モンハン世界に生まれて、理想のキリン娘に会う為にハンターになった男 (GT(EW版))
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えっちなのはいけないとおもいます

モンハンワールドでキリン装備を完成させてから、何故かキリン娘のことしか考えられなくなったので初投稿です。


 

 

 かつて、黒龍ミラボレアスというモンスターが居た。

 

 古の昔から伝承に語り継がれる、この世に災厄と滅亡をもたらすとされる伝説の黒龍だ。

 伝説や逸話によりその呼び名は異なり、「邪龍」や「古代龍」などと称される場合もある。一説によれば現代にて「古龍」と呼ばれるモンスター中でも最も古い種族ではないかとも推測されているが、詳細は不明である。

 伝承においてかの黒龍はこの世の全ての生命を脅かし、山の如き巨龍さえも怯えて逃げ出す程の存在とされ、自分以外全ての存在を滅ぼし、この世の全土をわずか数日で焦土へ変える程の強大な力を持つとされていた。

 人類との共存は不可能であり、かつて世界に君臨し栄華を誇った大国「シュレイド」を滅ぼしたのもこのミラボレアスだと推測されている。

 最強にして最凶。その脅威を断つべく多くのハンターが挑んでは、黒龍の前に散っていった。

 

 しかしそのミラボレアスを、たった一人で討伐したハンターが居た。

 

 とある村のハンターズギルドに所属していた彼は、その天才的な戦闘センスを持って入門からたった一年の実働期間で上位、G級へと駆けあがり、数多の脅威的なモンスターを破っては村の窮地を救っていた。

 その両手から繰り出される華麗な大剣捌きによってミラボレアスさえも討ち果たしたその男は、世界最高のハンターの称号を手にし……程なくして表舞台から姿を消した。

 

 その理由はミラボレアスとの死闘で片腕を失ったことによって愛用の大剣を振り回すことが出来なくなったからと言われているが、突如としてギルドを脱退し、ハンター稼業さえ引退して行方を眩ませた彼には多くの民の心に動揺が走ったものだ。

 人々の間では黒龍を倒した勇者として絶大な影響力を手にした彼の力を国の上層部が恐れ、国家権力によって抹殺されたのだという確証も無い陰謀説さえまかり通っていたほどだが、年月が経つに連れて彼の存在は功績だけが言い伝えられ、やがて彼の存在は真偽が織り交ざった伝説上の存在として語り継がれるものとなった。

 

 幻獣キリンの素材からなる装備を身に纏った彼、「キリン公爵」と呼ばれた男の存在はそうして人々から遠い存在となり、彼は伝説のモンスターハンターとなったのだ。

 

 そしていつの時代、どの世界でもそういった「謎めいた英雄」というのは人々の間である種のカリスマを得るものだ。現役時代の優雅な戦いぶりからキリン公爵と呼ばれたキリン装備の男もまた、現代まで多くのハンターから神聖視されており、伝説と化した彼の高みを目指してハンターズドリームを狙う若者達は後を絶たなかった。

 

 

 

 しかし、黒龍を討った英雄である彼が何故行方を眩ませたのか、その真実を知る者は居ない。何故ならば人々は、そも彼が何故ハンターになったのか……その理由を知らないからだ。

 知ればある者は愕然とし、ある者は共感し、ある者は失望するだろう。そんな彼、キリン公爵の行動目的は昔も今もたった一つだった。

 

 

 

 ――ああ……可愛いキリン娘に会いたい――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリン、というモンスターが居る。

 

 古龍種に分類される、頭に一本の角を持つ幻想的なモンスターだ。

 白銀色に輝く体毛に覆われており、その姿はモンスターとは思えないほど神々しい。

 体躯は中型程度の大きさであり、古龍の中では異質なほどに小柄である。しかし小柄ながらもその危険性は並み居る大型モンスターを容易く凌駕し、雷を自在に操る能力は非常に強力だ。

 神出鬼没な「幻獣」と呼ばれるだけにその目撃例は少なく、個体数も少ない為に生態に関しても殆どが未だ不明である。

 それ故に一時期は分類不明のモンスターとして扱われていたが、討伐された個体の解剖により体内に古龍特有の血が流れていることがわかり、龍とは似つかぬ容貌ながら「古龍」として分類されることとなった。

 

 しかし、この物語においてそれらの情報はあまり重要ではない。

 

 ここで何より重要なのは――そのキリンを素材にして作り出されるハンター装備のことだ。

 

 このキリン装備――若い男女の間では非常に人気があった。性的な意味で。

 

 防御力の高い頑強な防具でありながら、上下共に布面積が少なく、露出度が高い。特に装備者の太ももが露わになっている女性用キリン装備の前側は白い褌が一本垂れているだけであり、その向こう側にある秘密の花園を隠すには少々心許ない造りになっていた。

 しかしその装備を纏った者が痴女扱いされるような下品な装備というわけではなく、寧ろ健全的な高貴ささえ垣間見える整った外観であった。そんなキリン装備の存在は、鍛え上げられたハンターの肉体を美しく着飾る可愛らしい装備として人々から絶大な人気を博していた。

 

 

 ……そう。多くを語らずとも、ゲーム「モンスターハンター」をプレイした者ならばわかるだろう。キリン装備の魅力が。

 

 

 私は転生者である。名前は一応あるが、現役のハンター時代は専ら「キリン公爵」などという呼び名で呼ばれていた。前世でお世話になった気がする薄い本の登場人物には非常に、申し訳ない思いだ。

 前世の記憶はほとんど覚えていない。精々覚えているのは、かつての私が「モンスターハンター」シリーズをそこそこプレイしていた記憶と、キリン装備がとても可愛いかったことぐらいなものだ。

 しかしそれだけでも覚えていたからか私は、物心ついた後でこの世界が「モンスターハンター」の世界であることに気づくには多くの時間は掛からなかった。

 

 そんな前世の記憶と数多のモンスター達が闊歩する目の前の現実を重ね合わせた時、当然ながら私は大いに狼狽えた。

 第二の人生となったこれから先の、自分の人生への不安と期待――かつてゲームとして遊んでいた世界に自分が居るのだと知った時、強烈な頭痛と共に私の頭に走った思いは、私自身の人生を突き動かす今世での行動原理の礎を築き上げたのだ。

 

 

 ――そうだ。キリン娘を探しに行こう。

 

 

 若かりし頃の私の心には、リオレウス、ディアブロス、ジンオウガ、ティガレックス……現実として生まれたこの世界で、ゲームの中で憧れた数々のモンスターと会ってみたいという気持ちはもちろんあった。

 自分自身もまた、そんなモンスター達を華麗に討伐するモンスターハンターになってみたいという気持ちも。

 

 しかしそれ以上に思ったのは、うろ覚えだらけな記憶の中で唯一鮮明且つ強烈に焼き付いている――キリン装備の女の子への渇望であった。

 

 そこに、破廉恥な思いはなかった。

 ただ私は純粋に、キリン装備の似合う美少女に会いたかったのだ。

 

 青いツノの生えた白いウィッグ。ほどよく膨らんだ胸部装甲。まぶしい太もも。純白の聖域――その全てが私にとって愛おしく、この目で見てみたい衝動に駆られ続けていた。

 

 その子と実際に会って何をしたいわけでもない。あわよくばお尻やお胸に触れてみたいなぁだとかは、ほんの少しぐらいしか思っていなかった。

 私にとってキリン娘に対する感情はエッチな欲望とかそういうのではなく、ただひたすらに愛でたかったのだ。

 そしてその思いは、後に「キリン公爵」と呼ばれることになる私がハンターとして生きるようになる唯一にして最大の切っ掛けとなった。

 

 幸いなことに、私は人よりもハンターとしての才能に恵まれていたらしい。

 

 初めて握った筈の大剣がどこかこの手にしっくりと馴染んで、現実として初めて相対した筈のモンスターを前にも臆さず挑み、的確に弱点を突く戦いをすることが出来た。

 リオレウスのように自分よりも圧倒的に巨大な存在を前にしても、怯えることなく果敢に挑み、討伐することが出来たのだ。

 もちろん、時には敗北し命からがら逃げだすこともあった。リオ夫妻に焼かれかけたことも、ティガレックスに食い殺されかけたことも、古龍に踏み潰されかけたことも何度もある。

 

 たった一年のハンター生活の中でも、私が死の淵を彷徨った回数は数えきれないほどだ。

 

 ただその度に、私は自分がハンターとなった意味を思い出した。キリン装備の似合う理想の美少女と会うまで、私は死ねないと――そんな思いが脳裏を掠める度に、私の中で得体の知れない力が沸き出てくるように幾度となく危機を乗り越えていったのだ。

 

 誰かが言っていた――この世界で一番のモンスターは、飛竜でも古龍でもなく「人間の欲望」なのだと。

 

 キリン娘に会いたいと願う私の心もまた、欲望と言う名の最強のモンスターを表しているのかもしれない。

 

 

 

 さて、ここで質問だが、「キリン娘ってそんなに会えないものなの?」と思う者はいるだろうか。

 

 

 かく言う私も、ハンターとして活動を行っていれば、そう執念を燃やさずとも自然と会えるものだと最初は思っていた。

 だがここはモンスターとハンターが闊歩する世界であっても、ゲームの「モンスターハンター」そのものではないのだ。そもそも幻獣と呼ばれている希少モンスターであるキリンを見掛けることすら滅多にあるものではなく、そのうえ古龍として凄まじい力を誇るかのモンスターを討伐出来るハンターなど早々居るものではない。

 装備を身に着けるということは、ハンターにとってその者が由来のモンスターを倒したという強者の証なのだ。キリンほど強力なモンスターを倒し、自身の装備にしてみせたハンター――それも美少女となれば、その希少性は一層跳ね上がるだろう。

 

 非常に可愛らしく、美しいキリン装備は現実となったこのモンハンワールドでも変わらず人気がある。

 

 村の集会所にキリン装備を身に着けた女性ハンターが入って来た時などは一部の野郎共が鼻の下を伸ばし、女性ハンター達は羨望の眼差しを送っていたものだ。

 しかし、そういったキリン装備の女性ハンターは、私の目から見ると「違う」のだ。

 キリン装備の女性ハンターは居ても、その者達は私が追い求めていた「キリン装備の美少女ハンター」ではなかった。

 

 かの幻獣を討伐したキリン装備の女性ハンターは、その全員が勇ましい女傑であった。

 

 装備から露出された剥き出しの腹筋は男ハンター並にバキバキに割れており、彼女らのご尊顔には誰もが戦士の勲章とも言うべき生傷が刻み込まれている。アマゾネスとでも言うべきか、まさに「カッコいい」と言える素晴らしい女性達である。

 彼女らはこのハンター業界においてどこまでも尊ぶべき存在であり、狩人の鑑とも言える漢女であった。しかしキリン装備の女傑はいても、私の追い求める「キリン装備の美少女ハンター」はそこにいなかった。

 

 ――そう。私の望むキリン娘とは、幻獣由来の装備とマッチした幻想的な雰囲気を身に纏う、可憐で儚い理想の美少女だったのだ。

 

 キリン装備を纏った女性というだけでは、私の心は満たされなかった。

 ハンターとして背中合わせに戦う中で、彼女らの強さと人格の素晴らしさを理解していながらも、私は何一つとして納得することが出来なかったのだ。

 

 存外、私の心に住まう欲望と言う名のモンスターは、どこまでも強欲で身勝手な存在だった。

 

 妥協は許さない――まるでもう一人の自分がそう語りかけてくるように、私のキリン娘への情熱は彼女らの存在を拒絶していた。

 

 

 ――私自身が美少女にTS転生すれば、何の苦労もなかったものを……っ!――

 

 

 いつしか私は、出撃の度に心の中でそう嘆き、一人血の涙を流すようになっていた。

 

 ハンター稼業を始めて一年、私は自分でも驚くほどのスピード出世でG級ハンターへと昇りつめ、傍目からは順風満帆に見えるであろう恵まれた狩猟生活を送っていた。

 数多のモンスターを狩り続け、その中には稲妻を纏うかの幻獣、キリンの姿もあった。初めて幻獣を狩ったあの日から、私は一向に望みを叶えられない己の心を慰めるように男性版キリン装備を纏い続けてきた。

 この目を隠すキリンのマスクは、キリン娘に会えない涙を隠す為のものだ。

 

 ……ああ、そうだ。それから程なくして、狩り友のソードマスターが私のことを「キリン公爵」などと呼び始めたのだったな。妙なあだ名が広まったのは、その時だったか。

 

 キリン娘に会えない鬱憤をモンスターにぶつけて晴らしていく私の姿は、同僚のハンター達の目にはどう映っていたのだろうか。今にして思えば、我ながら痛々しく滑稽なものである。

 まるで暗黒面に染まったように荒々しい戦い方を続けていく中で、私はG級クエストを時に瀕死になりながら来る日も来る日も血塗れの身体で解決していった。

 

 しかし、移り変わっていく季節の中に理想のキリン娘の姿は影も形もなかった。

 

 私自身がキリン装備を纏っていることもあってか、集会所内でキリン装備の女性ハンターが話しかけてくる機会は以前よりも多くなったが、そこに美少女はいない。彼女らは皆母親のように優しく尊い存在であったが、私の追い求めていた存在ではなかったのだ。

 

 思えば一年の最後に決死の覚悟を決めて黒龍ミラボレアスに挑んだのも、かの黒龍を倒し世界の英雄となることで、この広い世界のどこかに居る理想のキリン娘に私の存在を知らしめたかったからであったな。

 

 ――しかし、現実は無情であった。黒龍を討ち果たし、救国の英雄となった私の前にとうとう理想のキリン娘は現れなかったのだ。

 

 英雄となったことで、国王や見目麗しい王女との目通りを許されたこともあった。

 黒龍との戦いで左腕を失い、全盛期のように大剣を振り回すことの出来なくなった私に、王女様から「わらわの騎士にならぬか」とお話を持ち掛けられたこともあった。

 分不相応にも仲間から「キリン公爵」などというあだ名で呼ばれていた私は、本当に爵位を得る機会を賜ったのだ。

 

 しかしそんな身に余る光栄を袖にして、結果的に私は今世で生まれた村を――国を去ることになった。

 

 王女様の申し出に対して私は「私の矮小な人生を捧げるべき相手は、既に決まっているのです」と――何とも無礼な言葉で断ったものだ。

 

 

 それは語るまでも無く、この世界のどこかに居るであろう理想のキリン娘に会う為だ。

 王宮仕えの騎士ハンターになれば生涯安泰に暮らせるだろう。富も名声も全て手に入れられる。そんな一生に一度ある者さえ稀という機会を、私は自分から手放したのだ。我ながら、碌な死に方をしないだろうなとは思う。

 

 しかし私は、富や名声を手に入れるよりも、何よりも理想のキリン娘に会いたかったのだ。

 

 黒龍を討ち、世界に名を轟かす英雄になりさえすれば向こうからこの情熱に気づいてくれるのではないかと考えていた私だが、それは浅はかな自惚れだったのだと思い知る。

 

 ハンターとは、腰を据えながらその機会を待つ者ではない。

 欲しいものは自分の足と技、力と理念を持って手に入れる存在なのだ。

 

 盟友ソードマスターの叱咤激励により初心に帰り、迷いを振り払った私はハンターズギルドを抜けて旅に出ることにした。

 

 ハンターとして有名になりすぎてしまった私が各地に赴くには、どうにも英雄としての名声が足かせになったのだ。

 家族のみんなにはすまないことをしたと思っているが、私がキリン公爵として稼いだ一年間の財産は彼らがこれから先の人生で仲良く幸福に暮らしていくには十分であろう。貧乏一家として苦しんでいた過去は、もうない。

