この魔術師に祝福を! (妖精絶対許さんマン)
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この魔術師に異世界転移を!

――――――何だこれ?

 

目の前に広がる光景は現代日本のビル街や住宅密集地では無く、ヨーロッパの石造りの街道と辺りには草原が広がっている。

 

「・・・・・・異世界だ。・・・・・・おいおい、本気で異世界だ。え、本当に?本当に、俺ってこれからこの世界で魔法とか使ってみたり、冒険とかしちゃったりすんの?」

 

年齢は十代半ば程のジャージを着た青年はぶつぶつと何か言っている。

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・ああああ・・・・・・」

 

青年の隣で頭を抱え込んでいる女性が呻き声をあげている。

 

「はぁ・・・・・・」

 

僕――――――蒼崎秋は嘆息してとりあえずここに至るまでの経緯を思い出す。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「先生も買い物ぐらい自分で行ったら良いのに」

 

僕の義母兼師の蒼崎橙子のお願いという名の命令で近所のコンビニまで日用品の買い出しをして、今は帰路についているところだ。

 

「それにしても、先生もこんな雑誌読んだりするんだ」

 

買い物の一つにファッション雑誌もあった。先生はてっきり服とかには興味がないと思っていたが、ちょっと意外だったりする。

 

「あんまり帰るのが遅くなると先生が怒るね」

 

足を一歩前に踏み出すと――――――落下した。

 

「はっ・・・・・・はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

柄にもなくすっとんきょうな叫び声を出してしまったが、僕は悪くない。抵抗することも出来ず、僕は穴に落下していった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

(完全に被害者だ、僕)

 

どうやら僕は目の前で喧嘩している二人に巻き込まれて、こんな中世ヨーロッパみたいな場所に落とされたと考えていいだろう。

 

「ねえ、君たち。少し僕の話を聞いてもらってもいいかな?」

 

とりあえず――――――目の前の二人に事情を問い質すとしよう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「なるほどねぇ・・・・・・君は大型トラックに轢かれたと思ってショック死したと」

 

「あっ、しかもその時に失禁してたのよ?なっさけないわよねー。ぷーくすくす!」

 

「うっせえ!人の死因を笑うんじゃねえよ !」

 

手早く自己紹介をした僕は、話を聞いて頭の中で話の整理をする。青年の方が名前は佐藤和真。トラクターを大型トラックと勘違いして、尚且つトラックに轢かれたと勘違いしてショック死して、自称女神のアクアと一緒に転生したって訳か。

 

「ねえ、アクア。元の世界に戻るには『魔王』とやらを倒さないと僕は帰れないわけ?」

 

「その通りよ」

 

・・・・・・時間はかかるけど二人と一緒に行動した方が確実か。まあ、最悪僕一人で魔王の居場所を探しだして魔王を倒せば良いか。

 

「佐藤君。これから君はどうするんだい?」

 

「こういう時の定番は酒場って相場が決まってるんだ。酒場に行って情報収集から始めるんだ。それがロールプレイでの定番だ」

 

ロールプレイって・・・・・・まあ、見た感じそんな感じだけどさ。そこまで上手く物事が進むか?

 

「アクア、とりあえず冒険者ギルドの場所だ。どこに行けばいいんだ?」

 

「・・・・・・?私にそんな事聞かれても知らないわよ。私はこの世界の一般常識は知っていても、街の事なんかは分からないし。というか、ここは大量にある異世界の中の一つの星、更にその中の街の一つよ。そんなのいちいち知る訳ないでしょ?」

 

あっ、佐藤君の顔が「こいつ使えねえ」って顔になってる。佐藤君は通りすがりのおばあさんを見つけると、おばあさんに冒険者ギルドの場所を聞きに行く。そうなると必然的に僕とアクアの二人きりになるわけだ。

 

「その・・・・・・ごめんなさいね?あなた、私とあのヒキニートがこの世界に来るときに巻き込まれたのよね?」

 

驚いた。女神なんて言うぐらいだから人間を見下してるろくでなしの自然現象だと思っていたけど、素直に謝れるんだ。

 

「まあね。予想としては君たち二人がこの世界に来た時に僕がいた世界に一瞬だけ孔が空いたんだろうね。その結果、僕はこの世界に落とされた訳だ」

 

まさか生きている内に『第二魔法』擬きを経験するとは思わなかった。帰ったら先生に自慢できる話ができた。

 

「あっ、佐藤君が戻ってくる。この話はおしまい。これから行動を一緒にするんだし、あんまりそんなことは気にしなくていいよ」

 

「・・・・・・ありがとう。そんな優しいあなたには水の女神たる私の加護をあげちゃうわ!」

 

「あっ、そういうのは結構なんで」

 

「なんでよ―!?ただで私の加護が貰えるのよ!?お得よ!ものすごいお得なんだから!」

 

「神様の加護なんてろくでもないだろ?下手したら加護って名前の呪いだし」

 

うん、ただの呪いだ。貰っても災いしか招かないからね。

 

「ふーんだ!気が変わって『美人で素敵なアクア様!どうか私にあなたの加護をください!!』って言ってもあげないんだから!」

 

「ないない。そんなことは絶対に無い」

 

天地がひっくり返ってもない・・・・・・世界移動はしたけど。

 

「ギルドの場所聞いてきたから行こうぜ」

 

佐藤君を先頭に僕たちはギルドに向かう。・・・・・・時代的にはやっぱり中世のヨーロッパっぽいね。建物のレンガ造りが多いし。出店も果物や揚げ物も売っている。街並みを観察しながら歩いていると、目的地のギルドにたどり着いた。佐藤君は扉の前で立ち止まると生唾を飲んだ。

 

「よ、よし・・・・・・行くぞ」

 

佐藤君は覚悟を決めたのかギルドの扉を開けた。

 

「あ、いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞ!」

 

ウェイトレスの女性が笑顔で出迎えてくれた。薄暗い店内には酒場が併設されていて、鎧やローブを来た人が飲み食いしている。ただ、やたらと視線が集まっている・・・・・・アクアに。

 

「ねえねえ、いやに見られてるんですけど?これってアレよ、きっと私から滲み出る神オーラで、女神だってバレてるんじゃないかしら?」

 

この子、黙ってたら美人だけど口を開いたら残念さが露呈するタイプだ。

 

「・・・・・・いいかアクア、秋、登録すれば駆け出し冒険者が生活できる様に色々なチュートリアルしてくれるのが冒険者ギルドだ。冒険支度金を貸してくれたり、駆け出しでも食っていける簡単なお仕事を紹介してくれ、オススメの宿も教えてくれるはず。ゲーム開始時は大概そんなもんだ。本来なら、この世界で最低限生活できる物を用意してくれるってアクアの仕事だと思うんだけど・・・・・・。まあいい。今日は、ギルドへの登録と装備を揃えるための軍資金入手、そして泊まる所の確保まで進める」

 

・・・・・・あくまでゲームの話だからその理論を現実に当て嵌めるのは間違いだと思うんだけど?とりあえず佐藤君はゲームに詳しいみたいだし、ここは任せよう。僕ら三人は登録するために受付に並ぶ。

 

「・・・・・・ねえ、他の三つの受付が空いてるのに、何でわざわざここに来たの?他なら待たなくてもいいのに。・・・・・・あ、受付が一番美人だからね?全く、ちょっと頼りがいがあると感心したら矢先にこれですか?」

 

アクアが呆れたように言う。

 

「アクア。佐藤君にも何か考えがあるんだよ。ここは佐藤君に任せよう」

 

「秋の言うとおりだ。いいかアクア?ギルドの受付の人と仲良くなっておくのは基本だ。そして、美人な受付のお姉さんとは色々なフラグが立つ。今後、あっと驚く隠し展開とかが待ってるわけだ。お姉さんが、元は凄腕冒険者だった、とかな」

 

・・・・・・なるほど。そういう考え方も出来るね。元冒険者なら冒険者として重要なことも教えてくれる筈だ。列に並ぶこと数分、僕ら三人の番が回ってきた。

 

「はい、今日はどうされましたか?」

 

「えっと、冒険者になりたいんですが、田舎から来たばかりで何も分からなくて・・・・・・」

 

「そうですか。えっと、では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」

 

・・・・・・どうやら、僕らの冒険はスタート地点からつまずいたようだ。



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この魔術師に職業を!

ふっと思ったことがあるんです。FGOでアーチャー・インフェルノはゲーマー。ゲーマーズという作品のヒロイン天道可憐もゲーマー。そうか、金元さんはゲーマーなのか!(錯乱)


結果的にこの世界のお金は手に入った。アクアの上からなのか下からなのか分からない頼み方で、エリス教徒なる人がお金を恵んでくれた。その代わり、アクアの自尊心とかが傷ついたみたいだが、それは些末な問題だ。

 

「あはは・・・・・・女神だって信じてもらえなかったんですけど。・・・・・・ついでに言うと、エリスは私の後輩の女神なんですけど。・・・・・・私、後輩女神の信者の人に、同情されてお金貰っちゃったんですけど・・・・・・」

 

「きっと良いことがあるさ。だから頑張ろう、アクア」

 

アクアの目が死んだ魚みたいになっている。とりあえずアクアを慰めておく。

 

「ええっと・・・・・・。登録料持ってきました」

 

「は・・・・・・はあ・・・・・・。登録料はお一人千エリスになります・・・・・・」

 

アクアの話だと『エリス』とは、この世界の国教になっている宗教の女神らしく、その女神の名前を通貨として使用しているらしい。

 

「では。冒険者になりたい仰るのですから、皆さんもある程度理解しているとは思いますが、改めて簡単な説明を。・・・・・・まず、冒険者とは街の外に生息するモンスター・・・・・・。人に害を与えるモノの討伐を請け負う人の事です。とはいえ、基本は何でも屋みたいなものです。・・・・・・冒険者とはそれらの仕事を生業にしている人達の総称。そして、冒険者には、各職業というものがございます」

 

何でも屋・・・・・・伽藍の堂と一緒か。受付のお姉さんに冒険者の説明を受け、差し出された免許証みたいなカードに必要事項を記入していく。記入を終えて、お姉さんが持っている別のカードに初めに佐藤君が触る。

 

「・・・・・・はい、ありがとうございます。サトウカズマさん、ですね。ええと・・・・・・。筋力、生命力、魔力に器用度、敏捷性・・・・・・、どれも普通ですね。知力がそこそこ高い以外は・・・・・・、あれ?幸運が非常に高いですね。まあ、冒険者に幸運ってあんまり必要ない数値なんですが・・・・・・。でもどうしましょう、これだと選択できる職業は基本職である『冒険者』しかないですよ?これだけの幸運があるなら、冒険者稼業やめて、商売人とかになる事をオススメしますが・・・・・・。よろしいですか?」

 

冒険者ギルドの受付がそれを言ったらおしまいだと思うんだけど?佐藤君は商売人じゃなくて冒険者の職業になった。

 

「次は・・・・・・。アオザキシュウさん、ですね。筋力と魔力、生命力、敏捷性が高いですね。器用度は普通ですね。幸運が平均より低いですね。このステータスだと職業選択の幅は広いですね。ソードマンの上級職で最高の攻撃力のソードマスター、多彩な魔法が使えるウィザード、魔法と剣や槍を使って戦うルーンナイト等がありますがどうされますか?」

 

ソードマスターだと剣しか使えなさそうな感じだし、ウィザードも然り。そうなるとルーンナイトかな。剣も槍も使えるし、自前のルーン魔術と強化の魔術を使っても誤魔化せるしね。

 

「ルーンナイトでお願いします」

 

「分かりました。ルーンナイトは先程も説明させてもらった用にソードマスターとウィザード、両方のスキルを習得することが出来る変わった職業です」

 

「でもそれって器用貧乏って事よね。やだー、カズマさんと同じじゃない!」

 

「うるせぇクソビッチ!俺と同じで何が悪いんだよ!?」

 

「誰がクソビッチよ!!このヒキニート!!」

 

佐藤君とアクアが喧嘩しているけど、気にせずにカードを見る。大剣スキルに片手剣スキル、双剣スキル、槍術スキル、中級魔法スキル、魔力上昇スキル等がある。スキルポイントは四百五十。・・・・・・かなり貯まってるね。

 

「魔力上昇スキルと中級魔法でいいか・・・・・・」

 

受付のお姉さんにポイントの振り方を聞いて、とりあえず中級魔法スキルと魔力量上昇スキルを習得していく。カードのスキル欄にも習得したスキルが記載されている。

 

「はっ!?はあああああっ!?何です、この数値!?知力が平均より低いのと、幸運が最低レベルな以外は、残りの全てのステータスが大幅に平均値を越えてますよ!?特に魔力が尋常じゃないんですが、あなた何者なんですか・・・・・・っ!?」

 

アクアのカードを見たお姉さんの声に施設内が途端にざわめく。

 

「・・・・・・なあ、こういうのって俺のイベントじゃね?」

 

「・・・・・・女神パワーのおかげって事だね」

 

ギルドの人達にちやほやされているアクアを見ながら、僕と佐藤君の異世界での冒険者生活が始まった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

この世界に落ちて数週間。僕は単独でクエストに出て、アクアと佐藤君は街で日雇いのバイトをしている。

 

「あ、シュウ!遅いじゃない!女神の私を待たせるなんてどういうつもり!?」

 

・・・・・・ギルドでクエスト終了の報告を終えた僕にアクアが言ってきた。

 

「そういうなよアクア。俺たちは秋のおかげで馬小屋で寝なくてすんでるんだぞ」

 

そう、初日に所持金の殆どを使い果たした僕らは馬小屋に泊まった。一言で言うなら最悪だった。寒いし、馬糞の臭いはするしで眠れるような環境ではなかった。

 

「はぁ・・・・・・二人とも、宿代もバカになら無いんだからね?日雇いの給料もそろそろ貯まってきたよね?いい加減君たちもクエストに出ようよ」

 

「えー、嫌よ。せっかく楽できてるのに働くなんて嫌よ!ねえ、もっと私を甘やかして良いのよ?て言うか甘やかして!」

 

・・・・・・この女神、一回しばいてやろうか。

 

「安心しろ秋。俺もクエストに出れるように武器を買ったんだ」

 

そういう佐藤君の腰には刀身が短いショートソードが帯刀されていた。

 

「・・・・・・うん、なら明日は簡単なクエストに行こうか。今日は奢るよ」

 

「お、マジか!ショートソード買って所持金が心許なかったから助かる」

 

僕と佐藤君はギルドの施設内に併設されている酒場に歩いていく、アクアを置いて。

 

「・・・・・・ねえ、何で私を置いて行くのかしら?私、女神なのよ?貢ぎ物の一つや二つや三つぐらいあっても良いと思うんだけど?ねえ、何でこっち見てくれないのよ!」

 

アクアが後ろから僕の肩を掴んでかくかく揺さぶってくる。僕はアクアの手を優しく掴んで、後ろを振り向く。

 

「アクア、日本にはこういう諺があるんだ。働かざる者食うべからず。エリート女神を名乗るアクアならこの諺の意味は知ってるよね?」

 

「もちろん知ってるわよ!働こうとしない人はご飯を食べちゃいけ・・・・・・な・・・・・・い」

 

アクアは僕が何を言いたいのかを察したのか、顔色が悪くなっていく。僕は優しく微笑んで、アクアの手を離す。

 

「そう。君はさっき、楽が出来ていると言ったよね?」

 

「・・・・・・い、言ってない」

 

アクアが目をゆっくりと逸らして、佐藤君の方を見て助けを求める。佐藤君は全力で顔を逸らして無視をした。

 

「アクア。僕だって鬼じゃないんだ。明日、僕と佐藤君と一緒にクエストに行くなら、晩御飯は奢るよ」

 

「い・・・・・・嫌よ!私は女神アクアなのよ!?女神の私が汗まみれで働いてるところなんて信徒達に見せられないじゃない!」

 

「よし、佐藤君!今日はアクアの分まで一杯食べて、明日への英気を養おう!!」

 

「おぉー!!」

 

僕と佐藤君は肩を組んで、酒場の空いている席を探す。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!私も明日クエストに行くから、私頑張るからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!私にも晩御飯奢ってよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

アクアが僕の腰に号泣しながらすがり付いてくる。結果、言質を取ったことでアクアにも晩御飯を奢ってあげた。




・ルーンナイト

特に詳しい描写がないから作者の独断で職業の内容を決めました。


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この魔術師に求人募集を!

佐藤君とアクアに晩御飯を奢った翌日。僕たち三人はクエストを請けて街の外に来ている。

 

「佐藤くーん、そのモンスターはここら辺だと一番弱いらしいから頑張って倒してねー」

 

「ならお前も手伝えよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 

今回の目的は佐藤君とアクアに実戦慣れしてもらうこと。その為、僕は二人より離れた場所で事の成り行きを見守っている。

 

「プークスクス!やばい、超うけるんですけど!カズマったら、顔真っ赤で涙目で、超必死なんですけど!」

 

佐藤君が必死に蛙型モンスター、カエルから逃げ回っているのをアクアは笑いながら眺めていた。

 

「あっ」

 

佐藤君を追い掛けていたカエルが爆笑していたアクアを頭から丸呑みした。カエルの口の端からアクアの足が飛び出ている。

 

「アクアー!おま、お前、食われてんじゃねええええええ!」

 

佐藤君は腰のショートソードを抜いて、カエルに向かって走っていった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「ぐすっ・・・・・・うっ、うええええええっ・・・・・・、あぐうっ・・・・・・!」

 

カエルの口から引っ張り出されたアクアは粘液で大変なことになっている。

 

「ううっ・・・・・・ぐずっ・・・・・・あ、ありがど・・・・・・カズマ、あ、ありがどうね・・・・・・っ!うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん・・・・・・っ!」

 

女神も捕食は応えるんだ。初めて知った。

 

「だ、大丈夫かアクア、しっかりしろ・・・・・・、その、今日はもう帰ろう。請けたクエストは、三日の間にカエル五匹の駆除だけど、これは俺達の手に負える相手じゃない。もっと、装備を調えてからにしよう。俺なんて、武器はショートソード一本、防具すら無くジャージのままだ。せめて、冒険者に見える格好になってからにしよう」

 

確かに佐藤君の服装はジャージだ。かくいう僕の服装もこの世界に落ちた時の服装だ。

 

「ぐすっ・・・・・・。女神が、たかがカエルにここまでの目に遭わされて、黙って引き下がれるもんですか・・・・・・っ!私はもう、汚されてしまったわ。今の汚れた私を信者が見たら、信仰心なんてダダ下がりよ!これでカエル相手に引き下がったなんて知れたら、美しくも麗しいアクア様の名が廃るってものだわ!」

 

「でも実際問題、アクアはアークプリーストだから攻撃魔法は使えないよね?カエルと戦うにしても、どうやって倒すつもり?」

 

「私は女神なのよ!必殺技の一つや二つ隠し持ってるに決まってるじゃない!」

 

アクアはそういうと僕達より離れた場所にいたカエルに向かって駆け出した。

 

「神の力、思い知れ!私の前に立ち塞がった事、そして神に牙を剥いた事!地獄で後悔しながら懺悔なさい!ゴッドブローッ!」

 

アクアの拳に白い光が宿り、カエルに向かって殴りかかる。感じる魔力からして、Cランク相当の宝具と同等ってところかな?

 

「なあ、あのカエルって打撃系の攻撃って効かないよな?」

 

「ギルドの人がそう言ってたね。アクアもその場にいたから聞いてたと思うけど?」

 

僕と佐藤君が遠巻きに見ているなか、アクアの拳はカエルの無防備な腹に直撃した。アクアの一撃はカエルの柔らかい腹に威力を吸収され、カエルの体表を揺らしただけだった。

 

「ひゃふっ!」

 

アクアの悲鳴が聞こえてきた。

 

「・・・・・・また食べられた」

 

「冷静に解説してんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

佐藤君はショートソードを抜いて、アクアを捕食しているカエルに向かって駆けていった。

 

「んっ?」

 

「ゲコッ」

 

どうやらカエルはもう一匹いたらしい。今まさに僕の事を呑み込まんと、大きく口を開いている。

 

「ライトニング」

 

右手を振り向きざまにカエルの口に向けて魔法を放つ。・・・・・・魔術師として『魔法』って言葉を使うのは気が引けるけどね。

 

「ゲコッ!?」

 

右手から出た雷は寸分の狂い無くカエルの口に飛んでいき、一瞬だけカエルの体が跳ねると、白目を剥いて倒れた。

 

「ホント・・・・・・便利だね、この世界の魔法は」

 

元いた世界で雷を起こすとなると、数人規模の儀式で天候操作して起こすのに、この世界は呪文を唱えるだけで良いんだから魔術師としては立つ瀬がない。

 

 

ジャイアントトード、三匹撃破。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「アレね。三人じゃ無理だわ。仲間を募集しましょう!」

 

大衆浴場で汚れというか粘液を落としたアクアはギルドで晩御飯を食べながらそう言った。口の端にカエル肉の唐揚げの衣がついている。

 

「アクア。衣ついてる」

 

「あ、ありがと」

 

僕はナプキンでアクアの口についてる衣を取る。・・・・・・どうして僕は女神相手に子供の世話みたいな事をしてるんだろう。

 

「でもなあ・・・・・・。仲間ったって秋だけならともかく、駆け出しでロクな装備もない俺達と、パーティー組んでくれる奴なんかいると思うか?」

 

「ふぉのわたひがいるんだはら、なかああんて」

 

何を言っているのかわからない。

 

「飲み込め。飲み込んでから喋れ」

 

アクアは口に入れてた物全部を飲みこんだ。もう、女神というか仕草の一つ一つがおっさんだ。

 

「この私がいるんだから、仲間なんて募集をかければすぐよ。なにせ、私は最上級職のアークプリーストよ?あらゆる回復魔法は使えるし、補助魔法に毒や麻痺なんかの治癒、蘇生だってお手の物。どこのパーティーも喉から手が出るぐらい欲しいに決まってるじゃない!」

 

アークプリーストの肩書きだけなら確かにどこのパーティーも欲しいだろうね。ただ、アクアの中身を知ったらどうなるかはわからないけど。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「・・・・・・来ないわね・・・・・・」

 

ギルドで求人の張り紙を出して半日。僕はギルドの酒場でお茶を飲みながら、寂しそうに呟くアクアを見ている。

 

「そもそも条件が高すぎるのが問題だよ」

 

「そうだぞアクア。お前と秋は上級職かもしれないが、俺は最弱職なんだ。周りがいきなりエリートじゃ俺の肩身が狭くなる。ちょっと、募集のハードル下げて・・・・・・」

 

アクアが求人募集で出した条件は上級職のみ募集だった。それだと誰も来ない。そもそも、上級職はそうそういないだろうに。その事を僕と佐藤君が再三説明したのに、押しきって募集をかけた。

 

「上級職の冒険者募集を見て来たのですが、ここで良いのでしょうか?」

 

・・・・・・まさかあんな頭の悪そうな求人で来てくれる冒険者がいるとは。アクアがドヤ顔をしている。しかも「どやっ!」って言っている。

 

「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

声をかけてきたのは年齢は十二か十三歳ほどの少女。片目を眼帯で隠し、小柄で細身な体にマントを羽織っている。

 

「・・・・・・冷やかしに来たのか?」

 

「ち、ちがわい!」

 

佐藤君の言葉に慌てて否定した。確かに冷やかしに聞こえないこともない。

 

「・・・・・・その赤い瞳。もしかして、あなた紅魔族?」

 

「いかにも!我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん!我が必殺の魔法は山をも崩し、岩をも砕く・・・・・・!・・・・・・という訳で、優秀な魔法使いはいりませんか?・・・・・・そして図々しいお願いなのですが、もう三日も何も食べてないのです。できれば、面接の前に何か食べさせては頂けませんか・・・・・・」

 

めぐみんのお腹辺りからキューという音が聞こえてきた。

 

「すいませーん。ジャイアントトードの唐揚げ追加お願いしまーす」

 

僕は近くを通り掛かったウエイトレスに唐揚げの追加を注文して、唐揚げが乗った皿をめぐみんの前に置いてもらった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

めぐみんに唐揚げを食べさせた後、めぐみんはパーティーに加入した。佐藤君とアクア、めぐみんは早速昨日のクエストの続きに出ていった。僕は別行動でこの街、アクセルの街を探索している。ずっとクエストに通い詰めで街の地理には詳しくない。

 

「ウィズ魔道具店?」

 

住宅街の中に看板を立てた家があった。魔道具なんて売ってるのか。魔術師としてこの世界の魔道具には興味がある。

 

「失礼しま・・・・・・す?」

 

店に入るとレジでうつ伏せに倒れている女性がいた。なにこれ?なにかのサスペンスドラマ?

 

「あ・・・・・・い、いらっしゃい・・・・・・ませ」

 

一度顔をあげたと思ったら、またうつ伏せになった。すごく顔色が悪い。店内にキューという音が響いた。それもめぐみんから聞こえたような可愛らしい音じゃなく、かなり大きい音だ。

 

「・・・・・・唐揚げ食べます?」

 

「す、すいません・・・・・・いただきます・・・・・・」

 

女性の前に酒場で紙に包んでもらった唐揚げを置く。

 

「ううっ・・・・・・久しぶりのたんぱく質です。美味しいです・・・・・・」

 

女性は一心不乱に唐揚げを食べていく。五分もしない内に五本の唐揚げを食べきった。

 



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この魔術師に出会いを!

「唐揚げありがとうございます!あの・・・・・・お金の方は・・・・・・」

 

「別にいいですよ。残り物ですし」

 

僕は店内の棚に並んでいる商品を見ていく。液体が入った小瓶、水晶玉、幾何学模様が彫られた手鏡など変わった商品が置いてある。僕は幾何学模様が彫られた手鏡を手に取る。

 

「あ、それは未来を見れる手鏡ですね」

 

「なにそれ凄い」

 

未来視系の魔眼より便利じゃないか。魔眼は所有者しか視れないけど、この手鏡なら他人にも見せられる訳か。

 

「ただ、その手鏡には欠点があって――――――」

 

僕の顔を写していた鏡に黒い渦巻きが現れると――――――。

「――――――死後しか視れないんです」

 

――――――鏡に写っていた僕の顔は骸骨になっていた。

 

「・・・・・・・・・・」

 

僕は無言で手鏡を置いてあった場所に戻す。死後しか視れないことはもっと早くに言ってほしかった。

 

「あの・・・・・・他に何かありません?普通の魔道具っていうのをみたいんですけど」

 

「ふ、普通の魔道具ですか?ええっと・・・・・・ならこれなんてどうでしょう?」

 

女性はレジの後ろの棚からやたら毒々しい色をした液体が入った小瓶をカウンターに置いた。おい、小瓶にドクロのシールが貼ってるぞ。

 

「これはモンスター呼びのポーションです。蓋を開けたら近くにいるモンスターが臭いに釣られて呼び寄せる事ができるんです」

 

「へぇ、それは便利だね」

 

短期間でレベルを上げる事が目的なら多少値が張っても買うべきだね。

 

「欠点としてはレベル差関係なく強力なモンスターも呼び寄せてしまうことですね」

 

「それただの自殺道具じゃん」

 

わかった。この店には録な商品が置いてない。絶対に他の道具にも欠点があるに違いない。

 

「・・・・・・これは?」

 

レジの横にあった骨付き肉を手に取る。

 

「それはカエル殺しというアイテムです。ジャイアントトードの餌に似せることで、食べた瞬間に炸裂魔法が発動するようになってるんですよ!」

 

「これ、いくらですか?」

 

佐藤君達に買って帰ろう。これからもカエルと戦う事があるだろうし、もしもの時に役立つはずだ。

 

「一個二十万エリスになります!」

 

値段の方が欠点だったか・・・・・・!

 

「――――――と、言うのは冗談です。それは無料で差し上げます。唐揚げを貰ってお礼です。それに、これからも贔屓にしてもらう為のサンプルだと思ってください」

 

この店主、ちゃっかりしてるね。

 

「わかりました。また、来させてもらいます」

 

「はい!いつでもいらっしゃってください!」

 

そういえば・・・・・・まだ女性の名前を聞いてなかった。

 

「名前・・・・・・教えてもらっていいですか?」

 

「あっ、まだ自己紹介をしてませんでしたね!私はウィズと言います」

 

「僕は蒼崎秋。それじゃあまた」

 

面白い店も見つけたし、時間があったらまた来よう。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「見捨てないでください!もうどこのパーティーも拾ってくれないのです!ダンジョン探索の際には荷物持ちでも何でもします!お願いです、私を捨てないでください!」

 

街の入り口に粘液まみれのアクアと同じく粘液まみれで佐藤君に背負われてるめぐみん、そしてめぐみんを背負っている佐藤君が何か騒いでいた。

 

「・・・・・・先に宿に戻ってよう」

 

僕は三人に気づかれない内に宿に戻ろうとする。あの絵面はマズイ。粘液まみれの美少女二人。知らない人が見たら佐藤君は美少女二人を粘液まみれの危ないプレイをした変態だと思われる。僕も巻き込まれない内に逃げよう。

 

「あっ!シュウじゃない!」

 

気づかれた!しかも、よりによってアクアにだし!

 

「どんなプレイでも大丈夫ですから!先程の、カエルを使ったヌルヌルプレイだって耐えてみせ」

 

「よーし分かった!めぐみん、これからよろしくな!」

 

どうやら、めぐみんの脅しに佐藤君は屈したようだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「そういえばシュウの職業は何なのですか?」

 

粘液を落としたアクアとめぐみんを連れて、僕は酒場で晩御飯を食べている。佐藤君はクエスト達成の報告とカエルの買い取りに行っている。僕は二人が何かをしないよう見張りを頼まれた。

 

「僕の職業はルーンナイトだよ」

 

「ルーンナイトですか。シュウも私と共に爆裂魔法の道を歩みませんか?ルーンナイトは魔法も使える職業ですし、爆裂魔法を覚えて損はないと思うのですが!」

 

この子の爆裂魔法への思いはどこから湧いてくるのだろうか。

 

「い、いや、遠慮するよ。聞いた話だとめぐみんの方が爆裂魔法の威力は強いみたいだし、めぐみん一人でいいよ、爆裂魔法を使うのは」

 

「当然です!我が必殺の爆裂魔法はあらゆるものを粉砕しますからね!」

 

めぐみんが胸を張って自慢気に言う。・・・・・・一回見てみたいな、爆裂魔法。

 

「あー、もうホントなんなんだよ」

疲れた顔した佐藤君が報酬が入った革袋を手に戻ってきた。

 

「疲れた顔してるね。買い取りで何か揉めたのかい?」

 

「買い取りはスムーズに終わったんだよ。ただ、その後に変な奴に絡まれたんだよ」

 

「変な奴って・・・・・・あの人?」

 

僕は柱の影に隠れて僕たちの方を見ている金髪鎧の女性を指す。 ・・・・・・顔が赤いし鼻息が荒いんだけど。

 

「うげっ・・・・・・ついてきてたのかよ」

 

佐藤君が嫌そうな顔する。

 

「あいつにパーティーに入れてくれってせがまれたんだよ」

 

「入ってもらえば?装備の感じからして前衛職だろうし、パーティーに入ってくれたらかなり安定すると思うんだけど?」

 

僕も前衛で戦えるけど、今はこの世界の魔法を研究したい。だからあまり前衛で戦いたくない。

 

「・・・・・・アクアやめぐみんに通じる何かを感じたんだよ」

 

「・・・・・・一癖あったんだね」

めぐみんはよくわからないけど、アクアに通じるものがあるなら絶対に何かある。金遣いが荒いとか、我が儘とか、自堕落とか。

 

「・・・・・・前衛職で耐久力と力はあるのに攻撃が当たらないそうだ」

 

「前衛職としては致命的だね、それ」

 

不器用すぎだよ。もう前衛職やめて後衛職とかに転職した方が良いよ。

 

「ホントに秋がいてくれて助かるよ・・・・・・お前がいなかったら今頃俺たちは・・・・・・っ!」

 

何を想像したのか佐藤君が涙を流しながら僕の両手を力強く握って来た。

 

「頼むぞ、秋・・・・・・このまま俺たちとパーティーでいてくれて!じゃないと俺たちは・・・・・・俺は、俺は・・・・・・っ!!」

 

「うん、分かったからとりあえず手を離して。アクアとめぐみんが凄い目で見てるから」

 

佐藤君は顔を二人の方に向ける。

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

アクアはゴミを見るような目で、めぐみんは不思議なものを見たような目で見ている。

 

「カズマ。私は同性同士の恋愛を否定するつもりはないけど、そういうのは二人きっりの時にしてくれないかしら?私とめぐみんまでそっち系の人と思われたら困るんですけど?」

 

「ちっげーよ!!俺は懇願してんの!お前分かってんのか!?今秋に見捨てられたら俺たち終わりだぞ!?秋が抜けたら最弱職の俺になんちゃって女神のお前、爆裂魔法撃ったら動けないめぐみんしかいないんだぞ!?」

 

「おい、それじゃあまるで私がお荷物みたいじゃないか。そこら辺のこと詳しく聞かせてもらおうか!」

 

「なによ!少なくともカズマより私の方が役にたってるわよ!私はアークプリーストにして女神よ!そこにいるだけで癒しになるのよ!ねえ、シュウ!?」

 

「言ってやれ、秋!」

 

ここで僕に振るか。・・・・・・実際、めぐみんの魔法は一発しか撃てない代わりに威力は高いらしい。佐藤君も冒険者の職業だから将来有望だろし。アクアは・・・・・・あれ?活躍してるとこ見たことないね。強いて言うならゴッドブローを出したぐらい?

 

「アクアって・・・・・・何かした?」

 

「なんでよ―!?ほ、ほら秋、女神の隣に座れて癒されるでしょ?ね?ね?」

 

「癒しっていうか、小さい子供の世話をしてる感じなんだけど?ほら、今も口元に食べ滓ついてるし」

 

ナプキンでアクアの口元についている食べ滓を拭き取る。

 

「・・・・・・ぐすっ」

 

ぐすっ?

 

「シュウが・・・・・・シュウが私のこと子供扱いしたあぁぁぁぁぁぁ!!私子供じゃないもん!!女神だもん!!うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」

 

・・・・・・この女神めんどくせぇ。ジョッキ片手に号泣するアクアをあやす。

 

「あー、もう泣かないでよアクア。ほら、ネロイド奢ってあげるから」

 

「ぐすっ・・・・・・ホント?」

 

「ホントホント。だから泣き止んで」

 

「・・・・・・カエルの唐揚げも」

 

・・・・・・この女神調子に乗り始めたな。寝てるときに耳元で大声出してやる。

 

「・・・・・・良いよ。唐揚げも頼んでいいよ」

 

「やった!すいませーん!シュワシュワとカエルの唐揚げ大盛ください!!」

 

コロリと態度を変えて料理の注文をするアクア。しかも唐揚げ大盛で注文しやがった。

 

「・・・・・・たまにはこういうのも悪くないかな」

 

運ばれてきたネロイド片手に唐揚げをバクバク食べているアクアを見て、ちょっとだけそう思った。

 



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この魔術師に盗賊&クルセイダーを!

めぐみんがパーティーに加入した翌日。

 

(頭が痛くなってきた・・・・・・)

 

目の前で起きている光景を見て、僅かに頭痛がしてきた。

 

「ヒャッハー!当たりも当たり、大当たりだああああああああああ!!」

 

白いレース生地の女性用パン・・・・・・もとい女性用下着片手に腕をブンブン振り回す佐藤君。

 

「いやああああああああああ!!パンツ返してええええええええ!!」

 

ズボンを押さえて涙目で絶叫する少女。とりあえず・・・・・・。

 

「なにやってんの君」

 

「ぐふっ!?」

 

佐藤君に腹パンをくらわす。呻き声を出しながら腹を押さえて踞る佐藤君から下着を奪い取って、目をつむりながら少女に返す。

 

「はいこれ。君のだよね」

 

「ぐすっ・・・・・・ありがとう」

 

ウィズの店に寄ってからギルドに来たのに、どうしてその道で佐藤君は下着なんて振り回していたんだろう。とりあえず危ない目をしてたから腹パンくらわせたけど。

 

「・・・・・・もう良いよ」

 

少女の許しが出たので目を開ける。いまだ涙目でズボンの裾を押さえながら佐藤君を睨む少女。銀髪の短い髪、頬に刀傷がある。軽装なことから盗賊職ないしはそれに近い職業だろう。

 

「僕の仲間がセクハラしたみたいでごめんね。ほら佐藤君。立ってあの人に謝る」

 

「ぐおぉぉぉぉぉっ!おま、本気で殴ったろ!?衝撃が内臓まで届いたぞ!?」

 

「全然本気じゃないけど?」

 

本気で殴ってはいない。正確に鳩尾を殴っただけだ。

 

「え?なにそれ?レベル差ってこんなところでも差がでるの?」

 

レベル差云々はそこまで関係していないと思う。

 

「なんで君が彼女の下着を持ってたのかは知らないけど、セクハラしたんだから謝るのは道理だよ」

 

「いやいやこれには訳があるんだよ。そもそも俺はクリスからスキルを――――――」

 

「ちょっと待って!今なんて言ったの?」

 

佐藤君が何か説明しようとすると少女が遮ってきた。

 

「セクハラしたんだから謝るのは道理って言っただけだけど?」

 

「そこより前!あたしのことなんて言ったの!?」

 

「変なこと聞くね。君女の子だよね?ぱっと見た感じ男に見えなくもないけど、声の高さに線の細さとかでわかったんだよ。まあ、君が女装癖がある男だったら別だけ・・・・・・ど?」

 

最後まで言い終わる前に少女に手を握られた。

 

「ありがとう!!君で二人目だよ!一目であたしのことを男じゃなくて女だって気づいてくれたのは!」

 

「ああうん、それは良かった」

 

少女はよっぽど自分が女だと気づいてもらえた事が嬉しいのだろう、涙目で手を握ってブンブン上下に振られる。昨日といい今日といい手を握られる事が多い気がする。

 

「あ!自己紹介はまだだったね!あたしはクリス!職業は盗賊だよ!よろしくね!!」

 

「ああうんよろしく。僕は蒼崎秋だ」

 

クリス・・・・・・ね。地球だとクリスは欧米圏の男性に多い名前だし、男に間違われることもあるか。

 

「はぁはぁ・・・・・・!これが放置プレイという物かっ!んぅっ!」

 

・・・・・・一人鼻息が荒い女騎士がいるんだけど。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

ギルドに入ると酒場で他の冒険者に囲まれているアクアがいた。普段のアクアならちやほやされて上機嫌になってるのに、今は迷惑そうな顔をしている。クリスとはギルドの入り口で別れた。なんでも稼ぎがいいダンジョンに参加するらしい。今度、ダンジョン探索に二人で行こうと誘われた。

 

「ところで・・・・・・あなたはクリスについて行かなくて良かったのかい?」

 

佐藤君がアクアを回収しに行くのを見ながら、同じテーブルに座っているダクネスに尋ねる。

 

「・・・・・・うむ。私は前衛職だからな。前衛職なんて、どこにでも有り余っている。でも、盗賊はダンジョン探索に必須な割りに、地味だから成り手があまり多くない職業だ。クリスの需要なら幾らでもある」

 

確かにギルド内を見回しても前衛職とおぼしき冒険者が半分。あとはウィザードにプリーストといった後衛職が半分といったところだ。クリスのような軽装な冒険者は見当たらない。

 

「この馬鹿女神!お前どれだけ問題を起こせば気がすむんだよ!?」

 

「ちょっと!今回は私は悪くないわよ!!ちょっとだけ私の宴会芸スキルで場を盛り上げようとしただけよ!謝って!私のせいにした事を謝って!!」

 

冒険者に囲まれていたアクアを回収した佐藤君が戻ってきた。二人の後ろを歩いていためぐみんが佐藤君の服を引っ張る。

 

「カズマカズマ。スキルは無事に覚えられたのですか?」

 

「ふふ、まあ見てろよ?いくぜ、スティール!」

 

佐藤君がめぐみんに向かって右手を突き出し、スキルが発動する。佐藤君の右手には白い布が握られている。それに対してめぐみんの顔が赤くなって、涙目でスカートを押さえている。

 

「・・・・・・なんですか?レベルが上がってステータスが上がったから、冒険者から変態にジョブチェンジしたんですか?・・・・・・あの、スースーするのでパンツ返してください・・・・・・」

 

・・・・・・クリスの下着を持ってたのはこのスキルが原因か。

 

「あ、あれっ!?お、おかしーな、こんなはずじゃ・・・・・・。ランダムで何かを奪い取るってスキルのはずなのにっ!」

 

スキルとしては優秀だけど、下着しか奪い取れないのは欠点なんじゃないだろうか。・・・・・・いや、相手が女性限定ならアリか。

 

「やはり。やはり私の目に狂いは無かった!こんな幼気な少女の下着を公衆の面前で剥ぎ取るなんて、なんと言う鬼畜・・・・・・っ!是非とも・・・・・・!是非とも私を、このパーティーに入れて欲しい!」

 

椅子を倒しながら立ち上がったダクネスがそんな事を口走った。

 

「いらない」

 

「んんっ・・・・・・!?く・・・・・・っ!」

 

佐藤君の即答にダクネスが頬を赤くして体を震わせた。あっ・・・・・・この人変態だ。それも一級品の変態だ。

 

「ねえカズマ、この人だれ?昨日言ってた、報酬貰いにいってる時に絡まれた人?」

 

「ちょっと、この方クルセイダーではないですか。断る理由なんて無いのではないですか?」

 

佐藤君が断りたいのも分かるけど、前衛職が欲しいのも事実。悩みどころだね。まあ、このパーティーのリーダーは佐藤君だから、佐藤君が決める事だけど。

 

「・・・・・・実はなダクネス。俺とアクアと秋は、こう見えて、ガチで魔王を倒したいと考えている」

 

なるほど。魔王に挑む事をダクネスに言って、パーティーに加入させないつもりか。

 

「丁度いい機会だ。めぐみんも聞いてくれ。俺とアクアと秋はどうあっても魔王を倒したい。俺達はそのために冒険者になったんだ」

 

ダクネスを加入させない様にしつつ、初耳であろうめぐみんをパーティーから追い出すつもりだ!姑息にも程がある!

 

「特にダクネス、女騎士のお前なんて、魔王に捕まったりしたら、それはもうとんでもない目に遭わされる役どころだ」

 

「ああ、全くその通りだ!昔から、魔王にエロい目に遭わされるのは女騎士の仕事と相場が決まっているからな!それだけでも行く価値がある!」

 

「「えっ!?・・・・・・あれっ!?」」

 

ダクネスの力強い肯定の言葉に思わず佐藤君と一緒に僕まで声を出してしまった。

 

「えっ?・・・・・・なんだ?私は何か、おかしな事を言ったか?」

 

しかも本人は至って真面目なようだ。佐藤君はダクネスの説得を諦めてめぐみんの方を見る。

 

「めぐみんも聞いてくれ。相手は魔王。この世で最強の存在に喧嘩を売ろうってんだよ、俺たちは。そんなパーティーに無理して残る必要は・・・・・・」

 

椅子を蹴り倒しためぐみんが立ち上がって、マントを翻す。

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操りし者!我を差し置き最強を名乗る魔王!そんな存在は我が最強魔法で消し飛ばしてみせましょう!」

 

勇ましいと言うかなんと言うか・・・・・・。自信満々に宣言するあたり、爆裂魔法にそれだけ自信があるのか。

 

(ただまあ・・・・・・古今東西、お伽噺で魔王や神、ドラゴンを倒すのは勇気と知恵を振り絞った人間と、仲間と騒ぎながら、最後まで自信を胸に秘めて立ち上がる人間なんだから。めぐみんの自信もダクネスの変態的性癖を隠さないあたり、魔王を倒せる逸材なのかもね)

 

今も佐藤君が二人を必死に説得しているのを見ながら小さく笑う。

 

『緊急クエスト!緊急クエスト!街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

どうやら、仕事の時間みたいだ。



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この魔術師にキャベツを!

