摂氏0℃ (四月朔日澪)
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第一部 冷めた夫婦?
リボンをかけて...


はじめまして!四月朔日澪(わたぬきみお)と申します。バレンタインが近いということで記念すべき第1話はバレンタインのお話。クーヤンデレという初の試みです。


 2月14日といえば、イスラエル人以外はバレンタインデーを想像するだろう。元々は愛の聖人であり、殉教者ウァレンティヌスが処刑された日である。海外では男女がプレゼントで愛を示し、この偉大な殉教者の功績を畏敬する。しかしながら、わが国はかつて戦勝国から物乞いした菓子を女子が男子に渡す日と化している。近年は本命チョコを渡すのは少数派らしく愛の聖人ウァレンティヌスも浮かばれないことだろう。

 

まぁしかしだ。

 

「はい。」

 

古典派の女性は意外と近くにいたようだ。朝食も一通り終わり、コーヒーブレイクといこうとした時商社に務めるただの会社員・山城滉一の妻、麻知(まち)がきれいに包装されたチョコを渡してきた。

 

「ありがとう。毎年作るのも大変だろうに。」

 

「そんなことない。私が好きでやっているだけ...コーヒー淹れてくる。食べて。」

 

「あ...あぁ。バレンタイン...か」

 

そんなことを思いながらハート型に形作られたチョコレートを食べる。くちどけもよく、甘すぎずややビターで食べやすい。ハート型のチョコは彼女と知り合ってからの長い付き合いだ。今になってもハートというのもなんとも気恥ずかしいものだが、貰えることは正直うれしいものだ。

自室で着替えを済ませ、玄関を出る。

 

「行ってくるよ」

 

「はい。」

 

麻知から手渡された弁当と水筒を受け取り、会社に向かった。

山城が家を出てから麻知はポツリと言った。

 

「.....他の女の甘さなんて味わさせない...ナニをしてでも...」

 

*****

 

「課長、ハッピーバレンタイン!これどうぞ」

 

「ありがとう。」

 

山城は甲辰商事という日本で五本の指に入る総合商社の繊維部に所属していた。同じ部署の女性社員からバレンタインの義理チョコを手に抱えられぬほど貰っていた。

 

「よぉ、山城。モテモテだなぁ奥さん嫉妬しちゃうぞ。」

 

「からかうなよ野口。お前も部下の子に貰ったろう。」

 

「まぁな。そろそろ昼だ。食堂にいこうか。」

 

野口とは入社以来の同僚だ。私と同じ課長で私が2課、奴は3課の課長だ。会社の中で麻知を知る希少な存在でもある。

 

「いいなぁ山城は、愛妻弁当毎日食べられるんだから。うちなんて『外で食べてきて』だってよ。」

 

野口は社員食堂のラーメンをすすりそんなことを言う。

 

「一度たまには休んでいいとは言ったんだが、『私の料理...嫌?』と泣かれてからは言わなくなったな。」

 

「今年もチョコ奥さんから貰ったんだろ?本当アッツアツだな」

 

「馬鹿言うなよ。うちも冷めたもんだよ。会話なんてないし、家内も素気ないし」

山城は卵焼きを頬張りながら否定した。卵焼きは今日の日を配慮してか、いつもの甘いものではなく出汁巻きであった。

 

「そうか?まぁいいけどよ。そうだ、貰ったお菓子でも頂くか。」

 

部下の子から貰ったお菓子を取り出す。昔家で食べようと持ち帰ったら麻知に「なんでそんなことするの?」「わたしのが美味しくないから、当てつけにしてるの?」と責められてからはこうして食堂で頂いている。包装を開くと有名な洋菓子店のクッキーのようだ。水筒に入った紅茶を一口含みクッキーに手を付けた。

 

「.........ん?」

山城はクッキーに違和感を覚えた。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、なんかクッキーにしては甘くないというか。甘さが感じられないというか...」

「どれ...そんなことないぞ?普通ぐらいの甘さじゃないか?」

野口は特別甘いものが好きというわけでもない、ということは私の味覚がおかしいのか?

 

「おかしいな...味覚異常か?でも、朝家内から貰ったチョコは甘みを感じたが...」

 

「そういや、今日はコーヒーじゃないんだな」

 

「え、あぁそういえば」

 

いつも水筒の中身はホットコーヒー(夏はアイスコーヒー)が入っているが、今日は言われてみれば紅茶だった。別に紅茶も好きだから気にも留めなかったが。

 

「...」

「どうした?野口」

野口は手を顎に添え、何やら考えていた。

 

「いや、なんでもねぇよ。まぁ大丈夫じゃないか?もし明日も甘味を感じられなかったら病院へ行ってみるんだな」

 

「あぁ...そろそろ午後の業務か。それじゃあな。野口」

午後の仕事がある。私は先に食堂を後にした。

 

 

 

「...それにしても麻知さん、ギムネマ茶とはエグいことするなぁ。本当に大変だなあいつは...愛されてるよ。色んな意味で」




シャロ「ギムネマとは砂糖を壊すものの意。それを飲むと一時的に甘味を感じなくなるのよ!」

今日はリゼちゃんの誕生日ですね。おめでとう!


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休日

ハーメルンデビュー作ですが、皆さん閲覧感謝です!手慰み程度のものしか書けませんが、お付き合いいただければと思います。それではどうぞ。


 日曜のニュース番組というのは平日時間のない中見るものより面白い。一週間という猶予を与えられた上で政治部が思慮を深めた答えを明示しているからだ。これは私の考えだが、平日の朝のニュースは淡々とあった出来事を報告するためにあって、お昼のワイドショーや日曜の報道番組は深く掘り下げて言論で社会に切り込むためにあるのだろう。

 

「...邪魔」

 

テレビの前で寝そべりながらそんなことを考えていると、洗濯かごを持った私の妻・麻知が後ろにいた。起き上がるとやれやれといった感じで外へ洗濯物を干しに行った。まぁ、世の私と同じ夫婦なら休日に邪魔者扱いされるのは詮無いことである。野口も今頃奥さんに似た扱いを受けていることだろう。

 

「もういい。終わった」

 

どうやら干し終わったようで、私はまた横になった。すると麻知がそばに座ってきた。

 

「膝枕..」

 

「え?別にゆっくりしてくれれば」

 

「...膝枕」

 

「じゃ、じゃあお願いするよ。」

 

二回目に拒否をしてこれまでよかった試しがないので麻知の膝に頭をのせる。この歳にもなって膝枕とは恥ずかしいものだ。この状態で無言というのは拷問に近いので少し話をかけてみた。

 

「な、なぁ見たい番組があれば他のに変えてもいいぞ。」

 

「いい。」

 

「...そう」

 

話がつながらない。これが冷めた夫婦への罰というものか..思えば言葉のキャッチボールなんてここ数年してなかったからな...

 

「ふ、普段どういうのを見るんだ?ミヤギ屋とか?」

 

「テレビはつけない.......あなたの行動を把握しないといけないから..」

 

最後の方に何か言っていたが、さしずめ家事やご近所付き合いに忙しいところなんだろう。そんなこんなでお昼になり、飯も早々に食べ終え書斎で本を読むことにした。今や電子書籍というものもあるが、やはり紙の本に慣れ親しんだ世代なので抵抗がある。本棚にマンガ以外の本が沢山入っていた父の書斎がこどもの頃かっこよく感じた。父の記憶はあまり無いが。

 

「とはいえ、肥やしになってもいるな...」

 

本が増えすぎてそろそろ処分しなければ、と思ってはいるが今日のような余暇があってもそのままにしている。汗牛充棟といえば聞こえはいいが、もはや不用品の山で書庫会社に頼むしかないかと思っているところだ。

 

カチャッ...

コトッ

バタン

 

麻知はコーヒーを机に置くとそのまま下へ下りていった。ありがたいと思いつつ、日曜日くらいゆっくりしていればいいのにと感じた。

 

「散歩でもするか。」

 

私がいると麻知がゆっくりできないだろうと、少し近くをぶらぶらしようかと思う。ジャージに着替え、タオルを持ち階段を下りた。そういえば、前に買ったランニングシューズはどこへ行っただろうか。一度朝ランニングをやっていたこともあったが、続かなかったのを思い出す。心なしか麻知の機嫌もあの頃少し悪かった気がする。

 いざ出かけようとしたとき、ジャージの裾を引っ張られた。

 

「どこへ行くの...?」

 

「近くの公園まで散歩に..」

 

「...私も行く。」

これでは本末転倒だ、と少し感じた。

 

「あ、いや....」

 

「不都合でもある?」

 

「...ないけど。」

 

「...鳥籠から逃げる鳥は追いかけなきゃ...」

 

「え?」

 

「..準備する。待ってて」

 

最後に何か言っていた気がするが、なんだったのだろうか。しばらくして準備を終えた麻知がやってきた。

 

「...歩くの早い」

 

「あ、ごめん」

 

旅行もしないので久しぶりに麻知と歩くが、彼女のペースをすっかり忘れていた。基本男は女性より歩くのが速いので仲のいいカップルや熟年夫婦でない限り距離が出てしまうのはよくあることだろう。少し麻知が追いつくのを待って同じペースで歩くことにした。

 

「...手...繋ごう?」

 

「あ、あぁ」

 

なんか今日の麻知は珍しく積極的だなぁ...

 

「あなた...」

 

「ん?」

 

「あなたが手繋いでくれるならこれからも散歩して...いい」

 

「え、まぁ体を動かすことも少ないしいいかもな」

 

散歩は麻知への気遣いだったのだが、麻知がそれで気分転換になるのならそれでいいか...




閲覧ありがとうございました。
私も書斎が欲しいです。父は本を読まない人間なので実家にはないのですが..憧れがあります。特に好きなシーンは会話もなくコーヒーを置くシーンです。時に言葉は軽薄。言葉がないからこそ麻知の底知れぬ愛が伝わったかと思います。


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揺らめく朝日

更新遅れてすいませんでした...今出張で伊勢にいます。伊勢神宮行ってきました。外宮と内宮てあんなに距離あるんすね...


「山城くん...」

 

それは突然だった

 

「パパがダメだって...だから、その別れて欲しいの。」

 

俺は頷いた。いや、頷くしかできなかっただろう。どんな虚勢を張ろうが、都合のいい言葉を並べても大人の前では無力である。彼女は涙を流していた。しかしそれ以外は普段の彼女だった。

 

「これで会うのも最後だね、、」

 

「うん...」

 

「でも最後に言わせて

 

ダイスキだよ。」

 

 

彼女は白いワンピースをなびかせながら、散桜の蝶のように去った

 

 

...ズルいじゃないか。こっちは切り替えようとしているのに、そんなことを言われたら次のスタートを切れないじゃないか...

 

 

*********************

 

「ぅ...ふはぁ...」

 

夢か。なんで今更こんな夢を見るのだろうか。時間は大人の自分に戻る。あの頃のように向かう場所も学校から会社になり、それに隣にいるのは...

 

「...」

 

「おわっ」

 

いつの間にか麻知が立っていた。時計を見ればいつも起きる時間を過ぎていた。私が起きたのが分かると言葉もなく階下へ降りた。

 

ガチャッ バタッ コトッ

 

ごはんをよそう音、みそ汁を椀に移す音、魚の焼ける音...こんな環境音が二人だけでは広すぎる空間に響くだけである。

 

ずずっ

 

これ程経てば無言もなんら気にならない。昔は会社のことや今日の予定などを話していたがいつの間にかしなくなった。朝食を食べ終え、新聞に目を通す。いつもより寝すぎたが、時間には余裕がある。これを読み終えたら出るとしようか...

 

「ねぇ...」

 

台所から声がした。食器を洗っていた麻知が急に話しかけてきた。

 

「なんだい?」

 

「.....なんでもない。」

 

?...麻知にしては珍しい。そんな仕様のないことをする性質でもないし、彼女が必要のないことを話すのは久しぶりな気がした。

 

「行ってくる」

 

「はい。」

 

普通の朝、いつもの朝。だが、何か支配する空気が普段と違った気がした...

 

「...」

 

麻知は山城を見送ると、彼の寝室に向かった。

 

『.......#@?』

 

 

「....あのメス犬夢にまで出てきて..滉一はわたしのモノ...」

 

聞いていたのだ。山城が寝言であの女の名前を口ずさんでいたのを...麻知は彼の女性というメモリーの中に他の女を入れることを許せなかった。しかし、記憶した山城よりも頭の片隅に己のデータを入れた女のほうがよっぽど憎かった。

 

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで...」

 

彼女は自分が彼の心に満たされているものだと思っていたが、それは慢心だったのだ。そんな自分の愚かしさと未だ疫病神のように邪魔をしてくるあの女にただならぬ思いを心に宿していた。麻知は山城の布団に入り込みそんなことを考えた。

 

「滉一はわたしのモノ...誰にも渡さない。滉一の女は私で終わり、次の番なんてない...

 

 

#@?...絶対にアナタだけはユルサナイ。」




閲覧ありがとうございました。

独特な表現がありましたので補足を
散桜の蝶...桜が散るころとなるとこれまで飛んでいたモンシロチョウとかは急にいなくなりますよね。スッと去るというような例えで用いました。


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小菊

前回の続きです。彼女はどのように過ごしているのか。


昨日は一睡もできなかった...彼女の家は旧家でとても厳しい家庭なのは知っていた。こうなることも理解しているはずだが、頭でわかっていてもなかなか切り替えができないものだ...

 

『ダイスキだよ』

 

彼女の最後の言葉が頭でループされる。まるでガムの銀紙をなめるほど卑しいが、この言葉の甘さをずっと味わっていた。

 

「おはよっコウくん....ねぇコウくんってば...コウくん!」

 

「え...あ、おはよう」

 

「もう、ボーっとして」

 

彼女は幼馴染だ。幼稚園の頃からの仲で昔はよく二人で遊んでいた。高校も同じで最近は通学路で会っても会話などしないのでボーっとしていなくても驚いただろう。

 

「どうしたの?今日なんか変だよ?あ、もしかして彼女さんと喧嘩でもしちゃったのかなぁ?」

 

「な、何でもねぇよ」

 

「....コウくん、嘘つくときは人を選んだほうが良いよ」

 

先ほどまでの口調とは違い、背筋が凍るような突き刺さる声で彼女は言った。

 

「だから、なんでもねぇよ」

 

「あっ」

 

俺は走った。幼馴染に詮索されるのが嫌だったのもあるが、この事実をまだ自分の口で認めたくなかった。

 

「...大丈夫だよコウくん。あの女のことなんて私が忘れさせてあげる...」

 

走り去る山城を見て幼馴染....北方麻知はそんなことを呟いた。彼を見る目はひどく濁っていた。

 

***************

 

「...」

 

「おい、山城もう昼休みだぞ。食堂いこうぜ」

 

「あぁ野口。今行く」

 

朝の麻知の様子がとても気になり仕事どころではなかった。何か言いかけていたがなんだったのだろうか..

 

「奥さんの様子がおかしい?」

 

「あぁ。いつも無口だけど、今日はそれに黒さというか、もやがかかった感じでな」

 

「山城が何かしたとか?」

 

「冗談はよしてくれよ。なにも変わったことはしてないよ。でも、今日妙な夢を見たな..」

 

「夢?」

 

「昔付き合っていた彼女と別れた時の夢を見てな。なんで今更そんな夢を見たのかわからないけどな」

「麻知ちゃんが初恋じゃなかったのか。あんなにラブラブだから初恋結婚かと思ってたぞ。」

山城の話に野口は驚いていた。

 

「ラブラブって...今のどこがそう見えるんだよ。麻知はそのしばらく後に付き合って結婚したんだよ」

 

「へぇ...誰が見てもラブラブだと思うがな..そろそろ午後の業務だ。帰ろうか」

 

***

 

「...ん」

 

麻知は山城のベッドに入りそのまま眠ってしまった。起きてみればもう昼下がりであった。昼食はお茶漬けと簡単に済ませ、外へ出かけた。

 

「こんにちは..」

 

「あぁ山城さんこんにちは。今日はそういえばお参りに来られる日でしたね」

 

「これ、お供えとお布施です。」

 

「いつもありがとうございます。たまには中に上がってもらってもいいですよ。」

 

「いえ、ではお参りさせていただきます...」

 

住職に挨拶を終え、墓苑に入る。今日は月命日で麻知は毎月、寺に足を運んでいる。仏花と手桶を持ち「南無阿弥陀仏」と書かれた墓の前に立つ。柄杓で墓に水をかけ、丁寧に布で磨く。草は毎月来るのでなかなか生えないため来てすることは墓磨きぐらいだ。

 そして花を入れかえ、ろうそくと線香に火をつける。

 

「お義母さま、滉一は私が守りますから安心してくださいね。どんなことがあっても私は滉一の味方だから...」




閲覧ありがとうございました。

墓と言えば、「先祖代々之墓」とか「○○家之墓」がポピュラーですが、浄土真宗(私がそうですが)では「南無阿弥陀仏」とだけ彫られていてこどもの頃アニメなどでそう書いていないのでなんでかなぁと思ったことがありました。宗派ギャップはいろいろな面で出てきますね。


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《番外》甘くて...苦い。

別紙で書く小説がまだ書けていない...締め切りに追いやられる澪です。
過去の話を少し挿れてみました。また現行軸は次回書きます

そういえば、るろ剣の作者が略式起訴されたとか。ロリコンだったのか...


「ねえ、今週の土曜日暇?」

 

次の朝、幼馴染の少女は挨拶がわりにそんなことを言い出した。

 

「特に用事はないけど...」

 

「それじゃあさ、原宿に行こうよ!新しいお店ができたから一緒に付き合って」

 

原宿かぁ。彼女とよく行ったな...

 

「.....」

 

幼馴染は睨んでいた。一思いにふけてしまったようだ。ただ、返事がなかったから睨んでいるというわけではなさそうだが。

 

「買い物に付き合うくらいならいいよ」

 

「やった!じゃあ、混んでて分からなくなるのもあれだから東郷神社の前で待ち合わせね」

 

「わかった」

 

「楽しみにしてるねっあ、急がないと一時間目始まっちゃう。」

 

他の女の子とどこかへ行くというのはノらなかったのだが、部屋にいるよりは外の空気を吸ったほうが気分が晴れるだろうし、相手も幼馴染と妹のような存在なので彼女の誘いにのってしまった。

 

『コウくん、嘘をつくときは人を選んだほうが良いよ』

 

見透かしたような言葉からしてとっくに俺が彼女と別れたのを察しているのだろう。厚意を断るのも気が引けるので行くことにしたのもある。まぁ土曜は彼女のことを忘れて楽しむとするか...

 

そして土曜日

 

「お待たせ。待った?だいぶ早く来たつもりだったんだけど」

 

「俺も今来たばっかりだよ」

 

30分前に来たのだが、彼女はすでに来ていた。彼女を見ると髪はポニーテールにまとめられ、服も清楚でカジュアルなものを着ていた。

 

「女の子がオシャレしてきたっていうのに何か言うことないの?」

 

幼馴染は頬を膨らまして言った。

 

「え、あぁ似合ってるよ..」

「へへ、ありがと。せっかく神社の前に来たしお参りでもしていく?コウくんこういうの好きだし。」

気の利いたお世辞など言えなかったが、麻知は満足だったようだ。神社巡りは好きである。建物だったり、雰囲気は荘厳だからだ。

 

「そうだな。東郷神社は初めて来たし、時間があれば明治神宮にも行ってみたいな」

 

「うん。じゃあ、行こっか。」

 

幼馴染は私の左腕に腕を絡ませ、密着してきた。俺は驚いたが、麻知はそんな自分に振り向き言った。

 

「ちゃんとエスコートしないとモテないぞ。.....まぁ私にだけしかさせないけど...」

 

「え?」

 

「ううん。ほら、早く行コ」

 

最後が聞き取れなかったが、彼女は気にすることもなかったので腕組みをしながら坂を上り始めた。

東郷神社は交差点で有名だが原宿にある東郷平八郎命を祀った神社である。東郷平八郎といえば、日露戦争でバルチック艦隊を破った連合艦隊司令長官である。必勝の神様として多くの参拝者が全国各地にやってくる。

 

チャリッ パンパンッ

 

幼馴染と並んで参拝をする。隣を見てみると、なにかを深く祈っているのが分かった。そんなに信心深かっただろうか...

参拝を終え、坂を下りる。この道を通れば竹下通りに続く。

 

「うわぁ、なんだこの人の量は...何かの祭りか?」

 

「ハハハコウくん、田舎から来た人みたいなこと言わないで..ハハハ...」

 

「だ、だってこんな人がうじゃうじゃいるの見たら誰だってそう思うだろ」

 

竹下通りはいつ見ても人の量に圧倒される。これがほぼ毎日続いているなんてさすが若者のメッカというだけはある。

 

「それで見たいお店ってどこにあるんだ?」

 

「あ、コウくんここ見ていこうよ」

 

「お、おい」

 

腕組したまま引っ張られ店の中へと入っていく。原宿の店というのは靴屋や服や雑貨やなどがほとんどだ。食べ物も食べ歩きができるものがほとんどで、私は同じく人ごみに圧倒されている修学旅行生を見て、『同じ気持ちだよ』と同情の念を送った。

 

「これとかどうかな?」

 

「うん...いいんじゃないか。」

 

それから何店舗か回って今に至る。幼馴染はややデカいサングラスを持って尋ねてきた。...わからん。これまで見てきたものと何が違うのか...私は基本母が買ってきたものを着るだけというファッションに疎い人間なので、似合うかどうかを聞かれてもとても困る。

 

「買い物するんだったら、そういうのに詳しい子と行けばよかったんじゃないか?俺じゃなんの役にも立たないんだし」

 

「コウくんじゃないとダメ」

 

「え?」

 

「コウくんが好きなワタシでいたいんだ。短い髪が好きなら切るし、ギャルが好きなら髪も染めるし、ルーズソックスも履く。彼女さんみたいな清楚な女の子が好きなら清潔感のある服を着るし...コウくんじゃないと...コウくんがいないとそれはわからないでしょ?だから、コウくんが好きなタイプを教えて?私コウくんが望む女の子になるよ?他の女なんて目じゃないくらいとびっきり可愛い女の子に...」

 

「ま...ち...?」

 

幼馴染の目が黒く濁っているように見えた。飲み込まれそうな闇を瞳に宿していた。

 

「あ、ごめんね。沢山付き合わせちゃって。疲れた?」

 

「まぁ人酔いはしたかな」

 

「それじゃあ、クレープだけ食べて出ようか。裏の方ならすいてるだろうし」

 

原宿といえばクレープを多くの人が想像するだろう。竹下通りだけで何店舗も存在しどこも例外なく行列ができる。男一人で並ぶのは気恥ずかしいものだが、女性を連れ買うという免罪符があればどうということはない。原宿へは彼女とクレープを食べに行くためによく行った。彼女もオシャレというものにはあまり関心がなくデートも喫茶店や散歩がほとんどだった。明治神宮の杜を歩いた後原宿へ来てよくクレープを食べたものだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

「チョコバナナクリームください。コウくんはどうする?」

 

「俺はいいや」

人酔いしたし、甘いものはそこまで好きではない。自販機があったら缶コーヒーでも飲めればいいか、というところだ。

 

「じゃあ、外で待ってて!」

 

人ごみを抜け彼女を待つ。...不意に彼女との原宿での思い出が浮かんできた。

 

『美味しいね。山城くん、わたし立ち食いなんて初めてしました...』

 

『やっぱり@#%って箱入りなんだな』

 

『そ、そんな...ただうちが厳しいだけです』

 

まぁそれを箱入りというと思うだが...

 

『...その山城くん』

 

『どうした』

 

『そ、その山城くんのクレープもたべたいなぁって...//』

 

『!...い、いいよ』

 

なんでだろうか。ただクレープをあげるだけなのにこの昂揚は...

 

『...ハゥッ.......とっても美味しいです。』

 

...@#%...@#%の笑顔が今でも脳裏に焼き付いている。

 

「コウくーん。コウくん?...えいっ」

 

「む?モゴッ!?」

 

いつの間にか幼馴染が帰っていたようだ。ぼーっとしているとクレープを口に突っ込まれた。

 

「美味しい?」

 

「バカ!びっくりするだろ。あー口にクリーム付いちゃったよ」

口元には生クリームがべっとりと着いていた。突然クレープが突っ込まれて嫌な甘みが口の中を犯す気分だった。

 

「ごめんね。でも女の子とデート中にぼーっとしてるのが悪いんだよ?」

麻知は不貞腐れたように言ったが、怒っているわけではないようだ。

 

「デートって...」

 

「私はそう思ってるよ?だって私とコウくんは...今拭くから待ってて」

 

「いいよ。自分でf...

 

袖で拭き取ろうとしたとき急に幼馴染が近づいてきて...

 

唇を重ねてきた。

 

「んっ...ふぅ.....んん..」

 

彼女の呼吸が近くで聞こえる。いや、そんなことよりなんでこんなことになってるんだ...頭がうまく働かない。先ほどの生クリームの甘さとは違う甘さ...そしてビターチョコのようなほろ苦さが支配した。

 

「ん....はぁはぁ...」

唇を離し、呼吸を整える。胸の動悸が抑えられない。

 

「コウくん、これが私の気持ちだよ。まだあの女のことが忘れられないんだよね。いいよ、それでも。私が上書きしてあげる。コウくんが望むならなんだってするし、私はコウくんのモノだよ?私のほうがあんな女よりコウくんのこと好きだから...あの女では味わえなかった甘美な生活を過ごさせてあげる...」

この時、麻知の真意が分かった気がした。麻知は俺のことをまだ好きなんだ。だから、こんなことを...

 

******

その後、デートを続けるほどメンタルは強くなく原宿を後にした。帰りの電車では会話もなかった

 

『私のほうがあんな女よりコウくんのことが好きだから...』

 

幼馴染からの告白ともとれる言葉...この甘くて苦い言葉がずっと残るのだった。




閲覧ありがとうございました。
原宿、田舎者の憧れです。クレープは原宿ではないですが、東京タワーで食べました。まぁどこで食ったっておいしいですけどね


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オンナノコの日

昨日まで兵庫まで行っていました。しばらくはお仕事...

現行軸に戻してそれではどうぞ


雛祭りは我々男が立ち入るイベントではない。ひな人形を見て甘酒を飲む(たまにひなあられが好きな物好きもいるが)だけの男としては退屈なまつりも女の子が集まれば楽しいようだ。女の子同士のおしゃべり...画的にはとてもいいのだが、その内容は恋バナ(彼氏の悪口、男の査定)、女の悪口、愚痴がほとんどで女の群れとは地獄絵図のようなものである。

 

「うぅ....」

 

「...」

 

この2人の女の子も桃の節句に集っていた。

 

「麻知ちゃぁん...またお弁当渡せなかった」

 

「...」

 

麻知は終始黙っていた。と、いうより終始聞き手に回っているというのが正しいだろう。彼女の場合先ほどの会話例の例外である。山城の悪いところも好きだし、自分と山城以外の世界のことなど興味がない。となると彼女はガールズトークの参加資格はない。故に傍観者・オーディエンスとして参加するほかないのは詮無いことかもしれない。

 この泣いている彼女は山城の同僚・野口の奥さんである透である。元々麻知は『警戒』していたのだが、彼女の素顔を知ってからは唯一無二の親友となった。その素顔というのは、

 

『じゃあ、行ってくる。ん、どうかしたか』

 

『...お、お.......』

 

『お?』

 

『お、ひなまつりケーキ買ってきて!こ、これお金!お昼の分も入ってるから』

 

『ひなまつりケーキ!?』

 

説明するほどではないが、素直になれない女の子である。野口から見れば昼を外で済ませろといわれ、時にパシリに使う彼女と自分の仲は経年夫婦のアレだと思っているが、彼女の気持ちは新婚ほどではないが、変化していない。

 

「普通に渡せばいいのに」

 

「それができれば苦労しないもんっ麻知ちゃんはどうやって渡してるのさ」

 

「はい....って」

 

麻知はジェスチャーをふまえ、もはや愛のない(ように見える)渡し方を見せる。

 

「やってみるから麻知ちゃん相手して」

 

「ん」

 

「...............はい....って無理だよぉぉぉ」

 

透は一旦、麻知のやった通りしたがすぐに膝から崩れ落ちる

 

「私のキャラじゃないもんっ絶対引かれる、キョドられる...」

 

「そんなことないよ」

 

「そんなことあるもん!だってわたし宏人(ひろと)の前じゃ麻知ちゃんみたいに...その、イチャイチャラブラブしたこと...ないもん」

 

「イチャイチャラブラブって...ぷっ」

 

「ちょっと!笑わないでよ麻知ちゃん!」

 

麻知が顔を手で覆いながら笑みを隠す。あまりにも可愛すぎる彼女が面白くてしょうがなかった。

 

**********

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「ひなまつりケーキってなんだ...」

 

山城と野口はお昼の何気ない会話をしていた。

 

「ひなまつりケーキ...知らないけど、そんなものがあるのか」

 

「いや、嫁に買ってこいと言われてな。なんでも行事にケーキを食べる日本ってなんなんだろうな」

 

「ひな祭りといえば、雛人形に甘酒のイメージしかないな」

 

「だよなー。まぁ女心は所帯を持っても分からねぇな」

 

「..だな。」

 

麻知の手中で転がされてる男と透の想いが伝わっていない鈍感な男には理解しがたい現代のひな祭りのようだ

 

**********

野口宅にて

「ただいまぁ」

 

「お、おかえり」

透はぎこちなく出迎えをした。

 

「なんだ珍しい。ケーキならちゃんと買ってきたぞ、ほら」

野口はケーキの入った箱を軽く上げ、透に見せた。

 

「その..ありがと」

 

「別にいいよ。夫婦だろ」

 

「...!宏人大好きっ」

 

「おわっ、そんなにケーキがうれしかったのか」

 

透は野口に飛びついてきた。何年振りかというくらい久しぶりの光景であった。

 

「それもあるけど、えへへ。やっぱり内緒」

 

「変な奴だな」

 

山城宅にて

「ただいま」

 

「いつもより遅い。電車も遅延してない...なんで」

 

帰ってくると麻知が玄関前におり、そんなことを聞いてきた。

 

「野口がひな祭りケーキ?を買いに行くって言ってたから一緒に買いに行ってな。ほら。麻知、甘いもの好きだし」

 

「...それはうれしい。でも、寄り道は好きじゃないって前言ったはず...早く帰ってきて欲しい。あなたはわたしのモノなんだから」

 

「あ、あぁ」

 

最後のことばは理解しかねたが、帰りが遅れてややおかんむりのようだ。

 

「今日はオンナノコの言うことは絶対...だから一緒におふろに入って、ごはんを食べて、その...夜に...」

 

麻知が言い切るのを待たずに山城はポンッと頭に手を置いた

 

「帰りが遅れてごめんよ。姫様の仰せの通りにしますよ」

 

「今日は寝かせない...」

 

春のはじまり、それぞれの夜を過ごした。




閲覧ありがとうございました。
透ちゃんというツンデレ嫁を出してみました。ヤンデレもいいけど、こういう素直になれない子も大好きです!!
あ、これヤンデレっ娘に聞かれたらヤバイんだろうなぁ(歓喜)


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華氏100F°

やっとの脱稿!5月3日に大田区産業プラザPIOで行われるナナフェスでナナシス×食べ物合同誌にて新作二作が掲載されます。是非お買い求めください。

今回はUA10000突破というのもかねて初の麻知目線で。(基本寡黙なのでセリフ少なめです)




華氏というのは100度が人間の正常な温度というなんとも変わった表現だ。しかし、私の滉一への気持ちというのはそれに似たものだ。摂氏では計れない...滉一はもう私の愛が冷めていると感じてるみたいだけど...今でも変わってないんだよ?♡

 

「zzz...」

 

寝顔もかわいいな。もう昔みたいな少年の顔じゃないけどそれでも大好きだよ。昨日は久しぶりに二人で愛し合ったなぁ。男の子はいくつになってもケモノさんなんだね。積極的な滉一が見れてうれしかったな、私はマグロだったけど...こんな私でごめんね滉一...

麻知は寝ている山城の頬に軽くキスをして、シーツでまっさらな身躯を隠し、ベッドから起き上がる。まだ朝日も顔を出していない。短針は3を指していた。

 

スッタンタンタンタン...

 

手際よく包丁を使い食材を切っていく。主婦にとって弁当作りほど面倒なものはない。朝食の準備もあるわけで早起きをして朝早くからキッチンに立たなければいけない。だいたいこういう経年夫婦というのは弁当箱が冷凍食品祭りだったり、野口のようにこづかいを握らせて(透は実は渡したいのだが)済ませるようなものだが麻知には苦とかそういうものはない。新婚のように弁当を作ることを楽しんでいる節がある。

 卵を割り、砂糖を入れ混ぜていく。麻知はあっ、と忘れていたように口から透明な糸を出し、溶き卵に混ぜていく。

 

「はぁ.......じゅ.....ちゅ...ん..」

 

昨日、息が止まるくらいいっぱい味合わせたからばれちゃうかな...滉一にはいつでもわたしを感じてもらいたいから...

 そのあとは無駄なく卵や肉などを焼いていく。弁当箱に盛り付けていくわけだが、山城の好きなものを入れていくとなんとも全体的に茶色い弁当になる。しかし、彩りのあるものよりもなぜだか豪華で男性的には好きな弁当である。青いチェック柄の布で包んだ後、リビングを去り何故か山城の書斎に入った。

 

カチッ....タタタタ...

 

パスワードは未だに私たちの記念日なんだね♡滉一もまだ私のことが大好きで仕方ないのかな?でも...それならこんなことされたくないなぁ...

 

麻知の面前に立つ画面にはブラウザが起動されていた。お気に入りバーには『動画サイト』が登録されていた。

 

なんでこんなことするのかな?私、心がキューって苦しくなるな...滉一がこんな汚らわしい女を見てシテいるって考えると...この女が目の前にいたら〇してるだろうなぁ。ねぇ、滉一...なんでなんでなんで...

 麻知は虚ろな目でお気に入りを解除をし、フィルタリング設定をした。

 

「これで私に頼るしかないよね?大丈夫だよ...大丈夫滉一、私が全部受け入れてあげるから...私は滉一のモノだし、滉一もわたしのモノなんだから...何をするにも私が関わってないと嫌...こんなことするってことはまだわからないのかな?滉一の記憶は私でいっぱいじゃないのかな...?」

 

ウィンドウを閉じ、シャットダウンをして去ろうとしたときあるものを見かける。

 

「...?」

 

これまで何百回、何千回と山城の部屋に入ってきたがこの古びたお菓子の缶箱は初めて見た。

 

「(なんだろうこれ.........!?)」

 

中には山城の元彼女、麻知から一時山城を奪ったあの女の手紙が入っていた。その数は数通なんてものではない。おそらく、あの女のことだ。携帯電話など当時持っていなかったのだろう。だから文通でやりとりしていたのだろう。しかし、そんなことはどうだってよかった。なんで今になってこんなものが出てきたのだろうか...

 

『...@#?』

 

あの雌犬...まだ滉一の記憶の片隅にいたのか...私が抹殺したはずなのに...滉一の全てには私だけがいればいいのに...

 そう思うと、彼女の丸文字はとても憎かった。文面も盛りの付いた雌犬そのもので、今すぐにでも破り捨てたかった。しかし、麻知も予想外のことが起きる。

 

「資料...資料、書斎だったか...」

「!?」

 

まだいつも起きる時間ではないが、山城が起きてきたようだ。ここに来る前に早く抜け出さないと...と考えるが時間は麻知にそんな猶予を与えなかった。

 

ガチャッ...

 

「....おわっ、なんで麻知がここに」

 

「...」

 

「............!!触るな!」

 

山城は麻知が缶箱を持っているのを見ると、奪うようにして取り上げる。

 

「そんなにやましいものでも入ってるの...?」

 

「見たのか...」

 

実際には見た。しかし、山城がこれをどう説明するのかを見たかった。

 

「...」

 

「見たのかってんだよ!」

 

「....」

 

「黙ってちゃ分からねぇだろ!」

 

滉一がこんなに怒るのははじめて見るかもしれない。黙ってる私も悪いけど、なんで怒るのかな?本当に怒りたいのは私だよ?あの女のほうが大事なの?滉一はわたしのものなのに...

 平行線のままで、時は進む。そして、麻知は口を開く。

 

「.....見た。あの女のラブレター」

 

「っ...」

 

山城の顔は怒っているような、焦っているようなそんな感じがした。

 

「見ちゃ....いけないの?夫婦に隠し事は厳禁。私はあなたの全部を知る権利はある。」

 

「だからって、勝手に人の部屋に入ってまですることか?お前おかしいよ」

 

「おかしくない!おかしいのはあなたのほう!そうやって隠れて@#?のこと考えていたんだ!」

 

「別にただの思い出だろ?考えすぎなんだよ」

 

「........じゃあ、前寝言であの女の名前を出してたのは?違うなんて言わせない...もう私たち夫婦。あんな女なんて考える必要は...」

 

「しつこい!!」

 

「!?」

 

なんで、あの女のことをかばうの...?あっ...

 山城は下に降り、着替えをしていた。

 

「まだ話は終わってない...なんで、なんで私じゃダメなの...」

 

麻知は泣いていた。山城は無視してかばんを持ち身支度をしていた。しかし、山城も心で泣かせた罪悪感を抱いていた。

 

バタンッ

 

そして、静かにドアが閉まった。揺れるようにオレンジの光が灯ったころだった。




閲覧ありがとうございました。
麻知ちゃんの重い愛が伝わってもらえたでしょうか?早くもシリアス展開..早すぎたか...いや、すべてはシナリオどおり。


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すれ違い

なんと、オリジナルでの週間ランキング上位に摂氏0°が掲載!?

これも麻知ちゃんによるプログラム操作のおかげでしょうか...?山城のファーストネームどうしたものか...活動報告にて随時募集中です。


「用紙切れ?どこだったっけな...」

 

明日行われる期末報告の資料を作っていた。課長とはいえ、まだまだ部長、統括部長...と上の存在がいるわけである。上司から部下へという仕事の押し付けに行きつく果ては私のような中間管理職である。部下たちも必死に仕事をしているわけで、こうして書斎で作業をしていた。会社ですればいいのにと考えている方も多いだろうが、麻知は残業をひどく嫌い、それを許さない。以前、部下の仕事を手伝い帰りが遅くなった時。

 

『その部下って女...?』

 

『男だが...』

 

『そう。...........でも、私のほうが大事だよね?なんでこんなことするの?私はあなたの帰りが遅れるたびに心が痛むのに...部下より私のことが好きなら...もうこんなことしない...よね?』

 

そういい、玄関であるというのにキスをしてきた。呼吸が止まるまで長く、深いキスをされた。また、取引先との会食が長引いた際...

 

『山城様、お電話がありました。』

 

『すいません。少し失礼します...』

 

電話に出ると

 

『もしもし』

 

『聞いた時間よりもだいぶ遅れている...』

 

『連絡しなかったのはすまなかった。先方との話がすすんでな...』

 

『言い訳はいい...それで、最初に電話に出た女は何?あの女にお酌されたり、話したりしたの...?』

 

『それは料亭なんだから仕方ないだろ。女将さんや女中さんに接待されるのは。』

 

『......今そっちに向かう』

 

『は?何を言って.......電話切れちまった』

 

その後麻知が現れ、『お義父様が危篤なの!』と女優さながらの演技で周りをだまし、私を家に連れ戻した。家に帰るなり『食べて』と晩御飯を用意され『もうおなかいっぱいで入らないよ』というと先ほどまで胃を満たしていた懐石料理は麻知によって吐しゃ物となり、胃を痛めながら晩御飯を食べた。

 まぁ、そんなこともありそれ以降は残業などがあれば極力家で持ち帰りにしている。

 

「用紙は....ん?これは」

 

資料の紙束の中を探していると、ほこり被ったお菓子の缶箱があった。なんだろうかと開けてみると昔の彼女との手紙が入っていた。その彼女の家は旧家の出身で携帯電話を持たせてもらえなかったのでデートなど連絡の際は文通でやり取りをしていた。彼女との思い出とは決別をしたつもりであったが、とっていたのか...

 この頃女の子の文字と言えば丸文字というなんとも読みずらい字体であるが、それでも彼女の丸文字というのはかわいらしく思えた。麻知とはメールなどでやり取りをしていたから麻知がどんな字を書くのか知らなかった。今でも麻知の字体というのは興味のあるところだ。

 しかし、これをどうするべきだろうか...麻知に見つかれば故意がなくても責められるだろう。

 @#?のことよりも麻知のことが好きなのは事実である。麻知は私の青春時代を新しく塗り替えてきた伴侶である。時に嫉妬深いところもあるが、彼女の一途さの延長線だろう。とはいえ、手紙の処理を誤れば何をされるかわからない。捨てるとなると明日以降になるだろう。家で捨てれば何かの拍子で見られる可能性もある。

 

「まぁ明日持ってどこかで捨てよう。さて、資料をプリントアウトして寝るか...」

 

あまり時間をかけるわけにもいかない。今日も少し帰りが遅れややご不満の様子であるし、風呂に一緒に入るという約束もこの作業を終えてからというと不満げな顔をしていた。

 こうして、山城は缶箱のことはひとまず置き寝る前にでも片づければいいと考えた。しかし、そこから先の麻知との交わりの激しさや麻知の行動までは予測できなかったわけである。

 

**********

 

そして、早朝の出勤に戻るわけである。

 

『なんで、なんで私じゃダメなの...』

 

麻知が最後に言った言葉が胸を苦しませる。そうじゃないんだ...焦燥感や背徳感が勝ったのだろう。元の彼女を守るような言動をとってしまった。それも麻知を責めるように...自分でも悪いのは間違いなく私だと感じている。しかし、夢で彼女のことを見たことが麻知に知られたことがなんというのだろうか。麻知を裏切ったような気がして話を切ってしまった。

 時計を見ればまだ六時前である。朝ごはんもまだである。

 

「卵かけごはんセットを」

 

「朝たま一丁入りましたー」

 

外食などいつぶりだろうか。牛丼屋で朝ご飯を食べることにした。それにしても最近の牛丼屋というのは朝ご飯らしい焼き魚などを提供するようになったのかと感心する。まぁ味は値段相応な感じであるがほぼ家出同然で出てきた者のモーニングにしては上等だろう。

 特にやることもなかったので、早くに出勤しデスクの掃除などをした。時間があるときにすっきりとさせようと考えるのだが、なかなかできずにいたのでよかったのかもしれない。今更出てきてもらっても困るなものから、小銭などいろいろなものがあちらこちらで出てきた。勤務時間に入ると、期末報告会としてそれぞれの課が決算にむけての業績報告を行った。

 

「...ということで以上で2課の業績報告を終わります。」

 

「うむ。2課のほうはだいぶ業績を上げたようだね。これも山城くんの力量といったところか」

 

「いえ、部下たちが必死に働いてくれたおかげです」

 

「えーそれでは次に3課の報告に入らせていただきます。野口課長...」

 

なんとか報告も問題なく終了した。野口の3課も特に例年通りの業績でお咎めなしだった。

 

「山城。お疲れ」

 

「あぁお疲れ。どちらもなんとか首の皮一つ繋いだって感じだな」

 

「よく言うよ。山城は今度の人事で昇進するんじゃないか」

 

「まぁ、部長はだいぶ喜んでいたけど」

 

「それで、これから部で打ち上げがあるそうだが、お前はいつも通りだろ?」

 

普段なら麻知のこともあり断っている。しかし今日は家に帰りたい気分ではなかった。時間が解決してくれるだろうと...そんな一縷の望みを抱いていた。

 

「いや、参加するよ。おい、みんなも行くのか?」

 

「課長!課長も来られるんですか?いつもはすぐ帰られるのに」

 

「まぁ、今年度みんなが頑張ってくれたんだ。会費の方は私が持つからじゃんじゃん飲みなさい」

 

「ありがとうございます!」

 

「山城」

 

「...」

 

「何があったか知らないけど、朝まで付き合うよ..」

 

「ありがとう」

 

山城はその日帰ってくることはなかった。

 

「.......」

 

山城家は灯がひとつも灯っていなかった。そして玄関で崩れたように座る女性が一人。

 

おかしいおかしい...こんな時間になっても帰ってこない...なんで..どうして..

『コウくんは麻知のことを見捨てたんだよ』

 

違う!ただ帰りが遅いだけ..滉一のことだからまた約束を破って部下の手伝いをしてるだけ..

 

『そうなのかなぁ?じゃあ、なんでコウくんはあの手紙を大事にしてたのかな?』

 

...?!

 

『麻知のことよりぃあの女のほうが好きなんだよきっと。麻知とは仕方なく結婚したんだよ』

 

違うもんっ滉一は..滉一は私のことを愛してるって言ってくれたもん...

 

『違うわけないよ。麻知のことなんてもうどうだっていいんだよ。だから見捨ててどこかに行ったんだよ。もう帰らない...』

 

..うるさいうるさいうるさい!滉一は絶対に見捨てない!死ぬまで一緒。何があっても一緒だもん....

 

麻知は自分の中の疑心暗鬼と戦っていた。しかし、彼女の心は壊れかけていた。夜は彼女の闇をより深めていくだけであった。




閲覧ありがとうございました。

実は本日、私四月朔日澪の誕生日です!誕生日にこんなヤンデレかわいい女の子を苛め抜いていいのか...私だって心が痛いんですよ...


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くくり

昨日、母がうちに支援物資を持ってきてくれました!
しばらくは食に困らない四月朔日澪です。摂氏0°ですが、部編成にしようかなと少し考えているところです。


「もしもし、え?今日は帰らない!?何よそれ!そういうことは早くいってよね!もう...夕食頑張って作ったのに...ってなんでもないわよっ!山城さんに迷惑かけちゃだめだからね。」

 

宏人がここ数週間頑張っていたので、飲んだ後でも食べられるような酔い覚ましの料理を作ったのに...でも、山城さんが飲み会に行くなんて...しかも朝まで飲み明かすと宏人は言っていたような気がする。麻知ちゃんがそんなことを許すわけないとおもうんだけどな..もしかして会社の女の人と!?いや、そんなことゼッタイないし..宏人はあんなだけどそういうことはしない人だって知っている。でも、あの山城さんと一緒に朝まで飲み明かすことの方がよっぽど想像できない。

 そうだ!麻知ちゃんに電話してみよう!もし本当なら山城さんには申し訳ないけど....仕方ないよね!よし、麻知ちゃんに電話してみよう

 

「...............」

 

あれ?出ない...麻知ちゃんいつもはどんなに忙しくても出てくれるのに。おかしいな...

 透は麻知のことが心配になったのと、もし山城がいなければ寂しがっていると思い一緒にいてあげようと山城宅に向かった。しかし、来てみれば明かりのひとつもないのでやはり野口の言ったことは嘘だったのではないかと透は焦りを感じた。

 

「と、とりあえず訪ねてみようかな...」

 

ピンポーン

 

ガチャ..

 

「あなた!おか....透ちゃん..」

 

「麻知ちゃん。ごめんね夜分遅くに。聞きたいことがあって来たんだけどその感じだとやっぱり帰ってきてないんだね。」

 

「...やっぱり滉一は私のことが嫌いになって出ていったんだ...」

 

「何言ってるの麻知ちゃん。ここで話すのもあれだし上がらせてもらっていいかな?」

 

麻知ちゃんは歩くのもままならなかった。私が介抱してなんとかリビングに上がらせてもらった。山城さんが朝まで帰らないといい、麻知ちゃんがいつもの麻知ちゃんじゃないことといい、何かありそうだ。

 

「あのさ、麻知ちゃん。答えたくないならいいんだけどさ....旦那さんと何かあったの?」

 

「..今日の朝....見ちゃったの」

 

「何を見たの?」

 

「あの女...滉一の前に付き合っていた女の手紙...滉一大事そうにお菓子の缶箱に入れてて...今日私がそれを見たのを知ったらすごい剣幕で...出て行っちゃって..」

 

「ごめんね。辛いこと聞いちゃって...」

 

麻知ちゃんは泣いていた。それもそうだろう。山城さんは普段から温和な人だし怒るなんて本当に珍しいことだ。しかし、麻知ちゃんの気持ちはどうだろうか。麻知ちゃんよりその女の人が大事だと取られてもおかしくない。怒るのはあんまりではないだろうか。麻知ちゃんは見るからに今回の件で憔悴しきっている。

 

「麻知ちゃん!...私たちも呑もっ」

 

************

 

「なるほどな」

 

山城は野口に今朝のことをすべて話した。そして、今になって湧き上がる後悔とどうすればよいかという先行き不透明な気持ちを打ち明けた。

 

「山城も今でいう...あれだ!ツンデレだな。好きなら奥さんみたいに素直に好きっていえばいいじゃないか。そうすれば今回みたいにならなかったんじゃないか?」

 

「麻知が素直?そんなはず..」

 

「山城」

 

山城の言葉を遮るように野口が口を開いた。

 

「いつも冷めた夫婦だといっているが、それは大きな勘違いだぞ。」

 

「え?」

 

「女性の方から引いていくということはないよ。俺もそうだ。こう、年がたつと好きなんだけど大人にならないとと離れてしまうんだよ。透がいろいろ努力しているのも分かっている...弁当を渡そうとしていつも渡せずにいたり、今日も何か用意してくれていたんだろうが...でも昔のようにするのが気恥ずかしいというか...あれなんだよな..山城のやったことは決して正しくないが、でもわかるよ。焦ったり罪悪感をもつのも」

 

「...なぁ野口」

 

「なんだ」

 

「俺、麻知に何かしてあげられているだろうか。麻知を本当に幸せにできているんだろうか..」

 

「..奥さんの幸せは山城がいるだけ..それだけだと思うぞ。」

 

「...そうか。」

 

「始発で一回帰りたいが、山城はどうする?」

 

「一緒に行こう」

 

***********

 

「ったく、こっちが珍しく頑張ったのに宏人のバカ。なんか私ばっかり話してるね。麻知ちゃんも何か旦那さんのこと言いなよ。好きだって言っても愚痴くらいあるでしょ?」

 

透たちはというと、ビールやつまむものなどをテーブルに並べ昼間に会う時よりも少し毒のあることを話していた。正確には透だけが一方的に話している状態である。麻知は座ったまま黙りこくっている。

 

「麻知ちゃんも飲みなよ。どうせ今日は帰ってこないんだしさ。明日になれば帰ってくるよ」

 

「...っ」

 

手をゆらゆらとなびかせながら透が促すと、麻知は手で机を叩き立ち上がった

 

「いい加減にしてよ!そんな呑気にいられるわけないじゃん!だってあんな滉一はじめて見た...それにあんなもの見ちゃったら私...私どうしたらいいかわからないよ!滉一のこと信じてるけど...それでもやっぱりどこか信じられない気持ちがあって...もう帰ってこないんじゃ...って...」

 

麻知は泣き崩れ床へ座り込んだ。透は一瞬驚いたが、麻知が泣き崩れると歩みより麻知の近くへ寄った。

 

「私も同じだよ。今日来たのってね、麻知ちゃんのことが心配だったのもそうなんだけど..宏人...主人が今日は山城さんと朝まで飲み明かすっていうからなんかそれが信じられなくて確かめたくて来たの。この気持ちって麻知ちゃんほどではないけど同じだと思うんだ..やっぱり女の子はいくつになっても一度好きになった人は一生愛しているし、嫉妬しちゃう。だからね、麻知ちゃんは間違ってないよ。麻知ちゃんはもっとわがままになっていいと思うよ。献身的で私の憧れでもある麻知ちゃんにはこんなことで悩んでもらいたくないんだ。だからさ..今日は全部忘れてさ、旦那さんのこと聞かせてよ」

 

透はそういい笑いかけると、麻知は顔を上げ一度だけこく、とうなずいた。




閲覧ありがとうございました。
白山比祥神社に祀られているククリヒメノミコトはイザナギとイザナミのけんかの仲裁をした神様として有名で私も毎年参拝に行っています。
野口夫婦がその役割をしたというお話でした。


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昇華

更新が遅れて申し訳ありませんでした。
今回でとりあえず最終回。これまでが序章とお考えいただければと思います。
さて、次章をどうしようか...それではどうぞ!


 一日ぶりの再会となるのか...、そんなことを思いながら山城は家路についていた。短針は3を指しており、街灯の少ないこの道は真っ暗であった。早く帰り麻知と話がしたい気持ちとは裏腹に、あまり酒を飲まない山城には二日酔いという罪深き者への罰がのしかかっており、頭がズキズキして歩くだけで精一杯であった。

 

「麻知はどうしているだろうか..」

 

これまで帰ってくるのが遅れてた時は限って彼女の情緒がいつもより不安定である。腕に一閃あることは覚悟しないといけないかもしれない。まるでウサギを飼っている飼い主のような境地である。

 足を何とか進めながら家の前まで着いた。麻知は寝ているかも、と思ったが家には明かりがついていた。きっと帰りをずっと待っていたのだろう..何を言われてもすべてを受け止めるつもりである。そして、改めて言いたい。

 

「麻知が一番好き」だと。

 

 

「ただいま」

 

...玄関で待っているのだと思ったのだがそこには誰もいなかった。明かりも消し忘れなのだろうか、疲れて寝着いたのだと思ったその時ドタドタと麻知が走ってきて抱きついてきた。

 

「おかえりぃ。コウくんのバカバカ!私ずっと待ってたのにぃ...なんで帰ってこなかったのぉ?」

 

酔ってるのか?酒臭いし、頬も紅に染まっていた。麻知は自分から酒を飲むほど好きではなかった気がするが。

 

「あ、山城さん。おかえりなさい。ごめんなさいお邪魔しちゃって。実は麻知ちゃんと飲んでいたのですが...麻知ちゃんこんなにお酒弱いとは知らなくて..」

 

「あーなるほど」

 

そういえば酒癖は悪かった気がするかもしれない。昔一緒に飲んだときも「コウくん好き好き好きぃ」と言ってキス魔になったりと大胆なことをしだしたからな。

 

「あ~透ちゃんとばっかり話してるーもっと私にかまってぇかまってよぉ。なんで....ひぐっ...なんで@#?の手紙とっておいたの?なんで怒ったの?私すっごく悲しかったんだよぉ?私より@#?のことが好きなのかなって私捨てられたのかなって...」

 

「そんなことない!俺はいつだって..いつだって麻知が一番好きだよ。」

 

「いやいや!一番じゃダメなの!コウくんの中で女の子は私だけじゃないとダメなのぉ私はコウくんだけだよぉ?コウくんしゅきしゅきだいしゅきぃ...ん...」

 

麻知はキスをしてきた。舌を絡めてのキスだが、アルコールのにおいが口内を支配して二日酔いの山城には気持ちが悪かった。しかし、腕が首に回されていたのでこの態勢を解くことはできなかった。

 脇を見ると野口さんが見てはいけないものを見た、みたいな顔をしていた。「よそ見しちゃらめぇ」と麻知に怒られ、またキスをされる。

 

「.....ん..はぁ..これが私の気持ちだよ?ずっとずっと変わってないの..滉一は受け止めてくれる?」

 

 

『これが私の気持ちだよ?』

 

あの頃を思い出す。あの頃ははっきり答えられなかった。しかし、今ならはっきり言える..

 

「俺はどんな麻知も受け止めるつもりだよ。たとえ摂氏0°のような冷たい愛だって。」

 

「コウくんだいすきっ」

 

麻知はさっきよりも強く抱きしめてきた。私も抱き返した。

 

「あ、野口と一緒に帰ってきたんですが。帰らなくて大丈夫ですか?」

 

「え?!あ、朝食の準備しなくちゃ!そ、それじゃあ失礼しますっ!」

 

「....麻知、少し寝たらどうだい?今日一睡もしてないんだろ?」

 

「うん。じゃあ寝るぅ..連れてってー」

 

私は麻知を介抱してベッドへ連れて行った。安心したのかすぅすぅ眠っている。心労がたまっていたのだろう。その原因がいうのもおかしいが、麻知の本音が聞けてよかった。

 

***********

 

 朝起きると何故かベッドにいました。透ちゃんが連れてきてくれたのでしょうか?時計を見ると六時を過ぎていました。寝坊だと急いで起きてキッチンに向かうと、滉一がいました。

 

「あ、ようやく起きたか。コーヒーでも飲むかい?」

 

こくっ

 

「あなた..そのスクランブルエッグみたいなのは..?」

 

「いや、これはその玉子焼きを作ろうとしたら失敗しちゃってな。ほんと駄目だな俺は」

 

「ふふっ」

 

やっぱり滉一には私がいないとダメだね。昨日悩んでいたことは何故かすぅっと消えていた。わからないけどどこかで安心した私がいる気がする。

 

「ねぇ、あなた」

 

「なんだい?」

 

「ひとつわがまま言ってもいいかな.....

 

一生あなたのそばに居させてください..」

 

 

「もちろんだよ」

 

滉一は優しい口づけをしてくれた。




閲覧ありがとうございました。
Tokyo7thシスターズというゲームで私の推しの玉坂マコトちゃんがデビューして書ける状況でなくて更新が遅れました。本当に申し訳ない。マコトちゃんもヤンデレなのでぜひゲームをやっていただきたい。


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第二部 高校編
おかしいよね?


さて、これまで夫婦としての二人を見ていただきましたが第二部では高校時代の二人のなれそめを見ていただこうと思います。
お嬢様と別れた山城はなぜ麻知と恋仲に至ったのか。そこに迫っていこうと思います。
では、どうぞ。


pipipi....pipipi...

目覚ましの音が鳴るが、もう少し寝ていたい。春も終わりごろ、新緑萌える時期となってきたが春には違いない。昔中国の偉い人はいった。春は二度寝しても仕方ないと...まだ大丈夫だ...きっと大丈夫ではないだろうが俺は目覚ましを止めて寝ることにした。掛ふとんを深くかけ直し、朝日を遮断した。

 

「滉一ぃー麻知ちゃんが迎えに来たわよー起きてきなさーい」

 

「大丈夫ですよ。おばさま。私がちょっと起こしてきますね。」

 

「えぇ、そこまでさせるわけにはいかないわよ...ほら、滉一起きなさい」

 

「私が好きでしてるだけなので、お邪魔しますね。」

 

「そう?じゃあお願いするわね。」

 

階下では母と麻知との寸劇が繰り広げられていた。麻知が来たか...だが、誰が来ようとこの暖かい布団(ユートピア)から抜け出すつもりはない..声をかけられようが、揺さぶられようが無視しよう。ぎりぎりまで徹底抗戦しよう...そう心に決めた。

 

「コウくん、まだ寝てるのかな?もう朝だよ?....これは何をしても起きないってことかな..?何をしても....ね?」

 

あきらめたのだろうかと思ったが、何を思ったかベッドの中に入ってきた。

 

「コウくんは寝てるんだよね...寝てるなら何をしたっていいよね...?」

 

何をする気だ?!不安と何故か分らぬ期待が入り混じりながら沈黙の時間が流れる。何もないのか..と落胆もあったが、起こすための脅しだったのだろうと安心して眠ろうとしたその時、右耳にざらっ、とまた粘り気のような感覚が走った。

 

「ななな...何を...麻知」

 

「おはよう♪コウくん。やっぱり起きていたんだね。私をだまそうとするからだよ?」

 

「だ、だからってみ、耳をお前...そ、そんな幼馴染だからって至近距離で....」

 

「え?なになに?コウくんは私を女の子として見てくれてるんだぁ。かーわいぃ」

麻知は小悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「か、からかうなよ」

 

「コウくんになら、特別なコト....してあげてもいいんだよぉ?」

 

「冗談でも年ごろの女の子がそんなこと言うもんじゃないよ」

 

「冗談なんかじゃないんだけどな...」

 

「え?」

 

「ううん。なんでもないよ。おばさまが待ってるよ、ほら早くご飯食べて学校へ行こ?」

 

朝から騒々しいこの娘は北方麻知だ。幼稚園からの幼馴染で昔から一緒に遊んだりしていた。しかし、中学に入ってからはあまり話すことも少なくなったのだが、俺が旧家の令嬢@#?と別れてからこうしてスキンシップが増えている気がする。もしかして俺に気でもあるのではないか?なんて馬鹿なことを考えてしまうが、それはないだろう..妄想甚だしい自分が恥ずかしい。朝ごはんを早々に済ませ、一緒に学校へと向かった。

 

「ねぇ、コウくん。手つなごうよ」

 

「や、それは...」

 

「だって小学校の頃は手つないで登下校したじゃん?」

さも当然のように言ってのける。思春期という言葉は彼女には本当に似合わない。

 

「それは小学校の頃の話だろ。恥ずかしいよ」

 

「へぇ...あの女とはしてたのに。私とは嫌...なんだ。どうしてかな?私は気にしないよ?」

「俺が気にするんだよ。ほら、行くぞ」

何か黒い影を見た気がしたが、軽くあしらった。

 

「あ、コウくん待って」

 

そんなこんなで学校につく。麻知とは別のクラスで玄関でお別れである。

 

「よぉ。」

教室に入るとクラスメイトの神原が既に席に座っていた。

 

「おっす山城。なんだなんだお嬢様の次は幼馴染ルートか?山城も顔に似合わずプレイボーイだなぁ」

神原は窓からこちらの様子を見ていたようだ。俺をからかう。

 

「何を言ってるんだか...ただ久しぶりに麻知と登校しただけだろ?それより、人のことを言う前に彼女できたのかい?神原くん」

俺はこの期を見逃さず反撃をする。

 

「う..山城よ。痛いところを突くじゃないか。茶化している時点でいるわけないじゃないか」

 

「まぁそうだと思ったよ。同じロンリースチューデントとして仲良くしようじゃないか神原」

 

「山城....おかえり。ロンリースチューデントへ!貴様の帰還を待っていたぞ!」

俺と神原は熱い抱擁を交わした。周りの女子たちが「キモっ」と言っているが気にはしない。俺たちはロンリーなのだから。

 

「はぁ。朝から何バカ騒ぎしてるのよ」

「バカ騒ぎとはなんだわれらロンリースチューデンツの復活祭の途中ではないか」

「それをバカ騒ぎっていうのよ...」

 

半目で神原と俺を見る彼女は笹島みのりだ。クラスメイトで女子のなかではよく絡む方である。

 

「それにロンリーって山城って確か彼女いたんじゃないの?女学校のお嬢様だったっけ?」

 

「そ、それはだな...」

 

「デリカシーのない女だなー全く。山城の心をえぐる話題はやめてあげろよ」

神原は肩をすくめ、やれやれといった態度で答えた。

 

「いや、お前もたいがいだけどな。まぁ、フラれちゃってな...それで神原と同じロンリーなわけなんだよ。」

 

神原を諫めながら、笹島に説明をする。それは桜舞う季節のことであった。元々俺と@#?の仲は認められたものではなかった。お嬢様というだけに@#?の家はとても厳しくしかも俺は中流階級の人間である。親が恋愛を許してくれなかった。そこで俺たちは隠れて交際をしていた。いけない恋であったがとても楽しかった。箱入り娘の彼女は本当に世間知らずでいろいろなことを教えながらデートをしたりおしゃべりをしたりした。しかし、どうもバレてしまったようで親もやはり許してはくれなかったようだ。いつかこの時が来るとわかっていた。しかしそれがあまりにも突然すぎて心の整理がつかなかった。

 そんな時に幼馴染の麻知はあろうことか買い物に付き合ってくれと言ってきた。断ろうとしたが、俺じゃないとダメだと言ってきた。渋々原宿まで麻知と実質上買い物デートを強いられることとなった。そして、今でも忘れない

 

『これが私の気持ちだよ?...』

 

麻知は俺のことが好き......なのか?それとも俺の勘違いなのだろうか...

 

 その時、山城が笹島と話しているところを偶然...なのだろうか。ある少女が見ていた。

 

「おかしいよね?私の.....なのに。そっかあの女が話しかけてきたからだよね?そうだ...きっとそうに決まってる...だって私の彼氏なんだもん♪」




閲覧ありがとうございました。
一人称は高校編なので「俺」になっています。お気づきだったでしょうか?年齢によって変わりますからね。


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麻知ちゃんが掌握したようです

昨日どこかで家の鍵をなくしてしまった四月朔日澪です。ヤンデレ娘が盗んだなら許しますが世の中そんなことはないですからね...
では高校編どうぞ!


