ゆるキャン△ 〜岸辺露伴は止まらない〜 (苗根杏)
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アニメ1期篇
エピソード#Q=W+ΔU:本栖キャンプ
僕の名前は岸辺露伴。所謂『マンガ家』だ。こんな事は知ってようが知ってなかろーが、どうでもいい事だが。
こっちは、今から話す事…………知っておいて欲しい事なのだが…いや、一般教養として知っていて『当然』なのだろうが、一応話しておこう。
『富士五湖』を知っているだろうか。富士、とついている事から静岡県側にあると思われがちだが、山梨の地名だ。その名の通り、富士山の周りをグルッと囲む5つの湖だ。地元では、『この湖を全て言えるか?』という下らない理由で子供の賢さを決められるらしい。子供からしたら、たまったものではない。
『本栖湖』。
『精進湖』。
『西湖』。
『河口湖』。
『山中湖』。
山中湖以外は富士河口湖町という括りで、山中湖は単独で山中湖村という括りになっている。
マンガ家というものは、しばしば『取材』に行く。ぼくはあまり金がなく、連載も続けなければならない(まあぼくの場合は週に1〜2日ほど暇があるが)。なにより居候の身だ。1泊だけ、今住んでいるM県S市の杜王町から離れ、山梨の山奥、本栖湖に取材に行っていたんだ。
さっきの富士五湖についての話というのも、これからここで話すエピソードに関連する事なんだ。そう、あれは11月、寒さが本格的になっていった頃だった。
とあるキャンプ場から見る景色がとても美しいとネットの情報にあったので、試しに行ってみた。道具は安いものをその場で揃えた。おかげで、ガソリン代と食費以外にムダ遣い出来ないような財布の軽さになってしまったが。
「………美しい…」
東北の杜王町からはとても見えないような、大きな富士山だ。銭湯の壁なんか比べ物にならないぞ。空気も美味しい。杜王町も美しい所だが、山梨という所もスゴくいい所なのかもしれない。田舎と年寄りの言葉は敬遠したらソンする。
シーズンオフは、キャンパーも少ない。というか、いない。貸し切りだ。ぼくくらいの有名マンガ家になると、観光地で『団子』が出来てしまうからな。落ち着いてスケッチをしたりメモができたりするのは、こちらにとっても有難い事だ。康一くんの家から、寝袋とちょっとしたベンチを借りてきたし、とりあえずスケッチを……。
「…………ッ」
寒い。山奥の寒さをナメていた。薪は無料と言っていたし、ケチケチせずに焚き火でもするか。
なになに……乾いた『マツボックリ』と、切った『薪』が必要……か。マツボックリは着火材として、とても優秀らしい。ところで、このサイトにちょくちょくいるバンダナをしたダンボールに入っている軍人は誰なのだろう。まるで蛇のような立ち振る舞いだ。
その前にまずはテントを張らないとな。夜景もスケッチできるように、景色が綺麗な湖の近くにしよう。テントだけは本格的に買っておいたんだ。下に百均ではあるものの、レジャーシートも敷いている。
幾つか穴の空いた、フィルムケースくらいの小さな筒に、ワイヤーを通して固定するらしい。この釘は『ペグ』と言うらしい。
……くそッ、地面が硬すぎてハンマーがまるで使い物にならないぞ。こういう時、どうしたら…。
「!!」
あそこに大きな『石』があるッ!
石というものは、両手で持てるようなサイズでもかなりの重さがある。アレなら…!
「よっ……と」
さ……刺さった!やったぞッ!この岸辺露伴、テントを張れないという致命的ピンチを『乗り越えられた』ッ!
こんな事で喜んでいるようでは先が不安になるが、『今夜』だけ。こんな山奥にいるのも、今夜だけだ。
この棒状に折りたたまれたイスは康一くんの家から借りたものだ。サイズは、ぼくがギリギリ座れるくらいかな。さて、配置を決めようか。寝袋はとりあえず開けて、テントの中に広げておこう。
イスをテントの左横に…そのさらに隣には、画材などを置くテーブル…。
「設営完了だ」
我ながら完璧だ。富士山の前に、簡易的ながらもアトリエを作ってしまったぞ。
両手の親指と人差し指で、偉大なる富士山を囲む。今日は雲がかかっているが。今夜にでも晴れれば良いのだがな…昔、集英社の行きたくもない、ネタにもならないようなつまらない『サマーキャンプ』で、こんな事をしたな。同じように…指を長方形にして、距離をはかって…。
っと、スケッチを始める前に、焚き火の準備をしなくっちゃあな。確かあの森に薪があるんだったよな。
まずは蛇男の言っていた通りに、マツボックリを拾おう。カサが広い方が燃えやすいらしい。そんなに変わらないんじゃあないか?
『湿っていると火がつかなかったり、爆ぜたりします』
……この岸辺露伴、ネットの情報を鵜呑みにするつもりは無いが、一応気をつけよう。
そして薪だな。太いもの細いもの、色々集めておいた方がいいらしい。そして等間隔に切る…と。さっき買った『ナタ』が役に立つぞ。
グッ…な、なかなかパワーを要求されるな。承太郎さんや仗助みたいな、パワーのあるスタンドなら、赤子の手を塵にするくらいの難易度なのだろうが。
ぼくの『天国への扉』は、特殊な戦闘に優れている代わりに、パワーだけは人間並み…いや、『それ以下』だ。こればかりは自給自足で…ッ!
「うおっ」
足で薪の片端を押さえ、もう片端を手で引っ張り、真っ二つにしようとしたのだが…見事に折れた反動でコケてしまった。服はあまり汚れなかったようだ…良かった。ぼくのいつも着ている服は、殆どがオーダーメイドの服だ。おいそれと買えるものではない。
ましてや今は居候をしている金欠マンガ家。クソ、取材に来たのに屈辱的になってきた。キャンプというものは、リフレッシュにも丁度いいらしいな。
「すいません」
「ン?」
「岸辺露伴さん、ですよね」
「ああ。確かにぼくは岸辺露伴だ」
「…ピンクダークの少年、読んでます。この本でいいなら、サインくれませんか」
………………………。
「貸してごらん」
「?…はい」
「……これで、いいか?」
「!?」
カバーを外した裏表紙に、ピンクダークの少年の主人公となる『ヘル・ゲート』を描いてやった。最近、『この本でいいなら』、『サインくれませんか』、といった謙虚なガキは殆ど見ない。コイツは見た感じ小中学生くらいなのだろうが、なかなか『礼儀』というものをわきまえている。近頃の学生はアトムみたいな髪型にしたり、学生服に億や$などと書いたり、悪い意味で個性的でバカな連中ばかりだと思っていたのだが…ぼくの周りがバカってだけなのか?毒されているな。
その中で、コイツは髪型以外はとてもマトモに見える。少しだけ、気に入ってしまった。康一くん、君が評する自分勝手でエゴイストな岸辺露伴は、一瞬ではあるが他人の思いを読み取り、こともあろうか受け入れた。少しは成長したかな。
「ああ…スゴい!」
「なに。いつもしてる事なんだ、気にせず受け取ってくれ」
「は、はい!ありがとうございます!」
引き際もわかっているんだな。
…これは決して『そういう』感情ではないが、コイツのことが『気になった』。ネタにもなるだろうし、ちょっと取材でもしてみるか。
「君はココの人なのか?」
「ええ。山梨県民です」
「ちょうど取材しにキャンプに来た所なんだ。色々聞かせてくれないか」
「!ど、どうぞ!あ、その前に…」
「ム?」
彼女は自転車から荷物を下ろし、ぼくにこう言う。
「私も、キャンプしに来たんです」
「ああ…設営が終わり次第、ね」
「すいません」
「いいのさ。ぼくは取材させてもらう側だし」
「あっちには、本栖高校っていう高校があるんです」
「本栖…というと、キミが通っている所だね。帰り際に見ていくとするか」
彼女の名前は『志摩 リン』。さっきは小中学生などと言ってしまったが、れっきとした地元の高校生だ(チョットだけ申し訳ないような気持ちになってしまった)。祖父の影響で、中学生頃に『ソロキャンプ』を始めたらしい。以来、よくシーズンオフにココのキャンプ場に出没するようになっていったんだとか。
ああ…暖かい焚き火にあたりながら、マンガのネタにもありつける。好奇心は満たされる。幸福な時間はアッという間に過ぎ、スッカリ夜になってしまった。
とは言えど、少し寒い。催してしまった。
「あ、夜ご飯の準備…」
「そうか。ならぼくも少し」
「後でまた、続き…します?」
「是非とも」
あちらも積極的で助かる。さてと、トイレは…。
「フゥ〜〜〜〜〜〜ッ…」
インスタントラーメンなど普段は好んで食べないのだが、今回は別だ。鍋もあるし、焚き火でやればいいだろう。腹が減ってはスケッチが出来ない。
この岸辺露伴、いつ如何なる時にも万全の体制で挑むことにしているからな。彼女の話も、もっと集中してメモにおこしたい。
「…………………」
…………?少し違和感を感じる。残尿感なんかじゃあない。『外から』…『聞こえる』……。
「…うう、ぐす……」
女の泣き声だ。啜り泣き、しゃっくりも混じっている。ぼくの考えが螺旋階段のように複雑にひねくれているだけなのかもしれないが…『罠』という可能性もある。スタンド使いとスタンド使いは、いずれ惹かれ合う。取材にまで来て戦闘とは、スタンドのデメリットここに極まれりといった所か。
トイレの外に出て、コッソリ近づいてみる。
「…………」
「えぐ…へう"…」
「なァ」
「!!」
こちらの存在に気づいたようだ。すると猛ダッシュでこちらに走ってきて、ぼくの体にひしとしがみつく。
やられた。
不意打ちにも程がある。まるで死にかけのシマウマが、ライオンから逃れる、命懸けの逃避のように。アニマルチャンネルで観た。髪と服がピンクの女は、ぼくから離れようとしない。
「た……」
ン?
「たしけて…」
「で、拾ってきた…と」
「…………」
「…拾われてきたと」
「へう"」
志摩くんにも事情を話しておいた。
ザックリ言うと、コイツは今日ここらに引っ越してきたばかりの静岡県民らしい。名前は『各務原なでしこ』。遠い所から富士山を見に来たはいいが、途中で疲れて横になった途端……。
そのまま寝過ごし、午後6時に至る。暗くて帰ろうにも帰れない、という悪循環。
ひとつだけ思ったよ。コイツ、アホだ。こんな人も来ないようなところに単身突撃し、あろうことか寝過ごしたとは。まるで『マンガのキャラ』みたいだ。
『だから気に入った』。
コイツ、なかなか面白そうなネタに出来るぞ。利用、といってはアレだが、少し使わせてもらうくらいはいいだろう。後で覗いてみるか。
「スマホ、無いの?」
「スマホ!スマホスマホ、最近買ったスマホスマホスマホスマホス…」
トランプ(52枚セット、税込430円)。
腹の虫を大きく鳴らし、その場に崩れ落ちるピンクの女。こんな女がスタンド使いとは思えない。アホの億泰の例を除けば。
「ラーメン、食べるかい?」
「ラーメン!!」
「2000円だ」
震える手をこちらに差し出し、『100円玉』をくれる。
「冗談だ。そこのベンチに座れ」
「…わ、わかりまひたっ」
拍子抜けしたような顔で、反面嬉しそうな声で座る。いちいち行動が犬みたいだ。康一くんが飼っているボリスと似ている…いや、それより活発で人懐こい犬のよう。生憎ぼくは動物が苦手だが、犬は幾分か慣れている。扱いもまた然り。
「3分待てよ」
「了解っ!」
「露伴さん、こっちに携帯コンロありますよ」
「ナイスだ志摩くん」
これは…コッヘル、だな。長細く、コンパクトな携帯コンロだ。こちらからお湯を拝借するとしよう。カップはひとつしか無いからな。
「これも、お祖父さんの遺品なのか?」
「まだピンピンしてますよ。カブで全国走り回ってます」
「………失礼した。ところで、後でそのお祖父さんについても聞かせて欲しい」
「あっ!お湯湧いたよ!」
「マイペースだな、お前」
「うまかっちゃんで良いか?」
「何ですか?それ」
「……豚骨だよ」
「とんこつ!食べますっ!」
食い付きがいい。明るいうちに寝ていたのなら、昼飯もマトモに食べていないだろう。あそこで会わなかったら、コイツはどうなっていただろうか。誘拐、なんて事は滅多に無いだろうが…警察に保護でもされていたのかな。
明日から学校だと言うし、初日から『山奥で遭難した女』というレッテルを貼られることになってしまうのだろう。ぼくは少しではあるが、可哀想に思える。スクールヒエラルキー最下層が受ける扱いなど知れている。ぼくとて被害者だしな。いつもマンガを描いては、スケッチブックを破られたり、クラス中に批判された。絵柄が気持ち悪いとも言われた。変人扱いなんて、何処に行ってもされたさ。『血湧き肉躍る』漫画は人を選ぶよな。
あいつら、今のぼくを見たらどんな顔をするんだろうな。驚くか、嫉妬するか、あるいはただただ笑うしかないか。ふふふ、今までクソみたいにつまらなく思えた同窓会も、考え方によっては悪く無いぞ。
「ほら」
「おおーっ…」
「……口の中、ヤケドするなよ」
「わかりましたっ!とんこつ、とんこつ〜♪」
仕草が何故か危なっかしく見えてしまう。
乾麺を半分に割り、カップに入れてやる。3分間がバリカタに丁度いい待ち時間だ。あとはゴマ油とめんつゆで完成。
クッ〇パッドとやらは、中々アテになるメニューばかりだ。ぼくも何回か参考にして作った事があるが…ドシロートでも、カンタンにチャーハンが作れてしまったよ。これが『文明の利器』ってヤツだな。
「…………」
「おっ、美味しそう…!」
「…ねえ。カレーめんあるけど、一口交換する?」
「いいよー!」
年相応のやり取りをする女子高生二人。ぼくならば、初対面のヤツとは、こんなに親しげに話せない。『こみゅ力(?)』が低いからな。自覚する事は少ないが、どうもコミュニケーションというものに向いていないらしい。この前はクソッタレ仗助にまで言われてしまった…。
……ム!なかなか美味いじゃあないか、このラーメン。どんどん箸が進むぞ。新鮮だ。トニオさんの料理を初めて食べた時みたいな感覚だ…マッ!こんな不健康な食べ物、進んで食べないがね。マンガに支障が出てみろ、企業にクレームを入れてやるぞ。
そうだ、スケッチをしなくっちゃあな…ン?
「1000円札の絵にもなってるって聞いてさあ!」
「………」
「聞いてよ奥さーん!」
そうか…富士山を見に来たんだっけな、コイツ。確かに日本円の千円札にある富士山も、ここ本栖湖から見た絵になっている。
…………おお、これは…。
「おい、各務原」
「なんれふかー?」
「…飲み込んでからでいい。『後ろ』を見てみろ」
「んっ………!!」
驚いたな。呆気に取られて口が空きっぱなし、感嘆の声まで漏れている。ぼくが言ってあげなくとも、いずれ見ることになったのだろうが…一刻も早く、一秒も早く、伝えたかったのだ。
夜の本栖湖に映える、雲ひとつない富士山を。
「ウチのバカ妹が、ほんッ……とォオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜にッ!ご迷惑をおかけしましたッ!!」
「いや、いいよ。ぼくも好きでやった事だ」
「これ、持ってって下さい!オラ、さっさと乗れビチグソが!」
「いててっ、痛い痛い!胃がひっくり返るぅ〜っ!」
キウイか。『フルーツの王様』と呼ばれるほど栄養価が高いんだとか。疲労回復、便秘解消、むくみ解消、肌トラブル改善、風邪予防エトセトラ。最近、目と肩の痛みが気になってたんだ。
……トラサルディーって、よく考えたら、あらゆる健康食品やフルーツが商売あがったりだな。経済的に恐ろしいスタンドなんか、聞いたことがない。
「あ、そうだ!」
「……?」
その場でチンケな短い鉛筆と、正方形のメモ用紙二枚を取り出し、何かを書くなでしこ。
「はい!露伴さんとリンちゃん、また一緒にキャンプしよ!」
「………」
「ちょっと待て、ぼくは…」
「またねーっ!」
話を聞かない、変な奴だ……渡してきたのは、電話番号。なるほど、そういうことか。
「志摩くん、ちょっと」
「なんでしょう?」
「…ぼくの電話番号だ。決してヤラシー意味ではないが、連絡先を交換しておきたい……また、『ここ』に来たくなった時に…会いたいんだ」
「………はいっ!わ、私のも教えますっ!」
キャンプってのも、悪くないな。
「ねえ」
「んー?」
「あの人、マンガ家の岸辺露伴さんじゃあないの?」
「誰それ。わかんない」
「私の元彼が読んでたの、『ピンクダークの少年』」
「あっ!その名前だけは聞いたことある!スゴい絵だよねー」
「エグいわよ、アレ。物理的に血湧き肉躍ってるから」
「およよ…」
NEXT CAMP
「それ、どこに売ってるんだい?」
「そんな値で売ってたら、西湖のクニマス全匹飢え死にだもんねーーーッ」
「真剣すぎます先生!」
「一緒にお鍋、しよ!」
エピソード#(n-1)!+1=n²=25:山麓シュザイ
to be continued...
ゆるキャン△の小説がハーメルンに無い。これは山梨県民として、ゆるキャン△ファンとして無視できない事態です。
ということでほんわかと小説を書き上げようとしたんです。
ドジャァーン。ジョジョのクロスオーバーが出来ました。
これからも気が向いたら更新します。他作品との並行なので、こちらも遅くなるかもしれません。まあ努力はするだけしますよ。自分で言うのもなんですが、かなり異色なクロスオーバーです。結構書くのが疲れるんです。楽しいけどね、どうしても遅筆になっちゃうのは勘弁してつかあさい。この通り。
さて、次回もサービスサービス。
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エピソード#(n-1)!+1=n²=25:山麓シュザイ
「……スゥ〜〜〜〜〜〜〜ッ」
肺の許容範囲いっぱいに空気を吸う。まだまだ入る、もっとだ。
「………………」
5秒間、どこか遠くを見つめてジーッとする。体も動かさず、息を止めて。苦しくなっても、そのままキープ。
1、2、3、4、5…。
「ぶはぁっ」
一気に肺の中身を吐き出す。手の力を抜き、ブラブラと揺らす。首も回す。
……以上。スケッチをする時の『準備体操』終わり。
ぼくの名前は岸辺露伴。職業はマンガ家だ。マッ!知らないヤツの方が少ないとは思うがね。
今回、また富士山の方に取材に行く事となった。勿論キャンプもする。ちょいとばかし、ハマってしまったのだ。なけなしの金で色々と揃えたし、焚き火もバッチリ覚えた。ふふふ、料理の本まで買ったんだ。バッチリ、キャンプを楽しませて貰うぞ。
「ン〜〜〜〜…」
脱稿完了。大きく背伸びをし、首を鳴らす。
『志摩くん、今週の日曜空いてるか?』
『空いてます』
『キャンプに行こう』
『だったらここはどうでしょう』
『準備がいいな』
『来週、行こうとしてたので』
ふもとっぱら……おおっ、なかなかの景色だ。この前みたいに曇っていなければ最高だな。『気に入った』。
『行こうか』
「やあ、志摩くん。数分ばかし待たせたかな。寒くなかったかい」
「大丈夫です」
手に持っているのは…焼きそばか。ジャスコの食料品、惣菜コーナーに置いてある、焼き鳥やコロッケを入れるようなプラスチックの容器に入っている。花火大会の屋台で売っているようなサイズだ。何やら、鰹節のようなものがかかっているように見えるのだが…。
「……なんだい、それェ〜〜〜ッ」
「富士宮やきそばです。山梨の鳥もつ煮と並んで、B級グルメの中でもかなり有名なものなんです」
「聞いたことはあるが、実物をナマで見るのは初めてだ…」
クソ、朝はランチパック(この前の帰り際に買った桔梗信玄餅味)しか食べなかったんだよな。
「それ、どこに売ってるんだい?」
「…あそこの屋台、のぼりが上がってるでしょう…私はここで待ってます。荷物も私が見てますから」
「助かるよ」
本当に気の利く人だ。康一くんみたく、マトモどころか日本人ならではの『思いやり』ってゆー感情があるんだろうな。見習うべきなのであろうが、ぼくは天才マンガ家だ。気を使ってもらう側だ。こちらからへりくだっていくと、軽い人間に見られる。
ああ、気が遣える友人ほど生活をラクにしてくれるものはない。ただでさえ周りがハンバーグやらバカやらばかりだからな…ふふふ…。
「600円です」
「………グッ」
静岡や山梨などの甲信越の山奥では、普通の常識は通じない……というのは、値段がすごくいいかげんなのだ。日常の値打ちを知らない初めての登山客やキャンパーは、いったいいくらなのか見当もつかず、すごくカモられてしまう。しかしここの世界ではカモることは悪いことではない。だまされて買ってしまったヤツがマヌケなのである!
ここで買物の仕方を解説しよう。
例えば───この場合『全てお見通しだぜ』…という態度をとる。
「600…?ナニ?今、キミィ〜〜ッ…『600円』って言ったのかい?フフフ、フフッフフ。カカカカカ……『バカにするなよ』。高すぎるぜ」
と、笑ってみる。
すると。
「いくらなら買うんだい?」
…と、客に決めさせようと探ってくるんだ。そこで、だ。
「ひとつ150円にしろ」
自分でも、こんなに安く言ってしまうのは流石に悪いかなァ〜〜〜〜?というくらいの値を言う(まあ、コチラだってカモられてるわけだし、悪くは思わないがねという確固たる自信はあるがね)。
そしたらあちらは。
「……オッほっほっほっほっほ〜〜〜〜っ」
本気ィ〜〜?アンタ、富士五湖も言えないくらいの常識知らずなんじゃあないのぉ〜〜ッ?と、人を小馬鹿にするように笑って。
「そんな値で売ってたら、西湖のクニマス全匹飢え死にだもんねーーーッ」
ギィィーーーーッ…と、首をかっきるマネをしてくる。しかしここで折れてはいけない。
「それでは、もう少し麓にある店で買おう。山奥のド田舎の店は高いって、ここでは繋がらないネットにも書いてあったからなァ〜〜」
これは諦めたわけではない。この岸辺露伴が、そうカンタンに逃げるわけないだろう。
「分かったよ!うちは観光客にはフレンドリーなんだ。500円にするよ」
といって引き止めてくるんだ、そこでぼくはこう言ってやるのさ。
「200にしろよ」
値段交渉、開始。
「500」
「200」
「450」
「250」
「「300」」
「買ったッ」
やったぞッ!半額まで下げてやった!ザマーミロ!カップ麺2つ分くらいは儲けたぜッ!
「〜〜♪」
「あ、戻ってきた」
「見たかい、志摩くん!300円だッ、半額だぞッ!」
「(あれ。さっき買った時は100円だったのに)」
さて、勝利の焼きそばだ。よく味わって食べるぞ。
「……うまい…」
「お口に合ったようで何よりです」
「スゴいぞ、これ。上に乗ってる粉が思った以上に活躍している。写真も撮っておこう」
「それもいいですけど、冷めないうちに食べちゃいましょう」
「ここが…」
「ふもとっぱらキャンプ場…」
「「(開放感すごっ)」」
草原が地続きに広がっている…日本放送協ナントカでやってる、ダーウィンが来ナンタラの遊牧民族が住んでる所みたいだ。寝転がって青い空を見ているだけで、幸せな気持ちになれるそうだな。
「ちょっ!露伴先生!?」
「…これ、悪くないぞ。いや良い。むしろスゴく良いぞ、これは。志摩くんもやってみるといい」
「て、テントの設営をしてからにしておきます…」
雲の流れが早いな。1分間ごとにスケッチしておくとするか。
「………………」
「…真剣、ですね」
「当たり前だろ。誰だって職業には真剣になるものさ。真剣じゃあないコンビニ店員は『いらっしゃーせー』とか言う前に、職務怠慢でクビになっているさ」
「(よく分からないけどカッコイイ。情熱大陸とか流れてそう)」
「あ、設営終わりました」
「では『取材』と洒落込もうじゃあないか」
ちゃんと『2000円分』の価値はあるんだろうなァ〜…こういってはケチケチしているみたいだが、期待してるぞ…。
「トラか…?」
「……ライオン?」
「いや、チーター……」
「ネコ……?」
この動物は一体なんなんだ。まあ、デザイン的には悪くはないぞ。写真でも撮っておこう。四方八方から、丁寧に、ピントを合わせて。
「材質は木かな。随分前に塗ったのか、近所のカラフルな鉄棒くらいにペンキが剥がれている。腐ってはいないようだが」
「よ、よく分かりますね……」
「プロじゃあないが、これくらいは分かる。年季の違いって奴さ」
「スゴい!スゴいぞッ!こんなに綺麗な『逆さ富士』は他でも数少ないッ!!」
「ろ、露伴先生。スケッチブック破れませんか…?」
「心配するな!いつもこんな感じだから…なッ!!」
「うひー」
綺麗な景色というものは、どのジャンルのどんなストーリーにある、どんな雰囲気にも欠かせない。小説だって、官能的に景色を味あわせるだろう。
富士山なんてのは最高だ。日本一高いだけでなく、日本一美しい。
「2匹だな」
「2匹ですね」
ハッハッと尻尾を振る日本犬。馴れ馴れしい犬だな。ヨダレとか飛ばすなよ。
「……ナニッ!?」
「先生!」
片割れがコチラに向かってダッシュしてくる…が、小屋の根元に括りつけてある鎖のおかげで、間一髪の回避。
が、現実は非情だ。余裕こいてて、もう1匹の犬に気づかなかった。こちらも届かないだろう、と思いきや。
「ゴブッ…!」
腹に尖った鼻が突き刺さる。ミゾオチだ。
「うわぁ……」
「………ふふ、フフフ…」
胸ポケットからメモを出す。これで服を拭く(服と拭くをかけたわけじゃあないぞ)というわけでもなく、立派な『取材』のためだ。犬の鼻の質感、走ってくる速さ、ミゾオチに突っ込まれた人間の痛みを。今しか味わえないこの瞬間を、メモしておくんだ。
「いい体験…させて、もらったよ…」
「真剣すぎます先生!」
「富士山、ピンク色だ…」
「……………」
「あ、写真」
はっ。そうだ、色的な違いは写真にも撮っておかなくっちゃあな。
「…だーれだっ」
「……本当に誰だ。ぼくは写真を撮っているんだ、とても忙しいんだ。キミみたいなのは見たことも聞いたことも……ッ!?」
あるッ!あるぞッ!
このピンク色の髪、伊勢丹みたいな上着、そして間抜けた顔!間違いないッ!
「一緒にお鍋、しよ!」
「え……?」
「なッ!」
か…『各務原なでしこ』ッ!!
NEXT CAMP
「うっ………美味すぎる……」
「(よっぽど気に入ったんだな)」
「せっ?!先生…!?」
「……『ハマってしまった』んだ」
エピソード#{sporadic group}=26:運命ギョーザ
To be continued…
スタンドっていいですよね。精神力をヴィジョン(ネイティヴ)として具現化した、自分の守護霊。傍に現れたつ者。立ち向かう者。幽波紋ってとこにも波紋の意匠が見られてて好きです。私はクレイジーダイヤさんかタスクが欲しいです。
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エピソード#{sporadic group}=26:運命ギョーザ
使い捨てカイロには、主に2種類のタイプがある。
振ったり揉んだりして、鉄を酸素に触れさせ、酸化させて熱を上げる『振るカイロ』。
密封から空気に触れ、中の鉄を酸化反応で温める『貼るカイロ』。
後者の場合、貼る『場所』によって、効き目は天と地ほど違う。そこには、ある『共通点』がある。首の付け根。鳩尾。肩甲骨の間。『太い血管が通っているところ』に貼り、その上からマフラーなどを着込む。
……フゥ〜〜〜〜〜〜〜ッ…。
「五分だけ横になっていいかい?」
「私もー」
「やめた方がいいと思う」
『坦々餃子鍋』だと。
のってる『浜松餃子』は、さっきの屋台で見たことがある。一緒にハサミで雑に刻まれて入っているのは『豆腐』だ…それとスーパーで売ってるような坦々鍋のもと。
「なんだこれはァ〜〜〜〜ッ」
『にんにくチューブ』……ごま油が、白菜や長葱などの野菜と、違和感なく合うッ。
「うっ………美味すぎる……」
坦々と付いている通り…辛い…。いや、燃えるような辛さでも、蕩けるような甘さでもない……例えるならそう、カルボナーラのコショウが歯の間に挟まっていた時…口の中でそれを破裂させた時のような……『ピリ辛』ッ!!
「うぉおおおおッ!ピリッときたああっーーーーッ」
「ありがとうございますっ!」
「感動させていただいた。人は腹が空いた時は所詮ひとりぼっちだからな…志摩くんの友人も含めやたらとぼく達に関わるのは気に入らないが、人の孤独を『感動』にしてくれた!その行動!ぼくは敬意を表するッ!食事は『幸福』だからだッ!」
「えへへ〜、そんなに褒めないでくださいよ〜」
「(何言ってるのか分かんねえ)」
ふふふ…ふ、フォークが止まらないッ!ヤバいぞ!『クセになる』!
「ほらほら、リンちゃんも食べてみんしゃい?身体の芯からぽっかぽか暖まるよぉ」
「田舎のばーちゃんかよ……ん"、うまっ」
「でしょでしょ!」
「こんな料理、一人で作ってみたい…」
「一人…あれ、リンちゃんってソロキャンしてたんでしょ?なんで露伴先生とはアッサリ…」
「(振り回されてるっていうか、なんというか。好きでついて行ってるだけだし)」
「決まってるじゃあないか……『友達』だろ?」
「(いい話風に言われてもなあ。なった覚えないし)」
「そっか!ううっ、なんだか泣けるなあ…よよよ…」
「(強引過ぎるわ)」
どうだい。これが『運命』って奴さ。
ふふ。富士山を眺めながら食べる餃子は……餃子は…。ぎっ、餃子…は……『無い』ッ!?フォークはカンカンと虚しい音を立てて、スープすらも入っていない空の鍋の底をつつくだけッ!
さっきまでスープに隠れていたモノも含めて30はあったぞ!?ラーメン屋で頼んだ5つの餃子を広瀬家で食べるのにも、最後までかかるっていうのにッ!
「なでしこ。鍋の替え玉は無いのか」
「持ってるの全部入れちゃった…えへへ」
………………。
「わーっ!?ま、また作るから!そんな暗い顔しないでよせんせーっ!」
「(よっぽど気に入ったんだな)」
フゥ〜〜〜〜〜〜〜ゥウ〜〜〜………。
予想外の乱入者のせいで少々疲れたが、取材も出来たし、美味い夜飯にもあり付けた。キャンプというものは『予想外』で出来ているんだな。人は『未知』に惹かれる。
1970年代のマンガは、未知の近未来『SF』が主流であった。ぼくもその『予想外』=『未知』に惹かれた一人なのかもしれないな。志摩くんも、なでしこも。いや、生きとし生けるキャンパー全員に言えると思う。全てが規則通りの都会の喧騒から離れ、未知を楽しむのも、キャンプの楽しみ方のひとつなのだ。
翌朝。背伸びをし、外でコーヒーを沸かそうとした。テントの狭い出入口を出た途端。
ぼくは呟いた。誰にも聞こえないような、それでいてハッキリと。
無意識だ。最近の恋愛ドラマの演技みたいな声を喉の奥から捻り出し、『無意識』に……そいつの名を呟いた。ぼくの前に悠然と立つ、偉大なる……名を。
「富士山」
「志摩くん。さっきはああ言われたが、ぼくだって何も考えずに君とキャンプしているわけじゃあないんだ」
「というと」
「もちろん『取材』というのもあるんだが…」
ぼくがキャンプに出かける理由。それは……。
「……『ハマってしまった』んだ」
そうッ!あの小さなテント1つを、やっとこさ建てた時の『達成感』ッ!外でインスタントラーメンを食べただけなのに、あの『幸福感』ッ!
そのひとつひとつに、ぼくは『惹かれてしまったんだ』!!