FGO、皇帝(ツァーリ)を狙ったらすり抜けでドレイク船長が来ました。嬉しいけど少し複雑な気分です。あと、アヴィケブロン先生好き。アナスタシア可愛い。


アクアの話によると、この時期にはキャベツの収穫が行われるらしい。ただし、この世界の野菜は新鮮な物ほど動き回るらしく、今回の緊急クエストも各地に移動するキャベツの収穫らしい。一匹一匹はたいしたことはないが、集団での体当たりはそれなりに強力らしい。それにギルドがキャベツの量に応じて報酬をくれる。極貧冒険者の僕らにはありがたいクエストだ。

 

「ずっと気になっていたのですが、シュウはルーンナイトなのに何故武器を持っていないのですか?」

 

キャベツの群れが来るであろう方向に向かって歩いていると、めぐみんが話しかけてきた。

 

「武器を持たないルーンナイトがいるのは変かい?」

 

「いえ、そういう訳では無いのですが・・・・・・」

 

でも・・・・・・そろそろこの世界の魔法にも慣れてきたし、前衛職らしいところも見せようか。

 

「めぐみんの要望に応えて、今回は魔法を使わないでおくよ」

 

「えっ!?む、無理はしなくていいのですよ?私が爆裂魔法でキャベツの群れを吹き飛ばしますから!」

 

どうやらめぐみんに僕は接近戦が出来ないと思われているらしい。

 

「キャベツが来たぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

冒険者の一人が指差して叫んだ方から緑色の物体が大量に押し寄せて来ている。

 

「ふ、ふふっ・・・・・・あれだけのキャベツの群れの体当たりだ・・・・・・それはさぞ素晴らしいものなはずだ!!」

 

一人興奮している女騎士がいるけど放置しておく。

 

「あれほどの敵の大群を前にして爆裂魔法を放つ衝動を抑えられようか。はあぁ・・・・・・いやない!」

 

めぐみんがマントを翻して前に出る。そして、めぐみんの足下に赤い魔法陣が展開される。

 

「光に覆われし漆黒よ。夜を纏いし爆炎よ。紅魔の名の下に原初の崩壊を顕現す。終焉の王国の地に力の根源を隠匿せし者。我が前に統べよ!エクスプロージョン!!」

 

杖の先が赤く光とキャベツの群れが爆発した。

 

「おお・・・・・・あれが爆裂魔法」

 

対軍宝具・・・・・・いや、対城宝具クラスの一撃だ。

 

「佐藤君。めぐみんの魔法はすごいね。追い出すのはやめた方がいいと思うよ」

 

「威力が凄いのは認めるよ。ただ・・・・・・あれを見てみろよ」

 

佐藤君が爆裂魔法を撃ち終わっためぐみんを指差す。めぐみんはキメ顔でポーズを決めている――――――と、思ったら崩れ落ちた。

 

「はへへ・・・・・・カズマ、シュウ。やりましたよ、キャベツ八匹倒しました」

 

魔力を使いきったのか、めぐみんは倒れながら冒険者カードを僕たちに見せてきた。

 

「なるほど・・・・・・燃費が悪いね」

 

「だろ?」

 

あの威力なら当たれば一撃だけど、外したら無駄撃ちな上に二撃目も撃てないとなると使いどころが難しい。・・・・・・一撃必殺って事を考えたらまさに必殺技と呼べる魔法だね。

 

「カズマさぁぁぁぁぁぁん!!シュウゥゥゥゥゥゥ!!だずげてぇぇぇぇぇぇ!?」

 

アクアはアクアでキャベツに追い回されて泣きながら逃げている。いや、逃げてないでゴッドブローで殴れよ。

 

「待っていろアクア!今助けに行くぞ!『デコイ』!!」

 

アクアを追い回していたキャベツが向きを変えてダクネスに迫る。他のキャベツ達もダクネスに向かって体当たりしていく。

 

「ふ、ふふっ・・・・・・ふふふふふふっ!!いいぞ!!もっとだ!!もっとぶつかって来い!!お前たちの力は・・・・・・そんなものかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

言ってることはアメフトとかラグビーの監督みたいだけど、実際はダクネスがキャベツの体当たりに興奮して変な事を口走っているだけだ。

 

「はぁ・・・・・・佐藤君。泣いてるアクアとめぐみんの回収よろしく」

 

「えっ!?あっ、秋!?」

 

二人の回収と介抱を佐藤君に任せて、キャベツの体当たりに興奮しているダクネスを助けるために走る。・・・・・・止めるの方が正しいのかも知れない。

 

「――――――起動せよ(セット)身体強化・Ⅱ(ブースト・ツヴァイ)

 

魔術回路を起動させる。体内の回路に魔力が通っていく。うん、この世界でも上手く使えた。両手を軽く振るい、刃が無い柄が片手に三個ずつ、計六個が飛び出した。

 

「ダクネス!そのまま動かないでよね!!」

 

柄に魔力を流して投擲する。投擲された柄はダクネスに体当たりしようとしていたキャベツに命中。流した魔力が刃を形成し、柄から飛び出す。刃はキャベツを貫いた。

 

「シュウ!?」

 

驚いたダクネスが後ろを振り向いた。

 

「ダクネスはそのままスキルを使ってキャベツを誘き寄せて!キャベツの収穫は僕がするから!」

 

「わ、わかった!」

 

ダクネスが再度スキルを使い、キャベツを誘き寄せる。僕はダクネスの前に立ち、新たな投擲剣――――――黒鍵を構える。

 

(なんで僕は黒鍵まで出してキャベツの収穫なんてしているんだろう・・・・・・)

 

体当たりしてくるキャベツを斬り裂き、黒鍵を投げて貫き、時にキャベツを受け止めて他のキャベツに投げながら冷静な部分でキャベツの波が過ぎ去るまで考えていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

「何故たかがキャベツの野菜炒めがこんなに美味いんだ。納得いかねえ、ホントに納得いかねえ」

 

「同感」

 

隣に座る佐藤君に同意しながら野菜炒めを食べる。さっきまで新鮮に動き回っていたキャベツは料理となって振る舞われている。

 

「シュウ。シュウが使っていた武器はなんなのですか?」

 

「うむ、私もそれが気になっていた。私も冒険者を長くしているがあのような武器は初めて見た。あれはどこの武具屋で買ったのだ?」

 

「あの武器どんなギミックしてるんだ?いきなり刃出て来てたけど」

 

「すいませーん!シュワシュワのお代わりくださーい!!」

 

佐藤君とめぐみん、ダクネスに黒鍵の事で詰め寄られる。一人だけシュワシュワを頼んでいるアークプリーストがいるけどそのままにしておく。アクアまで参加したら収拾がつかなくなるからね。

 

「あれは黒鍵っていってね、死徒・・・・・・ここだとアンデットって言った方がいいのかな?対アンデット用の武装なんだ」

 

懐から柄だけの状態の黒鍵を取り出して佐藤君に渡す。佐藤君は柄を受け取ると色々な角度で見ている。

 

「刃は聖書のページを精製したものだから、下級と中級のアンデットぐらいなら一撃だと思うよ」

 

死徒になったばかりの食屍鬼(グール)動く死体(リビングデッド)程度なら倒せる。ただ、それが何百年と存在する死徒となると無理だけどね。

 

「てことは、秋の武器はそのこ、こっけん?って武器と魔法なのか?」

 

「うん、今はね。大抵の武器は使えるし、なんなら素手でも戦えるよ」

 

ルーン文字を刻んだ革手袋で殴れば大抵のモンスターは一撃だと思う。

 

「どんな武器が使えるのですか?」

 

めぐみんがキャベツをシャリシャリと噛りながら聞いてきた。噛むスピードが早い。口に咥えたかと思えば一瞬で食べ終えている。

 

「んーと、長剣、短剣、大剣、双剣、刀、長刀、槍、薙刀、弓、投擲剣に、あっ、投擲剣っていうのは黒鍵の事ね。あとは素手かな・・・・・・って、どうかした?」

 

「「「・・・・・・・・・・」」」

 

指を折りながら使える武器を数えていると話を聞いていた三人が口を開けて呆けていた。アクア?シュワシュワを飲みながら唐揚げをむしゃむしゃと頬張っている。あ、また衣ついてる。

 

「そ、それだけの武器を使えるなら王都に常駐している一流冒険者に引けをとらないぞ」

 

「残念だけど今上げた武器の中でまともに使えるのは四、五種類ぐらいなんだ。あとは三流止まりがいいところだよ」

 

双剣、長剣、刀、素手に投擲剣ぐらいが上手く使えるって自負はあるね。

 

「だから、前衛の攻めは僕に任せてよ。ダクネスが守って僕が攻める。めぐみんは後衛で爆裂魔法の準備をして撃ち込む。佐藤君は後衛でめぐみんの守りながら全体の俯瞰をしつつ、スキルでモンスターからアイテムを奪う。並びとしたら良い方だと思うけど?」

 

「そ、それはつまり・・・・・・私に肉盾になれということだな!?」

 

「いや、誰もいってないし」

 

「お、お前もカズマに負けず劣らずの鬼畜具合だ・・・・・・!私を囮にしてモンスターに襲われているのをニヤニヤと笑いながら見ているつもりだな!!」

 

「いや、しないし」

 

「モンスターに襲われる私・・・・・・鎧は砕け、剣は折れ、モンスターに連れ去れ、巣に連れていかれた私はこう言うのだ!『私の体は堕とせても、心は堕とせると思うな!!』と!モンスターにあらゆる辱しめを受ける私!!しだいにモンスターから受ける辱しめが快楽に変わり、そして最後には・・・・・・にゃふぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「ねえ、君変態なの?一人で変な解釈して興奮するのやめてくれない?」

 

一人で変な解釈して頬を赤くして、体をモジモジとさながら変なことを口走っている。見る人が見れば今のダクネスは魅力的に見えるんだろうけど、中身を知っている僕にしたらドン引きものだ。

 

「ねえねえ、シュウ。私は?私は何をしたら良いのかしら?」

 

左手にシュワシュワが並々と注がれているジョッキ、右手には唐揚げを握っているアクアが目をキラキラとさせながら聞いてきた。・・・・・・普段は動きたくないとか、女神なんだから敬ってとか言ってるくせに、仲間外れは寂しいのか。佐藤君の方を見るが、目どころか顔ごと逸らされた。

 

「・・・・・・アクアはこのパーティーの貴重なアークプリーストだから、出来るだけ危ない目にあってほしくないんだ。後方で僕たちが戦っているところを見守っておいてほしいんだ。つまり、アクアはこのパーティーの勝利の女神ってことなんだ」

 

後ろから佐藤君とめぐみんの『うわぁ・・・・・・』という引いたような声が聞こえるが無視。ダクネスは一人で妄想の幅を広げている。想像力豊かなことだ。

 

「そ、そうよね!!私は水の女神アクア!アクシズ教の御神体!安心しなさいシュウ!あなた達がどれだけ怪我をしても私が癒してあげるわ!」

 

何故か頬うっすらと赤くしているアクアが胸を張ってそう宣言した。よし、これで少なくともアクアが前線に出てくることが無くなった。

 

(そういえば・・・・・・今、女神とか口走っていたけど誰も気にしてないみたいだしいいか)



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この魔術師にリッチーを!

作中に出てきた魔術礼装はベルディア戦ぐらいで登場させます。


キャベツ収穫から幾日か過ぎた。ある程度資金が貯まった佐藤君はアクアを連れて防具を買いにいった。今までジャージ姿だったしね。僕も誘われたけど断った。僕の防具は魔術の師である人から貰った魔術礼装『七天』がある。

 

「おじゃましまーす」

 

夜からのクエストを受けている僕らパーティーはそれぞれが夕方まで自由行動になっている。僕は暇を見つけてはウィズの店に行っている。その時は大抵食べ物を買っていっている。

 

「あっ、シュウさん!いらっしゃってくださったんですね!」

 

「うん、夜からのクエストを受けたから昼間は暇なんだ」

 

「そうなんですか。夜は強力なモンスターの活動時間ですから気をつけてくださいね」

 

ウィズに差し入れのケーキを渡して店内を見て回る。相変わらず用途不明なアイテムが多い。

 

(また変なのが増えてるし・・・・・・)

 

以前来たときには無かった商品が増えている。商品名は・・・・・・トランスポーション?効果は一時的に性別が変わる・・・・・・誰が買うんだこんなの。

 

「シュウさん、お茶にしませんか?」

 

「あ、ありがとう。いただくよ」

 

トランスポーションを棚に戻して、店内に設置されている休憩スペースに行く。テーブルの上には紅茶と差し入れで持ってきたケーキが用意されていた。

 

「最近はどう?繁盛してる?」

 

「そ、それは・・・・・・相変わらずと言いますか」

 

客入りは相変わらず悪いようだ。正直な事をいうとウィズには商才がない。それも建築デザイン事務所を経営してる僕の師なみに商才がない。いや、あの人の場合はそこら辺が大雑把というか、興味が無いというか。

 

「値段を少し下げるとかしてみたら?」

 

夕方になるまで僕はウィズの店で店の相談に乗ったり、魔導具の話をしながら時間を潰していた。・・・・・・悲しいことに僕がいるあいだ、他の客は一切来なかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

夕方になり、僕らパーティーは街外れの丘の上でバーベキューをしている。僕らが受けたクエストはゾンビメーカーというモンスターの討伐。何でも死体を操る悪霊らしく、数体のゾンビを操って行動するらしい。そのモンスターが街外れの墓地に現れたらしい。

 

「ちょっとカズマ、その肉は私が目をつけてたヤツよ!ほら、こっちの野菜が焼けてるんだからこっち食べなさいよこっち!」

 

「俺、キャベツ狩り以来どうも野菜が苦手なんだよ、焼いてる最中に飛んだり跳ねたりしないか心配なんだ」

 

(その気持ちはわかる)

 

たまにギルドで注文した生野菜のサラダが動いているのを見かけることがある。ただ、ダクネスの話だと王都ではキャベツをデフォルメにした人形が人気らしい。

 

「シュウ。コーヒー作るけど飲むか?」

 

「飲む」

 

この世界にもコーヒー豆はあるようで、佐藤君が街で売ってたコーヒーの粉を買ってきていた。

 

「・・・・・・すいません、私にもお水ください。っていうかカズマは何気に私より魔法を使いこなしてますね。初級魔法なんてほとんど誰も使わないのですが、カズマを見てるとなんか便利そうです」

 

佐藤君はキャベツ狩りで仲良くなったらしい魔法使いに初級魔法を教わったらしく、今も初級魔法で二人分のコーヒーを作っている。

 

「ほい、出来たぞ」

 

「ありがとう」

 

佐藤君からマグカップを受け取る。ミルクやシロップといったものが入って無いからか、やはり苦い。そこら辺は追々解決しよう。

 

「『ウインドブレス』!」

 

「ぶああああっ!ぎゃー!目、目があああっ!」

 

佐藤君をからかったのか、目を擦りながら地面を転げ回るアクアを見ながらコーヒーを啜った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「・・・・・・冷えてきたわね。ねえカズマ、引き受けたクエストってゾンビメーカー討伐よね?私、そんな小物じゃなくて大物のアンデットが出そうな予感がするんですけど」

 

時間が深夜になった頃。アクアがそんな事を呟いた。確かに時間帯的にはアンデット系統のモンスターが出やすい時間だ。元いた世界でもこの時間によく食屍鬼(グール)が出た。

 

「何だろう、ピリピリ感じる。敵感知に引っかかったな。いるぞ、一体、二体・・・・・・三体、四体・・・・・・?」

 

佐藤君が敵感知スキルに反応した数を数えているのを聞きながら、墓地の中央を観察する。

 

「・・・・・・誰かいるね」

 

「むっ?誰かいるようには見えないが・・・・・・それに暗くて誰かいても見れないと思うのだが」

 

「魔法で視力を強化したから、多少は暗くても見えるんだよ」

 

墓地の中央にうっすらとだが、人の輪郭が見える。目を凝らしてみていると、墓地の中央が青白く光った。青い光を発しているのは地面に書かれた魔方陣。あの魔方陣・・・・・・元いた世界でも見たことがあるような気がする。なんだったかな?

 

「・・・・・・あれ?ゾンビメーカー・・・・・・気が・・・・・・するのですが・・・・・・」

 

術者と思われるローブを着た人物と、魔方陣を囲んでいる死体が数体いる。

 

「突っ込むか。ゾンビメーカーじゃなかったとしても、こんな時間にいる以上、アンデットに違いないだろう。なら、アークプリーストのアクアがいれば問題ない」

 

「そう・・・・・・だね。アクアの数少ない活躍の場になるだろうし」

 

「・・・・・・お前、たまに辛辣だよな」

 

何故か佐藤君に同意したのに辛辣扱いされた。それよりもあの魔方陣が気になる。何かの魔導書で見た気がするけど、なかなか出てこない。

 

「あ――――――――――っ!!」

 

魔方陣を必死に思い出そうとしていると、アクアが叫んだと思ったら魔方陣の方に走っていった。

 

「リッチーがノコノコこんなところに不届きなっ!成敗してやるっ!」

 

リッチー。この世界だと魔法を極めた魔法使いが体を捨ててなるアンデットモンスターらしい。元いた世界でもそれに似たような事をする魔術師が何人かいるらしい。

 

「や、やめやめ、やめてええええええ!誰なの!?いきなり現れて、なぜ私の魔方陣を壊そうとするの!?やめて!やめてください!」

 

・・・・・・あれ?この声・・・・・・聞き覚えがあるような。

 

「うっさい、黙りなさいアンデット!どうせこの妖しげな魔方陣でロクでもない事企んでるんでしょ、なによ、こんな物!こんな物!!」

 

腰に超大物モンスターのリッチーにしがみつかれながら、アクアは魔方陣を踏みにじっている。・・・・・・もうちょっと観察したいんだけどな。

 

「・・・・・・あっ、思い出した」

 

全体的に初めて見る魔方陣だけど、部分部分に元いた世界の降霊術に似た物があった。魂を呼び出す・・・・・・よりは、魂を送り返す送還術の魔方陣だ。

 

「『ターンアンデット』!」

 

アクアが神聖魔法を使うと、アクアを中心に光が溢れ、魔方陣の近くにいたゾンビを消滅させる。魔方陣の上に漂っていた人魂も消し去った。リッチーも例外ではなく、体が薄くなっていく。

 

「きゃー!か、体が消えるっ!?止めて止めて、私の身体が無くなっちゃう!!成仏しちゃうっ!」

 

リッチーが自身の身体が薄れているのに気付き、慌てているとローブのフードが取れた。ウェーブがかかった茶髪に色白な肌、見たことがあるどろこか夕方まで話をしていた相手だ。

 

「・・・・・・ウィズ?」

 

「ふぇ・・・・・・っ?シュ、シュシュシュシュシュシュシュウさん!?ど、どうして此処にいるんですか!?」

 

いろいろな意味で慌てているウィズはフードを被り直して蹲った。どうしてウィズが墓地にいるのか、どうしてウィズの体が薄れているのか、いろいろ聞きたい事があるけど・・・・・・その前にあの女神を止めないと。ズボンの後ろポケットから革手袋を左手だけはめる。

 

「いい加減にしようかアクア」

 

「あはははははあ痛っ!?」

 

魔力を流した革手袋に『硬化』のルーンが起動し、そこそこ硬くなった左手でアクアの頭を叩いた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「なるほどねぇ・・・・・・ウィズは元アークウィザードのリッチーで、この墓地には拝金主義のプリーストの代わりに現世に彷徨う魂を天に還してたってこと?」

 

「・・・・・・えっと・・・・・・その・・・・・・はい」

 

ウィズはものすごく言いにくそうにしながら頷いた。ギルドに置いていた『必見!初心者冒険者の心得!』なる本にもリッチーの事が書いてあった。詳しいことは省くが強力な魔法耐性に触れるだけで状態異常を起こせるなど、様々な能力を持っている。うん、今の僕らパーティーなら全滅してた。

 

「な、なあ、秋?お前、その人と知り合いなのか?えらく親しげだけど?」

 

僕とウィズが親しげに会話しているのを見ていた佐藤君が聞いてきた。めぐみんもダクネスも顔に気になると書いている。アクア?頭を叩いたのがよほど効いたのか、頭を押さえて蹲っている。

 

「うん。この人はウィズ。僕がよく行く店の店主なんだ。・・・・・・リッチーっていうのは今初めて知ったけどね」

 

「はうっ!?そ、それは!隠していた訳じゃなくて・・・・・・!」

 

「冗談だよ。人にな隠し事があるものだからね。別に気にしなくて良いよ」

 

実際、僕も佐藤君たちに話していないことは山程あるからね。たぶん、僕がしてきた事を知れば、皆は僕の事を拒絶するだろう。

 

「シュウさん?」

 

・・・・・・少し考え過ぎてたみたいだね。

 

「いや、何でもないよ。ウィズ、こっちの三人と奥で頭を押さえて蹲っているのが僕のパーティーメンバーなんだ」

 

三人とウィズにそれぞれが紹介を済ませ、いまだに頭を押さえているアクアに近づく。

 

「アクア。いつまでそうしてるつもり?拗ねてるなら街戻ったら何か奢ってあげる・・・・・・」

 

から、とは続かなかった。何故なら――――――

 

「スカー・・・・・・スカー・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

どうやら頭を押さえている内に眠ってしまったららしい。身悶えている内に眠気に襲われてそのまま寝てしまったのだろう。・・・・・・起きたら起きたで面倒だからこのままにしておこう。



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この魔術師に呪いを!

二週間弱ぐらい空いてしまったので、とりあえず二週間分投稿します。


ゾンビメーカーの討伐は失敗した。超大物モンスターのリッチーと遭遇したのだ。他の事なんて頭から飛んでいた。墓地の魂送還はアクアにやってもらうことになった。もちろん、僕の監視つきだ。

 

「ねえねえシュウ。なにしてるの?」

 

「黒鍵の手入れ。武器は手入れすればするほど持ち主に答えてくれるからね。手入れしなくてもしものことがあったから困る。まあ、受け売りなんだけどね」

 

ギルドの酒場で黒鍵に不備が無いかを確認していると、野菜スティックを食べているアクアが覗き込んできた。

 

「ふーん・・・・・・」

 

アクアは野菜スティックを咥えながら、机に置いている黒鍵を三個手に取るとお手玉を始めた。・・・・・・魔力を流さなかったらただの柄だし、危険はないから放っておいて良いか。

 

「カズマは何を話しているのでしょうか?同じパーティーの私たちを放っておいて」

 

「はぁはぁ、こ、この胸の高鳴りは・・・・・・んうっ!」

 

めぐみんは他の冒険者と話をしている佐藤君を見ながら不満を言っている。ダクネスは何を考えているのか一人で興奮している。

 

「見て見てシュウ!」

 

「・・・・・・君って本当にそんなのは得意だね」

 

アクアは黒鍵を頭頂部と両手の平に縦にして乗せている。冒険者を辞めて大道芸の道を極めたらそれだけで食べていけるのに、本人は芸でお金を取るつもりは無いらしい。

 

「・・・・・・どうした?俺をそんな目で見て」

 

他の冒険者との話が終ったのか、僕らが座っているテーブル席に戻ってきた。

 

「・・・・・・楽しそうですね。楽しそうでしたねカズマ。他のパーティーのメンバーと、随分と親しげでしたね」

 

「・・・・・・?いや、情報収集は冒険の基本だろうが。何いってんだ?」

 

どうやらめぐみんは佐藤君が他のパーティーメンバーと話をしていたのに妬いているらしい。

 

「佐藤君。あの冒険者と何を話していたんだい?」

 

「街の近くにある廃城に魔王軍の幹部が来てるらしいんだ。そのせいで街の近くのモンスターも怯えて出てこないんだとさ。これはあれだな、宿に引き籠れっていうことだ」

 

「ふーん・・・・・・」

 

魔王軍の幹部か。興味はあるけど急いで見に行く必要はないか。本格的な問題になったらギルドから討伐クエストが出るだろうし、それまではウィズの店にでも行こうかな。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「ウィズいる?」

 

「シュウさん。いらっしゃいませ!」

 

ウィズはレジの奥に設置されている棚の整理をしていた。

 

「差し入れ持ってきたから休憩にしたら?」

 

「ありがとうございます!すぐにお茶を淹れてきますね」

 

今回の差し入れはちょっとだけ奮発した。街でそれなりに有名な菓子店のシュークリームだ。ウィズは甘い食べ物が好きらしく、差し入れで買ってくる時は甘い物が七割ぐらい占めている。

 

「お待たせしました!」

 

「ありがとう。いただくね」

 

ウィズが淹れてくれた紅茶を飲みながらウィズを見つめる。普通の人と同じ血色の肌をしていて、とてもアンデットの王と呼ばれているリッチーには見えない。

 

「あ、あの・・・・・・シュウさん?そんなに見つめられると・・・・・・」

 

・・・・・・かなりガッツリとウィズの事を見つめていたようだ。ウィズは顔を赤くして下を向いている。

 

「ああ、ごめんね。本に載っていたリッチーとは似ても似つかないからつい見つめちゃった」

 

「そ、そうなんですか・・・・・・やっぱり気持ち悪いですよね、リッチーなんて」

 

「いや、別に?」

 

「えっ!?」

 

ウィズは何を悲しそうな顔をしながらバカな事を言ってるんだろうか。ウィズが気持ち悪かったら世界中全ての物が気持ち悪くなる。

 

「別に僕はウィズの事を気持ち悪いなんて思わないよ」

 

――――――気持ち悪い(人の悪性)ものなんて嫌というほど見てきた。『根源』を目指すために人を犠牲にする魔術師を見た。自分の娘の存在を否定した親を知っている。そして何より――――――そんな人間と同類な僕はもっと気持ち悪い。

 

「シュウさん・・・・・・?」

 

ウィズが僕の手を握ってきた。ウィズの手はひんやりしてい気持ちが良い。

 

「――――――ごめんね、ちょっと考え事してた。とりあえず僕はウィズの事を気持ち悪いなんて思わない。だから、ウィズもそんな事を言わないでね」

 

少し湿っぽくなってしまった。本当はウィズにいろいろと聞こうと思っていたのに。

 

「それよりウィズ。いろいろと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・聞いても良い?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

ウィズからの承諾も得たから気になっている事を聞いていく。

 

「リッチーってやっぱり体温低いの?睡眠欲はあるの?食欲はあるよね。体は成長するの?性欲はあるの?」

 

「せっ!?」

 

ウィズの顔が真っ赤になったのが気にせずに質問をしていく。本人からの承諾も得ている以上、止まるつもりも止めるつもりもない。なにより・・・・・・魔術師として非常に興味がある。

 

「あああああああの!せ、性欲とかそういったことは聞かないでほしいんですけど!?」

 

「やだ」

 

「ええっ!?」

 

何故止めなければいけないのだろうか。ウィズ本人の承諾も得ている以上、プライベートな事を除いて全て聞くつもりだ。

 

「大丈夫、安心してウィズ。必要以上の事は聞かないから」

 

「シュウさん・・・・・・」

 

「だから・・・・・・リッチーにも性欲ってあるの?」

 

「シュウさん!?」

 

ウィズは半泣きになって驚いた。なんだろう・・・・・・今のウィズを見てるとリスとかネズミとか小動物に見えてくる。

 

「それじゃあ次は――――――」

 

「まだ続くんですか!?」

 

はい、続きます。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「ううっ・・・・・・酷いです。必要以上の事は聞かないって言ったのに・・・・・・っ!」

 

「あははは・・・・・・ごめんね?」

 

ウィズは部屋の隅で膝を抱えて拗ねている。どうやらリッチーに性欲があるのかをしつこく聞いたのがよほど気に入らなかったようだ。

 

「もうお嫁に行けません・・・・・・シュウさん、責任とってください」

 

「えっ?」

 

ウィズの思わぬ言葉に今度は僕が困惑した。ウィズみたいに美人で気配りが出来る女性なら男女の関係になったら、人生薔薇色で楽しいだろう。でも、それは僕には関係の無い話だ。僕には誰かと恋仲になる資格なんて無い。ただ一人、『彼女』を想い続けるだけで良い。

 

「そうだね・・・・・・なら、責任をとってウィズと結婚を前提に交際しようか?」

 

「ふぇっ!?」

 

一杯食わされるのも癪なので反撃する。僕の反撃が予想外だったのか、顔を真っ赤にしたウィズが可愛らしい声を出して僕の方に振り向いた。

 

「冗談だよ、冗談。ウィズには僕じゃなくてもっといい人がいるよ、きっとね」

 

その人はウィズの商才の無さに苦労はするだろうけど、そこ込みでもウィズと結婚できた男性は幸せだろう。

 

「そろそろ帰るね。お茶、ごちそうさま」

 

僕はお茶のお礼を言って、店を出る。そこそこ時間潰せたし、佐藤君達もギルドに居るだろうから行ってみようかな。

 

『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』

 

街中に緊急アナウンスが響き渡る。武装までして集合となると廃城に住み着いたとかいう魔王軍の幹部かも知れない。そうなると黒鍵と中級魔法だけじゃ心許ない。。

 

「・・・・・・試すだけ試してみるか」

 

腰から鎖で吊るしている魔導書の表紙を撫でる。『人理』も『英霊の座』も存在しないこの世界で、この本は起動出来るのか。それが気になって今まで使わなかった。

 

「よし・・・・・・行こう」

 

覚悟を決めて正門に向かう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

正門前に到着した僕は佐藤君達を探して人混みを進みながら最前列に出る。そこには見馴れた茶髪、水色、黒色、金髪の四人組を見つけた。

 

「アクア」

 

「シュウ!アンタ今までどこに行ってたのよ!」

 

「ちょっとね。それで?あそこにいるのが魔王軍の幹部?」

 

正門前には漆黒の鎧を着て威圧感を放つ騎士がいた。本来なら頭が有るべき場所には何もなく、左脇に首を抱えている。――――――デュラハン。元いた世界だとアイスランドに伝わる男、もしくは女の妖精。バンシーと呼ばれる妖精と同じ『死を予言する者』。この世界だとアンデットのカテゴリーになっている。

 

「・・・・・・俺は、つい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが・・・・・・」

 

デュラハンは自分の首を前に差し出して喋りだしたと思ったらプルプル震え始めた。

 

「まままま、毎日毎日毎日毎日っっ!!おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法撃ち込んでくる頭のおかしい大馬鹿は、誰だあああああああー!!」

 

デュラハンはかなりお怒りのようだ。というか・・・・・・爆裂魔法って。

 

「・・・・・・爆裂魔法?」

 

「爆裂魔法を使える奴って言ったら・・・・・・」

 

「爆裂魔法って言ったら・・・・・・」

 

冒険者達の視線が佐藤君の隣にいるめぐみんに集中する。視線を集めているめぐみんは隣に立っている関係無い魔法使いの女の子を見た。それに釣られて他の冒険者達もその子を見る。

 

「ええっ!?あ、あたしっ!?なんであたしが見られてんのっ!?爆裂魔法なんて使えないよっ!」

 

デュラハンの城に爆裂魔法を撃ち込んでいたのはどうやらめぐみんのようだ。最近佐藤君と一緒に爆裂散歩なるものに行ってると思ったら、そんな事をしていたのか。めぐみんが嫌そうな顔をしながら前に出る。僕らもめぐみんの後に続いて前に出ていく。

 

「お前が・・・・・・!お前が、毎日毎日俺の城に爆裂魔法ぶち込んで行く大馬鹿者か!俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい!その気が無いのなら、街で震えているがいい!何故こんな陰湿な嫌がらせをする!?この街には低レベルの冒険者しかいない事は知っている!どうせ雑魚しかいない街だと放置しておれば、調子に乗って毎日毎日ポンポンポンポン撃ち込みにきおって・・・・・・っ!!頭おかしいんじゃないのか、貴様っ!」

 

毎日行われる容赦ないめぐみんの爆裂魔法が余程腹に立っているのか、デュラハンの首がプルプル震えている。なんか、中間管理職のサラリーマンに見えてきた。

 

「我が名はめぐみん!アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者・・・・・・」

 

「・・・・・・めぐみんって何だ。バカにしてんのか?」

 

「ちっ、違わい!」

 

めぐみんと会ったときを彷彿させる。

 

「我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたを誘き出すための作戦・・・・・・!こうしてまんまとこの街に、一人で出て来たのが運の尽きです!」

 

めぐみんはキャベツ狩りの報酬で新調した杖をデュラハンに突きつける。

 

「・・・・・・おい、あいつあんな事言ってるぞ。毎日爆裂魔法撃たなきゃ死ぬとか駄々こねるから、仕方なくあの城の近くまで連れてってやったのに。いつの間に作戦になったんだ」

 

「・・・・・・うむ、しかもさらっと、この街随一の魔法使いと言い張っている」

 

「・・・・・・確かに、爆裂魔法に関してならこの街随一の魔法使いだね、めぐみんは」

 

「しーっ!そこは黙っておいてあげなさいよ!今日はまだ爆裂魔法使ってないし、後ろにたくさんの冒険者が控えてるから強気なのよ。今良いところなんだから、このまま見守るのよ!」

 

むしろ君のその大声で言うのを止めるべきだ。デュラハンに杖を突きつけているめぐみんの顔が赤い。僕らの会話が聞こえていたようだ。

 

「・・・・・・ほう、紅魔の者か。なるほど。そのいかれた名前は、別に俺をバカにしていた訳ではなかったのだな」

 

「おい、両親からもらった私の名に文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

めぐみんが血の気が多いのか、紅魔族という種族全体が血の気が多いのか気になってきた。

 

「・・・・・・フン、まあいい。俺はお前ら雑魚にちょっかいかけにこの地に来た訳ではない。この地には、ある調査に来たのだ。しばらくはあの城に滞在する事になるだろうが、これからは爆裂魔法は使うな。いいな?」

 

「それは、私に死ねと言っているも同然なのですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」

 

さらりと嘘を吐くめぐみん。爆裂魔法は威力だけなら対軍宝具と言っても問題無いのに、いろいろと問題があるから本当に勿体ない。

 

「どうあっても、爆裂魔法を撃つのを止める気はないと?俺は魔に身を落とした者ではあるが、元は騎士だ。弱者を刈り取る趣味は無い。だが、これ以上城の近辺であの迷惑行為をするのなら、こちらにも考えがあるぞ?」

 

デュラハンの威圧にめぐみんは後ずさるが不敵な笑みを浮かべた。

 

「迷惑なのは私達の方です!あなたがあの城に居座っているせいで、私達は仕事もろくににできないんですよ!・・・・・・フッ、余裕ぶっていられるのも今の内です。こちらには?対アンデットのスペシャリストがいるのですから!先生、お願いします!」

 

めぐみんは見事なまでの啖呵を切ったのにアクアに丸投げした。・・・・・・僕もアンデット相手なら有利なんだけどね。黒鍵とか、洗礼詠唱とか。

 

「しょうがないわねー!魔王の幹部だか知らないけれど、この私がいる時に来るとは運が悪かったわね。アンデットのくせに、力が弱まるこんな明るい内に外に出て来ちゃうなんて、浄化して下さいって言ってるようなものだわ!あんたのあんたのせいでまともなクエストが請けられないのよ!さあ、覚悟はいいかしらっ!」

 

アクアも乗り気だし、とりあえず様子見を決め込もう。何かあったら割り込めばいいか。

 

「ほう、これはこれは。プリーストではなくアークプリーストか?この俺は仮にも魔王軍の幹部の一人。こんな街にいる低レベルのアークプリーストに浄化されるほど落ちぶれてはいないし、アークプリースト対策はできているのだが・・・・・・。そうだな、ここは一つ、紅魔の娘を苦しませてやろうかっ!」

 

デュラハンは左手の人差し指でめぐみんを指差す。その姿は元いた世界で何度も目にした。世界は違えど『指を指す』という行為が示す答えは一つ。それは――――――

 

 

「汝に死の宣告を!お前は一週間後に死ぬだろう!!」

 

 

――――――ガンド、またはフィンの一撃。本来なら相手の体調を崩す程度の呪い、極めれば物理的破壊力を有する魔術。この世界にガンドは存在しないだろうが、デュラハンが使うスキルとなると別だ。

 

「なっ!?シュ、シュウ!?」

 

めぐみんの襟首を引っ張り、僕と同時に飛び出していたダクネスの方に突き飛ばす。そして黒鍵をデュラハンの首目掛けて投擲する。

 

「ぬんっ!!」

 

デュラハンは側に突き刺していた大剣で黒鍵を弾いた。それと同時にデュラハンの呪いを僕は受けた。体が黒く光ったと思うと、パリンッ!と何かが砕ける音がした。

 

「おい、秋!大丈夫か!?」

 

佐藤君が慌てて聞いてきた。魔術回路に異常なし。五体も動く。特に異常は無い。

 

「いや、特に異常はないよ」

 

どこも痛くない。気になることがあるとしたらさっきからやたらと僕の体をアクアが触ってくる。

 

「その呪いは今はなんとも無い。若干予定が狂ったが、仲間同士の結束が固い貴様ら冒険者には、むしろこちらの方が応えそうだな。・・・・・・よいか、紅魔族の娘よ。このままではその盗賊は一週間後に死ぬ。ククッ、お前の大切な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむ事となるのだ・・・・・・。貴様の行いのせいでな!これより一週間、仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい。クハハハッ、素直に俺の言う事を聞いておけば良かったのだ!」

 

デュラハンはそう言って高笑いをしながら後ろに控えていた首の無い馬に乗って去っていった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

佐藤君の隣にいるめぐみんがプルプルと震えながら杖を握り直した。そして、街を出て行こうとする。

 

「おい、どこに行く気だ。何しようって言うんだよ」

 

「今回の事は私の責任です。ちょっと城まで行って、あのデュラハンに直接爆裂魔法ぶち込んで、シュウの呪いを解かせてきます」

 

めぐみんの代わりに僕がデュラハンの呪いを受けたのが相当応えているようだ。別に気にする必要は無いのに。それに僕の願いは――――――。

 

「なに言ってるの二人とも。シュウに呪いなんてかかってないわよ」

 

「「「「えっ?」」」」

 

アクアの言葉に全員がアクアを見る。

 

「何かがシュウを護ったのかしら?あのデュラハンがシュウに呪いをかけた時に、何かが呪いを無効にしたみたいよ?」

 

・・・・・・あの時に聞こえた何かが割れる音。それがアクアの言う呪いを無効にした時の音かな?

 

「あっ!!四人とも私のいう事を信じてないわね!良いわよ!!今から証拠を見せてあげるから!!」

 

「えっ!?別にアクアの言う事を疑って――――――」

 

無いからと言う前にアクアが左手を僕の方に突きだして、魔法を使う。

 

「セイクリッド・ブレイクスペル!!」

 

アクアが使った魔法を受けたが、体には特に変化はなかった。

 

「どうよ!!シュウに呪いがかかってたら体が光るのよ!!光らないって事はシュウに呪いにはかかってないってことよ!!」

 

アクアが胸を張って言う。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

アクア以外の僕らは何とも言えない顔をしながら、アクアを見続ける事しか出来なかった。




・デュラハンの勘違い

黒鍵を投擲したことで投擲スキルがある盗賊職だと勝手に勘違いした。

・秋を呪いから護った何か。

世界は違えど聖女の加護は消えず。『彼女』が秋に贈った聖骸布がある限り、呪い等のバッドステータスを無効化する。


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この魔術師に湖の浄化(傍観)を!

魔王軍幹部のデュラハンが襲撃して一週間が経った。アクアのいう通り僕には呪いがかかっておらず、死ぬこともなかった。

 

「クエストよ!キツくてもいいから、クエストを請けましょう!」

 

「「えー・・・・・・」」

 

アクアの突然の言い出しに佐藤君とめぐみんが嫌そうな声を出す。

 

「私は構わないが。・・・・・・だが、アクアと私では火力不足だろう・・・・・・」

 

「僕もパスかな。貯えはそれなりにあるし、急いでクエストを請ける必要もないしね」

 

ダクネスが佐藤君とチラチラ見てるのを視界の片隅に捉えながらこの世界の武具のカタログのような物を読んでいる。

 

「お、お願いよおおおおおお!もうバイトばかり嫌なのよお!コロッケが売れ残ると店長が怒るの!頑張るから!今回は、私、全力で頑張るからあぁっ!!」

 

アクアの『全力』は当てにできないんだよね。そう言いながらいつも空回りしてるし。

 

「クエスト、一応カズマとシュウも見てきてくれませんか?アクアに任せておくと、とんでもないの持ってきそうで・・・・・・」

 

「・・・・・・だな。まあ私は別に、無茶なクエストでも文句は言わないが・・・・・・」

 

「ダクネス。君、常識人ぶってるけど君も大概問題児だからね?」

 

「!?」

 

ダクネスが驚いた顔で見てくるけど、ダクネスが自分を常識児だと思ってるのに驚きだよ。クエストボードに貼り出されているクエストを真剣に吟味しているアクアの横に立ってクエストに目を通す。

 

『クリスタルゴーレムの討伐。クリスタルゴーレムが炭鉱の前を徘徊していて作業が進みません。仕事に支障がでるので大至急討伐してください。報酬は七十万エリス』

 

クリスタルゴーレム。名前の通り全身がクリスタルで出来たゴーレム。クリスタルゴーレムから採れるクリスタルは良質で、魔導具の部品として重宝される。ただ、全身クリスタル製だからとにかく硬い。魔法防御力も高いから魔法も効かない。その硬質な体から放たれるパンチは上級冒険者も一撃で沈める事が出来るらしい。

 

「アホか!」

 

クエストの内容を確認していたら隣から佐藤君の叫び声とバンッ!と何かを叩き付ける音が聞こえた。見ていた紙をクエストボードに張り直して、佐藤君が叩き付けた物を見る。マンティコアとグリフォンの二匹同時討伐というクエストだった。間違いなく全滅するね。個人的に興味はあるけど。

 

「何よもう、二匹まとまってるところにめぐみんが爆裂魔法食らわせれば一撃じゃないの。ったくしょうがないわねー」

 

アクアは渋々と他のクエストを探し始めた。・・・・・・今度野良グリフォンを探しに行こ。

 

「ちょっと、これこれ!これ見なさいよっ!!」

 

アクアが指差したクエストは湖の浄化という物だった。報酬は三十万エリスとモンスターの討伐無しで中々に高額だ。

 

「・・・・・・お前、水の浄化なんてできるのか?」

 

「バカね、私を誰だと思ってるの?と言うか、名前や外見のイメージで、私が何を司る女神かぐらい分かるでしょう?」

 

「宴会の神様だろ?」

 

「違うわよヒキニート!水よ!この美しい水色の瞳とこの髪が見えないのっ!?」

 

僕も宴会芸の女神だと思ってた。

 

「シュウなら私が水の女神だって分かってくれてたわよね!ねっ!?」

 

アクアが僕に聞いてきた。・・・・・・ここで分からなかったって言って騒がれても面倒だし、適当にあわせておこうか。

 

「もちろん分かってたよ。アクアの髪は水色で綺麗な色してるから、何となく分かってたよ」

 

「どうよカズマ!シュウは私が水の女神だって分かってくれてたわよ!」

 

「アクア、お前顔赤いぞ?秋に褒められて照れてんのか?」

 

「て、てててててて照れるわけないじゃない!私は女神よ!?褒められ慣れてるに決まってるじゃない!!バカにしないでちょうだいヒキニート!!」

 

アクアが佐藤君と取っ組み合いの喧嘩をしているアクアの耳は赤くなっていた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

場所を移動して街の郊外にある湖に僕らパーティーは来ている。

 

「おーいアクア!浄化の方はどんなもんだ?湖に浸かりっぱなしだと冷えるだろ。トイレ行きたくなったら言えよ?オリから出してやるからー!」

 

「浄化の方は順調よ!後、トイレはいいわよ!アークプリーストはトイレなんて行かないし!!」

 

アクアは希少なモンスターを閉じ込めるためのオリに入れられて、湖の真ん中に体育座りしながら浮かんでいる。アクアが触れた液体は何でも浄化されるらしく、佐藤君はアクアの体質を利用して湖を浄化しようと考え付いたらしい。・・・・・・内容はアクアにとってあまりにも酷だけど。

 

「何だか大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレなんて行きませんから」

 

「私もクルセイダーだから、トイレは・・・・・・トイレは・・・・・・。・・・・・・うう・・・・・・」

 

何を彼女達は張り合ってるんだろうか。

 

「僕はルーンナイトだけどトイレに行くよ。人間だからね」

 

「おい、それだとトイレに行かない私達が人間じゃないみたいな言い方じゃないか」

 

右目を紅く光らせて僕に掴みかかろうとするめぐみんを避けながら湖のオリに顔を向ける。

 

(・・・・・・・・・・ん?)

 

オリの周りに影が見えた。影の形からしてブルータルアリゲーターと呼ばれるワニ型のモンスターだ。それも一匹や二匹では無く、かなりの数のワニがオリを囲んでいる。

 

「カ、カズマー!シュウー!なんか来た!ねえ、なんかいっぱい来たわ!」

 

アクアの泣き言が聞こえてきた。ワニはアクアが閉じ込められているオリに噛みつき始めた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ピュリフィケーション!ピュリフィケーション!ピュリフィケーションッッ!」

 

アクアは自分の体質だけじゃなく、浄化魔法まで使って湖の浄化を続けている。

 

「ピュリフィケーション!ピュリフィケーションッッ!ギシギシいってる!ミシミシいってる!オリが、オリが変な音立ててるんですけど!?」

 

ワニがアクアの周りに集まっているからめぐみんの爆裂魔法で一掃するわけにもいかないから、僕らは遅めの昼食を食べながら見ることしか出来ない。

 

「アクアー!ギブアップなら、そう言えよー!ハムッ、そしたら鎖引っ張ってオリごと引きずって逃げてやるからー!」

 

佐藤君がカエル肉を挟んだサンドイッチを食べながらアクアに向かって叫ぶ。

 

「イ、イヤよ!ここで諦めちゃ今までの時間が無駄になるし、何より報酬が貰えないじゃないの!それよりあんた何食べてるのよ!?私の分も残しておきなさいよ!!・・・・・・わ、わあああーっ!メキッていった!今オリから、鳴っちゃいけない音が鳴った!!」

 

ワニは僕らの方に目もくれず、オリに噛みついている。

 

「・・・・・・あのオリの中、ちょっとだけ楽しそうだな・・・・・・」

 

「「・・・・・・行くなよ(行かないでね)?」」

 

・・・・・・この女騎士はいろいろと手遅れのようだ。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

湖の真ん中にオリだけが浮かんでいる。ブルータルアリゲーターは湖が綺麗に浄化されて、山へと向けて泳いでいった。オリにはワニの歯形がびっしりと残っていて、オリの中のアクアは膝を抱えている。

 

「・・・・・・おいアクア、無事か?ブルータルアリゲーター達は、もう全部、どこかに行ったぞ」

 

「・・・・・・ぐす・・・・・・ひっく・・・・・・えっく・・・・・・」

 

泣くぐらいなら途中でリタイアすれば良いのに。

 

「ほら、浄化が終わったのなら帰るぞ。ダクネスとめぐみん、秋で話し合ったんだが、俺達は今回、報酬はいらないから。報酬の三十万、お前が全部持っていけ」

 

佐藤君が言ったとおり、このクエストの報酬は全てアクアにあげることにした。・・・・・・それぐらいしないとアクアがあまりにも不憫だからね。

 

「・・・・・・おい、いい加減オリから出ろよ。もうアリゲーターはいないから」

 

「・・・・・・まま連れてって・・・・・・」

 

アクアが小さな声で何かを呟いた。

 

「なんだって?」

 

「・・・・・・オリの外の世界は怖いから、このまま街まで連れてって」

 

・・・・・・・・・・どうやら今回のクエストはカエルに続くトラウマをアクアに植え付けてしまったらしい。



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この魔術師に決闘(不正はなかった)を!