朝の連絡事項、そして午前の授業が流れるように進んでいった。よく恋愛小説みたいなあの手のものではボケーっと窓の外を見るなんてシーンをよく見るが、そんなことはなく普通に授業に取り組めるものなんだとその身に置かれて実感した..いや、俺がひと思いにふけることを拒絶しているだけかもしれない。

 

「...こうして、徳川慶喜は二条城で大政奉還を諸大名に号令したわけだ。今日はここまで。」

 

『起立。ありがとうございました。』

 

日本史の授業が終わり、やっと昼休みに入る。学校の昼休みというのは普段の生活よりも少し遅いものだ。大抵正午を余裕で過ぎたあとで集中力など続くわけがないと思うのだが..今の時間きっと悠々と飯を食べている.霞が関の官僚共にもぜひこの正午過ぎに昼休みをとっていただきたいものだ。どれだけ辛いものか。

 バッグの中を開け、弁当箱を取り出そうとした。しかし、そこには弁当箱はなかった。そういえば今日母さんから受け取らなかったな。さて、どうしようか....購買でパンでも買うか。

 

「どうしたの?山城」

 

困っていると笹島が声をかけてきた。

 

「いや、どうも弁当を忘れてきたみたいで」

 

「そう..なんだ。それじゃあさ、私の少し食べる?」

 

笹島は弁当箱を開けスッと差し出してきた。色とりどりのきれいなお弁当だった。

 

「え?いや、購買で何か買うよ...」

 

「その必要はないよ。コウくん」

 

「!麻知」

 

笹島と話していると、麻知が教室にいた。何故か俺の弁当箱を持っていた。

 

「ごめんね渡しそびれちゃって。おばさまと相談して今日から私がコウくんのお弁当を作ることにしたんだ。」

 

「そうだったのか。安請け合いはいいけど断らないと何でもさせるぞ。母さんは」

 

「ううん、私が頼んでやってもらった事なんだから。笹島さんごめんね迷惑かけて。ほらコウくん行こ♪」

 

「ごめんな笹島。そういうことらしいから。」

 

「....いいよ別に。よかったね山城」

 

何か間を感じたが、そのまま麻知にされるまま昼食を食べに行く。

 

「..チッあの糞女本当に邪魔..ただの幼馴染のくせに」

 

笹島は爪を噛みながら麻知の後ろ姿を睨みつけていた。

 

************

 

校舎間の渡り廊下を抜け、麻知に連れて来られた場所は「情報処理室」と書かれた部屋であった。

 

「ここは?」

 

「情報処理部の部室だよ。私幽霊部員だけど部長で鍵を持ってるんだ。ここなら誰にも邪魔…茶化されずに済むでしょ?」

 

「確かに茶化されるのは間違いないな…明日からは家で受け取ればこんな事しなくて済むだろうけどな」

 

「ふ〜んそんな事言うんだ。可愛い女の子とご飯食べられるのにぃ〜明日から作ってあげないぞ?」

 

「か、可愛いって自分で言うか?」

 

「へへっ冗談だよ。でも…もしコウくんが迷惑じゃないなら…これからも、その…一緒に食べ…ない?」

 

「べ、別にいいけど」

 

そう答えると、麻知はパァっと目を輝かせ

 

「じゃあ、また明日もここで食べよっ。とりあえず入って入って」

 

背中を押されて部屋に入る。部屋はコンピュータと机、椅子、そして専門書が入った本棚くらいしかない。やはり幽霊というだけあって埃かぶっていた。しかし、なぜか机とコンピュータだけは綺麗であった。先に掃除していたのだろうか。

パイプ椅子に向かい合って座り昼食をとる。弁当箱を開けると中は茶色いパラダイスであった。こうも女子というものは彩りやらバランスなどというものを気にしがちであるが、男子からすればゴミも同然の概念である。思春期の男など飯と唐揚げがあれば生きていける生物である。そう考えると麻知の作ったお弁当は素晴らしい出来であった。唐揚げのほか、コロッケやハンバーグなど男子が好きなおかずが盛りだくさんであった。また、無駄にご飯に味なり、ちょっと可愛く海苔やそぼろを入れてしまいおかずがあるのに蛇足になってしまうご飯も見事に白飯と男子の胃袋を把握しているかのような仕上がりに山城は驚いた。

 

「すごいおいしそうじゃん…」

 

「喜んでもらってよかった。おばさまに少し教えてもらったんだ。」

 

あぁだからか。と山城は思った。茶色い弁当というのは母親の弁当に多いものである。しかしながらそれは試行錯誤を積んだ結果行き着く境地で麻知が1人でこれを作ったようには思えなかったが、謎が解けた。唐揚げを一口食べ、すかさず白飯をかきこむ。これがいかに幸せか…

 

「美味しい…?」

 

「すっごく美味しい!」

 

「そう…よかった!自信作だったんだ。」

 

「美味しいよ。毎日でも食べたいよ。」

 

「コウくんが望むなら休みでも作るよ。」

 

「いや、そこまでは…」

 

「それはお嫁さんになってからだねっ」

 

「いい旦那さんに出会えるといいな」

 

「コウくん以外のお嫁さんになるつもりなんてない…」

 

「ムグ?何か言ったか?」

 

「ううん。なんでもないよっ!」

 

*********

 

休日である。テレビを見るしかない休日だがあの頃とひとつ違うものがある。

 

「…ご飯」

 

「ん」

 

コトッ…

休日くらいゆっくりすればいいのに。またしっかりとしたものを作ったようだ。麻知が隣に座る今やもう普通の事だ。

 

「…美味しいよ」

 

「…!きゅ、急にどうしたの…褒めても何も出ない…」

 

「いや、ただなんというか…そう言いたい気分でな」

 

「…そう」

 

俯く麻知はなぜか嬉しそうだった。




閲覧ありがとうございました。
さて、飯にしようかな…


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初対決

お久しぶりです。近所の道端に鍵が落ちてました...大家さんには平謝りしました。
それではどうぞ。


 えへへ...コウくんが私のお弁当を美味しいって食べてくれた...うれしいな。毎日でも作りたい気分だけどそういうわけにもいかないもんね。

 午後から麻知はそんなことを考えっぱなしであった。放課後になっても感傷に浸っていたのであった。カバンを整理して一緒に山城と帰ろうと考えていたが、

 

「北方さん」

「なんですか?」

クラスメイトの女子が話しかけてきた。一度も会話を交わしたことのない子であった。

 

「ちょっと付き合って欲しいんだけど」

 

「忙しいので明日にしてもらっていいですか?」

 

「いいから来て」

 

私の意思は無視か。まぁいいか...一体だれが私に用があるのだろうか。コウくんと一緒に帰る機会を邪魔したくらいには意味のある要件であればいいが...ついていくと人気のないピロティに連れてこられた。どうも明るい相談事ではなさそうだ。いや、そもそもそんなものは期待もしていなかったのだが。

 

「みのり、連れてきたよ。」

 

「ありがとう」

 

あの時の女か...朝私の許可なくコウくんと話していたあの女...お昼に勝手に餌付けしようとしていた泥棒猫..私に何の用だろうか?くだらない理由だったらただではおかない...なぜなら放課後の貴重な時間すら邪魔をした時点でこの女を既に嫌っているからだ。

 

「それで何?私、忙しいんだけど」

不機嫌であることを示すため不遜な態度で接した。しかし、笹島は意に介さず続けた。

 

「あのさ北方さん、山城のこと好き?」

 

「だったら何?」

 

「いいから。答えなよ」

 

「好きだよ。誰よりも好き」

 

「...やっぱりそうなんだ。.....私も好きなの..」

 

は?何を言ってるんだこの女...コウくんのことが好き...?ふざけるな!たかが高校で数年いたくらいでコウくんの何が分かるのよ...コウくんを愛していいのは私だけ...私だけなのに...あの女も今目の前にいるこの女も本当×したくなる...

 

「だからさ、諦めてくれるかな?山城と付き合うのは私だから」

 

「何を言ってるの?諦めるわけないでしょ?」

 

「あんまり手荒なことはしたくないんだけどな...どうなっても知らないよ?」

 

この女、思った通り汚いドブネズミね。私が諦めなければ、力で脅そうってわけか...私がそんなもので屈すると思われてるなんてなめられたものね...

 ここでいう力とは学校特有の絶対権力のことを指す。女の世界というのは怖いもので力あるものが恋を制すといっても過言ではない。もしそれを脅かすものがいればたとえ蟻程度の存在でもいじめや暴力によって潰しにかかるわけである。その体制に異を唱えるものも排除されるため、こうした女性社会は未だに跋扈しているわけである。

 

「ご勝手にすれば?それにコウくんはもう付き合ってるよ」

強がる訳ではないが、脅しには屈しないことを伝えた。

 

「幼馴染なのに知らないの?山城は彼女と別れたんだって。..ずっと待ってた。次は私だってずっと思ってた..だから北方さんは私の邪魔をしないでほしいの」

 

「そんなのあなたよりずっと前から知ってる...だから、私がその後コウくんの彼女になったの。デートだってした。」

 

「え?でも山城は自分のこと一人身だって...」

この女、コウくんのこと何もわかってないんだな。ま、コウくんのことを一番知ってるのは私なんだけどね。

 

「あれはコウくんが思い込んでるだけ..コウくんは既に私のものなの..あの女がコウくんの彼女である前から私のもの...あの雌犬が勝手にすり寄ってきて私からコウくんを奪っただけ..だから取り戻した。それだけ」

 

「何をいってんのあんた...山城は別にあんたのものじゃ...」

 

「うるさい!高校からコウくんのことが好きになった分際で何がわかるっていうの...コウくんと付き合いが一番長い私がコウくんのこと一番好きに決まってるでしょ。お前みたいな汚い手を使う奴にコウくんは渡さない...もう誰にもコウくんは渡さないんだから...っふふふあはははははは大丈夫だよ。コウくん...コウくんは私が一生愛してあげるからね」

 

「く、狂ってる..北方さんあなた狂ってるよ」

 

「恋する乙女はみんな狂うものなんだよ?笹島さん?そういうことだから。ね?私とコウくんの邪魔をしたら次はただじゃおかないからね?」

 

私はピロティを後にした。この女と付き合ってるのが時間の無駄だからだ。コウくんもう家着いちゃったかな..ごめんね明日は一緒に帰ろうね..

 

「....ちっあのゴミ...いいわ。私に歯向かったらどうなるか思い知らせてあげる...流石にあの女も諦めるしかないよね」

 

笹島は黒い微笑を浮かべた。

 

**************

 

「...遅いな麻知」

 

正門前で私は麻知を待っていた。お弁当をご馳走になったので礼に喫茶店にでも誘おうと思ったのだが、なかなか来ない。教室にも行ったのだが女子とどこかに行ったきり帰ってきていないということらしい。先に帰ってしまったのだろうか..いや、これまでずっと帰り道を歩いてきた仲である。麻知が本当に用事がある時は必ず連絡をするはずである...少し待ってみよう。

 

「あ、あれ?コウくん!?まだいたの?!」

「まだいたって...待っていたのにその言い草はないだろ」

校舎から麻知が出てきて第一声は驚嘆であった。

 

「え?待っててくれたの...えへへごめんね」

 

「麻知にしては珍しい。いつもはメールなりで遅れるとかいうのにさ」

 

「んーちょっとね。少し用事があってさ...それよりぃ待ってたってことは私と帰りたかったんだぁへぇ私がいないと寂しいのかなぁ?」

 

「そ、そうだよ」

 

「....!!」

いつもからかわれている仕返しに正直に答えると麻知はびっくりした様子であった。

 

「麻知がいないとさぁ...やっぱ帰るとき物寂しいってーか..何か足りねーというか..」

 

「そ、そう。それはごめんね。連絡しなくて」

俺の真意が分かると急にしゅんとなり、謝ってきた。それはそれで扱いづらい。

 

「いいよ。今日はお弁当を作ってもらったお礼にパフェでもおごるよ」

 

「え?いいの!じゃあ...『純』のパフェ食べに行きたい!」

喫茶純のパフェはうちの高校では有名なスイーツである。フルーツをふんだんに使っており、女子に人気だそうだ。

 

「ああいいぞ。行こうか」

 

「うんっ」

 

その時、麻知は最高潮にうれしかった。明日からの仕打ちも知らずに...




閲覧ありがとうございました。
女性社会は怖いですよぉ...まぁ私の知ってる限りの実話...ですが。信じるか信じないかはあなた次第!


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密約

投稿が遅れて申し訳ありませんでした。少し高校時代を思い出し嫌な気分になった四月朔日澪です。
それではどうぞ。


純でコーヒーブレイクをした後、麻知を家まで送ろうとしたが、用事があると断ってきた。

「ん?どこか寄るのか?」

 

「うん...ごめんねコウくん。待たせちゃったのに一緒に帰れなくて」

 

「いや、いいよ。お礼もできたし麻知も何か用事があるんだろ?もう暗いんだし早く帰れよ。おじさんが心配するぞ」

 

「バイバイ!コウくん。また明日ね♪.........さて、行くか」

 

山城が見えなくなると、麻知は公衆電話に入り誰かに連絡を取ったあと、先ほど山城と入った喫茶「純」にまた入った。しばらく待っていると、純喫茶には似合わない地に着くくらい長いスカート、オキシドールで脱色したであろう中途半端な長い茶髪、ここ近辺では有名な不良校の制服を着た少女が現れた。

 

「コーヒー、ホットで」

 

「あら、お姉ちゃんパフェ頼まないの?ここの美味しいんだよ」

 

「そんなもん頼むか。ったくなんでこんな店を選ぶんだ...私には似合わねぇだろ」

 

「そんなことないよ...ふふっ...お姉ちゃんがパフェを食べるのは別におかしく..ふふっははははは」

 

「てめぇ、後でぶっ飛ばす...」

 

『お、お待たせしました。ホットコーヒーになります....フレッシュはいりますか?』

 

「いらねぇ」

 

『ひっ、ご、ごゆっくりぃ』

 

「そんな睨んだら駄目だよお姉ちゃん。」

 

「ふんっ.....それで麻知。ただお茶するために私を呼んだわけじゃないんだろ」

不良少女は背もたれに寄りかかり、紫煙をふかした。

 

「...ちょっと相談したいことがあって」

 

「それは聞いた。で、相談って?私に恋の相談はやめてくれよ。こちとらあんたみたいなきれいな恋愛はしてないもんでね。」

 

「実は消してもらいたいゴミムシがいるんだよね」

 

「麻知にしては物騒なお願いだな。もっと可愛いねんねだと思ってたよ」

不良少女はタバコを灰皿に押し付けた。どうやら話を聞く気になったようだ。

 

「コウくんを手に入れるためならなんだってする...たとえ汚い手でも。それに汚い手はお互い様...」

 

「それでこそ私の妹分だ。恋愛ってものを分かって来たじゃねぇか。それで消してもらいたい奴って誰だ?」

 

「こいつ」

 

麻知は一枚の写真を見せる。それは春の遠足の時の写真である。麻知は違うクラスの人間だが、この時代写真は番号で注文する方式で違うクラスの写真や好きな人が移っている写真は簡単に手に入れることができた。麻知は笹島の顔を今すぐにでも切り刻みたかったが、この不良少女に見せるためなんとか踏みとどまっていた。

 

「ふぅん。まぁ醜悪そうな顔をしてるな...顔は整ってても嫌らしさが顔ににじみ出てる。」

 

「こいつが私からコウくんを奪おうとしている...多分私一人ではどうしようもできない」

 

「その口ぶりからするとクラスでは上位にいるってとこか...笹島...気に入らねぇな..........いいよ。可愛い妹のためだ私が一肌脱いでやるよ」

不良少女は袖をまくりジェスチャーをした。

 

「ありがとうお姉ちゃん。でも、すぐにはしないでほしいな」

 

「どういうことだ?」

 

「少しあのゴミムシを好きに動かしてやらせたいようにさせる...そして、しばらく経ったらお姉ちゃんが手を下していいよ...私のコウくんに手を出したことを一生後悔させる...そして二度とその取り巻きもコウくんに近づけないようにする...

 

いい、よね?お姉ちゃん?」

 

「あ、ああ」

 

この不良少女、長良景子(ながらけいこ)と北方麻知の関係性は親の付き合いである。長良家は県議会議員の地盤、北方家は市議会議員の地盤で互助関係にある。それによって小さい頃から姉妹のように仲のいい二人であるが、景子はこの時麻知のことを末恐ろしい女だと初めて感じた。麻知だけは敵に回してはいけないというのと、笹島とかいう女はとんでもない化け物を敵に回したなと同情の念を少し持った。

 

「それじゃあ、そういうことでねっお姉ちゃんよろしくぅ...」

 

「あっ、私が払うから別にいいのに.......すみませんパフェ1つ」

 

景子は麻知が店が出て行ったあとパフェをとても美味しそうに食べたのだった。

 

**************

 

そして...

 

「ホットコーヒーを」

「えー麻知ちゃんパフェ頼まないの?」

「...太っちゃう」

麻知はあまり間食をしなくなった。太るというのもあったが、山城を監視する時間を一秒でも確保するためだ。

 

「大丈夫だよ麻知ちゃんは痩せてるんだから。すいませーん、パフェ2つー

ママとはんぶんこしようね」

 

「うんっ!」

 

「お姉ちゃんはいつも強引なんだから。それにしてもお姉ちゃんがママさんになるなんて...ヤンママ(ボソッ」

 

「おい、聞こえてんぞ」

 

長良景子はろくでなしと結婚するのではないかと誰しもが思ったが、結局は親に進められた形で同じ派閥議員の家に嫁いでいった。今や心優しい一児の母である。子供ができると人は丸くなるものなのだろうか。しかし、時々レディース時代の片鱗を見せるが。

 

『お待たせしましたーこちらコーヒーとパフェ二つになります。それではごゆっくr...』

 

「ちょっと待てや...」

 

『え....っと...』

 

「......子供用のスプーンとかあれば用意していただけませんか?(ニコッ」

『申し訳ありませんっ。ただいまお持ちしますっ!』

 

「大人になったね..お姉ちゃん。えらいえらい。昔なら間違いなくガン飛ばしてた」

麻知は小さく拍手をした。子供も真似するように拍手をした。

 

「そんなことしないよーほんっと麻知ちゃんは冗談が好きなんだからぁ..........次子供の前で昔の話したらぶっ飛ばす..」

 

景子は麻知の耳元で子供に聞こえないように口封じをする。

麻知はこれ以上は言うまいとパフェを口にした。やはりおいしい。山城に初めてごちそうをしてもらった思い出の味である。当時は400円だったのに今や900円というのは時代の流れを感じる。しかし、中身は同じである。まぁこの2人もこのパフェ同様中身は当時と変わりないのかもしれない...




閲覧ありがとうございました。目には目を...麻知ちゃんに歯向かったらやばいですね...


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急接近

今回は山城目線。彼は当然もろもろの事情知りません。

ではどうぞ。


「滉一ぃ起きなさーい!」

 

まぁどうせ麻知が来たのだろう。起こされるまで寝ているとしよう。

 

「ほら起きなさい!」

部屋にまで上がってきた。あの面倒くさがりな母が...

 

「珍しいな。母さんがおこしに来るなんて。」

 

「外で麻知ちゃんじゃない女の子が待ってるわよ」

 

「えっ!?」

 

いったい誰だ?急いで玄関に向かうと、なんと笹島みのりであった。

 

「おはよう!山城」

 

「どうした笹島?うちまで来て..ってかなんでうち知ってるんだ?」

 

「実は北方さんに代わりに行って欲しいって頼まれて一緒に来たの」

 

「麻知が...?」

 

まぁでもうちを知っているのは麻知くらいだからわかるが、俺は麻知に心配されるほどの寝坊助ということなのだろうか...とても恥ずかしい。しかし、麻知と笹島って仲が良かったんだな。意外な組み合わせである。

 

「わざわざありがとう。すぐ支度するから一緒に行こうか」

 

「うん!待ってるね」

 

「麻知ちゃんを差し置いて女の子連れ込むなんてあんたも意外とやるわね~」

母はうりうり〜と肘を当ててくる。うざい...

 

「茶化すなよ。ただ麻知が来れないから代わりに来たって言ってるじゃないか」

 

「......あぁそうだったわね。朝ごはん出来てるから早く食べてしまいなさい」

 

そういうと母は笹島と何か話していた。早々に支度を済ませ笹島と一緒に登校した。クラスで話すような他愛のない会話をしていると正門で女子と歩く麻知を見かけた。俺に気づいたようだが近づいても来ない。普段なら会話の最中でも俺のところにくるのだが...なんかナルシシストみたいなこと考えてしまった。

 まぁ挨拶くらいはするか。

 

「麻知、おはよう」

 

「おはよう。コウくん」

 

「急に笹島が来て驚いたよ。先に言ってくれれば良かったのに」

 

「.......」

「麻知?」

麻知はなんだか難しい顔をしていたが、しばらくすると笑顔に戻った。

 

「ううん。ちょっとサプライズしたくてねっコウくんも『たまには』他の女の子と登校できてうれしかったでしょ」

 

「まぁ新鮮だったな」

 

なんか間があったように思えた。あと、なんで「たまには」を強調したのか...今日いけなかったのを申し訳なく思ってるのだろうか。別に気にしてないが

 

「行こう、北方さん」

「じゃあ、またねコウくん」

麻知は一緒にいた女子に引かれ、学校へと先に向かっていた。

 

「あぁ」

 

「.....あのさ、山城」

「なんだ?」

笹島は聞きづらくしていた。

 

「北方さんが来るのと私が来るのどっちがうれしい?」

 

「唐突だな...どっちがなんてものはないよ。わざわざ家まで来てもらうのはいつも申し訳なく思ってるしな麻知には毎度起こしてもらってるし」

 

「へぇ..じゃあさ...これからも山城の家に迎えに来ていいかな..?」

 

「別に構わないけど」

 

「やった!明日も待ってるね」

 

「笹島が来るなら早起きしないとなぁ..」

 

教室に入る時に神原や男子にだいぶ茶化された。一緒に入ってきたのだから仕方ないのだが..笹島は心なしかまんざらでもないというように見えた。

 そういえば、弁当はどうすればいいのか..母はもちろん作るわけはなくまた麻知と受け取りに行かないといけないのか...まぁどうせ一緒に食べるからいいか。授業を受けていればあっという間にお昼になり、弁当を麻知に会うため隣のクラスへ行く。

 

「麻知」

「あ、コウくん」

呼びかけると麻知はこちらに気づき側にやってきた。

 

「行こうか」

 

「ごめん...コウくん、お弁当作るの忘れちゃって」

 

「え?どうしよっかなぁ」

 

「本当にごめんね!」

 

「いや、麻知には頼りっきりのところがあったんだ。たまにはこういうことがあってもいいよ。購買でも行くか」

 

「うん...そうしようか。」

 

麻知を見ていると凄く気の毒に思えた。麻知だって人間である。そういう失敗があっても仕方ない。そもそも弁当を人の娘に作らせている母に問題があるのだ。帰ったら説教だな...

 購買に向かおうとすると笹島がこっちにやってきた。

 

「どこに行くの?山城」

 

「購買にな」

 

「珍しいね。お弁当じゃなかったっけ」

 

「たまにはこんなこともあるさ」

 

「じゃあさ、私の弁当食べない?実は作って来たんだよね...山城に食べて貰いたくて...」

そう言うと、可愛らしい巾着袋を差し出してきた。

 

「そうなのか?」

 

「一緒に食べよっ山城」

 

「その前に麻知と購買まで付き合うよ」

 

「...あ、コウくんそういえば私部室でプログラミングの続きをしないといけないんだった。ごめんね。笹島さんのところに行ってあげて」

 

「そうか。じゃあ、また放課後な」

 

「あ、放課後もちょっと難しいかも。ごめんねコウくん」

 

情報処理部は幽霊部員とか言っていたはずだが、たとえ大したことをしていない部でも活動をある程度しないと部として認められないのだろうか...帰宅部には縁遠い話である。

教室に戻り、笹島が作った弁当を頬張る。麻知のにも負けず劣らず美味しい。

 

「おいしい?」

 

「あぁおいしいよ」

 

「それはよかった。明日も一緒に食べよ?」

 

「え?いや、麻知といつも食べていて今日は珍しく作るのを忘れたらしいんだけどいつもは俺の分も作ってきてくれるんだ。」

 

「でも、北方さんとても忙しそうだし明日もこんな感じになるんじゃない?だから私が迎えを頼まれたんだし」

 

「そうなのか」

 

ずっとなんで?と思っていたがそういうことか。なら麻知もそういえばいいのにと思ったがそれも言えないくらい切羽詰まっているのかもしれない。朝一緒に歩いていた女子は情報処理部の子たちだったんだろうな...

 

「じゃあ、頼むよ」

 

「うん♪明日も楽しみにしてよね!」

 

*****************

 

「.....っふっははははははははせいぜいコウくんとの短い時間を楽しんで..その後じっくり壊してアゲル...」

 

人気のない部室棟には麻知の笑い声だけが響いた。




ありがとうございました。麻知ちゃんは何を考えてるのでしょうね...


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急接近の裏側

前回の話、麻知ちゃんから見た様子です。

ではどうぞ。


「北方さん、おはよう」

 

朝、玄関を出ると同じクラスの女子がいた。誰だったかな..まぁコウくん以外どうだっていいんだけどね。

 

「おはよう。どうしたの?」

 

「北方さんと一緒に登校しようと思って」

 

「そっか。待たせちゃった?行こっか」

 

コウくんと私を会わせるのを邪魔しようってことか。あの女..しばらくは泳がせておくか。この女は頼まれて私と登校させられてるのだろう...「赦す」か。

 正門まで来るとコウくんがいた.....あの女と一緒に。そういうことか...一緒に登校したかったから私をコウくんから離したのね。そんなことはどうだっていい。なんでコウくんは嬉しそうなのかな?おかしいよね?私がいるのに...あんなにヘラヘラしてあの女のこと○したくなるじゃない..あの女を消したらじっくり教えてあげるね♪コウくんは私のものだって...

 

「麻知、おはよう」

 

「おはよう。コウくん」

 

「急に笹島が来て驚いたよ。先に言ってくれればよかったのに」

 

言ってくれればよかったのに...?あの女を見れば勝ち誇ったような顔をしていた..私が頼んだみたいに言ったのだろう。乗ってやるか皮肉を込めて

 

「麻知?」

 

「ううん。ちょっとサプライズしたくてねっコウくんも『たまには』他の女のこと登校できてうれしかったでしょ」

 

「まぁ新鮮だったな」

 

ふぅん。コウくんそういう返しか、そうだよね私と一緒の方がうれしいもんね♪まぁだからって嬉しそうにあの女と登校したことは許さないけどね。あの女は私を邪魔くさく思ったようで「行こうか、北方さん」と一緒に登校した女が言ってきた。コウくんにバイバイしてその場を立ち去った。そのあとあの女から何か言われるのかと思ったがそんなことはなかった...甘いな私だったら釘をさすのにね。

そしてお昼休みになった。コウくんがおなかをすかせて待っているはず...お弁当をバッグから取り出すと軽い...どうしてだろうか?そう思い弁当の中を見てみると空っぽであった。少し離れたところでは女子の集団がこちらを見て笑っている。きっと彼女たちが捨てたのだろう。私のだけならいい...しかしコウくんの分まであいつらは手を出したようだ...赦されるはずがない。こいつらは....だな。

 

「麻知」

 

「あ、コウくん」

 

コウくんが教室に来てくれた♪そこまで私と会いたいなんてコウくんは...でもお弁当はないしどういえばいいかな...

 

「行こうか」

 

「ごめん...コウくん、お弁当作るの忘れちゃって」

 

「え!どうしよっかなぁ」

 

凄くショックといった感じでコウくんはリアクションをした。別に私が悪いわけではないけど申し訳なさが立ち込める。こんなことでしかコウくんの役に立たないのに...

 

「本当にごめんね!」

 

「いや、麻知に頼りっきりのところがあったんだ。たまにはこういうことがあってもいいよ。購買でも行くか」

 

「うん...そうしよう」

 

コウくんは本当に優しいな...私だけ優しくしてほしいな、まぁもうすぐコウくんは私のモノになるけどね。それにしてもあの女ども絶対に許さない許さない許さない....

 コウくんと購買に向かっているとこの事件の黒幕が現れた。

 

「笹島...みのり...」

 

コウくんに聞こえないくらい小さい声で奴の名を呟いた。この泥棒猫...コウくんにすり寄ってきてどうせ弁当を台無しにしたのもこの口実を作るためって線だろう、幼稚な。あいつがコウくんに向ける笑顔は本当にぐちゃぐちゃにしたいくらいだった。二度とコウくんに顔を向けることができないように...

 

「一緒に食べよ山城」

 

「その前に麻知と購買まで付き合うよ」

 

うれしいな...コウくんはやっぱり私を選んでくれるよね...♡でもごめんね...

 

「...あ、コウくんそういえば私部室でプログラミングの続きしないといけないから笹島さんのところに行ってあげて」

 

「そうか。じゃあ、また放課後な」

 

「あ、放課後もちょっと難しいかも。ごめんねコウくん」

 

「...うん」

 

「ほら、山城いこ」

 

そして私はコウくんから離れた。コウくんが放課後誘ってくれたのに...本当私っていけない子だな..でもこの埋め合わせは絶対するからね。邪魔者がみんな消えてから。そしたら私とコウくんとの大事な時間が守られるから...購買によらず、情報処理室に入った。放課後はある程度の生徒がいるが、昼休みとなると誰も来ない部室棟。私はPHSでお姉ちゃんに電話をした。

 

「もしもし、お姉ちゃん?」

 

「あ、麻知か。どうだった、腹の2、3発は喰らったか?」

 

「ううん。私に直接何かをするってことはなくて一緒に登校させないようにとか弁当をゴミ箱に捨てるとか....つまらない」

 

「なんだ、ってまぁ麻知に傷でもつけたらただじゃ済まさなかったが..面白くねぇな。こうまわりくどいんじゃこっちのやりがいがないってもんだ」

 

「そうだね...もっと派手に動いてもらわないと壊すのも楽しくないね」

 

「それで?まだいいのか」

 

「うん。まだ少し楽しませてあげようかなって..その幸せも短いとは知らずに..コウくんとの時間を与えるのも本当は嫌なんだけど」

 

「そうか。じゃあまた仕事になったら連絡してくれ連中はいつでも準備できてる」

 

「ありがとうお姉ちゃん」

 

「いいってことよ」

 

そして、電話を切った。




閲覧ありがとうございました。


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布石

一週間も春休みをいただきました(いつも更新遅いだろ!)

さて、ついに麻知ちゃんが動きます。


町の郊外にある丘、その上にお嬢様が集まる女子校がある。この学校にはかつて山城と彼氏・彼女の仲であった少女がいた。そしてその少女の前に絶対にいないであろうもう一人山城と一番付き合いの長い少女がいた。

 

「....あなたは?」

 

「山城滉一の幼馴染...っていえばわかるかな?@#?さん」

 

「山城くんの...その幼馴染さんがなんの御用でしょうか?私はもう山城くんとは...」

 

「ちょっとお話がしたいの。今から付き合ってくれる?」

 

@#?は少し考えた末、

 

「分かりました。ごめんなさい、今日はご一緒に帰れませんわ」

 

学友に一言謝り、この得体の知れない元彼氏の幼馴染に付き合うことにした。着いた店は前に山城に連れて行ってもらった喫茶店だった。確か一緒にパフェを食べた覚えがある。

 

「それでお話とは」

 

「単刀直入に言うね。コウくん...山城くんのことを嫌いになってほしいの」

 

「はい?」

 

「あんた、コウくんを振ったんだよね?確か親が厳しくて不純異性交友を禁止してるんだってね。コウくんから全部聞いた。でも、コウくんはまだあんたのことを忘れきれてないみたいでさ。コウくんが次に進め無くなってるわけなんだよね。だからさ、コウくんに『もう好きじゃない』って言ってくれないかな?コウくんのために、さ?」

 

「........それで本心は何なのですか?」

 

@#?は顔色一つ変えずに聞いた。

 

「チッ..何もできないお嬢様ってわけではないようね。....邪魔なのよあんた。そもそも私のコウくんを奪った時点で赦せない...それに自分の都合でコウくんを傷つけて..赦せない赦せない赦せない...」

 

「別にあなたに赦される必要はないです...それにいいじゃないですか。確かに私は山城くんと物理的には離れました。そして彼氏と彼女という仲でもなくなりました。でも、心は今でもつながっているはずです。あなたが言ったように山城くんは私に好意を抱き続けている。そして私も山城くんに好意を抱いている..形は異なっていても恋は続いているんです」

 

「ふざけるな!」

 

麻知は机を叩き、大声を上げた。

 

「心は繋がってる?恋は続いてる?よくそんなこと言えるわね..妄想もいい加減にしなさい!いい?もとよりコウくんは私のモノ。あんたが掻っ攫っていっただけ..そして運命を知りながらコウくんの純情を弄んだ、違う?私ならそんなことしない...何があっても離れないし、離さない..どんな手を使っても...コウくんの心も身体も私のモノなの。それを取り戻すにはあんたがコウくんのことを嫌う必要がある。そうすればコウくんは私のモノになる...ずっとずうっと...」

 

「話になりませんね」

 

@#?は伝票を持ちレジに向かう。

 

「私は今でも山城くんのことが好きです。それは純粋なものです。あなたとは違う。たとえ、もう接触も連絡もしていなくても...この気持ちは変わりません。それではごきげんよう」

 

「.....ふふっ、そうか連絡はしてない...か。それが聞きたかっただけなのよねぇ。それにしても、早川すみれ...あなただけは一生ユルサナイ」

 

************

 

「おはよう、山城」

 

「おはよう」

 

あれから丁度一週間がたっただろうか。麻知ではなく笹島との登下校、そして昼食も笹島の作った弁当を食べ始めて。麻知の補完...は少し失礼だがそんな役割を笹島がしているような気がする。しかし変わったことはそれだけではない。麻知が学校をここのところ休んでいる。今日もいなければ5日も休んでいることになる。病気だろうか?

 

「どうしたの?北方さんのことが心配?」

 

「あぁ。めったに休むことなんてないから心配で」

 

「そうなんだ。...まぁ私は邪魔者がいなくていいんだけどね(ボソッ」

 

「何か言ったか?」

 

「ううん。早く北方さんが戻ってくればいいね」

 

そして今日も麻知は学校に来ていなかった。放課後、見舞いに行こうと思った。そして、お昼ここのところ特に変わりない教室で笹島との昼食。

 

「美味しい?」

 

「おいしいよ」

 

「よかった...あのさ、山城....」

 

「ん?」

 

「放課後、屋上に来てくれるかな..?話があるの。」

 

「?まぁいいけど」

 

放課後麻知の家に行こうと思ったのだがまぁ笹島と話をした後でもいいか。別に教室でもいいだろうに..それとも他に聞かれたくない用..とかだろうか。授業中、なんだか笹島から視線を感じた。笹島を見るとこっちに気づいて頬を赤くして視線を離す..

 そうして放課後になった。言われた通り屋上に向かう階段を上っていくとそこには笹島ではない女子の集まりがいた。

 

「あんたが山城?」

 

「そうだけど」

 

「みのりなら外にいる。」

 

そう言われ扉を開けると笹島が一人屋上に立っていた。

 

「あ、山城。来てくれたんだね」

 

「そりゃ、呼ばれたから来ないわけにはいかないしな。それで話って?」

 

「.......そ、その...私、山城のことがずっと好きだったの!だから....だから..その....私と付き合って!」

 

え?

 

山城は固まってしまった。ただのクラスメイトだと思っていた笹島が自分のことが好きだったなんて...それじゃあ、これまでしてきたスキンシップは自分へのアピールだったというのか。これまで起きた出来事が走馬灯のように頭に流れ、色々なことを考えてしまう。

 

「私じゃだめ...?私前の彼女よりも北方さんよりもずっとずっと好きだよ?私、山城の理想の彼女になるからさ...私と付き合ってよ」

 

「........ごめん。」

 

「なんで....なんで...」

 

笹島はその場に座り込み泣いた...別に笹島に魅力がないわけではない。でも好きな人が俺にはいるんだ。だから断った。でも僅かに感じる罪悪感に耐えられず俺はその場を立ち去ろうとする...

 

「ちょっと待ちなさいよ。」

 

「何?」

 

「なんでみのりのこと振ったのよ」

 

「そうよ。みのりのどこがいけないのよ。説明しなさいよ」

 

「....俺には好きな人がいるから...中途半端な気持ちで笹島と付き合ったら笹島に失礼だから...」

 

「あっ、ちょっと...」

 

そして俺は静かに学校を出た。明日からどう笹島と接すればいいだろうか...朝迎えに来ることももうないだろう。

 

**************

 

「ふぅん....ゴミの分際でコウくんに告白なんてしたんだ。身の程知らずだね。最後に選んでくれるのは私だよね?コウくん?.....もしもしお姉ちゃん?そろそろお願いしてもいいかな?」

 

『いいぜ。でも、麻知本当にいいのか?そこまでする必要って』

 

「いいから..黙ってやってくれればいいの。」

 

『!?』

 

それは景子が初めて聞くすべてを凍らせるような冷たい声だった。

 

「それじゃあ、お願いね?お姉ちゃん、手は抜かないでね。コウくんにバレたら水の泡だから」

 

『ああ..』

 

pi...

 

「待っててね、コウくん。もうすぐコウくんを取り戻してあげるからね。そしたら一生私のモノ...」

 

学校から少し離れた場所で現場を見届けた麻知は黒く笑うだけだった。




閲覧ありがとうございました。

ずっと伏字にしていた山城の元カノ早川すみれっていうんですねぇ..


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時間切れ

珍しく連日での更新。これがずっと続けばいいけど…


「...」

 

頭には先ほどの笹島が浮かぶ。理由はどうであれ女の子を泣かすというのはいけないことだ。しかし、今も続く感情のまま笹島の告白を受けてしまえばすみれにも笹島にも失礼だと考えた...そして、

 

「麻知...」

 

北方家に着いた。一週間も顔を見ていない幼馴染がいるその家に。勘違いかもしれないが麻知もまた俺に好意があるように感じた。原宿でのこと、そして最近になっての接近...それがまだ整理しきれていないというのもあった。

 しかし、今は麻知が心配である。いつも元気な麻知が長いこと休むことは初めてなのだから。インターフォンを押すが反応がない。麻知の家は共働きでおじさんが市議会議員、おばさんは大学教授で普段家にいないので麻知がいつも出迎えてくれる。麻知が出ないということはそれ程体調がよくないのか..それともどこか出かけているのだろうか...あれからメールを送ったりしているが一切返信がない。電話も駄目だった。

 

「帰るか。....え?」

 

出る気配もないので今日は引き上げようとしたところ電話が鳴った。その相手は...『北方 麻知』。麻知からだった

 

「もしもし?」

 

『コウくん!助けて!いやぁぁぁぁ殺される!助けて助けてぇぇぇ』

電話口から突然麻知の断末魔が聞こえてきた。一体何が起きているのか。すぐに飲み込めなかった。

 

「麻知!?大丈夫か!今どこにいる?」

 

『宏池高校の体育倉庫だよ!コウくん、早く助けに来てぇぇぇぇぇ「テメェ何連絡してんだよ!」パチンッ..「ほら立てよおらぁぁ」いやぁぁぁぁぁ....』

 

電話越しに麻知が乾いた声が聞こえてくる。おそらくビンタを受けたのだろう。麻知の悲鳴が心に突き刺さる。その後も遠めに金属音や打音が聞こえてきた。その度に「コウくん!コウくん!」と麻知は叫んでいた。

 

「麻知?!麻知!....切れた..」

 

宏池高校といえばここでは有名な不良が集まる高校である。なんで麻知が不良に襲われているかはわからないがとにかく助けなければ!山城は何も考えず宏池高校へとひたすら走る。

 

「麻知...待ってろよ...」

 

全速力で走りやっと宏池高校に着く。不良校ということもあって明らかに制服が違う部外者でも簡単に入れた。部活というものもないのか放課後の校舎には人気がなかった。体育館の方向に向かって走ると、

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して...あ"あ"あ"あ"ああ"あ"あ"あ"』

 

麻知の悲鳴が聞こえた。そこは小さなプレハブ小屋..きっと言っていた体育倉庫だろう。しかし、勢いで来てしまったが、どう突入しようか..武器も何も持ってはいない。中に不良が何人いるのかも分かっていない状態で突入すれば麻知同様袋叩きにされるのは必至だろう。そう考えていると

 

『助けて!コウくん!「助けなんてこねぇよ!おらぁ」ドスッ....』

 

俺に助けを求める麻知の声と不良の女と思わしき声..そしてそのあと鈍い音が漏れた。その後麻知の声は聞こえはしなかった...

 足が震える。何を怖がってるんだ...幼馴染が..麻知が大変な目にあっているんだ!

 

 

俺が助けなくて誰が助けるっていうんだ!

 

 

山城は体育倉庫の扉を勢いよく開けた

 

「麻知!」

 

「なんだてめぇ」

 

そこには宏池高校の制服を着た茶髪の女とその取り巻きと思われる女不良達がいた。そして床には腹を抑えて横に倒れている麻知がいた。ぱっと見でもあざが散見できる。

 

「麻知!麻知、しっかりしろ」

 

「コウ...くん?」

 

麻知はか細い声で応答する。

 

「ごめん。遅くなって..もう大丈夫だ。........お前ら何があって麻知にこんなことしやがった!!」

先程までの恐怖は消え、滉一は不良相手に啖呵を切った。

 

「別にこの女のことは知らねぇけど頼まれたんだよ。ムカつく女がいるからシメてくれって。だからやっただけだ」

真ん中にいたリーダーと思しき不良が言った。

 

「誰がそんなことを..」

 

「誰とは言えないけど、その女が依頼主の恋路を邪魔したとかなんとか...チッ..余計なことをしゃべりすぎちまった。まぁ任務はすでに終わったからあとは勝手にしな。こっちもサツに面倒になるのはごめんだからな。

ったくムカつく女だぜ。フンッ」

 

そういうととどめと言わんばかりに麻知の下腹部を蹴り連中は体育倉庫から去った。麻知は蹴りを受け強く咳き込んだ。

 

「ゴフッ...ゴホッゴホッゴホッ..」

 

「大丈夫か!?ごめん..何もできなかった...」

 

「コウくん....コウくん...」

 

俺は弱々しく抱きついてきた麻知を優しく抱きしめ返した。男として何もできなかったことが本当に情けなかった。

 

「もう大丈夫...大丈夫だから」

 

山城は子どもをあやすように麻知の頭を撫でた。

 

「...コウくんが助けに来てくれて本当にうれしかった。きっと..コウくんなら助けに来てくれるって..」

 

「...ああ。それじゃ帰るか。麻知、立てるか?...無理なようなら負ぶっていくけど」

 

「うん...ちょっと無理かな。お願いしていいかな?」

 

「おう」

 

俺は麻知を背負い宏池高校を出た。

 

「なんで麻知はずっと学校を休んでいたんだ?今ボロボロだからわからないけど風邪とかそういう感じではないようだけど」

 

「...それは」

 

「今の出来事と繋がるんじゃないか?」

 

「....」

麻知は口を固く結んだままだった。

 

「麻知が言いたくないなら無理にとは言わない..けど、俺は麻知を傷つけた奴を絶対に許せないんだ。あんな陰湿な真似…だから教えてくれないか...?」

 

背中に水滴が落ちた。後ろを振り返ると麻知が涙をボロボロ流していた。

 

「ごめんねコウくん.....私嘘ついてた..笹島さんが一週間前からコウくんを迎えに来たりお弁当を作って来たりしてるでしょ...それって私が頼んだわけでも部活で忙しいからじゃないの..その前に笹島さんに言われたの..コウくんが好きだからしゃしゃり出るなって...それで私もコウくんのことが好きだから嫌って言ったら..仲間を使ってコウくんと私を引き離したり、弁当が捨てられたり放課後呼び出されてリンチにあったり..クラスで私をいじめ始めたの...でもコウくんには言えなかった...次何をされるかって思うと....怖くなって...それで学校を休んだの。でも、今日家に不良が来て『てめぇのせいでみのりがふられた』って『お前さえいなければ良かったんだ』って..体育倉庫に連れていかれてビンタされたり、髪をつかまれてひきずられたり、角材で滅多打ちにされて...」

 

「笹島が....」

 

俺は怒りがこみあがってきた。今日あんなに穢れのない告白をした彼女が麻知に対してひどい仕打ちをしていたことに。

 

「すまない、辛いことを言わせて...でもありがとう。教えてくれて」

 

「うん。じゃあここでいいよ」

 

気づけば麻知の家の前だった。

 

「ここまでで大丈夫か?なんなら部屋まで…」

 

「ううん。コウくんにこれ以上迷惑はかけられないよ」

 

「そうか。学校はどうする?」

 

「まだ少し怖いかな…でもコウくんが居てくれるなら…」

 

「わかった。明日は俺が麻知を迎えに行くよ。」

 

「え?でも、コウくん早起き苦手だし…」

 

「怪我の功名とも言うべきかな。この1週間で誰にも起こされることなく起きれるようにはなったよ」

 

「そうなんだ…じゃあ明日待ってるね」

 

「あぁ、それじゃあまた明日」

 

「バイバイコウくん………………………

 

 

山城の後ろ姿が見えなくなるまで麻知は小さく手を振った。

 

 

ふふっこれであの女も終わりだね。ここまで計画通りだよ♡」

 

**************

家まで帰ってきた。窓を見ると母はまだ帰ってきていないようだ。買い物に行ったのだろうか?

 

「ん、手紙…?」

 

家のポストを見ると「山城くんへ」と書いてある可愛らしい便箋があった。前はポストを見るのがとても楽しかった。すみれからの手紙がないかといつかいつかと心躍らせていた、しかしあれから双方とも一切文通をすることをやめた。未練が残ると感じたからだ。しかし、この丸文字…きっとすみれのものに違いない。山城は少しの疑念と期待を持ち封を切る。

 

手紙には

 

『山城くんへ

 

私と別れてからすぐに幼馴染さんとデートをしたのですね。それも私たちの思い出の場で。私は山城くんとこれからも心は繋がったままだと信じていました。でも、山城くんは私のことなんてとっくに忘れて幼馴染さんを選んだんですね。

 

あなたには幻滅しました。もう二度と私の前に現れないでください。

 

さようなら。 早川すみれ』

 

「なんで…」

 

相思相愛のまま、すみれの家庭の事情で別れた。でもそれは山城にとっては別れたという心地はしなかった。なぜならこれまでのすみれとの仲も水面下のものであったから。

しかし、今は違う。山城はここにきて初めて「失恋」を経験した。




閲覧ありがとうございました。


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≪番外≫浮気は駄目ですよ?旦那様

少し息抜きに現行軸のストーリーを...
べ、別に高校編の展開考えている間のつなぎとかじゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ

ではどうぞ...


御茶ノ水駅から歩いてすぐにある神田神社、通称神田明神。鎮座する神田のほか、秋葉原、丸の内、築地など...100あまりの町会の氏神である。出雲大社に祀られているオオクニヌシノであるオオナムチノミコト、三の宮には関東の英雄平将門が祀られている。平将門が祀られていることから神田神社を崇敬するものは成田山新勝寺を参詣してはいけないという暗黙の了解がある。それは成田山新勝寺が平将門の乱の鎮静化を祈禱したという事実があるからだ。平将門といえば首塚の伝説が有名であるが実は神田神社で崇拝されている存在なのだ。(参考・wikipediaより)

 

「今は大衆迎合な気もするけど」

 

神社にはアニメのコラボグッズの販売テントやアニメキャラののぼりが立ってたりしているこれが神社本庁の別表神社とは到底思えない姿である。

 

「これが目的かと思った」

 

麻知がしらーとした目でこっちを見てくる。今日は神田明神に行こうと言い、それからここまでくるまでご機嫌斜めだったのはそのせいか。

 

「なんでそう思ったんだ..」

 

「...だって最近隠れていかがわしい漫画を読んでいるから...まぁ燃やしたけど」

 

「...銭形平次の碑でも見に行こうか」

 

深く追求されたくなかったので話を逸らした。

本殿の脇に銭形平次と子分の石碑がある。また裏には摂社が鎮座している。鳥居から本殿まではごちゃごちゃしている印象であるがちょうど裏といえる摂社はとても静かで本来の神社の雰囲気を醸し出している。

 

「なんか落ち着くね」

 

「麻知がそんなことをいうのは珍しいね」

 

「あなたに連れられて色々神社を回ってきてこういう静かなとこは何か空気が違うように感じるの」

 

身を肩に預けるように山城に寄りかかる。

 

「空気?」

 

「そう空気。重くて、ピリッとしているそんな空気を神社へ行くと感じる...」

 

「ふうん俺は感じないなぁ。」

 

「漫画の女がいないから?」

「馬鹿っそんなんじゃないからもう機嫌を直してくれよ」

今日の麻知はなんだかしつこい。そんなに気にしているのか。

 

「別に気にしてないよ?だってあなたは私だけのものだもの。ただ、私がいるのにそういうものを持っていたことが許せなかっただけ...あとできっちり説明してもらう..」

 

「お手柔らかに頼むよ...」

 

私は神社巡りが好きだがこれまでそんなものを感じたことはない。しかし、修羅場の空気は間違いなく感じた。

 神社を一回りし、男坂を下りる。これを下りると秋葉原である。元は神田市場という青果市場があった場所で今もフルーツパーラーなど当時を思い起こさせる店がひっそりと存在している。とはいえ、時代の流れで電気街、アニメの街昨今はラーメン激戦区と街の姿を変えている。神田神社から向かうとアニメ専門店が並ぶ通りにたどり着く。

 

「オタクばっかりと思えば外国人も多いんだな...」

秋葉原のイメージはリュックを担いだ太ったオタッキーな人達が歩いていると思っていたが、そんな人は少数で外国人もちらほら見られた。

 

「だいぶ歩いたしどこかでお茶にでもしようか」

コクッ

 

人ごみの多いところを歩き続けるとメイド服を着た女の子達がチラシを配っていた。

 

「メイド体験してみませんかぁ~」

 

「...」

 

麻知がメイド喫茶のチラシを貰いジィーと見ている。

 

「ここにしよ」

 

「え?あの麻知さんや、正気ですか...?普通の喫茶店もあるんだぞ」

 

「そういいながらもあなたも行きたいんじゃないの?だってさっきから勧誘のメイドを目で追っていたし..」

 

麻知が嫉妬まじりに言う。なるほどだからメイドになりたいわけね...別に目で追っていたわけじゃなくてこんな格好で勧誘するのって恥ずかしいだろうなぁとか思いながら見ていただけなのだが..

 

「じゃあ、そうしようか。」

 

「ふぅんやっぱり行きたかったんじゃない」

 

「...もうそういう事でいいよ..それで」

 

これ以上何か言っても火に油を注ぐだけなので大人しくチラシに書かれたカフェに向かう。

 メイドカフェと一概にいっても今やいろんなカフェが存在する。古典的なメイドがご奉仕するメイド喫茶があれば、コンセプトカフェと言われる独自の世界観を醸し出すカフェもある。今はもうないが過去にはヤンデレカフェという本当のヤンデレが集結してしまい刃傷沙汰になったコンセプトカフェがあったりと多様化が進んでいる。

 

「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様」

 

「「!!」」

 

もはや代表的な挨拶なはずだが、実際言われると固まってしまうものだ。山城と麻知はこの独特な世界観に気圧されそうになる。

 

「これ...メイド体験ができると聞いた。」

麻知はチラシを見せた。

 

「お嬢様、奉仕をお手伝いいただけるのですね!!ご奉仕の内容にご主人様(山城)の接客だけと、給仕だけと接客・給仕の3つがありますがどうなさいますか?」

 

「接客・給仕で」

 

「ありがとうございますお嬢様、ではご主人様お待ちくださいませ」

 

接客と給仕って完全にアルバイトじゃないか?まぁ大人版キッザ〇アだと思えばいいのか...そうして席で麻知の着替えを、水を飲みながら待っていると

 

「おかえりなさいませ。旦那様...その似合って..いますか?」

 

メイド服に着替えた麻知が戻ってきた。少し恥ずかしながら聞いてくる。

 

「あぁ..似合ってるよ。実際働いてそうで」

 

「旦那様からお褒め頂き感激でございます。ですが、わたくしは旦那様だけのメイドですからおっしゃっていただければいつでも旦那様だけの専属メイドになりますよ?ですから他にメイドに目移りしませんよう..」

 

『新人さんかな?』『可愛い子だな』『ヤンデレメイドって設定かぁ。俺も重い愛を受けてみてぇ..』など周りの客の注目を集める。

 

「旦那様、ご注文はどうなさいますか?」

 

「じゃあ、メイドの淹れたてホットコーヒー(商品名)を...」

 

「以上でよろしいですか?旦那様?」

 

「ええ」

 

「本当によろしいのですか?遠慮なさらなくてもよいのですよ?旦那様」

麻知が詰め寄ってきた。近い…胸の部分が開いており、麻知は見せつけるように上目遣いで胸を寄せていた。

 

「えっと、じゃあ麻知のおすすめは何かな..」

 

「はいっ僭越ながら..この愛情たっぷりオムライスがおすすめです」

 

おすすめという名の注文強要である。これがもし本当のメイドであれば直ちに解雇するだろう。

 

「じゃあ、それを」

 

「ケチャップで文字やイラストを描きますが、何がよろしいですか?」

 

「お任せします..」

 

「はい。旦那様。ではお待ちくださいませ」

注文を聞き終えると、麻知はキッチンへと消えていった。

 

「メイドってこと以外はなんらいつもと変わりないような」

 

『あのメイドさん、あんたの奥さんかい?』

 

近くにいた私より年上のチェックのシャツを着た男が話しかけてきた。

 

「ええ、そうです。メイドがしたいというので来たんです。」

 

『あのヤンデレっぷり演技なのかい?それともいつもあんな感じなのかい?』

 

「さっきから思ったのですが、ヤンデレって何ですか?」

 

「ご主人様に代わって私が説明しますね。ヤンデレというのは愛をこじらせて精神的に病んでしまった女の子のことで..」お待たせしました。旦那様」

 

メイドさんから話を聞こうとしたら麻知が遮るようにコーヒーとオムライスを持ってきた。オムライスにはケチャップでこう書いてあった。

 

『なんでホカのオンナとハナしてるの?』

 

「旦那様、他のメイドと仲良さそうに話していらっしゃったようで」

終始笑顔だが、目は笑っていなかった。

 

「いや、ただわからない言葉があったから教えてもらっただけで..」

 

「言い訳はいいです。理由はどうであれなんで私以外のメイドと仲良くするのか納得のいく説明をしてもらいましょうか」

 

『これマジもんのヤンデレだ』『初めて見るわ。災難だな』など同情の声が外野から聞こえる。だからヤンデレってなんなんだ。

 

『俺の言った通り言え。』

 

さっき話しかけてきた男が耳打ちする。それを聞き、麻知を見据えセリフを言った。

 

「俺のメイドは麻知、お前だけだ。他のメイドと話していたことは謝る。でも麻知しか見ていないから、それだけはわかってほしい」

 

「え..そ、そんな人前でそんなこと言われると恥ずかしいです旦那様..私のことが好きでたまらないだなんて..えへへ」

 

間違いなくそんなことは言っていないのだが、まぁ事なきをえたようだ。

 

「どうもありがとうございました。」

 

『いやいや、さっきの話の続きだがヤンデレっていう子は嫉妬深いけど好きな相手から好意のあることを言われるとデレデレするあんたの奥さんみたいな人のことをいうんだよ」

 

「へぇ..」

 

「じゃあ、私が食べさせてあげますね。あーん」

 

こうして1時間をこの専属メイドに奉仕を受け過ごしたのだった。




閲覧ありがとうございました。ヤンデレメイドって需要あると思うのですが供給が間に合ってない感じがするんですよねぇ。

ちなみに前半の神田神社については私ごちうさ難民ですが、神社がコラボするというのは何か違う気がするんですよね..なので一度しか言ったことありません。靖国神社は東京に行くと毎回参拝しますが。


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もうダメだよ?

高校編最終回です。

今回はサボっていたの少し長めに...あと病みます。


 フィールドオブビューの「突然」を聞いていた。

 

『突然君からの手紙あの日から途切れた君の声...』

 

Vo.の浅岡さんの澄んだ声とともに読み上げられる歌詞。今の俺を現わしているようだった。今日の夕方差し出されていた手紙で人生初めての失恋を経験した。男の失恋というのは笹島みたいな女子のように涙は流れなかった。また深い悲しみに追われるというものでもなかった。ただただ喪失感に見舞われるだけだ。そう思うと、これまでの別れというのは失恋でも何でもなかったのだなと思う。すみれもまた離れていても俺のことを想っていたのにそれを裏切るように見える行動をした俺が悪いのだ仕方がない。「突然」では失恋をしても彼女を想い続けるという詩であるが、俺にすみれを想い続ける資格などない。

 

「寝よ」

 

寝れば忘れられるだろうという楽観的思考を胸に俺は寝床についた

 

***********

 

「滉一!麻知ちゃんを迎えに行くんでしょ!早く起きなさい」

 

母は呆れ気味に山城を起こす。

 

「...そうだ。麻知を迎えに行かないと」

 

「はぁ..もしかして忘れてたの?」

 

「いや、ちょっと昨日色々あってな。」

 

「そう。まぁ糞でもないことだろうけど」

 

「糞でもないって...」

 

「ほら、行った行った麻知ちゃんが待ってるわよ」

 

母はシッシッと手をヒラヒラさせた。

 俺は飯は?と聞いたが、母は「麻知ちゃんに用意してもらえばいいでしょ」と何を聞いているんだ、といいたげに答えた。ご近所の娘さんに家事をやらせて、この母は恥ずかしくないのだろうか。制服に着替え、ニューバランスのシューズを履く。

 

「じゃあ、行ってくるから」

「いってらっしゃい.....

 

バタンッ

 

...あの子、麻知ちゃんに好かれてるのわかってないのかしら?本当親子同士鈍感ね....ね、あなた」

 

母は玄関にある写真立てを見つめ言った。

滉一は麻知の家に向かった。麻知の家に着くと、既に麻知は制服に着替え、準備万端といった感じで家の前で待っていた。

 

「ごめん。麻知寝坊しちゃって」

 

「いいよ。コウくんが来てくれるなんて初めてだね」

 

「いつも麻知に起こしてもらってたからな」

 

「ふーんじゃあ、私が来れなかったときはどうしてたの..?」

 

「そのときはなんとか..頑張って起きて...麻知だったら安心して寝ていられるから寝坊できるけど笹島相手じゃ出来なくてさ....いや、そのこれからはちゃんと起きるよ」

 

山城は慌てて弁明するが麻知は気にする素振りすらしなかった。

 

「ううん。嬉しい…もっと私に頼っていいんだよコウくん?コウくんが寝坊できるのは私のこと信頼してくれてるからなんだよね...えへへ、明日からまた起こしに行くね。」

 

「えっと、その...お願いします?」

 

「はい♪お願いされました♪朝ごはん食べてないよね?作ってあるから食べて」

 

「母さんがごめんな。全く...」

 

「気にしてないよ。それにおばさまは私のこと考えてくださっているし..」

 

「麻知がいいならいいけど....でもまぁ、麻知ならいいお嫁さんになれるよ。俺が保証する。」

 

「...//そ、そんなお嫁さんにしたいなんて...コウくん大胆だよ...//」

 

麻知は顔を赤くしながら何かもごもご言っていたが俺への朝食作りとか弁当作りが苦でないならいいか。

山城と麻知は朝食を済ませ、学校へと向かった。麻知はしばらく学校へ来ていなかったのでクラスでだいぶ心配されていた。昨日のことでけがについて問われるのではないかと不安であったが、幸いにも顔には傷一つついてなく、腕や足のあざも麻知がうまく隠していたことから特に騒がれることはなかった。ちなみに両親にも笹島にされた仕打ちのことは伝えていないようだ。麻知のお父さんは市議さんなので何かしら対処してくれるはずだろうに。まぁ麻知の家は両親が家にいることは少ないからまず打ち明ける機会もなかったのだろう。

そんな俺は笹島とは口を聞いていない。昨日振ったのもあるが、やはり麻知にしたことは許せない。笹島は俺が麻知にそのことを聞いたのを知っているのかは知らないがいつものように近づいてくることはなかった。

 

「山城ぉ?今日は笹島が絡んでこないなー」

 

神原が俺の机の前でうな垂れながら聞いてくる

 

「知らねぇよ」

 

「なんだよ冷てぇな。そういや昨日笹島に放課後呼ばれてたよな?もしかしてそれと関係あるのか?もしかして告白か?おお?」

 

「お前の考えてるようなことはなんもねーよ」

 

まぁ実際告白するためのプロセスとして笹島が麻知に対して危害を加えたのだから関係がないというのは嘘になるのだが。

 

「それにしても正妻ルートに軌道修正したか。山城よ」

 

「正妻って誰だよ..お前の見解を聞きたいところだ」

 

「誰って北方麻知様に決まってるだろ!学年でも1,2を争う美貌で家庭的な美少女に何から何までお世話されてるなんてうらやまけしからん!」

 

神原は上半身を起こし、滉一に抗議した。これは神原だけの意見ではなく同級生の男子の総意だろう。麻知の知らない間にファンクラブが存在しているほど麻知は男子に人気であった。

 

「別に麻知が好きでしてるわけじゃなくて、麻知とは幼馴染で母親が花嫁修業とか言って料理とかなんでもやらせてるんだよ。麻知はお人好しだからやってくれているけど。」

 

「そうかなぁ。俺には麻知ちゃんが好きでやっているように思えるけどな」

神原は首を傾げていた。俺は呆れながら引き出しから教科書を取り出した。次は加藤の数学だからか神原も準備をする俺を見て焦って席に戻った。

 なんというかいつも通りの日常が戻ってきたような気がする。麻知と登校して、昼食を一緒に食べ、一緒に帰る。そんな日常が...日常だったんだろうか?あれ?いつから麻知と過ごすことが当たり前になったんだっけ?

**********

 

「コウくん」

 

放課後になり、麻知が俺の教室の前で待っていた。笹島ともすれ違ったが麻知は動じていなかった。夕暮れ前の道を麻知と帰る。足音だけが響くなか、ふと麻知が口を開いた。

 

「コウくんとこうしてちゃんと帰るのは久しぶりだね。」

 

「そうだな。」

 

「私はずっと前からこうしてコウくんと帰りたかったんだ..

 

でも、コウくんがあのお嬢様と一緒にいるようになってコウくんといる時間が減って....ずっと私の..私だけの時間だったのに。コウくんを独り占めする時間。でも、またこうしてコウくんの家にいってコウくんを起こして、一緒に登校して..二人だけでお昼ごはんを食べて..下校するっていう生活に戻れてうれしいな。もう二度と離さないからね。だから...

 

 

 

もう浮気しちゃダメだよ?」

 

「浮......気...?」

 

俺は麻知の言っていることが分からなかった。

 

「うん。だって彼女の私をほっといてよその女と下校中に寄り道したり、休日にデートしたり...これって間違いなく浮気......ダヨネ?」

 

夕暮れであったが、麻知の瞳は既に夜を迎えたように闇が支配していた。

 

「麻知とはもう彼女じゃないし、すみれとは認められてはいなかったけど付き合っていたから別に浮気じゃ...」

「浮気だよ!!どれだけ私の心が傷ついたかコウくん知ってる?コウくんがあの女の話をしてるだけであの女のこと..したくなった。コウくんがあの女のこと話してヘラヘラしてるのが耐えられなかったんだよ?それに私たちずぅっと付き合ってるよね?中学校の頃から...私覚えてるよ...//コウくんが私のこと「好き」って。私もコウくんのことずっと好きだったからうれしかった。ファーストキスだってコウくんからだったよね...」

 

「中学の時ってそれは...その別れたじゃないか..一時の感情というか。今はただの幼馴染にしか見れないというか...」

確かに俺は中学生の頃、麻知に告白をし付き合っていた。しかし、今はただの幼馴染として麻知と付き合っている。原宿へ出かけた時に麻知の好意を感じたが、気づかないふりをしていた。すみれのこともあるが、もうあの頃のような恋愛を麻知と出来る自信がなかった。

 

「え?何言ってるの?コウくんがどう思ってるかは知らないけど私はあの言葉受け入れてないよ?だって、コウくんは私のモノなんだから別れるなんて選択肢はないんだよ?でも、コウくんが私のこと異性として見れないなら....」

 

麻知は山城の前に近づく。麻知の顔が山城の鼻にくっつきそうな距離だ。

そして麻知は静かに唇と唇を重ねた。

 

「もう一度私のこと好きにさせるね....だから今は答えは聞かないね。時期が来たら私のことが好きかまた聞くね...絶対に私のモノにするんだから❤️」

 

麻知は怪しげに笑った。




閲覧ありがとうございました。

高校編はとりあえず、とりあえずですよ!終わりです。次章では再び冷めた?山城夫婦を描いていきたいと思います。


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第三部 麻知の憂鬱
キッチン


第三部スタートです。序盤ですので少しずつクーデレ麻知ちゃんがどのようか思い出していきましょう。


 山城滉一は幼馴染の北方麻知と結婚をして数年が経った。今はその経緯については語らないが、とても仲睦まじい結婚をした二人であっても時間の流れには勝てなかったようで今や会話など滅多にない夫婦となった。

 というのは山城の考えで麻知はそのようには思っていない。麻知からすれば通じ合った二人だからいちいち会話をする必要がないと考えているし、山城が話してくることはとてもうれしいが二人でいるときは俗世のことを忘れて二人だけの世界に入りたいと思っている。なので会社であった話や出先での話をしてくるのにとてもイライラしている。無感情に見える顔色一つ変えない態度はただ単純に都合がいいからだ。麻知は元来顔に出る性格で山城のことで嫉妬を感じたり、怒りを感じることがあるためそれが悟られないようにしているだけだ。つまり、山城の気持ちが冷めたなどひとかけらもないのだ。

この話は一般的な夫婦関係に入ったと思っている山城と昔と変わらない想いを静かにぶつける麻知というすれ違い夫婦のお話。

 

***********

 

「麻知ちゃぁん、またお弁当渡せなかったよぉぉ」

 

「....なんでいつも渡せないの透ちゃん」

 

麻知は山城の同僚・野口の家に来ていた。数少ない女友達の野口透の相談にいつも乗っている(一方的に聞くだけだが)。透は自分の気持ちに素直になれない性格でいつも野口に弁当を渡そうと試みても恥ずかしくなってお小遣いを渡して「外で食べてきてっ!」と言ってしまうようだ。麻知はその話を聞きながら「おいしいよ」と言い、渡せなかったお弁当を食べるのが野口家に来る時のルーティンとなっている。

 

「だって、お弁当を渡すのが気恥ずかしいっていうかさ...こんなお弁当を宏人に見られるの恥ずかしいんだもん!」

 

「可愛くていいと思うよ...私もやってみたい」

 

ハート型にかたどられた人参や一口大のおかずなど女の子が作るお弁当といったかわいらしいものだった。

 

「麻知ちゃんはいいよ。だって麻知ちゃん昔からお弁当つくってたわけでしょ。でも、私付き合ってた頃から料理苦手で作ってあげたことなんてなかったし、宏人が一人暮らしだったから料理上手で...結婚してからお料理頑張って覚えたけどなかなか渡せなくて..どうすればいいかなぁ麻知ちゃん」

 

「旦那さんならきっと透ちゃんの努力を分かってくれるはずだよ。だから自信もって。」

 

「そうかな?麻知ちゃんに言ってもらえるなら明日また頑張ってみるね」

 

「またダメだったらまた食べに来るから」

 

「ま、麻知ちゃん..」

 

麻知はいじわるそうに微笑んだ。透もそんな麻知を見てアハハと笑顔を見せる。

 

「それじゃあまた明日。」

 

「うん。じゃあね、麻知ちゃん」

 

「.........私に言ってもらえたら..か。透ちゃん、私だって滉一に突き放されたことがあるんだよ..」

 

帰り道、麻知は少し前のことを思い出していた。

 麻知は高校の頃から山城を台所・キッチンに入れようとしなかった。キッチンというのは女性にとって箱庭のようなものである。男からすれば何に使うかよくわからない道具や調味料などがある魔女の館のように感じるが、女性にとってはどういう配置にすれば料理がしやすいかと考えるのが楽しく、かわいい食器や調理用具を揃えるのもまた日々料理をしていく上で新鮮味があって楽しいのである。また、調味料も男からすれば「さしすせそ」の「さ」「し」「せ」、例外で中濃ソースぐらいしか味覚の中で知らないわけだが、料理をする人間は何と何を組み合わせれば美味しくできるかと科学者のように研究していくのが楽しいわけだ。女性のキッチンへのこだわりの根幹は「好きな男の子に料理を喜んでもらう」ことである。キッチンには女の子の秘密が詰まっているわけで、荒らされたくないというのが女性の本音なのだ。麻知もまたそんな秘密を抱えた少女だったわけで結婚をしても、山城に「手伝おうか?」と言われても頑なに入れようとはしなかった。しかし、ある時山城がキッチンにいたのだった

 

「何をしてるの...」

 

「うわっ麻知驚かすなよ...いや、少しおなかすいたからお湯を沸かそうと思って..」

 

「カップ麺...?」

 

麻知は嫌な気分になった。山城が自分が作ったもの以外のモノを口にしようとしていたからだ。なので冷凍食品やレトルトの類は普段使わないし、コンビニなど寄り道も許していない。

 

「そのカップ麺どこで買ったの?私はそんなもの買った覚えはないんだけど」

 

「会社の同僚が食べてておいしそうだったから..帰りに..」

 

「寄り道しないでっていつも言ってるよね....なんでそういうことするの....?おなかがすいたなら私が今作る....」

 

「いや...ゆっくりしていていいよ別に...」

 

「私の料理よりカップ麺のほうが良いの?」

 

「そんなことは...」

 

「ちょっと待ってて。あなたが私以外が作ったものを口にするなんてゆるさないんだから...」

 

「.....あ、ああ。」

 

麻知は複雑な気持ちで間食を作っていた。これまではこんなこと無かったのに..私の料理が嫌になったのだろうか。そんな疑念が頭によぎったが普通に食べていたし、言っていたことは間違いないのだろうと思った。

 山城は山城で麻知のことを心配していた。高校の頃から母に頼まれ山城と自分の弁当を毎日作り、同棲時代からは麻知に胃袋をつかまれている。普段から手の込んだ料理を作っていてもっと手を抜いてもいいのにと思っていた。かつて過労で倒れたこともあり、それもあって麻知にあまり手間をかけさせたくないと考えていた。今回のことは単にそのカップ麺が美味しそうだったからという理由だが、正直山城は同僚の野口のように昼食はどこか外で食べてもいいと思っている。麻知の弁当に不満があるどころか感謝しているが、麻知の負担が減るならそれでもいいというだけである。そう思ってある日の朝、麻知が弁当箱を差し出した際に山城は言った。

 

「はい。」

 

「...麻知、毎日お弁当を作ってくれるのはありがたいんだけど...たまには休んで..」

 

山城は言葉を止めた。なぜなら麻知がうつむきながら涙を流していたから。

 

「...んで、そんなこと言うの...私の料理...嫌?頑張って作ってるのに....もっと料理勉強するから...もっと上手になるから...嫌いにならないでください...私から離れないで...」

 

「麻知の料理が嫌なわけないよ。ただ、毎日大変かなって...」

 

「そんなことない!滉一が私の料理を食べてくれると思うと全然苦じゃない。滉一が他の女の料理を食べているのを考えるだけで...胸がキューって苦しくなるの...だから私を安心させてよ!.......うう....」

 

「ごめん...もう言わないから」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「その.....行動で示して欲しい...」

 

麻知は頬を赤らめて言った。山城は麻知の唇を自分の唇と重ねたそして麻知を抱きしめた。

 

***********

 

 麻知は家に着くと夕食の支度を始めようとしていた。麻知は小瓶を見てこう呟いた。

 

「もし、他の女の食べ物を食べたら.....一緒にイこう..ね?」




閲覧ありがとうございました。
第一話に少し出てくる回想をクローズアップした回です。一人暮らしをはじめて自炊をしていますが、未だ女性のキッチンへのこだわりはわかりませんね...


