ダンジョンにSCP-710-JP-J伝承者がいるのは間違っているだろうか (猫屋敷の召使い)
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原作前
第一話


 一先ず形になったから投稿。
 この作品は猫屋敷の召使いの暇つぶし作品です。財団神拳が好きすぎて、想いが爆発しました。
 超不定期更新です。
 それと原作まで遠いかも……。
 でも、書けるとこまで書いていきたいと思っています。


 一人の少年のような容姿の青年が、部屋の中心で拳を振るう。

 部屋は一辺五〇m四方で高さは一〇mほど。そこの中心で正拳突きを繰り出し、大気を殴りつける音と、青年の一〇m先にあるコンクリートブロックが壊れる音が部屋に響く。

 

「天野博士殺す…………天野博士殺す…………天野博士殺す…………」

 

 訂正。青年のある人物への殺意も部屋に響いていた。その部屋に一人の人物が入室する。

 

「やあ加藤(たくみ)君。修練は捗っているかい?」

「『解放礼儀』使う前に死に晒せやこのド腐れジャンキーサディストがああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!『テレポ遠当て』ぇッ!」

「読んでいましたから既に『解放礼儀』は使っていますよ。『確率論的回避』からの『テレポ遠当て』」

「ひでぶっ!?」

 

 (たくみ)と呼ばれた青年が入室してきた初老の男性に襲い掛かるも、簡単にあしらわれてしまう。

 彼の頬を衝撃が襲い、宙を錐もみ回転しながら床に落ちる青年。それを見た初老の男性はため息を一つ吐く。

 

「まったく。私は君をそんな風に育てた覚えはないんですがね…………」

「むしろテメエの教育の賜物だわ!?この鬼畜親父!!」

「私には天野双一という名前があるのですがね…………」

「知ってるわ!?もう十数年の付き合いだからなぁ!!」

 

 頬を腫らしながら初老の男性こと天野双一に叫ぶ巧。そんな彼を気にした様子もなく、話を始める天野。

 

「さて、巧君が財団神拳(SCP-710-JP-J)の段位クリアランス5/710-JP-Jを受け取ってからもう半年ですか」

「…………ああ、そうだよ。一応『臨界パンチ』とかも一通り習得した」

「では、奥義書に書かれている技は全て習得したということになりますね」

「ああ」

「なら、明日の大会のエキシビションマッチに参加してもらいましょうか」

「…………………………………は?」

財団神拳(SCP-710-JP-J)伝承者同士の()()です。巧君にはそれに参加していただきます」

「……………()()?」

()()です」

「ふ○っく」

「こら。汚い言葉を吐くんじゃありません」

「アンタは俺の母ちゃんか」

「………私は男ですよ?」

「知ってるよ!?なんでこういう冗談とかが通じねえんだよ、クソ!!」

 

 ガーッ!と吼えながら天野博士を睨む巧。そんな彼を見ながら天野博士はここに来た目的を告げる。

 

「それでですね、明日のエキシビションマッチの練習がてら一戦どうですか?」

「お前以外なら喜んで受けるが、残念ながらお前のは受けねぇ。他当たれ」

「君が最後なんですよ」

「さよならー」

「『テレポ遠当て』」

「どわっはぁ!?」

 

 天野博士の後ろにある出口から颯爽と立ち去ろうとするも彼の攻撃によって中断される。

 

「何するんですか!?」

「いやー、君も不完全燃焼でしょう?いいじゃないですか少しくらい」

「不完全燃焼もなにも自主練しかしてませんけど!?」

「それでも少しはムラムラしてるんじゃないんですか?」

「全くしてませんねぇッ!」

「問答無用です」

「フ○ッキンクソジジイッ!!上等だ!!いつまでもテメエの天下だと思うなよ!!?」

 

 二人による激しい攻防が繰り広げられ、部屋が大破して周囲に被害が出始めたところで、他の伝承者たちによって二人の殺し合いが強制的に止められた。

 その後、天野博士の預金通帳から大金がなくなっていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 身に纏っている衣服はボロボロだが、怪我一つない状態の巧が自分に割り当てられた部屋に続く通路を歩いていた。

 少々の怒りを心のうちに残しながらも、今日はもうこれ以上動きたくないと体も心も叫んでいた。

 

「クソ………。マジであの人の一撃重すぎるでしょ。掠っただけで骨が砕けるとか………」

 

 体は既に財団神拳奥義『元素功法』で治癒させてある。それでも体に疲労は残り続けるため、部屋に戻って休もうとしている。

 そして、自分の部屋に着いて軽くシャワーを浴びて汗を流すと、部屋着に着替えてベッドに横になる。

 

「明日エキシビションとかマジ萎えるわー。目ぇ覚めたらどっか違う場所に行ってないかなぁ~」

 

 ま、無理だよね。

 そう一言呟いて、目を瞑って眠りにつく巧。意識が段々なくなっていき、覚醒状態から睡眠状態へ移行するのを実感する。

 

 

 

 

 風が草を撫でる音がする。最近は全く聞かなくなった音。懐かしい。けど、いつ何処で聞いたか思い出せない。そんな古い体験。物心ついた時から財団の施設にいた巧は、片手で数えるほどしか完全な外に出たことが無い。それゆえ、この記憶がいつの物なのか定かではない。

 まどろみの中でそんなことを考える。

 

(風が心地いい。でも俺、空調入れて寝たっけ………?)

 

 睡眠状態から半覚醒状態に移行した巧は疑問に思う。当然彼にはそんな記憶はない。そんな暇すらもなく眠りに落ちたのだから。

 たしかに彼の部屋は冷暖房完備の部屋だが、そんなものが無くとも部屋は基本的には快適な状態なので、使うということは珍しい。

 

(いやいや、そもそも風があっても草の音はないでしょ。観葉植物なんて部屋に置いてないし………)

「た、助けてくれぇ!?」

「ッ!?」

 

 幻聴ではない。確かに人の声。それも助けを求める声が聞こえた。

 その声に巧は反応して体を飛び起こし、地を蹴り、声の方向へと走る。

 周りがなんで草原なんだとか、ここは何処なんだとか、疑問が脳裏に浮かんでくるが、巧はそれを無視して声の主を助けるために急ぐ。

 そして見えてきたのは、一人の男性が犬頭の生物に襲われている光景だった。

 

(………オブジェクト?いや、複数体存在している。いや、それは一先ず後だ)

 

 視界には五匹ほどの犬頭の生物が映っていた。

 収容対象かと思案してしまうが、男性の救助が優先だと考えた巧は力強く一歩を踏み出すと、男性を抱えてその場から離脱する。

 

「わわわっ!?な、なにが……!?」

「大丈夫ですか?」

「えっ!?あ、ああ!大丈夫だよ!」

「それで、あれはなんですか?」

 

 巧は犬頭の生物を指さしながら質問をする。

 すると男性は驚いたように答える。

 

「モ、モンスターを知らないのかい!?」

「もんすたー?……すいません。ハンターな奴とデジタルな奴、D(ドラゴン)Q(クエスト)な奴にファイナルな奴、あと辛うじてポケットな奴なら分かりますが」

「逆に私はそっちの方が知らないかな!?と、とりあえず倒せるなら倒してくれないか!?謝礼は払うから!!」

「……?倒していいんですか?」

「ああ!残してもどうせ別の人たちが襲われるだけだから!!」

 

 男性との会話で巧はあの生物は世間的に知られているのだろうと判断し、処理することにした。

 

「『解放礼儀』」

 

 左手を開き、右手で拳を作って合わせる。そして45度きっかりの礼を5秒間とる。

 それを終えると、開いた右手のそれぞれの指を五匹の犬頭の眉間に向ける。

 

「『量子指弾』」

 

 右手の全ての指にコペンハーゲン解釈に基づいて指先に大気中に存在する物質の粒子を集積し、五匹の生物に一発ずつ撃ち放つ。その全てが犬頭の眉間を穿ち、絶命させる。

 その光景を見た男性は驚きの声を上げる。

 

「お、おお!君は魔法使いだったのかい!?」

「魔法……?いえ、通りすがりの武人です。ついでに迷子です。武者修行が終わり、故郷に帰る途中なんですが………」

「そうなのかい?君みたいな子供が……災難だったね!故郷は何処なんだい?」

 

 平然と口から嘘を吐き出す巧。しかし、男性は彼のそれを信じてしまう。

 それをいいことに情報を集めることにした巧。

 

「日本、というんですけど………」

「ニホン?…………ごめん。ちょっと聞いたことが無いかなぁ……」

「そう、ですか。では、随分と遠くに来てしまったものですね(今の会話で口の動きが日本語じゃないのは分かった。でも俺は日本語を話してるつもりなのに言葉が通じている……。どういうこと?科学的ではないけど、ご都合主義としか言えないよなぁ、これは………)」

 

 巧は状況を脳内で整理する。

 日本というのは聞いたことが無い。男性のような年代なら一度は聞いたことのある国名だろう。しかし、知らない。

 口の動きも日本語ではない。だが、日本語で通じている。

 そして、モンスター。地球ならオブジェクトとして財団やその敵対組織に収容されているだろう存在。此処ではありふれた存在のようだ。

 つまり、だ。

 巧は最終的な結論を出す。

 

(異世界、というのが一番可能性として高い………)

 

 巧が黙りこくってしまったのを見た男性は、彼が困っていると思ったのか、ある提案をしてくる。

 

「どうするか悩んでいるなら、私についてくるかい?」

「よろしいんですか?」

「もちろんさ!もっとも私を守ってもらうけれどね」

 

 あっはっは!と大きな声で笑う男性。それを見て巧もつられて苦笑とはいえ笑ってしまう。この提案に巧はご都合主義万歳と心の中で喜びながら、同行させてもらうことにした。

 

「ではお願いします」

「そうか!それは良かった!」

「ええ。俺も帰り道が分からないのではどうしようもないので、しばらくは旅をするとします」

「ん?あれほどの腕を持っているのに迷宮都市にはいかないのかい?なにか勿体ないな」

「迷宮都市………?」

 

 男性の言った言葉を聞き返す巧。それを聞いて男性はまた驚く。

 

「迷宮都市も知らないのかい!?」

「ええ。なにぶん外界と隔絶された場所で修行していたもので。それに対して故郷も似たような感じですから……」

「現代で珍しい場所もあったものだね………」

 

 男性は巧の嘘に気づかず、迷宮都市について教えてくれた。

 迷宮都市オラリオは世界で唯一『迷宮(ダンジョン)』が存在する場所らしい。その『迷宮(ダンジョン)』の中では先ほどのようなモンスターが生み出されて跋扈している。今地上にいるモンスターは千年前に地上に出てきたモンスターが繁殖して増えた子孫で、『迷宮(ダンジョン)』で生まれたモンスターより弱いらしい。男性自身は理屈はよくわからないそうだ。

 そして、その都市では神が降臨しており人々に神の恩恵(ファルナ)を与えているらしい。それはモンスターを倒すことで経験値(エクセリア)を得ることで能力が成長する。

 男性はそのようなことを話してくれた。

 

「そんな場所が……」

「興味が湧きましたか?」

「ええ、まあ………」

「実は今、そのオラリオに向かっているんです」

「あ、そうなんですか?」

「はい。私はそこで運搬業者をしておりまして」

「………?荷物は?」

「向こうから他所に運ぶんですよ。荷車も向こうに。証文を照らし合わせて荷物を任せられるんです」

「なるほど……」

 

 男性と巧はそんな会話をしながら道を歩いていく。

 しばらくすると、街の影が見えてくる。

 

「あっ、あれですよ」

「おぉー、大きいですね」

 

 都市の大きさはまだ正確には分からないが、それでもかなりの大きさだというのは見て取れた。それからは少し足早になり、思いの外早く都市へと到着する。

 二人は都市の中央の広場まで来ると、男性にギルドの方向を聞く巧。そんな彼の質問に最後まで快く答えてくれる男性だった。

 

「では、貴方の成功を祈っています」

「俺は貴方の生存を祈っています」

「不吉なことを言わないでくださいよ………」

 

 お互いに笑い合って別れる。

 巧は男性を見送ると、笑顔を一変させて疲れた表情を浮かべる。

 

「うわぁー……マジかぁー……異世界とかマジかぁー……何のオブジェクトだよ……いや、そもそも転移系のモノって条件があったよね。つまり部屋に侵入したってこと?」

 

 嘘だろぉー?

 そう唸って蹲る巧。道行く人たちがそんな彼を奇異の目で見る。しばらく落ち込み、整理がついたのか立ち上がる。

 

「まあ、あのサディストから逃げられたからいっか。それにこの世界には財団はなさそうだし、好きにやってみよっか。此処で強くなってあのクソ親父に吠え面かかせてやる!」

 

 そんな風にこの状況を楽観視する。

 まずはギルドで説明を聞ーこうっと。

 そういって意気揚々と歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 SCP財団日本支部。

 状況は大混乱していた。

 原因は簡単だ。加藤巧の失踪である。つい先ほど、部屋で休んでいる筈の彼が忽然と姿を消したのだ。そのため多くの職員が慌ただしく動いていた。

 

「カメラは!?」

「録画は残ってますが、何度確認しても彼が突然消えてます!」

「オブジェクトとかは!?」

「映ってません!彼の部屋の周囲にも存在は確認できず!」

「くそっ!何が一体どうなってるってんだ!?」

 

 職員の一人で、()()()()()()()()()である彼が原因も分からずに消えてしまったのだ。それは混乱するだろう。

 そんな慌てふためく職員たちを眺めていた天野博士は、焦った様子はなくいつも通りの微笑を浮かべている。

 

「いやー、困りましたねぇ」

「天野博士も心当たりはないんですか!?」

「ないかな」

「流石にもう打つ手ねえぞ!?」

「彼なら何処に行っても生き残れるから大丈夫でしょう」

「いや、そういうことではなくてですね!?」

 

 慌てる職員に対して、どこかズレた返答をする天野博士。

 

「さて、私は明日も朝早いのでもう休ませてもらいますね」

「ちょっと!?手伝ってくれないんですか!?」

「君らがそれだけ調べて痕跡一つないのなら、探すのは不可能ということでしょう。さっさと見切りをつけて休んだ方が賢明ですよ」

 

 男性職員にそう告げると彼は部屋から出て行く。

 

「……少し、残念ですね」

 

 天野博士は手に持っていたバインダーを開く。

 その一頁目にはこう書かれていた。

 

『ぼくがかんがえたさいきょうのざいだんしんけんしゅうとくしゃ』

 

 頭の悪そうな字でそう書かれていた。これはある一人の博士が発狂した際に書いた代物だ。しかし、名前とは裏腹に、その中身はかなり詳細に書かれている。

 素質の見つけ方。才能。何歳にどの修行をさせるのか、どのような修練を積ませるのか。そういったことが表紙と同じような字で書かれている。そして最後には、

 

『これでうまれたものをしょくいんとして、おぶじぇくとのひとつとして、ざいだんのしゅごしゃとする』

 

 と書かれていた。

 それを見て少し悲しそうな表情を浮かべる。

 

「彼以上の素質を持つ者は今後、ほぼ確実に現れないでしょうねぇ………。本当に、残念です………」

 

 彼はバインダーを閉じてまた歩き始める。自身を超えるかもしれなかった者の喪失感を心に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

「さぶっ!?何今の寒気!?」

 

 世界の境界を越えて、道の真ん中で何かを感じ取った巧だった。




 加藤 巧(かとう たくみ)
年齢:18歳
性別:男
身長:144cm
体重:53kg
 今作の主人公。
 一人称は「俺」。
 アイテム番号:SCP-710-JP-J-EX。
 人間ではあるが、財団が一種の被検体として実験を行っていたためにオブジェクトとして管理していた。だが将来は財団職員になる予定であった。
 見た目は子供。中身も子供。外見に精神を引っ張られた哀れな主人公。でも自らの外見を利用して子供っぽい仕草や口調で、相手に優しくしてもらうこともしばしば。以前、財団の女性職員に攫われて監禁されたが、ドアを破壊して自力で脱出したことがある。
 最年少財団神拳伝承者で、奥義書のすべての奥義を習得できる素質を持つ。実際に全ての奥義を習得し、そこからさらに昇華を目指していた。さらに昇華する前の古今東西の武術も習得している武術の天才。ただし財団神拳に誇りを持っているため、ほとんど使うことは無い。
 財団の手伝いをしていて、研究、情報収集、戦闘、戦術等の能力は高く、施設職員・フィールド職員として有望視されていた。20歳から正式に職員として採用され、本人もなることを希望していたが、それも異世界に飛んだことで叶わなくなった。
 基本的には戦闘狂だが、天野博士との戦闘だけは嫌う。理由は生理的に受け付けないから。
 異世界に行ったことで天野博士から逃げられたことを喜んでいる。


 天野 双一(あまの そういち)
年齢:43歳
性別:男
身長:173cm
体重:71kg
 財団神拳伝承者。しかしながら素質などはほとんどなく、素質が必要な奥義は習得できなかった。その結果、一撃の威力を極めるという方向へシフトし、一撃の威力では誰も敵わないほどにまで昇華した。文字通り必殺の一撃を放つ。他の伝承者曰く「掠ってもヤバい」とのこと。
 『ぼくがかんがえたさいきょうのざいだんしんけんしゅうとくしゃ』というふざけた計画書を元に巧を被検体として計画を進めていたが、巧が異世界に行ってしまったことで計画は頓挫してしまった。将来彼以上の素質の持ち主は現れないと感じ、後に計画書を破棄する。


「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「確率論的回避」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

※上記のクレジットは作成者様方に連絡を取り、各々様が作成した奥義等を問い合わせて適切なクレジットで表記しています。



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第二話

とりあえずストックがあるうちは早め早めに上げたい(願望)
そして早めに財団神拳を使って大暴れさせたい(切実)


 ギルドで一通りの説明を受けた巧は街を徘徊しては、探索系【ファミリア】を訪れては入団できる場所を探していた。

 

「悪いが、お前を受け入れるだけの余裕はない」

 

「すまないが他を当たってくれ」

 

「ごめんなさいね」

 

「帰れ」

 

「…………………………」

 

 ………………………………………

 

 …………………………

 

 ……………

 

 

 ものの見事に全敗だった。最後の方なんかは無言で、その圧力に巧が負けた。

 そのため、どうするでもなくフラフラと街を彷徨っていた。

 

「さぁーて、どうすっかなー?」

 

 この際、商業系とか鍛冶系、治療系でもいっから全部当たってみるか。全部砕けたらそん時はそん時で。

 そう考えた巧は近場にあった【ファミリア】に入って行く。

 

「失礼しまーす……」

「あん?んでテメェ?何の用だ?」

 

 巧が入ると、入り口近くに一人の厳つい男性が座っていた。その男性が巧に用件を尋ねると、彼は首を少し傾げながらも答える。

 

「………入団希望者(仮)、かな?」

「……一応主神に通すだけ通してやる」

「アザーっす。ちなみにここって何ファミリアっすか?」

「………【ヘファイストス・ファミリア】だ」

 

 一人の厳つい男性に建物の奥に案内される。巧はその男性の後ろをちょこちょこと歩いてついていく。

 ある一つの部屋の前で止まると男性は扉を三回ノックする。

 

「ヘファイストス様。入団希望者が来ました」

「そう。分かったわ。通してちょうだい」

「おら。失礼を働くなよ」

「うっす」

 

 そういって巧を置いて先ほどの場所に帰っていく男性。そして残されるのは赤い髪の女神と巧だけ。

 

「どうぞ。座ってちょうだい」

「ありがとー」

 

 ヘファイストスに促されて椅子に、ぴょんと飛び乗るように座る巧。

 

「それで?貴方は何でここに入団したいの?」

「探索系ファミリアは全部門前払いされたから、こうなりゃやけっぱちだ!と思ってここに来ました」

「……………嘘じゃないのね。どれだけ運が悪いの?」

「世界の底辺ぐらいじゃないっすかね?」

 

 へらへらと笑う巧。なんせ彼は寝ていたら突然異世界に来るような運の持ち主だ。

 そんな彼に対してヘファイストスは一つ思いついたことがあった。

 

「それで、どうですかね?」

「……そうね。残念ながら入団は認められないわ」

「ですよねー。じゃ、しつれ―――」

「でも、神を一人紹介するわ」

「―――いしません。その話詳しく」

「え、ええ………」

 

 若干食い気味に話を聞く態勢を取った巧に少し驚きながらも、彼女は話してくれた。

 

「今、私のところに神友が居候しているのよ。ファミリアも作らず、働きもせずにね」

「あ、失礼しましたー」

「待ちなさい」

「いや、だってそれ厄介払いっすよね?流石にニート引き取るのは嫌ですよ?」

「でも、この機会を逃すとどの【ファミリア】にも入れないかもしれないわよ」

「いや、居候ってことは衣食住が不安定過ぎません?自分、金ないっすよ」

「雨風を防げる場所は用意してあげる。食事も数日なら許すわ」

「ちょっとダンジョンに実際に潜ってみないとどんなもんかわからないんで………」

「私のところから信頼できる人物を一人つけるわ」

「「……………………………………」」

 

 しばらく二人の間で無言が続く。

 そして、先に沈黙を破ったのは巧の方だった。彼はテーブルを叩きながら椅子の上に立ち上がる。

 

「そこまでして居候を追い出したいか!?」

「追い出したいんじゃなくて、さっさと自立してほしいのよ!!」

「それって結局は堪忍袋の緒が切れかけてるだけじゃん!?」

「そうよ!!悪い!?」

「逆切れ!?」

 

 二人が言い争いをしていると、部屋の奥から長い黒髪をツインテールにした少女ともいうべき風貌の女性が出てくる。

 二人の言い争う声が五月蠅くて気になったのだろう。

 

「ヘファイストス~………一体何を騒いでいるんだい~……」

 

 奥で寝ていたのか目を擦りながら喋っている。

 ヘファイストスは彼女を見ると叫ぶように話しかける。

 

「あっ!ヘスティア!彼が貴方の眷属になってくれるそうよ!」

「あっ!?テメ―――」

「それは本当かい!?」

「うわっ!?」

 

 眠そうだった表情は何処へやら。すごい勢いで巧に迫ってきたヘスティアと呼ばれた女神。巧はその勢いに押されてしまいそうになる。

 

「本当になってくれるのかい!?」

「え、ちょ、落ち着いて!倒れる!後ろに倒れるから!?」

「わわっ!?ごめんよ!?」

「はぁ………」

 

 なんとかヘスティアを引きはがし、一息つくことが出来た巧。改めて椅子に座り直すとヘファイストスに向き直る。

 

「………住居は探してもらえるんだよね?それと食事は一週間は食べさせてほしい。そこからは自分で何とかしてみせるから。この条件でどう?」

 

 あんなにも期待に満ち溢れた目で見られてはさすがに断り切れなかった巧。

 その返答に口角を上げて笑みを浮かべるヘファイストス。

 

「構わないわ。取引成立よ」

「くそっ……どこの悪徳商法だよ………」

「……?何の話だい?」

「「気にしなくていいよ(いいわ)」」

 

 何の話か分かっていないヘスティアが二人に尋ねるが、こっちの話だと言って口を閉ざす。

 そしてヘファイストスが奥の部屋を指しながら言う。

 

「奥の部屋で神の恩恵(ファルナ)を刻んでいいわよ」

「ああ!そこの君!えぇっと………」

「………巧。ここではタクミ・カトウの方がいいのかな」

「そうか!じゃあ、タクミ君!ついてくるんだ!」

 

 そういって先ほど彼女がいたであろう部屋へと入って行くヘスティア。それに追従する巧。

 その二人の姿を後ろから笑みを浮かべながら眺めるヘファイストス。

 

「タクミ君。上着を脱いでそこに座ってくれ」

「わかった」

「おお!随分と鍛えているんだね!」

「まぁね。それぐらいしかやることが無かったから」

 

 上着を脱いで外気に晒した上半身を見てヘスティアが驚きの声を上げる。

 彼の身体は余計な筋肉もつかなければ、余分な贅肉もない引き締まった体だ。

 そんな体にヘスティアは『神の恩恵(ファルナ)』を刻み始める。

 

「タクミ君はどうして冒険者になろうと思ったんだい?」

「……強くなって、腹立たしい恩師をぶん殴りたいから」

「………恩師だよね?そんな風に思われるなんて、一体どんな人だったんだい?」

「自主練してたら突然『みんなで殺し合いしようぜ!』みたいなこと言って乱入してくるような人」

「それ本当に恩師かい!?」

「教え方はともかく一応武術を教えてくれたさ……!教え方はともかく!」

 

 大事なことだから二回言った。それぐらいに天野博士の教え方は破天荒だったのだ。

 獅子は子を谷に突き落とすというが、それより酷い。谷に突き落とした挙句、ガソリンを撒いて火をつける。そのうえダイナマイトのおまけつき。

 あっ、俺、このまま死ぬんじゃないかな?と巧は何度も思った。だが、それはなかった。幸運か不運かは分からないが、天野博士は生と死の境界をよく理解していた。どんなに酷い怪我をしても、ギリギリ死なない。ギリギリ生存する。その限界を理解していた。

 故にサディスト。故に鬼畜。財団の中でも悪い意味で有名だった。

 巧は数多くあった出来事を掻い摘んで話す。もちろん財団の事は伏せて。

 

「…………よく今まで生きていたね」

「全くだよ」

「はい。終わったよ」

 

 ヘスティアは巧に【ステイタス】を書き写した用紙を渡す。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

最短の道を選ぶなかれ(インストラクション:1)

・アビリティの上昇補正。

・向上心がなくならない限り効果持続。

研鑽を忘れるなかれ(インストラクション:2)

・修練によるアビリティの上昇補正。

・修練の累計時間に比例してアビリティに高補正。

・研鑽を続ける限り効果持続。

・研鑽の量と質により効果向上。

書を捨てよ、己が道を歩め(インストラクション:3)

・奥義・秘伝・秘奥の威力上昇。

・修練してきた時間に比例して効果向上。

 

 

「【経験値(エクセリア)】が溜まってたみたいだから、取り出して【ステイタス】にスキルを刻んだよ」

「………そ、そっか。うん。わかった。ありがとう」

 

 自身の【ステイタス】が書き写された用紙のスキル部分を見て、思わず頬が引き攣る巧。

 それを首を傾げながら彼を見やるヘスティア。

 

「どうかしたかい?」

「いや、大丈夫。うん。本当に大丈夫だから」

「神様だから嘘だっていうのは分かるけど、追求しない方がよさそうだね……」

「そうしてくれると助かる。実に助かる」

 

 巧はしばらく深呼吸して感情を整理する。スキルになるほど体に染みついた己が習得した武術の心構え。それを見た彼は自分のもかなり染まっているんだな、と考え様々な思い無理やり押し込める。

 

「終わったかしら?」

 

 そこへ扉の向こうからヘファイストスが声をかけてくる。それを聞いた巧はいそいそと上着を着直す。

 

「もう平気ー」

「そう。それなら出てきてちょうだい。話したいこともあるから」

 

 そう言われ、巧とヘスティアは部屋の外に出て、椅子に座る。

 

「無事刻めたようね」

「おかげさまでねー……!」

 

 恨めしそうな視線を女神ヘファイストスに送る巧。彼女はそれを涼しげな表情で受け流す。

 

「それで貴方。武器とかはあるのかしら?」

「えっ?いや、無いけど?」

「なら、貸してあげるからうちの団員と一緒にギルドに登録した後、ダンジョンに―――」

「いや、武器は必要ないって意味で言ったつもりなんだけど?」

「―――……何を、言っているの?」

 

 巧の発言を聞いたヘファイストスが彼に聞き返す。ヘスティアも声には出していないが、驚愕している。

 

「武器は使わない。俺の武術は素手を前提とした代物。武器や防具はあっても邪魔になるだけー。だから必要ない。それに借り物とか壊しちゃったときが恐いし」

「……貴方、ダンジョンを舐めてない?」

「いや?少なくとも上の方はそこまで脅威になりうる奴はいないと感じてるけど?なんならヘファイストス様のとこの団員と戦ってみせてもいいよ?殺し合いに発展しないなら」

「………いえ、ダンジョンに一人付き添いをつけて様子を報告してもらうわ」

「アザっす。あっ、魔石を取り出すためのナイフだけ欲しい!さすがに貫手でいちいち取り出したくない!」

 

 へらへらと最初と同様に笑う巧。それを見て、早まったかしら、と頭を悩ますヘファイストス。

 

 

 

 

 

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】のホームを出てギルドに冒険者登録をしにきた巧。

 とはいえ、初めての場所で勝手が分からない。

 

「こちらにどうぞ!」

「はーい」

 

 巧が何処に行けばいいのか悩んでいると、ハーフエルフの受付嬢に呼ばれてそのカウンターへと向かう。

 

「今日は何しに?」

「冒険者登録、でいいのかな?必要なんだよね?」

「ええ。必要事項です。ではこちらの書類を記入してください」

「ういうい」

 

 文字も見覚えのないものだったが、言語と同様に何故か理解できた。巧は名前、所属ファミリア等の必須事項を書き込んでいく。書き終えると軽く確認をして女性に渡す。

 

「はい」

「確認します。名前がタクミ・カトウで……所属が【ヘスティア・ファミリア】、ですか?」

「うん。さっき出来た!」

「他に団員は?」

「いない!でも、しばらくはあの人が付き添ってくれるって」

 

 そういってギルドの入り口の方を指さす巧。ハーフエルフの女性もその指先の方に視線を向ける。その先には左眼に眼帯をした黒髪赤眼のハーフドワーフの女性がいた。

 ハーフエルフの彼女にはその女性は見覚えがあった。

 

「つ、椿・コルブランドさん………!?」

「うん。確かそんな名前。ヘスティア様の神友のヘファイストス様が念の為ってさ」

「………わ、わかりました……。はい、登録が終わりました………では、これから―――」

「ありがとう!」

「あっ………!」

 

 終わったー!と言って椿の方に走り寄る巧。すると、椿がため息混じりに拳骨を振り下ろす。が、巧はそれを僅かな動きだけで避ける。

 

「えっ!?」

 

 それを見ていたハーフエルフの女性は驚きの声を上げる。椿も拳を振り下ろした状態で固まっていることから、彼女も驚いているように思えた。

 しかし、それも僅かな時間。彼女は巧にガミガミと説教をすると、彼はすごすごと受付へと引き返してくる。

 

「説明をちゃんと聞いて来いって言われたからお願いします……」

「………ええ。分かったわ」

 

 苦笑を浮かべながら、受け答えする受付の女性。

 

「私はエイナ・チュール。貴方の担当アドバイザーになるわ」

「書類にも書いたけど、俺はタクミ・カトウ。よろしく」

 

 お互いに自己紹介を交わすと、受付の女性、エイナは巧に様々な事項を説明する。巧も面倒そうにしながらも、しっかりそれを聞いて覚えていく。

 

「―――以上よ」

「……うん、ありがとう。知らないことも知れてよかった。じゃあね!」

「ええ。さよなら」

 

 たたたっ、と先ほどと同様に椿の方へと走り寄る巧。しかし、今度は拳骨はなく二人でギルドから出て行った。

 

「………不思議な子だったわね」

 

 エイナは一人、そう感想を溢した。

 




「インストラクション:1 最短の道を選ぶなかれ」
「インストラクション:2 研鑽を忘れるなかれ」
「インストラクション:3 書を捨てよ、己が道を歩め」は
”sakagami”様を含める多くの方々が作成した合作-jpであるINTRODUCTION OF 財団神拳のInstruction of 710-JP-Jに基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

茶臼サン様、メアリー・スーの怪物様、感想ありがとうございます!


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第三話

 巧は登録を終えて椿とともにギルドを出ると、その足で真っ直ぐダンジョンへと向かう。彼は鼻歌を歌いながら通りを歩いていく。その後ろを椿が歩いて追いかける。

 

「~~~♪」

「………随分と上機嫌だな」

「んー?だってさ、初めての土地!初めてのダンジョン!俺にとっては全くの未知!それに興奮しないなどあるか?いや、ない!」

 

 反語を使ってまで楽しみだと声高らかに言う巧。その場で小躍りまでしそうなテンションだ。

 そんな彼を見て少しだけ表情を暗くする椿。

 

「……そうか。無茶しなければ良いが………」

「無茶?なぜ?」

「素手でダンジョンに挑むなど無謀にもほどがあるからだ」

「無謀?なぜ?」

「なぜだと?そんなもの誰しもが理解している。だから皆、武器を―――」

 

 そこまで言って、言葉に詰まる椿。目の前の少年が首だけを後ろに向けて彼女のことを見ていたからだ。

 

「他人如きが俺のことを勝手に決めてんじゃねえよ。無謀かどうかを決めるのは俺だし、限界を決めるのも俺だ。断じて貴様じゃない」

「ッ!?」

 

 ゾッとした。

 首だけを後ろに向かせた巧の眼を見た瞬間、椿の背筋に寒気が走った。Lv.5冒険者の背筋に、だ。

 これは、恐怖だ。それも『死』の恐怖。滅多にモンスターにもそのような恐怖を感じたことのない自分が、目の前の駆け出し冒険者に、自分よりも小さな男に死を感じている。その事実が信じられなかった。彼女は自然と腰に佩いてある武器に手が伸びる。

 

「………」

「………」

 

 しばらく二人は睨み合い、緊張状態のまま動かないでいる。すると突然、

 

「なんてね♪」

「っ……」

 

 巧が先ほどの表情とはコロリと一変して満面の笑みへと変わる。そのまま彼はダンジョンに向かって走り始める。

 

「ほらほら早く!日が暮れる前に入りたいんだ!一層だけでもいいから見てみたいんだよ!だから早く!」

「……ああ。わかった」

 

 抑えきれない興奮のせいか、椿の前を小走りで先行してダンジョンへと向かう巧。椿はそれを見て、手の平に掻いた汗を袴で拭うと、足早に彼を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ついにダンジョンの前まで来た巧と椿。

 少々そわそわした様子でダンジョンの入り口から奥を見つめる巧。

 

「こっからダンジョンの中?」

「そうだ」

「ふぅん?……あっ、ちょっと待って」

「……?どうしたのだ?」

 

 巧は椿の問い掛けを無視して、開いた左手に握った右手を合わせ、45度きっかりの礼を5秒間行う。

 

「『解放礼儀』」

 

 その動作が終わるとゆっくり顔を上げる巧。その表情は先ほどまでの楽しげなものは鳴りを潜め、引き締まった表情をしていた。

 

「……もうよいのか?」

「ああ。俺のペースで行っていいのか?」

「……よいぞ」

 

 椿がそう答えるとダンジョンの中に一歩踏み出す巧。その体験を噛み締めるように脳裏に刻むと、奥へと進み始めた。彼に追従するように椿も中へと踏み出す。

 それから少ししたとき。

 

「………一匹か」

 

 巧たちの目の前に一匹のゴブリンと呼ばれるモンスターが姿を見せた。椿もそれを確認した。

 

「そのようだの。先ずは様子を見るのが―――」

「『テレポ遠当て』」

 

 椿の声が巧の声で遮られる。椿は彼の方を見ると、前方に正拳突きを放っていた。

 一体何をしているのかと聞こうとした次の瞬間、ゴブリンの頭部が熟れた果実のように弾けた。

 その光景に椿は驚いた。そして何故か巧も驚いていた。

 

「………え?弱くね?」

「………お主、一体何を………?」

「いや、ちょっと詳細は言えないけど、俺が習った武術の奥義の一つを使っただけ………でも、まさか弾けるとは………」

 

 肩を落として呆然とする巧。彼はダンジョン内のモンスターは地上のモンスターよりも強いと聞いていたため、落胆を隠せずにいる。

 

「魔法、ではないのか?」

「違う。科学的法則に基づいた代物だ。あんな摩訶不思議な代物と一緒にしないでくれ。だからといって行き過ぎた科学でもない。科学的根拠に基づいてるものだ」

 

 椿は巧がいまやったことを理解できなかった。もしや既に魔法を使えるのかと勘繰ったが、それは巧本人に否定される。

 たしかに『テレポ遠当て』は量子もつれ現象を用いて離れた場所にある物を破壊する奥義だ。これは『財団』によって科学的に証明されている。それゆえに『魔法』ではなく『科学』なのだ。彼らからすれば、科学的に証明さえできれば『魔法』ではなく『科学』。たとえできなくても証明できるまで追求する。そんな人間(変態)達の集団の中で育ってきたのだから。

 巧は理解の追い付いていない椿を放って、死んだゴブリンに近付いて魔石を取りだす。そして死体は灰となって消えていく。

 

「おぉー……本当に灰になるんだ。なんか感動……。………ねぇ、もう少しモンスターと戦っていい?」

「……ああ。手前は構わないが……」

「ありがとー」

 

 魔石を腰のポーチにしまうと、奥に歩き始める巧。そしてそれに追従する椿。

 今度は犬頭のモンスター、コボルトが姿を見せる。それを見て巧は頭を悩ませる。

 

「……技を使うべきか、使わないべきか。………いいや。下手に使って爆散するよりは」

 

 物は試しと考えて、一瞬で間合いを詰めて生きたまま貫手によって魔石を取りだす巧。コボルトは身体を貫かれたまま灰となって消える。

 巧は血塗れの手の中にある魔石を弄ぶ。

 

「あっ。これ楽だな。上層ならこれでいいかも。でも毎回手が汚れちゃうなぁ……。それに神拳じゃないのは趣味じゃないんだけど……でもコイツらに奥義使うのはそれはそれでもったいない気もする……」

「………」

 

 いま目の前で起こった出来事に驚きを隠せない椿。この少年は本当に先ほど神の恩恵(ファルナ)を授かったばかりなのか、と。どこかの上級冒険者が扮しているのでは、と勘繰ってしまいたくなる。

 だが確かに今日、授かったばかりなのだろう。冒険者登録を行い、初めてダンジョンに潜ったというのは、行動や言動が証明してくれている。実際に見てしまったからには信じずにはいられない。

 巧はそんな椿の内心を露知らず、魔石の欠片をポーチにしまって椿に向き直る。

 

「とりあえず今日はもういいや。明日からちょっと下に行ってもいい?」

「手前も付き合うことになるだろうからな。それぐらいは良いぞ」

「やった!」

 

 巧は戦闘を終えたからか、先ほどのピリピリとした雰囲気は完全に消え去って、ダンジョンに入る前のテンションに戻っていた。

 二人はダンジョンから帰還して、【ヘファイストス・ファミリア】のホームへと帰還した。

 

「ヘスティア様ー只今帰りましたよー」

「主神様よ、今帰った」

「お帰りー」

「お帰りなさい」

 

 一緒に帰ってきた二人に返答するそれぞれの主神。

 ヘスティアは巧に近寄ると、問い詰める。

 

「初めてのダンジョンは大丈夫だった?怪我はしてないかい?モンスターは怖くなかった?」

「ヘスティア様……さすがにそれは過保護すぎ。大丈夫でーすよ。今日は様子見で二匹しか倒してませんから!むしろ弱すぎて拍子抜けしたぐらいです!」

「本当かい?」

「神様なら嘘くらい見抜けるんですから、その聞き返しは無しですよ。それよりも【ステイタス】の更新、お願いできます?」

「任せてくれ!」

 

 大きな胸を張ると、巧の手を引っ張って奥の部屋へと消えていく二人。それを確認すると、ヘファイストスは椿に話を聞く。

 

「それで、彼はどうだったかしら?流石に素手では―――」

「素手だ」

「………嘘でしょう?」

「真実だ。主神様なら嘘かどうかぐらいわかるはずだ。先ほどあやつが言ったように」

 

 確かに神には下界に降臨しても子供の嘘の真偽は手に取るようにわかる。それでも、信じられなかった。

 

「あやつが正拳突きを眼前に突き出したと思えば、10Mほど離れた場所にいたゴブリンの頭が潰れた。次のコボルトはただの貫手で生きてる状態から魔石を取りだした」

「………………」

 

 さらに椿が言った事を信じられなかったヘファイストス。もちろん嘘をついていないのは分かっている。それでも物語や作り話だと言われた方がまだ信じられる。

 しかし、まだ驚くべき話を椿は残していた。

 

「それと、恥ずかしい話だが、素手で挑むことを無謀だと言ったとき、あやつは怒りを顕わにした。その時の眼に、手前は恐怖を覚えたのだ」

「っ!?」

「自然と腰の剣に手が伸びておった。手の平は手汗で濡れに濡れていた。それほどまでにあやつを脅威と捉えたのだ。理性ではLv.1だと分かっていても、本能で危険だと感じたのだ」

「………………………」

「主神様よ。あやつは、強くなるぞ」

 

 椿の言葉を頭の奥でゆっくりと理解していくヘファイストス。少し、判断が早まったと感じていた認識を正した。

 彼になら自分の神友を任せても大丈夫かもしれないと。

 

「そこで主神様よ。一つ提案なのだが……」

「……?何かしら?」

「あやつにあの者を預けたいのだ」

「……本気で言ってるの?あの駆け出し君にあの子を?」

「うむ。武器を使わぬあやつならば、あの者を邪険に扱わぬだろう」

「……わかったわ。明日、会わせてみましょう」

「感謝するぞ。主神様よ」

 

 ちょうど二人の会話が終わると奥の部屋から巧とヘスティアが出てくる。

 

「ヘファイストス様。何処か体を動かせる場所ありませんか?ちょっと不完全燃焼気味で……」

「………裏手に空地があるからそこを使うと良いわ」

「あざっす!」

 

 ぴゅーん、とすごい勢いで裏手に向かって走り去る巧。その彼を見送るとヘファイストスは自身の神友に尋ねる。

 

「それで、彼とは仲良くやっていけそうかしら?」

「ああ!大丈夫だとも!」

「そう。それなら良かったわ」

 

 二人して笑顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。いつも通り朝四時に起床した巧は裏手の空地で日課の修練を行っていた。辺りはまだ薄暗く、起きている人も少ない時間帯。

 そんな中、財団神拳(SCP-710-JP-J)の奥義・秘伝・秘奥を実際には使わずに型だけを確認する。

 

(本当は『仮想組手』をしたいけど、ただでさえ服が少ない状況で血で汚してダメにするのはなぁ……)

 

 強い『思い込み』で仮想敵からの攻撃が現実に反映する『仮想組手』。そのため、動きと実力を十分に理解している相手しか仮想敵として想定できない。なので、巧が仮想敵として用意できるのは自分の周りにいた財団神拳(SCP-710-JP-J)伝承者だけである。故に怪我が前提である。

 

(今は身体を動かすだけで我慢しよ)

 

 そう考えると奥義からの発展した動きの確認を始める。

 そして陽が昇り始め、街を明るく照らし始める。

 

『あれ!?タクミ君!?タクミくーん!?』

「あっ、ヘスティア様が起きちゃったか」

 

 自分の主神の声を聞き、急いで建物の中に戻る巧。部屋に入るとヘスティアに声をかける。

 

「ヘスティア様ー。どうかしましたかー?」

「あっ!タクミ君!まったく、何処に行っていたんだい!?」

「裏手で日課の修練をしてました」

「そ、そうなのかい?」

「はい。日課ですので」

 

 巧は5歳の頃から毎日修練を欠かしていなかった。『財団』の仕事を手伝い始めた12歳までは起床時間全てを修練に費やしていた。それ以降も毎日三時間の修練を欠かすことは無かった。

 巧の言葉を聞いたヘスティアは微笑を浮かべながら頷く。

 

「……わかったよ。でも今度からは一言言って欲しいな!」

「はーい。あっ、明日以降も朝からやるのであまり心配しないでくださいよ?」

 

 それじゃ、もう少しやってきます!と告げて裏手に消えていく巧。

 そこに目を擦りながら姿を現すヘファイストス。

 

「朝から何を騒いでいるのよ……?」

「あ、ごめんごめん!朝起きてみたらタクミ君がいなかったから、昨日の出来事が全部夢かと思ってしまったんだ!実際は裏手で修練してただけだったけど!」

「そう……」

 

 巧の修練が終わったのはそれから約一時間後の午前七時頃だった。

 そして三人で朝食を食べ終えるとヘファイストスが巧に話をする。

 

「―――会わせたい人がいる?」

「ええ。私のところのLv.1冒険者なんだけれど、彼とパーティを組んでみてくれないかしら」

 

 どう?という風に首を軽く傾げながら聞いてくるヘファイストス。

 それを聞いた巧は、んー、と軽く唸ってから、いいよ!と元気に返事をする。ヘファイストスはその返答を聞くと、件の彼を連れてくるために部屋を出て行く。

 ヘファイストスがいなくなると、ヘスティアが巧に尋ねる。

 

「いいのかい?そんな簡単に決めて?」

「ヘファイストス様が連れてくるんだから大丈夫でしょ。自分の神友を信じてあげなさいな、ヘスティア様」

 

 巧の言葉にそれもそうだね、と頷いて静かに彼女が戻ってくるのを待つ二人。

 

「連れてきたわよ」

「……なあ、ヘファイストス様。俺に会わせたい奴ってのはそこのチビか?」

「―――チビって言うなぁ!!」

「ぶげぁ!?」

 

 出会い頭に男性の顎にアッパーをぶち込む巧。その出来事に驚き、動きを固めてしまう両主神。

 男性が後ろに倒れて行くのを確認しながら、綺麗に着地を決める巧。そして吼えた。

 

「こちとら18で成長期ももう終わって望みがほぼ皆無なんだぞ!?20歳まで伸びる可能性がある人もいるけど現状その例外に含まれてないんだぞ俺は!?それを正面切ってチビとか言うなぁ!!」

「わ、悪かった…………………………はっ?18!?」

「そうだよ!!悪いか!?この年齢で150ないんだよ!ちょっと身長寄越せよこの野郎!!」

 

 ああああっ!!と叫びながら床を叩く巧。そんな彼を哀れみや申し訳なさが混じった目で見つめる三人。

 

「ごめん、タクミ君…………………12歳ぐらいだと思っていたよ………………」

「ヘスティア様!?」

「私も……………………」

「ヘファイストス様も!?…………………ぐすっ。いいもんいいもん。どうせ俺なんて童顔のチビですよ…………………」

 

 二人にそんなことを言われて落ち込み、部屋の隅で床に『の』の字を書き始める巧。周囲の空間は負のオーラが支配していた。

 そんな彼を見て慌て始める三人。

 

「で、でもボクより大きいじゃないか!」

「ヘスティア様は女性でしょう………………男と女じゃ違うんです……………」

「か、可愛いと思うわよ?」

「18の男が可愛いって言われて喜ぶとでも…………………?」

「…………………………すまん。考えたが、なんて声かければいいか分かんねぇ」

「初対面だからね…………………」

 

 三人が何とか声をかけるが見事に撃沈。

 そんな中、巧は自力で復活を果たしてヘファイストスが連れてきた男性に声をかける。

 

「まあいいや。どうせ六年も前から分かってたことだし………………。それで、君の名前は?」

「あ、ああ。ヴェルフ・クロッゾだ」

「俺はタクミ・カトウ。昨日ヘスティア様から神の恩恵(ファルナ)を授かったばかりだよ。よろしくヴェルフ」

「………………お前は、俺の名前を聞いても何も思わないのか?」

「えっ?なに?なんか有名な名前なの?ごめん。外界と隔絶した場所にいたから情弱でね」

 

 首を傾げながらヴェルフに尋ねる巧。そんな彼にヴェルフは話しておくべきかと思ったのか、自身の事情を話す。

 

「……俺は、『魔剣』が打てる」

「……?そうなんだ。すごいね!そんなことよりも、パーティは組んでくれるの?」

「…………………………」

 

 巧の返答に唖然とするヴェルフ。

 『魔剣』が打てる。そういったことを聞けば打って欲しいと思うのが世の常だった。魔法を覚えてなくとも魔法を放てるのだから。だが、『魔剣』は一定回数使用すると壊れてしまうし、冒険者が扱うような魔法とは威力が低い。

 だがヴェルフが打てるのは『クロッゾの魔剣』だ。普通の『魔剣』とは物が違う。彼が打つ『魔剣』はこのオラリオ一の代物だ。誰もが欲しがるような代物だ。

 だが今はこの目の前の男は賞賛だけで、要求をしてこない。ヴェルフはそんな彼の様子に戸惑いを隠せないでいた。

 そんな彼を見て巧は首を傾げる。

 

「今のを聞いて何も思わないのか?」

「……?すごいとは思ったけど?」

「じゃなくてだな!?打って欲しいとかだよ!」

「……?俺の武器はこの拳。武器は使わないし、持つ気もない。鍛冶師としては気に入らないかもしれないけどさ」

「ッ!?」

「それにさ。『魔剣』が強いってのは分かるよ?見たことも使ったこともないけど、それを使えばモンスターを簡単に倒せるんだろうね」

「ならっ!」

「でもさ」

 

 ヴェルフの言葉を遮って巧が発言を続ける。

 

「そんな()()()()()に何の意味があるんだ?どういう理由かは分からないけど、君自身『魔剣』を打つのを嫌ってそうだし」

「っ……」

「それに俺が素手なのは武器に頼った強さじゃなくて、自分の努力の成果。つまり技術や観察眼、判断能力。自分の力だけで勝って、強くなりたいからだ。それなのに『魔剣』とかいうチートに頼る?ありえないな。ナンセンスだね。俺から言わせれば『魔剣』を欲しがる奴は自分に自信のない雑魚だ。もしかしてそんな周囲の奴らの言葉を鵜呑みにしているのか?だとしたら君は馬鹿だねー」

「はっ……!?」

「なんで気にするの?他人の嫉妬や評価なんか気にしてちゃ、やること全部に身が入らないよ?どうせなら主神の言葉でも捻じ曲がらないような信念やら心持ちやらでいようよ。一度、こうだ!って決めたならそれを貫き通そうぜ?」

「…………………………」

 

 巧の言葉に鋭い目つきへと変貌するヴェルフ。

 それを見た巧は少し頭を抱えた。

 

「………………ごめん?変なこと言っちゃったかな?」

「いや、お前の言うとおりだ。つまらない事を聞いた」

「そう。ならいいよ。おかげで君の目がいい目になったし。あっ、最後に一個だけ」

 

 指を一本だけ立ててヴェルフに話しかける。

 

「いつか心の底から『魔剣』を打ってあげたいって思える人と出会えるといいね?」

「………………ああ」

「俺には期待しないでよ?もし勝手に打ってくるようなら君の目の前で叩き折るから」

「絶対打たねぇ」

「あれ?さっきの感じだと『魔剣』は嫌いじゃないの?」

「だとしても自分の打った剣が目の前で叩き折られんのは嫌だわ!」

「アハハ!それもそうだね!でもまあ、それでこそいい鍛冶師だよね!それでさ―――」

 

 ―――俺とパーティを組んでくれるのかな?

 巧は笑いながら聞く。ヴェルフもその問いに口角を上げ、笑みを浮かべながら答える。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 この時、異なる【ファミリア】の二人が握手を交わして、新しく一つのパーティが結成された。

 

 

 




・ただの貫手
 実は超音波レベルの周波数で振動していて刺しやすくしている。

・仮想組手
 強い思い込みで実際に相手はいないのに仮想敵からの攻撃が現実に反映する。プラシーボ効果を突き詰めた結果の代物。一人でも組手が出来るようようにと天野博士が考案した。

以下クレジット。

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
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「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
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第四話

 巧とヴェルフがパーティを結成したその日。すぐにダンジョンに潜りに来た二人。椿は急用が入ってこれなくなったのだ。そのため、それぞれの主神から無茶はしないように言いつけられた。

 『解放礼儀』を用いてからダンジョンへと踏み込む巧を、怪訝な表情で見つめるヴェルフ。

 

「さっきのはなんなんだ?」

「俺が習っていた武術の戦う前の礼儀作法だ。これをしないで戦闘行為をすると師範に殺されるほどだ」

「……嘘だろ?」

「事実だ。年に数人ほど死人が出ていた」

「………………」

「行くぞ」

「ああ………」

 

 巧の言葉に何も言えなかったヴェルフは先行する彼に静かに追随する。ダンジョンの中を歩きながら巧はヴェルフに尋ねる。

 

「最高到達階層は9階層だったか?」

「ああ。そうだ」

「じゃあ、そこまで行ってみるか」

「……マジで言ってる?」

「マジで言ってる。むしろガンガン行こうぜ的なつもりでいる」

「いやいやいや!?無理だから!?13階層からは『サラマンダー・ウール』がないと厳しいんだぞ!?」

「……?よく分からんけど、13階層は暑いのか?」

 

 『サラマンダー』という言葉を聞いて巧が思い浮かべたのは動物の『サンショウウオ』の方ではなく、伝承の『サラマンダー』。火の精霊と名高い名称の方だ。

 その単語が出て、かつ『ウール』ということは羽織るようなものだろうと考え、耐熱系の防具だということまでは推測できた。

 巧のその反応にヴェルフは驚きながらも理由を教える。

 

「炎を吐く『ヘルハウンド』がいるんだよ!そいつの攻撃を軽減するためにも―――」

「なんだ。ただの攻撃か。ならばしてくる前に殺せば良いだけだろう」

「―――は?」

 

 ヴェルフは巧が何を言っているのか理解できなかった。しかし、彼の言うこともまた道理である。その攻撃が恐ろしいのなら撃つ前に討てばいい。ただし、それを成し遂げるのは上層を狩場としている下級冒険者にとっては至難の業だ。現状出来る下級冒険者など、巧ぐらいしかいないのではないだろうか。

 彼の言葉を聞いて呆然としているヴェルフに声をかけて先に進もうとする巧。

 

「駆け抜けるぞ。ついてこい」

「あっ、おい!?」

 

 走り始めた巧を急いで追いかけるヴェルフ。しかし、全力で走っても彼を追い抜くどころか追い付けすらしない。

 

(おいおいおい……嘘だろ?これが昨日神の恩恵(ファルナ)を授かった奴の速さか……!?)

 

 そうやって必死に追いかけていると前方にゴブリンの姿が見えた。

 

「っ!前方にゴブリン―――」

「邪魔だ」

「―――が、一体……」

 

 が、巧の的確な貫手で魔石を取り除かれたゴブリンは灰となって消える。

 

(………………よし。黙ってついていこう)

 

 それを見たヴェルフは離れないことだけに集中しようと思い、必死に足を動かした。

 道中、多くのモンスターが進行方向に現れたが、全て巧が処理してしまった。

 そうして6階層まで難なく降りた二人。

 

「ここからはモンスターが変化する。気を付けろよ」

「……少し狩ってみても良いか?」

「ああ。いいぜ?」

 

 巧は目の前の単眼の蛙のモンスター『フロッグ・シューター』に向かって歩いていく。すると、フロッグ・シューターは舌を撃ちだして攻撃してくるが、巧はそれを左手で摑むと全力で引き寄せた。彼の力に負けたフロッグ・シューターは身体を浮かせ、巧の下へと飛んでくる。

 

『ゲッ!?』

「蛙か……。まあいい。『量子指弾』」

 

 フロッグ・シューターが驚きの声を上げる中、巧は大気中に存在する物質の量子をコペンハーゲン解釈に基づく方法で指先に集積して放つ。

 蛙の脳天を量子の弾丸が貫通して、絶命させる。未だに飛んできているフロッグ・シューターから貫手で魔石を取りだす。死体は地面に着く前に灰となって消える。魔石をポーチにしまった巧はため息を吐く。

 

「まだ弱いな」

「……お前って本当にLv.1?」

「そうだ。そのうえ昨日授かったばかりだ。他よりも下地が強すぎただけだろう。ほら、次行くぞ。『ウォーシャドウ』とやらも気になる」

「あ、ああ……(ヘファイストス様よ。なんて人を紹介してくれたんだ……)」

 

 巧は歩き始める。まるで居場所が分かっているかのようにスタスタと進んでいく。そしてウォーシャドウを発見した巧は、

 

「『テレポ遠当て』」

 

 正拳突きを放ち、量子もつれ現象を用いて離れた場所にある物体を破壊する奥義を使用した。

 ウォーシャドウの頭部と思しき部分が潰れる。今度は剥ぎ取り用のナイフを用いて魔石を取りだす。魔石を腰のポーチにしまうと、

 

「……次の階層に行くぞ」

「もういいのか?」

「それともこの階層で貴様は十分か?ただただ俺が殺戮するのを眺めるだけだぞ?」

「それは、嫌だな」

「ならば行くぞ」

 

 その後は階層を下り、10階層に到達した。

 

「ここは俺もまだ来たことはねぇ」

「分かっている。注意して進むとしよう」

「ああ」

 

 二人は情報としてはこの階層のことを知っている。巧は勿論のこと、ヴェルフさえもこの階層には来たことは無い。二人は足取りを心なしか遅くし、慎重に進む。

 

「50M前方に敵。『インプ』五体だ。その上には『バッドバット』が十三体」

「……よくわかるな」

「気配を探ればこれぐらいは分かる。インプを少し任せても良いか?その獲物ではバッドバットは少々厳しいだろう?こちらも終わり次第すぐに加勢する」

「分かった。任せてくれ」

 

 二人は同時に地を蹴る。巧は上に跳んで壁を駆ける。ヴェルフは前方のインプに躍り掛かる。

 

「―――ふッ!」

 

 大刀を抜刀してインプに斬りかかるも、軽く掠る程度に終わるヴェルフ。それに軽く舌打ちをするが、すぐに弐の大刀を振るって斬り払う。今度は命中し、インプを一体絶命させる。

 

「よし!次―――」

 

 と、ヴェルフが周囲を見渡すがもう周りに敵影はなかった。なぜなら、

 

「終わったか?なら魔石を取りだしてくれ」

「………………」

「呆けてないで手伝ってくれ。中々に面倒だ」

「あ、ああ………………」

 

 既に巧の手によって戦闘は終わっていたからだ。

 ヴェルフがインプ一体を倒すまでの間に、巧は十三体のバッドバットと残りの四体のインプを始末していたのだ。

 

「…………………なあ」

「なんだ。口よりも手を動かして欲しいのだが」

「俺、もしかして足手まといか?」

「……?なぜだ?」

「だって、お前一人でもこの階層は多分余裕だ。それぐらいの実力がタクミにはある。なら俺がいない方が深い階層に行けるはずだ」

「そうだろうな」

「なら―――」

「だが、俺はお前の作る武器に興味がある。『魔剣』ではなく、普通の武器だ。見た限りその大刀もお前の作品だろう?それだけの腕があるのだ。そこから上に行けばどのような武器を作れるのかが、つい気になってしまう。まあ、ただの好奇心なのだ。深い理由はない」

「………………」

 

 恩恵を受けているとはいえ、人の身の今でもそれほどの武器が作れる。ならば発展アビリティの《鍛冶》を取得したら一体どうなるのか?巧はそれが気になっていた。恩恵の補正を受けたらどれ程までに変化があるのか、という好奇心の下だ。

 納得していなさそうなヴェルフに対し、巧はため息を吐きそうになりながら提案をする。

 

「それでももし、自身を邪魔だというのであれば、そうだな……たまに俺一人で潜らせて欲しい。それが妥協できるぎりぎりのラインだ。結論を言ってしまえば、俺はお前とのパーティを解消するつもりはない。分かったか?」

「……ああ。悪い」

 

 巧の思いを知ったヴェルフが彼に謝る。それを聞いた巧は微笑を浮かべる。

 

「それと、本音を言うとだな」

「……?なんだ?」

「実は今日は『インファント・ドラゴン』狙いで潜ったふしがある」

「馬鹿じゃねぇの!?」

「えぇー?いいじゃーん、行こうよー!11階層と12階層ー!それに会えるとは限らないんだしさぁー!」

「なんで戦闘口調から日常口調になってんだよ!?」

 

 戦闘時のしっかりとした口調を崩して、日常時の軽い口調に切り替わった巧に驚きの声を上げるヴェルフ。

 

「こんな雑魚階層で気ぃ張ってる必要なんて無いしぃ?それなら別に手ぇ抜いてもいっかーって思ってさー」

「やっぱお前馬鹿だわ!?」

「ほらー行こうよー!ちゃんと守ってあげるからさぁ!無理だと思ったらすぐに撤退するからー!」

「駄々をこねるな!それにこの階層の『オーク』も見てねえんだぞ!?」

「あっ………………そーいえばいたね。そんなのが」

「おい」

「じゃ、探しに行こっか」

 

 魔石を取りだし終えた巧は、れっつごー♪と言ってダンジョンの奥に走り出す。ヴェルフも慌ててそれを追いかける。

 

「あっ、この先になんかデカいのが二体いる」

「……オークか」

「多分ねー」

 

 巧が気配を探りあて、前方の方に気配が二つあるのが分かった。

 その事をヴェルフに告げながら歩いていくと、眼前に3Mほどの身体のモンスターが見えてくる。お互いにその姿を確認すると

 

「一体ずつやる?」

「ああ。あれだけ大きけりゃ俺の獲物でも当てやすいしな」

「じゃ、行ってみよー!」

 

 二人は再び同時に地を蹴る。巧の方がヴェルフよりも数歩前へ行き、オークに手が届く距離になると、

 

「見下ろしてんじゃねーよこのデカブツがあああぁぁぁ!!!『臨界パンチ』!!!」

 

 自身の拳の生体組織を原子核分裂させ、顎にアッパーを叩き込みオークの頭部を原子構造ごと爆砕する。拳を打ち込まれたオークは悲鳴を上げる暇もなく、絶命して後ろへと倒れる。

 その光景を横で見ていたもう一体のオークとヴェルフは、対峙した状態で動きを止めて巧のことを見ていた。

 

「なに見てんだゴラ。殺すぞ」

 

 巧に睨まれて、ハッとしながらも戦闘を再開する一人と一体。その戦いは少し危うかったものの、なんとかヴェルフが勝利した。

 お互いに魔石を取り終えると巧が話を切り出す。

 

「よっしゃ。下行くぞ」

「待てゴラ」

「ぐぇっ」

 

 ヴェルフは歩き出そうとした巧の襟元を摑んで、動きを止める。

 

「何すんだよー」

「それはこっちのセリフだ、馬鹿!」

「あたっ!」

 

 ゴンッ!と巧の頭に拳骨を落とすヴェルフ。

 

「行かねぇって言ってんだろ!?」

「いいじゃんいいじゃん!少しくらいさー!?覗いてみ―――」

 

 巧が突然言葉を切り上げてダンジョンの奥の方へと振り返る。

 

「……?どうし―――」

「静かに」

 

 巧は集中する。

 そして、数多くのモンスターの気配が数階層ほど下にあるのを確認する。その大群に追われている人の気配もだ。そのことを理解すると、巧は行動を開始する。

 

「ごめん。先に帰ってて」

「はあっ!?」

 

 ヴェルフに一声かけると、先ほどの比ではない速度で駆けだす巧。ヴェルフも慌てて追いかけるが、引き離されてしまう。

 

(嘘だろ!?さっきので本気じゃなかったのかよ!?)

 

 どんどん姿が小さくなっていく巧を見て、表情を驚愕に染めるヴェルフ。

 その後もどんどん階層を下って12階層に到着する。

 

「っ!?おい、前っ!!」

 

 ヴェルフが声を荒げて巧に注意を促す。彼の前方には体高150C、全長4Mほどのモンスター、インファント・ドラゴンが待ち構えていた。が、

 

「邪魔。『臨界パンチ』」

 

 巧がインファント・ドラゴンの頭部に拳を叩き込むと、爆散して絶命する。彼はそのまま魔石を取らずにダンジョンを進んでいく。

 ヴェルフは魔石を取るべきか迷ったが、巧を追いかけることに決めた。何とか見失わずに追いかけ続ける。12階層を通り過ぎて13階層に降りる。すると、

 

「っ!?」

 

 モンスターの大群に追われた冒険者たちを見つける。そして先頭の人物が巧に気づく。

 

「さっさと逃げろ。『量子指弾』」

 

 巧は冒険者たちに声をかけて、十指それぞれにコペンハーゲン解釈に基づく方法で大気中に存在する物質の量子を指先に集積して放ち、的確にヘルハウンドの眉間を穿ち絶命させる。

 

「すううううぅぅぅぅ………………」

 

 そして、足を止めると息を吸い込みながら体を仰け反らせ、口元にエネルギーを集中させる。

 

「『喰期玉』」

 

 技名とともに空気を吐き出す。彼の口から破壊力を持った空気の塊が飛んでいく。

 ドンッッ!!!という衝撃音とともに全てのモンスターが活動を停止した。

 

「………あー、弱いなぁ……」

 

 巧はそう一言呟くと、傍で尻もちをついている冒険者たちに向き直すと話しかける。

 

「大丈夫でしたか?」

「あ、ああ……助けてくれてありがとな……」

「いえ。それよりも怪我人は?」

「見ての通りだ。急いで地上に帰還しねぇと……」

「そのようですね。ヴェルフ。彼らに付き添ってあげて。俺は平気だから」

「……お前はどうするんだよ?」

「魔石を回収してから帰るかな?」

 

 それだけ告げると、彼は先ほど全滅させたモンスターの大群に近付いていく。

 

「……そういうこった。さっさと地上に向かうがいいな?」

「ほ、放っといて良いのか?」

「大丈夫だ。アイツの強さは見ただろう?」

「……分かった」

 

 ヴェルフと冒険者の一団は急いで地上へと帰還していく。巧はそれを見送ると空気を吐き出す。

 

「………………あーぁ……つまんないなぁ………………」

 

 巧は急いで魔石を取りだしていく。それが終わると急いで地上に帰還する。

 そして、彼がダンジョンから出たところで、誰かから声をかけられる。

 

「おい」

「……なんだ。待っててくれたんだね」

 

 そこで待っていたのは先に地上に帰還していたヴェルフだった。彼がいたことに驚く巧だったが、少し安堵したような表情も入り混じっていた。

 

「あの人たちは?」

「結局、12階層から自分達の足で帰ってもらったよ。まあ、お前のおかげでモンスターは減ってたからな」

「そっか。それでさ、魔石を半分持ってくれない?結構重くて」

「こっちも結構大きな奴を持ってんだよ。そのうえお前と違って武器も持ってる」

「……?あ、もしかしてそれってインファント・ドラゴンの?回収してくれてたんだ」

「帰りにな」

 

 軽く話すと二人は横に並び、そのままギルドに向かって歩き始める。

 

「……なあ。どうしてなんだ?」

「……気づいちゃったからね。たとえ、赤の他人でも見捨てられない性質なんだ。……ごめん。迷惑だよね」

「違う。なんで俺のことを頼ってくれなかったんだって聞いてんだ」

「…………………………」

 

 ヴェルフの言葉に口をポカン、と開けて唖然とする巧。そんな彼の表情を見たヴェルフが少し機嫌を悪くしたように顔を顰める。

 

「……なんだよ。その顔は」

「いや、ごめん。まさかそんなこと言われるとは思わなかったから……」

 

 ヴェルフに言われて、くつくつと含み笑いをしながら理由を言う巧。それに照れくさそうにそっぽを向くヴェルフ。そんな彼の横顔を見ながら告げる。

 

「じゃあ、今度からはもっと頼らせてもらうよ」

「そうしてくれ」

 

 そうやって笑い合いながらギルドに向かう二人。

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドで魔石を換金した巧は、面談ボックスの中である女性の前に正座をしていた。ヴェルフも中にいるが椅子に座って正座してる巧を横目に見ていた。

 

「で?何階層に行ったのだったかしら?」

「13階層です………」

「うん。タクミ君が神の恩恵(ファルナ)を授かったのはいつだっけ?」

「昨日です………」

「君って死にたがりなの?」

「いや、むしろ正義の味方的な―――」

「黙りなさい」

「はい」

 

 彼の担当アドバイザーのエイナ・チュールに説教をされていた。

 巧は横にいるヴェルフに視線で助けを求める。

 

(どうにかしてよ……)

(諦めろ。今回はお前が無謀だった)

(もっと頼れって言ってたくせに)

(それとこれとは別だろ)

「何処を見てるの!」

「ごめんなさい!?」

 

 ヴェルフとアイコンタクトで会話をしていると、エイナから叱責される巧。彼女はため息を吐きながら巧に話す。

 

「君はダンジョンを甘く見過ぎ。いい?冒険者は冒険してはいけないの。冒険したら簡単に死んじゃうんだから」

「はい……おっしゃる通りです」

 

 エイナの言葉に消え入りそうな声で、若干俯きながらも静かに答える巧。

 

「大体なんでそんなところまで潜ったの!?」

「助けてって声が聞こえたから」

 

 今度ははっきりとした声で彼女の眼を見て告げる巧。そんな彼の言葉に驚きながらも、その危険性を話そうと口を開くエイナ。

 

「だからって―――」

「だからもでももない。たとえ死ぬとしても、手が届くなら俺は人を助けるために動くよ。それだけは、絶対に譲れない。譲りたくないんだ」

 

 巧はエイナの言葉を遮って真剣な眼で語る。命を賭してでも、他者を助ける。育ての親である『財団』に人のために生きろと、そう言われて育てられてきた彼は、自分の命を簡単に捨てられる。他人が助かるのであれば、人類が怯えずに生活できるのであれば、息をするように簡単に実行する。それが間に合う距離であればなおさら、彼は手を伸ばしてしまう。

 『他の人類のために』。それが『財団』の基本理念である。彼は財団が無いこの世界でも、オブジェクトが存在しないこの世界でも、それだけは守り続けていきたいと考えていた。

 そんな彼の眼にたじろいでしまうエイナ。それだけ力強い眼を巧はしていたのだ。

 

「……はぁ。わかったわ。今回は大目に見るわ。でも、今度から気をつけてね?」

「はーい!」

「もう……返事だけは元気なんだから……」

「じゃあヴェルフー。お金受け取って帰ろー」

 

 面談ボックスから勢いよく出て行く巧。それを眺めながらヴェルフはエイナに声をかける。

 

「なんか、悪いな」

「別にいいわよ……」

「これからも頑張ってくれ」

「ヴェルフー?早く早く!」

「今行く!」

 

 巧の呼ぶ声に答えながらヴェルフも面談ボックスを出て行く。残されたエイナはため息を吐きながら、手元の書類に情報を書き足す。

 

 『タクミ・カトウ』と一番上に書かれた書類の備考部分に『現在の最高到達階層:13階層』と新たに加わった。

 

 




・ゴブリン
 目の前にいたから貫かれた運の悪いモンスター。

・フロッグ・シューター
 攻撃したら反撃されたモンスター。

・ウォーシャドウ
 巧の好奇心のせいで頭部を潰された惨めなモンスター。

・インプ
 倒す描写もほとんどなく終わってしまったモンスター。

・バッドバット
 倒す描写全カットのモンスター。

・オーク
 巧によって頭を爆砕された哀れなモンスター。

・インファント・ドラゴン
 巧によって一撃で葬られる可哀そうなモンスター。コバエ感覚で叩かれる。

・ヘルハウンド
 冒険者を追いかけるも巧によって脳天をぶち抜かれたモンスター。

・加藤巧
 根本的な原因。彼がダンジョンに入らなければ上記のモンスターたちは死ぬことは無かっただろう。

 ちなみに上記のモンスター軍が簡単に死んでしまう理由はというと、巧の「元々の下地」+「スキル2の補正(13年分の修練に比例+何万回と死にかけた濃密な日々)」+「スキル3の威力補正(13年分の修練に比例)」の結果、下級冒険者では有り得ない強さになっているから。

 以下クレジット。


「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「喰期玉」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第五話

 換金を終えて【ヘファイストス・ファミリア】のホームに帰ってきた巧とヴェルフ。

 疲れた表情の巧と呆れた表情のヴェルフが、ヘファイストスの部屋へと入る。

 

「ヘスティア様ー。帰ったよー……」

「只今帰りました、ヘファイストス様」

「「お帰りなさい」」

 

 中へ入ると、ヘスティアとヘファイストスがテーブルを挟み、向かい合って座っていた。巧はテーブルに今日の稼ぎを置くと、テーブルに顎を乗せて凭れるような体勢になる。

 

「早速ですけど更新お願いしまーす……」

「……タクミ君、なんか疲れてないかい?」

「ちょっと担当アドバイザーの人に怒られちゃってねー……」

「一体何をやらかしたんだい?」

「13階層で人助けー。駆け出し冒険者なのに無茶し過ぎーってさ……」

「「!?」」

 

 13階層と聞いて両主神は驚く。ヘファイストスはヴェルフに視線を向けるが、彼は静かに頷いて肯定する。

 ヘスティアはテーブルに凭れかかってる巧に驚きながらもさらに聞く。

 

「け、怪我は無いのかい!?」

「ない。そこまでモンスターが強くなかったから……。正直、戦闘よりも説教の方が疲れた……」

 

 ぐでーん、とついには床に寝そべってだらけてしまう巧。ヘスティアはその彼をゆさゆさと揺すって起こそうとする。

 そんな彼を見たヘファイストスは呆れたようにため息を吐きながら文句を呈する。

 

「ちょっと。ここで寝ないでちょうだい」

「はーい……ヘスティア様ー運んでーついでに更新してー」

「まったくもー!今日だけだからなー!」

「わーい」

 

 にへら、と笑って喜ぶ巧。それは年相応には見えない仕草だが、外見的にはマッチしていた。

 ヘスティアにズルズルと引き摺られながら奥へと消えて行く巧。残されたヴェルフはヘファイストスに今日のことを報告する。

 

「ヘファイストス様。今日一緒に潜ってみたが、俺はアイツに相応しくない」

「そう?」

「ああ。俺の方が、足を引っ張ってしまう。そう思った」

「………………」

「アイツ、人を助けるために通路にいたインファント・ドラゴンを一撃で葬った。ただ通るのに邪魔だったから、虫を叩くかのように簡単にな」

「っ!」

「アイツは、俺なんかとより別の奴と潜った方がいい。俺のせいでアイツの成長を止めるわけにはいかない。そう思った。でも、俺が見捨てると、アイツは俺とは違う理由で一人になるかもしれねえ」

「……たった一日で随分と仲良くなったものね」

「……アイツ、武器は使わないくせに俺の作った武器を見たいって言ってくれた。今よりも上手くなれば、どんな武器を打てるようになるか興味があると。そんなことを言う、不思議な奴だ」

 

 そういって無意識に笑みを浮かべるヴェルフ。

 

「俺の方からパーティー解消を申し出ても、向こうから断ってきた。邪魔だと思っているのなら、たまに一人で潜らせてくれるだけで十分だとな」

「……いい人に出会えたわね」

「本当にいい奴は俺の作った武具を使ってくれる奴だ」

「……ふふっ。そうね」

 

 ヘファイストスは微笑を浮かべて、静かに笑い声を上げる。

 その後、ヴェルフは自分の『工房』へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘスティアに引き摺られて部屋に運び込まれた巧。

 

「ほら!せめてベッドには自分で上がってくれよ!」

「はーい」

 

 うごうごと蠢いて虫のようにベッドへと上がり、上着を脱ぐとうつ伏せの状態になる巧。その彼の上にヘスティアは跨ると【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄り始める。

 

「まったく。ボクに心配をかけさせないでくれよ?」

「気を付けまーす。でも、助けを求めてる人がいたら無理かも。きっと自分よりその人たちを優先しちゃうや」

「……もしタクミ君が死んだら、ボクは眷属を失うことになる。唯一の眷属をだ。また一人になるのは、ちょっとごめんかな……」

「……神と人の違い………少し調べるべきか……」

 

 巧はヘスティアに聞こえない声量で呟く。彼女も彼が何か言ったような気がしたが、なんと言っていたのかは全く聞き取れなかった。

 なにを言ったのか不思議に思い、ヘスティアは彼に尋ねる。

 

「……?今何か言ったかい?」

「うん。でも教えなーい♪」

「なにをー!?主神のボクに隠し事をするのかい!?」

「うん♪でも、これからは気を付けるから安心してー♪」

 

 クスクスと笑いながら主神の反応を楽しむ巧。ヘスティアもそんな彼の無邪気な笑顔を見て、自然と笑顔になってしまう。

 

「はい!終わったよ!」

 

 ヘスティアが一枚の用紙を巧に手渡してくる。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:I3→I98

耐久:I1→I30

器用:I5→H126

敏捷:I4→H102

魔力:I0

 

 

 魔法とスキルは変化がなかったために省略したようだ。

 そして主神から渡された用紙の内容を見て、首を傾げる巧。

 

「この上がり方って普通なの?」

「異常だよ」

「やっぱそうなんだ」

「普通はたった一日でこんなに上がるのはありえないよ。でもタクミ君はスキルの補正を受けているからね。それに朝の修練の後は更新していないから、そのせいもあるとは思う。だとしても異常だけどね」

 

 苦笑気味でヘスティアは話す。

 トータル300オーバーの上昇。たった一日ほどでこの上昇値。ヘスティアも初めての眷属だが、異常だということだけは分かった。

 

「……他の人には言わない方がいいのかな?」

「……そうだね。言わない方が賢明かもしれない」

「わかったー」

 

 巧は返事をして上着を着るとそのまま枕に顔を(うず)める。そしてヘスティアにくぐもった声で話しかける。

 

「ご飯の時間になったら起こしてー」

「タクミ君……」

 

 呆れたような声で彼の名前を呼ぶヘスティア。声を聞いて片目だけ枕から上げて彼女の方を見ながら声を出す。

 

「それとも、ヘスティア様も一緒に寝る?」

「…………………………魅力的な提案だけど、今はやめておくよ」

「ん」

 

 大分悩んだのか、返答が少し遅れるヘスティア。それを聞いた巧は上げていた片目を再び枕に埋めて隠す。

 

「じゃ、おやすみー」

「おやすみ」

 

 ヘスティアに声をかけると巧は目を瞑ってすぐに、すぅすぅ、と静かな寝息を立て始める。彼女はそれを聞いて微笑を浮かべる。そして物音を立てないように静かに部屋を後にする。

 彼女が部屋を出ると、そこにはヘファイストスだけがいて、ヴェルフの姿は既になかった。

 

「ヴェルフ君は帰ったのかい?」

「ええ。自分の『工房』の方に向かったわ。貴方の眷属は?」

「今は眠ってるよ。担当アドバイザーの説教が相当効いたみたいだよ」

 

 それを聞いたくすくすと笑い声を上げるヘファイストス。

 

「そう。まあ、そうでなくとも13階層まで行ったんだもの。休ませてあげましょう」

「うん、そうだね」

 

 夕食の時間までの二時間ほど、二人は談笑して時間を潰した。

 

 

 

 扉の閉まる音が聞こえ、隣から談笑する楽しげな声が響く中、睡眠状態から覚醒状態へと即座に移行した巧は独り言を囁く。

 

「神の姿形は不変……性格は各々で異なる……一部を除いた神の力(アルカナム)の使用禁止……嘘を見抜ける……身体機能はほぼ人と同じ……死ぬか禁を破ると天界に強制送還……簡単に調べられたのはこの程度……禁とはなんだ……主神に聞けば教えてくれるだろうか……そもそも神の力(アルカナム)とはどういった原理と仕組みだ……主神以外にどこかに都合のいい……実験に使ってもバレづらい神と人……人の方はLv.2冒険者がいいな。少し調査して見繕ってみるべきか……どうせなら状況の悪い【ファミリア】がバレにくいか……神と眷属の関係が悪いところがあるかどうかを少し……」

 

 一人になった部屋で巧は、自分にしか聞こえない声で呟く。

 その彼の独り言は暫く止むことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。巧が日課の修練を終わらせて朝食を食べているときのことだ。ヘファイストスからあることを話される。

 

「今日は椿もヴェルフも都合が悪いみたいなんだけれど、今日はどうするの?」

「もごもごもご―――」

「呑み込んでから話してちょうだい」

 

 ヘファイストスにそう言われて、もっもっもっごくん、と口に入っているものをよく噛んで呑み込むと返答を口にする巧。

 

「一人で潜ってもいいの?」

「ええ、いいけれど……大丈夫?」

「多分!相手の実力はちゃんと理解できるし!あっ!でもバックパック欲しいから買い物してから潜る!」

 

 昨日の稼ぎもあるし!といって残っている料理を平らげる巧。そしてすぐに立ち上がると、秒で着替えを済ませる。

 

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!気を付けるんだよ!」

「はーい!」

 

 二人に向かって元気に返事をして走って出て行く巧。ヘファイストスは彼が消えていった出入り口を見つめる。

 

「……やっぱり実年齢より体の方に精神が偏ってるわよね、あの子」

「そうかもしれないね」

 

 二人はそんなことを彼に向けて言っていた。

 巧はそんなことを言われているとも露知らずに、ギルドへと向かっていた。バックパックをどこで買えるのかを知るためにだ。

 彼は到着するとすぐにカウンターに近付き、担当アドバイザーであるエイナにバックパックをどこで買えばいいか聞く。

 

「エイナー」

「……?タクミ君?今日はどうしたの?」

「うん。バックパックをどこで買えるか知りたいんだけど、どこで買うのが良いのかなって思って」

「それならダンジョンの上に立っているバベルの中で買えると思うけど……」

「何階?」

「えっと、何階だったかしら……」

 

 階数を思い出そうとしだした彼女を見て、巧も少し悩むが彼女よりも早く結論を出す。

 

「んー。じゃあ、行って見てみるからいいや。ありがと!」

「あっ!ちょっと!?」

 

 ばいばーい!と大きく手を振りながらギルドから出て行く巧。その彼に伸ばした手を静かに下ろすエイナ。

 

「一人でダンジョンには、潜らないわよね……?」

 

 心配とも不安ともとれることを呟くエイナ。

 半日後、ギルドの面談ボックスで彼女の怒声が響くことになるが、それはまだ先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 バベルで巧の身の丈ほど大きなバックパックを購入することが出来た巧は、意気揚々とダンジョンへと潜る。上層はどんどん進んでいき、まだ来たことのない14階層に到達するが、13階層のモンスターと様変わりしなかったため無視した。

 そのまま階層を進み、15階層へと下りる。そこで『ミノタウロス』に遭遇するも、『共振遠当て』を加減して放ち脳を揺らすと、『摩擦熱切断手刀』で首を斬ることで処理する。そこから順当にモンスターを倒しては魔石を取りだして進む。

 

「まったく。何処まで潜れば手ごたえがあるんだろう?」

 

 片手間にモンスターを処理しては魔石を取りだす作業を機械的に続ける巧。現在の階層は16階層。

 少し落胆しながらも歩みを進める。

 そして、17階層に来ると奥から人の声とモンスターの咆哮が聞こえてくる。気になった巧は足を速めて様子を見に行く。するとそこには

 

「おぉー……あれが『ゴライアス』なんだぁー」

 

 数多くの冒険者たちと数多くのモンスター。そして何よりも目を奪われるのが7Mほどの巨人。

 巧は小さく声を上げ、多くの人が協力して敵を打倒するその光景に少々の感動を覚える。そして近くの冒険者に話しかける。

 

「ねぇねぇ!あの巨人ってもらってもいいの!?」

「あぁ!?何言ってやがるこのガキ!?」

「貰っても良いのかって、聞いてる!」

「……死にてぇなら勝手にしろ!!」

 

 ―――うん。言質は、もらったよ―――

 

 そう一言呟いて、巧は巨人に向かって跳んだ。全力で地を蹴り、現状出せる最高速度でゴライアスの顔へと急接近する。

 ゴライアスも、それを相手取っていた冒険者たちも巧の存在に気づく。その時にはもう既に彼は拳を振りかぶっていた。

 

「一発ぐらい、もってくれよ?『臨界パンチ』ッ!!」

 

 巧の()()()『臨界パンチ』が炸裂する。

 ゴライアスの顔面に、生体組織を原子核分裂させた拳が突き刺さり、頭部で大爆発が起こる。それにより、ゴライアスの頭は跡形もなく爆散していた。

 たった一撃でゴライアスは頭部を無くして絶命した。

 

「……なんだ。拍子抜けだな」

 

 昂っていた身体は急速に冷めていき、再び落胆を覚える巧。巨人の死体の上で落ち込むも周りのモンスターを見やる。

 

「倒したら魔石はもらえるのかな?……いや、別にいっか。今からやるのは、ただの八つ当たりだし」

 

 そう呟きながら、戦場を駆けて通りすがりにモンスターの首を手刀で斬り、拳で頭を潰す。僅か数分で残っていたモンスターを全滅させると、すぐに次の階層に行こうとする。が、それを呼び止める者がいた。

 

「おい!ちょっと待ちやがれ!」

「……なに?」

 

 巧を呼び止めたのは一人の男性だった。鋭い視線を巧に向けて警戒の色を顕わにしている。

 

「てめえ、何者だ?『ゴライアス』を一撃なんざ、第一級冒険者以外じゃ見たことがねぇ。だが、俺の記憶にはお前みたいな第一級冒険者はない」

「……タクミ・カトウ。【ヘスティア・ファミリア】所属。暫定的に団長かな。まだLv.1のしがない駆け出し冒険者だよ」

「……ふざけるのも大概に―――」

「ふざけてないよ。ていうか、さっさとしてくれない?俺、先に行きたいんだけど」

「……なら、【ステイタス】を見せろ」

「別にいいよ。見られて困るものは隠してもらってるし」

「……チッ。それでいい。おい!【神聖文字(ヒエログリフ)】を解読できる奴はいるか!?」

 

 そう男性が呼びかけると、一人の男性冒険者が駆け寄ってくる。

 

「コイツのLv.だけ解読してくれ」

「……誰なんですか、このチビ?」

「チビって言うな!不能にするぞこのクソ野郎!」

「ヒッ……」

「……ゴライアスを一撃で潰した野郎だよ。いいからLv.を解読しろ」

「は、はぁ……」

 

 上着を脱いで待機していた巧の背中を見始める男性冒険者。そして解読結果を男性に告げる。

 

「Lv.1です。……確かなんですか?コイツがゴライアスを潰したって」

「俺もこの目で見てたから間違いねぇよ」

「……もう行っていい?」

「あと一つだけだ」

「今度は何さ?」

「ボールス・エルダーだ。18階層の『リヴィラの街』で有事の際のまとめ役みたいなことをしてる」

「あ、そう。よろしく」

 

 男性が自身の名前を名乗るが、イラついていた巧は軽く流す。

 

「あぁ、俺が倒したモンスターはあげるから、全部そっちで処理して」

「……いいのか?」

「先に戦ってたのはそっちだよ。俺はそれを横取りしたんだから、もらう権利はないよ。それじゃあね」

 

 そのまま巧は階層を降りるために先を急いだ。

 残されたボールスと男性冒険者は信じられないような眼で彼を見る。

 

「……どうだった」

「スキルは隠されてたけど、『基本アビリティ』は見れた。それでも駆け出しの域を出ない数値だったよ」

「……マジもんの化け物じゃねえかよ」

 

 巧に対して戦慄を覚える二人だった。

 その後、巧は24階層まで行き、多くのモンスターを倒して魔石を回収する。その時の彼は、怒りをぶつけるように荒々しく、攻撃的で、まるで獣のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 地上に帰還してきた巧はギルドに着くと、換金所に魔石を預けて査定してもらう。

 

「あっ、タクミ君。ちょっといい?」

「……?なに?」

 

 エイナに呼ばれて彼女の下に駆け寄っていく巧。そのまま面談ボックスの方に誘導される。

 

「さて、なんで呼ばれたかわかる?」

「……?………わかんない」

 

 彼女の問いに首を横に振る。エイナもその言葉に頷き、椅子に座る。

 

「そうでしょうね。これから問いただす内容によっては聞かれたら困るから呼んだのだから」

「……問いただすって。もう少し穏便な言葉を―――」

「使って欲しいの?」

「―――使った場合を思い浮かべたら逆に怖くなったからいいやー」

 

 巧は笑顔なのにどこか怖い彼女の雰囲気に気圧され、下手なことは言えなくなってしまう。

 

「それで、今日は何階層まで行ったのかな?」

「………今日はダンジョンには行って―――」

「行ってない、なんて言わないでね?さっき換金所に魔石を預けてるの見えたんだから」

「―――………」

 

 エイナの言葉に黙ってしまう巧。しかし彼は懲りずにまた嘘を吐く。

 

「……13階層だよ?」

「嘘ね」

「嘘じゃないよ?」

「なら私の目を見て言いなさい」

「……………………………………………………ウソジャナイヨー?」

 

 目を逸らしながら、汗をダラダラ流しながら、巧は片言で答える。そんな彼を終始笑顔で問い詰めるエイナ。そして彼女は急に立ち上がると巧の方へと手を伸ばしてくる。そのまま彼の両頬を摑む。

 

「本当のことを、言、い、な、さ、い~!」

「うにいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

(あっ、意外と、っていうかすごく柔らかい。地味に癖になりそう……)

 

 彼女の手によって両頬をムニムニと引っ張られる巧。エイナはそんな彼の子供ほっぺの感触を密かに堪能する。

 これにはさすがの彼も観念したのか、弄られたまま何とか声を振り絞る。

 

言う(ひう)言うから離して(ひうはらはにゃひへ)!」

「それでいいのよ」

「うぅ~、頬が痛い……」

「最初っから素直に話せばよかったのよ。それで、何階層?」

「……24階層」

「…………………………」

 

 素直に答えた巧の言葉にエイナは少し眩暈を覚えた。

 

(駆け出し冒険者が一人で24階層?しかも一昨日神の恩恵(ファルナ)を授かった人が?それも見た限り怪我もなく?)