「ドナドナドーナドーナ・・・・・・」

 

アクアはオリの中で謎の歌を歌っている。というか目立つから止めてほしい。

 

「・・・・・・お、おいアクア、もう街中なんだからその歌を止めてくれ。ボロボロのオリに入って膝抱えた女運んでる時点で、ただでさえ街の住人の注目を集めてるんだからな?というか、もう安全な街の中なんだから、いい加減出て来いよ」

 

「嫌。この中こそが私の聖域よ。外の世界は怖いからしばらく出ないわ」

 

アクアの引きこもり宣言を聞きながら内心でため息を吐く。このままにしておく訳にはいかないし、無理矢理オリから引きずり出すか。

 

「おい秋。アクアをどうにかしてオリから出してくれ。このままじゃ目立ってしかたない」

 

「・・・・・・その考えには賛成だけど、どうして僕に言うんだい?」

 

「だってお前、アクアの保護者だろ?」

 

「・・・・・・その結論にどうして辿り着いたのか小一時間問い詰めたいけど、今はアクアをどうにかするよ」

 

隣に近づいてきた佐藤君にアクアの保護者扱いされたのは不本意きわまりないけど、佐藤君の言い分にも一理あるから、アクアを説得するために馬車の荷台に飛び乗る。

 

「アクア。いい加減オリから出てきなよ」

 

「嫌よ!外の世界は怖いもの!それに皆私を放っておいてご飯食べるんでしょ!?」

 

自分一人がオリの中でワニに襲われてる中、僕らが昼食を食べていたのが気に入らなかったみたいだ。

 

「アクアの分のサンドイッチもあるから、ね?オリの中だと美味しい物も美味しく無くなるし出てきなよ」

 

アクアの分のサンドイッチを取り出して見せる。

 

「・・・・・・食べさせて」

 

「オリから出てきたら食べさせてあげる」

 

興味は引けたみたいだし、あと一歩だ。アクアが食べ物に弱くて助かった。

 

「・・・・・・シュワシュワも飲んでいい?」

 

「・・・・・・飲んでいいよ」

 

本当この女神いい加減にぶん殴ってやろうか。

 

「・・・・・・出る」

 

「良かった・・・・・・ちょっと待ってて、今鍵開けるから」

 

佐藤君からオリの鍵を受け取って、オリの天井に取り付けられている南京錠に鍵を差し込もうとして――――――

 

 

「め、女神様っ!?女神様じゃないですかっ!何をしているのですか、そんな所で!」

 

 

――――――どこからともなく駆け寄って来た男に押し飛ばされて邪魔をされた。馬車がゆっくり進んでいた事もあって、地面に当たる時に受け身をとれて大事になることはなかった。男はモンスターが噛みついても壊せなかった鉄格子を曲げて、オリの中に座っているアクアの手を取ろうとするが。

 

「・・・・・・おい、私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様、何者だ。知り合いにしては、アクアがお前に反応していないのだが。なにより、まずは先に謝罪するべき相手がいるだろ」

 

横からダクネスが男の手を掴んで、睨み付ける。・・・・・・何だろう。今のダクネスはとても頼りになるクルセイダーみたいだ。男はダクネスを見るとため息を吐いて首を振った。どうやら僕を突き飛ばした事に気づいてないみたいだ。

 

「・・・・・・おい、あれお前の知り合いなんだろ?女神様とか言ってたし。お前があの男を何とかしろよ」

 

「・・・・・・ああっ!女神!そう、そうよ、女神よ私は。それで?女神の私にこの状況をどうにかして欲しいわけね?しょうがないわね!」

 

「アクア・・・・・・今の今までの自分が女神だって忘れてたの?」

 

何かを話していた佐藤君とアクアに近づいたら、アクアがとんでもない物を忘れていた。

 

「・・・・・・あんた誰?」

 

オリからもぞもぞと出てきたアクアの一言にずっこけそうになった。

 

「何いってるんですか女神様!僕です、御剣響夜ですよ!あなたに、魔剣グラムを頂いた!」

 

魔剣・・・・・・グラム!?『ニーベルゲンの歌』に登場するバルムンクと度々同一視される魔剣。・・・・・・すごく興味が湧いた。腰に下げてるのがグラムかな?

 

「ああっ!いたわね、そういえばそんな人も!ごめんね、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人を送ったし、忘れてたってしょうがないわよね!」

 

御剣響夜なる人物の事を忘れていた事をアクアは開き直った。

 

「ええっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張ってますよ。職業はソードマスター。レベルは37にまで上がりました。・・・・・・ところで、アクア様はなぜここに?というか、どうしてオリの中に閉じ込められていたんですか?」

 

御剣は僕と佐藤君をチラチラ見てくる。どうやら彼には僕と佐藤君がアクアを閉じ込めたように見えたらしい。・・・・・・見えないことも無いか。御剣は一人で話を進めていき、あまつさえアクアとめぐみん、ダクネスを引き抜こうとしている。

 

「ちょっと、ヤバいんですけど。あの人本気で、ひくぐらいヤバいんですけど。ていうか勝手にはなし進めるしナルシストも入ってる系で、怖いんですけど」

 

「どうしよう、あの男は何だか生理的に受け付けない。攻めるより受けるのが好きな私だが、あいつだけは何だか無性に殴りたいのだが」

 

「撃っていいですか?あの苦労知らずの、スカしたエリート顔に、爆裂魔法を撃ってもいいですか?」

 

女性陣からの不評の声が聞こえてきた。気持ちはわからなくも無いけどね・・・・・・。

 

「ねえカズマ、シュウ。もうギルドに行こう。私が魔剣をあげといてなんだけど、あの人には関わらない方がいい気がするわ」

「僕もアクアに賛成かな。彼に関わると面倒な事に巻き込まれると思うんだ」

 

「・・・・・・そうだな。ここは然り気無くあいつの横を通り過ぎて、一気に走って逃げるぞ」

 

僕らは頭を寄せあって御剣から逃亡する算段を立てた。全員が頷き、御剣の方を向く。

 

「えーと。俺の仲間は満場一致であなたのパーティーには行きたくないみたいです。俺達はクエストの完了報告があるから、これで・・・・・・」

 

佐藤君が馬を引いて御剣の横を通りすぎようとする。

 

「・・・・・・どいてくれます?」

 

横を通りすぎようとした佐藤君の前に御剣が立ち塞がる。

 

「悪いが、僕に魔剣という力を与えてくれたアクア様を、こんな境遇の中に放ってはおけない。君にはこの世界を救えない。魔王を倒すのはこの僕だ。アクア様は、僕と一緒に来た方が絶対に良い。・・・・・・君は、この世界に持ってこられるモノとして、アクア様を選んだという事だよね?」

 

「・・・・・・そーだよ」

 

・・・・・・何となくだけどこの先の展開が見えた。というか、こんな境遇って何だろう?アクアをオリに閉じ込めたり、アクアがカエルに食べられたりの事だろうか。

 

「なら、僕と勝負しないか?アクア様を、持ってこられる『者』として指定したんだろう?僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」

 

「よし乗った!!じゃあ行くぞ!」

 

「ストップ」

 

佐藤君が御剣の提案にすぐに乗って小剣を抜こうとしたのを僕は止めた。

 

「彼の相手は僕がするよ。佐藤君はすぐに逃げれるようにしておいて」

 

「お、おう・・・・・・」

 

佐藤君を後ろに下げて、代わりに僕が前に出る。冒険者の佐藤君とソードマスターの御剣だと、圧倒的に佐藤君が不利だ。・・・・・・佐藤君の事だからスティールで魔剣を奪って倒すつもりだったんだろうけどね。

 

「悪いけど、君の相手は僕がさせてもらうよ」

 

「僕は君じゃなくて佐藤和真に用があるんだ。そこを退いてくれ」

 

御剣は佐藤君の前に出た僕を睨んでくる。こういう手合いは少し挑発すれば、あとはなし崩し的に向こうから乗ってきてくれる。

 

「魔剣使いのソードマスターは駆け出しの冒険者を一方的になぶる事が好きだなんて驚いたよ。他の上級職の冒険者も君みたいに駆け出し冒険者をなぶる事が好きだと考えるとゾッとするね」

 

さて・・・・・・乗ってくるか?乗ってこなかったら、他の手を考えないといけないね。

 

「・・・・・・君に勝ったらアクア様を譲ってくれるんだね?」

 

「もちろん。僕が勝ったら何でも言うことを聞いてもらうけどね」

 

「ああ、それで構わない」

 

乗ってきた。懐から革手袋を取り出して、手にはめる。

 

「ルールは君が剣の柄に触れた瞬間(・・・・・・・・・・・)から勝負は開始でいいかい?」

 

御剣は頷いた。そして僕を上から下まで見てくる。

 

「君は・・・・・・武器を持っていないのかい?」

 

「うん?ああ、武器は使わないよ」

 

生身の相手に黒鍵を使うつもりはない。危険だし、もったいないからね。

 

「怪我をしても、僕は責任を取らないよ。それでも良いのかい?」

 

「別に。むしろ、武器を持ってない相手を怪我させないために手加減した、なんて言い訳は無しだよ」

 

革手袋に刻んだ『硬化』のルーンを起動する。身体強化の魔術は使わない。御剣は腰から下げている魔剣の柄に触れた(・・・)

 

「それじゃあ――――――行くゴボォ!?」

 

一息で御剣との距離を詰め、腹部を殴る。御剣は呻き声を出して、背中で舗道を削りながら仰向けに倒れた。御剣は白目を剥いて気絶している。腹部の鎧が罅割れている。

 

「――――――僕の勝ち」

 

後ろの四人にVサインを送る。四人は思いっきり引き釣った顔で親指を立ててきた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「卑怯者!卑怯者卑怯者卑怯者ーっ!」

 

「あんた最低!最低よ、この卑怯者!正々堂々と勝負しなさいよ!」

 

御剣の仲間が卑怯者だと罵ってきた。

 

「君たち、何か勘違いしてない?僕はちゃんとルールに則って勝負をしたんだ。外野の君達が騒ぎ立てるのはおかしくないかい?」

 

「そのルールが卑怯だって言ってるのよ!」

 

「そうよ!この勝負は無効よ無効!」

 

「ルールの不備に文句があるんだったら最初から言えばいい。でも、君達はそれをしなかった。そして彼もルールを是とした。なら、その時点で僕と彼との間で契約は成立した。だから、僕はルールに則って彼に頼みを聞いてもらう」

 

仲間二人を無視して、御剣から魔剣グラムを取り、観察する。

 

「ねえ、アクア。この魔剣って竜殺しの力は備わってる?」

 

「・・・・・・?そんなのあるわけないじゃない。魔剣グラムは装備すると人の限界を超えた膂力が手に入り、石だろうが鉄だろうがサックリ斬れる魔剣だけれど、竜殺しの力なんて無いわよ」

 

「・・・・・・ふーん」

 

魔剣グラムもしくはバルムンクは邪竜ファフニールを討伐した事で、竜殺しの属性が付与された。

 

「これ・・・・・・佐藤君にあげるよ」

 

グラムを鞘に戻して佐藤君に投げて渡す。竜殺しの力があれば貰うつもりだったけど、無いなら戦力強化も兼ねて佐藤君に使ってもらった方がいい。

 

「えっ!?お、おい、俺が貰って良いのかよ?」

 

「良いよ。グラムを使いこなせないと思ったら、売ってお金に替えなよ」

 

「その剣、カズマが使っても意味無いわよ」

 

「「はあっ?」」

 

アクアの言葉に、僕らはアクアの方を見る。

 

「その剣はそこで伸びてる痛い人専用よ。カズマが使っても、そこらの剣より少し斬れるだけよ」

 

・・・・・・何その特殊使用。佐藤君にあげて正解だった。

 

「とりあえず、ギルドに行ってクエストの報告しない?グラムに関しては、晩御飯食べながらにしようよ」

 

「そうしましょう。酒場もそろそろ混む時間ですし、早く行って席を確保しないと」

 

時刻は夕飯時。ギルドの酒場はこの時間から混み始める。早めに席を確保しないと晩御飯を食べ損ねる。

 

「ちょっと待ちなさいよ!話はまだ終わってないわよ!」

 

「そうよ!こんな勝負は無効よ!グラムも返して!返さないと力付くで奪い返させて貰うわよ!」

 

御剣の仲間二人が武器を抜いて威嚇しながら僕らの前に立つ。

 

「ボトムレス・スワンプ」

 

左手を二人の方に向けて、泥沼魔法を使う。二人の足下が泥沼に変わり、体が沈んでいく。

 

「ちょっ、これ上級魔法!?」

 

「あんた最弱職の『冒険者』じゃないの!?なんで上級魔法使えるのよ!?」

 

どうやら僕と向こうとでは認識の齟齬があったみたいだ。

 

「僕は、僕の職業を一言も冒険者だなんて言ってないよ。僕の職業はルーンナイト。伸びてる彼と同じ上級職だ」

 

二人の体が両肩まで沈んだ。十分ぐらいしたら魔法も解けるだろうし、あのままにしておこう。いい加減絡まれるのも面倒だし。

 

「――――――気絶してて聞こえないだろうけど、一つ助言しとくよ。アクアのこと好きみたいだけど、好きなら『持ってこれる者』じゃなくて『連れていける人』って言うべきだったね。じゃないと変な誤解を生みかねないよ」

 

倒れている御剣に向かって、ちょっとした助言をしておく。

 

「シュウー!なにしてんのよ置いてくわよー!」

 

先に歩いて行っていたアクアが呼んできた。御剣を一瞥して、アクアを追いかけた。




・ボトムレス・スワンプ

上級魔法。最近習得できるようになった。

・御剣一行の勘違い

カズマと同じで最弱職の冒険者だと思い込んでいた。

・ルール

不正はなかった、いいね?


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この魔術師にデュラハンを!

「な、何でよおおおおおおっ!」

 

ギルド中にアクアの悲鳴が響き渡る。アクアは涙目になりながらギルドの職員に掴みかかっている。

 

「だから、借りたオリは私が壊したんじゃないって言ってるでしょ!?ミツルギって人がオリを捻じ曲げたんだってば!それを、何で私が弁償しなきゃいけないのよ!」

 

どうやら御剣が捻じ曲げたオリの修理費がアクアに請求されているらしい。

 

「・・・・・・今回の報酬、壊したオリのお金を引いて十万エリスだって・・・・・・。あのオリ、特別な金属と製法で作られてるから、二十万もするんだってさ・・・・・・」

 

報酬を手に戻って来たアクアは鼻を啜りながら戻って来た。なんというか・・・・・・ちょっと不憫だ。

 

「あの男、今度会ったら絶対ゴッドブローを食らわせてやるわっ!そしてオリの弁償代払わせてやるから!!」

 

アクアは歯軋りしながら席についてメニューを握りしめる。

 

「すいません、シュワシュワ一つください」

 

店員にシュワシュワを注文して、届いたシュワシュワをアクアに渡す。

 

「・・・・・・なにこれ?」

 

「約束のシュワシュワ。オリから出たら奢ってあげるって約束しただろ?」

 

アクアはシュワシュワが並々と注がれているグラスを不思議そうに見ながら、聞いてきた。

 

「えっ・・・・・・あれって私をオリから出すための嘘じゃないの?」

 

「嘘じゃないよ。僕は約束とか契約とかは守る主義なんだ。今回もその約束を守っただけだよ」

 

魔術師は契約を遵守する生き物だ。今回も口約束とは言っても守る。

 

「・・・・・・ありがと」

 

アクアが珍しくシュワシュワをちびちびと飲んでいく。普段ならイッキ飲みなのに、珍しいこともあるものだ。

 

「ここにいたのかっ!探したぞ、蒼崎秋!」

 

ギルドの扉が勢いよく開き、御剣が肩で息をしながら入ってきた。御剣は僕らが座っているテーブルに近づいてくると、バンッ!とテーブルを両手で叩いた。御剣の後ろには泥まみれの仲間二人が睨んできている。

 

「蒼崎秋!君と佐藤和真の事は、ある盗賊の女の子に聞いたら居場所をすぐに教えてくれたよ。佐藤和真はパンツ脱がせ魔だってね。他にも、女の子を粘液まみれにするのが趣味だとか、色々な人の噂になっていたよ。鬼畜のカズマだってね。そして、その鬼畜のカズマのストッパーの蒼崎秋だとね」

 

「おい待て、誰がそれ広めてたのか詳しく」

 

佐藤君の悪評が思った以上に広まっているね。まあ、パンツ脱がせ魔は自業自得なんだけど。それにしても、盗賊の女の子・・・・・・クリスの事かな?彼女とはそこまで接点はない筈なんだけどね。隣に座っていたアクアがゆらりと立ち上がった。

 

「・・・・・・アクア様。僕はこの男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと誓います。ですから・・・・・・・。ですからこの僕と、同じパーティーぐぶえっ!?」

 

「「ああっ!?キョウヤ!」

 

アクアの無言の左ストレートが御剣の顔面にクリーンヒットした。殴られた勢いで床に転がる御剣に仲間二人が駆け寄る。

 

「ちょっとあんたオリ壊したらお金払いなさいよ!おかげで私が弁償する事になったんだからね!三十万よ三十万、あのオリ特別な金属と魔法で出来てるから高いんだってさ!ほら、とっとと払いなさいよっ!」

 

御剣に馬乗りになったアクアは胸ぐらを掴み上げて体を揺さぶる。御剣はアクアに気圧されながら素直にサイフから金を出した。それにしても、三十万ってかなり吹っ掛けたね。

 

「三十万取られた君に残念なお知らせだ。君の魔剣は僕から佐藤君の手に渡ったんだ。返してほしいなら佐藤君に交渉しなよ」

 

「な、なんだって!?」

 

三十万の追い討ちに魔剣を佐藤君に渡した事を告げる。御剣は急いで佐藤君の元に向かう。

 

「佐藤和真!何でも言う事を聞くと言った手前、こんな事を頼むのは虫がいいのも理解している。・・・・・・だが、頼む!魔剣を返してくれないか?あれは君が持っていても役には立たない物だ。君が使っても、そこらの剣より斬れる、その程度の威力しか出ない。・・・・・・どうだろう?剣が欲しいのなら、店で一番良い剣を買ってあげてもいい。・・・・・・返してくれないか?」

 

御剣は佐藤君に頭を下げた。随分と虫の良い話だ。自分から喧嘩を売ってきて、負けて魔剣を取られたら代わりの剣を買うから返して欲しい。それは反則だ。

 

「私を勝手に景品にしておいて、負けたら良い剣を買ってあげるから魔剣返してって、虫が良いとは思わないの?それとも、私の価値はお店で一番高い剣と同等って言いたいの?無礼者、無礼者!仮にも神様を賭けの対象にするって何考えてるんですか?顔も見たくないのであっちへ行って。あっちへ行って!」

 

まるで喧嘩した子供みたいな言い方で御剣を追い払おうとする。

 

「ままま、待ってくださいアクア様!別にあなたを安く見ていた訳では・・・・・・っ!」

 

「いや、安く見てたでしょ」

 

思わずツッコミを入れてしまった。アクアと魔剣を賭けの対象にしてる時点で安く見てる気がする。アクアに必死の弁解をしている御剣の袖をめぐみんが引っ張る。

 

「・・・・・・?なにかな、お嬢ちゃん・・・・・・、ん?」

 

めぐみんは袖を引っ張っていた指で佐藤君の腰を指さす。

 

「・・・・・・まず、この男が既に魔剣を持っていない件について」

 

「!?」

 

御剣は上から下へと佐藤君を見つめ、脂汗を流している。

 

「さ、佐藤和真!魔剣は!?ぼぼぼ、僕の魔剣はどこへやった!?」

 

御剣は佐藤君に縋りついた。そんな佐藤君を御剣を見下ろしながら一言。

 

「売った」

 

佐藤君は腰から吊り下げていた革袋を見せた。

 

「ちっくしょおおおおおおお!」

 

御剣は泣きながらギルドから走り去った。

 

「・・・・・・まあ、自業自得なのかな?」

 

「か、かもしれないな・・・・・・?」

 

ダクネスが苦笑いしながら、そう言った。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「・・・・・・ところで。先ほどから、アクアが女神だとか呼ばれていたが、一体何の話だ?」

 

あー、そう言えばそんなことを御剣が口走ってたね。普段のアクアの姿を見てたら女神って事をたまに忘れそうになる。酒場で他の冒険者に酒をたかり、帰りは路地裏で吐き、カエルに食べられて泣いてたら女神だなんて誰も思わないよね。

 

「今まで黙っていたけれど、あなた達には言っておくわ。・・・・・・私はアクア。アクシズ教団が崇拝する、水を司る女神。・・・・・・そう、私こそがあの、女神アクアなのよ・・・・・・!」

 

「「っていう、夢を見たのか」」

 

「違うわよ!何で二人ともハモってんのよ!」

 

二人ともまったく信じなかった。

 

『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』

 

「またかよ・・・・・・?最近多いな、緊急の呼び出し」

 

「そうだね。もしかして、今回の緊急召集も魔王軍の幹部がまた来てたりして」

 

「やめろよな、そんな不吉なこと言うの」

 

冗談を口にしながら、椅子から立ち上がる。

 

『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください!・・・・・・特に、冒険者サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします!』

 

「「・・・・・・・・・・えっ」」

 

佐藤君とハモってしまった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

正門前に駆けつけると、いつぶりかの魔王軍幹部のデュラハンが首の無い馬に騎乗している。デュラハンの後ろにはボロボロの鎧を纏い、腐敗した体が見え隠れしているアンデットナイトが整列している。佐藤君達三人は最前列に、僕は中列にいる。ダクネスは重武装で遅いから後から追いかけてきている。

 

「なぜ城に来ないのだ、この人でなしどもがあああああっ!!」

 

デュラハンの怒りの叫びが轟く。佐藤君はめぐみんを庇うように前に出た。

 

「ええっと・・・・・・。なぜ城に来ないって、何で行かなきゃいけないんだよ?後、人でなしって何だ。もう爆裂魔法を撃ち込んでもいないのに、なにをそんなに怒ってるんだよ」

 

前回のデュラハン襲来から佐藤君とめぐみんは爆裂魔法を撃ちに行っていないはずだ。めぐみん一人で行ったとしても、魔力を使い果たした状態のめぐみんだと一人で帰ってこれない。

 

「爆裂魔法を撃ち込んでもいない?撃ち込んでもいないだと!?何を抜かすか白々しいっ!そこの頭のおかしい紅魔の娘が、あれから毎日欠かさず通っておるわ!」

 

「えっ」

 

佐藤君が隣のめぐみんを見た。

 

「・・・・・・・・・・お前、行ったのか。もう行くなって言ったのに、あれからまた行ったのか!」

 

「ひたたたたたた、いた、痛いです!違うのです、聞いてくださいカズマ!今までならば、何もない荒野に魔法を放つだけで我慢出来たのですが・・・・・・!城への魔法攻撃の魅力を覚えて以来、大きくて硬いモノじゃないと我慢できない体に・・・・・・!」

 

めぐみんがモジモジしながら、そんな事を言う。そうなるとめぐみんを連れて帰る人がいるわけだ。佐藤君は無し。ダクネスも実家で鍛練してたとか言ってたし無し。僕もウィズの店に入り浸ってから無し。そうなると・・・・・・。

 

「お前かああああああああああっ!」

 

「わああああああーっ!だってだって、あのデュラハンにろくなクエスト請けられない腹いせがしたかったんだもの!私はあいつのせいで、毎日毎日店長に叱られるはめになったのよ!」

 

・・・・・・やっぱりアクアだよね。しかも腹いせって・・・・・・。

 

「この俺が真に頭に来ているのは何も爆裂魔法の件だけではない!貴様らには仲間を助けようという気は無いのか?不当な理由で処刑され、怨念によりこうしてモンスター化する前は、これでも真っ当な騎士のつもりだった。その俺から言わせれば、盗賊という日陰の職業とはいえ、勇敢に仲間を庇って呪いを受けた、あの者を見捨てるなど・・・・・・っ!」

 

・・・・・・何だろう、呪いを受けても無いし、盗賊でもないけどそこまで評価されるとむず痒いと言いますか・・・・・・。

 

「むっ。シュウ、こんな人混みの真ん中で何をしているのだ?こんな真ん中ではなく、最前列に行くぞ」

 

「あっ、ダクネス・・・・・・って、ちょっと待って。手を引っ張らないでくれるかな!?」

 

ダクネスに引っ張られる形で真ん中から最前列に連れていかれた。

 

「あの・・・・・・なんか、ごめんね?」

 

デュラハンの頭部と目が合い、気まずい空気に耐えかねて謝ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あれえ―――――――――――――――っ!?」

 

僕を見たデュラハンがすっとんきょうな声を上げた。




・おや、アクアの様子が・・・・・・。

カズマの鞭とシュウの飴が絶妙に合わさり、シュウの言うことを聞くようになってきた。



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この魔術師にデュラハンを!討伐戦!

感想で『爆裂魔法が対城宝具なのは言い過ぎなのでは?』と言われたのですが、これに関しては個人の感覚なので読者の皆様にお任せします。私的には対城宝具だと思います。秋君が何で『王の財宝』を使えるのとか、干将・莫耶を持ってるのとか、それは私の別作品の方を参照してください。



「なになに?シュウに呪いを掛けて一週間が経ったのに、ピンピンしてるから驚いてるの?このデュラハン、私達が呪いを解くために城に来るはずだと思って、ずっと私達を待ち続けてたの?始めっから、呪いが掛かってないって知らずに?プークスクス!ちょーうけるんですけど!」

 

アクアがデュラハンに指を差して笑っている。・・・・・・前々から思ってたけど、アクアの煽りスキルは高すぎる気がする。今もデュラハンの体がプルプル震えている。

 

「・・・・・・おい貴様。俺がその気になれば、この街の冒険者を一人残らず斬り捨てて、街の住人を皆殺しにすることだって出来るのだ。いつまでも見逃して貰えると思うなよ?疲れを知らぬこの俺の不死の体。お前達ひよっ子冒険者どもでは傷もつけられぬわ!」

 

冒険者だけならともかく街の住人を皆殺しって・・・・・・元騎士が言うことじゃないよ。

 

「見逃してあげる理由が無いのはこっちの方よ!今回は逃がさないわよ。アンデットのくせにこんなに注目を集めて生意気よ!消えてなくなんなさいっターンアンデット!」

 

アクアが突き出した手から光が放たれる。デュラハンは避けようともせず、余裕綽々と言った感じだ。デュラハンに白い光が迫る。

 

「魔王の幹部が、プリースト対策も無しに戦場に立つとでも思っているのか?残念だったな。この俺を筆頭に、俺様率いる、このアンデットナイトの軍団は、魔王様の加護により神聖魔法に対して強い抵抗をぎゃあああああああああー!!」

 

魔法を受けたデュラハンは、鎧の隙間から黒い煙を吹き出しながら、なんとか持ち堪えた。

 

「ね、ねえカズマ、シュウ!変よ、効いてないわ!」

 

「いや、効いてると思うよ?叫び声あげてたし」

 

かなりのダメージを与えたと思うけど。

 

「ク、ククク・・・・・・。説明は最後まで聞くものだ。この俺はベルディア。魔王軍幹部が一人、デュラハンのベルディアだ!魔王様からの特別な加護を受けたこの鎧と、そして俺の力により、そこら辺のプリーストのターンアンデットなど全く効かぬわ!・・・・・・効かぬのだが・・・・・・・・・・。な、なあお前。お前は今何レベルなのだ?本当に駆け出しか?駆け出しが集まる所だろう、この街は?」

 

アクアの神聖魔法で成仏しかけたのがよっぽど堪えたのか、アクアのレベルを確認してきた。

 

「・・・・・・まあいい。本来は、この街周辺に強い光が落ちて来ただのと、うちの占い師が騒ぐから調査に来たのだが・・・・・・。面倒だ、いっそのこと街ごと無くしてしまえばいいか・・・・・・」

 

どこぞの人類最古のジャイアニストみたいな事を言い出すデュラハンは、右手を高く掲げた。・・・・・・彼の英雄王なら視線を合わしただけで『不敬であろう雑種!疾く失せよ!』って言いながら王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から宝剣を射出しかねない分、まだデュラハンの方がましか。

 

「フン、わざわざこの俺が相手をしてやるまでもない。・・・・・・さあ、お前達!この俺をコケにしたこの連中に、地獄というものを見せてやるが良い!」

 

「あっ!あいつ、アクアの魔法が意外に効いてビビったんだぜきっと!自分だけ安全な所に逃げて、部下を使って襲うつもりだ!」

 

「日和ったね」

 

「日和りましたね」

 

「日和ったな」

 

「ちちち、違うわ!逃げてもおらぬし日和ってもおらんわ!最初からそのつもりだったのだ!魔王の幹部がそんなヘタレな訳がなかろう!いきなりボスが戦ってどうする、まずは雑魚を片付けてからボスの前に立つ。これが昔からの伝統と・・・・・・」

 

「セイクリッド・ターンアンデット!」

 

「ひああああああああああー!?」

 

アクアに魔法をかけられたデュラハンは、悲鳴を上げながら体についた火を消すように地面を転げ回っている。

 

「・・・・・・最後まで言わせてあげなよ」

 

「いやよ。アンデットのくせに女神の私を差し置いて目立つなんて許せないもの」

 

「君って奴は・・・・・・」

 

自分より目立つのが気に入らないからって成仏させようとしないでよ。デュラハンは大剣を杖の代わりにして立ち上がった。

 

「ど、どうしようカズマ、シュウ!やっぱりおかしいわ!あいつ、私の魔法がちっとも効かないの!」

 

アークプリースト、特にアクアの神聖魔法で成仏できないとなると、デュラハンが言った魔王の加護とやらがデュラハンを護ってる可能性があるね。

 

「こ、この・・・・・・・・・・っ!セリフはちゃんと言わせるものだ!ええい、もういい!おい、お前ら・・・・・・!」

 

デュラハンは黒い煙を吹きながら、右手を掲げる。

 

「街の連中を。・・・・・・皆殺しにせよ!」

 

右手を振り下ろした。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「おわーっ!?プリーストを!プリーストを呼べー!」

 

「誰かエリス教の教会行って、聖水ありったけ貰ってきてくれえええ!」

 

デュラハンの部下のアンデットナイトに襲われ、切羽詰まった冒険者達の叫び響くなか、アンデットナイト達は街に侵入しようと進行する。アンデットナイトの進行を迎え撃つ冒険者達。

 

「クハハハハ、さあ、お前達の絶望の叫びをこの俺に・・・・・・。・・・・・・俺・・・・・・に・・・・・・?」

 

デュラハンの哄笑が途中で止まる。

 

「わ、わああああああーっ!なんで私ばっかり狙われるの!?私、女神なのに!神様だから、日頃の行いも良い筈なのに!」

 

いや、アクアの日頃の行いは結構酷いよ。酒を飲んで酔っぱらって暴れて、路地裏で吐いて、クエスト報酬を一夜で使いきったり。女神というには酷い行いだ。

 

「ああっ!?ずっ、ずるいっ!私は本当に日頃の行いは良い筈なのに、どうしてアクアの所にばかりアンデットナイトが・・・・・・っ!」

 

「・・・・・・・・・・ダクネスもアクア程とは言わないけど大概だよ?」

 

「!?」

 

だから・・・・・・どうしてダクネスは自分を常識人枠だと思ってるんだろう?

 

「こっ、こらっお前達!そんなプリースト一人にかまけてないで、他の冒険者や街の住人を血祭りに・・・・・・!」

 

アンデットナイトは本能的に女神のアクアに救いを求めてるんだろう。

 

「おいめぐみん、あのアンデットナイトの群れに、爆裂魔法を撃ち込めないか!?」

 

「ええっ!?街中ですし、ああもまとまりがないと、撃ち漏らしてしまいますが・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・まとまればアンデットナイトを一掃できるんだね?」

 

「もちろんです。紅魔族の名にかけて、必ずやアンデットナイトを一掃してみせましょう!」

 

めぐみんの自信に満ちた目で告げた。彼女の爆裂魔法にかける熱意は本物だ。

 

「佐藤君。アクアは僕がどうにかするから、爆裂魔法を撃つタイミングは君に任せるよ」

 

「えっ!?あっ、ちょっ、待てよ秋!?」

 

佐藤君に後を任せて、アンデットナイトに追いかけ回されているアクアを追いかける。ステータスの差か、アクアの逃げ足が思ったより速い。

 

「ああ、もう!こんなところでステータスの差を痛感するとは思わなかったよ!――――――起動せよ(セット)身体強化Ⅰ(ブースト・アインス)

 

強化の魔術を使って身体能力を使ってアクアに追い付いた。

 

「アクア!」

 

「だずげでシュウぅぅぅぅぅぅっ!!アンデットが、アンデットが私を追いかけてくるのよおぉぉぉぉぉ!!」

 

アクアの横に並んで走ると、アクアの顔は涙と鼻水で酷いことになっている。・・・・・・ゴッドブローで吹き飛ばせばいいのに。

 

「アクア、まだ走れる?」

 

「無理!!私女神なのよ!?なのにどーして私が追いかけ回されないといけないのよー!?」

 

アクアは泣き言を良いながらも走る。アンデットナイトとの距離も少しずつ縮まってきている。仕方ないか・・・・・・。

 

「アクア。あとで張り手でも何でも受けるから、今は我慢してね」

 

アクアの右手を僕の肩に回して、アクアを抱き寄せる。そして、そのままアクアを持ち上げる。いわゆるお姫様だっこと言うものだ。

 

「アクア、しっかり掴まっていてね」

 

「――――――――――」

 

アクアからの返事が無いが、まあ了承してくれたと思っておこう。アンデットナイトと付かず離れずの距離をとりながら街中を走り回りながら、街を出る。

 

「めぐみん、やれーっ!」

 

「何という絶好のシチュエーション!感謝します、深く感謝しますよカズマ、シュウ!・・・・・・我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!魔王の幹部、ベルディアよ!我が力、見るがいい!エクスプロージョン――――――ッ!!」

 

めぐみんの爆裂魔法が街から誘きだしたアンデットナイトの群れの中心に炸裂、土煙が晴れると地面にはクレーターが出来上がり、アンデットナイトの姿は無くなっていた。

 

「よっと・・・・・・」

 

抱えていたアクアを下ろすと、アクアは地面にぺたりと座り込んで、両手で顔を隠して蹲ったまま動こうとしない。

 

「・・・・・・アクア?ここだと危ないからあっちに行こうよ」

 

「・・・・・・・・・・腰が抜けて立てないから連れてって」

 

この女神ほんといい加減にしてくれないかな。内心でため息を何度も吐いて、アクアを再度お姫様だっこして佐藤君達の元に戻る。佐藤君達の視線がとてつもなく痛いが、我慢しよう。

 

「クハハハハ!面白い!面白いぞ!まさかこの駆け出しの街で、本当に配下を全滅させられるとは思わなかった!よし、では約束通り!」

 

デュラハンは地面に突き刺していた大剣を引き抜いた。

 

「この俺自ら、貴様らの相手をしてやろう!」

 

デュラハンは大剣を構えて駆け出した。デュラハンとの戦闘に備えて、指輪型の魔術礼装『七天』を起動。腰から吊るしている魔導書が脈動しているのを感じながら、両手に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』の入口を展開、白と黒の夫婦剣『干将・莫耶』を取り出し、迫り来るデュラハンを見据える。



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この魔術師にデュラハンを!最終戦!

遅くなってすいません。

炎の快男児ナポレオン、カッコいいですね。シグルドさんが倒したドラゴンは白い体に青い目のドラゴンだと思うこの頃。


デュラハンが僕らのもとに着くより早く、集まっていた冒険者達が各々武器を構えて、デュラハンを遠巻きに取り囲んでいく。

 

「・・・・・・ほーう?俺の一番の狙いはそこにいる連中なのだが・・・・・・。・・・・・・クク、万が一にもこの俺を討ち取ることが出来れば、さぞかし大層な報酬が貰えるだろうな。・・・・・・さあ、一攫千金を夢見る駆け出し冒険者達よ。まとめてかかってくるが良い!」

 

余裕の現れなのか、デュラハンは大剣を肩に担いで、頭を持っている左手で辺りを取り囲んでいる冒険者達を見回す。

 

「おい、どんなに強くても後ろに目は付いちゃいねえ!囲んで同時に襲いかかるぞ!」

 

戦士風の冒険者が回りの冒険者に向かって叫んだ。

 

「おい、相手は魔王軍の幹部だぞ、そんな単純な手で倒せる訳ねーだろ!」

 

佐藤君が戦士風の冒険者や今にも襲い掛からんとする冒険者達を制止しようとする。

 

「時間稼ぎが出来れば十分だ!緊急の放送を聞いて、すぐにこの街の切り札がやって来るさ!あいつが来れば、魔王軍の幹部だろうがてめえは終いだ!おいお前ら、一度にかかれば死角ができる!四方向からやっちまえ!」

 

戦士風の冒険者は戦斧を構えてデュラハンに襲いかかる。他の冒険者達もそれに続いく。デュラハンは自分の頭を空に放り投げ、両手で大剣の柄を握る。――――――あれはまずい。本能が、今のデュラハンの行動に警鐘を鳴らす。

 

「止めろ!行くな・・・・・・」

 

「全員避けろ!!」

 

佐藤君の声と僕の声が同時に上がる。デュラハンは襲ってきた冒険者達の攻撃を全て避け、一刀のもとに斬り捨てた。

 

「えっ?」

 

それは、誰の声だろうか。斬り捨てられた冒険者達の誰かか、それとも、彼らが斬り捨てられたのを見ていた他の冒険者か。

 

「次は誰だ?」

 

空から落ちてきた頭を受け止め、大剣を地面に突き刺したデュラハンが言った。デュラハンの頭が離れている特性を生かしたわけか。頭を上に投げて、鳥瞰的に地上を見て、攻撃を全て避けて反撃したということか。

 

「あ、あんたなんか・・・・・・!あんたなんか、今にミツルギさんが来たら一撃で斬られちゃうんだから!」

 

・・・・・・・・・・えっ?ミツルギって僕が殴り倒して、魔剣を佐藤君にあげた御剣響夜?

 

「おう、少しだけ持ち堪えるぞ!あの魔剣使いの兄ちゃんが来れば、きっと魔王の幹部だって・・・・・・!」

 

「ベルディアとか言ったな?いるんだぜ、この街にも!高レベルで、凄腕の冒険者がよ!」

 

・・・・・・ごめんなさい。たぶん彼は売られた魔剣を捜しにこの街を留守にしてるかも知れません。御剣が街を出ていった理由を間接的に作ったのは僕だし、責任は取ろう。

 

「・・・・・・ほう?次はお前が俺の相手をするのか?」

 

「ああ。呪いをかけられたお礼参りも兼ねて、僕一人で相手をさせてもらうよ」

 

白と黒の夫婦剣を手に、佐藤君達の前に出る。

 

「おい、秋!一人で大丈夫なのかよ!?」

 

「大丈夫大丈夫。こう見えても僕は強いからさ」

 

前を見据えながら、後ろ手に右手を振るう。実際問題、佐藤君やダクネス、他の冒険者達だと斬り捨てられた冒険者と同じ轍を踏みかねない。・・・・・・ダクネスは硬いから問題ない気がするけど。

 

「名を名乗れ、冒険者よ!」

 

デュラハンが大剣を地面から抜き、僕に突き付ける。――――――この名乗りをするのも久しぶりな気がする。

 

「――――――魔術師、蒼崎秋」

 

魔術回路を起動。それと同時に『七天』の能力が発動する。この礼装には幾つかの能力がある。今回使うのは武器強化。僕の魔術で強化した物は魔術が解けると壊れる。それで何度も武器が壊れた。

 

「魔術師?聞いたことがない職業だな。そもそも貴様は盗賊職のはずだ」

 

・・・・・・?どうして僕が盗賊職だと思っているんだろうか、このデュラハンは。だけど好都合だ。今はその勘違いに感謝しよう。

 

「さあ?盗賊かもしれないし、ウィザードかもしれない、ソードマスターかもしれない。もしかしたら、他の職業かもしれないね」

 

「・・・・・・ふん。貴様の職業が何であれ、するべき事には変わりはない」

 

両手の夫婦剣を握り直す。――――――僕とデュラハン。同時に走り出し、大剣と夫婦剣が激突した。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「す、すげぇ・・・・・・」

 

秋と魔王軍幹部のデュラハン、ベルディアの戦いを見ている冒険者の誰かが、そう呟いた。もしかしたら、呟いたのは俺かも知れない。

 

「・・・・・・す、凄いですね」

 

「うむ・・・・・・私も長く冒険者をしているが、あれほどの動きが出来る者は早々いないぞ」

 

めぐみんとダクネスの話を聞きながら、目の前の戦いを見る。ベルディアが大剣を振り下ろせば、秋は体を回転させて、右手に握っている黒い短剣をぶつけて大剣をそらす。そして、回転の勢いのまま黒い短剣でベルディアの頭を狙う。ベルディアは頭を軽く上に投げて、秋の攻撃かわす。

 

「素晴らしい!素晴らしいぞ!!よもや駆け出し冒険者が集まる街で、貴様のような強者と出会えるとは!魔王様と邪神に感謝しなければ!!」

 

ベルディアと秋がお互いに距離をとる。ベルディアはよほど強い冒険者と戦えるのが嬉しいのか、大剣を正眼に構えながら笑っている。

 

起動せよ(セット)身体強化・Ⅲ(ブースト・ドライ)

 

俺達がいる場所からは聞こえないが、秋の口が小さく動いた。すると、秋がベルディアに向かって走り出す。

 

「ぬんっ!」

 

ベルディアは大剣を右から左に横に振るおうとする。

 

「――――――――――」

 

秋の口が小さく笑ったのを俺は見た。秋は右手の黒い短剣と左手に持っている短剣をベルディアに向かって投げた。

 

「なにぃっ!?」

 

ベルディアも武器を投げるとは思っていなかったのか、驚きながらも、横に振るおうとした大剣で弾いた。弾かれた短剣は秋の後ろまで飛んでいき、地面に突き刺さった。

 

「エナジー・イグニッション!」

 

秋は右手をベルディアに向けて、魔法を使う。

 

「ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!?」

 

突然、デュラハンの体から青色の炎が噴き出した。デュラハンは苦しそうに呻きながら、大剣を落とした。

 

「そ、そうか・・・・・・っ!魔法と近接武器が使える職業・・・・・・貴様の職業はルーンナイトだなぁ!?」

 

「ごもっとも。僕の職業はルーンナイト。でも、驚いた。体内から燃やされているのに喋ることが出来るなんて」

 

「クッ、クハッ、クハハハハ!この程度の炎などたいした事ないわ!!俺を倒したければこれ以上の炎を持ってくることだ!!」

 

ベルディアは体内から燃やされながらも、落とした大剣を拾う。秋も短剣を拾って、構えた。何となくだが、この一撃で勝負が決まる気がする。秋とベルディアの戦いを見守っている誰もが固唾を呑み込んだ。

 

「行くぞ、アオザキシュウ!!」

 

「ああ、終わらせよう」

 

ベルディアは頭を空高く投げて、大剣を両手で握る。取り囲んだ冒険者達を一瞬で倒した構えだ。秋が駆ける。

 

「ウオオオオオオオオオッッッッッッ!!」

 

空高く投げられたベルディアの頭が雄叫びを上げる。秋がベルディアの間合いに入る。ベルディアが秋の体を斬りさこうと大剣を横に凪ぎ払う。秋は横から大剣が迫っているのに避けようとしない。誰もが秋が斬り裂かれると思っただろう。

 

「――――――ふっ」

 

俺の視界から秋が消えた。いや、正確にいうなら秋は走りながらしゃがんで剣先をギリギリの所で避けた。

 

「はあっ!!」

 

黒い短剣がベルディアの鎧を斬り裂こうとするが、表面を傷つけるだけだ。秋はそのままベルディアの後ろに出た。

 

「無駄だ!その鎧は希少金属製の鎧!そう易々と斬れると思うな!!」

 

「ああ、それは今ので理解したよ。物質強化・Ⅸ(マテリアルブースト・ノイン)!」

 

秋とベルディアが同時に身を翻す。秋が握っている短剣が巨大な剣になっていた。二人とも頭より高く剣を構えていた。

 

「「――――――――――」」

 

二人同時に剣を振り下ろした。辺りが静かになる。

 

「――――――見事」

 

ベルディアの体が後ろに倒れた。ベルディアの頭も空から落ちてきた。ベルディアの頭と体が黒い塵になって、風に乗って飛んでいった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「流石は魔王軍の幹部と言ったところだね・・・・・・」

 

左肩から流れる血を見て、ベルディアが居た場所に視線を移す。ほぼ同時に振り下ろした剣は、ほんの少しだけ僕の方が速かった。あとは力任せに振り下ろしただけだ。

 

(ただ・・・・・・うん、楽しかった)

 

久しぶりに楽しかった。カエルの討伐とか墓場の幽霊の除霊とかもそれなりに楽しいけど、命をかけた戦いの方が楽しい。手元からパリンッと何かが砕ける音がした。白と黒の夫婦剣、干将・莫耶が砕けて消滅した。

 

(武器のことも真剣に考えた方がいいかな。投影品だから問題ないけど、無限にあるわけじゃないし。宝具なんてもってのほか。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が使えたから問題ないかも知れないけど、他も使えるかどうかわからないしもうしばらく様子見だね)

 

「あいたたたっ・・・・・・」

 

強化魔術の効果が切れたからか、斬られたところが痛みだした。アクアに治してもらおう。服も新しいのを買わないとダメかな・・・・・・この服、結構気に入ってたんだけど。

 

「アクアー、回復魔法かけ――――――」

 

「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

 

ようやく立て直したアクアに、回復魔法をかけてもらうおうとしたら、他の冒険者達に囲まれて胴上げされた。

 

「すげぇ!すげぇよあんた!!魔王軍の幹部を一人で倒しちまうなんて!!」

 

「ねえねえ!今度、私とクエストに行かない!?たっぷりサービスするから!」

 

「ちょっ、下ろしてくれないかなぁ!?いたっ!?誰かいま肩の傷触った!?痛いんだけど!?」

 

わっしょーい、わっしょーいと人を勝手に胴上げする冒険者たち。ちょくちょく肩の傷に誰かの手が当たるせいで痛い。佐藤君もめぐみんも苦笑いしていて助けてくれる様子はない。アクアはデュラハンに殺された冒険者達を蘇生魔法で蘇生していた。ダクネスはデュラハンに殺された冒険者達のために祈りを捧げていたのに、アクアが冒険者達を復活させたことで、顔を赤くして両手で顔を隠した。

 

(抵抗するのも疲れるし、流れに任せよ)

 

抵抗するのも疲れるので、その場の流れに任せた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

デュラハンを倒した翌日。僕と佐藤君はギルドに向かっている。デュラハン討伐に参加した冒険者全員に報奨金が支払われるからだ。アクアは早く報奨金が欲しいからか、先にギルドに走っていった。ギルドの入り口につくと、中から酒の臭いと熱気が漏れ出ている。

 

「あっ!ちょっとカズマにシュウ、遅かったじゃないの!もう既に、皆出来上がってるわよ!」

 

先に報酬を受け取ったアクアは酒を飲んでいて、既にぐでんぐでんに酔っ払っている。他の冒険者達も既に酔っ払っていて、中には千鳥足で歩いている人までいる。

 

「ねえカズマ、シュウ、お金受け取ってきなさいよ!もう、ギルド内の冒険者達の殆どは、魔王の幹部討伐の報奨金貰ったわよ。もちろん私も!でも見ての通り、もう結構飲んじゃったけどね!」

 

アクアがお金が入っている革袋の中を見せてきた。大分飲んだのか革袋の半分ぐらいしか入っていない。

 

(佐藤君。アクアがお金を貸してほしいとか言っても絶対に貸さないでね)

 

(別に良いけど・・・・・・絶対にお前に泣きつくぞ?)