 散々親不孝を重ねてきた私のせめてもの償いとして、大半の財産を置き土産に彼らへと渡しておいた。彼らの今後に青い星の導きがあらんことを――そう祈った私は、名残惜しみながら手を振り返す家族と別れた。

 

 

 

 

 そうして立場を捨てることによって自由になった私は、新天地を目指して放浪し続けた。

 

 何年も。十年も。二十年も。

 

 ここまでやって会えないのなら、この世界に理想のキリン娘など居ないのではないかと……そのような不安に押し潰されそうになったこともあった。

 

 この夢が叶わぬものだと諦めかけ、旅先で討伐したジエン・モーランの骸の上で悲嘆に暮れたこともある。

 

 世界最強のハンターが何だ!? こんな力が何になる!? 理想のキリン娘一人見つけられない私に……一体何が出来ると言うのだ……!――と、絶望の果てにこの心が闇に落ちかけたこともあった。

 

 

 どんなモンスターも華麗に討伐するともてはやされた私だが、実際のところはこんなちっぽけな望みさえ叶えられない、弱くて情けない男だったのだ。

 

 

 

 

 しかし――それから来る日も延々と旅を続けた果てに……私は出会った。

 

 

 

 

 

『キリン……?』

 

 神出鬼没な古龍、幻獣キリン。

 稲妻に打たれ、完全に崩壊しているどこかもわからない小さな村の跡地にて、かの幻獣が私の前に姿を現したのだ。

 全身が美しい白い体毛に覆われた馬のようなモンスターは、帯電もせずに無警戒にも私の前へと近づいてきた。

 本来備わっている筈の凶暴性を一切見せずに私の前に立ったキリンであったが、その時対峙した個体はそれまで私が狩ったことのあるどのキリンよりも圧倒的な「歴戦の強者」の気配が漂っていたものだ。

 

 このキリンは、あの黒龍に勝るとも劣らない戦闘力を秘めている――と、僅かな実働時間ながら私に備わっていたハンターとしての直感が、そのキリンと相対することに対して激しい警戒を訴えていた。

 

 しかしそんな私の前でキリンが取った行動は、自らの身を屈めながら自身の背中に乗っている「小さな物体」を差し出すという考え難いものだった。

 

 そしてその「小さな物体」の姿をはっきりと確認した時、私は数年ぶりに、思わず目を見開いた。

 

 

『おぎゃあっ……おぎゃあ!!』

 

 

 キリンの背中には、人間の赤ん坊が乗っていたのだ。

 

 

 何故モンスターであるキリンが、人間の赤ん坊を背中に乗せていたのかは今でもわからない。

 

 しかしそのキリンは私に対して最後まで敵意を見せることがないまま、まるで「この子を頼む」とでも言うように静かにその赤ん坊を差し出してきたのだ。

 半ば放心状態で私が赤ん坊を抱え上げると、キリンは目的を果たしたとばかりに立ち上がり、何事もなかったかのようにその場を跳び去っていった。

 

 

 ――崩壊した村の跡地に現れたキリンに、そのキリンから託された人間の赤ん坊。

 

 

 仮にも伝説のハンターと呼ばれた私だ。黒龍との戦いを経て、どんな不可思議な現象も受け入れられると思っていたが……その時ばかりはどうすれば良いのかわからず、途方に暮れてしまった。

 

 

 ――ただ私は、そんな成り行きで一人の赤ん坊を育てることになった。

 

 

 その時は当然ながら、闇雲にキリン娘を求め続け、碌に世間を知ろうともしなかった私が子育てなど……父親の真似事が出来るものなのかと不安に思った。

 

 そしてその不安は、その子が立派な少女に成長した今も尚、残り続けている。

 

 ……ただ私は、その時の出会いが初めて私の中で私を確立した瞬間だったのだと思う。

 五十歳を過ぎて思い知るとは、我ながら何とも間抜けな青年、壮年時代を過ごしてしまったものだ。

 

 しかし私はその赤ん坊を育てる中で初めて理想のキリン娘に会うことよりも大切な――本当の意味で、守りたいモノを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 後一話か二話ぐらい続くかもしれません。
 それはそれとしてキリン装備かわいい。私のハンターさんにとって呪いの装備になってしまいました。
 久しぶりにモンハンをやったのでワールドのキリン装備を見て「こんなにかわいかったっけ?」と感じながら何かに目覚めかけている私が居ます。


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おっとこんなところにオニマツタケが

 

 モンスターという存在がそこら中に闊歩しているこの世界は、当然ながら非常にシビアだ。

 旅の中では前回立ち寄った村が次に来た時は滅ぼされていた、という光景を何度か目にしたことがあり、恐るべき力を持ったハンターすらモンスターとの戦いで命を落とすことは日常茶飯事だった。

 その事実が若かりし頃の私に、この世界がゲームの世界ではないのだということをまざまざと見せつけてくれた。

 

 ――狩るか、狩られるか。

 

 ――狩らなければ、狩られる。

 

 そんなこの世界で生きていく方法は、実にシンプルだ。力の無いものは死に、力のある者が生き残る。その「力」の定義というものは決して武力だけのことを指すわけではないが、この世界で生きる以上は最低限目の前の危険から逃げ果せるだけの自衛力を手に入れるべきだと私は感じていた。

 理想のキリン娘一筋に生きてきた私だが、それぐらいの現実は理解していたつもりだ。

 

 故に私は、「キリ」に物心がついた頃から教育の一環としてハンター道具の使い方を教え込んできた。

 

 その「キリ」とは、あのキリンから託された赤ん坊の名前だ。キリンから取ってつけた名前は安直にも思えようが、その子に名を与えようと思った時、真っ先に思い浮かんだのがこの名前だったのである。

 

 まだキリが赤ん坊だった頃は、片腕で古龍と戦う以上の苦難が私に襲い掛かって来たものだ。

 おぼろげな前世を振り返ってみても、実子どころか結婚さえしたことのなかった私だ。子育てのノウハウなどある筈もなく、こればかりは自分の知恵だけではどうにもならないと観念して人里に向かい、旧知の仲である元双剣使いの女性に助けを乞うたこともあった。

 

 その元双剣使いというのは私がハンター時代に何度かパーティを組んでいただいたことのある、キリン装備の女性である。現役時代は勇猛で筋肉質なアマゾネスの印象が強かった彼女だが、ハンター稼業を引退してからは心なしか女性らしい雰囲気になったように見え、現役時代に纏っていたキリン装備も脱いでいた為に始めは別人だと思ったほどだ。

 当時ハンター稼業を引退した身でのんびりとスローライフを満喫していた彼女の家に、赤ん坊を背負いながら唐突に押しかけてきた私の姿は、彼女の目にはどう映っていたのであろうか。

 

 そんな元キリン装備の双剣使いに頭を下げて頼み込むと、彼女は意外にも私が苦心していた「キリ」の世話を快く手伝ってくれた。

 

 私はその時まで知らなかったが、彼女は元々子供好きな性格だったのであろう。私と同じ独り身の筈でありながら、その手際は驚くほどこなれていたものだ。

 私では出来なかったことを簡単に行ってくれる彼女の存在は現役時代にパーティを組んでいた頃のように頼もしく、キリもまたそんな彼女のことを「ははうえ!」と慕い、懐いていたものだ。

 

 それこそキリを育てる役目は私ではなく、彼女こそが相応しいのではないかと思えたほどだ。

 

 私自身の勉強も兼ねてキリがある程度育つまで彼女の村に定住していた私だが、彼女が自分で物事を判断出来る年齢になったことで今後のことを……キリに残酷な選択を突き付けることにした。

 

 ――私はこれからまた、探し物を求めて旅に出る。

 

 ――彼女の元に残るか私と来るかは、お前が決めなさい、と。

 

 我ながら、父親として失格な発言だったと思う。

 私とキリ、元双剣使いの三人で暮らしていた穏やかな時間は居心地が良く、忙しなく旅回っていた私が永住さえ考えかけたものだった。しかしそれでも私は、最後まで理想のキリン娘への渇望を抑えられなかったのだ。故に私は、キリがある程度成長した頃には再び村を発つと決めていた。

 そんな折にキリの処遇は、母親代わりをしてもらった彼女と相談して決めたものであった。

 それまで定住していた村は比較的治安も良く、彼女の傍にさえ居れば先行き見えない私の旅に着いてくるより安全な生活が出来た筈であろう。元双剣使いもまたこの頃には本格的にキリの母親になることを考えていたようであり、最終的な判断はキリ自身に委ねようという話になったのだ。

 そしてキリ自身は無愛想な私よりも優しく温かい彼女のことを慕っているだろうと思っていた私は、村に残ることを選ぶのだろうと思っていた。

 

 

 しかし、キリは選んだ――私の旅に着いていくことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、私の目に映ったのは簡易的に張り巡らされたテントの天井だった。

 ランタンの淡い光が狭いテントの中を照らしており、夜の寒波が私の肌を突き刺している。

 ホットドリンクの効果が切れたのであろう。しかしいつの間に眠っていたのであろうか……やはり私も、年老いたということなのだろう。

 

「マスター、夕食ができました」

 

 寝床から起き上がり、頭を押さえていた私の耳に張りのある凛とした声が響いてくる。

 するとテントの入り口を開けながら、白髪の少女が私の様子を窺いに来た。

 

「キリ……」

 

 この焦点がその姿に合わさったことで、私の寝ぼけ気味な意識が覚めて彼女の姿を認識する。

 キリ――幻獣キリンから託され、ここまで育ててきた私の娘にして弟子だ。

 キリンの背中から赤ん坊を拾い上げてから、もう十五年になるか。彼女の歳も十五歳となり、美しく成長した少女の姿はもはや幼子ではなくなっていた。

 これまで長いようであっという間に過ぎたような、不思議な気持ちである。

 

「どうかされたのですか?」

 

 そんな感慨に浸りながら彼女の整った容貌を眺めていると、不思議そうな顔でキリが訊ねてきた。

 その言葉に特に隠すようなこともなかった私は、正直に答えた。

 

「昔の夢を見ていた。お前が、私の旅に着いて行くと言った日のことだ」

 

 元双剣使いと共に村に残るか、私と共に旅に出るか。その二択の中から彼女が後者を選んだことは、私にとって衝撃的な選択だった。

 なにせ理想のキリン娘を探すなどという、彼女にとっては何の益もない長旅に付き合わせることになったのだ。

 彼女にもまた私の旅に同行するに当たって明確な目的があったようだが、村に残るものとばかり思っていた私としてはなんとも予想外であった。

 

「マスター……」

「キリ、お前は後悔していないか?」

「もちろんです。後悔したことはありません」

 

 娘という初めての同行者が出来た旅の中で、私はせめてもの親心として彼女の要望には可能な限り応じてきたつもりだ。

 しかしそんな時、キリが私に出した要望はこれもまた予想外なものだった。

 

『私を、父上のようなハンターにしてください』

 

 子供は親の背中を見て育つと言うが、父親の真似事をした私も母親代わりをしてくれた元双剣使いの女性も、元はハンターとして活躍していた人間だ。そんな私達に育てられたからであろうか、キリもまた十歳の頃にはハンターとして生きていくことを心に決めていたのである。

 

 本当ならば、未来ある女児にハンターなどという危険な職業に就いてほしくなどない。まるで本物の父親のようにそう思った瞬間、私の頭脳に電流が走った。

 父親としてのキリへの愛情を自覚したその時、私はようやく、この世界で理想のキリン娘が見当たらない本当の理由を理解したのだ。

 女性ハンターは筋肉質な体型が多いから? 違う。そうではない。

 

 ――私にとって理想のキリン娘となりうる麗しい少女ほど、キリン装備を着けたハンターになることを親が認めないからだ。

 

 それは恥ずかしながら、私自身が親の立場になったことで初めて理解したことだった。

 ハンターとは元来、死と隣合わせの危険な職業だ。この世界では女性でも鍛えれば男性と変わらぬ力を身につけられるとは言え、新たな命を宿すうら若き女性が守られるべき存在であることは、前世の世界と何ら変わりない。

 大切で儚い娘ほど荒事から遠ざけたいと思うのは父親として至極当然のことで、それがまさに理想のキリン娘が見当たらない理由に当てはまった。

 若者の男女から人気のあるキリン装備であるが、親の人間が見た場合にはその見方が変わってしまうのだ。

 

 仮に自分の娘がキリン装備を着けて、野獣のような男達が集う集会所へ向かった時、頑固者の父親は何を感じるだろうか。

 

 その答えは、古の昔から一つであろう。

 

 

 ――けしからん! 実にけしからん!!

 

 

 ……そう、私はその真理にたどり着いてしまったのだ。

 成長するに従って、日に日に美しくなっていくキリの姿を誰よりも近くに見て、私は思った。

 

 これは間違いなく、今まで出会ったどんな女の子よりも美少女に育つであろうと。

 

 仮にも父親代わりをしてきた身であるからか、親馬鹿の如く身内贔屓が入っているやもしれぬ点は否定できない。しかしそれは、彼女の姿を客観的に分析した上での真実だった。

 私自身は老いて枯れ果てた身であり、拾い上げてから娘のように思ってきた彼女に対して劣情を抱くことはない。

 しかし、神秘性さえ感じられる透明感のある麗しい容姿に、まるでキリンホーンのウィッグを装着する為に生えているような癖のない艶やかな白髪には自然と目が引き寄せられてしまう。肉付きにしても程よく整っており、天才的なハンティングセンスを持ちながらハンターとしては華奢な体型であり、儚くも美しいどこか庇護欲を誘うような見た目だった。

 

 その上性格は礼儀正しく真面目であり――はっきり言って、私の好みに直撃していた。

 

 十五歳となり、予想通り絶世の美少女に成長した彼女を見て私は確信したものだ。この子がキリン装備を着ければその瞬間、私の長年の目標である理想のキリン娘が誕生すると。

 

 ――だが私は彼女に対し、言えなかった。

 

 キリン装備を着てほしいと。

 私が長年追い求めてきたキリン娘になってほしいと、最後まで言うことが出来なかったのだ。

 長年の目標を達成できる瞬間がすぐそこまで迫っているというのに、私は彼女――キリに対してキリン装備を着せたいと思えなかったのだ。

 

 ――だって、嫌ではないか……自分の娘があんな格好するの。

 

 今でこそその感情が父親としての情から来ているものであることを自覚している私だが、初めてその感情を抱いた時の私は大いに困惑したものだ。

 理想のキリン娘と会うことは、今世における私の悲願だった筈だ。それだけの為に五十年近い年月を要し、地位も名声も捨て去って旅をし続けてきた。

 

 しかし……私にとって理想のキリン娘になりえる存在は、他でもない自分の娘だったのだ。

 

 理想のキリン娘を実現させる為には、自分の娘にキリン装備を着てもらわなければならない。

 そんなあまりにも残酷な現実から襲われた葛藤に、当時の私は行き場の無い拳を地面にぶつけることしか出来なかった。

 

 ――馬鹿な……これでは一体……

 

 

『 私は 何のために生まれてきた……? 』

 

 

 希望と絶望は表裏一体なのだと、その時の私は本当の意味で思い知らされた。

 朝をむさぼり夜を吐き出し、行かんとする我が性に、茫然と立ちすくんだのである。

 

 キリはこの世界の誰よりも美少女だ。少なくとも、私はそう思っている。

 そんな彼女と出会ってしまった今、たとえこの先ほどほどに可愛らしいキリン娘を見つけることが出来たとしても、この心は決して満たされないだろう。

 故に、ボーダーラインには絶対にたどり着けない。それは私にとって、死刑宣告も同様だった。

 

 かつて偉そうにもキリに己の行く道を選ばせた私は、今度は私自身が己の人生を選択する番となったのだ。

 