 

 彼女の頭の中を色んな情報が駆け巡る。このままでは頭がショートしてしまうので、彼女は一旦考えるのをやめると別の質問をする。

 

「な、なんでその階層まで行ったの?」

「モンスターが弱かったから!」

 

 もう切り替えたのか、先ほどまでの隠すような態度はなく、ハキハキと答える巧。

 彼の返答に頭を抱えてしまいたいエイナ。

 

「で、でもダンジョンでは不測の事態があるから、あまり油断しない方がいいのよ?」

「何かあるようなら勘で分かるから大丈夫!」

 

 もう何も考えられなくなりそうなエイナ。

 

「そ、それでも何があるのか分からないんだから!あまり無茶なことはしないで欲しいの!いい!?」

「……どっからが無茶?」

 

 首を傾げて本気で聞いてくる巧に、エイナはついに両手で頭を抱える。

 エイナは机を叩いて立ち上がると、巧に叫ぶかのように言う。

 

「駆け出し冒険者が!一人で!24階層に行くことがよ!」

「……?なんで?」

「っ!」

「なんで無茶なの?大体みんな一撃で死んじゃうのに……」

 

 悲しそうな眼をして、切実そうな声が漏れる。

 それを聞いたエイナは目の前の少年のような見た目の彼が、一体何を言っているのか理解できなかった。

 

「い、一撃……?」

 

 彼女は何とか聞き返すことに成功する。その問いに巧は頷き、詳細を話し始める。

 

「うん。一撃ー。まだ『グリーンドラゴン』には勝てないって思ったから挑んでないけど、それ以外、『ゴライアス』とかは一撃だったよ?あっ、でも、24階層辺りだとちょっと力を込めないと倒せないから、少しだけ楽しかった!これからはあそこで()()でもしよっかな?」

 

 悲しそうな色は少し和らぎ、無邪気な笑顔で語る巧。

 あまりにも下地が強すぎた弊害。上層では相手になるモンスターはおらず、仕方なく中層にまで下りるしかない。そこまで行かなければ、彼は強くなれない。強くなるためには必然的に、下に行くしかない。

 

「それにまだ団員が俺しかいないから、俺が稼がないといけないもん!あまり主神に不自由させたくないんだ!」

 

 そのうえ、彼の他に団員もおらず、他の【ファミリア】の冒険者と潜るか、一人で潜るか。その二択しかない。だが、生半可な実力の冒険者では彼についていけない。駆け出しに、そこまで実力のある冒険者と繋がるパイプはない。辛うじて挙げられるのが椿・コルブランドだが、彼女は鍛冶師で、直接契約を結んでいる相手が存在する。

 普通の子供のような彼の純粋な願い。でも、実際にやっていることは歪で、普通とはかけ離れている。

 

「………………」

「大丈夫だよ。『グリーンドラゴン』を倒すまでは24階層からは下りないし、嫌な予感がするときはダンジョンに潜らないから!だから安心して?」

 

 彼は安心させるような笑顔をエイナに向ける。事実、彼はあの木龍を見た瞬間、斃すまでは24階層より下に行かないと心に決めていた。あの強敵を斃せば、また一歩進めるような気がするからだ。

 それでも、彼と会ってまだ日が浅いエイナは信頼は当然のこと、信用も出来ない。

 

「……本当に、大丈夫なの?」

「うん!まだ怪我もしてないからね。本能的に危険だと感じる相手も『グリーンドラゴン』以外いなかったから」

「その言葉、信じるからね?」

 

 でも、担当アドバイザーとして彼の言葉を信じることに決めた。

 その彼女の言葉に笑顔を浮かべて、元気な返事を返す巧。

 

「うん!なんなら指切りでもする?」

「ゆびきり?」

「あれ?此処にはないのかな?」

 

 『指切り』と聞いて首を傾げるエイナ。そんな彼女を見て巧も首を傾げてしまう。だから彼は『指切り』についての説明を始める。

 

「俺の住んでたところの約束の契りだよ。嘘吐いたら裁縫針を千本飲ませて、拳で一万回殴っていいよっていう死刑宣告にも等しい死の契約なんだけど」

「何それ怖い」

「だって破らなければいいだけだからね!元々は遊郭の遊女が意中の男性に小指の第一関節までを切って渡して、愛を誓うっていうのが由来だったかな?」

「どっちにしても怖いわよ」

 

 巧の説明を聞いて、声は平静を保っているものの顔は血の気が引いているエイナ。彼はそんな彼女に微笑みながら説明を続ける。

 

「でも、やり方は簡単だよ?やるのは大衆に広まった簡易的なものだし。……どうする?やっても、不利なのは俺だけだよ?」

「……………………はぁ、良いわよ。やりましょう」

「じゃあ、小指出して!」

「……斬るの?」

「斬らないよ!?」

 

 少し怯えたような表情で聞いてきたエイナの言葉をすぐに否定する巧。

 彼の言葉を聞いて、彼女は恐る恐る右手を出して小指を立てる。それに対して巧も右手の小指を出して、彼女の小指に絡ませる。

 

「指切りげんまん♪嘘吐いたら針千本飲ーます♪」

 

 歌のリズムに合わせて上下に手を振る巧。

 

「指切った♪」

 

 最後の言葉で絡ませていた小指をほどいて、約束する。

 

「これで終わりー♪」

 

 相も変わらず無邪気な笑顔を彼女に向ける巧。そんな彼を見て、彼女も自然と笑顔になってしまう。

 

「……約束よ?」

「うん!」

「じゃあ、今日はもういいわよ」

「わかった!」

 

 おじさーん!査定終わったー!?と叫びながら面談ボックスを飛び出す巧。残されたエイナは、書類の備考に書かれていることを更新する。

 

 『タクミ・カトウ』と書かれた書類の備考部分に書かれていることを横線で消し、『最高到達階層:24階層』と書き替える。

 

 自分で書いたそれを見て、先ほどの表情とは一転して溜め息を吐いてしまうエイナだった。

 

 




 原作との相違点:ヴェルフの最高到達階層が13階層に変化。

 今回で主人公の側面が一部分とはいえある程度出たかな?
 『人を守りたい』人としての面。
 『好奇心を抑えられない』研究者としての面。
 『戦闘を楽しみたい、上を目指す』武人としての面。
 人はラノベ主人公、研究者はマッド気味、武人は戦闘狂+向上心の塊って感じです。

 そして蹂躙できる理由は前話で書いた通り下地とスキル補正のおかげ。
 【ステイタス】の上昇値は「INTRODUCTION OF 財団神拳のインストラクション:2」の「今日の貴方は、昨日の貴方より二次関数的に強くなっていなければいけません」(一部抜粋)という部分に基づかせてるため。つまりはそういうこと。

 以下クレジット。

「共振遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

INTRODUCTION OF 財団神拳
by sakagami他
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第六話

 ギルドで換金を終えた巧は真っ直ぐヘスティアが待つ【ヘファイストス・ファミリア】のホームに帰る。

 

「ヘスティア様ー!ただいま帰りましたー!」

「お帰りなさーい」

 

 部屋に入ってきた巧に、声を返すヘスティア。いつも通りの挨拶を交わす二人。

 巧は鼻歌を歌いながら、手に抱えた袋を持ったままバックパックを静かに下ろす。

 そんな彼の様子にヘスティアは前回や前々回のダンジョン探索よりも上機嫌だと感じて、彼にその理由を聞いてみた。

 

「今日は随分とご機嫌だね?何かあったのかい?」

「うん!良い具合に疲れる階層を見つけたし、倒したい目標も見つけられたから!」

 

 その彼の言葉に一抹の不安を覚えたヘスティアは、少し覚悟を決めてから更に話を聞いてみる。

 

「……何階層だい?」

「24階層!」

 

 ヘスティアの不安が的中した。

 階層を聞いた瞬間、ヘスティアは口を開けて呆然してしまった。彼女は24階層がどんな場所かは知らない。だが恩恵を授かって三日目で潜る場所ではないというのは理解している。

 彼女はすぐに吼えるように彼に向かって叫ぶ。

 

「君は馬鹿なのかい!?」

「だってモンスター弱い!」

 

 彼女の叱責に対して、ふんぞり返って手応えがないと話す巧。そんな彼に呆れながらも一応尋ねるヘスティア。

 

「ど、どう弱いんだい?」

「遅い!軽い!単調!つまんない!みんな一撃で死んじゃうんだもん!」

「け、怪我はしてないのかい?」

「ない!」

「そ、それなら良いんだけど……あれ?いいのかな?」

 

 巧の勢いに飲まれてか、少し混乱しながら頷いた後に首を傾げてしまうヘスティア。そんな彼女に彼は持っていた袋を渡す。

 

「はいこれ、今日の稼ぎ!それと裏手で体動かしてくる!」

「ちょっとタクミ君!?」

 

 ヒュンっ!と風を切って彼は外に出て行く。渡されたヴァリスの入った袋を持ったまま呆然とするヘスティア。部屋の出入り口と手元の袋を交互に見ると、そっと袋の中身を覗いてみる。

 

「¥#$%&#@¥%&$*?!?!」

 

 そして中に入っていたあまりの金額を見て奇声を上げた。その声を聞きつけたヘファイストスが彼女に駆け寄ってくる。

 

「ど、どうしたの!?」

「こ、これ!?」

 

 近寄ってきたヘファイストスに袋の中身を見せるヘスティア。それを見た彼女は固まってしまう。

 

「少なくとも二〇〇万ヴァリスは入ってるよ!?」

「………………どこで盗んできたのよ?一緒に謝りに行ってあげるから返しに行くわよ。その後ギルドに出頭しましょう」

「違うよ!?」

 

 ヘスティアの肩に手を乗せて話すヘファイストスの言葉を、彼女はすぐさま否定して説明する。

 

「タクミ君が今日の稼ぎだって言って渡してきたんだよ!?」

「………………じゃあ、彼が盗んできたのね。まさか、そんな子だったなんて……」

『風評被害が甚だしいよ!?魔石とドロップアイテムを換金する正当な稼ぎ方だい!!』

「「………………」」

 

 二人の会話が聞こえていたのか、裏手から巧の声が響いてくる。

 その声を聞いた二人は互いに顔を見合わせる。ヘファイストスはヘスティアに尋ねる。

 

「彼、何階層に行ったの?」

「た、たしか、24階層って言ってたけど……」

「それなら、妥当な金額ね……一人で稼ぐのは少し異常だけれど……」

 

 はぁ、と二人して溜め息を溢してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。いつもよりもキツくした修練を終わらせ朝食を食べているとき、巧はあることを思い出す。

 

「ヘスティア様ー。昨日更新してないから食べ終わったらお願いしてもいいー?」

「あぁ!そう言えばやってなかったね。もちろんいいさ」

「わかりましたー」

 

 ヘスティアの返答を聞くと、ペロン!と残っていた料理を一瞬で平らげる巧。その出来事に目を見張るヘスティアとヘファイストス。

 

「じゃあ、お願いします!」

「あぁ、うん……」

 

 料理が一瞬で消えたことに驚くこともなく、しかし疲れた表情を浮かべながら奥の部屋に向かう巧を追いかけるヘスティア。

 前と同じように上着を脱いだ巧の背に跨ると【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄る。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:I98→G202

耐久:I30→I67

器用:H126→G255

敏捷:H102→G214

魔力:I0

 

 

 作業が終わって【ステイタス】が変化する。

 前回と同じくトータル上昇値300オーバー。それどころか400近く上昇している。

 

「………うーん」

 

 巧の【ステイタス】の変化に、思わず唸ってしまうヘスティア。そんな彼女に首を傾げながら尋ねる巧。

 

「どうかしたー?」

「いやー、これがタクミ君の普通なのかなー?」

 

 ヘスティアも首を傾げながら、羊皮紙に巧の【ステイタス】を書き写す。

 

「これ、写しね」

「………………これは、まずいなぁ」

 

 【ステイタス】の写しを見せてもらった巧は、自身の【ステイタス】の変化を見て苦い顔をする。

 

「二次関数的に強くなってないと焼き入れられちゃうなぁ……いや、前回の上昇値よりは上だからギリ二次関数?修練厳しくするにしても、引っ越しも控えてるし少し厳しいかなぁー……もっと修練の時間を増やせるかぁ?」

 

 ぶつぶつと独り言を呟く巧。そんな彼の言葉の中にヘスティアは引っかかる言葉があった。そのため、彼に聞き返すように、つい口から零れてしまった。

 

「……引っ越し?」

「うん。引っ越し。言ってなかった?いつまでも【ヘファイストス・ファミリア】、というかヘファイストス様の所にお邪魔するのも悪いからって、ヘファイストス様に相談したら特別に住居を用意してくれるってさ。後で場所を聞いて掃除とかライフラインの確保をしないとねー」

 

 ふんふんふふーん♪と鼻歌を歌いながら、上着を着て部屋を出て行く巧。

 そんな中、ヘスティアは彼の言葉を聞いて動きが完全停止してしまった。

 

『ヘファイストス様ー。住居の件はどうなりましたー?』

『今、整備を進めてるところよ』

『何から何までごめんなさい。掃除とかはこっちでやるので、場所を教えてください』

『なら後で案内してあげるわ』

 

 二人の会話が扉の向こうから聞こえてくるが、頭で理解が追い付いていないヘスティア。

 

「えっ!?引っ越し!?」

『『反応遅くない?』』

 

 ヘスティアの声が部屋の外でも聞こえたのか、巧とヘファイストスが扉越しに反応する。

 彼女は部屋を飛び出して二人に詰め寄る。

 

「ちょっと!一体全体どういうことだい!?」

「いやいや、いつまでも居候はマズいでしょ」

「ヘファイストス!ボクたち神友だよね!?」

「それでも我慢の限界というものがあるのよ」

「居候を続けちゃうと駄目な神様になるよ?」

「…………………………………………………」

 

 二人に詰め寄るも、言い返されて押し黙ってしまうヘスティア。

 

「諦めて引っ越しを受け入れましょうよ。どっちにしろ近いうちに追い出されてましたよ。住居を用意してくれてるだけ感謝しましょうって」

「………分かった」

「なら荷物をまとめておいてくださいねー」

 

 巧の説得のおかげなのか、すごすごと部屋の中に戻っていくヘスティア。彼女の背中を見ていた二人が少し申し訳なさそうな表情をする。

 

「……大丈夫かな?」

「大丈夫じゃなくても追い出すから大丈夫よ」

 

 当然でしょ?とでも言うようにさらっと話すヘファイストス。そんな彼女に頬を痙攣させながら聞き返す巧。

 

「それって大丈夫じゃないんじゃ……」

「それは置いといて新居に案内するわね」

「あっ、本当ですかー?」

 

 話を切り替えて追及から逃れたヘファイストス。巧もその誘導に引っかかってそのまま流される。

 

「じゃあ、ついてきてちょうだい」

「はーい」

 

 ヘファイストスの案内に従い、大人しくついていく巧。二人は部屋を出て西のメインストリートの方へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘファイストスの案内でついたのは、北西と西のメインストリートに挟まれた区画にある廃れた教会。

 その教会の前に巧とヘファイストスの二人はいた。

 巧は目の前の教会を眺めながら隣に立っている女神に聞く。

 

「………これ?」

「そうよ?」

 

 聞いてみるも返ってくる言葉は肯定であった。そう言われてもう一度教会を眺める巧。

 二階建ての建物。しかしところどころ石材が砕け、剥がれ落ちている。象徴である女神像は顔半分も失いながらも、その微笑みを崩していない。屋根には大穴が開いており、中に日差しが差しこんでいた。雨が降ったら建物の中にも盛大に降り注ぐことだろう。控えめに見ても雨を防げるとは到底思えない。

 目の前の建物を見て、益々怪訝な顔へと変化していく巧。

 

「雨風防げないじゃん」

「正しくはここの隠し部屋よ。そこは状態が良かったのよ」

「………………」

「……そんなに目を輝かせる事かしら?」

 

 巧は隠し部屋と聞いた瞬間に目をキラキラと輝かせて目の前の教会を三度見上げる。

 

「だって隠し部屋だよ!?隠し部屋っ!!それほどまでに男心をくすぐる言葉だよ!?」

 

 以前まで秘密組織の施設にいたことなど頭にないかのように熱く語る巧。いや、彼にとってあの施設は『実家』なのだから秘密も何もないため、その実感がないのだろう。

 興奮気味の彼の様子に少々引き気味のヘファイストス。それでもなんとか声を出して案内を続ける。

 

「そ、そう……。ひ、一先ずついてきてちょうだい……」

「はーい!」

 

 二人は中へと入って行き、祭壇の先にある小部屋へと進む。その部屋の中の一番奥の本棚を横にずらす。そしてそこに現れたのは、地下へと伸びる階段。

 

「おぉー……本格的だー」

 

 こんな教会になぜこのような隠し部屋があるのかは分からないが、巧も男としてこういった隠し部屋には興奮する部分がある。そのまま階段を下って行くとそこそこの広さの部屋が視界に広がった。巧はその部屋を一通り眺めると満足そうに頷く。

 

「……うん。二人で暮らすには十分。頑張れば四人ぐらいは暮らせるかな?でも、ちょっと埃が積もってる?掃除を頑張らないと…………おぉ!?ライフラインが行き届いている、だと!?」

「そこは頑張って整備させたわ」

「流石っす。ありがとうございます!んじゃ、俺はこれから掃除をするので帰ってもらって大丈夫です!」

「私も手伝いましょうか?」

「いや、それは流石に【ヘファイストス・ファミリア】の皆さんにタコ殴りにされそうなので結構です!」

 

 頑張ってね、という言葉を最後にかけて隠し部屋から出て行くヘファイストス。

 巧は布で口を覆うと、よし!と意気込んで掃除を始める。

 

「『虚喰掌握』」

 

 掌を握力で圧縮することで重力崩壊を起こして、引力場を作り出す。それにより部屋に積もっていた埃が引力場に吸い寄せられる。

 

「……本当に便利だよね、これ」

 

 この掃除方法は伝承者を含む他の財団神拳(SCP-710-JP-J)習得者から教えてもらったものだ。作りだした引力場によって塵や埃はすべて集められるのだ。

 巧は集まった埃を適当な袋に入れ、その作業を場所をずらして数回繰り返す。それが終わると今度は布を濡らして拭き掃除を始める。

 

「~~~♪」

 

 鼻歌を歌いながら天井から拭き始め、壁、床と下に降りて行く。窓も濡れた布で拭いた後、乾拭きする。外からも同じ作業を行う。

 巧は部屋の中に戻って見渡す。一応テーブルや椅子、ベッドといったものはあったが埃塗れで使えそうになかった。ライフラインは行き届いていてもそれ以外が駄目ならば快適とは言い難かった。

 

「……家具は買い替えないとマズいかな?あっ、調理器具や食器もないや。どっちにしろ買い物に行かなきゃだめだこれ」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】に一度戻り、ある程度の金銭をもって街へと繰り出す巧。

 食卓テーブル、椅子、調理器具、食器、ベッド、ソファー、時計、クローゼット。とりあえず必要そうなものを買い集める。すぐに持って帰れる調理器具や食器は持ち帰るが、それ以外のすぐに運ぶのが難しそうなものは代金だけ払って、あとで取りにくると店ごとに伝え、他の物の購入を急ぐ。

 

「まさか魔石器具で冷蔵庫が作られているとは驚きだった……。これの構造知りたいなぁ。何処で作ってるんだろ?いっそ買ってみてバラすかな?そうすれば大体想像つくし」

 

 魔石器具はそこそこ値は張ったが、何とか必要経費ということで納得して購入を決めた巧。器具の構造が気になったが、それは後回しにして住居の整備を進める。

 そして、教会の隠し部屋に購入したものを搬入し終えた頃には、もうすっかり陽は沈み切っていた。

 彼は少しの間ソファーに座って小窓から外を覗き見る。外は暗く、今からヘスティアを連れてくるにしても道を覚えられないだろう。

 

「………もう一日だけ【ヘファイストス・ファミリア】にお世話になろうっと」

 

 巧はそう思い、ソファーから立ち上がると隠し部屋から出て行く。扉を閉め、本棚で入り口を隠して教会を出て【ヘファイストス・ファミリア】のホームへ急ぐ。

 

「~~~♪」

 

 夜の街中を鼻歌を歌いながら歩く。

 

「ん~!この世界は、俺を飽きさせないなぁ~、本当に!」

 

 機嫌良さげに街を歩いて帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

「ヘスティア様!どうですか!?俺かなり頑張りましたよ!」

「ここが、新居かい……?」

「はい!」

 

 翌日。巧はヘスティアとともに新居に引っ越してきた。

 部屋の中をヘスティアに見せびらかすように両手を広げ、彼女の顔を見る。

 

「掃除も済ませて、家具は昨日のうちに全部新品に買い替えてここに搬入しました!調理器具に魔石製品も全部!食材は流石にまだですけど、それでも生活するには十分すぎる環境です!」

「全部、タクミ君一人で……?」

「あ、いえ!ライフラインの確保はヘファイストス様がやってくれましたー!」

「…………………」

 

 巧が胸を張って新居を紹介する。

 彼が言う通り、埃はほとんどないほどに綺麗に清掃され、家具も新品でまだあまり使われていないのが目に見えて分かる。

 すると、突然ヘスティアが巧に近付き、

 

「わぷっ!?」

 

 巧のことを抱きしめる。身長が5Cも違わないせいか、ちょうどヘスティアの顎が巧の肩に乗ってしまう。そして彼女の大きな胸が巧の胸板で潰れる。

 

「…………………」

「……ヘスティア様?」

 

 抱き着いたまま反応のない主神に話しかけるも反応は返ってこない。

 巧がそのまま大人しく抱きつかせていると、小さい声が聞こえた。

 

「……ありがとう。タクミ君……」

「……?別にいいですよ?主神であるヘスティア様には不自由や不便な生活はしてほしくないですから!……あっ!今度服を買いに行きましょう!俺もヘスティア様もそんなに数ないですし!」

「むっ。失敬な!ボクはそれなりに数はあるぞ!」

「でもボロボロなんでしょ?」

「うっ……」

「大丈夫ー!お金はまた稼げるからー!」

 

 にこにこと笑みを浮かべて彼女に語り掛ける。そこにふと、巧の視界に時計が映る。昨日のうちに時刻を合わせたそれは、九時四五分を指し示していた。

 

「あっ!」

「わわっ!?どうしたんだい!?」

 

 耳元で急に叫ばれたヘスティアは驚き、巧から離れてしまう。すると彼は慌てた様子でバックパックを背負う。

 

「ごめんなさい!十時にヴェルフと待ち合わせしてるんで、もう行かないと!?」

 

 ゆっくりしててくださーい!と言って、身の丈に合わない大きなバックパックを背負ってホームを出て行く巧。

 それを見送ったヘスティアは一人になった部屋の中で、何かを考える素振りをする。

 

「―――よし!」

 

 考えがまとまったのか、彼女も外に出て行ってしまう。扉を閉めた音の後に、本棚をずらす音がするので戸締りはしっかりしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 午前九時五八分。広場の彫像前に着流しを着た赤い髪の青年が佇んでいた。誰かを待つように頻りに辺りを見回している。その彼に体に見合わない大きなバックパックを背負った少年のような容姿の男性が駆け寄っていく。

 

「ギリセーフ!」

「……もうちょっと早く来いよな?タクミ」

「いやーごめんごめん、ヴェルフ。新居でヘスティア様と話し込んじゃってさ」

「そうなのか?」

「ちょっとだけだよ。さ、早く行こう!」

「あ、おい!」

 

 巧はそう言ってヴェルフを置いてさっさとダンジョンに向かっていく。ヴェルフも急いで彼を追いかける。そして彼の横に追い付くと話しかける。

 

「今日はどうするんだ?」

「んー、13階層で君を鍛えるかな?『オーク』相手なら良い動きをしてたから、しばらくは技術の向上を狙うかな?」

「技術の向上だ?」

 

 話を聞いて首を傾げるヴェルフ。彼の顔を見ずに巧は頷き、話を続ける。

 

「うん。三日前、一緒に潜ったときの動きを見てたけど改善点がいくつかあるから、今日はそれを意識して動いてみて欲しいかなー」

「……マジで?」

「マジでー」

 

 驚いた顔で巧に聞き返してくるヴェルフ。巧はそんな彼を無視して話を続ける。

 

「やっぱり人ってさ、意識しないと無駄な動きが出るんだ。無駄のない動きを無意識や反射で出来るようになって初めて達人って言われるけど。でも、それでもまだ天辺じゃないんだから武術とかって面白いんだけどね?鍛冶もそうでしょ?終わりなんて来ない。生涯打ち続けてなんぼの世界じゃん。それと一緒。人生、常に高みを目指せー。目標は高く持った方が、より上に行けるよ。戦いも、鍛冶もね。人に限界なんてない。俺はそう信じてるからさ」

「…………………」

 

 ヴェルフは巧の言葉を聞いて押し黙ってしまう。

 そこまで話した彼は振り返ってヴェルフの顔を見つめる。

 

「ヴェルフは椿さんやヘファイストス様を超えようとか思わないの?」

「……思ってるさ。いつかは超えてみせるってな」

「じゃあ、早く【ランクアップ】して発展アビリティの『鍛冶』を取得しないとね。応援してるよ」

「……笑わないのか?」

「目標は高い方がいい、ってさっき言ったはずだけど?」

「……お前は、目標はあるのか?」

「あるよ?クソ恩師の顔面をぶん殴るっていう目標がね」

「………………………」

 

 巧の目標を聞いて唖然とするヴェルフ。

 

「……恩師なんだよな?」

「何万回と殺されかけてるけどね」

「……目標?」

「絶対いつか殺すっていう目標」

「………………………」

 

 再び唖然とするヴェルフ。巧はそんな彼の顔を見て笑うと、一言付け加える。

 

「でも、今はちょっと違うかな。ていうかその前段階の目標があるかな」

「……それは、なんなんだ?」

 

 ヴェルフの問いに心底楽しそうに笑いながら、巧は人指し指を天に向けながら答えを告げる。

 

「ここ、オラリオで天辺を取る」

「っ!?」

「【猛者(おうじゃ)】を超えて、頂点に昇り詰める。それが、今の目標」

 

 今は全然遠いけどね?と、巧は眉尻を下げて困ったような笑顔を浮かべる。そんな彼を見てヴェルフは自然と笑みが零れる。

 

「ほらほら!さっさと行くよ!」

「……おう!」

 

 巧が急かして、ヴェルフも先を行く彼を追いかける。そうしてダンジョンへと急ぐ二人。

 彼らのパーティはまだ、結成されたばかりである。

 

 

 




 なんかこれで原作前の話が終わりみたいな終わり方ですけど、あと四話ぐらいあります。

今日の巧メモ。
人として:主神であるヘスティアには最低限文化的な生活を送ってほしかった。実家は財団。
武人として:ヤバいよヤバいよ……二次関数的に強くなんなきゃ……。現目標、グリーンドラゴン討伐!将来的目標、天辺取るぞー!
研究者として:魔石器具バラしたい。

 皆さんは友人に実家を聞いて「俺の実家?財団の施設」とか返ってきたらどういう反応をするんでしょうね?少なくとも私は聞かなかったことにします。

 それと聞きたいんですけど、皆さんってヒロインとかって欲しいですか?活動報告にアンケートっぽい何かを作っておくので、良ければ覗いてください。
 …………………………なんか作品作るたびに悩んだ挙句聞いてる気がする。前作もそうだもんな。

以下クレジット。

「虚喰掌握」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken



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第七話

 巧とヴェルフがパーティを結成して一ヵ月弱が過ぎた。現在はダンジョンから戻りギルド本部の換金所で査定を待っていた。………はずだった。

 

「……何をしたの?」

「何もしてないよ!?」

 

 巧はギルドに着くとすぐにエイナに拉致されて面談ボックスに放り込まれたのだ。そして開口一番に今度は何をしたと問い詰められる始末。現状ギルドでは巧のことを問題児としか見ていないようだ。

 

「ヴェルフ君が若干やつれているからには何かあったに決まってるでしょう!?」

「何かっていっても『ミノタウロス』をヴェルフと一対一をさせるために、余分な『ミノタウロス』をお手玉して遊んでただけだよ!?」

「原因はそれじゃないっ!!」

「そうなの!?」

「そうよ!!」

「じゃあ次からリフティングにする!」

「そういう問題じゃないわよ!!ていうかリフティングって何!?」

「なっ……足の球技が、ない、だと……!?じゃあ、サッカーは無いのか……!?」

 

 今日も面談ボックスからエイナの怒声が漏れる。それでも巧は自分のペースを保つ。しかし、彼は元の世界でメジャーなスポーツだったサッカーがないことに驚きを隠せない様子だったが。

 だが、それも束の間。すぐに切り替えるとエイナに向かって理由を話す。

 

「仕方ないじゃーん!まだヴェルフは『ミノタウロス』を複数体相手に出来ないんだからさー!他の個体を俺が足止めする必要があるんだよー!」

「もっと上でやろうとは考えないの!?」

「だってヴェルフはもう『オーク』ぐらいは瞬殺だもん!だったらオークよりも大きなモンスターか素早いモンスターぐらいしかいないんだもん!でも、素早いモンスターにはもう反射で反応しちゃうから、必然と大きい奴を相手にせざるを得ないんだよ!!彼の成長の為にも必要なことなんだ!俺は彼に早く発展アビリティの《鍛冶》を取得してほしいんだ!」

「それは……」

 

 巧の主張にエイナは言葉を詰まらせてしまう。だが、次の巧の一言で表情を変える。

 

「それにヴェルフがやつれているのは俺がミノタウロスをお代わりさせ続けたからだよ!」

「……ふぅん?」

「―――あっ、ヤベ」

 

 勢いに乗って、つい口を滑らせてしまう巧。

 巧はヴェルフが『ミノタウロス』を倒すと、間髪入れずに次の『ミノタウロス』を目の前に投げ落として相手をさせるということを続けていたのだ。それこそヴェルフが立てなくなるまで。

 そんな彼は目を横にずらすと、出入り口を確認する。

 

「………………逃ーげよっと」

「逃がさないわよ?」

 

 冒険者の【ステイタス】をフル活用させて出入り口から逃げようとするが、エイナに先回りされて出入り口を塞がれる。

 このままではぶつかり、最悪彼女が死んでしまうため、必然的に足を止めざるを得ない巧。しかしそれよりも、先回りしてきた彼女に驚きを隠せない。

 

「ちょ、嘘ぉ!?何で先回りできんの!?これでも俺『敏捷』はカンスト間際のはずなんだけど!?」

「追い込まれたタクミ君の行動は読みやすいのよ」

「あっ、そっかぁ!」

 

 逃げ出すということが分かっていたから彼が動き出す前に動き、出入り口を塞いだのだ。

 なるほど!と得心したという風に、握った左手を開いた右手にポン!と乗せる巧。

 そんな彼の前に仁王立ちしたエイナは彼に一言だけ告げる。

 

「―――正座」

「―――はい」

 

 大人しく彼女に従い正座をして、説教を受ける態勢を取る巧。

 しばらく面談ボックスからは彼女の怒声が止むことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、二時間ほどしてようやく解放された巧。換金も終わり、ヴァリスを受け取ってギルドを後にする巧とヴェルフ。北のメインストリートを通って、北東のメインストリート周辺にある【ヘファイストス・ファミリア】のホームへと向かっている。

 

「んー、よぉーやく終わったぁー!」

 

 体を伸ばして、ぽきぽきと骨を鳴らせる巧。その様子を呆れた表情でヴェルフが横を歩く。

 

「……お前も懲りないよな」

「あはは。だって怒ってるエイナが面白いんだもん!」

 

 全く反省していな様子の巧に、さらに溜息を吐いてしまうヴェルフ。

 

「前はオークに関節技をして怒られたか?」

「そうだね。危ないからって怒られたっけ。ま、あのモンスターは結構力が強いから摑まれたらヤバいし。それでも摑ませるようなへまはしないけどね」

「流石にあれは俺も驚いてどうしようかと思ったぞ……。彼女にはバレてないけどお前、掛けながら本を読んでやがったよな」

「だって暇なんだもーん」

 

 口を尖らせて拗ねるように文句を言う巧。

 ヴェルフが戦闘を行っている間、巧は雑魚の相手をしてもつまらないため、オークに関節技を仕掛けていたのだが、それでも暇だったため持ってきていた本を読んでいたのだ。

 そこまで話すと巧はあることを思い出してヴェルフに尋ねる。

 

「それよりも、ヴェルフの【ステイタス】ってもう頭打ちに近いんだっけ?以前よりもさらに伸び辛くなったって聞いたけど」

「……お前、他所の【ファミリア】の奴にそういうこと聞くなよな……まあ、そうだけどよ」

「んー、そっかぁ……ならそろそろ【ランクアップ】させてあげたいけどー……どうすれば【ランクアップ】するんだろう?」

「それは……偉業をだな―――」

「いや、それは分かってるけどさ。ヴェルフは自分より強い相手を満身創痍になって倒すなりすればいいんでしょ?それに比べて俺はなぁ……」

 

 何処か悩む様に遠くを見つめる巧を見て、ヴェルフは表情を暗くする。

 

「……悪いな」

「……?なにが?」

「お前の成長を邪魔してるみたいでさ……」

「……?」

 

 一瞬、巧はヴェルフが何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解した。

 

「ああ、ああ、ああ!そういう意味で言ったんじゃないよ!?俺の【ランクアップ】って生半可な相手を倒しても出来なさそうって意味でさ」

「ああ、そういう……」

 

 巧の言葉に呆気にとられたように言葉を溢すヴェルフ。

 

「まあ、確かにな。Lv.1で24階層だから、そこらの雑魚じゃ無理だろうな」

「そーなんだよねー……。ま、それは【ステイタス】が頭打ちなりカンストなりしてから考えるよ」

 

 そんな悩みを振り払うように頭を振ると、あっ!あそこからいい匂いしてる!といってフラフラと露店に寄っていく巧。ヴェルフもそんな彼を呆れながら見つめて、彼が戻ってくるのを道の脇で待つことにした。

 巧は屋台に寄っていくと元気よく注文を伝える。

 

「すいませーん!二つ下さーい!」

「はーい!味は何にしますかー?」

「塩二つで!ところで、ヘスティア様はこんなところで何をしてるんです?」

 

 『ジャガ丸くん』と書かれた看板の屋台の店員として注文を承っている人物がよく見知った、というか巧の主神であった。

 営業スマイルのまま固まってしまったヘスティアだったが、少しして再起動する。

 

「………………………………塩味ですねー!かしこまりましたー!」

「長い沈黙の後に流されたし。ま、いいや。帰宅後にちゃーんと話してもらいますよ?」

「………………………………」

 

 にっこり、と笑った巧の顔を見てダラダラと汗を流しながら、彼の目の前から退散するヘスティア。

 その後、彼女から商品を受け取ると、ヴェルフの下へ急ぐ巧。

 

「おまたせー」

「……なんだそれ?」

「ジャガ丸くんだって。はい、ヴェルフの分」

「おう、ありがとな」

「別にいいよ。ヘスティア様がバイトしてたのはちょっと黙ってらんないけど」

「は………………?」

「はふはふ、熱ッ…!」

 

 ジャガ丸くんの揚げたての熱さに苦戦しながらも、素朴で美味しい!と感想を言いながら食べる巧。

 ヴェルフは驚きで呆然としていたが、何とか再起動すると一言呟く。

 

「……どんな偶然だよ」

「偶然だと思ってるの?」

 

 そんな呟きを拾った巧がヴェルフに聞き返す。ヴェルフは彼の言葉にあることを思い出して、つい頭を押さえてしまう。

 

「……そういえば気配を読めたな、お前」

「身近で知らないのはヘスティア様ぐらいだよ」

「……教えねーの?」

「その方が面白いじゃん♪」

 

 見た目のわりに悪趣味なことを口にする巧に多少引き気味のヴェルフ。

 巧は美味しそうな匂いをしてるから寄っていったのもあるが、自らの主神の気配を感じ取ったために屋台に向かったのが最大の理由だ。

 そんな巧をヴェルフは睨むように見つめる。

 

「……いい趣味してるよ、本当」

「それほどでもー♪」

「褒めてねえ」

「知ってるー♪」

 

 心底面白そうに笑いながらも、既に食べ終えた巧は包み紙を丸めるとポーチにしまう。ヴェルフも熱いうちにジャガ丸くんを食べ終えて二人で並んで歩く。

 しばらくして【ヘファイストス・ファミリア】のホームが見えてくる。

 

「ん。此処でお別れかな?」

「そうだな。今日もありがとな」

「別にいいって。俺らパーティじゃん。……あっ。俺の【ファミリア】に人が増えたらその子の武具とかって注文して良い?」

「……?別にいいが、増える予定でもあんのか?」

「ない!でも事前に知らせるのは社会人の嗜み!じゃ、よろしくー!」

 

 タタタッ、と走り去っていく巧。振り返りながらヴェルフにブンブンブン!と手を振る。そんな彼にヴェルフも軽く手を上げてヒラヒラと振り返す。それを見届けた巧は前を向いて、先ほどより速く走り出す。

 

「~~~♪」

 

 屋根の上ををピョンピョン跳ねて進み、鼻歌を歌いながら陽が暮れて行く街を徘徊する。

 

「あっ、明日はオフかぁ……。何しよっかなぁ?」

 

 ふらりふらり、と何処に行くでもなく街をふらつく。狭い路地や郊外も理由なく見て回る。すると、途中で誰かがもめる声が聞こえる。

 

「……?」

『……と……よこせ!!』

『そ…で……ぜんぶ……っ!!』

「……せっかくいい気分だったのにー。『解放礼儀』」

 

 巧はいつもの作法で、開いた左手に握った右手を合わせて45度きっかりの礼を5秒間すると、声のする方向に()()。すると視界に三人の男性冒険者とサポーターと思われる一人の小人族(パルゥム)の少女が映る。

 

「チッ……これっぽっちしかねぇのかよ」

「へぇ……随分と面白い話をしてるんだね?俺も混ぜてよ」

「「「「!?」」」」

 

 その集団の横に静かに降り立った巧は、袋の中身を見ている男に声をかける。

 突然空から音もなく降ってきた人物に驚く四人。だが、少女から金銭を集っていたと思われる男性は、巧の格好を見ると口角を上げる。

 

「ハッ。誰かと思えば役立たず(サポーター)じゃねえかよ。俺達になんか用かよ?」

 

 男性冒険者は巧の容姿を見てサポーターと判断した。

 到底戦闘できそうになさそうな子供のような外見。見た目にそぐわぬ大きなバックパック。あるのは剥ぎ取りようのナイフだけで主武器をどこにも身に着けていない。サポーターと間違われても仕方ないだろう。

 彼の言葉を気にした様子もなく巧は話を続ける。

 

「うん。奪ったお金をその子に返して欲しいなって思って」

 

 彼の口元は笑っているが、彼の眼は光を映さず、ただ冷たく、三人の男性冒険者を見つめていた。

 

「【ファミリア】の事情に首を突っ込まないで欲しいんだがなぁ」

「そうだね。だからこれは俺がしたいからすることで、ただの偽善かもしれない」

「なら―――」

「でもさ、人の金を奪ってる、てのは黙ってらんねえよ」

 

 巧が一歩前へと歩を進める。そんな彼の気迫にたじろぎ、一歩だけ後退する男性冒険者。

 

「貴様らみてぇに暴力振るってむしり取ろうとしてるのは人として許せねぇんだよ」

「ぐっ……さ、サポーター如きが偉そうにしてんじゃねえよッ!?」

 

 男が腰から鋼鉄の剣を抜き放つ。それを見たサポーターの少女は目を見開くが、巧は一切動じない。それどころか目つきを鋭く、獰猛なものへと変貌させる。

 

「抜いたな?それはつまり、覚悟はできてるってことだよな?『摩擦熱切断手刀』!」

 

 巧は一歩で間合いを詰めると、剣に手刀を放つ。

 その技は、押し付けた手刀を高速で擦り付ける事で鋼鉄すら切断するほどの高熱を発生させるもの。つまり、

 

「なっ……!?」

 

 この程度の剣ならば簡単に切断できてしまう。

 目の前の少年のような男が素手で剣を斬ったことに驚き、尻もちを搗いて巧に向かって叫ぶ。

 

「お、お前!?サポーターじゃねぇのかよ!?」

「いつ誰がサポーターなんて言ったよ!見た目で判断してんじゃねーよ雑魚が!!さぁ!さっさと金を返せや!?」

 

 巧は歩を進め金を持ってる男に詰め寄る。が、しかし。

 

「う、動くな!?」

「っ」

 

 その声に巧は動きを止めざるを得なかった。声の方向には男性冒険者の一人がサポーターの少女の首に剣を押し当てていた。

 

「こ、コイツがどうなっても良いのか!?」

「下種が」

「……へっ?」

 

 巧の罵る声が自身の横から聞こえたせいで、間抜けな声を出してしまう男性冒険者。

 彼は手に持った刃を弄びながら三人に向き直る。

 

「それで?そんな刃の無い剣でどうするつもり?それに少女はもう保護したぜ?」

「……な、なんなんだよお前はァ!?」

「んー?俺ぇ?冒険者からは最近はバカ騒ぎ(トラブルメイカー)とか狂人(マッドネス)って呼ばれてる人物かな?」

「「「ヒッ……」」」

 

 三人はその名称を知っていたのか息を呑む。

 バカ騒ぎ(トラブルメイカー)は、ギルドでエイナに説教をされるという騒ぎを毎度のこと起こしていることからつけられたのが始まりだが、実際に説教される原因の行動も普通ではないためにそう呼ばれている。

 対して狂人(マッドネス)はその常軌を逸した行動のためつけられた蔑称だ。Lv.1で24階層。普通ならば誰も行かない。行ってもすぐに死ぬだけだ。そのためこれには『命知らず』や『自殺志願者』といった意味合いも含まれている。

 だが、二つの名称に共通している点がある。それは、LV.1にしてはありえない強さ。それが、この二つには含まれていた。

 『インファント・ドラゴン』や『ゴライアス』を一撃で沈めるLv.1冒険者など聞いたことが無い。今目の前にいる巧以外には。

 そのことに今さらながら気づいた三人は顔を青くする。

 

「ねぇ」

「「「は、はい!?」」」

「金、返せよ」

 

 ニタリ、と笑みを浮かべながら三人に要求する巧。その彼の表情に恐怖を覚えた三人は顔色を青くして、慌てたように地面に少女から奪った金を置く。

 

「か、返す!返すから見逃してくれぇ!?」

「ならさっさと消え失せろ」

「「「す、すいませんでしたぁ!!?」」」

 

 謝罪を叫ぶように口にした三人は巧に背を向けて逃げるように立ち去ろうとした。

 

「フン……逃がすかアホ」

「「「えっ?」」」

「『ただの当て身』・三連」

 

 三人が背中を見せた瞬間に当て身をして気絶させる。そして男が地面に置いた金を拾うと、後ろでへたり込んでいる少女に手渡す巧。

 

「はいこれ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 少女は巧から差し出された袋をおずおずと受け取る。彼はそんな少女を見て疑問に思ったことを口にする。

 

「それにしても大変だね?サポーターってそんなにいじめられちゃうものなの?」

「………」

「………言いたくないなら、それでもいいや」

 

 眼前の少女に問うが、彼女は何も答えずに目を伏せたままだった。

 少女の目の前にしゃがんでいた巧は事情を聞くのを諦めて立ち上がる。

 

「それじゃ、早く行って行って!俺は後処理があるから」

「……助けていただき、ありがとうございます……」

「別にいいよー!あっ、もし君を雇った時はよろしくねー!」

 

 小さく感謝を告げて走り去っていくサポーターの少女。その後ろ姿を見送る巧。

 

「……たしか【ソーマ・ファミリア】の構成員だったか。それにあの格好……となると件の手癖の悪い小人族(パルゥム)のサポーターは彼女か。……腕はいいのに勿体ないな。仕込はしてあるから引き抜こうと思えば引き抜けるか……」

 

 少々残念そうな声で一人呟く。

 そして先ほどまでの少女に話しかけていた時のような優しい表情は消えて、冷酷な表情に変貌させると、まだ気絶している三人の下に向かう。

 

「起きろ」

「ガフッ!」

「ゴフッ!」

「ゲフッ!」

 

 巧は男たちの腹部を蹴ってたたき起こす。男たちは目覚めるとすぐに巧に何かを言おうとするが、口を摑まれて黙らされる。

 

「静かにしろよ?喋ったら殺すから」

「「「……っ!?」」」

 

 三人は巧の殺気を感じ取ったのか、コクコクコクと激しく上下に首を振って頷く。

 それを見た巧は、三人に自身を見ているように促すと、ある秘奥を使用した。

 

「『神拳型Pクラス記憶処理プロシジャ-A』」

 

 これにより男三人の今日一日分の記憶を消す。そして副次効果として男三人の服が弾け飛ぶが、巧自身の服は運よく弾け飛ばずに残った。

 そして呆然としている三人に向かって、

 

「『ただの当て身』・三連!」

 

 当て身を放って再び気絶させる。

 

「後処理完了、っと。ま、意図せずこの世界の人に記憶処理が有効なことも分かったしいいか」

 

 三人が気絶したのを見届けると、のんびり歩きながらその場を立ち去る巧。

 

 

 

 その後、全裸の男三人が発見され、騒ぎになるのは彼には関係のない話。

 

 




 原作との相違点:ヴェルフが強化されてる。

 今日の巧メモ
人として:暴力、駄目、絶対。……俺?俺は良いのっ!
武人として:暇。ヴェルフを強化中。
研究者として:記憶処理が有効でご満悦。えっ?……【ソーマ・ファミリア】?神と眷属の関係が悪いとこでしょ?知ってる知ってる。だってもう[[削除済]]。

 活動報告にてヒロインアンケートもどき実施中。良ければ覗いてみてください。

以下クレジット。

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「神拳型Pクラス記憶処理プロンジャ-A」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第八話

 全裸の男三人を放置して、【ヘスティア・ファミリア】のホームである教会の隠し部屋へと帰ってきた巧。

 

「ただいまー!」

「お帰りー!」

「今日の更新お願い!」

「はいはい、分かったよ。じゃあ、いつも通りにして」

 

 入って来ると同時に上着を脱ぎ捨て、ベッドに横になる巧。ヘスティアは彼の上に跨ると【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄り始める。

 手を動かしながら、彼女は今日の様子を下にいる彼に尋ねる。

 

「今日はどうだったんだい?」

「『ミノタウロス』をお手玉して遊んだよ」

「うん。明日からは止めようね?」

「それエイナも言ってた」

「君の担当アドバイザーかい?」

「うん」

 

 いつものように雑談をしながら更新作業を進める。そこで巧が思い出したように上に乗っている彼女に尋ねる。

 

「それでさー」

「ん?なんだい?」

「あの屋台のバイトはいつからやってるの?」

「はい終わったよ!」

 

 さっさと更新を終わらせて、ヘスティアは巧から跳び下りて逃げ出そうとする。が、恩恵を授かっている冒険者には敵わずにすぐに回り込まれてしまう。

 そして彼女の前に立ちはだかった巧は両頬をつまむ。

 

「話を、逸ーらーさーなーいーのー」

「ふみゅうううぅぅぅぅぅ!?」

「あー、柔らかーい!」

 

 ムニムニムニムニムニムニ、と主神のほっぺを弄ぶ巧。腕をジタバタさせて巧の手から逃れようとするも、そこは流石に武人。体重移動や身体捌きによって逃がさないようにしている。

 弄びながら自らの主神を問いただす。

 

「いーつーかーらー?」

「つ、つい最近だよ!タクミ君ばかりに負担をかけられないと思って、少しでもお金を稼ごうと考えた結果なんだよ!」

「そっかー。じゃ、気をつけて頑張ってね」

 

 弄んでいたほっぺを若干惜しみながらも放すと、それだけ声をかけて上着を着直す巧。そんな彼の様子にきょとんとした様子で見つめるヘスティア。目を瞬かせながら彼に聞く。

 

「い、いいのかい?」

「別にいいよー。ちょっと黙って始めたのが許せなかっただけー。今度からは素直に話してね?じゃないと心配しちゃうからさ」

「……うん。ごめんよ」

 

 素直に謝った主神に満足そうに満面の笑みを浮かべる巧。彼女はいつも通り羊皮紙を手に取り、記憶を頼りにペンを走らせる。何も考えずに巧の【ステイタス】を写していく。

 

「はいこれ、【ステイタス】の写し、だ、よ?」

「……?どうしたの?」

 

 渡す直前に【ステイタス】の写しを見て動きを止めるヘスティア。そんな彼女を見て不審に思ったのか声をかける巧。

 

「……今気づいたけど君、【ステイタス】が限界を超えてる」

 

 二人はそのことに驚く。

 彼女はその事実に先ほどは巧から逃げるのに必死で気が付かなかったようだ。彼女の手から奪うように用紙を取る。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:B761→A812

耐久:E403→E445

器用:S922→SS1034

敏捷:S905→SS1001

魔力:I0

 

 

 それを見た巧は目を丸くする。

 

「【ステイタス】の基本アビリティってSの999までじゃなかったっけ?」

「そのはず、なんだけど……」

「見間違いない?」

「確認してみようか」

 

 巧はもう一度上着を脱いでヘスティアに見せる。しかし、彼女は間違いないと答えて上着を着るように促す。

 その事実に巧は笑いながら話す。

 

「じゃあ、限界がないってことだね!そもそも限界を決められること自体おかしいんだし!」

「えぇー……」

 

 頑張るぞー!と燃え滾っている巧。それを呆れながらも、微かに笑みを浮かべて喜んでいる様子のヘスティア。

 

「あっ!?てかヤバいじゃんコレ!?二次関数じゃない!!?こ、殺されちゃう……!!」

「タ、タクミ君!?大丈夫かい!?」

 

 ガタガタと震え出した彼に駆け寄ってなんとか安心させようと奮闘するヘスティア。

 その後なんとか落ち着くことができ、シャワーを浴びて汗を流すとすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 二日後。中が一日空き、ヴェルフと一緒にダンジョンに潜るために、いつもの広場の彫像前で待ち合わせをする巧。設置してあるベンチに座って足をぶらぶらさせながら、ヴェルフが来るのをじっと待つ。

 そこに赤い髪の着流しを着た青年が現れる。

 

「悪い。待ったか?」

「ぜんぜーん!早く行こうよ!」

 

 ぴょん、とベンチから飛び降りるとそのままダンジョンに向かって走っていく巧。それを慌てて追いかけるヴェルフという、いつもの風景だった。

 そしてダンジョンの15階層まで降りてきた二人。

 

「ヴェルフー!どれがいいー!?」

 

 そう叫びながらダンジョンの通路の奥から『ミノタウロス』や『アルミラージ』といったモンスターをお手玉しながらこちらに戻ってくる巧。昨日二回もそれも別々の人物から言われたことを既に忘れているようだ。

 もう見慣れてしまい動じることも無くなった光景。このようなことに慣れてしまった自分を憐れんでしまうヴェルフ。彼はため息を吐きながらも巧の声に答える。

 

「『ミノタウロス』で」

「はいはーい!」

 

 ほいっと!とヴェルフの前に牛頭人体のモンスター『ミノタウロス』が落とされる。ズシン!という重い音を響かせながら、ダンジョンの地面に落ちる。

 少しの間、頭を振るような動きをして、眼前のヴェルフを見据える。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオ!!』

「……フッ!」

 

 大刀を抜き放ちざまに二閃、胴と脚に叩き込むヴェルフ。そのまま横を通り過ぎると、振り返る際にもう一閃放ち背中を斬りつける。

 そんな彼の奮闘を見ずに『アルミラージ』の上に座りながら本を読む巧。

 それから少しすると、危うげもなくヴェルフの勝利で終わりそうだった。事実、上段からの振り下ろしで、肩から腰にかけてを斬るとミノタウロスは崩れ落ち、沈黙する。

 

「よし!」

「おめでとー。じゃ次これね」

「うおおぉい!?」

 

 いままでクッション代わりにしていた『アルミラージ』を投擲してヴェルフへと投げつける巧。それを間一髪で避けながら、応戦するヴェルフ。

 

「お、お前!?毎度言うけど少しは休憩させろよ!?」

「じゃあ毎回聞くけど、必要?戦闘中なのに話す余裕があるじゃん。いらない、いらない。ほら、いつも通りがんば!」

「おまっ、覚えてろよ!?」

「………え、なに?ごめん。今いいシーンだったから集中してて聞いてなかったや。もっかい言ってくれる?」

「ふざけんなあああぁぁぁぁぁ!?」

 

 ザンッ!と『アルミラージ』を両断するヴェルフ。怒りを発散するかのように振った一撃だったが、力と技術が混じった見事な一閃。

 その一撃を見た巧が感嘆の声を上げる。

 

「おぉー!はい、おめでとー!力任せでも、技術頼りでもない、良い一閃だったよー。初めてできたねー。今の感覚を忘れないでー」

「……はっ?」

 

 ヴェルフは先ほどまで睨んでいた巧が何を言っているのか理解できなかった。しかし、巧はそんな彼を無視して話を続ける。

 

「お前さんはこれで免許皆伝じゃー!技術面で特に教えることは無い!さっきの一閃を極めれば、もっと上に行けること間違いなしじゃ!」

 

 何時の間にか本をしまい、何故か老人口調で褒めながら手を叩く巧。

 巧が目指していたのはヴェルフの技術向上。それは前と変わっていなかった。

 元々大刀は性質上、刀とも大剣とも言えない半端な代物だ。刀のように技術で振るってしまえば、大刀が頑丈さが無駄になるうえ、刀ほど小回りが利かないために一歩遅れる。逆に大剣のように力で押してしまえば、大剣よりも柔らかい刀身が歪む可能性がある。まあ、ヴェルフの大刀はそれが起こりにくい幅の刀身だが、絶対に起こらないとは言えない。

 故に力と技術のバランスが大切になってくる武器だ。彼の大刀は反りが少ない分、力寄りのバランスとなってくる。巧はその完璧な扱いを実戦の中で覚えさせようとしていたのだ。結果、一月半ほどで彼は完璧な振りを一度とはいえ成功させた。そして一度でも成功してしまえば、あとは反復練習あるのみだ。

 唖然としてるヴェルフを見て、巧がちょっと頭を捻る。

 

「でも結構時間かかっちゃったかな?予想だともうちょい早くても良かったかと思うけど」

 

 その言葉にヴェルフが頭を下げて、落ち込みながらも言い返す。

 

「物覚えが良くなくて悪かったなぁ………!」

「いいよ。無茶させた感は否めないし」

 

 その彼の言葉に固まってしまうヴェルフ。

 

「自覚あんのかよ……」

「あるよ」

 

 ミノタウロス無限ループ。上層での軽めの『怪物進呈(パス・パレード)』。ミノタウロスの群れに投げ込まれる。etc……。

 といったことをやらされてきたヴェルフは、彼の言葉に唖然とする。しかし、その無茶ぶりを全てやり遂げた彼も大概だろう。

 巧はアルミラージの魔石を取りだしてバックパックにしまうとヴェルフに告げる。

 

「とはいえ、今日はこれ以上潜っても仕方ないし帰るよー」

「えっ?」

 

 またヴェルフは驚いてしまう。今日はまだ大してモンスターも倒していない。それなのに帰ると言い出した巧に首を傾げるしかなかった。

 そんな彼の反応を見て巧は理由を話す。

 

「だって、後は反復練習で技術を上げるしかないし。ヴェルフの【ランクアップ】は俺が【ランクアップ】した後に安全を確保できるようになったらやりに行こうと思ってるし」

 

 確かにLv.1二人、うち一人が規格外とはいえ、死ぬかもしれない危険な橋を渡りたくはない。そのため巧は自分が【ランクアップ】してからヴェルフの【ランクアップ】に臨むつもりなのだ。

 それがいつになるかは分からないが、ヴェルフは頷いた。それが一番安全だからだ。それを見た巧は微笑み、口角を鋭く吊り上げる。それにヴェルフは嫌な悪寒を覚えた。

 

「それとさヴェルフが強くなるのに協力したんだから、今度は俺の方を手伝ってよ」

「はい?」

 

 ニッコリと彼に笑いかける巧。

 

 

 

 

 

 

 

 地上に戻ってきた巧はホームの近くにある空き地、いつも巧が日課の修練を行っている場所だ。

 

「―――で、俺は何をすればいいんだよ?」

「はいこれ。これがポーション、こっちがハイ・ポーション、最後がエリクサー」

「ッ!?」

 

 ヴェルフの前にそれぞれ箱に入った三種類の薬品が置かれる。

 

「俺が怪我したり死にかけたりしたらかけて」

「なに言ってやがる……?」

「大丈夫。死ぬことはないはずだから!」

「だったら何をするのかはっきり言えよッ!!」

「『組手』だよ?相手はいないけど、怪我をするんだ!だから一人じゃ不安でね」

 

 いつもと変わらぬ笑顔で話す巧。しかし、表情を一変させる。

 

「こんなこと、ヴェルフぐらいにしか頼めないんだ。ねぇ、お願いだよ……」

「……」

 

 現状、ヴェルフ以外にこんなことを頼める人物はいない。そう訴える巧の表情は酷く落ち込み、暗く影が差していた。

 一月以上パーティーを組んでいるヴェルフは、彼のそんな表情は見たことがなかった。そのような表情で頼まれるとヴェルフも断りづらく、つい頷いてしまう。

 

「……わかった」

「わーい!ありがとー!」

「………」

 

 ヴェルフが了承した瞬間に、彼は表情を元の笑顔へと戻した。

 そんな彼を見て、ヴェルフはある考えが浮かんだ。

 

(だ、騙された………ッ!!?)

「じゃ、お願いねー♪」

 

 内心罠に嵌められたと思うもすでに遅く、巧は空地の中心に走っていく。

 そこで、開いた左手に握った右手を合わせて45度きっかりの礼を5秒間とる。

 

「『解放礼儀』」

『「テレポ遠当て」』

 

 それが終わった瞬間、巧の左肩に衝撃が走る。肩が砕ける音が全身を伝う。突然の衝撃に顔を怒りに染め上げながら吼える。

 

「こんの、クソジジイッ!?生き急ぎすぎなんだよッッ!!」

 

 ヴェルフには見えない敵に右脚で蹴りを放つ巧。狙いは足。低く、速い蹴りが放たれる。

 

「『共振脚衝』ッ!!」

『甘いですよ。「共振パンチ」』

 

 巧にしか聞こえない敵の声。それからダメ出しをされて蹴りも弾かれたうえ、力負けして脚を砕かれる。弾かれた勢いでバランスを崩した巧は、そのまま地面へと倒れ伏す。それを確認した相手は彼に告げる。

 

『一度、治療休憩としましょう。治してきなさい』

「鬼畜ジジイが……」

 

 巧は仮想敵の天野博士に暴言を吐き、治療のためにヴェルフの下へ向かう。右足を引きずり、右手で左肩を触って肩の骨を元の形に組み立てる。

 

「ごめん。ハイ・ポーションをお願い」

「あ、ああ……」

 

 ヴェルフから渡されたハイ・ポーションを右手で受け取り、座り込むと奇妙な方向に折れ曲がってる右脚を元に戻す。骨もズレてくっつかないように元に戻してからハイ・ポーションを飲む。

 

「絶対殺すあのクソジジイ……」

「な、なあ……何が起こってるんだよ……?」

 

 近くで見ていても急に巧の肩が砕け、脚が砕けと何が起きたのか理解できなかったヴェルフは巧に尋ねる。

 

「強い思い込みで仮想敵を作り出して、敵からの攻撃を鮮明な記憶と体験から現実へのダメージ反映を行ってる。此処まではっきり出るのは初めてだけどな」

 

 まさか骨が折れるとはな。と困ったような表情を浮かべる巧。しかしそう説明されても、余計訳が分からなくなるヴェルフだった。

 スキルにはこの『仮想組手』も奥義、秘伝、秘奥と認められているのか、威力が上がっているらしい。

 そんなことを考えていると、傷が完全に治癒されたことを感覚的に理解した巧は立ち上がる。

 

「もう一戦してくる」

「……おう」

 

 再び中心に向かっていく巧。ヴェルフはそれを諦めたような表情で見送る。

 

 

 

 その後、五〇戦行うもすべて惨敗に喫する巧だった。

 

「あの爺、マジで容赦なさすぎんだろ」

 

 息を切らして地面に倒れ伏しながら呟く巧。

 

「……今のお前、傍から見たらただの死体だな」

「言うな。俺もまさか最後の最後で四肢を砕かれるとは思わなかったさ」

 

 今の巧は両手両足がそれぞれ曲がっていけない方向へと折れている。彼はそばにしゃがみこんでいるヴェルフに視線を向けて話しかける。

 

「悪い。向きだけ戻してくんない?」

「……おう………」

 

 ぐりん!ぐりん!ぐりん!ぐりん!と四肢をそれぞれ摑んで元の向きへと直すヴェルフ。その作業をしながらヴェルフは苦い顔をしながら彼に尋ねる。

 

「……痛くねえのか?」

「痛い。すげえ痛い。でもこれで動じてたら次の瞬間全身砕かれてるとかザラだったから」

「マジかよ」

「マジだよ」

「ヤベえな」

「ヤベえだろ」

 

 巧は驚き過ぎて語彙力が乏しくなったヴェルフに律義に返事をする。

 ヴェルフはハイ・ポーションの入った試験管のような容器を掲げながら巧に尋ねる。

 

「ハイ・ポーション飲むか?」

「待ってくれ。まだ骨の位置を戻しきれてない。ちょっとした欠片が行方不明だ。何処に消えた?ちょ、マジで見つかんねえ。ウケるわー」

「…………………………」

 

 筋肉の動きだけで骨の修復作業を行う巧。暢気そうな彼にヴェルフは呆れるしかなかった。

 それから少しして、砕けた骨を元に戻せたのか奥義で治癒する。

 

「『元素功法』」

 

 大気中の元素を取り込み、体内で再構築することで骨を治癒させる。そして念の為ハイ・ポーションを飲み干した。

 傷が完全に治ったのが分かると勢いよく起き上がって、いつも通りの笑みを浮かべる。

 

「うし!治った!今日はありがと!助かったよ!」

「……いつも、こんなことしてんのか?」

「流石に誰も傍に居ないのにやんないよ!?いつもは型の確認とか身体捌きの練習だよ!」

 

 やってたのはこの世界に来る前だ!ということは言わずに呑み込む巧。とはいえ一日で此処まで多くの『組手』をしたのは初めてだが。

 彼はこの世界の薬品様様だと感じながら、再び地面に寝転がり空を見上げながら溜め息を吐く。

 

「はぁ~。それにしても【ステイタス】やスキルの補正を受けても勝てないのかぁー」

「どんな化け物だよ、それ」

「更地を量産するような化け物」

「マジもんの化け物じゃねえか!?」

 

 ヴェルフの叫びを聞いて、少し前に似たような言葉を聞いた気がする巧。

 その叫びに彼は笑い声を上げながらも、ヴェルフにあることを告げる。

 

「それと、ごめん。しばらくは一人で潜らせてほしいな」

「あぁ?何でだよ?」

「24階層に暫く籠もる」

「っ!?」

 

 ヴェルフはその言葉に息を呑む。自分では到底ついていけない『大樹の迷宮』と呼ばれる中層。ついていっても要らぬ迷惑をかけるだけだと彼は理解している。

 そんな彼の心配や不安を感じ取ったのか、巧は話を続ける。

 

「あそこでも大して怪我することは無いし、解毒薬も持ってくから大丈夫」

「……わかった。気を付けろよ」

「うん!」

 

 笑顔で語りかけてくる巧にヴェルフは頷くことしかできなかった。そんな彼の手は、強く握りしめられていた。

 

「駄目だよー?鍛冶師の商売道具に傷をつけちゃー」

「っ!」

 

 しかし、それも巧に見られていた。巧は爪で傷つき、血が滲み始めた掌にポーションをかけて治療する。

 

「心配なのかな?自分が情けないのかな?なんなのかは分からないけど、ヴェルフが俺のパーティメンバーであることには変わりないよ」

「……悪い」

「あはははー!こっちこそごめんね?中々【ランクアップ】させてあげられなくて」

「そこまで急いじゃいねえよ。お前といればいずれ上がるだろうしな」

 

 じゃ、また今度な。最後にそう告げて立ち去っていくヴェルフ。

 またねー!と巧も手を振って見送る。完全に姿が見えなくなると教会の隠し部屋に入ってシャワーを浴びて、ヘスティアがバイトから帰ってくるまで昼寝をした。

 

 




 今日の巧メモ。
人として:ヘスティア様とヴェルフが心配。
武人として:ヴェルフがんばえー。クソジジイは許さん。目指せ完全カンスト。
研究者として:やべーわ、まじポーション類やべーわ。どうなってんのこれ?