 

(その時はその時さ。それよりお金を貸して、それで味を占めたらアクアのためにならないから絶対に貸さないでね)

 

(お、おう・・・・・・)

 

これもアクアのため。佐藤君にも心を鬼にしてもらおう。あとでめぐみんとダクネスに根回しをしておかないとね。

 

「来たかカズマ、シュウ。ほら、お前達も報酬を受け取ってこい」

 

「待ってましたよカズマ、シュウ。聞いてください、ダクネスが、私にはお酒が早いと、どケチな事を・・・・・・」

 

「いや待て、ケチとは何だ、そうではなく・・・・・・」

 

めぐみんとダクネスがワイワイとやっているのを放っておいて受付の女性の前に立つ。女性は僕と佐藤君を見て笑顔を浮かべた。

 

「お待ちしておりました、サトウカズマさん、アオザキシュウさん!こちらがサトウカズマさんの報酬になります!」

 

佐藤君は女性からアクアと同じぐらいの大きさの革袋を受け取った。

 

「アオザキシュウさんには魔王軍幹部を単独で討伐した功績を称えて、金三億エリスを与えます!」

 

「「「「「さっ!?」」」」」

 

僕らはその金額に絶句し、あれだけ騒いでいた冒険者達が静まり返っていた。そして、一気に冒険者達が騒ぎだして奢れと言ってきた。三億エリス・・・・・・日本円で三億円。こ、これだけあれば溜まりに溜まっている幹也さんに未払いの給料が払える・・・・・・っ!?

 

「集合、全員集合」

 

一度冷静になり、四人を集める。・・・・・・よくよく考えればこの世界のお金を持って帰れるかどうかもわからないし、パーティーメンバーで山分けすることにした。




・ベルディアの最期。

頭でサッカーされたり神聖魔法で成仏するよりかはましだと思う。

・カズマパーティーの借金。

原作通り、洪水が起きなかったので借金無し。ただし借金からは逃げられない。

・魔導書の設定的なもの

神造兵器の使用は不可能。『王の軍勢』や『不死の一万兵団』、『炎門の守護者』といった宝具や『十二の試練』といった宝具も使用不可能。伝承に寄りすぎたのも使用不可能。ただし、『虚栄の庭園』、『王冠:叡智の光』などの一から創らないといけない宝具などは使用可能。



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この魔術師と盗賊にダンジョンを! 1F

遅くなってすいません。今回はクリスとダンジョンに潜る話。クリスの口調に違和感があるかも知れませんが、見なかった事にしてください。


魔王軍幹部の一人、デュラハンのベルディアを倒してから一ヶ月と少しが過ぎた。クエストを請けて、これといったクエストが無い日はウィズの店に通っている。今日もウィズの店に行くつもりだったのだが――――――。

 

「いやー、君に会えたのは運が良かったよ」

 

「・・・・・・僕からしたら運が無かったよ」

 

目の前を歩く盗賊職の女の子、クリスの後を追いながら軽く愚痴る。

 

「ふぅ・・・・・・それで?僕をダンジョンに誘ったのは良いけど、僕はダンジョンに一度も行ったことないよ」

 

「あっ、それなら安心して。今日は軽く探索するだけだからさ」

 

「探索?」

 

「うん、何でも未発見のダンジョンが見つかったらしくてさ、そこの調査をギルドから依頼されたんだ。で、未発見のダンジョンってことは何があるか分からないから前衛職の人を探してたんだ」

 

クリスは僕の方を向きながら後ろ向きで歩く。

 

「それにほら、君とは知らない仲じゃないし、ダクネスと同じパーティーだから知らない人より信頼できるからさ!」

 

「・・・・・・はあ、まあ乗り掛かった船だから付き合うけどさ。それで?そのダンジョンってどこにあるの?」

 

「えーと、ギルドの人の話だとこの近くらしいんだけど・・・・・・あった!あれだよ、あれ!」

 

クリスが指差したほうには木々で見えにくいが洞窟の入り口が見えた。なんというか・・・・・・如何にもな洞窟だ。

 

「ダンジョンでの探索ならあたしの方が先輩だから何でも聞いていいからね!」

 

「頼りにさせてもらうよ」

 

クリスは胸を張ってそう言った。クリスもこう言ってることだし・・・・・・頼らせてもらおうかな。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

洞窟の中は暗く、じめじめしている。天井から水滴が落ちて地面に当たる音が辺りに反響している。

 

「うひゃー、やっぱり人が踏み込んでないダンジョンは荒れてるねー。それより・・・・・・シュウはこんなに暗いのに転ばないんだね」

 

「魔力で視力を強化してるからね。はっきり見える訳じゃないけど、足下と目の前ぐらいは見えてるよ」

 

足下は階段で所々に苔が生えている。どうも長い年月の間、人が足を踏み入れてないみたいだ。

 

「へー、ルーンナイトってそんなことも出来るんだ。あたしは盗賊だからそんな器用なことは出来ないなー」

 

「・・・・・・出来ないと死んでたからね」

 

思い出すだけで背筋が凍りそうになる。凛さんに真夜中の柳洞寺に呼び出されたと思ったら、視力の強化が出来るようになるまで終わらない鬼ごっこに参加させられたりした。参加者は僕と士郎さん。魔術師としては先輩の士郎さんはすぐに出来るようになった。駆け出しの僕にはそんな高度な技が出来るわけなく、ひたすら飛んでくるガンド(最弱)を受け続けていた。視力の強化が出来るようになったのは、士郎さんと凛さんがイギリスに旅立つ前日だった。

 

「・・・・・・えっと、何だか複雑な事情があるみたいだから聞かないでおくよ」

 

「そうしてくれると助かるよ・・・・・・」

 

真夜中の鬼ごっこは僕のトラウマの一つだ。他にも式さんとの鍛練で死にかけたり、先生とのルーン魔術の練習で死にかけたり・・・・・・あれ、結構死にかけてない?クリスと話していると階段を下りきった。通路は真っ直ぐ続いていて、しばらく歩いていると道が二つに別れていた。

 

「んー、こっちに行ってみよう!」

 

先を行くクリスは少しだけ考えて右に曲がった。

 

「簡単に道を決めたけど、スキルか何か?」

 

「ううん、違うよ。今のはあたしの直感に素直に従っただけ。あたしって幸運のステータスが高いから直感に従ったら結構上手くいくんだ」

 

幸運のステータスが高いって・・・・・・。

 

「・・・・・・幸運のステータスが高いなら佐藤君にスティールで下着を盗られないと思うんだけど?」

 

「そ、その話はやめろよぉ!あ、あたしだってどうして下着が盗られたのかわからないんだから!」

 

盗った本人もどうして下着が盗れたのかわかっていなし、下着も装備品の一つとしてスキルが認識しているのかも知れない。あとは佐藤君の幸運のステータスが高いのも原因の一つかも。

 

「んー、おっかしいなぁー」

 

「何がおかしいんだい?」

 

「いやさー、こういうダンジョンならアンデット系のモンスターがいてもおかしくないのに、今まで一匹も会わないからさ」

 

・・・・・・確かに。街から少し離れただけでジャイアント・トードやゴブリンといったモンスターが跋扈しているのに、このダンジョンにはモンスターの姿が見当たらない。

 

「その事はあとで考えるとして。ほら、ゴールが見えてきたよ」

 

目の前に高さ十メートル程の扉がそびえ立っている。

 

「・・・・・・どうする?」

 

「・・・・・・ちょっとだけ中を覗いて、何も無かったら中に入ってみよう」

 

ダンジョン潜りになれているクリスに従って、扉を少しだけ開けて中を覗いてみる。室内は暗く、何も見えない。

 

「・・・・・・行こう」

 

ゆっくりと扉を開けて中に入る。どれだけ視力を魔力で強化しようが、光源がまったく無いから足下しか見えない。

 

「ねえねえシュウ。魔法で灯りとかつけれないの?」

 

「無理かな。中級魔法と上級魔法だと灯りをつける以前に威力が強すぎて僕らの方が怪我をしかねない」

 

クリスの気持ちもわからなくはないけど、魔法を使ってダンジョン崩落、そのまま生き埋めなんて洒落にならない。なにより初期魔法は修得していない。

 

 

――――――カチッ。

 

 

僕の足下からスイッチを押したような音が聞こえた。すると、真っ暗だった部屋が一気に明るくなり背後からガシャンッ!という音がした。

 

「ちょっ、いったい何したの!?」

 

「・・・・・・なんか足下にあったスイッチ押しちゃったみたい」

 

クリスが頭を抱えているのを一度置いておいて、灯りがついた室内を見回す。入ってきた扉は鉄格子で塞がれて出られないようになっている。入ってきた扉の対面には初めから鉄格子が降りている。

 

「クリス。これからどうする?」

 

「・・・・・・はぁ。よし!悩んでても仕方ないか!こういう場合はどこかに開閉ボタンがあると思うからそれを探して」

 

「了解」

 

クリスが四つん這いで石造りの床をペチペチと叩いている。僕は逆に壁沿いを見ていく。岩が剥き出しの壁にはこれと言った変わったものはない。強いていうなら入ってきた扉とは逆の鉄格子の向こうから何かを引きずる音が聞こえるぐらいだ。

 

「ねぇー、シュウ!ちょっと来てー!」

 

壁沿いを一周し終わるとクリスに呼ばれた。クリスに近寄るとクリスは床を指差した。

 

「ここ。ここだけ他の床と叩いた感触が違うんだ」

 

クリスが指差した床を触ってみて、他の床を触ってみる。・・・・・・両方とも同じ床にしか感じないけど。

 

「・・・・・・違いがわからないんだけど」

 

「そ、そうだよね。シュウはダンジョンに潜ったのは今回が初めてって言ってたもんね・・・・・・」

 

クリスは頬の傷を掻きながら気まずそうに目を逸らした。

 

「ダ、ダンジョンにはこういう仕掛けもあるから覚えておいて損はない筈だよ!!それじゃあ押すよ!!」

 

「あっ、その前に言っときたいことが――――――」

 

クリスが焦るように床の一角を押した。入ってきた扉とは逆の鉄格子が上に昇っていった。鉄格子の向こうから何かを引きずる音がどんどん近づいてくる。

 

「ね、ねぇ・・・・・・何か聞こえない?」

 

「その事を聞こうとしたんだけど?」

 

昇った鉄格子の向こうから出てきたのは、六~七メートルはある巨躯に五メートルはある棍棒を引きずり、眼が一つしかない頭部。元いた世界で多くの神話に登場する幻想種の一角、巨人種が出てきた。巨人は僕とクリスを単眼で睨み付けてくる。

 

「――――――■■■■■■!!」

 

凡そ人が理解できない言語で叫んだ巨人は棍棒を振り上げて――――――僕たちめがけて振り下ろした。




・巨人

ギリシャ神話に出てくるキュクロープス(もしくはサイクロプス)をイメージした感じ。


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この魔術師と盗賊にダンジョンを! 2F

「端から会話出来るとは思ってなかったけどいきなりか!」

 

「きゃっ!?」

 

クリスを担いでその場から飛び退く。棍棒は僕らがいた場所を抉った。・・・・・・当たったら挽き肉どころの騒ぎじゃないね。

 

「ちょっとシュウ!!自分で立てるから下ろしてくれないかな!?」

 

肩に担いでいるクリスがバタバタと暴れるがとりあえず無視する。

 

「クリス、あの巨人が何かわかる?」

 

「・・・・・・ごめん、わからない。アタシもいろんなダンジョンに潜ってきたけどあんなの初めて見た」

 

ダンジョンに潜っている回数が多いクリスが知らないとなると、アクアが転生させたとか言う日本からの転生者の誰かが、このダンジョンとあの巨人を作ったのかもしれない。

 

「■■■■■■――――――!!」

 

巨人は滅茶苦茶に棍棒を振り回して僕たちを追いかけてくる。棍棒を避けつつクリスをどうするか考える。クリスを担いだままだと動きにくいし・・・・・・一度、下ろそうか。

 

「クリス、俊敏のステータスには自信ある?」

 

「盗賊だから自信はあるけど・・・・・・何するつもり?」

 

「あのデカいのを倒すだけだけど?」

 

「・・・・・・ごめん、爆音で上手く聞き取れなかったや。もう一度言ってくれる?」

 

「あのデカいのを倒すだけだけど?」

 

「・・・・・・・・・・はぁ!?君なに言ってんの!?」

 

「耳元で叫ばないでくれる?」

 

クリスの大声に顔をしかめる。

 

「耳元じゃなくても叫びたくなるよ!あんなのアタシ達だけで倒せないよ!?一度ギルドに戻って報告して、討伐隊を組んで倒せるような相手だよ!?」

 

「・・・・・・本当はそれが正しい判断なんだろうけど、時間もない。相手がどんなスキルを使うかも解っていれば対策も練れる。それに・・・・・・巨人種と戦えるなんて滅多にないしさ」

 

「後半が本音だよね!?前半は思ってもない建前だよね!?」

 

失礼な。二割ぐらいは本音だ。

 

「あぁもうっ!!アタシも一緒に戦うから、ギルドに戻ったら何か奢ってよね!!」

 

・・・・・・驚いた。てっきり二人で逃げ道を探そうとか言うと思ってたけど、まさか一緒に戦うとい言い出したのは予想外だ。

 

「・・・・・・いいよ、ギルドに戻ったら好きなだけ奢らせてもらうよ」

 

肩に担いでいるクリスを下ろす。クリスは腰にさしていた短剣を抜いて構えた。・・・・・・とは言え、身体能力は明らかに向こうが上。持久戦にもつれ込むとこっちが不利。上級魔法は威力が強すぎて崩落の危険性があるから使用不可。中級魔法だと逆に決め手に欠ける。ルーン魔術もどこまで通用するかは不明。僕が使える支援魔法も多くはない。そうなると・・・・・・宝具しかないのかな。あまり使いたくないけど。

 

「クリス。君に支援魔法をかけるから、少しだけ時間を稼いでほしい」

 

「良いけど何するつもり?」

 

「ちょっとだけ本気出すだけだよ」

 

クリスに『ウインドカーテン』という風の支援魔法を使う。本来は矢とか飛び道具を弾く魔法だ。瓦礫の破片ぐらいなら問題なく防げるだろう。

 

「それじゃあお願いするね」

 

クリスに時間稼ぎを頼み、腰から吊るしている魔導書を手に取る。魔導書はひとりでに開き、ページをめくっていく。ページは一人の英霊のページで止まった。ページは淡く光。右手に真紅の魔槍を握っていた。魔導書を腰に戻して、魔槍を構える。

 

「――――――宝具劣化展開」

 

魔術回路を魔力が走る。魔槍から禍々しい紅い魔力が漏れ出す。魔力を感じたのか巨人を引き付けていたクリスも、クリスを追い掛けていた巨人も、両方が僕の方を見た。魔槍をやり投げをするように持つ。

 

「■■■■■■――――――――――!!!!!」

 

巨人は僕が握っている魔槍が危険と判断したのか地面を揺らしながら走ってくる。

 

刺し穿つ(ゲイ)――――――」

 

巨人は棍棒を振り上げる。今から放つはケルト神話に記された英雄、クー・フーリンが影の国の女王から授かった魔槍。因果逆転の魔槍。その名は――――――。

 

「――――――死棘の槍(ボルク)!!」

 

投げた真紅の魔槍は巨人が振り下ろした棍棒を貫いた勢いのまま心臓を抉る。因果逆転の魔槍ゲイボルク。『心臓に命中する』という結果を先に作り、『槍を放つ』という原因を後から持ってくる魔槍。この魔槍に貫かれた心臓はどんな手段でも修復することはできない。巨人は心臓を抉られたことで絶命し、倒れた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「なに・・・・・・あれ?」

 

巨人の注意を引いていたアタシは今まで感じたことがない魔力を感じて足を止めてしまった。いつの間にか秋は紅い槍を構えていた。魔槍から肌に突き刺さるような、禍々しい魔力が漏れている。アタシを追いかけ回していた巨人も足を止めている。巨人はアタシからシュウに目標を変えたのか、シュウに向かって走っていく。シュウは向かって来る巨人を見据えている。

 

「――――――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

投げられた槍は巨人の胸を貫通、巨人の胸から血が吹き出る。棍棒は真ん中から折れている。

 

「――――――先に進まないの?」

 

呆然としていたアタシにこの状況を作り出した張本人は涼しい顔をしながらそう言って、巨人が通ってきた通路を進んでいく。

 

「あっ、ちょっと待ってよ!」

 

アタシもシュウを追いかけて巨人が出てきた通路を進んでいく。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

巨人が通ってきた通路は一直線に続いていた。あの巨人はこのダンジョンの防衛装置か何かだったんだろう。このダンジョンを作った人物はよっぽどあの巨人に自信があったようだ。

 

「・・・・・・ねえ、シュウ」

 

「さっきの槍のことなら教えないよ」

 

聞いてくるだろうと思っていたから先に釘を刺しておく。

 

「えー、別に良いじゃん!教えてよー!」

 

「ダメ。それよりほら、ゴールが見えてきた」

 

通路の奥から光が見える。おそらく通路の出口なんだろう。通路の奥には大きな空間が広がっていた。部屋の真ん中には鉄製の宝箱が置いてあった。

 

「あっ!宝箱だ!」

 

盗賊職だからなのか、クリスは宝箱に駆け寄った。

 

「ほら、シュウもこっち来てよ!一緒に開けよ!」

 

クリスが手を振って呼んでくる。クリスに呼ばれて近づいてみると、宝箱はかなり古いようでところどころ錆が目立つ。これなら宝箱の中身も期待できそうだ。

 

「開けるよ。せーの!!」

 

クリスが勢いよく宝箱の蓋を開ける。宝箱の中を二人で覗きこむ。そこには――――――

 

 

『残念でしたー(笑)!』

 

 

――――――明らかにこちらを馬鹿にしているとしか思えない文字が書かれた紙切れが入っていた。

 

「「舐めんなっ!!」」

 

二人揃って宝箱を蹴り飛ばした。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「はぁ・・・・・・巨人に襲われるは宝箱の中身に馬鹿にされるわで散々な目にあったね」

 

「・・・・・・そうだね」

 

クリスが前を見ずに、体を後ろに歩いている僕の方に向けながら歩いている。

 

「ギルドには何て報告する?」

 

「そうだなー、何もなかったで良いじゃないかな?あのダンジョンの主ぽかったモンスターは君が倒したし。それにしても・・・・・・あったのはこの紙切れだけかぁ」

 

クリスは宝箱に入っていた紙切れをヒラヒラと振っている。あのダンジョンを作った人物はよほど底意地が悪いようだ。

 

「せっかくの未発見のダンジョンだからお宝には期待してたのになぁ」

 

「・・・・・・クリス。君、もしかしてダンジョンの調査よりお宝の方が目的だった?」

 

クリスの肩が少し振るえた。・・・・・・図星か。

 

「あ、あははははは!や、やだなぁ!そんなつもりは微塵も無かったよ!?あ、あは、あはははははっ!」

 

クリスが引きつった笑みを浮かべながら汗を流している。

 

「そ、それより早く街に帰らないと日がくれるきゃっ!?」

 

クリスは前に振り返ろうとして、足下に延びている木の根に足を取られて転びそうになる。

 

「ちょっ!?」

 

慌ててクリスの手を掴んだが、僕もクリスに引っ張られて倒れこんだ。

 

「――――――ぁ」

 

目の前にクリスの顔がある。クリスの上に僕が覆い被さってる、もしくは僕がクリスを押し倒したように見えなくもない。いや、むしろ後者として捉えかねない。

 

「・・・・・・大丈夫?結構派手に倒れたけど」

 

誰かに見られるかも知れないのですぐにクリスの上から退いて、クリスを立たせる。

 

「だ、だいじょうぶだヨ?あは、あはははははっ」

 

クリスは前を向いて歩き出した。動きが油の切れたロボットみたいな事になっている。夕陽で分かりにくかったが、クリスの顔が赤くなっていた。・・・・・・(うぶ)なんだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

アクセルの街につく頃には日がくれてすっかり夜になっていた。

 

「そ、それじゃあアタシは報告してくるから!お、お疲れ様!?」

 

「うん、お疲れ様。また今度何か奢らしてもらうよ」

 

クリスはいまだロボットみたいにぎこちない動きで受け付けに歩いていった。

 

「あれ?」

 

ギルドの酒場の隅の席に佐藤君たち四人がこの世の終わりみたいな顔をして座っていた。普段ならアクアが酔っぱらって騒いでるはずなのに、今日はおとなしい。

 

「どうかした?」

 

「「「「っっっっっ!!!!?」」」」

 

四人の肩が一斉にびくっと振るえた。四人は頭を突き合わせて何か話始めた。

 

(どうすんだよ!?言い訳思い付く前に秋が戻って来ちまったじゃねえか!?)

 

(し、知らないわよ!?カズマさんがさっさとアイデアを思い付かないのが悪いんでしょ!?)

 

(ふっざけんな!ならお前も何か案を出せよ駄女神!!)

 

(あああああぁ!!カズマが駄女神って言った!このヒキニート!女神の恐ろしさを味わいなさい!!)

 

・・・・・・何か、アクアが涙目になりながら佐藤君の首を絞め始めた。一体何してるんだろう?

 

(お、落ち着け二人とも!ここは正直に言って、素直に謝ろう!)

 

(そうですよ。シュウもちゃんと理由を話せば分かってくれる筈です。という訳で、カズマ。あなたからシュウに話してください)

 

(何で俺なんだよ!?爆裂魔法撃ったのはめぐみんだろうが!!)

 

「あ、あのねシュウ。怒らないで聞いてくれる?」

 

(((あっ!)))

 

内緒話が終わったのか、アクアが恐る恐る口を開いた。アクアから聞かされた話はそれはそれはショックなものだった。

 

「・・・・・・借金一億エリスとか君ら何してんの?」

 

佐藤君たちが請けたクエストは『暴れ猛牛の討伐』というそこそこ難易度が高いクエストだ。暴れ猛牛は群れで行動する習性があり、畑を荒し、家畜を襲うことがある。その討伐のさい、めぐみんが撃った爆裂魔法が暴れ猛牛の群れもろとも近くの風車二つを破壊した。

 

「はぁ・・・・・・起きたことは仕方ない。ベルディアを倒した報酬の六千万エリスには手をつけてないからそれを返済に当てて、残りは四千万エリス・・・・・・」

 

・・・・・・どうやら僕には金運が無いようだ。黄金律のスキルが欲しい。

 

「「「「ごめんなさい」」」」

 

四人に謝られた。四千万エリスの返済・・・・・・長い道のりになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

フリークエスト発生

 

 

借金四千万エリスを返済せよ!

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

某所。広い空間の中にポツンと置いてある椅子に長い白銀の髪に白い肌、修道服のような服を着た少女が目を閉じて座っている。少女はゆっくりと目蓋を開けた。

 

「うぅ・・・・・・っ!」

 

少女は一瞬で顔を真っ赤にして、両手で顔を隠すように覆う。

 

「アオザキ・・・・・・シュウさん」

 

誰かの名前を呟いた。




・宝具劣化展開

宝具本来の担い手ではないため、威力が下がり魔力消費が多い。

・暴れ猛牛

気性がものすごく激しい牛。群れでの突進は脅威。尻尾が三本ある。群れの長は尻尾が四本ある。

・クリス

盗賊っ娘。秋に初めてを奪われた(R―18ではない)。押し倒されたことで少し意識している。なお、ダクネスの次に好感度が高い。


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この魔術師に冬将軍を!

新年、あけましておめでとうございます。


「蒼崎秋さん・・・・・・。ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」

 

気がつくと僕は椅子に座っていた。回りには何もなく、対面には修道服を着た少女が座っている。

 

(・・・・・・ああ、そうか。僕は――――――)

 

目の前の少女――――――女神エリスと名乗った少女は哀しそうな顔で僕を見ている。

 

(――――――死んだんだ)

 

ようやく自分の状況を認識した。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「・・・・・・金が欲しいっ!」

 

佐藤君――――――カズマは両手で頭を抱えて、血を吐くように呻いた。

 

「そんなの誰だって欲しいに決まってるじゃない。もちろん私だって欲しいわよ。・・・・・・というか、甲斐性が無さ過ぎでしょう?仮にも女神であるこの私を、毎日毎日馬小屋なんかに泊めてくれちゃって、恥ずかしいと思わないんですか?分かったら、もっと私を贅沢させて。もっと私を甘やかして!」

 

アクアの言葉に少しカチンと来た。僕だって好きこのんで馬小屋で寝泊まりなんてしたくない。冬も近づいて来て、ほとんどの宿は冒険者達で満室になっている。本当なら僕らも宿に泊まって冬を越すはずだったのに。

 

「・・・・・・それもこれも、借金のせいなんだけどね」

 

隣に座っているアクアがびくっと震えた。

 

「過ぎたことをうだうだ言うつもりはないけど・・・・・・お金が欲しい」

 

僕一人で借金返済も考えたけど、それをするとまた借金が増える気がするからおちおち一人でクエストも受けられない。クエストを請けたら請けたで報酬から天引きされ、そこから五人で報酬を山分けするから返済が中々進まない。

 

「「・・・・・・金が欲しいっ!」」

 

カズマは頭を抱えて、僕は机に突っ伏して呻いた。世の中、どこまで行っても金ということか。

 

「お、おい、二人とも。朝からどうした?」

 

「・・・・・・この世の不条理さを嘆いてるだけ」

 

いつもの鎧を着たダクネスが僕たちに合流した。ダクネスは実家暮らしらしいから馬小屋の寒さを知らないのだ。

 

「三人とも早いですね。何か、良い仕事はありましたか?」

 

最後にめぐみんが合流した。これでパーティーメンバー全員が揃った。

 

「よう、お前らも準備できたか。仕事はまだ探してないよ。というか、この状況じゃ急いで探さなくても、お前らが来てから依頼を請けても大丈夫だと思ってさ」

 

ギルド内は朝にも関わらず酒を飲んでいる冒険者で溢れている。魔王軍幹部のデュラハン、ベルディアの討伐戦に参加した冒険者達にギルドから報酬が支払われた。懐が暖かい冒険者達はクエストを請けずにいる。

 

「どれどれ。・・・・・・報酬は良いのばかりだが、本気でロクなクエストが残ってないな・・・・・・」

 

「本当だね・・・・・・」

 

白狼の群れの討伐に一撃熊の討伐もしくは撃退等々、どれも報酬は破格だが一度のクエストの難易度が高い。白狼は大型犬より大きく、群れで行動して襲ってくる。一撃熊は前足の力が強く、人の頭程度なら一撃で刈り取ることができる。他に何かクエストが無いかを探していると変わった依頼書を見つけた。

 

『機動要塞デストロイヤー接近中につき、進路予測の為の偵察募集』

 

機動要塞・・・・・・デストロイヤー?要塞って言うぐらいだから大きいんだろうけど、機動ってなに?動くの?

 

「秋、なに見てるんだ?・・・・・・機動要塞デストロイヤー?デストロイヤーってなんだよ」

 

「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて、高速機動する要塞だ」

 

「ワシャワシャ動いて全てを蹂躙する、子供達に妙に人気のあるヤツです」

 

うん。わからない。依頼書を張り直して他のを見ていく。

 

「なあ、雪精討伐って何だ?名前からしてそんなに強そうに聞こえないんだけど」

 

「雪精はとても弱いモンスターです。雪深い雪原に多くいると言われ、剣で斬れば簡単に四散させる事ができます。ですが・・・・・・」

 

カズマの横から依頼書を覗く。雪精一匹を討伐する毎に十万エリス・・・・・・他のクエストに比べれば破格の金額だ。ただ、めぐみんの含みのある言い方から何かあるようだ。

 

「雪精の討伐?雪精は、特に人に危害を与えるモンスターって訳じゃないけれども、一匹倒す毎に春が半日早く来るって言われるモンスターよ。その仕事を請けるなら、私も準備してくるわね」

 

アクアは何かを取りに行ったのか、ギルドを出ていった。

 

「雪精か・・・・・・」

 

いつもなら雪精討伐なんていうダクネスが好きそうじゃないクエストなのに、なぜか嬉しそうだ。逆に気味が悪い。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

街から離れた平原地帯は真っ白に染まっている。目の前にふわふわと漂っている白いふわふわした物体――――――雪精をデコピンで倒す。ジャイアント・トードの方がまだ倒しがいがある。だいぶ弱いし、いくら懐が潤っている冒険者達でも請けそうなものなのに、どうして残っていたんだろうか?

 

「・・・・・・お前、その格好どうにかならんのか?」

 

アクアは普段の服装に虫取り網に小瓶を抱えて、夏場に昆虫採集に行く子供みたいな格好だ。

 

「これで雪精を捕まえて、この小瓶の中に入れておくの!で、そのまま飲み物と一緒に箱にでも入れておけば、キンキンのネロイドが飲めるって考えよ!つまり、冷蔵庫を作ろうってわけ!どう?頭良いでしょ!」

 

雪精の寿命を考慮しているならアクアにしては名案なんだけど・・・・・・そこまで考えてないだろうなぁ。

 

「秋もその格好は寒くないのか?」

 

「もともと寒いところに住んでたから寒さにはなれてるんだ」

 

僕の格好は黒いコートにマフラーと見る人によっては薄着だったりする。ただ、コートとマフラーだが魔術やら何やらで耐寒性能は高い。ダクネスはいつもの鎧の上からピンク色の厚手のジャンパーを着ている。めぐみんは厚着しすぎて雪ん子みたいなことになっている。

 

「めぐみん、ダクネス!そっちに逃げたの頼む!くそっ、チョロチョロと!」

 

佐藤君はショートソードを振り回すが、雪精は素早い動きで逃げる。

 

「四匹目の雪精捕ったー!カズマ、シュウ、見て見て!大漁よ!」

 

・・・・・・本当に虫取りしにきた子供みたい。

 

「・・・・・・討伐というよりピクニックとか遊びに来た感じがする」

 

袖から黒鍵を取り出して、刃を形成する。そして、近くに漂っている雪精を斬る。本来なら投擲剣だけど雪精ぐらいなら問題ない。

 

「カズマ、私とダクネスで追いかけ回しても、すばしっこくて当てられません・・・・・・。爆裂魔法で辺り一面ぶっ飛ばしていいですか?」

 

ダクネスと二人がかりで雪精を追い回していためぐみんが爆裂魔法を使って良いかカズマに聞いている。まあ、辺りに何も無いし大丈夫だろう。

 

「おし、頼むよめぐみん。まとめて一掃してくれ」

 

「わかりました。――――――エクスプロージョンッッッ!!!!!」

 

めぐみんの必殺の一撃が雪精の群れを吹き飛ばした。爆裂魔法が撃たれた場所は積もっていた雪が吹き飛び茶色の地面にクレーターが出来上がっていた。

 

「八匹!八匹やりましたよ!レベルも一つ上がりました!」

 

魔力を使い果たしためぐみんが倒れ伏しながら冒険者カードを見せてきた。五人で倒した数もそれなりになるし、報酬には期待できそうだ。ただ、他のクエストに比べれば圧倒的に旨味が多いのに、どうして誰も受けないんだろうか。

 

「・・・・・・ん、出たな!」

 

ダクネスが腰から下げている大剣を抜いて構える。何の気配も、音もなくそのモンスターは現れた。

 

「・・・・・・・・・・」

 

さっきまで勝ち誇ってためぐみんは死んだふりをしている。今はそれが正しい行動だと思う。

 

「・・・・・・カズマ、シュウ。なぜ冬になると冒険者達がクエストを受けなくなるのか。その理由を教えてあげるわ」

 

アクアが一歩下がる。僕らの前には鎧武者が立っていた。

 

「二人は日本に住んでたんだし、昔から、この時季になると天気予報やニュースで名前ぐらいは聞いたでしょう?」

 

全身白一色の重厚な鎧に腰に帯刀している刀。日本人がよくイメージする武者姿。違いがあるとすれば、全身の至るところから冷気を漂わせている。

 

「雪精の主にして、冬の風物詩とも言われる・・・・・・」

 

鎧武者は腰の刀を抜く。刀の刀身も白く、冷気を漂わせている。

 

「そう。冬将軍の到来よ!」

 

「バカっ!このクソッタレな世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだ!!」

 

――――――比喩表現でも何でもなく、本物の冬将軍が僕らの前に現れた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

冬将軍は八相の構えを取った。冬将軍からは強烈な殺気、それも『直死の魔眼』を発動している式さんに近い物を感じる。正直、このパーティーで討伐するのは無理だ。

 

「くっ!?」

 

冬将軍は近くにいたダクネスに斬りかかった。ダクネスは大剣で受け止めようとする。澄んだ音を立てて、ダクネスの大剣は折れた。

 

「ああっ!?わ、私の剣がっ・・・・・・!?」

 

ダクネスは折られた大剣を見て慌てている。あの慌てようからすると、余程の業物なんだろう。・・・・・・帰ったら見せてもらおう。

 

「冬将軍。国から高額賞金をかけられている特別指定モンスターの一体よ。冬将軍は冬の精霊・・・・・・。精霊は、元々は決まった実体は持たないわ。出会った人達の無意識に思い描く思念を受け、その姿へと実体化するの。火の精霊は、全てを飲み込み焼き尽くす炎の貪欲さから、凶暴そうな火トカゲに。水の精霊といえば、清らかで格好良く知的で美しい水の女神を連想して、美しい乙女の姿に」

 

「ねえ、水の精霊の所はツッコミ待ちなの?」

 

水の女神はやたらと水の精霊の所を強調して言っている。やっぱり水の女神だから水の精霊が気に入ってるのかな?

 

「でも、冬の精霊の場合はちょっと特殊でね?危険なモンスターが蔓延る冬は、街の人間どころか、冒険者達ですら出歩かないから、冬の精霊に出会う事自体が稀だったのよ。・・・・・・そう、日本から来たチート持ち連中以外はね」

 

「・・・・・・つまりこいつは、日本からこの世界に来たどっかのアホが、冬といえば冬将軍みたいなノリで連想したから生まれたのか?なんて迷惑な話なんだよ、どうすんだこれ。冬の精霊なんてどう戦えばいいんだよ!?」

 

「・・・・・・頭痛くなってきた」

 

本を正せば日本からの転生者をこの世界にホイホイと送り込んだのはアクアだ。そしてその転生者は冬=冬将軍という安直なイメージを受けて、冬将軍が物理的に冬将軍になったのか。

 

「カズマ、シュウ、聞きなさい!冬将軍は寛大よ!きちんと礼を尽くして謝れば、見逃してくれるわ!」

 

アクアは捕まえていた雪精を解放して、素早くひれ伏した。

 

「DOGEZAよ!DOGEZA。土下座をするの!ほら、皆も武器を捨てて早くして!謝って!カズマとシュウも早く、謝って!!」

 

(女神のプライドとか無いんだ・・・・・・)

 

アクアは雪に頭をつけて、綺麗な土下座をしてみせた。めぐみんは死んだふりをしている。冬将軍は死んだふりをしているめぐみんと土下座しているアクアに目もくれていない。僕もその場にひれ伏した。

 

「おい何やってんだ、早くお前も頭を下げろ!」

 

「くっ・・・・・・!私にだって、聖騎士としてのプライドがある!誰も見ていないとはいえ、騎士たる私が、怖いからとモンスターに頭を下げる訳には・・・・・・!」

 

変なところで聖騎士のプライドを持ち出さないで欲しい。カズマがダクネスの頭を掴んで無理やり下げさせた。

 

「や、やめろお!くっ、下げたくもない頭を下げさせられ、地に顔をつけられるとかどんなご褒美だ!ハァハァ・・・・・・。ああ、雪が冷たい・・・・・・!」

 

彼女はどうしてこの状況で興奮できるのか、甚だしく疑問だ。

 

「カズマ、武器武器!早く手に持ってる剣を捨てて!!」

 

「えっ?うぉっ!?」

 

アクアの言葉にカズマが慌てて武器を捨てた。そのとき、慌てていたからか頭が地面から離れた。冬将軍の右手が刀の柄に触れ、カズマの首を落とそうとする。

 

「アンサズ!」

 

火のルーンを刻んだ黒鍵を冬将軍に向かって投げる。黒鍵の刀身が炎を纏って飛んでいくが、冬将軍は刀を抜いて弾いた。一瞬、風が吹き雪が舞う。冬将軍は舞った雪に溶けるように姿を消した。

 

「消えた・・・・・?」

 

冬将軍が消えたのは気になるが、とにかくこの場所から全員で逃げる方が先だ。逃げるために立ち上がった瞬間、背中にうすら寒いものが走った。

 

「シュウ!後ろ!!」

 

アクアの言葉に後ろを振り向くより先に、胸元から何度も聞いてきた肉を裂く音が聞こえた。

 

「・・・・・・・・・・かふっ!」

 

血を吐き出した。末端から体が冷たくなっていく。アクアやカズマ達の声が遠くに聞こえる。胸から突き出ている刀を引き抜かれると意識を失った。




・名前呼び

年齢が近い同姓の友人がいない秋君の初めての友人。そのため名前呼びになった。


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この魔術師に女神を!

お待たせしました。


――――――何があったのか思い出した。

 

「あの・・・・・・シュウさん?大丈夫ですか?」

 

「えっ・・・・・・ああうん、大丈夫です」

 

死んだって事は僕の死体はどうなったんだろう。この世界の埋葬方式が火葬なのか土葬なのかはわからないけどカズマ達が上手いことやってくれてるだろう。

 

「それで、僕はこれからどうなるんですか?」

 

「・・・・・・シュウさんは天国にも転生することはできません」

 

・・・・・・なんだって?そうなると地獄行き確定ってこと?いや、まあ天国にも転生も出来るとは思ってなかったけど。

 

「あっ!か、勘違いしないでください!まず、シュウさんは正規の手続きを踏まずにこの世界に来られました」

 

女神エリスは姿勢を正して話始めた。

 

「本来ならこの世界には日本で一度、生を終えたご本人の意思を聞いてこの世界に転生するか天国に行くか、日本に転生して再度人生をやり直すかを決めていただきます」

 

女神エリスの話はカズマから聞いた話と殆ど同じだ。

 

「ですが、シュウさんは日本で生が終わってからではなくこの世界に来られました。言わば不法入国と同じです」

 

「ふ、不法入国・・・・・・」

 

まさか巻き込まれただけなのに不法入国者扱いとか。いや、女神エリスから見たらそうなるのかな?