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母は強し

今日は母の日ですね(書いてた当時)...Twitterではママンのスケベ絵が神絵師によって書かれてますが、親子愛(意味深)ですよね...うん!

山城母のお話。


 60年代の日米安保改定から従順な羊でしかなかった国民は牙をむいた。安保騒動という戦後最大の国民総員運動から発展し、ダム建設闘争・成田闘争・日大全共闘や中核派など安田講堂事件に代表される学生運動などが活発に行われた時代だった。しかし、70年代前半になると新左翼色の強い市民運動となり国民はその熱狂から目覚めた。しかし、市ヶ谷にある大学や西の権威ある大学ではユートピアという幻影を目指し未だそういった学生運動が活発であった。それゆえ大学の前にはタテカンと呼ばれる「アフリカの子供を救え」「部落解放を」と特徴的な角ばった文字で書いてある看板が校門にぞろっとそろっている状況であった。

 女学生はベンチで「文藝秋華」を読んでいた。この女学生は大学でも異端の目を向けられていた。思想も保守的で日米安保について教授に聞かれ「強引だし、敵国だったアメリカに頭を下げるなんてごめんだけど国会でスクラムを組むのは違うと思う」と答えたことで、学閥の中でも干されている。しかし、彼女は素知らぬ顔で大学に通っている。

 

「隣良いかな」

 

「山城....私なんかといたらあんたも何されるか知らないよ」

 

「構わないよ。俺も馬鹿どものやり方に飽き飽きしてたところだ」

 

男は女学生の隣に座る。

 

「他人のことなんてどうだっていい。アフリカの子供がどうなろうが、どこにダムが作られようが。結局私が幸せならなんだっていい。違う?」

 

「なんとも利己的な考えだね。まぁでも間違ってはいないんじゃないかな。人間自分さえよければという考えが軸にあるんだから。」

 

「....そうね」

 

女学生は男を一瞥してまた本に目を向ける。

 

「木崎さん、食堂でも行かないかい?俺がおごるよ」

 

「あそこのは美味しくない...他が良い」

 

「じゃあ、いつもの蕎麦屋でいいかな?全く木崎さんはわがままで困るよ」

 

「じゃあ、私にかまわなくてもいいのに」

 

女学生・木崎文加(あやか)は文句を言いながらも本を片付け、半身を男に預け蕎麦屋に向かった。

 

これが山城の父と母の出会いであった。

 

************

 

 山城滉一には父の記憶がなかった。というよりも物心つく頃には母と自分だけしか家にいなかったのだ。いわゆる母子家庭だったが、母は働きに出ている様子もなかったしとりわけ貧しいという経験もしたことがなかった。これは母が亡くなって(?のちに話す)から分かったことだが、投機家だったようでキャピタルゲインによって生計を立てていたようだ。

 

「今日は母の日か。久々にお寺に行こうか。和尚にもお礼を言わないとだし」

 

麻知は頷いて、手慣れた様子で線香やロウソクの準備をする。お寺はバスで数十分のところにある。墓参りにいくのは何年ぶりだろうか。母の実家、山城の祖父母宅の仏壇にはお盆や正月に行くたびお参りをするがお寺に行くことはここ数年なかった。

 

「お久しぶりです。葬儀以来で」

 

「これは山城さん。それに奥様も..いつもありがとうございます。」

 

「これ...お供えに」

 

麻知はお布施と菓子籠を渡す。

 

「どうぞゆっくりしていってください。」

 

「では、失礼します」

 

水桶を持ち、墓場へ向かう。ずっと来ていなかったのですごいことになっていると思っていたが、ちゃんと手入れしてくれていたおかげか思っていたほど荒れてはいなかった。花が新しかったので察するに誰かお参りに来た方が墓掃除をしてくれたのだろう。簡単な掃除をしてお墓を拝する。

 

「....お義母さまは本当に亡くなったのかな?」

 

「急に何を言い出すんだ...」

 

「そうだね...」

 

とはいえ、麻知の言いたいことも分かる。母は急に失踪したのだから。あれから興信所や警察にも捜索願を出したが、最終的には「死亡」という処理がされた。最初は納得が行かなかったが、歳月が経つごとに死んだのだと自己解決をしていった。

 墓参りを終えると、和尚がお茶を出してくれたので寺で休憩をした。

 

「私も未だに文加さんが亡くなったとは思えないんですよね」

 

「和尚もそんなことを...まぁでも母が死ぬなんて確かに想像できない話ですね。」

 

「私と山城さんの両親とは大学の先輩後輩の関係で文加さんはあの頃今の奥様みたいな無口で静かな雰囲気でしたね」

 

「母がですか?俺の前では無駄口の多いイメージでしたけど」

 

「お父さんと結婚してから雰囲気が変わりましたね。」

「へぇ...」

 

「でも、私に似ているっていうの分かる気がする...あの時見たお義母さまはいつもと違って冷たい...というか圧倒されるものがあった」

 

「あの頃って?」

 

「小学校の時、あなたがお義母さまに珍しく手をあげられたとき..」

 

「あの時か。」

 

 

 それは小学校低学年の時、その頃から麻知とは家が隣近所ということもあって仲が良く放課後はいつも二人で遊んでいた。ある時、クラスで男子に麻知はちょっかいを出されていた。そいつはいつも他の女子に対しても嫌なことをしていたそんなこともあってかこの際だから鉄拳制裁をしてやろうとそいつを殴った。クラスからは称賛の声があがった。しかし、そいつの親がPTAの役員だったり先生も暴力には敏感ということもあって俺はお叱りを受けることになった。謝れと言われたが、そんなことは俺のプライドが許さなかった。まずあっちが悪いことをしてきたのだ何故俺が謝らなければいけないのか..そう意地を張り続けたがどんな理由であれ暴力はいけない、暴力をふるったこと自体に非があると言われ続け少しずつ罪悪感を感じ始めた。しかし、謝罪の言葉を出すことはなくついに学校はそれぞれの親を呼ぶことにした。子どもの喧嘩に親を出すのはいかがなものかと今思えば感じるが、こうでもしなければ解決しないと思ったのだろう。そして、うちの母が来た。わざわざ学校に足を運ばれたことでこれまでそこまで感じなかった罪悪感がぐっとこみ上げてきた。謝れば全部済むんだ...俺は自暴自棄になっていた。相手方の親も来たところで先生はこれまでの経緯を聞いてそして、どっちにも非があったということで解決させようとしていた。俺からすれば納得のいかない解決方法だったがこれ以上母に迷惑をかけたくなかったので謝ることにした。本音は悔しかった。

 

「ごめんなさい...」

 

「ほら、滉一くんも謝って」

 

先生が促す。

 

「ご、ごめんなさい....」

 

「滉一」

 

パチンッ

頬に一瞬しびれが走る。小学生の小さな体では耐えることができず少しよろめいてしまった。きっと自分のしたことについて怒っているのだろうとそう思った。しかしその考えは違うことに気づく

 

「悪くもないのに謝っちゃダメでしょ?」

 

「え?」

 

「だって、麻知ちゃんを守ってあげただけでしょ?なんで謝るの?自分が損になることはしちゃだめ。分かった?」

 

母はいつにも無く淡々とした機械的な喋りでわたしを諭した。

 

「ちょっとあなた、何を言ってるの!お宅の息子さんが私の息子に手を出したんですよ。悪くないわけないじゃない!」

 

相手方の母親が声を上げた。しかし、母は臆することなくこう言い返した。

 

「お言葉ですけどあなたのところのバカ息子が女の子に迷惑をかけてるのがよっぽど悪いじゃないですか。滉一はそれを律しただけにすぎませんよ。それに先生」

 

母は担任の先生を睨み

 

「監督責任は先生にあるのではないですか?なんでこんなバカをほっといてるんですか?先生がそんなだから滉一が代わりにない頭絞って鉄拳制裁を下したんじゃないですか」

 

「お母さん、確かにそれに関しては申し訳ありません。しかし、バカ呼ばわりは..」

 

「そうよ!人の息子になんてこと言うの!」

 

「......あんたがバカだから息子もバカなのよ」

 

「なんですって」

 

「お母さん!」

 

「これがはじめてじゃないんでしょ。親が注意もせず人の息子を非難するなんていい御身分ですね...私の息子がそんなことしたらひっぱたきますけどね。まぁ、私は常識知らずですからそんな手荒なことするんでしょうけど...話しても埒が明かないのでこれにて失礼します...滉一、お母さんちょっと麻知ちゃんとお話したいから先に家に帰ってなさい。お菓子は置いてあるから」

 

「うん...」

 

「ちょっと待ちなさいよ!....なんなのよあの女」

 

母は誰の声も聞こえないとでもいうようにその場を去った。

 

「そこにいるんでしょ。麻知ちゃん、もう出てきてもいいよ」

 

「(ヒョコッ)...コウくんのお母さん」

 

麻知は山城が説教をされていた時から見ていた。自分をかばって怒られている山城を見てとても申し訳なく感じていた。

 

「ごめんなさい!コウくんは悪くないの...私をかばって...」

 

「うん。わかってるよ。麻知ちゃんも滉一も悪くないから大丈夫...」

 

「でも、コウくんのお母さん悪者にしちゃって...」

 

「私のことはいいんだよ。麻知ちゃんや滉一が幸せならいいの...ほらもう泣かないで、かわいい顔が台無しよ。家で滉一が待ってるから麻知ちゃんおばさんと一緒に帰ろう?」

 

「うんっ!」

 

いつの間にか日が暮れていて夕焼けがアスファルトを染めていた。文加と麻知は親子のように手をつないで帰る。

 

「麻知ちゃんは滉一のこと好き?」

 

「大好き!」

 

「そっかーこれからも滉一をよろしくね。」

 

「はい。でも、最近コウくんのことを考えると変な気持ちになるの」

 

「どんな気持ち?」

 

「コウくんが他の女の子と話してたり、仲良くしてると...胸のところがキューってするの..病気なのかな..」

 

「ふふっやっぱり麻知ちゃんはおばさんに似てるね。それはね恋っていうんだよ」

 

「こい?」

 

「女の子は男の子のことが好きになると胸が苦しくなるものなの。だから麻知ちゃんは滉一に恋をしてるんだよ。おばさんも昔同じ気持ちになったことがあってね..おばさん昔から自分の思ったことを話す性格だからみんなに嫌われてたの..だけど好きな人はそんな私のことを分かってくれて好きになったの。でも、優しい人だったから他の女にも優しくするの..それがね許せなくて、私だけのモノになればいいのにって胸が苦しくなった。だから麻知ちゃんと一緒だよ」

 

「そっかーよかったぁ」

 

「うん。麻知ちゃん、おばさんも応援するから頑張ってね..でも、このことは滉一に言っちゃだめよ?」

 

「うんっ!約束」

 

文加と麻知は指切りをした。

 

 

「それではまたよろしくお願いいたします。失礼します」

 

「いえ、またお参りに来てあげてください。」

 

「.....麻知、実はいつも来ていたんじゃないか」

 

「..なんでそう思うの?」

 

「いや、なんとなくだけど手慣れてるな、と思っただけだしあの母の墓にお参りに来るなんて麻知ぐらいしか思いつかなくて..」

 

「ううん。久しぶりだよあのお寺に入るのは」

 

麻知は少し嘘をついた。

 

************

 

 ここは南太平洋の島国。面積は日本よりも小さいがマンションやビルが並び立つ。それはいわゆるタックスヘイブンと言われる場所で世界の富豪により経済が成り立っているからである。そんなタワーマンションの地下にある夫婦が残りの余生を過ごしていた。

 

「麻知ちゃんと滉一は元気にしてるかしら..まぁ麻知ちゃんならもう私がいなくても大丈夫ね..ふふっ私たちみたいに仲良くやっているはずよね?ね?ダーリン」

 

女はダーリンと前の男に投げかける。男は全裸で首輪と鎖で繋がれ目も虚ろになっていた。口は開けっ放しでもはや会話能力もないといった感じである。

 

「まぁ聞いても答えられないよね。他の女と話すからいけないんだよ?まぁ私とも話せなくなったのは勿体ないけど夫婦の間には会話なんてなくても大丈夫よね。これからもずうっと一緒だよ

 

ダーリン♥」




閲覧ありがとうございました。

山城母もヤバい...


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あなただって...

昨日は歓迎会でした。女の子がいっぱい入ったけど私の脳内ヤンデレが話すことを許してくれなかったので飯を食うだけでした...

では、どうぞ。


 麻知が高校へ再び馴染みはじめたと同時に私たちは事実上恋人同士に戻った。しかし、麻知と一緒に登校して、昼食を情報処理室で食べ、放課後は私の家で勉強をしたり、たまにどこか寄り道をしたりと...これまでと変わらない日常が続くだけであった。しかし、

 

「おはようございます。『先輩』」

 

「おはよう...麻知」

 

朝、いつものように麻知が家に来るとそんな挨拶をしてきた。目は笑っていない状態で。

 

「滉一、あんた麻知ちゃんに何かしたの?」

 

「何もしてねぇよ」

 

「麻知ちゃん?困ったことがあったら遠慮なくおばさんに相談していいからね..」

 

「何もしてないっての」

 

「おばさま、ありがとうございます。でもなんでもないですから..行きましょ『先輩』」

 

「だから、その『先輩』ってなんだよ..」

 

「いってきますね。おばさま」

 

「いってらっしゃい二人とも...まぁさしあたり滉一がなにかしたのね」

 

母は呆れながら二人を見送った。

 

「ねぇ、コウくん」

 

「なんだ、からかっただけか。何かと思ったよ急に..ヘンな冗談は」

 

「昨日話してた女は誰?年下の娘だよね?先輩って呼ばれてうれしかった?ねぇ?」

 

世継早に質問攻めをされ、狼狽してしまう。

 

「ハトが豆鉄砲をくらったみたいな顔をしてさ...」

 

「いや、その今度カラオケに行きませんかって誘われて......ちゃんと断ったよ。」

 

「ふぅん。別に遠慮しなくてもいいんだよ?コウくん。もし、それが許されると思ってるならね」

 

「...好きだよ」

 

「急に何」

 

「麻知のこと好きだから。昨日の女の子とは何もないから」

 

「...コウくんは何も分かってない。私はコウくんが他の女と仲良くしてたり、他の女に優しくしてるのが嫌なの!....でも今回は許してあげる。コウくんの口から好きって聞けたし。でも、それだけ?口だけなんて猿でもできるよ...私が言ってることわかるよね?」

 

「道端だし、これで許してくれ」

 

山城は麻知を抱きしめた。山城は嫉妬深い麻知がこんな程度では許してはくれないと思ったが、麻知はそれだけでも満足だった。抱きしめられるのは自分だけだ、という自負と優越感に浸っていた。そして山城に聞こえない声でこう囁いた。

 

「私のモノなんだから..コウくん♥」

 

************

 

 あれからもう十数年、日本は失われた十年を脱却し、堀江貴文率いるライブドアや三木谷浩史の楽天などIT企業によりITバブルという愉悦とリーマンショックという辛酸という酸いも甘いも知ることになる。00年台のIT革命は情報技術の急進的な発達をもたらした。電話・メールしかできなかった携帯電話も今や現代人には必要不可欠な万能機械と化している。今や人類のほとんどが情報技術の恩恵を受けている世の中となった。

 

「はい。」

 

「行ってくるよ。」

 

「....」

 

「どうした?」

 

「...てくれないの」

 

「え?」

 

「なんでもない..いってらっしゃい」

 

「?ああ、行ってくるよ」

 

家に静寂が訪れる。

 昔は行ってきますのチューをしてくれたのに...確かに私がある日冷たい態度を取り始めたのが滉一の態度にも出ているところはあるんだと思う。でも、滉一も社会に出て私から離れることが多くなって私に関心が無くなってあっちも冷たくなっているのもあるはずだ。。滉一が私のことを嫌いにならなければどう思われようがいいと思っている。でも、他の女に好意を持ったり、懇意にしているのは絶対に赦さない。これからも先、滉一は私のモノなのだから...

 普段の麻知の日常はいつものように山城の寝室に入りにおいを嗅ぐことから始まる。それから掃除をして、食器の片づけ、洗濯など家のことを午前中にし、簡単に昼食を済ませる。山城と食事をするときは精一杯料理をする(山城にもっと楽していいのにとは言われるが)が自分のことになると無頓着である。流石にレトルトの類は口にしないが、お茶漬けや漬物とご飯だけなど質素なものが多い。理由は簡単で「滉一と一緒じゃなきゃ何を食べても美味しくない」からだ。山城といれば例え世界一不味い料理でも食べられるだろう。午後は買い物に行く。お義母さまの月命日ならお寺へお参りに行くが、普段は透ちゃんと一緒に買い物をする。

 

「今日晩御飯何にしよう...」

 

今日の晩御飯は主婦の永遠の課題である。そして主婦たちは色々な命題(テーゼ)を導き出していく。

 

「麻知ちゃんちはどうするの?」

 

「カレー」

 

「カレー!?今の時期大丈夫?まだ夏までカレーは怖いかなーって思ってたんだけど」

 

「鍋でいっぺんに作って冷凍保存すればだいぶ持つし、カビも生えないよ。あと、小分けすれば連日カレーっていう悪夢もない」

 

「その手があったか!流石麻知ちゃん!うちは肉じゃがにするかなぁ。その後カレーにリメイクすればその次を考えなくて済むし」

 

二人は野菜なり、カレールーなりを買って買い物を済ませる。その後、麻知は荷物を家に置き野口家にお邪魔する。

 

「麻知ちゃん、新しい茶葉を買ってみたんだ~」

 

「いつものところのケーキを買ってきた...」

 

普段話をするときはお茶は透がお菓子は麻知が用意している。

 

「今日はなんとかお弁当渡すことができたよ!麻知ちゃんみたいな大人しめのにしたらすんなり渡せた.....このお茶イマイチね。もう買わないでおこ」

 

「そうなんだ...透ちゃんのかわいいお弁当も好きだけどな。クマさんのハンバーグとか..あれは酷かったね。」

 

「クマさんのハンバーグのことは忘れてよ!><」

 

「だってあまりにもかわいかったから覚えてて...主人にも作ってみたけど『いきなりどうした?』って言われた..」

 

「麻知ちゃんやったの!意外~なんていうか守りってイメージだったから...あ、いい意味でだよ」

 

「私もなんか可愛げのあるお弁当作りたくて...//」

 

「かわいいねー麻知ちゃん」

 

「そういう透ちゃんもかわいいよ」

 

「「あはははは」」

 

お昼、会社では

 

「野口、珍しく弁当なんだな」

 

「珍しく家内が作ってくれてな。いやぁ毎日作ってもらいたいけどんなワガママ聞いてくれるわけないだろうなぁ」

 

「社食もいいもんだろ」

 

「いや、お前食べたことないから言えるけどマンネリ化するぞ..だいたい同じもののループだからな。」

 

「...毎日違うものが出るのと同じものが何度か出るなら、野口はどっちが嬉しい?」

 

「急だな...うーんどうだろうなー毎日違うのは外れがあるかもしれないし..ある種究極の選択だな..」

 

「うちは新婚当時は毎日違うものが出たな。全部美味しかったけど...でも、その中でこれが好きっているのがでるわけで「これが食べたい」と言ったらその日からそればっかりが出始めたんだけど嫌がらせだったんだろうか..」

 

「いや、別にそれは嫌がらせというか...あ、もう午後の業務か。じゃあまたな。」

 

「ああ」

 

「(.....山城、それは間違いなく好意の裏返しだと思うぞ。)」

 

 

 麻知は夕方になり、野口宅を後にする。そして家に帰り、夕食を作る。カレーを作るため、にんじん、馬鈴薯、タマネギを切っていく。にんじんは乱切り、玉ねぎはみじん切りとくし切りの二つに分ける。肉は山城家では牛のブロック肉を使う。実家である北方家では豚小間切れを使うが、山城母に教わった作り方でカレーは作っている。ちなみにとろみを出すために馬鈴薯は擦っていれる。感覚的に二日目の煮込まれたカレーのようになるからだ。切った具材と肉を鍋で炒めていく。みじん切りにしたタマネギが飴色になったら水を入れ沸騰させ、灰汁をとっていく。沸騰したらカレールーを入れていく。ルーが解けきれず残らないように事前に細かく切ったものを投入していく。それから中火にかけ、一息つく。麻知はスマートホンに目を移す。

 

「この速度は電車に乗ってる..ちゃんと帰ってるみたいね」

 

地図上に出ている赤い点がカクカクと最寄り駅の方向に灰色の線に沿って移動している。

 

「滉一は携帯触らないから。内部カメラは真っ暗か」

 

遠隔操作でカメラを起動させるが案の定ポケットに入れているようで真っ暗であった。15分ほど経ち、火を止め蓋をする。リビングにはカレーのいい匂いが充満する。他人の家に行くとカレーの匂いがするのもこういうことが関係するのだろう。麻知は家の近くを山城が歩いていることが分かると玄関の近くまで移動する。玄関の前までいくことはなかなかない。そういう時は限って山城が何かをしたときである。

 

「ただいまー今日はカレーか」

 

麻知は無言でカバンを預かる。帰宅後は大抵これといった会話はない。会社の話は麻知には関心がないことを知っているからだ。夕食の間も会話など生まれない。話題が何もないからだ。麻知も近所の奥様方とのコミュニケーションなど持ち合わせていないので他人についての話題もない。あっても二人の時間にそんな下世話な話はしたくない。夕食が終わると、山城は風呂に入る。麻知は下着とバスタオルを用意しておく。そして、山城は書斎に入り読書に耽る。麻知は邪魔はしない。ただ、コーヒーを淹れ書斎へ運ぶ。麻知はその間食器の片づけやお風呂兼風呂掃除をする。同じ屋根の下で暮らしているとはいえ何も起きない。静かな日常である。

 麻知は不満ではなかった。例え夫婦の時間がどうであれ山城が自分のモノであることに違いないからだ。身は遠くても心は近くにある。図らずもあの女から学んだ言葉である。でも...寂しかった。麻知はそれでも人肌が恋しかった。そんな気持ちが揺れ動いたのだろう。いつもと違う行動に出た。コーヒーカップを下げにいった。

 

「あなた....一緒に寝ていい?」

 

今や別々の寝室で眠りについていた。前は一緒に寝ていたのだが、いつからだろうか。別々に寝るようになったのは

 

「いいよ。」

 

山城は意に介さないといったように快諾する。麻知はベッドに入ると、山城とキスをする。プラトニックなそれではない。舌を絡め、津液が混ざり合い舌の感覚が溶けていくようなキスだった。山城もその気だったのか舌を入れていた。麻知はやっぱり滉一も男なのだと黒い笑みを浮かべた。




閲覧ありがとうございました。

一人暮らしも変わらぬ一日ですが、夫婦でもそんなものですよね(たぶん)


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ケルビン373

けいおん!のかきふらい先生が新作を出されるようで...

私も頑張らねば..


「...」

 

 ここ最近朝ごはんが寂しい。家で食べることや麻知と一緒に食べることは変わりないのだが、献立がご飯と味噌汁だけなのだ。刑務所の飯でも漬物なりご飯のお供はあるのに..これでは猫のえさである。麻知は何も言わず同じものを食べている。一度自分で目玉焼きでも作ろうと思ったが、冷蔵庫は空だった。遂に我が家も野口家のようにごはんを作ることが億劫になったのだろう。しかし、ならばと外で済ませると言えば、

 

「..なんで?」

 

「えっと..」

 

「...何?私のごはんが食べられないっていうの?」

 

責められる始末である。ここ数日こんな食事が続き飽き飽きしており、ご飯にしょうゆをかけたりと新たな味の開拓をしている。麻知は少々不機嫌に見えるが..気にしないでおこう。

 支度を済ませ、玄関で靴を履く。そこには麻知はいない。普段は弁当を渡して見送ってくれる麻知だが、あの日を境に昼食もこの始末である。それは人事異動で私の部署に女性社員が入ってきたことから始まる。その子は今年から入ってきた新人で研修を終えて配属されたので手取り足取り教えている。久しぶりに女性社員が来たので部下も私も嬉しかった。異動からしばらく経った近くの美味しいお店にでも行こうという話になった。もちろん私は弁当であるし、ここ周辺のランチ事情を知っているわけではないので部下に任せようとしたのだが彼女が「課長もご一緒にどうですか?....え?奥様が...そうですか。」と寂しそうにしていたのが大変申し訳なく、部下とのコミュニケーションの場を自ら反故にするのも、と思い誘いを受けてしまった。弁当は後で食べればいいと考えその時は歓迎会も兼ねて外で昼食を済ませたのだが、弁当のことを失念しておりその夜麻知に問いただされた。

 

「なんで食べてないの?」

 

「ごめん...部下に誘われて近くのお店で済ませた」

 

「断らなかったの?」

 

「....新しく入ってきた子が誘ってきたんだ..断るのが申し訳なくて..」

 

「私には申し訳なく思わなかったんだ..」

 

「後で食べようと思ったんだけど..その...忘れてて」

 

「もういい」

 

そういうと麻知は手を付けていない弁当をゴミ箱に捨てる。別にそこまでしなくても晩御飯に食べればいいのに...しかしまぁ私に非があるのだ文句は言えない。ここ最近は昼食も野口と共に社員食堂を利用しているが、麻知はおこづかいをくれるわけではないので時間の問題かもしれない..しばらく許してくれる感じではないし、どうしようか。

 

「課長、今日も食堂に行かれるのですか?」

 

新しく入った水萌(みなも)晴絵が話しかけてきた。

 

「え?ああ。」

 

「やっぱり前無理にお誘いしたのが悪かったのですかね..すみません」

 

「いや、水萌さんは悪くないよ。気に病むことはないさ」

山城は白い歯を見せはにかんだ。

 

「課長は優しいですね..そのお詫びといっては何ですが..」

 

そういうとかわいい巾着袋を差し出してきた。

 

「お弁当を作って来たんです。よろしければどうぞ」

 

「あ、ありがとう...いいのかい?」

 

「はい!どうぞ食べてください」

 

巾着袋を開けると、サンドイッチが入っていた。なんとも女の子らしいお弁当である。食パンをわざわざ耳を切り抜いて焦げ目を入れておりだいぶ手間がかかっていることがわかる。具はレタスやトマトなど野菜がメインでヘルシーなものだった。食べ応えはないが部下からの厚意だ。おいしくいただいた。

 

「どうですか?」

 

「おいしいよ」

 

「っ本当ですかっ!よかったぁ..あの、課長」

水萌は子ウサギのように体を跳ね喜んだかと思えば、モジモジしながら山城に尋ねた

 

「ん?」

 

「また明日も作ってきていいですか..?」

 

「...まぁ水萌さんが問題ないなら」

 

「はい!」

 

麻知のことは長期化しそうなので二つ返事でOKをした。しかし、予想外のことが起きてしまった。

 

「..はい」

 

「...」

 

なんの前触れもなく朝ごはんも前のようにおかずが出るようになり、弁当もいつものように渡されたからだ。麻知の心境にどんな変化があったのだろうか..

 

「...その..ちょっと子供っぽい態度とってごめんなさい」

麻知は顔を伏せながらしっかりとした口調で謝ってきた。

 

「..いや、こっちこそキッパリと断れば済んだ話だし..もういいよ」

 

それにしても困った。きっと水萌さんは私のためにお弁当を作ってくれたんだろうし、しかしそれを麻知に言えばまた機嫌を悪くするだろうし..

 

「?どうしたの?」

 

「いや、どうもしないよ..」

山城は不意に目線をそらせた。

 

「...嘘。何か隠してるよね..」

麻知が迫る。その瞳に光はなかった。

 

「嘘なんてついて...」

 

「言ってるよね?嘘つく相手は考えたほうが良いって..」

 

麻知に見透かされた以上は本当のことを言うしかないと思い、私のことを心配して水萌さんがお弁当を作って来てくれたことと今日もまた作ってくるというのを了承したことを麻知に全て話した。また昨日までのようなことに戻ることが怖かったが、麻知は静かに私の話すことを聞いていた。

 

「...そう。なら、野口さんにその水萌?って子のお弁当を食べて貰えばいいじゃない。私と仲直りしたってことを話して」

 

「んー..」

 

「あなたの気持ちも分かるけど..私が作ったんだから。要らないでしょ?水萌さんには謝って」

 

「...分かったよ」

 

私は乗り気ではなかったがそうするしかないと思い、家を出た。他になにか手立てはないかと電車の中で考えたが思いつかなかった。せっかく麻知と仲直りしたのだあまり事を荒げることはしたくないし、しかし水萌さんの厚意を無駄にさせることも気が引ける..折衷案がないか思案しているうちにお昼になってしまった。

 

「課長♪」

水萌が嬉しそうに山城のデスクに駆け寄る。

 

「水萌さん」

 

「お弁当持ってきましたよ」

昨日と同じ巾着袋を持っているのが分かった。

 

「その...申し訳ないんだけど、家内が弁当を持たせてていらなくなったんだ..でも折角作ってきてくれたし、3課の野口課長に食べさせてあげていいかな...」

 

「そうなんですか...じゃあ、野口課長には奥さまのお弁当を食べていただければいいんじゃないですか?」

 

「?」

言っていることが一瞬理解できなかった。この子は何を言っているんだ。

 

「私は課長に作ってきたんです。それに奥さまは課長が食べたと思っているはずですしきっと大丈夫ですよ、それとも私のお弁当は口に合いませんでしたか...?」

 

「い、いやそんなことはないよ..でもなぁ」

 

「ほら、じゃあ食堂に行きましょう♪」

 

「あ、ちょっと」

 

結局押し切られる形で私は水萌さんのお弁当を食べることになった。まぁ麻知は分からないか...

 

**************

 

ダンッ!!ダンッ!!

 

麻知は夕食の下準備をしていた。




閲覧ありがとうございました。

ライバル登場!?今回は一筋縄ではいかない模様..麻知ちゃんは一体どうするか!!


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ケルビン173

ラッドウィンプスの歌詞やアニメ化中止などどうも保守に風当たりが強いご時世で...いや、百田尚樹や石原慎太郎もそんな扱いか...私もだけど保守派作家はつらいよ...


「ねぇ、あなた」

 

夕食後、書斎で読書をしていると麻知がコーヒーを差し出して話しかけてきた。いつもは静かにカップを置くと部屋を出ていくのだが今日は何か聞きたいことがありそうだった。私は開いているページにしおりを挟み、麻知に目を向ける。

 

「今日のお弁当箱、箸がきれいなままなんだけどなんでかな?」

 

私は顔には出さなかったがしまった、と思った。新しく2課に配属された水萌晴絵が私に弁当を作ってくれるようになってから一週間ほどが経つ。丁重にもう作らなくてもいいと断ろうとしているのだが、押し切られる形で彼女のお弁当をいただいている。麻知に水萌さんが作ってくれるから要らないなど言えるはずもなくズルズルと引き続けてしまっている...麻知のお弁当は野口に頼んで食べて貰っている。私の不始末だ、同僚とはいえ野口がよそのお弁当を食べる義理などないはずだが、「いいってことよ」と快諾してくれる。私はいい同僚を持った..もし野口に何かあれば必ずやいざ鎌倉とする覚悟である。それはさておき、私はしばらく野口と昼食を共にすることはなく水萌さんと取っており、午後の業務が始まる前に野口が弁当箱を返してくれる。なので私はひとつも中身を見ていない..どうも野口は食堂の箸を使っているようだ。

 

「箸を床に落としてしまって、食堂の箸を使ったんだ。」

 

自分ながら上手い言い訳である。なんとかやり過ごしたかと思えば、麻知から第二波がやってくる。

 

「そう.....あと、あなたエビフライのしっぽっていつも残してるのに今日はなかったんだけど」

 

私はいつもしっぽを残す派だ。身でもないところを食べるというのはおにぎりをフィルム包装のまま食べるくらい愚かなことだと思っている。鮭の皮も然りだ。しかし、野口も確か残していた気がする。天ぷらそばを食べていた際、「しっぽが邪魔でつゆが飲みにくいなぁ」と愚痴をこぼしていた。きっと、ゴミ箱か何かで捨てたのだろう。

 しかし、私はいつもエビフライが入っているときはしっぽは弁当箱にいれたままにしている。どう言い逃れればよいだろうか...しばらく沈黙が続く。麻知はそれに耐えられなかったのか、口を開いた。

 

「....ふっ..ごめんなさい、困惑したよね。だって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エビフライなんて入ってなかったんだから。ちゃんと食べたのかなぁって試そうとしたんだ...疑ったりしてごめんなさい。」

 

「あ、いや入ってたかなぁと思ったけどやっぱりか。いやぁ冷や冷やしたよ..」

 

つい本音が出てしまい感づかれたかと、ハッとして麻知を見ると「えへへ。おやすみなさい」とドアを閉める。安堵からか体じゅうの力が抜ける。それにしてももし、エビフライの件で下手に答えていたら何をされたか...麻知との問答はそうした誘導尋問じみたものがあるから怖い。しかし、これからは箸のことにしろエビフライや鮭の皮などのことも考慮しなければいけない...なんでたかが妻のことでこんなサスペンス小説のような巧妙な工作をしなければならないのか..私がもう少し強くものを言えれば済む話なのだが...自分の非力を恨むばかりだ。

 

バタンッ

 

「.....うそつき」

 

**************

 

甲辰商事。日本の政財界において影響を与えてきた大企業である。カップ麺からロケットまでいわれるように多角的な事業展開をしており、山城や野口が課長をしている部署は繊維部に属する。総合商社の中で言えば末端の管理職にしかない山城滉一の妻・麻知が甲辰商事の社長室-経団連の幹部もしている財界の大御所の前にいた。

 

「こ、これは山城様、今回どのようなご用件で..」

 

「たいそうなものではありませんわ。岡社長。....この度の人事に関して少し『適材』ではないように思いまして。」

大物相手に麻知は物怖じせず話を持ち掛ける。と、いうよりも岡の方が麻知に謙っている。普段の主婦の格好ではなく、黒のスーツに身を包みヴィトンのポーチを太ももに添えている。

 

「その、こちらとしましても役員を一新して業績回復、ひいては株主の皆様に納得いただける成果を出すために当社一同懸命に考えた末での人事でありますので...何卒..何卒暖かい目で見守っていただきたく存じます」

 

「私の忠告が聞けないんですね..岡社長、私はあなたを常務から応援をしていましたが間違いだったのかも知れませんね..やはりあなたより塩葉副社長の方が社長の器だったのかも...」

 

「山城様...そ、そのようなことは...山城様のためにもこの岡広次この身を割いてでもご希望に沿うよう『心づけ』致しますので...どうか..どうか..」

 

財界の重鎮が一社員の妻に頭を下げるというイレギュラーな事態が甲辰商事社長室で起きていた。秘書もその場にいた重役も静かに社長が頭を下げる姿を見る他なかった。

 

「分かりましたわ。今日のところはここで..今日は主人が忘れものをしてしまいまして持ってきただけなのですが。お忙しい岡社長にお会い出来よかったです。では。」

 

麻知はお弁当の入った巾着袋を見せ、社長室を去った。

 

「山南、人事部長を呼べ。」

 

「はっ、しかし山城様がわざわざ来られるとは珍しいですね」

 

「どうも山城が課長をしている繊維2課の人事にご立腹のようだが...」

 

「確か…」

 

「なんだ?」

 

「繊維2課に女性社員が所属された気が…」

 

「なんてことを…」

 

甲辰商事の株主に麻知が君臨してから山城のいる部署に女性社員を配置してはいけないという暗黙の了解があったのだがそれを破る行為に麻知は抗議に出たという訳である。

 

「人事部長は塩葉専務の…これはもしかすると塩葉専務による..」

 

「山南、滅多なことをいうものではない。しかし、仮にそうだとすれば..塩葉専務も山城麻知に取り入ろうとしているのか..やはり人事部長を呼ぶのはやめにしよう。山南、秘密裏に今回の人事について調べ上げてくれ。」

 

「はっ」

秘書の山南は社長室を去った。

 

**************

 

午前業務終了のチャイムがなる。山城はにとっては昼休みが憂鬱であった。

 

「課長、今日もお弁当作ってきましたっ!」

 

「ありがとう」

 

水萌は2人分の弁当箱を持ち、山城の机にやってきた。山城は「少し待って」といい、麻知の弁当箱を開け、中身を確認する。何が入っていたかを聞かれても対応できるように…今日はハンバーグや唐揚げなどとても美味しそうなおかずが多かった。水萌の弁当は美味しいが、サンドウィッチで野菜が中心なので男としては物寂しさを感じる。今日もサンドウィッチだろう。朝や夜に食べているはずなのに麻知の弁当が恋しい…

 

「どうしたんですか?…私のお弁当より、奥さんのお弁当の方がいいんですか?そんな事…ないですよね。だって私の手料理美味しいって食べてくれてますし…」

 

麻知の弁当を開けていると水萌さんが今にも泣きそうな顔でそんな事を聞いていた。私は言葉が詰まった。麻知の料理は好きだ。高校時代からほとんど休まずに作ってくれて、かつ飽きない美味しさである。しかし、水萌さんの料理も美味しい。そもそもの発端は私を見かねてお弁当を作ってくれた事から始まったのだ。

 

そんな質問答えられるはずがない。

 

「………っ」

 

『勿論、私だよね…あなた?』

 

遠くから声がする。前を見ると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには麻知がいた。




閲覧ありがとうございました。

うーんこれは摂氏0℃どころじゃないなぁ。(ちなみに173Kは摂氏-100℃)


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ケルビン275

遂に直接対決か!?





来週まで企画書を書かねばならないため、お休みします(いつも休んでますが)


 甲辰商事専務室。日本屈指の大企業の十本の指に入る役職である。そのポストに就く塩葉勤は自らの派閥の北見人事部長を呼びつけていた。

 

「北見くん、今回はよくやってくれた。」

塩葉は椅子に座りながら、北見を労う。

 

「ありがとうございます塩葉専務。しかしながらお聞きしたいことがありまして」

 

「なんだね」

 

「今度の人事ですが、岡派の勢力をそぎ落とすことも私の役職柄出来たようにも思ったのですが、その...なんと言いますか課長級の人事はこれまでと変わりないように思うのですが...特に繊維部。あそこは岡社長の出身畑ですが、なぜ2課に女性社員を入れる指示だけだったのかと」

北見は塩葉の指示に疑問を感じ、探り探り言葉を選んで質問した。

 

「繊維2課の課長は誰か知っているかね。北見くん」

 

「確か...山城...あっ」

 

「そうだ。派閥という内だけを見ていてもいけない。マクロな目線で会社のために適材を置くのが君の仕事だ。違うかね?」

 

「はっ、不勉強でした。肝に銘じておきます。」

「うむ。まぁ私が『然るべき』職に就いた時には君を財務部長にすることを考えておこう。」

 

「ありがとうございます...それでは失礼します。」

 

バタンッ

 

「専務...」

北見が部屋を出ると、秘書が詰め寄った。財務部長は冷静に人選をしなければならないポストだからだ。しかし、塩葉は

「何、嘘はついてない。考えておくと言ったまでだ。財務畑は出世への近道だからな...普通であれば」

と言ってのけた。

 

「岡社長は繊維部からの大抜擢ですからね。やはり北方先生と関係が..」

 

「だが、分からない。それならばなぜ山城課長を繊維部などにいれるだろうか」

 

甲辰商事にはエネルギー部門、鉄鋼部門、生活資源生産部門その他財務、総務、人事があるが役員幹部となる者は財務部に属するのが甲辰商事、日本の主な商社の常道である。それに比べ生活資源生産部門の食料部や繊維部、化学品生産部などは出世の見込みはとても低いそれどころか左遷先の一つでもある。最悪平社員のまま定年を迎えるという社員も少なくない。塩葉は財務次長、部長を経て常務、副社長と出世街道を走っていたが株主総会にて社長人事に無名の繊維部長・岡が出てきた。そして議決の結果岡が社長に就任する。社長まで手が届いていた塩葉としては辛酸をなめるような思いであった。

 

「山城課長は岡社長の直属の部下でしたからね...山城麻知とも面識はあったのでしょう。」

 

「第四位株主、可児派の中堅北方先生の令嬢...敵には回したくないものだが..山城麻知に気づかれないように気を付けねば...」

 

**************

 

「勿論、私だよね...あなた?」

 

「麻知!なんで会社に」

 

「忘れ物を持ってきたの。箸がないのにどうやって食べるつもりだったの?それともまた食堂のお箸を使うのかな?」

麻知は戯けるように、ポーチから箸箱を取り出し山城に見せる。先ほどまでのスーツ姿から普段の外向けの服に着替えており、山城もまさか麻知が社長室にいたなど察せられる訳がなかった。

 

「課長、誰ですかこの人?」

 

「....え、ああ私の家内だ..」

 

「はじめまして。主人がお世話になってます。山城の妻の麻知です。」

 

麻知は水萌に背を向け、2課の他の社員に挨拶をした。部下達は話には聞いていた山城の妻に興味津々だった。その眼差しに応えるように笑顔を振舞っていたが、麻知の眼には水萌は捉えていなかった。

 

「はじめまして!私最近配属されました水萌晴絵といいますっよろしくお願いします!」

水萌は麻知の前に立ち挨拶をするが、麻知は見向きもせず山城の腕をとった。

 

「...あなた、食堂に行きましょう。野口さんにもご挨拶したいし..」

 

「ちょっと待ってください!私を無視して...課長は私と食べる約束が..」

 

「ほら、行きましょう。」

「麻知、水萌さんに挨拶ぐらいは...」

麻知は山城の腕を引きながら食堂へと足を進めた。しかし、場を壊したくない山城はフォローをするも、その願いは叶わなかった。

 

「嫌。常識がない小娘は嫌い。」

 

「麻知!」

 

「嫌なものは嫌...あなたはあの女の肩を持つの...?人の夫を誑かして一緒にお弁当なんて。」

 

「う....」

 

流石に山城も少し水萌の厚顔無恥さには辟易しており、麻知の言葉にぐうの音も出なかった。

 

「それではみなさんお騒がせしました。失礼します。」

 

「ああ、引っ張るな引っ張るな..麻知」

 

麻知は最後まで水萌を無視し、社員に挨拶をして山城とともに去った。水萌は麻知にまともに相手をされなかったことよりも山城との時間を奪われたことに怒りを感じていた。

 

「チッ会社まで出しゃばって...課長は私のなのに...許さない許さない許さない許さない許さない...」

水萌は恨めしそうな顔で爪を噛んだ。

 

 

「お久しぶりです、野口さん。いつも主人がお世話になっております。」

 

「いや、こちらこそ家内がお世話になっているようで。」

2人は食堂で野口と合流した。野口は食堂のカレーを食べていた。

 

「ええ。いつも透ちゃん、野口さんにお弁当作ろうとして渡しそびれて私が食べる羽目になってます。」

 

「透がお弁当ですか!たまに作ってくれることはあったけどそうかぁ明日から聞いてみるか。それにしてもすいませんね。食べて貰って」

 

「いえいえ、野口さんにも私のお弁当食べて貰っていたのでおあいこですよ。」

「麻知は何を言って..」

麻知の言葉に動揺を隠せなかった。麻知の言い振りは推測というよりも確信めいたように聞こえた。

 

「ふふっ気づかないと思ったの?あんな見え見えのウソ」

 

「ハハハ流石奥さんには嘘は通せないな」

 

「麻知、許してくれないと思うけどすまない。」

 

「大丈夫だよ。その代わり...」

 

「その代わり?」

 

「これからは毎日駅で待ってるから一緒に帰ろ?そしたら許してあげる」

 

「そんなことでいいなら..」

 

「おいおい、お二人とも会社でイチャイチャしないでくれよ」

 

「イチャイチャって..」

 

「周りを見ろよ」

 

周りを見回すと微笑ましいと見ている年上の先輩やそうではない痛い目線で見てくる人もいて注目されていた。山城はとても恥ずかしかったが、麻知は夫婦の仲を見せつけるチャンスと見て嬉しそうだった。山城たちは他愛もない話をして昼休みを過ごした。麻知のお弁当は一週間ぶりだからかいつも以上に美味しい気がした。

 

「それじゃあ帰るね。」

一階のロビーまでで良いと言い、麻知をそこまで送った。

 

「ここまでで大丈夫か?駅まで行くけど」

 

「ううん。お仕事の邪魔をしちゃいけないから。それじゃ、お仕事頑張ってね」

 

チュッ

 

「...」

 

麻知は頬にキスをして駅に向かって走っていった。




閲覧ありがとうございました。

麻知ちゃんに分からないことはない!


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ゆびきり

連日中華そばばっかり食べているけどおいしい..店によって味が全然違う。

さて、続きをどうぞ。


 麻知はうきうきと夕食の準備をしていた。水萌とかいう雌犬に一泡ふかせることが出来て麻知としては気分がよかった。

 

ジャラジャラ....

 

「...ちゃんと食べてくれるよね?あなた?」

 

キッチンにはキィキィと陶器と金属がこすれたような嫌な音が響いていた。とてもキッチンで出るような音ではない。麻知の手は何故か真っ赤になっていたが、麻知は意に介さずその作業に取り組む。その様子は彼女が彼氏に対して愛情込めて料理を作るとは何か違っていた。何か深い闇を抱えた呪詛や黒魔術のようなもの...

 

**************

 

山城は板挟みから解放され、心安らいでいた。忘れ物を届けに会社に来た麻知の態度はともあれ、これで水萌も弁当を作ってくることもないだろう。

嘘がバレたときはどうなることかと思ったがなんとか許してもらうことができ、山城としてはこれで胃痛に苦しむことはなくなったという心境であった。しかし、水萌も自分の大事な部下である。一応、午後に「家内のことは申し訳なかった。悪気はないと思うんだ許してやってくれないか」と水萌に謝った。水萌は「大丈夫です。私もごめんなさい。少し大人げなかったです。」と収めてもらったが麻知からも水萌に謝ってもらいたいと思っていた。それで丸く収まると考えていた。悩みが解決したからか外の風景も昨日よりもきれいに見える。パステルオレンジの夕焼け、少し目線を変えれば群青に染まる空と遠慮がちに佇む月が映る。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

ドアを開けると、珍しく麻知が出迎えをしていた。瞳は心なしか早くも夜を迎えたかのように暗く濁っていた。

 

「カバン持つね」

 

「あ、あぁ...」

 

「お風呂沸いてるけど、ごはんとどっちを先にする?」

 

「ごはんにするかな」

 

「...分かった。用意するから着替えてきて。」

 

「ん」

山城は自分の部屋に行き、着替えを済まそうとした。

 

「ふふっ...ちゃんと償ってもらわないとね…」

 

着替えを終え、リビングに向かった。しかし、そこにあったのは普段の食事とは違う異質な光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで茶碗に「針」が山盛りに入っているんだ...

 

「...麻知、これはどういうつもりだ?」

 

「...嘘をついたら針千本。大丈夫。ちゃんと数えたから」

 

「そんなことを聞いてるんじゃない!何を考えてるんだ」

山城が声を荒げると麻知は驚く訳でもなく、言葉を紡いだ。

 

「........私は許してない。あなたが嘘をついたことを...今回だけは情に絆されて許すなんてしない。ちゃんと『誠意』を見せてもらう...あなたがしたことはそれくらい重い。」

 

「今日の昼許してくれるっていったじゃないか!」

 

「そんなこと言っていない。あの女の弁当を食べていたことは許してあげる...でも、それを隠したってことはあなた...何かやましい気持ちがあったって証拠。ほらちゃんと食べて。そのハンバーグ針を入れて捏ねたから手が傷だらけになったんだ。でも、あなたにされた痛みに比べればどうってこと無かった。...嘘つきは罰を受ける...当たり前だよね?」

 

麻知は絆創膏でいっぱいの手のひらを見せる。とても痛々しかった。言っていることは本当なのだろう。

確かに指切りげんまんでは「嘘ついたら針千本飲ます」と約束するが、それを本当にするやつなど、この世の中で麻知くらいだろう...狂っている。おかずがずらーっと並んでいるが全て針が入っているのだろうか...もちろん山城はこんなものを食べるわけがなかった。

 

「ふざけるな!嘘をついたことは謝る。でも、お前頭おかしいよ!

........飯はもういい。風呂に入る。」

 

リビングにはポツンと麻知だけが取り残された。麻知は薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 

「..........これで済むと思わないでね」

 

 

**************

 

麻知に怖れを感じた。山城と麻知は長い付き合いだ山城は麻知のことを少し嫉妬深いくらいだと思っていたが今回は流石に度が過ぎている。まずありえないが、もし浮気や不倫などをしたら何をされることになるのだろうか...山城は麻知の愛憎、嫉妬に命の危機すら感じた。

 

「今は忘れよう...」

 

脱衣所から風呂場に入り、湯桶にお湯を汲む。命の洗濯と言われるだけにお風呂を入っている時が一番落ち着く気がする。中にはトイレという人もいるだろうが、やはり風呂独特のモワーとした空気がリラックスできる。

お湯を身体に掛ける。それと同時に焼けるような痛みが全身に走る。

 

「あ"あ"あ"あ"っつい...なんだこれは...」

 

体が冷えていたからというわけではない。間違いなく熱湯だった。皮膚は赤くなり、この地獄釜のような風呂に入ることを拒否していた。

 

「お湯加減はどうですか?あなた」

 

麻知が一糸纏わぬ姿で風呂に入ってきた。

 

「麻知...いい加減にしろよ」

 

「何のこと?私は何もしてないよ?疑うなんて酷いなぁ...ほら、一緒に入ろ?お湯掛けますね」

麻知は湯桶で熱湯を掬い、山城に容赦なくかけ流す。自分の前にいるのは妻ではなく、悪魔だと思った。

 

「やめ....あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”熱”い”!」

 

「肩まで浸かろうね」

 

「許してくれ!悪かったから!う”があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 

麻知は山城を熱湯の入った湯船に入れ、上がらないよう抑えつけていた。山城の身体はやけど跡があちらこちらにあった。しかし、麻知はそれでもやめなかった

 

「今回はこれで許してあげる。でも、次はこんなものじゃ済まさないからね?」

 

しかし山城に返事はなく、失神していた。

 

「あらあら、『事故で』やけどしちゃったみたい。ちゃんと看病しなきゃ」

 

麻知は山城を湯船から引き上げ、どこかに電話を掛ける。

 

「救急です!旦那が熱湯に入っちゃって…多分自殺をしようと考えてたんだと…」




閲覧ありがとうございました。

実際、熱湯風呂入ると全身やけどをするらしいです。ん?じゃあ、ダチ○ウ倶楽部は一体..あっry

世の中知ってはいけないものもある。


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涙は語らない。

多くの反響ありがとうございます?ちなみに私も痛い描写は嫌です...

麻知ちゃんも無計画に傷害に手を染めません。続きどうぞ!


「コウ君...私たちやっと結ばれるんだね」

 

信濃の町はずれ、教会の白の塗装が周りを囲む新緑萌える山々、田んぼに映える。私、山城滉一と北方麻知の結婚はこの片田舎の教会で行われた。私の前には純白のウェディングドレスを纏った麻知がいた。その他には母、文加や麻知の両親も誰もいなかった。だが、これは2人で決めたことなのだ。その頃、2人は東京から駆け落ちをして安曇野で同棲生活を送っていた。都会出身の私たちにはなれない生活だったがそんなことは全然気にならなかった。それほど2人の仲はこれまでで一番深まった時であった。私はこのまま二人っきりで里山に囲まれた自給自足の生活をしてひっそりと暮らしていければと思っていた。

 

「麻知、これからもずっと幸せにしていくよ。」

 

「コウくん...」

 

「ちょっと不便ではあるけど住めば都というしここでつつがなく暮ら..」

 

「コウくん、その...ね」

 

「ん?」

 

「東京に戻ろ」

 

「....」

麻知の言葉に呆然とする。山城はここで一生麻知と暮らすことになると思っていた。

 

「戻ったとしてもお父さんは絶対私の結婚を認めてはくれないのは分かってる...でも!でも逃げるっていうのは間違ってるよ。」

 

「それはそうだけど...!ここは麻知にだっていい場所じゃないか。ずっと一緒にいてあげられるし、麻知に心配をかけることもないし..!」

 

「うん....そうだよ...ここで暮らすのもいいけど、私コウ君が頑張っている姿を見ているのが好きなんだ♪会社で仕事をするコウ君を助けてあげたい、家でごはんを作って待っててあげたい...コウ君が他の女の子と仕事とはいえ話すのは嫌だけど...」

 

「...分かったよ。それが麻知の望みなら俺はそうする、そして約束するよ。もし、俺が麻知以外の女の子に興味を持ったり、浮気をしたら麻知に何をされても文句は言わない...何をされてもだ。」

 

この時の私は麻知以外見えなかったのだろう。今思えばバカな約束をしたものだ。

 

「....り」

 

「え?」

 

「ゆびきりして?神様の前で約束」

 

麻知は小指を差し出してきた。結婚式でゆびきりなんてこれじゃあ本当の心中立てである。

 

「それじゃあ、愛情の不変と約束を誓って」

 

『ゆびきりげんまん~♪ウソついたら針千本飲~ます♪指切った!』

 

**************

 

懐かしい夢を見たな...

 目を開けると、そこは見慣れない天井だった。見た限り家ではないようだ。確か、麻知に熱湯風呂に無理やり入れさせられたはずだが..

 起き上がろうとすると身体に痛みが走る。下を見たらミイラかというほど身体じゅう包帯巻きとなっていた。その時ここは病院だと察した。

 

「!あなた」

 

麻知はベッドの横に座っていたようで俺が目覚めたのを機に抱きついてきた。そして周りには野口と透さんがいた。抱かれた圧で痛みが伝わってきた。

 

「よかったぁ...死んじゃったら私...」

 

「山城!お前悩んでいたなら相談してくれればよかったじゃないか...!こんなバカなこと...」

「あなた...」

強く当たる野口を透が諌めた。麻知は山城から離れ、涙を拭う。

 

「野口さん、主人を責めないであげて下さい。きっと私のせいで言えなかったんです..私が悪いんです。滉一を追い詰めてたなんて...」

 

「すいません...麻知さん」

 

「麻知ちゃん、自分を責めないで。山城さんが目を覚ましたんだし。」

 

一体、なんの話をしているのだろうか..なぜ麻知に同情が集まっているんだ?加害者は麻知なのに...

 

「野口は何の話をしているんだ?」

 

「覚えてないのか..お前は自殺を図って熱湯に入って大やけどを負ったんだ。それを麻知さんが見つけて大事には至らなかったんだ。」

 

「きっと、ショックが大きくて忘れてしまっているし、今の状況が分からずに混濁してるんだと思うんです...いいんです。主人が元気なら..」

 

話が美化されている。事実は180°異なる。私が嘘をついた責任として針の入った飯を食わせようとし、あげく熱湯の入った湯舟に無理やり入れさせられたのだ。

 麻知のしたことは許されないが、私にも非がある。本当のことを言って麻知が許してくれるかなんて関係なかったのだ。麻知の前では正直でいる...約束を破ってしまったのだから。今思い出した...あの日の約束-愛の誓いを

 私は何も言い返さなかった。今その情報が支配しているならそれが事実なのだ。それを覆すことなど無理である。

 

「野口、迷惑かけた...麻知に謝りたいから今日は帰ってくれないか?」

 

「...あぁ。部長から連絡だ、一か月療養休暇とのお達しだ。早くそのやけど治せよ。痛々しくて見てられねぇ」

 

「ありがとう。部下にもよろしく伝えといてくれ....はぁ、しばらく戦線離脱..か。麻知、果物を切ってくれ」

 

野口夫婦が帰った後、静寂が病室に訪れた。シャリっというリンゴの皮をむく音だけが響いていた。麻知はあれからこちらに顔を向けようとはしない。反省しているのか...いや、償いだと言っていたし工作をしているのだからその線はないか。単純に気まずいというのが本音だろう。

 

「夢を見た。」

 

「....夢?」

 

麻知はそれでも目線をこちらに向けない。

 

「俺たちが長野で結婚式を挙げた時の夢だった。麻知が目の前にいて、前には十字架、片言の神父がいて...でも脇には仲人も親もいない変わった挙式だったな」

 

「でもそれは2人で決断したこと..............後悔してるの?」

 

「いや、してないさ。そして麻知が突然東京に戻ろうって言って驚いたなぁここで骨をうずめる覚悟はしてたんだが...」

 

「...」

 

麻知は何も言わず皿に一口大に切ったリンゴを入れた。

 

「今日思い出したよ。あの日約束したこと...もし麻知以外の女の子に興味を持ったりしたら何されても文句は言わないって。本当にするとは思わなかったけどな。ハハハ」

 

「....あなた、もう一つ約束したこと覚えてる?」

 

麻知はこちらを見て聞いた。

 

「もう一つの約束?」

 

 

『それじゃコウ君が不公平になるから私も約束するね。もし、コウ君が約束を破ったら容赦しない...でも、その後コウ君が何をしても私は全て受け入れるよ..たとえ殺されようともだから...きりしよ?』

 

『え?』

 

『ゆびきりしよ?神様の前で約束』

 

 

「私はあなたに罰を与えた..次は私の番。許して...くれないよね。滉一への償いはこれしかないよね?」

 

麻知は持っていた果物ナイフを自分の首に突き立てた。ナイフは嫌らしくギラギラと光を放っていた。

 

「バカ!やめるんだ。そんなことをしても俺が何も得をしない!」

「でも...私のこと...嫌いになったよね?こんなことする私のこと...」

麻知の目下には幾筋の涙が見えた。山城は溜息をついて諭した。

 

「はぁ..何年一緒にいると思ってるんだ。麻知が嫉妬深いなんて百も承知だよ。一々嫌いになってたら一緒になってないよ。ほら、早くしまえ。」

 

「許してくれるの...」

 

「許しはしない。一生な。.....だからたとえ麻知が俺のことを嫌いになっても一生俺のそばにいてもらうからな。」

 

「...うん。何をされても文句は言わないよ...」

 

麻知は涙を流しながら笑顔で答えた。

 

『私は許しませんよ~課長を傷つけるなんて...』

 

「...水萌君!?」

 

「...」

 

病室の前には水萌晴絵がいた。




心中立て...愛情の不変を誓う証拠立てのこと。ゆびきりげんまんは花魁とやくざ者との心中立てから派生したと言われている。

閲覧ありがとうございました。


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ケルビン323

最近、始まった崩恋。面白いですねー王道ヤンデレしかも二人共という...個人的には彼女の優香ちゃんが好k...

麻知「シャコーシャコー(包丁を研ぐ音)」

...さて、気を取り直して摂氏0℃最大の修羅場か!


「私は許しませんよ~課長を傷つけるなんて...」

 

「水萌君...!」

 

病室の入り口には水萌晴絵が立っていた。いつからいたのだろうか...麻知は何も発さず果物ナイフを器用に使い、リンゴを剥いている。加害者の精神とは思えないほど冷静だった。水萌は私の下に近づいてくる。

 

「最低ですね...課長を...旦那さんを傷つけるなんて、妻にあるまじき行為です!」

 

「...」

 

「課長はいいんですか!こんなことされて...それを許すなんておかしいですよ!今回はやけどで済みましたけど、死んでもおかしくなかったんですよ。」

 

「水萌君...その...痛っ」

 

釈明しようとすると、太ももに痛みが走った。太ももを見ると麻知がやけどの部分を指圧しながらこちらを睨みつけていた。黙っていろということだろう。

 

「ほら、口を開けて」

「あ、ああ」

「はい。あーん」

「あーん」

 

両手にやけどを負っているのでりんごを食べさせてもらう。しかし、麻知も針の件でのけがに加え私を風呂に押さえつけた際にできた手首までのやけどがあるのだ。痛くないのだろうか...女の忍耐なのか、それとも水萌の前という妻としてのプライドか。

 水萌も水萌で黙ったまま引き下がるわけにはいかなかった。

 

「今回のことだけじゃない...今回の発端だって課長がお弁当を作ってもらえなかったことからですよね?本当に課長のことが好きならそんなことしませんっ嫌がらせに決まってます!」

 

「水萌さんでしたっけ...さっきから何を言ってるんですか?」

 

麻知は固い口を開いた。

 

「水萌さんはまだ入りたてだから分からないのでしょうけど、いつもお弁当を作ってるんですよ。あの一週間は私が風邪をひいてしまって作れなかっただけ...そうよね?あなた?」

 

「え?...うん。」

 

麻知は笑顔を装っていたが、私を見る麻知の目は怖かった。うん、としか言えなかった。

 

「課長、本当のことを言ってください!こんな酷い奥さんをかばう必要なんてないですよ?」

 

「水萌さん、主人はもう疲れてるんです。それに自殺なんて真似をしたのも水萌さんと私が原因なのですから...どうか、休ませてあげて下さい。」

間接的に今日の事態がお前のせいだと牽制した。しかし、水萌も引かなかった。

 

「そうやってまた逃げるんですか...!あなたが..」

 

「水萌君。」

 

山城は水萌に声をかける。

 

「どうか麻知のことは悪く言わないでくれ。こんな私にずっと寄り添ってくれている伴侶なんだ」

 

「いえ、そんなつもりじゃ..」

 

「お見舞いに来てくれてありがとう。挨拶もそこそこになってしまったけども、決して水萌君や麻知のせいでこんな真似に及んだわけじゃないから安心してくれ...ただ、私の心が弱かっただけだ。水萌君、今日は遅いから帰りたまえ。麻知、水萌君をロビー間で送ってやってくれ」

 

「はい。」

 

その時の麻知は意外なほどに素直であった。水萌に帰ってもらいたかったというのもあったが、山城に気圧されたのだ。麻知は水萌とあまり接したくなかったが、良妻を取り繕った。

 

「それじゃ、行きましょうか水萌さん」

 

「すいません。ずかずかと入り込んでしまって。でも、私は諦めませんから...」

 

これ以上麻知は何も言わなかった。

麻知は水萌を見送るため病院の廊下を歩いていた。山城の病室からだいぶ離れたところで麻知から沈黙を破った。

 

「金輪際、滉一に色目を使うな。この泥棒猫...」

 

「ついに本性を現しましたね。麻知さん」

 

「滉一は私のモノ...オイタをした滉一にお仕置きをするのは当たり前...私を悪役に立てて滉一の心に付け入ろうなんて...本当にいやらしいメス猫。」

 

「やっぱり、あなたの仕業だったんですね..課長をモノ扱いしているなんて妻失格です。マインドコントロールで課長を支配するなんて」

 

「あなただって女神さまを演じようとしたのだから同罪。それにあなたが弁当のことで引けば滉一は嘘をつかなくて済んだ...」

 

「……平行線ですね。それじゃあ、失礼します...でも課長は絶対私の旦那さんにしますから...何をしても」

 

バンッ

タクシーの赤い尾灯が曲線を描いて離れていく...

