FGOのマスターの一人 (sognathus)
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マシュ・キリエライト

マシュ・キリエライトは不満だった。
自分が先輩と呼ぶマスターの自分に対する態度に。
だから思い切って言った。


「先輩、私をちゃんと見て下さい!」

 

「は?」

 

突然のマシュの剣幕にマスターはポカンとした。

一体自分をちゃんと見てとはどういった事なのだろうか。

 

「え、どうしたの?」

 

「先輩、いつもお仕事が終わった後私に素っ気無くないですか?」

 

「えー……」

 

マシュの話の内容にマスターは思わず脱力してしまった。

何事かと思ったらそんな事か。

 

「素っ気無いって。別に一人の時間を優先して有意義に過ごしているだけじゃないか」

 

「だからって偶にはご飯くらい一緒に行っても良いと思いますけど?」

 

「えっ、もしかして一回も行った事なかった?」

 

「はい」

 

マシュの即答にマスターは流石にこれにはしまったという顔をした。

マシュと自分は今まで数々の危険な任務をこなしてきた仲だが、まさか食事すら二人で取った事が無かったとは。

これは冷静に考えてみると確かに素っ気無いにしても度が過ぎている気がした。

 

「うん、分かった。じゃ、今日の夕食は一緒に摂ろうか」

 

「はい」

 

マシュは満面の笑顔を浮かべて嬉しそうな顔をした。

そしてマスターは話はそれで終わりとばかりに「それじゃ」と自室に戻ろうとしたのだが……。

 

「ま、待ってください! 終わりですか? 今日の会話はもうこれで終わりですか?! 後は夕食の時まで何もしないんですか?」

 

「え、他に用ある?」

 

「他にって……」

 

マシュはそれ以上話題が思い浮かばず言葉が詰まってしまった。

マスターとは付き合いは長いが、どうも任務の時以外は自分を含めて素っ気無い。

それ以外では表面上の付き合いだけという感じだ。

廊下ですれ違っても挨拶くらいしか交わさず、後は大体自室に閉じ籠っている印象だ。

別に女性が苦手という感じでもコミュ障という感じでもない。

指示も的確だし、任務に臨む態度も真剣でサーヴァントからの信頼も篤い。

だがそれだけだった。

それだけなのだ。

彼は何より自分のプライベートを優先して、自分ですら同じカルデアで働く者という間柄を越える関係には至っていない。

つまり友人にすらなれていないのだ。(個人談)

これは由々しき事態だった。

ハッキリ言ってマシュはマスターが大好きだったのだが、その好意を勘付いてすらもらっていないのだ。

カルデアに所属する者の中で一番付き合いが長いというのに彼との関係の立ち位置は未だに他のサーヴァントと一緒だったのだ。

その素っ気無さはあのジャンヌ・オルタですら何やら焦った様子で自分からマスターに話し掛けるほどであった。

故にマシュは思い切って切り出した。

こうなったらこれくらいしなければ、と。

 

「えっと、じゃぁ、先輩のお部屋に遊びに行っていいですか?」

 

「いいよ」

 

「え」

 

多少動揺する様子を期待したのだが、そんな素振りも見せずにあっさりとマスターは諸諾した。

 

「じゃ、何する? 俺の部屋、本やゲームや映画くらいしかないけど、それでいいかな?」

 

「あ、はい……」

 

「じゃ、10分くらいしたら来なよ。何か軽い食べ物とか用意しておくからさ」

 

あまりにも展開が軽く進んだ為にマシュは喜ぶことも忘れて部屋へと帰っていくマスターの背中を見つめる事しかできなかった。




何となく頭に浮かんだ話を文章にしただけですが、特に脈絡もなくてあまり面白くないですね。
取り敢えず何か書いて創作のモチベを保てたらと思った次第です。


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ジャンヌ・ダルク・オルタ

ジャンヌ・オルタ、通称『邪ンヌ』は、とある情報を知って焦っていた。
その情報とは、自分のマスターとマシュが最近二人で食事をしたらしいというものだった。

(あの超淡白男が? 何故今になって?)

誰に対しても態度が変わらなかったマスターがただマシュと一緒に食事をしただけなのに、邪ンヌは言葉に表せない敗北感と焦燥感を猛烈に感じていた。


「なんで私がこんな気持ちにならないといけないのよ?!」

 

呼び出されたと思ったら出会いがしらに壁ドンをされた。

マスターは目を白黒させるだけである。

 

「おいなんだよいきなり……」

 

「うっさい! あんた、最近あの盾の女と食事に行ったらしいわね?」

 

「は? ああ、うん。マシュとの事だろ? それが?」

 

「なんで行ったのよ?!」

 

「いやなんでって……」

 

マスターは内心混乱していた。

何故マシュと食事に行っただけでこう剣幕を突き付けられるのかはっきりいって全然解らなかった。

 

「今まで行ってなかった事を俺自身がおかしいと思ったから……かなぁ」

 

「はぁ?!」

 

今になってそれか。

今更になってそれに気付いたのか。

邪ンヌはあまりにも単純明快な理由に凄い脱力と理不尽だとは理解しつつも、マスターに対して強い不満を感じた。

 

「じゃあ、私と行ったって問題ないわよね?」

 

「え? そりゃまぁそうだろうね?」

 

展開が意味解らない。

自分は食事に誘われているのか?

そんな事で何故こんなに怒っている?

マスターは内心混乱の極みだった。

 

「じゃあ行くわよ!」

 

言うが早いか邪ンヌは彼の手を取って食堂へ行こうとした。

しかし予想外にマスターはそこから手を引かれて連れて行かれようとはせず、邪ンヌは自分に逆らった力の元凶を睨みつけた。

 

「なに? どうしたのよ?」

 

「いや、まだ10時じゃん。昼は早いんじゃない?」

 

「はぁ……?」

 

マスターはそう言うと自分の腕時計の文字盤を邪ンヌに見せた。

 

「……」

 

確かにまだランチには早いと言える時間だった。

 

「時間決めて食堂で待ち合わせしない?」

 

「却下よ。あんたすっぽかしそうだし」

 

「俺今まで約束破った事無いと思うんだけど……」

 

「それ以前に私と約束した覚え無いわよね?」

 

「え? うん。そういえばそうかな?」

 

「なら信じられなくても仕方ないじゃない」

 

「それ理不尽過ぎない? 単に絡んだことが無かったってだけじゃないか」

 

「それよ!」

 

ドンッと、再びマスターは壁ドンされた。

もう本当に意味が解らない。

実はマスターは最初は僅かに邪ンヌがマシュと自分が食事に行った事に対して嫉妬しているのでは、と突拍子もない予想をしていたのだが彼女の態度を見る限り違いそうだという結論に達した。

では何だと言うのか。

まさかあの邪ンヌがマシュと同じ理由で自分とのコミュ不足に不満を持っている?

あのひねくれ者が?

 

「流石にあり得ないだろ」

 

「は?」

 

しまった。

つい口から出てしまった。

 

「何が有り得ないのよ?」

 

「ああ、んー……あ、今まで君とも食事に行った事が無いなんて有りえない……よね?」

 

「……!」

 

その言葉に邪ンヌは言いようのない気恥ずかしさを急に感じた。

顔色が赤みを帯びている気が凄くした。

だというのに胸の裡からはこれまた言い表せない温かさと嬉しさも確かに感じた。

 

(あ、そうか)

 

「そうよ! 私は勝利したのよ!」

 

明らかに恥ずかしさを誤魔化すための強引な思考転換だったが、邪ンヌはそう結論付けた。

 

「……」

 

マスターはというともう完全に沈黙していた。

はっきりいって邪ンヌの態度の変化に思考が付いていけず、彼女にかける言葉が全く思い浮かばなかった。

 

「いい、解ったわね?」

 

「はぁ……」

 

何が解ったというのだろうか、というのは無粋であり、愚かな答えだというのはマスターには解った。

 

「じゃあどうする?」

 

「私の部屋に来なさい。そこで約束の時間まであんたを拘束するわ」

 

「……本とかゲームは持ち込んでいい?」

 

「貴方、私と居る時間が退屈だと言いたいわけ?」

 

「いや、実際に俺が何も持たずに君の部屋を訪れた時の事考えてみなよ」

 

「……」

 

何もプランを立ててなかった邪ンヌは黙るしかなかった。

 

「じゃ、いいよね?」

 

「映画の DVD とかは持ってる? 持ってるならそれにしなさい」

 

「ホラーは平気?」

 

「舐めんじゃないわよ」

 

マスターの挑発とも取れる気遣いに、邪ンヌは自らの顔に僅かな笑みが浮かんでいた事に気付かなかった。




邪ンヌ可愛いですよね。
宝具レベル上げたいですが、それ狙ってガチャに金は掛けたくないです。


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クー・フーリン(槍・魔含む)

クー・フーリンはマスターにどういうわけか『兄さん』と慕われていた。
別に普段から親しげにしているわけではない。
ふとしたきっかけでマスターに酒の楽しみを教えた結果、彼から呑みの誘いを受けた時だけとても嬉しそうな顔をするのだった。


「おうマスター。どうよ、 今日一杯やらないか?」

 

「おっ、いいッスね」

 

クーから酒の誘いを受けて、マスターはいつもしているどことなく疲れている顔からパッと明るささえ感じそうな笑顔を見せた。

それを見る度にクーはこう思った。

 

(この顔をこいつの事を好いてるやつらにもっと見せてやりゃイチコロなのによ)

 

 

「今日は何飲むんです?」

 

「ウイスキーはどうよ?」

 

「あ、丁度良いッスね。ツマミに最適なのがあるんですよ」

 

「お?」

 

マスターはそう言うとそそくさと一旦部屋から出て行き、暫くして段ボールをいくつも抱えて戻って来た。

 

「おいおいなんだよそりゃあ……」

 

「チョコです」

 

マスターが蓋を開けた箱の中にはいろいろなデザインの包装が施されたチョコと思しきが物がぎっしりと敷き詰められていた。

クーはそれを見て今日がカルデア内でのバレンタインデーだった事に気付いた。

 

「いいのかぁそれ。一応贈りもんだろ」

 

「だとしてもこの量ですし」

 

「まぁお前がいいならいいけどよ。しかしモテるなぁ」

 

ちょっとしたからかいのつもりだった。

しかしそう言葉をかけられたマスターは何が地雷を踏んだのか、その時だけおもいっきり疲れた顔をしたのだった。

その思いもよらない変化にクーは虚を突かれ、さっきの発言がマスターにとっては結構な失言だったと事を悟った。

 

「そう良いものでもないッスよ」

 

「そ、そうか? しかしまたなんでよ」

 

「別にチョコをくれる皆の気持ちが嫌だというわけでは決してないですよ? ただですね」

 

「お、おう」

 

クーは話の続きが気になってつい身を乗り出す。

 

「皆がチョコをあげるのは大体僕だけです。それに対してお返しを僕はその場でする主義でして。その場合僕は何人にチョコを贈る事になると思います?」

 

「ああ……」

 

クーは悟った。

マスターの苦労と言いたい事を。

 

「人によっては特定の人の前でお返ししないように気を付けないといけないし、渡す度に笑顔とお礼の言葉も掛けるんです。それは一体どれだけの数だと思いますか?」

 

「……」

 

「当然贈った分だけ出費もかさむし、時間も取られるし、精神だって結構疲労します。僕だって皆の好意に対してこんな感情を抱きたくないんですよ? でもこんな事になれば、そりゃあ多少はグレても仕方ないとは思いません?」

 

いつの間にかマスターはクーが持っていたウイスキーを開けて飲み始めていた。

まだ見た所一杯しか飲んでないはずだったのだが、悪い酒の入り方をしたのか、その一杯で目が据わり酒に呑まれてしまったようだった。

マスターは確か未成年だったはずだが、ことカルデア内、加えて様々な国の様々な時代の英霊が集うこの場においては一定の年齢に達していない事など禁酒の理由には到底ならなかった。

全ては飲みたいという意思さえあればそれが尊重された。(一部健康に非常に厳しいサーヴァントの強い反対はあったが)

それにマスターは元々酒に弱い体質ではなかったようで、味にこそまだそれほど理解を示していないものの『酒が美味しく感じる時』『それがもたらす高揚』は既に理解しているようだった。

その証拠に、ビールの最初の一杯が喉を通る感覚は悪くないと言うし。

ウイスキーや焼酎など、アルコールが多少強い酒も、味はともかく楽しく話しているときにアルコールが体に回った時の温かさは不思議と楽しさと幸福感を後押ししてくれると独自の感想まで持つようになる程だった。

 

そんな彼が早々にこうも酔ってしまったのはやはりそれなりに大変だったからだろう。

 

「うんまぁそうだな。悪い悪い」

 

そう言ってクーはマスターの方をポンポンと叩いて慰めた。

マスターはそれを無言で受け入れ、先ほどと比べたら幾分落ち着いた様子で今度は静かに二杯目を呷った。

 

「大体まぁ仕方ないと言えば仕方ないですかね。サーヴァントの人は皆基本過去の時代出身だし。それに大体その時代には、少なくともこうやって祝うバレンタインデーなんて無かったでしょうし」

 

「うんうん」

 

「だからその習慣を識っている僕にだけチョコが集中し易いと言うのも解るんです。しかし本当に数がですね……」

 

「そうだなぁ」

 

「正直仕事以外でも『マスター』を意識してしまうのは疲れます。別に気にしないで良いとは言ってるんですけど……」

 

「そうだな。そうなると俺もマスターにチョコくらい贈らないといけねーよな」

 

「あはは、この酒で十分ですよ。はぁ……」

 

「まぁ愚痴なら聞くからよ」

 

結局その日は明け方まで二人で飲み続け、マスターはやや重いアルコールの影響で体調を崩した姿をナイチンゲールに見つかってしまい、更に大変な目に遭ったとか遭わなかったとか。




昨日はバレンタインデーでしたね。
おかげで話が浮かびました。


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刑部姫

マスターは二日酔いだった。
つい先ほどまでナイチンゲールから執拗な診断要求を躱す事に注力していた事もあって、上手くやり過ごしたと確信した時点でドッと強い疲労感に襲われた。
ハッキリ言って、症状は悪化していた。


「あー、マーちゃんだぁ。どうかしたのー? なんか凄く調子悪い感じぃ?」

 

「……ちょっとね」

 

「……じー」

 

「何?」

 

「ねぇ、もしかしてマーちゃん今すっごく攻め時って感じ?」

 

「確かに弱ってるけど、そんな事したら人から嫌われるよ?」

 

「別に酷い事しようってわけじゃないよ? ただちょーっとお願い聞いてもらいたいなぁみたいな?」

 

「引き籠りたいとか?」

 

「そうそれ!」

 

「いいよ。じゃ、暫く休みね」

 

「えっ」

 

即断即決だった。

姫は思わずポカンとした顔をした。

仕事をサボりたいのは本心だったが、まさかこうもあっさり要求を受け入れてくれるとは思ってもいなかった。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってよ。ね、ホント? ほんとーに引き籠っていいの?」

 

「さっき構わないって言ったじゃないか。姫の代わりは誰かにお願いするよ」

 

(そ、そんなあっさり……)

 

「え、えー? で、でもぉ? ほ、本当に、本当にそれでいいのかなぁ? ほらわたしってこれでもやれば結構出来る子系のサーヴァントじゃん? そんなに簡単に代わりの子見つかるかなぁ?」

 

(え、ちょっと本当に勘弁してください。俺は調子が悪いのよ。引いたら引いたでしがみ付いてきたよ)

 

マスターは姫の対応が面倒で仕方が無かった。

他のサーヴァントと同様あまり話した事はなかったが、それでも性格とかの特徴はある程度抑えていたので、最も効果的な対応を本人はしたつもりだったのだが……。

 

「いや、本当に大丈夫だし怒ってもないから。休みたいっていうなら俺は無理に働かせたりはしないよ? メンタルケアも大事だからね」

 

「へ、へぇ……」

 

あくまでマスターは本心から自分の言う事を聞いてくれるのだという。

だというのに姫はそれでも何か自分が凄く要らない子扱いされているようで、不安とも寂しさとも言える感じに心がチクチクした。

 

「あ、あっ! そ、そういえばー、マーちゃんとわたしってあまり話した事がなかったよね? 休みをくれるのも嬉しいけどぉ、先ずはほら、シフトとか予定とかそういうのしっかり確認したりしてわたしと打ち合わせした方が良いんじゃないかなぁ?」

 

「えー……」

 

(何故こんな時だけ真面目ぶる。こっちは気にしないでいいよって言ってるのに)

 

この時正に、カルデア史上最大規模のマスターとサーヴァントの心の乖離が発生していた。

 

「あぁ……まぁ、そうだね。じゃあ後で俺から連絡するから。その時話そ」

 

「あ、後でってどれくらい?」

 

「大丈夫。ちゃんと連絡するから」

 

「……」

 

姫はマスターの服を掴んで逃すまいとした。

何故こうも必死なのか、体調不良のマスターには残念ながらこの時冷静に考える余裕が無かった。

 

「離してくれるかな」

 

無意識に強い言い方になっていた。

その威圧感に服を持っていた姫はビクりと震えたがそれでも離さなかった。

 

「姫?」

 

「……」

 

マスターは姫の目尻に涙が滲んている事に気付いた。

彼は自分が彼女を泣かせてしまう程に追い込んだらしい事実に流石に驚いた。

 

「えっ、姫。ちょ、ちょっと……あーえっと」

 

(どうしたら、どうしたらいい?)

 

姫はまだ服を掴んだままだったが、泣いている自分に気付いて空いていた片手でフード被り顔を隠した。

 

(これはもう子供だよな。なら相応の対応をしよう)

 

ポン、という優しい感触で頭の上に何かが乗ったのを姫は感じた。

その正体は半ば判ってはいたが、しかしそれでも確認せずにはいられなかった彼女は伏せていた顔を上げて再びマスターの方を見る。

 

「ごめんなさい」

 

そこには自分の頭に手を乗せて、とても困った顔で謝るマスターの顔があった。

その表情は凄く大変な事をしてしまったという焦りがよく出ており、見れば少なからず脂汗まで浮かんでいた。

そんな困った顔をしたマスターを見たのは姫は初めてだった。

そして何故かその表情が姫にはとてもおかしく見えた。

 

「ぷっ……」

 

「姫?」

 

思わず吹き出してしまった姫の声を聞いてマスターが申し訳なさそうな目で姫を見る。

 

「……お薬貰ってきてあげよっか?」

 

「え?」

 

「調子悪いんでしょ? 仕方ないからわたしが貰ってきてあげる」

 

「え、いいの?」

 

「お部屋で待ってるんだよ?」

 

姫のあまりにも早い機嫌の直り様にマスターはそれ以上何も言えず、恐らく医務室へと向かったと思われる姫の背中を見送る事しかできなかった。

 

 

そして、これは余談となるが、姫が持って来たのは風邪薬だった。

マスターはそれに対して特に何も言うことなくお礼を告げて薬を服用したという。




連投になりますが、次は間が空くような空かないような。
思い付けば良いのですが。


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清姫(狂・槍含む)

目が覚めたら、天井の代わりに清姫の顔があった。


「あれ……」

 

「あ、目覚められましたかますたぁ。おはようございます」

 

黙っていれば美人で良い子の清姫が華やかな笑顔で挨拶をした。

頭の後ろが温かい柔らさを感じた。

どうやら清姫に膝枕をされているようだ。

寝起きのマスターはまだ頭がボンヤリしていて何故こういう状況なのか把握できなかった。

 

「……ん?」

 

「あ、ますたぁがですね、こちらの長椅子でお休みなってましたので私が快眠をお助けさせて頂きましたの」

 

「あぁ……」

 

親切にも清姫の方から今の状況に至る説明をしてくれたので、マスターも段々と眠る直前の自分の行動を思い出してきた。

 

(そういや、ゲームのやり過ぎで朝起きても寝不足で、廊下の長椅子で一休みをするつもりが……)

 

「……寝ちゃってたのか」

 

「はい、それはもう熟睡されておりました」

 

「あぁ……まだ頭がボンヤリするな」

 

「いくらでもお休みください」

 

「いやでも、枕はいいよ」

 

「私がしたくてさせて頂いてる事ですので。どうかご迷惑でなければこのままますたぁの重みを感じさせてください」

 

「……」

 

マスターはそれ以上何も言わなかった。

清姫は盲目的に自分を慕う傾向があり、特にイベントや誰かに嫉妬した時などは感情の高まりもあってとても厄介なのだが、こうして特に何も無い状況なら、普通に会話もできる優しい人なのだ。

だから特に理由が無ければ膝枕を固辞しない方が良いとマスターは結論した。

 

(無理に断ったらそれはそれで面倒な事に多分なるからな)

 

「ふふ」

 

「……」

 

ごろんと寝返りを打った時外を向いた耳に清姫の嬉しそうな笑い声が聴こえた。

マスターは何故か溜息が出てしまった。

 

「はぁ……」

 

「あ、申し訳ございません。心地が良くなかったですか?」

 

マスターの溜息が自分に原因があると思った清姫が申し訳なさそうな顔をして謝る。

 

「ああ、ごめん、違うよ。何か都合が良い時に甘えて、利用してるようで罪悪感がね……いや、利用してるな。ごめん」

 

「そんなこと。そんな風に気にされなくて良いんですよ。先程も申しましたが、清がしたくてさせて頂いてるだけですので」

 

「ん……」

 

『清』という一人称にマスターは僅かに反応した。

清姫の一人称が『私』から『清』に変わった時は感情が高まっている証拠だった。

マスターはこれまでの経験からそれを把握していた。

今はまだ一見まともだが、明らかに清姫は今、マスターの事を『愛しい人』から『私の旦那様』くらいにまで意識しつつあった。

 

(このままだとマズイ)

 

そう判断したマスターはまだ清姫の膝による心地良い快眠を要求する本能を何とか抑えて頭を上げた。

「あ……」と残念そうに漏らした清姫の声に少しマスターは罪悪感を感じた。

 

「ごめん。まだフラっとするけど後は自分の部屋で寝るよ」

 

「そんなご遠慮なさらなくて良いのに……」

 

「いやほら、此処でしてもらい続けるのも勿体な……あ」

 

「っ……!」

 

マスターは自分が墓穴を掘った事に気付いた。

自分では上手く持ち上げて事を収めるつもりだったのだが『此処で』という言葉は非常に良くなかった。

 

「……あなた」

 

「……」

 

事実、清姫は顔を紅潮させて恥じらうように口元を隠しながらも悦びの感情はだだ洩れで、更に悪い事にマスターの事を『あなた』と呼ぶようになっていた。

 

「いや……待って」

 

「はい、いつまでも。永遠に」

 

ダメだった。

これはどうやって乗り切ったら良いか、マスターは強制的に頭を覚醒させて思考をフル回転させた。

 

「俺はまだ未成年だから精神が大人になるまで待って」

 

「清の時代では十五にまでなれば、もう成人と変わりありませんでした。問題ございませんわ」

 

「うん、でも心は別だから。俺はまだその……はっきり自信がないと言える自信はあるんだ」

 

我ながら妙な言い訳だったが、幸運にも清姫はマスターの態度を真剣なものだと捉えたようだった。

乙女モード全開だった雰囲気もやや落ち着き、彼の呼び方も『ますたぁ』に戻っていた。

 

「ますたぁ……。では私はその時に必ず振り向いて貰えるよう、覚えを良くして頂く為に、今まで以上に御奉仕致しますわ」

 

「あ、うん。頑張ってね……」

 

何とかその場は収まりそうだが、マスターは清姫の自分に対する包囲網が間違いなく以前より狭まった気がした。




清姫も題材としては扱い易い。
ありがとうきよひー。


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スカサハ(槍・殺含む)

マスターは仲間と食事を摂る事が極端に少ない。
それは影の国の女王たる自分も同じで、確かに一緒に食事をした事は少な……いや、自分も一度も無かった。
別に食卓に肩を並べたいわけではなかった。
動機は至極単純。
自分より未熟で年若い者が何人か、自分より先にそのマスターと最近親交を深め始めたらしい。
つまりその事実に対して年長者の一人としての現在の立ち位置がやや気に入らなかったのだ。


(マスターめ、今日も食堂に足を向けずに自室に戻るか。あいつは部屋に戻って食事をしているのか? ふむ、どうせジャンクフードやインスタントだろう。ならその食生活が不健康だという事を理由に引っ張り出すとするか)

 

マスターの背中を目で追いながらスカサハは彼を引き回す計画を瞬時に立てた。

ただの『食事』が『引き回す』というやや物騒な表現に変わっていたのは、彼女自身がただ食事をするだけなのは芸がなくつまらないと考えた故だった。

『食事の後に軽く稽古(笑)つけてやって武芸達者の頂点に位置する者の一人がサーヴァントとして契約を交わしてやっている有難みも教えてやろう』

というのがスカサハの計画の全容だった。

 

(うむ。完璧だな)

 

自分の一縷の隙も無い計画とマスターへの気遣いに半分自画自賛しながら満足したスカサハは意気揚々と彼の部屋をノックした。

 

 

「はい? え? 師匠じゃないですか」

 

「急にすまないな。少し構わないか?」

 

「え? 入りますか?」

 

「お前が構わないなら、良いか?」

 

「ええ、どうぞ。構いませんよ」

 

「うむ。失礼す……」

 

玄関を潜ったところでスカサハは直ぐに、自分の鼻孔に何やら良い匂いが入って来るのを達人ならではの鋭敏な五感で感じ取った。

 

「良い匂いがするな」

 

「今昼作ってたんですよ」

 

「冷凍食品か? あまりそんな物ばかり食べるのは感心しないな」

 

例えラーメンでなくとも冷凍食品もインスタントの一種である事くらいスカサハはどんな窮地でも常に的確な判断を導き出してきた明瞭な頭脳で既に学習済みだった。

 

(この炊かれたばかりの米と塩、そして熱を帯びた海老の香り。これは間違いなくピラフだな)

 

「いや、魚のフライを今作ってて」

 

「……」

 

どうやら塩と海老の香りは気のせいだったようだ。

テーブルには米が炊き上がり、蒸気を出す炊飯器があった。

 

(うむ、米の香りは間違いなかったな)

 

スカサハその時には既に先程の勘違いの事は忘却の彼方へと葬っていた。

正に神速の槍の使い手であるクー・フーリンの師に相応しい素早い思考の切り替えだった。

 

「マスターは自炊するんだな。もしかして今まで食事は全部自分で作っていたのか?」

 

「ええ、そうですよ。簡単な料理しか作れないですけどある程度は自分の好みも反映できますしね。あ……」

 

「ん?」

 

「師匠も宜しければ食べていきますか?」

 

「え? ああ、そうだな。では相伴に頂からせてもらおうか」

 

マスターはスカサハがついさっき揚げて皿に盛ったフライをじっと見ていた事に気付いて食事を勧める事にした。

 

(あんな目で見ていたら出さずには帰せないよな)

 

 

「ではご馳走になる」

 

「どうぞー」

 

「……美味いな」

 

特別に上等な料理でも素材でもないのは判った。

しかし料理としては素朴ながらもシンプルな塩主体の味付けはとても美味しく感じた。

 

「師匠は料理作らないんですか?」

 

「マスターが満足できる料理は出せない気がするな」

 

「ああ、なるほど」

 

「む、解ったか?」

 

「つまりレトルトやインスタントでない限り作れないわけですね?」

 

「率直だな。まぁそうだ。味は理解できても作り方が全く分からん。特に作りたいとも思わんがな」

 

「へぇ」

 

正直料理が作れないと指摘した時は不興を買うのではとマスターは少し恐れたのだが、そこは大人の余裕というか、実にスカサハらしくあっけらかんとした態度で肯定した。

マスターはこういうスカサハの厳しいながらもさばさばしたところが接し易くて助かっていた。

 

「なんか聞いていた話と違うな。お前はもっととっつき難い印象だったのだが」

 

「え?」

 

「お前最近何人かの娘と交流しているようじゃないか。その内から聞いた話から持った印象だよ」

 

「ああ……」

 

スカサハの話を聞いてマスターは納得して少し笑った。

 

「ん? どうした?」

 

「いや、僕は落ち着いて話せる人だったら大体こうですよ」

 

「ほう? つまり年下は苦手だと?」

 

「ちょっと違いますかね。精神的に自分より若くて勢いがあるというか。ペースに巻き込まれるのが苦手といいますかね」

 

「ふむ、大体理解したよ。つまり平静に論理が通る相手が好みなんだな?」

 

「何か言い得て妙ですが論理……うん、そんな感じですかね」

 

「なら私は正にふさわしい相手、最適者というわけだな」

 

いつの間にか自分で二皿目のフライを頬張りながらスカサハはやや自慢げに嬉しそうに言った。

マスターにはその姿が仕事の時に見る彼女と比べてどこなく無邪気に見えた気がした。

 

「まぁそんなとこですかね」

 

「いいだろう。ならば私が暇な時はこうやって食事を馳走になりに来てやろう」

 

「え」

 

不意の予想だにしない提案にマスターはつい箸を取り落としてしまった。

しかしそれは床に落ちることなく、一瞬の動きでスカサハが自分の箸でキャッチした。

 

「こら、気を付けないか」

 

「あ、はい」

 

「お前は幸運だな。この私から武芸の稽古だけでなくこうやって会話で癒してまでもらえるのだからな」

 

「え? 癒し? あのちょっとま――」

 

「ああ、お前が希望するならこれの代わりに稽古の追加でも構わんぞ?」

 

「……来るときは事前に教えて下さい」

 

「カルデアの者からすまーとふぉんなる物を支給されている。連絡先を入れてくれ」

 

何処からか取り出した携帯端末をスカサハはテーブルに置き、それをマスターの方に押した。

マスターは参りましたとばかりの心境でそれを受け取った。

 

「分かりました……」

 

「考えてみれば弟子の連絡先を師が知らないのはおかしかったな」

 

「え」

 

(待ってください。僕はいつの時点から貴女の弟子だったんでしょうか)

 

「なるほどなぁ。私はお前の好みであり、しかも稽古も話も聞いてくれる師匠であり出来た女だったわけだなぁ」

 

「あ、あはは」

 

本人は気付いてないようだったが、スカサハはマスターが作った料理を尚も美味しそうに食べながら、にこやかな笑顔を浮かべていた。

きっとその様子をクー・フーリンが見たら『誰この気が抜けた奴』と言いかねないように思えた。

そしてその楽しそうな様子に無粋な事を言って水を差すことができる程の胆力は、残念ながらその時のマスターにはなかった。




スカサハ好きなんですよね。
持ってないけど。
だからまぁここまで書けたんだと思います。


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H・C・アンデルセン

作家という仕事はクソだ!
休んでいても仕事の事を考えてしまう。
最早仕事から解放された身だというのに手持無沙汰になると勝手に頭に湧いてきちまうんだ。
このイライラした気分を鎮めるのに必要なのは糖分だ。
ん? そういえば何かマスターの奴が女どもから贈り物をやたら貰っているのを見た気がするな。


「やぁマスター頼みがある」

 

ドアを開けたらそこには目つきが悪い子供が居た。

しかし侮るなかれその人物は子供に見えて中身は気難しい大作家先生なのだ。

マスターは彼と接する上で幾つか気を付けないといけない事を知っていた。

 

一つ、彼を決して先生と呼んではならない。

マスターも当初は歴史の知識から持っている印象からついそう呼んだのだが、その子供は『その呼び方は常に締め切りに追われている感覚がするから絶対にやめろ』と不機嫌になった。

一つ、彼を一般的に認知されている名前で呼んではならない。

なんでも彼によると自分の姓は故郷ではありふれたもので、呼ばれただけで何となく劣等感を感じてしまうらしい。

一つ、彼の前で仕事(執筆)に関する話をしてはならない。

これは言うまでも無かった。

彼は仕事といったらそれ(執筆)しかできないが、それ故に必要に迫られる時以外は仕事の『し』の字も連想したくないのだそうだそうだ。

他にも幾つか気を付けなければいけない事があるが、この三点に主に注意していればその子供は至って親しみ易い人だった。

 

「ああ、ハンスさんどうしたんですか?」

 

「糖分が足りない。悪いがくれないか」

 

「は、はぁ……」

 

言葉を扱うのが最大の特技と言えるのに相変わらずその人は直球というか主語がなくて解り難い話し方をよくした。

まぁでも、何を欲しているのかは大体解る。

 

「甘いものが欲しいんですね? でもなんでわざわざ僕の所へ?」

 

「お前が何やら女どもからやたら贈り物を貰っているのを見たんだ。その中に菓子の一つくらいはあるだろう?」

 

「因みにハンスさんは自前では何も持ってないんで?」

 

「俺がそんなに準備が良いわけないだろう。かといってマスター以外に持ってそうな奴も知らないし、気安く話せる奴もいない」

 

「なるほど……」

 

取り敢えずちょっと同情してあげたくなりそうな理由は解ったのでマスターは彼を部屋へと迎えた。

 

「すまんな」

 

態度はアレだが短いながらも詫びはしっかり言う人だった。

 

 

「コーヒーとビスケットをくれ」

 

「はいはい」

 

カーペットの上に座るなりアンデルセンは茶と茶菓子を要求してきた。

チョコだけ貰って帰るのかと思いきや、なかなか堂に入った図々しさである。

マスターはそんな彼の尊大な態度に慣れた様子で手早く用意を始める。

 

「どうぞ」

 

「……すまん。つい要求してしまった」

 

滞りなく茶菓子まで出た時点で自分の態度の悪さに気付いたらしい。

アンデルセンは心から申し訳なさそうな顔をしてマスターに謝った。

 

「いや、いいですよ。ま、これくらい」

 

「よくビスケットまであったな。」

 

「例の甘い物の中にあったんですよ。チョコレートがコーティングされてますけど大丈夫です?」

 

「う、うむ」

 

マスターは自分の分のコーヒーをテーブルに置き、アンデルセンの向かい側に座った。

そこでどうぞと彼に声を掛け、若干ぎくしゃくしながらも男同士のお茶会が始まった。

 

 

「ずず……ん、豆を挽いたやつか」

 

「バリスタですけど結構美味しいでしょう?」

 

「うん……この香り、癒されるな」

 

「お菓子もどうぞ。コーヒーのせいでチョコの甘さはちょっと感じないかもしれませんが」

 

「構わんさ……ん、これも悪くない」

 

「女の子には言わないで下さいね。誰から貰った物かも判らないので」

 

「こうして無理を聞いてもらってるんだ。そんな事はせんよ」

 

「助かります」

 

それから暫く、お互い無言ながらもコーヒーの良い匂いが二人を柔らかく包み、心地良い時間が流れた。

 

 

「……気が利く奴だな」

 

アンデルセンがポツリと言った。

 

「何の事です?」

 

「俺が今一番求めてる癒しをお前は理解している」

 

「ん……? 今まで黙っていたのがですか?」

 

「ああそうだ。お陰で瞑想紛いな気分にすらなったぞ」

 

「何となくそうしても問題ないかなと思っただけですよ。実際僕もその間本を読んでましたし」

 

「何の本だ?」

 

「えっ」

 

マスターはアンデルセンの意外な反応に思わず驚きの声を漏らしてしまった。

作家でありながら普段から自分の生業に対して毒を良く吐く彼が、自分からそれに関係するものに興味を持って聞いてくるなんてとても珍しく思えた。

 

「ちょっと前に観た映画のノベライズですよ」

 

「ふむ、つまり原作か?」

 

「原作だったり、そうじゃない場合もありますね」

 

「そんなものか。よく解らんな」

 

「読みたかったら本棚から借りて行って良いですよ。漫画とかもあるのでちょっと統一性に欠けますが」

 

「漫画か……。ネタに詰まった時絵でインスピレーションを得るのに役立つかもな。後で見させてもらおう」

 

「どうぞどうぞ」

 

 

それからまた暫くしてアンデルセンがポツリとコーヒーのカップをテーブルに置いて言った。

 

「……マスター」

 

「はい?」

 

「悪いな」

 

「はは、大丈夫ですよ。何だかんだで僕もこの雰囲気は何となく好きです」

 

それは演技でも気遣いでもなく本心から出たマスターの朗らかな笑顔だった。




マスターは落ち着いた人と同性がコミュニケーションが取り易いと考える人です。
別に女性が苦手とか嫌いなわけではありませんが、気楽に話せるのはやはり同性が多いみたいです。


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マタ・ハリ

何やらマスターが当たりの様子を窺うようにして外に出ようとしていた。
それを偶然見かけたマタ・ハリ(以下マルガレータ)は好奇心を覚えて後を追う事にした。
残念ながらサーヴァントとしてアサシンのクラスに属する彼女の気配にマスターが自力で気付く事は不可能だった。


「あらあら、マスターも何だかんだ言って男の子よねぇ」

 

背後からの突然の声にマスターはびくりと肩を跳ねらせる。

聞き覚えのある声だった。

振り向くとそこには予想通りの女性の姿があった。

 

「マリィさん……」

 

『マリィ』というのはマタ・ハリの本名であるマルガレータの愛称だった。

マスターはスパイ時代の仮名で彼女の事を呼ぶ事を躊躇い、本人の公認を得てこの愛称で呼ぶ事にしていた。

マルガレータからしたらわざわざ許可を得るようなことではないし、仮名の方でも構わないという事だったのだが、それなら自分の希望でという形でこの件は落着している。

それ以来マルガレータはマスターの事を気に入っていた。

 

「この先に何があるのか知っている身としては、やっぱりアレが目的という事で良いのかしら」

 

「ああ……まぁそうですね」

 

マルガレータの尋問のようにも思える優しい質問にマスターは気恥かしそうに答える。

 

この先にあるのは要するに人間の三大欲求といわれる欲の一つを満たす目的の施設だ。

その欲は他の二つの欲に比べて自力で完全に満たすとなると普段の生活の中ではやや難しく、故にそれをサービスとして提供する業種も存在していた。

マスターはそれを利用しようとこっそりカルデアを抜け出した所をマルガレータに運悪く見つかったのであった。

 

「恥じらう気持ちも解るけど、別にそれを非難するつもりも軽蔑するつもりもないわ。そこは安心してね?」

 

「あ、はい」

 

「でも意外なのは本当ね。マスターそういうのはほら? 自分で済ませていると思っていたから」

 

「いや……僕も今の立場になる前までは……そう、でしたよ? でも今はほら、周りの環境の影響もあって感じ入る事もあるからと言いますか」

 

「それって私も? と訊くのは無粋よね」

 

「正直、一番最初の原因です」

 

マスターはやや目を逸らしながら言った。

傍目からは平静を装っているが内心は結構やりきれない気持だった。

今日のこの事を知られてしまったのが彼女だと言うのはある意味幸運だった。

何故ならその分野では一番理解がある者の一人だろうから。

 

「別に私に求めてくれても良かったのよ? 魔力供給もできるじゃない?」

 

「僕も最初はそれを考えたんですけどねぇ……」

 

「?」

 

マルガレータは不思議そうな顔をした。

それは自分の魅力に相当の自信を持っている者ならではの余裕であった。

だからこそ、マスターがイの一番に『それ』を自分に求めなかった理由が純粋に気になった。

 

「例えギブアンドテイク、お互い同意の上だとしてもそういう関係の相手が常に身近にいて、しかもそれが同じ場所で働く仲間となるとちょっと……と言いますか」

 

「真面目ねぇ」

 

マルガレータは面白そうに明るい顔で笑った。

今まで知らなかったのが勿体なく感じるほどマスターにこんなところがあった事を愛おしく思えた。

 

「どうかご理解下さい」

 

「ええ、勿論よ。でも……ここなら誰もいないわよ?」

 

「えっ」

 

マスターは思わず周囲を見渡した。

確かに誰もいないが外だ。

彼女はここで『それ』をしようというのだろうか。

 

「流石にこの場ではしないわよ。でも外でも上手く忍んでやる事くらいわけないわよ。それに何たって今の私はアサシンのクラスのサーヴァントなんだから」

 

「……」

 

「私、貴方なら本心から尽くしても良いと思ってるわよ?」

 

「あ……」

 

そう言うとマルガレータはマスターに一歩だけ近付いた。

 

たった一歩歩いてきただけだというのにマスターはそれだけで彼女の魅力の凄さを感じた。

 

(こんなの反則だ。今になって漂う匂いに気付いたし、クラクラする……)

 

「無理にするつもりはないわ。望むなら。それに後悔なんて貴方と結んだ契約にかけて必ずさせない」

 

不思議だった。

誘惑されている気がするのに自分に向ける視線と表情は真剣なものだとマスターは理解できた。

そして落ち着く事が出来た。

 

「ふぅ……あの」

 

「うん」

 

「抱きしめてもらえますか?」

 

「いいわよ。もしよければそのまま上手くしてみせるけど?」

 

「……お願いします。あの勿論この場ではないですよ?」

 

「うん♪」

 

蚊が鳴いているようなマスターの小さい声にマルガレータは慈愛溢れる微笑みを称えて彼を包みこんだ。




これはR15ないしR18関連のものを書いていみたい。


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織田信長(弓・狂含む)

マスターはまた寝不足だった。
今度は知り合いと遅くまでチャットをしていた所為だった。
しかし今回は半ば付き合いでの会話で、あまり楽しくなかったので精神的疲労はそれなりであった。


「なんじゃマスター、シケた面じゃのぉ」

 

「……やぁ信さん」

 

自販機で栄養ドリンクを買おうとしたところで織田信長が声を掛けてきた。

どうやらトレーニングの帰りのようで額には汗が滲んでいた。

 

「トレーニングでもしてたんですか?」

 

「ん? 何でじゃ?」

 

「いや、汗」

 

「ああ、これな」

 

信長は額に手を当てていきなり可笑しそうに笑って言った。

 

「いや、これは違う。ちょっと沖田のやつとピコピコで白熱してしまったのじゃ」

 

「ピコピコ……?」

 

マスターは聞き慣れない言葉に眉をしかめた。

 

(何かの形容だとすると……)

 

「えっとテレビゲーム?」

 

「うむ、て〇りすじゃ」

 

ずるっとマスターは力抜けた気がした。

ちょっとテ〇リスでそこまで白熱する状況が想像できなかった。

 

「……よくあんなシンプルなゲームでそこまで熱くなれましたね」

 

「うむ、実に解り易くて長く遊べたわい」

 

「なるほど……」

 

確かにあのゲームはシンプルでゲームが苦手な人でも直ぐにルールが解ると言えた。

人によってはその単純さ故直ぐに飽きるだろうが、簡単だから長く続けられる。

それも誰かと一緒に遊び、その相手もそのゲームを楽しんでくれるのなら時間を忘れてしまうのも解る気がした。

 

「楽しめたようで何よりですよ」

 

「む? なんじゃ? もしかしてマスターも興味ある系か? ワシと一緒に遊びたいとか、身の程を弁えずに思ってしまってたりするか?」

 

「ああえっと、すいません。僕ちょっと寝不足で頭痛がですね」

 

「なんじゃそれでそんな顔をしておったのか。それなら良い気つけ薬があるぞ」

 

信長はカカと笑って懐から小さな紙の包みを出した。

しかしこの信長というサーヴァントはよく笑う女性だった。

ただ笑うだけではない。

どんな時も笑った時は常に楽しそうにマスターには見えた。

そんな彼女が今回何やら不敵な笑みと共に出したこの薬である。

マスターは流石にその場で「感謝申し上げます」とは受け取らなかった。

 

「何の薬ですそれ」

 

「何かいろいろ調合して疲れとか悩みとか吹っ飛ぶやつじゃ。昔一益の奴が素破(すっぱ)の秘薬の一つとか言って教えてくれたのじゃ」

 

「……」

 

マスターは凄く嫌な予感がした。

昔は麻酔の代わりに中毒性のある麻薬を当然として使っていただろうし、その中毒性を効能として薬とした事は充分に考えられた。

だからマスターはちょっと信長とは違う種類の汗を浮かべて引きつった顔で言った。

 

「いや、お気持ちは有難いんですけど、それ、何か現代の人間には返って毒になりかねない気がするので……」

 

「毒も薬と言うではないか。そこは男らしく勇ましさを見せい」

 

「え、えぇー……」

 

信長はにんまりとした顔で薬を持ち近付いてきた。

その顔にはマスターの反応を面白がっているのと所持する薬の効果に対する信用がありありと浮かんでいた。

 

「の、信さんはそれ使った事あるんですよね?」

 

「当然じゃ。故に今のワシがあると言える」

 

(あ、何か納得した)

 

いや、それは素なのかもしれなかったが、この時のマスターには信長がよく見せるハイテンションの様子は、明らかに昔から服用してきた薬による影響だと結論して憚らなかった。

マスターは必死に考えた。

何とか信長を上手く納得させて薬を飲まずに済む方法を。

 

「じゃ、じゃあここは一つ勝負して決めません?」

 

「勝負?」

 

「信さんと遊ぶ一環としてテ〇リスで勝負をしましょう」

 

「ほう? つまり負けたらお主はこれを飲むのじゃな?」

 

「はい」

 

「ではワシが負けたら?」

 

「え? あ……」

 

マスターはハッとした顔をした。

 

(しまった。いろいろ余裕が無くてそれは全然考えてなかった)

 

「なんじゃ考えてなかったのか。ではこういうのはどうじゃ? ワシが負けたらマスターをワシの馬廻りにしてやろう」

 

「それって結局信さん得してません?」

 

「ただの馬廻りではないぞ? 側近中の側近、小姓も兼ねた馬廻りじゃ」

 

「いや、やっぱりそれ、信さんしか得してませんよね?」

 

「ワシは身内に甘いから馬廻りになってくれたらマスターの進言も結構受け入れると思うぞ?」

 

「うーん……」

 

マスターは悩んだ。

信長は何となく必死に馬廻りの良さをアピールしているように見えるが、だからと言って彼女を納得させる代案も浮かばなかった。

 

(生きていた時代的に見返りはいらないと言っても納得しないだろうしなぁ……)

 

「じゃあ僕が代案が浮かぶまで、という条件で馬廻りで如何です?」

 

「小賢しいのお。まぁ良かろう」

 

「あの、体調が悪いのは本当なんで先ずはちょっと休ませて下さいね?」

 

「ならワシが茶を()ててやろう。茶でも飲めば心くらいは多少穏やかになるわ」

 

「信長公の茶……」

 

マスターは、音だけならその茶は凄く有難い気がした。




信長の茶と言うと『へうげもの』を思い出します。

マスターとシンクロしてるわけではありませんが、筆者も今、やや頭痛にうんざりしている状態です。
いつも通りなら新規投降した後感想の返信をする流れなのですが、今回はテンション的に気が乗らないので、申し訳ないのですが後日とさせて下さい。


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J・D・A・S・L

「トナカイさん!」

ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ(通称J・D・A・S・L。長いので以後ジャンタ)も焦っていた。
まさかダメな大人の方の『私』が先にトナカイさんとちょっと仲良くなるなんて。
これは看過ごせません!