 

「ですので、シュウさんは天国でも地獄にも行きませんし転生もしません。シュウさんはこのままもといた時間に帰っていただきます」

 

「もといた時間に・・・・・・?」

 

もといた時間ってことはコンビニの帰り道ってことか。

もといた時間に帰るにしても、気になることがある。

 

「・・・・・・もといた時間に帰ったとして、この世界での記憶はどうなりますか?」

 

「・・・・・・残念ながら、この世界での記憶は消させてもらいます。それと同時にこの世界の魔法も使えなくなります」

 

女神エリスは僕の質問に辛そうにしながら答えた。魔法が使えなくなるのは良いけど・・・・・・そっか。

 

「この世界の記憶を忘れるのは嫌かな・・・・・・?」

 

それは嫌だな。カズマやアクアと三人で苦労したこと。めぐみんの爆裂魔法で寄ってきたモンスターを討伐したり。ダクネスがモンスターの群れに行きそうになるのをカズマと一緒に止めたり。酔っ払ったアクアを背負って帰って、寝ゲロされかけられたり。カズマが酔っ払った勢いで女性冒険者にスティールするのを止めたり。借金背負わされたり。・・・・・・あれ、ろくでもない記憶しかない。むしろ消してもらった方が僕のためになるんじゃ・・・・・・。

 

「そろそろ時間です。・・・・・・他に何か質問はありますか?」

 

「冬将軍はどうなりました?」

 

「安心してください。冬将軍はシュウさんを斬った後は消えてしまったようです」

 

そっか・・・・・・なら、安心かな。あとはカズマが頑張ってくれるだろうし。主にアクアの相手とか、借金の返済とか。女神エリスは右手をかざした。すると、座っている椅子の地面に魔方陣が現れた。

 

「それでは・・・・・・蒼崎秋さん、これからの貴方の人生に多くの幸があることを、祈って――――――」

 

『さあ帰ってきなさいシュウ!こんな所で何をあっさり殺されてんの!死ぬのにはまだ早いわよ!』

 

アクアの声が頭上から響いた。それも大音響で。

 

「なっ!?この声は、アクア先輩!?随分先輩に似たプリーストだなと思っていたら、まさか本物!?」

 

女神エリスは目を見開き、信じられないといった顔をしている。女神エリスもこんな顔するんだ。

 

『ちょっとシュウ、聞こえる?あんたの身体に『リザレクション』って魔法をかけたから、もうこっちに帰ってこれるわよ。今、あんたの目の前に女神がいるでしょう?その子にこちらへの門を出してもらいなさい』

 

『リザレクション』ってデュラハンに斬り殺された冒険者を蘇生させてた魔法か。

 

「・・・・・・だそうなんだけど?」

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!ダメですダメです、申し訳ありませんが、シュウさんは手違いでこの世界に来られたので蘇生できません!アクア先輩と繋がっているあなたじゃないと、向こうの世界に声が届かないので、そう伝えていただけませんか?」

 

・・・・・・アクアがそんな理由で納得するかなぁ?とりあえず言うだけ言ってみよう。

 

「アクアー、聞こえるー?僕って手違いでこの世界に来たから蘇生出来ないって言われたんだけどー!」

 

『はあー?誰よそんな馬鹿な事言ってる女神は!ちょっとあんた名乗りなさいよ!仮にも日本担当のエリートな私に、こんな辺境担当の女神がどんな口利いてんのよっ!!』

 

ねえ、女神エリスがすごい顔をしてるんだけど。ていうか、日本担当の女神ってエリート枠なの?ネタ枠じゃなくて。

 

「エリスって女神なんだけどーっ!」

 

『はぁーっ!?エリス!?この世界でちょっと国教として崇拝されてるからって、調子こいてお金の単位までになった、上げ底エリス!?ちょっとシュウ、エリスがそれ以上何かガタガタ言うなら、その胸パッド取り上げてやりなさ――――――』

 

「わ、分かりましたっ!特例で!特例で認めますから!今、門を開けますからっ!」

 

・・・・・・上げ底って言うのは本当の事なんだ。強く生きろ、女神エリス。女神エリスは顔を真っ赤にしながら指を指を鳴らすと、目の前に白い扉が現れた。

 

「さあ、これで現世に繋がりました。・・・・・・まったく、こんな事は普通は無いんですよ?本来なら、こんな事はダメなんですよ?・・・・・・まったく」

 

そういえば、前に女神エリスはアクアの後輩とかって話を聞いたことがある。先輩の言うことには後輩だから逆らえないんだ。

 

「・・・・・・シュウさん。もし、何か困った事や悩み事がある時は、いつでもエリス教の教会に来て下さい。もしかしたら、ほんの少しだけお手伝いすることが出来るかも知れませんから」

 

「そうだね。本当に切羽詰まった時には神頼みでもさせてもらうよ」

 

・・・・・・もう、いつでも来てくれて良いのに

 

女神エリスは少しだけ拗ねたような顔をして頬を掻いた。

 

「それではシュウさん。――――――この事は、内緒にしてくださいね?」

 

女神エリスは片目を瞑り、人差し指を口元に持っていき囁いた。

 

「――――――それじゃあ、また何処かで」

 

女神エリスの見送りを背にして、白い扉を通り抜けた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

「あ、起きたシュウ?」

 

目が覚めるとまず視界に映ったのは水色の髪だった。

 

「・・・・・・アクア?ってことは・・・・・・生き返ったんだ」

 

「そうよ。シュウったら冬将軍に後ろからぶっすりと刺されたのよ」

 

胸の部分を触ると服がぱっくりと裂けていた。・・・・・・また新しい服を買いに行かないと。

 

「ねえ・・・・・・どうして僕はアクアに膝枕されてるの?」

 

頭が柔らかいものに乗っていると思ったら、アクアの膝に頭を乗せられていたからだ。

 

「あら、女神の膝枕に不満があるって言うの?冷えたら可哀想だと思ったからしてあげたのよ?女神に膝枕してもらえるなんて滅多に無いんだから感謝して!」

 

前半はそれなりに良いこと言ってる気がしたのに後半のせいで台無しだ。・・・・・・アクアらしいと言えばらしいけど。

 

「はぁ・・・・・・それより他の皆は?」

 

「カズマはダクネスにお説教してるわ。めぐみんは――――――」

 

「おや、起きましたかシュウ」

 

「ちょうど目が覚めたところだよ」

 

めぐみんが顔を覗き込んできた。どうやら動ける程度には魔力が回復したみたいだ。

 

「よっと・・・・・・」

 

起き上がって装備の確認をする。魔導書はちゃんと持っている。コートの内側に収納してる黒鍵もパッと見た感じ全部ある。冬将軍に投げた黒鍵が無くなっただけだ。

 

「お、起きたんだ秋」

 

「うん、ちょうど今、起きたところだよ」

 

ダクネスへの説教が終わったのかカズマとダクネスが近づいてきた。

 

「その・・・・・・ごめん。俺の不注意のせいで秋が死ぬことになって」

 

「気にしなくていいよ。こうやって生き返ることもできたし。それよりカズマとダクネスは怪我はない?」

 

「俺は秋が庇ってくれたから怪我はないし、ダクネスも無事だ」

 

カズマの後ろにいるダクネスは気まずそうにしている。

 

「すまなかった!私のせいでシュウが死ぬようなことをして」

 

ダクネスが僕の前に出てくると頭を下げてきた。どうやらダクネスは自分のせいで僕が死んだって思ってるみたいだけど、僕が死んだのは僕の責任だ。誰かのせいにするつもりは無い。

 

「別にダクネスが謝る必要はないよ。僕が勝手に油断して死んだだけだし」

 

「いいや!クルセイダーの私が先に仲間の盾にならねばいけないのに、仲間を死なすような真似を・・・・・・っ!」

 

ダクネスは変なところで頑固って言うか、融通が効かないって言うか・・・・・・。あ、そうだ。

 

「なら、僕のお願い聞いてくれる?それで無かったことにするからさ」

 

「どんなことでも言ってくれ!私に出来ることなら何でもするぞ!何でもな!!」

 

どうして『何でも』を二回言ったんだろう?いや、何となく理由がわかる気がするからあえて触れないけど。

 

「新しい服、買ってくれないかな?冬将軍に刺されて一着駄目になったからさ」

 

「そ、そんなことで良いのか?」

 

「うん」

 

「ほ、本当の本当に良いのか?」

 

「良いよ」

 

「カズマのように鬼畜な命令でもいいぞ?ジャイアント・トードの群れに突撃するとか」

 

「それはダクネスがカズマにされたいだけだよね?それはカズマ本人に頼んでくれる?」

 

「なあ、何で二人して俺を鬼畜扱いしてるわけ?怒るぞ?」

 

「本当のことじゃない」

 

「否定は出来ないですね」

 

「んだと駄女神にロリっ娘!」

 

カズマから抗議の声が上がったが、巷では『鬼畜のカズマ』やら『パンツ脱がし魔のカズマ』とか本人にとっては不本意甚だしいだろうけど殆ど自業自得な気がするからしょうがない。カズマがアクアとめぐみん相手に取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 

「・・・・・・わかった。シュウがそれで良いなら、私も納得することにする」

 

納得するって言ったわりには不満そうな顔をしてるけどね。立ち上がってズボンについている雪を落として、取っ組み合いの喧嘩をしている三人の方を向く。

 

「喧嘩してないで帰るよ三人とも。クエストも珍しく失敗も無かったしさ。ダクネスも三人を止めるの手伝ってくれる?」

 

「うむ、任せろ!」

 

ダクネスがめぐみんを僕がアクアの首根っこを掴んでカズマから引き剥がす。案の定というか、冒険者で低ステータスのカズマはぼこぼこにされてぐったりとしていた。ぐったりしているカズマを肩に担いで、アクアを引きずりながら街に戻ることにした。




・おまけ

秋が帰った天界に一人、女神エリスは椅子に座って秋が座っていた椅子をジーっと見つめていた。

・・・・・・もう、いつでも来てくれて良いのに

「・・・・・・どうしてあんなことを言ったんでしょう?」

女神エリスは小さく呟き、首を傾げた。


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この魔術師にパーティー交換を!

――――――僕が死んでから数日後。僕を除いた全員が満場一致で休養を取ることに決まり、久しぶりのギルドで掲示板の手頃な依頼を探していると――――――。

 

「おい、もう一度言ってみろ」

 

カズマが拳を握って必死に怒りを抑えている。

 

「何度だって言ってやるよ。荷物持ちの仕事だと?上級職が揃ったパーティーにいながら、もう少しマシな仕事に挑戦できないのかよ?大方お前が足を引っ張ってるんだろ?なあ、最弱職さんよ?」

 

カズマに絡んでいる金髪の戦士風の冒険者は同じテーブルの仲間と笑っている。ことの発端はカズマが荷物持ちの依頼書を持ってきた所から始まった。このパーティーは良くも悪くも目立つ。それが気に入らなかったのだろう。

 

「おいおい、何か言い返せよ最弱職。ったく、いい女を三人も引き連れて、ハーレム気取りか?しかも全員上級職ときてやがる。さぞかし毎日、このお姉ちゃん達相手に良い思いしてんだろうなぁ?そこの兄ちゃんもどうせ最弱職だろ?録な防具も着けてねぇじゃねぇか。良いよなぁ上級職が三人もいるパーティーは!!最弱職が二人いてもクエストがクリア出来るんだからなぁ!!」

 

金髪冒険者の言葉にギルド内で爆笑が巻き起こる。中には顔をしかめている冒険者も何人か見受けられる。・・・・・・この世界の人間はあれか?防具を着けてなかったら最弱職の冒険者と思うわけ?確かに防具らしい防具は着けてないけどさ。

 

「カズマ、シュウ、相手にしてはいけません。私なら、何を言われても気にしませんよ」

 

「そうだカズマ、シュウ。酔っ払いの言うことなど捨て置けばいい」

 

「そうよ。あの男、私達を引き連れてる二人に妬いてんのよ。私は全く気にしないからほっときなさいな」

 

三人が無視するように言ってくる。このパーティーは上級職が三人いてそれも全員美人美少女だ。他のパーティーの男からしたら羨ましいだろう。金髪冒険者を無視して、いつもの受付のお姉さんのカウンターに行こうとして、金髪冒険者がカズマの特大の地雷を踏み抜いた。

 

「上級職におんぶに抱っこで楽しやがって。苦労知らずで羨ましいぜ!おい、俺と代わってくれよ兄ちゃん達よ?」

 

「大喜びで代わってやるよおおおおおおおおっ!!」

 

カズマは大声で叫んだ。うん、僕も叫ばないけど同じ気持ちだ。

 

「・・・・・・えっ?」

 

カズマに絡んでいた金髪冒険者がカズマの予想外の反応にマヌケな声を出した。

 

「代わってやるよって言ったんだ!おいお前、さっきから黙って聞いてりゃ舐めた事ばっか抜かしやがって!ああそうだ、確かに俺は最弱職だ!それは認める。・・・・・・だがなぁ、お前!お前その後なんつった!」

 

ここまで怒り狂うカズマは初めて見た。よっぽど金髪冒険者の言葉が腹に据えかねたのだろう。アクア達もビックリしておろおろしている。

 

「そ、その後?その、いい女三人も連れてハーレム気取りかって・・・・・・」

 

「いい女!ハーレム!!ハーレムってか!?おいお前、その顔にくっついてるのは目玉じゃなくてビー玉かなんかなのか?どこにいい女がいるんだよ!俺の濁った目ん玉じゃどこにも見当たらねえよ!お前いいビー玉つけてんな、俺の濁った目玉と取り替えてくれよ!」

 

「「「あ、あれっ!?」」」

 

アクア達は自分を指差しながら驚いている。・・・・・・うん、まあ見た目は美人美少女だからね。

 

「なあおい!教えてくれよ!いい女?どこだよ、どこにいるってんだよコラッ!てめー俺らが羨ましいって言ったな!ああ?言ったなおいっ!」

 

・・・・・・そろそろ止めた方が良いかな?アクアが泣きそうになってるし。

 

「カズマー、そろそろ戻って来なよ」

 

「しかもその後なんつった?上級職におんぶに抱っこで楽しやがって!?苦労知らずだああああああ!?」

 

カズマは僕の言葉が聞こえないほど怒っているのか金髪冒険者の胸ぐらを掴んで前後に揺さぶっている。

 

「・・・・・・そ、その、ご、ごめん・・・・・・。俺も酔ってた勢いで言い過ぎた・・・・・・。で、でもあれだ!隣の芝生は青く見えるって言うがな、お前さん達は確かに恵まれている境遇なんだよ!代わってくれるって言ったな?なら、一日。一日だけ代わってくれよ冒険者さんよ?おい、お前らもいいか!?」

 

金髪冒険者はテーブルの仲間に確認を取った。

 

「お、俺はいいけどよお・・・・・・。今日のクエストはゴブリン狩りだし」

 

「あたしもいいよ?でもダスト。あんた、居心地が良いからもうこっちのパーティーに帰ってこないとか言い出さないでよ?」

 

「俺も構わんぞ。ひよっ子二人増えたってゴブリンぐらいどうにでもなる。その代わり、良い土産話を期待してるぞ?」

 

金髪冒険者の仲間達からの了承を得てしまった。

 

「ねえカズマ。その、勝手に話が進んでるけど私達の意見は通らないの?」

 

「通らない。おい、俺の名はカズマ。今日一日って話だが、どうぞよろしく!」

 

「「「は、はぁ・・・・・・」」」

 

金髪冒険者の仲間達は戸惑い気味の返事をした。

 

「はぁ・・・・・・カズマのことが心配だし、僕は向こうについていくよ。三人とも無理しちゃダメだからね」

 

・・・・・・まあ、アクアがいるし多少の怪我ならどうにかなるだろう。カズマを追いかけようとして、誰かに服の袖を引っ張られた。

 

「・・・・・・ねえ、シュウ。このままカズマと一緒にパーティーを抜けたりしないわよね?また、戻ってくるわよね?」

 

アクアは不安そうな目で見てきた。

 

「大丈夫だよ。僕もカズマもアクア達を切り捨ててまで他のパーティーに移るつもりなんて無いからさ」

 

カズマも好き勝手言われて我を忘れているだけだろうし少し時間が立てば頭も冷えるだろう。僕も元々このパーティーを抜けるつもりも無いしね。・・・・・・このパーティーもなんだかんだ居心地が良いしね。絶対に皆の前で言わないけど。アクアとか調子に乗りそうだし。

 

「・・・・・・うん、分かった」

 

アクアは服の袖を引っ張るのを止めてくれた。今度こそカズマを追おうとして、金髪冒険者に用があるのを思い出して、金髪冒険者の方に歩いていく。

 

「ねえ」

 

「あっ?なんだよ?」

 

金髪冒険者はチンピラみたいな反応で僕の方を向いた。金髪冒険者の肩に手を置いて、耳元で囁く。

 

もしアクア達が死ぬような事があったら――――――その玉、二度と使えないように潰すから

 

「ひいっ!?」

 

金髪冒険者は自分の股間を押さえて、後ずさった。

 

「それじゃあくれぐれも三人の事をよろしくね?」

 

「は、はいっ!!お、お任せください!!」

 

金髪冒険者は顔を真っ青にしながら返事をした。そんなに怯えなくて良いのに・・・・・・。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

金髪冒険者に軽く脅しをかけてから、カズマを追いかけるとすぐに追い付いた。その時に軽く自己紹介も済ませている。僕の職業がルーンナイトだというと驚かれた。

 

「俺はテイラー。片手剣が得物の『クルセイダー』だ。このパーティーのリーダーみたいなもんさ。成り行きとはいえ、今日一日は俺達のパーティーメンバーになったんだ。リーダーの言うことはちゃんと聞いてもらうぞ」

 

「勿論だ。というか、普段は俺が指示する立場だったから、そっちに指示してもらえるってのは、楽だし新鮮でいい。よろしく頼む」

 

「よろしく。僕は前衛兼遊撃だから好きに使ってくれて構わないよ」

 

僕とカズマの言葉に驚いた表情をした。

 

「何?あの上級職ばかりのパーティーで冒険者がリーダーやってたって言うのか?てっきり他の上級職の誰かか、シュウがリーダーだと・・・・・・」

 

「僕は誰かを指示するのは不向きだからね。基本的にカズマが指示するようになってるんだ」

 

「・・・・・・たまには代わってくれよ」

 

「断る」

 

カズマが掴みかかろうとして来るが、ひらりと避ける。

 

「あたしはリーン。見ての通りの『ウィザード』よ。魔法は中級魔法まで使えるわ。まあよろしくね、ゴブリンぐらい楽勝よ。あたしが守ってあげるわ、駆け出し君たち!」

 

リーンと名乗った少女はにこりと笑った。

 

「俺はキース。『アーチャー』だ。狙撃には自信がある。ま、よろしく頼むぜ?」

 

弓を背負って笑うキースという男。

 

「じゃあ改めてよろしく。俺はカズマ。クラスは冒険者。・・・・・・えっと、俺も得意な事とか言った方がいい?」

 

「いや、別にいい。というか、荷物持ちの仕事を探していたんだろう?カズマは俺達の荷物持ちでもやってくれ。ゴブリン討伐くらい俺達とシュウでどうとでもなる。心配するな、ちゃんとクエスト報酬は五等分してやるよ」

 

テイラーがからかう様に言う。

 

「僕ももう一度挨拶しとこうかな。僕はシュウ。職業はルーンナイト。パーティーでは前衛兼遊撃を担当してるんだ。カズマ共々よろしくね」

 

テイラーが立ち上がって僕とカズマを見る。

 

「ああ、よろしく頼む。本来、冬のこの時季は仕事はしないんだがな。ゴブリンの討伐なんて、美味しい仕事が転がってきた。という訳で、今日は山道に住み着いたゴブリンの討伐だ。今から出れば深夜には帰れるだろう。それじゃあ新入り達、早速行こうか」

 

立ち上がってギルドの出口に向かっていると、背後から視線を感じた。振り向くとアクアが不安そうな目で見てきていた。アクアに向かって手を振るとアクアも振り返してきた。・・・・・・たまにあんな反応するからアクアに甘くなっちゃうんだろうな、僕。普段からあんな風なら、人気も出るだろうに・・・・・・。



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この魔術師にゴブリン退治を!

ゴブリンは皆殺しだってゴブリンゴブリンいってる変なのも言ってた。


ゴブリン。子供程度の体格に子供程度の賢さの亜人のモンスター。魔術世界でも幻想種の中で『魔獣』の階位に属するとされる。一説にはノームやドワーフと同種だと唱える魔術師もいる。この世界では群れで行動して、家畜を襲うらしい。

 

「しっかし、なんでこんな所に住みつくのかなゴブリンは。まあ、おかげでゴブリン討伐なんて滅多に無い、美味しい仕事が出てきた訳だけどさ!」

 

ゴブリンは本来、森に住んでいる。今回は隣街に続く山道に住み着いた。住んでた森に強いモンスターが現れて住処を奪われたのかな?

 

「カズマ、大丈夫?少し持とうか?」

 

「大丈夫だ。それに今の俺の仕事は荷物持ちだからな。いつもみたいにアクアがバカやらかしたり、めぐみんが爆裂魔法を撃って地形を変えたり、ダクネスがモンスターの群れに突っ込んで行ったりしないからすっごい安心感があるんだよ」

 

「あー、まあね。気持ちは分からなくないよ?」

 

いつものパーティーでクエストを受けると高確率で何かやらかす。僕でもそう思うんだから、カズマの気苦労は計り知れないだろう。

 

「ゴブリンが目撃されたのはこの山道を天辺まで登り、やがてちょっと下がった所らしい。山道の脇にゴブリンが住みやすそうな洞窟でもあるかも知れない。ここからはちょっと気を引き締めてくれ」

 

先頭を歩いていたテイラーは足を止めて、地図を広げて言ってきた。・・・・・・隣でカズマが何故か目が潤んでいる。山道は完全な一本道で、岩肌の山の間を細い道が続いている。しばらく無言で山道を登っていると、カズマがふと立ち止まった。

 

「何か山道をこっちに向かって来てるぞ。敵感知に引っかかった。でも、一体だけだな」

 

敵感知スキル。盗賊職の冒険者が修得できるスキルの一つだ。近くのモンスターの気配を察知できる便利なスキルだ。カズマの言葉を聞いて腰から下げている鞘から白と黒の夫婦剣、干将・莫耶を抜く。――――――前回の冬将軍に殺された経験を生かして、あらかじめ干将・莫耶を装備しておくことにした。鞘は特注で作って貰ったからそれなりの値段がした。

 

「・・・・・・カズマ、お前敵感知なんてスキル持ってるのか?というか、一体だと?それはゴブリンじゃないな。こんな所に一体で行動する強いモンスターなどいないはずだが・・・・・・。山道は一本道だ。そこの茂みに隠れた所で、すぐ見つかっちまうだろう。迎え撃つか?」

 

テイラーが盾を構えながら言う。

 

「いや、茂みに隠れてたら多分見つからないぞ。潜伏スキルを持ってるから。このスキルは、スキル使用者に触れてるパーティーメンバーにも効果がある。せっかく都合よく茂みがあるんだし、とりあえず隠れとくか?」

 

カズマの言葉に三人は驚きながら茂みに隠れた。

 

「やるじゃん。さすがは我らのパーティーリーダー」

 

「最弱職の特権ってやつだよ。もしもの時は任せたからな」

 

「りょーかい」

 

カズマと話しながら僕らも茂みに隠れた。しばらくするとさっきまでいた場所にソイツは来た。猫科の猛獣のような体格に全身を黒い体毛で覆い、大きな牙を二本生やしている。猛獣はさっきまで僕らがいた地面の臭いを嗅いでいる。僕とカズマ以外の三人が息を飲む音が聞こえた。猛獣はしばらくその場に留まって辺りの臭いを嗅ぐと、街に向かう道に消えていった。

 

「・・・・・・ぶはーっ!ここここ、怖かったあっ!初心者殺し!初心者殺しだよっ!」

 

「し、心臓止まるかと思った!た、助かった・・・・・・。あれだ、ゴブリンがこんなに街に近い山道に引っ越してきたのは、初心者殺しに追われたからだぜ」

 

「あ、ああ・・・・・・。しかし、厄介だな。よりによって帰り道の方に向かっていったぞ。これじゃ街に逃げ帰ることもできないな」

 

三人の反応からすると、あの『初心者殺し』と呼ばれる猫科モンスターは危険なようだ。

 

「えっと、さっきのヤツってそんなにやばいのか?」

 

カズマの言葉に三人が信じられない物を見るような目で見た。

 

「初心者殺し。あいつは、ゴブリンやコボルトといった、駆け出し冒険者にとって美味しいといわれる、比較的弱いモンスターのそばをうろうろして、弱い冒険者を狩るんだよ。つまり、ゴブリンを餌に冒険者を釣るんだ。しかも、ゴブリンが定住しない様にゴブリンの群れを定期的に追いやり、狩場を変える。狡猾で危険度の高いモンスターだ」

 

「「なにそれ怖い」」

 

モンスターなのに悪知恵が働くということか・・・・・・。

 

「とりあえず、ゴブリン討伐を済ませるか?初心者殺しは、普段は冒険者をおびき寄せる餌となる、ゴブリン達を外敵から守るモンスターだ。ゴブリンを討伐して山道の茂みに隠れていれば、俺達が倒したゴブリンの血の臭いを嗅ぎつけて、さっきみたいに俺達を通り過ぎてそっちに向かってくれるかもしれない。近づいてくればカズマの敵感知で分かるだろうし、帰ってくるかどうかも分からない初心者殺しを待って、いつまでもここに隠れている訳にもいかない。まずは目的地へと向かうとしよう」

 

初心者殺しはゴブリンを守るのか・・・・・・。モンスター同士で共生関係を築いてるのか。ゴブリンは冒険者以外の外敵を初心者殺しが追い払って、初心者殺しはゴブリン目当ての冒険者を狩る。上手い共生関係だね。

 

「もし初心者殺しに会ったら、皆で逃げる時、カズマも身軽な方がいいからね。あたしも持つよ。そ、その代わり、潜伏と敵感知スキル、頼りにしてるよ?」

 

リーンはカズマが背負っている荷物の一部を手に取って背負った。

 

「「べ、別に、俺達はカズマを頼りきってる訳じゃないからな?」」

 

男のツンデレは需要無いよ?

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「カズマ、どうだ?敵感知には反応あるか?」

 

山道が下り坂になる地点に出た。

 

「この山道を下がっていった先の角を曲がると、いっぱいいるな。俺達が登ってきた方の道からは、初心者殺しが近づいてくる気配は今のところ無いよ」

 

「いっぱいってどれくらい?」

 

「探知できる範囲でも数えれないぐらい。ゴブリンの群れってこんなに多いもんなのか?」

 

ギルドに置いてあったモンスター図鑑にはゴブリンの群れはだいたい十匹ぐらいで行動するらしい。敵感知で数えられない数となると相当多いのだろう。

 

「ね、ねえ。そんなにいるの?カズマがこう言ってるんだし、ちょっと何匹いるのかこっそり様子をうかがって、勝てそうなら・・・・・・」

 

「大丈夫大丈夫!カズマばかりに活躍されてちゃたんねえ!おっし、行くぜ!」

 

キースが叫ぶと同時に下り坂の角から飛び出した。それに続いてテイラーも飛び出す。

 

「「ちょっ!多っ!!」」

 

叫ぶと二人に続いて僕らも角を曲がる。下り坂のしたには三十を優に越えるゴブリンがこちらを向いていた。緑色の肌に薄汚れた腰みの、手には錆びた短剣や手作り感満載の棍棒を握っている。・・・・・・これは凄いね。

 

「言ったじゃん!だから言ったじゃん!あたし、こっそり数を数えた方がいいって言ったじゃん!!」

 

泣き声を上げるリーンとアーチャーのキースを後ろに庇う形でテイラーが前に出た。

 

「ゴブリンなんて普通は多くて十匹ぐらいだろ!ちくしょう、このまま逃げたって初心者殺しと出くわして、挟み撃ちになる可能性が高い!」

 

テイラーが叫ぶ。リーンとキースが悲壮感漂う顔で攻撃の準備を始める。それを見て、ゴブリン達が山道を駆け上がってくる。

 

「ギギャッ!キー、キーッ!」

 

坂を駆け上って来るゴブリンの後方、弓を構えたゴブリンが矢を撃った。矢の軌道はキースに当たる直撃コースだ。

 

「ふっ!」

 

矢の軌道のコース上に体を滑り込まして干将で弾く。矢は木と石で粗悪な物だ。

 

「サ、サンキュー。助かったぜ」

 

「礼は良いから。奥の弓を持ったゴブリンは狙える?」

 

「おう!任せろ!リーン、風の防御魔法を!」

 

キースが弓で奥の弓を構えたゴブリンを狙い撃つ。キースがゴブリンに狙いを定めている間にも矢が飛んでくる。キースを狙う矢を僕が防ぎ、リーンをテイラーが盾で守り、カズマが風の初級魔法で矢を落とす。

 

「『ウィンドカーテン』!!」

 

リーンが風の防御魔法――――――以前、ダンジョンに潜った時にクリスにかけた魔法だ――――――が僕ら五人を包み込む。

 

「こんな地形なら、この手が効くだろ!『クリエイト・ウォーター』ッッ!」

 

カズマは水の初級魔法を唱えて、下り坂に広範囲にぶちまけた。

 

「カズマ!?一体何やって・・・・・・」

 

「ああっ・・・・・・なるほどね。身体強化・Ⅲ(ブースト・ドライ)

 

僕は何となくカズマがしようとすることに感づいて、強化の魔術を使う。

 

「『フリーズ』ッッ!!」

 

「「「おおっ!」」」

 

広範囲に撒いた水に初級の氷結魔法を使い、水を凍らせた。ゴブリン達は足下が凍りついたことであっちこっちで転んでいる。

 

「任せたぞっ――――――秋っ!!」

 

「了解っ!!」

 

カズマの横を駆け抜ける。下り坂を必死に登ってきたゴブリンを蹴り倒してスノーボード代わりにして滑る。足下からゴブリンの呻き声が聞こえるが無視をする。下り坂を滑りながら手近なゴブリンの喉を切り裂き、頭を叩き割る。下り坂を滑りきり、坂の上のカズマに向かって叫ぶ。

 

「カズマー!討ち漏らしは任せるからねー!!」

 

「おうっ!下は任せるからなーっ!!あと、あんまりやり過ぎんなよぉー!」

 

「気を付けはするよー!!」

 

足下の動かなくなったゴブリンを崖下に蹴り落として、夫婦剣に着いた血を払う。

 

「さてと・・・・・・」

 

今から下り坂を登ろうとしていたゴブリン達を見る。ゴブリン達は各々武器を手にしてゆっくりと近づいてくる。

 

「弱いものいじめは趣味じゃ無いんだけど・・・・・・君達に恨みは無いけど、これも依頼だからさ」

 

「「「「「キッー!!」」」」」

 

ゴブリン達が一斉に飛び掛かってきた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「あー、終わった終わった」

 

全てのゴブリンを討伐し終わり、僕の回りはちょっとした地獄絵図とかしていた。頭を割られたゴブリンや喉を裂かれたゴブリンの死体があっちこっち転がっている。

 

「・・・・・・やり過ぎた」

 

人型に近いし急所も同じだから殺りやすいこと。ただ、後片付けをどうするかだ。・・・・・・そうだ。最近は食事を与えてなかったし、ちょうどいいや。

 

「食べて――――――」

 

「秋ーっ!何してんだよ!さっさと帰ろうぜー!」

 

下り坂の頂上からカズマが呼んできた。テイラーにキース、リーンは僕の周りの惨状を見て顔が引きつっている。

 

「――――――食べていいよ(・・・・・・)

 

何もない虚空にそう告げて、下り坂を登る。――――――背後から、肉と骨を咀嚼する音を聞きながら。




オマケ・ゴブリン討伐ダイジェスト

「キッー!!」

「よっと!」

グチャ

ゴブリンから棍棒を奪って頭を砕く。

「キキッー!」

「せいっ!」

ザシュ

干将で首を切り裂く。

「「キキッー!!」」

「はあっ!」

「キッー!?」

グチャ

二匹同時に襲ってきたのを一匹を崖に蹴り飛ばし、もう一匹を岩肌剥き出しの壁に頭を叩き付ける。

以降、ゴブリンが全滅するまで無限ループ。


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この魔術師にベタベタを!

お久しぶりです。


下り坂を登りきると、リーンが頬をひきつらせていた。

 

「き、君・・・・・・すごいね」

 

「そう?いつもこんな感じだよ?ね、カズマ?」

 

「あー、まあ、初めての人には刺激が強すぎる気がするけどな。俺は慣れた」

 

「それ慣れたらダメなやつじゃん!」

 

リーンのツッコミを聞き流す。やけに静かなテイラーとキースの方を見ると――――――。

 

「「調子こいてすいませんでしたあぁぁぁぁぁ!!」」

 

――――――それは見事な土下座を披露していた。この世界にも土下座って文化があるんだ。

 

「・・・・・・いきなり土下座されても困るんだけど」

 

いや、本当に困る。土下座されるような事をした覚えはないし。

 

「い、いや、お前が街に襲撃してきた魔王軍幹部のデュラハンを倒したって聞いて・・・・・・」

 

「後で調子乗ってた先輩冒険者としてシめられる前に謝っておこうと思って・・・・・・」

 

別にシめないし。デュラハンのことは言ってないはずなんだけど・・・・・・。

 

「・・・・・・カズマ?」

 

この中で唯一僕がデュラハンを倒したことを知っているカズマを見る。

 

「いや、シュウがゴブリン相手にあれだけの大立ち回りすれば誰だって気になる」

 

・・・・・・ごもっとも。久しぶりにはしゃぎすぎた。

 

「あー、二人とも頭を上げて。別に駆け出し扱いされたのを不快に思ってないし、調子乗った先輩冒険者だからってシめないからさ」

 

「ほらー、だから言ったじゃん二人とも。いきなり土下座なんてしたらシュウが引くって」

 

引くどころがドン引きだよ。

 

「カズマもあんまり言い触らさないでね。変に絡まれるのも嫌だからさ」

 

「へーい」

 

あっ、これ他でも絶対に言い触らすやつだ。

 

「はぁ・・・・・・とりあえず帰らない?ゴブリン討伐も終わったしさ」

 

無傷とはいえゴブリンの返り血で少し汚れてしまった。ギルドでクエスト終了の報告が終わったら銭湯に行こうかな。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「いやー、カズマとシュウが居てくれて助かったぜ」

 

「ああ、いつもならこんな風にスムーズにいかないからな」

 

「カズマとシュウのコンビネーションも凄かったね!」

 

ゴブリン討伐の帰り道。キースとテイラー、リーンが口々にそういう。カズマともそれなりに長い付き合いになってきたから何となく考えていること、やろうとする事がわかる。それでも・・・・・・そう言われると少し気恥ずかし。

 

「ん?」

 

「カズマ、どうかした?」

 

隣を歩いていたカズマが首を傾げて立ち止まった。

 

「いや、何か敵感知に引っ掛かった。凄いスピードでこっちに向かってきてる」

 

敵感知に反応?ゴブリンは一匹残らず討伐したし、それに例えゴブリンの生き残りがいたとしてもそんなに早く僕らに追い付ける筈がない。

 

「あっ・・・・・・」

 

思い出した。ゴブリン討伐の前に遭遇したモンスター。草原地帯の真ん中にいる僕らに向かって猛スピードで接近してくる影。そいつは――――――

 

「「「「初心者殺し!?」」」」

 

――――――猫科のモンスター、初心者殺しが追い掛けてきていた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「あいつ何処まで追い掛けてくんだよ!?」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・っ!!も、もう無理!走るのしんどい!」

 

「それでも走れ!!」

 

「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・し、死ぬ。あ、足が・・・・・・っ」

 

「カズマ、がんばれー」

 

後ろから追いかけてくる初心者殺しから僕ら五人は必死に逃げている。

 

「仕方ないかぁ」

 

袖口から黒鍵を取り出して刀身を作り、後ろに向かって投げる。初心者殺しは黒鍵を難なく避けて――――――動きを止めた。止めた、というよりは無理矢理止められたと言った方が正しい。投げた黒鍵には『氷』のルーンを刻んでいる。ルーンの効果で氷が鎖状になって初心者殺しを拘束した。黒鍵一本で動きを止められたんだ、安い買い物をしたと思っておこう。

 

「とりあえず・・・・・・全員全力でダッシュ!!とにかく走る!!」

 

「「「「りょ、了解!!」」」」

 

全員がさっきより早く走る。それなりの強度だと思うからそうそう壊れることはないはず。

 

「グルァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」

 

怒り狂っているであろう初心者殺しの咆哮を背にして僕らは全力で逃げた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「た、助かった・・・・・・?俺たち助かったのか!?」

 

「こ、怖かったぁ・・・・・・!死ぬかと思ったよ!?」

 

「さすがに今回は肝を冷やしたぞ・・・・・・」

 

「うぷっ・・・・・・」

 

初心者殺しの姿が見えなくなるまで走り続けた僕らは小休止をとっている。それぞれが座り込んだりして休憩している。カズマに至っては吐きそうになっている。

 

「カズマ、吐くなら向こうに茂みがあるから行ってきなよ」

 

「・・・・・・・・・・っ!」

 

カズマは口を手で塞いで無言で頷いて茂みの方に歩いていった。元引きこもりらしいし、カズマには命懸けの鬼ごっこはしんどいか・・・・・・。でも、冒険者稼業を続けるなら体力は必須だし、カズマの体力作りのメニューでも考えてみようかな。

 

「今回はカズマとシュウが居てくれて助かったぜ」

 

「そうだね!カズマの初級魔法同士の組み合わせとか魔法使いの私でも思い付かなかったよ!」

 

「ゴブリン相手とはいえ一人であの数を捌ききったシュウの動きも凄かったな。さすがは魔王軍幹部を倒しただけはある」

 

僕の評価はともかく、カズマが評価されるのはパーティーメンバーとしては嬉しい限りだ。

 

「・・・・・・ヤバかった。いろんな意味でヤバかった・・・・・・」

 

さっきよりは顔色がマシになったカズマが戻ってきた。

 

「お帰り。スッキリした?」

 

「だいぶとマシになった・・・・・・」

 

そう言いながらもカズマは座り込んだ。後衛職のリーンも近くの岩を背もたれにして座り込んでいる。

 

「よし、もう少し休憩してから街に戻ろう。俺とキース、シュウで交代しながら辺りを警戒。悪いがシュウもそれでいいか?」

 

「構わないよ。なら、最初の見張りは僕がするよ」

 

「おっ!サンキューな!」

 

キースは何の躊躇いもなく地面に寝転がった。

 

「さてと・・・・・・」

 

地面に落ちているちょうどいい大きさの石を数個見繕って、誰にもばれないように『王の財宝』からナイフを出して石にルーン文字を刻んでいく。黒鍵が有限なのに対して石なら街の外に出れば大量に落ちている。黒鍵みたいに殺傷能力は無いけど足止めに使う分には申し分ない。文字を刻み終わった石を『王の財宝』に収納していく。街に帰ったら雑貨屋で布袋でも買おう。腰から吊るせるようにして、石をいつでも使えるようにしたい。

 

「――――――――――」

 

どれくらいの時間が過ぎただろう。石に文字を刻んでは収納、刻んでは収納を繰り返している内に辺りは紅い夕陽に照らされていた。辺りの警戒は怠ってなかったけどかなりの時間が過ぎたみたいだ。

 

「・・・・・・全員、寝てるし」

 

もう少し寝かせてもいいけど、そろそろ出発しないと街に着く頃には夜だ。そろそろ起こさないと。

 

「みんなー、そろそろ帰るよー」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

全員を叩き起こして街に戻る頃にはやっぱり夜になっていた。まあ、残るはクエスト終了のだけだし問題ないだろう。

 

「いーや、悪いなシュウ。見張りをずっとさせて」

 

「別に気にしなくていいよ。初心者殺しに追われた訳だし皆疲れてたんだよ」

 

四人はそれはもうぐっすりと眠っていた。特にカズマなんて声をかけても起きないは揺さぶっても起きないはで最後は文字道理叩き起こした。

 

「・・・・・・なあ、シュウ」

 

「何かなカズマ」

 

「・・・・・・顔がスゲー痛いんだけど?」

 

「寝てる間にどこかにぶつけたんじゃない?」

 

「へー、そうなのか。俺はてっきりお前に往復ビンタを喰らわされたからだと思ったんだけどなー」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「おい、目をあわせろよ」

 

カズマが半目でじーと見てくる。待ってほしい。確かにやり過ぎた気もしなくは無いがそもそもは何をしても起きないカズマにも問題があると思うんだ。

 

「ほ、ほら二人とも!ギルドについたよ!」

 

リーンがギルドの扉を開く。いつもなら他の冒険者が飲めや歌えやな軽い宴会状態だ。そこにアクアも加わってのお祭り騒ぎになる。なのに今日は――――――

 

「ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

――――――アクアが号泣していた。ギルドにいる冒険者どころか職員の人達までドン引きするぐらい泣いていた。めぐみんは魔力を使いきったのかダストに背負われている。ダクネスは白目をむいて気絶してるのになぜか恍惚とした表情でテーブルに突っ伏している。ダストは燃え尽きて真っ白になっている。

 

「ふわあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・ぁぁ」

 

あ、アクアと目があった。

 

「しゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

僕の姿を捉えたアクアがアークプリーストのステータスを存分に生かした身体能力で僕にしがみついてきた。うわ、なんかベタベタしてるし頭に歯形がついている。

 

「ふわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!しゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

「どうかしたのアクア。ほら、話聞いてあげるから泣き止んで――――――ちょっ!?頭を擦り付けるな!汚れる!服が汚れるから!!」

 

号泣したアクアが頭を擦り付けてきて服が大変な事になってきている。

 

「カ、カズマ!アクアを引き剥がすの手伝って!」

 

「え、やだ」

 

「!?」

 

カズマはイイ笑顔でギルドに入っていった。往復ビンタしたことを根に持ってるのか!?

 

「しゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

「ちょっ!?だから頭を擦り付けるなぁ!!!!」

 

結局、最後はこうなるのか・・・・・・っ!




オマケ

・宿の裏


「・・・・・・はぁー」

アクアのせいでベタベタになった服を洗っているがなかなかベタベタしたのが取れない。いったいアクア達は何に襲われたんだう。

「シュウー?何してるの?」

「あ、アクア。昨日、君に擦り付けられたベタベタしたのが取れないだよ」

ふむっ・・・・・・いっそのこと捨てて買い直すか?でも、買ってくれダクネスに悪いし。

「ふーん・・・・・・ちょっと貸して」

アクアが僕の服をひったくると桶の石鹸で泡立っている桶に突っ込んだ。アクアはしばらく服をじゃぶじゃぶと洗っている。

「はい。これで取れたんじゃない?」

アクアが手渡してきた服はベタベタしたのが完全に取れて、新品同様になっていた。

「綺麗になってる・・・・・・。え、どうやったの?」

「ふふんっ。私は水の女神アクアその人よ!水に関係することなら何だって出来ちゃうだから!」

水の女神云々はともかく、アクアのおかげで服を買わずにすんだ。

「ありがとう、アクア」

「・・・・・・どーいたしまして」

アクアがぷいっと顔をそらした。・・・・・・何か変なこと言ったかな?







後日、アクアをベタベタにしたのは怒り狂った初心者殺しだと聞いて申し訳なさでアクアとダクネス、めぐみんにしばらく晩御飯を奢り続けた。


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この魔術師にダンジョンを! リターンズ

「明日はダンジョンに行きます」

 

「嫌です」

 

「行きます」

 

カズマが唐突にそういうとめぐみんは拒否すると逃げ出した。注文したコーヒーを飲みながらカズマに捕まっためぐみんを見る。

 

「嫌です嫌です、だってダンジョンなんて私の存在価値皆無じゃないですか!ダンジョンが崩れるから爆裂魔法なんて使えないし、私はもう本当に只の一般人!」

 

・・・・・・めぐみんが一般人?アークウィザードなのにいくらステータスが低いけど男のカズマを素手でボコボコにするのに?

 

「そんな事はお前を仲間にする時に言ったことだろうが!そん時お前、荷物持ちでも何でもするから捨てないでって言ったんだぞ!」

 

そう言えばそんな事言ってたね。あの時は捨てられまいと必死だったし。

 

「はぁ・・・・・・。分かりました。でも、何の役にも立てませんよ?本当に荷物持ちぐらいしかできませんし・・・・・・」

 

「まあ安心しろよ、ついて来るのはダンジョンの入り口までで良い。ダンジョンへの道中、危険なモンスターと遭遇したらお前の魔法で蹴散らしてくれ」

 

「へっ?入り口まででいいんですか?」

 

めぐみんが不思議そうな表情を浮かべた。

 

「でも、何でいきなりダンジョンへ行くなんて言い出したの?ダンジョンにいくなら、パーティー内に盗賊は必須よ?最近ギルドで見かけないんだけど、クリスは?」

 

確かに最近、クリスをギルドで見かけない。またどこかのダンジョンにでも潜っているのだろうか?

 

「クリスは、急に忙しくなったって言ってたな。何でも、昔世話になった先輩に理不尽な無理難題を押しつけられたんだと。それで、後始末の為にしばらく留守にするそうだ。だが、ダンジョン探索に必要な、罠発見や罠解除のスキルは、すでにクリスに教えてもらって修得済みだ。クリスに教えてもらったんだが、ダンジョンの中ってのは季節により生息モンスターが変わるって事が無いらしい。そこで、手頃なダンジョンに潜り、あわよくば一攫千金を狙ってみようかと思う」

 

なるほど・・・・・・。確かにクエストを受けてチマチマと借金返済していくよりダンジョンで一攫千金を狙った方が返済出来る可能性が高い。

 

「むっ?待って欲しい。私の大剣が冬将軍に折られてしまったからな。今新しいのを発注しているが、完成までにまだ時間がかかる。今の私を戦力に数えているのだとすると・・・・・・」

 

「お前は最初から戦力外だから大丈夫だよ」

 

「!?」

 

ダクネスが涙目になりながら頬を染めるという器用な事をしている。・・・・・・今のでも興奮するんだ。

 

「なら、僕はカズマと一緒にダンジョンに潜った方が良いのかな?」

 

「いや、秋にもダンジョンの外に残っておいて欲しい。今回は俺一人でダンジョンに潜るつもりだ。皆には、ダンジョンに行くまでの道中の警護をして欲しいんだよ」

 

「「「「?」」」」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

アクセルの街から半日かけて山を歩き、その麓にある獣道をひたすら進んでいく。時たまアクアが弱音や泣き言を言う中、唐突に『避難所』と書かれた看板をぶら下げたログハウスが現れた。

 

「ここがキールのダンジョンか・・・・・・」

 

ありふれた話だ。地球で多く書かれている身分差の恋愛物語だ。このダンジョンを造ったアークウィザード、キールは一人の貴族の令嬢に恋をした。だが、それは叶わぬ恋心だ。この世界での身分差には大きな障害だ。その恋心は叶わぬモノだと理解しているキールは恋心を忘れるかのように魔法の研究に没頭した。月日は流れて、キースは国最高のアークウィザードと呼ばれた。キールは持てる魔法を惜しむことなく使い、国に貢献、大いに発展させた。そして、キールはその功績を持って王城に呼ばれた。キールのための宴が開かれるからだ。国王はキールに問うた。

 

――――――その功績に報いたい。どんなものでも望みを一つ、叶えよう。

 

キールは言った。

 

――――――この世にたった一つ。どうしても叶わなかった望みがあります。

 

その時、キールが何を王に望んだかまでは知られていない。それでも大まかな推理は出来る。キースは恐らく、貴族の令嬢との結婚を望んだんだろう。だが、王はそれを許さなかった。当然だ。国に貢献したアークウィザードでも、貴族の令嬢との結婚など前代未聞だろう。だから、キールは令嬢を拐い、このダンジョンを造って立て籠ったんだろう。令嬢が抵抗したのか、あるいは令嬢も拐われる事を望んでいたのかは今となってはもう知るよしも無い。そんな経緯も忘れ去られ、今は初心者冒険者達の初めてのダンジョン探索の練習場所となっている。

 

「よし。それじゃあ、ここから先は俺一人で行ってくるから、皆はそこの避難所で待っててくれよ。一日立っても帰って来なかったら、秋には悪いけど迎えに来てくれ。・・・・・・つていっても、今日は偵察と実験を兼ねてお試しで潜るだけだから、すぐ帰ってくるよ」

 

「分かった。とりあえず夕方になるまでに戻って来なかったら迎えに行くよ」

 

「おう。頼んだ」

 

行きが無事に行けたからって帰りも同じように帰ってこれるかは分からない。なら、僕が迎えに行って無事に終わるならそれに越したことはない。

 

「本当に行くのか?一人でダンジョンに潜るなんて聞いた事が無いぞ。カズマの考えを聞く限り、喧しい音を立てる全身鎧の私がついて行っても、邪魔になるだけだろうが・・・・・・」

 

喧しいって自覚があったんだ。

 

「私も、ついて行ってもかえって邪魔になるだけです。・・・・・・やっぱり考え直しませんか?」

 

「大丈夫よ、私がついてってあげるから」

 

「はいはい、アクアは僕らと避難所で待ってようねー」

 

「なんでよー!?」

 

アクアは自分の体質を忘れてるのだろうか。彼女のオーラやら神気やらに当てられたアンデット達は本能的に救いを求めてアクアに群がる。腐っても女神の端くれってことか。

 

「ほら、カズマ。アクアは僕が押さえとくから早く行って」

 

「アクアの事は任せるからなー!」

 

「あっ!ちょっとシュウ!カズマが行っちゃう!離してっ!離しなさいよぉぉぉぉぉぉ!!お宝がぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「避難所の中に入ったら離してあげるから、今は大人しくして」

 

カズマがダンジョンの中に入ったのを確認して、僕もアクアの首根っこを掴んで、アクアを引きずりながら避難所に入る。避難所の中は簡易的な机と椅子が並んでいて休憩する分には何ら問題ない広さだ。ブスッと不貞腐れたアクアの首根っこから手を離す。

 

「ふぅ・・・・・・まったく」

 

避難所に備え付けられた棚には御菓子や飲み物が入っていた。とりあえずアクアには何か御菓子を渡しておいたら当分は大人しくなるだろう。・・・・・・本当はお酒の方がいいけど、それはそれで面倒な事になるし止めておこう。

 

「ほら、アクア。御菓子があったよ。これでも食べて落ち着いた・・・・・・ら?」

 

何種類かの御菓子を片手に振り向くとそこにはアクアの姿が無かった。

 

「・・・・・・ねぇ、二人とも?」

 

「は、はいっ!!」

 

「なななな何でしょうか!?」

 

どうしてめぐみんもダクネスも涙目になって震えてるんだろうか。

 

「アクアがどこに行ったか知らない?さっきまでそこに居たと思うんだけど?」

 

「ダ、ダンジョンに入って行ったぞ?な、なあめぐみん!?」

 

「そそそそそそ、そうですよ!わ、私もダクネスも止めようとしたのですが止めるより早く出ていって止められなかったのです!?」

 

どうして二人はそんなに動揺しながら抱き合ってるんだろう。別に怖がらせてないはずなんだけど。

 

「そう・・・・・・」

 

・・・・・・一旦、落ち着こう。魔術師とは常に冷静じゃなくてはいけない。凜さんの家の家訓も『余裕を持って優雅たれ』だし。深呼吸、深呼吸・・・・・・。

 

「・・・・・・よし」

 

御菓子を簡易机に置いて、出口に向かう。

 

「これからアクアを連れ戻して来るから二人はここで待っててくれる?大丈夫、すぐに帰ってくるから」

 

「「りょ、了解!!」

 

「じゃあ留守番よろしくね」

 

避難所の扉を閉める。。

 

「・・・・・・あの駄女神があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

強化の魔術を使って身体能力を上げて、全力でアクアを追いかけた。




オマケ

「シュウは行きましたか?」

「ああ、ものすごい速さでダンジョンの中に入っていった」

ダクネスは少しだけ開けていた扉を閉めながら言う。

「・・・・・・しかし、シュウがあそこまで怒るとは思わなかった」

「私もです。普段のアクアに接している時みたいに苦笑しながら追いかけると思ったのですが・・・・・・」

「・・・・・・このパーティーで怒らせてはいけないのはシュウかも知れないな」

「かも知れませんね・・・・・・」


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この魔術師にダンジョン探索を!