 

**************

 

「大変申し訳ございません!」

 

甲辰商事の最上階...社長室では日本の財界のトップ-岡が部下の妻に土下座をするという異様な風景があった。

 

「一体、お宅の会社は何をやってるのですか?主人は一歩間違えれば死んでいたのですよ?」

 

「山城課長への配慮が足りず申し訳ございませんでした。今後はこのようなことがないように善処いたしますのでどうか...」

 

「人事部長を...呼んでくださる?」

 

「は、はい!」

 

今日の麻知は殺気だっていた。自殺未遂などという事実はない。自分の手で山城を罰したのだから。本当に怒りを覚えているのは女性社員を入れた商事の『しきたり』も知らない人事部長である。山城のいる繊維2課に女性を入れないというのは商事人事部の全社員共通、暗黙の了解であった。その掟破りをした人事部長を野放しなど麻知は許さなかった。

 

「失礼します!」

 

北見人事部長が社長室に入り、そして椅子に座る麻知の前に膝をついた。これまで経験したことのない緊張感だった。

 

「この度は大変申し訳ございませんでした...!!」

 

「...あなた、自分が何をしたか分かってるの?なんで2課に女を入れたの...?」

 

全てのものを凍らせるような冷たい声で問いかける..

 

「その...男女雇用機会均等法の関係もありまして、女性社員の割合をどの課..ああああああああああああああああ」

 

麻知は床についている北見の手をハイヒールで思い切り踏みつけた。

 

「相手を考えて話をした方がいいですよ?北見人事部長。じゃないと..あなたごとき簡単に『消す』ことくらい容易なのですから」

 

「....ぐっ..私の独断でこのような人事をしてしまい...申し訳ございません...」

 

北見は床に額をこすりつけ、深い土下座をした。この部屋では部長だとか、社長など無意味である。麻知が絶対、その他はそれに従うしかないのだ。

 

「あなたが土下座をしたところでこの失態は消えませんよ。ちゃんと落とし前をつけてもらわないと..岡社長」

 

「はっ」

 

「タバコとライターはありますか?」

 

「ただいま!」

 

「山南秘書」

 

「は、はい!」

 

「北見人事部長の腕に火をつけたタバコを押しつけて下さい。」

 

「山城様...それは..」

 

「あなたも『消されたい』んですか?」

「い、いえ。喜んでさせていただきます!」

岡は机にあるシガレットケースからタバコとジッポを出し、山南に渡す。山南はタバコに火を付け、恐る恐る北見の腕に近づけた。

 

「ふふっ北見人事部長、『根性焼き』って知ってますか?不良の処刑方法なんですって。私の姉がそういうことに精通していて...火のついたタバコを腕とか皮膚に押し当ててやけどをさせるっていうものなんですって」

 

「山城様っお許しください!ぎゃああああああ」

タバコが腕に着くと「ジュぅ」という音と形容しがたい異臭が部屋に充満した。そして北見の腕にはホクロのような焼き跡が着き、断末魔をあげた。

 

「大袈裟ね。主人は身体じゅうにやけどを負ったのだからこれくらいは当然の報いよね?ふふふ...」

 

この小さい部屋にいた大人たちは誰一人女王の暴走を止められなかった。




閲覧ありがとうございました。

最近、こういう描写が多いなぁと自分でも思う...


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≪番外≫文加の憂鬱 前編

某金庫のインターンのための適性検査が受けられなくなりました(泣)
ITパスポート所得者だけど、情弱だからなぁ...まぁいいか。本命じゃないし。

今回は少しお休みしてね(いつも休み定期)、ヤンデレになる前の文加さんのお話を。


 70年代に突入すると、右派作家の自決、あさま山荘事件によって安保闘争や新左翼運動に対する国民の目は冷ややかとなった。60年代は彼らも一致団結して日米安保を止めようとしていたはずなのに、市民というものはいつの世も怖ろしいものである。そして世は大阪万博や高度経済成長期の真っ只中。戦後焼け野原となった日本はわずか25年程で世界も羨む経済大国となったのである。

 

「.....」

 

 そして、大学から異端児とされ、学生からも厄介がられていた少女・木崎文加(あやか)も大学を卒業し数年が経っていた。いや、もう彼女は木崎ではない...山城健一、麻知の旦那である山城滉一の父と結婚をして今は山城文加である。

 

「お仕事なんだもんね..仕方ないよね..仕方...」

 

**************

 

健一は文加にとって大学時代の学友であった。マルクス主義に毒された人間と相容れない文加としては初めは健一も十把一絡げに考え、つれない態度をとっていたが話していくうちに彼もこの理想ばかりを語る学内に不満を持っているようで自分の意見にも耳を傾けてくれる姿勢から少しずつ健一に心を開いていった。そして、大学の卒業式-文加は首席で卒業をする。そして彼女は壇上での答辞で...

 

「この大学は馬鹿ばかり...もっと現実を見なさい。この世の中は勝つものと負けるものが存在する。平等な社会なんて千年経っても訪れない。そして有史いつの世も訪れたことはない。ならば...ならばあなたたちは勝つ人間になるしかない...!どんな手を使っても。後輩諸君、赤旗を振る暇があるなら、勉学に勤しみなさい!...以上」

 

この答辞の後、怒号が会場を包んだ。それはそうだ、彼らは自分達が本気で共産主義革命を起こせばユートピアを作り上げることができると思っていたのだから。それを文加は全否定をした、そして文加はこれから共産主義社会など日本ではできないこと、そしてそんな考えはいつか破綻することなど今後の世の中の動きを大学の誰よりも予見知していた。

 

「木崎さん、いいスピーチだったよ。」

 

「山城...嫌味?」

 

「君らしい言葉だったよ。彼らには響かなかっただろうけど」

 

「一生分からないだろうね。馬鹿だから」

 

「俺もかい?」

 

「...あなたは違う。あなたは特別だから」

 

「首席の木崎さんにそう言ってもらえるのは光栄だな」

 

「文加」

 

「え?」

 

「文加って呼んで...私も健一...って呼ぶから」

 

「....?木崎さん?」

 

「バカっ二回も言わせんな。だからその....私のダ...ダダ..」

 

「ダ?」

 

「ダーリンになりなさい!!」

 

健一はポカンとした。あのクールで世の中のすべてを軽く見ているような文加の口から思いもよらない言葉「ダーリン」。幼稚園児が政治談話をするような違和感である。しかもすごくつまらなそうな面をしている文加があんなに赤面をしているなど出会ってから一度も見たことがない。

 

 

「ふっアハハハハハハハ」

 

「なっ」

 

「ダーリンって文加。アハハハハハハハおなかが痛い...」

 

「....そ、そんなに笑わなくてもいいじゃない!」

 

文加は泣きそうな顔をして健一に迫った。

 

「健一のことが好きなの!大好き!私のことを分かってくれるのはあなただけ...だから付き合ってくださいっ...」

 

「...笑ったりしてごめん。こんな俺でいいなら。」

 

そして山城健一と木崎文加はアベックとなった。卒業後、健一は小さな出版社、文加は大蔵省に入省する。大蔵省の政界に対する力は強力であった。国の財布を担っているわけなので大臣さえ丸め込めば思い通りに動かすことはできる。大蔵官僚は給与の他に「施し」や多額の退職金など庶民には味わえない贅沢や将来が約束されている。....しかし、文加は大蔵省を一年も経たずに辞めてしまう。何故なら一年の交際の末、山城と同棲生活をすることになったからだ。山城は「もったいないことをする」と言ったが、文加は「奥さんは家で旦那様の帰りを待つものでしょ?」と答えた。

 

「気が早いよ」

 

「否定はしないんだ..じゃあ結婚してくれる?私は準備できてるよ...//」

 

「今すぐって訳にはいかないよ」

 

「じゃあ私が白無垢を着る日はいつなの...?」

 

「いつってなぁ男にも準備っていうものがあるんだよ。」

 

「じゃあずっと待ってるね。」

 

文加はそれから山城のアパートで料理を作って山城の帰りを待っていた。料理は得意ではなくなかなか上手くできなかったが、山城はおいしいと言って食べてくれた。文加は一生懸命料理を勉強した。そして炒り卵しかできなかった朝ごはんも黄金色に光る玉子焼きに代わるなどその成果は出ていた。山城も残業で帰りが遅いことはしばしばあった。しかし、文加は山城が帰ってくるまで待っていた。雨が降れば駅まで傘を持って駅へ迎えに行った。同棲をしていると喧嘩もあったが、仲直りをする頃にはこれまで以上に仲は深まっていった。

 

そして、年月は過ぎ交際6年目の秋だった。

 

「文加さん、結婚してください。」

 

文加は言葉も出せずただ涙を流していた。アパートで山城は結婚指輪を出し、結婚しようと言ってきた。どれだけその言葉を待っていたか...文加はこれまでの人生の中で幸せの絶頂期にいた。

 

「はい...」

 

山城は文加の薬指に指輪をはめた。

 

「....遅い。バカっ...」

 

文加は健一の頭をポカポカと殴る。

 

「ごめん。でもその分文加を幸せにするから。」

 

山城は泣く文加を抱きしめた。

 

 そして、その後文加の両親に挨拶をした。思ったより簡単に結婚を了承してくれた。結婚は着々と進み、文加が白無垢を着る日がやってきた。文加の容貌は息をのむほどの美しさであった。

 

「...!」

 

「どうですか...?」

 

「ああ...似合ってるよ」

 

「ようやく私たち結ばれるんですね...」

 

「今思えば、誰にも興味がなさそうだった文加と縁を結ぶことになるなんて予想もしてなかっただろうな」

 

「今が大事なんだよ...あなたが幸せなら私はうれしい」

 

「大学の頃の君なら自分が幸せならそれでいいと言っていたはずだよ。君は変わった。そして、そんな君に惚れた。」

 

「私の気持ちはあれから変わらないよ。あなたのことが好き。大好き。」

 

式を終え、2人は初めての夜を過ごした。




閲覧ありがとうございました。

どちらかというとクーデレ!?ヤンデレの片鱗はいつからなのか。後編をお楽しみに。


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≪番外≫文加の憂鬱 中編

すいません。今回も病化までたどり着けませんでした...!!


「お仕事なんだもんね..仕方ないよね..仕方...」

 

文加は自分に言い聞かせるように手を動かしながら「仕方ない」がリフレインされる。時計を見れば夜の八時であった。文加はいつ帰ってくるかもわからない健一がいつ帰ってきてもいいように鍋を温め直して冷めたらまた温めを繰り返していた。文加は焦燥感に駆られてかその間隔は短くなり対して冷めていなくても火をつけて鍋をかき回している。わかっているのだ仕事なのではないことなど...

 

「ただいま」

 

玄関から健一の声が聞こえ文加はまるでエサを待っているひな鳥のように喜び玄関に向かう。

 

「おかえりなさい。あっ、びしょ濡れじゃないですか。今タオル持ってきますね」

 

天気予報では雨は降らないといっていたがこの時代の気象予報技術は乏しさを考えれば仕方ないことだろう。文加は急いでタオルを持って来て健一に手渡し健一は頭を乾かす。

 

「お風呂は沸いてますから温まってくださいね..ごはんもそのうちに」

 

「今日はごはんはいい。風呂に入ってそのまま寝る。」

 

「...はい。」

 

健一は風呂場へと消えていった。文加はそれまで温め続けてきた鍋の取っ手を持ちシンクへ中身を流し込む。台所にはボコッというシンクの悲鳴と定期的に滴る水の音だけが木霊するだけであった。

 脱衣所で健一の着替えを用意した。シャツには仕事では間違いなく付かない香りがしていた。

 

「楽しかったですか?キャバレーは」

 

文加は優しい口調でしかしその場が凍えるような声で健一に聞いた。風呂場からは音一つしなかった。あきらめたように文加は着替えを置いて脱衣所を後にした。

 文加は何の根拠もなく言ったわけではない。動かぬ証拠をつかんでいた。それは数か月前のことであった。新入社員歓迎会に健一が出てから帰りが遅くなることが多くなった。文加は健一に問いただすと新入りとの親睦のために飲みに行くことが多くなったからといった。健一は優しいからと文加もそれからは何も言わず健一の帰りを静かに待っていた。だが今日のような雨の日、文加は傘を持って健一を待っていた。その日も健一の帰りは遅かった。曇り空はより暗くなっても健一が来ることはなかった。忠犬ハチ公のように待つこと数時間後、健一が改札口にやってきた。

 

「....!」

 

「またね~」

 

「また明日ね。京子ちゃん」

 

健一が女と挨拶をして別れた....いったい誰?あいつ。娼婦のようなはだけた格好をして。私の旦那様がいかがわしいお店に行くなんて有り得ない...目の前にある光景を一切認めたくはなかったがまがいもない現実なのだ。健一は文加を目で捉え狼狽する。

 

「あなた...今の女...誰?」

 

「あ.......う....」

 

「ねぇ誰ですか?教えて下さい。」

 

「だ、誰だっていいだろ。」

 

「あっ」

 

健一は明瞭な答えを出さず、づかづかと歩いて行った。文加も追いかけるが家に着いても健一から納得のいく答えを聞くことはできなかった。

 

「のーぱんしゃぶしゃぶ....?」

 

「あぁ、接待で行くこともあるがその...店員が下着を履いていなくて電球を替える姿を見たりとかな...」

 

「最低です」

 

「す、すまない。」

 

「はぁ...大蔵省がそんなことでいいんですか。」

 

「そこを突かれると痛いな...」

 

霞が関-日本の行政中央機関が密集する街である。文加は元上司である大蔵省主計局長と面会をしていた。大蔵省主計局といえば国の予算を決める部署で大蔵省の核の部分といっても過言ではない。

 

「ふふっとんでもないネタを掴んでしまいました。これで貸しができましたね。」

 

「なんで君のような有能な人材が離職をしてしまったのか不可解だよ」

 

「愛....ですかね。」

 

「そうかい....それで私に何をしろというんだ?」

 

「あらまぁ人聞きが悪い。ただ紹介してもらいたいだけですよ。先生を」

 

「そんなことであれば幾らでも紹介しよう。」

 

「20人くらい紹介していただけませんか?できれば若手の方を」

 

「20!?君は何をしようというんだ?もしかして議員になろうとしているのかね。」

 

「まぁ後々分かりますよ。」

 

「木崎くん!」

 

文加は喫茶店を出ようと伝票を持ち立ち上がると、局長に呼び止められた。

 

「今は山城ですよ。局長」

 

「その…大蔵省に戻ってくるつもりはないのかね...君なら女性初の次官も狙えるかもしれないぞ」

 

「ふっ申し訳ありませんがお断りしますね.....だって.....私は山城の妻ですから。」




閲覧ありがとうございました。
後編のシナリオは出来ているので早めに投稿できるかと...(保証はできませんが)


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≪番外≫文加の憂鬱 後編

最近は暑くてかないません...


『この放送はご覧のスポンサーの提供でお送りします。

 

こんばんは。政治改革が進められている民権党に未公開株収賄という急転直下の汚職事件が降りかかってきました。しかし、予算委員会での宮崎大蔵大臣など関与した民権党の議員の答弁は納得のいかないものでした。今夜の出来事です.....』

 

80年代初期、世界で石油危機により物価上昇と不景気、そして石油枯渇の幻想という最悪の自体が起きた。その後、財政赤字を作り続ける道路建設、ダム建設といった公共事業政策は悪と決めつけられ財政緊縮策がとられるようになる。その後、プラザ合意からの円高を受け金融緩和へと移行すると日本は未曾有の好景気を迎えた。そんな矢先で与党自由民権党が政治スキャンダルを起こしたのだった。

 その頃、文加は1987年7月26日、健一との子供を出産をする。それが山城滉一である。その頃文加は30代半ば、交際から10年が経っていた。健一の夜遊びは文加が駅で見てからも続いたが彼女はあれから「お仕事お疲れ様です。」「京子ちゃんとの時間は楽しかったですか?」とネチネチとした嫌味を言った。滉一の妻、麻知と違う点は麻知であればすぐさま滉一を抑圧するであろうが文加の場合は健一を自由に泳がせて風俗まがいの痴女との交際を認めている点である。結論から言えば、目先のことよりもその先の半永久的な独占のため健一に「最後の時間」を与えていたのだろう。

 

1990年-滉一3歳

 

「ねぇ、ママなんでうちにはパパがいないの?麻知ちゃんのおうちにはパパがいるのになんで?」

 

「パパならいるよ。」

 

「えーでも家の中探してみたけどママ以外いなかったよ」

 

「『今は』いないけどちゃんといるよ」

 

文加は玄関に飾っている写真立てを手に取り滉一に見せる

 

「ママの隣にいるのがパパだよ。今は遠くでお仕事をしてるけどちゃんと滉一を見守っているよ。」

 

「そーなんだーだから家を探してもいないんだね」

 

「そうだよ。」

 

「コウくーん、一緒にあそぼー」

 

「あ、麻知ちゃん!ママ、麻知ちゃんとあそんでくるね」

 

「行ってらっしゃい。麻知ちゃん、滉一をよろしくね」

 

「はーい」

 

「行ってきまーす」

 

「行ってらっしゃい....

 

さてダーリンに会いに行こうかな♪」

 

文加は台所の床下収納の蓋を開けるとそこには階段が続いていた。お盆を持ちながら懐中電灯で前を照らしながら階段を下りていく。鉄扉の鍵を開錠したその先には9畳ほどの広さの地下室があった。文加が投資で稼いだお金で改築したものである。しかしその風貌は住宅というよりも拷問室であった。健一が椅子に縄で縛られ、足には重しのついた足枷が付けられていた。

 

「ごめんねダーリン、遅れちゃって。ごはんの時間だよ。」

 

文加はお粥の入った木椀を持ち、木匙を健一の口に近づけた。健一は食べようとはしない...というよりも生気を感じられなかった。

 

「ほら、お口あーんして?.......

 

 

 

 

 

 

それとも言うことが聞けないのかな?」

 

文加の冷たい声から防衛機能が働いたのか健一は僅かながら重く閉ざした口を開いた。

 

「よくできたねーはいあーん。よく噛んでくださいね。

 

ダーリン、滉一にガールフレンドができたんですよ。北方先生の娘の麻知ちゃん、とてもいい子で麻知ちゃんが滉一のお嫁さんになってくれたらなんて...ちょっと気が早いですかね。へへ...ダーリンが働いていた会社は今、未公開株を政治家に賄賂として渡したってことでバッシングを受けているみたいですよ。まぁダーリンをクビにした奴らのことなんてどうだっていいんですけどね。みんな地獄に落ちればいいんです。ダーリンもそう思いますよね?あ、そうそうダーリンが騙されてたあの女、借金がたたって余計にいかがわしいお店に身売りさせられたんですって。そのノーパンしゃぶしゃぶ?でしたっけ?の経営が立ちいかなくなったみたいで職を失って彷徨い迷って本当の娼婦に成り下がったみたいですよ。無様にも程がありませんよね..クスッ....だって私のダーリンを誑かしたんですからこれくらいの罰は受けてもらわないといけませんよね?

 ごめんなさい。こんなこと聞いても

 

 

 

もう『分かりません』よね?」

 

未公開株の収賄に関しては民権党の議員は歩調を合わせて秘書が献金と収賄の判別もできず受け取ってしまった、私にも監督責任があるという答弁に終始した。そんな言い訳で国民は納得するわけもなく、民権党は参院選で歴史的大敗を喫すことになり衆参ねじれが起きた。そして、政治基盤の崩壊・政治不信・経済停滞が日本を襲うことになる...

 

2018年-

平成時代も終盤に入り、30年前を彷彿させる政治スキャンダルが世間を賑わしている。今回の場合はねつ造に近いものであるが第一次政権からの曖昧にする癖が凶となし、話はより大きくなっていく一方である。

 そんな日本から離れた太平洋の島国では文加と健一が『介護』生活を送っている。




閲覧ありがとうございました。

次回から本編に戻ります。


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白亜

前回までのおさらい

 山城の職場甲辰商事繊維2課に水萌晴絵が入ってきた。水萌は山城にお弁当を作ってくるようになり、山城が麻知と仲直りした後もそれを続け麻知と水萌との全面戦争が勃発する。山城は嘘をついた代償として熱湯風呂に入れさせられ、全治1か月の療養期間に入った。


「はっはっはっまたわしの勝ち~」

 

「強いなぁ参りますよ」

 

「武夫さんには敵わんなぁ」

 

山城はだいぶやけども落ち着いて普通の病室に入ることになった。そこにいる70代にしては元気な池田さんと同じくらいの年齢の菰田さんとはすぐに溶け込み毎日特にやることもないのでトランプなどを興じていた。

 病院というのは聞いていた以上に暇なものでテレビを見るにもテレビカードを一々買わなければいけないのでそうそう見ることもなく世の中の動向を知ることもできない。病院食も厚生省の塩分摂取量に準拠しているので薄味で物足りず、恥ずかしながら麻知の手料理が恋しい。療養休暇とはいうもののこのやけどで1か月も続くとなるともはや刑務所にいるような感覚である。

 

「こんにちは」

 

「おー山城くん、美人な奥さんがお見舞いに来たぞ」

 

「うちのババアとは大違いだ」

 

「「ガハハハッ」」

 

「まぁ、そんなこと言ったら怒られますよ~」

 

「見舞いにすらこねぇよ。まぁ息子夫婦と孫が見舞いに来てくれる時が一番うれしいがな」

 

「お孫さんがいらっしゃるんですね」

 

「あぁ、孫ってのはかわいいもんでなぁ...

 

麻知もまた山城のルームメイトと仲を深めていった。麻知は山城の花瓶だけでなく二人の花瓶にも新しい花を生ける。麻知は爺様方の扱い方がとても上手で、まるで娘が甲斐甲斐しく看病するような振る舞いで良妻を装っていた。誰が見ても十中八九麻知が山城をこんな目に遭わせたなど考えもつかないだろう。

 

「まぁ山城さんとこは仲がええの...仲がええことに越したことはないからなぁ、山城さん奥さんを大切にせなあかんよ」

 

「ああ、菰田さんの言う通りだ。夫婦円満は幸せを呼ぶからなぁ...ワシみたいになるんじゃないぞ山城くん」

 

「はぁ」

 

麻知は三人と話をすると買い物があるということで帰っていった。私はその後もお二方と雑談をし、夕食を食べあとは就寝するのみである。麻知は毎日来るものかと思っていたが週に二回花を替えに訪れるだけであった。水萌君もあの一件以来顔を見ていない。まぁ水萌君の場合は仕事もいよいよ本格的に始まってきている訳だから来れるわけもないか...

 そういえば会社の方は大丈夫だろうか。1か月も休んでいては部下に申し訳ない...今は次長が業務を代わってくれているのだろう。復帰したら一緒に食事をしよう...

 

「怖い顔してどうしたんだい?山城さん」

 

「あ、菰田さん」

 

「ここにいる間はあまり戻った後のことは考えないほうが良いよ。」

 

「はぁ...私、中間管理職なものでいろいろと考えてしまって」

 

「まぁ私も社長をしていたから山城さんの気持ちはよくわかるけどねぇ」

 

「社長さんだったんですか!」

 

「まぁ社長といっても小さな工場だけどね。私は病弱でよく入院していてね...ある時従業員に会社の金を持ち逃げされてね、それから入院するごとにあれこれ考えるようになった。」

 

「持ち逃げって会社は大丈夫だったんですか?」

 

「まぁ従業員はすぐに捕まって大事には至らなかったんだけどね。また起きないかビクビクしてたよ当時は。

 まぁ歳を重ねていくごとにその不安も少しずつ減っていったんだけどもね」

 

「そういうものなんですか」

 

「家内が金銭管理をしっかりするようになってね...簿記の資格も取ってね。」

 

「いい奥さんですね」

 

「こういう時に妻の大切さを知ったね...だから山城さん奥さんを大事にしなさい。きっと山城さんが危機の時に助けてくれるはずだから。」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

「武夫さん、暇ですしUNOでもしませんか?」

 

「宇野?なんだそりゃ」

 

「トランプばっかりじゃ飽きるでしょう。ルールは私がやりながら教えますよ。山城さんはルール知ってますか?」

 

「はい。何回か遊んだことは...」

 

「では始めましょうか。まず、四つの色と数字が書いてあるカードがありましてね...」

 

「ほうほう...

 

その後寝るまで三人でUNOを楽しんだ。池田さんは最後の一枚になった時に宣言することを忘れてペナルティでなかなか上がれずにいた。私も人のことは言えず何度かチョンボをしてしまったが、こうしてゲームをしていくごとにさっきまでもやもやと考えていたことがすっきりしたような気がする。菰田さんは気を配ってくれたのだろう。

 

**************

 

「山城さん、もう二度と馬鹿な真似はしないでくださいね。もし困ったことがあれば奥さんもいるんだからちゃんと相談して...」

 

入院して1か月と2週間が経った。やけど跡は残っているが皮膚も回復し無事退院できることになった。最後の診察で担当医に説教を受け、そういえば私が自殺未遂をした体で入院をしていたことを思い出し非はないがひたすら平謝りをした。麻知も隣に座っていたがこの事件の張本人であるが悠々としており肝が据わっているというか、悪気もないのかと怖かった。

 

「菰田さん、短い間でしたがありがとうございました。」

 

「いやいやこちらこそ。楽しい時間を過ごすことが出来ました。どうか身体には気を付けて」

 

「菰田さんも」

 

「主人がお世話になりました。」

 

「毎週お花を替えてくれてどうもありがとうございました。部屋の空気も変わって人生の中で一番気持ちのいい入院でしたよ。」

 

「どうかお元気で」

 

「まだ死ななないように頑張ります」

 

池田さんは私の二週間前に退院をした。その後も菰田さんとはトランプの他に囲碁を指したりと時間を過ごしていた。しかし、今日で菰田さんとはお別れとても悲しい。

 

「それでは失礼いたします。」

 

「ええ、山城さんこれからも奥さんと仲よく...」

 

1か月ぶりに外に出る。空気がおいしい、病院の消毒液のようなにおいに包まれて生活していたからか余計そう感じる。私は間延びをしている傍らで麻知は何か考え事をしていた。

 

「ん?どうしたんだ麻知」

 

「え?ううん。なんでもないよ...ただ菰田ってどこかで聞いたことがあったようなと思って」

 

「変わった苗字だから印象に残っているだけじゃないか」

 

「菰田...菰田..もしかして菰田製作所の...(ボソッ)」

 

**************

 

甲辰商事の社長、岡は山城が退院した病室に足を運んでいた。

 

「菰田会長、息災でしたか。」

 

「ああ、まだ死ぬわけにはいかないですよ」

 

「会長は山城麻知をどう感じられましたか?」

 

「院長に掛け合って普通の病室に移ってみたが楽しいものだね。他の人がいるというのは..山城さんの奥さんは私が見た限りとても気前がいい良妻賢母といった感じだが...何か言い現わせられない闇を抱えていたように思えた。」

 

「闇....ですか。」

 

「岡さんから聞いたような人とは思えなかったがもし、岡さんのいうことが正しいのであれば敵に回したら危険な存在じゃないかねぇ」

 

「ええ。北方麻知はうちにとってキーマンになる存在ですから...それはそれとして会長はいつ退院される予定なのですか?」

 

「まぁ、数週間後には退院するかね。家内にも会いたいしな」

 

「会長は奥様と仲睦まじいようで羨ましい限りです」

 

「いやいや、山城さんに比べれば私なんてとてもとても...」

 

「山城ですか。昔部下でしたが、普通の夫婦のような気がしましたがね」

 

「表面は、そうかもしれない。でも特に麻知さんの熱量というのは計り知れないよ」

 

大手半導体メーカーの創業者にして会長。菰田は麻知の本質に一番近づいた男だった。しかし山城らと彼が二度と会うことはなかった。




閲覧ありがとうございました。


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凝華

少し遅れた話題ですけど、麻原彰晃の死刑執行は来年の大赦防止策と考えた方が自然でしょう。麻生政権下での鳩山邦夫が頭によぎりますが

まぁ、それはさておき続きをどうぞ。


人というのは病気やけがをしている時には妙に優しい。

たとえば、子供の頃いつも厳しい母が風邪を引くと付きっきりで看病をしてくれるものだが治ればまた厳しい母に戻る、それと同じで社会も病人が復帰したからといって情けをかけることはない。普段の仕事を病み上がりでこなさねばならない。

 

それは山城も同様で、退院後休日に打ちっぱなしゴルフで体を慣らすのみで、いよいよ職場復帰である。課長という中間管理職にいるわけで上司や部下に迷惑をかける訳にはいかない立場にある。

そして、けがの元凶である妻・麻知も入院中は観音様のような温かな笑顔と優しさを山城は久しぶりに享受したがそれも続くわけもなく日常に戻っていった。だが、ひとつ違うことといえば...

 

ズズッ

 

「熱っ」

 

「!大丈夫?薬持ってこようか?」

 

久しぶりに適度な塩分の味噌汁を飲んで美味しいと感じた。そしてついつい勢いよく口に含んでしまい、火傷をしてしまった。麻知もやけどの負い目があるのか過剰に反応することが多くなった。たとえば風呂に入ろうとしたときは

 

「ちゃんと湯加減見てくださいね」と言い、鍋が沸滾っていて火を消そうとすると

 

「...やるから...座ってて」と制止され、今のように口をやけどするとあのように心配するなど過敏になっている。

 

「平気だよ。」

 

「でも...」

 

「麻知は心配しすぎだ。大丈夫だよ」

 

「はい...」

 

山城は母が放任主義的な人だったので過保護されることに慣れておらずなんというかこそばゆかった。

顔を洗い、スーツに着替える。ネクタイを結ぶのは久しぶりで体も鈍っているので結ぶのに時間が掛かった。

 

「ネクタイ曲がってる」

 

麻知がネクタイを直してくれる。思えば新婚生活以来だ。

 

「...結び方変えた?」

 

「だいぶ前からだが」

 

「そう...」

 

新人の頃はダブルだったが、今はウィンザーにしている。着替えも一人でするようになったから麻知が知らないのも無理はない。革靴を履き、麻知に弁当を受け取る...はずだったのだが、

 

「あっ」

 

「どうした?」

 

「お弁当忘れてた。」

リアクションからして本当に失念していたようだ。暫く作っていなかったからだろう。今日は外で済ませるか

 

「まぁいいよ食堂で済ませるから」

「お昼に持っていく」

「いや、別にいいよ。」

私が譲っても麻知は譲らなかった。そして低い声で疑念を声にした。

 

「そうやって水萌さんのお弁当を食べるんだ...」

 

「そんなわけ無いだろ。それに、水萌くんには説得したんだ。もう持ってこないさ」

 

「......とんま。」

 

「あ?」

 

「お昼に持っていくから...大人しく待っててね」

 

そして、山城の耳元で

 

「また『お風呂』に入りたいなら別だけどね」

と脅しに近い約束を囁いた。

 

**************

 

「部長、ご迷惑をおかけしました。」

部長の元へ行き、長い間会社を休んだ非礼を詫びた。

 

「山城くん、体の方は大丈夫かね。さっそくで申し訳ないが仕事は待ってくれないからね頼むよ。次長が君のいない間によく頑張ってくれたから感謝したまえ」

 

「はい。」

 

部長に復帰のあいさつを終え、山城が受け持つ繊維2課へと向かった。

 

「課長!」

「おかえりなさい」

部下達は待ちわびたように立ち上がり、山城を迎えた。

 

「みんな済まない。心配をさせてしまったが今日から遅れをとった分以上に頑張るからぜひついてきて欲しい。そして、眞木次長。私がいない間業務を継いでくれてありがとうございます、そしてみんなもありがとう。」

 

「お身体の方はもう大丈夫なんですか?」

 

「あぁ。ピンピンしてるよ。」

 

山城は肩をまわし、元気であることをアピールする。

 

「課長、裁量できなかった案件もありましたのでそれは保留としました。申し訳ございません。」

 

「いえ、十分です。ここまで仕事をしてくださって恐縮です。では私のために時間を割くのも申し訳ないので解散。」

 

山城は保留していた案件に目を通していた。新規企業の見積書など判断が難しいものであったがその数は少なかった。次長はよくここまで仕事をこなしてくれたと思った。保留案を片づけ新しい仕事に入ろうとしたとき、

 

「課長」

 

「ん?どうしたんだい?」

 

水萌晴絵が声をかけてきた。部下に頼むことなく彼女の教育係をしていたのでまだまだ分からないことがあるのだろう。

 

「ここの書式について教えてもらいたいのですが」

 

山城は水萌のデスクに移動し、パソコンの画面に目を向ける...

 それにしても今日の水萌の服装は露出が多い。別に意識して見ているわけではないが椅子に座っている水萌を上から覗く形になっているのでどうも気になってしまう。顔が赤くなってないか不安である。

 

「課長、どうしました?」

 

「あ、いや。ここはこのフォントを使って」

 

「ありがとうございます。....課長?顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

 

水萌の反応は本気で山城を心配しているようで山城を誘惑したものだった。それは声と目が一致していないことが証明していた。俺を見る眼差しはとてもイヤらしかった。

 

「水萌君、ちょっと。」

 

山城は水萌を廊下に呼びつけた。誰もいない喫煙スペースや自販機のある突き当たりで歩みを止めると山城は水萌に向き合った。

 

「水萌君、もう大学生じゃないのだから身なりには気を付けたほうが良いよ。なんというか...その露出が多いというかね..」

 

「課長は嫌...ですか?」

 

「そういうことじゃなくて、いやそういうことだけども、ビジネスは見た目から始まるものだからもう少し気を付けるように」

 

「はい....分かりました。」

 

水萌は山城に叱られ青菜に塩の有様であった。山城もこんな落ち込んでいる水萌を見て良心の呵責を感じフォローの言葉を探し、逡巡していると、突然水萌が山城に抱き着いてきた。

 

「ごめんなさい。嫌いにならないでください。課長のことが好きなんです...課長が喜んでくれると思ってちょっとからかってみただけなんです...許してください許してください...」

 

山城は困惑した。こんなところを見られたら問題である。咄嗟に「水萌君のことを嫌いになるわけがないだろう」というと。「本当ですか?」と顔を上げる。涙目で見上げるように見つめられると余計罪悪感を感じる。

 

「落ち着いてからでいいから..私は先に戻るよ。」

水萌に察せられないよう早々とその場を後にした。

 

~~

 

麻知はお弁当を届けるためタクシーに乗っていた。

 

『課長のことが好きなんです....ミシッ

 

筐体の画面にひびが入った。

 

「.....バカみたい」

 

切り捨てるように麻知は言った。




閲覧ありがとうございました。

あー修羅場ぁ


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偶然必然

その後、水萌君は戻ってきて仕事に入っていた。涙目になっていたが、他の部下たちも説教でもしてたのだろうとあまり気にも留めていなかったようだ。

 

『課長のことが好きなんです...』

 

水萌君の言葉は上司、部下の関係とは一線を画すものだった。小説で部下に恋して家庭崩壊するなんてものが沢山出回っているが、私も例外ではないような気がする..

 

あくまでも水萌君は部下なのだ。それ以上の関係になってはいけない。なぜなら私には妻がいるのだから。

 もやもやと考えているとお昼休みになった。カバンから弁当を取り出そうと思ったら、入っていなかった。...そういえば麻知が作り忘れて持ってくると言っていたな、来るまで待っていよう..また入院するのはごめんだ。

 

水萌君は他の女性社員と一緒に部屋に出ていった。お弁当は持ってきていないようだ。悩みが一つ晴れた..麻知が来るまで仕事でもしていよう。パソコンとにらめっこをしていると野口が現れた。

 

「どうした?昼食抜きか?」

 

「家内が弁当を作り忘れて、持っていくから待ってろと言われてな。」

 

「珍しいな。ま、ずっと作っていないからそれもそうか。受け取ったら食堂に来いよ。こちとら一人で飯食ってたんだから。」

野口は手を挙げその場を去った。

 

「ああ。」

 

すると、電話がかかってきた。内線、受付からだった。

 

「山城課長、奥様が見えてます。」

 

「ありがとうございます。今向かうと伝えといてください。」

 

私はフロントに向かう。フロントの椅子で麻知が巾着袋を膝に抱え、ぽつんと座っていた。こちらに気づくと麻知は弁当を渡してきた。

 

「はい」

 

「ありがとう。暑かっただろう。何か飲み物買うよ」

 

麻知は小さく頷き、一階にある自販機コーナーに向かった。一階のコーナーは誰も使わない階段の隣にあるのでひとけがなく補充もしっかりしているのかよくわかっていない。

 私は小銭を入れ「何がいい?」と聞いた。麻知は「お茶でいい」といったのでボタンを押し、落ちてきたペットボトルを麻知に渡した。

 

「俺も何か買うかな」

 

小銭をいれようとすると、

 

「これ飲んで...飲みかけだけど、気にしないでしょ」

少しカサの減ったお茶を差し出してきた。

 

「もういいのか?」

 

「うん...十分潤ったから」

 

新しく買ったら不経済なので麻知の飲みさしを受け取る。何年も一緒にいるので間接キスとか幼稚なことを気にするような仲でもない。用も済んだので入り口まで見送ろうと狭いコーナーから出ようとすると..

 

先ほどと似た出来事が起きた。後ろから麻知が私に抱き着いてきた。

 

「....コウくん..愛してるよ...誰よりも好き」

 

麻知が甘えるような猫なで声で昔の呼び名を...いつ以来だろうか。それよりもデジャヴのようで気味悪かった。しかし、水萌君に抱き着かれたことを麻知が知るわけもないのでまがいもなく偶然の一致...

 

「愛してるよ。麻知...」

 

私も抱きかえした。誰も来ない場所なので自然に羞恥心は消えていった。

 

「私たち夫婦なんだから踏み間違えちゃだめ...だよ?コウくん?」

 

「分かってる..分かってるよ」

 

念押しするように麻知は水萌君を警戒していた。「もういいだろ」と私は離れる。「うん..」と麻知の声は少し不満気にも聞こえたが素直に聞き入れてくれた。

 

「それじゃあ、早く帰ってきてね。コウくん」

 

「うん。じゃあ」

 

気づけばお昼休みが終わる寸前だった。昼食は仕事をしながら食べるか...野口には悪いことをしたな。帰ったら一言謝っておこう。

 

**************

 

「クスッ....男って本当に単純....」

 

麻知はタクシーの中でほくそえんでいた。人心掌握など麻知からすれば容易いものでいつも二人称なのを名前呼びにすると好感度が上がるということは知っていた。伊達に水萌よりも生きているわけではなく様々な甘酸を味わってきてるだけに非常に老獪な戦術を麻知は張り巡らす。

 

...しかし、これまでの中で一番執念深い女である。早川すみれとはまた違ったタイプだ。奴は心が通じ合ってるなどと負け犬の遠吠えのようなことを言っていたが水萌晴絵は直接的な関係に執着している。

 だが、私があんな小娘に負けるわけがない、滉一とはこどもの頃からの仲で...そして滉一の妻なのだから。麻知には確信があった。

 

「ほんと...バカみたい」

 

どっちに言っているのか分からないセリフを吐き出し、麻知は携帯の電源を入れ「位置情報サービス」と書いてあるアプリを起動させる。このアプリ一つで山城がどこにいて、誰と話し、何をしているのか知ることが出来る悪魔じみたアプリケーションである。

 麻知はイヤホンを耳に着け、山城のいる2課の音声を聞こうとした。しかし、

 

「......!」

 

子機を切り替えても無音かザーというノイズ音しかしなかった。盗聴器は山城の鞄に中、外、スーツの襟などにつけており、防水・防塵であるが...一つだけ考えられることがある。

 

それは...何者かが盗聴器を発見し破壊した。それしか考えられない。麻知には思い当たる人物...いやそんなことをしでかす人間など一人しかいない...

 

「水萌...晴絵....」

 

すると、襟につけているはずの盗聴器から声がした。

 

~~

 

「私の制空圏(テリトリー)は甲辰商事(ここ)だってことが分かりましたか?山城麻知さん?テリトリーを侵すことは許しませんからブチッザー...

 

~~

 

枯れたようなノイズ音が麻知の耳裏を征服していた。




閲覧ありがとうございました。

そんなに夫婦仲冷たくないんじゃ?と思わているあなた!間違いなく麻知ちゃんの手の中で転がされていますよ。


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華氏1832℉

ご注文はうさぎですか?のシャロちゃんの誕生日を祝っていて仕上げてなかった!!


「起きて。コウくん朝だよ。」

 

「んー」

 

山城はリビングの椅子に座り意識も朦朧な状態で朝食を迎えた。

 

コトッ

 

「玉子焼きは甘いので良かったですよね」

 

「ん」

 

「味噌汁はこれくらいの濃さでいいかな?」

 

「ん」

 

「コウくんさっきから生返事ばっかり!」

 

ズズッ

 

「少し辛いかなぁ...」

 

「あっすいません。おばさま、次からは気を付けますね」

 

「なぁ、母さん」

 

「何よ?」

 

「なんで朝食を麻知が作ってるんだ?」

 

高校三年生の秋、受験期真っ只中であるが麻知は普段どおり山城の世話を焼いていた。母は相変わらず麻知に弁当や朝食を任せており「早起きしなくて済むわ」などのんきなことを言っていた。

 

「「?」」

 

「その何言ってんだこいつみたいに見てくるのやめろ。それに母さんが味噌汁なんて作ったことないだろ」

 

「失敬ね。愛情込めて作った時代もあったのに...まぁお父さんにしか作ったこと無いけど」

 

「おやじかよ!」

 

「いいじゃない。麻知ちゃんが作ってくれるんだから。それともお袋の味が恋しくなったの?」

 

「ごはんと海苔の佃煮のどこがお袋の味なんだ」

 

母はハッキリ言って料理が下手な方である。玉子焼きも炒り卵になってしまうし、シチューには何か分からない浮いている物体があったりするので下手に料理されるよりはましではあるが...

 

 

「麻知だって受験生なんだから負担かけさせるわけにはいかないだろ」

 

「別に負担になってないよ。(自分のことは)ついでにやっているだけだし」

 

「ほら」

文加は肩を竦めて言った。

 

「ほら、じゃないよ。全く...」

 

リビングに静寂が訪れる。山城は寝起きなので意に介さず朝食をとる。静寂を破るように文加が爆弾発言をしてきた。

「あっそうだHはもうしたの?」

 

「ブッガハッガハッガハッ....」

「コウくん大丈夫!?お茶持ってくるね」

唐突の母の言葉に滉一はむせる。

 

「ガハッ...急に何を言い出すんだ!」

 

「図星?」

「違う!」

 

「なんだつまんないの」

 

「まがいなりにも母親が息子が人の娘に手を出すことを認めるのかよ」

 

「麻知ちゃんなら全然いいわよ」

 

「私も...コウくんなら...」

 

麻知よ、もじもじするな...

なんか次第に外堀を埋められている気がする。

 

「いやいやいや。おじさん達!」

 

「お父さんは議員宿舎に住み始めたし、お母さんも研究室に閉じこもってるから」

 

麻知の父は市議会議員から県議会議員を飛び越えて国政選挙に打って出た。この頃、郵政民営化を問う選挙だったが総理の人気は圧倒的で案の定自由民権党は圧勝、麻知の父も当選を果たした。

 

「あ、そうそう。北方先生から麻知ちゃんを預かってくれって」

 

「へー......へ?今なんて?」

 

「麻知ちゃんが家に住むのよ」

 

「よろしくね...コウくん....♡」

 

**************

 

麻知との半同棲生活が始まり、麻知は殆どの家事を仕切っていた。山城は部屋は掃除しなくていいと行ったが、部屋にあるグラビア誌やプレイボーイ系の雑誌が切り刻まれていたり、墨塗りのようにマジックで顔が塗りつぶされていた。

だが山城はそのことについて何も言わなかった。麻知がしたという証拠はないし(掃除した形跡はなく部屋は汚かった)、問い詰めるということはそういう本を持っているという自白に繋がるからだ。

しかし、ある日元カノである早川すみれと撮ったプリクラ写真が荒らされていた。山城が映っている部分には何もしていないがすみれの顔に何か鋭いもので突き刺したような跡が残っていた。流石に山城も我慢ならなかった。

 

「麻知、ちょっと部屋に来てくれ」

 

麻知はエプロンを脱ぎ、2階へ上がる

 

「これ、麻知がやったんだよな」

 

「......そうだよ。」

麻知は滉一を見据え答えた。なぜか薄っすらと口角を上げて

 

「俺は入るなと言ったはずだ」

 

「掃除しなくていい、だったよね。掃除はしてないよ?ただ目障りだったから。彼女は私なのに...」

 

麻知は口惜しそうに言った。

 

「ともかく!もう黙って俺の部屋に入るな!」

 

「分かったよ。でも、このことはおばさまに言っておくね」

 

麻知は本を手に持っていた。それは自らが塗りつぶしたり、切り刻んだりしていた雑誌類だった。

 

「コウくんはこれがバレたらどうなるのかな〜」

 

麻知は雑誌をぶらぶらと揺すり、意地悪そうに山城に尋ねる

 

「悪魔め...」

 

「ふふっ......バラさないよう考えてあげてもいいけどなぁ」

 

何をすればよいかなど1つしかない。

 

「掃除してもとやかく言わないから...許してくれ」

 

「え?」

 

「だから...その......」

 

「違うでしょ?私はあの女のしがらみを断って欲しいだけ...それだけかな?あの女と映ってる写真...許して欲しいなら全部捨てて。」

 

なんで麻知はそんなに菫に固執するのだろうか。山城は手紙のは行った菓子缶以外のものを出して麻知の前で捨てた。後にその手紙が災厄をもたらすとは知らずに。

 

「これだけ?」

 

「これで全部だよ」

 

「もし、まだあったら許さないからね?」

 

「...これで全部だよ。」

山城は先ほどよりも強く言った。

 

「......うん!なら許してあげるねっあ、そういえばコウくん掃除しても何も言わないって言ってくれたよね?これからは隅々までキレイにするね。」

 

余計なことを言わなきゃよかった、そう感じた。

 

**************

 

『テリトリーを侵すことは許しませんからブチッザー...

 

〜〜

 

小娘の戯言なんて気にしない。一日の時間の中では確かに会社にいる、つまり水萌といる時間が長いだろう。しかし、累計で言えば子供の頃から滉一の幼馴染、妻である私のほうが長いのだ。

でも....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滉一に手を出したらタダじゃおかない。地獄に堕としてやる




閲覧ありがとうございました。

UA90000ありがとうございます。


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ケルビン324

「麻知ちゃん!ほんと助かるよ〜」

 

「そう言ってもらえて嬉しい。今日はお世話になるから」

 

麻知は野口の家にいた。普段であれば夕暮れ前に帰るのであるが、今日は夕方まで話し込みそして夕食の準備も手伝っていた。

 

「旦那さんが飲み会なんて珍しいね。いつもは真っ直ぐ帰ってくるって聞いてたから」

 

「今日は入院してた間仕事を代わってくれていた次長さんの慰労会みたい。」

 

「それは仕方ないね。まぁ何もないけどゆっくりしてってね麻知ちゃん」

 

次長の飲み会にはもちろん水萌も参加するが麻知は何も言わなかった。山城が「今日は遅れるから夕食はいいよ」というのも「はい。次長さんにきちんとお礼を言ってね」と言うくらいの余裕があるくらいだった。

 

「麻知ちゃん、最近顔色よくなったね」

 

「え?」

 

「なんだか最近何か抱え込んでるような気がしたから心配してたけど...」

 

「やっぱり滉一が入院してたからじゃないかな」

 

「ううん。その前からだよ...まぁでも晴れたならいいや」

 

まさか、透に見透かされるとは。麻知は驚いたがおくびにも出さず手を動かす。

そうこうするうちに料理は出来上がった。テーブルに沢山のおかずが並び、透は「すごーい」と感激していた。山城宅では日常でこれくらいの量を出しているのでついついやってしまった、と麻知は思った。

 

「ごめんね透ちゃん、作りすぎちゃった?」

 

「ううん。私料理麻知ちゃんほど上手じゃないから似たものばっかりになっちゃって。とても勉強になったし今日は麻知ちゃんもいるし大丈夫よ」

 

「ただいまー」

 

玄関から声がした。野口が帰ってきた。

 

「あ、おかえりなさーい」

 

透はリビングから声をかける。野口家は出迎えはしないんだ、と麻知は思った。

 

「お、食卓が賑やかだな...って麻知さんなんでここに!」

 

「今日旦那さん、慰労会だそうで麻知ちゃん一人だから私が誘ったの。」

 

「お邪魔してます。野口さん」

 

「そうでしたか。どうぞゆっくりしていってください」

 

「ありがとうございます」

 

「ほとんど麻知ちゃんが作ったんだよ!凄いでしょ」

 

「自分がやったみたいに言うなぁ...でもこれをほとんど...すごい」

 

「奥さんもちゃんと作ってましたよ」

 

「えっ、ちょっと麻知ちゃん!」

 

普段チルド食品などで済ましているので麻知に紛れて作ってみたのだが、言われてしまい透はとても恥ずかしかった。

 

「透の手料理か。久しぶりだな」

 

「久しぶりで悪かったわね」

 

「とても楽しみだよ」

 

「....//」

 

「見せつけてくれますね。野口さん」

 

「最近会社で見せつけられてるんでね。」

 

「べ、別に嬉しいわけじゃないんだからっ」

 

************

 

楽しい食卓だった。山城家は大した会話も生まれないので一言も発さずに食事が終わることなどザラなくらいである。

野口宅では会社でこんなことがあったとか途方もないことを話していても透は気の抜けた返事ではあるが相槌を打っていた。新婚の頃は山城もそんな話をしていたが、麻知が自分以外の話をすることが許せず無視をしていたら今のような状況となっていた。

食事が終わったあと、3人でテレビを見ていた。

 

「入川ちゃんほんとかわいい〜〜」

 

「入川さくら?」

 

「麻知さん、それニュースキャスターでしょ」

 

「麻知ちゃん、入川藍里ちゃん知らないの?神楽坂64の」

 

「アイドルは昔から興味なくて...」

 

「じゃあ、この中で知ってる娘いる?」

 

「うーん、あっ坪内新稲(にい)なら...」

 

「最近のはほんとに知らないんだねー」

 

「あ、そろそろ帰らないと。」

 

短針は8を指していた。

 

「もう少しいてもいいのにー」

 

「もしかして早く帰ってくるかもしれないから...じゃあ野口さん、透ちゃんお休みなさい」

 

「麻知ちゃん、お休みなさい。気をつけて帰ってねー」

 

「ここらへんは街灯少ないから少しだけお供しますよ」

 

麻知はこく、と会釈だけし一緒に路地を歩いた。

 

「麻知さんが山城が飲みに行くのを簡単に許すなんて驚きました。」

 

「今回のは仕方ありませんから...」

 

「会食を反故にした方の発言とは思えませんね」

 

「大人になったんですよ。私も」

 

「そう...ですか。山城のところの水萌ちゃんに良くない感情を抱いているように見えましたが、もういいのですか?」

 

「よからぬ気持ちなんてないですよ...ただ、夫が誤った道にそれたら正すのが妻の仕事です...

もうここで平気です」

 

「では、気をつけて」

 

「お優しいですね...透ちゃんが惚れたのも分かります。それでは…」

 

麻知は夜闇へと消えていった。

 

「彼女だけは敵に回したくないな…誤った道…か。」

 

野口は帰路につき玄関を開ける。すると目の前には透がいた。

 

「…!ただいま。」

 

「っ…おかえりなさい…別に宏人を待ってたわけじゃ」

 

「本当に素直じゃないな」

 

野口は透のおでこにキスをした。ただいまのチューなど一度もしたことはない。透の動きが止まる。

 

「ただいま」

 

「お、おかえりなさい」



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ケルビン371

少し時間軸戻って山城目線のお話。


朝-

 

「はい。」

 

「今日は次長のために会を開くから帰りが遅れる...」

 

ご飯はいい、と言おうと思ったがどうせ作るだろうと言い留めた。

 

「夕食はいらないんですね」

 

「え.....あぁそういうことになるか..」

 

「はい。次長さんにきちんとお礼を言ってね」

 

「あ、うん。行ってくる」

 

水萌君とのことがあったので何か言われるかと思ったが意外に麻知は素直だった。なんというか調子が狂う。

 しかし、次長には入院していた間仕事を代わってもらっていたのだから麻知も感謝しているのだろう。別に黙っていたわけではないがもちろん水萌君も今日は同席である。昨日は抱き着かれ気が動転してしまったが今日はみんながいる場である、早めに切り上げて帰ろう。

 幸い次長も所帯持ちで子どもさんもいるのであまり帰りが遅くなるのは困ると聞いている。二次会までもつれ込むということはないだろう。あっても部下たちだけになりそうだ。

 

バスが駅に着き、改札に向かう途中「課長!」と声をかけられる。

 

「課長!おはようございます。課長もこの駅なんですね」

 

「!......水萌君おはよう。最寄りの駅でね..駅で見かけるのははじめてだね」

 

「そうなんですね。偶然というか、運命を感じますね..//」

 

「っ...あ、遅れてしまう早く乗らないと」

 

水萌の住んでいる場所は山城の家とだいぶ離れている。水萌は早起きをして同じところに住んでいるかのように装っていたのだった。ただ、水萌がこの駅に来たのは別の目的があった。

急いで改札を通り乗り場にちょうど止まっていた電車に乗ることができた。

 

「水萌君、女性専用車だってあるのにわざわざこんな混雑した車両に乗らなくても...」

 

「課長、それ逆差別ですよ..でも心配してくださってありがとうございます。課長が乗ってるならどこでもいいんですよ..」

 

「全く困った子だ。一応だが私には妻がいるんだからね。」

 

「それでも好きなことに変わりはありませんから....♡」

 

通勤ラッシュで電車は混んでおり、水萌との距離は肌が触れそうなほど近かった。

昨今は何かと物騒な世の中なので山城は距離を取ろうとするが水萌はそんな思惑を見透かしたかのようにくっついてくる。

 

電車が大きく揺れ、足元をとられそうになる。

 

「きゃっ」

 

水萌君が私に寄りかかってきた。偶然なのか計画的なのか...

 

「ありがとうございます。課長」

 

「あぁ...できればもう離れてもらえないかな」

 

「あっすいません」

 

水萌は距離を置いた。

 

「つり革持っていたほうがいいよ。私は大丈夫だから」

 

「そうしたいですけど...身動きがとれないので..そうだ!」

 

「...!」

 

水萌君は突然私の左腕にしがみついてきた。

 

「こうすれば大丈夫です...」

 

「はぁ...会社につくまでだよ」

 

「課長優しいっ(盗聴器は全部壊したから分かりませんよね...?麻知さん?課長は私のものです♡)」

 

**************

 

「.....」

 

今度は発信機も反応が無くなった。端末上の地図には山城のいる場所に赤い点が点滅するはずなのだが予備機も含めて無反応である。

 

「ふーん、発信機までバレちゃったか。滉一も知らないのに」

 

発信機までは想定外だった。盗聴器よりも小型で繊維状になっておりスーツやバッグに織り込んであるので簡単には見つからないと思っていたが、ツメが甘かったようだ。

 

「クスッ..まぁ所詮は小娘だけどね」

 

地図には緑色の点が点滅していた。その点は線路上を移動していた。電車に乗っているのだろう。

 

「フ、フフフッ...あの泥棒猫私を怒らせたことを永遠に後悔させてやる...滉一は私のなんだから..」

 

***************

 

「それでは眞木くんの慰労と...」

 

「山城課長の復帰を祝して」

 

『かんぱーい』

 

繊維2課だけの慰労会が始まった。繊維部での飲み会というのは多いが2課で開くというのは初めてかも知れない。

部下の中でもあまり話すことのないのもいるのでこの機会に親睦をはかれればいいと感じていた。

 

「課長、復帰おめでとうございます」

 

「田邉くん、ありがとう」

 

田邉は鉄鋼部から異動してきた社員だ。鉄鋼部から繊維部というのは実質的な左遷であるが田邉はめげずに仕事に打ち込んでいた。流石、鉄鋼部にいたということもあり仕事の出来は私が唸るほどだ。

 

「課長とは酒を交わすことがないので今日一緒に飲めて嬉しいです」

 

「すまないね。私もみんなとのコミュニケーションの場を作りたいとは思ってるんだが...」

 

「課長のところは門限厳しいっすからね」

 

部下の堀井が割り込んできた。

 

「厳しいというか...帰りが遅れたら小言を言われるくらいだよ」

 

「でも、前俺の残業手伝ってくれたとき奥さんから電話来て結局会社まで来たことありましたよね」

 

「あぁ....あれからみんなが仕事をしてても定時で帰るようになってね...申し訳ないね」

 

「いやいや、課長は仕事終わってますしみんな事情知ってますから大丈夫っすよ」

 

「そうだったんですね」

 

「田邉くん、この部署は慣れたかい?」

 

「はい。皆さん優しく教えて下さるので」

.....

 

 

「かわいそう...」

 

背後から声がした。振り返るとビール瓶を持った水萌君が立っていた。

 

「課長ほんとにかわいそう...奥さんにそんなに束縛されて...」

 

「別に私は...そんなことは..」

 

「課長がそんなだから付け込まれるんですよ」

 

水萌はこれまでにない冷ややかな口調で山城を諭した。

 

「課長、如何ですか?」

 

「...いただくよ」

 

黄色い液体が透明なグラスに注がれていく..




閲覧ありがとうございました。


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ケルビン372

「....ノーマークだった。」

 

甲辰商事社長、岡はとても後悔していた。塩葉寄りの北見人事部長による繊維2課への女性社員の配属、男性社員の割合が多い部署というのはどの企業も一つはあるものだが、甲辰商事にとっては例外的な部署であり、そして今回の人事は横紙破りの人事であった。

 岡は麻知からの信頼を一切失うことになり、今度の取締役会も不安でしょうがない。

 

「どうしたの?深刻な顔をして」

 

「冬美...」

 

「いいじゃありませんか。役員じゃなくても」

 

「何をいうか!夢にも思わなかった出世へのチャンスなんだ!それを手放すなんて私にはできない...!」

 

「夢だったと思えばいいんですよ。私は今でも信じられませんよ、あなたが社長だなんて。繊維畑一筋で香川のタオル工業組合に出向したり、課長になられたりなにかの拍子で部長になられただけでも驚きですよ。」

 

「私が山城の上司でなければ、今はなかった」

 

山城は繊維2課の部下であった。この時は野口も2課に属しており二人は有能な新人として岡は可愛がっていた。

 

「まさか...山城の奥さんに振り回されることになるとはな...」

 

今考えれば自分は山城麻知の傀儡に過ぎなかったのかもしれない。自分のような三流大学卒で大した功績のない人間が幹部になれただけでも感謝しなければいけない...

 

「一回死んだつもりで頑張りましょう。エリートと違って下を知ってるんだから。落ちても私は平気ですよ。」

 

「うん...」

 

**************

 

「それにしても岡部長が社長になるなんてビックリっすよね課長」

 

「あぁ、あれは驚いた。なんせ繊維部門なんて鉄鋼やエネルギーみたいな花形じゃないからな。」

 

財務畑でなくても花形といわれる石油などの開発をするエネルギー部門や製鉄会社との仲介をする鉄鋼部門は出世コースといわれている。それに比べ、繊維部のような生活資材部門はこれという成果を挙げられるような部署ではないので出世は見込まれない。何度もいうが左遷先に挙げられる部署である。

 ちなみに山城は麻知が甲辰商事の第四位株主など知らない。なので岡が社長になったのが麻知による株主誘導工作によるものということも知らない。

 

「社長って繊維部の出身だったんですか?」

 

水萌は山城にビールを注ぎながら聞く。

 

「水萌君は新人社員だから知らないか。社長は私が平だったときに2課の課長だったんだ。私が入社して6年たったときに部長になって、数年前に突然社長になったんだ。」

 

「へー俺が入った時には部長だったんで知りませんでした。」

 

「私も山城課長と岡社長の下で働いてました」

 

「眞木くん」

 

輪に入るように眞木次長がグラスを持ち話してきた。

 

「水萌さん、私にも一献」

 

「あ、はい..」

 

水萌は瓶を替え、新しいボトルで注いだ。

 

「眞木次長って課長とは幾つ下なんすか?」

 

「課長は私の二つ上です。今、課長が水萌さんに教えているみたいに私も当時は課長ですが岡社長に仕事を教えてもらってました。」

 

「社長に教えてもらうなんてとてもレアですね」

 

「私も岡社長に教えてもらったよ。社長は教えるのが本当に上手くて私はまだまだだよ...」

 

「「あははは」」

 

「そんなことないです!課長の教え方はとても優しくて負けてないと思います!」

 

水萌が山城を励ますように言った。

 

「....そういってくれると教えがいがあるよ。ありがとう、水萌君」

 

 

その後、話は弾み部下との距離をだいぶ縮めることができた。そして時刻は気づけば21時。予定より一時間過ぎていた。眞木の「今日は楽しかったです。このような会を開いていただきありがとうございました。」という締の言葉でお開きとなった。

 

「課長、大丈夫ですか?」

 

「あぁ...水萌君ありがとう。少し羽目を外しすぎたみたいで..」

 

珍しく酩酊してしまった。部下と会話することなどプライベートでほとんどなかったので嬉しかったのだろう。千鳥足になりがちな私を水萌が介抱する。

 

「飲み物買ってきますね..」

 

「ありがとう...」

 

水萌は近くのコンビニに入っていった。しばらくすると帰ってきて栄養ドリンクのようなものを渡してきた。

 

「肝臓に効くドリンクです。これで二日酔いは少し和らぐみたいですよ」

 

「へぇ..」

 

パキパキ...蓋を開けグイッと飲む。なんか奇妙な味がするな..初めて飲むけど休肝ドリンクってこんな味がするのか。

............

 

「課長.....

 

水萌の声が微かに聞こえる。視界ももやもやとしている。帰らなければいけないのに...水萌君に迷惑をかけるわけにはいかない..

 

「一人でもう大丈夫だから...」

 

「全然大丈夫じゃないですよ。私がしっかりと送りますから....

 

.............

 

「そこまで迷惑は....

 

............

............

 

「ここで放っておいた方が迷惑になりますよ...........私に任せて...........下さい..........

 

 

..............

..............

..............

 

このあと山城の記憶はない。




閲覧ありがとうございました。


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華氏32℉

ついに怒涛の三章完結!!


「.......ん」

 

頭が痛い...どうも飲みすぎたようだ。目が覚め、起き上がるとそこは我が家ではなかった。仄暗い間接照明がある部屋でガラスばりの壁が曇っていた...

 

ってここはラブホテルじゃないか!なんで私はこんなところに..酔っていて記憶がない。もし女子高校生なんて連れ込んでいたら懲戒免職どころではない...自分の姿を確認する。スーツを着たままだ、過ちはまだ犯していないようだ。透明な浴室を凝視するわけにはいかないが多分女性が入っているのだろう。上がってきたら謝ろう..金をせびられるかも知れないが、その時はその時考えよう。最近の女子高生は親に言うと脅して継続して金をせびると聞いたことがあるもし悪質な女子高生だったらどうしようか...

 ああこうと考えていると浴室の方からドアが開く音がした。出てきたのは女性だったが、女子高生でも人妻でもなかった。

 

「起きたんですね...課長♡」

 

「水萌君...」

 

山城はよくわからぬ安堵をした。水萌だろうが誰だろうが麻知という妻がいながら異性をホテルに連れ込むなど言語道断だが、水萌であれば話せばわかってくれると思ったのだ。

 

「その...先に服を着てくれないか..」

 

水萌はバスローブだけという姿であった。水萌はなんで、と言いたげな顔をしてそこを動かない。

 

「課長がこんなところに連れ込んだのでその気があると思ったんですけど..魅力ないですか?私のカラダ」

 

水萌はバスローブを脱ぎ、あられのない姿になった。そして細い腕を山城の首に回し躯体を密着させる。

 

「水萌君...違うんだ。今まで意識がなくて...君に何を言ったか分からないけど申し訳ない。そんな気はないんだ..」

 

しかし、いつも以上に体が火照るような痴情が自分の中で強くなっていく。

 

「確かに課長は泥酔してましたけど、私とソウイウ関係になりたかったのは本当じゃなかったんですかぁ?だって、そうじゃなかったら私から誘ってもないのにホテルなんかに来ませんよ...私、課長にならヴァージン捧げてもいいですよ...//奥さんには内緒にしますから...」

 

水萌は山城の背広を脱がし、ネクタイをほどき始める。

 

「み、水萌君!私と君は上司と部下なんだぞ」

 

「私はそれ以上の関係になりたいです...」

 

「なんで...なんで君は妻と対抗するように俺に固執するんだ..何か特別なことをしたわけでもないのに..」

 

「人を好きになるのに特別なことなんてないですよ..あえていうなら一目惚れですっ♡理由なんてどうだっていいじゃないですか。だって私が課長が好きなことに変わりはないんですから..」

 

「水萌君...やめ..」

 

ガチャ...

 

「「!」」

 

「.........」

 

「なんで...鍵をかけていたはずなのに」

 

「...これくらいの鍵なら造作もない..」

 

「........あ」

 

「安心して?悪いのは全部この女だよね?」

 

「.............

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻知..」

 

 

 

終わった。すべてが終わった。裸の水萌に上半身裸になっている私が押し倒されている決定的瞬間を見られて言い訳など作れるわけがない。一寸先は死...一切の慈悲も与えてくれないだろう。

 

「なんでここが分かったの...」

 

「あなたに教える義理はないわ水萌晴絵。人の旦那に手をかけるなんてこの泥棒猫...

 

 早く滉一から離れなさい!」

 

麻知は山城と水萌の間に割り込み引き離す。山城は身動きが取れない...突然の出来事にホワイトアウトしてしまっていた。

 

「泥棒猫なんて...現実を見てくださいよ麻知さん。課長から私をここに連れ込んできたんですよ課長は私を選んだんですよ?つまり、課長は麻知さんより私の方が好きってことですよ。」

 

「フッフフ..