 理想のキリン娘を選ぶか、最愛の娘を選ぶか。

 キリは優しい子だ。そしておそらく、私が思っている以上に私のことを慕ってくれている。私が頼めば露出度の高いキリン装備であろうと、もしかしたら着てくれるかもしれない。

 しかしそれでは彼女の心を蔑ろにして辱めることになり、父親として許されることではなかった。

 

 ……ああ、気づかない内に、私の中で彼女の存在はそこまで大きくなっていたのだな。

 

 世界の何よりも理想のキリン娘に傾いていた筈の私の天秤は、いつの間にか娘に対する愛おしさへと傾いていたのだ。

 

『こ、こんな格好をしてほしいのですか? ……幻滅しました、もう近寄らないでください』

 

 ……最悪の場合、彼女からそんなことを言われた日には、生きることを諦める自信がある。尤も、この身はもう長くはないが。

 しかしキリが普段日常の生活で纏っている装備はどれも露出度の低いものばかりで、動きやすさを重視する修行の時でさえレザー装備程度の露出度に抑えている。

 誰に似たのやら少々堅物的な性格に育った彼女は、人前で肌を晒す恰好を好まないのだ。この世界では珍しい性格だと言えるだろう。

 そんないわゆる「恥ずかしがり」な彼女に無理を言って、私のエゴでキリン装備を着させるわけにはいかない。

 彼女の目を曇らせることになるのなら、私は長年の目標さえ捨て去ることが出来た。

 

「ふっ……」

 

 彼女を拾い、彼女を育て、いつの間にか私の心はキリン娘以外のことで満たされ始めていたのだ。

 再開した旅の中でそれに気づいた私は、最近ではキリン娘の捜索をそっちのけにして彼女との修行に精を出している始末である。

 私が教えれば教えるほど吸収し、天井知らずに実力をつけていく彼女の姿を見て嬉しくなり、私の心は初めてキリン娘以外のことで本当の喜びを知ったのだ。

 

 気づいた頃には私の心の天秤は、完全に逆転していた。

 

 理想のキリン娘を選ぶか、最愛の娘を選ぶか。その答えはもはや、語る必要がなくなっていたのである。

 そうしてこの感情を自覚した瞬間から憑き物が剝がれたように、私の心からキリン娘への執着は薄れていった。

 

 

「そうか……」

 

 このような老いぼれと旅をしている現状に後悔していないと、娘から聞けた言葉に私は嬉しくなる。

 幻獣キリンの目撃例のあるこの樹海の中、私はキャンプファイヤーを囲みながら石の椅子に座り、彼女が作ってくれたオニマツタケご飯をいただきながら笑みを溢す。

 

 うむ……若年にして、料理の腕は既に私を超えているようだ。

 

 これで戦闘能力も本物だというのだから末恐ろしい。あの細腕で豪快に大剣を振り回すなどとは、実際に目の当たりにするまで夢にも思うまい。きっとこの子は、私を超える素晴らしいハンターになるであろう。

 そんな彼女は、手作り料理を美味しくいただいている私の姿に対して温かく頬を緩める。そんな娘に対して、私はおもむろに問い掛けた。

 それはこの世に思い残すことのなくなった老いぼれの、ほんの些細な気まぐれだった。

 

「キリよ。何か欲しい物はないか?」

「えっ」

 

 唐突にそう切り出した私の言葉に、キリが首を傾げる。

 キリは物心ついた頃から聡明で、わがままらしいわがままさえほとんど言わなかった子だ。こうして私から言わなければ、欲しいもの一つ強請ることもなかったものである。

 そんな彼女に対して、私は切り出した言葉の意図を教えてやった。

 

「卒業祝いだ」

 

 そう――この私が理想のキリン娘を追い求めるよりも大切だと思った彼女と、とうとう別れる時が来たのだ。

 この内心を悟られぬよう苦笑で誤魔化す私に、キリは怪訝な眼差しを向ける。

 

「卒業?」

「私との修行は、今日で終いだということだ。今のお前ならハンターとして立派に、どのギルドでもやっていける筈だ」

 

 十五歳という年齢は、いっぱしのハンターとしてデビューするには若いと思う者もいるだろう。

 しかし彼女に関しては、これでも随分引き延ばした方なのだ。私よりも遥かに才能のある彼女は、十三歳の頃には既に隻腕の私が教えられることはほぼなくなっていた。

 今の彼女に必要なのは、これから先ハンターとして相対することになるであろう理不尽の経験だけだ。実戦でしか体験することのできないそれは、私との修行ではいくら続けても得られないものだった。

 

「お前には才能がある。お前ならきっと、私を超える優秀なハンターになれるだろう」

「いえ、そんな……わ、私にはまだ貴方から教わることがあります」

 

 そう伝えれば、キリは戸惑いの隠せない顔色で言い返す。

 もっとこの師弟関係を続けていたいと……そんな娘の言葉は、私としても心から嬉しいものだった。

 しかしハンターとは元来孤独なものなのだ。パーティを組み、協力して目標を狩猟していくこともあるであろうが、最後の最後に信じられるのは自分の力だ。

 

 自分の命は自分で守らなくてはならない。他の誰かから庇護を受けることのできない過酷な場所こそが、彼女の目指す「モンスターハンター」なのだから。

 

 故に私は、一人前となった時点で彼女を突き放す必要があった。

 

「キリよ、お前には夢があるか?」

 

 ハンターとは、生半可な覚悟で目指して良い職業ではないのだ。

 初めてキリがハンターになりたいと言った時、私は強くそう説得したものだ。しかしキリは「私にはどうしても成し遂げたいことがあるのです!」と言い切ると、そこにたどり着くにはハンターにならなければならないのだと訴えてきた。

 

 ――その時の彼女の目は、愚直にもキリン娘を追い求めていた若い頃の私とそっくりだった。

 

 しかし彼女は私とは決定的に違い、聡明で要領の良い子である。私よりも器用に生きていけるであろうことは、共に暮らしていればわかることだ。

 

「私にはたった一つだけ、大きな夢があった。それは人によっては小さな夢だと思うであろうが……私にとってはこの生涯を捧げても良いと思えるほど、壮大な夢だった」

 

 五十年以上続いた人生の旅路を振り返りながら、私は娘であり、弟子でもあるキリに対して最後の指導を与える。

 指導内容はこの私、「モンハン世界に生まれて、理想のキリン娘に会う為にハンターになった男」の自分語りだ。

 この情けない一生を反面教師に、彼女にはこれからの人生で存分に羽ばたいてもらいたい。

 

「しかしその夢は、ついぞ叶わなかった。……いや、叶う必要など始めからなかったのやもしれんな」

 

 たった一つの目標さえ成し遂げられなかった私だが、大切なものを得ることは出来た。

 一番欲しいと思っていたものよりも尊い、キリという存在を手にすることが出来たのだ。

 

「キリ、お前はまだ無知だ。あの頃の私と同じで、この世界の素晴らしさをまだ何も知らない」

 

 おっとこんなところにオニマツタケが……と、椀の中に残っていた最後のオニマツタケご飯をよそり、口に運んでいく。

 彼女の作ってくれた最後の晩餐は、私が今まで食べてきたどの絶品料理よりも美味しかった。

 

 本当に……こんな男にはあまりにも、過ぎた死に様である。

 

「だがお前なら、どこにでも行くことができる。これまでよりも美しい世界に、きっと辿り着ける」

 

 ああ……意識が薄れていく。

 手元から椀が落ち、駆け寄ってくる少女の声だけが耳に入る。

 既に視力は無く、そこにいる白髪娘の姿は見えなかった。

 

「父上っ!」

 

 現役時代、この身体を酷使し続けてきたわりには長生き出来た方だろう。

 力無く崩れ、地に倒れようとした私の身体は、さっと割り込んできた柔らかな腕と胸に抱きとめられる。

 私の様子がおかしいと見るや、見事な反応速度だ。

 

「其方に会えて良かった。元気でな……」

「父上っ……!」

 

 父……か。修行を始めた頃からは甘えを無くすために、私のことを師匠として「マスター」などと呼ぶようになった彼女だが、この期に及んでそう呼んでくれた気遣いに私は感涙する。

 

 ほとんどキリン娘のことしか頭になかった私だが、それでも彼女にとって父親と呼べる存在になれたのだろうか……そう思って良いのだろうかと、私はどこに居るのかもわからない神に問い掛けた。

 

 ――ああ、結局この子から、欲しいものを聞けなかったな……

 

 私のアイテムボックスは好きに使って良いと書き置きしておいたが、この子の性格では全部使ってくれるか疑問だ。

 出来ることならば私が振れなくなった大剣――召雷剣「麒麟」も直々に授けたかったところだが、新米のハンターに与えるには馬鹿親が過ぎるか。しかし彼女なら、あの武器さえ問題無く使いこなせるだろう。

 

 ――しかし、何ともまあ。

 

 私の扱っていた大剣を振るうキリの勇姿を想像すると、どうしてもキリン装備を纏った神々しい姿で想像してしまうのが御し難いところだ。

 あの子のことをキリン娘よりも尊い存在だと思っている今もなお、理想のキリン娘になった彼女の姿を見てみたいという気持ちは、やはりこの心に残っていたようだ。

 

 

 

 ――うむ、やはりけしからんな!――

 

 

 

 自分の娘にさせていい恰好ではないが、それはそれとしてやはりキリン装備はいいものだ。

 そんなしょうもない意識を最後に、しょうもない人生を送ったしょうもない私の意識は深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 




 仕方ありませんがモンハンの装備は男女でビジュアルに差がありすぎると思うの。もちろんどっちもすき。

 もう少しだけ続きます。次回はちょっとした勘違い要素のある娘側の視点になるかと思います。次こそはキリン娘をしっかり出して終わりたい。


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お、おかしい……何かが……これって一応(原作)レ◯プですよね?

 まさかの日間一位獲得に超驚きの大感謝。何よりアカムの兄貴の人気ぶりに驚きました。
 やっぱりキリン装備好きなんですねぇ……そんな読者さんの需要を少しでも満たせるようにガンバリマス。


 

 

 私の父は、多くを語らない人だった。

 

 いつ如何なる時もキリン装備の頭を被り、入浴時さえ私が無理矢理脱がせるまで頑なにマスクを外そうとしない人。私が言うのもなんだが……父上は昔から、幻獣キリンというモンスターに対して並々ならない感情を抱えているらしかった。

 そんな父上がかつて「キリン公爵」という名で人々から称えられた伝説のハンターだということを知ったのは、私がまだ九歳の頃だった。

 尤も、父上の方から私にそう明かしたわけではない。当時「ハンター」という職業に興味を持った私が勉強の一環として歴史書を読み漁っていた時、そこに記述されていた「キリン公爵」という男の項目を見て母上が教えてくれたのだ。

 

『そのキリン公爵っていうの、アイツのことだよ』

 

 ハンターになって僅か一年で最高ランクであるG級へと昇りつめ、討伐不可能と言われていた無敵の古龍「黒龍ミラボレアス」を討ち果たした天才ハンター。短い実働期間にも拘わらずハンター界に遺した伝説は数知れず、黒龍討伐以降は忽然と姿を消した謎めいた英雄である。

 ハンター関係の書物を読み漁れば、溢れるほど出てくるのがキリン公爵の通り名だ。彼がたった一年の間に打ち立てた前人未到の討伐記録は今もなお並ぶ者はおらず、多くの若者ハンターから目標とされている世界最高のハンターの一人だった。

 しかし父上の正体がその「キリン公爵」だということを母上が教えてくれた時、幼い私の心に驚きはなかった。

 

 ――だって、私のちちうえだもん。

 

 何故か得意げに胸を張りながら、母上にそう言い返したことを覚えている。その脳裏に浮かんでいたのは、幾度となく私を助けてくれた父上の姿だった。

 

 小さな私を背負いながら、密林で遭遇したイビルジョーを片腕で追い払っていた父上。

 翼竜に攫われそうになった私のことを抱き締めて、絶対に離さなかった父上。

 人知れず村に接近しようとしていたクシャルダオラの怒りを鎮めた後、あたかも何事もなかったかのように母上の家に帰還した父上。

 

 流石に赤ちゃんの頃の記憶までは覚えていないが、私の頭に残っている幼少時代のおぼろげな記憶の中にはいつだって父上の勇姿が焼き付いていた。

 父上は誰よりも強く、誰よりも優しい。子供心にそう思っていた私からしてみれば、父上の正体が伝説のハンターだと聞いたところで「そんなの当たり前」という感想しか出てこなかったのだ。

 

 ……だけどそれはそれとして、かつて現役時代の父上とパーティを組んでいたと言う母上の思い出話を夢中になって聞いていたものだ。

 

 

 父上は無口というほどでもないが、自分のことをあまり語りたがらない人だ。特に現役ハンター時代のことは滅多に話さず、それには彼自身が「ハンター」という職業に対して複雑な感情を抱えているからなのではないかというのが私と母上の見解である。

 

『うちの団長からとんでもないルーキーが現れたっていう話を聞いて、ちょっかいかけてやろうと思ったのがアイツとの出会いだったねぇ。飯の食い方が妙に綺麗で、貧乏一家のくせに育ちが良さそうな男でさ。あの頃のアイツはまだ、キリン装備を着ていなくてね。童顔で可愛い男だったよ』

 

 若かりし頃の思い出を懐かしみながらかつての父上のことを語る母上の姿はとても楽しそうで、まるで夫との馴れ初めを語っているような顔をしていたものだ。

 父上と母上は、お互いに強い結びつきで信頼し合っている。赤ちゃんの頃の私をあの村に連れて来るまで長い間ずっと会っていなかったと言うのが不思議なぐらい息が合っていて、子供ながらにどうしてあれで結婚していないのだろうかと不思議に思っていたぐらいである。

 そんな母上は、私の知らない父上のことをはにかみながら話してくれた。

 

『あたしも長いことハンターをやったわけだけど、アイツやソードマスター、ナルガ嬢ちゃんの四人で組んでた時が一番楽しかったねぇ……プライベートからベタベタしているわけじゃなかったけど、あの三人が一緒の時は古龍にだって負けなかった』

 

 あんたもハンターを目指すなら、人を見る目を養っておくといいよ――と語った母上の言葉は、ハンターの先立ちとして説得力に溢れたものだった。

 今の私は父上以外の人とモンスターを討伐しに行ったことがないのでピンと来ていないが、それだけパーティというのはハンターにとって大きな存在なのだろうと推察できる。

 若い頃の母親は父上を筆頭に心強いハンター達に恵まれていたようで、パーティには気の合う強い仲間が揃っていたらしい。

 ただ……と、母上はほのかに悔しげな色を滲ませた顔で続けた。

 

『ただ……アイツだけは、あたしらとは違う場所を見ている感じだった。あー、思い出したら腹立ってきた。あたしらの飯に麻酔薬なんて混ぜて、一人で黒龍に挑みやがってよ……』

 

 チームワークの取れた素晴らしいパーティである一方で、父上は一人だけ壁を張っていたのだという話だ。

 今も伝説となっているキリン公爵の単独での黒龍討伐もまた、本当は四人で挑む筈だったのだと母上は語った。

 しかし皆が出発前に摂った料理に父上が睡眠効果のある薬を混入し、三人を眠らせた後で一人で黒龍へと向かっていったらしい。

 

 ――すまない……こんな戦いに、君達を巻き込みたくなかったんだ……

 

 その時の母上が最後に聞いたのは、悲壮な目で別れを告げる父上の姿だったと言う。そんな、伝説の裏側である。

 それは決して、父上が単独で挑むことによって手柄を独り占めにしようとしたわけではない。相手は無敵の黒龍ミラボレアスだ。父上の力を以てしても、単独での勝算は限りなく低かった筈だろう。

 

『……いや、あの時のアイツは本当に死にたがっていたのかもしれないねぇ』

 