 限界を超えられたのは巧の三つのスキルの総合的な影響です。これら三つが全て効果持続してる場合のみ限界を超えられます。一個でも効果が消えると、限界が超えられなくなります。

 活動報告にてヒロインアンケートもどき継続中。良ければ覗いてください。
 現在、ヘスティア、アイズ、リリ、ティオナ、レフィーヤが浮上(ベル×アイズを考えていたとは口が裂けても言えない)。

 ま、アイズは人気者だから出てくるのはしょうがないよね。私の見通しが甘かったのが原因だからどうしようもないね。
 さて、ベルをどうしよっかな?と考えていた私の脳裏に一つの案が過った。

 ……いや、これってベルをTSさせれば万事解決しねぇか?(錯乱)

 いやいや落ち着くんだ私。まだ発狂する時ではない。(もうしてる)

 だが、残念ながら(まだ)正気だった私の理性は、

「ベル君がベルちゃんだと、原作の根幹が崩れちゃうかもしれないんだよ!?原作改変タグはついていても原作崩壊、ましてや性転換の警告タグすらもついていないんだよ!?それに性転換原作キャラを表現する腕は無いでしょう!?(←致命傷)」

 とトドメを、じゃなくて語り掛けてくれたことで、一瞬で却下して頭の隅に追いやることができたのだがね。

 ……ちなみに皆さんはどう思います?(丸投げ)

 ※注:アンケート結果は必ずしも反映されるものではありません。出来る限り反映したいとは思っている所存です。ただ物語の構想上、やむを得ない場合があることをご理解ください……。

 以下クレジットです。

INTRODUCTION OF 財団神拳
by sakagami他
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「共振脚衝」は”Indigolith”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振脚衝」は”Indigolith”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「元素功法」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken



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第九話

 その夜、バイトから帰ってきたヘスティアによって巧は起こされて【ステイタス】の更新を行った。

 そして何故かいま、仁王立ちする彼女の目の前で正座をしている。相対している相手は違えど、既視感のある光景だ。

 

「それで?この『耐久』の異常な伸びは何かな?」

 

 彼女の手の中には更新した【ステイタス】を写した用紙があった。それを記された数値がよく見えるように巧へと突きつけている。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:A812→SS1051

耐久:E427→A878

器用:SS1034→SSS1199

敏捷:SS1001→SSS1199

魔力:I0

 

 

 『耐久』だけで400オーバーの上昇。それ以外はいつもぐらいの上昇値、いや、昨日更新しなかっただけ少し多く感じる。それでも『耐久』だけは何かがあったとしか思えないほど異常な伸びだった。

 目の前の主神に汗をダラダラ垂れ流しながら、必死に思考を張り巡らせる。

 

「それは、そのー、ほら!きっとあれだよ!昨日更新しなかったから!」

「嘘だね。ボクは神様だよ」

 

 ヘスティアが巧の言葉を両断する。彼女の言葉にハッとした巧。

 

「……そ、そうだったぁ……!神様だった……!嘘が分かるんだったっけ……!?」

「そうだよ。だから今のが嘘じゃないってことも、分かるんだけどなぁ……!」

 

 すっかり神様だということを忘れていた巧。張り巡らせた思考が全てが泡になって消えてしまった。

 普通自分の主神を忘れることなどないのだが、彼女は身近過ぎて、馴染み過ぎて、巧の頭の片隅へと消えていたようだ。

 そのことに怒りで体を震わせるヘスティア。

 そんな彼女を前にした巧は、

 

「ごめんなさい」

 

 素直に謝ることにした。

 そして、『仮想組手』の説明をして、五一戦してどれだけの怪我をしたか話した。

 

「馬鹿なのかい?」

「これでも成績優秀の秀才―――」

「黙るんだ」

「はい」

 

 ヘスティアの神威の籠もった声に素直に従うしかなかった巧。そんな彼に声を荒げながら問い詰める。

 

「なんでこんなことをしたんだい!?」

「『耐久』の伸びが悪かったからです。『仮想組手』の相手の天野さんなら死なない程度で攻撃をやめてくれるから絶好の相手だと思って組手をしました」

「……わざと受けたのかい?」

「それはないです。ありえないことです。言語道断です。あれに対してはいつでも俺は全力です。でも、やっぱり勝てないんですよ」

 

 ヘスティアは驚愕した。

 彼の話を聞いた限りでは天野という人物は彼の恩師で、『神の恩恵(ファルナ)』を授かっていない一般人(巧は逸般人とか言っていたが)のはずだ。Lv.1とはいえ『耐久』以外カンスト間近の【ステイタス】を持つ彼が手も足も出ずに惨敗したというのだから。それも五一戦すべてだ。

 

「……君の恩師は恐ろしい人だね。いや、本当に人かい?」

「最近怪しく思ってる」

 

 アハハハ。と巧は笑っているがその目に光はなかった。

 

「もう怪我は治ってるし、傍にヴェルフもいた。各種ポーションもあったよ。流石に万全の態勢でやらないと怖くてできないよ」

「……気を付けるんだよ?」

「うん」

 

 ヘスティアの心配するような声に、安心させるような声音で返答する巧。

 

「あっ、それと明日から少し留守にするね?」

「えっ?」

「24階層で野宿してくる」

「はい?」

「じゃ、お休みー」

「ちょっとタクミ君!?」

「すぴー……すぴー……」

「ほ、本気で寝てるし……!……ハァ……」

 

 その後、ベッドで一緒に眠った二人。

 だが翌日。ヘスティアが起きる頃には巧の姿はなく、テーブルの上に『ダンジョン行ってきます!』と彼の似顔絵付きの置手紙があるだけだった。

 それを読んでプルプルと身体を震わせるヘスティア。そして次の瞬間には顔を天に向かって上げる。

 

「……タクミ君の馬鹿ァッ!!」

 

 彼女の叫びが近所に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 巧はさらに二つ購入しておいたバックパックを今のバックパックに詰め、食料や薬などの買い物を済ませると高速で移動して24階層まで辿り着いた。目標は三つのバックパックを満杯にすることと、打倒『グリーンドラゴン』であった。

 最初は雑魚モンスターを相手にして身体を温める。

 『デッドリー・ホーネット』や『ガン・リベラル』、『ホブ・ゴブリン』といったモンスターは『臨界パンチ』や『テレポ遠当て』、『共振パンチ』で難なく処理できる。ただ『ダークファンガス』だけは毒胞子と体の軟らかさから『量子指弾』を倒れるまで撃ち続ける。倒すついでというように採取用の原料(アイテム)も集める。

 

「~~~♪もう十分かなぁ~♪」

 

 24階層に籠ってほぼ丸一日。食事は摂らずに水だけを飲んで、採取をはさみながらモンスターを狩り続けた巧。おかげで身体が温まり、よく動く。

 

「それじゃ、メインディッシュに行ってみよー!」

 

 徘徊している途中で見つけておいた宝石樹を守る木竜、『グリーンドラゴン』の下に向かう。そうして彼の竜が見える位置まで来ると、荷物を下ろして宝石樹に近付いていく。

 そのモンスターの姿は竜には見えなかった。翼はなく、四足で地を移動する。竜というよりは獣に近い風貌だ。しかし、その身体にはその身体を守るように竜の鱗があり、さらにその上から植物の蔓が守るように絡まっている。

 巧が近づいてくるのを見た瞬間、木竜は牙を剥き出しにして警告をしてくる。

 

 

『GURURURURU……』

「あは!戦意上等!『解放礼儀』」

 

 それを見た巧も歯を見せるように笑みを木竜へと向け、迷いなく近づいていく。それによって木竜は彼が帰ることは無いと悟り、威嚇をやめて樹の地面を力強く踏みしめ、眼前の敵を見据えた。

 木竜に見つめられた巧は落ち着きを保ったまま、開いた左手に握った右手を合わせて45度の礼を行う。木竜の方もそれが終わるのを待っているかのように、その場から一歩も動かなかった。

 巧が礼を終えて顔を上げると拳を握り構えを取ると、息を吸って木竜に向かって名乗る。

 

「個体名、加藤巧。アイテム番号、SCP-710-JP-J-EX。いざ尋常に、勝負!」

『GURUAAAAAAAAAaaaaaaaaaa!!』

 

 両者が同時に、地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 巧と『グリーンドラゴン』が猛スピードで近づき、巧は左拳を突き出し、木竜は右爪を振り下ろす。

 拳と爪が、ぶつかる。

 

「『臨界パンチ』!」

『GUAa!?』

 

 ぶつかった瞬間、爆発が起きる。拳の原子核分裂によるものだ。それにより木竜の腕は弾かれるが、傷は見当たらなかった。本来ならば、原子構造ごと爆砕できるはずだが、できなかった。

 『ゴライアス』以来の全力のパンチ。あの時よりも【ステイタス】は上昇し、スキルの影響で多少なりとも威力が上がっているというのに、それでさえも傷つけることが叶わない眼前の敵に、口角が吊り上がるのを抑えることが出来なかった。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 笑い声も、抑えられなかった。それほどまでに今の彼は昂っているのだ。

 巧は声を上げながらも、すぐに距離を詰めようと素早く動くが、木竜の尻尾がそれを邪魔した。

 

「すうううぅぅぅぅ……『喰期玉』ァ!!」

 

 息を吸い込みながら体を仰け反らせ、口元にエネルギーを集中させて向かってくる尻尾に吐き出す。

 着弾し、弾けて衝撃波を生み出す。それを利用して距離を離す巧。『グリーンドラゴン』も様子を見るためか距離をとる。

 それを好機と見たのか、巧はある秘伝を使用した。

 

「『剛力・羅漢の構え』!」

 

 体細胞を活性化させる特殊な構えにより、使用者に獣の如き剛力をもたらす秘伝。巧はそれにより力を上げる。

 そして身体を大きく丸めながら、全身の体毛を逆立てて、地を蹴った。

 

「『鰒猫拳』!!」

 

 地面との電磁的反発力を生み出し、超高速で移動を始める。木竜も巧を迎撃するために体に絡まっている蔓から、多くの木片を飛ばしてくる。

 

「『確率論的回避』!」

 

 しかし、相手が飛び道具ならば避けようはある。巧は確率的に軌道を予測することで木片を回避する。

 

「『テレポ遠当て』!!」

 

 全ての木片を避けると木竜の顔面に攻撃する。

 木竜は離れているはずなのに、顔に衝撃が走ったことに驚いた様子だったが、すぐに気を引き締めて巧のことを見据える。

 それに巧は口角を上げながら、右拳を構える。

 

『GURURUAAAAAAaaaaaaaaa!!!』

「『共振パンチ』!!」

 

 再び拳と爪がぶつかり合う。

 だが、今度は木竜の爪の一本にヒビが入る。

 

『GURUAa!?』

 

 先ほどの接触で木竜の爪の共振周波数を理解した巧は、爪に対して共振現象を起こす周波数で殴りつけたのだ。

 その影響で爪にヒビが入って悲鳴を上げる木竜だが、即座にもう片方の爪を振りあげてくる。

 

「『共振脚衝』!!」

 

 だが巧は冷静に分析して先ほどと同様に共振現象を起こす蹴りを放つ。

 そちらの爪にもヒビが入る。

 しかし、今度は怯まずにそのまま振り切って巧に叩きつける。流石の巧もこれは予想しておらず、避けることはできそうになかったため、腕を交差させて防御する。

 

「ぐっ!?」

 

 木竜の体重の乗った一撃をまともに受けて吹き飛ばされる巧。しかし、そのまま地面に叩きつけられるといったことは無く、空中で体勢を整えると足を地面につけると滑るようにして着地する。

 そこへ着地を狙ったかのように木竜が身体に絡まっている蔓から木片を飛ばしてくる。

 

「おいおいおい!着地狩りは卑怯じゃねえか!?」

 

 木竜に文句を言う巧だが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「『確率論的回避』!!」

 

 巧は再び確率的に軌道を予測することで木片を回避する。だが、通用しないということを理解したのか木片を飛ばしながら、巧へと突っ込んでくる木竜。それを見た巧は喜ぶ。

 

「いいねぇいいねぇいいねぇ、おい!!戦法を考えることが出来るとか、素晴らしいな!!?ただちょっと弾幕が薄いんじゃねぇのかぁ!?」

 

 楽しげな声を上げながら、巧は前進する。木片はかすり傷程度で済ませ、無理に体勢を崩さないように接近する。

 そして、木竜は両の爪で巧を切り裂こうとしてくる。巧も両拳を構えて迎撃態勢をとる。

 

『GURUAaa!!!』

「『臨界パンチ』!!!」

 

 それぞれがぶつかり、爆発が起こる。木竜は弾かれながらも、口を開いて牙で巧を噛み殺そうとしてくる。

 巧はそれを見て、笑みを浮かべながらも即座に息を吸い込む。

 

「『喰期玉』!」

 

 口元に集中させたエネルギーを、木竜の口に向かって破壊力を持った空気の塊を吐き出した。

 二人の間で再び衝撃波が起こり、両者がそれぞれの後方へと吹き飛んで距離を離す。

 

「『…………………………』」

 

 離れた両者はしばし睨み合い、互いに相手を観察する。

 木竜は先ほどの衝突でヒビが入っていた爪は折れ、地面に転がっていて断面からは微量ながら血を流している。牙も先の衝突でヒビが入っているもの、割れたものなどがあり、口元からも血を流していた。

 一方の巧は、木片の乱射によって受けた多くのかすり傷から血を流してはいるが、致命傷となりうるものはなかった。だが、手の骨にヒビが入っているのを痛みと経験から理解していた。それに肋骨も折れてはいないがヒビが入っているだろうことも。呼吸するたびに鈍痛が走る。

 両者、自身の状態、相手の状態をそれぞれ確認する。そのまま睨み合い、互いの出方を待つ。が、

 

「…………………………」

『…………………………』

「…………アハッ!やっぱ我慢できねえやッ!!」

『!?』

 

 巧は自身の内の闘争心を抑えきれずに、木竜に向かって前進する。

 その行動に木竜はその緑眼を見開くが、すぐに迎撃のために木片を無数に飛ばして正真正銘の『壁』を作る。

 

「そうだよそうだよそうだよ!!?これが最適な弾幕だ!!まさに壁!!穴一つ無い、相手を殺すための弾幕ッ!!!最ッ高ッだなァお前はァ!!!!」

 

 狂喜の叫びを上げながら『壁』に向かって進む巧。進みながら、左手を強く握る。

 

「『虚喰掌握』ゥ!!」

 

 自身の掌を握力で圧縮して重力崩壊を起こして引力場を作り出す。それにより、巧の左手に向かって木片が集中する。次々に飛来する木片は巧の左手を襲う。彼は左手を犠牲にして木竜を討とうとしているのだ。その成果として『壁』に穴が作られる。

 そして、そこに身体を通すことで巧は木片の壁を越えた。

 互いに眼前の敵から目を離さずに、一人は拳を強く握り、一体は爪を上に向ける。

 人は拳を振り下ろし、竜は爪を振り上げる。

 

「あああああああああああああああああああああッ!!」

『GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 両者の咆哮と共に三度、拳と爪が衝突する。

 

「『臨界ッ、パンチ』ィ!!!」

 

 ―――今までの比ではない、大爆発が起きた。ダンジョン全体を揺らすような激しい爆発。

 周囲に煙が立ち込め、両者の姿を隠す。

 やがて、煙が晴れていき結末が顕わになる。

 

『…………………………』

「ハァ……ハァ……アハハ……俺の、勝ち」

 

 息を切らしながら、目の前に倒れ伏す木竜を見下ろす。その身体を覆う蔓は表面が焦げ、片腕が半分ほど失われていた

 巧は左手から血をボタボタと地面に垂らし、その服や体は先の爆発で所々焦げている。眼前の対象が完全に息絶えたのを気配を探って確信する。

 本当は今すぐにでも地面に倒れ込んでこの勝利、というよりは戦闘の余韻に浸りたい。

 だが、今は浸らずに彼はすぐ木竜に近付くと、右手で腰のナイフを抜いて、身体に突き立てて魔石を取りだす。それにより木竜の死体は灰となって消えるが、さらにそこに残るものがあった。

 

「……グリーンドラゴンの爪、か」

 

 灰を漁って、その中に綺麗な緑色の爪が一本だけ残っていた。それを灰を掃いながら優しく拾い上げる巧。しばらくそれに目を奪われる。

 

「……うん。これは、記念品としてとっておこうかな」

 

 腰のポーチに魔石と爪を丁寧にしまうと、宝石樹に近寄って生っている宝石を次々と回収していく。それが終わると最初に置いた荷物に近付き、薬品を入れてあるポーチを取りだす。その中の一本を取りだすが、そこで別のものが目に入る。

 万能薬(エリクサー)。最高品質の物は一本あたり五〇万ヴァリスもする代物だ。だが、その分効果は絶大だ。

 偶々目についたそれを持ち上げる巧。

 

「……飲んでみようか。効果も気になるし」

 

 左手に刺さっている木片を全て抜き去り、エリクサーを飲み干す。急速に傷が治っていくのを感じながら地面に座り込んでバックパックに背を預ける。

 

「……あぁー、楽しかったなぁー……」

 

 巧の表情は、実に満ち足りたものだった。彼はしばらく、その場で余韻に浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 魔石、ドロップアイテム、収集品の詰まったバックパック三つを塔のように積み上げて、地上へと帰還してきた巧。周囲から奇異の視線を向けられるが、気にした様子もなく満面の笑みでギルド本部に向かう道を歩いていく。

 ギルド本部に着くと塔のままでは入れないので、背負っていたバックパックを前に一つ、背中に一つ、その二つの上に一つ載せて入る。

 

『……なんだあれ?バックパックのモンスターか?』

『さあ?すごい力持ちのサポーターかもしれないわよ?』

『……いや、待て。アレってバカ騒ぎ(トラブルメイカー)じゃねえか?』

『『……マジで?』』

「換金お願いしまーす!」

『『マジだったわ』』

 

 ギルドの中にいた冒険者たちがバックパックに隠れて見えない巧を見て驚く。その声を無視して換金所スペースへと人にぶつかることなく、すいすいと進んでいく。

 換金所の前まで来ると正面に持っていたバックパックを下ろして、受付にいる男性に渡す。

 

「これまた随分と持って来たな……」

「頑張った!」

「査定しとくから、エイナのところにでも行って時間潰しとけ」

「はーい!」

 

 たたたたーっ、とエイナのいる受付まで走っていく巧。それを見送った男性は職員数人がかりで彼の持って来たバックパックを奥へと運んでいった。

 彼は自身の担当アドバイザーがいる受付が近づくと、腰のポーチを漁る。

 

「エイナー!」

「あれ、タクミ君。久しぶり。今日はどうし―――」

「『グリーンドラゴン』倒せたよー!」

「ぶっ!?」

「見て見てー!魔石と爪ー!」

 

 腰のポーチから出した魔石と爪を彼女に見せる巧。しかしエイナは巧から聞いた内容に驚いて噴き出し、むせてしまっている。

 そんな彼女を見て、首を傾げながら心配になって声をかける。

 

「ゲホッ!?ゴホッ!?」

「……大丈夫ー?」

「ゴホン!……え、ええ……もう大丈夫よ……ちょっと面談ボックス行きましょうか」

「はーい!」

 

 巧は上機嫌にエイナについて行って面談ボックスの中に入る。中にある椅子にお互いが座ると、エイナの方から話を切り出す。

 

「……それで?」

「グリーンドラゴン倒したよ!」

「ええ。そうみたいね……」

「すごーい楽しかった!あんなに戦闘中に戦略を考えてくる敵って今までいなかったもん!下層や深層とかはああいう敵ばっかなの!?」

「……戦略?」

「うん!木片を飛ばしてくる攻撃だけでも十分なのに、突進しながらや量を増やして壁みたいな弾幕を張るんだもん!驚いた!」

「……ごめん。タクミ君。その話詳しく話してくれる?」

「いいよー!」

 

 未だ気分が高揚している巧はエイナの申し出に喜んで応じた。

 それからしばらく木竜との戦闘について話をする。エイナはそれを聞き終えると頭を捻る。

 

「普通、そこまで急に戦い方を変えられるグリーンドラゴンは聞かないわ」

「……?じゃあ、どういうこと?」

「……考えられるのは潜在能力(ポテンシャル)が完璧に引き出された個体っていうところかしら。もしくは強化種かしら」

「えぇー!?じゃあまた出会ってもあそこまで強くないのー!?」

「その可能性はあるわ」

「つまんないのぉー!」

 

 口を尖らせて机の上に顎を乗っける巧。それを見てエイナは眉尻を下げて困ったような表情を浮かべるも、口元は笑っていた。

 

「ほら、そんな顔しないの。倒したんだからもう下に行ってもいいのよ?君の眼は信頼してるけど、無理はしない程度にしてね」

「うん。37階層の『白宮殿(ホワイトパレス)』が気になるからそこに行ってみる。それより下は、ちょっとやめとく」

「……?どうして?タクミ君の性格ならどんどん下に行きそうなのに。それとも実力が足りてないの?」

「ううん。40階層までは行けると思う。でもなんか、さらに下から嫌な感じがする。だから安全策をとって37階層に留めとくつもり」

「……何かあったの?」

「まあ、そうかな……。少し前、半月ぐらい前かな?冒険者を三人助けたんだけどさ」

「―――ちょっと待って?その話、私聞いてないわよ?」

「言ってないもん。なんか、根っこが深い気がして。それに街中だったし」

 

 そういって巧は半月ほど前に三人の冒険者を街中で助けた時のことを思い出していた。いや、正確には助けようとしたときのことだ。

 街中の寂れた場所で赤髪の女性が冒険者の首を折ろうとしていたのを、巧ははっきりと覚えている。

 なぜ殺されそうだったのか。それは分からないが、目の前で殺されそうな人たちを『人』として放っておけるわけがなかった。たとえ、勝てる見込みがゼロだったとしても。

 巧はその時は『天殺・認識災害の構え』と『量子歩法』のおかげ、それと『豊饒の女主人』という酒場に逃げ込んだことで難を逃れたが、片腕を砕かれていた。首を狙われて腕で守ったのだが、その腕ごと首を折られかけたのだが、何とか接触面を原子核分裂させて爆発させたことで、距離を取り逃げ出したのだ。

 だが、残念ながら助けた三人の冒険者はその後、首の骨が折られて殺されているのが発見されたが。

 

「その時も死ぬかもって思ったんだけど、なーんかそれと似た感じがするんだ。だから、まだ行かない」

「……そう」

「近々、深層かな?40階層以降に潜る予定がある人に注意しといた方がいいかも?なんか、やばい気がする」

 

 それは巧の『武人』としての勘だった。少なくとも行けば死ぬのは確定だった。40階層より下にはまだ行きたくはなかった。その感覚がより強くなり、体の動きが鈍ってしまう。

 どこかは分からないが、普通ではないことが起きているのは確かだった。

 

「ただの気のせいなら、良いんだけどねー」

 

 そう願うかのように言葉を溢す巧。そんな彼を見て不安を覚えざるを得ないエイナ。

 

(それにあの場で拾った、ポーチに入っている奇妙な魔石の欠片も何なのか気になるんだけどなー……)

 

 ポーチに入っている極彩色の魔石の欠片。明らかに普通の魔石とは異なる奇妙な魔石。これが一体何なのか。巧はこれに『研究者』として、好奇心を揺さぶられてしまっていた。

 




 半月ぐらい前の巧メモ。
人として:ヤベ!?あの人たち殺されそうやん!ちょっと助けたろ!……え、ちょ、無理……。
武人として:赤髪の女、許すまじ。
研究者として:なんやろこの変な魔石。ちょっとパクらせてもらうか。

 今日の巧メモ。
人として:平和なのはいいこと。
武人として:グリーンドラゴン楽しかった。また遊びたいなー。
研究者として:エリクサー、べーわ。それとなんでダンジョン内に『白宮殿』なんて呼ばれる構造があるんやろ?ちょっくら行って観察してみよか。

 今話の作者メモ。
戦闘描写キッツ。分かりやすく書けてるか不安やわ。

 ちなみにグリーンドラゴンさんは、モンハンのジンオウガに樹の蔓を絡ませたイメージです。果たして本当にそれがグリーンドラゴンだったのかはご想像にお任せします。

 それとヒロインアンケートもどき一先ず終了。
 そして、ここから本投票?に移りたいと思います!

現状

ヘスティア:2票
アイズ:1票
リリ:1票
ティオナ:1票
レフィーヤ:1票

です。

 活動報告の方にアンケートを掲示しておきます。詳細はそちらでご確認ください!
 良ければ覗いて、ご投票いただけると幸いです。

 以下クレジットであります。

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「共振パンチ」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「喰期玉」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「剛力・羅漢の構え」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「鰒猫拳」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
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「確率論的回避」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
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「共振脚衝」は”Indigolith”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
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「虚喰掌握」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
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第一〇話

 エイナとの話が終わり、面談ボックスから出て来て換金所でお金を受け取る巧。

 

「四六七万ヴァリスだ」

「わーい♪ありがとー!」

「気をつけて帰れよ」

「はーい!」

 

 大きな袋を抱えてギルドを出て行く巧。このまま真っ直ぐホームに帰る、わけもなく。

 他【ファミリア】を巡って19階層~24階層の『大樹の迷宮』で採取したものを売っていく。そしてそれが終わり、その帰路で白い髪の少年を見かける。彼の背中は寂しそうで、目的もなく彷徨っているようだった。巧は彼に昔の自分を重ねてしまった。気になってその少年を追いかけてみることにした巧。

 まさに、というべきか昔の巧と似ていた。とはいっても一ヵ月半ぐらい前のことなのだが。

 【ファミリア】を尋ねては門前払いされる。それを繰り返す少年。巧と同じ事態に陥っていた。いや、探索系が全滅だった巧に比べればマシだろうか。

 流石の巧もこれ以上は見るのはつらいと思い、少年に声をかける。

 

「へいへいへーい!そこの少年ー!」

「えっ……?僕、ですか?」

「そう!そこの君だよ!どうやら何か困っているように見える!もし良ければお兄さんが話を聞こうじゃないか!」

 

 ビシィッ!と目の前の白髪の少年を指さしながら上から目線で告げる。そんな自分よりも背の小さい彼を見た少年は唖然として、巧に言葉を返す。

 

「……いや、お兄さんって……絶対に僕より年下ですよね……」

「むっ!?」

 

 そんな人物がいくら何でも自身よりも年上には思えなかった。どう見ても小人族(パルゥム)より大きい彼は、初見ならば人族(ヒューマン)の子供にしか見えなかった。

 少年の言葉に心外だとでも言うように唸りを上げる。

 

「失礼な。君が何歳かは知らない。だが、これでもお兄さんは18なのであるぞ!?」

「えっ!?ご、ごめんなさい!全然そんな風に見えなくてッ!」

「良い!許すぞ!」

 

 巧の年齢を聞いて慌てて頭を下げる少年。巧はその謝罪を受け、腰に手を当てながら偉そうな態度で許した。

 

「だからお詫びとしてこのお兄さんに君の事情を聞かせるがよい!ちなみに多くの【ファミリア】を門前払いされていたのは知っている!」

「知ってるんじゃないですか!?」

 

 巧の言葉にツッコミを入れる少年。それに満足そうに頷きながら話を続ける。

 

「いいツッコミだ少年!でも今はそれを置いといて、お兄さんが話しかけている理由!それは!」

「そ、それは……?」

 

 ゴクリ、とつばを飲み込んで巧の言葉を待つ少年。

 そして巧は指をさしながら告げる。

 

「【ファミリア】への勧誘である!」

「…………えっ?」

 

 少年は疑問符を浮かべ、巧は指をさしたまま彼の返事を待っている。

 しばらく、二人の間に静寂が流れる。

 

「…………………………【ファミリア】への勧誘である!」

「い、いや、聞こえてますけど……」

「むっ。そうか?」

 

 巧は先ほどの言葉届いていなかったのかと思い、同じ言葉と動作でもう一度彼に投げかける。が、どうやらちゃんと聞こえていたようで安堵して、腕を組んで頷く。

 それから彼はコホン、と一つ息を吐くと話を続ける。

 

「では返事を聞こうか少年!」

「え、えっと、お兄さんの神様の意見とかは……?」

「おそらく大丈夫である!なぜなら現状団員はこのお兄さんただ一人なのだから!減るというのなら泣いてしまうかもしれないが、増える分には何も問題はないだろう!それに主神が無理だと言ってもお兄さんがゴリ押そう!」

「…………じゃ、じゃあ、お願いします……」

 

 そこまで言うなら、と勢いに負けた感はあるが首を縦に振る少年。実際、入れてもらえる【ファミリア】が無くて困っていたのは事実だ。諦めかけていたその時に巧に声をかけられて、そのような提案をされれば藁にも縋る思いで頷いてしまう。

 その返答を待っていたとでもいうかのように、次の瞬間、目をキランと光らせ、

 

「わーい!やったー!新しい団員だー!」

「えっ!?」

 

 諸手を上げて喜ぶ。今更断ってももう遅いと言わんばかりの喜びようである。

 先ほどまでの口調とは一変して、子供のような見た目にマッチしている口調へと変化した巧に、戸惑いを隠せない少年。

 

「ほらほら行くよー!いま主神はバイト中だからホームで待ってようよ!」

「は、はい!?」

 

 そんな少年を無視して、彼の手を引っ張ってグイグイ先へと進んでいく巧。まだLv.0の少年を気遣って出来るだけ彼の歩幅に合わせる巧。

 ホームに向かって歩いているとき、ふとあることを思い出して少年に声をかける。

 

「あっ!そういえば少年の名前は!?」

「べ、ベル・クラネルです!」

「そっか!俺はタクミ・カトウ!君がこれから入る【ヘスティア・ファミリア】の暫定的団長だよ!」

 

 互いに自己紹介をする二人。

 その後は先ほどと同様に巧の強引な先導に従ってついていくベル。そしてホームである教会の隠し部屋へと招き入れる。

 

「……きょ、教会にこんなところが」

「これでも内装とか家具とか結構頑張ったんだよ。じゃ、しばらくソファにでも座ってて。もう少しで帰ってくると思うからさ」

「は、はい……」

 

 キョロキョロと物珍しそうに部屋の中を見渡すベル。巧はそんな彼を横目に見ながらキッチンで何やら作業をする。ポットに水を入れて、魔石器具で火にかけてお湯を沸かし始める。それから戸棚を軽く漁って、中からいくつかの缶を取りだし始める。

 

「出せるのはー、コーヒーと紅茶と緑茶とココア、後は白湯かな?どれがいい?」

「えっ!?」

 

 ボーッ、してた時に急に聞かれたベルは、思いのほか大きな声が出て少し恥ずかしくなる。巧もそんな彼の反応に微笑を浮かべながら静かに返答を待つ。

 

「え、えっと、じゃあ、ココアで……」

「はいはーい」

 

 少しして返答したベルに返事を返し、彼の注文通りココアをキッチンで二つ淹れるとベルの下へと戻る。

 

「はいこれ」

「あ、ありがとうございます」

「いいよいいよ。これから同じ【ファミリア】の仲間になるんだし」

 

 カップを持ってココアを飲む巧。それを見て、ベルもココアに口を付ける。熱さに苦戦しながらも少し飲み、声を上げる。

 

「あっ、美味しい!」

「でしょでしょー。結構厳選するの大変だったし。それにしても君も大変だったね。門前払いされまくってて」

「はい……それはもう……流石に挫けそうでした……」

「そっかー俺もねー、見た目のせいで門前払いされまくってさ。探索系は全滅だったかな?」

「えっ!?流石に嘘ですよね!?」

「ほんとほんと。それで商業系とか鍛冶系とか治療系を回ろうと思ってね。でも一発目で大当たり。いや貧乏くじかな?」

「どっちですか」

 

 巧の正反対ともいえる言葉の羅列にベルが疑問を呈す。

 彼の疑問に笑いながらも話を続ける巧。

 

「いや、その【ファミリア】にニート、もとい居候してる神様を押し付けられちゃってね」

「……それがタクミさんの神様ですか?」

「そ。それが俺の主神のヘスティア様。あ、今はちゃんと働いてるよ?そのうえ楽しく過ごしてるし」

「へぇー、そうなんですか」

 

 二人で暫く雑談をしていると、階段を下りてくる音が響く。巧が先に気づき、ベルも少し遅れながらも気づいて、音の方に首を向ける。

 入り口のドアが開き、巧とさして背の変わらないツインテールの少女のような容姿の人物が入ってくる。

 

「ただいまー!」

「おかえりー!」

「お、お邪魔してます」

 

 巧とヘスティアが挨拶を交わして、そこに入った見知らぬ声に彼女は首を傾げながらベルのことを見つめる。

 

「……?その子は誰だい?」

「ふふふ、ふははは!聞いて驚くことなかれ!この少年は我らが【ファミリア】への入団希望者である!」

「な、なんだってー!?それは本当かい!?」

「は、はい……タクミさんに勧誘されて……」

「よくやったタクミ君!」

「うむ!では早速『神の恩恵(ファルナ)』を刻んであげてください!」

「分かっているとも!さあ、君!こっちに来るんだ!」

「は、はい!」

 

 ヘスティアがベルを連れて巧の見えない場所に消える。巧が買い集めた本を収めてある本棚の方に行ったのだろう。最初の子供は本棚に囲まれたところでやりたかったとボヤいていたことがあったから、巧が本棚とそこに入れる本を彼女のために買い集めたのだ。巧にはできなかったそれを、二人目にやることにしたのだろう。巧の時はテンション爆上がりして忘れていたようだが。

 ちなみに本の種類は完全に巧の趣味だ。物語もあれば、歴史書といった教本のようなものもある。本ならば雑食的に買い漁っている。

 見えなくなってからしばらくして刻み終わったのか、巧が呼ばれる。

 

「タクミ君。いいよー」

「はーい」

 

 呼ばれてそちらに向かう巧。

 本棚に囲まれたそこには、上着を着直しているベルと上機嫌のヘスティアがいた。まだ完全に上着を着られてないベルの背中には、ヘスティアの象徴である炎が見えた。

 それを見て無事に刻み終えたことを理解する。

 

「無事刻めたみたいだねー」

「はい!」

 

 巧の言葉に元気に返事を返すベル。そこで巧はまたあることを思い出して、彼に尋ねる。

 

「そういえば、なんで冒険者になりたいの?」

 

 冒険者になるというにはなにかしらの理由があるはずだ。力でも金でもなにかしらの理由が。巧の場合はダンジョンの調査と天野博士を超えることだ。理由としてはかなり変わったものだろう。

 だから巧はベルの理由が気になった。

 

「えっと、『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』で出てくる運命の出会いってやつに、小さい頃から憧れてて……」

「この子の祖父が『ハーレムは至高』だって言ってたみたいだよ」

「それってそもそもの育ての親が間違いだよね」

「タクミ君。君、ボクと同じようなことを言ってるよ」

「以心伝心!いえーい!」

「いえーい!」

 

 パチン!とハイタッチをするヘスティアと巧。二人の話に恥ずかしくなったのか、そそくさと離れていくベル。

 クスクスと笑いながらも、巧は見えなくなったベルの方を見ながら、彼の祖父に賛同する。

 

「でも、いんじゃない?男の子は女の子の為なら死ぬ気で頑張れるし。それに意地でも生きようとするから」

「……そういうものかい?」

「そういうものだと思うよ?多くの男の子はね」

「……タクミ君もかい?」

「俺、18だよ?さすがにもう男の子って年齢じゃないよ」

「そういう時だけ実年齢出すのやめようか」

「んふふふー♪」

 

 ヘスティアのツッコミに笑って誤魔化す巧。そのまま先ほどの会話がなかったかのように話を進める。

 

「それじゃ、俺の更新もお願いします!」

「わかってるよ。ほら脱いで」

「はいはーい」

 

 いつも通り上着を脱ぎ、ベッドに横になって更新してもらう巧。そして【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄っているヘスティアの手が止まる。

 

「……【ランクアップ】出来る」

「……そっかー。ま、そんな予感はしてたや」

 

 彼女の言葉に軽く頷きながら返事をする巧。彼の言葉に微笑みながらさらに尋ねるヘスティア。

 

「今すぐするかい?」

「更新した【ステイタス】はどんな感じ?それを見てから決めるよ」

「わかった。なら今写すよ」

 

 ヘスティアが羊皮紙にペンを走らせて【ステイタス】を書き写して巧に渡す。彼はその用紙の内容に目を通す。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:SS1051→SSS1199

耐久:A878→SSS1198

器用:SSS1199

敏捷:SSS1199

魔力:I0

 

 

 巧は『耐久』の部分を見て目を見開いた。

 

『耐久:A878→SSS1198』

 

 SSS1198。

 

「妖怪一足りないぃッ!!?」

 

 巧の言う通りどうやら妖怪が現れたようだ。

 羊皮紙をバシン!と床に叩きつけると、さらにその上から踏みつけて苛立ちを顕わにする。

 

「腹立つなこれ!!?ヘスティア様!!まだしない!!この一を満たすまで、俺は【ランクアップ】をしない!!」

「そ、そうかい?」

 

 首を傾げながら巧に聞き返すヘスティア。彼女の言葉に巧は力強く頷く。そして即座に上着を着直す。

 

「だから今から修練して一上げてくる!」

「あっ!?ちょっと!?」

「今日はお祝いとして外食だから着替えといてー!」

 

 巧はそれだけ告げると外へと出て行く。しかし、ヘスティアはそれを止めることはできなかった。なぜなら彼の発言に驚くことが含まれていたからだ。

 

「……が、外食だって!?あの伝説の!?」

「伝説ってなんですか!?」

 

 彼女の言葉にベルが驚く。その疑問に外にいる巧から答えが返ってくる。

 

『ヘスティア様は貧乏神だからー!』

「違う!竈火の神様だい!」

『あれ?そだっけー?ってやべ!?両足やられた!?誰かハイ・ポーション持ってきてー!』

「あーもう!仕方ないなー!ベル君も行くよ!どうせかけたらそのまま外食に行くんだ!」

『えー!?その前に更新してよー!』

「そんなのは後だよ後!」

『ぶーぶー!あっ、ならテーブルに置いてるお金も持ってきてー!』

「えっ?……ってなんだいこの大金!?」

『今日の稼ぎー!それより早くー!』

「わ、わかったよ!行くぞベル君!」

「は、はい!」

 

 巧の足を治すと、三人で仲良く『豊饒の女主人』に向かった。巧は勢いよく扉を開けて中に入ると厨房にいる女将に元気に話しかける。

 

「ミアさーん!食べに来たよー!」

「おう!いつもの場所に座んな!」

「今日は三人なんだけどー!」

「空いてるから大丈夫だよ!」

「はーい!ほら二人とも行くよ!」

 

 彼は二人の手を引いてカウンター席まで引っ張っていく。そしてほぼ中央の席に巧が座り、数席空けるように二人に座るように促す。

 その様子を見て、ヘスティアは彼に問う。

 

「……よく来るのかい?」

「ちょっと前からたまにねー。ちょっとした恩を返すためにたくさん食べてるんだ。今日は俺の奢りだよー、一杯食べてねー!」

『『『『『おう!』』』』』

 

 巧は二人に対して言ったのだが、別の方向から返事が飛んでくる。彼はその方向に勢いよく振り向くとその者たちに叫ぶ。

 

「君らじゃなーいッ!」

『『『『『チッ……』』』』』

 

 彼がはっきりそう言うと、声の主たちは舌打ちをする。その反応に巧からブチッ!という音が響く。

 

「上等だ!表出ろや!全員タマ潰してやっからよぉ!?」

『『『『『すいませんでした!!』』』』』

「ここは食事処だよ!言葉に気ぃ付けな!!」

「ごめんなさい!!」

『『『『『怒られてやんのぉ~』』』』』

「あんたらもだよ!!」

『『『『『すんません!!』』』』』

 

 巧や周囲の客、ミアといった様々な人の声が飛び交って、酒場に笑い声が響き渡る。そんな騒がしい中、エルフの店員が巧に近寄ってくる。

 

「ご注文は?」

「んー、じゃあ今日はここからここまで。お酒はなしでー」

「「!?」」

「かしこまりました」

 

 ヘスティアとベルが驚くような注文の仕方をした巧。それに店員が動じていないことからいつものことなのかもしれない。

 

「お二方は?」

「え、えっと、じゃあこれを……」

「僕はこれを……」

「かしこまりました」

 

 二人から注文を取ると離れて行く店員。ヘスティアは少し離れている巧にもう一度問いかける。

 

「……いつもそういう注文の仕方なのかい?」

「うん!ここの料理美味しいからたくさん入るんだ!」

「アンタは身体の割に本当にたくさん食べるからねえ!こっちも作り甲斐があるよ!」

「こっちも食べ甲斐があります!」

「「…………」」

 

 二人は彼が数席空けた理由が分かった気がした。

 その後、出てきた全ての料理をキレイに平らげる光景を見て、再び驚愕する二人だった。

 三人が満足しホームに帰宅すると、巧の【ステイタス】の更新と【ランクアップ】を終わらせる。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.1

力:SSS1199

耐久:SSS1198→SSS1199

器用:SSS1199

敏捷:SSS1199

魔力:I0

 

 

 

タクミ・カトウ

Lv.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

頑強:I

《魔法》

【】

《スキル》

最短の道を選ぶなかれ(インストラクション:1)

・アビリティの上昇補正。

・向上心がなくならない限り効果持続。

研鑽を忘れるなかれ(インストラクション:2)

・修練によるアビリティの上昇補正。

・修練の累計時間に比例してアビリティに高補正。

・研鑽を続ける限り効果持続。

・研鑽の量と質により効果向上。

書を捨てよ、己が道を歩め(インストラクション:3)

・奥義・秘伝・秘奥の威力上昇。

・修練してきた時間に比例して効果向上。

矮躯怪物(ミクロス・テラス)

・自身より大きな相手と戦う時に限り、全アビリティ能力に高補正。

・相手が大きいほど効果向上。

 

 所要期間、一ヶ月半。

 モンスター撃破記録(スコア)、五三六八体。

 発展アビリティと新たなスキルの発現を確認して、その日は眠りについた巧。

 

 

 

 まだ、物語は始まったばかり……。

 




 今日の巧メモ
・人として:たくさん動いたし食い溜めしなきゃ!(人間にそんな機能はない)
・武人として:一足りない……。
・研究者として:【ランクアップ】とか発展アビリティとか謎だらけ。どうしたら解明できるべ?他にも観察対象増やさなきゃあかんか?

 新スキルはギリシア語です。理由はヘスティア様がギリシア神だから。
 『ミクロス』は『小さい』、『テラス』は『怪物』の意味です。
 脳筋がドンドン加速するんじゃぁ~。

ヒロインアンケート途中経過。
・ヘスティア(2票)
・アイズ(2票:うち1票はハーレム可)
・リリ(1票)
・ティオナ(2票)
・レフィーヤ(1票)
・その他女性キャラ
  ・ウィーネ(1票)
  ・リヴェリア(1票)
・上記の複数(ハーレム)もしくは『メイン(一人)』と『サブ(複数可)』
(リリとヘスティアのハーレム:1票)
(アスフィやフィルヴィスを含めたハーレム:1票)
(アイズとリヴェリア:1票)
・いなくていい


 現状、ヘスティアとアイズがハーレム票を含めると同率の3票。次にリリ、リヴェリア、ティオナがハーレム票を含めて2票ずつ。後は1票ずつといったところ。
 そして絶妙に難しいキャラを要求されて焦り始めている。
 フィルヴィスとか主神のディオニュソス様にべた惚れやんけ……。どないすればええんや……?いや、キャラ的には私も好きだけどさ……。ヒロインにするにはどうすれば……。
 ……………………その案が急上昇しないことを祈っとこ!

 アンケートはもう少し続けます。もしよろしければ活動報告の方でご投票ください。

 さて、次から原作!……ではなく間章を挟みますね。ある意味では原作なのかな?
 次回はベルが冒険者になった最初の半月の部分です。原作(一巻の最初)はもう少しお待ちください……。

 今回クレジットはありません。


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間章
第一一話


後書きを少し修正(4/3 0:10)


 ベルが【ヘスティア・ファミリア】の一員となった翌日。巧はヴェルフの『工房』へと訪れていた。

 

「―――その新人の為にこれを短刀に加工してほしいのか?」

「うん。防御用のマンゴーシュやパリーイング・ダガーでもいいよ」

「いや、まずお前の言う武器を知らねえんだが……」

「あれ?……そっか、無いのか。……じゃあいいや。ま、どっちにしろ構造的に足りなかったり、部品の交換とかが激しいだろうし、そういう点で難しいから普通の短刀でいいよ」

 

 ヴェルフの手の中には、巧が【ランクアップ】を果たした際の相手、グリーンドラゴンのドロップアイテムである『グリーンドラゴンの爪』が握られていた。

 

「でも、これを使った武器って……駆け出しには過ぎた武器じゃねぇか?」

「今は加工だけでいんだよ。機を見て渡すからさ。最初はヴェルフの打った安物でも渡すよ。出来は良いくせして無駄に安いし」

「その言い方は流石の俺でもキレるぞ……ッ!」

 

 額に青筋を浮かべながら巧を睨むヴェルフ。それを巧はジト目で睨み返しながら言う。

 

「価格は主にお前がつけた名前のせいだと思う」

「ぐっ……お前にそう言われ続けると、本当にそうなんじゃないかと思い始めてきたぞ……」

「事実だよ。そのことをそろそろ自覚しろ」

 

 ヴェルフは心当たりのない真実を言われて肩を落として落胆する。それでも彼の感性は変わらないし、変えることは無いのだろう。

 そんな彼を見て苦笑を浮かべて再度問う。

 

「それで、やってくれるの?」

「……ああ、任せろ。最初の武器はそこら辺から持ってけ。防具も適当に選べ」

「じゃ、コレとコレとコレ。あとコレで。代金置いとくよー」

「そんな適当でいいのかよ……」

「こういうのは感覚だよ。センスだよ。それで存外上手くいくから」

「そうかよ……」

 

 呆れた声で返事を返して、炉に向き合うヴェルフ。しかし、後ろの気配は微動だにせずに装備を持ったまま立ち尽くして彼の方に視線を飛ばしていた。

 それにヴェルフは炉から目を離さないで言葉を投げかける。

 

「……帰らねぇのか?」

「ヴェルフの仕事風景でも見てから帰ろうかと」

 

 よいしょ、と装備を脇に置いて適当な場所に腰掛ける巧。それを一瞥して炉に火を入れるヴェルフ。

 

「……鎧戸とドアを全開にしてくれ」

「りょーかい!」

 

 手拭いを頭に巻いたヴェルフに言われたことを即座にこなして、再び同じ場所に腰掛ける巧。

 それからしばらく、金属を打つような甲高い音が響き、それは陽が暮れるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お帰りー!」

「お帰りなさい!」

 

 ヴェルフから完成品を受け取り、【ヘスティア・ファミリア】のホームへと帰ってきた巧。中にいたヘスティアとベルが返事を返してくれる。

 ベルの姿を見ると巧は尋ねる。

 

「ベルはちゃんと手続きできた?」

「はい!これで僕も立派な冒険者ですよね!」

 

 目を輝かせながら話すベルに、巧は呆れながら否定する。

 

「なわけないじゃーん」

「えっ!?」

 

 その言葉に驚きの声をあげるベル。放っておいても理由を聞いてきそうだが、巧は彼にすぐに理由を話す。

 

「冒険者を名乗るなら次に装備を揃えないと」

「あっ……そうですよねー……」

「はい。というわけでこちらがベル少年の装備です」

「えっ?」

 

 地球の料理番組のようにベルの装備を、よいしょ、と彼に差し出す。

 

「大事に使いなさいなー。武器は要望通り短刀にしといたから」

 

 そういって巧は短刀と短剣(ナイフ)軽鎧(ライトアーマー)をバックパックから出してベルの前に並べる。そして彼に立つように指示する。

 

「軽くサイズ見るから立ってー」

「は、はい!」

 

 巧に言われて勢いよく立ち上がるベル。その彼に防具を取り付け始めて、大きなズレがないか見始める。

 

「……うん。大きな調整は必要ないかな。これぐらいの微調整なら俺でもできるか。……はい、もういいよ」

「あ、ありがとうございます」

「全部で一八〇〇〇ヴァリスになりまーす。出世払いでいいよー」

「えっ!?」

 

 ベルは巧の言葉に再び驚き、装備と巧の顔を視線が交互に行き来する。

 そんな彼の様子を見て微笑を浮かべて、優しい声音で言葉を続ける。

 

「冗談だって。これぐらいの出費はどうってことないから安心して」

 

 彼の言葉にホッと胸を撫で下ろすベル。

 

「じゃ、明日からダンジョン探索ねー。今日はゆっくり休んで。……楽しみだから寝付けないなんて言わないでよ?」

「言いませんよ!?」

「本当かな~?」

「神様まで!?」

 

 巧はヘスティアと共にベルをからかって笑い声を上げる。その後ベッドで就寝してその日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。午前中の内にダンジョンへと潜り始めた二人。現在は一階層。

 

「……あの」

「んー、なにかなー?」

 

 目の前の巧を頭の上から足の下まで眺めると、ベルは不安そうな声をかける。

 

「……武器は?」

「持ってないよー。このナイフは剥ぎ取り用だし」

「……戦うのは僕だけですか?」

「基本的にはそうかなー?危なかったら助けるけどねー」

「………………」

 

 武器も何も持たずにバックパックだけ背負っている巧にそこはかとない不安を抱いたベル。

 そんな彼の心境を知らずに巧は周囲を警戒しながら進み、前方に感じた気配をベルに伝える。

 

「前方、五〇M先にゴブリン。数は一」

「えっ?」

「進むよー」

 

 驚くベルを無視して先に進み始める巧。そんな彼をベルは慌てて追いかける。

 少し進むと巧の言うとおりに醜悪な顔をしたモンスター、『ゴブリン』が姿を現した。このダンジョンで最弱のモンスターだ。

 10Mほどの距離まで縮まると、巧はベルの背中を前に押す。

 

「ほら、いってらっしゃーい」

「えっ!?僕一人でですか!?」

 

 ベルは驚いて巧の顔を見る。すると彼は首を傾げながら頷き、理由を言う。

 

「俺が手本見せてもあまり参考にならないだろうしねー。それなら実戦で覚えなさいな。それに戦闘で動きを見ないと、どういう風に指導すればいいのかも分かんないしー」

「………………」

 

 巧の言葉に呆然とするベル。だが、後半は納得してしまう言い分であった。

 こんな子供っぽい見た目や言動でも、やはり自分より年齢も実力も上なのだと理解させられてしまう。

 そんな考え事をしている彼を見て、好機と思ったのか襲い掛かるゴブリン。

 

「う、うわわわわっ!?」

「あー、もう」

『グッ!?』

 

 尻もちをついて目を閉じて腕で頭を守るようにしながら、ずりずりと後ずさるベル。それを見た巧はため息を吐く。

 

「あ、あれ……?」

 

 目を閉じて腕を顔の前に出して衝撃に備えていたベルだが、いつまでも来ない衝撃を不思議に思い、恐る恐る目を開ける。

 

「ほら、落ち着いて。目を瞑ってたら攻撃しても当たらないよ」

 

 すると目の前には、ゴブリンの頭を摑んで動きを止めている巧の姿があった。

 ゴブリンは腕や脚を懸命に動かしてどうにか抜け出そうとするが、巧の腕はビクともしていなかった。

 それを気にもせずに座り込んでいるベルを微笑を浮かべ見下ろす巧は、気の張った声で指示を出す。

 

「さっさと立って武器を構える」

「は、はい!」

 

 巧に言われてすぐに立ち上がるベル。そして短刀を抜き放ち逆手に構える。それを確認した巧はゴブリンをベルの5Mほど先に落として彼の後ろに下がる。

 

「『………………』」

 

 少しの間、両者のにらみ合いが続く。

 

『グアァァァ!!』

「や、やああぁぁぁ!!」

 

 襲い掛かってきたゴブリンを、少し反応が遅れながらもカウンターで首を掻っ切ったベル。

 ゴブリンは首の切り口から勢いよく血を噴き出し、そのまま地面へと倒れる。その際に飛び散った血が少しベルにかかる。が、彼はそれを気にした様子も無く、呆然と自身が倒したゴブリンを見下ろしている。

 

「や、やった……?」

「うん。おめでとー。記念すべき初戦闘、初勝利ー」

 

 巧がベルにかかった血を拭きとりながら言う。そうして彼に言われてようやく実感が湧いたのか、表情を明るくするベル。しかし、そこで血を拭き終えた巧に小突かれる。

 

「あだっ!?」

「ダンジョンでは気を引き締めて。1階層から4階層までは少ないけど、後ろから襲われることもあるんだから」

「は、はい……すみません……」

「ああ、丁度こんな風にね」

「えっ……?」

 

 巧はベルの後ろから迫っていたコボルトを貫手で貫き、魔石を取りだす。コボルトは彼の腕が突き刺さったまま灰へと姿を変える。

 

「あ、ありがとうございます……」

「いいよいいよ。ベルは俺の団員だもん。それよりほら、初めてのモンスターぐらい自分で魔石を取りだしたら?」

「はい!」

 

 返事をして地面に倒れているゴブリンに駆け寄って、短刀を突き入れる。体内から爪の先ほどの魔石の欠片を取りだすと、ゴブリンの死体は灰へと変化する。

 

「……これが、魔石ですか?」

「うん。まあ、その欠片って表現が正しいかも。もっと下のモンスターからだと、これぐらいの大きさの魔石が取れるからね」

 

 腰のポーチからミノタウロスから取り出した拳サイズの魔石を彼に見せる。それを自身の手元にある欠片と見比べる。

 

「………………」

「これから頑張ろうね?」

「はい……」

 

 苦笑交じりで励ましの言葉をかけるも、ベルは暗い表情のまま返事をした。

 その後、数十体ものモンスターをベルに狩らせた巧。

 

「んー、珍しいねー」

 

 モンスターの気配を探っていた巧が声を上げる。その声を拾ったベルが首を傾げながらどうしたのかを聞く。

 

「……?何がですか?」

「この先にコボルトの群れがいる。そもそもコボルト自体が群れることすら珍しいのに、ましてや1階層でなんてねー」

「えっ!?ま、マズくないですか、それって……?」

「うん。そうだねー。他の駆け出しのためにも駆逐しようか。俺から離れないでねー?」

「は、はい……」

 

 そういって迷いなく足を動かす巧。ベルもビクビクしながらも彼から離れないように歩みを進める。

 

「……ベルがやってみる?」

「む、無理です!」

 

 首と両手を左右に勢い良く振って必死にな様子のベル。それを見て苦笑を浮かべる。

 

「さすがに冗談だって」

「それでも質が悪いですよ!?」

 

 巧の言葉に憤慨して抗議の声を出すベル。

 そんなベルの大きな声でこちらに気づいた五匹のコボルト。

 

「あー、ベルのせいで気づかれちゃったじゃん」

「僕のせいですか!?」

「だって大きな声出してるのはベルじゃん」

「いや、そうですけどぉ!?」

「あっ、短刀借りるね」

「えっ!?」

 

 巧の手には先ほどまでベルが扱っていた短刀がクルクルと回されていた。ベルも慌てて探し始めるが手にも鞘にもなく、あれが自身の短刀だと理解した。

 

「武器使うのは大大大ッッッ嫌いだけど、特別に、本当に特別の特別に見せてあげるねー。参考になるかは、またはするかは君次第ってことで!」

 

 巧がちょうど言い終わると、襲い掛かってくるコボルト達。巧は落ち着きを払いながら、足をリズムを刻む様にトントンと動かすと()()()()()

 いや、実際には違うのだが、少なくともベルの目にはそう映った。

 巧が前に進みながらクルリと回るとコボルトが一匹、首から血を噴き出して倒れる。

 巧がピョン、と跳ねると彼の頭がコボルトの頭の横を通ると、こちらもまた首から血を垂れ流しながら倒れる。

 残る三匹が巧に躍り掛かってくると、中央にいるコボルトを踏んで宙に舞う。そして着地する前に、踏み台にしたコボルトの首裏を既に斬っていた。

 そのまま巧がステップを踏みながら、二体のうち一体のコボルトを袈裟斬りにすると、そのまま流れるように残る一匹も斬りつけ、それによって最後のコボルトが崩れ落ちる。

 全てが終わり、そこに立っているのは巧だけになる。彼の身体には返り血一つ付かずに、静かに佇んでいる。

 

「………………」

 

 そんな彼の綺麗な戦い方に見惚れてしまっていた。巧はベルに近付いて血を掃った短刀を柄を向けて彼に突きつける。

 

「はい、返すよ」

「えっ!?あっ!はい!」

 

 ぼうっ、と熱に浮かされたようにその踊りを見ていたベルは、巧に声をかけられて正気に戻る。

 

「参考になったかな?」

「え、えっと……と、とても綺麗でした!」

「そういうことを聞きたいんじゃないんだけどなぁ……。ま、ありがと。久しぶりに使ったにしてはよくできたし。でももう使わないだろうねー」

 

 巧のその言葉にベルは声を荒げるほど驚く。

 

「えっ!?も、もったいないですよ!?」

「だって、素手の方が性に合うもーん!」

 

 シュッシュッ!とシャドーを行う巧。それを見て呆然とするベル。

 

「えっと、じゃあ、いつもは素手なんですか?」

「うん!生身で武具を身に着けずに潜ってる!武器を使ったのはー、もう8年も前になるかな?短剣系は10年前か」

「………………」

 

 それで、あの動き。ベルは彼の動きに魅せられた。滑らかで、流れるような身体の動き。戦闘ではなく演劇や舞踏を見ているような、そんな感覚だった。

 それが、10年も前に身につけた動き。それを聞いて、ベルは体が熱くなった。

 

「タクミさんって、18でしたっけ……?」

「うん。18と3か月!」

「それじゃあ、さっきのは8歳のときに……?」

「そ。楽しそうだったから身につけたけど、1か月ぐらいで飽きちゃった。それ以外にもいろんな武器を使ってみたけど、結局は素手に戻っちゃった。ま、そのおかげで武器を使ってくる相手の動きは理解や予測はできるようになったけどねー」

「………………あの」

「ん?」

「僕も、さっきみたいな動き、出来るようになりますか?」

「え?知らない。君の努力次第でしょ」

 

 巧の言葉に肩を落とすベル。その彼に巧は更に声をかける。

 

「何なら教えようか?」

「えっ!?い、いいんですか!?」

「教えるぐらいなら、武器を使わなくても出来るしねー」

 

 先ほどの巧の動きはLv.2の動きではない。L()v().()0()()()()だ。才能のある者、相当の努力した者なら今の動きはできるようになる。その程度の動きだ。

 ベルにも見える程度の速さで動いた巧の戦闘に感動したベルは、ダンジョンの中だというのに頭を下げて巧にお願いする。

 

「な、ならお願いします!」

「じゃあ明日ね。はい後ろ、危ないよ。『量子指弾』」

 

 シュッ!とベルの顔の横を巧が放った見えない弾丸が飛んでいく。

 

『ギャッ!?』

 

 ベルの後ろでモンスターの悲鳴が聞こえた後、地面に倒れる音が響く。首を錆びたブリキ人形のように機械的に動かして自身の後ろを確認するベル。そこには頭に指ほどの穴が開いており、絶命しているゴブリンの姿があった。

 巧は死体に近付いて剥ぎ取り用のナイフを抜き放って魔石を取りだす。取りだしたそれをポーチにしまうと、ベルに声をかける。

 

「じゃ、今日はここまで。ここの始末が終わったら帰ろう」

「は、はい!」

 

 地面に倒れ伏すモンスターを手分けして処理すると、地上へと帰還した二人。

 

 




 今日の巧メモ
人として:初めての団員だし、少しの間面倒見たろ。
武人として:武器は嫌い!素手が良い!
研究者として:あんないい武器作るんやし、ちょっと観察してみよっ。

(↑研究者の部分を少し修正。
プロット書きすぎて混乱してましたごめんなさい。)


ヒロインアンケート途中経過。

・ヘスティア(3票)
・アイズ(3票:うち1票はハーレム可)
・リリ(1票)
・ティオナ(5票)
・レフィーヤ(1票)
・その他女性キャラ
  ・ウィーネ(1票)
  ・リヴェリア(1票)
・上記の複数(ハーレム)もしくは『メイン(一人)』と『サブ(複数可)』
(リリとヘスティアのハーレム1票)
(アスフィやフィルヴィスを含めたハーレム)
(アイズとリヴェリア)
(アイズメインのハーレム)
(アイズ、ヘスティア、ティオナ、レフィーヤのハーレム)
(とりあえずハーレム)
・いなくていい

 ハーレム票を含めるとアイズとティオナが7票。次点でヘスティアが6票ってところですね。
 とりあえず投票は次回の投稿までってことにします。

 それと多分これから投稿ペースが下がることを伝えておきます。それでも一週間に一回は投稿していきたい所存ですので、これからもよろしくお願いします!
 次回更新は二日後の4月4日の18時予定です。それまでに投票したい方はお願いします!


以下クレジット。

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第一二話

 翌日。巧はアイテムの補充のために『青の薬舗』へと来ていた。

 

「ナァーザー。お客様がいらっしゃったよー」

「いらっしゃい……何が欲しいの?」

 

 巧は店内に入ると中にいる女性の犬人(シアンスロープ)の店員、ナァーザ・エリスイスに声をかける。すると彼女は巧に何が欲しいかを尋ねる。彼は迷った様子も無く、すぐに商品を要求する。

 

回復薬(ポーション)高等回復薬(ハイ・ポーション)()()()()()で」

「わかった……はい、これ……」

 

 彼女は試験管のような容器に入った液体をいくつか巧の前に出すが、すぐに彼はあることに気づく。

 

「いや、薄めてある奴じゃなくて」

 

 水で薄めてある不良品を目の前に出されたのだ。その事がバレたナァーザは悪びれた様子はない。それどころか、

 

「ちっ……」

 

 舌打ちをする始末だ。

 その態度に呆れながらも払う金を追加する。

 

「『ちっ』じゃねえよ。いいじゃん。いつも定価の二倍で買ってあげてるんだから。ついでにその薄めたものも()()()()()価格割り増しで買うよ。もう売り物にならないだろうし」

「毎度あり……」

 

 巧のその言葉を待ってましたと言わんばかりに口元を歪める。それをはっきり見た巧は青筋を額に浮かばせながら、少し荒い口調で告げる。

 

「ニヤッってすんなや。何処にわざわざ買い取ってもらうために薄める馬鹿がいるか」

「ここにいる」

「精々ほざいてろ。次やったらミアハ様にチクるかんな」

「…………………………………………………………わかった」

「不承不承に返事してんじゃねえよ。じゃ、これ代金ね。お釣りはいらないから」

 

 ()()()()()()やり取りや憎み口やらを交わして店を出る巧。しかしその商売を咎めることはしない。此処で買う奴など数えるほどしかいなく、騙される者も決まっている。巧はベルにここには一人で来ないように言いつけてある。騙されること間違いなしだからだ。

 その後、ベルとダンジョンに潜り何事も無く、ホームへと帰還する。が。

 

「ベル。表に出てきて」

「えっ?」

「昨日言ってた指導をやるよ」

「い、今からですか?」

「もちろん。ちなみに朝やらなかったのは、やるとその日は疲れに疲れてダンジョンに潜れなくなるだろうから。ま、ハイ・ポーションなり使えばいいんだろうけどね。流石にそこまで過保護じゃない」

「……………」

 

 唖然とするベルを引きずって、表に出て行く巧。いつも修練に使っている空地に来るとベルに言う。

 

「さ。武器を抜いて」

「え、でも、刃引きしてないですよ?」

「むしろ当てられると思ってんの?」

「………」

 

 巧の挑発じみた発言にムッとしながら、短刀を構えるベル。それに対して、『解放礼儀』を行って準備を整える巧。ベルもそれが終わるのを待つ。

 

「………………」

「………………いつでもいいぞ」

「……やっ!」

 

 ベルは勢いよく踏み込んで()()()の一撃を放つ。

 

「はい駄目ー」

「わっ!?」

 

 しかし、いとも簡単に腕を掴まれて地面に転がされる。その事に驚き、目を瞬かせるベル。

 

「はぁ……。ベル。短刀の利点と欠点、握り方による適した攻撃方法は?そもそも短剣との違いは理解してる?」

「え、ええと……」

 

 巧に問われて、すぐに答えを返せずに口ごもってしまうベル。そんな彼を見て溜め息を吐きながら、話を続ける。

 

「……だろうな。分かってたらいきなり大振りで攻撃して来ねえか。じゃあ、まずはそれを理解しようか。短刀はリーチが短い超近距離武器だ。そのうえ持ち方で戦い方も変わる。俺が知っているのだけでも四種類存在するからな。逆手と順手での戦い方の違いは分かるか?」

「いえ……」

「なら試しに順手で持ってみろ」

「はい」

 

 巧に言われた通り、ベルは短刀を逆手から順手に持ちかえる。

 

「その状態だと手首の可動域は逆手と比べてどうだ?」

「……広い、ですね。少し無理をすれば色々な方向に攻撃できそうです」

「そうだ。しかし力を込めづらいから致命傷となる一撃を打ちづらいことが多い。順手の場合手数で攻める戦い方になるし、距離が近すぎると動かしづらいという欠点もある。だが逆手だと可動域が少なくなるが、手首が固定される分、体重を乗せやすくなって力を込めやすい」

「そうなんですか……」

「そうなんだよ。順手よりも至近距離での対処がしやすいが、リーチが短く必然的に敵との距離が近くなり、相手との距離感が大切になる。」

「距離感……」

「そうだ。短刀を持って腕をたたみ、攻撃の際にもあまり腕を伸ばさない。これが基本だ。だが短刀は短剣とは違い、敵を切り裂くことが出来る。短剣は引いて斬るようには出来ていないが、短刀は引いて斬ることも視野に入れられている。どんな武器でもそうだが、自身のリーチは正確に把握しておくことだな」

「へぇ~……」

「じゃあ立て。先ずは懐への潜り方を指導する。短刀は一旦しまえ」

「はい!」

 

 巧の言葉に元気に返事をして立ち上がるベル。

 

「無理に踏み込む必要はない。ほぼ確実に攻撃を当てられる瞬間に接近して斬るなり突くなりしろ。相手の攻撃は受け止めるのではなく受け流す。そして体勢を崩したところに踏み込んで攻撃する」

 

 そういって、ベルの身体に腕を押し付けるまで体を近づける。

 

「基本的にリーチの短い短刀だと、最も致命傷となるのは突きだ。後は頸動脈といった弱点を斬ることだ。突きの一撃で仕留められないようなら、短刀を刺したまま斬ってしまえ」

 

 身体を近距離に近づけた状態でベルに話しかける巧。

 

「理想としては一撃で仕留めるべきだな。一対一なら時間をかけてもいいかもしれないが、ダンジョン内だと時間をかければかけるほど他のモンスターも寄ってくる。それに下の方に行けば一対一の方が珍しくなる。一対多なら各個撃破で一体ずつ確実に減らす戦法が好ましい。囲まれたのなら下手に突っ込まず、攻撃してきた相手をカウンターで仕留めろ。同時に襲い掛かられたら相手を冷静に観察して見切れ。睨み合いが続くようなら無理やりにでも隙を作って確実に一体を仕留めれば、そこからは済し崩し的に上手くいく」

 

 ゆっくり身体を離し、ベルに教える巧。その彼の言葉に首を傾げながら質問する。

 

「えっと、隙を作るってどうすればいいんですか?」

「モンスターも生物だ。弱点は多くある。眼、鼻、首。後は顎に衝撃を加えて脳を揺らすとかか。方法は何でもいい。拳でも蹴りでも、投擲や突進とかでも構わない。相手を摑んで引き寄せ、体勢を崩させてもな。その時その時で最適なものを選べ」

「最適なもの?」

「初動が一番早く一連の行動で隙が少ないもの、だ」

「……距離が近ければ、拳や蹴り。距離があれば投擲。相手を大きく崩したければ突進ってことですか?引き寄せるのは相手との間合いが変化しない場合ですか?」

「概ねはそうだ。詳しくは実戦で試してみた方が理解が深まる」

 

 ベルの言葉に満足そうに頷く巧。そのままさらに話を続ける。

 

「さらに相手がモンスターなら最大の弱点が存在する」

「……魔石ですか?」

「ああ、そうだ。それにより攻撃さえ、刃さえ通ってしまえば、理論的には全てのモンスターを討伐可能だ。まあ、切羽詰まった状況でない限りあまりオススメはしないが」

「わかりました」

「だがまあ、10階層まで行けば自分よりも大きなモンスターを相手取ることになるだろう。その時は戦い方を考える必要がある。もしくは大してこだわりが無ければ、武器を変えるのも一手だろう。そこまで潜れる実力があれば、稼ぎもそこそこだろう。安物の武器の数本ぐらいは買えるはずだ。【ステイタス】の補助も受け、大剣のような鈍重な武器も持てるようになっていると考えられる。だが、武器だけをただ振り回しているのは無意味だから注意しろ」

「………その時はまた武器の扱い方を教えてくれますか?」

「構わん。相当奇天烈な武器でなければ可能だ。まあ、ほとんどの武器は力で押し切るの基本なのだがな。技術を必要とするのは攻撃方法が限定的か、真逆の幅広い場合ぐらいか。だが今は少し体術を教えてやる。お前に合わせてやるから努力しろ」

「ありがとうございます!」

 

 その後、バイト終わりのヘスティアが帰宅して空地に様子を見に来るまで、二人は指導を交えた組手を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 巧がベルに指導を始めてから数日が経過した。彼は巧に教えられたことを苦戦しながらも少しずつ着実に吸収している。

 

「ハッ!」

「斬り払うには踏み込み過ぎだ。もう半歩後ろでいい。それと腕を伸ばし過ぎだ。それでは大して深くは斬れない」

「フッ!」

「突きの場合は逆に踏み込め。力強く踏み込んで力を乗せて素早く突け」

 

 今日もダンジョンから戻ると空地でベルと組手方式で指導する。

 巧の方からは攻撃はせずに避けるか受け流すだけでベルの相手をしている。

 

「やぁっ!」

「―――ハッ!」

 

 ベルの攻撃に合わせて、腕を掴んで地面に転がせる。出来るだけ衝撃がない様に優しく投げる。

 

「少し休憩とする。息を整えろ」

「……はい」

 

 地面に寝転がって荒い息をしたまま返事をするベル。

 

「……あの」

「なんだ」

 

 少し呼吸が落ち着いたベルが巧に話しかける。巧は彼の方を見つめながら用件を尋ねる。

 

「僕って、強くなってますか?」

「……実感が湧かないか?」

 

 ベルの問いに少し目を見張る巧。そしてすぐに彼に問い返す。

 

「そう、ですね。あまり……」

「……安心しろ。格段にというわけではないが、強くなっている。ただ場数が足りていないだけだ。あまり極端な変化がないからそう感じてしまうのだろう」

「……場数、ですか?」

 

 巧の言葉に首を傾げながら聞き返すベル。それに頷いて肯定する。

 

「ああ。経験と言ってもいい。戦えば戦うほど身体の動きというのは洗練されていく。相手の動きを目で追おうとすれば、自然と『視る』力が養われていく。そして死地から生還すればするほど『勘』が培われる」

「死地って……」

「事実だ。生存本能と言い換えてもいい。どう動けばいいか。どうすれば生き残れるか。そういったものを感覚的に捉えられる。ま、自ら死地に突っ込むことを勧めはしないがな」

「勧められてもしませんよ!」

「当然だ。それにさせるつもりもない。安心しろ」

「ほっ……」

「今のところはな」

「えっ!?」

 

 小声で呟いた声をベルが拾い上げて、跳び起きて巧に振り向く。素早く反応したベルに巧は笑いながら告げる。

 

「落ち着け。冗談だ」

 

 クツクツ、と愉快そうに含み笑いをする巧。それを見て揶揄われたと分かったベルは少し気恥ずかしそうに顔を赤くする。

 

「ほら、十分休んだだろう?続きをするぞ」

「はい……」

 

 巧の言葉にゆったりと立ち上がって静かに短刀を構えるベル。

 

「今度は攻撃だけでなく防御も意識してもらうために、こちらからも軽く攻撃する。それを受け流すなり避けるなりしろ。無論攻撃の手を緩めるようなら、こちらの方から攻める回数を増やす」

「……はい?」

「なに。向上心がありそうだから次の段階に進めようと思っただけだ。今からやるのは先ほど言った『目』と『勘』を育てるためのものだ。覚悟は良いか?そら、行くぞ?」

「わわわわわっ!?」

 

 巧はベルの攻撃の隙間を縫って、ギリギリ視えて反応できる速さで攻撃を繰り出す。ベルも冷静に観察して出来る限り直撃を避けようとするも、身体が追い付かない。

 

「『攻撃』を見るんじゃない。『相手』を見るんだ。そうすればいつ攻撃が来るかおおよそわかるぞ」

「じゃあ、攻撃の際の隙を衝いてこないでください!?腕や身体にタクミさんが隠れて見えてないですから!!それに視えたとしても反応しきれませんって!!」

「反応できるようにする訓練だぞ?それに攻撃の際に隙を作るのが悪い。分かったら隙を減らす努力をしろ。ついでに言うなら口を動かすぐらいなら手と足を動かせ」

「う、うわああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 その後、陽が暮れるまで巧の攻撃を受け続けたベルであった。

 




 今日の巧メモ
人として:ナァーザ、借金返済頑張ってね!
武人として:加藤巧のスパルタレッスン☆
研究者として:ふえぇ、ポーションってどういう理屈で回復してるのか全然分かんないよぉ……。

ヒロインアンケート最終結果
・ヘスティア(5票)
・アイズ(6票:うち1票はハーレム可)
・リリ(2票)
・ティオナ(7票)
・レフィーヤ(2票)
・その他女性キャラ
  ・ウィーネ(1票)
  ・リヴェリア(1票)
・上記の複数(ハーレム)もしくは『メイン(一人)』と『サブ(複数可)』
(リリとヘスティアのハーレム1票)
(アスフィやフィルヴィスを含めたハーレム)
(アイズとリヴェリア)
(アイズメインのハーレム)
(アイズ、ヘスティア、ティオナ、レフィーヤのハーレム)
(とりあえずハーレム)
・いなくていい

 最終結果は上の通りです。24名の方が投票してくださいました。
 単独票数だけ見るとティオナです。ただハーレム票を含めるとアイズ、ヘスティアもそこそこ。
 えー………単独票の方には真に申し訳ないですけど、アイズ、ティオナ、ヘスティアをヒロインとさせていただきます………………。
 自分勝手な判断で本当にごめんなさい………。
 この更新の後でタグ編集を行っておきます………………。

 うぼぁー……苦手な恋愛描写だぁー……頑張るぞー……。実戦で練習だぁー……。


 前話でも言った通り、投稿ペースが落ちます。
 年度が替わるので理由はお察しください。
 そのうえFGOの第二部も始まってしまうので。

 ではでは次回の更新でお会いしましょう!

 それと黒帽子様、誤字報告ありがとうございました!


以下クレジット


「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken



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原作一巻+外伝一巻
第一三話


 若干無理やり感が否めない。許して。


 巧がベルを指導でフルボッコにした翌日。

 ベルはダンジョンに向かう準備をしていると巧から声をかけられる。

 

「ごめん。少しの間ベル一人で潜ってもらっていい?5階層までなら余程のイレギュラーが無ければ十分対応できるはずだから。不安ならもう暫くは3階層か4階層で奮闘しといて」

「えっ?きゅ、急にどうしたんですか?」

「ちょっと久々に実力に見合った階層に潜りたくてねー。今の俺が何処まで潜れるか分からないからさー。それを調べるついでにお金も稼いでくるつもりー」

「はぁ……その、頑張ってきてください……」

「そっちも気をつけてねー。数日の間留守にすると思うけど心配しないでねー」

 

 ベルにそれだけ告げて大きなバックパックを三つ身につけた巧は、ホームを出てダンジョンに潜りに向かう。

 

「というわけでやってきました!37階層、『白宮殿(ホワイトパレス)』!」

 

 潜り始めて周囲に人がいなくなると、『鰒猫拳』で高速で降りて行き、めぼしい素材だけ回収して、それ以外は基本的に無視して37階層へと急いで降りてきた。

 眼を閉じて集中すると広範囲の索敵を行って、十数階層下まで気配を探る。そこまで遠くなると大雑把にしか探れないが、違和感程度ならば感知できる。

 そうして以前感じた嫌な感じの正体を探ろうとする。

 

「……変な気配。ここよりもさらに下か。もしかして未踏破階層なのかな?だとしたらここまで急速に上がってくることはなさそうかな」

 

 正体までは分からなかったが、一先ずはこの階層が安全であることを理解すると探索を始める。

 周囲を警戒しながらも片手間に自身に群がってくる『バーバリアン』や『リザードマン・エリート』を『臨界パンチ』で処理し、『スパルトイ』と『オブシディアン・ソルジャー』は『共振パンチ』や『共振遠当て』、『テレポ遠当て』で四散させる。

 この階層ならば大して脅威になる敵もおらず、苦に感じるほどでもないと巧は思った。

 そして周囲の全てのモンスターが沈黙すると、魔石を取りだし始める。

 

「……もう少し下まで行けるな。でも、現状あまり行きたくはないな。面白そうではあるし、好奇心を擽られるけど、そのまま命を落としたくはないな」

 

 魔石とドロップアイテムをバックパックにしまうと、なんとなく近くの壁に『共振パンチ』を放って壁を破壊する。そしてそこから出てきた金属光沢を見て、自身が感じていたものを理解した。

 

「……なるほど。時々感じる違和感は超硬金属(アダマンタイト)のような稀少金属(レアメタル)が埋まっている感覚か。今度からは気を付けるとしよう」

 

 ゴロリ、と壁から足下に転がり落ちてきたそれを両手で拾い上げて、バックパックに入れる。

 

「……売価ぐらい調べてくればよかったかな。超硬金属(アダマンタイト)も需要と供給で値段が変動するかもだろうし……ちょっと早まったかなー……冒険者依頼(クエスト)とかもあったかもしれなかったし……」

 

 ぼーっ、と立ち尽くして考え込んでしまう巧。そしてバックパックに近付くと、中から作ってきた弁当を取りだして食べ始める。

 

「ムシャムシャムシャムシャ―――」

 

 口に食べ物を運びながら、一旦全ての思考を破棄した。

 近づいてくるモンスターは容赦なく『共振遠当て』や『テレポ遠当て』で潰しながら、純粋に食事を楽しむ。

 過ぎたことを考えても仕方ないと思い、食事に逃げたのだ。そうして食べ終わると、頭の中がすっきりしたのか探索を再開する。

 

「後で中の食料を全部消費して、空きを作らないとなー……持ってくるにしても、ちょっと多すぎたかな?丁度良く適当な冒険者に会って、食料を全部押し付けられないかなぁ……」

 

 独り言を溢しながら、三つのバックパックを塔のように積み上げて背負うと『白宮殿』を進み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】は未到達階層の開拓のために、『遠征』を行っていた。そして数日かけて37階層まで到達していた。だが、そこはいつもとは雰囲気が異なっていた。

 

「……モンスターがいない?」

 

 【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者であるアイズ・ヴァレンシュタインが歩きながら、通路の先を見通している。その視線の先にはモンスターの影は一つも見えなかった。

 彼女の言葉にその周囲にいた者たちも首を傾げる。

 

「そういえばそうね?此処に来るまでは普通にいたのに」

「誰かが先に倒してるんじゃない?」

「馬鹿か。それなら前の階層のモンスターもいないなり少ないなりしてるだろうが」

「ならベートはどう思うのさ!?」

「知るかよ」

「そっちだって分かんないんじゃん!」

「はいはい、そんなことで言い争わないでくれる?」

 

 彼女の傍に居たティオネ・ヒリュテ、ティオナ・ヒリュテ、ベート・ローガの三人も不思議に思い、各々思ったことを口にする。

 此処まで潜ってきて前階層では普通にモンスターがいた。直前に誰かが通っていれば数は多少なりとも減っているはずだ。しかし、そこの階層は普段と何ら変わりなかった。それがこの階層に来て突然モンスターの姿が消えた。それが彼らには異常な光景に見えた。

 

「団長。どうしますか?」

 

 ティオネが後ろの方にいる団長のフィン・ディムナに指示を仰ぐ。彼女の声にフィンは思案する。

 

「……とりあえず進んでみよう。何かあってもこの階層なら多分大丈夫だと思う」

 

 フィンの言葉に全員が頷き、足を止めずに進み続ける。

 そして、前の方を歩いていた狼人(ウェアウルフ)のベートが気づいた。

 

「……なんだ?」

「……?どうかした?」

「……これは、歌、か?」

 

 ベートの呟きに他の者たちも耳を澄ませる。

 

『……~~~♪』

 

 微かに聞こえた音色。しかしそれは、歌は歌でも少し違っていた。

 

「歌、というか鼻歌?」

 

 そう。聞こえてきたのは鼻歌のような音色で、はっきりとした声ではなかった。

 その音の正体を探ろうと自然と足を向ける一同。何か異変があるならば解決、それが無理ならばギルドへと報告しなければならないからだ。

 少し進んでいくと、その正体が顕わになった。

 

「~~~♪」

「……子供?」

 

 そこには少年がモンスターの大群相手に、鼻歌のリズムに乗って踊るようにしながら全ての攻撃を躱していたのだ。その彼の表情は楽しそうに笑みを浮かべている。しかし、一切彼からは攻撃していない。一同はどうすればいいのか迷っていると、少年の方が彼らに気づく。

 

「んー?あー?……ああ、ごめん。邪魔だよね?すぐに片付けるからちょっとだけ待ってくれる?」

「―――えっ?」

 

 そこまで大きな声ではなかった。だが彼の声は【ロキ・ファミリア】全員の耳に行き届いていた。

 そして次の瞬間、彼に攻撃していたモンスターたちが宙を舞った。

 その光景に見ていた者たちは目を見張った。そうして驚いている間にも襲い掛かっているモンスターは次々と四散し、最後の一体の首が手刀で刎ねられる。

 それらは通行の邪魔にならないように一箇所にまとめられて山のように積み上がらせた少年は【ロキ・ファミリア】の一団に近付いていく。

 

「ごめんねー?暇だったから少し遊んでてさー。そういえば【ロキ・ファミリア】が『遠征』をやってたっけね。すっかり忘れてたよー」

 

 笑顔を浮かべながら謝罪を口にする少年。彼のことを警戒しながらアイズは尋ねる。

 

「……君は?」

「俺?俺は【ヘスティア・ファミリア】の団長、タクミ・カトウ。よろしくー、アイズ・ヴァレンシュタインさん」

「っ!」

「あ、なんで知ってるとか聞かないでよ?冒険者で知らない人がいないぐらい有名なんだからさ。周囲のティオネ・ヒリュテさんもティオナ・ヒリュテさん、ベート・ローガさんもねー」

 

 笑みを崩さずに楽しそうに対話をする巧。そんな彼を目にして、目を細めたり、眉を顰めたりと警戒を顕わにする【ロキ・ファミリア】。

 しかし巧はそれを無視して、自身の用事はもう済んだとでも言うように最後に一言告げる。

 

「じゃ、ご迷惑をお掛けしました!もう通っていいですよ!」

 

 それを最後に言うと自身が倒したモンスターの山に近付いて魔石を取りだし始める。その傍にはバックパックが三つ置いてあり、それが彼の荷物なのだろうと周囲の者は思った。

 だが、離れていく彼に近づいていく人物がいた。

 巧もそれに気づき、魔石を取りだしながら尋ねる。

 

「何か用ー?【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナさん?」

「……さっき、君は【ヘスティア・ファミリア】と言ったかい?」

「言いましたねー。それが何かー?」

「いや、初めて聞いたものでね。少し気になったんだ」

「そりゃそうですよー。一ヶ月半、いや、もう二か月近いのかな?それぐらい前に出来たばっかですからー」

 

 それを聞いて眉尻を少し上げるフィン。さらに質問を続ける。

 

「……君は、以前は別の【ファミリア】にいたのかい?」

「いいえー。ヘスティア様が初めての主神ですねー。ところでこれって尋問ですかー?」

「……そうだね。それに近いかな」

「そうですかー。あっ、続けてどうぞー」

「………………」

 

 率直に尋問だとフィンが告げても、表情を一切変えない巧に驚きながらも続ける。

 

「嫌じゃないのかい?」

「別に知られて困ることなんてー………………山ほどあったわ」

 

 うわ、まずった?と独り言を溢す巧。少し悩む様子を見せ、言葉に詰まりながらフィンの問いに答える。

 

「ま、まぁ……こ、答えられるものなら良いですよー?」

 

 汗を少しだけタラリ、と流すとフィンに続きを促す。

 

「……君のLv.は?」

「……まだギルドに申請はしてないんで非公式ですけど、Lv.2ですよー。なので二つ名もまだです」

 

 少し苦々しい表情を浮かべるも、ここで嘘を言うのは状況を悪くさせると考えたのか、素直に真実を言う巧。

 彼の言葉に少し動揺したのか、身体を反応させるフィン。だがすぐに巧に向けて言葉を投げかける。

 

「……嘘は吐かないでほしいんだけどな」

「……何なら背中見ますかー?スキル以外は隠してもらってないんでLv.は見れますよ?」

 

 巧の言を信じ切れなかったフィンが、落ち着いた声音で告げる。その言葉に彼は焦った様子も無く、それどころか自身の【ステイタス】を見せてもいいと答える。

 その対応には逆にフィンが焦ってしまう。だが、その提案を断るつもりもなかった。

 彼は副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴを呼びつける。

 

「どうした?」

「……リヴェリア。彼の【ステイタス】を解読してほしい」

「……正気か」

「ああ。じゃあタクミ君、いいかな」

「どうぞー」

 

 魔石を取りだす作業の片手間に上着を脱いで、背中の【神聖文字(ヒエログリフ)】を外気に晒す。

 

「……名前はタクミ・カトウ。所属は【ヘスティア・ファミリア】。……Lv.2だと?」

「……そこまで読んだらもういいでしょー」

 

 そういって上着を着直す巧。それとほぼ同時に最後のモンスターの処理が終わって魔石とドロップアイテムをバックパックに詰め込む。

 

「……」

 

 リヴェリアの言葉がまだ信じきれていなかったフィン。もちろん彼女が嘘を吐いているとは考えていないし、思ってもいない。それでも眼前の人物の存在が現実とは思えなかった。思いたくは、なかった。

 そんな彼の様子を知ってか知らずか巧は話しかける。

 

「満足ですかー?納得しましたかー?」

「……ああ。もういいよ」

「じゃあ、此方から一つだけ言わせてくださいー」

「……なにかな?」

「多分未到達階層を目指してると思うんですけど、これより下の方のどの階層かは分かりませんけど、変な感じがするので気を付けてくださいねー。ちょっと見に行きたいですけど、俺は実力不足だと思うので断念しましたー。それに一人じゃ厳しいですからねー」

「変な感じ……?」

「変な感じでーす。詳しくは全然わかりませーん」

 

 巧の言葉に疑問符を浮かべるフィン。どんな人物かも分からない赤の他人の言。何の根拠もなく、ただの勘によるもの。

 依然としてにこにこと笑みを浮かべ続ける巧を見て、冗談かと考えてしまう二人。

 

「ちなみに嘘でも冗談でもありません。命の危険を感じたらすぐに撤退してください。この警告は貴方達のためを思って言っています」

 

 巧は笑顔から一変して真剣な表情で目の前の二人に向けて話す。

 そうして巧はその場を後にした。

 

「―――はずだったのになぁ……」

 

 おっかしいなぁ?と首を傾げながら、フィンとリヴェリアに並ぶ【ロキ・ファミリア】最古参の最後の一人、ガレス・ランドロックの肩に担がれながら、なぜか『遠征』に同行させられた巧。

 

「俺の未来予想と違うぞー?今頃は地上に戻ってギルド本部で換金額に大喜びしてるはずなのにー」

「耳元で五月蠅いぞ、小僧」

「そりゃこんなド三流冒険者を最前線の『遠征』に拉致されたら愚痴が止まりませんって。それと俺は18歳。前にいる【剣姫】より年上なんだが」

「………………それは、すまなんだ」

「分かってくれたらいいよ。ついでに俺の縄を解いたうえで下ろして、荷物を返してくれたら最高」

「それはできんの。まだお主を信用しきったわけではないのでな」

「クソッタレ。運命さんのばかやろー……」

 

 がっくし、とガレスの肩の上で頭を項垂らせる巧。そしてすぐに顔を上げて「楽しかったから良かったけど」と溢す。

 巧は現在、縄で拘束されて『遠征』に同行させられていた。

 理由は巧への冒険者依頼(クエスト)の要請だった。

 【ロキ・ファミリア】が51階層で『カドモスの泉』から泉水を回収したらそれを持って地上へと帰還。その後【ディアンケヒト・ファミリア】にフィンの一筆を携えて【ロキ・ファミリア】名義で納品しに行くというもの。

 それに加えて、フィンが『変な感じがする』という巧の言を信じたのだ。その結果一時的に同行させられている。無論、その間密かに縄抜けをしては修練をしていたのだが。

 現在は50階層にいる。

 

「ところで、お前さんが言う変な感じはまだなのか?」

「……分っかんね。大分近いとは思うけど、はっきりしない」

 

 俯き気味に話す巧。しかし次の瞬間には勢いよく顔を上げて叫ぶ。

 

「……やだーっ!死にたくなぁーい!殺されるー!犯されるー!」

「誤解を招くようなことを言うでないわ!?」

「最後以外は大して間違ってねえだろうが!?俺はLv.2だぞ!?普通なら此処まで拘束して同行させてる時点で大問題だわッ!!せめて縄を解けよ!?そしたら自力でどうにかできるからさぁ!!」

 

 ギャー!ギャー!と騒ぐ巧。実際、彼の言う通りなのだが。他【ファミリア】の冒険者を冒険者依頼(クエスト)を受けてもらって同行させているとはいえ、怪しいからと拘束してまで深層を進むなど以ての外だ。ましてや第三級冒険者だ。いや、実力だけ見れば第二級や第一級でも十分にまかり通るのだが。それはあくまでも一対一、且つ相手が巨躯ならば、階層主級以外には敗けることは無い。だが、一対多は別だ。流石にこの階層となると大量のモンスターが現れる。それを相手取るのは流石の巧でも厳しいものになる。最悪は退却を選択することにかもしれない。魔石を砕いていいなら別だが。

 そんな風に叫ぶ巧にガレスは呆れながらも告げる。

 

「言うておくが了承したのはお前さんだろう?」

「ぐぬぬぬ……分かってるさ……さっきまでの言葉は全部が過去の俺に対する暴言だよ……。でもまさかマジでここまで深いところなんて誰が思うかよぉー……。好奇心に従って軽はずみで頷くんじゃなかったぁー……口車に乗せられるんじゃなかったぁー……縛られるなんて思わねえよぉー……絶対52階層にはいかないからなぁー……『ヴァルガング・ドラゴン』の砲撃とかまっぴらごめんだー……依頼通り『カドモスの泉』の泉水を受け取ったらすぐに帰るからなー……」

「先の階層で『フォモール』に嬉々として素手で殴りかかっていたのは何処のどいつだったかのう……?」

 

 涙を流しながら縛られたまま地面を転がる巧。そんな彼に49階層での出来事をガレスが尋ねるも巧はそれを無視する。もちろんガレスの言う人物は目の前で転がっている巧である。

 しかも一人で十体のフォモールを討伐しているのだから流石と言うほかない。だが、魔石を砕いての討伐なので、正面から打倒した訳ではない。流石に今の巧では力負けしてしまうというのは本人がよく理解していた。

 とはいうものの、巧はガレスの言う通り、フィンの提案に乗ってしまったのだ。

 

『見てみたいなら僕たちについてくるかい?』

『えぇー……でもなぁー……』

『僕らが護衛するから安心してほしい。一先ず51階層まででいいからさ。ついでに冒険者依頼(クエスト)の納品物を地上に持って帰ってくれると嬉しいかな。サポーターみたいなことをしてもらうからにはしっかり報酬は渡すよ』

