げて手に持つクロコダイルが食べたはずの悪魔の実を様々な角度から見ている。

 

 そして地面に伏しているクロコダイルの表情を眺め、彼の近くに近づく。

 

「何故って顔をしているね。だから言ったでしょ、嘘を見抜けるかなって」

 

 地面に広がる血と共に力が抜けるクロコダイルを見てまがねは微笑む。

 

「確かにあなたは私の嘘を見抜いたけど、結局私が仲間だと言う嘘を最後まで見抜けきれなかったね」

 

 彼女は楽しそうに笑うと今頃歓喜に包まれているであろうアラバスタを見てその手に持つ悪魔の実をその口に持っていく。

 

「まだ、終わらない。まだまだ、私の物語は終わらない。今からが始まりだよ、麦わらのルフィ。そして世界」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずい、ふふ、ふっうぷ」

 

 滅多にはがれることのない彼女の仮面がはがれ、真顔になっていた。

 

 彼女の手にはまだ彼女の仮面を壊した兵器がまだ半分以上も残っている。

 

「これは予想以上にひどい」

 

 彼女はそのままでは食えないと思ったのか牛乳と一緒に食べ、押し流す。

 

「これは、得も言われぬクソみたいな臭いが牛乳のまろやかな味に包まれてより悪魔の実のまずさを引き立てている」

 

 彼女の手から牛乳が零れ落ち、大地にシミを作る。

 

 しかし、彼女はそんなのを気にしてられない。

 

 彼女の手は震え、その口を押えている。

 

「これは牛乳への冒涜。うう、もう終わらせたいこの世界」

 

 そう言いつつ、彼女はその力を使い証拠を隠蔽し、無駄にした牛乳に黙とうをささげ、全てを砂に帰すのであった。



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ゴールド編
まがねちゃんは賭けるのが大好き


「黄金帝ね」

 

 まがねちゃんは降り注ぐ金粉と一面金色の景色にこの海上に浮かぶ島の如き船、巨大黄金船「グラン・テゾーロ」を見ていつものように笑みを浮かべて入る。

 

「ゴルゴルの実、恐ろしいね。これは怪物って言われるわけだよ」

 

 まがねはそんな光景を恐ろしいと言いながらも何故か七ツ星カジノホテルの最上階のVIPルームでギルド・テゾーロと相対していた。

 

 そこには彼の信頼できる部下、タナカさん、ダイスがテゾーロの後方に控え、バカラがまがねの真後ろに位置していた。

 

「怪物とは、本人を目の前にしていい度胸だ」

 

「嫌だなぁ~本気にしないでよ。冗談冗談」

 

「冗談か…。なら、俺様の部下をやってくれたのも冗談と言う訳か?」

 

 まがねの血に染まる右手を見て、テゾーロは不機嫌そうにつぶやく。

 

「別にいいでしょ?そこに居る人たちならともかく、一山なんぼのゴミでしょ?そんなのにいちいち気にするなんて、黄金帝の名にふさわしくないよ」

 

 たくさん金あるでしょと言うまがねに対して、テゾーロは矜持の問題だと言う。

 

「俺様の国で俺様のモノを勝手に扱うのは許されないんだよ」

 

「ん~、で?」

 

「本来なら即刻殺してやりたいところだが……」

 

 テゾーロは背後のダイスに目をやる。

 

 そこには服がボロボロで、体中に切り傷を至る所につけ、気持ちよさそうに立っているダイスが、まがねに熱い視線を向けている。彼が目を向けないだけでタナカさんの頭部にも足跡がくっきりとついていた。

 

「お前の力は惜しい」

 

 テゾーロは自分の奴隷が傷つけられただけでは、わざわざ自分が出向きVIPルームに招いたりはしない。

 

 ではなぜ彼女が此処にいるのか、それは彼女がこの島に来て少ししてからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわー。これは凄い。普通に楽しそうだね」

 

 彼女はクロコダイルから奪ったバロックワークスの資金と社員の力を使い、新世界に来ていた。

 

 そして、グラン・テゾーロに来ると、金ぴかの光景に素直に驚く。

 

「さてさて、情報が正しいといいんだけど」

 

 彼女は迷うことなく、この巨大黄金船を歩き、何故か目玉のカジノではなくその裏手に回り、暗闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっ!大変ですタナカ様。警護の者どもが複数殺されていると報告が入りました」

 

 転がり込んでくる部下をそのデカい顔を圧迫しつつ、このテゾーロの庭で不届きを働く者の居場所を聞くと、タナカさんは軽く思案する。

 

『ふーむ。ここでこんなことをするのはよっぽどの馬鹿としか言いようがありませんねぇ。しかし、既に死者は十人を超えています。それも見回りの定時連絡の短い時間の間にです。これはなかなかの腕を持っていますね。だが、死体は全て暗闇、そして単独行動のモノのみ、同じ巡回路でも二名以上は襲われていないところを見ますに、暗殺に特化した者の仕業と考えるのが妥当でしょうか。なら、この行動は何を意味しているのか』

 

 暫く考えてたタナカさんだったが、その後ももたらされる死者の情報に、敵をほっとくわけにもいかず、最終的には犯人を捕らえてしまえばすべて解決することだと思考を打ち切り、部下に命令を下す。

 

「するるるる。敵は恐らく一人です。囲んでしまえばお終いですが、それでは面白くありません。あなたたちがすることはただ一つです。この区画を囲んでください」

 

「囲んだ後はどうすればよろしいでしょうか?」

 

「何もしなくてもいいですよ」

 

「は?それはどういうことでしょうか」

 

「今回の蛮行は滅多にあることではないでしょう?だからこそ、せっかくの機会を盛り上げなければもったいないでしょう」

 

 そのデカい顔に分かりやすいほど悪い笑顔を浮かべ、部下に作戦を話す。

 

「敵は強いですが、純粋な戦闘力はそこまでは無いと推測されます。居場所さえ割れてしまえばどうとでもなるでしょう。だからこそ、あなた達が囲いとなり、敵の居場所を区切ってしまい、そこに大量の目を投入すればいいのです。しかし、これでは面白くありません。分かりますよね?ですから、ここは暗殺者とダイスの鬼ごっこを提案します」

 

「おひとりで大丈夫でしょうか?もうすでに30人に達しようかとしておりますが」

 

 次々と上がってくる悪い知らせに弱気になった彼は我々も加わりましょうかと言おうとして、ほぼゼロ距離のタナカさんの顔面に驚き、腰を抜かす。

 

「あのダイスが負けるとでも?敵がいくら暗殺術に長けていようが、彼を一撃で殺すのは不可能。というか、あの変態を倒す存在が此処まで自分の情報を漏らさず確実に一人一殺なんてしませんよ。それにせっかくの鬼ごっこがつまらなくなります。ゲームはパワーバランスが命です。少なくとも表面上はつくろわなければ見ている観客は楽しくない」

 

 彼は腰を抜かし、自分との顔面の距離が離れた部下に、更にその巨大な顔を近づける。

 

「これはエンターテインメントです。それを理解して動いてくださいね」

 

 腰を抜かした部下に一方的に命令を下し終えたタナカさんはダイスに気持ちいい鬼ごっこをすると伝える。

 

 そして部下がいなくなり、一人になったところでテゾーロに連絡を取る。

 

「テゾーロ様、ダイスを動かしますけどよろしいでしょうか?」

 

 電伝虫の向かうから、テゾーロがなにをするつもりか聞き返してくる。

 

「いえ、凶暴なネズミが入り込みましたので、それを捕らえるのにダイスを使うのです。ええ、ご安心を、ちゃんと映像に残すようにしております。ええ、必ずや最高のエンターテイメントをお届けいたします」

 

 電伝虫の向こう側から楽しみにしているという連絡が入り、今夜の舞台が揃った。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たーのしいな、楽しいな」

 

 彼女は普通にカジノを満喫していた。

 

 

 

 

 普通に?

 

 

 

 

 普通に?何処が?そして彼女の普通とは?

 

 

 

 

 まがねは確かにスロットマシーンでカジノの決められたルール通りに遊んでいる。

 

 自分に向けられたダイスを後ろに引き連れ、その彼の財布を使ってカジノで遊んでいるということでなければ、だが。

 

 そしてその二人の少し離れたところではタナカさんが慌てて、周囲を黒服で囲んだり、連絡を取ったり、彼女が遊び感覚で殺そうとするお客様の誘導にと、その顔に疲労がたまっているのが一目瞭然であり、精神的につらいのか、彼女が声を上げるたびに、胃を押さえるのである。

 

 タナカさんは、今もハアハアと息を荒げ財布の中身を無理やり使わされている巨漢のダイスが、うら若き乙女(死)に足蹴にされている光景など見れたモノでないのに、この場で彼女に対応できるものが彼以外にいないため、逐一見ないといけない。今日もっとも不幸な人物であろう。

 

「どうしてこうなったんですかねぇ~するるるるっ、ああ、胃が痛いです」

 

 彼の手にはいつの間にかまがねから受け取った牛乳が空になった状態で握られているのであった。



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まがねちゃんはエンターテイナー

 タナカさんがカジノでまがねちゃんを監視して、胃を痛める少し前に時は戻る。

 

 人通りのない裏通りがタナカさんの指示により完全に封鎖されたのを、こっそりと建物の中から見ているまがねはその姿に舌なめずりをする。

 

「ふふふ、ここまでは計算通り。さて、次は物量かな?」

 

 彼女はナイフや拳銃を確認し、相手の動きを待った。

 

「ん?何かな?」

 

 彼女の予想に反して、敵はどう考えても武器を持っておらず、何らかの器具をもち、この区画の中心の少し開けた広場に向かっている。

 

 気になったまがねはコッソリと後をつけ、持っていった機材を組み立て何かする彼らを黙って観察した。

 

 そして彼らは機材を全てセットし終わると広場から離れる。

 

 まがねはその意味の分からない行動に疑問を浮かべつつも、あの機材を壊せばいいのかと拳銃を構え発砲しようとしたその時、この張り詰めた空気に全く合わない明るいミュージックが流れ始めた。

 

「ん?ん~、何か来る」

 

 まがねは広場の中心を見据える。

 

 それと同時にその中心がライトアップされる。

 

 四方八方から光を浴びる広場の中心はまるでステージのようであった。

 

 そのステージからはゆっくりと顔が大きい男がゆっくりと地面からせりあがって登場する。

 

「レディース・アンド・ジェントルメン!さあ、今宵はこの黄金船の皆様に最高の娯楽を提供するべく、一つのゲームを開催します」

 

 顔面の大きい男、タナカさんの言葉の後、周りから拍手が上がる。

 

 その拍手が鳴りやまぬうちに更に言葉を連ねる。

 

「今回はこの船の一区画を使った死の鬼ごっこ。ルールは簡単です。鬼に捕まったら死亡。そして挑戦者の勝利条件は鬼の討伐か、制限時間一杯逃げ切ることです」

 

 一息つくと、大きく息を吸い込む。

 

「さ~て、注目の対戦を発表いたします。挑戦者はこの船に乗り込み、我々の部下を既に30人人知れず殺してきた凄腕の暗殺者!」

 

 まがねの姿を知らないし、何処にいるか分からないため、適当に暗がりに向けて手を向ける。

 

「そして鬼は最高のショーを皆さまに提供し続けてきたこの男、ダイス!

 

 そう言うと、彼の隣から、ゆっくりと地面から大男が登場し、今度は拍手だけでなく歓声が上がる。

 

「さあ、会場はしっかりと温まってきました。皆さまも待ちきれないことでしょう。さあ、今から一時間!スタートです」

 

 タナカさんは司会としての役目を終わると、部下が持つ撮影用電伝虫に向けてお辞儀をしながら地面に沈む。

 

『するるるる、これは録画。いくらでも編集可能、時間制限何てありはしませんのです。ダイスの恐ろしさに気づき、逃げるうちに時間を気にし、精神をすり減らし、時間を待ち震えることになるでしょう。するるるる、ダイスから逃げ切れるわけありませんが、仮に逃げ切れたとしても終わることのないゲームに気づき絶望することになるでしょう。するるるる』

 

 彼はそのカメラに映ることのない顔に分かりやすい感情を浮かべつつ沈んでいったため、気づかなかった。

 

 既にまがねちゃんが彼らの死角からタナカさんの頭めがけて飛び降りていることに……。

 

「するるるっブギャ」

 

「「「タナカ様!!!」」」

 

 短い悲鳴と共に地面の穴とタナカさんはステージから消え、彼を踏んだまがねは彼の後頭部を足場にしてダイスに急接近し、その足を振り上げ、ダイスが振り向かせた顔面に蹴りをぶち込む。

 

 まがねの蹴りは、このステージを見るために高い所にいたため、そこから飛び降り、更に前方に突進する力が余すことなく伝わった蹴りであったため、ダイスの巨体が吹っ飛び近くの建物の壁にめり込み、粉塵を上げる。

 

 まさかの事態に硬直する彼らは目の前に敵がいると言うことを忘れていた。

 

 短い銃声が静かになった広場に響き、茫然と見ていた彼らの命を狩る。

 

 隣のモノが倒れるのを見てやっと正気に戻った彼らは武器を構えるがその間にも、銃声が鳴り響き、また一人と倒れていく。

 

「落ち着け、数は此方が上なんだ、囲んで撃ち殺せ!」

 

 彼らも銃を構え撃つが、誰も彼女を捕らえられない。

 

 それどころか、銃撃の合間を縫って彼らに接近する。

 

 彼らが圧倒的強者の殺意に恐怖に縛られかけていたところに、ダイスの雄たけびが響く。

 

「きもちいい~」

 

 顔面から軽く血を流しながらも、全くダメージを負った気配を微塵も見せず、瓦礫の中に悠然と立つダイス。

 

「もっと、もっとすごいのをくれよぉぉぉ!」

 

 それを見て、彼らは立て直し、ダイスの戦闘に巻き込まれないように急いで広場から離れる。

 

「ふふふ、頑丈だね」

 

 まがねは楽しそうに笑い、ダイスは快楽に笑う。

 

「気持ちよくて死なないでね?まがねちゃん困っちゃうから」

 

「楽しみだなぁ」

 

 ダイスが大きな斧を振り上げつつ、その巨体に見合わぬ俊敏さでまがねに接近すると、重い斧を振り下ろす。

 

 それに対してまがねは大振りな攻撃を避け、彼の懐に潜り込むとその手に持つナイフを心臓に向けて一突きするも、硬質な音を立てて、彼女のナイフは無惨に砕け散る。

 

「およ?ああ!武装色かぁ、かたいなぁ」

 

 おもいッきり突き込んだだけにナイフが砕け、手にしびれが残る。

 

 そしてダイスは懐に潜り込み体制を崩した彼女に向けて、その大きな拳を振り下ろす。

 

 武装色で硬化していない一撃だが、それでもまがねを殺すには十分な一撃であった。

 

「ん?砂」

 

「新世界は化け物だらけだね」

 

 彼の振り下ろした拳は彼女の右手を残して潰していたが、彼の拳の下には砂しかなく、宙に浮いた状況になった彼女の右手が斧を握る手を掴む。

 

「枯れちゃえ」

 

「なっなにぃぃぃ!」

 

 砂となって散った彼女の体は、砂が集まり元の姿を形成しながら、先に戻った顔が、彼の腕を掴む右手を見ながら、その凶悪な能力を使用する。

 

 その右手はみるみるダイスの腕の水分を吸い尽くしその手をミイラに変えてゆく。

 

「っ!離れろ」

 

 どんな痛みにも快楽に換えてしまうダイスのM気質でも、その腕から感覚が抜けていくミイラ化の攻撃は気持ちよくなかったようだ。

 

 彼の振るう拳は今度こそまがねを捕らえるために武装色で硬化され振るわれるが、その前に彼女は砂になり、常人では避けるのが難しい壁の様な巨腕を横に振るその一撃を、体を砂のように崩して地面にその体を構成する砂を撒き、避ける。

 

 砂となった彼女を見つけるのは難しい。特に暗闇に紛れた彼女の姿をダイスは見失った。

 

「何処に」

 

 ダイスはゆうことを利かなくなった腕から離れてしまった斧を無事な方の手で握り構えるが、彼女が現れたのは彼が視線を巡らせる場所とは全く別の場所であった。

 

「ぎゃ!」

 

 短い悲鳴が彼の後方から聞こえ、何かが落下し、地面に鈍い音を立てる。

 

 ダイスはそちらに視線を送るとミイラとなった部下が地面に落ちた衝撃で壊れており、そのまま視線を上に向けるとまがねがその手に何かを渦巻かせて、不気味に笑いかけていた。

 

「サーブルス・ペサード」

 

 その拳が振り下ろされるとその右手に渦巻く砂が地面にぶつかり、衝撃と砂をまき散らす。

 

 ダイスはその衝撃にその頑強な体で耐え切るが、その他の者はそうはいかない。

 

 彼女の一撃は着地点の石畳を全て剥し、吹き飛ばし、着地点から離れた場所はその衝撃波が建物を壊し、彼女を囲んでいた者たちはその強い衝撃波に吹き飛ばされ、あるいは飛んで来たものに体を壊され、周囲を照らしていたライトは全て壊れ、砂が舞う広場は月明りさえ通さぬ暗闇に包まれる。

 

 たった一発、彼女の一撃はタナカさんが用意した舞台を完全に破壊しつくし、彼女の舞台へと変わってしまう。

 

きもちいい~、だが、こんなもんじゃ満足できないぜ」

 

 ダイスの顔は快楽に歪んでいたが、その目は敵を油断なく探していた。

 

 しかし、視界がこれほど悪い中、砂である彼女を見つけるのは見聞色の使い手でなければ難しいだろう。ダイスは武装色の使い手であり、その練度は並の能力者では絶望を感じるであろうモノだが、彼は見聞色は得意ではない。

 

 周囲の音を拾い、彼女の姿をどうにか掴もうとすれど、聞こえてくるのはうめき声ばかりであり、砂に満ちた空間ではそれ以外には風に流される砂の音しか聞こえない。

 

砂漠の金剛宝刀(デザート・ラ・スパーダ)

 

 地面を両断し、空間を裂き強烈な砂の斬撃が四発、彼に向かってきていた。

 

「そこか!」

 

 彼は砂の斬撃に対して避ける動作を取らず、斧を思いっきり振りかざす。

 

 彼の大振りの一撃よりも砂の斬撃が彼に先に届きその身を切り裂くかと思われたが、彼はそれを武装色硬化と自慢の肉体のみで完全受けきる。地面を深く切り裂くその一撃を四発全て受けながらも彼は微動だにもせずその腕を振るう。

 

「気持ちいいぃぃぃぃぃ」

 

 喜びながらも、彼はその斧を地面にたたきつける様に振るうと、彼のあり得ないほどの力が、衝撃波を生み出し、前方の砂を全て吹き払い、攻撃をしたであろう彼女に向かう。

 

 開けた空間に彼は即座に駆ける。

 

 しかし、当たりをつけた場所に月の明かりが届いた時、彼が作った道には誰もいなかった。

 

「攻撃が来ればそこに敵がいると思うのは当たり前だよね。でも、私がロギアだってことを忘れていない?」

 

 彼は横から聞こえる声に慌てて武装色を見に纏おうとするが、彼の集中力は乱される。

 

 予想もしなかったまがねから発せられた覇王色の覇気をまともに浴び、彼は隙を晒してしまう。その隙はほんのわずか、しかし、達人、化け物同士の戦闘においては致命的な隙となる。

 

「サーブルス・ペサード」

 

 ゼロ距離から放たれた衝撃を甘く纏った武装色を軽く突き破り、筋肉の鎧を突き抜け、彼の体に衝撃が走り抜ける。流石に浸透してきた衝撃は頑強なダイスをもってしても無視できない大ダメージを与える。

 

「きもち、いい」

 

 しかし、それでも彼は立っていた。彼はそれでも耐え切って見せたのだ。

 

「…………」

 

 だが、彼はその後の彼女の蹴りをたっていたナニにくらい、幸せそうに気絶するのである。流石にそこは鍛えることのできない男の急所であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うーん」

 

 顔面を地面にぶつけ鼻血を垂らして気絶していたタナカさんは凄まじい揺れに目を覚まし、起き上がる。

 

「はっ!何故私はこんな所で………暗殺者めぇぇぇ」

 

 即座に彼は状況を理解する。

 

 タナカさんは鼻血を拭い、さっきから頭上からホコリがパラパラおち、地面が揺れる衝撃を再度感じ、ダイスが大暴れしているのだと考え、少しだけげんなりする。

 

「するるるる、暴れすぎですね~。確かにそうした方がエンターテイメントとして良いのは分かりますが、その後始末をする私のことをかんがえてほしいですね~あの筋肉マゾが」

 

 彼は静かになったのを感じ、戦闘が終わったのを理解して、慌てて身なりを整えて地上に顔を出す。残念なことに後頭部の足跡は消えていなかったが。

 

「するるるる。暴れすぎですよダイス」

 

 彼は地上に上がり、人がいる方に向けて行ったのだが、彼はその後のゲームの終了宣告をできなかった。

 

「ねえ、暇だから何か準備してくれない」

 

 大きな顔を掴まれて、こめかみに拳銃を突きつけられるタナカさんは、彼女の後ろにいる倒れ伏して幸せそうに気絶しているダイスを確認し、暗殺者の顔を確認して、自分の顔が引きつっているのを感じていた。

 

「ここって楽しいカジノがあるんでしょ」

 

 彼の視線の先には不気味な笑顔を張り付けたまがねちゃんが笑いかけていたのだった。



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まがねちゃんは笑ってた

 タナカさんはVIPルームで新世界の怪物と呼ばれる彼らが王、ギルド・テゾーロを前にして不気味な笑みを止めない目の前の女に冷や汗を流していた。

 

 そんなまがねちゃんの様子を逆にテゾーロは面白そうに見ていた。確かに信頼できるダイスを傷つけた目の前のオンナはいけ好かないと思うが、同時にその力と度胸は魅力的であるのだ。

 

「俺の物になれ」

 

「それって告白?まがねちゃんモテモテ、キャー、困っちゃうな~」

 

「そのままの意味だ。お前が出した被害分くらいは働いて貰いたい。それに聞きたいこともあるしな」

 

 テゾーロの手からはこの黄金船グランテゾーロには存在しない砂を手から黄金のテーブルにこぼす。

 

 まがねちゃんは目を細めた。

 

「ふふふ、嫌だって言ったら?」

 

 テゾーロの手からバチバチと音が鳴る。

 

「それを許すとでも思うか?」

 

 二人はテーブルを挟んだ短い距離で笑いあう。

 

 だが、二人の目は笑っておらず、その手に各々の悪魔の実の能力が形を成しており、ダイス、タナカ、バカラは身構える。

 

 しかし、この場で即座に戦闘は起こらなかった。

 

「だが、まあ。このまま力づくでってのは面白くもなんともない」

 

「そうかな~。まがねちゃんも楽しかったし、最初と最後を同じように締めるのも楽しそうだけどね。まあ、どこでもできるって言ったら、確かにこれじゃあつまらないよね」

 

「ああ、だから、ゲームで始まったことは同じくゲームで終わらせるのが筋だろう」

 

 テゾーロがパチンと指を鳴らすと、後ろに控えていたタナカさんはあらかじめ準備されていたトランプを懐から出すと、まがねの後ろに控えるバカラにそのトランプを手渡す。

 

「確認して見ろ」

 

「ふふ。そうだね」

 

 まがねはバカラからトランプを手渡しで受け取る。

 

 その時、バカラはその何もつけていない手がまがねに触れたのを確認する。

 

 トランプに仕掛けが無いか確認するまがねちゃんを見てテゾーロを含む四人はその姿を笑い、カクテルを用意させ、ゆっくりと確認が終わるのを待つ。

 

 一方まがねちゃんはというと、トランプを自分の目の前で広げ、その愉快そうに笑う顔を隠す。

 

 まがねはいつも通りの不気味な笑みを浮かべトランプを確認するように見せかけ、前方の彼らの様子を窺う。

 

『トランプには何もしかけなしか。まあ、予想通りだけど』

 

 彼女はもはやトランプを確認してない。エンターテイナーを名乗るテゾーロがそんなチャチなことをするとは微塵も思っていなかったため、彼女はずっと彼らの顔、動作を自分のトランプを確認するフリに対してどんな反応を見せるのかずっと観察していた。

 

『トランプをいじっても特に変わらないし、彼らの視線はトランプよりも私の後ろのバカラに向かってる。彼女の悪魔の実が何か関係しているのかな?』

 

 まがねはトランプをまとめると、後ろを振り向く。

 

「はい。普通のトランプだったよ」

 

 まがねはトランプを手渡しで彼女に渡すが、その時バカラの手袋をしていない手が自然にまがねの手に触れた。

 

 そのごく自然なしぐさにまがねは目を細める。彼女はバカラが受け取りやすい様にトランプの端を持ち受け取りやすい様に手渡したのに、バカラの手はそれが当たり前であるかのように彼女の手に軽く触れた。