 振り返ってそう語る母上の話によれば、父上は仲間が傷つくことを誰よりも恐れており、自分が傷つくことはまるで厭わない自己犠牲の塊のようなハンターだったのだと言う。

 母上のいたハンターズギルドでただ一人異常なスケジュールを組み、毎日数体もの大型モンスターを狩りにいっていた父上の姿は、受ける依頼がことごとく激務と言われているG級ハンターの中でも極めて異質だったとのことだ。

 本来入念な準備を必要とする筈の大型狩猟任務を毎日受注し、それを一日の間に数回行うことさえ珍しくなかった。

 三日に五体の大型狩猟は当たり前で、三日に八体の大型狩猟もあったと言う。しかも対象の大型モンスターはどれもイビルジョー、ラージャンのような極めて危険度の高い個体ばかりを率先していたというのだから狂気じみている。

 当時の彼のことは、著作者不明の「全盛期のキリン公爵伝説」という書物にも詳しく書き綴られていたものだ。その中には「キリン公爵にとって亜種モンスターは希少種モンスターの成り損ない」、「グッとガッツポーズをしただけで体力を完全回復していた」だとか「光蟲を採取しただけで飛竜たちが泣いて謝った」、「ティガレックスの目前で悠然とこんがり肉を焼いていた」などと言う信じがたい逸話も記されていたものだが、あの父上の若い頃ならば信憑性は高そうだと私は思っている。

 

 しかしそんな父上にも、時には弱さを見せることがあったのだと母上は語った。

 

『あれは黒龍討伐の四か月前……アイツがG級に上がって二か月ぐらいだったかな? 任務が終わった後で、アイツは隠れて泣いてやがったんだ』

『泣いた? 父上が?』

 

 父上が涙を流した――いかに母上の言葉とは言え、にわかには信じられない話だった。

 どんな時も強くて、決して弱さを見せなかった勇敢で逞しい父上――そんな背中を見て育ってきた私だから、その時は母上が嘘をついているのだと無意識に眉をしかめてしまったものだ。

 

『あはは、そう怒りなさんな。嘘じゃないよ。モンスター討伐の依頼を済ませた後、途方に暮れながら一人で泣いていたんだ。あたしはその時偶然盗み聞きしちまったんだけど、「私のやっていることは、本当に正しいのだろうか」って呟いててな』

『それって……』

『その時のアイツには依頼とは言え、淡々とモンスターを殺し続ける日常に感じるもんがあったんだそうだ。馬鹿みたいな早さでG級になったアイツも、日にちで言ったらまだまだ駆け出しハンターと変わらなかったからね。時にはナイーブになって、可愛げを見せることもあった』

 

 苦笑しながらそう言った母上の言葉に、私ははっとあることに思い至る。

 とうに現役を引退した身でありながら、今の私よりもずっと強い力を持っている父上……しかしあの人は決して、その力を無暗に振るうことはしなかった。

 

『依頼を受けている時のアイツはまさにモンスタースレイヤーだったけど、依頼以外の探索では積極的にモンスターを殺すことはしなかった。あれで結構な甘ちゃんだったんだよ』

 

 根本的な意味で、父上はモンスターのことが好きなのだ。温厚な草食モンスター達と戯れている父上の姿には、私も何度か覚えがある。

 だけど一度戦うと決めた時は、本当に容赦の無い猛攻でモンスターの息の根を止めていく。戦っている最中に迷いを見せることは無いが、好き好んでモンスターの殺生を行うこともしない。

 ある意味プロ気質で、慈悲深い人間でもある。当時の父上が愛用の武器に一撃の殺傷力が高い「大剣」を扱っていたのも、なるべくモンスターを苦しめないようひと思いに仕留める為の、彼なりの慈悲だったのではないかと母上は推察していた。

 

『私の知る父上も……道端でモンスターと遭遇することがあれば、基本的には追い払うだけに留めていました。その気になれば一瞬で殺せる時でさえ、積極的に命を断つことはしませんでした』

『あーやっぱり変わっていないんだねぇ、そういうところは。妙に優しいっていうか』

『……そんな父上が、私は好きです』

『曇りのない目だこと……まあ、そんなアイツが苦しんでいるのに耐えかねて、いつだったかソードマスターの奴が「悩みがあるなら言え!」って怒鳴ったんだ。俺達は仲間だろうとか、青臭いこと言っちゃってさ』

 

 母上の話によれば狩るモンスター相手に感情移入してしまい、ナイーブになってしまうことは新人ハンターの間では稀にあることらしい。そう言った苦しみには優秀な能力を持つハンターほど陥りやすく、それを切っ掛けに心が病んでハンター稼業自体を辞めてしまうこともあるのだそうだ。

 当時の父上も放っておけば心を病んでしまいそうな雰囲気があったらしく、見かねた仲間が踏み込んで相談に乗っていたとの話だ。

 ……そういうの、いいな、と私は思う。

 苦しんでいる仲間を助け合う友情。そんな仲間達との関係には、ハンター見習いとして憧れてしまう。

 ただその時のことを語る母上の顔は、意味深な表情で笑っていた。

 

『くくっ……そしたらアイツ、なんて言ったと思う?』

 

 そんな母上が当時の父上の言葉をそのまま再現するように言い放つ。

 丁寧にも物憂げな口調まで真似をした、真剣な言葉で。

 

 

 ――私がハンターになったのはただ……キリン装備を着たあの子に会いたかっただけなんだ……

 

 

 内なる悩みを明かした時、父上が初めて語った戦う理由。

 当時の父上がハンターとして一線で活躍していたのも、全てその為だったのだと。

 母上が再現したその言葉を頭の中で何度も復唱した私が、その言葉に含まれる意味を理解したのは一分間の硬直を経た後のことだった。

 

『そ、それは……「そういうこと」ですか?』

 

 当時の私は幼かったが、昔から本を読むことは好きだったので「そういう」知識はあったし、一般的な女の子として憧れてもいた。

 故にかつての父上が語ったと言う自らの戦う理由を、その言葉の内容から推測するのは容易かった。

 

 ――父上はキリン装備を纏った一人の女の子を探す為だけに、命を懸けてハンターになったのだ。

 

 母上もその人物がどのような存在だったのかまでは本人の口からは聞けなかったようだが、彼が自らの人生を捧げてまでその人物を探す旅に出たことから、「そういう」存在だったのだろうと私は解釈している。

 父上には既に特別な存在がいたのだとすれば……あれほど親しくても、父上と母上が結婚していないわけである。一途すぎるその思いは、義を重んじる父上らしいと思った。

 

『笑っちまうだろう? アイツ、初恋の女を探す為にハンターになったんだ』

 

 いつの間にか携えていたビールのジョッキを片手に、そう語る母上の顔は仕方ない奴だと呆れているような、それでいて割り切っているようなどこか清々しい笑顔だった。

 

 私が思うに……母上は多分、パーティを組んでいた頃からずっと、父上のことが好きだったんじゃないかと思う。

 

 それが仲間としてなのか姉貴分として向ける情だったのか、恋心的な意味だったのかまではわからないが。 

 

『……ろまんちっく、ですね』

『だろう? 今じゃ伝説の人扱いだけど、案外アイツは普通の男の子だったのかもしれないねぇ』

 

 初恋の人と会う――それだけの為に、父上はハンターになった。そしてギルドから脱退した今もなお、その人のことを探し続けている。

 会ってどうするかということも考えておらず、ただ会うというだけの為に自分の人生を捧げて。

 あの父上がそこまで執着するのだから、よほど素晴らしい女性だったのだろう。

 ……私としては正直、かなり嫉妬してしまう。だけどとてもロマンチックで、素敵な願いだと思った。

 

『だけどアイツは、いくら頑張っても初恋の女に会うことは出来なかった。その女もハンターなら、モンスターとの戦いでとっくにくたばってる可能性もあるしね。……いや、そもそも本当に実在しているのかさえ怪しいって言ってたな。それを理解していただけに、いつまでも叶わない目標の為に嫌いでもないモンスターを殺し続けるのが辛かったんだろう。

 その極め付けが、自殺志願みたいな黒龍特攻さ。命からがら生還してきたアイツだけど、片腕を失ってどこか嬉しそうにしてやがった……不純な動機でモンスターを殺す自分を、最強のモンスターに罰してもらいたかったのかもしれないねぇ』

 

 どんな理由であろうと、アイツがモンスターを狩ってくれたことで大勢の人が救われたっていうのにねぇ……と、苦笑する母上の姿が今も印象深く残っている。確かに狩られたモンスター達からしてみれば酷いとばっちりもあったものだが、ハンターになった切っ掛けがなんであろうと、父上がこの世界に積み重ねたものを否定する権利はどこの誰にもありはしない。

 

 幾つになっても初恋を忘れられず、今もキリン装備のその人のことを健気に追い続けている。

 

 思えば父上が主に幻獣キリンの出没情報がある地域を探索していたのも、その人の手掛かりを掴みたかったからなのかもしれない。

 それまで父上に対して厳格な賢者のようなイメージを抱いていた私は、彼の意外な行動目的を知って心から「かわいい」と思ってしまったものだ。

 まるで書物の中の恋愛劇のように、父上は愛に生きる男性だったのだ。

 衝撃的な新事実に驚く私に、母上は付け加えておどけたような表情で言い放った。

 

『それでさ、キリ。どうもあんた、その初恋の女に似てるらしいよ』

『……はい?』

『アイツが探していた子は、丁度あんたみたいな子だったって話さ』

『わ、わたし、ですか?』

 

 おそらくは私が寝静まった夜のことであろう。母上はその頃父上を酔わせることに成功し、何十年もの時を経てこの話の詳細を直接聞き出したらしい。

 そんな父上いわく、彼が探し求めている初恋の女性はキリン装備のイメージを最大限に引き出したように可憐で幻想的な少女だったのだそうだ。

 

 ――そうだな……私が追い求めていたのは、まさにキリのような子だった……あの子ならきっと、誰よりもキリン装備が似合うであろう――

 

 酒の席で、父上はそう呟いたらしい。

 その言葉を母上から伝え聞いた当時の私は、父上が私のことを可憐で幻想的だなどと思っていてくれたことが嬉しくて気恥ずかしくて、柄にも無く舞い上がったものだ。

 顔を真っ赤にして沸騰した私の頭を撫でながら、母上は優しい声で言った。

 

『ああ、そうだ。ハンターを目指すんなら、あたしが昔着てたキリン装備、あんたにあげようか? いつか大きくなったら着てやったらいい。アイツもきっと、喜ぶだろうさ』

 

 母上が若い頃、現役時代に纏っていたという「キリン装備」。母上にとっては既に役目を終えているそれを、私の為に甦らせてやろう、と。

 現役時代も歳を取ってからは着なくなったという話であるが、時折昔を思い出しては今でも手入れをしていたようで、私に託された純白の装備の状態は年代物とは思えないほど整っていた。

 そんな偉大な、聖衣とも言える物を母上から受け取った時、当時の私は「いつかこれを着れる女になってやる」と意気込んだものだ。外面だけではなく、内面的な意味でも。

 しかし。

 

『まっ、サイズはちょっとデカいだろうけどね』

 

 挑発的かつ得意げな母上の言葉が、十五歳になった今の私の頭に憎たらしく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 父上のテントの隣に設営された、私用のテントの中。

 鏡の前に佇む私は、胸部を覆う白い布幕を引っ張りながら苦渋の表情を浮かべていた。

 

「むう……」

 

 ――数年前、父上と共に村から旅立つ時、こっそりと母上から渡されたこのキリン装備。

 旅立った頃はまだ私も小さく、これを着れる身長ではなかったが、成長期が訪れた今ならば着れるのではないかと思い、アイテムボックスに隠し持っていたそれを今日日引っ張り出してみた次第である。

 しかし無情にも、私が着けてみたキリン装備のベストは生地の大部分が余っていた。本人は若い頃の自分をコンガ女だと自虐していたものだが、とんでもない。若い頃の母上は、相当なスタイルの持ち主だったらしい。

 ……いや、私だってまだ慌てる年齢ではない。十五歳になったばかりの私には、まだまだ成長の余地が残っているのだ。だからサイズが合わないからと言って、焦る必要はない。焦ってないもん。

 

 まあ、そのようにサイズは明らかに合っていないキリン装備だが、せっかく取り出したのだからものは試しだ。

 父上もまだ起きていないし、ここは全部着けた状態がどんな感じになるのか確かめるべく、私は大きめのキリン装備の寸法を強引に引っ張りながら調整し、試着してみることにした。

 

「ん……っ」

 

 元の寸法より一回り以上小さい私の胸が締め付けられ、その瞬間装着前とは明らかに違う感覚に思わず声が漏れる。

 温かい……初めてキリン装備を纏った瞬間、私が感じたのは布面積が少ないにも関わらず、今まで身に纏ってきたどの装備よりも心地良いと感じる温もりだった。

 それこそなんだか……母親に抱き締められているような、そんな感覚だ。

 ……いや、私の母親は母上だ。父上と同じぐらい憧れている、大切な人。

 父上のことも母上のことも大好きだから、今の私は父上に付いて旅をしている。母上を独りにしてしまったのは心苦しいが、それは母上から頼まれたことでもあったのだ。

 

 ――あたしなら大丈夫だから、あんたはアイツの助けになってやんな。でも、時々帰ってきてくれたら嬉しい。

 

 母上はそう言って、父上のことを私に託したのだ。老いてなければ一緒に行きたいぐらいだとも言っていた。

 その時はまだ本当の意味でその言葉の意味は理解していなかったが、父上に弟子入りして師匠(マスター)として師事するようになってから、なんとなくわかったような気がする。

 父上は本当に強くて、何でもできる人だが……母上以上に独りにしてはいけない人だと感じるのだ。

 

 父上の探し物は……初恋の人が今後見つかる可能性は、多分ない。

 

 父上自身、とっくに捜索を諦めているように見える。私につけている修行が以前よりも熱心になったのが、その証拠だろう。

 私のことを見てくれている。自惚れでなければ、私には最近の父上の様子がそう見えていた。

 

「キリン装備の、初恋の人か……」

 

 父上が人生を懸けて探し求めている、キリン装備の女性。私がキリン装備を纏えば、父上はもっと私に構ってくれるだろうか……いや、駄目だ。そんなことは考えちゃいけない。

 だけど……

 

 ――初恋の人の代わりに、私でも父上の心を満たせないだろうか……

 

 母上がくれたこのキリン装備。まだサイズが大きすぎて、実戦で装備するのは難しいだろう。

 しかしどうにも私は「キリン」という存在には、昔から縁があるようだ。強引に胸装備を締め付けた後、私は対となる腰巻と腕、脚の装備を順に装着してみる。しかし流石に腰巻の下に纏う下履きだけは誤魔化しが利かなかったようで、穿いた途端に脱げてしまい腿の下までずり落ちてしまった。とても人前では晒せない、みっともない姿である。

 ……仕方が無いので、腰巻の下履きには普段穿いている普通のパンツを代用することにする。スースーするが、どの道私しか見ない試着なのだから問題無いだろう。

 最後の仕上げにキリンホーンの着いた白毛のウィッグを被ると、私は仮の試着ではあるものの初めてキリン装備の一式を身に纏うことになった。

 しかしいざ鏡の前でそんな自分と向き合うと、慣れない感覚に顔が赤くなってしまった。

 

「こ、この格好で戦っていたのですか、母上は……」

 

 母上からの話で聞いていたが、キリン装備は確かに露出度の高い装備だった。

 今までこのように肩やへそ、腿まで大胆に露出された装備を着たことのなかった私には、色々と見えすぎていないか心配になってしまう。

 しかし心許ない布面積に反して装備としての防御力は高く、幻獣キリンの素材から発せられる電気の磁場が衝撃と反発し、白光となって装備者の身体を防護するのだそうだ。尤も今の私ではサイズが合っていないのはもちろん、腰巻の下に履いている下着がどこにでもあるようなただの白パンツの為、本来の防御力は発揮されないだろうが。