『持ち逃げするとは思わないんですかー?』

『するのかい?』

『……した場合のデメリットの方が大きいですねー』

『だろうね。それで、どうかな?』

『………………じゃあ、よろしくお願いします。でももしも51階層以降に異変があった場合は今度教えてください』

 

 このように意外と簡単に頷いた馬鹿であった。実際興味があったのは事実だ。が、その決断を今は後悔していた。果てしなく後悔していた。

 ガレスの肩の上で顔を俯かせる巧。その二人を遠巻きに見つめていたフィンとリヴェリア。

 

「……あのような者を同行させて、どういうつもりなんだ?」

「……ただの勘だよ。連れてきた方が良いかもしれない。彼によってそう()()()()()んだ」

「思わされた、だと?」

 

 フィンの言っていることが分からないとばかりに、同じ言葉を聞き返すリヴェリア。そんな彼女に微笑を浮かべながら返事を返す。

 

「ああ。でも、彼を連れてくると決めたのは僕であり、彼でもある」

 

 そういう彼の視線にはガレスに連れられてキャンプの設営を手伝わされている巧の姿がある。

 

「……お前がそう決めたのなら構わないが、注意しておけ」

「もちろんだよ」

 

 そういって二人も野営の準備に参加し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプの設営を終えた巧は【ロキ・ファミリア】の面々に混じって食事をしていた。もちろん自分が持って来ていた食料だ。ちなみに『ジャガ丸くん』だ。携帯用魔石器具のクーラーボックスとオーブントースターを自作して持って来ていた巧は、オーブンで加熱し直してから頬張っている。

 何故携帯食にジャガ丸くんを選んだかというと、『ホームに余ってたから』と彼は言うだろう。

 巧はそれを不機嫌気味に貪っていると、ふと誰かの視線を感じた。そしてその視線を向けている人物の方へ顔を向けると、そこにはティオナ・ヒリュテがジャガ丸くんの詰まったクーラーボックスを見つめていた。

 

「……」

「……なんでしょう、ティオナ・ヒリュテさん」

「……この中にジャガ丸くん小豆クリーム味って、ある?」

「……あるよ」

 

 不機嫌そうに答えながらもオーブンでしっかりと加熱してから、ジャガ丸くん小豆クリーム味を手渡す。

 ティオナはそれを渡されると、仲間たちのいる場所に向かっていき、アイズへとジャガ丸くんを差し出している。最初の内は彼女も拒んでいたが、最終的にはそれを手に取って薄く笑みを浮かべる。それを見た周囲の者も笑顔になった。

 巧はそれを不機嫌そうな表情で、しかし内心は微笑ましいものを見たという温かな気持ちで眺めていた。

 ……下の階層の方から感じ取れる気配に対しては、穏やかな心境ではいられないが。

 

「それじゃあ、今後のことを確認しよう」

 

 一通り後始末をして、鍋を片付けた場でフィンが口を開く。

 見張り以外の者達が小さな輪を作り、視線を彼へと向けた。無論その輪の中に拘束された巧も含まれていた。だが、視線はフィンから逸らして明後日の方向を向いていた。

 その後もフィンが話を始め、進めていく。

 冒険者依頼(クエスト)のために51階層の『カドモスの泉』から要求量の泉水を採取するというもの。

 そして要求量を満たすためにパーティを二つに分けた。

 一班:アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ。

 二班:フィン、ベート、ガレス、ラウル。

 

「カトウ君は、僕たちの方に同行してもらってもいいかい」

「そんなことよりも依頼を放棄して帰りたい」

「依頼を承諾したのは君の方だよ」

「……くそがぁー。いつか仕返してやるから覚えてろよー……」

 

 ガレスにずるずると縛られたまま連れ攫われていく巧。それを眺めたフィンはアマゾネスの少女に向き直って告げる。

 

「ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれ」

「―――お任せくださいッッ!!」

 

 それを見ていた巧は「うっわ、チョロすぎ……」と小さな呟きを溢していた。

 

 一同は数時間の仮眠の後、他団員を束ねるリヴェリアに拠点の防衛を任せ、51階層へと出発した。

 




 今日の巧メモ
人として:ジャガ丸くん多すぎ。口の中が油でピンチ!
武人として:嘘……?37階層弱すぎ……?多分こいつ等より木龍の方が強かったよ?
研究者として:変な気配わくわく♪(すでに好奇心に負けている。本能で深層に進むことを望んでしまっている馬鹿)


 前書きの通り今回の話、ちょっと無理やり感あるかもしれないけど許して。

 ちなみに今の巧君の実力は同程度の大きさの相手でLv.5相当。フォモールのような大きな相手でLv.5超程度です。でも魔石を狙えば大抵のモンスターは倒せます。実力差が大きいと奥義の徹りが悪くなる(という設定)

以下クレジット

「鰒猫拳」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振パンチ」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「共振遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j


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第一四話

 フィンたちに同行させられて51階層を探索している巧。

 現在は遠目で強竜(カドモス)の戦闘を眺めている。彼の傍らにはサポーター代わりのラウルがいる。

 

「……流石第一級冒険者だねー。いいなー、参戦したーい」

 

 巧がフィン、ガレス、ベートの戦闘を見てそんなことをぼやく。そんな彼を呆れた目で見ながら、話し相手を務めるラウル。

 

「……いや、第三級冒険者が行っても邪魔になるだけだと思うっす」

「まあねー。今はそうだろうさー。ま、いずれここに来た時に殺すよ」

 

 弾んだ声で話す巧に引き攣った笑みを返すラウル。

 それから少しして竜が地面に倒れて沈黙する。戦闘行為を行っていた三人も動きを止めて完全に沈黙したかを見極めている。しかし、巧だけは強竜が死んでいることが気配で理解していた。三人も確認が終わったのか気を抜いている。

 

「終わったねぇ」

「終わったっすね」

 

 ラウルもそれを見て分かったのか、安堵の声を出す。

 そんな中、巧があることを思い出して口から思考が漏れた。

 

「……そういえば強竜(カドモス)と同じ気配が仮眠中にロストしたんだよなぁ……あの変な気配の奴が近くにいたっぽいし、それが倒したのかな……」

「……えっ?」

 

 巧の呟きを微かに拾うことが出来たラウルは、彼の顔を見つめる。しかし彼はそれ以上口には出さず、黙ってしまう。そのため、ラウルの方から巧に尋ねる。

 

「それってどういう―――」

「ラウル!泉水の回収を頼むよ!」

「―――ほら、呼ばれてるよ?」

 

 クス、と笑って彼の問いには答えずに、背中を押して泉の方に向かわせる。

 その後、聞く機会を失ってしまい、泉水を回収して拠点へと引き返すことになった一同 しかし、その途中。

 

「……変な気配。前方三〇〇M先。数は不明。とりあえず一体ではないかな」

 

 その気配を感じ取った瞬間、『解放礼儀』を行って戦闘の準備をする巧。その動作をする彼を見て不思議に感じる一同だが、フィンは彼に尋ねる。

 

「……君が感じていた奴かい?」

「多分。俺らが仮眠中にもう一方の強竜(カドモス)を斃した奴らだと思う。……意外にデカいし速いな」

 

 巧の言葉に息を呑む四人。それを気にせずに気配を探り続ける巧。そんな彼が四人に言葉を投げかける。

 

「それと遭遇しても攻撃は待って欲しいかな」

 

 その言葉に全員が首を傾げ、ベートが代表して彼に尋ねる。

 

「あぁ?なんでだよ?」

「勘。いつもなら嬉々として突っ込んでいくんだけど、今回ばかりは警鐘が止まんなくてねー」

 

 巧の返答に納得してなさそうな表情を浮かべるベート。だが、それ以上は聞かずに黙り込む。

 そのまま少しの間待っていると、前方に影が見え始めた。

 

「……あっ、見えてきたよ」

 

 前方を指さしながら他四人に教える巧。その指の先には黄緑色の体色の巨大なモンスターがいた。ぶくぶくと膨れ上がった緑の表皮。それにところどころ刻まれた濃密な極彩色が毒々しい。無数の短い脚の芋虫の様な下半身。その下半身に乗る格好の上半身には腕のような部位が存在する。

 

「……な、なんすか?あれ?」

「それは俺が知りたいね」

 

 見たこともないモンスターを前にしたラウルが疑問を呈する。そんな彼に言葉を返すと、足下の石を拾い上げて、()()で芋虫型モンスターに投擲する巧。

 パンッ!!と空気を割り、衝撃を上げて飛んでいったそれは簡単にモンスターの表皮を貫いて、紫と黒が混合したマーブル模様の体液を撒き散らす。

 

「―――あっ。あれはヤバいわ。誰か『不壊属性(デュランダル)』の武器って持ってる?」

「……残念だけど、アイズぐらいしか持ってないかな」

「肝心な時に使えねぇ第一級冒険者様だな」

 

 体液が地面に飛び散り、その落下地点を溶解させるのを確認した巧は、引き攣った笑みを浮かべ、一筋の汗を流すと周囲の者に破壊はほぼ不可能とされる属性の武器はないかと尋ねる。が、返ってきたのはその期待を裏切る言葉。試しに金属製のナイフを投擲してみるが、結果は虚しくも溶かされてしまう。

 来た道を引き返して戦略的撤退を始める一同。

 

「逃げろ逃げろ!あんな奴らまともに相手してられるか!それと次回の遠征から『不壊属性(デュランダル)』用意した方が良いんじゃないのか【勇者(ブレイバー)】さんよぉっ!?」

「そうするよ。今回の遠征は中止かもね」

「それにコイツらの気配、上の階層にも向かってる!さっさともう一つのパーティと合流して片付けないとマズいんじゃないか!?」

「それは、マズいね」

「こんなことならあの時に頷くんじゃなかったよチクショウ!!『共振遠当て』!!『テレポ遠当て』!!」

 

 逃げながらも必死に拳を打ち、後ろへと攻撃を放つ巧。しかし、その攻撃では敵の魔石を砕くことはできなかった。此処まで潜ってくるとさすがに壁が存在するようだ。いくら地力が高く、技量が優れていても、所詮はLv.2なのだ。深層のモンスター相手には攻撃の徹りが悪い。そこで巧は拳ではなく()で先ほどと同じ奥義を放つ。

 

「『共振遠当て』!!『テレポ遠当て』!!」

 

 先ほどよりも勢いを増して撃たれたそれは魔石を打ち砕き、芋虫型モンスターを灰へと変えた。しかし、数体倒した程度では数に変化は見られない。その後も脚で奥義を放っては数を少しずつ減らしていく。

 と、そのとき。

 

「うわっ!?」

「嘘だろっ!?普通この状況で転ぶか!?」

 

 ラウルが荷物の影響か、躓いて転倒する。今までもつかず離れずだったモンスターとの距離が一気に縮まる。

 そして、芋虫型モンスターがラウルに向けて口から溶解液を吐き出す。

 

「歯、食いしばれやぁッ!!」

「うわっ!?」

 

 だが、寸前のところで巧が彼を後ろに()()()()()。そう、()()()()()()

 

「チッ……!」

 

 巧だけがその場に残される。彼はすぐに回避行動を行ったが、飛来物は液体だ。それも広範囲に広がる。しかしそこは流石は巧。何とか腕一本で被害が済んだ。

 ……いや、どうやら違うようだ。彼は自ら腐食液の射線上に腕を()()()()()()ようだ。

 左腕に腐食液を受け、音を上げ溶け出していた。

 そんな彼にラウルは走りながら礼を言う。

 

「た、助かったっス……!」

「礼を言う暇があるなら脚を動かして走れ!!次転ぶようなら群れの中に投げ込むぞ!?」

「ごめんなさいっス!?」

 

 そんな彼を怒鳴りつけつつ脅す巧。その影響か、先ほどよりも速く、且つ注意しながら逃走しているように思える。

 

「まあ、おかげで分かったことがあるがな!」

 

 そう言って腐食液を受けて溶けかけている腕を振り払って腐食液を払い落とすと、万能薬(エリクサー)をかけて治療する。そして手の中にある金属片を見つめる。

 

超硬金属(アダマンタイト)は溶かされるが、最硬精製金属(オリハルコン)は大丈夫なようだ。……ますます『不壊属性(デュランダル)』に期待が高まるんだが?」

 

 チラリ、とフィンの方に視線を飛ばす巧。そんな彼の視線に気づいたフィンは苦笑を浮かべながら答える。

 

「次までに用意しておくよ」

「だから『次』じゃなくて『今』欲しいんだよ!クソッ!」

 

 苦笑しながら告げたフィンに罵声を飛ばす巧。

 実際、『不壊属性(デュランダル)』が無ければ、今この状況の打破は厳しかった。巧一人ならばまだどうにか出来たかもしれないが、現状では役に立たない第一級冒険者を庇いながらでは難しい。それにこの中に広域殲滅できる魔法使いもいない。今は逃げ続けてもう一方のパーティに合流することが最優先だろう。

 巧は先ほどと同様に『共振遠当て』と『テレポ遠当て』で魔石を砕きながら逃走を続けるが、追ってきているモンスターの数は一見少なくなっているようには見えなかった。

 

「こんだけ数は減らしてはいるのに、未だにどんだけいるんだか分かんねぇ!!」

「結局、あれは何なんじゃ?新種か?」

「俺の見解だと、ダンジョンのモンスターを優先して襲ってる時点で普通じゃねえよ!ああもう!『不壊属性(デュランダル)』と時間があれば解剖するのになぁ!?」

「いや、そのセリフはどうなんだよ……」

 

 感情と欲望のままに口を動かす巧。その間にも奥義を放って着実にモンスターを減らしていくが、やはり目に見えて変化は感じられない。

 

「ッ!このまま直進!そうすればもう一つのパーティと合流できる!そしたら出会い頭に警告しろ!」

「っ!わかった!」

「つかなんで他所の【ファミリア】の俺が指揮ってんだよ!?此処は団長のお前が指揮れよ!?周囲のやつも何も言わねえし!?」

「今は君の方の判断が的確ってだけだよ」

「実際その通りじゃからな」

「あのまま戦闘してたら武器がなくなってたかもしれねえしな」

「なんだかんだ助けてくれたっすから」

「フ○ック!!」

 

 巧の荒々しい言動にフィン、ガレス、ベート、ラウルが口々に言う。

 そんな四人に罵声を浴びせる。

 

「お前ら楽してんじゃねえよ!?俺はどっちかって言うと被害者だぞ!?怪我の治療費と迷惑料を地上に帰ったら請求すっから覚えとけよ!?」

 

 そういって先ほどまで溶解されかけていた左腕を見せながら告げる。

 

「それと拠点の俺の所持品が消え失せてたらそっちも()()で請求するからな!?リストもちゃんと作ってあるんだぞ!?」

「治療費は団員を助けてくれたお礼として払ってもいいけど、そっちは自己責任でお願いするよ」

「そうだろうなぁ!!」

 

 怒りの形相で怒鳴り続ける巧に、苦笑しながら答えるフィン。

 感情をぶつけるように言葉を吐き出し続けていた巧は、先ほどから継続して感知していた気配がもうすぐそこまで来ているのを理解し、周囲に知らせる。

 

「合流まで、三!二!一!」

「なに、あれ!?」

「い、芋虫……っ!?」

 

 巧のカウントダウンが終わると同時に、彼らの進行方向に四人の少女が姿を現す。その事を首だけを振り返らせながら確認すると、巧は叫ぶ。

 

「フィン!状況説明!」

「ああ!」

 

 先を走るフィンに大声で告げる。巧の言葉に彼も頼りになる声で答える。

 が、少し遅かったようだ。

 

「ッ!止せ、ティオナ!」

「―――あ、無理これ。間に合わんな」

 

 フィンの必死な制止の声と、巧の疲労と呆れが混ざった覇気のない声が虚しく響いた。

 彼女はそのまま接敵する。モンスターはラウルが転んだ時のような溶解液を吐き出し、攻撃するも、彼女はそれを躱して自身の武器である大双刃(ウルガ)を叩き込む。

 

『――――――――ッッ!』

「っ!?」

 

 モンスターの苦悶の叫び、破鐘のような鳴き声が轟く一方、ティオナの瞳もまた驚愕に見開かれた。

 敵の傷口から先ほどと同様の体液が迸ったからだ。

 眼前に飛散したそれを間一髪で避けたものの、一粒の細かな液が一本の髪に触れて溶かす。

 

「『テレポ遠当て』ー……」

 

 やる気のない声と共に放った見えない衝撃が傷を負った芋虫型モンスターの魔石を砕いて、モンスターを灰へと変える。

 

「溶かされたくなかったらさっさと下がってー……」

 

 疲れ切った声で声をかける巧。目の前のモンスターが突然灰になったことに泡を食ったが、すぐに後方に飛び退いてフィン達と共に逃走する。

 

「あんなの聞いてないよー!?なんで教えてくれなかったのー!?」

「教える暇もなく突っ込んだんだろうが、馬鹿女!!」

 

 すぐ隣を走るベートが罵倒とツッコミを入れる。そんな彼女の行動を見て巧はフィンに視線を向ける。

 

「自分のとこの団員ぐらい手綱を握っていただけませんかねぇ?」

「……君も一応団長だろう?僕の気持ちがいずれ分かるよ」

「生憎、そちらさんほど大規模化する予定は現在ございませんねぇー」

 

 流石に巧も面倒になってきて、最低限戦闘にいる奴らの足を潰して進行を遅くする作戦にシフトしている。

 アイズ、ティオネ、レフィーヤが加わって逃走を続ける一同。

 

「アレなにぃ、フィン!?冗談じゃないんだけど!もう、あたしの武器~!」

「わからない。彼のおかげで戦闘することは無かったけど、突然現れた。それに彼が言うには普通じゃないようだけど」

「憶測ばっかだけどねぇ~。魔石を見てみたいけど、あの体液の中じゃ死んだ後に溶けちゃうだろうし厳しいかなー……」

 

 ピンッ、と煙を上げているティオナの髪の毛を的確に一本だけ抜きながら言う。

 

「取り込むのかそれ以外の目的があるのかは分からないけど、おそらく魔石を狙ってるんだろうねー。その次に人って感じかな。もしかしたら魔力にも反応するかもしれないー」

「摂取以外に魔石を狙う理由があるかよ!!」

 

 巧の言葉にベートが反論する。しかし彼も言葉を返す。

 

「決めつけはよくないって。まだダンジョンの全てを知らないように、モンスターの全てを知ったわけじゃない。ましてや新種だ。どういう生態なのか理解してないんだからさ。もしかしたら別の用途があるかもしれない。研究者ってのは疑うことから、疑問を持つことから始まるんだよ?」

「知るかよ、んなことッ!!」

「なら黙って走れよ」

 

 巧の反論にベートが叫ぶが、彼は静かに命令すると『共振パンチ』と『テレポ遠当て』を技名を叫びながら撃つ。

 

「それよりもダッル。腹減ったわー。こんなことならもっとカロリーの高いもの持ってくればよかったやー」

「そんなこと言ってる場合ですか!?」

「言ってる場合ー。これは結構な死活問題だし。いやー、俺ってばマジ燃費わりー」

 

 気が抜けるような覇気のない声に、レフィーヤがツッコミを入れるが、巧の声音は変わらず言葉を続ける。

 そして索敵の範囲を広げて通路の先から向かってくる気配に気づく。

 

「あ、進行方向からも同型モンスターの群れー。この先の横道に入るしかないかもー」

 

 巧がのんびりとした声で警告する。それにベートが声を荒げて叫ぶ。

 

「ハァッ!?そういうことは早く言いやがれこのチビ!!」

「チビ言うな。これでも18だ。舌を引き千切るぞ」

 

 落ち着いた声で告げた巧の言葉に、ガレス以外の人物が彼の顔を見つめる。

 

「……なんか、悪ぃな」

「悪いと思ってんならモンスターの群れに特攻して殲滅させてきてくれよ。そして死ね」

「ざっけんな!!」

「横道まで三〇Mー。頑張ってー」

 

 前方から向かってくるモンスターの姿を見るのとほぼ同時に横道へと曲がる一同。

 

「んで、この先は行き止まりと。そこでどうにかせにゃねー」

「……本当にこの階層に来るのは初めてかい?」

「初めてですよー。それよりもレフィーヤ・ウィリディスさんの魔法の威力はどんなもんなの?」

「わ、私なんて全然―――」

「あ、ごめん。自己評価はどうでもいい。ぶっちゃけ当てにならんし。周囲の評価を聞いてる」

「…………………………」

 

 巧の言葉に唖然とし、顔を怒りで赤く染めるが、巧は見向きもせずにフィンに視線を向ける。

 

「それでどうなの、フィン?」

 

 レフィーヤの言葉を一刀の下に斬り捨てた巧がフィンに尋ねる。

 

「……おそらく殲滅できる」

「オッケー。じゃ、それでいこうか。ってこうなると、俺も時間を稼ぐのかー……?ガレスさーん。休憩も兼ねてちょっと肩を借りるねー」

「むっ!?」

 

 ピョーン、と跳び上がって後ろを向く形でガレスの肩に座る。そんな彼の行動に全員が奇異の視線を向ける。代表して方に乗られているガレスが彼に質問する。

 

「なにをする気じゃ?」

「見てれば分かるよー」

 

 そういって息を吸い込みながら身体を仰け反らせ始める巧。

 そしてエネルギーを口元に集中させると、

 

「『喰期玉』っ!!」

 

 技名と共に吐き出して、破壊力の持った空気の塊を飛ばす。

 ドンンッッ!!と大気を揺らしながら炸裂し、芋虫型モンスター達を吹き飛ばす。衝撃で何体か絶命するが、それ以外は未だ健在であった。

 

「うへー……これでも大して減らないかー……そもそも図体がデカすぎるんだよなぁー……」

「……今のは魔法?」

「いいえ、科学です」

 

 巧はアイズの問いに答えると、もう一度体を仰け反らせながら空気を吸い込んで、口元にエネルギーを集めて吐き出す。

 ドンンンッッッ!!!と先ほどよりも大きく大気を揺らす音が響く。また数体が地に臥すが、それでも進撃は止まらない。

 『喰期玉』を放ち続けていると、やがて行き止まりの正方形のルームに足を踏み入れる。

 

「……これは来ますねぇー」

「うん。来るね」

 

 ポーチから取り出した回復薬(ポーション)を飲み干した巧とフィンの言葉が被る。

 そして正面と左右の壁が罅割れる。

 

「でも好都合。()が増えてくれるなら、ね」

 

 壁から出てきた『ブラックライノス』の角を摑むと、振り回しながら芋虫型モンスターに叩き付ける。その衝撃でモンスターの身体が宙に浮く。そして身体を傷つけないように群れの方へと蹴り飛ばす。

 モンスターの方も腐食液を吐き出して攻撃してくるが、それに持っていたブラックライノスを投げつけて盾代わりにして退避する。

 そんな彼の予想外の戦闘に目を丸くする一同。

 

「……えげつないね」

「利用できるもんは全部利用するべきだろ」

 

 フィンの言葉に即座に答える。

 すでに次の()を持っている巧は再び突っ込む。

 

「『共振パンチ』!」

 

 ブラックライノス越しに共振周波数をモンスターに全力で撃ち込んで魔石を砕く。それと同時に(ブラックライノス)の魔石も砕ける。

 

「チッ……脆い盾だな。次ィ!!」

『『『『『…………………………ッ!?』』』』』

 

 心なしかダンジョンから生まれたモンスター達が怯えているように思える。いや、少なくともフィン達にはそう見えた。

 モンスターの進攻をほぼ彼とアイズだけで止めている間に、レフィーヤの詠唱が終わる。

 

「撃ちます!」

 

 その声を聞いた巧とアイズは後方に下がる。それを確認したレフィーヤは、杖を構え魔法を行使した。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 夥しい火の雨が連発される。

 燃え上がる鏃型の魔力弾は数百数千にも及び、モンスターにめがけ殺到して焼き尽くす。

 

「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」

 

 しかし、火の雨の隙間を縫うように移動を始めた馬鹿がいた。

 

「『二重反作用空歩術』!!『確率論的回避』!!」

 

 巧は魔法の軌道を予測して避けながら、自身が投げた小石を足場にして宙を駆けて、降り注ぐ魔力弾に一発も当たらずに移動すると、ルームから脱し、通路を戻って50階層へと急ぐ。その結果を見届けることは【ロキ・ファミリア】の面々には、魔法に隠されて見えなかった。

 そんな彼の行動を魔法が降り止むまで眺めていた一同。そしてすべてが終わる頃にはそこには何も残っておらず、巧の影も形もなかった。

 それをを見届けた一同は、信じられないといった表情で通路の奥を眺める。皆、思っていることは同じだろう。

 異常だ、ということだろう。

 彼らには彼が無事に通り抜けられたのかは不明だ。だが、何故か全員には確信があった。魔法には掠らずに無傷で通過したという根拠のない確信が。

 あの魔法の中に迷いなく突っ込んでいく彼の姿がそう思わせたのかもしれない。

 たしかに巧は結果として全てを見切って躱しきる速度と技量を十全に発揮した。

 もしも、一発でも掠ってしまったら。もしも、体勢を崩してしまったら。もしも、少しでもずれが生じていたら。彼は無事ではなかっただろう。

 それほどの魔法の中をLv.2冒険者が無事に通り抜けたのだとしたら、末恐ろしい存在だ。

 そんな彼の繊細かつ豪胆な芸当を見た一同は唖然として動きを止めてしまう。

 

「……カトウ君って本当に第三級冒険者?」

 

 疑問だけは何とか口にすることが出来たティオナ。それにフィンが手に掻いた汗を握りながら告げる。

 

「……Lv.を見る限りは、ね。僕達も急ごう。彼の言う事が本当ならキャンプも襲われてるはずだ」

 

 フィンの言葉に一同は一瞬驚いたような表情を浮かべるが、すぐに引き締めて頷くとルームから勢いよく飛び出した。

 

 

 




今日の巧メモ
・人として:チビじゃないやいッ!!(18歳男性・144cm)
・武人として:芋虫相性悪すぎぃッ!!
・研究者として:解剖したい解剖したい解剖したい解剖解剖解剖解剖―――

 以下クレジット

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「喰期玉」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振パンチ」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「二重反作用空歩術」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「確率論的回避」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j






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第一五話

 魔法の降り注ぐ中を無事に通り抜けた巧はすぐに50階層に上がると、【ロキ・ファミリア】のキャンプ、ではなく周囲の森の中にいた。

 

「―――お前は、一体何者なのかなー?なんか感じた事のある気配もするけど、よく分かんないんだよね。でも魔石があるからモンスターなのかな?」

『…………………………』

 

 巧は目の前にいる芋虫型モンスターに女性の上半身が生えたモンスターに尋ねる。

 彼は50階層に辿り着くとより危険な存在の方へと急いだのだ。

 そして遭遇したのが目の前の女体型のモンスターだ。

 芋虫のような下半身。上半身は女性へと変化。二対四枚の厚みのない腕。

 芋虫型モンスターよりも危険だと巧の本能は言っている。が、『人』としての彼が認めない。せめて、芋虫型モンスターが殲滅されるまでは時間を稼ぐ。そう考えてこのモンスターの目の前に立っている。

 

「……ま、答えてくれるわけないよねー。とりあえず、足止めさせてもらうぞ。『天殺・認識災害の構え』!」

 

 巧は一定の手順に従って一秒間に()()()の型を構えて、麻痺性の認識災害を引き起こさせる。

 

「これで少しは時間を稼げればいいが……」

 

 同格の相手であれば一日は余裕で拘束できる秘伝だ。しかし、格上相手だと時間が格段に短くなってしまう。ましてや、理性や知性があるとは思えない存在相手だとなおさらだ。

 巧も長くは拘束できないと、長年の経験上予想していた。事実、その通りとなった。

 

『―――――!』

「一分、か。それだけ持っただけマシと考えるべきか。にしても、魔石までは共振周波数は届かない。『テレポ遠当て』も同じく、と。やっぱりLv.が低いと徹りが悪いのかなー。なんだろう?【ステイタス】だけじゃ届かない要因が存在する?つまりは存在の格やら器の大きさが違うとかなのかな?だとしたら、【ランクアップ】で存在がモンスターや精霊や神とかに近付くってこと?……そこら辺不明瞭だし、調べないといけないかな。今回の一件で第一級冒険者と縁を結べただけマシか。そこそこ魔法も見れたし」

 

 動き始めた格上のモンスターを前に思考に没頭する巧。襲い掛かってくるモンスターの攻撃を避けながら、戦闘の方に意識を向け直す。

 

「とはいえこの間に腕を一本だけか。ま、格上相手ならこれでも十分か。魔石を直接は無理でも、外的攻撃が徹っただけ満足しておこう。魔石まで振動は届かないし、足止めに専念しよう。後は丸投げで」

 

 麻痺してから約一分。活動を再開させた女体型のモンスター。

 女体型のモンスターが麻痺している間に、モンスターの右側から生えていた腕を一本とも根元の部分で破壊したのだ。大量の『量子指弾』を撃ち込み、『テレポ遠当て』の衝撃で腕を千切れさせたのだ。その際に噴出した腐食液は地面や周りの木々に降りかかって溶かすが、巧は一滴たりとも触れることなく躱していた。

 腕を一本失った女体型のモンスターは巧を睨み付けるように見下ろすと、その巨体からは想像できない速度で襲い掛かってくる。

 

「はぁ……精々殺されないように頑張ろうか。まだまだ調べたいことが山ほどあるからねー……」

『―――!』

 

 麻痺が解け、激昂した女体型のモンスターが突進してくるのを眺めながら、あることを思い出した。

 

(あー、そういや遺書を書いてきてねえなぁ……。いや書いてるけど日本語の奴なんだよなー……この世界に日本語学者でも生まれないかなー……)

 

 自身が使用している引き出しの中にある異言語の遺書のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「終わったー!」

 

 アイズが最後のモンスターを斬り伏せ、彼女たち以外に動くものはなくなった。

 

「手こずらせやがって……キャンプに残ってたあいつ等、無事なんだろうな」

「あれ、ベート、リヴェリアたちを心配してるの?めっずらしー!」

「うるせぇっ、あいつ等が荷物を守ってねえと深層(ここ)から帰れねえだろうが!勘違いしてんじゃねえ!……それにしても、あの野郎は何処に行ったんだ」

「カトウ君のことも心配してるんだー?なおさら珍しいねー!」

「……不本意だが、今回はあの訳の分からねえガキのおかげで助けられた部分も多いからだッ!」

 

 ベートが苛立たしげに言う。そんな彼を笑いながら見るティオナ。

 そんな二人が言い争う最中、遠方で大規模な爆発が起きる。

 弛緩した空気だった一同を爆風が襲う。それと一緒に空から何かが降ってくる。その何かは回転しながら上手く勢いを殺して着地する。しかし完全には殺しきれずに土埃が撒き上がって姿を隠してしまう。そんな土埃の中から声が投げかけられる。

 

「……モンスターは、片付いたか?」

「なっ……!?てめえ!今まで何処に―――」

 

 ベートが声を荒げて巧を問い詰めるが、彼の姿を見て言葉を失った。

 なぜなら彼の左腕は変形しており、骨が酷く折れているのが見て取れた。さらに頭からは血を流し、口からも多量の血を流している。そのうえ、服には血が滲み、身体中にやけどを負っている。その姿からは激しい戦闘の痕が見て取れた。

 

「今まで何処に、いたかだと?その答えは今までアレの足止めをしていたと答える他ないな。できれば仕留めたかったが、やはり相性が悪いし、格が違うな」

 

 巧の視線は爆発が起きた方向に注がれていた。自然と他の者たちもその方向に視線を向ける。巧は左腕の変形を直し、『元素功法』で全身の怪我を治癒させると頭の血を拭う。

 そして、少ししてそれは姿を現した。先ほどまで巧が戦っていた女体型のモンスターだ。二対四枚の腕は右腕の()()が欠け、体液を流している。身体からも激しい戦闘からかところどころから体液を流していた。

 

「魔石は女体部分の胸部。後頭部の管から腐食液を吐き出す。鱗粉や花粉のような粒子は爆弾だ。撒き散らした後、三秒で起爆。吹き飛ばす手段がなければ回避行動を取れ」

 

 巧が先ほどまでの戦闘で女体型のモンスターの弱点や攻撃等の情報を周囲の者達に独り言を呟くように告げる。

 そんな彼にフィンが問いかける。

 

「なんでそこまで分かってやらないんだい?」

「……Lv.2冒険者に下剋上をしろと?しかも相性が最悪の相手にか?中々に厳しいことを言うな。芋虫型ならどうにか出来るが、あれは知恵も加わったせいで差が大きくなってどうにもならん。衝撃もそこまで通らんしな。あそこまで追い込むのが限度だ。下手に殺せば腐食液を周囲に撒き散らすのが目に見えているからな」

 

 言い終えるとほぼ同時に地面に膝をつく巧。体力を消耗し過ぎたのだろう。怪我は治っても失った血や体力が元に戻るわけではない。これ以上の戦闘行為は厳しいだろう。

 そのことを察したフィンがラウルに彼を運ぶように指示し、それと同時にリヴェリアに撤退を伝えるように命令した。彼自身も作戦を告げると、アイズ以外の冒険者を引き連れて下がってくる。そしてラウルに背負われている巧の横に付くと声をかける。

 

「……あれは一体何なんだい?」

「……51階層でも言ったが、俺が知りたいよ。だが、新しく仮説が生まれたのは良いことだ」

「……聞いてもいいかな?」

 

 後退しながらフィンはラウルの背でぐったりとしている巧に問いかける。話すのすら億劫そうにしながらも巧は問いに答える。

 

「……芋虫型モンスターが魔石を狙う理由はアレを成長させるためだ。言ってしまえば()()から()()へと育てるために」

「あれでまだ幼体だって言うのかい?」

「……あくまで、仮説の一つだ。だが、もしその仮説が当たっていた場合、成長したアレは今の俺じゃ手を付けられないだろうな。本当に、修練が全然足りないな。これだから世界は面白い。帰ったらメニューに手を加えるとしよう」

 

 その後、彼は意識を無くしてしまい、目覚めたのは全てが終わった後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました巧は、何とか無事だった三つのバックパックを背負って地上に向けて移動していた。物凄く落ち込みながら、だが。

 

「あークソ……あの程度で落ちちまうなんて……恥だな。一生の恥だ。自身の体たらくが嘆かわしい……」

 

 既に【ロキ・ファミリア】とは別れて一人で地上に向けて帰還していた。理由は一人で帰った方が安全だと判断したからだ。隠形で気配を誤魔化して行動するため、集団行動は巧にとっては邪魔でしかなかった。そのため、一人で地上へと帰還している最中だ。とはいえ深層の大部分までは行動を共にしたが。

 そして現在の階層は6階層だ。

 

「もう関わりたくない……命が幾つあっても足りない気がする……でも、なんかまた関わる気がする……あぁ、財団に帰りたい……」

 

 目覚めた際に、多くの人から「本当に人?」と存在を疑われてしまった。普通なら半日は目を覚まさないだろうと多くが踏んでいたが、巧が目覚めたのは戦闘が終了した一時間後だ。更には通常なら血が足りなく、立って歩くことも困難なはずだが、何事もなかったかの如く普通に歩いて、第一声が「俺のバックパックどこ?」だ。巧の存在の何もかもがおかしいと思われても仕方のないことだろう。

 

「それにしてもあの芋虫型モンスターの魔石……。唯一取りだせたものをティオネさんに見せてもらったけど、あの時拾った欠片と同じだったなぁ……。となると関連性があるとみるのが普通かな……」

 

 一月ほど前の騒動を思い返しながら、腰のポーチに入っている魔石の欠片を眼前まで持ち上げて眺める。しかし、これを見ていても何も分からないと考えてすぐにしまう。

 そうして6階層から5階層への通路を上がっていく巧。そこでようやく見知った気配があるのに気づいた。

 

「あー、ベルの気配かー……5階層まで降りてきてるんだー……さっさと合流―――」

 

 それに気づき合流を考えたとき、彼の横を何かがすごい勢いで過ぎ去っていった。筋骨盛り上がる赤銅色の皮膚。それがミノタウロスのものだということまで理解できた。だが、なぜそれが横を過ぎ去っていったのかが理解できなかった。

 突然のことで少しの間呆然とするが、すぐに追いかける。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「ほぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「あちゃあ……」

 

 ベルがミノタウロスに追いかけられている光景を見て、頭を押さえながらも巧は急ぐ。

 そしてベルに蹄が振り下ろされようとしたとき、巧は何とか追いついてその蹄を受け止めた。

 

「ふぅ……大丈夫か?」

「タ、タクミさん……?」

「そうだよー。君の団長のタクミさんだよー。ごめん。今片付けるねー?」

 

 そう言って、蹄を掴んだままのミノタウロスを上に投げる。そして落ちてきたときに拳を振り上げる。

 

「『臨界パンチ』」

 

 拳とミノタウロスの頭部が接触した瞬間、爆発が起こってミノタウロスは灰へと変わった。

 その光景に呆然とするベル。しかし、巧はなんともないかのように手を振るとベルに話しかける。

 

「それじゃあ帰ろうか」

「………………」

「……?ベルー?」

 

 地面に座り込み、呆然としたまま固まっているベルを見て首を傾げる巧。

 彼はベルの目の前にしゃがんで目を合わせると、もう一度声をかける。

 

「立てる?それとも腰抜けちゃった?」

「えっ!?あっ!」

 

 目の前でひらひらと手を振られてようやく気が付いたのか、驚いたような声を上げるベル。そしてすぐに立ち上がる。

 

「大丈夫です!立てます!」

「そ?なら帰ろうか。こんな異常事態(イレギュラー)があったならまた起こらないとは限らないし」

「は、はい!助けてくれてありがとうございました!」

「いーよいーよ。仲間だもん。持ちつ持たれつってねー」

 

 ニコニコと笑いながら巧は言うが、ベルは苦々しい表情をする。それを見て巧はため息を吐く。

 

「ベルもそうやって悔しがるの?」

「えっ?」

「ヴェルフもさ、最初の頃は俺の横に立てないってことを悔しがって、自分を情けなく思ってたよ。別に気にしないでいいのにね?でも、やっぱり頑固だよねぇ。今でもこっちから誘ったらパーティ組んでくれるもん。それどころか、向こうから無理やりパーティに誘ってくるしね」

 

 ヴェルフのことを思い浮かべているのかクスクスと笑う巧。

 それを聞いたベルも度々世話になっている鍛冶師のことを思い浮かべる。そんな彼も巧によって指導されたとベルは本人から聞いている。そんな彼の大刀の技術はLv.1冒険者とは思えないほど洗練されており、綺麗な太刀筋であった。

 そんな人物でも巧との壁を感じている。そのことを理解させられる。

 

「もし心の底からそう思ってるなら早く強くなって楽させてよ?」

「……じゃあ、教えてください」

「答えられることならいいよ」

 

 巧が笑顔で答えたため、ベルも深呼吸して心を落ち着かせると質問する。

 

「どうやって、タクミさんは強くなったんですか?」

「毎日毎日、恩師に殺されかけて、それによって燃え盛る復讐と怨嗟の炎を糧に修練に励み、超努力した!やりたいこともやりながら強くなったけど、それでもあの人に一泡吹かせてやるって思いで日々を過ごしたよ!」

「……」

 

 巧の言葉に唖然とするベル。そんな彼に話を続ける巧。

 

「でもね、やっぱり最初は憧れからだったよ。四歳の頃に初めて、恩師が使ってる武術を見て、酷く感動したんだ。俺も使えるようになりたい。あの人みたいに強くなりたい、ってね。その一年後から教えてもらい始めたんだ。そこからはもう地獄だったけど……」

 

 苦笑交じりで言う巧だが、彼の瞳に光はなく、無機質で感情は見えずに、何処を見ているのかもわからなかった。そんな彼の表情に頬を引きつかせるベル。

 

「ベルにはそんな人はいない?君が大好きな英雄でもいいけど」

「……僕は」

 

 ベルは一言だけ溢して黙りこくってしまう。そんな彼に変わらず微笑を向ける。

 

「今すぐじゃなくていいよ。でも、その人物の背中を追いかけたら強くなれると思う。あくまで俺はそうだった。でも背中なんて遠すぎて見えなかったし、今でも見えてないけどさ」

「……はい。わかりました」

「じゃ、帰ろうか」

 

 ベルの前を先導する巧。

 自身の前を行く巧の背中。今は彼の背丈以上のバックパックで隠れて見えないが、その背中が大きく、遠くにいるように感じてしまったベル。その彼に自身の知る英雄の姿を幻視する。重ねてしまう。それほどまでに、ベルの中で巧という人物の存在は大きくなってしまっていた。そんな彼の背中に静かに手を伸ばし、届く前に力強く手を握りしめる。

 

「……タクミさん」

「んー?どうかしたー?」

「ホームに帰ったら、訓練お願いします。以前よりも厳しく」

「……目標が定まったのかな?」

「はい」

 

 振り向いて問いかけてくる巧の目を正面から見つめ返して、息を一つ吐くと自身の決意を口にする。

 

「僕は貴方の横で、相応しい戦いをしたいです。団員として、団長の貴方を支えたいです」

 

 ベルは落ち着いた低い調子の声ではっきりと告げる。それに巧はポカン、と口を開きっぱなしにして唖然とする。そして、そのまま言葉を吐き出した。

 

「うっわ、鳥肌立った!?それ、俺的に男に言われても嬉しくないセリフランキング上位なんだが!?」

 

 元より小さい体をさらに縮こませて両腕を一生懸命擦る巧。その言葉にベルは驚愕する。

 

「えぇっ!?酷くないですか!?僕の一大決心ですよ!?」

「どうせなら可愛い女の子に言われたいわッ!ベルもそう思うでしょッ!?」

「いやそうですけど!?」

「ほらやっぱり!」

 

 ギャーギャー!とダンジョンの中だということも忘れたかのように騒ぎ立てる二人。そのまましばらく言い争いをしていたが、巧の放った一言でそれは終結する。

 

「でも、ありがとう」

「……っ!」

 

 巧が告げた感謝の言葉でベルは身体を硬直させて、彼の顔を反射的に見つめてしまう。巧は優しい笑みを浮かべ、ベルに笑いかけながら言葉を続ける。

 

「じゃ、これからもっと頑張ってこうね?」

「……はい!」

 

 巧の言葉に力強く返事をするベル。

 

「殺す気でやるから」

「……はい?」

 

 今度は首を傾げるベル。巧はそんな彼を気にせずに機嫌良さげに先を進んでいく。

 

「ふんふふ~ん♪どういう内容にしようかなぁ~♪俺も最初にやらされた百本組手とか?んー、でももの足りないよなぁー?実戦形式で何でもありの試合にでもしようかなー?」

「…………………………」

 

 ベルは早速自身の決断が揺らぎそうだった。だが、一度そうと決めたのなら曲げずに、貫き通すべきだと、彼は知っていた。祖父から教えられていた。だから、多少揺らいでも、折れることは無い。

 団長の、巧の横に立ち、共に戦う。助けられるばかりの存在ではなく、助ける存在になるために。

 そのためならば、どんな努力も惜しまない。どんなに苦しくても諦めない。そう心に決めた。

 ダンジョンの通路を歩いて出入り口に向かっていく二人の姿を、後ろから眺める人影が二つ存在した。

 




今日の巧メモ
・人として:
・武人として:自分が情けねえべや。ベルと共に精進せねば。
・研究者として:気になるけど、道具も力も足りない……!

今日の作者メモ
・書き溜め切れた。やっべ。

以下クレジット。

「天殺・認識災害の構え」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「元素功法」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken







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第一六話

 注・今話では回想部分は「」と『』を逆にしております。
 分かりづらくて申し訳ありません……。
 (2018/05/02 23:09追記)



 巧はベルと共にホームに帰ると裏手の空地で座禅を組んで、一月ほど前の出来事を思い返していた。

 先ほど厳しくすると言っていたベルとの訓練は明日に回してもらった。流石にあとで血が足りないことを思い出して、今日は勘弁願ったのだ。

 そんな巧は座禅を組みながら、自身が敗走した赤髪の女性と交戦した日のことを思い出す。51階層で遭遇したモンスターの魔石を見たせいだろう。その時のことが気になったのだ。

 

 

 

 東の寂れた街路。そこで三人の冒険者と対峙する赤髪の女性を見つけた。彼らが何を見たのか、彼女は何を見られたのか。巧はまったくわからなかった。だが、女性の行動は読めていた。彼らを殺すつもりなのだと。

 女性が三人に近付いて、首に手を伸ばす。巧は三人を後ろに投げることで躱させた。

 

『「臨界パンチ」!』

 

 動きを止めた女性の腹部に拳を打ち込む巧。爆発が起こり、後ろに吹き飛んでいき距離が離れる。だが、巧の拳の骨が砕けてしまう。そのことに内心舌打ちをしながら後ろに叫ぶ。

 

『さっさと逃げろ!』

『『『ッ!』』』

 

 巧の声に反応して後ろの三人が動き始める。

 

『よくも邪魔してくれたな』

『っ!?』

 

 気が付くと目の前にいた女性に驚きながらも、左側から迫ってきている女性の手。狙いは首のようだ。自身の首と女性の手の間に左手を挟んで首を守る。女は腕を掴むと、握りしめようとするが、『臨界パンチ』の応用で接触面を原子核分裂させて爆発を起こして難を逃れる。

 

『……奇妙な技を使う』

『至って科学的な代物なんだがな……!?』

 

 左腕を右手で押さえながら女を睨む。

 

『悪いが、見られたのなら消すしかないのでな』

『何を見られたのかすごい気になるんだがな……』

『……貴様は見ていないのか?』

 

 女性は戸惑ったように聞いてくる。巧は好都合だと思い、あの三人が逃げる時間を稼ぐために会話をする。

 

『生憎見逃しちゃってさ。サービスでもう一回見せてくれないか?』

『……さっさと貴様を始末して先ほどの三人を始末する』

『それは、残念だ』

 

 大して残念そうな表情をせず、冷や汗が頬を伝うのを感じながら集中する。だが、実力差があり過ぎたのか、巧は女性の接近に反応できなかった。

 しかし変わらず首を狙ってきたので同じように左腕で守る。

 

『ぐっ!?』

 

 今度は原子核分裂は間に合わず、左腕の骨が砕かれる。女はそのまま腕を掴んだまま首に近づけてくる。首をこのまま折るつもりなのだろう。

 

『ッ!「喰期玉」!!』

 

 上体を逸らせて零距離で破壊力を持った空気の塊を放つ。二人の間に衝撃波が発生して距離を離す。

 巧はすぐに立ち上がると逃げ出す。

 

『―――逃がすとでも?』

『思ってねえよ。「天殺・認識災害の構え」!』

 

 一秒間に()()()の型を構えて、女性に麻痺性の認識災害を起こさせる。

 突然身体が硬直した女は表情を驚愕に染める。

 

『な、に……!?』

『でもこうすれば、逃げれる。「量子歩法」!』

 

 特殊な歩き方でトンネル効果を発生させて、壁をすり抜けて逃亡を始める巧。

 そのまま全力で走って西のメインストリートまで走った巧。此処ならば人通りが多く、あの女性も追って来ないと考えたのだ。案の定、あの女は追ってこなかった。だが、逃がした三人の冒険者が死んだのが分かった。そこまで離れられていなかったのだろう。

 通りにある建物の壁に背を預けながら、涙を流す。

 

『あーぁ、守れなかったなぁ……』

 

 そう一言だけ呟き、少しだけ泣くと袖で拭って、戦闘中にちゃっかり拾った魔石の欠片を見つめる。

 

『これが、原因なのかな。それともこれに関する何かを見ちゃったのかな』

 

 少し考えるが、あまりにも情報が不足している。先ほどの女性もあれほどの実力があるのに、巧が記憶している冒険者の中にはいなかった。だが、冒険者じゃないのにあそこまで強くなれるものかと考えたが、既に天野博士という前例がいたのを思い出す。

 あの規格外を基準にしても駄目だな、と考えると思考を振り払って極彩色の魔石の欠片を腰のポーチにしまう。

 暫く座ったまま通りを往来する人たちを眺める。そんな彼に声をかける者がいた。

 

『……店の前で座られると迷惑なんだがねえ』

『……出来る限り気配は溶け込ませていたと思ったんだけどなぁ。少し甘かったかな?そこら辺はどうかな?ねぇ、ミア・グラントさん。今後の参考にしたいから教えて欲しいなあ』

『私で辛うじて分かる程度だよ。……それで、お前は何者だい?』

 

 巧に向かって面倒そうな表情を向けながら、威圧してくるドワーフの女性、現在は『豊饒の女主人』で店長として働く【フレイヤ・ファミリア】に籍を置くLv.6の冒険者であるミア・グラント。

 そんな彼女の威圧を受けても、涼しげな顔をして彼女の質問に答える巧。

 

『ただの怪我人だよ。別にこの店の従業員を狙ってきたわけじゃないよ。たとえ捕まえて莫大な金銭を貰えるとしても興味ないよ』

『…………』

『ま、ここは人通りが多いし、後ろに貴方を始めとした実力者も多いしね?申し訳ないけど、避難所として使っちゃった』

 

 砕けた左腕をプラプラと見せる巧。涙の痕が薄く残っている顔を無理やりに笑わせる。

 

『少ししたら帰るから、放っておいてくれて大丈夫だよ?』

『……ハァ』

 

 ミアは一つ溜息を吐くと巧を持ち上げる。その行動に彼は首を傾げる。

 

『おりょ?』

『……少しでも居座られると此方が困るんだよ。たとえ一般人には気づかれなくともね』

 

 そういって店の中に連れられて行く巧。

 二人が店内に入ると、開店の準備をしていた店員達が目を見張る。

 

『ニャ!?ミア母さんが男の子を拾ってきたニャ!』

『店の前にいた怪我人だよ』

『どーも。怪我人です』

『えっ!?大変じゃない!すぐに治療しないと!』

『待って!動かさないで!?せっかく元の位置に戻した骨がズレちゃうぅッ!?』

『あぁ、ごめんなさい!?』

 

 その後、適切な処置を受けて左腕を固定し、コルセットで肋骨も固定する。零距離の『喰期玉』でかなりのダメージを受けていたのだ。緊急時とは言え、自滅によるダメージの方が大きいのは屈辱だった。

 自身の失態に歯噛みしていると、突然ミアに声をかけられる。

 

『腹は空いてるかい?』

『……はい?』

『腹が空いてるかって聞いてるんだよ』

 

 ミアの突拍子のない言葉に首を傾げて聞き返す巧。そんな彼にミアはさらに尋ねると、巧は気まずそうにしながらも答える。

 

『……まぁ、空いてるか空いてないかだと、空いてますけど……』

『ならメニューから選びな』

『……営業時間前じゃ?』

『怪我をして腹を空かせたガキを外に放り出す訳にも行かないよ!いいから選びな!』

『……いくらでもいいの?』

『……へえ?いいさ。本当に食えるならね』

『じゃあ、ここからここまでお願い』

『『『『………』』』』

 

 今まで働いてきていて、この様な注文の仕方をされたことが無かった店員たちは固まってしまう。しかし、ミアだけは動じずに巧に聞き返す。

 

『その身体にそんなに入るのかい?』

『残さないから大丈夫ー!お金も払うよー!』

 

 元気いっぱいに答える巧にニカッと笑みを浮かべると、大きな笑い声を上げる。

 

『……あっはっはっは!イイね!本当に入るのか見させてもらうよ!』

『上等!胃が破裂しようと食べきってみせるよ!』

 

 その後、明らかに巧の身体の体積以上の料理が彼の前に運ばれてくる。その料理を一心不乱に貪る巧。

 

『ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ―――』

 

 目の前に並んだ料理を残像が出るほどの速度で食べていく。

 

『ニャー……あれだけの料理が口に吸い込まれて消えていくニャ。もはやあれは人じゃニャいニャ』

『アーニャ。失礼ですよ』

『じゃあ、リューにはアレが人に見えるのかニャ?』

『………』

『もっもっもっもっもっもっもっもっもっもっもっもっもっも―――』

 

 アーニャに促されて巧の方を見るリュー。そちらには今までと変わらぬ速度で食べ続ける巧がいる。彼は既に注文した料理の八割を平らげている。

 積み重なった皿に目を向けたリューは彼から目を逸らした。

 

『……無理ですね』

『そうニャそうニャ。あれは暴食の化身ニャ』

『ゴクン。ミアさん。今度はあそこのキャットピープルの丸焼きが良いです』

『ニャッ!?ミャーは食べても美味しくニャいニャ!』

 

 巧はキャットピープルの店員のアーニャ・フローメルを指さしながらミアに告げる。指名されたアーニャはすぐ傍に居たエルフの店員のリュー・リオンの背中に隠れる。そんな彼女を見てクスクスと笑いながら言葉を続ける。

 

『冗談だよー。流石にカニバル癖はないよー。……それと、ごちそうさまです。ありがとうございました。とても美味しかったです。お代置いときますねー』

 

 最後の料理を食べきると、両手を合わせてお礼を告げる巧。その彼の前に積み重なっている皿を見て、目を見張る一同。そんな中ミアが声をかける。

 

『……まさか本当に全部平らげるとはねぇ』

『まだ腹八分目ですよ。まあ、小腹を満たすには丁度良かったです』

『アンタは胃袋の化け物かい』

『失礼な。純粋な人です』

 

 あははは!とお互いに笑い合うミアと巧。

 

『今度は営業時間中に来な!』

『はい。その時は胃の中空っぽにしておきます』

 

 そういって巧は立ち上がると、左腕を固定していた棒と包帯を外す。それを見た者達は驚いた表情を浮かべ、エルフの店員、リュー・リオンが逸早く声をかける。

 

『ちょっと!?何をして―――』

『あっ、もう治したから大丈夫ー』

 

 リューの驚愕した声に左腕をひらひらと振って、治ったことを示す。それを見て店内の全員が驚く。その中からミアが代表として巧に尋ねる。

 

『……一体どういう構造してんだい?』

『いえ、たまたま治癒用の奥義がクールタイム中だったので使えなくて……それでさっき使用可能になったから使って治しただけだよ?』

 

 『元素功法』は一度使用すると二時間のクールタイムを要する。偶然そのクールタイムと赤髪の女性との戦闘が重なったのだ。そのためすぐに怪我を治せずにいた。ポーション類も全部ホームに置いてきていたため、何故か実力者の多いこの店の前で、時間を潰していたのだ。

 

『それじゃ、また来ますね!その時は俺の主神も連れてきます!』

『……ああ。また来な』

 

 ミアと店員達に見送られて『豊饒の女主人』を後にした巧は、ホームへと帰っていった。

 

 

 

 巧はあの時、赤髪の女性に手も足も出ず、即座に逃走を選んだ。その結果、何とか見逃された。おそらく巧は三人と違って『見られて困る何か』を見ていなかったからだろう。

 

「………」

 

 無意識に歯を食いしばって、歯ぎしりを立ててしまう。

 いま思い返しても悔しい。悲しい。どうすれば守れた。どうすれば助けられた。そのようなことをずっと考えてしまう。

 自分の命を投げ捨てれば助けられたか?否だ。おそらく結果は同じだ。巧が即座に始末され、その後に三人が殺される。

 騒ぎを大きくすれば助けられたか?わからない。もしかしたら周囲に被害が拡大したかもしれない。それにあの時の東側にあの女性に匹敵する冒険者が都合よくいたとは到底思えない。

 結局どうするのが正しかったのか、巧は分からなかった。あの女は、脅威だった。後悔しても仕方がないのは理解している。しかし、どうしても悔やんでも悔やみきれない。

 

「タークミ君!」

「……ヘスティア様」

 

 座禅を組んでいた巧の背中に抱き着いてきた彼の主神。巧は背中に彼女の胸の感触を感じながらも表情は変化させずに尋ねる。

 

「どうかしたんですか?」

「なーんか、思い悩んでる様子だったからさ」

「それは今の俺を見て出来た用事です。此処に来た理由は別でしょう。違いますか?」

「……その通りだよ!君はなんでそんなに察しが良いんだ!?」

「単純に、そちらに急ぎの用が無ければ滅多に此処には来ないですから」

「それはそうだけどさ……。それよりも、なんか口調が固いね?」

「…………ごめんなさい。すこし考え事してて……」

 

 会話をしていて疑問に思ったのだろう。いつもよりも話し方が丁寧でありながらも、どこか突き放すような物言いの巧を不思議に思い、首を傾げながら尋ねるヘスティア。

 ヘスティアの言葉に、先ほどの思考内容を思い出して手を強く握りしめてしまう巧。だが、間違っても奥義を発動させるようなへまはしない。

 そんな彼の様子を見て、彼に優しい声音で話しかけるヘスティア。

 

「……ボクには話せないのかい?」

「……詳細は話せませんけど……そうですね。例え話をしましょうか」

「……?例え話?」

「はい」

 

 聞き返してきたヘスティアに薄く微笑みながら頷き、言葉を続ける。

 

「貴方は冒険者です。そして目の前には今にも殺されそうな冒険者が三人。そのうえその襲撃者は自分が決して敵わないような人物です。ですが自分が何をしようと三人は殺されてしまう。そんな時、ヘスティア様ならどうしますか?」

「……随分と難しいね。ボクに子を見捨てろというのかい?」

「今のが、俺が思い悩んでいることですよ」

 

 そういって、自嘲するように笑みを浮かべる巧。しばらくうんうん唸ったヘスティアは結論が出たのか口を開く。

 

「ボクなら三人は諦める」

「………」

「それで、その敵に今度会ったらぶん殴ってやる。そうして雪辱を晴らす。生きてさえいれば、次があるからね」

「…………………………」

 

 その回答を聞いた巧は唖然とする。彼の様子を見たヘスティアが首を傾げる。

 

「……?そんな変な回答だったかな?」

「ふ、ふふ、アハハハ。いや、違うよ。そっか。そんな簡単なことに気づかないぐらい、盲目になっていたのかな」

 

 彼女の回答を聞いてスッキリしたような表情になった巧。

 彼らを結果的に助けられなかったが、()()()()とした事実は残り続ける。あの三人には申し訳ないが、襲撃者に雪辱を晴らすことで、彼らへの弔いとすることを心に決めた。

 

「……よし!もう大丈夫!」

 

 パン!と両頬を叩くと、勢いよく立ち上がる。

 

「……本当かな?」

「うん!……それより何か用事があったんじゃないの?」

「あっ。そうだった。ベル君にスキルが発現したんだけどさ、どう思う?」

「……?」

 

 ヘスティアから渡された用紙に目通す巧。そこにはスキル名と効果だけが書かれていた。

 

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

 

 それを見た巧は一言溢す。

 

「ふーん?何かあったかな?」

 

 そう呟いて首を傾げる巧。そうして思い返すのはベルが一大決心だと言っていたこと。もしかしたらそれが関係しているのかも、と考える。

 そんなことを考えていると、ヘスティアが彼に尋ねる。

 

「タクミ君は、ベル君にこのことを知らせた方がいいと思うかい?」

「ううん。思わない。ベルは嘘が下手だから。それに変に知らせて意識させたら、追い込んじゃうかも。出来るのなら【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄って隠した方が良いかな」

「そうか……」

 

 彼女はそれを聞いて神妙そうに頷いた後、頬を膨らませて拗ねたような表情をする。

 

「ふふっ……」

「……?なんだい?」

 

 小さな笑い声を聞いたヘスティアは、巧にどうかしたのかと思い尋ねる。

 巧はヘスティアの膨らんでいる頬をぷにぷにと突っつきながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら聞く。

 

「なにー?自分の手で【経験値(エクセリア)】を取りだして刻んだのに、他人の影響で変わったことに嫉妬してるのー?でもさぁ、嫉妬は傍から見ててすごい見苦しいよ?」

「ううううるさいなぁ!?独占欲が強くて悪いかい!?」

「ううん。俺は可愛いと思う!」

「ななななぁっ!?」

 

 顔を真っ赤に染め上げた主神の横を通り過ぎた巧は、振り返って呼ぶ。

 

「それより、もうご飯だよ!早くしないとベルが可哀そうだ!」

「あっ!?ま、待ってくれよぅ!?」

 

 未だ顔の赤い主神が急いで巧を追いかける。それを見た巧はホームの中に入って行く。

 

(そうだよねー。俺は、まだ生きてる。ならチャンスは巡ってくる……)

 

 あの赤髪の女性を殴ることを考えながら、隠し部屋の階段を下りる巧だった。

 

(とはいえ、俺はここまで感情的な人間だったかな?人を守れなかったのは悔しいけど、以前なら「次は頑張ろう」で済ませてたのに、今は激しい怒りや後悔が表に出てくるほど。……この世界に来た際に何らかの()()()()にかかったか?そもそもこの世界の神は地球の神話の神の名前と一致するのが多い、というかすべて一致している。となるとこの世界は平行宇宙の一つと考えたら、あの人物が現れる可能性とその一派が存在する可能性を考慮するべきか―――)

 

 そのような疑問が巧の頭の中に浮かぶが、すぐに溶けるかのように消えていきそうになる。そういったことを考えていたことさえも、忘れてしまいそうになってしまう。

 

(チッ……またか……)

 

 頭を軽く振って無理やりにでも記憶しておく。既にこの現象は何回も起きている。その度に巧は必死に抵抗を試みて断片的とはいえ記憶に残せている。が、それでもすべては記憶できないため、常にペンと手帳を携帯し、すぐに書き残すようにしていた。

 必死に手帳に何かを書きなぐる巧に後ろから追いかけてきていたヘスティアが追い付く。

 

「……?どうしたんだい?」

「んー?なんでもないよ?」

 

 後ろから覗き込むように聞いてきたヘスティアに巧は笑顔で答えて、すぐにまた歩き始める。

 

「それより早く行こ?お腹すいちゃった」

「……そうだね!」

 

 ヘスティアはずっと傍で見てきていたため、巧が何かを隠しているというのは分かった。だが、それを追求することは無い。なぜならそれは彼自身の事情で、周囲の人を巻き込みたくないと彼が考えているのを知っているから。巧も自身の事でなければ容赦なく周囲を巻き込み、利用する。その事を知っているからこそ、自分から話してくれるようになるまでヘスティアは待ち続ける。巧のことを信じて。

 




今日の巧メモ
・人として:血が……血が、足りぬ……。血をよこせ……。
・武人として:とりあえずあの女は殴る。
・研究者として:今後も世界の調査を続ける。


 感想で「主人公に対人戦で勝てるのっている?」と聞かれたのでそれに対する回答を書いておきます。
 基本戦闘狂なので、対人戦において『天殺・認識災害の構え』はたまにしか使いません。今回のように逃走の為に使うか時間稼ぎに使う程度。後はやむを得ない場合ぐらい。
 それで、対人戦で勝てる奴はいるのか?ということですが、()()()()()()ならば、正々堂々の一対一の戦闘で敵う人物は現在登場している人物にはいません。世界が違ってもいいのなら天野博士や他の伝承者たちぐらい。なにせ18歳とはいえ、対人戦の達人ですからね。モンスターを相手取ってる方々とは経験が違いますよ、経験が。
 まあ、制限付き(楽しみ優先)なら未登場のオッタルさんが最有力候補でしょう。原作キャラで言えば、ですが。【ステイタス】も違えば、体格差もありますし。まあ、巧君のLv.が上がればその限りではありませんが。
 以上、説明終わり!

以下クレジット。

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「喰期玉」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「天殺・認識災害の構え」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「量子歩法」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「元素功法」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第一七話

 巧はいつもよりも早く起床した。現在の時刻は午前二時。まだ辺りは真っ暗だった。

 いつも通り裏手の空地の中心に陣取り、ポーション一式を用意すると『仮想組手』を始める。

 

「『解放礼儀』」

 

 開いた左手。握った右手。それらを合わせて45度の礼を5秒間行う。

 実際には存在しないが、巧の眼にははっきりと映っている天野博士を見据える。

 

「……よろしくお願いします」

 

 真剣な表情で軽く頭を下げてくる巧を微笑みながら見つめる天野博士。

 

『いい戦意です。思わず()()を出してしまいそうです』

「構いません」

『……なんですって?』

 

 彼の思わぬ一言に微笑を崩して、驚いた表情へと変化する。その呟きを無視して巧は言葉を続ける。

 

「それを相手にすることこそが、今の俺には必要なんです」

『……死んでも知りませんよ』

「覚悟の上です」

『…………………………』

 

 真剣な眼差しを巧にだけ視認できている存在へと注ぐ。

 目を見つめ、彼の覚悟が本物だということを理解した幻影の天野博士は無言になると、拳を突き出してくる。

 そして、巧は一戦だけ組手を行った。だが、その一戦は陽が昇るまで終わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 巧は地面に倒れながら陽が顔を見せて白み始めた空を見上げる。

 彼を見下ろし、最初と同じように微笑を浮かべながら、弾んだ声音で話しかけてくる。

 

『いやはや、ここまで強くなっているとは……』

「でも、負けましたよ。やっぱり強いですね、天野博士は。いつか殺しますけど」

『口の減らない子ですねぇ』

 

 そういって幻影の天野博士は笑う。それに釣られて巧も笑ってしまう。

 

『頑張って下さい。応援していますよ』

「そりゃどうも。アンタも精々俺に殺される前に死ぬなよ」

『おお、怖い怖い』

 

 お茶らけて口にしたそれを最後に幻影が消える。

 巧も幻影だと分かっていても、声が聞こえるし、実際に対峙して話しているように感じてしまう。それほどまでに()()()()()()

 

 力に。

 

 技術に。

 

 自身を上回る敵に。

 

 そして、より上に。より高みに。

 

 そう望んだ。そう、求めた。

 

「……あー、やっぱ強ぇわ、あの人は」

 

 改めて、自分の目標を再認識した。初心に、戻った。

 あれが、最初に憧れた人物と武術。その後の自分の人生を決定づけたもの。自分に最も影響を与えたもの。

 それが、天野博士であり、彼の使う『財団神拳(SCP-710-JP-J)』だった。

 それを実感する巧。

 

「……『元素功法』」

 

 大気中の元素を取り込んで、体内で再構築させた体を治癒させる。砕けた四肢が治っていくのを感じながら、自身に視線を向けている人物に目を向ける。

 

「…………………………」

「それで、ベル。何の用かな?」

 

 首だけを傾けてベルの顔を見つめながら尋ねる巧。

 口をポカンと開けていたベルだったが、ハッと息を呑むと慌てたように両手を左右に振りながら話し始める。

 

「い、いえ、タクミさんがいつものように修練してるようだったので、その、観察を……」

「そっか。念のため聞くけど、ためになった?」

「いえ、あんまり……」

 

 目を伏せ、肩を落としながら落ち込んだ様子のベル。だが仕方ないだろう。それほどまでに天野博士相手の戦闘は油断できない。手を抜くなど以ての外だ。そんな隙を見せてしまったら最後、刹那の内に身体中の骨を粉みじんに砕かれてしまうだろう。それゆえに全力でぶつからなければいけない。その際の速度は今のベルではまだ目で追うことは不可能だ。

 そのことを理解している巧は苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「だろうね。拳とナイフじゃ立ち回りが違うよ。それ以前に目で捉えられなかったんじゃない?」

「はい……」

 

 そのうえ戦っている相手すら見えてないだろうし、参考になることなんて何一つないよねー。

 巧はそんなことを考えながら、よっと!と跳び上がるように立ち上がると、ベルに向かって歩み寄りながら話しかける。

 

「これからダンジョンに行くんだよね?」

「そ、そうですけど……」

「じゃあ、先に行ってて。シャワー浴びてから向かうよ。すぐに追いつくから」

「わ、わかりました!」

 

 そういってベルは走り去っていく。笑顔で手を振りながら見送った巧はグゥー!と背中を反らす伸びをする。そして、息を吐きながら身体の力を抜く。

 

「……あの人、本当に『仮想組手』の幻影だよね……?会話が成立したり、俺が体験したことのない実力まで発揮してるけど……。実は幻影じゃありませんでした、なんて落ちはないよね……?」

 

 自分で考えていて背筋に謎の寒気が走る。巧は首を振ってその考えを振り払うと、ポーション類を片付けて手早くシャワーを浴び、急いでベルを追いかける。

 

 

 

 そして、彼は見た。目撃してしまった。

 

「僕……ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」

「シル・フローヴァです。ベルさん」

 

 建物の物陰に隠れながら二人の様子を密かに眺める巧。もちろん気配を隠しながらだ。そしてベルが立ち去ると、物陰から顔を半分出して、

 

「見ぃーちゃった、見ぃーちゃった……」

「っ!?」

 

 突然聞こえてきた声に、バッ!と勢いよく声が聞こえてきた方へと振り向くシル。そんな彼女をニヤニヤしながらも、微笑ましいものを見たという風な眼で尋ねる。

 

「なぁにぃ~?一目惚れぇ~?一目惚れなのぉ~?」

「あああああの、その、これは、違くて……!?」

「何が違うのぉ~?俺とか扉を軽く開いて覗いてる彼女達にも分かるように説明してぇ~?」

「っ!?」

 

 巧の言葉を聞いて『豊饒の女主人』の扉の方に視線を向けるシル。扉は少し開いていて、いくつもの目がシルを見つめていた。

 

「っ!?っ!??っ!?!?」

 

 顔を真っ赤にしながら声にならない音を連発するシル。

 

「あっ。弄り過ぎちゃった。衛生兵ー!衛生兵―!!早く連れてってー!」

「ミャーに任せるニャ!」

「任せた!」

 

 キャットピープルのアーニャが跳び出してきてシルを攫って行く。そんな彼女の去り際に巧が告げる。

 

「俺も今夜お邪魔するから食材の準備よろしくー!」

「暴食モンスターが来るニャ!食材の貯蔵は十分かニャー!?」

 

 巧の言葉を聞いて騒がしくなる店内。その音を聞きながら彼はベルを追うために人気のない通りを歩いてダンジョンへと急いだ。

 

「~~~♪」

 

 巧はいつも通り、晴れやかな笑顔で鼻歌を歌いつつ、ひらりひらりと小躍りをしながらダンジョンへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、無事にベルに追い付いた巧は、ダンジョンで彼の雄姿を見守る。

 

「―――そうそう。短刀は小回りが利くけど、リーチが短いからねー。不利だと思ったら逃げるのも全然有りだよ。本来は集団戦でもそこそこ有利なはずなんだけどね」

 

 1階層で六匹のコボルトに追われているベルを追いかけながら静かに呟く。

 そのまましばらく観察していると不意打ちによって先頭のコボルトを刺殺すると、そこからは流れるように次々と倒していった。

 

「ふ~~っ……勝てたぁ」

「おつかれー」

 

 動かなくなったコボルトの群れの横で、ペタンと地面に腰を下ろしたベルへと近付く巧。

 

「この数は初めてだっけ?」

「はい……」

「それにしては良い判断だったよ。不利だと思えば自分が有利な状況に誘導する。それが瞬時に判断できるならね?」

「ありがとうございます」

「じゃ、俺は剥ぎ取りしておくから、ベルはあっちのお相手をしてあげてよ」

 

 そういって通路の奥を示す巧。その奥からは―――

 

『ウオオオオオオオンッ!』

『ガアアッ!!』

 

 ―――数体のモンスターがこちらへと向かって来ていた。

 それを見て思わず口の端を引き攣らせるベル。

 

「……れ、連戦?」

「うん!あっ、バックパックは預かってあげるね!」

 

 巧はベルから黒いバックパックを奪うように掠め取ると、コボルトの死体に近付いていく。

 

「ちょっとぐらい休ませてくださいよ!?」

「俺に追い付きたいんじゃないのー?」

「っ!」

 

 彼が言っていた決心のことを口に出して、ベルを燃え滾らせる巧。

 ベルもそのことを言われて覚悟を決めたのか、向かってくるモンスターへとナイフを構える。

 

「その意気や良しー」

 

 巧は貫手で魔石を取りだしながら奮戦するベルを眺める。その後、半日に亘って狩りを続けた二人。

 

 

 

 

 

 

 巧たちは地上に帰還して換金すると、ホームへと帰還して【ステイタス】の更新をする。ベルが更新をしている間に巧はシャワーを浴びる。

 

『―――僕、今日は敵の攻撃を一回だけしかもらっていないのに!』

 

 巧がシャワーを終えて出ると、何やらベルの騒ぐ声が聞こえてきた。その声を不思議に思いつつも、のんびり腰まで伸びている長い髪をタオルで拭き、地球でいうドライヤーのような魔石器具で乾かしながら何があったのかを尋ねる。

 

「どうしたのー?」

「あっ!タクミさん!これ見て下さ―――」

 

 ベルは慌てた様子で【ステイタス】の用紙を巧に見せようとしてくる。その行動に巧は驚き、すぐに目を閉じてさらにその上から手で蓋をする。

 

「わわわっ!?流石に団員同士でも【ステイタス】の詳細な数値は見せない方がいいって!?」

「ご、ごめんなさい!?で、でも僕の【ステイタス】の上昇値がおかしくて!」

「それに関しては俺も分からないよ!?そもそも俺自身普通の上昇値を知らないから!ヘスティア様の方がそういうのは詳しいよ!多分!そのヘスティア様も分からないなら俺にも分からないから!」

「うっ……それは、そうですけど……」

「なら、素直に成長を喜びなよ!それよりもほら!次は俺の更新なんだからシャワー浴びて来て!」

「は、はい!」

 

 もちろんベルの異常な成長の理由は知っているが、嘘を吐くのはお手の物といった風に、息をするように嘘を言う。

 だが、彼の言葉を信じたベルは素直にシャワーを浴びに行く。

 それを見た巧は一息つき、完全に乾かしきった髪を一つに軽くまとめて邪魔にならないようにすると、ベッドでうつ伏せになる。そしてその上にヘスティアが跨り、【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄り始める。しかし、彼女の表情は険しく、いや、膨れっ面という方が正しいだろう。

 見るからに、不機嫌です、といった表情を浮かべているヘスティアに、つい苦笑を浮かべてしまう巧。

 

「………」

「ふふっ。不機嫌そうだね?」

「……ふん」

 

 誰とも知らぬ人物の影響で発現したスキルで著しい成長を見せるベルを見て、正体の分からぬ人に向かって怒りを募らせるヘスティア。その件の人物は現在自身の下にいるのだが。とはいえ、巧が影響を与えたのなら、ヘスティアも口うるさく言うことは無いのだろうが。

 

「昨日も言ったけど、嫉妬は見苦しいよ?子供はどうせいつかは巣立ちをするんだから、いちいち気にするのは大変だよ?」

「それは、そうだけど……」

「なら、ヘスティア様も素直に成長を喜ぼう?主神として、さ」

「………そうだね。……でも今日は許さない」

「一日ぐらいなら可愛いもんだよ」

 

 巧は不機嫌な主神に声をかけて宥める。

 彼の言葉を素直に受け入れるヘスティアだが、頬を膨らませて拗ねてしまう。だがそれも今日一日だと思えば可愛いものだろう。そもそもスキルが発現したのは巧の影響なのだが、巧はそれを黙っておく。彼が話さなければその事実が表に出ることは無いだろう。

 ヘスティアは彼の背中の【神聖文字(ヒエログリフ)】を更新し終えると、その内容を写した用紙を手渡してくる。

 

「はい。写しだよ」

「はーい」

 

 

タクミ・カトウ

Lv.2

力:E428→B703

耐久:F311→C670

器用:D554→A879

敏捷:D592→S925

魔力:I0

頑強:I

 

 巧はヘスティアから用紙を受け取ろうとするが、彼女が用紙を持つ手を中々放してくれない。そして彼女は笑顔を浮かべ、そのまま巧の顔に自身の顔を近づける。

 

「時間がある時にじぃーっくりとッ!話を聞かせてもらうからね?」

「………はい」

 

 いつもは見ない上昇値に流石に黙っていられなかったようだ。しばらく更新もせずに放置していたのもあるとは思うが。

 成長は喜ばしいが、今の言葉によって一瞬で気分が落ち込んでしまった巧。

 主神が最近、自身の担当アドバイザーのエイナに似てきて、少し悲しく感じる巧だった。

 

「それじゃボクはバイトの打ち上げがあるから、それに行ってくるよ。タクミ君はベル君と仲良く豪華な食事でもしてくると良いよ!」

「あっ。そうなんだ?じゃあ、はい。お金」

「………………あ、ありがとう……」

「うん。気をつけてねー」

 

 まだ少し機嫌がよろしくない主神にお小遣いをあげて見送りをする巧。それをしっかりと受け取ると、ベルがシャワー室から出てくる前に地下室から出て行く。

 そのすぐ後に、ベルがシャワーを浴び終えて出てくる。そして部屋の中を見渡して、先ほどまでいた人物の姿がないことに気が付くと、首を傾げながら巧に尋ねる。

 

「あれ?神様はどうしたんですか?」

「バイトの打ち上げだって。親睦会みたいな感じじゃないかな?」

「そう、ですか……」

 

 先ほどの更新の際のヘスティアの態度を気にしているのだろう。明らかに不機嫌そうな態度で突き放されたら、嫌でも気にしてしまう。

 そのことを分かっている巧は、何とも言えなさそうな微妙な表情を浮かべ、彼を安心させるように優しい声音で話す。

 

「大丈夫だよ。明日になれば機嫌も直ってるって!それよりも早く行こ!そんなくらい顔でご飯食べに行くのはマズいよ!」

「……そうですね!……ところで、シルさんって人がいるお店、知ってますか?」

「もちのろんだ!シルは以前行った『豊饒の女主人』の店員だよ!これでも常連だからね!店員は把握してるよ!」

 

 行くぞベルよ!と彼に告げながら財布をもって出かける用意をしている巧。ベルも急いで支度を済ませ、まだ乾ききっていない髪から水滴を落としながら彼に付き従う。

 




 今日の巧メモ
・人として:人の恋愛は見ていて楽しい。
・武人として:やっぱ初心って大切やな!
・研究者として:出番なし!だが裏では……?