 

『なれてるね~。彼女の能力は接触型かぁ~。聞いた話では確か彼女はラッキーガールだったけ。能力は分からないけど想像は出来ちゃうかな?』

 

 バカラはそのトランプをシャッフルするとテーブルの中央に置く。

 

 それを見たテゾーロは軽く体を前に出し、テーブルに両肘を着くと、手を口の前で組み口元を隠す。

 

「賭けるものは此方は被害総額、お前さんは自由。勝負はポーカー、一発勝負だ。勝てばチャラにしてやるが、負ければ……分るよな?」

 

 彼の視線がトランプからまがねに移る。

 

「乗るよな」

 

 まがねは微笑むと、彼女もその手をトランプにかける。

 

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 トランプが二人に配られる。

 

「此方が配ってしまって良かったか?」

 

 タナカさんがディーラーを務めているのだが、その様子をまがねが良く見ている様なのでテゾーロはディーラーが細工などしないことをアピールしつつも、不安ならまがね自信が配るかと聞く。

 

「ふふふ、それじゃあ、私が勝った時に疑われるでしょ」

 

 不敵に笑いかける彼女に、テゾーロも自分が負けるなど一ミリも思っていないため、それに対し同様の笑みを返す。

 

「では、始めようか」

 

 

 

 

 

 

 テゾーロは配られた手札を見る。その手札はフルハウス。

 

「なかなかの手札だ。私はこれで問題ない」

 

 因みにこれはイカサマではない。彼らがしたイカサマはバカラのラキラキの実の能力でまがねを不幸な状態にしただけだ。だからこそこの彼の引きは、彼がどん底から新世界のバケモノにまで成り上がった勝負運とでも言えよう。

 

 彼はすでに彼女が何をしようと負けるのは分かっているため、自分の手札が良かろうが悪かろうがどちらでも良かった。だからこそ勝ちが決まっている勝負において心理戦など繰り広げるつもりも毛頭ない。よって自分の手札が良いことをあっさりとバラす。

 

 こうすることで相手は勝手に考えを巡らせ、そして最悪の手札を良く見せようとこちらに揺さぶりを掛けてくる滑稽な様子を見るのを、彼は好むのである。

 

 そして彼は手札が最悪であろうまがねの顔を伺う。

 

「……勝負を捨てるつもりか?つまらん」

 

 彼は配られた状態のままの裏返ったトランプを見て不愉快そうにまがねに問う。

 

「ふふ、私の手札はこれでいいの。勝負は始まる前についているもの。そうでしょ?」

 

 彼女の視線は手袋をはめているバカラの手に向かっている。

 

 その視線の意味を理解した彼は一変愉快に笑う。

 

「お前は気づいていてそれでも乗るのか!ああ、分からないな。なぜ負けると分かりきった勝負に乗る?」

 

 まがねはそれに対して、キョトンとする。

 

「何を言っているの、私が勝つんだよ?」

 

「ん?バカラの能力を知ってなお勝つと?それとも私の勘違いでお前は底なしの馬鹿だったか?」

 

「いや、知らないといえば知らないけど、ある程度予測はつくよ。彼女がラッキーガールで、その手に常時手袋をつけていることからね?」

 

 彼女はもう一度バカラを見てから、テゾーロに向き合う。

 

「まあ、運に関連した能力だと思うんだけどね?」

 

「ほぼ正解だよ。なら、なぜ勝てるなどというジョークを?もしかして私達のショーを手伝ってくれるのかな」

 

「いや、それでも私が勝つよ。その程度じゃあ、()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の声が不思議とこの場全員のジダをうち、その脳裏に響く。

 

 自信満々の彼女の表情とその言葉に少しだけ疑問に感じた彼はバカラを見るが、バカラは確実に彼女の運はなくなってアンラッキー状態であると自分が吸い取って運気の量から分かるため、ハッタリであると余裕の笑みを持ってテゾーロの疑問に答える。

 

 それを見て、やはりハッタリであったことを確認した彼はくだらないことを言い、相手を惑わし楽しみつもりがいつの間にか自分が惑わされていたことに少しだけ気分を害したテゾーロはくだらない嘘を切って捨てる。

 

「くだらない。そんな()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼はまがねが警戒すべき相手だったはずなのに、感情的になり彼女をよく見ていなかった。だから、パチンと指がなり、彼女が何かつぶやいていたのに気づかないし、その前の彼女の言葉が不自然に頭に響くこの不思議な感覚に抱いた何らかの違和感も黙殺してしまう。

 

「終わりにしようか」

 

 彼は地道にいたぶってから彼女を奴隷にしようと考えていたが、楽しくなくなった彼はこの一回で決めるつもりなのか、彼女が弁償すべき巨大な金額をすべてベットする。

 

 虚勢が剥がれ無様に慌てるさまを期待してまがねの表情を伺うが、その表情は変わらない。

 

「娯楽を、誰よりもエンターテイメントたらんとしているのに、こんなつまらない幕切れでいいのかな?」

 

「癪に障る言い方だな」

 

 テゾーロが少し感情的になる。

 

 それを見て彼女はより笑みを深くする。

 

「だからね、まがねちゃんがこの場を盛り上げてあげるのだよ。わーパチパチ。どう?」

 

 棒読みでわーと言い、拍手をするふざけたまがねに苛ついた表情を浮かべて見るテゾーロ。

 

「さっさと終わらせるぞ。乗るのか?乗らないのか?」

 

「せっかちだな~」

 

 テゾーロはまがねがここは一旦勝負を降りると予想していたが、彼女は彼の予想をとことん外させイラつかせる。

 

「乗るよ。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あまりにもくだらない嘘に彼は彼女を優秀な手駒として使う気が失せた。彼から殺気が漏れ出る。

 

「嘘に付き合う気はない。オープンだ」

 

 その手札にできたフルハウスを見せつけて彼女を絶望させようとするが、ここまで来て少しだけ彼の冷静な部分がまがねの違和感を訴えかけてくる。

 

「ふふ」

 

 それは彼女の笑みをみてより強く彼に警鐘を鳴らす。

 

 彼女は右から一枚づつトランプをめくる。

 

 10

 

 一枚めくられて、場の雰囲気が狂い始める。

 

 その手が二枚目をめくる。

 

 J

 

 テゾーロは彼女の今までの態度を思い返す。

 

 そう、彼女は……。

 

 三枚目がめくられる。

 

 Q

 

 彼女は…ずっと。

 

 

 四枚目が裏返される。

 

 K

 

 彼女はずっと彼の予想を裏切り続け、そして今も、彼女は自分の揺さぶりに動揺を示さなかった。それはなぜ?

 

 そして最後の一枚が彼らの視界に入る。

 

 A

 

 「ロイヤルストレート…フラッシュ」

 

 誰かがかすれる声でつぶやく。それが自分かはたまた他の誰かかテゾーロには判断つかなかった。

 

 テゾーロは愕然としてまがねを見つめる。その変わらぬ笑みを見る。

 

 そして彼は気づくのだ。これは勝ちが決まっていたゲームだったのだと。

 

 室内にタナカさんが愕然として手からこぼしてしまったトランプがバサッと音をたててばらまかれる。

 

 だが、誰もが視線を動かさない。

 

 まがねちゃんは笑ってた。



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まがねちゃんは止まらない

「これでチャラでいいんだよね?」

 

 テゾーロ一行がまがねはオープンした手札を見て固まっているところをじっくりと見て十分楽しんだので、その硬直している彼らに問いかける。

 

 彼女の声を聞いた彼らは漸く再起動して、タナカさんはバラまいてしまったトランプを慌てて片付けるが、ダイスとバカラは何をすればよいのか分からず、テゾーロの顔を伺う。

 

 二人に見られているテゾーロはというと、苦虫を噛み潰したような顔をしてまがねの顔を見ている。

 

「まさか無効だなんてつまらないことをゲームに置いて言うんじゃないよね?」

 

 テゾーロは更に顔をしかめる。

 

 テゾーロが何も言わなかったが、納得できないというのは誰が見ても明らかである。

 

 そして、バカラの力を知っているが故、まがねが何かしたのは明白であるため、トランプを片付け終わった後にタナカさんはそのでかい顔をまがねに近づけ凄む。

 

「するるるる。そのまさかですよ。あなたが勝つはずがない。何かイカサマをしたのではありませんか?」

 

 だから、このゲームは無効だと、その手に持つピストルを突きつける。

 

「ふふ、どこで私がイカサマをしたというの?」

 

「お前がトランプをひっくり返すときに決まっています」

 

 まがねを脅迫するようにそのこめかみにピストルを突きつけるが、彼女の表情は変わらない。

 

 それどころか、テゾーロを見て笑うのだ。

 

「ふふ、私は何もしていないんだけど。まあ信じられないならもう一度してもいいよ」

 

 彼女は悠然と微笑み彼らに再度勝負を持ちかける。

 

「でも、そちらは少しはサービスしてもいいんじゃないかな?」

 

「するるるる。何を馬鹿なことを」

 

 イカサマをした奴は問答無用で奴隷行きだと言おうとしたが、テゾーロがテーブルを叩いたことで続きの言葉は発されなかった。

 

「良いだろう。その勝負乗ってやろう。かけるものは、そうだな。更に額を倍にしよう。負けてもこれを上乗せするチャッチなまねはしないさ」

 

「金はいらない。そんなものはどうでもいい」

 

「っ…。どうでもいい?」

 

 まがねは雰囲気の変わったテゾーロを見て、言葉を選び直す。

 

「そっ、金なんてあってもどう仕様もないし、そんなもの、単なる価値を示すための代替品はいらないよ。それじゃあ何もできない」

 

 彼女はよりテゾーロを刺激する言葉をチョイスしていく。その顔にでる表情を見ながら、どの言葉が彼の本心をさらけ出せるのか興味本位で彼の心の壁を壊し、ズカズカと土足で彼の領域に踏み込もうとする。

 

「そう、金で買える物なんてたかが知れているもの。それじゃあ、本当に欲しいものなんて永遠に手に入らない」

 

「……………」

 

「ガッカリだな~。エンターテイナーを自称するなら、もっと価値あるものを…」

 

 テーブルがテゾーロの振り下ろした拳によって真っ二つにされた。

 

「黙れ。金がすべてを支配する。ここも、この新世界も、そして政府も、すべてが金に支配される!」

 

 黄金のテーブルにビリッと電気が走り、ドロリと粘性の高い液状になったと思ったら、形を変えテゾーロの振り下ろされた拳に纏わりつく。

 

「金がねえ奴は金のあるやつに支配される。金があればこの生命でさえ、この国でさえ買える。この世のすべては金に変換され、これ以上価値のあるものなどない」

 

 テゾーロの拳にまとわり付いた金は武器と化す。

 

「代替品?買えるものがたかが知れている?それは金が無いからだ。だから己の尺度を超える価値は、買えぬというモノは、金さえあれば実際は買える、何もかも。そこに例外などない、それがこの世の真実だ。なのに金のないやつはどいつもこいつも、買えないものがあると。そんなものどこにある」

 

 その凶器とかした拳が振り上げられる。

 

「愛、友情、信頼。目に見えないものをあげつらえては買えぬと嘯く。すべて買える。愛も友情も信頼さえも、金だっ!金さえあれば買える。そう言うとどうだ、それは見せかけ、金がなくなったら離れる?どいつもこいつも何も理解していない。金があればいいだけだろうが!金さえあれば一生裏切らない愛と友情と信頼が手に入るのだぞ。逆に愛や友情、信頼を糧にしている奴らはごまんと見てきた。だが、どうだ。実際に俺が金で雇った奴隷どもに襲われると簡単にそれらを捨てる。それどころか俺が金をチラつかせれば裏切る。何が本物だ。何が偽物だ。笑わせてくれる。結局、金に跪き、支配される。この世の全ては金だ!それをくだらない?何も知らねえガキが吠えるな!」

 

黄金爆(ゴオン・ボンバ)

 

 その一撃はVIPルームを揺らす。

 

「これが金の力だ」

 

 テゾーロは自分の一撃を交わしたまがねを睨み、そして能力を使用して、部屋中の黄金を操り始める。

 

 一方のまがねちゃんはキレていきなり攻撃してきたテゾーロに対して少しほど挑発し過ぎたと彼の攻撃の一撃を見て判断したが、それでも彼女ももう止まる気などない。

 

「やっぱり下らない。金に支配されているのは果たして誰なんだろ~。フフフ、今のあなたの姿は…滑稽だよ。」

 

「黙れ!支配を、受け入れろ!ここでは俺は…神だ

 

 そしてその中心に佇むテゾーロは渦巻く黄金に囲まれ、誰も近づけない鉄壁を作作りつつ、まがねに向けて黄金の鋭い触手を何本、何十本と繰り出す。

 

 その様子は部屋が牙を剥くと言ったところだ。そして、この空間の攻撃、防御を支配する彼は今まで誰にも負けることなく、この黄金船では神を名乗るのも納得できるほどの圧倒的力を見せつける。

 

 そしてまがねに向かう触手の速度、本数、範囲どれをとっても生半可なモノではなく。彼女は避ける間もなく砂煙の中に消えゆく。

 

 部屋が揺れ、砕けた黄金と砂が飛び散り、空気を揺らす。

 

「金が…すべてだ」

 

 テゾーロはミンチになったであろう少女がいるであろう砂埃が舞う攻撃地点を眺め吐き捨てる。そして、タナカさんに指示を出そうとして、自分の直感を信じて黄金の盾を作り自分の前にかざす。

 

砂漠の槍(デザート・ランチャ)

 

 テゾーロの耳に少女の声が微かに聞こえたと思ったら、掲げていた黄金の盾に強い衝撃が伝わり、その腕が盾ごとよこに弾かれ正面ががら空きとなる。

 

「ほら。まがねちゃんの命は金じゃあ買えなかったでしょ?」

 

 いつの間にかテゾーロの目の前にいたまがねは体の一部が砂と化していた。そんなまがねちゃんは彼の攻撃が無駄だと嘲笑い砂のままの右手を彼に突き出し、スナスナの実の能力を開放する。

 

「っ!その能力は」

 

 テゾーロは少しだけ冷静さを取り戻した頭脳で、目の前で起きているあり得ない現象に驚きつつも、ダイスの報告とこの船にあるはずの無いサラサラの砂を思い出す。

 

「何故その能力を持っている!」

 

 彼の脳裏にアラバスタ王国での海軍の失態の情報が浮かび、それと同時に新たに発行された億越えの賞金首の顔を思い出す。

 

「それはクロコダイルの……」

 

砂嵐「重」(サーブルス・ペサード)

 

 驚愕、歓喜、焦り、全てを砂が覆い隠す。まがねちゃんの笑い顔も。




新技
砂漠の槍(デザート・ランチャ)まがねちゃんが考えた斬撃ではなく、貫通力を意識した攻撃。ぶっちゃけ、イメージとしては字そのまま、砂の槍を相手に投げる技です。
 メリットは斬撃よりも貫通力と威力があること。
 デメリット、避けやすい。槍を生成してから攻撃に移るのでどうしても攻撃の方向は読まれやすい。そしてあまり距離は出ない。


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まがねちゃんは死んでみた

「「「テゾーロ様!!!」」」

 

 タナカさん、ダイス、バカラの叫びが、今まで蠢いていた黄金が立てる音が消えたせいで、よりまがねの耳に鮮明に届く。

 

 その声にまがねは笑顔になりながらも、しゃがみ込みその右手を黄金の床に当てる。

 

 テゾーロの元に駆け寄ろうとしていた三人のうち、タナカさんはまがねが更に何かしようとしていることにいち早く気が付く。

 

「ダイス!止まりなさい。貴方はここであの女の警戒と、テゾーロ様の方へ来る攻撃を防ぎなさい。バカラはそのままテゾーロ様の元に」

 

 タナカさんは驚きのあまり手放し、床に落としてしまった拳銃を片手に持つと、急いでまがねの元に向かう。その際にまがねの額に何発も鉛玉をぶち込む。

 

「ふふ、無駄だよ。全ては塵と化す」

 

 まがねは穴の開いた額をタナカさんに見せながらも笑いかけ、その凶悪な能力を開放する。

 

「何にょ!」

 

 タナカさんは目を見開らく。黄金の床が、黄金の柱が、黄金の調度品が、その全てが彼女の砂に沈む。いや、違う。全てが砂と化し、その砂に呑まれるように見えているだけだと彼は即座に気が付いたが、彼女を止めるすべなど持っていない。

 

 砂はこのVIPルームの床をどんどん侵食してゆく。その砂の上にあったモノはその砂に沈み、そして砂となっている。タナカさんの足はいつの間にか止まり、ただそれを見て、触れないように下がることしかできない。

 

 壁も天井も、ひび割れ、そして砂を降らす。

 

 金の砂、砂金を降らすその光景は幻想的だ。

 

 人の入り込めない領域とは人の手が加わっていないからこそ、自然の力を、人がなせぬ光景を作り出すからこそ幻想的な光景が作り出せる。

 

 ならば、自然の力そのものの彼女が振りまく死の力も、そして何人も入り込めぬ彼女の領域も、この場においては只人には作り出せない光景であり、だからこそ美しかった。

 

 ただ抗うことのできぬ猛威にタナカさんにダイス、そして助けに向かおうとしてつい後ろが気になり振り返ってしまったバカラが茫然と見つめる。

 

 どうしようもない力に彼らが飲み込まれる寸前、黄金の床に電撃が走り、黄金が蠢き、黄金を飲み込む砂の浸食を止め、逆に侵食し始める。

 

 彼らは即座に何が起こっているのかを理解し、この場を急いで離れる。

 

「するるる。一旦我々は引きましょう」

 

 タナカさんの能力により、降りそそぐ砂の中、タナカさんと一緒にバカラとダイスはこの部屋から消える。

 

 砂を飲み込まんと黄金が蠢き、津波と化し、一方砂は黄金の波を削るため、渦巻き、砂嵐と化す。

 

 二つの力がぶつかり、黄金を飛び散らかせる。津波はこの部屋を飲み込もうとして、砂はこの部屋を埋めようとして、削り、そして押され、大きくなり、また小さくなる。

 

 両者の力のぶつかり合いは、永遠に続くかと思われたが、どんなものにも終わりが訪れる様に、黄金の波が徐々に砂嵐を押さえ、変わりゆく砂の大地をまた元の黄金の床へ、壁へ、柱へ、天井へと戻していく。戻るたびに砂嵐は小さくなり、最後には砂嵐が居座っていた中心を飲み込むが、その勢いは止まらず、壁にぶつかりヒビを入れる。

 

 この世のものとは思えない幻想的な光景が消え去り、部屋に静けさが戻った。

 

「買えない命などない。ただ、私が思っていたよりも貴様の値段が高かっただけだ」

 

 静かになった部屋に、服がボロボロになり額から血を流す男があおむけの状態からゆっくりと起き上がろうとしていた。

 

「だが、ならば更に金を積めばいい話。釣りはいらない。ポーカーの勝利代金だ」

 

 ゆらりと立ち上がる男、テゾーロは服に着いた砂を払い落とすと、ひびが入ったサングラスをかけなおす。

 

「服が汚れてしまったか、これでは相応しくないな」

 

 彼はタナカさんを呼ぶため、奥の部屋に置いてある通信手段を取りに行った。

 

 彼が去った後の部屋には青い稲妻が弾け、戦いの後を黄金で沈め、何時もの光景を作り出そうとしていた。

 

 蠢く黄金はまがねが生み出した光景に驚き再度手から落とした()()()()()()()()()タナカさんの拳銃を飲み込む。

 

 暫くしてまたいつものVIPルームに戻る。

 

 そこに既に砂は存在していなかった。



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まがねちゃんは神を知る

「するるる。呼ばれたのでVIPルームに行ってきます」

 

 タナカさんは電伝虫から聞こえるテゾーロの声に安堵しつつ、戦いの行方が気になりハラハラしていた二人、特にバカラに対して彼の無事を告げる。

 

「そう、でもあの女の目的は何だったのでしょうね」

 

 バカラはようやく落ち着き、あの不気味な女が何だったのかを考える。

 

 それを聞いたダイスは何故か笑顔だったが、タナカさんの顔は渋かった。

 

「分かりませんね。四皇、七武海、世界政府、海軍。私たちは味方も敵も多いですから何処からかの刺客だったのかも知れませんし、はたまた単なる狂人だったか。まあ、いずれにせよ死んでしまった今ではその目的など分かりません」

 

 バカラはそれを見て、あの女が何か目的があって動いているようには見えんかったのでタナカさんの考えすぎた考察を鼻で笑うと、その頭を掴む。

 

「死んだ女のことなんてどうでもいいのよ。それよりも分かっているわね?」

 

「分かっていますからその手を放してくれませんか」

 

「そう、テゾーロ様のことを任せたわよ。後、どうされていたのかも」

 

 タナカさんは解放され、ほっとし、同時に女はやはり怖いと思うのである。

 

「では私はこれで、二人はいつも通りカジノの警備と接客を任せます」

 

 タナカさんは自分が作り出した穴に消える。

 

 そして二人もそれぞれの持ち場に消える。

 

 だが、その場にはタナカさんがVIPルームから落ちてきた時に一緒に砂金と砂が混じったモノが落ち、ばら撒かれており、その砂が蠢き、人の形を作り出す。

 

「ふ~。あんなのと正面切って戦うなんて馬鹿のやることだよね~」

 

 その場にできた人は、いつもの笑みを浮かべるまがねちゃんになった。

 

「まったく、沸点が低すぎる。カルシウムが足りていないんじゃないのかな?牛乳飲まないと」

 

 彼女は自分の体につく砂金を払いのけると、部屋の奥に向かう。

 

 「まっ、いっか。彼らと協力体制を作れてたら良かったけど、無理して作るモノでもないし、これはまがねちゃんの大切な楽しみ。他の人に奪われたらたまらないモノ」

 

 彼女は楽しそうに歩く。

 

「さ~て、遊びは此処まで。此処での目的をそろそろ果たそうかな」

 

 彼女は衣装を変え、そして帽子を被りその顔を隠すとその場を離れ、一旦カジノに向かうのである。

 

 どうやら思いの外楽しかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「するるる。お疲れ様です」

 

「ああ、疲れたよ。久しぶりにくだらないものを見た」

 

 テゾーロとタナカさんはVIPルームの直されたテーブルに座り向き合っていた。

 

「それはそれは。それであの女はどうしたのですか」

 

 タナカさんは周囲を見渡しテゾーロに拘束されたてあろうまがねを探す。

 

「殺したよ。あまりに不愉快だったものだからな」

 

「するるる。まあ確かに不気味なやつでした。それで死体の方は?」

 

「そこら辺に埋まっているだろう」

 

 テゾーロはタナカさんの背後の黄金の床を指差し答える。

 

 そこでテゾーロはいつもの自分でないことに漸く気がつく。なぜ自分はあれほど不愉快の女をただ殺して埋めてしまったのだろうかと。

 

「しまったな。埋めたのはもったいなかったか」

 

「いえいえ。アレの処分はアレの所有者たるテゾーロ様の自由。何も問題ありません。するるる。ですがこちらに任せていただけるのであればきっと楽しめるように計らいますが」

 

「大丈夫だ。お前に任せよう」

 

 テゾーロは黄金の床を操作しこの部屋に沈めたであろうまがねの死体を探す。

 

 タナカさんは死体が出てくるのを今か今かと待つのだが、10秒20秒と時間だけが過ぎていき、その間床から出てくる者は何一つ無い。

 

 流石におかしいと思ったタナカさんは蠢く床から目を離し自分の背後にいるテゾーロの方を向いて腰を抜かす。

 

「……なめやがって」

 

 そこには殺意をばら撒き、憤怒の表情のテゾーロが座っていた。

 

「どこまでも人を舐め腐りやがる!絶対見つけ出して殺してやる!」

 

 ギロッとタナカさんを睨めつけるように見ると命令を下す。

 

「絶対に見つけ出せ、だが見つけても殺すなよ。即座に俺を呼べ。今度こそ殺してやる」

 

 慌てて駆け出すタナカさんを眺めつつ彼は確実に敵を殺す準備をする。

 

「今度は神の姿を見してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神か!」

 

 まがねちゃんは眼の前の光景にその変わらぬ不気味な表情を崩し目を見開いている。

 

「こっこんなことって」

 

 まがねちゃんの手からコインが落ち、地面に軽い音を立てるが、その音は他の音によりかき消される。

 

「キテルとは思っていたけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まさかジャックポットとは…!」

 

 まがねちゃんは大きな音を立て大当たりを知らせ、大量のコインを吐くスロットマシーンを見て、自分に神が舞い降りたと感動していた。

 

 彼女の神はずいぶん薄っぺらいようだった。

 



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まがねちゃんは壊しちゃう

「あ~楽しい」

 

 自分が追われる立場だと理解できているのか、まがねの服装は地味なものからチャラチャラしたものに変わっていた。

 