結婚する相手のことを『運命の赤い糸で結ばれている』とか言うだろ?そんな風にいつか…どこかで出会うんだよ。この前みたいにな。
「ぼくはキャンプに惹かれた…そして、キミに惹かれた」
「せっ?!先生…!?」
「……じゃ、また頼むよ。空いてる時は連絡でもしてくれ、こちらから開けておくぜ」
「えっ、ま!待って!」
やけに焦ったような間抜けた声で、ぼくを引き留める志摩くん。ぼくの服を掴む手は指先から二の腕までぷるぷると震えており、歯を食いしばって、こちらを見つめていた。
「……………」
「どうしたんだい」
「……また、キャンプしましょう」
「………ああ」
また会おう。そして……もう一度話がしたい。君と、そよ風の中で…話がしたい……。
NEXT CAMP
「げえっ、各務原なでしこ」
「せんせー、その『じーぺん』ってどのくらい圧力かかってるの?」
「①!まっすぐキャンプ場まで歩く!」
「②。尻に根が張ってもた。もうちょいここに居る」
「③……ほっとけや温泉で至福のひととき」
「「「おんせーん」」」
エピソード#2₅-1=31:温泉フルーツ
To be continued…
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エピソード#2₅-1=31:温泉フルーツ
日本三大夜景というものがある。
どこの誰がどうやって決めたのかは知らないが、日本三大と銘打っているのだから、日本の中でもトップクラスに美しいことは確かなのだろう。その中のひとつに…こんな場所がある。
山梨県山梨市江曽原『フルーツ公園』。
フルーツ王国の異名を持つ山梨県にある、広めの観光施設だ。地元ではまあまあ有名らしい。他の県での知名度は知れているがな。ぼくだってつい1ヶ月前まで知らなかった。
ぼくはその『フルーツ公園』に向けて、バイクを走らせている。法定速度でな。少年誌のトップをかざる人気マンガ家が事故でも起こしてみろ。休載を免れないし、なによりマンガが書けなくなるだろ。下調べはルートとある程度の知識だけ。そっちの方が印象に残りやすく、『取材』になるのだ。
そもそも『取材』とは、『このシーンにこんな描写を使うため、ここに行く』という考えのもと行うものではない。取材する時点では、『どのシーンにどんな描写を使うかわからない』。構想とはそこまで細かいものではなく大雑把なルート引きでしかない。
だからこそ、だ。
どんな描写が使いたくても、いつでも好きな時に使えるように、写真やスケッチ、メモを『ストック』しておくんだ。過去の自分からの『遺産』をマンガに有効活用させてもらうのだ。このぼくよりは参考にならないと思うが、前に行きたくもないパーティーに行った時は、皆してその手法をとっていたらしいな。もっとも、ぼくの知ったことではないが。
今回は一旦フルーツ公園で取材、その後キャンプ場に移動して野営を行う。夕食後、本題の『夜景』を取材する。あそこの飯は美味いらしいからな。ちょっぴり期待しているぞ。
朝から車で出て、昼ごろにはフルーツ公園に着いていた。朝食は康一くん手作りのサンドイッチだった。料理も出来るんだな…ありゃモテそうだな。……まあ、康一くんは相手が相手でまたアレなんだが……。
「昼でもなかなかいい景色じゃあないか」
写真に映えるな。ぼくは取材の為に、『誰が見にくるんだ?』ってカンジの写真展にもよく足を運ぶんだが…そんなのを見るより、やっぱり『ナマ』で見た方がいいな。一眼レフが捉えた逆さ富士より、ぼくの書いたアスファルトに咲く蒲公英の方が優れているというくらいの自信もあるがね。
「あーっ!?」
「ム?」
「ろっ!露伴せんせー!」
「げえっ、各務原なでしこ」
なんてこった。コイツの地元だったな…山梨は。いや、そうだとしてもこんな所で、こんなタイミングで、こんなヤツと会うのは『偶然』っつー一言だけで片付けていい問題なんかじゃあないぜ。
コイツの性格からして、放し飼いのニワトリみたいに着いてくるだろうし…。
待てよ。コイツ、各務原なでしこを取材に『有効活用』するのはどうだろう。使い道はおいおい考えるが、そこら辺のガキよりかは役に立つだろう。ふむ、せいぜいカップヌードルのラベルについているテープくらいか。
さて、問題はもうひとつある。
「…あれがなでしこの言ってたマンガ家、なのか?ピンクダークの少年を描いてるっつー…」
「うちはジャンプで見た事あるでー。ほんまにカリメロみたいなバンド巻いてるんやなあ」
「いや、イバックオの帽子の方がソレっぽいだろ」
「なんや、アキも見とるんか」
「ち!…ちょっとだけ、なッ!」
「……なでしこ。その2人は?」
「私の友達です!『野外活動サークル』の!」
聞き覚えがあるぞ。
この前いきなり電話してきたものだから忙しい中(キャンプ道具を用意していたら、〆切ギリギリになってしまった。もう二度とコールマンに長居はしない。)しぶしぶ出てやった時のこと。
『せんせー!!』
『近所迷惑だぞ』
『私、野外活動サークルに入ったの!』
『何だい、それェ〜〜ッ』
『それでね、それでね!アキちゃんとあおいちゃんがね!』
『待て待て、事前情報を詳しく聞かせろ』
よほど嬉しかったのか、ガキみたいにはしゃいでいた。隣にいるのは、その時話してた2人か……。
「は、はじめまして。大垣千明です」
「サインくださいっ!犬山あおいちゃんへって書いてください!」
「2人とも、はじめまして…あとサインならもう描いてるよ。ぼくは仕事が早い方だからね」
「うええっ!?」
さっきそこで買ったコーヒーを飛ばし、あの子の持ってた色紙に書いた。
それぞれ『犬山あおい』と『大垣千明』。用具入れを部室としている『野外活動サークル』のメンバーらしい。どちらにしろ活動場所は『外』だし、あの大きなテント等を仕舞う所があるのか…?
「サインくらいSPECIAL THANKS!」
「あああありがとうございますッ!めっちゃ嬉しいです!」
「せ、折角だし…私も…」
「勿論、オーケーだ」
「せんせー、その『じーぺん』ってどのくらい圧力かかってるの?」
「単位のGなんかじゃあないぞ、Gペンの『G』は。いいか、そもそもつけペンの1種であって…」
「あ!写真撮ろうよ!」
自由奔放なネコみたいなヤツだな。まるで少女漫画の主人公だ。何度も思うが、いい意味でマンガのネタになるかもしれない。食事シーンの参考にもさせてもらおう。
「元気だな」
「せやなー、若々しいわー」
「全くアイツは…」
「みんなー!中のカフェでスイーツも食べれるんだってー!」
「うおおおおッ」
「ちょ、露伴先生はえー!」
「待ってやー…」
う───────
「ンまァ〜〜〜〜〜ッ!」
「やっぱ疲れとる時の甘いもんは、格が違うんやなぁ」
「暖房も効いてるしなー」
「季節によって、色んなスイーツが食べれるんだって!」
苺ソフト(1月~5月)キウイソフト、サクランボソフト(6月)桃ソフト(7月〜8月)巨峰ソフト(9月〜10月)林檎ソフト(10月〜12月)柿ソフト(1月~5月)。外のオブジェも中の装飾もフルーツだらけだ。フルーツ公園とは、そういう事か。名に恥じない、かなりのフルーツっぷりだ。
「キャンプ場まで約2キロ。温泉の方が近いな」
「さて、この場合…私達はどこに行ったものか」
「①!まっすぐキャンプ場まで歩く!」
「②。尻に根が張ってもた。もうちょいここに居る」
「③……ほっとけや温泉で至福のひととき」
「「「おんせーん」」」
欲望に忠実なヤツらだ。
……ダメだ、居心地が良すぎる。あと5分だけならッ…いいよな…。
「笛吹公園…って、なんで露伴先生がいるんだよ」
なでしこ…大垣千明と、犬山あおい。あいつら、あそこのキャンプ場に行ったのか。と、横に真顔で机に伏す露伴先生。なんでだ。
そっか、露伴先生いるのか。
……………。
さて、こちらも一休みしますか。丁度あそこにいい感じの山小屋が…ううっ、寒い。
「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」
「あれ?露伴先生、行かへんの?」
「そういえば、ズッと私達に着いてくるのかな?キャンプ道具は持ってるみたいだけど」
「まあ…満足そうなカオしてるし、いいんじゃあねーの?」
NEXT CAMP
「ざるそばで頼む」
「温玉あげだけ買ってこ!」
「これがピンクダークの少年に活かされる…のか?」
「煮込むだけ…だな」
「夜景、見に行こ!」
エピソード#A(3,2)=A(2,A(2,A(3,1)))=29:二人ノヤケイ
To be Continued…
今回、とーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっても回りくどい書き方をしているので、ボリュームがお徳用うまい棒のシュガーラスク並となっています。
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エピソード#A(3,2)=A(2,A(2,A(3,1)))=29:二人ノヤケイ
あ、あと10000UAありがとうございます。皆Daisuke。
(なでしこのお土産、何か買ってくかな……雑貨とか?いや、あいつは京都の土産でも大仏キーホルダーより生八つ橋の方がいいやつなんだろうな。すなわち土産は食べ物…うーむ…。)
荷物を持ってしばらく歩くと、目的の温泉に着いた。
名前は『ほっとけや温泉』。
12月は6時から、7月は4時から…と、日の出の一時間前に開場するらしい。神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・痔疾・冷え症・病後回復期・疲労回復・健康増進の効能があるとホームページに書いてある。
ここまで書くと、逆に怪しいぞ。虫なんかが浮いてるんじゃあないか?ぼくは潔癖症でもないが、汚い温泉には入りたくないね。
「そこの休憩所に荷物置いてから入ろ!」
「右の方が空いてるみたいやな」
ありがちな木のロッジに入ると、暖房、座布団、長机、畳、テレビetc…広い室内に、快適極まりない空間が、帰すものかと足を掴んできそうだ。
この季節、山奥の気温はかなり下がっている。
直感した。
出られないッ…風呂上がりに、こんな所…!
「ひろーい!」
「このくつろぎスペース、人を殺せるな」
「尻に根が張るなんてモンやないで」
「風呂上がりの客を帰さないつもりだな…」
「ねえねえ!お風呂あっちにあるって!」
元気に指をさし、露天風呂にはしゃぐなでしこ。
「入ろか、温泉」
「だなー」
チッ、ジジイ……オホンッ!年配の方ばかりだな。スケッチブックやカメラを持ち込めないのが惜しいな…上がったら忘れないうちに書かなくっちゃあな。
軽くシャワーを浴び、登山の汗と疲れを流す。露天風呂に出ると、湯気の向こうに、見事な山並みとジジイのハゲ頭が並ぶ。山梨県の平均年齢って、こんなに高いのか?確か杜王町の銭湯は、こんなにジジイばかりじゃあなかったような気がする。
さっきも散々見たが、改めて見ると壮観だな。あの青い山を構成している1ミクロ1ミクロが、巨大な樹木だったりするなんて、考えられないな。今度はああいう山に行くのも良いだろう。
風呂の湯が極度に熱いことを除けば、景色もいいし風呂場は綺麗だし、結構いいんじゃあないか?ま、何にしてもここまで来るには相当疲れるんだけどな…後払いの至福、か。
「あかんやつやー」
「ああ、確かにこれはヤバいな…」
「まったり〜…♡」
先に上がっていた3人は、数年ぶりの実家にいるかのように頑なにそこを離れようとしなかった。というか、先に上がっていたというのは、ぼくが長風呂していただけだったんだがな。
……スケッチ、しようか。
「露伴せんせー、ご飯食べる?」
「……………」
チッ。あの素晴らしい風景を1ミリでも忘れてしまったらどうするんだ。
「ざるそばで頼む」
「私月見そばー」
「私は月見うどん〜」
「私は〜……って、ここで食うたらキャンプご飯食べれんくなるやん!」
ハッ!?
い、いけない……近くにスタンド使いでもいるのか!?いや、温泉に留まらせようとするスタンドなんて居ないか…でも密室殺人の線は有り得なくもない。
聞いたことがある、死刑囚の牢屋そのものが処刑場だったという話を……。
「温玉あげ美味しいよー」
「………………」
「……温玉あげだけ買ってこ!」
「せやな!」
「すいません4つください!」
「まいどありー」
…気が滅入りすぎていたみたいだ。ここでくらい、スタンド使いの線を捨てても……。
「はいっ、せんせーの分!」
「ありがとう。いくら払えばいい」
「部長の奢りです!」
「ちょっ!?こ、ここは野クル全体の奢りで手を打とう!」
「うちは部長の奢りに賛成〜」
「ありがとうな、大垣くん」
「え、あ、いえいえ!すげえファンとして嬉しい!願ったり叶ったりっていうのかコレは!」
「よし来たぞ」
高ボッチ高原…!
柵の向こうの草原では牛達がのんびりまったり暮らしている。こっちも落ち着く…。
あと6キロを気温2度の道で行かなくっちゃあならないのか…で、でもこの先には温泉が……!
ここで死んだら、コイツ(ビーノ)も浮かばねえ!
\生きてるよ/
「急げ私っ」
途中落石やリスを避けながら、なんとか約150キロを完走した私は、温泉に……。
『10月をもって閉店いたしました。高ボッチ鉱泉』
「おいまじか」
引き返した私はこのどうする事も出来ない気持ちを胸に、なんとなく山登りをしてみた。
今日の松本市は曇ってるっぽいけど。ぼっちでボッチ山登り、寂しい…と、私が寒さに震えながら山頂に登った時、紅く眩しい夕焼けが目を焦がす。
「……なんだよ、こっちはちゃんと見えてるじゃんか」
帰りこそは!絶対!温泉入るぞー!!
自販機も止まっている山の中を、原付でガンガン奥に進む。悩みに悩み抜いた結果、見晴らしのいい台地をキャンプ地とすることにした。
さて、パスタ準備しよ。本を出してっと〜……。
「……あ、リンちゃんからだー」
スマホを取り出したなでしこは、その画面を見て、いつも緩んでもにゅもにゅした感じの顔が、もっと緩む。
「おいしそ〜♪」
「…キャンプ場チェックインしなきゃ!!」
「おいもう4時だぞ!」
「あかんあかんてー、ふふふー」
「ぼ、ぼくはどうすれば…?」
「露伴先生も急いで、早く!」
「……ヤバいぞッ!ぼくもキャンプ場に予約してるんだった!」
「薪はあそこにある物を使ってください。チェックアウトは…」
和菓子か寿司を作っている板前みたいな格好のオーナーを、ぼく達は物珍しい目で見ていた。勿論スケッチもするが。
「寒そうだな」
「寒そうだね」
「まるで職人やなあ」
「ふむ、こういう衣装もアリか」
「仕事熱心…!」
「これがピンクダークの少年に活かされる…のか?」
「あのマンガなら何でもアリやろ」
「強く否定出来ないな……」
自分でも、やりたい放題している『フシ』はある。編集者にも言われたよ。
さて、テントの設営を終え、晩ご飯まで少しだけ暇のあったぼく達は(なでしこに『露伴せんせーの近くがいいのー!』と駄々をこねられた)、大垣くんの提案で、『ウッドキャンドル』なるものを作ったりしていた。輪切りの丸太にローソクを入れ、着火剤を詰めて燃やす焚き火の方法だ。丸太の中心からローソクのように燃えていることから、『スウェーデントーチ』や『木こりのろうそく』とも呼ばれるらしい。
ここのキャンプ場の丸太は全て割れていたので、針金を使っていくつかの薪をまとめて、中に着火剤を入れた。本当にローソクみたいに燃えるので、ちょっと違った雰囲気で面白いぞ。
上が平らなので、鍋やコーヒーポットを乗せて調理もできるらしい。林間学校で作った飯盒炊爨カレーの後のコッヘルのように煤で真っ黒になってしまうらしいが。
最終的に針金は燃え尽き、ぼーっとしてキャンドルを囲んでいたぼく達は、薪が勢いよく倒れる音に不意打ちをされた。くそっ、間抜けた悲鳴とか、あげてないだろうな。こっ恥ずかしい。
「晩ご飯を作りまーす!今日はひと味違うカレーだよー!」
「やっぱカレーやー」
「カレーやー」
「カレーだな」
あらかじめ切って素揚げなどの下準備をしておいた具材を、ルーに入れて煮込めば完成…らしい。
「煮込むだけ…だな」
「煮込んでるだけやーん」
「だけやーん」
「カンタンでも美味しいのよ奥さんっ」
隠し味にインスタントのとんこつラーメンの粉末スープを入れてあるらしい。小麦粉と水で辛さを薄めてカレーに混ぜればOKという、これまたカンタンなレシピだ。
他にもおでんや肉じゃがをカレーに入れる、変身カレーなるものがあるらしい。本当に合うのか、と思ってしまうが、今回の粉末スープの件からすれば、案外カレーには何でも合ってしまうんだなと思ってしまう。
他にもさっきの焚き火で、焼き鳥やマシュマロを焼き、長い夕飯を楽しんだ。野外だと美味さも際立つ。そうこうしているうちに寝る時間になり、テントに入った。1時間ほどスケッチをしていると瞼が重くなってきた。
……寝るか。
さて、そろそろ寝るか……お、なでしこからメール。
『リンちゃんまだ起きてる?』
「……」
『ねてる。』
『そっちはどんな感じなの?』
『超寒くていもむしになってる』
『私も今いもむしだよー(*´W`*)』
シュラフ買ったのか!?…いや、アイツそういえば野クル?に入ってたな。そこの備品か何かか?
『冬用シュラフって暖かいんだねー』
『カイロ足元に入れるともっと暖かいよ』
『ホント?やってみるよー』
『そいえば温泉行ってたらつぶれてた…。』
『OH……』
『明日は絶対温泉はいる!!超はいる!!』
『超頑張ってね!!リンちゃん!!(`v´)b』
ちょっと外出るかー…話長引きそうだし。おーさむっ。でも夜景が綺麗だな。街からはこんな星空は見えなさそうだ。
『こっち星空と夜景がすごいよ』
『リンちゃん しばらく起きてて!!』
「ん……」
外に出てきてよかった。丁度少し待ちそうだ。数十分後、持ってきたココアを飲んでフライングキッパーごっこをしている途中に、やっとなでしこからの着信が来た。
『おまたせー!!』
そこに映っていたのは、日本三大夜景にも数えられる、フルーツ公園の夜景……と、不機嫌そうにピースする露伴先生だった。
なんで!?
「せんせー、起きてせんせー!」
「……………?」
重りのついた上まぶたを擦って、無理矢理目を開ける。もう朝か。モーニングコールなんて頼んでいないぞ、と思いながらスマホを見ると、深夜の0時半だった。
さっき寝たのは…0時半だ。
1分も寝ていない。
「夜景、見に行こ!」
「はあ……?」
「早く早くー!」
「……周りに迷惑だ、静かにしろ…」
ハッ。
そうだ、なんやかんやあったせいで、本来の目的である夜景を見るのを忘れていた。それはそうと、何故ぼくとこの女が一緒に行かなくっちゃあならないのかというと、長野にいる志摩くんに夜景を送りたいんだとか。
「で、なんでぼくなんだ」
「だってあおいちゃんも千明ちゃんも寝てるんだもーん」
「……そもそも、同行する理由は?」
「こわい!!」
「スゴいッ!スゴすぎるぞッ!!」
「私は露伴せんせーのスケッチの方に気を取られて全く夜景に集中できない!」
「夜景!スケッチせずにはいられない!」
「もうここまで来ると、褒めるしかないよね…ある意味ではこういう『姿勢』、憧れるなー。本当スーパーマンガ家だよ、せんせー」
…スーパーマンガ家、か。悪くないな。憧れの的になるマンガ家もどきのタレント気取りをしている自称芸能人が、ぼくは一番キライなんだが(自分の本来の職業を見失っている姿は実に愚かだから)、単純に心から褒められるのは、悪い気持ちはしない。
こいつはウソをつけないタイプだ。言っている事は素直に受け止めておいた方が、お互い得だろう。
「露伴せんせー!こっち向いて!」
「ン?」
「ピースしてー!」
注文の多い奴だな。って。
「何を撮っているんだい、君ィィ〜〜〜」
「リンちゃんに送る写真!ほら、笑って笑ってー!」
「チッ!」
君のいうスーパーマンガ家のぼくと、岸辺露伴と写真を撮れるって、光栄に思えよ…なでしこ。
その後、素晴らしい夜景をスケッチして帰ってきたぼくは、今度こそ素直にテントで寝る事にした。
が。
「寒いですねー」
「…………おい」
「へ?」
「何故ここにいるッ!?」
「だって1人寂しい…」
「だからといって、ぼくのテントに入っていい口実にはとても足りないなあ!」
「いいじゃん暖かいし!」
「ぼくはお前が隣にいるだけで寒気がするぜーッ!」
結局、寝たのは深夜3時だった。
NEXT CAMP
「あれ、今度はあんまり驚かない…」
「お前につけられてるような気がしてな」
違う。
確信は持てる。後から無理くりに付けた理由に、無理矢理に納得したからだ。
が、真の理由なんて分からない。
エピソード#1010₀=1:饅頭ナデシコ
to be continued…
なんて、なんて遠い更新日。
おのれ高校受験。それしか言う言葉が見つからない。
そんなことより、修学旅行が楽しみでなりません。明日は前日指導に行くのですが、事前に荷物やら何やらを検閲した上で集めてしまうので、小説を書くiPhone7もゆるキャン△漫画も持っていけません。めちょっく。
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エピソード#1010₀=1:饅頭ナデシコ
(役:筆が乗ったので久々に更新しました。大変お待たせしました、申し訳ございません。ではご覧下さい)
菓子を食べるのも、取材だ。
「こし餡か」
こうやって寒い中ベンチに座ってまんじゅうを食べるのも、取材なんだ。
身延まんじゅう……山梨県南部にある身延町の郷土料理だ。もとは修行している坊さんかなんかのための、いわゆる嗜好品だったらしい。久遠寺のある身延山では肉、魚、酒が食べられなかったため、地元の菓子屋が作ったのが始まりらしい。
これはぼくとリン、そしてなでしこのヤツが何度目かの再会を迎える前の、もうひとつの再会だ。この前の取材と、今回の取材の間に、本来なら『アレ』が来るんだが…とりあえず、こっちの方を話してしまおう。
「先生!!」
「……お前か」
「あれ、今度はあんまり驚かない…」
「お前につけられてるような気がしてな」
「あはは何それ!面白い!」
「シャレになってねーぜ」
フン!こっちは好きで会ってるワケじゃあないんだ。
「マンガ、どうですか?」
「変わらないね。変わらず大ヒットだぜ」
「さすがせんせー!」
「…逆にやりづらいな」
クソッタレ仗助とは別のベクトルで面倒くさい。イヤミもナシに、全力で、正面から、勢いよくぶつかる。ふもとっぱらの犬みたいだ。やはりこいつには犬が似合っている。
話すことも無いので、無難な質問を投げかけた。うまい棒のチーズ味くらい…初対面のヤツに『好きな食べ物ってなんですかァ?』って聞く合コンのOLくらい無難だ。
「高校、どうなんだ」
「あ、そうだ!高校!あのね、山梨に海ってないでしょ?だから静岡が羨ましいー!って!」
「ふん。海……か…」
ぼくの家からはズッと海が見えるから、あまり気づかなかったが、海がなかなか見れない県もあるのか…山奥ともなれば尚更だ。
「杜王町?って、海あるんですか?」
「ああ。特に僕の仕事部屋からはな…それが家を買う決め手だった」
「一人暮らしですか?」
「………一人暮らし『だった』」
「ん?過去形!?なんかまずい事ききました!?」
「あれは僕が博打に夢中になったばかりに…いや絶対にクソ仗助のせいだ」
「じょーすけ…」
「君は知らなくていい。あんなハンバーグ、関わるのなんて無駄だ………無駄無駄」
チッ、余計な事思い出しちまったぜ。
……まんじゅうが美味しい。身延の焼印が押された、分厚い皮の中に入った餡が、舌の上に乗る度、踊る…というより、静かに、ゆっくりと舞うようなカンジだ。
「それと、何しに来たんだ?」
「キャンプ道具を揃えに来たの!」
「………ぼくの目が節穴じゃあなかったら、何も買ってないように見えるんだが」
「値段が高くて買えなかったのー!」
「ああ…分かる。コール〇ンに給料を吸い取られた」
「ハマってるっ!?」
「お前こそ」
それにもうキャンプ用品店に長居はしない。アレは痛すぎた……。『ただでさえ借金あるんだから…』と康一くんに怒られてしまった。それを見ていた億泰からも呆れられる始末だ。
「せんせー!」
すると今度は、あちらから無難な質問を全力投球してきた。
「せんせーって、なんでマンガ始めたんですか?」
「ぼくの事を知らないヤツに話してもなァァ〜〜〜〜〜〜〜」
「……16歳から、ジャンプで連載してた…そうですよね?」
「…何故それを?マンガ読んでるようには見えないぞ、お前」
「調べたんです!露伴せんせーともっと仲良くなりたくて!」
「……………絵が、好きだったんだ」
もともと電車の模写や似顔絵、デッサンで小学校から有名だったんだが……マンガの世界に興味を持ったのは高校生だった。そこからどっぷりのめり込み、気づけば人気になっていた。
しかし知名度なんてどうでもいい。教室で書いていたらアマがキャーキャー寄ってくる。大半が『若いのにジャンプで連載うんたら』という褒め言葉なのもあるが、ぼくはただ『読んでもらうため』にマンガを書いている。チヤホヤされたい!などと悶々しながら執筆しているこのぼくではない。
ギャラだって多いさ。でもそれが目当てじゃあない。ただただ、『ぼくのマンガを読んでもらいたい』ンだ。それ以外はどうだっていい。命懸けで取材をするのも、そのためだ。
そうだな……金が貯まったら、日本一のアトリエを作るくらいしか浮かばないし、マッ!ぼくは何処でも素晴らしいアイデアと絵が出てくるからな。そんじょそこらのマンガ家とは違うんだよ、才能ってヤツが。
「絵かあ……こんど私も『ピンクダークの少年』読んでみよっかな!」
「読者が増えるのは有難いが…大丈夫か?」
「なにが?」
「………ふ、まあいい」
トラウマにならない事だけを祈ろう。
特に今月号……あの『ペタリガ』が出てくる。アイツはヤバい。ぼくも倒すのに苦労した……(倒したのは主人公の仲間だがな。考えたのはぼくだ)。鉄分を操作するなんて、我ながら無茶苦茶だな。『先が読めず、楽しみです。次号も是非読みたいです』というファンレターは来るがな。
「あー!」
「耳元で叫ぶなッ!?」
「お、先生じゃん」
「こんちはー」
この前の…大垣くん、犬山くん……野クルで来てたのか。てっきり1人でキャンプ道具を漁るヤツだと、店員に思われてたのかと…。
「帰ってきたー!もー、遅いよ2人とも!」
「いや、見てたらどんどんのめり込んでなー。ほらお菓子って女の子の象徴やん?」
「ごみんごみん〜。それより邪魔して悪かったカンジだし」
「え?」
「楽しそうやったで、2人とも」
み………!見ていたのかッ!!クソッタレェ!自分でも顔が熱くなるのが分かるぜチクショウッ!
「ば、バカッ!勘違いするなよッ!」
「ん?どゆこと?」
「だからー、お前と露伴先生が」
「あー!あーっ!やめろッ!恥ずかしい!」
「………クソッ!」
自分に対して。自分がやった身勝手に対して…いや、身勝手は慣れっこなんだが、その不思議さに自分でも驚きながら、戸惑いながら、怒っていた。もう野クルとは別れた。
実は数分前。
大垣くんと犬山くんに先に再会したんだが、『店の中を10分ほどウロウロする』と上書きしてしまったのだ。そうした理由?分かれば世話はないさ。ぼくだって分からない。
少ししたら帰ろうと思っていたんだ。まだ大丈夫と思っているうちに、見られた。
ゆっくりまんじゅうを食べたかったから?ならなでしこにも上書きするハズだ。なでしこと話したかったから?ありえない。ぼくはハッキリ言って、犬山くんよりも犬っぽいアイツが嫌いだ。
………取材、か?
そう、取材だ。あいつの破天荒かつ奇天烈な行動はネタになる。前も話した。そうだ、そうなんだ。くくく、気づくのが随分遅かったじゃあないか岸辺露伴。
…………………………。
違う。
確信は持てる。後から無理くりに付けた理由に、無理矢理に納得したからだ。
が、真の理由なんて分からない。
ぼくは釈然としないまま、杜王町へ帰った…康一くんの待つ家へ。
「おかえりなさい、露伴先生」
「ああ。今帰ったよ、康一くん」
「また山梨の方へ?」
「……悪いか?」
「いえ別に(なんだあ?いつもよりギスギスしてるなぁ〜〜〜………………けど、どこか『満足げ』に見える………。いい取材、出来たんだろうなあ!なら良かったッ)」
「少し仕事をしてくる」
「はい。今日の晩御飯は、露伴先生の言ってた『餃子鍋』ですよ」
「ナニッ!おい!?ちゃんと浜松餃子を取り寄せたのかッ」
「ええ、偶然カメユーのギフトに載ってました」
「………仕事は、早めに終わらせるよ」
「(凄いッ!露伴先生がニヤケをコラえきれていないッ!餃子鍋……一体、どんな…?………ぼくも期待しちゃうじゃあないか!!)はい。準備しますね」
NEXT CAMP
「はいはい。食べられませんよーに、と」
「取材させてくれますように、と」
「高いけど」
「oh……」
「あるよ、とっておき!こっち!」
「は!?ちょ、お前…!」
エピソード#│a+bi│=√a²+b²:牛鬼シビレコ
To be continued…
皆さん。私のゆるキャン△熱はまだ覚めてません。始めたからには終わらせますよ、それが私なりのケツの拭き方です。
更新は月イチですけどね。
原作には追いつけずとも、アニメ最終話のクリキャンに、岸辺露伴は動かない的なストーリーを追加したいです。露伴先生が可愛くなりすぎてますし。あ、そういえばヘブンズ・ドアー出してないや。
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エピソード#│a+bi│=√a²=b²:牛鬼シビレコ
ここでひとつ豆知識をば。海の日(海物語じゃなくて祝日)って、なんで休みなのか知ってますか。毎年7月第3月曜日にある海の日は、前まではただの海の記念日というノー祝日だったそうです。
それが2003年の祝日改正法、ハッピーマンデー制により、海の恩恵に感謝するとともに海洋国日本の繁栄を願うものとして、また国民に海についての関心意欲態度、知識理解を深めるための祝日に。今はただのお祭りですがね。
ぼくの名前は岸辺露伴、マンガ家だ。まあ紹介したところで、だから何?と思うヤツもいるだろうが。
何をしてるか…って、ぼくだって四六時中マンガじゃあない。馬刺しを買ってるのさ。とある用事のためにね。マンガ家が馬刺しを買う光景だって、何らおかしくないだろ?実質、マンガのためだし。
さて……君、馬刺しは食べたことがあるかい?躊躇ったろう、最初…ぼくもだぜ。熊本で食べたのが最初だった。
さあ、少しは興味、持ってくれたかな。
『牛鬼』。
うしおに、うんむし、ぎゅうきとも読むその鬼は、西日本に伝わる妖怪だ。北野天満宮にいる、『菅原道真を大宰府に連れて行くのを嫌がって座り込んでしまった』と言われている『撫で牛』も、その一種とされている。
そいつは祭りの主役にもなるが、沢山の文学作品、アニメやマンガの悪役などにもされる。何故なら、その牛鬼は、海岸、湖を歩く浜辺の人々を襲い……食べる。
「……わっ!」
「ぎゃあああああああああああああ!!!!」
「ひぃっ」
「そんな怖がるなよ。牛鬼だって妖怪だろ、所詮」
「だから怖いんだよせんせー!」
「お茶目かよ先生…」
………最近はネットで何でも検索できるんだな。
だからといって、取材に行かない理由にはならない。
ぼくの貴重なマンガ以外の楽しみである『キャンプ』と、もちろん『マンガ』も両立させる。今までの生活も至福だと思っていたが、そんな生活も、案外楽しいのだ。バカ高校生組以外は。
「さあ、設営するぞ」
「お願いします〜お願いしますぅ〜」
「なでしこ、何してんの」
「食べられないように祈ってるの!ほらリンちゃんとせんせーも!」
「…なんて書いてあるんだ、この石碑」
「わからないです」
人を食べる、ねえ。人間だって豚や鳥、牛、馬、羊を食べてるワケだし、やっぱり命を食べるのは仕方ないのかもしれないな。
何かを殺さず生きたいなら、石ころにでもなるしか無いな。アンジェロ?だったか。アイツみたいに、な。それかジョセフさんの言ってた…カーズか?友人のシュトロハイムとやらの考察によると、生きたまま鉱石か何かになったとか…。
……ジョセフさん、そこまでしないと倒せないヤツを相手にしてたのか。今じゃすっかりオーラも無くなっちまったように見えるが…。
「はいはい。食べられませんよーに、と」
「取材してくれますように、と」
「せんせー!?」
「ぼくはキャンプもあるが、取材をしに来たんだぞ?牛鬼だろーがなんだろーが、それを『材料にする』事には変わりない」
「死なない限りどんな酷い目に遭っても、マンガのネタにするんですね……」
大体合ってる。
「ここまで来ると褒めるしかないね…ある意味こういう『姿勢』?憧れちゃうなあ」
「キャンプのために原付免許取ったリンくんと、本栖湖からの富士山を見るために自転車で来てそのまま寝落ちしたなでしこも、お互い様だろ。さ、行くぞ」
「あー!待ってよ露伴せんせー!」
「……先生、ヒマなのかな。いつも付き合ってくれちゃって」
チャイ。インドのミルクティー。紅茶と砂糖とミルクを一緒にやかんでグツグツ煮る。あま〜い。近くにはバケツ入りのミルクと、七輪風のコンロがある。
インドの庶民的飲み物で、1ルピー(約15円)で2杯くらい飲める。
「ま、仕事が早いってことなんだろうさ」
フタをずらし、おかわりの合図。机を人差し指で2回たたき、店員さんにありがとうの合図をし、もう1杯。
甘さと温かさが、冷えた体に伝わり……えも言われぬ至福感にみまわれる。こういう体験したから、先生はキャンプにハマったのかな。
四尾連湖。
デンキウナギがいるわけじゃあないぞ。
山梨県西八代郡市川三郷町のカルデラ湖。本栖湖の北西にある。横に楕円状の形をしていて、富士五湖などと同じように、噴火時に流れ出た溶岩、噴出物により出来たと思われる。
江戸時代には富士八湖(忍野八海の由来か?)とも呼ばれていたらしく、明見湖、浮島沼、そして四尾連湖を足して出来たんだとか。今の富士五湖は全て山梨にあるが、浮島沼だけは静岡県にある。富士だし、間違ってはないんだよな。
紅葉の名所……らしいんだが、今は真冬なので、枯葉が地面に落ちている方が目立つ。
池をぐるっと回って、今回のキャンプ場所に着く。他のキャンパーは1人…。
「「((ほぼ貸し切り状態…!))」」
「どしたの2人とも」
「何でもないさ」
「うん、何でもない」
「…ああ、人がほとんどいない…ふええ」
「なでしこ。牛鬼が出るのは丑三つ時だから、その時には寝てるよ」
「……ならいいや!わーい貸し切りぃー!」
「単純か!」
とりあえず、お互いの持ってきたテントの設営に入った。リンくんはポールを組み立て、そこにフックを通している。ぼくやなでしこのテントとは違うタイプだ。
「リンくん、そのテント…」
「ん?」
「あ、よく見ると変わってる。なんか袖…?に通してないし」
「吊り下げ式のことかな」
「つりさげしき…?」
「確か2種類あるんだろ?」
「そうですね。なでしこの言ってる袖は、本体にポールを通すスリーブ式。私のはポールに本体を吊るす、吊り下げ式」
「どっちが楽なの?」
「あまり変わらないだろ。慣れればどっちも一緒だ」
「ええ、まあ好みにもよりますが、基本的には変わりませんよ」
「前に〇ールマンに行った時、片側に入れるだけで反対が固定されるヤツがあったぞ。あと寝室になる部屋とリビングが一緒の…確か、ツールームだったか」
「それなら山梨にも売ってるかも?昭和のイオンならありそう」
「おお!」
「高いけど」
「oh……」
キャンプ用品って、高いんだよな。それも便利だったり、新しいタイプだったりすると特に。
「このシートはここの下かい?」
「はい、そこに」
「何これ?またお高いヤツ!?ブルーシートでいいじゃん!?」
「ん、百均のやつじゃなきゃね。グランドシートは安いヤツでも代用できる」
「おおー!」
それから質問&取材攻めは続き…。
「とりあえずテントの設営は完了、と」
「シートと椅子、終わったぞ」
「ブランケットで寒さ対策っ!」
「お、単純だけど良さそうだな」
「……………」
「寝るな寝るな」
「丑三つ時に目が冴えるぞ」
「!」
ぼくとなでしこでブランケットにくるまりうとうとしていた所、リンくんが『ココア飲む?』と湯気の出るポットを差し入れしてくれたので、ありがたく頂くことにした。
…眠さは増しそうだが。ま、その方が取材できるさ。とでも考えるか……。
「にしても、こりゃあうまいココアだぜ…」
「この一杯のために生きてる…」
「2人ともうちの父さんみたい!」
「まだ20なのにな……いや、このリアクションはマジだぜ。身体が安心感に包まれる」
突然思い出したように、なでしこはぼくに詰め寄り叫ぶ。アナスイの香水に似た匂いが漂う。
「あ、せんせー!サイン頂戴!」
「なんだよ改まって。まあサインくらい良いけどさ…どうした?ぼくのマンガを見たのか?」
「やふおく!」
「ぶっ飛ばすぞ!?」
「だって金欠なんだもん…道具買いたいし…」
「部費で賄うんだな」
「けち!」
「どの口が言うか」
ふん、ぼくはいきなりステーキ頭の仗助の次に、転売屋が嫌いなんだ。サイン本が大量に売られているのを見た時は全部買い占めたさ。昔の話だがな。
「そいえば、リンちゃんのキャンプ始めた切っ掛けってなに?」
「ああ…ぼくもまだキチンと聞けてなかったな。お前が来たせいで」
「え、私!?」
「じゃ、改めて話すとするか。まず始めたのは中学一年生の冬……私の母方のおじいちゃんがキャンプ好きで、年金ぱーっと使って新調したから、もう使わないキャンプ道具貰ったの。ちょっと興味持ったら、もうこれだよ」
ぼくもちょっと絵に興味を持って、気づいたらジャンプ漫画家だった。少し共感できる所があるかもしれない。
「何でもきっかけなんて、なんとなくじゃよ」
「出た、田舎のおばあちゃん」
「そうだな。わしもそう思うぞい」
「ぶふっ」
「何故吹いた!?」
「あははは!露伴せんせー面白い!」
「お前だって似たようなモンじゃあねーかッ!」
「…ふふ、ちょっとすんません、ツボで…」
「おじいちゃんがツボなのか!?それとも『ぼくの』おじいちゃんがツボなのか!?」
「うーん…こうか?」
リンくんが試行錯誤しながら、何やら茶色めの板チョコみたいなのを割って、メタル賽銭箱に入れている。
確かあれ、割って使うタイプの着火剤だよな。リンくんは着火剤をメタル賽銭箱の下に敷き、その上に四角い竹輪みたいな炭をのっけている。
「なんだ?その賽銭箱」
「先生まで!?B-6、焚き火グリルですよ!」
「……この中に炭を入れるのか?」
「そ、そうです。初めてなので自信はありませんが」
「そうか。ぼくはちょいと取材に…」
…!