 

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

「な、何笑ってるんですか。現実逃避ですか」

 

「滉一が私じゃなくてあなたを選んだ?可笑しくて腹がよじれるわ..そんなわけないでしょ。理由もなく滉一を好きになっった痴女のくせに..」

 

「誰が痴女ですって!」

 

「理由がないってことはそういうことでしょ?理由が見当たらないってことはそれくらいにしか思ってないってことよ。私は滉一のことを好きになった理由なんて100以上出せるわ。滉一とは子どもの時から一緒なんだから。」

 

「でも、この事実を見てもそんなこと言えるんですか?」

 

「よく言うわ...これ...あなたよね」

 

麻知は携帯の画面を見せるそこにはホテルに入る山城と水萌が写っていた。写真を見ると山城はグダーとしており、水萌が介抱しているのが分かる。

 

「動画もあるわよ」

 

麻知は動画を再生した。間違いなく水萌がホテルへ山城を引きずっていた。水萌は言い逃れができない状況だった。

 

「滉一が連れ込んだんじゃなくてあなたが連れ込んでいたのね...滉一はあなたに部下以上の感情を持ったことはないわ。分かったらもう滉一のことは諦めなさい。この泥棒猫!!」

 

「.........私...諦めないから....絶対に課長を私のモノにしますから。今日のところは帰ります。それじゃあまた、麻知さん」

 

水萌はスーツに着替え、帰っていった。山城を見ると放心状態、心ここにあらずといった感じであった。山城は「麻知....違うんだ..」「水萌君とはなんでも...」と言葉になっていないことを呟いていた。麻知は言っても放心状態の山城に通じないと思ったが、

 

「大丈夫だよ。コウくんは何も悪くないよね♡だってコウくんの奥さんは私だけなんだから...他に入り込む隙なんてないんだから..」

 

そう山城の耳元で囁き、肩を抱えてホテルを後にした。

麻知は昨日のことを覚えていないか心配したが、山城が朝起きて「昨日は飲みすぎて何も覚えていないよ...」といっていたのが不幸中の幸いだった。

 

**************

 

【エピローグ】

 

甲辰商事屋上にて幹部が招集されていた。常務、専務、副社長、社長が並ぶ中その前に座っていたのは麻知だった。

 

「山城さま、今回はどのようなご用件でしょうか...」

 

「ええ、実は今回の人事とある人の差し金があったのではないか..という噂を聞きまして。それを確認しに参りまして..会社経営に私情を混ぜてはいけませんもの」

 

誰よりも私情まじりの人事を仕向けてきた人間のセリフではないが誰もそんなことは言えない。言えば首はすぐに吹っ飛ぶだろう。

 岡は塩葉専務によることだと分かっていたが証拠もなく、重要参考人である北見人事部長が口を割らない限り主張もできないのでだんまりを決め込んでいた。塩葉もまた最初に口を出せば怪しまれるし、下手に発言すれば誘導尋問に引っかかってしまうのでこれもまた黙りこくっている。

 

「....はぁ。まぁ誰が仕向けたかは分かっているのですけどね。なぜなら人事部の内部リークで知ったので....北見人事部長が電話で繊維2課に女性社員をいれることを承っていたって」

 

「や、山城さま。塩葉専務との電話は事後報告でありまして...」

 

「バカッ...」

 

「私、塩葉専務なんて一言も言っていませんが...つまり、塩葉専務に仕向けられてやったのですか?」

 

「山城さま、それは誤解です」

 

塩葉は割り込んで弁明をする。

 

「私は北見人事部長に財務部門の人事を確認しただけです。今回の人事一切関わっていません。人事部長の独断です...」

 

「塩葉専務....!」

 

「そう...ですか。では、経理部長に片山さんを登用したのも北見人事部長の独断なのですね..あの方を採用するのはどうかと..」

 

「何!?片山を経理部長だと!北見貴様....」

 

「ふふっ冗談ですよ。経理部長は前と変わっていません。塩葉専務、なんで財務部門の人事を確認したはずですのに経理部長をしらないのですか...」

 

「あ....ぐっ...」

 

「犯人は見つかりましたね....まぁ知っていたのですが。次の総会楽しみにしていてくださいね...塩葉さん」

 

 

塩葉は系列銀行に出向となった。理由は銀行の経営悪化のための再建人事とあるが実際は失脚である。岡は留任、北見は課長に降格となった。

 そして...山城は突然繊維部長に呼ばれた。

 

「山城くん、仕事中申し訳ない。まぁ掛けてくれ」

 

「はぁ....」

 

「君の活躍は生活資材部の中でも一番で私も上に必死に熱弁をしたのだが...届かなかった申し訳ない...しかし、山城くんならきっと..」

 

「部長、話がつかめないのですが一体なんの話でしょうか...」

 

「ああ、すまない。ごほん....

 

出向辞令

山城滉一殿、

 

 

株式会社福鯖織物に出向を命ずる。

 

....福井県の鯖江というところにある繊維企業に出向だそうだ」

 

 

「.......出向...」

 

遥か北国・福井に向かうことになる。




閲覧ありがとうございました。

福井編?次回は大学編突入です。


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第四部 大学編
決戦の冬


長い休載期間をいただいてしまい申し訳ありませんでした...

今回から大学編スタートです!


2005年は話題に尽きない一年であった。郵政民営化を問う郵政選挙で与党内抵抗勢力を駆逐した小川総理の荒業に誰一人非難をしなかった。戦後60年談話も靖国神社に公式参拝していたものの侵略戦争を認める談話を踏襲する形となった。また鉄道会社の杜撰な安全管理が露呈した脱線事故、中京の地では万博が開催され、波乱の2005年は終わろうとしていた。

 そして大晦日近づく師走の暮れ、山城家でも新年を迎える準備が行われていた。文加は割烹着と三角巾と武装をして一年の汚れに立ち向かっていた。トイレは便座の隅に残る埃をぞうきんで拭き取り、跳ね返りが気になる床や壁を丁寧に拭いていく。油でギトギトになったコンロ周りは五徳を洗剤水の入った食器桶に漬けておいてコンロにキッチン用洗剤を吹きかけキッチンペーパーで拭き取る。手慣れた掃除裁きは普段家事を億劫に感じている母の姿とは思えなかった。

 床掃除は滉一と、なぜか麻知が手伝いに来ていた。

 

「コウくん、その家具を動かしてもらっていいかな?」

「ん」

 

麻知に言われ、ソファーを少しずらし、麻知は埃を掃除機で吸い取っていった。家の方はいいのか?と聞いたら、

「掃除なら一昨日済ませたから平気だよ。それに毎年熱海に行くんだけど受験勉強しないといけないからって断ったんだ。年末年始もおばさまにお願いしてコウくんの家で過ごさせてもらうことになったからよろしくね♪」

 

と嬉しそうに箒で家具に隠れていた埃を掃いていった。麻知は秋からうちで住むことになったので貴重な家族団らんの機会をうちの手伝いなんかで潰してしまっていいのかなと思ったが、麻知は心を読むように

 

「今は....顔を合わせたくないんだ..それにコウくんといられることのほうが私の一番の幸せなんだよ?だから変な同情しないでね..」

 

「でも別にうちの大掃除の手伝いまでさせちゃってごめんな。うちは俺と母さんしかいないし、人手が足りないから」

 

「ううん。おばさまにはいつもお世話になっているしこれから数日間コウくんのお家にお邪魔するんだからこれくらいさせて」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「コウくん、バケツに水を入れて持ってきて」

 

滉一はバケツの場所を聞きに風呂掃除をしている母のもとに向かった。向こうでは「母さん、バケツってどこ?」「え?水道で濡らせばいいでしょ」「めんどくさいだろそれじゃ。風呂桶持っていくぞ」と風呂場特有のエコーのかかった声が聞こえる。

 

「バケツがなかったんだけど、これでいいか?」

 

「うん。ありがとう!」

 

麻知は雑巾を湿らせる。酷寒に真水は冷たく手がかじかみそうだ。麻知は雑巾を絞り床を拭いていく、滉一も続いて床を拭く。

 

「二人で掃除しているのを見てると夫婦みたいで昔を思い出すわ」

 

文加は割烹着の裾で手を拭い、一つに結んでいた髪をほどく。文加の髪は黒艶があり、なまめかしさが漂っていた。

 

「やっと終わったわ。そっちはまだかかりそう?」

 

「いや、もうすぐ終わるよ」

 

「終わったらご飯にしましょう。乾麺のそばがあったはず..」

 

「私も手伝いますね」

 

「いいわよ。麻知ちゃんはゆっくりして」

 

**************

 

年越しそばを食べた後、滉一は部屋に入り朝...つまり新年の朝まで出てくることはなかった。それも仕方のないことだ。センター試験はもうすぐ。どこの受験生も年末年始とて時間を無駄にすることはできないし息抜きなど言語道断だ。

 

「ごめんね。せっかく来てもらったのに」

 

「いいえ。みんなあんな感じなので私はコウくんと同じ苦しみを分かち合えればいいんですけど..」

 

麻知は指定校推薦ですでに大学が決まっていた。麻知の行く大学は沙羅双樹女子大学で滉一が行こうとしている法英大学とは近い。麻知も本当は法英大学に進学したかったが、父や先生たちに勧められ沙羅双樹女子大に進学することになったのだ。

 

「最近はコウくんと距離を置いているんです...コウくんの邪魔になっちゃいけないから..」

 

「そんなに神経質になるものなのかしら。私の頃にはセンター試験なんてものはなかったからよくわからないけれど」

 

「おばさまも法英大学でしたよね」

 

「ええ。まぁ私が学生の頃は学生運動やら全共闘やらでまともに勉学に励んでいなかったんだけどね」

 

「全共闘?」

 

「馬鹿な学生の馬鹿な戯れのことよ。私とお父さんは関わっていなかったけど...そうだ!ちょっと待ってて」

 

文加は椅子から立ち上がり二階に上がっていった。テレビでは紅白歌合戦が流れていた。普段からNHKを見ないので分からないが出演回数の多い人気アイドルや演歌歌手が集まって年の終わりの時間をNHKホールで迎える。

 思えば年末年始というのは日本人が一年の中で一番日本人らしいことをする期間に思える。大晦日に演歌を聞き、正月になればおせち料理-和食を食べ初詣に神社に行く。普段は神社など信仰心の強い人か街頭で日の丸を掲げている人ぐらいしか行かないのにこの時期はわんさかと人ごみができる。書き初めで初年の抱負を書を用いてしたためるのも正月くらいだろう。そもそも中国の文化だという意見もあるが他文化を受容し独自に変化していったのが日本文化ではないだろうか。年末年始は日本人とは何かを考えさせられる年だ。

 

「ごめんね」

 

麻知が思いにふけていると文加が本のようなものを持ち戻ってきた。

 

「アルバムですか?」

 

「ええ。滉一の小さい時の写真もあるはずよ」

 

机にアルバムを広げる。最初のページは色あせた写真が並んでいた。

 

「おばさまの隣に映ってるのがおじさま?」

 

「ええ。滉一にどことなく似てるでしょ?健一のほうがかっこいいけど」

 

「似てるー!でもおばさま笑っている写真少ないですね」

 

写真にはどことなく冷めたような顔をした文加しか映っていない。

 

「これはおばさま一人だけ写ってますね。なんで大蔵省の前で?」

 

「だって私しばらく大蔵省のキャリア官僚だったもの」

 

「ええ!?」

 

「主計局っていう国の予算を決めるところにいて一年でやめちゃったから束になった書類運ぶとか雑務ばっかりだったけど..」

 

「一年で辞めてしまったんですか?!もったいない」

 

「でも、麻知ちゃんなら同じ選択をするはずよ。健一と同棲を始めてね健一の帰りを待ってみたいなぁ..って。結婚するまでは素直じゃなかったから、健一の前でも不愛想な態度を取っちゃって..だから写真もあんなのしかないの。」

 

「私もおばさまの気持ちわかるかもしれません。自分の仕事をしていたら離れていっちゃう気がしそうで不安になるんですよね..だからおじさまに専念しようと事実婚みたいな感じになったんですよね?」

 

文加は静かに頷いた。

 

「私、不安なんです。大学は離れ離れになってコウくんは新しいお友達ができて...なんか私の分からない世界に行っちゃう気がして..」

 

「麻知ちゃんなら大丈夫よ」

 

「でも...」

 

「今だってクラスがちがうじゃない。それに麻知ちゃんに勝る女の子なんて現れないわよ..」

 

「そんな..おばさまには負けますよ」

 

「ふふっまぁ私のダーリンに手を出したら麻知ちゃんだとしてもただでは置かないけどね...クスッ」

 

一瞬悪寒がした。文加は笑っていたがその一瞬だけ目が笑っていなかったような気がする。とはいえ、山城の父は既に亡くなっているし麻知は山城を愛しているので文加を敵に回すことはないのだが...

 

「まぁなんとかなるわ...そろそろ2006年ね。来年もいい年になるといいわね。」

 

「はい」

 

除夜の鐘が街に木霊する



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はじまり

東京にて声優の山崎エリイちゃんのハイタッチ会に参加してきました。かわいかった...彼女の夢はディズニー映画に出演すること。

ヤンデレアイドル玉坂マコトちゃんもいいけど、一般向けアニメの声優として活躍してほしい...では摂氏0℃はじまるよー


「あけましておめでとう。コウくん♪」

 

「あけましておめでとう麻知」

 

2006年1月1日 年の初め、山城家には山城と麻知しかいなかった。リビングの机の上にはおせち料理が入っているであろうお重と置手紙があった。

 

『滉一と麻知ちゃんへ

 

お母さんは少し用事があるので出かけています。今日の夕方には帰ってきます。

おせちの隣に小皿があります。箸のストックはコンロの脇の作業台に置いてあります。普通の箸を使っちゃだめよ。お正月は縁起よく祝箸で!あと、お雑煮のすまし汁を温めておもちを焼いて入れてください。

初詣に行くならしっかり戸締りをしてから行ってね!暫くの間お留守番お願いね

 

母より」

 

 

「おばさまどこに行ったのかしらね?」

 

「ああ、麻知は知らないか。いつものことなんだ。夕方には帰ってくるよ。それよりもお腹すいたしおせち食べよう」

 

「うん。今お雑煮温めるね♪おもちいくつ?」

 

「二つー」

 

おせち料理はそもそも主婦が正月に仕事をしなくて済むように料理を作り置いて正月はゆっくり過ごすために出来たという俗説がある。とはいえ、縁起の良いものを使った料理が多く年末に買い物、手の込んだ調理をする必要があるのだから本末転倒な気がする。普段山城家は百貨店で買ったおせちを食べているのだが今年は麻知が作ってくれたようだ、見たことのないきれいな朱塗りの重箱(多分引き出物か何かだろう)の中には手作りのお煮しめ、田作り、昆布巻、紅白なます、きんぴらごぼうの他定番の伊達巻、かまぼこ、黒豆などが入っていた。

 

「美味しそう~このこんにゃく変わった形してるなぁ..」

 

お煮しめのこんにゃくを見てみると三つ編みになっていた。

 

「うん。飾り切りに挑戦してみたんだ。覚えてみると簡単だよ」

 

「とても美味しい!手作りのおせちなんて初めて食べたよ!うん。うん」

 

「それは良かった...味付けは大丈夫?薄くない?」

 

麻知は安堵の顔を浮かべ、盆に山城と二人分のお椀に汁をいれる。湯気が立ち上がりリビングからも美味しそうな匂いが分かる。

 

「ちょうどいいよ。麻知もこっちに来て食べなよ」

 

「うん!お雑煮できたから今行くね」

 

**************

 

あれから何年が経ったのだろうか?時計もなく季節感もない四方コンクリートの壁、最初の頃は日数を数えたこともあったが今やどうだっていい...文加が早く来ないだろうか、寒いしお腹がすいた。体はもうまともに動けない。椅子に座った状態で縄で拘束され、足首にはおもり付きの足枷がしてあるそんな状態で十数年いれば筋肉も衰え今ではもはや咀嚼する力も衰えている...

 

俺は監禁されている

 

文加は俺がもう植物人間のように呼吸をするだけ、飯を食べるだけだと思っているようだが思考能力は健在だ。しかし身体がまともに動けず、声も出なくなった俺はもはや健常ではないが...

 

コツコツ...

 

文加が来たようだ!めしめしめしめし....

 

「あけましておめでとうダーリン♪今楽にしてあげるね♡」

 

文加はそう言うと健一の後ろに回り腕に縛っている縄を解き、鍵で足枷を開錠した。開錠されたところで健一は逃げ出すことはできない。文加は扉の鍵を律義に閉め、片手にはスタンガンを持っている。もし暴れたらその手にあるもので抑えるつもりだろう。そもそも生気を失った健一に逃げ出せる力など残っていないのだが...

 

「お正月だからおせち料理にしてみたよ。麻知ちゃんは滉一のために作ってたのに触発されて今年は私も作ってみました~うれしいよね?」

 

そんなことはどうでもいいから早く食べさせてくれ

文加はお煮しめの人参を箸でつかみ、健一の口へと運ぶ。数時間ぶりの食事、至福の時間だ。しかもお正月は毎年拘束を解放されて365日の中でたった24時間だけだが本当の意味でゆっくりできる日だ。もう逃げようとかそんなことを考えることはない。絶望に近い感情しかわいてこないからこそこの時間を楽しむしかないのだ。

 

『ザー

 

「コウくん、初詣にでも行く?」「んーどうしようかなぁどこも混んでるんじゃないかな?」「それもそうだね。おばさまもいないしね」「いや、母さんはいつも行かないからいいけど...成人の日あけるまで休みだし三が日明けてからでもいいだろ」「うん♪コウくんに振袖姿みせてあげるね」「それは楽しみだな」...』

 

トランシーバーから若い男と女の声が流れてきた

 

「あ、これが滉一と麻知ちゃんですよ。あんなに小さかった北方先生のところの麻知ちゃんも今じゃ可愛い女の子になってて滉一の彼女なんですよ。滉一もだんだんダーリンに似始めて...まぁダーリンの方が数倍かっこいいけどね♡」

 

いつも思うが文加は誰の話をしているのだろうか。北方...知らない名前だ。滉一ってやつはよくわからないが身内のようだ。

 

 

 

こういち....

 

-----------------------

 

『名前は滉一だ!滉一にしよう』

『滉一...いい名前、あなたみたいに逞しく育てばいいな..』

 

----------------------

 

『あ.....おぅおぅ..』

『文加!滉一が立ったぞ』

『あ、本当!ビデオカメラ持ってこなきゃ』

 

---------------------

 

キーコーキーコー

『パパーなにやってるのー?』

『あなた、なんで昼間に公園なんているの?』

 

--------------------

 

『パパーあそんであそんでー』

『んんーあっち行って遊んでな』

『ダメよ滉一。パパは競馬で忙しいんだから』

『なんだその言い草は!皮肉か?あぁ?』

『やめてよ!ママをいじめないで』

 

-------------------

 

『どうしたの?深刻な顔して?え!?借金?!幾らなの....ふーん大丈夫だよ。私に任せて♪』

 

------------------

 

『文加!何の真似だ。お前ただじゃおかないぞ』

『これからここがダーリンのお部屋ですよ。私が借金を返済してあげたんですから身体で返してくださいね♡』

『ふざけろお前!』

『まだ自分の立場が分かってないみたいですね...』

 

-----------------

 

『あの女と浮気した罰がまだでしたね。手の爪全部剥いだら許してあげます............大丈夫ですよ。手が使い物にならなくなっても私がいますから』

『おい....やめろ...来るな....待て...俺が悪かったから...やめ....や..

 

----------------

 

『あれー?なんで椅子がこんなに近くにあるのかなー?ダーリン?まだ逃げようなんて馬鹿なことを考えてるんだぁ♡可愛い♡でも、おいたが過ぎたね...お仕置きしないと。そうだ!一週間ご飯抜きね♪』

 

---------------

 

『そろそろ限界かな?じゃあこれを食べたら許してあげる♡』

『お前それって....』

『言わせないでよ..//私の***だよ。ダーリンならきっと食べられるよね?』

『食えるわけないだろ!そんなもの!』

『え......?食べられるでしょ!好きな人のものが出したものならなんだって!ほらお口開けて...』

『ぐ....ガハッガハッ..』

『なんで吐いたの...もう許さないから』

 

--------------

 

『どう?寒いって言ってたからヒーター6台用意したよ?暑い?ふふっダーリンはわがままね。そうね...ダーリンが倒れたら止めてあげる...ふふっ』

 

-------------

 

『ダーリンが私のモノっていうのをどうすれば分かるかって考えたときに刺青は私彫れないし衛生的にもあれじゃない。それで考えたんだ。はい♪烙印今から二の腕に焼き付けるから動いちゃだめよ。他のところも火傷しちゃう...動かないで。言う事聞けないの..?いい子すぐ終わるからね♡』

 

-

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

 

「チッ..薬が切れたか。ちょっと待っててね」

 

文加は手慣れたように救急箱を開け大量のカプセルを開ける。30錠を超えるカプセルを右手に左手には水の入ったコップを持ち発狂した健一の口に薬を放り入れ、水を飲ませる。

 

「大丈夫。痛いことしないから..いい子いい子」

 

文加は子どもをあやすように健一を抱きしめる。この部屋は完全防音なので上にいる滉一や麻知には蚊の音ほども聞こえていないだろう。

 

「滉一の名前を出してもフラッシュバックするか...もうしないほうがいいかしら」

 

文加による監禁生活は今年で15年になる。




閲覧ありがとうございました。

私はおせち料理では黒豆とか栗きんとんとか甘い系が好きです。


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初詣

私も麻知ちゃん同様指定校推薦だったのと、うちの高校センター試験受けられないレベルの底辺校だったから経験者皆無なんですよねぇ...描写はもはや想像になりそう

それではどうぞ


 東京の初詣で溢れる神社は明治神宮、靖国神社、東京大神宮、富岡八幡宮など枚挙にいとまがない。これらの神社は普段人もまばらだったりするのだが、三が日はどの神社も人でごった返しており、専ら挙げた神社は1月の間は列が絶えない。

 その中でも特に受験生が願掛けをするのは天満宮だ。代表的なものをあげれば、福岡の太宰府天満宮や京都の北野天満宮、そして...

 

『湯島ー湯島ーお出口は右側です』

 

「三が日を過ぎてもやっぱり凄いなぁ...」

 

「来るまでに疲れちゃったね」

 

千代田線はそれほど混んではいなかったがやはり明治神宮や神田明神などに利用する客が多く、さすがに座ることはできなかった。麻知は振袖姿で下は草履なのでフラフラとしていて一番辛そうだったが。

 

「湯島天神は....3番出口か。」

 

「ちょっと...待って」

 

改札を抜け、黄色い表示板を見ながら出口に向かおうとした時麻知が後ろから声をかけた。振り向くと麻知はだいぶ後ろにいて、ゆっくりと山城のもとに向かっていた。

 

「そんなに早く歩けない...」

 

「あ、ごめん」

 

「いいよ。こうすれば離れ離れにならなくて済むね」

 

麻知は山城の隣につき、腕を山城の腕に巻き付けてきた。

 

「エスコートお願いね。コウくん♡」

 

「階段だから気を付けろよ...」

 

湯島駅を降りて暫く歩くと湯島天満宮、いわゆる湯島天神の鳥居が見えてくる。そのほど近くには本郷があり、有名な東京大学の赤門がある。そのため東大受験者の合格祈願に全国から親や受験生が湯島天神へ参拝に訪れる。

 

「わぁ絵馬の数が凄いね」

 

「絵馬が重なりすぎて絵馬の掲示板が立体になってるな」

 

本殿の前にはいくつかの絵馬かけがあるがどこも絵馬が大量に掛けられていて、今にも倒れてきそうだ。

 

「神様はこんな数のお願い事全て叶えてくれるのかな?」

 

「神様だからな。みんな等しく願いを叶えてくれるよ...まぁ本人の頑張りも必要だけど」

 

「そうだね」

 

列に並び、お賽銭を準備する。脇を見ると巫女さん忙しそうに御守りを参拝客に納めている。湯島天神の合格祈願の御守りは受験生の必須アイテムのようなものだ。特に受験シーズンはこのように社務所には人だかりができる。

 

「コウくん....どこ見てるの...?」

 

「え?」

 

隣を見ると麻知が意味ありげな笑みを浮かべていた。一見すれば清楚可憐な振袖を着た彼女だろうが、目は笑っていなかった。

 

ジッ..「...巫女さんね。かわいいよね...ふふっ巫女さん..振袖を着た彼女よりも..」

 

「.......」

 

「お化粧だって頑張ったのに....」

 

「あ....」

 

「コウくんのバカっ....」

 

それから二人の会話はなく、早く本殿に着かないかと山城は気まずさに悶々としていた。

 

ジャランジャラン...パンパンッ

 

「(法英大学経済学部に合格しますように...)」

 

「(コウくんが法英大学に合格しますように...)」

 

「.......」「.......」

 

二人は御守りを貰いに社務所に向かった。

 

「合格祈願守ですね。500円お納めください」

 

チャリン

 

「おみくじでも引くか?」

 

「...............コク」

 

おみくじには箱に初穂料を納めて箱から引くものと、社務所においてあるくじを引いて出た番号を巫女さんに伝えるものがあるが、二人は後者を引くことにした。

 

「47番ですね......ようこそいらっしゃいました」

 

「コウくん、どうだった?」

 

「えーと....末吉。幸先が悪いなぁ」

 

「気にすることはないよ。私はね吉だったよ。私が運を分けてあげる!そしたらコウくんには末吉以上の力が入ってくることになるよ!ね?」

 

「それじゃあ麻知の運が減っちゃうじゃないか。ははは」

 

「え?自分のことより、コウくんの幸せの方が大切に決まってるよ。コウくんの不幸は私の不幸だもん...」

 

「もっと自分のことも大事にしろよ...そうだな..じゃあ麻知に大変なことが起きれば俺が助けてやるよ。力になるかどうかは別として」

 

「え......うん..ありがとうっ..!」

 

不意打ちな言葉に動揺を隠し切れない麻知は「ほら...もう行こ...」と顔を赤らめながら神社を後にした。

 

**************

 

「ふーっやっぱり家が一番いいな...」

 

「コウくん、おもちいくつ?」

 

「3つ」「はーい」

 

二人は家に着き、山城はコタツでゆっくりしていた。ご飯を食べ終わったら勉強をしないとな...数週間後にはセンター試験、一刻の猶予も与えられていない。

 

「麻知ーあとで英語を見てくれないか?」

 

「うん。いいよー」

 

昼食を終え、山城は赤本を広げる。センター試験の問題集もあるようで今は苦手科目の英語に専念している。

 

「このうち発音が異なるものを答えよ....うーん。英語の読み取りとかはできるんだが発音記号を問われるのは苦手なんだよなぁ」

 

「そことアクセントの問題は毎年違う単語を出してくるから、電子辞書で発音を聞いて地道に勉強するしかないよ」

 

「やっぱり単語か...」

 

頻出単語は覚えたが、アクセントや発音記号までは網羅していない。そこを突かれるようだから勉強は必要なのかもしれない。

 

「そうだ!私が単語帳作ってあげる。それなら時間のロスとかもないし」

 

「いいのか?わざわざ」

 

「うん。どうせやることないしコウくんの勉強時間を無駄にはさせたくないしね!」

 

「....ありがとう。」

 

麻知は山城のそばで単語帳に単語とアクセント記号を入れていった。




閲覧ありがとうございました。私もアクセント苦手だったなぁ...分かるわけないよあんなの。いやぁ全国の受験生のが俺より頭いいだろ(Fラン大学生)


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リボンを結んで

一話はバレンタインデーに始まりました。この小説もその時の妄想で短編で終わらせようと思ったのですが意外な反響から今も続けていたり...


ではどうぞ。


バレンタインデーのチョコレートは大きく分けて二つある。本命チョコと義理チョコ...世の男子は誰もが本命チョコをもらいたいと思っているがそれを貰えるのは一握り。多くのモノは義理チョコや親から貰うチョコがせいぜいだ。だが、一番深刻なのは誰にも貰えない者である。夕方になり情けで義理チョコを貰うものもいるだろうが、誰にも貰うこともなく背教者のようにバレンタインという習慣を憎悪する者もいるなどバレンタインとはアガペーもくそもない残酷な日である。

 

「コウくん、ハッピーバレンタインっ」

 

きれいに赤いリボンで包装された箱を受け取る。そういえば今日はバレンタインだと気づいた。センター試験も終え結果が最近来たが、センター利用では落ちてしまった。しかし、自己採点をしたら一般入試であればいけるレベルだったので下旬の法英の受験まで気が抜けない。

 

「甘いものは頭を活性化させるんだって!コウくんなら大丈夫だよ?ずっとコウくんが努力してるの見てたもん」

 

「ありがとう麻知。頑張るよ、夜食に食べるよ」

 

「え、沢山作ったから。それは朝の分だから食べて食べて。昨日徹夜して作ったんだ♪」

 

「そうなのか...じゃあいただきます」

 

箱を開けるときれいに箱詰めされたハート型で一口大のチョコレートが入っていた。口に入れると舌触りもよく口の中で柔らかく溶けていく、チョコ自体は甘さ控えめで中にベリーか何かのジュレが入っていて甘みが後からやってくる。

 

「ん...美味しい!だんだん上手になってきてるな」

 

「え?ほんと!嬉しい!」

 

「それは?」

 

山城は紙袋に目を落とす。

 

「あ、これ?義理チョコだよ」

 

「他の子にも渡すのか...」

 

毎年麻知が朝迎えに来るときにチョコを渡すのが恒例だった。麻知にも友達はいたが、麻知が自分以外に男子や女子にチョコを渡すところは今まで見たことはなかった。

 

「もしかして...嫉妬してる?」

 

「いや..そういうんじゃなくて麻知が他の子に渡すなんてこれまで見たことないなぁって思ってさ」

 

「だって、ほらみんなも受験だしさ。私にできることはこれくらいだなって」

 

「そうか...」

 

山城はなんだか感心した。笹島の件から麻知が浮いているんじゃないかと心配したがクラスに打ち解けているのだと。

二人は学校に向かい廊下で別れた

 

「滉一ぃ麻知ちゃんからのチョコどうだった?」

 

「え?まぁ...美味しかったけど」

 

「ったく可愛い彼女からチョコなんて羨ましいぜ!」

 

「そういや、麻知今年は他にチョコ持ってきてるらしいからお願いすればくれるんじゃないか?」

 

「いや、もう行ったよ」

 

「手が早いな..それでなんで貰えなかったんだ?」

 

「なんか女子にあげる奴だからごめんねって」

 

最近女子同士でチョコを交換するのが流行っているようだ。それが主流になりつつあり、男が貰うことは減ってきてるようだ。

 

「まぁ神原は積極的だから沢山貰えるだろ」

 

「ちょっと声掛けてくるわ。じゃあ」

 

山城は一時限目の準備をする。うちの高校は先生にチョコをあげる生徒もいるような中堅高校だが生徒指導の先生は例外的に厳しく、一時限目の山県は生徒指導部長の堅物なので神原がバッタリ出くわさなければいいのだが..

 

「山城」

 

バッグから筆箱を取り出そうとしたとき前に笹島が現れた。そして、後ろからピンクチェックの包装がされた箱を取り出し

 

「これ......義理じゃないから」

 

そう言い残し、笹島は自分の席へと戻った。義理じゃないということは残る意味はあれしかないが...笹島はまだ俺に好意があるのだろうか。それから後も調理部が昨日作ったクッキーを分けて貰ったりと午前中に幾つか貰った。

 

「お弁当もチョコを使ってみたよ。」

 

「なんか罰ゲームみたいだな」

 

「外国ではカカオとかダークチョコを料理に使うらしいよ。これもノンシュガーを使ってるよ」

 

確かにカカオの風味がしてゲテモノではなかったが、ご飯に合う感じではなかった。麻知に言える訳もなく完食する。

 

「はい。お茶」

 

「そこはココアじゃないんだな。」

 

「ココアがよかった?」

 

「そこは普通にお茶でよかったよ」

 

ずっとチョコを食べていて鼻血が出そうだ。貰ったチョコはほとんどその場で食べた。いつものことだが麻知は他の女子からチョコを貰うと不機嫌になる。中学の頃は「○○ちゃんのが美味しいよね」「私のが美味しくなかったから○○ちゃんのチョコ貰ったんだよね。彼女は私なのに...」と呪詛のように延々と小言を吐き続き宥めるのが大変だった。

 

「あ、そういえばコウくんはチョコいくつ貰った?」

 

きたか...

 

「え、いや貰ってないよ」

 

「あれ?でもさっき調理部の子がみんなに渡してるって聞いたけど」

 

「あんまり食べ過ぎると鼻血ブーになりそうだからさ。断ったんだ」

 

山城は鼻をつまみジェスチャーをとる。麻知はふっ、と「そうなんだね」と微笑んだ。

 

「でも手が込んでたなぁ。私みたいに中にクリームが入ってて」

 

「え?何も入ってなかったよう...」

 

山城はハッと口を塞ぐ。しかし時すでに遅く

 

「なんでコウくんが知ってるの?」

 

「いや、神原から聞いて...」

 

「じゃあなんでそんなしまったみたいな顔してるのかな?...コウくん、本当は貰った............よね?」

 

まるで金縛りにあうように身体は動かず、口の中の水分が失われていった。しかし、麻知の反応は意外なものだった。

 

「貰ったなら貰ったって言えばいいのに。こっちもお礼しないといけないんだから。」

 

「あっそういうことか。あははは」

 

なんとか難を逃れることができた山城だった。

 

***********

 

バレンタイン前の夜。山城はその日も遅くまで勉強をしていた。麻知はというとキッチンでチョコ作りに励んでいた。

 

「まずはコウくんのから..」

 

中身入りのチョコは難しそうで簡単である。型に溶かしたクーベルチュールチョコレートを半分ほど入れ、別に作ったクランベリーのジュレを入れその上にチョコを流し冷蔵庫に入れるだけである。

 

「さて...」

 

麻知は防塵マスクをし、プラ手袋を着ける。用意したのは「硫酸マグネシウム」と書かれた白い結晶の入った袋だった。そしてブロックアイスを敷き詰めた発泡スチロール製の簡易冷蔵庫を作業台の脇に置く。

 

「ちょっと加減しなくちゃ..胃に穴が空いちゃうもんね。まぁ図々しくコウくんにチョコを上げるやつがどうなろうとどうでもいいんだけど」

 

その姿は年頃の女の子が料理をするというよりも毒リンゴを生成する白雪姫のお妃のようだった。

 

-------

読取新聞 2006/02/16付

『都立高校で悪質イタズラ 砂糖の代わりに下剤

 

2月14日、都立高校で女子生徒7人が入院に搬送された。原因はクラブ活動でバレンタインデーのクッキーを作った際、砂糖の容器に下剤などに使用される微量の硫酸マグネシウムが混ざっておりそれにより、腹痛の報告が相次いでいると見られている。学校側は調理室内の点検を行い、4月まで調理室の使用を禁止にしたと報告。調理室は普段施錠されており、警察は学校関係者の犯行と見て捜査を進めている。』

 

「でも、7人だけなんておかしいよな。3年生にはほぼ全員分けてたみたいだし」

 

「みんなそうだよね。調理室を捜査してるけど砂糖に食塩が混ざってただけじゃないかな?原因は別にあるような気がするけど..」

 

結局、原因は突き止められず生徒の作ったチョコレートによる食中毒として処理された。それを境に学校では弁当以外の食べ物の持ち込みが禁止されることになった。




閲覧ありがとうございました。食中毒怖いですね(すっとぼけ)


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文加vs麻知デスマッチ

遂にとんでもない対決が実現してしまった...


「待っててね滉一、すぐこの小娘始末するから。ずっとお母さんと一緒にいようね?」

 

母文加は包丁を麻知に向けながら俺に顔を向け、そう言った。

 

「早く子離れしたほうが良いですよ?おばさま?コウくんは未来の...ううん私の旦那様になるんですから。」

 

麻知もまた近くにあった包丁を手に持ち、二人は間合いを取る。

 

「減らず口を!」

 

文加は麻知に斬りかかろうとする。なんでこんなことになったのか...さかのぼれば今朝の出来事からだ...

 

**************

 

法英大学の一般受験を終え束の間の休息を得ている三月上旬。合格発表は一週間後、法英大学にて掲示板で発表される。そんな朝、起きると隣には誰かが寝ている。シーツで見えないが麻知だろう。

 

「おい、麻知また部屋に入ってきて何度もやめてくれと言っているだろ」

 

俺は注意するが一向に起きる気配はない。

 

「もうコウくん、遅刻するよ」

 

「え?!麻知!?」

 

ドアからは麻知が起こしにきた。じゃあ、隣に寝ているのは誰なんだ..一気に怖くなってきた。麻知はベッドに視線を落とし違和感に気が付いたようだ。

 

「コウくん....誰と寝ていたの?私以外の女を連れてきたのかな?」

 

「ばっ...んなわけないだろ。起きていたら隣に誰かが寝ていたんだよ」

 

「そんな言い訳通ると思ってるの?」

 

「本当なんだって!」

 

「んん....うるさいわね..」

 

シーツの下から聞き覚えのある声がするかと思えば、母が布団から起き上がってきた。

 

「母さん!なんで俺の部屋で寝てるんだよ」

 

「あー滉一、おはよう」

 

「おはようじゃないよ」

 

「チューして」

 

「は?」

 

「お・は・よ・う・のキス!」

 

文加は唇を滉一の顔に近づけてくる。近い...本当にキスが出来そうな距離だった。

 

「離れてください!」

 

「チッ...」

 

麻知が割って入り込む。助かった...て、いうか今母さん舌打ちしなかったか?いつも麻知とは仲がいいのに。

 

「何?親子のスキンシップを邪魔しないでくれる?」

 

「どこがスキンシップですか?あんまりコウくんが嫌がることをするとおばさまでも怒りますよ」

 

「......」「......」

 

「えっと....あ、そうだ!麻知、時間は大丈夫なのか?」

 

 

「あっいけない遅刻しちゃう」

 

気まずい感じになったので話題を変え、すり抜ける。話題転換もあるが本当に遅刻しそうだ。母には本当に困った..今日はどうしたのだろうか?機嫌が悪い日でも麻知に当たることなどないのだが。

 麻知は「急いでるしパンでいいかな」と申し訳なさそうにキッチンでせわしなく朝食の用意をしている。

 

「こちらこそごめんな。母さんが」

 

「ううん。別に平気だよ...でも」

 

「どうした?」

 

麻知は動きを止め、俺をじっと見る。

 

「私がコウくんのうちに来るまではおばさまが一緒に寝たり、おはようのキスをしてたの?」

 

「そんなわけないだろ。小学生じゃあるまい」

 

「....そっか。考えすぎだね、はい」

 

麻知は笑顔を取り戻し、机にベーコンエッグを置く。俺は急いでもいたので焼けたトーストにマーガリンを塗り、食べ始めようとした。すると、突然着替え終えた母がやってきてベーコンエッグの入った皿を取り上げる。

 

「何すんだよ」

 

何を思ったか、母は流しにベーコンエッグを捨てる。

 

「こんなの食べたらおなか痛くなるわよ...どきなさい」

 

文加は麻知を押しのけ、卵を焼きはじめた。麻知は諦めたように俺の隣に座った。麻知は下を向き、手で顔を覆いながら泣いていた。涙が手を伝い、床に落ちる。俺は黙って麻知の頭を撫でた。俺は母が作った目玉焼き(黒こげ)を食べ、泣いている麻知を慰めながら学校へと向かった。

 

『ぐすっ....ぐすっ..』

 

『麻知ちゃん大丈夫?』

 

「山城、何やったんだよ」

 

隣の教室を見て神原が聞いてくる。

 

「何もしてねぇよ」

 

「何もはないだろ。あんだけ泣いてて学校来てからずっとだぞ」

 

「そうだそうだ!お前学校のマドンナ北方麻知を泣かせておいて言い逃れできると思ってるのかよ」

 

六合が横槍を入れてくる。六合は麻知のファンクラブ(本人非公認)の会長をしている俺の同級生である。麻知のファンは本人の知らない間に増えており、文化祭の全生徒対象のミスコンにおいて麻知が3位になった(本人は別に喜んでいなかった)のも彼らが暗躍していたからだ。六合は「女子の組織票がなければ麻知ちゃんを一位にできたのに..」と悔しそうにしていたが..

 

「お前らにはいうが...母さんと麻知が喧嘩して、普段怒らないから麻知が泣いちゃって」

 

「麻知ちゃんが何かしたのか?」

 

「ただ朝食を作って..

 

「「待て待て待て待て」」

 

「え?」

 

「「朝食だぁ??」」

 

「なんでそこに食いつくんだよ」

 

「お前、弁当だけでなく朝食までありついてるのか」

 

「ずるい..ずるすぎる!俺にも麻知ちゃんの料理を食わせろ!この幸せ者め!」

 

あーこいつらに教えるんじゃなかった...そう後悔した。

お昼になり、麻知と昼食をとろうとするが

 

「もう泣くなって..気にしてないから」

 

「ごめんなさい..ごめんなさい..」

 

弁当の中身は空だった。米粒がついていたりあげかすが残っていたりと入っていた形跡はあり、麻知が早弁するわけもないのできっと母が朝同様捨てたのだろう。

 

「別に麻知のせいじゃないし..今日は購買で何か買って済ませようぜ俺が奢るよ。」

 

「うん...ごめんねコウくん」

 

2年ぶりに購買のパンを食べる。ここの唐揚げ焼きそばパンはとても美味しい。男子の好きな惣菜パンを総括したようなパンで250円とお得なのが嬉しい。麻知はメロンパンを食べていた。いつも思うが女子というのは菓子パンをよくごはんとして済ませられるものだ。お腹が膨れるものなのだろうか。

 

「ちょっとジュース買ってくる」

 

「待って!.....その、私の飲みかけだけど」

 

そう言ってストローの刺さったピクニックを差し出す。

 

「いいのか?」

 

「うん、いいよ.....」

 

後ろめたさもあったので差し出されたピクニックを飲む。人工的な甘ったるいいちごの味が口にまとわりつく。

 

「ありがとう。」

 

「..うん」

 

昼食を終え、再び別れる。家に帰ってから母にどういうつもりなのか聞かなければいけない。いつもぞんざいに扱っているくせにいきなりスキンシップといってキスをしてこようとしたのは別にいい(よくないけど)。ただ、麻知の作ったものを捨てるなんて許せるわけがない。放課のチャイムが鳴り帰り支度をしていると、麻知がやってきた。

 

「コウくん、後で帰ってきてくれないかな?おばさまと話したいことがあるから」

 

「俺も聞きたいことがあるし..」

 

「お願い!二人だけにさせてほしいな..」

 

麻知がそういうならと思い、喫茶「純」で時間を潰すことにした。

 

「ブレンドで」

 

「かしこまりました。」

 

この落ち着いた雰囲気でもソワソワしてしまう。二人だけにさせてよかったのだろうか...

 

「ブレンドコーヒーになります」

 

コーヒーを飲むがただただ苦みしか残らない。ふと今朝の泣いている麻知を思い出す。麻知は大丈夫だろうか..

 

「ゆっくりもできねぇよ...」

 

麻知が心配で10分もたたずに店を出る。走って自宅へ向かい、ドアを開けるするととんでもない修羅場に突入していた。

 

「いつもあんたに朝食とか弁当を作らせてたけど気が変ったわ。あんたみたいなどこの馬の骨かも分からない女に私の大事な息子の胃袋を任せるわけにはいかないわ。」

 

「お言葉ですけど、おばさまより料理上手ですから私。今日の目玉焼きみましたけどあんな黒焦げな目玉焼き作って母親ヅラなんてほんと笑っちゃいます」

 

「もう一回言ってみなさい!この小娘!」

 

「本当のことでしょ!大年増!!」

 

二人は取っ組み合い髪を引っ張ったり、足をがちがちと蹴り合ったりと酷い醜態を晒していた。

 

「やめろよ二人とも!」

 

「滉一」「コウくん」

 

「母さんが悪いんだろ!朝ごはんだけじゃなくて麻知の作った弁当を捨てるなんて」

 

「え?なんのこと弁当は私が作ったものにすり替えたはずなのに」

 

「私が捨てたんですよ...これでおあいこですよ?『お義母さま』?」

 

「ふざけんなっ!この小娘!殺す....殺してやる」

 

母は台所で干してあった包丁を持ち、麻知に向ける。

 

「待っててね滉一?すぐこの小娘始末するから。ずっとお母さんと一緒にいようね?」

 

「早く子離れしたほうが良いですよ、おばさま?コウくんは未来の...ううん私の旦那様になるんですから。」

 

麻知も包丁を持ち、対抗する

 

「減らず口を!」

 

文加は麻知に斬りかかろうとする。俺はやばいと思い、止めに入る

 

「二人とも落ち着けよ。取り敢えずその物騒なものを離してさ」

 

「危ないでしょ?滉一。間違えて刺しちゃうじゃない」

 

「そうだよコウくん。早くどいて?殺すからそいつ」

 

「落ち着けって。ちょっと外に出ようぜ...三人で落ち着いて話せば..」

 

俺はリビングを出ようと廊下の間のドアを開けると..

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドッキリ大成功!』

 

と書かれたプラカードを持ったうちの高校の生徒がいた。

 

「ごめんね。コウくん、騙しちゃって」

 

「ちょっと演技に熱が入っちゃった。やりすぎかしら..」

 

後ろでは今まで殺し合いをしようとしていた二人が笑っていた。

 

「お二人ともご協力ありがとうございました。ばっちりですよ」

 

「えっと...状況が読み込めないんだけど」

 

「生徒会なのですが、卒業生を送る会のビデオを制作をすることになったのですが。生徒の多くの要望で学校のマドンナ、北方先輩の彼氏の山城先輩に一泡吹かせたいというのがありまして....ドッキリを仕掛けました」

 

それを聞いて怒りよりも深い安堵と脱力が体を支配した。テレビでドッキリ企画を見て「よく怒らないなぁ」と思うこともあったが実際経験すると怒りを感じないものだ。

 

「大成功~」

 

能天気な母

 

「本当にごめんねコウくんっ...ずっと断ってたんだけど根負けしちゃって...」

 

こっちが申し訳なく思うほどに謝り続ける麻知。最初からおかしいと思ったんだ。母と麻知が喧嘩するなんて。これは騙された方が悪いって奴だ。

 

「え?ってことはずっと撮ってたの?」

 

カメラを回している子がいたので聞いてみた。ドッキリということは終始撮っていたということになるが

 

「はい。朝食のところから麻知さんのハムエッグは美味しくいただきました。」

 

「あ、実は流しの下に皿を敷いておいたのよね」

 

「学校でも?」

 

「授業中は回していませんが昼食の時はバッチリ。お弁当美味しかったです。」

 

「ピクニックも飲みかけを飲ませてって頼まれてコウくんに差し出したの..」

 

「少女漫画みたいなので女子ウケしそうですしね」

 

「家に帰ってきたときは見なかったけど」

 

「だって山城先輩を尾行していましたから。」

 

「私たちは帰ってくるまで談笑してたわ」

 

「帰ってくるときに電話を貰って演技を始めたらヒートアップしちゃって..」

 

「包丁は流石に危ないんじゃ...」

 

「あ、これ?偽物よ。よくできてるでしょ?」

 

文加は滉一の頭にニセ包丁をコンコンとする。

 

「演劇部から借りてきました。いやぁでもお二人ともうちの演劇部より迫真の演技でしたよ」

 

「コウくんがおばさまに取られたら...って考えて」

 

「ダーリンが麻知ちゃんに取られたらって思ってやったわ」

 

「マジでやると思ったよ....寿命が縮んだよ..10年くらい」

 

「麻知ちゃんと喧嘩なんてするわけないじゃない。」

 

「そうだよなぁ...家事がめんどくさい母さんがやりたがる訳ないもんなぁ..ああ騙された」




閲覧ありがとうございました。


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不完全燃焼

法英大学のモデルになっている法政大学をやほーで調べたら塾とか合格術みたいな広告が出てくるようになりました四月朔日澪です。

取り敢えず高校までの話は終わり、次回から本格的に大学編突入です!


春先になると合格発表の報道がされる。一番有名なのは東京大学の掲示板を見て一喜一憂する姿だろう。ラグビー部が受験生を胴上げする写真は一面を飾ることもしばしばだ。しかし、2000年代に突入するとwebで確認できることもあり、掲示を見に大学まで足を運ぶということも少なくなってきた。

 合格発表日の市ヶ谷駅も大して混んでいなかった。山城は麻知と駅を降り、外堀通りと靖国通りの間にある道を歩く。法英大学の立地というのは大変変わっていて、三角形のような土地に幾つかの棟があるという大学だ。大学に着いても、掲示板までの道のりは遠く階段を何度も上りやっと掲示板が見えてきた。

 

「経済学部の掲示板ここみたいだよ。受験番号は?」

 

「05327...」

 

山城は緊張気味に言った。自分のベストは尽くしたものの合格発表、結果が全てである。受験以上の緊張が山城の身体にのしかかっていた。

 

「051....」

 

「052...3...あ、ここからみたいだ」

 

053の桁に目を移す。051から連番かと思えば突然一気に数字がないという受験の残酷さを見てきた。自分の数字があってくれ...そう願うばかりだ。麻知も一緒に見ていてくれるだけ怖さは引いてくる。

 

「05301..02..06..」

 

「....11..12..13..14..15..21..」

 

 

05289

05301

05302

05306

05307

05310

05311

05312

05313

05314

05315

 

自分の数字が近づいてくる。目をそむきたくなるが頑張って数字を追っていく

 

「24..25....

 

 

 

 

 

 

05315

05321

05324

05325

05327

05333

05334

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

27!あった!05327!」

 

山城は感極まって麻知に抱き着く。見れば麻知は泣いていた。

 

「おめでとう!コウくん...私は信じてたよ。コウくんなら受かるって」

 

「本当にあるよな!05327」

 

「うん。写真とるから前に立って」

 

麻知は携帯電話を取り出し、受験番号に指さす山城を撮った。山城は母に電話したが「家に書留届いてるから知ってるわよ。」と意外と冷めた反応だったが「おめでとう。頑張ったわね」と最後に語り電話を一方的に切った。山城は麻知と近くのカフェにでも寄ろうと誘ったが麻知は「ごめんね。お父さんと用事があってもう帰らなきゃ」と駅で別れた。

 

コンコン

「麻知です。」

 

議員会館の事務室に高校生が入るのは珍しいようで来る途中にカメラマンに撮られてしまった。父の事務室に着くと公設秘書の白井さんが出迎えてくれた。

 

「麻知ちゃんね。先生は客間にいるわ」

 

「ありがとうございます。白井さん」

 

コンコン

「失礼します」

ガチャ

 

「お父様」

 

「麻知、ここまで来たのか」

 

「近くに寄ったので挨拶に来たのですが迷惑でしたか?」

 

「いや..別に迷惑ではないが。ここには記者や陳情で色んな団体の方が来るからあまり歩き回らないほうがいい

......が、まぁ麻知の顔を見れてうれしいよ」

 

父は麻知の頭をなでる。あまり口が上手い訳ではないので間が持たないというのが本音だ

 

「お父様、明日高校を卒業します。今までありがとうございました。」

 

麻知は深くお辞儀をする。

 

「麻知ももうそんな歳なんだな。本当にかわいい娘に育って..」

 

「まだまだ迷惑をかけますが、大学卒業までお願いします」

 

「そんなにかしこまらなくてもいい。親の責務だ。しっかり勉学に励んでくれ」

 

「はい。」

 

「.....」「.....」

 

伝えたいことを伝え、沈黙が訪れる。

 

「その...なんだ..滉一くんとはどうなんだ」

 

「今日、コ..滉一君の合格発表に付き合って無事合格したよ。それにおばさまにも優しくしてもらっているし大丈夫だよ。」

 

「...そうか。滉一くんは法英だったな、麻知とは明日で『お別れ』か..」

 

「!........はい。」

 

「ごめんな麻知...傍にいてあげられない挙句勝手ばかり言ってしまって...」

 

「そんなこと言わないでください。分かってますから..まだ滉一君には伝えてないんですあのこと。明日ちゃんと伝えます」

 

「先生、建設業協会の方が見られています。」

 

「通してくれ..すまない麻知。来てもらって早々」

 

「いえ、長居してしまい申し訳ありません」

 

麻知は会館を出、山城の家へと帰った。

 

**************

卒業式。高校にもなると別れにも慣れ、男子に関しては涙を流すこともほとんどない。

 

「山城、クラスで送別会あるけど参加できそうか?」

 

神原が楽しそうに話しかけてくる。卒業式よりもそっちが楽しみという生徒も少なくない。

 

「ちょっと麻知と相談してくる」

 

「あ、山城待って」

 

神原と違う聞き覚えのある声がする。振り向くと笹島みのりがいた。

 

「山城、卒業おめでとう」

 

「ああ」

 

返事だけして立ち去ろうとすると右腕を掴まれた。

 

「待ってよ。なんで私を避けようとするの...あの日から」

 

「...そんなの。そんなのお前が麻知をいじめていたからに決まってるだろ」

 

「私が北方さんをいじめたから私を振ったの?...ねぇ答えてよ」

 

「不良雇って麻知に傷を負わせた奴に答える義理はねえよ」

 

山城は皮肉に引き合いに出すと、笹島はキョトンとしていた

 

「え?待ってなにそれ。私そんなことしてない!」

 

「何言ってんだ。宏池高校の体育倉庫で..」

 

「知らないってば!私はただ北方さんが山城の家に来るのを邪魔したり、弁当を捨てたりはしたけど...暴力をふるわせるようなことはしてない!」

 

「....」

 

どういうことだ...話を聞いている限り笹島が嘘をついているようには見えない..演技か?それともあの不良の単独犯なのか...

 

「もう...いいだろ。」

 

山城は掴んでいる手を解き、麻知のもとに向かう

 

「....ありゃ欠席かもなぁ」

 

隣のクラスに行くと記念撮影をしている途中であった。廊下には在校生がうじゃうじゃといる。うちのクラスはすでにHRが終了したので教室は人でいっぱいだ。

 記念撮影が終わり、麻知のクラスもHRが終了した。麻知は同級生の女子と話していた。

 

「麻知」

 

「あ、コウくん」

 

「この後、うちのクラス送別会があるみたいなんだけど..麻知のクラスもあるのか?麻知が参加しないなら断ろうと思うけど」

 

「コウくん、ちょっと静かなところに行こっか。話したいこともあるし」

 

「?ああ」

 

教室を離れ、中庭に移る。とはいえ考えることは皆同じで卒業カップルがポツポツといた。

 

「コウくん、卒業おめでとう」

 

「ああ..麻知もおめでとう」

 

「コウくんももう大学生になるんだね。」

 

「なんだよ親みたいなこと言って」

 

「大学生になったコウくん見たかったな」

 

「何言ってるんだよ。これからも一緒に暮らすじゃないか」

 

「.....コウくん、そのこと..なんだけどね」

 

麻知はバツが悪そうに卒業証書入れの筒を持ちながら話す

 

「コウくん......別れよう。私、許嫁がいるんだ...大学卒業したらその人と結婚するんだ..だから今のうちに......まだ取り返しがつく今、コウくんと別れたい...」

 

麻知はボロボロと涙をながしながら別れを告げた。山城は呆然と立ち尽くすだけだった。

 

「それにね...私、悪い女なんだよ。笹島さんから聞いたかな?宏池高校の不良、あれ私が頼んだんだ。ボコボコにしてって...その後、あの女のせいに仕立てたらコウくんは私になびくって思ったから」

 

「麻知が...なんでそこまでして」

 

「好きだからだよ。コウくんのことが...

 

 

コウくんが私の最初の男で良かった...でもこんな悪女嫌でしょ?嫉妬深くて他の女を陥れる彼女なんて。だから別れるチャンスをあげる。ほら、嫌いって言ってよこんな性悪女嫌いって」

 

「麻知...じゃあなんで泣いてるんだよ。本当は別れたくないんだろ?」

 

麻知の顔は涙でいっぱいだった

 

「....てよ.....やめてよ!そんなこと言われたら意思が揺らいじゃうじゃん!どうしようもないじゃん!いずれ別れなきゃいけないんだから...だったらもういっそ嫌われたら潔く諦められるんだから..言ってよぉ....私のこと嫌いって...」

 

麻知は立っているのがやっとという感じだった。足をガタガタ震わせて別れを迫る

 

「...嫌いだ.......麻知のことなんて嫌いだ!」

 

山城の目には一筋の涙が流れていた。なんでこんなことを言わなければいけないのか。ただ、それが麻知のためになるならば...

 袖で涙を拭い終えると、麻知はもういなかった。

 

**************

 

「あら、麻知ちゃん早かったわね。滉一と一緒に帰ってこなかったの?」

 

「おばさま...うぅ...うわああああああああああん....私、コウくんに嫌われちゃった...ううう..うわあああああん」

 

麻知は文加に抱き着きワンワン泣いた。

 

「言ったの...あのこと」

 

「うっ..うっ.はい...お父様を裏切りたくないから..ヒクッ...まだ今なら諦めがつくから..」

 

「それでいいの....?麻知ちゃんはそれで」

 

「.......そんな訳ないです...本当は..本当はコウくんとずっといたいよぉおおおううう..うわあぁぁぁぁ...嫁ぎたくないよぉぉぉぉぉうわあああああん」

 

文加は静かに麻知を抱きしめるしかできなかった。




閲覧ありがとうございました。

結婚という結末は分かっているけど、それまでにどんな経緯が...大学編では結婚までは至りませんがお楽しみに!


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さよならヤェスタデイ

朝になり停電復旧致しました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。


「...母さん、何これ」

 

山城の前には札束が積まれていた。携帯電話五台分の厚みがあるお金なんて初めて見る、一万円札を見る限りこども銀行ではなく本当の日本銀行券だ。そしてその前には母が座っている。

 

「あんた一人暮らししなさい。」

 

「え?」

 

「準備資金よ。500万円あるわ」

 

「なんでいきなり...別に家からでも」

 

「じゃあ、麻知ちゃんと一緒に暮らせるの?」

 

「....」

 

卒業式以降麻知は部屋に引きこもっている。おじさんとおばさんの仕事の関係もあり、これからもうちにいるようだ...卒業式の日俺と麻知は別れた。麻知には許嫁がいて彼氏彼女のうちに別れてしまいたいようだった。俺としては納得いかないがそれが麻知の願いであるならば拒否するなどできない。

『もう浮気は駄目だよ?』

『嫌いって言ってよ!』

 

本当勝手だよな。俺がすみれのことを引きずっている時に強引に戻してきたと思えば、別れようなんて。

 あの時麻知は泣いていた。別れたいように見えるはずがなかったが俺はそこで別れを突っぱねるようなことはできなかった..麻知の将来に責任を持つことが出来なかったから。そんな気持ちを抱えながら麻知とこれからも暮らすというのはなかなかきつい。母はそれを考えて一人暮らしをしろと言ってきたのだろう。

 

「分かったよ。荷物をまとめてくる」

 

俺は立ち上がり、二階の部屋に必要なものを押し入れから引っ張り出してきたボストンバッグに入れる。このバッグ使うの修学旅行以来だな。財布、携帯電話、着替え、筆記用具...学生の持っていくようなものは大してない。家具や電化製品は自分で買えばいいし、教科書もまだ持っていないので身軽だ。

 

「.....」

 

麻知の部屋を通り過ぎようとする。麻知の部屋からここ数日生活音すらしない。一日三食ドアの前にご飯を置くがほとんど口をつけずに返ってくる。ドアの前で話したこともあるが返事はない。これがきっと麻知への最後の言葉になるかもしれない。

 

「麻知...