 そんなまがねは片手に牛乳を入れたコップを持ちながら楽しそうにいろんなゲームを観戦し、時にヤジを飛ばし、時に嘘を囁き場を盛り上げる。

 

 しかし、周囲に黒服の人間が増え、何かを探しているのを見つけると、

 

「懐も温まってきたし、そろそろ動こうかな」

 

 まがねは更に場を盛り上げると、その場をそっと離れ、ゆっくりと従業員の一人に近づきその意識を狩り、裏に引きずり込む。

 

「全くここは監視の目が無駄に多くて面倒くさいな~」

 

 彼女はみぐるみを剥ぎ、服を着こむと、従業員の息の根を止めるため、自分の服をワザと乱暴にされたように着せ、その上から心臓をナイフで一突きにした。

 

「うん!会心の出来。タイトルは哀れな金持ち」

 

 芸術芸術と楽しそうに言いながら、彼女は堂々と船の奥へと潜り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだか!」

 

 テゾーロはイラついていた。自分の島で未だネズミ一匹見つけることが出来ないことに。

 

「すみません。ですがもう少し程お待ちください」

 

 頭を下げるタナカさんを見てテゾーロは落ち着きを取り戻すため、一旦深呼吸をする。そして何故彼女を見つけられないか、そして彼女がどこにいるのかを考える。

 

「奴の狙いは何だ」

 

 その問いにタナカさんは答えられない。

 

 その姿を見て、テゾーロは再度イラつく。

 

「まあいい、客に紛れているなら時間がかかるのも仕方ないだろう。だが、奴の目的が逃亡なら許すわけにはいかない。全ての船を調べろ!」

 

「客にはなんと?」

 

「サービスで船体の掃除をするなりなんなり言え!それでも拒むやつには力をチラつかせろ。取り逃がすことだけは阻止しろ!」

 

「他の目的の場合は?」

 

「金か?泥棒なら分かっているよな」

 

「賭けの用意をしておきますか?」

 

「いや、見つけてからだ」

 

「了解しま……、失礼します」

 

 電伝虫が鳴り、話を止めて席を立つ。

 

 暫くして戻ってきたタナカさんは朗報だと目に見えて分かる表情をしていた。

 

「客の死体が見つかりました」

 

「奴か」

 

「ええ、たぶんそうでしょう。見つかりにくい監視網の隙間に在りましたから間違いないモノかと」

 

「どこにあった」

 

「此処です」

 

 タナカさんはこの船の地図を取り出すと死体が見つかった辺りを指し示す。

 

「それと死体の服はカジノの景品で、この客は手帳にスケジュールなどを書いていましたので、カジノからこの目的地に移動する際に襲われたと思われます」

 

「なるほど。奴はこの私から逃げた後この方面に移動したと、こちら側は船などないし、ましてや脱出手段も用意していない。となると、用があるのは天竜人か金かだな」

 

 他にも施設はあるが、逃亡中の人物が娯楽施設に入るとも思えないので選択肢が自然とその二つに絞られる。

 

「だが、天竜人なぞに用がある人間などいるものか。なら金か」

 

 彼ら二人の話し合いの最中電伝虫が鳴る。

 

「するるる。何ですか」

 

 タナカさんが新しい情報でも手に入った可能性を考え即座に出る。

 

 暫くの間、タナカさんとその向こうにいる女性の部下からの報告を聞く。

 

「するるる。では引き続き監視を頼みますよ」

 

「何だった」

 

「いえ、部下から連絡が入りまして、先の広間の鬼ごっこの前に殺されていた部下たちの中にまだ息があったモノがいたようで、死に際に奴の目的を教えてくれましたよ。するるる」

 

「ほう。どこだ?」

 

「金庫はどこだ?と聞かれたそうですよ。するるる」

 

「そうか。ではいつも通りの手はずで今度こそ奴を仕留めろ」

 

 テゾーロは時間を確かめる。

 

「俺はこれからショーの時間だ。後はお前に任せる」

 

「するるる。お任せを」

 

 タナカさんに任せて彼は着飾る。

 

「ようやく待ちに待ったショータイムだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで資金は揃った。後は暴力と権力のみ」

 

 まがねちゃんは全身をこの世で最も尊い一族の血で赤く染めながらも笑う。

 

「まず、ここに死を、絶望を、混沌を、そして終焉をもたらそうか」

 

 死体の隣にテゾーロの部下がナイフを持ち映像電伝虫に移されている。

 

 テゾーロの築き上げてきたモノの崩壊が始まろうとしていた。



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まがねちゃんは神を殺す

「It's a show time」

 

 花火が夜空を飾り、客席を埋める客がスタンディングオーベションをする。

 

「これは!」

 

 金庫の扉を破壊した女は目の前の景色に驚愕を露わにし、男はステージの中央で客の視線を一身に浴び、その両腕を広げていた。

 

「ふはははは。驚いたかね?貴様が私から逃げて何故目の前にいるのか分からないようだな」

 

 男は目の前の顔を愉快そうに眺め、女が驚愕しているであろう理由を客を盛り上げるため少し大仰な身振り手振りで懇切丁寧に説明し始める。

 

「まず先に君が訪れたこの場所は天空劇場。君が行きたかった金庫がある場所ではない!」

 

 未だ状況を飲み込めていないのか周りを見渡す女に残酷であろう真実を告げる。

 

「簡単なことだ、お前はここに来る間に手に入れた下っ端どもの情報と外部にワザと流された嘘の情報に騙されていたのだよ。哀れな女だ。私からの支配から逃れようとあの場から逃げようともこの船は全て俺の支配下だ!つまりここにいる以上俺の支配を逃れることなど出来ない。そんなことも分からず、金を得ようと涙ぐましい努力は最高だったよ」

 

 動かない女に対して、男はその神の如き能力で黄金の海を操り、女に差し向ける。いや、正確には天空闘技場にあるから湖、または池と言った方が正解だろうが、男の操る黄金の水は荒々しくも力強く波打ちとても大きな印象を受け、池や湖と言った限られて大きさの力には思えない。まさに海が起こす津波である。

 

 その黄金の波は女を一瞬で飲み込むと、手足を拘束し天高く、その磔刑に処された罪人を客から見やすい位置まで運ぶ。

 

 余りの動きにスポットライトが間に合わず、俯く女の表情は誰にも見えない。

 

 ただ、その俯いた顔の下にある絶望した顔を待ちわび、想像して男は高笑いをし、そして誰も逃れることのできない神の御業を発動する。

 

「貴様は実に優秀だ。お陰でとてもショーが盛り上がった。知っているかね?最高のショーに必要なモノを?」

 

 幹部が勢ぞろいし、女は捕まり、男はその生殺与奪の権利を握っていた。

 

「それは希望と絶望だ。どんな名作でも欠かすことのできない要素だ。その中でも奇跡は希望、これが輝いていることだろう。だが、それには大きな絶望が伴わなければ輝かない。なら逆もまたしかりだ。この場において希望こそが、俺の支配下の中、この場にたどり着くという奇跡こそが、この場において貴様をこの上ない絶望へと染め上げる。まさに最高、まさに究極のエンターテインメンツだろ。フハハハハ。さあ、笑え、この俺が笑うことを許可してやる」

 

 男が、幹部が、部下が、観客が女をあざ笑う。

 

 だが、絶望のせいか笑い声は誰にも聞こえず、ただ女がうつむいたまま肩を震わせる様子のみがスクリーンに映される。

 

「さあ皆さま。死に行くものに盛大の拍手を」

 

 男は拍手を求め、それに観客も答える。

 

「ゴールド・スプラッァァァァシュ」

 

 盛大に辺りに金粉をバラまき、そして女の実を黄金で固めてゆく。

 

「さぞ綺麗な彫像になることだろう。金で支配できないものなどない。金がこの世の全てだ」

 

 男にしては珍しく小さな声で、女に近寄りその顔を覗き込む時に、女だけに聞こえる様に吐き捨てる様に言う。

 

 その女の体は金に固められていく。その様を余さず照らすスポットライトは徐々に顔へと近づき、そして数が増えてゆく。

 

「俺は神だ。誰も俺の支配をのが…………」

 

 言葉が突然途切れる。

 

 そして黄金が止まる。

 

 笑い声が満ち、拍手が鳴りやまぬ会場も、なかなか進まない処刑に段々と笑い、拍手の音が減り始め、幹部はどうしたのかと近寄り、男と同じものを見て顔色を変える。

 

 女が会場の全てのスポットライトに照らされた時、その不気味に笑った顔を上げる。

 

「希望が絶望に変わる!」

 

 女は狂ったように笑うと、突然黄金が砕け、女の体が解放される。

 

 誰も何が起きているのか理解できない。だが、今まで黄金を噴き上げていた噴射口から海水が流れ、人々を開放する。

 

 あたりに歓声が響く。それと同時にテゾーロの部下が何故か銃を片手に観客席に乱入し、何人かの男たちがいろんなところで立ち上がり、その体に付けた爆弾を周囲に見せつける。

 

 そして銃声と爆発音、悲鳴が響く。

 

「血も流さない、死人が出ない、そんな安い絶望は存在しない。だから提供してあげる。本当の絶望を、本物の希望と共にこのまがねちゃんが」

 

 あたりに死体が生成される中、女は笑う。

 

 そして男は吠える。

 

「俺を笑うなァァァァァァ

 

 黄金が爆発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。あれは無い。まがねちゃんも困ったな~」

 

「何処に行ったァァァァァ!必ず殺してやる」

 

 まがねちゃんは民家の陰に隠れながらも、黄金の巨大テゾーロを見ながら、困ったように笑っている。

 

 あたりには瓦礫があふれ、テゾーロがやみくもに振るう拳、脚により、今も量産され続ける瓦礫。更には幹部と大量のテゾーロの部下があたりを走り回っていた。

 

「う~ん。もっと簡単に事が運ぶと思っていたけど、怪物は伊達じゃないね。流石に怒らせすぎたかな?最初は幹部たちを相手にして更に怒らせようと思っていたのに、既に怒りゲージがマックス」

 

 まがねちゃんはそう言いつつも、テゾーロの部下を人知れず処理しつつ、この船に連れてきた部下を使い、人々を扇動し混乱を助長する。

 

「仕方ない。時間を稼ぐためにも、彼に冷静でいられると困るし、もっと怒らせるか」

 

 まがねは気配を消し、闇に潜み移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「するるる。みつかりませんねぇ」

 

「まずいわね。このままだと被害が広がる一方だわ」

 

「それに俺たちが舐められる」

 

 幹部三人は怒りに任せて暴れるテゾーロを見て、それぞれ部下を引き連れて、バラバラになりまがねを探す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。あの女、必ずテゾーロ様の元に連れて行く」

 

 鳴りやまぬ地響き、そして蜂起した人々の怒号が聞こえる中、バカラは悠然と歩く。

 

 彼女が連れてきた部下も既に何人かやられていたが彼女は気にしなかった。

 

「お前はテゾーロの………。お前のせいで俺の人生はっ!」

 

 一人の男が彼女たちの部下の元を通り抜けその手に持ったナイフを突きつける。

 

 完全に死角からの一撃、そして近くに彼女の部下はいても既に止められる位置にいた者は誰一人いなかった。

 

 だが、何故かいきなり転がってきた石ころに彼は足をつまずかせ、脚をくじきころがり、そのナイフが自分に突き刺さる。

 

「ゴフッ、何てツイてねえんだ。あと少しなのに………………」

 

 男は最後の力を振り絞り彼女に手をに伸ばすが。

 

「あら、ラッキー」

 

 それよりも先に気づいた彼女にその体を貫かれる。

 

「すッすみませんバカラ様」

 

 この隊の隊長がバカラに頭を下げるが、バカラはそれを気にもせず、男から剣を抜くと、血を振りはらい腰の鞘に戻す。

 

「良いわよ、私ついているから。でもちょっとツキが足りなくなりそうだから責任取るならね」

 

 彼女の手がその男に伸びる。

 

 男は彼女の能力を知るだけに短い悲鳴と共に少しでも離れようとするが、その前に彼女の手が男に触れる。

 

「ラッキー。残念だけど当たらないわよ」

 

「ん~。相変わらず悪魔の実って理不尽だよね」

 

 まがねちゃんの手がその男を刺し貫いていたが、その手はバカラに届くことが無い。

 

 崩れ落ちる死体に周りの者たちは慌てて銃を構えるが、バカラはそんな部下に対して冷めた目付きで見て、呆れたように命令を下す。

 

「そんなくだらないことよりもテゾーロ様に連絡を取りなさい」

 

「あれ良いの?私を一人で相手にするつもり」

 

 まがねは音もなく彼女に近づくとその右手をバカラに近づける。

 

「倒すのは難しくても、時間を稼ぐくらい簡単よ。私、運が良いから」

 

 バカラも無造作にその手袋を外した手をまがねに近づける。

 

 まがねの手が先にバカラにつきそうになったその時、突然の突風に無音で近づく際に砂にしていた下半身をさらわれ体制を崩し、攻撃を外し、無造作に伸びていたバカラの手に先に捕まってしまう。

 

「ラッキー」

 

「そんなに長くラッキーは続かないよ?」

 

 バカラを殺すのにまた失敗した。それでもまがねちゃんは不気味な笑みをバカラに見せている。

 

「ええそうね。でもあなたから貰うから問題ないわよ」

 

「ふふふ。試してみる」

 

 まがねちゃんの手が砂になり、刃を形成する。

 

 それを余裕の表情で見るバカラであったが、その攻撃が彼女を切り裂き、まがねの手が彼女の手を干からびさせていく事態に驚愕を露わにする。

 

「なっ何故」

 

「前にも言ったでしょ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だから減らないなら、奪えるわけないでしょ?」

 

 バカラはポーカーの時、彼女があり得ない手札を揃えたのを思い出した。

 

「そんなの、嘘」

 

 その言葉にまがねは満面の笑みを浮かべる。

 

「そう!嘘、嘘だよね。でも、嘘と現実。それは誰が決めることかな?そして誰に見破れるかな?嘘が現実になるとき物語は始まるんだよ?知ってた。物語は大抵実在しないけど、実在しないからこそ人々はその嘘を知っても楽しみ、現実の自分と重ねる。もう、物語は始まっている。嘘は現実に、現実は嘘となる。全てはくるりと裏返る」

 

 バカラの周囲にいた部下は電伝虫の向こう側から聞こえてくるテゾーロの呼びかける声に反応できない。

 

 すでにその場にいた全員が砂と化していた。

 

「さ~て、物語のプロローグは既に終わっているんだから、これは第一章、物語の続き。主人公の出番はまだまだ先。だから物語はまがねちゃんの手で進めなきゃ」

 

 まがねは落ちている電伝虫を拾い上げると、テゾーロに宣言する。

 

「神は死ぬ。そして死んだ。これが物語の一区切り」

 

 まがねちゃんは既にこの世界に比類なき、神の如き権力をもつものを殺していた。

 

 だから彼女は高らかに言う。

 

「あなたは神なら、貴方は死ぬ。それがまがねちゃんの現実」

 

 まがねちゃんは嘘をつく。その返答を聞かぬまま彼女は通信をきり、闇に消え、辺りに大量の砂を残して………。



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まがねちゃんは真実を言う?

「これは!」

 

 テゾーロからの連絡を受け、ばらけていたダイスとタナカさんが合流し、バカラが捜索していた方面に向かうと、大量の砂を発見した。

 

 あたり一面、建物の壁だろうが、石畳だろうが全て砂に変わっている光景にテゾーロとまがねの戦いを思い出したタナカさんは愕然としていたが、比較的冷静だったダイスはバカラが埋まっている可能性にかけ砂をかき分け、いやなモノを見つける。

 

「バカラの手袋だ」

 

「つまり………だが、彼女は幸運人間。こんな短時間で殺すなど不可能では」

 

 バカラが生きている可能性を示唆するタナカさんだが、彼もバカラが死んだということは既に理解してしまっていた。

 

 だからか、彼の言葉はバカラが生きている可能性を提示するというよりも、そのわずかな可能性すら論破することで彼女が死んだということをワンクッション間に挟むことにより受け入れようとしているのだ。

 

 だが、彼はここでするべきことは戦闘態勢にはいることであり、仲間の死を確認することではない。

 

 ここは生き物が何一つない、生物の営みの気配さえない死の砂漠と化していることを、身近に死が迫っていることを強く認識するべきであった。

 

 結果、風が吹いて舞った砂に紛れた砂の槍に気づかず背後から脳天を貫かれ、タナカさんは自分が死んだことを認識できず死んだ。

 

 血は大地に流れない。その血すら全て乾き、乾きにより死体は即座に塵と化し、風が止むのと同時に彼がいた場所には何も残らない。

 

 一方、強烈な殺気を感じたダイスは咄嗟にテゾーロから与えられた黄金の斧槍を交差させ頭をガードすると、自分に来る他の攻撃は全て超高密度で硬い黄金の鎧に任せ己の感だよりに攻撃の方向に合わせ防御の姿勢をとる。

 

「同じ手は二度もくらわない」

 

 体の鎧は砂の攻撃を全てはじき、頭に来た攻撃も斧槍を貫くことが出来ずに霧散する。

 

 彼は攻撃が来た方角に合わせ覇気を纏った斬撃を繰り出す。

 

 余計に砂は舞うが、斬撃の道には砂が裂け、空間を作り、正面の視界をクリアにする。

 

 ダイスは自慢の怪力を見せつける様に体を回転させ、斬撃をあたり一面にばら撒く。

 

 その斬撃は砂漠の領域を超え、その向こうの建物の壁を軽く切り裂き、逃げ惑う人、部下であろうが関係なく血の雨を降らす。

 

 ダイスは油断なく目を見張り敵を探す。

 

 しかし、まがねの姿は見当たらない。

 

 このままではダイスは一方的になぶられ集中力を削がれるため圧倒的に不利な盤面である。

 

 だから、彼は自分の力でこの場を打開しようと、強く、それは強く斧槍を握りしめ、地面に思いっきり叩きつける。

 

 その威力はすさまじく、砂が吹き飛びクレーターを作り出す。

 

 そしてクレーターの周りにある砂も全て吹き飛び、元の石畳や、その基礎が砂の合間に見える程度の砂しか残っておらず、彼の一撃は大量の砂を吹き飛ばした。

 

「もう一丁」

 

 彼の戦術は単純であり、それでいて実行するのはほぼ不可能な策である。

 

 なぜなら、不利な盤面を自分に有利な盤面に変えるということを彼はしているのだから。この場合砂を消し去るである。

 

 言葉にするのは簡単でも、不利な盤面を有利に出来たら、戦争も、戦闘もスポーツでさえ流れと言う言葉や、名将、奇策などと言った言葉も、歴史に名を遺す偉業として後世にかたられることもないだろう。つまり彼がしているのは信じがたいほどあり得ないことなのだ。

 

 だが、それを彼の筋肉が、そのあまりにもマゾすぎて強すぎる精神が不可能を可能にする。

 

 彼の筋肉が鎧を打つ砂の攻撃による衝撃を全て吸収し、その体に訴える痛みはその精神でねじ伏せ、一心不乱に砂を吹き飛ばす。

 

 そして彼の強い精神は、折れぬ心は強力な武装色の覇気を切らさずその斧槍に宿し続け振られるため、まがねちゃんも接近しその手で触れることは叶わない。

 

 砂が幾度となく舞い、舞った砂は新たに舞う砂と共に衝撃波により吹き飛ばされ、クレーターはどんどん深くなっていく。

 

「?」

 

 彼の斧槍の動きが止まる。

 

 既に数分という短い時間に100を超える振り下ろしをした彼だが、周囲の様子がおかしいのに気が付く。

 

「何故砂が無くならねえ?」

 

 彼の動きが止まった時、砂が蠢き、まがねちゃんの顔が浮かび上がる。

 

「底なしの沼や、アリ地獄って知っている?」

 

 即座に振るわれる覇気を纏った攻撃を繰り出すも砂はその前に崩れる。

 

「あなたがしているのは自分から穴掘りをして埋まろうとしているだけの行為」

 

 彼の耳のそばで聞こえる声に彼は振り向きながらその斧槍を振るう。

 

 しかし、そこにあるのはやはり砂である。

 

「気づかない?ここが狭すぎることに」

 

「!」

 

 彼は自分が最初に作ったクレーターが深く、そして狭まっていることにようやく気が付いた。

 

「武装色の達人のあなたを殺すのは大変。でも人って不思議なモノでね。こ~んな軽い砂でもただ目に見える程の厚みでも、埋まっちゃうと動けなくなっちゃうんだよね」

 

「しまった!」

 

 まがねちゃんが何をするつもりかに気が付き慌てて出ようとするダイスだったが、足元が安定しない。強くければその足が砂に埋まり、逆にその体を砂の中に引きずり込まれてしまう。

 

 そしてその抵抗をあざ笑うかのように砂が彼に振ってくる。

 

「ふふふ。どれだけ力があろうが関係ない。どれだけ吹き飛ばそうが関係ない。そこにあるモノを無くすわけじゃないし、邪魔者は先に消した。そして私が全てを操っている。希望は何一つない」

 

 まがねちゃんの笑い声だけが聞こえる。

 

「クソ、クソ、クソォォォォォォォ」

 

 吠えながらも両手両足を動かすが、脆く崩れる砂に感触などほぼ残らない。例えその力で大量の砂を吹き飛ばそうがそれ以上の砂が降ってくる。

 

 砂の中を出ようとして登っても砂の壁は崩れ落ち、ジャンプしようにも足場がしっかりとせず、仮にジャンプできても、砂の壁が彼を垂直に飛ぶことしか許さない。

 

 いずれ砂は降り積もり、彼の行動をさらに制約し、目に砂が入れば更に動きを制限される。

 

「隙だらけだよ。ふふふ」

 

 彼女の乾きを与える手が彼の足に、いつの間にか張り付いていた。

 

 彼の足は自由を失う。

 

 慌ててその手でまがねの手を払おうとするが、此処は彼女の領域。

 

 その手は砂に邪魔され、そして砂により視界を封じられ、砂により平衡感覚を失う。

 

 肉弾戦においてこの世界でもトップクラスの男がなすすべもなくまがねちゃんに料理され、手足を奪われる。

 

「砂に生き埋めって苦しいらしいよ。すぐ死ねないし、絶望をゆっくりと楽しむといいよ」

 

『砂漠葬』

 

 まがねは彼の耳元で呟くと彼を埋める。

 

「これで三人殺した。テゾーロはどうしようかな~」

 

 上機嫌で呟く彼女の足元がいきなり暗くなる。

 

 元から暗かったが、月明かりが出ていたので真っ暗になることは無かったこの場が他の場所と比べて明らかに暗くなった。

 

「黄金の業火」

 

「およ?」

 

 上から声が聞こえ彼女が空を見上げると視界には黄金しかなかった。

 

「消え去れ」

 

 大爆発が起き、何もかもを吹き飛ばす。

 

 爆発が収まった後、何が起きたのか、遠くで見ていた人々は理解し、武器を手落とす。

 

 テゾーロが作り上げた彼が言う神の姿、巨大なゴールデンテゾーロの拳が振り下ろされただけで辺り一面が薙ぎ払われ、建物だろうが地面だろうが吹き飛ばしていたのだ。

 

 そのあまりの威力は、反抗していた人々の心を折るには十分だった。

 

 その大きすぎる拳がゆっくりあがると、そこにはがりがりになった焼死体が一つクレーターの真ん中に出来上がていた。

 

「これが神の力だ」

 

 激情に駆られていたテゾーロらしからぬ、低いトーンがあたりに響く。

 

 彼は怒っているのは間違いないが、その怒りは振り切れ、逆に冷静になっていた。

 

「砂だろうが何だろうが、この力を前にしては無力!何が神は死ぬだ。この嘘つk………」

 

 彼が最後まで喋る前にゴールデンテゾーロの巨体が爆発で少し揺らぐ。

 

「何だ」

 

 彼は自分の周りが次々と吹き飛ぶのを見て、此処が砲撃されているのを悟り、攻撃先を見て、怒りを忘れ素直に驚く。

 

「何故海軍が俺を攻撃している」

 

 そこにはかのバスタコールの軍艦十隻などと言った生ぬるい数ではない。軽く二十は超える軍艦が正面を見るだけでも存在し、四方にも少なくない数の軍艦がこのグランテゾーロを取り囲み、一般人だろうが、テゾーロの部下だろうが、動物だろうが構わず、全てを灰燼に帰そうと攻撃をかけていた。

 

「何故海軍が俺を攻撃している!この俺様の姿を見て攻撃を仕掛けてくる」

 

 自分が築き上げてきたモノを全て破壊する彼らの蛮行に怒りを再燃させる。

 

「俺の金にたかる海軍が!俺に逆らうのか!ここに天竜人もいるのにか!」

 

 彼は怒りに身を任せていたが、天竜人への配慮は怠ってはいなかった。部下をつけ、そして彼らに攻撃しないようにと気を付けてもいた。

 