チッ、全力ダッシュの音が聞こえると、無意識に振り向くようになってしまった。やはり音の元はなでしこだった。フリスビーを取ってきた犬のように目を輝かせている。
「せんせー!あっちにカヌーあるよ!」
「ほう…見に行ってみるか?」
「私カヌー初めて!」
「の、乗るのか…?」
「…………………………」
「……乗ればいいんだろッ!言っとくがぼくも初めてだ!転覆しても知らないぞッ!」
「せんせ〜♪」
「ぜー、ぜー……」
肺に吸い込める空気が…3分の1くらいになったような気がするッ………。く、苦しい……今度確か、ぶどうヶ丘高校の方に『スポーツジム』がオープンするそうだが………真剣に『会員』になることを考えたぜ…。
「あ、隣のキャンパーさんだ」
「そういえばもう1人いたな…」
テントでもカヌーでも大声で騒いでいたので、ちょいとばかし申し訳ない気持ちになる。
「こんにちはー!」
「オイオイオイオイ!?なんでそうお前は誰にでも話しかけるッ!?」
「ああ、こんにちは。あちらのテントの?」
「はい!」
2人のうち1人が、サバイバルナイフを片手に、もう片方には新鮮そうなピーマンが握られていた。随分と顔立ちの整った男だ。声も高い、ルックスもイケメンだ。女ウケはさぞかし良かろう。
ロッジ型テントの中には、沢山の調味料にキッチン用品、美味しそうな料理と……酒瓶が並んでいた。しかも数本はもう空だ。そしてその向こうには、フードをかぶって缶ビールを飲む丸メガネ女がいた。
ああ、飲んだくれだ。
「刑部姫…?」
「ん?せんせー?」
「何でもない。すいません、お邪魔しました」
「いえいえー」
素敵なカップルだったな。
少しして、撮影、取材、それぞれを終え、山頂まで着いた。いい運動になったぜ。食事の前にはある程度、運動しとかなくっちゃあな。
「栗だ」
「栗だな」
\た、田植え!/
グゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ。
…落ちてる毬栗だけを見て腹を空かすとは………たく、この女は。
「帰るか?」
「うん!そろそろプチ鍋の準備しなきゃ!」
「鍋………」
「ふふふ、味は保証するよっ♪」
「………」
「めっちゃ落ち込んでる!?」
「着火剤が…なくなってる…」
全部使ったのか!?なのに…『着かない』ッ!火が着かないんだッ!
「せんせー!」
「ん…?なんか案でもあるのか?」
「あるよ、とっておき!こっち!」
「は!?ちょ、お前…!」
ぼくの手を、この真冬だというのに、嘘のように温かい手が包む。いや、包みきれず、その温もりは中途半端だが……十分すぎるほどに、温もりを。
なでしこを、感じられたような気がした。
「さっきのキャンパーさん、多分ベテランだよね?」
「あ、ああ…たぶんな」
「あの人ならきっと知ってる!火の着け方!」
「そうだな、うん…」
「………露伴せんせー?顔とか耳とか手とか真っ赤だよ?」
「そんなのどうでもいいだろッ!今は火だ!」
「なんとか着いたね!」
「本当に竹輪炭って言うんだな…それ、焼き鳥か?」
「そう!私とリンちゃんがさっき買ってきたの!」
「あぶねー、焼けないかと思ったわ」
「ぼくは人生であんな頼もしいヤツは見た事無いな。後光がさしてたぜ」
冗談交じりに言っているが、ぼくは、あの男の事を本当にスゴいと思う。彼女持ちだし、アウトドアもできるイケメン。女の理想、ってやつか?
マンガにおいちゃ、ぼくの右に爪先でもはみ出ることは、世界ひろしといえどいないだろうがな。
「ほんとです。さしずめ救世主…」
「焼き鳥の救世主?」
「クク。とたんに情けなくなったな」
「あ、焼けた。2人とも、どーぞー」
「ありがとう。ぼくも肉とか野菜なら持ってきたから、リンくんも食べるといい」
「じゃ」
「いただきまーす!!」
「いただきます」
「……いただきます」
NEXT CAMP
「出たな怪人ブランケット」
「いい匂い…♡」
「よだれ拭け」
「火、消えないね」
「なでしこ。お化けや妖怪だの騒いでるが、そんなの無いぜ。ファンタジーやメルヘンじゃあ無いんだからな」
エピソード#x-y=1(x,y=mn),x=9:焼肉ノススメ
to be continued…
「は〜……あのじーちゃんの肉、美味かったなー。ガーリックが効いてるのなんのって…しかしあの目は怖いなあ。思えば…しまりんに初めて会った時に似てたな。気の所為か?もしかしたらじーちゃんだったりして、なんつって!」
始まりの部分は某やる夫スレを参照させていただきました。荒木節ってやつですね。あとヘタに色恋関係っぽい描写をすると怒られそうで怖いです。
そういえばジョジョ5部黄金の風がアニメ化しますね。ラブライブサンシャインの映画もイタリアで、ラブライブとジョジョ両方好きでクロスオーバー小説まで書いてる私にとっては、なんだか奇跡な気がします。あ、『奇跡だよっ!!』ですね。
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エピソード#x-y=1(x,y=mn),x=9:焼肉ノススメ
そうか、この2つは唐突な飯テロという共通点があるのだと。そしてジョジョ、ゆるキャン△、どちらも大体野宿をする。つまりジョジョはゆるキャン△。嘘ですごめんなさい。
「昆布ダシつゆに、にんじん、はくさい、長ネギ、とうふ一丁と…塩をすり込んだ鱈を2〜3切れ入れて、フタをする」
「スープってか、がっつり鱈鍋だな」
「焼肉がメインだから、具は少なめだよー」
「……その焼肉が今、炭になろうとしているんだが?」
「あーっ!?豚串がファイヤーしちゃってる!」
「あちあち、あちち。あぶねー…」
「火が強いんじゃあないか?」
炭火のグリルでは、場所ごとに炭の量で火力を調整する…らしい。今みたいに寒い季節、特に夜は皿に出した肉が冷めてしまうので、炭の少ないところを作って保温をするんだとか。
全く、この地球上の砂の粒より多いサイトのひとつだけで、ここまで有益かつ実用的(あくまでキャンプにハマった、いち個人の感想だがな)な情報が得られるなんて。最初から最後まで、蛇の男に感謝だな。
「大分暗くなってきたねー」
「うん。やっぱこう暗くなると…っくしゅん」
「寒くなって…へくしっ」
「……………………」
なんだこいつ。絵本にこんな奴がいたな。森の妖精みたいな奴。…取材で買ったんだぞ、絵本は。
「出たな怪人ブランケット」
ああ、仮面ライダーか……仮面ライダーか?
「せんせーとリンちゃんの分もありますぜ」
「つまり?」
「身体に巻け…と言うのか」
「暖まりたくないの?」
「ここは有難く!」
「包まらせていただきます!」
「ふっふっふ、こうやって仲間を増やすのだ…」
そろそろかなー?と、なでしこが鍋のフタを開けた途端、さっきまで冷え冷えとした空気の辺り一面に広がる、鱈鍋のいい匂い。
瞬間、自分の顎下腺が目を覚ます。同時に発声器官を持たない舌下線は、感嘆の声の代わりに、唾液を1滴、また1滴と分泌する。
「おお……」
「よし煮えてる!プチ鱈鍋スープかんせー!」
「こっちの焼肉も出来たね」
「さて」
「食べよー!」
なでしこと意気投合して(こんなの嬉しくもないが)箸を伸ばそうとしたが、何故か慌ててリンくんがそれを止める。
「あ、待って。2人とも」
「ン?」
「んーん?」
「これさあ、さっきの……」
「う"〜」
「めっちゃ飲んだね、お姉ちゃん…はい水」
なんだ、あの酔いどれ…とと。隣には焼き鳥の救世主がいるな………カップルか?酒を思い切り飲んだり、恋人同士で来たり…ああいう楽しみ方もあるんだな。
しかしかなり飲んでいるぞ。ウィスキー、日本酒、ブランデー…色々な種類の瓶で、壁が出来てやがる。
で、今からするのが、ぼく達が食べる前に提案したリンくんの案だ。
「あのー!」
「こ、こんばんは〜」
「ああ!さっきの…いらっしゃい!」
「それなんですが。さっきはありがとうございました……」
「で」
紙の皿によそられた、二人分のスープとねぎま。
リンくんが提案したものとは、さっきお世話になった焼肉の救世主と、その彼女に料理を届ける事だったらしい。いい匂いで話が頭に入ってこず、訳も分からず皿にスープを入れていたので、ようやく頭の中で話がまとまった。
「よかったら、お二人でどうぞ」
「あ、それならこっちも…ほら!」
焼肉の救世主が差し出したのは、鍋の中で湯気をたてながら匂うジャンバラヤだった。
ジャンバラヤ・・・米料理の一種。スペインのパエリヤが起源とされていて、最近ではよく大きな鍋で炊いて、家族や友達で囲んで食べる。みじん切りのパセリを乗せると、けっこう美味〜い。
「いい匂い…♡」
「よだれ拭け。こんなに頂いていいんですか?」
「いいのいいの、多く作りすぎちゃったから」
「ありがとうございます!」
「ちょっとォ〜アンタ達ッ!!」
げ、酔っ払い。
「これも持っ「あ、ああ。酔っ払いは気にしなくていいから」うぃ〜…っく、はぐはぐ」
「ありがとうございましたー!!」
「こちらこそ、ありがとね……お礼くらい言いなよ、姉ちゃん…」
「ん?」
お姉ちゃん…?そういう趣味なのか?
ポン酢を忘れてきた相変わらずのなでしこを横目に、なくても充分うまいじゃあないか、とリンくんが豚串のせご飯(麦飯)と共に平らげる。
ああ…幸せだ。脂と糖、肉と米ほど合う食べ物は、そうそう無いぜ。質素にも思えるが、このくらいがキャンプ飯にはちょうどいい。夜の森に、肉の焼ける音と、雑談の声が響く。
「ここって、ボートで荷物運びできるんだ」
「え!!そうなの!?」
「ふむ、さっき乗ったやつか?」
こういう物珍しいことを目の当たりにした時、取材の二文字が頭に浮かぶのは、決して悪くはない職業病だと思う。
「ほら」
「ほんとだー!」
「1時間500円だぞ、リンくん」
「………え゛。乗るんすか」
「リンちゃ「寒いからやだ」えー?帰り、一緒に乗ろうよー」
「そ、そうだぜ。案外悪くないかもしれない…」
「ううっ、露伴先生まで……でも三人+荷物はキツくないか?」
「じ、じゃあ往復しよう!」
「やだ」
「ボート、1つしかないんだよな」
「池が小さいからね!よーし、最後は炭火焼きハンバー「いや食べ過ぎだr…うっぷ」あれ?もうお腹いっぱい?」
「お前とは違うんだよ、ぼく達は」
「えへへ〜」
「褒めてないッ」
「食べたー!」
((食べすぎた…))
もう水しか飲めない。飲むものに、1カロリーでもあったら飲めないくらいだ。軽く明日の朝までもつくらいのカロリーを摂取したぞ。
「火、消えないね」
「ここにさっき拾った薪を…っと」
「焚き火か」
「あったかい…」
なでしこの故郷の話を聞いた。
静岡の浜松、浜名湖のすぐ近くにある街に住んでいたらしい。天気が良ければ、その街からも富士山が見えるというが、望遠鏡で覗くのがちょうどいいくらいに小さいのだそうだ。山梨に引っ越してくる途中で寝てしまったことから、道中には大きな富士山を見ることが出来なかったらしく、新居に着いてすぐに自転車を出して本栖湖まで来た…は、いいものの、目前のトイレ横で寝ていたんだとか。それからはぼくの知っている通りだ。
車で寝ていなかったら、ぼくはコイツに出会えなかったのかもしれない。
何故こんな事が、脳内にふと浮かんだのかは分からない。いや違う。疑問に思うのがおかしいのだ。至って普通な疑問だろう?そんなifの可能性を考えるのなんて、ありふれた思考だ。ああ、今日一日疲れたからだな。ゆっくり休もう…。
「ふぁぁ」
「眠そうだね」
「ん、だいぶ」
「そろそろ寝るか?」
「うん!あ、リンちゃん!せんせー!一緒のテントで寝よー!」
「断る」
「狭いだろ」
「牛のお化け出たら怖いよぉ〜……」
ぼくとリンくんの防寒着の袖を引っ張り、必死に引っ張るなでしこ。しかしぼくのテントは一人用…この前だってギュウギュウの状態で寝たじゃあないか。
「なでしこ。お化けや妖怪だの騒いでるが、そんなの無いぜ。ファンタジーやメルヘンじゃあ無いんだからな」
「何言ってるのさ!露伴せんせーも見たでしょ、牛のお化けのやつ!人をとって食べちゃうんだよ!?」
「ああ。しかし牛鬼っていうのは『伝説』、ただそれだけだ」
「教えて貰わなくたって知ってるよ!いい、この場合だよ!今の場合を言ってるのっ!この暗い森の中!」
「ないな」
「せんせぇ〜っ!!」
「あ、あー。なでしこ。化粧水で顔洗っとけ」
うまくリンくんが話を逸らしてくれた。焚き火で肌が荒れると聞いたことはあるが、ぼくはそれ程気にしていなかったな…後で借りてこよう。
その夜、何かを吐くような呻き声と、若い女の泣き声が聞こえたそうだ。
翌朝。
「……………」
「うへへ」
「……フン」
なんだよ。結局、二人仲良く寝ているじゃあないか。マッ!このぼくが介入するまでもなく、コイツらがイチャイチャするのは分かっていたがな。
でなきゃ、こうやってキャンプに来ることも無いだろう?
そういう事さ。
だとしたら、ぼくはどうなるんだろう。
NEXT CAMP???
NEXT HUNT
「すまない、風邪みたいだ。熱が40度近くあるし、目眩と吐き気が止まらない」
「来たでー先生♪」
「ケッ、ここまで来たんだ、ぼくのファンとして『取材』の一環として部屋に上げるのはいい。だがッ!『看病』というのは、どうしても腑に落ちんッ!」
「じゃあ…はい、あーん」
「ふざけるんじゃあないぜ犬山あおい……」
エピソード#1+2+4+7+14=28:犬子パスタ!?
ジョジョ8部に出てくるイタリアのスゥイーツ『ロマノフ』を作りました。最近は料理にハマっており、調理実習を除けば甘いものを作るのは初挑戦です。どや?(豆銑礼ムーブ)
結果としては、成功。とても美味しかったです。ジョジョは唐突にレシピを紹介してくれるのが、千個以上あると言われている魅力のひとつでもあります。
そういえば露伴先生の短編小説が出ましたね。リゼロの一番くじに浪費してしまったので、また今度、資料としても買いたいです。推しはペテルギウス。
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エピソード#1+2+4+7+14=28:犬子パスタ!?
ぼくの名前は岸辺露伴。知らない奴はいないと思うが、週刊少年ジャンプで『ピンクダークの少年』を連載しているマンガ家だ。ちなみに来年の夏には個展をやる予定。
……………が、しかし。ぼくの今の状態は『最悪』だった。昨日までは『こう』じゃあなかった。
『今は上伊那です』
『そうか』
『風邪、大丈夫ですか?』
『食事が豚のエサみたいな味だ』
『oh…』
時は2日前に遡る。
『キャンプか。行かせてもらおう』
『露伴せんせーも来るの!?やったやったーっ!٩(。•ω•。)و南部町の河辺のキャンプ場なんだけど、自転車でも行けるって!この近くにもキャンプ場あったんだね!』
『………遠いなあ』
『え、S市なら車で半日経たずに着くってリンちゃん言ってたよ!』
『車なら借金返済の為に売った』
『あのフェアレディZ売ったんですか…?』
『おかげでもう少しの辛抱だ。今度の家は山梨にするかな』
『いやいや、杜王町の方がいいんじゃないんですか』『冗談だよ』
『じゃあ、また今度』
『うん!またねーノシ』
そして翌日。
「……………」
『もしもし露伴先生、どうしたんですか』
「すまない、風邪みたいだ。熱が40度近くあるし、目眩と吐き気が止まらない」
『…ついさっき、なでしこも風邪の報告をしてきました』
「1人になってしまうのか」
『まあ、そうなりますね』
「すまない」
『いいんですよ、ソロキャンは慣れてますから』
久々に割とマジな反省をしながら、部屋のベッドでただただ寝ることしかできない無力な自分を恨む。そこまで身体が強い訳でもないのだ。スタンド使いに会っても大丈夫だったのは、攻撃される前に無力化、もとい『取材』をしたからである。
ああ、退屈だ。机に向かうぐらいならいいかなあ…なんて思いながら体を起こそうとしたが、部屋の外から足音が聞こえてきた。多分、康一くんだな。
「先生ー?病みあがりなので決して無理は禁物と言ったばかりですが、お客さんですよ。来れるようなら、と仰っていまして……」
予想通り、部屋に入ってきたのは小さくも特徴的なシルエット。広瀬康一くんだった。
「……来客のようだ。失礼するよ」
『はい。無理はしないでください…』
チッ!何だよ、こっちは熱が37度8分も『あったん』だぞッ!もしくだらないセールスマンやハンバーグやその他バカ高校生共が来たら、意味も無いのにヘブンズ・ドアーで『時速70キロで自分の体は背後にふっ飛ぶ!』とか書いてやる。法定速度なんざ知るか。
………ドアノブをひねり、ぼくの方へ引いた時、ヘブンズ・ドアーの出番は、おはらい箱となった。ぼくの想定していた来客とは『違うの』だから。
「来たでー先生♪」
「!?」
い……犬山あおいッ!!
各務原なでしこの奴ならまだ分かるッ!この前の、ふもとっぱらでの餃子鍋の前例を出してみれば分かる事だが…こいつはそれなりに親しい仲になったし、それこそぼくとLINEを交換しているものの、なんの連絡もなくッ!
そして、甲信越から東北までの長旅を経て『来た』のだッ!
「……いや、聞きたいことはしこたまあるんだが…何故山梨に住んでいる君が、M県S市にいるんだ…?しかもぼくの家に…ッ」
「いやあ、偶然おんなし時期になでしこも風邪引いててん。キャンプ断ったやろ?」
「あ、ああ…なでしこの所には行かなくていいのかい」
「あっちはあきが行ってますよー。うちはバイト行く言うてここまで電車で来たんよ〜…で、ナイショやけどこの犬山さんが露伴先生担当という事でぇ」
「………何の、だ?それと敬語はいい」
「へ?いやあ、そりゃ『看病』やん?」
かっ!かッかかか……看病だとォォ〜〜〜〜〜ッ!冗談じゃあないッ!こんな女子高生といたら、週刊文春が黙っちゃあいないッ!新聞社なんかは『もっとだッ』!
「ケッ、ここまで来たんだ、ぼくのファンとして『取材』の一環として部屋に上げるのはいい。だがッ!『看病』というのは、どうしても腑に落ちんッ!」
「いいじゃないの先生。だいじょぶ、先生が下心さえ持っていなければ、うちは…」
「『そういう問題』じゃあないんだぜ犬山あおいッ!ぼくのプライドが許さない!」
「……………友達としてじゃ、ダメなん?」
クソクソクソクソッ!!こういう時だけ上目遣いは辞めてくれよ!
「…ぼくは納得していないからなッ!」
「わーい♡それと先生、寝てたやろ?」
「病み上がりだからな…ふァあ〜〜〜」
「もう風邪はほとんど治ったんやな?」
「そうだぜ。だから看病といっても、ここで康一くんに止められている、仕事のぶんの空き時間を埋めるくらいしか…」
「いやいや、今日はその気で来たんじゃないんやで?うちの『手料理』を振舞ってあげよかな〜?なんて」
………『ほうとう』とか、『鳥もつ煮』とか、そこら辺だとは思うが、あおいの女子力は侮れないからな。ただのご飯ではなさそうだ。期待しているぞ。
「おろ?いつもならここでゴチャゴチャ言うのに…やたらと素直やん。どしたん?」
「丁度お腹が空いていただけだ。フン…ぼくが素直じゃ悪いかよ」
「いやいや、むしろ感慨深いというか………あのツンツン露伴先生がここまで来たんやなあ、と」
「お前はぼくの何なんだよ」
「ファンやけど?」
色々とおかしい気がするが、確かに。ぼくがこの犬山あおいという友達に心を許しているのは事実だ。ファンとしても扱っているし、1人の女子高生であることも忘れちゃあいないぜ。
康一くんの彼女みたいなキチガイボンバーヘッド(比喩じゃあないから困る)でもない限りは、ぼくはレディーに敬意を表する。
「お邪魔しま〜す」
「……来ないでくれよ、康一くん…」
「今日作るのは、山梨のマイナーB級グルメ!懐かしの味『青春のトマト焼きそば』やで〜」
「ふむ。聞いたことがないな…それと、トマト焼きそば?それは山梨とどう関係しているんだ?焼きそばも、山梨のB級グルメってワケでもないだろ」
「いい質問や先生!これは今から1500年前に遡るんやけどな?」
「目を逸らすな、嘘をつくな、さりげなくぼくとの距離を縮めるな」
油断も隙もないぜ、まったく。
ぼくは『嘘をつくと目が変わる』という特徴を得ているからな。某小学生探偵みたく、ひと目でわかるのさ。別にぼくの取材によって鍛えられた観察眼ってワケじゃあないぜ(マッ!ぼくの眼は本物だがな。)…こいつ、『わかり易すぎるんだ』。取り繕うにしても、もうちょっとマシにできるぞ。
「いやあ、先生にはかなわんなあ。実はな、1970年代に中央市で食べられてきた『ミート焼きそば』を、中央市特産の『トマト』で作ったソースとベストマッチさせて作られたものなんや。道の駅でも、それなりに人気なんやで?」
「なるほど……中央市といえば、ブランド豚なんかがあったな。それも使われているのか?」
「せやでせやで〜。いやな、ミート焼きそばっちゅーのは時代の波に呑まれていった『ご当地グルメ』のひとつでもあるんや。それを再現し、中央市ならではの特色もつけて、あの頃の味を再現する。それが『青春のトマト焼きそば』や!」
す、すごいッ…ぼくは歴史というものは全般的にマンガのネタになるものだと思っていたが……『聞くだけ』で面白いッ!
「どや?凄いやろ?『おどろいたー!』って顔しとるで、先生!さあ今日は中央市で揃えた材料で、青春のトマト焼きそばを作ってくで〜♪」
…………………どこのCMだよ、これ。
「少し待つで〜」
「では少し休ませて貰う」
「うーん…あ、しりとりでもして待ってよか?」
「?……肝心の待ち時間を忘れそうで怖いが、しりとりの『り』から始めようじゃあないか。先に言っておくが、濁点を付けたり外したりがアリなのは、仙台のルールだからな」
「なるほど、じゃ簡単なやつから行くでー。りんご」
「ご、ご…ゴッツォリ」
「り…って、また『り』やないかい。つか何やゴッツォリって」
「ディテールに驚くほど凝っている作品を主とするイタリア・ルネサンス期の画家だよ」
「よう知っとるなあ。り…旅行」
「ヴェロネーゼ」
「絶対知らない画家か何かやろな…ぜ……ぜ……ゼブラ」
「ラーメンズ」
「ずこーっ!ま、漫才のコンビやん!…あ」
「あ、ほらッ!『ん』がついた。関西弁のツッコミをぼくは待ってたんだぜ、犬山あおい!」
「いやあ、会話しりとりムズいわ〜。あ、もうちょいで出来そうやな。待っててな〜」
数分後、目前の皿に乗っていたのは、ルビィの宝石の塊にも見えた。
眩しいのだ。
「出来たで〜!梨っ子あおいちゃん特製、青春のトマト焼きそばや!」
「うおおおおおおおッ」
なるほど……トマトの主張は案外控えめだ。その代わり、『ミートソース』が焼きそばと合わさった匂いッ!これがまた驚くことに、『合っているのだ』。
B級グルメにしたら有名にはなっていただろうが、まだその概念もない1970年代……ぼくとリンくんで食べた富士宮やきそばみたいなのが先駆けとなり、こいつも時代とともに忘れ去られる一発屋のような存在になってしまったのだろう。
その風化した歴史がッ!再現され、今!『ここにあるという喜び』!!復元に失敗したキリストのフレスコ画とは違う!『分かる』んだ!『あの時の味』ッ!素晴らしい………垂涎とは、まさにこの事か。母の作ったカレーを見た時くらいに、涎が止まらない。
「じゃあ…はい、あーん」
「ちょっ、ふざけるなッ!フォークくらい一人で持てるッ!」
「……………………。うちなぁ、妹がおんねん。それが酷い反抗期でな?ココ最近、誰も甘やかしたこん無くて…」
姉がこの年齢なら、丁度ガキはませてくる頃だろう。ぼくのマンガを一番読んでいる層だな。週刊少年ジャンプを手にとっては、人生に必要な喜怒哀楽の殆どをそこで学ぶ。
「こうしてると、素直だった時の妹と触れ合ってるみたいで楽しいねん。やから先生……………うちのワガママや。けどな、やっぱ忘れらんないんよ…あの頃が………………」
「ってなるかッ!『だが断る!』」
「お願いせんせ〜!『一回だけで』ええねん、減るもんやないし!」
「ガッツリすり減るからなッ!!」
……騒ぎすぎた。まずい。足音が…聞こえる…。ダメだッ!どこにも隠れられないッ!あおいを隠す所も…!静かにドアは空き、そこから出てきたのは言うまでもない。ぼくの友人であり、ここに居候させてもらっている……。
「………………………」
『広瀬康一くん』だ。
時、すでに無添くら寿司。
「お?弟さん?ああ、うちな、犬山あおい言うねん。あおいちゃんって呼んでなー」
「……そのォ〜〜。先生…?いくら『取材』でも、そーゆー事は……しっ、『週刊誌』とか………嗅ぎつけちゃいますし…?」
「何を誤解しているッ!?こ、コイツは取材を兼ねたキャンプで知り合ったッ!『所謂ただの友達』に過ぎないんだ!!マジなんだ、信じてくれッ!」
本心だぞ!?
「わ、分かりましたから大声たてないでください…邪魔はしません。もちろん、『新聞社』にもナイショです」
「心臓に悪いぞ!?」
「なに、ちょっと口止め料を貰うだけですよ……………明日までに50万」
「ご……『50万ッ』……!?」
「…冗談ですよ。じゃ、ぼくは宿題をやりますね。その人が看病してくれるみたいなので」
「おう、任しとき〜」
勝手に任されるな。あと康一くん、それ嫌味っぽいぞ。
「なあ、先生?」
「あー?」
「下品な真似せんで」
パスタを舌に巻き付ける特技を応用したら、普通に怒られた。ちぇっ。
「……ん。何だ」
「食べ終わったとこやし、そろそろ眠くなるんとちゃうの?」
「そうだな。一休みしたら、また仕事が再開できるかもしれない」
「じゃ、うちがもてなしたげるわ」
「…………………?どういう、事だ………?」
「分かってるくせに〜♡」
いや、全然わからん。……いい事ではなさそうだ。ウム、これはわかる。
直感というか、蜘蛛の特性にもよく似た危険察知だな。それはぼくのスタンド能力なんかじゃあなくって、こいつがこうやってニヤける時は、ロクな事がない。この前は黒板消しを頭に落とされた。
「よしよし」
「ふざけるんじゃあないぜ犬山あおい……」
なんだこの体勢ッ…!!
ハメやがったなこいつッ!所謂『膝枕』じゃあないか!!あおいが正座して、その太ももにぼくの頭がッ………ああッ!なんてことだ!いや、恐ろしいことに、恐ろしい点は他にあるのだ!恐ろしいことにッ!恐ろしいことはもうひとつッ!
『しっくりくる』!!