 次の投稿ですが、遅れるかもしれません。来週の水曜日の18時に投稿が無ければ察してください。遅くても二週間以内には投稿します(予定)!
 出来るだけ来週の同じ時間に投稿できるよう頑張りますが、リアルの、言ってしまえば学校の方のテストがおそらく近いからです。勉強の方を少し本腰を入れてやらないといけないので、執筆が片手間になってしまいますので、そこのところご理解願います……。


以下クレジット

「解放礼儀」は”aisurakuto”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第一八話

 陽は既に西の空へ沈もうとしていた。

 早朝とは違い、人の往来が絶えない西のメインストリートを通り、周囲からは怒声や大笑の声が聞こえてくる中、『豊饒の女主人』へとやってきた巧とベルの二人。

 

「~~~♪」

「………」

 

 鼻歌を歌いながらさっさと入店する巧。それに恐る恐るといった感じで続くベル。何度かこの店には来ているが、未だにここの雰囲気に慣れることが出来ていなかった。

 巧の鼻歌が聞こえたのか、女将さんであるミアの声が飛んでくる。

 

「来たね!胃袋モンスター!」

「来たよ!それとシルのお客も一緒だよ!」

「ハハハ!なんだい?あの時の白い坊主かい!」

「うん!」

「その坊主もタクミと同じ大食漢らしいじゃないかい!」

「えっ!?そうだったのベル!?」

 

 ミアの言葉に驚きの声を上げながらベルの方に振り返る巧。目を向けられた当の本人であるベルも驚いた顔をしており、慌てた様子で首と手を左右に振って、必死に否定の意を示す。

 

「いや、僕自身初耳ですよ!?シルさん!?」

「……えへへ」

「えへへ、じゃねー!?」

「ごめんねぇ……今まで気づいてあげられなくて……これからは満足するまで食べていいよ……?」

「タクミさんも乗らないでください!!」

 

 泣いたふりをしていた巧にベルが突っ込むと、彼の思った通り冗談だったのか、すぐにクスクスと笑っていつもの席に座る。それを見たベルも疲れた表情を浮かべながらも席に着く。

 

「とりあえずここからここまで!それとこっちの方も!」

 

 さっさと座った巧はメニューを開くと、すぐに傍に居た店員に注文を告げる。ベルもそれに便乗して注文をパパッと済ませる。しばらくして注文した料理が運ばれてきて食事を始める二人。その後、ベルの横にシルが座って二人で談笑をする。そんな彼らを横目で一度確認すると、すぐに食事に集中する巧。

 すると、酒場に冒険者の一団が入ってくる。騒ぎながら入ってきた彼らの音につられて、つい目を向けてしまう巧。ベルも気になったのか入り口の方を覗き込んでいる。

 

(ウゲッ……)

 

 その面々を見た巧は心の中で苦い声を出しながら、積み重なった皿で顔を隠すようにする。

 いま酒場に入ってきたのは【ロキ・ファミリア】の一団だった。そんな彼らに気づかれないように、気配をできる限り希釈させながら料理を食べ続ける。しばらくは彼らと関わり合いになりたくはなかった。出来る限り自身の存在を気づかせないように努力をする巧。そのまま息を潜めるように静かに食事を進める。そして一人の人物が音頭を取る。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

 【ロキ・ファミリア】の主神、ロキがそう言うと、『ガチン!』とジョッキをぶつけあって騒ぎ始める。それを見た周囲の客も自分達の食事へと戻る。巧も静かに追加の注文を取って食事を続ける。が、彼の努力虚しく、近づいてくる気配に心の中で舌打ちをする。

 

「隣に座って良いかな?」

 

 背後から静かに近寄り、黙々と料理を食べ続けている巧に声をかけてくる。

 さすがに積み上がった皿の違和感までは誤魔化せなかったようだ。

 表情を歪めながら、話しかけてきた人物の方を見ないようにしてぶっきらぼうに答える。

 

「……お好きにどうぞ。誰も座ってないし」

「じゃあ失礼するよ」

 

 巧の心底嫌そうな声に表情を変えずに彼の隣に座ろうとするが、テーブルの上に積み重なっている皿を見て、身体をずらしてさらに一つ隣の席に座るフィン。

 

「先日は助かったよ」

「礼はいいよー。好きでやったのと巻き込まれたのが半分だからねー」

「そうかい?」

「そーですよー」

 

 フィンの言葉に次々と料理を口に運びながら話す巧。フィンはその料理の量に僅かに頬を引き攣らせる。

 

「それで?用はそれだけ?礼だけならダンジョンで別れる前にも聞いたけど」

「……君のことを主神に紹介したいんだ。君のことを話したら少し、興味を持たれてね」

「此処の代金全額そっち持ちでいいなら。ちなみに俺はまだまだ食えるよ。不慮の事故でそちらのテーブルに座らされても全額肩代わりしてもらう。それでもいいなら喜んでついていこうかな」

「……………………………」

 

 巧の言葉にフィンは静かに目の前にある皿の山を見る。少しずつ店員に運ばれてはいるものの、巧の食べる速度の方が速く数が減っているようには見えない。汗を一筋流しながら険しい表情を浮かべる。しばしの葛藤の後、フィンは口を開く。

 

「君がここに居ない時にまた話を持ってくるよ」

「それは良い判断なこって。じゃ、後ろの人が怖いんで戻ってもらっても?」

 

 そう言って自身の後ろを指さす巧。そこには何か黒いオーラを醸し出しているティオネ・ヒリュテが立っていた。

 そんな彼女の恐ろしい形相を見ながら巧はため息交じりで彼女に話しかける。

 

「……男相手に嫉妬しないでほしいね、まったく。話は終わったから、お持ち帰りして良いよ。なんならホームの自室にでも行って既成事実を―――」

「それ以上は止めてくれないかな!?」

 

 初めてフィンが焦った声と表情で巧の言葉を止めにかかる。

 これ幸いといった風に、フィンの弱点を見つけたことを内心喜ぶ巧。そして彼女に手を摑まれて、宴会の席に連れ戻されるフィン。しかしそれを眺めていた巧も不意に持ち上げられる。いや、気配自体が近づいていたのは分かっていた。だが持ち上げられるとは予想していなかった。荷物のように抱えられた巧は持ち上げた人物を見上げる。

 

「……なんでしょうか、ガレスさん」

「こんなところで一人寂しく食っとらんで、お前さんもこっちへ来い!今回の遠征に参加したようなもんなんだからのう!」

「いや、一人じゃないし。ちゃんと連れがいるし」

「ほう?それはそこにいる白髪の少年か?だが、あの者は女子と楽しげに談笑している。その邪魔をしてはいかんだろう?」

「……正論なだけに腹が立つ」

「ほれ、では行くぞ」

 

 すぐに抜け出すことも出来たが、巧はガレスにされるがまま【ロキ・ファミリア】が宴会をしているテーブルに連れてかれる。そのまま椅子に強制的に座らされる。正面には神ロキが居り、巧の顔を正面から見つめる。

 

「おう!自分が助けてくれったちゅうタクミ・カトウか?」

「ええ、まあ。初めまして。主神ヘスティアと仲の悪く、そのまな板のような胸がコンプレックスな神ロキ。私が貴方と正反対の胸を持つ神ヘスティアの最初の眷属のタクミ・カトウですが何か?」

 

 無表情な巧の挑発交じりの言葉を受けた神ロキが動きを止めて、その身体を怒りで震わせながらもなんとか堪える。一応眷属の恩人であるため、何とか耐えきることが出来たようだ。

 

「お、おう……そ、そうらしいなぁ……で、でもまぁ!今回は感謝するで!おかげでみんな無事やしな!」

 

 巧はロキの言葉を聞くと、感情を移さない目を静かに伏せながら口を開く。

 

「……それは、どうでしょう?私なんかが居らずとも【ロキ・ファミリア】の面々ならば切り抜けることが出来たと予想されます。まあ、物資の消耗はより酷かったかもしれませんし、『カドモスの泉』の泉水を失っていたでしょうが」

 

 丁寧な物腰と言葉遣いで若干距離を取るような話し方をする。そんな彼に口角を引き攣らせながらも笑顔を保つロキ。

 

「ず、随分嫌味ったらしいやっちゃなぁ……!」

「もしものことを言っているまでです。ですが、あの状況をどうにか出来る実力が彼らにはある。嫌味ではなく素直に称賛を送っているんですよ」

「そ、そうか……?」

「ええ」

 

 これは巧の紛れもない本音だった。深層で【ロキ・ファミリア】の実力を間近で見た巧は、素直に感心していたのだ。団長のフィンは実力がある上に頭が回る。アイズは付与魔法(エンチャント)を用いた高火力の近接戦闘。それ以外の面々も一部を除き、状況に応じた対応を行えていた。流石はオラリオの最強ファミリアの一角と言われるだけのことはあると、納得するだけの力が彼らは持っていた。

 そんな若干遠回しの称賛とはいえ、自身の眷属を褒められて思わず気を良くするロキ。そんな彼女は後先考えずに、ある発言をしてしまった。

 

「今日は助けてくれた礼も兼ねて奢ったる!好きなもん頼みや!全部払ったるで!」

「―――へえ?」

 

 チラリ、と横にいるフィンの様子を見る巧。その表情は色々と諦めており、巧に視線で好きにしてくれと訴えかけていた。それを理解した巧は無表情をやめ、ニタリとした笑みを浮かべて店員に声をかける。

 

「追加―!メニュー表の料理全部!食材かミアさんが限界を迎えるまで持ってきてー!」

「ニャー!?ついに胃袋モンスターが本性と本気を出したニャー!!」

「「「「「「「「「「…………………………」」」」」」」」」」

 

 巧の注文を聞いてアーニャが騒ぎ立てる。周囲にいた神ロキを始めとした【ロキ・ファミリア】の面々も驚きで動きを止めてしまう。

 注文を終えた巧は自身の正面にいる神ロキへと視線を戻す。

 

「奢って、くれるんですよね?」

「……………………………………………………お、おう」

 

 そして、驚きのあまり、頬を引き攣らせている神ロキに向かって口角を上げ、三日月を描くような凶悪な笑みを見せつけた。

 




今日の巧メモ
・人として:タダほど美味いものはない。故に遠慮はしない。
・武人として:強い人は強い。だから褒めるときは褒める。
・研究者として:どんなに不思議な構造でも自分の身体には興味がない。


 どうも。作者の猫屋敷の召使いです。はい。二週間ぶりですね。
 とりあえず今回から週一更新に()()()()戻してみることにします。
 えっ?書き溜めは大丈夫なのかって?HAHAHA!……まぁ、マズいです。でもとりあえず原作一巻終了までは週一で頑張ります。もしかしたらその時に少し休んで執筆作業に集中するかもしれませんが。まだ先なので予定は未定です。もう一つの作品の方も更新再開しないといけなくなるので尚更ですね。

 とはいえ、大きな理由としては……二週間空くとサボり癖が出そう。ていうか危なかったからです。三日坊主の私が二週間空けたらマズいですね、やっぱり。
 いや、学校の課題もあったので一概にサボったとは言えないですけど……。

 まあ、というわけで次の更新は来週の水曜日18:00(予定)です。
 それではまた次回!

今回はクレジット無し!



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第一九話

 巧は次々と運ばれてくる料理を刹那の間に平らげて、自身の食欲と胃袋を満たしていく。胃に侵入した料理は瞬く間に消化されて、彼の身体に栄養として吸収されていく。一部の栄養は非常時に供給する用に貯蓄される。

 眼前で繰り広げられるその光景を引き攣った笑顔で眺める神ロキ。

 

「……くっそぅ。判断早まったかもしれへんなぁ……」

「悔め悔めー。軽はずみで俺に『奢る』なんて言った自身のスカスカな思考と口をー」

 

 神ロキの呟きにニヤニヤと笑いながら告げる巧。それに悔しそうに歯噛みしながらも、自分自身が招いたことであるため、何も言えずに押し黙ってしまう。その周囲の面々も彼の所行に目を丸くしている。

 

「……ダンジョン内では、あそこまで食べていたか?」

「少なくとも量は普通だったと思うがの。食べているものは別としての」

「……本当に人族(ヒューマン)か、あれ?」

「あの量の料理が一体何処に消えていってるんでしょう……?」

「本人も分かってないんじゃないかしら?」

「凄い食べっぷり。ロキ、奢るなんて言ってたけど、大丈夫かな?自分で払うんだよね?」

「……どうだろう?」

 

 それぞれ思ったことを口々に言う一同。それを気にせずに次々と料理を頬張る巧。離れた席で食事しているベルを気にかけながらだが。そんな彼は変わらずシルと談笑を続けていた。しかし、こちらのことを窺っている様子から食事は終わって、巧のことを待っているのだろう。巧もそのことは分かっているが、中々に食材の貯蔵とミアが粘ってくる。延々と料理が出続けてくる。

 

「まだ余裕あるの?」

「まだまだ余裕はあるニャ!ついにあの胃袋モンスターも限界かニャ?」

「いや全然。もう出てきたのは食べ終わったから次はまだかなー、って」

「ニャー!?そんニャ馬鹿ニャー!?」

「アーニャ!口じゃなくて手と足を動かしなッ!!」

「ニャー!?」

 

 ミアの余裕がなさそうな怒声とアーニャの猫の鳴き声のような悲鳴を聞きながら、新しく出された料理を食べ進める巧。そんな中、ベートが何かを思い出したように巧に声をかける。

 

「なあ、お前が5階層でミノタウロスを倒したときにいた白髪。あれ、お前んところの団員か?」

「そうだよー。まだまだ駆け出しもいいところだけどねー」

 

 美味しい食事によって多少機嫌を良くした巧はその問いに答える。

 

「普段はアイツと一緒に潜ってるのか?」

「うん。彼が冒険者としてモンスターを倒して、俺が彼のサポーターをしてる」

 

 ベートの問いに、名前を出さないように気を付けながら会話を続ける巧。その答えに顔を顰めながらさらに質問を続ける。

 

「なんであんな雑魚と一緒に潜るんだ?」

「……どういう、意味かな?」

 

 巧はベートの言葉に目つきを鋭くさせながら問い直す。そんな巧を鼻で笑って酒のせいで紅潮させたベートは話を続ける。

 

「ハッ!野郎のくせに泣くわ泣くわ。泣き喚くような情けねえヤツだぞ。モンスターを前にして震え上がる奴がいたら、足手まといだろ?なら一人で潜った方が―――」

「―――それ以上、その煩わしい口を開くようなら、俺も我慢はできないぞ、犬っころ」

 

 テーブルを囲んでいた【ロキ・ファミリア】の面々が一瞬で距離を取る。神ロキもリヴェリアとガレスが自分達の後ろに移動させられている。酔っていた者も瞬時に酔いが醒めて臨戦態勢へと移行している。

 原因は巧が無差別に放った殺気だろう。それにより身の危険を感じた一同はすぐに戦闘できるように動いたのだ。

 そのため、全員が巧のことを睨み付けて警戒している。少しでも攻撃するような動作を行えば、一斉に攻撃されるだろう。巧がもしも、予備動作を見せるような()()をすれば、だが。

 酒場全体に広がったそれは、周囲の客も気づき巧の方を振り向く。

 その光景に気づいた巧はハッとすると、息を一つ吐いて殺気を霧散させる。

 

「……駄目だな。どうも最近は感情の制御ができないなぁ……」

 

 頭を押さえながら誰にも聞こえないように呟くと、巧は席を立ってミアに声をかける。

 

「ミアさーん!追加の注文打ち止めでー!食欲なくなっちゃった!」

「……はいよ。また来な」

「はーい!ベルー!勘定済ませたら帰るよー!」

 

 もう名前を隠すことすら面倒になった巧は、カウンターの方に向かって叫ぶと、フィン達のことを視界に入れないようにしながら出入り口に向かい始める。

 彼は歩きながらフィンに声をかける。

 

「一生関わらないことを祈ってるよ、フィン・ディムナ」

「……彼にはしっかり此方から言い聞かせておく。もう次が無いようにしっかりね。どうか、それで許してくれないかな?」

 

 フィンが汗を流しながら巧に言葉を返す。それを不機嫌な表情のまま、口を開く。

 

「かかっ!そいつの心根なんぞ言い聞かせた程度で治るものかよ」

 

 フィンの言葉を嘲笑って、首だけを後ろに向けて彼のことを睨み付ける。

 

「一度()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか?ん?」

「っ!?」

 

 自身のことを見つめてくる、その彼の黒い瞳を見たフィンは、僅かに震え始めた右腕を左腕で押さえつけて、どうにか震えを止めようとするも、それが治まることはなかった。

 

「……ハッ。冗談にきまってるだろう。先の提案で()()してやるよ」

 

 そんな様子を心底つまらなさそうに一瞥して鼻で笑うと、追いついた白髪の少年と共に酒場を出て行く。

 彼が出ていった後もしばらくの間、【ロキ・ファミリア】の面々は動くことが出来なかった。

 

「……あれがLv.2やと……?ハッ、冗談やないで……」

 

 酒場の出口を見つめながらロキが未だ震えが治まらぬ身体に、汗を溢れさせながらそんなことを呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 『豊饒の女主人』を出た巧はベルを連れてホームとは逆方向へと、苛立たしげに歩いていく。その様子に戸惑いながらも大人しくついていくベル。しかし、やはり何処へ向かっているのかが気になり、彼に問いかける。

 

「あの、タクミさん……。一体何処に向かってるんですか?」

「ダンジョン」

「えっ!?」

 

 巧の答えに驚きの声を上げるベル。その声にも反応せず足を進める巧。

 ベルは目の前を行く巧に遅れないようについていきながらも、戸惑いを隠せずに聞き返す。

 

「な、なんでですか……?」

「ベルの修練のためと俺の我が儘。あの犬っころに言われっぱなしは個人的に気に食わない。だから計画を前倒す。多少無茶はさせるが、死にはしない。体力の限界を自覚させたいだけだ」

「えっ!?で、でも僕今はまともな装備ありませんよ!?」

「……嫌だ、とは言わないんだな?」

 

 巧の言葉に嫌な顔ひとつせずに、ただ驚くだけのベル。そんな彼に微笑を向ける巧。

 普通ならば、そのようなことを言われれば罵声の一つや二つぐらいぶつけたくなるはずだ。だが、それすらもない。

 その心意気を嬉しく思い、口元が緩んでしまう巧。

 

「その気概があれば十分だ」

「え、えっと、本当に行くんですか……?」

「当たり前だろう。むしろ俺がついてる分安全だぞ?それは保障する。それに、自分が本当に強くなっているのか不安に感じているのではないか?」

「………………っ」

 

 巧の言葉に思わず息を呑むベル。まるで心の奥底まで見透かしているかのような物言いだった。

 だが、実際疑問を抱いていたのは事実だ。

 たしかに、巧との組手によってモンスターの動きはよく見えるようになっていた。だが、それ以前にも何度も戦ってきた相手だ。その動きに慣れたのだろうという考えがベルの頭の隅に残っていた。そのうえ、現状でも巧の攻撃は見えず、避けることすらも出来ていない。でもそれは、ベルの成長に合わせて巧が速度を上げているからだ。見えなくても、避けられなくても仕方のないことである。

 

「それを実感させるためにも、今日は6階層に潜ってもらう。当然一人でだ。ああ、俺はベルの見えないところで見ているから安心しろ。すぐに助けられる範囲にいる」

「で、でも……」

 

 それでも、小さな不安が拭い切れないベル。そんな彼に優しい声音で話を続ける巧。

 

「大丈夫だ。お前にはもう、6階層でやっていけるだけの力が備わっている。自信を持て。それでも不安ならば、6階層で一度だけ戦ってみるといい。それでお前が無理だと思うのならば、引き返そう」

「……分かりました」

 

 巧の言葉に押し切られたような形になったが、ベルはその提案に頷く。

 そうして二人はダンジョンの中へと進んでいく。道中のモンスターは全てベルが倒していく。その死体を巧が魔石を打ち砕いて灰へと変える。ドロップアイテムが出ると仕方なく回収していく。二人には物理的な距離があり、会話もない状況のまま、6階層へと進出する。

 ベルは不安と緊張が入り混じった表情を浮かべながらも、6階層の通路を進んでいく。ゆったりとした足取りで一歩、また一歩と慎重に歩いていく。気配を探り損ねないように。集中したまま進んでいくとついに、モンスターと遭遇した。

 

「……ッ」

 

 少々身体を反応させるが、大きな物音は立てない。向こうはまだこちらに気づいていない。視界に映るのは大きな蛙のモンスター、フロッグ・シューターの背中。知識として知ってはいても実際に対峙するのは初めてだ。

 その身体を捉えて武器をゆっくり構える。

 

「ッ!」

 

 相手に気づかれる前に一息に駆けてナイフを一閃。そしてすぐさま後ろに飛び退き、そのまま目の前のフロッグ・シューターを見つめ続ける。

 

「…………………………ふぅ」

 

 フロッグ・シューターが完全に沈黙したのを確認すると、息を一つ吐きだすベル。しかし、警戒を解くようなことはしない。安全だと分かりきっている場所以外では気を抜くな。巧から散々言われたことだ。それを忘れでもしたら帰ったときに巧に何を言われるか知ったものじゃない。

 ベルはその死体を放置し、先へと進む。自分が去った後、巧が処理してくれると理解しているから。だから自身は戦闘に集中する。

 その後も慎重に足を進め、遭遇したモンスターを倒し続けるベル。そして数十体のモンスターを倒し終えたベルはふと気づいた。

 

(……これだけ動いたのにそこまで疲れてない……?それにモンスターの攻撃もよく見えるし、避ける方向も感覚的にだけど理解できてる……)

 

 初めてのモンスター相手でも、落ち着いて対処できており、冷静に判断してから回避行動を取れている。以前までとは感覚が違う。心に余裕がある。そう感じた。

 

(強く、なれてるのかな……?)

 

 そう思うと、自然と短刀を持っている手に力が入る。しかしすぐに弛緩させて柔軟に動かせるようにする。

 その後も6階層の探索を続け、モンスターを倒していく。

 疲れも時間も忘れ、ただひたすらに。そしてある時、パタリと地面に倒れて動かなくなってしまうベル。

 

「……ふむ。やはり一夜は戦闘を続けられるだけの集中力と体力が身についてるか。重畳重畳。喜ばしいことだな」

 

 倒れたベルに近付いた巧は、よいしょ、と声をあげながら肩に担ぎ上げると、ホームに帰還するために移動を始めた。ベルがモンスターを倒しながら進んでいたおかげで、帰り道にはモンスターの影はほぼなかった。そんな静かな帰路の途中でベルが目を覚ます。

 

「あ、れ……?」

「……起きたか。流石にいきなり倒れるとは思わなかったぞ」

「えっ!?あっ!?す、すいません!自分で歩けます!」

「無理するな。突然意識を失うほどに体は疲弊している。今は黙って運ばれていろ」

「……はい………………」

 

 意識がはっきりしてきたのか、足に力が入らないことに気が付いたベルは力なく返事をして巧に身を任せる。

 

「今回の事で自分の活動限界は知れたか?」

「……はい。少しだけ」

「今はそれで十分だ。それと成長は実感できたか?」

「それはもう、すごく理解できました!」

 

 巧の言葉に興奮したように返事をするベル。そんな彼に呆れたように息を一つ吐くと、咎めるような視線を向ける。

 

「だが、それに満足して研鑽を怠るなよ?ましてや驕るなど以ての外だ。もしそのような事態になるのなら、その性根を徹底的に叩き直す。覚えておけ」

「は、はい……」

 

 巧のドスの利いた声に怯えたように声を震わせながら返事をするベル。彼の反応にククク、と含み笑いをしてしまう巧。その笑い声を聞いたベルは顔色を青くする。

 以降はダンジョンを出るまで会話も無く、ただ静かな空気が二人を覆い続けた。そんな空気のまま、街の外気が二人に触れ始める。すでに夜が明け、周囲が白み始めていた。

 

「予想以上に長くなり過ぎたか……」

 

 巧は少し反省した風に声を溢す。そこから駆け足でホームへと向かう。肩に担いだベルに負担がかからないようにしながら。そして、廃教会の前まで着いた巧は中の気配を感じ取って溜め息を吐く。中には部屋の中央を行ったり来たりする気配が感じ取れ、渋々ながら足を進め、ドアノブに手をかけて押し開ける。

 

「ただいまー」

「遅い!こんな時間まで一体何処に行っていたんだい!?」

 

 中に入って主神に声をかける巧。ヘスティアもすぐに反応してみせ、怒声を上げる。それに疲れたような表情をしながらも答える巧。

 

「デリカシーがないなぁー。朝帰りだよー?それぐらい察してよねー」

「ななななぁっ!?」

 

 巧の言葉で赤面するヘスティア。それによって何を想像したのかは手に取るようにわかってしまう。そんな彼女を見て、クスクスと笑う巧。

 

「冗談だよ。ベルと二人でダンジョンに行ってたんだ」

 

 何時の間にか眠ってしまっていたベルをベッドへ横たえると、ソファにドスッと乱暴に座り込む巧。そんな彼にヘスティアは紅潮した顔のまま、巧を問い詰める。

 

「な、なんでこんな時間に行ったんだい!?」

「ベルの成長のためー。この時間なら他の冒険者はほとんどいないから、上層でも気配探知が楽なんだー……」

 

 ぐでーん、とすっかり力を抜き、背もたれに身体を預けてリラックスしている巧が、荒く聞いてくるヘスティアとは対照的に静かに答える。

 

「ベルは、強くなるよ。きっと。だからその手助けをしてあげてる。立ち止まるようなら背中を押して。不安になったのなら、その種を取り除く。そういうことをしてるだけだよ」

「………………」

「ヘスティア様も、ベルを助けてあげてね?俺は、こんなだからさ」

 

 ブンブンと拳を握った手をヘスティアによく見えるように振る。それだけで彼女は彼が何を言っているのかを理解した。

 巧は武器も使わなければ、ましてや防具さえも身に着けない。本当にその身一つでダンジョンに潜って、モンスターを倒す。冒険者としては異質で、人としても正気の沙汰とは大半の者は思わない。だが、それで今の今まで生き残り、Lv.2へと【ランクアップ】まで果たすという実績を上げている。そのうえ困ってる人を見たら、なりふり構わずに首を突っ込んでいく。今では少しベルやヘスティアを優先するようにはなったが、根本的な部分は何も変わっていない。

 だが、だからこそ、ヘスティアは彼に何もしてやることはできなかった。何か、自分にやれることは無いかと模索するも、結局思いついたことは一つだけ。少しだけでも家計が楽になればと始めたジャガ丸くんの屋台のアルバイト。しかし、それも巧の稼ぎから見たら雀の涙程度だ。結局、彼のために何かをしてやれたと、胸を張って言えることなど一つもなかった。その気持ちは巧も理解している。

 だからこそ、それを、自分ではなくベルにやってくれ、と巧はそう言っているのだろう。

 ヘスティアは歯を食いしばり、拳を握りしめる。が、すぐに力を抜いて、ゆったりとした足並みでソファに近付くと巧の右隣に腰を下ろす。

 

「……タクミ君は、何かないのかな?」

 

 俯き気味に隣に居る巧に尋ねるヘスティア。巧は彼女の様子に気づきながらも、いつもと同じ声音で言葉を返す。

 

「……俺は、眷属にしてもらっただけで十分だよー。あのままどこの【ファミリア】にも入れなかったら野宿する羽目になってただろうしー」

 

 疲れてるのもあるのだろうが、力が全然入っていないだらしのない、けれども満面の笑みで答える巧。

 その答えに溜め息を吐きながらも、ヘスティアも苦笑に近い表情を浮かべながら、巧の方へと倒れ込む。ちょうど彼女の頭が彼の膝に乗るような形で。

 

「……シャワー浴びてないから匂うかもよ?」

「……別に気にならないよ」

 

 すんすん、と鼻で空気を吸って巧の匂いを嗅ぐヘスティア。そんな主神の様子に、今度は巧の方が苦笑してしまい、彼女の頭に左手を乗せると、ゆっくり動かして撫で始める。そのまま動かしながら右手で主神の髪紐をほどいて手櫛で軽く梳かす。そうして、寝やすいように軽く整える。

 

「じゃあ、おやすみなさい、ヘスティア様」

「……うん。おやすみ」

 

 優しい声音で告げられた言葉に安心したように微笑み、目を閉じると静かに寝息を立てる。巧は傍に置いてあった毛布を手に取ると、彼女に掛けて自分も眼を閉じて休息をとり始める。

 いつもならば、起きる筈の時間に眠りについた一同。

 陽が昇り、通りに人の姿が見え始める頃に、三人はそれぞれ眠りについたのだった。

 

 

 

 だが、残念ながら。この二時間後に十分な休息をとった巧は目覚めると、ヘスティアを起こさないように密かに抜け出すと、日課の修練を始めたのだった。

 

 




今日の巧メモ
・人として:タダ飯おいちい。
・武人として:つい漏れちゃった(殺気)。
・研究者として:……あれ?もしかして今回出番ない?


 次話は来週の水曜日の同時間です!

 今回もクレジット無し!早く技だしたい!


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第二〇話

今回は好き嫌いがあるかもしれない。


 ベルに夜通しダンジョンアタックをやらせた日から既に一日が経過していた。昨日は一日中眠りこけていた二人に苦笑しながらも、ベルの装備の整備をヴェルフに頼んだり、消耗品の補充をしたり、『豊饒の女主人』に店内の空気を悪くしたことについて謝罪したりと、巧は街を忙しなく駆けまわっていた。

 そんな彼は今、日を跨ごうかとしている時間帯に一人、いつもの修練場にボロボロの服を身に纏って乱れた息をどうにか整えようと努力していた。

 51階層から帰還した日から『仮想組手』の強度を上げ、より苛烈な修練を積んでいるのだ。

 

「……ラスト、一戦!」

 

 そういって幻影の天野博士に突っ込んでいった。

 ……結果だけ言うと、巧は惨敗した。内容は口にするのも可哀そうなほどのワンサイドゲームだ。

 そんな修練と言えるのかすら定かではないものを終えて、部屋に戻ると中にはヘスティアの姿しか見えず、ベルは既にいないようだった。

 

「ベルはもうダンジョンに行ったんだ?」

「うん。ついさっきね」

 

 巧の言葉に答えながら自身のクローゼットを漁って、服を見繕っているヘスティア。そんな彼女を見て、首を傾げながら尋ねる。

 

「……?そんなに服を出したりしてどうしたのさ?どこか出かけるの?」

「出る気はなかったけど、ガネーシャ主催の宴にね。それで礼服を探してたんだけど……」

「……?それなら店で仕立て依頼してそのままじゃなかった?」

「あっ!」

 

 それを聞いて思い出したように声を上げるヘスティア。それを見て彼は呆れてしまう。

 

「そうだったそうだった。なら焦る必要はないね。あっ、ボクは数日留守にするからさっさと更新しちゃおうか」

「はーい」

 

 ヘスティアの言葉に返事をしつつ、上着を脱いでベッドに横になる巧。その上にいつものようにヘスティアが跨る。

 

「……ふふっ」

「……?どうかした?」

 

 【神聖文字(ヒエログリフ)】を弄りながら、巧の上に座ったヘスティアが短く笑い声を上げ、その事を不思議に思った彼が尋ねる。

 巧の問いに微笑を浮かべながら理由を告げる。

 

「なんか、久しぶりに二人だけって感じがしてね」

「んー?……そっ、かー。ベルが来てからは、賑やかになったもんねー」

「うん。此処に越してきて一ヵ月半以上経つのかな?」

 

 ヘスティアの言葉を聞いて、巧は目を瞑って少し前のことを思い返す。

 【ヘファイストス・ファミリア】に居候していた神ヘスティアと顔を合わせたときのこと。

 神ヘファイストスに紹介されて、ヴェルフと出会ったときのこと。

 家具とかを買い漁って、二人で此処に越してきたときのこと。

 ベルを勧誘し、新しく団員として加わったときのこと。

 色々なことが思い出される。

 

「そうだね。此処に越してからは最初の一ヵ月は二人だけ。その後はベルも増えて賑やかになったかな。あっ、収入は減ったけどね?その上、支出も増えたし」

 

 くすくすと笑う巧。ヘスティアも釣られて笑いそうになるが、内容的に全く笑えずに終わる。

 

「……はい。終わったよ」

 

 

タクミ・カトウ

Lv.2

力:B703→SS1011

耐久:C670→S969

器用:A879→SSS1199

敏捷:S925→SSS1199

魔力:I0

頑強:I

 

 

「……もうSSSかぁ。やっぱりこれ以上はないのかな?」

「頭打ちがなくて、ほぼ修練だけでこんなに上がるのは十分すごいと思うけどね」

「俺は自分に限界を感じてないからー」

 

 渡された用紙を見ながらへらへらと笑う巧。ヘスティアは苦笑を浮かべつつ、巧の上から降りると礼服を受け取りに向かう準備を始める。

 

「それじゃあ、少しの間留守にするからよろしく!」

「はーい。よろしくされたー……あっ、少し待って」

「……?なんだい?」

 

 彼女は出口へと向かっていた足を止めて、声をかけてきた巧のことを見やる。

 

「はいこれ。すっかり渡しそびれてたや」

 

 彼女を呼び止めた巧は、自身が使用している小物入れから、小箱を取りだしてヘスティアに渡す。

 

「これは?」

「ネックレス。宝石樹の宝石をヴェルフに頼んで加工してもらったんだー。今までお金しかあげてなかったからさー。こういうのもあげた方がいいのかなーと思ってねー」

 

 箱の中身は加工された青色の宝石が嵌めこまれたネックレス。過度な装飾はないが、それを補うほどに宝石に視線が向いてしまうものだった。

 上着を着直しながらヘスティアの問いに答える巧。彼の言葉に彼女は目を瞬かせる。

 

「……いいのかい?」

「えっ。むしろもらってくれないと困るよー。そのためにヴェルフに土下座してまで頼んだのに」

「……タクミ君って、極東出身だったっけ?」

「さぁー?どうだろうねー?」

 

 土下座という言葉に反応したヘスティアに、くすくす笑いながら誤魔化す巧。

 

「何する気かは分からないけど、楽しんできてねー?」

「……うん。分かったよ」

 

 笑顔で手を振ってくる巧にヘスティアも微笑を返すと、部屋を出て行く。

 

「さてと、俺はどうしようかなぁー?ベルは昨日の今日で無茶はしないだろうしなー。……となるとー」

 

 にたり、と口角を鋭く上げて、誰も見たことがない笑みを浮かべる巧。

 

「ソーマ様とザニスへの()()()()()をしようかな?聞きたいことはほぼなくなったけど、【ファミリア】を正す分には、誰にも文句は言われねえよなぁ?」

 

 その笑みは、とても恐ろしく、見たものを恐怖に陥れるほど凶悪なものであった。

 この日、巧が帰ってきたのはベルが帰ってきた後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘスティアが出かけて二日が経った。

 今巧とベルは共にダンジョンに潜っている。そしていつも通り巧はベルの戦闘を遠巻きに眺めている。

 ゴブリンとダンジョン・リザードを相手取っているベルの動きを見て、二対一でも危なげなく戦えていることを確認して安堵の息を吐く。

 しばらくして二体が沈黙するのを見ると、ベルは肩から力を抜いた。

 

「……よし」

「お疲れー。やっぱり問題なさそうだねー」

「……タクミさん」

「んー?なにー?」

「僕って、強くなってますよね?」

 

 彼のとぼけたような問いに首を傾げながらも聞き返す。

 

「この前の夜通しダンジョンアタックで理解したんじゃないの?」

「はい。でもちょっと、途中から記憶が曖昧で……最初の方と、帰り道での話は覚えてるんですけど……」

 

 ベルは頬を搔いて苦笑を浮かべる。そんな彼に巧も苦笑を返しつつ、質問に答える。

 

「今日の戦闘ではまだ攻撃も受けてないし、状況判断能力も養われてきてるし、大丈夫だよ。ま、ベルはあまり小道具とかを使わない方が強くなれるかもしれないねー」

「小道具……?」

 

 巧の話の中の単語に反応を示したベル。彼が首を傾げながら呟いたため、巧はそれについても話を続ける。

 

「閃光弾とか煙玉とかだよ。ベルは速度を生かした戦闘をした方が強いだろうから、ポーションとかはまだしも、道具を使うくらいなら接近して攻撃した方が早いよ。使うのは倒すのに困って逃げる時ぐらいだね。搦め手では微妙だね。それらを使うぐらいなら速さで翻弄した方が手っ取り早いだろうし」

「……そうですかね」

「そうだよ」

 

 納得してなさそうに口を噤むベルに対して、満面の笑みを向ける巧。今度は逆に巧からベルに質問する。

 

「それよりもさ、どうする?まだやるかな?」

「……いえ、今日はもうやめておきます」

 

 少し逡巡したような様子を見せるが、すぐに首を振って引き上げることを決めるベル。

 笑みを崩さずにその言葉を聞き入れると、帰り道の方向を指さしながら告げる。

 

「なら帰ろっか。ほら先導して」

「……今日ぐらいタクミさんが―――」

「俺が君のダンジョンアタックに付き合ってるんであって、君が俺のダンジョンアタックに付き合わされている訳じゃないんだよ?なら帰りもベルが先導するのが筋でしょ?それともなに?俺のダンジョンアタックに付き合ってくれるの?俺の最高到達階層は51階層なんだけど、主な狩場は37階層だから安心して良いよ?」

「僕が悪かったですごめんなさい!」

 

 巧の言葉にベルがすぐに謝る。彼の言う事に従ってベルが先導し、『始まりの道』とも呼ばれる横幅が限りなく広い1階層の大通路を進み終え、地上へとつながる大穴まで辿り着く。

 多くの冒険者やサポーターがひしめく中、ダンジョンの大穴から少し離れた場所にいくつも置かれいる巨大なカーゴにベルの視線は向いていた。

 

「っ!?」

 

 それを興味深そうに見ていると唐突にガタゴトッ、と箱が揺れた。その瞬間に身体をびくっ、と震わせる。そして巧に近寄りながら小声で尋ねる。

 

「あ、あれってなんですか?」

「んー?……あー、多分怪物祭(モンスターフィリア)用のモンスターじゃないかな?」

怪物祭(モンスターフィリア)……?」

「年一回のお祭りで闘技場でモンスターの調教(テイム)を実演する見世物、だったかな?それ以外にも屋台とかも立ち並ぶらしいよ?俺も実際に見たことないから分からないけど」

「へぇー、そうなんですか!」

「開催は……明日だったかな?……どうする?見てみたいなら明日はベルの好きにしてもいいよ?」

「……考えておきます」

 

 ベルの返答を聞きながら、巧は歩を進めてシャワー室に向かう。ベルも彼のことを小走りで追いかけた。

 そしてギルドでの換金を終えたあと巧はベルと別れると、ある場所へと向かった。

 

「ハッロ~♪ソーマ様にザニスさーん。今日も質問しに来たよー?」

「「…………………………」」

「って言っても、聞こえてないよねー♪」

 

 あはははー♪と笑いながら二人に手を振る巧。

 いま彼がいる場所は【ソーマ・ファミリア】にある神ソーマの部屋。巧の目の前には神ソーマと団長のザニス・ルストラがいるが、微動だにすることは無い。なぜならば、巧の手によって深い催眠状態にあるからだ。彼らは、巧にとって都合が良かった。【ファミリア】の環境も悪く、団長のザニスは何かと裏で動いているため、巧の()()も痛まずに()()とできる。

 そして催眠状態の際に様々なことを聞いた。

 神ソーマには神の力(アルカナム)や禁について。

 ザニス・ルストラには()()()()()()()()()()を聞いた。

 どちらも巧にとって興味深い内容であり、話を聞いて満足そうだった。

 

「すこーし期間が空いたけど、催眠は全然解けてないみたいだねー。面白いぐらい簡単に根付いちゃって、俺もびぃっくりしちゃってるよー。今後はたまーに見に来るぐらいでいいかなー。やっぱ、下界に降臨した後は神も人と大して変わらないね~。嘘が見破れるのと神威、恩恵を授ける、ぐらいかな?後は個人個人で違うかなー。身体の構造とか調べてみたいけど、流石に解体したらバレちゃうよねぇ……殺してもいい神がいたら楽なのにー。あ、でも死んだら死体って消えちゃうのかな……?死んだら天界に強制送還されるらしいけど……どういう風になるんだろ……?……うん。そういうところも含めて調べてみたいなぁ……」

 

 まぁ、()()()()()()いてもやらないけどさ。周囲に音が漏れないように最善の注意を払いながら、喜色の声を上げる。

 そう呟いた巧はその場でクルリクルリと踊り始める。

 

「あぁー、本当にこの世界は飽きないなぁ♪好奇心が尽きないよー♪モンスターもちょいちょい調べてるけど、どうせなら新種を調べたいよねー♪()()()()()()()植物型モンスターみたいな♪でも、ギルドの情報が結構詳細だったから、あれ以上のものとなるとちゃんとした施設が必要だしねぇー……それにあの赤髪の女性も腹立たしいとはいえ気になるしなぁ。あんな第一級冒険者、調べた限りだといないはずなんだけどなぁ……それに耐久が人にしては異常だったしー」

 

 くるくると踊りながら、独り言を弾んだ声で言う。その声は外に漏れず、目の前の二人にも聞こえてはいない。

 

「まぁ、そこらへんは追々考えようかー♪ふふふふー♪いいねぇいいねぇ♪楽しくなってきたぁー♪好奇心が止まらないよぉ♪」

 

 にたり、と口角を鋭く上げて邪悪な笑みを浮かべる巧。そして回るのをやめると、目の前の二人を鋭く見つめる。

 

「今はまだ、こういうのをバレるわけにはいかないよねー♪外面はよくしないとー♪みんなの前ではいい子ちゃんでいないとねー♪まあ、この世界は好ましい人が多いからあまり好き勝手出来ないし、したくないけどさー♪このままいい子ちゃんのまま過ごしてもいいけど、残念ながらそれじゃあ俺の好奇心は満たされないんだよねー♪あっ、Dクラス職員みたいな奴には容赦しないけどねー♪」

 

 人に恐怖を与える悪人は滅ぶべしー♪

 一人で声高らかに喋る巧。

 

「あー、でも、ベルがなんか目をつけられてたからその関連とかー?彼自身が何かに巻き込まれる可能性があるー?そうなって俺の好奇心を満たしてくれれば万々歳ー?そうなったらいい子ちゃんをずっと続けててもいいもんなぁー♪にへへへー♪それなら少しの間は大人しくして様子を見るのもいいかなー♪……でもまぁ、結局は光の中では生きられないのかもねぇ……やっぱり暗闇の中の方が居心地いいんだろうねー……」

 

 少しだけ悲しそうな表情を浮かべるも、すぐに部屋の中をスキップしながら機嫌良さげに動き回る。

 

「ま、こんな状況じゃ『財団』も何も無いよねー。なら休暇だと思って光の世界を堪能しようか♪財団職員としてじゃなくて、人として、さ♪」

 

 明るい声で今後の方針を口にする巧。そのまま窓の方へと近づいていく。

 

「さーて、そろそろ帰るねぇー!今度からは【ファミリア】を修正しに来るからよろしく!」

 

 数分後に目覚めてね?

 彼は二人にそう告げると窓からそそくさと退散する。

 巧が部屋から消えた数分後、二人は何事も無く意識が戻り、一日普段通りに過ごした。

 




今日の巧メモ
・人として:光の中で人として生きよう!休暇(仮)だし!
・武人として:久しぶりに深層に潜りたい……。
・研究者として:ソーマ様とザニス君とは()()しただけだよ?それだけで何も悪いことはしてないもん♪


 ちなみにこれ以降の話にザニス君の登場予定はありません。彼が好きな人にはごめんなさい。
 今回の話は狂気と善意が入り混じった感を出したかっただけです。それ以上はないです。ではまた次回!


今回もクレジット無し!早く奥義をおおぉぉッ!!


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第二一話

 あとがきにアンケート?っぽいものの案内がありますので、よろしければご協力ください。


 翌日。まだヘスティアは帰って来ず、ベルと二人でホームを出る巧。西のメインストリートを並んで歩く。だが、今日は一段と人気が無く閑散としている印象があった。

 その光景を見て察した巧が尋ねる。

 

「お祭りは見て回らなくて本当にいいの?」

「はい。ただでさえタクミさんを僕に付き合わせて稼ぎが減ってるんですから、その代わりに稼がないと」

「あははは。到底届かないから別にいいのに」

「うぐっ……ぼ、僕の気分の問題ですから……さすがにおんぶにだっこはちょっと……」

「今は違うとでも?」

「………………………………………違わないです……」

 

 巧の口撃によってダンジョンに潜る前から意気消沈してしまうベル。

 

「じゃ、のんびり行こうよ。もう動きは大分いいから、未到達階層に行くとき以外は一人でも大丈夫だとは思うけどね」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。でももう少し様子見ねー?欲を言えばサポーターが欲しいけど、優秀な人は囲い込みされたりしてるからなぁー。まあ、そこら辺も考えてはいるけど、まだ俺が付き添うからよろしくね?」

 

 にこにこしながら言った巧の言葉に、肩を落とすベル。そんな彼を見てさらに笑みを深くする。

 そんな二人に声をかけてくる人物がいた。

 

「おーいっ、待つニャそこの胃袋モンスターと白髪頭ー!」

「あー、この声は非常食ちゃんだー!」

「ニャー!?だからミャーは食べても美味しくニャいニャー!!」

「もぅー、いつもの冗談だよーアーニャさん!それで、俺らに何か用だった?」

「ニャ、ニャー……まずは、おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて悪かったニャ」

「おはよー!」

「お、おはようございます。えっと、それでなにか僕に?」

 

 頭を下げて挨拶をしてきたキャットピープルのアーニャに巧とベルも頭を下げて挨拶を返す。そしてベルがアーニャに用件を尋ねると、彼女も用件を切り出す。

 

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ」

「へっ?」

「お財布?」

「白髪頭はシルのマブダチニャ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

「えー、シルさん財布忘れていったのー?もう、妙なとこでドジだなぁ……。いや、これが計算づくだとしたら恐ろしいんだけどさ……」

「いや、話についていけてないんですけど……」

 

 二人の会話にすっかり置いてきぼりのベル。

 アーニャがベルに渡したのは地球で見るような『がま口財布』。此処では最近見かけるようになったばかりの物だ。

 しかし、ベルはそれを渡されてもどうすればいいか分からずに呆然と佇んでいる。

 そこにエルフの店員のリューが現れる。

 

「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。ニャア、胃袋モンスター?」

「そうニャそうニャ。わかることニャ」

「真似するニャ!」

「あれ?」

 

 アーニャに同意を求められ、アーニャのような口調で頷く。

 それに対しアーニャは歯をむき出しにした形相で叫ぶ。巧は首を傾げながらも、頭を下げる。

 

「ごめん。気づいたらうつってたやー」

「謝ったから許してやるニャ」

「……というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、よくわかりました。そういうことだったんですね」

 

 腕を組んでうんうん頷き、巧の謝罪を受け入れて彼を許すアーニャ。巧も頭を掻いて笑っている。

 そんな二人を無視してリューが話を進め、ベルに謝罪する。ベルも納得したのか頷いている。

 一瞬で蚊帳の外に置かれたアーニャは得意げに揺らしていた尻尾を垂らし、赤くなった顔を俯け、わなわなと震え出す。そんな彼女を見て巧はどこからか出したのか分からないが、釣竿を取り出して魚を餌としてつけると、彼女の顔の前に垂らした。アーニャはそれに気が付き、先ほどまでの雰囲気はどこへやら。魚を取ろうと手を伸ばすも巧の釣竿さばきによって阻止される。

 巧とアーニャの間にバチバチと電気が走り、次の瞬間。二人による激しい攻防が始まった。

 アーニャは魚を取ろうとフェイントを交えながら両手を高速で動かす。しかし、巧はフェイントに引っかかることは無く、確実に彼女の攻撃を華麗な釣竿さばきで躱す。

 

「―――やるニャ」

「―――そっちこそ」

 

 シュババババッ!!と、ついにはベルが目で追えないほどの攻防へと発展する。

 だが、やっていることは釣竿に下げてある魚を取ろうとしているだけである。

 二人を傍目にリューはベルに話の続きをし始める。

 

「二人は気にしないでください。それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか?私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです。これからダンジョンに向かう貴方には悪いとは思うのですが……」

「別に構いませんけど……シルさんがお店をさぼっちゃったって、本当なんですか?」

「さぼる、と言い方には語弊があります。ここに住まわせてもらっている私達とシルとでは、環境が違うので」

 

 ベルが疑問に思ったことをリューに尋ねる。すると彼女は事情を説明する。

 住み込みで働いているリュー達とは違い、シルは毎日酒場で働いているわけではなく、それにミアからの許可も取っているうえでのことだと話す。自宅通いであるために、例外的な非番が許されているのだ。

 彼女の言葉でベルは理解したようだった。

 

「じゃあ、怪物祭(モンスターフィリア)に行ったんですか?」

「はい。シルは今日開かれるあの催しを見に行きました」

「―――やっぱり気になってるんじゃーん!ならお小遣いも上げるから行ってくると良いよ!」

「―――隙ありニャ!」

「―――この程度隙にもならんわぁ!」

「―――くっ、ニャ!」

 

 バックパックから一万ヴァリス程度が入った財布を渡した瞬間、鋭い貫手が釣竿につけられた魚を狙って突かれるが、巧はそれを釣竿を瞬時に操って躱す。

 

「闘技場に繋がる東のメインストリートは既に混雑している筈ですから、まずはそこに向かってください。人波についていけば現地には労せず辿り着けます」

「わかりました」

「―――バックパックは預かるよー!」

「あ、はーい」

 

 ベルは巧にバックパックを預けると、シルの財布を持って東のメインストリートへ向けて出発した。

 それを見送ったリューは未だに謎の攻防を繰り広げている二人に目を向ける。

 

「―――そこニャ!」

「―――甘い!」

「いい加減にしなさい」

「ニャッ!?」

「あぶなッ!?」

 

 リューによって二人は頭を叩いて闘争を止められる。が間一髪、巧だけはその攻撃を避ける。そんな彼を見たアーニャが食い掛かる。

 

「何でお前だけ避けてるニャ!」

「俺、Lv.1だから!せめてそれだけは理解して!?」

 

 ()()()()Lv.を告げながら、アーニャの抗議に反論する巧。しかし、それでも食い下がらずに、今にも噛みついてきそうな勢いで彼に詰め寄ろうとする。

 

「絶対嘘にゃ!【ロキ・ファミリア】との騒動の時に神ロキがLv.2だって―――」

「詮索はやめなさい」

「ニャッ!?」

 

 しかし、再びリューに頭を叩かれて止められる。その間に釣竿と魚をしまう巧。

 

「タクミさんも申し訳ありません。これからダンジョンだったでしょうに……」

「いいよいいよ!ベルに合わせてたらどうせ大した稼ぎにはならないし!」

 

 あははは!と笑い声を上げる巧。それをジト目で見つめるアーニャ。

 

「コイツ、意外と腹黒ニャ……」

「否定はしないよー。それじゃ、俺もそろそろ行くねー?荷物置かなきゃいけないしー」

「またお越しください」

「また来てたくさん金を払うニャー」

「その時は食材たくさん買っといてねー!ばいばーい!」

 

 二人の声を背中に受けながらホームへと逆戻りする巧。建物の屋根をピョンピョン跳んで、ホームに着くと急いで荷物を置く巧。

 そして走ってホームを出ると、地下深くの気配を探りながら、地上と地下の直線距離で一番近い場所に移動し始めた。

 

 




今日の巧メモ
・人として:お祭りだー!
・武人として:アーニャとの決着はいずれつけねばならんな……。
・研究者として:マタタビ……。

 少し皆さんに尋ねたいんですけど……ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、私が参考にしている「INTRODUCTION OF 財団神拳」に関しまして、合作-jpのために剪定作業が入りました。
 それにより改定案として出されたものが適用され、奥義部分が大きく変化しました。
 それで聞きたいのが、今までの投稿部分を編集すべきかどうかです。詳しい内容は活動報告の方へと掲載しますが、端的に言えば、修正すべきか、今後の投稿文だけそれに沿った内容にすればいいかです。
 よろしければご協力ください。

以下クレジット

INTRODUCTION OF 財団神拳
by sakagami他
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第二二話

 感染性胃腸炎で苦しんでた作者の猫屋敷です。

 なんか一部地域で流行っているらしい。

 皆さんも病気には気を付けましょう!

 とりあえず本編どうぞ!




 気配を辿って自身のほぼ真下に気配が感じられる場所に辿り着いた巧。

 

「さーて、この妙な気配はどこからかなー?地下、だよねぇー?この下かなぁー?これはー、前にも地下水路で斃した植物型モンスターかな?」

 

 通りをフラフラと歩きながら、地面を気にする巧。都市全域の様子を探りながら、好奇心が赴くままに移動する。

 

「んー。あの神もベルを見かけたみたいだしなー。でも、ヘスティア様もベルに合流した。……何か起きても多分大丈夫でしょー」

 

 確証がないことを呟きながら、通りを行ったり来たりして地下の様子を常に探り続ける。そして、唐突に足を止めて表情を変えた。

 

「………ん?あっ。えっ?お前、上がってこれんの?嘘でしょ?」

 

 下から上へと近づいてくる気配に愕然とする。予想外の行動をしてきたそれは、巧が何かをする前に地表まで到達する。

 石畳が隆起して、巧が察知していた気配の主が姿を現した。

 

『き―――きゃああああああああああああああっ!?』

「予想外ー……。いや、植物だもんね。上がって来れることを想定しなかった俺の落ち度かなぁ……」

 

 細長い胴体に滑らかな表面。土煙の中、巧が確認できたのはそれだけだった。だが、以前地下水路で遭遇したモンスターと同一のものだと確信した。

 だが、住民たちは巧ほど落ち着いていられない。街中に突然出現したモンスターに騒然とし始める。

 巧は声を張り上げて、住民たちに避難を促す。

 

「すぐに避難してー!転ばないように気を付け―――っ!?」

 

 その影は巧に向かって突撃してくる。彼はすぐに反応して住民に被害がいかないように人のいない方へと後退する。しかし、植物型のモンスターは巧を執拗に狙ってくる。

 その行動を見た巧は冷静に分析する。

 

(なんで?人を狙うのなら俺以外も狙うはず。子供なら他にもいる。食人系統の生物なら本能的に弱い者から狙うだろうに。今はそこまで隠してないから、俺よりも周囲の人の方が本能では弱く感じるはず。ならそれ以外に引き付ける要素がある?以前倒した際には持っていなかったもの……いや、あの時は俺一人だ。何かを持っていたとしても結局のところ、俺しか狙う対象はいなかった。参考にはならない。なら今の手持ちで考えるしかない。ポーチにはポーション類に小道具、普通の魔石と極彩色の魔石の欠片。……反応しそうなのは魔石、か?それなら少し試すとするか……)

 

 巧は腰のポーチに手を突っ込むと普通の魔石を摑むと上へと投げる。

 するとモンスターは頭部と思しき部分を上に投げられた魔石へと向けて、幾筋もの線を走らせるとその頭部を咲かせた。

 その花びらの色を見た巧は驚き、更にその中央にある牙の並んだ巨大な口の奥、要項を反射させる魔石の光を確認した。

 

「やっぱり極彩色……。地下水路のと同じか!まだ生き残りがいたか!本当にきりがないな!」

 

 魔石を見た瞬間、思わず声を上げてしまう巧。しかし、そこで別のものが目に入ってしまう。

 

「うぇぇぇっ……!」

「っ!」

 

 モンスターの傍で泣いている少女がいたのだ。

 巧はそれを見るとすぐに行動を起こした。

 地を蹴り、モンスターの攻撃を躱して、少女を抱きかかえる。

 

「ごめんね?少し摑まっててくれる?」

「……ゔん」

「ふふっ。良い子だね」

 

 少女に優しく声をかけながら、モンスターの攻撃を躱して距離を取る。先ほど投げた魔石に気を取られている内に、素早く移動して少女を避難させる。だが、少女に負担をかけるわけにはいかず、あまり急激な動きをすることはできない。

 だから巧は、敢えて攻撃を受けた。少女を抱えてない左腕を盾として、衝撃を受ける。その瞬間に力の方向に跳躍する。

 吹っ飛ばされた巧は着地するも、勢いを流しきれずに地面を少しだけ滑る。体勢を崩しながらも、モンスターから離れることには成功した。

 

「―――っとと。大丈夫だった?」

「……ゔ、ゔん。で、でもお兄ちゃんの、う、腕が……」

「ああ……これぐらいは平気だよ。お兄ちゃん、こんなでも結構強いんだよ?」

 

 少女は巧のことを心配する。少女が見ているのは、攻撃を受けて折れ、骨の一部が肉を突き破っている彼の腕だった。彼はそれを少女の見えない位置に移動させると、笑顔で話しかける。

 

「タクミ君!」

 

 すると、そこにハーフエルフのギルド職員のエイナが彼に駆け寄る。

 その間に、通りには【ロキ・ファミリア】のティオネ、ティオナの姉妹とLv.3のレフィーヤ・ウィリディスが到着していた。

 

「ごめん、エイナ。この子をお願いしてもいい?」

「良いけれど、それよりも君の治療を―――」

「俺は大丈夫だよ。『元素功法』」

 

 巧は外気に晒されている骨を中に戻して、腕を元の形に直すと大気中の微粒子や構成元素を選択的に取り込み、血流に乗せて患部で再構築させる。殺菌できるかどうかは分からないが、念のためすぐにポーションを飲み干す。

 

「『解放礼儀』。じゃ、頼んだよ?」

「ちょっとタクミ君!?」

 

 開いた左手に握った右手を合わせて、45度きっかりの礼を五秒間行った巧は、再び地を蹴って、今度はモンスターへと急接近する。ティオネとティオナの二人が戦っている中に突っ込んでいく。

 

「悪いが、仕留めきれないならもらうぞ」

 

 攻撃のために振ってきた植物の蔓を足場にして、縦横無尽に宙を駆ける巧。そして頭部に向かって一直線に跳ぶ。

 

 

「『摩擦―――」

 

 

 自身を叩き落とそうとしてくる触手を器用に踏みつけて、跳躍し、加速しながら迫る。

 

 

「―――熱―――」

 

 

 襲い掛かってくる触手の隙間を縫って、進む。

 

 

「―――切断―――」

 

 

 頭部が攻撃を避けようとしているのを見つめながら、右手で手刀を形作る。

 

 

「―――手刀』ッ!!」

 

 

 モンスターの避ける動きに合わせ、手刀を首部分に押し付けて高速で擦りつける。それにより生じた摩擦熱で、見事に首を切断する。そのまま頭部は重力に従って地面に落ち、身体の方も力なく地面に横たわり、断面からは多少の煙と焦げた匂いを漂わせながらも、活動を完全に停止させる。

 地下水路でも同じように討伐してきた。かなり慣れた作業だ。これよりも手っ取り早い方法もあるが、一体だけならば、この方が()()()()()()

モンスターの死亡を見届けた巧は、冷めた目で死体を見つめる。

 

「……相変わらず、硬いだけでつまらないな」

 

 手刀を形作っていた手を軽く振りながら、そう一言溢して、三人の方へと顔を向ける。

 

「……ねぇ、レフィーヤ・ウィリディスさん」

「は、はい!?」

「魔法を使ってもらってもいい?発動まではさせなくていいけど、魔力が生じればいいんだけど」

「え、えっと、なぜですか?」

「地中にいる他の奴らが反応するか調べたい」

「えっ!?あんなのがまだいるの!?」

 

 巧の言葉にティオナが驚きの声で返す。彼女の言葉に巧は頷く。

 

「近くには三匹、かな。魔石に反応するのはさっき分かったけど、魔力と魔石のどっちを優先するか調べたい。協力してくれる?」

「「「……」」」

「どうせ新種なんだろうから、今のうちに調べられるのなら調べたい。以前にも遭遇したけど、魔力は試せてないんだ。これに失敗しても今出てくるか後で出てくるかの違いしかない。どうだ?」

 

 落ち着いた、低い調子の声で目の前の彼女に告げる。その真剣な様子を理解したのか、静かに頷いて了承の意を示す。

 

「……分かりました」

「じゃあヒリュテ姉妹は彼女を守ってあげてくれる?こっちは魔石を持って少し離れた位置に立つから」

「分かった!」

「……分かったわ」

 

 残る二人にも巧は声をかけ、協力を要請する。

 ティオナは巧の言葉に元気に返事を返してくれたが、ティオネはまだ彼のことを警戒しているようだったが、了承してくれた。

 

「じゃ、よろしく」

 

 それだけ告げて50Mほど距離を取る巧。そのことを確認したレフィーヤは詠唱を始める。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 片腕を突き出しながら呪文を編む。山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開しながら速やか魔法を構築した。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 最後の韻を終え、解放を前に魔力が収束する。彼女を挟むように立っていたティオネとティオナの二人は、いつでも迎撃できるように身構える。

 次の瞬間、彼女たちの周りの石畳が隆起する。三人を囲むように三匹の食人花が出現する。

 

「『波動関数拳』」

 

 だが、すぐにその三匹は巧が使用した奥義によって絶命した。

 

「「「っ!?」」」

 

 周囲の食人花が突然力を失って横たわるのを見て驚愕の表情を浮かべる三人。そしてすぐに拳を前に突き出している巧のことを見た。

 彼は量子を殴打して波動関数の収束を操作し、対象の重ね合わさった生死を確定させたのだ。しかし今回は対象が複数だったが。前回、そして今回の戦闘で相手の波動関数の収束を理解していた。そのため、都市に余計な被害が出ないように最短で片付けたのだ。これが、最も手っ取り早い。

 巧は三人に駆け寄ると笑顔で話しかける。

 

「協力してくれてありがとー。どうも魔石よりも魔力の方が優先順位高いみたいだねー。そこら辺は芋虫どもと変わらないかもねー」

 

 怪我は無いー?と子供らしく話しかけてくる巧。彼のことを驚きのあまり呆然と見つめてしまう。

 

「……いま、何をしたの?」

「秘密ー!我が武術は門外不出なのだー!部外者には簡単には教えられぬー!にはははー♪」

 

 にぱー、と子供の笑みを浮かべる巧。答えてる間に倒れ伏している植物型のモンスターの一体から魔石を抜き取る。

 レフィーヤとティオネが状況を飲み込めない中、ティオナが興奮したかのように巧に詰め寄る。

 

「51階層でも見たけどやっぱりすごいね!色んなことをやってるけど、一体どうやってるの!?」

「さっきも言った通り門外不出なのだ!」

「じゃあ弟子入りするから教えて!」

「これは俺の出身地の一族じゃないと習得は禁じられているのだ!」

「えぇー!?ケチ!」

「これは決まりなのだ!これを破ったら俺より強く恐ろしい人達が俺を殺しにやってくるのだ!」

 

 のだ!というしつこいぐらいの語尾を使って、笑顔で答える巧。殺されるなら仕方ないか、と渋々ながら引き下がるティオナ。

 

「それじゃあ、俺はこれぐらいで失礼させてもらうぜい!他にもいろいろな場所を巡らないといけないし!」

 

 巧はそれだけ告げて、事態を収拾しようとしているギルド職員や騒然としている住民たちの下へ駆けて行く。

 人ごみの中をすり抜けるように進んでいく巧。しかし、その途中で声をかけられる。

 

「あ、お兄ちゃん!」

「……?あ、さっきの子?お母さん、見つけてもらえたんだね」

 

 声の方向には先ほど助けた少女が、母親と思われる女性と手をつなぎながら近寄ってきていた。

 

「うん!さっきは助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして♪」

「戦ってるお兄ちゃん、かっこよかったよー!」

「ふふっ、ありがとー♪」

 

 しゃがんで少女と目線を合わせて話す巧。その後、彼に向かって軽く会釈する母親に手を引かれながらも、手を振っている少女に、巧も手を振り返して見送る。

 それを笑顔で見送ると、巧はベルの気配を辿りながら通りを進んでいくも、途中で襟首を掴まれる。

 

「うぇー?」

「さっき取りだした魔石を渡して欲しいのだけれど?」

「えぇー!?いいじゃーん!一個ぐらーい!あと三匹もいるんだからさー!それに倒したのは俺だよー!?」

「うっ……それはそうなんだけど……」

「ね、お願い!これ以上はいらないからさー!」

「……はぁ、仕方ないわね。内緒にしてよ?」

「うん!エイナ大好きー!」

「えうっ!?」

 

 巧の言葉に驚いて手を放してしまうエイナ。その隙をついてサササー!と走り去っていく巧。そのままベルの気配を辿って進んでいく。

 




今日の巧メモ
・人として:人助けはしないとねぇ~。
・武人として:つまらない……。
・研究者として:極彩色は魔力に反応する。研究が進展して俺は嬉しい!

 前話で言っていた奥義に関して、読者様のお声に甘えまして今後の投稿だけ気をつけさせていただきます。


以下クレジット。


「元素功法」は”sakagami”作”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「解放礼儀」は”aisurakuto”作”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「波動関数拳」は”tacosuke109”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


※何かあったら怖いので作成者様と改稿編集者様を並列して表記しているものがあります。


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第二三話

 巧が自身の主神と団員の気配を探りながら移動していると、なんとかベルとヘスティア、何故か一緒にいたシルを見つけることが出来た。おそらく偶然合流したのだろうと巧は考えた。そんなことに納得していると、向こうも巧に気づき慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「タクミさん!神様が!」

「んー?」

 

 ベルがヘスティアを抱えたまま駆け寄ってくる。どうやら彼女は気を失っているようで、それに気づいた巧はすぐにヘスティアを診断する。そして驚きの声を上げる。

 

「なっ!?こ、これはっ!?」

「ま、マズいんですか!?」

 

 巧の大きな反応にベルが焦ったような声を上げる。彼女の容態を見た巧は自身の所見を口にした。

 

「ただの過労だねー」

「か、過労……?」

「うん。過労。疲れすぎ。疲労困憊。体力の限界とか言い方はいろいろあるけどね。それに食事もしてなかったのかな?見た限り胃の中が空っぽだし。ま、とりあえず今は休ませとけば大丈夫だよ。シルさん、『豊饒の女主人』で休ませてもらってもいい?俺もお腹すいちゃったや」

「はい、大丈夫だと思います」

「じゃ、れっつごー♪」

 

 シルがそう答えると、すぐさま先導して『豊饒の女主人』へと足を向ける巧を追いかける二人。そして二階の一室を貸してもらった。その部屋のベッドにヘスティアを休ませる。今はシルが男性である巧やベルでは確認できないような場所に怪我などをしていたら大変なため、その確認を行っている。その間、二人は部屋の外の廊下で待機して、部屋から彼女が出てくるのを待っていた。

 一先ずヘスティアを休ませられる場所に移動できたことに安堵の息を吐いて、脱力する巧。先ほどまでは元気そうに振舞っていたが、やはり自身の主神のことだ。心配しないはずがない。ましてや元の世界では過労死なんてものもあったほどだ。ただの過労と侮ることはできなかった。だが、あの様子では何の心配も無いだろうということは、なんとなく理解していた。

 

「ま、これで安心かな。それにしても何してたんだろ?ベルは何か聞いてない?」

「いえ、聞いてません……。あ、でもこれを頂きました」

 

 そういってベルは腰につけていたナイフを鞘ごと巧に渡す。彼は渡されたそれを見て目を丸くする。

 

「うわ……。マジかよ?随分頑張ったな、ヘスティア様」

 

 口調が崩れるほど驚いてしまう巧。彼の引き攣った笑顔を見たベルも流石に気になったのか彼に尋ねる。

 

「え、えっと、どういうことですか?」

「あー……鞘のこの部分。読めなくても見たことは流石にあるでしょ?」

 

 巧の指さす部分にはヘファイストスを意味する【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれていた。確かにベルには読むことはできないが、見た覚えはある。あり過ぎた。いつも店頭の陳列窓(ショーウィンドウ)から武器を覗いていた、その店の看板の文字と同じだった。その看板と文字列を繋ぎ合わせて意味を理解したベルも表情を驚愕に染める。

 

「えっ!?じゃ、じゃあこれって……!?」

「【ヘファイストス・ファミリア】の作品だねー……。しかも一級品武具だよ……。でもこれ、ヘスティア様が伝手を頼ったんなら、あの方が打ったんだよなぁ……?一体いくらしたことだか……」

「や、やっぱり高いんですか……?」

「……聞かない方がいい。聞かないで、大事に使ってあげなさい。使われない武具ほど悲しいものはないから」

「えっと……?」

「返事ぃッ!!」

「は、はいっ!?」

 

 困惑してるベルを叱責するように恐ろしい形相と声で叫ぶ。その彼の様子に反射的に返事をするベル。それに巧は満足したように頷くと、ナイフを返して立ち上がる。

 

「よろしい。じゃあ、ヘスティア様の様子を見に行こっかぁ」

「そ、そうですね……」

 

 先ほどの巧の形相にまだビクビクと怯えた様子のベルが彼を追いかける。

 

「あ、シルさーん。お疲れさまー。どうだったー?」

「タクミさんの言う通り過労でしたよ」

「あはははー。やっぱりねー。それじゃ、部屋ありがとー!」

 

 それだけ告げてベルを置いてさっさと部屋の中に入って行く巧。

 ミアに頼んで借りた小さな部屋の中にはベッドで横になっているヘスティアがいる。彼女の傍まで寄り、近くにあった椅子に腰かける。

 

「……」

「……」

 

 椅子に座った巧はベッドに目を瞑って横になっている自身の主神を見つめる。そして呆れたように溜め息を吐きながら言葉を溢す。

 

「……ヘスティア様。起きてるでしょ。こんな状況で狸寝入りしないでほしいな」

「うっ……バレるか……」

 

 気まずかったのか意識があるにも関わらず、寝たふりを決め込んでいたヘスティア。しかし、巧は小さな機微を感じ取り、彼女が起きていることを察知した。

 巧はもう一度だけ溜息を吐くと、話を切り出し始める。

 

「そりゃね。伊達に一ヵ月以上一緒に暮らしてませんよー、だ。それで、何してたんですか?ヘファイストス様のところにいたのはベルのナイフを見ればわかりますけど。いや、その前にアレいくらしたんですか?」

「……………………2億」

「でしょうね。でも、あの方が打ったにしては安い方かな。友情価格って奴なのかな?ま、月一千万ずつ返せば二年はかからないか」

「えっ……?」

「しばらく一人で潜らなきゃダメかなー。そうなると別途の貯蓄が欲しくなってくるねー」

「い、いやっ!?これはボク一人で返すから、タクミ君は別に―――」

「駄目でーす。主神の借金は【ファミリア】の借金です。なら団長としてともに背負います。俺は武具を使いませんし、団員の武具ぐらいはしっかり管理したいんです」

「タクミ君……」

「それにあのナイフを頼んだのって、俺の言葉が原因でしょ?なら、なおさらだよ」

 

 ヘスティアが目を潤ませながら巧のことを見つめる。そんな彼女を見てさらに巧が告げる。

 

「それになにより『借金』っていう単語が嫌いです。大ッ嫌いです。早く消し去りたい。本音を言えば、なんて物を頼んでるんですか。助走をつけて奥義で殴りたいぐらいです」

「…………………………」

 

 先ほどまでの感動を返して欲しい。ヘスティアはそんなことを思った。流れかけた涙が引っ込んでしまったじゃないか、と。

 

「それと」

「ん?なんだい?」

「あまり、心配をかけさせないで下さい」

「………………」

「貴女は、俺の主神なんですから」

 

 巧の本音の吐露に、言葉を失ってしまうヘスティア。表情こそ変わってはいないが、彼が纏う周囲の雰囲気が哀愁を漂わせるものに変化したのを、ヘスティアは敏感に感じ取っていた。

 そんな二人は少しの間、沈黙してしまう。多少気まずい空気の中、ベルが扉を開けて中へと入ってくる。

 

「か、神様……?」

「あ、ベル。遅かったねー。話し込んでたのかな?」

「はい、少しだけ。それよりも神様は大丈夫ですか?」

「ああ!この通り大丈夫だとも!」

「こら。見栄張らないの。立つのもやっとのくせして」

「うっ……」

 

 巧に本当のことを言われて、しょげてしまうヘスティア。先ほどまでの雰囲気は鳴りを潜めて、いつも通りの声音で会話をする巧とヘスティア。

 そんな巧の言葉を聞いたベルが驚きの声を上げる。

 

「えっ!?だ、大丈夫なんですか!?」

「ただの体力不足だよ。きちんと食べれば治るって」

「そ、そうですか……」

「それで、結局何してたの?そこまで体力を消耗するなんてさ」

「そ、そうですよ!何があったんですか?」

 

 ふっ、と遠い目をしながら口にするヘスティア。

 

「土下座だよ」

「ど、ドゲザっ?」

「……」

「首を縦に振ろうとしない頑固女神の前で、土下座を三十時間続けるという耐久レースを……」

「さっ、三十時間……!?ご、拷問なんですか、ドゲザって!?」

「いや、奥義さ」

「そう。奥義だね」

「最終奥義さ」

「いや、究極奥義だよ。最終奥義は別にあるんだ」

「な、なんだって……!?」

「土下座の限界を超えた最終形態……そう、土下寝がねッ!!」

「そ、それは一体……!?」

「これはすればどんな頑固者や融通の利かない相手でも一発でOKをくれるという最強で最終の奥義!だが、その強力さゆえに習得できるものは限られており、才能のある者の中でも一握りの者の更に一握りの者しか会得はできないという。そしてこの俺でさえも出来ていない恐ろしい奥義だ。そしてヘスティア様も土下座で三十時間かかったのなら、これの習得は不可能だろう」

「そ、そんな恐ろしいものが……!?」

「あの、話についていけてないんですけど……」

 

 巧の土下座講義に驚きの連続であるヘスティアの二人に対し、まったくついていけていないベル。

 そこでベルが思い出したように声を上げて、ヘスティアからもらったナイフを取りだす。

 

「あ、あの、神様……これ……」

「ああ、それかい?大丈夫だよ。話はつけてるから」

「そんなものを作らせるんだったら、俺にも話をつけて欲しかったなぁー」

「うっ……ご、ごめんよ……」

「いいでーす。過ぎたことを掘り返しても意味ないですしー?ただ今度からは言ってほしいかなー」

「き、気を付けるよ……」

 

 巧の怒りが混じる拗ねたような声にヘスティアはたじたじになりながらも反省する。

 

「ベル。さっきも言ったけど、値段なんて気にしないでしっかり使ってあげなよ?使わなかったら俺がベルを殴るから」

「……それ、ベル君が死んじゃわないかい?」

「『耐久』の値が上昇するからいいんじゃない?」

「死んでたら意味ないよね!?」

「大丈夫。冥府が見えるぐらいでとどめるから」

「死にかけてるじゃないですか!?」

「でも死んでないよ?大丈夫!加減は分かってるから!」

「神様……短い間でしたけどありがとうございました……先立つ不孝をお許しください……お祖父ちゃん、僕ももうすぐそちらに逝きます……」

「べ、ベル君!?まだ殴られてないよ!?それにそのナイフをちゃんと使えば殴られないからね!?」

 

 巧の言葉に顔を青くしながら床に倒れ込むベル。その彼を心配するヘスティアの騒がしい声が部屋に響いていた。そんな様子を見た巧が声を上げて笑う。そして釣られて二人も、大きな笑い声を上げてしまう。

 その後も部屋でわいわい騒いだ三人であった。

 

「うるさいよッ!!」

「「「ごめんなさいッ!?」」」

 

 だが、『豊饒の女主人』の女将であるミアに怒られて、多少声の大きさを下げる三人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――極彩色のモンスターの討伐地点。

 巧が去った後すぐに神ロキとアイズ・ヴァレンシュタインがティオネ、ティオナ、レフィーヤと合流し、現場の見分、というよりは残っているモンスターの死体を観察する。特に最初に巧が切断した死体を。他の二体は外傷もなく死んでいるため、それ以上調べることに意義がないからだ。

 ロキは黒い焦げ目のついた切断面の始点を触っている。その次に滑らかに切断されている断面を触る。

 

「……一体どうやったら素手でこんな切断面を作れるんっちゅうんや」

「さ、さぁ……?で、でも彼は確かに素手だったよ?」

 

 ティオナが疑問の声を上げるロキに返答する。そんな彼女にロキは手を振って反応する。

 

「それはわかっとるわ。子供の嘘ぐらい見分けられるしな。それに『摩擦熱切断手刀』とか言いながら斬りかかったんやろ?ならこれは摩擦熱による切断っちゅうことは分かる。だがこれが現実っちゅうんが信じられへんねん」

「……?どういうことですか?」

 

 レフィーヤがロキに質問する。すると彼女は断面を触っていた手で困ったように頭を掻く。そして意を決したように彼女たちに質問する。

 

「なら自分らは摩擦だけでものを斬れるか?手や錆びに錆びついた剣でもええ。物の切れ味に頼らずに、摩擦だけでや。たったそれだけで此処まで綺麗な断面を作れるか?」

 

 顔をアイズを含めた四人に向けて質問を投げかけるロキ。それにレフィーヤは困ったような表情を浮かべる。

 

「私は魔法使いですからちょっと……。皆さんはどうですか?」

 

 そう答えた彼女も残った三人に顔を向けて答えを待つ。そして、当の三人はロキの質問に答える。

 

「無理!」

「……練習してもいいなら、可能……。でも一朝一夕じゃ無理ね。一生かけて、できるかどうかってところ、かしら……。もしかしたらそれでも無理かもしれないわね……」

 

 ティオナとティオネの二人がそう答える。その答えにさらにレフィーヤは困惑したような表情に変化し、自身が尊敬する最後の一人に尋ねる。

 

「ア、アイズさんはどうですか?こういった芸当は……」

「……私でも、できない、かな。普通の剣を使うならまだしも、手刀や錆びた剣じゃ、今の私には……」

「……っ」

 

 その言葉でレフィーヤは、あの少年のような容姿の冒険者がどれほどの技術を以ってして、このような所行を成し遂げたのかを理解した。

 ロキは三人の答えを予想していたのか、納得したように頷く。

 

「そうやろうなぁ。こんなこと、リヴェリアはともかくフィンやガレスでも無理やろうなぁ。酒場での殺気もそうやけど、一体どれほどの経験を積んだらできるようになるんだか……」

 

 訳分からんわ、と呟いてガシガシと乱暴に頭を掻くロキ。そんな中、アイズは眼前に倒れ伏しているモンスターの切断面をじっと見つめる。

 自分ならどれだけ練習すればできるだろうか?そしてそれを実戦で使えるのだろうか?そんなことを考えてしまう。そして、さらに考えてしまう。

 なぜ、武器を使わないのだろうか、と。これほどのことができるのであれば、武器も相応に使える筈。なのに、使わない。でも、もしかしたらただ使えないのかもしれない。

 

(少し、話してみたいな……)

 

 偶然とはいえ、巧と接点を持つ機会はた多少なりともあった。だが、他所の【ファミリア】ということもあって、積極的に交流しようとはしなかった。でも、彼には助けてもらったり、失礼なことをしてしまったりと、アイズ自身のことではないが迷惑をかけてしまっている。だけど、彼については名前と所属、実力程度しか知らない。

 だからこそなのだろうか。アイズは、彼がなぜそこまでの強さを持っているのか。それが気になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――くしゅん!」

「タクミさん?大丈夫ですか?」

「……うん。大丈夫だと思う。これは風邪じゃなくて噂されてる感じだし」

「……なんでそんなことが分かるんですか……」

「経験則。それよりさっさとヘスティア様を運んじゃおっか」

 

 ある通りで、一人の少年のような風貌の青年が仲間に笑顔を向けて言った。

 




今日の巧メモ
・人として:借金は嫌い。
・武人として:不完全燃焼気味。でも暴れる理由(借金)が出来て少し嬉しい。
・研究者として:一応生物全般的な医学的知識はあるんだよ?じゃないと生物を研究できないからね!

蛇足:現在の【ヘスティア・ファミリア】の財産
・現金:5000万ヴァリス。
・巧のへそくり:超硬鉱石(アダマンタイト)。モンスターの素材と魔石。換金すると2000万ヴァリス程。時価変動の激しいものばかりで、需要が高まったら売り払おうと考えてる。扱い的には株。


 とりあえずこれにて原作一巻と外伝一巻終了です!
 それで次の投稿(原作二巻・外伝二巻以降)なんですが、早くて二週間後。遅くても一月後ぐらいにします。
 何故かって?ちょっと試験があるからです、はい……。それに書き溜めも危ないんですよ。
 いや、プロットはありますよ?清書してないだけで(人はそれを出来ていないという)。
 まぁというわけで、どうかご了承ください!

 一応次の投稿も水曜日の18時予定!その時間に投稿なければ察してください!


 以下クレジット

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2


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原作二巻+外伝二巻・三巻
第二四話


 お久しぶりです!資格試験が終わり、今度は学校のテストが控えてるのに何してるんだと自分でも思っている作者の猫屋敷の召使いです!

 というわけで、一月振りの投稿です!
 しばらく書かないと書き方を忘れかけている自分がいて戦慄してしまいました……。

 では、本編どうぞ!