マスターはジャンタに呼び出しをくらっていた。

何故か自室で。

なんで自分の部屋に他人から呼び出しをくらう事になったのか疑問は解けなかったが、それを行ったのがある意味融通が効かない目の前の少女だったので取り敢えずマスターはその場では何も言わない事にした。

 

「どうしたのジャンタ」

 

「トナカイさん、私は今とても怒っています!」

 

「うん?」

 

「何故私より私と先に仲良くなるのですか!」

 

「??」

 

言っている意味が全くわか……いや、マスターは解った。

 

「あー邪ンヌの事?」

 

「そーです!」

 

ジャンタはそう言うとプンプンという擬音が聞こえそてきそうな膨れた頬のご機嫌斜めの表情で、マスターの膝をポンポンと叩いた。

どうやら膝に乗せろと言う事らしい。

マスターは特に拒否する事も無くそれに従った。

サーヴァントとはいえ、見た目と中身が伴う子供にはマスターは基本的に優しいのだった。

ジャンタはマスターが膝の座を差し出した事にちょっと機嫌を直したようで、どことなく御満悦な顔でフンスと彼の膝に座った。

 

「それで、トナカイさんは私が何故怒っているのか解ったんですよね?」

 

マスターに背中を預けたままの姿勢で顔だけ彼に向けてジャンタが訊いた。

 

「そうだなぁ。良い子なジャンタより悪い子の邪ンヌの方と先に仲良くしちゃったからなぁ」

 

「そーです! それです!」

 

「それ、単に彼女の方が君より先に俺につっかかってきた結果なだけだよ」

 

「つっか……な、何か失礼な事を?」

 

自分と彼女は別人と考えていたジャンタだったが、それでも優等生らしく将来の自分という見解にも一定の理解を示していただけに、ジャンタは『自分』がマスターに何か失礼を働いたのではないかと不安になった。

そんな彼女の頭にマスターは手を乗せて、ポンポンとしながら別に気にする様な事ではないと言った。

 

「別にジャンタの方が良い子の能力が劣っていたというわけじゃないから安心しなよ」

 

「そ、そうですか……」

 

「単に順番。あと俺が彼女とでもちゃんと交流ができますよってだけだよ」

 

「んー……」

 

ジャンタはまだ不満そうだ。

ここはもう一つ何か手を打つ必要がありそうだったが、有難い事にその代わりになる提案を彼女の方からしてきた。

 

「なら、トナカイさんは私とも仲良くなれる筈ですね? なんせあのひんせーふりょーな彼女とお話しできたんですから」

 

「え、今まで君とお話できてなかった?」

 

「お勤めの時だけだったじゃないですか!」

 

「でも君とは挨拶くらいはしてたでしょ?」

 

「それだけです! 元気ですかー? とか、ちゃんと早起きしないと駄目ですよー、って話しかけてもいつも『うん』とか『そうだね』って生返事ばかりだったじゃないですかぁ!」

 

「あー……」(そうだったかも)

 

「私はてっきり自分はトナカイさんに避けられているものだと思ってました」

 

「……あっ、うん。それは俺がちゃんと君が言う通りにしてたからだよ」

 

「え?」

 

「ほら、俺いつも一応元気ー……というか、いつも普通だったし、朝も遅い事とかなかったでしょ?」

 

「あ……」

 

ジャンタはその言葉に目を丸くした。

そういえばそうだ。

確かにマスターは自分にも素っ気ない気がしたが、言われてみれば以前から自分がマスターに気を遣って注意していた事をちゃんと守っていた、気がした。

 

「なるほど! そーいう事でしたか!」

 

「そうそう。そのお陰で常に心と体が健康だったから邪ンヌとも問題なく関係が進んだわけさ」

 

「つまり私のおかげだったんですね!」

 

「その通り」(いや、さっきそう言ったじゃん)

 

自分の行いは誤ってなかった。

自分はマスターの役にちゃんと立っていた。

結果的には先を越されたが、それは自分の存在があってこそだったのだ。

ジャンタは心の中に揺ぎ無いロジカルの成立に納得し、それと同時になんともいえない安心感と幸福感で満たされていくのを感じた。

 

「なるほど、そうでしたか。うん、それなら納得です」

 

「理解してもらえて良かったよ」

 

「流石私ですよね」

 

「うんうん、偉い偉い」

 

「撫でて良いですよ?」

 

「え、撫でてたじゃん?」

 

「ポンポンじゃ嫌です」

 

「なるほど」

 

「~♪」

 

マスターは、自分の膝の上で頭を撫でられて御満悦な顔をする彼女を純粋に愛いしく思った。

表裏のない子供の純粋さは時として癒しになるものだった。

 

(そう考えるとうちにいる他の子供のサーヴァントにももう少し愛想良くと意識すれば……)

 

その瞬間彼の脳裏には、やたらに毒舌で大人びた少年や、完璧な人格者の美少年、見た目は可愛いのに言動や行動がやたらに不穏な少女などの姿が走った。

 

「……」

 

「? どうかしましたかトナカイさん?」

 

ジャンタは急に真顔になって撫でる手を止めたマスターに気付き、それに対して疑問を口にすると同時に撫で作業の催促を目で行った。

 

「あー……いや、なんでもないよ。ごめんね」

 

「困った事があったら何でも相談して下さいね」

 

マスターは再び御満悦な顔に戻ったジャンタを見ながら彼女の存在の貴重さを再認識するのだった。




投稿が不定期になりました。
でもまぁゲームが続いている限りはマイペースにやっていこうと思います。


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アストルフォ

アストルフォはマスターが苦手とするサーヴァントの一人であった。
しかし苦手と言っても嫌っているとかそういう良くない方向ではない。
ただひたすらに明るくて前向きなあのサーヴァントが彼にはどうも眩し過ぎるというか、自分の控え目さに自然と恐縮してしまうのだった。


「マッスタァ、遊ぼ!」

 

彼はマスターに自分から積極的に絡んでくる数少ない存在だった。

今こそ何人からのサーヴァントと交流を持つようになってきたが、彼だけはそれ以前から少ないながらも言葉を交わす相手だった。

 

「君はいつも元気だねぇ」

 

マスターは呆れたような疲れたような低い声でそういった。

しかしそんな声に対して彼の顔は困ったような顔に僅かな苦笑を浮かべていた。

 

「うん、元気だよ! だって君と契約してから毎日が充実しているからね!」

 

「別段何も無い日が殆どじゃない?」

 

「そんな事ないよ! ほら、今だって僕はマスターとこうして話しているだけで凄く嬉しいんだ」

 

「はぁ」

 

マスターは思った。

これで彼が性別が男なのは本当に惜しいと。

一般的には彼の性別は謎だったり不詳という事で認知されているが、親しい者や元々彼の事を識っている者には、この一見少女にしか見えない人物が『彼』だという事は割と認知されていた。

マスターもその一人なのだが、それでも最初にその真実を知った時は内心大層驚いたものだった。

だって普段から少女のような恰好をしていれば誰だって誤解してしまうというものだ。

 

「何か今でも俺は君が女にしか見えないよ」

 

「女の子だよ?」

 

「いや、本当に勘弁してください」

 

「えー? だってマスターは僕を女の子だと思いたいんでしょう? なら僕はそれに応えてあげたいなぁ?」

 

「うん、分ったからスカート摘ままないでね?」

 

屈託のない笑顔でそう嘯くアストルフォにマスターは降参とばかりに彼らしくもなく慌てた様子で手を振って断った。

 

「僕は別に自分が男でも女でも構わないんだよね。今生きているその時が楽しければ」

 

「刹那的だなぁ……いや、享楽的?」

 

「違うよ、すっごく前向きなだけだよ。さっきだってマスターは僕の事ポジティブだって言ってくれたじゃん」

 

「いや、元気って言った気がするけど」

 

「どっちも同じような意味だよ!」

 

「えー……まぁそう……か……?」

 

本当に当たり障りのない自然な会話だった。

マスターはそれを自覚する度にアストルフォに密かに自然と感心するのだった。

 

(俺みたいなマイペースでも必ず引き込まれて自然に長く話しているんだよなぁ。他の人とも長く話す事はあるけど、彼はまた違った感じで……)

 

「心地良い……?」

 

「えっ」

 

自然と無意識に口から漏れてしまった言葉だった。

だがアストルフォはその短いながらも彼には確実に貴重な言葉を聞き逃すような失態は犯さなかった。

 

「え?」

 

「マスター今、君、なんて言った?」

 

「え? 今?」

 

アストルフォの不意に真剣な眼差しによる問いにマスターは思わずたじろぐ。

 

(え? 何か言ったかな?)

 

「今、僕を見て『心地良い』って言ったでしょ?」

 

「え? あー……ああ、言った……ね、うん」

 

「……っ」

 

マスターが自分の確認に対して是だと認めた瞬間、彼の中で花火ような幸福感がパッと光った。

そしてそれから溢れ出る嬉しさを我慢できずについアストルフォはマスターに勢いのあるハグをしたのだった。

 

「えっ、なに。急にどうしたの?」

 

「んー…………! なんでもない! でもなんか嬉しくてついね!」

 

「は、はぁ?」

 

マスターは急に抱き付いてきて自分の首元に顔を擦りつけて喜ぶアストルフォに完全に不意を突かれてしまった。

だがアストルフォはそんなマスターの動揺など気にも留めずにまだハグをしたまま幸せそうな顔をするのだった。

 

「えっと、もう放してくれる?」

 

「えー、もっとこうしていたいなぁ」

 

「いや、本当に勘弁してください。君が男という事実に俺の頭が混乱しそうだから」

 

「そういうの気にしなくていいよ?」

 

「だからそういうのやめて。何か凄く、何か言葉では表現できない複雑な気持ちになっちゃうから」

 

「……もう、しょうがないなぁ」

 

不承不承といった態度で渋々マスターを話したアストルフォは明らかに不満顔だ。

マスターはそれに対してただただ申し訳ないとばかりにゴメンを連呼するしかなかった。

 

(うん、だからそういうのもやめてね。理性が蒸発してるって言葉を深く考察したくなっちゃうから)

 

 

程なくしてようやく落ち着いて会話が再開したところでアストルフォがポツリと呟いた。

 

「なんかさぁ……」

 

「うん?」

 

「マスターの僕に対するさっきみたいな態度見ちゃうとさ」

 

「あ、ああ、うん」

 

「僕マスターの女の子になりたい気持ちにやっぱりなっちゃうなぁ」

 

「は……?」

 

マスターはアストルフォが何を言いたいのか理解できなかった。

いや、本質的な部分では何となく察せられるような気もしたのだが、それでもアストルフォの気持ちや思考に着いていけず、結果的には軽く混乱してしまうという結果になった。

アストルフォはそんなマスターの様子を愛おしそうに華やかな笑顔を浮かべて言葉を続けた。

 

「だからさ、本当に女の子になって付き合いたいなって、ね?」

 

「あ、ああ……」

 

最早マスターはどう話を続けたら良いものか手詰まりとなってしまった。

 

(だってしょうがないじゃないか。こんな言葉にどう返せば良いっていうんだよ)

 

「ねぇマスター」

 

「……はい?」

 

「もし、もしもだよ? もし僕が聖杯の力で女の子になったらさっきの話って真剣に……」

 

「うーん、そうなったらある方面の方々から抗議の声きそうだしな……」

 

「あ、話逸らしたよね今! そういうのズルイと思うな!」

 

ギリギリのところで持ち直したマスターの返しにアストルフォは不満を表すも、それは再び二人の友達らしい雰囲気の会話の始まり合図だった。




男の娘は正直嫌いじゃないです。
ふ〇なりよりは好きな方です。


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マリー・アントワネット(騎・術含む)

マスターは最近悩んでいた。
自分の時間があまり取れない事を。
事の始まりはマシュと長く話してからだった気がする。
それからというもの、意外にマスターは話せる奴みたいな噂が広がったみたいで、よくサーヴァントと交流するようになったのだ。
別にマスターは自分の事をコミュ障だと思った事は無かった。
しかしだからといって自分がサーヴァントに好まれることによって自分の時間が割かれるのは許容し難い事だった。


『マスター? マスターってばぁ!』

 

ずっと外でドアを叩く音をベッドに篭って無視する事1時間。

まさかこれだけ時間が経っても立ち去らないとは予想外だった。

これ以上無視しては流石に良くない噂が……いや、既に1時間経過してしまっている時点で遅かったかもしれないが。

マスターは観念してドアを開け、自分の予想を越えた忍耐力の持ち主を迎え入れた。

 

「あ! やっぱり居たじゃない! もう、私の為に準備なんかしなくて良いのよ?」

 

1時間もドアの外で無視されていたというのに、件の人物はそれを全く気にした様子もなく、憤っても疲れても無かった。

それどころか無視されたのは自分の為だったというこれまた予想外の解釈という名の寛容さを見せた。

 

「マリーさん……えっと、いらっしゃい」

 

「お邪魔するわね。あら? 特に何をしていたわけではなさそうね」

 

マリーはベッドと何も置かれていないテーブルしか目につかない部屋を不思議そうにキョロキョロと眺めて言った。

 

「えぇ、ベッドに篭っていたので……」

 

「あ、寝ていたのね。それはごめんなさい、お休みの邪魔をしちゃって」

 

「いや……」(天使ってやつかな)

 

最早天然が入ったマリーの優しさにマスターは降参するしかなかった。

どんな用で来たにせよ無碍な対応はできない、と。

 

「今日はどうしたんです? お茶でも?」

 

「ええ、お話をしに来たのだからお茶は良いわね!」

 

「あまり上等な物は出せませんよ?」

 

「大丈夫、ただの水でなければ文句は言わないわ」

 

「……さいですか……」

 

マスターは、マリーの眩しささえ感じる社交性に若干の居心地の悪さすら覚え、そそくさともてなしの準備を始めた。

先ず飲み物のレパートリーはお茶、珈琲、紅茶、ソフトドリンクとあった。

この中からは当然紅茶が無難と思われたが、マスターは敢えてそこで個人的嗜好を優先する事にした。

これまでに見せつけられてきたマリーの優しに対する無自覚な意趣返しといえるその行動は、単純な好奇心から来たものだった。

今から出す『それ』に対してマリーはどんな反応を見せるのか、本当に何が出て来ても気にしないのか。

マスターはそんな事をお茶の用意をしながら考えていた。

 

「どうぞ」

 

「……これは何て言うお飲み物?」

 

マリーは目を瞬きさせて、器に入った『それ』を興味深そうに見つめながら訊いた。

 

「これはグリーンティ。その中でも特に味が濃い抹茶という物です」

 

「まっちゃ?」

 

「そうです」

 

「確かに濃そうね。唇が汚れそう、笑わないでね」

 

流石過去に君臨したフランスの最も有名な王妃様。

味や見た目よりも先ず気にしたのはそこだった。

しかも唇が汚れるから飲むのは嫌だと言うのではなく、そんな自分を見ても笑わないでくれと恥ずかしそうに笑うのだ。

マスターは些細な好奇心から行った行動に対して痛烈な罪悪感を覚え、すかさずハンカチをマリーに差し出した。

 

「使って下さい。勿論洗濯した綺麗な物で、返さなくても良いです」

 

「あら、気を遣って頂いて有難う、嬉しいわ。あ、因みに訊かせて貰うけどこれは……贈り物かしら?」

 

白い手でマスターからハンカチを受け取ったマリーからのこの不意の質問にマスターは直ぐには答えられなかった。

何か彼女の言葉に悪戯めいた試験の様な思惑を感じたのだ。

 

(これは……ただの気遣いですと言えば済む気がするけど、贈り物というのも合って……いや、失礼か)

 

「いえ、違います。単純な気遣いです」

 

「ふーん……ふふっ、ごめんなさいね。ありがと」

 

「因みに贈り物だと答えるのは誤りでした?」

 

「正解よ。フランス国民にタオルやハンカチを贈ると『もっと貴方は清潔にしなさい』という意味ととられちゃうのよ」

 

「なるほど。では贈り物です」

 

「酷いわ!」

 

「嘘です」

 

「やっぱり酷い!」

 

お互い冗談だと解っていたやり取りだったが、マリーのこの無邪気な反応にマスターは癒しを感じた。

 

「もう、意地悪ね。あ、飲んでも良いかしら?」

 

「あ、待ってください。できればお菓子も一緒に食べた方が良いので」

 

「お菓子も一緒に?」

 

「これ、苦いんですけど一般的に砂糖は入れないんですよ。だから甘みの強いお菓子と一緒に喫んだ方が良いですよ」

 

「そういう事なのね、分かったわ。それで、これがお菓子?」

 

マリーは、マスターが持って来た皿に乗った黒い塊を摘まみながら、抹茶の事を訊いてきた時と同じく興味津々と言った様子で訊いた。

 

「そうです。それはかりんとうと言って砂糖と小麦粉を練り合わせて油で揚げたお菓子です」

 

「チョコラとは違う黒さね。本当に甘いの?」

 

「それは最後に絡めた蜜が黒砂糖だからですよ」

 

「黒い砂糖? へぇ……」

 

「じゃ、先ずはお茶をどうぞ」

 

「にがっ! あ、でもなんか優しさを感じる苦さね。これお砂糖入れると美味しいかも」

 

「はい、それではお菓子を食べてみて下さい」

 

「……んー♪」

 

小さな口でポリッとかりんとうを食べた瞬間、マリーは本当に美味しそうに笑みを浮かべた。

どうやら初体験だったにも関わらず、抹茶の風味とかりんとうの甘みのコラボをお気に召して頂けたようだ。

 

それから暫くマリーとマスターは茶会の時間を過ごし、最後に器に残ったお茶が後僅かになったところでマリーが再びマスターに問い掛けた。

 

「マスター、お茶会の締めにまた問題を出して良いかしら?」

 

「どうぞ」

 

マスターは最後のお茶をズズッと飲み干すと一息付いてマリーに向き直った。

 

「私のフルネームは何でしょう?」

 

「マリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュ」

 

マリーは考える間すら見せずに即答したマスターに言葉が出ず、目をパチクリとさせて驚きの表情で見た。

そしてマスターから「正解でしょ?」と言われたところでようやく我に返り、いきなり抱き締めて来て嬉しそうに言ったのだった。

 

「大正解! 流石私のマスターね!」




果たして何故マスターは躊躇なくマリーさんのフルネームを言えたのでしょうか。
ウ〇キじゃなかったら良いな。


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ジェームズ・モリアーティ

私は悪の華!
サーヴァントとしてマスターの配下になったとはいえ、悪党の心は失っていないチョイ悪親父サ!
ン……? チョイ悪親父……? 悪党……?
な、なんか世に知れ渡っている私のイメージが落ちている気がするがき、きっと気のせいだネ!
さぁ、今日は以前から実行に移そうと思っていたサプライズをマスターにする日だ!
準備は万端、彼の行動も全て予測済み、計画に予想外の狂いはなく、私は優雅に待つだけ!


「やぁマスター、待っていたヨ」

 

「人の部屋に勝手に侵入しておいてなぁに言ってるんですかねぇ」

 

「そこはほら、私、これでも世界に名だたる天才的な悪党だろ? だから鍵がかかった扉くらい開けて入ってしまうのはワケないという事だヨ」

 

「自分が悪役だったからってここで犯罪を行ってよいという免罪符にはならないですよ」

 

「相変わらず手厳しいネ」

 

あちゃぁという顔をしてオーバーアクションを取るこの中年紳士(不法侵入者)をマスターは呆れた目で見た。

だがいくら呆れてもあまり軽率な態度を取るのも注意だ。

こんなにノリが良い人物だが、本来の役割は明確な悪であり、加えて世界に誇る知名度に恥じない優秀な人物なのだ。

どんな不用意な受け応えが自分に不利な状況を招くか予想ができなかった。

だからマスターも『アノ新宿』での一件以来、なるべく注意は怠らないサーヴァントの一人として彼を認識していた。

していたのだが……。

 

「ま、取り敢えず座り給えよ。紅茶を用意しておいた。ああ、部屋の物を勝手に拝借したのは悪いとは思っているヨ? しかしネ、君の部屋が片付いているのも考えものだ。おかげで探す手間がとても省けたのだから」

 

「それの何処が問題なんですかね。侵入者対策に部屋をワザと散らかして物の所在を判り難くするなんて度が過ぎた用心深さは、一般的に浸透しているものでは無いと思うのですが」

 

「君は私のマスターだろ?」

 

「……」

 

意味ありげにニッと笑いかけた紳士だったが、その笑顔からやはり油断はできないという印象をマスターは受けた。

 

「まぁ……すいません、取り敢えずは何故此処に居たのか訊いても? 教授」

 

教授と呼ばれた人物は、ふむ頷くと紅茶を一口飲み、椅子に深く座り直して言った。

余談だが、彼が座っていたのは自分の部屋には無かった高級そうな一人用のソファーだった。

 

「カウンセリングだ」

 

「カウンセリング?」

 

「マスター、君、今精神的に疲れているだろう? だから私がこの天才的なセンスから君をカウンセリングして癒してあげようかと思ってネ?」

 

「今まさにその疲労の原因の一部が目の前にいるのですが」

 

「おやぁ? それは意外だ。これでも今までは目立たぬように君を観察して大人しくしていたんだがネ?」

 

「暗躍してたんですか」

 

「人聞きが悪いネ。私はただずっと、考察していただけだヨ? 君へのカウンセリングはどういうアプローチで行こうかと」

 

「このアプローチはちょっと非常識ですね」

 

「だが効果的で効率的だ。この方法なら取り敢えず初手で君という目的を逃す事は無い。それに私の悪党という立場を考えれば特に常識外れの行動という気もしないのだがネ? 」

 

「屁理屈な……」

 

「言っただろう? 悪党の常識というやつサ」

 

「非常識が悪党の常識と言いたいのですか? それなら大体何やっても悪党の常識で通りそうな気がするのですが」

 

「失礼。私の中のスマートな悪党の常識という定義に訂正だ。確かに一般人には非常識だが、私自身の行動にはそこに『乱暴』という言葉を決して連想させない。ああ乱暴とは実に良い言葉だね。『乱れる』と『暴れる』の組み合わせで乱暴とは実に論理的で好きだ。そして数学が好きな私が最も嫌う言葉の一つでもあるな」

 

「は、はぁ……」

 

何だか急に講義めいた話を教授が始めたので、戸惑ったマスターはその場で彼の雰囲気に流されて相槌を打つ事しかできなかった。

教授はマスターのそんな心境を鋭く察して、場を取り繕うようにコホンと咳払いをして眼鏡のブリッジを軽く指で調整した。

 

「失礼。さ、カウンセリングを始めようカ」

 

「僕を悪の道に引きずり込むつもりですか」

 

「言うね君ぃ。確かに私は君を目に掛けている。有能な部下になるのではと期待すらしている」

 

「えぇ……」

 

「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないかネ?! 私の助手ができるんだゾ?!」

 

「犯罪の片棒なんて担ぎたくないです」

 

「片棒なんてとんでもない! 私は基本全部部下の所為にして決して自分の手は汚さないぞ!」

 

「余計質が悪いです! なに開き直ってるんですか!」

 

「ハハハ、冗談だヨ」

 

「……本当ですか?」

 

「まぁ、君次第だ」

 

「というと?」

 

「ちょっと暫く私の手伝いをしてくれればもう決して……」

 

「それ結果的には僕も教授と同じ側になってません?」

 

「バレたか」

 

「はぁ……」(ほんとこの人は……)

 

マスターはこの目の前で楽しそうにククと笑う中年紳士にいつ知らない内に取り込まれてしまうのでは、と内心ヒヤヒヤしていた。

何せ彼は数いるサーヴァントの中でもその異質さを光らせる人物の一人だった。

歴史上の人物でも神話の登場人物でもない彼は、近世の物語の架空の人物という一見存在の確立が弱そうな立場でありながら、世界的な知名度は抜群で、それによって支えられていた。

現在に生きる多くの人間に強く支えられるという事は、近世という現代に近い世界の舞台で活躍していた彼を能力的に大きく補強しているのではと、マスターはなんとなく考えていた。

そのぼんやりとした根拠が合っていたからこそ、元々強力な悪役だった彼がそれに輪をかけて強力な存在となり『アノ新宿』の一件で苦労させられたのではなかいか、そう思っていたのだ。

 

「教授も犬の方の教授だったらまだ良かったのに……」

 

「エ?」

 

教授はマスターのこのふと漏れた一言を聞き逃さなかった。

 

(犬の方の姿? それは一体?)

 

興味がその事に強く傾いた。

 

「それは一体どういう事かネ? 犬の私とは?」

 

「ほら、教授が出る物語は表現を変えて色んな形で広まっているんですよ。その一部、日本のアニメでの教授の事ですよ」

 

「エっ、何それ。もっと詳しく」

 

「カウンセリングは?」

 

「そんなの後だよ君」

 

マスターは自分の思わぬ一言が教授の興味を引いた事にホッと安心の息を吐いた。

因みに彼の脳裏には他にも原作並みに頭が切れる上に近接戦もやたら強い特異な教授の姿も浮かんだのだが、それは当然敢えて口に出さなかった。




タイトルでは思いっきり名前を晒してますが、敢えて本編の中では真名を出さずに中年紳士と教授だけの表記にしました。
なんかそれが常に物語で暗躍していた彼のイメージに合っていて書き易かったのでw


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ぐだ子

朝目を覚ました時は違和感に気付かなかった。
しかし寝返りを打ってうつ伏せになった瞬間『ぐにゃっ』と胸に今まで感じた事がない感触を感じて速攻で眠気が飛んだ。


「え? え?」

 

目下に女の胸が見えた。

目下というのは自分の視線を下げた直ぐそこの個所の事だったので、つまり自分の胸の事だ。

 

「……!」

 

混乱して出た声も自分が知る声でない事にマスターは気付いた。

その声は昨日までの自分の声より高いというか優しいというか、つまり女の声だった。

 

「……」

 

明らかに膨らんだ自分の胸を触ってみる。

やはり乳房だった、女の胸だった。

この柔らかさと形は絶対に男ではない。

 

「えぇ……」

 

悲愴な呻き声を出しながらごくりつ唾を飲んでマスターは恐る恐るという様子で今度は自分の股間に手を当てた。

 

「……はぁ」

 

溜息が漏れた。

そこにはやはり無かった。

朝だから当然生理現象を自覚させる硬さを感じる所だったのだが、残念ながら『そこ』は常に柔らかいようだった。

 

「なにこれ……」

 

意味が解らず肩を震わせながらマスターは取り敢えずこの事を相談するのに最も適していると思われるサーヴァントを令呪を使って呼び寄せた。

 

「えっ、なんだい? ここで令呪使って呼び寄せ……る……て」

 

マスターに呼び出されたのはダヴィンチちゃんことレオナルド・ダ・ヴィンチだった。

彼女は自身が令呪まで使って呼びされた理由を先ずマスターに質そうしたのだが、その意思はマスターの姿を見た所で途切れた。

 

「え……いや、もしかして……マスター、君かい?」

 

「ダヴィンチちゃぁ……ん。たすけ……えぇぇ」

 

自分でも驚くほど泣いた事なんてなかったのに、何故かその時の身体では感情の激流を抑える事ができず、少女になったマスターは自分の肩を抱き、泣きながらダヴィンチに助けを求めた。

その姿は目を濡らして助けを求める仔犬の如くとても可愛かった。

ダヴィンチはその可愛さに思わずマスターを抱き寄せてそのまま自分の胸に抱き締めた。

 

(はっ、何やってるんだ私は)

 

一瞬で冷静になったところは流石だったが、マスターを開放する前に胸元からマスターが今だ震えてか細い声で何か訊いてきた。

 

「……なんで僕って判ったの……?」

 

「え? あ、ああそれはマスターの男物の寝間着をそのまま着てたし、令呪も確認できたからね」

 

「抱き締めたのは……?」

 

「あ、安心させたくて。ほら、大分落ち着いてきたんじゃない?」

 

「……」

 

ダヴィンチの胸の中でマスターは黙ったままだったが、彼女の温もりには確かに安心感を感じた。

ダヴィンチはそんなマスターの頭を撫でてさらに安心させるのだった。

 

「落ち着いたかい?」

 

「うん……ごめん」

 

ダヴィンチの優しい声の問いかけにマスターは鼻を啜りながらなんとか応えた。

見ると女の身体になっただけでなく、髪型や身長も大分変っていた。

髪は黒から茶色になり肩くらいにまで伸びていた。

身長は逆に縮んで一回り半くらいにはなっており、大分小柄、少なくともダヴィンチよりは小さくなっていた。

 

「よし、じゃあ順番にいこうか。君は私のマスター、元男で間違いはないね?」

 

「うん」

 

「私の事はお姉ちゃんと呼んでいたよね?」

 

「あ?」

 

「うん、マスターだ間違い無い」

 

何かさっきよく解らない質問があったようだったが、それに対するマスターの反応を見てダヴィンチは彼女が自分のマスターである事を確信した。

大分論理が足りない彼女らしくない結論だったが、こんな不安定な状況では先ず正解と仮定した前提があった方が行動し易いというものだ。

となると次は……。

 

「女になってしまった事に関して全く心当たりが無いわけだね?」

 

「全然」

 

マスターは頭を振って無念そうに肯定した。

残念ながらそれは事実だった。

いつどこでこんな事になってしまう原因に遭ってしまったのか、全く心当たりがなかった。

怪しげな術や薬だって処された覚えはなかった。

 

「それは困ったな……。あ、もしかしてこれは誰かの夢だったり」

 

「夢だったら覚めて欲しいよ……」

 

更に残念なことにマスターにはサーヴァントの誰かの意識にレイシフトしたという覚えもなかった。

つまりはこれは粉う事無き現実という事だった。

はぁ、と溜息を付くマスターだったが、この時一つ気になる事があった。

 

「ねぇダヴィンチちゃん」

 

「うん?」

 

「もう放してくれていいよ。あと頭ももういいから」

 

「えっ」

 

ダヴィンチはまだ自分がマスターを抱きしめたまま頭を撫で続けている事に気付いた。

 

「……」

 

「あの?」

 

だが何故かマスターはまだ解放されなかった。

別に苦しくも嫌でもなかったが、流石にずっとこのままというのは恥ずかしさを意識させた。

 

「えっと……遠慮しなくていい。というかまだ私が君を抱いていたいと言ったら嫌かい?」

 

「えっ?」

 

何故ダヴィンチがそんな気持ちになったのか女になったマスターには全く理解できなかったが、本人が希望していたし、心地自体は決して不快ではなかったので、無碍に断るという考えも浮かばなかった。

 

「ま、まぁ……そう、したい……なら」

 

顔を赤くして俯くマスターをダヴィンチは嬉しそうに抱き締め直した。

 

「ありがとう。きっと問題は解決してみせるからね」




ぐだ子ネタの一発で終わるか考え中です。
半分ダヴィンチちゃんが絡んだ構成になってしまいましたが、ちゃんとタイトルに冠した話は別に作ります。


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宮本武蔵

「マスター! 魔力頂戴!」

武蔵の要求にマスターは状況を確認して許可を出す。

「了解……どう?」

マスターは魔力回路を通して量を調整した魔力を武蔵に送った。
武蔵は身体中に力が漲ってくるのを感じた。

「オッケー十分よ! そいじゃま、片付けちゃいますか!」

その日の仕事は、武蔵の光刃が巻き起こした大音量の衝撃波と共に終わった。


「へぇ?! 女になったぁ?!」

 

「冗談に聞こえるだろうけど本当なんだ。昨日までは、そうだった……」

 

武蔵はよく仕事を終えると飲みに誘ったりしていた。

いつもはにべもなく断られ、渋々引き下がっていたのだが、その日は指示を出すマスターの様子がやけに暗い事が気になり、半ば強引に彼を自分の部屋に連れて行ったのだった。

 

「あー、なるほどね。それで昨日のダヴィンチはちょっと元気なかったんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「うん、今日のマスターと似た感じだった」

 

「俺の所為だったと?」

 

「そうだと思うよー」

 

「何故?」

 

キョトンとするマスターを見て武蔵はくふふと笑いながら一息に酒を呷って言った。

 

「可愛かったからじゃない?」

 

「へ?」

 

「あの人結構あたしと気が合いそうだなぁ」

 

「……つまり武蔵もダヴィンチちゃんも少女が好き」

 

「いや、あたしは可愛い男の子。可愛いという点では共通してるね」

 

「ダヴィンチちゃんが女の子が好き……ピンと来ないな」

 

「あんま喋っちゃダメだよ? ただの予想なんだからさ」

 

「うん」

 

「でね」

 

急に身を乗り出してきた武蔵の迫力にマスターは思わず後ろに下がった。

今はお互い平服だったので軽い服装だった。

特に身を乗り出してきた武蔵は下着を付けずにシャツを一枚しか着てないらしく、マスターが正面から見た彼女の胸元はハッキリ言って目に毒だった。

マスターはなるべくそれを意識しないように彼女の目を見る事に集中した。

 

「はい?」

 

「さっきのあたしの話聞いてた? あたしは可愛い男の子が好きなの」

 

「え、ああ、うん。それで?」

 

「いや、解らない? あたしマスターみたいな感じもタイプよ」

 

「いや、俺ショタと言える歳じゃないし」

 

「しょた? いや、可愛ければマスターの年齢でも全然オッケー」

 

「俺が可愛い……?」

 

マスターは、なんか身体に回っていた心地良い酒気が一気に引き始めた気がした。

思わぬ事件こそあったが、今日に至るまでずっと男としての人生を歩んできた彼からしたら可愛いという評価は正直に嫌だった。

しかもそれが異性からとなると、その不快感は一際大きかった。

 

「ごめん。そういうのは俺よりアストルフォの方がまだ適正あると思う」

 

「うん、あの子も良いよねぇ!」

 

「趣味の範囲にしときなよ」

 

「ああ、それは大丈夫。ただ好きなだけだから」

 

「ならまぁ……」

 

武蔵の答を聞いてマスターが自分で注いだ酒を飲もうとした時だった。

不意に武蔵が手を伸ばしてきてマスターが口に運ぼうとしていたグラスを掴んで止めたのだ。

 

「え?」

 

「でもマスターはその中でも特別」

 

「特別……」

 

アルコールで薄く朱に染まった頬に笑みを浮かべた武蔵の顔を見つめてマスターは考えた。

 

(特別なショタ……?)

 

「嫌です。すっごく」

 

「なんでかなぁ?!」

 

「いや、男なら普通に嫌でしょ? 少なくとも俺は凄く嫌」

 

「うわっ、すっごく傷付いた。もうマスターは美味しい魚捕まえられないかもよ」

 

「美味しい魚ぁ……?」

 

武蔵の比喩が理解できず再び酒が頭に回ってきたこともあって、マスターは益々混乱した。

 

(一体何が言いたいんだ……?)

 

「だからぁ、マスターは私が好きなの特別に」

 

武蔵も良い具合に酒が回って文の構成がおかしくなっていた。

 

「いや、俺は別に武蔵の事は特別に好きでもないよ」

 

「え?! そうなの?!」

 

「特別にはね」

 

「それでも傷付くぅ! あー傷付いた! もうこれは責任取って貰うしかないね!」

 

「なんで責任を取る流れになるのさ。普通は突き放したり部屋から追い出すでしょ」

 

「それは嫌!」

 

ダンッ、とグラスから酒が零れるのも構わずにそう強く否定する武蔵。

マスターは、お互い酔っていた事もあって、そのまま平行線が続きそうな虚しい問答を危惧して一つ行動を起こすことにした。

武蔵の絡みには構わず急に立ち上がったマスターの足に武蔵はしがみ付いて止めた。

 

「こらぁ、行くら! ろこいくの!」

 

「ちょっと放して。ツマミがなくなっちゃったから何か用意するよ」

 

「えっ、ほんろ!」

 

「武蔵は先ず水飲んでね落ち着いてね。何が食べたい?」

 

「焼けた肉!」

 

「焼き鳥でいい? あと冷奴も用意しようかな」

 

「いいねぇ! あ、でもあたしのれいろーこにはお酒しからい……」

 

ションボリする武蔵を尻目にマスターは予測していましたとばかりに部屋から出て行こうとした。

 

「あ、まっれよ! おツマミならあらしが買ってくるから!」

 

再び足にしがみ付いて武蔵をマスターは少し優しい声であやすように言った。

 

「違うよ。食材は俺の冷蔵庫にあるから取ってくるんだよ」

 

「じゃ、マスターの部屋に付いていっれそろまま飲む!」

 

「あまり酔っ払いは連れて行きたくないなぁ……」

 

「おとらしくしれます」

 

「散らかさない?」

 

「応、我が剣に誓って!」

 

「そんな事で剣に誓い立てないでよ……」

 

呆れながらも武蔵の同伴を受け入れたマスターは、自分の後ろを彼女が付いてくるものと思って今度こそ部屋を出ようとした。

しかし……。

 

ガシッっと三度武蔵が足を掴んでいた。

マスターはジト目で彼女を見て訊いた。

 

「今度は何?」

 

「んふふー、お・ん・ぶ♪」

 

「……マジかよ」

 

マスターは今度武蔵の部屋で酒を飲むときは、十分な量のツマミを用意し上で付き合う事を己の心に固く誓ったのだった。




休みの日に、ネタが浮かべば、結構書けるものですね。
こんなに書けたのは前に書いていた艦これのSS以来です。
あ……そっちの方も、いやビルス様のも……。

武蔵のキャラちょっと崩壊させ過ぎちゃいましたかね。


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源頼光(狂・槍含む)

私は見てしまいました!
我が子(マスター)が酒に酔った若い娘(武蔵)をおぶって自分の部屋に行く所を!
マスターもお年頃、そういう行為を成す事自体母は咎める気はありません。
しかし、しかしだからと言ってうら若い乙女を酔わせて自分の部屋に持ち帰るなんて……母は許しません!


