Fate/staynight [Midnight Walker]【本編完結】 (秋塚翔)
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/StayNight編
#1 日没


どうも、東方fgoも序盤だと言うのに性懲りもなく新作投稿した秋塚翔です。
ですが……スマン、出会っちまった。どーしても書きたい奴に(刃牙感)

勧められて実況動画で観た、夜廻と深夜廻。どうしようもないくらいの救われなさに泣かされました。あれ何なの?ホラーゲームで最後の最後まで報われないって卑怯な気がします。夜明けが夜明けじゃない件について。プレイヤーまだ闇夜だよコンチクショウ(泣)

と言う訳で、悲しみ極まってこのfateとのクロス作品を書き上げました。救われないなら救ってやるよ!と。fateも大概救われてないのは見て見ぬフリ。
それでは夜を廻り離れた手を繋ぎ直す異色のクロス、どうぞご覧ください!


 ──ガァンッ、キンッ! ドカァ!

 

 

 鉄と鉄。赤い槍と白黒の双剣がぶつかり合い、激しく火花を散らす。夜の時が近付いている校庭で繰り広げられるその戦いは、人間の常識から外れたものだった。二人の人間らしきものが刃を交えているだけなのに地面は割れ、抉れ、ひしゃげた朝礼台はまるで爆撃を受けたかのよう。その様を、双剣を握る赤い外套の男を従える少女が間近で見届ける。

 それは、真実を知らない者から隠された大いなる儀式。

 

 

「やってくれるじゃねえか、弓兵(アーチャー)風情が。俺に白兵戦でここまで食い下がるとはな」

 

 

「お望みとあらば、その喉笛を食いちぎる事もやぶさかではないが? ランサー……クランの猛犬よ」

 

 

「ハッ! 抜かすなら、この槍を受け止めてからにしやがれッ!」

 

 

 言った途端、青いタイツの男──ランサーが握る槍から尋常ではない力が溢れる。少女はそれに息を呑み、少女に従う赤外套の男(アーチャー)は迎え撃たんとした。

 

 

 と、その時。誰もいないはずの校舎から、小石を擦り合わせた足音が立てられた。

 

 

「! 誰だ!」

 

 

 その僅かな音を聞き取ったランサーが、獣のような獰猛さで吠える。

 薄ら暗い校舎前で走り去るのは、小さな人影。見るからに高校であるこの学校の生徒、もちろんだが教師でもない。が、そこは別に問題ではなく……"この戦いの場"を、部外者が目撃してしまった事態が重大だった。

 

 

「な、何でこんな時間に……って、ちょっと、ランサーは!?」

 

 

 今しがたまで対峙していたランサーが忽然と姿を消したのに、少女はアーチャーに問い掛ける。対するアーチャーは当然の如く、平然と答えた。

 

 

「目撃者だからな。消しに行ったんだろう」と──

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「……消えただと?」

 

 

 アーチャーの答えた通り、あの場を見てしまった者を隠匿のため抹殺しようとしたランサー。だが彼は、肝心の目撃者を見失っていた。

 

 

(ただの人間が、この距離で逃げ切れる訳がねえ……ならば魔術師、いやまさかマスターかサーヴァントか?)

 

 

 槍兵(ランサー)の位を冠する彼は、素早さに長けている。故に彼の追跡から逃げおおせる者は、そう居ないだろう。しかし現にランサーの実戦的、魔術的両方の感覚を以てしても目撃者の存在は捉えられなかった。

 まさか、この()()()()()()()なんて稚拙な事は有り得まい。

 そう考え、ランサーは感覚鋭く捜索に入る……その背後、草の繁みから出てきた()()()は、手に持ったそこらから拾い上げた石をランサーの目の前に投げ入れた。

 

 

「──あ?」

 

 

 カツッ、と乾いた音を立てて石がランサーの視界に割り込む。

 普通なら無視か、見てから飛んできた方を振り向いただろう魔術も仕掛けも無い単なる小石。だがしかし、ランサーはどちらも選ばず石に歩み寄る。まるで、そのものしか目に入らないように。

 瞬間、ランサーの横を小さな足音が通り抜けた。

 

 

「っ、なにッ……!?」

 

 

 気付くも一歩遅く。ランサーの視界から足音の主は、校舎の角を曲がって消える。

 すぐさま追うランサーだが、さしもの敏捷性も遅れを取れば形無し。微弱にしか感じない魔力を頼りに再び姿を消した獲物を追跡した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「な、何だったんだ、あれは……!」

 

 

 時を同じくして。"もう一人"の目撃者は、先程直視したものを信じられずにいた。

 『人間ではない何か』が戦っている光景……かつて所属していた部活の後片付けを押し付けられ、こんな時間まで居残っていた彼にとってそれを見てしまったのは不運だっただろう。

 「誰だ!」と叫んだ『何か』の片割れの声に思わず逃げ出し、息絶え絶えに校舎に入った。どうやら追いかけてくる様子はない、だが油断もできない。どうにか学校から出なければ……

 そう考える少年の思考は、突如胸を襲った鉄の感触と衝撃に遮られた。

 

 

「かっ、は……」

 

 

「他にも居やがったか……まぁ、良い。運が悪かったと死んでくれや、坊主」

 

 

 声を届け、虚空から染みるように姿を現したのは『何か』の片割れ──ランサー。本来追っていた目撃者を探す最中、少年を見付けて標的を変えたようだ。

 ズ、と突き立てられた槍を引き抜かれると、少年の胸から鮮血が溢れる。致命傷を受けたのは、状況を理解できてない少年にも本能的に分かった。

 途端に力を失い、床に崩れ落ちる少年。そんな不運な目撃者を尻目にランサーはまた舌打ちを鳴らす。

 

 

「チッ、もう一人には出し抜かれたか……? だとしたらアサシンかキャスターか……とにかくマスターのとこに戻って知らせるか」

 

 

 ここにはまだアーチャーがいる。ましてや自分はマスターに小手調べで遣わされた身だ。一旦帰還すべきだとランサーは判断し、再度姿を見えなくする。

 取り残された少年は、死を待つばかりだ。恐らくこのまま命を落としたとしても、儀式の監督役側から学校に忍び込んだ強盗に不幸にも刺されて死んだ辺りで処理されるだろう。今夜の事は露呈しない。

 と、そんな命尽きようと言う少年に何かが歩み寄る。意識も白濁した中、少年がそちらに目を向けると、

 

 

「……あの、大丈夫……ですか?」

 

 

 それはまだまだ幼い、女の子だった。

 懐中電灯を手に、大きな青いリボンと可愛らしいナップサックを身に付けた隻腕の女の子は瀕死の少年に恐る恐る声を掛ける。

 ここは危険だ、早く逃げろ──少年がそう言いたい口は、しかして上手く動いてくれなかった。

 自らの助命より、目の前の女の子が自分と同じ目に遭うのを避けたい少年。まだ『何か』のもう一方(アーチャー)がいる。何とかこの子だけでも……そう力を振り絞ろうとした少年は、多くの血が流れ出たために意識を遠くに飛ばした。

 

 

「アーチャー、ランサーを追って。マスターの元に戻るはずよ」

 

 

 と、そこへ凛々しい声が響く。それはアーチャーを従える少女。少年と同年代らしい、夜闇でも輝く美貌を持つ彼女の声に、見えない何かが駆け出した気配がして、一方の少女は少年と女の子の元に寄る。

 

 

「! ……貴女、もしかしてサーヴァント? 一体何のクラス?」

 

 

 近付いて勘づく、明らかな人間とは違う感覚に少女は倒れる少年の傍らにいた女の子にまず問い掛ける。普通の人間、ましてや年端も行かない子供なら意味の分からない問い掛けだろう。しかし女の子は、それを理解して事も無げに答えた。

 

 

「私は──ウォーカーのサーヴァント、です。えっと、その、こんばんは……」

 

 

 『徘徊者』の意味を持つ、知られざる位を冠する女の子と少年達の出会い。それを運命の機転として、物語は流れを変える。

 その物語がどこに行き着くのか、それは暗く不気味な夜道のように誰も分からない──




小石は人面犬に効きます。もう一度言います、人面"犬"に効きます。
オリジナルクラス、ウォーカー登場。最初ゲームのビジュアル的にフォーリナーを予定してましたが、あれはやはりクトゥルフ神話関連でないと該当しないようで仕方無くオリジナルにしました。歩いて物事を成してきた英霊が当てはまるクラス……多分伊能忠敬とかメロスもこのクラスじゃないかななんて妄想。
少し短いですが、いかがだったでしょう?fateサイドは上手く描写できてたら救い。ここから救われなかったウォーカーを、聖杯と言う希望のもと救いに導く所存なのでご期待くださいませ。
宜しければコメント、評価をくださると夜明け(執筆速度)が速くなります。


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#2 夜更

とある実況動画でハ……ウォーカーはクリア後だと懐中電灯が首に下げるタイプのライトに替わってると気付いたのですが、とりあえず懐中電灯はストーリーにおける必需品としてこの作品では突き通させてもらいます。これが原作未プレイによる失態よ。

筆が乗ると投稿早くなる現金な俺氏。何だかんだでfateと深夜廻の相性が良いせいもあります。


 自宅の屋敷に戻ってきた凛は、その勝ち気な気性に少し鳴りを潜めさせる。今夜は色んな事が起きすぎた。

 何よりこの聖杯戦争で切り札となる父の形見、魔力の塊だったペンダントを失ったのは大きい。幾ら"あの子"が悲しむからと言え、良く見知った少年の命を助けるため使い果たしたのだ。私情で勝率を下げてしまった。

 ランサーを見失い帰還したアーチャーが拾ってきた、ただの宝石と化したペンダントを手にして気持ちを切り換える凛。そんな殊勝なマスターにアーチャーは話題を持ち掛ける。

 

 

「ところで凛、先ほど遭遇したサーヴァントについてだが……」

 

 

「ええ、それは私も考えていたわ。ウォーカーと言ったかしら。あの英霊は一体何なの?」

 

 

 聖杯戦争は、七人のマスターと七騎のサーヴァントで行われる殺し合いだ。サーヴァントにはそれぞれ七つのクラスに振り分けられ、凛の召喚したアーチャーや先で交戦したランサー、他にもセイバー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーのクラスが存在する。

 そこに現れたウォーカーと言う聞き慣れぬクラスのサーヴァント。名乗られた際、凛はその正体不明さから臨戦態勢を取ったが、

 

 

『私にマスターはいないよ。それに貴女と戦うつもりも無いから……』

 

 

 本当にサーヴァントなのかと一瞬疑う、年相応な態度で制された。

 その後、倒れた少年が顔見知りだった事から魔術で治療をし、危機を脱した事にこれまた年相応なあどけなさで安心したウォーカーのサーヴァントと名乗る女の子は、「それじゃあ私は行くね。ばいばい」と戦意の削がれる手振りで立ち去ってしまった。凛も少年の事は本人に任せ、帰路に就き今に至る。

 

 

「マスターが居ないなんて……そんな事が有り得るの?」

 

 

「虚偽でもなければ、確かにマスターを必要としないクラスもある。裁定者を冠するルーラーのサーヴァントは聖杯戦争の在り方を正すため聖杯が召喚するクラスゆえ、マスターは存在しないらしい」

 

 

「あのサーヴァントもそうだってこと?」

 

 

「さてな。しかし、ルーラーを含めた規格外──エクストラクラスと言うのは底が分からん。我々の常識を文字通り逸脱していても不思議でないだろう」

 

 

「ふーん……」

 

 

 凛はソファで足を組み、思考を巡らせる。

 常識を越えた存在、エクストラクラス。なるほど、それならあの女の子の在り方にも納得が行く。どうもあの子には敵意を抱けない……まぁ、見た目と魔術師ならではの冷たさを持てない性分である自分だからと言う話かもしれないが。

 とにかく、正体の分からないあの子とは敵対しないで済むだろう。少年が死の危機から脱したのに安堵していたし……

 

 

「……あっ!? そうだわ!」

 

 

 そこで気付いた凛。そう、少年が死にかけたのは戦いを見てしまったから。よってランサーに始末されたのだ。

 ならば、そんな彼が生きているとすれば?死体が無い事に勘づいたランサーが取る行動は一つ。少年を再度狙いに行く事である──

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ──ママ……ママ……

 

 

 ──アツイ、アツイ、アツイ

 

 

 ──オォォォ……

 

 

 今から十年程前、冬木で大規模な火災があった。

多くの犠牲者を出した大災害。理不尽の内に命を奪われた人達の無念は、十年経った今も晴らされずこの地に留まっている。

 何故こんな目に、■■に会いたい、この苦しみはどうすれば和らぐ……そうした生に執着した残留思念は時間と共に変じ、怪異としてさ迷う。

 

 

「──よい、しょ……」

 

 

 それら無念の理由すら忘れた"お化け"が通り過ぎたのを見計らい、ウォーカーは立て看板の裏から姿を現す。

 "あの街"ほどではないが、ここにも数多くのお化けが彷徨いている。中には自分の死を追体験した形なのか、タコの足を伸ばして襲ってくる子供のお化けもいた。

 普通なら足がすくむような異界と化した夜の街。それでもウォーカーは、その暗く染まった冬木を巡り歩く。

 

 

「えっと、こう来たから次は……こっちかな?」

 

 

 手製の地図と照らし合わせ、見知らぬ道を行くウォーカーは数日前、気が付けば冬木の夜道を歩いていた。

 聖杯から与えられる知識で、そこは自分が生まれる約4、5年前の知らない街であり、自分はサーヴァントと言う事を知った。ただ何故マスターが居ないのかは分からない。

 サーヴァント、聖杯、そしてそれらを使った聖杯戦争……サーヴァントでも子供でしかないウォーカーには良く分からないものである。一つ、その求められるもの──願いを叶える願望器、聖杯には大いに心を引かれた。

 

 

(……ユイ……)

 

 

 繋いだ手を離してしまった、かけがえの無い親友。彼女をもう一度助けられるなら。英雄でも偉人でもないただの子供でしかない自分だが、その聖杯を手に入れたい。ユイの手を、今度こそ繋いで家に帰りたい。

 そのためにウォーカーは今日も夜の街を出歩く。徘徊者故に。懐中電灯を照らし、夜闇に潜む"お化け"から逃げ隠れ、他のサーヴァントを見付け、自分に欠けた聖杯を共に手にする存在──マスターを求めて夜を廻る。

 それが子供でしかない彼女、ウォーカーの聖杯戦争での戦い方だ。

 

 

 ──キィンッ

 

 

 その時だ。通りがかった屋敷の塀の向こうから、鋭い金属音が響いてきたのは。

 ガィンッ!ギンッ!──とても生活音とは思えない、明らかな戦闘音。それを聞き入れたウォーカーだが、様子を確認する事はできない。なにせ、他人の家だから……

 彼女はサーヴァントであっても、その敏捷や筋力と言ったステータスは見た目通りの人間の子供程度にしかない。故に自分の何倍もあろう高さの塀を飛び越える真似はできず、加えて現代の人間なので他人の家──廃屋は例外──に忍び込むのは常識的に憚られた。

 更に言えば、もし無理に関わって交戦するサーヴァントらから狙われたりしたら命取り。()()()()()()()()()とは言え、敵対は避けたい。

 と、幼い思考でそう判断したウォーカーはどうするか動きに迷う。そんな一方、屋敷から人影が飛び出し、両手に握る不可視の得物で正面より躍り出てきたもう一つの人影と衝突した。

 

 

「はあァッ!」

 

 

「フッ……!」

 

 

 武器と武器がぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 目にも止まらぬ剣捌き。埒が明かないと悟ったか両者一旦距離を取る。すると、屋敷から来た騎士の雰囲気を持つ方がウォーカーに運悪く接近、存在に気付かれた。

 

 

「っ、もう一騎いたか!」

 

 

「……!」

 

 

 新たに現れた敵を一撃の元に倒さんばかりの気迫で、騎士は向き直る。それにウォーカーは恐怖で尻餅を突く。

 その年端も行かない容姿が、加減無く切り伏せようと構えられた騎士の剣を止めた。

 

 

「やめろセイバー!」

 

 

 そこへ、屋敷の門から少年が現れて長剣使いに向け制止の言葉を投げ掛ける。驚いたように騎士──セイバーは振り向き、従うべき少年の言葉に物言う。

 

 

「何故止めるのです、シロウ。敵が二騎現れました。ここで仕留めておかなければ」

 

 

「待ってくれ。こっちはてんで分からないんだ。マスターなんて呼ぶんなら少しは説明してくれ!」

 

 

 戦いの場において、何とも間の抜けた申し出。それでもマスターである少年の言葉にセイバーは優先事項を考える。戦う者として敵を排除するか、従う者として主の指示に従うか……

 セイバーは、少し考えてから不可視の武器を霧散させ武装解除した。

 

 

「説得は済んだようね。こちらとしても有り難いわ」

 

 

「! ……お、お前、遠坂か!?」

 

 

「ええ、こんばんわ衛宮君」

 

 

 短剣を持った方、アーチャーのマスターである凛の姿に少年──衛宮士郎は驚きの声を上げる。普段はミスパーフェクトと呼ばれる優等生である"だけ"の凛は、ニッコリと笑顔を浮かべて士郎に挨拶した。士郎は知られざる魔術師としての凛に驚くしかない。

 そんな士郎の様子はさておき、凛は提案を述べる。

 

 

「とりあえず中で話をしましょう。突然の事態に驚くのも良いけど、素直に認めないと今みたいに命取りって時もあるからね──貴女もどうかしら、ウォーカーのサーヴァントさん?」

 

 

「え……?」

 

 

 女神のような笑顔を向けられ、未だ尻餅を突くウォーカーはポカンと口を開くしかできなかった。




さっきは出会しただけだった剣と弓陣営が、巻き込んだ形でウォーカーと本格邂逅しました。

第5次聖杯戦争のある2004年はウォーカーにとって自分が生まれる前、つまりウォーカーは誰かさんと同じく未来から来た英霊になります。まだこの頃スマホ無いだろうしね。メリーさんがガラケーだった時代(笑)
エクストラクラスへの認識はあんなんで良かったかなと不安。ぶっちゃけクロスやっといて何ですが、どちらもにわかですからね。教えて知ってる人!

次回は上手く書ければバーサーカー戦になりそう。東方fgoの更新を優先したいですがね。コメントや評価をいただけると執筆速度が上がるかもなので、宜しくお願いしまぁーす!(見た事無いサマーウォーズ感)


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#3 宵闇

話数表現をfate側に修正しました。この一話毎のペースで「章」と掲げるのはどうかなと……結果、fateと深夜廻の複合サブタイになった感じなので個人的には良しとします。

今回はちょっとイマイチな出来。やはり説明パートが入ると弱い。それもはしょり過ぎて短いかどうか不安ですしね。
ニュアンスは分かると思いますので、どうぞご覧あれ!


「率直に言うとね、衛宮君はマスターに選ばれたの」

 

 

 出されたお茶を一口啜り凛は語り出す、士郎の今置かれた状況と聖杯戦争が何たるかを。

 矛を納め、一時休戦として士郎の屋敷に上がり込んだ凛。アーチャーには屋敷の外で見張りをさせ、意図せずセイバーのマスターになったばかりで何も知らない士郎に説明を行う。

 

 

「──まぁ、こんなところかしら。あと私が教えられるのは貴方がもう戦うしかなくて、サーヴァントを上手く使えって事だけよ」

 

 

「…………」

 

 

 一通りの説明を聞いた士郎は、言葉が出ず押し黙る。今は亡き魔術師の養父を持ち、魔術の基礎を習っている彼だが基本は魔術世界と関わりの無い一般人と変わりない。魔術師によるサーヴァントを使う殺し合いを、そう簡単には受け入れられなかった。

 その心情を知ってか否か、凛は話を進める。

 

 

「さて、理解くらいはできたわよね? それなら次の話題に移らせてもらうけど」

 

 

「次の……?」

 

 

 そう切り出し、士郎の疑問に答えるように凛は視線を隣に動かす。そこにはオレンジジュースを行儀良く飲む隻腕の少女、ウォーカーの姿があった。

 たまたま巻き込まれ、なし崩し的に連れてこられたイレギュラーの少女に凛は瞳をギラリと光らせる。

 

 

「今度は貴女の番よ。さぁ、洗いざらい正体を明かしてもらいましょうか?」

 

 

「え、あの……うぅ……」

 

 

「おい遠坂、相手は子供だぞ。そんな威圧的に詰め寄るな」

 

 

 『隠し事したら分かってるでしょうね?』と言わんばかりの問い掛けに萎縮したウォーカーを見、士郎が凛を嗜める。凛も、サーヴァントとは言っても見た目は小さな女の子を怯えさせたのに流石に罪悪感を覚えたか、ウッとバツが悪そうにした。

 それから士郎が宥めつつ改めて聞き直すと、ウォーカーはおずおずと語り始める。自分はウォーカークラスのサーヴァントである事、マスターは最初から居ない事、自らも願いがあって聖杯を求めている事を子供らしい口振りで明かす。

 士郎は、そんなウォーカーの説明に質問を投げ掛ける。

 

 

「マスターが居ないって、それ大丈夫なのか? 確かマスターから魔力を与えられないとサーヴァントは消えるんじゃ……」

 

 

「ウォーカーのサーヴァントには『散策』ってスキルがあるの。それで夜の間だけ私は魔力が尽きないんだ」

 

 

「ちょっ、それって反則じゃない!?」

 

 

 と、思わず凛が机に身を乗り出す。驚くのも無理は無い。魔力が尽きない、と言う表現に語弊が無ければ単独で現界し続けられるだけに留まらず宝具を使いたい放題と言う事だ。

 宝具──サーヴァントにとっての切り札。武具や伝承、在り方から生まれるその力は、時に軍隊や兵器に例えられる。そんな代物が使い放題なら、この上無い脅威だろう。

 しかし、そうした凛の愕然にウォーカーは首を横に振った。

 

 

「代わりに私には戦う力が無いんだ……宝具は何回も使えるものじゃないし、昼間は魔力が減るから霊体化してなきゃいけない。こんな私じゃ、聖杯戦争は生き残れないかな……?」

 

 

 そう呟いて俯くウォーカーには、寂しさと哀しみが窺える。

 サーヴァントはマスター同様願いがあってこそ、万能の願望器を懸けた聖杯戦争に召喚される。ウォーカーもまた然りだ。

 たった一人戦う力も無く聖杯を求める少女、ウォーカー。その姿に士郎は何とも言えない気持ちを抱いた。まるで自分自身を見ているかのように──

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ──聖杯戦争をもっと詳しく知りたいでしょう? それなら、監督役を務めてる奴に聞いた方が良いわ。

 

 話し合いが終わり、凛はそう提案して士郎とセイバーを隣町の教会まで案内した。そこに彼女がエセ神父と呼ぶ監督役が居るらしい。

 ウォーカーはそれに同行。理由は隣町に行った事が無いからだそうだ。凛と士郎が教会に行っている間、セイバーと共に門の前で彼らの帰りを待つ。

 そして数十分後。

 

 

「お待たせ。じゃ、行きましょうか」

 

 

 何事も無さそうに帰ってきた二人。士郎は覚悟を決めたか、セイバーのマスターとして聖杯戦争に参加する事をセイバーに伝え、握手を交わした。

 そうして一行は帰路に就く。空は街の灯りで多少明るいが暗く染まり、夜が領分であるウォーカーは懐中電灯を点けて先導する。

 すると不意に凛は立ち止まり、士郎と向き合った。

 

 

「ここでお別れね。義理は果たしたし、これ以上一緒にいると何かと面倒でしょ? きっぱり別れて、明日から敵同士よ」

 

 

 そう、凛はアーチャーのマスターで士郎はセイバーのマスター。本当なら最初から殺し合っている間柄だ。敵同士として、同じ聖杯戦争の参加者として、袂を分かとうとする凛の行動は真っ当である。

 

 

「貴女ともよ、ウォーカー。聖杯を狙ってるなら、次に会った時は遠慮無く倒させてもらうわ」

 

 

 ピッ、と指差し鋭い目付きでウォーカーにも言い放つ。それだけの覚悟があっての事だろう。自分より小さな女の子に対しても、真っ直ぐ敵として認識を改めていた。

 しかし、対する士郎は何を思うか嬉しそうに微笑んだ。

 『これ以上一緒にいると何かと面倒』……感情移入しては戦いにくくなると言う意味に取れる言葉。何も知らない自分にわざわざ教えてくれたのはあくまで公平に、ただ善意だけで肩入れしてくれたのだろう。それに気付いた士郎は直情的に口を開いた。

 

 

「……なんだ、遠坂は良い奴なんだな」

 

 

「は?何よいきなり。おだてたって手は抜かないわよ」

 

 

「知ってる。けど、できれば敵同士になりたくない。俺はお前みたいな奴が好きだ」

 

 

 深い意味は無い真っ直ぐな言葉。それを聞き届けた凛は「な……」と漏らして顔を赤らめる。士郎はそんな彼女の横を通り去って家路に就こうとした。

 

 

 直後、セイバーが何かを感じ取って士郎の前に飛び出し、ウォーカーもまた懐中電灯を遥か正面に向けて後ずさった。

 

 

 

 

「──ねぇ、お話は終わり?」

 

 

 

 

 囁くように、しかし良く響き渡る幼くも妖艶な声が発せられる。

 士郎と凛が声の方に振り向くと、道の先に月光を背にして佇む黒い巨人と白い少女の姿が映った。

 普通の人間を遥かに越えた背丈の黒い巨人と目視した士郎は、悪寒を走らせた。アレは、何だ? と……

 

 

「こんにちはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目ね」

 

 

 その巨人を引き連れる少女は士郎と面識あるような口振りで、ニッコリと笑い掛ける。続いて傍らの凛にも、こちらも存在だけは知ってるように恭しくお辞儀を行った。

 

 

「初めまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 

 

「アインツベルン……それにあのサーヴァント、バーサーカー……!?」

 

 

 最大の仇敵と、その傍らに立つサーヴァントに驚きながら凛は相手の能力値を読み取る。そこで更に驚愕する事となった。

 バーサーカーと呼ぶ巨人、それはクラス最優と名高いセイバーを単純な能力なら凌駕していた。

 ウォーカーもそんなバーサーカーを見て尻餅を着く一方、凛は即座に霊体化しているアーチャーに指示。応戦の構えを取るとバーサーカーを従える少女──イリヤはあっさりと告げる。

 

 

「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 

「■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 

 命令を受け、空気を震わせるほどの雄叫びを上げたバーサーカーは力強く踏み込む。地面が容易く割れ、その勢いで巨体を空高く跳躍させると、武骨な剣で以て士郎達を猛襲した。

 「下がって!」──相対するセイバーが士郎達にそう叫ぶと不可視の剣を構える。すると襲い掛からんとしたバーサーカーに無数の矢が降り注いだ。位置に着いたアーチャーからの援護射撃だ。

 

 

「■■■ッ!」

 

 

「っ……!」

 

 

 が、盛大な爆発を巻き起こした射撃にバーサーカーは揺るがない。むしろダメージが無い様子でセイバーと激突。その膂力でセイバーを弾き飛ばした。

 

 

「ッハアァ!」

 

 

 広場に着地したセイバーは戦意損なわず、追撃してくるバーサーカーの剣を捌く。巨体のバーサーカーに細身のセイバー。だが、そんな体格差はサーヴァントに関係無く、戦士と剣士として持ちうる力で互いは拮抗する。

 しかしアーチャーの援護あっても、バーサーカーは恐ろしいまでに動じない。生前は高名かつ偉大な英雄だったのだろう。傷一つ無く猛然と眼前の敵(セイバー)に攻め入る。

 

 

「セイバー……!」

 

 

「なんて化け物よ……あんなの流石のセイバーでも……」

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

 戦慄する士郎達。と、そこへ声が掛けられる。ウォーカーだ。

 

 

「私の宝具を使っても大丈夫、ですか?」

 

 

「……それであの化け物みたいな奴に敵うって言うの?」

 

 

 突然の進言に凛は半信半疑で聞き返す。ウォーカーは戦う力が無いと言っていた。そんな彼女が、あんな見た目からして恐ろしい、セイバーとアーチャーの攻撃もものともしないサーヴァントに敵う力があるように思えない。

 凛の問いにウォーカーは「うん」と小さく頷く。が、ただしとばかりに付け加えた。

 

 

「ただ、気を付けて。貴方達も死んじゃうかもしれないから」

 

 

「「え?」」

 

 

 そう言い残し、ウォーカーは駆け出す。セイバーとバーサーカーが激しくぶつかり合う場へと。

 その口が紡ぐのは自身の切り札、宝具を解放する一言。自らの歩き廻った記憶から生まれた()()()()

 

 

「あなたをさらいに夜がくる──『怪異蔓延る深夜の街(しんよまわり)』!」

 

 

瞬間、白い光に包まれて"現実"は『彼女の世界』へと一変した──




ウォーカーの宝具発動!果たしてバーサーカーに敵うと断言?した力の程はいかに。

ストーリーはしょり過ぎた感じですが、いかがだったでしょう。今作はあくまで中心人物のウォーカー視点主体で進めていくので聖杯戦争の説明や教会での下りは省略しました。神父の出番ねぇから!(ライフ感)
ウォーカーがマスター無しに現界し続けられるのはクラススキルによるものでした。fate的にはアリな性能か微妙なところ。調べてから書いてはいるんですが、いかんせん望んだ答えが見付かりませんからね……とりあえずご理解いただけない場合、エクストラクラスって規格外の存在だからって事で一つ(苦笑)

次回はウォーカーの宝具内での戦い。士郎達は生き延びられるか。
宜しければ評価やコメントをくださると、今の執筆スピードを維持していられます!


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#4 深夜

ラスアンのありすがエグすぎて辛い。昨今は幼女に救いがないのが主流なんだろうか……とりあえずウチのナーサリーをめっちゃ可愛がろうと思いました(小並感)
まさかfate観てると思ったらまどマギになるとは思わなんだ。

後半をちょっと急ぎすぎました。また拘り癖が出そうだったもので。今回はオリジナル展開だから仕方ないにしても着々と文字数が増えている事に不安を感じつつ、それなりに良い出来ではあると思うのでご覧あれ!


 それは、少女が見たとある街の夜の一面。現実世界に具現化された恐怖と悔恨の景色。

 若干時代を感じさせる街並みには、この世のものとは思えない魑魅魍魎の類いが跋扈している。

 

 

 母親を求めてさ迷う子供の霊、

 

 

 落書きじみた様が逆に不気味な人型の異形、

 

 

 大きな口から牙を剥く奇形の犬、

 

 

 血に塗れた鉈を引き摺る白面の怪異、

 

 

 道を阻む地面に生えたクジラじみた頭部など──

 

 

 無数に蔓延るそれらが抱く感情は生への執着か、邪な悪意か、度の過ぎた悪戯心か。少なくとも人間の存在が許されざる異界がそこには広がっていた。

 イリヤはその様変わりした空間を見渡し、驚愕と警戒を示す。

 

 

「まさか、固有結界? こんな所で……」

 

 

 固有結界──術者の心象風景で現実を塗り潰す大魔術。一時的でも、世界を一変させてしまう魔法に近い代物だ。

 それがまさかこんな局面で、しかもサーヴァントとは思わなかった(見た目だけは)自分より幼い少女が使うとは……冷静に思考を働かせるイリヤに、驚きに準じた狼狽は無い。彼女のサーヴァントであるバーサーカーも狂戦士ならではか、変異した世界にも全く動じてなかった。あるのは、新たな敵であるウォーカーをも倒す視野に入れる事のみ。 

 

 

「バーサーカー、まずはセイバーを潰しなさい!」

 

 

 命令を聞き届けたバーサーカーが、再びセイバーに詰め寄る。セイバーも突然変わった世界に驚くも、騎士として毅然と身構えた。そうするセイバーを仕留めんと、横から襲ってきた『お化け』を蹴散らそうとしたバーサーカーは、

 

 

 次の瞬間、セイバーの眼前であえなく()()()──

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「遠坂! こっちだ!」

 

 

「え、ええ!」

 

 

 士郎は凛の手を引いて塀の陰に身を潜める。その横を白い丸顔の怪異が通り過ぎた。そうして追い掛けてきた異形をやり過ごし、士郎は息を吐くと凛に質問を投げ掛ける。

 

 

「あれは一体何なんだ? これが、ウォーカーの宝具?」

 

 

「間違いなくそうね。固有結界とは恐れ入るわ……これがあの子の見てきたものから形作られた世界ならゾッとするわね」

 

 

 街頭に照らされて姿を明かす異形の数々を覗き見、凛はブルリと肩を震わせる。様々な悪趣味じみた使い魔や人造生物を見聞きしてきた凛ですら、本能的に恐怖を覚える光景。しかも、あれらは物理も魔術も全く通じないと来ている。バーサーカーとは別種の、意味の分からない畏怖がそこにあった。

 

 

「とにかく安全な場所に……」

 

 

《そんなもの、この空間内にあると思うか?》

 

 

「! ……アーチャー!?」

 

 

 聞き覚えのある声が響き、士郎達が隠れる路地裏にアーチャーが霊体化から姿を現す。

 

 

「貴方、どうしてココに?」

 

 

「どうもこうも、市街地の離れた狙撃ポイントで援護していたところを引き込まれてしまってこのザマだ。すぐに別のポイントを探したが、唯一目を付けた"山"は侵入を拒否されてね。仕方無くマスターを護りに来たと言う次第だ」

 

 

「侵入を拒否……?」

 

 

 ふと気になった言葉を繰り返した士郎を余所に、状況説明したアーチャーは虚空を見上げる。方向的には恐らくバーサーカーとセイバー、あとウォーカーの魔力を感知しているのだろう。そうしたアーチャーは自嘲気味に付け加えた。

 

 

「まぁ、私の助力などこの宝具には不要だろうがね。これはウォーカーが支配……いいや、彼女すら油断すれば食い殺される殺す事に特化したおぞましい宝具なのだろうからな」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 判断を見誤った! ──イリヤは歯噛みする。

 凛のアーチャーはさておき、三騎士の中でも最優と名高いセイバーを倒すのが先決だと思っていたイリヤ。マスターもマスター(衛宮士郎な)だけに、戦術的にも私情的にもまず倒すべきはセイバー陣営だと決めていた。

 が、違った。私情を挟んで判断ミスをしてしまった。まさか、三騎目のサーヴァントの宝具でバーサーカーが()()も死ぬなんて……!

 

 

("死ぬ"と言う結果だけを理屈抜きに与える宝具……そんな英霊がいるなんて想定外だわ)

 

 

 セイバーと衝突する寸前、横槍を入れてきた怪異に触れたバーサーカーが鮮血を吹き出したのを思い返し、イリヤは苦渋に顔を歪ませる。あの後も矢継ぎ早に悲痛な叫びを上げて落下する女の霊や、揺れ動く気味悪い怪異から次々襲われ、バーサーカーは三つも命のストックを消費していた。

 一度目の死から立ち直る間に、相対していたセイバーは街中に紛れ、もうこの場には居ない。だが今のイリヤには関係無かった。彼女が狙いを改めたのは、最強と信じたバーサーカーを三度も殺した世界を維持する予想外のサーヴァント(ウォーカー)だ──

 

 

 

 

 ウォーカーは人間の子供と大差無い能力値だが、宝具やスキルを用いた『逃げ回る』事に長けたサーヴァントだ。ランサーのような戦士すら出し抜いたその利点は、お化けから逃げ隠れしてきた実績から来ている。

 

 

「■■■■■ッ!!」

 

 

 ズン、ズン、と重い足音を立ててバーサーカーが逃げていたウォーカーの前に再び現れる。スペックが軒並み人間レベルのウォーカーを見付けるのは造作も無い。バーサーカーはウォーカーを発見するなり、絶叫して猛然と飛び掛かってきた。

 まさに怪物の気迫。並のサーヴァントなら迫力だけで思わず足がすくみ動けなかっただろう。しかしウォーカーにとってそんな恐ろしい存在なんて、怪異(お化け)で見慣れていた。

 

 

「……!」

 

 

 鬼気迫るバーサーカーの姿を目視し、一目散に逃げ出すウォーカー。懐中電灯の明かりでお化けを捉えて掻い潜っていく。

 バーサーカーもまた三度も死ねば狂ってようと戦士の勘が働く。見えない怪異を『心眼』で避け、すぐに追い付いたウォーカーめがけて──マスターの命令や狂化の影響が彼の禁忌を上回り──斧剣を振り下ろす。

 刹那、ウォーカーの姿はバーサーカーの視界から()()()()()

 

 

「!?」

 

 

 ガァンッ! ──標的を失った一撃は、凄まじい音を立ててアスファルトの地面に打ち込まれる。しかし、軽く地面を割るほどの一撃は道路を少しも傷付けてはいなかった。

 どうやらこの空間内での破壊行為はシャットアウトされるようだ……そんな事は二の次どころか思考の外に置き、バーサーカーはキョロキョロと辺りを見回す。ウォーカーの姿は何処にも無い。令呪や技能で逃げたか? そう本能で考えたバーサーカーが歩を進めると、すぐ脇にあった草むらからウォーカーが飛び出して反対側に駆けていった。

 

 

「……■■■■■ーッ!!」

 

 

 獲物を見付け、空気を震わせて叫んだバーサーカーがウォーカーを追う。狙ったものは構わず叩き潰す。まさしく破壊兵器のような行動基準で巨人は子供を追跡する。そこに理性があったなら、たとえアサシンでも彼の手を煩わせず捕らわれただろう。だが、お化けと同じ感じならばウォーカーにも勝機はあった。

 反対側へ逃げたウォーカーが駆け込んだのは道端に設けられた地蔵。それに触れると、

 

 

「『記録された道祖神の恩恵(おじぞうさん)』」

 

 

 一言唱え、白い光に包まれてまたも姿を眩ましてしまった。

 

 

「■■■……■■ッ! ■■■■■ーーーッ!」

 

 

 二度目、いや三度目になる取り逃し。バーサーカーは未だ何も刈り取れていない斧剣を狂気のまま地蔵に叩き付ける。無論、地蔵すらその破壊的な攻撃に傷一つ付かない。

 と、そんなバーサーカーの耳に突き当たりの道から小さな足音が聞こえてきた。見ればバーサーカーのいる道路を横切るウォーカーの姿。それを見て戦士として、マスターに倒せと命じられた身として思うがまま彼は疾駆する。

 

 

 マスターの敵は、倒す──

 

 

 絶対に逃がさない──

 

 

 必ず捕らえる、マスターのために!──

 

 

 怒りより忠誠を優先してウォーカーを追い掛ける。一度は見捨てられようと、守って信じてくれたマスターの願いを叶えるためにも敵は絶対に倒す。

 そうして角を曲がったバーサーカーは、『とうめいななにか』に躓いた。

 

 

「──はあァァァッ!」

 

 

 大きさも重さも不明な『なにか』。それによってバランスを崩したところに何処から現れたか、セイバーが好機とばかりに剣を振るう。不意な事が立て続けに起きたバーサーカーは反応が遅れ、呆気なく胴体を一閃のもと裂かれたのだった。

 

 

「! そんな、バーサーカー……!?」

 

 

 そこに遅れてやって来たイリヤが、両断されたバーサーカーを目の当たりにして目を疑う。最強と信じる自身のサーヴァントの四度目になる『死』。彼女の表情には余裕が無くなり、子供っぽい泣き顔が浮き出る。

 致命的な隙。ましてやこの空間では命取りな油断。なおもバーサーカーに命令しようと気を取られたそんなイリヤの背後に"お化け"が迫っていた。

 

 

 ──アァァァ……

 

 

「っ!? いや、来ないでっ……!」

 

 

 気付いたイリヤが咄嗟に使い魔で滅しようとするも、使い魔の強力な攻撃もお化けには無効。一切通じない。

お化けはイリヤに迫る。殺すために。セイバーも敵には慈悲無しと傍観する。イリヤは確実に来る死に戦慄した。

 

 

「危ないっ!」

 

 

 だが、それは来なかった。代わりに彼女が殺そうとしていた少年──士郎がイリヤを抱きかかえ、その場から離脱。すると遅れてウォーカーがお化けに対して塩を撒いた。神聖な塩を撒かれたお化けは居なくなるように消える。

 気付けばウォーカーの宝具は解かれ、先ほどいた教会へと続く道路に戻っていた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「……どう、して……」

 

 

「バカ。目の前で死にそうな奴を見捨てられるか!」

 

 

 イリヤの問いに怒鳴る士郎。恐らく元からイリヤを助けるつもりで駆け付けたのだろうか、でなければサーヴァントの戦う場に来る訳がない。

 呆気に取られるイリヤ。だが凛がその場に合流してくると、士郎を突き飛ばしバーサーカーの下に駆け寄った。バーサーカーは既に死から復帰して立ち上がっている。

 

 

「……次は、こうは行かないんだから……!」

 

 

 そう言い捨て、イリヤはバーサーカーの肩に乗り逃走。バーサーカーの筋力を以てしてあっという間に逃げ去り、静寂が訪れる。

 

 

「──っ……!」

 

 

「……! シロウ!?」

 

 

「衛宮君!?」

 

 すると突然、士郎は喀血し倒れ込む。驚く一同が見るとランサーに刺された胸から血が滲んでいる。傷が開いたのだ。

 士郎の意識はイリヤを助けられた安心感と共に再び途切れた──




バーサーカーに善戦!ここからHF同様にルート分岐ですかね。

ウォーカーの一つ目の宝具『怪異蔓延る深夜の街』。これはウォーカーも狙われ、制御不可な代わりに空間内の家屋などを壊せず、お化けは正攻法でなければ倒せない上に触れれば一撃死すると言う鬼畜仕様。どんなサーヴァントやマスターも、優劣関係無く殺せる地味に凶悪な宝具となります。ただし見ての通り初見殺し。次はバーサーカー相手にこうは行かないでしょう。
因みにお化けは宝具の一部ながら独立してるので、実質それぞれが同ランクの宝具として成り立っているためバーサーカーの宝具の隙を突けた、と言うのが訳です。
あとアーチャーが引き込まれたり『山の侵入を拒否された』と言ってましたが、これはどちらもウォーカーの意思によるもの。この心象世界はウォーカーのトラウマでもあるので、無意識的に繋がってる者同士が離れ離れになったり誰かが山に入る事を拒んでいるのです。

二つ目の宝具『記録された道祖神の恩恵』。ゲームのシステム的な宝具と言えば分かりやすいでしょうか。つまりワープとセーブです。セーブの説明はまた次の機会で。
前述の宝具と組み合わせれば、ウォーカーは地蔵の位置を幅広く把握してるので自由な移動が可能。もちろん現実世界でも使えます。歩く事を手段としたウォーカーの利点ですね。

実はもう一つ『とうめいななにか』を含めた三つ目の宝具を使っていましたが、それもまた次の機会……と言うか次回辺りにプロフィール載せられると思うのでその時に明かします。

後半はセイバーが急に来たり、何処からか士郎が飛び込んできたりでトントン拍子感が否めない。流れとしてはウォーカーワープ移動→たまたまセイバーと合流、バーサーカー撃破を頼む→一方で士郎はイリヤの身を案じて飛び出す→偶然近くてお化けに襲われるイリヤを見付け助ける……と言った形でした。これ文章にしたらややこしい。

次回は最強の守護獣(比喩)も登場。乞うご期待。宜しければ評価やコメントをいただけると執筆速度が上がります!


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#5 不夜

四話時点でのお気に入り登録数300人突破、日間ランキング21位ですってよ奥さん。
連載当初の伸び幅から東方fgoほど人気は出ないなと思いきや、まさかまさか東方fgo越えしてしまいました。これもひとえに私の作品を読んでくれた皆々様のお陰ですね。これからもMWを宜しくお願いします!

今回から色文字にも着手。お陰で区別化を図れて助かった。この表現は外せない。


 左手に幾重も絡まり合った赤い紐が、その場に少女を繋ぎ止める。

 

 

 

 

 ──カワイソウ

 

 

 

 

 暗く湿っぽい、洞窟らしき空間に声が響く。同情を模した死へと導く誘いの言葉。

 

 

 

 

 ──オイテイカナイデ

 

 

 

 

 上から少女の親友そっくりなものが、幾つも落ちては潰れていく。見るに堪えない光景。

 少女の目先には、助けたかったその親友の変貌した異形が花咲いたような形相でこちらににじり寄ってきている。

 

 

 

 

 ──ずっトいっショニ

 

 

 

 

 手にしたハサミで紐を切る。しかしまた、新たな紐が飛び出してきて左手に絡み付く。また切る。また絡まる。切る。絡まる。切る。絡まる──

 

 

 ──…………

 

 

 やがて、果てしない行為にハサミを握る手を下ろした少女は異形と化した親友へと向き直る。

 いつも明るく、置いてかれるくらい元気で、どんな時も笑っていた大切な友達。それが今は見る影も無く、抑えられない負の感情のまま少女に恐ろしげな一つ目を向ける。その表情は分かる訳ない筈だが、不思議と悲しんでいるように感じた。こんなことしたくない、と……

 それは少女も同じ気持ちだ。だから意を決し、いつも手を繋いでくれた親友に想いを投げ掛ける。助けられなくて、一緒にいられなくて、ごめんなさい。もうやめて。こんなの、■■■■■……!と。

 

 

 次の瞬間、最後の言葉を口にした少女の左腕は赤い紐もろとも、鮮血を上げて大きなハサミに断ち切られた──

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「ワンッ!」

 

 

「うおわっ!?」

 

 

 起きざまの吠え声に士郎は仰天。寝惚ける頭が一気に覚醒する。

 士郎の布団に飛び乗っていたフワフワした毛並みの子犬は、そうした士郎から役目を終えたとばかりにあどけない顔をして飛び降りていった。

 

 

「な、何だこの犬……?」

 

 

「おはよう。勝手に上がらせてもらってるわ」

 

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 

 二度目の起き抜け仰天。呆けた士郎に向けて声を掛けてきたのは凛だった。

 自室で正座し、寝ている自分の枕元にいた美少女の姿に士郎はすっとんきょうな声を上げる。だが、驚きはそれだけに留まらない。

 

 

「あぁ、気を付けなさい? すぐ横でウォーカーが寝てるわよ」

 

 

「なんでさーーーっ!?」

 

 

「スゥ……スゥ……」

 

 

 本日三度目。後にも先にも最高記録だろう。布団を捲ったら女の子が自分の横で寝ているなど、思春期の士郎には受け止めきれない事態だ。

 そんな士郎の慌てぶりを余所に、先ほどの子犬がウォーカーの顔をペロリと一舐め。するとサーヴァント故に本来睡眠は必要ないためか、ウォーカーはすぐに気付いて目を覚ました。

 

 

「あ、もう起きて大丈夫なの? 良かったぁ……」

 

 

 士郎の様子を見やり、安堵した表情を浮かべるウォーカー。対して驚き冷め止まない士郎は、彼女が抱き上げる犬を指差して明後日の方向ばりに問う。

 

 

「その犬、お前のなのか?」

 

 

「うん。チャコって名前なの。とっても賢くて勇敢なんだよ!」

 

 

「クゥン」

 

 

「本当に良い子よ。衛宮君が心配で霊体化せず寝ちゃったご主人様を、独りでに出てきて見守ってたんだもの。サーヴァントじゃないのが惜しい忠実さだわ」

 

 

 言って凛はウォーカーに抱えられた犬、チャコを撫でる。慣れている辺り、士郎達が目覚めるまで可愛がられていたのだろうか。

 それから落ち着いた士郎に、凛はあれからどうしたのか説明を行った。ランサーに貫かれた傷が開いて気を失った事、家に運んで治療していたら傷口が自然と塞がった事。何故そうなったのかの憶測など……

 

 

「──手を組む?俺と遠坂が?」

 

 

 そして締めに出た提案に、士郎は眉を潜めた。

 昨晩、敵として宣言したはずの凛から掌を返した申し出。当人は士郎のオウム返しした言葉を訂正する。

 

 

「正しくは私と衛宮君、それとウォーカーよ。昨日のサーヴァント、バーサーカーは恐らくこの聖杯戦争で飛び切りの障害になる。あれを何とかするには、私達が同盟を組んで互いの利点で互いの欠点を補った方が得策よ」

 

 

「利点で、欠点を?」

 

 

「私達は魔術戦や白兵戦はこなせるけど、あんな化け物を相手取るには決定打に欠ける。そっちはセイバーの力量こそ申し分ないけど、マスターの衛宮君が未熟者で半人前。そしてウォーカーは性能こそ上手く立ち回れば脅威だけど、マスター不在や本人自体に戦う力が無いのがネック──これらを補い合えば、他の陣営にも太刀打ちできるわ」

 

 

 自分を含めたそれぞれを分析し、結論付ける凛。全く見当違いなんてない的確な指摘だった。

 

 

「ウォーカーとは既に話をつけてて、あとは衛宮君も乗るなら同盟は成立するわ。どう?悪い話ではないと思うけど」

 

 

 確かに、と士郎は心中で同感する。

 何もしないで聖杯戦争の終わりを待つと言う選択肢は無い以上、凛達と手を組むのが最善手だ。むざむざ殺されるか、協力者を得て殺さない形で終結になるよう努めるか。答えは一つしかない。

 なのだが……一つ、士郎には先に聞いておきたい事柄が頭を過った。それを、すぐ隣でちょこんと座るウォーカーに問い掛ける。

 

 

「……なぁ、確かウォーカーって夜しか動けないんだったよな?」

 

 

「え? ……う、うん。今は我慢してるけど、朝が来たら魔力が減るから霊体じゃないと消えちゃうの。マスターがいれば魔力を分けてもらって昼間も動けるんだけど……」

 

 

 ウォーカークラスの固有スキル『散策』は英霊の実績に応じた条件下でのマスターからの魔力供給を必要としない。つまりその条件下では、幾ら魔力を消費しても枯渇しないのである。ウォーカーの場合、その条件は『夕暮れから日の出までの夜間』。それを外れるとウォーカーはマスターのいないサーヴァントと変わらず、霊体化してないと昼間は現界維持に魔力を消費していずれ消えてしまう。

 それを再確認した士郎。続いての問い掛けを口にする。

 

 

「なら、もし俺がお前のマスターになるって言ったらどうだ?」

 

 

「はあぁっ!?」

 

 

 と、身を乗り出して声を上げたのは凛。有り得ない! と怒髪天を衝いている様子だ。

 怒りを見せる凛にたぎろぎながら、士郎はそう言うにあたった理由を語る。

 

 

「だってウォーカーの宝具は脅威なんだろ?なら使いどころを指揮する奴が必要だ。それに俺はともかく、遠坂も申し分ないって太鼓判を押すセイバーと組めば……」

 

 

「それはそうだけどそうじゃない! 貴方、自分がいかに常識外れな発想してるか分かる!? ただでさえ魂を再現して固定化させてるサーヴァントって存在は強大なの。それを人間一人の魔力で維持するだけでも考慮しなくちゃいけないのに、二騎も持とうなんてアインツベルンでも考えないわ!」

 

 

「そこは……ほら、ウォーカーは夜の間ならマスター無しでも魔力を補えるし、昼間はなるべく必要時以外では霊体化してもらえば……」

 

 

「理屈は通るけどリスクもそれなりよ! このエセ魔術師!」

 

 

「エセって……あの神父と同じ呼び方するなよ」

 

 

「私からすれば一緒よ! 全く、どうしてこんな素人がセイバーを引き当てるのかしら……!」

 

 

 ブツブツと呟きながら凛は苛立ちを態度に表す。なにせ自分の範疇外の提案が出されたのだ。まるで人手が足りないなら二人に増えれば良いじゃん、と言われるような発想。凛だけでなく並の魔術師なら誰もが非常識と憤るだろう。

 士郎がそんな発想をするに至った理由は──さっきの夢だ。

 恐らくあれは、記憶の侵食。隣に寝ていたからこそ起きた記憶の再演だ。少女……ウォーカーの見た光景は、かつての自分と状況が似ていた。助けたくても助けられなかった、あの火事の時の幼く無力な自分と。

 だから助けたい、助けられるように。無力な少女(ウォーカー)に正義の味方みたく手を差し伸べ、離した手をまた繋げるように。

 

 

「……あの、私で良かったら、お願いします!」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

 少し間を置き、そうウォーカーは言った。聖杯が欲しい、叶えたい願いがあるから。それは士郎達も聞いている。申し訳なさそうに、たどたどしく青いリボンを付けた頭を下げたそんなウォーカーに士郎は慈しむように笑いかける。

 その様子を見て一度は引き留めようとした凛だったが諦める。諦めて、同盟を組んだ身として助け船を出す。

 

 

「分かった。そこまでするなら私も止めない、どうなろうとね。ほら、魔力のパスを繋ぐだけで済む仮契約の手順を教えてあげる」

 

 

「悪い。助かるよ遠坂」

 

 

「全くよ。この埋め合わせはきっちりしてもらうから……ところで、どうせ同盟を組むんだし貴女の真名を教えてくれないかしら? 仮契約する上で必要だしね」

 

 

 そう述べた凛にウォーカーは躊躇せず「うん」と応じた。真名は英霊の弱点を把握する上で隠すべき要素だが、ウォーカーは未来から来たサーヴァント。わざわざ隠しても分かる者はいない。しかも明かす相手が仲間ならと、ウォーカーは改めて名乗る。

 

 

「──ハル。ウォーカーのサーヴァント、ハルだよ」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 冬木市郊外にあるアインツベルンの森、その奥地に建つアインツベルンの城。そこがバーサーカーのマスター、イリヤの居城だ。

 日本離れした洋風の城内。その一角に設けられたイリヤの私室には城主にして部屋主のイリヤがベッドで寝そべっていた。

 

 

(この私が、始まって間もないのに敗走するなんて……!)