 怪物祭(モンスターフィリア)の翌日。

 巧は日課の修練を終わらせ、今はヘスティアに更新してもらっている。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.2

力:SS1011→SSS1199

耐久:S969→SSS1199

器用:SSS1199

敏捷:SSS1199

魔力:I0

頑強:I

 

 

 【ランクアップ】して半月程度だが、もう『魔力』以外の基本アビリティが上限まで到達する。

 巧は渡された用紙を眺めると口をへの字に曲げて、不満そうな表情を浮かべる。

 

「……修練の形式が変わったせいか、上昇値がすごいね」

「二次関数的に強くならないといけないもんでねー。むしろ上限ある方がおかしいんだよー」

 

 【ステイタス】が限界に到達したことが不満なのか、限界があることが不満なのか。もしくはその両方か。巧は【ステイタス】が書き写された用紙を穴が開くのではないかというぐらい睨み付ける。そんな彼をヘスティアは苦笑交じりで見ている。

 

「二次関数的って……言ってる意味を分かってるのかい?」

「分かって言ってるよー」

 

 巧は用紙を投げ出すと、体を起こして上着を着直す。そして衝立の向こう側にいるベルに声をかける。

 

「ベルー。ごめん。今日は一人で潜ってもらっていいかな?個人的な用事があってさ」

「えっ?は、はい。大丈夫ですけど……」

「うん。ごめんね?……あぁ、ヴェルフに新しい防具を用意してもらってるから先に受け取りに行ってよ。代金はもう渡してあるから」

「えっ?な、なんでですか?」

「流石に6階層以降に潜るのにその防具は心許ないんだよ。それにかなり痛んできてるし」

 

 巧の言葉にベルは自身が身に着けている装備に目をやる。

 使い始めたのが一月と少し前。丁寧に手入れをして、ヴェルフに修繕してもらっているとはいえ、完全には修復できない傷があるのが分かる。

 

「……そう言われると、たしかに、そうかもしれないですね……。分かりました!これから向かってみます!」

 

 巧の話に元気よく頷くと、急いで地下室を飛び出していく。それを微笑ましそうに眺めた二人も出かける支度をして、地下室を後にする。

 神ヘスティアはバイトに。

 巧は神ディオニュソスの下へと。

 それぞれ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 【ディオニュソス・ファミリア】のホームへと人知れず侵入した巧は神ディオニュソスの居室へと入り込む。そして椅子に座っている男神に背後から声をかける。

 

「―――そっちの調査は順調かな?」

「ッ!?……なんだ、君か。あまり驚かせないでくれないか」

 

 ディオニュソスは後ろからかけられた声に過敏に反応し、勢いよく振り向く。しかし、話しかけてきたのが巧だと分かると、すぐに警戒を解き身体の緊張をほぐす。そんな様子に苦笑しながらも皮肉をぶつける。

 

「警備が甘いのが悪いんだよ」

「君相手だとそれは無理な話さ」

 

 他愛ない会話を少しだけする二人。一ヵ月前、三人の冒険者が殺害された件から、こうして人の目を忍んで会っていたのだ。その結果としてこうして軽口を言えるような関係にまでなっていた。実際の関係は互いに利用するような関係ではあるが。

 薄い笑みを浮かべていた二人はすぐに表情を引き締めると、低い調子の声で会話を始める。

 

「先日の植物型モンスターの魔石は見たか?」

「……ああ。こちらで採取して確認した。欠片とおそらく同じものだろう」

「俺も同じ見解だ。それに同質の魔石を51階層で遭遇したモンスターからも確認した。その魔石は【ロキ・ファミリア】のティオネ・ヒリュテが所持してるはずだ」

「……そうか。ならロキにも協力を求めるべきか?」

「……そこはお前の判断に任せる。好きなようにしろ。神ロキは俺のとこの主神とは仲が悪いから何とも言えん」

 

 冗談のつもりなのか、それとも本気なのか。判断がつかないことを言いながらも会話は続く。

 

「ギルドの方は調査できたのかな?」

「……無論だ。俺が調べた限りでは殺害には関与していない。隠し事こそ多いがな」

「……殺害には、か」

「そうだ。むしろそれについては殺人犯を追っているようだ。その者の目的等も調べているみたいだが」

「……君の見解を聞きたい」

 

 ディオニュソスは目を瞑り、天井を見上げるように椅子の背もたれに身体を預けながら、巧に意見を求めてくる。

 

「……まだ確証は持てない。だが、俺が調べた限りあの女と一致する容姿の冒険者は現在はいなかった」

「……そうか」

「俺からは以上だ。では、これで失礼させてもらう」

「……ああ。ありがとう」

 

 ディオニュソスの感謝の言葉を受けるも、何か言葉や仕草を返すこともなく、巧は建物から出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 神ディオニュソスとの話が終わり、買うべき代物もなくなった巧は、ヴェルフの工房に滑り込む様に入って行く。

 

「突撃!隣のヴェルフ工房ー!」

「おうわぁっ!?」

 

 突然勢い良く滑ってきた巧を見てヴェルフは飛び退くように驚く。ヴェルフはそんな彼に叫ぶように尋ねる。

 

「なんて入り方しやがるお前!?」

「こういう入り方!それよりベルは来たー?」

 

 巧はヴェルフの問いを受け流しながら、今度は逆にベルがしっかり来たかを尋ねる。すると彼は頷いて話し始める。

 

「あ、ああ。ちゃんと来たぜ?お前に言われた通り、適当なのを見繕っといた」

「『兎鎧(ピョンキチ)』シリーズ?」

「ああ」

「相っ変わらずひっどい名前だよねー!感性ぶっ飛んでる!面白いからいいけど!」

「うぐっ……。じゃ、じゃあ、お前ならどんな名前を付けるんだよ!?」

「少なくとも『兎鎧(ピョンキチ)』なんて名前は思いつかないし、思いついても付けない。せめて付けるなら、『ラビットメイル』とかシリアルナンバーみたいな感じの無難なのを付けるよ」

 

 笑顔だった顔を真顔に戻して巧は真面目に答える。その彼の返答にヴェルフはがっくりと肩を落として落ち込む。

 

「はぁ……ほらお前のナイフも見せろ」

「ほいほーい」

 

 ポンッ、とヴェルフが差し出した手の上に腰から取り外した剥ぎ取りナイフを鞘ごと渡す。彼は鞘からナイフを抜き取ると刀身をまじまじと見つめる。

 

「……あんま消耗してねえな」

「上層での剥ぎ取りは貫手でやっちゃってるからねぇ。使う機会があまりないんだー」

「中層や下層は行ってないのか?」

「中々にベルの付き添いで忙しくてねー。たまにしか行けてないよ。それとも何?ヴェルフが付き合ってくれるの?【ランクアップ】したから君の【ランクアップ】に協力してもいいよ?」

「……」

「でもなぁ、俺と一緒にいてもヴェルフは【ランクアップ】できないかもって、最近予感してるんだー……」

「……どういう意味だよ?」

 

 ヴェルフが鋭い目つきで巧のことを睨みながら尋ねる。

 

「ほら、俺とヴェルフってさ、実力が違い過ぎるじゃん?俺と一緒にいたら結局は心のどこかで甘えが出るかもしれない。危なくなったら俺が助けてくれるっていう感じのさ。ヴェルフはそうは思ってないかもしれないけど、本能的にどうかは分からないんだよ。だから、俺とパーティを組んでる間はもしかしたら【ランクアップ】は難しい。最悪、できないかもしれない」

「……」

 

 巧とヴェルフでは、実力に大きな壁が存在する。

 片や、到達階層15階層。だがそれは巧がいてこその代物。個人では精々が12階層止まり。しかし、【インファント・ドラゴン】と遭遇してしまえば一溜まりもない。

 そして片や、到達階層51階層。個人での到達階層は37階層ではあるが、51階層でも十分に戦える実力が備わっている。

 Lv.が一つしか違わないというのにこの差だ。

実力差自体は巧がLv.1の時から隔絶していた。両者はそのことをよく理解していた。

 

「だから、ベルと一緒に潜った方がヴェルフにとってはいいかもしれない。むしろ、そうした方がいいっていう確信に近い何かがある」

 

 じゃないと、俺の身勝手でヴェルフを死なせちゃうかもしれないし。と、聞き取りづらい小さな声で巧は呟く。

 少し寂しそうな表情を浮かべながら話す彼を見ながら、ヴェルフは真剣な表情で問う。

 

「……お前はどうするんだ?」

「そん時は一人で潜るよ。その方が自分の為だし」

「お前は、それでいいのかよ?」

「俺は良いよ。それでさ。みんなと一緒に成長できなくても、成長を見守り、お前達を守ることが出来るならね」

「……」

「だから、今のうちに言っておく。将来、ベルのパーティに入って欲しい。直接契約もしっかり結んでね」

 

 巧の言葉にヴェルフはすっかり黙ってしまう。険しい表情をするヴェルフを見て、巧は手をパン!と叩いて、話を変える。

 

「そうだ!ベルのナイフ見た?」

「……ああ。文字列(ロゴタイプ)が入った奴だろ。それがどうした?」

「あれ、ヘファイストス様が直々に打った奴だよ」

「……は?」

「ヘスティア様が無理言ったみたいでさ。おかげで借金塗れだよ」

「マジかよ……。そんなことならもっとじっくり見ときゃよかったぜ……」

 

 ヴェルフはがっくり、と項垂れて落ち込む。それを見て苦笑を浮かべる巧はそんな彼にさらに話しかける。

 

「それでさ、親友として約束してよ!」

「……なんだよ?」

「アレを超える作品、いつか打って俺に見せてよ!」

「……」

 

 ヴェルフは彼の言葉を聞いて唖然とする。その彼の表情に巧の方も唖然としてしまう。

 

「……あれ?そんな顔しないでよ。ヘファイストス様を超えるんじゃなかったの?」

「いや、それはそうだけどよ……」

「なら頑張ろうよ!」

「……ああ。そうだな」

「じゃあ―――」

「でも俺はお前と一緒にダンジョンに潜って成長する」

 

 だが、それでもヴェルフは巧と一緒に潜ることを選択した。その返答に巧は目を瞬かせながら口を開く。

 

「えっ、いいよ。邪魔だし」

「え!?ちょっ!?おまっ!?さっきの言葉全部嘘かよ!?」

「えっ?……………………あっ、ヤベ。本音出ちゃった。今の無し。無し無し!忘れて!」

「無理に決まってんだろ!?」

「なら秘奥で無理やりにでも―――!」

「おい馬鹿やめろ!?」

 

 工房内で鬼ごっこのように逃げ回るヴェルフを巧が追いかける。そんな追いかけっこをしばらくの間続けると、巧が笑いながら声をかける。

 

「冗談だよー。邪魔なのは本当だけど。ちなみにさっきのはほぼ建前」

「そこは本当かよ……。建前の方が信憑性高いってなんだよ……」

「そういう風に考えたからね。最後の最後でボロが出たけど。それじゃあ、明日からインファント・ドラゴン狩りに出発しようかー」

「…………………………はっ?」

「準備しといてねー?」

「ちょっと待て」

「なにー?」

 

 ヴェルフは巧の肩を摑んで無理矢理引き留める。

 

「お前が行くんだよな?」

「もちろん。でもヴェルフも行くんだよ?というか君が(しゅ)だよ?俺が(じゅう)

「……なんで?」

「君の【ランクアップ】のため」

「……邪魔なんじゃ?」

「そこまで心配してくれるなら無下には出来ないよー!あ、一応遺書を書いてきてね?死なせないようには気を付けるけど、流石に一撃で殺されたら俺でも助けられないからさ!」

 

 じゃーねー!と肩を摑んでいた手を振り切って巧は工房から出て行く。残されたヴェルフは膝をつき、一言溢した。

 

「……い、言わなきゃよかった……」

 

 後悔先に立たず。この言葉の意味をしみじみと理解したヴェルフだった。

 

 

 

 工房を出た巧はふらふらと街を徘徊していた。

 

(んー、ヴェルフをベルに押し付けるのは失敗かー。一人の方が動きやすいから本当のことと適当なことを混ぜて言ったのが悪かったかな?ま、別にいいかー。普通の人がどんな経験すれば【ランクアップ】するのか知れるかもしれないし)

 

 小躍りしながら街を徘徊する。

 

(それにしてもなんだろうなぁ、この感じ。ダンジョンの何処だろう?明日潜ったときによりはっきり分かると良いなぁ……)

 

 そんな不安を残しながら、翌日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 午前九時五十分。いつも通り広場の彫像前で待ち合わせた二人。途中まではベルも同行するため、彼も巧とともに彫像前に来ていた。

 

「それじゃ、行ってみよーかー!」

「……マジで行くのか?」

「マジで行くよ?」

「……悪い。急用思い出した」

「逃がすわけないじゃん。それに今日は何も予定がないって調べ上げてるんだから。何かするにしてもダンジョンか鍛冶のどっちかでしょ?なら諦めてダンジョン行こうぜ?」

「お前の情報網怖ぇな!?」

「それに安心してよ。生死の境界はちゃんと理解してるから」

「その言葉を聞いて何処に安心できる要素があんだよ!?」

「……?安心しかできないでしょ?動けなくなっても生き残れるんだからさ」

「お前と俺らの感覚が違うんだよッ!!」

 

 昨日とは違い、今度はヴェルフが巧にがっしりと腕を摑まれて引き留められる。そこはLv.1とLv.2の違い。ヴェルフが必死に抜け出そうにも彼の腕はびくともしない。

 ヴェルフは最後の希望とばかりにベルの方に視線を向けるが、彼は合掌して一言だけ言った。

 

「えっと、その、頑張ってください……」

「くそぅ……」

 

 巧相手だと自分じゃどうにもできないということをベルはよく理解していた。だからこそ、このような言葉をかけることしか出来なかった。

 メンバー全員が納得し(諦め)たところで、巧は意気揚々と歩き始めた。

 

「じゃ、行こうかー」

「はい」

「いつか殴ってやる……」

「その意気だよー。怒りと殺意は人を強くするからねー。本当は持たない方がいいんだけどねー。ネガティブな殺意よりポジティブな殺意なら全然いいんだけどさ」

 

 満面の笑みでヴェルフを引きずりながらダンジョンの中へと潜っていく。ベルもそれについていく。無論、巧はダンジョン突入前に『解放礼儀』を欠かさず行っている。

 スタスタと進んでいくと、彼らの前にコボルトが姿を現す。それを見た巧は、少し悩むような仕草をするが、すぐに考えをまとめて声を出した。

 

「じゃーあー、ベル!君に決めた!」

「えっ?は、はい!」

 

 巧に言われてベルは前へと飛び出していく。巧の声だけですぐに実行に移せるのは彼が冒険者として成長している証だろう。

 そんな彼の動きは最初の頃に比べて格段に良くなっており、コボルトを瞬時に倒す。

 ベルの動きをじっと観察していた巧は感心したように一つ頷いて声をかける。

 

「……うん」

「ど、どうですか?」

「7階層でも大丈夫そうだねー」

 

 巧はコボルトの魔石を貫手で取りだすと、すぐに歩き始める。ベルも彼を急いで追いかけ始める。

 7階層への道中、巧はベルにいくつかの質問を投げかける。

 

「7階層から新しく出現するモンスターは覚えてる?」

「はい!『キラーアント』と『パープルモス』、それと『ニードルラビット』です!」

「それぞれの特徴は?」

「えっと、たしかキラーアントは瀕死になると仲間を呼ぶんでしたよね?パープルモスは毒の鱗粉を撒き散らして、何度も浴びると毒の症状が出る……でしたっけ?」

「そう。それで残りの角付きベルだけど」

「……ニードルラビットのことですか?」

「……ああ、ごめん。間違えちゃった」

「絶対わざとですよね!?」

「ニードルラビットは突進の速度についていけるようなら問題ないからカウンターで切り伏せちゃって」

「流された!?」

 

 ベルは自身の抗議が流されたことに驚きを隠せない。

 ちなみに角付きベルとは、巧が調教(テイム)を実践していた時に成功した、ニードルラビットの愛称であった。すぐにモンスターによって倒されてしまったが。そのとき、巧は数秒だけ涙を流したが、逆を言えばそれだけだった。

 叫んで抗議する彼を無視して巧はバックパックからいくつかの瓶を取りだしてベルに渡す。

 

「これ解毒薬ね。一応持っておいて。初めてだから様子見程度で留めるのがいいけど。ギルドでエイナに何か言われたら、俺のお墨付き貰ったって言っておいて」

「………………わ、わかりました……」

 

 何を言っても効き目がないと分かったのか、肩を落としながらも自身のバックパックに解毒薬をしまう。

 

「あっ、それとこれ。プレゼントね」

「わわわっ!?……プ、プロテクター?」

 

 巧はついでに出した緑色のプロテクターをベルに投げ渡す。それを受け取ったベルは疑問符を浮かべる。

 

「成長したから、ちょっとした防具のプレゼント。軽量だから問題ないとは思うから。それと収納スペースに予備の武器を入れてあるから使って」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 巧にお礼を告げながら早速左腕に装着する。プロテクターの中には以前ヴェルフにグリーンドラゴンの爪から打ってもらった片刃の短刀が既に収納されていた。その事を確認して目を輝かせながら笑みを浮かべている。ちなみに銘は『緑竜短刀(ミドリン)』だ。

 それを見届けると巧は声をかけて奥へと足を進める。

 

「じゃ、後は頑張ってね?俺とヴェルフは一気に行くから」

「あっ、はい!ヴェルフさんは気をつけて下さい!」

「……おう」

 

 すでに魂が抜けたように白く燃え尽きているヴェルフは、巧のバックパックの上に荷物のように乗せられながら運ばれていった。

 

「……よし!」

 

 巧たちがいなくなったことで一人になったベルは気合を入れ直して、周囲を警戒し始めた。巧が一緒の時は周囲の警戒を彼がやってくれているが、そのサポートがなくなると頼れるのは自分だけだ。

 ベルは気を付けながらダンジョンの奥に進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 巧はダンジョンを駆け抜けて11階層までやってきた。

 

「……気配は向こうか」

 

 気配を探って目当てのインファント・ドラゴンを探り当てると最短距離で向かう。

 そして前方に姿が見えると立ち止まり、背からヴェルフを下ろす。

 

「よし。逝って来い」

「字が違くねえか?」

「合ってるよ。なぜなら俺はそうやって強くなったから」

「誰もがお前みたいな奴だと思うなよ!?」

「少なくとも野菜人とシャーマンな人たちは俺と同類だぞ?他にもいるのかもしれないけど、少なくとも俺は知らん」

「誰だよそいつら!?俺にはどっちも分からないんだが!?」

 

 物語の登場人物です、とは言わずに、うだうだ言ってないで良いから逝って来ーい!とヴェルフを蹴ってインファント・ドラゴンに差し出す。

 

「う、うおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 叫び声をあげながらもインファント・ドラゴンの攻撃を避けて、即座に攻めに転じるヴェルフの判断の早さは流石だろう。

 そんな彼を見ながら、巧はバックパックを下ろしてその上に座ると、本を取りだして読み始める。

 

「うおぉ!?死ぬ!死ぬぅ!?」

「そうやって喋れるうちは死なないから大丈夫ー」

「てめ、いつか覚えてろよ!?」

「それ前も聞いた。天丼ネタはNGなんでそこんとこヨロ」

「んなこと知るかあああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ギンッ!ガンッ!と大刀を打ち付ける音とヴェルフの苦しそうな声、小竜の唸り声が響く。それらをBGMとして聴きながら巧は本を読み進める。

 それから二時間ほどが経過する。巧は二冊目の本を読み終わってもまだ続いている戦闘の方に目を向ける。

 

「なんだ。まだくたばってなかったか」

「おま、いま、なんつった……!?」

「体力の限界は近いっぽいねー」

「むし、する、な…………!」

 

 息も絶え絶えといった状態のヴェルフは、いくつか怪我は見えるが大きなものはなかった。本当に危険な攻撃はしっかり避けている証拠だろう。それでも足下は覚束ない様子だったが。

 しかし、相対するインファント・ドラゴンも血を流しており、負傷は此方の方が酷いように思える。

 それから十数分後。地に倒れて動かなくなったヴェルフを、小竜は踏みつけながら巧の様子を窺っていた。

 溜め息を吐きながらも、読んでいた本を閉じてバックパックにしまうと、一歩で小竜の懐に潜り込み、強烈なアッパーを叩き込む。そして次の瞬間にはその身体を灰へと変貌させ、影も形も無くなる。一瞥して確認すると、地面に倒れているヴェルフをバックパックに乗せ、移動を始める。

 

「……ここからなら『リヴィラの街』の方が近いか。一泊するだけの金はあるし、問題はないな」

 

 そう考えた巧は、ダンジョンの奥へと足を進めていく。近い未来で事件に巻き込まれるとは露にも思わずに。

 




今日の巧メモ
・人として:情報に嘘は吐かない。話してないことがあるだけです。
・武人として:限界を超えたい!
・研究者として:植物型モンスターの観察記録を編集中。

 はい。ということでお久しぶりです。今日から投稿再開します。
 以前と同じく週一投稿、水曜日の18時ちょうどです。
 なので、これからもよろしくお願いします!

以下クレジット

「解放礼儀」は”aisurakuto”作”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第二五話

 テーストーがつづくーよー♪どーこまーでもー♪
 ……やるなら一度にまとめてやってほしい。

 それと誤字報告の件で一つ言っておきます。
 単位はダンまち世界の単位を参照していますので、誤字ではないです。


 意識があるのかないのかが定かではないヴェルフと共に18階層へとやってきた巧。しかし、『リヴィラの街』が眼前まで迫ってきたところで、思わず足を止めて顔を顰めてしまう。

 

「……なるほど。妙な気配は此処だったか。ヴェルフを連れて滞在するには危険が大きすぎるか?だが、ここまで来て引き返すのもな……」

 

 巧はチラリ、と背中のバックパックの上で伸びてる男性に目を向ける。

 

「……いい刺激にはなるかもな。あわよくば、と言ったところか」

 

 ヴェルフに聞こえないように呟き、視線を前方に向け直すと、止めていた足を前へと動かせ始めた。

 

 

 

 街中で起きている騒動の中心を探し当てると、巧は気配を消して騒ぎの元である『ヴィリーの宿』に侵入していた。

 

「やっほー、ボールス!おっ邪魔してるねー!」

「……何でここに居やがる」

「嫌な感じがしたのとなんか死臭がしたから!」

 

 そう答えながら巧は部屋の中にある死体に近付く。頭を潰されて無残にも倒れているそれに。

 それをじっくり観察して、無表情で戦慄する。

 

「……わーお。マジで?」

「……まあいい。この際五月蠅くは言わねぇ。お前はこいつが誰か分かるか?確かお前は大体の冒険者を記憶してるはずだ。頭が無くても分かるかどうかは知らねえがな」

「……あー、うん。分かるよ。でも、ちょっと待って。いま、中に入ってくる人たちがいる。話はその人たちが来てからでも遅くないよ」

「……なんだと?」

「それは僕たちのことかな、タクミ君?」

「……お前、もしかして分かってたな?」

「モチのロン」

 

 ボールスが入り口に集まっているフィンを始めとした【ロキ・ファミリア】の面々を見て巧のことを睨むように見つめる。

 

「別に良いじゃん。これはボールス達じゃ手に負えないんだし」

「……どういうことだよ?」

「殺されたのはハシャーナ・ドルリア。【ガネーシャ・ファミリア】に所属するLv.4冒険者だね」

「……間違いねえんだな?」

「骨格、筋肉から言っても90%以上確実だよ。即死だろうし、死因は脊髄損傷か頸髄損傷、脳の損傷かな?少なくとも窒息死ではないね」

 

 そこまで言って、ハシャーナの荷物と思われるものに近付いて物色する。ボールスはそんな彼を止めることもなく自由にさせる。周囲の者たちもそれを止めたり、咎めようという者はいなかった。

 ハシャーナの荷物の中から一枚の羊皮紙を見つけだした巧は、それを手に取って穴が開くのではないかと言うほど、じっくり見つめる。

 

冒険者依頼(クエスト)の用紙。やっぱりあったか。んー、血に塗れて部分的にしか読めないか……」

 

 読める部分だけ眺めるとポイッ、と床に投げ捨てる。それをフィンが拾って同じように目を通す。

 

「殺しの手口も同じみたいだし犯人は彼女で確定かなー?」

「……犯人まで分かるのかよ」

「分かりづらいけど気配もまだ街にあるしねー。ほぼ確定ー。正確な場所までは分かんないけど」

「それって誰なの?特徴が分かってるならそれと合致する人を捜し出せばいいんでしょ?」

「残念だけどアレはそこまで馬鹿じゃない。女性だというだけでも情報としては大きいからね。先ずはそれを隠すはずだ」

「……?どういうことですか?」

「んー、待ってねー。色々考えを張り巡らせてるからー」

 

 巧はそういってしゃがみ込み、ぶつぶつと独り言を呟き始める。

 

「一人で来てる?いや、ない、か?アイツのことだし、何かしらの保険を用意してあるはず。周囲にモンスターの気配は?……今のところはない?上手く隠してるのか?流石に此処まで気配が密集してると難しいな。街中に女に似た独特な気配は無し。……いや、普通の気配の協力者というのも有り得るか。じゃあ、最後まで可能性は捨てきれないな。なら油断はできないか。そっちは置いとくとして運び屋の強さは?……地上に持ち帰るだけだからハシャーナよりは下。一人で此処まで来ているのならLv.2では無理だからLv.3ということになるか。それにまだ地上に行ってないとすると、この街にいるはず。コイツが死んだことは気づいてる?……うん、多分気づいてる。ならどこかに隠れるか逃げ回っている?それともさっさと地上に?……いや、まだいるかもしれないか。此処から出て行ったのならあの女も気づいて追っているはずだしな。そもそも探してる物は何なんだ?あいつにとって重要なもの?……これはまだ分からないな。情報が少ない。おそらく未知の代物か理解の範疇に収まっていないものという可能性を視野に入れておこう。では、あいつはいまどうしてる?……それは分かりきっている。絶対に変装して姿を隠してるはず。ならその手口は?……あの身長であれば、俺ならばきつくても全身型鎧(フルプレート)を着込む。だが、顔等の見えてしまう肌はどうする?……ああ、だから頭部が潰されて?でも腐敗はどうする?……ああいや、たしか毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の研究の際に毒液に防腐作用があるのを確認したな。それを使えば一日程度はいけるか。となれば見つけるのは容易。運び屋はどうだ?コイツより弱いのなら命を狙われていると分かれば怯えているか?となると顔色が悪い奴とか様子がおかしい奴を見つけて保護を―――」

 

 その呟きは巧本人にしか聞こえず、周囲には何と言っているのかは分からなかった。

 そんな彼の傍に居たヴェルフが巧の肩を叩いて思考を中断させる。

 

「おい」

「―――ん?」

「おいタクミ。そこまでにしとけ」

「ふぇ?」

「全員に引かれてるぞ」

「はれ?」

 

 ヴェルフに後ろを指さされて振り返る巧。そこには彼から一定以上の距離を取っている一同がいた。傍に居るのはヴェルフとフィンぐらいだった。

 

「ああ、ごめん。思考に没頭するとどうにもねー。でもちゃんとまとまったから帰ってもいい?」

「なんでだよ!?」

「ヴェルフも帰るよー。準備してー」

「待てっつってんだろ!?」

 

 巧の突然の帰る宣言にボールスは声を荒げながら彼のことを止める。そんな彼に巧は口を尖らせながら文句を呈する。

 

「だってメンドクサーイ!」

「ふざけんな!?じゃあ今の思考時間は何だったんだよ!?」

「教えなーい!んーならさぁー街には残ってあげるからそっちに全部任せるよー!こっちはヴェルフのお守で忙しいから!」

「せめて俺は何すればいいかぐらい教えろ!」

「えぇー……そしたらー……街の封鎖、冒険者を一箇所に集める。ボールスが出来るのはそれぐらいかな?」

 

 それだけ告げてじゃーねー!と巧は去っていく。それに続いてヴェルフも部屋から退出するために足を動かす。

 

「……じゃあな」

「……彼は一体どこまで分かってるんだい?」

 

 そんな彼にフィンが静かに話しかける。その質問を聞いてヴェルフは少しだけ苦い顔をしながらもはっきりとした声で答える。

 

「……ほぼ全部だろ。だが、アンタらに任せた方が都合が良いって結論に収まったんだよ。多分な」

「ヴェルフー!早く早くー!」

「悪い。もう行かせてもらう」

 

 フィンに引き留められていたヴェルフも巧に急かされて今度こそ立ち去る。

 

「どうするんですか、団長?」

「……僕らにやれることをやってみよう」

 

 そう告げて一同は話し合いを始めた。

 

「というか、ボールス。君はそんな性格だったかい?」

「……少し前に痛い目を見て、相手を考えるようにしただけだ」

 

 フィンの言葉に答えながら、当時のことを思い出してボールスは体を震わせる。

 周囲の人たちは、そんな彼の背後にウインクしながらピースをしている巧の幻が見えたとかなんとか。

 




 今日の巧メモ
・人として:殺人なんて許せない!なおDクラス職員は別。
・武人として:ヴェルフには頑張ってもらおうか。
・研究者として:毒妖蛆の毒液には防腐作用があることは確認済み。ん?どうやって調べたかって?それは[削除済]


 次回も水曜日の18時投稿です。

 クレジット無し!


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第二六話

 巧は『ヴィリーの宿』を出る前にヴェルフにローブを被せる。

 

「わぷっ!?な、何しやがる!?」

「それ一応被っといて。君は魔剣を打たないとしても『クロッゾ』なんだからさ。その容姿が知られてないとも限らないし」

「……悪い。そういうことか」

「いいよ。言い寄られるのは嫌いでしょ?」

 

 行くよ、と告げて歩き始める二人。そんな二人の姿は傍から見ればローブを着た冒険者とサポーターに見える。周囲からはあまり不思議がられずに街中を歩く。

 そして路地の中に差し掛かった時、巧がヴェルフに声をかける。

 

「……上に上がるよ」

「……ああ」

 

 巧はヴェルフは抱えて建物の上まで跳び上がる。その場所は街をある程度一望でき、中央の広場もよく見えていた。

 身体を伏せて建物の影に隠れるように身を潜ませる。

 

「……しばらくはここで待機かな」

「……これ、バレねえか?」

 

 伏せた体勢のままヴェルフが心配そうな声を上げる。その声を拾い上げた巧が言葉を返す。

 

「俺がこの周囲に溶け込ませてる。傍に居る限りこの街の冒険者に気づかれることは無い。気づく可能性のあるフィンたちはここまでは来ないだろうしな」

「……ならいいけどよ」

「それと、俺の戦闘を邪魔しないでね?」

「俺の実力じゃ介入すらできねぇよ」

「そうか?じゃあヴェルフ、最後に一つだけ」

「なんだよ?」

「死にそうになったら魔剣を使え」

「っ!?」

「お前が魔剣を嫌いなのはわかっているが、命には代えられない。このバックパックの中にヘファイストス様から伝言と一緒に預かっているものが入っている。お前が打ったものだ。伝言は『意地と仲間を秤にかけるのは止めなさい』だそうだ」

「なんで、お前に……?」

「……お守り代わりだ。俺も時機を見て、お前に渡そうと思っていたがな。だけど、今だけは、お前に託す」

 

 巧の言葉に思わず息を呑んでしまうヴェルフ。

 

「そこまでやばいのか?」

「俺も出来れば地上に帰りたいものだな。好奇心に従って命を落としたくはないし。過去にそんな奴を山ほど見てきたからこそ、そうなりたくないと考えてしまうのだろうな」

「……………」

 

 無表情の巧を顔を見て、頬に流れる一筋の汗をヴェルフの目は捉えていた。

 彼にはそれが冷や汗なのか何なのかは分からなかった。だが、巧の眼と表情が尋常ではない事態だということを物語っていた。

 

「出来る限り守るつもりでいるが、ヤバいときは使え。自分の身を守るために使え。決して誰かを殺すために使うなよ?」

「……わかった」

「もしはぐれたらボールスの傍に居ろ。あいつは生存能力が高いからな」

「おう」

 

 そんな会話を屋根の上でしていると水晶広場に冒険者たちが集められる。

 

「……女も運び屋もいるな。運び屋は【ヘルメス・ファミリア】のルルネ・ルーイか」

 

 巧の視線の先には顔を青白くしている犬人(シアンスロープ)の少女と全身型鎧を着込んだ冒険者風の人物がいた。しかし、見るのは一瞬にしてすぐに全体を俯瞰する。

 そんな巧に隣に居るヴェルフはあまり驚きはせずに話しかける。

 

「ここからよく見えるな」

「五感はそこそこいいからな」

「そんなレベルじゃないだろ……」

 

 それからしばらくして広場で騒ぎが起こる。そして巧の目は広場から逃げるように立ち去るルルネと、それを追いかけるアイズとレフィーヤの二人。更にそれを追いかけるように動く全身型鎧の人物を捉えた。

 

「―――動いた」

「行くのか?」

「まさか。行くにしてもまだ早いさ。まだ、泳がせるよ。今乱入しても無駄に被害が増えるだけだからね」

 

 巧はヴェルフの顔を見ずに返事をする。今度はそんな彼がヴェルフに尋ねる。

 

「ねぇ」

「なんだよ?」

「怖くない?」

「……怖いさ。死ぬかもしれないんだからな」

「……そっか。ま、死んじゃったらヘファイストス様にももう会えなくなっちゃうもんねー」

「なっ!?なんでそこでヘファイストス様が出てくるんだよ!?」

「えっ?好きなんでしょ?」

「そ、そんなわけあるか!?」

「なに?気づかれてないと思ってたのー?バレバレだよー?」

「~~~~~~~~~~っ!」

 

 巧にそんなことを言われてヴェルフは顔を自身の髪色のように真っ赤に染める。巧はそんな彼を見てクスクスと笑う。

 

「さて、そろそろ気を引き締めようか」

「くそ……お前にいつか仕返ししてやるからな……」

「楽しみにしてるよー♪」

 

 本当にその時を心待ちにするかのように弾んだ声で話す巧。ヴェルフは口を閉じて気を紛らわすように広場の集団に目を向ける。

 と、その時。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 街に食人花のモンスターが多数出現し、破鐘の叫び声が響き渡る。

 

「っ!?」

「来たねぇ。味方はモンスターか。ならやっぱり調教師(テイマー)かぁ。ま、保険なしで此処まで来ないよねぇ」

 

 突然のモンスターの出現に驚愕するヴェルフに対し、巧はまだ笑みを崩さずに余裕を持っている。

 

「……ここまで、分かっていたのか?」

「可能性は考えてた。仲間がいるか、調教師(テイマー)、それ以外の三択まで絞って絞り切れなかったけどね」

「……それを伝えていれば―――」

「状況は変わったかも、って?それはないよ。なったとしても事態が早くなるか悪化するかのどちらかだ。何も知らずに冒険者が一箇所に集まってるこの状況が最善なんだよ。情報はできるだけ制限して隠すのがね。もし知らせてたら、その機微に襲撃者が気づいて動けば何が起きてもおかしくはなかったからね」

「………………」

 

 巧の言い分にヴェルフは少し納得してしまう。それに起きたことをとやかく言っても仕方ないと割り切って、目の前の事態に集中する。

 

「『解放礼儀』。……じゃ、行くよ」

「ああ」

 

 いつも通り開いた左手に握った右手を合わせて45度の礼を五秒間行った後、ヴェルフを抱えて屋根から飛び降りた巧は街を駆ける。

 

「『摩擦熱切断手刀』」

 

 通り過ぎる際に食人花の首を斬り落としながら、目的の襲撃者の元まで駆け抜ける。

 

「―――前方ッ!」

「―――見えてる!」

 

 ヴェルフが鋭い声を上げる。その声で巧は彼とバックパックを放り投げて、レフィーヤへと迫っていた全身型鎧の人物に突っ込んでいく。

 

「ハッロー!!挨拶として一発どうぞッ!!」

「ッ!?」

「『臨界パンチ』ッ!!!」

 

 ドンンッ!!と大きな爆発を起こしながら後方へと飛んでいく全身型鎧の襲撃者。爆発による衝撃で襲撃者の鎧は一部が砕けていた。巧はそれを見ながら殴った手を振る。

 

「かったいなぁ、もうッ!ヴェルフ!回復薬類を出しといて!手ぇ砕けた!」

「ハァッ!?嘘だろ!?」

「マジ!さっさと用意しといて!!」

 

 ヴェルフに指示を出しながらも眼前の女性から目を離さない巧。

 

「お前、あの時の奴か」

「そのとおーりでーす!お元気でしたー?俺は貴女の顔をぶん殴ることだけを考えていたよー!!それにしても全身型鎧にハシャーナの顔の皮を被ってるっていう予想通り過ぎてちょっとつまらなく感じちゃってる俺がいる?みたいな?あはははー!!」

「………………」

「顔の皮膚は毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の体液による防腐作用を利用したのかな?それでも長時間は持たないよねー?一日ぐらいー?」

「………………」

「ねぇー?俺ばっか喋ってたらつまんないよー?会話しようよー!ほらほら!」

 

 巧は一気に話しかけるが、女性からの反応はない。その様子に巧は肩を落とし、二人を静寂が二人を覆う。

 

「前回と違って、今回は始末させてもらおう」

「やれるもんならやってみろよ、クソ女。そんなお飾りの防具なんて捨ててよぉ?」

 

 巧がそう口にすると女性は鎧を手で砕いて脱ぎ捨てると、地を蹴って巧の眼前に迫ってくる。

 

「バーカ。『テレポ遠当て』」

「ッ!?」

 

 女性の腹部に衝撃が走り、再び後方へと吹き飛ばされる。彼女は何が起きたのか理解できておらず、巧のことを睨むが彼は依然と笑みを浮かべている。

 

「あはは!そんな面白い顔をしてどうしたんだ?」

 

 ケラケラと彼女の顔を見て面白そうに笑い声を上げる巧。そんな彼を見て警戒する赤髪の女性。

 そこにヴェルフがハイ・ポーションの入った瓶を彼に投げる。

 

「タクミ!高等回復薬(ハイ・ポーション)だ!」

「悪いな!」

「っ!」

 

 巧が瓶を受け取った瞬間、女性は再び加速して姿を消す。今度は巧を無視して後ろにいる三人を狙うようだ。だが、そんなことは巧が許さなかった。

 

「『虚喰掌握』」

「っ!?」

 

 だが、既に瓶の中身を飲み干した巧が左の掌を強く握りしめて圧縮し、重力崩壊を引き起こして引力場を作り出して女性を引き寄せる。

 しかし女性もすぐに長剣で応戦しようと斬りかかってくる。

 

「フッ!」

「『臨界パンチ』ッ!」

 

 巧は斬りかかってきた女の攻撃を原子核分裂させた拳で迎え撃つ。

 そして、長剣と拳が接触し、

 

「なっ!?」

 

 長剣の方が爆砕された。

 流石にこれには、女の顔も驚愕一色に染められた。

 誰が思うだろうか?拳を斬ったと思ったら、剣の方が爆砕されていたなど。

 普通は思わない。拳と剣ならば、剣が勝つ。多くの者がそう思うだろう。だが、彼は普通ではなかった。彼女は、彼を侮ってしまったのだ。

 一月前は尻尾を巻いて逃げ出した人物が、今自分の目の前に立ちはだかり、苦戦を強いられている。

 

「『共振パンチ』!」

「っ!」

 

 巧の次の攻撃に嫌な予感がした女性は引力を振り切って、後方へと大きく飛び退く。それを見た巧は心底悔しそうに顔を歪める。

 

「んー!残念ッ!せっかく魔石を砕こうと思ったのにー!」

「お前……私の正体に気づいているのか?」

「あっ、やっぱりあるんだ?魔石っぽい気配するし、そうかもなぁーっていう仮説でしかなかったけど、マジでモンスターの特性を持っちゃってるんだー?」

 

 鎌をかけられた。そう理解した女は苦い顔をすると、いつでも動けるように前傾姿勢をとる。そして巧のこと見据えながら言葉を吐き出す。

 

「……お前はここで殺す」

「言ったはずだぜ?やれるもんならやってみろ、ってさ?」

 

 女性の殺意が滲む言葉に、巧は不敵な笑みを浮かべながら挑発する。

 だがそこで、巧の横に金の髪を靡かせながら降り立つ少女がいた。

 金髪金眼の少女、アイズは前方の女性を見ながら隣にいる巧に尋ねる。

 

「……あの人がハシャーナさんを?」

「ああ。その通りだよー。武器は壊したけど、身体自体がめっちゃ硬い」

「……下がってて。後ろの人たちを守って」

「……なら、お言葉に甘えさせてもらおっかな」

 

 アイズにそう言われて素直に後ろにいるヴェルフたちがいる場所まで下がる。

 

「ヴェルフー、普通のポーションちょーだい」

「ほらよ」

「あんがとー」

 

 巧は渡されたポーションを飲み干す。そこにレフィーヤが近づいてきて彼に話しかける。

 

「あ、あの……助けてくれてありがとうございます」

「お礼は良いから早くアイズの援護をしてあげて。流石に一対一(タイマン)じゃ勝ち目薄いと思う」

「えっ!?わ、分かりました……!」

 

 巧の言葉を聞いたレフィーヤはすぐに数歩前に出て詠唱を始める。彼女の足下の石畳に山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開する。

 

「……なぁ、どうだったんだ?」

「なにが?」

「勝ち目はなかったのか?」

「無理だね。この街を更地にしてもいいなら分からないけど」

「やめてくれ」

「だからやってないっしょ。それに今一つ盛り上がらないしつまんない。周りの雑魚でも倒そっか」

 

 ヴェルフとそんな会話をしていると、レフィーヤの詠唱が終わる。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

 撃ちだされる光の矢。矢というよりもビームに近しい魔法の威力を見た巧の第六感が警鐘を鳴らした。

 

「―――あっ、ヤバいかも」

「はっ?」

「ヴェルフ、ルルネ・ルーイ。退避するよ。摑まってて」

「うおっ!?」

「わわっ!?」

 

 二人を両脇に抱えて巧はその場から大きく逃げ去る。咄嗟に抱えられた二人だったが、巧の服をしっかり摑んでいる辺り、流石冒険者と言ったところだろう。

 巧が飛び去った直後、魔法は女に直撃した。ただし、彼女が自ら突き出した左腕にだが。

 彼女の腕が魔法を受け止め、雷鳴に匹敵する拮抗音が発生して光の飛沫が上がる。

 その光景を目の当たりにしたヴェルフとルルネは戦慄する。

 

「……あれは勝てねえな」

「……た、助けてくれて、ありがとう……!」

「……あー、衝撃に備えろー?」

「「えっ?」」

 

 漆黒の籠手(ガントレット)が砕けた女の細腕は微塵も揺るがず、魔法を受け止めている。次の瞬間、魔法を押し返して腕を力任せに振って、軌道をずらして斜め前の壁に叩きつける。

 

「「っ!?」」

「『爆風キャンセリング』!」

 

 水晶の爆砕とともに衝撃波が起こる。が、巧は襲い掛かってきた衝撃波を、正拳突きにより発生する衝撃波の波形を爆風と合わせることで、衝撃を相殺した。

 上手くいったことに安堵の息を吐く巧。そして後ろにいる二人を見ると、衝撃に備えて腕で顔や頭を守っている状態で固まっていた。二人はいつまで経っても来ない衝撃を不思議に思ったのか、辺りを見渡し始める。そこで巧はようやく声をかける。

 

「平気?」

「わ、悪い……」

「た、助かった……?」

「はぁ……戦闘に関しては本当に予想できないなぁ……」

 

 巧は戦闘の方に目を向け直す。すると突如、

 

『―――ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』

「「っ!?」」

「なんだ……?」

 

 叫喚が響いた。

 戦闘地点から離れたせいで三人には何が起こっているか理解できなかった。巧にさえもだ。そこで、一つ思い当たることがあった。

 

「っ!ルルネ・ルーイ!お前は何を運んでいた!?」

「えっ!?え、えっと、緑色の宝玉だ!中に不気味な胎児みたいのが入ってるやつ……!」

「宝玉……?胎児……?」

 

 巧は思考を張り巡らせる。だが、思いつくことは何もない。少なくとも自身が調べた情報にはなかった。ギルドが隠している情報にもなかった未知の代物だ。そんなものを巧が知るわけがない。

 

「わ、私も詳しくは知らないッ!ただハシャーナから受け取ったものを地上に運ぶように、黒ローブの奴から依頼されただけなんだッ!」

「そんなことは理解できている。それにしても胎児……胎児か。いや、でも―――」

 

 巧の脳裏に50階層で対峙した女体型のモンスターが思い返される。

 

『アァァァァァァァァ!!』

「「「っ!」」」

 

 巧が思考に没頭していると、再び声が響く。三人はその声が聞こえた方へと一斉に顔を向ける。そちらには何かが飛来して瀕死の食人花のモンスターにぶつかるのが確認できた。だが、三人の中で巧だけは、何が飛来したかがはっきり見えた。それは不気味な胎児だった。そしてそれがモンスターに寄生したのも理解できた。さらに、次に何が起こるのかも。財団で多くのオブジェクトを見て、知っているからこそ、ああいったものが寄生した後に何が起こるのかを、すぐに思いついた。

 

「ヴェルフ!ルルネ!すぐにこの場から退避しろ!出来るだけ遠くに!いや、フィンたち第一級冒険者と合流しろッ!!」

「あ、ああッ!!」

「わ、分かったッ!!」

「俺もレフィーヤ・ウィリディスを起こしたら追いかけるッ!!」

 

 そういって巧は前方に跳んでレフィーヤが倒れている場所まで急ぐ。そうして倒れている彼女の傍まで来ると、声をかける。

 

「おい!動けるか!?」

「は、い……!なんとか……!」

「ならフィンやリヴェリアと合流しろ!!少々厄介なことになるかもしれない!!」

「なぜ、貴方の言う事を聞かなきゃ―――」

「今は文句を言わずに黙って動け!!死にたいのか!?」

「……ッ!」

 

 声を荒げている巧の必死さが伝わったのか、レフィーヤはその場から即座に退避する。

 そしてモンスターに執拗に狙われているアイズと合流する。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン!アレは一体なんだ!?」

「分からない……!宝玉の中の胎児が寄生した……!」

「チッ!なら、あの宝玉はモンスターを変異させるものの可能性が高いか……!魔力に反応しているのか、精霊に反応しているのか、或いはその両方か……!?」

「っ!?なんで、それを……!?」

「生憎、俺の近くにも精霊の血を継いでる奴がいてね!気配が似通ってるんだよ!」

 

 二人がそのような会話をしている最中、寄生されたモンスターは別の食人花のモンスターを捉えると容赦なく食らいついていく。

 二人が驚く中、何体ものモンスターが折り重なり繋がっていく。

 そして羽化を遂げたかのように、モンスターの体皮を破った女体の姿を金と黒の瞳が捉えた。

 

「アレで変化は終わりかっ……!?」

「分からない……!でも周囲にモンスターはいない……!」

「ならば、これ以上後ろに下がるのもマズいし、あの獲物は俺がもらうぞ……!」

「えっ……!?」

 

 驚きの声を上げるアイズを無視して、巧は一瞬で女体型のモンスターの懐に入る。

 

「『臨界パンチ』ィッ!!」

 

 すぐに下から思い切り殴りあげる。

 

「打、ち、上、が、れええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げているが、そんなことなどお構いなしに上方向に力を加え続ける。スキル【矮躯怪物(ミクロス・テラス)】の補正も受けながら、上へ上へと持ち上げる。

 そして、グリーンドラゴン戦の止めの時よりも大きな爆発を起こし、それが推進力となり、モンスターの巨体が宙へと浮く。

 巧はその隙に体細胞を活性化させる特殊な構えを取る。その際に、筋繊維のみならず筋肉の動きによってドーパミンやアドレナリンに代表される脳内物質の分泌をも自在に操作する。

 

「『剛力・羅漢の構え』!」

 

 それにより、彼は獣の如き剛力を得る。それを終えると、地面に落ちている石を出来る限りポーチに詰め込んで、一個だけ手に持つ。

 巧はモンスター目掛けて跳躍する。そしてすぐに手に持っていた石を地面に向けて全力で投げ、それを踏んで全力で跳躍する。

 

「『二重反作用空歩術』!」

 

 わずか一秒にも満たない時間でその動作を終え、その動作を繰り返すことで宙を跳んでモンスターに接近する。

 

「『摩擦熱切断手刀』ッ!!」

 

 迎撃のために巧に向けて動かされている足の触手を、高速で擦りつけた手刀で斬り飛ばしながら、二重の反作用によって加速した状態で接近していく。十本以上の足を迎撃に使ってくるが、その尽くが切り落とされるか、彼の足場にされるだけで全く意味を成しえていない。

 そうして女体型の身体に手が届く距離まで巧が迫る。彼は両拳を腰だめに構え、細胞を原子核分裂させ―――

 

「『臨界パンチ』・乱打ァッ!!」

 

 ―――対・天野博士用に考えていた戦法を解放した。

 天野博士は一撃の威力が伝承者随一の人物だ。『共振パンチ』を一発でも受けてしまえば、共振現象はもちろんのこと衝撃波が発生して全身の骨が砕けることなど普通だった。

 一撃の威力で敵わないのであれば、それに相当するだけの回数の攻撃をその攻撃に当てて相殺してしまえばいいという、脳筋思考の下で生まれた戦法。これは多くの習得者が集まって導き出した答えであった。しかし、それを実現できる者はいなかった。なぜならこの理論はあまりにも非現実的であったからだ。天野博士は他者の追随を許さない圧倒的な剛の力と、他の伝承者に勝るとも劣らない敏捷さを保有していた。この理論の実現には天野博士を大きく上回る速度が必要だった。そのため、これは机上の空論にすぎなかったのだ。今この時までは、だが。

 巧は神の恩恵(ファルナ)とスキルのサポートを受けて、今その戦法を実現させていた。

 だがもちろん、これには大きな欠点もあった。

 

 身体が、持たないのだ。

 

 普段よりも数段速く動かし、高威力の奥義を多数回使用する。つまりその回数だけ負荷がかかり、体力の消耗も急激に早くなるということだ。

 短期決戦型の戦法。ただ敵を倒すためだけに考えられ、自身のこと、倒しきれなかった時のなどは眼中に無い無謀な戦い方。

 それをいま、巧はやっていた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

「アアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!?」

 

 幾度となく撃ち込まれる拳が大爆発を起こしながら女体型の身体を削っていく。

 巧は自身を奮い立てる喊声(かんせい)を、女体型は痛みを訴える悲鳴を、それぞれ街の上空で上げる。

 徐々に、徐々に、モンスターの身体が、上へ、上へと、浮き上がっていく。

 天井に生え渡った18階層を照らす数多の水晶。その一部分へと、街の外周部の上空へ、ズレていく。

 巧も、モンスターから離れずに、上に上がっていく。

 そして、もう既に女体型の足は初めの頃よりも少なくなっており、満足に動かせているものは十本をきっていた。

 しかし、そこで女体型が力を振り絞り、女体の上半身を巧にぶつけることで彼を下へと叩き落す。

 無理やり身体を動かしたとは思えない力で吹き飛ばされた巧は、地面目掛けて高速で落下していく。

 重苦しい風を切りながら、小石をどうにかして取りだす。

 

「ぐっ……!?『二重、反作用、空歩術』ッ……!!」

 

 激しい空気抵抗の中、空中で体を動かして落下方向とは逆方向のベクトルに石を投げて減速を促したうえ、その石を無理やり蹴る。

 だが、その一度が限度だった。

 多少弱くなったものの、それでもかなりの勢いで落下してきた彼の身体は、激しく地面へと叩き付けられ、何度もバウンドする。それが治まると、そのまま地面へと倒れ伏せたまま動かなくなる巧。地面には赤い染みが広がっていっていた。

 

 その光景があのモンスターの力の強さを物語っていた。

 

 それを見ていた誰もが、彼が死んだ、と思った。

 

 しかし、それは間違いだった。

 

「…………………………っ………………」

 

 ピクリ、と彼の指が僅かに動き、身動ぎをするように体全体を動かし始める。

 

「――――――ぐ、うぅっ………ッ!!」

 

 何とか、地面に手をついて、体を起こそうとする。そして、彼の第一声にその場の全員が驚かされた。

 

「―――あは、は……」

 

 微かに聞こえた、笑い声のようなもの。だが、ただ息が零れただけかもしれない。しかし次の瞬間、勘違いではなかったのだと全員が理解させられた。

 

「あははははははははははははははははははッ!!!」

 

 彼は、今にも死にそうなボロボロの身体で、歓喜の声を、欣悦の声を、狂喜の笑い声を上げる。

 

「いいないいないいな!!最ッ高にいいなァ!!?おいッ!!?実に倒しがいがあるじゃねえかよッ!!」

 

 四肢の骨が砕け、全身から血を流し、それでもなお自身の両足で地面を踏みしめ、血に濡れた顔に笑みを浮かべる巧。それどころか体を気遣うことなく大声で愉快そうに、上機嫌に、今の状況を心の底から楽しんでいた。

 この身体の状態。本来ならば確実に死んでいる筈の負傷だ。

 では、生死を分けたものは何なのか?

 それは、効果が分からなかった発展アビリティ『頑強』にある。この発展アビリティは別に基本アビリティの『耐久』に補正を加えるものではない。これは巧も感覚的にそれを理解し始めていた。

 では、その効果はどういったものなのか?ということになる。

 この発展アビリティの効果は端的に言えば、()()()()()()()、というものだ。しかし別に不死と言うわけではない。ただ少し、他者よりも多く血を流せる。多く骨が折れても平気というだけだ。痛みはある。足が折られたら立ち上がれないかもしれない。

 

 だが今回はそのおかげで助かっている。

 

 そのおかげで、生き残っている。

 

 そのおかげで、歓喜できている。

 

「それで良いッ!!それが良いッ!!それを超えてこそ先に行ける!!上に上がれる!!『元素功法』!!」

 

 大気中の微粒子や構成元素を選択的に消化器官に取り込んで、胃腸で吸収、血流に乗せて全身に送り込む腹式呼吸で、怪我を修復させる。

 身体を軽く動かし、傷が全て治ったことを確認すると、未だ上空にいる女体型に獰猛な笑みを向ける。その彼の笑みが見えたのか、女体型は怯えたように身体をビクンッ!と一度、大きく震わせる。

 

「―――アハ♪」

『―――ッ!?』

 

 巧は力強く地を踏みしめて、大きく跳躍する。まだ残っている石を後方に投げて足場とし、再び跳躍する。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

『ア、アアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』

 

 女体型は笑声を発しながら突撃してくる巧に向かって、来るなっ!とでもいうかのように咆哮し、残っている足で迎撃を試みる。

 

「『摩擦熱切断手刀』♪」

『アァッ!?』

 

 巧は楽しげな声を発しながら、それを両の手の手刀を踊るように振り回して全ての足を切断する。切断面からは夥しい量の血が噴き出す。巧は下へと落下していく切断部を足場にして更に跳躍する。

 

「『臨界パンチ』・乱打ッ!!」

 

 再び、街の上空で大爆発が連続して発生する。

 

 狂笑と悲鳴と爆音が、上空で鳴り、街全体へと響き渡った。

 




今日の巧メモ
・人として:汚物は消毒だー!
・武人として:たーのしー!
・研究者として:宝玉の現物を手に入れたい……。

 次の投稿も水曜日の18時でっす!

クレジット

「解放礼儀」は”aisurakuto”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「虚喰掌握」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振パンチ」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「爆風キャンセリング」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「剛力・羅漢の構え」は”blackey”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「二重反作用空歩術」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第二七話

 今更なんですが、こんな小説を読んでくださってる方々、誠にありがとうございます。
 完全に趣味の範囲で書いてる代物ですが、多くの方(作者からしたら)に読んでいただけて嬉しく思っています。

 では、本編どうぞ。

 ……あっ、別に打ち切りとかじゃないです。ただ励みになっているってことを言いたかっただけで、深い意味は無いです。


 巧に言われてフィン達と合流を果たしたヴェルフは『リヴィラの街』の中央広場で戦闘していた。

 

 食人花のモンスターと戦いながら、上空の戦闘を横目に見ていた。

 巧が女体型のモンスターに拳を打ち込んで爆発が起きる様を。

 

 モンスターの攻撃を躱しながら、上空の戦闘の音を聞いていた。

 爆発音と衝撃音の中に微かに混じる彼の雄叫びを。

 

 モンスターに攻撃を加えながら、上空の戦闘に加われない自身の無力さを嘆いた。

 自身の友と共に戦えないことを。

 自身に、彼の横に並んで戦える力が、ないことを。

 

 もし力があったのなら、彼は空ではなく地上で戦ってくれたかもしれない。

 だが、それは自分の妄想で、願望であり、決して現実ではない。

 結局は戦闘を楽しみたいからという理由で、邪魔をされない空で戦うことになるかもしれない。

 実際はどうなるか分からない。実際にそのような状況にならない限りは。

 

 でも、それでも、悔しいものは悔しいのだ。

 歯を食いしばり、その感情を無理やり抑え込んで自身の戦いに集中する。

 食人花の蔓を斬り払う。だが、少しの傷が付くだけで斬り落とすことはできない。

 

(チッ……!こんな奴ら斬り続けてたらすぐ刃が駄目になっちまうぞッ……!)

 

 事実、彼が持っている大刀は幾つかの刃こぼれを起こしていた。数度切っただけでこれなのだから、戦えば戦うほど不利になっていくのは間違いないだろう。

 それでも目の前の敵を倒すために武器を振り続ける。

 斬って、払って、流し、魔石を突く。そうやって時間をかけながらも、巧に教わったことを十全に発揮しながら敵を屠る。

 一瞬のよそ見すらも許されない極限状態。

 

 だが、その集中が途切れ、モンスターに突き飛ばされて地面を転がる。

 彼が、思わず動きを止めてしまう事態が起きていたのだ。

 石畳の上に転がされた彼は、痛みなどを忘れてただ一点から目を離せなかった。

 

 巧が、友人が、仲間が。

 空から、上から、天から。

 降ってきた、下りてきた、落ちてきた。

 

 ヴェルフにはその光景が、酷く、緩慢なものに見えた。

 

 地面に強く叩きつけられ、衝撃に耐えられずに石畳が割れる。

 それでも衝撃は消え失せず、彼の身体を何度も激しくバウンドさせる。

 跳ねるのが止まると、彼は地面にうつ伏せに倒れたまま指一本動かさなくなる。それこそまるで死んだように。

 

 実際、周囲の冒険者たちは皆、彼が死んだと考えた。

それはヴェルフも決して例外ではなかった。

 

 だが、それでも、彼は立ち上がった。呻き声を上げながら、誰の力も借りずに、自身の両足で地を踏みしめて。その両足さえも、骨が砕けているというのに、筋肉で骨を無理やり押さえつけ、震えながらもその足でしっかりと立ち上がっている。

 

 そして、笑った。天に向かって口を開いて、声高らかに。街の全域にまで響き渡るような大音量で。満身創痍の彼の身体から、どうしてそこまでの声を上げられるのか、たった一人を除き、誰にも理解はできなかった。

 

 その光景を見た者は口々に言う。

 

 ある者は狂っていると。

 

 またある者は化け物だと。

 

 狂ったように笑う彼のことを指して言う。

 

 だがヴェルフだけは、彼が楽しんでいると、純粋に心の底から歓喜しているということを理解していた。

 

 そんな奇異の視線で見られている彼は、いつものように奥義で傷を癒して、上空の女体型のモンスターへと再度突撃していく。

 

 ヴェルフは、ただそれを、見送ることしかできない。それしかできなかった。

 

 しかし、もう一度同様の事態が起きれば巧は確実に死ぬ。本人ではないが、そんな確信に近い予感が、彼にはあった。

 

 事実、先ほど使用した巧の奥義の一つである『元素功法』は、一度使うと再使用まで二時間のクールタイムを必要とする。再び叩き落されれば、万能薬(エリクサー)を使わない限り巧が生き残る術はないだろう。いや、それすらも間に合うのか定かではない。先ほどの負傷でどれだけの血が流れ出たかは分からない。だが、広範囲の地面を赤く染めているのが窺えるため、相当量の血液が彼の身体から失われているのは一目瞭然だった。人は血液総量の二分の一を失うと失血死を起こすと言われている。おそらく、もう一度同じ事態が起きれば、その量を超過するだろう。それどころか即死の可能性もある。

 

 そう考えたヴェルフは視界の端に映る大きなバックパックに意識を向ける。

 

 ―――意地と仲間を秤にかけるのは止めなさい。

 ―――自分の身を守るために使え。

 

 自分の主神の言葉と友の言葉が、彼の中で反響する。

 

 ―――俺の戦闘を邪魔しないでね?

 

 その言葉がさらに響くとヴェルフは歯を食いしばり、怒りを顕わにする。

 

「ッ!……んなこと、知るかよ……っ!!」

 

 自身の中で爆発した感情をむき出しにしたまま、力を振り絞ってバックパックまで近づいていく。そして手が届く距離まで来ると中からハイ・ポーションを取りだして飲み干す。

 

「お前の身勝手で死なれたら、こっちが困るんだよッ!!」

 

 さらに白布に包まった武器を取りだし、一振りする。そしてその飾り気のない柄と剣身の長剣から大炎塊を放ち周囲の食人花を焼き払うと、出来るだけ高い建物へと駆けあがる。『魔剣』の魔法に反応して食人花が彼に向かうが、ヴェルフは曲芸じみた動きで躱し、突き進む。

 そして、上空の彼に向けて叫ぶ。

 

「タクミイイイイイイイイイイイイイィィィィィィッッッ!!!」

『ッ!?』

 

 その叫びに周囲の冒険者が驚き、ヴェルフの方へと向く。だが彼はそれを意に介さず、上空の巧だけを見る。

 ヴェルフの声が聞こえたのか、巧は彼の方に振り向く。そして彼が肩に担いでいる魔剣(もの)が見えたのか、先ほどのような獣の笑みではなく、無邪気な、子供のような笑みを浮かべ、ヴェルフに向ける。

 彼はモンスターの背後に回ったかと思うと、息を吸い込みながら体を仰け反らせる。

 

「『喰期玉』!」

 

 口元に集中させた運動エネルギーを吐き出して、ヴェルフの方へとモンスターを弾き飛ばした。

 自身に向かってくる女体型のモンスターを冷静に観察する。最適な距離。地面からの高さ。それらを考えながらヴェルフは、先ほどの使用で既に亀裂を生じさせている『魔剣』に心の中で謝罪する。

 

(悪いな。勝手に捨てておいて今更お前の力を使うなんて、俺も十分身勝手だよな。でも俺以上に身勝手な(やつ)を助けるために、お前を砕かせてくれ……!!)

 

 下段に構え、腰を捻じり、長剣を背後で溜める。

 高速で飛来する女体型のモンスターを睨みながら、その一撃を放つ。

 その一撃の為だけに名付けられた『魔剣』の真名を叫びながら振り抜く。

 

「火月ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 その瞬間、誰もが目を炎の色に焼かれた。

 放たれる真紅の轟炎。下段からの振り上げられた剣身から巨大な炎流が迸り、一直線に女体型のモンスターを飲み込もうと上空へと昇っていく。

 炎は女体型の巨体を飲み込み、その身体を焼き焦がす。

 そして、甲高い別離の音がヴェルフの傍で響き、無数の破片が散っていく。

 

 ―――すまねぇ。

 ―――ごめんね。

 

 二人からの謝罪が、砕けた『魔剣』へと贈られる。

 しかし、『魔剣』の一撃ではモンスターを倒すまでには至らなかった。女体型のモンスターは食人花の半身を切り捨てて、女体の半身だけで逃げおおせようとする。

 だが、それを許さない者が、背後から迫っていた。

 

「逃げられると思ってんじゃねえよ!」

『ッ!?』

 

 顔を炎から守るために腕で覆いながら、女体型に肉薄する巧。そして、()を女体型に振り下ろす。()()()()()

 

「『時間差共振爆砕脚』ッ!」

 

 本来は共振現象を利用し、地面を破壊する奥義。そしてその破壊力はクレーターを作り上げるほどのものだ。

 ではそれを、モンスターの身体、ましてや魔石付近に目掛けて放てばどうなるか?

 答えは単純明快。

 

『――――――――』

 

 魔石が、体内で粉々に砕ける。

 巧の目の前で魔石を無くしたモンスターが灰となって消えていく。

 それを確認した巧は、重力に身を任せて下へと落ちていく。地面が近くなると、小石を地面に向けて投げて反作用で落下の勢いを殺しながら着地する。

 しかし休む暇もなく、地上のモンスター達を掃討するために即座に駆けだした。特にモンスターに囲まれているヴェルフを助けるために。

 

 

 

 

 

 

 その後、地上に無事に降りてきた巧やフィンたち第一級冒険者によって全てのモンスターが倒されるも、赤髪の女性には逃げられた。

 そして巧はいま、ヴェルフに背負われて地上へと帰還している最中だった。別に負傷したわけではない。

 

「……お腹すいたよぉー……」

「もうちょっと我慢しろ。もうすぐ地上だから」

「……はーい……」

 

 騒動が落ち着くと、盛大に腹の虫を鳴かせて空腹を訴え、そのまま倒れてしまったのだ。いつもの数倍は動いていたのだ。それこそグリーンドラゴンの時よりも多くの体力を消耗している。心だけはその時以上に満たされているが、身体が空っぽになってしまったのだ。

 その結果、一人で動くことも出来ず、ヴェルフに背負われながら地上へと帰還している最中なのだ。彼らの他にも負傷者たちがフィンをはじめとした第一級冒険者に護衛されながら、地上を目指している。

 

「そういえばー、『クロッゾ』のことでとやかく言われなかったー?エルフとか冒険者とかにー」

「冒険者の方は言われたけど突っぱねたさ。エルフの方は真摯に話したら理解してくれた」

 

 一部はな、という言葉を隠しながらヴェルフは説明する。巧はそれを少し訝しげな目で見つめるも、何も言わずに背中で大人しくする。

 

「そっかー……ごめんねぇー」

「お前は関係ねぇよ。これは俺の、『クロッゾ』の問題だからな」

「じゃなくて、『魔剣』を使わせちゃってさー……嫌いな『魔剣』と言えど、砕けるところなんか見たくなかったでしょー?」

「……まぁな。でも、お前を助けるために俺が決めたことだ。俺の意志だ。お前が悩むことじゃない」

「んー……」

 

 巧は軽く頷いて、ぐでーんと力を抜いて全体重をヴェルフにかける。

 

「まだ、『魔剣』は嫌い?意地とか矜持とかもあるの?」

「……意地はなくなったさ。ただ目標がはっきりしただけだ」

 

 神ヘファイストスを超える最高の一振りを打つ。それがヴェルフの中で決意として固まった。

 巧はそれを聞いて小さく頷く。

 

「そっかー……。頑張ってねー。その一振りが見れるのを、楽しみにしてるよー」

 

 その言葉にヴェルフは唖然とする。まだ誰にも言ってない、話していないことがバレている。そこまで考えが及ぶと一つの考えが彼の中を過る。それは『ヴィリーの宿』での巧の長い思考のこと。

 

「……まさか、お前……宿屋の事件から此処までのことを計算に入れて……?」

 

 断片的に聞き取れた呟きには、自身のことは無かったはずだ。だが、途中でやめさせてしまったから表に出ていない部分で、自分のことすらもなにかしらの流れに組み込まれていたのではないか。

 その時の思考で自分が無茶をしてヴェルフが『魔剣』を手にすることまでも、彼の狙い通りだったのでは?

 そう思ったのだ。

 いや、もしかしたらヘファイストスから『お守り代わり』と言われて渡されたと言っていたが、わざわざ巧自らが頼みこんで受け取ったのでは、とも考えた。そう考えると、この計画はいつからのものなのか?その疑問が残る。しかし、それはヴェルフには分からない。この一連の流れを作り出した張本人である巧だけが、それを知っている。

 ヴェルフは戦慄しながら、背中の彼に尋ねる。しかし巧は彼の背中で子供のように微笑みながら、

 

「さぁねー♪」

 

 そういって、誤魔化すだけだった。

 これは途中から()()全部狙ってたな、とヴェルフは確信しながら、ヴェルフの為()()に今回の件を理解しながら利用した巧に対して慄いていた。

 すっかり陽の暮れた地上に無事帰還すると、巧はまず【ヘスティア・ファミリア】のホームに向かうようにヴェルフに言って、財布を取りに行った。そこで、鉢合わせたヘスティアとベルに軽く説明をすると一緒に連れだして『豊穣の女主人』へと向かう。

 

「いらっしゃいませ。……どうなされたんですか?」

「……お腹すいてるだけー……」

『っ!?』

 

 酒場の中にいた、というより胃袋モンスターとしての巧を知っている全員の顔が驚愕一色になる。

 巧はこの酒場で一度も腹が空いて動けなくなった彼の姿など見たことが無い。そんな彼が腹を空かせている。何かすごいことが起こる前触れのような、そんな気がした。

 いつもの席に案内されて着席すると、リューがメニューを受け付ける。席をいくつか空けて三人が座る。

 

「では、ご注文は?」

「メニュー表の料理全部ー」

「……またですか」

 

 リューのため息混じりの返答に巧は力なくだが、クスクスと笑い声を少し上げる。すると彼女はすぐに表情を取り繕い、対応を続ける。

 

「……かしこまりました。そちらのお三方は?」

「……ゆっくり考えるよ」

「……俺も」

「……僕も」

「かしこまりました」

 

 巧以外の三人はじっくりと注文するメニューを考えるようだ。

 巧は顎をカウンター席の天板に乗せて料理が来るのを心待ちにする。

 そんな彼の横顔を見ながらヴェルフは隣にいるヘスティアとベルに尋ねる。

 

「……アイツ、いつもあんな注文の仕方なのか?」

「大体はそうだよ。でも、今日は本当にお腹が空いてるみたいだね。メニューの料理を全部なんて……」

「そうですね……。いつもは範囲を決めて程々にしてましたもんね……」

「……ぜんぶ収まるのか?あの体に」

「残してるのは見たことが無いかな?」

「僕も無いです」

「……嘘だろ」

「それはこれから分かるよ」

 

 ヴェルフは信じられない様子で巧のことを見つめる。すると彼の注文した料理が届けられる。

 

「お持ちしました」

 

 彼の前にリューが皿に盛られた料理を置く。巧は両手を合わせ、しっかり感謝の挨拶をする。

 

「いただきます」

 

 シュッ!というような音が聞こえて料理が消える。リューは料理が消えた皿を静かに見つめていたが、すぐに下げる。

 そんな光景を横で見ていたヴェルフは唖然とする。

 

「……」

「最初はそんな反応ですよね」

「大丈夫。すぐに慣れるよ」

「………………おう」

 

 二人の言葉に釈然としないが、ヴェルフはとりあえず頷いておいた。

 その後、女将のミアが悲鳴を上げる寸前まで巧の空腹は収まらなかった。

 ……正確には空腹を紛らわせる程度、だが。

 




今日の巧メモ
・人として:結果としては上々かな?
・武人として:大変満足である。
・研究者として:……『魔剣』に魔法かぁ。まだ観察対象が少ないかな。

 次回更新も水曜日の18時、かなぁ?
 インターンシップで疲れてなければ投稿します。
 最悪ストック無くしてでも頑張ります。

以下クレジット

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「喰期玉」は”aisurakuto”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「時間差共振爆砕脚」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2


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第二八話

 インターンシップ中だけど投稿頑張ります
 ( ´Д`)・;’.、


 18階層の騒動から翌日。ベルは朝早くにダンジョンに向かい、【ヘスティア・ファミリア】のホームには巧とヘスティアの二人がいた。巧は先日の疲れからか眠そうに目を擦り、ヘスティアも偶然全てのバイトが休みで、両者ともにつかの間の休息をとっていた。

 そんな二人がいる地下室へと、正午過ぎにヴェルフが乗り込んできた。そして開口一番に巧のことを呼ぶ。

 

「おい!タクミはいるか!?」

 

 突然【ヘスティア・ファミリア】のホームに訪ねてきて、大きな声で巧のことを呼ぶ。そんな彼の後ろから気配を溶け込ませていた巧が声をかける。

 

「私、カトーサン。今貴方の後ろにいるの」

「おわああぁぁっ!?」

 

 突然背後からかけられた声に、ヴェルフはビクンッ!と体を跳ねさせて前に転ぶ。

 

「お、お前!?急に後ろから話しかけるなよ!?」

「それ言うならホームに入ってきて急に叫ばないでよ。地下だから余計反響しやすいのに」

「うぐっ……」

 

 巧にそういわれてヴェルフは押し黙ってしまう。しかし、すぐに顔を上げると巧に話しかける。

 

「そ、それよりも聞いてくれよ!俺ついに―――」

「はいはい。【ランクアップ】したんでしょ?はいはい、おめでとー。パチパチパチー」

 

 巧はヴェルフが用件を言う前に怠そうに手を叩いて、口でも拍手音を奏でる。それにヴェルフは呆然としてしまう。

 

「………………」

「ふあぁー……ねむ……」

「それぐらい自分で言わせろよおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!」

「俺が十二番目に好きなことは人の嫌がることをすることだから」

「それまた随分と半端だな、おい!?そして相変わらずいい趣味してんなお前!!?」

「それで、ギルドには申請したのー?」

「これから行くところだよ!!」

「そっかぁ、いってらっしゃーい」

 

 巧がひらひらと手を振ってヴェルフを見送る。しかし、叫び疲れて肩を上下させて息を整えようとしていた彼の目が怪しく光った。

 

「……お前も行くんだよ」

「……?なんで?」

「お前もまだ申請してないだろうが」

「………………………………」

 

 ヴェルフが最大の意趣返しとして言い放つ。それを聞いた巧は彼から目を逸らしながら言い返す。

 

「ソンナコトナイヨ?オレ、チャントシンセイシタヨ?」

「毎回言っているが目が泳ぎまくってるし、言葉が片言なんだよ!良いから行くぞ!」

「うわーん!ヘスティア様ー!助けてー!」

「いってらっしゃいタクミ君!」

「裏切者ぉー!こうなったら定期的に両足が同時に攣る呪いが掛かるように祈るからなー!」

「それは地味に嫌だよ!?ていうか君がかけるわけじゃないんだね!?」

「俺にそんな力はない!」

 

 巧は助けてくれなかった主神に恨み言を吐くも連れ去られていく。そのままギルドに引き摺られていく。その光景を周囲の人を奇異の視線で見つめる。

 しばらく引き摺られていると、その状態のままでギルドの受付まで進んでいく。

 

「ほら、着いたぞ」

「はーい」

 

 ヴェルフに言われて巧はエイナがいる受付に向かう。ヴェルフもそれに追随する。そして彼女の前まで行くと、彼女も巧に気づき声をかけてくる。

 

「あら?タクミ君じゃない。今日はどうしたの?」

「【ランクアップ】の申請ー」

「……タクミ君の?」

「ううん。ヴェルフのー」

「お前もだろうが。いつかバレるんだから罰則がつく前にさっさとやっちまえ」

「えー……?」

「……?結局誰の?」

 

 話がごちゃごちゃしていて、エイナはあまりその内容を理解できてなさそうな。その言葉にヴェルフが巧の口を押さえながら答える。

 

「二人の申請だ。俺とこの馬鹿の分」

「……タクミ君っていつ冒険者になったんだっけ?」

 

 彼女は口を押えられている巧に尋ねる。彼はヴェルフの手をなんとか外すと口を開く。

 

「んーと、二か月、弱ぐらい?三か月は過ぎてないと思う!」

「【ランクアップ】したのは?」

「昨日!」

「嘘つけ。約半月前だろうが」

「……ごめんなさい。頭が追いついていけてないわ」

 

 エイナは眉間を押さえて今の話の内容を整理し始める。巧の言っていた言葉を全て取り除き、ヴェルフの言葉だけを拾い集める。

 

「えーと、タクミ君が【ランクアップ】したのが半月前ね。それでヴェルフ君はいつ?」

「俺は昨日だ」

「じゃあ、晴れて《鍛冶》の発展アビリティを取得できたのね?」

「ああ」

「なら、タクミ君は面談ボックスに行きましょう」

「えー?ヴェルフも一緒に連れて行こうよー。どうせ昨日の18階層の騒動について聞かれるんでしょー?」

「いえ、それは【ロキ・ファミリア】の方たちから聞いた内容で十分だと判断されたわ。さ、行くわよ!」

「あーれー?」

 

 巧はズルズルとエイナに引き摺られて奥へと消えていく。ヴェルフはそれをヒラヒラと手を振って見送る。

 

「さて、何が言いたいか分かるわね?」

「【ランクアップ】申請のことー?」

「そうよ。なんで黙っていたの?」

「騒ぎになるからー。だって一か月半だよ?一か月半!絶対面倒なことになるじゃん」

「……いつやるつもりだったの?」

「んー、ベルが【ランクアップ】したらって考えてた」

「……いつになると思ってるのよ」

「……さあ?ああ、もしくは俺のLv.が3になったらとも考えてた!」

「そう……。まあ、今回の遅れは半月だけだから罰則は無しで良いわ。でも次からは罰則を科されるから気をつけてね」

「はーい!」

 

 反省したのか、反省してないのか。どうか分からない彼の返事を聞いて、エイナは疲れた表情を浮かべる。

 

「……じゃあ、昨日のことを聞くわね」

「……?聞かないんじゃなかったの?」

「ギルドとしては、ね。私個人として聞きたいのよ」

「ん。わかった」

「……大丈夫だった?」

「うん!最高に楽しかった!」

「怪我は?」

「最終的には全部治った!」

「……したのね。……あまり、心配させないでね?」

「大丈夫!目標を達するまで死ぬつもりはないから!」

「………」

「なんならまた指切りする?」

「……いえ、いいわ。信じてあげる」

「……ありがとー♪」

 

 にぱー、とエイナに笑みを向ける。それを見て彼女は苦笑を浮かべる。

 

「もういいわよ」

「はーい」

 

 巧は面談ボックスから出て行く。エイナもそれに続いて受付へと戻る。そしてそこで見知った顔に遭遇した。

 

「あれー?ベルー?早くなーい?」

「あっ!タクミさん!ヴェルフさんも!」

 

 白髪赤眼の少年、【ヘスティア・ファミリア】に所属する冒険者であるベル・クラネルがそこにいた。いつもならまだダンジョンに潜っているはずの時間帯にギルドにいることに首を傾げる。ヴェルフもそれを疑問に思って、巧の代わりに尋ねる。

 

「おう。コイツの言う通り随分早いな?なんかあったのか?」

「いえ、むしろ何もなかったというか……サポーターのお試し契約をして少しだけ潜ってみた帰りなんです。ただその子が解毒薬を忘れたみたいで……」

「ああ、なるほどな」

「そういうお二人は何しに来たんですか?」

「【ランクアップ】の申請ー!」

「えっ!?あ、あれ?タクミさんってまだ申請してなかったんですか!?」

「うん!でも、もう報告も終わったし、帰るとこー!」

「あっおい!?悪いなベル!」

 

 じゃーねー!と巧は元気よくギルドを出て行く。ヴェルフもそれを慌てて追いかける。

 残されたベルは少しの間呆然とするも、すぐにハッとして受付にいるエイナの下に寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドを出た巧はふらふらと街を歩く。ヴェルフも彼の横に並んで一緒に歩く。

 

「……急いで出るなんてどうしたんだよ?」

「……気づかなかった?ベルの短刀がなかったのを」

「なに……?ヘスティア様のナイフか?」

「うん。手癖の悪いサポーターを雇っちゃったみたいだねー」

 

 クスクスと笑いながらも巧に気にした様子はない。いつもなら呆れるところだが、事が事だけにそれほどうかうかしていられないはずだ。ヴェルフは声を潜めながら巧に聞く。

 

「……どうするんだ?」

「そうだねー……この件は任せてほしいかなー。どっちにしろこっちの【ファミリア】の問題だからね」

 

 何か考えがあるのか、巧は不敵な笑みを浮かべる。ヴェルフはその顔をよく知っていた。物事に乗り気になった表情。こうなったら彼に任せた方が方法はどうあれ、最終的には収束する。

 

「……はぁ。わかった。お前に任せた方が上手く収拾するもんな。でも一個だけ聞かせてくれ」

「なぁにぃー?」

「昨日の一件、もしかして俺の【ランクアップ】も想定済みだったのか?」

「ふふふー♪ご想像にお任せしまーす♪……って、言いたいけど、すれば御の字程度に考えてたよ。本命はヴェルフに魔剣を使わせること。あ、でも戦闘で手を抜いたわけじゃないからね?あれはマジで強かったから」

「そうか……わかった。次からはもうやめてくれ。心臓に悪すぎる」

「善処する!」

(やめる気ねぇな、コイツ)

 

 巧の言葉に渋々ながら一つ頷き、ヴェルフはすぐに別れの挨拶を告げて立ち去っていく。それを見送った巧は、屋根を駆けてある場所へと向かう。

目的地は、『ノームの万屋』。

 その屋根に気配を誤魔化し、目的の人物が現れるのを座って待つ。

 そうして待つこと少し。背が低く大きめなローブにバックパックを背負った人物が訪れて中に入る。が、すぐに外へと出てくる。巧はその瞬間を見計らってその人の脇をすり抜けて、《ヘスティア・ナイフ》を掠め取る。

 

「これは返してもらうよ」

「ッ!?」

 

 少年は驚き一色に顔を染めて、巧から遠ざかる。

 

「まあ、待ってよ。少しお話しない?【ソーマ・ファミリア】所属のリリルカ・アーデちゃん。ほら、俺のこと覚えてない?半月ほど前に助けてあげたじゃーん。魔法で姿を変えられても、気配までは変えられないんだよ?」

「ッ!?」

 

 巧の言葉に顔を青くして震えだす少年。いや、少年へと姿を変えている少女。

 

「それでさ、俺と取引しない?」

「な、んでしょうか……?」

「一千万ぐらいでうちに、【ヘスティア・ファミリア】に来ない?」

「……っ」

「俺調べでは、【ソーマ・ファミリア】の現在の総資産は約二千万ヴァリス。君の退団の際に退団に要求される額は、恐らくはその半分の一千万ぐらいだと思うけど。ま、今のところはね」

「な、んで……」

「なんで知っているのか、かな?どれのことを言っているのか知らないけど、俺が調べれば、ある程度の事は分かるんだよ。……で、だ。悪くない取引だと思うけど?それとも足りない?」

「……なにが、目的ですか?」

「君の引き抜き以外にあると思ってるの?ベルの専属サポーターにでもしようかと考えていてね。手癖はともかく腕はいいしね。なによりも自ら命を絶とうとしなかったのが好感を持てる。精神が強い子は好きだからね」

「………………」

「返事は無し、か。ま、いつでもいいから返事ちょうだいよ」

「……」

「不安なら、しばらく彼の傍に居てみなよ。彼は、底なしにお人好しで、優しいからさ。君が今まで見てきた冒険者とは全然違う人物だよ」

 

 じゃあね、と囁くように告げると巧は姿を消す。

 

「………………」

 

 彼が消えた後も、リリルカはしばらく呆然としてその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 巧はリリルカのところから立ち去るとベルの気配を探って、その場へと急ぐ。気配の位置はまだギルドを示していた。

 巧がギルドに着いて中に入ると丁度叫び声が聞こえた。

 

『お、落としたぁああああああああああああああああああ!?』

「そして俺が拾ったー♪」

 

 叫びが聞こえた面談ボックスに乗り込んで、ベルの目の前にナイフを垂らす。

 

「タ、タクミさん!?」

「落としたら、駄目じゃないかー。冒険者の商売道具をさー」

 

 そういってベルに話しかける巧は笑っていた。……眼以外は。眼だけは光を映さず「なに落としてんだ、仕舞いにゃシバくぞ」と彼に語り掛けていた。

 

「ご、ごめんなさい……!!?」

「次やるようなら街中全裸で引きずり回すからな?」

「は、はぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 ベルはナイフを引っ手繰るように取ると、面談ボックスから逃げ出すように立ち去っていく。

 

「まったく……アレの価値を分かって欲しいものだねー」

「……どこで拾ったの?」

「街中ー。あれは少し特殊だからねー。そのおかげで見つけられたよー、もう」

 

 平然と嘘を吐きながら説明をする。

 《ヘスティア・ナイフ》にはヘスティアの髪と『神血(イコル)』を用いてるためか微弱だが気配があるのだ。とはいえ長い間、傍にいたヘスティアの気配が精々で、他の神が同じようなことをしてもはっきりとは分からないだろう。

 少し疲れたような表情を浮かべる巧に、エイナは静かに質問を投げかける。

 

「……タクミ君は、【ソーマ・ファミリア】って知ってる?」

「知ってるー」

 

 よく知っている。色々悪戯をしているからだ。今でこそ、その悪戯は無くなったが今でもたまに主神ソーマとは交流がある。現在水面下で【ファミリア】の立て直しを図っており、その相談を受けたり、手伝いをしているからだ。

 素直に教えてもいいけど、それでは()()()()()

 

「でも、知りたいならまずは自分で調べたら?他の人に先に聞くと偏見が混じっちゃうから。なんでも人に頼るのはよくないよ?」

 

 じゃーねー!と巧は再び立ち去っていく。エイナはそれを黙って見送ることしかできなかった。

 




今日の巧メモ
・人として:一度はやってみたかったメ〇ーさん風登場!
・武人として:精神的にはお腹一杯。
・研究者として:ヘスティア・ナイフをファンタジーの一言で片づけたくはない。

クレジット無し!