 ただ、鏡に映る見た目の上では本来のキリン装備と変わりなく、その姿を見た私の心には感慨深いものが込み上がってきた。

 

 ――露出度が高いのは恥ずかしいが……とても、安心した気持ちになるのだ。

 

 サイズが合っていない為に、今の私では装備に着せられている感が拭えない。でも、私自身の感覚としては不思議なほど「しっくりくる」感じがした。

 自分自身の姿に見とれるというわけではないが、そこに映る自分が何故か普段よりも自分らしいと感じている。

 ……率直に言うと、気に入ってしまったのだろう。母上から託されたという偉大な経緯を抜きにしても、私はこのキリン装備のことを純粋に可愛らしいと感じていた。

 

 

「……っと、そろそろ夕食の準備をしないと」

 

 しばらく漠然と鏡を眺めていると、現在の時間を思い出した私は夕食の準備に取り掛かろうとする。

 今日の夕食は、父上の好物であるオニマツタケを使った料理にしよう。オニマツタケと言えば立派な高級食材の一つだが、私はこの樹海でのハンター修行の合間に、オニマツタケを採取出来る場所を見つけたのだ。

 かく言う私も、オニマツタケ料理は大好物だ。幼い頃は父上が採ってきたオニマツタケが食卓に上がる度、見境無くかぶりついていたものである。

 

 

 父上が仮眠から目を覚ますのも、そろそろだろう。

 

 キリン装備の試着を終えた私は作業に取り掛かるべく、いつもの格好に着替えようとする。

 しかし白毛のウィッグを外したところで、途端にこれを脱ぐのが名残惜しくなってしまった。

 今日の修行は終わったし、この夜実戦に出掛ける予定も無い。ならば少しだけ、今はこの誘惑に負けても許されるだろう。そう自己弁護しながら、私はこの胸に手を当てた。

 

「も、もう少しだけ、着ていましょう……」

 

 サイズも合っていない中途半端なキリン装備であるが、この不思議な温もりにもう少し浸っていたかった私は、頭装備だけ外した状態でテントから出ることにした。

 ただ、今はまだ父上にこの姿を見られたくなかったので、装備の上に「耐寒の装衣」を羽織ることで外からはこの格好がわからないように隠しておくことにする。

 

 

 しかし――この時の選択が父上の運命を変えることになるとは、私には思いも寄らなかった。

 

 

 きっと母上の想いがこの装備を通して、父上の命を救ってくれたのだろう。

 

 ……今でも私は、そう信じている。

 

 

 

 

 





 多分、次で完結するのではないかと思います。
 因みに私はハッピーエンド厨です。


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それは私のちちだあああ!(完)

 

 

 

 ――私は、いついなくなってしまうかもわからない人間だ。

 

 

 修行していた頃、父上が口癖のようにそう言っていたことを思い出す。

 父上は働き盛りの年齢はとうに過ぎているが、本来なら寿命を迎えるにはまだ早い五十代である。しかし父上は、その時から既に自分の命が長くないことを悟っていたのだろう。

 

 黒龍ミラボレアス――かつての戦いがもたらした影響が、老い始めたその身を蝕んでいるのだと語っていた。

 

 書物上の伝説においても、かの父上が滅ぼした黒龍には不吉な逸話が絶えない。黒龍討伐に向かったハンターが不可解な消失現象に遭ったり、数少ない生還者達が見つかったかと思えばその者達は「黒龍の声や視線を感じる」、「自分の腕が黒龍の腕に見える」などと主張しては、数日後には謎の狂死を遂げていたという話が書き綴られている。

 そう言った真偽不明な「黒龍の呪い」を含め、普段から自らの肉体を酷使してきた自覚があったのだろう。迫る死期を悟っていた父上は長年の悲願である「初恋の人」を探すことさえ諦めて、ここ数年は私の修行に専念していた。

 私の為に、父上は数少ない時間を割り当ててくれたのだ。

 

「……優しすぎますよ、父上は」

 

 マスクを外した父上の頭を膝上に乗せながら、私はその髪をゆっくりと撫でる。

 幸せそうな表情で目を閉じている父上の姿はあまりにも無防備で、今までに見たことがないほど安らいだ顔をしていた。

 

 ――こんなところで寝ていたら、いたずらしちゃいますよ?

 

 夜の肌寒さから父上を守るべく、私は羽織っていた耐寒の装衣を父上の身体に掛けてあげる。

 いつモンスターに狙われるかわからない環境で旅を続けてきた父上は、眠っている時でさえこのような姿を見せなかったものだ。

 だからこそ今、私は初めて見た無防備な父上の姿に自然と頬が綻んでしまっていた。

 今でこそ別々のテントで眠るようになった私達だが、同じテントで眠っていた子供の頃なんかは、父上が私より先に寝付くこともなかったのだ。

 いつだって父上は、私のことを大切に見守ってくれた。

 

「どこの誰かもわからない赤ちゃんを、ここまで育てて……愛してくれて……」

 

 貴方の愛情は、伝わっていましたよ。

 さっきだって父上は身体の無理を押しながら、最後の力を振り絞って私の料理を食べてくれたのでしょう?

 そんな父上の眠る姿はとても幸せそうな顔で、未練なんて何一つないとでも言わんばかりで――

 

 

 ――もう目覚めないなんて、信じられない姿だった。

 

 

「勝手ですよ父上は……どうして、一人で逝ってしまうんですか」

 

 大往生とでも言いたいんですか、父上。

 これでは私が……一人で悲しんでいる私が馬鹿みたいじゃないですか。

 貴方との別れを……こんなにも受け入れられない私が。

 

「私はまだ貴方に……何も……っ」

 

 静かに目を閉じたまま息一つしていない父上の寝顔に、私の目からこぼれ落ちた涙の雫が伝っていく。

 私が撫でる父上の頬は綺麗なままなのに、この指先から伝わってくる感覚は固く冷たい。

 堪らず私は、縋りつくように父上の胸に抱き着いた。

 しかし密着すればするほど、受け入れがたい事実が私を襲ってくる。

 

 ……父上の心臓はもう、動いていない。

 

 うるさくしてごめんね、父上。でも、駄目なんだ。

 気持ち良く眠りについた貴方を静かに寝かせてあげなければいけないのに、今の私はこの静寂を守れそうになかった。

 

「――!!」

 

 だから私は、赤ちゃんのように声を上げて泣いた。

 この樹海に住むモンスター達にも気づかれかねないほど大声で、みっともなく泣き喚いた。

 

 父上がもう目覚めないという現実を、認めたくなかったのだ。

 

 父上の最期は満足そうに笑っていた。ついぞ初恋の人に会うことは出来なかったけれど、訪れた自らの寿命に対して何の後悔もなく受け入れているようですらあった。

 

 でも、駄目なんだ父上。私は、貴方が思っているようないい子じゃないから……

 

 貴方の死に父上自身が納得していたのだとしても、私だけは納得できない。私には耐えられない。

 だって私はまだ……何一つ、貴方に返せていないんだよ?

 

「欲しいものなんて……一つしかなかった」

 

 涙に震えた声で、私は頭を押し当てた父上の胸で叫ぶ。

 死の間際の父上の掛けてきた質問に対して、私は小さな頃からずっと、その問いに返す言葉を用意していた。

 私が欲しかったものはたった一つ、好きな人達と過ごす幸せな時間だけだったのだ。

 

「私は貴方とずっと……ずっと一緒にいたかっただけなのに……」

 

 どこの誰の子かも、どこで生まれたかもわからない私の父親になってくれた貴方。

 嫌な顔一つしないで、私の面倒をずっと見てくれた貴方。

 どんな時も目標の為に頑張って、その背中で私を導いてくれた貴方。

 何度も私のことを助けてくれて、最後の最後まで無償の愛を与え続けてくれた貴方。

 そんな私の……自慢の父親。私の――初恋だった。

 

「イヤ、だ……わたしを……ひとりにしないでください……っ」

 

 その優しさに甘えながら、私はこの期に及んで我が儘を言う。

 ただそこにいてくれるだけでいい。今まで貴方がやってきてくれたことも全部、私がやるから。

 貴方の初恋の人も、私が探してきてあげるから……だから。

 

 

 ――目を開けて……!

 

 

 

「……ばかもの……」

 

 

 ……それは、「奇跡」としか言いようにない現象だった。

 泣き喚く私が身に纏うキリン装備。幻獣の白い毛皮に覆われた各所の部位が、一瞬だけ稲妻を纏い、白光となって閃いたのだ。

 その白光は物言わぬ遺体となっていた父上の身体を包み込み、あり得ない現象を引き起こしたのである。

 

「……ハンターたるもの、涙を流すでない……」

 

 ハッと涙に滲んだ目を開いたその時、完全に停止した筈の父上の心臓が、再び活動を始めた。

 冷たくなっていた筈の身体が、温かさを取り戻したのだ。

 顔を上げれば大好きな人の目が、私の姿を優しげに見据えていた。

 

「……っ、ちちうえ!」

 

 理屈なんて、どうでもいい。

 父上が目を覚ましたのだ。この人がそこにいるというだけで――もう何も、言うことはなかった。

 

「……キリ……」

 

 もう二度と、絶対に離すものかという思いでしがみついた私の背中を労わるように撫でながら、父上が悟ったような目で柔らかに微笑む。

 仕方がない奴だな……と苦笑するように、泣き喚く私の姿を見つめた父上が言い放つ。

 

「私が探し求めていたのは……お前だったのだな」

 

 ありがとう……父上。でも、それはお互い様だよ。

 私もきっと、貴方の為に生まれてきた。貴方と巡り合う為に、生きていた。

 

 

 ――だから、ずっと傍にいてくださいね? 父上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠く、海を渡った先にある「新大陸」。その存在は古くから知られていたが、環境の不安定さから調査開拓が長年に渡って停滞している現状である。

 最初の渡航から四十年近くが経過しているにも関わらず、人間が住める土地はこの調査拠点ぐらいなものであり、その事実からどれほどこの大陸が過酷であるか窺えるものだろう。

 しかしそんな過酷な大陸で調査を続けてきたことによって「導蟲」、「スリンガー」、「防具の剣士ガンナー共用化」等革新的な技術を新たに確立したことは、新大陸調査団が残した大きな功績であろう。

 尤も我が盟友ソードマスターのように新技術に水が合わない古参ハンター達もいるようであり、下の「流通エリア」やこの「集会所エリア」には未だに非共用化の防具やスリンガーを装備していないハンターの姿を何人か見かけた。

 

 尤も、今となっては然程興味を惹かれない話である。

 

 昔の私であればキリンホーンのマスクの下で血眼になりながらキリン装備の女性を探し回っていたところであろうが、その必要はもはやない。

 故に今の私はマスクを外した素顔を露わに、集会所エリアの食堂スペースにてかつての盟友ソードマスターと向かい合っていた。

 

「私から話せるのはそこまでだ」

 

 二十年、いや、三十余年ぶりであろうか。

 若き日を共に戦い、お互いの夢について語り合った友の姿は当たり前のように変わり果てており、一目見ただけでは気づかなかったものだ。

 そんな我々はこの再会を喜び合い、キリ達「5期団」の歓迎会の二次会として二人で飲み明かそうとしている次第だ。

 尤も私はあまり飲まないように、こちらの健康に気を遣ったキリから釘を刺されている身であるが。しかしそれはそれとして、かつての盟友と語り合う時間は心から有意義であった。

 

「……なるほど、お前の近況はよくわかった」

 

 リオレイア装備に身を包んだ盟友、ソードマスターが飲み干したジョッキを下ろすと、私の語ったこれまでの近況に相槌を打つ。

 お互いに濃い時間を過ごしてきた空白期間の思い出話は、こうして酒を片手に聞く分には楽しめる話題だった。先にソードマスターが語った彼の波乱万丈な体験談には存分に楽しませてもらった私は、その代金として今しがた私とキリの間に起こった出来事を語り終えたところである。

 

「おそらくはキリン装備から放出される微弱な電磁波が私の心臓を揺らし、心臓マッサージの要領でこの命を蘇らせたのであろう」

 

 ――というのが、あの時の私が九死に一生を得た不可思議な現象への考察である。

 元双剣使いがあの子に託したキリン装備が奇跡を起こし、停止した筈の私の心臓を再起させた。

 キリン装備を追い求め続ける人生に見切りをつけた私が、キリン装備によって命を救われるとはなんとも皮肉な話である。

 ……いや、違うな。

 当時のことを思いながら苦笑する私を見て、ソードマスターがくつくつと笑いながら尤もな言葉を返した。

 

「白々しい御託だな」

「……そうだな。あの子の純粋な願いが奇跡を起こし、私の命を繋ぎ止めた……それで十分か」

 

 どんな理屈かはわからないが、私はあの子に救われ、ここにいる。私にとっては、その事実だけで十分だった。

 

「しかし、君があのアカム装備を外していたとはな。最初は君だということに気づかなかったよ」

 

 つまみのサシミウオの唐揚げを一口かじった後、私は話題を変えて改めてソードマスターの纏っている装備に目を向ける。若かりし頃はアカムトルムの防具一式を纏っていたものだが、今はこの新大陸で狩ったリオレイアの素材で防具を新調したようだ。

 随分と歳相応に変わった渋い雰囲気も相まって、今の彼には似合っていると思った。

 そう告げると、今度はソードマスターの方が苦笑を浮かべた。

 

「ふん、その言葉をそっくり返そう、キリン公爵。お前こそ、あのキリン装備を外していたとは思わなかったぞ」

 

 私の方とて、この身に纏う装備を変えたのは同じだった。

 流石に年齢も年齢であり三十代を過ぎた頃には既に上下のキリン装備を着けなくなっていた私だが、それでも頭装備のキリンホーンだけは頑なに外さなかったものだ。

 しかし今は、そのキリンホーンさえ外してしわがれたこの素顔を晒している。

 それにはあの時芽生えた、私自身の心境の変化が理由だった。

 

「必要なくなったのでな。今の私には、あのマスクで涙を隠す理由はない」

 

 元々私がキリン装備を着けるようになったのは、いつまで経っても理想のキリン娘に会えない悲しみの涙を隠す為のものだった。しかし今の私には悲しみで涙を流す理由も無ければ、そもそもキリン娘を探すという目標も終わっている。

 私の言葉にこちらの意図を察したソードマスターが、安心したような息遣いで祝福の言葉を放つ。

 

「ようやく会えたのだな。お前の初恋に」

「……ああ。あの頃は、心配かけてすまなかった」

「まったくだ」

 

 彼を含めかつてパーティを組んでいた者達には、私のことで要らぬ心配を掛けたものだ。

 あれから何分時間が経ちすぎてしまったが、彼らには返せるものは可能な限り返したいと思う。

 思っていたよりもこの余生は、長く続きそうだからな。

 この私が昔取った杵柄をひけらかしてこの新大陸を訪れたのも、そんな余生の過ごし方の一つだった。

 

「今更聞くのもなんだが……お前がここに来た目的は何だ? よもや俺達のように、真っ当な生態調査ではあるまい」

「調査団にいるハンターの教導を是非、と頼まれたのだ。双剣使いからの伝手でな」

「ほう……ヒヨッコ共には朗報だな。お前がいるのなら、俺も楽ができそうだ」

 

 気候の変動が多いこの新大陸では調査中にも生態系が変化し、新種のモンスターが続々と姿を現してはハンター達が手痛い負傷を受けるケースが目立っているのだと言う。

 そこでどういうわけか、ギルドの使者から私に「新大陸にいるハンター達の教導官になってくれないか」という話が舞い込んできたのだ。元々は元双剣使いの女性宛てに来た要請だったらしいが、彼女の紹介により巡り巡って私が引き受けることになったのである。