 

俺、この家を出て一人暮らしをする。じゃなきゃ麻知はずっと部屋から出てくれないだろう?.......いつから知ってたんだ..許嫁がいたこと。ずっと『私のモノ』とか『浮気はダメだとか』...どんな気持ちで言ってたんだよ!お前だって俺を裏切ってたってことじゃねぇか!ふざけんなよ!.....悲しいよ、麻知が俺に隠し事をしてたことが。でも最後に麻知が俺が最初の男で良かったって。それだけでもうれしかった。俺彼氏らしいこと何もできなくて..ずっと麻知から受け入れる側に立ってて文句を言えるような立場じゃないよな...ごめん。これが別れの言葉だ。気の利いたこと言えなくて...じゃあ、俺行くから..」

 

俺は麻知の部屋に背を向け、歩き始める。さよなら....麻知。

 

**************

 

それから部屋を探すところから始めた。経済学部は多摩にあるので八王子近辺で部屋を探すことにした。

 

「ご予算はどれくらいで」

 

「このあたりの相場はどれくらいなんですか?」

 

「そうですね...えーまぁ6、7万円くらいが相場ですかね。その代わり部屋は広めの物件が多いんでね。ええ」

 

「はぁ」

 

「まぁ少しおすすめの物件を見に行きましょうか。」

 

初老の不動産屋に言われ、車でアパート・マンションを回ったが駅から遠かったり、日が差さない物件だったりと納得のいくものは見つからなかった。

 

『で、どうだった?』

 

「なかなかいいところは見つからなかった」

 

『どこも同じよ。八王子なら4、5万でいい物件あるでしょ』

 

「え?6、7万するって...」

 

『はぁ...都心じゃあるまいそんな訳ないでしょ。騙されてるのよどうせピンハネしてる悪徳不動産でしょ。もうやめなさいそこに行くのは』

 

~~~~

 

「うん。うん..分かった...それじゃあ。はぁ..」

 

自分は大人だと思っていたがとんだ見当違いだ。一人で全てをするということがどれだけ大変か...今日は八王子のビジネスホテルで一泊する。明日は大手不動産仲介業者に行ってみよう...

 

 

 

「どうでしょうか」

 

次の日、テレビでCMもしている不動産仲介業者に行ってみた。母のいう通り相場は4、5万のようだ。敷金・礼金ゼロに乗せられていくものではないな。二つ目の物件にやってきている。これまでで初めて見るボロアパートだ。でも駅からのアクセスはよく内装も外見に寄らずしっかりしている。8帖で4万8000円はいいのではないだろうか。

 

「風呂、洗面所もセパレートなんですね」

 

「はい。トイレに関しては共有という形になりますが、とてもよい物件だと思います。」

 

一階にある共有トイレを見せてもらう。定期的に掃除がされているようで気持ちの悪い公衆トイレのような感じではないようだ。

 

「ええ。そこは平気です...決めました、ここにします」

 

「まだ一件だけありますが、見ていきますか?」

 

「もう大丈夫です。駅から近いですし、こんないい物件なかなか見つからないと思いますから」

 

連帯保証人の母を実家から呼び、その日に契約をした。重要事項説明書の説明はとても長かったが契約自体はサインと印で終わった。入居日は明後日からだ。そのうちに家具や電化製品を揃えなくては..

 

**************

 

「洗濯機の設置、サービス料いただきますがどうしますか?」

 

「あ、お願いします」

 

入居日当日、カギを開け家具のパーツや電化製品の場所を指定したりと引っ越し準備をしていた。冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、テレビとどんどんやってきては宅配業者がどこに持ち運べばよいか聞いてくる。テレビや冷蔵庫はコンセントでわかるがそれ以外は全く部屋のイメージをしていなかったので適当においてもらった。

 

「ベッド作るの大変そうだな..」

 

ベッドは組み立て式で一から作らなければならない。工具はついていると言われたがこんなちゃっちいレンチやドライバーで出来上がるのだろうか..しかもベッドに苦戦しているわけにはいかないのだ。他にもテレビ台だったりテーブルだったりを作らないといけない..不安だ。

 

~~

 

「はぁ..ひとまず出来た...」

 

朝から引っ越し作業を始めて昼過ぎに一段落した。二階ということもあり、鉄製の階段の音が迷惑をかけたかもしれない。お隣さんだけにでも挨拶をしよう。角部屋なので左隣の部屋のブザーを鳴らす。

 

「ん」

 

部屋から出てきたのは俺よりも背の低い女の人だった。多分大学生だろう。

 

「はじめまして。今日から越してきた山城です。これ引っ越し祝いにお口汚し程度ですが..」

 

「ん」バタンッ

 

土産のお菓子を渡すと軽く会釈をしてすぐにドアを閉めた。

 

「....寝てたのかな..悪いことをしちゃったな..」

 

挨拶も済んだし、食材も買っていないのでどこかに食べに行こうと階段を下りようとしたら、隣人さんが外に出て俺に何かを手渡してきた。

 

「.....私、岸楓........ん..私からも祝い」

 

「えっと....ありがとうございます。これ岸さんが」

 

色紙に色鉛筆で書いたやまゆりの絵が描かれていた。岸さんが描いたのだろうか..とても上手だ。

 

「ん」

 

「その..上手ですね」

 

「.....」

 

「あ......えっと」

 

俺、少し岸さんが苦手かもしれない。まぁご近所といっても接触はこれからそんなにないだろうけど。




閲覧ありがとうございました。

ちなみにやまゆりは八王子市の花で、花言葉は「荘厳」「人生の楽しみ」「純潔」だそうです。


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はじまりの夜

忘れてたけど、楓って既に日本三大ヤンデレキャラがいるやん...ただ楓パイセン今のところヤンデレじゃないから大丈夫..大丈夫...

それでははじめます


起きると隣がなんだかうるさい。どうも隣に誰かが越してきたみたい、こんなボロアパートに...モノ好きがいるなぁ..また絵を描いている途中で寝てしまった。筆がカピカピになっているし、締め切りまで時間もないのに納得のいく絵ができない..昨日描いていた時にはとても上手く描けていた気がしたが今見れば全然だめだ。春休みはまだまだある、そのうちに仕上げないと..

 描いて消して描いて消してを繰り返していたらいつの間にか夜になっていた。お腹空いたなぁ...仕送りもそろそろ尽きそうだし、面倒くさいけど自分で作るかな。

 

ピンポーン

 

誰か来た。セールスか宗教勧誘ならまだいい方だけどNHKだったら嫌だな..テレビ持ってないって言ってるのに。

 

「ん」

 

「あ、こんばんは」

 

チェーンをしてドアを開けると、高校生?多分新入生とおぼしき男の子がいた。

 

「今日から越してきた山城です。これ引っ越し祝いにお口汚し程度ですが..」

 

そう言って男の子は紙袋から菓子の入った箱を出す。....あ、東京ばな奈だ。甘い物なんて何週間ぶりだろうとても嬉しい

 

「ん」

バタンッ

 

こんないいものをただでもらうわけにはいかない。私があげられるものなんて大したものはないけど...あ、前にスケッチしたやまゆりの絵をあげよう。確か公園でおじいさんがやまゆりは八王子の花とか言ってたの聞いたような気もするし。

ドアを開け、彼にお返しをしようとすると階段を下りる前だった。引っ越し前なんて冷蔵庫空っぽだもんね。.....だったらご飯も誘うか。別に一人や二人増えても変わらないし

 

「.....私、岸楓........ん..私からも祝い」

 

私が色紙を渡すと山城くんは色紙をまじまじと見ていた。

 

「えっと....ありがとうございます。これ岸さんが」

 

「ん」

 

「その..上手ですね」

 

「.....」

 

「あ......えっと」

 

久しぶりに自分の絵を褒められて浮かれていると、山城くんが気まずそうにしていた。あ、そうだご飯まだなら食べないか聞いてみないと...

 

**************

 

「あの...じゃあ失礼します。またよろしくお願いします..」

 

「あ....のさ..ご飯まだ?」

 

「え...はい。これからどこか食べに行こうかと。」

 

もう喋ることもないのでお暇させてもらおうとしたとき岸さんに声をかけられた。かけられた言葉からしてお誘いだろう..ここら辺のお店よく知らないし、お隣さんと仲良くしたほうがいいしな..

 

「じゃあさ、うちで食べなよ」

 

「ありがとうございます....ってえ?」

 

まさか部屋にあげてもらうことになった。岸さんの部屋は殺風景で家具は必要最低限しかない。その他はパレットだったり、筆、絵の具、キャンパス...絵画道具で散乱していた。

 

「ごめん、部屋汚いけど....どかして..いいよ」

 

「お構いなく...朝はお騒がせしてすいません。」

 

「ううん。絵を描いていたから気にならなかった」

 

キッチンで料理をしながら岸先輩は相づちを打つ。

 

「それはよかったです。その、岸先輩はデザイン系の大学なんですか?」

 

「うん。多摩芸...来年で3年生あ、申し訳ないけど壁に掛かっているテーブル広げてくれる....かな?」

 

「あ....はい」

 

壁に掛かっているローテーブルを持ち、脚を広げる。先輩は皿を手に持ち、テーブルに置く。野菜炒め、ちくわのチーズ焼き、ご飯、豚汁を頂くことになった。先輩は冷蔵庫からビールを取り出してきた。

 

「....飲む?」

 

「いや、まだ未成年なんで」

 

「かたいなぁ別にここ大学生しか住んでないし....」

 

先輩は缶を開け、グビグビとビールを飲む

 

「遠慮しないで。簡単なものしか作れなかったけど」

 

「そんなことないですよ..いただきます。」

 

野菜炒めに手を付ける。キャベツと人参と魚肉ソーセージのシンプルな野菜炒めでウスターソースで軽く味付けされていて濃すぎず薄すぎずちょうどいい。

 

「美味しいです」

 

「ありがと」

 

先輩はお土産に持ってきた東京ばな奈を肴にビールを飲んでいた。

 

「甘い物はずっと食べてなくて.....うん。嬉しかった...」

 

「甘い物は好きなんですか」

 

「いや、たまに甘い物が欲しくなるんだよねぇ..あの....言うじゃん。囚人さんがおつとめ終えたら一番食べたいのは甘味だって。あれと同じ心理だよ」

 

まだ一人暮らし半日だから分からないけどそういうものなんだ。ただ岸先輩が気に入ってくれたならよかった。お土産どうしようか考えた結果無難な東京ばな奈にしたがどうやら正解だったようだ。

 

「山城くんはどこの大学?」

 

「法英大学です」

 

「あー法英ね。ここに越してきたってことは...経済?」

 

「はい。」

 

「西八王子のが行きは楽じゃない?まぁここは買い物しやすくていいけどねぇ」

 

「そっちも考えたんですけど、ここに一目ぼれして」

 

「ここいいかなぁ。共用トイレは少し考えたけど..」

 

「あ、それ思いました」「だよね!」

 

その後、先輩と話しが弾みすぐに帰ろうと思っていたけどもう一時間も経つ。先輩は富山の人で上京したきたみたいだ。進学するまでに親と大喧嘩をした話を聞かせてもらった。

 

「....私の話ばっかりじゃなくて山城くんの話もしてよ」

 

「俺っすか?別に大した話なんてないですよ」

 

「山城くん、東京でしかも近場でしょ?なんで一人暮らし始めたの?」

 

「やっぱり...一人暮らしに憧れがあったっていうか。」

 

「....山城くん、私嘘は好きじゃないよ」

 

先ほどの笑い上戸と打って変わってやや低い声で注意される。その時、山城は別の人物の言葉を思い出す

 

『コウくん、嘘をつくときは人を考えたほうが良いよ...』

 

すみれにフラれた次の朝、麻知に言われた言葉だ。俺は嘘をつくのが下手なのだろうか。あの時のことや卒業式のことを思い出してつい涙が出てしまう。麻知の前でも、実家にいたときも泣かなかったのに..

 

「あ、ごめん....別に怒って..ない...」

 

「いや...違うんです。前の彼女のこと思い出して...」

 

「...そっか。ごめんね...思い出させちゃって」

 

「....いや...聞いてもらいたかったのかもしれません..この投げ場のない感情を..」

 

「うん.....お姉さんが聞いてあげる。お酒飲む?気持ちが晴れるよ」

 

「じゃあ...いただきます」

 

生まれて初めてビールを飲んだがとても苦かった。たださっきまでの暗い気分が少し良くなったような気がする。麻知に強引によりを戻してきたこと、親の関係で一緒に暮らすようになったこと、麻知に許嫁がいたこと、そして別れてと告げられた卒業式...酒の力か自分でも驚くくらいサラサラと岸先輩に語っていた。

 

「今でも好きなの?彼女のこと」

 

「....好きです。大好き....ですけど....大人にならないといけないんですよね..」

 

「.......今くらいは子供になってもいいんじゃないかな..」

 

不意に岸先輩が俺の頭に腕を回し、抱きしめてきた。

 

「泣きな。そして思いの丈をぶつけな..」

 

「うう....麻知ぃ..」

 

「うん。今だけは正直にいたほうがいいよ..きっといい思い出になるから」

 

岸先輩には麻知とは違った優しさや温もりを感じた。




閲覧ありがとうございました。

岸パイセン、基本いい人です。


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それぞれの春

ご注文はうさぎですか?3期おめでとう!実はイベントに行って昼の部なので誰よりも早く知っていました。

2020年にまたテレビで千夜ちゃん(千夜推し)が見られる...さて、摂氏0℃全く先の展開考えていないなんて言えない...偶然の一致か、ごちうさのイベントも八王子だったのです。いい取材になった


朝起きると味噌汁の匂いがしていた。早く起きないと麻知に叩き起こされるな。麻知も部屋に引きこもっていたけどやっと出てきたのか、どういう顔でして会えばいいんだろうか。ふと別れの言葉を思い出す

 

『ふざけんなよ!.....悲しいよ、麻知が俺に隠し事をしてたことが。

 

ごめん。これが別れの言葉だ。気の利いたこと言えなくて...』

 

つい感情に任せてきついことを言ってしまった....ん?俺はだいぶ前に家を出たような。....そうだ!昨日の夜岸先輩の家にお邪魔して...起き上がると散乱した絵の具やパレットが目の前にあった。キッチンをふと見ると岸先輩が面倒くさそうに朝ごはんを作っていた。

 

「あ、起きた?」

 

「すいません。岸先輩、部屋にあげてもらっただけじゃなく眠っちゃって」

 

「いいよいいよ。そうだ!朝ごはん食べてく?一人増えても変わらないし」

 

「じゃあお言葉に甘えて..」

 

「よろしい」

 

昨日と同じように壁に立てかけてある折りたたみテーブルを出し、その後先輩に何か手伝うことはないか聞いたら電気ケトルのスイッチを入れて欲しいと言われ、水を入れ沸騰させる。

 朝食はごはん、味噌汁、漬物だった。朝食はこれくらい質素だとそれはそれで清々しい。中途半端に量があると朝は重いものだ。電気ケトルのお湯が沸き、先輩は棚からインスタントコーヒーを持ってきた。

 

「山城くんはコーヒー嫌いじゃない?」

 

「あ、大丈夫です。でも砂糖は欲しいです」

 

「砂糖ね。了解」

 

まっさらな白のマグカップを受け取る。先輩は何も入れずそのままコーヒーに口を付けていた。ブラックコーヒーを飲める人は大人というかかっこよく見える。俺も砂糖をティスプーン二杯半に抑えるというよく分からない拘りを持っているが足元にも及ばないことを痛感させられる。ただ、ご飯を頂くだけでは申し訳なかったので食べ終えた食器を先輩の分も洗い帰ることにした。今日は食材の買い出しにでも行こう。

 

**************

 

私は今、ドレスレンタルに来ている。例の許嫁に会うためだ。正直ドレスなんて何だっていい。コウくんのために着る服ならおしゃれをする甲斐があるがそれ以外の奴に見せる服なんてジャージでも構わないくらいだけど...お父さまのためだもの、大人にならないといけないよね。適当に選んだドレスを着て、試着室を出る。

 

「似合っているよ。麻知」

 

「本当!コウくんにも....あっ....なんでもありません../」

 

「ごめんな。麻知..」

 

「気にしないでください!そもそも叶わない恋でしたから..」

 

だってこっちが最初から決まっていたことなんだから。勝手にコウくんを好きになって、付き合って、嫉妬して、別れたのは私だもん..お父さまに対してもコウくんに対しても最低な女だな私って

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

店の前でタクシーに乗り、ホテルニューオークラに向かった。都心の中心地、紀尾井町-江戸時代紀州・尾張徳川家、井伊家屋敷があったことからその名がつけられた。ホテルが多く立地しており、国会議員が会合や会食に使うこともしばしばである。

 

「社長、遅れてしまい申し訳ありません」

 

「お、北方先生、お久しぶりです。」

 

「こんにちは」

 

「この可愛らしいお嬢さんは?」

 

「私の娘です」「北方麻知です。どうぞお見知りおきの程」

 

「こちらも名乗っていなかったですね、柳原です。」

 

お父さまが「社長」と言っていた柳原という初老の男性が名刺を差し出してきた。受け取った名刺を見ると大手ゼネコンの成正建設の社長と書いてあった。

 

「麻知さんのおじいさまの頃からお世話になってましてね。」

 

「そうなのですね」

 

「私も昔、建設省に勤めていて社長とは長い付き合いでね」

 

「建設省?」「今で言うと....国土交通省か」

 

「先生もいずれは狙っている...」

 

「ご冗談を。私みたいな新米が夢見るものではありませんよ。『ははは』」

 

麻知の祖父は国会議員で父はいわゆる二世議員だ。建設省に入省したのは山城の母・文加と同じ年で同じくキャリア官僚として働いていた。祖父の死後、政治家を目指し麻知が3歳の頃市会議員選で初当選、3期市会議員を経て去年郵政解散に乗っかり衆院選で国会議員となった。麻知の父の派閥は志文会-テレビでは可児派と言われるニューディール政策色の強い派閥である。建設大臣や国交大臣を多く輩出しているので麻知の父も他人事ではない。

 

「それで社長のご子息は」

 

「そうでしたね。隆俊、来なさい」

 

「るせーなオヤジ。あ、どーもチッス」

 

「隆俊!お前という者は....すいません。バカ息子の隆俊です」

 

社長の後ろからでてきた彼はスーツを着ているが金髪で耳にピアスをしていて俗に言うギャル男のような奴だった。挨拶の時に携帯をいじっていて常識もなさそうな男だった。

 

「オヤジ」「なんだ」「この可愛い子誰?」「お前の許嫁の麻知さんだ」

 

「麻知ちゃん?っていうんだっけ。よろぴく~」

 

「はじめまして...」

 

「そんな堅くならないでよ。俺こう見えても女の子には優しいやつだからさ」

 

自分でいうだろうか。本当に優しいならその馴れ馴れしい態度を改めて欲しい。口には出さないけど。

 戸惑っている私を見かねてか、社長が彼に拳骨を見舞った。

 

「このバカ者!恥ずかしくないのか!いい年して」

 

「ってーな!殴ることねぇだろ」

 

「本当にお恥ずかしい限りで、こんな息子ですが麻知さんよろしくお願いします。」

 

「は、はぁ...」

 

**************

 

数時間だけの食事だったがどっと疲れた気がする。料理の味すら記憶にない。食べたあの男、見た目はあれだったが気遣いはできるようでただのチャラチャラした男ではないようだった。あの男と結婚するのか....

 

....コウくんはあの時みたいに私のことを思い続けているのだろうか。早川すみれの時のように。あの女のことは私が忘れさせてあげた。同じようにコウくんの頭から私のことを忘れさせようとする存在が現れるのかと思うと怖くなる。

 

コウくんはこれから

 新しい生活が始まって、新しい友達が出来て、遊んだり、サークル活動に励んだり、アルバイトに勤しんだり、学生生活を過ごしながら新しい出会いがあって..一緒にご飯を食べたり、一緒に帰ったり、デートしたり、家にお邪魔したり、キスをしたり、ご飯を作ってもらったり、一緒に暮らし始めたり.....したり、したり、したり、したり.....

 

 

......さない、.....さない、....るさない、...るさない、..るさない....許さない..!他の女がコウくんに近づくなんて許さないんだから。コウくんは私のモノなんだから。

 

「ここで下ります...少し用事があるので」

 

「そうか。じゃあ、気を付けて帰りなさい」

 

「ありがとう。お父さま」

 

麻知は新宿駅で降り、京王線に乗った。




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錨草

「こんなものでいいか」

 

駅前のスーパーで買い物を済ませ、アパートへ帰る。まだ八王子という街をよく知らないがこれから駅前の再開発が進められるようで、駅南口に大きな商業施設複合型高層マンション(*1)が建てられるようだ。いつか北口にあるビルにでも服でも見に行こう。

 買い物の方だが料理など生まれてこの方まともに作ったことがない俺には何を買えばいいかよくわからなかった。いざ自炊をしようと意気込んだのはよいが、必要最低限の調味料と何となくで買った野菜と卵、豚肉....そして保険としてレトルト食品を少々買ってしまった。果たしてこれらで何が作れるのだろうか。街灯も少なく19時の時点で真っ暗な帰り道、アパートはもうすぐだ。斜め右に目をやるとうちの前に誰かが立っていた。こんな夜に誰だろうか。暗くて顔までは分からなかったが、ショートカットで同化してるから黒系統の服を着た女性というのは分かった。しかし、うちの母と麻知はロングストレートだし、岸先輩もポニーテールにできるくらいの長髪だ。全く見当がつかない。

 アパートの前に着き、恐る恐る階段を上りドアの前に立つ女性に声をかけようとすると、

 

「おかえりなさいコウくん。遅かったね」

 

「麻知...お前」

 

そこにいたのは黒いドレスを着たショートカットの麻知だった。手には花束と服装には似つかわしくないレジ袋をもっていた。

 

「だいぶ待たせちゃったか」

 

「ううん。今来たところだよ」

 

「その..髪切ったんだな」

 

「うん。償い....かな。コウくんとお父さんへの」

 

「償い?」

 

「コウくんを振り回したことと、こうなることを分かっていたのにわがままを通したことへの償い。こんなことじゃ消えないけどね」

 

「取り敢えずなんだし入れよ」「うん」

 

麻知を家にあげる。まだ昨日引っ越ししたてなのでお茶すら用意していなかった。誰がうちに麻知が来ることを予想できただろうか。卒業式の放課後、別れを告げた後部屋にふさぎ込んだっきりだった彼女が部屋に来ることを。

 

「ドレスなんか着て何処かに出かけてたのか?」

 

「許嫁に会いにね。といっても1時間ちょっとだけど、新宿で降ろしてもらって電車でここまで来たんだ。おばさまにはちゃんと伝えたから安心して、今日は泊っていきなさいだって」

 

うちの母は何を考えているのだろうか。麻知と二人きりにさせたところで何が変わるわけでもないのに..なんなら気まずいくらいだ。

 

「....それでなんでうちに?」

 

「用がないと来ちゃダメ?」

 

「そんなことはないけど...」

 

「ふふっ冗談だよ。コウくんにちゃんとお別れを言ってなかったから。これ引っ越し祝い」

 

そういって麻知は手に抱えていた花束を渡してきた。何の花だろうか、薔薇とかチューリップのようなポピュラーな花ではないことは分かる。

 

「イカリソウっていう花で花びらが船の錨みたいだからそういう名前が付けられたんだって。花言葉は『いい旅立ち』だったような」

 

「へぇ..」

 

「ご飯まだだよね!私が作ってあげるよ。コウくんのことだから何も献立考えずに買い物しただろうから」

 

「仕方ないだろ。ずっと麻知に作ってもらってたんだから」

 

「うんうん...何買えばいいかよく分からなかったから手当たり次第に野菜を買って、目玉焼きくらいは作れると思って卵を買って、肉は炒めれば何とかなると思って買って、それでも自炊がダメだと感じたらレトルト...ね。ダメだよ、レトルトなんて体に悪いんだから」

 

なんでそんなことまでわかるんだ。麻知のいう通り焼けばどうにかなるものを中心に買ったことは間違いない。というのも、煮るとは揚げるとかそれ以外ができる自信がなかったからだ。

 

「コウくんの考えなんて手に取るようにわかるよ。ちゃんと食材買ってきたから安心して。コウくんの好きなカツカレーでも作るよ。だからこれはいらないでしょ」

 

麻知は俺が買ってきたレトルトカレーをゴミ箱に捨てる。俺が言葉を紡ぐ前に遮るように「食べたくなったら私が作りに行くよ」と言い反論を寄せ付けなかった。

 

「コウくん、まな板は?」

 

「あっ忘れてた」

 

「どうやって野菜を切るつもりだったの?まぁ100均で買ってきたけどね」

 

用意周到で頭が上がらない。麻知はいつも二手三手先のことまで読んで行動していて、かつその行動がいつも的を得ていて時に恐ろしく感じる。

 麻知は手際よく野菜を切っていくこれまでしっかりと見たことはなかったが、本当に料理がうまい。中学の頃、調理部に誘われたこともあったな。本人は「コウくんと一緒に帰れなくなる」という理由で断ったらしいけど

 

「もう少し待ってね」「ああ」

 

「....コウくん、帰ってこない?..私もう平気だよ。大学だって家からでも行けるんだしさ。」

 

「..........それはできないよ。麻知には許嫁がいるんだから、俺たち普通の幼馴染に戻らないといけないんだ。だからご飯を作ってもらったりするのは..」

 

「普通だよ。」「!」

 

「普通の幼馴染のやることだよ。ご飯を作ったり、朝起こしたりするのは。だから大丈夫だよ♪それにコウくんは私のモノなんだから...

 

私、コウくんに嫌われたかったけどコウくんのこと嫌いになったわけじゃないんだよ。今でもコウくんのこと大好き。だから私の知らない所で他の女を見たり、話したりするのを想像するだけで....コウくんはそんなことしないよね?だから私以外の女を見ちゃだめだし、話してもだめ。もし破ったらコウくんの人生滅茶苦茶にするんだから..一生不幸にしてあげる」

 

「本当に勝手だな」

 

「コウくんも私の人生滅茶苦茶にしてもいいんだよ。コウくんなら恨まないから..その代わり責任は取ってね♪」

 

「馬鹿..そんなことできないよ。麻知には麻知の幸せがあるんだから」

 

「本当に幸せにさせたいなら私を奪ってよ(ボソッ」

 

「?」「カツが上がったから今持ってくるね」

 

何日かぶりに麻知の手料理を食べた。麻知は目の前で笑顔でこちらを見ていた。一緒に食べればいいのにと言ったが既に済ませていたようだった。

 時間が経つのは早く気が付けば22時だった。ベッドはシングル一つしかなく、自分は床に雑魚寝すると言ったが、

 

「いいじゃん。一緒に寝よ?昔は一緒に寝てたし」

 

と聞かなかったので麻知に背を向ける感じで横になった。勿論、麻知がすぐ隣で寝ているシチュエーションで眠れるわけがなかった。麻知のことだから抱きついてきたりするのかと警戒したが、危機していたことは何一つ起きなかった。本来はそれが普通なのだが、思えば俺たちは普通とは違った幼馴染だったような..そして、朝が訪れ麻知と朝食を取り駅まで見送った。

 

「昨日はありがとう。また遊びに来るね」

 

「うん。また実家の方にも帰ってくるよ」

 

「うん。それじゃあね」

 

麻知は改札を通り、手を振る。俺は麻知がホームに入るまで見送り、家路についた。昨日は全く眠れなかったので一眠りつこうとしたら岸先輩と階段で出くわした。

 

「あ、先輩おはようございます」

 

「おはよう山城くん。そういえば昨日夕方くらいから可愛いドレスを着た女の子が来てたけど山城くんの知り合い?」

 

夕方?ということは麻知は数時間の家の前で待っていたというのか。ドレスを着たと言っているから麻知のことで間違いないだろう。岸先輩に一昨日話した元カノが引っ越し祝いに来たことを話した。先輩はどうやら納得したようでドレスを着ていたから怪しい勧誘か何かだと勘違いしていたようだった。

 

「...まぁそれで引っ越し祝いに花をもらいまして」

 

「どれ、イカリソウじゃん。....きっと元カノさん山城くんのこと好きだよ」

 

「?いやいやただの幼馴染ですよ。花貰っただけでそんな大げさな」

 

「違うよ。イカリソウの花言葉は『君を離さない』あとは...『あなたを捕える』」

 

「麻知からは『いい旅立ち』だって」

 

「きっと悟られたくなかったんじゃないかな。彼女さんはまだ諦めてないよ。山城くんのこと」

 

錨を結ぶ鎖の先には何があるのだろうか。麻知のことが余計分からなくなっていた。

 

*1)サザンスカイタワー八王子は2010年に施工・開業した。その前までは東急スクエア八王子が八王子市民にとっての商業施設だった




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微熱

岐阜市長・柴橋正直の講演を聞きに行ってました。元は民主党の衆院議員でしたが、保守派で典型的な「民主→維新」議員タイプの方ですね。(氏は民主→無所属ですが政治理念は維新飛び込み組と似てる)市政について話していましたが、よく勉強されてるなと..

それでは大学時代に戻りまして2006年へ...


沙羅双樹女子大学の女子学生は清楚なイメージがあり、市ヶ谷や四谷といった学園都市の中でも最もネームバリューのあるお嬢様学校だ。故、財界では自分の娘を沙羅双樹女子大学に入れようと躍起になっている。大学も大事なご令嬢を預かることから学則は厳しい。麻知は息の詰まるような学生生活を送っていた。そして...

 

「別にいいじゃん。ほらチップあげるからさ」

 

「そういう話じゃなくてお兄さん、ここ駐車禁止だから早くどいて」

 

「はー?安月給の警備員が誰に向かって言ってんの?俺は--」

 

「ごめんなさい!この人私の知り合いで..早く車動かしなさい」

 

許嫁(バカ)に翻弄されている。講義が終わり帰ろうと正門を出ると前で警備員とバカが喧嘩をしていた。見て見ぬふりをしようとも思ったが、このバカすぐに麻知の名前を出す。止めても止めなくても恥ずかしい思いをするなら止めたほうがましだ。こんなやり取りはほぼ毎日起きている。正直やめて欲しい。金髪にピアスの下品な奴には全く似合わない黒の外車セダンに乗り込む。

 

~~

「ほんと細かいよなぁちょっとくらい停めてたっていいだろってね。」

 

「馬鹿じゃないの...あと、別に頼んでない」

 

「冷たいなぁ麻知ちゃんは。ツンデレってやつ?」

 

「とにかく、もう来ないで」

 

「考えときまーす」

 

間抜けた声で返事をする。昨日もそう答えて今日である。本当に分かっているのかとため息をつく。特に話題もなくタイヤがアスファルトをこする音とウィンカーの音だけが静かに鳴る。すると、脇に車を突然止めた。まだ家までは距離がある。

 

「.......キスしよう」

 

「な、何言ってんの!?」

 

「え?俺は本気だよ。だって麻知ちゃんのこと好きだし、麻知ちゃんは俺のこと好きじゃない?」

 

「....」

 

「正直に言ってよ。俺嘘とか嫌いだし」

 

「別に好きじゃない。ただ許嫁だから付き合っているだけ...私、もうここでいいから。それじゃ」

 

軽くお辞儀をして、車を下りる。下りたのはいいが駅までは遠く帰るころには18時を過ぎていた。

 

「遅れてしまってごめんなさい」

 

「おかえりなさい。お疲れね」

 

「ちょっと色々あって...」

 

自分のことなのでこれまで文加に話すらしていなかったが、許嫁が迎えに来てくれることキスを迫られたことなどを話した。しかし、文加は「面白いフィアンセね」と笑っていた。文加なら何かアドバイスをくれると思ったのにがっかりだ。考えに気づいたのか、

 

「ま、麻知ちゃんが中学生とか高校生なら何か言ったけど。もうレディーなんだから自分でお考えなさい。」

と冷たくあしらわれた。

 

**************

 

「麻知さんちょっと」

 

講義を終え、いつものように帰ろうとした時1人の女学生に声を掛けられた。

秋津帆花、通産副大臣・秋津日出男の娘だ。秋津副大臣は保守本流の高山派の4期目のベテラン議員で麻知の父が所属する保守傍流の可児派とは折り合いが悪い。時に、秋津帆花は麻知の事をライバル視している。麻知も面倒ごとに関わりたくないのと父に迷惑をかけたくないのでつれない態度をとっているが、帆花からすれば余計に癪にさわるようで今回の件は恰好のチャンスだった。

 

「いつも正門にいる金髪の男性は麻知さんのフィアンセでして?」

 

「ええ。」

 

麻知は帆花の顔を見ることなく正門に向け歩く。嘘を吐いても良かったが、隠すほどのことでもないので正直に答えた。帆花はくすりと笑う

 

「ふっ麻知さんのお父さまも見る目がないのですね。まぁ車はいいものをお召しですけど乗っている人間があれではねぇ…」

 

「なにが言いたいんですか?」

 

「いえ、別に麻知さんのことを貶すつもりはありませんのよ。ただあんな方とお付き合いされてるなんて麻知さんのお父さまの人脈の程度も知れたものだと」

 

「……」

 

聞き流して歩く麻知であったが、はらわたが煮えくり返っていた。自分のことや許嫁のことをどう言われようが構わないが父のことを言われることだけは許せなかった。麻知にとって父のことは滉一のことと同じようなものである。その見えぬ怒りははかりしれない。正門の前にはいつもの車がいない。流石に昨日あれだけ言えば来る訳もないが…

 

「あ、麻知ちゃーん 駐車場に停めてきた。ちょっと歩くけど」

 

しかし、その期待はすぐに打ち壊される。間抜けた声、黒混じりの遊びのある金髪、全く似合っていないピアス…許嫁が嬉しそうに歩いてきた。

 

「ん?お話中だった?麻知ちゃんのお友達?」

 

「あなたが知る必要なんてないわ…秋津さん、ご忠告ありがとうございます。でも、私のことなので…それではごきげんよう…………早く案内して」

 

「ごきげんようなんて本当に使うんだー」

 

「うっさい。早く行くよ」

〜〜

 

「………面白くありませんね」

 

帆花はつまらないものを見るように呟いた。

 

*************

 

車に乗り込み、いつもの静寂が訪れる。

 

「あんた、私のこと好きって言ってたわよね?」

 

「好きだよー」

 

「じゃあ、今度からその髪黒髪に戻してその似合ってないピアス外して迎えに来て。」

 

「えーでもこれは俺なりのファッションっていうか俺らしさっていうか…」

 

「もししてきたらキスくらいはしてあげるから」

 

「わかった。してくる!」

 

麻知は思った。男って単純でバカだと。




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ファザコンじゃないけど麻知ちゃんは親思いのいい子!いい子?


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ふたりの母

それぞれのシーズン最近描き始めたけど、どう終わるかは考えたけど途中をどうしようか...(初心者にありがちなこと)
大体私最後で悩むんだけどなぁ...


大学に入学し、1年が経った。話せる友人もでき、講義もそこそこに受けごく普通の大学生活を山城は受けていた。しかし、普通ではないことがある。母・文加が大学にいるのだ。しかも、講師として。それに気がついたのは2年になり、経済学の講義を受けるようになってからだった。

 

「すなわち、貨幣の本質というのは今生きている資本主義社会において人々が自分の社会的役割を証明するということがわかる訳...じゃあ今日はこれで終わり」

 

文加は金融学の非常勤講師をしていた。ただの専業主婦が?と最初は冗談かと思ったが、講義が終わった後に二年前の修了証と修士号を見せられ信じる他無かった。母から聞くと随分前から元大蔵官僚ということもありオファーがあったらしく今年から請け負ったようだ。

だが、文加だけではなかった。

 

「よって日本国憲法の改正というのは法律の改正よりも極めて難しい。こういった憲法を硬性憲法といって大体の国は硬性憲法だ.....なんだ時間か。これにて終わり」

 

日本国憲法の講義は麻知の母なのだ。山城は二つの講義で自分と幼馴染の母に教授されるという普通ではない状況にいた。この二人違う点を言えば麻知の母は山城が小さい頃から大学教授である。私語があっても無視をして進める文加と違い麻知の母は一喝し、虫すら鳴らない場を作る。教える人間というのは凄いと思う。

 

「金融の山城って滉一のお母さんだったのか。はー質問なんて普段しないのになーとは思ってたけど」

 

講義が終わると文加の下に向かって弁当を受け取っている。勿論麻知が作ってきたものだ。初めは滉一も自炊をしていたがそう長く続くわけもなく、まるで見透かすように学食を利用しようと思ったときに麻知からと弁当を届けてもらったのが始まりだ。

大学の友人、宮野創(みやの はじめ)はパスタをフォークでクルクルさせ、滉一の話を聞いていた

 

「元カノに甘えすぎてんじゃないのー?滉一」

 

「それを言われると痛いな」

 

「もう大学生なんだから自立しないと。....親のときは親離れだけど、幼馴染は幼なじみ離れ?って言うのかなー?とにかく、滉一は幼なじみ離れしないと!」

 

「幼なじみ離れってなんだよ。それに断れるなら断ってるよそれができないからダラダラ続いてるんだよ..」

 

「ふーん、じゃあ早く彼女でも作って彼女に弁当作って貰えば流石に...」

 

「別れたのに浮気だって半ば復縁させられたことがあるし、家に来て他の女と付き合ったら不幸にするなんて言われたら出来るわけないだろ..」

 

「怖いなぁ。ん?でも私と目合わせてるし話してるじゃん?ちょっと滉一私元カノに刺されたら責任とってよね!」

 

「お前彼氏いるだろ」

 

創という名前だが、正真正銘の女子である。彼氏は明正大学のゴツいラグビー部員らしい。高校時代はバリバリのギャルだったようだ。ルーズソックスに化粧、茶髪なプリクラを見せてもらったが、本当のようだがどうすれば黒髪メガネの大人しそうな環境学部の女子大生に変身出来るのだろうか..

 

「分かってないなぁ滉一は」

 

創はため息をつく

 

「滉一の元カノみたいなタイプは独占欲が強くて、誰だろうが近づく異性は許さないってタイプなんだよ。だけど私は滉一のことタイプじゃないから全く狙ってないから、どうか命だけはお助けを〜」

 

「いや、俺に言われてもな。それにしてもよくそんなこと分かるな。」

 

創は滉一に向かって手を合わせる。

 

「ま、彼氏累計13人は伊達じゃないよ。酸いも甘いも見てきたんだから」

 

「節操ねぇなぁ...」

 

「元カノが一途過ぎるんだよーだ。もう行かなきゃバイビー

 

 

(滉一、盗聴器付けられてるの気づいてないんだろうなぁ。まぁ普通は考えないだろうけど)」

 

*********

 

法英大学北方法律学研究室

ガチャ

「マリちゃん、遊びに来たよー...お昼それだけ?」

 

文加は麻知の母、マリの研究室にお邪魔していた。マリは一瞬不機嫌な顔を浮かべながらも席を用意する。

 

「何しに来たんですか?山城先生」

 

「水くさいなぁ。文加って呼んでよマリちゃんそれか、お...」

 

「じゃあ文加さん、何の御用ですか?用もなく出入りされるとゼミ生の邪魔になりますから」

 

「それはごめんね。実はね麻知ちゃんが作ったお弁当を持ってきたの。コンビニおにぎり食べるよりはいいでしょ?」

 

2つの巾着袋を机に置くもう一つは文加の分だ。文加は広げ食べる。

 

「うちの学生は大変でしょ」

 

「モグ……うんまぁボイコットされないだけマシかな。私の時代は全共闘真っ只中で授業なんてロクにしてないし」

 

「五月蝿い時は注意したほうがよろしいですよ。文加さん」

 

「別に。困るのは連中だし。連中がどうなろうと知ったこっちゃないしね…」

 

「相変わらずだね。エゴイストなところは」

 

「人間(ヒト)はそう簡単に変わらないものよ」

 

「他人に関心の無い文加さんにしては麻知に好意的というか仲がいいですね」

 

「麻知ちゃんは何だか私に似てるからかな。料理は圧倒的に私の方が上手いけどね」

 

「当たり前よ。麻知に料理を教えたのは私なんだから…………で、麻知は元気ですか?」

 

「フィアンセのことで悩んでいたようだけど、今は吹っ切れたように見えたわ。麻知ちゃんなりの答えを出したんじゃ無いかしら…」

 

「そうですか…」

 

「ふふっ…」

 

文加は不意に笑う。

 

「お母さんは大変ね……もう帰って買出ししないと、じゃあね」

 

「お姉ちゃん!……麻知をよろしくね」

 

「もちろんよ」




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火種

やれシンギュラリティとかAIとか言うけど、日本の町工場の殆どは未だにコンピュータ使っていないから大丈夫...っていうのが私のAI論で大学のレポートコンテストで最優秀賞を取った記憶。

ではどうぞ


 山城は一年前から小さな町工場で土日だけではあるがアルバイトをしていた。この工場ではワッシャーと云われるナットの回転緩み、非回転緩みを防止する小さな円状の部品を作っている。ワッシャーは一見必要なのか疑うような小さな部品だが、『ワッシャーがなければナットは緩み建築物が崩壊するんだつまり、ワッシャーは縁の下の力持ち』...と社長は熱弁していた。

 ワッシャーの作業工程は簡潔に説明すれば円筒の金属の両端を平らにして切断していくものである。山城の仕事はバリ取りという仕上げの工程だ。切断後出る製品の出っ張りを取り除く工程であるが予想以上に難しい。これを10時間ほど続けると単純作業でも気力がいる仕事だ。

 

「はい。これよろしく~山城、溜まってんぞ。バイトだからってちんたらやってんじゃねぇぞ」

 

「はい!すみません!」

 

加工工程のおじさんに怒られるのは一種の挨拶のようなものだ。最初は戸惑うこともあったが今では軽く流すようにしている。それにパートのおばちゃんがこっちに近づいて「気にしちゃだめよ。コウちゃんは頑張ってるよ」とフォローしてくれるのは意外と励みになる。そして、

 

「きっと余呉さん、コウちゃんに嫉妬してるのよ。ひよりちゃんと仲よしさんだから」

 

「本当にしょうがないなぁ余呉のおっちゃんは。コウも災難だね」

 

「まぁ仕事遅いのは本当のことだし」

 

同じバリ取りの藤橋ひよりは俺と同じ20歳だ。高卒でこの工場に入っているので俺よりも少し先輩だが。そして仕事も俺より早いし出来もきれいだ

 

「そう自分を責めんなって。もうすぐ昼飯だし元気出せよ」

 

♪~

昼休憩のチャイムが鳴ると、工員は一目散に食堂へ走っていった。目当ては日替わり定食を食べるためだ。

 俺はあの熱気についていける訳もなく残ったメニューを食べることにしている。静かな工場で一人、軍手越しでもこびりついた工業油をある程度落とし食堂に向かう。

 

「カレーで」「あいよぉ」

 

日替わりメニューは今日も味がいまいちなカレーを食べる。カレーを受け取り席を探すとひよりが場所取りをしていてくれた。

 

「コウ、またカレー?ここのカレーってイマイチじゃん」

 

「仕方ねぇだろ。これしか残ってねぇんだから」

 

「ほんとコウはダメだなぁ...ほら」

 

ひよりはおかずのトンカツを一切れ箸で持ち、カレーの上に置いた。

 

「これでカツカレーの完成~残りのカツはやらねぇかんな」

 

「お、ありがとう。」

 

貰ったカツを一かじり。肉汁がジワァと口の中に広がり脂も甘くとてもおいしい。あのカレーが際立つ味わいだ。

 

「そんでここの仕事は慣れたか?コウ」

 

「急に先輩風ふかすなぁ」

 

「だって先輩だし。ま、コウは入ってきた時よりマシになったよ。私もまだまだだけどね」

 

「おばちゃんたちの速さには追い付かないよホント」

 

「おばちゃんたち何年やってると思ってんだよ。勝てるわけないじゃん」

 

「「ははは」」

 

その後午後の業務、二時間程度の残業を終え帰宅した。3年上の先輩から紹介されて始めたバイトだけど、同年代がいて授業にも支障がない職場だし仕事もついていけるようになったし続けていけそうだな...

 疲れた体で階段を上り部屋のドアを開ける

 

「おかえり♡コウくん♪」

 

「麻知...なんで部屋に」

 

、とそこにはいるはずのない麻知が料理を並べ待っていた。

 

「なんでって、忘れたの?コウくんが合鍵を渡してくれたんだよ?」

 

「そうだったっけな」

 

「ほら、洗濯するから脱いで」

 

「ああ、自分で脱ぐよ。麻知が汚れちゃうだろ」

 

「お風呂沸いてるよ。先に入って。まだ作りかけだから」

 

既に机には料理があるのにまだ作るのか...と山城は思ったがお腹も空いていたのと疲れもあったので風呂に入った。

 

「....これがコウくんの制服か。...へぇここで働いてるんだね.....ハァハァ....コウくんの....スゥ......ハァ...汗の匂い....久しぶり....ハァハァ.....」

 

麻知が山城の家を訪れるのは半年ぶりくらいだった。久しぶりの山城の匂いに山城が風呂に入っている間酔いしれていた。

 

「......女の匂いがする..若い女の......ナンデカナ」

 

**********

風呂に入りサッパリした山城は麻知の手料理をご馳走になった。お腹が張るほど食べるのは久しぶりかもしれない。食べ終え麻知は食器を洗っていた。

 

「コウくん、作業服来てたけど工場で働いてるの?」

 

「ああ、先輩に紹介してもらってな」

 

「何を作ってるの?」

 

「ワッシャーっていう小さな部品を作ってる」

「何それ?」

 

「えっと、ボルトとナットの間に挟むこんな奴」

絵に書いて説明をする。麻知は分かったようだがへぇ、とリアクションは薄かった。まぁ当たり前か

 

「麻知はバイト....してる訳ないか」

 

「うん。でも、コウくんと一緒に働いて見るのも楽しそう」

 

「いや、大変だぞ。3K(*1)な職場だし」

 

「でも、女の人も働いてるんでしょ?」

 

「いるにはいるけどおばちゃんばっかりだよ」

 

「ふぅん(否定はしないんだ)」

 

「とにかく変なことは考えないでくれよ」

 

「変なことって?」

 

「職場に来るとか弁当を持ってくるとか...」

 

「ダメなの?(知られたくないことでもあるのかな)」

 

麻知は首を傾げる。何がいけないの?と言いたげな口調だった。

「ダメに決まってるだろ」

 

「...残念だな。コウくんの働いてる所見てみたかったのに」

 

「ダメダメ。危ないんだから」

山城は麻知に釘をさす。麻知もそれから深く聞かなくなった。

 

「大丈夫なのか?」

 

玄関で見送りをする。麻知は「迎えが来るから大丈夫」と言い帰って行った。

prrrr...

「もしもし、隆俊?迎えに来て。何処?八王子よ、もしかしてこんな夜中に女性一人を帰らせるつもり?」

 

〜〜

「.......ダレ?アノオンナ......コウは私のなのに......」

 

*1)3K...きつい、危険、汚いの略称。工場など劣悪な職場環境を指す




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侵略すること

お詫び・皆様を混乱させる表現があったため1話分を勝手ながら削除致しました。

ネタバレの構造についてTwitterで話題ですが、感情移入型は大学編見るのきついんだなぁ、と一応あと数話で一区切りつけます。
※隆俊って誰だよ?A.麻知の許嫁です。


アパートの前には似つかわしくない黒のセダンが停まる。中から隆俊がドアを開け、麻知は乗り込む。しかし、車は発進する様子がない。

 

「早く出してよ」

 

「その前に!」

 

「このアパートになんの用があったの?」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

「あるよ。言うまで車は動かさない。俺たちの間に隠し事はなしだ」

 

麻知は根負けしたようで素直に答える。

「..幼なじみの家よ。久しぶりに遊びに来ただけ」

 

「それって麻知ちゃんがずっと言ってる男かい?」

「そうよ」

 

隆俊はそれを聞いて目を閉じ、上を見上げるとしばらくして静かに口を開いた。

 

「なんか妬けるな....会いに行くか」

隆俊はシートベルトを外し、ドアを開けアパートの方向に歩き出した。

 

「ちょっと、待ちなさい!」

麻知は急いで外に出て許嫁を止めに入った

 

***********

ピンポーン

麻知が帰ったところで山城は眠りにつこうと思ったとき、ドアベルが鳴った。こんな夜中だから来客もあるわけが無い。麻知が忘れ物をしたのだろう。

 

「麻知か。忘れ物......」

 

「へぇ....あの女マチって言うのかぁ」

 

「......」

 

「どうしたんだ?コウ、私の顔に何か付いてるか?」

 

麻知ではなくひよりがいた。なんで家の場所を知ってるんだ...?

 

「どうやって家が分かって...」

「そんなことどうでもいいだろ。それで、なんで私以外の女を家に連れ込んでんだ?」

 

「お前には関係ないだろ」

 

「は?お前は私のものだろ?関係ない訳ないだろ。これって浮気...だよな?」

 

ひよりは山城の胸ぐらを掴んで迫る。

 

「それで。マチって誰だ?泥棒猫め。コウを横から奪おうとしやがって...」

 

「麻知は俺の幼馴染だ。」

 

「幼馴染だと?.....っ

 

『ちょっと待ちなさいよ!』

下から麻知の声が聞こえ、その後ダンダンという階段を上る音が聞こえてきた。そして上がってきたのは麻知ではなく、スーツを着てヘアワックスで黒髪をきれいに整えた若い若社長のような男だった。男は俺を見るなり走り、初対面でありながら殴りかかってきた。突然の事で防ぎきれずドアに頭をぶつけ倒れてしまった。

 

「テメェ麻知ちゃんをもてあそびやがって!立てよおい!」

 

「あっコウくん」

麻知が遅れて上がり、倒れている山城に気づくがすでに遅かったようだ。山城の下に駆け寄ろうとするが誰か分からない女が山城を介抱していた。

 

「おい、大丈夫か?コウ.....おめぇ、コウに何しやがる」

 

「彼女がいるのに麻知ちゃんにまだチョッカイ掛けやがって...」

 

「違う!私がコウくんに.....」

 

「え?」

 

「お願い。戻ってて、そこの女と話があるから。あとで話はするから...!」

 

隆俊は腑に落ちないようだったが、大人しく車に戻った。

 

「こいつがマチか.....丁度話がしたかったんだ」

 

「初めまして。北方麻知です。コウくんの彼女です」

 

「コウの『元』彼女か。私は藤橋ひよりだ。コウの彼女だ」

 

「ひより!?」

 

寝耳に水だった。ひよりとは勿論そんな中ではないがひよりは涼しい顔で堂々と放った。

 

「そうだろ?一緒に同じ釜の飯食ってんだから」

「誤解を招く事言うなよ!ひよりはバイトの先輩で俺たちと同い年なんだ」

 

「へぇ...その臭いだったのか。雌豚の臭いがすると思ったら」

 

「言うじゃねえか。泥棒猫のくせに」

 

「泥棒猫は貴女じゃないですか?私はコウくんの幼馴染で...」

「ふざけんな!!」

 

突然の大声に山城と麻知は驚く。気にせずひよりは話を続ける。

 

「泥棒猫はお前だよ!コウと私は幼い頃いつも一緒だった。お前よりずっと先に!でも、母親が亡くなって施設に預けられるようになって離れ離れになった。もう二度とコウに会えないと思った。そしたら去年コウと再会した。とても嬉しかった...けど、けど!コウは!!私の事なんて覚えていなかった...っ

そして、今日やっと分かった。私からコウを奪ったのはお前だ!この泥棒猫!」

 

「ひよりと....子どものときに..」

 

「そんなの口から出任せだよ。たとえ私より先に出会っていてもコウくんの正真正銘の幼馴染は私だよ。自信を持って言える」

 

「.....」

 

「..彼女っていうのは嘘だった。コウ、ごめん。でも今告白してもいいか?こいつがいる前で

..コウ、ずっとこの女の呪縛に囚われてていいのか?お前の人生、別に彼氏のいる女に縛られてていいのかよ!」

 

「......」「それに...」

ひよりは山城の耳元で囁く。

 

「このままじゃこの女が二股してる最低な女になっちまうんだぞ。コウが私の彼氏になれば、私もさっきの男もあの女も幸せに済むだろ?」

「!」

 

ひよりは山城から離れ、息を整え言った。

 

「コウ、ずっと好きでした。付き合ってください」

 

「...分かった」

 

「や...いやいやいやいや...うそうそうそうそうそうそうそ..コウくん!コウくん!!!!!....うう....っ」

 

泣き崩れる麻知を見て罪悪感がどっと湧いてきた。しかし、ひよりは「よそ見しないで...キス、して」とせがんできた。そしてその後に「こうでもしないとあの女諦めがつかないよ」と付け加えた。

麻知をよそにひよりの唇と自分の唇を重ねる。

 

 

なんでだろうか。

唇で暖かさも冷たさも感じられなかった。




閲覧ありがとうございました。


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諦めないよ?

靖国神社の小堀宮司が問題発言で辞任されると聞いて崇敬会は困惑してます...というのも来週から例大祭で天皇陛下の勅使がおいでますのに天皇陛下を中傷した宮司が仕切るのか?...私も崇敬会員なので祭祀に参加するのですが、説明はあるんでしょうか。




あの時のひよりはいつものフランクなひよりでは無かった。謀略家で小悪魔のような狡猾さが見え隠れしていた。『告白』のあと麻知は落ち着きを取り戻し、体を引きずるようにして帰って行った。手すりにもたれ掛かるようにらせん階段を下りていたので助けに行ったが、「大丈夫...」とだけ言い、誰の力も借りず後にした。

次の日、ひよりが作業服を着たままうちにやってきた。少し疲れの色は見えていたが、いつものひよりで安心した。

 

「なぁコウ、引っ越ししないか?麻知は合鍵持ってるんだろ?また来ちゃうよ。しばらくはここで生活してもいいけど....さ。折角だし...一緒に住まない?1LDKでも借りて」

 

後半、ひよりはもじもじしながら話していた。

昨日やはり考えたが麻知に合鍵なんてあげた憶えはなかった。ひよりのいうとおり家に帰ったらいる、ってことも否定はできない。それに突貫工事ではあるが彼女がこういうのだから誘いを断るわけにもいかなかった。

 

「いいけど、俺大学あるから工場からは遠くなるけど」

 

「いいよいいよ。交通費は少しだけど出してくれるって経理のおばちゃん言ってたし」

 

「なら、日曜休みだし不動産屋に行こうか」「OK」

 

家賃はひよりが全部出すとは言っていたが、流石に気が引けたので生活費込みで折半ということで同棲へ進んでいった。ひよりのアパートは府中で工場も分倍河原だから八王子寄りで探してもよいかと思ったがひよりが快諾してくれた。

そして、日曜日。家賃の安い西八王子で物件を探した。駅前は高かったが自転車で15分ほどの所で1LDKの物件があったのでそこに決めた。

その数日後には引っ越しが始まった。引っ越しといっても持っていくものはバッグで入るくらいだった。ひよりが工場からトラックを借りて家具を新居に運んでいった。食器や雑貨はひよりがお揃いにしたい、というので雑貨屋で調達した。引っ越し準備がある程度終わり、ベッドもまだ届いてないが今日は新居で寝ることにした。

 

「誰かと一緒に住むって久しぶりだな...私ってさ。物心つく頃から母親しかいなくてさ。その母親も私が5歳のときに死んでさ...一人ぼっちになったんだ」

 

「...」

 

「施設でもよくはしてもらったけど、やっぱり他人は他人だしさ。家庭っていうのが羨ましかった。だからコウとの生活が楽しみでしょうがないんだ」

 

「...俺も物心つく頃からシングルマザーで母親と2人暮らしだった。麻知も両親はいるけど仕事で家にいることも少なくてうちで預かってることが多くて家族の一員のように見てた...中学のとき、初めて俺は麻知は俺の事が好きってことを知った。一度は受け入れた、でも麻知は俺に依存していて、それじゃいけないと思って高校はじめに新しい彼女を作った。それでも麻知を変えることはできなかった。」

 

「コウも大変だったんだね」

 

「高校の卒業式、別れを告げられた。麻知の方から

なんでかな。納得いかなかった。これまで俺を縛っていたのに自分の都合で別れるなんて...でも今思えばその頃もまだ麻知に縛られていたのかも知れない..彼女も作れずじまいでここまで来ちゃったよ。」

 

「コウはまだあの女のこと好き?正直に言っていいよ。コウの本当のこと聞きたいし」

 

「うん」「そっか......別にいいよ。麻知のこと好きでも。人の気持ちはすぐには変えることはできないから

 

けど、少しずつなら変えていけるでしょ?私コウにお似合いの彼女になるからさっ!」

 

「よろしく。ひより」「よろしくねコウ」

.....

***********

 

時間は遡り、『告白』後の隆俊の車に麻知が乗ってきた。目は充血しており、泣いたあとが見えた。

 

「私、なんだ。二股かけたのは

コウくんのことは今でも好きだし、お父様も好きだから断れなくて隆俊と付き合ってあげてる...最低でしょ?こんな女。」

 

「麻知ちゃんがあいつのこと庇う必要なんかないよ。あいつだって女を家に連れ込んで...」

 

「......殺すよ?コウくんの悪口は赦さない。お前みたいなクズがコウくんと話すなんて烏滸がましいんだよ. . .

 

あっそうだ。さっきコウくんを殴った罰がまだだった....」

 

麻知は灰皿にあったまだ燃焼している煙草を持ち、隆俊の左腕をがっしり掴んで煙草を腕にあてがった。

 

「熱っ」

 

「お姉ちゃんに教わったんだぁ根性焼きって言うんだって。コウくんを殴ったんだから当然の報いだよね?今回はこれで勘弁してあげるけど、次コウくんを悪く言ったら....

死んでもらうよ?」

 

柔らかな笑顔であったが目は殺気立っていた。初めて隆俊は麻知の狂気を知った。隆俊の顔から血の気が引いていった。

 

「(泣き落としはダメだったなぁ...でも、私は諦めが悪いからコウくんを取った気でいないでね?クスッ..まぁ早川すみれの時みたいに様子を見るか...でもその前に..)ねえ?」

 

「あっ、はい」

 

「携帯...見せて?」




閲覧ありがとうございました。


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測定不能

長い休載申し訳ありませんでした。実は言うずっと考えてました。今回で一区切りつけて次回、福井編に入ろうと思います。
いつも拙著をご覧の皆様ご心配おかけして申し訳ありません。

これまでのあらすじ
高校の卒業式、麻知は許嫁の存在と別れを告げる。麻知への思いを捨てきれない滉一であったが、数年後滉一は新たなスタートを切り出そうとしていた。麻知も許嫁・隆俊との交際を始めるが...


「携帯...見せて?」

 

「あ、うん」

隆俊は素直に麻知に携帯を差し出す。先程受けたタバコを押し付けられた火傷痕の痛々しさが麻知に逆らってはいけないと訴えているようだった。しかし、彼氏の携帯電話を見るくらいはさして珍しいものではないだろう。こんな彼女はごまんといるほどだ。しかしながら麻知の次の行動に隆俊は目を見張った。

 

バキッベキベキベキ..

携帯電話を開けるやいなや麻知は液晶画面を握り、そして蝶つがいが想定していない方向に歪めた。真っ二つといったそんな生半可なものではなく液晶、ボタン…そういった残骸の跡形が見えない鉄塊と化した。華奢な手を真っ赤に染めながら無慈悲に壊していった。

「...手、切っちゃった。まぁ浅いからいいか」

 

「何すんだ!おい携帯こんなに粉々にしやがって!」

隆俊も流石に怒りを隠しきれず麻知の胸ぐらを掴む。麻知は驚くわけでもなく再びタバコの火を隆俊の手に焼き付ける

「あっちぃ」

 

「そんなに興奮しないでよ。新しく買えばいいじゃない..連絡先をリセットした状態で」

 

「だったら連絡先消すとか..」

 

「ダメだよそんなんじゃ。隆俊は仕事もしてるんだから誰が取引先で誰が部外者か分からないじゃん。それより新しく作って把握したほうが手っ取り早いし」

 

「そんなことだけに携帯を」

 

「コウくんは耐えたけどなぁ...(まぁ嘘なんだけどね)」

わざと聞こえるような小声で滉一のことを話す。男というのはプライドが高い生き物。他人と比較されると意地になるものだ。

 

「チッ...わかったよ。別に怪しいことはしてないし。携帯代くらいどうってこと」

 

「じゃあお詫びに一緒に買いに行くよ!いいでしょ?明日早速行こうよ...あ、もう着いた、じゃ明日ね。おやすみー」

 

「おやすみ。麻知ちゃん」

隆俊を見送り、麻知は居候している滉一の家に入る。

 

「ただいま帰りました。ごめんなさい帰りが遅くて」

 

「おかえりなさい麻知ちゃん。ご飯はどうする?」

 

「あ、済ませてきたので大丈夫です」

 

「そう..滉一は元気だった?」

 

「はい。今工場でバイトしてるみたいで大変そうですけど」

 

「じゃ、滉一の家に行ってたのね」

麻知は誘導尋問に引っ掛かったことにしまったと思いながら小さく頷く。

 

「頬に涙の筋が残ってたから。麻知ちゃんが泣いたことがあることなんて大体滉一絡みだから...ね。おばさんが相談に乗ってあげるわよ。ほら靴脱いでリビングにおいで」

麻知は文加に誘われ卓につく。二人が対面している姿は説教を受ける娘と母のようだ。

「相談の前に一つ..聞いてもいいですか?」

 

「何?」「コウくんの幼馴染の藤橋ひよりって知ってますか?」

 

「藤橋...って名前ではないけれどひよりちゃんって子はしばらくの間だったけど昔滉一と遊んでたわ。」

 

「その、幼馴染が今同棲してるんです...」

 

「へぇ、施設に入ったと聞いたけど近場だったのね」

 

「コウくんに強い執着があるみたいでしたけど..私よりも出会いは先...なんですか?」

麻知は文加を見据え問いかけた。その言葉には疑念と深い嫉妬が入り混じっていた。文加はひと呼吸おき「単刀直入にいえば」と続けた。

 

「麻知ちゃんが先よ。まぁ北方先生とは大蔵省の時から知り合いっていうのもあるし..マリちゃんの子だし...ね。

滉一も覚えていないんじゃないかしらひよりちゃんのことなんて」

「はい..一緒に驚いてました。」

 

「それもそうね2歳か3歳の頃だもの。でも、あの子には刻まれた時間だったということか..」

 

「刻まれた..時間?」

 

「あの子は虐待保護されたのよ」

 

「でも、交通事故で親が亡くなったって...」

「そう..きっと児相か施設がそう説得したのよ。もしくは意図的に隠しているか..麻知ちゃんに敵意を示してるってことを考えると隠していると見たほうがいいかもね」

 

「どういうことですか?」

過去を隠していることと自分を敵視していることがどうして関係するのかわからなかった。ただ、幼馴染だと名乗った直後烈火のごとく怒り狂ったことに繋がることは麻知でも分かった。

 

「麻知ちゃんは忘れているだろうけど、滉一と三人で遊んでいたのよ。ある日、麻知ちゃんが見つけたのよ。ひよりちゃんの体にあるいくつかの青アザ、私とマリちゃんで児童相談所に通報したら児童虐待があったってわけ...」

 

「...つまり藤橋ひよりは虐待、そして施設生活での心の支柱がコウくんだった...それを離した私を目の敵にしてる...」

 

「その考えが自然じゃないかしら...それで麻知ちゃんにも考えがあるのでしょ?簡単に御曹司婦人にならないと私は思ってるけど」

文加は棘のある言い方で麻知の真意を聞き出す。

 

「...あちらから婚約の話を無しにしようと」

「どうやって?」

「束縛を強めてあちらから解消を誘い出そうと考えてて...」

「束縛を強めるというのは滉一にやってるみたいに?」

「え?コウくんに束縛なんてしたことないですよぉ面白い冗談ですねおばさま」

「.....

 

ま、まぁ20点かな。束縛に耐えられる男もいるし、それに北方先生は成正建設との婚約が駄目だったら別の御曹司を用意するはずよ。ほら」

 

文加は建設会社の名前が載っているリストを麻知に見せる。

「これは...北方先生と関係のある建設会社の一覧よ。全て..とは言わないけれどご子息の一人や二人はいるでしょ。例え成正が駄目になっても他のゼネコン、建設業界をシラミつぶしに断らせることになるけど?」

「.......」

ここで初めて自分の無力さを知った。麻知は声も出せずただリストを見つめるほかなかった。

 

「打つ手なしってところかしら?」

麻知は無言で頷く。

「そう...まぁ私にはどうでもいいのだけれど、この際婚約をこっちから破棄するっていうのはどう?」

「それはできません!...お父様を裏切ることは..」

麻知は俯く。麻知にとって滉一も父も大切であるがこの相関性はトレードオフである。どちらかを切り捨てなければいけない、そんな選択を麻知は保留してきた。しかし、時は選択を待つことはなく滉一も婚約も現在進行形で進んでいるのだ猶予は殆どない。

 

「もう子供じゃないから自分で考えなさいと前に言ったけれど...まだまだ子供ね。助けくらいは出してあげましょう...でも、

 

これは麻知ちゃんにとってヒントでもあり、真実を知ることになるけど覚悟はいい?」

「...はい!」

麻知は覚悟を決めた。

 

************

「なぁ滉一、弁当は?作ってもらえなくなったとか?」

「え?うん」

 

いつものように滉一は宮野創と昼食をとっていた。麻知とはあれから関わりが絶たれた。アパートに来る訳もなく、授業終わりに母から呼び出されることも無くなった。呪縛から解き放たれ、自由な生活が訪れたがどこか寂寥感を覚えてもいた...

「彼女...じゃなかったシェア相手は滉一のこと好きなんだろ?作ってくれないのか?」

「どっちも料理ができないから最近は外食だなぁ」

「ふーん」

 

創は適当に相槌を打ち、うどんを啜る。滉一の手前にはカレーがあり食を進めている。工場の方も今昼休みだろう。ひよりは無事A定食にありついていそうだ

 

「そういえば、新しい彼できたんだよ」

 

「へぇ、あのラガーマンとは別れたんだ」

 

「いつの話だよ。それ3つ前の彼氏だよ」「節操ねぇなぁ...」

 

「滉一の周りが一途すぎるんだヨーダ。でも今回の彼氏で創ちゃんの愛の旅も終着点かもね」

 

「創のその言葉には説得力がひとつもないんだよな」

「今回は本気(マジ)だよ!だって大企業の御曹司だし!友達の友達の紹介で」

 

「よくそんなツテで付き合えるよな...行き着く先は玉の輿ってか」

 

「恋のスタートはどうだっていいの。イケメンだし金持ちだし言うことなし!終わりよければすべて良し!だよ!.......あ、もう教室行かないと。次菅の授業じゃん後部席取らないと、じゃっ明日ね」「お疲れ」

 

午前のみの授業だった山城は食器を返し、工場に向かった。

 

**********

文加はマリの研究室で昼食を取っていた。マリもはじめは学生の目があって抵抗していたが今では諦めたのか一緒に昼食を共にしている。昼食中は文加が一方的に話しマリが適当に流すというのが通例となってきている。今日も文加は世間話をマリに楽しそうに話す。いつもは物静かな滉一の母とは別人のようである。しかし、マリが珍しく口を開いた。

 

「なんでお姉...文加さんは今になって大学の教壇に上がろうと思ったんですか?大蔵省を辞めたときに私が勧めてもやらなかったのに」

 

「もしかして怒ってる?」「別に...そんなんじゃないですけど」

 

「今後のため....とでもいっておこうかな」「今後?老後のためとかですか?」

 

「老後....まぁあながちそんなとこかしら。あと、本も出さないか?って言われてて財務省の闇を暴く!みたいな本。売れそうじゃない?」

 

「そんな簡単に情報売っていいんですか?」

「別にいいのよ。大蔵省にいたのも数カ月くらいだし、今さら愛着もないわ..それにしばらくしたら日本から出ていくつもりだし

そのためには麻知ちゃんと結ばせる必要があるのよね...(ボソッ」

 

「麻知がどうかしました?」「ううん。麻知ちゃんは本当にいい娘だなって」

 

「麻知は...その元気にしてますか?」

マリは麻知の話になるといつもこの質問をしてくる。マリが麻知と最後に話したのは数年前というほどにマリは多忙である。家に帰ってもすぐに寝室に向かうことが多く、家族の時間を持てずにいた。マリはそれを申し訳なく思っているのだろう。

 

「ええ。元気にしてるわ」「そうですか..」

安堵の顔は間違いなく母の顔だった。ここ最近悩みを抱える麻知をマリは人一倍心配していた。

 

「ここだけの話...麻知ちゃんはどうもうちの滉一が好きみたいなのよね。マリちゃんは滉一とフィアンセ、どっちが麻知ちゃんにお似合いだと思う?」

 

「婚約のことは旦那というかあっちの家で勝手に進んでることだけど....麻知には、娘には幸せな道に進んでほしいな」

 

「うん...なんかその言葉を聞いて安心した」「え?」

マリがその言葉の意味について聞く前に予鈴が鳴る。文加は「独り言です。いけない!次、講義だった。また明日ね北方先生」と女子高生のようなノリで明日の約束をし研究室を後にした。

文加の中で足枷となっていたものがマリの言葉によって取り除かれた。自分さえよければ他人はどうでもいいという信条で動いている山城文加であるが、麻知とマリに関しては例外だった。

「あと少し...♡」

 

週間秋華2007/○/△号

『高速道路工事入札 毒の盃-中堅与党議員の影-

 

・2004年に着工が始まった縦貫自動車道の建設。そこには旧道路公団職員と建設会社との官製談合があったのだ。国交官僚が遂に沈黙を破った...(中略)[パイプ役は北方]国交官僚Yさんによると道路公団職員と成正建設が集う某ホテルの一室に数時間遅れて自由民権党可児派のプリンス、北方衆院議員がやってきたという。そう彼こそこの官製談合の橋渡しをしていたのだ。我々は北方衆院議員を突撃取材した。

 

弊記者「縦貫自動車道の入札の件で官製談合に関わったという話が出てますが?」

北方「知りません」

弊記者「受注した成正建設の社長とは蜜月の関係と聞きますが?」

北方「お答えしかねます」

弊記者「関係者が語ってるんですよ?これは信ぴょう性が高いと思われるのですが?」

北方「急いでいるのでここで失礼」

北方議員はそのまま立ち去ってしまった。今後もこの一連の問題に関して追及していきたい..』

 

『...ということで貴俊ももうお嬢さんに気がないようですし、今回の縁談は無かったことに』

「待ってくださいよ社長、あんたと私との関係を知らない訳じゃないでしょう。事が落ち着くまで縁談は待てば..」

『どうもお嬢さんはうちの息子に手荒い真似をしてるとか...そういうことですから....t...t...』

「クソっ」

 

携帯電話に当たる姿は普段温厚な麻知の父とは別人のようだった。週刊誌とはいえ、すっぱ抜かれたことで頭に血が上っていた。政治家にとってスキャンダルは大きな障害だ。厳しい権力争いから一発でコースアウトになってしまう。北方としてはゴシップで留まらせたいという気持ちである。だが、今回の破談原因は今回の騒動だけではない。麻知が粗相をしたと柳原社長は言っていた。だが、手をかけて育ててきた娘がそんなことをするはずがない...

 

〜〜

「遅くなりました」

 

麻知は父に呼ばれ議員会館にやってきた。短針は11を指しており窓の向こうに見えるビルはポツポツと電気が照らされていた。部屋には父だけがおり秘書は既に帰らせているようだった。

 

「まぁ掛けなさい」「はい」

 

麻知はいつもの応接間の椅子に浅く掛ける。父の表情はとても硬い。麻知も父の現状を知らないわけではない..いやはじめからこうなることを麻知は覚悟していたといったほうが良いだろう。また聞かれることもだいたい想像がついていた。

 

「今日、柳原社長から電話があってね。今回の件は無かったことに、との事だ。でも、別に麻知が悪い訳じゃない。私が突然決めたことだ。本当に申し訳ない」

 

「いえ...お父様は悪くありません。私が...」

麻知は申し訳なさそうに顔を伏せる。しかし、内心は計画通りに進みほくそ笑んでいた。

 

「そう自分を責めることもない。私もダニどもに目をつけられて安雑誌に事実無根を突き付けられたというのもある。だが私は無実だ、それだけは麻知に分かってほしい」

 

「疑ってなんていません。お父様がそんなことするはずありませんもの」

 

「わかってくれるか..麻知」「はい」「麻知...麻知..」

父は麻知の肩に手を置き泣いていた。表では国民の代表として毅然たる態度であるが政治家も所詮人間である。涙の一つは見せる。その涙に偽りはなかったが、麻知の微笑みは欺瞞に満ちていた。少しの間だが麻知には猶予が与えられた。この時間を神が与えたとも言える短い猶予期間が交わるはずのなかった線と線が急接近していく...【結婚編に続く】




閲覧ありがとうございました。
空白期間の間、資料作成や資格勉強などでも忙しくだいぶ滞りました...
クリスマスにお詫びに何か書きます。今年の投稿はそれで納めようと思います。


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第五部 福井編
整理


これまでのあらすじ
山城の職場甲辰商事繊維2課に水萌晴絵が入ってきた。水萌は山城にお弁当を作ってくるようになり、山城が麻知と仲直りした後もそれを続け麻知と水萌との全面戦争が勃発する。水萌は薬を盛り、山城と既成事実を作ろうと試みるもホテルに麻知が闖入し阻止され事態は収束した。
しかし、山城は突然福井への出向を命じられ...


甲辰商事の繊維2課。突き当たりのデスクは酷く殺風景となっていた。甲辰商事はIT化が遅々として進んでおらず決裁は未だ「はんこ」の持ち回りである。各課長のデスクには決裁箱と山のように積まれた書類があるわけであるが、繊維2課長・山城滉一のデスクにはそうした痕跡が残されていなかった。話を遡ること数日前である。

「山城滉一殿、株式会社福鯖織物に出向を命ずる。...福井県の鯖江というところにある繊維企業に出向だそうだ」

 

「出向...」

商社にとって出向はさほど珍しいものではない。派閥争いの絶えない商社では敵派閥の社員を本社から地方の営業所や取引先に出向させることは常套手段として用いられてきた。しかし、山城の所属する繊維など生活資源生産部門は社長・岡の派閥出身者が多い。山城や野口もかつては繊維部で岡の下で働いており、岡派といえる。社内のなかで人事対立をしていたと噂の塩葉専務はグループ傘下の銀行に引き抜かれドロップアウトした。となると山城の出向はあまりにも不自然な現象であった。

考え込む山城を見かねて部長が話を続けた。

「どうも今回の出向は『人事整理』とは違うらしい。今回の出向は上からのお達しだ。」

 

「それは..どういうことでしょう?」

 

「甲辰商事で新しい繊維資材を開発したいらしい。ライバル商社の月詠物産が去年ハニクロと共同研究して涼感シャツを開発しただろう。どうも社長はうちでも画期的な繊維資材を作ろうと奮起したらしい」

岡社長は繊維部の出身である。月詠物産が有名ファストファッション店の人気商品を作ったことにライバル心を燃やしているようだ。福井といえば繊維王国で有名な県である。繊維大手企業や小説のモデルとなった医療事業に進出した企業が福井にあり、それは山城も話だけは聞いたことがあった。

「そこで本社から1人福鯖織物に開発責任者として出向させようということで君の名前があがったようだ。繊維部としては別の者を出向させたかったのだが、」

 

「そうですか。」

山城は複雑な心境であった。新素材の開発という大きな仕事を任された嬉しさと東京から遠く離れた福井への赴任に思い悩まされていた。

「申し訳ないが、これは決定事項だから明日から引継ぎ業務にあたってくれたまえ」

 

「分かりました。」

 

.....福井への出向が決まり、決裁を次長の眞木に引き継いでいた。とはいえ、眞木は私が入院している時に代理で行っていたためほとんど教えることはなかった。そのおかげでデスクの掃除に集中できた。引き出しの中を整理しながら私は思い出に浸っていた。アメリカの紡績会社との交渉資料や数年前の社員旅行での写真などが見つかった。社員旅行の写真には私と野口、そして野口の妻の透さんと麻知が写っていた。甲辰商事の社員旅行は家族の同伴が可能でこの時初めて野口の奥さんと対面した。麻知もはじめは警戒していたが、次第に仲良く話すようになっていたのを思い出す。

「あとで野口に見せてやろう」

最近は不景気ということもあり、社員旅行は希望者のみのパックツアーとなった。私も野口も長期休暇を取りづらい立場となりもうここ数年行っていない。

 デスクマットに挟んでいたものを片付けていく。どの社員もデスクマットに挟むものには個性が出る。子どもの写真や好きなアイドルの写真、セミナーか何かで貰ったのであろう哲学的なことが書かれた用紙やアニメのキャラクターのイラストを挟むなど多種多様である。私は新社員研修で配られた経営理念の書かれたA4用紙くらいしかデスクマットに飾っていなかったが、それでは寂しいと同僚から私の好きなモデルの切り抜きを貰い挟んでいたこともあった。だが、忘れ物を届けにきた麻知に見られ3日くらい口を利いてもらえなかった。今は経営理念の紙と旅行先で撮った麻知との写真を挟んでいる。だいぶ日焼けして色あせてしまったようだ。

「課長、ごみがあれば出しに行きますけどよろしかったですか?」

水萌くんがごみ袋を持ち、ごみを集めに来た。

「ああ、水萌くんありがとう。そこに固めてあるものが要らないものだから回収してもらえるかな」

「はい!それ、奥さんとの写真ですか?」

水萌が山城の手に持つ写真を覗く。

「うん。熱海へ旅行した時の写真でね」

「へぇ課長若いですね。奥さん、こんな笑顔されるんですね..」

水萌は笑顔で写る麻知に驚いているようだ。

よくよく考えれば麻知はよく顔に出るタイプだった。今とは違い、喜んでいるときとご機嫌ななめな時を表情で判断できたし、凍りつくような無表情はギャップもあり今より際立って怖かった印象がある。今では麻知が何を考えているのか掴みづらくなっているが。無愛想ではないのだが、感情の起伏が昔より無くなったため顔に出ることがあまりなくなった。

写真の麻知は私と腕を組んで嬉しそうに満面の笑みで写っていた。そういえば、麻知のこんな笑顔最近見ていないな。

「家内は笑顔がとても可愛いんだよ...」

 

「....なんか奥さんが羨ましいです。こんなに課長に愛してもらえているなんて..でももったいないですよ。私ならもっと課長のこと...」

 

「水萌くん。ごみ出すの手伝うよ」

 

「え?いや、いいですよ。課長のお手を煩わせるわけには..」

 

「机の片付けも大体できたし、私ももうすぐ出向で手が空いているんだ。気分転換に付き合ってくれないかい?」

私は水萌くんが持っていたごみ袋の中でも一番入っていそうな袋を持ってあげた。

「はい...課長がそう仰るなら、お願いします..♡」

山城が水萌のごみ出しを手伝うのはただ手が空いているだけではなかった。山城が甲辰商事を発つ前に片付けておかなければならない問題を済ませる目的もあったのだ。




久しぶりに摂氏0℃を読んでいただきありがとうございました。約1年ぶり(一回番外編を書きましたが、続きが思い浮かばなかったので消しました。)の投稿ということで忘れている部分もありましたが、久しぶりに小説書きたい欲が湧き麻知VS水萌の続きを執筆しました。
もう少し長くかけたのですが、時間切れということで...明日あたりまた出せれば。春秋零下も続きが思いついてはいるので書きたいですね...


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赤面

就活に追われ、こんなことをしている場合ではないのですが...
明日も面接です( ;∀;)


口にヘアゴムを咥え、髪を束ねる。

「なんでまた忘れ物するのよ....バカ」

洗面所の鏡の前で夫の愚痴をこぼしながら身支度を済ませる。普段なら会社に忘れ物を届けに行くのは楽しみなはずだが、つい最近の出来事がきっかけで山城麻知は不機嫌であった。

 それはつい3日前のことであった。滉一が水筒を忘れ、届けに滉一の働く甲辰商事の繊維部に行った。滉一はデスクにおり、直接手渡すことができたのだが、視線を落とした際見てしまったのだ。

女の写真を机に飾っていたことを。

「....へぇ。そういう雌豚(こ)が好きなんだ.....へぇ」

麻知がぽつりと放った言葉に感づいたのか滉一は釈明する。

「いや、これは..俺のじゃなくて、同僚がくれたもので...」

 

「そっか。へぇ...」

この時滉一の言葉など頭に入らなかった。この時、怒りと嫉妬が入り交じった感情を鎮めるのに必死であった。しかし、顔色で分かったのか滉一は動揺していた。

おそらく滉一の言っていることは本当なのだろう。別にそのことはいいのだ(後日滉一の部屋にあったファッション雑誌を全部燃やしたけど)。私が許せなかったのはその女の写真はあるのに私の写真がなかったことに苛立ちを覚えた。

私のことが好きって言ったくせに...コウくんのバカ

あれから数日まともに口をきいていない。はじめは無視していることに気がついていなかったが、朝になっても不貞腐れている私を見て謝ってくれたが、それでも私はやめなかった。普段なら許しているのだが、こんなに長期戦になるとは思ってもみなかった。それほど今回のことは傷ついたのだ。自分でもこのむしゃくしゃする気持ちを制御できない。

 鏡でポニーテールに纏めた髪を確かめ、リビングに向かう。家には自分しかいないため、ワンピースを脱ぎ外着に着替える。

*****

 今日は朝から洋服小売店の外回りであった。午後からも3軒ほど回る予定なのだが。午前最後の店舗を回った後、ぽつぽつと雨粒が滴った。バッグから折りたたみ傘を取り出そうと漁るが、傘らしき手応えがなかった。どうも家に忘れてきてしまったようだ。普段は麻知が雨の予報がでるとお弁当とともに傘を持たせてくれるのだが、ここ数日に限っては事態が違った。

「ちゃんと麻知の写真もあるんだけどなぁ...」

定期入れを取り出し、中を開けた。そこには旅行の時に二人で撮った写真が入っていた。麻知の写真は肌身離さず持っていたかったので会社に置いていなかっただけなのだが..

「しばらく許してはくれないだろうなぁ」

麻知が3日も無視を続けるのは初めてだった。普段は嫌味を言ったり、仕返しをしてくるのだが。ちなみに今回は雑誌が鋭利なもので無残に切り裂かれていた。

 私は雨宿りついでに忘れものを取りに一旦家に帰ろうと自宅の方向に向かって歩いていた。家に帰ったところで麻知は無言で傘を渡してくるだろうが、仕方ない。今回は私に非がある。小走りで家に駆け込む。

「ただいまー」

返事はなく。居間に続く廊下は静かであった。私は一旦洗面所に向かいバスタオルを取り、髪をくしゃくしゃとタオルドライしながら、リビングに向かった。

「ただいま.....あ。」

リビングに入るなり私の目にうつったのは下着姿の麻知だった。ソファーには普段着がかけられており、着替えていたことが分かる。スカートを穿こうとしていたのか黒タイツに包まれた脚は露わとなっていた。上半身は下着だけを纏っており、麻知の真っ白な肌が大人びた黒の下着により際立って見えた。

音に気が付いたのか麻知と目があう。その刹那麻知の顔は羞恥に染まった。

「っ..../////」

 

「ぁ.......」

滉一と麻知の見つめ合いが続くと麻知の目から涙が出てきた。そして、止まっていた時が動き出した。

「.....ぁ、あっち行ってて(小声)」

麻知は今にも泣きそうな顔で胸を手で隠しながら懇願した。

「ご、ごめん!!」

滉一は我を取り戻し、リビングから出た。

ああ。余計麻知を怒らせてしまったかもしれない。

しばらくすると、リビングから「もう入っていいよ」と声がかかった。

「すまない。まさかリビングで着替えていたなんて思っていなかったから。」

リビングで着替える麻知の無防備さにも問題があるのだが、仮に脱衣所で着替えていてもバスタオルを取りに行ったときに鉢合わせしていた可能性は否めなかった。

麻知は小さく頷くだけで目を潤ませたままであった。

「まじまじと見られて...恥ずかしかった..」

 

「いや、本当にごめん」

 

「舐めるように下から見られて...」

 

「いや、そこまでしっかりは見ていないけど。」

 

「....」

よく分からないが、麻知の顔が羞恥から不機嫌になったのが分かった。何故だろうか。

「でもそんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。夜には嫌でも見せるわけだし」

 

「そういうことじゃないの!コウくんのエッチ!だ、だってそのせ....する時だって暗くしないと恥ずかしいのに...(ボソッ)」

最後のほうが聞き取れなかったが、自分がデリカシーのないことを言ったことはすぐに分かった。

「そういえば早いね。どうしたの?」

 

「あ、そうだ。近くまで来たから傘を取りに帰ったんだ。」

 

「もう。届けに行こうと思ったんだからね。」

麻知は拗ねたように文句を言い、滉一に傘を手渡す。

「ありがとう」

 

「でも、ごめんなさい。私、コウくんの奥さんなのに些細なことで家事を投げ出しちゃって..」

 

「ううん。俺が悪かったんだよ。麻知の気持ちを考えてなかったなって。...そうだ、これ」

山城は定期入れを見せる。

「あ、これ...」

 

「うん。ちゃんと麻知の写真はこうしてあるから...その変な詮索はやめてくれ、な」

 

「コウくん....でも、他の女の写真は許せないかな。コウくんには私だけ見て欲しいんだもん」

 

「善処するよ...」

仲直りの後、帰宅ついでに昼食も済ませた。お弁当があったのだが、「折角だし温かいごはんを食べて欲しいな」と麻知に言われ家で食事をした。

「それじゃ、午後も外回りがあるから。」

 

「うん。気を付けてね。今日はいつ帰ってくるの?」

 

「いつもぐらいには帰ってくるけど。またあったら連絡するよ。

 

「うん!」

 

「それじゃ、行ってくるよ」

そう言って滉一は麻知のおでこにキスをした。

「~~~//いってらっしゃい」

麻知の顔は真っ赤になった。しかし、先ほどの赤面とはまた違ったものだった。




閲覧ありがとうございました。
明日はあげられそうにないかもしれません。近々あげますね。。。


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融解

さて、水萌との決着が遂に...ここまで長かった。


ダストシュートにゴミ袋を放り入れる。実は2往復目である。

一回目、水萌晴絵とともに来たのだが紙類はシュレッダーにかけろと総務に言われ、大型シュレッダーにかけた後もう一度やって来た。

「私が知らない間に色々と変わってるものだなぁ」

 

「ふふっ、事務も大変なんですよ」

水萌は自慢げに語った。総合職は事務のサポートなしに仕事ができないことを山城は少し分かったような気がする。コピーにお茶出し、ごみの回収など思えば女性が課で一番動いているのではないだろうか。

「いや、本当におそれ入るよ」

 

「これが私のお仕事ですからいいんですよ。課長のためになっていると思うと私も嬉しいですし」

 

「私がいなくなった後も頑張ってくれよ」

 

「...本当に寂しいです。課長が福井に異動だなんて」

私の異動はその後、すぐに繊維2課で話をした。部下は一様に驚き、まず左遷なんですかという疑問が生まれたようだ。私はすぐに否定したが未だに水萌くんのように私の異動を受け入れきれない者も少なくない。

しかし、私に異動を突っぱねる力もなければ度胸もない。部下がどう思おうと受け入れてもらうほかなかった。

「実は...私は今回の異動を悪く考えていないんだ。」

 

「どうしてですか?」

 

「福井というのはあまり知られていないけども繊維産業が盛んな県なんだ。岡社長が月詠物産に対抗しうる技術を持っていると考えている会社がどういう会社かこの目で確かめてみたい...今はそう考えてるんだよ。私が岡社長の下で働いていたことは前に聞いただろう?」

 

「はい」

 

「私...俺は岡社長と一緒で月詠に辛酸を嘗める思いをしてきた。だから月詠を超えるヒット商品を作ってやろうと思うんだ..」

水萌は初めて山城から熱いオーラを感じた。

普段の山城は冷静沈着で仕事をそつなくこなす印象であった。それが少年のような純粋な眼差しで夢を語る姿にまた別の魅力を垣間見た。

「今の課長、凄くかっこいいです...元からかっこいいですけどそれ以外に輝いているように見えます..」

 

「そうかな...」

若い娘に褒められるのはなんとも嬉しい。こんなこと麻知には言えないが、「かっこいい」と言われるのはいつになっても悪くないものだ。しかし、水萌くんに好意を持たれ続けるのも彼女のためにならない。

山城は素に戻り、隣を歩く水萌に話しかけた。

「水萌くん、屋上に行こうか。」

 

「え?はい」

エレベーターに乗り、最上階を目指した。

*******

甲辰商事の屋上にはヘリポートの跡地とソーラーパネルが設置されていた。跡地というのはバブルの頃、商社(うち)がヘリコプターを購入し、役員が移動に使っていたという話であるが、バブル崩壊後の経営不振からヘリを売却し、屋上のヘリポートは無用の長物となってしまった。そして今では屋上の1/3ほどが太陽光発電のためのソーラーパネルで埋まっている。

屋上でOLがお昼を食べるというのは画になるが、ここにはベンチもなく開放されていないため無人同然である。山城は屋上の鍵を取り出し扉を開錠する。

「ここは初めてかい?」

 

「はい!屋上ってこうなっているんですね!」

何度も来慣れているかのように話す私だが、自分自身久しぶりに屋上に来る。そもそも屋上に来る理由もないのだが、誰も来ない場所に水萌を連れてきたかったのだ。

「水萌くん...」

「どうしました課長?」

「私がここを去る前に言わなければいけない...いやそれよりも前に言わなければいけなかったのかもしれない。」

「もったいぶらないで...早く仰ってください」

話をなかなか切り出さない山城に対して水萌が詰め寄る。山城は決心をつけ水萌にむけ、

 

「......私は水萌くんの想いには応えられない。」

 

「え.......」

山城は神妙な面持ちで水萌を見据え告白した。

「どうして...どうしてですか?私は..私は課長のことを」

「分かっている。水萌くんが私に上司と部下で割り切れない感情を抱いていることを。だからこそ私ははっきり言わないといけないと思ったんだ。」

「奥さんですか....?」

水萌は虚ろな目で山城に問いかけた。

「奥さんに私を突き放せって言われたんですか?そうですよね..ははは。だって課長がそんなこと言うはずありません...」

「違う..」

「嘘!ウソウソウソ!.....課長がそんなこと言うはずないもん!あの女に誑かされたに決まってるっ!!」

「違う!俺は俺の意思で言っているんだ!!!!」

山城の悲痛な叫びにより沈黙が生まれた。

そして、山城は口を開いた。

「水萌くんがこんなおじさんを好きになってくれているのは正直嬉しい。私が独身だったら、すんなり受け入れているくらいにいい子だっていうことはよく分かる....でも私には妻がいるんだ。それは君も分かっているはずだ。時に妻が君に失礼なことをした....それは謝る。でも、私はそれ以前に家庭を持つ者として君の好意を拒まなければいけなかったんだ...

 遅くなってしまったが、私は君の好意を受け入れられない....本当に済まない。」

「っ......どうして、どうしてあの女の肩を持つんですか...課長に酷いことをしたんですよ!もとはと言えばお弁当を作らなくなったことが原因じゃないですか!私はお小遣いを貰えないって聞いて課長のために一生懸命...グスッ....お弁当を作ったのに...」

水萌の顔は既に涙でぐじゃぐじゃになっていた。水萌は手で涙を拭っていた。

「確かに私の妻はたまに行き過ぎたことをすることがあるし、私も束縛が厳しいなと思うことはある....」

「なら、」

「でも、俺は妻が....いや、麻知を愛しているんだ。辛い時も苦しい時も麻知はずっと一緒に寄り添ってくれていた。一回、散り散りになりそうになった時、長野の片田舎に麻知は何も言わずついてきてくれた。東京に戻ろうと言ってなかなか就職できない俺を麻知はバイトをして支えてくれた....麻知が俺を想ってくれる気持ちが嫉妬に向かう時もあるけど...俺はそれもひっくるめて麻知のことが好きなんだ!!」

「.......そんなの納得できないです。」

水萌は扉の方に向かい歩き出した。

「水萌くん....」

山城は振り向くと水萌は扉に手をかけこう言い残した。

「でも、課長の奥さんへの気持ちは伝わりました....っとりあえずは手を引きますね。でも、私課長のこと完全に諦めたわけじゃありませんからっ!課長が奥さんと上手くいかなくなったら課長のことうばっちゃいますからねっ」

水萌は意地悪な笑顔で答え、屋上を後にした。

「....自分でも恥ずかしいことを部下の前で言っちゃったな...こんなこと妻の前でもいえないのに..」

*******

『それもひっくるめて麻知のことが好きなんだ!!』

「////////」

山城宅、麻知は顔を赤らめていた。

普段滉一から愛の言葉など聞くことはなかった。結婚生活もマンネリ化(私はそう思っていないが)してきて愛を確かめあうことなど無くなっていた。しかし、まさかこんな監視行動(とうちょう)からそんな言葉を聞くとは思いもよらなかった。麻知は後悔した。なんで録音しなかったのかと。

「滉一が私のこと好きって...好きって...」

頬の体温だけがだんだんと高まっていくのがわかる。滉一が帰って来るまでに抑えられるだろうか。いや、この熱は引けないだろう..違うことで誤魔化さないと、

******

「ただいま...ってうわっ」

山城がドアを開けると何かが突っ込んできた。

視線を前に向けるとそれは麻知だった。

「むぅ..遅い。ずっと待ってたんだからぁ...」

麻知はそういって抱きついてきた。「離れてくれよ」と言っても麻知は「いやっ離れないもん」と言って聞かない。かすかに酒臭かった。おそらく酔っているのだろう。

「コウくん好き好き...あの娘よりも大好き..コウくんが若い女の子に取られると思ったら怖くて..ごめんね?酷いことして..」

 

「俺の方こそ麻知を不安にさせてごめん...」

 

「じゃあ........して?」

「え?」

 

「Hして?じゃないと離れないもん..」

麻知は上目遣いでこちらを覗いた。

 

「分かったから。とりあえず着替えさせてくれよ」

「やらぁ...ここでHするのぉ...」

「玄関でやって誰か来たらどうするんだ」

「来ないもん..だからえっち....しよ?」

麻知が首に腕を回してきて、唇が麻知の口元に吸い寄せられる。そのまま濃厚なキスに発展した。

口の中のアルコールが口を侵す。麻知の舌づかいに興奮が抑えきれない。

「(異動のことは明日話せばよいか..)」

山城は意を決し、男として麻知を攻略しようとした。




閲覧ありがとうございました。
実は今日、誕生日です。後半は完全に酔った状態で書いています。後々改稿するやもしれません。


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【番外編】Remote

皆さん、外出自粛「StayHome」されているでしょうか。
私はアイドルマスターシャイニーカラーズをやっとTrueEndできるようになるくらい暇です...
じゃあ、小説書けよ。と思ったのでリハビリ程度に番外編をお送りします。


 世界的な大影響を与えている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)。世界保健機関(WHO)の信用失墜、日本の水際対策の失敗、病巣:中国の医療ビジネス展開など世界各国では様々な問題が起こっている。

 我々の生活の中ではマスク不足が大問題となった。小売店での行列が起きるほどのマスク不足で政府は急遽法律で転売禁止を規定、電気機器メーカーなど製造設備がある企業にマスク生産を要請、全世帯に布マスクを支給するといった施策が取られた。しかし、いつ届くか不透明な布マスクに国民は期待薄であり、マスク不足問題には焼け石に水であった。医療現場でも必要なマスクの供給が追いつかないなか商業界は対応に追われていた。

 山城が働く甲辰商事も例外ではなかった。メーカーの在庫もない中、出来ては出荷という状況でマスク入荷の問い合わせが殺到していた。

 

「はい。入荷のめどは立っておらず...はい。メーカーの方から出荷連絡があればまた改めて連絡させていただきます。はい、では失礼いたします。

 

pi...

 

はぁ。キリがないな。」

 

山城は繊維2課であるが、今は医療用繊維製品を担当する5課のサポートを行っている。元々甲辰商事の繊維部は衣服を取り扱う1~3課までであった。しかし、それから次々と新規参入を行い、医療衣類などの調達を行う5課がうまれた。アパレル業界も新型コロナウイルスの影響で客足の減少や自主休業などが進み、2課の仕事も減っていた。その代わりに5課の電話対応が追いつかない事態となり繊維部総出で電話対応を行っていた。受話器を置き前を見ると2課の社員が受話器を片手に対応していた。

 

「課長、コーヒーどうぞ」

「ありがとう。水萌くん」

 

山城は水萌からマグカップを受け取り、口をつける。

 

「うちもそろそろ在宅ワークを取り入れるらしいよ。満員電車に乗らなくて済むのは少しありがたいかな。」

「そうなんですか?課長に会えなくて寂しくなりますね。」

「はは。そんなこと言ってくれるのは水萌くんだけだよ。」

 

水萌との決着後、二人の関係は気まずいものになるかと考えていたが、次の日も水萌は普段通りに接してきたので山城も気兼ねなく部下として水萌と接することができている。以前よりも水萌のスキンシップは大人しくなったが、ときに好意が強く現れるのはまだ山城を諦めていないからだろう。

 

「課長、電話対応代わりますよっ少し休憩されてはどうですか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて少し外の空気を吸ってくるよ。」

 

山城は席を外す。

 

「野口」

「どうした山城。仕事中に顔を出すなんて珍しいな。」

「ずっと椅子に座りっぱなしじゃ辛いだろ。ちょっとだけ散歩でもしないか?」

「ああ。こっちも電話対応に飽き飽きしてたところだ。」

山城と野口は1階に下りていった。

*******

「しかし、マスク不足はいつになったら解消されるんだろうな。」

「今増産体制に入っているし、数か月後には供給も追いつくんじゃないか」

「数か月は今の状態が続くのか。きついなぁ...」

「うん....」

 

野口は苦笑していた。一方で山城は頷きながらスマホを操作していた。

 

「歩きスマホは危ないぞ山城。どこかに座るか?」

「ああ、なんか飲み物買ってきていいぞ...ちょっと返信に忙しくて」

「分かった」

 

山城はベンチに腰を掛け、指を必死に動かしていた。山城がメール魔な所は初めて見る。普段昼食の時も山城はほとんど携帯に触れていない。野口は物珍しいモノを見た気がした。

 

「おっ」

 

野口はとあるワゴンカーを見つけ、ある飲み物を買い山城の下へ戻った。

 

「.....」

「山城、ほれ」

「ん。ああ野口ってタピオカ!?」

 

山城の手に太いストローの刺さったプラスチック容器が渡される。ブームが下火となっているタピオカミルクティーだった。

 

「あそこの屋台で買ったんだ。」

「おっさん2人がタピオカなんて歳不相応な」

「山城だってらしくないことしてるじゃないか」

「あ、すまない」

「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。どうしたんだ?そんなにスマホいじる人間じゃなかっただろ」

「うん、実は家内が最近メールを頻繫に送ってくるから返信が大変で」

 

画面を見るとメールの受信ボックスは「麻知」からのメールで埋まっていた。

 

『あんまり水萌さんに迷惑かけないようにね』

 

『返信が遅かったね。お仕事忙しかったのかな...それとも』

 

『電話対応大変だね。でもお仕事頂けるだけありがたいね。頑張ってねあなた♥』

 

『今休憩中なの?1人かな。水萌さんいないよね?』

 

『野口さんと一緒?本当に?噓はいけないよ...?(怒)』

 

 

受信頻度も数十秒と異常な早さだった。山城がスマホの虫になるのも分かる。山城は手早く文面を打ち込んでした。

 

「あ、野口ちょっと寄ってくれないか?」

「ん?」

 

野口が山城の傍に座ると山城はカメラを起動して男二人がタピオカを飲む姿を自撮りした。その写真をメールに添付し、送信した。

 

「奥さんに送ったのか?」

「俺が野口といるって言ったら信じてもらえなくてな。流石に写真を送れば信じてくれるだろう。」

「いつからそんな感じなんだ?」

「うーん。3週間くらい前から。まぁこれくらい増えたのはつい最近だけど」

「大変だな...」

 

野口は麻知が自宅へ遊びに来た時から山城の事故には何かがあると感じていた。ただ、詮索をしてはいけないと第六感が言っている気がしてそのことに関して話題を振ることは避けていた。

 

『夫が誤った道にそれたら正すのが妻の仕事です...』

 

自分に放った麻知の言葉が未だに頭に残っていた。この大量のメールもその一環なのだろうか。心配なのは山城の方であった。今の忙しさもありながらこれだけのメールに返信をしていたら山城の身体がもたないんじゃないだろうか、と。そんな不安がつい声に出た。

 

「でも、麻知とメールするのは楽しいよ。普段こんなに話すこともないし。まぁ少し数が多いから減らしてもらえるよう言うけどさ」

「..ならいいんだけど。また無理はするなよ」

「.....ああ。」

山城は野口に笑いかけ返答した。

*******

『麻知ちゃんどうしたの?』

「ん。メール」

『さっきからずっとスマホ触ってると思ったらメールしてたんだね。珍しい、あんまりケータイいじるような人じゃないしさ麻知ちゃん』

 

麻知と透はオンラインお茶会をしており、画面越しの透は紅茶をすすっていた。

 

「あっ。滉一と野口さんがタピオカ飲んでる!」

『え?何それ!?見せて見せて!』

 

麻知はカメラにスマホの画面を映し、透に見せた。そこには仲良くタピオカミルクティを飲む2人の様子があった。

 

『どういう状況なのこれ?』

「今休憩中みたい」

『なんでタピオカ?』

「それはちょっと分からないけど..」

 

麻知はメールを打ち込んで再び透に向き合った。

 

『そういえば、あの後またHしたの?』

 

女性だけの会話ということもあり、話題は性活に入った。水萌を説得した日、麻知は酔った勢いで山城と体を交わした。軽い交わり程度は数ヶ月に1回はあるが、その日は麻知が山城を深く求め、精魂尽き果てるまでに至るほど激しいもので、これほどに激しいまぐわいは初めてだった。翌日、褥に無数に転がる丸まったティッシュペーパーがそれを物語っていた。

 

「ない..よ。そんなの」

『えー!?だってそんなに激しいセックスしてそれから何も無いって..』

「うう..素面だと恥ずかしい」

『そんなこと言ってたら赤ちゃんなんて産まれないよ!欲しいんでしょ!子ども』

「それはそうだけど..恥ずかしいところ見られるのはやっぱり...」

『滉一さんがいかがわしいお店行ったら嫌でしょ!』

「そんなの許さない」

『そうそう!それぐらいの意気で頑張って!』

「透ちゃんはどうなの?」

『えっと...それは...その』

「それでよく他人のこと言えるね透ちゃん(怒)」

『だって、したいけど切り出すのができないんだもーん!』

 

ガールズトークは夕方まで続いた。




閲覧ありがとうございます。
本編ではコロナのない世界戦で描くので、番外編で少し触れてみました。

シャニマスのID、活動報告あたりで公開してみようかな


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K℃

KRコミックスから出ている「球詠」がアニメ化されていますが、出来がね...
原作はいいので、アニメはストーリーだけ楽しんでもらいたい。


「山城さん、有給消化してもらわないと困ります」

 

山城は人事課にいた。人事課というと、繊維2課に水萌が配属された原因でもあり、麻知との修羅場に発展した元凶であるがそんな裏側を山城は知るはずもなかった。人事課に来た理由は有給休暇を使って福井への引っ越し作業を行おうと考えていたからだ。有給があるかを確認したら、同期で人事課の松島からこう言われた。

 

「そう言われても取る暇もないし。」

「最後に取ったのがGWですね。4連続休暇は取ってもらっているようですが、あと5日くらい有給消化してください」

「4日...」

 

正直2日くらい取れれば万々歳だと思っていたが、その倍の休みを取れと言われた。私は中途採用だったので、極力休暇を入れずに働き続けてきたこともあり管理職になった後も有給休暇を取ることはほとんどなかった。たまに、自分が休みを入れないことが部下に圧力をかけているのではないかと考えることもあったが、部下たちは4連休など休みを入れているので人事課が仕事をしてくれているのだろう。

 

「うちの方針で取得率90%を目指しているようなので。協力してください。」

「90は流石に厳しいんじゃないかい?」

「岡社長の発案なので...」「..それを早く言ってくれ」

 

訳もなく重役批判してしまったじゃないか。

 

「じゃあ、引継期間の4日に申請しといてくれ...」

「はい。それにしても、山城さんは相変わらずですね。」

「松島もだろ。人事に移って...同僚がもったいないことをって言ってたぞ。」

「出世に興味がないので...それに面倒ごとは嫌なんですよ」

「相変わらずだな」

 

山城は「はは」と苦笑した。松島は同期であるが、新卒で山城よりも3つ下である。元はエネルギー部門で天然ガスを扱う部署にいた。本人には出世欲がないものの仕事は出来るため、将来的に部長になれると言われていた逸材である。しかし、松島は急遽人事課に異動を希望した。それは甲辰商事全ての部署で話題となった。

 

「大きな声では言えませんが、派閥争いだとか、誰かに恨まれるリスクだ

ってあるわけじゃないですか。」

「まぁ甲辰商事(ここ)に来た以上避けては通れないからな。じゃあ。また」

「......山城さんも難儀だなぁ」

******

「ふふっ」

 

山城宅-山城麻知は縫い物をしていた。スーツに同じ柄の布のようなものを縫い付けていた。

 

「まさかバレるなんて思ってなかったんだけどな...でもこれならもう大丈夫」

 

麻知が縫い付けていたものは布型の盗聴器だった。今、山城が持っているかばんやスーツに50個以上盗聴器・発信機が仕掛けられているが、そのほとんどが水萌に破壊された。しかし、この盗聴器もまた布型であり簡単には判別は難しい代物であった。硬さが布よりも硬いがそんなものは誤差に近いものだ。これ以上の改良は難しいなか麻知はオーダーメイドで盗聴器の改良を頼んだ。

***

『お嬢、これ以上薄くなんて無理ですよ。小型化すると性能が落ちますよ』

「そこを何とかするのがあなたの仕事よ。別にいいのよ霞が関のことをアレコレ言っても」

『分かりましたよ...こんなモグリをいじめるのはやめてください』

「まぁいいわ。お金なら幾らでも出すから..今度はバレないものを作ってね」

***

こうして出来上がった盗聴器は見た目は殆ど変わらないが、以前よりも布との判別は難しくなっていた。かばんやスーツの厚みに調節して誤差はコンマ単位である。麻知はスーツに正方形の切り抜きを作り、盗聴器・発信機を合わせ縫い付ける。縫い糸も特注のものを使い、専門的な縫い方をしなくても縫い目では分からない。

 

「滉一の声が聴けないのは残念だけど、もう少し我慢すれば...ふふっやっと邪魔者はいなくなるんだね」

 

盗聴器は完全に破壊され、会社での山城の会話を聴くことは出来ないが、それ以上に嬉しいことがあったのだ。それは深い夜が過ぎた朝のことだった。朝5時、普段通り起きるとベッドの隣には山城が寝ていた。麻知は近くにあった山城のカッターシャツを羽織り、自分の部屋に着替えを取りに行った。朝7時、山城が起きてきた。欠伸が目立つ、麻知はホットコーヒーを用意した。そして、朝ごはんが食卓に並びいつものように静かな朝食が始まると思った。

 

「そういえば、出向が決まったんだ。福井に行くことになった。麻知も来てくれないか」

 

さらりと山城は言っていたが、麻知は一言も聞き漏らさなかった。麻知は当初単身赴任しようとする滉一になんとかついていこうと思っていたが、まさか滉一の方から誘われるとは思いもよらなかった。「別に...嫌ならいいんだが」と山城は弱々しく付け加えた。

麻知はふふっと笑い、こう答えた。

 

「勿論、ついていくよ。どこへでも」

「そうか...」

山城は安心したように安堵の表情を浮かべた。もしかして滉一、私が断ると思ったのだろうか。そんなことするはずないのに、だってそのために福井に異動させたんだもの..

 

「流石にあの女も来ないでしょう」

麻知は縫い物を一旦やめ、昼食の準備をする。今日は山城がフレックス勤務で昼間に帰ってくるからだ。盗聴器や切り抜いた布を片付ける。

 

「それにしても...見分けがつかなくて間違えて発信機のほうを捨てそうだわ」

盗聴器や発信機の縫い付けでいつも困るのは自分もまた区別がつかないことだった。

*****

定時になり、水萌晴絵は家路に就こうとしていた。すると、「繊維部の水萌さんですよね」と自分と同じくらいの年の男に声を掛けられる。見たことのない顔、違う部署の人だろう。

 

「あのなんでしょうか。」

「もし、この後空いていたら飲みに行きませんか?同期同士で親睦を深めようと思ってて。」

「ごめんなさい。私、この後用事があって...」

「じゃあ、また機会があったら誘いたいんでライム交換してもらえませんか?」

「あの...急いでるんで..すいません」

 

水萌は足早にエレベーターに乗る。扉が閉まるのが分かると、気だるげな表情を浮かべた。

 

「はぁ....気持ち悪い」

課長のいない会社なんていても仕方ないから早く帰りたいのに、生産性のない時間を使ってしまった。前行ったのは課長がいるからで、私には社交性などないのに...今後課の先輩に誘われても飲みに行くつもりは全くない。それにしても、時短勤務というのは罪なものだ。課長と私を突き放すのだから...今頃課長はあの魔王みたいな女に弄ばれているに決まっている、考えるだけでも反吐が出る。私は諦めてなどいない...

 

「(絶対に救ってあげますからね課長♥)」

 

水萌が元々住んでいたところは山城たちが住む家とは駅が反対方向だったのだが、同じ駅にあるマンスリーマンションを借りた。高層階に住んでおり家賃も高くなったが、水萌には目的があった。宅配ボックスに番号を入れる。中にはダンボールが一箱入っていた。水萌はそれを手に持ち部屋へ向かった。部屋に入り、着替えもせずにカッターナイフを持ち、ダンボールに切り込みを入れる。

 

「ったく、あの女幾らすると思ってるのよ」

中に入っていたのはボタン型の盗聴器である。既に何十個も個人輸入していたが、ことごとく破壊された。その犯人は言うまでもなく山城麻知である。水萌は麻知の盗聴器を壊した後自らも山城を『守ろう』と盗聴器について調べたが、麻知の仕掛けた布状のものは出回っている気配もなかった。盗聴器をつける機会が会社しかない水萌は服やカバンにつけてもバレにくいボタン型の盗聴器をスキンシップ(身体接触)の時に付け、山城の家での生活を余すことなく聴こうと思っていたのだが、いつも聴こえるのは玄関まででありその後は砂嵐混じりの音が虚しく鳴るだけである。麻知と同じようにカモフラージュさせるも厚みは隠しきれないのが難点であった。しかし、今度は考えた。

 水萌はモバイルバッテリーをドライバーで分解して中に盗聴器を埋め込んだ。話によるとコンセントに模した盗聴器は常套手段らしい。流石に山城の家に行き、コンセントを仕掛けることはできない。そこで山城の使っているモバイルバッテリーを特定し、同じ型のものを家電量販店で購入したのだった。新品だとバレないよう山城が持つのと同じようなキズをわざとつけ本物に近づける。

 

「これなら大丈夫...っきっちりDVの証拠を突き止めますからね課長♥それまで待っててくださいね」

細工を終え、水萌はベランダに出る。ベランダにある望遠鏡で外を眺める。その視線の先は山城の家であった。

 

「今日は見えるかな...」

微調整をして二階の窓のところに照準を合わせる。部屋が少し見えるが、本棚がある。多分課長の書斎で間違いないだろう。明かりがついており、課長がいるはずだ...

 

「なっ...」

 

窓際にはあの女-山城麻知が立っていた....しかもこちらを見ている..!?いや、ここからは結構距離がある。気のせいだろう。それにしても恨めしい目をしている。よく見るとふっ、と嘲た笑みを付していた。本当にムカつく女だ...課長は私のものなんだから。

*****

「麻知、どうした。」

「....虫が入りそうだったから。もう閉めるね」

 

麻知は書斎の窓を閉める。そして、机の角に腰を掛けた。

「仕事?」

 

麻知は心底不機嫌そうに聞いてきた。

 

「いや、月詠物産が開発したシャツや最近の涼感系の生地を勉強していてな...色んな技術があるみたいで覚えることが多いよ」

「......そ。勉強熱心ね」

「もう少ししたら寝るさ」

「カップ下げてくる..」

麻知は盆にマグカップを載せ部屋を出た。だから麻知に仕事の話はしたくないのだ。話をして快く聞いた試しなどない...そろそろ床に就くか




閲覧ありがとうございました。
事前知識で盗聴器について調べたけど、検索データFBIとか監視してるんでしょ...
危険人物扱いされないだろうか


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引っ越し1day

断捨離が流行りだした時、モノが増えすぎた自室をスッキリさせようと実践をしてみたが、そもそも何から手をつければ良いのか分からず結局机周りが少しきれいになっただけであった。整理は出来る方で、課の中では課長ではあるが書類が山積みになることは一度もないほど整理整頓には自負がある。しかし、モノを捨てることが出来ず書斎の本棚は本の肥やしと化しており埃のかぶった本が幾つか残っている。そんな本たちも麻知は捨てたり古本屋へ売ることなく軽く掃除をするだけに留められている。まぁ週刊誌やパソコンのブックマークはご丁寧に消し去られているのだが...

 そんな私が今引っ越しの荷造りをしている。出張の時は麻知が荷造りをしてくれていたのでこれまで必要なものを持っていくという作業をほとんどしたことがない。修学旅行や遠足にしても然りだ。修学旅行の時などは彼女がいた時なのに「コウくん!タオルなんて3枚も要らないよ」と当たり前のように家に上がり込みキャリーバッグの添削指導をされた。つまり、人生の中でほとんど持ち物準備をしたことがない人間なのだ。だが、書斎の中だけならなんとかなるだろう。本は繊維関係のものを持っていけばいいし、必要な書類も入れている...よく考えたら会社のバッグで事足りるくらいのものしか持っていかないんじゃないだろうか?私がシャツなどの衣類の整理をしようとしたら、麻知から「それは私がやるからあなたは書斎をまとめてきたら?」と言われたから今こうして荷造りをしているのだが、もしや体のいいおはらい箱なのではないか?

 特にこれといって持っていくものもないため、部屋を出る。廊下の先には麻知の部屋がある。ここ最近は一緒に寝室を共にすることが多くなったのだが、私と麻知の部屋は別れている。一緒に寝る時は毎回私の部屋で、夫婦でありながら実は一度も麻知の部屋に立ち入ったことがないのだ。

気が付けば私の足は麻知の部屋に向いていた。どんな部屋で過ごしているのか子どものような無邪気な好奇心が湧いていた。ドアノブに手をかけ扉を開けると、そこにはベッドとドレッサーだけの殺風景が広がっていた。まるで使用人か何かの部屋のように質素であった。妻の部屋にはもっと旦那には秘密にしているような何かが隠れているのではないかと思っていたが。特に自分の全てを見透かしているような麻知なら探偵道具の一つや二つあるのではないかと想像を膨らましていたのだが、見当外れであった。

「満足した?」

 

全く感情のない声が聞こえてきたかと思えば、麻知が空の段ボールを持ち背後に立っていた。

「おおっ....」

「あなた、部屋は片付いたの?」

「別に持っていくようなものはないし、だいたい終わったよ」

 

私がそういうと麻知は呆れたようにため息をつく。

「そうじゃなくて、ここを立ち去る前に少しくらいあの部屋を掃除したらどうなの、と思ったのだけれど。そんなこともできないのかしら..」

「....ごめん」

部屋を見られたことに怒りを覚えているのか、皮肉を言われた。読まない本だけでも紙紐でまとめておこうか....

 

**********

滉一が公休の他に有給休暇を取ってきたと聞いた時、私は正直嬉しかった。あの女と早く縁を切ることが出来るんだと。3日と4日間の有給それはつまり私と滉一だけの時間。1秒たりとも無駄にはできない。私は既に手を打っている。それを告げた日、私はある話を滉一に持ちかけた。

 

「せっかく福井へ行くんだし、休みを使って楽しみましょうよ」

 

会社員になってから、いや結婚してから一度も新婚旅行に行っていない。駆け落ち同然で結婚をしたし、生きていくだけで必死の状態であったので滉一が甲辰商事(イマノカイシャ)に入ってからは社員旅行程度しか行けていない。透ちゃんとの旅行もいいのだが、夫婦だけの旅もしてみたかった。この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。福井には温泉街があるらしいから折角だし行かない?、と誘ってみた。滉一は「うん。長い休みを貰ったし、いいな」と乗り気だった。

 そんな訳で明日に向けて荷造りを始めている。明日には滉一と車で福井に向かう。家財は向こうの供用宅に揃っているという話で引っ越し業者を呼ぶほどの大引越しにはならなそうだ。私は移動よりもその前の準備をすることが好き。行くことの楽しみを膨らます一瞬がとてつもなく嬉しいような気がする。それに滉一の私物に沢山触れることができる。私はずっと滉一の旅行の荷造りを買って出てきた。理由は前者の通りだがそれよりもいつもカッコいい滉一がこういう時にはダメダメなところがとても可愛い。下着やタオルをいつも余分に持っていくんだから...ホテルに据え置きしてあるんだしそれに1泊2日の旅行でタオルを3枚も使う機会は早々ないだろう。そんな滉一が放っておけなくて高校の修学旅行の時も荷造りを手伝ってあげた。

 私がキッチン周りを綺麗にしておこうと思うと滉一がリビングでいそいそと衣服の整理をしていた。私の仕事なのに....

 

「それは私がやるからあなたは書斎をまとめてきたら?」

「あ....うん」

 

滉一は少し残念そうにしていたような気がした。普段しないからたまには荷造りをしてみたかったのかな。でもダメだよ、滉一はそんなことしなくても...私が全部やってあげるから。滉一が会社で頑張る姿をずっと見ていたいから家事や雑用は私が全部やってあげたい。それくらいしかできないから。働いている姿を見ている女がすべて憎い...だからずっと滉一の部下は男子だけにさせている。他の女が滉一と仕事をしていることが許せないから...

なのに水萌(あのおんな)は新入社員という立場を利用して滉一に近づこうとするだけでなく、弁当を作って媚を売ろうとした....本当に赦せない...女性社員風情簡単にクビにすることくらい容易いのだが、あまりにも不自然だし、それよりも権力を使って屈させるのは負けた気がして腹の虫が治まらない。だから、あの女に滉一との愛を見せつけて遠くの場所に行くように仕向けたのだ。予想外だったのは滉一があの女を連れて愛の告白をしたことだ。今でも思い出すと顔から火が出るくらい恥ずかしい...許せないことの多い数か月だったがこうして滉一と愛を確かめ合うことができたしより絆を深められたような気がする。新天地ではもっと滉一と楽しい夫婦生活を送りたいな...

 麻知はキッチンの床下収納を開ける。そこには底の見えない長い階段が続いていた。この地下室は麻知が数年前に発見した。ランタンを片手に持ちコツコツと階段をくだっていく。進んだ先には重々しい機械に多数のモニター、そのモニターには山城の寝室や甲辰商事の繊維部の部屋、自宅周辺の地図に赤い点滅が映し出されていた。その部屋の脇には一脚の椅子が置かれただけの檻のような部屋が存在していた。麻知がこの地下室を見つけた時にはこの檻の部屋だけがある状態であった。未だその部屋は放置されたままである。普通の一軒家には似つかわしくない広い地下室と檻...想像することすら憚られた。

 

「この荷物はどうしようかしら。隠し場所がないし....別の部屋を借りるしかないか。」

麻知はモニターに映る書斎で片付けをしている山城を見つめながら少し考え事をしていた。山城が書斎を出て別の部屋へ移動する。

 

「まぁ、私の部屋に行くんだ....ふふっあの部屋には何もないのに」

 

麻知はコンクリートの寒々とした壁に手を触れる。

その壁一面には...

 

滉一の写真がびっしりと貼られていた。

**********

 トランクにキャリーバッグや荷物を詰め込む。銀色の普通車は久しぶりに日を浴びギラギラと光っていた。この車は父のものらしい。数十年たつ代物だが父の死後誰にも乗られることがなく、一度車検に出してみたが全然乗れるようだ。ガソリンも入れ、空気圧も点検してもらったのでなんとか東名高速をこの浦島太郎状態の車でも全然走ることが出来そうだ。GSのおじさんはとても貴重なものを見るような目で車を眺めていたがそんなに古い車なのだろうか。

 

「麻知は荷物ないのか。あるならトランクまだ空きあるし」

「特にない..」

 

麻知はポーチを両手で持っているだけだった。部屋にも家財というものがなかったので持っていくようなものもあまりないのだろう。そう言えば服やアクセサリー、バッグみたいなものも見かけなかったな。そういうものは見えない場所に隠しておくものなのだろうか。麻知の持っているルイヴィトンのポーチは私が初給料で麻知にプレゼントしたものだ。かれこれ5年くらい経つ気がするが未だに出かけの時には持ち歩いている。麻知は大事に膝に抱えながら助手席に座る。車庫のシャッターを閉め、運転席に乗り込む。だいぶ前の車なのでマニュアルでカーナビもない...福井まで運転できるのか不安が多い。

 

「麻知、ナビを頼むよ。」

「ええ」

 

ほとんど会話のない中数時間にわたるドライブが始まった。用賀の料金所を抜け、ひとまず足柄サービスエリアに向かう。見えるのはトラックと車、背景には住宅街が流れている。ビルの集合体が段々と遠くなるのとは裏腹に車内は会話も生まれること無くただ時間と疲労がたまるばかりだった。1時間と40分くらいかけ、足柄SAに到着した。平日ということもあり、新東名は空いていた。夕方に名古屋を通過することになるが渋滞しないだろうか。

 

「何か飲み物買ってくるけど何がいい?」

「コーヒーがいい」

「うん。疲れてるだろうからゆっくりしてて」

広げていたガイドブックをフロントガラスの前に置き、サービスエリアの中に入っていく。海老名は駐車場がいっぱいで入れないだろうと思っていたが、足柄もトラックが大挙していた。長い運転の疲れもあるが慣れない運転で緊張していたのもあるかもしれない。徐行する車をボーっと見ていると麻知が帰ってきた。缶コーヒーとガムを手渡してきた。

 

「今日はいつもより起きるの早かったから眠気覚ましに」

「ああ。ありがとう。トイレとかは済ませたかい?もうしばらくはどこも止まる予定はないけど」

「普通そういうことを女性に聞く?嫌われるわよ」

「麻知以外の誰にそんなことを言う機会があるんだ」

「もう」

 

麻知は不満げではあったが、フフッと笑みを浮かべていた。私も誘われて笑ってしまった。エンジンを入れ、名古屋方面へと向かう。滋賀の米原までは道なりなのでナビをしてもらう必要はないが、麻知は外に視線を落としたりペットボトルに口を付けていたりしていた。私もだいぶ運転に慣れてきたので麻知に話しかける余裕が出来てきた。今日宿泊する温泉旅館の話や今後の予定を話していると昼頃には北陸自動車道に合流した。福井まであと2時間ほどで着く。少し現地で観光が出来るかもしれない。賤ヶ岳サービスエリアでお昼休憩をすることにした。賤ヶ岳といえばかつて羽柴秀吉と柴田勝家が戦っていた古戦場である。道を走っている間にも関ヶ原古戦場がありこんな長閑な山野地帯がかつて戦場だったとは時代の流れが速いことを痛感させられるようだった。ベンチに座り麻知が持ってきたお弁当を広げる。まるで運動会でもやるのかというくらい沢山のおかずにおにぎりがあった。あの軽い荷物の中にこんな弁当をどこに隠していたのかと思うくらいだ。

 

「こんなに...結構早起きしたんじゃないか」

「いつもと変わらない。それにあなたが運転するんだもの、私も何かしてあげたかったから..」

いつも朝早くから弁当を作っているとはいえ今日くらいはゆっくり寝ていてもよかったのにと思ったが、車でも寝ずにドライブに付き合ってくれていたのは付き添っていたい気持ちの現れなのかもしれない。

「嬉しいよ。いただきます」

一口サイズのハンバーグを頬張る。冷めているが肉汁が口の中に広がりとても美味しい。鶏の唐揚げやごぼうのきんぴらもとても美味しかった。トイレだけ済ませようとサービスエリアの中に入ったが、サラダパンというものが売られていた。生憎売り切れておりどういったものか気になったがポップがあり、人目につきやすいところに陳列されているところを見ると有名なもののようだ。売り場を出ると麻知が自販機のそばで立っていた。

 

「先に乗っていてもよかったじゃないか」

「まぁそうだけれど」

麻知は視線を車に移していた。すると車の周りには人だかりが出来ていた。麻知と一緒に車へと向かった。

「どうかされましたか」

すると30半ばの男が振り返り「もしかしてオーナーの方ですか」と聞いてきた。別にオーナーと呼ばれるほどベンツやレクサスのような高級車に乗っているつもりはないのだが。

「そうですが。この車が何か」

「これソアラですよね。新車みたいだ。大切に乗られてるんですね」

私はとりあえず「はぁ」と気の抜けた返事しかできなかった。車は詳しい方ではないし、そもそもこの車はつい朝まで誰にも運転されずにいた車なので大切に運転した人と言えば父くらいである。他の車ファンのような人が「写真とってもいいですか」と聞いてきたのでいいですよ。と返事をした。私の所有物ではないが注目されるのは悪い気がしない。

人がはけていき、再び出発する。気が付けば午後の2時になっていた。

「このまま宿に向かえばいいよね」

「ええ」

これまでずっと山沿いを走っていて張り合いが全くなかったが、左側には琵琶湖が望む。この日本一大きい湖は傍から見ればまるで海のようであった。水面が日光を浴びてキラキラと光っている。

「綺麗...」

それまで無感情に外を眺めていた麻知も感嘆の声を上げていた。

「うん。たまにはドライブもいいものだな」

「次は本当の海を見に行きたいな。日本海は初めて見るけど」

「そうだね」

 

山城たちは琵琶湖を北上し、福井県敦賀市に入っていった。

**********

午後4時過ぎ、丸岡ICを下り数時間ぶりに下道を走る。今日泊まる所は芦原温泉というところらしい。福井県でももっとも有名な温泉街で旅行会社のランキングなどでも上位に入るほど人気があるようだ。特に今回の宿は5つ星を獲得した芦原温泉でも指折りの旅館のようだ。今年のゴールデンウイークに山奥の別荘で休暇を過ごしたがやはり温泉というのは気分が高揚するワードだ。私でも浮足立ってしまうが、麻知もそうなのだろうか。何と言っても熱海へ社員旅行に行った時が夫婦で温泉に行った最後の旅行だから麻知もこうして夫婦水入らずで温泉旅館をしたかったのかもしれない。

 麻知のナビで進んでいくと、「あわら市」と書かれた道路標識が見えた。なんとか芦原に進んでいることが分かり安堵する。すると、左の太ももに柔らかな感触がする。麻知の右手が私の太ももに添えられていた。

 

「どうしたんだい」

「別に...こうしていたかっただけ。」

「...そうか。」

 

言葉を聞かなくても麻知がこの時間を楽しんでいることが分かった。暫くして私たちは今日の宿「多美屋」に到着した。

 

「こちらがお部屋になります」

「おぉ...」

中居さんに連れられて部屋に案内される。歴史のありそうな屋敷づくりの建物で私たちは離れに案内された。赤絨毯が敷かれた廊下を歩いていくと突き当たりの部屋に止まった。十畳くらいの和室で中居が襖を開けると素敵な庭が広がっていた。

 

「素敵な和室ですね」

「ほんと..」

「ありがとうございます。こちら露天風呂がついております。大浴場も反対の角にございますのでそちらも宜しければご利用くださいませ。夕食は7時、朝食は8時からでございます。それではごゆっくりおくつろぎくださいませ。」

 

中居は説明を済ませると静かに部屋を去った。夕食までは1時間ほど時間があった。麻知を見ると意思が伝わったようで、「疲れたでしょう。まだ夕食まで時間があるし温泉に入りましょう」と荷物を下した。

 露天風呂付きの部屋というのはとても豪華でいいのだが、大浴場のように更衣室がなく部屋で着替えるのは少し恥ずかしい。それが一緒に風呂に入っている麻知とであっても変わらない。同じ部屋で今着替えているが、何故か背中合わせで着替えている。背後では麻知が髪を束ねていた。女性は風呂に入るだけでも色々と準備があると考えると本当にご苦労なことだと思わされる。

「先に入ってるよ」

「ええ。運転の疲れをとってね」

浴場に向かう時、衣擦れ音がした。温泉を前にしているからかそれがなんとも艶めかしく感じた。

 

「ああ....」

 

身体にお湯が染みていくような感覚がする。ガチガチになっていた関節が溶けるようだ。からだを伸ばして風呂に入るというのは温泉旅行ならではの醍醐味だろう。ユニットバスも足は伸ばせるが私の身長では足がはみ出してしまうのだ。湯加減も熱すぎずだからといってぬるくもない丁度良い温度でいくらでも入っていられそうだ。

 

「おまたせ」

 

部屋の方から麻知がやってきた。髪をまとめ上げタオルでくるみ隣に入ってきた。

 

「どうしたの。まじまじと見て.....えっち」

「べ、別にそういうわけじゃ。つい目に入ってしまうというか」

「ふふっいいけどね。滉一にしか見せないんだし。それに他の女に目移りされたら困るから」

「はは...」

 

私は乾いた笑いをするしかなかった。それにしても麻知の躯体を改めて見るとまだまだ若々しい。普段は暗くてあまりよく見えていなかったが不意に欲情してしまう。

「お背中お流ししましょうか?」

麻知がこちらを見て身体を洗うか聞いてきた。浴槽から上がり背中を流してもらった。タオル越しに麻知の温かな手の感触が伝わってきた。熱湯風呂の後、介護同然で風呂に一緒に入ることが増えた。体が上手く洗えないという他に浴槽に入るのが無意識に怖くなったことが大きかった。今ではこうして自分で入れるようになったが、麻知に背中を流してもらうのは習慣になってきている。

「お湯流しますね」

背中から熱いお湯が掛けられる。今度は麻知の背中を流してあげようと声を掛けた瞬間、背後から麻知に抱きつかれる。

 

「一体どうしたんだい?」

「マーキング...滉一は私のモノだって」

「はは。まるで犬の縄張りみたいだ」

「まぁ...あながち間違ってないかも。だってあなたは私のものでしょ?私も滉一のものだし」

「大丈夫だよ。麻知しか愛していないから...」

「本当に?」「本当だよ」「大好き....」「俺も好きだよ麻知」

 

**********

午後7時夕食が部屋に運ばれてきた。さすが5つ星を獲得した旅館だけあり豪華な懐石料理で全部食べられるか心配になるほど多い。麻知がお酌をしてくれた。

 

「今日はごくろうさまでした」

「じゃあ、いただきます」

コップに注がれたビールを飲み干す。

「ほら麻知も」

今度は麻知のコップにビールを注いだ。少し戸惑った様子であったが、酌を受け取り口をつける。

 

「今日はありがとう。麻知のお陰で楽しい赴任になりそうだよ....これからもよろしく」

「滉一がどこに行くことになっても私はついていくからね?だって私の全てはあなただけだもの。もうずっと離れないからね...もう二度と間違えないように」

 

最後の言葉の意味はよく分からなかったが、離れかけていた夫婦の絆がまた結びついてきているように感じた日であった。




すぐ書くといいながら4ヶ月が経ちました。就活は終わったもののその後燃え尽き症候群にかかってしまい卒業論文すらままならない状態でした。今はやっと抜け出したのですが、そもそも小説を書きたい衝動が起こらずこんなに時間が経ちました。毎度言い訳なのですが、次書くのも筆が赴くままという感じでしょうか.....


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引っ越し2-3day

実は福井に昨日まで帰っていました。


眩しい...

瞼の裏に眩い光が差し込んでくる。ゆっくりを目を開けると真っ先に見えたものは天井だった。それもただの天井ではない和室特有の格子状の天井であった。意識がはっきりして、やっと自分が旅館にいることに気づかされる。ゆっくりと上体を起こすと、麻知が浴衣をはだけさせて隣で眠っていた。昨夜は麻知も酒が入っていたので旅先とはいえ少々羽目を外しすぎた。麻知はこう見えても下戸でビールを飲み干す前には手が付けられなかった。