私はグレムリンという映画は見たことはないです。


「アクアぁっ!!!!」

 

「ひゃふっ!?」

 

アクアを追い掛けると、すぐに見つかった。ダンジョンの入り口から降りる階段の中程で、何故かカズマ相手に胸を張っていた。僕の方を振り向いたアクアは悪事がバレた子供みたいな顔をしていた。

 

「戻るよ、アクア。もともと今回はカズマ一人で潜る予定だったんだから邪魔しちゃダメだ」

 

「じゃ、邪魔なんかしないわよ!地上に降りて力が弱まったけど、神様らしい力の一つや二つ残ってるのよ?全てを見通すなんてことは出来ないけど、闇を見通すぐらいチョロいわよ!それにシュウも心配し過ぎなのよ!アンデットなんて女神の私の相手になんてならないわ!」

 

・・・・・・とりあえず、一度気絶させてロープか何かで縛って連れて帰ろうか。僕とアクアがお互いに睨みあっているとカズマが間に入ってきた。

 

「ストップストープ!!お前ら落ち着けって!!時間が勿体ないし、こうなったら三人でこのまま潜るぞ。ただし、秋は本当に危ないと思った時だけ助けてくれ」

 

「・・・・・・カズマがそれで良いなら構わないよ」

 

「好きにしなさいよ」

 

「よし、ならさっさと降りようぜ」

 

カズマを先頭にカズマ、アクア、僕の順番で階段を降りていく。

 

「ねえ、カズマ。暗視はちゃんとできてる? 私の曇りなき眼は、この暗闇の中でもカズマがおどおどしながらおっかなびっくり階段降りてく姿がばっちり見えてるけど。暗視がイマイチなら言いなさいよ」

 

「見えてるよ。お前が、物音する度に、いちいちビクついてる情けない姿がちゃんと見えてる。お前こそ、頼むからすっ転んで階段から転げ落ちるなよ。てか、秋もこの暗闇の中でも見えてるのか?」

 

「うん、見えてる。僕の場合は魔力で視力を強化してるから、目の前を歩いてる二人ぐらいなら問題なく見えてるよ」

 

「へー、それって俺でも出来るのか?」

 

何て無茶な事を言い出すんだこの男は。

 

「・・・・・・出来ると思うけどおすすめはしないよ」

 

「えっ?何でだよ?魔力で視力を強化して暗闇の中でも問題なく動けるとかカッコいいじゃん」

 

「・・・・・・真っ暗な丑三つ時に、視界が悪い森の中でどこから飛んでくるかも分からない死にはしないけど当たったものすごく痛い攻撃が視力の強化が出来るまで永遠と続いても?」

 

「あっ、結構です」

 

真顔で断られた。僕だってカズマ相手にそんな事をするのは心苦しい。やらないとダメならやるけど。しばらく階段を降りていると前の方からカランっという音が聞こえた。

 

「ん?なんどぅわぁ――――――っ!?」

 

カズマの足下にはこのダンジョンで力尽きたのか、軽鎧を着た白骨死体が横たわっていた。

 

「・・・・・・アンデットに成りかけてるわね。カズマ、シュウ、ちょっと待っててね」

 

アクアは死体の前に膝をつくと何かを呟いた。すると、死体は淡い光に包まれた。迷える魂を成仏させてアンデットになるのを防いだのだろう。それを見届けて、僕は死体の前にしゃがんで両手をあわせる。カズマとアクアも両手をあわせていた。

 

「よし、行くか」

 

「・・・・・・そうねっ!さっさと奥まで潜ってお宝を見つけましょ!」

 

「何度も潜られてるからお宝なんて残って無いと思うけどね」

 

このダンジョンが見つかって、一番に潜っていたらお宝を見つけることが出来ただろうけど探索され尽くしている。何か見つかることは無いだろう。

 

「でも、どぅわぁ――――――っ!?はないわよ、一人でダンジョンに潜るって強がってた人が。どぅわぁ―っ!?は。プークスクス!」

 

・・・・・・あとでカズマに泣かされるな、アクア。先頭を歩いていたカズマが動きを止めた。カズマは無言で通路を指さし、通路とは逆の方、さっきまで歩いていた方を親指を向ける。・・・・・・逃げるってことでいいのかな?

 

「なになに?変な動きして。この私に指芸披露?ちょっと灯りをつけなさいよ。影でキツネやウサギなんて温いのじゃなく、機動要塞デストロイヤーをみせてあげるわ」

 

「違うわ!だから、デストロイヤーってのは何なんだよ!敵が来てるから向こうに逃げようってジェスチャーしたんだ!くそ、見つかった!おい、アクア手伝え!!」

 

カズマ達に暗闇からモンスターが襲い掛かってきた!

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「・・・・・・ふう、何だったんだこいつは暗視じゃ形は分かっても、物の色が見えないから流石に正体までは分からないぞ。お前、これが何だったか分かるか?」

 

「グレムリンっていう下級の悪魔ね。ダンジョンは地上よりも魔力が濃いから、弱い悪魔がたまに湧くのよ」

 

「へぇ、これがグレムリンなんだ」

 

昔、先生がどこからか持ってきたビデオにグレムリンを題材にした映画を見た気がする。当時は今ごろビデオテープとか、と見くびっていたら案外面白かった。魔術世界的にはグレムリンも幻想種の中でも最下位、ゴブリンと同等な扱いだ。一説にはゴブリンの遠縁なんて言う魔術師もいたりする。本物なんて西暦に入った今の地球じゃ見つけることなんて出来ないだろう。・・・・・・ホルマリン漬けにして持って帰れないかな。

 

「なあ、ちょっといいか?お前って、暗闇の中でもかなりしっかり見えちゃう?」

 

「昼間と変わらないぐらいには、はっきりくっきり見えるわよ?それがどうかした?」

 

「馬小屋で一緒に寝てる時、夜中、何か見たか?」

 

「何も見てないわよ。ゴソゴソ音がしたら、反対側向いて寝るようにしてたから」

 

「・・・・・・秋も普段、暗闇でも見えるようにしてるのか?」

 

「・・・・・・んっ?」

 

グレムリンの死体をどうするか悩んでいると、カズマが聞いてきた。

 

「・・・・・・ああ。夜中、カズマが一応女の子のアクアが同じ空間で寝てるのに一人自慰こ――――――」

 

「そこまで言うんじゃねーよ!?見えてたのか!?見えてなかったのか!?どっちなんだよ!?」

 

「そんなに怒鳴らくてもいいじゃないか。別に恥ずかしいことじゃないんだから。思春期男子なら当たり前だと思うけど・・・・・・。僕もカズマがゴソゴソしはじめたら音を立てないように外に出てたよ」

 

「・・・・・・ありがとうございますアクア様、秋様」

 

カズマが何とも面白い顔で礼を言ってきた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「この暗く冷たいダンジョンで、さ迷い続ける魂達よ。さあ、安らかに眠りなさい。ターンアンデッド!」

 

・・・・・・アクアが女神らしいことをしてる!?アクアは普段では考えられないような活躍をしている。今のアクアならどこに出しても恥ずかしくない。・・・・・・ちょっと感動した。

 

「ご苦労さん、いや助かったよ、俺一人で来てたら危ない所だった」

 

「あら?私の評価がようやく真っ当になってきた?・・・・・・それにしても、お宝はどこかしら。まあ荒らされ尽くしたダンジョンだし、あんまり期待してないけどね」

 

・・・・・・話ながらアクアがチラチラ僕を見てくる。なに、褒めろってこと?

 

「・・・・・・アクアもやれば出来るんだね」

 

「っ!当たり前じゃない!私は出来る子なのよ!普段はだらけてる様に見えるかもしれないけど、こういう時のために力を蓄えてるの!」

 

胸を張ってドヤ顔で誇らしそうにするアクア。・・・・・・どうしてかアクアの頭と腰辺りに犬の耳と尻尾が見えた気がする。それも凄い勢いで振っている尻尾を。

 

「・・・・・・・・・・」

 

「???どうして私の頭撫でるの?」

 

「・・・・・・何となく?」

 

飼い犬を撫でる気分ってこんな感じなのかな?愛らしいというか何というか。

 

「おいそこ二人。なんだ、非リアに喧嘩売ってるのか?暗いダンジョンでイチャイチャしてんじゃねーよバーカ!!」

 

「「イチャイチャなんてしてない(してないわよ)!!」」

 

アクアと二人でとんでもない事を言い出したカズマに掴み掛かる。



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この魔術師にダンジョンの主を!

7月に開催された2DAYSのRAISE・A・SUILENのライブの二日目に行って来ました。何というか・・・・・・胸が熱くなって大興奮しました。


アクアと二人がかりでカズマを締め上げた僕らはダンジョン内の一室にいる。

 

「・・・・・・ちっ、ろくな物が無いな」

 

「ねえカズマ、この探索方法といいそのセリフといい、私、こそ泥の気分なんだけど」

 

「こそ泥の気分じゃなくて紛れもなくこそ泥だよ。それかダンジョン荒らし」

 

キールのダンジョンは一階構造のダンジョンだが、とにかく広い。カズマが先頭で罠とモンスターに警戒して、アクアが曲がり角の度にチョークで印を印をつけていた。あれ・・・・・・僕の仕事無くない?カズマに危なくない限りは手出し無用って言われたし。もしかして・・・・・・ダンジョン内だと爆裂魔法を撃っためぐみんの次ぐらいに役に立たないんじゃ・・・・・・。

 

「・・・・・・ねえカズマ、シュウ、あそこに何かあるわよ」

 

アクアは部屋の隅を指さすと、そこには宝箱が置いてあった。

 

「ちょっと宝よ宝、宝箱よ!やったわカズマ、シュウ、今回のダンジョン探索は大当たりぐえっ!?」

 

アクアが宝箱に駆け寄ろうとするのを服の襟を掴んで引き止める。その時にアクアが変な声を出した気がするけど無視する。

 

「お前、こんな何度も探索されたダンジョンに、唐突に宝箱が置いてあるっておかしいとは思わないのか?・・・・・・うん、やっぱり敵感知スキルに反応があるな」

 

「あー・・・・・・。それじゃああれは、ダンジョンもどきね。残念だけどしょうがないわね」

 

カズマはポーションが入っていた小瓶を宝箱めがけて投げた。小瓶が宝箱近くの床に触れた瞬間、宝箱の周りの壁や床が蠢き、大きな口が瓶と宝箱を丸呑みした。

 

「おおっー」

 

「き、気持ち悪っ!何だこれ!」

 

擬態能力があるのかな?宝箱に擬態して、敵感知スキルを持っていない冒険者をおびき寄せてバクリといくわけか。

 

「名前の通りのモンスターよ。歩いたりする事はできないけれど、体の一部を宝箱やお金に擬態させて、その上に乗った生き物を捕食するの。場合によっては体の一部を人間に擬態させて、冒険者を襲う様なモンスターも捕食するわ」

 

・・・・・・雑食なんだ。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ターンアンデッド!」

 

アクアの魔法でダンジョン内を徘徊しているゾンビを浄化していく。アクアの体質上、ダンジョン内のアンデッドが集ってくるのは分かっていたが、かなりの数を浄化しても減っている気がしない。それに、奥の方まで来た気がするけどゴールは見えない。

 

「・・・・・・なあ、幾らなんでもおかしくないか?ちょっとアンデッドの量が多過ぎだろ。こんなもん、アークプリーストがいるパーティーじゃなかったらとても攻略なんて出来ないぞ。結局お宝らしいお宝は見つからなかったガ、そろそろ帰るか?」

 

カズマはアクアの体質を忘れてるみたいだ。ダンジョン内のアンデッド達がアクアに救いを求めて襲い掛かって来てることに。

 

「そうねえ。お宝は無かったけど、アンデッドをたくさん浄化できたし私的には満足したわ。・・・・・・でも待って?なんか、まだその辺にアンデッド臭がするわね」

 

ダンジョンの最奥の行き止まりの壁をアクアが執拗にクンクンしだした。

 

「・・・・・・今のアクア、犬みたいだな」

 

「犬は犬でも狂犬寄りだと思うけどね」

 

僕とカズマも行き止まりの壁周辺を調べる。床を叩いたり、壁にボタンが無いかを探していると、突き当たりの壁の一部がクルリと回転した。カズマとアクアの顔を見るが二人とも首を振っている。僕らが何かした訳じゃないみたいだ。あの壁は向こう側から開いたみたいだ。

 

「そこに、プリーストがいるのか?」

 

回転した壁の向こうからくぐもった低い声が聞こえてきた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「やあ、初めましてこんにちは。いや、外の時間は分からないから、今はこんばんはかな?」

 

壁の向こうの部屋には小さなベッドとタンス、テーブルとイスだけが置いてある。部屋の主はベッドの隣のイスに腰掛けている。テーブルの上には使いふるされたランプが置いてある。カズマは部屋の主に一言断りをいれて、ティンダーでランプに灯を点けた。

 

「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらって行った、悪い魔法使いさ」

 

ランプの灯りで照らされたのは、ローブを目深にかぶり、肌は水気を失い干からびた皮は骨に張り付いている骸骨だった。――――――リッチー。ウィズと同じ、アンデッドの王が椅子に腰掛けていた。何かあればすぐに対応出来るように二人の前に出て、腰の干将の柄を握る。

 

「・・・・・・つまりなんだ。あんたは、悪い魔法使いじゃなくて良い魔法使いだったって事か?その貴族の令嬢は、親にご機嫌取りのために王様の妾として差し出され、でも王様にも可愛がられず、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず。で、その子が虐げられているところを、要らないんなら俺にくれと言ってさらっていったと」

 

「・・・・・・昔ならではのよくある話だけど、気分が良いものではないね、やっぱり」

 

キールが話した内容は世間一般で語られている事とほぼ一緒だった。違う所、それは王様に褒美が何が欲しいか聞かれた答えだ。

 

 

――――――それは、虐げられている愛する人が、幸せになってくれる事

 

 

キールは貴族の令嬢の幸せを要求した。そして、その貴族の令嬢を攫ったそうだ。

 

「そういう事だな。で、その攫ったお嬢様にプロポーズしたら二つ返事でオッケー貰ってなぁ。お嬢様と愛の逃避行をしながら、王国軍とドンパーティーやった訳よ。・・・・・・いやあ、あれは楽しかったな。おっとちなみに攫ったお嬢様が、そこにいるお方だよ。どうだ、鎖骨のラインが美しいだろう?」

 

キールが指す方には、小さなベッドの上に白骨化した骨が綺麗に整えられて横たわっている。・・・・・・とりあえず今にも襲い掛かりそうなアクアを腕で止める。

 

「で、だ。そこの女性に、ちょっと頼みがあってね」

 

キールはアクアを指さして、とんでもない事を頼んできた。

 

「私を浄化してくれないか。彼女は、それができる程の力を持ったプリーストだろう?」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

アクアはキールを浄化するために部屋全体にまで届きそうな魔方陣を書いている。

 

「いや、助かるよ。アンデッドが自殺するなんてシュールな事は流石にできないのでね。じっとここで朽ち果てるのを待っていたら、とてつもない神聖な力を感じたものだからね。思わず私も、長い眠りから覚めたってものさ」

 

キールは王国軍との逃亡生活の際、お嬢様を守りながら戦って重症を負ったが、お嬢様を守るために人であることを辞めてリッチーになったらしい。お嬢様もキールとの逃亡生活の中で、一度も不満や文句は言わず、絶えず幸せそうに笑っていたとキールは自慢気に話してくた。

 

「・・・・・・一つ聞かせてほしい」

 

「何かな?あ、妻のスリーサイズなら内緒だよ。妻と私だけの秘密だからね」

 

キールはカラカラと皮が張り付いた顔で笑いながら冗談を言ってきた。僕はその冗談を無視して、質問をする。

 

「――――――貴方は、後悔をしなかったのか?」

 

キールは笑うのを止めて、微かに微笑んだ。

 

「後悔・・・・・・後悔か。無論、しなかったとも。後悔などあるはずが無い。私は妻を愛している。それが、たとえ人からリッチーに成って、永い時を一人で過ごしたとしても、妻への愛が揺らいだ事など無いよ。だから、私は胸を張って、大きな声で叫ぶことが出来る。――――――私は、妻を今でも愛している!後悔なんぞしてたまるか!っとね」

 

キールはカラカラカタカタと骨を鳴らしながら、とても満足そうに笑った。

 

「さあ、用意が出来たわよ」

 

魔方陣を書き終わったアクアがキールの前に立つ。僕は部屋の隅で成り行きを見守っていたカズマの隣に移動する。

 

「神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。・・・・・・目が覚めると、エリスという不自然に胸の膨らんだ女神がいるでしょう」

 

普段のアクアが絶対にしないであろう優しい表情でキールに向けて笑いかけながら、後輩の女神をさらりと貶すアクア。――――――不覚にも、アクアの優しげな表情に見惚れてしまった。

 

「なあ・・・・・・あれって本物のアクアか?」

 

「・・・・・・アクアの女神としての慈愛とかじゃないかな?自分から浄化を願い出たキールにたいする優しさってところじゃない?」

 

確かに今のアクアは普段では想像出来ない柔らかな笑顔だ。普段からあんな感じなら、ギルドでも人気者になるだろうに。

 

「たとえ年が離れていても、それが男女の仲でなく、どんな形でも良いと言うのなら・・・・・・。彼女に頼みなさい。再びお嬢様に会いたいと。彼女はきっと、その望みを叶えてくれるわ」

 

キールは光に包まれながら、アクアに深々と頭を下げた。

 

「セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

部屋を照らした光が消えると、アクアの前にいたキールは消えていた。そして、ベッドに寝かされていたお嬢様の骨も消えていた。

 

「・・・・・・帰るか」

 

「そうだね。ここは・・・・・・キールとお嬢様の家だ。あまり、長居して良いところじゃ無いよ」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「なあ、あのアンデッド、またお嬢様に会えるかな?」

 

「・・・・・・どうかしら。まあ、エリスなら何とかしてくれるでしょう」

 

女神エリスなら、本当にどうにかしてくれる気がする。少なくとも、悪いようにはならないと思う。

 

「そういや、あのリッチー良い人だったな。もう要らないからって、タンスにしまってた財産くれたぞ。どれぐらいの価値があるのか知らないけど、街に帰ったら山分けな」

 

キールは逃亡生活をしている時に多くの財産を貯えていた。そのすべてをくれた。現にカズマが背負っている風呂敷から装飾品がついた王冠やネックレスがちらほらと見えている。

 

「・・・・・・そうね。彼らの分まで、大事に使ってあげましょう」

 

どうもアクアはキールを浄化してから沈んでいる。

 

「今回、アクアがキールを浄化したのは紛れもなく女神らしいことだと思うよ。そんな風に沈んでないで、いつもみたいに胸を張って、『水の女神である私が本気を出したのよ!そこらのアンデッドなんて一撃よ一撃!だから私を甘やかしなさいよ!』って自慢してるアクアの方が僕は好きだよ?」

 

こんなこと言ったら、本当にそんな事を言い出しそうだけど、こんな風に沈んでられるよりはましだ。

 

「・・・・・・うんっ、ありがとシュウ」

 

・・・・・・本当、調子狂うな。

 

「・・・・・・あの人さ。とてつもない神聖な力を感じて目覚めったって言ってたけど。このダンジョンで、やたらとアンデッドに出会うのって、別にお前と一緒にいるからじゃ無いよな?」

 

「ッ!?」

 

カズマの言葉にアクアがピクッとその場で停止した。うん、まあここまでアンデッドに集られたり、キールが神聖な力を感じたって言ってたしね。

 

「そ、そそそ、そんなー、そんな事はない・・・・・・と、思うわ・・・・・・?」

 

すごく曖昧な返事だ。

 

「・・・・・・・・・・そういえば、以前にデュラハンが攻めて来た時も、お前、デュラハンの部下のアンデッドナイトにやたらと集られてたよな」

 

「!?」

 

アクアがビクッと震えた。だから、言わんこっちゃない。

 

「・・・・・・シュウがアクアを引き留めたのって、アクアが邪魔をしないようにするためと、アンデッドが集ってる事が分かってたからか?」

 

「うん。アクアが一緒に行ったらこんな事になるとは思ってたよ」

 

「シュウ!?」

 

アクアがバッと僕の方を向いた。カズマがゆっくりと後退してアクアから距離を取る。ダンジョンの奥から遠吠えや咆哮が聞こえてきた。

 

「・・・・・・潜伏」

 

千里眼でいち早くモンスターに気づいたカズマは潜伏スキルで自分だけ姿を隠した。

 

「あっ!カ、カズマ!?一人で隠れるとかズルいわよ!?出てきなさいよカズマ!!出てきてくださいカズマさまぁー!?」

 

カズマが潜伏スキルで姿を隠したのに気づいたアクアが、半泣きになりながら必死にカズマを探している。僕もアクアの隣を通り抜けようして、服を軽く引っ張られた。

 

「シュウぅ・・・・・・」

 

アクアが捨てられそうな子犬みたいな顔で、小さく名前を呼んできた。え、なにこのアクア。すごい保護欲を掻き立てられるんだけど。

 

「逃げるよアクア」

 

「あっ・・・・・・うんっ!」

 

アクアの手を引いて走る。

 

「カズマ!!先に僕らはダンジョンを出るから、潜伏しながら隠れて撤退しなよ!!」

 

後ろに向かって大声で、潜伏スキルで隠れているであろうカズマに叫ぶ。背後から薄情者ーっ!って言う叫びが聞こえた気がする。・・・・・・アクアを連れてるから、アンデッドとかはこっちに引き付けられるから、死にはしないだろう。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「殺す気かっ!?」

 

「あっ、お帰り」

 

避難所の扉を乱暴に開けたのは埃やクモの巣で全身が汚れたカズマだ。

 

「二人だけで先に逃げやがって!俺も連れてけよ!?」

 

「だって、潜伏スキルで隠れてたし」

 

よっぽどの事がない限りは潜伏スキルで隠れれば大抵のモンスターからは逃げられる。それに、カズマは幸運のステータスが高いしね。案外、死にそうになってもどうにかして生き残りそうだ。

 

「フーッ!」

 

「・・・・・・なあ、何で俺はアクアに威嚇されてんの?」

 

「一人で潜伏スキル使ったからじゃない?」

 

アクアは僕を盾にしてカズマを猫みたいに威嚇している。

 

「ア、アクア?そろそろカズマの事を許してあげませんか?カズマも悪気が・・・・・・あったかも知れませんが」

 

アクアを宥めるのはめぐみんに押し・・・・・・もとい、任せる。

 

「それで、何があったのだ?」

 

「秋から何も聞いてないのか?」

 

「カズマが帰って来てからの方が説明するのが楽だと思ったからね」

 

カズマがかいつまんでダンジョンの中であった事を説明した。

 

「アクアの話じゃ、そのお嬢様は未練なく、綺麗に成仏していたらしいけどな。そのお嬢様にとって、厳しい逃亡生活はどうだったんだろうな。あのリッチーは、お嬢様を幸せにできただろうか、とか言ってたけれど。お嬢様は、幸せだったのかねぇ」

 

「・・・・・・幸せだったさ。幸せだったに決まっている。断言できる、そのお嬢様は、逃亡生活の間が人生で一番楽しかったに違いない」

 

ダクネスは寂しそうな笑顔で、そう言った。




オマケ

「なあ、アクア。キールが浄化されて消えたのは分かるが、どうしてお嬢様の骨まで一緒に消えたんだ?」

ギルドの酒場で夕食を食べてるいると、カズマがアクアにお嬢様の骨も一緒に消えたのかを聞いた。

「はぁ?そんなの私が分かる分けないじゃない」

アクアはカエル肉の唐揚げを頬張りながら、雑に返した。

「確かに不思議な話ですね。リッチーのキールが浄化されて消えるならともかく、未練も何もないお嬢様が浄化されて、骨が消えるとは考えにくいですね」

「時間が経ちすぎて、アクアの魔法の余波で消えたとは考えられないか?」

皆、難しく考えすぎなんだよ。お嬢様の骨が消えたのはたぶん、もっと単純な事だ。

「全員、難しく考えすぎだよ」

全員が僕の方を見てきた。

「あのお嬢様は確かに未練は無かった。でもね、一つだけ、心残りがあったんだ」

――――――それは、とても純粋で、とても尊い心残り。

「お嬢様はキールの事が心配だったんだ。自分を攫い、人生のほとんどを犠牲にして、人であることをも捨てた愛した人を一人残して逝く事への心残り。あの時、アクアがキールを浄化したのと同時に、お嬢様の心残りも綺麗に成仏させて、骨も一緒に消えたんだ。それにさ・・・・・・たとえ違ったとしても、そう思った方がロマンがあるだろ?」

話終わると全員、呆けた顔していた。・・・・・・柄にも無い事を言ったかな。


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この魔術師に休憩時間を!

僕は久しぶりにウィズの店に行くために、お土産を買いに市場に寄っている。

 

「あ、これ四つください」

 

「はいよっ!・・・・・・兄ちゃん、また貧乏店主さんのところに行くのかい?」

 

「ええっ、久しぶりに。それが何か?」

 

「いやー、ようやく店主さんに春が来たと思ってよ!店主さんのことよろしく頼むぜ!」

 

頼むぜって・・・・・・市場の人の間で僕とウィズの関係をどう思われてるわけ?別に男女の関係とかじゃなくて、ただの友人同士なんだけど。

 

「あっらー、お兄さん!ウィズちゃんの店に行くのね!これも持っててちょうだい!やっだー、お金なんて要らないわよ!おばさんの奢りよ奢り!」

 

八百屋の前を通れば生きの良い野菜の詰め合わせを渡され、

 

「おっす、兄ちゃん!店主さんのところに行くんだろ?これ持ってきな!」

 

肉屋の前を通ればカエル肉の唐揚げを渡され、

 

「あっ、冒険者さん!ウィズさんのところに行かれるんですよね!?これ!お二人で食べてください!」

 

ケーキ屋の前を通れば人気のシュークリームの詰め合わせを渡された。ウィズの店の前につく頃には両手が使えなくなるほどの量を渡されていた。

 

「確保ーっ!」

 

店の扉をどうにか頑張って開けると、アクアがウィズに襲い掛かっていた。

 

「待ってーっ!アクア様、お願いします、話を聞いてください!」

 

取り押さえられているウィズがじたばたともがいている。

 

「・・・・・・なにこの状況?」

 

とりあえず荷物をレジのカウンターに置く。

 

「やったはねカズマ!これで借金なんてチャラよチャラ!それどころかお釣りがくるわ!宿を借りるどころか家だって買えちゃうわよ!」

 

どうもアクアはウィズを取り押さえるのに夢中で僕が店に入ってきたのに気づいて無いらしい。アクアの後ろに移動してカズマに向かって、人差し指を口元に持っていき静かにするように指示する。

 

「アクア?とりあえず、一回ウィズの上から退かない?」

 

「あっ!シュウも来てたのね!聞いてちょうだい!このリッチー、なんと魔王軍の幹部なのよ!」

 

・・・・・・今、すごい聞き逃せない事をアクアが言った気がするが、それは後で聞くとしよう。

 

「ほら、アクアがウィズの上から退かないと話進まないから」

 

「ぐえっ!?」

 

アクアの服の襟を掴んでウィズの上から引き釣り下ろす。その時にカエルを潰したみたいな声が聞こえたけど、まあ良いや。

 

「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

ウィズは立ち上がりながら服についている埃を払う。

 

「ところでウィズ。魔王軍の幹部ってどういう事だ?流石に魔王軍のスパイとかだと、冒険者の手前、見逃すって訳にも・・・・・・」

 

「ちっ、違います!魔王城を守る結界の維持の為に、頼まれたんです!勿論、今まで人に危害を加えた事は無いですし、幹部って言っても、なんちゃって幹部ですから!私を倒したところで、そもそも賞金も掛かっていませんから!」

 

僕とカズマ、アクアは顔を見合わせる。

 

「・・・・・・良く分かんないけど、念のために退治しておくわね」

 

「やめい」

 

「ぐえっ!?」

 

拳に魔力を溜めだしたアクアの服の襟を引っ張って黙らせる。

 

「えっと、何だ?つまりゲームとかによくある、幹部を全部倒すと魔王の城への道が開けるとか。そんな感じか?で、ウィズは、その結界とやらの維持だけを請け負っていると」

 

「げーむとやらは知りませんが、そういう事です!魔王さんに頼まれたんです、人里でお店を経営しながらのんびり暮らすのは止めないから、幹部として結界の維持だけ頼めないかって!魔王の幹部が人里でお店やってるなんて思わないだろうから、人間に倒されないだけでも十分助かるって!」

 

「つまり、あんたが生きてるだけで人類は魔王城には攻め込めないし、私たちには十分な迷惑って事ね。二人とも、やっぱりこのリッチー退治しましょう」

 

「だからやめなって」

 

「痛いっ!?」

 

またも拳に魔力を溜めだしたアクアは頭をチョップして黙らせる。

 

「そ、それにですね。アクア様の力なら、幹部の二、三人ぐらいで維持する結界なら破れるはずです!魔王の幹部は元々八人。私を倒したところで、後六人も幹部がいたなら流石にアクア様でも結界破りはできません、魔王城に攻め込むには、私を浄化したとしても、どのみちまだまだ幹部を倒さないといけませんし!せめて、アクア様が結界を破れる程度に幹部が減るまで、生かしておいてください・・・・・・!私には、まだやるべき事があるんです・・・・・・」

 

どうも訳ありっぽいね。

 

「別に良いんじゃない?ウィズも人に危害を加えるつもりも無いみたいだし、今すぐどうこうする必要はないと思うけど。アクアもそれで良いよね?」

 

「そうだな。それに、ウィズ以外の幹部が誰かに倒されるまで気長に待てば良いし」

 

「はぁーっ!?何で女神の私がリッチーを見逃さないといけないのよ!」

 

アクアが襟を掴まれながらじたばたともがく。この駄女神・・・・・・頑なな。

 

「とにかく!この話は終了!アクアも文句があるなら後で聞くから!」

 

不満そうなアクアから手を離す。

 

「でも、良いのか?幹部って連中は一応ウィズの知り合いとかなんだろ?ベルディアを倒した秋に恨みとかは無いのか?」

 

それはちょっと気になる。恨まれてたら・・・・・この店に来るのも今日が最後かな。

 

「・・・・・・ベルディアさんとは、特に仲が良かったとか、そんな事も無かったですからね・・・・・・。私が歩いていると、よく足元に自分の首を転がしてきて、スカートの中を覗こうとする人でした」

 

あのデュラハン・・・・・・そんな事してた変態なんだ。アンデッドだけど高潔な騎士だと思ってたのに・・・・・・。

 

「幹部の中で私と仲の良かった方は一人しかいませんし、その方は・・・・・・まあ簡単に死ぬような方でも無いですから。・・・・・・それに」

 

そう言った後、ウィズは寂しそうに笑ってこんなことを言った。

 

「私は今でも、心だけは人間のつもりですしね」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「え、えっと。それでは、一通り私のスキルをお見せしますから、好きな物を覚えていって下さい。以前私を見逃してくれた事への、せめてもの恩返しですので・・・・・・」

 

ウィズが自分の冒険者カードを見せてきて、僕とカズマ、アクアを交互に見てオロオロしだした。

 

「どうかした?」

 

「あ、あの・・・・・・私のスキルは相手が居ないと使えない物ばかりなのですが、つまりその・・・・・・。誰かにスキルを試さないといけなくて・・・・・・」

 

ウィズは怯えながらおずおずとそう言った。ウィズの視線は特にアクアに向けられている。・・・・・・浄化されかけた訳だししょうがないか。

 

「なら、僕が相手をするよ。アクアが相手だと浄化しようとするだろうし」

 

「そんな事しないわよ!!・・・・・・たぶん

 

「たぶんってちっちゃく言ったの聞こえてるからね」

 

隙あらばウィズを浄化しようとするんだから。

 

「僕が相手だから怯えずにスキル使ってくれていいからね。あ、でも、死ぬようなスキルは止めて欲しいけど」

 

「つ、使いません!いつもお店に来てくれるシュウさんにそんな事はしません!」

 

「冗談だよ。ウィズがそんな事するなんて思ってないから」

 

「もう!か、からかわないでください!」

 

ウィズはからかうと面白い反応をしてくれるから、たまにこうやってからかう事がある。

 

「あの二人、仲いいな」

 

「そ、そうね。べ、別にシュウが誰と仲良くしようが私には関係なんて無いけど、女神の従者(仮)がリッチーなんかと仲良くするのはいただけないわね!」

 

「秋はいつからお前の従者になったんだよ。秋に知られたら泣かされるぞ」

 

カズマとアクアが小声で何かを話している。大方、アクアがまたウィズを浄化しようとしたのをカズマが止めてくれたんだろう。

 

「それでは、カズマさんには『ドレインタッチ』というスキルをお教えさせていただきます。ドレインタッチはアンデッド特有のスキルで、相手の体力や魔力を吸い取ったり、逆に味方に分け与える事が出来るスキルです」

 

「なるほど。つまり、そのスキルがあれば爆裂魔法を撃った後のめぐみんに魔力を分けて、もう一発爆裂魔法を撃てるってことか!?」

 

「それは無理だと思うよ」

 

「えっ、どうしてだよ?」

 

カズマは不思議そうに首を傾げた。カズマの考えは悪くない。悪くないんだけど・・・・・・。

 

「カズマの考えは悪くないと思うよ。でもね、爆裂魔法は全魔力を使って撃つから、術者の魔力量に依存するんだ。めぐみんはこのパーティーでアクアの次に魔力量が多い筈だから、めぐみんの魔力を全快させるには、アクアの魔力の殆どをめぐみんに分けないと、爆裂魔法をもう一発撃つのは厳しいと思うよ」

 

「なるほど・・・・・・そうなると、回復魔法しか取り柄の無いアクアが本当のお荷物になるわけか」

 

「ねえ、今このヒキニート私のこと回復魔法しか取り柄の無いお荷物って言った?ふざけんじゃないわよこの童貞ニート!誰がお荷物よ!あんたにだけは言われたくないわ!」

 

「どどどどどど、童貞じゃねーし!?お前がお荷物なのは本当の事だろうが!」

 

「なら、今度爆裂魔法を撃った後のめぐみんの魔力全快させてやろうじゃない!女神の魔力量を甘く見ないことね!」

 

「上等だ!お前がめぐみんの魔力を全快させられたなら、その時は何でもしてやろうじゃねえか!!」

 

・・・・・・どんどん話がややこしい事になってきたね。

 

「言ったわね!言ったわねカズマ!その時は覚悟しておきなさいよ!」

 

「ああっ、良いぜ!ウィズ!そういう訳だから俺にその『ドレインタッチ』ってスキルを教えてくれ!」

 

・・・・・・ようやく終わった。見てる分にはカズマとアクアのやり取りは面白いけど、巻き込まれたりしたらたまったものじゃない。

 

「わかりました。それではシュウさん。手を出してください」

 

「ん、了解」

 

ウィズに言われた通りに右手を出す。ウィズは出された右手に両手を添えて来た。

 

「それではいきます。『ドレインタッチ』!」

 

「おおっ!?」

 

体から力が抜けていく感覚に驚いて変な声を出してしまった。今まで体験したことが無いタイプの感覚だ。

 

「・・・・・・・・・・」

 

「ね、ねえ、ウィズ?そろそろ良いんじゃないかな?手を離して欲しいんだけど・・・・・・」

 

「ま、まだダメです!教えるならちゃんと教えないと!」

 

ウィズはそう言ってるが、目が怖い。しかも、吸いとりのペースが上がって来た気がする。

 

「いつまで手を握ってるのよ!いい加減離しなさい!」

 

「あうっ!?」

 

業を煮やしたアクアがウィズの手を叩いて引き剥がした。今回はアクアに感謝しないと・・・・・・。

 

「す、すいませんシュウさん!」

 

「大丈夫だよ、気にしないで。どうカズマ?スキルは発現してる?」

 

「えーと・・・・・・おっ、これだな」

 

カズマは自分の冒険者カードを確認して、弄り始める。

 

「よし、問題なくスキルを習得できた」

 

カズマも無事にスキルを覚えられたみたいだ。確かにカズマが思い付いた爆裂魔法二連打は使えないけど、それでも価値がある。相手から体力や魔力を吸いとってる間に不意討ちで倒すとか。

 

「それじゃあ、ウィズ。俺達は帰るとするよ。秋はどうする?」

 

「僕はもう少しいるとするよ。ウィズに色々と聞きたい事が出来たしね」

 

「あうっ・・・・・・す、すいません」

 

魔王軍幹部の事を何で黙ってたのかを問いただす――――――のは冗談で、本当は久しぶりにウィズの店に来たわけだしゆっくりしたいのが本音だ。

 

「ごめんください、ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

カズマとアクアが店から出ていこうとすると、店の扉が開いて中年の男性が入ってきた。・・・・・・ゆっくりするのはもう少し先になりそうだね。



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この魔術師に幽霊屋敷を!

お久しぶりです。最近、ドールズフロントラインを始めてはまってました。UMP45かわいい。


「「「「悪霊?」」」」

 

ウィズを訪ねてきた男性はこの街で不動産屋を経営している男性だった。男性が所有している空き家に悪霊が住み着き、ギルドに相談して討伐クエストを依頼したが、退治してもすぐに悪霊が住み着きギルドもお手上げ状態になって、ウィズに相談しに来たらしい。

 

「悪霊を、祓っても祓っても、幾らでも新しいのが湧いて住み着いてしまうのですよ。それで、今は物件を売るどころではなく、物件の除霊をするので精一杯でして」

 

男性は疲れた表情でため息をついた。でも、どうしてウィズのところに来たんだろう。

 

「ウィズさんは、店を持つ前は高名な魔法使いでしてね。商店街の者は、困った事があるとウィズさんに頼むのですよ。特に、アンデッド絡みの問題に関してはウィズさんはエキスパートみたいなものでして。それで、こうして相談に来た訳なんです」

 

リッチーはアンデッドの王だからか。ウィズがリッチーだってことは、この街の人は知らないから、あくまで元冒険者で高名な魔法使いってことで通してるのか。

 

「大丈夫ですよ、任せてください。街の悪霊達をどうにかすればいいですね?」

 

「ああ、いえ!全ての建物の悪霊をどうにかして欲しいとう訳ではなくですね・・・・・・。その、例の屋敷をどうにかして欲しいと思いまして・・・・・・」

 

「ああ、あそこですか。なるほど・・・・・・」

 

どうやらウィズには心当たりがあるらしい。

 

「では、任せてください。あの屋敷の中に迷い込んだ、悪霊だけをどうにかしますね?」

 

「あっ、その悪霊の除霊、僕らに任せてくれない?」

 

「「え゛っ!?」」

 

カズマとアクアから嫌そうな声が聞こえてきたが、二人を丸め込めるカードは握ってるから問題ない。それに、ウィズには色々と世話になってるし調度いい機会だ。

 

「私は構いませんが・・・・・・」

 

ウィズは不動産屋の男性の方を見る。男性は僕の事を上から下まで見て、何かを納得したのか頷いた。

 

「私も構いません。お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「はい、お任せください。うちのパーティーには優秀なアークプリーストがいますので」

 

「えーっ!?私は嫌よそんなの!?ウィズが頼まれたんだからウィズにやらせたら良いじゃない!」

 

「シュワシュワ5杯」

 

「任せなさいな!!悪霊の一つや二つ、いいえ、百や二百なんて私にかかれば一瞬よ!!」

 

よし、アクアの買収完了だ。酒をちらつかせたら簡単に釣れるから、アクアは楽でいい。

 

「なあ、俺も一緒に行かないとダメか?」

 

「もちろん。それとも、カズマはウィズにスキルを教えてもらったのに何のお返しもしない不義理な男なのかな?」

 

「うぐっ・・・・・・。・・・・・・一緒についていきます」

 

カズマも丸め込めた。何だかんだでカズマも仲間思いだからね。

 

「それでは、除霊はシュウさん達にお任せさせていただきますね」

 

「うん、任せて。屋敷の場所、教えてもらえますか?」

 

「はい。皆さんに除霊していただきたい屋敷の場所は――――――」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「・・・・・・この屋敷か」

 

依頼された屋敷はアクセル郊外にある屋敷。話では屋敷にしては部屋数は多くないらしいけど・・・・・・うん、大きい。何でもとある貴族の別荘だったのが売りに出された先に今回の悪霊騒ぎが起こった。

 

「悪くないわね!ええ、悪くないわ!この私が住むのに相応しいんじゃないかしら!」

 

アクアは興奮したように叫び、めぐみんも心なしか顔が赤い。この屋敷は街では幽霊屋敷として定着して、買手がつかないから、除霊が済んだ暁には、なんと悪評が消えるまでタダでこの屋敷に住んで良いと、不動産屋の男性が言ってくれた。

 

「しかし、本当に除霊ができるのか?聞けば、今この街では祓っても祓ってもすぐにまた霊が来るといっていたのだが」

 

ダクネスがこの中で一番大きな荷物を背負いながら言う。・・・・・・どうでも良いけど、ダクネスって結構筋肉質なのかな?

 

「でもこのお屋敷、長く人が住んでない感じなのですが。悪霊騒ぎがあったのは、ここ最近ですよ?もしかして、今回の街中の悪霊騒ぎが起きる前から問題がある、訳あり物件だったりして・・・・・・」

 

「それなら、あの不動産屋もこの屋敷は売りに出してないと思うよ。それに、幽霊屋敷だって事を隠して売りに出しても、買った人が悪霊の被害にあったら、それこそもっと大騒ぎになって屋敷自体が解体されてた可能性はあるよ」

 

それか、この屋敷には本当に幽霊が住み着いていて、その幽霊は無害だから放置していたか。

 

「ま、まあ何にしても。たとえそんな問題物件だったとしても俺達にはアクアがいる。だろ?大丈夫だよな、対アンデッドのエキスパート」

 

「任せなさいな!・・・・・・ほうほう。見える、見えるわ!この私の霊視によると、この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間にできた子供、その貴族の隠し子が幽閉されていたようね!やがて――――――」

 

「長くなりそうだから先に中に入ってようか」

 

そろそろ辺りも暗くなってきたし、少し冷えてきた。アクアもそのうち飽きて入ってくるだろう。

 

「たまに思うんだけどさ、秋ってアクアに結構キツいよな」

 

「そ、そうですね・・・・・・。それだけアクアがシュウを困られしているのか、あれがシュウなりの普通なのかわかりませんが」

 

「う、うむ・・・・・・。だが、シュウもアクアが嫌いな訳では無いのでは無いか?嫌いならすでにこのパーティーから抜けているだろうし」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

夜も更けて、僕たちは部屋割りで決めた部屋でそれぞれ寛いでる。僕の部屋は二階の中央の部屋でそれなりの広さだ。部屋を出るとすぐそばに階段がある。

 

「これでよしっと・・・・・・」

 

日本で使っていた日用品や着替えを全て整理し終わった僕はベッドに倒れ込んだ。

 

「まさか、僕がこんな大きな屋敷に住むなんて想像すらしなかった」

 

日本だと廃墟同然のビルに住んでいた僕が、こんな大きな屋敷で住んでるって知ったら先生はどう思うだろう。

 

「いや、どうも思わないか」

 

あの人の事だ。僕が屋敷に住んでるって知ったら『そうか、なら私も住まわせろ』とか言うに違いない。

 

「それはそれで悪くないかな・・・・・・」

 

ちょっと疲れたな。それに、宿で泊まるより馬小屋生活の方が長かったからベッドで眠るのは久しぶりだ。

 

「あっ・・・・・・やばっ・・・・・・」

 

気が緩んだのか一気に眠気が押し寄せてきた。抗いがたい感覚が、意識を刈り取っていく。あっー、ダメだ。落ちる。

 

「すぅ・・・・・・」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「んんっ・・・・・・」

 

誰かの視線を感じて眼が覚めた。寝落ちする前は灯りがついていたのに、今は消えていた。

 

「人形・・・・・・?」

 

部屋に備え付けられている机の上に金髪にゴスロリ衣装を着た西洋人形三体が僕の方を見ていた。おかしい。寝る前はあんな人形無かった。

 

「悪霊が人形に憑依したって言うの?ホラー映画としてはありがちだよ」

 

ベッド脇に置いておいた干将・莫耶を手に取ってベッドから出る。すると、背後からカタッという音がした。振り向くとベッドの上に机に置いてある西洋人形とは別の人形が四体並んでいた。

 

「増えた・・・・・・?」

 

ガタ、ガタガタガタガタガタガタガタッ!!!!!!