「………………」
なんだ、このフィット感。顔はほとんど見えないが、欠けたパズルのピースを嵌めたような…。
問題は、いや正確に例えるなら、その存在を忘れて5年後くらいに出てきたパズルのピースって事なんだよな。なんだか複雑だ。
「あ、志摩さんから返信や…おお、可愛ええなあ!このワンちゃん」
「犬か?」
「うんうん、この御籤!イヌの形しとるんよ!」
「ああ…本当だな。随分凝った『造り』じゃあないか」
ぼくも行きたかったんだけどなあ、何せ康一くんの母さんも姉さんも『休んでください!』なんて慌てるものだから、暇で仕方なかったのだ。
思ったことがある。こうして半日ほどゆっくりこいつと過ごして、思ったことが。
慌ただしくツッコミやらボケの応酬を、ひたすら繰り返しているのに『落ち着く』んだ……ぼくは、こうして毎日を過ごすことに『充実感』や『安心感』を得ている。こう言うと、どこぞのキチガイ手フェチを思い出すが、『植物のような平穏』を感じさせる。
「先生、眠そうやね」
「………………」
「今はゆっくり休んどいてや。仕事、あるんやろ」
「………すまない…」
フン、まあ今回は多めに見といてやるさ。
「今すぐにその写真を消すんだッ!いや『消して』くださいッ!」
「100万円ですかね」
「!?!?」
「………冗談ですよ。ただ今度からは、自分の家でゆっくり楽しんでください…」
「えっ!?えっ!は?」
次回、Second season。
NEXT TARGET
『クリキャン、します?』
「は?」
「また会いましたねっ!せんせー!」
「この岸辺露伴が女子高校生とキャッキャウフフするためにキャンプしていると思っていたのかァ──────ッ!!」
「斉藤です。リンちゃんの友達、で合ってるのかなっ」
エピソード#tan(45°):甲府ヘブンズ
To be continued…
1話5000字がノルマなのですが、結構難しいんですよね。短編で2万字くらいなら丁度いいのですが、1話で一気に進めるのはアレなので。アレっていう言い方なんかアレだなあ。なんかこう、読みにくいしね。っていう。
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エピソード#tan(45°):甲府ヘブンズ
何しろ息抜きがてら書いてるもんで、自分でもビックリするほど進みません。言い訳とかじゃないんです。理由です。苦し紛れの。
短いですが、まあ休憩回ですんで。次回にでもスタンドバトルする訳じゃあないんですけどね。
ぼくの名前は岸辺露伴。漫画家をやっている。
仕事が早すぎて、仕事をしている実感がないがな。むしろ趣味に近い……………………。
集英社にはいないんだが、いやむしろマンガ家でもないのだが…前に会った山田エルフとやらの仕事のしかたに似ているらしい。
そんなぼくのもうひとつの趣味、それは『キャンプだ』。
「世話になった」
「いえいえ、また遊びに来てください!」
「ああ…母さんも、ありがとうございます」
「そんな〜♡また来ていいのよン♪」
「新居に来たはいいが」
今年は特に降水量が多いらしい。杜王町の『一小川』だって、ほんの一部分だが氾濫をおこし、住宅が浸水したとのニュースがあったな。
「大雨だな」
個人的な話をさせてもらうと、ぼくが小学生にもならないころ、海岸の岩場で遊んでいたところ、左のアバラ骨を折ったことがある。激しい低気圧の時は、ここが重く、痛くなる。『うずく』のだ。
これから話すのは、いや、ハッキリ因果関係があるかはわからないけれど…。
「……明日にでも出掛けるか」
…………………また、奇妙な運命の話になるのだが……。
『クリキャン、します?』
「は?」
クリキャン……?クリキャン。くりきゃん。いや、クリ・キャン?何かの略か?だとしても何の略かは分からんが。もうすぐクリスマスだし、クリスマス……ん?
『クリスマスキャンプの略だと思うんですけど…野クルとその顧問、あと私の友達が来るようですよ』
やっぱりな。この子がぼくに話しかけてくるのは、『キャンプの時しか』ないし。
「………場所は?」
『富士山周辺という事だけは決まっているらしいです』
「アバウトだな、相変わらず。君は?」
『え?』
「『君は来るのかい』と聞いているんだ」
『か、考えてます。一応』
「もともとはソロキャンが主だもんな、リンくん。無理はしないでいいんだぜ?」
『いや、露伴先生が行くなら…』
「……………ぼくが……行くなら?」
『なななな何でもないですっ』
「まっ、考えておくさ。ぼくも久々に行きたいしな…」
クリキャン、か。
と、ぼくがボーッと考えているうちに、電話帳にあるもうひとつの女子高校生の名前、各務原なでしこからの電話にまたスマートフォンが震える。ぼくも震えてる。
あいつ、何を考えているのか分からないフシがあるからな。分かったら分かったでヤな予感するし。
「もしもし」
『せんせーせんせー!!クリキャンしよ!!』
「やかましい。もうリンくんから聞いたよ」
『えっ、ほんと?じゃあリンちゃんも行くのかな!?ねえせんせー!』
「多少声を殺してもスピーカーで聞こえる携帯なんだ、音量最低でも電波に乗ってキミの爆音が聞こえてくるんだよ。もう少し音を小さくしてくれないか」
『ぶーっ。せんせーと話すの久々なのに』
「たかが2週間だろ」
『されど2週間だよー』
ちっ、うっかり鼓膜が破れたらどうするんだ。クソッタレハンバーグの世話にはなりたくないぞ。
そういえばこの前、アホ億泰と一緒に歩いていた時、雪が乗っかって二人ともおろしハンバーグみたいだったなあ。笑ったら顔が前衛芸術になるので声を殺していたが。
……外にはまだ雪が積もっている。
東北地方に位置する杜王町の冬は寒い。
「なでしこ」
『んー?』
「明日、そっちに『取材をしに』行くんだ」
『えっ!?「そっち」…って、山梨!?』
「甲府だけどな。キャンプ道具を揃えるついでに、新居のイロイロを揃えようとね」
『甲府…電車かな…』
「オイオイオイオイオイオイオイ待て待て待て待て待て待て待て待て待て。って、切りやがったぞあいつッ!ふざけるなよ!」
変装でもするかな…。
「ん」
「……なにこれ?」
「盆地は寒いと聞いた。ここでアイスコーヒーを奢るほど鈍感じゃあないさ」
「あ、ありがと…んふふ、あったかいね」
「…だな」
ホットココアの缶をなでしこの頬に押し付ける。
12月の半ば、甲府の中心には一面の雪景色が広がっていた。
結局、待ち合わせという形で会うことになったぼく達は、レンタカーで南部町まで行ってなでしこを拾い、そのままここまで来たのだ。
「完全防寒!すごいね」
「そうか?これくらい当然の装備だろう」
なんと4枚重ね着、カイロ完備。ふふん、この岸辺露伴、如何なる取材も手は抜かないぜ。
「引きこもりっぽいね」
「インドアと言え。いや、どちらかというとヘブンズドアだな。とにかく行くぞ」
「あ、待ってよー!」
と言っても、結局行くのは昭和のイオンだ。岡島や山交はあまり品揃えが良くないし、エクランことセレオを少し見て、昭和の方を見て回る感じだ。(何故露伴先生がここまで詳しいのかは、下調べをしたからです。決して作者が甲府に詳しい感を出したい訳じゃあない)
「あれ?なでしこちゃん。と、そっちの『お弁当に入ってるアレ』を頭に巻いてる人は?」
「恵那ちゃん!こっちはね、露伴せんせー!友達……?なんだよ!」
なでしこの友達、らしき人物が、百貨店から手を振りながら歩いてくる。黒髪、地味な服、柔らかな表情。野クルよりは個性がなさそうに見えた。
「一瞬疑問を抱くな。そしてこのヘアバンドは『バラン』などではない」
「へ?怪獣?」
「中世のバラノポーダの生き残りであるむささび怪獣こと婆羅陀魏山神を知っているのに、何故『お弁当に入ってるアレ』は知らないんだ…」
「とにかく先生、ですよね?私は斉藤恵那です。リンちゃんの友達、で合ってるのかなっ。よろしくお願いします~」
……また女子高校生か…………………。
頭を抱え、ため息のひとつでもつきたくなるさ。もとはリンくんとだけの付き合い、せいぜいサインしてやるくらいのなでしことやらが着いてきただけだったのだ。
「で?なんであの岸辺露伴先生と、なでしこちゃんが?」
「一緒にキャンプするんだ!ほら、クリキャン!」
「…ああ~!そういえば来るとか言ってたね!」
もう話したのか!?決定事項なんかじゃあないのにッ!行くとは言ってないのに、だッ!
「うん!だから買い出し!」
「取材だ。勘違いするなよ、斉藤恵那とやら…僕のはあくまで『取材としての』ものなんだぜ」
「はいはい、今回は美少女揃いで取材になりますよ~?」
「この岸辺露伴が女子高校生とキャッキャウフフするためにキャンプしていると思っていたのかァ──────ッ」
斉藤とやらと分かれ、とりあえず買えるだけのものは買った。食材、カメラのフィルム、モバイルバッテリーも必要だとなでしこに言われたので、無理して買った。もちろん道具も。
甲府ではなでしこと昼飯を食べ、少し取材もした。武田信玄公像前の噴水は取り除かれてしまったようだ…。しかし何だ、あのぼんち食堂とやらは。キチガイみたいなちゃんぽんの量だったぜ。
最近バイク買ったし、また財布の中身がギリギリになってしまった…高校生の頃はいつもこの位だったっけな。さて、明日はカップラーメンにするかな……康一くんに色々言われないし(ぼくのことを気にかけてくれているのは嬉しいのだがね)。
「うおー!お小遣いふっとんだー!」
「いやお前もかよ…ったく、割り勘で『それ』買ったんだし、大切にしろよ」
「うん!あ、割り勘したんだから、これ使うときは露伴先生も来てね!」
「どうやってだよ………あ、でも引っ越すし…行けないことも…」
なでしこの方を向くと、目を大きく見開いてこちらを見ている。たっぷり数秒見つめ合ったあと、ぼくのボンヤリとしていた空気は、こいつの馬鹿みたいにでかい声で引き裂かれることになる。
「えぇぇ─────────ッ!?」
「公然だッ」
「いったあい!え!ええッ!先生引っ越すの!?」
「そりゃあ、仕事で得た金もそれなりにあるし、今度は…」
「………………美しい町だ…」
FORZA siに跨って眺める景色は、杜王町のそれに劣らない。素晴らしい景色だった。遠くには観覧車とコースターのレール、その周りのアトラクションが見える。
富士河口湖町。次に、ぼくの住む町だ。
NEXT TARGET
「広──────い!!」
「焼き鳥の救世主の……彼女か?」
「………漫画……かかなきゃなあ……」
「先生が酔ってる!?」
「おい、パイ食わねえか」
エピソード#2₅-1=31:星夜プラチナ
&
エピソード#(∑1/n^2=π^2/6):神聖ナルヨル
To be continued…
ヘブンズと言っておきながら、この先当分スタンドは出ません。ずっと出ない可能性すらあります。
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エピソード#p(10)=42*:星夜プラチナ
「少し早かったかな」
「他のみんなは来てるらしいですよ〜?」
「そうか……ん?」
「せんせー、ちくわと遊ぶ?」
「さ、『斉藤恵那』ッ!」
「やだなあ、身構えないでくださいよ〜。とって食べる訳じゃないですから。紹介しますよ、チワワのダニ…ちくわです。私の愛犬なんですよ〜?とっても利口ですし、決して人は噛みませんから」
「違うッ!そういうのを言っているんじゃあないんだッ!『何故ここにいる』!」
「クリキャンですよお」
「だから違うんだッ!何故ぼくの居場所が分かったんだッ!?」
ぼくの名前は岸辺露伴。今の住所は富士河口湖町だが、かつては……というほど昔の話でもないが、M県S市杜王町に住んでいた。
あそこもキレイな街だったさ。しかし今は、キャンプや山に惹かれてしまってね…。
「あの子はこうして…ほいっ」
斎藤の飼い犬───ちくわはうさ耳のカチューシャをノリノリで付けてもらい、曰くなでしこ達のいる方面へ走らされていった。いや、走るのもノリノリだった。
思考回路を斉藤と繋いでいるのかもしれない。リンくんに見せてもらったものでは、同じような表情で、同じような体勢で毛布にくるまって寝ていた。
で、今度は斉藤から見せてもらった写真なのだが、リンくんがひたすらスモアを食べる写真である。
『スモア』焼きマシュマロとチョコレートをビスケットやグラハム・クラッカーで挟んだお菓子。キャンプでよく作られる。もう少し欲しい、という意味のSome moreが名前の由来。起源はハッキリしていないが、1927年のガールスカウトの本に載っているのが最古の文献らしい。
「で」
「ん?」
「ぼく達は歩いて行くんだな?こっから」
「そうですねえ。これを送って…と」
………別に覗き見の趣味はないのだが、リンくんとのトークルームのやりとりが、とてもフツーの女子高生とは思えないほどにレベルが高い。
ノリが良すぎやしないか、リンくん。
「で?」
「…何がだよ」
「リンちゃんとはどうなんですか?」
「どうと言われても、仲はいいぜ?」
「『違いますよ』」
「…………?……」
「私は別に、お二人の今までの友情なんて『訊いていない』んですよ。リンちゃん、普段から露伴先生のことばかり話していますからね」
「何が目的だ?」
くっ…………なんだッ。なんなんだよ。
まずい!何かがまずい。こいつには、尋常じゃあない『スゴ味』があるッ!そう、既にこれは只の『質問』ではなく『尋問』ッ!
思わず自分が唾を飲み込んでいるのが分かった。
「そう、私が『訊いているのは』……」
「『ヘブンズ・ドアァ───ッ』(天国への扉)」
「…『リンちゃんとの恋の進展』ですよっ♪」
「ブゥ───────ッ」
自分の予測──こいつが、斉藤恵那が『スタンド使い』であるというものを大きく外れ、ぼくは思い切り吹くと同時にヘブンズ・ドアーを戻す。
心当たり?
無いに決まっているだろうッ!
「あ、もう見えてきちゃった……と!ちくわはどこだ〜?」
「………………」
「あれ?どうしたんですか先生。なでしこちゃんとリンちゃん見えてきましたし、行きますよ」
「あ、ああ。今行く…」
「……今度また、『訊きますからね?』」
背筋を何かが走った。それは別に初めてのものでは無かったようだ。
トンネルの中の部屋に閉じ込められ、養分を根こそぎ吸い取られそうになったとき。
背中に取り憑いたモノに、極限まで追い詰められたとき。
窓ガラスの破片が相手にひとつも刺さっていないにも関わらず、少し離れていたぼくの左手の甲に刺さっていたとき。
スタンドをバラバラにされたり、敵に爆破させられたり…………自分の原稿を見ても操られないヤツを見つけたとき。
「ッ………………」
なでしこ達の方へ行ってみると、ちくわが毛布の下へもぐってしまったのだそうだ。
「やあ」
「あ!せんせー!」
「おはようございます、露伴先生」
「……で、こいつは誰なんだ」
「ああ、説明してなかったなあ〜…」
「…………………?」
説明すると長くなるというのだろうか。それとも説明するのを憚られる事情があるのか。
それはともかく、ぼくは…我われは、この丸メガネを知っている。いや、この酔っ払い具合とこの鼾を知っている。
「焼き鳥の救世主の……彼女か?」
「いや、まあ。『そうですね』」
「オイオイオイオイオイオイオイ。『そうですね』じゃあ無いんだ…『なんでここに居るんだよ』」
「この人が『野クル』の『顧問』だからです」
「…………ほう?」
ヘブンズ・ドアーを使いたい一心にかられているが、今は我慢しておくとして、こいつが………焼き鳥の救世主の彼女が、なでしこ、千明、あおいが居る野外活動サークルの顧問?
さっきまでベーコンを焼いていた形跡が残ってやがる。酒のツマミにしては大きすぎる袋だが、もうその中に入っていたであろうベーコンはこの酔っ払いの腹の中だ。
そしてこの酔っ払いが、いち教員であることが分かった。理解した。ああ、脳では受け入れられずとも、なんとか咀嚼して事実を飲み込む。
「だいたい分かった」
「それは何より」
互いのキャンプ道具を見せあったり、フリスビーで現地の子供達(どこかの民族みたいに言っているが、ここの研修施設に来ている保育園の子だ)と戯れたりしている間に、かなり冷えてきた。
さっきの子にもらったクッキーで全員、一旦休憩。お茶にすることにした。
「ごめんなさい、いつの間にか寝ちゃってたわ」
「おそよーございます」
「気持ちよさそうに寝てたよねー」
「あ、先生。ココア飲みますか?」
「ありがとう。『いただくわ』」
メガネの内側には、優しそうに生徒を見守る、ごく普通の先生のような……いや普通の先生なのだろうが、ココアの中にラム酒をドバドバ注ぐ赤らんだ顔には、間違いなく『ヤツ』の片鱗が見えていた。
「っぱぁ〜〜〜〜〜〜。温まるわぁ」
「グビねえだ…」
「こんな人だったっけ」
「四尾連湖ではこんな感じだったよー?」
「だな」
直接聞いてみるか?いや、しかしキャンプを続けるのに支障があるなら、あるいは───。
くそっ。ゼイタクな悩みだぜ。好きなことの間に揺れ動くなんて…。
「おろ?あなたは………?」
「げっ」
なッ!あ…『あっちから来たぞッ!』
「……また会ったな…」
「ああ、やっぱりそうでしたか。この前はどうも」
根は常識人だな。
否。ぼくは仗助達から多くのことを学んだ。根が常識人だとして、常識的な常識人だとして、それの裏には、知らない『何かがある』ッ。そしてそれには、必ず『譲れない何かもある』のだ。
あのクソハンバーグを例に挙げれば、たとえぼくと康一くんぐらいの友情で結ばれた友人でも、そこらにいる名前も年齢も知らない……つまり赤の他人だったとしても、『髪型を馬鹿にされるとキレる』。それには…これは康一くんから聞いたのだが、まあ悔しいが、コレもマンガのネタになりそうないい話だった。
ぼくだってマンガをバカにされたら少しは怒るし、ヘブンズ・ドアーを悪用して『今日一日で50回転ぶ』くらいは書くだろう。
「赤富士、キレイだね」
「ね」
……………………問題は、酒にこだわったりする理由や、酒に関するプッツンポイントが特に見つからないという事だ。
まず、鍋に牛脂を広げ、牛肉に軽く火を通す。次に砂糖、醤油、酒を入れてひと煮立ち。具材は榎、椎茸、しめじ、舞茸、ナメコ、薷、松茸、ツクリタケ。
「キノコ鍋作ってんのか」
「嘘やでえ」
まあ本当のところは椎茸、榎、葱、焼き豆腐、しらたき。春菊を乗せたら蓋をし、暫し待つ。
「正統派のすきやきだね」
「関西風やでー。あ、あき。スキレットでこの玉ねぎ炒めといてくれへん?オリーブ・オイルとにんにくなー」
順調に夕飯の支度が整ってゆく。あとは全員でブランケットに包まり、夜景を眺めて待つだけだ。
「あ!!」
「うおっ」
「せんせー、山梨に引っ越してきたってホントですか!?」
リンくんにしては大きな声を上げ、ぼくに顔を近づけてくる。
「マジか!」
「ホンマかいな!?」
「おおー」
「…まあな……富士河口湖町の精進湖に近いところだ。最近はバイクも買ったし、本栖湖のキャンプ場にも行ける」
「いいなあ、せんせー」
「あれ?なでしこは知ってたの?」
「えへへ、この前出かけた時に教えて貰ったんだぁ」
「……リンちゃんのみならず…」
「先生もすみに置いとけねーな」
「やなー」
「何の話だよ」
「またまたー♪あ、卵配っとくぜ」
「サンキューあき。そして出来たで…晩ご飯!」
それぞれがお椀に卵を割り、かき混ぜる。
「それでは」
『いただきます。』
それを言ってからの一同の箸の動きは、実にせかせかと忙しいものであった。
2話同時に更新します。私からのささやかなクリスマスプレゼントです。
三者懇談と、フォロワーさんの神引きへの嫉妬が生み出したものなので、こう、期待とかはナシで。2話同時ですよ。あと数ヶ月はお預けかもしれません。次回ぜんぜん出来てません。ごめんなさい。
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エピソード#(∑1/n^2=π^2/6):神聖ナルヨル
まず、椎茸。卵のねばついた白身が絡んだ、それでいて清らかな茸が、舌に、腹に入り込んでくる。
次に焼き豆腐。ホロっと、砕けるとはまた違った…解ける。そう、自然にヒモの両側を引っ張って互いが離れゆくような感触だ。
そして肉、単品で行くぞ。
「んー!!」
「肉うまーっ!!」
……こいつらのリアクションで大体分かるだろう。美味すぎる。
全身で表現するタイプ、黙々と味わうタイプと反応が7人の中でバッチシ別れている。そして顧問こと鳥羽先生は、すき焼きに合う日本酒を忘れて号泣している。
「こうやってお鍋囲んでると、日本の年末!ってカンジするよねえ」
「全くないってわけじゃあないが、珍しい経験ではあるな…」
「女子高生とご飯?」
「…まあ珍しくはあるが、違う」
「じゃあ女子高生とキャンプ?」
「……そういうことでいいよ」
「あ、先生のサンタさん衣装忘れちゃった」
「着せる気だったのか!?」
「やだなあ、冗談ですよお」
ほっ、と胸を撫で下ろすぼくの予想とは裏腹に、斎藤がカバンから取り出したのは、トナカイの衣装だった。
しぶしぶ。と言葉に出そうなぐらいにしぶしぶ、ぼくはトナカイの衣装を身にまとう。
「っはははwwwwww」
「くくっ、く……んふふ」
「写真!みんな写真撮って!」
「やめてくれェ〜ッ…」
そうこうしている間にも、すき焼きの具が無くなってきた。
そこで登場するのが、『トマト』だ。先程炒めた玉ねぎをバジルと一緒に、トマトを火にかける。そして鍋に加えれば…『トマトすき焼き』が完成する。
まさに和洋折衷。同じ空間にさくらももこと尾田栄一郎が一緒に居るような、しかし違和感はない。切り分けた果実の片方だったかのような、『ベストマッチ』。
「反則的だっ……!」
「ワインが合うのにィィィ」
「また忘れたんすか」
「あ、チーズパスタあるで?」
「はーい!!私!私まだ食べれるよ!」
「すごいなお前…」
「一口だけにしとこー」
「ガスある?」
「あっ!?替えのガス持ってくるの忘れたッ」
「先生のバーナーのガスは?」
アウトドアに使われるガス缶は、ふたつ。2種類ある。
カセットボンベ缶(CB缶)。
アウトドア缶(OD缶)。
カセットボンベ缶の方は、スーパーや百均なんかにも売っている。ようは、手に入りやすく、安価だ。
アウトドア缶はというと、ランタンなどのアウトドア用品には大体対応できる。クッカーにも収まるし、携行性もメリットのひとつだ。
問題は、対応していても、もうひとつの方もガス切れしていた場合のことだ。
「明日の朝ごはん、作れない…!?」
「なんだとッ」
ヤバい……本格的にヤバいぜッ!
ハッキリ言うが、なでしこの料理はマジに美味い!上手いのだッ!
それが食えないとなれば、死活問題でもあるし、第一キャンプの魅力が半減じゃあないかッ!
「じゃあ…」
「……はぁ」
「「ちょっとコンビニ行ってくるよ」」
「………ん?」
「はぇ?」
「えっ?」
リンくんと同時に立ち上がり、なんとなく気まずい空気に。
「…FORZA siは2人乗りだ」
「じ、じゃあ……行きましょう」
「ありがとー2人とも…ひぐぅぅ」
「泣くなよ。朝ごはんのために行くんだからなッ。別にお前のためじゃあ…」
「あ、じゃあチューブ生姜も!勿論お金は出すからねっ!」
「はいよ」
「じゃ、あたしグミー」
「ミント系のガムお願い」
「板チョコ食べたいなあ」
「調子に乗るなよお前ら」
「あってしにほんしゅうー!!」
「買えないことは無いが…ふむ」
皆のいってらっしゃいの声援を背中に受け、リンくんを後ろの席に乗せる。ビーノならば往復20分はかかるだろうが、これなら少しは時間短縮になるだろう。
そして無事、買い物終了。ヘルメットを再び被る前に、リンくんに訊いてみる。
「なあ」
「何でしょう」
「どうだい、大勢のキャンプは」
意図はほぼ無いと言っていい。無言が気まずかった訳でもなく、興味本位だ。取材でもあった。
「……悪くは、無いです。先生やなでしことキャンプをするようになってから、自分の中でも…何かが変わった気がします。なかなかどうして、皆でッ!とか、一緒にッ!っていうのが、前までは苦手…嫌いでした」
「というと?」
「気を使ったり、ずっと話してなければダメだって思っちゃったりするんですよ。でも、『さっきのみんなは違ったんです』」
「……違いっていうのは、どういう?」
「それが、私にもよく分からないんです。何故あのメンバーだと良いのか、よく────」
ぼくだって、分からない。人を好きになる理由。人を嫌いになる理由。寄り添っていたい理由。距離を置いていたい理由。
「それは、『気を使わずに喋れたり、話すことが沢山あるから』じゃあないか?」
「!!」
それは、『理由なんて無いからだ。』
そんなものは無い。存在しえるものではない。しても、認識などできないだろうから。
「苦じゃない。嫌いじゃない。ただそれだけなんじゃあないのか?リンくん」
「………………単純、ですね」
「単純でもいい。それが、納得できる結果ならな」
至極シンプル。たったひとつ。それは、惹かれあったからだ。それからなんだ。自然に好きになっていくのは。
ぼく達は、まるで『スタンド使い』かのように、惹かれあったのだ。
「………漫画……かかなきゃなあ……」
「先生が酔ってる!?」
「日本酒買ったの、失敗でしたかねえ」
「なんだとー!酒は百薬の長だぞー!」
「別に薬使わなくても良かったんだけどなあ、先生」
「ハハハ…ぼくの漫画が、日本一なんだ……」
「ちょっ、それ箸!」
「おぉりゃぁぁぁッ」
「……………………!?」
「どっ!ドリッピング画法!?コーヒーで!」
「しかもこれ、『ピンクダークの少年』の…!」
「ふへへぇ、リンくん…」
「な、なんすか……ってか酒くさっ」
「あけましておめでとう」
「はええよ…」
温泉に入り、ある程度酔いを覚ました。
「リンくんが、沢山いる…?」
「いーなー!私もやりたーい!」
「露伴先生もしまりん団子、やります?」
「いや、いい。それより何だそれ」
「しーっ。しまりんサボテン作ってるの」
「何だそれ」
笑いを堪えながらも写真を撮ると、ドヤ顔のなでしこが真ん前に写っていた。
「はーダメ!もう無理っ!」
「破壊力やべーなコレ!」
「なんじゃこりゃぁぁーっ!!」
いくつか写真を撮り、その後焚き火を囲んでココアを飲む。
こうして全員がいるのは、また全員がかかわり合い、まじわり合い、そして惹かれ合ったからなのだ。感慨深さを心から実感し、そして運命という壮大なスケールの、漠然とした。しかし体感できるようなものに触れていることを感じる。
「よしお前ら!夜はこれからだぞ!月額1280円の力を見せてやるー!」
「何見るー?」
「ニセコイ!」
「時計じかけのオレンジ!」
「アマゾンズー」
「鉄血のオルフェンズッ」
「よし、間をとって水曜どうでしょうだ」
「おいパイ食わねえか」
「それグミだよ」
「きくねりー!」
朝日が昇る。
富士山の右肩から顔を出し、さっきまでなでしこの絶品料理に向いていた7人の視線が、一斉に向けられる。
「まぶし」
「だねえ。あったかい」
「…よし、食べ切っちゃうぞー」
「片付けがんばろ!」
「年明けのバイトもね」
「テスト……」
「原稿…(実は余裕)」
「…………あー!おみそしるおいしいー!」
「納豆おいしー!」
「逃げるな」
「ふぇぇええええ〜〜………」
年が明けて、程なくして僕に助けを求める旨のメッセージが来た。
勉強会、かあ。
←テレビアニメ1期篇
ゆる岸△オリジナルエピソード篇→
To be continued…
平ジェネ行きたい。いや、ピクサーオタなのでシュガーラッシュオンラインも楽しみましたけどね。
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オリジナルエピソード篇
エピソード#√144:番外ゼンペン
とにかく、今回は『前編』です。これを言ったからには後編を作らなければならないので、自分に枷を負わせるつもりで書きました。ということで、4ヶ月ぶりぐらいの新作をどうぞ。いやマジですまん。
「ここがセンセの住んでる山梨か?」
「そうだぜ。富士河口湖町、近くにフジキューなんかがあるらしいぜ」
「ああ、絶叫マシンの巣窟とかいう……ってかもう観覧車とかコースターが見えてるよ。ディズニーなんかとは違ってモロだしだね」
「杜王町より田舎ってわけでも無さそうだけど……にしても空気が美味しいね」
「オレらの町とは違った魅力がある、って露伴は言ってたが……確かに360°山に囲まれてるってのは中々ねーよな」
「確かに! それにあの武田信玄公像、テレビで見たよ!」
歴史に弱い……いや、頭の弱い億泰は武田信玄公と聞いてもピンと来ないようだが、歴史に弱いオレでも確かにテレビかなんかで見たことはある。
オレ───東方仗助と、いつものメンバーこと広瀬康一、虹村億泰は、あの売れっ子マンガ家(笑)の岸辺露伴が引っ越したという山梨県に来ていた。途中で立ち寄った甲府周辺を見るに、それなりに都会なところもあるらしい。
しかし、寒い。正月近くの冬休みを利用してやってきたので、ここは冬真っ盛り。本栖湖の温度も摂氏4度。水深は富士五湖でいちばん深いし海抜が低いせいもあるのか、凍ってはいないが……他の富士五湖はほぼほぼ凍っていたりする。
「……で、ネットで見た情報だけだと、キャンプ場で目撃情報があったらしいね」
「何考えてんだかなあ、ホント……」
「とりあえずマトモに宿は取れないし(サスガ、外人も多くいる観光地……)、キャンプでもするか? マップで見る限り、ここなら空いてるし」
「本栖湖……だね。仗助くんがキャンプ道具持ってこいって言ってたのはこれかあ」
「おう、こんな寒空の下でキャンプするんだ。気合い入れたぜェ〜」
「オレは家にいくつかあったし、ジラフを買っただけで済んだぜ」
「それもしかしてシュラフ?」
「そうとも言うッ!」
とはいえ、腹ごしらえは肝心。歩いて行ける範囲内に、どうやらステーキ屋があるらしい。クチコミじゃあかなり評判はいいが、個人の店だしなあ。不味かったら黙って出ていくからなと意気込んで歩く。
「……ねえ」
「お?」
「どうして学ラン着てるの? 北国生まれとはいえ、防寒はしっかりした方が……ってゆうか、夏もずっと学ランだよね? 仗助くんと億泰くんの私服、見たことないなぁ〜って」
「オレらもそこら辺はキッチリしてるぞ。夏は汗を吸う半袖もしくはタンクトップ、冬はこの通りヒートテックだ」
「夏は下に何も着ねーけどよォ────……兄貴や仗助も着てる、そのビートたけしってやつは着てるぜ」
ヒートテックな。10秒前に聞いたやつも覚えられねーし、近代の言語にすら弱いとかそこらの偏差値20のDQNとタメ張れるぜ。
「お、おお……意外としっかり対策しながら着てるんだね」
「当たり前だろッ! 学ランは学生の特権だぜ? キチンと着こなさなきゃよォ〜」
「着こなすっていうのは、普通はピシッと行儀よくすることなんだよなあ…………改造に改造を重ねたその学ランじゃあ、学生というかもはや暴走族に近いというか、そもそもガタイが学生離れしすぎなんだよ2人とも」
「体格については康一が言えたことじゃあねーだろッ!?」
「ぼ、ぼくは一周まわってというか、逆にというか……ネッ?」
そうこうしているうち、それらしい建物が見えてきた。湖沿いを歩くこと十数分。景色もいいし、喋りながら歩いてるとあっという間だな。
サーフボードで出来たベンチに、『営業中』の看板。例のステーキ屋だ。
「おお、雰囲気あるぜ」
「不味かったら全員で出ようぜ」
「ちょ、店先で失礼だよ」
「いらっしゃいませーッ」
「あ、3人です」
「はーい、そちらのお座敷へどうぞー」
テーブル席がいくつか、座敷が横長に7畳ほど。客席のスペースはそんなところか。待ち時間用に週刊少年マガジンなんかも置いてある。すぐさま入口と同じ店員がおしぼりやらお冷を運んでくる。
メニューを覗いてみると、ランチ限定のステーキ……930円? ステーキで1000円以下って、なかなか珍しいな。ソースも醤油やらガーリックやらがあるし、ライスもついてくる。なかなか良さげだ。
「オレ、このランチセットにするわ」
「じゃあオレもそれッ!」
「ぼくもそれにしようかな。けっこう安いし」
「さーせーん。注文いいっすかァー」
「はーい!」
3人でだべりながら待っていると、割と早く3人分のステーキと大盛りライス(+50円)が机の上に置かれた。
醤油を頼んでみたが、いい匂いだ。バターとレモンも乗っている。
「じゃ」
「うん」
「おう」
『いただきまーすッ』
1時半ということもあり、割とがっつく3人。しかし一時的にその手が止まる。まだ一口しか食べていないのに、だ。