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第二九話

 ちょっと短めだけど許して。


 ベルが《神様のナイフ》を盗まれた事件から一夜が明けた。

 巧は朝早くにホームを出て、一人でヴェルフの工房へと来ていた。

 

「やっほー。元気?」

「……ああ、お前か」

 

 武器を打ってらしいヴェルフは、腕で額の汗を拭いながら巧の方へと顔を向ける。

 

「そうです、俺ですよー。暇だから仕事風景を見に来てみたー。『鍛冶(アビリティ)』の影響も気になるしー」

「……そうか」

 

 それだけ聞くと、ヴェルフは作業に戻って集中する。巧も邪魔をしないように適当な場所に腰掛ける。

 

「結局、ナイフは見つかったんだよな?」

「まぁね。さすがにあれほど独特なナイフはあれ以外にないからね。生きてるみたいな気配を醸し出してるのなんて、ね」

 

 作業をしながら近くにいる巧に声をかける。鎚が金属を打つ甲高い音の最中でもはっきりとした声で会話をする二人。

 

「……手癖の悪いサポーターとやらはどうするんだ?」

「……今のところは放置かな。ベルに感化されるのを待つよ。されなかったらその時はその時で考える」

 

 難しそうな表情で巧は呟く。それを横目で確認したヴェルフは苦笑する。

 

「珍しいな?お前がそんな表情するなんざ」

「そうかもねー……。問題が山積みだからなぁー。18階層の件にしろ、今回の件にしろ。色々手を回してるけど、それらがすべて上手くいくわけじゃないし……今は流れに任せるしかないんだよねー……」

 

 はぁ、と溜め息を一つ吐いて組んだ腕の上に顎を乗せる。

 

「まぁ、頑張れよ」

「それぐらい分かってるよ」

 

 ヴェルフが苦笑しながら放った言葉に、巧は拗ねたように口を尖らせながら返す。

 その後、ヴェルフの作業が終わるまで言葉を発することは無かった。

 

「よし!完成だ!」

「お疲れー。『鍛冶』を得てからなんか変わった感じする?」

「……まあ、マシなもんができるようにはなったな」

「そんなもんか」

 

 巧はこれからに期待、と呟いて立ち上がると伸びをする。そのまま出入り口から出て行こうとするのを、ヴェルフが止める。

 

「おい、少し待ってくれ」

「……?なんぞ?」

 

 ヴェルフの静止の声に振り返った巧は不思議そうに首を傾げる。そんな彼にヴェルフは一本の短剣を投げ渡す。

 

「持っとけ」

「いらない」

 

 ヴェルフの声に即答し、すぐさま手元の短刀を圧し折ろうとする巧をヴェルフは即座に羽交い絞めにして押さえる。

 

「まてマテ待てッ!?」

「いや、だってこれ『魔剣』じゃん。俺事前に宣言してるからね?『勝手に打ってきたら目の前で叩き折る』って。だから折る」

「話ぐらい聞けッ!!いや、頼むから聞いてくれ!!」

 

 巧によって端と端を摘まられて少しずつ歪められている短剣を、ヴェルフはどうにか折らせまいと彼の両手を摑む。しかしそれでも抑えきれずに、短剣は少しずつ変形し続ける。

 自身の力では押さえきれないと瞬時に理解したヴェルフは口早に渡した理由を告げる。

 

「ただのお守りだ!!非常用だ!!」

「なら折るのも俺の自由だよね?だってこの手に収まってる時点でこれはもう俺のものなんだから」

「だから待てって言ってんだろ!?」

 

 理由を告げても止まらない巧の頭をゴンッ!と殴って無理やり止める。そこまでやってようやく巧が短剣から手を放す。手から零れた短剣が甲高い音を立てながら地面に落ちる。それを気にせずに頭を殴られた巧は、殴った本人であるヴェルフに顔を向けると怒鳴りつける。

 

「殴ったね!?クソ恩師にも四肢を粉々に砕かれたことしかないのに!!」

「いや絶対そっちの方が被害大きいだろう!?」

「……?あれ?それもそうだね?」

 

 巧は彼の言い分にあはははー、と元気に笑っている。ヴェルフはそんな彼を見て呆れてしまう。ヴェルフに限らず他の者たちもだが、彼に付き合うと呆れることが多いような気がしてならなかった。少なくとも彼に関わったことで頭を悩ませる者が増えたのは確実だろう。

 ヴェルフは地面に落ちた短剣を拾うと、傷がないか軽く確認すると改めて巧に向けて差し出す。

 

「これは、俺の意思表示だ。もう『クロッゾ』には縛られない」

「それとこれを渡す理由が分からないんだけど?」

「……けじめみたいなもんだ」

「ならそれを他人に持たせるなよ。自分で大切にしまっとけよ」

「お前にこそ持っていてほしいんだよ!使わないお前が持っているからこそ意味があるんだよ!!」

「意味不。それと男のラブはノーサンキューでーす」

 

 両手でバツを作って首を左右に振る巧。それを聞いて額に青筋を浮かべながらも、どうにか堪えきるヴェルフ。

 

「とにかくッ!持っておいてくれ!」

「へーい……」

 

 不満たらたらの声で返事をする巧。その表情も歪んでおり、拒否したいという感情が溢れ出ていた。それでも渋々受け取ってくれる辺り、理解はしてくれているのだろう。

 渡された短剣をポーチにしまうと、今度こそ外へと出て行く。

 一度、拠点に帰るとバッグパックを三つ抱えてダンジョンへと向かう。目指すは37階層だ。借金返済のためにも稼がなければならなかった。

 そう考えて、奥義『鰒猫拳』を用いて自身の最高速度で深層へと向かう。

 

「……………」

『オオオオオオォォォォォォ!』

「……やっぱ、つまらないな。単調すぎる」

『グオオオォォォッ!?』

 

 上段から白骨の武器を振り下ろしてくる『スパルトイ』と呼ばれる骸骨のモンスター。Lv.4相当のモンスターだ。

 その攻撃をゆったりとした単調な動きで避けて、すぐに拳を叩きつけて倒す。周囲にいるスパルトイも同様に倒すと、魔石を取りだしてバックパックにしまう。

 

「もっと深くに行こうかなぁ……でもここって良い採掘場所なんだよなぁ……」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら、ダンジョンの壁を壊して超硬鉱石(アダマンタイト)を採掘する巧。そこから転がり落ちてきた大きな塊をバックパックにせっせとしまい込む。

 そのまま探索を続けて闘技場(コロシアム)と呼ばれる大型空間が存在する。そこでは一定数の上限はあるがモンスターが無限の如く湧き出る場所だ。そして、巧はそこへ踏み込んだ。

 すると、モンスター達が四方八方の壁や地面から現れ始める。

 

「……暇つぶし、かな。せめて修練程度になるといいんだけど」

 

 小さく呟くと、彼は襲い掛かってくるモンスター相手に()()を始めた。

 奥義も使わず、ただの作業として敵を屠っていく。

 金のため。巧はそう考えて、この楽しくない地獄を続ける。

 バックパックの隙間を埋めるために。

 その光景を誰かに見られていることにも気づかずに。

 




今日の巧メモ
・人として:借金嫌い。
・武人として:暇である。もっと手応えのある相手が欲しい。
・研究者として:闘技場が無限湧きかどうかの調査を兼ねています。

 いずれ後書きとかで感想返しとかしたい。しっかり確認してはいるんですけど、返す余裕がなくて申し訳ありません。
 いや、返信はしたいんですよ?でも、何か失礼なことを言ってしまったらどうしようとか思ってしまって……。ええ、チキンですけど何か?ツイッターも読み専ですが?
 まあ、非ログインユーザー様いましたので、その返信の為にも後書き等で いずれ 書きます。ええ、いずれ。多分外伝三巻の終わり頃(かなり先)。

 あ、あと今さらですが、hibikilv様、黒帽子様、SERIO様、誤字報告ありがとうございます!見落としている部分を気づかせていただいて、いつも助かってます。そして「こんなミスをしていたなんて……!?」と赤面して悶えています。
 これからも誤字脱字がありましたら、皆様ご報告お願いします。


以下クレジット。


「鰒猫拳」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第三〇話

 37階層から巧は地上へ帰還する途中、24階層で少し足止めを喰らった。原因は分からないが、モンスターが溢れかえっていたのだ。その処理のために少々時間を取られたが、そのついでに最近供給の減っている素材もバックパックのちょっとした隙間に入るだけ回収して、今度こそ数日ぶりの地上へと帰還する。通行の邪魔にならないように屋根から屋根へと飛び跳ねて移動する巧。すでに日常の光景となり、ストリートを往来する人々も気にする者はおらず、悠々とギルド本部まで行って魔石やドロップアイテムを換金する巧。その後も回収した素材をそれぞれ対応する【ファミリア】に吹っ掛け、ではなく交渉していい価格で買い取ってもらった巧。しかしその金は大半が借金の返済へと消え失せるのだが。

 そのことに意気消沈しながらも荷物をホームに置くと、神ヘファイストスの下に金を渡しに向かう。

 

「というわけで、ヘファイストス様。借金のうち半分の一億ヴァリスです。どうぞお納めください」

「……何がというわけなのか分からないけれど……。ええ、確かに受け取ったわ」

「いえ。こちらこそ我が主神の無理を聞いてくださり、ありがとうございました。私も感謝しています」

「そう……。貴方達が納得しているのならそれでいいわ。こっちこそありがとうね」

「なんのことでしょうか?もしヴェルフのことを言っているのでしたら、彼は私のパーティメンバーですので、当然のことをしたまでですよ。貴女様にも協力いただいたのですから、それぐらいしないと私の立つ瀬がありません」

「それでもよ。彼はずっと一人だったから……」

「……それなら素直に受け取っておきます」

 

 恭しく頭を下げてヘファイストスの感謝を受け取る巧。

 

「それでは、私はこのあと用事がありますので」

「ええ。また会いましょう。それとその口調、気持ち悪いわよ」

「……一応、借金をしている身なので、ご容赦を」

 

 巧は彼女の言葉に頭を深々と下げながら、最後まで丁寧な口調を貫いてそこから立ち去る。

 ヘファイストスはそれを困ったような表情で見送る。

 

「……あの子って、妙なところで律義よね。初対面の時は敬意も何もなかったというのに……」

 

 ハァ、と溜息を一つ吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 巧は神ヘファイストスに金を受け渡すと、ホームである教会へと帰る。

 地下室の扉を開けて中に入ると、ベルが興奮した様子で彼に畳みかけてくる。

 

「タクミさん!タクミさんッ!聞いてくださいよ!」

「うん。聞いてる。聞いてるからちょっと離れて。近い。すごい近い。それと中に入れてもらえると嬉しいかな、うん」

「あっ!?ご、ごめんなさい!?」

「いや、大丈夫だよ。でも少し落ち着こうか」

 

 興奮しながら迫ってくるベルを宥めながら、巧は荷物を置きに行く。そして、改めてベルに向き直って話を聞く。

 

「それで、どうしたの?」

「その、魔法が発現したんですよ!」

「おー!おめでとー!どういうものなの?もう確かめた?」

「あっ、いえ、明日ダンジョンに行ったときに確かめようかと……」

「そっか。なら気をつけてね。俺は多分一緒に行ってやれないだろうし。魔法のことは俺もよく分からないからさ」

「はい!」

 

 巧の言葉に元気よく頷くベルだが、未だ興奮が冷めやらぬ様子だった。

 

「夕食はもう済ませちゃったのかな?」

「う、うん。ごめんよ。いつ帰ってくるか分からなかったからね……」

「いや、いいよ。何か適当に作って済ませるからさ。先に休んでいいよ」

 

 巧は笑いながら二人にそう話し、キッチンへと向かって調理を行い、適当に食事を済ませると、寝支度を終えたらすぐに眠りについた。

 が、小さな物音で目を覚ました。

 その物音をさせたのは、ベルだ。

 魔法が発現したのだ。嬉しさで舞い上がって、あのような興奮状態では明日まで待つことなどできなかったのだろう。

 ベルが地下室から出て行くと、巧も起き上がり、気付かれないように後をつける。どうせ行先はダンジョンだ。たとえ見失ったとしても問題はない。

 とはいえ、彼の子供のような行動に巧はため息を吐く。いや、彼も冒険者とはいえ14歳半ばの少年だ。ましてや英雄譚が好きな男の子。仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。

 巧はベルを追い続けてダンジョンの中までやってきた。そしてベルに発現した魔法を目にする。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 その声でゴブリンに突き出した右腕から稲妻状の炎が、ゴブリンの身体を貫く。

 

(へぇ……。使い勝手がよさそうな魔法だな。さて、問題は現時点で何発撃てるかだが……)

 

 特に止めるようなこともせずに、そのまま見守り続ける。魔法の行使回数を数えながら。

 そして、計十四発を行使したところで5階層まで降りてきたベルに、巧は少し呆れながらも、未だ止めずにいる。

 だが、数歩歩いたところでベルの身体が傾いていき、地面に向かって倒れていく。

 

「この阿呆が。目が覚めたら覚悟しておけ」

 

 しかし、地面に完全に倒れ切る前に巧によって身体を支えられる。巧がそんなベルに一言溢すが、彼に聞こえていたのかは分からない。だが、僅かに表情が歪んだので、もしかしたら聞こえていたのかもしれない。

 気を失ったベルは静かな呼吸音を鳴らしながら、身動き一つさせない。その様子に再び呆れて、息を一つ深く吐き出すと、その場に座り込みベルの頭を膝に乗せる。男の膝枕など嬉しくないだろうが、いつもの荷物を持って来ていない以上、これが一番寝かせやすい状態だろう。

 

「……精神疲弊(マインドダウン)、か。魔法を使い過ぎた際の症状……。異世界からきた俺に、魔力はあるのかね……。【ステイタス】に魔力の項目があるのだから、無くは無いのかもしれんが……。発現しなければ分からないか……」

 

 自身の膝に頭を乗せさせた白髪の少年を見ながら呟く。

 

「にしても、財団が懐かしいな……。果たして、本当に帰れるのだろうか……」

 

 天井を見上げながら、少しだけ故郷に思いを馳せる。そしてふと、思い出したかのように()()()で子守唄を口ずさむ。母に歌ってもらったことは無いが、母代わりの者に歌ってもらったことがあったのを思い出し、なんとなしに口ずさみ始めた。

 

「―――――♪」

 

 ダンジョンに似合わない音調の曲が響く。

 楽しそうな歌声が、ダンジョンに響く。

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

「どうした、アイズ」

 

 二人の冒険者が5階層へと足を踏み入れる。上から降りてきて、ではなく下から昇ってきてだ。

 【ロキ・ファミリア】に所属する冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインとリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 深層域の37階層から約三日がかりで此処まで上がってきたのだ。

 もうすぐ大した時間を要することなくダンジョンからの帰還を目前とした彼女達であったが、先頭を歩いていたアイズが足を止める。

 リヴェリアは、優美な金の髪が流れるその後ろ姿に問いかけた。

 

「歌が聞こえる」

「歌……?」

 

 その視線の先のルームには人影が見えた。歌はその影が発しているようだ。よく見れば、その人影は誰かを膝に乗せて寝させていた。そしてその人物が二人の存在に気づく。

 

「ん?あっ、やっほー。元気―?」

 

ひらひらと手を振って存在を主張してくる。二人はその声に聞き覚えがあった。

 

「お前は……」

「先日ぶりだねぇ、リヴェリアさんとアイズさん」

 

 にこやかに笑いながら二人に話しかけてきたのは、18階層の騒動で危うく死にかけた冒険者の巧だと理解した二人。

 

「お疲れ様、というほど疲れてはいなさそうかな?」

「まあ、そうだな。そちらはどうしたんだ?その少年は……」

「初めて発現した魔法に興奮しちゃって、夜中に抜け出して魔法を試し打ちしてたみたいでね。追い付いた時には精神疲弊(マインドダウン)で倒れるところだったんだ。ま、いい経験ということで一つ、って感じかな?こうなるんだったら魔法についての基礎ぐらいは発現前に教えておいても良かったかもね」

 

 笑みを浮かべながら巧は話す。嘘は吐いていない。触れられる距離についたのは倒れる寸前だからだ。

 それを聞いたリヴェリアは呆れながらも感心していた。

 

「よくそこまで無茶をしたものだな……それに運が良い。倒れる際に仲間が間に合ったのだからな」

「無知ゆえの過ちってやつだねぇ……。多分精神疲弊(マインドダウン)のことを知らなかったからこうなったわけだし……」

「……そういえば、前回会ったときは謝罪の一つも出来なかったな」

「……?謝罪?」

 

 リヴェリアの言葉に巧は首を傾げながら聞き返す。

 

「酒場での一件だ。うちの馬鹿者が迷惑をかけた」

「ああ、あれ?えっ?今さら?」

 

 今の今までそんなことを忘れていた巧が、律義な、いや、律義すぎる彼女に感心する。

 

「まぁ、あれに関しては俺が未熟だっただけだよ。あの程度の事で感情を乱すなんてねー……」

 

 あれは不覚だったねー、と巧は軽く話す。

 そんな二人の会話を黙って聞いていたアイズは、じっと巧のことを見つめる。その視線に気づいた巧は彼女に話しかける。

 

「……アイズさん、少しお話でもしてく?」

「……いいの?」

「良いも何も、そっちが話したそうにこっちを見てたじゃん」

「……リヴェリア」

 

 アイズは困ったようにリヴェリアに視線を向ける。そんな視線を向けられた彼女は苦笑する。

 

「お前の好きにするといい」

「……うん。わかった」

 

 そういったアイズは巧の横に座る。それを見たリヴェリアは頷いた。

 

「私は戻る。残っていても仕方ないだろうからな」

「うん。ありがとう、リヴェリア」

「ばいばーい」

 

 ああ、と相槌を打ってその場を後にする。そんな彼女の後ろ姿を見送ると、巧はアイズに顔を向ける。

 

「それで、何を話そうか?」

 

 巧は全く話題を考えていなかった。

 突然の振りに少し困ったような表情を浮かべたアイズだったが、

 

「えっと……37階層の闘技場……」

「え?……あっ、もしかして見てたの?」

「うん」

「あちゃー……視線に気づかないほどに感情が荒んでたかぁ~……反省しなきゃなぁー……」

 

 巧は頭を乱雑に掻いて苦笑を浮かべる。そんな彼の困ったような様子に、アイズは首を傾げてしまう。

 

「……?なんで、困ってるの?遠くからでも、すごかったよ?」

「いや、アレは、ちょっと、八つ当たりというか、憂さ晴らしというか、ね。あまり褒められるような行いではないからさ。少し苛立っていたからあんなことをしてたんだ。普段はあんなことはしないよ、絶対に。確かに修練として一歩も動かない、目を瞑るっていう制限は自分で掛けてたけどさ……それでもね。うー、恥ずかしぃー……」

 

 巧は両手で顔を覆って顔を伏せる。手の隙間から見える彼の顔は仄かに赤く染まっていて、本気で恥ずかしがっているようだった。

 そんな彼の話を聞いたアイズは驚き、目を見開く。

 37階層の闘技場を遠目で眺めていたときは、そんなことをしているというのは確認できなかった。ただ入り口付近に彼のバックパックがあり、闘技場の中央部分でモンスターが群がっては、宙を舞っている光景しか見えていなかった。

 アイズはまさかそのようなことをしているとは夢にも思わず、ただただ驚愕した。

 

「なんで……」

「……?」

「なんで、そんなに強いの?」

 

 アイズはずっと考えていた疑問を口にした。その言葉を聞いた巧は更に困ったような表情を浮かべてしまう。

 

「以前も、君とは違う人にそんな質問をされたなぁ……」

「そうなの?」

「うん。いま暢気に俺の膝で寝てる奴がねー……」

 

巧は静かな寝息を立てているベルの髪を軽く撫でながら呟く。

 

「その時は、こう答えたよ。最初はただの武術への憧れ、強くなりたいとか、強さを求めたのは、学び始めた後だった。殺されかけて、殺されかけて、とことん死にかけて強くなった。恩師を殺し……じゃなくて、超えたいと思って更に強さを求めた。でも、こんな小さい身体だから、他より不利でさぁ……。人の数倍も努力したんだ。寝る間も惜しんで、食べる間も惜しんで……そのあと無理がたたって倒れちゃったけど……」

 

 巧は少し懐かしむような表情をしながら話す。

 

「私も、死にかければ、強くなれる?」

「いや、厳しいだろうね。俺の場合は特殊も特殊。恩師が特別だったからそんな手法を取られただけだから。やっぱり地道にコツコツするのが一番だよ。あとは実戦経験を積むとかねー」

 

 巧の話を聞いたアイズは顔を俯かせる。

 

「大丈夫。君は強くなれるよ。才能もあるし、いい仲間に恵まれてるから。自信を持ちなよ」

「……」

 

 巧は最後にそう告げる。

 と、その時。

 

「……タクミ、さん?」

「やっと起きたか。この阿呆が」

「えっと、僕、どうして……?」

精神疲弊(マインドダウン)というものだ。魔法を短時間で続けて撃つと体力と同じように枯渇するんだ。魔法を扱う際の基本と言えるそんなことすらも知らず、後先考えずに打ち放つからそうなるんだ」

「うっ……ごめんなさい……」

「反省しているならいい。さっさと帰るぞ」

 

 巧はベルの頭を膝から降ろすと、すぐに立ち上がる。

 

「じゃあ、またいずれ話そう。アイズ・ヴァレンシュタイン」

「うん。また今度」

 

 未だ状況をよく理解できておらず、困惑しているベルを巧は問答無用で引き摺るようにして連れていく。

 それを静かに見送ったアイズも、ホームへ帰るために腰を上げた。そして外へと向けて歩き出した。




今日の巧メモ
・人として:ベルにはもっと先んじて教えておくべきだったかなぁ……。
・武人として:いつも冷静にとか言ってるのに、八つ当たりを見られるなんて……。
・研究者として:闘技場、無限湧きじゃなかった(´・ω・`)……。

 インターンシップも終わり、ようやく一息つけると思ったら次は自動車学校が待っていた作者の猫屋敷の召使いです。
 いやー、辛いね!休む暇がない!
 でも頑張って投稿は続けるから、これからもよろしくお願いします!


クレジット無し!


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第三一話

 生存報告も兼ねての投稿。
 上記で察せる方もいるかもしれませんが、胆振東部地震を被災しました。私のところでは震度6弱でした。
 電気も水道は私のところではかなり早い時点で復旧しました。まぁ、地下水汲み上げなので電気が止まると水道もストップですが。
 特に被害がなかったのが救いです。
 これを書いている後にまた大きな地震があるようでしたら、もしかしたら次の投稿が遅れるかもしれませんが、その時はご了承ください。
 同じような状況に陥ると、4G回線さえもつながらない状況になりますので。
 それでは、早ければまた来週の水曜日にお会いしましょう。

 後書きもありますけどね。本編どうぞ。


 ベルと共にホームである教会の地下室に戻ってきた巧は、ベルを地下室内に放り込んで寝るように告げると、自分は日課の修練を行うためにすぐに表へと出て行く。

 だが、いつものように『仮想組手』を行おうとするが、雑念が混じって上手くいかなかった。そのため、座禅を組んで精神統一を行うことにした。

 

「……………………………ハァ」

 

 しかし、それもあまり芳しくなく、思い浮かんでくるのは財団のことばかり。

 

「……本格的に不味いなぁ。マジでホームシック気味だぁ……」

 

 こういう時に限って幻影の天野博士は現れない。平時なら自分勝手で神出鬼没なのだが。

 巧は仕方なく、『仮想組手』を諦めて奥義の型の確認を行うことにした。

 確認を一通り終えた巧が地下室に戻って二人と一緒に朝食を取った。巧は食事を終えると、ベルに魔法について簡単に教えると、ソファーに寝転がっていた。すると、自身が手に入れた覚えのない本が置いてあるのが見えた。その本は図鑑のように分厚く、手に取って中身をパラパラと眺め、顔を顰めた。そしてその本を上に掲げながら尋ねる。

 

「この本、誰の?」

「あっ、僕のです!正確には知り合いから借りた本ですけど……」

「……こんな貴重な本をくれる知り合いなんていたの?」

「……?どういうことですか?」

「……いやはや、無知というのは怖いな」

 

 ベルの返答に、巧は表情筋を痙攣させながらも、寝転がっている体勢からしっかりと座り直して、ベルに向かって説明する。

 

「いいかい?これは、魔導書(グリモア)だよ」

「な、何だって!?」

「ぐ、ぐりもあっ?……ってなんですか?」

「それを今から説明するんだよ」

 

 巧はやっぱり知らなかったのか、と彼の先程の返答から予測していたとはいえ、呆れずにはいられなかった。

 

「俺も知識で知っているだけで、実物はこれが初めてだけどね。これは魔法の強制発現書だよ」

「……」

 

 一瞬で汗が吹き出し始めたベルを見て、巧はようやく状況を理解したかと考え、話を続ける。

 

「一回限りの魔法の強制発現書。一度使えば、効力を失う。発展アビリティの『魔道』と『神秘』を極めた者にしか作成できない稀少な代物。値段で言えば【ヘファイストス・ファミリア】の一級品武具と同等かそれ以上というのが一般的な認識だ」

「……」

「さて、もう一度聞こうか。そんな貴重なもんをくれる知り合いなんていたか?」

「……その、知り合いが言うには、誰かの、落としものらしいです……」

「あっ、そうなの?ならこの話題しゅーりょー!こんな貴重品を落とした奴が悪い!以上!解散!」

「イヤイヤイヤ!?それは流石に!?」

「ならベルが頑張って返済するってことで良い?」

「それも無理ですッ!」

「必要なら記憶を消してあげるけど?」

「必要ないですからやめてください!」

「いやタクミ君!やっちゃってくれ!」

「任せろーバリバリー!」

「うわああぁぁぁ!!」

 

 巧の手から逃げるようにしてベルは地下室から走り去っていく。巧は示指と中指を立てた手を宙で彷徨わせると、ヘスティアへと向き直る。

 

「ヘスティア様は記憶消す?」

「遠慮しておくよ」

 

 巧は笑みを浮かべながら尋ねるが、これまた笑顔でやんわりと断られてしまう。

 渋々ながら巧は宙に掲げた手を下ろす。そしてお金と普段よりも小さいバックパックを持つ。

 

「出かけるのかい?」

「うん。ベルが魔法を使えるようになったなら精神力(マインド)を回復させるマジックポーションが必要かと思って」

「ああ、そうだね。あって困らないね」

 

 ヘスティアに見送られて巧は【ミアハ・ファミリア】が経営する『青の薬舗』へと向かった。

 

「やっほー。来たぞーぼったくりー」

「久しぶり……金づる……」

「あっはっは!めっちゃ殴りてぇ!」

 

 巧は笑顔のままとんでもないことを言い放ちながら、実行する気は全くなかった。

 

精神力回復薬(マジックポーション)ある?」

「うん……最近作ったばかり……」

「何本まで売ってくれる?」

「薄めていいなら―――」

「駄目に決まってんだろうが」

「チッ……五本までなら……」

「じゃあ、五本で六〇〇〇〇ヴァリス払う。それとそろそろその阿漕な商売、やめておけよ?いずれバレる、というか既に俺にバレてるんだが。何か頼みごとがあるなら格安で引き受けてやるから考えとけ」

「…………分かった」

「じゃあな」

 

 本当に分かっているのかどうか定かではないが、忠告はしたという風に巧は店から出て行く。

 地下室まで帰ってきた巧は、ほぼ同時に帰ってきたベルに自身の荷物を渡す。彼はその中身を見て、それが何なのか理解できずに呆然としている。

 

「えっと、これはなんですか?」

「『マジックポーション』。精神力(マインド)を回復させる回復薬(ポーション)だよ。とはいえ、魔法を使った後で飲むんじゃなくて、事前に飲んで切れるのを防止するようなものだけどね。一応五本あるから。それ以外のものも切れてたでしょ?」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ベルは巧に礼を告げて、ダンジョン探索の為の装備品を身につける。

 

「それじゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃい!」

「気をつけてねー」

 

 巧とヘスティアの声を背中に受けながら、ベルは地下室を飛び出していく。

 それを見送った巧も再び出かける準備をする。しかし、バックパックに手を付けない辺り、ダンジョン探索に向かうわけではなさそうだ。

 

「じゃあ、俺も所用を済ませてくるね」

「うん。タクミ君もいってらっしゃい」

「はーい、いってきまーす」

 

 ヘスティアの声にしっかり答えて、ホームから出て行く。そのまま人気のない場所へと移動すると、周囲に人の気配がないことを確認する。

 

「……周囲に俺ら以外の気配はないぞ、フェルズ」

「それはよかった」

 

 巧の声に反応して黒いローブを身に纏った人物、フェルズが建物の影から姿を現す。巧はそんな人物に呆れたような表情を溜め息とセットで表に出す。

 

「よく言う。俺が一人になるのを見計らっていたくせに。それよりも用件を言え。此処もずっと無人なわけではないぞ?」

「ああ。わかっているとも」

 

 フェルズは了承すると、すぐに用件を切り出した。

 

「24階層で怪物(モンスター)の大量発生、異常事態(イレギュラー)が起こっている。これを他の協力者と調査、可能なら鎮圧してもらいたい」

「……よりにもよってその関連かよ」

 

 巧の頭に思い浮かんできたのは路地裏や18階層で遭遇した赤髪の女。そして宝玉。この二つだった。

 彼の思い浮かべているものを察したのか、フェルズも頷いて肯定する。

 

「その可能性が高い」

「他の協力者ってのは、【ヘルメス・ファミリア】と……アイズ・ヴァレンシュタインか?」

「アイズ・ヴァレンシュタインにはまだ接触出来ていないが、冒険者依頼(クエスト)を託すつもりだ」

「……アイズ・ヴァレンシュタインは問題ないだろうが、【ヘルメス・ファミリア】からは最悪死人が出るぞ?」

「そのための君だ」

「……俺だってすべてをカバーできるわけではない。ましてや、アイツ関連の情報が少なすぎる。それで最善を尽くすのは不可能だ。あまり、期待しないでくれ」

「それでも構わない」

「……わかった。出来る限りは尽くす。先ずはどうすればいい?」

「『協力者』は18階層で合流してから24階層へと向かう手筈だ。だが君には先に24階層まで行って怪物(モンスター)を減らしていて欲しい」

「……どうやって『協力者』と合流すればいい?来るのを待っていればいいか?」

「そうして欲しい。こちらから他の者達に伝えておく」

「……わかった。……ここに人が近づいてきてる。早く行くといい」

「ああ。そうさせてもらう。では、任せたぞ」

「だから―――」

 

 フェルズは彼の言葉を最後まで聞かずに姿を消す。

 一人になった巧は何かを言いかけていた口を閉じると、改めて溜め息を吐き、困ったように天を仰ぐ。

 

「―――……期待されても、困るんだってば……」

 

 空に向かって放たれた言葉は、誰の耳にも入ることなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 フェルズから冒険者依頼(クエスト)を受けた巧は、ホームに戻って腰にポーチを二つ身につけるとすぐに出発した。しかし、一度ギルドへ立ち寄る。

 

「エイナ」

「……?タクミ君?どうかしたの?」

「いや、ちょっとこれから冒険者依頼(クエスト)でダンジョンに籠るからその間ベルのことを頼もうと思って。いまは、色々あるからね」

「……やっぱり、【ソーマ・ファミリア】ってマズいの?」

「……言うつもりはなかったけど、回復の兆しは見せてるんだ。内部で二分してるだけでね。これ以上は前にも言ったけど自分で調べて。じゃ、そういうことでよろしくね?」

「あっ!?ちょっと!?」

 

 巧は今までエイナに向けたことのない、優しく、儚い笑みを浮かべてギルドから出て行く。

 

「死なない、わよね……」

 

 まるで、死を覚悟したかのような表情をしていた彼の背中に呟いたそれは、ただただ消えていった。

 

「分かってる。全ては救えない。でも、命を投げうって、一つでも多く救えるなら、俺はそうするよ。財団の理念に従う。光の中で生きる人のために、暗闇の中で戦う。自分の命すら厭わない」

 

 誰に言うでもなく、強いて言うなら自分に言い聞かせるように、一人呟く。強く握りしめた拳が、そんな彼の覚悟を表していた。

 

「とはいえ、むざむざと死ぬつもりはない。どんな状況でも、生き残ってやるさ。それどころか、俺の目的のための踏み台にさえしてみせる」

 

 彼の表情は、好戦的な笑みが浮かんでいた。

 




今日の巧メモ
・人として:お家に帰りたい……。
・武人として:雑念退散雑念退散雑念退さ――――
・研究者として:使用済みとはいえ、魔導書(グリモア)を手に入れられて満足気。

 前書きにも書いた通り、来週投稿が予定通りの時間に無かったら察してください。
 では、また来週(できれば)。

クレジット無し


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第三二話

 フェルズからの依頼ですぐにダンジョンに潜り始めた巧は、その日のうちに24階層に到達する。途中、18階層の『リヴィラの街』で話を聞いたりもしたが、大した情報はなかった。例を挙げるなら、モンスターが溢れかえって困っているという内容ぐらいだ。詳しいことは何も分からなかったため、実際にこの目で調べてみるしかないと、巧は判断した。

 そして、協力者よりも先に一足先に24階層の調査を行い、原因を発見した。

 

「……食料庫(パントリー)への道が、すべて塞がっているのか……?」

 

 モンスターの数を減らしながら見て回ったところ、肉壁のようなもので通れなくなっている通路だった。緑色の肉壁に触れると生温かく、僅かな律動を感じ取ることができた。

 そして、その肉壁で塞がれた通路のいずれもが、食料庫(パントリー)へと繋がるものであった。考えずとも、食糧庫(パントリー)で何かをしているとわかるほどだ。

 

「これで大量発生(イレギュラー)の線は消えたか。食料庫(パントリー)に行けなくなったことによるモンスターの一斉移動、といったところか?」

 

 今回の騒動の原因を発見するも、その壁から先に行くのは相手側にバレてしまう可能性があったために、24階層の入り口まで戻ってきた巧は腰を下ろして、壁に背中を預ける。

 

「問題はあの壁の先に何があるかだが……」

 

 巧は気配を探ってみたが、巨大な気配が空間を支配していて、詳細は分からなかった。そのため協力者との合流を静かに待つことにした。

 そして約一日経過した頃。

 

「えっ?あ、あんた……こんなところでなにしてんの?」

「……」

 

 おそらく協力者と思われる一団が到着した。先頭の方を歩いていた犬人(シアンスロープ)の少女、【ヘルメス・ファミリア】のルルネ・ルーイが巧へと声をかける。

 巧の予想通り、【ヘルメス・ファミリア】に依頼をしたようだ。おそらく前回と同じように脅迫(おねがい)されたのだろう。近くにはアイズ・ヴァレンシュタインの気配もあることから、フェルズは上手く依頼を受けさせられたようだ。

 巧の姿を発見して、戸惑うような彼女の声に巧は面倒そうな表情で言葉を返す。

 

「ようこそ、くっそ危険で面倒な厄介事に巻き込まれた同士諸君。歓迎するよ」

「……ここで待ってる協力者ってアンタのことかよ」

「そうだ。既にこの階層は一通り見て回った。何か聞きたいことがあるのなら、今のうちに頼むよ」

 

 ヘラヘラと笑いながら巧は一同に話しかける。その声に反応して水色の髪の女性がルルネに尋ねる。

 

「ルルネ、知り合いですか?」

「う、うん。『リヴィラの街』で助けてくれた冒険者。たぶん、いい奴……」

 

 少し自信なさげにルルネはアスフィの質問に答える。それもそうだろう。彼女は巧から名前を教えてもらっていない。彼が一方的にルルネのことを知っていただけで、彼女の方は巧の仲間が彼のことを『タクミ』と呼んでいたことしか知らない。

 だが、危ないところを【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスともども助けてもらったのは確かだ。そんな彼が悪い人物とは思えなかった。いや、思いたくなかった。

 そんな彼女の返答を聞いた水色の髪の女性は前に歩み出ると、巧へと話しかける。

 

「まずは、初めまして。私は【ヘルメス・ファミリア】団長の―――」

「存じているよ、【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダ。公的にはLv.2の冒険者だが、実際にはLv.4の実力者」

「なっ……」

「おや、間違っていたかな?」

 

 巧の言葉に驚愕の表情を浮かべるアスフィだが、彼は揶揄うようにおどけた調子で聞き返す。

 そんな彼の態度に彼女はすぐに表情を戻して、警戒を高めながら会話を続ける。

 

「……いいえ、合っていますが……貴方は、一体何者ですか?」

「俺は【ヘスティア・ファミリア】団長、タクミ・カトウ。Lv.2冒険者で、まだ二つ名はもらってない。以後、お見知りおきを」

 

 巧は不敵な笑みを一同へと向ける。しかし、アイズとルルネを除く者たちは未だ彼に対する警戒を解いていない。

 

「おいおい。そこまで警戒しないでくれよ。こっちだって黒衣の奴に頼まれてここに来ているんだ。なぁに、俺のことは情報収集が趣味の冒険者という認識で構わないさ。あぁ、Lv.2だからといって実力に関しては心配しなくていい。一人でここまで来れるほどの実力は有してるつもりだ。足を引っ張るつもりは毛頭ないからな」

 

 フェルズの名前を伏せながら、警戒している面々に話す巧だが、その表情には薄い笑みが浮かんでいた。この状況を楽しんでいるようにも見えるが、彼としては真面目に話しているつもりだった。

 そんな彼をしばらくじっと見つめていたアスフィだったが、事実かどうかはともかく、ルルネを助けてもらったということもあり、少しだけ警戒を緩めて彼との会話を続ける。

 

「……いいでしょう。では、早速ですが、貴方は先ほどこの階層を見て回ったと言いましたが、食料庫(パントリー)は確認しましたか?」

「ごもっともな質問だ。今回の問題はそこの可能性が高いからな。だが残念なことにそこに続く通路は全て封じられてしまっていた。中の方はそんな状況を作り出した者達に気づかれる可能性があったため、確認できていない」

「なんですって?」

「まあ、こんなところで話し続けていても仕方ない。移動しながら話すことにしよう」

 

 そういって立ち上がった巧は24階層を北に向けて歩き始めた。他の一同もある一定の距離を保ちながら彼に続く。一人を除いて。

 

「貴方も、頼まれたの?」

 

 アイズだけは巧に駆け寄って横に並ぶと話しかける。彼もそれを横目で確認して言葉を交わす。

 

「ああ。この階層で問題があると多くの場所が困るから、早めに解決したくてな」

「そうなんだ……」

「……そういえば、【ランクアップ】でもしたのか?少し雰囲気が変わったように思えるが」

「うん。Lv.6になった」

「ほう、そうか。それはおめでとう。喜ばしいことだ」

 

 会話をしながら進んでいく二人だが、この間も前方から寄ってくるモンスターを討伐している。

 巧は遠距離攻撃で遠くの敵を潰して数を減らす。

 アイズは剣で近寄ってきたモンスターを斬り払う。

 それぞれが別の【ファミリア】に所属しているとは思えないほどに、役割の分担がされていた。

 

「……あの人たちのこと、詳しいの?」

「……お前よりは詳しいだろうな。例えば【ファミリア】の到達階層は37階層だとか、それを可能にしている方法だとかな」

 

 巧のそんな言葉に後ろにいた者達が反応を示した。

 

「まあ、他の冒険者の手札を軽々と口外するつもりはないから、これ以上深くは聞かないでくれ」

「……うん。わかった」

「まあ、団長の彼女がどういう存在か考えれば、すぐに想像できるとは思うが……」

 

 そう話しながら巧は、遠くに見えたモンスターの群れの中にいる毒茸(ダーク・ファンガス)だけを綺麗に『量子指弾』で撃ち抜く。『耐異常』のアビリティを習得していない彼にとっては十分脅威となりえる存在だ。そのため見つけ次第迅速に対処する必要があった。傍目から見れば技名を叫ぶと、モンスターが倒れているようにしか見えない。

 そんな彼の不思議な実力を目にしたルルネ以外の【ヘルメス・ファミリア】の者達は驚き、大人しく彼についていくことにした。

 そんな中、アスフィが彼に問いかける。

 

「カトウさん。一つお聞きしてもよろしいですか?」

「構わない。それと、タクミでいい。姓で呼ばれるのは慣れてない」

「……わかりました。改めて、タクミさん。この依頼についてどう思いますか?」

「……危険極まりないな。貴方達には申し訳ないかもしれないが、正直実力が足りていないかもしれないという懸念がある」

「私達ですか?それとも貴方のですか?」

「【剣姫】を含めた全員だ」

『ッ!?』

 

 巧のその言葉に一同が驚き、一瞬だけ足を止めてしまう。

 

「『リヴィラの街』での赤髪の女()()が今回の件に関わっているのなら、まだマシだろうな。アイズが【ランクアップ】していたおかげで、この戦力で十分対処できるかもしれない。だが、そうでなかった場合が問題だ。最近の調査では闇派閥(イヴィルス)が生き残っている可能性も出てきたから、なおさら―――」

「ま、待ってください!闇派閥(イヴィルス)ですか!?」

「そうだ。とはいえまだ事実確認を出来ていないため、不確かなものだが、話しておいて損はないと判断させてもらった。故に気を付けろ。もし出てきたら下手なことはせずに躊躇なく殺した方が、損害は少なく済むだろう」

「……肝に銘じておきます」

「それでいい。それと、アイズ。おそらく近くまで行けば赤髪の女がお前を狙ってくるはずだ。留意しておけ」

「うん」

 

 巧の話で少々雰囲気が暗くなってしまった一同。

 そんな一同が歩みを進めていると、宝石樹の傍を通り過ぎる。樹の根元に体躯を寝かせていた木竜(グリーンドラゴン)が目を開けて、巧たちの方を見つめる。アイズがそんな木竜と目を合わしている。

 

「……突撃するなよ?」

「………………うん。大丈夫」

 

 似た者同士なのか、アイズの心情を汲み取った巧は先に注意する。

 自分だって我慢しているのだから抜け駆けはしないでくれ。そんなことされたら俺も歯止めがきかなくなるから。そんな思いも込めて。

 返答に少し時間がかかったが、彼女は素直に足を進ませ始めた。

 宝石樹を通り過ぎた一同は、前方に潜む気配を感じ取って、歩みを止める。

 視線の先の巨大な十字路には薄暗い中、無数の影が蠢いているのが窺えた。ダンジョン内でこれほどの数が存在しているのは、冒険者かモンスターの二択。だが、冒険者ならば明かりの一つでもつけるだろう。よって、あの無数の影の正体は後者、モンスターだ。

 そのことを認識した【ヘルメス・ファミリア】の面々は顔を顰めるが、すぐに討伐の為に動き始める。が、それを巧が制止させる。

 

「消耗はできる限り抑えたい。お前らは力を温存させておけ」

「……いいんですか?」

 

 アスフィが巧に確認の声をかけるが、彼は軽く頷くことでそれに応える。そして、アイズの方に顔を向ける。

 

「アイズ」

「なに?」

「行ってくるか?【ランクアップ】してからまだそこまで経っていないのだろう?なら今の自分の能力の確認には丁度いいとは思うが」

「……いいの?」

「構わない。無駄な消耗を抑えられるのであればその方が良い。遠慮などせずに行ってくるといい。ああ、嫌ならば俺が―――」

「わかった」

 

 巧からのゴーサインを出された彼女は、彼の言葉の途中で既に愛剣《デスペレート》を抜き放って、一気に駆けだしていた。

 

『オオオオォ――――――――――ッ!?』

 

 モンスターの断末魔が響くとともに、彼女による掃討が始まった。

 一度の斬撃で複数の敵を巻き込む。回避行動中に放たれる回転斬り。空中へ身を躍らせてモンスターの顔面を一閃する。

 アイズが進むと、彼女の周囲からモンスターが物言わぬ骸か灰へと変貌する。

 彼女の剣のリーチに侵入したモンスターは瞬く間に切り刻まれる。

 時には技で。時には力で。敵を屠っていく。

 巧はその光景を見つめながら、眉を顰める。

 

(やはり、無駄が多い。人よりもモンスターを相手に長くやってきていたからか、そのための動きになってしまっているな。あの様子では対人経験はそこまで多くはないだろうな。……剣一辺倒といった動きか。……そうだったな、まだ16だったか。どんな状況でも戦えるように考えるのは、まだこれからなのかもしれないな……。俺は師が師だったからな……)

 

 巧は少し達観したような表情で、眼前の戦闘を見守る。【ヘルメス・ファミリア】の面々も静かに見守っている。彼女の戦闘に圧倒されて押し黙っているだけだが。

 

「……」

「……」

「安心しろ。お前達にはあとで存分に活躍してもらう。アイズ一人で十分だとか、帰るなどということは冗談でもほざくなよ?」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 何故分かった!?といった風に一斉に巧の顔へと視線を向ける。

 そんな視線を受けた巧はため息を一つ吐きだす。その様子は「お前らの顔を見ればわかる」と物語っていた。

 それを理解した一同は、今度は逆に巧から視線を逸らして気まずそうな表情を浮かべている。

 そんなやり取りを一同がやっている間にもアイズは腕を休めることなく剣を振るい続ける

 魔法を使用せずに、純粋な剣技と身体能力で身体を動かし、【ランクアップ】で生じたずれを修正していく。

 そして、最後のモンスター『ホブゴブリン』を斬り伏せると、愛剣(デスペレート)を鞘に納めて、巧たちのいる場所へと戻ってくる。

 

「ずれは消えたか?」

「うん。たぶん、大丈夫」

「……そこは言い切っておけ。不安になる」

「……じゃあ、大丈夫」

「今さら言い直しても遅いと思うが……まあ、いいだろう。この先にもモンスターはいる。不安ならそいつらでさらに調整しろ」

「わかった」

「さて、それでは先を急ごう。このまま北に向かう。いいな?」

 

 反論する者はいなかった。今この場で、現在の24階層に一番詳しいのは、紛れもなく彼なのだから。

 一同は表情を引き締めて、奥へと足を運んでいく。

 




今日の巧メモ
・人として:百聞は一見に如かずって感じ?聞いた意味がないぐらいすごい状況だった。
・武人として:Lv.6か、俺も負けていられないな!
・研究者として:食糧庫(パントリー)で一体何が行われているのか……私、気になります!

 次回投稿は来週の水曜日18時予定!

以下クレジット

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken



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第三三話

 北へと足を進め始め、断続的に姿を現すモンスターの行列を巧とアイズが殲滅する。

 アイズが多少なりとも疲労感を感じたのなら後ろに下がって、彼女の代わりに巧が前に出てモンスターの相手をする。その間にアイズは回復薬(ポーション)を飲んで体力の回復を行う。

 ルルネ達が今まで以上に緊張を纏い一歩一歩進んでいく中、巧だけはそんな気配を微塵も見せずに、冷静な足取りで奥へと向かう。アイズも感覚を鋭敏にさせて彼に続く。モンスターの気配も消え、一同の足音や装備の音しか聞こえなくなっていた。ルルネ達はその音が嫌に不気味に感じた。

 地図(マップ)を持つことなく、迷いなく進む巧に静かに付き従う形で岐路を行き、パーティが進行することしばらく。

 

「ここだ」

「えっ……?」

 

 巧に言われて眼前の()()を目にした冒険者達は疑問の声を溢す者や、息を呑む者と、反応は様々だった。

 

「言っておくが、断じて俺が道を間違ったわけではない。先ほど言った通り、このように道を塞がれている」

「……植物?」

「の、モンスターの一部だろうな」

 

 肉壁の中心には花弁が折り重なったような『門』、あるいは『口』のような器官がある。

 直径は大型級のモンスターでも優に通り抜けられるほど大きい。これが出入り口だとするのならば、開口する瞬間が訪れるかもしれない。が、巧が一夜ずっと見張っていたが、そんな場面が起きることは無かった。精々が一体のモンスターが壁を破って中へと進んでいったぐらいだ。そのあとすぐに壁は塞がってしまったが。中に入ったモンスターがどうなったかなど、容易に察することができた。

 

「実際に触れて、熱と鼓動のような律動を感じたから、生きているのは確かだ」

「うげっ……お前、これに触れたのかっ!?」

「勿論。今回の原因はこれなのだからな。何なのかを確かめるためにも簡単に調べる必要があったからな。まあ、触れる分には何の問題も無かった。流石に壊したら気づかれる可能性があったからやってはいないが」

 

 巧の言葉を聞いて、アイズは実際に腕を伸ばしてその壁に触れてみる。確かに彼の言う通りに、熱と律動が手の平越しに伝わってくる。

 

「さて、原因がこれなのは間違いない。だが、お前達はこの先に進む気はあるか?」

「……それ以外の選択肢はありません」

「……なるほど。調べた通り、随分と面倒な【ファミリア】に属しているものだな」

 

 アスフィの返答に巧が苦笑を浮かべる。

 

「壊して通る分には簡単だ。少し下の階層のモンスターでも破ろうと思えば破れる程度だ。だが、『魔法』に対する耐性がどれほどかは分からない。もしよければそちらで試してみてはくれないか?」

「そうですね。こちらも情報が欲しいので構いません。メリル」

 

 彼女に命じられ、小人族(パルゥム)の魔導士がパーティの前に出る。

 みなに見守られる中、巧よりも小柄な少女は小人族(パルゥム)用の短い金属杖(ロッド)を構え、詠唱を始めた。

 魔法円(マジックサークル)を展開する上位魔導士は、静かに魔法名を口ずさむと、大火球を放った。

 それは壁に着弾し、轟音と衝撃を撒き散らして炎上する。

 燃焼音を鳴らしながら、出入り口にあたる『門』の部分が完璧に燃え落ちた。肉壁は焼け焦げた跡を残し、ぽっかりと口を開ける。

 周囲の視線にアスフィが頷き、巧も特に何かを意見することは無く、パーティは列となって壁の先へ向かう。

 巧達は内部へ侵入した。

 

「壁が……」

 

 気色悪い音を立てて修復していく肉壁に、ルルネ達が振り返る。

 壁は時間をかけて完璧に塞がってしまった。

 

「どうせ壊せるものだ。気にするほどのことでもないだろう」

 

 巧が吐き捨てるように呟く。その言葉を理解したルルネ達は、慌てることは無く平静を保つことができた。巧はそんな彼らの様子を一瞥すると、周囲を観察し始める。

 内面は全面が緑壁と化していた。視界に入る全てが変貌していた。

 そして、巧は音の響き方がいつもと違うことに気づいた。壁の材質が違うからかもしれない、というレベルではなく、内部構造から違う音の通り方だ。普段とは違う構造へと変容している。

 そのことを理解し、障壁から漂う腐臭のこともあって、不快そうに眉を顰めていると、アイズが壁の一角に近付いて《デスペレート》と緑壁を斬りつける。それを巧も横目で見やる。

 いとも簡単に切れた割れ目の奥には石壁、24階層本来の壁があった。そしてすぐに『門』同様に傷が塞がっていく。

 

「……先に進むぞ。警戒しておけ」

 

 面倒臭そうな表情を浮かべた巧が、一同に声をかけると同時に奥へと進み始める。

 パーティ内の獣人達が漂う異臭に呻き声を上げる中、巧以外の誰もが緊張を隠せない。

 突如ダンジョンに出現した謎の緑壁の空間。紛れもない異常事態(イレギュラー)と、何より『未知』という名の領域に、自然と進む足は慎重になる。

 

「なぁ、怖い想像してもいいか?もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の胃袋(はら)の中を進んでるんだよな?」

『おい』『よせ』『止めてくださいっ』

 

 ルルネの恐ろしい独り言に、団員達から非難轟々の嵐が巻き起こる。

 縁起でもないことを言うなと口を揃える。しかし、巧は彼女の言葉に対して頷いた。

 

「その想像はあながち間違いではないかもな」

「えっ?」

「だが、此処が消化器官か、と言われればおそらくは違う。どちらかというと植物のような『枝』や『根』という方が正しいかもしれない。まぁ、何にせよ、この壁が俺達に対してどうこうしてくることは無いだろう。そういう意味では安心だ。化物の中に居るには違いないが」

『……』

「…………あぁ、なるほど。余計な発言だったようだな」

『全くだよッ!』

「配慮が足りなかった。今のは忘れてくれ」

『忘れられるかッ!!』

 

 ルルネの独り言を肯定した巧へと対象を変更して、非難轟々の嵐が浴びせられる。

 好き放題言われる巧は、そんな騒がしい声を流しながら周囲の警戒を怠らない。

 そんな中、巧は視界に極彩色の花を捉える。萎れて、もう動かないであろうそれが燐光を灯して光源となっている。

 

「分かれ道……もう既存の地図は役に立ちそうにありませんね」

「そのようだな」

 

 光量が頼りなく薄暗い通路を進んで数分。

 正面、左右側面、そして上方にも存在する計四つの通路を前にして、巧とアスフィは足を止める。

 巧が気づいた通り、内部構造は大きく変化していた。この通路を見るだけでも壁を貫通して存在しているだろう。

 

「……貴方はすでに分かっていたのでは?」

「……さて、なんのことだか。それよりも新しく地図を作成する必要があるな」

 

 アスフィの問いに、クツクツと含み笑いをしながら巧は答える。その態度がすべてを物語っているようにも思えたが、アスフィは深くは追求せずにルルネへと視線を向ける。

 

「ルルネ、地図を作りなさい」

「了解」

 

 団長からの冷静な指示に、ルルネは地図とは別の羊皮紙と赤い羽根ペンを引っ張り出す。

 そして迷いなく紙にペンを走らせて正確な地図を描いていく。

 

「……羨ましいものだな」

「何がですか?」

 

 地図作成(マッピング)をする彼女を見て、巧が一言溢した。その呟きを拾ったアスフィが疑問を問いかける。

 

「ああいった役割が行えることだ。俺のところはまだ構成員が自身を含めても二人しかいないからな。ああいう汎用的技術を持った者がいない。いずれは入れたい、もしくは覚えさせたいとは思っているが……」

「……貴方ができるのでは?」

「なぜそう思うのかは分からないが……まあ、できると仮定したのなら、俺しかできない、とも言える状況にしか変化しない。目をつけてる者達を含めても、おそらく現在、上手くできる者はいない。だが、それではまずい。お前も団長ならばわかるのではないか?ましてや、俺の【ファミリア】より断然大きいのだからな」

「……」

 

 巧の言葉にアスフィは押し黙ってしまう。全くもってその通りだったからだ。アスフィ自身が持っている『神秘(アビリティ)』ならば、一個人だけしか使えなくても問題はない。だが、汎用なもの。努力をすれば身につけられるものが、多数の中の一個人しかできなければ、その者が消えた瞬間に急変する。

 そのことを、この零細ファミリアの団長は理解している。アスフィはそのことに驚いていた。まだ、小さな【ファミリア】だというのに、既に未来を見据えて考えている。

 

「さて、俺は彼女の邪魔にならないようにするとしよう」

 

 右の道を選び、進み始めたパーティに巧は静かについていく。

 そうして通過した道筋に数度合流を繰り返しながら、一同は複雑な迷路を探索していく。

 モンスターの遭遇(エンカウント)はもちろんのこと、異様な静けさを保つ緑壁の迷宮に、幾人もが不気味なものを感じ始めていた頃だった。

 開けた通路の中心に、不自然に散乱した灰を発見する。

 

「モンスターの、死骸か?」

「ええ。間違いなさそうです」

「だろうな」

 

 散らばった灰の中から『魔石』の代わりに『ドロップアイテム』をアスフィは見つける。

 

「恐らく『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう」

「魔石だけ取って、ドロップアイテムは残す。ま、それだけでこれをやったのは冒険者じゃないと分かるな」

 

 二人の発言を皮切りに、パーティの空気が張り詰める。アイズやアスフィを始めとした察しのいい者達は既に得物を装備し、周囲を警戒していた。

 後衛の者達を守るように陣形を組み直し、アスフィ達は神経を尖らせる。その様子を見ていた巧は感心したように微笑を浮かべる。

 

「いい反応だ。だが、警戒する方向が違う」

『……?』

 

 複数開いている薄暗い横穴の奥、通路の前方、そして後方を警戒していた冒険者たちが巧の言葉に疑問符を浮かべる。しかし、彼の視線が何処に向いているのかを見ることでその意味を理解した。

 巧の顔は、天井へと向けられていた。そう。彼は先ほどからずっと、上方を警戒していたのだ。

 彼を見て気づいた者は、その視線の先を確認するために上を見上げる。その周囲の者達は、突然顔を上げた彼らに釣られて天井を見やる。

 そうして、ようやく全員が気づいた。

 遥か上方の天井をうぞうぞと這うモンスター達は、その極彩色の花弁からいくつもの粘液を滴り落とす。

 牙の並んだ大口を晒す食人花の群れは、間もなく天井から落下した。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 破鐘の咆哮と共に迫る敵を前に、アスフィは叫ぶ。

 

「各自、迎撃しなさい!」

 

 多数の巨軀の降下を回避し、アイズ達はモンスターに斬りかかった。だが、巧だけはモンスターを狩ることは無く、後衛を守りながら全体を俯瞰していた。

 

「そいつらの魔石は口の中だ。頭部を切り落としても活動を停止させるが、無理ならば魔石を狙う方が楽だ。今のうちにこいつらの相手を慣れておけ。どうせこれから嫌というほど()り合うんだからな。あぁ、後衛の護衛は任せてくれて構わない。なに、花弁の一つも触れさせはしないさ」

 

 後衛を狙って突っ込んでくるモンスターを殴り飛ばしながら、全体に聞こえるように()()しながらパーティへと告げる。

 

「さぁて、頑張って対処しきってくれよ?これぐらい出来なきゃ、少し不安すぎるからな」

 

 巧は、誰にも聞こえない声で最後にそう呟いた。




今日の巧メモ
・人として:できるだけ自分で対処できるように、戦闘には慣れてね?
・武人として:君らの実力を見せてくれ!
・研究者として:化物の体内だとしても消化されないなら別に良くない?


クレジット無し!


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第三四話

 天井付近に咲いた、とある蒼白い花に見下ろされる通路の一角では、激しい戦闘が行われていた。

 モンスターの必殺(たいあたり)を前衛の盾が防ぎ、無数に唸る触手を中衛の戦士が弾き飛ばす。詠唱を行う後衛の魔導士へ脇目も振らずに突っ込む不規則な動きに悪戦苦闘しながら、食人花のモンスターと【ヘルメス・ファミリア】は一進一退の攻防を続けていた。

 巧はそんな様子を前衛と中衛が溢し、後衛に迫っていた食人花を踏み落としながら観察する。

 

「流石の連携だな。長いことパーティを組んでいるから当然と言えば当然か」

 

 そんな中、巧の情報を基にアスフィが食人花の口腔に、緋色の液体が詰まった小瓶を投げ入れる。

 そして、口内で爆発を起こす。

 

『―――――――――ァッ!?』

 

 炸裂した爆撃に悲鳴は最後まで続かず、『魔石』を破壊された食人花は灰となった。

 

「ヒュウ♪流石、稀代の魔道具作製者(アイテムメイカー)様だな」

 

 巧は短い口笛を吹いて感心する。

 魔道具作製者(アイテムメイカー)謹製の手投げ弾、爆炸薬(バースト・オイル)。都市外の資源である火山花(オビアフレア)という大陸北部の河口付近に発芽する植物を原料に、アスフィが手を加えて生成した液状の爆薬だ。彼女にしか作製できない緋色の爆液は小瓶一つ分で中層のモンスターを絶命させる威力を備える。

 団員達も相手の動きを摑んだのか、彼女に続いて一気に攻めに転じて屠りにかかった。

 

「せりゃっ」

「……」

 

 モンスターの特性上、狙われやすい魔導士の防衛を行う巧とアイズは、『魔力』に引き寄せられたモンスター達を尽く倒していた。

 適当に襲い掛かってくるモンスターをあしらいながら、巧はアスフィの戦闘を興味深そうに眺める。

 流石に一団をまとめる長をやってるだけあって、冷静な対応と分析、行動力には舌を巻かざるを得ない。もちろん他団員の対応能力の高さも感心するが、やはり自らが先陣を切って人を引っ張り、まとめ上げている彼女に目が行ってしまう。

 虎人(ワータイガー)の援護をもらって懐に飛び込み、サポーターから投擲された長剣で、アスフィは食人花の頭部を斬り飛ばす。

 

「あらかた片づけましたね……」

 

 長剣をサポーターに投げ返しながら、アスフィは周囲を見回す。

 後方では最後の一体をルルネが仕留め終えたところだった。灰の山から魔石を割った投剣(ダガー)を回収し、巧達のもとに戻ってくる。

 

「落ち着いて戦えば、何とかなるもんだなぁ」

打撃(こうげき)が通らなかった時はどうなるかと思いましたが……まぁ良しとしましょう」

 

 (リヴィラ)襲撃時、食人花に苦い記憶を植え付けられていたルルネはパーティの連携のもと自信を取り戻したようだった。アスフィも爆炸薬の消費を気にしつつ戦果を前向きに捉える。

 収集した極彩色の魔石にどよめく一面もあったが、武装及び道具(アイテム)の点検を素早く済ませ、パーティは進行を再開させた。

 

「聞いてはいましたが、あれが例の新種のモンスターですか……」

「固くて、速くて……しかも数が多い。やになるよなー」

「だが、慣れれば簡単に倒せる。隔絶した実力差がないだけマシと考えろ」

「【剣姫】、タクミさん、貴方達はあの新種の性質に熟知しているようでしたが、知っていることがあれば今の内に教えてもらっていいですか?」

「わかりました」

「熟知というほど調べ尽くしたわけではないが、知っていることは話そう」

 

 アスフィとルルネが話す中、巧とアイズは食人花について持っている情報を提供した。

 打撃が効きにくく、代わりに斬撃の耐性は低いこと。

 『魔力』に過敏に反応し、『魔法』の発生源に押し寄せること。

 警戒を怠らないパーティの者達も、巧とアイズの声に耳を傾ける。

 

「……あと、他のモンスターを率先して狙う習性が、あるかもしれません」

「そうだな。あいつらの優先順位は純粋な魔力、魔石、人だ。魔法の行使が無ければ、ほぼ確実にモンスターの方に向かう。魔石を持っていなければだがな。まぁ、困ったら魔石をばら撒けばそっちに集中するだろう」

 

 アイズは少々考えるようなそぶりをしながらも、最後の情報を告げる。巧も彼女の言葉を肯定して補足する。

 彼女は食人花がモンスターを襲う場面を実際に目にしたわけではない。しかし巧は既に食人花が魔石を優先するという事実を調べていた。オラリオで出現したときよりも以前に、地下水道で間引きしていた時にだ。この特性を利用すれば逃げ切ることは容易いだろう。赤髪の女のような存在(テイマー)からの命令が無ければの話だが。

 

「共食いのモンスターってことか?珍しいな」

 

 ルルネが地図作成(マッピング)する傍ら顔を上げると、隣で黙っていたアスフィは眼鏡の枠をいじる。

 彼女は仮説を打ち明けるように、解説を始めた。

 

「モンスターがモンスターを襲う行動には、大きく分けて二つの可能性があります」

 

 アスフィはまず指を一本立てる。

 

「一つは突発的な戦闘。偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け、逆上したモンスター同士が争い合う。群れ同士で戦う場合もあります」

 

 アイズがこくりと頷くと、アスフィは二本目の指を上げる。

 

「そして二つ目。モンスターが、魔石の味を覚えてしまった場合」

 

 本題に迫るように、彼女は言葉を続ける。

 

「別の個体(モンスター)の『魔石』を摂取すると、モンスターの能力には変動が起こります。【ステイタス】を更新される我々のように」

「『強化種』……」

「ええ。過剰な量の『魔石』を取り込んだモンスターは、本来の能力とは一線を画するようになります」

「『血塗れのトロール』のように、か」

「知っていましたか」

「情報としてだけだ。世間を騒がせただけあって、調べればいくらでも出てきた」

 

 神の恩恵(ファルナ)によって蓄積した【経験値(エクセリア)】で能力(ステイタス)を高める人類とは異なる、弱肉強食の法則でモンスターは己の力を引き伸ばす。

 『魔石』がもたらす力と全能感に酔ってしまった怪物。貪欲に同胞の核を食いあさり、力をつける。そしてつけ過ぎれば、ギルドから賞金首(バウンティ・モンスター)として賞金をかけられ、討伐の対象にすらなる。

 

「ってことは、あの新種も『魔石』を目的にモンスターを襲ってるってことか?」

「と、私は考えますがね。共食いに走るということは、何らかの理由があって然るべきです」

「まったく同意見だ。自身の強化のためか、はたまた別の用途なのかは分からないが。おそらく通常の『魔石』を狙っているのは確かだ。同士討ちをしないのは、極彩色の魔石ではいけない何かがあるからかもしれない」

 

 アスフィと巧がそれぞれ自身の推測を言葉にする。

 巧が今の今まで間引きしてきた個体も、能力がまばらだった。しかもある個体を放置し続ければし続けるほど、その能力は他個体との壁が大きくなっていっていた。その事からどのようにしてか、魔石を取り込んでいたのだろう。

 この食人花が何の目的で魔石を集めているのかは、流石の巧でも判明できるほどの情報を集められずにいた。そして今回、その理由を判明できればという期待もあり、フェルズの話に乗ったのだ。

 

「また分かれ道か……」

 

 パーティは再び岐路に差し掛かり、歩みが止まる。

 広く左右に開けた二つの道。それぞれの通路を見回しながら、ルルネがアスフィの指示を仰ぐ。

 

「アスフィ、今度はどっちに―――」

「選ぶ前に戦闘態勢を取れ」

 

 ルルネの言葉を遮って、巧が発した言葉に全員が素早く武器を抜刀して構える。

 彼が声を発すると同時に、ずるずると体軀を引きずる音が響く。その音がしているのは左右両方の道からであり、モンスターの毒々しい花頭が現れる。

 

「両方からかよ……」

「残念ながら、後ろにもいるぞ」

「げっ」

 

 呻くルルネに追い打ちをかけるように、巧の注意が飛ぶ。

 左右後方、三方向からの挟み撃ち。天井と地面を張って出現する多くの食人花に、【ヘルメス・ファミリア】の他団員も顔をしかめる。

 退路が完全に断たれてしまった。

 

「アイズ、片方を頼めるか?」

「うん、任せて」

「俺が一体だけとはいえ、数の多い後ろをやろう。アスフィ達は右だけに集中しろ」

「……わかりました」

 

 巧が後方、アイズが左方をそれぞれ単独で、右方を【ヘルメス・ファミリア】の十五名で殲滅する作戦だ。

 アスフィの鋭い号令によって、冒険者達は飛び出した。

 右方に七、後方の八体は巧が待ち構え、いざとなれば【ヘルメス・ファミリア】のカバーができる位置に立ち、そして左方にアイズが単独で接敵する。

 そして、誰よりも早くアイズの《デスペレート》が食人花を斬り伏せた―――次の瞬間。

 見計らったかのように、天井より巨大な柱が彼女のもとへ落下した。

 

「っっ!?」

「ッ!」

 

 すぐさま反応したアイズは緊急回避する。

 だが、アスフィ達に分かったのはそれだけだった。なおも発射され続ける巨大な緑柱が一同の視界を塞いでいく。

 最終的には左方の道が完璧に塞がり、アイズと完全に離されてしまった。

 

「分断!?」

 

 ルルネが極厚の壁かした柱に向かって叫ぶ。

 巧もまさか、このような手段まで取ってくるとは予想できていなかった。だが、考えておくべきだった。あの赤髪の女がアイズに対して異様な執着をしているのは理解していた。ならば、この様な状況も多少なりとも考慮して然るべきだった。

 

「ルルネ・ルーイ!今は自分の身を心配しろ!アイツならば問題ない!気配を感じ取る限り、今は彼女が押している!どうにかしたいならまずこの状況を突破してからにしろ!」

 

 アイズと分断されて動揺しているルルネに対して、巧の叱責がぶつけられる。そのうえ、その間に彼は既に自分が受け持った八体を、『共振遠当て』で魔石を砕いて始末している。

 

「どうする!?前か!後ろか!」

「っ……前へ!」

「了解した!足を止めずに走り続けろ!クソ花は全部俺がどうにかする!」

 

 巧は緑壁に覆われた床、壁、天井を蹴って縦横無尽に駆け巡り、前方と後方から迫るモンスターの魔石を『共振遠当て』や『テレポ遠当て』、『量子指弾』を駆使して砕いていく。

 次々と灰になっていく食人花を目にしたアスフィは、全員に進むように指示を飛ばす。

 パーティが前に進むにつれ、押し寄せてくるモンスターの激しさが増していく。しかし、そんなことなどはお構いなしに魔石だけを的確に狙って潰していく。

 そうして進んでいくと長く続いてる通路の先から、しおれた花の弱々しい燐光とは違う、血の色のような赤い光が漏れ出しているのを団員達は視認した。もちろん巧も視ることができた。

 食糧庫(パントリー)には特大の石英(クォーツ)が立つ。モンスターの栄養源となる液体を生むその水晶の大主柱は、神秘的な光を放ち大空洞を常に照らしている。

 そして、24階層の大主柱は赤水晶―――通路の先の赤光を目視し、誰もが終着点までもう僅かであることを悟った。

 

「このまま、突っ込みます!」

 

 団長であるアスフィの言葉に、団員達は従った。巧もその言葉に従って、群がってくる食人花を倒し続けて道を作る。

 そして食人花を一掃し、次が来る前に駆け抜ける。

 腐臭が濃くなっていく中を突き進み、赤い光が滲む通路の出口へ飛び込んだ。

 食糧庫(パントリー)の大空洞へ、足を踏み入れる。

 

「―――――」

 

 視界が一気に開けた直後、巧を含めた全員が言葉を失った。

 彼らを待ち受けていたのは、ここまでの道のりと同じように緑の肉壁に侵食された広大な空間。ただ、大きさの異なった無数の蕾が緑壁の至る場所から垂れ下がっている。

 そして、そんな大空洞の中でも彼らの視線と意識を奪ったのは、食糧庫(パントリー)の大主柱に寄生する巨大なモンスターだった。

 

「宿り木……?」

 

 計三体、食人花と酷似したモンスターが、高さ三〇Mはある赤水晶の大主柱に絡みついている。

 毒々しい極彩色の花頭を三輪咲かせた超大型は、全長も、体軀の太さも、食人花の十倍はくだらない。そんな大長軀から派生した蔦に似た触手を大主柱の表面にくまなく行き届かせている。

 

「まさか……大主柱から出る養分を、吸っている?」

「そのようだな」

 

 アスフィのつい漏れてしまった言葉を、巧が肯定する。

 今回の異変の元凶は間違いなくあの巨大花のモンスター。

 ダンジョンから無限に溢れ出る養分を際限なく吸収し、体の組成を爆発的に拡大させて、この異様な緑壁の迷宮を形成している。

 しかし、巧だけはすでに巨大花から視線を外し、別のところを見ていた。

 

「だが、注視するべきはそれだけじゃない。大主柱の下も見てみろ」

 

 そんな巧の言葉に【ヘルメス・ファミリア】の面々は、彼が向いている場所へと目を向ける。

 巨大花から視線を少しずつ下げていき、三体の巨大花が巻き付いた大主柱の根元へと向かっていく。

 そこには上半身を隠す大型のローブに、口もとまで覆う頭巾、額当て。顔と素性を隠した所属不明の集団。その者達は突如現れた巧と【ヘルメス・ファミリア】に騒然となっていたかと思うと、こちらを指差し、大声で警戒を呼び掛け合う。

 だが、注目すべきそこではない。そんな彼らの奥。

 赤色の石英(クォーツ)の根元。

 雌の胎児を内包した緑色の球体が、取り付いていた。

 

「あの時の、『宝玉』……!?」

 

 ルルネが驚愕に染まった声を上げる。

 

「侵入者どもを生きて帰すなァ!!」

 

 アスフィとルルネ達が慄然としている中、周囲とは異なる色のローブを纏った男の怒号が飛ぶ。士気を預かる頭目らしきヒューマンの一声に、大空洞にいるローブの者達は呼応した。

 そして得物を掲げ、アスフィ達のもとに押し寄せる。

 

「おい、なんかあいつ等―――」

 

 ルルネの言葉の途中で、ゴンッ!!という鈍い音が響いた。

 その音がした方へとルルネ達が視線を向けると、巧がローブを纏った一人の頭を持って地面に叩きつけていた。叩きつけられた地面は緑壁を突き破って、更にはダンジョンの床まで罅割れていた。それほどの力で叩きつけられた男は身動き一つせず、気絶しているだけなのか、はたまた絶命しているのか判断はつかなかったが、周囲の者達は直感的に死んでいると感じた。

 さらに巧は男のローブを剥ぎ取って装備や所持品を確認する。

 

「……なんだ、やっぱり死兵じゃないか……」

 

 巧は装備を一目見ると、心底つまらなさそうに呟いた。

 男の身体には『火炎石』と呼ばれる、深層域に棲息するモンスター『フレイムロック』から入手できる『ドロップアイテム』。未加工のそれは強い発火性と爆発性を持つ。

 そのうえその男が身に着けていた火炎石は入手できる『ドロップアイテム』の中でも殊更巨大なものであり、それらが数珠のように幾つも繋がって巻き付けられていた。さらには発火装置が男の腰にあり、火炎石と導火線で繋いである。

 

「死にたくなければ、容赦なく殺せ。もしくは四肢を斬り落とせ。でなけりゃ自爆するぞ」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の面々にそう投げかけた巧は、手に持っていた男を放り捨てる。そして眼前の謎の集団を見据える。

 

「はぁ、こんなつまらない事はさっさと終えて帰りたいものだな……」

「なら、私と少し遊んではくれないか?」

「ッ!?」

 

 ―――気づかなかった。

 その男の声、()()()が聞こえたのは、真横だった。手を伸ばせば届く距離に、その者はいた。息遣いさえ、聞こえてくるような距離。そんな距離にまで、巧は接近を許してしまっていた。

 

 ―――ありえない。

 

 巧は、そう思った。

 だが、ここまで接近されて気づけないのはありえないことではない。可能性としては、三つ。

 一つ目は気配操作に特化した人物。

 二つ目は瞬間移動が可能な人物。

 そして三つ目は―――

 

「少し、場所を変えようか。()()()

「お前、まさか―――!?」

 

 ―――自分を超える強者。

 

 その者は巧の首を摑むと、彼の身体を押しこむようにしながら高速で移動を始める。

 アスフィ達に何かを告げることも出来ないままに、連れ攫われてしまう。

 それにはルルネ達も驚き、一瞬硬直してしまうがすぐにアスフィの指示が飛ぶ。

 

「応戦します!近寄らせないように立ち回りなさい!最悪の場合は殺しても構いません!彼のことは、今は考えないように!」

 

 その声に団員達は頷いて、ローブの集団と距離を取りつつ戦闘を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 謎の男に首を摑まれた巧は、気付けば下の階層、25階層に連れてこられていた。

 今、巧の眼前に眼鏡をかけた中肉中背の男性がいた。

 

「……お前、何者だ?」

「君ならば、すでに予想がついているのではないか?SCP財団の加藤巧」

 

 謎の人物は、巧がここに来てからは一度も名乗ったことのなかった所属を口にして、不敵な笑みを浮かべた。

 

「とはいえ、こちらだけ君の名前を知っているのもフェアではないだろう」

 

 その男性は、笑みを浮かべたまま自身の名前を言う。

 

「私の名前は『犀賀六巳(さいがろくみ)』だ」

 




今日の巧メモ
・人として:あっは、面倒な相手ぇ……。てか最後に全部もってかれてるよね?
・武人として:気づかなかったなんて……まだまだ修練が足りないッ!
・研究者として:犀賀……とんだ大物だぁ……。


以下クレジット

「共振遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「犀賀派」は「要注意団体-JP」及び「"犀賀派"に関する一次調査報告」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/groups-of-interest-jp#toc4
http://ja.scp-wiki.net/goi2015-saiga





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第三五話

 小説説明文に『百問百答』を追加。


 謎の人物は自身のことを『犀賀六巳(さいがろくみ)』だと言った。

 

「いや、それは違う」

 

 だが、巧はそれを即座に否定した。力強い確信をもっての発言だった。

 そんな彼の言葉に、『犀賀六巳(さいがろくみ)』と名乗った男は、少し不快そうに顔を歪める。

 

「私は紛うことなき『犀賀六巳(さいがろくみ)』だ。だが、何故そう思ったのか聞いておこう」

「お前はさっき俺を連れ去った奴よりも、断然()()。おそらく俺を攫った男の方が本物の『犀賀六巳』だろう。それにここまで来るまでの記憶が飛び飛びだ。認識災害が引き起こされたってのは理解してる。()()()()()()()()()()()()にな。ご丁寧にお前を『犀賀六巳(さいがろくみ)』だと信じ込むようにまでしてたみてえだし……おかげで頭が痛ぇじゃねーか」

 

 巧は頭痛のせいか頭部を片手で軽く押さえている。そんな彼の話を聞いた『犀賀六巳(さいがろくみ)』だと名乗った男は、目を丸くして驚愕した表情を浮かべている。

 

「ほう、驚いたな。まさかそこまではっきり言い当てられるとは、少々君を見くびっていたようだ」

「うっせぇよ。防ぐことはできずとも、どんな内容をかけられたのかと解除ぐらいはできんだよ。それよりもテメェの正体を聞いてないんだが?」

「ああ、そうだったな。私はこの世界の『Saiga』だ。セサル・サイガ。それが私の名だ」

 

 巧に看破されてしまった男性は、悪びれもせず本当の名を告げる。

 

「ああ、そうかい。それで俺をどうするつもりだ?こんなところに連れてきて、エロ同人みたいな酷いことでもするつもりか?生憎、俺はノンケなんだが?」

「安心してくれ。私もノンケだ」

「そりゃ良かった」

 

 巧のネタにも軽く返してくれる男性だが、警戒をやめるつもりはない。

 

「だが、『Saiga』がいるならこの世界は平行宇宙ということになるが……」

「その通りだ。この世界は平行宇宙の一つだ。だが、その中で重要な位置に存在している」

「なに……?」

「この世界は原点から乖離し、まったく別の進歩を遂げた世界なのだよ。言ってしまえば、二つ目の原点から派生した世界だ」

「……」

 

 果たしてそれは、平行宇宙というのだろうか。巧は純粋にそう思ってしまった。

 しかし、その疑問はセサル・サイガと名乗った男も理解したらしく、更に言葉を発し始めた。

 

「そのような場合、本当にそれは平行宇宙なのか。まったくの別世界なのではないか。そう思っただろう?」

「……肯定だ」

「先ほど、乖離と言ったが完全に離れているわけではないのだ。二つ目の原点というのも比喩でしかない」

「……だが……ああ、いや、そうか。『鶏が先か、卵が先か』ということか。その時点からの分岐ってわけだ」

「素晴らしい。やはり理解が早いな」

 

 『鶏が先か、卵が先か』。その問題は因果性のジレンマ。鶏と卵、どちらが先に存在していたのかというものだ。

 だがなぜ今、巧はこの問題のことを口にしたのか。

 それは巧の世界とこの世界の違いにつながる。

 この場合は、『神が先か、人が先か』、だが。

 巧のいた世界は人が先に存在し、神という存在を作り出した。

 だが、この世界は神が先に存在し、人という存在を作り出した。

 世界の根幹部分で異なるのだ。

 そのため、巧の眼前の男は第二の原点と比喩したのだろう。おそらくこの世界からも多くの平行宇宙が派生しているのだろう。いや、もしかしたらこの世界も、その第二の原点の平行宇宙の一つなのかもしれない。残念ながら、それを知る方法を巧は持っていない。

 

「それで、結論を聞きたい」

「答えられることであれば答えよう」

「お前達はこの世界と俺が元いた世界を消すことはあるか?」

「いや、しばらくはない。どちらの世界も多くの平行宇宙と密接な関係にあるのでな」

「……そうか」

 

 巧はそれを聞いて、安心したように息を一つ吐く。

 

「さて、私の目的を話していなかったな。目的は二つ。一つは今のように君との対話。これはもうほぼ達成されたから良しとする。もう一つは約束をしてほしい」

「……内容次第だ」

 

 約束と聞いて、巧は更に警戒心を高める。そんな彼の変化に気づいたのか、セサルは苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「しばらくこの世界に留まって欲しい」

「……は?」

「君は元の世界では異分子に近かったのだ。天野と合わせてしまっては世界の許容量を大きく超える未来が待っていた。そのため、この世界。『人が先の世界』よりも容量が格段に大きい『神が先の世界』に君を()()した。もし君が今、元の世界に戻ればあの世界は消滅してしまう。それは君の本意ではないだろう?」

「……その話をどうやって信じろというんだ」

「たしかに、提示できる証拠は何一つとしてない。だが、私は事実しか述べていない。何なら君の主神の前で話しても構わないが?」

「……いい。面倒だ。どうせすぐに帰る手段なんぞないんだ。お前達の口車に乗ってやる」

 

 セサルの話を渋々ながら、巧はそれを受け入れた。

 巧には彼の話が事実であるかどうかを確かめる術はない。元の世界に戻る手段もだ。それゆえに今はこの男の話を受け入れるしかない。

 そんな話を聞いた巧はため息を吐いて呆れる。

 

「というか、この程度の用件ならば別に今でなくとも、いつでもできたんじゃねぇのか?」

「そうかもしれない。だが、あまり表立って動きたくはなかったのでな。君との接触も最低限にするよう言われている」

「……ならもう、互いに用はないだろう。俺は行かせてもらうぞ」

 

 そういって、巧はセサル・サイガの横を通り抜けようとする。が、その時、セサルが口を開く。

 

「ああ、そういえば―――」

 

 セサル・サイガが突然巧に向かって蹴りを放つ。

 

「―――君の戦闘力の調査も目的の一つに含まれていたな」

「……あぁ、妙にピリピリしてると思ったら、そういうわけかよ」

 

 不意打ちで放たれた蹴りを危なげなく腕で受け止めて、防御した巧が嘆息しながらセサル・サイガのことを睨む。

 

「情報をくれた礼として半殺しで済ませてやるよ。何分急いでいるものでな」

「やれるものならやってみて欲しいものですね」

 

 『SCP財団』と『犀賀派』の人間が衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

 巧が拳を繰り出すと、セサルはそれを避けて『犀賀流』の奥義で反撃をしてくる。

 だが、巧は多組織の武術にも精通しており、初動だけでどの奥義かを判別し、それに対して最適な動きをする。

 

「『共振パンチ』!」

「ガッ!?」

 

 巧の拳がセサルの腹部に諸に入る。苦しそうな短い声を吐き出しながら後方へと弾かれる。そして空中にいるセサルに対して、巧は勝負を仕掛ける。

 

「『テレポ遠当て』・乱打!」

 

 無数の衝撃がセサルを襲う。それを避けることも叶わず、全てを彼の身体で受けてしまう。しかし、彼もタダではやられない。

 拳を繰り出している巧の横に真空が生み出される。

 

「……っ」

 

 『犀賀流』の奥義、『犀賀宙空凄舞』だ。多次元理論による空間干渉で、任意の場所に真空を生み出す奥義。しかし、それも既に見切っている巧にとっては児戯に等しい。これがもし『犀賀六巳』本人ならば危なかったかもしれないが、目の前にいるのはそれよりも弱い人物。巧にとっては恐れるに足らず。

 先ほどの乱撃を受けたセサルは既に重傷で、脚の骨が砕けていた。もう動くことはできないだろう。

 

「………………えっ……?弱っ!?」

 

 一瞬で勝負が喫してしまい、巧は呆気にとられてしまう。しかし、すぐに表情を引き締めて警戒を続ける。

 

「……ま、まぁいい。これ以上やってもつまらないし、弱い者いじめというのも好きじゃない」

「……えぇ、まぁ、十分です……ありがとうございました……」

 

 目的は達成できたということで、セサルは感謝の言葉を告げる。

 一瞬で決着のついた戦闘だったが、それで何が分かったのかは巧には分からない。だが、もう邪魔してくることは無いと判断し、上へと戻る。

 

「……随分手ひどくやられたね」

「……殺されなかっただけマシです、犀賀(さいが)様」

 

 セサルは自身の眼前に立つ男性にそう返す。

 どういう原理かは分からないが姿をはっきりと認識できない彼こそが、巧を最初に攫った男、『犀賀六巳(さいがろくみ)』本人だ。

 セサル・サイガは気配操作に特化した諜報・隠密を得意とする人物だった。それに対して犀賀六巳(さいがろくみ)は万能な存在だった。気配操作、戦闘についても現状の巧を超えている存在だった。それこそ天野博士や〝最初の7人〟のような存在しか太刀打ちできないだろう。

 

「……流石に、手足も出ませんでしたよ」

「私以外では、相手は厳しいということですか。とはいえ、彼とは必要以上の接触はしたくありませんね……」

 

 困ったような声で、犀賀六巳(さいがろくみ)はそう呟く。

 

「では、早急に帰って治療をしましょう」

「はい……すみません……」

「数少ない同士です。それを失うわけにはいきません」

「……彼を、これからどうするつもりですか……?」

「……しばらく関わるつもりはないよ。必要なら手を組む。邪魔なら排除する。あぁ、それこそ()()()()を潰してもらうのもいいかもしれませんね」

 

 そして、犀賀六巳(さいがろくみ)はセサルを抱え上げるとその場から一瞬にして消え去った。

 




今日の巧メモ
・人として:胡散くせぇ……。
・武人として:弱ぇ……。
・研究者として:証明手段ないとか、うぜぇ……。

ちょっとした感想返し

>にくにくしい壁!?