 だからこそ、海軍の蛮行が信じられ無かった。

 

 そして天竜人さえどうにかできれば攻撃を止められると考えたテゾーロはまず、その天竜人の存在を奴らに吹き飛ばされる前にどうにかしなければと、邪魔な軍艦をある程度排除することにした。

 

黄金の神の火(ゴオン・フォーコ・ディ・ディオ)

 

 強大な黄金テゾーロ目から光線が放たれ、軍艦を一気に焼き払う。

 

 先頭の軍艦から異常に燃え盛る炎がたちのぼるのを見ると、彼はその作業を繰り返す。

 

 されど、彼は天竜人を保護することも忘れない。その巨体を利用し、彼らがいるであろう場所を身を盾にして砲弾から守りつつ攻撃を繰り返す。

 

「これが神の御業。誰であろうとこの街で、俺が自由にできない奴はいない!」

 

「じゃけぇ、天竜人をやったんか」

 

 ゴールデンテゾーロの顔がいきなり赤くなり溶け出す。

 

「なっ」

 

 テゾーロはこのゴールデンテゾーロが傷つくとは想定しておらず、攻撃したものの姿を探す。

 

「大噴火」

 

 空中からマグマの拳が降りかかり、固いはずの黄金が、彼が操っていた黄金が一瞬で解け、気化していく。

 

 一瞬にして胸から上を無くし無惨な姿になったゴールデンテゾーロだが、テゾーロはそれよりも目の前の人物が此処にいることが信じられなかった。

 

「何故、大将赤犬がこんなところに」

 

 そこには角刈り頭で、首元には花の刺青が覗き、海軍帽を被り、赤いスーツを着用した大将赤犬の姿がそこにはあった。

 

「己が神と勘違いしてワシ等世界政府に喧嘩売ってただで済むと思うとったのか」

 

 赤犬の左半身からマグマが噴き出る。

 

「何を言っている?私が世界政府に喧嘩を売った?喧嘩を売っているのはお前ら海軍だろうが。ここに天竜人がいるのを忘れたのか?」

 

「何を言いよる。そんなモノ既におらん。そしてテゾーロ、お前はただの海賊」

 

 赤犬の容赦ない攻撃がテゾーロの武器たる黄金を蒸発させ消していく。

 

「何を言っているんだ」

 

 しかし、そんな命の危険に晒されているテゾーロは意味が分からず茫然とする。

 

「海軍のために有効利用してやるけん。安心して、往生せいや」

 

 しかし、赤犬の殺気のこもった言葉に正気を取り戻すと、彼は急いでこの場から逃げようとする。

 

 だが、ゴールデンテゾーロから、辛くも脱出した彼だが、その足は直ぐに止まる。

 

「砂が………、まさか」

 

『本当の絶望を、本物の希望と共にこのまがねちゃんが教えてあげる』

 

「この俺を、笑うなぁぁぁぁぁ」

 

 彼は足場が不確かな砂に足を捕られ転びつつ、彼女の言葉とその顔を思い出し、様々な感情でごちゃ混ぜになった怒り諸共叫ぶ。

 

 もはや、彼の身を守るモノは既に誰もおらず、支配していた者にも逃げられ、何もかも無くした彼は叫ぶしかできなかった。

 

 彼は大きな声で、肺の空気を全て空っぽにする勢いで叫ぶ。そうしなけば、ここにあの女が来てから、と想像し、今の現状も奴がと思うのをどうしても止められず、絶望に呑まれてしまいそうだった。だが、それは大きな隙になった。だが、それでもあの女の言葉を本物にしたくなかった。その一心で手の黄金指輪を槍にして、武装色を纏い意味もなく、地面に突き刺す。

 

 逃げ遅れた彼を、隙を晒した彼を歴戦の将、そして僅かな悪すら見逃さない赤犬が見逃すはずもなく、一瞬でマグマに呑まれテゾーロは意識を失う。

 

 ここに、天竜人をもしのぐと言われた新世界の怪物が作り上げた楽園がたった一夜にして崩壊したのである。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。流石怪物。神になった男なだけはあるね~」

 

 まがねちゃんは腹に大穴を開けつつも、赤い火炎に沈むグランテゾーロを眺めながら、「自分の血、前は直ぐに水で流れちゃったけど、これも悪くないかもね」と自分の血を楽しそうに触り、嘯く彼女はやはり狂っている。

 

 

「これにて第一章の終わ~り~」

 

 まがねちゃんは楽しそうに笑いながら手にした黄金のコインを指ではじき、そう宣言し、終わりという真実を口にするのであった。




黒帽子、瑪瑙@趣味→誤字報告、ためすけ、通りすがりの読む人、Sheeena、皆さん誤字報告ありがとうございました。

次でゴールド編が終了します。


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閑話 最後に笑うのは

 グランテゾーロ。それは正しく金が全ての国。

 

 世界政府に天竜人への天上金を肩代わりして払うことにより、特例的に中立的な国家として、海軍だろうが、犯罪者だろうが、外の法律が何も適用されない誰もが一獲千金を狙え、金さえあれば、世界最高のエンターテインメントを楽しむことが出来る夢の国。

 

 金が全て、それを象徴するようにこの巨大船は至る所に金をあしらい、金があふれる町の光景は、世界で美しい町は何処かと問われれば必ず上がる町の一つである。

 

 そんなグランテゾーロは立った一夜にして滅びた。

 

 この世界で国が亡びることは多くは無いが珍しくもない。ただ、世界政府加盟国は、更に力がある国が亡びることは珍しいだろう。

 

 そしてグランテゾーロはその中でも、金にモノを言わせた力だけでなく、武力も、権力も持っていた。

 

 権力に関しては、もう天竜人を抱きかかえていると言っても過言でなく、世界政府ですら動かすことが出来る。これほど馬鹿げた国が一夜にして滅んだのだ。

 

 世界経済新聞が世界中にこの報道を伝えたが、グランテゾーロ、その支配者であるギルド・テゾーロの怪物という異名を知っている人間ほどこの報道を信じられなかった。

 

 だが、裏の世界の人間は見方が違った。

 

「モルガンズ社長、これは一大ニュースですね。それにしても海軍は上手くやりました。テゾーロマネーを独り占めですから」

 

 その中でも、この情報を世界に報道した世界経済新聞も情報を操り、政府と密接にかかわる裏の世界の帝王と言ってもいいだろう。

 

 裏の世界の住人の中で最も情報に精通しているこの会社の社長モルガンズは部下の報告を聞き、素直にうなずかなかった。

 

「果たしてそうでしょうか。私たちの部下たちもあそこにいたのですが」

 

「確かにおりましたが全員死んでしまいましたよ?」

 

 モルガンズは机の上に置かれていたつまみを一つまみし、もう片方の手で小さな紙切れを積み上げられた束の中から抜き取る。

 

「そうですね。だが、その途中に報告がありました」

 

 モルガンズは立ち上がり、彼らが命懸けで上げた報告を読み上げる。

 

「テゾーロの部下が観客を銃撃。しかし、客の中に自爆したものおり、これがテゾーロの指示か疑問が残る。さらに、その天空闘技場にて処刑される罪人まがねにも何らかの疑問が残る。テゾーロは彼女を殺し損ねていたとありますね」

 

 すらすらと読み上げた内容に、ようやくこの会社の幹部に上がれたばかりの彼は顔を引きつらせていた。

 

「あの、社長。どうやってその情報入手したんですか?」

 

 彼が顔を引きつらせているのも仕方ないであろう。

 

 あの場は海軍が目を見張らせて情報統制をしていたのであり、この会社にも海軍から、余計なことを言わないようにと言われているが、それが何かまでは追及されていない。つまり、海軍も此方が情報を掴んだか分かっていないのだ。

 

 電伝虫の通信は傍受されるのでそれ以外の方法だろうが、あの場でグランテゾーロにいた人間は全て、殺されるか、逮捕、または一時拘束や軟禁という形をとっている。どうやってこの情報を入手したのか果てしなく疑問が残る。

 

 モルガンズはその彼に対して、

 

「ビッグニュースだよこれはそれを記者が伝え忘れることは無い。君もこの会社の一員ならその心を忘れてはいけないよ」

 

 モルガンズはその紙きれを握りつぶし、持っていたつまみをこの部屋に飾られている水槽に持っていく。

 

「もっ勿論です」

 

「ああ、でもその心構えは人間でなくても持っているかもしれないね。例えばあの場に大量にいた亀とか」

 

 モルガンズは水槽の中で美味しそうにつまみを食べる亀を見つめていたが、また彼に視線を戻す。

 

「まあ、ともかく情報がきましてね」

 

「ええ、でもどうみても政府が言ってきたように、テゾーロが天竜人を殺したための報復にしか見えないのですが」

 

「わが社の社員の情報を見てもですか?」

 

「これはテゾーロが天竜人を殺してしまって自棄になったのでは?自分の街を自分で壊していますし」

 

 彼は海軍から提供された写真を思い出し、そう答える。

 

「確かにそういう見方もできるでしょう。ですが彼は裏の世界を生き抜く住人ですよ。そしてこの世で最も権力を持つ人間の一人。力の使い方。その在り方を間違えるはずがない。そんな男なら此処までの力を持たないはずです」

 

「では、それ以外だと何が?」

 

「このまがねという少女が関係していそうですね」

 

「たった一文しかない少女に?」

 

「そうです。だってこれ見てください」

 

 モルガンズは新しい手配書を取り出した。

 

「これは!なんとも」

 

「でしょう。この金額。ちなみにアラバスタの事件はいろいろと改ざんされましたけど、その中にはこの少女の情報もありましたね」

 

 社長室に沈黙が下りる。

 

「結局誰が勝者なのですかね?」

 

「私は海軍が莫大なテゾーロマネーを得たという情報は聞いていません。ですから案外、この少女が勝者じゃないですかね。テゾーロが結局殺し損ねてますしね。それだとまさにビッグニュースだ」

 

「えっと社長?その情報もどこで」

 

 モルガンズはそれに対して。

 

「人の口に戸は立てられません。それに戸を開ける工夫はしっかりしている」

 

 札束を彼に見せびらかすようにして笑いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界経済新聞が新聞を発行する前、グランテゾーロが滅んだその夜のことである。

 

「まだ見つからのんか!」

 

 大将赤犬は焼け焦げた街に腰降ろし、捕まえたテゾーロを監視しながら、怒鳴っていた。

 

「そっそれが、街に使われていた金はテゾーロの能力で生み出された金ですので、殆ど金になるモノはありません。そして本命のテゾーロマネー5000億ベリーは何処にもありませんでした」

 

 部下からの報告を聞き、赤犬はテゾーロから聞き出した情報が嘘だった可能性に思い至り、吸っていた葉巻を噛み千切る。

 

「われ、嘘をついたんか」

 

 海楼石の手枷をつけたテゾーロを睨みつける。

 

 部下はその様子に威圧されながらも報告を続ける。

 

「いっいえ。それは無いと思われます」

 

「何ィ」

 

 ジロリと睨まれ、腰が引ける部下だが、それでも長い付き合いなので彼が別段自分を睨んでいるわけでも、怒っているわけでもないので、呼吸を整え、言葉を続ける。

 

「金庫には確かに5000億はありませんでしたが、我々が来る前にそもそも金庫の鍵が開いていました。恐らく何者かに盗まれたかと」

 

「誰にだ!」

 

「フハハハハ」

 

「何がおかしい」

 

 その様子にテゾーロは笑っていた。

 

「これを笑わずにいられるか。海軍の狙いは力を持ちすぎた俺の失脚もあったんだろうが、それ以上に俺の力、この国にある金が欲しかったんだろう。海軍は軍艦数隻の被害に付け加えて、殺した金持ちを敵にまわしてまで手に入れた宝箱が空っぽなど、最高に笑えるだろうが。フハハハハ。あの女、俺だけでなく、海軍にも希望と絶望を与えたのか。確かに奴のこそ本物のエンターテインメンツなのかもしれんな」

 

「黙らんかいわれぇ」

 

「あの、大将。センゴク元帥より電伝虫が」

 

 赤犬はいらだった様子で乱暴に受話器をとる。

 

「何かいのぉ、センゴクさん」

 

「赤犬。そちらはどうだ!お前がやり過ぎたおかげでいろいろと苦情が来ているぞ」

 

「何にもありゃせんわ!」

 

「何!それはどういうことだ」

 

「誰かに金は盗まれた」

 

「誰かということは、もしかしてだが、我々に喧嘩を売った奴が全く分からんのか!」

 

「築城院真鍳だよ」

 

 二人の話し合いにテゾーロが入り込む。

 

「誰もわれに聞いとらん」

 

 赤犬が機嫌を悪くし睨むが、その発言を聞いた知将センゴクはテゾーロに聞く。

 

「それはどういう根拠があってだテゾーロ」

 

「もともと俺が暴れたのは奴が喧嘩を売ったからだ。それに奴は俺の金を狙っていた。そして、奴の公開処刑の時に何故か俺の命令を聞かない部下がいた。それにどうせ海軍はあの女を捕らえられていないのだろう」

 

 テゾーロはその時のことを思い出したのか顔をしかめたが、海軍が出し抜かれたことを思い出しまた愉快気に笑う。

 

「それに客は殺すか捕まえて、殆どの船を見逃さなかったようだが、此処には何隻かの潜水艦が来ていたぞ。奴が乗って来ていたのも確か潜水艦だったような気もするなぁ」

 

 テゾーロはまがねが何に乗って来たかなど知らない。ただ、潜水艦があった事実だけは確認しているので、それらしく言う。

 

 赤犬はそれを聞いて額に筋を作る。

 

「急いで船の確認と近海に潜水艦が無いかも支部に連絡して調べろ。ワシらをなめてくれるなよ」

 

 赤犬はその場を部下に任せて、この都市に海軍にふざけた真似をした女がいないか探しに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、聖地マリージョアではセンゴクが頭を抱えていた。

 

「まったく。アラバスタに続いてこの女か!アラバスタの件は麦わらに手柄をやるわけにもいかんし、政府の落ち度を認める訳にもいかんかったが、小物と思ってた女がまさかここまで厄介な存在だったとは」

 

 センゴクは不良海兵スモーカーがへそを曲げてこの件についてはあまり詳しい報告を受け取っていなかったのを思い出していた。

 

「どいつもこいつも、戦うばかりの脳筋どもがぁ!」

 

 その彼から今回の事件で全く情報が無かった女のことを調べたのだが、その報告書を見て更にセンゴクは頭を抱え、胃を押さえる。

 

「何でこんな危険な女をほおっておいたんだ。覇王色の覇気の使い手だとぉ。逃げたクロコダイルも問題視していたが、そのクロコダイルも生きているか怪しい」

 

 センゴクは更に追加情報で彼女が砂になったという情報に、手に持っていた書類の束をクシャリと握りつぶしてしまう。

 

「今回の件を何と報告すればいいのか。そもそも天竜人は納得するのか。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 どうしても深いため息が漏れ出る。

 

 そして彼は目の前にあるおかきと熱いお茶を見て、目の前の書類にさらさらっと何かを書き込むと茶菓子が入った皿を引き寄せ、口に放り込む。

 

「茶が上手い」

 

 口を茶で流し、一服して遠くを見つめるのであった。

 

 そしてセンゴクが書いた書類には高額賞金首にするようにと書いてあった。

 

 対処を放り投げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。見てこれ!黄金と札束の山!」

 

 まがねちゃんは目の前の札束と金貨の山に珍しくも不気味でない満面の笑みだった。

 

 そして背後に控えさせている。部下に確認する。

 

「金はちゃんと全部回収したんだよね?」

 

「ええ、テゾーロマネーはほぼすべて回収いたしました」

 

「ほぼ?」

 

 まがねちゃんの表情は変わらずにこやかだが、その目は笑っていなかった。

 

「どういうことかな?」

 

「そっそれが、この船に乗せるはずだった一部の金が何者かに盗まれたようでして」

 

「誰が盗んだのかな?」

 

 部下は冷や汗を流しながらも説明をする。

 

「それがまがね様が言霊を用いて作った人形人間は単純な命令しかできませんでしたよね」

 

「まあ、言葉で縛ったことしかできないし、人によっては縛った状況が違うし、差異はどうしても存在するよね」

 

「ええ、我々みたいにまがね様の凄さ、そしてその為さんとしていることを知らない者は仕方のないことではありますが、そのうちの軽い状態である者が騙されたようで………」

 

 説明を続ける部下だが、覇気を叩きつけられ顔を青ざめる。

 

「それで?被害は」

 

「被害は……1500億ベリーほどになります」

 

「30%も奪われたの」

 

 まがねちゃんがつまんでいた金貨が潰れる。

 

「それと、潜水艦が一隻ほど」

 

「何してんの」

 

 報告をした男はまがねちゃんの顔をみて尻もちをつく。

 

「でっ誰?まがねちゃんの計画にちょっかいを出したのは?」

 

 男は震える手で一枚の紙きれを手渡す。

 

 そこには「女の子は知恵で生きぬかないとね  ウシシ♡」と書かれていた。

 

「誰だか知らないけど次見つけたら、必ず殺す」

 

 まがねちゃんは作戦においてはじめての失敗を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の女性が日が昇り始めた太陽の下で金貨を指で弾き、テゾーロに宛てて出そうと思い、余りの力の前に出せずじまいだった一枚のカードにその金貨を添えて海に放り投げる。

 

 そのカードには「怪盗カリーナ 参上!!」と書かれていた。

 

「ウシシ」



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海軍編
閑話 正義をかたる


「正義の力を!」

 

 大将赤犬に率いられた海兵は燃え盛るグランテゾーロを見ては口々にそう叫び己を鼓舞し、大砲に砲弾を詰め、そしてテゾーロの攻撃を食らいながらも血を吐きその場にとどまり、正義に歯向かう悪へ一矢報いらんとする。

 

「これが大将。絶対正義の証、世界の番人」

 

 そんな狂った空気の中、比較的まともな海兵が二人ほどいた。

 

 一人はその光景に目を見開き、驚愕を露わにしているたしぎと、煙を吹かせるスモーカーである。

 

 二人は今回の作戦に連れてこられたわけだが、そのおかげかこの場になじめず、ただ彼らの暴走に近い行動を見ていることしかできなかった。

 

「海賊を許さねえその心意気は共感できるがな」

 

 彼の言葉には、攻撃を加える味方への賛同の声という響きは無かった。

 

 そんな中、小さな小舟が誰にも気づかれることもなく軍艦の横を通り過ぎるのをたしぎは見つけた。

 

 その船は暗闇に溶け込むようにして暗い色調であり、海兵は皆、赤犬の熱に当てられてグランテゾーロばかり見ていたため、この場で熱に伝播されていないたしぎが第一発見者なのはある意味当然であろう。

 

「ちょっとそこの小舟!止まりなさい!今この海域を出るには検閲が必要です」

 

 たしぎが呼び止めるがその船は全く止まる様子も見せず、逆に加速し、この場を離れようとしていた。

 

「聞こえてますか!」

 

 たしぎは聞こえていないかもと考え、更に大声を張り上げる。

 

 たしぎの大声にスモーカーが反応する。

 

「どうしたたしぎ?」

 

「あっ、スモーカーさん。そこに船があるんですけど止まらないです」

 

「あれか。少し見てくる」

 

「あっ、ちょっと待ってください。この場合上官に報告するのが義務なのでは」

 

 たしぎがスモーカーの服を掴むが、スモーカーは何か焦った様子でどの手を振り払う。

 

「その手を離せたしぎ、のんびりしてられねえ」

 

「大丈夫ですよ。逃がすことはしません」

 

「そうじゃねえ」

 

 スモーカーは振り返りたしぎに怒鳴る。

 

 粗野で不良に見えるスモーカーだが、たしぎは彼が部下思いで、理不尽なことをしないだけに彼の感情むき出しの行動に驚きその手を離す。

 

 スモーカーは即座に下半身を煙にして怪しい船に近づこうとする。

 

 だが、彼の行動は結局何も意味をなさなかった。

 

「てっー!」

 

 この船の指揮官の掛け声とともに、その船は砲弾の雨により一瞬で砲弾により荒れる海により見えなくなったたからだ。

 

「えっ!待ってください!彼らは一般人の可能性があります。今すぐ砲撃を止めてください」

 

 たしぎは慌てて砲台に近づき砲撃手に近づく。だが、その間にも砲撃は続く。

 

 そして縋り付く彼女を彼らは無造作に払いのけ、砲撃を敢行する。

 

「何で止めないのですか!」

 

 彼女はそれでも彼らの行動を止めようと一人の腕を掴むが、荒っぽくその腕を外され、地面に尻もちをついてしまう。

 

 彼女はそれでもあきらめず、指揮官に詰め寄る。

 

「止めてください。もし一般人だったらどうするのですか!」

 

 そんな彼女の様子に指揮官はただ冷めた目付きで一瞥し、そのまま視線を戻すと一言。

 

「それで?」

 

「それでって。我々海軍は一般市民を守るために、弱気を助ける。そんな正義の組織なのではないのですか!それなのにこの攻撃は明らかに正義を逸脱しています」

 

 たしぎは指揮官のあまりに淡白な反応に激昂し、詰め寄る。

 

 それでも彼の視界にはたしぎは入らない。

 

「そうか。君の高潔な正義はよく分かった。だが、逆にあれが逃げようとする悪だったらどうするのかね?」

 

「だからこそ、船を止め検閲をするのでしょうが」

 

「君が制止を呼び掛けて止まらない時点でほぼ黒だろう」

 

「そんなの分かりません。これだけ砲撃音がする中で聞こえなかっただけ可能性もあります」

 

「ふむ。確かにその可能性もあるな。だが、だからどうした。仮に聞こえてなかったとしよう。その聞こえなかったは何時まで続くのかね。それはあの船がこの戦場から離れるまでかね?」

 

 そこまで言って彼は鼻で笑う。

 

「何を悠長で馬鹿げたことを!君の声はこの煩い砲撃の中でも離れた私に、最も砲撃音のするここに届いたのだよ?その理屈で相手がしらばっくれる限り見逃すと?悪は可能性から根絶やしにしなければいけない!」

 

「それが一般人の可能性でもですか」

 

「君が言う通り、我々は正義の執行者。市民の盾である。だが、同時に悪に負ける。悪を逃すと言ったことはしてはならない。なぜならば我々が背負うは絶対正義の御旗だ。その名に傷がつくとき、悪がこの世には蔓延る。故に我々がなすは可能性ごと全ての悪を根絶やしにせねばならん」

 

「守るべき者よりもそれが大切なのですか」

 

「ああ、大切だ。逆に聞くが君の行動は正しいのかね?」

 

「私の行動に間違いなんてありません」

 

「そうかね?だが、君はさっきからあれが一般市民だったらという仮定をあまりに強く考慮しているのだが、本来ならばそれは今分からない時点では可能性の話にすぎん。逆もまた然りだ。もしあれが悪ならばどうするつもりだったのかね?あのまま逃がすと?そして君が言う守るべきものを害されるのを見過ごすというのかね。そしてもしかしたら彼らが凶悪ならば我々の同胞も傷つくのだが?」

 

 たしぎはそう言われると言い返せないのか口がどもる。だが、それでも彼女は他に方法があったのではと考える。

 

「それでも、誰かが確認に行けば、追えばよかったのでは?」

 

「今、テゾーロの攻撃に苦しむ同法を、これほどの巨悪を前にして君はたかが不審船一隻に戦力を裂けというのかね?その力があればテゾーロをより早く討て、仲間の被害も、今出た可能性の被害も減るというのに、君はわざわざ味方を、守るべき者を見捨ててでもそんな些事に貴重な戦力を注ぐのか」

 

 彼は今も燃え盛る軍艦や、血を流す海兵を指さす。

 

「それは、でも、それでももっとやり方があったはずです」

 

「一考の価値すらない。なら君がその方法を提示して見せたまえ」

 

「………………」

 

 たしぎには答えが出せなかった。ただ、沈黙することしか出来ない。

 

「何も出来ない癖に我々の邪魔をしないで頂こう」

 

「たしぎ、もういいだろう」

 

「スモーカさん」

 

 たしぎはスモーカーの呼びかけに反応する。

 

「それにいくら言ったところでもう遅い」

 

 たしぎはハッとして海を見るが、そこにはもう船などどこにもなく、あるのは浮かぶ船の残骸のみだった。

 

 指揮官も不審船の始末を終えたのを確認するとその場を去る。

 

 煩い戦場の中、二人の空間だけは何故だが暗く、そして静かであった。

 

 その沈黙はしばらくしてたしぎにより破られる。

 

「私のしたことは間違いだったのでしょうか」

 

 うつむき、震える声にスモーカーはただ煙をくゆらせる。

 

「私が大声で彼らの存在を示したのは間違いだったのでしょうか?私がスモーカーさんを止めたのは間違いだったのでしょうか?私が、私が正義を語るのは間違いだったのでしょうか?それとも私に彼らを救う程の力が無いのが間違いなのでしょうか!」