 

 

 ベッドの上でイリヤは昨晩の戦闘を思い返す。

 小手調べに挨拶しに行ったつもりが、第三のサーヴァントやその宝具と言った予想外の存在でバーサーカーは四度も殺された。それでいて敵のマスター──よりにもよって衛宮士郎に助けられて逃げ帰ると言う失態。怒りと憎しみがより一層込み上げてくる。あの少年の顔を思い出すと、ますます……

 

 

「……お兄ちゃん、か……」

 

 

 まだ名前も知らない少年の呼び名を口にし、イリヤは寝返りして天井を見上げる。その顔は憂いを帯びていた。

 衛宮切嗣の忘れ形見。つまり、()()()()。母と自分を捨てて勝手に死んだ憎き父の息子である士郎の顔を思い浮かべると、怒りや憎しみの他に何かが沸き上がる。それが何か、イリヤには分からない。分からないからこそ、分かる感情に従い行動するのだ。

 

 

(まぁ、良いわ。まだ聖杯戦争は始まったばかり。もうあんな失態は犯さない。次はたっぷり苦しませてやるんだから)

 

 

 分かる感情を抱き、そう決意したイリヤはそのままウトウトと眠りに誘われる。昨晩の怒りで寝不足だ。魔力の回復も兼ね、自身の心音を何となく聞きながらイリヤは眠りに落ちていく。寂しさから生まれた負の感情を胸に──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カワイソウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




某兄弟動画のチャコ「(不穏の展開は)こちらです」

MWの真骨頂。これは外せなかった。本来この作品を始めた理由は、憎いアンチキショウを自らの手でぶっ潰したかったからですしね。ここからがfate×深夜廻の開幕と言っていいでしょう。

ウォーカーの仮契約と真名判明。どちらも今後の展開に必要でした。これで昼間も動かせるし、深夜廻サイドの話を絡めやすい。仮契約のfgo感が否めませんが、ちょっと自己解釈入ったのは不安点です。凛をあんな怒らせるほどだったのか……これだからfateにわかは困る(-_-;)

次回はウォーカー・ハルのプロフィール公開。ご期待を。宜しければ評価やコメントいただけると執筆速度が上がります!


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ウォーカー プロフィール(1月15日更新)

【朗報】日間ランキング8位達成

なるほど、これが奇跡か。
十位代に乗れば快挙だと思っていたらこの夢みたいな大快挙に、fgoガチャで虹演出が来たくらい震えました。まさか自分の作品がトップ10入りするとは……
いかな作者も読者がいなければ有名にならない。五話目にして夢を見させてくれた皆様に感謝です。

ウォーカーちゃんことハルのプロフィール公開。こう言うキャラ紹介は筆が乗らないと苦手な部類なので、至らない点があったらご指摘いただけると有り難い。


【クラス】ウォーカー

【真名】ハル

【性別】女

【身長】132cm

【体重】29Kg

【地域】日本

【属性】中立・善

【イメージカラー】青

【特技】何処に居ても現在位置が分かる

【好きなもの】ユイ、チャコ、コレクション集め

【苦手なもの】運動、勉強、お化け、ミミズ、ムカデ

【天敵】山の神

 

 

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷E 魔力C 幸運D 宝具B+

 

 

散策(B):クラススキル。歩いて事を成した者の特典。生前に応じた一定の環境下におき、マスターからの魔力供給を必要とせず周りの環境を魔力に変換して補給する。ハルの場合、夕暮れから明け方にかけての夜間に適用。

 

 

夜のかくれんぼ(A):お化けから逃げ延びてきた実績。アサシンクラスのスキル『気配遮断』の派生技能。草陰や立看板、箱や袋の中などに隠れる事で自ら出てこない限り、いかなる宝具やスキルによる介入を以てしても発見される事はない。隠れると言う行為そのもので発動するため、丸見えだったり目の前で隠れても発見されない。隠れている間は移動不可。

 

 

身代わり藁人形(C):トイレの花子さんから貰った藁人形。本来は特定の怪異にしか効果を発揮しなかったが、英霊化に際してあらゆる攻撃から標的を移す効果を持つ。一回につき一個しか所有できないため、使い切れば"家"と認識した地点に再構成されたものを回収する必要がある。

 

 

おまもりの加護(C):お守りによる効果付与。主にスタミナや走力、所持品上限増加の恩恵を与える。

 

 

山の残響(B):山の神の呪い。またはトラウマがスキルとして変質したもの。精神的に衰弱した際、呪いが『声』として表れ、あたかも故意の行動であるかのように死へと導かれる。このスキルによって消滅した場合、宝具『記録された道祖神の恩恵』による効果は通用しない。

 

 

たとえその手を離そうとも(‐):どんなに切っても切る事はできない、かけがえのない絆。技能としての効果は一切無いものの、縁切りの神でも断ち切れない縁で繋がっていると言う心の支えとなる。

 

 

宝具:『夜道で拾い集めし宝物(コレクション)

ランクB

種別 対人宝具

夜の街を廻って収集したお宝の数々。使い捨てカイロや曲がった定規、割れた皿など使い道が無いものも多く占めるが、思念や怨念の籠められた曰く付きのものもある。

呪われた物品は本来ちょっとした心霊現象を起こす程度の力しか無いのだが、ハルが魔力を込めて使う事で呪いの力を十全に発揮。どんなサーヴァントも即死させる効力を持つ。

 

 

記録された道祖神の恩恵(おじぞうさん)

ランクA+

種別 -

子供を見守る地蔵(道祖神)の加護と恩恵。お地蔵さんに十円玉をお供えする事でその場に居た事を『セーブ』し、たとえ致死の攻撃を受けても霊核は破壊されず、最後にセーブしたお地蔵さんの前で完全再生する。その際、使用した所持品は元に戻らない。

また、把握している地蔵間を空間移動が可能であり、いざと言う時の移動や脱出手段として用いられる。

 

 

怪異蔓延る深夜の街(しんよまわり)

ランクA

種別 対人宝具

かつて住んでいた街の夜が更けた風景。その心象風景を現実世界に書き換えて表す固有結界。

この空間内では、ハルの体験した恐怖や不可思議のイメージが反映されているため家屋などは侵入・破壊不可能であり、いかなる神聖な武具でもお化け──怪異を滅する事はできない。また、怪異には死の概念そのものが込められているため、触れただけでどんな存在をも即死に至らせる。

ハルはこの宝具を発動こそできるが制御はできず、彼女もまた怪異に狙われる対象となっている。

 

 

縁を断ち切る神様の鋏(コトワリさま)

ランクEX

種別 対人・対縁宝具

人々の願いに応えて悪縁を切ってくれた慈悲深い神様、その御神体たる赤い裁ちバサミ。

『縁』と言う概念的なものに"糸"として干渉し、断ち切る事が出来る。マスターとサーヴァントの契約による繋がりすら絶つ事も可能。

真名解放した場合、『手と足と頭があるもの』──つまりは人の形を持つものを優先的に狙い、神との悪縁をも切る。ただし真摯な、純粋な願いが通じれば、人々の歪んだ願いを叶え続けて神格の穢れてしまった神であろうとも、或いは一時的にも慈悲深き神の顔を表してくれるかもしれない。

 

 

概要:

とある街に住んでいた、ごく普通の女の子。その街も夏が終われば引っ越してしまうため、残り少ない日々を親友のユイと別れる事を惜しみながら過ごしていた。

しかし夏祭りが終わった山の帰り道、ユイが行方不明になってしまった事から彼女はお化けが溢れる夜の街を出歩く事となる。

 

 

今から十数年後の未来にて、怨念や悪意に満ちたお化けや荒ぶる神から逃げ回り、時に立ち向かいながら親友を探して街を歩き廻った。物静かな性格で、走りも苦手な彼女だがかけがえのない親友を想い一人当てもない「深夜廻り」を続ける。その先に辿り着いた答えは残酷なものであっても、彼女は親友を助けるため自身を犠牲にして自分達を理不尽に振り回した悪神を倒してのけた。その功績と後悔から彼女は英霊として座に上げられる事となったと思われる。

 

 

見ての通り戦う力は全く無い。お化けから逃げ回っていた経験からもそれは窺える。ただし、そのお化けが溢れる街を一人歩き廻ってきた経験から、宝具や技能は一つ一つにおいて言えば他のサーヴァントを上回っている。特にアサシンクラスの「気配遮断」やアーチャークラスの「単独行動」に迫るスキルを持ち、並以上のサーヴァントすら即死に至らせる宝具の性能は恐ろしいの一言。

だが大部分に条件があったり、一度見てしまえば回避や見切りが容易いものばかりなため、一度目で勝負を決められるよう準備が必要かもしれない。

 

 

宝具「記録された道祖神の恩恵」などに必要な十円玉、特定のお化けを祓う清めの塩、注意を反らす小石や紙飛行機にホタル他、スキル「夜のかくれんぼ」に使われるゴミ袋と言った持ち物は実在のもので補充が可能。ハルが拾った瞬間から宝具に近い力を持つ。

 

 

左手を失って以降は首にかけるタイプのライトを使っていたのだが、今はユイの落としたものであり夜の街を照らして道を示してくれた懐中電灯を主に使用している。




身長や体重は小学三年生の平均を参考にしました。夜廻の時系列から計算しても小三なはず。

ステータスがアンリマユに迫る最弱レベルな代わりに、宝具やスキルはバニヤンに並ぶ有能レベルな構成。我ながら強すぎず弱すぎずな、深夜廻サイドも壊してないものを作れたと自負してます。本当にありそう。

いずれfgo風も作れたらなと考え中。完結後になりますがね。
宜しければ評価やコメントをいただけると執筆が捗ると思います!


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#6 暗夜

fgoのエイプリルフールって、機種が対応してないと石が貰えるだけの暇な日ですよね。俺も無限に石を投げて人理修復する遊びがしたかった……(泣)

少し手こずりましたが、何とか形にして書き上がった今回。どうぞ温かい目でご覧ください(保険感)


()()()のサーヴァントだと?」

 

 

 とある陣営のマスターとサーヴァントが会話を交わしている。

 但し彼らは同じ場所にいない。マスターは自らの拠点に、サーヴァントはそのマスターからの指示で市街地に赴き、樹木の枝に乗って幹に身を任せていた。念話による遠距離会話だ。

 サーヴァントはマスターの言葉に怪訝な顔を浮かべた。

 

 

「ソイツが一昨夜、俺を出し抜いた奴か。ありゃ見るからにガキだったぞ?」

 

 

 半信半疑のサーヴァントが空を仰ぐように言う。マスターはそんなサーヴァントに使い魔を放って知り得た情報を伝える。

 

 

「セイバーとアーチャーが、ソイツと手を組んだ? ……ハッ、そりゃあ困ったなマスター。お前さんにとっちゃ面白くないんじゃねえか?」

 

 

 意地悪く鼻で笑う──実際、そうするだけの印象をマスターに抱いている──サーヴァントに構わず、マスターは拠点から次なる指示を送る。令呪によるものではないが、確かな命令。しかもサーヴァントが断らずとも嫌な顔をする類いの、だ。

 

 

「……はいよ。そんじゃ、ちょっくら行ってきますかね。俺を出し抜いてくれた奴の顔を拝めるしな」

 

 

 聞き届けたサーヴァントは、割り切ったような態度で動き出す。一旦切った念話の先で、怪しい笑みを浮かべてるだろうマスターを呆れ気味に思い浮かべながら跳躍、標的を探して夜の街に飛び込んだ──

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「今日はこっちだね。行こう、チャコ」

 

 

「ワン!」

 

 

 可愛らしいウサギのナップサックを背負い、愛用の懐中電灯を手にしたウォーカー──ハルは今夜もまた暗がりの街へと探索に出掛ける。

 仮契約を交わして昼間も動けるようになっても、こればかりは習慣だ。それに士郎(マスター)の負担が掛からないよう、魔力供給が不要な夜間に動いた方が良いと言うハルの気遣いもあった。

 

 

「士郎さん、何処にいるんだろう……?」

 

 

 そして今回の探索は、そのマスターである士郎を探す事も目的としていた。

 セイバーの制止を諭して登校した士郎は、あれから日が落ちた今もまだ家に帰ってきていない。何かあったのか……心配するハルは魔力温存で下手に動けないセイバーを家に待たせ、探索と捜索を兼ねている。何かを探す事はウォーカークラスのサーヴァントの分野だ。

 愛犬(チャコ)を引き連れて今日もそうして夜道を行くハル。懐中電灯と街灯の明かりを頼りに、お地蔵さんへお供え(セーブ)しながら学校をひとまずの目的地に歩いていく、のだが……

 

 

(……お化けが、いない……?)

 

 

 明らかな違和感にハルは首を傾げる。そう、家から暫く歩いたと言うのに、あれだけ少なからずさ迷っていたお化けが見当たらないのだ。

 いつもならハルを狙って追い掛け、脅かしてくるお化け達は気配こそしても出てくる様子は無い。本来なら有り得ない事態。生者にあらゆる思念で襲ってくるお化け達が隠れたまま何もしてこないのはハルからすればおかしかった。

 あるとすれば例外が一つ。教会へ出向いた時、セイバーやバーサーカーが居る前では現れなかったように、ハル以外の魔術師やサーヴァントが近くにいる時くらい──

 

 

 

 

「よう、探したぜ」

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 と、突如発せられた声に振り向こうとしたハルの目の前に、声の主である男が身軽に着地し姿を現した。いきなり現れた男の姿にハルは驚いて尻餅を着く。

 街灯に明るく照らされる青いタイツを身に纏い、手には青の装束に映える朱色の槍を提げ、整えられた顔立ちには獰猛さが窺えるその男は──サーヴァント・ランサー。一昨日、アーチャーと交戦し士郎を刺し殺したサーヴァントだ。

 いきなり敵サーヴァントが現れ、尻餅を着いたハルは遅れを取る。代わりに逃げられない主人(ハル)を守ろうとチャコが前に出てランサーを吠えたてた。

 

 

「おっと、悪い悪い。おどかすつもりは無かったんだわ。ひとまず犬を退かせてくんねえか?」

 

 

「……?」

 

 

 だが一方のランサーは、そんな一騎と一匹にそう言い放った。槍を肩に掛け、見るからに戦意や敵意は無い姿勢。それにハルは戸惑いながらも言われるままチャコを制する。

 チャコが「クゥン」と鳴いて大人しく引き下がると、立ち上がったハルは恐る恐るランサーに向き直った。

 

 

「……何の用、ですか?」

 

 

「なに、大したもんじゃねえさ。うちのマスターがイレギュラーなサーヴァント……つまりお前さんに接触してこいってんだよ。で、ソイツが聖杯戦争自体の危険分子になりえるなら始末して、利用価値があるなら連れてこいって命令だ。ったく、俺の雇い主は慎重だか臆病だかでいけねえ」

 

 

「!」

 

 

 やれやれと言わんランサーの言葉に、ハルは後ずさる。

 ランサーはセイバー、アーチャーに並ぶ三騎士と名高いクラスだ。その実力は戦いの中に身を置き、武勲を上げてきただけはある。そんな歴戦の英雄がマスターに生殺与奪の命令を受けて現れた……流石のハルとて危機感は覚えた。

 小石はある。一歩手前には草むらもある。何なら宝具やスキルで翻弄もできる。初見殺しでなければ、逃げ隠れなら手慣れたものだ。あとは敏捷の値が高いランサーをいかにまた出し抜くか……

 そう頭に過らせていたハルに、ランサーは「だが」と続けた。

 

 

「どうやら俺のマスターは、お前さんを怖がりすぎらしい。利用価値は知らんが、俺にはどうもお前さんをどうこうする気が起きねえ」

 

 

「え?」

 

 

「つまり俺は何も手出ししねえってこった。良かったな」

 

 

 言って、手に握られた槍を霧散化させ非武装になるランサー。すぐ武器を取り出せるサーヴァントに関しては、それはまだ油断ならないのだが、ランサーに騙そうと言う気は見られない。

 

 

「本当に……何もしてこない?」

 

 

「お前さんがそのつもりなら吝かじゃねえぞ? けど、そうしないなら話は別だ。俺はマスターの指示通りお前さんを実害は無いと判断して見逃してやらぁ」

 

 

 してやったり、と言う風にランサーは口角を吊り上げて笑う。どうやらこのサーヴァント、マスターとの折り合いは良くないらしい。と言うよりウマが合わないのだろうか?

 呆気に取られるハルにランサーは言う。

 

 

「とりあえず自己紹介と行くか。俺はランサーのサーヴァントだ。お前さんは?」

 

 

「あ、えっと……ウォーカー、ハル……」

 

 

「ハルか。良い名だ」

 

 

 流されるままの余り、つい真名も名乗ってしまう。しかしランサーは対して気にした様子は無く、純粋に名乗られて満足な様子だ。

 本当に敵じゃない……? そう考えてしまうハルだが、それは仕方のない事だろう。ハルはあくまで子供で、英雄と呼べるほど栄誉に満ちた経験を積んでいない。友好的に迫られれば、いかに「知らない人についていかない」と教えられてたとしても油断する。

 そうしたハルへランサーは近寄る。そして、不意に槍を再び具現化させるとその切っ先で……

 

 

 何処からともなく飛んできた矢を弾き飛ばした。

 

 

 ──ギィンッ!

 

 

「!」

 

 

『……やれやれ、野犬は油断がならなくて困る。貴様に子供を襲う趣味があるとは思わなかったがね、ランサー」

 

 

 矢を弾いたランサーが飛び退くと、ハルの前で声が響く。霊体化を解きながら現れたのは、赤い外套の男──アーチャーだった。

 ランサーはアーチャーの姿を確認すると、面倒そうに毒を吐く。

 

 

「バカ言え。そうほざくテメェもガキを尾ける趣味があんのか? 嫌に早いご到着じゃねえか、アーチャー」

 

 

「何の事は無い。マスターの同盟者を家まで護衛していて、犬臭い魔力を感知して来てみれば同盟者のサーヴァントが襲われているじゃないか。助太刀するのは当然だろう?」

 

 

 同盟者──ハルを背にしてアーチャーは返答。ランサーは一つ鼻で吐き捨てるように笑うと、臨戦態勢を解いて霊体化する。

 

 

「まぁ良い。俺の仕事は繰り上げだ。今回は俺の独断で見逃すが、次に会う時は敵として容赦できねえから覚悟しておけよ……()()

 

 

 そう言い残して完全に消え去る。退却したようだ。

 と、ランサーがいなくなったその場に新たな人物が駆け寄ってくる。士郎だ。

 

 

「ハル!? 無事か!」

 

 

「! 士郎さん……その腕、どうしたの?」

 

 

「あぁ、学校でライダーのサーヴァントに出会してな……さっきまで遠坂の家で手当てしてもらってたんだ。心配させて悪い」

 

 

 腕に包帯を巻いた士郎が申し訳なさそうにする。ハルはとりあえず士郎に大事無くて安堵した。

 

 

「さて、後の付き添いはウォーカー殿に任せるとしよう。私は戻らせてもらうぞ」

 

 

「……一応護衛してもらったし、礼は言っとく。ありがとうな、アーチャー」

 

 

「ふん」

 

 

 何やら少し険悪なムードの士郎とアーチャー。何かあったのだろうか?

 首を傾げるハルに、ふとアーチャーが視線を移して言う。

 

 

「これはお節介だが、君も聖杯戦争に参加するサーヴァントならもう少し警戒心を持った方が良い。他のマスターやサーヴァントは同じく聖杯を狙う敵同士。いっそ私やセイバーにも敵意を忘れない事だ。でなければ、寝首を掻かれる事になるだろうよ』

 

 

 忠告を述べながら、アーチャーもまた霊体化する。恐らく凛の下に戻るのだろう。

 残された士郎とハルは、それぞれアーチャーに言われた言葉を思い返しつつ、セイバーの待つ自宅に帰るのだった──




このランサー、なんとなくホロウや衛宮さんちの~のアニキ然なランサー感が否めない。ハルと関わらせるとなると、このくらい歩み寄らせないと人見知りのハルが警戒しっぱなしかなって。

分かると思いますが、補足として今回はUBWにおける「同盟を組まなかった凛が学校で襲ってきたところにライダーと遭遇し、学校にマスターがいる事が判明する」一方その頃な話です。
ただし今作……と言うかこのMWルートの凛は同盟を組んでるので、そこだけは相違点になります。ランサーがハルに接触してどうなるか。それは今後にて。

因みにランサーがまた槍を出して矢を弾いた場面、人によっては「ハルを騙し討とうとしたけど邪魔された」ように見えますが私の描写不足による語弊です。「ハルと世間話でもしようとしたら勘違いしたアーチャーが攻撃してきたから防御した」が正解。紛らわしいな、俺の書き方。

次回はvsキャスター前哨戦。ハルの隠されたスキルと宝具の新しい使い方が披露です。
宜しければ評価やコメントをください!お褒めの言葉があると執筆速度がAランクまで瞬間的に上がるかもしれません。


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#7 闇夜

長らくお待たせしました。更新していない間、バサランテやサリエリが来てはしゃいだり、念願のジャックちゃんが来て大歓喜したり、アポイベ旨ぇ!と画面の前でレジスタンスのライダー顔してたり悠々自適にサボっtゲフンゲフン執筆に詰まってた秋塚翔です。ぐだイベは不参加気味。

ようやく形になって投稿。どうぞご覧ください!


「……?」

 

 

 出掛ける支度をしていたハルは、不意に異質な魔力を感じ取った。

 セイバーとも、もちろん自分の……この時間帯にランダムで現れる"よまわりさん"やお化けとも違う魔力。そう言った類いの感知は得意ではないが、悪意に似ているものなら経験上分かる。これは何かを傷付けようとする気配だ。

 ハルは奇妙な毛玉や落書きじみたお面、不気味な木目のある木材やひび割れたスマートフォンなど、拾い集めてきた宝物(コレクション)の一部が飾られている離れの部屋を出ると、すっかり夜の色に染まった庭へと降り立ち魔力を辿っていった。

 

 

「──貴女も来ましたか、ウォーカー」

 

 

 辿り着いた先、蔵の前にはセイバーが立っていた。どうやら彼女も魔力を感じて駆け付けたようだ。

 何があったの? と聞くより早く、ハルは見た。蔵の中に張り巡らされた、ピアノ線のように細い糸を。それらは開かれた扉から差し込む月光を反射し、キラキラと存在を表している。

 

 

「これは……?」

 

 

「恐らく魔術で繰られた操糸の類いでしょう。これでシロウは拐われたようです……あの山へ」

 

 

 答えながら、セイバーは蔵の小窓から伸びる糸の束を目で追う。ピンと張られた糸の束は、確かに山の方へと結ばれていた。いつも蔵で強化の魔術の鍛練をしていた士郎が、この糸で連れ去られたのは明白だ。

 『糸』『山』『拐われた』……ハルの脳裏に嫌な記憶が蘇る。

 

 

「私はあの山に向かいます。ウォーカー、貴女はどうしますか?」

 

 

「あ……私も行く!」

 

 

「分かりました。それでは二手に分かれて行きましょう」

 

 

 そう言い、一瞬で武装したセイバーは屋敷の塀を越え、重量を感じさせない軽快さで飛び出した。

 遅れてハルも動き出す。あの山にある寺までは、もうマッピングを済ませてある。近くの地蔵から移動(ワープ)すれば一飛びだ。セイバーもそれを承知していて先に向かったのだろう。下手をすれば彼女より早く到着する。

 士郎さんが心配、早く行かないと──ハルはそう急いで歩き出した時、()()は突如として聞こえてきた。

 

 

 

 

 ──戻ってください。

 

 

 

 

 それは、声。男とも女とも、若いとも老いてるとも、そもそも"声"なのかすら分からないものがハルの耳だけに届く。それと同時にハルは何の気なしに数歩後ろに()()()()()()()()

 ……ハルは知っている。これは、呪いだ。あの街の、あの山で対峙した"お化け"の呪詛。霊基に刻まれた『山の残響』(スキル)である。

 また数歩、進んでみる。

 

 

 

 ──戻ってください。

 

 

 

 『声』が響く。まるでハルの行動が間違っていて、それを正しい方に導いてるかのような指示の言葉(チュートリアル)。聞こえるはずがない、しかし違和感なく耳に届いたその声にハルの体は自然とまた後退の行動を取る。

 この声に従っちゃダメだ──思い出すは、あの時の情景。枝に下げられた赤い犬用リードと、足場となる箱。あの不吉極まりないものに、『声』の導くまま手を伸ばそうとした体験。

 従えば最期、あの時みたいに……ユイのように、"死"へと導かれる。これは聞いちゃいけない声だ。しかし、それが分かっててなお、ハルの体は『声』に従い向かうべき方と逆を行こうとする。

 

 

「……ワンッ! ワンワン!」

 

 

 と、そこへ聞き覚えのある鳴き声が浴びせられる。チャコだ。また独りでに出てきた愛犬は、小さな体を屈めてハルに吠えたてていた。怒ってるのではなく、まるでハルに気付けをするように。

 そうだ、あの時も。あの時もハルはチャコの声を聞いて、すんでのところで踏み留まれた。親友の書き置きを見て、なおも導く『声』に抗えた。

 この『声』は、あの時の焼き増しだ。先ほど、あの時の事を思い出したせいで呼び覚ましてしまった悪夢の再現、模倣。ハルが自らを苛むトラウマに過ぎない。

 

 

 一歩踏み出す。

 

 

 

 ──戻ってください。

 

 

 

 また一歩、

 

 

 

 ──もどってください。

 

 

 

 また一歩、

 

 

 

 ──引き返してください。

 

 

 

 一歩、

 

 

 ──もどってください

 

 

 

 一歩、

 

 

 

 ──もどどどどどどどど

 

 

 

 いやだ。

 

 

 

 ──オイデオイデオイデオイデオイデ

 

 

 

 いやだ。

 

 

 

 ──おいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおい

 

 

 

 いやだ!!

 

 

 遮るように拒否して踏み出した瞬間、もう声は聞こえなくなった。呪い(スキル)をはね除けたのだ。

 だが、それに喜んでる暇はなく、気を取り直したハルは先へ急ぐのであった──

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「ぐあああああ──ッ!!」

 

 

 夜の柳洞寺に、苦痛からの絶叫が上がる。

 人気は無く、溜め込まれた魔力が霧がかって漂う山の上の寺に連れてこられた士郎は、令呪を奪われまいと必死に抵抗する。しかし未熟な魔術使いの抵抗など、目の前の魔女──キャスターのサーヴァントにとっては無駄な足掻きに過ぎなかった。

 

 

「あら、頑張るわね。そう言うのは嫌いじゃないわよ?」

 

 

 抗いに手こずる様子は無く、むしろ嘲る余裕すら見せて士郎の左手に宿る令呪を剥がしにかかるキャスター。魔術回路ごと引き抜かれる苦痛に叫ぶ士郎の姿に、目深に被ったフードから覗く口元を嗜虐に歪ませていた。

 士郎を拐い、令呪を奪おうとするキャスターの目的、それはクラス最優のセイバーを手に入れて、目障りなバーサーカーを倒してもらう事だ。加えてセイバーと言う手駒を得て、街の人間から吸い取った魔力の貯蔵を以てすれば聖杯戦争に勝利したも同然。聖杯を手にするのは目前だった。

 そうはさせまいと尚も抗う士郎だが、四肢を糸で拘束されて身動きが取れない状況下、このままでは奪われるのも時間の問題だ。何とかしなければ……!

 

 

 と、その時。紙飛行機が一つ、キャスターの前を横切った。

 

 

「? ……何かしら」

 

 ふわりと滑るように着地した、紙で折られた飛行機。人払いをし、英霊と言う概念を遮断する結界が張られた神殿の中では明らかに不自然なものだ。

 その不可解な物体にキャスターの意識が向く。普通ならば誰かいるのか、はたまた何かの罠かと警戒しただろう。ましてや魔術に精通するキャスターなら、なおさら勘繰っているはず……しかしキャスターは令呪を奪う手を止め、ただただ気になって紙飛行機に引き寄せられる。

 そんなキャスターと入れ替わる形で物陰から小さな影が飛び出し、士郎に接近してきた。

 

 

「ハル!」

 

 

「なッ……!?」

 

 

 小さな影──ハルの出現に、士郎とキャスターはそれぞれ驚きの反応を示す。

 士郎の元に駆け寄ったハルは、右手に握る朱塗りの大きなハサミで糸を切りにかかる。細いながらも、人一人の動きを封じる魔術による拘束。ハルの宝具(ハサミ)なら"糸"と言う点でも、断ち切るのは容易いだろう。

 が、問題が起きた。子供のハルは背が低く、四方から伸びる糸の一部は高い位置にある。つまり手が届かないのだ。並みのサーヴァントならどうとでもなるが、ハルにそんな力は無い。

 

 

 ──ズバァッ!!

 

 

 そうこう手間取っている内に、ハルの足元に光弾が撃ち込まれた。当たりこそしなかったが、至近距離の爆発に驚いて尻餅をつくハル。

 

 

「残念。ちょっと惑わされたけど……私をランサーのように出し抜くには、時間が足りなかったわね、おチビさん?」

 

 

 魔法陣を展開したキャスターが妖しい笑みを取り戻し、今度は正しくハルに標準を定める。もう紙飛行機には目もくれていない。

 小石、紙飛行機、マッチ棒、ホタルと言ったアイテムは対魔力のランクに関係無く対象を引き付けられる反面、その効果時間は短い。仮に身長などの障害が無くても、糸を切断するには間に合わないだろう。完全にハルの失策だ。

 

 

「貴女がウォーカーのサーヴァントね? この聖杯戦争のイレギュラー……不安要素を取り除くために、ここで消しておいた方が安心かしら?」

 

 

「っ、ハル! 俺の事はいい! 逃げろ!」

 

 

 士郎が声を上げる。だが、ハルは逃げない。逃げられる訳がない──もう"親しい人"を失いたくないから。

 一方、思わぬ侵入者に慌てたキャスターであったが、逆に飛んで火に入るとばかりにもう問題としていない。ここで始末するなり、奪った令呪で手駒にするなり思いのままだ。とりあえず陣地の中に入ってきた未知のサーヴァントと言う脅威、排除が得策と魔術を行使──

 

 

 ──ッシュドドドドド!!

 

 

「っ!?」

 

 

 しようとしたその時、上から無数の矢がキャスター目掛けて降り注いだ。

 すんでで察知したキャスターは、飛び退いて回避。地面に生えた矢が消滅していくと同時、境内に声が響く。

 

 

「ふん、とうに命は無いものと思っていたが……存外しぶといらしい」

 

 

「! お前、どうして……!」

 

 

 屋根の上、弓を携えた赤外套の男に士郎は気付く。跳躍し、ハル達の前に降り立ったのは、まさしくアーチャーだった。

 アーチャーは士郎の問いに答える。

 

 

「何、ただの通りすがりだ。それより糸は先程ので切れたはずだが」

 

 

 言われて、士郎は体が自由になっていたのを確認。精密な射撃が、キャスターを牽制すると共に拘束を解いていたのだ。

 対して牽制されたキャスター、またも思わぬ闖入者に再三狼狽える。

 

 

「アーチャーですって……? ええい、アサシンめ! 何をしていたの!?」

 

 

「そう仲間を責めるな。アサシンなら、今頃はセイバーの足止めの最中だ。私はその隙に入れさせてもらったのだよ」

 

 

「くっ……!」

 

 

 アーチャーの言葉に、苦虫を噛み潰したように表情を歪めるキャスター。英霊と言う概念を遮断する結界が張られた防護拠点内で、二騎のサーヴァントが侵入してきている事実。慎重的なキャスターには多大な予想外、イレギュラーである。

 最早令呪を奪うだとか、魔力を吸い取る問題ではない。敵の排除になりふり構っていられなかった。

 

 

「さて、巻き添えを食らいたくなくば、そこから動かない事だ。癇癪を起こした魔女の相手は、少々手荒になりそうなのでな」




ハルちゃん、頑張ったけどアーチャーに手柄を取られるの巻。
実はこのストーリー、一回書き直してます。最初はハルがキャスターを翻弄してアーチャーが助太刀、共闘する形でしたが、あれ?何か違う……?と思いまして有識者の方とLINEで話した結果、ハルらしい行動じゃないと気付き修正。今回の展開になりました。有識者の方マジでありがとう。

『山の残響』──言わば『頭痛持ち』や『病弱』と同じ、ハルのデメリットスキルです。精神的に弱った時、例のチュートリアルが殺しに来るシステム。あれは原作の視聴で初めて知った時「テメェが前作でポロ殺したのかァァァァァッ!」とブチ切れました。教えるシステムが黒幕ってズルい。

次回は主にキャスターvsアーチャー。少し変更したので、ここからどうハルを混ぜるかですね。まぁ、漠然とは考え付いてます。期待半分でお待ちください。宜しければ評価やコメントをくださいませ!


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#8 深更

筆が乗ると早い更新速度不定期すぎ作者です。最初は数日置きだったのに前回は一ヵ月強、今回は一週間と言う千里眼スキルでも予測できなかろう不定期ぶりよ。
でも楽しい。遂にお気に入り登録者数が看板作品の10倍を越えました。看板作品交代のお知らせ。

今回は力作。しかし力を込めすぎた感ありますが、楽しく読んでいただければ幸いです。


 ──ズバアァッ!!

 

 

 キャスターが放った幾本もの光線が空を切り裂き、凄まじい熱量を持って降り注いだ。地面を溶かし、建物を半壊させる威力を有したそれらを、アーチャーは流れるような身のこなしで掻い潜っていく。

 そこはもう、常識から逸脱した世界。人間が介入する余地の無い、人ならざる者同士の戦い。人知を越えた殺し合いが、そこで繰り広げられていた。

 

 

「……」

 

 

 それを間近で目撃しながら、士郎は別の事に思考を巡らせていた。他でも無い、ハルの事だ。

 今も共にアーチャーとキャスターの戦いを傍観しているこのサーヴァントは、見た目だけで言えばまだまだ幼い子供に違いないだろう。しかし士郎は、そんな彼女を内心何処かでセイバーやアーチャーらと"同じ"に捉えていた。

 誰も成し得なかった偉業を為した末、英霊となったウォーカーのサーヴァント──ハル。それが士郎の印象だ。士郎は彼女をただの人間では辿り着けない英雄の一人だと思っていた。()()()()()()

 けれど、違うのだ。それを今なお怯えた様子のハルを見やって気付く。やはりハルは見た目通りの子供であり、英雄になるべくしてなったのではなく、何か大切なもののために前へ突き進んだ結果、一人の英雄に数えられた何処にでもいる女の子に過ぎないのである。

 果たしてこの小さな背中に、どれだけのものを背負ったのだろう。その幼い瞳は何を見てきてしまったのだろう。功績とは不釣り合いな心と体。今、ここで怖がっている彼女を誰が責められようか。

 ()()()()。ハルと言う『少女』は、ハルと言う『英霊』は、この場から逃げると言う行為だけは選ばない。キャスターの意識が他に向く今、隠れたり逃げたりを得手とするハルなら逃走は容易いはず。怖いなら逃げても良いのに。

 何かするつもりだ──士郎は感付く。中身はただの少女であるはずの彼女が、英雄然と行動する気配があった。その原動力は士郎(マスター)を守るサーヴァントの役目か、はたまたもっと根本的なものか。

 何をするつもりだ?──それは、命が一つきりの人間には分からない。

 

 

「──」

 

 

 同じ英霊でありながら、とても真似できない戦いを見上げるハルは、自身の無力さを実感していた。

 結局、また守られてばかりだ。助けようとして、逆に助けられてしまっている。あの時みたいに。英霊になったところで私は何も変わっていない──またも精神が弱る、とまでは行かないが、戦いを見る事しかできない無力感に打ちひしがれるハル。ふと思い浮かべたのは、『廃電車の幽霊』の事だ。

 女学生らしきその霊が血文字で訴えかけてきた寒さと助け、そして"いかないで"と言う懇願は未だ忘れられない。その訴えに傘を差してあげるくらいしかできなかった当時の自分も。あの時の気持ちと、今の気持ちは少し似ている。

 もしも自分が本当に『英雄』だったなら。あの時に幽霊を助ける事ができただろうか?それを経た今も、どうにかできただろうか?……『英雄』と言うなら、ハルにとってはユイやチャコにこそ相応しい。何も救えなかった自分では、とてもそれを名乗れなかった。

 ()()()()()()。それは、今このまま動かずにいる理由にはならない。ここには、まさに今守るべき大切なもの──士郎(マスター)がいる。いつまでも怖がってはいられなかった。

 ならばどうする?──決まっている。どんなに非力でも、英雄に足らなくても自分のやれる事をやる。暗い夜を一人で歩き廻ってきた時のように。何もしないで、何もかも失う方が遥かに怖い。

 どうやって?──分からない。でも、後悔だけはしたくないから……!

 

 

「あ、おい! ハル!?」

 

 

 臆病な心を奮い立たせたハルは、いきなり走り出す。士郎の声に脇目も振らず、一直線に戦場へと足を踏み入れる。

 溶かされ、熱せられた地面のクレーターを避けながらハルは唱える。本来は真名を隠すための方法。それをハルなりのやり方で用いた。

 

 

 

 

「断片解放──『としょかん』!」

 

 

 

 

 瞬間、世界は塗り変わる。

 屋外から室内へ。薄暗い寺の境内から、ほの暗い密室に景色が染まっていく。

 棚に並び、または無造作に積み上げられた本の山。中央に鎮座する大きな鏡。そして暗さとは別の異質感。キャスターの神殿は、一瞬にしてハルの世界へと移り変わった。

 

 

「しまった!?」

 

 

「ほう……」

 

 

 その世界に飲み込まれたキャスター、アーチャーは戦いを中断してそれぞれ反応を示す。キャスターは失念と驚愕。アーチャーは感嘆。

 特にキャスターは、その反応を隠せない。ハル(ウォーカー)の宝具が固有結界である事は把握していた。しかしこの局面で使われるとは想定外だ。安全であるはずの神殿内で、未知の宝具に取り込まれた脅威。加えて空中の理を取っていたのに、今や低い天井付近まで降下させられている。何が起こるのか、分からない。

 そんなキャスターは、有り得ないものを見る。

 

 

 ──フフフッ……

 

 

「! 私、ですって……!?」

 

 

 それはキャスター自身。正確に言えばキャスターの偽者だった。不気味に笑う偽者は、幻影を帯びながら本物のキャスターに迫る。

 

 

「くっ!」

 

 

 シュバアッ!と、魔法陣から熱線を偽者に向けて撃ち出すキャスター。それに当たり偽者はフッと姿を消す。だが安心も束の間、暗がりから更に二体目、三体目、四体目と新手が現れた。

 

 

     ──フフフッ……

 

 

               ──フフフッ……

 

 

       ──フフフッ……

 

 

「このッ……紛い物風情が!」

 

 

 襲い来る偽者にキャスターは苛立ち、迎撃する。この偽者の弱点が暗闇と分かれば魔術を駆使して一掃していただろうが、状況の対応だけに気付く余裕は無い。

 だが、足りない。これでは手間を増やしただけ。キャスターの隙を突くには後一推し必要だ。

 するとハル、何を思ったか駆け出す。室内に足音が響く。それをキャスターは目敏く発見、笑みを浮かべると魔法陣の一つをハルに差し向けた。

 

 

 次の瞬間、放たれた光線がハルの小さな体を包み込んだ。

 

 

「ッ……! ハルーーーーーっ!!」

 

 

 叫ぶ士郎。しかし名を呼ばれた少女は、今いた場所から消え去っていた。地面を焼き尽くす熱線の威力、この室内こそ傷一つ付かないが、ハルだけは簡単に消滅させてみせたのだ。士郎の視界に、塵一つ焼き尽くされたはずなのに血飛沫が飛び散る錯覚を見る。

 その結果にキャスターはほくそ笑む。この宝具はハルが発動させたものだ。ならばハルを始末すれば、また自分の領域に戻れる。何故か出てきてくれて助かった。

 ……それが隙になるとは、さしものキャスターも気付かなかった。ハルと言う脅威の排除、厄介な偽者が消える安堵、そして同時に固有結界が崩れる大きな変化……その隙を突く者がいて初めて、キャスターは自分の失態を察する。

 

 

「──自己犠牲は感心せんが……上出来だ、ウォーカー」

 

 

 それも一拍遅く、再び景色が戻った寺の境内で弓を引き絞ったアーチャーが、囮となったハルに対して称賛と怒りを向けつつ、キャスターめがけて螺旋状の弓を撃ち放った。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「……う、うぅん……」

 

 

 キャスターの一撃に"死んだ"ハルは、寺の裏手にある地蔵の前で目を覚ました。

 宝具『記録された道祖神の恩恵(おじぞうさん)』、その主となる能力。地蔵にお供え(セーブ)する事で、たとえ死んでも最後にセーブした地蔵の前で復活すると言うものだ。念のためセーブしておいたのが功を奏した。

 ──ついでに、今回の死は明確にイメージしてなかったお陰で事故的なものと判定されたらしい。もしも想像できていたら()()なっていたか……ハルは自分の決して高くない幸運のランクに感謝する。

 

 

「士郎さん、大丈夫かな……?」

 

 

 離れてしまったのもそうだが、何の相談も無く突然目の前で死ぬショッキングな光景を見せてしまった。それしか手が思い付かなかったとは言え、悪い事をしたと思う。後でちゃんと謝らないと。

 ハルはちょっとの罪悪感と生き返った直後に残る死んだ時のダメージを抱きながら、状況の確認と士郎への謝罪、あとアーチャーにお礼を言うため境内に戻る。

 

 

 そこでハルが見たのは、背後から士郎に斬りかかるアーチャーの姿だった──




今回のハルちゃん、死ぬほど頑張った。文字通り。

断片解放『としょかん』──これは宝具『怪異蔓延る深夜の街』のまさしく断片的な解放です。前々回の後書きで言った宝具の新しい使い方とはこれの事。fgoでアーチャー・インフェルノやアサシン・パライソを引き当てた方は馴染みあるもののはず。
知っての通り、ハルの街は広大。対象を特定の場所に誘い込むには、ハルの足では難しいでしょう。そこでこの断片解放を用いれば、強制的に指定の場所へと引き入れる事が可能と言う寸法。今回は図書館。影ハルをキャスターで再現しましたが、上手くできてたでしょうか。

『記録された道祖神の恩恵』、もう一つの能力──既にプロフィールでは明かしてますね。いわゆるデスルーラ。コレクション回収には必須のテクニックです。
どう殺されても霊核は破壊されず、最後にセーブした地蔵で復活できるチート性能。もちろん魔力の消費量は半端じゃありませんが、スキル『散策』の効果で夜の間ならその心配は無し。無限に生き返れます。まさにチート。
ただし一般人の攻撃でも死んでしまう紙耐久だし、同じ攻撃も当然効く上に、幾つか弱点もあるのでバーサーカーの宝具には一歩譲る形になりますね。今回もちょっと弱点を語ってます──ハルの左腕は何で死んでも元に戻らないのでしょう……?

次回はライダー戦開幕まで行けたら行幸。宜しければ評価やコメントをいただけると、執筆速度が中確率で上がります!(オーバーチャージで確率アップ)


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#9 丙夜

魔神セイバー、改め沖田総司オルタ実装ですって。
ノッブが融合してないようだから、幸いfateを終わらせにかからないでしょうが……どうも今期のニチアサ9時のヒーローものの影響で、私の中で片割れしかいない沖田オルタが某地球外生命体と被る。もしくは息子を取り込めば完全な力を手に入れられた闇の巨人。まぁ、流石に「魔人アーチャー!お前と一つになれば私は完全体になる!」みたいな展開、ぐだイベでは無いと思いますが……多分。

今回はにわかが滲み出てる感の否めない出来。おかしな点がありましたらご指摘いただけると、ものによっては修正に頭を抱える作者が出来上がります。


「くッ……」

 

 

 受けた手傷を塞ぎながら、セイバーは一段上の踊り場で悠然と構えた侍装束の男を見上げる。

 相対的にその男は、長大な太刀を差し向けてセイバーを見下ろす。

 

 

「どうした、セイバー。よもや先の我が秘剣で立っているのもやっととは言うまいな?」

 

 

 アサシン・佐々木小次郎──自らそう名乗り、立ちはだかってきたそのサーヴァントに、セイバーは足止めされていた。

 たかが門番、小兵風情と侮っていたのも近い過去の事。技量ではこちらの方が上回っていると踏んでいたが、全く攻め切れない。剣に長けるセイバーのクラスでありながら、暗殺を生業とするクラスのアサシンに互角の戦いを演じられている。

 加えて先刻凌いだ宝具の一撃……いや、()()はただの人間では辿り着けぬ剣の域。それを何の魔術も使わずして、純粋な剣の腕だけで到ったと言うのだから驚くべき事だ。この時点でセイバーは目の前のサーヴァントを単なる門番ではなく、油断すればこちらが両断される恐ろしい相手だと認識を改めていた。

 

 

(シロウ、無事で……!)

 

 

 早く士郎の元に向かわなければ、と急ぎたいセイバー。しかしそのためには、この門番(アサシン)を押し通らなければならない。それは容易な事ではないと騎士である彼女は感覚で確信していた。

 別動のハル(ウォーカー)は先に着いているだろうか。それもまた、寺に潜むもう一騎のサーヴァントと出会している可能性が大いにある。その場合、いかに逃げ隠れの特化した彼女も士郎を連れて逃げるのは容易ではないだろう。そうすれば、ジリ貧だ。

 と、事態の困窮に思考を巡らせていたセイバーに、幼い声が上から投げ掛けられる。

 

 

「──セイバーさん!」

 

 

「! ウォーカー、シロウ!」

 

 

 その方向、山門の方へとセイバーは目を向ける。そこには寄り添って寺から出てくる二つの人影があった。ハルと士郎だ。

 ハルが士郎を庇いながら歩いてくる様子に、セイバーは一目散階段を駆け上がる。途中、当然アサシンが障害となるはずだが、当のアサシンはそうしたセイバーの通過を何故か許した。

 

 

「シロウ! 大丈夫ですか!」

 

 

「あ、ああ……ハルのお陰で助かった」

 

 

 膝を着く士郎に、ハルに代わりセイバーが肩を貸す。見れば士郎の背は一線裂け、血がシャツに滲んでいる。刀剣による切り傷だろう。幸い傷は見た目ほど深くなく、治療は要するが大事無いようだ。

 とにかく士郎(マスター)は保護できた。もうこれ以上ここに用は無い。目的を果たしたセイバーがふと来た道を見やると、眼下には刀を鞘に仕舞うアサシンの姿があった。

 

 

「アサシン、何故刀を納めるのです」

 

 

「今宵はこれまでだ。主が傷を負っていては満足に戦えまい? 良き好敵手とは得難きもの。万全でなければ惜しくて仕留められん」

 

 

 答えて、アサシンは半歩下がり逃げ道を明け渡す。

 セイバーと佐々木小次郎(アサシン)、共に剣を振るい、剣に命を預ける者同士。アサシンが何を思い、何故見逃すかはセイバーにも語らずして理解できる。故に多くを語らず、セイバーはそれに甘んじる。

 

 

「分かりました。非礼を詫びよう、佐々木小次郎。確かに貴方は死力を尽くすべき相手だった。この借りはいつか、再び剣を交える時に」

 

 

 再戦の約束で応えるセイバー。対し、アサシンは耽美な顔立ちを微笑に染めた──刹那、アサシンは逸早く"それ"を見た。見て、一瞬遅く察知したセイバーの前に神速で飛び出し、上方からの()()()の剣を、刀で阻む。

 

 

 ──ギィンッ!

 

 

「……邪魔をするつもりか、侍」

 

 

「それはこちらの台詞。見逃した私の邪魔をするつもりか」

 

 

 金属の得物同士がぶつかり合い、火花を散らす。そうして向かい合うアサシンと襲撃者──こと、アーチャー。不愉快を顔に示すアーチャーは、短剣の片割れに突き刺さる藁で出来た人形を引き抜き、無造作に放り投げた。捨てられた人形は粒子となって消え去る。

 『身代わり藁人形』──攻撃の対象を強制的に移す、ハルのアイテムの一つ。それによりアーチャーは士郎に一度寺の中で襲い掛かるも、結果は見ての通り浅傷で終わらせていた。

 そんな二度の襲撃を阻まれたアーチャーに、状況を解したセイバーが問う。

 

 

「アーチャー、何故シロウを……!」

 

 

「なに、そこの若造が甘い理想を語っていたのでね。人生の先輩として、それを抱いたまま溺死でもしてもらおうと思ったのだが……キャスターの手駒ごときが敵に塩を送るとはな」

 

 

「あの女狐とは馬が合わん故な。然るに貴様のやり口は気に食わん。少々雅さに欠けるが、その首で此度は良しとしよう」

 

 

「できるかな? ルールに反して呼び出された傀儡風情が」

 

 

 それ以上、両者に言葉は要らなかった。あとは雌雄を決するのみ。激しい金属音と火花を再び発し、月夜に照らされる山門下で目にも留まらぬ剣戟が繰り広げられる。

 その衝突に乗じ、セイバーとハルは負傷した士郎を連れて退却するのであった──

 

 

 

 

 

 一方、ここはアインツベルンの城。

 森の奥地に鎮座するこの城は、バーサーカーのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの居城にして、バーサーカー陣営の拠点だ。しかし今の時分、ここは一般の人間と変わらず夜の静寂に包まれていた。

 その中で起きているのは、二人の従者。

 

 

「リーゼリット!」

 

 

「? セラ」

 

 

 イリヤスフィールの侍女であるリーゼリットとセラは、休眠前に日課の見回りを行っていた。今は聖杯戦争の真っ只中、アサシンやアーチャーと言った隠密に長けるサーヴァント、あるいはマスターそのものが忍び込んでこないとも限らない。故に広大な城で唯一残ったこの従者二人はイリヤのため警戒をしていたのだが、セラは合流したリーゼリットに眉を潜めて詰め寄った。

 

 

「貴女、さっきは何処を彷徨いてたのですか?私は庭を見回るよう言い付けたはずです!」

 

 

「……? 私は、ちゃんと、庭を見て、きたよ」

 

 

 カクン、と人形みたく首を傾げて不思議そうに答えるリーゼリット。その様子に嘘偽りないと姉妹個体として察したセラ、次いで人間らしい動きで首を傾げた。

 

 

「は? ……なら、さっき見た私達と同じ服装の女性は一体……?」

 

 

「セラ、疲れ、てる?」

 

 

「そんな事! ……まぁ、あるにはあるかもしれませんね。まさかあのバーサーカーが敗走を強いられるとは……」

 

 

「イリヤ、落ち込んでた」

 

 

 セラとリーゼリットは揃って主の事を案じる。あの日以降、気を取り直して普段と変わらぬ様子だが、その心中は従者として分かっていた。

 

 

「……それをサポートするのが私達の役目。一緒になって落胆していては何にもなりません。これからもお嬢様のために尽力しますよ」

 

 

「う、ん。イリヤ、私が守る」

 

 

 決意を改めた二人の侍女。全てはアインツベルンの勝利のため、更に言えばイリヤのため。セラとリーゼリットは深夜に染まる城内の闇に消えていくのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 あれから夜が明けて。

 怪我を軽く治療した士郎は、いつも通り学校に登校した。休学していては大河や桜──士郎と近しい担任教師と後輩に不審がられてしまうからだ。

 当初はマスター一人が行動していては危険だと、学校に行くのを止めていたセイバーも、今や素直に(渋々)それを見送った。そして自分は無駄な魔力消費を抑えるため、今日も家で安静にしている。

 同様にハルもまた、昼間は普通に魔力を消費してしまうので()()()()()夜になるまで大人しくしているのだが……その日は、少し状況が違った。

 

 

「あれ、このお弁当……?」

 

 

 ふと玄関先に見付けた、中身の詰まった弁当箱。それは紛れもなく士郎のものだった。

 恐らくは今朝、大河に玄関前でからかわれていた事で置き忘れてしまったのだろう。そうでなくても夜の事があったすぐ朝だ。普段の行動が狂ってしまうのも無理は無い。

 

 

「……うん、届けに行こう!」

 

 

 と、思い至るハル。日中に動くのは危ないが、なるべく霊体化していれば消費は最小限で済む。セイバーに頼むと言う手もあるが、逆に霊体化できない容姿端麗な彼女が昼間の学校に一人行けば騒ぎになるだろう。ならば自分が適任だ。

 そう考えたハルは早速学校に向かった。

 

 

 

 

 

 

 昼休みを迎え、弁当を忘れたので購買でちょっと見繕ってきた士郎は、教室の前で張っていた凛に連れられ、屋上に来ていた。

 どうやら昨夜のアーチャーについて謝りたかったらしい。貴重な令呪まで使って諌め、同盟者として誠意を見せたようだ。もちろん士郎がそれを尚も咎める必要は無かった、そもそも今日凛と出会わなければ流していただろうし。

 それから凛は学校にいる別のマスターに関して話し始めた。士郎と凛は、共に一人のマスターは見当を付けている。今朝凛は、そのマスターに手を貸すよう求められてきたようだが、

 

 

「私には衛宮君がいるから、間桐君はいらないわ」

 

 

 と突っぱねたらしい。そのマスターと親交のある士郎は、手酷くフラれた友人に若干同情する。道理で朝は様子がおかしかった訳だ。

 ──と、不意に考えが過る。凛に突っぱねられ、様子のおかしかった友人(マスター)。その彼が一昨日自ら正体を明かし、士郎を勧誘した時の会話。そして友人として察する彼が次に行うだろう行動……

 

 

「待て、遠坂。それマズくないか? だって学校に仕掛けられた結界は慎二の仕業だぞ」

 

 

 嫌な予感に指摘する士郎。対して凛は、結界を設置したのが件の彼とは知らなかった模様。サッと顔を険しくさせる。

 

 

「しまった、まさか慎二の奴……!」

 

 

 その感知が合図であったかのように。小刻みな振動のような揺れが学校全体を襲う。立て続け、校舎の周りを覆いだす魔術反応……それが空中で集結し、真っ赤な球体となり目玉を開いて結界が成就する。

 

 

「! これ……なに……?」

 

 

 丁度その時、学校に到着したハルは弁当箱片手にそれを目撃、巻き込まれる。日中の学校は、その瞬間から現実より切り離された血の神殿として顕現した──




アーチャーに原作通りの台詞を言わせられなかったのが残念点。特に、理想を抱いて溺死しろ。しかし後悔は無い。

スキル『身代わり藁人形』はプロフィールの通り、本来はメリーさんや■■■■様に有効なアイテムですが、英霊化に際して攻撃の標的を一回だけ移す効果があります。どちらかと言えば宝具寄りの性能ですが、スキル扱いにしました。ストーリー上、必須のアイテムではないしね。

意味ありげなバーサーカー陣営サイド。もう#5の時点から不穏な予感しかしない。少しネタバレすると、このバーサーカー陣営がまたストーリーで絡んできた時が、fate×深夜廻の真骨頂です。

次回は展開通りライダー戦。ただし見所はあのワカメになるでしょう。ここらでコミカルも仕込んで緩衝材にしたいところ。
宜しければ評価やコメントをくださると、ぐだイベのすぐ後に更新できるかもしれません。水着イベ捨てる覚悟で沖田オルタ当ててやる!