「マスター待ちなさい!」

 

「あ」

 

声を聞いただけでマスターは嫌な予感がした。

この今の状況を見られただけである程度は良からぬ誤解を招いてしまう可能性は予想していたが、しかし今回は相手が最悪だった。

 

「こ……こんばんは頼光さん」

 

「はい、こんばんは。それでマスター、私が何を言いたいのか解ってますね?」

 

「先ず弁明をさせて下さい」

 

「見苦しいですよ」

 

「……母上」

 

「聞きましょう」

 

マスターはこのやり取りが誰かに見られていない事を切に願った。

特に頼光の事を母と呼んだところを。

効率的には背中に背負った武蔵に説明してもらえば、直ぐに解決しそうなものだったが、生憎というか案の定というか、背中の武蔵は静かに気持ち良さそうな寝息を立てていた。

 

(ここは自力で乗り切るしかない)

 

マスターは自分の不運を呪いながら目の前の障害に挑む事を決めたのだった。

 

「先ず、後ろの武蔵は酔って……寝ていますね」

 

「そうですね」

 

「でもこれは先に彼女の部屋で酒を飲んでいたからなんですよ」

 

「へぇ……」

 

マスターは頼光の背後に不可視の炎が滾っている気がした。

それだけ頼光の雰囲気が険悪なものになったのがよく分かったのだ。

 

「聞いて下さい。部屋で飲んでいた彼女を自分の部屋に連れて行っていたのは理由があります」

 

「……なんですか?」

 

「彼女が俺の……僕の背中で眠ってしまう前に俺の部屋で酒を飲みたいと希望したからです」

 

「何故です?」

 

主語の無い短い問いだったが、頼光が何故元居た部屋で飲まなかったのかと訊いていたのは容易に察する事ができた。

 

「ツマミが切れたんです。それで僕が自分の部屋で用意して持ってくると言ったのですが、酔った彼女がそれは嫌だと言いまして。僕にそのまま付いて行ってそこで飲むと」

 

「……なるほど」

 

「移動中に彼女が寝てしまったので証人を立てる事はできませんが事実です。信じて下さい」

 

「……武蔵さんを起こして証言を求めていたら信じていなかったでしょう。貴方は彼女に気を遣って身の潔白を独力で訴えたかったのですね」

 

「……そうですね」

 

「彼女は私が預かりましょう。部屋に送ってあげます」

 

「助かります」

 

思わぬトラブルだったが、頼光のこの申し出はマスターにとっては渡りに舟だった。

彼女が武蔵を預かってくれると言うなら願ってもない事だ。

内心ホッと息を吐いて武蔵を下ろして頼光に預けようとしたところで残念ながらその日二度目の不運がマスターを襲った。

 

「嫌」

 

「……」

 

いつの間にか目を覚ました武蔵が不機嫌そうに引き取られるのを拒否したのだ。

見れば支えていた彼女の足ががっしりと自分の腰に回ってホールドしていた。

否が応でも離れないという強力な意思表示であった。

 

「武蔵さん……貴女お酒が回って眠いんでしょう? ならマスターの部屋に行っても直ぐに寝てしまうだけですよ」

 

「今目が覚めたから。もう寝ないから」

 

「でもお酒を飲んでしまったらどっちみち寝てしまうでしょう? 私は貴女が泥酔した状態でマスターの部屋で寝てしまうのを心配しているのですよ?」

 

「寝たら悪いの?」

 

「貞操が――」

 

と、頼光が言いかけた所でマスターが流石に口を挟んできた。

武蔵を説得する為だったかもしれないが、まるで自分が卑劣な悪漢のように思われるのは勘弁して欲しかった。

 

「それは無いです」

 

「なんで?!」

 

「まさか?!」

 

凄く心外な言葉が投げかけられたが、マスターは抗議の言葉を力ずくで飲みこんで言った。

 

「俺はそんな卑劣な事しません」

 

「えー……」

 

「武蔵はちょっと黙っててね」

 

「マスター、貴方は女子に興味が無いと……?」

 

「話が飛躍し過ぎです。そもそも倫理的に俺は絶対にしません」

 

意気地なしなんて小さな声が背中から聞こえた気がしたがマスターは無視した。

相対するは目の前の女傑だ。

彼女は思案するように顎に手を当てて佇んでいた。

 

(今がチャンスだ)

 

とマスターは更に攻勢に出た。

 

「母上、わ、我が子を信じていただっ! ……けませんか?」

 

背中を抓られたような強い痛みが襲ったが、何とか耐えた。

 

(武蔵、お願いだから我慢してくれ)

 

「……良いでしょう。ただそうですね。母から一つ条件、頼みを聞いて貰えますか?」

 

「何でしょう?」

 

「貴方が紳士である証明を今度直接母にも見せて下さい。勿論二人きりですよ?」

 

ギリギリ……背中を更に強い痛みが襲った。

マスターは何とか歯を食いしばってその痛みを耐えると、ニコりと不穏な提案をする頼光に答えた。

 

「それは倫理的に問題……無いですよね?」

 

「え? 何を想像したのか教えて頂けますか?」

 

ぎゅーと、今度は何か柔らかいモノが背中を圧迫するのをマスターは感じた。

何故ここでそんなアピールをしてきたのかマスターには気にする余裕がなかったが、迷惑である事には変わりなかった。

 

「愚問でした。忘れて下さい」

 

「では」

 

「今度改めて予定を合わせましょう」

 

「承知しました」

 

華やかな笑顔を見せて喜びを全身で表現する頼光に対してマスターの心持は暗澹たるものだった。

 

(こんな気分で今からツマミを作って飲み直すのか)

 

あからさまに不機嫌な背中の武蔵の事で先ず頭が痛かったマスターは、重い足取りで部屋に戻って行ったのだった。




頼光がタイトルに出ているのになんか武蔵も可愛い話になってしまいました。
というかちょっと終わりが暗いかな。
一日に4つの更新は初めてかもしれません。
ネタがよく浮かぶ時もあるものですね。


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レオナルド・ダ・ヴィンチ ♀

マスターはダヴィンチから新しいIDカードを貰った。
しかしそのカードに貼られた顔写真には自分とは違う人物の顔が写っていた。


「何これ……」

 

マスターは渋面で新しく支給されたカードを見た。

この写真の人間は自分ではない、だが残念ながら今は自分の写真なのだ。

 

「マスターが女性になってしまう現象はまだ続いているみたいだからね。特別にその時の姿のIDも作ってもらったのさ」

 

「……」

 

マスターはまだ黙ってカードを見ていた。

ダヴィンチの言う通りマスターの女性化現象は未だに続いていた。

しかも質が悪い事にいつその現象が現れるのか不確定であった。

唯一つ判っているのは、意識が無い就寝中に変化が起こり、それに気付くのは必ず朝。

そしてその変化は寝て朝起きなければ解けないというものだった。

どちらの変化も一人で就寝しなければ解けないのも確認済みだ。

ダヴィンチにしつこく説得され、一度渋々一緒のベッドで寝たところ女性化は解けていなかったのだ。

お蔭で今、マスターはまだ女性のままだった。

 

「はぁ……」

 

マスターは溜息を吐いて新しく支給されたもう一つのIDカードをポケットにしまった。

 

「それで、他に判った事はあります?」

 

「うん、女性化したら指紋は勿論、遺伝子情報も男性の時のマスターとは全く別人だね」

 

「……」

 

この事実にはマスターも素直に驚いた。

いや、姿が全く変わっているから当然と言えば当然とも思えたが、それでもまさか中身(意識)以外は全く違うとは。

 

「まぁ、僕自身は僕だと認識できているからまだ良いか」

 

「他にも精神的にも完全に女性となっているから微妙に思考パターンや感情の波も変わってるはずだね」

 

「それはまぁ……」

 

マスターは最初にダヴィンチに泣きついた時の事を思い出した。

確かにあの時は溢れる感情を男の時より上手く調整できなかった。

 

「困ったもんだね……」

 

「ま、任務に支障が出ない程度には私もフォローするよ」

 

「ありがとうございます。それでですね……」

 

「うん?」

 

マスターはジト目でダヴィンチの後ろの机に積まれているカードを指さした。

 

「あれは何?」

 

「ああ、これ?」

 

「なんであんなに僕のIDがあるんですか? しかも今の姿のやつばかり」

 

「ああ、大丈夫だよ。このカード自体にはIDの機能はないから」

 

「じゃあ一体何の為に?」

 

「今の姿はあまり皆には知られていないからね。だからこれを配って認知度を上げようかと」

 

「え……」

 

ダヴィンチの説明が衝撃的過ぎてマスターは言葉を失ってしまった。

彼(彼女)にはそこまでやる必要性が全く感じられなかった。

 

「いや、そんな……。そこまでの必要ないと思うけど」

 

「いやぁ、ついマスターの謎の変化に私の知的探求心が刺激されてしまってね」

 

「全然説明になってないです。それに配るのはやめて欲しいです」

 

「うーん、でももうこれは注文を受けた分だからなぁ」

 

「は?」

 

「何も私も無作為にカードを作ったわけじゃないよ。最初にサンプルを作って、マスターの変化の事を通信で皆に伝えた上でこれを希望する人を募ったわけさ」

 

「それってもう十分今の僕認知されてないですか?」

 

「画像まであった方がより状況も理解し易いだろう?」

 

「……」

 

マスターは考えた。

カードを配られるのは恥ずかしくて嫌だ。

だが考えを変えてみれば、今の姿は自分とは全く関係のない別人とも考えられる。

だって現に肉体的には別人なのだから。

知性で圧倒的に勝るダヴィンチを説き伏せるのは難しい。

ならばここは、自分で自分を妥協させるに足る理由を論理的に導き出すのだ……つまりマスターは折れた。

 

「……分かりました。でもそんなに希望する人がいたんですか?」

 

「いたよ。先にサンプルをあげたロマニなんて凄く喜んでた」

 

「は? 喜んでた?」

 

「ああいや、うん。研究の貴重なサンプルを手に入れられて喜んでたよ」

 

「ただの写真なのに?」

 

「彼もあれで科学の知識もあるからね。きっとあれからでも有効な活用方法を導き出すかもしれないよ?」

 

「ただの写真なのに?」

 

「……」

 

「目、逸らさないでください」

 

「ま、まぁこの事は後で話そう。それに何もカードは女性のものだけじゃない。あの束の下の方は本来の姿の君のカードもあるんだ」

 

「え? それはまた何故?」

 

マスターの疑問は尤もだった。

本来の姿はそれこそ当に皆知っているはずだ。

それを改めてカードにして伝える必要性が何処にあるというのか。

 

「いや、女性の姿の君のカードを邪ンヌに見せたら男性の方も無いのは不公平だと言われてね」

 

「公平も何も当初の趣旨と関係が無いじゃないですか」

 

「私もそう言ったんだけど、作らなかったら先に作った分を燃やすと脅されてさ」

 

「それで作った上で、そっちの方も配布希望者を募ったわけですか」

 

「彼女だけに渡すというのもまた後々の事を考えると面倒そうだろう? まぁ、量産した後で『余計な事を』と文句言われたけどさ」

 

「……もういいです。疲れました。好きにやってください」

 

「あ、休むのかい? 今日は……」

 

「一人で寝ます。元の姿に戻りたいので。この事の原因究明で何か進捗があれば教えて下さいね」

 

マスターの素っ気ない態度を何故かダヴィンチはくすくすと笑いながらちょっと残念そうに言った。

 

「了解したよ。あ、トイレや入浴はもう慣れたかな?」

 

「……一応」

 

「そうか。ではまた困った事があったらいつでも言ってくれたまえ」

 

「早く解決してください」

 

「ではやる気を貰う為に一つ、私のフルネームも答えてくれるかな?」

 

どこで知ったのか、ダヴィンチはマスターがアントワネットのフルネームを言い当てた事と同じ事を自分にもして欲しいと言ってきた。

マスターはその日何度目かの溜息を吐き、その時もまたあの時と同じように間を置かずに答えた。

 

「レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ」

 

「うん、いいね! じゃあ最後にハグだ」

 

「調子に乗るな」

 

マスターは男の時より腕を組み難い事を鬱陶しそうにして若干キレ気味にそう言った。




なんかダヴィンチのキャラが大分壊れてる気がしますね。


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モードレッド(剣・騎含む)

アストルフォ曰く「女の子になったマスターは凄く可愛い」

清姫曰く「――(以下略)」

マスターの奴がよく喋るようになったというのは知っていたが、その中に自分が入っていないのがとてもモードレッドは気に入らなかった。
仲間外れ、蚊帳の外、表現はいろいろあったが、要するにそういう状況に我慢ならなかったのだ。

『なんでだよ! 俺は無視かよ!』

という事で彼女はマスターの背中を蹴った。


「いた?! なに?!」

 

「よぉ」

 

「野蛮な挨拶だね」

 

「もう一発いっとくか?」

 

「遠慮致します」

 

「おめぇよぉ、なぁんかいろんな女との噂聞くぜぇ?」

 

酷く風評が傷つく噂だった。

そりゃ所属するサーヴァントの全体の割合が女性の方が多いのでそういった噂が立ってしまうのも解るが。

 

「いや、でも、具体的に浮ついた噂は無いでしょ?」

 

「……まぁ」

 

「友人同士の付き合いが増えてきただけだよ」

 

「なんだよ。付き合うようになった奴はいないってか」

 

「いないね」

 

即答する辺り本当らしかった。

モードレッドはそれを何だか嬉しく感じた。

 

「そ、そうか」

 

「それじゃね」

 

「待てや」

 

「え?」

 

「ちょっと付き合えよ」

 

「俺これから部屋で過ごしたいんだよねぇ……」

 

「なら招待しろ。大人しくしてるからよ」

 

「できれば一人で過ごしたいです」

 

「大人しくしてるって言ったろ? 誓うぜ」

 

「……」

 

マスターは考えた。

モードレッドは従えるサーヴァントの中でも日常会話を交わした事がない人物の一人だった。

彼女と親睦を深めてこれからの任務に支障を来さないようにするというのも十分な理由とも考えられたが……。

 

「どうした?」

 

「いや」

 

ここのところのいろんな人との交流で偶に以前のように浮かぶ損得勘定的な考えに嫌悪感を覚えたマスターは、下から自分の顔を覗き込み、何処となく不安そうな眼をしたモードレッドに頭を振って答えた。

 

「じゃあ大人しくしててよ?」

 

「おう、任せとけ」

 

「因みにどう大人しくしてる?」

 

「えっ」

 

「本でも読んで静かにしてる?」

 

「性に合わねぇな」

 

「お茶くらいは出すよ」

 

「犬じゃねぇんだから。そんなんで大人しくできるかよ」

 

「大人しくする気ないじゃん」

 

「……そうならないように構っとけばいいだろ」

 

「難しいなぁ」

 

「取り敢えず部屋に連れてけ」

 

「はいはい」

 

 

マスターの部屋に通されたモードレッドはそこを興味深そうに至るところをきょろきょろと見ていた。

目について気になった物を見つけては「これはなんだ?」と、好奇心旺盛な仔犬のように矢継ぎ早にマスターに質問を飛ばした。

 

「モーさんの部屋って何もないの?」

 

「え?」

 

「いや、あまりにもいろいろと訊いてきたから」

 

「俺の部屋にない物ばかりだからな」

 

「別に大した物ではないと思うけど、これだけいろいろ訊かれるとモーさんの部屋がとても殺風景な気がしてきたね」

 

「んなこたねーよ。んー……まぁ散らかってるかな」

 

「どんな風に? お菓子とか服とかいろんなものがそこらじゅうに?」

 

「おー、そんな感じ。よく分かったな」

 

モードレッドはマスターが予想した答が的中して嬉しそうにニシシと笑いながら胡坐を組んだ姿勢で体を前後に揺らした。

マスターはそこで女性なんだからある程度は気配りできるところを見せた方が良いのでは、と思わず言いかけたがそれをすんでのところで止めた。

彼女が自分が女扱いもしくは、女性と指摘されるのを酷く嫌う事を思い出したのだ。

 

「……と」

 

「ん?」

 

何かを言いかけて思いなおしたような態度を取ったマスターにモードレッドは気付いた。

 

「どうした?」

 

「いや……うん、ごめん。君が凄く嫌いそうな事を言いそうになった」

 

「あー、言ったら命が無いぞってやつか」

 

「軽く言わないでよ」

 

「でも実際そうだからな」

 

「恐ろしい」

 

「まぁ言わなけりゃ問題ないぜ」

 

「意識してしまうのは許してくれると?」

 

「…………口と態度に出さなければな」

 

「難しいね」

 

「命が懸かってんだからそれくらいできんだろ」

 

「まぁ努力はするけど。はい、お茶」

 

「コーラじゃねーか」

 

「こっちの方が好きでしょ?」

 

「ん……」

 

モードレッドはマスターの問いには答えず出されたグラスに入ったコーラを口に運んだ。

 

「ぷはぁ……お?」

 

「はい、茶菓子のポテト」

 

「……」

 

モードレッドはこれも黙って口に運ぶ。

心の中ではもてなしとしては満点だったが、自分の好みを見透かれてるようで悔しかったのが理由だった。

マスターはと言えば自分の分もジュースを用意していつの間にか壁を背にしてスマートフォンでゲームをしていた。

 

「何してんだ?」

 

「ゲーム」

 

「それは見りゃ分かる。どんなん……? おい、これって今一緒に遊んでるってひょっとしてアイツか。あの引き籠り女か?」

 

「あ、ニックネームで判った?」

 

「キャラの見た目もな。むぅ……」

 

「モーさんも始める?」

 

「スマホは渡されたけどあんま使ってねー」

 

「そっか」

 

生返事をしてマスターは視線をスマホの画面に戻した。

まさかこんな会話の切り上げ方をされるとは予想していなかったモードレッドは慌てた様子で話を続けた。

 

「いやおい、まぁお前が教えてくれるっていうならやってみても良い、かな?」

 

「オッケー。じゃ、今姫にメッセージを……」

 

「おい、ちょっと貸せ」

 

「え?」

 

言うが早いかモードレッドはマスターからスマホを横取ると、意外に素早い指の動きで文字を打ち始めた。

 

「フリック操作はできるんだね」

 

「まぁな」

 

カーペットの上で足をパタパタさせながらスマホを操作する事数分、ようやく満足したのかモードレッドはマスターに返した。

 

「何を送ったの?」

 

「ん? 『今から俺とマスターがやるからちょっと待ってろ』だ」

 

「……」

 

何となくマスターはその文面に対して嫌な予感を抱いた。

そして案の定その予感は当たり……。

 

『ちょっと?! マーちゃんとヤンキーちゃん今何やってんの?!』

 

かなり動揺した声でドアを叩く刑部姫の声が玄関の外から聞こえてきた。




FGOのイベント、林檎の貯えが枯れてしまって苦戦してます。
いや、苦戦はしてないけど礼装しか交換できていないんですよねぇ。


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青髭

名実ともに悪属性である通称青髭はマスターにとってやや特殊なサーヴァントだった。
基本的に会話が成立しないと思っていたが、指示はしっかり聞くので問題は特にない。
では普段の日に偶然出会ったらどうなるのか?
これはそれが示された日の事。


「おお、マスターではないですか。このような所で出会うとは、今日は何かご予定でも?」

 

「……いや、卿の後ろの自販機でジュースを買おうと思ってさ」

 

「おお、これは! 申し訳ございません。気付かず」

 

「何か買ったの?」

 

「え?」

 

「いや、そこにいたからさ」

 

「ええ、そうです。血のような赤色の飲み物を欲していたのでトマトジュースをと」

 

「ああ、なるほど。でも確かそれ……」

 

「ええ、ありませんでした」

 

青髭は目に見えて残念そうな顔をした。

マスターは愛想笑いを浮かべながら令呪を見せて言った。

 

「はは、でもだからといって外の人を襲ったら即自害させるからね?」

 

「承知しておりますとも。いえ、ご心配なく。私、これでもマスターの意向は理解しているつもりです。それに合わせて自分自身の嗜好もある程度改めているのですよ」

 

「へぇ……?」

 

「信じておりませんね? しかしそこまでして自分を律しているのは理由があるのです」

 

マスターは興味深そうに青髭の話の続きを待った。

しかしその態度の裏ではしっかり警戒もしていた。

ポケットに入れた手の甲の令呪をいつでも使えるように意識する。

 

「何故かマスターには私の精神汚染の影響が見られないです。これは私として、というよりマスターに仕えるサーヴァントしては些か問題でして」

 

「なるほどね。バーサーカーでもない限りある程度お互い同調できないと任務の時危ないもんね」

 

「そういう事です」

 

「でも自分を律しているだけで根本の考えを改めたわけじゃないよね?」

 

「えっ」

 

青髭はこの時何か嫌な予感がした。

マスターは相変わらず愛想笑いを浮かべた柔らかい態度だったが、何故か彼から感じる雰囲気は固く思えたのだ。

 

「マ、マスター?」

 

「卿の努力と配慮は俺も感心したよ。けど、ごめんね? 俺としては逆にそこまで『自分から』してくれた卿ってやっぱ油断できないなぁって」

 

マスターはそう言ってポケットから出した手の甲に刻まれた令呪を青髭にかざした。

青髭は慌てて彼を止めようとしたが……間に合わなかった。

 

「え、ちょ」

 

「令呪を持って命じる。その『自粛』を魂に刻み込め」

 

予想外の事態に泡を食った青髭だったが、残念ながらマスターの予想外の行動はここで終わらなかった。

なんとマスターはその場で続けて残りの令呪を使い始めたのだ。

 

「更に重ねて、残りの令呪を全てもって命じる。この命はいかなる時空においても不滅である」

 

「な?!」

 

スーッと消えゆく令呪の紋章を青髭は真っ青な顔で、令呪を使った本人であるマスターはとっても朗らかな笑顔でそれを見届けた。

 

「……」

 

「……」

 

二人の間に青髭にとって気まずい沈黙が襲った。

しかしその沈黙もさほど時間を経たせる事も無く、マスターの方から口を開く事によって意外に早く終わった。

 

「……さて、もしさっきの卿の自粛が偽りだった場合、俺の今の行いは全くの空振りの無駄な事で、俺はとても無防備になるわけだけど」

 

「……」

 

その通りだった。

青髭がマスターに話した事が嘘であれば、今目の前にいる彼は令呪による拘束力を持たない無防備な一人の魔術師だった。

青髭はマスターの挑発とも取れる言葉に僅かに危険な黒い欲望が湧き起こるのを感じたが、しかしそれは瞬時に急速に収まって行った。

つまり青髭の言葉は真実だったのだ。

青髭は引きつった笑いを浮かべながらどことなく悔しそうな声でマスターに訊いた。

 

「何故嘘だと思わなかったのですか?」

 

「元々卿がそういう試みをしているという事をジャンヌさんとあともう一人から聞いてたんだよ」

 

「なんと……」

 

自分が気付かぬ内に敬愛している聖女から監視されていたという事実に、青髭は歓喜と無念が入り混じった複雑な感情に襲われた。

しかしやや解せなくもあった。

確かにジャンヌであれば、自分の事を良く知る人物であるだけに気取られる事も無く監視も可能だろうが、逆にそれは自分に同じ事が言えた。

自分も彼女の事をよく知るが故に何らかの形でそれを察知できても良かった気がした。

それが全くなかったという事は……。

 

「因みにもう一人というのは?」

 

青髭はマスターが名を明かさなかったもう一人の監視者の名を訊いた。

全く自分が気付かなかったという事がその人物が関わっていた事によるものではないかという気がしたのだ。

 

「貴方」

 

「え?」

 

「だから貴方。もう一人の、ね」

 

「あ……」

 

青髭の脳裏に雷が落ちた。

 

(そうか……。そういえば此処(カルデア)にはもう一人の自分が居た。それも一番今の自分が嫌うであろう『自分』が)

 

「なるほど……」

 

「これから宜しく」

 

ニッコリした顔で親睦を深める握手を求めてきたマスターの手を、青髭は焦点が合わない瞳と絶えずひくつく口の端、そしてそこに無理やり笑顔を浮かべるという非常に複雑な表情で握り返した。

 

(ぐっ……な、なんだこの感じは)

 

青髭は最早呪とも言える魂に刻まれたマスターの命に、僅かに反感を持つ度に何とも言えない温かさが身体に満ちるのを感じた。

その温かさは彼にとって不愉快以外の何物でもない心地だったのだが、それが逆に自分の後ろ暗い感情を鎮静化させ心穏やかに……。

この後、青髭はこの状態になる度にいつの間にか脳裏に何故かジャンヌの姿が浮かぶようになり、それを喜びマスターにより従順になったのは勿論、それ以外の者に対しても不穏な態度や言動はしなくなったという。




GWも仕事です。
休みはしっかり週に二日あるので良いのですけどね。
でもまとまった休みが欲しいなぁ。


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カルナ ♀

その日は女の子の日だった。
いや、生理的な意味ではなく文字通りマスターが女性に変化してしまった日だった。
突然変化してしまうので、スケジュール管理にも支障が出るマスターの一番の悩み種。
故に困り果てた様子で溜息を吐いて歩く彼女(彼)の事が気にかかり声を掛けてきた者がいた。


「マスター、大丈夫か?」

 

「ああ、カルナさん」

 

「敬称は不要だ。俺は君に仕えるサーヴァント。呼び捨てで構わない」

 

「あー……うん」

 

マスターはカルナが少し苦手だった。

真面目で遠慮が無い実直な物言い、しかし自分でもハッキリと理解できる程の忠誠心が篤く誠実な人柄。

ようするに傑物過ぎて気が引けていたのだった。

 

「まぁ、でもカルナさんと敢えて呼ばせて下さい」

 

「そうか、それが望みならば受け入れよう」

 

「ありがとう」

 

「礼など不要だ」

 

「あ、うん」

 

「……」

 

「……」

 

気まずい沈黙が下りた。

いや、実際に気不味く思っていたのはマスターだけのようだった。

カルナといえば、特に居心地が悪そうにもしておらず、逆に真顔なのだが何やら興味深そうにマスターの顔をじっと見ていた。

 

「な、何?」

 

いたたまれなくなったマスターは自分から訊いた。

 

「すまない。少しマスターの事で気になった事があってな。マスターさえ良ければ答えてくれると嬉しい」

 

「なんだそんな事なら」

 

沈黙が続くよりは当然マシだと思えたのでマスターは気楽に一つ返事でそんなカルナの珍しくも細やかな希望を許した。

 

「その姿のマスターは生理とかはあるのか?」

 

「……」

 

沈黙が耐え難かったという理由で質問を安易に許した自分の浅慮をマスターは少し後悔した。

 

「え、えっと……そう、だなぁ……。今は、無いかな?」

 

「今は、というとやはり女性である以上有る、と?」

 

「う、うん。ダヴィンチちゃんが言うには、しっかりそれは起こる構造みたい」

 

「ふむ。周期とかはどうなんだ? 男に戻ったらリセットされるのならば実質無いようなものだろう?」

 

「え、えっと……男の姿に戻っても女の時の周期は有効? というか続いてるみたい?」

 

「なるほど……。という事は女性になった時に不意に生理痛に襲われる事も有りそうだな」

 

「う、うん……」

 

マスターはカルナの質問に恥ずかしさを覚え、頭が沸騰しそうな事に若干混乱していた。

その混乱は、女性化した精神と思考が自分は本来男であるという自覚とぶつかる事によって生じた軋轢だった。

カルナの問いをセクハラだからと、これ以上は遠慮して欲しいと退ける事は勿論有効だった。

しかし本来男であるマスターは自分からそう言う事にも遠慮と恥ずかしさを覚え、退ける事ができなかった。

 

「ふむ……となると、これは俺の推測だが。姿が変わっていても女としての時間もそういう形で存在しているのなら、例えば処女を失ってもそのままなのだろうな」

 

「しょ?!」

 

マスターは反射的にピンと身体を硬直させてしまった。

それだけカルナの言葉は彼にとって予想外で衝撃的だった。

 

「そうだ。俺たちはマスターと交わる事でも魔力の供給を受けられるだろう? もし俺の推測が合っていれば、マスターがこの方法を好んで行っても破瓜の痛みにその都度襲われる事は無いという事だ」

 

「は、は……わ……」

 

「まだこれは単なる仮説だが、中々に有益な推測だと思う」

 

「……そ……だね」

 

「大丈夫か?」

 

「だ! だいひょうぶ!」

 

とうとう俯いて自分でもハッキリ自覚ができる程顔を赤くしたマスターは、そんな自分を心配して屈んで声を掛けたカルナに強く動揺した。

 

(ど、どうしてこんな気持ちになるんだ?!俺は男だぞ!)

 

カルナはそんな動揺するマスターはまたジッと見つめて何か思慮に耽っている様子だった。

そして程なく一言いった。

 

「すまない」

 

「え?」

 

「マスターが男だという自覚が不動である事を前提で色々訊いてしまった」

 

「あ……」

 

「姿が女なのだから当然精神や思考も変化の影響を受けていると推測するのは当然だったな。本当に不躾で大変失礼な事をした。改めて謝罪させてくれ」

 

「あ、いや……。だ、大丈夫だからそんなに気にしないで」

 

男の時より長身に見えるカルナに深く頭を下げられてマスターは慌てふためく。

手をぶんぶん振って気にしない事をアピールしようとしたが、それと同時に心の中にときめきも感じた。

 

(ああ、ちくしょう……バイになったら絶対この変化の所為だ)

 

マスターは心の中で恥じらいと恨みが篭った涙を流した。

 

 

「だが安心してくれ」

 

「え?」

 

続いて出たカルナの一言にマスターは思わず顔を上げた。

 

「俺は男でも女でもマスターのサーヴァントだ。男の時もそうだが、女の時にマスターが同意のない行為に襲われそうになっていたら必ず守る」

 

「……」

 

ボンッと音がしそうな程再びマスターの顔は赤くなり、もうそれ以上カルナに何も言えなかった。

 

 




今回はちょっと短めでしたが、書きたい事は書けた気がします。


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ヘクトール ♀

カルナのマスターの処女は守る宣言(事実無根、曲解させた犯人不明)はカルデアの一部のサーヴァントたちを大いに動揺させた。
アストルフォとマシュは「なら私達が守る」と言い、カルナと対照的に浅黒い肌をしたとある人物は見えない何かに明らかに苛立ち、ダ・ヴィンチはただ一言「ふーん……」と笑ってない目で漏らすのだった。
そんなただならぬ雰囲気に耐えられず女性化したマスターが逃げ込んだのは直感で頼りになると判断したある人物の部屋。
マスターがそこを訪ねた時、部屋の主はちょうど風呂から上がったところで、トランクス一丁の姿で缶ビールを手に持っていた。


「よぉ、落ち着いたかい?」

 

「うん……」

 

マスターはヘクトールの部屋の隅で体操座りをして縮こまっていた。

因みにヘクトールはまだパンツ一丁のままだった。

 

「マスターも大変だねぇ、人気があって。オジサン羨ましいよ」

 

「嘘でしょう。一番そう言うの面倒で嫌うんじゃないですか?」

 

「ははは。まぁ、なんつーの? ああ、そう。それよりどうしたのよその格好」

 

ヘクトールが指摘したのはマスターがその時着ていた服だった。

それは単純に一目で判る女物の服装だったのだが、マスターは女性化するようになってからも服は流石に自分の物を(サイズが合わずぶかぶかだったが)着続けていた。

それなのに今のマスターはスカートで判るように女性用のカルデアで支給された制服を着ていた。

 

「……途中でメアリーとアンに攫われたんです。そこで面白半分に半ば無理やり……」

 

「うわぁ……」

 

暗い表情で今までの経緯を語るマスターにヘクトールは同情するような声を出した。

 

(あの嬢ちゃん達も何やってんだか。これじゃマスターが今より俺たちに距離置いちまうじゃな……ん?)

 

ヘクトールは女海賊の二人組に呆れる思考一時中断した。

彼の目に入ったあるものが気になったからだ。

それは体操座りをしているマスターの股間から覗く白い布地だった。

マスターは女性化しても普段の行動は男のままなのでこういう所が割と無防備であった。

ヘクトールも最初からそれに気付いていたのだが、最初にそれを見た時の印象はこの時とは全く違っていた。

最初に見た時は精々子供の下着くらいの認識しかなかったのだが、『それ』をマスターが穿いていた事に強い違和感を感じたのだ。

 

「なぁマスター……」

 

「はい?」

 

「その、な。下着もそれ、女物だよな」

 

「……っ」

 

ヘクトールの指摘にマスターは思わず足を閉じて恥ずかしそうにする。

しかしその恥じらいの様子は、女性が下着を見られた時に見せる反応とは異なる事をヘクトールは解っていた。

 

「なぁもしかしてそれもアイツらに?」

 

「……」

 

目尻に涙を浮かべたマスターは黙ってコクリと頷いた。

 

(なにやってんの本当にあいつら……)

 

ヘクトールは心の底から女海賊の二人に呆れ果てた。

 

(これはもうトラウマじゃないの?)

 

ヘクトールは顔を伏せって動かないマスターに軽い口調で声を掛け、僅かに顔を上げた彼にちょいちょいと自分がいるテーブルに招いた。

 

「ま、落ち込むのも解るけどさ、取り敢えずこっち来なよ。ちょっとお酒でも飲んでさ。インスタントだけど食べ物もあるからさ、それ一緒に食べて気分落ちつけよう。な?」

 

「……ありがとう」

 

マスターはヘクトールの誘いにそろそろと四つん這いで赴き、彼と対面する場所に就いた。

 

「いらっしゃーい。あ、ついでにちょっと知り合いも呼んでもいいかな?」

 

「知り合い?」

 

「そそ、いや、そいつちょっと危ない奴なんだけど、取り敢えずこういう時は大丈夫だと思うからさ。というか来た方がなんか上手く行く気がするんだよね」

 

何が上手く行くのかは判らなかったが、マスターは取り敢えずヘクトールが保証するならと彼の知人の招待を了承した。

それから程なくして……。

 

「ヘクトール先輩! この度はお招きいただき拙者、誠に有り難き幸せ!」

 

「え……」

 

現れたのは一目でこれはミスチョイスなのではと思える黒ひげなるもう一人の海賊だった。

 

「それにそれに、ウキウキ気分で来てみれば、なんとなんと辿り着いた酒宴の席に可愛いおにゃのこマスターもいらっしゃるではごらぬか。ウハ、幸福感マジヤバ!」

 

「あ、あはは。えー、えっとぉ……」

 

「旦那ぁ悪いけどちょっと落ち着いてくれな? マスターちょっと引いてるし」

 

「おお、これは大変失礼致! いや、しかしこの幸福感我慢するのは辛いでござるなぁ。いや、良いのでござるが」

 

「あはは……」

 

マスターは何故ヘクトールが黒ひげを呼んだのかこの時はまだ理解できなかった。

取り敢えずは彼から貰ったビールを飲みながら隙を見せないように黒ひげの様子に注意を払いながら、これまた一緒に彼から貰ったカップめんを啜る。

黒ひげはといえば、いつも通りふざけた口調で大袈裟な素振りをしながら楽しそうに酒を飲んでいた。

時折マスターにもちょっかいを出すそぶりを見せながらも、そこにヘクトールの待ったが入るという流れがよく続いた。

 

「ぶぅ、先輩さっきからきびしぃ!」

 

「あんたを呼んだ俺の顔も立ててちょうだいよ」

 

「それは確かに誠に当然でござるな。恩に仇で返すのは拙者も望むところではないですからな。でゅふぁは!」

 

「良い飲みっぷりじゃないの。どうよマスター飲んでる?」

 

「え、えぇまぁ。それにしても二人ともよく飲むね……」

 

「何この程度! このビールなる現代の酒! 美味過ぎなので拙者まだまだ飲めますぞ!」

 

「オジサンも! 今日はまだまだ飲むよ!」

 

「え、えー……。ちょっと二人とも程ほどに……」

 

マスターはこの時にはヘクトールが何故黒ひげを呼んだのか何となく解ったような気がしていた。

先ほどからずっとこんな調子で宴会紛いの雰囲気が続いているが、その流れに乗る二人に困惑しつつもそれを楽しいと感じる自分がいたのだ。

黒ひげの事も最初は確かにミスチョイスな気がしたが、ヘクトールが上手く御しているおかげか、または黒ひげ自身が分かっててふざけているだけなのか、先程からこの二人の掛け合いが面白くて自分にとって肩の力が抜けるような良い緩衝材になっているような気がした。

マスターは飲み過ぎないように注意しながら心の中でヘクトールの気遣いに感謝を、ついでに黒ひげにも同じく感謝しつつ、彼の評価を改めるのだった。




途中から黒ひげが乱入してきたので、純粋にヘクトールの話ではなくなってしまいましたが、それなりに楽しい話になった、気がします。


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ジャンヌ・ダルク

最近マスターは何やら疲れている様子です。
聞けば突如女性化してしまう病に侵されてしまったしまったとか、粗暴なもう一人の私の相手に苦労しているとか、一部真実と疑ってしまうような噂もありましたが、本当に大変なようです。
ここはルーラーとしてマスターの精神の安定を図るように努めなければ。
と決意を固くしていたところで件の人物が見つかりました。
主よ感謝します。


「マスター」

 

背後から掛けられた声にマスターはビクりと反応した。

なるべくサーヴァントの気配に注意して行動していたつもりだったのだが、やはり常人を遥かに越えた存在のそれは、一部は察しようとしても簡単ではないらしい。

声の感じから自分が注意すべき対象の人物ではないであろう事をマスターは内心でホッと安堵の息を吐くのだった。

 

「ジャンヌ……?」

 

「ええ、そうですよ。どうしました? 何故そのように慎重な姿勢で確かめられるのですか?」

 

色々と噂が絶えないマスターだったが、ジャンヌが見る限り疲れているように見える以外に特に変わった様子はなかった。

今のところ彼に何もした覚えがない自分にすらこのように警戒心を僅かに見せるマスターにジャンヌは心の中で少し傷心と焦りを覚えた。

 

「あの、私、何か貴方に失礼な事でもしましたか?」

 

「ああ、うん、いや。そんな事ないよ。最近ちょっと、ね? はは」

 

「不満が溜まっている様でしたら私で宜しければ愚痴を聞くお相手をさせて頂いても構いませんよ?」

 

「そんな、悪いよ」

 

「いえ、遠慮しないでください。というか是非私を頼って欲しい、と思います。サーヴァントとしてマスターの力になりたいのです」

 

「……」

 

理由は判らなかったが妙にぐいぐいと迫るジャンヌにマスターは苦笑を浮かべて彼女の提案から転じた願いを受け入れる事にした。

 

 

「それで……何から聞きましょうか?」

 

案内されたのはジャンヌの部屋。

彼女らしくきちんと整理されて綺麗な部屋であり……というか端的に物が極端になかった。

見ればベッド以外にあるのはテーブルと調理に必要な家電があるだけで、娯楽品の様なものと言えばこれまたがらがらの本棚に数冊分厚い本が置いてある程度だった。

マスターは、彼女らしいな、と思いながら彼女が用意してくれた水を一口飲む。

良く冷やされたその水はグラスもまた、元々冷蔵庫に入れて冷やしてあったのか、とても冷たく、更にその中に氷も入れてあったのでキンキンだった。

しかし出されたのはそれだけ。

茶菓子のような口の寂しさを紛らわせるような物は何も無かった。

マスターはそれを清貧というイメージもぴったりくる彼女らしいもてなしだなと思った。

 

「そう、だな……取り敢えず水だけ出すなら果汁をちょっと入れるのも良いかもしれないね。せっかくこれだけ冷えているんだから、果汁を入れればきっと美味しいと思うよ」

 

「えっ」

 

早速助言を求められると思っていたジャンヌはマスターが全く予想とは違う事を話してきたので思わず目をぱちくりとさせた。

それに対してマスターもつい無意識に漏らしてしまった失言にしまったという顔をした。

 

「ごめん、いきなり失礼だった。せっかくのもてなしにいきなりダメだしなんてどうかしてた」

 

「あ、いえ。気にしないで下さい。寧ろ参考になります。私、つい自分で良かれと思った事を相手にも無自覚に強要してしまう事があるので、そういった知識はとても為になります」

 

「あ、うん。でも本当にごめんね」

 

「だから気にされなくて良いですよ。それでえっと……水に果汁を入れるんでしたっけ?」

 

「うん、レモン汁とか良いんじゃない? それなら売り物としてお店にもあるし」

 

「なるほどなるほど……フルーツジュースを買ってそれを少し混ぜるのもあり、でしょうか?」

 

「良いんじゃないかな?」

 

「そうですか」

 

ふっと湧いたアイディアだったが、マスターの肯定を受けてジャンヌはとても嬉しそうな顔をした。

それだけでも少しだけ一般的なレベルの振る舞いができるようになった気がした。

 

「あ……。ご、ごめんなさい。私が貴方の話を聞く筈だったのに、何だか私が貴方に自分の話を……」

 

「いや、いいよ。元々俺から振った話がきっかけになってしまったんだし」

 

「痛み入ります。……えっと、それで、何かお悩みがあります?」

 

「ん……いや、何かこういう風に落ち着いて話すだけでも大分リラックスできるから既に助けになってるかな」

 

「えっ」

 

「いや、悩みがないわけじゃないんだ。ただ何というかさ……ジャンヌはその原因の対象ではないから話しても悪いかなって」

 

「マスターに御迷惑を掛けている者がいるのでしたら私から説教致しますが?」

 

「うん、それが、そういうのは自分でやるというか注意した方が良いかなって」

 

「えっ、いや、あの! も、もっと私を頼って頂いても良いのですよ?」

 

何か自分が戦闘以外では全くマスターの役に立っていない気がしたジャンヌは焦り、このマスターの反応に慌てた。

 

「大丈夫。取り敢えずは今こうして一緒に話しているだけでも頼らせてもらっているよ。うん……なんか普通の会話って良いね」

 

「普通に……話すだけで役に……。あ、ははは。い、いえ。お役に立てているのでしたら良いのですが」

 

つまり自分が役に立てるのは普通に会話するくらいだと取ってしまったジャンヌは目に見えて落ち込み暗い顔になった。

 

「それに他に悩みと言ってもな……。なら、ジャンヌは俺が最近、突然女の姿に変化するようになってしまったのは知ってる?」

 

「え、あれ本当だったんですか?」

 

もしかしたら助言を求められるかもと思ったジャンヌは素早く立ち直り、居住まいを正した。

 

「うんまぁ……。原因は本当にまだ判らないんだけどね」

 

「そうですか……。その、その変化は完全に女性になってしまうんですか?」

 

「うん、まぁ。身体は勿論、思考や精神も今の自分とは異なるってはっきり感じるね」

 

「それは誠に……」

 

ジャンヌは口に手を当てて自分が持つあらん限りの知識を動員してマスターに起こっている現象について考えたが、結局最終的に思い至ったのは早く彼の悩みが解決する事を祈るだけだった。

 

「ごめんなさい。それは私では、今はどうしようもなさそうです。やはりこうやってお話を聞くだけしか……」

 

「いや、それでも十分に気分転換になってるから大丈夫だって」

 

「なら良いのですが……あ、そうです。あの、マスター」

 

「うん?」

 

「もし宜しければ女性になった時にその姿を私にも見せて頂けませんか?」

 

「え」

 

思わぬ願いにマスターは口に運ぼうとしていたグラスを途中で止めてしまった。

 

「こうやってお話しをするだけでもマスターの疲れた心を癒す助けになっているのでしたら、恐らく、女性になった状態でも同じことをすれば今回と同様の効果が得られると思うのです」

 

「う、うーん。そ、そうかなぁ……」

 

「予想でしかありませんが、同性同士ならきっと何か得るものもあると思いますよ。ましてやこうやって現にマスターのお役に立てて安心感を与える事ができている私でしたらきっと何か」

 

(す、凄い自信だな。というか何だか目がキラキラと活き活きしてきたような)

 

マスターはジャンヌのこの急な盛り返しにやや動揺しつつも、取り敢えず愛想笑いを浮かべて言った。

 

「そ、そっか。じゃ、じゃあ機会があれば」

 

「ええ、そうしましょう。ついでに一緒に外に出かけたりすればより気分転換になると思います」

 

「えっ、ごほ」

 

何か話が問題の解決から女性として生きる抵抗を無くすための練習のように思えてしまったマスターはついに動揺を隠せなくなりむせてしまった。

 

「あ、あのそれは……例えば服とかは今のままでも良いよね?」

 

「私からはマスターのお召し物に関してまで口出しする気なんてありませんよ」

 

「そ、そう……」

 

「でも、いろいろな所には行ってみましょうね!」

 

聖女として悩みを聞く立場からいつの間にか、キラキラと瞳を輝かせて先の予定を楽しみにする普通の女の子となっていたジャンヌだった。




このシリーズの中で最多の文字数の話となりました。
ジャンヌのキャラもやや崩壊?
いや、もともと憑依している人物の性格も影響していると考えれれば、有り、かな?