 

 悲痛な声が彼の耳朶を打つ。

 

 スモーカーは葉巻を口から外すと、煙を吐く。

 

「間違いじゃねえよ」

 

「でも!じゃあなぜ私はこうも無力なのでしょうか!なぜ他の方が正義をなしているのを指をくわえてみているだけなのでしょうか。何故!何故!何故私の正義は正義ではないのでしょうか!おかしいじゃないですか。間違っていないのに正義じゃない何て」

 

 たしぎのそんな様子にスモーカーは頭をガシガシとかく。

 

「はあ、正義に正しいもくそもあるか」

 

「何を言っているんですかスモーカーさん!」

 

 非難するようにたしぎは俯かせていた顔を上げ、その濡れて瞳でスモーカーを睨む。

 

「毎回同じことをどいつもこいつも言いやがる。言っておくぞ。海軍に妙な夢を見るな。所詮正義というあやふやなモノを掲げる集団だ」

 

 たしぎの頭にその手を乗せる。

 

「いいかたしぎ。お前の正義はお前のもんだ。何のためにこの海軍に入るときに己の正義を決めて入隊すると思っていやがる。覚悟を決めるためだろが。それを今更、他人の正義を見て揺らいでんじゃねえよ」

 

「ですが!」

 

「黙れ!力が無ければ正義は型なしだ。それは確かにそうだが、それでも貫き通すことに意味がある。力があっても貫き通せねえ正義は結局正義足りえねえ。揺らぐな。悔しさを感じても揺らぐな」

 

「例え、自分の正義が貫けなくてもですか!」

 

「力がねえのは罪じゃねえ。暴力を振るうのが罪だ。勘違いするなよたしぎ。アラバスタの一件から揺らぎ過ぎなんだよ」

 

 スモーカーは目の前の努力家に苦言をていす。

 

「まったく。あの一件以降自分を追い込み過ぎだ。出来ることも出来ないこともあるに決まってんだろうが。それを忘れろとは言わねえ。だが、自分に足りねえと思ったならそれを補えるように努力すればいいだろうが」

 

「きれいごとは結構です。私じゃあ足りないから、努力しても足りないから……」

 

 たしぎのメガネを突如取り上げるスモーカー。

 

「ちょっ!いきなり何するんですか!」

 

「たく。メガネの調整が出来ていないんじゃねえのか?それともこれは伊達か?」

 

「そんなわけないじゃないですか!返してください」

 

 スモーカーの伸ばす先にあるメガネを取ろうと跳ねるたしぎに、スモーカーは顔を近づける。

 

「なら目の前にいるモンくらいちゃんと見やがれ。お前の貧弱な正義くらい何とかしてやる」

 

 スモーカーは至近距離でそう言うと、たしぎにメガネを掛ける。

 

 一方、いうだけ言って背を向けるスモーカーを見るたしぎは、そっとそのメガネの縁を触り、暫く動きをとめていた。

 

「はっ!貧弱って何ですか!それとタバコ臭いです」

 

「揺らいでんだろうが!それとこれは葉巻だ」

 

 「たく」そう悪態をつきつつスモーカーはグランテゾーロを見つめるたしぎの横顔をそっと盗み見る。

 

「まだ足りねえか」

 

 彼は幾分かましになった部下の顔を見ながらもそう呟き、自分も目の前の攻撃を拳を握りしめて見つめる。

 

もっと力が必要か。……上に行くぞたしぎ」

 

「ええ、そうですねスモーカーさん」

 

 二人は燃え盛るグランテゾーロを見つめるのではなく、既に消えた船の残骸のあったところを見るのであった。



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まがねちゃんは囁くだけ

 人を堕とすものは常に欲望である。

 

 その欲望が他人から見れば如何に高潔であろうと、それがどんなに大切な意味を持とうとも、その根幹は変わらない。

 

 だから人はどんなに覚悟しようが、どれだけ自分の進むべき道が見えていようが、そこに誘惑する者が現れてしまうと道を外れてしまうことがあるのだろう。

 

 だからか、まがねちゃんの差し伸べるその手を払いのけるのは困難である。

 

「仲間にならない?」

 

「ふざけないでください!今ここであなたを逮捕します」

 

 例え一度その手を振り払えても、その代償に人は必ず悪魔にその感情を知られてしまう。

 

「力が欲しくないの?」

 

 手を振り払うだけでは意味が無い。悪魔を払えなければ意味が無い。だがそんなことが出来る人間はほとんどいないだろう。

 

 だから、その差し伸べられるその手にいつしかどんな人間でも魅力を感じ、無意識のうちのその手に自分の手を伸ばすのである。

 

「よろしくね。---ちゃん」

 

 悪魔はその高潔な魂を汚し、己がものとした時、不気味に微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まがねちゃんはテゾーロから得た莫大な資金を使い組織づくりをしていた。

 

「メンドイ!飽きた。人殺したい。それもむごたらしく」

 

 彼女は広げた書類を全て放り投げると、自分の背後にある窓を全開にする。

 

「と言う訳でぇ~、皆派手に死んで貰いまーす。よ!たまやー」

 

 突然の爆発音が鳴り響き、彼女が潜伏していた場所に血と硝煙の臭いが立ち込め、その場にいた者は何も理解できないまま、彼女が窓から消える際に彼らに見せた不気味な笑みが最後の光景だったのである。

 

 そして彼らは死んだ。

 

 彼ら自身は何で死んだか分からないだろうが、その場から離れていた彼女には何が起きたのかよく分かった。

 

「ヒュー。砲弾一発粉々だねぇ」

 

 彼女が窓から飛び出し着地した後、「よ、かぎやー」といいつつ、その砲弾を放ったであろう海上に浮かぶたった一隻の軍艦を見る。

 

「うんうん。これだけミンチにすればもう何が何だか分からないだろうね」

 

 彼女は燃える建物を見ながら、けらけらと笑うと、悠然とその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵基地の戦力の無効化及び、占領に成功しました」

 

 一人の海兵が船上で敬礼をし、戦況を報告する。

 

「そうですか」

 

 その報告を受けるのは何故か曹長であるはずのたしぎであった。

 

 だが、この場の人間は全て彼女を上官として振る舞い、実際に彼女が指揮する姿は、彼女がこの船の指揮官であるのは疑いようがない。

 

 これはアラバスタの一件をスモーカーが妥協した為、たしぎとスモーカーの階級があがっていることに起因し、そして今回の襲撃はたしぎが情報を掴み、それを上官たるスモーカーに作戦を提案して実行した為、軍艦一隻が彼女に貸与されたためである。

 

 勿論本来ならスモーカーが指揮を執るべきだが、彼はアラバスタの一件で英雄にこそなれど、自由すぎる行動が目立ちすぎ、今回の件はあまりにも確証の無い情報の為、彼自身が動くのは好ましくなかったため、たしぎ単独で行くことになったのだ。

 

 同時に、なぜそんな確証の無い情報に軍艦一隻とは言え、たしぎの指揮権に入っているのかと言えば、今回の襲撃する相手が海軍に対してなめた真似をしてくれたまがねの情報だったからだ。

 

 海軍上層部としては、万が一情報が本当だったら奪われた金が手に入るし、失敗しても自由すぎるスモーカーの行動を縛るようにできる。どちらに転んでもいいのだが、それでも無駄な戦力を使いたくないため、たしぎと彼女の部下たちだけでの作戦行動となったのだ。

 

 だが、この作戦は上層部の失敗という思惑を外れ成功してしまう。

 

 たしぎは大量の財宝と、数多のまがねたちの部下と思われるモノの殺害に成功したのだ。

 

 この功績により、彼女と、その上司であるスモーカーは有能さを示すことになり、欲していた力、発言力を増すことに成功する。

 

 

 

 

 

 

 上層部への報告を終えたスモーカーはドカリと自分の席に座ると、煙をふかす。

 

「しかし、情報が本物でよかったぜ」

 

 一息つき終わり、彼は目の前にいる部下をちらりと見ながら、疲れたのか肩をぐるりと回す。

 

「ええ、情報を掴んだ私が言うのもなんですが、本当にあって良かったです」

 

 視線を向けられて、スモーカーが信頼する部下たしぎはホッとした様子で応える。

 

「別に無くても俺たちが責められることなんてないがな。元々あそこは不審船の情報が入っていたし、件の島はさらに無人島のはずだ。ここに人がいるだけでもう怪しいって言ってるもんだ。あの女じゃなくても何かしらの問題のある島の可能性があったんだ。そこら辺は問題ねえし、心配する要素なんざねえよ」

 

 安心している部下を見て、此奴は何をそんなに心配しているのか、そう思うスモーカーは呆れたように、たしぎから与えられた情報の裏付けのために集めた情報を机の上に広げる。

 

「………スモーカーさん。私聞いていないんですけど」

 

 机にばら撒かれた書類を見て、少しずれたメガネを掛けなおし、ジト目で見つめるたしぎだったが、彼は彼で一仕事終えた後なので、仕事場にもかかわらず、吸う葉巻を楽しそうに選んで、彼女の無言の圧力も全く効いていなかった。

 

 既に、仕事モードから抜けきっている彼に、海軍上層部が頭を悩ます不良的部分が出たスモーカーに、彼女は海賊が暴れていること以外を言っても無駄なのは分かりきっている。それが無ければ、仕事も見た目からは想像しにくいがとても出来るし部下思いのいい上司なのだが、そう思いつつもこの行動こそが彼らしさなのだとも理解できるため、彼が机にばら撒いた資料を片付ける。

 

「まったく。同期のヒナさんを少しは見習ってほしいです。報連相は基本でしょうに」

 

 まあ、それでも完全に納得できるわけではないので、自分と同じ女海兵で、戦績もさることながら優等生の評価を得ているヒナと比べて言うくらいは仕方ないであろう。

 

「たく、ヒナと同じようにグチグチと正論並べやがって、堅苦しいのは上司どもと同期だけで十分だ」

 

 煙が不味くなる、そう言い顔をしかめる彼を見て少しは効いたことにスカッとし、たしぎは書類をササっと纏めて部屋から退出するのだが、彼女は彼に背を向けたからその時何が起きていたのか分からない。スモーカーがその程度の説教の類に耐性が無いなどと言うことがあり得ないことなど、真面目で怒られることを先ずしない彼女には理解できないためしょうがないが、彼女の攻めは甘かった。

 

 すぐに背を向けたたしぎの背後で彼の手は着々と次の銘柄を取り出し、既に灰皿には灰が積もっており、彼の行動を止めるには至っておらず、効果はその顔と声だけ、つまり痛くもないのにはたかれたらイタッと言って追撃を避ける程度のモノでしかない。

 

 だが、たしぎはそれに気が付かず、達成感に包まれながら部屋を後にする。

 

「全く上に行くんですから、これで少しは上司の在り方を学んでほしいですね」

 

 彼女は廊下を歩きながら、出来る上司の下では、部下もできなければと、時間節約のために、今回の情報を後々詳しい報告書として上げるためにも、目を通す。このあたりの有能さと、生真面目さがスモーカーの奔放さを支え、助長しているのだが、彼女は気が付かないし、それが彼女の持ち味なので致し方が無い。

 

 そんな、スモーカーの態度改善に対してほんの少しだけの勝利を噛みしめ笑顔であった彼女の顔は一枚の不審船の写真を見るとその顔に影りが映る。

 

「これは……、いえ、分かっていたことです。それでも上に…、正義のために」

 

 接収された船には無い不審船であることから、商売相手と推測されるとメモされたその船の写真がのる報告書を彼女はその報告書を握る手に力を少しばかりかけるも、そこで一旦躊躇するも、結局クシャリと握りつぶすと、ポケットにしまう。

 

「さて、忙しくなります」

 

 気を取り直す様に彼女は明るく、それはあの部屋で見せたのと同じ笑顔を浮かべると、他の資料に目を通しながら資料室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日提出された書類には、海軍が今回の作戦により得た利益と戦績が強調されて書かれた書類が上奏されたが、そこに至る過程として得た情報は一部不確かなモノであり、推論を重ねただけというモノであり、この書類を見た上層部の面々はスモーカーの判断力とその悪を逃さない嗅覚、もとい勘に素直に感心しつつも、彼の行動はやはり軽率だったと判断する者も少なからずいたが、彼らが得たこの戦功が放つ圧倒的輝きを曇らせるものではなかった。

 

 そこには不審船の写真はおろか、その情報すら乗っておらず、周囲の海域に不審な影の目撃情報ありとしか書かれていなかった。



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まがねちゃんは暗躍する

「これで、四つ目と!まあ、こんだけやればトップまで行きつくかな?」

 

 海賊が暴れ、建物に火が放たれる光景を見てまがねは口笛を吹き、持っていたリンゴに噛り付くと楽しそうに笑う。

 

「革命軍、海軍と仕込みはなかなかっと。楽しみだな~。後は海賊だね」

 

 彼女は電伝虫を使い、何やら指示を出すと、海賊の動きが変わる。

 

 海賊たちは今まで建物を壊し、人を襲っていたが、その場に戦える者が減ったと判断したのか、略奪に精を出し始めたのだ。

 

 次々と運び出される物資、それは海賊たちが船までリレーをして、即座に船に積み込まれていく。

 

 未だ、戦闘が完全に終わったわけではないが、人々は大胆にも運び出されていく物資を眺めるしかなかった。

 

 その場の人間は海賊の行為を見詰めていたが、彼らは気が付かない。ある建物から運び出された物資の一部がひっそりと別の場所に運び込まれていることに。

 

 おかしな海賊の動きだが、襲われている方にそれに気が付くことが出来るはずもなく、戦況はクライマックスを迎える。

 

 海賊と襲われている人間との戦闘は、守る側に一人の旗を持つ女性が加わったことにより、盛大に変わり次々と海賊が倒れ、そして海上でも、革命軍の船が暢気に停泊していた海賊船に奇襲攻撃を仕掛け、大砲により海賊船に次々と穴を開けていく。

 

 陸の突然の反撃と、海上の奇襲により混乱に陥る海賊はただ打ち取られていく。

 

「ふ~ん。あれが軍隊長。面白い能力だ」

 

 そんな燃え盛る海賊船と次々に倒されていく海賊を楽しそうに鑑賞しながらまがねはその場を離れていく。

 

 去り際、彼女の電伝虫が激しくなっていたが彼女は全く気にせず、むしろその切羽詰まった音を聞き、その不気味な笑みを深くして暫くその音楽を楽しみ、受話器を取った後、受話器の向こう側の人間が大声で話しかけてくる声を聞き、我慢できず狂ったように笑い、その笑い声が終わらぬ内に戦場にひとしきり大きな爆発音が響くと、電伝虫の通信を終えた。

 

「ふふ。嘘つきだなんて。今までの成功全てが本当だと言うつもりかな。ああ、バカな海賊たち。自分たちの行為が何かを知らないなんて。哀れな海賊たち。自分たちが主人公だと勘違いするなんて」

 

 彼女は慈しむように電伝虫を撫でると、その場を今度こそ離れる。彼女が去って程なくして、海賊は駆逐され、人々は勝鬨を上げ、革命軍を称賛する声があちこちで上がる。

 

 そんな歓声が上がる中、数人ほどテンションが低かったが誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどういうことだ?」

 

 革命軍本部バルティゴにおいて、そのリーダーたるドラゴンの声が部屋に響いていた。

 

 いつもであれば彼の問いかけに何かしらの答えが返ってくる。

 

 それは彼のカリスマ性故か、この世界的犯罪組織革命軍は優秀な人材を揃えていたのだが、今回ばかりは誰もが理解できなかった。

 

 参謀総長たるサボもいつもなら何かしらの考えを述べるのだが、彼も口を閉じたままだ。

 

「なぜこうも革命軍の支部がこの短い期間に海軍、海賊問わず襲撃を受けている?」

 

 ドラゴンはテーブルに広げられた地図上に記されたバツ印を見て唸る。

 

「被害のほどは」

 

 既に4か所に襲撃をあったことを意味するその4つのバツ印を見ながら、状況確認をする。

 

「此方の被害はほぼ人的被害のみで、物資は全て避難に成功している」

 

 情報収集をしていた一人がそう答える。

 

 それを聞いていたもう一人は、被害状況を見て何かに気が付いた用に呟く。

 

「海軍にしろ、海賊にしろ、何故この支部なんだ?それに敵方に出ている被害も多すぎないか?」

 

 彼がそう思うのも仕方がないだろう。何せ、支部は被害を受けてはいるものの、中継地点としての意味合いしかなく、そこまで物資を詰め込んでもおらず、人員もそこまで割いていない支部だった。

 

 だが、それなのに海軍、海賊が被っている被害が大きすぎる。

 

「それは幹部の方が偶然近くにいらっしゃったからかと………」

 

 ドラゴンは癖のあり過ぎる四人の軍隊長を思い浮かべ、報告された結果に一応納得はする。

 

 だが、やはり不審な点が存在するのは否めない。

 

「確かに被害や損失はそれで説明がつくだろうが、それ以前に何故、巧妙に隠蔽されている支部がこの短い期間に襲撃されているんだ?海軍だけなら奴らの情報網にかかったと分かるが、海賊は他の支部ならどうとでもなる程度の規模の戦力しかないし、初めて聞いたような弱小海賊だ。こいつらが俺らの支部を見つけ出したとは到底思えないがな」

 

 サボがその不審な点を指摘する。

 

「そうだな。しかし、偶然と決めつければそれで片が付くほどのことではある。私も、もしこれが意図されたものだと考えてみたのだが、狙いが見えん。仮に海軍主導なら、革命軍の軍隊長のおおよその居場所程度は推測できるであろう。わざわざ近くに強敵を置いて攻略などせず、留守の合間を狙えばいい。囮にしても、海軍の戦力は少なすぎる。それに、これほど小さい支部なら、泳がせてみる価値もあると思うのだが」

 

 ドラゴンの考察に、他の者たちは確かにとこの不自然な襲撃を改めて考え始める。

 

「海賊たちにして見ても、利益の薄い場所を襲う意味は無いし、売名行為位しか思い浮かばん。海賊は偶然、海軍も偶然なら確かに片付くのだが」

 

 思考の深みにはまり、誰もが口を閉じ、静かになった空間に、扉の向こうから慌ただしく走る足音が聞こえ、皆が地図から顔を上げ、扉を見る。

 

 扉は思いっきり開かれ、慌てたように一人の男が入り、挨拶をするのもすっ飛ばし、報告する。

 

「また!また襲撃されました」

 

 室内にどよめきが走る。

 

「何処だ!」

 

 ドラゴンの声が響き、皆が即座に動揺を押し込め、報告をしてきた男を見つめる。

 

 男は急いで地図に近づき、人差し指で襲撃された場所を指すと、情報を付け加える。

 

「ここです。そして襲撃者はサイファーポールです」

 

「世界政府の諜報機関か‼被害はどうだ」

 

「此方の被害は支部長も含め23人の死者が出ており、負傷者は多数。実質全滅と言っても間違いありません」

 

「奴らの目的は何だった」

 

「やけに口の軽い、チャパパと口癖の男が漏らしていたことによりますと、支部長の暗殺が目的だったようです」

 

 その言葉に対し、こめかみに手をやるドラゴン。

 

「暗殺という言葉の定義を調べなおして欲しいモノだ。諜報とかけ離れていると思うのだが、まあいい。今回の件どう思う?」

 

「サイファーポールがこの支部を壊滅させる為の下準備か下調べだったっていうことか?」

 

 サボは自分で言った答えに自信が持てず、断言は避けた。

 

「まあ、自然に考えればそうだが、うーむ」

 

 同じ様にドラゴンも首を傾げる。

 

 二人とも政府の諜報機関の恐ろしさは知っているだけに、完全に納得していないが、それ以上の理由を並べた情報から推測するのが不可能であった。

 

「これは暫く内部を洗う必要があるか」

 

 ドラゴンは一度ため息を吐くと、活動を自粛する様に他の幹部に連絡を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~。この世界の人間は脳筋すぎるな~。革命軍は後回しかなぁ~。はぁぁぁぁぁ」

 

 まがねはニュースクーから新聞を受け取り、渋い顔をしていた。

 

 その新聞の記事によると、革命軍の支部をサイファーポールが襲撃し、幹部含む23人を殺害したことが記されていた。

 

 まがねは座っていた椅子から立ち上がると、荒れる海を眺め、ニッコリと笑う。

 

「今日もいい天気!」

 

 そう言い、さっきまで座って椅子として代用していた人間を船の甲板から荒れた海に蹴り入れる。

 

 その人間が海で溺れ、波に呑まれて行く様をジックリ見ていたまがねは顔にぽつぽつと水が当たり、その顔に着いた返り血を洗い流す感触に、天を仰ぎ見る。

 

「絶好の海水浴日和だよね」

 

 乗っ取った船の最期の生き残りを片付けた彼女はそれと一緒に新聞を海に捨てると何時もの笑みを張り付け、降り出した雨を避けるため血の匂いが残る船内に入る。

 

「まあ、それだからこそ、面白くもあるんだけどね。馬鹿と鋏は使いようってね」

 

 彼女が入った船内には、何かしらの悪魔の実と、スマイルを模った海賊旗が床に無造作に転がり、入ると同時に風で飛ばされた三億ベリーという高額の賞金首の手配書がひらりとその上に落ちる。

 

「さて、手札をどうきるか。まがねちゃんの腕の見せ所。ふふふ」

 

 エターナルポースはただ一つの島だけを指し示す。その指針はシャボンディ諸島を指していた。



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閑話 海賊はかたる

 俺たちはついている。

 

 あの日グランドラインに入り、その海の厳しさに飲み込まれ海の藻屑となろうとしていた俺たちだが、あの日が俺たちの運の最底辺。そこから一人の女性に救われてからはやることなすこと全てが順調だった。

 

 襲う町には俺たちの欲しいモノが全てあり、そして俺たちを邪魔する海軍をあざ笑うかのように罠に嵌め、そしてその様を酒の肴として手に入れたものを積み上げ恐ろしかった海上で宴会をする。

 

 この海に入り、一時は200人を超えていた船員が100人以下にまで減ったが、今では500人以上。海賊船も大きくなり、懸賞金も500万から1000万に跳ね上がった。

 

 全てが上手くいっている。俺が海賊王に、俺が海賊王の財宝を手に入れる。そんな壮大な夢もこの調子なら叶うと信じていた。

 

 信じていた。だが!

 

 何故、何故、何故!

 

 いくら電伝虫に指示を仰ごうが帰ってくるのは笑い声のみ。これはどういうことだ!

 

 目の前でいきなり強くなった人々に殴られ、斬られ、撃たれ、倒れ伏す仲間の姿、そして逃げようにも背後には俺たち以外の船が無防備な俺たちの船を攻撃している。

 

 積み上げた物資が、築き上げた海賊としての力が目の前でどんどん消えてゆく。

 

「船長!あれは革命軍なのでは!」

 

 部下が怯えたように民衆の前で旗を掲げる女性を指さし報告をしてくる。

 

 おかしい。ここには俺たちの敵になる奴はいないはずでは!ここでは簡単に食料だけでなく戦闘に必要な物資が入るのではなかったのか。

 

 そこまで考えて、俺は背後に積んでいた物資をハッとなって見る。

 

 まさか!この物資は革命軍のモノ?

 

 未だ電伝虫から聞こえる狂ったような笑い声に俺は、自分がはめられてことに気が付いた。

 

「てめぇ!嘘を、俺たちに嘘をつきやがったなぁぁぁぁ。殺してやる!絶対にだ」

 

 昔の俺とは何もかも違う。あんな女の力などなくともこの懸賞金一千万の力とこの海を乗り切ってきた戦力、そしてここにある物資を使えばまだ戦える。

 

 そうだ。ここにいる敵を殺し、奴を殺す!

 

 もう奴の力は必要ない。海軍の動きも人身売買の商売に参入してからは漏れてくるし、金もここであの革命軍の女さえ捕まえれて売ればまだまだ巻き返せる。

 

 そうだ。奴は頭は良いが、俺たちとは余り関わっていねえ。だから俺たちがどれだけのものか理解できていないに違いない。まさか、俺たちがこの窮地を乗り切るだけの力があるなんて思ってもいないだろう。

 

 俺たちには新兵器がある。俺が苦労して手に入れた街をも吹き飛ばす新兵器が!