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#10 白夜

玉藻好きな姉が買ってきてくれたエクステラリンクをプレイ中。カール大帝とシャルルマーニュ、良いなぁ。こう言う魅力的なサーヴァントを出してくるからfateは面白い。

今回はそれなりな自信作。書いていた当時はぐだイベ前のメンテナンス中でテンション上がってました。もちろん物欲センサーが幻霊化してる疑惑のfgo、期待の沖田オルタは出ませんでしたとも!(半泣き)


「フゥー! 良いじゃないか。やっぱりサーヴァントってのはこうでなくっちゃ!」

 

 

 空に大きな一つ目が浮かぶ真紅の景色を、化学室の窓から眺めてはしゃぐ一人の男子生徒がいた。

 間桐慎二──ライダーのマスター。士郎の友人だったこのワカメ頭の青年は、マスターとなって聖杯戦争に参加した今や士郎達の敵だ。

 

 

「ハハハハハ~ッ、残念だったな衛宮、遠坂! せっかくこの僕が手を組んでやろうってのに、断るのが悪いんだ! せいぜい魔力を吸い取られて苦しむがいいさ!」

 

 

 それでも()()()()()自分の仲間にしてやろうと協力を持ちかけたが揃って突っぱねられ、とうとう慎二は思い知らせるつもりで行動に出た。予め仕掛けておいたライダーの結界(宝具)を発動し、学校中の人間を魔力に変換して糧にしようと目論んでいるのだ。

 準備が実り、待ち望んでいたその舞台を満足げに見る慎二。そうして気分を良くしたか、はたまたこの中で自由に動けるのは自分だけと言う優越感に浸ったか、小心者の彼としては思い切った行動を取る。

 

 

「さーてとっ、それじゃ普段日和ってる奴らがどんな無様な顔でぶっ倒れてるか、早速拝んでこようかな~」

 

 

 そう独りごち気味に言って、廊下に出ようとする。そんなマスターを咎めようと、結界を展開してからは無言で控えていたボンテージ衣装に身を包む紫髪の女──ライダーが口を挟んだ。

 

 

「しかしマスター、まだ敵のマスター二名は健在な様子。できる事ならもう暫くココで待機してくださると……」

 

 

「大丈夫だって。僕がお人好しの衛宮や、女の遠坂なんかに遅れを取る訳ないじゃないか。それに、もしもの時はお前を呼べば良いんだろ?」

 

 

 まったく、使い魔の癖して主人のやる事に口出しするなよな──文句を垂れながら、慎二はライダーの忠言も聞かず化学室を出ていく。魔術回路は廃れ、衰退していく名門魔術師の末裔に生まれた慎二は、その苦悩やコンプレックスを晴らすように足元で転がる生徒らを想像し、いずれはその中に士郎と凛が仲間入りする様を思い浮かべて底意地の悪い笑みで顔を歪ませ、独り校内を行くのだった。

 

 

 

 

 一方、こちらは昇降口。

 たまたま弁当を届けに来たところを、結界に取り込まれたハルは士郎を探して校舎に入ってきていた。

 実はひとまずマスターと合流しようとしたためでもあるが、空中にある一つ目が急に「オイ」と呼び止めて、追い掛けてきそうな気がしたから避難したのが正直なところ。あれは怖かった。あの時は赤い空間に助けられたが、今回のこの赤い空間内はそれを望めないだろう。

 

 

「士郎さん、何処にいるのかな……?」

 

 

 一応周りは探索していたものの、校舎内は初めてなハル。士郎のいるクラスも把握できていない。ましてやサーヴァントが襲来している上に真っ昼間。まともに戦えない自分の利点すらほぼ役に立たないと見て間違いはなかった。とりあえず士郎、ないしは凛と合流して状況を確認しないと──

 その時だ、向かいの廊下から『彼』がやって来たのは。

 

 

「あ」

 

 

「ん?」

 

 

 言うまでもなく、慎二だった。入り口から入ってきたハルと化学室のある一階を出歩いて間もない慎二、出会すのは殆ど必然であろう。

 不運にもハルは彼が敵のマスターだとも、学校中の人間が倒れていると言う事態も知らない。対して、幸い慎二はハルを見て子供が迷い込んだか?と一瞬常識的に考えていた。状況を正しく理解せず動かぬ両者。

 だが、子供なりに怖がりなハルがまず踵を返して走り出す。それが慎二に動くきっかけを与えた。

 

 

「あッ!? 待て! おい!」

 

 

 逃げたハルを、追い掛ける慎二。普通なら警察案件な構図だが、この場には他に誰もいない。ましてや慎二も、当然そのつもりで追走していなかった。

 やがて一足早く逃げても所詮は子供の足。走りにも自信がある慎二はすぐに追い付き、回り込んだ。

 

 

「……!」

 

 

「おい、何で逃げるんだ? ……いや、待てよ? 分かった、お前もしかして──別のマスターだろ! 僕の獲物を横取りに来たんだな? そうなんだろ?」

 

 

 そして少し見当違いな問い掛けを投げつける。どうやら慎二はハルを士郎や凛、自分とはまた違う他のマスターだと思ったらしい。

 見た目の雰囲気や令呪の有無で分かりそうなものだが、生憎と彼に限りそれはむしろ判断材料にならず、仮に魔術師らしく内包する魔力量で判別できたとしても、普通の少女と変わらず、なおかつ日中のハルの魔力量など一般人と相違無かった。

 だが、それが分からない慎二は勝ち誇ったように笑う。

 

 

「ハハハッ! こりゃ嬉しいねえ! まさか一気に三人もマスターを潰せるなんてさぁ! いよいよ僕が聖杯を取るのは目前じゃないか!」

 

 

 その独り言を聞き、ハルはようやく理解に至る。この人は敵のマスターだと。

 瞬間、今度は反対側へと駆け出すハル。同時に何かを手から落とす。一方で彼女の正体を理解(勘違い)した慎二は、それを見逃がしはしなかった。

 

 

「待てよ! お前は衛宮達を始末した後にしてや──ぶッ!?」

 

 

 再度追いかけようとしたその時、慎二の視界が遮られ顔はその障害物に衝突。打った鼻を擦りつつ、何事かと慎二は下がって見た。そして、戦慄する。

 

「痛ぅ……一体何だって、ヒイッ!?」

 

 

 魔 神 柱 出 現

 ──などと、十年後くらいに言われそうだが、それは今と関係無い。慎二が見上げると、そこには学校の様式と不釣り合いな、大きな柱が鎮座していたのだ。

 木目がまるで目玉のような古い大黒柱。廊下の真ん中に突如現れたそれは、慎二を睨むと校舎をガタガタ揺らし始めた。たじろぐ慎二、そんな彼めがけて横の教室から椅子が独りでに飛び掛かる!

 

 

 ──ガタンッガタンッガタンッ!!

 

 

「うあああッ!?」

 

 

 勢いよく飛んできた椅子を慎二が絶叫上げ回避。なおも付け狙ってくるそれに、慎二はそのままハルの逃げた方に自分も()()した。

 ハルが逃げ出しながら落としたのは、宝物(コレクション)の一つ『ふるいもくざい』──廃屋で悪さをしていたお化け柱の一部だ。

 本来大した力も無いこれら曰く付きの物品にハルは魔力を通す事で、一定時間呪いの力を発揮させる事ができる。今回は柱の破片が本体の柱そのものとなり、ポルターガイストを起こしていた。因みにこの宝具は自律タイプなため、制御できない代わりに魔力消費は少なくて済む。昼間には持ってこいな手段だ。

 

 

 ──ブンッ!

 

 

 ──ゴロゴロゴロォ!

 

 

 ──パリィンッ!

 

 

「ど、ど、ど、どうなってるんだこれぇぇぇーーーっ!?」

 

 

 回転し飛来する絵画、階段から転がってくるタル、上から落ちてくる陶器etc……降りかかる現象の数々に慎二は叫びを上げる。しかし、それを助けに来るものは誰もいなかった──

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「うおおおぉッ!!」

 

 

 バキィ! と、破砕音を立てて階段中程にいた人型の骨が打ち倒される。もう一体攻撃を仕掛けようとしたのを士郎は返す刃の如く返り討ち、行く道を確保した。

 

 

「くそっ、キリが無いな……!」

 

 

 しかし骨──ゴーレムは床に沸き立つ靄から次々出現。士郎達の行く手を阻む。

 

 

「衛宮君! 下がって!」

 

 

 不意に上がる凛の声で何か察した士郎が後退する。それと入れ替わりざまに凛は呪文を唱え、握り込んだ青い宝石をゴーレムの群れに投げ入れた。途端、強い光を発して宝石は炸裂、ゴーレムらを一片残さず吹き飛ばす。

 

 

「結界の起点はこの先か?」

 

 

「ええ、間違いないわ──待って!」

 

 

 一目散に駆けようとした士郎を、凛は突然制する。そして「あそこにいるのって!」と指差す。

 士郎もその指差す先を見やると……

 

 

「待てこのガキーーー!」

 

 

 怒号と共に向こうの廊下を駆け抜ける慎二の姿があった。どうしたんだ? 士郎も凛も、そう思いながらこの結界を張った黒幕である彼の後を追った。

 

 

 

 

「もう、鬼ごっこは、終わりだッ……! 早く、このおかしなの、解除しろォ……!」

 

 

 息絶え絶えにハルを追う慎二。流石の彼もここまでされたらハルがサーヴァントだと気付いている。気付いたが故に、ハルを捕まえて現象を止めようとしていた。

 ポルターガイストによる助力もあって、慎二から未だ逃げられているハルだが、やはり見知らぬ場所なのが難点だ。地の利がある慎二に上手く追われて行き止まりに差し掛かる。道の終着点を見たハルは、廊下に置かれた棚を()()()()()、とうとう逃げ場を無くす。

 標的を追い詰めた慎二は、疲れ顔を笑みで歪ませて一挙に襲い掛かる。

 

 

「つ・か・ま・えっ……」

 

 

 ──ジャキィン!

 

 

「tひあああああァッ!?!?!?」

 

 

 が、その瞬間にすぐ側に置かれた棚から鋭い杭が飛び出してきた。眼前に迫ってきた杭を、慎二は類い稀な危機回避の本能で回避、スレスレで串刺しを免れる。ハルが警戒して避けたのが罠となり、慎二を襲ったのだ。

 

 

「慎二! そこまでだ!」

 

 

「っ……!? え、衛宮っ、それに遠坂っ!」

 

 

 そこへ士郎達が駆け付ける。まさかの追い詰めたつもりが、逆に追い込まれた形。慎二は自らの危機に躊躇いなく叫ぶ。

 

 

「ラ、ライダー! ライダーッ! 早く来いこのノロマ! 僕を助けろォ!」

 

 

 自分の身を守りたい、絶叫じみた命令。それを聞き届けたか、士郎達の背後から蛇のように人影が慎二の盾となる位置まで馳せ参じる。ライダーのサーヴァントだ。

 

 

「「ッ!」」

 

 

 サーヴァントを呼ばれた事態に、士郎と凛は動揺を滲ます。上の階で士郎は令呪を介しセイバーを呼び、その階に潜むサーヴァントの相手をしているはず。それが今ここに現れたのは厄介だ。いかに二人がかりで渡り合うか……

 対し、反対に相対した位置にいた少女が慎二らの視界から外れたのを機に動く。言うまでもなく、ハルだ。

ハルはその右手に"赤いハサミ"を握り、突撃する。その行動を遅れて慎二とライダーは見た。

 

 

 慎二は分かる訳がなかった、少女(ハル)が握るハサミの秘めたる力を。

 

 

 ライダーも気付けなかった、こちらに接近するサーヴァント(ハル)の手にあるハサミの真価を。

 

 

 二人は理解できなかった、自分達にではなく()()()()に刃を入れるウォーカー(ハル)の意図を。

 

 

 察した時にはもう遅く、何かを断ち切られた感覚を覚えたライダーは──何を言う暇もなく消滅した。

 

 

「…………は? え、えっ? ライ、ダー……?」

 

 

 さっきまですがっていた武器(サーヴァント)の消滅。その余りにも呆気ない様に慎二は理解が遅れる。無理もない。たった今ライダーは霊核を壊されて死んだのでも、何らかの能力で隠されたのでもなく……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()消滅したのだ。

 

 

 『対縁宝具』

 

 

 ──それが、ハルが断片解放した第四宝具の固有カテゴリー。

 "縁"と言う、魔術世界でも一部分しか捉えきれていない概念を、この宝具は完全に捉え、そして断ち切る力を持つ。これによりライダーは令呪や召喚時の触媒などの因果、魔力パスと言った類いの縁を切られ、体内に残存する魔力すらスッパリ縁を切られて消滅したのである。

その理解ができないのも無理はないが、慎二は大きな力を失って戸惑いを隠せない。

 

 

「……ぁ、ひ、ひッ! あ、あぁ、うあああぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 しかしやがてサーヴァントのいない自分の、聖杯戦争における立場を自ずと理解した模様。誰も彼を追撃するものはいなかったが、剣も盾も失った彼にはお人好しな士郎も、女の凛も、幼女のハルすら恐ろしい敵に見えたのだろう。情けない声を漏らしながら士郎達の前から足を縺れさせつつ敗走した。

 

 

 かくして術者のライダーを無くした結界はゆっくり消失し、空に再び澄んだ青色が戻る。そうなってすぐ、士郎はまだ息のある倒れた人達の介抱に奔走するのだった──




廃屋の子供が描いた柱の絵は、どう見ても魔神柱。

ライダー撃破!切り札を断片解放しての、まさかの形での決着です。ワカメを面白おかしく動かして生き残らせたのは、原作のストーリー展開以外にもまだ役目があるから。まだまだワカメには調子良く青々しててもらわないと(黒笑)
それにしてもゲスキャラの台詞書くの楽しい。何故かポンポンどう喋らせるか思い付くんですよね。俺がゲスいからかな?そう言う意味ではSNキャラの中で慎二が一番好き。イリヤはプリヤの方が(ゴニョゴニョ

ハルの第四宝具、断片的にお披露目。更に言うとこれは人型特攻の宝具です。何なのかは言うまでもなく。縁を切る事でどんなサーヴァントをも一撃で倒す、地味に凶悪な代物でした。因みに令呪との縁からして断たれているので、ライダーのマスター権があのキャラに移る事もありません。

次回、ハルは別行動でまさかの……?
宜しければ評価やコメントをくださると、今回みたく張り切ってしまうかもしれません。どうぞお願いいたします!


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#11 輝夜

深夜廻のノベライズを買いました。1300円と決して安くない額でしたが悔いはない。ネタバレは避けてざっくり言うと、

・1300円出した価値ある

・ユイハル尊い

・原作以上に辛い

・アンチキショウへの殺意マシマシ

・最高

と言った感じ。総評としては百点満点中百点の内容(個人調べ)でした。これで当作のクオリティが上がれば万々歳。

今回は書きたい事を考えずに書いたので、出来はそこそこ不安。


 通報から程なくして救急車とパトカーが到着し、介抱された教員や生徒達が病院に搬送されていく頃にはすっかり日が傾き、空は茜色に染まっていた。

 幸い、結界に巻き込まれた人達は衰弱こそしているが全員命に別状は無い。大河や桜も無事だった。校内には戦いの跡が残るものの、後の事は教会に任せれば問題なく隠匿してくれるだろう。

 

 

「──なるほど、私が遅れていた間にそんな事があったのか」

 

 

「えぇ、その通りよ。分かったら自分の不甲斐無さを反省でもしてなさいっての!」

 

 

 ここは校舎から少し離れた森の中。学校で忙しなく動き回る救急隊員や警察官に、鎧姿のセイバーを見られる訳にはいかないと脱出した士郎達は、途中遅れてやって来た凛のサーヴァント……アーチャーに顛末を説明する。主である凛は、全てが終わって今更現れたアーチャーにご立腹だ。

 一通り話を聞いたアーチャーは、先日遭遇した事のあるライダーを指して呆れ気味に呟く。

 

 

「腑抜けめ、やはり口だけの女だったか。せめてもの抵抗にキャスターのマスターを道連れとしていれば良かったものを、それで英雄を名乗ろうとは片腹痛いな」

 

 

 その言葉に反応したのは、戦いを重んじるセイバーだった。

 

 

「アーチャー、ライダーは主を守りながら倒れたのだ。それを侮辱すると言うなら、貴様こそ英雄を名乗る資格は無い」

 

 

「英雄であろうとなかろうと、この戦いに勝ち残れないようなら過去の偉業など無意味だ。役に立たない者など早々に消えるといい」

 

 

「良く言った……ならば私と戦うか、アーチャー」

 

 

 琴線に触れるアーチャーの物言いに、セイバーは不可視の剣を実体化させ構える。対して、アーチャーはなおも嘲笑を浮かべて応える。

 

 

「私はお前達に手出しせぬよう令呪を下されている。今挑まれれば無抵抗のまま倒される訳だが……それが君の騎士道なのかね?」

 

 

「っ……!」

 

 

 一触即発。険悪な雰囲気。士郎もハルも、この状況に何も言えず、何もできず見ているしかできない。下手に触れれば開戦してしまいそうな気がする。

 が、それを臆さず諌めたのは凛だった。

 

 

「そこまでよ、アーチャー! もしかしてまた私に令呪を使わせたいのかしら?」

 

 

 両者の前に立ち毅然と睨む凛。それにアーチャーは、観念した風に肩を軽く竦めた。

 

 

「そうだな。セイバー殿が余りに王道ゆえ、ついからかいに興が乗ってしまった。すまんな、セイバー」

 

 

「……いえ、私も大人げなかった。凛に免じて先の発言は聞き流します」

 

 

 言いながらセイバーも剣を霧散させる。

 そうして穏便に済んだところで、凛は本題に移った。話題は、セイバーが学校でサーヴァントの相手を請け負った際に出会したキャスターについて。どうやらキャスターのマスターは毎日学校に通っている、下手につついて警戒されるより正体を確かめて襲った方が良い、とは凛の見解だ。

 士郎は疑問を抱く。今回のような騒ぎがあったら、もう学校には来ないんじゃないか? ──それにアーチャーが答える。キャスターの性格上、召喚と共にマスターなど操り人形にしていて、マスターに自由意思などないのだろうと。

 凛が纏める。とりあえず私達は引き続き学校の調査、キャスターのマスターを見付け次第襲撃。どうやって見付けるかは今後の宿題として、今日はここで解散しようと。

 すると士郎がそれに意見しようとした時、凛は素早く士郎の袖を引き顔を近寄らせる。内緒話のようだ。

 と、内緒話をあえて聞く気はなく佇むアーチャーはふと視線を感じる。見るとハルがこちらを訝しげに見上げていた。

 

 

「何か用かね、ウォーカー?」

 

 

「……アーチャーさんは、英雄じゃないから士郎さんを殺そうとしたの?」

 

 

 昨日から疑問に思っていた事を、ハルは口にする。対し、アーチャーはニヒルに笑い応えた。

 

 

「さて、私が英雄かそうでないか、自分では判断に悩む話だが……そうだな、私は自分を英雄とは思わない。むしろ悪として死後は淘汰されたままの方が良かったのかもしれん」

 

 

 自虐の言葉を事もなげに、しかし寂しくアーチャーは語る。

 

 

「故に昔の自分のように甘い理想を語る君達のマスターについ思い知らせようとしてしまった。つまりは八つ当たりだよ。単なる腹いせさ。すまなかったな、ウォーカー」

 

 

「…………」

 

 

 そう締めて、これ以上は黙ってマスター同士の会話を待つアーチャー。何の事はない言葉。しかし不思議とハルには、それが完全な真実とは思えなかった。まるでハルがユイを救えなかった自分を罪に感じるように、アーチャーは自分自身を断罪しようとしているような……

 

 

「じゃ、また明日ね衛宮君──行くわよ、アーチャー。帰ったら本気でさっきの不始末を追及するからね!」

 

 

 凛と士郎の話が丁度終わる。

 アーチャーが「やはりそう来たか。凛にしては口汚さが足りないと思っていた」と言い残して霊体化し、凛はいつか彼に白黒つけようと決心しながら帰路に就く。ハルも痼を残しつつ、士郎やセイバーと一緒に家へ帰るのだった──

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 あれから二日──

 いかに聖杯戦争の真っ最中とは言え、そう毎日毎夜仕掛けられる訳ではなく平穏無事に時が過ぎた。士郎と凛がそうであるように、それぞれの陣営が手の内を探ったり、来るべき戦いに備えたりしているのだろう。

 しかしその二日目の夕方、ハルとセイバーは士郎から今夜キャスターのマスターを叩くと言う話を聞かされた。調査の結果、キャスターのマスターが学校の教師、葛木宗一郎だと判明したらしい。

 もちろん夜なのもあって着いていくつもりのハルだったが、

 

 

『いや、遠坂が言うにハルはキャスターに存在を知られてる。それを逆手に取って、ハルがいないのを相手に警戒させて戦いの材料にするそうだ。キャスターはハルを恐れて下手な行動は取れないし、こっちはそれに甘んじて遠慮なく叩ける』

 

 

 と言う士郎の説明があった。作戦の内なら仕方ないと、ハルは居残りの案に頷く。そもそも怖がり屋の彼女は、望んで戦いに向かいたくなかった。

 かくしてハルは、今夜も街の探索をしている。

 

 

「あ、10円」

 

 

 家で待機していても良かったのだが、昨夜は「ウラギリ……マジョメ……」と呟く全身が炎に包まれた男のお化けからしつこく追いかけられ、アイテムをかなり消費してしまった。命綱となるアイテムはあるだけ安心だ。その補充のため、ハルは比較的安全な場所を選んで探索していた。

 しかし、と拾った10円玉を財布にしまいながらハルは思いを馳せる。

 思えば夜の街巡りを日課にしている自分がいた。最初の頃は怖くて怖くてしょうがなくて、でもユイを探すために歩いた昼間とは違う顔を持つ夜中の街。それがいつしか習慣じみてきて手慣れたものだ。

 相変わらず夜の闇は、お化けは怖い。だけどそれが身近なものになっている。それもそれで怖い事だが、これが自分が英霊に召し上げられた要因の一つなのだろうか。だとすれば、なんかちょっと複雑──

 

 

 

 

「お前か、(オレ)を差し置いて八騎目を名乗るイレギュラーは?」

 

 

 

 

「!」

 

 

 尊大な声が突如投げ掛けられる。

 ハルが視線を正面、声の方に向けるとそこには金髪の男が立っていた。

 男はハルに好奇そうな笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「英雄とは、かくに分からぬものだ。我のようになるべくしてなった者もいれば、ふとした事で成り上がる者もいる。お前のような幼童と我が同じ位置にいようとは、我の生きた世でも信じられん」

 

 

「……貴方は……」

 

 

 誰か、と問おうとしたハルは次ぐ言葉が出なかった。誰かまでは分からなくても、肌で感じたからだ。

 ただの人間ではないのは確か。だが、ましてや同じサーヴァントとも思えない。それはまるで、()()()。中身が黒いドロドロに浸かりきった、『なにか』だとハルの早鐘を打つ心臓は本能的に伝えていた。

 一方でその色んな意味で尋常ならざる男は、ハルを一目改めて眉を潜める。

 

 

「む? お前は……ほう、そうか。お前はもしや──我と同じく、神に友を奪われた口か?」

 

 

「えっ……」

 

 

 何故。どうして分かったのか。まるで見通したかのように男は言った。そして、それは正しかった。でも同じとは……?

 男は困惑するハルを気にかけず、自らの調子(ペース)のまま続ける。

 

 

「なるほど、これは面白い。此度の聖杯戦争(茶番劇)、こうでなくては、退屈の余り若返ろうとしてしまうところだった。よもや我と同類の悲哀を共感できるものが、こんな雑種の娘とはな!」

 

 

 男は笑う。不測の事態に笑う。思わぬ巡り合わせに笑う。

 笑って笑って……その背後に、無数の輝く波紋を一挙に生み出した。

 

 

「──!」

 

 

「余興には丁度良い、付き合え。お前の友を想う気持ちが、我のものにどれほど近しいものか、試してやろう!」

 

 

 波紋から数多の武具が顔を出す。夜闇でも自ら発光しているように煌めく武具の数々は、一つ一つが普通ではないとハルでも分かる。あらゆる武器の原典。全てが本物の、凄まじい力の集約だ。

 瞬間、ハルは否応考える暇もなく動いた。

 

 

「『怪異蔓延る深夜の街(しんよまわり)』!」

 

 

 真名を明かし、魔力を展開し世界がすぐさま塗り変わる。

 視界に広がるは夜の顔を持ったとある街。怨念執念宿す怪異、お化けが跋扈する異界。それを展開したハルは、即座に男の前から逃げ出した。

 

 

「……ほう、自らの領域に逃げ込むか。良い。逃げるがいい。獲物を捕らえるもまた余興の一貫よ!」

 

 

 楽しそうに笑った男が手を無造作に振るう。それを合図に、開戦の狼煙のように輝く武具がハルめがけて空を切り裂き躍り出た──!




まさかのギルガメッシュ戦開幕。
英雄王vs幼女とか、なにその絶望的なカード。しかも単騎。どうやらハルちゃんには『日本一ソフトウェアの呪い(A+++)』のデメリットスキルがあるようです。嘘です。

神の理不尽で友を殺された者同士の戦い。要するに「我と我の友は仲良いけど、お前とお前の友とが我達に敵うかどうか試してやる」と言う事です。なんと身勝手な。果たしてハルちゃんは生きて帰れるのか、泥にまみれた黄金の王との夜の鬼ごっこが今始まる!

ぶっちゃけ勝てる気/Zero
宜しければ評価やコメントをくださると、私に執筆速度上昇のコードキャストがかかります。宜しくお願いします!


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♯12 金夜

【奇跡】MWが日間ランキング4位、お気に入り登録者数1000人を越えた件について【再び】

ちょ、おまっ、マジか……4位って、4位だよ?1000人って、1000人だよ?(混乱)
滅茶苦茶誇りたい話ですが、『俺の実力だ!』と胸を張るにはまだメンタルが成長してませんゆえ……これでもデビュー作はお気に入り登録者数60人の作者だったんやで?

そんなこんなで衝撃すぎる成果からの第12話。悩み悩んだ末の妥協した出来映えですが、どうぞご覧ください!


「……ほう」

 

 

 逃げる少女の背を見届けながら、金髪の男──ギルガメッシュは感嘆の声を漏らす。

 

 

「たかが幼童、いかに加減しても即刻果てるものと思っていたが……存外にも生き延びてくれるではないか。良いぞ。そうでなくては試練を与えている価値が無い」

 

 

 ニィ、と薄い笑みを浮かべるギルガメッシュ。

 同じ悲しみを味わったとして、その覚悟を確かめてやろうと仕掛けたものの、正直期待はしていなかった。幼い外見に似合って、すぐに諦めてしまうだろうと。しかし少女──ハルは、たとえ目の前に剣や槍が降り注ごうともその足を止めなかった。

 むしろ『生きてやる!』と言う強い意思すら感じられた、幼子らしからぬ気概。ギルガメッシュにしては珍しく、その逃げる様に好感を持つ。

 

 

「せいぜい愉しませろよ? 我の合格点は厳しい故な、満足させられぬ弱者ならば一息の内に殺してしまうぞ」

 

 

 距離的に到底届かない言葉を投げ掛け、ギルガメッシュは再びハルを追って動き出す。その悠然とした足取りは遊んでいるようにも、試しているようにも見える。

 事実、彼にとってこれは戯れ以外の何物でもない。子供に鬼ごっこで手加減する大人のように、わざと照準をズラして全力で逃げさえすれば当たらないよう手を抜いている。子供相手なら子供相手らしく、王なら王らしく分相応に振る舞う。故にギルガメッシュはハルに対して本気など出すつもりはなかった。

 それでもなお、ギルガメッシュとハルの間には埋まりようがない力の差が存在しているのだから──

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

(どうしよう……)

 

 

 暗い街並みの中を、必死に駆け抜けていくハル。行き止まりの道を選ばないようにしながらこの状況をどう乗り切るか思考を巡らせるが──何も思い付かずにいる。

 無理もない。相手はバーサーカーとはまた別に一線を画しており、こちらはセイバーやアーチャー、士郎や凜すらいない一人きり。まるで戦争そのものな、金色の威圧と黒色の気配を併せ持った男相手に直接的な戦闘力を持たないハルはとても敵う道理が無かった。

 だが、それで諦めるハルではない。夜ごと宛ても無く暗闇に包まれた街中を出歩き、お化けから逃げ回ってきた実績は伊達じゃない……敵わないものから逃げるのは、もちろんこれが初めてでなかった。

 ならばやるべき事は一つ。やはり『逃げる』だけ。逃げて逃げて、何とかする。無数の武器が襲いかかってくるなら、自分は逃げ隠れを武器に闘うだけだ。

 

 

「……やれば、できる……!」

 

 

 まだちょっと嫌いなその言葉を胸に、ハルは夜道をひた走る。その見果てぬ先に打開策があると信じて──

 

 

 その時だ。そんな夜道をパッと明るく照らし出し、虚空に浮かんだ幾つもの輝く波紋がまるでスポットライトの如くハルを取り囲んだのは……!

 

 

 

 

 ──ッズガガガガガア!!

 

 

 

 

 そこから顔を出すは、人類が紡ぎし魔術の原典。魔杖の数々。

 形状様々なあらゆる杖の切っ先が真っ直ぐ一人の少女に向けられると、神代の魔術から現代における上位魔術までが豪雨のように降り注がれた。

 高威力、なんて生易しく感じる破壊の嵐が街の一角に巻き起こる。まさに虐殺。明らかな殺戮。破壊を許さぬこの宝具内の空間すら壊しかねない数多の光線が、幼い女の子がいた場所を襲う。

 並のサーヴァントでも一堪りないだろう。ましてやそれが……と凄惨な光景が想像されたのも束の間。破壊の余韻が晴れると、そこにはほとんど無傷のハルがいた。正確には軽い体が風圧に飛ばされたハルと、嵐の中心に打ち捨てられた黒焦げの人型らしき塊がある。

 『身代わり藁人形』。攻撃対象を請け負うそのアイテムに引き付けられ、波状の光線は悉くが藁の人形を焼きつくしたのだ。

 

 

「魔術師の真似事をしてはみたが、今のでも凌ぎ切るか。見事、と褒めてやろう。戯れと言えこれまでの物量をかわすとは、かの征服王に迫るしぶとさよな」

 

 

「っ……!」

 

 

 ハルが声に振り向くと、宙に佇むギルガメッシュの姿がそこにはあった。素直に称賛の言葉を投げ付けたギルガメッシュは、派手な入場の如くゆっくり地に降り立つ。

 

 

「しかし、だ。王の前から逃げる事を許し、それを捕らえる愉しさに新鮮さを覚えたが……いささか追うばかりも飽きてきた。もっと他の手品を見せるがいい」

 

 

 傲慢に、余裕しかない態度でギルガメッシュはそう言い放ってきた。そして脅しとばかりに、その周囲に再び黄金の歪み……"門"を展開する。

 その言葉にハルは察した。抹殺の気配。今これでまた背を向ければ男は、ギルガメッシュは遊びも何もなくハルを殺すだろう。立ち向かってこい、さもなくば殺す──そう言外に、威圧感でハルに告げているようである。

 逃げ道は塞がれた。このままでは殺される。なら、覚悟を決めて立ち向かうしかない──ハルはその右手に一つの宝物(コレクション)を実体化させた。

 それは、萎れた一輪の花。ドライフラワーではない、単に水気が抜けただけの小さな花だ。一見すればゴミ、収集家のギルガメッシュすら目もくれない代物だろう。だが、ハルやこれから呼び出すものには大切なものである。

 魔力を込め、ハルは祈るように告げた。

 

 

「──来て、()()()()()()!」

 

 

途端、ズウウウンッ!! と空から巨大な肉塊が落下してくる。

 ギルガメッシュとハルの間、夜道に呼ばれて現れた歯茎色の『何か』。大きな歯が並ぶ口は何でも食べてしまいそうだ。

 よまわりさん──夜に出歩く子供を拐うお化け。『しおれたはな』で召喚されたそれは、口内から覗く白い仮面が目の前にいるギルガメッシュを静かに見据えていた。

 

 

「……ハッ、また奇怪なものを出したな、娘。それは何だ? 神のようであり、怪異の気も強い。なにより実に醜いぞ! 見るに耐えん肉ダルマよな!」

 

 

 罵るように声を荒げるギルガメッシュ。その言葉とは裏腹に、楽しげにも見える笑みを口元に剥いていた。

 ふと肉塊のよまわりさんが震える。突進の予感。それより早く笑うギルガメッシュが門から射出した武具をよまわりさんに撃ち込んだ。

 が、それらは体躯に突き刺さらず弾き飛ぶ。よまわりさんもまた宝具だ、ハルの認識から生半可な宝具では破壊を許されない。

 

 

「そうか。ならば、こうだ」

 

 

 思い直したギルガメッシュが武器を再装填。また別の、あらゆる宝具の原典たるそれが顔を出す。

 『怪異殺しの武器』。人類が人ならざるものを倒すために生み出したもの。それが改めて突進してきたよまわりさんを迎え撃った。

 

 

──ドバァァァァァンッ!!

 

 

 耳をつんざく衝突音と爆発音の同時炸裂が、街の中に響き渡る。

 爆発に飲まれたのは、よまわりさん。ギルガメッシュは微笑を残して爆発の外にいる。決着はついた、火を見るより明らかにそう見えるだろう。

 だが次の瞬間、爆炎から飛び出してよまわりさんが大口をギルガメッシュめがけて開いてきた。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 虚を突かれ、驚くギルガメッシュ。いっそスローモーションに見える事態の経過。

 慌てて門を展開、新たな武器を撃ち放ったギルガメッシュによまわりさんは構わず食らわんと迫る。しかし、一歩遅くダメージによる魔力切れが起き、よまわりさんはギルガメッシュの目前で弾けるように消滅した。

 

 

「あっ……!」

 

 

 ハルが声を上げる。あと一歩、一歩だけ足りなかった。最後の手段は健闘虚しく、無傷のギルガメッシュが残る結果と相成る。

 そして残ったギルガメッシュは心に平穏を取り戻し、無言のままハルに歩み寄ってきた。途中、その手に蔵から出した()()()()()らしき武器を握る。それで殺すつもりか? ハルは思わず尻餅をつく。

 崩れ、元の姿に戻った街の中。遂に手が届く距離まで詰めてきたギルガメッシュは、その武器をハルに差し向け──そして、言った。

 

 

()()()だ」

 

 

「えっ?」

 

 

「満点には遠く及ばん。が、良しとしよう。褒めてやる、我を相手取り良くぞ生き延びたものよ。この醜悪な地獄の中を見てきただけはある」

 

 

 なお尊大に、ひたすら自ままにギルガメッシュは述べる。そう述べた後、手にある武器を視線で指して言う。

 

 

「故に我が半身(エア)の拝謁を許した。我なりの最上の報酬だ。とくと目に焼き付けておけ」

 

 

 言って、その褒美も終わりだと言わんばかりに武器を霧散させるギルガメッシュ。そうして踵を返し、帰ろうとする。

 

 

「ひとまず暇潰しにはなった。戯れで幼子を殺しては王の名折れ、今宵は見逃してやる。次に我の敵として立ちはだかる時は、遊びはないとゆめゆめ忘れるなよ?」

 

 

「……」

 

 

「お前は、他の雑種より生きる価値が金箔一枚ほどはある。その気になれば我の下に下るのも良かろう。お前なら、さすれば我の臣下に加えてやる事も吝かではない故な」

 

 

 そう言い残し、人間離れした跳躍でギルガメッシュは立ち去っていった。どうやらハルを大いに評価した、と言う事は分かる。どこまでも自分勝手な物言いだったが。

 とりあえず次に会う時は、もう一人きりでは会いたくないなと思うハルなのであった──




夜の王(バーサーカー)vs英雄王。魔力切れで決着。因みに最後のはUBWのバーサーカー戦のパクりです。

この話、書き上げるの凄く難産でした。なにせ逃げ専門のハルちゃんの相手があのチート気味なギルガメッシュですよ?逃げさせるのも一苦労です。さながらマタ・ハリ単機でカドックのアナスタシアに挑むレベル。それでも悩みに悩み、何度も書き直しては焦った妥協の出来がこれ。書きたい事を書けましたが、対戦カードの質が良いだけにもう少し上手く書き込みたかった……

勝敗はギルガメッシュ及第点判定で無効。ハルちゃんはその意思の強さを認められました。書いてる内にこの二人のやり取りが微笑ましく感じてきた俺はきっと重症でしょう。

次回はお出掛け回です。
宜しければ評価やコメントをくださると、執筆速度が某CEOの憎い韋駄天小僧ばりに速くなるかもしれません。お願い致します!


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♯13 白昼

今夏の深夜アニメは中々の粒揃いでニッコリ。特に邪神ちゃんドロップキックは良い、ぺこらちゃんの可愛さで。
あ、もちろん殺戮の天使のレイチェルも言わずもがな。ザックの中の人が新宿のアサシンと同じ岡本信彦さんとかハマり役すぎる。木ィィィ原クゥゥゥン!

さて、難関の前話を無事乗り越えて、反動とばかりに筆が乗りに乗った今話。調子にも乗って少し長めです。と言っても4000字くらいですがね。出来も自信あるので、是非ご覧ください!

追記:推薦してくださった方、誠にありがとうございます!ここまで成し遂げられてしまうとは……俺はいつの間に聖杯を手に入れてたんだろうか。


「しーろぉ~♪」

 

 

 出掛けようとしていた士郎の視界一杯に、満面の笑みを浮かべた大河の顔が広がる。

 気分良さげな間延びした呼び名、からかいたくて仕方なさそうな笑顔、反応を見たくてしつこい詰め寄り──さながら酔っ払いのようだ。

 

 

「遠坂さんとデートなんだってー? こいつァ大勝負ですなぁ!」

 

 

 うりうりと肘で突っつき煽ってくる。それを士郎は押し退けながら抗議した。

 

 

「茶化さないでくれ、俺も何が何だか……そもそも、デートったってセイバーやハルも一緒じゃないか」

 

 

「何を言ってるの、この子は! こーんな可愛い女の子三人も侍らせて休日を過ごそうなんて、男冥利に尽きるってもんでしょーが!」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 言い澱んだ士郎は、ふと玄関先で待つ凛達のうちセイバーとハルを見やる。セイバーは言わずもがな騎士としての凛々しさと、人形のような整った顔立ちをしている。思わず見とれてしまう。

 ハルも意識こそしていなかったが、子犬みたいな愛らしい見た目だ。将来有望──もちろんサーヴァントなので成長しないが──と言えよう。それを認識してしまい、つい目を逸らす士郎。

 その間に大河はバイクに跨がり、エンジンを噴かした。

 

 

「それじゃ、私もデートだから! 上手くやんなさいよ士郎?」

 

 

「え、デートって……!?」

 

 

驚く士郎をはぐらかし、大河は飛んでいくように家を後にする。残された士郎と凛達少女三人は、改めて『デート』に向かうのだった──

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 事の起こりは昨晩。キャスターのマスター襲撃を失敗し、一日経ってからの事だ。

 ハルが探索を切り上げて帰ってくると、台所で何やら隠れて調理している凛の姿が。気になって聞いてみると、「明日あの他人主義に思い知らせてやるのよ。驚かせてやるからまだ内緒ね?」と釘を打たれた。デートと言うのが、凛の言う他人主義──士郎に思い知らせる策らしい。

 そんなこんなで凛の指示でバスに乗り、着いた先は新都。人が行き交う近代的な都市だ。

 

 

「さて。それじゃあ衛宮君、何処か行きたい場所のリクエストはある?」

 

 

「そう言われても、困る……」

 

 

「セイバーとハルは?」

 

 

「私はシロウの護衛として来ているので、いないものとして扱ってください」

 

 

「ここは人が多くて探索してないから、何があるのか知らないよ」

 

 

「そう。なら全員私の方針に絶対服従って事でOK?」

 

 

 物騒な事を言うなよ──士郎の苦情も何処吹く風で、凛は気儘に歩き出す。付き合うと言った手前拒めず、士郎はハル達と共に街を散策し始めるのだった。

 

 

 

 

 まず入った喫茶店で一服入れる一行。士郎は困惑覚めやまぬもケーキとコーヒーを口に入れる。

 

 

 

 

 次にクレープやタイヤキを食べながらまた街巡り。セイバーとハルは互いに違う味のそれらを交換し合って舌鼓を打つ。

 

 

 

 

 道中、目についた雑貨屋や本屋、メガネ屋を回って見る。

 ファッション用のメガネを手に取り少女達はかしましく試着。凛は赤が似合い、セイバーとハルは青が良く似合う。士郎は凛のチョイスによる黒縁丸メガネで笑われた。

 

 

 

 

 そして凛の言う、本命。バッティングセンター。

 バットの振るえないハルが見守る中、凛は来る球来る球を見事なヒッティングで打ち返していく。これにはメガネで不貞腐れた士郎も負けてられず、劣りながらも負けずに打つ。セイバーは剣を握る時と似た構えのせいか、当たりはするものの前へ飛ばない。そこでセイバーの負けず嫌いが露呈し、三人を参らせた。

 

 

 

 

 楽しい運動の後は待ちに待った昼食。このために隠れて作っていた凛お手製のランチがお目見えする。きちんと切り分けられ、芸術的な仕上がりのサンドイッチはセイバーの目を輝かせた。少し辛い味付けなのは兄弟子の影響か?

 

 

「体の調子、良さそうね」

 

 

「ああ、アーチャー(アイツ)のお陰って言うのは癪だが、事実は事実だ。遠坂からも礼を言っといてくれ」

 

 

「素直に受け取るとは思わないけどね。『まさかキャスターの洗脳でも受けた訳ではあるまいな』とか言い出しそう」

 

 

 サンドイッチを頬張りながら、凛と士郎は話に花を咲かせる。

 話題は一昨日、キャスターのマスターである葛木の襲撃を失敗した時に遡る。奇しくもその戦闘で『投影』の魔術を成功させた士郎は、その時から半身の麻痺に苛まれた。それを解消したのが凛のサーヴァント、アーチャーだ。

 それから痺れは無くなり、一応士郎にはアーチャーに借りがあった。もちろん気に食わない士郎からの感謝など、アーチャーはお断りだろうが。

 と、安心した凛は不意に何か思い付き、その端正な顔を意地悪い笑みに染めた。

 

 

「まぁ無事なら何よりね。それじゃ腹ごなしがてら、ちょっと運動でもしたらどう?」

 

 

「はあ?」

 

 

 疑問符を浮かべる士郎から視線を移し、凛は丁度食べ終えたハルに話し掛ける。

 

「ハル、ここにお化けがいるわ。家事が得意で意地っ張り、大人に見られたい可愛……じゃなくて怖いお化けがね。早く逃げないと食べられちゃうわよ?」

 

 

 一瞬訳が分からずキョトンとするハル。しかしすぐ合点が行き、「うん!」と頷いて靴を履くと勢い良く逃げ出した。

 

 

「あ、おいハル! そんな早く走ると危ないぞ!?」

 

 

「ほらほら衛宮君……いえ、お化け君。そんなに心配なら追い掛けたら?」

 

 

「くっ、この悪魔め……」

 

 

 まだまだ言い返したいが、仕方なく士郎は追い掛けだす。逃げる事ならハルが一日の長だが、士郎だって負けていない。さながら年の離れた兄妹の鬼ごっこだ。一昨晩の金ぴかとの鬼ごっことは訳が違う。

 

 

「リン、貴女も行かれてはどうですか?」

 

 

「え? あ、いや、でもココの見張りだってあるし……」

 

 

「見張りは私にお任せを。リンは自分の意思に従ってください」

 

 

「……じゃあお願いね。ほらハル! ココにもお化けがいるわよ! 預金通帳の残高増えなさーい!」

 

 

「切実な恨み抱えたお化けだな……」

 

 

 童心に返り、逃げるハルを追い掛ける士郎と凛。走り、転げ、笑う。大人になっては中々得られない、楽しさがそこにはあった。それを見届けながらセイバーもまた微笑みを漏らす。

 聖杯戦争(殺し合い)の真っ只中と言う事を忘れる楽しい一時。まるでそれがすぐ叩き落とされる事となる、と暗示せんばかりに少年少女達は雨雲近付く休日を満喫した──

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 天気が急変し、冬木の街に雨が降り頻る。

 急いで帰りのバスに乗り込んだ士郎達は雨足が強い街並みを惜しむように眺めつつ帰路に就く。

 

 

「プランの半分しか回れなかったけど、今日はどうだった?」

 

 

「……ああ、こんなに遊んだのは久し振りだ……」

 

 

 自分より他人の幸せを優先する士郎に、少しでも自分の楽しみを味わってもらおうとした今回の企画(デート)。乾いた笑顔を見せる士郎の反応に凛は不服だ。どうもまだ自分にブレーキを掛けている様子である。そんなに辛いなら、いっそ忘れれば良いのに──不満を口にして凛は座席にもたれた。

 一方、窓から外を眺めているセイバーとハル。霧で覆われる橋に差し掛かった景色にふと違和感を覚えた。

 

 

「シロウ、外の様子が……」

 

 

 セイバーが告げる。それは彼女が直感から、ハルが呪われた自動販売機から異界に引き摺り込まれた経験から察知した異常。忠告を受けた士郎と凛も訝しむ。

 そして士郎は見た──前方の運転席、後部ミラーで映されているそこには運転手の姿が無いのを。

 

 

 気付いた直後、バスの車体は大量の水が押し寄せる。ガタガタ揺れる車内。水の凄まじい圧力に押され、バスは真横に横転した。

 

 

「──……ハル、大丈夫か?」

 

 

「う、うん……」

 

 

 幸いにも、元々下になる側の席に座っていたため大事無かった士郎達。そうして無事バスから脱出すると、立て続けに驚愕が襲う。バスが横転した場所は橋の下……いや、正確には川へ崩れた落ちた橋の上だった。その遥か上部、不自然な空間の穴からは()()()()が見える。

 

 

「……ダメ、完全に遮断されてる。閉じ込められたわ」

 

 

 凛がアーチャーとの念話を試みるも、応答は無い。敵の罠だ。

 すぐ傍らでセイバーは鎧を実体化し不可視の剣を握る。ここはもう敵の領域。何があるか分からない。

 すると足元の水溜まりが蠢き、それが骨の兵士となりセイバーを襲った。

 

 

「──!」

 

 

「コイツらは……!?」

 

 

「ゴーレム……しかも水で出来てる。厄介ね」

 

 

 セイバー、士郎、凛はその骨の兵士に見覚えがある。形作っているのが水でこそあるが、紛れもなく学校でライダーの結界が発動した際に現れた使い魔(ゴーレム)──竜牙兵。それが次々と湧き出て士郎達を取り囲んだ。

 そして叫ぶように牙を剥き、骨の集団は得物を手に飛び掛かる。セイバーと凛がそれを返り討つが、弾けた水の骨体はすぐに再生。間髪入れず再び攻撃してきた。凛の言う通り、水上である以上厄介だ。

 すると上空に無数の蝶が舞い、何処からか声が響く。

 

 

《無駄な事はやめなさい。ココは私の領域内。徒に魔力を使い果たすだけよ》

 

 

「! ……キャスター!」

 

 

 蝶が一つに集まり出現した声の主は、紫色のローブの女──キャスターだった。目深に被ったフードから口元を歪ませ、滑稽な獲物達を見下ろしている。

 

 

「無駄、ですか……ならば大元を叩くまで!」

 

 

「あらあら、それも叶いませんよ、セイバー。だって貴女達は手を出せない──こうするだけでね」

 

 

 戦意を向けるセイバーに、なおも余裕を崩さないキャスターは徐に左手を振るう。そうするだけでその腕の中に、この場の誰もが見覚えのある人物が姿を見せる。それに顕著な反応を示したのは、士郎だ。

 

 

「……! 藤ねえッ!」

 

 

 まさしくその囚われた女性は、藤村大河。キャスターの元にある大河は、意識なく固く目を閉じられている。

 

 

「念を入れて……」

 

 

「!」

 

 

 と、人質を披露したキャスターがハルを見やり魔法陣を展開。躊躇も段階もなく光線を撃ち放った。

 

 

 ──ズバアァッ!!

 

 

 極太のレーザーが狙い外さず、呆気なくハルを撃ち抜く。突如襲撃を受けたハルは光に呑まれ、声すら上げられず消滅した。

 

 

「ハル!?」

 

 

 やられた!──凛はキャスターの行動の意味を察する。

 この異空間はキャスターの領域だ。キャスターの思いのまま標的を閉じ込め、無尽蔵に骨の兵を作り出す、まさに彼女が有利な場所。それを引っくり返せるのは他でもない、固有結界を宝具とし逃げ隠れに特化したハルであった。ハルならこの空間を自らの世界に一変させ、逃げおおせる事も可能となる。

 故にキャスターはまずハルを排除した。寺で倒したはずのハルが未だ現界しているのに、少なからず何らかの力が働いてると勘づいているキャスター。結果、その行為はキャスター自身にとって都合の良いものとなる。()()()()()()もない新都では記録(セーブ)できずにいたハルは近場での復活が叶わない。仮にできたとしても、もうこの空間に出戻りするのは不可能だった。

 

 

「これでこの場は完全に私のものよ。さぁ、お話を済ませましょうか、セイバーのマスターさん?」

 

 

「「「っ……!」」」

 

 

 逃げ道を奪われ、人質を取られ、不利な状況下に置かれた士郎達にキャスターは勝ち誇ったような妖しい笑みを浮かべる。

 対する打つ手が無く、身動きを取れなくされた士郎達には、もう為す術などない。出来る事は、もはや彼女の言う事に従うのみであった──




上げて落とすスタイル。今後の展開としても、こればかりは原作の流れに反せなかったよ……

スイーツ交換し合うセイバーとハル。想像したら実に微笑ましい。どうもランサー邂逅の辺りから、私の中でハル×サーヴァントの絡みがブームになってる節があります。だって仕方ないじゃない、和むんだもの。可愛いは罪。誰か描いても良いのよ?