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土方歳三

戦いの時以外は酒と女と博打と修練しかやる事がない男が居た。
サーヴァントとして召喚されてからは煙草の味も覚え、やや娯楽の域が広まったが、不健康極まりないダメな嗜好と言えた。
生身の人間であるマスターにとってそんな彼の在り方は「サーヴァントだからこういう無茶な過ごし方ができるんだろうな」という、実は意外に軽い認識をされていただけだった。


「よぉマスター、暇か? 暇ならちょっと博打でも打たないか?」

 

「出会い頭に何言ってるんですか。嫌ですよ。僕は損したくないので」

 

「相変わらず乗りが悪い奴だな。暇を過ごす相手を探してるんだが沖田の奴が逃げやがってな」

 

「逃げた?」

 

「賭ける金がねぇというから、なら負ける度に着物を脱いでまっぱになったら本ば――」

 

「ああ、なるほどね。そりゃ逃げますよ」

 

マスターは恐らく顔を真っ赤にして土方の前から逃げたであろう沖田の事を偲び、心から同情した。

 

「安心しろ。俺は男を抱く趣味は無い」

 

「誰もそんな事訊いてません」

 

「そういやお前、最近女になったり男に戻ったりと妙な事になっているらしいじゃねぇか。化けた姿が本物の女ならまぁ、お前でも考えなくは――」

 

「だからそんな事訊いてないでしょう」

 

「この写真お前なんだろ? 今のお前とは随分似ない童女になるんだな」

 

「ちょっ、それどうしたんですか」

 

マスターは土方が懐から出した見覚えのある自分の写真を見て慌てふためく。

それは間違いなく以前ダ・ヴィンチが外部から受注を受けて量産したという女の姿の自分の写真だった。

土方がそれを持っているという事は彼もそれを所望したという事だろうか。

だがマスターにはそれがどうも彼らしくないように思え、腑に落ちなかった。

 

「ん? これか? 沖田の奴が持っていたからちょっと借り(取り上げ)た」

 

(沖田さん……)

 

マスターは再び心の中で沖田にそっと同情した。

 

「あいつも欲張りなやつだ。今のお前の写真だって持ってたのになんで女のやつまで要るってんだか」

 

「え」

 

「ん?」

 

「いや、沖田さん俺の写真持ってたんですか」

 

「ああそうだ。なんかやたら貴重貴重と言っていたな。なんでもあれをあいつも欲しがった頃には異人の元には在庫がなかったそうだ」

 

「そんなに?! あんなのにそんな需要が?!」

 

「俺も理解するのが苦しいところだ。どうせなら男も女も裸の写真の方が――」

 

「貴方そういう人でしたっけ?」

 

「ここに来てから暇が多いから堕落する一方なんでな。手っ取り早く何か斬る仕事でもあればここまで精彩を欠く事はなかったと思うが」

 

「は、はぁ……」

 

マスターは内心それを自分で言うかと思ったが、流石に表だって口に出す事は無かった。

目の前の人物はある種の危険さでは、トップクラスに受け応えに注意をしないといけない男なのだ。

 

「まぁそういう事だ。用はそんだけだ。もう行っていいぞ」

 

「いや、その写真」

 

「うん?」

 

「沖田さんに返してあげてくれませんか?」

 

「これ女だぞ?」

 

「女でも欲しかったから持ってたんでしょう。それを無理に取りあ……無理を言って借りてしまうのも、どうですかね。沖田さんだって土方さんがそれを大事に扱ってるか気になってると思いますが」

 

「なんだ、女の姿でも自分の写真が男の懐に入っているのが気になるのか?」

 

「……まぁ言われてみればそれもありますかね」

 

「ふん……」

 

「……」

 

何とも言えないピリピリとした緊張を感じる雰囲気が場を支配した。

土方と言えば自分の顎を撫でながら何を考えているのか、マスターの顔をギロリと見るのみだった。

マスターはその視線にジッと耐えるしかなかった。

こんなつまらない事で自分の身に危害を加えるなどという愚かな事は流石にしないと確信こそしていたが、それでも目の前の強大な人物からの意図したものだったのかは定かではないが、その威圧感はマスターの精神を強く疲労させるのに十分なものだった。

 

「ふっ」

 

と、程なくして土方が面白そうに吹き出した。

 

「そう怖い顔するな。お前があいつの事を本心から気にかけているのか見定めていただけだ」

 

「土方さんもこんな事で沖田さんの事を考えるなんてやっぱり結構部下思いですね」

 

「はん、抜かせ。そらっ」

 

土方は短く笑うと持っていた写真をマスターの方に放った。

写真は以前ダ・ヴィンチが言っていたようにプラスチックのような硬化剤でIDカードのようにコーティングされていたので、素直に重力に従って放物線を描き、マスターの手にすぽっと収まった。

 

「お前から返してやればあいつも喜ぶだろ」

 

「ありがとうございます」

 

「礼なんて言う必要ないだろ。寧ろ俺の方が謝るのが道理だ」

 

「それは沖田さんにお願いします」

 

「ああ、何処かで失くしたと言っておく」

 

「ひど?!」

 

「あいつはからかうと面白いんだ」

 

「あはは」

 

「お前のようにな」

 

「え?」

 

突如土方の姿がまるで陽炎のように一瞬揺らぎ目の前から消えた。

そのように見えたマスターは全神経を研ぎ澄ませて警戒したが、彼の声はなんと予想外にも背後から聞こえた。

 

「おせぇよ。だが良い反応だ」

 

首の横を太い二の腕が通り過ぎる。

マスターはハッとして後ろを振り向こうとしたが、それより先に余裕の速度で土方は片手で彼を直ぐに身動きが取れないようにがっちりと捕まえた。

そして残る片手は腰の刀の方に行き……。

 

(まさか……)

 

と、冷や汗をマスターが流した時だった。

土方は片手を刀の柄に触れただけでそのまま下げゆき、そして……。

 

「!?!?!」

 

不意に股間をぎゅーっと握られ、マスターは声にならない悲鳴を上げた。

 

「なんだ、やっぱり今はあるんだな」

 

「なっ……なっ……」

 

土方は直ぐにマスターを解放したが、そのマスターはといえば、状況を整理し切れず軽く混乱した。

土方はそんなマスターの様子を見てこの時初めて本当に面白そうに厳つさを抜いた笑い声を上げた。

 

「はっはっは! 悪い。面白そうな奴にはよくやるんだ」

 

「も、もしかしてまさか……これと同じ事を沖田さんにも」

 

「ああ、昔した。男だと思ってたからな」

 

マスターの震える声の質問にそうあっけらかんと答える土方。

この時マスターは、その日三度目となる沖田への同情を心の中でするのだった。




何か妙にBLぽくなりましたが、俺の中の副長はノーマルです。
でも今より昔の方が衆道が盛んだった気がするので、それを考えるとえると可能性としてはあったかもと思ったりはします。


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沖田総司

沖田が何やら落ち込んだ様子でトボトボと廊下を歩いていた。
彼女が落ち込んでいた理由は、少し前の出来事にあった。
自分が大事なある宝物の一つが昔からの上司に借りパクされてしまったのだ。
上司本人は借りるだけだと言っていたが、借り方もあの強面で有無を言わさない強引なものだったし、何より昔からそうやって借りられてまともに返って来た事が無かった。
上司にそれを借りられてしまった当初は早く返して欲しいと懇願したものだが、なんとそこで上司から本当にやりかねないと警戒してしまう程の問題発言と危険な博打の誘い。
故に沖田はその宝物の事は半ば諦めて脱兎のごとく逃げ出し、重い溜息を吐き続ける事で心が平常に戻る事をただひたすら忍耐強く待っているのだった。


「はぁ…………。もう、土方さんの……バカ」

 

独り言を呟いた沖田は何かを思い出し、懐に手を入れてカードの様な物を出した。

それは男性の方のマスターの写真だった。

沖田はそれを見てまた溜息を吐く。

だが今度の溜息は今まで吐いていたものと比べると若干軽くなっていた。

 

(まぁ、一番苦労して手に入れた、一番大事な方は残ってるから良いか。流石に土方さんも男の方には興味を持たないとは思っていたけど)

 

沖田がその写真を手に入れるには少し苦労があった。

ダ・ヴィンチが特別に耐久加工を施したマスターの写真を完全受注で受け付けるという噂を耳にし、彼といると心の安らぎを覚えるくらいには慕っていた沖田は自慢の瞬足でいち早く彼女の下に駆け付け注文した。

しかし、その時渡された注文用紙の記入でミスをしてしまったのだ。

用紙の希望する注文欄のチェックを付ける個所(『♂ver』or『♀ver』)でそれを注文の希望者の性別の事だと判断した沖田は♀の方にチェックしてしまったのだ。

 

そして案の定、彼女の下に届いたのは女性の姿の時のマスターの写真であり、まだマスターに性転換の異変が起こっていた事を知らなかった沖田はその写真を見て頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

当初は発送ミスだと思い、ダ・ヴィンチに問い合わせたのだがそこで本当の理由を知って沖田は愕然とした。

英語や現代の記号に疎かったとはいえ、チェックする時にもっとよく考えたら良かったと大いに悔やんだ。

そしてその悔しさを倍増させる事実を更に知った。

それは選択欄のすぐ下に『*両方選択可』とあった事だった。

沖田はそこに最初から気付いていればと嘆いた。

 

残念なことに再度の製作は少し間を置きたいという事だったので、男性の方のマスターの写真を即入手する事は叶わなかった。

一時は先に手に入れた写真で誰かに交換してもらおうかとも考えたのだが、この姿は姿で愛着の様なものを感じ、結局交換材料にする事はやめたのだった。

 

では今手に持って見ている写真はどのようにして手に入れたのか、その答えは信長と茶々にあった。

流石に信長は情報に聡く、早い段階でマスターの変化の事を察知しており、写真の注文の時も当然両方を選択したのだが、そこで茶々が自分も欲しいと駄々をこね、結果として信長は茶々が写真を失くしてしまう可能性も考慮して何と一人で各三枚の注文をしたのだった。

 

しかしその信長の懸念は今沖田が写真を手にしている事が示している通り杞憂となっており、何かあれば返却するという条件の下沖田はその写真を手に入れたのだった。

条件付とはいえ、沖田はその写真を手に入れた時信長と友人であり、そのツテを頼る事が出来た事を本心から喜んだ。

 

―――そして現在に至る。

 

 

「沖田さん」

 

自分が懐いている人物の、今自分が見ている写真に写っている人の声がした。

沖田は素早くそれを懐にしまうと、声がした方を向いた。

 

「あ、マスターこんにちは」

 

「こんにちは。ごめん、沖田さん。ちょっと良いかな?」

 

「あ、はい。勿論構いませんよ。沖田さんでしたら今ちょっとアレですけど大丈夫です」

 

実際先程まで落ち込んでいたが、マスター本人と対面することで沖田は沈んでいた気分が写真を見ていた時より更に回復した。

マスターは沖田の了承の返事を受けるとポケットからとある写真を出して彼女に差し出した。

 

「はい」

 

「あっ……こ、これ……」

 

「俺から特に聞く事は無いよ。ただ、やっぱり返してあげたくてさ」

 

「あ、ありがとございます! 凄いですねマスター! あの鬼の人からどうやって?」

 

「まぁ……粘り強く交渉した結果みたいな感じかな」

 

「へぇ~~! いや、でも本当にありがとうございます! 流石です!」

 

「ああいいよそんなにお礼なんて。気にしないで」

 

「いえ、本当に嬉しいですから」

 

「今度は簡単に目に入らないように気を付けた方がいいよ?」

 

「分かりました!」

 

「うん、それじゃ僕はこれで」

 

「あ、ま、待ってください!」

 

「?」

 

用件を澄まして早々に立ち去ろうとしたマスターを沖田は慌てて止めた。

せっかく自分の為にここまでしてくれた彼をまともな礼もせずに簡単に返してしまうのはちょっとできなかった。

 

「あの、やっぱりちゃんとお礼をさせて欲しいです」

 

「いや、もう言葉だけでも十分だよ?」

 

「それでもです! なんかこのままでは、やっぱりダメです!」

 

「え……あー、うん。そうか。分かったよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「いや、こちらこそそんなに気を遣ってもらって」

 

「気にしないで下さい! お茶をご馳走しますので私の部屋に行きましょう!」

 

言うが早いか沖田は見惚れるくらいの軽い身のこなしで瞬時にマスターの近くに来たかと思うと、彼の腕に自分の腕を絡めて部屋へと案内を始めた。

マスターは自分の腕に彼女の柔らかい胸の感触が当たる事にやや動揺したが、別に沖田が意識してやっている様子にも見えなかったので取り敢えず気にしないように努めた。

が――

 

「あ、当たっても気にならないのでいいですよ」

 

という明るい声には流石に「えっ」と動揺を表に出してしまった。




副長書いたら沖田も書きたくなりました。
あとちょっと説明の文が長くなりました。

これから後は、少なくともGWが開けるまでは更新は止まる気がします。


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アルトリア・ペンドラゴン・オルタ(剣・騎含む) ♀

「えっ、俺の風呂が壊れた?」

突然の報告に驚くマスター。
彼(彼女)にその内容を話すマシュは申し訳なさそうに続けた。

「はい、先日バベッジさんが自作の実験で蒸気風呂をマスターに提供しようとしたところ、上手くいかなかったようでして……」

「……後で彼を俺の所に呼んでくれるかな」(今実験って言ったよな)



マスターはお風呂が好きだった。

必ず一人で寛げるし、湯が与えてくれる温かさは彼のカルデア内での貴重な癒しの一つだった。

 

そんな大切な入浴設備が壊れてしまったという。

――しかもよりによって女性の姿になっている日に。

 

カルデアに個人部屋を割り当てられている者には入浴設備も可能な限り設備されていたので、誰かの風呂を借りようと思えばそれも可能だった。

しかしマスターには風呂を気軽に頼んで貸してくれるような知り合いはいなかったのでこの案は残念ながら実行に移す気にはなれなかった。

マシュだったら貸してくれるかもしれないが、流石に女性化したとはいえ、自分にとって本来異性である人の風呂を貸して欲しいなどと安易に頼むのも気が引けた。

 

(となると……やっぱり大浴場か)

 

カルデアの施設内には個人風呂以外に人間からしたら規格外のサーヴァントにも対応する目的も含まれたそれなりの規模の大浴場も設けられていた。

マスターも好んで何度か利用した事があったがそれは……男の時だけだった。

 

「……」

 

マスターは自分の膨らんだ胸や少し前まであったモノが消失した部分を見て困った顔をした。

心は男のままなので男湯に入ること自体はこの姿でも抵抗はない。

しかし女性の身体で男湯に入ること自体が非常識であったし、自身の身に何らかの性的な危険が及ぶ可能性はかなり高いように思えた。

 

「……」

 

続いてマスターは今の姿で女湯に入った場合を考えた。

客観的に観れば問題は無いが、心は男のままなので背徳感を感じたし、何より自分が本来男である事を知っている女性たちに対して非常に軽率な行為であると言えた。

 

「……今日は風呂は諦めるかぁ」

 

一人呟きトボトボと大浴場まで向かっていた足の踵を返した時だった。

 

「マスターではないか。どうした風呂に行くのではないのか?」

 

と声を掛けてくる者がいた。

 

「ああ、オルタさん」

 

マスターが振り向いた先に白い肌と黒色の普段着のコントラストが映えるアルトリア・オルタ(剣)が居た。

 

「どうした? 見た感じまだ湯上りというわけではなさそうだが?」

 

「ええ、まぁ。そうなんですが……」

 

不思議そうな顔をしてそう問い掛ける彼女にマスターは今までの自分の嗜好の経緯を話した。

 

「なんだそんな事か。ならば問題は無い。私と一緒に入れば良い」

 

「えっ、お、女湯に?」

 

「その姿で男湯に入る事は取り敢えず許せないな」

 

「え、でも俺……」

 

「思考や精神も女性化しているのならそう問題も無いと思うが?」

 

「でも戻った時にその記憶が……」

 

「ご褒美だ」

 

「え……」

 

あまりにもきっぱりと言い切るオルタにマスターは思わず言葉を失った。

オルタは唖然とした顔で自分を見るマスターを面白そうにクスリと笑いながら続けた。

 

「淫らな行為に及ぶわけでもあるまいし、私は裸くらい見られるのは許してやるさ。というかそれ以前に気にしない」

 

「でも他の人が……」

 

「だから浴場の開放時間前に来ていたんだろう?」

 

「……」

 

「私もそうだ。早く来れば広い風呂を気持ちよく独り占めできるからな」

 

「でもだったらまだ開いてないんじゃ?」

 

「実は大浴場は開放時間の30分前には入れるんだ。湯の温度を調整する為か何かだと思うが、取り敢えず誰もいないぞ」

 

「でも……」

 

「つべこべ言うな。行くぞ」

 

「あっ」

 

言うが早いか、オルタはマスターの手を取り浴場へと引っ張っていった。

 

 

「貴様……服を着て風呂に入るつもりか?」

 

「いえ……」

 

「ならば脱げ。私はもう脱いだぞ」

 

「……う」

 

オルタが言うように彼女は既に全裸となっていた。

タオルは巻かずに片手に持ち、一糸纏わぬ姿を恥じることなく晒していた。

マスターはそんなオルタを見て恥ずかしさに顔を赤く……。

 

「あれ?」

 

意外にオルタの裸を見ても男同士で同性の裸を見ているような感覚だった。

オルタの裸体を恐ろしく美しい芸術品の様に思うくらいの感覚はあったが、性的な感情の昂ぶりはかなり薄かった。

 

「だから言っただろう。ほら脱げ」

 

「あ、ちょ?!」

 

オルタはもう待てないと言わんばかりにマスターの服を強引に脱がしにかかった。

驚いて抵抗する彼の服を器用に難なく脱がしていきあっという間に下着姿にした、ところでオルタの手がピタリと止まった。

 

「貴様なんだその下着は……?」

 

「え?」

 

「上に何もつけてないと思えば、下はトランクスだと?」

 

「いや、そのだって……」

 

「今度私の下着を少しやるから次からは……うーん、そうだな。最低でも私と風呂に入る時はちゃんと女の物を着けて来い。服は勘弁してやる」

 

「そんな……」

 

「女湯で男の下着を見る方が何か嫌だ」

 

「う……」

 

妙な説得力を持つ言葉にマスターは反論ができなかった。

 

「さぁ、行くぞ。丁度良いから女の身体の手入れの仕方も教えてやろう」

 

「え?! そ、それは流石にいいよ!」

 

「却下だ。お前が俄か知識で女として過ごすことがあるかと思うと、今は同じ同性としていろいろと気になって来た。徹底的に……やるぞ」

 

「え、ちょ、あっ……やぁ!?」

 

その後、マスターはオルタから文字通り手取り足取りを地で行くレクチャーをそれはそれは詳しく学んだ。

髪は勿論の事、身体の細かい部分の洗い方、特に局部に関しても妥協する事無く真顔で真剣にレクチャーするオルタに、恥じらいから顔を赤く染めてしまうのは流石にこの時はどうしようもなかった。




どうしてもお風呂回書きたかったので書きました。
うん、今度こそGW明け以降の何時かに更新します。


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巴御前

巴御前はブーティカやエイリークの妻と同じ様にサーヴァントとなった後も生前の人生の伴侶への想いは変わらない女性だった。
しかしその割には、新たな主として尽くすと決めたマスターに過剰に世話を焼こうとする所があり、マスターはいくらなんでも異性に対してその接近は如何なものかとも思われていた。


「マスター、お疲れ様です。今日は誰もいませんね? では今日は巴が誠心誠意お尽くししたいと思います」

 

カルデア内の会議を終えて部屋から出てきたマスターを入り口で待ち受け構えていた巴御前が忠犬よろしく彼に駆け寄って来た。

 

「え? わっ、もしかしてずっと待っていたんですか?」

 

「如何にも! 近頃マスターは社交的になられたようで、これを好機と得た私も奮闘せんとしたのですが、如何せんマスターの隣を獲るのは容易ではなく……」

 

「は、はぁ……」

 

物凄い熱意を込めてここに至るまでの経緯を興奮した様子で話す彼女にマスターはちょっと引きがちだった。

 

「――とまぁそういうわけでして、今日はドンと私にお任せください」

 

「うん……」(何を?)

 

「あ、お部屋に戻られるのですよね? では早速私におぶさりくだ――」

 

「いや、いいです。それは」

 

「別にお気になされる事はないのですよ? マスターは義仲様と親子のように仲良くなれると思いますからね。なら私にとっても……お、御子のような……」

 

「いろいろぶっ飛ばし過ぎです。取り敢えず大丈夫ですから」

 

「あ! お、お待ちください!」

 

巴は一人自室へ歩き始めたマスターを慌てて追いかけた。

 

 

「んじゃ、ご苦労様です」

 

「え?」

 

部屋に辿り着いたところでマスターにそんな言葉をかけられた巴はポカンとした。

そしてそのまま部屋に入って扉を閉めようとするマスターに縋りつくように待ったをかけた。

 

「ま、待ってください! 終わりですか?! 巴のご奉仕はもうこれで終わりですか?!」

 

「いやだって、特にないし……」

 

「お、食事は?! 湯浴みの準備だって私できますよ?!」

 

「いや、今の時代それくらい大した手間じゃないし、大丈夫です」

 

「そんなぁ?!」

 

マスターの言葉に余程ショックを受けたのか、扉を掴んでいた手を離してその場にへたり込む彼女を目にして流石にマスターは何とも言えない罪悪感に駆られた。

既に扉は閉めたのだが、まだその向こうに放心状態の巴がへたり込んでるかもしれないと思うと、気になって様子を見たくなった。

 

ガチャリ、と開けた扉の隙間から覗いてみるとやはり彼女はまだ居た。

まだ立ち直れないのかへたり込んだその場で床を見続けている。

 

「……う」

 

その様子に思わず漏れてしまった呻き声のようなマスターの声を彼女は聴き逃さなかった。

はっ、とした表情で顔を上げる巴御前。

 

「あっ……」

 

「……」

 

目が合ってしまった。

マスターの目を何かを期待する瞳で見つめ返す巴。

 

「……どうぞ」

 

「……!」

 

マスターは根負けして扉を開け、巴はそこにへ喜色満面に紅潮させて入った。

 

 

「ここがマスターのお部屋ですかぁ」

 

「楽にしててください」

 

「あ、はい」

 

巴はマスターに促されたソファにちょこんと座って彼がお茶を用意する姿をほんわかと眺める……。

 

「いやいやいや! そういうのをやりたいんです! 私に任せて下さい!」

 

「ああ、そうだったね。ごめん。じゃ、そこのカップを取ってくれるかな」

 

「全部任せて下さい!」

 

使命感に燃える瞳でそう訴える巴御前。

マスターはその願いを受け入れて自分の部屋の生活用品の簡単な配置や使い方を教えるのだった。

 

「――という感じでやれば問題ないです。大丈夫ですか?」

 

「委細承知致しました。御心配には及びません!」

 

「……」

 

何故か凄く不安だった。

 

 

「出来ました! どうぞ!」

 

「……」

 

そう言ってテーブルに置かれたそれは、取り敢えず見た目は珈琲に見えた。

マスターはやや慎重に口を付けつつ飲んでみる。

その様子を巴は緊張した面持ちで見守っていた。

 

「……うん、飲める」

 

「あ……飲める、なんですね」

 

ションボリする彼女にマスターはなるべく優しく話し掛ける。

 

「うんまぁ、コーヒーのパ……粉はもっと少ない方が良いと思う。逆に砂糖は……あ、そうか」

 

「?」

 

マスターは、砂糖が生前の巴御前の時代にはかなりの高級品だったであろう事に思い至った。

 

「巴さん、今の時代は砂糖は昔ほど貴重品じゃないからそんなに節約しなくて良いんですよ」

 

「! なるほど、そうだったんですか!」

 

「うん、そう。だからこれさえさっき言ったように直せば大分良くなると思いますよ」

 

「分かりました! ご指導ありがとうございます!」

 

「じゃあこれで……」

 

「え、まさかこれで終わりとか仰らないですよね?」

 

「……」

 

マスターは考えた。

何とか彼女に上手くあまり世話を焼いてもらわないで済む方法を。

そして程なくして閃いた。

上手く彼女と穏便に過ごす方法を。

 

「巴さん、ゲームをしましょう。ビデオゲーム」

 

「え、げーむですか?」

 

お世話という言葉に対してかけ離れた提案だったのだが、マスターのゲームという言葉にパッと顔を輝かせ敏感に反応する巴。

その瞳は子供が新しい玩具に期待する眼差しの如くキラキラと輝いていた。

 

「うん、そう。ゲームでも俺の遊び相手をしてくれるのなら、それもお世話の内に入るでしょう?」

 

「ふむ……一理ありますね」

 

「よし、それじゃ……巴さんFPS以外のゲームもできる? SLGとか」

 

「えすえるじぃ……えっと確かそれは……」

 

「戦略ゲーム」

 

「! 詳しくは知りませんが興味はあります!」

 

「良かった。今からやるゲームは中世が舞台の戦略育成ゲームなんだけど……」

 

「ふむふむ」

 

熱心に自分の説明を聞く巴御前に対してマスターは内心小さくガッツポーズを決めていた。

ゲームで巴御前の気を引く事で本来の彼女の目的を逸らせる結果にはなったが、純粋に遊び相手になってくれる彼女にはマスターは本心から有り難いと思うのだった。




キャラを上手く掴めてない所為か全体的に中途半端な感じになった気がします。
そしてこれを投稿するのに使ったパソコンの調子が悪くて作業にも多少滞りが出ています。
取り敢えず近い内に替えのパソコンを用意しよう……。


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鈴鹿御前

JKアピール著しい鈴鹿御前。
巴御前と同じく『御前』と敬称を付けて呼ばれる事が多いものの、こちらはあまりにもの彼女のアクティブさに若干その敬称を付けて呼ぶのを躊躇われる事もよくあった。


「ああ! マスター見つけたし! ちょい来て! ちょい!」

 

「相変わらず騒がしいね」

 

「はぁ? ちょっと、マスターなんか巴と比べて私に対する態度大分違くない?」

 

「まぁ、それについては後で聞くから。何か用だったんでしょ?」

 

「むぅ……じゃ、絶対後でね! えっとね……」

 

「用があったんじゃないのか」

 

「あったよ! あったけど忘れちゃったの! あーもう、マスターがあたしに意地悪するから」

 

「全く身に覚えがないのですが」

 

「ちょっと黙るし! あ……思い出した!」

 

「ん?」

 

「マスター、ちょっとあたしの買い物に付き合ってよ」

 

「え」

 

突然の申し出にマスターは困惑した。

鈴鹿御前が人懐っこいのを越えて馴れ馴れしいのは今に始まったことじゃないが、いきなり買い物に付き合うようにお願いされたのはその時が初めてだった。

 

「JKならいろいろあるじゃん? アクセとかスイーツとか」

 

「カルデアの購買には限界があるからな……。あまり満足できないと思うけど」

 

「んな事知ってるから。あたしが言ってる買い物っていうのはさ、ネットショッピングってやつ」

 

「それ一人でできるじゃん。寧ろ一人でやる事じゃない?」

 

「写真見てあたしに似合いそうかどうか言ってくれるだけでいいから」

 

「尚更俺じゃなくてもいいでしょ。他の仲の良いサーヴァントとか女性スタッフに相談したら?」

 

「あーもう、マスターがいいの! あたしのマスターなんだから黙って言うこと聞く!」

 

「それなんか立場逆……」

 

「はいはい! 取り敢えずあたしの部屋に来る!」

 

 

鈴鹿御前は一々適切なマスターの指摘を鬱陶しそうに手で払う仕草をしながら彼を引っ張っていった。

 

「……もう少し片付けなよ」

 

「これが丁度いーの」

 

「はぁ……」

 

部屋に連れてこられたマスターは彼女の部屋の乱雑さに少しウンザリした顔をした。

足元にはゴミとは言わないが、脱ぎ散らかした服や本、まだ中身が入っているお菓子などが散乱している。

足の踏み場が無いという程ではないものの、これはちょっと酷かった。

 

(もしかしてモードレッドの部屋もか? あいつの部屋もこんな感じなのか?)

 

マスターの脳裏につい最近自分の部屋は散らかっていると言っていたモードレッドの顔が浮かんだ。

だが彼女の場合は片付けはできていないだろうが、ここまで不必要に散らかって無い気がした。

鈴鹿の場合は圧倒的に現代の女子学生のような親近感を感じさせるそれだった。

近い時代に生きていて何故こうも巴御前と性格がかけ離れてしまったのか、マスターは心の中でため息を吐いた。

 

「ま、適当に座って」

 

マスターは鈴鹿が手でポンポンと叩いて座るように促した場所を見た。

 

「……あの、それ枕なんですけど」

 

「クッション代わりになるっしょ?」

 

「シャツが掛かってるんだけど」

 

「それくらい取りなよ」

 

「はい」(俺に取らせるのか)

 

 

「さーて、先ずは何見ようかなぁ」

 

「え、スマホ?」

 

「は?」

 

「パソコンを使わないの?」

 

「スマホの方が楽じゃん?」

 

「いや、パソコンの方が画面大きいし、二人で見易くない?」

 

「パソコン無いし、使い方解らないの。近くに寄ればいいじゃん、ほら!」

 

「……」

 

何処か複雑な表情でマスターは鈴鹿に従い、彼女と肩が普通に触れる距離にまで近付いた。

 

「よーし、それじゃぁ……」

 

「ちょ、痛い。胡座かかないで、膝が当たる」

 

「マスターも胡座かくからじゃん」

 

「俺は正座しろって言うの?」

 

「あ、じゃああたしがマスターの上に座る」

 

「えっ……」

 

 

「……」

 

「これでよし」

 

胡座をかいたマスターの上に鈴鹿が座る構図となった。

マスターの足に鈴鹿の柔らかい尻の感触が伝わり、彼は気が気でならないと、一般的な男性ならそう思うところだっただろうが、流石は幾人もの女性のサーヴァントも従えるカルデアのマスターは違った。

 

(重い……見難い……)

 

「あ、これ良い! ね、どう?」

 

「え、どれ?」

 

「これ?」

 

「いや、首振らないで。見えない、髪が痒い」

 

「もー、だからこれ!」

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

マスターは後ろから覗き込んだ画面に映ったそれを見て顔をしかめながら尋ねた。

 

「それ下着じゃない?」

 

「そだよ?」

 

「俺良さなんて分からないんだけど。どう答えたら良いの?」

 

「似合ってるかどうかくらい想像できるでしょ?」

 

「え? セクハラ?」

 

「水着だと思えばいいじゃん」

 

「んー……」

 

マスターは鈴鹿のスマホに映っている写真を見て考えを巡らせる。

 

「緑が好きなの?」

 

「割と」

 

「ふーん……赤の方が似合う気もする」

 

「スケベ」

 

「帰る」

 

「ウソウソ!」

 

鈴鹿を押しのけて立ち上がろうとしたマスターに焦った彼女は、体重を後ろに傾けて何とかそれを妨害しようとする。

後ろに傾くことによってより鈴鹿の身体が密着し、よりいろいろな所の重さを感じることになったマスターは流石に動揺してビクリと動きを止めてしまった。

 

「ごめんごめん。冗談」

 

「分かったから元に戻って」

 

「うん! じゃ、これはカゴに入れて、と」

 

「えっ、それ買うの? ちゃんと考えた?」

 

「女の買い物なんてこんなもんだよー」

 

(マシュと全然違う……)

 

マスターは何度か付き合ったことがあるマシュの慎重な買い物を思い出しながら、鈴鹿の奔放な買い物にそれから一刻ほど付き合われたのだった。




鈴鹿御前の幕間の物語実装記念、というわけではないのですが、タイミング良いなと思ったので。
鈴鹿御前もキャラを上手く掴めてないので、ちょっと違う気がする……。


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ジャンヌ・ダルク・オルタ②

その日非番だったマスターは、オルレアンにレイシフトして草原の上で昼寝を満喫していた。
実に暖かい良い日差しだった。
草も程よく茂って柔らかく、良い寝心地で土で汚れることもなかった。
そんな彼に頭上から話しかける声がした。


「何をやっていると思ったら」

 

「……こんにちは」

 

珍しく緩んだ顔に優しい目をしたマスターの顔だった。

邪ンヌはそんな彼の顔を見てちょっと吃驚する。

 

(え、こんな穏やかな顔初めて見るわね)

 

「……あんたが外に出るのを見たって聞いたからちょっと探してたの」

 

「そっかぁ」

 

「別に用事ってわけでもないんだけどね」

 

「ふーん……」

 

「……」(ほんと、緩みきってるわね)

 

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「隣、良いかしら」

 

「好きにしなよ」

 

そう言いつつマスターは邪ンヌが座れる場所を寝返りを打って空けてくれた。

なんかそのまま見ていたら転がって丘を下って行きそうに思えたが、特にそんなこともなくマスターは寝返りを打ったところで止まり、そのまま横になってまた穏やかな呼吸を始めた。

 

「お邪魔するわね」

 

「うー……ん……」

 

「……気持ち良いわね」

 

「いや、ほんと……毎日こうだったら良いのになぁ……」

 

「ふふっ、そうなったら何かあんたそのまま溶けてバターになりそうな気がする」

 

「今の心地的に否定できないな……」

 

「……わ」

 

「ん?」

 

「わ、私も……ね、寝ようかしら」

 

「鎧で痛くない?」

 

「脱いでるわよ。ていうか私服よ。話しかけたとき見たでしょ?」

 

「……?」

 

マスターはぼんやりとした頭でその時のことを思い出す。

 

(そういえばそうだった気がする。何かスカート履いてて……)

 

黒いレースのショーツも見えた気がしたが、スカートくらいしかまともに映像として思い出せなかったので、取り敢えずマスターはその事は考えないようにした。

下手に思い出してつい口を滑らせるとまたどんな怒声が飛んでくるか分かったものではなかった。

 

「呆れた。そこまで気が抜けてたわけね」

 

「……申し訳ない」

 

「別にいいわ。ん……」

 

皮肉そうな笑みを浮かべた後、ようやく邪ンヌもマスターの横で上半身を倒して日光浴を始めた。

 

「……」

 

マスターの気が緩むのも解る気がした。

肌に当たる日差しは丁度良いくらいに暖かく、太陽の眩しさにも不思議と眠気を誘うような心地良さを感じた。

草の良い香りが風に乗って鼻孔に入る。

ちょっとこの環境は反則に思えた。

 

「これ、本当に寝ちゃいそうね」

 

「……」

 

「マスター?」

 

仰向けになったまま首だけマスターの方に向けてみると、そこには完全に熟睡モードに入ったマスターの顔があった。

いくら気を許しているとはいえ、アヴェンジャーたる自分のようなサーヴァントの隣りにいるにしてはあまりにも気が抜けた、彼女なりに言うと間抜けな顔だった。

 

「マスター……?」

 

邪ンヌはまた彼を呼んでみるが、今度の声は先ほどと比べて本当に寝ているのか確認するような少し静かな声だった。

 

「……」

 

やはり完全に寝ているようだった。

その証拠に不意にこちらに寝返りをして彼女の腕にぶつかっても一瞬眉を寄せただけで寝息はそのまま続いた。

 

「……」

 

邪ンヌは一度上体を起こして周りに誰もいないことを入念に確かめると、再び体を寝かせて人差し指でマスターの頬を突いた。

 

「ん……む……」

 

意外に柔らかい感触だった。

頬を突かれたマスターから自然に漏れた声に邪ンヌは思わず小さく吹き出す。

 

(ぷっ、く……間抜けな顔。本当にこれあいつなのかしら?)

 

そのまま5分ほど邪ンヌはマスターの頬を突いて遊んだ。

 

「ほ、本当に起きないわね」

 

つい夢中になって遊んでしまった自分も大概だったが、それでも起きないマスターはある意味凄かった。

熟睡した人間はここまで起きないものなのか、邪ンヌはちょっと興味が湧いた、と心の中で言い訳をして次にちょっと大胆な行動を始めた。

 

「……」

 

マスターの力無く地面に触れている腕を掴んで抱きしめてみる。

特に心地が良いというわけではなかったが、何となく独占めたい満足感を感じた。

 

「ん……」

 

今度は軽くその腕に頬ずりをしてみる。

これはちょっと心地良かった。

服越しでも生地がある程度薄かったおかげでマスターの体温を感じる事ができた。

それは何とも言えない安心感のように思えた。

 

(もうちょっと……)

 

自分なりの大胆な行動が連続して成功してしまった事もあって、調子に乗ってしまい少し自重の(たが)が外れてしまった邪ンヌはそのまま次の行動に移る。

次に行ったのはマスターの腕を抱きしめたまま手の部分を膝を曲げて脚で挟むというものだった。

 

「はぁ……」

 

自分でやった事でありながら、子供のような格好に思わず赤面する邪ンヌ。

しかしそこからくる背徳的な開放感は間違いなく彼女には得も言われぬ快感であった。

 

(くっ……今こいつが起きたら殺すしかないわね……)

 

本気でそうするつもりなどなかったが、どうにかして記憶を飛ばすくらいの事はしなければならないと邪ンヌは考えた。

だったら行為はそこで終わりにすれば済む話だったのだが、そうしなかったのは今その時の状態が完全に彼女の独擅場(どくせんじょう)となっていたからだろう。

それくらい邪ンヌはこの時、マスターに対して今まで感じたことがない優越感を感じていた。

 

しかし流石にそこまでマスターの腕を固定していては、彼も無意識とはいえ抵抗の動きをせざるを得なかった。

 

「ひうっ?!」

 

不意に下半身の方から何かの感触を感じて思わず小さな悲鳴を漏らす邪ンヌ。

赤い顔をして感触を感じた方を見ると、そこには膝で挟んだマスターの手が手首のところで曲がってその指が丁度……。

 

 

「……ん」

 

目覚めた時マスターは一人だった。

辺りは既に夕方の日暮れによってオレンジ色に染まっていた。

マスターは上半身を起こしてぼんやりする頭で周りを見渡したが、どこにも既に邪ンヌの姿はなかった。

 

(寝てる間に先に帰ったか)

 

そう思って立ち上がろうとした時だった。

 

「やっと目が覚めたわね」

 

と、背後から声がした。

 

「え?」

 

と、マスターが振り向くと、そこには夕日の色に染まった邪ンヌが何処か不機嫌そうな顔で自分を見ていたのだった。

 

余談だが、その時マスターは、夕日の色とは別に何となく邪ンヌの頬が赤く染まっているように見えた気がした。




かなり懐かしいフリーゲームのBGMに癒やされたら浮かんだ話でした。
初の同キャラの2話目となりましたが、ネタを放棄するのも勿体なかったし、浮かんだものは仕方ないので形としました。


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フローレンス・ナイチンゲール

カルデアの雰囲気がおかしかった。
何やら一部のサーヴァントがマスターを見る目から不穏な感じがするのだ。
それは敵意のように命に危険を感じさせるようなものではなかったが、別の危うさを感じさせるものだった。


「マスター、ちょっとよろしいですか?」

 

声をかけてきたのはナイチンゲール。

今ではカルデア内第二の診療室と呼ばれている自室から、彼女はひょこんと顔を出してマスターに手招きをしていた。

 

 

「何ですか? 特に体調に問題はないと思うのですが」

 

「確かに。マスターは問題はないでしょうね」

 

「?」

 

「マスター、今貴方はカルデア内の雰囲気に違和感を感じていませんか?」

 

「えっ、よく分かりましたね」

 

「実はそれが私がマスターをお呼びした理由なんです」

 

ナイチンゲールは何やら問診票らしき用紙を挟んだバインダーを取り出し、これから幾つか質問させて欲しいと言ってきた。

それが今マスターが感じている雰囲気を解決する緒になるかもしれないと言うのだ。

 

「いいですけど……。本当に何も心当たりが無いんですよね」

 

「それを判断するのは私の役目です。マスターはどうか私の質問に正直に答えて頂ければ結構」

 

「はぁ、分かりました」

 

「では先ず、マスターは先日オルタの方のジャンヌさんと一緒に寝たそうですね」

 

「え? はい」

 

この時マスターはナイチンゲールの質問に特に抵抗や疑問を感じることなく答えた。

何故なら彼はナイチンゲールの質問に対して単純に『外で一緒に並んで寝た』事の事実確認だと思っていたからだ。

こう思ってしまったのはナイチンゲールが使った言葉にも若干原因があった。

もしこの時彼女が『一緒に』ではなく、『ジャンヌさんと寝た』と訊いていれば、マスターも流石に男女の情事の事を言っていると捉え、多少動揺したかもしれない。

しかしそこで『一緒に』という言葉を入れてしまった事で、彼女が本来伝えたかった意味が異なるニュアンスとして捉えられてしまったのだ。

ナイチンゲールも最初の質問でマスターが多少でも質問の意味を理解しかねたり、動揺する素振りを見せていれば「性交したか確認したい」とぼかすことなくはっきりと補足したかもしれない。

しかしそこでマスターが質問の意味を勘違いして動揺することなくあっさりと肯定してしまったので、結果として彼女とマスターとの間に致命的な会話の齟齬が生じてしまったのであった。

 

「……なるほど事実なのですね。でしたらやはりそれが原因ですね」

 

「え、一緒に寝たのが?」

 

「はい。仲睦まじいのは良いことだと思いますが」

 

「仲睦まじいですか? まぁ悪くなかったと思いますけど。それが原因というのは……。考え難いですけどそれが嫉妬だとしてもあれくらいでああなるかなぁ……」

 

「悪くなかった? アレくらいで?」

 

完全に運が悪い失言だった。

ナイチンゲールは思わず険のある瞳でマスターを睨む。

 

「マスター、今の言葉は少し行き過ぎていると思います」

 

「え」

 

「それはあまりにも彼女に対して失礼が過ぎるかと」

 

「あ……いや……。す、すいません」(な、何がいけなかったんだ?)

 

「まだ謝罪するだけ倫理観はまともなようですね。いいでしょう、しかし二度とそんな事を口にしてはいけませんよ?」

 

「あ、はい」

 

「しかし、ならば……」

 

ナイチンゲールは用紙に何やら書き込みながらボードをペンでトントンと叩いて呟く。

 

「これが事実なら単純に皆さんにこの事を受け入れて頂くしかありませんね」

 

「はぁ」(え、それだけ?)

 

「しかしいくら仲が良いと言っても外で行うのは衛生的にどうかとも思います。いえ、開放感とか、そこからくるものも解りますけどね?」

 

「すいません。暖かくて気持ち良さそうだったのでつい」

 

マスターは反省している様子ではあったが、ナイチンゲールはそこで何ら恥じる様子もなく『気持ちよさそう』と言った彼に内心少々驚いた。

目だけを少し丸くさせ、頬をどこか僅かに赤く染めながら軽く咳払いをして気を持ち直した。

 

「こほん……しかし意外なものですね。マスターとあの方がこんな仲になるなんて」

 

「そんなに良く見えます?」

 

「ええ、それはもう。何と言っても本人が認めているところですから」

 

「と言いますと?」

 

『私とマスターはイクとこまで行ってるから。もうあいつは私のモノなの。いい? 分かった?』

 

「という感じに明らかに嬉しそうに皆に話してましたね」

 

「えぇ……」(俺は寝ていただけだぞ?)