~~~

「はいあーん」

麻知はかなり密着し、焼き物を一口に取り滉一の口に運ぶ。

普段なら躊躇うことだが、滉一も酒で気が大きくなっていたのか応じる。

「あーん」

「美味しい?」

麻知は頬を赤く染め聞いてくる。羞恥よりも酩酊からくるものだろうが。

「美味しいよ」

「えへへよかった」

この料理は言うまでもなく旅館の料理人が腕をかけて作ったものだがまるで自分が作ったかのように喜ぶ。

「じゃあ、麻知もあーん」

お返しにと今度は滉一が麻知の口に運ぶ

「あーん...ん、美味しい♥コウくんは本ろうに優しい♥」

「こんなことで優しいって普通じゃないか」

「ううん。コウくんは優しいよ♥好きっスキスキ♥だからわらひ以外に優しくしちゃらめらよ?」

「そんなこと言われてもなぁ...」

「やらぁ!わたひだけに優しくしてよぉ....やだやだぁ」

麻知は子どもが駄々をこねるように裾を引っ張り上げて反抗する。

「大丈夫だよ。俺が一番好きなのは麻知だから」

「コウくんを好きになってもいいのはわらひだけなのぉ!コウくんを一番知ってるのはわらひなんらもん」

「分かってるから...落ち着いて」

「じゃあキスして?♥」

何がじゃあなのかはさっぱり分からないが、麻知の要求に逡巡している間に麻知は滉一の唇に向かっていた。

ん....チュッ..