 

 俺は現状打破するために町を1つ軽く吹き飛ばせるという砲弾を部下に用意させるべく背後にある大砲にその砲弾を詰める様に指示をしようとして手に持つ武器を手をとしてしまう。

 

「なっ!やっやめろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 俺の目に信じられない光景があった。

 

 俺の部下がその砲弾に火を向けていたのだ。

 

「止めろ!それにっ、そのバギ」

 

 それ以上、俺の口は動かなかった。

 

 最後に見た部下の虚ろの目が、自分の今までなしてきたこと、そして己の人生そのものが虚ろであったと言われているような感じがし、怒りが湧いたが、火に飲み込まれる部下と、目の前に迫る爆発によりできた炎の壁が、俺のちっぽけな怒りを恐怖に塗りつぶす。

 

「あっ」

 

 俺は体がバラバラになる感覚を味い、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まがねさんも極悪非道ですね」

 

 自分たちが今まで属していた海賊が滅んだのを爆発音から察した男たちは、海賊船が停泊していた場所から離れ、地元民ですらこないひっそりとした砂浜で、不気味に笑う少女にそう声を掛けた。

 

「でもこれで、世界中がこぞって欲しがる革命軍の情報を入手出来ましたし、海軍だろうが、大物海賊だろうが、取り入るのも、商売するのも簡単ですね」

 

 男たちは死んでいった船長や仲間のことなどもう忘れたのか、これから自分たちの元に入り込んでくる利益に目をくらませていたため気が付かなかった。

 

 いつもの様に不気味な笑みを張り付けているまがねが、その雰囲気を殺伐とさせていたことに。

 

 彼らは安心しきっていた。自分たちは彼女と同じ裏切り者、同族、仲間意識、そんなちゃんちゃらおかしい、何の意味も持たないものを自分たちの絆、もしくは組織の一員と考え、自分たちは狩る側だと思い込んでいた。

 

 所詮、彼女からすれば先に始末した、哀れでバカな海賊と全く変わらないということに、気づくことは無かった。

 

「しかし、船長も間抜けですよね!今まで利用されてきたことも、自分たちのクルーが徐々に信頼できないものに変わっていたことも、何もかも知らずに海賊王になるなんて、笑えますよね。単なる駒の分際で……え?」

 

 男は愉快そうに笑い、まがねに同意を得ようと振り返ろうとして、自分の胸に生えた腕に疑問を感じ、その生えてきた腕に己の手を当てようとして、全く動かないことに更に疑問を募らせる。

 

「あれ?」

 

「ほんと、愉快だよね」

 

 耳元で囁かれる底冷えする声に、体の芯まで冷やされたように、自分の体から熱が失われていくのが感じられ、男は未だに事態を理解できないながらも、死という絶対的に逃れられない事象に、生物の本能として反応し、恐怖する。

 

 腕が引き抜かれ、男が絶望を顔に張り付け砂浜に倒れた時、その場にいた残りの四人のうち一人は額にナイフを生やし、仰向けに倒れる。

 

 雑魚海賊とは言え、荒事をこなしてきた男たちはすぐさま武器を構えるが、反応が遅すぎる。

 

 仲間が倒れた音に反応して武器を構えた彼らと、既に殺意を隠すこともせず、むしろ圧倒的プレッシャーとして周囲に放ち、既に狩りを始めている彼女とではその一瞬は、彼女と彼らの実力差もあってか、もはや奇跡も入り込めぬ絶望的な時間を、隙を作り出す。

 

「ひっ」

 

 一人が殺意に下半身を緩ませ、一人はようやく視線を仲間から敵の方に移し、最後の一人は、この三人の中で最も前にいたせいか武器を構え怒りを宿した表情を二人に向けて事切れていた。

 

 砂が舞う。

 

「クソ」

 

 武器を構え、倒れてくる死体に目もくれず周囲を見渡す彼は、突然視界を砂に奪われ悪態をつくが、彼は違和感を感じる。

 

 自分の下半身の感覚が全くないのだ。この砂が舞うエリアから離れようとどんなに足を動かそうとしても下半身が言うことを利かない。

 

 それどころか自分の視線が徐々に下がってきている様にすら感じ、更に自分の視界に太陽が見えるおかしな事態に、下を見て、自分の体が下半身と上半身でバッサリと切れているのを見てしまい、自分の死を認識した。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃぃ」

 

 最後の一人は砂に襲われ体を綺麗に二等分された仲間の死体を見て腰を抜かし、恐怖で動かない体を無理してでも動かし、死に抗おうとするが、彼の目にも死の風が吹く。

 

「あ?っ!ひぎゃぁぁぁぁっぁぁ」

 

 彼はいきなり腕が動かなくなり、無様にも顔面を地面に擦り付け、口に多量の砂を含むが、いきなり動かなくなった己の腕を見ると、死の恐怖が沸き上がり、口の中の砂利や、目に入った砂による痛みなど気にしてられなかった。

 

 彼の腕はミイラの様になり果てていたのだ。

 

「ふふふ、駒の分際ね。ほんと、笑えるよね。これほど滑稽なことは無いもの」

 

 それでも必死になって動かない手の代わりに足を使い、目の砂を払うことも口の中に入った砂で口を切っていようが逃げようともがく哀れな駒を見て、彼女は楽しそうに、それは無邪気に、子供が玩具や昆虫を壊す様に無造作に、その手足を捥ぎ、その綿を抉る。

 

「時間が無いから、四人はさっくりと殺しちゃったけど、貴方は運が良いね。有効利用してあげるよ」

 

 もう首しか動かせない体で、彼は背後にいるであろう少女を覗き、絶望する。

 

「楽しもうよ」

 

 そこには既に己の死を確定させた悪魔の笑みを浮かべた化け物しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。この力があったら昔はもっともぉぉぉと楽しめただろうなぁー」

 

 砂しか残らぬ砂浜で、唯一ここで殺人があった名残をその頬に残し、彼女は過去へと思いをはせる。

 

 ああ、あの時死体を砂に出切れば、完全犯罪どころか、何時までもずっと殺しだけを、その処理に悩まず楽しめたのに、とグチグチ言いながら、手に残る僅かな砂を払う。

 

「うん、まあ、いっか。そこそこの駒で結構楽しめたし、本当に仕込みたい駒は潜入させられたから良しとしよう。過去に罪なし、未来に功あり!まさにまがねちゃんは未来に生きるのだ!」

 

 手に入れた情報を記した紙を手に、楽しみな未来を思い浮かべその場を立ち去るのである。



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まがねちゃんは急いでる

「これは!ふふ、これは面白いね」

 

 まがねは新聞を見て興奮していた。

 

 彼女が見る新聞には懸賞金が跳ね上がった麦わらのルフィの情報が載っていたが、彼女を興奮させたのはこれではない。

 

 この情報も彼女を十分楽しませたのだが、それよりも彼女の心をくすぐる途轍もない情報を手に入れたからだ。

 

「無名の海賊に、白ひげ配下一番隊隊長火拳のエース破れる!現在はインペルダウンに幽閉されている模様、か」

 

 彼女はもう一度その内容を確認するように新聞を読み上げ、興奮を抑えるために、手に持つ牛乳を一口、口に含み、冷えたその液体を舌で感じ、冷静さを引き戻す。

 

 それでも、一旦引き締められた顔は直ぐに笑みを、それは深い深い笑みを顔に刻み込む。

 

「情報が少ないし、新世界の情報はまだ全然集めきってないから策を弄するのも難しいと思っていたけど、これは面白くなったきた!最強の海賊白ひげ、彼は仲間の死を許さない。なら、海軍の取る手はそこまで多くないはず。処刑?世界を亡ぼす力を持つ白ひげと海軍は果たして戦争をする?」

 

 まがねちゃんは興奮冷めやらぬまま、しかし彼女の思考は冷静に、それでいて自分が最も楽しめる残酷な計算をし始める。

 

「今、ルフィ君のおかげで世界政府の諜報機関は少なからずダメージを負っているはず。いやー、流石ルフィ君ナイス!今、世界政府の監視の目は弱っていると仮定すると、その穴は海軍が補強するほかない。その現状で白ひげとの戦争?他の四皇の存在がどう出るかの予想は難しいし、仮に読めて、そして策を弄そうが情報が少ないというのは得てして不確定要素を想定外にしやすいもの。さてさて、海軍は圧倒的被害が出る白ひげとの戦争、それも爆弾を戦争中、そして戦争後において抱えるかな」

 

 彼女は新聞を綺麗にたたむと、それを塵にかえ、残った牛乳を飲み干す。

 

「私だったら混沌として嬉しいんだけど、今のトップは仏のセンゴク。この世界の脳筋だらけの人間たちの中で珍しい知能派でもある。戦略も理解しているだろうからいくら戦力が上だろうと戦闘はしたくないはず。なら、交渉?」

 

 そこまで考えて彼女ははためく海軍の旗を思い浮かべる。

 

「でも、新聞にこの情報を載せている以上、海軍の絶対正義とやらが、交渉なんて手を取るのかな~?………」

 

 まがねは暫く目的地に向かって今までずっと動かし続けていた足を止め、その場に立ち止まり、人差し指を顎に当て、少し首を傾げる。

 

「う~ん。海軍の沽券と世界政府の三大勢力のバランス政策、四皇のラフテルへの競争………」

 

 静かに、だが、その口は留まることを知らず、一人ブツブツと様々な情報の断片を呟く。

 

 そんな彼女は一見するとかなり隙だらけに見える。そして彼女が今いる場所はシャボンディ諸島。新世界への入り口となる魚人島の一つ前の島、つまり、海賊ども、それも前半の海を乗り切ってきた猛者どもがたどり着く島である。

 

 つまり、高額な賞金首がおり、広い諸島は、海軍本部に近いため、その高額賞金首も迂闊な真似は出来ないが、しかし、広いのである。故に治安がいいとは決して言えない場所などごまんとある。そして、同時に賞金首がいるなら、賞金稼ぎもいるのは道理である。

 

 それも、治安が悪ければ悪いほど大量に。彼らも高い首が欲しいと考えるのは当然である。

 

 そしてまがねは海軍から大金を奪った大罪人である。正確には海軍の金になるはずだった金ではあるが、とにかく、海軍としてはこれを逃すのはプライドがズタボロにされっぱなしで許すということである。

 

 いくら、彼女の拠点と組織を潰し、ある程度の額を回収できたとは言え、死体を見るまではその首にかけた懸賞金を下すはずがない。

 

 その首にかけられた額は一億。

 

 天竜人の殺害、天井金も含めた多額の資金の強奪、アラバスタでの暗躍、そしてスナスナの実。これだけの情報が揃って一億は少しばかり安いが、政府もあまり額を上げ過ぎて自分たちの失敗を表には出したくない。でも逃したくはない。

 

 それが初頭手配にして、いきなりの億越えであると同時に、前半の海を乗り切った海賊、そして新世界ではありふれた額で、そこまで目立ちすぎないようにと苦心した配慮である。

 

 まあ、海軍や政府の苦労はこの際関係は無い。ここで重要なのは高額な賞金首であること、そしてその首が隙を晒していることである。

 

「貰ったぁぁぁ」

 

「ひゃっほー」

 

 ヤルキマンマングローブの木々の陰から数十人を超える屈強な男たちが叫び声を上げながら飛び掛かる。

 

 彼らは多数で、そして地形を生かして高額賞金首を狩ってきた。それだけに全員強さはそこそこあり、そしてその数は脅威であり、新世界に入ることなく、此処で消える海賊も珍しくはない。

 

 つまり、質も大事だが、戦いは数だということだ。

 

 しかし、そんな脅威を前にして、まがねはその指を下し、ガッカリしていた。

 

「はあ~。それじゃあ、奇襲の意味ないよね」

 

 彼女は大声を上げつつ、此方に近づいてくる敵のしょぼさに、やりがいの無さを感じていたのだ。

 

 ちなみに、彼女は戦闘狂ではない。あくまで人を殺すのが好きなだけだ。それも気まぐれに、そして愉快に殺すのが大好きなのだ。だから、正確には人の生死をもてあそぶのが好きなのである。

 

 ただ、それでも、彼女にも好みというモノは存在する。楽しくない殺しは彼女の流儀に反する。

 

 いたぶって殺すなら、一般人でいいし、粋がっている馬鹿を殺すならチンピラでいい。

 

 なら、彼女が今回のターゲットに期待したのは、狩人が自分が単なる兎だったと気づいてしまう。そして目の前にいる狩人に絶望し、罠にもがき苦しむ様を見たかったのであり、最初から狩人になった気でいる兎を狩るつもりなどない。見るだけなら滑稽で面白いが、いちいち自分が処理するのは面倒くさいし、何よりも使い方が違う。

 

 彼らの使い道は強者の羽を捥いで、弱者にいたぶらせる様を観察して楽しむ時に使う駒くらいでしかない。

 

 彼女は期待していたのだ。ここに来る海賊を狩れる彼らに。

 

 だから期待と現実との落差のひどさに、表情がはがれる。

 

 ちなみに、彼らを弁明しとくならば、彼らの戦法はそこまで間違ってもいない。敵にあえて自分たちの存在を知らせ、ひるませる。そして彼らは所詮その場にいる賞金稼ぎのチームだ。連携のために、最初の一斉攻撃の合図として、そこまで無意味ではないのだ。

 

 大きな声、囲まれる状況、全方位からの同時攻撃、そしてそれが奇襲気味にと、作戦としては意外と悪くないのである。

 

「面倒だな~」

 

 彼女はゾクリとする声を上げると、突っ込んでくる相手に対して何もしなかった。

 

 彼女の頭に、弾丸が穴を開け、通り過ぎる剣が体を切り裂き、槍が体を串刺しにする。

 

「これで一億が山分けだ」

 

 男たちの一人が嬉しそうに自分の手元に入るであろう金を思い浮かべ満面の笑みになるが、その笑みもすぐに固まることになる。

 

「面倒だし、面白みもないけど、折角殺すんだし、精一杯楽しもうか」

 

 致命傷を負ったはずの女が穴だらけの体でしゃべる。

 

 その光景にほとんどの賞金稼ぎは信じられず、動きを止める。

 

 そして少数ながら、長いことこの島で賞金稼ぎを続けている者は彼女が悪魔の実の能力者、それもロギアであることに気が付く、慌てて逃げようとする。

 

 だが、誰も死からは逃れられない。

 

「サーブルス」

 

 砂嵐がその場の全てを吹き飛ばす。

 

 嵐が消えた後には、空から落ちて体中を壊した者と、人間だった者と、単なる奇怪なオブジェしか残らない。

 

「さて、じゃあ、鬼ごっこでも始めるかな」

 

 まがねは数少ない比較的軽症で、今もこの場から必死に逃げようとしている者に狙いをつけて足に力を入れる。

 

「人は死に敏感になると、面白い。ああ、彼らの恐怖の声が、理不尽に対する呪詛が、生きたいという願いが、日常への回帰が聞こえてくる。それらの強い思いが奇跡を生む反面、それらの強い思いが彼らをより死に誘う。中々面白いショーになりそうかな」

 

 まがねは見聞色が拾う強い声を楽しそうに聞きながら、先ずは動ける者を、そして次に何とか動ける者を、そして最後に動けないものに目を向け笑う。

 

 辺りに悲鳴が木霊し、笑い声が響き、絶望が広がり、死に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、この島での仕込みはほどほどにして、今のうちに海軍と政府に急いでちょっかいを出すべきだね。さ~て楽しみだな~。そして、最高!本当にワクワクする」

 

 そう言いながらも彼女は大量に生まれた砂の上を歩き、その顔は一番グローブを向いていた。



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まがねちゃんは悪魔になる

「生きたい?それとも死にたい?選ばせてあげる」

 

 まがねは笑っていた。

 

 その手には奴隷を縛る首輪が握られており、その首輪は今もその爆破機能を有したまま一人の奴隷を縛り付けていた。

 

 そしてもう片方の手には鍵が握られていた。

 

 一人の人間の生死を掌握した彼女は自分を呆然と見る奴隷に再度問いかける。

 

「生きたい?それとも死にたい?それとも復讐がしたい?」

 

 その手に握られている鍵は生への自由を、その手に掴まれている首輪は死への自由を、そしてその顔は狂気に歪んでいた。

 

 少女は奴隷である己が身を縛る枷に意識を向けたが、最後の言葉が、まがねの笑みが奴隷の少女を惹きつける。

 

 最後の言葉に奴隷は自分の首輪を握る手を力強く握り返し、唸るようにしてまがねを睨み口を開く。

 

「アイツを殺す!それがっ!それが私の選択だ!」

 

 一人の無力な奴隷の少女はその心のドロドロとした負の感情を剥き出しにして、滅びへと誘う手を強く握る。

 

「じゃあ、殺そうか」

 

 まがねは奴隷の少女に見えるように首輪の鍵をチリにする。

 

 しかし、少女はその鍵に一切見向きせずに、まがねの顔だけを見る。

 

「壊して、奪って、縛って、殺そう。怒らせ、悲しませ、屈辱を味わせ、絶望に浸らせて殺そう。そして、教えてあげようよ。あなたの嘆き、苦しみ、後悔、その全てを心に、体に教えて殺そうよ。」

 

 まがねはそんな少女に語りかける。その血に彩られた顔で、その黒ずんだ手で、少女の復讐心に語りかける。

 

 奴隷の少女は静かにその言葉を聞く。その心を復讐に焦がしながら、じっと今はその時ではないとそのはやる気持ちを抑えながら、歪む顔を手で隠す。

 

「安心して、約束するよ。だから今はこれで我慢して」

 

 まがねは優しく力がこもった少女の手を一本一本丁寧に、その腕から外すと、首輪から手を離し、自由になった両手で少女の手を包み込む。

 

 そして、自分が立ち上がるのと同時に、オリの向こうの奴隷の少女を立ち上がらせる。

 

「あなたを殴ったのはこいつでしょ?」

 

 少女の視界いっぱいにいた女が退き、少女の目に血だらけで呻くだけのこの人材斡旋所と称した奴隷商の一員が倒れているのが映った。

 

 しばらく少女はじっとその苦しむ様を見ていた。そして、突如壊れたように笑い出す。

 

 そしてその目はまがねを捉え、最高だと言っていた。

 

「さて、まがねちゃんが提供する品物に満足していただけたなら、対価を貰おうかな」

 

 檻の外が騒がしくなっていたが、少女にはまがねの言葉がはっきりと聞こえた。

 

「騒ぎが起きたら殺すだけ。あなたの復讐相手を殺すだけ。ただ、その時にこれを舞台上で使用してくれればいいから」

 

 そっと少女の手にまがねは丸い何かを手渡すと、微笑む。

 

「対価はいつでも等価交換。貴方の願いを全て叶えてあげる。奴隷の身分からの自由。復讐の自由を、全て叶えてあげる。これは契約」

 

 まがねは勝手に指切りをするとその場を立ち去り、残された少女は檻の中で大切に約束の、悪魔との契約の品を手に持ち、来る日を待ち望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャボンディ諸島、まがねは楽しそうに口笛を吹き、奪った牛乳瓶を片手に一番グローブを颯爽と後にする。

 

「さて、これでちょっかいの準備は出来た。後は海軍だけど、どうしようかな?彼女はまだ素直じゃないし、手札として切るのはもったいない。かと言って他にいいカードが無いのも事実。う~ん………、いっそ、本部かインペルダウンに向かうのが良いのかな?」

 

 そこまで考えて、騒がしい声が彼女の耳に入り、思考が中断される。そしてその騒がしい方向を向いたまがねの視線は一か所に釘付けになった。

 

 彼女の視線の先には賭博をしている男たちの中に紛れる一人の老人がいた。

 

「オイオイ爺さん弱すぎるぜ」

 

 男たちは楽しそうに酒を飲み、積まれた札束を嬉しそうに数え、賭博に負けたとみられる老人は負けてしょげているのかと思えば、即座に酒の追加を頼み、流れる様に借金をして再度賭けに参加しようとしていた。

 

 その老人、ただ、賭けるのが大好きな様で、一瞬で金を溶かしてしまっていた。

 

 周りの観客もそのあまりにも豪快過ぎるベットの仕方と、流れるような借金の仕方、そして止まらない負債に驚愕しつつも、人の不幸が上手いのかいつもよりも酒が進み、ヤジが飛ぶ。

 

 その一角だけお祭り騒ぎだが、彼女はそんなお祭り騒ぎに便乗することなく、目を細め、老人の所作を観察する。

 

「やれやれ、もう少し老人をいたわって欲しいモノだ」

 

 老人はそう言いつつもその手は止まらない。一方、まがねは老人の顔を見ようと彼らの賭けをしているテーブルに近づく。

 

「そう思わないかねお嬢さん?」

 

 老人はまがねが近づきその顔を確かめようとした瞬間、突如振り返り、彼女の方に顔を向け笑いかける。

 

「そうかもね。代わりに私が相手をしようか?手加減は得意だよ」

 

 驚きを笑みの下に隠し、まがねは老人の隣の席に座る。

 

 一方、いきなり勝負に割り込まれた形になった男たちはカモが奪われたと慌ててテーブルを叩き、まがねに対して怒鳴る。

 

「いきなり何の真似だ!こいつとは俺たちが勝負っ!」

 

 男の首元にナイフが突きつけられる。

 

「あんまり欲張ると、欲につられたナニかを呼び込んじゃうかもしれないよ?………例えば、殺人鬼とか?」

 

 突きつけられたナイフが男の酒で赤らんだ顔を青くさせる。

 

「あっ兄貴、この女………」

 

 身動きが取れなくなった男の傍にいた弟分がそっと何かの手配書を兄貴に見せつけ、その手配書を見た男は顔を引きつらせ、誤魔化す様に笑い、椅子から転げ落ちるようにしてナイフから逃れると慌てて去って行った。

 

「あらら?ラッキー」

 

 まがねはテーブルに残された金をそのまま懐に入れると老人の対面に座りなおす。

 

「お嬢さん、それは一応私の金なのだがね」

 

 老人は苦笑しつつも気にした様子もなく、少なくなった酒を寂しそうに見ると、立ち上がる。

 

「じゃあ、私は借金取りに追われる身なので、また機会があったら会うこともあるだろう」

 

 老人が立ち上がる間際、まがねは懐からトランプを取り出し、男から奪った金を全て机の上にばら撒く。

 

 老人が浮かせた腰を途中で止めたのを確認した彼女は更に2人分の酒を頼む。

 

「賭けてみない?」

 

 まがねちゃんは何時もの様に笑いかけ、老人は目を細め椅子に座りなおす。

 

「ふむ、名を聞いていなかったね。私はレイリーだ。君の名を知りたいのだが、教えてくれるかな」

 

 まがねは老人の名を聞き、その笑みをますます深くする。

 

「あのレイリーね。まがねちゃんはまがねちゃん。気軽にまがねちゃんって呼んでいいよ」

 

「そうか、まがねちゃんか。楽しい勝負になりそうで嬉しいよ」

 

 トランプを挟み二人の視線は絡みあう。

 

「ええ、じゃあ、何懸ける?」

 

 かなりの額になった金を見て彼女は問いかけるのであった。

 

 それに対して、レイリーは何の疑いもなく、彼女からのトランプを受け取り、気負うことなく口を開く。

 

「この私でどうかな?」

 

 その答えを聞き、彼女の口は裂けんばかりである。そしてその口を隠す様に手札を広げる。

 

「じゃあ、全てを掛けようか」

 

 まがねは宣言すると、空気がピリッと締まる。

 

 周りの群衆は二人の和気あいあいと笑いあいながらの賭けトランプに、そして先ほど以上に狂った賭けの内容に盛り上がることは無かった。

 

 ただ、笑いあう二人に呑まれ、その場を動くことも出来ず、固唾を呑んで見守る。

 

「「さあ、始めよう」」

 



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まがねちゃんは化け物だ

「いやー。お嬢さん、きれいな顔して容赦というものが一切ない。おかげで私は今日もここ安酒を飲む他ないのだから」

 

 シャッキー'S ぼったくりBARでグラスを傾けるレイリーは隣のカウンター席に座るまがねに対して笑いながら彼女にも同じ酒を追加注文する。

 

「ただで出してあげているのにひどい言われようね。今までの分はちゃんとツケとして計上してあるのだけれども、どうしたらいいのかしらね」

 

 レイリーのこぼした愚痴に、このふざけた名前の店主たるシャクヤクは酒瓶を準備しつつも、領収書らしきものをレイリーに見せつける。

 

 明らかにボッていた。その額は偶然であろうか、レイリーにつけられた賞金額と同額である。

 

 その額ををみてシラフに戻ったレイリーは、そこから目を反らし、自分が安酒を煽る羽目になった原因に目を向ける。

 

 視線を向けられた少女は微笑み、そして酒をワザと零してから、雰囲気の変わった女店主を完全に視界から外して、レイリーだけを見つめて口を開く。

 

「ワンピースって何?ロジャーは何を残したの?そしてあなたは何を、どこまで知っているのかな」

 

 レイリーに向けてまがねは問いかける。

 

「ひと目見たときからお嬢さんにはなにかあると思っていたが、中々凄まじいことを聞いてくるものだね」

 

 まがねから漏れ出る不穏な空気に触発されてか、グラスを静かに置くと彼はレンズ越しに細めた目で彼女を見る。

 

「返答は?」

 

 まがねはかけで買った金や借金をちらつかせる。

 

 それを見てレイリーは苦笑をする。

 

「それを見せられるとこちらも辛いな」

 