そんな微笑ましさからの、キャスター強襲。性能だけならチート臭い『記録された道祖神の恩恵』にもこんな盲点がある訳です。やはりこまめなセーブは大事だわ。
しかし、こうもハルを死なせるとネタ化しそう……ウォーカーが死んだ!この人でなし!みたいな。でも本家(ランサー)の方がネタとして強いし、大丈夫ですよね?

次回、アーチャー陣営のリベンジ戦。
宜しければ評価やコメントをいただけると、作者の宝具『調子に乗った執筆の精(ノベルクリエイター)』に必要な魔力が補充されるかもしれません。このネーミングセンスの時点でもう調子に乗ってますがね……お願い致します!


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♯14 日暮

どうも、狙ったかのように昨日スマホの通信制限が来てしまい、fgoにログインすらできずにいる秋塚翔です。ワルキューレ欲しいすぎる……!(血涙)

その悲しみを振り切るように更新。ワルキューレ恒常だし、二章は常駐ストーリーだからと悟りました。あと半月の辛抱!


 衛宮邸で復活(リスポーン)したハルが、使いのアーチャーに連れられて凛の住まう遠坂の屋敷にやって来たのは、その日の夜も近い夕暮れ時だった。

 あの後、駆け付けたアーチャーの手で無事脱出した凛と士郎、そして大河。しかしそこにセイバーの姿は無い。それはハルも魔力パスが突然切られた事で嫌な予感をしていたが、どうやらキャスターの宝具を受けてセイバーもまた契約を無効化され、無理矢理キャスターに契約させられたらしい。つまりセイバーは拐われたのだ。

 士郎はその際に重傷を負い、セイバーから恩恵を受けていた治癒能力も無くなり怪我が治らず目覚めない。

 

 

「…………」

 

 

 その痛々しい姿を見、油断して真っ先に殺されてしまった不甲斐無さ、近しい者が()()拐われるのを許した罪悪感にハルは悔いた。また助けられなかった、また自分のせいだ、とリビングで膝を抱え思い悩む。

 それに見かね、ソファーで寛ぐアーチャーが口を開く。

 

 

「気に病む必要は無い。今回の件は敵襲の可能性を想定していなかった私のマスターの失態であり……甘さを捨て切れず、サーヴァントを奪われる事態を招いた君の()マスターの責任だ。むしろキャスターに危険視され、結果的に君すらも強制契約させられる最悪の事態を免れたのは不幸中の幸いと言えよう」

 

 

「でも……」

 

 

「そうよ? これは素直に私の采配ミス。キャスターの思考を把握してなかったのが失敗だったの。だから貴女のせいじゃないわ、ハル」

 

 

 と、隣の部屋から凛が出てきて髪をいつもの形に結びながらアーチャーのフォローに乗じる。士郎を連れて雨の中を帰還したため、入浴していたのだ。

 凛が戻った事で、会話の内容はキャスターの話題に移行する。キャスターの宝具は魔術破りの短剣だ。それを喰らえばサーヴァントとマスターとの契約すら無効化され、更にキャスターの魔術と蓄えた魔力を以てすれば強制的な契約締結も可能。これによりセイバーを得たキャスター陣営は最早盤石とも言えた。聖杯に近いのは、間違いなくキャスターだろう。

 

 

「──どうやらキャスター退治が優先だな。ともすれば、衛宮士郎(あの小僧)との同盟もこれで解消だ」

 

 

「え?」

 

 

「当然だろう、凛。もしやこうなってなお世話しようなどとは言うまいな?」

 

 

 士郎はもうマスターの権利を失った。ハルがいれば仮契約は可能だろうが、聖杯を得る資格が剥奪された以上それまでだ。そもそも殺し合いから脱却できる折角の機会、無理に再び戦場へ引き摺り込む義理も無い。

 凛は一瞬何か言いかけて、アーチャーの正しい言葉に頷く……が、

 

 

「そうね……でも、まだ終わりじゃない。アイツが引くまで、私は突っぱねるけど、それでも衛宮君が参ったって言わない限り同盟解消は有り得ないわ」

 

 

 どこまでも真っ直ぐ頑固に、凛は言葉を返す。

 アーチャーはそれに異論しようとするが、「それが私の方針よ」と文句を言わせず見詰めてきた凛に早々折れる。それでこそ遠坂凛を遠坂凛たらしめる高潔さだ。

 続けて凛はハルに視線を向けて言う。

 

 

「そんな訳だから、ハルも暫く私達と行動して頂戴。貴女が衛宮君の傍にいると、衛宮君は中途半端な覚悟で関わってくるかもしれない。ちゃんとした覚悟の上で首を突っ込んでくるまで接触は無しよ。良いわね?」

 

 

 凛の指示に、ハルはリボンの付いた頭を小さく縦に振る。

 

 

「……分かった。士郎さんに死んでほしくないもん。だから、凛さんに従うよ」

 

 

「決まりね。それじゃあ行くわよアーチャー、ハル! セイバーが完全に操られるより早くキャスターを倒しましょう!」

 

 

 まさに凛とした自信で満ちた良い笑顔で、凛は二人のサーヴァントに言い放つのであった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 それから丸一日が経って──

 寺から行方を眩ましたキャスターを追跡し、とうとう教会に潜伏しているのを突き止めた凛達。本来脱落したマスターが保護されるべき教会に出向くと、激しい戦いの跡とかなりの量の血溜まりがそこにはあった。監督役だった神父、言峰綺礼のものだろう。

 いよいよ行動を開始したと言えるキャスターの所業に終止符を打つため、凛は教会の地下に足を踏み入れる。するとそこにはキャスターとそのマスターである葛木宗一郎、令呪が染み込みながらも抵抗するドレス姿の囚われたセイバーの姿があった。

 

 

「手筈通りよ、アーチャー。全財産ぶち撒けるわ」

 

 

「了解した……私がマスターを、君がキャスターを、だな」

 

 

「フフフッ、貴女が私の相手を? 単なる魔術師である貴女が?」

 

 

 そう笑って言いながら、キャスターはハルの存在が無いか目配せする。だが魔術はおろか、最高クラスの気配感知スキルを以てしても見付からないだろう『夜のかくれんぼ』使用中のハルだ。キャスターはおろか味方の凛達でも把握できない。

 一方、宝石を手に凛はキャスターの嘲りに答えた。

 

 

「そんなのやってみなくちゃ……分からないでしょうが!」

 

 

 ──バッ!

 

 

「!」

 

 

 返答を開戦の合図代わりに、赤い宝石が凛の手から投げ放たれる。

 魔法陣を展開し飛翔したキャスターは、不規則に飛ぶそれらを迎撃。あらゆる角度から迫る攻撃を捌いていく。だが、最後に飛んできた白い宝石にキャスターの視界は真っ白に奪われた。目眩ましだ。

 そこに葛木はキャスターを助けるべく凛を狙う。キャスターの補助でセイバーすら素手でねじ伏せる暗殺拳の使い手。その拳が容赦なく凛へと襲い掛かる。

 

 

「アーチャー!」

 

 

 しかし、想定内。そのためにアーチャーを連れてきたのだ。

 凛の声に動いたアーチャーは、一瞬で凛と葛木の間に割って入る。不用意に近付いてしまった葛木。狙いが当たり笑みを見せる凛。攻撃態勢の気配を醸すアーチャー。三者の動きはスローで見え──       

 次の瞬間、アーチャーの拳が凛を軽々と殴り飛ばしていた。

 

 

 ──ガシャーーーンッ!

 

 

 元々半壊していた長椅子を破壊し、凛の体は瓦礫に衝突する。訳が分からない様子の凛……だが、すぐさまガンドを放ち葛木を狙い撃った。

 それを次は疑いようもなくアーチャーが、あたかも葛木を守るように剣で切り捌いてしまう。

 

 

「……どういうつもり、アーチャー?」

 

 

 冷静に、かつ苛立ちを込めて自らのサーヴァントの真意を問う。すると平然とした表情のアーチャーは、キャスターに向けて質問を投げ掛けた。

 

 

「キャスター、君の許容量にまだ空きはあるかな? この間の話、受ける事にするよ」

 

 

 この間──それは数日前、士郎がキャスターに拐われた時。ハルを殺した隙を突かれアーチャーの一撃を受けたキャスターは、アーチャーを味方に誘い入れようとした。その時は断ったアーチャーだったが、ここに来てそれを受けようと言う事らしい。

 

 

「何のつもりかしら?」

 

 

「なに、セイバーがそちらの手にあるなら、勝てる方に付くと言うだけの話さ」

 

 

 答えたアーチャーはふと視線を移す。姿は見えないが恐らく何処かで「どうして」と目を疑っていると思われる、支援の機を待っていたハルに向けて、アーチャーは言葉を投げつける。

 

 

「以前に言ったはずだろう、ウォーカー。私やセイバーにも敵意を忘れない事だ、と。特に私は今ココでキャスターを倒すのは理想論と考えた合理主義者だ。一度は疑ってかかるべきだったな」

 

 

 言いつつアーチャーはキャスターの出した魔術破りの短剣、宝具『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を受け入れる。そうすると、凛の令呪が掻き消えて新たにキャスターの手にはアーチャーの令呪が宿った。

 

 

「ウフフフ……! 残念だったわね、アーチャーの()マスターさん。裏切り者を持つと苦労するわ」

 

 

「っ……!」

 

 

 まさかの収穫に笑いが込み上げるキャスター。もはや目の前の少女は敵ではない。ない、が先程の生意気な態度は見過ごせない。気分晴らしに痛め付けてやろうかと魔法陣を展開した、その時……

 

 

 

 

「凛さん!」

 

 

「やめろぉーーーッ!!」

 

 

 

 

 上から二つの人物が現れる。ハルと士郎。ハルはともかく、突っぱねたはずの士郎が助けに来た事を凛は驚く。強化した木刀を握った士郎は凛を助けるべく特攻を仕掛けるが、葛木の拳にあえなく得物を粉砕される。

 

 

「あらあら、鼠がまた一匹……私の周りをウロチョロするなら、纏めて消してしまおうかしら?」

 

 

 キャスターはそう呟くと共に、士郎と凛、ハルの三人を取り囲む形で竜牙兵を生み出す。危機的な状況に置かれる士郎達。しかし、それに助け船を出したのは、裏切ったはずのアーチャーだった。

 

 

「待て、キャスター。私を手駒とするには条件がある。この元マスターと小僧、そしてウォーカーをこの場は見逃す事だ」

 

 

「……ウォーカーもですって?」

 

「気持ちは分かる。確かにウォーカーの宝具や技能は脅威だ。だが、それも他のサーヴァントと連携してなければ単に逃げ隠れが上手いだけの能力だ。貴様も実の弟を亡き者にしたが、好き好んで子供を手に掛けたくはないだろう? コルキスの王女よ」

 

 

「…………」

 

 

 皮肉るように言うアーチャーに顔をしかめるも、何か思うところがあってか、はたまた勝利を確信した故の寛容さかキャスターは竜牙兵の群れを引っ込める。

 

 

「良いでしょう。今後私の前を動き回らない限り生かしておいてあげる。だけど次に私の前に現れた時は……」

 

 

「ああ、その時は殺される覚悟あってこそだろうからな。元のマスターだろうがウォーカーだろうが、容赦はせんよ」

 

 

 ニヤリと加虐的に笑うキャスターとアーチャー。葛木は無表情のままやり取りを傍観している。

 とにもかくにも見逃された士郎、凛、ハルはすごすご教会から脱出を図る。二度目の敗走。しかも状況を更に悪化させた結果に歯噛みしながら、士郎達はキャスターらの前から立ち去るのだった──




重傷の士郎、アーチャーの裏切り、再度の敗走……原作通りとは言えハルちゃんに過酷な状況を強いていて胸が痛いです。だけど大丈夫、あと次の一回で終わるから!(若干のネタバレ)

一応フォロー入れると、キャスターは学校でハルが使った断片解放第四宝具を見ていません。ライダーがやられるのは確定事項で見るまでもないと判断したため。そしてアーチャーはその宝具の効果を知りながらキャスターに今のハルは無害だと伝えた。つまり……?

次回、4話の後書きで『MWの真骨頂』とか言ったな?──あれは嘘だ。
宜しければ評価やコメントをくださると、第四次から第五次聖杯戦争のスパンくらい執筆速度が上がるかもしれません。お願い致します!


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♯15 真夜

本日は『Fate/staynight [Midnight Walker]』をお読みくださりありがとうございます。
この話をお読みになる前に、お願いがあります。

これから本当の夜がやって来ます。
今話を読むにあたり辛い事があるかもしれません、悲しい事があるかもしれません。それでも目を反らさないでください。

約束できますか?

女の子は聖杯を手に入れるために頑張ります。それを決して見逃してはいけません。そのために、私も頑張ってきました。私のために、女の子のために、貴方は読む必要があります。

もう後戻りはできません。

本当に読みますか?
→<はい> <はい>


 アインツベルンの森──

 冬木市の郊外に広がっているこの森は、文字通りアインツベルン家が所有する土地だ。

その何処かにあるアインツベルンの城を目指して士郎、凛、ハルの二人と一騎は舗装されてない森の道を行く。

 

 

「大丈夫か?ハル」

 

 

「うん、まだ平気……」

 

 

 なるべくハルの歩調に合わせながら一行は進む。再び仮契約を交わしたとは言え、やはり日中に実体化を維持するのは一苦労な様子だ。

 それでも霊体化しない理由は、これから向かうバーサーカー陣営に敵意を示さないためである。

 

 

 『他のマスターに協力を仰げないか?』──教会から逃げ帰り、凛とまた協力関係を結んだ士郎がキャスター攻略に際して出したその提案が始まりだった。

 実は同じ事を検討していた凛。街の人間から魔力を蓄えたキャスター、そのキャスターの補助でサーヴァントに迫る戦闘力を有する葛木、そして裏切ったアーチャー……加えてセイバーが完全に操られればハルしかいないこちらは敗戦必至だろう。ならば他の陣営の手を借りるしかない。

 だがランサーのマスターは正体も所在も不明だ。となると残るは一人、バーサーカーのマスター──士郎が聖杯戦争の参加を決めた直後に仕掛けてきたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに話を通すしかなかった。

 幸いそちらは凛が今は亡き父親から所在を聞いていたので、少し乗り気ではないが否応言っている暇は無く今に至る訳なのだが……

 

 

「あんのガキィ……今笑ってるの、分かってるんだから……!」

 

 

 先行する凛は土埃で薄汚れた姿でバーサーカーのマスター、イリヤに怒りを募らせていた。森に張り巡らされた結界に何度も何度も弾き飛ばされた結果だ。

 けれど、これだけ罠に接触していたら向こうも気付いている事だろう。それで変な勘繰りはされず、素直に通してくれたなら有り難い。後は話し合いに持ち込み上手く協力に漕ぎ着けるだけ。キャスターに対抗するにはバーサーカーの力が必要不可欠だ。気を引き締めねば……

 

 

 ──ドゴォォォンッ……!

 

 

 と、

 その時だ。まるで爆撃でもあったかのような轟音が、今しがた見えてきた城から立ち昇る土煙と共に聞こえてきたのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 それは神話と神話のぶつかり合い。

 瓦礫が散乱する城内で、二人の英雄が現実離れした戦いを繰り広げていた。金髪の男の背後から波紋より武具が撃ち放たれ、それを巨躯の男が武骨な剣で打ち払っていく。まさに人知を越えた戦い。その中で金髪の男は見下すように笑い、巨躯の男は目前の敵を見据える。

 

 

 彼方、最古にして最上の王 ギルガメッシュ

 

 

 此方、狂いてなお勇猛たる大英雄 ヘラクレス(バーサーカー)

 

 

 神話同士の対決が、そこにはあった。それを少し離れて見守るのは、バーサーカーのマスターであるイリヤ。ギルガメッシュのマスターもまた隠れて見届けているのだが、今そっちはどうでも良い。

 

 

「■■■■■ッ……!」

 

 

「大したものだな、大英雄。だが子守りをしながらでは満足に戦えまい? 尤も今の我は、そのイリヤスフィール(聖杯の器)ウォーカー(イレギュラーの小娘)のように逃がしはしないがな」

 

 

 ギルガメッシュの言葉は的を射ていた。

 拮抗した戦いに見えるがその実、バーサーカーはイリヤに流れ弾の無いよう立ち回っている。狂気に染まってなおも道を外れぬ大英雄たる所以。しかしそれをギルガメッシュは嘲笑い、いたぶるように蔵の武器を選りすぐって放つ。

 やがて生身一つでは捌き切れない物量、しかも一撃一撃が致命的な英雄殺しの武器である事でバーサーカーは次々その巨体に被弾を許してしまう。そして遂に残り少ない命のストックが尽き果て、神を縛る鎖と槍の宝具をトドメにバーサーカーの狂気に染まる紅い眼光はその光を失った。

 

 

「そんなッ……バーサーカー! やだ、やだよぉ……!」

 

 

 負けないと信じていたサーヴァントの敗北。死なないと信じていた英霊の死。イリヤはその大人びた態度も崩れ、子供らしく泣き出しそうにバーサーカーの名を叫ぶ。しかしバーサーカーは体躯を灰色に褪せさせ、ピクリとも動かない。

 ──その光景を忍び込んだ士郎達は上部から見ていた。頼りに来たバーサーカーの敗北、そしてハルにとっては余り会いたくなかったギルガメッシュとの早い遭遇に固唾を飲んで見届ける事しかできない。

 そう、たとえギルガメッシュが手にした剣で一閃、イリヤの目を潰したとしても……飛び出さんとした怒れる士郎を凛が抑え殺されないよう隠れるしかなかった。

 

 

「痛ァッ……!? 痛い、痛いよぉ……!」

 

 

 光を奪われたイリヤは、盲目の身でバーサーカーの姿を手探りする。頼れる存在にすがりたいがために。

 が、そこへ非情にもギルガメッシュが迫り来る。彼の目的はイリヤと言う聖杯の器、その核となる心臓だった。狙われる少女に、もはや逃げ延びる術は無い。造られた命に思うところがあるものの、ギルガメッシュは微かに憐れみを帯びた面持ちでイリヤの命を終わらせるべく剣を振り上げた。

 

 

 刹那、ギルガメッシュの手はピタリと止まる。そしてイリヤを……否、もはやその目はイリヤではなく、更にその『中』にあるものを見透かすように、訝しんだ声で言った。

 

 

「──()()()()()()()()()貴様()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かわいそう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()は、いつの間にかそこにいた。

 まるで糸が切れたように突然倒れ伏したイリヤの体から抜け出たように、亡霊然とした朧気な()()が天井高く全てのものを見下ろしていた。

 

 

 ギルガメッシュは見た、その言わんともし難い雑多かつ醜悪な姿を。

 

 

 士郎は見た、人間のパーツをごちゃ混ぜにして仕立てたような、そのおぞましい存在を。

 

 

 凛は見た、言うならば蜘蛛に似た、その生理的に、本能的に怖気が走る怪異を。

 

 

 イリヤは見られない、聖杯の核となる心臓を一緒に持っていかれ息絶えていたから。

 

 

「……え……?」

 

 

 そして、ハルは見た──忘れようにも忘れられる訳がない、もう見る事は無いと思っていた()()を。

 何故?どうして? ……いや、ここが過去の世界ならまだ存在しているのは道理だろう。しかし、だが、けれど、なのに……心臓が、経験が、心が、霊基が「そうじゃない」と訴えている。何故そう思うのかは分からない。でも、だって、間違いない。あれは、今の時代にいる()()じゃないと。

 そう、それはまるで……未来で実際対峙した《蜘蛛のようなもの(山の神)》であるかのようだった──

 

 

「……ほう、よもや我が手にせんとしていたものが、何処ぞの愚物とも知らん神の手垢にまみれていようとはな。成り損ないの獣が……その不要な汚れ、貴様の命で洗い流すとしよう!」

 

 

 幽鬼の如く現れた《蜘蛛のようなもの》を見たギルガメッシュは、興味と嫌悪の入り交じる険しい笑みで『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を展開、様々な武器の切っ先が装填された。どれもこれも下級の神霊なら軽く殺せる武具ばかりが《蜘蛛のようなもの》めがけて射出される。

 

 

 ──ガァンッ!

 

 

 しかし、それらは向かってきた()()に相殺された。

 有り得ない事態。だが起こった事実。《蜘蛛のようなもの》は紛れも無く、虚空に輝く波紋を浮かべていた……ただし、その色は血色に染まって。

 それを目認したギルガメッシュは、クツクツと静かに笑う。顔を伏せて笑う。不可解さに笑う。笑って笑って、直後怒気を孕んだ表情を剥き凄まじい数の波紋を背後に展開していた。

 

 

「横奪のみならず我の蔵から我の物を盗み出し、あまつさえそれを我に向けようとは! もはや万死すら手緩いぞ、愚物がァッ!!」

 

 

 激昂したギルガメッシュが雨霰の如く宝具を射出する。まさしく地獄の雨。人類の紡いだ力の集約が、一つの存在へと容赦なく撃ち出された。

 対して同じく、同等数の武具を放って《蜘蛛のようなもの》は応戦する。けれど、それは稚拙そのもの。まるで癇癪を起こした子供が玩具を投げ付けるような無秩序さが窺える。あたかも人類の作ったものなど、自身にはその程度と侮辱せんばかりに。

 それにも激情を駆られるギルガメッシュ。この怒りをどう晴らせばいいかも、当の彼でも分からない。ここまでこの王を怒らせる愚か者もそうは居まい。ギルガメッシュはそれほど心を乱していた。

 ……それが致命的な隙であり、《蜘蛛のようなもの》の狙い。聖杯を取り込み、もう神と言う器すら脱したそれはギルガメッシュの激怒すら嘲笑う所業を繰り出す。

 

 

 

 

 ──ギル

 

 

 

 

「────」

 

 

 もしそれが享楽主義者の幻術なら、すぐに見破っていただろう。或いは霊基パターンも模倣する変装を得意としたサーヴァントでも、王の慧眼は誤魔化せなかっただろう。しかしそれが、"縁"を辿り『座』から引っ張り出された見た目だけは同じ無二の親友だったからこそ、ギルガメッシュの思考は一瞬停止した。

 たった一瞬、それだけで充分。直後、目の前にあった長髪の英霊は体がほどけ、無数の赤い糸としてギルガメッシュに絡み付く。

 

 

「なにッ……!?」

 

 

 幾重にも、幾度にも絡む真っ赤な糸の束。深い意味を持つその糸の拘束に危機を覚えたギルガメッシュは慌てて抵抗する。が、糸はそれより早くギルガメッシュを包み込み、『何か』が侵食していく。逃がさぬように、壊さぬように、そして……弄ぶように。

 やがて糸はギルガメッシュの形に余さず巻き付くと、バラバラ解かれていった。そこにはもう、ギルガメッシュの姿は欠片も残されていない。

 それとほぼ同時、鎖で吊るされ槍に貫かれて果てたバーサーカーもまた光の粒子としてその巨体を霧散させる。

 

 

 ──カワイソウカワイソウカワイソウ

 

 

 残るは《蜘蛛のようなもの》ただ一存在。抑揚も、心も無い同情の言葉は、全ての命をバカにした勝利宣言のようにも聞こえる。それこそ人理を守る英霊をも。

 

 

「っ……!」

 

 

「衛宮君!?」

 

 

 その階下に士郎は凛の拘束を振り切り、木刀一つで飛び降りる。目的は倒れるイリヤを助けるためだ。

 未だ動かず浮かぶ《蜘蛛のようなもの》をあえて無視し、その下でうつ伏せのイリヤを抱き抱える士郎。息をしておらず、心臓の鼓動すらしていないが、それでも放っておけない。

 瞬間、士郎の目と耳は、その『声』と『姿』を見た。

 

 

 

 

 ──士郎

 

 

 

 

「ッ……切、嗣……!?」

 

 衛宮切嗣──士郎の養父。憧れた男。正義の味方を目指した魔法使い。瓦礫にもたれかかりこちらを見詰める切嗣はあの時と同じように、死期を悟った動物のような虚ろな目をしていた。

 

 

「父、さん……?」

 

 

 と、上階で凛の声が微かに発せられる。反応から、どうやら凛の目も士郎とは別に、言葉から察するに父親の姿を、声を目の当たりにしているようだ。背中から血を流した死人の様相をした亡き父を……

 

 

「ユイ……!」

 

 

 ハルとてそれは例外ではなかった……いや、《蜘蛛のようなもの》にとってハルこそが、と言うべきだろうか。ハルの前にもやはりかけがえない者の姿があった。首を吊り、異形になりかけている土気色の親友が。

 

 

──行こう、士郎

 

 

          ──凛、おいで

 

 

   ──ハル、寂しいよ

 

 

 再び相まみえた死した三人の声と姿が、それぞれの耳と心に語りかける。誘うように、導くように。

 その声を聞いた士郎は投影した剣を喉元に当て、同様に凛も宝石を投げずに握り締めたまま魔力を籠め始めた。自殺同然の行為。しかし不思議と士郎達は、それが正しい選択に思えている。

 ただ一人……いや一騎を除いては。

 

 

「よまわりさんッ!!」

 

 

 頭を振ったハルは『しおれたはな』を手に叫ぶ。すると暗がりから飛び出してきたのは、巨大な芋虫じみた白い仮面のお化け・よまわりさん──幸運にも『しおれたはな』でランダムに呼び出される二つの姿のうち、望んだ方が来てくれた。

 現れたよまわりさんはまずハルを、次に凛を、最後に素早く下へと降りてイリヤを抱える士郎と、"ついでに見付けた少年一人"を拐うと瞬く間に消え行く。今は夜ではないが、よまわりさんとて理解したのだろう。あの《蜘蛛のようなもの》が子供を害するものだと。

 

 

『しロう』

 

 

『リん』

 

 

『はル』

 

 

『いリや』『おジョうさま』

 

 

 ──逃 ガ サ ナ イ

 

 

 切嗣、時臣、ユイ、リーゼリット、セラ……逃げた獲物達に所縁ある人達の声を真似て、何処までも清廉、何処までも醜悪な相反する声色で呟いた《蜘蛛のようなもの》は亡霊の如く城から消え去る。

 もう隠れ蓑は必要無いから。聖杯()を得た今、目的を果たすため棲み処を探そう。神として、救済するものとして、獲物(ハル)を取り戻すための準備を──そのために、この時代へ来た。

 

 

 其は未完成の獣。悩める人々を諭し、導き、解き放つ救済するもの──とは巧みな口ばかりの、人間の命を、心を、言葉を無意味に弄ぶ善意にして悪意ある、名すら忘れられし人類悪なり。

 人々が繋がりを求めるなら、人々が縁を欲するなら、その望みを叶えてあげよう。繋ぐは不朽にして不滅、悩める人々を解放せし死の縁。ならばこれにて人々を解き放とう(弄ぼう)ではないか。

 

 

 称して其、ビースト―(無銘のビースト) ──

 

 

 『結縁』の理を持つ獣──

 

 

 名も無き人類悪、"山の神"──




人 類 悪 顕 現

と言う訳で、満を持してアンチキショウこと山の神登場!……ビーストとして。
存在を匂わせてから『冬木の隣にあの街があるのか』とか『過去だからまだ存在してる』とか色々ご推察いただきましたが、正解は『未来から来た』でした。加えて人類悪に転職と言う、安直だけど最悪な答えですね。
UBWのギルガメッシュが「(泥で汚染された)聖杯は人類悪の一つ」と言ってた事から、ならそれを取り込んだ山の神は人類悪になるんじゃないかと思い付いた結果。執念深いのもここまで来るとキヨキヨしい。

ギルガメッシュを不意討ち気味に倒し、士郎達を自殺に追い込みかけた通り大分魔改造されてます。深夜廻原作では充分強くても、fateでは通用しないと手を加えすぎました。でも原作はこれ以上の事をやらかしてる事実。なのでこれでもまだまだ序の口と言うね。書いといて何ですが、洒落になりません(大汗)

ここからがfate×深夜廻、真の真骨頂。故の今回のサブタイ「真夜」。真の夜の幕開けにハルはどう立ち向かうのか!

次回、結託と対決。
宜しければ評価やコメントをくださると、執筆速度が魔力放出の勢いで上がるかもしれません。宜しくお願いします!


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#16 夜間

ぴょーん!(挨拶)

……本当に昨今は幼女や少女に厳しいのが流行りなんだろうか。この場合、厳しいのはマスターに対してですが。
これは遅れながら二章クリア早々水着イベが待ち遠しい。そっちも穏便には済まなそうだけど、このやるせなさを中和させてほしいものです……まさかエドモン、水着用意したから福袋で来たんじゃあるまいな?

今回はイイハナシダナーを目指しました。自己解釈をふんだんにあしらっていますが、とりあえず内の一つに関しては「ルーンまじゅつのちからってすげー!」と言う事で一つ。無人島を開拓するくらいだから……さ?(免罪符)


 気が付けば、士郎達は廃屋となった小さな教会の前にいた。

 よまわりさんの姿はもう影も形もない。この場所を廃工場の代わりと定めたのか、或いは単に魔力切れで偶然ココに放り出されたのかは不明だ。仮にまだいたところで、ハルにも真相は分からないだろう。

 

 

「わ、私さっき何して……!?」

 

 

「俺もだ……あの時、俺は確かに死のうとしてた。しかもそれが、正しい事なんだって思ってたんだ……!」

 

 

 動揺を隠せない凛と士郎。

 士郎は無論、自殺なんかと無縁な凛ですら自分で自分を殺そうとしていた先の心境。誰かを守るための剣で、誇りを貫くための魔術で、ただ死に行った者達の声に導かれるまま自殺を選んだのだ。正気に戻った今となっては、当時の自分達が信じられない。

 

 

「あの『声』は、聞いちゃダメ……私が住んでた街でも、山であの『声』を聞いた人は皆あのお化け──山の神の言いなりにされちゃうの……」

 

 

 知った口振りでハルが言う。その姿は酷く怯えていた。

 小さな体を一層縮こまらせて肩を抱くハル。もう二度と会う事は無いと思っていた《蜘蛛のようなもの》──山の神と、もう二度と見たくはなかった友達(ユイ)の変わり果てた姿は彼女にとってこの上無い恐怖対象(トラウマ)だ。英霊とは言え幼い少女が目の当たりにするには受け止めきれない。

 

 

「そうだ衛宮君、イリヤスフィールはっ?」

 

 

「ッ……いや、逃げる前には、もう……」

 

 

 士郎はすぐ傍で横たわっているイリヤを一瞥して首を横に振る。まるで眠っているように固く目を閉じたイリヤは、もう息をしていない。傍目からは分からないが、山の神によって聖杯の核となる心臓も奪われたため尚更だった。

 それを目視でも確認した凛は、眉を潜めて呟きを漏らす。

 

 

「ダメだったか……まさかイリヤスフィールの中にあんなのが潜んでるなんて。キャスターの件も優先すべきなのに、どっちを先に片付けたら……」

 

 

 

 

「──お前らだけでか? そいつは無謀ってもんだぜ、マヌケ」

 

 

 

 

「「「!」」」

 

 

 不意に上から声が掛けられ、士郎達は慌てて廃教会の方を見上げる。

 その屋根には紅い長槍を肩に乗せて腰掛ける男の姿があった。その正体はこの場の誰もが見知っている──紛れも無い、ランサーのサーヴァントだ。

 まさかの襲来に、それぞれ臨戦態勢を取る士郎と凛。しかしただ一騎、ハルだけは突如現れたランサーに唖然としていた。

 

 

「ランサーさん……?」

 

 

「よう、さっきは災難だったなハル。無事で何よりだ」

 

 

 対してランサーもまた、敵意も戦意も感じさせない柔らかな態度でハルの前に降り立ち、挨拶がてら彼女の頭を気安く撫でる。二人の間柄を知らない士郎達はそれに困惑気味だ。

 と、そんな少年少女らを尻目にランサーは思い出したように話題を移す。

 

 

「そんな事よりもだ。お前ら、望むんならアインツベルンの嬢ちゃんを助けてやろうか?」

 

 

「! できるのかッ?」

 

 

「ああ。だが一つ聞かせろ、坊主」

 

 

 そうランサーは前置き、話に乗ってきた士郎に問いを投げ掛ける。

 

 

「この嬢ちゃんは今でこそサーヴァントを失ってるが、さっきまで敵同士だったマスターの一人だ。そんな奴を敵であるお前さんが助けようもんなら、相手がどう思うかは分からねえ。これからしようって事は人間一人の命を背負う行為だからな……何故生かしたと逆恨みされるかもしれねぇ、死なせてくれと()()()にされるかもしれねぇ、それでもお前さんはこの嬢ちゃんを助けるか?」

 

 

 戦士然としたランサーの口から出た命の責任を問う問答。いや、或いは命のやり取りが日常の彼だからこその問い掛けかもしれない。

 その問いに士郎は思考を巡らせ、確かな意思で答える。

 

 

「……当たり前だ。助けられるなら、助ける。たとえ命を懸けるような事だろうと、この子を助けなかったら俺はきっと後悔するから」

 

 

「ハッ、大した覚悟だ。悪くねえ」

 

 

 納得の答えを聞き、ランサーは笑みを浮かべて早速行動に移った。イリヤの胸元で幾つかの光る文字──ルーン文字を宙に描き、魔術を行使する。最後にイリヤから伸びた光の帯を士郎の胸へと繋ぐと……

 

 

「──…………ッ、かふッ!? ケホっ、ケホっ、ケホっ……!」

 

 

 少し間を置き、息絶えていたはずのイリヤがなんと噎せながら息を吹き返した。可愛らしい咳を吐き死んでいた体に酸素を取り入れるイリヤ。凛はその間に宝石魔術で彼女の目を治療する。

 

 

「これで、坊主の心臓の機能は嬢ちゃんと共有された。代償として片方が死ねば片方も死ぬようになっちまうが……ま、あとはご両人次第ってな」

 

 

 軽口混じりに語るランサー。一方で生き返らされたイリヤは暫し何が起こったのか分からない様子で治った目で辺りを見回すも、やがて聡明な思考力が戻り自分のさっきまでの顛末と今の状況を察し、視線を士郎へと移して口を開く。

 

 

「……どうして……?」

 

 

 "どうして私を生き返らせたの?"──声色が、まさに先程ランサーが言っていた事と同じ問いを士郎にしていた。その瞳は虚ろに霞む。『もう価値の無くなった私を、何故また生かしたりなんかしたのか』と。

 イリヤスフィールと言うアインツベルンの()()は、聖杯を成就せんとする一族が他の血──衛宮切嗣の力を得て戦闘向きに仕上げた最高傑作だ。後にも先にも、もうこれ以上のものは作り出せないだろう。

 つまりイリヤが聖杯戦争で敗退すれば、アインツベルン家はその存在価値を捨て去る。イリヤもまた無価値とされ、死んだなら死んだでそれは良かった、唯一の存在価値を目の前で無かった事にされなくて済むから。だから、なのに今ここで生き返らされた事は彼女にとって迷惑でしかなかったのだ。

 その旨を、ひた隠していた心境を吐露するように士郎達へ明かすイリヤ。"自分"と言うものがない一族の中、自身の価値を失ったなら生きていても仕方ない。生き返らせなくて良かったのに、と自虐気味に告げる。

 

 

「バーサーカーはもういない。セラも、リズも死んじゃった。私はもうマスターじゃない……これなら死んだ方がマシよ。お願いだから、もう楽にさせ──」

 

 

 

 

 ──ぱしんっ

 

 

 

 

 ……と、可愛らしい破裂音がイリヤの頬に炸裂した。

 士郎達が目撃したそれは平手打ち。それを行ったのは──なんとハルだった。

 とは言っても、サーヴァントとは言え普通の少女程度でしかないハルの力。イリヤには大したどころか何ら痛みは感じまい。だが……それでも、イリヤは現実の痛みとは異なる『何か』が自身の心に届いた事を確かに感じた。

 ハルは、静かに怒りながらイリヤに語りかける。

 

 

「死んじゃダメだよ。貴女が死んだら悲しむ人がいる。だから、死んじゃダメ」

 

 

「っ……?」

 

 

 その言葉にイリヤは一瞬訳が分からなかった。一族で利用価値を失った自分の死に、一体誰が悲しむのだろうと。

 しかし、それはすぐ察知する。周りからの視線で嫌と言うほど。

 イリヤが死ねば自分も死ぬからなんて打算的な意味合いを微塵も考えていない悲しげな士郎が、同じ魔術御三家の一角でイリヤが死ねば得しかないはずの心配する凛が、そして死にたいと思うイリヤに助けられなかった友達を重ねて本気で怒るハルが──一様にイリヤの事を想い視線を集中していた。

 先程まで敵同士だったはず。面識が少ないどころか、殺し合いまでやらかした関係なはず。それでも士郎達はイリヤの死を拒んでいた。裏切り者の息子が、相容れない少女が、自分より幼いサーヴァントが。

 

 

「……私は、生きてて良いの……?」

 

 

 『どうでもいい』──バーサーカーと解り合うまで自分の感情をかなぐり捨てて吐いていた言葉。その言葉に囚われていたイリヤは、とうとう本音を露にする。それが士郎達に肯定されると、イリヤは涙を抑え切れず泣き出す。まるでさっきの平手打ちで心の錠が外れたような大泣き。ハルはそんな彼女を抱き留めた。

 ハルとイリヤ。見た目こそ幼いがイリヤの方が歳上に見えるものの、今回ばかりはイリヤの涙を受け止めるハルの方が大人に思えるのだった──

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「──で、わざわざイリヤスフィールの命を助けてくれたって事は、私達に恩を売って何かしたいのかしら?」

 

 

 イリヤが落ち着いた頃、凛はランサーに向けてそう口火を切った。対するランサーはご名答と言う風に笑って返す。

 

 

「察しが良いじゃねえか、嬢ちゃん。さっき言った通りお前らだけじゃ手に余りそうなんでな、俺が手を貸そうかって話だ」

 

 

「それは貴方の独断? それとも貴方のマスターの指示かしら?」

 

 

「他のマスターと協力関係を結べってのはマスターの命令だ。だがお前らを選んだのは、純粋な俺の好みさ。仕事は選べねえ分、仕事仲間は選ばせてもらわねえとな」

 

 

 「言ってお前さんらしかマスターは残ってないんだが、そこは結果的にだ。気にするな」と軽い口ぶりで付け加えるランサー。美味すぎる話ではあるが、裏があるとも思えない。ランサーのマスターにとってもキャスターは目の上のたんこぶだろう。加えてイリヤから出てきた山の神もいる以上、この二つをどうにかすべきだ。それなら利害が一致する士郎達と協力するのが得策である。

 戦力不足な士郎達にとっても悪い話ではなかった。ハルも以前ランサーと顔合わせした事から信用している。受けて損は無いだろう。

 

 

「分かったわ。ただし貴方には暫く私達の行動に従ってもらう。独断行動させて万が一罠に掛けられたら堪らないもの」

 

 

「生易しい処置だが、賢い判断だ。それじゃそう言う訳だが……()()()()()()もこの事に一枚噛むって認識で良いか?」

 

 

「ヒッ!?」

 

 

 突然話し掛けられた事に驚いたのだろう、士郎達のすぐ後方の木から悲鳴が聞こえ、恐る恐ると言った感じで一人の少年が顔を出す。その見知った顔に士郎と凛が声を上げた。

 

 

「お前……慎二!」

 

 

「どうしてココに……あっ! まさかあの金髪のサーヴァントのマスターって!?」

 

 

「……ああ、ああっ、ああッ! そうだよ! ギルガメッシュのマスターはこの僕だ! それなのにアイツ、あんな気持ち悪いのにアッサリやられやがってぇ……!」

 

 

 どうやら士郎達がよまわりさんに拐われた際、一緒に連れてかれたらしい元ライダー&ギルガメッシュのマスター、間桐慎二は恐怖から一転して怒りが込み上げ体を戦慄(わなな)かせる。言峰のお膳立てでまた聖杯戦争に復帰できたのにこの体たらく。彼はかつてないほど怒っていた。それこそ、今までの禍根を棚上げするほどに。

 

 

「このまま家に帰ったら僕は爺さんに何言われるか……だから衛宮、遠坂! 僕と手を組め! せめてあのデカブツブサイクに仕返ししなきゃ僕の気が収まらない!」

 

 

「アンタ何を自分勝手に……!」

 

 

 抗議しようと身を乗り出した凛に、しかし士郎はそれを制止して怒りに震える慎二に問い掛ける。

 

 

「慎二、お前も手伝ってくれるのか?」

 

 

「そう言ってるだろ!? せっかくサーヴァントなんて凄い力を手に入れたのにお前らや、あんなデカブツにやられっ放しじゃ気分が済まない!」

 

 

「じゃあ頼みがある。イリヤ(この子)を連れて俺の家で待っててくれないか? 何度か遊びに来てるし、勝手は分かるよな?」

 

 

「はぁ!? な、何でこの僕がこんなガキと一緒に……」

 

 

「ならキャスターを倒すのに着いてきてくれるか?」

 

 

「快く引き受けようじゃないか! 親友として、幸運を祈って待ってるぞ衛宮っ!」

 

 

 満面の笑顔で慎二は引き受ける。正直、慎二は連れてっても役に立たないしイリヤも助けてすぐ戦いに巻き込みたくなかったのだろう。士郎の手腕で慎二を味方に引き入れ、一行は今夜キャスター攻略に身を投じるのであった──

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 場所は教会。時刻は深夜。

 雨が上がり霧がかる広い庭園に現実離れした赤い外套の男が佇んでいた。アーチャーだ。

 教会の番人役を務めるアーチャーは、来訪してきた懲りない面々に皮肉ついでに嘲笑する。

 

 

「サーヴァントに裏切られて傷心かと思いきや、昨日の今日でもう鞍替えかね? 元マスターながら私の事は言えないな」

 

 

「ほざけ。前から気に食わなかったが、性根から腐り切っているみてぇだな……行きな、手筈通りお前らはキャスターを叩け」

 

 

「ありがとう、ランサー」

 

 

「気を付けてね」

 

 

「お前もな、ハル。こっから地蔵にお供えした場所までは出戻りが大変だぞ?」

 

 

 暗に『死ぬな』と伝えられ、笑みで応えるハルを始めとする士郎達三人はキャスターの潜む教会の中に入る。庭園に残されるは青い槍兵と赤い弓兵ただ二騎のみ。互いの得物を手に、両者は好戦的に笑い合う。

 

 

「裏切りがそんなにも不服かね、ランサー」

 

 

「ああ、テメェにはあの嬢ちゃんは勿体ねえ。ハルもこんな男を信じてたとあっちゃいたたまれないぜ」

 

 

「殺めた息子とウォーカーを重ねてるなら止めた方が良い。自慢の槍が鈍るぞ」

 

 

「ハッ! 鈍ってるかどうか、試してみやがれッ!」

 

 

 まずランサーから動き出し、迎える形でアーチャーも駆け出す。朱を纏う青い閃光と白と黒が尾を引く赤い閃光が、今ここに激しく衝突した──!




ハルちゃん怒りのビンタ炸裂!(肉体的ダメージ0)
生きる事をやめたイリヤに、生きたくても殺された友達を助けられなかったハルはそれを許しません。お陰でイリヤの心はハルの手で救われました、文字通り。

前書きでも言ったように心臓の機能共有についてはルーン魔術万能と思ってくださると有り難い。fate×深夜廻でハッピーエンドを目指してる以上やはりイリヤはあのまま死なせたくないし、それを覆せるのがあの師匠から同じ魔術習ってるアニキだけですからね。何のルーンを組み合わせたのかはご想像にお任せします(適当)

そして前回"ついでに"拐われていた慎二も仲間入り。聖杯の器にされなくて済んだし、山の神ビースト攻略に役立ってもらわないと。個人的に好きなキャラですしね。作者の心情を代弁させられるくらい好きに物を言わせやすいところが特に良い。

次回はキャスター戦三度目の正直。
宜しければ評価やコメントをくださると、採集決戦のバルバトス討伐速度くらい更新が早まるかもしれません。どうぞお願いします!


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♯17 丑三つ時

四ヶ月ぶりの更新。本ッ当にお待たせしました。
以前の更新が8月上旬と夜廻シリーズの季節感だったのに、気付けばSNサイドの季節感どころじゃない年末と言う。もう深夜アニメ一期分跨いでますね、不甲斐ない。

そんな待ちに待たせ、ようやく書き上げた第17話。世間では夜廻シリーズがそろそろ下火気味でちょっと不安ですが、鬼門も抜けたからこのまま完結を目指すので、今後とも応援宜しくお願いします!

それでは聴いてください、
『このクオリティならもっと早く書けバカヤロウ』


 教会の地下。

 士郎達にとって一夜ぶりとなるそこでは、葛木とキャスターが並び立つ形で待ち受けていた。その後方には変わらず──けれど、いよいよ抵抗も限界と言った様子でへたり込む、囚われたセイバーの姿もある。

 

 

「せっかく助けてあげた命なのに、わざわざ捨てにやって来たのかしら? お嬢さん達」

 

 

 昨夜に"次は容赦しない"と伝えたはずが、性懲りも無く現れた少年少女らにキャスターは嘲りと呆れの笑みを向けた。片や葛木は、ただ無表情に士郎らを見据える。

対して、凛は彼女らしい不敵な笑みで返す。

 

 

「捨てに来たんじゃなくて、取り戻しに来たのよ。とことん気に食わない、貴女を倒してね」

 

 

 虚勢でも自棄でもない、自信に満ちた宣言。それにキャスターは不可解さと不快さから、ローブに隠れた顔をしかめる。

 だが、それが何だと言うのか──思い直すキャスター。

 ランサーを手懐け、どんな策を用意していようと、この戦況は引っくり返せない。セイバーはこちらの手にあり、アーチャーもまたこちらについて、そのアーチャーがランサーと交戦している以上、ここにいるのは未熟な魔術師……いや、子供二人と対処さえ分かれば他愛ない、これまた子供のサーヴァント一騎のみだ。

 恐れるに足りない。到底、足りはしない。たとえランサーやバーサーカーが相手でも、自分達の勝利は揺るがない確信がキャスターにはあった。

一方、凛は言葉を続ける。

 

 

「それじゃ始めましょうか。貴女との小競り合いもこれで三度目。いい加減その顔も見飽きたし、ケリを着けてあげる

 

 

──ハル!」

 

 

 と。いきなり呼び掛けられたハルは、しかし予め聞かされていた通り行動に出る。キャスターに感付かれるより早く。

 

 

「断片解放、『こうじょう』!」

 

 

 そう唱え上げた途端、地下空間は一瞬の眩い光を経て世界が塗り変わる。

 広がるは、暗闇に覆われた屋外。足元に敷かれる赤茶けた鉄板や建物の壁を巡るパイプ、漂う錆びた鉄の匂いやゴオォンッと言う空虚な反響音から、そこがまさしく寂れた工場の敷地内だと窺える。

 ──しかれど、それだけではない。遠くから場違いにも無邪気に楽しげな子供の笑い声が聞こえ、暗闇の中でウゾウゾと蠢く何かの気配がある。それらは、この場の命あるものに訴えかけているようだった。『生きていて羨ましい』『死ね』『一緒に遊ぼう』、と……

 そこは、生きているものが居るべきではない場所。

 

 

「っ、いきなりね……!」

 

 

 舌打ち気味に吐き捨てたキャスターが、魔法陣を展開しながら飛翔する。余裕の無防備から一転、臨戦態勢だ。

 士郎と凛も、それぞれ剣──アーチャーが使っていた白黒の双剣──を投影し、宝石を握り込んで身構える。それを見た葛木も、半歩動いて構えを取った。

 魔術と格闘。互いに同じ分野だが、その力差は歴然だ。片や神代でも最高の魔女に、片やその補助を受けてセイバーすら手玉に取る暗拳使い。いかな士郎達では、実力での勝負は見えている。

 つまりこれは、格上相手にどれだけ()()()()()、凛の作戦が通用するかに賭けた一か八かの戦いだ──

 

 

 

 

 ハルの役目は、宝具を発動して戦う場所を提供する事と、士郎達が戦っている間のお化けの引き付けであった。

 なるべく追い掛けてくるタイプのお化けがいない場所を選んだが、それでも全てがそんな生易しいお化けなどではなく、少なからずいるにはいる。故に、邪魔をさせないため自らが囮となって士郎達が心置きなく戦えるようにするのが、ハルに託された役目だ。

 すると、そうしたハルの前に新たな障害が現れる。

 

 

 ──ズズズッ……

 

 

「!」

 

 

 地面から湧いた靄。そこから這い出てきたのは、人型や獣の形を模した骨の兵隊──竜牙兵だ。

 恐らくキャスターが片手間で差し向けてきたのだろう。それだけ余裕であり、ついでにハルも始末してしまおうと言う魂胆だ。その証に、明らかな殺意を持って竜牙兵らはハルににじり寄ってきた。

 それに対し、ハルは踵を返して逃げ出す。ここで自分がやられてはいけない。もう二度と、誰かを失う目には遭いたくないから。そうして走るハルを、竜牙兵の群れが追い掛ける。

 闇夜に包まれる中、必死に逃げるハル。ふと、懐中電灯で照らした先を見ると、サッと遠回りする。その真意を解さない竜牙兵、何故か大きく回った獲物を仕留めるべく、真っ直ぐ進んで距離を詰めようとして──呆気なく、その身は粉々に砕けた。

 

 

 闇に紛れてゲタゲタ笑う、無数の足が生えた巨大な顔……『道ふさぎ』にぶつかって。

 

 

 砕け散る音を聞いて、ハルは思わず「ごめんなさい」と心で呟いた。いかに魔術で作られた疑似生命でも、人や獣の姿をしたものを自らの策で死に追いやったのは心が痛む。

 しかし気に病んでばかりはいられない。仲間が訳も分からず砕けて狼狽えている様子の竜牙兵らの隙を見て、ハルはまた更に遠回りで元の場所に戻り行く。士郎と凛のサポートをするために。

 それに気付いた竜牙兵の生き残りはすぐさま追跡するが、不意に軌道を変えると一点に集まり出す。更に追加の竜牙兵が寄り集まり、組み重なり、骨が一つの大きな人型を作る。

 まさに巨大な竜牙兵と化したそれは、異常を察したキャスターが繰り出したもの。所詮は子供、これだけの相手には腰を抜かしてしまうだろう、と予想しての行動だ。

 

 

 ──キャスターは知らない。工場(ここ)ではないダムの上、ハルは似たような巨大な骸骨と対峙した事を。そして、それに対する感情が恐怖などではなく、"同情"や"憐れみ"である事を。

 

 

 だからこそ、予想に反して怖さを感じないハルは、降り下ろされた骨の腕を何とか避け、なおも逃走。巨大竜牙兵は捕らえんと、少女に追い縋る。

 その時だ。前方から光が放たれ、同時に巨大竜牙兵が支えを失ったように崩れ落ちたのは──

 

 

 

 

 

 

 ──褒めてあげるわ。貴女は、私に魔術戦をさせたんだから。

 凛渾身の攻撃を容易く防ぎ、戦意喪失したように俯く少女へとキャスターは微笑みながら手を向ける。終わりの時だ。

 が、瞬間笑みを浮かべた凛が何か唱えると、足元に転がる白い宝石が閃光を迸らせる。油断していたキャスターがそれに目を眩ませた隙に、凛は魔術を駆使した足運びで掌底を思い切りキャスターに叩き込んだ。

 

 

「カハッ!? ……あ、貴女、魔術師の癖に殴り合いなんて……!」

 

 

「お生憎様。今時の魔術師ってのは……護身術も必須科目よッ!!」

 

 

 言いながら続けて足払い、からの二連打を加え、最後にあらん限りの力を籠めた拳を打ち放つ。その悉くを喰らったキャスターは、巨大竜牙兵の維持もできないほど殴り飛ばされた。

 これには士郎も、戻ってきたハルも驚く。宝具が解け、元の地下空間に戻っているのにも気付かず。策がある事は聞かされていたが、それが何か知らなかったが故にこれは予想外。まさか魔術師が魔術師に、殴って勝利を勝ち取ろうとは。

 と、士郎が突然声を上げる。

 

 

「遠坂!」

 

 

 ──ドオッ!!