 私自身、例の「古龍渡り」の謎や未だ未開拓領域の多いこの新大陸自体に興味が無いこともない。しかしとうにハンターを辞職している私がこの仕事を引き受けることになったのは、それとは別の理由があった。

 そのことを察したのであろう、見透かしたように問い質すソードマスターに私は得意げに返した。

 

「それで? 実際の理由は?」

「ふっ……キリン装備の娘に会う為に決まっておろう」

「意味合いは違うが、そこは変わっていないのだな……」

「一人にしないでくれと、頼まれたのでな。私に持てる全てを尽くして完璧なハンターに育て上げたつもりであったが……一体どこで、あの子の教育を間違えたのであろうか」

「言う割に嬉しそうだな、公爵」

「美しい者に好かれれば嬉しいに決まっておろう。親冥利に尽きるとも言う」

「羨ましい話だ。うちのバカ息子と交換してくれないか?」

「断固拒否する」

 

 どうにもあの日以来、娘のキリは私の身体を心配してか、前にも増して私の傍から離れようとしなくなったのだ。既に一人前のハンターとなったあの子の修行期間はとうに終わっているというのに、甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとしている。

 そんな娘の優しさは確かに嬉しく思うし、私とて愛する我が子とは離れたくない。だが、せっかくの若い時間をこんな老いぼれの為に浪費するのは良くない傾向だ。そう思った私は、あの子に未知の世界を見せる為に教導官の要請を受けることにしたのである。

 そうして私が新大陸ハンターの教導官になったことをキリに伝えると、こちらの狙い通り、あの子も新大陸に付いていくと言い出した。

 そんなキリは真顔でテントから飛び出すと、鬼気迫る勢いで討伐してきたラージャンの首を引き摺りながら使者の元へと迫り、「私も新大陸に連れていってください」と豪胆に訴えたのである。……あの時のキリの行動はギルドからの推薦を得る為に自身の実力を見せつけようとしたのであろうが、見方によれば「連れていかなければお前の首もこうなるぞ」と脅しているようにも見えたな。我が子ながら恐るべき行動力と言うべきか、あの子の迫力を前に青ざめた顔でこくこくと頷くギルドの使者の姿には心底同情したものである。

 

 ――とまあ、そう言った形で私は教導官、キリは調査団5期団員の一人として迎えられ、この新大陸にやってきたというわけだ。

 

 私にとっても未開の地であるこの大陸に何が待ち受けているのかはわからないが……私の新しい死に場所として申し分のない、素晴らしい世界であることに違いはないだろう。

 

「父上! ここにいたのですか」

「……む? おお、キリか」

 

 

 そんな場所でキリン装備の私の娘、キリと共にかつて過ごしたハンター生活をやり直すのも面白い。

 しかしこれでは……私の方が子離れ出来そうにないな。

 

「……やはり、いいものだな」

 

 数多の人目を引く幻獣の美しい装備を纏った少女が、私の座っている席に向かってオトモアイルーのような目で駆け寄ってくる。

 心なしか、最近はなんだか幼い頃よりも甘えたがりになっているような気がするが……それもまた、あの子の愛しいところだろう。

 

 

 ――モンハン世界に生まれた私の人生は、たった一人のキリン娘(私の娘)の為にあった。

 

 

 ある意味ではブレ続けていたが、ある意味では一貫していた私の行動指針。

 それはおそらく、今もこれからも、永遠に変わらないものなのだろう。

 だから私は、せめて最後の最後までこの子の父親で在り続けたいと思う。それが私の見つけた、この素晴らしきモンスターハンターワールドで生き続ける存在の意味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【モンハン世界に生まれて、理想のキリン娘に会う為にハンターになった男 ~完~】

 

 

 





 最後までお読みいただきありがとうございました。これにて完結です!

 キリン装備にハマってしまった私が迸るパトスのままに書き殴ったしょうもない作品でしたが、書き始めた時はよもやここまでお気に入り登録や評価が増えることになるとは思いも寄りませんでした。恐るべきはキリン装備人気、そして某薄い本の人気……! 本当にありがとうございました。

 MHWを舞台にして続きをもっと書きたい気持ちもありましたが、私の中でモンハン熱がピークを迎えている今の内に完結させておくのが最善かなと思い、とりあえずはここで完結とさせていただきます。
 そして思ったんだけとやっぱりキリン装備って最高だわ。

 


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えぴそーど・おぶ・きりん
うーまの装備、どれ好き? ぼくは~キリン!<ピキーン!


 もちろん、亜種や発掘もすき<ピキーン!


 久しぶりにMHWやったら歴戦王キリンとかいう素晴らしそうなイベントを逃してしまった記念に新章投下。多分三話ぐらいで終わると思います。


 陸珊瑚の台地――ゾラ・マグダラオスの進行によって変動した地形から、我々調査団はまさに大自然の神秘とも言うべきこの地にたどり着いた。尤も既に台地では三期団が調査を進めていたのだが、相次ぐ地形変動により本拠との連絡が取れなくなっていたのは調査団にとっても誤算であろう。

 しかし三期団員の多くは長寿である竜人族で構成されている為か、長年この地に閉じ込められたことへの悲壮感は見受けられなかった。加えて三期団の面々は特に好奇心の強い学者であるためか、調査に事欠かないこの台地は、彼らの探求心に火をつけるには十分な価値があったのであろう。

 

 ……さて、そんな三期団を束ねるリーダーから特殊任務を授かり、今の私はキリと共にこの「陸珊瑚の台地」へ赴いていた。

 

 奇しくも私と同じ理由――死に場所を求めて新大陸へ渡って来た古龍ゾラ・マグダラオスを海に帰すという、全世界でも類を見ない大規模な任務を成し遂げた調査団は今、しばらく平穏が訪れるかと思いきや新大陸に起こった新たな事象を前に再び慌ただしくなっていた。

 

 それは新大陸に生息する同種のモンスターよりも強力な「上位個体」や「亜種個体」、さらにその中でも特に強力な力を持つ「歴戦個体」の発見など、ゾラ・マグダラオスの謎を解明した後もまだ調査すべき事象は山積みだったのだ。

 

 無論、調査団のハンター達も日々激務に追われる毎日であり、そんな中でもとりわけ目立った活躍をしているのが我が娘であるキリだった。育ての母からキリン装備を受け継いだキリは、私の託した召雷剣「麒麟」を操りこれまで多大な成果を上げている。

 初めは装備の性能が良いだけだとルーキーであるあの子をやっかんで陰口を叩く者もいたが、縦横無尽に戦場を駆け巡り、同業者を助けることも多くあった彼女の存在は次第に彼らからも受け入れられ、今では調査団一の人気者として問題無く受け入れられていた。あの子の人間関係に関しては私が最も心配していたことだが、礼儀正しく人当たりの良いキリに対してそれは杞憂だったのやもしれない。

 

 そして、五期団で優秀なハンターはキリだけではない。特にギルドから指名を受けた「推薦組」のハンター達も負けじと功績を上げており、中では受付嬢と組んで気品溢れる戦い方をするランス使いの青年「オール殿下」やら、同じ年ごろのキリをライバル視して日々邁進しているガロン装備の少女とその兄のコンビ、通称「ガロン兄妹」もまた若手を語るに外せない有望株だ。

 特に兄上の方からは若かりし頃の私と比べどこか近しいものを感じる為、個人的に気に掛けている存在である。

 

 しかし、流石は新大陸の調査という大命を果たしに来た若者達であろう。生きのいい人材は豊富に揃っており、そんな彼女らを見ていると私も現役時代を思い出す。その時だけは、失ったこの左腕を恨めしく思ったほどだ。

 

 

 既にキリン装備を脱ぎ捨て、現役を退いて久しい私は今、ソードマスターの奴が何を吹き込んだのやら司令官からは「ハンターマスター」などと呼ばれ、この調査団で教導官の真似事を行っている。しかし先に言ったように五期団のハンター達はこちらの想定以上に優秀な人材であった為、私から彼らに指導することと言えばいかに初見のモンスターとの遭遇から生還するかという、私がキリン娘探しの間に培ってきた生存術ぐらいなものだった。

 私とて、伊達に何十年もキリン娘を捜しに過酷な地域を巡っていたわけではない。出会ったモンスターの種類は数多く、危険なモンスターから見苦しく生還する術に関しては今でも自信があった。

 そして生還してきたということは、それだけ自身の目で多くのモンスターの情報を集めてきたと言うことでもある。

 

 そんな私の経験を頼ってきたのであろう。三期団のリーダーから受けた特殊任務とは、この「陸珊瑚の台地」で痕跡が発見されたある希少モンスターの調査だった。

 

 

 ……ここまで語れば既に多くの者は察しているであろうが、そのモンスターとは私が最も因縁を感じている幻獣――「キリン」である。

 

 

「この焼死体……落雷に撃たれたように、一瞬で命を断たれていますね」

 

 白い太腿が眩しく、私の前でしゃがみ込んでいるキリの呟きである。

 そんな彼女の視線にあるのは、本来この地の生態系の頂点に君臨している筈の飛竜「レイギエナ」の焼死体だった。

 死体にはハンターがつけるような銃痕や斬り傷はなく、翼も頭も健在なままただただ黒く焼き焦がされている状態だった。その状態から考えればハンターではなくモンスターに殺されたものと考えるのが自然だが、レイギエナを焼き殺しうるモンスターとなればリオレウスやリオレイア亜種、最近新大陸で発見された「バゼルギウス」と言ったところへと限られてくる。しかしかの飛竜らしき痕跡は辺りを探してもレイギエナ自身の物しか見当たらず、これほどの力で仕留めたにしては妙に小奇麗だったのだ。

 

 それこそキリの言うように、運悪く落雷に撃たれて絶命したと見えるほどに。

 

 

「キリンの仕業だな」

 

 さて、白々しい推理はその辺りにして、私は陸珊瑚の主を葬った存在をそう断定する。

 足元に落ちていた白い体毛を拾い上げながら、私は三期団リーダーの情報が確かなものであったことを確信した。

 この白い毛は触った瞬間からバチバチと電気が迸っており、まだ真新しい。落ちていた場所から考えてキリのキリン装備から抜け落ちたものとは考えられず、であれば最も大きな可能性は「幻獣キリンがレイギエナと対峙し、一撃で仕留めた」というものだった。

 一撃という根拠はキリンの攻撃方法である落雷攻撃の痕跡が、レイギエナの死体の範囲にしか及んでいないことからだ。……どうやらこの毛の持ち主は、かの幻獣の中でも際立って高い能力を持っているらしい。

 

「では、やはり三期団長の言った通り……」

「うむ、キリンは間違いなくここに居る。それも、まだそう遠くには居ないようだ」

 

 キリの表情から、彼女の緊張した様子が読み取れる。

 古龍の一種である幻獣キリンがこの地に居る。その事実を知って平常心を保てるハンターなど極めて稀だとは思うが、今の様子は私から見て何か引っ掛かるほどにキリらしくなかった。

 キリは過去に私との旅の中でキリン以外の古龍――寧ろキリン以上の力を持つとされる古龍と対峙したことさえ何度かあったが、その時は十代の若さとは思えないほど落ち着き払っていたのが記憶に新しい。

 そんな彼女が明らかに強張るほどに、キリンというモンスターが特別な存在であることを物語っていた。

 

「キリ、深追いは禁物だぞ。今回の任務は、かの幻獣の確認にある。必ずしも今戦わねばならないというわけではないのだ」

「はい……」

 

 今回の任務は元々私宛てに出されたものであり、彼女がついていく必要は実を言うと無かった。

 片腕で満足に戦えない私を護衛するにしても、その役目はソードマスターの奴にでも任せておけば十分だったのだ。

 しかしキリが今の私に同行しているのは、単に私がこの任務を受けたことを知った彼女の方から志願したからであった。

 

 その理由を私は、おそらくこの世界に居る誰よりも理解していた。

 

 

「戦いにくいか?」

「え?」

 

 幻獣キリン――自らの出生に縁のあるキリは、かのモンスターのことを一目見ておきたかったのだろう。

 実を言うとキリはまだ、キリンを狩ったことはない。

 今彼女が着ているキリン装備も育ての母である元双剣使いから受け継いだものであり、ワンサイズ大きかったそれをある程度こうして彼女用にあった寸法に仕立て直すことが出来たのも新しくキリンを討伐したからではなく、キリン以外の素材を既存の装備とつなぎ合わせたからであった。これは私も最近知ったことであるが、この新大陸にも生息している「シャムオス」や「パオウルムー」から剥ぎ取れる素材には、キリン装備の構造と互換性があったのである。

 元双剣使いのキリン装備とそれらの素材をつなぎ合わせて新生させた、「キリン装備α」。それが今、キリが着ている装備の詳細だった。

 

 ……まあキリが着ているキリン装備である以上、私に文句などある筈がない。

 

 大切なのは何を着ているのかではなく、誰が着ているのか――今の私にとってはそのことの方がよほど大事なものであり、我ながら邪道に落ちたものだと自嘲する。

 

 そんなキリン装備α一式を纏う娘に、私は言った。

 

「キリンは我々にとって特別なモンスターだからな……戦いにくいと思うその感情は、人として大切なものだ。これからも持っておくといい」

「父上……」

 

 まだキリンを討伐したことがなく、それどころか過去にキリンと縁があることを知っている彼女は、かの幻獣に対して情が湧いている可能性がある。

 かく言う私ですらそうなのだ。出来ることならばキリンを殺したくないと思うのはハンターとしては褒められたものではないが、人としては当たり前の思いだった。

 しかし今回の任務はキリンの存在を確認することだ。暗に無理して戦う必要はないのだと選択肢を増やすようなことを言った私であったが、娘は私が思っている以上に強い子だった。

 

「……いえ、戦えます」

 

 そう言い切ったキリはレイギエナの死体の前から立ち上がると、決意に染まった目で私を見る。

 妖精のように儚く美しい瞳は、しかし一ハンターとして遜色のない、立派な力強さを映していた。

 

「これを葬った力が父上に害をなすのなら、私は一瞬たりとも躊躇いません」

 

 たとえ自分にとって特別なモンスターであろうと、こちらに牙を剥くのなら迷いはしない。

 自身の弱さを見せたがらない気丈な姿はルーキーのハンターとしては可愛げのないものであったが、我が娘としてはどこか愛おしいものだった。

 

「キリ……」

「貴方を守らせてください、父上。私はその為に同行しているのですから」

 

 ……迷わないことは結構だが、判断基準が私なのはいかがなものか。

 しかしそれを厳しく指摘することが出来ない私は、娘よりも弱い人間だった。

 

「……まったく、困った子だ」

「父上の子ですから」

 

 生意気になったものだ、こやつめ。そう言って軽く背中を叩いてやると、キリは柔らかな微笑みを浮かべる。

 毎度毎度、この子の笑う姿はとてつもない破壊力だ。その笑顔は今でこそ向ける対象が少ないが、後々他のハンター達にも見せることがあれば一体何人の男を落とすことになるのやら……これはおそらく、親馬鹿的な誇張ではないだろう。

 当たり前ではあるが、今でも彼女の男人気は凄まじいものがある。念の為もしもの時の護身用に対人スキルも教え込んではいるが、父親としては気が気でなかった。

 

 

 

 

「む? 導蟲が……」

 

 そのように娘の心配をしながら痕跡を探していると、我々が携帯していたランタン型の虫かごから飛び出した導蟲が青く発光し、踊りながら何処かへと飛んでいった。

 導蟲――普段は緑色の光を帯びた羽虫であり、特定の物質や匂いに反応して群がる性質を有する。

 調査団ではこの導蟲の性質を利用してフィールドの探索やモンスターの追跡、今行っているような痕跡の捜索に活用している。

 ソードマスター以外の調査団員は誰もが携帯している、もはや「探索の友」と言うべき虫だ。この導蟲がもっと早くに広まっていれば、かつて行っていた私の旅も違うものになっていたのやもしれない。尤も、それではキリと会えなかった可能性が高い為、私からすれば広まらなくて良かったと言えるが。