「……!!」
「な、なんだこれ……」
「……これはすげえぞ」
「ゥンまぁぁぁ〜〜ィいいいいいッ」
「代弁してくれ! 億泰!」
「うむ……ハッキリ言ってそこまで期待をしていなかったオレをぶん殴りてえッ! 若干赤さの残った肉の中に、これでもかと言うほど主張をする醤油のうま味ッ! そして一口、もう一口とダイエットをやめられねー主婦みてーにフォークを進めてしまうのは、この固めのライスだ! こいつが全ての元凶! 零れたソースが染み付いたこのライスを平らげるなんざ、セミの抜け殻を親指と人差し指だけで砕くみてーに造作もねえッ! それだけ『クセになる』!! そこにレモンとバターでサッパリ味も加えるだとォ〜〜!? カラアゲにレモンなんかは賛否両論だが、この元々アッサリした味付けの醤油味のステーキには鬼に金棒ッ! バッハにピアノだぜッ! よりキレが増して、『合う』味付けになる!!」
「つまるところ?」
「んまァいィィィイイィッ!!」
そうだよな、そうだよな。その一言に尽きる。
「お、おい……なんだよ、コーンとグリーンピースの中に『小さくカットされたニンジンが混ざってやがる』!」
「……普段はこんな固い白米は食べないけど、何故か合うね」
「たぶん肉の感触とマッチしてるんだぜェ〜」
「………………もう他のステーキ食えねえな」
「こんなリーズナブルな値段で? ホントにシャレにならないよ、露伴先生が居着くのも無理はない……」
「……フゥ〜〜〜〜ッ、食った食った……」
「はやっ! ……と言っても、ぼくももうすぐ食べ終わるんだけどね」
トニオさんとはまた違った、和洋折衷っつーか、テーマが定まっていないからこその『綺麗さ』『美しさ』があるんだな。トラサルディーは、キッパリしたイタリア料理。このステーキ屋は、『独特』かつ『新鮮』なんだ。
「ごちそうさまでしたッ!!」
チクショーッ、最初こそ不味かったら金なんざ払わないつもりでいたが、倍ぐらい払っていきたくなったぜ。
ステーキ屋から戻ってキャンプ場に入った時、丁度他のキャンパーとすれ違った。
「ついたー!! えいごリアーン!!」
「なつかしっ!」
「……お?」
「なんだ、アレ。キャンパーか」
「随分と重装備だね」
「マジ寒いからなー……オレらと同い年、もしくは中坊だな」
つっても、いろんな意味でオレらとは同級生には見えんな。原因は主にオレたちにあるんだが(本当にいろんな意味で普通の高校生とはかけ離れている)。
「ピンクの髪のひと、メガネのひと、眉毛がすごい人、露伴先生……」
「…………おい康一、今なんつった?」
「いや、だから『露伴先生が女の子とキャンプしてるみたいだよ』?」
「バカ!! さりげなくとても受け入れ難い事実をいとも容易く受け入れてんじゃあねーぜッ!」
「え、えっ!? いや、そりゃあジャンプの人気漫画家が女子高生と寝食を共にしているなんて、スキャンダルものだけどさあ」
「ぐぅぅぅ〜ッ、あんな漫画キチガイでもハーレムだと……! 最近のルフレみてーだぜッ!」
「おい億泰、いつからファイアーエムブレムの話になった……?」
「多分、ラノベのことだと思うよ」
「……とにかく、あの眉毛の主張が激しい人は見たことがある。知り合いかな?」
「知ってんのかよ康一!!」
「あ、一応由花子さんには教えないでね?」
当たり前だ。あのメンヘラ、康一が他の女と知り合ったとか、何やらかすか分からねえぞ。主に女の方が被害者になるだろうが。
とにかく知っているなら話は早いが、どうしてあんな女子と露伴のヤローが? 根本的な問題は解決してねー……。
「…………おい、アイツらもここでキャンプをするんだよな?」
「え? ああ、そうみたいだけど」
「ならよォ〜〜ッ、やることは……」
「1つしかねえよなァ?」
「……まさかとは思うけど……」
「「そう!! 『パパラッチ』!!」」
「…………だから気に入った」
To be continued……
3000文字くらい書けてよかった。
これは後に活動報告かなんかに詳しく、というか長ったらしく書きますけど、高校に無事入学しまして。で、リアルに忙しくなります。こればかりはモチベとか関係ありません。半年に1回更新とかにもなりうるので、できるだけサボらずにやりたいです。
あ、そういえば古代の機械の他にも儀式青眼組んだんですよ。でも亜白龍が高くて高くて。仕方なく閃刀組もうとしたらそっちも高いのなんのって。もう財布のライフポイントはゼロよ。
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エピソード#√51:番外コウヘン
予想以上に勉強やら部活が忙しいです。演劇の台本とか書いてたり、キャストもやってたり、音響もいじってたり、二次関数でつまづいたり。ラジバンダリ。
ぼくの名前は、岸辺露伴。職はマンガ家、趣味は取材と……これは本当につい最近のことなのだが、『キャンプ』にハマっている。
「…………人造人間、インフレしすぎじゃあないか」
「だよねー……超サイヤ人のベジータとトランクスを軽くあしらって……」
「お前ら、いつの間にZの138話まで見たんだ?」
「えへへ、先生の家に置いてあって……」
「……なでしこ、お前…………」
「先生の家に行ったん?」
「うん! 近くにあるし、見に行こうと思ったら泊まりになっちゃって……」
引っ越してから少し経って、年明け早々に野クルからキャンプに誘われた。勿論仕事も済ませていたのでのこのこ取材……いや、今回は普通にキャンプをしに来た。
今回は野クルのみが参加。リンくんや斎藤さんはおらず、あおい、千明、なでしこの3人だ。
ちなみに新居には買い戻したDVD(先述のドラゴンボールZとかはマンガもある)やら仕事道具は一式揃えてあるが、前に比べると少し殺風景な気がする。写真でも飾ってみるか? 最近ドラゴンボールを見直したからな……どうせならセルのポスターなんかがいいな。確か甲府のらしんばんにあったはずだ、今度貼ってみるか。
「一人暮らしになったからな。今度はどこかの誰かさんが看病に来ても安心だ」
「じゃあ個人的に遊びに行くで〜」
「それとこれとは別な気がする」
「あたしも行くー! マンガ家のウチ見てみたいし!」
「私はもう一回行きたいなー♪」
こ、こいつら……図に乗りやがって……。
「……週末は取材に行かなければ、大体は空いている。来るならそこにするんだな」
「お、おお……これは『デレ』と認識していいのか?」
「馬鹿言えッ! 最近のラノベみたいな言葉を使うな! 君たちを読者……というよりかは、一人の友人として、認めただけさ。ふ……普通の事だろッ」
「せんせーっ!!」
叫ぶやいなや、なでしこが身体に引っ付いて、嬉しそうに頬をすりすりと擦り付けてくる。それにしても、意外に力が強い。
「ちょ、くっつくなッ! 犬かお前は!!」
「やっぱりデレやな」
「デレデレずら」
「国木田さん?」
「甲州弁だよ。ああ、なでしこはあまり知らないか……」
「静岡住みなら、まあそういう発想になるよな……」
「キャンプ場とうちゃーく」
「ついたー!! えいごリアーン!!」
「なつかしっ!」
「お前ら、よく外でそんな大声出せるよな。恥を持て恥を」
「そんなもの、山へ行けば誰でも捨てられるんだぜ。ほら、山登ったらやるやつ」
「やまびこ?」
「そう、それ!」
やらないやつ、割といるけどな。
今回キャンプ地に選んだのは、久しぶりの本栖湖。ぼくとリンくん、それとなでしこが互いに初めて出会った所。これがマンガや小説だとしたら、『聖地』って扱いになったりするのかな……そしたら現実の本栖湖には、リンくんやなでしこのステッカーを貼った車が沢山停まってそうだな。
まあ、この物語をマンガにするなら、間違いなくぼくは描くのに向いていない。
ホラー、ミステリ、スプラッタ。バトルものさえ入れている『ピンクダークの少年』や、昔描いた『ゴージャス☆ジョリーン』、『武装マージャン』、『魔少女ユーティ』などの作風が、ぼくの特徴だ。アイデンティティと言ってもいい。
今現在ぼくが体験しているぼんやりぬくぬくキャンプなんかは、描いたらクレームが来るほどに合わなさすぎる。絵からしてダメだ。それこそ、まんがタイムとやらの、最先端の『萌え』を取り入れないとな……。
「せんせー! ペグ刺すの手伝ってー!」
「折れやすいから気をつけてな」
「ちょーどいい石ころ見つけたでー」
「……今行く」
ぼくのイメージと違うからこそ、こんな趣味にハマったのかもしれんがな。
「マハリクマハリタ……ヤンバラヤンヤンヤン……」
「なんか、呪文みたいな歌やね」
「呪文なんだよ。正確に言えば、魔法の言葉。テクマクマヤコンやピリカピリララと同じ部類だ」
「ええ……何ひとつとして分からん……」
「……ジェネレーションギャップってやつか」
「億泰! おっきい石持ってこい! 露伴がウンチク垂れてたぜ〜! ペグを刺すにはでけえ石だってな!」
ふと、背中に悪寒が走った。例えるなら、朝起きてケータイのアラームがかけられておらず、予定より少し遅れて起きた時の『ヤバい……』感。
いや、そんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった……吉良吉影に爆破される瞬間まではいかないが、少なくともトンネルの中の部屋に閉じ込められた時ぐらいには……。
「康一! そこ押さえてくれ!」
「こ、こう?」
「仗助ェ〜! でけぇ石持ってきたぜ〜!」
「あっぶな!? ちょ、それ岩だろ!」
「………………」
「露伴せんせー、どうしたの?」
「テントに入る。寒くなってきた。色んな意味で」
「スケッチはせえへんの?」
「夜やる。じゃ、仮眠」
「やーけにササッとテントに入ってったな……」
ほっとけ。クソっ、ぼくは絶対に顔も合わせないからな。
「…………で、テントを張ったはいいものの」
「どうやってあの『女子高生』をくぐりぬけるか、だよね」
「いろいろ心配してるようだけどよぉ〜〜……オレらも高校生だぜ? 余裕だろ?」
「……うちの学校の女子にも『殺される』だとか『命の危機』だとか言われてたヤツは誰だっけ?」
「そっ、それは仗助も一緒じゃあねーか」
「いやいやいやいや! その前に男の人が女だらけのテントに突っ込むのがヤバい!」
「康一はビビりすぎだ! お前は平凡な見た目だし(褒めてるんだぞ?)! それに隣のテントに話しかけるのは、キャンプ場では日常茶飯事ッ! ……たぶん」
「ちょっと待って! 今小さくたぶんって付け足さなかった!? たぶんッ!?」
「釣れてますか? みたいなモンなんだよッ! ホラホラ! 思えば、オレらならまだしも、康一なら喜んで受け入れてくれるぜ?」
「………………そう?」
「健闘を祈るぜ康一!」
「骨は拾うぞ康一ィ!」
「な、なんでぼくが行くコトになってんの! ねえッ! ちょっとッ!?」
「す、スイませェん」
「ん〜? ああ、隣のテントですか?」
「ま、まあ。どうも……」
テントの中で、身体が反射的にビクッと動く。ナマで聞くのは久しぶりだな……ガマンできずに一旦杜王町に戻ろうかとまで思った、この声。ぼくの親友、『広瀬康一くん』の声だ。100メートル離れたところでも間違えない。幼さを残しながらも、修羅場を乗り越えて少し張りのある声になった、この高校一年生の声……フフッ。改めて成長したなと感じるよ。
じゃなくて! やっぱり来てたんじゃあないかッ!!
しかもだッ!! あの『ハンバーグとアホ』も連れてッ!!
To be continued……
番外の後編はこれで終わりですが、本文自体は続くような描写ですね。ここから普通に本編に繋がります。ややこしくてスイませェん。
最近、執筆の楽しさに改めて気づきました。前みたいなボリュームは書けませんが、このくらいの短い連載ならペースも上げられそうですわ。これ以上遊戯王にハマらなければの話ですが。ドラゴンメイド、マジかわいい。
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エピソード#2↑↑3=2²²:番外ノツヅキ
ゆるキャン△のショートアニメ、及び実写ドラマが始まりましたね。供給が思ったよりあって幸せです。2期も楽しみ。
ぼくの名前は、岸辺露伴。職業はマンガ家。趣味は取材、主にキャンプによって着想を得ている。富士河口湖町に自宅を持ち、最近では新しく杜王町に家も買った。要するに、杜王町の方を別荘にしている。あの町も、手放すには少し惜しい所だったしな。移動も苦ではない。ドライブやツーリングは元から好きな方だ。
これは特に関係の無い宣伝だが、最近「ピンクダークの少年」第7部を連載し始めた。以上、自己紹介だ。
さて、今のぼくはというと、割と面倒くさいことになっている。『危機』という程でもない。だから、丁度いい感じに面倒くさいのだ。
年明け早々、何なんだ。面倒が過ぎる。
状況を掻い摘んで説明しよう。ぼくは『女子高校生』の『野外活動サークル』とキャンプに来ている。そこに、偶然なのか会いに来たのか知らんが、前にぼくが住んでいた杜王町の友人とその知り合いが来ている。『広瀬康一』、『虹村億泰』、『東方仗助』。
野外活動サークルと康一くん達の一行が出会うことによって、ぼくは割と面倒くさい事になる。
野クルからは確実に、ええ…こんなやべー奴らと知り合いなの?みたいな目で見られる。だって、あんな馬鹿みたいな髪型と、いかにもヤクやってそーな顔してる不良が来るんだぜ?
それに、多分、今回も学ランで来てると思うし。怖いだろ。こんなのが友人の周りにいたらさ。康一くんを除くとしても、ハンバーグとバカだけで、アスカが量産機に食われるシーンぐらいのインパクトはあるだろ。いや、フリーザ戦で悟空が既に十倍界王拳を使っていることを知らされたぐらい…それは絶望感に近いか。
康一くん一行の方は…どちらかというとこっちの方が面倒くさい。康一くんに関しては、『知っている』からいいのだ。ぼくが女子高校生とわりかしの頻度でキャンプに来ていたり、何だかんだやってる事を知っている。
しかしどうだ、あのハンバーグとバカに知らせてみろ。面白がって杜王町に広めるに違いない。まだ広めないにしろ、『弱みを握られる』コトにはなる。いつでも出版社やネットに、ぼくのスキャンダル(?)を拡散できますよなんて羽目になるってことだ。いざと言う時に、いいように使われる、なんて役回りはぼくのイメージじゃあない。
絶対にテントから出てやるもんか。
「僕達、M県の杜王町ってとこから来たんです。だから、あんまりここらの事は知らなくて…」
こ、康一くんの声で一旦落ち着こう…そうだ、その方がいい。
「あ、私達ここら辺出身だから詳しいよ!」
「向こうの人達も一緒?」
「……あ〜、一応」
いるんだな!やっぱり!うっすらとした希望が今、全て崩れ落ちた!
「学ランってことは、同じ高校生かな?」
「それも一応」
「ガタイいいなあ、あっちの2人」
「こ、高校生に見えないぐらいですよね…あはは…」
ホントだよ。あの承太郎さん達、『ジョースター家』の血を引いている仗助はまだしも、同じくらいの体の大きさの億泰は何なんだ。虹村家は謎が多い。
「えと………さっき、そこのテントに『岸辺露伴先生』、いましたよね?(仗助くん達、パパラッチだの何だの言ってた割には、露伴先生を引きずり出してからの事は言及していなかったなあ…まあいいや、後で写真を撮るぐらいだろう)」
「露伴せんせー?いるよ!おーい、せんせー!」
「バカなでしこ!お前ってやつは!」
そんな正直に呼ぶやつがいるか!今ばかりは、そいつが康一くんで良かったわ!ストーカーか誰かだったらどうするんだッ!(自意識過剰ってんじゃあないが)
「あッ、やっぱりいた」
「先生、プライベートって『てい』でキャンプに来とるんやけど…大丈夫なんか?」
「いやあ、僕と露伴先生はちょっとした知り合いなので」
「………否定はしないよ、康一くん。何の用だ」
「あ、顔だけ出てきた!」
「会いに来た…って事じゃないんですけど、今さっき姿を見かけたので」
「ぼくはテントから出ないぞ」
「また引っ込んだ!」
「何でですか?」
「察しが悪いなあ。あっちのバカに写真でも撮られたらどうするんだ」
「……大丈夫ですよ?仗助くん達はテントを建てるのに夢中です」
「じゃあそこにある特徴的な(髪型の)シルエットは誰なんだろーなあ!!」
「やべっ、バレた!」
テントから顔だけ出すと、案の定スマホを構えた仗助と億泰がいた。
「くだらない事をするんなら帰れ、あおいが言っているようにぼくはプライベートって『てい』でキャンプしに来てるんだ!」
「そんな固いこと言うなよ〜ッ!ホラ、もう隣にテント建てちまったぜ?」
「そうだよー、康一さん達もいていいじゃん」
「仲が悪いようには見えねーけどな」
「おう!オレたちと露伴先生はナカヨシッ!だよな、先生!」
「仗助……お前、割と演技派だよな…」
「ン?」
無邪気な犬みたいな首のかしげ方をするな!殴るぞ!グーで!
前から知ってはいたが、こいつには、犬みたいな人懐こさがある。偏見だが、ハーフだからコミュ力も高い。
「じゃ、露伴先生!晩メシとか一緒に食べましょうね〜」
「そうしようぜ!そうした方がいいッ!」
「お前ら面白がってるだろ!!」
「な、何のことっスかねェ〜」
「急にとぼけるのが下手だなあ!」
「やっぱ仲良いずら」
「やんね〜」
「うんうん」
「微笑ましい表情で見てるんじゃあない!」
……ややこしいなあ。
「ってことは、露伴先生の故郷の友達?」
「友達……ってことにしておこう」
「さっきからちょっとムスッとしてんなあ」
「早く会いたいんじゃない?」
「そういう事にしといてくれ」
そういえば、さっき晩メシを一緒にだとか言っていたが、あいつらキチンと材料なり持ってきてんだろうな…中途半端なメシだったら、めちゃくちゃ上から目線でキャンプのイロハを教えてやる。ライブの現場で後方彼氏面してる奴くらい上から目線で教えてやる。
「あ、仗助さん達、こっちに来た」
「おーい!先生ー!」
「やかましい!」
「賑やかで楽しいじゃないか」
「せやでせやで、こういうのもキャンプの醍醐味ってやつやで」
「野クルも全体的にコミュ力が高いことを忘れていたッ」
「そうそう、晩メシ晩メシ〜っと」
そう言うと、億泰はリュックの中に手を入れてゴソゴソと何かを探し始めた。仗助と康一は、億泰のぶんまでイスを広げ、早速ぼくと野クルの輪の中にすんなり入ってしまう。
野クルの机の上に億泰が出したのは、カップめんだった。しかも全てカレー味。
「……舐めてるのか」
「いやあ、オギノってとこで安く売ってたからよォ〜。露伴先生のぶんもあるぜ」
「いらん!ぼくは千明に用意して貰っている」
「…露伴先生、実はな」
「あ……?」
申し訳なさそうに千明が取り出したのは、4つのカップめんだった。こちらも全てカレー味。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい…」
「うちもオギノで買った!」
「なんで少し得意げなんだよッ!」
「7人分、お湯沸かそか〜」
「うおお、壮観…」
うん、一周まわって壮観だよな。
なでしこは、身体ごと弾ませてうきうきしている。身体からワクワクという音が漏れだしている。
「カップめん♪カップめんっ♪」
「嘘かと思うぐらい喜ぶよな、お前」
「だって、初めてリンちゃんと先生に会った時も、カレーめんだったじゃん!だから私にとって、カレーめんは思い出の食べものなんだ!」
「………ふぅん」
「露伴せんせー!」
「なんだよ」
「楽しいねっ」
少しばかり、仗助に似た人懐こいオーラを放ち、なでしこは微笑む。仗助もこのくらい可愛かったらいいのに。このくらいキレイな髪をして、いい匂いで、笑顔が可愛くて…。
「ああ」
「………………」
「写真を撮るな!!」
「チッ、せっかくSNOWで撮ろうと思ったのに」
「シャッター音が鳴らないとか、確信犯じゃあないか!」
「いや、顔を盛ってやろうかと」
「余計たちが悪いな!?」
「せんせー、一緒にSNOW撮る?」
「それいいなぁ!撮ろうやせんせー!」
「やだよ!」
「え、じゃあビューティープラス…」
「古ッ!康一くん何歳!?」
結局この後、仗助達も野クルもキャンプを楽しく過ごした。もちろん、ぼくも例外ではなく、思ったよりは!だが、楽しくキャンプできた…かな。決して仗助達といるのが楽しいってんじゃあない。ホントだぞ。
to be continued…
露伴先生可愛い!をテーマに書きました。やさしい世界なので、仗助と露伴先生はそこまで仲が悪い訳じゃないです。
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へやキャン△篇
エピソード#193×753×2.008:巡礼スタンプ
こんなご時世ですが、気ままに山梨を巡る露伴先生とゆるキャン△メンバーのエピソードを書き続けられたらと思います。こういう時だからこそ、堅苦しかったり、暗くて活気がないのはイヤなので。物語の中でくらい明るくいきたいモンですね。
しばらくは家にいっぱなしだろうし、あつ森ほしいなあ。大人しくスマブラしてます。テリーとファルコン楽しい。
ぼくの名前は岸辺露伴。正真正銘、本物の岸辺露伴だ。最近、ぼくの偽物がTwitterで炎上騒ぎを起こしていたんでね。なんでも、言動が全くぼくに似ていなくて、マンガの話をせず、ひたすらキャンプについてしか話さないそうだ。
ファンからは『なんだ、本物と同じじゃないか』と言われてしまった。
失礼な話だ。マンガなんて、話をする必要がないほどに、身に染み付いている。せいぜい自作の宣伝をするか、取材の写真を載せたり、日頃思ったことをつぶやくまでだ。
サラリーマンはTwitterで書類の話ばかりするか? 仕事とプライベートは、ある程度切り離すのが『最低限の自己管理』とも呼べるからな。
それに、ぼくは『読んでもらう』ためにマンガを描いている。『読んでもらう』ことで、ぼくはマンガを描く意味を得ているし、比べて、キャンプは『自分が楽しむため』の趣味だ。人に感動を与えたりだとか、仕事という名目上でもないのだ。
だから何だって話だけど、要するに、『容認しろ』ってことだ。ぼくが、自分の趣味だけをつぶやいていたりすることを。マンガ家ではない。ひとりの人間として、岸辺露伴はキャンプを楽しんでいるのだ。
「だぁはァ───ッ!! やっぱワインは山梨ね!」
今のテラス席の酔っぱらいの発言は、聞かなかったことにしよう。というか、してくれ。
こんな話、皆は興味がないと思う。さて、『趣味』の話に戻そうか。
今、ぼくは『道の駅 なんぶ』にいる。天気が良かったもんで、キャンプの帰りに寄ってみた。ぼくのFORZA siも、いつもより調子が良かったんでね……。
「露伴さーん」
「えっ」
「素で驚きましたね。私のこと、覚えてます?」
忘れるものか。こいつは、物腰は柔らかいながらも、その言葉は的確にくすぐったい所をわきわきしてくる。掴みどころのない人間だ。ぼくの苦手なタイプ……なのかもしれない。
『斉藤恵那』。売店の人混みの中で彼女は、ぼくの後ろに立っていた。
「何の用だ?」
「『知り合いがいたから声をかけた』、ってだけですよお。強いて言うなら、マグロ丼が食べたかったから……かな。露伴さんは?」
「お前だけ、ぼくのこと『先生』って呼ばないのな(クリキャンの時は先生付けだったのに……)。ぼくはまあ、気まぐれで寄っただけだよ」
「おお! じゃあ『奇遇』ってやつですね。『何かに惹かれ合って』いるみたいです」
「フン……惹かれ合う、か」
ぼく達……『スタンド使い』からすれば、シャレにはならないんだがな。大体の『スタンド使い』は目と目が合ったらバトル、なんて物騒なことはしないだろうが(どうしても戦わなければいけない訳ではないってことだ)、敵対する可能性の方が、味方になる可能性よりは高い。
最近は専ら、新手のスタンド使いにジャンケンを挑まれたり、トンネルの中でエネルギーを吸い取られたり、頭のおかしい手フェチ殺人鬼に口止め代わりに爆破させられたり…あとは、ジムでヘルメス神の化身に喧嘩を売ってしまったり、グッチのカバンスタンドに振り回されたり(これらは僕の詰めが甘かったのもあるけどサ…)。そういう事も無くなり、至って普通に日々を送らせてもらっている。
というか、あの頃が異常だったのだ。あのハンバーグ頭に知り合ってからというものの、毎日のようにスタンド使いと知り合ってだな……。最後に見たのが、『蓮見琢馬』達だったか。
「露伴さんもマグロ丼、食べます? ここの名物なんですよ」
「ふむ……ちょうどハラは空いてる。昼メシにするのもいいだろう。だが、なぜ『マグロ』?」
「私が食べたい気分だったからですよ」
「違う。ぼくは『海無し県の山梨で、マグロ丼が名物として扱われているのは何故だ』と聞いたんだ」
南部町は、山梨の最南端。海に一番近くはあるが……。
「それはね、山梨県民の『マグロ好き』が関わってるんですよ」
「『海が無いのに』か?」
「『海が無いのに』です。山梨は、静岡に続いて『マグロの消費量』が『2位』なんですよ」
「確かに、静岡市はマグロが有名と聞いたな」
「ここのマグロ丼も、静岡から来たものを調理してるんです。単に『静岡と山梨が隣り合わせ』だから消費量が多い、って訳じゃあないんです。山梨県民とマグロの繋がりは、『江戸時代』まで遡ります」
「ほう?」
ぼくはメモ帳を取り出し、今までのマグロ談義をメモる。ちょっとした豆知識にも、作品の中にも使えそうである。作品には山梨県も出そうとしてたからな。
どっちにしろ、住むところには詳しくなくっちゃあな。
「江戸時代、お魚の『鮮度』を保つ技術がそれほど進んでなかった時代。新鮮なまま、お魚を運べる限界の距離を『魚尻点』と呼んだそうな」
「その頃から、静岡ではマグロが多く獲れていたのか?」
「そうそう。その静岡で獲れたマグロを運べる『魚尻点』が、ちょうど『甲府市』だったんですよ」
「『甲府市』……甲斐府中、山梨県の中心だな」
「山梨の真ん中、甲府から広がったマグロは古くから『ごちそう』として山梨の食卓に広がっていきました。他のお刺身や、お寿司だって人気なんですよ。山梨にあるお寿司屋さんの数は、なんと全国で1位!」
「さすが『魚尻点』だな」
「山梨県では、大人が数人で集まって飲食をする文化である『無尽』が流行っていたことも、お寿司屋さんが広まるキッカケになったと言われています。山梨県のお寿司屋さんでは『無尽歓迎』の看板も多く見られますよ」
スゴい。スゴいぞ、山梨。そうか、CMでやっていた『鮑の煮貝』も、それが原因なのかもしれない。煮貝は、干物や塩漬け同様、江戸時代あたりでは貝の保存方法として主流だったと聞く。『鮑の煮貝』は山梨の名産とされ、かの戦国武将『武田信玄』公も好んで食べたと言われているとも聞いたな。
「さ、露伴さん。トリビアのコーナーもこのくらいにして、ご飯食べましょ」
「そうだな。ぼくも歴史ある、マグロ丼を頼むとしよう」
食堂の横の食券機の前に立った時、ぼくはボタンを押すのを、ほんの少し躊躇った。ぼくの人差し指の真ん前にあるボタンには『トロトロまぐろ丼 1410円』との表記がある。
『1410円』……。
「まあいいか」
「ん?」
「いや、何でもないよ」
先週、本格的なシュラフと焚き火台とバックパック、その他諸々を買って、ぼくの財布の中身はちょっとした氷河期に突入していた。
しかし、マグロ丼の写真を見るだけで分かる。『絶対に美味い』。『損はしない』と。
食堂のおばちゃんに食券を渡すと、マグロ丼は2分ほどで提供された。思ったより早いもんで、座席でちょっとゆっくりするつもりだったんだが、ちょっとばかし焦ってしまった。
「お客様番号754番の方ですね」
「はい」
「ではこちら、マグロ丼の『食べ方』でございます」
「……はい」
なんだか、家系ラーメンの店にあるような紙を渡された。こういう『食べ方をある程度限定しているもの』って、ちょいと苦手意識があるんだよな。『こうやって食べた方がいいよ! いや、するかどうかはキミ次第だけどね! でもこっちで食べた方が美味しいっちゃ美味しいよ!』ってやつ。ぼく、捻くれてるのかな。
「まずは、『ワサビ』と『特製醤油』を混ぜてから、丼にかけて食べます。次に『ゴマだれ』をかけて味を変えてお楽しみいただきます。そして最後は『濃厚マグロ出汁』で、絶品茶漬けを堪能いただけます」
「茶漬け?」
「はい、茶漬けです」
とうとうマグロ丼という概念すら捨ててきた。
まあいい。生憎マグロ丼を食べるのに、これといった拘りはない。大人しく、この食べ方に従っておくか。
「では、『お楽しみくださいませ』」
「うおっ」
盆に乗った丼を見たぼくは、反射的に声を漏らしてしまった。
中トロ、ネギトロ、ビントロ。マグロの色々なトロを詰め込んだ中に、小さな黄身のアクセント。ワサビの緑が、見た目的には絶妙にマッチしている。『盛り付けのレイアウト』がとてもいい。マンガ家が言うんだ、間違いない。
丼を持ってテーブルに戻ると、横に斉藤恵那が、当たり前かのように座っていた。
「ん? どうかしました?」
「他にも席は空いてるだろ」
「んー……なんとなく、露伴さんの隣がいいなって」
「何だそれ……」
こいつの事はいいんだ。とりあえず、丼に手をつけるとしよう。
まずは、ワサビを別に用意されている小皿に移す。そこに『特製醤油』を適量入れ、軽く『ゼルゲノム』みたいな感覚で混ぜる。実験みたいだな、って事だ。
小皿の中で出来上がったゼルゲノム・ワサビ醤油をマグロ丼にかけていく。
「いただきます」
「いただきまーす」
まず、中トロ。マグロと言われて思いつく絵は、大体この濃ゆい赤色の刺身なのではないだろうか。The マグロってやつだ。
小さな卵の黄身を割って絡ませた下の米と一緒に、赤々と輝く中トロを口に運ぶ。舌の上で赤身がとろけると、追ってワサビの辛さと爽やかさが、鼻から口へ。そして身体全体に染みる。文句無しの美味さ。
ビントロもいただこう。こちらは薄いピンク色に輝き、脂を多く含んでいるのがひと目でわかる。
こちらも口にしてみると、油断すると噛まずに飲み込めてしまいそうな柔らかさをしていた。ああ、白米がよく合う。ワサビは普段、味がやかましいという理由であまりかけないのだが、これに至っては『ワサビと特製醤油の相性が合いすぎている』ッ! 犯罪的だ……ッ。
醤油、売店に売ってないのかな。
そして、ネギトロ。軍艦や海鮮丼で目にするネギトロと、そこまで変わらない見た目をしている。食べてみると、やはり美味い。
ヤバい。この丼、とてつもなく美味いモンしか入っていない。余計なものが無いのだッ。
「ふふ。美味しいですね」
「……ああ……」
「なんか、表情が『悟り開いてますよー』みたいな感じになってる」
3分の1ほど食べ進めたところで、醤油の隣のボトルを手に取る。『ゴマだれ』だ。
マグロはおろか、海鮮丼にさえゴマだれをかける、なんてことは、人生で1回もしたことがない。いくら美味いマグロ丼だからって、ゴマだれがベストマッチするなんて……と、不安を抱きつつも、コイツらのことだ。きっと何かあるんだろうと思い、ビントロを食べてみた。
「!!」
べ……! 『ベストマッチ』だッ!!
先程までのマグロ丼にあった、本来のとろけるマグロの個性、醤油の酸味、ワサビの辛味。このゴマだれの旨味とまろやかさは、どれを邪魔することなく、また、どれに邪魔されることもない。
気づけば、ぼくの頭には『平穏』という文字が浮かんできた。
激しい怒りもない。かといって、深い悲しみもない。スリルのある冒険も、とびきり弾けるような楽しみもない。いいことも悪いことも混ざって、平坦な道になる。しかし、ほぼほぼ平らな道のような『平穏な生き方』が、とっても素晴らしく思えてくるぜ。
「はい、露伴さん。マグロ出汁」
「ありがとう、斉藤」
「もー。私と露伴さんの仲じゃないですか、恵那って呼んでくださいよ」
「…………フン」
「そういうツンデレっぽい所も、好きだけど」
「一端の女子高生なんだ。誤解を産む発言は控えるんだな」
「ホントの事なのになー」
同級生に狙われないか、心配なばかりである。
気を取り直して、最後は『茶漬け』。茶なのかどうかは怪しいが、とりあえずマグロの出汁をかけてみる。といっても、残り1口か2口分ぐらいしかない。食べ応えはそれなりだろうがな。
「……な……!?」
くおっ……と! 『トロけるッ』! マグロの出汁とは、ここまで美味いものなのか! 白米に絡んだ、残ったワサビの鼻まで抜ける辛さ! 香るゴマだれのまろやかさ! 今までの過程が、1つもムダになること無く……『合わさっている』ッ! パズルの最後のピースが当てはまったみたいに!