 

「まぁ、マスターもこれからそういう感じで他の方とも仲良くするかもしれませんが? ある程度の節度は守ってくださいね?」

 

「え? は? はい……?」

 

「では問診はこれで終わりです。マスターがそこまで事実を認めているのでしたら皆さんの理性に訴える説明もできるかと思います」

 

「結局自分で解決しないといけないんですね。えーと……僕と邪ンヌが草原で寝たことをちゃんと話せばいいんですよね?」

 

「そうですね。下手に話を偽るよりはその方が良いでしょう」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 

マスターはナイチンゲールに取り敢えず問診という名の相談をしてくれた事にお礼を言うと、部屋を出ようとした。

だがその時、彼の後ろから初めて聞くようなナイチンゲールの声が掛かった。

 

「振り向かずに聞いてください。これは純粋な興味からの質問なんですが」

 

「え? はい」

 

「マスターはその……私ともジャンヌさんと同じような事ができますか? したいと思いますか?」

 

「え? いや、したいというか、まぁナイチンゲールさんが望むのなら拒否する理由とか無い限りは、はい」

 

「……そうですか。よく分かりました。ではどうぞご退室を」

 

「? はい、それじゃあ」

 

 

扉が閉まってマスターが部屋から完全にいなくなったその場には、先程のマスターの言葉に僅かに頬を染めた時より、より明確に頬を染めたナイチンゲールがいた。

 

「……まぁ、いうなればこれも治療の一環です。サーヴァントとしてもメリットがありますし。タイミングを図るくらいの事は考えても良いでしょう」

 

と、誰にともなくナイチンゲールは呟くのだった。




持ってないキャラを自分の話にキャラとして起すのは難しいですね。
割とそれだけのせいで間が空きました。
もはやヒロインを決めた単なるラブコメの方が良いかも……と、近頃は考えたり。


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エウリュアレ

カルデアのサーヴァントの中でも特に性格に注意しなけければならない人物の一人であるエウリュアレ。
彼女にはドライなコミュニケーションを取りがちだった以前のマスターでも、相対した時は警戒心を維持するのに心労がかかっていた。


「あ……」

 

「あらぁ、ごきげんようマスター」

 

「ええ、こんにちは」

 

「丁度よ――」

 

「それじゃ」

 

「待ちなさい」

 

目を合わせたのは一瞬、そして交わした言葉も簡素。

マスターは何とかその場はこれで終わらせたかったのだが、残念な事にそれは彼女が許さなかった。

 

「……なんでしょう」

 

「貴方、ちょっと私を警戒し過ぎじゃない?」

 

「まぁ、十分に警戒する理由がありますからね」

 

「酷いのねぇ。碌に甘えさせてもくれないし」

 

「なるべく全部自分だけか身内で何とかしてください」

 

「む……」

 

マスターの硬質な態度に流石のエウリュアレも少し頬を膨らませた。

 

(そこまで嫌わなくてもいいじゃない……)

 

 

「女神様には結構苦労させられた事がありますからね。こうなっても仕方ないじゃないですか」

 

「ええ、そうね。おかげで妹くらいしか弄る相手がいなくてすっごく物足りないの」

 

(メドゥーサさん……)

 

マスターは心の中で女神の妹に心から同情した。

今度気落ちしているようなところを見掛けたら、ジュースくらい差し入れても良い気すらした。

 

「そう言われてもですね。人間が困り果てる様を見るのも快楽の一つとする人になんて、普通の感覚の人間なら近付きたくないですよ」

 

「貴方は私の美に本当に靡かないわね」

 

「いや、綺麗だとは思ってますよ」

 

「えっ?」

 

「ただその気持ちを警戒心が上回っているだけです」

 

「……度し難い。美を理解しているのにその体現である私自身は受け入れないなんて……」

 

エウリュアレは幾分頑丈なだけで戦闘力については乏しい自身のサーヴァントとしての身体を憎らしく思った。

 

「悔しい……。私の身体に多少でも力があれば……」

 

 

(ヤバイ。自分もいくらかハッキリ言い過ぎた)

 

いくら非力といってもサーヴァント。

人間と比べたら非戦闘タイプでも基礎能力に大きな差がある事も十分に考えられた。

マスターは、自分の言葉がエウリュアレにとって大分挑発になっているらしい雰囲気を察して危機回避の為に思考を巡らせる。

 

 

「んんっ、まぁ落ち着いてください。美の化身の女神様が蛮行を望む様はその……」

 

「……そうね。今の私は忘れなさい。絶対に」

 

「勿論です」

 

「とは言え、この不快感は未だ払拭に至っていないのも事実。これは、どうしたものかしら……?」

 

 

冷たくも美しさは損なっていない反則的な誘惑の流し目でマスターを見るエウリュアレ。

マスターは再び自分の頭の中で女性に対する上手い対応の方法を必死で考えた。

 

「具体的にどうしたいんです?」

 

「私を愛し、私に愛されなさい。特別に、この不満を晴らす為だけの一時で許してあげる」

 

「……分かりました。えっとじゃぁ……」

 

「?」

 

エウリュアレは自分に差し出してきたマスターの手を見て首を傾げる。

 

「先ずは手を……」

 

「ふっ」

 

それはあまりにも可愛らしく思える第一歩であり、そのおかげでエウリュアレはつい小さく吹き出してしまった。

目の前の男の私に対する愛情表現の初歩は自分の手に触れる事からだと言うのだ。

 

「歯痒いわね。手を取るならそのまま抱き上げてくれるかしら?」

 

「……分かりました」

 

彼女がとても軽い事もあり、マスターは難なく女神を抱き上げる。

その仕草は優雅とは程遠かったが、抱き上げるまでに自分に負担をかけないように気を付けるマスターの配慮はエウリュアレにも解った。

 

「良い子ね。ねぇ?貴方の首に手を回しても良いかしら?」

 

「どうぞ」

 

マスターはなるべく彼女と目を合わさないようにしながら首肯した。

その不器用な気の逸らし方をエウリュアレは愛らしく感じ、それと同時に自分の中でふつふつと加虐心という名の悪戯心が沸き上がり、台頭して来るのを感じた。

 

「ん……良い気分♪ 次はどうしてやろうかしら♪」

 

「……人目もあるんで」

 

「誰が人が居る所に行って良いと言ったの? 駄目よ。そんな事すれば絶対にこの楽しい時を邪魔されちゃうじゃない」

 

「……」

 

実はそれが狙いだったマスターは、エウリュアレの慧眼に無念の溜息を心の中で吐いた。

 

「さぁ、このまま……うーんと、そうね。あっ、なら私が許す所なら、人が居ても行っても良いわよ」

 

「……というと?」

 

「先ずはあの地味な眼鏡の娘の所に行きなさい」

 

「……マシュですか?」

 

「そんな名前だったわね。ほら」

 

「了解」

 

マスターは溜息を吐いてエウリュアレの指示に従う。

その間彼女はといえば、無意味にマスターの首に顔を近づけたり、少し自分から寄ってきてより身体を密着させるなど、実に心に来る悪戯を続けた。

そして……。

 

 

「せ、先輩?! そ、あ……ど、どうしたんですか?!」

 

「……察して」

 

「こんにちはマシュ~♪ 見ての通り今マスターは私のなの。それを言いたくてね♪」

 

「な?! ちゃ、チャーム(魅了)ですか?! エウリュアレさん! 先輩にそんな事……!」

 

「悪いけど、マシュ。それは違うわ。こ・れ・は、彼の意思なのよ」

 

「な?! せ、先輩! 説明してください!」

 

「あはは、ダメよマスター。ここは暫くこの子の動揺振りを楽しませなさい。可愛い♪」

 

「んな?! ちょっと、先輩! 先輩! 黙ってないでちゃんと説明を!」

 

「……勘弁して」

 

やはり自分はエウリュアレが苦手で、警戒するなら遭遇自体しないように細心の注意を払う必要があると結論するマスターだった。




エウリュアレは次女ですね。
結構前から持っているのに未だにどちらが長女で次女なのかクラスも含めて混同してしまいます。


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ガイウス・ユリウス・カエサル ♀

私は来た。
女の姿になっているマスターの前に。
私は見た。
確かにその姿は女性だった。
私は勝った。
噂は本当だったのだ。


「というわけで私のプロデュースを受けないか?」

 

「何言ってるんですか。帰ってください」

 

不機嫌な顔をしてそう言うマスターを意に介した様子もなく、流石に面の皮の厚さもそこらの英雄とは格が違うカエサルは朗らかに笑いながら続けた。

 

「いや、待て。聞き給えよ」

 

「貴方の言葉は毒ですからね。お断りです」

 

「にべもないな。だが私は、君の力になる為にも此処に来たのだよ?」

 

「僕の力に……?」

 

「うむ。性別が安定せずに苦心しているマスターを想えばこそのサーヴァントの忠勤というやつさ」

 

「胡散臭……」

 

「はっはっは。良く言われる」

 

「……」

 

「……」

 

先程から信用されず主に批判しかされないカエサルだが、敢えてそれらの批判を肯定し、受け止める事でマスターの疑念を薄めようと試みる。

そして訪れた僅かな間。

マスターの無言の視線に対して彼も無言で見つめ返す。

しかしその見つめ返した瞳には『信頼して良い』という言葉をしっかり含んでいた。

 

「……まぁ、お茶でもどうぞ。用意して来ます」

 

「有り難く頂こう」

 

 

満面ではなく、微笑で礼を言うカエサル。

ここで企みに足掛かりを得た事を大きく喜ばないのは彼からしたら当然だった。

 

「どうぞ」

 

「有難う。お、紅茶かね。うん……美味い」

 

「どうも」

 

「ああ、しかしこれは美味いな。マスターは紅茶を淹れるのが上手いのだな」

 

「ただのティーパックにケトルで沸かしたお湯を入れただけですよ。大袈裟です」

 

「そうなのかね? しかし美味いな……ああ、そうか」

 

「?」

 

何かに気付いたらしく膝を叩くカエサルにマスターは首を傾げる。

 

「なに、単純な事だった。生前の私の時代にはこの味の飲み物がなかったのだ」

 

「はぁ……」

 

「うん。考えてみれば紅茶を飲んだのは初めてだったな。これほど美味しいものだったとは……」

 

「……」

 

見てくれはアレだとはいえ、かつてローマに帝政の礎を築き、結果として世界帝国となるまでの栄華の歴史の立役者の一人でもある偉人が、お茶一つでこうも感慨深い顔をている様は何だか不思議な光景だった。

マスターはそんなカエサルを無意識に穏やかな瞳で見ていた。

 

「ああ、すまない。本題から逸れてしまった」

 

「あ、いえ」

 

「まぁプロデュースという言葉はあまり警戒しないで欲しい。これはダ・ヴィンチ殿とも話した上で思い至った事なのだ」

 

「と言うと?」

 

「これもまた単純な話だ。私はただ、今の姿のマスターに男性として力になりたいというだけだよ」

 

「? 話がよく見えないです」

 

「今の君の姿でよく相談を受けるのはダ・ヴィンチ殿だそうじゃないか。だが彼女は当たり前だが女性だ。本来男である君としても、同性で相談し易い人物も居た方が良いとは思わないかね?」

 

「……」

 

解らなくもない提案だった。

確かに現状主に相談相手となってくれているのはダ・ヴィンチだけだった。

彼女には女性としての悩みや相談などいろいろ受けてもらって助かっていた。

しかし、そこに恥じらいが無いわけではなかった。

いくらその時は同じ性別でも男の姿に戻った時にそれを思い出してベッドの上で苦悶する事はよくあったのだ。

 

「まぁ、君も今は女性だ。その姿で異性にあられもない相談をするのも抵抗はあるかもしれない。しかしここは一つ私の売りも聞いて欲しい」

 

「売り?」

 

「人生経験だよ。君は私の歴史を知っているかね? 私が後世に残る記録において何を、どれほどしたか」

 

「……」

 

「まぁ人生経験以外は聞き流してくれ。だが、マスターも多少なら理解できなくもないだろう? 私は指導者以外の『経験』も豊富なのだよ」

 

「一応……相談できそうな人は他にもいますけどね」

 

「それはヘクトル殿やあの蛮族の事だろう」

 

「!」

 

自分しか知らないと思っていた事を即言い当てたカエサルにマスターは驚く。

そんな彼にカエサルは情報を集めるのは得意なのだと笑いながら続けた。

 

「確かにその二人でも良いかもしれない。しかしだ、片や世に名高い大英雄とはいえ、当の本人は物語の中の人物という印象が強い。残る一人は……まぁ『経験』はあるだろうが、私と彼では明確に語れる内容が違う、とだけ言っておこう」

 

「……」

 

「印象操作に思えるだろうが、敢えてこれも指摘させてもらおう。ダ・ヴィンチ、彼女も、だ。同性である事に加えて天才なのだから相談はし易いのだろう。しかしそこに私を並べた場合、私と彼女に『経験』の差があるとは思わないか?」

 

マスターは考えた。

カエサルの先程からの話は一々頷かざるを得ない所がある。

ヘクトルも頼りになるし黒髭も……まぁ頼りになる気がする。

ダ・ヴィンチには特に今まで助けてもらっていた。

だが、こう、何となくそこにカエサルもいれば今の自分の立場がより安定する気もした。

 

「別に私は彼らがマスターの役に立たないなどと言うつもりは毛頭ないよ? それは無礼だ。マスターに対する彼らの思いに対してあまりも恥知らずだ。私はただ純粋に、私も『具体的に』役に立てるところがあると思うのだが、と言いたいのだ」

 

「……分かりました。先ずは何をしたら良いんですか?」

 

「受け入れてくれて感謝する。何、簡単な事だ。先ずはより開放的になる事だ。今の状態を前向きに受け入れ、その上で私の助言通りにすれば、至る所で行動し易くなるだろう」

 

カエサルはこの時にようやく満足そうな笑みを浮かべて契約成立とでも言うように指をパチンと鳴らすと、懐からデジタルカメラを取り出してそれをテーブルに置いた。

マスターはテーブルに置かれたそれを見て少しギョッとしながらも、慎重な面持ちはそのままに彼に訊いた。

 

「つまり……?」

 

「女の時は女の服を着ろ。恥ずかしがる必要はない。私がそう感じ難い自然な服装をコーディネートしよう。最初は抵抗を感じるだろうが、要は慣れだ。そうする事で心労も自然と減る」

 

「……何か結局言い含められている気がしてきました」

 

「ならそう思うと良い。私は胡散臭い詐欺師だ。迷惑極まりない扇動家だ。そんな信用できない者ではあるが、きっとマスターの役に立って見せる」

 

自分で自分は信用できないと豪語しながらも、それでも力になりたいという強引な論法にはマスターも流石にこの時は苦笑した。




カエサルはシェイクスピアに次いで俺が好きなサーヴァントです。
この二人には今後も是非活躍して欲しいですね。


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イシュタル(弓・騎含む)

「愛の女神としては、貴方の愛され方にはちょっと意見があるわけよ」

と、唐突に傲岸不遜な女神の審問が始まった。



「え? どういう事?」

 

いきなり天から声がしたかと思うとそこはいつの間にか見知らぬ空間。

何をどうやってこんな事象を起こしたのかはマスターは全く理解ができなかったが、隔離された空間のセンスからもう一人、恐らく金髪の女神と思われる協力者がいるような気がした。

 

「ねぇ、貴方ってちょっと愛され過ぎじゃない?」

 

何の説明も釈明もなく、いきなり質問を投げかけてくるイシュタル。

どうやら状況的にマスターに回答に対する拒否権はないようだった。

 

「えっと、愛され過ぎというと?」

 

「言葉のままよ。男でも女でもマスターに好意を寄せる人が多いって事」

 

「え……いや、だとしても何故イシュタルさんがそんなに不満そうなんですか?」

 

「面白くないのよ」

 

「……」

 

マスターは彼女の気難しさに閉口するしかなかった。

 

 

「えと、先ずですね。そんなに僕は好かれてますかね?」

 

「自覚ないの? 女連中の何人かなんてあからさまじゃない。あの反転した聖女や盾の娘なんてもうべた惚れよ」

 

「邪ンヌとマシュの事ですか?」

 

「そう」

 

「……」

 

イシュタルの肯定の返事にマスターはその事実について少し考えた。

これまでのコミュニケーションを思い出しても恋愛感情にまで至る思い出は彼には一つも浮かばなかった。

 

「……本当に?」

 

「嘘付いてどうすんのよ」

 

「いえ、仲は悪くないとは思いますよ? でもどこでそんな風に思われたのか全く心当たりがないんですけど」

 

「嘘おっしゃい。あの邪ンヌとなんてもう身体を重ねてる仲なんでしょ?」

 

「えぇ?!」

 

流石にマスターもその情報には驚き、面食らった。

イシュタルは何故情報の発生元である当の本人がそんなに驚いてるのか解らず怪訝な顔をする。

 

「なんでマスターが驚くのよ」

 

「すいません。全く身に覚えがございません」

 

「……貴方、流石にその態度はどうかと私でも思うんだけど」

 

「誤解です。あ、いや、本当です。僕にはそこまでの関係の人は現状誰もいません」

 

「え?」

 

「あぁ……あぁ、そうか……」

 

マスターはここにきてやっとナイチンゲールが前に言っていた意味を理解した。

そして彼女の部屋を去るときに言った自分の言葉も思い出した。

 

「うああああああ!」

 

「ちょっ、なに?! どうしたのよ?」

 

「あぁ……ああ、どうしよう……」

 

「え、ちょっと待ってよ。何一人で打ちひしがれてるのよ。ちゃんと説明なさい」

 

初めて見るマスターの動揺ぶりにイシュタルも驚き、何とか彼を宥めようとする。

マスターは、その助けもあって何とか徐々に落ち着きを取り戻していくと、ポツポツと彼女に事の経緯を話すのだった。

 

 

「……なるほどねぇ」

 

「エライことだ……」

 

「でも好かれている事には変わりないじゃない。あの子、性格は表向きはあんな感じでだけど、二人きりとかになったら変わる気がするのよね。悪くないと思うけど?」

 

「僕の意思は無いですか? 僕が相手を選ぶ権利は」

 

「さっきも言ったように今の時点でも邪ンヌを含めて複数好意寄せられてるのに、貴方は自分が幸せだと思わないの?」

 

「実際に恋愛ゲームの主人公の様な立場になると、僕は正直居たたまれない気分になります」

 

「なんでよ?」

 

イシュタルは、愛の女神からしたら腹が立つくらい幸運な状態にしか思えないのに、それが厭だというマスターの気持ちが全く理解できなかった。

 

「僕自身の希望で成し得た結果ではないじゃないですか。それなのにいきなり皆から恋愛感情を持たれてるなんて、なんか自分の人生が酷く安易に思えて、僕の信条的にそれはキツイんです」

 

「何よ、自分から能動的に恋愛をしたいって事? 贅沢ねぇ」

 

「僕の性格や態度からやる気がないように思えるかもしれませんけどね? でも実は僕もちゃんと希望する環境があるんです」

 

「環境? 何よそれ」

 

「今取り組んでいる難事の悉くを解決できて、やっと普通の魔術師としての日常を送れるようになったら。そうなれば例えば魔術の研究中だとしても、今よりは心にゆとりが出来ていると思いませんか?」

 

「んー……つまり、特殊状況下での恋愛は反則をしているようで自己嫌悪感がヤバイので基本無理って事?」

 

「それです!」

 

正に自分の心情の核心を突く言葉にマスターは思わず叫びそれが正解だと言った。

その勢いにイシュタルはつい気圧される。

 

「真面目ねぇ……。貴方それ、下手したら恋人ができずに人生終了するタイプよ?」

 

「それならそれで自分の選択の結果なのでさほど後悔しないと思います」

 

「頑固というか真面目というか……。ま、取り敢えず分かったわ」

 

「あのぉ……そこで、恐縮ではございますが、女神イシュタル様に是非お願いしたい事がございましてぇ……」

 

「ん?」

 

イシュタルが見ればそこには、これまた初めて見るしおらしい態度のマスターが遠慮するような目で自分を見ていた。

本人は無自覚のようだったが、その様子は主人に縋る仔犬のそれに雰囲気が似ており、不覚にも彼女は密かに胸にキュンときた。

 

「見たところ、僕の心情を完璧に理解して頂いたようなので、誠に恐れ多い願いなのは重々承知の上なのですが。この事を女神様のお力で全員に伝えて頂けないでしょうか?」

 

「嫌よ」

 

「……」

 

予想はしていたがやはり即答だった。

 

「……因みに理由をお教え頂けますか?」

 

「その方が絶対面白いじゃない」

 

「……」

 

「まぁでも、マスターが完全にフリーだということはカルデア全体に伝えてあげる」

 

「えっ」

 

「ついでに、貴方は色恋に酷く鈍感で自分は好かれるわけがないと思っているらしいという補足も入れておくわ」

 

「は?」

 

待ってほしかった。

何か一瞬それは広まっても仕方がないと思った事実に凄まじい尾ひれ(捏造)が付いた気がした。

 

「あ、あの……それは流石に……」

 

青い顔で何とか女神を宥めようとするマスターだったが、残念ながらそれは逆効果のようだった。

イシュタルはそのマスターの様子に逆に加虐心を刺激されたらしく、非常に嫌な笑みを浮かべた。

 

「ふふふ~良い顔じゃない。あ、因みに私も参加しようかしら? マスターの恋の牙城崩しに。いや、それは流石に反則ね。なんたって愛の女神なんだから……」

 

「いえ、それは万が一にも無いと思います」

 

「は?」

 

「でももし貴方が本当にそういった行動を取ってきたら、それなら僕は、比較対象に出して凄く恐れ多いですが、エレシュキガルの方を選ぶと思います」

 

その時空間全体がピクリと揺れた気がした。

だがイシュタルはそんな事に気付いた様子も気にした様子もなく、マスターの言葉に憤慨して黄金の目を怒りの感情で輝かせるのだった。

 

「はぁ?! なんでよりによってアイツなのよ?!」

 

「ご自分の胸に手を当てて聞いてみればよろしいと思いますよ?」

 

「っ……! あったまキタ。これ、私も参加するわ。絶対貴方を落としてやる」

 

「……」(しまった)

 

つい売り言葉に買い言葉で放ってしまった。

マスターは愛の女神を本気で怒らせてしまった事に自分のこれからの精神の疲労を深く心配するのだった。




俺はエレシュキガル派……と言いたいところですが、持ってないのでまだどちらかは選べませんw
ライダーのイシュタルが被ダメした時の声は可愛くて好きですね。


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レオニダス1世

イシュタルの裁き(嫌がらせ)は効果抜群だった。
マスターはあの日から一部のサーヴァントから向けられる視線に何かしらプレッシャーを感じるようになった。
言うまでもなくその中で、清姫や静謐、頼光に代表されるちょっとアレなサーヴァント達の反応は顕著であった。


「いやぁ、流石はマスター! まさか神を利用して女の関心を集めようとは、私では一生かかっても浮かばない秘策だ!」

 

本人は褒めているようでも当の本人にとっては侮辱にしか聞こえない言葉にマスターは眉を潜めて苦言を呈した。

 

「ちょっと滅多な事を言わないでください。大体どうしてそんな風に考えられるんですか?」

 

「ん? 強い子を生んでもらう為には正に上策だと思うのですが?」

 

「……」

 

マスターはスパルタ王のこの発想に心の中でドン引きした。

 

「確かスパルタには一夫多妻の習慣はあまりなかった気がするんですけど」

 

「本妻との間に子供が長期間生まれなかった場合は、本人の意思で側室を娶る事もありました。まぁ、マスターはスパルタ人ではないので問題無いかと」

 

「僕の倫理観的に問題大有りです」

 

「ふむ?」

 

レオニダスはマスターの真剣に悩む様子に首を傾げる。

スパルタ人にとって強く健康な子というのは至宝と言っても差し支えの無いものだった。

だというのに自分のマスターはそんな至宝を得る好機を喜んでいないのだ。

これはレオニダスには些か理解し難い事だった。

 

 

「先ず僕が誰かと子供を作るという発想から間違っています」

 

「確かに。サーヴァントと人間との間に子ができるとは思えません。しかしそれも日々挑戦し続ければ何か得るものがあるはずです。訓練と同じですよ」

 

「子作りを訓練と同一視するのはどうかと思いますが、というより気にしてるのはそこじゃないんですけど……」

 

「? 好意を寄せられているのであれば、行為に及ぶのも難しくないと思うのですがね?」

 

「いや、だからそうじゃなくてね?!」

 

レオニダスの純粋な直線的な思考にマスターはつい悲鳴を上げる。

彼の思考パターンのブレなさは本当にレールの上を脱線せずにひたすら走る電車の様だった。

 

 

「……なるほど。想い人は自分で決めたいと」

 

「そういう事です」

 

「では言い寄る女性から決めれば良いではありませんか?」

 

「僕はもっと落ち着いた日常の中で決めたいんですよ」

 

「ふむ。私はどちらかというと戦場で即断即決をよくしてきたので、どうやらマスターとは許容できる環境に大きな差がありそうですな」

 

「流石に生きていた世界が違い過ぎますからね」

 

レオニダスはそんなマスターの言葉を聞いているのかいないのか、虚空を見上げて「ふむ」と一人考えに耽るような様子を見せると、ものの1秒でそれがまとまったらしく、マスターの方を向いて言った。

 

「いや、やはり私は善は急げだと思います」

 

「え?」

 

「マスターに、その貴方が言う日常というものが訪れた時には最早今のような好機は訪れない可能性もありますからね」

 

「いや、でも……」

 

「まぁ聞いてください。ですから今深い仲になる相手を決めずとも、将来これからも関係が続けていけそうな者を決めるくらいは良いのでは?」

 

「……」

 

特に反論が思い付かないレオニダスらしくないといえば失礼だが、そんな柔軟な発想だった。

マスターは彼の言葉につい口ごもる。

 

 

「ふむ。どうやらマスターもこの進言には一理あると思われたようですな。では早速行動しましょう!」

 

「……は? え、ちょ? ま、ま……」

 

「戦場で敵は待ってくれませんし、好機を逃すのは愚行の極みです! さぁ、征きましょう!」

 

「ま、待って! 行くって、何処に?!」

 

急にレオニダスに手を掴まれて立ち上がらされたマスターは目を白黒させて彼に訊く。

即断即決の行動の先に何を行おうとしているのか、先ずそれを確認しないと流石に動けないというものだ。

 

 

「誰でも良いので先ずは一人良い仲を築けそうな者の所に行って同意を求めるのです」

 

「は……つまり、何処へ?」

 

「私の判断が的外れでなければ、やはりその最有力候補はマシュ殿ですね」

 

「ん……」

 

「マシュ殿は私から見ても間違いなくマスターを慕っていると思います」

 

「そう面と向かって肯定されると恥ずかしいものがありますね……」

 

「何を仰る! 寧ろ誇るべきです! マスターは自分から行動せずとも、他者に慕われ、好かれているのですぞ! この優秀さは誇ってしかるべきです!」

 

「あ、いや……」

 

何だか凄くモラルにズーンと響く褒められ方だった。

マスターは正直あまり嬉しくなかった。

 

 

「行ってもいいですけど、彼女にかける言葉は僕に決めさせてもらいますよ」

 

「勿論! 私はマスターの成功を確信しておりますので、助言の必要はないでしょう」

 

「あと、恥ずかしいので着いて来ないでもらえますか?」

 

「む……それは……できればマスターの背中をお守りしたかったのですが……」

 

途端に残念そうな顔をするレオニダス。

一体彼はただ人に会いに行くだけの行動に対して何を警戒していたのだろうか。

 

(いや……)

 

その時マスターの頭に数人サーヴァントの顔が浮かんだ。

 

(タイミングによっては現場を見られて大変な事になるという可能性も……)

 

「マスター?」

 

「……すいません、レオニダスさん。やはり今日はやめましょう」

 

「え? 何故ですか?」

 

「今日は……日が悪い気がします」

 

「……! 成る程! マスターの戦略眼たる勘がそう言うのですね!」

 

流石は戦の申し子(戦闘脳)

レオニダスは勝手にマスターに非常に都合の良い解釈をして、それに加えて何故かマスターに深く感心しだした。

 

「まぁそういう事です。助力が欲しい時は頼みますので」

 

「承知しました! いつでもお呼びください!」

 

力強くそう請け負うレオニダスを前にしてマスターはこれからの事を少し考えた。

それは殆ど共感することができなかった彼の言葉の一部にマスターが理解を示した結果だった。




レオニダスの宝具にはこれまでの幾つもの窮地を救われました。
彼は星の数以上の性能を持ったサーヴァントだと思います。


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静謐のハサン

年齢的には若いが、酒がある程度飲めるマスターは、その日自室のテーブルに突っ伏していた。
昨夜寝る前についクー・フーリンと酒を飲み過ぎてしまったのだ。
飲んだ酒がウイスキーで、合間に水などを殆ど挟まなかった為に目が覚めても完全に酒が抜けておらず、その日のマスターはいうなれば完全に無防備な状態だった。


「……」

 

「マスター? マスターどうしたんですか?」

 

通称静謐という名で呼ばれているハサンの少女がいつの間にかマスターの部屋に入り、彼を心配そうな顔で見ていた。

声をかけられた本人は何か聞こえたような気がしたが、まだ大分重く意識が沈んでおり、静謐の存在を完全に認識できなかった。

 

「……ん?」

 

「静謐です。マスターの部屋に入れそうだったので入りました」

 

おかしな言葉だった。

基本、部屋に居る時も鍵は締めるマスターの部屋に入れそうだから入ったというのだ。

一体どうやって入ったのか、静謐が何時からそこにいたのか不明だったが、その時のマスターにはやはりこの事にもまともに思考する余力がなく、彼女に対して今にも枯れ果てそうな小さな声で水を求める事しかできなかった。

 

「んんう…………水を……」

 

「あ、お水ですね。直ぐに」

 

ててっと音がしそうな可愛い小走りをした静謐だったが、やはりアサシンらしくそこは全くの無音で冷蔵庫から水が入ったペットボトルを抱えて直ぐに戻ってきた。

 

「あ、グラス……」

 

器を持ってくるのを忘れた静謐は辺りを見渡してそれがありそうな棚を発見したが、何故かそこでぴたりと動きを止める。

その状態が続くこと10秒程、何かに思い至ったらしい静謐は一度ペットボトルをテーブルに置くと、その事に反応できないのか気付いた様子を見せないマスターをじっと観察した。

 

「……辛そうなのでソファーまでお運びしますね」

 

小柄な少女の外見でもそこはやはりサーヴァント。

静謐は難なくマスターを抱き上げるとソファー方へ歩き、先に自分が座るとそのままマスターの頭を自分の膝を枕にさせる形で眠らせた。

 

「ん……」

 

それでもはっきりと意識を覚醒させないマスターを見て静謐は微笑み、彼の額にそっと手を乗せてその頭も慈しむように優しく撫でる。

 

(冷た……? あ、でも何か気持ち良いな……)

 

冷たい静謐の手の感触マスターの表情が少し穏やかになった。

その様子を見た静謐は、自分が今彼に間違いなく安らぎを与え、役に立っている事に至上の喜びを感じた。

 

「マスター……」

 

静謐は大人しいマスターを堪らなく愛おしく思った。

そして何かを決意したような強い瞳をして一人頷くと、一瞬でテーブルに置いたペットボトルを取ってきて戻り、キャップを外した。

そして……。

 

「マスター……どうぞ、お水です」

 

静謐は自分で一度水を飲んでそれを口腔に含むと、躊躇なくそのままマスターに口移しで飲ませ始めた。

 

「ん……ふ……」

 

マスターは自分の唇に何か柔らかい感触を一瞬感じたが、それが何かを考える前に口の中に水が流れてきたので思考を中断した。

 

(ん……? 水が口に流れて……? でも飲み易い……)

 

(はぁ……マスター……)

 

水を飲む為に動くマスターの唇が自分の唇に当たる度に静謐は幸福感で胸が満たされるのを感じた。

そしてその幸福感からマスターを求める気持ちがドンドン高くなった静謐は、次の行動に移るかと思えたが、意外にも彼女は取り敢えずその時はそれ以上過激な行動をしなかった。

 

(ダメだよね。マスターの許可もなくこれ以上勝手なことしたら気分を悪くしちゃうかもだし。でも……でもこれくらいなら……)

 

ある程度水を飲ませ終わった静謐は、今度はマスターを起こさないようにそっと彼の頭を抱き上げると、そのまま俯いてマスターを自分の胸と腕で優しく包み込んだ。

 

(ん……? 何だか気持ちが良くて柔らかい……。それにひんやりする……)

 

自分が介抱をするマスターが穏やかな顔を続けたことで、静謐は再び言葉では表せられない程の幸福感と、そして今度は明確な強い愛情を感じた。

 

(あぁ……マスター……。やっぱり好きです……大好き……。お慕いしてます……)

 

それからも暫くマスターの介抱を暫く続けた静謐は、大変満足した様子で彼の部屋を後にしたのだった。




間が空いた投稿ながら、今まで一番最少の文の話となりました。
エロスな展開ならもっと続けられたんですけどね……。


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アルトリア・ペンドラゴン(剣・弓含む) ♀

生理。
それは女性である以上必ずその身に起こる現象。
しかし世の中には例外というものもあり、男性(意識)として初めてそれを経験したが故に茫然自失になる者がいた。
それは……マスターだった。


「……はぁ」

 

マスターは一人トイレの便座に座ってうなだれていた。

 

(えっと、痛みはこれはまだマシな方なのかな。我慢はできるけど、だけど血……)

 

自分も男ではあるがその知識は触り程度ならあった。

要は先ず『これ』に対処する為の用品が必要なのだ。

 

(多分これ、何か当てておかないと出続けるんだよな? 取り敢えずこの場はティッシュを当てておいて……)

 

「……早い内に購買に買いに行くか」

 

トイレの水が流れる音がする中、マスターは憂鬱そうな顔でそう呟くのだった。

 

 

「マスター、それでお願いとは? あと私は貴方のサーヴァントなのだから、どうかお願いなどとは言わずもっと気軽に頼ってください」

 

優しい笑顔でそう頼もしい事を言ってくれるアルトリアだったが、それだけにマスターは微妙な罪悪感を感じて言い出し難く思うのだった。

 

「うん、ありがと……その、じゃあ言うけど……」

 

 

「えっ、せ、生理用品を一緒に、ですか」

 

予想外過ぎるマスターの頼みにアルトリアは激しく動揺した。

確かに彼女は生前性別を偽っていたとはいえ、れっきとした女性だし、人目を忍いで密かその経験もしていた。

しかし彼女にはマスターの求めには応じ難い理由があった。

それは……。

 

「えっと……すいません。生理自体の相談には乗れますが、用品は……その現代の物の使い方がよく分かりません……」

 

「あ」

 

マスターはそこで自分が失念していた事を知った。

聖杯によって現代の知識をある程度召喚されたサーヴァントは与えられるとはいえ、現代の日用品のそれにまで事細かに知識を与えられるのか、そこに疑問を持っていなかったのだ。

それに今の彼女は人間ではなくサーヴァントだ。

生前のように今も彼女に生理現象が起きているわけがなかった。

 

(確かに……。言われてみれば日用品にしてもそうだし、他にも召喚された国の一般常識とかも色々ありそうだな、そういう先入観)

 

「ご、ごめん……」

 

申し訳なさそうにすごすごと後ずさるマスターをアルトリアは慌てて止めた。

 

「あ、いえっ、待ってください。知識に自信はありませんが、一緒に来て欲しいという頼み自体は断るつもりなどありません!」

 

「でも……悪いよ」

 

「大丈夫です。今の私は……そういうのがなくて不慣れなところがあると思いますが。そんな私でも求めて頂けるのでしたら、是非お頼り下さい」

 

「アルトリア……ありがとう」

 

 

「そういえばナイチンゲールやマシュには相談しようとは思わなかったんですか?」

 

購買への通路を二人で歩いている時にアルトリアがふと思いついた疑問を口にした。

その疑問は当然といえば当然の疑問だった。

 

「ナイチンゲールさんは抜き打ちの往診に出ているみたいで、マシュにはその……気が恥ずかしくて」

 

「なるほど。では、私を頼られた理由は?」

 

「女性だからというのもあったし、その……君は特に生前はこの事で苦労してそうだったから」

 

「得心しました。まぁお任せ下さい。知識に自信がなくても実物を見れば使用法くらいは予想できると思いますので」

 

「ありがとう」

 

「構いませんよ。さて……」

 

二人は程なくして購買へと着いた。

流石は長期間滞在できることも想定されているらしい施設だけあって、カルデアの購買の品揃えは実に充実していた。

生理用品も程なくして見つかり、二人であれこれと相談しながら難なく購入もできた。

 

 

「本当にありがとう」

 

「ですからこれくらいでそんなに感謝されなくてもいいですよ。私でよろしければ何時でもお頼り下さい」

 

「あ、待って」

 

マスターの要望には応えたという事で会話もそこそこに自室へと戻ろうとしたアルトリアをマスターが呼び止めた。

その声に反応して彼女は直ぐに振り返る。

 

「はい?」

 

「せっかくだからお礼をさせて欲しい」

 

「そんな大袈裟ですよ」

 

「軽く食事を振る舞うだけだよ。どうかな?」

 

「行きます」

 

何故かアルトリアは先程の遠慮していた態度とは打って変わって即答でマスターの礼を受けた。

 

 

「そういえばアルトリアって普段は何を食べているの?」

 

「え、そうですね……。私は料理は不得意なので実は殆ど……」

 

「なるほど」

 

テーブルについて何やらキラキラと期待を感じさせる瞳でマスターを見ていたアルトリアは小声で恥じらうように言った。

マスターは敢えてその先については詮索せず短い相槌をするだけに留める。

つまりはそういう事なのだろう。

 

「なら良かったら偶に気が向いたときにでもここに来なよ。簡単な食事で良かったらご馳走するから」

 

「本当ですか?!」

 

「君には本当に感謝してるからね。これくらい苦でもないよ。それに……」

 

「え? それに……?」

 

アルトリアはマスターがお礼以外にも食事に誘う意図がマスターに有ると窺わせる言葉に内心密かにドキリとした。

彼女もイシュタルが流した噂をしっかり記憶に刻んでいた一人だった。

 

「実はスカサハ師匠も此処に、あの人は頻繁に食べに来ていてさ。まぁ二人分も三人分も同じ料理作るわけだから苦労はそう変わらないわけ」

 

「そ、そうですか……」

 

つい力が抜けて傾きかけた体をアルトリアは何とか支え通した。

 

 

「はい、お待たせ」

 

「おお……」

 

テーブルに並べられた料理を見てアルトリアは思わず感嘆の声を漏らす。

 

「シーザーサラダ以外は和食で大丈夫かな?」

 

「はい、問題ありません。焼き魚と米と味噌汁ですね?」

 

「その通り。魚は鮎の塩焼き、味噌汁の具はなめこというきのこだよ」

 

「ふむふむ」

 

「箸は使える?」

 

「カップラーメンを食べる時に使い慣れているので大丈夫です」

 

「あ……うん、そっか。流石だね」

 

「正直箸の使い方には自信があります」

 

フンスと自慢げにそう言うアルトリアに苦笑しながらマスターは「では」と食事を促した。

 

 

「おかわりを頂けますか?」

 

「えっ」(もう?)