 

「他の痕跡を見つけたようですね」

 

 虫かごから飛び出していった導蟲は青い光の列を作り、その名の通り「導」となって我々に道を示した。

 普段は緑色の光を帯びた導蟲がこうして青く発光するのは、並外れた強い力を感じた時だけだ。そんな蟲達の群がった先には見たことの無い洞窟の入り口があり、キリと目配せした私はその中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 導蟲の光を辿りながら、洞窟内を進んでいく私とキリ。

 しばらく歩いたところでやがて何かに突き当たり、蟲達は再び踊り始めて暗闇を照らし出した。

 

「……! これは……」

 

 導蟲が突き当たった場所に広がっていたのは、白い岩肌に覆われた洞窟の壁だった。

 その壁には、石で彫られたような壁画が描かれている。

 

 ――大きな一本角に、四足の長い足。絵で見ても雄々しいたてがみは、我々が今回の任務で追っている幻獣の姿だった。

 

 

「これは、キリンの絵ですか?」

「うむ、間違いあるまい」

 

 これはなんとも……中々見事な壁画である。モンスターの資料などでもそうは目に掛かれないほどに、かの幻獣の特徴をよく捉えた壁画だった。

 顎ひげを擦りながら私がそう分析していると、今度は緑色に光った導蟲が渦を巻いて岩陰へと向かっていく。

 

「みゃあ」

 

 忙しない導蟲が示した場所に居たのは、一匹の猫だった。

 岩陰から顔を出しながらこちらの様子を窺っている、テトルーの姿である。

 

「そうか、これはテトルーが描いた絵だったのか」

「テトルーですか? しかし、何故キリンの絵を」

 

 テトルーとは、新大陸に住まう猫に似た獣人族だ。有名な獣人族であるアイルーとは近しい存在と考えられており、体の大きさや身体能力、言語による意思疎通を行う知能の高さもアイルーに似ている。

 おそらくはこの新大陸の先住民族なのであろう。彼らは住む地域によって毛色がやや異なっており、それぞれが独自の部族を成して生活している。

 そんな彼らの生活圏には縄張りを示す証拠として猫の手などの落書きがされている為、それらを辿っていくことで彼らと遭遇することが出来るのだと言う。

 

 しかし、キリの言う通り不可解なのはここに描かれているキリンの壁画だ。ハンターはこれまでもいくつかテトルー一族と交流することはあったが、猫とはどう考えても無関係に思える幻獣の絵が縄張りのマークになっている一族などという報告は、調査団にも一切上がっていなかった。

 

 ならばここに居るテトルーは、新発見の一族なのやもしれない。とにもかくにも、詳しい話を聞いてみる必要があった。

 

「ならば、本人に聞いてみればいい。キリ、猫語はわかるな?」

「は、はい」

「ならば頼む。お前の方が警戒されないであろう」

「わ、わかりました……」

 

 テトルーはアイルーと同じく、こちらから敵意を示さない限り意思疎通が可能だと言われている。

 しかし対話役には猫から見ても私より優しそうに見えるキリの方が適任だろうと判断し、ここは彼女に向かわせてみることにした。

 

 故に、他意はないのだ。他意は。

 

 私から命を受けたキリは恐る恐る岩陰へと向かっていくと、テトルーの前でしゃがみ込んで目線を合わせる。

 そんな彼女は何故か周囲の視線を気にするように辺りを見回した後、テトルーに向かって口を開いた。

 

「にゃ、にゃあ」

 

 

 ……猫語である。

 

 

「みゃあ?」

「にゃあにゃ、にゃあ」

「みゃみゃあ!」

 

 猫特有の鳴き声を上げるテトルーに対して、目を合わせながら可愛らしい声で応じるキリ。

 それは一見微笑ましく見える光景だが、その実至って真剣なやり取りであった。

 真面目な話、人語の通じないテトルーとの意思疎通は人の言葉では難しいものがある。そこで活用したのが、今キリが話している「猫語」だ。ソードマスターからの情報によれば、どうやらテトルーの言語は野生アイルーのそれに近いらしく、人間の言葉は通じずともアイルーの猫語ならば問題なく通じるとの話だ。

 

 本当ならテトルーとコミュニケーションを行うにはオトモアイルーを連れて通訳してもらうのが手っ取り早いのであろうが、生憎キリも私もオトモアイルーを雇っていない身だ。しかし昔取った杵柄から、私はある程度の猫語ならばそれなりに習得していた。

 

 あれは十年ぐらい前のことだったろうか? いつだったか野生のアイルーと会話をしている私を見た幼いキリに、「わたしもネコさんたちとおはなししたいです!」と言われ、彼女にも猫語を教えてやることにしたのだ。

 その結果、人並み外れて覚えの良かったキリは瞬く間に猫語を習得し、十歳の頃には私よりも流暢に話せるようになっていたものだ。

 

 尤もこの「猫語」はただでさえ習得が難しい上に人語を話せるオトモアイルーを雇えば利点が薄い為、話せる者は非常に少ないのだが、ギルド脱退後の私はあえてそれを率先して学んでいた。

 野生猫特有の情報網はキリン娘捜索に役立つ、貴重な情報源だったのだ。

 

 ……しかし、それはそれとして頬を赤く染めながら猫語を話すキリの姿は中々に可愛らしいものである。

 いや、それは不謹慎か。私の記憶では幼い頃のキリは子猫アイルー達を相手に喜んで猫語を話していたものだが、流石に十七歳になった今の彼女には恥ずかしいのだろう。悪いことをしてしまったな。

 

 だが恥を忍んで流暢な猫語を使い、テトルーと話してくれたキリの会話は、今回必要な情報を有意義に引き出してくれた。

 

 

『この絵は、あなた方が描いたのですか?』

『な、なんだお前ら!? 拷問しようったって、吾輩は屈しないぞ!』

『いや、拷問などそんな……誤解させて申し訳ありません。こちらに敵意はありません。私は聞きたいだけなのです。こちらにある見事な壁画を描かれたのは、一体どのような素晴らしいお猫様なのかと』

『にゃに!? ふっ、ふ、ふーん……お主、ニンゲンの癖に中々見所があるじゃにゃいか! その絵は吾輩が描いたものだにゃ!』

 

 ……キリの奴め、下手に出てテトルーを乗せるとはやるではないか。

 あのテトルーもテトルーで随分と単純そうだが、この絵を彼が描いたことがわかったのは収穫だった。このキリンの絵を描いたテトルーを捜す手間が省けたのだから、話は早い。

 

『その絵は吾輩が描いた最高傑作よ! 見物料として生肉を所望するにゃ!』

「生肉、ですか……父上は持っていますか」

「いや、持っていないな。しかし」

 

 これまでに発見したキリンの痕跡とキリンの壁画。その二つは、決して無関係なものではあるまい。

 そう判断した私はあの壁画を描いたというこのテトルーに対して、これ見よがしに手札を切ることにした。

 

「おっと、こんなところにオニマツタケが」

『にゃ!? にゃんだそれは……!? 臭う! 吾輩の美食センサーがビンビン来とるにゃ! 生肉はいい! それを吾輩に寄越すのにゃー!』

 

 この猫、面白い奴だな。私もキリも、ついでに言えば今のソードマスターの奴もあまり口数の多い方ではないから、このように騒がしい者と話すのも新鮮な気分だ。

 言われた通り運良く持ち合わせていた携帯食糧用の干しオニマツタケを差し出してあげると、テトルーは初めは恐る恐る手を出しながら、一口噛んだ後にはガツガツとむしゃぶり、美味しそうに平らげてしまった。

 

『にゃんだこのキノコは!? こんな美味いもん、食べたことないにゃ!』

『オニマツタケは新大陸ではまだ発見されていないからな。私はまだ今の食べ物を持っているのだが、もっと欲しければ絵のことを詳しく教えてくれぬか?』

『ああ、いいぞ! 教えてやるから今のをもっと寄越せー!』

 

 古来から、獣人族を手懐けるには好物を与えるのが有効と決まっている。

「父上、随分用意がいいんですね……」と干しオニマツタケを大量に持っていた私に対し驚きの目を向けるキリに、私は父親面をしながら「そなたもまだまだ甘いな」と得意げに返す。

 そうとも、戦うことだけがハンターの本業ではない。こういった原生生物との調和もまたハンターの役目なのだと……私はこれまでの人生で、学んできたつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 相当空腹だったのであろう。テトルーは私の干しオニマツタケを全て平らげてしまった後、地面に座っているキリの膝の上でゴロゴロと背中を擦りつけながら約束の話をしてくれた。

 幾分穏やかに打ち解けた空気の中で彼が言い放ったのは、想像以上に興味深い話だった。

 

『吾輩達はこの辺りに住んでいるネコなんにゃが、最近あの黒い奴が空を飛び回るようになってから、奴に何度も住処を壊されて引っ越すようになってにゃ……』

『黒い奴……最近と言うとバゼルギウスか、もしくはネルギガンテでしょうか』

『バゼ……? 寝るギガンテ? なんにゃその名前は』

『爆弾のような鱗を空から落としてくるのがバゼルギウスで、頭にこう、大きなツノが生えているのがネルギガンテです。私達人間は黒い奴のことをそう呼んでいます』

『ばぜるぎうす……! ばぜるぎうすにゃ! あいつの名前はそう呼ぶのかにゃ!』

 

 最近の事象は余所者である調査団でさえ対応が慌ただしくなっているのだから、現地の民が相当の目に遭っているのは当然の話であろう。

 この陸珊瑚の台地に住んでいるテトルー達もまた、度々強力なモンスターによる被害を受けているようだった。

 美味しい食事にありつけた満足感に浸されたことで、キリの膝枕に横たわりながらテトルーは忌々しげに語った。

 

『そうにゃ! 空からウンコみたいな爆弾をボトボトボトボト……あいつのせいで何度も住処を壊され、殺された仲間もいたにゃ!』

「獣人族の間でも、アレには手を焼いているのですね……」

「アレはイビルジョーと同じ、生態系の破壊者であるからな。アレもまた、自然の一部とも言えるが」

 

 近頃から発見されるようになった爆鱗竜バゼルギウスへの対応は、今調査団の中でも問題視されている。

 縄張りという確固たるものを持たないかの飛竜は新大陸のどこにでも出没し、調査環境をこれでもかというほどに荒らし回っていくのだから始末に負えない。加えて戦闘能力が高くリオレウスやレイギエナと言った生態系の主でも歯が立たないところもまた、かのイビルジョーと共通していた。

 直近でキリが受けたクエストも、大半はバゼルギウスの討伐が絡んでいたことを思い出す。害竜扱いと言えば少し気の毒だが、強力な上にそれなりに個体数も多いのがアレの厄介な生態だった。

 

『そんな時、吾輩達の前に神様が現れたのにゃ!』

 

 キリに腹を撫でられ、「みゃー」と気持ち良さそうに鳴きながら、テトルーは語る。

 幾度となくバゼルギウスの襲来に苦しめられてきた、自分達の一族を救ってくれた存在を。

 それこそが今回我々が調査を引き受けた、かの幻獣の存在だった。

 

『それがイカズチ様だにゃ! 吾輩はあの方に敬意を払って、あそこの壁にイカズチ様の絵を描いたのにゃ!』

 

 キリの膝の上から起き上がったテトルーが、自らの描いた壁画を見上げながら高らかに言う。

 それは崇拝の混じった、守り神に対する言葉だった。

 

『イカズチ様は強くて優しい、雷を操る神様だにゃ。そのばぜるぎうすとかいう奴にも天罰を下し、今日だって仲間のネコを助ける為にでっかい奴をやっつけてくれたのにゃ!』

『でっかい奴……あのレイギエナですか』

『いつかイカズチ様のような強い狩人になる……それが吾輩の夢なのにゃ!』

『狩人? 画家ではなくて?』

『絵はただの趣味にゃ』

『それで、そのイカズチ様は……今どこに?』

『吾輩達の新しい住処にいるにゃ!』

『では……』

『ああ、さすがに案内は無理にゃ。お前らからは、特にお前からはイカズチ様に似た良い匂いがするから嫌いじゃにゃいが、他の仲間は今とてもピリピリしているしにゃ。吾輩からは難しいにゃー』

『……正しい判断です。仲間を守る為なら、当然でしょう』

 

 彼の語るイカズチ様……というのは間違いなくキリンのことであろう。

 そのキリンは今テトルーの住処に居るという話だが、案内はしてもらえずともそれを知った時点で驚嘆すべき発見だった。

 

 

 テトルーに味方するキリン――そんなモンスターはかつて今まで、私としても聞いたことがなかった。

 

 

「……どう思いますか、父上?」

 

 キリもまた、今しがたテトルーの語った衝撃的な話にどう対応すべきか困っているのだろう。

 

「今の話が本当なら、キリンは彼らテトルーを守ろうとしている。何故そんなことをするのかは疑問であるが、何せ相手はキリンだからな。人の理屈では動かぬこともある」

 

 テトルーの話からするに、キリンがテトルー達のことを守ったのは偶然とは思えない。

 モンスターが同種でも亜種でもない他のモンスターを助けることなどそうあることではなく、私もそれを行ったのがキリンでなければ信じなかったやもしれない。

 だが、相手が他ならぬキリンであるならば、そういうことがあっても何ら不思議ではないと思っていた。

 

「そなたを私に託した、あのキリンのようにな」

「…………」

 

 あのキリンが私に人間の赤ん坊を託したように、理屈では考え難いことは十分に起こりうる。

 しかし私から一つ言えるのは、この調査はまだまだ続ける必要があるということだった。

 

「とりあえず調査団には、「古龍の怒りを買う危険がある故、陸珊瑚のテトルーには手を出すな」と伝えるべきであろうな。しかし出来るならば直接会ってみたいものだな、そのイカズチ様という者に」

「……そうですね」

 

 キリンがテトルーの住処で共存しているのだとすれば、かの幻獣とテトルーが意思疎通出来ている可能性が高い。

 ならば人間も、テトルーを通して幻獣との意思疎通が出来るやもしれない。

 もしそれが可能だとするならば、幻獣に調査団に危害を与えないよう説得することが出来るかもしれないのだ。それは私にとっても、喜ぶべきことだった。

 

 ――出来るなら私も、キリンを敵に回したくはない。そう思うようになったのは、やはりキリと出会ったからであろう。

 

 

 

 ……私がそんなことを考えていた、その時だった。

 かの幻獣と対話をする機会は直後、唐突に訪れた。

 

「!?」

 

 電気が奔り、導蟲が踊りを止めた。虫達は激しく点滅を繰り返しながら私とキリの虫かごへと戻っていき、ガタガタと震え始めた。

 本能的に「死」を感じたのであろう。特定のモンスターに群がっていく筈の導蟲は、その相手にだけは習性に抗い、生存する可能性が最も高い方法を選んだ。

 

 ……虫までもこのような反応をする相手は、黒龍ぐらいなものだと思ったのだがな。

 

 やはりそなたは、かの黒龍に匹敵する個体だったようだ。

 

 

『わわっ、イカズチ様っ! 本日はお日柄も良く……』

 

 青白い光が弾けて広がり、一瞬で洞窟内全てを照らしていく。

 訪れた場の変化に警戒したキリは目にも留まらぬ速さで私を庇うように前に出ると、背中に担いだ召雷剣「キリン」の柄に手を添えながら相手の姿を睨んだ。

 

 

 ――岩の上からこちらを見下ろしている、白き幻獣の姿を。

 