 

「ちょっと待って数多すぎない!?」

 

窓の外には数えるのもバカらしくなる量の人形が張り付いていた。

 

(密閉空間はまずい!)

 

いくら部屋がそれなりに広くても悪霊の大群相手に密閉空間での戦闘は物量に押し潰される。僕が部屋から出て扉を閉めるのと同時に、部屋の窓が破られた音がした。

 

「アクア達と合流した方が良さそうだね」

 

扉に中級魔法の『ロック』という魔法をかける。『ロック』はかけた魔力量で扉を開けにくくする魔法だ。ひとまずは部屋の人形達はどうにかできただろう。

 

「そこかっ!」

 

「危なっ!?」

 

しばらく廊下を歩いていると、廊下の曲がり角からはたきを手にしたダクネスが飛び出して攻撃してきた。反射的にはたきを斬って、ダクネスを壁に押し付けて、首筋に干将を当ててしまった。

 

「あっ、ごめん。反射的にやっちゃった」

 

「わ、分かったから早く離れてくれ!いくら私でも恥ずかしいんだぞ!?」

 

普段はカズマに罵られたら悶えてるのに、壁に押し付けられたぐらいで恥じらうダクネスの羞恥心の基準がいまいちわからない。

 

「ダクネス一人なの?アクアは?」

 

ダクネスから離れる。ダクネスは乱れた寝間着を整えながら話し出した。

 

「アクアなら一人で屋敷の悪霊達を浄化している。私もクルセイダーの端くれ。悪霊程度なら私も浄化できるから別行動していたんだ」

 

「そうなるとカズマとめぐみんの二人か。二人は見た?」

 

「いや、見ていない。めぐみんは大丈夫だろうが、カズマは・・・・・・」

 

今の起きている事に気づかずに寝ているか、めぐみんと一緒にいるのか。まあ、めぐみんと一緒ならたぶん大丈夫だろう。

 

――――――いだぁっ!?

 

下からアクアの声が聞こえた気がした。それも女の子がまかり間違っても出してはいけないタイプの声だ。

 

「今の声は・・・・・・アクアか?」

 

「そうだね。下から聞こえた。行こう」

 

ダクネスと二人で下の階に降りると、全員で掃除用具等の収納スペースに決めた部屋の前でアクアが倒れていた。

 

「カズマ!めぐみん!無事か!?」

 

「あっー、俺達は無事だけど・・・・・・」

 

「そうですね。ただ、アクアが・・・・・・」

 

アクアは額を真っ赤にして気絶している。カズマ達が開けた扉がアクアの額に当たったんだろうね。

 

「アクアは僕が部屋に連れていくから、今日は遅いし解散しよう。後片付けは起きてからすれば良いし」

 

気絶しているアクアを背負う。普段、暴飲暴食をしている姿からは考えてられない程軽かった。・・・・・・腐っても女神の端くれってことか。

 

「それじゃあお休み。また、明日ね」

 

「おう、お休み」

 

「お休みない」

 

「お休み。アクアを頼む」

 

三人に挨拶を済ませてアクアの部屋に向かう。

 

「・・・・・・こうやってしてたら本当、女神みたいなのにね」

 

寝ているアクアを背負い直しながら、独り言を呟く。日本ならアクアやめぐみん、ダクネスは中身はともかくモデルで大成功しそうな気がする。

 

「よっと・・・・・・」

 

アクアの部屋に着いた僕はアクアをベッドに寝かせて掛け布団をかける。

 

「お休み、アクア」

 

寝ているアクアを起こさないように静かに部屋を出た。

 

おやすみ~、シュウ~



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この魔術師に蟹料理とロリっ娘サキュバスを!

新年、明けましておめでとうございます。

お待たせしました!


「ダクネス、この(ざる)いっぱいのカニどうしたの?」

 

幽霊騒ぎからしばらく経ったある日、屋敷で本を読んでいた僕は休憩がてらキッチンに飲み物を取りに行くと、キッチンに備え付けの台に笊いっぱいのカニが置いてあった。

 

「私の実家から届いた物だ。引っ越し祝いと日頃私が世話になってる御礼だそうだ」

 

「へぇ、いい親御さんだね」

 

「ああっ・・・・・・私の自慢の親だ」

 

ダクネスは照れ臭そうにしながらどこか嬉しそうだ。

 

「あっ!シュウも降りてきてたのね!見てよこの真っ赤なカニ!霜降り赤ガニって言ってめったにお目にかかれない超高級カニよ!」

 

両手にカニを持ったアクアがキッチンに転がり込んできた。

 

「アクア、食べ物を持ってはしゃがない。それにしても、これだけ量があると五人でも少し残りそうだね」

 

「そうですね。いっそのこと蟹全部を使って今日は蟹パーティーにしましょう!」

 

「それが一番無難かな?ところで、めぐみんは料理できる?」

 

「出来ますよ」

 

「出来るんだ、ちょっと意外」

 

アクアは絶対に出来ないだろうし、ダクネスも料理が出来そうなイメージが浮かばない。てっきりめぐみんもそっちのグループだと思っていた。

 

「僕も簡単な作業なら手伝えるから、めぐみんをメインにして料理作っていこう」

 

「任せてください!最っ高の蟹料理を作って見せましょう!」

 

めぐみんは意気揚々とエプロンを着けて、下拵えの準備をしていく。

 

「そういえばカズマは?」

 

「カズマなら出掛けていったぞ」

 

それは困った。カズマが居ないとアクアを見張ってて貰えない。

 

「ねえねえ、シュウ!私は!?私は何をしたらいいのかしら!」

 

「アクアは――――――」

 

どうしよう・・・・・・何を頼んでもろくでもない事になりそうな気がする。アクアに何を任せるかを悩んでいると、ふとダクネスが視界に入った。

 

「なら、ダクネスと一緒にお皿とかの用意してくれる?カズマが帰ってきたらすぐに食べられるようにさ」

 

「任せてっ!」

 

アクアはそういうとキッチンを出ていった。

 

「ダクネス。アクアのことはお願いね。お皿とか出すだけだから変な事にはならないと思うけど・・・・・・」

 

「うむ、任せろ」

 

ダクネスはアクアの後を追ってキッチンから出ていった。ダクネスも自分の性癖が絡まなかったら頼りになるのに。

 

「さて、そろそろ始めようか。遅くなって騒がれてもたまらないしね」

 

「そうですね。ところで、シュウはアクアの扱いが手慣れてきていますね」

 

「そんな事を褒められても嬉しくないよ・・・・・・」

 

最近、ギルドでもアクアの保護者扱いされ始めてるんだよね・・・・・・。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「これって・・・・・・蟹鍋か!?」

 

「そうよ、カズマ!ダクネスの実家の人が持ってきてくれてたのよ!」

 

街から帰ってきて、いつものジャージに着替えたカズマがテーブルに並べられている蟹料理に驚いていた。

 

「シュ、シュウ。もう十分茹でたのでは?」

 

めぐみんがそわそわしながら言ってきた。確かにもう十分かな。

 

「それじゃあ開けるよ。――――――それ!」

 

鍋の蓋を開ける。

 

「「「「「おおっ――――――っ!!」

 

真っ赤になった甲羅に食欲をそそる香り。僕も含めた全員が鍋を覗きこむ。

 

「こ、これが霜降り赤ガニで作った鍋・・・・・・っ!」

 

「そんなに高級なカニなのか?」

 

「当たり前です!分かりやすく喩えるならば、このカニを食べる代わりに今日は爆裂魔法を我慢しろと言われれば、大喜びで我慢して、食べた後に爆裂魔法をぶっ放します。それぐらいの高級品なのですよ!」

 

「おお、そりゃ凄・・・・・・!・・・・・・あれ?お前今最後なんて言った?」

 

結局、いつも通り爆裂魔法は撃つんだね。鍋からカニの足を一本取って折り、剥き出しになった身をタレにつけて食べる。

 

「んうっ!?」

 

スッゴい美味しい!何これ、こんなの食べたら普通のカニなんで食べられなくなる!

 

「ふふっ、皆が喜んでくれてたみたいで私も嬉しい」

 

「うん、こんな美味しいカニをくれたダクネスの親御さんには感謝だよ。それにしても・・・・・・高級食材の霜降り赤ガニをこんなにくれるなんて、もしかして、ダクネスの親御さんって商人かなにか?」

 

「ま、まあ、そんなところだ!そ、それよりシュウ!まだまだいっぱい残ってるんだ!もっと食べろ!」

 

「自分で取るから止めてくれる?」

 

誤魔化すように話を切り上げたダクネスは僕の皿にどんどん鍋の食材を入れていく。

 

「ねえ、シュウ!カニの甲羅いらないなら私にちょうだい!」

 

「良いけど何に使う気?」

 

「みんなにこの高級酒とカニの甲羅の取って置きの使い方を教えてあげるわ!」

 

アクアは僕からカニの甲羅を受け取ると、簡単な作りの七輪に金網を置いて甲羅を乗せた。

 

「カズマ、ちょっとここにティンダーちょうだい」

 

「んっ、ティンダー」

 

カズマが初級魔法のティンダーで炭に火をつける。アクアは甲羅に高級酒を並々と注いで、焦げ目がつく程度に炙って、熱燗にした高級酒を一口すすった。

 

「ほぅ・・・・・・っ」

 

実に美味しそうに息を吐いた。それを見ていた全員が喉を鳴らした。残念なことに甲羅はアクアにあげてしまったので、今回はお預けだ。

 

「!?これはいけるな、確かに美味い!」

 

「ダクネス、私にもください!いいじゃないですか今日ぐらいは!私だってお酒を飲んでみたいです!」

 

「ダメだ、子供の内から酒を飲むとパーになると聞くぞ」

 

その言葉にめぐみんが上機嫌で酒を飲むアクアに目をやり、ダクネスも無言でアクアを見た。もちろん僕も。

 

「・・・・・・?何かしら」

 

自覚が無いって幸せだよね・・・・・・。

 

「あら、シュウたっら全然お酒飲んでないじゃない。ほら、シュウも飲みなさいよ!」

 

「今日は止めとくよ。今日の片づけの当番は僕だしさ」

 

この屋敷の掃除や夕飯等の準備は持ち回り制で、今日は僕が食器の片づけの担当の日だ。

 

「えっー!少しぐらい飲みなさいよ!」

 

「だから、飲まないって」

 

やたらと絡んでくるアクアをあしらいながら鍋をつつく。このカニ本当に美味しい。流石、高級食材。

 

「それじゃあ、ちょっと早いけど俺はもう寝るとするよ。ダクネス、ご馳走さん、お前ら、お休み!」

 

さっきから何かを悩んでいたカズマは箸を置いて立ち上がった。

 

「あれ、もう良いのカズマ?まだ、残ってるよ?」

 

「あ、ああ、昼間にダスト達と飲んで来てお腹一杯なんだよ」

 

「そうなんだ・・・・・・うん、お休み、カズマ」

 

「お、おう、お休み」

 

満腹なら仕方ないか。カズマの分も美味しくいただこう。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「これで最後っと・・・・・・」

 

夕食後、僕は自室で庭先で広い集めた小石にルーン文字を一つ一つ刻んでいたのが終わったところだ。

 

「肩が痛い・・・・・・っ!」

 

時間がある日にコツコツと作ってたけど、結構しんどかった。今度からは焼き印みたいなのを作って、押すタイプにしようかな。

 

「そろそろお風呂も空いたかな」

 

お風呂に入る順番は特に決めていない。ただ、誰かが入浴している時は『入浴中』のプレートにする決まりだ。

 

 

「この曲者ーっ!!出会え出会え!皆、この屋敷に曲者よーっ!!」

 

 

着替え一式を用意してお風呂場に移行としたら、部屋の外から屋敷中に響くぐらいのアクアの大声が聞こえた。

 

「夜ぐらいはゆっくりさせてよ・・・・・・」

 

机に置いておいた夫婦剣を持って部屋を飛び出た。

 

「どうかしたの?」

 

「シュウも来たのね!見て見て!私の結界に引っ掛かって、身動きが取れなくなった曲者がいたのよ!あっ!でも、それ以上は近づいちゃダメよ?男のシュウは操られるから」

 

「そうですね。シュウはそこに居てください。もし、シュウが操られるような事があったら、誰も止められなくなりますから」

 

「わかったけど・・・・・・サキュバス?」

 

廊下の真ん中には紫の魔方陣に閉じ込められた空想上のサキュバスに比べてかなり幼い、カズマ風にいうならロリっ娘サキュバスがペタリと座り込んでいた。

 

「アクアーっ!!」

 

「カズマ、見て見てって・・・・・・こっちにも曲者がいた!」

 

「誰が曲者だ!・・・・・・あれっ。何これ?何でそこにサキュバスの子が?」

 

腰回りをタオル一枚で隠したカズマが走ってきた。・・・・・・その格好で曲者扱いは仕方ないよ、カズマ。

 

「実はこの屋敷には強力な結界を張ってあるんだけどね?結界に反応があったから来てみれば、このサキュバスが屋敷に入ろうとしてたみたいで、結界に引っ掛かって動けなくなっていたの!サキュバスは男を襲うから、きっとカズマを狙ってやってきたのね!でも、もう大丈夫よ!今、サクッと悪魔祓いしてあげるから!」

 

アクアの言葉にサキュバスの女の子がヒッ!と小さな悲鳴を上げた。

 

「さあ、観念するのね!今とびきり強力な対悪魔用の・・・・・・カズマ、男のあんたはこっちに来ない方がいいわよ?でないとサキュバスに操られて・・・・・・」

 

カズマは無言でサキュバスの女の子を庇い、アクア達の方に向き直る。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!カズマったらなにやってんの?その子は悪魔なの。カズマの精気を狙って遅いに来た、悪魔なのよ?」

 

カズマは無言でファイティングポーズを取る。

 

「・・・・・・ちょっと、一体何のつもり?仮にも女神な私としては、そこの悪魔を見逃す訳には行かないわよ?カズマ、袋叩きにされたくなかったら、そこを退きなさいよ!」

 

チンピラみたいな事を言うアクアもファイティングポーズを取り、めぐみんも持っていた杖を構えた。

 

「アクア、今のカズマは、恐らくそのサキュバスに魅了され、操られている!先程から、カズマの様子がおかしかったのだ!夢がどうとか設定がこうとか口走っていたから間違いない!おのれ、サキュバスめ、よくもこの私に、あんな・・・・・・、あんな辱しめを・・・・・・っ!ぶっ殺してやる!」

 

普段のダクネスからは考えられない物騒な事を言うダクネスも女性陣の輪に加わった。・・・・・・って、そうなるとさっきまでカズマとダクネスは一緒にお風呂に入ってたって事か。裸見られて恥ずかしがるなら、普段の言動でも恥ずかしさを覚えなよ。

 

「カズマ、一体何をトチ狂ったのですか?可愛くても、それは悪魔、モンスターですよ?しっかりしてください、それは倒すべき敵ですよ?シュウからも何か言ってください」

 

呆れと冷たい目線をめぐみんがカズマに向けながら、僕にもカズマを止めるように促してきた。

 

「はぁ・・・・・・カズマ?今すぐ止めるなら痛い目にはあわないと思うよ?」

 

後ろからでカズマの顔は見えないが、微かに頭を横に振ったのがわかった。

 

「うん、無理みたい」

 

「そう・・・・・・どうやら、カズマとはここで本気で決着をつけないといけないようね・・・・・・!いいわ、掛かってらっしゃい!カズマをけちょんけちょんにした後、そこのサキュバスに引導を渡してあげるわ!」

 

三人がカズマに襲いかかる。三人を見据えたカズマは――――――

 

 

「かかってこいやーっ!!」

 

 

――――――屋敷中に響く大声で、熱く叫んだ。

 

 

・・・・・・と、かっこよく叫んだのはいいが、最弱職のカズマが三人に勝てるわけがなく、アクアが言ったように袋叩きにされている。

 

「ねえ」

 

「ピッ!な、何ですか・・・・・・っ!?」

 

「このまま大人しく帰るなら、見逃してあげるけど、どうする?」

 

「か、帰ります!帰らさせてもらいます!」

 

「ん、了解。窓から放り投げるから、上手く飛んでね」

 

廊下の窓を開けて、サキュバスの女の子を魔方陣から引っ張り出す。

 

「それじゃあ、行くよ」

 

「は、はいっ!」

 

サキュバスの女の子を横抱きにして、窓から放り投げた。サキュバスの女の子は屋敷の外の空中で一回転して、羽根を広げて、お辞儀をして飛び去った。

 

「・・・・・・眠っ」

 

お風呂は明日の朝一で入ろっと。窓を閉めて、カズマを袋叩きにしている三人と、袋叩きにされているカズマを放置して自室に戻ることにした。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

朝風呂を終えた僕は広間で寛ぎながら、窓の外を眺めている。

 

「・・・・・・さっきからダクネスはカズマの後ろで何してるの?新手のストーカー?」

 

「違いますよ。昨日のことをカズマに確認しようとして、聞けずにいるみたいですよ」

 

「へぇー」

 

ダクネスは屋敷の敷地に作られている小さな墓を掃除しているカズマの後ろでソワソワしている。

 

「ダクネスの恥ずかしさの基準は一体なんだろうね。カズマに罵られて興奮してると思ったら、昨日みたいにカズマと一緒にお風呂に入って恥ずかしがってさ」

 

「シュウはダクネスを何だと思ってるんですか!確かに言動に少々・・・・・・多分に・・・・・・かなり問題があるところもありますが、ダクネスだって立派女の子なんですよ!裸を見られたら誰だって恥ずかしがります!」

 

めぐみんに怒られた。確かに今のは僕の失言だ。

 

「ところで・・・・・・もし、カズマがめぐみんの裸を見たらどうする?」

 

「記憶が飛ぶまでぼこぼこにします」

 

とんでもなく物騒な答えをキメ顔をしながら即答で返してきた。

 

「・・・・・・めぐみんもだいぶ物騒だよ」

 

このパーティーの女性陣はお淑やかさとは無縁かも知れない。

 

『デストロイヤー警報!デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です!冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ!そして、街の住人の皆様は、直ちに避難してくださーい!!』

 

デストロイヤーって・・・・・・前の偵察依頼のやつのこと?



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この魔術師に機動要塞を! ブリーフィング

「逃げるのよ!遠くへ逃げるの!」

 

装備を整えて広間に戻ると、いろいろと物をひっくり返しているアクアと小さな鞄を横に置いて、お茶を飲んでいるめぐみんがいた。

 

「もう、ジタバタしたって始まりませんよ。住む所も全て失うなら、もういっそ魔王の城にカチコミにでも行きましょうか」

 

「変なことを言うのは止めてくれる、めぐみん?」

 

とんでもない事を口走っためぐみんにツッコミを入れる。

 

「・・・・・・えっと。どうしたお前ら。何だこの状況は?緊急の呼び出しを受けてるんだぞ、準備を整えてとっとと行こうぜ」

 

「カズマったら何を言ってるの?ひょっとして、機動要塞デストロイヤーと戦う気?」

 

「カズマ。今この街には、それが通った後にはアクシズ教徒以外、草も残らないとまで言われる、最悪の大物賞金首、機動要塞デストロイヤーが迫ってきています。これと戦うとか、無謀も良いところですよ?」

 

「ねえ、私の可愛い信者達がなぜそんな風に言われているの?こないだウィズにも言われたんだけど、どうしてウチの子達ってそんなに怯えられているのかしら。みんな普通のいい子達ばかりなのに!?」

 

「崇めてる御神体がろくでもないからじゃない?」

 

「どういう意味よおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「自分の胸に聞いてみたら!?」

 

掴みかかってくるアクアと取っ組み合いになる。

 

「なあ、それはめぐみんの爆裂魔法でどうにかならないのか?名前からして大きそうだし、遠くから丸分かりだろ?魔法で一撃じゃダメなのか?」

 

「無理ですね!デストロイヤーには強力な魔力結界が張られています。爆裂魔法の一発や二発、防いでしまうでしょう」

 

めぐみんの爆裂魔法を防げるとか、硬すぎだよデストロイヤー。

 

「ねえ、ウチの信者はいい子達よ!めぐみん聞いてよ、巷で悪い噂が流れてるのは、心無いエリス教徒の仕業なのよ!みんなエリスの事を美化してるけど、あの子、アレで結構やんちゃな所があるのよ!?悪魔相手だと私以上に容赦がないし、結構自由奔放だし!案外暇な時とか、地上に遊びに来てたりしてるかもしれないわ!アクシズ教を!アクシズ教をよろしくお願いします!」

 

「アクア、日頃神の名を自称してるだけじゃ飽き足らず、更にはエリス様の悪口まで言うなんてバチが当たりますよ?」

 

「自称じゃないわよ!信じてよー!!」

 

アクアは組んでいた手を離して目の前で仰向けになってジタバタと駄々をこねる子供みたいになった。

 

「・・・・・・遅くなった!・・・・・・ん、どうしたカズマ。早く支度をして来い。お前なら、きっとギルドへ行くんだろ?」

 

広間に入って来たダクネスは普段の鎧の上に鎖を編み込んだマントを羽織って、左手の籠手に盾を着けていた。

 

「おいお前ら、こいつを見習え!長く過ごしたこの屋敷とこの街に、愛着は無いのか!ほら、ギルドに行くぞ!」

 

「・・・・・・ねえカズマ、今日はなぜそんなに燃えているの?なんか、目の奥が凄くキラキラしてるんですけど。ていうか、この屋敷に住んで、そんなに経ってないんですけど・・・・・・」

 

「やけに今回は乗り気だね、カズマ」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「お集まりの皆さん!本日は、緊急の呼び出しに答えて下さり大変ありがとうございます!只今より、対機動要塞デストロイヤー討伐の、緊急クエストを行います。このクエストには、レベルも職業も関係なく、全員参加でお願いします。無理と判断した場合には、街を捨て、全員で逃げる事になります。皆さんがこの街の最後の砦です。どうか、よろしくお願い致します!」

 

冒険者ギルドには重装備の冒険者達が集まっていた。気のせいか、男性冒険者の比率が多い気がする。

 

「それではお集まりの皆さん、只今より緊急の作成会議を行います。どうか、各自席に着いてください!」

 

職員の指示に従って、手近な席に座る。それにしてもかなりの数の冒険者だ。駆け出し冒険者の街だからこんなに人がいるんだろうか。

 

「さて、それでは。まずは、現在の状況を説明させて頂きます!・・・・・・えっと、まず、機動要塞デストロイヤーの説明が必要な方はいますか?」

 

職員の言葉に僕とカズマを含めた数名の冒険者が手を挙げた。それを見た職員は頷いた。

 

「機動要塞デストロイヤーは、元々対魔王用の兵器として、魔道技術大国ノイズで造られた、超大型のゴーレムの事です。国家予算から巨額を投じて作られたこの巨大なゴーレムは、外観はクモの様な形状をしております。小さな城ぐらいの大きさを誇っており、魔法金属をふんだんに使われ、外観には似合わない軽めの重量で、八本の巨大な足で、馬をも超える速度が出せます」

 

この世界だとデストロイヤーは有名なのかほとんどの冒険者が頷いている。

 

「特筆するのは、その巨体と進行速度です。凄まじい速度で動く、その八本の脚で踏まれれば、大型のモンスターとて挽肉にされます。そしてその体には、ノイズ国の魔道技術の粋により、常時、強力な魔力結界が張られています。これにより、まず魔法攻撃は意味をなしません」

 

魔法が効かないなら、残された手段は直接デストロイヤーに乗り込んで機関部を破壊するしかないのか。

 

「魔法が効かない為、物理攻撃しか無いわけですが・・・・・・。接近すると轢き潰されます。なので、弓や投石などの遠距離攻撃しか無いわけですが・・・・・・。元が魔法金属製のゴーレムな為、弓はまず弾かれ、攻城用の投石機も、機動要塞の速度からして、運用が難しいと思われます。それに、このゴーレムの胴体部分には、空からのモンスターの攻撃に備える為、、自立型の中型ゴーレムが、飛来する物体を備え付けの小型バリスタ等で撃ち落とし、なおかつ、戦闘用のゴーレムが胴体部分的上に配備されています」

 

騒がしかった冒険者達が静まり返っている。雰囲気で言えばお通夜だ。魔法が効かない、デストロイヤーに乗り込む前に轢き潰される、遠距離攻撃も実質的には意味が無い。この街にいる冒険者ではどうしようも無い。

 

「現在、機動要塞デストロイヤーは、この街の北西方面からこちらに向けて真っ直ぐ侵攻中です。・・・・・・では、ご意見をどうぞ!」

 

職員の言葉にギルド中が完全に静まり返る。・・・・・・屋敷を捨ててこの街から逃げることも視野に入れとおかないとダメかも知れない。

 

「・・・・・・あの、その魔道技術大国ノイズって国はどうなったんです?そいつを造った国なら、それに匹敵する何かを造るなりなんなりできなかったんですか?あと、機動要塞の弱点ぐらい知ってたりとか・・・・・・」

 

「滅びました。デストロイヤーの暴走で、真っ先に滅ぼされました」

 

自滅じゃないか。

 

「そんなの、街の周りに巨大な落とし穴でも掘るとか」

 

「やりました。多くの『エレメンタルマスター』が集まって地の精霊に働きかけ、即席ながらも巨大な大穴を掘り、デストロイヤーを穴に落としたまでは良かったのですが・・・・・・。機動性能が半端なく、なんと、八本の脚を使い、ジャンプしました。上から岩を落としてフタをする作戦だったそうですが、その暇も無かったそうです」

 

ギルド内から音が完全に消えた。打開策が無い以上、街から避難するしかない。

 

「おい、カズマ。お前さんなら機転が利くだろう。何か良い案は無いか?」

 

近くのテーブルに座っていたテイラーがカズマに無茶ぶりした。カズマは腕を組んで、少し考えた後、アクアを見る。

 

「なあ、アクア。ウィズの話じゃ、魔王の城に張られている魔力結界ですら、魔王の幹部、二、三人が維持したものでも、お前の力なら破れるとか言ってなかったか?なら、デストロイヤーの結界も破れないか?」

 

「ああ、そういえばそんな事言ってたわね。でも、やってみないと分からないわよ?結界を破れる確約はできないわ」

 

なるほど・・・・・・アクアの魔法で結界を破るのか。破った後に後衛職の魔法でデストロイヤーを破壊するわけか。

 

「破れるんですか!?デストロイヤーの結界を!?」

 

「いや、もしかしたらって事で。確約はできないそうです」

 

「一応、やるだけやっては貰えませんか?それができれば魔法による攻撃が・・・・・・!あ、いやでも。機動要塞相手には、下手な魔法では効果が無い。駆け出しばかりのこの街の魔法使いでは、火力が足りないでしょうか・・・・・・」

 

「やってみる価値はあるんじゃない?どのみち今のままだと時間を無駄にするだけだしさ。それに、火力持ちならこの街にいるじゃないか。アクセル一の魔法使いがさ」

 

そう言って僕はめぐみんに視線を飛ばす。めぐみんは意味が分かったのか胸を張って、どや顔で立ち上がろうとする。

 

「そうか、頭のおかしいのが・・・・・・!」

 

「おかしい娘がいたな・・・・・・!」

 

「どうしてそうなるのですか!?」

 

他の冒険者達からのあんまりな言い草にめぐみんがキレた。めぐみんはガシャン!と椅子を倒して勢いよく立ち上がった。

 

「せっかくシュウが場を整えてくれたというのに!誰が頭のおかしい娘ですかっ!?良いでしょう!!誰の頭がおかしいのか今ここで証明してみせましょうっ!!」

 

「お、落ち着けめぐみん!こんな所で爆裂魔法を使おうとするんじゃない!」

 

暴れるめぐみんをダクネスが羽交い締めにして抑える。日頃、爆裂魔法を撃ちまくっているせいで頭のおかしい娘扱いされ始めたのか・・・・・・。落ち着きを取り戻しためぐみんは人々の期待の眼差しを受けて顔を赤くしていく。

 

「うう・・・・・・わ、我が爆裂魔法でも、流石に一撃では仕留めきれない・・・・・・と、思われ・・・・・・」

 

めぐみんの言葉にギルド内が再び静まり返る。打開策は浮かんだ。問題のデストロイヤーの魔力結界をどうにか出来る目処は立った。だけど、唯一デストロイヤーを破壊出来る可能性がある爆裂魔法のめぐみんが破壊は無理だと言う。

 

「すいません、遅くなりました・・・・・・!ウィズ魔道具店の店主です。一応冒険者の資格を持っているので、私もお手伝いに・・・・・・」

 

ギルドの扉が開いて入って来たのは、いつも店で着けているエプロンを着けているウィズだった。

 

「店主さんだ!」

 

「貧乏店主さんが来た!」

 

「店主さん、いつもあの店の夢でお世話になってます!」

 

「店主さんが来た!勝てる!これで勝てる!」

 

前にウィズから魔道具店の店主をする前は冒険者をしていて、かなり名が知れていたらしいという話を聞いたことがある。なら、他の冒険者達が喜んでいるのに納得だ。ウィズは中央のテーブルに案内されて、着席する。

 

「では、店主さんにお越し頂いた所で、改めて作戦を!ええと、店主さんが来たのでもう一度まとめます。・・・・・・まず、アークプリーストのアクアさんが、デストロイヤーの結界を解除。そして、おかし・・・・・・、めぐみんさんが、結界の消えたデストロイヤーに爆裂魔法を撃ち込む、という話になっておりました」

 

「・・・・・・爆裂魔法で、脚を破壊した方が良さそうですね。デストロイヤーの脚は本体の左右に四本ずつ。これを、めぐみんさんと私で、左右に爆裂魔法を撃ち込むのは如何でしょう。機動要塞の脚さえ何とかしてしまえば、後は何とでもなると思いますが・・・・・・」

 

デストロイヤーの機動力を奪ってしまえば後はどうとでもなるって訳か。残った本体はめぐみんの日課の爆裂魔法の的にでもすれば良い。どのみち、僕に出来ることは無さそうだ。

 

「では、結界解除後、爆裂魔法により脚を攻撃。万が一脚を破壊し尽くせなかった事を考え、前衛職の冒険者各員はハンマー等を装備し、デストロイヤー通過予定地点を囲むように待機。魔法で破壊し損なった脚を攻撃し、これを破壊。要塞内部には、デストロイヤーを開発した研究者がいると思われますが、この研究者が何かをするとは限りません。万が一を考え、本体内に突入もできる様にロープつきの矢を配備し、アーチャーの方はこれを装備。身軽な装備の人達は、要塞への突入準備を整えておいて下さい!」




・簡単なオリ主設定。

名前・蒼崎秋

年齢・十五歳

職業・ルーンナイト

主な使用武器・白と黒の夫婦剣、黒鍵、ルーンを刻んだ小石

好きなこと・読書、鍛練、魔術の鍛練

嫌いなこと・残虐な行為、魔術の師の車の運転

カズマとアクアの異世界転生に巻き込まれた被害者。秋の場合は転生ではなく転移。当初は一人で魔王を倒しに行こうと考えていたが、なんだかんだとカズマ達と一緒にいるのが楽しくてずっとパーティーを組んでいる。

好きな女性のタイプは歳上の女性。今でも初恋の女性のことを引き摺っているので、攻略難易度は高め。

元いた世界では魔術協会に所属していない魔術使い。本人は『根源』に興味はない。魔術師の行う残虐な行為は嫌いだが、自分も大概なのでろくでもない死に方をすると考えている。


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この魔術師に機動要塞を!   〜青い機械を添えて〜

「ねえ、ウィズ。頭から煙が上がってるけど大丈夫?」

 

「だ、大丈夫ですよ。これはその、この良く晴れた天気の中、長時間お日様の下にさらされているので・・・・・・」

 

「それ全然大丈夫じゃないよね?」

 

デストロイヤー迎撃地点で僕はウィズとアクアと一緒にいる。ウィズが頭から煙を出していて、干からびないか心配しながら、地面に木の棒で絵を描いているアクアに声をかける。

 

「アクアは緊張とかしてないの?かなりの大役だけど?」

 

「ふっ、馬鹿ねぇシュウは。女神である私がこれぐらいで緊張するわけ無いじゃない!」

 

「そういうわりには持ってる棒が小刻みに震えて絵が描けてないけど?」

 

「えっ、嘘っ!?」

 

実際、アクアの描いている絵はミミズが這ったような感じで何を描いていたのか分からない。・・・・・・アクアも強がってるけど緊張してるんだ。

 

「アクア。普段通りでいいよ」

 

「えっ、シュ、シュウ・・・・・・?」

 

僕はアクアの手を握って、眼を合わせる。

 

「あとの事とか、失敗した時の事とか何も気にする必要は無いよ。ただ、今は目の前のことだけに集中して。アクアなら必ず成功するって信じてるからさ」

 

「・・・・・・っ!ま、任せて!絶対に成功させてみせるから!・・・・・・だから、私のこと、ちゃんと見ててね?」

 

「もちろん。だから、頑張って」

 

アクアが走っていったのを見送って、ウィズの方に振り向くと、ウィズは微笑んでいた。

 

「ふふっ、シュウさんとアクア様は仲が良いんですね」

 

「・・・・・・それなりに長い付き合いだしね。アクアの扱い方にも慣れたよ」

 

ホント・・・・・・こんなにカズマ達と長く一緒にいるなんて思わなかったよ。

 

「誰かと冒険するという事はとても素晴らしいことですよ。私も昔は冒険者としていろいろな所を仲間と冒険しましたから」

 

「へー。そういえばウィズの冒険者時代の話は聞いたこと無いよね?どんな感じだったの?」

 

ウィズの冒険者時代ことが気になって聞いてみたら、何故か眼を逸らされた。

 

「そ、それはまたの機会にということで・・・・・・」

 

・・・・・・気になる。すごく気になる。そんなに人に言えない事なんだろうか。じーっとウィズを見つめていると、ウィズも目だけじゃなくて顔ごと逸らし始めた。

 

『冒険者の皆さん、そろそろ機動要塞デストロイヤーが見えてきます!街の住人の皆さんは、直ちに街の外に遠く離れてください!それでは、冒険者の各員は、戦闘準備をお願いします!』

 

――――――丘の向こうから土煙を舞い上げながら、六脚で大地を震動させながら移動している建物が見えてきた。

 

「何あれでけぇ・・・・・・」

 

誰かがぽつりと呟いた。確かにデカい。めぐみんの爆裂魔法の威力は知ってるけど・・・・・・破壊できるか不安になってきた。

 

『アクア!今だ、やれっ!』

 

ギルドの職員から渡された拡声器のような魔道具を使って、カズマが指示を出した。

 

「シュウ!しっかり私の活躍を見てなさいよ!『セイクリッド・ブレイクスペル』ッ!」

 

アクアの周囲に魔方陣が浮かび上がり、アクアの手には白い光の玉が浮かんでいる。アクアは光の玉をデストロイヤーめがけて撃ち出した。デストロイヤーの結界とアクアの魔法がぶつかり合い、一瞬の拮抗の後、デストロイヤーの結界はパリンッ!という音とともに砕け散った。

 

「ウィズ!」

 

「はいっ!」

 

カズマとめぐみんの方は何やらひと悶着あったようだが、めぐみんの目が紅く光っていることから、カズマが何か発破をかけたのか挑発したんだろう。

 

「「『エクスプロージョン』ッッ!!」」

 

全く同じタイミングで、めぐみんとウィズの爆裂魔法はデストロイヤーの全ての脚を消し飛ばした。全ての脚を失ったデストロイヤーは底部を地面に引きづりながら街の方に迫ってくる。デストロイヤーは街の前のバリケードより前、最前線に立ち塞がってるダクネスの目と鼻の先で停止した。

 

「やりました!成功しましたよ、シュウさん!」

 

「うん、お疲れさまウィズ」

 

ウィズと両手でハイタッチする。めぐみんの爆裂魔法の威力は知っていたけど、ウィズの爆裂魔法も凄い威力だ。流石は元は凄腕のアークウィザード。デストロイヤーの脚を瓦礫一つ残さず破壊している。

 

「やったわ!何よ、機動要塞デストロイヤーなんて大げさな名前をしておいて、期待外れもいいところだわ。さあ、帰ってお酒でも飲みましょうか!なんたって一国を滅ぼす原因になった賞金首よ、報酬は、一体お幾らかしらね!!」

 

「このバカッ、なんでお前はそうお約束が好きなんだよ!そんなこと口走ったら・・・・・・!」

 

なぜかカズマが必死にアクアを止めようとしていると、デストロイヤーを震源に大地が震えだした。

 

「・・・・・・?な、なんでしょうか、この地響きは・・・・・・」

 

「良くない事が起きようとしてるのは確かだね・・・・・・」

 

『この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難してください。この機体は・・・・・・』

 

デストロイヤーから何度も繰り返し流れる避難命令にカズマが冒険者達を集めて何かを話している。集まった冒険者達の顔は引きつっている。

 

「あ、あの、シュウさん。この放送は一体・・・・・・?」

 

「排熱が出来ないって言ってるから、たぶんデストロイヤーの動力源の何かの熱がデストロイヤー内部に溜まって辺り一面を巻き込んでこう・・・・・・ボンッて」

 

左手を握り拳にしてから開く。デストロイヤーを動かす程の動力源が爆発するとなるとアクセルの街どころかこの周囲一体を吹き飛ばしかねない威力だ。

 

「そ、そんな・・・・・・!み、店が・・・・・・このまま街が被害にあったら、お店が、お店が無くなっちゃう・・・・・・」

 

ウィズが泣きそうな顔で声を震わせながらそう言った。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

この街にも多くの知り合いが出来て、愛着も持ち始めてきた。馬小屋ではなく、ちゃんとした住居もできた。なら、この街の冒険者としてやるべき事をしよう。

 

「カズマ」

 

「お、秋!ちょうどいい!俺たちはデストロイヤーに乗り込むつもりなんだ。秋もついてきて来れ!」

 

「・・・・・・うん、任せて」

 

普段ならアクアと一緒に逃げ出そうと言いそうなカズマがデストロイヤーに乗り込むと聞いて少し面食らったが、カズマもこの街を大切に思ってくれてるみたいで嬉しい。

 

「それじゃあ野郎ども!!」

 

「「「「「「乗り込めー!」」」」」」

 

カズマの掛け声に冒険者達が声を上げてデストロイヤーに乗り込んで行く。アーチャー達がフック付きロープをデストロイヤーに向かって打ち上げて、それを使ってデストロイヤーに乗り込む。甲板に上がると先に上っていた冒険者達が入り口を前に立ち止まっていた。

 

「おい、お前ら。なに立ち止まってるんだよ?」

 

「いや、なんか奥から音が聞こえてくるんだよ」

 

「・・・・・・確かに」

 

近くにいたダストが言うように入り口の奥からガチャンガチャという鎧が動くときの音が聞こえてくる。

 

「おいおい・・・・・・誰だよあんなの作ったやつは!!」

 

入り口から出て来たのは単眼の頭部にブルーメタルの胴体、右手にサーベルを持ち、左手はボウガンと一体化した人型の機械が単眼を赤く輝かせながら、無数に同じ機体を引き連れて現れた!

 

「キラ◯マシンじゃねーか!!」

 

「カズマさんカズマさん!!それじゃ隠せて無いわ!!」

 



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この魔術師に機動要塞を!  一件落着・・・・・・?

お待たせしました!最後は原作通りなのでかなり雑になってしまいました。


––––––キラ◯マシン。

 

それは日本人なら誰もが知っている某国民的RPGの終盤辺りから登場する機械系のモンスター。キラ◯マシンには多くの派生先があり、青い胴体のキラ◯マシンは元祖キラ◯マシンと言っていい。

 

「囲め囲めっ!厳つい見た目してるくせにこのゴーレム、たいしたことないぞっ!」

 

「シュウが引き付けてる間に扉を壊せーっ!」

 

「シュウばっかりにいい格好させるなーっ!!」

 

「「「おおーーーーーーッ!!!!!」」」

 

駆け出しの冒険者の街なのにやたらと高レベルの冒険者達に囲まれて袋叩きにされているキラ◯マシンの群れのさらに先、真っ先にキラ◯マシンの群れに突撃した秋はというと––––––

 

「はっ!」

 

––––––大勢のキラ◯マシン相手に大立回りしていた。それはもうキラ◯マシンが可哀想になるほどだ。単眼に白い短剣を突き刺して、そのまま後ろから斬りかかろうとしていたキラ◯マシンの盾にして防いだりしている。

 

「あいかわらずシュウは強いわねー」

 

「あそこまで強いと俺たちいるのかってたまに思う時があるよなー」

 

本当に俺と同じ日本出身なのか疑わしい。外に出てきていたキラ◯マシンは冒険者達が、デストロイヤー内部は秋がほとんど倒して、キラ◯マシンが立ち塞がっていた先の大きな扉は冒険者達が槌で破壊している。

 

「開いたぞーっ!」

 

開いたっていうか破壊したが正しい気がするが、部屋に雪崩れ込む冒険者達に続いて俺たちも入る。部屋の中央には玉座みたいに大きな椅子に白衣を着た骸骨が腰掛けていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

デストロイヤー内部から溢れるように出て来たブルーメタルのゴーレムを粗方破壊し終えて、みんなが入って行った部屋に入ると玉座みたいな椅子に骸骨が座っていた。

 

「すでに成仏してるわね。アンデッド化どころか、未練の欠片もないぐらいにそれはもうスッキリと」

 

どうも椅子に座っている骸骨がこの迷惑な要塞を造った張本人らしい。アクアが机の上に雑に積まれていた書類に埋もれていた手記を手に取って読み始めた。ーーーーーー曰く、

この骸骨は国の偉い人から低予算で機動要塞を造れと命じられ、『こんな低予算でやってられっか!』と研究所をあの手この手で辞めようとしたが辞めれず、報酬の前金を全て酒に消えて返せず、提出期限が近づいて来た時に紙に落ちて来た蜘蛛にビックリして叩き潰して、そのまま提出。それが通った結果がこのデストロイヤーが完成した。動力炉は永遠に燃え続けるコロナタイトという伝説級の鉱石で、よりによって酔った勢いでそんな鉱石に根性焼きをするという暴挙に出て、結果デストロイヤーは暴走。国は滅亡。気分はスカッと。

 

「・・・・・・お、終わり」

 

「「「「「「なめんな!!」」」」」

 

アクアとウィズ以外が綺麗にハモった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これがコロナタイトか。ってか、これどうやって取るんだよ」

 

デストロイヤーの中枢部に僕とカズマ、アクアとウィズは移動した。他の冒険者達は僕らに任せて先にデストロイヤーから降りている。部屋の中央には鉄格子に囲まれて、赤々と輝く鉱石が設置されている。

 

「鉄格子を斬ろうにもここまで熱が届いてるから、近づこうに近づけないね」

 

「おい、鉄格子を斬らなくても、こうすりゃいいんじゃないのか?格子なんて関係ない。この距離なら・・・・・・『スティール』ッ!」

 

「ちょ、カズマストップ!?」

 

「ああっ!カ、カズマさんっ!?」

 

僕とウィズの制止は間に合わず、コロナタイトは鉄格子をすり抜けてカズマの手に収まった。––––––––––––真っ赤に輝きながら。

 

「ああああああああづああああ!!」

 

「『フリーズ』!『フリーズ』!」

 

「『ヒール』!『ヒール』!・・・・・・ねえ、バカなの?カズマって、普段は結構知恵が働くって思ってたんだけれど、実はバカなの?」

 

カズマが悔しそうにアクアを睨むが今回は完全にカズマか悪い。見てわかるぐらい赤くなってるのに素手で触るのはどうかしてると思う。

 

「どうする、これ?そろそろ臨界点を超えてボンッていきそうだよ?」

 

転がってきたコロナタイトから離れて、カズマ達の側に近寄る。冷やされていたコロナタイトはすぐに熱を取り戻して赤く輝く。

 

「おいアクア、お前これを封印とかってできないか?良くあるだろ、女神が悪しき力を封印するとか何とか!」

 

「良くあるけど!それはゲームの話でしょ!?ちょっとウィズ、あんた何とかできないの!?」

 

「できない事はないですが・・・・・・それには魔力が足りません。あの、シュウさん、お願いが!」

 

「え、この状況をどうにか出来るなら良いけど・・・・・・」

 

ウィズは切羽詰まった様子で聞いてきたから思わず了承してしまった。実際、この場だとウィズしかどうにか出来る人が居ないからウィズに頼るしか無いけど。ただ、ウィズの目が獲物を見つけた捕食者みたいになってる。

 

「ありがとうございます!それではその・・・・・・吸わしてもらいますねっ!」

 

ウィズは僕の頬を両手で挟んで、親指が唇の両端を触る。ウィズの両手が紫色に淡く輝いた。その光は最近カズマが習得したリッチーのスキルの色だ。

 

「それではいきますっ!『ドレインタッチ』っ!!」

 

「吸わしてもらうって魔力の事だよねっ!?生気とかじゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!?!?」

 

急激に体から魔力が抜けていく。ここまで一気に魔力を消費する事がそうそう無いか魔術回路に異常が起きないか不安だ。

 

「ちょ、ちょっとウィズっ!?シュウが干からびちゃうからいい加減止めなさいよ!」

 

アクアが制止に入ってくれた事でようやくウィズが手を離してくれた。ま、魔力を吸われ過ぎてクラクラする・・・・・・。まっすぐ立つ事が出来ずにバランスを崩して倒れそうになる僕をウィズが引っ張って抱き寄せる。

 

「ありがとうございます、シュウさん。これでテレポートを使う事が出来ます」

 

「ああ・・・・・・うん、それなら良かった。でも、こうなるまで魔力を吸い取る必要ってあった?」

 

「それは・・・・・・シュウさんの魔力が私好みの味でして、思わず吸い過ぎちゃいました♪」

 

ウィズの胸に抱き寄せられたままウィズの顔を見ると、頬が赤くなって目が少しだけトロンっとしてる。まるで酒に酔っているみたいだ。

 

「ですから・・・・・・また、吸わせてくださいね?