 

食事を始めてから間もなく、アルトリアはまだマスターの茶碗の米がまだ半分残っている内にご飯のお代わりを求めてきた。

マスターはそのペースの速さに素で驚く。

 

(師匠もよく食べるから元々多めにしたけど、これは予想以上のペースだぞ……)

 

結局その日はアルトリア一人に朝まで残ると思っていた米を全て平らげられ、マスターは途中から米だけでも美味しそうに食べ続けるアルトリアを呆気に取られた顔で見守るのだった。




18禁の FGO の SS をやろうかなと最近はよく考えてます。
しかし、以前から各所で言ってる気がしますが、更新停止や放置している他の作品が割と在る中で新規作品を起す事には若干気後れするんですよね。
どうしようか……。


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源義経(牛若丸)

「主どの!」

元気な声が廊下に響いた。
呼び止められたマスターが振り向くとそこにはカルデアでも有名な犬属性のサーヴァントの一人が居た。


「主どの! お呼び止めしてしまい申し訳ございません! されど私は主どのに是非問いたき義があるのでして!」

 

興奮しているせいか妙な言葉遣いの義経にマスターはやや気圧されながらも先を促した。

 

「うん、何?」

 

「主どの! 私は主どのに心より忠誠を誓っており申すと共にお慕いも申しております!」

 

「うん……うん?」

 

「何やら主殿が御自身に自信が無いなどという無礼な噂を耳にしましたが、例えそれが誠であったとしても、先程の私が申し上げた気持ちは一切揺るぎませんのでご安心下さい!」

 

「あ、ありがとう」

 

「いえ、礼など滅相も! されど……」

 

マスターから礼の言葉を貰い、彼女に犬の尻尾が生えていたなら全力でそれを振っていそうなほど喜びを露わにしていた輝く笑顔から一変、義経は冷たい瞳にギラギラとした殺意宿らせて言った。

 

「その良からぬ流言を吹聴している不埒者を誅せねばなりませんね」

 

(あ、これはヤバイ。止めないとそこら中で流血沙汰が頻発しそう)

 

義経の不穏過ぎる空気から危機感を持ったマスターは待てと犬を制するように片手を突き出して言った。

 

「待って。その必要はないよ」

 

「何故です? 恐れながら私はそのような者は刹那の間も生かしておきたくないです」

 

「そういう物騒な手段が品が無くて俺は好きじゃないんだよ」

 

「む……いや、しかしですね……」

 

「まだその噂が僕に実害が及ぶような状況じゃないからね」

 

「そうなっては遅くはございませんか?」

 

「その時こそ君の力を借りたいな」

 

義経はマスターから自分の力に期待する言葉を聞いて感極まり、思わず目尻に歓喜の涙を滲ませる。

しかし、その反応から意外にもお任せ下さいというような自信に溢れた一つ返事は返ってこなかった。

その代わりに返ってきたのは……。

 

「申し訳ございません……。主どのにご期待頂けている事に関しては望外の栄誉なのですが、生憎私は神速の脚を持てど、何時如何なる時も馳せ参じる事は能わぬのです」

 

「まぁそれはそうだね」

 

義経にしては予想外の反応にマスターは思わず言葉が詰まりそうになった。

いや、実務においては現実主義という言葉が可愛く思えるほどの合理主義者の彼女らしい反応と言えるかもしれない。

そう考えたマスターはこのペースなら上手く彼女を宥められると思った。

 

「じゃあ俺も直ぐに義経を令呪で呼び出せるくらいの気構えはしておかないとな。うん、常にサーヴァント頼みというのもマスターとして不甲斐ないからね」

 

「いえ、恐れながらその必要は御座いません」

 

「え」

 

「先程申し上げたのは私の脚でも主どのから離れていては確実に馳せ参じる事は能わぬという事でして」

 

「うん、だからさ……」

 

「お待ちを。まだこの後に名案があるのです」

 

「うん?」

 

ここに来てマスターは本能的に嫌な予感を感じ始めた。

自分の力が及ばない可能性がある事を申し訳なさそうに肯定していた義経だったが、今の彼女の顔は何やら決意に燃えた瞳をして真剣な表情になっていた。

 

(これは……)

 

マスターは無意識に後ずさりをしたが、残念な事に壁に向かって下がっていたらしく直ぐに追い詰められてしまった。

迫り来るは下がるマスターに合わせてゆっくりと自分も無言で距離を詰めていた義経。

そして彼女は壁に付いたマスターから一歩離れ膝を着いて言った。

 

「主どの、私は貴方の懐刀になりとうございます」

 

「ふ、懐刀?」

 

「左様。自分の身を何時でも守る為に懐に入れて持ち歩ける小さな刀の事で御座います」

 

「小さな……懐……あ……」

 

「よくよく考えれば様々な群雄が割拠するこの場で我が主が共も連れずに普段から一人で出歩く事自体が不用心であり異常だったのです。ならば……」

 

「ま、ま……」

 

マスターは義経を止めようとしたが、自分の考えに揺るぎない自信を持ち、辿り着いた結論の素晴らしさに半ば自己陶酔していた彼女に彼の言葉は届かなかった。

 

「厠以外の場で常にこの身を主どののお側に侍らせ、御守りすれば良いのです!」

 

遅かった。

制止が及ばなかった。

だがまだ可能性はある。

マスターはキラキラとした瞳で拳を握り、己の名案を推す義経を何とか落ち着かせようとした。

 

「ま、待って。厠以外ってつまり一日中俺に付いて回る気?」

 

「主どのの御身の為です。どうかご承知を」

 

「いや、それってもしかして風呂でも一緒に居る気?」

 

「厠は流石にお恥じらいになると思ってこちらから身を引いたのです。されど風呂場なら厠のように恥じらう事はないでしょう」

 

「いや、恥ずかしいでしょ? 義経だって」

 

「わ、私は主どのにこの身を全て捧げて忠義を尽くすと決めておりますので……。夜伽の事も考えれば共に湯浴みをする程度……」

 

恥じらっているのか喜んでいるのか一人自分で頬を覆っていやいやする義経をマスターは唖然とした顔で見つめる。

 

(ま、不味いぞこれは……)

 

何か妙案はないものか。

すっかりその気でいる義経をどう諭したものがマスターは必死に考えた。

 

「そうだ。多数決にしよう。義経の考えに賛成する人が多いなら考える」

 

後にマスターは咄嗟のこの発言を非常に後悔した。

発言に至った経緯は、義経の暴走に不快感を持った第三者による反対に期待するという、真っ当な倫理観からすれば極めて理解し易いものであった。

だがその見通しは甘かったのである。

誰も彼もがその倫理観に基づいて考えるわけではなく、中には『義経一人のみにそれを許すのは不公平』と考える者が出るとまではマスターは短い思考の中では思いつかなかったのだ。

結果、マスターは己の浅慮から生じた災難とはいえ、この後に更に一悶着に巻き込まれ苦労するのであった。




2週間程空きましたかね。
ちょっと帰宅後や休みの日に思うようにゆとりある時間が取れなくて本話を投稿するまでここまで時間が経ってしまいました。
露出の多い義経は目のやり場に困りますね。


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沖田・オルタ

再び起こったぐだぐだ騒動により仲間となった魔神セイバーこと沖田オルタ。
彼女は今まで仲間になってきたオルタ勢と比較すると一点だけ特徴的な点があった。
それは……。


「マスター、沖田ちゃんが来たぞ」

 

「うん、いらっしゃい。呼んでないけどね」

 

「呼ばれなければ来てはいけないのか?」

 

「いや……」

 

マスターはこの新たに仲間になったもう一人の沖田に未だに戸惑いを感じていた。

その理由がマスターに対してこの一切調整のない好意的な態度だった。

明確な好意を向けるサーヴァントといえば先ず清姫が直ぐに出てくるが、彼女のそれは個性の強さもあって純真な好意と受け取ることが出来ないことが時折あった。

しかし彼女の場合は違った。

ただひたすらストレートなのである。

邪ンヌのようにツンデレということもなく、マシュのように控えめに触れ合いを求めるのでもなく、単純に好意を率直に向けてくるのだった。

 

「なら、問題ないな。うん、私はマスターの一番のサーヴァントだからな」

 

マスターの返事を入室の許可と受け取ったオルタは、満足げな顔で部屋に入って来た。

因みに彼女の服装は、マスターから貰った洋ゲーのイラストがプリントされたシャツに、頼光から風紀の乱れは見過ごせないというお達しから配給されたジーパンといったラフなものだった。

シャツに関しては入手した過程に一悶着あったのは言うまでもなく、今でも偶にその事で邪ンヌや清姫が不満を漏らしてくる原因となっていた。

 

「あ、ごめん。何か用意するよ」

 

「いい、気にしなくて。それより一緒に居させてくれ」

 

「は、はい……」

 

「何か戦いの時と比べると随分違うんだな。今はなんというか……凄くカッコよくない」

 

「あぁ、えっと……幻滅さ――」

 

「そんな事はない。カッコよくないだけだ。常にカッコいいなんてありえないからな。寧ろ普通なところを見れて嬉しい」

 

「そ、そう」

 

「ああ、そうだ。普通なマスターと一緒にいると日常を共に過ごしている気がする。これは凄く嬉しいな」

 

「はは……」

 

マスターはこの時点で既にオルタの素直な言葉に良い意味で打ちのめされていた。

ここまで矢継ぎ早に自分を肯定されると謙遜する言葉すら出し難かった。

 

「ほら、隣が空いてるぞ。座ってくれ」

 

「あ、うん。何か映画でも……」

 

「観せたいのがあるのなら是非観たいが、特に強い要求でなければ今はただ隣に座ってくれるだけでいい」

 

「あ、はい……」

 

オルタに促されて何処か完敗した雰囲気を醸し出したマスターが彼女の隣に座ると、待ってましたとばかりにオルタは彼の肩に寄りかかってきた。

 

「ん……」

 

「……」

 

「ん……いいな」

 

「え?」

 

「幸せだな、と思ったんだ」

 

「そっか……」

 

「ああ、一度存在を諦めたあの時でもマスターと共に居たいという願いは本心だったからな。今それが叶っていることは本当に嬉しい」

 

「……」

 

「マスター好きだぞ」

 

「……っ、ありがとう」

 

「礼など……あっ、好きと言ってもただの好きじゃないからな?」

 

オルタはそう言うとマスターの肩に寄りかかった状態で自然な動作で彼の手を握ってきた。

マスターは不意に感じた手の温もりに内心ドキリとした。

 

(この子は、どうしてここまで俺のことを……)

 

マスターは自分でも仕事の時とオフの時の差が別人と思われるくらいには切り替えができていると思っていた。

だからその差に惹かれる者が出るのも可能性としては有り得るとは思っていたのだが…‥。

 

(こうまで俺を受け入れようとしてくれると気恥ずかしいよな)

 

「マスターの手は温かいな」

 

「血が通っている手は大体そうだよ」

 

「しかし、幸せを感じる温かさはマスターだけだぞ?」

 

「そ、そう……」

 

「そうだ。取り留めのない話でも、気まずくて話し難くても構わない。今マスターと一緒に存在できてる事に堪らなく私は幸福を感じているんだ」

 

「……」

 

オルタは不意に握っていた手をマスターの手も一緒に自分の口元へと寄せた。

突然感じたオルタの唇と鼻の感触にマスターは流石に動揺して一瞬身体を震わせてしまう。

しかしオルタはそれを気にした様子を見せずにその手に今度は頬ずりをした。

オルタの柔らかく肌触りの良い頬の感触をマスターは感じた。

 

「ああ、やはり良いな。この匂い温もり。全てが良い……」

 

「沖田ちゃん……」

 

「沖田」

 

「え?」

 

「不本意ではあるが、今は沖田、と呼び捨てて欲しい」

 

「沖田…‥?」

 

「そうだ。ここに本来の沖田が居る事は承知の上だ。だが今は、オルタという識別は意識しないでそう呼んで欲しい」

 

「……」

 

「あとそうだな。二人でいる時のみという条件も追加だ。承知してくれるか? マスター」

 

どことなく不安そうにも縋るようにも見える上目使いでこんな些細な事を願い出て来るオルタ。

マスターは当然それを却下する理由も浮かばなければする気にもならなかった。

 

「……分かった」

 

「ありがとう。うん、やはり私のマスターだな。もういっそアレするか?」

 

「あれ?」

 

「そうアレだ。お互いの絆をもっと確かに深くできるアレだ」

 

「あれ……もしかして……」

 

脳裏に浮かんだ答にマスターは思わず動揺で声が裏返りそうになった。

どうやらその答えは正解だったらしい。

オルタは小さく笑うとマスターの手を握ったまま今度はマウントを取るように彼の膝に跨ってきた。

 

「私は構わない。ここまで私の好きは本当なんだ」

 

顔はオルタらしく真顔だったが、紅潮して淡く染まった頬をした彼女が小さな声で『魔力の供給にもなるしな』と最後のダメ押し的な事を言ったのをマスターは聴いた気がした。

 

「あ……」

 

いつの間にか濡れた瞳でマスターの顔に迫るオルタの顔。

彼女の勢いに動揺からの立て直しが上手くできず、そのまま事に及ぶと思われた。

だが……。

 

 

「無明……三段突き!!!!」

 

サーヴァントの力なら特に宝具の使用は必要ないと思われたが、演出的には必要だったらしく、威力は相当に抑えて声は今まで聴いたことがないくらいに気合を入れて放ってきた病弱な方の沖田がまさかの突入を敢行してきた。




沖田オルタ札で出ました。
やったね。


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新撰組

扉を穿ち突入してきたのは沖田だけではなかった。
彼女の後ろには鬼の副長も居た。


「御用改めだ。神妙にしろ」

 

「ええ、それです。神妙にしてください!」

 

「お前は少し落ち着け」

 

「落ち着いてますとも! はい、そこの現在進行形の淫乱黒歴史! 即刻私のマスターから離れなさい!」

 

「無粋な奴だ。いや、その前に二つ訂正を要求する。誰が淫乱だ、誰がお前のマスターだと?」

 

明らかに不機嫌そうな表情で跨るのをやめたオルタが沖田達に向き直って言った。

問われた沖田もまた不機嫌そうなのに加えて怒りが未だ収まらぬといった様子で、珍しく彼女らしくもなく語気荒く答えた。

 

「今の貴女のどこが淫乱でないというのですか! それにマスターは少なくとも貴女がここに来る前から私のマスターです! これは覆しようのない事実ですよ!」

 

「はぁ、本当に本来の私なのかと疑いたくなるくらい残念な奴だな」

 

「なんですって!?」

 

「先ず、私は淫乱ではない。私がマスターと及ぼうとしていた行為は、お互いに好意を持っていれば合意の上で最終的に行き着く深い結びつきの証だ。それを淫乱と断じるお前の残念な思考に私は同情の念を禁じえない」

 

「な……!」

 

「そしてマスターの事だ。確かにお前は私より先にマスターと契約したサーヴァントだろう。だがしかし、ここで私がマスターの事を『私の』と言ったのは、単純に所有……? でもいいが、交際権の主張だ」

 

「こ、交際って……?!」

 

「つまり男女の仲という定義においては、少なくとも今この場でお前が発した『私の』という言葉は不適切だと私は指摘する」

 

「な……!!」

 

ここまでのオルタの指摘に沖田は上手い反論の言葉が浮かばず悔しさから涙が滲みかけていた。

そして終いには「土方さぁん……」と後ろで面倒そうに控えていた土方に助けを求めた。

 

「メンドくせぇな……仕方ない。ならこういうのはどうだ?」

 

「なんだ?」

 

「こっちの沖田とそっちの沖田を交換だ」

 

「「「…………?」」」

 

疑問に満ちた沈黙が三人分発生し、その沈黙に耐えかねたマスターが彼に訊いた。

 

「それってつまりどういう事です?」

 

「だからよ、そっちの沖田が俺のになって。こっちの沖田をお前のにするって話だ」

 

どうやってそんな結論を導き出したのか、何故それが解決法だと思ったのか。

マスターが土方の考えに理解する為に頭を捻ろうとする前に二人の沖田が同時に声を発した。

 

「近付くな殺すぞ」 

 

「それは妙案です!」

 

沖田は顔を赤くしつつも目をキラキラさせて土方の発案を支持していた。

反対にオルタに至ってはいつの間にか得物()を手元に出現させ、鯉口まで切って土方に対する殺意を露わにしていた。

彼女の自制心がまだ働いているから抜刀せずに済んでいたが、これがもし抜刀した上に切っ先まで彼に向けていたらこの場がどうなっていたか判らなかった。

 

「大体何故土方までそいつに付いてきたんだ。いや、同じ新撰組で部下だからというのは解るぞ? ただそれを加味してもお前はこういう面倒な事に関わるのは明らかに厭うタイプだろ?」

 

「そりゃあれだ。暇で面白そうだったからだ」

 

種類こそ違ったが再び重苦しい沈黙が場に満ちた。

今度の沈黙は呆れや失望という感情が三者の顔から明確に見てとれた。

 

「……因みに訊くが」

 

「何だ? 俺の女になる予定の奴」

 

「やはりそう言う事か……」

 

オルタの鞘を持っている方の手が怒りと土方を拒否する感情でプルプルと震えた。

空いている方の手は今にも柄に手を掛けそうだ。

 

「まぁまぁ落ち着いて下さい! 別に沖田総司が入れ替わるだけじゃないですか。二人とも同じ沖田なんですから入れ替わった所でなんら影響は無いでしょう!」

 

「大ありだ。私は沖田ではないからな」

 

「はぁ?! また何を言い出すんですか貴女は?! 貴女はもう一人の私でしょ?!」

 

「いや、よくよく考えればお前と私は違い過ぎる。新撰組とか興味ないし、何より今の土方は嫌だ」

 

「はん」

 

明確に拒絶されたというのに土方は面白そうにニヤニヤするだけだった。

 

「だったらしょうがねぇな。この交渉は御破算ってわけだ。沖田持って帰るか」

 

「まさかのお持ち帰り?! 土方さん私をどうするつもりですか?!」

 

「話聞いてただろ? 俺もそろそろお前の事を部下以上に扱ってやらねーとと思っていたところだ」

 

「ええ?! ちょっと、それ本気ですか?! いやっ、嫌ですそれは! ますたぁ……助けて下さいぃぃ!」

 

沖田は半べそでマスターの足に縋りついてきた。

マスターもそれを拒絶する事は出来ず、震える彼女の肩を軽く叩いてあやすと、真っ直ぐ土方の方を向いて言った。

 

「なら僕が二人の代わりに新撰組に入るというのはどうです?」

 

「は?」 

 

「「え?!」」

 

予想外の提案にオルタも目を点にし、土方も意表を突かれた顔をする。

 

「そりゃ一体、何が狙いだ?」

 

「単純な話ですよ。僕と土方さんはマスターとサーヴァントの関係じゃないですか。なら常に行動を共にする方が魔力的にも安心するし、敵にとって弱点とも言えるマスターが常に身近にあるというメリットは大きくないですかね?」

 

「……一応訊くが、お前、今も偶に女体になるよな?」

 

「……そうです」

 

「ほう、承知の上ってか」

 

つかつかとマスターの前へ進み寄ってきた土方から彼を護ろうとして二人が前に進み出ようとするも、マスターはそれを手で制した、のだがオルタが更にマスターの前に進み出て土方の前に立ち塞がった。

 

「例え女の姿でもマスターはお前には渡さん」

 

「……は?」

 

「えっ」

 

「え?」

 

オルタを除く三人がきょとんとした顔をした。

そんな彼らを意に介した様子も無くオルタはマスターを庇い、土方を見据えながら続けた。

 

「私が好きなのはマスターだ。例え姿が女になる時があっても中身が一緒なら好きなのは変わらん」

 

「ん? つまりお前、同性でもイケるのか?」

 

「話を聞いていただろ? マスターなら女でも構わない」

 

「……」

 

土方は無言で親指で顎を掻きながらチラリと沖田を見る。

視線に気付いた沖田はビクリと震え、マスターの後ろに隠れた。

 

「沖田」

 

「は、はい!」

 

「召集にはいつでも応じられるように気を抜くなよ」

 

「え? あ、はい!」

 

土方はそれだけ言うと部屋から一人去って行った。

残された三人は三者三様の反応を見せる。

マスターはどんな姿でも自分が好きだと断言したオルタの情の深さに赤面し、沖田は自身の最大の危機が去った事を安堵した。

そしてオルタはといえば……。

 

「よし、これでマスターは私のものだな」

 

自信に充ち溢れた顔で満足げにそう言うオルタに、先ほどまでしおらしく落ち着いていた雰囲気はどこへやら、一瞬で頭の熱が最大値となった沖田が彼女に反論してきた。

 

「はぁ?! ちょっと、なんでそうなるんですか?! その件に関してはまだ話は終わってませんよ!」

 

「見苦しい奴だ。マスターのサーヴァントに相応しい器をここまで示したというのに、まだお前にはそれが不足していると解らないか」

 

「なんですって?!」

 

二人の沖田の言い争いはまだまだ収束しそうになかった。




登場人物が複数なので、初めてタイトルを人名以外にしました。
マスター以外がタイトルの関係者なので、まぁそれほど的外れという事もないでしょう。


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刑部姫②

海と川。
貴方だったらどちらが好きですか?
カルデアのマスターたる彼が好きだったのは……。


「あっつーい」

 

「そうだねぇ……」

 

とある男女が川に居た。

男はカルデアのマスター、上層部よりこれまでの働きに対しての報償として特別に休暇を貰い、余暇を過ごす為にそこを訪れていた。

女の方は刑部姫。

マスターが一人珍しくウキウキ気分のニヤケ顔で旅支度をしているのを密かに彼の部屋に設置しておいた監視カメラで把握し、無理を言ってマスターに引っ付いて来たのだった。

 

「まあーでもー? 海より川っていうのは良い選択だったと思うわけよね。暑くても山のお陰で涼しい風も吹くからねー」

 

「そうだね。俺も海よりは川の方が好きなんだ。姫が言った通り涼しいし、水も冷たいからね」

 

「それよね! 川の水ってなんであんなに冷たいのかしら。お陰で凄く気持ち良いんだけどね」

 

「そうだねぇ……」

 

「……」

 

「……」

 

二人はまだ泳いでいなかった。

姫はその事を問うかのようにジッとマスターを見つめるのだが、当の本人はサマーベッドにだらしなく寝ているだけで、彼女の視線には全く気付いた様子は無かった。

 

「ん?」

 

サングラスを掛けて天を仰いで寝ていたマスターは不意に手を握られる感触を感じた。

感触を感じた手の方を振り向くと、そこには不満そうな顔をした刑部姫が自分を見ていた。

 

「ね、泳ご?」

 

「あー、うん。先に行っててよ」

 

「やだ。一緒に行きたい」

 

「えー……」

 

暑くはあったが、半裸で陽に焼かれる心地もまんざらでもなかったマスターは姫に引っ張られて渋々と上体を起こす。

そしてビーチサンダルを履いて立ったところでまだ自分の手を握ったままの刑部姫に気付いた。

 

「なに?」

 

「え?」

 

「手?」

 

「いーじゃん。ダメ?」

 

「いや……」

 

正直照れくさかっただけだったのだが、直接告げるのもまた恥ずかしかったのでマスターは適当な返事をして彼女を伴って川へと行こうとした……が。

 

「え?」

 

何故か自分だけが先行して手を握ったままの姫がまだ最初の位置に居たのでマスターは思わずバランスを崩してこけそうになった。

 

「どうしたの?」

 

「えへへー、おんぶ♪」

 

「……」

 

ご機嫌な顔でそんな甘えた事を言う姫。

しかしマスターはマスターでその要望に迂闊に応える事には気が引けた。

何故なら……。

 

「いや、流石に水着の姫を背負うのはなぁ。それに海と違って大きい石ばかりじゃん川って。だから危ないよ? 川に行くまで霊体したら?」

 

「気を付けて歩けばだいじょーぶだよー。それに本当に危なそうな時は自分から下りてマーちゃんを支えるから」

 

「うーん……」

 

「サーヴァントな分人よりは反応速度はあるでしょ? だからだいじょーぶだって」

 

「だとしても水着で密着は……」

 

「大丈夫! マーちゃんの……が、歩いている途中で可愛い反応をしてもわたしは気付かないふりするから!」

 

「うん決めた。おんぶはしない。ほら手は握っててあげるから行こ」

 

「やーだ! えいっ」

 

「ちょっ!」

 

言うが早いか勢いに任せて有利に運ぶ決定をした刑部姫は、驚くほど身軽な動作で一度跳ねるとあっという間にマスターの背中に乗りかかった。

驚いたマスターは思わずバランスを崩して転倒するのを恐れたのだが、姫の絶妙なバランス調整の賜物か、サーヴァントという超常の存在としての能力を活かしてなのか違和感を感じるほどにすんなりと彼女を支える事ができた。

 

「あん、お尻触っちゃメーよ?」

 

「っ……」

 

なかなか魅力が凄いビキニ姿だった刑部姫の柔らかい胸の感触が生地一枚だけ隔ててというほぼ直接と言ってよい状態でマスターの背中全体に伝わる。

加えて彼女を支える為に咄嗟に膝裏に回した手から手首にかけても、太ももなのか臀部なのか一瞬考えてしまいそうな温かくて心地よい感触が襲った。

 

「はーい、マーちゃんレッツゴー!」

 

もたれかかるような姿勢で乗りかかっているので、姫の顔も息遣いも間近に感じると言う、ある意味際どい状態に置かれてしまうマスター。

そしてそんな彼の心境を知ってか知らずか、はしゃいで前進を促す刑部姫。

はしゃぐ時に身体も揺らすので身体に感じる姫の感触が凄い事になっていた。

 

「ひ、姫。分かった、分かったからちょっと落ち着いて……!」

 

「あ、こけそうになったら罰ゲームだからね」

 

「罰……?」

 

マスターは嫌な予感がしたが、罰の内容が気になって仕方なかった。

 

「一枚脱ぐ」

 

「え?!」

 

身につけているのはポロシャツと海パンだけだったので、マスターは全裸で歩いている自分を想像して青くなった。

 

「あ、脱ぐのは私ね」

 

顔を赤くしてそんなとんでもなくワケの解らない事を言う刑部姫。

 

「姫が脱ぐの?!」

 

「せめて水に入ってから脱がせてね♪」

 

「…………!」

 

もはや脅迫とも誘惑とも取れる男としては魅力的この上ない提案に、マスターは誠実という名の理性を強く意識して精神的にもがき苦しんだ。

ハッキリ言って地獄だった。

しかしそんな苦しみの中に姫が一言付け加えた。

 

「マーちゃんはぁ、真面目さんなのも良いんだけどぉ。偶にはちょーっとだけわたしに気を許して欲しいなぁ」

 

「……」

 

結局自分に構えと言ってるのと同義だったのだが、マスターはその言葉の中にどことなく刑部姫の本心からの優しさのような気遣いを感じた。

 

「あ……うん……」

 

「はい、というわけで早く早く! もう姫的にはどちらでもいいんだけどね♪」

 

「えっ、あ……ぐぐっ……」

 

姫に感謝を感じたのもつかの間、再び狂おしい心地に襲われた始めたマスターは、いろいろな理由でふらつきながら水辺に辿り着く為に気力を振り絞った。




久しぶりです。
えーと……気楽に何とかやっていきたいです!


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ウイリアム・シェイクスピア

ついに吾輩の出番がきました!
いやなに、別にほのぼのとした日常でも危険な戦いの中、マスターを支える我が雄姿(応援と言う名の気分転換)でも、どんなシチュエーションでも良かったのですがね。
しかしやはり、今回のような場こそ吾輩の魅力が光る絶好の機会と言えるでしょう!


「同人誌作成?」

 

「そうです! 吾輩、今新たな境地の開拓に非常に魅入られておりまして」

 

「それが同人誌?」

 

「いかにも!」

 

シェイクスピアは彼らしい芝居がかった動きでマスターに熱く語った。

廊下を歩いていたところを呼び止められたと思ったら予想だにしない話にマスターは若干困惑の表情を浮かべている。

 

 

「まぁ……好きにやれば良いと……あ、宝具の効果で騒ぎを起こすとかはしないで下さいね?」

 

「分かっていますとも!」

 

「ならいいですけど……ん? なら何故一々僕に話を?」

 

マスターは頭によぎった疑問を質したい欲求に素直に従った。

確かに問題さえ起こさなければシェイクスピアの話は態々彼に話す必要が無いものと思えた。

その問いかけに対し、シェイクスピアは待ってましたとばかりに芝居がかった動作に更に拍車をかけて満面の笑みで答える。

 

「それはマスターにも我々に協力して欲しいからですよ」

 

「え?」(自分に? それに今『我々』と言った?)

 

「マスターには是非我々の同人誌作成を手伝って頂きたいのです!」

 

「え、いや、ちょっと待って? 先ず我々って? 僕を誘う前に言いましたよね? 他に誰かいるんですか?」

 

「アンデルセン殿ですよ」

 

「アンデ……へぇ……」

 

意外と言えば意外。

しかし文字を扱うクリエイターという点では共通するので解るといえば解る。

マスターはある意味世界的な夢のタッグともいうべき組み合わせに興味深そうな声を漏らす。

しかしだからこそ即座に新たな疑問も浮かぶ。

作家と言うカテゴリーなら世界最高潮とも言える知名度を誇る二人に対する自分の必要性である。

正直全くマスターには分からなかった。

 

 

「でも何故僕を?」

 

「我々、今回は『漫画』を作ってみたいと思いまして」

 

「ああ、小説じゃないんだ」

 

「左様です。まぁ小説でも個人活動なら『ドウジン』と言えるみたいですが、だとしても我々は既に飽きるほどやってますかなぁ。いえ、全く飽きてはいませんが、やはりここは、最もポピュラーなやり方で挑戦してみたいという芸術家としての向上心と申しますか」

 

「なるほどぉ……」

 

「マスターは少なくとも我々よりはこの事に関して知識をお持ちでしょうからね」

 

「つまり僕はアドバイザーに徹すれば?」

 

「んー……一応絵もお願いしたいところです。いえ、完璧など鼻から求めてはいません。如何にも稚拙で素人な画であったとしても、それをまた如何に魅力的に見せるかという難問にもとても心惹かれますので」

 

「は、はは……」

 

恐らく本人には全く悪気のないただの無配慮な言葉だったのだろうが、彼が英国出身ということもあり、自然に皮肉に感じてしまう事にマスターは引きつった笑みを浮かべた。

 

「それで如何です? 協力して頂けないでしょうか?」

 

ずずいと迫る自分にシェイクスピアには若干気押されながらも、それでもマスターは意外にも彼からは強制力のようなものは感じなかった。

確かに心から協力を求められている気はするが、それでもそれは、単に楽しそうだから一緒にやらないかという、同人活動に対して純粋に期待する気持ちのように感じられた。

それはまるで仲の良い友人から遊びに誘われているような感覚で、だからこそマスターは変に勘ぐる事も悩む事も無く、自然と自分から手を差し出して答える事ができた。

 

「分かりました。二人の力にどれだけなれるか凄く不安ですけど、僕で良かったら」

 

「おお、感謝致しますぞ!」

 

マスターの協力する証として差し出された手をシェイクスピアは両手で堅く握り返す。

正直協力して欲しいという気持ちに偽りはなかったとはいえ、実は本心では協力は仰げないと踏んでいた彼は嬉しい予想外の展開に心の中で自分で拍手喝采しながら小躍りした。

 

(これは行ける! 吾輩はついに『ドウジン』なる業界においても歴史的な足跡を残すぞ!)

 

まだ企画の流れ的には打ち合わせにすらなっていないというのに、シェイクスピアは早くも自分の同人活動に絶対の自信と成功を確信するのだった。

 

そしてこれはまだ僅かに先の事だが、マスターが彼らとの活動で最初に行った事は、不機嫌そうなアンデルセンに角砂糖を三個もいれたコーヒーの差し入れだった。




短いです。
そして間が空く事が続いてます。
閃きはしてるんですけどね。
だらしなくなったなぁ……申し訳ないです。


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マシュ・キリエライト②

あの防御だけにおいては他者の追随を許さない能力を持っていたマシュがある日任務中に大きな負傷をした。
原因は単純にターゲットを自分に長時間集中させ過ぎた事だった。
サーヴァントの中で最もタフな彼女がダメージコントロールをするという戦術は間違いではなかったのだが、その匙加減を偶々その時は誤ってしまったのだった。


マシュが負傷して一時的に療養処置を受ける事になった。

流石に自分の目の前で起こった事だったのでマスターは責任を感じて気分が重かった。

 

(参ったな……。あの時のマシュの具申を慎重に検討していれば安易に許可はしなかったかも)

 

ターゲットの集中はマシュ本人からの提案だったとはいえ、それを許可したマスターにも責任はあると言えた。

いや、職務的な意味でならマスターはマシュの上司と言える立場なので、責任の所在が行き着くところは彼だった。

 

「……」

 

マシュは今マスターの前で睡眠療養の状態でベッドに横になっていた。

戦闘終了時気を気を緩めたのだろう、脳が負傷を再認識した時にショックで気を失ってしまい、そこから目覚める事無く今に至っていたので正確には『睡眠』療養中とは言い難い気がした。

 

マシュはデミサーヴァントとなってからその恩恵の影響で負傷してもその完治は人などは比較にならない程早かった。

傷跡すら残らずに白くきめ細かな肌に直ぐに戻るのだった。

しかしそうだとはいえ負傷した直前は痛みで涙も滲むし、こうして気を失うこともある。

マスターはそういう体験をしているのが自分の最も間近な同僚であるだけに、その様を目の当たりする度に男として複雑で後ろめたい気持ちるのだった。

 

(俺の自身の仕事が人理とか特異点とかの修復みたいな壮大なものじゃなくて、単純な国と国との戦争で兵力が必要だから有志を募るとかそんなのだったら俺が行くんだけどな……)

 

「……」

 

マスターは静かな寝息を立てるマシュを見つめながらそんな事を思った。

穏やかな顔で寝ている彼女を見るとつい頭や額を撫でたくなる思いが込み上げてくるのだが、その思いが意識を失っている人に手を出すという罪悪感に彼は直ぐに転換してしまうのでそれはできなかった。

何より結局自分の欲求に従っているように思えて直ぐにやる気はなくなった。

だが、である。

 

(こうして横に座っているのも考えてみるとよくないかもな)

 

同性ならまだしも改めて状況を認識してみると目の前に横たわっているのは、付き合いの長い同僚とはいえ女性である。

しかも意識を失っている状態の彼女とこうして二人きりでいる事は情緒てきに不味い気がした。

 

「うん、いこっか」

 

考えが決まったマスターが心の中で彼女が意識を回復したら直ぐにもう一度見舞いに来ようと、その場を退出する事に対して償う方法をまで考えて椅子から腰を上げた時だった。

 

「いっちゃうんですか……?」

 

小さな声だったが、聴き間違える事は知った声が彼を引きとめた。

 

「マシュ? 目が覚めたの?」

 

「ええ……あの……実はちょっと前から」

 

「え? ああ、そうだったんだ」

 

マシュが意識を既に回復していた事に純粋に驚いたマスターは椅子から上げていた腰を再び下ろしてまたマシュと向かい合った。

さり気に視線を下してみると彼女の手が自分のズボンを掴んで直接的にも彼を引きとめており、その事もあってマスターの頭の中からは治療室から退出するという考えは既に完全になくなっていた。

 

「……ありがとうございます」

 

マスターがその場にとどまってくれた事に安堵したマシュは手を離してお礼を言った。

だがその時顔を半分布団で隠した状態だったのは、自ら咄嗟に行った行動を改めて認識して恥ずかしくなったのだろう。

マシュはマスターには見えなかったが、布団の中で頬をほんのり赤く染めた。

 

「調子はどんな感じ?」

 

「痛みとかは感じません。身体が少し鈍い気がするのは寝ていた時間が長かったからだと」

 

「そっか、良かった」

 

「ご心配を……」

 

「いや、今はそんな事気にしないでゆっくり休んで」

 

「もう十分休んでませんか?」

 

「目が覚めたのはついさっきなんでしょ? それに正式に治療が終わったと判断もされてないからまだ休んでいていいよ」

 

「分かりました」

 

「……」

 

「……」

 

ほんの数秒だけだったが何とも言えない妙に気まずい間が二人が何かを話そうとする考えを挫く。

 

「えっと……」

 

その空間を果敢にも先に切り崩しにかかったのはマシュだった。

 

「寝ている間……」

 

「ん?」

 

「もしかしておでこに手を当てたりしてくれました?」

 

「大丈夫。何もしてないよ」

 

「……っ」

 

ベッドの中だったので滑る事はできなかったが、マシュは心の中で盛大に滑ってこけた。

 

「そ、そうですか……。流石先輩ですね」

 

「はは、尊厳を保てたようで俺も安心したよ」

 

朗らかに笑うマスターの前でマシュはやきもきとした気持ちが吹き荒れっていた。

 

(どうしてそこでそんなに安心したような顔をするんですか! いえ、倫理的には正しいのかもしれませんが……。でも! どうして!!)

 

「~~~~っ」

 

何とも言えない不満な気持ちのせいで顔が自然と不機嫌な表情になっていたのだろう、布団の端を掴んでプルプル小さく震えていたマシュにマスターが困惑顔で訊いた。

 

「え、ど、どうかした?」

 

「……いえ。でも暫く先輩には此処にいてもらう事を私は希望したいです」

 

休んでいた間少し精神年齢が後退していた(という理由で仕方なく)マシュは、見舞いに来てもらっているという立場もあり、この時少し大胆で我侭になる事を自ら選択した。

 

「あ、うん。分かったよ」

 

「撫でていいですよ?」

 

「え?」

 

「寧ろ撫でて下さい。落ち着くので」

 

「は? はぁ……まぁ、はい。それなら……」

 

突然のマシュのお願いに虚を突かれたマスターは、戸惑いながらも本人の公認希望の下、堂々と彼女頭を撫でる。

 

「……落ち着く?」

 

「ええ、良い心地です。ほっぺも触って下さい」

 

「ほっぺ?」

 

「……頬です」

 

「アッハイ」

 

「……♪」

 

自分の頬に触れてきたマスターの手をマシュは嬉しそうに両手で包む。

自分とは違ってちょっと硬くて大きな手だが、そこから感じる温もりには凄い安心感と幸福感を感じた。

 

「そんな良い?」

 

「なかなかです」

 

「あ、うん」

 

「暫くこうしていて貰えますか?」

 

「了解」

 

初めてのような久しぶりのように見る様な気がするそんなマシュの表情に苦笑しながらマスターは彼女の願いを快諾する。

そのこともあってかマシュはそれから数分も経たない内に再び静かな寝息をたてていた。

その時の寝顔は最初の時より明らかに薄く幸せそうな笑みが浮かんだものとなっており、その顔を見たマスターは今度は自分の意思でなんの後ろめたさも感じる事無く彼女の頭を撫でるのだった。




最近前に書いたキャラの続編の話が多い感じです。
新キャラも書かないといけないなぁくらいには思っているのですが、書き易いものから手を付けた方がモチベも維持できるかなと。


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有休の相手

特殊な職業ですが、カルデアにも有給休暇はあります。(筆者の世界観)
時にはハードな仕事ですが、だからこそカルデアの管理職も実務を担うスタッフのケアは軽んじないわけです。


「えっ、旅行ですか」

 

「うん。ほら、君まだ消化していない有休大分あるだろう?」

 

此処(カルデア)に有休なんてあったんですね……」

 

「はは、まぁ確かに普通の職場ではないさ。だからこそ有休くらいは取れるときには君には取って欲しい」

 

「そうですか。それなら有り難く……本当にいいんですか?」

 

「勿論。というかそんなに申し訳なさそうにしないでくれ。別に此処は日本の会社じゃないぞ?」

 

カルデアでは定まった公休を予定に組み込み難い分、こうやって上から突然有休を申し渡される時が多々あった。

マスターは前回もこういう形で休みを受け取り、刑部姫と遊びに行った事があるのだが、今回はなんと3日間も頂いた。

 

(これは有意義に使わないと)

 

と、マスターは決意を固くするのだった。

 

(さて、問題はできたら一人でのんびり行きたいところだけど、抑止力か何かの働きのせいで毎回それが叶わない事だよな。なら……)

 

『誘って無難に過ごせそうな人と約束を取り付けて先に予定を作ってしまえば良い』

 

と、考えたマスターは早速誰か誘える人はいないかと探すことにした。

 

(やっぱり誘うなら同性だよな。男同士のほうが気楽に過ごせそうだし)

 

そう思ってマスターはカルデアの顔見知りの男性スタッフに声を掛けたのだが、皆何故か一様に『嬉しいけど、君と行くと後が何か怖いからな』『喜んで一緒に行ってくれそうな異性がそれなりにいそうなのにそれは愚行』というような反応をして誰も誘いを受けてくれなかった。

 

(マジか……。まぁマスターだからサーヴァントを自分から誘っても違和感はないけど、できれば普通の人と行きたかった……)

 

無念に少ししょんぼりしたマスターは先ず黒髭を訪ねた。

客観的には最初の選択からいきなり常識はずれのようにも思えたが、普段からふざけて軽い調子の彼だからこそ友人感覚で過ごせそうな気がしたのだ。

勿論彼の素性の事もあるので、用心は怠らないつもりだった。

そこはダ・ヴィンチやカルデアの監視システムにある程度頼るつもりだった。

 

しかし誘いたかった当の本人の反応はというと……。

 

「大変大変申し訳ないのでござるが、拙者、只今戦場(コ○ケ)に赴く準備中で御座いまして。というか今まさに修羅場でありまして。マスター殿のお誘いは大変有り難く、お心遣いは身に沁みるところではござるのですが、断腸の思いでお断りさせて頂きたいでござるで候!」

 

と、何だか妙に回りくどく、かつ妙な言い回しだったが、思いだけは良く伝わる言葉によって残念ながら断られてしまった。

 

(そうか、今はそういえばその時期だったな)

 

マスターは日本で毎年行われているあるイベントの事を思い出すとなら仕方ないと納得した。

 

(となると、まぁ自分から女性に声を掛け難いし、姫は黒髭と同じ状況なのは予想が容易だから、彼女もないな)

 

「うーん……」

 

他にも男性サーヴァントは数多く居れど、実際に黒髭ほど軽くコミュニケーションを取っているサーヴァントは実はそんなに多くなかったマスターは悩んだ。

 

(まぁ自分の迷惑や、当の本人からの迷惑がられないかを気にしなければ作家二人組もありだけど……駄目だ)

 

そういえば自分がその二人の同人サークルに所属しいたのを思い出したマスターは直ぐにその考えを消した。

いくら彼らから自分の出番は今暫く無いと言われていたとはいえ、言い換えれば彼らは今『仕事』の真っ最中である可能性があるのだ。

そんな中自分が有休を貰ったからと言って軽はずみな態度で遊びに誘いに行くなどあまりにも非常識で失礼な行いと言えた。

 

「うーん、なら、ならぁ……」

 

つい悩みが言葉となって出てしまっていた事をマスターは運悪く気付かなかった。

その言葉が逆に運良く聞こえ(キャッチ)た者がマスターの側を通りかかっていたのだ。

 

 

「マスター、何かお悩み事ですか? なら貴方の同盟相手であるこのファラオを先ず頼って頂いて構いませんよ?」

 

「え?」

 

声に反応して上げた顔の視線の先には、何か運良く得たものに対してドヤ顔をしていたファラオ(ニトクリス)が居た。




久しぶりですが、生きてます。
まだ書く気力はあります。
話の内容的にサーヴァントメインではないので、タイトルはまた非人物名となりました。
なんか最近短編集の括りでなくてもいいかなぁという気もしてきました。


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ニトクリス(術・殺含む)

※少しエロい話です。まだ旅行には行きません。


マスターから有休を一緒に過ごす相手を探しているという話を聞いてニトクリスは「私なら構いませんよ?」と顔を赤くして自ら立候補したのだが、それは残念ながらマスターによって断られてしまった。

ちょっとファラオのプライドを傷つけられた彼女は涙目になって何故かと問い質すと彼はこう言った。

 

「え、だって……その格好で一緒に旅行に行くのはなぁ……」

 

「え?」

 

ニトクリスは顔を下げて自身の服装を見た。

どうやらマスターは自分の服が露出が多い為に乗り気にならないようだ。

元々日中の気温が高い国で生きていた為に実は薄い(露出)衣類に対しては然程抵抗を持っていなかったニトクリスだが、マスターの言葉で服装について考えることにした。

 

「分かりました。では、同盟者と過ごすに相応しい服装を着ていれば、私で文句はありませんね?」

 

「相応しいって……そんなに大袈裟に考えなくていいんだよ? というかやっぱり一緒に行くつもりなんだ」

 

「好機を私が一番最初に手にしたという幸運は無駄にしたくありませんからね」

 

「え?」

 

「何でもありません。不敬ですよ? とにかく服です服!」

 

「え、ちょ? もしかして俺も行くの?」

 

「当然です。私は現代の服装には疎いですからね。同盟者に助言を乞うのは当然です」

 

「ならせめて同性のスタッフかマタ・ハリさんとか現代に近い時代出身のサーヴァントに訊けば……」

 

「は? そんな事できるわけないじゃありませんか」

 

「え、何故……?」

 

「不敬ですよ」

 

ニトクリスはマスターの疑問には答えてくれず、そっぽを向いてそう小さく呟くのだった。

 

 

「んー……先ずはどうしましょうか?」

 

カルデア内のショッピング施設が並んでいるエリアにマスターを伴ってきたニトクリスは顎に人差し指を当てて言った。

 

「いや、俺男だからさ。まぁ……シンプルでいいんじゃない? Tシャツにジーパンとかさ。ニトクリスはスラッとしてるからきっと似合うよ」

 

「え……? に、似合いますか? その格好が……? なら、仕方ありませんね。試着してさしあげます」

 

「え?」

 

急に差し出された手に疑問符を浮かべるマスター。

彼女が何を求めているのかよく解らなかった。

 

「不敬ですよ。貴方が選んだ衣服を持ってきて下さい」

 

「俺が選ぶの?! 助言だけじゃ?!」

 

「私は現代の……」

 

「あ、はい。分かりました。分かったけど、俺レディースの服なんてサイズとか見方全然分からないからなぁ……」

 

「? では測れば良いではありませんか?」

 

「え?」

 

「私の身体の数値が分からないのですよね? では測って下さい」

 

「……店の人を呼んで……」

 

「この身を私と何ら関わりのない、しかも時代も異なる者に触れさせると?」

 

「それ俺もじゃん?」

 

「マスターは同盟者ではありませんか。何を恥ずかしがっているのです? 値を測るだけですよ?」

 

「はぁ、まぁ……」

 

マスターは観念して項垂れて、ニトクリスの手を引いて衣装室へと連れて行った。

 

 

「えっ、こんな狭い所で測るのですか?」

 

「流石に人目がね」

 

「寧ろ隠れて行うことが逆に私は恥ずかしいのですが。まるで卑しい事をしようとしているようではありませんか」

 

「……」

 

(人によっては最初からそういう目的で、というのもありえるんだろうなぁ)

 

「マスター?」

 

「ごめん、なんでもないよ。じゃぁカーテンは開けるから、それならいい?」

 

「あぁ、まぁそうですね。密室になるのと比べたら」

 

「ありがとう」

 

それじゃぁ測るからとマスターの指示で後ろを向いた瞬間、ニトクリスは衝撃を受けた。

向いた先には全身を写す大きな鏡があり、今まさに背後から自分のサイズを測ろうとマスターがメジャーを持って腰に手を回す姿がありありと写し出されていた。

 

(ちょ?! これはなんという……!)