 しかし、言葉とは裏腹に彼の顔は辛そうには見えなかった。

 

「しかし、お嬢さんは我々が待ち望んでいた者ではない。ロジャーの意志を次ぐものは別にいると私は考えているのでね」

 

「それがあなたの返答?」

 

 まがねは持っていた金を適当に放り投げると、席から立ち上がる。

 

 そんな彼女を見ながらレイリーは静かに語る。

 

「ああ、君は強い。君からの殺気、覇気ともに新世界でも十分通じるだろう。そして、我々の待ち人は強きものでなければならない。だが、君の強さは、それは人の心が持つ強さではない。人の心を捨てたが故の、化物としての強さだよ。イカれているものは強い。何せ人の持つ心の弱さを持ちえない。もしくは欠落しているから、それは当たり前なのかもしれない。だが、先に言ったとおり、我々の待ち人は人であり、化物ではない。これが私の返答だよ」

 

 レイリーは静かに立ち上がると、膨れ上がる殺気に反応して、その手にいつの間にか持っていた剣を振り抜く。

 

 彼が振り抜いた剣には少量の血が付着し、彼が剣を振り抜いた先には腕を抑えたまがねが笑っていた。

 

「私も年をとった。こんなセリフを自分が吐くようになるとは思わなかったよ」

 

 彼は一部が砂になったマントを見ながらそうつぶやくのだが、いつの間にかまがねとレイリーからしっかりと距離をとったシャクヤクはその発言に呆れ、加えていたタバコを落としそうになる。

 

「未だに美女あさりも酒も辞めずに元気にハッスルしてる者の発言じゃないわね」

 

 殺伐とした空気を感じさせないやり取りだが、まがねの腕から流れた血は服を赤く染めており、彼女の放つ殺気もまた凶悪なものだった。

 

「そうかね?以前の私なら今ので腕を一本切り落とせたと思うのだがね」

 

「今も昔も変わらず自信家なことね」

 

 シャクヤクは口から落とし、空中でキャッチしていたタバコを加え直すことはせず、そのまま灰皿で火を消すと、店の奥に引っ込む。

 

「そういう君も昔と変わらずきれいだよと言いたかったのだが、言う相手がいなくなってしまった。私はどうするべきだろうか」

 

 あまり様子の変わらないレイリーに一対して少しだけ顔を歪めたまがねは自分の座っていた椅子をチリに変える。

 

「まがねちゃんにも綺麗だと囁やけばいいと思うよ」

 

「そうかね。しかし困った。このままでは私のつけは増える一方だ」

 

 まがねちゃんが砂にしてしまった椅子を見て悲しそうに言うレイリーに対して、まがねちゃんはその笑みを突然深くする。

 

「なっ!それは困る」

 

 レイリーは慌ててまがねに斬りかかり、カウンターを破壊する邪魔をする。

 

「どうせ得るものがないのなら、あなたの不幸を味わって帰るとすることにした」

 

「わざわざ宣言してくれてありがとう。どうか外に出てくれないかな?」

 

 レイリーはまがねとのあいだにあった距離を瞬時に詰めると、その剣を鋭く振るう。

 

 先よりも鋭いその一撃を今度は紙一重でかわすと反撃に出る。

 

 彼女の手から砂の斬撃が幾重にも重なりレイリーをみじん切りにしようと襲いかかるのだが、その行動を読んでいたのかすでにまがねの腕は捕まれ、その手のひらを天井に向けられていた。

 

「美しいお嬢さんを斬るのはあまり好きではないが致し方ない」

 

 レイリーは下から振り上げるようにして斬りつけた剣を今度は振り下ろそうとし、地面に彼女の能力により塵となった店の備品の砂が自身の足元に不自然にあるのに気が付き、彼女から距離を取る。

 

「強いなぁ〜。まあ、でもいっか」

 

 まがねはレイリーがさっきまでいた場所に砂の槍を生やしながらぼやく。

 

 一方でレイリーは崩れゆく砂の槍が、この店の備品を串刺しにしているのを見て、顔をしかめる。

 

「再度言うが、本当に容赦のないことだ」

 

 レイリーは剣を振るい砂の斬撃を切り裂くと、まがねが操る砂よりも早く、そして彼女の攻撃を全て読み切り、砂が舞い、彼女の領域となったこの店内を縦横無尽に駆け、一太刀、また一太刀と確実に彼女の体にダメージを与え、かつ、彼女の反撃を許さない。

 

 まがねも一方的にやられているわけではないが、彼女の攻撃は全て掠るのみ、一方レイリーの攻撃は致命傷にこそならない様に避けているが、彼女の服に、そしてその肌に切り傷が増えてゆく。

 

「さすが、海賊王の右腕。このままじゃーじり貧だね」

 

 まがねちゃんは体に傷を増やしながらも、いつもと変わらぬ笑みをその顔に張り付け、レイリーが接近するのに合わせて、砂の衝撃波を無差別に放つ。

 

 彼女の広範囲にわたる攻撃だが、レイリーは無理をせず距離を取り、そして自分に迫る衝撃波を切り裂く。

 

「勝負は見えていると思うのだが、まだやるかね?」

 

 一旦距離が離れたことと、彼女からの攻撃が止んだことで、レイリーはまがねに切っ先を向けるが、攻撃はしない。

 

 一方、まがねは切り裂かれ胸元が見える様になってしまったセーラー服をほんの少しだけ寂しそうに見ていた。

 

「お気に入りだったんだけどなー」

 

「それはすまないことをした。だが、此方もお気に入りのマントをボロボロにされたのだから許して欲しいモノだ」

 

「本当に服が切れたら困るよね~。でも謝らなくてもいいよ。服は斬れていないから」

 

 まがねは切り裂かれた服を脱いで、血まみれになった服を裏返しにして切り裂かれていない背中側をレイリーに見せつける様にして、切れていない、きれいな服でしょと笑いかける。

 

「?何が言いたいのか私には分からないが、現実逃避をしても服は戻らないと思うのだが……」

 

 レイリーはそれでも綺麗な面をこちらに見せて笑う彼女を気の毒そうに見ていたが、まがねが服を徐々に砂にしてゆくのを見て、下げていた剣の切っ先を元に戻す。

 

「ロギアの能力を持っていても覇気により斬られたものは元には戻らない。それが分からないとは思えないのだが、何をしているのかな?」

 

 まがねはその問いに自身の体を砂に変え、更に笑みを深くして答える。

 

「それは貴方が私を本当に斬っていたらの話でしょ?私は斬られていない。全ては貴方の勘違い。傷も服も、そんなものあるはずないでしょ?」

 

「ロギアは無敵ではない。そして私は自分の力をよく理解しているつもりだ。致命傷こそ与えられていないが、無傷のはずはない」

 

「はったりだと思う?私があなたに斬られていないことが?それともあなたは自分の感覚が全て正しいと思うの?それと今見ている光景が正しいとでも?私がロギア系だと何故断定するのかしら?貴方は自分の感覚を信じるのかしら?それが誤りの可能性を考えないのかしら?」

 

「無駄な問答に付き合う気はない」

 

 レイリーは砂で崩れ行く彼女の体を斬る。

 

「斬れてない」

 

 だが、彼女の表情は全く動かない。それどころかその顔に深い笑みを浮かべる。

 

「やせ我慢はしない方がいいと思うのだが」

 

「やせ我慢?どうしてそう思う?どうして私の言葉が嘘だと思うの?きれていないことがそんなに信じられないの?」

 

 まがねの問いかけにレイリーはまだ崩れていない彼女の顔に向けて剣を振り下ろす。

 

 彼が剣を振り上げるのをただじっと見つめているまがねは回避行動をとらず、その剣を変わらず見て笑うのだ。

 

「斬れないよ?それが真実」

 

 地震の命を刈り取り剣を避けもせず、斬れないと嘯くその彼女の姿に、その真っすぐな目にレイリーの意志がほんのわずかに揺らぐ。

 

「信じられない?でも揺れた。きれないんじゃないかと思ったんじゃない?でもそれが真実。貴方の嘘と私の真実。ただそれだけ」

 

 笑みを深くし、笑いかける彼女の姿に、その言葉に自身が揺らいでいることを自覚した彼は一度目を瞑る。

 

「斬る。斬れない筈がない。この剣は君を切り裂く。避けないなら死ぬぞ」

 

 そして目を開いたその時には彼の心は凪いでいた。

 

 それでも彼女は変わらず笑う。

 

 その剣が彼女の首から胴体にめがけて振り折らされているのにもかかわらず。彼女は不気味に笑うのだ。

 

「嘘の嘘、それはくるりと………」

 

 パチン

 

 砂が舞う。

 

 そして首のない体が一つ、床に倒れる鈍い音がしたのだった。



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閑話 元海賊は語る

 まがねの死体が砂に変わりゆくのと同時に舞っていた砂が地面に静かにつもり、レイリーの視界には荒れ果てた店内がうつる。

 

 店のイスは無事なモノは殆どなく、至る所に血の跡と砂が残り、ソファーは座れば砂が舞い、歩けば床が抜ける程、床も風化したように穴が至る所に空き、ささくれ立っていた。

 

 その中に、彼の斬撃の跡もあり、それが冷蔵庫やカウンターを壊していた。

 

「これ、私の責任ということになるのか」

 

 彼は自分がつけた傷跡を見ながらため息を吐き、奇跡的に無事だったカウンター向こうにある酒棚の彼の人生の友たちを見詰める。

 

「どうせなら酒を飲むか。全部壊れたということにして」

 

 レイリーは剣を鞘に戻し、勝手にカウンターに侵入すると、酒の物色を始める。

 

「ふむ、すべて飲むと流石に壊れたという嘘がばれてしまう。この上等なのを一本いただくとしよう」

 

 レイリーは上等なモノをグラスに注ごうとして、その為のグラスが全て割れていることに気が付き、更にため息を吐くが、自分の持つ酒を見て気を取り直し、器用にコルクを指で抜くと、中身を煽る。

 

「さすがいい酒を揃えている」

 

 彼は上機嫌になりながら一気に中身を傾ける。

 

「ええ、そうでしょ。なにせ、その一本で100万ベリーはくだらない一品ですもの。ちなみにこれは入手するにあたっての最低金額。このワインが作られているのは新世界。つまり、商船がこれを手に入れてここに売るころにはその値段は倍に膨れ上がる。この店では一杯200万でボッタくろう、もとい売ろうと思っていたのだけれど、どうかしら」

 

 鼻歌を歌いそうになっていた彼はその手からからの酒瓶が零れ落ちる。

 

「ははは!流石にそれはぼり過ぎているだろう。それに私は瓶が割れて保存が難しくなったこの酒がもったいなくて飲んだだけだ」

 

 シャクヤクはその酒が置いてあった位置を見て、その隣にある酒を何本か取り、レイリーの目の前に並べる。

 

「こんなに激しく荒れている中で、偶然この酒棚は無事で、その偶然にも無事であった棚の中でその一本だけが無事でなかったってこと?」

 

 嘘が確実にバレている。そう思いつつも同時に、流石に彼女も完全な証拠もなしに払わせることはしないだろうとも考えていた。

 

 流石のレイリーも、1000万を超えるつけは冷や汗もんであった。

 

「そうだとも。偶然さ」

 

「ふーん。でも、何であの酒が置いてあったスペースには傷一つないのかしら?もしくは瓶を割った何かが近くにあるはずなのだけれども、地面には砂しかないのだけど」

 

「…………よく見ている」

 

 レイリーはひねり出す様にして言うしかなかった。その発言が自分の犯行を認めるモノだと理解しているがこれ以上の抵抗も意味のないもなだとも彼は理解していた。

 

「はぁ。貴方ならもう少しうまく戦えたんじゃない?わざわざ酒棚だけ守るように戦わなくても」

 

 グルリと荒れた店内を見渡した彼女は、無事だった灰皿にタバコを押し付け、空いた手でカウンターに積もった砂を払う。

 

「いや、それは偶然だよ。それに相手もなかなかのものだったよ。何せ私が確実に殺す一撃を放って逃がしてしまったのだからね」

 

 彼は笑いながら、いつの間にかその手に握っていた何時もの酒をその口に注ぐ。

 

 シャクヤクは彼の言った言葉を軽く流して、勝手に飲んでいる彼に対して呆れながら、文句を言おうとして、流した言葉の違和感を感じ、笑う彼の顔を再度見る。

 

「逃した?あなたが?」

 

 彼女は口に出したことにより、漸く彼の言った言葉の意味を理解して、カウンターの掃除に使おうとしていたふきんを落としてしまう。

 

「ああ、彼女にもいったが本当に年は取りたくないものだ」

 

 ひょうひょとしてレイリーは酒を煽るが、シャクヤクは信じられなかった。未だに、酒や女に金をつぎ込んで借金をこさえてはそれを取り立てに来る荒くれモノに対して、彼は厄介なことにそんなモノから金を巻き上げ手返済をするというやんちゃぶりを知っているだけに、そんな彼が獲物を逃すなど考えられなかった。

 

「そんなに彼女は強かったのかしら?」

 

 シャクヤクも昔海賊をやっていただけに、そこいらの、それこそ前半の海で粋がっている海賊を素手でのすことも容易い。そんな彼女からしてみたら、あのまがねという女は確かに強そうであったが、レイリーに敵うとも思えなかった。だからこそ、しっかりとした戦闘の跡が残るこの場と彼の服が一部ボロボロになっているのを見るに、まがねが逃げを最初からうっていたとは思えず、そして正面からの戦闘でレイリーが仕留めそこなうとも到底思えなかった。

 

「それとも、貴方が手加減していたのかしら?」

 

 彼女はレイリーの酒を取り上げ、その目を見て言う。

 

 酒を取り上げられ、正面から真っすぐに自分の目を見つめられている彼は、笑みを引っ込めて、真剣なまなざしを返す。

 

「私は本気だったよ。少なくとも最後の一撃に関しては。だが、彼女は生き残り、そして私の隙を突いて逃げた」

 

 レイリーのその言葉に、シャクヤクは取り上げた酒をカウンターの中にいれてあった無事なグラスに注ぐと、軽く傾け、一息つく。

 

 そうして落ち着いてから、灰皿を近くに取り寄せてから、たばこに火をつける。

 

「何があったのかしら」

 

 一服してから、レイリーに問いただす。

 

「何、彼女の攻撃をいなし、そして斬りつけただけだよ」

 

「覇気であなたを上回っていたのかしら?」

 

「いや、彼女の覇気は中々なものだが未だ発展途上、まだ私の方が上だ」

 

「なら、どうして?」

 

「分からない」

 

 レイリーは嬉しそうに笑いながら、彼女があっけにとられて様子を楽しそうに観察する。

 

 一方の彼女は、暫くの間、無意味にタバコを短くさせていたが、燃え尽きた灰が自然に灰皿に落ちた時、頭を振り、そのタバコを口まで持っていく。

 

「………何でそんなに楽しそうに笑うのかしら?」

 

 少し不機嫌そうにレイリーを睨む。

 

「いやなに、最悪の世代、七武海、四皇、世界政府、そして彼女。世界は大きく動き始めている。そしてそのうねりはもう誰にも止められないと思うとどうしても船長の言葉を思いだす」

 

 彼は懐から火拳のエースを海軍が捕らえたことを報じる新聞を懐から取り出し、カウンターに置く。

 

「これから少しして世界は大きく荒れる。その選択肢は複数あれど、海軍は既にもう止まれない。世界はもう戻ることのできない分岐点に立っている。そう思うと、私が敵を逃したこともこの荒れた店内も些細なことだと笑えないだろうか」

 

 そう言い、彼女が呆けていた間にカウンターに置かれていたグラスをその手に持つと、酒を注ぎ、彼女に笑いかけながら呑む。

 

 その彼の言葉に思うことがあるのか、暫く煙をくゆらせ、彼が穏やかにグラスを傾けるのをじっと見る。

 

「そうね。確かに、今更あなたにつけていた額が少し増えたところで笑える程度の額よね」

 

 彼女はタバコの火を消すと、落としていたふきんを拾うとカウンターの掃除を始める。

 

 一方のレイリーはその笑顔が渇いたモノへと変わっていた。

 

「ははは!やはり私の責任になるのか」

 

 情けなく笑う彼に対して、少しは溜飲が下がった彼女はふふっと笑うと、何かの紙の束と袋を取り出す。

 

「まあ、今回は臨時収入があったから別にいいわよ」

 

 そうして彼女はまがねがカウンターに積んでいた巻き上げられたレイリーの賭博費を彼の目の前で数える。

 

「君は抜け目ないな」

 

 シャクヤクの抜け目ない行動に苦笑しつつ、彼はその金が自分の元に変えることも、そしてツケの返済に回されることもないことを予感しつつ、彼女の言う通り、今更だと考え、酒をあおる。

 

「しかし、彼女の目的は何だったのであろうか?」

 

 最後の最後までまがねの行動の意味を理解できなかった彼はそう呟き、彼女を斬ることが出来なかった己が愛刀に視線を向け、鞘に付着した砂を見つめるのであった。

 



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まがねちゃんの初めて

「あー死ぬかと思った。全く伝説は伝説ってことかぁ~。はあ、普通伝説、英雄譚、歴史何て誇張されてしかるべきでしょうに、噂通りってどういうこと?ていうよりも噂よりも強いんだけど。あ~あ、やってられない!」

 

 まがねちゃんは至る所を切り刻まれた服を着ているため扇情的であり、周囲の無法者どもの視線を集めていたが、誰一人彼女に近づく者も凝視する者もいなかった。

 

「あ~あ、どこかに殺せる人間いないかな~」

 

 それは彼女の呟きからも分かるように、男たちが視線を体からその美しい顔に挙げると、彼女の笑みとその目を見て、その股間の息子を萎ませる。

 

 しかし、そんな誰もが視線を逸らす中、群衆に紛れて彼女をさりげなく見る黒服たちがいた。

 

「っても、流石にここで殺すと海軍が本気で襲ってくるだろうし、大将黄猿だと詰みだしな~」

 

 彼女は周囲の様子など気にせず、そして人を殺すことを諦め、その殺意を抑え込む。

 

「およ?あれは牛乳かな。うん、こういう時は美味しいものを食べるのが良いね。女子らしいし、ストレス解消になるし、牛乳のカルシウムは今の私にピッタリの3つ揃って完璧だよね」

 

 そうして、彼女は牛乳を売る屋台を見つけると、迷うことなく店に近づき、牛乳を買うと、横目で周囲の様子を軽く確認する。

 

 ふふ

 

 牛乳を貰い、一口含むと彼女は笑う。

 

「うん。ちょっとゆっくりしていこう」

 

 彼女は自分の服を見て、そして周囲が己の服を見ているのに気が付いてか、落ち着ける人気のない場所に向かう。

 

 彼女は暢気に鼻歌を歌いながら、賑やかな街を離れ、ヤルキマングローブの根に腰かける。そうして彼女は牛乳瓶を傾ける。

 

「今だ!」

 

 彼女が油断し、牛乳瓶を煽るようにして飲んでいるのを確認してから、気配を隠していた黒服の男たちが一斉にヤルキマングローブの木々から彼女を囲うような形で現れる。

 

 周囲の男たちは二つの役割に分かれていた。一つ目の役割の者たちは、彼女が視線を上を向けた瞬間、彼女の死角から一気に忍び寄る。

 

 そのスピードは恐ろしく速く、少し前に彼女を襲撃した賞金稼ぎ達とは比べ物にならない。彼女が声に反応して体を砂かさせようとしているが、彼女が身体を完全にその体を砂にする前に彼女の元に彼らはたどり着きそうな速さである。

 

 そして、もう一つの役割は彼女を遠距離から監獄弾を持って捕縛する役目だ。彼女の自然系の悪魔の実の能力者であることから、海楼石入りの捕獲網である監獄弾を確実に当てる必要がある。

 

 だから彼らは広範囲に打ち込み、逃げ道さえ塞ぐ。

 

 黒服たちは網が彼女を捕らえ、余裕の笑みを浮かべていた彼女が驚愕の表情に変わるのを見てを包み込んだのを見て勝利を確信した。

 

「砂になれない?これは海楼石?」

 

 一方まがねは力が出ない体に、悪魔の実の最も有効的な対策を取られたことを理解した。

 

 彼女が自分の置かれている状況を考えている間に、接近している男たちは身動きが取れない彼女に海楼石の枷をかける。

 

「確保完了しました」

 

「よし、ならインペルダウンにぶち込み、テゾーロマネーの行方を吐かせろ」

 

 黒服たちは一億の賞金首を確保できたことにホッとし、気が緩む。

 

 一方まがねちゃんは捕まった時こそ驚愕の表情を浮かべていたが、今はいつも通りの笑みを張り付け、そしてその手にある枷と彼らの話に更に笑みを深くしていたが、彼らの気のゆるみが無くなるのと同時に彼らの視線が自分に戻る前にその顔を屈辱に歪んだものに変える。

 

「あなた達何者?私にこんなことしてただで済むと思っているの」

 

 怒気を発し、彼女は自分を囲む黒服たちを威圧する。

 

 それに対して彼等は気おされるが、すぐに彼女が何もできない状態であることを思い出し、彼女を連行する。

 

 その時に怖くて彼女自身ではなく、彼女を捕らえている網を持って引きずる彼らは少しだけカッコ悪く見えたが、それは仕方ないことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!殺せ」

 

「……………………」

 

「これ以上恥をさらすつもりはない!」

 

「……………………」

 

「はぁ」

 

 まがねちゃんは大きなため息を1つ吐くと、

 

「あーあ。ひまひまひまひまひまひまぁー!くっころ以外にすることもないし、反応無いからツマラナイし、ひまぁ~~~」

 

 黒服達に連行されたまがねちゃんは海楼石の錠に繋がれ、体を縄でぐるぐるに縛られ牢屋の床に転がされているのだが、彼女はその状態で1時間近く静かに寝転がっているのに飽きたのが、器用にも縦横斜めと自由自在に牢屋の中を転がりながら、目の前の牢屋を見張る黒服の一人に向けて聞こえるように、そしてチラチラと視線を向ける。

 

「ねぇ、暇だよー。このままだとまがねちゃんは死んじゃう〜。暇すぎるよーひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまひまぁー」

 

 駄々っ子のように段々と大きくなる声と激しくなるローリングに黒服の組んでいる腕がピクピクと反応し、彼のこめかみには血管が浮き始めていた。

 

「聞いてる?聞いてない?ねぇ、暇だよー。ひまひまひまひ……」

 

「だぁぁぁー。うるさい。ンなに叫ばんでも聞こえるわ!というかそもそもお前は囚人!捕まった犯罪者だぞ。何でそんなに呑気でいられるんだ!」

 

 本来ならば彼ら黒服達は任務以外のことをしない。彼らは闇の正義の代行者たるCPの一員であるため、任務に忠実であり、余計なことを嫌う。

 

 だが、あまりにもふざけた彼女の行為と喧しさに黒服の一人が耐えきれずに口を開く。

 

「おー、やっぱりコミニケーションは大事だよね。人類が人類である証、他の猿よりも先んじて進歩し、その勢力を拡大させることが出来た要因だよね。あ!知ってる。私たちが猿から進化した存在だって。いや、もしかしたら退化かも?まあ、いいや。どちらにせよ人の敵は人。素晴らしきかな知性!。そしてそこから生まれる高度なコミュニケーション。その意志疎通は知恵ある生き物なら誰もが成しえる。その一方で、その意志疎通に明確な知性、本能と切り離された理性による行動は素晴らしい。他の狩をする畜生を見てもその効率の良さは明白なのに私たち人間はその更に上を行く!これって凄いよね、興奮しない!興奮するよね。つまり何が言いたいのかと言うと、意思疎通は人が人である為に最も重要であり、組織に属そうが個人であろうが切り離すことのできない人の一部であるってわけ。つまりコミュニケーションの取れないまがねちゃんは暇で、退屈で、このままでは人として死んでしまう危険に対して、その人として有らんとする欲求に素直に従いあなたに話しかけているのであり、その行為に対して呑気と言う言葉は甚だ今の現状を表すにはかけ離れているとまがねちゃんは懇切丁寧に説jしてあげているんだよね~。お分かり?コミュニケーションの取れない私に劣るおサルさん」

 

 檻の中でぐるぐる巻きにされた少女は牢を見張る二人の男たちに嘲る様子を隠そうともせずに喋り続ける。

 

「ふふ。何も言わないの?それとも言われたことが理解できない?猿だから?なら目の前にいる人の形をした畜生に高度な人間様特有の、そして人にしか許されざる領域の次元で話すまがねちゃんは愚かだったにゃぁ~」

 

 二人はいきなり自分たちを嘲り、マシンガンの様に喋りまくる少女に唖然としたが、最後の彼女のフザケタ語尾に、漸く自分たちが盛大にバカにされていることに気が付き、そして圧倒的優位にいるはずの自分たちが見下されていることに怒りを感じ始める。

 

 男の一人は少女の立場を分からせるように格子を蹴りつけ、銃を抜き、声を荒げる。

 

「犯罪者が!立場ってもんを弁えろ。俺たちはいつでもお前を処刑できる。理解したか?」

 

 格子を蹴りつけた音にびっくりして少女が黙ったと勘違いした男は少しだけ気をよくし、牢屋に近づきしゃがみ込む。

 

「所詮能力者なんて海楼石に繋がれたらただ人以下、少しでも長いきしたけりゃ俺たちに媚びへつら、うぎ!」

 

「なっ!てめ!ふざけた真似を」

 

 短い悲鳴を上げ、指を押さえて背中から倒れ、蹲る同僚に、傍観していた男は慌てて、ぐるぐる巻きの少女に蹴りを入れ、牢屋の格子から引き離す。

 

 蹴られた少女は苦痛に顔を歪めるわけでもなく、血で真っ赤に化粧された唇を震わせ笑う。

 

「小説で食人について読んだことはあるけど、それほどいいものでもないね。でも人の体を削り、血を滴らせ、壊していくのも悪くは無いと思うだよねー。まずい、おいしい、そういう二面性で判断すれば狂っているかもしれないけど、楽しい、興奮する、嬉しい、癖になる、そういう別の価値観で判断すれば、猟奇的で、素晴らしい理由に思えるし、何より、食われるのはいつも愚か者と相場が決まっているのも醍醐味なのかな?」

 

 自分を蹴り飛ばした男に語る少女の目を見た彼はそれまで感じていた怒りが言い知れぬ恐怖に塗り固められ、無意識のうちに一歩足を下げていた。

 

 この時彼は少女に全ての意識を持って行っていた。だからであろう、彼は仲間の行動に気づけなかった。

 

 銃声が部屋に一発響く。それと同時に笑っていた少女の声が途切れ、牢屋の冷たい床に暖かい液体が広がる。

 

 船内で突然鳴り響いた銃声に船内はあわただしい気配を帯びるが、男は牢屋に倒れ伏す少女と目の前で銃を構える同僚をみて、目の前が暗くなったような気がした。

 

 あの少女の狂った目を見た時から自分たちの運命が狂ったような気がしてならない彼は、室内に流れ込み自分たちを抑え込む仲間たちにより身動きが取れない状況の中、ただ、血を流し、倒れ伏した彼女の顔半分を隠す髪の下に隠れたその顔が自分たちをあざ笑うように笑みの形を模っている気がして、連れ出されるまでずっと見ていた。

 

 そして牢屋の部屋の扉が閉じる際、身動ぎをした際に揺れた髪の隙間から見えた彼女の顔を彼は忘れないであろう。

 

「狂ってる」

 

 ぼそりと呟かれた言葉はわめく同僚の声に潰された。

 

 少女は自分の体を濡らす液体の正体に気が付き、その鮮明な赤色を見て確かに笑っていたのだった。



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まがねちゃんの監獄入り?