 

僕の耳許に顔を近づけたウィズに囁かれた。え、ウィズってリッチーだよね?今のウィズはどっちかって言ったらサキュバスみたいなんだけど?また魔力吸われるの、僕?

 

「ウィズ!いつまでもシュウを抱きしめてないであれをどうにかしなさいよっ!あんた浄化するわよ!?」

 

アクアの脅しにウィズが渋々と抱きしめるのを止めると今度はアクアに抱き寄せられた。ウィズが優しく抱きしめるのとは逆にアクアは子供が自分の玩具を奪われないように力いっぱい抱きしめる感じだ。簡単にいうと、普段なら問題ないかも知れないけど魔力を吸われてフラフラの状態でアクアのステータスでそんなことされるとすごく痛い。

 

「ア、アクア・・・・・・痛い、痛いから離してほしいんだけど・・・・・・」

 

「やだ」

 

「やだって・・・・・・」

 

「お前らもイチャついてんじゃねーよっ!?ウィズっ!魔力は十分なんだよな!?」

 

別にイチャついてなんか無いんだけど・・・・・・。

 

「十分足りるどころかお釣りが来るぐらい吸わしてもらいました!テレポート先なんですが、問題は転送先です。私のテレポートの転送先は、アクセルの街と王都とダンジョンなんです。どうしましょう・・・・・・」

 

「その、ダンジョンとやらに送ればいいんじゃないか?」

 

「そ、それが・・・・・・。私が転送先に登録しているそのダンジョンは、魔法の素材集めにちょくちょく利用していた世界最大のダンジョンで・・・・・・。今では、ダンジョンを名物にした一大観光街ができていまして・・・・・・」

 

「なんて迷惑な話なんだよ!おい、ヤバイぞ!石が赤を通り越して、白く輝きだしてるんだけど!」

 

「一応、一つだけ手があります!ランダムテレポートと呼ばれる物で、転送先を指定しないで飛ばす物です!ただ、これは本当にどこに転送されるか分からないので、転送先が海や山なら良いのですが、下手をすれば人が密集している場所に送られる事も・・・・・・!」

 

「大丈夫だ!世の中ってのは広いんだ!人のいる場所に転送されるよりも、無人の場所に送られる可能性の方が、ずっと確率は高いはずだ!大丈夫、全責任は俺が取る!こう見えて、俺は運が良いらしいぞ!」

 

ウィズは頷いで、声高に魔法を唱えた––––––。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

結果だけをいうとデストロイヤーは無事に破壊された。動力炉を取り除かれたデストロイヤーは内部の熱を放出出来ずに暴走、爆発寸前に陥った。魔力切れのめぐみんをカズマのドレインタッチでアクアから魔力を送ることで、二度目の爆裂魔法でデストロイヤーを破壊することが出来た。そして、デストロイヤーを討伐したことで国から褒賞がでるということで僕らは冒険者ギルドに呼び出された。ギルドにはデストロイヤー討伐に参加した冒険者達とギルドの職員、そして鎧を着た騎士2人を従えた黒髪の女性がいた。

 

「冒険者、サトウカズマ!貴様には現在、国家転覆罪の容疑が掛けられている!自分と共に来てもらおうか!」

 




オマケ


「なあ、秋。デストロイヤーの内部でウィズとアクアに抱きしめられてたけど、どんな感じだったんだ?」

「・・・・・・どんな感じも無かったよ」

「はい嘘ー!そんなわけないだろ?ウィズは美人だし、アクアは中身と言動はともかく紛れもなく美少女だ。そんな2人に抱きしめられて何も感じ無いはずないだろ!」

「そ、そりゃあ僕だって男だからウィズとアクアに抱きしめられてドキドキしたけど、下心なんて無いからね!?」

(あ、秋にも抱きしめられてドキドキするって感情があるんだ)

実は秋には性欲とか無いと思ってたカズマだった。


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この魔術師とリッチーにデートを!

今回はウィズとのデート回前半です。


「「「「「誰かに見られてる?」」」」」

 

デストロイヤー討伐から数日。僕らのパーティーはウィズの店に訪れていた。

 

「そうなんです・・・・・・。デストロイヤーを討伐して一週間程過ぎてから、外出するとどこからか視線を感じるようになったんです・・・・・・」

 

「ウィズの気のせいと言うことは無いのか?ウィズはもともと凄腕のアークウィザードだった訳だし、デストロイヤー討伐の時の活躍を見た冒険者の追っかけが出来たとか」

 

「むっ、それは聞き捨てなりませんねダクネス!私だって大・活・躍しましたよ!一度目の爆裂魔法ではウィズに後れを取りましたが、二度目の爆裂魔法はデストロイヤーを木っ端微塵にしたのですから!それなら私にも追っかけの十人や二十人がいても良いはずでわないですか!」

 

リッチーでアークウィザードとしての経歴のウィズとめぐみんだと威力に差が出るのはしょうがないと思うけど。

 

「それでウィズ?具体的にどんな被害が出てるんだ?」

 

「具体的な被害と言っても本当に見られてるだけなんです。ただ・・・・・・私が冒険者をしていた頃によく感じた粘着質な視線なんです」

 

確かにウィズは商才はともかく見た目は美人だ。日本ならモデルや女優なんかで稼げるだろう。冒険者時代ならウィズの名前はもっと知れ渡ってファンやストーカーの類がいたんだろう。

 

「それってストーカーってやつじゃないかしら?リッチーのウィズをストーキングするなんて特殊な性癖をしてる人間がいるものなのね。ちょー面白いんですけど!ぷーくすくす!」

 

「そ、そんな酷いですアクア様ぁ!」

 

「そうだよアクア。ウィズだって困ってるんだしそんな風に言っちゃダメだよ」

 

「シュウたらわかってないわね。リッチーっていうのは岩の裏にくっついてるじめっとしたナメクジと大差ない存在なのよ?」

 

「何それ?さすがに怒るよ、アクア?」

 

「なに?やる気?」

 

「お、落ち着けってお前ら!ここで2人が喧嘩しても何の意味もないだろ!?ウィズ、警察には通報したのか?」

 

僕とアクアの不穏な空気を感じ取ったカズマが間に入ったことで止まられた。

 

「はい。でも、物理的な被害が無いのでどうする事も出来ないと言われてしまい・・・・・・」

 

「まあ、警察が捕まえたとしてストーカーにその場に居ただけ、偶然だって言われたらそれでお終いだしね」

 

「いっそのこと、そのストーカーに直接会って止めるように言うのはどうでしょうか?相手が何かしてくるようなら取り押さえて警察に突き出せばいいですし」

 

僕とカズマ、ウィズがストーカーの対処法に頭を悩ませているダクネスを襲撃していためぐみんがスッキリとした顔で話に入ってきた。

 

「確かにそれもありだな。でも、どうやってストーカーを誘き寄せるんだよ?まさか、ウィズに囮になれって言うのか?」

 

「それなら僕は反対。わざわざウィズに危険な役目をしてもらう必要も無いでしょ?・・・・・・何かあってもウィズが負ける所は想像出来ないけどさ」

 

「カズマもシュウも紅魔族の頭脳を侮ってもらっては困りますね!確かにウィズには囮になってもらう事になります。ウィズには誰かとデートをしてもらうのです!」

 

「ほえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?デ、デートですかっ!?」

 

めぐみんのデートという言葉にウィズがすごい反応をした。

 

「ウィズが誰かとデートをする事でストーカーを誘き寄せて止めるように警告する。もしくは、ウィズが誰かとデートしているのを見せつける事で諦めさせるのです!」

 

「でもね、めぐみん。ウィズを誰とデートさせるつもり?ウィズとよっぽど親しくなかったらストーカーに怪しまれるよ?」

 

「居るではないですか。ウィズと特別親しくて、一緒に出かけてもデートだと思われる相手が目の前に」

 

めぐみんとカズマは僕の方を見て、ウィズは顔を真っ赤にして僕のことをチラチラ見てくる。えっと・・・・・・もしかして。

 

「僕・・・・・・?」

 

「シュウしかいないではないですか。他の男性冒険者に頼む訳にはいきませんし、カズマでは役不足なのですから」

 

「おい待て。俺が役不足ってどういう意味だロリっ娘」

 

「誰がロリっ娘ですか!?もし、ウィズとのデートをストーカーに見せつけて逆上して襲いかかってきたとしましょう。その時、カズマはウィズを守れますか?」

 

「・・・・・・頼んだぜ、秋!」

 

カズマは僕の肩に手を置いて親指を上げてサムズアップして来た。変わり身が早いよ。

 

「か、仮に僕がウィズとデートするとして、ウィズ本人の意思はちゃんと確認しないと。ウィズに心に決めた相手とかいたりしたら––––––」

 

––––––迷惑だし。そう言おうとした時、服の袖を軽く引っ張られた。引っ張られた方を見ると、これでもかという程、首まで真っ赤にしたウィズが親指と人差し指で服の袖を握っていた。

 

「––––––シュウさんがいいです。シュウさんじゃないと・・・・・・嫌です」

 

それは、すごく小さな声で、物音一つで書き消えてしまいそうな細い声でウィズが小さく呟いた。

 

「ウィズからの了承も得ましたし、あとはシュウがどうするかですよ?もちろん、強制はしませんが」

 

こ、このロリっ娘・・・・・・!カズマのことを姑息だ何だという癖にめぐみんも大概だ。ここで僕が断れば他の冒険者かカズマがウィズのデート相手になるし、何よりウィズは僕が良いと言ったのを断れば無碍にする事になる。

 

「・・・・・・分かったよ。僕がウィズとデートする」

 

「決まりですね!ならば、詳しい作戦を考えましょう!」

 

めぐみんに丸め込まれる形になってしまった。いつか必ず、めぐみんにこの借りは返させてもらう。

 

「アクア、どうかしたのか?」

 

「・・・・・・別に。なんでもないわよ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

僕とウィズの囮デート?偽装デート?の当日。デートらしさを出すために待ち合わせ場所に別々に集まることにした。待ち合わせ場所は街の入り口近くの木の下。僕の方が先に到着したみたいでウィズの姿は見当たらない。この囮デートの内容はめぐみんとカズマがほとんど決めて、その場その場でデートしている僕たちが調整する。カズマたちも僕たちを尾行しつつ怪しい人物がいないか確認してくれるそうだ。

 

「お、お待たせしましたっ!」

 

「大丈夫、今来たところだか・・・・・・ら」

 

小走りで近づいて来たウィズを見て思わず止めてしまった。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・お、お待たせしてしまってすいません!・・・・・・顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫だよ。今日は少し暑いからそのせいじゃないかな?」

 

「そうですか?今日は少し涼しいと思いますが・・・・・・?」

 

ウィズの服装はいつものローブではなく、黒のベレー帽をかぶり、白いワンピースに身を包み、いつもの動きやすさを重視したブーツではなくお洒落な黒のサンダルをはいている。ギャップとでも言えば良いのか、いつもと違う服装なのでドキドキしている。

 

「それじゃあ移動しようか」

 

「はい!」

 

予定としては昼まで散策して、カフェで昼食、その後はまた散策するといった流れだ。しかも、今日は王都の方から商隊が来ているそうだから散策場所には困らない。そんな風に考え事をしていたら左手にウィズが指を絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎというものだ。

 

「・・・・・・!?」

 

「こ、こうした方が恋人同士に見えると思うんですっ!・・・・・・ど、どうでしょうかっ!?」

 

「う、うん・・・・・・良いと思うよ?」

 

今日のウィズはどうしたんだろうか。やけに積極的な気がする。いろんな意味で心臓に悪い。いろいろとドキドキしながらウィズと手を繋いで商隊が露店を開いている場所に歩いて行く。途中、後ろからバキッ!という何かを壊した音が聞こえてきた。




「おい、見ろよ!あの秋が顔を赤くしてるぞ!」

「本当ですね!シュウはウィズに弱いところがありますからね。よほど今日のウィズの服装を見て動揺してるんでしょう」

「ア、アクア・・・・・・?どうしたんだ?ずっと機嫌が悪そうだが・・・・・・」

「別になんだもないわよ?ただ、どのタイミングでウィズを浄化してやろうか考えてただけだから」

「何でだっ!?」

(カズマカズマ。アクアのあの様子はウィズに嫉妬してるからなのでしょうか?)

(いや、あれは違うな。どっちかって言ったら好きな異性を盗られたって感じより自分のお気に入りのおもちゃを盗られた時の感じだ。数多のギャルゲーヒロインを攻略してきた俺にはわかる)

(ギャルゲーというものが何なのかはわかりませんが、アクアはシュウが自分以外に構っているのが気に入らないってことですね。アクアはシュウに懐いていますし、シュウもアクアに甘いところがありますからってああああああっ!?ウィズが手を、手を握りましたよ!?しかも、自分から!)

(秋の顔が見たこと無いぐらい赤くなってるぞ!?どんだけ初心なんだよ!?)

バキッ!!

「ああっ!?アクアが壁に穴をっ!?」

「ふっ、ふふっ・・・・・・あのリッチーどう料理してやろうかしらッ!それにシュウもウィズ相手にデレデレして・・・・・・ッ!」


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続・この魔術師とリッチーにデートを!

「わぁ!見てくださいシュウさん!いろんなお店がありますよ!」

 

「本当だね」

 

広場には所狭しと露店が軒を並べて賑わっている。王都で有名らしい菓子店の出張店や武具防具だけでなく日用品の包丁を取り扱っている鍛冶屋、酒類を売り出している店まである。

 

「凄いね・・・・・・。こんなに賑わってるのは初めて見たかも」

 

「この広場は普段は街の人達の憩いの場所なんですが、他の街から商隊が来たりしたらこの広場には露店が出るんです」

 

「そうなんだ。ウィズ、どの店から見ようか」

 

「ゆ、ゆっくり見て回るのはどうでしょうか?こ、恋人同士のフリをしている訳です・・・・・・」

 

確かに今日はウィズをつけ回しているストーカーを炙り出すのが目的だし、早々(はやばや)と終わっては意味が無い。

 

「そうだね。なら、近くの店から見て行こう」

 

「はいっ!」

 

ウィズは見惚れるような笑顔で、手を握り直してきた。

 

 

こ・の・す・ば!

 

 

「こうやって見て回るといろんな露店があるんだね」

 

「そうですね。アクセルの街は大きいですけど、こうやって賑やかなのはそんなに多くありませんから」

 

レストランのテラス席で昼食を食べて、食後のティータイムを楽しんでいる。

 

「そういえば・・・・・・」

 

目の前で紅茶を飲んでいるウィズを見ながら、朝から気になっていたことを聞くことにした。

 

「いつも着ている服以外にも、ウィズってそういう服を持ってたんだね」

 

「この服は私が冒険者をしていた頃に仲間の一人が選んでくれたんです。冒険者をしていた頃は服装や装飾品に興味は無くて、よく仲間達から怒られていたんですよ。なんでも『ウィズはアイテム選びの才能は皆無だけど、見た目は良いんだからもっとおしゃれをしないと勿体無いわよ!』って」

 

ウィズのアイテム選びのセンスの無さはどうやら冒険者をしていた頃からのようだ。むしろ仲間ならウィズのアイテム選びのセンスをどうにかして欲しかった。

 

「私からも質問してもいいでしょうか?」

 

「僕に答えられることなら良いよ」

 

「でしたら・・・・・・シュウさんどうして冒険者になられたんですか?」

 

・・・・・・その質問が飛んでくるか。いや、誰かはわからないけど聞かれると思ってたけど。

 

「あっ!こ、答え難いことなら無理に答えられなくて良いですから!ほんの興味本位みたいなものですし」

 

「いや、別に良いよ。僕が冒険者になった理由か・・・・・・」

 

正直に『僕は異世界から異世界人なんだ』なんて言って信じてくれる訳も無いだろうし、下手したら頭のおかしい子だと思われかねない。嘘の中に本当のことを混ぜて適当にぼかしておくのがベストか。

 

「僕が冒険者になった理由は有り体に言うとその場の成り行きでかな」

 

「成り行き・・・・・・ですか?」

 

「うん。僕やカズマの名前でなんとなくわかるだろうけど、僕達は出身地が同じでさ。カズマとアクアがこの街に来る時にに巻き込まれて、帰り方もわからないから二人と行動をしている内に冒険者になってたんだ。あっ、だからって勘違いしないでね?巻き込まれて戻れないけど、僕はカズマもアクアも恨んだらしてないよ。むしろ、感謝してるぐらいだから」

 

嘘もちょこっとと本当の事も言ってるから良しとしよう。実際、ウィズに言った通り僕はカズマとアクアを恨んだらしていない。思うところも、心配事もあるけど、今のところ日本に今すぐ帰りたいとは思わない。

 

「辛気臭い感じになっちゃたかな?そろそろ移動しようか」

 

「そうですね。あの・・・・・・シュウさん」

 

「うん?どうかした?」

 

「シュウさんはご家族と離れ離れになって寂しくはないんですか?」

 

ウィズの言葉に立ち上がるために上げた腰が止まった。寂しくは・・・・・・無いと思う。今の生活もそれなりに満足している。

 

「・・・・・・どうだろう?ちょっとわからないかな?・・・・・・別れとかには慣れてるし

 

それに今生の別れとは限らない。もしかしたら、また会えるかも知れない。なんとなく、そんな気がする。

 

 

こ・の・す・ば!

 

 

「ねえ、ウィズ。見られてる(・・・・・)?」

 

「はい。どこからかはわかりませんけど、見られてます」

 

相手はよほど隠れるのが上手いみたいだ。僕も視線を感じはするけど、どこからかはわからない。それに、僕に向ける視線は敵意と殺意が混ざり合っている。

 

「もう少しこのままでいよう。誘き寄せるにしても、ここじゃ場所が悪い」

 

「わ、わかりました」

 

ウィズの手を握り直して、道を歩く。どうやら今歩いている場所は宝石類や装飾品などをメインに売ってる場所みたいだ。高級そうな装飾品や宝石類を扱ってる店やお手頃価格で手作りのアクセサリーを売ってる店が並んでいる。

 

「おっ、そこの恋人さんたち!ちょっと見てかないかい?」

 

露店を覗いて回っていると露店の店主から呼び止められた。露店には手作りと思しきアクセサリーが並んでいる。

 

「これは・・・・・・この辺りではあまり見かけないアクセサリーですね」

 

「おっ、目の付け所が良いね別嬪さん!このアクセサリーはベルゼルグ王国のはるか北にある集落に伝わる物なんだ!俺はいろんな場所を旅しながら商ってるんだが、このアクセサリーを見た時にこれは売れる商品だと確信したね!」

これは売れる商品だと確信したね!」

 

「わかります!私もこの街で魔道具店を経営してるんですが、売れると思った物がなかなか売れなくて・・・・・・」

 

「わかる、わかるぜ別嬪さん。どうだい?何なら俺が仲介に入ってこのアクセサリーを店に卸そうか?」

 

「本当ですか!?是非お願いしま––––––」

 

「はいはい。仕事の話をするのは今日は無しって約束したよね?」

 

そんな約束はしてないけど変な物を仕入れて店の経営が悪化したら大変なので話を遮る。

 

「ははっ!確かにそういうのは将来の夫としっかりと話あってからの方がいいな!」

 

「ふぇぁっ!?」

 

ウィズが変な声を出して顔を赤くして両手で顔を隠した。かくいう僕も少し顔が熱くなった気がする。

 

「そんな将来夫婦になるだろうお二人さんにオススメなアクセサリーはこれだ!」

 

店主は小さな木箱を取り出して蓋を開けた。箱の中には透明な氷柱の形をした水晶で作られたイヤリングが入っていた。

 

「これは七色水晶って言って採れる場所が限られてる希少な水晶なんだ。その希少な水晶を加工してイヤリングにした物だ。それになんと、この水晶は身につけている間に魔力を貯めてこの透明な状態から色を変えて赤や青、黄色や緑になるんだ」

 

なるほど。着けている間に魔力を貯めて、着けてる人間の魔力に反応して色を変えるってことか。

 

「そして、魔力が貯まった状態でこのイヤリングを交換すると生涯結ばれ続けるって言う伝説があるんだ」

 

「本当ですか!?」

 

さっきまで顔を赤くしてフリーズしていたウィズが急に動いた。やっぱりウィズも女性だしそういう事にやっぱり興味あるのかな?

 

「お、おう」

 

「買います!買わせていただきます!おいくらですか!?」

 

「ちょっ、ウィズ?買うのは良いけど贈る相手とか何よりお金は・・・・・・」

 

ただでさえウィズの店の経営状況は酷いのにここで所持金を使い果たして塩水生活とか目も当てられない事になりかねない。

 

「一組三百万エリスだ」

 

「・・・・・・ぁぅ」

 

値段を聞いたウィズが一気に気落ちした。それはもう見てるこっちが可哀想になる程だ。まあ、使っているのが希少な水晶なら妥当か少し安いのかも知れない。水晶とか宝石の値段の相場が分からないので何とも言えないが。

 

「ーーーーーーと、本来はこの値段なんだが今回は特別に半額の百五十万エリスで売るぜ。どうだ?買うかい?」

 

「うぅ・・・・・・こ、今回はご縁が無かったという事で・・・・・・」

 

どれだけこのイヤリングが欲しいんだよ、ウィズは。それにさっきから店主が目で「おらっ!男の甲斐性の見せ所だぞ兄ちゃんっ!!」と訴えてきている。

 

(買えない事も無いけど・・・・・・)

 

チラリとウィズの顔を覗き見る。しょんぼりとして、目に見えて落ち込んでいることがわかる。ストーカーを誘き寄せるためとは言え、仮にもデートしてる訳だし、何か思い出とかになる物があっても良いとは思うけど・・・・・・。

 

「・・・・・・本当に百五十万エリスで売ってくれるんだよね?」

 

「えっ、シュウさん!?」

 

「応よ!男に二言は無いぜ!」

 

懐から財布を取り出すフリをして宝物庫から全財産が入っている革袋を取り出して机の上に置いて中身を広げる。中身の金貨や何やらを数えると締めて百五十万エリスと少し入っていた。

 

「百五十万エリスちょうどあるな。よっしゃ!これでこのイヤリングは兄ちゃんのもんだ!」

 

「どうも」

 

「あ、あの、シュウさん・・・・・・どうしてっ!」

 

「ウィズってばこのイヤリングを諦めきれないみたいだしさ。だから・・・・・・はい」

 

店主から受け取ったイヤリングが入っている小箱をウィズに渡す。確かに痛い出費ではあるけどめぐみんが吹き飛ばした風車の借金があるから今更だ。

 

「それにさ、デートなんだしちょっとぐらいは僕にも格好つけさせてよ」

 

「ぁ・・・・・・ありがとう・・・・・ございます

 

「うん、どういたしまして」

 

ウィズはイヤリングが入った小箱を大事そうに両手で胸の前で握りしめめた。

 

 

こ・の・す・ば!

 

 

「へぇー、壁の上にこんな場所があったんだ」

 

「はい。ここは人があんまり来ませんから、落ち込んだりした時によく来るんです」

 

アクセルの街をぐるりと囲む壁の壁上には中身が空の木箱や丸太、工具が置いてあるだけで誰もいない。時刻は夕方で夕日で街が照らされてるのは、ビルのような高層建築物が建っている日本では早々にお目にかかれないだろう。

 

「夕方ならクエストに行っていた冒険者の方達が帰って来るのが見えるんです」

 

城壁から街の反対側を見てみるとボロボロになっているダストをキースとテイラーが肩を貸して歩いているのを後ろでリーンが呆れた顔をしながら歩いている。

 

「シュウさん、今日はありがとうございます。とても楽しかったです!」

 

「そう言ってもらえたら僕も嬉しいよ。こうやって誰かと一緒に・・・・・・遊ぶためだけに街を歩いたことがあまり無いからウィズが退屈してたらどうしようって思ってたんだ」

 

日本にいた頃から平日休日関係なく魔術の訓練。武器、それも刀剣類の扱いに長けている式さんが暇なら真剣を使った実戦訓練に費やして、同年代の子たちがしているような遊びや友人同士で出かけたりすることも無かった。そもそも友人と呼べる人間もいなかったような気がする。

 

「あ、あの!シュウさん!」

 

「な、なに?」

 

「す、すすす、少しだけ目を閉じていてくれませんか!?」

 

「い、いいけど・・・・・・」

 

ウィズの顔がほとんど目と鼻の先に近づいて来て戸惑いながら目を閉じる。至近距離で見るとやっぱり整った顔つきだ。

 

「ちょっとチクってすると思うので我慢してくださいね」

 

そう言われた直後、左耳に軽い痛みが走った。注射器で刺された時のような痛みだ。

 

「もう目を開けても大丈夫ですよ」

 

ウィズに促されて目を開けると、ウィズの右耳にさっきウィズに贈ったイヤリングが着けられていた。もう一つが見当たらないのが気になり、ふとさっき左耳に走った痛みを思い出して左耳を触る。そこにはウィズに贈った筈のイヤリングの片割れが着いていた。

 

「ウィズ・・・・・・どうして?」

 

「と、特別な意味はないですっ!そのイヤリングは今日のお礼と言いますか・・・・・・と、とにかく何も聞かずに受け取ってください!」

 

そもそもこのイヤリングを買ったのは僕だけどとか、使われてる水晶の意味がわかってるのかとかすごく聞きたいけど、顔を真っ赤にして目をキュッと瞑っているウィズを見ながらイヤリングに触る。

 

「・・・・・・ありがとう、ウィズ。大切に使わせてもらうよ」

 

「・・・・・・はいっ!」

 

せっかくウィズがくれた訳だし、クエストの時は外しておこうかな。

 

 

ーーーーーーーーーーーー背中に殺意と敵意が混ざり合った不快な視線を感じた。

 

 

ウィズを庇うようにしながら後ろを振り向くが、誰もいない。潜伏スキルを使っているのか、物陰に隠れているのかはわからないけど確実に僕たちの近くにいる。

 

「ねえ、いい加減出てきたらどう?ここには僕たち以外の人はいないんだ。話ならじっくりと聞くからさ」

 

「シュウさん?どうされたんですか?」

 

「いいから」

 

しばらく待つと物陰から赤髪碧眼の男が出てきた。年齢はおそらく二十代前半、やたら装飾が目立つ軽鎧を身につけて腰には鎧と同じで装飾が目立つ鞘に収まっている剣を佩ている。

 

「それで?出てきたってことは君がウィズの後をつけましてたストーカーさん?」

 

「ウィズさん。貴女を迎えに参りました」

 

無視された。どうやら僕はこの男の眼中に無いらしい。かと言ってこのまま傍観する訳にはいかない。

 

「名乗りもしないわけ?いい大人がみっともないと思わないの?」

 

「・・・・・・チッ。私はギデオット・ガスト・ギルバート。さあ、名乗ったのだから君のような卑賤な者は去りたまえ。我がギデオット家は代々この国の騎士団の騎士団長を輩出している名家、そして私はギデオット家の後継ぎにして次期騎士団長だ。卑賤な身分な君でもこの意味が・・・・・・わかるね?」

 

要するにウィズを置いてこの場から立ち去れってこと?・・・・・・絶対に嫌だね。

 

「だから?どれだけ偉い貴族様だろうが女性の後を付け回してる時点で犯罪者一歩手前なんだよ。君の方こそ家に帰って剣の腕でも磨いたらどうだい?それに、どうもウィズには君の心当たりは無いみたいだよ?」

 

「あっ、はい。心当たりは無い・・・・・・と思います」

 

ウィズは人差し指を顎に当てて考えながらそう言った。

 

「仰る通り、私とウィズさんには面識はございません。私が一方的にウィズさんの武勇伝を聞いて知っているだけです。そして、ウィズさんの活躍を聞いている内に確信したのです。私の伴侶はウィズさん、貴女しかいないとっ!」

 

ウィズの方を見てみるとウィズは首を傾げている。たぶん、自分が当回しに結婚を申し込まれてるのに気づいていない。

 

「ですから、ウィズさん。どうか私と一緒に来てください。そこの卑賤な者が贈った小汚い石ころなど、美しい貴女には似合いません。貴女にはもっと美しく、煌びやかな宝石が似合う筈です。その全てを私が貴女に贈りましょう!なんならウィズさんが経営されている魔導具店を王都に移転しませんか?こんな底辺冒険者しか居ないような街に麗しい貴女が店を構えるなど不釣り合いだ!」

 

底辺冒険者って・・・・・・そもそもこの街は駆け出し冒険者の集まる街だ。王都の冒険者達がどれほどのものか知らないけど、勝手な物言いにカチンと来た。

 

「ねえ、いい加減に––––––」

 

 

「いい加減にしてくださいっ!!」

 

 

割って入ろうとしたらウィズが今までで一番大きな声を出した。

 

「何なんですかさっきからっ!!私は宝石なんかで靡くような安い女だと思われるのは心外です!!それにこの街は駆け出しの冒険者の方々が集まる街です!!決して底辺なんかではありません!!何より私が一番怒ってるのはシュウさんことを卑賤な身分と罵ったことです!!シュウさんに謝ってくださいっ!!」

 

ウィズは色白の肌を真っ赤にするほど怒っていた。こんなウィズは初めて見た。普段は温厚そのものでアクアに詰め寄られて半泣きになってるのに。

 

「謝れ・・・・・・だぁっ?ざっけんじゃねーぞクソアマァ!!この俺にぃ?掃いて捨てるほどいる卑賤な身分のガキに謝れだぁ!?人が下手に出てたら調子に乗りやがってっ!!」

 

ギデオット何某は剣を抜き僕たちを脅すように突き付けてきた。化けの皮が剥がれたのか今までの紳士然とした話し方から一転、そこらのチンピラと大差ない口調に変わった。

 

「いいかっ!?俺は貴族だ!!貴族の俺が白って言えば黒でも白なんだよ!!なのになんだよお前らぁ!!俺が失せろって言えば失せろよ!!宝石なんかで靡くような安い女じゃない!?女なんて生き物は金と権力がある男に尻尾振るもんなんだよ!!」

 

・・・・・・なるほど。貴族至上主義・・・・・・いや、自己中心的なだけか。

 

「知ってんだよ俺はっ!!そこのガキとお前が付き合ってるのは嘘だってことをなぁ!!何よりウィズ!!お前は人間じゃなくてリッチー(・・・・・・・・・・・)だってなぁ!!」

 

「ど、どうしてそのことをっ!?」

 

「姿を消せる魔導具をたまたま手に入れてなぁ。お前らが話してる時もずっっっっと近くにいたんだよっ!!ギャハハハハハハッ!!」

 

ギデオット何某は下卑た笑い声をあげる。聞いていて気持ちがいいものでは無い。

 

「ウィズゥ!!お前がリッチーだってことをバラされたく無かったら俺と一緒に来い!!二度と俺に舐めた口聞かないように思う存分躾けてやるからよぉ!!」

 

本当に不愉快だ。本当はこの駄貴族が心の底からウィズを愛しているのなら、おとなしくこの場から去るつもりだった。だけど、実際はどうだ。蓋を開けたらただの下衆野郎じゃないか。

 

「ウィズ。行かなくていいよ」

 

怒りで赤くしていた顔色が一転、真っ青になったウィズが駄貴族の下に行こうとするのを引き止める。

 

「シュウさん・・・・・・ですが、私がリッチーということが知られて」

 

「大丈夫。僕を信じて」

 

かつて僕の義母にして魔術の師、蒼崎橙子は語った。『魔術師という輩はね、弟子や身内には親身になるんだ』と。僕には弟子はいないし、そもそも弟子を取れるような技量も技術も無い。身内という意味なら、カズマ達は身内と言ってもいいかもしれない。もちろんウィズもだ。

 

「あっ?テメェみたいなガキに用はないんだよ!!とっととうせやがれ!!」

 

「君には用が無くても僕にはあるんだよ」

 

ゆっくりと駄貴族の方に歩いて行く。駄貴族は僕が一歩近づくごとに一歩後ろに退がる。

 

「そ、それ以上近づくんじゃねぇ!!それ以上近づいたらここからウィズがリッチーだってことを叫ぶぞっ!?」

 

「どうぞご勝手に。でも、意味は無いと思うよ」

 

「ああっ!?どういう意味だ!!」

 

「この街はお前が罵った冒険者達だけじゃなくて、住人も変わり者が多くてさ。ウィズがリッチーだって知ってもむしろ喜ぶと思うよ。『死ぬまでずっと美人な店主さんを拝める』って。まあ、仮にお前がここから叫んだとしても何処の馬の骨ともわからないような奴の言葉を信じる人間はいないよ」

 

ちょっと危機感無いじゃ無いかなって思うぐらいこの街の冒険者も住人も変わり者が多い。アクセルの変わり者筆頭はこのパーティーだと思うけど。

 

「今、お前に残された選択肢は二つ。このままおとなしく家に帰って枕を濡らすか、痛い目を見て家に帰るか。好きな方を選んでいいよ」

 

「この・・・・・・クソガキがぁ!!ぶっ殺してやるっ!!」

 

駄貴族は剣を振りかぶりながら走ってくる。大振りで隙だらけ。相手が無手だから油断でもしてるのだろう。

 

「死ねぇ!!」

 

駄貴族が剣を振り下ろす。その動きに合わせるようにして左斜め前に抜けるようにして避ける。そして、振り向きざまに足を払う。そうすることで駄貴族は後ろ向きに体勢を崩した。崩した衝撃で手に持つ剣が宙を舞う。

 

「あぐっ!?」

 

駄貴族が起き上がろうとするのを腹部を踏んで阻止する。落下してきた剣を掴み取り、剣先を駄貴族に突き付ける。

 

「テ、テメェ!!俺にこんな事してタダですむと思ってんのか!?俺に傷一つでもつけてみろ!!親父が黙っちゃいねえぞ!?そうなったらお前もお前の仲間もウィズも終わりなんだよ!!」

 

駄貴族は顔を真っ赤にしながら脅してきた。まだ、自分の方が有利な立場に立てていると思っているみたいだ。僕は無言で手の中で剣を逆手に持ち替える。

 

「お、おい・・・・・・ま、待てよっ!!そ、そうだ!?お前冒険者なんだろ!?どうだ!?俺の下で働かないか!?報酬なら弾むぞ!?」

 

脅しが通用しないとわかったら次は抱き込みにきたか。貴族というよりは小悪党みたいだ。

 

「おかしなことを言うね?これから死ぬ人間がどうやって報酬を出すんだい?」

 

冷笑を浮かべて駄貴族を見下ろす。

 

「ひっ!?」

 

駄貴族は真っ赤にしていた顔を真っ白に変えた。別に本当に刺すつもりは無い。

 

「わ、わかった!!ウィズにはもう近づかない!!だから、もう見逃してくれよぉ!?」

 

「ウィズ『には』?」

 

「こ、この街にももう近づかない!!これで良いだろ!?」

 

「あと、姿を消せる魔道具も渡してもらうよ。約束を破ってまた姿を消してウィズに近づかれても迷惑だし」

 

駄貴族は慌てながら首から下げていたネックレスを外して渡してきた。ネックレスを懐にしまう。

 

「なあ、これで良いだろ!?見逃してくれよ!?」

 

「ああ、それから。ウィズがリッチーだってことは誰にも言わないように。もし、誰かに言ったりしたら・・・・・・わかるよね?」

 

駄貴族から足を退ける。駄貴族は四つん這いになりながら這って逃げていく。ふと駄貴族から奪った剣の存在を思い出して・・・・・・とりあえずそのまま持っておくことにした。

 

「ウィズ。もう、終った–––––––」

 

「シュウさんっ!」

 

––––––––––––いきなりウィズが抱きついてきた。咄嗟にウィズを剣を持っていない左手で受け止める。

 

「シュウさんは無茶しすぎです!武器も持たずにあの人に立ち向かって!怪我したらどうするんですか!?」

 

「えっと・・・・・・ごめん?」

 

怪我をしたとしてもカズマ達が近くに隠れてるだろうからすぐに治してもらえる。デートってことで装備一式も持ってきていなかったから、余計に心配されたのかもしれない。

 

「おーい、秋!」

 

ウィズの後方からカズマが手を振りながら走り寄ってくる。その後ろにアクア達もついてきている。

 

「カズマにみんな。お疲れ様」

 

「おう、お疲れ。って言っても俺たちは遠くで見てただけだけどな」

 

「そうですね。ですが、あの男は一体どこから現れたのでしょうか?」

 

「それは帰ってから話すよ。そろそろ暗くなるし帰ろう」

 

「ねえ、そんなことより聞きたいことがあるんですけど」

 

今まで黙っていったアクアが口を開いたと思ったらウィズを指さした。

 

「いつまでウィズはシュウに抱きついてるつもり!?早く離れなさいよ!」

 

「っ!?」

 

抱きついていたウィズがバッと勢いよく離れたと思ったら、真っ赤になって俯いてしまった。

 

「ふんっ!」

 

アクアはアクアで鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。アクアは何に怒ってるんだろう?

 

「とりあえず・・・・・・一件落着かな」

 

 

お・ま・け・!

 

 

「これで良しっと」

 

「シュウさん?何をされてるんですか?」

 

「前みたいに姿を消されて入ってきてもわかる札を貼ってるんだ」

 

ウィズとのデート翌日。僕はウィズの店で前みたいに姿を消して入ってきてもわかるように『退去』のルーンを描いた札を店の東西南北に貼った。どこまで効き目があるかはわからないけど、用心して貼ってみることにしてみた。

 

「あっ・・・・・・シュウさん。イヤリング、着けてくれてるんですね」

 

「まあね。せっかく貰ったんだし着けないともったいないし。あ、クエストに行く時は着けてないよ?無くしたりしたら大変だし」

 

右耳に着けているイヤリングを軽く触れる。帰ってからは大変だった。アクアが何故か怒りながら詰め寄ってきてイヤリングを捨てようとするし、カズマとめぐみんは僕らを見てニヤニヤしてたしダクネスに至って遠い目をして虚空を眺めていた。

 

「これでよし、それじゃあウィズ。もしなにかあったら教えて。その都度札を貼り替えるからさ」

 

「ありがとうございます、シュウさん」

 

用事も終わったしカズマ達と合流してクエストにでも行こうかな。めぐみんが吹き飛ばした風車の借金も返さないといけないし。

 

「––––––シュウさん」

 

「どうかした、ウィ––––––」

 

––––––––––––チュ

 

「頑張ってくださいね、シュウさん?」

 

「・・・・・・う、うん

 

一瞬だけ頰に感じた柔らかい感触とやけに距離が近くなっているウィズにドキドキしながら店を出た。・・・・・・こんなにドキドキするのは久しぶりかも。




・ ギデオット・ガスト・ギルバート

ベルゼルグ王国騎士団長の息子。好みの女性を見つけると紳士を装って近づいて、飽きたら捨てるを繰り返していた。どこかでウィズの話を聞きつけて近づいた。後日、この件と他の件を聞いた父親が激怒、当主は弟がなることが決定、ギデオットは下っ端として騎士団に強制入団させられた。ギデオット個人の資産は全て被害者たちへの賠償にあてたれた。



最後ノやつは蛇足だったかなぁ・・・・・・。


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この魔術師に裁判を!

「冒険者、サトウカズマ!貴様には現在、国家転覆罪の容疑が掛けられている!自分と共に来てもらおうか!」

 

デストロイヤー討伐の報酬を受け取りに来たはずなの、カズマが国家転覆罪で捕まりそうになっている。

 

「・・・・・・ええっと、どちら様?ていうか、国家転覆罪って何?俺、賞金を受け取りに来ただけなんだけど」

 

「自分は、王国検察官のセナ。国家転覆罪とはその名の通り、国家を揺るがす犯罪をしでかした者が問われる罪だ。貴様には現在、テロリストもしくは、魔王軍の手の者ではないかと疑いが掛けられている」

 

「ええっ!?ちょっとカズマ、また一体何をやらかしたの!?私が見ていないところで、どんな犯罪をしでかしたのよ!ほら謝って!私も一緒にごめんなさいしてあげるから、ほら早く、謝って!」

 

「このバカ!俺がそんな罪を犯す訳がねーだろ!大体、普段はほとんど一緒にいるだろうが、俺が何もしていないのはお前と秋がよく知ってるだろ!」

 

「そうだよ、アクア。それにカズマが国家転覆罪なんて大それた事ができるわけないよ」

 

「それもそうね。カズマさんが出来る犯罪なんてセクハラとか小さい犯罪ぐらいしかないものね」

 

「おい、お前ら。擁護するのか喧嘩売るのかどっちかにしろよ!」

 

めぐみんとダクネスも無言だけど頷いている。実際、カズマに国家転覆なんて出来るわけないし、そんな度胸もなければ時間も無い。

 

「その男の指示で転送された、機動要塞デストロイヤーの核であるコロナタイト。それが、この地を治める領主殿の屋敷に転送されました」

 

セナの一言にギルド内が静まり、暑くもないのに額から汗が流れてきた。確かにカズマの指示でコロナタイトをランダムテレポートで転送した。それが領主の屋敷に・・・・・・。

 

「なんて事だ、俺のせいで領主が爆死しちまったのか・・・・・・!」

 

「死んでいない、勝手に殺すな!使用人は出払っていた上に、領主殿は地下室におられたとの事で、怪我人もしくは出ていない。屋敷は吹っ飛んでしまったがな」

 

よかった・・・・・・誰も死んでなくて。

 

「それじゃあ、今回のデストロイヤー戦での死者は0って事か、良かった良かった」

 

「何が良い。貴様、状況が分かっているのか?領主殿の屋敷に爆発物を送り、屋敷を吹き飛ばしたのだ。先程も言ったが、今の貴様にはテロリストから魔王軍の手の者ではないかとの嫌疑が掛かっているかまあ、詳しい事は署で聞こう」

 

問答無用で速攻死刑では無いみたいだけど、ここで仮にカズマが抵抗したり逃げようとしたら相手の心証も悪くなる。

 

「ねぇ、検察官。カズマはあくまで嫌疑が掛かっているだけだよね?」

 

「そうだ。だが、抵抗や庇い立てするならさらに罪は重くなる。無論、庇い立てした者にも国家転覆罪が適用される」

 

「ふーん・・・・・・なら、カズマ。検察官と一緒に行ってくれる?」

 

「はぁっ!?お、お前俺を見捨てるのか!?」

 

カズマが泣きながら掴み掛かって揺さぶられる。

 

「落ち着いて、カズマ。まだ、嫌疑の段階みたいだし、ここで変に抵抗したりするよりおとなしくついて行って事情をしっかりと説明すれば分かってくれる筈だよ」

 

「そ、そうか?俺には何がなんでも俺をテロリストにしようとしてる風にしか見えないんだけど」

 

「大丈夫だって。仮に裁判になったら僕が弁護するから大丈夫。それともアクアやめぐみんに任せた方がいい?」

 

「俺の弁護は秋でお願いします」

 

アクアはともかく頭がいいで有名な紅魔族のめぐみんに弁護されるのも嫌なんだ。ダクネス?彼女は腹芸とか苦手そうだし。

 

「話は終わったか?」

 

検察官が待たされてイライラしているのか爪先で床を叩いていた。

 

「それじゃあ、カズマ。こっちは任せてちゃんと説明してきて早めに帰ってきてね」

 

「お、おう・・・・・・くれぐれも三人のこと頼むぞ。帰ってきたら借金が増えてたりしたら嫌だからな!?」

 

「大丈夫大丈夫。それじゃあいってらっしゃい」

 

検察官についていきながらカズマがこっちをチラチラと見てくるので、手を振っておいた。

 

「シュウ!どうしてカズマを行かせたのですか!?」

 

「ここで変に抵抗したり事を荒げたりしたら、カズマのただでさえ悪い印象が余計に悪くなりかねないでしょ?なら、ここは素直について行って抵抗の意思が無いことを示した方が得策だと思ったんだよ。・・・・・・くれぐれもカズマが逮捕されたりしたら、抗議のために警察署近くで問題を起こさないでね。特にアクアとめぐみん」

 

「なっ!?アクアはともかく私はそんな事しませんよ!?」

 

「そうよ!私だってそんな事・・・・・・ねえ、めぐみん。『私はともかく』って言わなかった?」

 

「言ってません」

 

「とにかく!くれぐれも問題を起こさないように。間違っても夜中に警察署の近くで爆裂魔法をぶっ放したり」

 

「うっ!?」

 

・・・・・・やるつもりだったなこのロリっ娘。

 

「夜中の警察署に差し入れと称して変な物を持ってて職質されたりしないように!」

 

「し、しないわよそんな事!」

 

・・・・・・やるつもりだったなこの駄女神。

 

「ダクネスも僕がカズマを行かせたのに不満?」

 

「不満ではあるが何より気になるのはこの土地の領主は・・・・・・いや、なんでもない」

 

・・・・・・?この土地の領主がどうかしたのかな?

 

「今はカズマが帰ってくるのを待とう。相手も馬鹿じゃないんだ。話せば分かってくれる筈だよ」

 

––––––––––––この時の考えがあまりにも浅慮だと、すぐに思い知ることになるとは思わなかった。



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