 

後ろから手を回される自分を見るという予想外のシチュエーションに人生で最大の羞恥心を感じるニトクリス。

一方マスターはウエストだけ測って終わりにするつもりであったものの、そもそも何処で測るのが正解なのか知識がなかった為、腰にメジャーを回した姿勢のまま悩んでいるのだった。

それはニトクリスからすると……。

 

(な、なんかマスター、私の臀部を見続けてない……? い、いえ、気の所為ね。でも長い……早く早くして……!)

 

羞恥に悶えるニトクリスを他所にマスターは無情にもまだ悩み続けていた。

しかしふと顔を上げると――

 

「…………っ」

 

自分が露出が多すぎると指摘したニトクリスの薄い生地に包まれた尻が目の前にあり、そこで彼はようやく自分の今の体勢が双方の精神安定上よくない事に気付いたのだった。

 

「ご、ごめん」

 

「いいえ! それで……判りましたか?」

 

「ごめん、俺自分のも測ったことがなくて」

 

「……こ、腰ですよね? ここですよこっ……?!」

 

ニトクリスは無意識とはいえ自分の大胆にして恥ずべき行為を大いに後悔した。

自然と手にとって運んだマスターの手を己のヘソの下に当てたところで二人に衝撃が走った。

 

(一体私は何をしているのぉぉ?!)

 

(これは何の羞恥プレイだよ……)

 

「ふ……えっと……ぅ……分かりました?」

 

「すいません全然分かりません。本当にごめんなさい」

 

「……それ貸してください。取り敢えず正しいと思う使い方で巻きますから……これでいいですか?」

 

「んー……多分? うん、ありがとう」

 

器用にも自ら腰の位置に後ろ向きの状態でメジャーを巻き、目盛を合わせるという行いをニトクリスは一発で成功させた。

おかげで大体の数値を把握したマスターは急いでその数値を店員に伝え、それに合ったサイズを教えてもらうのだった。

 

「どう? 着れた?」

 

「ええ」

 

マスターの声に応え、今度は試着室をしっかり利用してジーパンを試着したニトクリスがカーテンを開けてその姿を見せた。

なかなかに新鮮な感じがする姿だった。

男物より小さいとは思っていたが、縫合も意図的にキツくしているようで、男性が履くジーパンより生地が脚に密着しているせいか、体のラインがよく出ている気がした。

 

「そうですね……。ちょっとキツイ感じがしますが、これがピッタリというものなんですか?」

 

「まぁ見た目は全く問題ないね。キツイと言っても隙間あるからまだ余裕があるくらいだよ」

 

「そうですか。しかしこれ以上キツイのも嫌なのでこれにします」

 

「了解。じゃあ次はシャツだね。柄とか色とか好みはある?」

 

「白が良いです。柄は生地の色をあまり占領しない控えめの物が良いですね」

 

「了解」

 

ニトクリスから解り易い好みを確認したマスターは、今度は然程迷うこともなくSサイズのシャツを複数持ってきた。

ニトクリスがそれを見るとどれも白い生地に控えめの文字やイラストがプリントされており、完全な彼女の好みとは言えなかったが、確かにこれなら抵抗もなく着れる気がした。

 

「どれも悪くないですねではこの3着にします」

 

「試着はする?」

 

「どれもサイズは一緒なのですよね? なら一着だけします。一つが合えば他のも合うはずですからね」

 

「そうだね」

 

 

「どうですか?」

 

「そうだ……っ?!」

 

「マスター?」

 

シャツを試着したニトクリスの姿を見て思わずマスターは目を逸らせた。

そして自分の配慮が浅かったことを後悔した。

考えてみれば現代のように服の下に下着を着けていたのか判らない時代である。

ましてや今の時代だって外国人にの中には()()()そういう格好をする人もいるのだ。

つまりマスターが気にした事とは……。

 

「ニトクリス、もしかして素肌の上にそのままシャツを着ているの?」

 

「? そうですけど?」

 

「下に何も着ないで?」

 

「? それが何か?」

 

マスターの質問に不思議そうな顔をするニトクリス。

彼女は平気そうだったが、その姿はそのまま外を闊歩するにはやや世の風紀的に危険なものとなっていた。

素肌から下に何も着けずにシャツを着たという彼女の姿は、明確に女性であることを示す()()()()を顕著にしていた。

見ようによっては薄く見える形の良さそうな乳房の輪郭、そしてその頂にある()()などはもう誰から見てもそれがどこに在るのか判る状態となっていた。

 

「…………」

 

マスターはなるべく前を見ないように、かつ他の客の視線からニトクリスを守る為に背中で彼女を隠しながら考えた。

 

(どうする? 流石にブラジャーなんて俺は全く分からないぞ。ましてや誰かに貸してなんてお願いするなんて……)

 

「…………」

 

頼めば協力してくれそうなサーヴァントは幾人か浮かんだが、直ぐに除外した。

それによって求められる見返りが恐ろしかったからだ。

 

(うーん、だとしたらぁ……)

 

「マスター? 一体どうしたのですか?」

 

「えっ、いやっ……」

 

マスターの沈黙を訝しんだニトクリスの顔がいつの間にか近くにあった。

それによってやや屈んだ姿勢となっていた彼女が着ていたシャツの隙間から、美しい双丘が見えた。

マスターはそれを見て『自分と同じくらいかな』と、自分でもよく分からない事を思ったのだった。

 

(え……?)

 

不意に浮かんだ感想に混乱するマスター。

だがその混乱も頭が落ち着く内に収まり、あまり考えないようにしていた自分の特殊な体質を思い出させた。

 

(ああ、そうか……)

 

「マスター? ちょっと、大丈夫ですか?」

 

「ああ、うん。ごめん大丈夫。ところでニトクリス、ちょっと話があるんだけど?」

 

「はい?」

 

何故か涙目になって若干顔を紅潮させたマスターからの『ある提案』を聞いてニトクリスが衝撃を受けたのは言うまでもなかった。




大分フェチっぽい話になりました。
めっきり18禁の話を更新してないので、そちらの新しい話出したいなぁとも思っています。


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楽しい休暇?

マスターとニトクリスの休暇の話の続きです。
何故タイトルの後ろに疑問符が付いているのは、この手の話に慣れている方でしたらその理由は勿論、それどころか本話の内容の予想も余裕だろうと思います。


「マスター、この宿に泊まるのですか?」

 

「うん、そうだよ」

 

「……」

 

ニトクリスは辿り着いた先の今日宿泊予定の宿の外観を見て微妙な表情をした。

マスターからは日本の旅館に泊まると聞いていたので、ネットで情報収集をしてどのような宿泊施設なのか凡その概要を予習していたのだが、実際に今目にしている宿のそれは自分が把握していた情報とは大分かけ離れたものであった。

先ず旅館というにはその入り口はただの雑居ビルの入り口のように見え、そこから続いていると思われる階上の宿泊部分を見れば、その見た目はただの安いアパートにしか見えなかった。

ちょうど此処に着くまでの道のりで、もしかしてあれではないかと予感が当たってないことを祈りながら見ていた建物の裏のベランダ部分をニトクリスは思い出した。

 

(なんというか……風情がないな……)

 

ネットの情報で旅館から日本独特の風情を感じ取り、それを密かに楽しみにしていたニトクリスは目にした現実に率直に落胆した。

落ち込んだ彼女のその感覚が移ったわけではないが、マスターも心の中はあまり穏やかではなかった。

 

(しまった……安さだけに目がいってそれ以外の情報を全く調べてなかった。つい一人で泊まる感覚で宿を探しちゃったからなぁ……)

 

「……」

 

マスターは旅館を見上げ、視界に申し訳ない程度に掲げてある看板を捉えながら思った。

 

(何処が『温泉宿』だよ)

 

その旅館(?)の看板には確かに『〇〇温泉宿』と文字が書かれてあった。

しかし目の前のそれは一見、どう見てもただのアパートである。

 

(もしかして温泉って源泉を部屋の風呂に引いてるからそう名乗っているのか……?)

 

 

「……」

 

案内された部屋に着き、マスターは見つけた浴室を覗いてその予想が当たっていた事に軽く気が遠くなった。

浴槽に湯を注ぐ水道の部分に古めかしい薄い緑色のパイプが大胆に繋げられており、その先を目で追うと『〇〇源泉直入』と書かれた大きなハンドルがあった。

 

「やはりそれが温泉という意味でしたか」

 

「うん……えっ」

 

「?」

 

不意に後ろから声がしたので驚いてマスターが振り返ると、そこにはニトクリスがいた。

彼女は何故マスターがそんな意外そうな顔をして驚くのか理解できず不思議そうな顔をする。

彼の驚きには単純に背後から声をかけらられたことに対してのもの以外にも何か別に理由があるように感じたのだ。

 

「何ですか?」

 

「いや……なんでこっちに居るの?」

 

「え?」

 

「部屋は一人一室ちゃんと取ってあるんだけど……」

 

「えっ……」

 

ニトクリスは無意識に自分とマスターが一緒の部屋に泊まるのだと決め込んでいたことをその時気付かされた。

よくよく考えてみれば確かにサーヴァントとマスターの関係とはいえ、お互いそれなりの年頃なのだから、恋仲でもない限り別々の部屋に泊まる方が常識的といえた。

ニトクリスは自分の早とちりが恥ずかしくなり顔を赤く染めて全力で謝罪を始めた。

 

「す、すいません! あっ、いえ! そ、そう! マスターの部屋のお風呂もやはりそうなのかと確認しに来たのです!」

 

「え? あ、ああそうだったんだ。うん、残念ながら同じだったみたい」

 

「そ、そうですか。え、ええそれはざ、残念でした。はい!」

 

「……」

 

「……」

 

二人の間に気まずい沈黙が下りた。

小さな窓からは蝉の鳴き声が聴こえ、陽の明るさのみで照らされた狭い浴室によく木霊した。

 

「ま、まぁ温泉だけなら外を歩けば施設あるんじゃないかな? それに近くには川も流れているし……あ、そうだ。ちょっと鮎とか料理で出している所探しに行かない? ちょうどお昼時だからさ」

 

「い、いいですねそれ! ええ無難な提案だと評価します。付き合いましょう」

 

「じゃ、一度部屋に戻って用意したら宿の入地口の前で集まろう。暑いから帽子はまた被ってきた方が良いよ」

 

「承知しました」

 

 

数分後、男女が待ち合わせする場合の一般的な認知通り、マスターの方が先に待ち合わせ場所で待っていると「お待たせしました」と言いニトクリスがやってきた。

 

「あ、サングラスも掛けてきたんだ」

 

「ええ、自分でこれを用意していたのを忘れていました。興味本位で入手したのですが、これは本当に便利なものですね」

 

マスターの言う通りニトクリスはTシャツにジーパンといったラフな格好に頭にはキャップを被り、更に顔には薄い色のサングラスを掛けていた。

 

「帽子はそれで良かったの?」

 

「今日はこの格好に合わせて動き易さ重視にしましたからね。つばの大きい物も中々に魅力的でしたが、今回はこちらの方が良いと判断しました」

 

「そっか。うん、良い感じだよ」

 

「そ、そうですか? ふ、ふけ……あ、いいえ。ありがとうございます」

 

「うん」

 

ニトクリスはマスターの素直に自分を褒めた言葉に嬉しそうに微笑み、後ろで束ねた髪をまるで犬の尻尾のように嬉しそうに小走りすることによって振りながら彼に駆け寄って訊いた。

 

「それでは、先ずは何処に参りましょう?」

 

「うん、やっぱり食事かな。ここに来る前に大きな橋を渡ったじゃん? あそこから食事処っぽい木の建物、長屋みたいなものが見えたの覚えてる?」

 

「ああ、そういえば……水車も見えたような」

 

「そう、それ。そこに行ってみようか?」

 

「分かりました!」

 

 

それからマスターとニトクリスは新鮮な川魚の料理を食べたり河原で休憩をするなど穏やかで楽しい時間を過ごした。

最初はどうなるものかと一抹の不安を覚えていたマスターであったが、目に付く初めてのモノ全てに純粋な驚きと興味を示すニトクリスの姿は見ていて飽きない癒やしになるものであった。

 

(この調子なら残り数日も楽しく過ごせそうだな……)

 

そうマスターは心穏やかに以降の日々に思いを巡らせていたのだが、残念ながらと言うか無常な世というか、彼の心中とは別に事態は思わぬ展開を見せようとしていた。

 

「~~♪」

 

マスターの傍で彼と同じように石に座って寛いでいたニトクリスは、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子でカルデアで支給された特別なスマートフォンを操作していた。

彼女はそれでカルデア関係者専用のSNSに自分のアカウントを使って旅行の様子の写真や動画を次々と嬉々としてアップしていたのだ。

それは純粋にマスターとの旅行を楽しんでいたからこそ行った行為であった。

しかし彼女の思いとは別に、そんな微笑ましいSNSの内容に不快感とまでは言わないが、明確に不満を持つ者が少なからずいたのだ。

 

いくらカルデアに所属するサーヴァントの割合が現代より大分過去の時代に生きた者が比較的多くを占めるサーヴァントたちとはいえ、文明の利器に感心し、積極的に使うものは多くいた。

その利用者の殆どは己の時間を満足に過ごすのが目的であったのだが、中には『そういった』利器と特に相性良く、その結果、本来の趣旨とはやや異なる目的で使う者も少なからずいたのだ。

その者たちというのが、先程から旅行を楽しんでいるニトクリス、ではなくマスターに不満を持つ者たちであるというのは言うまでもなかった。

 

 

 

場所は変わり、その頃カルデアでは……。

 

「……なんだこれは……。マスター、何故私を連れて行かなかった……ぐすん」

 

「何自分で擬音入れてるの……て、えっ、これ……!」

 

「先輩……」

 

オルタ(沖田)……とエレさんにマシュさんまで。一体どうしたんですか?」

 

「これ! これを見るのだわ!!」

 

「はぁ何ですか……って、こ、これは?!」

 

「マスター、私なら布団の中まで一緒に行ってやったのに……」

 

「あの時イシュタル(あいつ)より私の方が良いと言ったのは嘘だったの……?」

 

「先輩先輩先輩……」

 

「これは後で尋問ですね! 何故私を連れて行ってくれなかったのかと……は?」

 

「ん?」

 

「え?」

 

「はい?」

 

このような修羅場がカルデア内の各箇所で同時期に複数発生するという極めて重大な事件が起こっていた。




間が空いたにしては平凡で短い話となりました。
というペースがこのところずっと遅いので後書きも似たようなことばかり書いている気がしますw
歳には勝てない、仕事も……ソシャゲを思いっきりやめてしまえば時間できるんだろうなぁ……。


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トーマス・アルバ・エジソン

年内に投稿出来て良かった。


「今日はクリスマスであるな!」

 

流石は合衆国大統領もやった事がある(正史ではないが)男、獅子顔のエジソンが豪快さを感じさせる声でマスターに話しかけてきた。

マスターは彼を見て常に思う。

様々な要因が重なってこの姿となっているわけだが“本当に彼は科学者なのだろうか?”と。

 

「あ、どっちかというと発明家だっけ」

 

「ん? どうかしたかね?」

 

「あ、いや……」

 

つい心の中の自問自答の一部が声に出てしまった事に焦るマスター。

彼は取り敢えず不自然でない話題のすり替えを試みた。

 

「あ、そういえばクリスマスがどうかしたんですか?」

 

「どうって……祝わないのかね?」

 

「俺は別に……」

 

「私とでは不満というのかね?」

 

「寧ろどうして俺と祝おうとしているのかお尋ねしたいのですが? アメリカってそもそもそんなにクリスマスって祝いましたっけ?」

 

「む……」

 

マスターがそう訊くとエジソンは痛いところを突かれたような声を出して呻き声のような声を漏らす。

どうやら彼に声をかけるまでに他の者にも声を掛けていたようで、それらが全て残念な結果に終わったようであった。

 

「もっと自然に誘えば寂しい思いする事もないと思うのに」

 

「な?! 別に私は寂しくなど!」

 

「じゃあ何で僕を誘おうとしたんですか?」

 

「いやほら、歴代の合衆国大統領によって支えられている私は最早カルデアにおける合衆国そのものと言えるだろう? だからそんな私とクリスマスを祝う栄誉に授からせてあげようと……」

 

(相変わらず態度は尊大なのに何処か小者くさいというか……)

 

マスターは心の中で溜息をつくと苦笑しながら言った。

 

「そうですか。なら一つ条件を飲んでくれるのなら考えても良いです」

 

「うむ、拝聴しよう」

 

やはり尊大な態度で獅子顔の男は腕組みをして言った。

 

「単純に寂しいのでクリスマスを一緒に楽しもう、と言ってください」

 

「そんな条件飲めるか!」

 

「嘘でも構わないですよ? なら本心では違うんだと言い訳しながら言えるじゃないですか?」

 

「マスターの言い方には一々妙に棘があるな?! とにかくそんな条件は飲めん。例え本当にそう思っていたとしてもだ」

 

「え?」

 

「はっ」

 

「……」

 

「……」

 

気まずい沈黙が双方を取り巻いた。

片やマスターの方はエジソンのうっかり漏らしてしまった失言に同情的な眼差しを黙って向け、エジソンの方は己の失態に茫然自失となるのだった。

 

「ま、それで良しとしましょう」

 

「わ、私は何も言っていないぞ!」

 

「アッハイ、そうですね。んー、でも急にクリスマスを祝おうにも何から始めたら良いのか……」

 

「料理ならもう用意してある」

 

「準備が良いですね」

 

「うむ、直流電熱焼きのターキーオレンジソースがけとかあるぞ」

 

「直流焼き……それってちゃんと焼けてる……?」

 

「心配無用だ。あらゆる方向から放電する特製オーブンを使用したからな」

 

「何かもの凄く電気を無駄使いしそうなオーブンですね」

 

「何を言う。無駄なく常に一定の働きをする直流に無駄など……」

 

「あ、その話しは長くなりそうなのでまた今度で」

 

電流の話となると本人も電気の如く熱が入ってくるエジソンの暴走をマスターはやんわりと止めると、ふと気になった事を言った。

 

「ま、食事に関しては大丈夫だとしても、やっぱり二人だけというのは寂しいな」

 

「ああ、それなら大丈夫だ」

 

「え?」

 

意外な言葉にマスターは虚を突かれた顔をしてエジソンを見た。

ここに至るまでパーティーの勧誘に苦労していたらしい彼が何故ここで人数の心配はする必要がないと言ったのかちょっと理解できなかった。

 

「エレナに助言を貰っていてな。マスターの勧誘に成功したら後は安泰だと」

 

「え、それってどういう……」

 

「まぁ先ずはこれを見るのだ」

 

エジソンは懐からメモ用紙のような紙を取り出すと、それをマスターに差し出した。

 

「? これは?」

 

「それに名前が書いてあるだろう? それらの人物にマスターが声を掛けていけば、自然とそこから噂が広がり勝手に人が集まってくるのだそうだ」

 

「……」

 

マスターが見たメモには見覚えのあるサーヴァント(女性が多い気がした)の名前が幾つかリストアップされていた。

 

「さぁ征くのだマスター。私の計画達成の為に!」

 

「はは……いつの間にか体良く利用される立場に……」

 

マスターはその日二度目の溜息を吐くと何となく自分の行動が軽い波乱を呼びそうな不安を感じつつ、自分の背後からあからさまに高揚した気分で嬉しそうに着いてくるエジソンに苦笑するのだった。




最初にFGOのエジソンを見たときはなんじゃこりゃ状態だったのですが、メインストーリー以後、様々なイベントでも彼を見ることによってかなり好きになりました。


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バレンタイン

あけましてバレンタイン。
新年初の投稿が2月となりましたが、よろしくお願いします。
書き易いキャラでということでジャンヌ・オルタの短いお話です。


(なんで私は『こんな物』を作っちゃったのよぉぉ?!)

 

バレンタインデーの前日自室のキッチンで、ジャンヌ・オルタ(以降オルタ)は床にへたり込んで頭を抱えていた。

何やら身悶えしている彼女の頭上にはバレンタインで渡す目的で作られたと思しきチョコが置かれていた。

どうやら彼女が苦悩しているのはそのチョコの出来、というより見た目が関係しているらしかった。

 

(作ってるときは全く無意識だったけど、出来上がった『モノ』を見た瞬間のあの正気に戻った感覚はなんだったの? いくらなんでも自分の顔をデザインしたのを作っちゃうなんてどうかしてるわ! これを渡したらある意味『私をたべ……』渡せるわけないじゃない!!)

 

謎の強制力によって作られたチョコ、オルタは『ソレ』を渡すか渡さないか散々悩んだ挙句、やはりあまりにも羞恥心に耐えることができないという結論からチョコを適当に廃棄する事にした。

 

(仕方ないわ。適当に購買でチョコでも買って渡そ)

 

ちょっと涙目になってそんな事を考えながらカルデア内を購買に向かって歩いていた時だった。

 

「あ、オルター」

 

「え?」

 

普段なら声を掛けられる前に気配で気付いたのだが、傷心から油断していたオルタは完全に虚を突かれ、彼女は声がした方を驚いて振り返った。

 

「な、何よ」

 

「ちょっと今いい? あ、なんかごめん?」

 

マスターはオルタの雰囲気から話しかけてはまずかったかと思い、一旦彼女への用事を後に回そうとしたが、持ち直したオルタがそれを察して慌てて止めるのだった。

 

「大丈夫よ。で、何?」

 

「あ、うん。これさ、良かったら」

 

「え……」

 

マスターから渡されたギフト用の紙袋にドキッとするオルタ。

まさか彼の方からプレゼントを渡してくるなんて思ってもみなかった彼女はそれを受け取った後も戸惑っていた。

 

「一応バレンタインの贈り物って事で良かったら」

 

「あ、ありがと……ん? なんか変わった形というか……薄いわね?」

 

「ああ、うん。チョコじゃないからね」

 

「へ?」

 

「まぁ開けてみてよ」

 

「……」

 

彼の了承を得てプレゼントの包み紙を剥がすと、オルタは中から姿を現した意外な物を見てつい小さな声で驚いてしまった。

 

「あっ……ブ、ブルーレイ……てやつ? これ?」

 

「うん、そう。これさ俺も観て面白くて気に入ったからオルタにも観てほしくて、丁度今ならプレゼントとして贈れば良いかなって思ったんだ」

 

「……なるほど」

 

「うん、良かったらどうぞ」

 

「あぁ、うん。わざわざありがとうね」

 

「いいって。じゃ、俺はこれで」

 

「あっ……」

 

用も済んだのでマスターが別れようとした瞬間、オルタは頭の中に浮かんだ案を実行したいという思いが無意識に働き、去り行く彼の背中に声を掛ける。

 

「ん? 何?」

 

「せっかくだから一緒に観ない? 時間は大丈夫、よね?」

 

「ああ、今は大丈夫だよ。そう? オルタが良いなら、じゃあお邪魔しようかな」

 

「そう、良かった。私もあんたに渡そうと思ってた物があるしね。丁度良いわね」

 

「あ、そうなんだ。ありがとう」

 

「……言っておくけど、受け取ったモノ見ても絶対に私の前では感想言わないでね」

 

「は?」

 

「い・い・わ・ね?」

 

「……ハ、ハイ?」

 

「うん、なら良し。じゃ、解説とかもいろいろ頼むわよ」

 

「了解」

 

戸惑ったり急に凄い剣幕になったり、いろいろ態度が変わったオルタを不思議に思ったマスターだったが、最終的には何となく嬉しそうな雰囲気で自分の後に付いてくるように促す彼女の背中を少しホッとした気持ちで追うのだった。




筆不精、怠け癖、もっと能動的に動けたらなぁと最近思っています。
歳の所為にしてしまえば何でも片付く気がするのですが、それはそれで危うい気もしまね。


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カーマ

何か礼装目的で引いたら(カーマを)二枚抜きしたので、衝撃が消えない内に書くことにしました。


「ちょっと顔貸して貰えますか?」

 

朝起きてパンでも買おうかと部屋を出たら目の前に無茶苦茶不機嫌な顔をした女神(カーマ)(仮)がいた。

 

「えっ」

 

カーマの剣幕に動揺して気圧されるマスター。

カーマは問答無用とばかりに彼の手首を掴むと引っ張るように外へと連れ出すのだった。

 

 

「……」

 

「あの……」

 

二人は旅館の近くの川を見下ろせる橋に来ていた。

マスターが未だに不機嫌な顔をするカーマの機嫌を窺うように声を掛けるも、彼女は彼方を見つめるばかりでこちらを向いてくれない。

 

(一体何故彼女がここに……)

 

まだ相手をしてくれないようだったので、取り敢えずマスターはカルデアに居ると思っていたカーマが遠く離れた国の宿にいきなり姿を現した疑問について考えて時間を潰すことにした。

 

(……まぁ神だからある程度の事はなんでもありかもしれないな。もしくは霊体で密かに付いてきていたとか)

 

疑問はあっさりと然程時間もかからず自己解消した。

そんな折にようやくだが、視線は彼方を向いたままのカーマが話してきた。

 

「……私、人の幸せって嫌いなんですよ」

 

「はぁ……」

 

「何かスマホってやつ? あれでえすえぬ何とかってやつでファラオ(笑)が楽しそうに

過ごしている風景を見てですね……」

 

「え、もしかしてそれで気分が悪くなって嫌がらせと八つ当たりにしにきたとか?」

 

「正解です。解ってるじゃないですか」

 

「……」

 

(性格悪過ぎだろ)

 

ある程度彼女の性格を把握していたとはいえ、予想していた答えが正解だった事にマスターは呆れて閉口する。

数多くのサーヴァントと契約しているマスターだが第一印象で厄介だと思ったサーヴァントはそれなりにいたが、カーマはその中で彼にとって高ランクに位置する難人物であった。

 

「全く、人が気怠い気分であの日を過ごしていたらこれです。一体どうしてくれるんですか?」

 

「えぇ……めちゃくちゃだよ……」

 

「そんな事解ってますよ。それを踏まえて責任取れって言ってるんです」

 

「責任ってそんなの成立してないでしょう?」

 

「は?」

 

全くの正論なのだが、マスターの言葉にカーマの表情が更に険しくなる。

理不尽この上ないがこれがカーマというカルデアにおけるサーヴァントなのだ。

マスターは彼女とこれから先どう付き合っていくべきかほとほと困り果てる気がした。

 

「えっと……すいません。どうしたら機嫌直してくれます?」

 

「あっ、じゃあこんなのどうです? 私があの小娘の前でマスターとまぐわって見せるんです。そしたら彼女、どういう顔をするでしょうねぇ♪」

 

「……」

 

思っていたより、いや、彼女らしい言葉だったが、予想を超える言葉にマスターは直ぐに二の句が紡げなかった。

 

「その顔、良いですね♪ じゃ、それで決定という……」

 

「待った」

 

「は?」

 

「あ、いや……俺、男とは……」

 

「は? 目、大丈夫ですか? 私、女ですけど?」

 

マスターの言葉にこれよみがしに自分の胸を腕で抱いて強調して見せるカーマ。

そのボリュームは十分に肉感的で男性の劣情を掻き立てるのに申し分のない魅力といえた。

だがマスターはそんな彼女の誘惑にも屈した様子もなく平常の声で言った。

 

「いやでも、カーマさん自身は男でしょ?」

 

「私神だから人間の性別は気にしないし」

 

「いやでも俺は気にするかな……」

 

「身体が女でも?」

 

「寧ろ中身は男なのに気にならないのが凄いというか?」

 

「そんなものかしら」

 

「じゃあ一応訊くけど、もし相手がシヴ……」

 

「あ?」

 

「ごめんなさい」

 

機嫌が悪いというか怒りで目まで光って見えた気がした。

それを感じ取ったマスターは速攻で自分の迂闊な言葉を謝罪した。

 

「ふん……まぁ気持ちは解りました。けど、そうですね……ほら、今の私の口調。これって女ですよね?」

 

「え? う、うん。そんな感じ、かな……?」

 

「じゃあやっぱり依代になっている肉体の影響を受けて精神も女に近くなってるって事じゃないですか? だからそんなに抵抗感持つ事もないんじゃないですか?」

 

「うーん……それでも嫌がらせ目的でニトクリスの前で性交なんていう軽率で品の無い行為は……」

 

「私はそういうのが好きなんです」

 

「はぁ……」

 

多分性格の厄介さではある意味カルデアトップクラスではないだろうか。

マスターは対応の面倒さから挫けそうになる責任感をどうにか保持しつつ尚も説得を試みる。

 

「まぁまぁ、今回は俺が誠心誠意接待するんで……」

 

「え? ごめんなさい、そういうの鬱陶しくて厭なんですけど?」

 

「あ、いや……ほら、俺もえっと……せ、誠心誠意とは言ってるけど、本心では……ね? そういう気持ちで相手をさせるのも一興というか、みたいな?」

 

「……なかなか自虐的な犠牲心ね」

 

「は、はは」

 

モノは言いよう。

カーマはこの歪と言えるマスターの提案と彼の不屈の姿勢に少し目を細めて感心をするような表情をした。

 

(これはチャンスだ)

 

カーマの表情の変化に良い方向の展開の可能性を感じたマスターは、この機を逃すまいと新たな話題を振るという選択をした。

 

「そういえばその服はどうしたの?」

 

「え? 服、ですか?」

 

「うん、そう」

 

「ああ、これは……」

 

カーマの服装に気を向けて見ると、彼女は素の際どい格好ではなく肌触りの良さそうな白い光沢を放つシルクのパジャマと思われる服を着ていた。

肘下のところでカットされた袖の控えめなフリルの飾りがおしゃれだった。

屋外の寝巻姿は違和感はあったが、普段の格好と比べたら彼女のその時の格好は相当マシと言えた。

カーマは自分の服をマスターに見せつけるようにして肘を曲げると薄笑いを浮かべる。

マスターはその笑顔に何となく嫌な予感を感じた。

 

「これはパールヴァティー(あの女)が着ていたパジャマをこっそり剥いて着てきたんです」

 

「……」

 

(やっぱり)

 

「下着も全部脱がして、ついでにあの女の部屋にあった服も全部取ってきたので、あいつ、起きたら全裸で着る物が見つからず、ベッドの中で羞恥で丸くなっているでしょうね♪」

 

(酷い……)

 

意地悪い顔で楽しそうに笑うカーマを見ながらマスターは心の中でパールヴァティー(被害者)に心から同情した。

 

「ま、まぁそのお……面白そうな話は向こうで聞かせてくれるかな? あそこで何か、朝食でも食べながら話をしない?」

 

「ええ、いいですよ」

 

マスターの話題振りに気分が乗ったカーマは、彼の提案に何とかスムーズに応じてくれた。

彼が朝食を摂ろうと指をさした方向にあった建物は前日にニトクリスと食事をした店だった。

そこは助かることに朝から営業しており、彼はそこにカーマを何とか誘導することができた事に心の中で安堵の息を吐いた。

 

 

「……」

 

カーマを引き連れて目的の場所へ移動していた時だった。

マスターは自分の後ろから聞こえる素足が地面叩くペタペタという足音に気付いて振り返った。

 

「どうかしました?」

 

「いや、あの……」

 

早朝というわけではなかったが、まだ朝であるため人の姿はそれほどなかったとはいえ、裸足の女性を男性が連れて歩くという構図はちょっとマスターは辛かった。

 

「一般的な男性としてはサーヴァントとはいえ、寝間着姿の素足の女性を連れて歩いている姿というのは人の目が気になるというか」

 

「ああ、なるほど。それで?」

 

「カーマさんさえ良かったら背負われてくれないかな?」

 

「はぁまぁ、マスタが―そうして欲しいと言うなら……あ」

 

マスターはカーマの顔を見てまた嫌な予感がした。

一瞬素直に背負われてくれるのかと安心したのだが、それを肯定する言葉を途中で切り、またあの意地悪い笑みを見せた時点でそう感じたのだ。

 

「マスター?」

 

「な、なにかな?」

 

カーマはあからさまな上目遣いであの笑みを浮かべながらマスターに訊いた。

その姿は全くの赤の他人が見れば愛らしいことこの上なく見えただろうが、生憎その時のマスターには質の悪い悪魔のように思えた。

 

「人目が気になるので私を手ずから運びたいということなら、私から良い提案があるのですが?」

 

「……それは?」

 

 

確かにまだ朝なので人の姿はまだそれでもなかった。

しかし、最初から断れないと予想していたとはいえ、カーマの提案を飲むことになった今の自分の不運をマスターは心底軽く呪った。

 

「マスターどうしたんですか? ほら、歩みが鈍いですよ? まさか女性の私を重いとか失礼なこと思ってませんよねぇ?」

 

「いえ、そんな事は……」

 

(ぐっ……男の癖に……)

 

「あ? 今私のこと本当は男の癖に、とか思いませんでした? 思ったのなら申し訳ないですけど、今は完全に女として開き直っているので、粛々と悲惨な運命を受け入れて下さいね♪」

 

「はは……な、なんの事だか……」

 

「ファイトですよマスター♪」

 

ニマニマと良い笑顔をしたカーマをマスターは彼女の要望により抱き上げる事によって運んでいた。

一見背負うよりは身体に負担がかかりそうなこの方法だが、サーヴァントという特殊な存在故かまたはそこに高いカーマの神性が重なった影響か、体感的には実はあまり彼女の体重は感じず、然程負荷はかかっていなかった。

しかし見た目的には背負った状態より圧倒的に目立つ為、マスターの精神的負担それなりで、彼は歩を進める度に自分の中の何かのゲージが確実に減っていっている気がした。

 

「はい、着きましたよ」

 

「ご苦労様です。おかげで少しは溜飲が下がった心地です♪」

 

「……本当に機嫌が良さそうな顔をするね……」

 

「マスターのおかげです♪」

 

周りの目を気にしながら何とか目的の店に辿り着いたマスターは、精神の疲労を感じつつも料理のメニューを手に取る。

因みにこの時点で彼はカーマから靴の代わりになる物の購入または交換による入手などの行動を移動中に禁じられていた。

遠足は帰るまでが何とかとよく言われるものだが、マスターの場合は帰るまでがある意味苦難の地獄になる事が確定していた。

 

「カーマさんは何食べる? 食べると言っても此処だとある程度レパートリーが決まっているし、時間帯的に……あ、朝食にも鮎の塩焼きとかあるな」

 

「あゆ?」

 

「川魚だよ」

 

「川……」

 

川と聞いてカーマの顔が曇る。

天界の川ならいざしらずその様子から察するに彼女は現実世界の、それも今の時代の自分の神話が創られた国で一番有名な川を思い浮かべたは間違いなさそうだった。

それを察したマスターは彼女を安心させるために窓の下から見える渓流を指す。

 

「大丈夫だよ。あの川から獲れた魚だから」

 

「あぁ……ですよね。というか、マスター私が考えた事判ったんですか?」

 

「何となくだけどね。あれなら大丈夫そうでしょう?」

 

「……そうですね。私が生まれた国にも探せばありますが、この国は常にそういった所が身近そうで少しうらや……妬ましいです」

 

「いやまぁ、探せばあるんだからいいじゃない。偶々この国が山に囲まれていたってだけだよ」

 

「ふん……」

 

マスターの言葉で機嫌を直したのかは定かではなかったが、頬杖を付いて眼下の川の流れをぼんやりと眺めるカーマ。

マスターはその態度から料理のオーダーを任されたと取り、無難に味噌汁とご飯の定食を二人前頼む事にした。

 

 

「箸は使える?」

 

「馬鹿にしないで下さい。依代の身体がそれの扱いには対応しているみたいなので問題ありません」

 

「あ、でもその魚は手で食べたほうがいいよ。ほら、両端の串を持って……」

 

「……」

 

インドと言えば食事は手掴み。

それが神の世界ではどうだったかは判らなかったが、マスターはカーマが後天的な理由とはいえ箸が使えることに素直に感心した。

 

「へぇ、本当に上手いね」

 

「馬鹿にしてるんですか? 怒りますよ?」

 

「いや、これは普通に感心して……」

 

「なら黙って感心していればいいんです。はぐっ」

 

どうやら米も魚もカーマには受け入れられる味のようだった。

元々米に関してはインドと日本は主食に近い感じだったのでそれほど気にはしてなかったが、カーマは特に塩をかけて焼いただけというシンプルな調理がされた魚からこれほど旨味を感じた事が特に気に入ったようで、食事中チラチラとまだマスターが手を付けていない魚の料理を見ていた。

 

「……食べる?」

 

「は? 要りませんけど?」

 

「あ、なら交換しない?」

 

「交換?」

 

「俺の魚とカーマのその味噌汁を」

 

「それはつまりマスターはその魚よりこのスープの方が好きという事ですか?」

 

「まぁそうです」

 

「なら仕方ないですね♪」

 

初めて見る気がする心からの嬉しそうな笑顔を見てマスターは、彼女の扱い方が少しだけ解った気がした。




長くなった割には話のテンポが悪いと言うか、終わり方も半端な気がしますね。
でもカーマは割と好きなんですよね。


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オリオ……アルテミス

オリオンは初期に迎えた星5の一人。
ようやく彼女の出番となりました。


「すっごーい! これが自由(アメリカ)の女神なのねぇ!」

 

見るもの全てに新鮮な反応を示し、楽しそうにはしゃぐ女性。

光の加減によっては透き通った白にも薄い蒼にも見える不思議な雰囲気がする長髪を後ろで束ねた彼女は、カルデアの中でもかなり『マシ』な方の女神アルテミス。

彼女は今、ベージュのワンピースに黒いジャケットという現代風の出で立ちで本人たっての希望によりアメリカに旅行に来ていた。

何故そのような希望をしたのかというと「ダーリンと新婚旅行がしたい!」という願いをふとした気まぐれから彼女が唐突にマスターに求めてきたことによる結果だ。

正直『新婚』の片割れ扱いを強制的にされているオリオンからしたら、別に新婚ではないしそれどころか結婚すらしていないので、このアルテミスの願いについては言いたい事が山程あったのだが、正直やっぱり何か言うと後が怖いからやめた。

それよりもである。

彼は今現状の自分の『扱い』について誰よりも不満を抱いていた。

 

「おい! あんまりキャーキャー騒ぐなよ恥ずかしい。 ていうか恥ずかしいのは俺じゃない?! なんで俺カバンに吊るされてるの? なんで飾りの一つみたいな扱い受けてるの?!」

 

「えー、仕方ないじゃないだって初めて見るものばかりで本当に楽しいんだもの。というかダーリンあまり人がいる所で喋っちゃメッよ?」

 

「不服である! この扱いは大変不服である!」

 

まるで本当に生きているかのようにわたわたと騒ぐカバンに吊るされたクマのヌイグルミ。

 

「はは、本当にごめんなんだけど、も少し我慢して下さいお願いします」

 

そんな彼を苦笑しながら本心から宥めるマスター。

アルテミスの自称新婚旅行に何故彼が付き添っているのかと言うと、それは単純に現代の街並みに慣れていないからエスコート兼ガイドを頼みたいというアルテミスのもう一つの願いによるものだった。

マスターも最初は二人の楽しい(?)旅行に自分が付いていくのは余計な事だとオリオンの願いに難色を示しかけたのだが、よくよく考えてみると太古の神話に登場するような人物が聖杯からある程度は現代の知識を与えられているとはいえ、マスターの同伴なしで外で活動させるという事には不安を覚えた。

それはカルデアの上層部も同じ見解であったらしく、アルテミスの今回の旅行の許可するに当たってはマスターの同伴を条件としていた。

それがアルテミスからマスターへのもう一つの願いへと繋がったのである。

 

マスターは先程から二人しか気付き難い範囲で不平不満に関する愚痴を言い続けているオリオンを見ながら、頭の中でとあるクマのヌイグルミが出てくる映画を思い出した。

 

(そういえばあの映画に出てくるクマもオリオンみたいな感じで女好きだったな)

 

「おい、何見てんだ?」

 

「あ、いや」

 

無意識にオリオンを見ながら物思いに耽っていたらしい。

マスターはオリオンに不審の目を向けられると慌てて誤魔化し、傍らのアルテミスに何処か行きたい所はあるか訊いた。

 

「何処でも! だって何処で何を見ても全部新鮮で面白いからすっごく満足!」

 

そう言って子供のようにはしゃぐアルテミスの笑顔は本当に女神であることを改めて実感するほど、マスターには輝いて見えた。

 

(なるほど、これが残念美人というやつか)

 

(あ、それ解っちゃった?)

 

(うわっ、いきなり会話にって……もしかして独り言言ってた?)