 

 

「くっ!?」

 

 

 駆け付けた葛木が割って入り、凛に仕掛けた。咄嗟にガードを取る凛だが、それでも防ぎ切れず自身もまた転倒する。

 間に入り、守る形の葛木は、背後の口から血を滲ませるキャスターに言葉を投げ掛けた。

 

 

「油断したな、キャスター。早くセイバーを起こせ」

 

 

「は、はい、感謝致します、マスター……」

 

 

 応えたキャスターは、令呪宿る左手を掲げる。ここまで食い下がるのなら、セイバーを操って早々に片を付けようと言うのだろう。

 絶体絶命。士郎はおろか、凛でも葛木を倒してキャスターの阻止はできない。どうすべきか──

 

 

 

 

「そこまでだ。無駄な足掻きはやめると良い、キャスター」

 

 

 

 

 と。響き渡った制止の声に、一同は動きを止める。

 一斉に声の方へ見やると、そこには呆れた風のランサーを引き連れて立つアーチャーの姿があった。

 

 

「アーチャー! 貴方どうして……!」

 

 

「どうも何も、言ったはずだ。私は勝てる方を取るとな」

 

 

 問う凛に、アーチャーは悪びれた様子も無くさも当たり前の如く答える。凛とアーチャーの間だけで伝わる意味。ふとランサーを見れば、「そう言う事だ、まったく」と肩を竦めていた。つまり寝返ったのではなく、敵の懐に潜り込んでいたと言う訳だ。

 それを解したキャスター、睨むようにアーチャーを見る。

 

 

「……無駄な足掻きとは何かしら、アーチャー? まさか貴方達で私達を倒せると言うの?」

 

 

「言葉の通り受け取ってもらっては困る。根は聡明な君なら感じ取れるはずだろう、聖杯など奪い合っている場合ではない事態が起きた事くらい──そう、()()()()()()殿()を見れば分かるか」

 

 

「何ですって? …………! まさか、そんな……!?」

 

 

 言われて、半信半疑に自らの陣地──柳洞寺を覗き見たキャスターは驚愕した。『何か』が、神殿内に介入している。サーヴァントでも、人間でもない。まるで神か、それ以上のおぞましいもの……!

 驚きを隠せない自身のサーヴァントに、葛木は表情を変えず問い掛ける。

 

 

「どうした、キャスター」

 

 

「……マスター、どうやら不測の事態です。彼らの言う通り、聖杯を奪い合っている場合ではありません」

 

 

「分かってくれて何よりだ。私もランサーから話を聞いた時は疑ったのでね、いざとなれば力ずくで説得も視野に入れていたが、その必要も無かったか」

 

 

 冗談混じりにアーチャーは言う。その様子に苦労させられた士郎は少し腹を立てるが、すぐにアーチャーは真剣味を帯びて言い放つ。

 

 

「さて、分かり合ったところで本題だ。私が取り仕切るのは不服だろうが、事態が事態だからな。人類悪対策についての話し合いを始めるとしよう──」




ハルちゃん主役なのに台詞無さすぎ問題。
子供だから難しい話は入れないし、原作基準だとそっちのキャラだけで会話成り立つのが難点。ゲームでは無口だしとか、ノベル版では結構喋るから言い訳になりませんしね……(汗)
でも次回から正真正銘深夜廻基準の話なので、その機会も増えるはず。乞うご期待!

因みに今話更新がこれまで掛かった理由も、実はハルちゃんでした。
キャスター戦において、過去二回出会してるハルはキャスターに警戒されてる。加えてキャスターは倒さず仲間にする予定だったので、下手に初見殺しで倒す訳にもいかず、ならセイバーを第四宝具で助けて……と考えたけど、残存魔力ごと縁を切られるからセイバー消滅と言う障害あって執筆で悩みに悩まされました。結果ハルのシーン追加で、決着は原作通りに。ホント、これを四ヶ月前に思い付いてれば……orz

そんなこんなでキャスターも仲間入り。目的の聖杯さえなければ、利害の一致で手を組んでくれると思うんですよね。特に葛木が生きてる時代の危機となれば尚更。アーチャーも、この事態なら自分殺しとか二の次なはず。
これで役者は揃った。ここから夜廻サイドで言う『明け方』パート、つまり最終章です。ここにお地蔵さん置いておくので、セーブはお忘れなく。

次回はちょっと道を逸れて特別編を正月更新できたらなと考え中。宜しければ評価やコメントをくださると、それも実現してモチベーションも上がるのでお願い致します!


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♯6.5 縁夜

明けましておめでとうございます!
アニキからアタランテ・オルタにバトンタッチした2019年、無事こうして迎える事ができました。因みに亥年の私は今年が厄年です!厄払いしないと……

さて、何とかギリギリ書き上げた新年更新。ちょっと本筋から逸れた特別編です。時系列はサブタイをご覧の通り、6話から7話の間。まぁ、別に何処でも良かった内容ですが、いつもMWをお読みくださっている皆さんへのお年玉代わりになればなと思います。
それではどうぞ!


「おかあさぁん、どこぉ……?」

 

 

 心細さに泣き出したいのを我慢しながら、少女は夜に染まった街を独りで歩いていた。

 街路灯くらいしか照らされていない夜道は暗く、そして冬なのもあって虫の鳴き声一つしないほど静かだ。けれど少女の幼い呼び声はその中であっても響かず、暗闇に溶け入ってしまう。

 

 

「うぅ、怖いよお」

 

 

 朝日のように明るい髪とは対照的に、不安と怯えで顔を曇らせる少女。両親に連れられ、親戚の家があるこの冬木に遊びに来たが、母親と夜の散歩に出掛けて、つい好奇心から脇道に逸れた事で母親の姿を見失い、はぐれてしまって今に至る。見ず知らずの、人気が無い夜の街に独りぼっち。

 そんな少女の前に、()()は容赦なく現れた。

 

 

 ──あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙

 

 

「ひっ!?」

 

 

 それは、言わば『影』。三つ開いた白い孔が顔を表す、人の形をした直立する影だった。

 湧いて出るように現れた影は、驚いて尻餅を着く少女を見下ろす。表情なんて無いはずなのに分かる、負の感情。嫉妬、羨望、嫉妬、そして……殺意。影は生きているものを羨み、妬み、許せなかった。

 

 

「いや、やだ、来ないでっ……!」

 

 

 対して向けられた事の無い感情を、視線を一身に浴びる少女はただ震え、拒む事しかできない。理不尽な憎悪。訳の分からない事にいよいよ我慢していた涙が溢れ返りそうになる。

 逃げなきゃ、死んじゃう。それでも動けない。そうした少女に影は懇願も聞き入れずジワジワと迫って……

 

 

 カツン、と。

 

 

 夜の静寂に響く乾いた音で影は振り向いた。

 見れば小さな石が路上に転がり、今は寂しく落ちている。それに影は釘付けな様子で、スーッと小石に近寄っていった。

 呆然とする少女。そこへ声が掛けられる。

 

 

「こっちだよ」

 

 

 え? と聞くか否か、少女の右手が同じくらいの右手に握られて引っ張られる。すると後ろからまたあの影が迫る気配を感じた。その手は、いや目の前の()()()()()()()()は影から自分を逃がそうとしてるんだ、と少女は気付いてそれに身を委ねる。

 やがて繁みを見付けると、青いリボンの少女は少女と共にそこへ飛び込んだ。

 「じっとしてて」──そう言われ、息を潜める。すぐに追ってきた影は繁みの前をキョロキョロしていたが、獲物を見失ったために来た道を戻っていく。

 それでも暫く隠れ続け、しっかり安全を確認したところで、青いリボンの少女は一息吐く。そして少女に向き直った。

 

 

「大丈夫? 夜はああいうのがいるから、気を付けて」

 

 

 言って顔を覗き込んできた青いリボンの少女を、そこで少女は改めて見た。

 自分と同い年か、一つ上だろうか。青いリボンとウサギのナップサックが特徴の、可愛い女の子。しかし一方でその左腕は無く、季節は冬でありながら半袖の片方は、力無く揺れている。

 誰も出歩かない夜に遭遇した、夏姿の片腕の少女。普通なら不審に思うはずだが、けれど不思議と少女は受け入れられた。

 

 

「私はハル。貴女の名前は?」

 

 

 むしろ、暗い夜に出会った柔らかい笑みを見せる彼女は、少女にとって夜を照らす光に見えたのだった──

 

 

 

 

 

 

 青いリボンの少女──ハルは、少女が母親とはぐれた事を聞くや、探すのを手伝ってあげると提案した。その申し出に、少女は断る理由も無く頷く。

 ハルに手を引かれ、少女は再び夜道を歩き出す。飲み込まれるような闇は相変わらず。だが着の身着のまま、懐中電灯すら持っていなかった少女にハルは救いだった。首に提げられているライトが夜道の一部分を明るく照らし出し、進む先を導く。何より一人より二人の方が心強い。

 途中、さっきの影みたいなものが見え隠れする。それを先導するハルが見付け、少女を連れて隠れたり、小石や紙飛行機で気を引いて逃げたりしてくれた。得体の知れないものがさまよう夜の街を、ハルのお陰で巡り歩ける。

 だが、それでも少女の母親は見付からない。夜の暗さは、ここまで全てを覆い隠すのか。恐らく同じように探してくれてる母親の痕跡すら見当たらない。

 ──その内、歩き疲れた様子の少女に気が付いて、ハルは安全そうな場所で休憩を取る。座り込んだ少女は、膝を抱えて俯いた。

 

 

「どこにいったの、おかあさん……」

 

 

 呟く声は涙混じりだった。事実、俯いて隠れた目からは涙が溢れる。

 夜の暗さは、ありもしない不安を煽る。お母さんは大丈夫だろうか?もしかしたらあの影みたいのと出会したのかもしれない。いや……そもそも、勝手にはぐれた私を探してくれてるのか?置いてかれたんじゃないのか?──負の思考が少女の心を苛む。

 それを見たハル、ふと辺りをライトで照らすと何かキラリと光るものを路上に見出だす。そして駆け寄り、拾い上げて、少女の元に戻って差し出した。

 

 

「はい、これあげる」

 

 

「……?」

 

 

 涙に濡れる顔を上げる少女。そうして見たハルの手には、小さく光る指輪が……いや、玩具の指輪があった。

 

 

「……綺麗……」

 

 

 摘まみ取った少女は、その指輪に目を奪われる。もちろん宝石ではなくプラスチック製であるが、夜でも輝くように主張するそれはちょうど少女の髪と同じ、朝日のようなオレンジ。暗く染まりつつあった少女の心を、それは明るく彩る。

 ハルは言う。

 

 

「絶対見付かるよ。夜は暗くて怖いけど、本当に全部隠しちゃう訳じゃない。貴女が諦めなければ、きっとお母さんに会えるよ」

 

 

 そう断言し、ニッコリと笑うハル。するとその脇から、小さなフワフワの塊が少女に飛び掛かる。

 

 

「わっ」

 

 

「アンッ!」

 

 

「ほら、チャコも大丈夫って」

 

 

 何処から現れたのか。先程までいなかった子犬にすり寄られ、しかし少女はそんな疑問もすぐ捨て置き、フワフワの子犬を抱擁する。いつしか涙は引いていた。更に気力も湧いて、少女はハルと手を繋ぎ、今度は並んで夜道をまた歩き行く。

 それからもう少し回っていた時、少女の耳に求めていた声が投げ掛けられた。

 

 

 

 

「立香!」

 

 

 

 

「! お母さん!」

 

 

 向こう側から駆けてきた母親の姿に、少女は思わず涙が再度溢れそうになる。今度のは嬉し涙だ。

同じく駆け出し、ようやく会えた母親に抱き付く少女。もう、心配させて! と安堵しながら叱る母親と、ごめんなさい! ごめんなさい……! と嬉しそうに謝る少女がそこにはいた。

 と、少女は後ろを振り向く。ここまで連れてきてくれたハルにお礼を言うためだ。言葉だけじゃ足りない、感謝の気持ち──が、振り向いた先には誰もいなかった。

 

 

「…………」

 

 

 どうしたの? と母親の声。どうやら母親には、少女がここまで一人で来たように見えていたようだ。

 しばし呆然としていた少女だったが、やがて「何でもない」と答え、母親と手を繋ぎ家路に着く。

そして最後にもう一度振り向くと、

 

 

「またね、お姉ちゃん」

 

 

 見えない、けど確かにいた誰かに向けて手を振る。「ばいばい」と言う別れの言葉ではなく、また会いたいと言う願いを込めて、今度こそ少女は母親と帰る。指輪をしっかりと手にして。

 その後ろ姿を見送ったハルは霊体化を解き、夜の探索に戻る。今夜出会った少女の前途を祈って。

 

 

 これが、縁の始まり。

 深夜を廻る少女と、後に人類最後のマスターとなる運命にある少女との最初の出会い。いずれ巻き起こる新たな聖杯戦争の、史上最大の探索の旅の、二人の少女の縁が繋がるきっかけであった──




ハルとぐだ子の邂逅。はい、コメントでちょいちょい言ってるFGO編の伏線です。
今までユイ、幼女先輩に導かれてたハルちゃんが今度は立香を導く。これは個人的に熱い。尊い。特にバトルも何も無い特別回でしたが、これを書けただけで満足です。
因みにグランドオーダー開始時にマシュが16歳なんで、その先輩であるぐだーずは多分17、8歳。その10年くらい前だからハルちゃんと同い年か年下なんじゃないかなと。違ってもうちのぐだ子設定だと思ってくだされば幸い。

一応ここで明言しておくと、FGO編は要所要所を取り上げるだけの単発になります。だってハルちゃんの性能はFGOじゃ特異点Fからキツいし……本編からの縁をネタにした特別回になるでしょう。まずは本編終わらせてからの話ですが。

終わると言えば、話によるとFGOは二部完結を以て終わりを迎えるとか。
……え?コミカライズまだフランスなのに?ラスアンの意味不明さの解明もなく、テラリンやFake鯖も実装しておらず、そもそもFGO本編にも明かされるべき謎が沢山あって、二年前の年末スペシャルでは全鯖のモーション変更するって言ってまだまだ残ってるのに?残り最低一年で終わらせるの?
と言う訳で、ここに私はFGO終わらない説を掲げたい。他の方の希望的観測を引用すれば主人公やヒロイン、ゲームシステムを一新したfateゲームになるか、ストーリーは終わるけどサービス自体の終わりはまだ先の話か。稼ぎ頭をあっさり無くす事もないでしょう。そもそも拙作の東方fgo的に困る!←書いてない自業自得

そんなこんなで戦々恐々な新年を迎えた今年も、秋塚翔をどうか宜しくお願いします!お年玉代わりに評価やコメントをくださると、FGOのお正月ガチャや福袋ガチャで良い引きになるかも!?(結果は自己責任で頼みます、調子に乗りました)


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#18 決夜

大変長らくお待たせしました。
イラスト練習にハマり、目指せ等身大ハルちゃん!と努力なう。執筆以上の難しさに、イラストレーターさんを尊敬し直しました。

言い訳はこれまでに、それではどうぞ!


 山の神が()()を選んだのは、一体化している聖杯の核が指し示したのともう一つ、その立地にあった。

 円蔵山──キャスター陣営が拠点としていた柳洞寺のある山の上。"山の神"と言う性質上、他二つの霊地よりも馴染み易いため、この場所に根付く事を決めたのだ。

 寺にいる人間はあえて摘まみ食いせず、軽く心を操って麓に捨て置くと、湖──本当は洞窟が良かったのだが、『あれ』をも取り込むには少し手間なので後回し──に陣取り、まだまだ幼体に過ぎない結縁の獣は本格的な"羽化"を始める。

 聖杯が目覚め、頭上に開いた孔から泥……受肉した呪いが止めどなく溢れ出ると、それを浴びた山の神は肉体を得、尚も有り余る力はその身を膨張させていった。よりおぞましい、人体を寄せ集めたような蜘蛛じみた姿。

 更に、その頭部からズルリと、二本の大きな指が生えてくる。まさに獣の証したる一対の角──けれど、弄ぶように蠢くそれは、獣である事を主張しながら偽っているような、バカにした印象を与えていた。

 それでも。容姿も、権能も、まさしく獣に足りうる山の神は、この時を以て羽化を果たす。人類がすべからく求める繋がりを手繰り、縁を繋ぎ、引き合わせる人類悪に。そこに決して、()が無かろうとも。

 

 

 

 

 ──オイデ、オイデ、オイデ

 

 

 

 

 羽化を遂げた無銘の獣は、誰かを呼び寄せるかのように語り掛ける。苦しむ者を、救われたい者を……そして何より、二度も逃した少女を。

 

 

 その顔は、まるで人間の悪性を表すかの如く醜悪に歪んでいた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 夜も一層深まった衛宮邸には、ランサーのマスターを除く現存のマスターとサーヴァントが、教会から場所を移して一堂に会していた。

 過去四度の聖杯戦争において、二つ三つの陣営が一時的な同盟を組む事はあったろうが、全ての陣営がこうして話し合いの場に集まった前例は無いだろう。ましてや遠坂、間桐、アインツベルンの三家が揃うなど幾年月ぶりか。

 

 

「それじゃあ状況を整理するわ──人類悪が現れた。そいつはイリヤスフィールから聖杯を奪い取って、今まさにとんでもない化け物になろうとしている。人類全てを自殺させかねない、とんでもない化け物にね」

 

 

 凜が司会を務め、利害の一致で手を組んだ一同は人類悪対策の席を囲む。本来、マスター権を失っている慎二やイリヤも同席している。

 

 

「キャスター、柳洞寺の様子はどう?」

 

 

「もう覚醒自体は済ませて、今は湖に居座っているわ。特に大きな動きは見られないわね」

 

 

「恐らく柳洞寺を自らの社にするつもりだろう。土地神の類いは、信仰される土地があってこそ力を発揮する。そのため、無理矢理にでも根付こうとしているのだ……故に、そう容易く場所は移せず、身を隠される心配は無いと見て良い」

 

 

 遠隔透視でかつての拠点を覗き見るキャスターの情報に、凜の背後に控えたアーチャーが補足した。因みに、凜とアーチャーは契約を結び直している。士郎とセイバーも同様だ。

 

 

「では、早速これからにでも討伐に……」

 

 

「それは悪手よ、セイバー。貴女が知らないのは無理も無いけど、私と衛宮君……それにハルは知ってる。あれがどんなにとんでもない奴か」

 

 

「……」

 

 

 その言葉に、士郎は思い出す。山の神の声によって、自然と"死"に向かった自分を。

 あの時、『導かれた』と言う認識は無く、あたかも自分の意思で死ぬ事を選んだような意識があった。もちろん今でこそ『違う』と分かるが、不完全であの力を人類悪と化して振るわれたら、いかにセイバーのようなサーヴァントとてどうなるか……想像もできない。

 同じ事を思い浮かべたか、眉を潜める凜は視線をセイバーの隣、隻腕の少女に向けた。

 

 

「そこで、ハル。できる限りで良いから話してくれないかしら?あれがどんな存在で……貴女はあれにどう立ち向かったのかを」

 

 

「えっ?」

 

 

 直後、集まる注目にハルは言葉を失って戸惑う。けれど、当然の流れだ。あの山の神と対峙した事があるのは、英雄多しと言えど彼女だけ。情報は、どんなものでも多いほど良い。

 やがて、自分を落ち着かせたハルはコクリと頷き、話し始める。ただの少女が英雄の一騎に数えられた、報われなき後悔の夜を──

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 話し合いを終えた一同は、討伐作戦を決行する夜明け前まで各々待機している事となった。凜が何かを決心した様子で士郎を呼び出し、それまで時間を潰す流れとなっている。

 

 

「…………」

 

 

 そんな中、ハルは部屋として宛がわれた離れで膝を抱えて蹲っていた──怖さで。

 ハルは自分を英雄だとは思っていない。ただ大切なもののため突き進み、真実に行き着いた末で英雄とされただけだ。これから始まる戦いに怖がるのは当然で、ましてやそれがあの《蜘蛛のようなもの(山の神)》となれば尚更だ。

 先も士郎達に話した、ユイを連れて帰るため、"声"に抗い辿り着いた洞窟で対峙したナニか。神か、お化けか、そんな事は関係無しにハルはそのものに怒りと恐怖を覚えた。死んだ人を弄び、言葉とは裏腹に悪辣を行う存在。そんな二度と会いたくない相手が、今まさにまたハルの前に立ち塞がろうとしていたのだ。今や、『恐怖』だけが彼女を襲う。

 もう、この部屋から出たくない。足が動かず、顔すら上げられる勇気も無い。怖い。怖い。怖い──『山の残響』は本物が現れたせいか発動しないが、それでも……だからこそ、ハルの足をすくませるに足る恐怖が苛んでいた。

 そうしてハルは意思は、もう立ち直れないほどに折れようとした

 

 

 その時。

 

 

 

 

 ──カサッ

 

 

 

 

「……?」

 

 

 誰もいないはずの部屋で、不意に聞こえた軽い音にハルは思わず顔を上げる。その目の先には、小さな紙切れが落ちていた。

 たまに紙飛行機こそ飛んでくるが、見覚えのない事象。あれは『夜道で拾い集めし宝物(コレクション)』の一つ、『だれかのメモ』だ。何だろうと取ろうとした矢先に、チャコが実体化して取りに行ってくれる。そうして渡してくるその顔は、「読んでみて」と訴えているようだった。

 感じたまま、恐る恐る開いたメモには、見慣れた字で知らない文章が書かれていた。

 

 

『だいじょうぶだよ

あなたがしんじたみちをすすんで

どんなよるも、そのさきにひかりはあるから

だから、きっとだいじょうぶ』

 

 

「……!」

 

 

 それを見た瞬間、ハルの中に驚きと情動が沸いた。

 まるで、自分の様子を見ていたかのような言葉。気休めのようで、信じられる言葉。ふと、さっきまでの恐怖が薄らぐ感覚があった。

 ハルは、このメモを書いた人物に覚えがある。隣町で出会った、赤いリボンの少女……彼女がどうやってこのメモを書いたのか? 分からないが、その少女を思い出すとハルは右手にある物を実体化させる。

 

 

 ──あかいリボン

 

 

 ユイが残した、思い出のリボン。勇気を貰えそうな、その真っ赤なリボンにハルはそっと微笑む。

 

 

「……ユイ、私に勇気をちょうだい」

 

 

 呟いて、ハルは自らの結った髪を青いリボンごとほどく。そして再び結び直す──ユイと同じ、ポニーテールに。

 続いて赤いリボンは、その手首に巻き付ける。すぐ目につく位置。まだ怖いは怖いが、不思議とすくんでいた足は動き、立ち上がって歩ける自信が沸いてきた。

 

 

「うん。行こう、チャコ。今度は一緒に」

 

 

「アンッ!」

 

 

 そう言ったハルの笑顔に応え、チャコは力強く一鳴き。もう怯えるだけの少女は、ここにはいない。二人の少女に支えられ、因縁を断つために立ち上がったポニーテールの少女は、愛犬を連れて部屋を出る。

 

 

「ハル」

 

 

「士郎さん」

 

 

 すると、丁度ハルを呼びに来たのか、士郎がやって来るところだった。少し前まで顔を会わせていた士郎は、何故か凜と似た魔力を宿している。

 互いに頷いた士郎とハルは、揃って玄関を出た。そこには既にセイバー、凜とアーチャー、キャスターと葛木、ランサー、慎二、イリヤが待っており、みな準備は整っているようだ。凜と慎二、イリヤも『切り札』を手にしている。

 

 

 時刻は朝の近い深夜。最後の決戦が始まる──




ハルちゃん霊基再臨!これがやりたかった。
メイン中→ゲームクリア後→今回と言う感じで、第三霊基に当たる設定です。最初はユイのリボンを付けさせようとしましたが、FGO的な理由で区別化しようと。ハルちゃんが片手だけだから、サーヴァントの便利さでしか髪を結えなかったのが残念点。

まさかのゲスト、幼女先輩文字だけ登場。ノベル版読むと、先輩も英霊化してておかしくないですからね。多分、☆5ウォーカー。魔眼持ちかもしれません。
羽化した山の神ビースト。角はこれでしょう。騙ってる感じでも、その外道っぷりは原作以上なので、ヘイトを溜めながら次回お楽しみに。

遂に始まる決戦!『切り札』とは何か?泣く泣く切って隠す形になってしまったのですが、ご期待あれ。
宜しければコメントや評価をくださると、信用度低い執筆速度がきよひーの脅迫のもと早まるかもしれません。僕、嘘吐かない!(大汗)


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#19 逢魔ヶ夜・壱

来週発売の、日本一ソフトウェアの贈る新作ゲーム『じんるいのみなさまへ』。皆さん知ってるでしょうか。
"日本一ソフトウェア製"の、"荒廃した秋葉原で女の子達がサバイバルする"ゲームと言う、不穏さを怪しまずにはいれないストーリーにwktkしてます。だってあの日本一ソフトウェアだもの。絶対ロクな事ない(確信)
内容次第では私の手掛ける作品が増える可能性。

 

と、言ったところで大変長らくお待たせしました!何とか二ヶ月は越えずに更新です。
やっと書き上げた、のですが……今回はちょっと個人的に満足の行く出来じゃありません。いかんせん情報量と要点の箇所が多くて、キャパオーバー気味になりましてね……とりあえず書きたい事は書いて、意味不明になるのは防いだつもりなので、生暖かい目でお読みくださいませ!

妥協する魔法の言葉
『fateも大概意味分からないのがある』
『楽しんだもん勝ち(開き直り)』


 山門へと続く長い階段を駆け上がっていく士郎達。機動力に難のあるハルとイリヤは、それぞれ凛と慎二に背負われている。

 

 

「だらしないわね。置いてかれるわよ」

 

 

「ゼェ、ハァ……! む、無茶言うな! こっちは、お前らみたいな、化け物とは違うんだ!」

 

 

 人ひとり背負って階段を一気に昇るので、慎二は既にグロッキー気味。士郎はともかく、同じ条件の凛が息一つ上がってないのは、慎二の暴言も尤もだろう。

 それでも何とか辿り着いて、柳洞寺に侵入。一息吐こうとしたところで……閃光が慎二らを襲った。

 

 

「くッ!」

 

 

 ──ズドガァッ!!

 

 

 逸早く気付いた士郎が、それを投影した白い短剣で弾き飛ばす。余りの勢いに体を浮かすも、軌道を逸らして地面に衝突した閃光──血色に染まる宝剣は、不気味な魔力を散らして消滅する。

 そして、咄嗟に一同が見やる先。今しがた剣の飛んできた柳洞寺の屋根に、()()は染み出るように現れた。

 

 

 

 

「──フ、フハハ、フフハハはッ、フハ々はハハhaハ破はは歯ハm叭ハはは刃ハハハ──ッ!!」

 

 

 

 

 英雄王ギルガメッシュ。その、()()()()()

 影が直立したかのように真っ黒な立ち姿に、身体中から夥しい数の目が開いてこちらを見下ろす様は、最早ギルガメッシュとしての何もかもを感じさせない。赤い波紋を展開し、血の色に輝く宝具を向けながら壊れた哄笑を狂い叫ぶそれは、ギルガメッシュの形と力を被ったただの『怪異(お化け)』だ。

 

 

「ったく、神から離反しといて、今じゃ壊れた神様の尖兵かよ。皮肉にしても笑えねえぞ」

 

 

 実体化させた槍を構えて、ランサーが毒づく。意識すら取り込まれた本人であり偽者に言っても、無駄と理解しつつ。

 一方で想定"内"の事態に、ギルガメッシュ──あえて名付ければ、怪異ギルガメッシュと言うべきか──の前にアーチャーが立つ。双剣を手に、予定通り事を進めるべく動いた。

 

 

「ここは引き受ける。先へ行け」

 

 

「分かったわ。気を付けてね、アーチャー!」

 

 

 凛が応え、各自その場から分かれる。セイバー、ランサー、キャスター、葛木は湖へ。凛、慎二、イリヤ、ハルは林の中へ。

 だが、そこにアーチャーと共に残る少年が一人。士郎だ。

 

 

「何故お前はここにいる、衛宮士郎」

 

 

「言うまでもないだろ。()()()()()()、分かってるはずだ」

 

 

「……とんだ自信だな。我ながら反吐が出る」

 

 

「ああ、そうだろうな。だけど今はやるべき者が、やるべき事をやるべきだ」

 

 

 言葉を交わしながら、士郎とアーチャーはなおも狂った笑い声を上げる怪異ギルガメッシュを見上げていた。いかに変わり果てようと、戦争の如きその力は禍々しい形で表されている。戦争には戦争。今ここに相応しいのは、白と黒の双剣を握るこの二人の『衛宮士郎』だ。

 

 

「フッ……せいぜい、足手まといにはならん事だ」

 

 

「そんなの、言われるまでもない」

 

 

 得物を握り直し、士郎とアーチャーは怪異ギルガメッシュと対峙する。直後、数多の切っ先が殺意を持って境内に降り注いだ──

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 時は、衛宮邸での話し合いまで遡る。

 あの夜の事を語り終えたハルは、一つの宝具を実体化させて机に出す。それは士郎や凛、慎二らが一度は見た事のあるもの──赤い裁ちバサミだった。

 

 

「これが?」

 

 

「うん、縁切りの神様から借りてる私の四つ目の宝具」

 

 

 それこそ山の神に対抗する力。これがあったからこそ、ハルはあの夜を生き延びたと言える、ウォーカー・ハルの切り札だ。

 ところどころ刃溢れの窺える古びたハサミは、まるで人間の血を吸ったかのような赤さを衆目に映す。その色味に、縁で結ばれて現界したこの場のサーヴァント達は思わず怖れさせられる。

 

 

「話を総合すると、あの山の神は恐らく柳洞寺の何処かに、自分とこの土地とを無理矢理結び付けているはず。それを切り離せれば、その土地神としての強みを失って倒せると思うんだけど……この一本きりじゃ、可能性の一つから見るに心許ないわね」

 

 

 ハルの話から様々な想定を挙げ、対抗手段に一抹の不安を覚える凛。すると、不意に彼女の後ろからアーチャーが何やら動き出す。

 

 

「──『投影開始(トレース・オン)』」

 

 

「!」

 

 

 その単語に反応したのは、他ならぬ士郎である。

 投影魔術。紛れもなく自分と同じ魔術を行使したアーチャーは、素知らぬ顔で何かを作り出す。士郎含め、一堂がそれを黙って見届け……そうして出来上がったのは、三本の赤い裁ちバサミだった。

 

 

「ランクは大幅に落ちるが、質の悪い縁を断つ分には事足りるだろう」

 

 

 言って、再び凛の後ろに控えるアーチャー。士郎の中で一つの疑念が生まれる中、慎二が一番にそのハサミへと手を伸ばした。

 

 

「じゃあ僕がやってやるよ」

 

 

「えっ?」

 

 

「……何だよ遠坂、その有り得ないものを見るみたいな顔は」

 

 

「驚いた。てっきりもう尻込みしてると思ったら、意外とやる気あったのね」

 

 

「バ、バカにするなよ!? いつまでもやられっ放しの僕じゃないんだ!」

 

 

 慎二が凛に食ってかかる一方で、イリヤもまた複製されたハサミを手に取り、決意表明を口にする。

 

 

「私も、こっちで戦うわ。今は何もできなくなっちゃったけど、そんな私に生きる価値を教えてくれたハルのためなら何でもする。救ってくれたんだもの、今度は私の番」

 

 

 凛とは反対の隣で、ハルの手を握ってイリヤは言う。これは自分達の生きる世界を守るためであり、恩人であるハルを助けるための戦い。全てを失ったイリヤは、新しい目的に今を生きる。

 そして、後に覚悟を決めたハルと共に、一行は山の神撃破へと向かうのだった──

 

 

 

 

 

 

「──まぁ、予想通りではあったけど……ここまで滅茶苦茶だと嫌になるわね」

 

 

 林に向かったハル達。そこで凛はうんざりと言った様子で愚痴を溢す。

 木々を縫う形で張り巡らされているのは、太く赤い糸の束。かつてハルが洞窟の中で見たそれに似たものが、林のあちこちに施されていた。

 

 

「これが山の神と、この土地を結び付ける縁の糸ね。良くもまぁ、こんなに無理矢理繋げたもんだわ」

 

 

「じゃあ、これ全部切れば良いのね?」

 

 

「何だ、案外簡単じゃないか」

 

 

「……ううん、油断したらダメ」

 

 

 ほくそ笑む慎二にハルが言い、首のライトで林の奥に照らす。するとそこには、目玉に足が生えたような蜘蛛じみたものが蠢いていた。どうやらちゃんと警備が付いているようである。

 

 

「なら二手に分かれて、あれを避けながら切っていきましょう。ハルの話なら、糸を切れば周囲のあれも消えるはずだわ」

 

 

「分かった。それじゃ行きましょ、シンジ」

 

 

「な、何で僕がお前と!」

 

 

「リンと貴方じゃ喧嘩して見付かるじゃない。私もハルと一緒が良いけど、合理的に考えた結果よ」

 

 

 うぐぐ、と苦い顔をする慎二だが、仕方なく承諾。凛とハル、イリヤと慎二に分かれて個々に無数ある糸を切らんとする。

 山の神が土地と言う土台を得た以上、その力はサーヴァントを束ねてぶつけても強大すぎる。ハル達の役目はその差を無くす事。責任重大であるからこそ、彼女達は決死の覚悟で事に挑むのであった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 セイバー達の役目は、湖に陣取る山の神の足留めと、ここぞの時のトドメ役だ。

 山の神とこの土地との繋がりをハル達が断ち切っている間、何も手を下さないとは限らない。そうでなくても、何をするか予測できないビーストと化した山の神を放置できないだろう。そこでセイバー達は、囮と撃破の役目を買って出ていた。

 

 

「俺も、戦場じゃ化け物になる逸話こそあるが……あそこまで気持ちの悪ぃバケモンは初めて見るぜ」

 

 

「宗一郎様、危なくなれば貴方だけでもすぐ退却を。私達の事は構わず、ご自分の身を案じてください」

 

 

「ああ、努力はしよう。だが、まずはいかに対処するかを考えろ」

 

 

「同感です……っ! 来ます!」

 

 

 湖の中心、キャスターが覗き見た時のまま鎮座する山の神。それの動きを直感スキルで察知したセイバーが不可視の剣を構える。

 ボコボコボコッ──山の神の膨張した肉体が泡立つように膨らむ。そこから産み出されるは、二つの見知った……そして変わり果てた影。

 

 

 ライダー・メデューサ

 

 

 バーサーカー・ヘラクレス

 

 

 先のギルガメッシュ同様、黒い影に無数の目を浮かばせてセイバー達の前に現れる。もうそこに、英雄としての面影は無い。怪異サーヴァントと言うべきだろうか。

ハルから聞いた山の神ならやりかねない、陰湿な所業──だが、それだけに留まらなかった。

 

 

 聖杯を取り込み、人類悪へと昇華した山の神。その獣に足る権能が今、徒に振るわれる。

 過去、四度の聖杯戦争があった。

 未来にて、史上最大と謳われる聖杯戦争が起こる。

 はたまた別の世界線では、形式や在り方は違えど様々な聖杯戦争が行われてきた。

 それらをもし、『聖杯戦争』と言う縁で繋げられたら? ……本来なら無理な話だ。けれど、結縁の獣となった山の神ならそれが"可能"となる。

 

 

 『ネガ・コネクト』

 

 

 縁結びの権能が昇華した、ビースト―の権能。あらゆる縁を、言いがかり的に結んで弄ぶ。世界すらも越えて。

 

 

 ──ズズズズズッ──

 

 

「おいおい、マジかよ……!?」

 

 

 一同は驚愕する。予想を遥かに凌駕した、山の神の悪辣さに。

 セイバー達が見る先、広大な湖の上には見渡す限りの──数多の怪異サーヴァントが身体中の目をこちらに向けていた……!




此よりは地獄。

と言う具合で決戦、逢魔ヶ夜の始まりです。
情報が多すぎて分かりにくい、本編で省いた部分をひとまずここで解説したいと思います。今までぼかしてたツケが回ってきた……

・怪異ギルガメッシュ、怪異サーヴァント
今回のやらかし案件第一号。元ネタは怪異化ユイで、モデルはハガレンのお父様です。
一応怪異ギルガメッシュと怪異サーヴァントは少し違って、怪異ギルは本体を取り込んで改造した形なので意識以外はまんまギルの性能まま。一方で怪異鯖は劣化シャドウサーヴァントと言った感じで、スキルも宝具も使えない紙耐久の贋作となります。ただどちらも戦闘能力は本物通り。本当にやらかしすぎた。

・山門から侵入した士郎達
省いた話として、実はキャスターの対霊結界はまだ健在と言うものがありました。山の神はそれをすり抜けたは良いけど出る事ができなくなり、士郎達はそれを利用して逃亡防止の檻代わりに……って事で山門から入った訳ですが、余り気にしないでください。多分結界さんの出番はもう無いから。

・山の神ビースト
『ネガ・コネクト』発動。つまり魔改造縁結びです。
そして今回のやらかし案件第二号、時代と世界越えた多重召喚(ただし怪異化)。全シリーズ網羅させる暴挙ですね。ここまで来るとメアリー・スー感が……
本当ならもう少し上手く描写するつもりでしたが、更新も考えて物足りないものになってしまった。それでもヤバさは伝わるかと。元ネタはプリヤドライの決戦。

こんな感じでしょうか。正直、今回は自信無さすぎて弁解ががががが……このくらいでナヨってるようでは、お気に入り登録千人越えは身に余ってますね(苦笑)
次回は反省活かして盛り返したい。ご期待とご声援宜しくお願いします!
宜しければ評価やコメントくださると、執筆速度は信用無いのでクオリティが上がるかもしれません。こちらも宜しくお願いします!


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#20 逢魔ヶ夜・弐

前々から考えてた夜廻×東方を単発で執筆なう。東方ボーカルのPVにおあつらえ向きなのがあって、インスピレーション沸きました。最近アイデアばっか降ってきて逆に困る……俺に憑いてるアイデアの神、実は山の神だな?ハサミ持ってこい(言いがかり吹っ掛けるスタイル)

前回二ヶ月、今回六日で更新と言う不規則さ。鬼門を通りすぎたと言うべきか、何とかもおだてりゃ木に登ると言うか……とりあえず調子に乗ってる今こそスパートかけてお送り致します。それではどうぞご覧ください!

……このおちゃらけた前書きが、作品のシリアスさ壊してないだろうか?


「はあァッ!」

 

 

 セイバーの一撃が、踊り子の姿をした真っ黒い影を一刀両断にする。

 影はとろりと溶けるように沈み、消滅。そこへ間髪入れず別の影──高笑いを上げる剣闘士らしき大男──が、セイバーに小振りの剣を振り下ろしてくる。

 

 

「──ッらあ!!」

 

 

 それをランサーの文字通り横槍が仕留める。また一騎、英雄の皮を被った『ナニか』は消え去るも、次々と同類のそれらがこちらに向かってきていた。その様は、まさに軽い地獄と言えよう。

 

 

「チッ、こいつは予想外にしても行き過ぎだな……まさか英霊をここまで呼び出しちまうとは」

 

 

「いいえ、最早これらは英霊ではありません。英雄を侮辱する、その姿を貼り付けただけの悪霊です」

 

 

 山の神(ビースト―)の権能『ネガ・コネクト』と聖杯の併用により召喚された怪異化した英霊、怪異サーヴァント。セイバーの言う通りそれは、英霊とは名ばかりのお化けだった。

 恐らくは英霊の座から霊基や力のみを抜き出し、それらを手下に被せた形なのだろう。自我も無ければ、無論残留意思も無い本物(オリジナル)偽物(劣化)。『英霊』と言うものを滑稽に演じる、まさに侮辱した存在であった。騎士であるセイバーにとってそれは、怒りに震える光景だ。

 

 

「…………」

 

 

 そんな憤慨するセイバーの一方、空から支援攻撃をするキャスターは、眼下の怪異サーヴァントの群れを別視点から見ていた。

 様子を見る限り、怪異サーヴァントは存在として不完全なためか、軽い一撃だけで簡単に消滅してしまうほど脆い。宝具や技能(スキル)を使わない点も、それを裏付ける証拠だ……しかし、それ故に現界の維持コストは少ないとは言えこの数、果たして聖杯の魔力だけで補えるものだろうか?

 ──縁結び。キャスターの頭にある疑惑が過る。

 山の神は聖杯戦争を縁に、ありとあらゆる戦いで召喚されたサーヴァントを怪異化させて喚んだ。ならばそこから更に、魔術師(マスター)へと縁を繋いだら?──過去の聖杯戦争でも、そこに参加した数多の強力な魔術師がいたはずだ。未来でも様々な魔術師がマスターとなるはずである。加えて、その親類や師弟、ただの知り合いにすら縁を伸ばせるとすれば……だとすれば今の山の神の魔力は果てしなく、それこそ全ての英霊を扱う事すら可能では──

 

 

「どうした、キャスター」

 

 

 と、不意に足許の葛木から声を投げ掛けられ、キャスターは思考から浮上する。

 魔術で保護・強化された拳で、たった今子供と男の影を殴り飛ばして倒した葛木。本を携えていたと言う事は文学系の、それも作家の英霊だったのだろうか。魔術でなく素手で襲ってきた辺り、中身のお化けは扱いを分かっていない。

 

 

「いえ……少し考え事が過ぎてしまいました。考えるだけ無駄な事です、お気になさらず」

 

 

「油断するな。弓矢を使うものもいる、飛び道具には注意しろ」

 

 

 無感情な口振りで言い、葛木はまた淡々と襲い来る怪異サーヴァントを屠っていく。

 そう、無駄な事だ──キャスターは自分自身に言い聞かせる。

 憶測でしかない、しかしあの山の神ならやりかねず、正しくともどうしようもない事柄だ。ならば、最悪の事態にならないよう、ハル達の仕事が早く済む事を祈るしかない。今はとにかく粘らなければ。

 そう意識を改めた矢先、次々と怪異サーヴァントが生まれ出る肉壁から、また新たなそれが誕生する。それは、この地獄がまだ序の口であったと示すような、また一段山の神が獣の力に馴染んだ証。

 

 

「Ar……thur……」

 

 

「ち、ちウゥ、え……」

 

 

「卿らは……!?」

 

 

「ふ、フフ、フフふ……」

 

 

「おいおい……趣味が悪ぃぞ……!」

 

 

「メディ、ア……アぁ、メディアァ……」

 

 

「ッ……!」

 

 

 目玉だらけの鎧に身を包む二つの影、鞭の握られた手をだらしなく下げた女王らしき影、情けなく地を這う尊大な雰囲気の男。因縁深き者達の異形なる姿に、セイバー達は戦慄する──

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 蜘蛛らの目を盗み近付いた凛は、木々の間に張り巡らされる赤い糸束へとハサミを入れる。すると鉄のように固いはずの糸は、まるで木綿の如くあっさり切れた。

 同時に、シュー……と辺りを巡回する蜘蛛が溶けるように消える。無事にまた一本切り終えた凛は、息を吐いて頷く。

 

 

「よし……」

 

 

「凛さん、こっちも全部切ったよ」

 

 

 するとちょうど、ハルも安全になった凛の元へやって来る。それに凛は笑みを返す。

 

 

「ご苦労様。これでこの辺は粗方片付いたけど……慎二達の方は大丈夫かしら」

 

 

 言って、夜空を見上げる凛。空に開かれた聖杯の孔は、今なお山の神に人間の悪性──泥を注ぎ続けている様子だ。その分、山の神は増長する。できれば慎二とイリヤも無事で、首尾良く事が進んでいれば良いが。

 しかし心配ばかりしていられない。何のためか出鱈目に張られた縁の糸は、まだまだ沢山ある。こちらも早く済ませなければ。セイバーや士郎達のためにも。

 と、別の場所に向かおうとした二人の耳に、柳洞寺から凄まじい音が届く。

 

 

 ──ドガアァッ!!

 

 

「! 士郎さん、アーチャーさん……」

 

 

「……無事でいなさいよ。せっかく覚悟決めて私の力分けたんだから、アーチャー共々死んだら承知しないからね」

 

 

 

 

 

 

 ──ドガアァッ!!

 

 

「くっ……!?」

 

 

 射出された剣の凄まじい威力に圧され、士郎は得物の双剣に引っ張られた態勢で吹き飛ばされる。

 続いて飛んでくる、第二射。倒れた士郎に代わり、これはアーチャーが投影した大剣を射ち出して相殺した。

 

 

「足を引っ張るなと言ったはずだが?」

 

 

「う、うるさい! でも、助かった」

 

 

「フン、次は無い……だからまともに手持ちの武器で受けるな。あれだけの宝具、生身で防ぎ続ければ五体無事ではいられんぞ」

 

 

 さりげなく助言するアーチャーは、そうして屋根の上を見やる。そこには、変わらず壊れた哄笑を無意味に上げながら血色の蔵を展開する、怪異ギルガメッシュの姿があった。

 

 

「フハはハッ! ハはッ、ヒハハハハハァッ!!」

 

 

 何が楽しいのか……いや、そもそもその笑いも形だけのものだろう。笑いながら、赤い波紋から真っ赤な宝具を覗かせ、無作為に放つ様はいっそ見るに堪えないおぞましさだ。

 士郎もまたそれを立ち上がって見、今度は投影した武具で相殺しながら立ち回る。それを一点集中で追い狙う怪異ギルガメッシュ。

 

 

「……フッ!」

 

 

 その単純さ故に、それをアーチャーは見逃さず死角から現れる。

 矢を番えた弓を引き絞り、すかさず射ち込む。三本同時に射られた矢は、破壊力を伴って怪異ギルガメッシュを襲った。

 

 

「グ、ググク……」

 

 

 煙が晴れ、現れた怪異ギルガメッシュは苦悶の声を漏らす。防御までは追い付かなかったようだが……何やら様子がおかしい。

 それに士郎とアーチャーが訝しんだ時、怪異ギルガメッシュは……いや、()()()()()()()は理性ある声を上げた。

 

 

「……オ、ノれ、おのれ、おのれおのれおのれッ! 下劣な神の分際で、我を操ろうなどとォ!!」

 

 

 憤怒の叫びを上げるギルガメッシュ。どうやらアーチャーの一撃が自我を呼び起こしたようだ。黒かった顔面は、怒りに染まる英雄王のものに戻る。

 ギルガメッシュは、怒りのまま士郎らへ言葉を放つ。

 

 

「雑種、贋作者(フェイカー)! 貴様らに求むるは業腹だが……あの穢れた神風情と比べれば砂粒ほど譲歩してやる! 我を討つ事を赦す、見返りに今の人類に一時の平穏をくれてやろう!」

 

 

「アイツ、何を勝手に……!」

 

 

「エアで我が身を滅ぼすなど、王の名折れだ! 迷っている暇などないぞ! くッ、おのれ……!」

 

 

 そう言い残し、ギルガメッシュはまたその影に呑まれてしまう。再び狂笑を上げ、何もかも破壊せんと暴れる。

 アーチャーは呆れたように息を吐いた。

 

 

「全く、噂に違わぬ横暴さだ。しかし、望みは叶えてやって損は無いな」

 

 

 独りごち気味に呟き、そして士郎を見やる。

 

 

「衛宮士郎、お前と俺は同じ存在だ。それは分かっているな?」

 

 

「ああ……けど俺はお前とは違う。どんな事があろうとも絶望なんかしないし、理想に背いたりしない」

 

 

「何故そう思った? 何がお前にそう感じさせた」

 

 

 試すような言葉。それを士郎はまるで分かっていたかのように答えた。

 

 

「──地獄を見た女の子がいた。その子は残酷な真実に絶望しないで、前に進んだ。どんな救われない答えを得ても、立ち止まらず真っ直ぐ先を見た。だから俺も前に進む、たとえどんな事がこれから起きようと」

 

 

 誰の事か、アーチャーでなくても自ずと分かった。

 

 

「……そうか。上出来だ。ならば見せてみろ、お前の覚悟を。理想の自分をイメージしろ」

 

 

 直後、怪異ギルガメッシュの攻撃が始まる。そのおぞましき血の閃光を、アーチャーと士郎は『熾天覆う七つの円環(ローアイアス)』で防いだ。

 そうして二人の衛宮士郎は言葉を紡ぐ。魔力を疾らせ、または凛から継承された魔術刻印を輝かせて。自らの進む先、進んだ果ての心象世界を開く呪文を。

 

 

 ──I am the bone of my sword.

   体は剣で出来ている

 

 

 ──Steel is my body, and fire is my blood.

   血潮は鉄で 心は硝子

 

 

 ──I have created over a thousand blades.

   幾たびの戦場を越えて不敗

 

 

 ──Unknown to Death.Nor known to Life.

   ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない

 

 

 ──Have withstood pain to create many weapons.

   彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う

 

 

 ──Yet, those hands will never hold anything.」

   故に、生涯に意味はなく

 

 

 ──So as I pray, unlimited blade works.!

   その体は、きっと剣で出来ていた!

 

 

 

 

 最後の式句を唱えると共に、怪異ギルガメッシュを巻き込んで世界は一変する。

 広がるは、空に巨大な歯車が浮かぶ果てしなき荒野の丘。無数の刀剣が突き刺さり、錆色の光に照されている。

 それはとある英雄の行き着く果て。けれども青年にとっては伽藍洞のようにして理想を貫き通した先、正義の味方の心象風景だ。

 二人の男は並んで丘の上に立つ。一人の少女(ハル)の在り方に惹かれた士郎とアーチャーは、正義の味方らしく刃を手に取る──




没会話(元ネタ:実写版アベンジャーズ)
アーチャー「まだやれるか?」
士郎「……何だ、もう疲れたのか?」

この程度の呪い、抑えられずして何が王か!とばかりのギルガメッシュ。その免罪符を得て、処刑用BGMがアップを始めました。
見事にハル贔屓の仲間入り果たした士郎とアーチャー。主人公の人望補正を発揮したハルちゃんです。ある意味ハーレム形成してない?原初の王、女神候補二人、ブラウニーにオカンって個性濃すぎるけど。
同時詠唱で何か変化あるかどうか、原作には無かったので「一時的に士郎とアーチャーの心象世界が混ざった二人の固有結界」と言う感じにしてます。公式で没になるような形でやりませんように……

山の神戦。こちらはお気付きの方もいるかもしれませんが、出てきた怪異サーヴァントに法則があります。メタ的に言えばレアリティ。最後にランサーの縁者で師匠がいなかったのは、彼女が神霊だから。低レア→高レア→神霊→エクストラ→グランド→そして……の順に召喚制限が解かれていきます。嘘みたいだろ、まだ成長途中なんだぜ、コイツ……
そして魔力について。これは思い付いといて軽く引きました。下手したら最新作的にも70億どころじゃ足りないサーヴァント扱う魔力補える訳ですからね。そりゃ人類滅ぼせます。とんでもねえ化け物作ったなぁ(大汗)

次回、俺の大好きなアイツが輝くかも……?
宜しければ評価やコメントをくださると、執筆意欲向上に繋がります。もう朝の光はすぐそこ。頑張りますぜ!