「!?」

麻知が舌を入れてきたので驚いた。初な麻知にしては大胆な行動である。やはり酒の魔力というのは人を変えるのだろうか...

~~~

それから先のことはあまり覚えていない。まぁ思い出さずとも顛末はなんとなく分かる気がするが。

ほとなく麻知が起き上がってきた。

「おはよう」

「おはよう。あなた、折角だし朝風呂でも入りましょう?」

「ああ。朝ご飯まで時間があるしな。」

朝の入浴で汗を流し、朝食をとる。その間今日の予定について話した。

 

「今日はこのあと社宅に入って荷物を出して、必要なものを買い出ししてって感じか」

「ええ」

「どんなところだろうか。詳しいことは聞いてなくてな」

「....風呂なしアパートとかでなければどこでもいいわ」

「まぁあまりに酷かったら別のところを探そう。甲辰商事(うち)が用意したものだから心配はしてないが」

朝ご飯を食べ終え、身支度を済ませ旅館を出る。芦原街道を進み、福井市内に突入する。貰った地図を頼りに社宅を目指す。

「そこの交差点を左に曲がって」

「はいよ」

市街地からやや離れた住宅街に入ってきた。ここからは大通りから外れるため麻知のナビが頼りになる。

「そこじゃないかしら」

見えてきたアパートを指さす。ここが新天地での住まいか。滉一は少し胸を熱くさせた。ただ福井に来たわけではない。大きな使命を持ってここまでやってきた。滉一の頭の中はプロジェクトを成功させる、そのことでいっぱいだった。

**********

「はじめまして。東京から越してきました山城です。よろしくお願いします。」

「これお口汚し程度ですけどどうぞ」

ひとまず大家に挨拶をしてきた。おじいさんがこのアパートの大家のようで「東京から車で...遠いところからよく来ねはったねぇ」と軽く会話を交わした。部屋を案内され、カギを渡してもらった。シリンダーキーを回しドアを開ける。

「また困ったことがあれば隣にいますんで」

「ありがとうございます」

大家によるとここに住んでいるのは私達だけのようだ。一応お隣りへの手土産も用意したが不要のようだ。

「荷物を持ってくるよ。麻知は少し休んでてくれ」

「私も手伝うわ」

「いや、これから色々と手伝ってもらうからこれくらいはさせてくれ...」

麻知は理解したのか。奥の方へと入っていった。まぁ搬入でも多くが麻知の世話になるだろうから。

荷物をすべて部屋に持ち込むと、麻知が先に買い出しに行った方がいいというのでホームセンターへと向かった。家具チェーン店が近くにあればよかったのだが、一番近い店でも5キロ先だという。食器や調理道具などを見て回る。麻知は迷うことなくホイホイとカゴに入れていく。主婦というのは身の回り品には拘りがないのだろうか。食器も我が家ではシンプルなものが多い。

「茶碗とかマグカップは買わないのか?」

「それは明日買うから..」

「でも明日はたしか...」

「だからよ」

 

結局どういうことか聞くことはできなかったが麻知には考えがあるようだった。買い物を終え、自宅で軽く昼食をとる。食材もそろっていないので近くのコンビニでおにぎりを買った。内食の多い我が家では珍しいことだった。帰りにコンビニに寄ると麻知が不機嫌になるのでコンビニごはんを食べるのは久しぶりだが、意外と美味しいものだ。海苔もパリパリしているし具材も高級志向になってきているようだ。

 午後からは段ボールから荷物を出したり各々の部屋作りをして時間が経っていった。私は本棚を作っていた。ベッドは備え付けで設置されていたが机や本棚は無かったのでホームセンターで買ってきた。作業机は宅配を頼んだため後日届くが本棚は持って帰ってきた。コンビニで購入したドライバーセットで製作していく。A3サイズの組立書を見ながら事件現場に置かれた番号札のように床に散らばった釘なり天板を手に取りねじを留めていく。小さめのドライバーでも十分組み立てが出来た。本棚を起こし、部屋の片隅に設置した。見計らったように麻知が部屋にやってきた。

 

「食べ物の買い出しに行くけど、何か食べたいものある?」

「いや...別になんでもいい」

「なんでもいい...そう」

何が食べたいと急に言われても困る。格別食べたいものも浮かばなかったのでなんでもいいといった。野口は奥さんになんでもいい、と答えたら夏場に煮込みうどんを出されたと言っていたな。「なんでもいい」とは言いつつも実際は有限なものなのだが。しかし、麻知の場合食べたいものを言えば文句を言わず作ってくれる。テレビか何かで見たポークビーンズが食べてみたいと言えば鍋で数時間豆を煮ていたし、フライドポテトって自宅で作れるのだろうかとふと口にしたら数日後にフライドポテトを作ったと出してきたことがある。驚くのはそれだけではなくそれがなかなか美味しいのだ。普段は和食や家庭的な洋食しか作らない麻知だが、何でも作れることを知らしめられた。

 麻知が買い物に行っている間私は一足先に風呂に入った。アパートの風呂なので足は伸ばせないが中背くらいの私なら十分なくらいの大きさだ。大学時代に住んでいたアパートは洗面所と風呂が一体となっていて、しかも深夜給湯なので不便だった記憶がある。すぐ洗面所が水垢だらけになるんだよな...ここの洗面所は脱衣所と兼用になっていて東京の家とそう変わりない。命の洗たくといわれる風呂くらいはいい設備でないと困るものな。私はからだでも洗おうと思ったその時大事なことを思い出す。

....シャンプーがまだなかったんだった。

麻知が帰ってくるまで待とうか。それともいったん出るか..いや、待つにもいつ帰ってくるか分からないし、出るのもまた入るのは正直面倒である。

「仕方ない。出るか。このままでは茹でだこになってしまう」

湯船から上がろうとしたその刹那、脱衣所から着信音がなった。風呂場を出てスマートフォンを手に取った。着信元は麻知からだった。メールのタイトルは「お風呂入るなら」、『脱衣所の棚にボディソープとシャンプーあります』と書かれていた。脱衣所の戸棚を開けると確かにボトルがあった。自分の行動は先読みされていたってことか..

**********

「いやぁさっぱりした」

 

風呂を上がり、リビングに向かう。麻知が既に帰宅しておりキッチンに立っていた。

 

「おかえりなさい」

「もうすぐでご飯できるからちょっと待ってて」

 

椅子に腰かけお茶を一口含んだ。対面キッチンではないので麻知はこちらを背にして料理をしている。後ろ姿がとても懐かしかった。またお茶を口に含む。

 

「そういえばメール助かったよ。ちょうど風呂に入っててさ、シャンプーがなくて困ってたところだったから。」

「...滉一のことだからお風呂にすぐ入っていると思ってたから。」

 

キッチンからおかずを持ってきた。今日買ってきた大きな皿で運ばれたものは大きな焼き魚だった。あとはだし巻き卵に味噌汁がついていた。

「でっかいな何の魚?」

「焼き鯖って書いてあった。」

 

食卓の真ん中にドンと陣取っている黒々としていてまるまる太っているこの魚はサバのようだ。丸々一匹の焼き鯖を初めて見た。私にとって焼き鯖というと切り身になった塩焼きだったがサバという魚はこんなに大きい魚だったのか。流石海のある県、魚介が豊富だと感嘆させられた。麻知が身をほぐして小皿に取り分け、手渡してきた。

 

「小骨が少し残ってるかもしれない」

「ん。気を付けて食べるよ」

福井で初めて食べたサバは脂が乗っていて、潮の香りがした。まだ海を見ていないが福井の海はこのような匂いがするのだろうか。

 

「福井のサバ、美味しいな」

「それノルウェー産よ」

「..」

訂正したい。福井で初めて食べたサバはノルウェー産だった。

この日は早くに就寝した。明日は福井を観光し、夕方に一旦東京に帰る予定となっている。会社でなんと私の送別会をしてくれるようだ。繊維部総出で送別会をしてもらえるとは思ってもみなかった。野口と会えるのも残り僅かだ...

そういえば部長が奥さんも誘ったらいいと声を掛けてくださった。前に復帰祝いの時酷く酔って迷惑もかけたので私としても賛成だった。まぁ懸念しているのは水萌くんと麻知が鉢合わせしてしまうことなのだが。今日「あまり事を起こさないでくれよ」と釘を刺しておいたが、不安は消えない。まぁ考えてどうなるわけでもない。早く寝よう...

 夜が明け、麻知を乗せ越前海岸をドライブする。福井というのは南だけがリアス海岸ではなく若狭湾を囲む全体がリアス海岸となっているようだ。道は湘南などとは違い酷くくねくねとしている。しかし、水平線が綺麗に映っており様々なものを飲み込んでいそうな深く青い海は日本海ならではの風景だった。朝食はこの海岸線の先にある海の見えるカフェテリアでとることにした。ここら辺は漁村が多いようで漁船や魚屋を通り過ぎる。

 

「もうすぐ海水浴シーズンね」

「うん。この辺の海水浴場だと鷹巣海水浴場っていうところがあるらしい」

「....でも行くこともないか」

麻知は少し寂しそうに言ったので「夏になったら行こうよ」といった。

「水着まだ着られるかしら」

「麻知ならなんでも似合うさ」

「..そう、かな」

 

麻知が車の窓を開ける。ぶわっとまだ肌寒い風が吹くそして強烈な潮の香りが鼻につく。麻知は意地悪そうに笑った。

 漁村に一つ浮いた白いログハウスが噂のカフェテリアだ。閉店時間が日没の時間となっていて今日の日没時間が入り口に立てかけられていた。少し朽ちた木の階段を上がり中に入ると、そこはまるでパノラマ写真のような海が広がっていた。

まるで海を独り占めしているような気分だ。店の外には大きなガーデンがあり崖の上に立っていることが分かる。ブラックジャックの診療所のようだ。崖の近くにはベンチがあってバックには海が見える。

 

「来てよかったね」

「海を見ながらコーヒーが飲めるのはいいな」

「何食べる?カレーとかうどんがあるみたい」

 

メニューを見るとおしゃれなサニーレタスが入った冷やしうどんやカレーが載っていた。

 

「朝からカレーは重いな...冷やしうどんにするよ」

「それじゃ、注文してくるから待ってて」

 

この店はカウンターで注文をして受け取るセルフ方式だった。フードコートなんかで見かけるブザーをもらい待っている間ガーデンに出てみることにした。

一番端のベンチの場所まで行くと、より海が開けて見えた。はるか遠くに水平線が見えるが真っ直ぐ一直線ではなく曲線を描いていて地球が丸いことを痛感させられる。当たり前といえば当たり前のことなのだが自然の風景を見ると人は童心に返ってしまうものだ。麻知も「風が気持ちいい」と楽しんでいるようだった。

 

「写真撮ろうか。ほら座って」

「ええ」

 

スマートフォンのカメラを起動して海と麻知を写す。

「よろしかったら撮りましょうか?」

 

後ろからアベックがやってきた。私たち二人でということなのだろう。

 

「よろしいですか?」

「はい。どうぞ旦那さんも座ってください」

 

ベンチに向かうと麻知は席を空け、隣に腰かける。他人にツーショットを撮られるのは気恥ずかしく笑顔とも真顔ともとれない何とも言えない表情になってしまった。

朝ごはんとして食べた冷やしうどんはかつおベースの出汁とマヨネーズが意外とマッチしてさっぱりして美味しかった。

 カフェを出てからは再び海岸線を走り、越前陶芸村を目指す。この道は漁火街道というらしい。漁火という名の通り漁村がぽつぽつと存在する。ホテルもたびたび見かけるがほとんどは民宿で観光ホテルとおぼしきものは廃墟と化していた。こんなにいい立地であるにもかかわらず上手くいかないというのはなんとももったいない話だ。

トンネルに差し掛かる所に滝があった。

 

「あれは...」

「呼鳥門っていうところみたい。あの岩のトンネルがそうみたい」

 

確かに滝の隣には大きな岩に穴をあけたような大きなトンネルがあった。かつては崖っぷちに道路があり、あのトンネルをくぐっていたようだ。現在では観光名所の一つとなっているようだ。呼鳥門......ではなく隣に出来たトンネルを抜け、梅浦漁港まで進んだ。梅浦からは山道で長い上り坂が続く。進むごとに山深くなりこの先に集落があるのか不安になる。10分くらい走っていくと家が点々と見えてきた。ダーツの旅的なクルーも第一村人を発見する時はこんな気分なのだろうか。それからまたしばらく走っていくと麻知は「この坂道の先が陶芸村みたい」と言った。周りは歩道が赤レンガで舗装されてい分岐にオブジェが立っていた。坂の上には黄色い建造物が目の前に現れる。

駐車場に車を停め、背伸びをする。

 

「あーやっと着いた」

「運転お疲れ様。お茶飲む?」

「うん」

「あの黄色い建物でコーヒーが飲めるらしいよ」

 

看板を見ると、「越前焼でcafeタイム」と書いてあった。陶器でできたマグカップでコーヒーを楽しめるようだ。

 

「ほら行きましょう」

「わかったから引っ張らないでくれよ..」

麻知は滉一の手をがっちりと握り黄色いホールに入っていく。

 

「コーヒーは自動販売機なのね」

「まぁカップは種類があるしいいじゃないか。買えるみたいだし」

 

コーヒーの自動販売機の隣にはショーケースに入った越前焼のマグカップが飾られておりそれを自動販売機に設置してコーヒーを楽しむようだ。シンプルなものもあれば陶芸とは思えないカラフルなカップもあった。

 

「このカップとかあなた好きそうじゃない?」

 

麻知の指さしたカップは赤褐色の土の色にハケで描いたような紺色が印象的なカップだった。

 

「うん。これにしようかな。じゃあ麻知のを選んであげるよ。そうだなぁ...これとかいいんじゃないか。」

私が選んだのは灰色の釉をベースにインクをこぼしたような柄が付いたカップだ。麻知も満足そうに「じゃあ、これにする..」とカップを手に取る。

焼き物のマグカップで飲むコーヒーはいつもよりも少し贅沢な気分がする。口当たりが滑らかというか角の取れた味になっているように思うのは気のせいだろうか。そんなことを考えていると麻知も

 

「いつもとは少し違った感じ..」と語った。

**********

「少し奮発してしまったけど、昨日買うより良かった。」

「そうでしょう」

 

近くに越前焼を扱うお店があると聞き、そこでマグカップを買った。ペアになっていて取っ手が変わった形をしているのが目に入った。麻知もこれがいい、と言ったので買うことに決めたのだった。最後に陶芸の美術館を見て回った。越前焼が発見されたのは数十年前のことらしくそれも地元の高校教師が再興したというのだから驚きである。中世にかけては水に入れる甕を作っていたらしく瀬戸物で有名な瀬戸焼同様一大生産地だったようだ。それも歴史と共に衰退し、百年間ほど知られることがなかったようだ。

そんな歴史を知ることができ公園の謎のオブジェを見回っているとお昼を過ぎていた。

 

「お昼はどうしようか。」

「どこでもいいけれど」

「そうだなぁ....散財したしどこかファミレスでもいいかい?」

「私は構わないわ」

私たちは陶芸村を後にし、山間地域を下りて都市部で昼食をとった。その後は駅へ向かって国道をひた走る。特急で金沢へ向かい金沢からは新幹線で東京に帰る。福井県は日本で一番遠い県と揶揄されるほど交通の便が悪い。飛行機も新幹線もなく、高速バスでも中央道で半日掛かるようだ。今日も夕方に乗って夜遅くに自宅に着く予定だ。

自然が豊かで食べ物もおいしいが、これから会社員として働きながら暮らすには少しばかり不便がついて回りそうだ。まぁ、昔は長野の山に骨を埋めようとしていたこともあったくらい田舎暮らしには自信があるのだが..

信号が赤になりブレーキを踏む。助手席をチラリと見ると麻知がスゥスゥと眠っていた。疲れたのだろう。

 

「これからもよろしくな。麻知」

 

信号が青になり、アクセルを踏んだ




閲覧ありがとうございました。

次回、麻知vs晴江2ndマッチ


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鴻門の会

本屋の匂いがする香水がアメリカで売られたらしいです。
匂いでも青木まり子現象は起きるのでしょうか?


『沛公旦日百余騎を従へ、来たりて項王に見えんとし、鴻門に至る。』

 

三国志に並ぶ中国の歴史書「史記」のこのフレーズは和やかな酒宴とは裏腹に進んでいく戦争の静かな始まりを描いている。そして、今新宿の居酒屋でも女の戦争が繰り広げられようとしていた。

 

「......」

「......」

 

ビールを注ぐ麻知、コップを持ちお酌を受ける水萌。麻知は作り笑いを崩さず水萌はやや不服そうな表情(かお)を浮かべる。麻知の隣には同じく酌に回っていた滉一がビール瓶を持って膝立ちになっていた。

水萌の見て取れる不満をよそに麻知は「お酒は飲めませんでしたか?」などと言っている。酒をあまり飲んでいないのに胃が痛い...私の送別祝いに開かれた酒宴はまだ始まったばかりだ。何事もなく無事に終えることはできるだろうか...

 

 時は遡り、福井から帰ってきた山城たちは翌朝野口家にお邪魔していた。野口は既に仕事に出ており、透が二人を出迎えた。山城と透は何度か面識があるが一言二言くらいしか話したことがない。山城から見れば警戒されていると理解しているが、透は麻知に気を遣ってあまり山城と接しないようにしている。麻知ほどではないが透も実は妬く性分で、野口が麻知と仲良さげに話しているとモヤモヤする。麻知に嫉妬するわけではないのだが、自分でもよく分からない感情を野口にあたって発散させているのが野口夫妻の関係性である。

 

「大したものは作れなかったんだけど..」

 

透は朝食を2人に振舞った。ホットドッグにスクランブルエッグ、サラダにインスタントのコーンスープが並べられていた。

 

「ううん。透ちゃんありがとう」

「いただきます」

 

山城はスープをすする。麻知もまた朝食に手をつけ、談笑に入った。

 

「麻知ちゃんが福井に行っちゃうなんて寂しいな。絶対遊びに行くから!それでどの位あっちにいるの?」

「それはね.....あなた」

「えっと..厳密には決まってなくて実は左遷だったりするかもしれなくて。ずっと福井に永住するかもしれません」

「ええ!宏...旦那が社長直々の特命なんて言っていたから栄転だと思ってました。福井では部長さんになられるんでしたよね」

 

確かに出向先の福鯖織物株式会社では開発部長兼プロジェクトリーダーとして迎え入れられるのだが、甲辰商事の課長と下請会社の部長では前者の方が待遇としてはよい。以前にも言ったように地方企業への出向は片道切符になることも現実としてあり、部長から新商品の開発と説得された山城も半信半疑であった。

 

「栄転ですか...買い被りですよ。部長といっても地方の織物会社ですし、給料だって今より少し下がりますからね。社長も納得いく商品が完成できるまでは本社へ呼び戻してはくれないでしょうし」

「主人なら大丈夫よ。だって私のだんな様なんだもの」

「そうね。やり手の麻知ちゃんを落としたご主人だもん心配ないよね。旦那も『山城ならきっと社長のお眼鏡に叶う商品を作ってくれるはずだ』って言っていたし....旦那、口にはしないけど最近夕食の時もボーっとしているときがあって、旦那も山城さんがいなくなるのが寂しいんじゃないかなぁって。」

「そうですか...」

 

野口の普段は見ない一面を聞いた気がする。やはり奥さんというのは主人のことをしっかり見ているんだと感心させられる。逆に男は自分の奥さんを理解し得ているのか少し不安になってしまう。正直私は麻知と幼馴染で誰よりも見てきた自信があるがこんなに仲良さそうに同僚の奥さんと話しているのは初めて見る。昔は誰かと話していても社交辞令的で冷たいというか周りに無関心なように映っていたのだが、今ではこうして女友達がいるんだと妻のことを一つ知ることが出来たような気がする。

 

「そういえば今日旦那が山城さんの送別会と言ってたけど麻知ちゃんも行くの?」

「ええ。.........透ちゃんもいかない?」

『え?』

麻知の一言に山城と透は同時に反応する。何を勝手なことを言っているのか。

 

「いや、そんな勝手に」

「別に一人くらい増えても問題ないでしょう。今日は私達が主役なんだし」

正確には私だけなのだが。まぁ経費で落ちるような飲み会ではないし、奥さんの代金くらい野口が出すだろう。

 

「分かったちょっと聞いてみるよ。少し出てくる」

山城は携帯を耳にかざしリビングを出た。入れ替わるように透がコーヒーカップを持って麻知の前に置く。

 

「わざわざごめんね麻知ちゃん」

「ううん。いいのよ。前に一緒にいてもらったお礼をしたかったし、透ちゃんと最後に飲んでみたかったから」

「私も麻知ちゃんとはしばらくお別れだしね。ありがとう麻知ちゃん。あ、そうだミルクと砂糖いる?」

「うん。お願い」

 

麻知たちがコーヒーを飲みゆっくりしていると、滉一が部屋に戻ってきて「野口さんのもとってもらえたよ」と伝えに来た。そんな経緯があり、山城たち三人は夕方新宿駅へと向かった。

**********

午後7時

「えー今日は山城繊維2課長が福鯖織物へ異動することになった。ささやかながら繊維部で山城課長の送別会を開きたい。それでは、山城くん一言」

 

繊維部長の挨拶も早々に自分の番が回る。みんなの視線が一心に向けられる。

 

「今日はこのような会を開いていただきありがとうございます。明日付で福井県の福鯖織物株式会社へ出向することとなりました。入社以来繊維部で働き部長をはじめ多くの先輩方や頼れる同僚、後輩に支えられてきました。あちらに行っても甲辰商事でのことを忘れずに精一杯頑張っていきたいと思います。長い挨拶になりましたが、ここで乾杯にうつりたいと思います。みなさん飲み物の方はよろしいでしょうか」

 

参加者は机の前にあるコップを手に持つ。既に乾杯を待つせっかちなものもチラホラいた。

 

「それでは乾杯!」

 

大勢の「乾杯~」の声で酒宴が催された。「山城くん、乾杯」と部長と盃を交わし、その後繊維2課の部下たちが私の下に駆け寄ってきた。気が付いた時には私のそばには麻知が座っており、「今までありがとうございました。」と接待していた。あっちでも頑張ってくださいと励ましてくれるもの、課長がいなくなるのは悲しいと涙を流すもの様々だった。私はこんなにもいい部下を持つことができたのかと少しうれしくなった。

 

「あなた、みなさんいい人ね。」

「うん....」

お酒が回ったのかなんだか顔が熱くなっていくのを感じる。その後、席を回りお酌に回りながら繊維部の仲間と挨拶を交わした。

若い社員の群れに向かうと水萌くんがいた。この数ヶ月間彼女には色んな意味で翻弄された訳だが、繊維2課で最後に持った部下である。久しぶりの女性社員だったということもあり、私と会った期間は一番短いが思い出深い部下である。

 

「水萌く......ん」

 

私が声を掛ける前に「水萌さん、こんばんは」と朗らかに麻知が水萌のそばに座り、ビール瓶を傾ける。水萌も渋々それに応じていた。

そして、今に至るわけである。私ははっ、と我にかえり水萌くんの前に座る。

 

「済まない。ビールは飲めなかったかい?グラスを替えてこようか?」

「いえ、いいです」

と水萌は私の目の前でコップを空ける。課長、とグラスを寄越してきたので私が注ごうとすると脇腹を不意にツネられる。麻知だ。

 

「よかった。若いのにお酒大丈夫なんですね」

「ええ奥様、気遣い不要ですよ。課長が注いでくれると思ったらまさか奥様が『わざわざ』注いでくださるなんて」

 

水萌はわざわざ、を強調して皮肉を口にした。

 

「あら?私が注いだのが迷惑そうね。」

「そんなんじゃありませんよ。でも、最後に課長とお話がしたいなぁって..」

 

言葉の応酬が続く中で私は口を開いた。

「水萌くん、会社は慣れたかい?教育中に異動になってしまい、本当に心苦しいのだけれど」

「はい!課長に手取り足取り仕事を教わりましたから!私ももう課長にお弁当を作ってあげられないので悲しいです」

「.....手取り足取りねぇ、」

 

麻知が小声で何かを呟くと脇腹を掴んだ指に力を入れる。爪が食い込んでとても痛いんだが。

 

「いや、お弁当のことは...」

「あなたお弁当作ってくれるなんて、いい女性社員さんね。私が作った時より嬉しそう」

麻知は表面上ではにこやかにしているが、心中穏やかでないことは私でもわかった。すかさず否定する。

「いや...そんなことはないよ」

「そんなことがないって?」

「麻知の弁当の方が好きだよ。」

「課長!奥さんより私のお弁当の方が美味しいって言ってくれたじゃないですか!」

「へぇ...」

 

弁解の途中に水萌くんから爆弾発言が飛んできた。私の記憶ではそんなことを言った憶えはないぞ。しかし、麻知の顔はだんだんと険しくなっていくのが分かった。

 

「あなた、今の話本当?もっと練習しなくちゃね。フフ...ふふふふふ」

「ちが、そんなこと言った覚えはないから!今でも十分美味しいから」

「そうよね?だって『高校生の頃から』お弁当作ってあげてるものね。あなたの味の好みは熟知しているし、昨日一昨日から作り始めたお弁当より美味しくない訳ないわよね?」

 

麻知は高校生の頃から、を強調して滉一の言葉にうんうんと頷いた。

 

「でもぉそんなに一緒にいるのに、若い女性社員に嫉妬して昼飯を作らないなんて大人気ないことするんですねぇ」

「夫婦の間に割り込むのはどうかと思うけれど」

「こちらこそ上司と部下の関係に割り込むのはどうかと思いますけどね」

「.....」

「.....」

 

再び膠着状態に入る。お腹が痛くなってきた。それは脇腹をつねられて痛いのとは別の痛さである。勿論脇腹も鋭い痛みを伴っているが。

 

「ま、ち、ちゃ、ん〜」

 

視界の外から何かが急に現れ麻知に抱きつく。どこの酔っ払いだと思ったら野口の奥さんだった。

 

「どうしたの?そんな怖い顔して〜かわいい顔が台無しだよ〜」

「と、透ちゃん。」

急に現れた透に水萌は唖然とする。しかし、透の出現により場が少し和んだ気がする。ありがとう...

 

「麻知ちゃん、この子は〜?」

「滉一の部下の水萌さん」

「へぇ。こんばんは〜繊維1課課長野口宏人の妻の透で〜す」

 

酔っ払いに絡まれた時(実際そうだが)みたいに「そうなんですね。繊維2課の水萌晴江です」と言葉を返した。

 

「この子?宏人がお弁当食べたっていうのは〜」

「透ちゃん、野口さんが食べてたのは私のよ」

「あっ、そっか〜でもでもぉそのせいで私がお弁当作ってもぉ『え、うん。おいしかったよ』って絶対麻知ちゃんのお弁当のが美味しかったんだ...う゛ぇぇぇん」

 

笑っていたかと思えば急に泣き始めた情緒不安定な人だな。麻知が「そんなことないよ」と慰めつつ「この子が野口さんに私のお弁当食べさせたのよ」と告げ口をした。間違っていないが、それじゃあ水萌くんが悪いみたいじゃないか。透は「そうなんだ。それはいいんだけど」と前置きをして

 

「あのね〜麻知ちゃんは〜滉一さんのこと大大だ〜い好きなんだからっ小学生の時いじめっ子を代わりに殴ってくれてから一目惚れしたんだって麻知ちゃん。今時こんなうぶな子いないよ!ほんと麻知ちゃんは可愛いなぁ」

「やめてよ..//透ちゃん滉一の前で、恥ずかしい...」

 

女性社員に絡むセクハラ親父みたいに麻知に再び抱きつく野口の奥さんを見かねたのか保護者がやってきた。

 

「透。人様に迷惑をかけない。済まないうちの妻が...君は水萌くんと言ったかな」

「あ、はい。野口課長こんばんは」

「あー。若い女の子に色目使ってる〜部長、この課長セクハラで〜す」

「分かった分かったからあっちに行くぞ」

 

野口は麻知から透を引き剥がし隅の席へと下がっていった。

 

「騒がしくしてしまったね。それじゃ応援してるよ。」

「あ、課長。待ってください」

水萌は山城の顔に近づき

 

「今でも課長のこと好きですよ えへっ」

と耳打ちした。その様子を麻知はしっかり見ていた。まだ不機嫌であった方がマシというか無表情だったことが怖かった。

 

私は最後に野口の元へ駆け寄った。麻知は隅にいる透の介抱に向かったようだった。野口を探すと繊維1課の集まりとは少し離れたところに座っていた。私は隣に座る。

 

「よぉ」

「山城か。ついに主役が登場したか」

「最後に盃を交わすなら野口だと思ってな。」

 

野口がコップを空けると、私は手に持っていたビール瓶を傾ける。「それ山城も」と今度は野口がビール瓶を取り、私に差し出してきた。私は一気に飲み込み、野口に再び返盃を受け不安を吐露する。

 

「私は..未だによく分からないんだ。なんでこんな時期に地方へ出向させられたのか」

「それは新素材の開発で」

「そうだと分かってるんだが、それでも...一生甲辰商事(うち)に戻って来れなくなるんじゃないかと。新素材ができたからと言って戻れる確証だってない訳だし」

「....」

「出向先でも仕事に手を抜くことはしない。だが、私の仕事ぶりが認められなかったんだろうか。」

「...山城だからこそ新素材が作れると社長は考えたんだろう。それに本当に島流しだったらそんな面倒くさい理由をつけると思うか?俺が聞いたうちでは部長も出向には反対気味だったらしいし、他派閥が潰しに掛かった訳でもなさそうだ。塩葉派も今や見る影がないじゃないか」

「...確かに」

 

私の出向人事と同時期に塩葉専務が甲辰商事を去り、塩葉専務についていた社員は今や重要ポストから外されている。残酷にも思えるだろうが商社の派閥闘争というのは結局は賭け事に近いのだ。常に勝ち馬に乗らなければ自滅しか待たない。

 

「そんなわけだ。ちょっとしたバカンスと思って福井へ遊びに行けばいい」

「遊びに行くわけじゃないんだぞ。月詠物産に勝つ秘密兵器をだな..」

「山城が次の仕事に誇りを感じてるならなんら問題ないじゃないか。別に本社だろうがそうじゃなかろうが。それに麻知さんならブラジルでもパプアニューギニアでも付いていきそうだけどな」

 

野口は視線を麻知に配る。麻知は食べ物をつまみながら、透と何か話していた。先程の凍りついた表情とは違い笑顔を見せていた。

確かに麻知なら私が単身赴任すると言ってもきかないだろう。

 

「山城はいい奥さんを持ったな」

「そんなこと言ったら奥さんに怒られるぞ」

「透の方がもっといい女だ」

「何を、麻知の方がいい女だろう。」

「ふっ、俺たちいい奥さんを持てたってことだな」

「ああ」

 

山城たちは友情を確かめ合い、送別会は静かに終わった。




閲覧ありがとうございました。
私も今年で卒業ですが、この状況なので追い出しコンパがあるのかどうか...最後にタダ酒飲みたいものですが


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【番外】熱

梅雨というのもあり、ジメジメした暑さですね...
エアコンをスプレーやフィルター掃除したのですが、前より風は来るようになったのですが冷房が寒すぎる...(かといって、消すと暑い)

※福井編始まってますが、ここではまだ世田谷の自宅にいる設定です


 かつて言われていた"熱射病"という言葉は死語と化している。今や熱中症は人々を死に至らしめる季節病といっても過言ではない。厚生労働省人口動態統計によると熱中症による死亡者数は1993年以前よりも10倍近く増加している。

地球温暖化の影響という学者もいれば周期説を唱える学者もいるが、とにもかくにも年を重ねるごとに日本の夏は暑くなっていることは事実である。街を行き交う人々は様々な暑さの対策をしている。手持ちの小型扇風機を手に持ち汗を拭う女性、暑いなか街路樹をダッシュで駆け抜ける上半身裸のランニング男、公園で水遊びに勤しむ子どもの姿...

 そんななか住宅街をビニール袋をぶら下げて額から汗を流しながら帰路にいる山城の姿があった。クールビズとはいえ、白いカッターシャツにスラックスとサラリーマンの型を破った格好はできない。シャツが肌に張りついてベタベタしている。山城は今でもこんなに暑いのに夏はどれだけ暑くなるのだろうかと思案していた。

手に持つビニール袋には珍しく麻知からおつかいを頼まれた2リットルのスポーツドリンクが入っている。麻知はあまり私が寄り道することを快くは思っていないのでおつかいを頼まれることはほとんどないのだが、今日は向こうからメールで買ってきてと頼まれた。

家につきドアを開けると、麻知が出迎えていた

 

「...おかえり」

 

「これ、頼まれてたの」

 

「ありがとう...着替えたら?今飲むもの用意するから」

 

「ああ。」

 

麻知に荷物を預け脱衣所でシャツとインナーを脱ぐ。洗濯してあるTシャツを手に取り、頭から被るようにして袖を通す。

 リビングに入り、ゆっくりと椅子に座り一気に脱力する。麻知が買ってきたスポーツドリンクとコップを持ち近づいてきた。

しかし、それを置いてから微動だにしなかった。私はどうしたのだろうか、と心配になると麻知はふと口を開いた。

 

「"熱中症"ってゆっくり言ってみて」

 

「え?」

 

私は急なことに驚いた。そして耳を疑った。聞き直したかったが、麻知は無言でジッとこちらを見ていたので聞きただす勇気はでなかった。

私は断る理由もなかったので言う通りに言ってみた

 

「ねっ ちゅう しょう」「もっとゆっくり」

 

麻知はムスッとした声色で言った。麻知の意図が全く読めなかった。

 

「ねえ ちゅう しょおう」

 

私は出来るだけ"熱中症"という単語をゆっくりと発音した。ゆっくりすぎて原型をとどめていないかもしれないが。

麻知はおもむろにコップにスポーツドリンクを注ぎ、自らそれを口に含んだ。

 

そして、麻知の唇が私の唇に近づいていき...接点が広がっていった。

麻知の口からセルロース特有のケミカルな甘さが口のなかを支配していった。

麻知が口を離し、手の先で口を押さえた。

 

「あなたが"チューしよ"っていうから...」

 

「ああ」

 

私はやっと理解した。熱中症をゆっくり言うと「ねえチューしよう」に空耳で聞こえるのか。妻のお茶目な可愛い一面をみられて少しにやついてしまいそうだが、どうしてスポーツドリンクが必要だったんだろうか。

顔に出ていたのか、麻知がその疑問について口を開いた。

 

「疲れていたと思ったから...水分補給もしてなさそうだったから...」

 

そうか。きっと麻知は私をねぎらうためにこんな手の込んだことをしてくれたのだろう..

 

「なぁ..もっとしていい?」

 

俺が聞くと麻知は少し照れながら「うん...」と頷いた。

麻知は再びスポーツドリンクを口に含み、唇を重ねた。先程とは違い、口のなかに液体が無くなってもキスは止めなかった。麻知は名残惜しそうに唇を離した。麻知の顔は紅潮し、目がとろんとしていた。私も頭がふやけたようにこの快感に溶けそうになっていた。

私と麻知はあと何回かこんなことを続けた。そして二人の間を隔てていた液体は次第に減っていき、遂には口に含むことなく麻知を貪り続けた。

 

 最後のキスをして、麻知は乱れた息を吐きながら私から離れた。

 

「ご飯の用意するから....お風呂にでも入ってて..」

 

私も息を整えて、

「いや、まだいいよ。少し部屋で休むよ。お風呂は後でちゃんと入るから..」

 

「そう」

 

麻知はいつもの感じで返事をした。正直私の心臓はバクバクと脈打っていた。

 

**************

 

『どうだった?麻知ちゃん』

 

「とても...刺激的だった..」

 

『よかったじゃん!最初麻知ちゃん乗り気じゃなかったけど』

 

確かに最初は"熱中症"をゆっくり言うと、「ねえチューしよう」に聞こえるなんて下らないと思っていたが、まさか滉一が乗ってくれるとは思わなかった。私も自分が思っていたよりも昂りが見えたのが驚きだった。

 

「それで、透ちゃんはどうだったの...?」

 

『う...それがね』

 

************

 

「ただいま...透、珍しいね。出迎えなんて」

 

「ね、ねえ!!!!!熱中症ってゆっくり言ってみて!!」

 

透は宏人が帰ると早々ぶっきらぼうに質問した。宏人は最初面食らったが、透の意図が分かると意地悪な感じで透rに話しかけた。

 

「じゃあ、透が先に言ってみてよ。どれくらいゆっくり言わないといけないかわからないし」

 

「え?!私が最初に?.....えっと、その...」

 

透は顔を赤くしてもじもじし、

 

「ね.........ねぇ、ちゅ....ちゅ.........うわああああん宏人のバカあああああああああああああ」

言いかけて自分の部屋に引きこもってしまった。

 

「...ちょっと意地悪しすぎたかな..」

 

*************

 

「野口さんに手玉にとられたんだね」

 

『ほんっとに意地悪だよ!』

 

「まぁまぁ..野口さんは透ちゃんから言われたかったんじゃないかな..透ちゃん可愛いし」

 

『え~もう麻知ちゃんはいつも上手いんだから。麻知ちゃんにならキスしてあげてもいいよ~』

 

「それくらいのことを野口さんにも言えればいいのに...」

 

『それは言わないでぇ~』




お久しぶりです。小話を書いてみました。本当は熱海旅行とか一度消した学祭の話も考えたのですが固まってなかったのでやめました。(いずれ書きたい)

今後のことを言うと、福井編はあれで終わりというか滉一と麻知は地方勤務になり誰の邪魔も入らない世界で静かに暮らす(その辺は文加と似てるかも)という解釈でいいと思います。
大学編はそろそろ決着をつけたい。やや滉一や読者にとってキツいシーンになるかもしれないけど書ききりたい...中学編書かないのか?って声もいただいたのですが、正直高校編とあまり変わらないし少し束縛の強い麻知になるだけなのであまり新鮮味がないのかなぁと思います。学祭は高校編の延長線で書いてみたいですが。


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【番外】熱海にて

本業の市場調査と小説の取材もかねて一人海水浴に...
あれですね。今の海水浴にはロマンなどないですね。輩と家族連れしかいなくてなんの参考にもなりませんでしたね。

それはさておきずっと書きたかった熱海旅行の話です。


熱海-関東の奥座敷と呼ばれ、長く権力者や文豪に重宝されてきた。山と海に囲まれ豊富な温泉が湧いており今日でもリゾート地として多くの観光客が集う。

かつて甲辰商事でも社員旅行で二泊三日の熱海旅行を行っていた。現在では長期的な不景気やワークライフサイクルの変化からツアーパックの割引に留まっているが、滉一達が若手の頃はバブルの名残としてこうしたリゾート地への社員旅行というものが残っていた。

 

これは滉一や野口にとって忘れられない熱海でのお話...

 

**********

 旅行前夜、麻知は楽しそうに二人分のキャリーケースを荷造りしていた。まぁ私がやったところで二度手間になるだけなので手を出さなかった。いつものことだ。

 

「あ、そうだ」

 

麻知は思い出したようにリビングをでていった。何か取りに行ったのだろうか。私が珈琲を啜っていると、麻知がビニール袋を持って戻ってきた。

 

「新しく買ってみたんだっ!水着」

 

「楽しそうだね」

 

この頃は結婚したばかりで麻知はいつも上機嫌だった。学生時代のことや長野での新婚生活、そして東京に戻り長い就職活動を経たからかもしれない。

 

「うん!だって、コウくんと結婚してから初めての旅行だもん」

 

「ごめんな。麻知、ずっと辛い思いさせて」

 

結婚してから麻知には色々迷惑をかけている。就職活動を支えてくれたこともそうだが、やっとの思いで入社した甲辰商事に勤めてから休む間もなく働き続けていたので夫婦の時間というものを設けることはできなかった。また、収入も大手商社とはいえ新入社員の給料では二人で食っていくにはギリギリだった。麻知はどうにかして遣り繰りしてもらっている。そして一番は麻知がお父さんと...

 

「...気にしないでよ。私が選んだことだから..それにコウくん言ってくれたよね?これから先はずっと一緒だって。私も一緒だよ?楽しいときも悲しいときもこれからもずっとコウくんの傍にいるから」

 

麻知が私の手を取った。麻知の手は温かく、麻知の体温が私の手に移っていくような感覚をおぼえた。

 

「落ち着いた?」

 

「うん...」

 

何故だろうか。いつもより麻知がいとおしく見えた。どれだけ帰りが遅くても眠らずに待っててくれるのだが、ご飯を済ませたらすぐ寝るような生活が続いていた。

 

そんな生活が続けば男としての欲求が膨らむばかりなのは仕方のないことだった。

 

今は誰にも遠慮する必要はない。麻知の手を離す。

麻知は少し悲しそうな顔をしたが、私の手が黒のキャミソールの肩紐に伸びていると知ると羞恥混じりの涙目になって嗜虐心を煽られる。

 

 麻知の白く華奢な肩に掛かる細く黒い紐に片指を掛ける。

 

 

衣擦れ音を鳴らしながら指を麻知の丸みを帯びた肩にスライドさせて1秒,2秒,3秒...

 

「コウくん」

 

とても小さな声で麻知が呼び止めた。私が動かしていた一本の紐を麻知の手が震えながら押さえていた。

 

「やっぱりまだ恥ずかしい...」

 

「ごめん」

 

「ううん。こっちこそごめんね。でもやっぱりまだ恥ずかしい」

 

おあずけを食らった気分だった。ムードは消えても私の麻知に対する劣情はいつまでも消えることはなかった。

 

 実は夫婦の営みは1回きりである。初めてしたときはこれまで経験したことがないくらい私も麻知も融け合うかのような深いものだったが、それ以降時間がなかったのもあるが麻知が箱入りで男性経験が乏しかった(一時を除けば殆ど私だけだが)のでアプローチをかけても今のように逃げられてしまうのだ。

 

また一人でするしかないか。

 言っても他人を見てするのなんてもう数年できていない。"おあずけ"が続いた結果私の身体は麻知でしか気持ちよくならなくなっていた。今や私の寝室で麻知に見せたくないものはすみれとの手紙くらいだろうか。望んだことだが、少しずつ麻知に身も心も支配されていっている。

 

「明日は早いしもう寝るよ」

 

「うん。6時の電車に乗るから早く起きてね。ゆっくり休んでねコウくん」

 

「おやすみ」「うん。おやすみ」

 

旅行には麻知も随行する。会社の人間もいるが、結婚以来初めての旅行だ。麻知といい思い出を作れたらいいなと私は眠りについた...

 

************

 

東京駅八重洲口-オフィス街の集まる丸の内でも朝は街が止まっているかのように静かだ。街灯は殆どなくビルジングの窓ガラスは黒く染められているようだ。鉄道の看板だけが無機質に輝くだけである。

 

麻知とキャリーケースを轢きながら京王線に乗ったが、この時間だからかいつも乗る満員の電車とは違う空気と静寂さがあった。麻知はあまり睡眠がとれていなかったのか私の肩に身体を預けてすぅすぅと眠っていた。

私は麻知を起こさないよう電車の揺れに耐えていた。

 

集合場所の東京駅に着くと、既に何人か集まっている。挨拶をすると先輩方は麻知の方に目を向けた。結婚していることは既に周知の上だが、こうして顔を見せるのは初めてのことなので興味津々という感じだった。

麻知は「はじめまして。山城の妻の麻知です。今日は旅行にご一緒させていただきます。よろしくお願いします」

と深くお辞儀をした。

 麻知は先輩社員や女性社員とも仲良く話していた。私のどこがよかったのかとか、私の普段についてなど根掘り葉掘り聞かれていたようだが、上手く切り返していたので心配はいらなかった。

 

「山城おはよう」

 

肩を叩かれ振り向くと、そこには同じ繊維2課の野口がいた。野口は私よりも年下にあたるが同期である。野口は新卒、私は中途で同じ繊維2課に配属された。野口はフランクな性格のためか最初からため口だった気がする。私は野口のそういう遠慮のないところが好きで今でも付き合っている。

 

野口の脇を見ると女性が寄り添っていた。茶髪のショートカットに黒のノースリーブシャツ、淡い青色のジーンズを穿いていた。彼女は私に軽く会釈した。

 

「君の彼女か」

 

「そういえば紹介していなかったな..」

 

「待ってくれ。私も君に紹介したい人がいる。」

 

私が麻知を呼ぶと、先輩方に軽く会釈してこちらに駆け寄ってきた。

 

「話したことがあるから知ってるだろうけど、妻の麻知だ」

「この方は?」

 

麻知が私に聞くと、野口が口を開いた。

 

「はじめまして麻知さん。旦那さんと同じ部署にいる野口です。」

 

「こちらこそはじめまして。いつも夫から野口さんのことは伺っています。これからもよろしくお願いします」

 

麻知が笑顔を向けると、野口は隣にいる女性に挨拶を促した。

女性は少し恥ずかしそうにぎこちなく自己紹介をした。

 

「はじめまして......宏..野口の妻の透...です。いつも旦那が世話になっています」

 

私が挨拶を返そうとすると、麻知に裾を引っ張られた。表には出さないが、やはり女性と喋るのは許さないようだ。

しかし、麻知は透さんににこやかに挨拶を交わしていたが、透さんの方は少し顔が曇っているように見えた。

 

***********

集合時間になり、新幹線の乗車券を受けとる。誰かが「グリーンじゃないのかよ」というと次長がわざとらしく咳き込んでいた。まぁ口には出さないが誰もが思ったことだろう。

私は乗車指定券を取り出して麻知に手渡す。キオスクで飲み物を買い、8:02の新大阪行きに乗り込む。

指定された座席に座ろうとすると、野口と透さんがちょうど前の席に立っていた。折角だし、向き合って話でもしようと席を向き合わせた。私の目の前には野口、麻知の目の前には透さんがいるという並びになった。

 

「石油資源部は社員旅行シンガポールだってよ」

 

野口がぽつりと言った。

甲辰商事ではエネルギーや鉄鋼などの部門は出世コースと言われ、優秀な人材がひしめき合っている。その為、繊維部のような生活資材部門とは違い、福利厚生の部分でも待遇がいい。

 

「社員寮もすごいらしいな。プールがあるらしいし」

 

「まぁ仕方ないよな。俺は三流大学出だし、山城も中途採用だもんな。」

 

野口と傷の舐めあいをしていると、麻知と透さんはファッションのことを話していたようだった。

 

「野口、いつの間に結婚してたんだ?」

 

「2年前だな」

「2年前って入社してすぐか」

「そうだな。収入も安定したし、結婚しようかって感じだな..山城は学生結婚だよな?」

「そうだよ。そういえばプロポーズをしたときも電車の中だったな..」

 

隣に座る麻知をふと見た。肘おきには重なるように麻知の手が私の手に置かれていた。

駆け落ちしたときもこうして手を重ねていた。違うところがあるとしたら、薬指に指輪が輝いていることぐらいだろうか。

 

「うちは幼なじみだけど、野口はどうやって知り合ったんだ?」

 

私が聞くと野口はチラッと透さんを見た。珍しく野口が照れているようだった。

野口がなにか言おうとすると、熱海駅に到着するアナウンスが流れた。

 

「もう熱海か。早いな」

 

野口は平然としているが、心なしか安堵しているようにも見えた。

熱海での少し暑い夏のはじまりだった。




ご覧いただきありがとうございました。
みなさんは連休どうお過ごしでしょうか。私は明日から四連勤です。
次回は水着が(作中で)出てきますが、今月中に投稿できるか不安しかありません。


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【番外】熱海にて2

コミケには参加しませんでしたが、某d○siteで伊倉ナギサ先生のヤンデレ同人誌を買いました(気になる方はヤンデレ12星座で調べれば出てくるはず)。個人的に好きなのは攻撃型ヤンデレのおひつじ座ちゃんです


「ふぅん。へぇ..私たち放っておいて女の子口説いてたんだ..私は別に、いいけどどう思う?麻知ちゃん?」

「野口さんはモテるから仕方ないよ透ちゃん....で、コウくんはそこで何してるのかな?」

 

上を見上げれば青い空に入道雲。

下を見下ろせばアクアマリンの遠浅な海に白く輝く砂浜...

私と野口の目の前にはビキニギャル2人、

背後には水着姿の透さんと麻知とに挟まれていた。

しばらくこの空間には白波の音と海ではしゃぐ子供の賑やかで高い声が虚しく響く..

 

新婚の二人がどうしてこんな修羅場に出くわしてしまったのか。

それは1時間前に遡る...

 

***********

安物のビーチサンダルはなんとも頼りなく足の隙間から砂が入ってくる。ギラギラとした日差しを浴びたザラザラした白い砂はとても熱く触れるだけで火傷するようだった。

熱海駅について間もなく私たちは2つに分かれた。スパリゾートに行く班と海水浴をする班だ。岡課長や中堅の社員はスパの方に行き、次長や私たちのような若手は海水浴へと分かれた。

 次長は海の家の有料座敷で気持ち良さそうに雑魚寝をしていた。先輩たちも海ではしゃいだり、肌を焼いていた。そんななか俺と野口は海の家の裏手にあるプレハブでできたプラスチックの扉ひとつのみに隔てられた更衣室の前で立ち話をしていた。

 

「山城、水着が目当てで海水浴(ここ)にしたんだろ?」

「野口だってそうだろ?可愛い奥さんだもんな」

「おいおいそんなこと言ったら麻知さん怒るぜ?」

冗談を言いながらも野口も透さんの水着姿を楽しみにしているんだと思った。

 

「っ....お待たせ」

古びた蝶番の擦れた音とともにまず透が出てきた。チャコールグレーの大人びた印象の飾り気のないシンプルな水着を纏い目線をこちらから外して恥ずかしそうに「...どう?」と聞いてきた。

 

「とても似合ってるよ。透の水着が見られただけども今日来てよかったよ」

 

「...//ば、バカっ..べ、別に嬉しくないんだからっ!まぁ、折角新しく買った水着だし宏人に見せられて良かったわ。」

 

透は照れ隠しなのか野口に少し怒った感じで返すと、野口は少し困惑したように相づちを打った。少し変な空気になったので山城も透の水着に触れることにした。

 

「その水着大人っぽくて透さんにお似合いですよ」

 

「本当ですか。えへへ..そうありがとうございます。」

 

透はさっきとは違い嬉しそうに滉一に笑顔を見せた。

 

「コウくん...待たせた?」

「...うおっ!」

 

背後から声がしたので振り向くとそこには麻知がいた。海に入るからか長い髪をサイドアップに纏めており、普段とはまた違った雰囲気を醸し出していた。

 あまりに気配がなかったので思わず声をあげて驚いてしまった。しかし、麻知は何も言わずニコニコしたまま「ごめんね驚かせて」と謝ってきた。

麻知の顔から下を見ると、水着....ではなく白色のラッシュガードに身を包んでいた。ラッシュガードと太ももの境界線には主張の弱い水着が窺えた。正直麻知のビキニ姿を期待していたので少し落胆したのが顔に出たのか麻知は少し申し訳なさそうに「ごめんね。日焼けしたくないし」と呟いた。

 

「えー麻知さん、可愛いんだし水着見てみたい!ね、いいでしょ。それに..」

 

透は麻知に駆け寄り耳打ちをする。それを聞いた麻知は滉一に近付いておもむろに胸下のジッパーをおろす。

少し開いた隙間からは麻知の可愛らしい膨らみが露になり、水玉模様のビキニがちらちらと映る。

 ラッシュガードが肩からすり落ちると白い肌が陽に晒され、羞恥があるのか少し表情が固くなった。麻知は小さな容器を私の手に握らせた。

 

「ねえ、コウくん日焼け止め塗ってよ。背中とか、届かないから...」

 

「え、うん」

 

麻知は紐しかない無防備な背中を向ける。滉一は日焼け止めを取り出して、手に馴染ませる。さらさらした白い液体が手のひらに均等になるのを確認する。

 その様子を見ていた野口が透さんに話しかけた。

 

「じゃあ、俺も透に塗ってあげるよ」

 

「....つ//だ、大丈夫。私はその..麻知さんに塗ってもらうから!ね、麻知さんお願い!」

 

透が麻知にお願いすると麻知は私から距離をおいた。

 

「いいですよ。じゃあ、私も透さんに塗ってもらおうかな。コウくんありがとう。透さんにしてもらうから大丈夫」

 

麻知は透を連れて日陰のベンチの方に向かった。透は麻知に手を合わせて何か話しかけていた。

私は手持ちぶさたになった両手を仕方なく自分の腕や身体に塗り込んだ。

 

 麻知達が戻ってくると、仲良く4人で海水浴を楽しんだ。凸凹した砂浜に足を取られながら水平線が広がる海へと走った。身に付けていたサンダルは波打ち際に履き捨てて、滉一は隣にいる麻知と手を繋いで水面へとダイブする。

バッシャアアア-と大きな波しぶきを上げてふたりは子どものようにはしゃいでいた。滉一と麻知は冷たくて気持ちいいね、と海に漂いながら和やかに話していた。野口達も海を前に水を掛け合ってじゃれあっていた。

海が様々にぶつかり合う音と砂地に擦れあう音、海の家からはハウスミュージックがスピーカー越しに流れ波打ち際までかすかに届いているが、私からもっとも近いのはプカプカという浮いたような水面の音と麻知の明るい声音だけだった。外で多くの人がいるはずなのに私と麻知の二人だけしかいないような不思議な空間が生まれていた。

 

「あのさ、麻知」

「どうしたの?」

「水着...似合ってるよ。さっき言えなかったからさ」

 

滉一が言うと麻知は嬉しそうに背中を滉一に預けた。

 

「やっと言ってもらった♪頑張って選んだんだからね。」

 

「やっぱり怒ってる?野口の奥さんのこと褒めたの」

 

「ううん....だって知ってるもんコウくんが私だけ好きなの」

 

麻知はえへへ、と振り返り笑った。

その後お腹が空き、海の家でご飯を食べた。高いとは聞いていたが、予想していたよりもインフレは進んでおり900円する焼きそばをすすった。味はスーパーで売ってる袋麺と同じだった。野口は透の食べているカレーを一口貰っていた。野口は小鳥のように口を開けると「し、仕方ないわね」と透はカレーを掬って野口の口へと運んだ。仲が悪そうに見えたがやはり新婚なんだなと少し微笑ましく思えた。

 

**********

 昼食を終え昼下がりの砂浜で私と野口は男性先輩に集められていた。

海の家では次長がベンチでビールを飲みながらイカ焼きを頬張っていた。麻知と透は堤防の日陰で雑談をしている。

 

「どうしたんですか?先輩急に集まって」

野口が口を開いた。私もなぜ集められたのかはわからずどうしていいか分からなかった。

 

「お前らな俺達がなぜここに来ているのか分かっているのか?」

 

「何故って、リフレッシュのためじゃないですか」

「バカ野郎!」

 

野口が答えると先輩が一喝する。

 

「これはな市場調査の一環なんだ。繊維部として水着の流行や使い心地を海水浴客として見る...つまりこれは業務なんだ!」

「そうだ!」

周りにいる先輩たちも同調する。次長は完全にオフなのだが、、

「それに関わらずお前らは奥さんとイチャイチャしやがって..本当に許せん」「そうだ!」

 

私は野口と顔を見合わせた。きっと、いや絶対麻知たちと遊んでいたことに嫉妬しているんだろう。

 

「そこでだ、お前らにもナン..市場調査のため水着の女性に声をかけてこい」

「今ナンパって言いかけましたよね?」

「なんだ!先輩のいうことにケチつけるのか。おい山城!」

 

急に滉一に矛先が向き、驚いたように「はい」と返事をした。

 

「俺達の仕事はなんだ?」

「え、営業です」

「そうだ。俺達は営業職だ。だからこれは営業力を上げるための練習なんだ。だから、決して水着のギャルとどうこうなりたいわけじゃない!...ってなんだその目は」

 

滉一も野口も呆れたように冷ややかな目で先輩社員を見た。

 

「先輩、俺も山城も妻帯者なんですけど..」

 

「そんなの関係あるかっこれは業務指示だ。必ず一人には声をかけろ。いいな」

「山城と野口それぞれ一人ずつだかんなー」

 

先輩たちはそこで散らばっていった。多分午前中もナンパしていたんだろうと容易に想像はついた。私は野口を見て肩を竦める。野口もやれやれといった感じだった。

 

「これは業務なんだろ。じゃあ、ちゃんと仕事しようぜ。まぁ買った場所とか聞けばいいんじゃないか」

「まぁ後は着てみたい水着とかそんな辺り聞けばいいか」

「ぼちぼちやろうぜ」

 

私と野口はふらふらと砂浜を歩き始める。私はちらっと麻知の方を見る。麻知は楽しそうに透さんと話していた。新幹線に乗っていたときよりも大分打ち解けているようだった。仕事とは言うが正直後ろめたい気持ちが大きい。今日は旅行ということもあって優しいようだが、流石に現行未遂を見られたらただではすまない気がする...

 私と野口は二人で声をかけることにした。野口が最初に声をかけて私が会社名を名乗って市場調査である旨を伝える役をすることになった。野口のせめてもの配慮だった。

しかし、海水浴にナンパなど幾らでもいるからか野口が声をかけても断られるか無視されるような状態が続いていた。

 

「先輩達もどうせ女の子に話しかけられてないだろ」

 

「意外とナンパも難しいものだな..」

 

「山城はナンパってしたことあるか?」

 

「ないよ。麻知とはずっと一緒だったしそんな間なかったよ。」

 

「俺もだよ。まぁ逆にされることはあったけどな」

 

「先輩には言わない方がいいぞ」

 

「ああ。今日はその心配もなさそうだけどな」

 

額に滲む汗を手首で拭っていると、「お兄さん達ナンパしてるの~?」と声をかけられる。かざしていた手を下ろすとそこには豹柄のビキニを着た金髪ロングの子と薄いピンクの髪をしたパレオ姿のギャルが立っていた。

 

「まぁそうだけど」

「なら私達と遊ぼうよ~」「テントにお酒とかあるしさ」

 

「ごめんね。一応これ仕事だから..」

私はやんわりと断ろうとするとギャルは大袈裟に笑い、私の肩をバシバシと叩いてきた。

 

「面白すぎ。何その言い訳、うける」「もうちょっと気のきいた答えあるでしょ笑」

 

「いや、こいつのいうとおり水着の市場調査しててさ、女の子に声かけてたんだよね」

野口が助け船を出す。気を取り直して話だけ聞いてこの場を去ろうとすると、

 

「ねえ、見て見て麻知ちゃん。あれ滉一さんだよね女の子にナンパしてるの」

 

「そう....だね。それより野口さんもいるよ透ちゃん」

 

「ふぅん。へぇ..私たち放っておいて女の子口説いてたんだ..私は別に、いいけどどう思う?麻知ちゃん?」

 

「野口さんはモテるから仕方ないよ透ちゃん....で、コウくんはそこで何してるのかな?」

 

~~~~

そして今に至る。

 

「ねえ麻知ちゃん?虫除けスプレーって持ってる?」

 

「ううん。持ってこなかった。でも海でもやっぱり必要なんだね」

 

「そうそう。私も油断してたけどやっぱり持ってこないといけないわね、だってほら...」

「「”浮気の虫”とかいるしね」」

 

仲良さそうに話す二人からは殺気だったオーラが放たれ、ギャル二人は「よ、用事思い出しちゃった。またねお兄さん達」「お大事に」と立ち去ってしまい、私と野口は孤立無援となった。

 

「山城、なんか悪寒がしてきたよ」「奇遇だな。俺もだよ」

 

「で、宏人ちゃんと説明してくれる?私キレちゃった」

「コウくんもだよ?許すつもりはないから...」

 

私は正直に言うしかないと、先輩社員にナンパをしてくるように言われたこと野口も私も仕事として話を聞こうとしていただけだということ、あの二人以外には話もできなかったことを話した。そんな歯の浮いたようなことを信じてくれないと覚悟はしたが、嘘をついても仕方がないので誠意をもって麻知と透さんに説明した。

きっと麻知は言い訳など聞いても許してくれないことは分かっていたのだが、麻知から出た言葉は想定外のものだった。

 

「そうだったんだ。じゃあ、仕方ないね」

 

「え!麻知ちゃんこんな都合のいい話信じるわけ?だって宏人は女と話してたじゃん」

 

「コウくんから話しかけた訳じゃないんだよね。勝手に話しかけられたん、だよね?」

 

麻知は背筋が凍るような冷ややかな目で睨み付けてきた。滉一は弱々しく頷く。

 

「じゃあ許してあげる。でももうダメだよ?話しかけるの。透ちゃんも怒ってるし..ほらジュースでも買いにいこう透ちゃん」

 

「ま、麻知ちゃん本当にいいの?だって麻知ちゃんすごく...って力強い!?...//宏人!絶対許さないんだからー!」

透は麻知に背中を押されながら叫ぶ。絶対に許してくれないと踏んでいた滉一は安堵の色を示す一方で野口は落ち込んでいるようだった。

夏の照りつけるような暑い日差しはあっという間に落ち着き、一日の終わりを告げるかのように海に沈んでいこうとしていた。




閲覧ありがとうございました。
夏までにあげたかったのですが、仕事が立て続けに入っていて9月になってしまいました。
本当は旅館に入る一日の夜まで書き上げたかったのですが、大分絶ったのでここで出しておこうかと。

次回は別に出している「ヤンデレだらけのクリスマス」をそろそろ投稿したいので大分空くと思います。申し訳ない


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摂氏0℃ショートショート

お久しぶりです。
気がつけば年の瀬!?

熱海編の締め方はある程度まとまってますが、保険のために没ネタをSS(ショートショート)にしてお送りします


【広報活動?】

 

 ある日のこと私は甲辰商事の広報課に呼び出された。そこには若手の社員二人が待っていた。

 

「山城課長わざわざありがとうございます」

 

「いやいや。別にいいけどどうしたの」

 

「実は当社で公式Tiktokを始めようと思いまして」

 

「てぃ..ティクタク?」

 

おじさんには分からないワードが飛んできた。

 

「TiktokっていうSNSに山城課長と奥様に出てもらいたくて」

 

「え?家内を?」

 

麻知は私と同じくネットには疎い。SNSも私の知る限りではやっているような素振りは見えない。外食や旅行などもほとんど行くことはなく、『映える』とは縁遠い存在な彼女が了承してくれるような気がしない。

私は構わないけど何故麻知も出ないといけないのか聞いてみたら、「だって山城課長と奥様は鴛鴦(おしどり)夫婦だって社内で有名ですから」と返ってきた。

話を聞いたら、甲辰商事のライフワークバランスの良さを就活生向けにPRするために社員が夫婦で出演して欲しいとのことだった。

会社の為なら自分が媒体に出ることは構わないが、麻知が首を縦に振るとは思えなかった。

 

「この話一回持ち帰らせて貰っていいかな」

 

「はい。奥様とご検討お願いします」

 

「よい返事をお待ちしています」

 

広報の二人はお辞儀して、一度保留となった。

 いつも通り定時になり、真っ直ぐ家路へとつく。

麻知は寄り道することを嫌うところがある。少し小腹がすいてコンビニでパンを買ったときも

 

 

『遅かったね。何してたの?』

 

『少しコンビニに..』

 

『なんで?』

 

麻知は不機嫌になる

 

『少しお腹が空いたから..』

 

『私のご飯が食べたくないからそんなことするんだ..』

 

と修羅場になったことがあるくらいだ。ちなみにその日は晩御飯が出てくることはなかった。

それにうちはおしどり夫婦などと言われるほど仲がいいわけではない。ここ数年は家にいても殆ど会話など起きたこともない。話すとしても出掛けるときの「はい」と帰宅時の「おかえりなさい」くらいしか会話がない。寝るときも別々の部屋で眠っている。休日もリビングにいる私を邪魔そうにしながら掃除機をかけている。そんな私と麻知を見ておしどり夫婦と思う人がこの世の中にいるんだなぁ..

気がつくと我が家に辿り着いていた。

 

「おかえりなさい」

 

麻知は私が着くのを分かっていたかのように玄関で待っていた。

私は鞄を麻知に預け、ネクタイを緩める。

寝間着に着替え、リビングにはいる。食卓には食事が用意されており、麻知がご飯をよそいだ茶碗を私の手前に置く。それから手を合わせ、食事をとる。

普段は食事中に会話など起きないのだが、私は箸を置き口を開いた。

 

「あのさ、麻知。実は会社の広報課にSNSに出て欲しいって言われて、そのティクタクとかいう...」

 

「Tiktok?」

 

私は「そうそれ」と返した。麻知は知っていたようだ

 

「それに麻知にも出て欲しいと言われたんだが...出てくれないか?いや、麻知が嫌というなら断るし、無理にとは言わないけど」

 

「そう」

 

麻知は興味がなさそうに相槌を打ったが、そのすぐ後に「いいよ」と返事があった。

 

「え?いいのか」

 

「あなたの役に立てるなら」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

翌日、広報課に承諾の返事をしに向かった。若手の二人は安堵した様子だった。案件が案件なだけになかなか了解してくれる人がいなかったみたいだ。

二人から広報の詳しい内容を聞いた。このTiktokというのは短い動画を投稿するサイトのようだ。スクロールすると音楽に合わせて踊る若い子の姿があった。

 

「私も家内もあまり踊りは上手くないけど大丈夫かな」

 

「それは平気です!簡単なものを考えているので」

 

女性社員の子からスマホを見せてもらう。私でも分かる数年前やっていたドラマのエンディングでやっていたダンスだ。たしかここで夫婦役をやっていた俳優が実際夫婦になったような気がする。このドラマは麻知と二人で見ていたので麻知も出来るだろう。撮影の日程なども打ち合わせをした。

 撮影当日、ドラマの舞台風のスタジオを借りて撮影が始まった。

麻知と二人でダンスの振りを練習する。短い動画なのでサビの部分だけ覚えればよかったのが幸いだった。ドラマのエンディングでは旦那役は真顔だが、妻役は笑顔で踊っているので麻知が笑えるか心配だったが杞憂のようだった。

麻知は明るい笑顔で楽しそうに踊っていた。

私は撮影のことで広報課の女の子と話すことがあったのだが、麻知は珍しく気に留めることはなかった。まぁ、私としては楽だったのだが。

撮影から暫くしてどんな形になったのか、楽しみで野口に聞いてTiktokで甲辰商事で調べてみたが、検索結果にあがることはなかった。私は不思議に思い、広報の二人に聞こうと思ったが広報課に姿はなかった。近くに同期で広報をしているのがいたので聞いてみたら、

「え?そんなのうちにはいないはずだけど...Tiktok?なんでうちがそんなことするんだよ?うちはそんなことしなくても就活生に人気の就職先だからやる必要性がないよ」と返ってきた。私は狐につままれた気分に陥った。

麻知には正直に言えるわけもなく公開が中止になった、とだけ伝えた。麻知は「そう」とだけいつものように相槌をうった。

ただ、何か嬉しいことでもあったのだろうかいつもより機嫌が良さそうだった。

***********

【異世界転生摂氏0℃】

 

 目が覚めると、目の前には水萌くんが立っていた。しかし、普段のスーツ姿ではなく、魔法使いのような格好をしていた。

 

「やっと長い眠りから覚めたのですね。勇者様!」

 

「勇者?水萌くん一体どうしたんだい?そんな格好をして」

 

「ミナモ...?私の名前はファルエですよ。勇者様!....やっぱり魔王にやられた時に記憶が消えてしまったのでしょうか..」

 

勇者...魔王..私はRPGみたいな世界にいるのだろうか?体を起こし自分の身に付けているものを見ると、大体が想像をするような勇者の身なりをしていた。

私はここでやっと自分が夢を見ているのだと、気がついた。

 

「私は魔王と戦っていたのか?」

 

「はい!勇者様は私を庇って炎を浴びて大きなやけどを負ってしまって..私の魔法でなんとか火傷は治せたのですが、ずっと意識が戻らなかったのですよ!」

 

火傷...なんかどこかで聞いたような話ではあるが、私はずっと意識不明で倒れていたようだ。

 

「みな...ファルエくん、済まなかった。じゃあまた、魔王を倒しに行こうか。」

 

「え!?また行くのですか?」

 

「そりゃ勇者として責務を果たさないといけないから」

 

「あの女にまた会わせたくないのにな...勇者様は私のものなんだから..(ボソッ」

 

「ファルエくん、何か言ったかい?」

 

「い、いえ!じゃあ、案内しますね!」

 

夢の中だからか、スムーズに魔王の根城へと辿り着くことが出来た。道中疲れたので休憩を取った。水萌くん...もといファルエがサンドイッチを振る舞ってくれて、なんかデジャブのようなものを感じた。

 魔王の城は特に警備もなく、誰もいないのではないかというくらい静かだった。門から真っ直ぐ進むと、玉座の間のような部屋へと辿り着く。

 

「ここに魔王がいます。勇者様」

 

「あ、ああ」

 

いよいよ魔王との対峙の時が来て武者震いがする。一度やられたという相手だ。とても緊張する。私は扉を開いた!

 

「よく来たね勇者コウイチ」

 

扉を開けると玉座に鎮座する魔王?の姿があった。何故疑問系かと言えば、その姿は見たことがある..いや、見慣れている私の愛する妻にとても似ていたからだ。

 

「それに泥棒猫も...」

 

麻知...いや、魔王はファルエを睨み付ける。この世界でもこの二人は仲が悪そうなようだ。

 

「なんで?私はコウイチのことが好きなのに..あんな女とベタベタベタベタして...本当に許せない....」

 

何か魔王がぶつぶつ言っているが、話を進行させるため私は口火を切る

 

「私は麻知...魔王を倒しに来た!」

 

「そう...でも私はコウイチとやるつもりはない。私が倒したいのはそこの女だけ..」

 

そう言って魔王はファルエを指差した。ファルエも魔王を睨み、臨戦態勢にあった。

 

「私のコウイチを奪った泥棒猫は絶対に許さない...」

 

「私も勇者様を傷つける魔王を許すつもりはないから...」

 

奪った...?どういう経緯なのだろうか。私は魔王の言葉に引っ掛かり、今にも飛びかかりそうな二人を制止した。

 

「待ってくれ!ま..魔王奪ったっていうのはどういうことなんだ?」

 

「どうもこうも、あなたは私の旦那様だもの。それをあの女がこの城から拉致していっただけ...あなたはそんな女を庇って怪我をしたけど..」

 

魔王は私の妻だったのか。まぁ、実際妻だからそう言われても頷けるのだが。

 

「勇者様!魔王の言葉に耳を貸さないでください!この女は勇者様を騙そうとしています!」

 

「....やっぱりこの女は◯さないと...」

 

何かしようとする麻知...魔王に「ちょっと待ってくれ」と声をかける

 

「私がここに残れば麻知は誰にも危害は加えないのか?」

 

「...コウイチさえいれば私はそれで十分」

 

「じゃあ、私と一緒にいてくれ。魔王としてじゃなく勇者の嫁として」

 

「...//急に何」

 

魔王が顔を真っ赤にして照れているが私は玉座に近づきそのまま続けた

 

「君とは何があっても出逢うんだと思ったよ。辛いときも楽しいときも悲しいときもずっと一緒だ。麻知が好きだから誰も傷つけて欲しくない!だから魔王なんてやめて私の傍にいて欲しい」

 

「え.....え....」

 

麻知は目をぐるぐるさせて顔を紅潮させていた。私がプロポーズしたときもそんな反応だったのを思い出す。

 

「待ってください!」

 

遠くから声がした。水萌くんが涙目になって叫んでいた

 

「勇者様はいいんですか?魔王は勇者様を束縛して、暴力を振るうような女ですよ!そんな女より私の方が..!」

 

「水萌くん!!それでも、そんなところも含めて私は麻知が好きなんだ...」

 

麻知を見ると、とても艶かしい雰囲気を纏っていた

 

「じゃあ、キスして」

 

至近距離で囁くように麻知...魔王は懇願する。

私はそれに応えるように魔王の口元に近づくと....

~~~

 

「あなた、起きて」

 

「はっ!」

 

目を開けると、そこには妻の姿があった。普段のエプロン姿で。

私は寝ぼけていて「魔王..」と呟いてしまった。麻知はそれを聞き逃すことはなかった。

 

「魔王....へぇ..寝言の魔王って私のことだったんだ..へぇ魔王、ね。」

 

私はすぐに弁解したかったが、麻知は黙って部屋を出ていってしまった。

それから3日くらい口を利いてくれなかった。




閲覧ありがとうございました。
実は第一話がショートショートくらいの文字数だったんですよね。
星新一の作品を読んで少しやってみたくなりました。
広報活動?...ただ山城と麻知に恋ダンスさせてみたいと思ったが、本編に出すほどの話ではないので没にした。書くにあたってTiktokを入れてみたが、使い方がいまいち分からず秒で消した。
異世界転生摂氏0℃...ファンタジーは書いていたことがあったけど、そういえば異世界転生ものはないなと思ったが、現代ラブコメなので没にした。魔王麻知と魔法使い晴絵、異世界でも犬猿の仲です。
騎士麻知「浮気したら...叩き切るから..」
ヒーラー麻知「へぇ...あの女に治してもらったんだ。じゃあ元に戻さないと(攻撃魔法)」
聖女麻知「コウくんと私が結ばれるのは神のお導きです...他の女はみんな悪魔だから話しちゃダメだよ..」
色々できたけど、魔王がしっくり来たので魔王にしました。

没ネタをここで消化できてよかった..


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