無理やり感というか、押し付けられているという感じがしない! 不快にならないのだ!
わ……忘れていたッ! 南部町の『道の駅』、そのキャッチコピー!
『食のテーマパーク』ッ!
食事を、まるでジェットコースターに乗ったり、メリーゴーラウンドに乗ったりしているかのように『楽しむ』! さっきから感じていた『食のエンタメ性』……こ、これかッ!
「露伴さん、とろけてますね」
「はぅ……っ」
「分かる分かる。はぅ〜……ってなるよね」
「…………だな……」
「露伴さんもリンと同じで、黙々と味わうタイプだ」
楽しい。ひたすら美味しく、楽しい。ただのマグロ丼ではない……正直、こいつを侮っていた。甘く見ていた。
マグロ丼の美味しさだけではない。山梨県民のマグロ好き、江戸時代からこの県に広がってきた『ごちそう』、南部町の美味しい空気、斉藤恵那や野クルとの遭遇……。
「あ! えっ!? 露伴せんせー、それに恵那ちゃん!?」
「……んあ?」
「おぉ、野クルの一味。こんにちは〜」
「麦わらみたいに言うなや」
「お前ら、こんな所で何してるんだ?」
「軽いお食事だよー。この後も2人きりでデートするんだ」
「おいやめろ。……やめろ」
「えらい念を押して注意されたなぁ」
マジで同級生に『え、こいつオレのこと好きなんじゃね?』とか思われないのか、斉藤。高校生男子全員、勘違いすること間違いなしだろ。こんなの。
「なでしこちゃん達は?」
「スタンプラリーだよ!」
「へえ、楽しそうだね」
「ム?」
……そういえばさっき、あんな所に『スタンプラリーの机』なんてあったか? ちょうど、斉藤と話していた位置なんだが…………まあいいか。
「マグロ丼、美味しそうだねえ」
「ここの看板メニューらしいよ〜」
「なあ、なでしこちゃん。なんで山梨なのに、マグロ丼が看板メニューなのか知っとる?」
「そういえば……」
さっき聞いたな。マ、これに関しては『梨っ子』が説明してくれるだろう。ぼくは外の『南部氏展示室』でも見ているか。
外に出ると、中の暖房との温度差で、身体がぶるっと震えた。
「っっはぁぁぁぁ───!! この地酒、最ッ高!!」
……リンくんを除いて、クリキャンのメンバーが勢揃いしていることを、この子たちはまた知らないのだろうか。それよりぼくは、あの人の腎臓が心配だがな。
「あ! 露伴さんじゃない! ちょっとこっち来なさい!」
「えッ」
み、見つかった!?
「いや、遠慮しておきます」
「なによぉ! 私の酒が飲めないっていうの!?」
「お姉ちゃん、典型的な絡み酒やめようよ」
「露伴ちゃんと飲みたいのぉ〜!!」
「うるさいなあ、この酔っ払い!アル中カラカラ!大蛇丸!」
「おいしいかもー! でへへ」
結局、この後に飲まされた『ワイン』が美味すぎて、その場でリアルに2時間ぐらい飲酒して、FORZA siを置いて鳥羽妹に送ってもらった。
みっともないので、あまり口外はしないでほしい。
気づいたら、連載から2年経ってました。15話しか書いてないし、去年に至っては2話しか書いてませんけど。マジで年1更新にだけはならないようにします。
この話に出てきた道の駅のモデルでもある『道の駅なんぶ』は、実際にめちゃくちゃいいところです。
というのも、このエピソードは、へやキャン△9話を元にしていると共に、私がゆるキャン△の梨っ子街めぐりで行ってきた道の駅なんぶのエピソードも含んでいます。マグロ丼も食べてきました。南部氏も見てきました。ついでに身延とかも見てきました。レポートと言っても過言ではありません。
既に街めぐりイベントは終了していますが、色々ひと段落したら南部町や身延町に行ってみてはいかがでしょうか。特に春の久遠寺のしだれ桜や、市川三郷町の神明の花火は、一見の価値ありまくりです。
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エピソード#555×913×2.003:独立ソロキャン
ぼくの名前は岸辺露伴。
最近、ぼくより年下の作家が社会現象を起こしてしまい、内心めちゃくちゃに驚いている。いいんだ。『ピンクダークの少年』は常に安定した、ロングセラーにしてベストセラーなのだから。
あえて言わせてもらおう。あのくらい、ぼくにだって書けるさ。嫉妬とかじゃない。いや、ちょっと嫉妬は混じってる。能力バトルの先輩である岸辺露伴先生からすれば、呼吸で戦ったり、特徴的な刀を使ったりするのは、どこかで見た事のある設定だなと言わざるを得ない。
しかし、だ。ちゃんと面白いのが卑怯だと思う。ジャンプ漫画の集大成のような作品でありながら、絵やストーリーには作者の味が出ている。
そこらの陽キャでもそれなりに語れる、言わば『エヴァンゲリオン』のような社会現象になるのも頷ける。アニメも全話録画して見てみたが、凄かったよ。
本業の話はここまでにしておいて、趣味のことでも語っていこうか。
「フゥ〜〜〜〜〜〜〜ッ」
ぼくの趣味は『キャンプ』。野外での一時的な半サバイバル生活、言わば野営だ。
ソロキャンプは、勿論好きだ。服に穴が空くことや、ニオイがつくこと覚悟で、焚き火の前に座って、夕方の景色をスケッチしたりする。
元々、ぼくが初めてソロキャンプをしたのも、本栖湖などの富士山周辺を取材しに行った時のことだ。あの頃の、テントひとつ立てられたときの達成感や、野外で食べるメシのうまさが、頭に焼き付いて離れなかったのだ。
人類は、その進化の殆どを獲物の狩猟や採取に使ったと言われているし。昔の兵士や軍人だって、何ヶ月にも渡る遠征の間に数え切れないほどの野営を経験している。
もはや野営という行動は、DNAに刻み込まれていると言っても過言ではない。もはや恐竜なんてのやナウマンゾウなんかがいた時代から、数千年前から。自分で建てた家に入り、自分の作ったメシを食って、焚き火を見てはぼうっとする。これらは本能行動だ。もっとも、今のキャンプは、昔より遥かに便利になっているが。
そう、さっきぼくはソロキャンプが好きだと言ったが、最近は専ら『大人数でのキャンプ』も悪くないだろうと思っている。
初めてのソロキャンプの日に、初めて誰かとキャンプすることの楽しさを知った。
『志摩リン』と『各務原なでしこ』。この2人に出会ってから、ぼくはキャンプにハマったのだ。元凶だ。
志摩リン。ぼくのマンガのファンでありながら、良きキャンプ友達だ。高校生にして、祖父のお下がりのキャンプ道具を使いこなし、そしてその祖父譲りのキャンプ好き。バイト代の大半はキャンプ関連のモノに行っているようだ。
各務原なでしこ。食い意地の張ったコミュ力のバケモノ。志摩リンの同級生で、学校の『野外活動サークル』に所属している。抜けているところはあるが、相手を思いやる気持ちは人一倍。暖かい心の持ち主と言えよう。
ぼくは最初、本栖湖でリンくんに声をかけられ、お隣同士でキャンプを楽しむこととした。そしてトイレから帰る途中、富士山を見に来て、そのまま寝てしまったなでしこに会う。
高校生にしてオフシーズンを狙うソロキャンプ・ガール。マンガのような行動力の表情豊かな女。面白い性格なもんで、ぼくは少し興味が出てきた。なでしことリンくんと一緒に、急遽3人でキャンプを行うことにしたぼくは、ラーメンと共に富士山を望んだ。来た時にかかっていた雲が晴れ、1000円札と同じ富士山が現れた。
それから、リンくんとはもう一度キャンプをした。ぼくが半ば連れていったようなものだがな。静岡県にある、野原が辺り一面に広がるキャンプ場でのことだった。
そこに何故か、なでしこが鍋と餃子たちを持って駆けつけた。坦々餃子鍋を差し入れに来たなでしこは、結局ぼくたちとキャンプをすることに。
改めてキャンプの楽しさを実感したぼくは、個人的にフルーツ公園へソロキャンプをしに向かった。日本三大夜景で有名なところだ。
が、またしてもなでしこと遭遇。まるで互いが『スタンド使い』かのように惹かれ合うぼくたちは、フルーツ公園で3度目のキャンプを迎えた。
なでしこが所属・活動している『野外活動サークル』の『犬山あおい』『大垣千明』と知り合い、温泉を満喫した後にキャンプを共にした。
その後はまんじゅうを食べたり、四尾連湖で再びリンとなでしことキャンプをしたり、何故かあおいに看病されたり。最終的には、リンとその友人である『斉藤恵那』と、野クルを含めて『クリスマスキャンプ』を実行する運びとなった。大団円だ。
……そういえば、『斉藤恵那』。不気味なヤツだ。パッと見で、悪い人〜! ってカンジなオーラは出てないし、ぼくを嫌ってるワケでもないが、それがまたタチが悪いのだ。何を考えているのかイマイチ読めない。何故か山梨に引っ越してきてから、会う回数がリンくんより多い。
そうそう。ぼくはクリスマスあたりに、杜王町から山梨県の富士河口湖町へ引っ越してきたのだ。財布に余裕が出来たので、杜王町の家も別荘として買い戻している。一応だが、故郷なのでな。
長くなったな。要は、キャンプを好きになった原因がリンくん達に集約されているということだ。感謝はしている。給料の大体をキャンプに持っていかれてるのは、自分のせいだからな。
「設営完了。これよりスケッチに移行する」
今回は富士五湖のひとつである『精進湖』のキャンプ場にて、ぼく1人で設営をしている。この後の食事も1人だし、明日の朝起きて帰るまで、ずっと1人。
そう、完全に1人でする『ソロキャンプ』を久々に実行しているのだ。
「…………ふふ」
ソロキャンをしてみて分かったのだが、こうして周りに誰もいないと、ぼくは少し独り言が増えるらしい。楽しい気持ちが漏れ出しているのか、はたまた心の中に少しだけ寂しい感情があるのか。
まあ、あれだ。楽しいよ。やっぱり1人でいる分、誰にも気を遣わずに、黙々と景色のスケッチができる。ふと思い浮かぶ構想もあるし、ポーズの構図を自ら取ることで考えたりもできる。何より、それを外でしているのが『開放感』があって気持ちいい。
「…………こうか? ……」
ぼくのマンガの強みは、なんと言っても『キャラがとる独特なポーズ』……と、メディアからは認識されている。マンガなんて読まない、なんて人でも、まあ知ってる程度には有名だ。
その殆どは、海外の雑誌から着想を得ている。
少しだけ、ストレッチ中のぼくのポーズを採用しているが、ほとんどが趣味で買っているファッション雑誌が『元ネタ』だ。
しかしまあ、丸パクリって訳にもいかない。オマージュ程度に抑えるため、毎回そのポーズを『ぼくが一度マネして写真を撮る』。その写真から構図を考え、改めてキャラを描くのだ。
回りくどい模写の末に、ぼくのマンガは完成している。今できている画風だって、昔に読んだ劇画が元になっているし。
真新しいジャンルを開拓し、それを広げていく人には本当に頭が上がらないが、そのジャンルを更に世の中へ周知・浸透させていくのも、いいんじゃあないかと思う。最初から何もかもパクリだと言ってしまえば、日本語だって中国語のパクリだぜ。
おしるこが甘いのは、砂糖の他に、少しの『塩』を足しているからだ。ただのオマージュにだって、『塩』を入れてやらなくっちゃあな。
設営から2時間ほどしただろうか。腹の奥が、胃のあたりが締められるように縮む感じがした。もしや、と思った数秒後には、グゥ〜ッという音が鳴っていた。
そろそろか。
「〜〜♪」
久しぶりの、ひとりキャンプ飯の時間だ。といっても、今までロクに作ったことは無いが。
一人暮らしなので、自炊はそこそこする方だ。料理が出来ない訳では無いし、味に自信はある。今回は、いつかトニオさんに教わった『アレ』を作ってみることにする。
そう、イタリア料理である。
無形文化遺産としても、世界の数ある料理の中でも、特に有名なものとして数えられるイタリア料理。古代ローマ帝国時代から練られてきただけあって、種類も豊富。
彼らはエジソンがトースターを売り始める前から、1日3食の習慣を身につけており、さらにフルコース料理まで食べていたという。
また、満腹感を得た途端に彼らがとる行動はというと、咽喉を鳥の羽根なんかで刺激して、嘔吐するというものだった。
ローマ帝国の詩人にして哲学者であるルキウス・アンナエウス・セネカは、「ローマ人は食べるために吐き、吐くために食べる」と言っていたらしい。ローマ人の本気度がうかがえる。
「ヨシっ」
さて作るぞ、と意気込んだその時。
「あ、露伴さん」
「斉藤。そのウソ、バレバレだからやめた方が……うわマジだ」
こんな調子の声が、背中の方から聞こえてきた。まあ、その通りだ。お察しの通りである。
「チガウヨ」
「まだ何も言ってないんだけど……」
「……何しに来た」
誤魔化してみたものの、諦めてテントから出ると、やはり志摩リンと斉藤恵那の姿があった。キャンプにしては珍しい組み合わせだが、手と背中の荷物からして、完全に……。
「キャンプでしょうねぇ〜」
「キャンプだろうなぁ〜ッ」
To be continued
いわゆる振り返り回です。次回かその次あたりから年末年始、伊豆篇に入りたいです。
そういえば私の年齢、原付免許が取れることに気づきました。そのうちソロキャンは行きたいので、夏休み中には取りたいと思います。
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エピソード#0.1×20:三人ソロキャン
アニメ2期までに次の話は書きたいです。
こんなに遅くに、2人がキャンプ場に来たのは、それなりの理由があった。
なんでも、リンくんがソロキャンプに行くとの情報を手に入れた斉藤が、リンくんの後を追っていたとか。いつの間に手に入れたのか、アプリリアクラシック50の背中にキャンプ道具を載せて。
そして、初めて原付で遠出をしたという斎藤恵那は語る。
「言葉で説明すると長くなっちゃうんですケドね……自分がハンドルを回す。それだけで走るんですよ、何十キロ、下手をすれば何百キログラムとある鉄の塊が…………」
「……ふむ」
そう言うと、綺麗なブラウンの焦げあとに身を包んだ焼きマシュマロを口に含んだ。頬の上からでも分かるぐらい、奥歯で数回噛む動きをし、またその目は閉じられているものの、笑顔のそれであった。
斉藤やリンくんは、こうして静かに美味いものを噛み締める食べ方をする。反面、千明やなでしこはというと、うまーい!! という感情を思い切り前面に出してくる。
どちらにしても、見ている側からすれば、その美味しさを十二分に伝えてくれるようなリアクションではあるが。
「ええ……乗ったとき、一瞬で感じたんです。1秒となく……もちろん本当ですよぉ。喩えるなら…………知ってます? ものすごく高級なスープって、スプーン1杯で『鍋いっぱいの具材』を表現できるんですよ」
「はぁ……なるほど……」
二口、三口。一言一言の間に、その口には焼きマシュマロが頬張られていた。『んん〜♡』と噛み締め、普段から緩んでいる表情筋を更に緩みきらせる。
「うわッッ……動く……!! みたいな感動を、私は一瞬で感じちゃったわけですよ。周りには、車の免許でも乗れるし今はいいかなぁって、乗らない人も居るんですけど……私は、いち早く原付に乗って良かったなぁって思いました」
スマホで撮ったらしい、愛車の写真をスワイプしては見せ、またスワイプしては見せる斉藤。確かにカッコイイな、コイツ。原付にしてはデカすぎる車体だが、それがいい。
「興味津々ですね」
「イヤ……16の頃には既にマンガ漬けだったもんで、原付免許を取りたての高校生が県をまたぐ位の遠出をしちゃう……みたいなのが、イマイチ分からないんだ。なるほど、これは参考になる」
「ああ、高校生で既にジャンプで連載してましたもんね。『ゴージャス☆イヴリン』……」
「読んだのかい?」
「単行本ですけどね」
「まあ、さすがにな。初期の連載だし」
足元のマシュマロは、いつしか無くなっていた。ほぼほぼ斉藤1人で食べてしまったようだ。
「リン〜、おかわり〜」
「ねーよ…………っていうか、何だよ。このノリ」
「インタビュー形式でしてみたんだよ〜」
「ああ、通りすがりの誰々は語る……みたいな?」
「そうそう、刃牙VSピクル戦の烈海王みたいな」
刃牙か。あんまりのデタラメさで、2部(バキ)の死刑囚あたりで読み疲れてしまった記憶がある。1部(グラップラー刃牙)は辛うじて読めたんだがな。見ていない人は、試し読みでいいから少し読んで欲しい。ある意味、面白いから。
これから原始人や宮本武蔵、横綱が出てくるとなると……うん。ぼくの理解力では厳しいところがあったよ。
絵は上手いんだ。中でも身体の動き方、戦闘の展開は見やすい。ストーリーの流れもぼくが読んでいる時点では良いんだ。面白くないワケではないんだが、それにしてもミスマッチなんだよな。それらを超えるトンデモ理論が。
主人公の父親からして、スタンドも呼吸も死ぬ気の炎も使わずにあの強さ。母親殺しちゃうし、息子に厳しすぎるし。アメリカと個人的に友好条約がどうたらのあたりで、『もうこれは、そういう漫画なんだなあ』と何となく察した。
刃牙のことはともかく、今夜はここのキャンプ場に泊まることとなったらしいリンくんと斉藤。マシュマロを食べ終えた2人はというと、そろそろ夜飯の準備に入るところだった。
「…………作るか……」
「おおっ、露伴さんの貴重な料理シーン」
「そんな大層なモンじゃないぞ」
一人前の材料として用意するのは、パスタ一束、細切りのベーコン30〜40グラム程度、小さめのブロッコリーふたつ、オリーブオイル大さじ1杯、クッカーに入るだけの水、塩を少々。
ソースの材料は、卵ひとつ、卵黄のみをひとつ。粉チーズを大さじ1杯、粗挽きの黒コショウを適量だ。
道具はクッカーにフライパン、スプーンとゴムのヘラ。
「えっ、なんか本格的じゃありません? 材料とか……」
「料理が作れないわけじゃあない。取材のために作ったりもするしな……それなりに、自信はあるほうだ」
今回作るのは『カルボナーラ』。言わずと知れた、パスタ料理の代表格である。トニオさんの店ぐらいのを作るのはハードルが高いし(パール・ジャムを持っていないからという理由ではなく単純に手間がかかる)、キャンプ飯で作るにしても、いつもの夜飯よりは凝っている。
たまにはいいだろう、と思ってね。
「斉藤は夕飯、何にするの?」
「カップめん♡」
「……お湯、2人分沸かしとく」
「おねがいしまーす!」
まずは、パスタを茹でるお湯を沸かす。あらかじめやっておいた方が、今後の工程がスムーズに進むとのことだ。
その間にフライパンにオリーブオイルを入れ、ベーコンを炒める。既に切ってあるやつを持ってきてもいいし、大きいのを買っておいて家で切ってくるのもアリだ。ベーコンから油が出てくるぐらいに炒めるのが『グッド!』だ。
お湯が沸いたら、塩を少々入れて、パスタを茹でていく。クッカーの大きさによってはパスタを2つ折りにすると茹でやすいかもしれない。あと、標高の高い場所ではお湯の沸点が低いので、そういうキャンプ場では細いパスタを使ってみよう。
パスタを茹でているところにブロッコリーも投入。一緒に水を吸わせ、茹でていく。そして、クッカーに入った『茹で汁』をベーコンのフライパンにスプーン1杯ほど入れて『乳化』させる。パスタ料理では、この『乳化』が欠かせない。
「『乳化』って?」
「水と油のように、分離している液体を均等に、そして均一に混ぜることだ。エマルションとも言う」
「ベジットってこと?」
「ゴテンクス……?」
「たぶんそう、部分的にそうだ」
時を戻そう。パスタを茹でている間は、『ソース作りの時間』となる。卵と卵黄、粉チーズをスプーンでかき混ぜる。お好みで、この時点で黒コショウをかけるのもよし、仕上げに上からかけるのもよし。
パスタが完全に茹で終わったら、火を切ったままフライパンに投入。ベーコン、ブロッコリー、パスタ、そして油を混ぜていく。
一通り混ざりきったところで、ソースを投入。また混ぜる、のだが、今度はゴムベラを使って絡ませ、混ぜる。シャバシャバとしたソースが出てきたら、火をつける。気持ち的には、中火くらいの強さで。
ソースがある程度固まってきたら、いったん火から離してかき混ぜる。これを数回繰り返した後に、『カルボナァ〜〜ラァァ〜〜〜ッ』然とした、ドロドロとシャバシャバの中間……イイ感じのソースになる。
これを皿に盛り付け、お好みで黒コショウをかければ、トロトロのカルボナーラがキャンプ場に降臨だ。
漂ってくる匂いは、料理店のそれだ。キャンプ飯にしては、少し本格的すぎる気もするが、まあよし。美味しければよし。
「おお〜っ!」
「めっちゃ美味そう……」
「ごきげんな夜飯だ……」
「たまにはいいかもですね、こういうの」
既にカップめんを作り、食べ始めている2人が、思わず見入る程度の逸品。既に味のハードルは天井知らずに上がっている。
一眼レフで写真を撮ってから、カバンからフォークを取り出す。皿に盛った麺を数本絡ませて、2、3回息を吹きかけて冷ます。出てくる湯気は、冬なのもあるだろうが、メガネが一瞬で曇るほどの量だ。目の前にあるカルボナーラの魅力を引き立たせている。
「いただきます」
出来たてのカルボナーラが、ベーコンと一緒に口に入る。
麺の表面のツルツルとした舌触りに、ベーコンとオリーブオイルの旨み、カルボナーラ独特のソースが絡まる。噛んでみればモチモチ、飲み込めば身体の芯が温まる。
……………………ふむ。これは困った。いや、本当に困った。これ以上の食事をすると、取材どころではない。
「……これは…………」
いまいち、『美味い』以外の言葉が見つからないのだよな。
「料理ってのはいいよなぁ。時間と少々の金を使ってレシピ通りに作れば、三大欲求のひとつを大きく満たせる……」
「露伴さん、それ……ひとくち欲しいっ……!」
「斉藤は自分のがあるだろ(めっちゃ欲しい!!!)」
「ふふ。リン、顔に出てるよ」
「ぐぬぬ」
「少しならやるよ」
「やったー!」
「あ、ありがとうございます……っ」
それから30分ほどの、静かな時間。周りにはぼく達3人しかいないキャンプ場で、麺を啜る音と、湯気を伴う満足そうな吐息だけが湖畔に存在していた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした〜」
「……ごちそうさま」
食べ終わった頃、リンくんのスマホから着信音が鳴った。
「あ、なでしこだ」
「へえ、なでしこちゃんが。なんて?」
「ん……」
『バイト代入ったから、カリブーでランプ買った!! めっちゃ可愛いですっ( ´ ω ` *)』
「おぉ〜! レトロな感じで可愛い!」
「ほう。これは……」
画面に映っていたのは、リビングの机で撮ったらしいガスランプの画像だった。マッチで火をつけるやつだな。家の中とはいえ、十分に雰囲気のある写真だ。
もう1枚添付されていた画像は、何故かガスランプを中心にして、なでしことその両親、姉が並んだ集合写真だった。無表情そうな姉も含め、全員がイイ笑顔をしている。こちらまで和んでしまうような家族写真だ。
「ああ。アイツ、バイトしてるって言ってたもんな」
「年賀状のやつだね〜。そっかあ、やっぱりキャンプの資金に使うよねぇ」
「斉藤も犬用のドームテント買ってたよな。吊り下げ式のドームテント、結構いいやつ」
「リンくんも伊豆キャンプに使ってたじゃあないか。なでしこと一緒に海を見に行ったとか」
「露伴さんも最新刊の単行本の巻末、ほっとけや温泉の写真でしたよね〜」
「…………ま、最終的に考えることは一緒……か」
「だね〜」
「……うん」
キャンプ、楽しいかよ。
To be continued...
そろそろ、冬が来ますね。ゆるキャン△の季節です。そして私が、アニメ1期頃の彼女たちと同年代になります。ウソでしょ。中学の頃から書き始めてからここまで来たと考えると、感慨深いです。
それはそうと、新章『伊豆の乱』篇に繋がるオリジナルエピソードもここでおしまいです。まだまだおみまいするので、気長にお待ちください。
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し〜ずん2篇
エピソード#3.141592653...:浜名ゼンジツ
ぼくの名前は岸辺露伴。世間一般的にスゴいとされているマンガ家だ。
名声そのものに興味はないが、より多くの人に漫画を見てもらうために必要な、ひとつの『パーツ』ではある。車のハンドルだけ貰えるってんならいらないが、車そのものが貰えるなら欲しい。そういうことだ。
「あけましておめでとう。康一くん」
「あけましておめでとうございます! 帰ってきてたんですね、先生!」
そしてここは康一くんの家。何回も言うようでアレだが、ぼくの家は今や富士河口湖町だからな。年越しで過ごす家はここぐらいしかない。
康一くんの母さんや姉さんも笑顔で出迎えてくれるし、漫画家に対しての『不躾な質問』もなく、快適に過ごせる。理想の空間だ。
「盆と正月くらいは、故郷に帰らないとな。余裕のある日本人としての常識さ」
ぼくが生まれ育った場所、『杜王町』は非常に良いところだと常々思う。
一級河川『一小川』、そしてその上に架かるは『萩の橋』。橋の南から北へと渡ると、そこにS市の紅葉区、所謂ベッドタウンたる『杜王町』は有る。
人口は約50,000人ほど、名産品は牛タンの味噌漬け。町の花はフクジュソウ。町の財政を支えているのは主に観光業、北部の海岸へと続く別荘地帯、近年は特に欠かせない産業となったマイクロチップ部品製造など。果実の栽培だって有名だ。全く新しい果物を誕生させてたりもする。ロカ……なんとかだ。詳しくは忘れた。気持ち悪い形の果実。
何の変哲もない、ただスタンド使いが比較的多いだけの町だが、観光客の数はバカにできない。なんでも、年間2〜30万人ほどの観光客が来るとか。夏は特に旅行客が多いらしい。
杜王町を冠す称号『ベッドタウン』というのは、そもそも、都市中心部への通勤者や通学者が多く住む、町の構成としては住宅街がメインとなる、比較的新しい町のことを指す。夜に家へ帰ってきてからと、朝は通勤・通学をするまでとを過ごす家が多くある。
杜王町の場合は、確かにS市で働いている人たちが多くいるようだが、この町はそんじょそこらのニュータウンとは違う。いや、確かに伊達政宗のいた頃からの歴史ある土地ではあるが、それともまた違う……ある『特徴』があるのだ。
そう、所謂『都市伝説』として語られている、奇妙なエピソードが多いのだ。
最近になってピタリと止んだ、相次ぐ少年少女失踪事件。視線を感じるだけでなく、動く人の顔が書かれた本が置いてある図書館。自殺しかけた女性をはじき飛ばした岬の尖った岩。とある男性がひっそり暮らす廃電波塔。超売れっ子ジャンプ作家、岸辺露伴が住むと言われる家。
ぼくはその理由の多くに関わっている。もしくは知り合いのハンバーグたちが元凶だったりするのだが、たまに『ガチ』の心霊現象なんかもある。スタンドの関係ない、仕組みの分からない奇妙な何か。それも結構多め。例としては、『振り返ってはいけない小道』とかだ。
いや、もっとあるな。ぼくが痛い目に遭わされ続けてきた『何者か』たち。
人はそれを都市伝説とも呼ぶし、妖怪、宇宙人、UMA、SCPエトセトラ……なんでも名前をつけたがる。結果、それらの境界が曖昧になっているわけだが。
とにかく。
『場所』とは重要だ。この世において唯一無二であり、変わることの無い座標。
ぼくにとっては、結局は杜王町が、帰ってくるべき場所なのだ。どんなに道具の品ぞろえがよく、会社が近い東京のど真ん中に住んだって、ぼくは同じことを言うだろう。まあ、画力を道具のせいにするほど落ちぶれてもいないし、締切ギリギリに東京へ慌てて原稿を送るほどマヌケで遅筆でもないし。
リアルの事情にかまけて筆を折る遅筆ワナビのようにはならないさ。
「どこかの誰かさんにも、ぼくを見習って欲しいものだ」
「はい?」
「なんでもないよ……なんでも……」
まえがきやあとがきで毎回謝るくらいなら、早く書けよと思うけどね、ぼくは。
「時にッ! 康一くん!」
「は、はい?」
「最近は専ら有名な雑学として知られるようになった豆知識のひとつに、食べた時に『エビ』に似ていると言われる『昆虫』を知っているかね」
「……はい? 『昆虫』……を、食べるんですか?」
「ああ」
「まさか食べたんですか!? 蜘蛛みたいにッ!!」
一般的に、昆虫目の中でも一番の嫌われ者とされるもの。シロアリと同じ科であり、全世界に4000種類いるという。数だけで言えば、日本だけでも約200億匹、世界中にはなんと約1兆もの数がいるとされている。
さすがは、1回に数十や数百の卵を産み、『1匹見たらその奥には100匹いる』と言われるほどの繁殖力を持つ虫だ。
走るスピードは新幹線並み、しかも初速が最高速度。生命力や速度もバツグン、これだけ見ればメルセデス・ベンツのような虫。
黒光りでお馴染みの『ヤツ』のことだ。
「食べてはいないさ。あちらの家はあまり虫が出ないんだ」
「(ホッ……)」
「だから『食べる』」
「はいッ??」
百円均一ショップで買った虫かごを取り出し、康一くんの家のモノに一切触れないよう、サッと『アレ』を取り出す。
ぼくはそれを、至って普通に、スナック菓子でも食べるかのように──舐めるのはいいが、食べるのは流石に生理的悪寒が抑えられないと思ってした行動だ──放り込む。
口を閉じ、歯で噛む。前歯で両断しても、まだ足を動かす『ヤツ』に多少驚きながらも、ゆっくり、焦らず、味と舌触りと噛みごたえをしっかりと感じながら……。
「ごっごっご! 『ゴキブリ』をォ〜〜〜!!」
「……へぇ、多少の塩気があるんだな。確かに『殻ごと』エビを食べてる気分だ」
「いやいやいやいや!? ちょ、大丈夫なんですか! 衛生的に! というか生理的に!!」
「大丈夫だ。近頃は『食用のゴキブリ』ってのが売っているらしくてね」
これがホントだ。
「あんたが食ったアレはですねぇ!? 加工も何もされていない上に!! 『生きていた』じゃあないですかッ!?」
「当たり前だろう? 潰れた時の感触や、どのくらい動いているかを確かめる必要がある。この例はニワトリではあるが、首を切られた個体が18ヶ月も生き延びたという例もあるからね。ゴキブリは両断されてから、どのくらい動くのか……ふふ、まだだ。まだ動いているぞ。見えるかい康一くん、ぼくの口の中で……」
「あーッ!? 新年早々グロ注意ッ! グロ注意ッ!」
流石にこのぼくに意見するのは初回だけ。康一くんは青ざめた顔でおろおろとしている。いいリアクションだ。わざわざ康一くんの前で食べるのは、これを見に来たってのもある。
カワイイ反応してくれるじゃあないか、康一くん。
「いいか、はじめに会った時にも言ったろう! 『おもしろいマンガ』において肝要なのは『リアリティ』なんだよッ」
「……じ、『実体験』を盛り込むことで……って、言ってましたね…………ハハ……」
「ん、よく覚えているね? 流石だ」
「忘れられませんよ。流石に……こういう『姿勢』がスーパーマンガ家なんだよなぁ……」
この街を離れてまだ半年もしていないが、このやりとりを既に懐かしんでいたぼくは、心から満足していた。
しかし、もう、ここを離れなければならない。ほんとうに正直なところを言ってしまうと、少し名残惜しい気もする。ぼくはこんなことを言うガラではないんだがね……『アイツ』の眠る地でもあるからか。
でも、ぼくを待っている予定が、ぼくを待っているヤツらがいるんだ。今回は怪異でも、スタンド使いでもない、至って普通の女子高校生たちだがな。
「どこ行くんですか?」
「静岡だ」
「……静岡ぁあ〜〜〜〜ッ……?」
「ああ。ぼくの『親友』が呼んでるからね」
「はぁ、お気をつけて」
「盆には帰るよ。じゃあな康一くん、元気でな」
「ここは先生の実家でも何でもないんですがね……」
さらば、杜王町。さらば、康一くん。
また会おう。キャンプシーズンに。今度はここのキャンプ場でも取材させてもらうからな。ぼくはフェアレディZに乗り込み、まだ見ぬキャンプ場に思いを馳せる。
今度は、アイツらが杜王町へ来るってのもアリだな。
「あの人、友達……いるんだァ…………」
あけおめです。
タイトルにあります通り、前日譚です。並べ替えられていますが、更新は年末年始浜名篇としては最後の話です。正直に言いますと、上げるべきタイミングに上げ忘れてました。本当は年末年始浜名篇の前に上げようとしてたんですよね。つまり1年と2ヶ月前ですね。えっ?