 

 

 ああ……あのキリンは、見間違える筈が無い。

 

 同じキリンの中でも比べ物にならない力を誇り、圧倒的な威圧感を放っているあの姿は。

 私とキリを見下ろしながらどこか懐かしそうな目を浮かべている姿には、間違いなく十七年前の面影が漂っていた。

 

「……ここに居たのか。十七年ぶりだな、我が道導よ」

「えっ?」

 

 出会いは一瞬だったが、導蟲よりも長く私に進むべき道を示してくれた存在――幻獣キリン。

 流石にキリは気づいていないようだが、その姿から感じる歴戦の個体どころではない力は、私が忘れる筈がなかった。

 彼のような個体に名を付けるならさしずめ「歴戦王」と言ったところか。いや……テトルーの言うように、「守護神イカズチ様」と呼ぶのが相応しいのかもしれない。

 

 

 ――そんな神様を前に、私は再会の挨拶を交わした。

 

 

 

 

 




~三人ほど多分本編には出てこないと思う簡単な人物紹介~


 キリン公爵・・・キリン娘捜索引退につき装備はレザー一式 頭部装備は無し

 キリ・・・キリンα あんまり大きくない 天使

 オール殿下・・・原作主人公。クリスタルパレスに帰るぞ

 ガロン兄さん・・・ガロンα ハンターサークル「ガロン装備の横から手を突っ込み隊」隊長

 ガロン妹・・・ガロンβ キリをライバル視 はいてない





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にゃあにゃあにゃにゃあにゃあ

キリンγ完成した記念に。
最近はマム装備もいいなと思ってしまった今回はちょっとシリアスな話です。


 

 むかしむかし、あるところに小さな村がありました。

 

 その村には人間だけではなく、たくさんの種族の生き物が住んでいました。

 

 村人たちはときどきケンカをすることもあったけど、長い間みんなで仲良くくらしていました。

 

 

 しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸珊瑚の台地に直接訪れたことが少ない私だから言えるのかもしれないが、その鍾乳洞には新大陸でもそうは目に掛かれない神秘的な光景が広がっていた。

 ダイヤモンドのような煌めきを放つコケや鉱石が光蟲達の光を反射させ、鍾乳洞内に流れている湧き水の泉を眩く彩っている。

 

 まるで、別世界のようだと――テトルー達の住処であるこの場所に来て私は思う。

 

 しかし当のテトルー達は皆岩陰に隠れて私とキリの姿を怖々と窺っており、警戒の色を隠せない様子である。それこそ私達をこの場所に案内したのが彼らの「守り神」でなければ、有無も言わさずに追い払われていたところであろう。絵描きテトルーの言う通り、住処のテトルー達は非常にピリピリしている様子だった。

 

 そんな多くの視線が周囲から注がれている中で、私達二人を先導して案内してくれた「守り神」、キリンはおもむろに立ち止まり、振り返って私達の姿を見下ろす。

 その全長は平均的なキリンと比べてやや大きく見えるが、古龍種として見ればやはり小柄な部類であろう。しかし目の前に立つ白き幻獣は今も帯電どころか敵意すら見せていないにも拘わらず、全身から凄まじい威圧感を放っていた。

 テトルー達から「神」として崇められるのも納得の迫力である。このキリンと比べてしまえば、私が今まで狩ってきたキリン達すら紛い物に思えてしまう……そんな不謹慎極まりない表現をしてしまうほどに、目の前の幻獣だけは規格外の個体だった。

 

 この勘による見立てでは、現役時代の私でも勝てるかどうかというところだ。少なくとも今の私ではまともに戦っても勝機はなく、キリの力を以てしても厳しい相手であることは確かだった。

 

 ……にも拘わらず、不思議なものだ。

 

 本来であればこのような天災級の怪物は、発見次第即刻調査拠点アステラに帰って報告しなければならない存在である。

 このように案内されるがままに怪物の後を追うなど以ての外であり、キリの安全の為にも速やかに帰還するべきだったのだ。

 しかし、私にはそれが出来なかった。ルーキーでもそうするであろうに、とんだハンターマスターが居たものである。

 

 だが、このモンスターに対しては何一つとして心配していない私が居ることもまた確かだった。

 

 これほど圧倒的なモンスターが目の前に居るというのに、私の心に警戒は無い。この幻獣と対面した私はソードマスターの奴や元双剣使いの女性を相手にしている時と同じような感覚で、安心を感じていたのである。

 

 そして、何よりも……今しがたキリの姿を見つめている、まるで我が子を愛でるように優しい瞳をしたキリンの姿には、他のモンスター達のように彼が問答無用でこちらに対し危害を加えるとは思えなかったのである。尤もそんな視線を受けている当の本人は、どうすれば良いのか対応に困っていたが。

 

「ち、父上っ」

「見つめ返してやれ。その幻獣……いや、そのお方はお前にとっても大切な方だ」

「えっ……?」

 

 記憶力が優れているキリとて、流石に赤子の頃の出来事までは覚えていないか。彼女はこの不可思議な状況を測りかね、私とキリンの間で視線をさまよわせていた。

 

 そんなそわそわしたキリの姿をキリンが見つめ、しばしの時間が流れる。

 

 その沈黙を破ったのは、他ならぬキリンの鳴き声だった。

 

 

「にゃあ」

 

 

 ……すまない。訂正しよう。その声は確かに幻獣の口から出たものであったが、かのキリンの鳴き声ではなく、少し前にキリが絵描きテトルーに掛けたものと同じ「猫語」の発声法だった。

 唸るような低い調子の声から放たれる猫語とは、こうも奇妙に聴こえるものか。

 

「えっ、あの……」

 

 キリンの口から放たれた猫語という、世にも奇妙な光景を前にキリは呆気に取られていたが、その言葉を人語に訳せば驚きの意味合いはさらに変わっていく。キリンは今、キリに対してこう言ったのだ。

 

『大きくなったな』

 

 キリンから放たれた今の猫語には、人語で言えばそんな意味が込められていた。

 絵描きテトルーから聞いた話から察するに、キリンとテトルー達の間では何らかの形でコミュニケーションを取れているのだとは思っていたが、よもや猫語を話せるキリンなど夢にも思うまい。

 

 そしてキリンがその言語を用いたのは、私達に猫語が通じることを知った上での発声であろう。

 

『猫語を話せるのですか?』

『昔、仲の良かったアイルーの友が教えてくれたのだ。亡き黒龍のようにキミ達の言語を話せれば良かったのだがな……私の声帯では、猫の言葉を発するので精一杯なのだ。許せ』

 

 試しとばかりに私が猫語で問い掛けてみると、キリンはやはり猫語を発し、はっきりと応じてくれた。

 

 今ここに、私達とキリンの間で猫語を共通語としたコミュニケーションが成立したのである。

 

 

『美しい場所だろう? 私も、猫人族の皆に住まわせてもらっているこの場所は気に入っている』

『……イカズチ殿、やはり貴方は、意図的に我々を招いたのですか?』

『ああ。見ての通り、私に敵意は無い。ただ私はキミ達と、この穏やかな場所で落ち着いて語り合いたかったのだ。テトルー達も今は少し気が立っているが、次第に落ち着くと思う』

『左様ですか……私も、貴方と話せたことを嬉しく思います』

 

 超越的存在である古龍とこうして明確な意思疎通が出来たのは、あの時戦った黒龍以来のことか。そう思うと今の状況は、中々に感慨深いものがある。

 数多の意味で衝撃的な対面だった、かの宿敵のことを懐かしみながら感傷的になると、私は今一度確認の意味を込めて彼に問い掛けた。

 

『貴方はやはり……あの時のキリンですか?』

 

 まだ赤ん坊だったキリを背中に乗せて、私に託していった白き幻獣。

 単刀直入に切り出した私の問い掛けに、目の前の幻獣は私が望んだ通りの言葉を返した。

 

『そうだ』

 

 ああ……なんという、因果か。

 十七年の時を経て、あの時の幻獣と会えた幸運に私は感謝した。

 そして彼の方もまた私のことを覚えていたという事実は、現役時代国王に名前を覚えていただいた名誉以上に誇らしく思えた。

 

『私も驚いたよ。静かに眠れる場所を求めて訪れたこの島に、三つもの馴染み深い気配を感じたのだからな。一つはヒトに生まれ変わったミラの魂……そしてもう二つは、キミ達の存在だった』

 

 しみじみと感慨に浸るような口調で、キリンは語る。

 この状況に因果なものを感じているのは、あちらの方も同じだったようだ。

 

『人の世を離れた筈の私が、再びキミ達に出会うとはな』

 

 どこか寂しさを感じさせる目でこちらを見据えるキリンに、まだ要領を得ないキリが戸惑いながら私に問う。

 

「父上……これは、どういうことですか?」

 

 あの時のことを覚えている筈も無いキリからしてみれば、お互いに敵意を見せない私とキリンの光景はさぞや奇妙に映っていることであろう。

 尤も、私もキリンの穏やかな対応には非常に戸惑っている。

 何と言えばいいのであろうか。私自身もモンスターと話しているというよりも、旧友と話しているような感覚だった。

 そんなキリンに対して多大な恩を感じている私は、かの神のことを改めて紹介した。

 

「この方は、私にお前を引き合わせてくれたキリンだよ」

「……っ!」

 

 私の語った真実に、キリは目を見開いて驚きを露わにする。

 そう、私の人生において最も大きな転機となったキリとの出会い――その原点こそが、この不思議なキリンだった。

 

『イカズチ殿、せっかく会話が出来るのだ。私は貴方に、是非とも訊ねたいことがあった』

『……ああ、わかっている』

 

 もしもその時が訪れたなら、是非とも知りたいと思っていたキリのルーツ。

 そこに間違いなく関係しているのであろうキリンは、そんな私の思考を悟ったように言い放った。

 

『あの時の私には余裕が無く、キミとも一瞬の会遇だったからな。聞きたいのだろう? 何故私が、その子をキミに託したのか』

『出来ることならば、貴方が何者なのかも知りたいですな』

『良い。だが対価として、後でキミの話も聞かせてほしいな』

『ええ、いくらでも語りましょう』

 

 静かに佇む幻獣は、キリの姿を慈しむように見つめながら口を開いた。

 

『では、語ろうか……私のような怪物(モンスター)が、あの場所で人の子を背負っていた理由を』

 

 ――キリの出生に関わるその物語は、壮大で物悲しい御伽噺のような真実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、とある森の秘境に村があった。都から遠く離れた場所に位置するその村は、多くの人々からは存在すら認識されていない小さな村だ。

 

 しかし、村は数百年に渡って豊かに繁栄を続けていた。土地を囲んでいる周りの森にはモンスター達の生息圏が広がっていたのだが、村の人々が襲撃に傷つき、困窮に喘ぐことはなかったのである。寧ろ村の治安は、度々古龍の影が空を横切る王都よりも平和ですらあった。そのように長年の平和を維持している最大の理由は、村を守護している「神」の存在にあった。

 

 ――それが、キリンという幻獣である。

 

 驚くべきことに、村の人々は一体のモンスターを守護神として崇め、お互いに協力し合いながら村の中で共存していたのだ。

 

 そこに住んでいたキリンは古龍種のモンスターとしては考え難いほどに穏やかな性格であり、人間に対して友好的な個体だったのである。

 

 

 人から崇められ、人を救う守護神となっていたキリン――本来の生態からかけ離れたその奇妙な存在を形成したのは、遥か昔のこと。かの幻獣が幼体だった頃から始まった、彼の特異な過去に関係していた。

 

『まだこの世に生まれて間もない頃、私は古龍喰らいのモンスターに襲われ、重傷を負った。過酷な自然界の中で身動きも出来ず、もはや死を待つだけとなっていた私は……二人の人間に救われた。当時まだ健在だったシュレイド王国から追放され、放浪していた一国の王子とその姫君――その子の先祖に当たる二人の若者と、私は出会ったのだ』

 

 200年以上も前の話だ、とキリンは語る。

 幼いキリンはその時自分の手当てをし、命を助けてくれた二人の若者に対して多大な恩を感じたのが彼と人間との関係の始まりだった。

 

 献身的な二人もまたキリンに対して友好的で、絆を深め合った二人と一体のモンスターは同行して共に世界を旅回ることとなった。

 

 キリンを救った二人の若者には、あまりにも壮大で異端な夢があった。

 

 ……それは人間と亜人、モンスターを含む全ての種族の者が争いなく共存出来る、穏やかで優しい国を作ることだった。

 

 お互いに敵対し合うこともなく、異なる種族であろうと皆が仲良く暮らしていける――そんな世界の創造を、彼らは目指したのだ。

 

 現代ほど自然に対する配慮のなかった当時は人間至上主義の全盛期でもあり、モンスターなどは勿論、猫人族や竜人族でさえ人々から迫害されることが多い差別的な考えが根強い時代でもあった。

 そんな中で二人の考えはあまりにも異端に過ぎ、人間至上主義故に発展を続けてきた大国シュレイドの第6王子とその番であった二人は国王から反逆の恐れありと危険視され、国外追放処分を受けることになったのである。

 

『二人は今の時代を基準にしても、相当な変わり者だったと思う。……だが、彼らは誰に対しても心優しい人間だった。そんな二人の下には行く先々で多くの同志達が集い、やがて一つの村が生まれた』

 

 シュレイドから追放された二人の若者はキリンから始まって多くの者達と心を通わせ、同じ志を持つ仲間を少しずつ増やしていった。

 そうして拡大していった彼らのコミュニティーはやがて一つの村になるまで広がっていき、国と呼べる規模ではないにせよ、彼らが望んだ楽園へと築き上げていった。

 

 彼らは自分達自身の足と心で、当初は夢物語に過ぎなかった理想を現実へと近づけていったのである。

 

『流石に私のようなモンスターの同志は少なかったが……あの村は数多の種族が本当の意味で共存している、数少ない場所だった』

『その村で、貴方は崇められたのですか?』

『……そうだな。二人の作った村を守る為に力を振るっていた私は、気づいた頃には神と呼ばれていた。創設者の二人が寿命でこの世を去った後、彼らを知る唯一の存在として祀り上げられたのだ』

 

 懐かしみながらそう語るキリンの目は、キリの姿を通して過ぎ去った過去へと向けられているような気がした。

 二度と戻れない過去を名残惜しんでいるような目は、人間と比べても何ら変わりなかった。

 

『しかし二人の孫の孫の、そのまた孫の孫の……丁度、その子が生まれた頃のことだった』

 

 悲痛な感情が窺えるしばしの間を空けて、キリンは告白する。

 人とモンスターと亜人が共存するその村で生まれた一人の少女を、村とは何の関係もない旅人に託すことになった経緯を。

 

 

『村は滅びた。私を喰らう為に現れた滅尽龍と、他ならぬ私自身の力で』

 

 

 

 

 ――人の幸せというものは、誰かの不幸を犠牲にした上で成り立っている。

 

 ハンターがモンスターを狩り、その命の上で人々の生活が成り立っているように……キリと会えたという私の幸せもまた、多くの犠牲の上で成り立っていたものだった……のであろうか。

 

 

 ……失敗したな。この話は、私だけが聞いておくべきだった。

 

 かの幻獣が私達に語ってくれたその話は、生き物の命を犠牲にする立場になってまだ年若いキリに聞かせるべきではなかったと思ってしまった私は、自分のことを棚に上げている辺り過保護なのやもしれない。そう思って様子を窺ってみたキリの横顔は、その後に続くキリンの話を察しているかのように憂いを帯びていた。

 

 







※側から見ると美少女とジジイと厳つい獣がにゃあにゃあ言っている光景です。


あと関係ありませんが、例の異本からザザミxさんを見習って、マム脚装備の色をあえて肌色にする賢者の方は一定数居るのではないかと思います( ´∀`)


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