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#21 逢魔ヶ夜・参

またお待たせしました。FGOのイベントやら何やらで怠けすぎましたぜ……
最近再びイラスト描きに熱を上げてます。独学で拙いですが、渋にハルちゃんのセイントグラフ絵を投稿しました。興味ある方は是非ご覧下さい。画力が欲しいなぁ。

今回は少し短め。内容が内容だけに、長すぎるのもアレかなと。


「──っ……」

 

 

 簡単な探知の魔術を繰り、見落とした糸は無いか探るイリヤ。その顔には、隠せない苦痛が窺えた。

 魔術を使う──そんな息をするように何て事の無いはずの作業が、今のイリヤにとってはかなりの負担になっているのだ。

 山の神が聖杯の核と共に出ていく際、一緒にイリヤの魔術回路をも抜き取っていた。聖杯の覚醒には、器となる魔術師が必要──恐らくはそれを知ってて、器自体は擬似的に用意できるため、魔術回路だけその大部分を奪ったのだろう。結果、イリヤは単純な魔術の行使すら上手くできなくなっている。

 

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 

「平気……もうこの辺りのは、片付いたみたい。次に、行きましょう……」

 

 

 流石に心配の声を投げ掛ける慎二。それに強がって応えたイリヤは、痛みを堪えながら立ち上がろうとする。けれど、思った以上の消耗だったか力が入らず、膝を突いてしまう。

 その時だった。繁みの奥から、幾つもの黒い球が音も無く現れる。

 

 

「ひぃッ!?」

 

 

「……!」

 

 

 目玉のある、黒い球の群れ。それらは驚く慎二とイリヤを見付けるや、突如歯の生え揃う口に変貌。ガチガチと歯を鳴らし、貪欲そうに迫ってきた。

 

 

「──逃げて!」

 

 

「はあっ?」

 

 

「私が囮になるから! 早く!」

 

 

 ここで諸共やられれば糸を切る者が減り、その分凜達やセイバー達、或いは士郎らが危険に晒される。ならば慎二だけでも、と言う考えからのイリヤの言葉。

 どうせこれ以前に無くなっていた命だ。足手纏いになるくらいなら、せめて誰かの助けになって死ぬのも意義ある最期だろう。せいぜい苦しまずに死ねたら良いな、などと楽観的に思いながら、イリヤは迫る死を受け入れる──

 直後、慎二がイリヤを強引に抱え上げ、一目散に駆け出した。

 

 

「!? な、何で……」

 

 

「お前! 僕がそう言われて、素直に逃げると思ってたんだろ!? ──そうは行くか! 一人で逃げ帰って、衛宮と遠坂に侮られるのはシャクだ。意地でも見直させてやるからなッ!」

 

 

 慎二は怒り混じりに叫び、力の限り迫る死の危機から逃れる。その様は追ってくるお化けにビビり、面白ダサいものになっていた。やってる事は大したものなのに、物凄く締まらない。

 けど、それが良い。下手に無償な善人ぶるより、少なくともイリヤには一時の協力関係を組むに足る信用がここに生まれていた。

 

 

「さっさとこれ終わらせて、とっとと日常に戻ってやる! こんなのはもう御免だ! ああ帰りにお土産持って桜を労うか日頃苦労かけてるしなだから左右から来るな追い掛けんな助けてぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

「……かっこわる」

 

 

 ただ、やはり頼りにならないのは玉にキズな相方だった──

 

 

 

 

 ──見付けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オジョウサマ

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 髑髏面の暗殺者が、緩慢な動きで毒を撒き散らす。

 獣の雰囲気を持つ狩人が、出鱈目に矢を放つ。

 二振りの槍で特攻を仕掛けてくる男は、血らしきものを目から流しながら何かに憤った演技。

 本来は華やかであろう皇帝のシルエットは、その様は見る影も無く剣を振るう。

 狐の耳を生やした天女らしき女が、同類を巻き込みながら刀を操る。

 狂気を感じさす着物姿の女は、扇子を広げて青い炎を蛇や竜の如くうねらせる。

 力を御せていないのか、人形と自らが凍りながらも冷気を吹く少女。

 怒りに任せて、美しかったはずの女が棘付き鉄球を投げ放つ。

 火縄銃を無数に浮かばせ、しかし乱戦の中で湖の水に濡れて撃ち出せず肉弾戦を行う女武将。

 セイバーを含め、刀剣を持った同類を見るや帽子を被った怪人物が暗殺を仕掛ける。

 ──過去や未来、異なる世界線や白紙の歴史に呼び出され、或いは生み出された英霊が山の神の尖兵たる怪異サーヴァントとして現れる。それらをセイバー達が決死の覚悟で湖から先に進軍させぬよう押し止めていた。

 

 

 ──ボココッ、ズルゥ

 

 

「! また……!」

 

 

 しかし、これすらまだ序の口。あらゆる縁を結ぶ山の神はあらゆる英霊を生み、また倒された怪異サーヴァントもすぐ替えを座から複製する。その中には、先に倒した近しい存在だった騎士や女王を模す姿もあった。

 時間をかければかけるほど追い詰められる、最悪の堂々巡り……加えて語りかけてくる声が、彼女らを苛む。

 

 

 ──もうやめていいんだよ

 

 

 ──苦しいなら、楽になったらいい

 

 

 ──みんなが待ってる

 

 

 ──おいで

 

 

 ──オイデオイデオイデ

 

 

「ッ……鬱陶しいな、こりゃ……!」

 

 事前にハルから聞いていても、油断すれば身を委ねたくなりそうな『山の声』。それを対魔力やルーン、魔術で防ぎながら多勢と戦うセイバー達は、限りなく劣勢であった。

 そしてとうとう、悪態を吐くランサーに魔の手が襲う。

 

 

 ──ボワァ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

「ランサー!」

 

 

 複数の火球が着弾、ランサーは灼炎に包まれる。無事とは言えない火傷の体で攻撃された方向を見たランサーは……思わず目を疑った。

 

 

「ッ、俺だ、と……!?」

 

 

 杖を手にルーン文字を宙に刻む、フード姿の影──もう一人のクー・フーリン。それはこれ以上存在を保てなかったのか、ドロリと影の体を崩壊させる。

 恐らく何処かの時代で呼び出された、魔術師の一面が出た姿なのだろう。同じ存在すら同じ場に召喚可能としてしまう山の神の力……絶え間ない増長の証に、一行はその脅威を嫌が応でも再認識した。

 驚愕は立て続く。今度は葛木に外套を纏う髑髏面の暗殺者が迫り、その長い右腕を赤黒く輝かせる。

 

 

「ギ、ギキ……ザばー……ニー、ヤ……!」

 

 

 ──宝具!

 まさか、もうそこまで再現するまでに至っているとは。

 文字通りの魔手が葛木に迫る。不意にランサーとキャスターは、それに今では無いいつか、別の位相の光景を幻視した。

 刹那、キャスターが考える間も惜しいと自らの手に宿る()()を光らせる。すると更に眩い光が葛木の正面より発せられ、直後に命を掴み取らんとした異形の腕が舞った。

 片腕を切り飛ばされた怪異サーヴァントは、呻き声を上げて退却しようとするも、返す刃が追撃。上下に両断されたその形を崩す。

 葛木を守ったその男は、振るった物干し竿を肩に掛け、皮肉混じりにキャスターへ口を開いた。

 

 

「ようやく出番か。場を読んで引っ込んでいたが、些か勿体ぶりが過ぎるのではないか、女狐」

 

 

「黙りなさい。マスターを守ったのは褒めてあげます、それ以上が欲しいなら令呪の消費に合う仕事をしなさい」

 

 

 三画全てが掠れた手の甲のそれを見せ、キャスターは内心安堵する。思い付きの手だったが、上手く行った。

セイバーはその現れた者の姿に目を剥く。

 

 

「アサシン! 貴方は……」

 

 

「おうセイバー、まさか次に見えれば味方同士とはな。ほんの一時の助太刀となるが、今は肩と刃を並べようぞ」

 

 

 アサシン・佐々木小次郎。

 山門から解き放たれた無銘の門番は、不敵に笑んで山の神へと刀の鋒を差し向けた──




慎二を輝かせてみた。カッコいいかどうかは別として。
この等身大の人間味が慎二らしさだと思うの。

果てしなく増長していく山の神ビースト。実はカルデアの召喚システムを盗用してるからこそ、まだ不完全ながらクラスチェンジ鯖召喚も可能にしています。セイバー狙う暗殺者?あれ、一応別人っちゃ別人だから……
そしてHFの雪辱を晴らすようにして、満を持してアサ次郎参戦。山門に縛られる彼が、山門から解放されたらどうなるかは言わずもがな。役者も揃って、いよいよこちらもラストスパートです。それでも宝具を写せるようになった、CCCイベにおける初戦キアラみたいな無敵状態の山の神には現時点で勝ち目ありませんがね……

宜しければ評価やコメントをくださると、思わぬところで討伐数更新したバルバトスの周回スピード並に投稿が早くなるかもしれません。断末魔が長い、飽きたから早く死ね、と言われながら狩り尽くされたのにまた待望されてて、来年また復刻で採集されるの確定なバルバドス君カワイソス。そんな貴方が、私も大好きです(レジライ顔)


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#22 逢魔ヶ夜・肆

五ヶ月って、早いですね(逸らし目)

大変長らくお待たせしました。はい、FGOのイベントやらポケモン(しかも今更BW)やら新作小説のアイデアにばかり熱を上げていた怠惰な作者です。
気付けばもう年末。以前に更新したのが7月と言う体たらくから、怠けが過ぎたと自覚しております。お待ちくださった方、本当に申し訳ない。
何とか停滞から脱し、何とか形にした久々の更新。クリスマスには少し間に合いませんでしたが、クリスマスプレゼントになればと思います。

ボイテラの体験版に多大な期待を込めて……それではどうぞ!


 糸を切っていた慎二とイリヤ。そこに分かれて行動していた凛とハルが合流する。

 

 

「イリヤ、慎二さん!」

 

 

「お互い無事で何よりね。こっちは片付いたわよ」

 

 

「僕らももうすぐさ。大した事は無かったね!」

 

 

「物音がする度に面白いくらい怖がってた癖に、良く言うわ」

 

 

「う、うるさいな! さっき助けてやったのにその言い種は無いだろ!?」

 

 

「知らなーい」

 

 

 どうやら何かを経て距離が縮まったらしい慎二とイリヤ。そのやり取りが雰囲気を少し和ませる。

 と、切り替えたイリヤが「丁度良かった」と切り出す。

 

 

「最後の一本なんだけど、あの崖の上にあるの。リンなら届かないかしら」

 

 

「あれね、問題無いわ。これで後はセイバーに任せれば全ておしまいね」

 

 

 小高い絶壁を見て快諾した凛は、脚部に魔力を通す。凛の魔術ならあの程度の高さなど軽く飛び越せるだろう。

 その時。闇夜の向こう側から声が投げ掛けられた。

 

 

「探しましたよ、お嬢様」

 

 

「イリヤ、見付けた」

 

 

「! ……セラ、リズ……?」

 

 

 聞き覚えのある声、次いで現した姿にイリヤが呆気に取られる。

 夜の暗さに映える白い装束を全身に纏った一組の女性。それをイリヤが見間違えるはずもなく、まごうことなく彼女の侍女であるセラとリーゼリットの姿がそこにはあった。

 有り得ない邂逅、あるはずのない再会──イリヤは一瞬駆け寄りたくなったものの、すぐ思い止まる。何故……何故、()()()()()()彼女達が居るのか、と。

 直後、セラとリーゼリットの背後からまた複数人が湧くように現れた。その者達もまた、アインツベルンの侍女である事を示す白い装束に身を包んでいる。

 

 

「もう良いのよ」

 

 

「貴女の役目はおしまい」

 

 

「優しい子、もう苦しまなくていいの」

 

 

「帰りましょう、お嬢様」

 

 

「行こう、イリヤ」

 

 

 

 

 ──ずっトいッショに──

 

 

 

 

 口を揃えて言葉が歪んだ瞬間、一斉に彼女達は変貌した。

 両目から黒い涙を流し、それが顔を覆い尽くすと目が歪に膨らむ。頭のフードが外れ、白く透き通る髪がドス黒く染まって放射状に揺らめく。手足が影になってほどけ、人の形を留めないものもいた。

 過去、一族の守護のため戦死したアインツベルンのホムンクルス達──そのおぞましく変わり果てた姿に、一同は戦慄する。

 

 

「そんな……セラ、リズ、みんな……!?」

 

 

「っ……!」

 

 

 特に反応を示したのはイリヤと、ハル。

 イリヤは自分を、一族を守って死んだ従者達が、今度は異形となって殺意を向けてくる状況に理解が追い付かない。

 ハルはかつて見た、大切な友達が壊される様の再現とも言える光景に、心臓を鷲掴みにされるような苦しみを覚える。

 

 

 ──オジョウサマ、イッしょニ、マイリまショう

 

 

 視線の定まらない胡乱な目で呟く侍女達は、不意に歪んだ顔を更に歪ませると、狼狽するイリヤの足元に赤黒い光が灯った。禍々しい殺意の光。しかしイリヤは足がすくんで動けない。

 そこへハルがその手を握り、引っ張り出す。瞬間、シュバッ! と命を奪う光がイリヤのいた場所で噴き上がる。

 

 

「イリヤ、ハル!」

 

 

「お、おい! お前らコイツの使用人だろ!? だったら主人の邪魔しないで、とっとと大人しく成仏して──うひぃっ!?」

 

 

 いきり立つ慎二が怒鳴るも、それはすぐ悲鳴に変わってしまう。理由は、侍女達の前に湧いて出たまた新しい影、その見知った姿が目に映ったから。

 ライダー・メデューサ、バーサーカー・ヘラクレス──その皮を被った怪異、怪異サーヴァント。

 凛の使い魔からの映像では、山の神から産まれ出てきていたはず。それもセイバー達が押し止めているのに何故ここに……まさか、少ない数なら離れた場所に出せるくらい増長してきてると言うのか?

 何にせよ、戦闘に不向きな別動隊の前に現れた、怪異と怪異サーヴァント。それらが最後の糸を守るように立ち塞がる。

 

 

「もう少しなのにッ……!」

 

 

 憤りを隠せない凛。セイバー達が死力を尽くして戦っている以上、作戦を早く遂行しなければいけない焦りもある。しかしそれと同じく、それを阻む尖兵が自分達の近しかった人物を利用している事に憤った。今にも山の神の嘲笑う下卑た声が聞こえてきそうだ。

 

 

 ──ズゥンッ!

 

 

「……!」

 

 

 怪異のバーサーカーが、イリヤとハルに迫る。

 彼女らを見る、全身に開いた目は狂化とは異なる感情が窺えた。悪意、敵意、殺意。どれもイリヤにとってバーサーカーから向けられたくない感情。

 侍女達も逃がさんばかりに取り囲む。自分の振る舞いに何度もお小言を言ってきたセラ、純粋に自分を守ってくれたリーゼリット、地下に廃棄されていた皆……誰も彼も、見る影は無い。信じていたものに殺されようとしている恐怖。

 凛と慎二はライダーに狙われている。ハルもイリヤ(自分)を連れて逃げるのは難しく、小さな肩が震えていた。絶体絶命の状況。

 

 

「助けて、バーサーカー……」

 

 

 それは口をついて出た言葉。

 我ながら意味の無い懇願だと、イリヤは思った。今目の前で殺しに来るものに助けを求める行為。現実かは目を背けたいが故の、頼りだったサーヴァントにすがる祈り。

 

 

 しかして奇跡は起こった。

 

 

 ふと剣斧を振り上げたバーサーカーが、取り囲む侍女達を一息に薙ぎ払ったのだ。

 

 

「え……?」

 

 

 目を疑うイリヤ、ハル。何度見ても、バーサーカーは怪異のままだ。有り得ない行動──だが、事実バーサーカーはイリヤ達を助けた。

 その証拠に、ライダーが不穏な同胞に攻撃を仕掛ける。が、見事なほど返り討たれてしまう。

 

 

「バーサーカー……また、私を助けてくれるの……?」

 

 

「──■■■■■ッ……」

 

 

 バーサーカーは怪異の姿のまま、けれどイリヤを狼から救った時のような目で彼女を見詰め返す。

 大英雄。果たしてそれは真に何を意味するか……それは例えどんなに歪もうと、変えられる事の無い英雄の中の英雄の意。

 今、十二の偉業を越えてイリヤのサーヴァント、ヘラクレスが立ち上がる。

 

 

「そっか。そうなんだね。やっぱり貴方は、私の最強のサーヴァント……なら、令呪じゃないけど、最後のお願いを聞いて──

 

 

 

 

やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 

「■■■■■■■■■■───ッ!」

 

 

 

 

 マスターだった少女の声を聞き届け、バーサーカーは地面を蹴る。

 向かうは山の神にとって自分と土地とを繋ぎ止める、赤い糸。山の神を神として、獣として成り立たせる偽りの縁。

 途中、侍女達がそれを阻もうとするが、令呪無くとも凄まじい勢いで駆けるバーサーカーを止められはしない。

 すると慎二が徐に、手に握るハサミを思い切り投擲。それを視界に入れたバーサーカーは直感的に掴み取り、勢いそのままに糸へ叩き付けた。

 糸は細やかな抵抗を見せるも、縁切りの裁ちバサミの力とバーサーカーの力にあえなく千切れる。直後、侍女もバーサーカーも先の蜘蛛のように溶けて消滅してしまった。

 

 

「……ありがとう、バーサーカー……」

 

 

 イリヤはその目に涙を浮かばせ、死してなお助けてくれた自身のサーヴァントに感謝を呟いた──

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ──

 

 

 

 

 ──あああ

 

 

 

 

 ──あああああアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 突如、山の神が苦しみの声を上げた。

 まるでこれまでに浪費してきた魔力のフィードバックが返ってきたかのような絶叫が空気を震わせ、湖の一帯に響き渡る。

 それと同期するように、怪異サーヴァントがその形状を保てず崩れていった。地獄が崩壊していく。

 

 

「どうなってんだ?」

 

 

「もしや、ハル達が……!」

 

 

「間違いなさそうね。魔力供給の維持ができなくて、手下達が自己消滅してるわ」

 

 

 聖杯と土地──二つの力を受けた山の神は、たとえ冠位指定の英霊ですら傷付けられないほどの加護を宿していた。しかしハル達別動隊が山の神と土地とを繋ぐ糸を断ち切る事で、その恩恵を縁と共に文字通り断ち切ったのだ。

 今ここにいる山の神は冬木の土地神に相当する訳でも、ましてや獣に相応している訳でもない。壊れた聖杯にすがり付く壊れた神……呪いにまみれた汚れのようなものだった。

 

 

「セイバー! 騎士王様の腕の見せどころだ。頼んだぜ」

 

 

「ああ、これで最期だ」

 

 

 応じたセイバーが、その手に握る不可視の剣に魔力を注ぎ込む。すると剣を覆い隠す風が霧散し、一振りの聖剣が姿を現した。セイバーの真名をその輝きだけで知らしめてしまう、星の聖剣。

 刀身から溢れる、聖杯を破壊するに足る光。それを見た山の神は本能的に危機を覚えたのか、させまいと節だった蜘蛛の腕をセイバーめがけて振り下ろす。

 

 

「させるかよ──!」

 

 

 刹那、山の神の視界に朱い閃光が映り込んだ。

 前線で本物と性能的な大差の無い怪異サーヴァントらと戦い、満身創痍のランサーが最後の一撃を構えていた。

 狙いは必中、一撃必死の朱槍が道を拓くべく巨大な牙として繰り出される。

 

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!!」

 

 

 渾身の力で突き出された朱き槍が、強烈な波涛を帯びて山の神の片腕を吹き飛ばす。

 だが、それに怯む山の神ではなかった。合理的な考えからか、すぐにもう片方の腕を振り上げて脅威たるセイバーを排除せんと執着する。

 ──そこへ立ちはだかるは、物干し竿を手にする侍。

 

 

「切り甲斐の無い的に飽きていたところだ。これにて私の役目を果たそう──」

 

 

 飛燕を切るべく練り上げられた、驚愕の剣技。次元屈折の太刀が好敵手の助太刀をするために振るわれる。

 

 

「秘剣『燕返し』!!」

 

 一度に三太刀。尋常ならざる斬撃が山の神のもう片腕を切り落としてしまう。

 それでもなお諦めの悪い山の神、今度は残り少ない怪異サーヴァントを操りセイバーを襲わせる。スキルや宝具を出鱈目に使い、玉砕覚悟の勢いで怪異サーヴァントが飛び掛かる。

 が、それらは上空よりの熱線に纏めて焼き払われた。

 

 

「これで打ち止め……行きなさい、セイバー」

 

 

 キャスターの声に答えるように、聖剣の光が一際強く輝く。

 放たれるは勝利を冠する剣、王を選定する岩の剣の二振り目──その魔力の光たる究極の斬撃。星に鍛えられた神造兵器が、人の手で歪み果てた神を終わらせるべく息吹を発する。

 

 

「『約束された(エクス)──勝利の剣(カリバー)』!!」

 

 

 ──ドンッッッ!!!

 

 

 湖面を割り、山の神めがけて光が伸びる。いかに聖杯の力を借りたとて凌げない高熱の波に、山の神は悲痛な声を轟かせた。今まで救っ(殺し)てきた人達の一部にも満たない苦しみ。

 どうして、どウシて、ドウシテ──真意の分からない声が響き、

 

 

 ──アアあアアアア阿アアアアアアアアアあぁア───ッ!!

 

 

 聖杯もろとも、山の神は光の帯に両断されて肉体を塵も残さず消失させた。

 後に残されるのは戦いの傷跡と、勝者のみ。

 

 

「……あー、流石に疲れたぜ」

 

 

「全く、とんだ聖杯戦争だわ……策を弄して、結果的に聖杯を壊す事になるなんて」

 

 

「楽をして勝とうとした罸が当たったのだろうよ。慣れぬ事をするからだ、残念だったなキャスター」

 

 

 勝者達は勝ち名乗りを上げず、ただ疲労した体の緊張を解く。

 そして程なく、勝利の余韻も程々に彼らの体から光の粒子が散り始めた。

 

 

「仲良く霊基の限界か。ま、イレギュラーだらけだったが最後はちっと楽しかったな。こう言う事は二度と無いだろうよ」

 

 

「分からんぞ? 此度ですら奇異な事ばかりだ。いつかの世でまた肩を並べる事もあるやもしれん」

 

 

「ハ、その時もランサーとして呼ばれたいもんだね……おいキャスター、時間も無いんだから愛の言葉は手短にした方が良いぞ」

 

 

「不粋な狗ねッ……それではマスター、いえ宗一郎様。またいつかお会いできれば。それまでご自愛くださいませ」

 

 

「ああ、願いを叶えられん不甲斐なマスターですまなかったな、キャスター」

 

 

「いいえ……私の願いは、もう叶いましたわ」

 

 

 別れを済ませ、粒子が徐々にランサー達の霊基を薄れさせていく。

 まずはランサーが満足気に、アサシンが涼しげに、キャスターが名残惜しそうに座へと還る。そしてセイバーは空を見上げながら、ここにはいない士郎達に言葉を送る。

 

 

「願わくば貴方達の行く末を見守りたかったですが……きっと大丈夫でしょう。貴方達の進む道が、悔いのないものである事を祈っています」

 

 

 届かぬ声でも祈りを届け、セイバーも毅然と去っていく。それらを見送った唯一の人間である葛木は何を思うか、ただ静寂に包まれた湖を見ていた──




山の神ビースト撃破!やっとアンチキショウに痛い目を見させられた(満足)

怪異となったアインツベルンのホムンクルス。実は#9に少しだけ出ていました。本来は山の神降臨のところで使う予定が、尺的な都合で後回しにして今話にて初出に。イリヤにとっては決意を揺るがせる尖兵でしょう。
しかし、山の神ビーストの誤算。畳み掛けるように出したバーサーカーが寝返り、糸を切ってしまいました。やはりイリヤとバーサーカーの絆は、神程度に好き勝手弄れるものではないと。
惜しむらくは、いざ書き出すと力足らずな描写になってしまったのが心残り。お見苦しい文章で申し訳ない……

そして強みを失った山の神に、エクスカリバーの天誅。宝具に関しては少し理解できてなくて引用臭い感じになりましたが、個人的に納得行く決着です。しかし山の神の執念深さは生半可ではなく……?

次回、本当の決着。
宜しければコメントや評価をしてくださると、私が喜んで執筆速度が上がるかもしれません。更新が早まる、とはもう言えない……(汗)


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#23 夜明け

明けましておめでとうございます。アタランテ・オルタから……から……ネズミ?ネズミって誰かいた?ワンピのネズミ大佐かナズーリンくらいしか思い浮かばないんだけど……
まぁ、良いや。毎年恒例の干支をキャラに置き換えるネタは誰も楽しみにしてないでしょう。とりあえずイアソンとしときます。ネズミっぽいし、アタランテ・オルタにバトン渡されるついでに蹴飛ばされてそうだし(笑)

前回5ヶ月空いたのに、今回2日で書き上げて正月初更新に間に合わせました。出来の満足度も含め、このモチベーションの差よ。その分前書きで分かる通り張り切ったので是非お年玉としてお楽しみください!


 果てしなく剣の内包される荒野では、戦いが苛烈を極めていた。

 

 

「フハ破ははハハハ刄叭はハ──ッ!!」

 

 

 怪異に成り果てた英雄王が、狂喜の哄笑と共に赤く染まる武具を撃ち放つ。

 二人の贋作者は、それらを力の限り打ち払い、次に備えて剣を手に取り立ち回る。

 千の武器が飛び、千の武器が舞い、千の武器が弾ける。目で捉えられずとも直視できない戦いは、一歩間違えれば全てが終わる敗けられない死闘だった。

 

 

「──むんッ!」

 

 

 アーチャーが死角から強襲を仕掛ける。一振りの剣に渾身の力を込め、迷わず両断するつもりで一刀を繰り出した。

 が、いかに歪もうと英雄王と呼ばれていたギルガメッシュ──その霊基を丸ごと利用した神の手駒は、宝物庫にある最上級の盾をも駆使し、攻撃を防ぐ。次いで無数の槍や斧を滅茶苦茶に放つも、アーチャーはすんでのところで飛び退き回避する。

 続けてアーチャーは無数の剣を射出。対する怪異ギルガメッシュは、傀儡ながらにそれを嘲笑い、身の丈はあろう大剣で纏めて防ぎ切ろうとした。

 直後、笑みを浮かべたアーチャーに応えるように、飛んできた剣が多重に爆発を起こす。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』──宝具の神秘性を解放して破裂させる技能。爆弾と化した剣が怪異ギルガメッシュの視界を爆炎一色にした。

 しかし怪異ギルガメッシュは、大剣が防壁となり殆ど無傷。煙のみが辺りを覆う……

 それが、アーチャーの真の狙いだった。

 

 

「わざと力を示して惹き付けた。視界は遮った。後を任せるのは癪だが──行け」

 

 

 

 

「──うおおおおおぉッ!!」

 

 

 

 

 その煙に紛れ、士郎が怪異ギルガメッシュの懐に飛び込んでくる。

 アーチャーの目論見通り、士郎に目が行かなくなっていた怪異ギルガメッシュ。一瞬反応が遅れて完全に後手に回る。

 もしこれが本来のギルガメッシュであったなら、策を見抜いていただろう。士郎かアーチャー、どちらかを先に始末して戦いにすら持ち込ませなかったはずだ。いかにギルガメッシュの霊基、技能を扱おうと壊れた神に作られた尖兵であるのが裏目に出る。

 勝敗は唐突に決する──返り討とうとする怪異ギルガメッシュの片腕を切り飛ばした士郎は、もう一方の短剣で身体を一刀両断した。

 

 

 

 

 

 

 ドロリ、と。

 影にそんな音こそ無いが、そう溶けるように怪異ギルガメッシュは寺の境内でその形状を崩壊させる。

 それを見届けた士郎は片膝を突いて荒い息を吐き、アーチャーも傷付いた身体を庇うように立つ。どちらも凛から与えられた分も含め、魔力は殆ど底を尽きていた。

 

 

「遠坂達も……やったのか……?」

 

 

「魔力の気配が消えている。あちらも片が付いたのだろうな」

 

 

 湖の方向を見上げ、アーチャーは推測する。魔力感知に乏しくとも分かる禍々しい魔力は感じない。恐らくセイバー達もまた座に還ったのだろう。

 全て終わった。願いを叶える殺し合いも、人類悪の脅威も、全て。残るアーチャーは、もう役目に囚われる事は無かった。

 ならば、やるべき事は──

 

 

「──……行け。凛は貴様が無事か案じているだろう。早く行って、安心させてくると良い」

 

 

「……良いのか?」

 

 

 士郎が訝しげに問う。聞きたい事はアーチャーも分かっていた。

 アーチャーにとって士郎は、消し去りたい自らの過去──いずれ自分と同じ過ちをする自分自身。これまでの言動、行動からアーチャーが士郎を抹殺しようとしていたのは士郎自身気付いていた。セイバーや凛のいない全てが終わった今、その好機と言えよう。

 だが、アーチャーは平静のまま答える。

 

 

「今もその認識は変わらん……が、今更仕切り直すのもバカらしくなったのでな。要は、単なる気紛れだ」

 

 

「……」

 

 

「それに、微かな可能性も見た」

 

 

「え?」

 

 

「私は生前にウォーカー──ハルと出会わず、お前は出会った。その違いに期待を懸けるだけだ。お前が私の道を歩まない、一抹の可能性にな」

 

 

 そう言ってアーチャー、いや英霊エミヤは微笑んだ。守護者となり、正義の味方と言う機構に組み込まれて以来久しく浮かべる事は無くなった、夢を見ていた目の前の自分(かつて)のように。

 と、そこへ。小さな足音と幼い声が二人に届く。

 

 

「士郎さん! アーチャーさん!」

 

 

「! ハル……!」

 

 

「そら、痺れを切らして向こうから来たぞ」

 

 

 ただ一人やって来たハル。恐らく士郎の無事を確認に、疲弊する皆より先行してきたのだろう。安堵の笑みを見るに、凛達も大事無いのが窺えた。

 士郎は迎えるため歩みを向ける。アーチャーの横を通り過ぎ、駆け寄ってくるハルを労うべく……

 その時だ。突如険しい顔に一変したアーチャーが、士郎を蹴り飛ばした!

 

 

 何を──と、士郎が地面を転げながら口にしようとした瞬間、

 アーチャーの体に、無数の剣が雨の如く突き立てられた。

 

 

「ぐッ……!!」

 

 

 苦悶と苦痛にアーチャーの顔が歪む。()()()()の数々は深々と刺し貫かれており、いかなるサーヴァントでも致命傷であると分かる。

 急激な事態に目を疑う士郎とハル。畳み掛けるように有り得ないものを目の当たりにする。

 

 

 

 

 ──オノレオノレオノレオオイデオイデオイデオイデオイデ

 

 

 

 

「コイツは……!?」

 

 

 今しがた怪異ギルガメッシュが溶けて消えた場所で、怪異ギルガメッシュがその形を取り戻していた。

 いや、それはもう怪異ギルガメッシュでもない。切り飛ばされた腕も、両断された胴体もそのままに、首だけ……頭だけが手と目で組まれた顔にすげ替わっている。

 セイバーの宝具で聖杯もろとも滅びたはずの山の神が、ギルガメッシュの霊基を乗っ取って舞い戻ってきたのだ。

 

 

 ──ドうセ、シヌなら、イっしょニ、いコう

 

 

「くっ……!」

 

 

 無数の赤い波紋を展開させて、山の神はハル達を見据える。

 士郎はアーチャーとハルを庇うように立ちはだかるが、先の怪異ギルガメッシュとの激闘で魔力切れを起こし投影もままならない。

 一方で山の神もまた追い詰められている様子──聖杯を破壊され、土地からも切り離され、撃破されたギルガメッシュを無理に利用したためか、今に自己崩壊を起こしそうだ。互いに緊迫した状態。それ故に、山の神は道連れを求めていた。

 

 

 そんな山の神に、天罰が降り掛かる。

 

 

 ──ズォッ、と空間の歪む吸引音が山の神、かつてはギルガメッシュの切られた腕の切り口で発生し、

深淵の如き黒い孔が、一瞬にして山の神を取り込んだ。

 

 

「聖杯の……孔?」

 

 

 それは、利用された聖杯の報復か。境内に湖で発生した聖杯の孔が開かれ、周囲のものを吸い込み取り込もうとする。

 するとその黒い孔から一条の赤黒い鎖が飛び出し、士郎を狙った。

 

 

「──士郎さんっ!」

 

 

 刹那、ハルが士郎の前に現れ、それを全身で受け止めた。

 鎖は標的を外すもハルの体を絡めとり、固く縛り付けてピンと張られる。そうしてハルを杭として孔から出てきたのは──山の神だった。

 

 

 ──オイデオイデオイデオイデオイデ

 

 

 『執念』──獲物(ハル)を奪った少女(ユイ)に狙いを変え、それを餌に獲物(ハル)を誘い寄せた悪辣な信念。それが三度山の神を現世にすがり付かせた。

 

 

「うッ……」

 

 

「ハル!」「ウォーカー!」

 

 

 苦しむハルに、士郎とアーチャーは満身創痍の体を圧して助けようとするが、ハルがそれを押し止める。

 

 

「ダメ! 来ないで!」

 

 

「でも……!」

 

 

「もう、私の大切な人を奪わせたりなんかしない……士郎さんも、アーチャーさんも、私が守る……!」

 

 

 自分よりも力は強い青年と男に向け、少女は力強く、けれど苦しげに言う。

 ハルが今踏み留まれているのは、殆ど奇跡だった。執念深く引き摺り込もうとする山の神と、手当たり次第取り込もうとする聖杯の孔。少しでも気を抜けば瞬く間に持っていかれる。そして英霊と言う核が必要な聖杯に取り込まれれば、また山の神は安定したそれを利用し復活を果たすかもしれない、どうにもならない状況。

 

 

 ──イッショニ、イコウ

 

 

 ──ミンナ、マッテル

 

 

 ──ナカヨク、エイエンニナロウ

 

 

 ……いや。一つだけ。一つだけこの状況を脱する手はある。右手に未だ握られていた、赤い裁ちバサミ──

だがそれは、()()()()()させる覚悟がいる選択だった。

 

 

「っ……」

 

 

 ハルは、自分の失われた左腕を見る。

 英霊として召喚されても、失われたままである左腕。伝承や伝説で拡大解釈される事で、良くも悪くも技能が備えられる英霊の在り方は、今ここにハルへ残酷な代償を課していた。

 ギリシャの大英雄・ヘラクレスがヒュドラの毒に因果的な死を刻まれるように、竜殺しの英雄・ジークフリートが邪竜の血を浴びていない背に受けた傷は癒せないように、コノートの女王・メイヴが生前の死因であるチーズに死んでしまうように──ハルは、覚悟して受け入れた傷を第二宝具を以てしても元通りにする事はできない。未来永劫、()()()()()()()()()()()()()()

 もし、宝具を使って赤い()で繋がれる体ごと断ち切られたとしたら、『英霊ハル』は消え去る事になるだろう。

 

 

(…………それでも)

 

 

 それでも、現世(いま)を生きる士郎達を救うためなら。

 泣いてしまいそうなのをぐっと我慢して、ハルは裁ちバサミに魔力を注ぐ。魔力を籠めながら、ハルは救いたかった大切な友達に心の中で謝る。また助けられなくて、救えなくて、ゴメン、と──

 

 

 その時である。

 ハルの赤いリボンが巻かれた右手に、ふわりと暖かいものが重ねられた。

 

 

「──え……?」

 

 

 ハルはそれを確かに感じ、そして見た。

 自分と同じくらいの小さな手が、繋ぐように伸ばされている。その手は、ハルが何よりも見覚えがあるものに見間違えようなかった。

 その手は、いつも引っ張ってくれた。勇気をくれた。元気を貰った。英霊になった自分なんかより、自分にとっては英雄だった大好きな、そしてその手を伸ばす大切な友達。

 

 

「ユイ……!」

 

 

 『たとえその手を離そうとも』。縁切りの神様であろうと、切っても切れない縁。それが今夜だけで幾度起きただろう奇跡を果たす。

 

 

 ──大丈夫だよ、ハル──

 

 

 幻のようなユイは、優しい笑顔でハルに声無き声を投げ掛ける。

 すると、ハルは羽を得たように軽くなった感覚を得、自然とその言葉を口に出した。

 

 

「──もう、いやだ」

 

 

 それは慈悲深い神様に願うための合言葉。その慈悲故に歪んだ望みも叶え続け、いつしか歪もうとも変わる事の無かった悪縁から人々を守る在り方。少女の願いに応えるべく、依代たるハサミから現れるための代句。

 

 

山の神(あなた)との縁は──もういやだ!!」

 

 

 ジョキン。

 金属音を立てて、それはそこに『在った』。

 球体の闇に浮かぶ歯の生え揃う大口、大小入り雑じる三本の手が伸ばされ、巨大な赤いハサミを手のそれぞれが握って、ハルの背後に"それ"は現れる。

 

 

 第四宝具『縁を断ち切る神様の鋏(コトワリさま)

 

 

 禍々しい姿だが、士郎達からは何か神性らしきものを感じさせる縁切りの神が、少女の声に現れた。

 

 

 ──ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ

 

 

 ──オネガイ、オネガイ、オネガイ

 

 

 縁結びの神である山の神は、そんな縁切りの神の出現に目に見えて怯える。

 が、言葉とは裏腹にハル達の周囲を波紋が囲み、赤い武具が彼女らの命を奪うため切っ先を向けていた。懇願の声とはちぐはぐの行為。

 それを意に介する事などなく、コトワリ様はそのハサミを鳴らし、ハルを飛び越えて一目散に山の神へと刃を突き立てた!

 

 

 ──ヤメテタスケテヤメテテタタススヤメメメアアアアア

 

 

 鎖ごと山の神も両断され、何かが途切れた感覚。同時にすがるものを失った山の神は、聖杯の孔に呑み込まれていった。

 

 

 ──カワイソウカワイソウカワイソウ

 

 

 もう二度と関わる事は無いかのように、声が離れていって消え去る。そして孔も、境内に傷痕を残して閉じられた。

 

 

「だから」

 

 

 もう三度は言わないつもりで、

 ハルは心底呆れ返ったように言い捨てる。

 

 

「自分で言わないでよ」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 本当に幻だったのか、或いは細やかな奇跡だったのか。あれからユイの姿は影も無くなっていた。

 出てきたチャコも少し寂しそうにハルを見る。もちろんハルも同じ気持ち。けれど、夢や幻だとしてももう一度ユイと会えた。その事実に嬉しさで涙が込み上げる。

 

 

「さて、そろそろ私もお役後免か。最早この傷では、契約を結んでも留まれんだろう」

 

 

 一方でアーチャーは、ニヒルに笑って自らの消滅を受け入れていた。

 抑止力と契約し、争いを収める機構としてあらゆる時代に召喚される運命に縛られた無銘のアーチャー──英霊エミヤ。このまま英霊として喚ばれたこの時代を去れば、また救いの無い正義の味方の現実を見ていく事になるだろう。それでも、アーチャーはもう失望しない。

 それは、眼前にいる少女の存在ある故に。

 

 

「答えは得た。衛宮士郎、お前は今の想いを曲げる事なく進め。たとえその先が地獄であろうとも」

 

 

「……」

 

 

 覚悟の是非を問われる士郎は何も言わない。だが、その眼は否定していなかった。それだけで、自分自身である以上答えは瞭然だ。

 最期を察し、アーチャーはハルを見やる。

 

 

「ウォーカー……ハル。俺も、君がいたら何か変わっていたかな──」

 

 

 そう言い残し、アーチャーは静かに霊基を消滅させた。死した後に憧れを抱いた、少女の行く末を想いながら……

 

 

「あっ……」

 

 

 と、ハルは何かに気付く。

 見れば、暗い夜の闇で包まれていた境内に、みるみる内に光が差していく。黒く染まっていた空も白んできた。

 

 

「夜明けだ」

 

 

 それは夜を廻るハルにとっては、終わりの時。即ち別れ時だった。

 士郎も自ずと意味を解する。そもそも、ハルは聖杯により喚ばれた──山の神あってか、はたまた彼女が召喚されて山の神が現れたかはついぞ分からないが──本来マスターを持たぬ未来の英霊だ。願いをかける聖杯も無い今、過去の時代に留まる理由は、もう無かった。

 ハルはチャコにリードを着け、首にライトを提げてから士郎に向き直る。

 

 

「士郎さん、私も頑張る。ユイとまた手を繋いで帰れる日が来るまで。だから、士郎さんも自分の信じた道を行って。どんなに暗い道にも、きっと光はあるから」

 

 

「……ああ、歩いていくよ。これまで通り、これからも」

 

 

 昇りつつある朝日の光を背に、ハルは満面の笑顔を浮かべる。そうして、彼女の歩み廻る夜の残る道に足を進めた。

 

 

「またね」

 

 

 今生の別れではなく、再会を見据えた言葉を紡ぎ、ハルは家に帰るような気軽さで夜道へと消えていく。

 程なくして凛達が駆け付けてきた頃、夜はすっかり息を潜め、今を生きるもの達の時間が訪れた──




完全決着!!やりたいもの、やるべきものをやり上げた満足の行く決着に持っていけました。

書いてる我ながら、山の神のしぶとさにはドン引き。それでもハルがユイの幻?に励まされ発動した第四宝具ことコトワリ様の前に今度こそ絶縁させられました。くどいくらい執念深い神との悪縁もこれまででしょう。
因みにこの第四宝具のあれこれを考えた段階ではまだノベライズを読んでおらず、ところどころ原作ゲーム基準の解釈となっております。まぁ、原作のハサミ返しに行くサブイベでは隻腕のハルちゃんを襲おうとしたし、サーヴァント的にはこんな解釈あっても良いかな?と言う言い訳。

改めてハルちゃんのイケメンぶりに痺れる今回、いかがでしたでしょうか?幼女でイケメン、嫌いじゃないわ!嫌いじゃないわ!と思っていただければ幸い。これは士郎もアーチャーも憧れたのは頷ける。

次回、最終回。
宜しければ評価やコメントをくださると、私が餌を前にしたコイのように喜びます。メカクレを前にしたバーソロミューのように、とも言う。或いはWオリオンに挟まれたアルテミス。
皆様にとって今年も良い一年でありますように。


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#24 終夜

たいっっっへん長らくお待たせいたしました!満を持しての遂に最終回です!

満足行く出来にするまで長く、筆が乗ると異常に早くなる私。今回は更新が三ヶ月以上掛かった癖に、書き始めてから二日で完成しました。うーん、極端。

最近コロナ禍で皆さん大変かと思いますが、私の作品で少しでも癒される事を祈って、どうぞご覧ください!


「いってきまーす!」

 

 

 衛宮邸の玄関に、少女の活発な声が上がる。

 時刻は深夜を回ったところ。(見た目だけなら)幼い少女が出歩くような時間帯でもないのだが、その日課を仕方なく容認する士郎は、少女──イリヤを見送るべく家事を中断して玄関に足を運ぶ。

 

 

「気を付けて行くんだぞ。ちゃんと朝までには帰ってきて、もし何かあればすぐ戻ってこいよ?」

 

 

「もう、何度も言わなくっても分かってるってば。私が死んだらシロウも死んじゃうのは分かるけど、心配しすぎだわ」

 

 

「バカっ、俺は本気でイリヤを心配して……!」

 

 

「それこそ分かってる。冗談よ。私はシロウのお姉ちゃんなんだから、弟を泣かせるような事はしないわ!」

 

 

 悪戯っぽく笑って、胸を張って言うイリヤ。血は繋がっておらず、生まれも育ちも別々だが、父を同じとする姉弟の間柄である事に誇りを持っている様子だ。

 が、それに対して士郎は──

 桜から手作りして贈られた可愛らしい服、大河から貰ったトラのナップサック、凛が作った魔力で照らす宝石の懐中電灯を持ったイリヤの、とても姉らしからぬ格好につい笑いを堪えた。

 

 

「あーっ、また笑った!」

 

 

「悪い。バカにしてる訳じゃなくて、やっぱりちぐはぐだからさ、つい……」

 

 

「酷いわ、シロウ。私はこれ気に入ってるのに」

 

 

 頬を膨らませ、憎らしげに睨むイリヤ。けれどやはり服装のせいか、小さな姉の威厳は生憎と見られない。

 不満気味のイリヤが仕方なく諦めてもう一度「いってきます」を言い、玄関を出る。それを改めて「気を付けてな」と投げ掛けて士郎は見送った──

 

 

 

 

 あの戦いから早いもので半年。あの出来事を機に、士郎の周りでは多少なり変化があった。

 

 

 まずはイリヤ。ランサーの施したルーン魔術により士郎と心臓の機能を共有、人並みの生を受けた彼女はあれから士郎の家で暮らすようになっている。

 凛曰く、二人が離れていたら魔術に良くない影響があるかもしれないと言う措置と、イリヤなりのアインツベルンとの決別の顕れがその状況に落ち着けられた。

 アインツベルンの後継者ではなく、イリヤスフィールと言う一人の少女になったイリヤは、それから良く夜に出歩くようになった。一族の責務を押し付けられていた頃は見出だせなかった"自分"と言うものを探すため、自分を救ってくれたハルの真似をしてとりあえず始めた事。たとえそれで見付からずとも、誰でもないイリヤ自身で決めた事だ。きっと無意味なものではなく、いつか本当に"自分"と言うものを見付けられるきっかけになるかもしれない。

 

 

 凛と士郎は、聖杯戦争が終わって協定が解かれた今も交流が続いている。彼女がロンドンの時計塔に喚ばれ、日本を離れてしまってからも。

 時折、帰ってきてはイリヤに施された魔術の調子を確認しに来る。名目ではそう理由付けているが、士郎が何の気なしに聞くと「何よ、士郎のバカ」と拗ねがちに返された。いかに一晩を共に死線を潜り抜けたとは言え、長年の宿敵の安否を、私財を叩いて遠い異国から確かめに来るのは何か副因があっての事だろうが、まさか自分に関係するとは今の士郎にも気付けない。

 あと、桜との仲も以前に増して良好な様子。まだ日本にいた頃は一緒に衛宮邸の厨房に立ち、料理を作ってくれていたほどだ。その時、実の姉妹だと知らされた後は、士郎の手引きで桜に「姉さん」と呼ばせた際は、顔を背けて喜びを堪えていたのを見ている。

 

 

 慎二はあれから、周囲や桜への態度が軟化した。

 相変わらずお調子者で自尊心は強い様子だが、内に秘めていた劣等感は吹っ切れ、最近は間桐家の復権を目指して魔術刻印を復元できないか研究しているらしい。曰く「僕を散々バカにしたジジィや遠坂を見返してやる!」と意気込んでいるようだ。

 一族が何代もかけて築き上げた魔術刻印をすぐ復元できるか、そもそも間桐──マキリが復権を果たしたら問題は無いか、大体慎二はまだ魔術師が何たるかを理解してないと凛が呆れ返る一方で、士郎は一抹の期待を過らせていた。

 慎二が『マキリ』ではなく『間桐』を魔術世界にのしあがらせたい事、今の慎二が以前までの慎二ではない──実はあれから、イリヤの様子をちょくちょく見に来たりしていて、イリヤとはすっかり憎まれ口を叩き合う仲だったりする──事が士郎から見て、ちょっとした可能性を感じている。

 案外天才肌の慎二なら成し遂げて、マキリを反面教師に『間桐』を魔術世界に進出させてしまったりするかもしれない。

 

 

 葛木は特に変わった様子は無い。あの戦いの翌日も学校に来てテストの準備をしていたらしく(大河談)、変わりなく教師として今も生活している。

 ただ、桜が言うに「そう言うところが葛木先生らしい」ので、むしろ自然と言えた。

 

 

 因みに今聖杯戦争の監督役であった言峰は、キャスターに仕留められたと思っていたら無事であり、そこから特に関わる事なく聖杯戦争終了後は平然と神父を続けている、とは凛の証言だ。

 今後、聖杯戦争級の出来事が舞い込んでこない限りは顔を合わせる事も無いだろう、と凛と士郎は認識を一致させている。

 

 

 そして士郎は──変わらない。目指すものは変わらず、そのために何をするかもこれまでと同じだった。

 ただし、今回の事を経てその夢は、少し揺らいだのは言うまでもない。

 

 

 ──理想の果てにある答えを見た。

 理想を求め、力を求めて世界と契約を結び、死後を売り渡す事で万人を救うだけの力を得て、そして……それを過ちと悟った。

 現実は理想を食い潰し、多くを救った成果は、必ず少数を切り捨てた事実、そのために誰かを救わなかった真実を物語る。理想に裏切られ、現実に叩きのめされ、それでも人々を救うため戦った後は、救った者達からも手の平を返されて命を終えた。

 だが、売り渡した死後も決して解放されず、救いなき守護を繰り返す内、いつしかこの道を選択した過去の自分を恨み、憎み……殺す事のみを望みとするまでに至った残酷な答え。この目で見てしまった、未来の自分の姿。これから歩む、人生の末路。

 

 

 それをなぞって生きるかもしれない恐怖。何も分からないこれからを行く人生ではなく、地獄でしかない未来を向かうだけの人生に士郎の足はすくんだ。決心が、心が硝子になったように脆くなる。

 そんな少年が見たのは、同じくあの戦いで出逢った少女の姿。

 

 

 ある少女がいた。普通に生きて、人並みに思い悩むだけの少女は、どうしようもない事実を突き付けられながらも夜の町を巡り歩く。そして、その先に大切なものを失いながら、少女はそれでも前に進んだ。

 

 

 程度は違えど、同様の地獄を見た少年と少女。見せ付けられた地獄の先を見た少年は少女の姿を見て、決意を新たにする。

 正義の味方になる──同じでありながら、想い新たに抱いた決意。

 この先は地獄かもしれない。未来は違わず果てに辿り着き、またかつての己を過ちだったと思い至るかもしれない。或いはどうしようもないほどの魔性に触れ、失墜してしまうかもしれない。または何も為せず、何も出来ずして世界の隅で息絶えるかもしれない。

 

 

(それでも)

 

 

 それでも、この道を進んでいく。

 どんな地獄が待ち受けていようとも、どんな絶望が襲い掛かろうとも、どんな挫折が敷かれていようとも、士郎はもう迷わない。憧れた養父から受け継いだ夢を抱き、前に進む。それが衛宮士郎の義務であり、使命であり、自分の選んだ未来だ。

 

 

「……よしっ」

 

 

 イリヤを見送り、一つ心を引き締めると、士郎は中断した家事を片付けるべく居間に戻る。

 この一歩一歩が未来への道筋。人生という夜を歩いて行くように、士郎は今を生き、未来に生きていく──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/staynight [Midnight Walker]

 

~Fin~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳で、MW完結!まずはここまで読んでくださり、コメントや評価をくださった方々に感謝を。そしてこの作品を完結させるまで書き上げられた様々な事柄にも感謝したい。

ハルと共に山の神が介入した聖杯戦争を終わらせ、少しばかり変化した日常に戻った士郎達。イリヤはこの後に夜道で喋るステッキを拾い、魔法少女になってウォーカーのクラスカードで夢幻召喚……と言うスピンオフを思い付きましたが、書きません。理由はプリヤを見ていないと言う痛恨の失態から。誰か書いてくれません?三次創作大歓迎。
慎二は吹っ切れたらこのくらいの改心はしそうだなと。実際できるかどうかは不明。実現させたら封印指定ものな気が……頑張れ、慎二くん(他人事)
士郎もハルとの出逢いをきっかけに正義の味方となる道を改めて選び、未来への夜道を行く。我ながら良い締め方だと思いますがどうでしょう?

話題を変えまして。
二次創作デビュー6年、初の完結に至った作品がこれです。最初は思い付き程度、誰かに読まれたら嬉しいなくらいで始めたものが、いつしか1700人のお気に入り登録者数を記録し、高い評価をいただき、日間ランキング上位に食い込み、推薦まで貰うと言う過去最大最高の快挙を成し遂げて、ようやく始めて完結させた作品に至りました。あれもこれも、夜廻シリーズと言う作品を教えてくれた恩人の放仮ごさん、そしてこの作品に可能性を感じてこれまで読んでくれた皆様に改めて感謝したいと思います。
さて、これからの話でありますが……MWはまだまだ続きます。宣言通りFGO編を予定しており、番外編も続々執筆している現在。ハルちゃんの型月夜廻は続きますのでご期待ください。
その件でアンケートを実施しますので、是非参加してくださるとこれからのMWがよりやり易い環境になるかと思います。


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ビースト― プロフィール

本日二本目投稿。最終回にあたる一本目をまだ読んでない方は、支障無いけどご注意を。

山の神ビーストのプロフィール。FGOのビーストのように、完結後に上げさせてもらいました。
我ながら良く凝った、かつとんでもない奴を作り出したもんだなと思う。その分、撃破した爽快感はひとしおでしたわ。

素朴な疑問。無銘とか無印を表すような「―」が、実際この記号で合ってるのか。マイナスとかハイフンとかとごっちゃなんだよなぁ……


【クラス】ビースト―

【真名】不明(忘却されたため。便宜上、"山の神"とする)

【性別】不明

【身長】不明

【体重】不明

【地域】日本

【属性】混沌・悪

【理】結縁

 

 

ステータス:筋力A- 耐久B- 敏捷E 魔力EX 幸運D 宝具A+++

 

 

獣の権能(偽)(E):クラススキル。縁のある人間、英霊に対して特攻補正を持つ。山の神の場合、『ネガ・コネクト』による効果もあって実質あらゆるものに対して補正が与えられる。ただし正規のビーストクラスではないため、このスキルによる恩恵は正規のものより弱い。

 

 

憑依顕現(A):ビーストのクラススキル『単独顕現』の下位互換スキル。過去や未来における自分自身を触媒としてその時代に自己召喚し、人間に憑依する事でその魔力を以て顕現を果たす。通常なら一度の顕現に数時間から数日が限界だが、憑依した対象が聖杯の器であるイリヤスフィールだったため、後に聖杯を依代とした事で『ネガ・コネクト』による魔力供給さえあれば半永久的に現界が可能。

 

 

山の声(A+++):苦しむ人々を救ってきた、導きの声。その正体は人間の言葉を、心を、命を弄び死へと誘う『魅了』の亜種技能。自身の領域内で精神的に衰弱した者を、まるで自らが考え、選び、決めたかの如く良いように操り人形とする。対魔力がA以上、または強い意思による拒絶で回避可能。

 

 

執念(A):一つの事に対する執着、意地汚さを表したスキル。精神的な揺らぎがない限り、いかなる精神系の攻撃も受け付けない。

 

 

ネガ・コネクト(EX):ビースト―としてのスキル。あらゆるものの縁を結び、自身の思い通りとする。たとえ言いがかり的な縁であっても無理矢理結ぶ事が可能であり、世界や時代を越えて繋げる事もできる。

 

 

自己改造(E+):自身の肉体に別の肉体を付属・融合させる。山の神は聖杯を依代とし、それから生じる泥を意図せず取り込む事で自らを偶然にもビーストクラスとして確立させている。そのためか、自身の意思によるスキルの行使は不可能。

 

 

概要:

とある街の山に祀られていた縁結びの神様……のようであるが、その真偽は定かではない。

悩める人々を影ながらに解き放ってきた、救済してきたのだ、とは自己の言。実体は悩み、迷い、弱っている人々の心に浸け込み、あたかも自分の意思であるかのように自死へと至らせる荒ぶる存在。そうして死なせた人々の命を、思いを、言葉を弄び次の獲物が訪れるのを待つ。

かつての未来において、街を引っ越したくなくて思い悩むハルを付け狙い誘い込んだものの、彼女の親友であるユイと犬のクロに阻まれ、次いでクロを失いハルと離れ離れになる事を悲しんでいたユイに標的を変えて自殺へと導いた。そのユイの魂を利用し、再び取り逃がしたハルを狙うも、コトワリ様から裁ちハサミを借り受けたハルによって倒されてしまう。

 

 

しかし、執念深い山の神はそれで諦めようがなかった。

土地との繋がりを失い、幻霊以下の状態でさ迷っていた山の神は、過去の自分自身を触媒として10年以上前の冬木市に降臨。そこで心に隙があったイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに憑依し、顕現に必要な魔力を蓄えた。偶然であるが憑依したイリヤスフィールは聖杯の器を持っており、元ある恵まれた魔力を搾取する事によって本来以上の力を得ている。

そして聖杯を依代として受肉。人類悪の一つである汚染された聖杯と一体化した事で、イレギュラーな人類悪──無銘のビーストとして変生した。

 

 

縁結びの権能は、あらゆるものの縁を強制的に結ぶ能力となり、これによって冬木の土地を『元いた街と地続きである』と言う縁から無理矢理土地神として根付き、正規のビーストに迫る力を獲得した。

加えて依代とする聖杯から英霊の座と縁を結び、サーヴァントを怪異として召喚、自らの手駒とする事も可能とした。ゆくゆくは神霊級、グランドクラスや他のビーストさえも召喚していたかもしれない。

 

 

そこまでした大元の目的は、当然取り逃がした獲物──ハルを奪い返す事。

そのためにハルが聖杯を手にするよう仕向けた……世界を、次元すらも飛び越えて。自分そのものである聖杯をハル自らに手に入れさせ、今度こそ"救ってあげる"つもりだった。

カワイソウ、カワイソウと心にも無い言葉を吐きながら──

 

 

結縁の獣に至った山の神であるが、人類に対してどのような感情を抱いていたかは不明。それが真のビーストクラスとして当て嵌められなかった要因かもしれない。

もしも正規のビーストのように人類をより良くし、人理を守ろうとするが故の文明を滅ぼす存在であったなら。人間が無意識に、そして必ず何かと繋がっている縁を結ぶ権能を持つ山の神は、人類のこの上無い原罪たる脅威であっただろう。




山の神には逸話や在り方が無い、または曖昧であるため宝具と言える宝具は無いと言う設定です。
FGOに出たらレイド戦になりそうと想像。1ターン目に霊基一覧からマスターと縁のある召喚可能英霊をシャドウサーヴァントを召喚する形でしょうかね。チャージ攻撃ではこちらのサーヴァント一騎を無条件で即死させるもの(ただし支援による無効化あり)ってところ。

何にせよ、ビーストを銘打つだけの性能を持つヤベー奴と言う事は伝わったかと。


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#24.5 或る夜の話

これがやりたかった。アニメの最終回後の特別回か、ED後のCパートの感覚でお読みください。

地味に24話で本編が終わったのは、1日24時間が過ぎて新しい一日が始まる、と言う解釈ができる気がしないでもない。そしてこの話が24.5話……つまり、その新たな一日が始まった後の話、って解釈と言えるのではないでしょうか?……俺だけ?