次回からはもっとボリュームのある『大塩バースデー篇』をお送りできたらと思っています。
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エピソード#-b±√b²-4ac/2a:浜名ミズウミ
ぼくの名前は岸辺露伴。マンガ家だ。
つい先日、西暦が更新された。つまりは年が明けた。記念すべき令和2年だ。だからといって、ぼくにとって何かが変わるのかといえば、まあ、そうでもないってのが事実だ。
泉くんが正月休みで顔を見せないってのは、静かでいいけどな。アイツ、ぼくの家に上がり込んでは『またキャンプ道具増やしてー!』と言うのがお決まりのパターンになってきているし。
おかげで年末から元日にかけては、ゆったりと読書や原稿に時間を使えた。紅白歌合戦もフルで見れたしな。
さて、そんな時期に今、ぼくが何処にいるかといえば、キャンプ道具とマンガの資料に埋め尽くされた自宅でも、年末年始で忙しそうな講談社でもない。ある駅に向かっている途中だ。
『浜名湖佐久米駅』。名前の通り、静岡県浜松市にある浜名湖に沿う鉄道の駅のひとつだ。ホームは1面1線、無人駅。駅前の牛型のトイレが特徴だ。
もとは、なでしこにある誘いを受けて来たのだ。どうやらリンくんもいるらしく、浜松・浜名湖あたりを散策できるとのことだ。
原稿は、まとまった時間が取れたおかげで、つい3ヶ月先まで終わらせてしまったし(あまり描き溜めると安っぽくなるので好きじゃない)、時間はある。マンガのことは常に頭の中に置いておきたいので、ぼくは取材も兼ねて、『友人との正月休みの息抜き』をすることとなった。
なでしこは電車で向かうと言っていたが、ぼくがフェアレディZで向かうことを知ると『乗せてーっ!!』と大喜び。最近、有名な自動車マンガを読んだらしく、車に乗った途端えらくはしゃいでいた。
紙コップと水を取り出した時は、影響されすぎだろと呆れてしまった。絶対こぼすからやめろ、とも言った。あのマンガは(ぼくでも描けそうだが)、確かに面白いっちゃあ面白いんだけどな。
ちなみにぼくのバイクでは、路面が凍結しているとのことで、少々無理があったらしい。
そう、路面凍結。だいたい身延の辺り一帯の道が凍結したそうで、しばらく溶けそうにないらしい。
リンくんは一足先に浜名湖あたりにいるそうで、年越しソロキャンプを実行中だった。本当は磐田市のキャンプ場で1泊して、初日の出を同じく磐田市の福田海岸で拝み、元日───1月1日に帰る予定だった。
が、リンくんのご家族が、スクーターでは路面凍結を乗り越えることは不可能と判断。ちょうど全国をフラフラしているというリンくんの祖父が、バンでスクーターを拾ってくれる1月3日まで静岡県に滞在することになったんだとか。
そしてなでしこは、丁度2日、3日と浜松に里帰りすることになっている。リンくんが浜松で立ち往生しているという話を聞いたなでしこは、『せんせー!! 浜松行きませんかっ!!』と元気よく言ってきたのだ。
元日ギリギリまでやっていた年賀状のバイトを終え、なでしこは晴れて自由の身に。そして今、軽い旅のお供として、大判焼きの店に寄ったところだ。
本来の予定通りだったら、絶対に時間オーバーで電車逃すだろうなァ〜ッ。というくらいに時間をかけて、じっくり悩んだなでしこは、思い切ったように注文をする。
「えと、クリームを……ひとつ」
「ぼくもそれで」
「やっぱりふたつくださいっ!!」
「……ぼくも、それで」
「全部で4つね」
面倒くさいのでなでしこに合わせることにした。ぼくはこれが朝飯になりそうだな。なでしこは多分、普通の朝飯とこれを合わせても少し物足りないだろうが。
「えへへ。お揃いですね」
「…………ああ」
「どうしたんですか?」
「なんだ、キャラでも変えたのか? 敬語なんて使い出して。らしくないぞ」
「うそぉっ!? ……一応目上の人だし? 使っておけって、お姉ちゃんが……」
ケッ、今更すぎるだろ。
「……なんて言うんだろ。露伴せんせーは、お兄ちゃんみたいな感じで……」
「お兄ちゃんだァ〜〜〜〜〜ッ?」
「う、うん。だから、ちょっと甘えてみたくなったり……して……」
ぼくは助手席で、目を不等号みたいにして、続きの言葉を大判焼きと一緒に飲み込むなでしこを見て、少しだけ、ほんの少しだけ『成長したな』と思ってしまった。
姉の入れ知恵であれ、最初っからぼくにそうしておけば良かったものを。
しかし、なでしこ『らしい』かと言われれば、この岸辺露伴は渋々首を横に振る。
少なくとも、ぼくの知っている各務原なでしこは、泉くんみたいなヤツだ。少し強引で、いちいちハキハキと喋り、元気のいいヤツだ。
本栖湖で会った日みたいに、かつての『動かない』岸辺露伴を、外へ連れ出してくれるような……。
「ぼくは気にしていない」
「へ?」
「いつも通りでいいって事だ。あと、大判焼き、リンくんに会うまでに食べきれよ。行くぞ」
「…………えへへ、それもそうだねぃ」
片手でハンドルを握り、もう片方の手で大判焼きを持ち、ぼくたちは『佐久米駅』までの道を走り出した。
「あぁっ!!」
「……どうした? 買い忘れか?」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「ああ、そういう」
律儀にこちらを向いてお辞儀をするなでしこを横目を見て、大判焼きを一口齧る。
中に入っているカスタードクリームが、余すことなく熱されていて、1月の冷えた空気に触れて湯気を出す。冷たくなったカラダの『芯』が、クリームに包まれるように暖かくなる。たまには、甘いものも悪くない。
まあ、要するに、めちゃくちゃにうまいってことだ。億泰あたりに食べさせたら、ぼくの4倍は地の文が増えるだろうな。『口の中に流れ込むクリームが、ヨダレの大洪水を誘いやがるぜェーッ』くらいは言いそうだ。
…………おいおいおいおいおいおいおいおい。
なでしこは、新年の挨拶をしてから、ぼくが大判焼きを食べている間も、『ずっと』こちらを見続けている。返答を待っている……のか?
やれやれ。運転中に気が散るのもなんだし、このままだと佐久米駅に着くまでずっとこうしてそうだ。犬っぽい雰囲気といい何といい、ハチ公みたいなヤツだ。
「その───なんだ。アレだよ」
「おおっ」
「こちらこそ、よろしく……お願いします」
「!! ……うんっ! ♡」
ぱぁあッ。
今のなでしこを描くなら、太く白いフォントで、そんな擬音を顔の横に付けるだろう。目は幸せそうに細められ、口角は上がる一方である。眩しすぎるくらいの笑顔だ。
こんなところで、初日の出を見られるとはな。
挨拶をしただけで、こいつはこんなに騒がしくて、どんな言葉よりも雄弁な笑顔を見せてくるもんだから、やれやれ、進路にキャビンアテンダントなんかを視野に入れた方がいいんじゃあないかと、ぼくは思った。
やっと幾つか、きみ達に言える言葉を覚えたのに。たった一度きりの微笑みで、こんなにも見事に喋りやがる。
本当に、本当に……大したやつだ。
常に浜名湖が目の前に見える、国道362号を走り続けて、10分ほど。ぼくたちは駅に到着した。辺りに住宅は少なく、線路を挟んですぐ向こうに浜名湖が見えるって感じのところだ。
「佐久米駅で……合ってるんだよな」
「うんっ! ……あ、スケッチの準備とか大丈夫?」
「必要なのか、こんな辺鄙なとこの駅で」
「後悔はさせませんよ旦那〜」
ニヤニヤと笑うなでしこの指示に従って、とりあえずスケッチブックとペンを出しておく。この岸辺露伴に、ここまでやらせたんだ。とんでもなく綺麗な景色でも無ければ許さんからな。
ふと、駅の前に止めてあるビーノと、ヘルメットを外すに気が付き、なでしこが走り出す。ちょっとの距離なのに、結構な全力疾走。
なでしこは多分、生きてる時の大体が全力だと思う。そして、移動の半分は走っていると思う。本当に犬みたいなヤツだな。そのうち骨でもくわえだすんじゃあないか。
「リンちゃん! あけましておめでとうございますっ!」
「お、おめでとうございます。露伴先生は、なんでここに……?」
「聞いていなかったか。ちょっとした正月休みの息抜きさ」
川でマグロでも見たような目をして驚くリンくんであったが、すぐに咳払いをして元に戻る。
「今年も、よろしくな」
「ん…………よろしくお願いします」
リンくんは丁寧にお辞儀をしてから、その口角を少しだけ上げてみせる。なでしこも、それを見て嬉しそうに笑い、リンくんに抱きつく。
電車の時間はまだ先だが、なでしこが『面白いもの』を見せてくれるらしいんでな。つまらなかったら思いっきりバカにしてやろうと、ぼくはなでしこと同じ足の速さで駅のホームに出た。
何かが顔を掠めた。強い風が吹き、白い何かが飛んできたような……。
飛んできた、といっても、それが風に運ばれ、流れてきたという意味ではない。『明確な意志』と『一対の翼』を持ち、こちらに羽ばたいてきた。
「うわぁっ」
「……なるほど、な……」
『ユリカモメ』。チドリ目カモメ科カモメ属に分類される鳥。地球上で1万種類いるとされている鳥類の中でも、カモメと呼ばれる鳥たちの一種だ。
ユーラシア大陸の北部やヨーロッパなどで見られ、日本でも冬の鳥として、北は北海道、南は沖縄あたりまでに渡来してきている。
カモメという名の通り、主に水辺に生息しており、海岸や川辺、沼地などに見られる。そして、それは浜名湖も例外ではないらしい。
「こんなにたくさん……」
そいつらはホームの前、つまり線路の地帯に大量にたむろしていた。
ホームに出るまでは、なんてことの無い普通の田舎の駅だったが、死角になっていたらしい。一気にユリカモメが視界に増えてきた。まだこちらに飛んできているのもいる。
この駅は一日に30人前後の客が乗り降りするらしいのだが、今はその客もぼく達3人だけ。あとは、その一日の客よりも圧倒的に多いユリカモメが居るだけ。
向こうの田舎っぽさ全開の景色も相まって、日常の風景からはかけ離れた絵面だった。
肩にユリカモメの一匹が止まった。サインでももらいに来たのだろうか。水かきのある足なので、強くつかまられてもあまり痛くはなかった。少し濡れているだけで、見た感じでは汚くもない。
「冬はたくさん集まってくるんだよ〜」
「へぇ。随分人に慣れてるね」
「近所の人とかがエサをあげてるみたい」
「……なでしこ、電車が来るまで何秒かかる」
「え? ……5分位かなぁっ?」
「上々ッ!」
まずはスマホのカメラで数枚。そして丁寧に一眼レフで2枚ほど写真を撮る。そしたらスケッチの時間だ。おそらく背景込みで、2分あれば描ける。
鳥というのは、描こうとすればいくらでも時間をかけられる生物だ。
羽根をたたみ、地面に佇んでいる姿はシンプルで描きやすいデザインであるものの、自分の身体の何倍もの翼を広げて、空を舞う鳥は実にインパクトが強く、絵になる。
上にしなる翼。大きく跳ねる翼。折り返しで重力に抗う翼。仕舞われる直前の翼。その顔を一切変えることはなくとも、鳥はその翼で感情を、表情をありありと見せる。
何より、描くのが楽しい。本人は何一つ表情を変えてないってのに、飛び方ひとつで、読者はそこに多様な解釈を求められる。表現方法として、実に興味深い。
「赤い足と黄色い足のがいる」
「ホントだ」
「何でだろうな」
「……描き終わったんですか?」
「ちょっと前にな。この岸辺露伴をなめるなよ」
「ちゃんと上手いじゃん!!」
話しているうちに、右から線路の上を走る車輪の音が聞こえてきた。電車の時間だ。
電車に轢かれるギリギリくらいの所で、ユリカモメが波のように飛び上がり、こちらに舞ってくる。先程飛んできたものと同じだが、量がまるで違う。
吹雪のように白く、美しい小鳥達が、一斉になだれ込む……。
「あははっ」
「うおおお……っ」
「フフッ」
なるほど。確かに『面白いもの』だな。
season2、めちゃくちゃ良くないですか。良いですよね。ホントに良い。斉藤の寝癖だけで1ヶ月はやりくりできる。生き甲斐。実写の岸辺露伴もめちゃ面白かったし。
イェイイェイ。オマエもゆるキャン△最高と叫びなさい。
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エピソード#B⊂A:浜名ノウナギ
昼飯がまだだ。スケッチブックをたたみ、ユリカモメの大群を見送った後、思い出したことをそのまま口に出した。昼1時、駐車場でのことだった。
リンくんも昼食を済ませていなかったようで、ぼくの発言に無言で頷く。
それを見たなでしこは、ほんの少しだけの嫌な予感を含んだドヤ顔を見せて言う。
「こんな事もあろうかとっ!」
「……あろうかと?」
「近くの美味しいうなぎ屋さんを調べておいたのです!」
ぼくとリンくんが、思わず口を揃えて「えっ」と驚く。
うなぎ。ああ、うなぎか。あのうなぎだろうな。
最後に食べたのはいつだっただろうか。一昨年の個展の打ち上げで、その時の担当編集者が柄にもなく気合を入れていて、高そうな飯屋に連れていかれた時だった気がする。気合いは入っていたワリには、キッチリとした割り勘だったがな。
その前が確か、中学生。そうだ、その時は、丁度浜松まで来ていたんだ。お年玉で財布に余裕があったので、元から買っていた電車乗り放題だか何かの切符で、東海あたりを旅していたのだ。
15歳ながらに、ああ、これは自分にとっては贅沢すぎる食べ物だ、と思った覚えがある。その時の感想としては、『美味いのは分かるんだが自分の舌には合わない』といったものだった。
どうでもいい昔話はともかくとして、昼食にうなぎを食べること自体については、ぼくは異論も何もない。問題はあるがな。
なでしこから一旦距離を取り、リンくんとコソコソ井戸端会議を始める。
「……露伴さん」
「言いたいことは分かる。所持金を教えてくれ」
「1290円です」
「ガソリン代を含めてだが、6000円はあった気がする。いざとなったらカバーする」
「た・助かりますッ。何倍にしましょう」
「もしかして、返す時の利子を決めようとしてるのか? キミは……」
そう言っている間にも、なでしこはずんずんと街の方へ歩いていく。リンくんと一緒に慌ててついていくこと、十数分。ぼくらは市街に出た。
辺り一面に看板が出されている。恐らくどいつもこいつも、外からの客の財布をアテにして生きているようなヤツばかりだ。うなぎ、ウナギ、鰻、UNAGI…………。
「ここのお店、すっごい美味しいんだよ!」
そう言って、ぼくらを連れて入ったのは、外装も内装も和風な店だった。何を売っているかは、もう言うまでもない。カウンターの席についた時に見えたのが『並』『上』『特上』の文字だったからな。
それ以外の食べ物を一切売らない、まさにうな重専門店といったところだ。
……まあ、この状況からうなぎ食べませーん! とか、なでしこのグルメ・センサーは何万回の高速計算を繰り返してもそんな結果は導き出さないだろう。
いや、よく考えろ。そもそもなでしこはあまり金を持っていないイメージがある。本栖湖で会った時だって、カレーめんひとつ買えないような所持金だったし、小遣いが厳しいだの何だのと言っていた覚えがある。
先日聞いた年賀状のバイトとやらの金も、あのランプとかに使ったってんだ。やっぱり今はぼくたち全員、所持金は心もとないと言った方がいい。
それにここは浜松。近くはバリバリにうなぎの産地だ。輸送の費用もかからないことから、お手頃価格であることが予想される。なでしこが自ら連れてくるということは……そういう事だ。
しかし、あまりにもいい匂いだ。何で出来ているかも分からんが、とにかくタレの匂い。何本かの串に刺されて、ひらべったく広げられたうなぎの表面についたタレが焦げていく匂い。
ありがちな表現だが、誇張抜きで言おう。匂いだけで米が食える。
「すいませーん! 『特上』3つ、くださーい!」
「『特上』が3つね」
うん、うん、特上…………とく……じょう……??
「んふふ、楽しみだねぃ」
「「!!!」」
ぼくとリンくんが、焦って同時にひとつのメニュー表を持って確認する。
そこには、うな重のランクごとの値段が、凝っていらっしゃる、手書きで示されている。並が1900、上が3100円……特上が…………。
「「ああーッ!!?」」
……『4100円』ッ……!!!
「な、なでしこ……お金……わたし、お金が……」
「この世の中には! やっていい事と悪い事があってだな!」
「大丈夫だよぉ」
依然として、ふわふわふよふよの笑顔を崩さないなでしこ。どうやら圧倒的な自信があるらしいな。『友人に4100円のうな重を食わせる』といった状況に動じない自信が。
……会計時に、ぼくが全て払うフリをして『ヘブンズ・ドアー』で店主に書き込むか……? 店内に客は少ない、素早くやれば早い話だ。客を本にすればもっと早い話だ。
いや、スタンドをそんな悪事には使えない。スタンド使いの風上にも置けない奴のする事だ。食費を踏み倒すことは、一人の人間としてできん。
「大丈夫!」
そう言って、かのデュエリストかのようにポケットから取り出したるは、ジャニーズを差し置いて女性人気ナンバーワンの男の肖像が書かれている紙幣。福沢諭吉だ。しかも横には樋口一葉まで付いてきてる。2枚ドローかよ。強欲な壺ってか。
「父さんが『いつも世話になってる2人なんだろ? これで浜名湖の美味いうなぎ食べさせてやりなぁっ!』だって! んへへっ」
……………………。
「はぁ……」
「なる……ほど……」
聞いてから数秒遅れて、全身の力が肩から抜けていき、表情筋まで緩んだ。
タダでうな重かあ。
フフッ。
「えっ? なんでそんなに脱力してるの?」
「何でもない。楽しみですね、先生」
「そうだなあ…………ム?」
ドスッ、と、気味の良い音が前方から聞こえた。見ると、店員さんがアイスピックのようなもので、うなぎの目のあたりを串刺しにしていた。まな板に固定するためだろう。
まな板がヌメヌメとしているからなのか、泳ぐように店員の手の中でうなぎが踊っている。往生際悪く、逃げようとしているようにも見える。それを適切なタイミングで、適切な箇所を掴んでおさえるのだ。
こちらから見て横に伸びたうなぎ。店員は、包丁の先を頭より少し後ろくらいに入れて、背中のヒレに沿って切り込みを作っていく。あくまで切り込みなので、腹まで包丁が貫くことはない。
するとどうだ。うなぎの細長いボディが、元からそういう生き物であったかのように、すんなりと腹を開けた。ピンクとも赤とも呼べない色の肉絨毯に早変わりだ。背骨だってスルスル取れていく。
よく見れば、うなぎをさばく彼の服に、少しだけ血飛沫がついているのが分かった。
『スプラッタ映画のシェフみたいだなあ』なんて思う前に、『これだけのスピードでさばいているにも関わらず、よく飛んだ血飛沫が最低限の量で抑えられているな』と感心した。
紛れもない職人。板前と呼ぶのだろうか。もうずっとこうして生きている。ぼくと同じだ、職業は違えど、人生の大体をこの作業に費やしてきたんだな。
「すいません。スケッチをしても?」
「はぁ……構いませんが」
「……手に迷いがない……スゴいぞ……」
「失礼ですが、絵のお仕事か何かを?」
「ちょっとジャンプで、ね」
「…………ははっ」
「なんだその『反応に困るジョークだが、ひとまず付き合ってやるか』みたいな反応は!!」
「えっ、ホントなんですか?」
「ホントも何も、ぼくは岸辺露伴だぞ!」
「まあ、そう言われても違和感のない上手さですが……」
「そりゃ本人だからな!!」
まあ、そりゃ超人気マンガ家が偶然目の前でスケッチを始めただなんて、そう簡単には信じられんだろうが。よもや夢にも思うまい。
リンくんまでが、熱心にうな重になるまでを見つめているのに対し、なでしこは両手で目を覆っていた。
「血がダメなんだよぅ」
「なんでカウンター座ったんだよ……」
ほどなくして、3本の串で等間隔に貫かれた、今はもう平べったいうなぎがタレに包まれた。よく分からん焦げ茶色のツボに入った、よく分からんタレだ。
よく分からんのに美味い。何の成分があって、何が作用しているのかさえ分からないが、この匂いからして美味いことだけは分かる。
表面がだんだんと炙られ、火が通っていくにつれ、こちらにまた香ばしい匂いが漂ってくる。
「お待ち」
黒い箱に包まれたうな重が、3つカウンターに並んだ。蓋を開けると、千明のメガネを一瞬で曇らせるであろう量の湯気と共に、タレ色のカーペットが姿を現した。
「ふぉおおっ」
「……既に美味しい……」
「ああ、匂いがね」
「じゃ食べよっか!」
「うん」
「だな」
いただきますッッ。
うなぎに箸を入れると、サクッ、という音がした。いい音だ。黒箱の放つオーラに思わず萎縮し、小さめのひとくちを箸ですくう。
恐る恐る口に運び、舌の上に乗せてみる。
「ッ!!!」
うなぎ、100パーセント。
その時、ぼくの脳裏に過ぎったのは、20歳になったばかりの頃の記憶。そう遠くない思い出だが、言われなければ一生忘れているような出来事だ。
小さい居酒屋でのことだ。作家としての同僚に、飲め飲めと小さめのコップになみなみと日本酒を注がれた。嫌々ながらも、ぼくは酒に弱いってわけでもない。普通のビールも飲めないことは無いし、その場でぼくは日本酒をひとくちだけ飲んでみた。
アルコールの味が強かった。ビールの苦さとはまた違う、かすかに奥に甘さのある味だった。米の甘さだろうか。しかし、どうにも身体が、喉がそれを受け付けない。
喉の内側が焼けるような、辛さとも熱さともとれない不快感が、とても印象的だった。美味い人は美味いんだろーな、って感じだ。
大ヒットと名高い話題の映画を見に行ったはいいものの、自分の好みには刺さらなかった時と同じような感覚。大衆受けはするよなあ、なんて斜に構えてみたりしてみたり。
……もちろん、今回は違う。バツグンに『美味い』。
これが、ぼくが大人になったことの証明だろう。
時々、眠れない夜に思うことがある。ぼくは昔から絵を描いて過ごしてきた。人生の4分の1は睡眠でできているというが、ぼくはもう4分の3で絵を描いている。
昨日より今日、今日より明日の画力こそ向上しているものの、ぼくは昔から何も変わっていないんじゃあないか、と。
しかし、ぼくは昨日のぼくよりも、画力以外で何かが確実に成長している。少なくとも、明日のぼくは今日のぼくよりも成長しているだろう。うな重ひとつ分だけでも。
「うまぁ〜……♡」
「…………ウム……」
「ふへへ」
店内の暖房も相まって、少し冷えた身体にホカホカのうなぎが合う。口、いや身体中に幸福の味が広がる。
いい絵が描けそうだ。
「ヘェ。もうすぐ着くんだ、なでしこ達」
To be continued...
最近誕生日でした。Twitterでもリアルでもそこそこの人数に祝ってもらえるの、なんかのバグかと思いました。MGのフルコーン貰ったんですが、置き場所がないです。
綾乃ちゃん、いいですよね。いい。絶対グッズ買います。あんまり上手く書ける気はしませんが。
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エピソード#P≠Q:浜名トアヤノ
なでしこの祖母の家で、とりあえず夕方までゆっくりすることにしたぼく達。うなぎ街道を出て、原付を回収して、それをリンくんが押して歩く。ぼくの車に関しては、別に回収は後でもいいとして、歩いてついていくことにした。
浜名湖沿いを歩くと、じきになでしこが走り出した。恐らく、その駆け寄った家こそが、なでしこの実家とも呼べる場所。
リンくんは原付を庭の砂利に停め、ぼくと一緒に、なでしこに続いて玄関に立つ。もちろん『上着は脱いで』。とある一件があってから、『念の為』ではあるが、ぼくはマナーに少し慎重になった。
まあ、守っていて不快になる人はいないだろう。減るものでもなし。マナー違反を指摘するのは、周りにとって最も不快だがな。
インターホンを押して少しすると、すぐになでしこの祖母らしき方が出迎えてくれた。
「おかえり、なでしこ。それにいらっしゃい。りんちゃんに露伴さん」
「ど、どうも」
「こんにちは。お世話になります」
「さ、上がって。暖かくしてあるから」
彼女はすぐに、台所のあるであろう部屋の暖簾をくぐっていった。
家の中について、特に言うことはない。むしろ、どうこう言うのは少々失礼だと思う。
いや、ひとつだけ言うとするなら、これもありきたりな感想ではあるが、『なんだか懐かしい』というものだ。
ラベンダーの線香に、どこか甘い香りと、木造建築特有の匂いが混じったものが、鼻腔と、ぼくのどこから出てきたかも分からない懐かしさの感情を奥深く突き刺す。
靴を脱いだあたりで、奥から足音が──いや、これは『すり歩き』? いや……『ほふく前進』に近い音だ……。誰か、こちらに『這い寄って』きているかのような音がする。
玄関から最も近い、右の部屋のふすまがゆっくりと開く。ふと、先程のマナーに関する一件を思い出してしまった。
そこからぬるっと出てきたのは、煎餅をくわえながら寝転んで、上半身だけを出して挨拶をしてくる女の子だった。マナーのかけらもなかった。
「なでしこ〜? おかえり〜」
「あっ、アヤちゃん! 来てたんだあ!」
また、またしても、女子高校生なのか。
ラノベ主人公みたいなことを心の底でつぶやく。
琥珀色の目が、ぼくら3人を背の順に見ていく。すると、彼女はムムムといった感じのジト目を、軽く閉じてニコリと笑った。
「初めまして。志摩リンです」
「はじめましてー。で、そこの人は? リンちゃんの色々は話に聞いてるけど」
うなぎ屋のくだりを思い出し、人間不信気味になりながらも、ぼくは正々堂々と答えてみせた。
「岸辺露伴だ」
「…………」
ほら、案の定。欠伸したものか、苦笑いしたものかといったような顔をしている。
「ほ、ホントだよっ?」
「うん、ホントです」
「ホントだぞッ」
3人で言うもんだから、少し気圧されつつも、彼女はまじまじとスマホの画像とぼくを見比べる。
ぼくはため息をついて、手に持っていた白紙のスケッチブックをこたつに広げた。足をこたつの布団に入れると、それだけで心地良さが芯の冷えた身体に広がっていく。睡魔が襲ってきそうだ。
カバンから取り出したるは、愛用している某社のGペンとインク。あと、インクが飛び散らないように下敷きも取り出す。ペン先を軸につけ、軸から先までを10等分とすると、3〜4分目くらいまでインクをつける。
インク瓶のフチを、すずりのように使って、余分なインクを落とす。
さて、ここは流石に代表作『ピンクダークの少年』第3部の主人公でも描いてやるか。シロートでも分かりやすいようになッ。
「……こうしなきゃ納得いかないみたいです。あっ、ピンクダークの少年は流石に知ってますよね?」
「え? あー、聞いたことはある。ジャンプでしょ?」
「読んだことは?」
「アニメのOPはいいなあって思ったよ」
「絶対買わせるからな、コミック!」
ぼくは声量をおさえつつ、叫ぶようにつぶやいた。
ザシュッ、ザザッ。ガリガリッガリッ。Gペンがいつもの1.5倍の負荷に悲鳴をあげる。
「Gペンって、地球の何倍の重力がかかってるんだろ」
「そっちのGじゃないでしょ」
「えっ、まさか……」
「増殖もしないよ」
「でーきーたーぞー! アヤさんとやらァ! どうだ、これでぼくがホンモノだってことが分かったろう!」
制作時間5分にして、その書き込みはラフにしては濃すぎる。一発描きでサインまで付けてやった。サービス精神が旺盛な作家だとは思わんかね、ええ?