「ようこそいらっしゃいました。署長の、あ、間違えた。副署長のハンニャバルでしゅ」

 

 大監獄インペルダウンの署長室にて、CPの面々を満面の笑みで出迎える副署長のハンニャバルは目の前の少し不気味な、されど怪しいからこそ放たれる魅惑に鼻の下を伸ばしつつ、その素敵な女性が確保する今回の罪人と思われる女性であろう人物に顔をしかめる。

 

「あー、その女性が………」

 

 手に持つ手配書と、その女性とを見比べようとして、困ったように罪人を捕獲し、囲んでいるCPの顔を伺う。

 

 その視線を受け、この集団の先頭にいた帽子をしっかりと被りサングラスをして、顔を隠していてもハンニャバルを魅了した女性が一歩前に進みでると、その手に持つ鎖を引っ張る。

 

 引っ張られた罪人は手をつくこともできず、その醜く膨れ上がった顔面を地面でする。

 

「ええ、その手配書の築城院真鑒で間違いありません。拷問する前の写真はこの通り」

 

 手渡された写真と、手に持つ手配書を見比べる。

 

「たしかに。しかし、これは」

 

 確認して、必要な書類を準備する傍ら、残念そうに写真と、身体中包帯だらけの罪人を見比べる。

 

「罪人護送の際、こちらにも怪我人が出ました故、死なない程度に、それでいて、我々の目的を果たすために少しばかり余計な怪我が増えましたが、やむを得なと思っております」

 

「なるほど、それで到着日時がこれほどずれたわけですな、っと、書類書類」

 

 署長の机から勝手に書類を取り出したハンニャバルに、罪人が包帯姿の理由を説明しつつも、署長室にいるべきはずの人物がいないことに首を傾げる。

 

「それよりも、署長は?」

 

 副署長の勝手な行いに苦言を呈し、「いずれ私がすることだ。別に良かろう」と流された副看守長ドミノが応える。

 

「監獄署長マゼラン氏は、勤務時間の殆どをトイレでお過ごしになられております。今も、朝昼晩と懲りずにお食べになる毒のスープの影響下、あなた方が来られる1時間以上前から署長室備え付けの署長専用トイレに篭っております。因みにですが、インペルダウン全階層に備え付けられているトイレはマゼラン氏のトイレ事情を考慮して、全て最新式の水洗トイレです。便座は長時間座っても痛くなく、そして冷たい監獄とは対照的な暖かい便座は、世界政府機関のどのトイレと比べても最高であると断言しておきます」

 

「……………」

 

「ゴホン!それではこの書類にサインをお願いします」

 

 何とも言えない空気にハンニャバルは取り出した書類にペンをつけて渡す。

 

「…、これでよろしいでしょうか」

 

 無言でサインを書き終わると書類を手渡す。

 

「ハイハイ、確かにっ!」

 

「ところで、この罪人は何処に収容されるのでしょうか?」

 

「え、えーと、それはですねぇ」

 

 書類を受け取る際に握られた手の温もりと、腕にしなだれ掛かるパリッとした厚手のスーツの上からでもわかる柔らかさに、相貌を崩ししどろもどろに応えるハンニャバルは、女性の片手が自身の背後に回っていたことに気がつかない。

 

「それは?」

 

 耳元にかかる生暖かい空気に目をハートにする彼からは副署長の威厳のかけらも感じさせない。そんな彼に変わり、ドミノが彼から書類を奪い、確認を終えると、サングラスに手をかけ応える。

 

「今回の罪人の収容は、その懸賞金の額から言えばLEVEL4の灼熱地獄またはLEVEL5の極寒地獄が妥当と判断されますが、犯した事件と海軍、世界政府の両方の事情を考慮してLEVEL6の無間地獄に収容することになっております」

 

「それは、署長の判断かしら?」

 

 女性はトイレに視線を向けてから、ドミノを見る。

 

「勿論です。あなた方から頂いた情報を元に判断されてます」

 

「では、罪人を収監致します。CPの皆様、罪人の護送ご苦労様でした」

 

 復活したハンニャバルが、女性の手を握りつつ、部下に罪人をLEVEL6に送るように指示を出そうとして、握られた手がいつのまにか女性の顔の目の前に近づいており、いわゆるお願いのポーズにと移行しているのに気がつく。

 

「すみませんが、罪人の収監をこの目で確認してもよろしいでしょうか?」

 

「それは規則上」

 

「分かりました!」

 

「……………あの、副署長」

 

「さあ、こちらに。何をしてるんだお前たち、罪人の収監の準備をしないか」

 

「もう時間がありませんが」

 

「あれは署長に任せればよい。客人をもてなすのに、此方から誰も出さんわけにはいかんだろうが」

 

 ドミノは深い溜息をつき、指示に従うことにする。

 

「代表者1名。それ以外の皆様はこの署長室にて待機していて下さい。皆さまにお茶を」

 

「ささ、こちらに」

 

 ドミノがテキパキと動いている間、ハンニャバルは一人先に、女性の案内を買ってでて、LEVEL6に繋がるエレベーターまで先頭を歩く。

 

「ふふふ」

 

「何か気になることでもありましたかな?」

 

「いえ、何も。それよりも、さっさと下に降りないのでしょうか?」

 

「いえいえ、ここから先、極悪な罪人を収監していますので、客人に万が一がございましたらいけませんので、護衛のため、他の職員を待ってからの出発となります」

 

 ガチャン

 

「あれ?」

 

 ハンニャバルはエレベーターに女性と一緒に入った瞬間聞こえてきた音に振り返り、閉まっている扉に首をかしげる。

 

「副署長さんはとってもお強いのでしょう?私くらい余裕でお守り出来ないのですか?」

 

「えっ!そんな!私の強さが溢れ出て感じ取れるほどだなんて」

 

「二人っきり。暗闇。男の強いところみたいです」

 

「分かりました!部下には後から来るように言っておきます。では二人っきりで参りましょう」

 

 エレベーターは深い暗闇の中を、ギシギシと鎖を軋ませどんどんと潜っていく。

 

 

 

 

 

 

「……………これはどういうことでしょうか?」

 

 ドミノはエレベーター乗り場の前まで来て、乗るはずのエレベーターが既に動いていることについて、引き連れた部下に聞く。

 

しかし、何も知らされていないことをこの場に居るものが知るはずもなくただ、お互いの顔を見合うばかりであった。

 

「先に行かれたのでは?」

 

 誰もが離さない中、一人が動くエレベーター、そしてこの場にいないハンニャバルとCPの代表の女性から導き出される答えを言う。

 

 ドミノはもう一度エレベーターを確認し、少し前までのハンニャバルの醜態を思い出し、踵を返す。

 

「副所長がおられるので大丈夫でしょう。それよりも、そろそろ時間ですのでお出迎えの準備をしないといけません」

 

「此方の罪人はどういたしましょう?」

 

「今の状態では、釜での消毒は不可能ほど弱っています。それに海楼石で能力も封じてありまから、抵抗は無いでしょう。エレベーターも使えないことですし、今は階段で降りて、LEVEL1の開いている地下牢に一時的に入れときましょう。急いで戻りますよ」

 

 彼女は一部の職員を残し、その場を去る。残されたのは、歩くこともままならぬ罪人を担架で運ぼうとする数人の職員だけになった。

 

「っと、すまねえな」

 

「何罪人に謝ってんだよ。こうなったのは自業自得だろ。ここで死んでも本来は文句なんて言えん輩だぞ」

 

 運ぶ際にうめき声と、濡れる包帯を見た職員が手を止めたが、別の職員が、即座に中断していた作業を引き継ぐ。

 

 この場の誰もが、その女の涙の意味を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふー」

 

 署長室のトイレから、ズゴゴゴという何かを流す音が聞こえると同時に、このインペルダウンで囚人達に恐れられている男、マゼランが腹を抑えながら出てきた。

 

「今日も大激闘だった。さて、確か今日は客人が来ているはずだが」

 

 マゼランは署長室を見渡し、微動だにしない黒服の集団を見つける。

 

「んん?今日は七武海が来ると報告が来てたはずなのだが?何故CPがここに?」

 

 彼が首を傾げ、何故ここにいるのかを問おうとして、自分の机の上にある電伝虫が鳴り始め、その受話器を先にとる。

 

「え~、此方署長の、あっ!間違えちゃった。ん、んん、副署長のハンニャバルだ。今、CPの代表をご案内しているところだ。罪人はそちらに任せたぞ」

 

 早口で用件だけ言ってすぐに切れたため、彼は開きかけた口はそのまま閉じることなく、ゆっくりと空気を吐き出すと、頭に手をやり、イスに深く座る。

 

「ふむ。どうすべきか」

 

 もう一度微動だにしない黒服集団を見て、困ったように呟く彼だが、その手は流れる様にコーヒーを注ぐ。

 

「そもそもなぜ、こんなにインペルダウンに人を入れているのだあのバカは」

 

 ここにはいないハンニャバルに文句を言いつつ、その手に持つ禍々しい何かと砂糖をカップに入れ混ぜて飲む。

 

 ズズズ

 

 一息つくと、席から立ち上り、黒服たちの前に立つ。そうして、一旦外に出てもらおうと、声を掛けようとして、彼の表情が一気に変わる。

 

「ムッ!ムムム。来てる!来てるぞ!」

 

 彼は両の掌を力強く握りしめ、尻を後ろに突き出すようにして前かがみの姿勢になると、そのまま、強く握りしめていた拳を開き、勢いよくその手を伸ばす。

 

 トイレの個室のドアノブに。

 

 ………

 

 ………………

 

 ………………………………

 

 

 

「…………まだトイレですか」

 

 マゼランが再びトイレに籠ってから数分後に戻ってきたドミノは、署長が未だに不在という事態にため息すらつかず、慣れたように部下に指示を出す。

 

「ともかく、正面入り口には海軍の船が来ることを通告。降りてくるモモンガ中将と七武海ハンコックを中に入れてください。二人は別々の部屋でボディチェックをします。七武海は私が担当します。なのであなた達はモモンガ中将を頼みます。モモンガ中将は終わり次第あなた方がこの部屋まで通して構いません。それとあなた。ガスマスクをして、署長のトイレをせかしてください。それと解毒剤の確認も怠らないでください」

 

 慌ただしく動く彼らだが、ガスマスクを持たされた一人は顔をげんなりとさせていた。しかし、時は有限。皆が動く中、自分が動かないわけにもいかず、一人寂しくトイレに向かう彼を尻目に、三叉槍と監獄弾入りバズーカにと必要な武装を整え、ドミノの前で整列をする。

 

 そうして、準備を終えた段階で電伝虫が鳴り始める。

 

「此方、署長室。署長がこの場におられないため、副看守長のドミノが代わりに指揮を執っています。要件は?」

 

「此方正門前。恐らくモモンガ中将と七武海ボア・ハンコックを乗せた軍艦が近づいております。後数分で到着かと思われます」

 

「了解です。では、降りてきた二人をお通しししたら、すぐに門は閉じる様にお願いします。私たちもそちらに向かいます。それと、CPの皆さま。恐れ入りますが、ここに七武海をご招待しますので、そろそろ船で待機していただけないでしょうか。ご案内は私がついでにしますので」

 

 通信を終えた彼女はこの場に見えている全ての人間を連れて入り口に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドミノ達が出て行ってほんの数十秒してから、トイレからガスマスクをつけた職員が飛び出し、床に膝をつきながら、急いでマスクをとる。

 

「ぷっはー。空気が上手い。ガスマスクつけていれば大丈夫だって分かっっていても、あの色の付いた空間に長居はしたくねーよ」

 

 彼は慣れた手つきで服に解毒剤を散布する。

 

「ふー、生き返る。………、ん?あれ、あんた一人だけ?」

 

「…………」

 

 彼は仕事中にも関わらず服に隠し入れていたタバコに火をつけ、一服すると、誰もいないはずの部屋から音がしたので、顔を動かし、署長の机の傍に無言で立っている黒服を一人発見した。

 

 黒服はそのまま何も言わず、部屋から出て行った。

 

「何だったんだろう?」

 

 首を傾げるも、答えはです、手に持つタバコから無駄に消費される煙を見ると、考えるのを止める。

 

「まっ、別にどうでもいいか。今はこの一服に集中すべきだな」

 

 彼は気づかない、署長の机の上に置いてあった電伝虫が変わっていることに。

 



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まがねちゃんは無間地獄に足を踏み入れる

「こちら、LEVEL1看守室!檻から囚人が脱走。脱獄したのは道化のバギー!」

 

 LEVEL6のフロアで、本来署長室で鳴るべき電伝虫が鳴いていた。

 

「ム―ムームー」

 

「?あの、そちらでも何かあったのでしょうか?」

 

 電伝虫越しに、訝しむ声が上がるが、即座にそのうめき声と同じ声が貝殻越しに電伝虫に伝えられる。

 

「此方は問題ない。そちらはお前たちで大丈夫だろう」

 

「はっ。ではブルゴリを向かわせます」

 

 ガチヤ

 

「ムー!」

 

 電伝虫が眠るのと同時に大きくなるうめき声。

 

「煩いなー」

 

「ムゴッ!」

 

 鈍い音が静寂なLEVEL6に響き渡り、短い悲鳴を漏らし、縄でぐるぐる巻きに縛られたハンニャバルが壁まで勢いよく転がり、壁にぶつかり止まる。

 

「さてと、面白いことになっているねー」

 

 そして彼を蹴った下手人は、帽子を捨て、帽子の中にしまっていた長い黒髪を曝け出す。

 

「道化のバギー。来たことのない名前だけど、LEVEL1を脱獄で来たってことはそこそこ実力があるのかな?」

 

 顔に着けていたサングラスが地面に落ち、黒服を脱ぎ始める。

 

「ム!ムッムー!」

 

 頭にたん瘤を作っているハンニャバルが目を血走らせ、ビタンビタンとのたうち回りながらも、決定的シーンを逃すまいかと凝視する。

 

「ム?ムー」

 

 しかし、彼の動きは直ぐに小さくなる。彼女が脱いだ黒服の下からはセーラー服が出てきたためだ。

 

 彼は自分が身動きどころか一言もしゃべれない状態なのに、実に緊張感の足りないようだったが、彼女が髪を三つ編みにし始めたところから、その表情が驚愕に変わる。

 

「よしっと、本当は私が愉快に暴れてあげるつもりだったんだけど。まあ、いいか。これで、LEVEL1はしばらくは荒れるってことだし、この間に私はすべきことをしよっかな」

 

 不気味な笑顔を張り付け、自分に近づいてくる犯罪者築城院真鑒の顔を見て、彼はこれから自分に訪れるであろう未来を、そのずきずきと痛むお腹から想像しつつ、なぜこうなったのかと嘆く。

 

「ねえ、インペルダウンの武器庫や食糧庫、それと鍵の在りかを教えてくれない?」

 

 いつの間にか彼女の手に握られていた鞭を見て、ハンニャバルは悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。困った」

 

 血のこびりついた鞭を片手にまがねちゃんは稼働するエレベーターを見ていた。

 

「誰か降りてきちゃうよね。どうしようかなぁ?」

 

 パンツ一丁で全身血だらけのハンニャバルを見ながら彼女は考える。

 

「仕方ない。適当にこれは隠して」

 

 エレベーターから死角になるLEVEL5への通路にハンニャバルを適当に放り投げると、まがねちゃんにして珍しく、いやそうな顔をしつつ、彼が来ていた服を着て、落としたサングラスをもう一度着用する。

 

「ふふふ、変装。っても、ここまで質の低い変装をするのは、まがねちゃん初めてだ。まあ、此処の職員の数からして問題ないでしょう」

 

 「薄っぺらい嘘」と笑いながら言う彼女は堂々とエレベーターの入り口で待機する。

 

「しかし、見た目と違い、正義感の強い人でしたから、ついつい時間をかけて無駄な拷問をしちゃった」

 

 拷問をしていた時のことを思い出したのか、その顔が嗜虐的になるが、即座におりてきたエレベーターに反応して顔が真面目な人間のモノへと変貌する。

 

 

 

 

 

 

 

「さっ、火拳のエースはこの先です」

 

 部下も部下なら上司も上司、マゼランは鼻の下を伸ばし、海賊女帝ボア・ハンコックを案内する。

 

 どんどん進む彼らを見送りながら、ハンニャバルを迎えに来たドミノはこのフロアにハンニャバルの姿が見えないのを気にしていた。

 

「副所長は?」

 

 変装したまがねとは知らず、エレベーター付近で待機していた職員に尋ねる。

 

「副署長でしたら、先ほど、LEVEL5に向かわれました」

 

「LEVEL5?」

 

「ええ、私を此処に呼んで、後から来るものに説明するように命令されました」

 

「何故上へ?」

 

「何でも、客人にインペルダウンの堅牢さとその拷問の凄さを知らしめると意気込んでおられました」

 

「そうですか」

 

「それはそうと、あの美しい女性は誰でしょうか?」

 

「?全職員に通達してあったはずだけど、聞いていなかったのね。海賊女帝です」

 

 まがねはサングラス越しに、ドミノの背後の光景を盗み見る。

 

 そこには、囚人達を攻撃しているマゼランと、攻撃され、騒いでいる囚人たちを尻目に、火拳のエースに何かを囁いている海賊女帝を確認する。

 

「何を言っている?」

 

 囁くように独り言をつぶやくまがねちゃんだが、近くにいたドミノに聞こえたようで、訝し気に見られる。

 

 海賊女帝と火拳のエースとのやり取りを覗いていたいまがねだが、ドミノの視線を無視するわけにはいかなかった。

 

「いえ、署長が大暴れしているので、何事かと思いまして」

 

「そうですか」

 

 ドミノが顔を正面に向け、マゼランの様子を窺う。

 

 ドミノの視線が外れたのを見て、まがねも視線を戻すが、既に女帝は檻に背を向け、此方に来ていた。

 

「用はすんだ。わらわはもう帰る」

 

 ずんずんと周りの騒がしさも気にせずマゼランや他の職員を全て置き去りにしてエレベーターに向かう。

 

「どうしたのじゃ?わらわはかえると言うておる」

 

 目の前に来た、女帝が首を傾げドミノを睨む。ドミノはその不機嫌そうな声に我にかえり、今まで自分が彼女に見惚れ為すべきことをし忘れていたのを自覚すると、その頬を赤らめ、咳をする。

 

「ん、すみません。ではこちらに」

 

 後ろから慌ててこちらに来るマゼランを確認しつつ、ドミノは女帝をエスコートするため、その場をさるのであった。

 

 その際、通路から激しいうめき声と何かが落ちる音がしていたのだが、何時もは静かな監獄の騒がしさと女帝の存在により、誰一人としてその違和感に気が付くものはいない。

 

 鳴り響く金属音をバックに、まがねちゃんは服を脱ぎ捨て、LEVEL6の無間地獄に足を踏み入れる。

 

「ふふ、ふふふ。さあ、嘘をつこう」

 

 砂が舞い上がり、エレベーターからの入り口が静かに崩れ去る。

 

 その異変は静かなれど、このフロアの囚人達は漠然とだが何かが起きているのを感じる。

 

「砂?」

 

 囚人の一人がこのフロアに存在しない砂を通路に見て、それが夢幻か確かめる様に同じ牢の囚人の顔を見る。同じことを思った彼の隣にいた囚人も彼の顔を見てお見合い状態になる。

 

「何でこんなところに?」

 

「何でだろうね?」

 

 若い女の声に、二人は振り返り悲鳴を上げる。

 

 彼らの檻が砂になり、その砂が舞い、視界が悪い中、暗闇に朧気ながら浮かぶ不気味な笑みに二人は腰を抜かす。

 

「死にたい?それとも殺されたい?」

 

 いつの間にか、その笑顔が自分たちの背後にあった。いや、彼らは背後など見ることはできない。しかし、彼らは自分の後ろに女性の笑みを確認した。

 

「へ?」

 

 一人が間抜けな声をあげ、もう一人は声も上げられずにその視界が地面を移す。

 

「ふふ」

 

 笑みを浮かべるまがねちゃんを首から上だけで確認した男たちは次の瞬間、彼女の掌で砂になる。

 

「おっと、時間は有限。こんなところで遊んでいる場合じゃなかったね」

 

 彼女の服で先ほどから鳴りやまぬ電伝虫を取り出し、楽しそうに目的の牢に足を向ける。

 

「どうした」

 

「あっ、やっとつながりました。えっえっと、ドミノ副看守長でありますか」

 

 電伝虫越しの通話相手は、署長室にあるはずの電伝虫から女性の声が聞こえたことからその相手をドミノだと勘違いしていた。

 

「ええ、そうです。何かありましたか?」

 

 相手が勘違いしていることにかが付き、なるべく声をドミノに似せつつまがねは促す。その間も彼女の歩みは止まらず、火拳のエースが捕らえられている牢に近ずく。

 

 一方、通信相手はドミノの声に違和感を感じながらも、よっぽど慌てているのかそのまま報告に移る。

 

「LEVEL1にて確認された脱獄犯に共犯者の存在を確認。その正体は麦わらのルフィ!」

 

 まがねの顔から笑顔が消える。

 

「麦わら?」

 

「ええ、インペルダウン史上初の侵入者です!どうしましょう」

 

「どうやって?」

 

 指示を繰り返し求める声に彼女は答えない。ただ、足を止め、その場に立ち尽くす。

 

 彼女が動きを止めている間、通信越しに聞こえる切羽詰まった声を聞いた囚人どもは暇を持て余しているだけあって、ざわつき始める。

 

「ブルゴリをどうやら突破されたようで、今我々が管理するLEVEL2に、ってうわぁぁぁ」

 

 電伝虫から、悲鳴と石が崩壊する音が聞こえ、通信が終了する。

 

「ふうん。面白いね。本当に面白い。これが彼の物語なのかしら?それとも私の物語?ふふ、どちらでも、変わらないか。ただ嘘をつき続けるのみ」

 

 彼女は電伝虫を投げ捨てると、何故か唖然としている火拳のエースの牢の前にしゃがみこみ、笑いかける。

 

嘘をつき(お話しし)にきたよ。しろひげ海賊団二番隊隊長、火拳のエース君」



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