 

(おう、だが俺にしか聞こえないくらいの呟きだったから安心し……)

 

オリオンは最後まで言えなかった。

何故なら彼の言葉を聞き逃すはずがないアルテミス(愛しい女性)が当然それを感知し、頬を膨らませてオリオンを両手で掴み上げたからだ。

 

「だ・ぁ・り・ん? な・ん・で・す・っ・て・ぇ?」

 

「ぬおぉぉ?! 裂ける! ヌイグルミじゃないけど、そんな万力のような力で引っ張られたら俺のお尻裂けちゃう―!」

 

「引っ張ってるのはほっぺでしょ! もう、ちゃんと反省しなさい!」

 

「Noooooo!」

 

端から見たらその光景は小さなヌイグルミと突然戯れ始めたちょっと危ない女性だった。

だが彼女の見た目が一般的な美人のレベルを飛び越す程の容姿とスタイルをしていたので、通常だったらただの危ない女性としか見られないであろう彼女の姿は、前述した理由もあってそれでも愛らしくて可愛く見えた。

と、その時ちょっとした事件が起こる。

 

「えっ」

 

「あっ」

 

「へ?」

 

アルテミスがオリオンと一緒に持ち上げていたカバンを突然密かに後ろから忍び寄って来ていた男が彼女からそれを奪って逃げたのである。

 

「だーりん?」

 

突然のことにポカンとするアルテミス。

彼女はカバンより、何故男が同性であるオリオンを奪って逃げていったのか理解しかねて不思議そうに男が走り去った方向を見ていた。

 

「あの人、なんでダーリンを攫っていったのかしら? 男だったのに」

 

「いや……多分最初からカバンだけが目的か、もしくはオリオンの事をヌイグルミの形をした財布か何かと思ったんじゃないかな?」

 

「あっ、なるほど、そっかー」

 

「うん。あの」

 

「うん?」

 

「いや、追わないの?」

 

「女の人なら即追うけど、男の人なら多少は許すわ」

 

「え、でも本当に大丈夫? あとカバン自体には特に大事なのは入ってない?」

 

「ええ、ダーリンを違和感なく連れて行くためだけに用意したものだから中身は何も入ってないの」

 

「へぇ……」

 

盗人がただのヌイグルミだと気付けば自ずと彼を開放すると高を括っているアルテミス。

彼女の考えも解らないでもなかったが、マスターはオリオンが攫われたというこの事態に何となく不安を感じた。

 

 

一方その頃攫われたオリオンはと言うと。

 

「なんだよっ、中身は空っぽじゃねーか!」

 

「当たり前だ。そりゃ俺をあいつが連れ出すためのただの手段だったからな」

 

「ホワッ?!」

 

「言っとくけどヌイグルミじゃねーからな」

 

「へぇー珍しい! よくこんなよくできたロボットがあったもんだ!」

 

「はぁ? ロボットぉ?」

 

盗んだバッグを安心できる建物の影まで持ってきた男は、バッグの中身が空だった事に腹を立てていたが、どうやら今度はオリオンのことを非常に高性能な人工知能を積んだヌイグルミ型のロボットだと勘違いし、早速彼に相当の価値があるものだと踏んできた。

 

「へぇ、しっかり受け応えもするんだな! まるであの映画に出てきた下品なクマみたいだ」

 

「あ? 誰が下品だって? ていうか映画? あー……マスターの奴が奇妙な目で俺を見ていたのはそういう理由か……」

 

「にしても本当にすげーな。ロボットだとしても完全にこいつに意思があるみたいだぞ」

 

下卑な笑みを浮かべてオリオンを掴もうとした男の手を当然彼は不快そうに手に持っていた小さな棍棒で叩いて退けた。

 

「アウチ!?!」

 

「きたねー手で触んじゃねーよ」

 

「おい、マジかよ?! こいつ動きもするのか?!」

 

「……埒が開かねーなこれ」

 

自分の手が払われたショックより益々オリオンの希少性に価値を見出して貴重な宝を手に入れたとニヤつく盗人。

対してオリオンは男が自分を舐め腐っている事を感じてドンドン不機嫌になっていくのだった。

 

「おい、本当にこれくらいにしておけよ? 俺こんな成りだけどな、お前なんて一捻りするくらい朝飯ま……」

 

最後までオリオンの言葉を聞かずに再び彼に触った男の運命がその時決まった。

 

「え?」

 

何やらボキリと小さいが嫌な音がして男がその音が聞こえた自分の手元を見てみると、なんとそこにはオリオンの小さな手によって変な方向に捻曲げられた哀れな姿の自分の指があった。

 

「Ahaaaa?!」

 

「とっとと失せろ」

 

可愛い容姿に見合わず凶悪な赤い目で自分を睨むクマのヌイグルミがそこには居た。

男が恐怖に駆られ悲鳴を上げながら何処へと逃げ去るのは瞬く間であった。

 

 

「あっ、ダーリン!」

 

「ほ、本当に戻ってきた」

 

暫くした後、アルテミスと一緒にオリオンを待っていてマスターの前に彼女のカバンを引きずったオリオンが現れた。

 

「もう、ダーリン心配したんだからぁ!」

 

「ねぇ本当に心配した? 心配したらここでずっと待ってなかったよね? あ、俺を愛してないんですね? ならちょっとそこに美人が居たから……」

 

感動の再会も一瞬、早々にいつもの調子で軽率な行動を取ろうとしたオリオンを満面の笑顔でアルテミスが再び掴み上げる。

 

「あっ、嘘! ジョーダンだから?! ちょっとお前の愛を試そうとしただけだからぁ!」

 

「うふふ、ダーリン……。それならこれから貴方を襲うちょっとしたお仕置きにも耐えて私への愛を証明してみ・せ・て?」

 

「Noooooooo!!!?」

 

かくして笑顔が怖い残念美人に頬を力いっぱい引っ張られて絶叫を上げる奇妙なクマの声が街中に木霊する。

マスターはそんな光景を見ながら、さきほど不安を感じたのは彼を攫った男の身の安全だったかと思い直すのだった。




新しい水着イベント、その先にあるアニバーサーリー楽しみですね。
また水着までの間に何のイベントがあるのか告知が今のところ無いのも気になります。


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マスターの気性

小説の投稿ペースが週一も危うくなってますね。
これもう歳のせいとかじゃなくてモチベがアレなのかもしれない。
だけどやめたくないと思うだけまだマシなんでしょうが。


「へぇ~……ベタな漫画だねぇ。まぁ人気ありそうな気がするけど」

 

マスターは刑部姫に押し付けられたとある漫画を読んでいた。

その本の内容はというと、複数の高校の女教師と男子生徒とのお色気満載ラブコメであり、マスターは何故姫がこんな本を勧めてきたのか疑問に思いながらベッドに横になっている。

 

「……まぁ男は嫌いじゃない内容だと思うけど」

 

さして面白いと声に出して言えるほどでもない。

それがマスターの率直な感想だった。

強いて追加で他に挙げるなら、青年誌の性描写はここまで許されるんだという事くらい。

その描写は男の性欲を刺激するには十分な効果があると言えたが、マスターの場合はその描写に至る過程がちょっと可笑しすぎて受け入れ難く、その所為で彼の気分も途中で冷めてしまうのだった。

 

「何か女が好きそうな本じゃない気がするんだよなぁ……」

 

気になるのはただ何故姫がこれを自分に勧めてきたのかという事のみであった。

これを参考にして彼女の製本作業を手伝う時に何かの役に立てろということだろうか。

マスターが思い付いたのはそれくらいだった。

と、そんな時に彼の部屋に来訪者が来た事を報せるブザーが鳴り響いた。

 

「モーさん? どうしたの?」

 

マスターを訪ねてきたのはモードレッドだった。

 

「おうマスター。ちょっと頼みがあるんだけどよ」

 

「うん?」

 

「お前の部屋なんか変な人形も幾つか置いてあっただろ?」

 

「変な人形……? ああ、フィギュアの事?」

 

「あー、多分それか? まぁそれでな? その中に俺が気になったのがあったからそれを一回じっくり見せてもらいたくてよ」

 

「はぁまぁ、良いけど。でも俺の所にあるフィギュアでモーさんが気になったのってなんだろう?」

 

少量ある女性のキャラクターのフィギュアは先ず違うだろう。

想像してみてもそれがモードレッドの琴線に触れるような魅力を持っているようには思えなかった。

 

(だとすると海外の?)

 

海外のコミックや映画のキャラクターの物なら有り得そうな気がした。

何より総じて大体大きいし出来も精巧だ。

現代の人からしたら現実離れしているデザインが受けて人気があるのに対して、モードレッドの場合はそういった架空の存在がまだ現代より身近に感じる時代に生きていた事もあって興味を持ったのかもしれない。

マスターはそう予想した。

 

「モーさんが興味あるのってこの辺?」

 

「んー? いや、違う」

 

マスターがある程度確信を持って指を指した方に飾られていたフィギュアに対してモードレッドは彼の予想に反して素っ気なくそうではないと否定した。

 

(ありゃ、こういうのじゃなかったか。するとなんだろう?)

 

モードレッドはキョロキョロとフィギュアが飾られた棚を幾つか見て回ると、その内の一つ棚の前で目的の物を視界に認めたのか物色していた動きをピタリと止めて、それを指さした。

 

「おっ、これこれ」

 

「あー、これ?」

 

彼女が指さしたのは、筋骨隆々の海に生きる生物を連想させるような体色をしたアニメのキャラクターで、手には身の丈を越える棍棒のような鋸のような長大な武器を、今正に振り落とさんとばかりに振りかぶった態勢をしていた。

 

「なんかこいつの荒々しいっていうか、躍動感がある感じが妙に気に入ってよ。なぁ、マスター。こいつをもっとじっくり見たいからちょっと借りていいか?」

 

「ああ別に構わないよ」

 

自分が所有している物に対して好印象とも取れる感想を抱かれるのは悪い気はしなかった。

ちょっと貸す相手の普段の振る舞いから多少不安を覚えないこともなかったが、それでも自分の持ち物を気に入ってくれた事による嬉しい気持ちが勝ち、マスターは一つ返事でそれを借りたいというモードレッドの希望を承諾した。

 

 

それから暫く経った昼食時。

マスターは食堂で食事を摂っていると姫が抑えきれないにやけ顔で彼に話しかけてきた。

 

「あ! ねぇまーちゃんまーちゃん。この前貸した本どうだった?」

 

「どうだったって……うーん、そうだなぁ……先ずエロい?」

 

「うん、そうよねそうよね!」

 

「……」

 

「それから?」

 

「え? それから? あー、えーっと……女性キャラが可愛かった?」

 

「あーうん、そうだね。あ、あとほら他にもさ。何か読んでいてドキッとかしなかった?」

 

「ドキッ?」

 

「うん!」

 

「それってそういう描写の時?」

 

「そうそう!」

 

「あー……まぁ、そうだね。俺も男だから多少はした……かな?」

 

「そうなんだ!」(という事はアレと同じ事をすれば……)

 

一体何が嬉しいのだろうか、何を確かめたいのだろうか。

姫の質問の目的がさっぱり掴めずにマスターが戸惑っていると、室内の奥の方からモードレッドの声が聞こえた。

 

「ん? ねぇあのフィギュア。もしかしてまーちゃんの? 貸したの?」

 

「ああうん、そうなんだ。何か気に入ったみたいでさ」

 

恐らく無意識に笑顔になっているのだろう。

自然と嬉しそうな笑みを浮かべてそう言うマスターを見て姫はちょっと自分の機嫌が傾くのを感じた。

 

「ふーん……。まぁやっぱり自分が好きで持っている物に好印象を抱かれると嬉しいものよね」

 

「そうだねぇ」

 

自分の場合はこちらから動かないとこんな自然な笑顔を返してくれない。

姫はモードレッドがこの女の意図とは関係ないものの、特に奮闘することなくマスターを笑顔にさせている事に明らかな悔しさを感じた。

 

 

一方その姫のやや理不尽な嫉妬を受けているとは露とも知らないモードレッドは、何やらマスターから借りたフィギュアを片手に持って嬉しそうに聖槍を持っている方のアルトリアに話していた。

どうやら自分が持っている人形について気に入っていることを彼女に理解してもらい、価値観をお互いに共有したいようだった。

その目的を果たしたいというモードレッドの熱意は手振りに表れ、時に手に持ったフィギュアを激しく振ったりしていた。

そんな時である。

 

―――ポキッ

 

「あ」

 

あまりにも激しく振りすぎた所為か、振り下ろした際にテーブルに強く打ち付けるかたちで置いた結果、フィギュアが手にしていた武器の鍔元から先がキレイに2つに折れたのだ。

 

ことりと転がる人形の武器の一部を目にして固まるモードレッド。

アルトリアも一瞥でモードレッドが取り置かれた状況を察し、懸念が伺える声で聞いた。

 

「む、それ、大丈夫か? マスターから借り受けていたと聞いたが?」

 

「ああ……うん」

 

流石に自分から願い出て借りた物を壊してしまった事に対してモードレッドは確かな罪悪感を持った。

故意にやったことではないとはいえ、果たしてマスターは自分の行いに対してどういう反応をするだろうか。

それを考えただけでモードレッドは少し気分が憂鬱になった。

 

「やっべーな。あいつに謝らねーと……あっ」

 

丁度視線を向けた先に姫と話しているマスターがいた。

自分以外の女と楽しそうに話しているマスターを見るとその度に面白くない気分になることが多かったモードレッドだが、その時ばかりは不快感と不安という方向性が近いようで異なる2つの感情がぶつかり合うことで気分が幾分かマシになり、モードレッドはマスターを自分の視界に認めるなり直ぐに行動した。

 

「よぉマスター!」

 

「ああ、モーさん。あ」

 

「……? あっ」

 

姫もマスターもモードレッドが持っていた物を見て思わず声を漏らした。

モードレッドはバツが悪そうにしながらも真っ直ぐマスターの方を向いて壊れたフィギュアを彼に見せて言った。

 

「その……悪い。わざとじゃないんだ。その……コレのことでアルトリア(父上)と話していたらついよ……。ホント悪い!」

 

何処で覚えたのか手を合わせて拝む日本式の謝罪モーションで謝意の気持を彼女らしい言葉と態度で精一杯表すモードレッド。

それに対してマスターは一瞬黙って彼女の掌に載せられたフィギュアを見つめるものの、程なくして意外な事を口をするのだった。

 

「あぁまぁ、ワザとじゃないならいいよ」

 

「すまねー、これは誓ってちゃんと直して返す」

 

「あーいや、それはいいよ」

 

「え?」

 

「モーさんが良かったらそれあげるよ」

 

「えっ、いやそれは……」

 

「いいっていいって」

 

「……」(マーちゃん……)

 

手をひらひら振ってそんな事を言う予想外の反応に動揺するモードレッドだったが、唯一人その様子を冷静に見ていた姫だけは解っていた。

マスターはどれだけ大事な物であっても、それが例え一部でも破損するとその時点で興味を失くす淡白な面を性格構成するパーツの一つとして持っていた。

彼にとっては壊れてしまった時点で例えそれが修復可能な状態であっても、そうなった時点で自分の所有物として保持し続ける気は失せ、容易に捨てたり誰かにあげたりするのだった。

姫は一部共通する趣味を持つ同好の士としてマスターと交流する内にそういった物を幾つか譲り受けていたので、彼の言葉がモードレッドに気を遣ったものではないということも解っていたし、特に壊してしまったことに対してもそれほど怒っていないいうことも解っていた。

寧ろそれを貰って素直に喜んだりお礼を言うと、マスターはこんなものでも喜んでもらえて良かったと逆に喜んでくれるのだ。

だがそれを知らない者からすれば、マスターのその反応は怒りに任せた投げやりな言葉に思え、だからこそモードレッドはそこで退く気になど当然ならなかった。

 

(これはいけない……)

 

そしてこの時も姫はマスターとの私的な交流で彼の内面に触れる機会が他の者より多少あったからこそ懸念した。

 

(だめ。このときのマーちゃんに下手に気を遣うと実はそれがマーちゃんにとっての地雷なの……)

 

焦るモードレッドの言葉に普段と変わらぬ態度で「いいから」とそのまま躱そうとするマスター。

だがそうしようとした彼の肩を相手にされないことで逆上しかけたモードレッドが掴んで止める。

 

「だからちょっと待てって!」

 

「……」

 

「あっ……」

 

久しぶりに感じたマスターの怒りの雰囲気につい驚き、小さな声を漏らしてしまう姫。

そこからは彼女が予想した良くない展開が始まった。

 

 

「え……」

 

いつも大体覇気がない気が抜けたマスターの目を見慣れていたモードレッドは自分に向けられたそれを見て思わず掴んだ手の力を緩めてしまった。

その目は明確に自分に対して不快感を示していた。

 

「いいって言ってるから、ね?」

 

「っ……だ、だが……よ……」

 

初めて触れたマスターの怒りにそれでも何とか謝罪しようと食い下がらんとしたモードレッドの言葉が尻切れになったのは、マスターが彼女に令呪が刻まれた手の甲をかざしていたからだ。

その普段物腰が柔らかいマスターが初めて見せる強引さに何人かの気配りができるサーヴァント達が席を立ちマスターに声を掛けようとするも、彼が動く方が早かった。

 

「令呪を以て、何人も今この場で俺に話しかけようとする事を禁じる」

 

『…………』

 

ピシッ……と、まるで氷が張ったような強制的な沈黙がその場に下りた。

マスターは眉間にシワを寄せた顔で食べかけの食事トレイを手に持って席を立つと早々に退席しようとした。

と、その時。

 

「?」

 

席を立った自分の袖を引っ張る力を感じたマスターがその方向を向くと、そこには何とも言えない表情をした姫が自分を見ていた。

 

「……」

 

マスターはそんな姫に対して特に何を言うでもなく溜息を吐いて頭を掻くと、彼女が自分の服を掴む場所を背中に替えても特にそれに対しても何も言うことなく、まるで彼女の動向を許すかのように二人でその場を去っていった。

 

 

後に残ったのはマスターの令呪によって何も言えずに沈鬱な表情をした者と、特に気にせず食事をする者、そして一人黙って俯いて僅かに拳を震わせるモードレッドだけだった。

モードレッドと話していたアルトリアは一人席と立つと、立ち尽くしていた彼女の片手をスッと優しく掴んで自分が座っていた席まで連れて行った。




なんだかマスター君はちょっと面倒くさいところがあるというのが伝わりましたら幸いです。
怒ってはいるんだけど、もっと感情的な自然な怒り方は彼の場合どういう時なんだろうなと、筆者自身が考えていたり。


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宮本武蔵②

パッと浮かんだ少ネタを具現化しただけなので凄く短いです。
ヤマなしオチなし。


「疲れた……」

 

マスターは疲れていた。

ちょっと武蔵の特訓シミュレートに付き合うつもりが、珍しくやる気を出した彼女に何度も再調整をお願いされ最後までそれに答えた結果がこれである。

 

「マスターごめん!」

 

「ああうん、いいよ。取り敢えずお疲れ」

 

「え? 帰るの? お礼に一杯奢るよ?」

 

武蔵からの謝罪を受けて早々に踵を返して帰ろうとするマスターだったが、彼女は特訓に付き合ってくれたお礼がしたいという。

正直疲労したこの状態で酒を飲む気にもなれなかったし、かといって空腹が気にならないというわけでもなかったが、それ以上にこの時はベッドに飛び込んで眠ってしまいたいという欲求が勝っていた。

強いて言えば温かいシャワーでも浴びてスッキリしたいというのがこの時のマスターの率直な望みだった。

 

「いや、酒も別に飲みたくないし。もう部屋に戻ってシャワー浴びて寝るよ」

 

「そっか。じゃ、一緒に浴びよっか♪」

 

「あ?」

 

思わず顔を(しか)めてしまう事を笑顔で言う武蔵。

その言葉が冗談でも本気でも、その時はあまり構う気にならなかったマスターは愛想のない反応をしてその場をやり過ごそうとしたが、残念ながら彼女はそうあっさりと引き下がってはくれなかった。

 

「だ・か・ら、一緒にシャワーでも浴びよ?」

 

「アンデルセン先生でも誘って」

 

マスターは心の中で愛想の悪い気難しい子供につい彼の名前を出してしまったこと侘びた。

 

「えー、でも彼って実はオジサンでしょー?」

 

「最期の時はそうだったかもしれないけど、若い見た目の人は精神面も相応だよ」

 

「えっ、それってあんな子供の頃からあの人あんな感じだったって事?」

 

「…………」

 

思わぬ武蔵の返しにハッとした顔をするマスター。

 

(言われてみればそういうことかも。だとするとあの人は大人になるとさらに偏屈になるって事か?)

 

「あたし見た目が可愛くても中身が可愛くない子はちょっと苦手かなぁ」

 

「それって俺が可愛いってこと? やめて。それに俺は少なくとも先生よりは見た目大人だし」

 

「まぁ、それはマスター自身があたし好みの男の子だからかな?」

 

「ありがとうとざいます。それじゃまた――」

 

「あ、待ってよ!」

 

今度は呼び止める声にも反応せずそのまま立ち去ろうとマスターはするも、瞬時に回り込まれて進路を塞がれてしまた。

彼はこの時日本の某有名なRPGで格上の敵から逃げようとする度に回り込まれて逃亡の失敗を繰り返した苦い記憶を思い出した。

 

「シャワーは浴びない」

 

「うん、わかった。でもせめてお礼はさせて?」

 

「明日じゃダメ?」

 

「なんか明日になったらはぐらかされそうだし」

 

「お礼の内容によるね」

 

「一緒に寝よう」

 

「うどん食ってろ」

 

「ひど?!」

 

「あ」

 

コントのようなやり取りの中でマスターはある考えが閃いた。

 

「なに? どうしたの?」

 

「うん、じゃあご飯食べよう」

 

「えー、なんかありきたりー」

 

「君さっき酒奢るとか言ってたじゃん……。それもありきたりだと思うけど、俺の提案は俺がうどん作ってあげるから一緒に食べようってこと」

 

「なんかそれってあたしがお礼されてない?」

 

「一緒にご飯を楽しく食べるのがお礼なら別にそれでもいいでしょ? それに武蔵って何か料理作れるの?」

 

「う……」

 

マスターの言葉に思わず苦い顔をする武蔵。

どうやら彼の問いかけは武蔵にとっては肯定が難しいもののようだった。

 

「い、いんすたんとって料理に入る?」

 

「お湯を沸かして入れるだけを料理って認めてくれる人は少ないかなぁ」

 

「あはは、やっぱり? んー、分かった! しゃーない! それで手を打とうじゃない! でも美味しくなかったら一緒にお風呂入ってもらうからね?」

 

「何故こうも自分から進んでセクハラをしようと……。冗談にしても気分は良くないんだけど」

 

「いやー、こうやってグイグイ攻めたら可愛い反応してくれるんじゃないかと思って」

 

「親しい仲にも礼儀あり。俺は自分をやたら安売りするような感じの人はちょっと苦手です」

 

「ガーン!」

 

「はいはい、分かったら今から30分後に……」

 

「ごめん、あたしの部屋はいんすたんとしかないの」

 

「知ってた。じゃ、30分後に来て」

 

「はーい。美味しいうどん紹介してくださいね?」

 

「何処かのダブルXっぽい人が文句を言ってきそうなのでその辺で」

 

武蔵とのやり取りでちょっと心の疲れが解れた気がしたマスターは苦笑して言った。




お仕事がとても忙しいです。
おかげでなかなか楽しく書く気分にもなることが少なく、どうしたものかぼんやりしている内に貴重な休みの日を過ごしてしまう事もしばしば。


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どちらの姿でも♀

久しぶりのTSです
そして相変わらず扱いやすいとはいえジャンヌ・オルタばかりですいません。


―――何か気分が怠い。

昨日は特にこれといって普段と異なる日常を過ごしたわけでもないのに、今身体に感じているこの微妙な気怠さというか違和感は……?

 

察しが良いマスターは直ぐに思い至り意識を覚醒させた。

 

「!」

 

「…………」

 

ベッドの上で起き上がり下を向いた視線の先には男にはあり得ない柔らかそうな胸の谷間があった。

 

「…………はぁ」

 

Tシャツの胸元からそれを確認したマスターは憂鬱さを感じさせる疲労めいた溜息を朝から吐くと、軽くかぶりを振って何かを諦めたような表情で起床した。

 

 

 

食堂で朝食を摂る為に部屋から出た時に偶然ジャンヌ・オルタと顔を合わせた。

いや、偶然というのは不適切のように思えた。

壁により掛かるようにして真っ直ぐ自分の部屋の扉と向かい合うような態勢を取っていたような感じから察するにどうやらマスターの事を意図的に待っていたようだ。

だがそんな誰でも察せられそうな状況でも彼女らしい持ち前の頑固さで否定し、そしてその件から話を逸らす為に何時もの高圧的な物言いで会話の主導権を握ろうとしてくるだろう。

そう予想していたマスターだが意外にもその時のオルタは彼(彼女)の予想とは異なる反応を見せていた。

 

「……」

 

恐らく当初はマスターの予想通り彼に絡もうとしたのだろう。

しかしそうしようとする前にこの時のマスターが朝感じた事と同じように、予期せぬもう一つのマスターの姿との出会いに対する驚きに眼を丸くして言葉も出せずにただ自分をじっと見ていたのだった。

 

「あぁ……そういえばオルタはこの姿見るの初めてだったっけ?」

 

「え? あ、あぁ、そう……ね? あ、ちが、いや……うん、知ってはいたのよね。それを今ようやく実感したわ」

 

「はは……驚いたでしょ? 私……俺も未だに変化が起こる度に驚いてるよ」

 

「背も縮むのねぇ……」

 

「え?」

 

オルタに言われてマスターは気が付いた。

背が縮む事実は認識していたが、男の時はオルタより背が高く、大体少し下の視線の先に感じていた彼女の存在を今は上に感じていた。

 

「あぁ、元々大きい人を見る時はあまり気付かなかったけど、言われてみればオルタを見上げる感覚は新鮮だな。そうか、マシュの時にこの違和感を感じなかったのは背が同じくらいだったからかも?」

 

「へぇ……何か良いわねアンタが私より小さいって。うん……そうね。まぁ、元々力関係は私の方が上ですけど? その事実がより確定的になったというか?」

 

「はぁ、左様ですか」

 

「まぁ、女の姿というのが少し残念だけどね」

 

「え?」

 

「戯言よ。女であろうが男であろうがアンタは私のモノなんだから」

 

「うわっ、朝から俺を所有物扱いですか。ホント勘弁して下さい」

 

「五月蝿いわね。朝食に行くんでしょ? 偶然だけど私も丁度そのつもりだったのよ。仕方ないから一緒に行ってあげるわ」

 

「えー……」

 

「ちょっとせっかく同行を許してやってるてのに失礼な態度ね。ほら行くわよ」

 

「あぁ、はいはい」

 

この時オルタは無意識にマスターの手を引いて歩いている自分に密かに心の中で驚いていた。

 

(あれ、私……。姿が女だったから自然にやっちゃってたのかな? それにしても小さな手。あ、私とそう変わらないから普段のアイツと比べてるのか。ふーん……やっぱりこういうのも偶には良いかもね。なんかペットみたい)

 

「…………」

 

(何か俺を見るオルタの視線に不安を感じる)

 

面白い玩具を見つけたとでもいうような楽しげな視線に早速その日の自分の先行きに暗雲を見た気分になりつつあるマスターだった。

 

 

「あー、欲を言えばここから更に子供になってくれていればもっと弄べそうだったのになぁ」

 

「本人の目の前でそんな不穏なこと言うなよ……。気が抜けないだろ」

 

「あら、気を抜くと何をされると思ってたの?」

 

「え……さぁ?」

 

「自分から振っておいてそれ?!」

 

「まぁオルタの振る舞いに警戒心は持ったのは事実だと思ってくれればいいよ」

 

「ふぅん……それじゃ、せいぜい気を抜かないことね」

 

「……善処します」

 

「あ、それ貰うから」

 

「え?」

 

気付く暇もない素早い動作で自分が齧ったハンバーグの欠片を早速オルタにかっ攫われるマスター。

 

(え? 気を抜くなってそういう事?)

 

予想外の行動ではあったが早速相手にしてやれてしまった事実には変わりはない。

何より欠片とはいえ自分の物を奪われししまったことに僅かな悔しさをマスターは感じた。

 

(今度はそうはさせないぞ)

 

「……」

 

(なにコレちょっと可愛いかも)

 

意識してはないようだったが、自然と自分の腕で皿を囲うようにして半目で警戒の視線を自分に送るマスターの態度にオルタは不覚にも愛らしさを覚えた。

 

「分かった、分かったわ。奪ってしまった謝罪として私からも同じ条件で食料を差し出しましょう」

 

そう言ってオルタが自分の皿に乗せてきた物を見てマスターは渋い顔をした。

 

「……ねぇコレほうれん草と人参なんだけど? しかもどれも口を付けた形跡が……」

 

「そうよ? 食べ物には変わりないでしょ?」

 

「俺が穫られたのはハンバーグだったんだけど」

 

「あぁ、ごめんね。ハンバーグは先に食べちゃったの」

 

「これじゃ穫られた物に対して等価じゃないんじゃない?」

 

「何言ってんの。そっちはハンバーグ一種類だけでしょ? 私はそれに対してほうれん草と人参の2種類を差し出したわけ。栄養価もこっちの方が高いし、謝罪としての役割は十分に果たしているはずだわ」

 

「ぐっ、そう来たか……」

 

オルタの詭弁に悔しそうな顔(見た目は愛らしいふくれっ面だが)をして握ったフォークを握りしめるマスター。

まだここから巻き返せる可能性も見出していたのだが、彼はそこである妙案を思い付き違う攻め方を試みることにした。

 

「分かったよ。じゃあせめてこのオルタが口を付けた所は切り離して返すね。なんか悪いし」

 

姿が女性になっていた所為か、または精神年齢も実は若干童に戻っていたのか、マスターはまるで自分がオルタが口を付けた物を食べる事に不快感を感じているような低レベルな嫌がらせをしてきた。

 

「食べなさい」

 

「アッハイ」

 

しかしそれはナイフで処理をしようとしたところで有無を言わさぬ威圧感が込められたオルタの言葉で却下されたのだった。




ご無沙汰してます。
すっかり投稿が不定期ですが、ネタの源泉であるFGOは変わらず遊んでます。
新キャラも増えてますね。
増え過ぎて把握が……次は紫式部とか……あ、持ってないや。


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ご機嫌斜め

久しぶりの投稿と思ったらまたジャンヌオルタの話


「いい加減に機嫌直してくれないかなぁ?」

 

「は? アンタは私が機嫌が悪いように見えるっての?」

 

「えっハイ」

 

「へぇ~……?」

 

ことの発端は全く心当たりがない。

だからマスターは今こうして困り果てていた。

何故ジャンヌオルタはこんなに機嫌が悪いのか。

マスターはまるで気まぐれな猫を相手にしている気分だった。

その猫のように見えているジャンヌオルタは今、マスターの率直な返事に更に機嫌を悪くしたようで、口元は笑っているのに目はとても据わり、眉間にもシワを寄せていた。

だからマスターは考えるしか無かった。

マスター(契約者)としてサーヴァント(彼女)を従える身としてなにか不備があったのでは、と。

 

「もしかして、最近オルタを頼ってないから、とか?」

 

「そうね。確かに最後にアンタと一緒に仕事をしたのは大分前ね。でも訊いていいかしら? なんでそれが私が機嫌を損ねている原因だと思ったの?」

 

「そりゃサーヴァントとして活躍の場がなかなか来ないからストレスとか……?」

 

「うん、まぁ言いたいことは解る。でも違うのよね。別に私はそんなに活躍とかしたいとは思わないし。寧ろやたら頼りにされるのは返って鬱陶しいとさえ思うわ」

 

『アンタ以外にはね』

 

「は?」

 

何か聞こえたような気がしたが気の所為だろうか。

マスターは確かに何か凄く小さな呟きを聞いた気がしたが、それは耳に聴こえた音というより頭に響いた想いという感覚に近かった。

彼がサーヴァントのマスターという仕事をこなしているせいか、時折こうした普通の感覚では表現し難い体験をすることがマスターには時折あった。

 

(なんか人の心の声を暴いている気がして気分が良くないんだよな……。だけどもし今感じた声がオルタのものだとしたら……)

 

「ちょっと、人が話している時に視線が上の空なんて良い度胸ね」

 

「っ」

 

どうやら僅かの間物思いに耽っていたらしい。

オルタの怒りの感情が混じった声でハッと正気に戻ったマスターは焦った様子で頭を掻きながら彼女に謝罪した。

 

「申し訳ございません。素直に言い訳させて頂きますと、何か聞こえた気がして……」

 

「はぁ?」

 

「いや、良いんだ。注意が逸れてしまっていたのは事実だから」

 

「…………」

 

「それで、そのオルタが怒ってい――」

 

「怒ってない!」

 

(メンドくさ!)

 

「……少々不快な気分になられているように見える事についてなのですが」

 

「…………」

 

「オルタ、遊びに行こう」

 

「えっ」

 

「そういえば思い出したんだ。俺、オルタに日頃の貢献に対して感謝の気持ちとして今度遊びに行く約束をしていたのに、それをすっかり忘れていたことを」

 

勿論そんな事実はなかった。

だがマスターは確信していた。

恐らく彼女の性格上こちらからお詫びとして今から埋め合わせをさせてくれと言っても、生来の気難しさが災いしてなかなか「では行こうか」となるまで時間がかかるだろうし、素直に謝ったとしてもそれが一番厄介な選択となるであろうことを。

だったらオルタの予想外の行動をして彼女の意表を突くのが一番だ。

かなり賭けに近かったが、突然のマスターの提案と突きつけられた既成事実にオルタは満更でもなさそうな反応を見せていた。

 

「そ、そうね……確かにその約束をしていた……? わ! やっと思い出せたようね」

 

「はい、本当に申し訳なく思います。今日は何でも言うことを聞くから」

 

「えっ、な、なんでも?」

 

『なんでも~』

 

気軽に言ってはいけない常套句だとは理解していてもこの時のマスターにそれを言ってしまったことに対する後悔はなかった。

ここが一番肝心なところなのだ。

ここが一番気を抜いてはいけないのだ。

ここが一番の攻めどきなのだ。

体力的に負荷がかかる荷物持ち、常に小言を聞く等、予想される苦しい要求は多々予想されたがマスターは何れのものにも応え、耐え抜く覚悟だった。

しかし、意外にも最初にオルタが要求してきたのはとても楽なものだった。

 

「えっ」

 

差し出されてきた白い手を見てマスターは思わず驚きに声を漏らす。

そんなマスターに対してオルタは何も言わない。

ただただ自分の手を出しだして無言で手を握って、つまり手を繋げと恥ずかしそうな顔で要求していた。

 

「はい」

 

素直に返事をしてマスターがオルタの手を握ると、彼女は満足気に頷いてそのまま歩きだした。

 

「さぁ行くわよ。言っておくけど、この手、私が良いと言うまで離してはダメよ?」

 

「勿論俺がトイレに行きたいという時は離してくれるよね?」

 

冗談半分、本当にトイレに行きたい時の保険として言質を貰うための問い掛けであったが、不幸なことにそんなマスターの打算を見透かしたようにオルタは意地悪い笑みを浮かべて言った。

 

「さぁ?」

 

「えっ」

 

「まぁ考えておいてあげるわ」

 

「えっ、か、考えてって……。そんな、まさか一緒に着いてきたり、まさか漏らせとか言わない、よね……?」

 

完全に予想外の反応に青褪めるマスターを面白そうに見るオルタは言った。

 

「それはアンタ次第ね」

 

「……どうかお手柔らかに」

 

「ふふっ、どうかしら?」

 

普段より心做しか縮こまったように見えるマスターにオルタはここぞとばかりにしてやったりといった顔をするのだった。




お久しぶりです。
短いです。
ジャンヌオルタはやっぱり題材として優秀。
いや、単に俺の執筆スキルが低いだけですね。


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織田信長②

まだ彼女の事を書いていなかったことに驚いた
嘘です書いてました
織田信長の話其二ってことで


サーヴァント織田信長は破天荒を絵に描いたような性格で、加えてあの群雄割拠の戦国時代に最初に天下に最も近づいた大名らしく、破茶滅茶に見えて人を惹きつけるカリスマと統制力はしっかり持っていた。

そう、性別こそここカルデアでは女性であるが、誰が見ても『信長らしい』と思えてしまうのが彼女だった。

 

「んー? 儂に訊きたいことがあるじゃとぉ?」

 

○ッキーを咥えてベッドに寝そべるといった格好でノートパソコンの画面を見つめる信長はゲーム中のようだった。

なんでもマルチで今戦略ゲームをしているらしく、結構良いところまでいっているのだとか。

 

「今どんな感じなの?」

 

「くふふ、姫の奴め、五十六がいないとか慌てふためいておる」

 

「え?」

 

「まぁ黙って暗殺計画実行しちゃうと結構気付かなかったりするからの。仕方ない教えてやるか」

 

「?」

 

何やら笑いを堪えているような顔で足をパタパタさせながら信長がキーを打つと、その直後にゲーム内のチャットウィンドと思われる欄に『nyaaaaaaaaaaaa』という奇妙だが恐らく断末魔を表している文字が流れてきた。

多分その悲鳴の主が刑部姫なのだろう。

声は聴こえないが信長には刑部姫が離れた部屋でのたうち回っている姿が容易に想像できるらしく、彼女からのメッセージを見てその場で大爆笑していた。

 

「あはははは、此奴五十六がいきなり艦隊から消えてかなり混乱しておったからの。そこからの厳しい現実に多分部屋で半泣きしとるぞ」

 

「は、はぁ……」

 

「お、姫の奴、ゲームは今日はここまでとか言って抜けおった。ふむ、本当はもうちょっとおちょくってやりたかったが、マスターの相手もあるからの。丁度良いか」

 

ひとしきり笑い終えて目尻浮かんだ涙を指で軽く飛ばすと、ベッドの上で胡座をかいた信長はそこでやっとマスターに向かい合った。

 

「そういえばお主が誰かの、それもサーヴァントの元を訪ねてくるとは珍しいの。よほど儂に訊きたいことがあるとみえる」

 

「んー……まぁ、こう言っちゃなんだけど、サーヴァントの中で実は信長がある意味一番気になっていてさ」

 

「…………へっ?」

 

突然の告白としか思えないマスターの言葉につい先程までゲームの対戦相手をおちょくっていた信長は完全に意表を突かれ、目を点にして固まる。

『気になっていて』

恐らくサーヴァントはおろか、最も古い付き合いであろうマシュでさえ聞いたことがないかもしれないマスターの言葉。

それを無意識に頭の中で反芻している内に信長はやっと正気にかえり、頬こそ染めてなかったが強く動揺を見せた。

 

「いっ、いきなり何を言うんじゃ。こ、このうつけめ。そういう事はもう少し状況を見極めた上で然るべき時にじゃな……」

 

「え? いや、俺はただ質問を……」

 

「おおおおおい?! もう儂の返事を聞きたいとな!? お、お主、マスター焦りすぎじゃぞ? も、もう少し気を遣わんか!」

 

「???」

 

何故か焦る信長の様子にマスターはすっかり呆気にとられて頭の上には多くの疑問符が浮かんでいた。

どうやら彼女は何か誤解をしているらしいが、マスターには皆目検討がつかなかった。

彼は単に日本人として、恐らく日本で最も有名な歴史上の人物である彼女にかねてから興味を持っていたので、珍しく能動的に自分から交流をしようと動いたに過ぎなかったのである。

 

「えっと信長、何か誤解しているようだからもう少しちゃんと言うね。俺は歴史上の人物としての織田信長に日本人として興味があったからちょっと話がしたくてここに来たんだよ」

 

「へ?」

 

信長は狐につままれたような表情でそれを聞くと、バッと素早い動作で後ろを向いて何やら小言を呟き始めたかと思うと、程なくして再びマスターに向き直った。

その時にはすっかり彼女はいつもの信長の顔になっていた。

 

「な、なぁんじゃそういう事か。うむ、儂もそうかと思っていたのだぞ? ただマスター、お主ちょっと言葉が足・り・な・い!」

 

「あ、はい。それについては無駄に驚かせてしまったようで誠に申し訳なく思います」

 

「うむ。まぁいいじゃろう。で、儂に織田信長として答えてほしい事とはなんじゃ?」

 

一瞬浮かれた気分になりかけはしたが、理由はどうあれ自分に興味を持たれていたこと自体は嬉しいらしい信長は、頬杖をつきながらも楽しそうそうにマスターの質問を待った。

そんな信長にマスターは「ありがとう」と一言礼を言うと、やや居住まいを正して真面目な表情をすると言った。

 

「信長って一般的には結構時代を引っ張ってきた改革者みたいなイメージが強いけど、実は生前はそうでもなくて凄く堅実に物事を見る人だったんじゃないかなって」

 

「……ほ? 何故にそう見る?」

 

「俺も最初は昔の記録映像や漫画に結構影響されてたんだけど、実際に残っている資料にも興味を持って少しだけ調べてみたら、あれ? っと思ってさ」

 

「……儂は比叡山を焼き討ちしたのじゃが?」

 

「当時の比叡山は富と武力を持っていて仏僧にも堕落した人が結構いたんじゃない? それに攻める前にちゃんと条件も出していたよね?」

 

「……将軍とかも追放したんじゃが?」

 

「あれは……どうやっても結果的にそうなってた気がする。俺的には将軍が幕府の面子を優先し過ぎた結果、最後の方で信長に対する対応を誤って自滅したという印象が強いかな。信長もあの時ってかなり憂鬱だったんじゃない?」

 

「儂は当時の帝に譲位を……」

 

「天皇を含めて朝廷と信長ってそんなに関係悪くなかったよね? 寧ろ良好な感じが俺はしたんだけど。何かいろいろやらかしたような記録もあるみたいだけど、あれは単純に朝廷の慣例にいろいろ疎かった信長に非があっただけだと俺は思ってる。譲位だって信長が申し出てくれて天皇は喜んだらしいじゃん」

 

ここまでの問答を経て信長はふと顔を伏せポツリと言った。

 

「ふふっ……あの時は幕府もそうじゃったが朝廷も銭がなかったからのう。儂はそんな2つの権威にとって願ってもない存在じゃったはずじゃが……。最後に帝の譲位をしてやれなんだは心残りじゃったかな……」

 

そう言うと信長は自分が座っているベッドの空いてる場所をポンポンと叩き、自分の正面で椅子に座るマスターにここに移るように促した。

 

「え?」

 

「ここ、早く、座る」

 

初めて見る急な子供らしい仕草にマスターは驚き一瞬戸惑ったものの、何故かその時の信長には自分から従ってあげたいという雰囲気を感じ、素直にその言葉に従った。

マスターが信長の隣に座ると、彼女はそれを待っていたとばかりに彼の膝の上に座ってきた。

 

「え、ちょっ……」

 

「いーから。はい、腕」

 

「え、腕?」

 

「そ、腕を()の前に回して、はい抱き締める」

 

「…………」

 

「暫くそのままね……」

 

信長を後ろから抱き締めるマスターからは彼女の表情は伺えない。

だが少なくともマスターにはその時の信長の機嫌は決して斜めではないことは解った。

マスターに抱かれた信長は前を向いたまま言う。

 

「なんかさ、私って日本の歴史上の人物の中ではかなりいろんなイメージを持たれてるじゃん?」

 

「…………」

 

「まぁそれってある意味ではそれだけ多くの人に私の存在が支えられているという事なんだけど。私もそれは嬉しいんだけどこうもいろいろ期待されていると、偶に、ちょっとだけどね? こうして肩の力を抜きたくなる時もあるの」

 

「うん」

 

「……だから、今日マスターが人々の想像の上に立つ私ではなく、実際の記録に基づく生きていた頃の私を見てくれていて……凄く嬉しかった」

 

「信長って普通に真面目で普通に自分に出来ることをしてきたよね」

 

信長はマスターのこの言葉に横を向く。

だが被っていた帽子のツバが下がって目元は見えなかった。

 

「なにそれ、何か地味なんだけど」

 

「でもそれを本当に的確にこなしていると思った。状況判断は特に早いと思った」

 

「……そうするしかない、って思っただけよ」

 

「でもその結果が今に繋がってるわけじゃない?」

 

「……小僧のくせに、口が上手いわね」

 

「信長」

 

「ん?」

 

「俺はやっぱり実在した歴史上の人物の中では信長が一番好きだな」

 

その言葉を聞いた信長は一瞬ガクリと肩を落とすも、不意に被っていた帽子を放ると今度はちゃんと自分の顔が見えるようにマスターの顔を見ながら言った。

 

「おいコラ。そこはただ儂が一番好きと言えば良いんじゃ」




俺の信長像でした


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