「…………すっごぉ。この学ランの人は見たことある……その後ろのも。劇画と漫画の中間、みたいな……独特な画風……」
「どうだぁー!」
「こんなふんぞり返った態度してるけど、私からも言わせてもらいます。ホンモノだよ」
なんかちょっと貶された気がしないでもない。
「しかもこのせんせーは! 私の友達なんですー!」
「そんな事言ったか?」
「ええっ!?」
「冗談だ。友達ではあるだろう、そこは認める」
「……なんか優しい」
「機嫌いいんじゃない?」
「もっと気難しい人かと思ってた」
「言いたい放題!」
満足して道具を片付けていると、茶髪が改まって自己紹介をはじめた。
「改めまして……土岐綾乃ですー。なでしこの幼馴染です」
「綾乃ちゃん。よろしく」
「今度買うんだぞ、コミックス!」
「ジャンプ作品、チェンソーマンしか見たことないんですよね〜」
「グロ耐性の方は問題なさそうだな」
「ピンクダークの少年、思ったより血がおおいもんねぃ」
「少年漫画にしては普通だろ」
そこから、『お正月の実家ムード』になるのは、それほど遅くなかった。
土岐が昔のなでしこの写真を見せてくれて、それにリンくんと2人で驚いたり。
「「丸っ!?」」
「中一の頃の写真だよ。なでしこのお父さんが食べるの好きでねー。一緒に沢山食べてたのか、中三までは丸かったんだよね」
「ど、どうやってこんなに痩せるんだよ」
「中三までって、1年しか経ってない……」
「夏休みゴロゴロしてたら、お姉ちゃんが噴火しちゃったんだっけか。原付で後を追いかけられながら、浜名湖をぐるぐるさせられてたんだよね」
「あの時のお姉ちゃんはオニだね、オニ」
なでしこのほっぺをつまんでみたり。
「ほっぺの柔らかさは変わらないねー」
「んへへぇ」
「2人もやってごらんよ」
「さ、触って……いいのか……?」
「んー。どうぞー」
「……少しはスキンシップに警戒心を持った方がいいぞ」
お祖母さんも交えて、近況報告をしあったり。
「なでちゃん、よくキャンプの話してくれるわよね」
「うんっ! 最近すっごくハマってるんだ!」
「へぇ、この真冬に……?」
「あんまり人がいないから、やりやすい」
「寒い中で食べるカップめんも美味しいんだよー!」
「キャンプ飯は奥が深いぞ」
「えっ、なに。先生もハマってるの?」
「まあ……趣味というか、な」
「へぇ〜ッ、そんなに惹かれるものかあ……」
「これは皆でフルーツ公園に行った時の写真。こっちはクリスマス! この時の朝ごはん、私が作ったんだ〜♪」
「わ、美味そっ。日本の朝食って感じする」
「実際めちゃくちゃ美味かったぞ」
「そっか、朝に和食か……こういうキャンプもあるんだ……」
「なでちゃんは料理も上手になったのねぇ」
「えへへ〜」
人生ゲームなんかを久しぶりにやってみたり。
「あっ、先生が上がった!」
「子供3人、孫2人。家族に囲まれて大往生……つまらん人生だ」
「原稿のネタにはならないけど、これはこれでアリじゃないですか?」
「まあ、な……そうか、家庭を持つことは考えてなかったな……」
「好きな人とかいるの〜?」
「アラサーに高校生みたいな恋バナ持ちかけてる……」
「……好きな人、ねぇ。いないよ、そんな感情は今まで持ち合わせたことがない。作風柄描くことはないが、少女マンガは描けないだろうな」
「周りに、可愛い女の子がいっぱいいるのに〜」
「その場合、まずは世間が黙ってないだろうな」
「冗談ですよ冗談。えへへ」
「……調子が狂うッ」
「わっ、やったー! 上がったー!」
そんなこんなで遊んでいると、おやつの時間になった。うなぎパイをかじりながら、リンくんは、ふと思い出したようにカバンを探る。
道中の土産に、いちごの入ったお餅(なんでもかなり並んで手に入れたらしい)を買ってきたらしい。
しかし、これにも美味しい食べ方があるようで。ぼくたち3人は、リンくんに連れられるように外の庭に出た。
なでしこが庭に出るなり駆け寄ったのは、バイクであった。リンくんのビーノではない、その隣のもう1つのバイク……。
ピンクの浜松ナンバー、HONDAのAPE100スペシャル。2008年式なので、もちろん今では廃番なので、新しく買うとなったら中古で手に入れるしかない。
リンくんのビーノを興味津々で眺めていたこともあったし、どうやらなでしこはバイクに少し興味があるらしい。まだ免許は持っていないらしいが。
それを見た土岐は、ニヤニヤしながらなでしこの方に近寄る。
「乗りたいかー、なでしこー」
「…………」
一見普通に話しかけているように見えるが、作品作りのために、有名どころのアニメをひととおり見漁ったぼくには分かる。この言い方は『金田』だ。
……『AKIRA』見てるのか、こいつ。今どきの子にも広まっている作品、ということなのか。
「よォし、行くぞォ」
「あ、先生は山形なんだ」
「続けろ金田」
「ういっす」
どこからか取り出したヘルメットのゴーグルをかけ、土岐の気分は完全に金田正太郎。
「あたし用に改良したバイクだ。ピーキーすぎて、お前じゃ無理だよ」
「そんなのに乗ってる方が、気が知れねえぜ」
「えっ? え?」
案の定戸惑っているなでしこに、リンくんが耳打ちをする。君も知ってるのか……AKIRA……。
「のっ、乗れるさ!」
「ははっ。欲しけりゃ、なでしこもデカいのぶん取りな」
「……満足か?」
「うん。金田ごっこ♪」
「わかんないよぅ」
「土岐。AKIRAは知ってるのに、ぼくの作品は知らないんだな」
「知ってますよ、『ピンダー立ち』でしょ?」
「バッチリにわかじゃあないか」
オイオイオイそんなポーズ描いた覚えないぞ、という立ち方をする土岐の顔は、何故か自信に満ち溢れたドヤ顔だった。
リンくんもなでしこにつられて、APEを眺める。
「100ccだね。私のよりもおっきいし」
「最近取ったんだー」
「私も車検中の代車でトリシティ乗ったけど、速かったなあ」
「バイトでお金貯める?」
「今のところ、全部キャンプに消えてるから……」
「あははっ。ホントに好きなんだねえ」
いっぽう土岐は、ぼくのフェアレディZの方を見ていた。
「あたしはこっちに乗りたいかなー」
「…………構わん。好きにしろ」
「みんなー、これで山梨まで行こー」
「わーい!」
「そこまで好きにされては困るぞッ!?」
ふと3人の方を向いてみると、リンくんは何やら見覚えのある賽銭箱を組み立てていた。銀色に鈍く光る、メタル賽銭箱こと『コンパクト焚火グリル』。
改めて説明しておくと、しまっておいた足や壁を組み立てることで賽銭箱モードにした後に、中に着火剤や墨を入れる。火をつければ焚き火。そのまま蓋をして上で肉を焼けばBBQ。
これを使うことで、森の中などに多い『直火禁止』のキャンプ場でも焚き火ができるって寸法だ。
「これが、キャンプに使う……」
「ミニ賽銭箱だよ」
「焚火グリル」
もはや慣れた手つきで火をつけ、その上に餅を乗せていくリンくん。
「こうやって焼くんだ」
「さっき、なでしこの写真見てた時、さ。キャンプ飯に興味ありそうだったから、どうかなって」
「そうだねー。外でご飯食べるのって、あんまり無いから、趣味でやるのは楽しそうだとは思ったね。キャンプなんて、行ったの小学生の時ぐらいだし」
「外で食べるご飯が美味しいって教えてくれたのは、リンちゃんなんだよぉ」
「うむ、リンくんはスゴいんだぞ。ぼくら2人を一気にキャンプ沼に突き落としたんだからな」
「ねー!」
「なーッ」
「言い方……あっ、そろそろ焼けるよ」
リンくんの視線の先には、今にも破裂しそうなほどに膨らんだ餅が、2、3個。家の中でも食べたが、こちらは焦げ目がついていて、焼きマシュマロのような匂いと雰囲気を感じさせる。
「いただきます」
手に取り、数回冷まして、口にしてみる。まず最初に歯に伝わるのは、柔らかな餅の感覚。5mmほど隔てて、贅沢にも丸ごと使われている大きめのイチゴに歯がたどり着く。
「……ム!」
これはッ。
マイナス気温スレスレの外気に再び晒され、冷やされた身体にしみ渡る、湯気が出んばかりに熱された餅とイチゴのハーモニー。
食レポに自信がないので、ここは安易に比喩を使わせていただく。
「『サウナ』だッ」
「えっ、サウナ……えっ?」
「あぁ……マッチポンプですね、分かります」
「だな! いやぁ、リンくんは分かってるなあ!」
「私もれっきとしたサウナーの1人ですよ」
冬の外で暖かいものを食べる、オフシーズンキャンプ飯の醍醐味にも似た快感を、ぼくは過去に経験したことがある。それが『サウナ』だッ。
ぼくも編集者に連れられて行ったことがある……リンくんも、前に行ったと言っていたな。
昔は何のためにあるのかイマイチ分からなかったのだが、大人になってからその魅力に気づくというのは、ままあることで……。
サウナの嗜み方を、一通り説明しようじゃあないか。
まず下準備。事前に十分に水分をとっておく。これはスポーツドリンクなどが好ましい。入る前はなるべく空腹状態を避けるのだが、食後すぐもNGなので食後1〜2時間後が好ましい(食前、食後は控えるということだ)。
あとは、体調が悪い時は無理をしないこと(あくまで回復ではなく体調のブーストをするものなので)。タオルは身体を隠すのと拭くのとで最低2枚を持参する。
銭湯なり何なりの施設内に入ってからの準備として、かけ湯で軽く汗を流してから、身体を洗うこと。そして、サウナ内で汗を出しやすいように身体を拭くこと。そして施設のマナーをよく見ること。ルールとマナーを守って、楽しくサウナだ。
入浴で身体を暖めるのもまたよし。ここら辺に関しては、自分がサウナに通って『自分流ととのい法』を見つけるしかない。トライアンドエラー、試行錯誤、七転八倒。人間が歩んできた進化の歴史のように、サウナはいくらでも自分に最適化し、より良い『ととのい』をぼくらに授けてくださるのだ。
「宗教勧誘?」
「いや、どちらかと言えば部活に近い」
「今度する? サウナ部、一日体験入部」
「野クルと兼部になっちゃうよぅ」
これが終わったら、まずは『サウナ部屋』に入る。『LESSON1』の行程だ。君たちが想像し得る、あの熱気のこもった部屋だ。ここでは座って5〜10分ほど交感神経を熱する。入り口から奥に行くほど温度は高くなり、高い方が疲労回復・腰痛・肩こりに効果があり、入り口に近く温度が低い方は安眠効果やリラックス効果・冷え性改善になるらしい。
「サウナ愛用者、サウナの通……いわゆる『サウナー』は、サウナの本場であるフィンランドでよく使われている『ロウリュ』を使うんだよね」
「サウナ部屋内に設置された『サウナストーン』に、健康に良さげなアロマ水をかけて蒸気を発生させ、それをタオルで扇いでもらう……アツアツの蒸気をモロに受ける『アウフグース』を行うんだ」
「つまりは、サウナストーンでロウリュをした後にアウフグースする、ってこと」
「専門用語が多い……」
「アロマ水はちょっと興味あるかも〜」
サウナ部屋から出たら、かけ湯やぬるいシャワーを浴びるなり、タオルで体を拭くなりして汗を取る。
その後、『LESSON2』は『水風呂』だ。ここでの時間は長くて1分。慣れていなければ30秒といったところだ。これもサウナ部屋と同じく、子供の頃に銭湯に来た時は、イマイチ何のためにあるのか分からなかったものの一つだ。まさかサウナと繋がっているとは……ぼくも最初に聞いた時は、少しばかり驚いてしまった。
慣れていない人は、入るのに少し躊躇うかもしれないが、ここまでの流れをスムーズに行うのが『ととのい』への道だ。君たちが銭湯で見かける、まるで40度のお湯に入るかのようにサッと水風呂に入っている人がいたら、もしかしたらその人は『サウナー』かもしれないな。『あ〜』といった声出しをしている人はもっとプロだろう(ぼくはあまりオススメはしないでおこう)。
水風呂でのポイントとすれば、風呂の中で少し身体をうねらせるように動くこと。これでサウナによって身体にまとわりついた『熱の衣』が剥がれ、一気に身体が冷たさを感じるのだ。同時に、膝裏などの水が触れづらい場所も冷やしてくれる。恥ずかしがらずにやってみよう。
身体のピリピリとした痛みが、やがて全身に広がる。肩まで浸かると、四六時中酷使されている筋肉が悲鳴を上げ、長い長い1分が終わる。
『LESSON3』は『外気浴』だ。ここでの時間は5〜15分程度。好きなだけゆっくりと、独特の心地良い感覚が続く限り、身体を冷やさないくらいの時間、休憩する。
血流が急激に良くなり、ドクンッ、ドクンッと、自分の身体中を駆け巡り、鳴り響く鼓動。頭からつま先までの衝撃のイナズマ。ピクピクという振動までもが付随し、脳は深ァ〜い快楽へと誘われるのだ。
一種の瞑想である。無言で、何も考えず、ゆっくり、ゆっくりと深呼吸をしながら、ディープリラックス状態に陥る。
このLESSON1〜3が『1セット』だ。無理しない程度に3セットほど繰り返すことで、更に深い快感が得られることだろう。
これが『ととのう』の正体ッ!
スマホが無ければ、10分くらいの待ち時間など耐えられない! なんて思う方もいるかもしれない。友達と来ているなら、話をしないと気まずい! 暇だ! なんて感じるかもしれない。
しかし、サウナに来てみればすべてがわかる。サウナは君たちに、極上の『暇』を与えてくれるだろう。
子供の頃はあまり使わず、なおかつ使い道もいまいち分からなかった『サウナ』『水風呂』『外の長椅子』。この3つが噛み合った時は、伏線回収のスゴさに驚いたものだ。
「……おいしい……」
「ん〜〜♪」
「正月っぽくていいね。餅」
「簡易ととのい、完了……ですね。先生」
「だなッ」
餅を食べ終わって一息。夕陽が沈みかける頃、土岐はこう言った。
「なでしこ、リンちゃん、先生。ちょっと分かったかも、キャンプ飯の良さ?」
「おおっ」
「サウナ部だけじゃなくて、野クルにも勧誘できるねぃ」
「学校違うだろ」
「野外活動サークルの前には国境などないのです」
「まあ、この気持ちよさは、サウナもキャンプも『国境を超えて伝わる』のかもね」
縁側で、擬似外気浴を行ったぼく達。ふと土岐は時計を見て、バイトの時間だ、とつぶやいた。
どうやらコンビニバイトには、正月休みは関係ないらしい。こういう方々のお陰で、我々は正月休みを満喫できるのだから、感謝せねばならないな。
APEに乗った土岐を見送ろうとしたが、なでしこがそこで一言。
「ま、待ってアヤちゃん!」
「ん?」
「今夜、バイト終わりにさ──」
To be continued...
4、5、6、7、8月合併号です。ごめんなさい。ホントに夏号、秋号みたいになりそうです。次回はあらかたできてるので、そこまでお待たせはしないかと。
その代わりといってはなんですが、今回はボリュームが結構ありますね。サウナのせいで。サウナ行きたいなあ。
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エピソード#A∪B:浜名、アラタニ…
なでしこは、3日ぶりに布団に入って爆睡しているリンくんにもう少し付き添うとのことで、ぼくは先に車で展望台に向かうことにした。
やたらめったら長い名前の、どう読むかも知らない展望台の駐車場に、フェアレディZを停めると、こちらに駆け寄ってくる人影が見えた。本栖湖のトイレが頭に浮かんだ。なでしこに初めて会った時も、確か、こんな冷え込んだ夜のことだった。
本栖湖の風景を思い出し、エンジンを止めようとすると、運転席側の窓を軽くノックされた。
見てみると、ニット帽の似合う茶髪が、窓越しに手を振っている。ここまで来れば、嫌でも誰かは分かった。綾乃だった。気だるげな目が、ぼくの目とパッチリ合ったとき、彼女はにへらと笑顔を見せる。
早いな、と、車から降りて呟くと、まだ来たばっかりですよー。なんてゆるく返してきた。ふかふかのマフラーに、裾がヒザまで届くぐらいには大きめのチェスターコートを着ていた。手袋も暖かそうで、バイクに乗るには最適な格好だ。
「なでしこなら、リンくんを起こしている。もう少ししたら来るだろうな」
「そーですか。じゃ、ここで待ちますか」
そう言って、彼女はまだ湯気が盛んに出ているスチール缶に口をつける。ラベルを見てみると、それはおしるこの飲み物だった。自販機で見る度に気になってはいるが、今まで生きてきて20数年、未だに飲んでいない飲み物のひとつだ。
というか、それは飲み物なのか。コーンポタージュとか、スープ系とかの飲み物が売ってる中で、この疑問は非常に今更ではあるが。
吐き出した息は雲よりも白く、雪よりも透き通っていて、その顔は緩みに緩みきっていた。
「……自販機行ってくる」
「おっ? 飲みたくなりました?」
「寒いんだよ」
「おしるこ、オススメですよー」
「好きなのかい?」
「まあ、それなりに?」
なんで疑問で返すんだ。
奥で今にも消えそうに光っている自販機──経年劣化なんだろうな──に向かって、尻のポケットから財布を出しつつ歩いていると、後ろから遅れて足音が聞こえた。
振り返ると、見慣れたニヤケ顔がついてきていた。
「…………」
「んふふ」
「何故ついてくるんだキミは!」
「怒らないでくださいよー」
チェッ。
斉藤といいコイツといい、最近の若い女、特に高校生の女子はみんなこうなのか? 流行ってるのか、こういうのが? ミステリアスって言うんだろうか。
「ねえ。センセもキャンプしてるんですよね〜?」
「そうだが」
「外で美味しいもの食べるってこと以外に、何するんですか?」
「ぼくなんかは、専ら風景のスケッチがメインだな。リンくんは読書をしてたし、なでしこは……まあ、あいつの事だ。料理でもするんじゃあないか?」
「結構色々あるんですねー」
ぶっちゃけ、こればっかりは人による。写真を撮ってブログやSNSにアップしたり、湖畔なら釣りをしたりボートに乗ったり、森なら動物を探したり狩ったり。平原ならひたすら寝転がって、雲の数でも数えたり。
これくらいしないと、飯作って寝るだけじゃあキャンプは暇で仕方ない。初心者なら準備で時間の半分くらいを要することになるが、慣れてくるとすぐに設営もできるし、ちゃんとした飯も割と短時間で作れるようになる。らしい。リンくんの受け売りだ。
綾乃はそれを聞いて、いや、聞いてるんだか聞いてないんだか分からないようなゆるゆるの顔でおしるこを飲んでいた。千明ならメガネが秒で曇りそうな湯気が、彼女の口元を隠しているが、目は完全に寝る5分前のそれである。
もともと眠そうな目をしてはいるが。
そうやってキャンプの話を綾乃に聞かせながら、ぼくたちは静かすぎるくらいの夜道を散歩していた。
駐車場付近に戻ると、バイクと自転車の光が見えた。リンくんになでしこのものだろう。
この時間になっても、辺りに人は見られない。犬の散歩をしている人を1人見かけたくらいのものだ。なでしこの、地元民のみぞ知る『穴場』というやつなのかもしれん。
なでしこはぼくらを連れて、ルンルンで階段を上り始めた。綾乃はどこか察しがついたようで、同じく暗がりの中でもスイスイと上っていく。
頂上に着くと、浜名の一面の夜景が目に飛び込んできた。
なるほど。『展望台』か。
地元民組が指をさしてくれるのを、ぼくとリンくんは目で追う。
「あの辺りが弁天島か」
「あっちの明るい所は浜松駅だねー」
「あれは?」
「浜名湖のサービスエリアだよ」
光の粒が集まって、塊となって浜名湖を囲っている。夜空を見上げれば、それによく似た、冬の澄んだ空気に浮かぶ星々が瞬いて、ぼく達を見下ろしている。
あの一つひとつに生命が脈々と営みを続けていると思うと、少しポエミーな気持ちにならないでもない。そんなガラじゃあなくっても、こんな景色を見たら、詩も、詩人も生まれるさ。
「私、こっから見る浜名湖が大好きで、よく自転車で来てたんだ。ね、アヤちゃん」
「私は疲れるから、あんまし来なかったけどね」
「リンちゃん。今回のキャンプはどうだった?」
「……ん、色々あったけど、良かったよ」
リンくんの言う『色々』には、今日に至るまでの年越しキャンプのことだけではなく、なでしこに会ってからのキャンプ趣味だらけの騒がしくなった日常を振り返ってみての『色々』が詰まっているように思えた。これから来るべき、様々なイベントをも……。
いや、それ以前に、彼女が言う祖父の影響を受けてキャンプを初めてからの、今までの『色々』を言っているのかもしれない。ソロキャンプを楽しんでいた頃の自分。初めての誰かとのキャンプ。そして、ぼくたちで行ったクリキャンなどの思い出。
リンくんはこう語る。同じ『キャンプ』というアウトドアでも、ソロでするか、仲間とするかで全く別物になる。
行った先、または行く途中の景色、見に行った観光地、SAやお土産屋、食べたものの匂いや味(不味かろうが美味かろうが)、寄り道にて見つけた思わぬ発見。それらを振り返り、一人でゆっくりと物思いにふける時間が、ソロキャンには多い。
ソロキャンは、一人でいるという『寂しさ』も味わうものだ。リンくんは、思ったよりもずっと大人な趣味を味わい、楽しんでいたのかもしれない。ぼくは改めて、ソロキャンの底知れぬ魅力を感じた。
リンくんの場合は、クリキャンの後すぐにソロキャンをしたから、余計にそう思ったのかもな。
「綾ちゃん。ココア飲む?」
「あ、うん」
「ラーメンもあるよあるよ〜」
「寝る前に食べたら太るやつじゃん、それー」
マグカップ3つ分とカレーヌードル1つ分のお湯が沸いたころ、綾乃くんは、ぽつぽつと話し始めた。
「あたし、ね。なでしこが山梨に行ってキャンプ始めたって聞いた時、本当は『こんな寒い時期にキャンプって、何やってんだよ』なんて思ってたんだ」
「…………」
「でもさ。今日、3人と話してて、なんだか分かった気がするんだ」
「……楽しさ、とか?」
「んー。色々、かな。ちょっと思っちゃったし? 『あたしもキャンプしたいな』って」
「フフ、そっか」
「あっ、サウナも行きたいかも」
「サウナ部はいつでもお前を歓迎するぞ」
「体験入部、待ってるよ」
「また会ったらサウナ行きたいね〜」
展望台から降りて彼女は、バイクのキーを回す。彼女は寒そうに手をもぞもぞしながらも、帰らなきゃ、とある種の決心を固めているようだった。
「暖かくなったら、あたしも山梨に遊びに行くよ。リンちゃんみたいに、頑張って、原付でサ」
「……そんときは、よろしく」
「ん。ヨロシクね……今日は本当に『ありがとう』。それしか言う言葉が見つからないよ」
振り返った彼女の笑顔は、綾乃くん特有のゆるさはあるものの、ぼく達を真っ直ぐに見つめていた。ヘルメットからはみ出た前髪が、風に揺れた。
真っ直ぐな瞳の若者が、いつだって新しい時代を拓いてきた。ぼくの先輩のマンガ家さんは語っていた。近年のキャンプブームも、こういう若者達がきっかけなのかもしれないな。
「綾乃」
「はい?」
「今度は、本を持ってこい。直筆サインだ」
こちらを見ながら、綾乃はキョトンとした顔でエンジンをかける。そのうち、ぷっと吹き出し、Apeをふかした。
白い歯を見せ、今日最大の輝きの笑顔が光る。
「じゃあセンセの本、古本屋で見ときます♪」
そう言って彼女は、立派すぎるくらいの100ccにまたがって走り去った。その発言の意味を咀嚼してみて10秒。ぼくは彼女に追いつくべく、夜の国道362号に向かった。走りで。
「新品で買え──ッ!!」
「ばいば〜い!」
これだから生意気な若者はッ!!
To be continued...
今年の年末も、みんなで露伴。楽しみですね。またウルジャンで小説出たみたいですし。
ゆるキャン△側も映画が発表されましたね。定期的に供給があるのは本当にいい事です。
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エピソード#P≠NP:伊豆タビダチ
ぼくの名前は岸辺露伴。見れば分かるが、漫画家だ。そう、見れば分かるのだが文面ではなかなか分からない。残念だ、ああ残念。
突然だが、いや、前述の通りでもあるが、見た目で人を判別するためには『オーラ』が欠かせない。
見た目とは、第一印象ではなく、第零印象。話しかけるかどうかさえも見た目に左右される。これは決して、人生の絞りカスみたいな老人だったり、チェックシャツのオタクをバカにしてるわけじゃあない(後者の中には特に、ぼくの作品のファンである人が多いしな)。
たとえば、包丁を持っているサングラスにマスク、ニット帽のゴツイ男に、道を教えてくれませんかと気軽に声をかけられるか? と聞かれたら、10人中10人が『ノー』と答えるだろう。見た目が大事ってのは、そういう根本的なところの話だ。脂ぎったデブと壇蜜を比べるとか、そんな些細な部分の話ではない。
要は、自分に危害が及ばないかどうか、という人間的な問題を見極めるところであって、ぼくの発言に差別的な意味合いは一切含まれていない。最近はマンガ業界含め、ポリコレやら何やらに厳しい。こういう発言は忘れてはならない。ぼくはあくまで、人のオーラについての話をしている。見た目である程度のオーラというものは掴める。
そして、『波長』。ぼくは相手を見極めるために、つまり、自分と相手の『波長』が合っているかを見極めるために、第一印象を求めて会話をしに行く。ぼくの『オーラ』を読む力、そして『波長』を確かめる力は、取材で鍛えられたのかもしれない。
取材やロケハンってのは、なにもその場の情景や地理情報を調べるだけじゃあない。その土地にいる、その土地で育った人々と触れ合わなければ得られない情報もある。取材という、アナログ・コミュニケーションならではのメリットだ。
さて、ぼくにとっての、取材のデメリットの話もしておこう。ぼくにとって、の話なので、あまり参考にならないかもしれんが。
デメリットというのは、最近のぼくの取材には女子高校生が付随する場合がほとんどなので、いつ文春のヤツに大砲をぶっぱなされるか分からないところだ。
いくらポリコレに気をつけようと、女子高校生と一緒にいるところを見られたら即座に炎上するだろう。怖い世の中になったものだ。今回は先生もいるが、大半は女子高校生。
ぼくは決してそういう目で見ちゃあいないが。それでも、男女が一緒に旅行というかキャンプというか、とにかく一緒に遊んでいるだけでも、世間の目が怖い。
行かなければいいじゃあないか、ということを言うやつもいるだろう。しかし、まあ、メリットの方が大きいし。取材だけでなく、趣味のキャンプが含まれているからな。
あとは、なんだ。その、だな……。
もう、『アイツら』は、ぼくにとってはただの『友達』だからな。遊んでやるのも、やぶさかではない。
「おい、シートベルトは締めたか? 捕まるのはぼくなんだからな」
「だいじょぶですっ、はんちょー!」
「バッチシOKです、班長!」
「はんちょー! お菓子食べていいですか!」
「好きにしろ。リンくんの方は……」
メッセージアプリを見ようとすると、ちょうど僕らのグループにリンくんからのメッセージが来た。
『山梨でた。おはよう静岡』
「大丈夫そうだな。最近のパトカーは、わざわざUターンして原付のスピード違反チェックをしてくるから心配だが」
「都会の方になると、もっと厳しいもんね」
今回は、3つのチームに分かれての行動となる。
まずは、単独行動で原付を駆る『リンチーム』(チームとは一体)。
某・水曜日放送のローカル番組でも見たのかは知らないが、元々彼女は正月に、浜名湖辺りに行ったその足で、伊豆まで行く計画を立てていたつもりのようだ。しかし、路面凍結やら何やらがあって計画は頓挫。
そして今回、リベンジの機会がやってきたとばかりに単独行動に立候補したとのことだ。危険な旅路になるが、彼女もここ数ヶ月、キャンプのため原付を乗り回している。ヤマハの原付も伊達じゃない。彼女も、これまでの集大成のつもりで臨むようだ。
なお、彼女は既に早朝、静岡に向かって出発している。『下田の海辺』で合流する予定だ。
次に、焼き鳥の救世主の姉こと先生が運転する車に乗っているのが『先生チーム』。メンバーは顧問の先生、大垣、犬山、犬山の妹。
犬山の妹には初めて会った。名前は『あかり』と言うらしい。
『へぇーっ、マンガ描いてる人なん!? すごい人が来たなあ! で、なんでここにおるん?』
『……確かに、ぼくがここにいるのは普通ではちょっとおかしいのかもしれないな……』
『露伴先生がちょっと弱気!?』
『先生、おかしくないよ! 私たち、友達だもん! ねー!』
『そ、そうだ。『友達』……そう、ぼくらは『波長』の合う『友人関係』だからね』
そういえば、この岸辺露伴にサインをねだらないガキには久しぶりに会った。珍しい。最近は背中や色紙にサインを描いてやることばかりだったからな。だが、それはそれで何だかムカつくので、今度自費で自分のコミックスを買って、あおい経由で渡して読ませようと思う。
そういえばこの旅、元々は先生の妹……つまり焼き鳥の救世主──名前を知らないので便宜上こう言うしかないのだ──のミニバンを借りて、リンくん+ミニバンチームという編成で伊豆キャンプに挑む予定だった。
しかし、一緒に参加するぼくが車を持っていると言うと、先生は『じゃあ2チームに分かれるのはどうですか』と提案してきたのだ。
なに? 何故ぼくがサラッと参加することが決まっていたか、だって? もういいよ、いつもの流れだよ。なでしこが言ったんだ、皆に。『ここまで来たら露伴先生も入れようよ、仲間外れはよくないよ!』と。
まあ実際のところ、この岸辺露伴、同じ雑誌の大手のマンガが来週から1ヶ月ほど休載するとのことで、それに乗じてスケジュールに無理やり穴を開け、喜び勇んで来たのだがね。
そして、ぼくのフェアレディZに乗っているのが『露伴チーム』。ぼく、なでしこ、斉藤が乗っている。
「それでは、先導お願いします。先生」
「任せてください、先生」
「ややこしいなぁ!」
「文面だけやと、なお分かりづらいわあ」
「ブンメン……?」
「犬山、好き嫌いが分かれるような発言はやめろ。この作品は、ぼくのマンガとは違って万人受けを狙ってるんだからな」
「理由、そこなんやね」
ぼくのマンガみたいに、自然と万人に受けるようなものじゃないんだ。狙わなければいけないんだよ。作者のヤツに才能がないから。
「そういえば、どっちも先生だねぃ」
「ム……ンッン。鳥羽先生、で……いいんだよな?」
「はい、鳥羽です。露伴先生。改めて、先導の方、よろしくお願いします」
「改めて、任せてください。鳥羽先生」
今回の伊豆キャンプは、『ジオパーク巡り』と『伊豆の食材でキャンプご飯を堪能する』がメイン・イベントとなる。
前者の『ジオパーク』とは、日本では主に伊豆や箱根のそれが有名なものとして知られている、『地質遺産』を保有する自然公園のことだ。『地質遺産』とは、まあ種類はいろいろあるが、定義として言うならば『地質学・地球科学的に価値のある遺産』を指す言葉だ。
とにかく、そういった自然の産んだ素晴らしい景色が見られるスポットを自然公園とし、『ツーリズムに貢献する観光名所』兼『地球について学ぶ場所』兼『それらを活用して自然と人間との共生や持続可能な開発につなぐための場所』が、『ジオパーク』である。
これだけ聞くと、たいそうな目的が秘められた場所に思えるだろう。ぼくも最初はなんだか説教くさくて、毛嫌いしそうになったものだ。しかし、あまりそういった難しいことを考えながらジオパークの観光をする必要はない。まあ、ジオパークに来た時点で観光業には貢献しているわけだし。
それに、ジオパークの美しい景色を見せられれば自然と、ポイ捨てをしようだなんて気にはならなくなるさ。ぼくは給料を自然のために使うブラックジャックのような人間ではないが、かつてぼくが惚れた杜王町のような、美しい自然たちを守るためなら、いくらでも節電するね。
なお、自然公園ではなく、ひとつひとつの地質遺産としての観光スポットは『ジオスポット』と呼ばれているらしい。
もうひとつの目的の中にある『伊豆の食材』も、キャンプ好きとしては中々にそそるものがある。
何にしろ、高校生にしては2つともセンスのあるコンセプトじゃあないか。大人びているガキは嫌いだが、センスのある若者は好きだ。センスのある若者は自然と、人生のどこかでぼくの作品を読むことになるからな。
最初の目的地は、静岡県下田市。リンくんと合流する地点だ。1日目は下田に泊まり、2日目はそのまま静岡に滞在。3日目で帰りつつ観光といった感じだ。
山梨を出発したぼくらは、伊豆に向かってひたすらに下道を行く。南部あたりから出発したので、すぐに静岡県に入った。
ループ橋をアトラクション感覚で走ったり、トイレ休憩がてら『わさびソフト』を食べたりしつつ、現在、時刻は10時40分。昼どきの手前と言ったところだ。
場所はというと、賀茂郡の河津町。ほぼ伊豆みたいなものである。そこでぼくらは、ちょっとした渋滞にハマっていた。外の景色を写真に撮るか(スケッチは両手が塞がるので無理だ)、恵那と話すか、くらいしかヒマをつぶす方法がない。
ちなみになでしこは、ループ橋を渡る段階で既に寝ていた。昨日からワクワクしすぎて寝不足なんだと。マッ、車の中でぐっすり寝て、起きたら目的地にワープしているという体験もガキの特権だ。ゆっくり眠らせてやりたいところではある。
にしても、寝すぎじゃあないのか。朝から昼前までぐっすりとは、さては徹夜か。
「まだ起きないのか」
「ぐっすりですね〜。やっぱり、わさびソフトで目を覚ますしか……」
「わさびソフトをアンモニアのような『気付(きつ)け薬』だと思ってるのか? キミィ……」
確かにインパクトの強い味だったがな。
「アレは……マジで美味いわけじゃあないが、不味いとも言いきれないな……」
「甘辛いってやつですかね。ヤンニョムチキンみたいな……」
「あれとは甘いも辛いも別ベクトルだろ」
アラサー男性のくせにヤンニョムチキンを知っているぼくは、ひょっとして珍しいのではないだろうか。これも女子高校生から最近のトレンドを聞くという取材の賜物。なのかもしれない。
ぼくらがわさびソフトの感想を話していると、後ろの車の方から鳥羽先生が顔を出し、こちらに声をかける。それも、割との大声で。
「露伴先生ッ!!」
なんだなんだと、今度はバックミラー越しではなく、窓から顔を出して直接後ろを振り向くと、鳥羽先生の焦った顔がよく見える。
「連絡なら電話でいいじゃあないですか」
「さ……『桜』がッ……」
「え!? なでしこちゃんのお姉さん!?」
いるわけないだろ、下田に。各務原桜さんが。しかも今朝、お出迎えしてくれたばかりだし。
「植物の方にしても、桜って……珍しいな。まだ3月も始まったばかりだぞ」
「違います!」
乱れた息を少し整え、鳥羽先生はこちらに言う。
「あれは『河津桜』ですッ!」
「カワヅ……?」
「ああ、日本一早咲きの桜だったっけな」
「知っているのか? 大垣ィ〜ッ」
ぼくがそう少し大きな声で返すと、大垣は自慢げに返してくる。
「へへん。昔、一度行ったことがあるんだ。その時はもう凄かったぜ〜? 小学生の頃だけど、ハッキリ覚えてる! 2月の寒いうちから咲いててさあ! その寒〜い中、家族で『桜まつり』に行ったんだよ!」
「……『桜まつり』……」
今度は独りごちるように、その『祭』の名前を口にする。
日本の歴史の中において、『祭』は非常に重要な立ち位置にある。神道を重んじるお国柄、現在も様々な神社で祭が行われている。元は『祭』という名前にも、神を『祀る』という語源があるしな。
それに、日本神話にも『祭』に関するエピソードがある。ある時、太陽の神である
天照を岩戸から出すために、天岩戸の前で飲めや歌えやの宴会を行う、といった話が、『祭』の起源と言われている。この話の真偽はともかく、紀元前から『祭』という文化は日本に根付いており、未だに日本三大祭なんて呼ばれる歴史の深い『祭』は、大規模に行われている。
「その『祭による渋滞』だな? 要するに……フム」
「で、ですので! ここから向こう1時間……いや、2時間! ここからほとんど動けませんッ!」
なるほど。時間は十分。
「よし。行こう」
「えっ!? どこに!?」
「露伴先生、すっかり目が据わっているな……となると、諦めるしかないな」
大垣、分かっているじゃあないか。
これは『取材』のチャンスだ。ちょうど編集長から、短編の掲載の話を持ちかけられたところだ。
決めたぞッ。短編のテーマは『祭』だ。神道という大きなテーマを絡ませ、壮大なストーリーにするにあたって、まずはこの『桜まつり』の取材といこうじゃあないか。
「第1目的地は『桜まつり』にしましょうッ」
「ええぇ〜〜ッ!?」
あちらの車からも、こちらの車からも驚きの声が聞こえる。すると、鳥羽先生が咳払いをしてこちらに一言。
「皆さんのお手洗い休憩も兼ねて、ですよ?」
「助かるよ。これも『取材』だからな」
「ああ〜ッ、あの人……完全に『スーパーマンガ家・岸辺露伴』の
「目のギラつきが違いますね。あんな目を前にして、断れって方が厳しいですよ」
ぼくは、恵那になでしこを任せて車を降りる。歩きながら簡易的なストレッチをし、スケッチブックとペンを取り出す。
「鳥羽先生、うちらはどないします?」
「行ってきても大丈夫ですよ。30分以内であれば、私ひとりでも大丈夫です」
「あおいちゃん! うちお団子食べたい!」
「私も私もーっ!」
「あきまで子供っぽくなっとるがな」
To be continued…
露伴ちゃん実写3期、そしてルーヴルの実写化からジワジワとモチベーションは上がっていたのですが、6部アニメも相まって更新まで漕ぎ着けました。1年近く待たせる形になってしまい、申し訳ありません。今年こそは年4更新、したいですね。
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