 暗い暗い、洞穴の奥深く。その最奥にある穴から二人の少女が歩み出てきた。

 

 

「大丈夫……大丈夫だよ……」

 

 

 意識を失っている様子の青いリボンの女の子を、赤いリボンの女の子が支えている。そのもう片方の腕には、衰弱しているらしき黒い子犬が抱えられていた。

 赤いリボンの女の子は、傷だらけでボロボロの体を引き摺るようにして出口を目指して歩く。ここまで辿り着くのに夜の町中を巡り巡った疲労が、少女に重くのし掛かっていた。加えて、脱力する大切な友達と負傷し、息も絶え絶えな子犬への不安が、少女の心を弱らせる。

 助け出した友達に掛ける励ましの言葉も、まるで自分に言い聞かせるように口から零れていた。

 

 

 ──モドっておいで。オイデ。オイデ。

 

 

 そんな格好の獲物を"それ"が見逃すはずはない。

 声と共に、天井から組んだ白い手が幾つも降ってくる。それらは蟲の足が生え、大きな蜘蛛となって少女達へと迫り来た。赤いリボンの女の子は慌てて走り出そうとするが、疲れ切った足が悪路に取られ、転んでしまう。

 蜘蛛達は無い口で笑った、ような気がした。少女は堪えていた涙が溢れそうになった。せめて、この子達だけでも──そうした懇願を踏みにじるため、蜘蛛らは獲物の少女に躍りかかる。

 

 

 瞬間、蜘蛛らに飛矢の如く剣が突き刺さった。

 

 

「え……?」

 

 

 的確に的を射抜いた剣が、蜘蛛を悉く消滅させる。再び静寂音に包まれた洞穴の中で、突然の光景で呆然とする赤いリボンの女の子の元に、出口の方から足音を伴って一人の男が歩み寄ってきた。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「っ? うん……あっ、はい……」

 

 

 優しく問い掛けてきた男を、少女は見上げる。

 奇妙な格好の男だ。何故か顔を隠すように砂色の外套を被っている。日本人に見えるが、髪が白かった。前にテレビで見た、砂漠地帯の国にいる外国人みたい──と思った少女。怪しい風体であるも、不思議と怖く感じない。

 男は倒れた少女を抱き起こすと、傍らの未だ深く眠るもう一人の少女を慈しむように見やり、そして赤いリボンの女の子の腕で衰弱している子犬を見て、懐から巻物らしきものを取り出し開いた。

 開かれた巻物は独りでに少女達を囲い、光を発する。すると少女の傷は癒え、子犬も苦しげな息遣いから安らかな寝息に落ち着く。

 

 

「治癒の巻子本(スクロール)。もしもの時のために遠坂から貰っておいて良かった。もう大丈夫だ。一応戻ったら安静にさせてやれ」

 

 

「ぁ……あ、ありがとうございます!」

 

 

「歩けるか? 早く友達を連れて、ここから離れるんだ。後は任せてくれ」

 

 

「う、うんっ!」

 

 

 助けてくれた恩人の言葉を素直に聞き入れ、少女は子犬と青いリボンの女の子を抱えて出口を目指す。さっきまでの痛みや疲れはすっかり無くなり、不安も消えれば自然と力が湧いた。言われた通り早く、振り返らないでこの場から離れるべく歩き出した。

 

 

「──ハルを、頼む」

 

 

 そんな聞こえない程度の声を背に、少女は男が見送る内から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 洞穴の奥深く。その最奥に"それ"は鎮座していた。

 指の折れ曲がった白い手を組み、その至る所から目を生やす《蜘蛛のようなもの》。蜘蛛の巣が張り巡らされた湿っぽい洞穴の中、醜悪な姿のそれは野太い息を漏らしている。

 そこへ立ち入る、一人の男の姿があった。

 

 

「久し振り……って言っても、お前は俺をまだ知らないよな。この後で、過去に遇うはずだったんだろう」

 

 

 男の言葉を、《蜘蛛のようなもの》は意味を解せない。そもそも解す気すらない。ただ愚かに近付いてきた獲物を捕らえ、弄ぶべく渇いた歓喜の息を吐く。

 

 

 ──カワイソウ、カワイソウ、カワイソウ

 

 

「ああ、自覚はしてる。理想を抱いて辿り着いた先が、理想に裏切られる現実だからな。過去の自分を殺して、同じ過ちを繰り返させないアイツの考えも間違ってなかったのかもしれない」

 

 

 感情の無い見せ掛けの同情に、しかし男はわざと真に受けて自嘲する。多を救うために小を切り捨てる選択、誰かを救うと言う事は誰かを救わないと言う真理、果てしなき地獄の道行き──多くを救いながら、男は自身の無力感を実感した。

 

 

「だけど、後悔は無い」

 

 

 それが自分の選んだ、憧れからなる紛れもない自分の道だから。人から受け継いだ夢が間違いであるはずがなく、たとえこの先にどんな地獄があろうとも、前に進む事を決めた。()()()()()()()()

 

 

「だからここまで来た。全てを救えなくても、せめて大切な誰かは、救うべきものくらいは救うために。それを教えてくれたあの子を、今度は俺が助けるために、俺はお前との縁を切る──

 

 

投影(トレース)開始(オン)』」

 

 

 式句を告げた男に魔力が走る。その光が、薄暗い洞穴内を淡く照らした。

 男の周囲に、何かが精製されていく。それを見た《蜘蛛のようなもの》は本能的に察した。あれは、自分にとっていけないものだ、と。

 

 

 ──ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ

 

 

 それは、真っ赤な裁ちバサミ。真っ赤な悪縁を切るにはこの上ない、縁切りの神様の依代の模倣。それが無数の切っ先として《蜘蛛のようなもの》に差し向けられる。

 覚悟を抱いた男は、全てを精算すべく真っ直ぐに歪んだ神へと言い放つ。

 

 

「ここが縁の切れ目だ。覚悟は良いか、山の神」




●ある少女の日記

夏が来た。
あの時と同じ、五度目の夏が。

あれから、お母さんはようやく昔のお母さんに戻ってきた。
お父さんが見付かって、出ていった本当の理由を知ってしばらくショックだったみたいだけど、最近は一緒にご飯を食べるようになったし、お仕事も変えて早く帰ってくるようになった。お父さんがいた、あの頃みたいに。

あれから五度目の夏。
今年は、ハルがこっちに遊びに来る。遠くにいるけど、私の一番大切な、一生の友達。
たくさん、話したい事がある。中学生になって、一緒のクラスになった隣町の子と仲良くなった事、最近チャコとクロが元気すぎて大変な事、町の大人の人達が何か話し合って、周辺の取り壊す予定だった神社を残す事にした事、他にもたくさん。いっぱい話したい。ハルもあっちでどんな事があったか、いっぱい聞きたい。
それに、あの時助けてくれたヒーローさんも。
あれからいくら探しても見付からないけど、ハルが来たら一緒にまた探しに行こう。もしかしたらもうこの町にはいなくて、どこかで誰かを助けてるのかもしれないけど……もう一度、お礼を言いたい。助けてくれて、ありがとうって。

私は今日も元気に生きてる。大好きな友達と、大切な家族と、これからも生き続けています。





──────────────────────

ハルは未来の英霊。なら、士郎がその近い未来に恩返ししに来る事もできるなと。これを以てして、MWは真の完結を迎えたと思います。

因みにここで士郎がハルを救ったとしても、英霊としてのハルは消えません。数ある事象の一つとして含まれるか剪定されるだけで、形は違うけど英霊エミヤと同じで英霊の座には『英霊ハル』が在り続けます。
でも、せめて一つくらい、神の理不尽に翻弄されなかった可能性の世界があっても良いよね?と、言うのがこの話の主旨。

fateサイド、夜廻サイド両者をとことんグッドエンドにできたので、これで心置きなくFGO編に挑めると言うものです。番外編共々ご期待あれ!
あと、活動報告にてFGO編のストーリーについてご報告があるので、興味があれば是非お読みください。


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零れ譚 凛と張る

まだまだSN編は終わらねぇ!とばかりに始まりました番外編シリーズ『零れ譚』。たまーに好み丸出しなネタでやったりしますが、生暖かい目で時に笑い、時に涙?の日常を繰り広げるハルちゃん達をお楽しみください。

今回はサブタイ通りの組み合わせ。誤字ではないです。ちょっとHFをイメージして書きました。


 その日、凜は士郎に用があって直接家を訪ねた。

 特に大した用件ではないのだが、どうせなら士郎の顔でも見に行こうと言う、理由になってない理由を引っ提げて勝手知ったる衛宮邸に上がり込む凜。しかし、そこには肝心の士郎の姿が無かった。

 

 

「士郎ー、いないのー?」

 

 

 声を投げ掛けても、返答はあらず。人気の無い玄関で凜の透き通った声が反響したのみだった。

 

 

「セイバーもいないって事は……買い物かしら?」

 

 

 全く、聖杯戦争の最中なのに暢気なんだから、と先輩風を内心で吹かせつつ、じきに帰ってくるだろうと踏んでそのまま居間に向かう。すると、士郎達の留守に代わるようにハルの姿がそこにあった。

 畳に突っ伏し、クレヨンを手にノートを広げたまま眠っている状態で。

 

 

「こっちも暢気……いや、あどけないもんね」

 

 

 呆れたようで、けれどその顔に微笑ましさが浮かぶ凜。全く起きない様子のハルに、ついトレードマークのリボンをつつき、その寝顔を眺めてしまう。

 そうして、サーヴァントだけど一応毛布でも掛けとこうかしら?と気を回そうとしたところで、ふとハルの手先にあるものが目に入った。

 

 

「これは、絵日記?」

 

 

 市販らしいノートにクレヨンで描かれた、子供っぽい絵と拙さが残る文字。どうやらハルは、絵日記を書きながら寝落ちてしまっていたようだ。

 それを見た凜は、好奇心からその内容を覗き込んでみる。

 日付と文章、絵の描写からどうやら今日あった出来事を記しているようだった。稚拙だが士郎やセイバー、大河や桜を実に特徴を良く捉えて描いている。文章も、ハルらしい感想で今日の出来事を述べていた。

 凜はちょっと憚られたものの、何となく気になって「ゴメンね?」と心中で謝りながら前のページを捲る。

 

 

「……フフっ」

 

 

 期待通り、昨日の日記には自分が描かれていた。

 昨日は士郎と桜指導の下、ハルと一緒に料理を習ったのだが、その時の事を可愛らしい感想と、これまた愛嬌ある絵で綴られている。楽しさ、難しさ、興味──なるほど、ハルの純粋な気持ちがそこに表されていた。

 その前の日も、そのまた前の日も……凜はついつい手が止まらず、ページを捲って振り返る。この日はこんな事があったんだ、そう言えばこの日ってそうだったわね、とアルバムを見てる気分が、凜の手を進めたのだろう。

 そして、あるページを開いた時、凜は息を呑んだ。

 

 

 黒──いや、それは塗り潰すように書き重ねられた「やだ」と言う拒絶の言葉と嘆きの叫び。

 その下にはちゃんとその日あった事が記されているのだろうが、読めないほどの叫びがページ一杯に埋め尽くしている。まるで、その事実を認めたくないかのように。

 けれど、そんな中で避けるように、それだけは消せなかったかのように残った一つの名前と「わたしのせいだ」が強く、見た者の心を締め付けさせる。

 後悔、悲哀、自責──幼い少女が抱えるにそぐわぬ慟哭の吐露が、そこにはあった。

 

 

「っ……!」

 

 

 凜は、好奇心での行為に後悔しつつ、その内容に心が縫い止められてしまう。

 これは「為せなかった者」に訪れる確実な結末だ。救いたいものがどうしようもない現実に拐われ、手の届かないところへ行ってしまった、無力な者の末路。つまりこれは、()()()()()()()()()()()()()()

 『あの子』を救えなかった自分自身の投影──それがこのハルの、彼女にとっては過去の、凜にとってはこれから英霊ではない頃の彼女に降りかかる未来の悲劇なのである。

 こんなあどけない寝顔を見せる少女が、一体どんな心の傷を背負って英霊に召し上げられたのか……それは分からない。けれど、凜にはハルの気持ちに遠からず歩み寄れた。彼女は──決断できた未来の自分だから。

 

 

「凜さん……?」

 

 

「! ハル、起こしちゃった?」

 

 

 と、傍にいる凜の存在に気付いたか、ハルは徐に目を覚ます。

 そうして暫く呆けたように辺りを見回すと、あるページが開かれた絵日記に目が止まり、それを凜が見ていた事をやっと把握できた。

 しかしそれを特に咎めるでなく、むしろ恥ずかしそうにはにかみながら、何か思わしげな凜の表情に姿勢を正して小さな口を開く。

 

 

「凜さんは……誰か助けたい人がいるの?」

 

 

「……まぁね。向こうからすれば、何を今更って話だろうけど」

 

 

 自分がハルと同じくらいの歳だった頃、手を離してしまった少女の姿を思い浮かべ、答える凜。そこには少しばかりの自嘲も混ざっていた。きっと本当に今更すぎる、漸く言葉にできた本音。

 それに、ハルは一旦考えながら言葉を紡いだ。

 

 

「──凜さんの助けたい人が、今助けに行って全部どうにかなるかは分からない。でも、それが怖くて何もできなくて、取り返しのつかない事になるくらいなら、行った方が良いと思う。自分のせいだって、後悔しないように」

 

 

 年相応な拙い言葉。けれども決して気休めではない力ある言葉に、凜はとても見た目だけなら年下に言われている気がせず、ハルの目を見て呆然とする。

 かつての決断──大切な友達が、死んでしまっていると言うどうしようもない事実を前に、それでもその手を掴むために光なき道を進んだハルの言葉は、家柄や立場に縛られた凛の心を真っ直ぐに打つ。

 気付くと、凛はハルの小さな体を抱き締めていた。

 

 

「ありがとう、ハル」

 

 

「凛さん……?」

 

 

「こんな簡単な事、どうして気が付けなかったのかしらね。貴女のお陰で、やっと分かった。遠坂の後継者でも冬木の地の管理者でもなく、"遠坂凛ならどうしたいか"って」

 

 

 素直な感謝を伝えるように、大事な事を教えてくれた恩人を抱き締める凛。そこにはもう、しがらみに囚われる少女はいない。一人の妹を救いたい、一人の姉の姿があった。

 その時だ。玄関から戸を開ける音と、「ただいまー」と言う見知った声が届けられる。どうやら士郎とセイバーが買い物から戻ってきたらしい。

 凜とハルは顔を見合わせると、笑い合ってそれを出迎えるべく立ち上がる。

 

 

 あの手を繋いで、また家に帰れるなら──どんな残酷な答えが待ち受けていようと、どんなに手遅れで取り返しが付かなかろうと、凜は臆さず前に進む事を決めた瞬間であった。




ハルと凛。同じ年頃に夜回りした経験を持つ者同士、手を繋ぎたい大切な存在がいる者同士の交流、短いながらいかがでしたでしょうか?
こんな感じで、特定のキャラとハルちゃんの絡みを繰り広げるのがこの零れ譚のコンセプトになります。

サブタイは最初、無難に『凛とハル』でしたが、何となく文字通り凛とハルの話を指しており、またハルの名前の由来から『凛と張る』──つまりは凛が決意を引き締める、と言う話だと示唆しているダブルミーニング感を出してみました。偶然の産物だけど、個人的に好き。

今後は現状ライダー、ギルガメッシュ、キャスター、桜辺りをルートや作品別に予定してます。もしリクエストやシチュエーションの要望があれば、是非ともコメントやメッセージでご応募してくださると、まだまだMWワールドは広がりますぜ!


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零れ譚 ■■■・■■

番外編第二話目にして冒険してみる暴挙。







 ハルは最初、そこが夢の中だと思っていた。

 だが、サーヴァントは夢を見ない──マスターからの記憶情報が逆流入してくる事こそあるだろうが、そこは記憶の共有現象と言うよりも、まるで誰かの人格を剥奪した後で()()()虚無を現しているようだ。

 

 

「…………」

 

 

 とりあえず歩いてみる。歩く者(ウォーカー)故に。

 歩く毎に、虚無の暗さからは有り得ない"色彩"がハルの目から脳裏に焼き付いてきた。

 それは時代も場所も異なった、悲劇の連鎖。悪がもたらす善があり、善がもたらす悪があり、理不尽なまでの合理があって、理屈の通った不条理があった。自然的な悲哀があれば、作為的な歓喜も存在する。巡り巡る人間の業──それは何処までも『人間』と言う生き物の悪性を常に映し出す。

 ある聖杯戦争では、己が欲望に突き動かされた人間達が苛烈な殺し合いを演じていた。またある聖杯戦争では、自らを喚んだ聖杯に呪いあれと叫んだ英霊がいた。それと同じ聖杯戦争では、自らの行いで町を火災に包んだ事が起因して死んでいった男がいた。そのまたある聖杯戦争では、それ以前の聖杯戦争では──

 少女に叩き付けられてくる悲惨な光景。ハルは、耳と目を塞ぎたくなる。それでも虚無は容赦無く少女に過去の焼け跡を見せてきた。人間の総ての一端が、一人の少女を理不尽に襲う──

 

 

「おー、見っけた見っけた。ダイジョウブかー? 慣れない事はするもんじゃないな、こりゃ」

 

 

 唐突に投げ掛けられたその声は、余りにも重みを感じない軽快なものだった。ハルが見上げると、虚無の暗闇の中に二つの目が自分を見下ろしているのが分かる。

 "目"は、人懐こそうに三日月の形となってハルに喋りかけてきた。

 

 

「ちょっと興味が湧いたから、どーにかこーにか心象世界的な場所設けて繋いでみたんだが、やっぱ下手したら相手方の精神ブッ壊しかねないなー。まっ! 同じ事をまたやれって言われても、何をどうやってこうなったのかサッパリなんだけどさ! ははっ!」

 

 

 笑って細めてしまうと、虚無の黒に見えなくなる"目"。それを見るハルが良く目を凝らすと、その"目"の周りの輪郭がぼんやり見えてきた。

 虚無と同じ"黒"、いや影のような人の形。それは少年めいた姿をしていて、何となく見覚えがある──その今や身近な名が、小さな口をついて出た。

 

 

「……士郎さん?」

 

 

「おっと、良く分かったな。いや、当たらずとも遠からずって奴なんだが……まぁ? 特別措置って事で? この見た目は大した意味無いんだわ。どうせこれが終われば元通り。だから気にしなくて良いぜー」

 

 

「?」

 

 

 

 理解が置いてけぼりの返答に、ハルは首を傾げる。しかし士郎に似た影の男は、そんな少女の反応を楽しむかのようにニヤけている様子。

 そして、その影の男は話題を切り替えて言葉を投げ掛ける。

 

 

「そいでな? 俺が何でお前さんに繋いだかっつーと……もうそろそろ良いんじゃないかなー、ってよ」

 

 

「? 何が、ですか?」

 

 

「だから──友達を助けるためにお前さんが命張るのなんてもうやめたらどうかと思ってよ」

 

 

 突拍子も無い、聞き捨てならない問い掛け。しかしハルが何か言うより先に、影の男は言葉を続ける。

 

 

「だってどんなに大切ったって、所詮は他人じゃん? 人間ってのはつまるところ自分のためにしか生きられない生き物なワケ。アンタもそのオトモダチを、自分のためだけに救おうとしてるんじゃないの?」

 

 

「それは……!」

 

 

「もちろんそれもリッパな願いですよ。でも、それで自分が傷付いて、果てには死んじゃったら意味無いんじゃない? 自分の得のために損してたら、そりゃ願いとして間違ってると思うんだ。アンタはまだ若い……ってか、この時代より未来で生きてる子供なんだから、我が身犠牲に戦うよか助けられた生を謳歌すべきなんじゃないのかねぇ」

 

 

 まるでハルを知っているかのような語りを展開する影の男。そしてそれは正論と言えるものだった。

 ハルは何も言い返せない。影の男の言葉に言い返せるような言い分は持ち合わせていなかった。救われておいて死へと向かう……それは果たして友達(ユイ)のためになるのだろうか?結局は自分のエゴではないのか? ならばいっそこのまま消えてしまって、救われたまま生きていった方が良いのではないか──

 顔を伏せた少女は、意を決して答えを紡ぐ。

 

 

 

 

「やだ」

 

 

 

 

 小さく、けれどハッキリと拒んだ。

 パチクリと、呆気に取られたらしい影の男に、ハルは沈黙から解き放たれて真っ直ぐ見詰め返す。

 

 

「だってこれは私の罪だから。私が気付いてあげられなかったから、ユイは死ぬ事になってしまった。だから今度こそ、私が助けるんだ。どんなに苦しくても、痛くても、それはユイの苦しみと比べたらずっと軽いから。ユイの手をまた掴めるなら、私はどんな事でも頑張れる」

 

 

「良いのか? そいつが、オトモダチが望んじゃいない自分勝手で無意味な願いだとしても、アンタは今のまま戦うって?」

 

 

「うん。それが、私──歩む者(ウォーカー)だから。立ち止まらないで、先に進むの。自分の信じた道を」

 

 

 幼い少女の瞳に強がりと、しっかりした意思の光が灯る。

 それを見た影の男は、顔に右手をやって覆う。『参った』と観念するように。

 

 

「ッかー! やめたやめた! あわよくばお前さんを退場させて、俺がそこに割り込んで状況引っ掻き回してやろうとか思ったけど、やっぱ糞雑魚の俺にそう言う企み向いてないわ!」

 

 

 即席の『殻』が悪かったのかねー、それともこの嬢ちゃんに魅せられちまったかぁ? などと独り言を漏らす影の男は、さっきまでとは少し雰囲気が変わっていた。良く分からないが、人間の別側面を肯定し出したような、友好的……とまでは行かないが、人間の在り方を賛美する態度へと切り替わったよう。

 

 

「ま、良いや。どうせダメ元でしたし? 今回の聖杯戦争に俺は縁が無かったって事で。諦めてノンビリ行く末を観察させてもらいますか!」

 

 

「?」

 

 

「ああ、気にしなくて良いぜ。この事だって、どうせ目が覚めれば全部忘れる。だから意味無いアドバイスさせてもらえば、せいぜい皆で頑張ってあの妙に親近感あるカミサマぶっ倒してみせな、ってこった。そんじゃま、サイナラ~」

 

 

 言うや否や、ハルの意識が遠退いていく。目の前で手を振る影の男は段々と小さくなり、やがて虚無に呑まれて声だけ響く。人間の悪も善も、全部引っ括めて肯定する悪の権化の声が。

 

 

「いつかどっかで会えたら、そん時は俺とも仲良くしてくれよなー。理不尽に遭ったモンのよしみでさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──おっ。よう! そろそろ来る頃だと思ってたぜ?

 

 

 

 

 ──アンタには打ってつけの舞台だ。後は『泥』になった俺でも使って、したいようにすれば良いさ。俺はそれを高みから見学させてもらうぜ。

 

 

 

 

 ──……あのー、ハナシ聞いてる? もしもし? もしもーし! ……ダメか。縁も何もかも、とっくの昔に無くしちまってる俺には聞く耳持たないってかい? そりゃ、笑っちまうくらい悲しいねぇ。ヒヒッ!

 

 

 

 

──さーて、ここからの俺は遠くて近い席を取った単なる観客だ。壊れた理不尽なカミサマと、それに抗う人間達。出番の無い悪魔(オレ)は、その末路をじっくり眺めさせてもらうかね!

 

 

 

 




まさかのハル×アンリ。かなり冒険しました。
FGOくらいでしか知らない癖に、目指せ冬木鯖との絡みコンプリート!と調子に乗った末の暴挙です。アンリのキャラが合ってるかどうかが心配。

最後は、山で忘れ去られたもの同士の絡み。ここから本編の#15~決戦まで行く形です。
次回の投稿辺りで、FGO編を始められたらなと思う。


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零れ譚 風に乗る文

暇を持て余した番外編更新。
FGO編の始まり方は二次創作で煎じられまくっているため、少し難航中です。新たな味を見出だすまで、お待ちくだされば幸い。

士郎の家って、多分神秘の秘匿一番大変な場所だよね?ご近所さんには既に認識阻害魔術施されてそう。


 かさり、と。

 実に軽い音を立てて、セイバーの足元に一つの紙飛行機が滑り落ちてきた。

 

 

「……?」

 

 

 自分しかいないはずの廊下にて、不自然かつ不審な落とし物であるそれを拾い上げるセイバー。聖杯からの知識で、現代の子供はこう言ったものを作って遊ぶのは知っているが……何故窓も締め切ったこの場所にこんなものがあるのか?

 

 

「セイバーさん、どうしたの?」

 

 

「ああ、ハル。これは貴女の所有物ですか?」

 

 

 すると丁度通り掛かってきたのは、ハル。セイバーは手にある紙飛行機を掲げてハルに問う。

 ハルは一瞬首を傾げて分からない態度を示すも、すぐ合点が行って答えた。

 

 

「ごめんなさい。それ私のじゃないけど、私のせいで出てきたんだと思う……」

 

 

「? ……なるほど、例の現象の一環ですか」

 

 

 セイバーもその返答に一瞬怪訝な顔を浮かべるが、意味を解して納得した。

 ハルがこの衛宮邸に来て以来、ここではちょくちょくこんな『原因の分からない現象』、いわゆるポルターガイストのような事が起きたりする。

 それはハルがかつて住んでいた自分の家で起きていた事と同じ──物が落ちたり、瓶が上から降ってきて割れては消えたり、扉や襖が向こうから叩かれたり、猫や鼠が入り込んだり、はたまたハルの宝物であるカボチャが突然笑う、魚のミイラが泳ぐ、"よまわりさん"がハルの部屋の前に鎮座してる等々、不可解な現象が時たま起きては士郎やセイバー達を驚かしていた。大河がそれに遭遇した日には剣道五段の実力も何処へやら、阿鼻叫喚に包まれて士郎は宥めるのに苦労したものだ。

 

 

「それなら仕方ありませんね。私達英霊は、自分ではどうにもできない事が一つや二つあるものです。だから気に病む必要は無いのですよ」

 

 

「うん……」

 

 

 申し訳無さそうなハルに、セイバーは慈しむように微笑んで言う。士郎もまた、そう言う現象にはもう慣れてしまっており、大河や桜への誤魔化しをするのも気にした様子は無い。それでも、ハルはやはり迷惑を掛けている事にしょんぼりしてしまう。

 そこでセイバーは、手元のものに目を向けて話題を変える。

 

 

「ところで、今の子供はこう言ったものが好きなのですか? 私の時代には無かったものですから」

 

 

「うん、この時代は分からないけど、私が知ってるのだとそれに自分の事を書いて飛ばすのが、女の子の間で流行ってたんだ」

 

 

「自分の事を書いて、飛ばす……?」

 

 

 しっくり来ない反応を示すセイバー。それにハルは気を取り直し、「こっち来て」と自分に宛がわれた離れの部屋に案内する。

 中に入ると、少女の部屋にしては奇妙な物品が所狭しと飾られていた。それらがハルの『夜道で拾い集めし宝物(コレクション)』の一端なのを、何度かお呼ばれしているセイバーは知っている。

 ハルは、ナップサックから一枚の白い紙と鉛筆を取り出して見せた。

 

 

「ここにはね、何を書いても良いの。楽しい事、嫌な事、ナイショの話……それを書いたら、紙飛行機にして遠くへ飛ばすんだ」

 

 

「飛ばしてどうするのですか? 魔術で仲間に届くよう操作するとか?」

 

 

「誰でも読んで良いんだよ。誰が拾っても良い手紙。どんな人が書いてて、何が書かれてて、それを読むのがどんな人か、考えるだけでワクワクするんだ!」

 

 

 得意気に語るハルは、そう説明してから紙と鉛筆をセイバーに手渡す。そして自分用にともうワンセットそれを机に広げると、お手本とばかりに何かを書き始めた。

なるほど、そんな(まじな)いが──と、まだ少し理解が追い付いてないセイバーが、ハルに倣って鉛筆を手に、真っ白い紙へと面向かう。

 とは言え、"何でも"と言われて何を書けば良いのか。楽しい事なら現世に召喚されてから色々ある──士郎(シロウ)のご飯やハルと遊び歩いた時の事。嫌な事なら多少はある──前回召喚された時の事。

 そして、ナイショの話は──

 

 

「……ふむ」

 

 

 セイバーはふと思い至り、書き記す。それは生前の苦悩や過ち──を、聖杯からの現代知識を総動員して差し障りなく変換した独白。神秘の秘匿に気を遣い、最悪誰かに見られても問題無いように書き綴り、やがて鉛筆を置いた。その一枚の紙には、アルトリア・ペンドラゴン(アーサー王)の本音の吐露が著されている。

 それを同じく書き上がったハルに見習い紙飛行機の形に仕上げると、揃って縁側に出た。

 

 

「良い風です。これなら上手く飛ばせば、遠くまで運んでくれるでしょう」

 

 

 季節柄、肌寒くも清々しい風。それを同じく感じながらまずハルが紙飛行機を飛ばす。

 風に乗って白い紙の飛行機が空を飛んでいく。やがてそれが見えなくなると、続いてセイバーが自分のそれを構える。

 ヒュッ──そんな風切りの音が聞こえてきそうな勢いで放られたセイバーの紙飛行機は、高く高く風に乗り飛んでいった。じきに姿を消したそれは、果たして何処に落ちるのか。最早(この時代にもまだ存在するならばの話だが)風の精にしか分かるまい。

 

 

「──……ふぅ」

 

 

 それを見届けたセイバーは、溜め息を一つ。

 やってみて分かったが、やはりこれは何の変哲も無い子供の遊びだ。別段何かの儀式でもなく、運気が上がったり願いが叶うなどの魔術的な意味合いもない。他愛の無い、子供が考えた単なる児戯。

 だが、だ。そんなものにセイバーは胸がすく感覚を覚えていた。

 紙に綴り上げた一人の王の後悔。それが風に乗り、拐われて、自分の手が離れた何処かに飛んで行く。果たしてその光景に感じたのは、独り善がりながらも不思議と胸のつっかえが抜けたような清々しさだった。

 

 

「? どうしたの、セイバーさん?」

 

 

 ハルが、呆然と紙飛行機の飛び去った空を眺めているセイバーの顔を覗き込む。

 彼女の行動は、セイバーのためを想っての事ではないのだろう。あくまでも遊びの一環、それにセイバーを誘ったに過ぎない。

 けれど──ハルの誘いが、セイバーの心に小さな波紋を作ってくれたのは事実。その全てを踏まえた上で、セイバーは不思議そうな表情を見せるハルと目線を合わせ、安らかな笑みを浮かべる。

 

 

「……何でもありません。ええ、何でも。そうであってこそ悩み、それを乗り越える()()なのでしょうね」

 

 

「セイバーさん?」

 

 

「ありがとう、ハル──私の願いは依然変わりありませんが、凝り固まっていた一つのしがらみが解けた気分です。重ねて、貴女に感謝を」

 

 

 顔を見合わせて感謝を述べるセイバー。その言葉をハルは素直に受け止め、同様に笑顔を溢した。

 セイバーはそんなハルに対し、少し照れ臭そうにして見せる。

 

 

「貴女は不思議だ。戦士で無ければ、魔術師でも無い、現代に生きる人々と変わりないはずなのに、不思議な魅力で皆を惹き寄せる。そんな貴女に、私もまた親愛と言うものを感じています」

 

 

「それって、セイバーさんと私が、友達って事?」

 

 

「ええ……私で良ければ、貴女とはそう言う間柄になりたいと思っています」

 

 

 ばつが悪そうにするセイバーに、ハルは少々考え込んでから答える。

 

 

「うん。私も、セイバーさんと友達になりたい」

 

 

「! そうですか……光栄です」

 

 

 再度顔を見合わせ、二人の少女は微笑み合う。

 すると、そこへ居間の方から声が。彼女達のマスターである士郎が、おやつ時を見計らって二人を呼んでいた。

 セイバーがハルの手を引く。

 

 

「行きましょう。今日のおやつはプリンとシュークリームと聞きました。半分ずつにして、分け合いましょう」

 

 

「うん!」

 

 

 嬉々として居間へと向かうハルとセイバー。時代も在り方も異なる、たまたま同じ時代に召喚、同じマスターを持つ彼女達だが、少なくとも今この時だけは──姉妹にも似た、仲睦まじい友人同士であった。




ノベライズの紙飛行機は、中々情緒ある設定ですよね。個人的に結構好き。今回はそれを使って、セイバーのしがらみを晴らす話でした。
セイバーとハルは、髪色やイメージカラーが似てるから絡ませると一番しっくり来てお気に入り。姉妹みたいで尊くないですか?誰か描いて良いのよ(お約束)
まぁ、髪色と三つ編みと言う点で、どっかの聖女とも似合いますが……マジで妹にされそう(鮫)

話は変わるけど拙作は日本一ソフトウェアの新作『夜、灯す』を応援してます。百合×ホラーとかやってくれるじゃないか……FGO編的にもストーリーによっては──
あと蘇った鼠の復讐劇とか、少女地獄なるものでのアクションゲームとか、異彩かつ個性的なものも続々出てきますね。期待。……そろそろ俺、日本一ソフトウェアマニアな作者になりそう。


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Route Heaven's Feel

●閲覧注意!!●

このお話は「もし今作がUBWはなく、HFのルートに行っていたら?」と言うコンセプトを基にしたIFストーリーとなっております。
深夜廻原作の救われなさから、この作品に希望を求めて読んでいる方は覚悟してお読みください。

覚悟はよろしいですか?
>【はい】 【いいえ】

劇場版二章と夜廻のベストマッチ感は異常。


 ドプンッ──と、薄暗い意識の海に落ちていく。

 息苦しさなどは無かった。あるのは虚脱感と倦怠感、心の内をさらけ出してしまいそうな解脱感のみ。

 

 

 どうしてこうなったのか──ハルはぼんやりと思い浮かべる。

 

 

 聖杯戦争の最中に起きた、明らかに性質が異なった異常な要素。"影"と仮称するその現象に、アーチャーのマスターである遠坂凛と、ハルとセイバーのマスターである衛宮士郎が協定を結び、それぞれ調査に乗り出した。

 そこで士郎は、間桐の初代頭主・間桐臓硯が死体として操っていた、キャスターのサーヴァントが根城としていた柳洞寺をまず調べようと提案したのだ。

 それは良い。それまでは良かった。問題は、そこに間桐臓硯が自ら召喚したアサシンのサーヴァントを引き連れて待ち構えていたと言う事。ハルとセイバーは、士郎と分断されてアサシンと対峙する事となり、セイバーがアサシンの相手をし、ハルは何とか臓硯の相手をする士郎と合流すべく行動する。

 ──その時だ。嫌な動悸を感じたハルはセイバーの元に踵を返し、セイバーに迫る魔の手を、身を呈して防ぐ。

 

 

『!? ウォーカー!』

 

 

『あッ……!?』

 

 

 セイバーの足元から飛び出してきた"影"がハルに標的を変えて巻き付く。

 瞬間、霊基が侵食される。存在を、何かが呑み込もうとしている。余程の魔力による抵抗でなければ、抗いようのない埒外の汚染が押し寄せる。

 セイバーが、手を伸ばして助けようとしてきた。だが、ハルは彼女の無事にのみ目を向け、弱々しく微笑むと視界が暗転する。セイバーからは、ハルが地面に沈むようにして消えたように見えただろう。

 そして意識の海の中、ハルは何かの輝きを遥か頭上に感じながら、深い場所へと落ちていく。覚えのない自分に書き換えられる感覚と共に。

 

 

「──ユイ……」

 

 

 霊基が、霊核が、心が、存在が黒く染め上げられながら絞り出した少女の声は、夜のように深い暗闇に沈んでいった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ウォーカーのサーヴァント──ハルを失ってから数日が経ち、士郎とセイバーはアインツベルンの城の敷地内に足を踏み入れていた。

 数日前の一件で"影"の脅威を再認識した士郎達は、協力者を求めるべく唯一味方になってくれそうなバーサーカーのマスター、イリヤスフィールを訪ねる事にしたのだ。

 こと聖杯戦争ではどうしようもなく敵同士だが、この事態である。説得すれば一時的にも共闘関係を結んでくれるかもしれない。そんな淡い希望を持ってバーサーカーの拠点へと向かったのだが……その道中、臓硯の操る郡蟲に出会し、急いで駆け付けるとイリヤスフィールと対峙する臓硯の姿があった。

 

 

「来たか、衛宮の小倅。運良くセイバーではなく、もう片方のサーヴァントを失っただけで済んで惜しい限りよ」

 

 

「ッ……臓硯!」

 

 

「そういきり立つな。想定とは少しズレはしたが、それならば現状に合わせるだけよ。アインツベルンのサーヴァントも厄介ゆえ、ここで消させてもらうぞ」

 

 

 自身の調子を保ったまま言った臓硯は、蟲の姿に分散して消え去る。残るはアサシンのみだが、こちらは刃も殺意も向けず、静観の姿勢。

 何をしてくるのか……それを本能的に悟り、行動したのはイリヤスフィールのサーヴァント、バーサーカーだった。

 

 

「バーサーカーっ!?」

 

 

 マスターの声よりも優先する事を定め、勢い凄まじく飛び出すバーサーカー。狙うはアサシンでもなく、もちろんセイバーでもなく……夜の中に潜む、ナニか。

 

 

 ()()

 

 

 士郎もセイバーも、イリヤスフィールもそれを見た。

 草むらに佇む、小さな影。全身を黒いフーデッドコートに包んでいるように見えるが、暗がりでもそれは布繊維のものではないと直感できる。暗がりの中でもっと暗い、"夜"を纏っていると本能から理解できた。

 理性が失われているが故に敵を見定める力の長けたバーサーカーが、何よりも脅威と見たその影を排除すべく強襲する。無骨な剣斧を振り上げ、周囲の地面ごと消し去らんと仕掛けた。

 が、それは地面のみを破砕するだけに終わる。空気を揺さぶる轟音を響かせた攻撃は、しかし標的の影が突然姿を消した事で無意味に。肝心の影は、バーサーカーの背後に立っていた。

 

 

「■■■■■──ッ!!」

 

 

 すぐさま振り返り、同じ力加減で攻撃。けれど空すら切り裂くそれはまたも標的を捉えられない。

 直後、真横に立っていた影が徐に右手を上げ、バーサーカーに突き出すと、その袖から白い頭巾を被ったような不気味に嗤う怪異を喚び出した。

 夜から這い出てきた怪異は、手に握る巨大な鉈を振りかざし、バーサーカーの頭に叩き込む。途端、バーサーカーは余韻無く、鮮血を噴いて絶命する。

 

 

「──■■■■■ッ……!!」

 

 

 一回死したバーサーカーは、宝具『十二の試練(ゴッドハンド)』により完全蘇生。死を無かった事とし、愚直に影を覆い隠すくらい大きな両手で、影に掴み掛かろうとした。

 しかし対する影は、避けすらせずに再び怪異を召喚。奇形の犬が大きな口を開け、腕ごとバーサーカーに噛み付く。致命傷には至らない迎撃──だが、瞬間にバーサーカーの命はまた一つ失われる。

 

 

「くッ……!」

 

 

「待て、セイバー! 行くな!」

 

 

「しかし! あれは……」

 

 

 堪らず臨戦態勢で飛び出そうとするセイバーを、士郎は引き留める。セイバーは、それに何故と問うよりも理由を語ろうとして、言葉を濁らす。

 直感で、あの影が何なのかを察した。()()()()()、それを認めるのは戦いの中にいながら拒否してしまう。あれが、"彼女"だなんて思いたくない。

 

 

「■■■……■■■■■ッ!!」

 

 

 死から還ったバーサーカー、放り捨てられた剣斧を拾い上げると再度接近戦で挑む。だが今度は安易に力押ししない。触れただけで殺されるなら、触れない距離で仕掛ければ良いと判断。剣斧を振るい、衝撃で以て薙ぎ払おうとする。

 その風圧に、自らの影へと溶けて距離を取った影だが、攻撃にはならない烈風の余波がコートをはためかせた。すると目深に被るフードが煽られ、遂にその素顔が晒される。

 

 

「っ」

 

 

 士郎は、セイバーは、違うと信じたかった。あれは別の存在なんだと。けれどもその切実な希望は、脆く崩れ去られる。

 

 

「嘘──」

 

 

 声に気付き、視線をそちらにやると、そこには凛とアーチャーの姿があった。どうやら士郎と同じ考えか、別の思惑あって来ていたのだろうが、今はそんな事を問題にできない。士郎達も凛達も、目の前の影の正体に釘付けとなる。

 そもそも左腕だけ無いかのように揺れていたコート。一度見た事がある怪異。フードの下から現れたのは明るい髪色と青いリボン──が色褪せたような髪とリボン。そして表情を削ぎ落とした色白の幼い顔立ちに、顔の半分を毛細血管の如く侵食している赤黒い魔力。

 変わり果ててはいるが、紛れもなくそれはウォーカーのサーヴァント、ハルだった。

 

 

「ハ、ル……!」

 

 

 士郎は信じたくなかった、セイバーは認めざるを得なかった。自分と契約した、身を呈して影へと呑み込まれた少女との最悪な再会を。

 凛とアーチャーは、目前の事実を受け止めた。何にせよ聖杯戦争の最中。歪み堕ちた英霊がどんな幼い少女だとしても事実を事実と受け止めなければいけない──とは裏腹に、思った以上のショックを受けている自分を自覚しながら。

 

 

「──」

 

 

 影に呑まれ、変質したハルは向かい来るバーサーカーに対してはどこまでも無感動な様子だった。

 純粋な戦闘能力なら暴力的なまでの存在に、ハルは全く動じていない。本来の彼女なら有り得ない反応。それはまるで『追われるもの』から『追うもの』に成り変わってしまったようだ。

 二度殺されて怒髪天を衝くバーサーカーを迎え撃ち、ハルは固く閉じていた小さな口を開く。

 

 

 『しんよまわり』──と、口の形がそう動くと、羽織られるコートが展開、蠢く夜となってバーサーカーを襲った。

 

 

「■■■ッ……■■■■■──ッ!!」

 

 

 人類が本能的に恐れる夜が自らを包み込み、バーサーカーは咄嗟に退こうとした。が、それよりも早く夜が逃げようとする獲物を包み、呑み込む。質量も関係なく取り込んだ夜は、ハルのコートとして元に戻る。

 この瞬間、命のストックがまだまだ残されていたであろうバーサーカーは、容赦なく殺し尽くされてしまった。

 

 

「そんな、バーサーカー……バーサーカーッ!」

 

 

 イリヤスフィールは、すぐ眼前で起こった一部始終を信じられず、泣くように自らのサーヴァントの名を呼ぶ。しかれど返答は無い。代わりに自身に宿る令呪と魔力経路が消失する感覚のみがイリヤスフィール本人に伝わってきた。

 

 

「──」

 

 

 バーサーカーを丸々呑み込んだハルは、そんなイリヤスフィールの叫びに目を向ける。情が湧いたとは到底思えない視線。

 すると瞬く内に、ハルはイリヤスフィールの真正面に現れた。

 

 

「っ!」

 

 

 イリヤスフィールより背は低いハル。けれどその不気味さは余りあり、その光彩の無い瞳で見詰められたイリヤスフィールが恐怖で息を詰まらせる。

 そこへ駆け付け、イリヤスフィールとハルの間に割って入ったのは……士郎だった。

 

 

「やめろ、ハル! もうやめてくれっ!」

 

 

 両手を広げ、遮るようにしながら士郎はハルに訴えかける。バーサーカーを難なく降し、イリヤスフィールをも手にかけようとしている変わり果てたハルを、士郎は見ていられなかった。

 ハルは士郎を見上げる。そして、首を傾げて一言。

 

 

「──あなた、だぁれ?」

 

 

「ッ……!」

 

 

 召喚されたサーヴァントの記憶は、新たに召喚された場所や時代に持ち越される事は無い。それは聞いていた士郎だが、これは違った。ハルが新たに召喚し直され、記憶がフラットに戻ったと言うなら納得しよう──だが、今この目の前にいるハルは違う。士郎と契約した彼女そのものが、士郎を見て「知らない」と言っているのが、分かってしまった。

 残酷な一言と事実に心揺れ動く士郎に対し、ハルは何の感慨も無い動作で右腕を突き出す。二人もろとも、夜に呑み込もうとしたその時、歪んだ少女に歪な声が掛けられる。

 それはこれまで傍観していた臓硯のサーヴァント、アサシンであった。

 

 

「やめておけ。覚えていないだろうが、お前とその者達は知己の間柄。ここで殺して、お前の霊基が暴走でもすれば厄介だ。今は夜に沈むが良い」

 

 

「ふぅん……?」

 

 

 アサシンの言に、ハルは疑問雑じりの相槌を打って再度士郎達を見る。その目には『ハル』と言う自我が無く、幾つもの思念が混ざり合ってしまっているようだ。

 

 

「そっか。よくわからないけど、そうする。じゃあ、ばいばい」

 

 

 舌足らずな子供っぽい態度で応えて、ハルは士郎達に手を振ると下りていたフードを被り直し、赤黒い影の触手に包まれて消えてしまった。

 

 

「真なる夜に、深き夜。これほど濃密な夜となれば、生者が逃れる術は無い、か。ならば、私も次の機会に貴公らの心臓を戴くとしよう──」

 

 

 アサシンもまた、飛び退くと闇夜に消え入り、退却する。

 残るは、失意に溺れる士郎とセイバー、そして凛とアーチャー、イリヤスフィールのみ……考えうる限り最悪の事態に、一堂は沈黙に浸る。

 

 

 運命は流転する。黒よりも深い夜が訪れ、少年達は残酷な運命に翻弄される事となるのだった──




【クラス】ウォーカー
【真名】ハル(オルタ)
【性別】女
【身長】132cm
【体重】29Kg
【地域】日本
【属性】中立・悪

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷EX 魔力B- 幸運E 宝具EX

散策(B+):クラススキル。歩いて事を成した者の特典。英霊となるに至った経緯に応じた一定の環境下において、魔力供給を必要とせず周りの環境を魔力に変換して補給する。ハルの場合、夕暮れから明け方にかけての夜間に適用。そのため、夜に近しい闇に染まった事でランクアップしている。

精神混濁(C+):本来の精神に別の精神が介入・混在し、本来の精神が異常を来している状態。『精神汚染』のマイナーチェンジであり、『狂化』のように理性が削がれているが、何らかの条件により本来の精神性が復帰される事がある。

夜の隠者(A):"夜"と言う環境の中で、気配感知系統の魔術や技能をシャットアウトするスキル。本来の形のスキルである『夜のかくれんぼ』とほぼ同一だが、追うものから身を隠すものではなく、あくまで夜に潜むものに寄った形に変えられている。

身代わり藁人形(C+):トイレの花子の藁人形。あらゆる攻撃から標的を移す効果を持つ。元が怪異からもたらされたものであるため、宝具『怪異蠢く深夜の衣』を通して変質前より使い勝手良く扱えるようになっている。

おまもりの加護(-):闇に染まったため使用不可。実質失われている。

山の残響(E):山の神の呪い。またはトラウマがスキルとして変質したもの。精神的に衰弱した際、呪いが『声』として表れ、あたかも故意の行動であるかのように死へと導かれる。ただし霊基変質に際し、在り方が夜の側に傾いたため、その効果は著しく薄い。

たとえその手を離そうとも(‐):最早自我は奥底に封じられているため、実質失われている。

宝具:『怪異蠢く深夜の衣(しんよまわり)
ランク A
種別 対人宝具
『怪異蔓延る深夜の街』が変質化し、心象風景を自らの身に纏って夜の世界を自身の一部としている。常時発動型。
"自分が夜そのもの"と定義し、神出鬼没に現れてはフーデッドコートに形を変えた夜の世界から『ナニか』を喚び出す。この宝具に殺されたものもまた、夜の世界の住人とされてしまい、破壊不可能かつ無尽蔵に『ナニか』を増やして生者を追い詰めていく。
常に発動しているため魔力コストは高いが、スキル『散策』により自身が"夜"である限り魔力が消費した瞬間から回復される。
また、この宝具によりハルは常に心を蝕まれており、恐怖や不安などの負の感情をハルが募らせるほど、夜の世界は深まっていく。苦しんだだけ強くなってしまうと言う、痛みを伴う宝具である。

宝具:『夜道で拾い集めし宝物(コレクション)
ランク-
種別 -
変質化により使用不可。

記録された道祖神の恩恵(おじぞうさん)
ランク-
種別 -
変質化により使用不可。

縁を断ち切る神様の鋏(コトワリさま)
ランク-
種別 -
変質化により使用不可。

概要:
聖杯の泥によって変質したウォーカー──ハル。
オルタナティブ(別側面)と銘打っているのとは裏腹に、その在り方は最早『もしもハルが怪異となっていたら』と言うIF的なものであり、本来の形から大きく歪んでしまっている。

本質が『夜』であったため、聖杯の泥との相性は悪い意味で悪くなかったようで、心象風景をコートとして纏う形で現し、より宝具とスキルを自在に使いこなせるようになっている。
しかし、その歪んだ在り方から最早『英霊ハル』の意識は封印されており、意識と精神は非常に不安定。自らの身に纏う夜の世界に潜む無数の怪異の意識も織り混ぜられており、英霊と言うより歪んだ亡霊と言える。

怪異に近い形になった事で、英霊ハルとしての性質も大きく変化している。追われるものから追うものに、夜から逃げるものから夜そのものになり、介入・混在する怪異の意識から生者を優先的に狙う。そこには一切の躊躇も悲哀も感じられなくなってしまっている。

そんな彼女だが、性質が怪異に寄ったせいか夜は自由に動ける反面、太陽が昇り沈むまでの日中は活動できなくなっている。聖杯の魔力を用いれば可能ではあるが、彼女自身が日の光を嫌うため、基本的に夜の間しか動く事は無い。
また、そこから『散策』により魔力供給は不要なため、聖杯からの魔力は受け取っていない。仮に供給されていても、彼女の性能からして魔力を持て余すと推測される。

記憶を封じられている彼女は、本来の自分を知っている人物を嫌う。自分の知らない自分を見る目を向けられるのは、その『知らない自分』が霊核の奥でざわつくからである。
だから時折脳裏にちらつく赤いリボンの少女の、その哀しげな顔を見ると、何も分からないはずなのに堪えられなくなるらしい。





──────────────────────

まずは釈明を。
何故こんなものを書いたのか──最たる理由として、これがfateと夜廻のクロスオーバー作品だからです。
上げて落としてくるfateに、とことんプレイヤーの心理を突き幼女と犬に容赦ない夜廻。これ混ぜてしまったら、そりゃ絶望成分抽出せざるを得ないかと。多分これ思い付いた時、俺は山の神に操られてたんだと思う。おのれ山の神ィ!

で、生まれてしまったハルオルタ。セイバーの代わりに影に呑み込まれた場合のハルで、思い付きにしてはバーサーカー完封してて軽く震えてます。夜を纏うとか……これが高機動少女ハルちゃんか(混乱)
因みにイメージコンセプトは、デミヤとバーサーカー牛若丸と『処刑少女の生きる道』の万魔殿です。再臨すると痛々しくなるデミヤとは逆に、こちらは最初から歪なため何もかも怪異に染まった感じ。FGOなら再臨したくない鯖パート2ですね。

桜ルート未プレイなので、ここから原作のセイバーオルタにあたる黒ハルちゃんがどう動くのか分かりませんが、もし劇場版を観れる機会があったら続き書くかもしれません。良ければ、誰か書いてくれても有り難い。正直、ここから先書くのは辛すぎるし……


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/GrandOrder編
出逢い/再会


(・ω・三・ω・)ダレモイナイカナ?



Σ( ・ω・;)アッイタ

大変長らくお待たせしましたーーー!(土下座)
さんざんFGO編やるよ、アンケートしてね、お楽しみにとやっときながらこの体たらく。じんわり増えてるお気に入り登録者数に「ヤベぇよヤベぇよ」しながらも新作手掛けて脱線しまくってた事を深くお詫びします。

ここから本気出す。どうぞご覧ください。


「マシュ、こっち!」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 炎上する都市の中を、二人の少女がひた走る。

 白い制服に身を包んだ少女と、大きな盾を携えた鎧姿の少女。白い制服の少女の先導で、少女たちは逃げるように燃え上がる街を駆け抜けていく。

 やがて丁度良い瓦礫の遮蔽物を見受けると、そこに素早く潜り込み息を殺す。

 程なくして、ガチャガチャと空虚な足音が近付き、人型の骨の群れが押し寄せる。得物を手に、少女らを追ってきた骨の兵隊は、しかし隠れた少女らには気付かずに通り過ぎていく。

 それからもうしばらく様子を見て、安全を確認した大盾の少女──マシュが安堵の声を漏らした。

 

 

「敵性反応、遠ざかりました」

 

 

「助かったあ……」

 

 

 緊張していた体の力を抜き、白い制服の少女こと立香は小休止がてら瓦礫に身を委ねる。

 

 

「見事な采配です、マスター。この力にはまだ慣れていないので、あの数には対処しかねました」

 

 

「まー、伊達にかくれんぼや鬼ごっこで腕を磨いてなかったからね。引き際の見極めはお任せあれだよ」

 

 

「……とは言え、このまま隠れている訳にもいきませんね。今度は私の後からついてきてください」

 

 

「分かった。マシュに任せる」

 

 

 警戒しながら外に出る。依然敵性反応はないが、油断は禁物だ。マシュは手にしたばかりの英霊の能力を出来る限り引き出しながら、道なき道を進み出す。

 

 

「──それにしても、聖杯を発見したとして……本来複数人で行うこのミッションを、私たち二名のみで果たせるのでしょうか……?」

 

 

 ふと、先を行くマシュの口から不安の言葉が出てくる。

 空間特異点F。人類史が未来に観測されなくなった事態の解決に向けて発見されたこの異物に、本来であれば多くのマスター候補生が送り込まれるはずだったが、不慮の事故で立香のマシュだけがこの時代に漂流した。

 少ない人員、限りある資源、足りない戦力。合理的に見て、そう不安が溢れるのは当然だろう。

 その言葉に、後ろについて歩く立香は気丈に応える。

 

 

「とりあえず出来ることをしよう。何もできないかもしれないし、する事はないのかもしれない。でも、そんなのは進まないと分からないもの。とにかく私たちは、私たちのやれることをするだけだ」

 

 

 前向きでしかない返答に、マシュは思わずキョトンとして立ち止まる。

 

 

「……驚きました。確かマスター、先輩は一般枠からの参加と聞きましたが、今の言葉からはとてもそうは思えません。以前にも同じ経験をしているのですか?」

 

 

「まさか。ただ、私は諦めたくないだけだよ。助けられた命だしね。こんなところで終わったら、その人への恩が返せなくなる。だから、前を向いて進むの」

 

 

 言いながら、立香は自分の胸元に利き手を添える。

 そこには小さなペンダントが、見える形で下げられていた。

 オモチャの指輪が括られた、見るからに安っぽいペンダント。しかし立香にとって、それは何よりも大切なものであった。命の恩人からもらった宝物。

 そっとそれに触れ、一つ息を吐く立香。不思議と勇気が湧いてくる気がした。いつも不安な時や、怖くて仕方ない時に行う手順(ルーティン)を経て、立香は炎に包まれた世界に真っ直ぐ向き合う。

 その迷いない目に、マシュは一瞬羨望の眼差しで見とれる──

 

 

「おや、マシュに……藤丸立香くん、だったかな? こんなところで会えるとは奇遇だね」

 

 

 と。余りにも唐突に、場違いなほどのんびりした声が少女たちに投げ掛けられた。

 即座に盾を構えたマシュだが、その声の主に目を見開く。

 

 

「レフ教授……!?」

 

 

 くすんだ黄緑(モスグリーン)のシルクハットにタキシード、にこやかな笑みを顔に飾るその人物は見間違うはずもない。レフ・ライノール──カルデアの顧問を務める魔術師だ。

 しかし、信頼あるその人柄は変わらぬはずが、この場においては違和感しかない。燃え盛る炎の色を背景に、こちらへ笑いかける様は、得体が知れない警戒を煽る。

 

 

「君たちもここに飛ばされてきたのか。さっきもオルガと会ってね。酷く取り乱していたよ」

 

 

「オルガマリー所長が? 彼女も無事なんですか?」

 

 

「まったく……どいつもこいつも、私の手を煩わせてくれる予想外の事ばかりで頭に来るよ」

 

 

 レフの表情が歪む。

 目を剥き、嫌悪と怒りに口を裂いた顔付きは、もはや誰もが知る彼とはかけ離れていた。

 

 

「用済みのカルデアを爆破し、邪魔なものは全て排除したはずが、一人は未練がましく現世にしがみつき、一人は言うことも聞かず生き残り、そして君たちもまた我々の偉業に紛れた虫ケラのように現れた。今さら結末は変わらないが、()()はキチンとせねばな?」

 

 

 そう一方的に述べたレフの言葉に示し合わせるかのように、"それ"は来た。

 

 

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ──

 

 

 羽音。

 無数の羽音が近付く。

 次いで、辺りの焼け焦げる臭いを押し退けるように腐臭が漂う。

 間もなく姿を現した"それ"は、夥しい蟲で形作られた老人だった。

 

 

「オオオォ……肉だ、肉だ、肉ダぁ……ようやく、生きているニクをミツケたァ……」

 

 

 身構える立香とマシュを見下ろし、生理的な嫌悪感をもたらす蟲を纏う妖怪じみた老人は、目玉を不規則に揺れ動かして唸る。

 

 

「これは……!?」

 

 

「なに、たかだか五百年ぽっちの妄執の怨念さ。この土地にこびりついていた、下らない執念の成れの果てだよ」

 

 

 事も無げに言うレフは、既に手が届かないところまで浮き上がり、別れの挨拶代わりとばかりにシルクハットを下げていた。

 

 

「私は忙しい身でね。君たちの始末はそれに任せよう。滅びるしか能のない人間同士、仲良く共食いをしていたまえ」

 

 

 最大級の侮蔑を込めながら、音もなくレフが消える。

 残された妄執の怨念──魔人の亡霊は、構わず立香たちに狙いをつけて蟲で出来た巨腕を振り上げた。

 

 

「マスター! 戦闘を開始します! 下がって!」

 

 

 直後、振り下ろされた巨腕をマシュは盾で防ぐ。ブチブチと嫌な音、感触。怖気が走るも、素早く腕を振り払い攻勢に転じる。

 

 

「取り換えねば、トリカえねば……! ワシはまだ生キタイ、存在()きタイノだ。だカラ寄越せ。生きタ新鮮な肉、ニク。ヨコせ。ヨコセえぇぇぇ……!」

 

 

 魔人が手を伸ばす。それをマシュが弾き、砕く。だが痛みを感じないのか、また腕を蟲で構築して掴みかかろうとしてくる。

 ()()はもう死人だ。肉体を求めたところで望みは叶わない。意味のない執念。しかしその狂人じみた執念が、マシュと言う生者の肉を狙って執拗に襲いかかる。

 

 

「あッ!?」

 

 

 また、魔人は狂い果ててなお知性は残されていた。

 体から分散された蟲が、それらのみで腕を形成して死角からマシュを襲撃。ギリギリで防いだが、本体の腕が頭上から迫り、マシュは地面に叩き落とされる。

 

 

「マシュ!」

 

 

 後輩(サーヴァント)のピンチに、立香は堪らず右手の令呪を構えた。援護の姿勢。が、それに魔人はまるで何をするか分かったかのように、体を崩して羽蟲の群れを立香へと放ち、立香の眼前で再び魔人の姿を取り戻して首を掴み上げた。

 

 

「ぐうッ……!」

 

 

「マスター! っ……!」

 

 

 マシュが助けに向かおうとするも、牙をガチガチと鳴らす蟲に阻まれる。

 

 

「肉、肉、肉ゥ。これで、ワシはまた聖杯をォォォ」

 

 

 譫言のように呻く魔人に首を掴まれて、立香は苦しむ。

 引き剥がせない。助けもない。実感される死の足音。

死ぬ?ここで?こんなところで?何もできず?

 ダメだ──と思えど、どうする事もできない状況。意識が遠のく。落ちていく。消えていく……

 

 

 

 

 暗い、昏い、冥い。

 全てから取り残されたような真っ暗な場所で、立香は佇む。

 酷く寒い。酷く眠い。温もりと思考が徐々に奪われていく感覚を覚える。

 これは『死』だ。

 いつもすぐ傍にあって、決して味方にしてはいけない生きては死ぬ生物にある概念。

 立香は今、自分が死の淵にいる事を自覚した。

 帰らなければ。戻らなければ。けれど、無限の闇は立香を還れない場所へと沈ませていく。どうすればいいか、その思考をも掠れさせる。寒い、眠い、落ちる──

 

 

 ──光が見えた。

 淡いオレンジ色の輝き。それは立香の胸元から発せられていた。

 温かい。目が冴えていく。澱んでいた意識が浮上した立香は、手を伸ばした。光の差す方へ。まだ自分がいるべき世界に。

 その手を、小さな右手が握り返した──

 

 

 

 

 炎上する景色から、"赤"が消え去る。

 静寂になった世界は風景ごと塗り変わった。

 どこか時代を感じさせる夜の町並みに書き替えられた世界で、魔人は初めて周囲に反応を示す。

 そうして思考の外となり、解放された立香の傍には一人の少女がいた。

 青いリボンにピンクのナップサック、左腕がない少女は呆然とする立香に問いかける。

 

 

「こんばんは。貴女が私のマスターさん?」

 

 

「あ……」

 

 

 立香は言葉を失う。見紛うはずがない。あの時と寸分変わらぬ姿。あの夜に、ちょうどこの町この時代に一人きりの自分を助けてくれた少女。それが今ここにサーヴァントとして再会を遂げた。

 何か、また何を言おうと迷う。けれどそれを待たずして歪んだ叫びが上がる。

 

 

「シ、シぃ、死いいいィィィッ!!」

 

 

 魔人は塗り替えられた世界に過剰な反応を吐露する。

 

 

「おのれェ! またしても我が前に立つかッ! なんと恐ろしい! なんと忌々しい! ワシは、ワシはァ、ワシはまだ死なんぞォッ!!」

 

 

 絶叫した魔人が滅茶苦茶に暴れだす。

 すると、少女は立香の手を引いて魔人から一目散に逃げ出した。お陰で、直後に繰り出された魔人の一撃を回避する事ができる。

 その間に蟲を蹴散らしたマシュが、魔人の注目を引くため力強い攻撃を見舞う。また無数の蟲に分散した魔人は自身を脅かす全てに敵視し、唸り声を吐いて仕掛ける。

 

 

「はあァッ!」

 

 

 対するマシュは地面を抉る勢いで盾を水平に振るい、攻撃を弾き飛ばす。さっきまでの崩れた街中ではなく、舗装された道路だからか踏ん張りが利く。数の暴力、質量の雪崩で襲う魔人に優勢的な対応ができていた。

 

 

「グウウウッ……! 渡さん、渡さんぞ! アレはワシだけのもの! ニク、せいハイ、死……オオオォ、御オ尾お汚雄おオォぉォ……!」

 

 

「!」

 

 

 蟲が寄り集まり、一際巨大な蟲となる。

 粘液を振り撒きながら、腐臭を撒き散らしながら、魔人は最早肉体など関係なく押し潰すつもりでマシュへと牙を剥く。盾を握るマシュ。

 が、刹那。その巨蟲の横っ面に、火の球が着弾した。

 

 

「ッ!? キャ、す……!」

 

 

 更に。立香を置いて独り接近してきた先ほどの少女が、懐から何かを投げ込んだ。

 それは──ホタル。小さな光を灯す蟲に、魔人は目を奪われて動きが止まる。

 

 

 じょきん。

 

 

 すかさず少女が、手に持ち替えた赤いハサミを以て、何もない場所を断ち切った。

 果たして、魔人は崩壊を始める。

 ()()()()()()()。それを断たれたと自覚した途端、永い妄執が土地から剥がされていった。上げる声は怨嗟か、未練か、はたまた意味のない叫びか。生きることに執着した魔人は、跡形もなく消え去る。

 

 

「……敵性存在、消滅を確認。戦闘を終了します」

 

 

 息を吐いたマシュが盾を下ろす。そんなマシュに、少女が恐る恐る歩み寄って声をかけた。

 

 

「だいじょうぶですか?」

 

「あ、はい。多少ダメージはありますが、お陰で軽微に済みました」

 

 

 柔らかく微笑むマシュ。少女も同じくはにかんで安心した様子。

 そこへ、離れて見ていた立香が駆け寄る。

 

 

「マスター、ご無事ですか?」

 

 

「うん。マシュこそ。援護間に合わなくてゴメン」

 

 

「サーヴァントを召喚なされただけでも充分なサポートでした。お見事です、マスター」

 

 

 マシュの言に、立香は召喚したサーヴァント──少女の方を見やる。

 思わぬ再会。かける言葉は未だ見付からない。そもそも彼女は自分のことを覚えているか? 知っているか? ……ぐるぐる思考が巡る。

 そんな懸念を拭い去ったのは、目の前の少女だった。

 

 

「ひさしぶり、"立香ちゃん"。また会えたね」

 

「! ……覚えてて、くれたんだ、"お姉ちゃん"」

 

 

 目に涙が滲む。それは紛れもなくこの場で最も尊い感情からの涙だろう。

 少女は、改めてマスターである立香に名乗る。

 

 

「サーヴァント・ウォーカー、ハルです。これからよろしく、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄塔の上。

 そこから町を俯瞰する弓兵は、目の当たりした遥か遠くの光景に固く閉じた口を開く。

 

 

「そう、か」

 

 

 矢を番えていた弓を下ろしてしまう影の弓兵。命を受けて部外者を射抜く役目を与えられた彼だが、それを放棄せざるを得ない者の存在を見て独白する。

 

 

「君はそちら側に着くか……いや、当然だな。歩む者(ウォーカー)である君が、亡霊として立ち止まったこちらの側に着くはずもない」

 

 

 当然の結論に自分で思い至り、自嘲する。セイバーに敗れ、ただこの時代を停滞させるために弓を引く存在になった自分が、どうして先に進む彼女と肩を並べる可能性を夢想できようか。

 ならば、と。弓兵は黒い思考を押し退けて自らの意思を告げる。

 

 

「漂流者と共にここまで来るがいい、ウォーカー。突き進む君たちの前に、私は障害として立ちはだかろう。我々を乗り越える事ができて初めて、君達の旅路は始まる。我々を越え、この果てしなき夜道を往くがいい」

 

 

 試練であり、後に続く呪いのような宣告。それは聞こえずとも、少女達のこれからの旅路を運命付ける確信じみた言葉だった──




いかがだったでしょうか?
個人的に最後の一節はだいぶ前からインスピレーション湧いて書けていたので、かなり自信作と自負してます。
あるキャラについて気付いた方は、東○ドームシティでボクと握手。

本作の立香(ぐだ子)は、SN編#6.5で登場した立香の成長した姿です。ハルリスペクト勢。あの頃からかくれんぼや鬼ごっこで真面目に鍛え、本気で隠れれば気配遮断Bくらいはいける。ハルとの縁から、今後通常とは異なる因果を背負って始まるのがこのFGO編となります。

因みに今回、ここから先は続きません。あくまでFGO編は単発、またはイベント系を既存オリジナル両方でやるくらいです。主にホラゲー、フリゲー中心に。
詳しくは未定なので、アイデア提供してくれると嬉しい限りです。

それでは、だいぶ間を空けてからのスタートとなりましたが、これからをMWをどうぞ宜しくお願いします!
よろしければ評価、コメントください!


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プロフィール:ウォーカー ハル

お気に入り登録者数2000人達成!
いや今更かよ!って七ヶ月放置しまくってた私は自分を殴りたい。前話からの百人ほどは停滞してた内にじわじわ増えてましたからね。誠に申し訳ねえ。

ハルのFGOプロフです。説明系はホント苦手。慎二やレフみたいな小悪党キャラ喋らすセリフ考えてる方が性に合ってるんですわ(笑)


●ハル

クラス:ウォーカー

 

 

あなたをさらいに夜がくる──

 

 

パラメーター

筋力■□□□□E  耐久■□□□□E

敏捷■□□□□E  魔力■■■□□C

幸運■■□□□D  宝具■■■■□B+

 

 

プロフィール1

身長/体重:132㎝・29㎏

地域:日本

属性:中立・善 性別:女性

 

 

プロフィール2

深い夜の街を廻る少女。

はぐれてしまった友達を探すため、お化けの蔓延る不気味な夜の世界を彷徨い歩く。

傷付きながらも夜道を往き、とうに死んでしまっていた友達を貶めた元凶である堕ちた神から逃れた。その誰も為せなかった偉業が、彼女を英霊へと昇華させたようである。

 

 

プロフィール3

○夜のかくれんぼ:A+

お化けから隠れ、逃げ延びてきた実績。草むらや物陰など身を隠すことのできる場所であれば、たとえ最高ランクの気配感知スキルであろうと発見されなくなる。

目の前で隠れても効果を発揮し、目視されていようが相手には何処に隠れたか分からなくなってしまう。

 

 

○記録された道祖神の恩恵:A

おじぞうさん。

本来は宝具であるのだが、此度の召喚ではより使い勝手の良いようスキルとして改修されている。

道端の地蔵や公衆電話などに『セーブ』することで、霊基を破壊されても霊核を残して元通り復活が可能。宝具での効果とは異なり、スキルではマスターからの魔力供給によってその場で復活することができる。

 

 

プロフィール4

『怪異蔓延る深夜の街』

ランク:B 種別:対人宝具

 

 

しんよまわり。

自身の持つ心象風景を現実に映す固有結界。

ハルが最も恐怖を刻み、後悔を残したかつて廻りし夜の世界を一定時間出現させる。

この宝具内にあるものは基本破壊不可であり、ハルが持っているイメージしか適用されない。よってお化けにも対魔の類いは一切無効。

また、『死』の象徴とされるお化けに触れた場合、いかなる存在であろうとも即死の効果を発揮する。

 

 

『夜道で拾い集めし宝物』

ランク:B 種別:対人宝具

 

 

コレクション。

収集してきた宝物の数々。基本的には実用性のないものばかりだが、曰く付きの物品に関しては魔力を通せば呪いの力を十全に発揮する。

加えてこの宝具が有する"コレクション"は現在進行形で拾ったものも適用される。ただし譲り受けたものは不可。あくまで自分で拾ったものしか該当しない。

 

 

『縁を断ち切る神様の鋏』

ランク:EX 種別:対人・対縁宝具

 

 

コトワリさま。

とある神社で祀られていた縁切りの神様。その依り代たる断ちバサミ。

縁を切ることに特化し、『赤い糸』として干渉し切断することでいかなる縁も切ってしまえる。触媒や土地、召喚者との縁で喚び出されるサーヴァントにとってはまさに天敵とも言える宝具。

本来は手や足、頭のある人型のものを捧げて悪縁を絶ってくれる神様であったが、長い年月で信仰が離れてしまったことにより半荒神化。しかしハルの尽力で神性を取り戻した結果、この形に落ち着いたとされる。

 

 

プロフィール5

聖杯に掲げる願いは、今でも大切な一番の友達と今度こそ一緒に帰ること。

あの夏、傷だらけの友達を追い詰め、手を離してしまったのは自分の罪。だからどんなに辛くても、どんなに痛くても救える方法があるなら救ってあげたい。それがハルにとって、できる限りの償いだ。

人理の修復にも当然力を貸してくれる。力こそ他のサーヴァントと比べれば格段に弱いが、その意志だけは誰にも負けない。

 

 

プロフィール6

本人は英雄、英霊としての自覚は薄く、本来ある遊び盛りな女の子として振る舞う。そのためか以前親好があったらしい他のサーヴァントから親しまれる姿を良く見かける。

しかし脅威を前にした彼女は、まさに英雄と呼ぶべき勇気と決断で動く。それが逃げ回ることであっても、普通の人間として『死にたくない』と考えるハルは、常に生き延びる道を探して突き進む。

その姿に、誰一人として蔑むものはいない。未来を行く少女の足取りは、いかな英霊をも奮い起たせることだろう。




ゲーム上の性能としては、恐らくキャスター型のアーツ特化かな、ハルちゃん。スキル併用でNP貯めて回転するタイプでしょう。
クラススキルの『散策』は夜のフィールド限定で毎ターンNP増加、宝具『怪異蔓延る深夜の街』では敵に確率即死と強化解除+味方全体に【夜廻】状態(夜のフィールドで毎ターンNP増加)付与とかどうか。
とりあえずどんなニッチなステータスでも、現実に実装されたら意地でも引く自信がある。

よろしければ評価、コメントください!良い評価も悪い評価も執筆の励みと致します!


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とある夜の一幕

道半ばで潰えた彼らのことを、たまには思い出してあげてください。


 ある夜、立香はふとした拍子に眠りから目を覚ました。

 時刻を見ると、まだ起床には早い時間。しかしハッキリと覚醒してしまったせいで、しばらくそのままベッドで横たわっていても、いまいち眠気が訪れない。

 仕方なくベッドから降り、軽く散歩でもして気分転換しようと行動に移す。しっかり睡眠を取るのも大事だが、これではどうしようもなかった。

 

 

「んー……誰もいない、か」

 

 

 カルデアがある場所の環境上、外は朝か夜かも分からない真っ白な景色だが、時間帯的には夜であるためスタッフも交代で寝ており、この区画近辺に人気はない。それを少し残念に思いながら、立香は独り歩き出す。

 照明は落ち、非常灯のみが照らされる通路は、常日頃のそこにはない妖しさを醸している。カツ、カツ、カツと立香の足音だけが響き、また長くは鳴り響かず薄闇に溶けていった。

 そんな中を少し進んだところで、立香の耳に音が届く。これは──人の話し声だ。

 

 

「~~~で、~~~~~なんだろうな?」

 

 

「ああ、~~~~~。~~~です」

 

 

 どうやら交代で今作業している職員の声らしい。緩いカーブを過ぎると、案の定二人組の男性スタッフが資料片手に何か話し合っている。

 

 

「こんばんは」

 

 

「お、こんばんは」

 

 

「Good evening. おや? 確かまだ就寝の時間じゃなかったかい?」

 

 

「あはは、ちょっと目が冴えちゃって……」

 

 

 挨拶してみれば、人当たりの良さそうな笑顔で返されて安堵する。顔の知らない職員。コフィン管理など裏方の担当だろうか?

 すると片割れの男性が、思い付いたように立香へと申し訳なく頼み事を投げ掛ける。

 

 

「ちょうど良かった。予定がなければ、少し手伝ってもらえないかな? 次のレイシフトに向けて試しておきたいシークエンスがあってね」

 

 

「あ、はい。私にできる事があるなら」

 

 

「話が早くて助かるよ。さあ、こっちへ。案内しよう」

 

 

 不自然さのない、むしろ安心する口ぶりで手招きされ、立香は職員らに歩み寄る。あの爆破テロで多くのスタッフが亡くなり、外からの支援もない中で一人きりとなったマスターである自分のサポートをしてくれている人たちだ。頼まれれば、協力するのはやぶさかではない。

 そう思い、近付こうとした立香の腕を、小さな手が掴んで引き留めた。

 振り向く。するとそこには、ハルの姿があった。

 

 

「ハル姉? ……どうしたの?」

 

 

「ダメ」

 

 

「え?」

 

 

「そっちに行ったらダメだよ」

 

 

 真剣な視線が、立香を射抜く。悲しさと恐怖が入り交じる強い目は、冗談で言っていないことを立香に真っ直ぐ訴えていた。

 

 

「どうしたんだい。早く行こう」

 

 

「Hey. みんなも待ってる。遅れたら私達が叱られてしまうよ」

 

 

 正面からスタッフ達の声。待たせてるなら、早く行かないと。そう思うが、不思議と足が止まってしまって動かない。何故。それは自身の本能か、ハルへの信頼か。

ほどなくして、それに結果が追い付く。

 

 

「ほらほら、急ごう──ミンなマッてる」

 

 

「おイで。イッしょニ」

 

 

 彼らの言葉が、歪んだ。

 さっきまで人の良さそうな物腰だった二人は、一瞬目を離しただけでもう何処にもいなかった。いるのは、辛うじて人の形をした真っ黒い影。

 ゆらゆら揺れて、まるで陽炎のよう。目を凝らすと、彼らの肩の向こうの暗闇には、更に歪な影が手招きするように揺れていた。ブツブツと、暗い声を漏らして。

 

 

 ──ナゼだ。なぜ、ナぜだ

 

 

 ──熱い、アツいよオオオオオ

 

 

 ──タスケてくれー、シにタクないー

 

 

 ──どうしテお前はイキ、てる

 

 

 ──あはあはは、あはははははははははは

 

 

 困惑。痛み。助け。怒り。狂気。その他雑多な負の呟きが立香に向けられている。見ているだけ、聞いているだけでズシンと胸に響く言葉の数々。影たちは、立香の死を求めていた。

 先頭のスタッフだった影らが、怨嗟の声を通らせる。

 

 

「どうせ、人類は、おわりだ。イッショにシのう」

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ね。どうしてAチームでなくオマエがイキている。死ね。死んで償え。はは、ははは、だからオレが死んだ。だから死ね」

 

 

「!」

 

 

 ああ、そうか──立香は理解する。

 彼らはあの爆破テロで死んでしまった職員達だ。生前は存命の職員達と同じく、人理を守るためカルデアに集った人たちだったのかもしれない。だが、理不尽に死んでしまった今となっては、もう人理などどうでもよくなるほど歪んでいた。一人でも多く、道連れを求めるほどに。

 影たちはこちらに手を伸ばす。

 

 

 ──こッチ に こい

 

 

 ──おまエラが、マダいきテルから、クルしイン、だ

 

 

 ──オイデオイデオイデオイデオイデ

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

 

 

 その苦しみに満ちた誘いを遮ったのは、ハルだった。

 立香の前に立ち、僅かに怖さで震えながらも毅然とした立ち姿で影に向かい合う。

 

 

「マスターは行かせない。みんなも。みんな頑張ってるんだもの。邪魔しないであげて」

 

 

「ハル姉……」

 

 

 怨嗟まみれる影に、真っ向から言い放つ。それでも影は意味のない憂さ晴らしをするように、こちらへとゆっくりにじり寄ってくる。ハルはギュッと唇を結び、マスターである立香を全身で守る姿勢。

 その時──二人の背後から、風斬り音が過ぎ去る。

 二つの刃。黒と白の短剣が少女の左右を通り、迫り来る影らを回転しながら両断した。

 途端、影は微かな唸り声を上げて消える。

 

 

「──妙な気配を感じて来てみたが、危なかったな」

 

 

「! エミヤっ?」

 

 

 静寂が戻った通路の奥から白髪に褐色肌の弓兵、エミヤがやって来た。どうやら先ほどの短剣は、彼が放ったもののようだ。

 赤い外套を着ておらず、前髪も下ろした柔和な出で立ちのエミヤは、安堵した様子で立香とハルに声を掛ける。

 

 

「無事かね、マスター。それにウォ……ハル」

 

 

「アーチャーさ……じゃなくて、エミヤ、さん」

 

 

「フッ──お互い呼び名にはまだ慣れんな」

 

 

 苦笑するエミヤとハル。どうやら同じ聖杯戦争で召喚されたもの同士特有の、クラスでの呼称が抜け切らないらしい。特にエミヤは最近このカルデアに喚ばれたため、まだクー・フーリンやメディア、メデューサといった先に来ていた知り合いの英霊にも真名呼びに慣れていない。

 コホン、と誤魔化すように咳払いするエミヤ。

 

 

「それにしても、多くの職員が死んだとは話に聞いていたが、まさか化けて出てくるとはな。明日にでも死霊に詳しいキャスターに頼んで、魔除けを施してもらおう」

 

 

 エミヤのそうした提案に、ふと立香は口を開いた。

 

 

「……あの、エミヤ。できれば、その……あの人たちがもう苦しまないようにしてあげられる?」

 

 

 僅かばかりの懇願。

 面識なんてほとんどない、死んでしまった職員たち。変わり果て、生者に危害を加える存在となっていたが、それでも無下にはできなかった。せめてちゃんと供養できるまでは、安らかに眠らせたいと立香は思う。

 その考えを汲み、エミヤはフッと微笑む。

 

 

「了解した、マスター。そのオーダーも伝えておこう。だから今一度自室で体を休めるといい。少しでも回復するに越した事はなかろう」

 

 

「うん。ありがとう、エミヤ。それと、助けてくれてありがとう。ハル姉、エミヤ」

 

 

「えへへ」

 

 

 頼れるサーヴァントたちに感謝し、ふと立香は振り返る。もう何もない暗闇。しかし確かに潜む気配に、心から頭を下げた。

 ごめんなさいとありがとう。関わることもなかった職員たちに立香は謝罪と感謝を伝える。きっと、未来を取り戻してきます。その時まで待っててください、と。

 改めて決意を固め、次の戦いに向けて歩き出す。そんな夜の一幕であった──




前回、立香は「お姉ちゃん」でハルは「立香ちゃん」呼びでしたが、外では基本今回の通り呼び合ってます。
マイルームでは初っぱなから絆レベル5なんで、お姉ちゃん立香ちゃん呼びですがね。

ムニエルさんやダストンさん達のように、生き残ったからこそ結束を固めて未来へ進もうとするスタッフもいれば、訳も分からず殉職して立ち止まってしまったスタッフもいる。その上に人類最後のマスターは立って、人理の命運を背負ってるんですよね。たまには交流を深められた可能性もあったかもしれない、名前も知らぬ彼らを追悼したいと思ってもらえたら嬉しい。

もう幾つか日常的な回、またはメイン特異点ごとのシーン抜粋の単発回をやるなどしてからイベント的な続き物に着手したい。SN編の零れ話も予定。
今んとこそれまでのネタはノーアイデアなので、もしリクエストなどありましたら是非ともコメントで提案していただけたら助かります!(「ハルとこのサーヴァントとの絡みが見たい!」など)

評価、コメントもできることなら宜しくお頼申します!


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盾の少女と深夜の少女

お久しぶりです。

停滞と諸事情により更新止まってて申し訳ありません。待っている方がいてくれたならマジでお待たせしました。
夜廻三発売からも結構経ってからの投稿。思い出の中の少女めっちゃ好みなんだが? 予想裏切って幸せになっても許してたのに日本一マジ日本一。その悲しみ背負ってここから書き進めていきたい所存です。


 時折、不思議な夢を見る。

 そこでの私は行ったことのない日本で暮らしていて、ある大火災に巻き込まれ命を落としてしまうが、現実の私と同じように紆余曲折を経てサーヴァントとなり、見知った顔の英霊たちと聖杯戦争で戦うというものだ。

 映像は途切れ途切れで、結末も大抵分からずじまいで終わる、決して真っ当ではない運命。捨てられた子犬のようだったその私は、自身のマスターを殺し、大火災の中で一人だけ生き延びた少年のマスターに対して強い憎悪を抱いていたらしいことから、大目に見ても幸せではなかったのは明らかだろう。もしかしたら、あちらの私が同様にこちらの私を見ているならば、何故私ばかりがと妬まれているかもしれない。それほどに悲運な盾の少女、それが夢の中での私だった。

 だけど、それを理解している上で、我が儘にも言わせてもらうのなら。

 生きる権利を与えられながら生まれ落ち、自らの意思で立って終われるのなら。選択肢が限られる私からしてみれば、なんて羨ましい人生なのだろうか――

 

 

 

 

 

 とあるレイシフト先にて。

 必要な資源(リソース)を回収した立香たちは、日が暮れてきたのもあって帰還は翌日に持ち越し、今夜はそこで探索の疲れを癒やすこととなった。

 安全を確保してキャンプを設営、同行サーヴァントはマスターである立香の魔力量を考慮し、交代で見張りをする。町や村があれば交渉して宿を取ることもできたろうが、そうした都合のいい状況はなかなか無いだろう。とにもかくにも、野営も慣れている立香一行は夜空の下で休むことにする。

 

 

「こちらは異常ありませんね……」

 

 

 見張り番をするサーヴァントの内の一人、マシュが念入りに周囲を見回っていく。

 デミ・サーヴァントである彼女は、もちろん最初は立香と同じく休息するよう言われたのだが、生真面目な性格もあってマスターを守るのはサーヴァントの役目ですと固持し、ならば一度だけ担当してから、ということで落ち着いた。

 夜の帳が落ち、すっかり暗闇に染まる風景の中、手元の灯りで照らして辺りの安全確認を行うマシュ。幸い敵性反応はなく物静かなもので、これなら問題なしと戻ることにした。

 すると、不意に喧騒――と言っても余りに些細な音が、彼女の耳に捉えられる。

 何事かとマシュが気になってそちらに足を運ぶと、

 

 

「フォウ! フォウフォーウッ!」

 

 

「わんわんっ! わうんっ!」

 

 

「ダ、ダメだよ。喧嘩しないで、チャコ」

 

 

 そこには牽制し吠え合う小動物二匹と、その状況下にオロオロしながら独りどうにか制止しようとしている青いリボンと明るい髪色、ウサギのナップサックが良く似合う少女──ハルがいた。

 事態を認めたマシュが、すぐさま駆け寄る。

 

 

「大丈夫ですかっ、ハルさん」

 

 

「! マシュさん」

 

 

「いけませんよフォウさん。プライベートでの私闘行為は、誰であろうと許可されていません」

 

 

「キュウ……」

 

 

 マシュに叱られたフォウ――また盾の格納スペースに潜んでついてきていたようだ――は大人しく引き下がり、ハルの愛犬であるチャコも、ハルに抱きかかえられて何とか収束する。

 ハルはマシュに向かってリボンを乗せている頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、マシュさん。チャコが全然やめてくれなくて」

 

 

「いえ、こちらこそフォウさんがご迷惑おかけしました。どうやらフォウさんは、チャコさんにマスコット的な意味で何やらライバル心を抱いているようで……」

 

 

 またトテトテ何処かに走り去ってしまったフォウに代わり、マシュが困り顔で謝罪を返す。前からフォウがチャコに対抗心を燃やしていたのは把握していたが、取っ組み合いまでは至っていなくともどう収めたら良いするのか悩ましいものである。

 ハルはスキル『散策』により魔力消費がないため、こうして散歩していたらしい。そこで同じように散歩していたフォウと出くわしたようだ。

 お詫びにマシュが飲み物を取ってきて、一緒の場所に腰掛ける。

 もらったそれに「ありがとう」と述べて口をつけるハル。立香がいつもハルのため用意していた甘い味に顔を綻ばせた。

 

 

「――――」

 

 

 その横顔を微笑ましく眺めつつ、マシュは徐に内心を曇らせる。

 

 

 ――マシュはハルのことが苦手だ。

 

 

 嫌い、という訳ではない。それは断言できる。サーヴァントの先輩として尊敬しているし、アルトリアやエミヤが親しくしていることから信頼に足る人柄なのも分かるだろう。だが、立香が間にいない時は積極的に交流していないのが現状だ。今も、こうしたきっかけがなければ会話なく終わっていた。

 マシュがハルを避けている理由は、初めて出会った特異点Fでの彼女の宝具が起因している。

 夜の世界を現実に映し出す宝具。ほんの一時、短い時間での展開であったが、その光景を一目見たマシュは()()()()()()()

 いつも見ている世界のすぐ傍にある"死"。それを体現したような怨念や悪意が潜んでいる世界を目の当たりにし、まだ(それ)を実感したばかりの少女は恐怖を芽生えさせる。同時に、その世界を携えるハルを怖いと思ってしまったのだ。

 ……間違った認識だと自覚している。"死"の世界を望んで携えてるなど、この愛らしい少女からはとてもそうは思えない。しかし一度根付いた恐怖心は自力で払拭できず、マシュはそのことに常日頃悩んでいた。仲間への不信とも言えてしまう、その感情に。

 夢で見た、ここではない世界線の自分が抱いた『死にたくない』という想い。それが、あの瓦礫と炎に囲まれる中で立香(先輩)が手を握ってくれて、『生きたい』と願った現実の自分の心にも影響しているのか、今ですら夜を背景にしたハルに暗い感情が湧いてしまう。

 どうにかしなければ――そう思いを巡らせるマシュの顔を、ハルはふと見やって口を開く。

 

 

「怖い?」

 

 

「えっ……」

 

 

「ごめんね。あんなもの見せちゃって」

 

 

 申し訳なさそうに言うハル。言葉から何のことを言っているかは明白。顔に出してないつもりだったが、分かりやすいほど思い詰めていたのだろうか? 取り繕うことはせず、慌ててマシュは頭を下げる。

 

 

「す、すみませんっ。あの時ハルさんは私たちのために奮闘してくださったのに、こんなこと……!」

 

 

「いいんだよ。当たり前だもん。あんなの、怖いよ」

 

 

 夜に落ちた景色を、あの街と重ねるようにハルは虚空を見つめる。

 ここは()()()()()()()がいない場所であるが、やはりこんな時間にこうしていると、いつお化けが出てくるかと怖くなる。こればかりは幾ら英霊でも慣れない。

 

 

「マシュさんのその気持ちは間違ってないよ。怖いものは怖い。それを忘れちゃったら、きっと人じゃなくなっちゃうんじゃないかって思う。だからいいの。あの夜を怖くても、マシュさんは正しいよ」

 

 

「でも、私は、ハルさんも……」

 

 

「それは凄く寂しいけど、いいんだ。マシュさんは、自分の命はどうでもいいって思ってそうだったから。夜を、私を怖がって変わってくれたらいいなって、そう思ったんだ」

 

 

 達観しているような物言い。けれど、そこには子供らしい想いが籠っていた。

 アーカイブで見た、英霊ハルのプロフィール。大切な友だちを死なせてしまった彼女は、自分にも死んでほしくないと思っているのだろう。人理修復という偉業の成就の前には、余りにも甘い考え。

 だが、それが『人間』なのだと、マシュはこの旅路で知っていた。先輩である立香がそうであるように、誰もが死にたくない、死んでほしくない。生きる価値をくれた世界を、マシュは諦観していた日々よりも愛おしく感じていた。

 そんな願いを向ける少女を前にして、マシュは不意に自らの頬を手で強く張る。パンパン! と、小気味いい音にハルが驚く。

 

 

「――いえ、いいえ! それではいけません! それでも……いえ、だからこそハルさんを避けるのはお門違いです!」

 

 

 何かのスイッチが入ったように、バッと力強くハルに顔を向かい合わせるマシュ。

 

 

「なのでハルさん、貴女のことをもっと良く知るために、これからもっと親交を深めましょう!」

 

 

「え? ……う、うん。よろしく?」

 

 

「ありがとうございます! 先輩の正式な契約サーヴァント同士、仲良く致しましょう!」

 

 

 突然の提案に戸惑うハルと固く握手を交わし、マシュは鼻息を一つ漏らす。そしてちょうど他のサーヴァントが心配して見に来たところで、ハルと別れて眠りに就くことにする。

 怖い、という感情がまだ吹っ切れた訳ではない。現に暗闇が怖くなる。目を瞑るのすら恐ろしくなる。しかれど『怖くていい』というハルの言葉、そんなハルをもっと知ろうと思った意思が芽生えたマシュは、未来を想起しながら夢に落ちていった。

 

 

 その日の夢、たまに見る違う運命を辿った自分の夢で、手を差し伸べてくれた青いリボンの少女がいたのだが、不思議とそれは朝目が覚めると忘れてしまっていた――

 

 

 

 

 

ある日。カルデアにて。

 

 

「マシュ、おはよう」

 

 

「アルトリアさん! おはようございます! これから食堂ですか?」

 

 

「ええ。ところでマシュ、最近ハルと仲が良いようですが、何かありましたか?」

 

 

「ああ……ちょっと私が行き違っていただけで、それが解決しただけですよ。今日もこれから部屋のお泊り会を開催する予定です。よろしければ、アルトリアさんもどうですか?」

 

 

「それは魅力的な誘いですね。是非ご一緒させてください」

 

 

「はい! ハルちゃんにも伝えておきますね。後でいらしてください!」

 

 

 笑顔を見せて立ち去るマシュ。その顔はまるで年相応で、アルトリアはまた一つ無垢な心に色彩を表している少女の後姿を見送って温かく微笑むのだった――




フォウ「わし獣ぞ? めっさモフモフぞ? ぽっと出が出しゃばんなやゴラァ」

チャコ「こちとら守護獣やぞ。それにモフモフなら負けんわ。比較すんなやオォン?」

マスコットの覇権争いの図。

冒頭のマシュの夢は、SN没案のタチエちゃんより。ハルが関わっていたかどうか、ハルがいてどうなっていたかは元が未定でボツったので不明という形に。
割と執筆にブランクあるので見苦しいとこあるかもですが、今回はマシュとハルの交友回でした。夜を怖がるマシュの心理状況は、心霊番組見た後にお風呂入る時の恐怖感の最大級とでも解釈してもらえれば。分かってても怖いもんは怖い。
「ハルさん」から「ハルちゃん」呼びに変わっているのがポイント。良縁に恵まれるハルは良い文明。

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逢魔時のカミサマ Ⅰ

前々から言っていたホラゲ・フリゲ中心に混ぜる計画、ようやく始動。
第一弾は趣味と好みで彼女たち。幼女先輩でも良かったけどまだ焦らしたい欲ががが。

ここから先に断っておきたいのですが、FGO編はあくまでも本編完結後のオマケ的な章なので、割とストーリーやイベント無視して色んなサーヴァントが出てくる予定です。なるべくこの時点では無理だろって経緯のある鯖は除きますが、そこはご了承いただけたら幸い。時系列も極力飛びませんが例外もあるかも。

  いいですか?
>【はい】【いえす】





 走る。

 走る。

 走る。

 電源が落ち、非常灯のみが申し訳程度に足元を照らす廊下を、立香は無我夢中で走っていた。

 逃げているはずなのに、逃げれている感じがしない──急に気が変わっていなければ、()()はまだ歩いて追ってきているだろう。今に背後からぺたりぺたりと、張り付くような足音が聞こえてきかねない圧迫感が立香を押し潰さんとしてきている。

 ──やがて、扉に電子錠の無い個室を見付けると、音を立てないよう慎重に押し開け入室。どうやら使われていないマスター候補生の部屋だった人気無い空間で、立香は限界まで上がり切った息を整える。

 

 

「大丈夫か? マスター」

 

 

「う、うん。心配してくれて有り難う……式さん」

 

 

「とりあえずここは安全だ。少し休んで、落ち着いたらこの状況を突破する手を探そうぜ」

 

 

 英霊として備わる鋭敏な感知能力をフルに活用し、部屋の外を警戒する自身のサーヴァント・両儀式の言葉に力弱く頷き、不安を吐き出すように一息吐く立香。

 彼女は今、カルデアで命の危機に晒されていた──

 

 

 

 

 

 

 きっかけは、定期的に行っている召喚の時だった。

 次なる特異点に向け、戦力の追加を目的とした召喚は直前まで普段と決して変わり映えしないものであった。

 聖晶石を召喚サークルに投下し、どんな英霊が呼び声に応えて現れてくれるか心待ちにするいつもの光景。誰も来ない時もあれば、油断していると思わぬ強力な英霊が来て対応に四苦八苦する時もある日常は、その時だけは予想外の結果を生んだ。

 

 

 サークルの真ん中に現れたのは、一人の少女。

 

 

 背丈は小学校低学年ほど。立香が着るには躊躇われるようなフリフリの服を身に纏い、その手には現代的なデザインの包丁が握られている。当の少女はキョトンと、あどけない表情を浮かべていた。

 

 

「……包丁、さん……?」

 

 

 同行していたマシュとハルが若干戸惑う中、立香は徐にそう呟く。

 突如頭の中に思い浮かんだ、デジタルプロフィール風の情報。それが目の前にいる英霊のものであるのは、これまで幾人もの英霊を喚び出してきた経験から理解していたが、問題はその情報の少なさにあった。『包丁さん』『クラスはアサシン』と言うこと以外、殆どが覆い隠されているのだ。

 そんな中、『包丁さん』と言うらしい少女だけは、何やら思案してから一言、小さな口を開いて鈴のような声を発する。

 

 

「うーん、良く分かんないけど……始めるね?」

 

 

 途端、ブツンと何かが切れるようにして、辺りが暗闇に包まれた。

 続けて──ぺたりぺたり。前から足音が近付いてくる。裸足だった包丁さんの足音だ。それは徐々に立香へと距離を詰め、スラリと暗がりで光が反射する包丁が立香の体に、

 

 

「マスター!」

 

 

 突き刺されようとした瞬間、戦闘態勢を取ったマシュが横から包丁さんを盾で殴り飛ばした。姿形など、この状況ではとやかく言っていられない。立香を救ったマシュは包丁さんとの間に立ち塞がり、最大限警戒する。

 

 

「――痛いなぁ」

 

 

 強く殴り飛ばされ、壁に打ち付けられた包丁さんは、ムッと顔を顰めて言葉通りの様子を見せるも、大した損傷は全くなくユラリと立ち上がった。

 その異質さに、立香たちは底の知れない恐ろしさを本能的に感じる。

 相手が理性の欠かれたバーサーカーであれば、絆を深めたり最低限許容するなどで信頼関係を結べよう。人間とは価値観の違う神霊級であっても、呼び声に応じて来てくれた以上は、多少なりとも認めてはくれる──だが、彼女は違う。良く分からないが、そもそも根本から異なるような、致命的の隔たりがあるのを立香は確信した。

 

 

「逃げて、マスター!」

 

 

 ハルも似たものを感じたか、コレクションから小石を取り出し、包丁さんの足元に投げた。そうして注意を引いた隙に、立香達は召喚部屋から飛び出した。あれは、まともに戦って殺せる相手ではない。とにかく離れるべきだ。

 ──果たしてそれが、正しかったか誤りだったかは分からない。少なからず言えるのは、カルデアは今包丁さん(彼女)の領域下に置かれてしまっていると言う事である。

 

 

 

 

 

 

「で、マスター。その"包丁さん"って奴は、他に何か分からないのか?」

 

 

 呼吸が平時に戻ってきたところで、式が問い掛けてくる。

 最近仲間入りした彼女は、この閉鎖空間と化したカルデアで唯一出会ったサーヴァントだ。

 あの時、包丁さんがカルデアの電源を落とした事で、数多いる英霊達は恐らく大半が実体化できない状況にある。しかし式は比較的無事であり、こうしてマシュらと分かれて単身逃げていた状況の心強い同行者になってくれていた。

 立香は、そんな式の問い掛けに答える。

 

 

「うん……名前と、クラスだけ。後は断片的なデータだけかな? 彼女は、"カミサマ"らしい」

 

 

「神様?」

 

 

「いや、語感は同じだけど、多分違う。神霊って感じじゃないし、私自身違うって感じる。ただ、それが何でかって言われたら分からない……そんな感じ」

 

 

 どうも彼女──包丁さんは色々と普通のサーヴァントとは在り方が違っているようだ。まだ正式な契約を交わしていないのに、彼女の最低限の事は分かる。だが、逆に言えば肝心な事は一切分からなかった。

 そんな存在が自分の命を狙って、今も自分と同じ場所をさ迷っていると言う恐怖は計り知れない。

 

 

「カミサマ、ね。違いは分からないけど、案外あっさり倒せてたりしてな。ハルはともかく、マシュはあんなんでもお前の敵には容赦無いしさ」

 

 

 怯えを見せる立香を元気付けるためか、式は楽観的に現状を推測する。直接会ってはいないが、話を聞く限り相手は子供だ。戦績は決して浅くないマシュなら既に打ち勝って、こちらに向かってきてるかもしれない。

 けれど、それを否定するのは立香だった。

 

 

包丁さん(あの子)はまだいる。喚び出した私を追い掛けてるんだ。マシュもハル姉もまだ無事だと思うけど、あの子は倒せてない。あれは、そう言う簡単なものじゃないと思う」

 

 

 ハルほどではないが、夜に住まう怪異と関わってきた立香。感覚で分かる。あの愛らしさの裏にある異様さは、単に倒しただけでは拭えるものではないと。

 式は、面倒そうに眉を潜め、しかし握ったナイフを弄びながら言う。

 

 

「ま、殺せるんだとすればオレの出る幕だ。暗いのもうんざりだし、とっとと探して始末しよう」

 

 

「……」

 

 

「? どうした?」

 

 

「ううん、別に」

 

 

「そっか──よし、行こうぜ。部屋の中じゃ袋小路だしな。もしかしたら他の連中とも合流できるかもしれない」

 

 

 式が先導し、まずは外の安全を確認。それに立香は素直に着いていく。この状況下では、サーヴァントを信じて着いていった方が得策だ。

 ──自分を殺そうとした相手を殺したくないなんて、きっと私のエゴでしかないな。

 そう、一人思い直す立香。包丁さんと言う少女に対して何か言い表せない引っ掛かるものはあるが、そんな不明瞭な迷いは、不気味な暗闇に呑み込まれ、不安と恐怖に押し退けられたのであった。

 

 

 

 

「あれか。私()()のマスターは」

 

 

 

 

 

 

 マシュとハルは、物陰から様子を窺う。

 消灯時間でないのに暗くなったカルデアの管内は人の気配が無く、それだけで不気味さが際立っていた。

 しかし誰もいないと言うのは不安な反面、敵もいないと言う安全の証拠である。二人のサーヴァントは、恐る恐る廊下を進み出す。

 

 

「先輩は、ご無事でしょうか」

 

 

「うん……」

 

 

 包丁さんから逃げる最中、立香はマシュとハルとは別行動を選んだ。

 固まっていては居場所を把握されかねない。そこで立香は狙われているらしい自分が包丁さんを惹き付け、マシュ達にはダ・ヴィンチやロマニに救援を要請するよう指示したのだ。マスターが危険に晒される指示に当初は反対したマシュとハルだが、立香の「二人が危ない目に遭うのは耐えられない」と言う言葉で押し切られた。

 ハルの懐中電灯の灯りを頼りに、辺りを警戒しながら進む二人。すると、ひたりと軟っぽい足音が前方から響いてきた。

 

 

「あの」

 

 

 前からの幼い声に驚き、ハルがそちらに灯りを向ける。突然光を浴びせられた声の主は眩しそうに顔を隠す。その背格好はフリルのついた青色の着物らしい服に、髪をツインテールに結び――手には包丁が握られていた。

 

 

「貴女は……?」

 

 

 先ほど見た包丁さんという少女と似ているが、違う容姿の少女にマシュは盾を構えつつ問う。それに少女は恐る恐ると言った様子で顔を向け、おどおどした声色で答える。

 

 

「私は……葵、です。お願い。椿ねえを、助けてほしいのです」

 

 

 自身の正体を示すように刀身の長い包丁を大事そうに握り、葵という名の『包丁さん』はマシュとハルにそう懇願するのだった――




続きます。
第一弾はフリーゲームより「包丁さんのうわさ」でした。ノベル形式のPCゲームであり、マンガやノベライズでも展開してるフリゲの有名作だと思ってます。知らない方は是非実況動画などで見ていただければ!(布教)さしみん可愛いよさしみん。

包丁さんに翻弄される立香たちとマシュハルの元に現れる少女たち。果たしてどうなっていくか。

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