「肉々しい」だけで「憎々しく」ないからせふせふ。

>肉のカルト
>カルキスト

……神はいます。


……以上!


以下クレジット

「犀賀派」は「要注意団体-JP」及び「"犀賀派"に関する一次調査報告」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/groups-of-interest-jp#toc4
http://ja.scp-wiki.net/goi2015-saiga

「共振パンチ」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「犀賀宙空凄舞」は”Mumyoh_hokuto”作「闘いの荒野で」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/a


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第三六話

 巧は今いる25階層を疾走して24階層の食糧庫(パントリー)を目指して急ぐ。

 

「あぁ、もう!鬱陶しい!」

 

 道を塞ぐモンスターの群れを殴り飛ばしながら、巧は階段へと()()する。

 彼は今、特殊な歩き方でトンネル効果を発生させて壁をすり抜ける『量子歩法』を使いながら、壁をすり抜けて移動しているのだ。

 しかし、物体はすり抜けることができても、生物はすり抜けられないのでモンスターは片手間に始末しなければならなかった。

 ダンジョンも生きているようなものだが、『量子歩法』ですり抜けることができることは既に検証済みだった。

 

「あんのクソ雑魚ッ!『自分は強いんだぜ?』的な雰囲気醸し出しておきながら余裕で弱いじゃねぇかッ!『あっ、実力隠してるのかな?』ってちょっとでも思った俺が恥ずかしいじゃん!!」

 

 愚痴を吐き出しながら八つ当たり気味にモンスターを潰して進み、階段を駆け上がる。

 セサルは気配操作に特化しており、巧でさえも『気配を操作している』ということしか分からず、それが強くしているのか、弱くしているのかを悟らせなかった。実際には実力よりも少し強く見せることで巧に対し、実力を隠していると思わせていたが、実際に戦った結果、大して手傷を負わせることすら叶わずにずたぼろにされた。

 そのことに今更ながら気づき、自分への恥ずかしさと苛立ちを募らせた巧は、感情のままに24階層に戻って再び緑壁の迷宮を突き進む。

 緑壁を引き剝がし、ダンジョンの壁をすり抜ける。気配も周囲に溶け込ませながら密かに進み続ける。

 『鰒猫拳』を使用することも考えたが、移動するだけならば『量子歩法』の方が速く通り抜けられる。それに緑壁の迷宮を通ることを考えれば、正規のルートを通るよりも壁を通った方が余計な敵を相手にせず済むと思っての選択だ。

 そうして進んでいくと、徐々に巧の耳に入ってくる戦闘音が大きくなっていく。

 最後の壁を通り抜け、視界が開ける。そこに広がる光景は、決して良いものではなかった。

 【ヘルメス・ファミリア】の面々と、巧の予想通り【ディオニュソス・ファミリア】のフィルヴィス・シャリアがそこに居り、神ディオニュソスが神ロキに協力を仰いだ結果送られてきたベート・ローガとレフィーヤ・ウィリディスが大量の食事花に包囲されている光景と、武器を手放したアイズが赤髪の女と食人花に押されている光景。

 その状況を理解した巧はまず、冒険者達を襲っている食人花を『共振遠当て』、『テレポ遠当て』、『量子指弾』で彼らの近くにいるものを倒した。

 突然食人花が灰になって死んだことに呆然としている冒険者達が、後はどうにか体勢を立て直して打開してくれると信じて、声をかけることもせず、すぐにアイズの方へと駆けだして地面に突き刺さっている彼女の愛剣《デスペレート》を摑んで引き抜く。

 

「悪いが、少しだけ俺に使われてくれ。お前の主人を助けるためだ。『鰒猫拳』!」

 

 自分が握っている《デスペレート》にそんなことを言う。それから、奥義を使って一気に加速する。

 食人花にすら気付かれないほどに気配を周囲に溶け込ませた巧は、赤髪の女へと突撃する。

 

「フッ!」

「ッ!?」

 

 そして、巧による鋭い突きが女へと真っ直ぐ向かう。速度が乗り、不意打ちに近いそれに、彼女は辛うじて反応するも、少しだけ遅かった。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながら、女は後ろへと飛び去る。そんな彼女の肩口からは鮮血が流れていた。

 

「やはり武器を使えば手っ取り早いものだな。返すぞ、アイズ。もう手放してやるなよ」

「……うん。もう大丈夫。ありがとう」

 

 巧は《デスペレート》を本来の持ち主であるアイズに返却し、改めて拳を構える。アイズも手元に帰ってきた愛剣をしっかり握りしめ、赤髪の女と対峙する。

 

「まずは、周りの雑魚からだな」

 

 彼がそう呟いた瞬間には、すでに周囲の食人花の数体が灰へと変貌し、そこから伝播するように食人花は次々と灰へと姿を変えていく。

 三人が衝突する頃には、周囲にはモンスターの姿はなくなっていた。

 

『【――間もなく、焰は放たれる】』

 

 エルフの少女の詠唱を背中に受けながら、巧は向こうが上手く体勢を立て直したことを確信しながら、身体を酷使させていく。

 アイズが剣を捌き、巧が体術を捌く。

 お互いが別のファミリアとは思えないほど、その連携は上手くかみ合っていた。

 だが流石の巧も、上がり立てとはいえLv.6の冒険者の動きに合わせるのは、かなり厳しいものがある。ましてや相手にしているのが自分よりも格上の相手ならば、なおさらだ。

 骨はギシギシと軋む音が、筋肉はブチブチと千切れる音が、巧の体内でずっと響いていた。

 それでも体を止めることはしない。

 女の蹴りや拳を、『共振遠当て』、『テレポ遠当て』でリーチを分からないようにしながら弾き、『共振脚衝』や『臨界パンチ』を放つ。たとえ牽制にしかならずとも、撃たないよりはマシだと思ってのことだ。

 体が悲鳴を上げる中、巧はそれを表情に出さずに拳を振るう。

 と、そこへ―――灰色の毛並みの狼が疾走してきた。

 

「退け、クソチビ!」

「喜んで退いてやるとも、犬っころ!」

「よこせ、アイズ!」

「!」

 

 ベートの声に反応した巧は数発、力強く撃ち放って数瞬の隙を作り出す。その間に後方に飛び退き、場所を作る。アイズも彼が何を欲しているのか理解した。

 

「風よ!」

 

 伸ばされたアイズの手から風が揺らぎ、すれ違ったベートのメタルブーツに吸い込まれた。

 白銀の長靴に埋められた黄玉が輝き、両脚に凄まじい風の気流が宿る。

 

『【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】』

 

 ベートに風を渡したアイズは巧と同じように離脱する。そして彼女と入れ替わるようにベートが赤髪の女に真っ向勝負を仕掛けた。その間に巧は万能薬(エリクサー)を飲み干して、身体を癒す。

 アイズは巧の横まで来て、彼と共にベートと女の戦闘を見守る。

 

「大丈夫?」

 

 彼女は戦闘から目を離さずに、隣にいる巧に声をかける。それに対して、巧も同じように視線を正面に向けたまま答える。

 

「問題ない。それよりもここからどうするかだ」

 

 今更ながら近づいてきた食人花の魔石を砕きながらそう呟く。

 

「見ての通り、アイツじゃ長くは押さえきれない。性格も加味して考えるとレフィーヤ・ウィリディスの詠唱が終わる頃が限度だ」

『【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】』

 

 レフィーヤの詠唱を聞きながら、冷静に分析する。

 確かに、今のベートは押され気味だ。放つ蹴りは全て捌かれ、一撃たりとも命中していない。だというのに、女が攻勢に出れば、戦闘衣が千切れ、片方の手甲が吹き飛び、掠めた肩口から血が飛び散る。

 

「だから、俺も参戦して隙を作る。それを逃さないでくれ。今のところ、お前が一番有効な攻撃を与えられるだろう」

「……わかった」

 

 アイズが頷いたのを確認すると、巧は戦闘中の二人を目掛けて駆けだす。

 

「『テレポ遠当て』!」

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 少女の歌声を耳にしながら、地面を力強く駆けていく。

 振り下ろされかけていた紅の大剣に向けて拳を振るい、その軌道を逸らす。

 

「チビが邪魔すんじゃねぇ!」

「知るか!こっちが勝手にやることだから無視でもしてろ!それとも俺が代わりに全部やってやろうか!?」

「Lv.2如きがうるせぇんだよ!」

 

 二人は口論しながらも、手と脚は休めずに相手を攻め続ける。

 自分勝手に攻撃をするベートを、巧が上手くカバーして女をその場に留まらせる。

 

「あぁクソッ!硬いんだよこのアマッ!」

「あぁ!?もう限界か、チビ野郎!?」

「ほざけ!口じゃなくて脚を動かせ!それと意地見せろや!?」

「ンなもん言われなくてもわかってらァ!!」

 

 相も変わらず口論しながら攻撃を続ける二人。

 

「「限界なんざ、知るかぁ!!」」

 

 二人で吠えながら、ベートは暴れ狂う風の力を纏った脚で、巧は細胞を原子核分裂させた拳で、それぞれ攻め立てる。

 そんな二人の攻撃で防御を強いられていた赤髪の女は、瞳を苛立ちに吊り上げ、紅の大剣を振りかぶった。

 ベートもそれに対抗し、地面を粉砕させるほど力強く踏みしめ、己の左脚を振り上げる。逆に巧は邪魔にならないように一歩二歩下がり、どのような状況にも即座に対応できる距離で待機する。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 哮り声と共にベートは一撃を繰り出した。

 振り下ろされた大剣に、渾身の風脚。

 それぞれが衝突する。

 吹き飛ばされた風の渦に、貫通する紅刃。

 大剣とぶつかり合った白銀のメタルブーツに、夥しい亀裂が走り抜けた。

 ブーツを装着した足の皮膚が、肉が鮮血を吐き散らし、骨が粉砕する。

 甚だしい衝撃と激痛に、ベートの瞳が血走った。

 

『【焼きつくせ、スルトの剣―――我が名はアールブ】!』

 

 そして同時に、レフィーヤの詠唱が完了する。

 光の音響が弾け、巧やベートの足下に、大空洞中に拡大する翡翠色の魔法円。

 次の瞬間、その『魔法』は放たれた。

 

『【レア・ラーヴァテイン】!!』

 

 召喚された巨炎が魔法円より放出する。

 レフィーヤ達のもとから放射状に連続する火炎の極柱。ベート達を避けて天井まで昇る業火は全ての食人花を呑み込み、焼き尽くして、絶叫までをも溶かす。

 

「―――はッ」

 

 熱と紅の光に横顔を焼かれながら、ベートの口が吊り上がる。

 殲滅されたモンスター、やり遂げて見せた少女、弱者が上げた咆哮。

 琥珀色の瞳に光が宿る。このまま大剣に押し切られようとする左脚になけなしの力をそそぎ込み、血潮を撒き散らしながら―――強者も負けじと咆哮した。

 

「るォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 白銀の蹴撃が、紅の大剣をはね返す。

 

「なっ!?」

 

 ベートが最後の力を振り絞って放った一撃によって、赤髪の女は反動後屈(ノックバック)―――上半身が大剣ごと仰け反る。その代償としてベートは真後ろへと吹き飛んでいくものの、傍で見守っていた巧がすぐに受け止め、ファイヤーマンズキャリーという相手の腋の下から自分の首を差し入れた後、肩の上に相手を乗せる担ぎ方でベートを抱き上げる。

 

「何もできなかった俺が言うのもなんだが、よくやった」

「雑魚どもが足掻いてんのに、俺がやらねぇでどの面晒すってんだ!つーか下ろせ!助けなんかいるかっ!」

「はっはっはっ。ちょっと何言ってるかわからんなぁ。怪我人は口を閉じて大人しくいてろよ!」

「クッ!?このッ!?」

 

 担がれているベートがどうにかして降りようと足掻くが、巧が器用に関節を決めて動きを制限する。どうにか抜け出そうともがくベートだが、巧相手ではそれも叶わず、しばらくすると諦めて大人しくする。が、歯を強くに噛み締める音が僅かにするので、相当悔しがっているのだろう。

 そんな風にして二人が遊んでいる間に、女に向かって一つの影が疾走した。

 炎の柱の間を一直線に突き進み、銀の剣を装備した、金髪金眼の少女が。

 女に向かって、突貫した。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 風を纏い直し、アイズは弾丸になった。

 仲間が作った隙を絶対に逃すまいと、《デスペレート》を振りかぶって斬りかかる。

 

「ぐッッ!?」

 

 渾身の袈裟斬り。

 咄嗟に構えられた敵の大剣を切断。

 

「っっ!!」

 

 技の斬り上げ。

 『魔石』が埋め込まれた胸部中心をずらし、それでも赤髪の女は血飛沫を飛ばす

 

「―――あああああああぁぁッ!!」

 

 止めの、振り下ろし。

 宙に跳び、両手で柄を握り締め、猛り狂う風渦を付与した剣身を、眼下の女性に叩きつける。

 

「ッッッ!!」

 

 体重も乗ったその攻撃を、両腕を交差させて赤髪の女は受け止める。

 途轍もない力の反発が発生し、剣身の気流が叫び声を上げながら暴れ回る。

 次の瞬間、女は決河の勢いで後方に押し飛ばされた。

 両足で地面に二本の線条を刻みながら、それでも勢いは止まらず大空洞の最奥へと、弱々しい赤光を漏らしている大主柱に、背中から叩きつけられる。

 その光景は、アイズが競り勝ったことを明確に示していた。

 

「はぁ、はっ……」

 

 剣を片手に持ちながらアイズは息を切らす。

 唸る風の鎧を解除し、赤髪の女のいる大主柱のもとへ歩んでいく。

 巧はそんな彼女の背中を見守りながら、疲れ果てて地面にへたり込んでいる冒険者達の近くへと移動を始める。それにまだ、あの女の気配が感じ取れるため警戒を続ける。だが、流石の巧もあれほどの攻撃を受けて、逃げられるほどの体力が残っているとは思っていなかった。

 それが、浅はかだった。

 こちらでの生活に馴染み過ぎていたのか、人智を逸した存在が、そう簡単に()()()()()()()()()()のだ。

 アイズが近付くと、片膝をついていた女は、ゆっくりと立ち上がった。

 出血している全身から蒸気、『魔力』の粒子を立ち上らせ、傷の治癒を始める。

 遠目ながら、巧はその光景に驚愕していると、彼女は口を開いた。

 

「……今のお前には、勝てないようだな」

 

 周囲の者達には聞こえていないであろう音を、巧の耳は拾っていた。

 緑色の瞳に何の感情も浮かべず、淡々と発言している。

 巧は現場を見たわけではないために知らないが、『魔石(オリヴァス)』を食らい、力が増した彼女だったが、それでも『風』を纏うアイズに未だ劣ると述べる。そんな彼女には、もう既に味方も、モンスターもこの場には残っていないにも関わらず、謎の冷静さと余裕があった。

 その余裕は一体何処から来るのか?

 彼女の様子を怪訝に思った巧は思考を巡らせ始める。そして彼女の背後の大主柱に視線が向いた。

 

「ま、さか……!?」

 

 考え得る限り、最悪の事態が頭をよぎった巧の視線を追うかのように彼女は、背後の石英(クォーツ)を見上げる。

 

「今すぐ立ってここから脱出する!荷物を置いて動けない奴には手を貸してやれ!此処が崩落させられるッ!!」

『ッ!?』

 

 ベートを担いだまま、巧は座り込んだ冒険者達に叫ぶ。

 そして、彼が言い終わるとほぼ同時に、赤髪の女の横殴りの一撃が大主柱に叩き込まれる。

 儚い赤光を帯びていた石英(クォーツ)の柱にたちまち竜の爪痕のような巨大な亀裂が生じ、罅が天辺まで上ったかと思うと、次には甲高い破砕音を響かせた。散々利用されて摩耗していた大主柱は、その一撃で容易く倒壊してしまう。

 それに連動するように食糧庫(パントリー)の天井が崩れ始めた。

 

「悪い!この意地っ張りの犬を頼んだ!」

「えっ!?あっ、おい!?」

「てめっ!?ふざけんな!?」

 

 たまたま近くにいたルルネにベートを投げ渡すと、宙に跳び、上から降ってくる岩石の雨を冒険者達の頭上から遠ざけるように捌く。

 殴り飛ばし、蹴り飛ばし、粉砕し、守り通す。

 その間も巧は考えていた。あの女は、本当に頭の回転が速い、と。彼女はおそらくアイズの手に剣が戻った段階で、この状況を作ることを考えていたのだろう。早々に敵わないと判断して。

 巧は考えが甘かったと歯噛みする。そして、続けて聞こえた言葉によって、自分がしばらくは彼女と関わることは無いかもしれないとも考えた。

 

「『アリア』、59階層へ行け」

 

 今の自分では、実力不足だ。それに、自分がそこへ行ってもきっと意味がない。そう確信した巧は、岩石の処理に集中する。

 

「一先ずは十分です!こちらへ!」

「了解した」

 

 アスフィが巧にそう声をかける。それを聞いた彼は短く返事をすると、降ってきた岩石を蹴り飛ばした反動でアスフィ達の元へと退避する。

 

「おい、【剣姫】!」

「アイズ、急げ!」

 

 そして、ルルネとベートが大空洞の内部にいるアイズへと呼びかける。それにより出口に集う彼らの元へと走り出す。

 彼女は途中、背後を振り返り赤髪の女の方を確認するが、落石でその彼女の姿が消えるまで見続けていた。

 やがて、怪我人を担いで崩落する迷宮から一同は退避する。

 

 この日、24階層の食糧庫(パントリー)は崩落した。

 

 冒険者の一行は、それに巻き込まれることなく、何とか脱出することに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 24階層から撤収し、『リヴィラの街』で一息つくこともせずに地上へと帰還する一同。

 道すがら、巧は自身がいなかった時の出来事を細かく尋ねていた。赤髪の女の名前がレヴィスであることや、死んだはずの【白髪鬼(ヴェンデッタ)】オリヴァス・アクトが生きていたが、レヴィスによって体内の魔石を捕食されたことも。

 彼らを使っている()()は死者すらも利用できる存在なのか、と考え人知れず戦慄していた。おそらく誰もが口には出さないが、近しいことを考えているだろう。とはいえ、相手として出てくるのはきっと、オリヴァスのような下種しか出てこないのなら気兼ねなく殺せる、と巧は楽観的に考えた。

 そんなことを考えながら地上へと帰還する道中で、彼はアイズから話しかけられた。

 

 

「あの……」

「……?なんだ?」

 

 声をかけられて彼女の方へと巧は振り向く。彼女は巧が良く見慣れた緑玉石(エメラルド)色のプロテクターを手に持っていた。

 

「これ、君のところの子が落として……」

「……ああ、拾ってくれたのか。エイナあたりにでもベルを助けてほしいと頼まれたか?その際に落としていったか」

「うん」

「そうか……。他所の【ファミリア】なのに悪かった。感謝する」

 

 巧はアイズからそれを受け取ると、微笑を浮かべながらプロテクターを見つめる。その様子に彼女は首を傾げてしまう。

 

「もう、随分とボロボロだな。つい此間(こないだ)与えたばっかだと思ったんだが……」

 

 くつくつ、と巧は一人含み笑いを上げ、ベルが努力し成長していることを喜ぶ。

 しかし、アイズは彼が笑っている理由が分からずに首を傾げ続ける。

 

「うん。改めてありがとう。もし何かあれば言ってくれ。この恩を返す必要があるからな」

「……でも―――」

「以前のことを気にすることは無い。あれはあれ。これはこれ、だ」

 

 巧は微笑のままアイズと話す。彼は柔らかく言っているが、その言葉は強く、芯があり、早々曲げることが無いことはアイズでも察せた。そのため、それ以上は何かを言うことは無く、静かに頷いて了承した。

 

「なら、さっさと地上に帰るとしよう。今回の件の報告は早急にすべきだろう」

 

 コクリ、と巧の言葉にアイズは小さく頷き、足を進め始める。

 その後、冒険者の一行はその日のうちに地上へと帰還することができた。

 




今日の巧メモ
・人として:冒険者依頼達成!
・武人として:……疲れた。
・研究者として:できれば研究してみたかった。


以下クレジット

「量子歩法」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「鰒猫拳」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「テレポ遠当て」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「量子指弾」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振脚衝」は”Indigolith”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「臨界パンチ」は”sakagami”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken



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第三七話

 原作三巻の冒頭部分がありますが、一先ずはこれで原作二巻+外伝二巻・三巻は終了です!


 24階層の事件から三日後の朝。

 その間、巧は忙しなく動いていた。

 まず24階層の調査の依頼の件だが、巧はフェルズに直接会って報告した。それが終わると彼から一本の鍵を渡された。ノームの貸し出し金庫の鍵とのことで、そこへ向かい鍵が合った689番の金庫を開けると、中には様々な色の貴石に、金銀の指輪、数冊の魔導書(グリモア)だった。それら全部を換金するとかなりの金額であったため、半分を借金の返済に充て、残りはギルドの貯蓄として貯めておくことにしたのであった。

 次に【ソーマ・ファミリア】の改革の件だ。

 巧の予想通り、ギルドからの忠告を受け『神酒(ソーマ)』の作製を禁じられた。だが、巧と神ソーマ、チャンドラはこの機に乗じて、『神酒(ソーマ)』を利用して現体制を作り上げた団長であるザニスを解任し、『神酒(ソーマ)』の横流しを理由に牢へと閉じ込めた。彼以外にも行動に問題があった者達も、これを機に一緒に【ファミリア】から追放した。

 そして、この恩で巧はリリルカ・アーデの引き抜きを締結させる。時機は巧の方から申し出たタイミングで改宗(コンバージョン)を行うことを、神ソーマに告げた。彼はそれを受け入れ、これからは眷属達ともしっかり接していきたいと言っていた。これもすべて巧の()()のおかげだろう。

 それと、件のベルのサポーターのリリルカ・アーデだが―――

 

「―――まぁ、というわけで【ソーマ・ファミリア】の件は俺がどうにか手回しして、ザニスは団長から解任、牢へと入れられた。問題行動が目立つ輩も追放処分。とはいえ、そういった奴らがもう狙ってこないとは限らないから、リリルカちゃんにはもう暫く身分を隠してもらわにゃならんけど」

 

 大丈夫かな?と首を傾げながらカフェの白いテーブルを共に囲んでいる彼女、現在は獣人の子供に姿を変えているサポーターに問いかける。それに対して彼女は頬を引き攣らせながら聞き返す。

 

「……い、一体いつからリリの引き抜きをお考えに……?」

「さあ、いつでしょう?ま、ある時からずっと【ソーマ・ファミリア】に手を加えていたんだよ。弱みがある奴ほど制御しやすいからね♪」

 

 君みたいな、ね?と、さらっと恐ろしいことを笑顔で口にする巧に、もう一段階リリルカは頬の引き攣りを大きくする。

 何かすれば集めた情報をふんだんに活用して脅す。そんなことを言われて彼女の背中に寒気が走った。

 

「もう少し事態が落ち着いたら、神ソーマに頼んで改宗(コンバージョン)してもらえるから辛抱してね。脱退金はもう既に渡してるし」

「は、はぁ……」

「それと今後の寝泊まりは俺達のホームですること」

「えっ……?」

「そのほうがベルのサポーターとして面倒がないし」

「……」

 

 リリルカは沈痛そうな表情を浮かべ、自分の心中を話そうとする。が、そこに最後の待ち人が三人の下へ姿を見せる。

 

「おーい、タクミ君!ベル君!」

「あ、ヘスティア様ー。こっちこっちー」

 

 巧達の主神ヘスティアが、三人で囲んでいるテーブルに駆け寄ってくる。

 

「お待たせ。すまない、待ったかい?」

「まさか。それよりもバイトはどうにかなった?」

「ああ、平気だとも。それより……彼女が?」

「あ、はい。この子が前に話した……」

「リ、リリルカ・アーデです。は、初めましてっ」

 

 向けられる視線にリリルカは慌てて椅子を降りて一礼する。

 ヘスティアがこの場に同席することになったのは、彼女自身が言い出したことだった。

 彼女の真意は明らかだ。自分の眷属に関わるサポーターをこの目で確かめようとしている。その事には巧も反対しなかった。むしろ賛同した。嘘を見抜ける『神』という存在はこういった場では大きなアドバンテージとなる。そのため、巧は特に何かを言うことなく彼女の同席に賛同した。

 

「さて、全員揃ったわけだが、ヘスティア様の椅子が無かったね」

「ああ、気にしなくていいよ!この客の数だ、代わりの椅子もないだろう!ボクはタクミ君の膝の上に座らせてもらうよ!」

「そう?じゃあ、はい。いいよ、ヘスティア様」

 

 ヘスティアが座りやすいように椅子を軽く引き、深く腰掛けて軽く手招きをする。その対応にヘスティアはツインテールを踊り狂わせながら、満面の笑みを浮かべながら意気揚々と巧の膝へと座る。しかし、身長差がほとんどない二人だ。巧は何とかヘスティアの肩に顎を乗せることで、辛うじてリリルカの方を見れるようにすると、手をヘスティアの腹に回して固定する。

 

「さて、こんな格好で悪いけど、話を進めようか。リリルカちゃんも椅子に座り直して」

「は、はい……」

 

 真面目な話をする体勢でないことを一番理解している巧が口を開く。リリルカは何かを察したのか口を噤み、何を言われてもいい様に覚悟を決め、表情を引き締める。

 

「まずは……と、言いたいけど……ベル、悪いけど席を外してもらっていいかな?ちょっときつい質問やベルに聞かせたくないことも含まれてるから」

「はぁ……わ、わかりました」

「なんなら何か注文してきてもいいよ。此処は奢るからさ」

 

 巧の申し出を受け入れて、ベルは席を立ってその場から離れていく。途中途中でリリルカを心配するように何度も彼女の方に視線を向けていたが、それを見送った巧はリリルカの方に視線を戻して、口を開く。

 

「それじゃあ、まず先に言っておく。俺はお前に安い同情なんぞぶつけるつもりはない」

「―――っ」

 

 はっきりと巧は口にする。

 

「もちろん、目を見れば心を入れ替えたというのは理解できる。今までの状況から抜け出せて、重圧から解放された。そう見える。だが、今度はベルの優しさのせいで、罪悪感に押し潰されそうになってるだろう。罰を欲しているのに、ベル自身はそれを与えてくれはしない。それほどまでに、優しいからだ」

「……」

 

 巧の言葉にリリルカは軽く顔を伏せる。

 その通りだ、と心の中で呟く。巧もそれを分かっていて特に返事は求めない。

 

「だから、俺とヘスティア様からお前に贖罪の機会を与える」

「―――」

「傲慢かもしれんがな。人が人を裁くなど。ま、そのために神であるヘスティア様と協議したんだけど」

 

 リリルカは驚き、すべてを見透かしているかのような黒い瞳を真っ直ぐ見つめてしまう。そのせいで軽く委縮しながらも、巧とヘスティアの方に顔を向ける。

 

「お前はベルのサポーターとして、誠心誠意働き、彼の面倒を見ること」

「……えっ?」

「これは俺とヘスティア様の決定だ。これを反故にするようならば、二度と救いの手は伸ばさないものとする」

「……」

「お前は、ベルと違い社会の裏を少しなりとも知ってる者だ。だからこそ、あいつが騙されないようにしっかり見てやって欲しい。本来ならばもっと厳しくしたいが、ヘスティア様からの進言もあって、この程度で(とど)めている。ヘスティア様に感謝しておけ」

「……はいっ……わかりました……!」

 

 震える声で、けれどもしっかりとした彼女の返事に、満足したように巧は頷く。

 

「ではこれにて、【ヘスティア・ファミリア】主神ヘスティアと、その眷属タクミ・カトウの両名は、リリルカ・アーデのパーティの加入を正式に認める。……彼のことをよろしくね?」

 

 鋭い視線と厳しい口調をやめて、巧は彼女に優しく微笑む。

 そしてヘスティアの肩に顎を乗せたまま、更に脱力して悩ましげに息を吐く。

 

「あとは、改宗(コンバージョン)の時期だねぇ。きっとしばらくは【ソーマ・ファミリア】も忙しいだろうし、一週間は間が空いちゃうかな?」

「そう、ですね。それぐらいならリリも問題ありません。でも、ベル様達のホームにお邪魔してもよろしいんですか?いらぬ火の粉が飛んでくるのでは……」

「むしろドンと来い。そういう奴らを見せしめにして、リリルカちゃんに手出しさせないようにするのが目的だし。『この馬鹿どもみたいになりたくなければ、二度と手を出してくるな』的な?」

「「………」」

 

 ヘスティアとリリルカの両名に若干引かれる巧だった。が、それでもヘスティアだけは巧の膝の上を満喫出来、終始にやけ顔だったが。

 その後、戻ってきたベルと共に注文した飲み物や軽食を堪能すると、カフェを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 一通りやることを終えて、一息つけた巧はギルドへと足を向けていた。エイナにベルのことで礼を言うためだ。自身がいない間に一悶着あったのは、アイズから渡されたプロテクターを見れば、一目瞭然だ。

 

「……あのクソジジイ。『最近、腑抜けてますね』とか言って、ちょっとだけ本気出してんじゃねぇよ」

「ははは……」

 

 そう一人溢す巧の身体は傷だらけだった。痣が身体中に見え、口の端からは血を流していた。服こそ着替えているものの、身体はまだ少し汚れが見える。致命的なものこそないが、痛々しいまでのそれは、彼の身体にまだ鈍痛が残っていた。

 カフェでヘスティア達と別れた巧はベルを引き連れて移動していたのだが、途中で幻影の天野博士が巧を攫って、()()()()()を施したのだ。かなり一方的なものだったが。

 しかし、傷を負ったのならば万能薬(エリクサー)や『元素功法』等を使用して治せばいいものを、巧は自分の意思で治していなかった。自分自身、どこか抜けているという自覚があったからだ。しばらくはこの痛みを身体に残しておくつもりのようだ。

 そんな怪我を負っている巧の傍にはベルがいて、何とも言えない表情で付き添っていた。

 道行く人達も巧を見ては怪訝そうな表情をしている。しかし、それを気にした様子もなくしっかりとした足取りでギルド本部内へと足を踏み入れる二人。そのまま真っ直ぐエイナが担当している窓口へと向かう。

 

「エイナー」

「あら、タクミく―――ッ!?」

 

 巧の呼びかけにより彼の方を見たエイナは目を見開く。まぁ、担当している冒険者が全身傷だらけならばそうなるだろう。

 

「そ、その傷、どうしたの……?」

「……あぁー……師匠に喝を入れられただけ。気にしないでいいよ」

 

 どう言えばいいのか、数瞬だけ迷った後に、未だ口の端から垂れてくる血を指で拭うと、素直に口にする。エイナはそれを聞いて微妙な表情を浮かべる。ベルはそんな彼女の表情を見て苦笑する。きっと自身も聞いた時はこんな表情だったのだろう、と頭の隅で考えた。

 

「それで、今日はお礼を言いに来たんだ」

「お礼……?」

「ベルのこと、気にかけてくれてありがとう。エイナがアイズさんに頼んでくれなきゃ、ベルは危なかったからさ。本当なら俺が何とかしなきゃいけないはずなのにさ。今回は本当にありがとう」

 

 ほら、ベルも。と言ってベルを前に出させて彼女に一緒に頭を下げさせる。その二人の様子にエイナは慌てだす。

 

「ちょ、ちょっと……!?私は別に、大したことはしてないわよ!だから頭を上げてちょうだい!」

「いや、実際エイナが行動してくれなきゃ、多くが手遅れになるところだったから、どうしてもお礼が言いたかったんだ」

 

 ま、上げろというなら上げるけどさ。と言って巧は頭を上げる。隣のベルもそれに倣う。

 

「さーて、あとはアイズさんかぁ」

「私から伝えておこうか?」

「いえ、僕の方が直接お礼を言いたいので……」

 

 エイナが二人にそのような申し出をするが、それをベルが断る。助けてもらった時は急いでおり、まともに礼も言えずに走り去ってしまったため、しっかり面と向かって伝えたいのだろう。

 

「なんてったって、所属が【ロキ・ファミリア】だから、【ヘスティア・ファミリア】の俺らじゃ、拠点に行っても神ロキが出張ってきて門前払いだろうしなぁ……。そのうえ塩も撒かれそうだ」

 

 さて困ったぞ。珍しく困り顔の巧がカウンターに頬杖を突きながら、どうすべきかと悩み始める。

 そうして悩んでいると、ギルド内に今まさに求めていた気配が踏み入れてくるのを感じ取る。

 

「ジャストタイミーング!」

 

 ガバッ!と上体を起こして、巧はギルドの入り口の方へと振り返る。その行動にベルとエイナも入り口の方を注視する。

 そこにはベルが感謝を伝えるべき相手であるアイズ・ヴァレンシュタインがいた。彼女も巧達の姿を認識すると、真っ直ぐ向かってくる。

 

「やっほー、元気そうだねー」

「そっちは、そうじゃなさそう」

 

 向かってくる彼女に巧は暢気そうに挨拶をする。対してアイズは怪我をしている彼を見てそう返してくる。

 

「気にしないでー。これは俺の自業自得だからー」

「そう……」

「それよりもアイズさんに用事があったんだー」

「私も、貴方に用があって」

 

 だから、ここに来た。と続けるアイズに思わず巧は首を傾げてしまう。確かにここに来れば自分に会える可能性は高いだろう。だが、自分に用があるとは一体何だろうか、と。

 

「あー、先にこっちの用を済ませてもいい?」

「うん」

「じゃあ、ベル」

「は、はい!」

 

 アイズの了承を得た巧がベルを前に押し出す。彼女の前まで歩み出たベルはしっかりと見据えて、口を開く。

 

「あの、10階層では助けてくれてありがとうございました!」

「……こちらこそ、酒場では私の仲間が、ごめんなさい」

「い、いえ!あれはタクミさんが代わりに怒ってくれましたから……!」

「でも……」

「あの狼人(ウェアウルフ)の方の言う通り、僕はまだ弱い駆け出しですから……!」

 

 頭を下げるのはベルだけのはずが、何時の間にかベルとアイズがお互いに頭を下げる光景が作られていた。

 このままでは収拾がつかなくなりそうだと思った巧が、手をパンパンと二回ほど打ち鳴らし、その状況をやめさせる。

 

「はい、そこまで」

 

 二度の破裂音に二人は口を閉ざして、その発生源である巧に視線を向ける。そんな両者の目を見つめながら巧は更に口を開く。

 

「お互いに受け入れてもらえたんだからそれ以上話を広げない。堂々巡りになると面倒だから」

「「……」」

 

 巧の言葉に口を閉じて彼の方を見やる二人。そんな両者の様子に満足したように一つ頷く。

 

「よろしい。それで、アイズさんの用件は?」

「……うん」

 

 巧の言葉に彼女は何か覚悟を決めるかのように頷くと、巧の目をしっかりと見つめて切り出した。

 

「私に、格闘戦を教えて欲しい」

「…………………………はい?」

 

 そして、何故か。

 『第三級冒険者』である巧は。

 『第一級冒険者』のはずのアイズに師事されることになった。

 




今日の巧メモ
・人として:やるなら徹底的に!
・武人として:なんで俺が教えにゃならんのぉ……?
・研究者として:ザニス?えぇ、彼は実にいい試料でしたよ。

 一段落したので次回の投稿は最短でも二週間後です。遅くても一か月後の同じ時間(水曜日の18時)です。書き溜めがヤバいから。あと展開もじっくり考えたい。
 それではまた次回!

以下クレジット

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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原作三巻+外伝四巻
第三八話


 お久しぶり?になるんでしょうか。
 二週間挟んでの投稿です。
 いろいろと忙しくなり、執筆時間が取れずに苦しんでいる作者です。
 あと戦闘描写めっちゃシンドイ。
 本編どうぞ。


 アイズから指導を乞われた日から翌日。

 いつもと同じ時間帯に起床した巧はベルを引き連れ、道中でヴェルフを拉致すると、北西寄りの都市の外縁部、巨大な市壁の上へと来ていた。

 早朝なのは巧とベルの都合。市壁なのは有名人であるアイズのことを慮ってのことだ。

 

「つーか、なんで俺まで……」

「俺がベルの相手をできないから、その代わりだよ。それにヴェルフは素早い相手が苦手だから丁度いいでしょ」

「だからって有無も言わさず連れ出すんじゃねぇよ……」

 

 ふわぁ、とヴェルフは大口を開けて欠伸する。そんな彼の様子をクツクツと含み笑いしながら、巧は見つめる。

 ベルを助けてもらった借りがあるために、アイズの申し出は断りづらく、渋々ながら承諾した。だが、そうするとベルの相手がいなくなるために、ついでとばかりにヴェルフを連れ出したのだ。

 

「いい機会だから別の人との対人戦も少しぐらい経験させようと思ってねー」

「まぁ、別にいいけどよ。かなり世話になってるし、お前が無駄なことをするとも思えないしな」

「………なんか随分素直だね?熱でもあるの?」

「ねぇよ!俺が少し素直になったらこの扱いかよッ!?」

「冗談だよ、冗談」

 

 ヴェルフを揶揄って、暇を潰していると、最後の一人が市壁へと到着する。

 

「少し、遅かった?」

「いや、そんなことはないよ。こっちがちょっと早かっただけ」

 

 じゃ、始めようか?と三人に声をかけて、それぞれが準備を始める。が、ヴェルフに向かって巧は声をかける。

 

「あ、ヴェルフ」

「……?なんだ?」

「ベルと戦う時は殺気を増し増しでお願い。打撃は容赦なく撃ち込んでいいよ。いつもそういう風にやってるから」

「……わかった」

 

 巧の言葉にヴェルフは素直に頷いて、すぐに準備を進める。

 

「アイズさんはとりあえず俺と模擬戦、ベルはヴェルフと模擬戦。致命傷は避けて、致命傷となる部位への攻撃は寸止め。そしたら一度仕切り直して再開して」

「はい」

「おう」

「じゃ、そっちは始めてて」

 

 ベルとヴェルフの返事を聞いた巧は、自分の担当であるアイズへと向き直る。

 

「さて、まず聞きたいんだけど、教わりたいのは純粋な格闘戦?それとも武器を持った状態での体術なのかな?」

「できれば、両方」

「そっか、わかった」

 

 アイズの返事を聞いた巧は、持って来ていた荷物から安物の片手直剣を取りだすと、右手で握って正眼に構える。

 それを見た彼女も愛剣を抜いて、同じく正眼に構える。

 二人の間にピリピリとした空気が流れ、互いの戦意が高まっていく。

 

「ふっ!」

「っ」

 

 先に動いたのは巧だった。

 駆け出して、剣を中段から下段に下げ、近づいたとともに斬り上げる。

 アイズはそれを落ち着いて剣で弾こうと身体を動かす。だが、巧は剣を振る腕で上手く隠していた左拳で腹部を狙う。

 彼女はその攻撃に目を見開き、左手でその拳を受け止めようとするも、嫌な予感を感じて後ろへと飛び下がる。

 その判断は正しい。もしそのまま受け止めようものなら、巧に手首を摑まれ、投げられていただろう。

 巧は彼女の動きに合わせて、剣を振りきらず、再び地面を蹴って突きへと移行させる。

 アイズもまた巧の動きを見切り、剣で軌道を反らしながら、蹴りを放ってくる。しかし、彼女の蹴りは巧の目から見ればまだまだ拙く、力を込められていない軽いもの。それこそ【ステイタス】頼りのものだった。だが、技術も何もないものの方が、下手にあるものよりも避けづらい。でも、重心も軸もしっかりしていない蹴りだ。対処自体はいくらでもできる。

 巧はその蹴りを()()()した。彼は蹴りを交わしたときに彼女の足が振り切る方向へと、さらに力を加えたのだ。余計な力を加えられたアイズは勢いが余り、体勢を崩しそうになるが、力の方向へと身を任して後ろに跳びながら、空中で一回転する。

 その一回転する際に、彼女の視界から巧が消えた瞬間。彼は瞬時に接近し、剣で斬りかかる。しかし、それを感じ取ったアイズは背面で剣を構えて受け止める。そのまま数度の剣戟を繰り広げると、アイズは体勢を整えて地面へと降り立とうとする。

 そして、着地する瞬間。

 巧は彼女の足を刈り取った。

 剣に意識を割いていて、ましてや地面に降りる直前に足を払われたのだ。表情を驚愕に染めて、左手を地面に突いて体勢を整えようとするが、既に首元には巧の剣がそっと添えられていた。

 

「まずは、一本」

「……うん」

「とはいえ、少し休憩させてくれ。流石に第一級冒険者との戦闘は神経が磨り減り過ぎる」

 

 模擬戦が終わると同時に急激に汗をかき始めた巧が、持って来ていた荷物から回復薬(ポーション)を取りだして服用する。

 その間に、アイズは目を閉じて先ほどの戦闘を反芻する。

 どうすれば良かったのか、どこが悪かったのか。そんなことを考えながら思い返す。

 しかし、巧がそれを邪魔するように声をかける。

 

「反省は後にしろ。お前は単純な経験不足だ。今までずっとモンスターばかりを相手にしてきたせいで、対人戦の経験が薄いんだ。考えたところで、大した問題点は見つからないだろう。今はとにかく数を増やす。ほら、次をやるぞ」

「……うん」

 

 剣を構えた巧に向かい合い、アイズは再び剣を構える。

 得意な戦闘で負けてしまっては立つ瀬がないため、必死になった巧はなんとか負けることなく、その日の修練を無事に終えた。

 

 

 

 巧は肩を回しながら、身体の節々をほぐす。

 市壁から場所は変わって、いつも修練に使っている空地に巧はいた。

 そこにベルやヴェルフ、アイズの姿はなく、巧一人だけがそこに立っていた。

 ベルはリリと共にダンジョン。ヴェルフは思いの外疲れたのか、自身の工房で休んでから鍛冶をするようだ。アイズはホームである『黄昏の館』に戻った。彼女自身は一日中やりたがっていたようだが、今日は少し巧の事情で切り上げさせてもらった。

 

「さーて、今日もボコられますかぁ……」

 

 腕の腱を伸ばしながら、突如として現れた幻影の天野博士に立ち向かっていく。勝てる未来が一片も見えない中。

 

 

 

 

 

 

 

 言うまでもなく天野博士にズタボロにされた巧は、それ以降は奥義の復習だけを行い、就寝した。

 そして翌日。

 前回と同じように市壁の上に集まった四名。

 

「じゃ、昨日と同じように」

「はい!」

「おーう」

 

 ベルとヴェルフは巧とアイズから距離を取ると、早速組手を始める。それを見届けた巧はアイズへと向き直り、剣を構える。

 

「んじゃ、こっちも始めようか」

「……うん」

 

 昨日とは違い、ほぼ同時に駆けだし、互いの剣が交差する。

 一戦一戦が長く、決着が中々つかないほどに、この試合は拮抗していた。

 アイズはLv.6の【ステイタス】がある。

 だが、巧は鋭すぎる五感と経験則と技術を持っている。

 その結果、アイズとの差が埋まってしまっている。

 しかし、彼女はまだ余裕があるように窺えるが、巧はあまり余裕がなかった。

 純粋な近接戦闘術での試合だ。彼女は魔法の使用が禁じられているが、対する巧は最も得意とする『財団神拳(SCP-710-JP-J)』の使用を禁じた状態で戦っているのだから。

 ただ、巧は天野博士を相手取るよりは簡単なように感じている。……そもそも普通の人間である天野博士がなぜ、Lv.6冒険者を超える動きをしているのか甚だ疑問ではあるが。

 そのうえ、彼女は呑み込みが早く、数を重ねる度に身体の使い方が上達していっている。巧はそのセンスに戦慄しながらも、口角を上げて戦っている時間を楽しんでいた。

 

「いやはや、末恐ろしいなッ!昨日の今日で上達が早すぎるんじゃないかッ!?」

「そう?……もしそうなら、嬉しい」

「ヒハハッ!無自覚か!ならお墨付きを出してやるとも!昨日とはまるで別人だとなッ!!」

 

 でも、まだ負けるつもりはない。

 巧は剣で彼女の剣を絡め取るようにして、上へと打ち上げる。アイズはその事に少し動転したような様子を見せるも、すぐに体勢を整えて、蹴りを打ち込んでくる。

 しかし、悲しいことに放たれたそれは、昨日と同じく軸も重心も僅かとはいえずれているお粗末な代物だった。

 彼は簡単に受け流すと、首元に剣を突きつける。

 

「なんとか、俺の勝ちだな」

「……」

 

 そういってから巧は首元から剣を離して、回復薬(ポーション)を飲み干す。

 その間にアイズは何が悪かったのかを振り返る。今日は一戦一戦、反省点や問題点を考える時間が巧から与えられている。流石の呑み込み速度のため、解禁したのだ。

 だが、それでも最後の蹴りの何が悪かったのかを理解できていないようだった。

 

「アイズ、お前は剣を手放すな」

「……?」

「お前の身体は完全に『剣士』としてのものだ。剣を握っていないだけで身体のバランスが崩れてしまっている。あまり意識していない重さだろうが、もう既に身体の一部のような役割を剣が担ってしまっている。剣込みでの重心や身体の軸が身体に染み込んでいる。それを今から矯正し直すのは無理だ。変に弄ったら両方とも悪化するかもしれないからな。だから、お前は戦闘中、絶対に剣を手放すな。手放すぐらいならお前自身が剣と一緒に跳べ。その方が良いだろう」

 

 一体いつ拾ってきたのか分からないが、そう話す巧の手には先ほど飛ばされた《デスペレート》があり、柄をアイズへと差し出していた。

 それを静かに受け取ると、立ち上がって構える。

 

「……」

「その意気やよし。では、続きをやろう」

 

 巧が言い切る前に、既にアイズは駆けだして、斬り込んできていた。

 それでも負けるわけにはいかず、身体全部を使って攻撃、防御、回避を行っていく。

 また、長い一戦が始まった。

 決着がつけば、小休止を挿み、また戦う。

 そうして太陽が中天を通り過ぎるまで、それが続いた。

 既に市壁の上には巧とアイズの二人しかおらず、朝陽が顔を出したころには、ベルはダンジョンに、ヴェルフは工房へと向かってしまっている。

 

「……流石に、疲れるな」

「……ごめんなさい」

「まったくだ。本音を言えば、なぜLv.2であるはずの俺が、数値で言えば圧倒的に格上なLv.6冒険者を指導せにゃならんのだ」

「……………」

 

 巧の本音を聞いたアイズが申し訳なさそうに顔を伏せる。

 そんな彼女の様子を見た巧は、クツクツと笑い声を上げる。

 

「そんな顔をするな。別に責めているわけではないからな。こちらも楽しませてもらっている。俺は戦闘だけが生きがいのような、つまらない人物だからな。こうして制限をかけた戦闘というのも、中々スリルがあっていいものだ」

「……君は、変わってるね」

「あははっ!よく言われる!アンタに言われるとは俺も相当なようだッ!」

 

 お前でもそう思うのか。と、何が面白いのか分からないが、巧は一人でゲラゲラと大口を開いて、大きな笑い声を上げる。

 

「そっちはそういうことはないのか?戦っているときに勝手に口角が上がったり、気持ちが昂ったりは?」

「あまり、ないかな」

「ハハッ!そうか!ないか!そいつは残念だッ!」

 

 戦闘が終了しても、未だに気分が高揚してるのか、彼女の一言一言の後に大きく笑う。

 

「でも、俺と戦っているとき、俺を負かせようと躍起になっているんじゃないか?」

「……うん」

「攻撃が当たらないからって意地になって、どうにかして当てようと必死だろう?」

「……そう」

「ならばそれでいい。そういった感情が新たな発想を生んでくれる時もあるからな」

 

 市壁に寝転がった巧は、青く澄んでいる空を見上げながらそんなことを話す。

 

「君も、そうだったの?」

「……否定はしない。だけど俺の場合は『好きこそ物の上手なれ』みたいなのもあるからなぁ」

 

 人生を振り返って、しみじみとしながら巧は答える。

 始まりは憧れ。

 途中からは殺意。

 現在は守るため。

 その全てに含まれていたのが、ただ好きだったから。鍛えてるうちに、自分の成長が実感できるのが嬉しかった。楽しかった。だから、只管に没頭した。

 その結果が今の巧だ。

 

「ま、俺は楽しければどうでもいいんだけどな。強い奴と戦ったり、未知のものを調べたりとかな」

 

 そこまで言うと、巧は上体を起こして腕を上げて、身体を伸ばす。

 

「んじゃ、次で今日は最後にしよう。流石にそれ以上は俺の身体が持たない」

「わかった」

 

 今まで同様、互いに剣を構えて、次の瞬間には駆けだす。

 本日最後の、長い長い一戦が火蓋を切った。

 だが、今まで少し違うのは、巧だけでなく、アイズの口角も少しながら上がっていたことだった。

 




 今日の巧メモ
・人として:俺は自覚のある変人です。
・武人として:たーのしー!
・研究者として:特に特筆すべき点はなし。


 次の投稿は一週間後の同じ時間です。

クレジット無し。


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第三九話

 書いてて他の作品を書きたくなる症状が出始めた今日この頃。
 でもこれ以上書くと首が回らなくなるジレンマ。
 だから書けないし、書かない。

 では本編どうぞ。


 訓練二日目を昼過ぎに終えて、解散というところで巧はアイズに呼び止められる。何やら聞きたいことがあるらしい。

 その内容というのが―――

 

「―――魔導士への指導?」

「うん」

「……あぁ、レフィーヤ・ウィリディスにでも頼まれたのか?」

「……よく、わかったね」

「お前のことをあれだけ慕っていればな。……嫉妬でもしたか」

「……?」

 

 巧は最後の部分だけアイズには聞こえないように小さく呟く。

 

「とはいえ、俺は魔法には疎いからな。彼女がどういったものを求めているのか分からないな」

「そう……」

 

 芳しくない返事を聞いたアイズが少しだけ顔を下げ、落ち込んだような様子を見せる。

 その反応に溜め息を吐きながらも素人意見を提案する。

 

「……調べた限りじゃ、『並行詠唱』はまだ実戦レベルじゃなかったはずだな。Lv.3が深層に潜るのならあって困る技術ではないはずだ。それを提案してみたらどうだ?」

「……わかった。そうしてみる」

 

 巧の言葉にアイズは顔を上げてしっかりとした返事をする。

 

「それと少し待て。実際にできる人物と交流した方が良いだろうからな」

「……?それなら、リヴェリアが―――」

「遠征前だろう?仮にも副団長が一団員に付きっきりになれるほど暇でもなかろうよ」

 

 アイズの疑問に答えながら、どこからか出した羊皮紙に色々と書いていく。

 

「【ディオニュソス・ファミリア】のホームの地図と、頼るべき人物を書いておいた。まぁ、互いに知らない仲じゃないから大丈夫だろうが、一応俺からも話は通しておこう」

「……ありがとう」

「構わん。これで誰か一人でも生き残る可能性が高まるのならな」

 

 礼を告げるアイズに対して、巧は笑みを浮かべながら羊皮紙を手渡す。

 今度こそ二人は別れ、それぞれ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 アイズと別れた巧は【ディオニュソス・ファミリア】の内部へと侵入していた。

 そして勝手を知るように、すいすいと歩を進め、神ディオニュソスのいる部屋に誰にも気づかれることなく入室する。

 

「やっほー、元気?」

「ッ!?……はぁ、毎回毎回驚かせないでほしいな」

「ごめんねー、毎度アポ無しなもんで。こうやってこそこそ来るしかなくてねー♪」

 

 咎めるような神ディオニュソスの言葉に、巧は全く反省した様子のない態度で応じる。

 

「これ、一応今回のことをまとめた資料。ギルドの方に提出したのと同じ物だよ。とはいえ、実際に見聞きした以上のことは書いてないから、大した情報はないかもだけど」

「そうか……すまないな。それだけでも情報の照らし合わせができる。」

「いいって、いいって。協力者は多い方が情報は集まりやすいからねー」

 

 巧は持っていた資料の束をディオニュソスに手渡す。

 

「それで、もう一個話があるんだ」

「……?なにかな?」

「フィルヴィスさんのことなんだけどさ」

「……彼女がなんだ?」

「いや、そんな睨まないで……。変な話じゃないから。変な風に解釈しないで」

「あ、あぁ、そうか。すまない……」

 

 フィルヴィスの名前が出た時点でディオニュソスの目が鋭くなり、巧のことを睨むように見つめたものだから、巧も少し物怖じしてしまった。

 巧が誤解だと告げると、ディオニュソスはすぐに雰囲気を戻す。

 

「それで、何かな?」

「いや、【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスを知ってるかな?」

「あぁ、知ってるとも。フィルヴィスが饒舌に話していたからね」

「じゃ、それなら話は早いかな。今、彼女は『並行詠唱』の習得中でね」

「それで、フィルヴィスに指導を頼みたいと?」

「理解が早くていいね。ま、その通りだよ。ロキの眷属だし、フィルヴィスさんの新たな友人だ。親睦を深めるのは悪くないと思うけど?」

「……ふふふ。ああ、その通りだな。私から伝えておくよ。場所や時間は?」

「必要なら向こうから来られるように地図を渡してあるよ。『黄昏の館』に直接行かせてもいいけどね。その資料を神ロキに渡すとかいう名目で」

「……ああ、わかったよ」

 

 どうにかして二人を引き合わせようとする巧の言葉に、ディオニュソスは苦笑を浮かべる。

 

「それじゃ、俺はこれで。また何かあれば来るよ」

 

 それを最後に巧はディオニュソスの前から姿を消す。

 何度見ても慣れない光景だと思いながらも、一人になった室内で渡された資料へと目を通し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 【ディオニュソス・ファミリア】を後にした巧は、回復薬(ポーション)の補充のために『青の薬舗』に来ていた。

 

「おーっす、お客様が来てやったぞー」

「出口はそちらです」

「はい、そうですか。ってなると思うなよ」

 

 入った瞬間に店員であるナァーザに出て行けと巧は言われる。相変わらずの嫌われようである。

 

「そもそもなぜ、折角の金蔓をわざわざ返そうとする」

「個人的に嫌いだから」

「お互い様だボケ。とりあえず回復薬(ポーション)二ダース頼む」

「……………………………………………………わかった」

「そんなに俺に売るのが嫌か」

 

 ナァーザは溜めに溜めて、こんな奴でも客は客だからといった風に、渋々、本当に渋々回復薬(ポーション)が入った箱を持ってくる。

 巧は中身をすべて見分して、本来の代金よりも色を付けた一八〇〇〇ヴァリスを彼女に支払う。

 

「……」

「……?」

 

 代金を受け取ったナァーザがじっと巧のことを見つめる。

 

「……………」

「……」

「…………………………」

「……」

「………………………………………」

「……なんかあるなら早う言えや」

 

 無言で強い視線を向けてくるナァーザに、巧は呆れながらも尋ねる。

 

「……………………………………………………非常に、非常に癪で不本意で絶対に嫌だけど……」

「じゃ、帰るわ」

「待って。言うから……」

 

 ナァーザは長々と溜めた挙句、物凄く嫌そうな、歪んだ表情で、まるで我慢するかのように手の色が変わるほどに強く握りしめていた。

 そんな彼女の様子に呆れ果てた巧は出口へと足を向けて出て行こうとするが、ナァーザがそれを急いで止める。

 

「実は、冒険者依頼(クエスト)を、頼みたくて……」

 

 そういって一枚の羊皮紙を手渡してくる。そして内容を確認する。

 

「『ブルー・パピリオの翅』、か……」

 

 確認するように呟く。

 依頼内容は上層で出現する『稀少種(レアモンスター)』のドロップアイテムの納品。言ってしまえばそれだけのことなのだが、『稀少種』ということだけあって見つけ出すのは困難だ。それに絶対にドロップアイテムを出すというわけでもない。危険は少ないが、内容的には面倒な類だ。

 しかし、巧は一つ頷いて彼女に確認する。

 

「これ、うちのベルにやらせても構わないか?これぐらいならあいつでも十分やれるはずだしな」

「うん……。でも、早い方が、助かるかな……」

「明日にでも行かせるさ。とはいえ内容が内容だ。あまり期待せずに待ってろ」

 

 最後にそう告げて、巧は店を後にする。

 その後、巧はホームに帰還したベルとリリルカに冒険者依頼(クエスト)の話を伝え、受諾させた。初めての冒険者依頼(クエスト)にしては難易度が高いということで、リリルカは渋っていたが、ベルと二人きりということを巧が小声で言うと、快く承諾してくれた。

 無理そうならば巧が引き継ぐ旨も伝えると、ベルも安心したようで引き受けてくれた。成功するにしろ失敗するにしろ、いい経験になるだろうと巧は二人を見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。鍛錬三日目。【ロキ・ファミリア】の遠征五日前。

 巧はベルとヴェルフを連れて市壁の上へとやってきていた。

 対するアイズも、少し遅れて市壁の上に姿を現す。

 

「……」

「……」

 

 巧とアイズは見つめ合ったまま、一言も発さない。そうしてしばらく見合っていると、アイズの方から気まずそうに目を逸らす。

 ベルとヴェルフは既に組手を始めており、巧の後ろから剣戟や打撃音が聞こえてくる。

 そんな中、巧はアイズの前で仁王立ちして、彼女と、()()()()()()()()()()()を見つめる。

 

「うん。黙ってないで説明してもらおうか?」

 

 こくり、とアイズは小さく頷いて説明を始めた。

 

「どう、教えればいいか、分からなかったから、連れてきた」

「いや、言ったよね?俺、魔法には疎いんだけど?」

「でも、身体の動かし方は、私より詳しい」

「……あー、感覚派か理論派か的なアレか」

 

 なんとなくわかったのか、巧は頭を掻きながらアイズの隣にいる()()()()()に目を向ける。

 彼女はアイズの後ろに隠れて、怯えながらも警戒心を顕にしていた。

 まるで猫のようだな、などとどうでもいいことを考えながら巧は思案する。

 

「昨日も鍛錬したんだよな?」

「うん」

「とりあえずそれをやって見せてくれ」

 

 そう言いながらも、巧は組手中のベルとヴェルフの下へ行き、乱入して引っ掻き回し、二対一の状況へと変化させる。もちろんベルとヴェルフがペアだ。

 二人の攻撃を捌きながらも、彼の立ち位置はアイズとレフィーヤの姿をはっきりと視認できる場所を陣取っていた。

 

「……じゃあ、やろっか」

「はいっ!」

 

 そうして、昨日とほとんど変わらないレフィーヤが一方的に殴られる組手が始まった。

 しばらくして、ベルとヴェルフが真っ白に燃え尽き、巧によって回復薬(ポーション)を無理やり飲まされた頃、ようやく二人にストップがかかる。

 

「はい、やめっ!」

 

 その声にピタッ、とアイズは動きを止める。レフィーヤは疲れからか、その場に座り込んでしまう。そんな彼女に後ろの二人同様に回復薬(ポーション)を渡す。

 

「なんとなーくだけど、わかった気がする」

「そ、そうですか……」

「やりたいのは『並行詠唱』でいいんだよね?」

「はい……」

 

 回復薬(ポーション)を飲み干したレフィーヤが弱々しく頷く。

 

「まず、傾向として防御の時に失敗しやすいね」

「防御、ですか?」

「うん。でも逆に不思議でしょうがないよ。なんでわざわざ慣れてないことをしようとするのかがね。今の君は『攻撃』や『防御』っていう余計なことをしてるから失敗しているんだよ」

「つまり……?」

「『攻撃』と『防御』はしない方が良い。てか、深層域のモンスターに、高々Lv.3程度の攻撃が通用すると思ってんの?しかも魔力特化型の魔導士の物理攻撃が。防御も一発でも受ければそれだけで戦闘不能になる可能性が高いんだから、当たらないことを意識しなさいや。魔法による攻撃のために動いてるのに、わざわざ余計な動作(アクション)をして失敗してどうすんの」

「……」

 

 巧の容赦のない言葉がレフィーヤに突き刺さる。それによって彼女の表情と雰囲気が暗くなる。

 

「でも、杖術を扱えるのは重畳だったかな。攻撃の受け流しぐらいは教えられそう」

「え……?」

「次は詠唱せずに回避だけの練習。身体捌き、移動、杖術での受け流しだけで組手やってみてよ。詠唱は余裕ができてから練習。まずは目や身体を慣れさせないとねー」

 

 じゃあそれを意識して続けててー、と言い残して巧はベルとヴェルフの下へと戻っていく。二人は土気色の顔色をしながら、歩み寄ってくる巧からどうにか遠ざかろうと、ずるずる、ずるずると身体を引きずって距離を取ろうとするも、やはり這いずりでは徒歩には敵わない。

 

「こら、逃げない。別にさっきみたいに俺との組手をやるわけじゃないから」

「「……………」」

 

 巧の言葉を聞いて二人の顔に生気が戻っていき、土気色から血色のいいものへと移り変わっていく。表情も花が咲いたかのような歓喜のものへと変化する。

 それを見て巧は少しだけ肩を落とす。

 

「……そんなに喜ばれるとちょっとへこむなぁ……」

 

 その後、巧はベルとヴェルフ、アイズとレフィーヤの組手を見守りながら、随時アドバイスを与え続けた。

 




 今日の巧メモ
・人として:最近、残高が気になる。
・武人として:魔法に関しては分からん!
・研究者として:(ポーション)漬けになり始めて危機感を覚え始めた。


 クレジット無し!


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第四〇話

 鍛錬三日目の午後。

 ベルは既にリリルカと共に冒険者依頼(クエスト)達成のためにダンジョンへと潜っている。ヴェルフも既に帰っている。

 巧もアイズとレフィーヤを連れてある場所に来ていた。

 

「―――というわけで、レフィーヤさんを指導してくださる特別講師、【ディオニュソス・ファミリア】団長のフィルヴィス・シャリアさんでーす。はい、拍手!」

 

 パチパチパチ、と巧が手を鳴らす。アイズも控えめであるが手を鳴らしている。しかし、レフィーヤとフィルヴィスだけは状況が呑み込めずに唖然としている。

 ここは北のメインストリートにあるオープンカフェ。そこのテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 レフィーヤは暫くしてようやく冷静になって、一体この状況は何なのかを巧に尋ねることができた。

 

「いやー、これ以上教えられることも無いし、やっぱり『並行詠唱』は本職に聞いた方が良いかなーって。ということで、面識があって同じエルフ、そのうえLv.3である彼女を拉致、じゃなくて、誘拐してきましたー」

「言い直せてないですよ!?」

 

 巧の説明を聞いて突っ込みを入れずにはいられなかったのか、レフィーヤは椅子から立ち上がる勢いで叫ぶ。

 彼はそれをものともせずにケーキを頬張る。

 

「以前から神ディオニュソスの方には伝えてあるから大丈夫ー。彼女の方も暇そうだったし」

「いや、確かに時間はあったが……」

 

 フィルヴィスの方も何とも言えない表情でお茶を飲んでいる。

 彼女は【ディオニュソス・ファミリア】で神ディオニュソスと談笑しているところを、横の()から乱入してきた巧が掻っ攫ったのだ。

 その結果が今に至る。

 

「というわけで、レフィーヤさんをお預けしまーす。『並行詠唱』の指導をよろしくー」

「……まぁ、構わないが……ディオニュソス様も先日の件で他の者に話を聞きたいと言っていたからな」

 

 そんな彼女の言葉を聞いた巧は、全員分の代金を置いて店を後にする。アイズも二人に対して軽く会釈をしてから、巧を追ってその場を去っていく。

 その二人を見送って、残されたレフィーヤとフィルヴィスの二人は紅茶とケーキを楽しんでから店を出て、神ディオニュソスの下に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤとフィルヴィスの二人と別れ、市壁の上へと再び戻ってきた二人は、剣を構えて対峙する。

 

「先手はどうぞ?」

「……」

 

 そういって微笑を浮かべる巧に、アイズは剣の柄を握る力を少し強めると、地を蹴って急激に距離を詰めていく。巧は彼女の動作から目を離さず、一挙手一投足を逃さず観察する。

 巧に接近したアイズは下に構えていた剣を振り上げる。そのことを予想していた巧は既に軌道上に置いていた剣で受け止めようとするが、突然剣の軌道が曲がり、彼の剣を避けるようにして巧の身体へと差し迫る。彼女がしたことに驚きながらも、巧は上体を反らし、そのまま後ろへと転回して距離を取る。

 

「……怖っ。こんな短期間でそんな芸当を覚えるか、普通?」

「……君に、勝ちたいから」

「いや、そもそも魔法ありにしたら俺に勝ち目はないんだが……」

 

 巧は冷や汗を流しながら、アイズの成長ぶりに慄きながらも、彼の口は弧を描いていた。

 そして、今度は巧の方から近づいていく。地面すれすれまで体勢を低くし、顔までも地面に擦りそうになりながら突撃する。足首を狙って剣を横振りで振り切ろうとする巧の攻撃に、アイズは後ろへ跳んで躱すが、巧も詰め寄って追撃を行う。巧の超低姿勢からの連撃の対処に、アイズは悪戦苦闘しながらもどうにか凌いでいくが、少しずつ余裕がなくなっていく。

 そこから均衡が崩れるのは遅くなかった。

 

「……そろそろ危ないだけど、まだ、今日のところは負けるつもりはないかなぁー」

「……むぅ」

 

 胴に剣を当てながら、巧が勝ち誇ったように宣言する。それを聞いてアイズは悔しそうに唸って、剣を下ろす。

 

「少し休憩したら、再開するとしよう」

「……うん、わかった」

 

 

 その後も市壁の上で二人による剣戟の音が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、街灯の明かりが道を照らす頃に、巧はアイズとの模擬戦を終え、本拠へと戻ってきた。

 

「ただいまー」

「おかえり、タクミ君!」

 

 本拠にいたヘスティアが言葉に返す。既にベルとリリルカも帰っており、夕食の準備を進めていた。

 

「二人とも、おつかれー。冒険者依頼(クエスト)はどうだったー?」

「あ、はい。無事に終わりました、けど……」

 

 ベルの歯切れの悪い返事を聞いた巧は、首を傾げながら問いかける。

 

「どうかした?」

「えっと……その……」

「ベル様。言い難いでしたらリリから話しますが?」

「……うん。お願い」

 

 ベルはどう伝えたらいいのか分からず、最終的にリリルカに任せることにした。

 

「ナァーザさんに依頼のものを届けて達成報告をしたのですが、その報酬に渡された回復薬(ポーション)の中に薄めたものが入っていたのです」

「……」

 

 リリルカの話を聞いて、額に手を押し当てて、頭痛を誤魔化そうとする。

 

「アイツ……まだそんな阿漕なことしてんのか……。こんなことなら俺が受け渡しに行くべきだったな。悪い、俺が浅慮だった」

「い、いえ!タクミさんのせいじゃ―――」

「待ってください。まだ?まだって言いましたか?」

「言った」

 

 リリルカの疑問を巧は素直に肯定する。それに三人はまさに三者三様な反応を示す。

 ベルは愕然と驚き、リリルカは予想していたのか溜息を吐いて呆れ、ヘスティアは怒りを顕わにしていた。

 

「タクミ君は、知っていたのに何も言わなかったのかい?」

「無論、その事は咎めたとも。それでもバレると分かっていて俺に売りつけるんだから図太いよなぁ……。まぁ、結局不良在庫として買い取ったし……金額も増して払って、良いカモしてたと思うんだけどなぁ……俺以外にしないように釘刺しときゃよかったかぁ……」

 

 あぁー、マズったなぁ。と、巧は零れるように呟く。

 彼の言葉を聞いた三人は口を開けて、呆然とする。

 

「えっ!?まさか僕に『青の薬舗』に買い出しに行かせなかったのって!?」

「ベルなら絶対不良品摑まされて来るもん」

「というか料金増やして払ってたってどういうことだい!?ボクはそんなこと聞いてないぞ!?」

「言ってないからね」

「……今回の冒険者依頼(クエスト)は彼女の所行をミアハ様に気づかせる―――」

「それについてはノー。君らに冒険者依頼(クエスト)の経験を積んでもらうため。それ以外に他意はないよ。俺としても報酬としてそんなもんを渡してくるとは思ってなかったからね。深読みし過ぎー」

 

 今回の件については、本当に巧はベル達に冒険者依頼(クエスト)を経験させる以外には、何も考えていなかった。

 

「それで?結局そのあとはどうなったの?話から察するにヘスティア様とミアハ様にも知れ渡ったみたいだけどさ」

「えっと、その、ディアンケヒト様がミアハ様を訪ねてきまして……」

「おっけ。理解した。そこは飛ばして。というか結論を言って」

「……新しい冒険者依頼(クエスト)を受注しました」

 

 そういって、ベルは一枚の羊皮紙を差し出してくる。そこにはこう書かれていた

 

 

冒険者依頼(クエスト)

 ・依頼人(クライアント):【ミアハ・ファミリア】

 ・報酬:新薬の完成品。

 ・内容:モンスターの『卵』の採取。

 ・備考:『一緒に頑張ろう。よろしく(タクミ・カトウを除く)』

 

 

「破り捨てていい?」

「「ダメですッ!!」」

「ちょっとだけ!ちょっとだけだからっ!」

「「絶対ダメッ!!」」

 

 備考部分に書かれていることを見て、巧は反射的に手に力が入り羊皮紙の上部を両手で持つ。

 それを見たベルとリリルカが彼に飛びついて、どうにか羊皮紙の奪還に成功する。その奪い取った羊皮紙を見ると、若干切れ目が入っており、本気で破る気だったのが窺えた。

 

「それで、俺は行かなくてもいいの?」

「えっと、できれば、ついてきてほしいかなぁ、なんて……」

「……………………………………………………」

「……ベル様。タクミ様が形容しがたい表情になっていますが……。本気で嫌がってますよ、あれ」

 

 人とはそんな表情ができるのか、と見た者に思わせるような壮絶な表情を巧は浮かべていた。そんな彼の表情を見た三名は、つい顔を引きつらせたように痙攣してしまう。

 

「……ナァーザ君と仲が悪いのかい?」

「生理的に無理。相性が悪い」

 

 ヘスティア様の言葉に巧は即座に断言する。

 それを聞いて、またしても顔を引きつらせる一同だった。

 




 今日の巧メモ
・人として:犬は好き。でもナァーザは駄目。
・武人として:魔法なんぞお門違いすぎて知るか。
・研究者として:モンスターの『卵』、ねぇ?

2018/11/28 19:27改稿

 ごめんなさい。奥義名出してないから忘れてましたけど使ってました。
 以下にクレジットです

「量子歩法」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j


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第四一話

注:そこそこ長いです(8000文字弱)


 ナァーザから新しい冒険者依頼(クエスト)を受注した翌日。

 アイズとの訓練四日目。

 既に彼女との訓練を切り上げた巧は、ベル達と共に手続きを終えて都市外へと出ていた。

 一同は馬車へと乗って目的地へと移動しているのだが、巧が不機嫌な気配を周囲へと撒き散らしていた。そんな彼にベルは勇敢にも話しかける。

 

「えっと、タクミさん……大丈夫ですか……?」

「あ゛?」

「ひぃっ!?なんでもないですッ!!」

 

 今まで聞いたこともないようなドスの利いた声で返答されたベルは、即座に巧から距離を取って縮こまる。

 ナァーザと一緒にいるだけでも不機嫌になるというのに、協力するとなれば瞬時に限界を突破し、苛立ちが最高潮を超えるのは自明の理であろう。

 

(ど、ど、どうするんですか、アレ!?)

(ボクらに聞くんじゃないよ!なんにせよ無理に連れてきたのは君だろう!?)

(そうですよ!タクミ様の対応はベル様にお任せします!)

 

 ベルがヘスティアとリリルカの二人に相談しようとするも、今の巧の様子を見た二人は関わり合いになりたくないのか、彼の話を一蹴する。

 

「「…………………………」」

「「「ひぃっ!?」」」

 

 彼らが巧とナァーザの方を向くと、両者は睨み合い、巧の後ろには悪鬼羅刹の、ナァーザの後ろには巨躯の狼の幻が見て取れた。その光景を見てそれぞれ身体を震わせて、身体を抱きしめ合う。馬車という閉所空間のため、逃げ場がないので、互いに恐怖を和らげようとしているのだろう。

 

「貴方は、来なくてもよかったのに。むしろ、来ないでほしかった……」

「ハッ。こっちだってお前の面を拝むのは『青の薬舗』だけで十分。大体、依頼を大した数受けたこともねぇ奴に、何のモンスターかも明記されてないモノに『はい、行ってらっしゃい』なんて言って送り出せると思ってんの?」

「外のモンスターは、ダンジョンにいるのよりも弱い。心配し過ぎ……」

「ンなこたぁ重々承知だが、生憎ベルはお世辞にも経験豊富とは言えねえ。外のモンスターがどういったものなのかもな。知っていても精々がゴブリンぐらいだ」

「私がいる……」

「ハッ。冗談だろ?Lv.2の【ステイタス】を侮っちゃいねぇが、気に食わないとはいえ、依頼者の手を煩わせるほど腐っちゃいねぇよ。そもそもお前が真面目に商売してりゃ、こんなことにはなってねえ」

「騙される方が悪い……」

「ものの見事にその不良品を見破った奴が俺を含めて二人いるが?騙せる奴すら目利きできねえなら最初からやんなや」

「それ以前に客がほとんど来ないから、来る人全員にやった方が効率いい……」

「それで糾弾されるなり脅されるなりしたら意味ないだろうが。そうなったらミアハ様にも被害が行くんだぞ。周りのこともしっかり考えて行動しろ、このダボが。俺がお前のところでカモられてやったのは、借金嫌い故のただの恩情だ。少しでも足しにしてやろうと不良在庫を引き取ってやっていたんだ。それすら理解できずに踏みにじられてよぉ……。こっちは(はらわた)が煮えくり返る思いだ」

「………………」

「………………ふん」

 

 巧にそこまで言われてようやくナァーザは押し黙り、俯いてしまう。巧もそこまで言って満足したのか口を閉じる。

 

「タ、タクミ君……御者の人もいるんだからそう言った話は……」

「金を握らせているから問題ない。それにナァーザは犯罪者予備軍であって犯罪者ではない」

「いや、現にベル君は騙されかけてるじゃないか……」

「そういう意味では加害者と被害者ということになるな。それでも未遂の範囲だ。対して犯罪者というのは社会にその人物の罪が知れ渡ることで、初めてその烙印が押される。だが、コイツがやったことを知っているのは此処にいる俺達だけだ。ならば、犯罪者ではない。それにもし、御者が口を滑らすことが心配であるなら、あとで記憶を消しておこう」

「そこまではしなくていいよ!?」

 

 巧の言葉に御者台で手綱を握り、馬を操っている御者の人は一瞬、身体をビクリと跳ねさせるも、顔は此方に向けずに前だけを向いていた。おそらく巧の方を向いたらマズいと思ったのだろう。

 ヘスティアの突っ込みで、ようやくピリピリとしていた空気も鳴りを潜め、一同を静寂が包む。

 そんな沈黙に耐えられなかったのか、ベルがナァーザに尋ねる。

 

「そ、そういえば行き先を聞いてなかったんですけど、どこに向かってるんですか?」

「……うむ。そうであったな。私達が目指しているのはセオロの密林だ。長丁場と言うほどではないが、もうしばらくはかかる」

 

 ミアハがそう答えると、ベルから視線を外して巧へと移し、声をかける。

 

「タクミは何故、そこまでナァーザを嫌うのだ?やはり騙していたからか?」

「そういうわけじゃない。別に俺は犯罪に対して忌避感は持っていない。しなければ生きていけない者もいるからな。コイツに関しても、どうせならもっとうまくやれとすら思っていた。だけどコイツは、周囲のことをあまり考えていなかった。主神への被害も、迷惑も、感情さえも気にしていない様子が気に食わなかった。それに腕が良いのにわざわざ商品を薄めるせこい真似をするのも気に食わない。結論としては全体的に気に食わない。生理的にコイツを受け付けていない」

「そ、そうか……」

 

 巧が述べた理由にミアハは口角を引きつらせながらも頷き、それ以上追及することはしなかった。

 

「腕が良い、というのは『調合』のアビリティを持っているということですか?」

「その通りだ。コイツはこんなでもLv.2だ。それに新薬の開発も行えるのだから能力はある。真面目にやれば簡単に稼げるはずなんだがな。そういうところも気に食わない」

 

 巧は顔を顰めて嫌そうな表情を浮かべる。

 

「私は、モンスターとは戦えない……」

「そんなことは既に調べがついている。その義手を付けることになった件だろう?モンスターを前にしたら震えが止まらなくなる、だったか?一種のトラウマだな。自分で戦えないのならば依頼を出せばよかっただろう。それこそ、今回のようにな」

 

 そんなことを言い訳にするな、と巧はバッサリと切り捨てる。ナァーザはそれを聞いて手を強く握り、唇を噛み、顔を俯かせる。

 

「……何があったんですか?」

「それは俺が話すべきことではない。知りたいのなら本人に聞け」

 

 ベルの問いに巧はそう告げて、再び閉口する。その様子を見たベルはナァーザへと視線を移して、目で尋ねる。それに気づいた彼女は小さく頷いて、事の顛末を話し始める。

 冒険者時代にモンスターに丸焼きにされ、四肢を食い荒らされたこと。

 食い荒らされた四肢の内、骨も残さず食された右腕は駄目だったこと。

 そして、どのモンスターでも前にすると、震えが止まらなくなること。

 

「ベルも、冒険者をやってるなら気をつけて……。失う時は、一瞬だから」

「……はい」

 

 ベルは巧からも口酸っぱく最大限に注意を払えと日常的に言われているが、ナァーザの実体験を聞き、改めてダンジョンがどういう場所なのかを再認識した。

 

「それにしてもその義手、本当によくできてるよなぁ。動かすのに支障とかはないのかい?」

「はい、自由に動かせます……」

「【ディアンケヒト・ファミリア】の主神ディアンケヒトは守銭奴ではあるが、誠実な商売をしているからな。それにミアハ様をライバル視しているようだからな。相手にする分には面倒な奴だろうがな」

「むっ?そうなのか?」

「……ミアハ様よ。他者の機微に敏感になれとは言うまい。決して言うまい。言って治るようなら既に治っているだろうからな。だが少しぐらい、それこそ身近な者には敏くなってはどうだ?貴方様がそんなんだから眷属が苦労するんだぞ?」

「む、むぅ……これからは気を付けるとしよう……」

「……近すぎるせいで気づけないのか、それともその日常が当たり前だからなのか……。ナァーザ。お前も少し、主神にはっきりと物申したらどうなんだ?文句にしろ、甘えるにしろ、言葉にしなければこの朴念仁には伝わらんぞ。苦労さえもな」

「……貴方に言われずとも、分かってる……」

「なら実行しろ。お前達は身近にいるのにすれ違い過ぎだ。そのせいでこちらが迷惑するのは今回だけで十分だ」

「「………………」」

 

 ミアハは、それだから今回の不祥事にも気づけなかったんだぞ、と言われているように感じた。

 対してナァーザは、巧に自身の恋慕がバレていることに感付き、表情を歪めていた。

 

「たしかに、ミアハ様は神様なのか、疑いたくなるほど鈍感……」

「わかります。女性として見て欲しいのですが、(こぶん)扱いされてる節がありますから」

「タクミ君は察しが良いから、ボクはそう言った思いをしたことはないかなぁ……。察しが良すぎるのもどうかと思うけどね」

「「「……」」」

 

 女性だけでひそひそと繰り広げられる内緒話にベルとミアハは顔を見合わせる。巧だけは会話が聞こえているが、聞こえないふりをしておいた方が面倒がないと考えたのか沈黙を決め込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が上空に昇りだす頃、一同は目的地へと到着した。

 オラリオから真っ直ぐ東に進んだ先に連なるアルブ山脈、その麓に広がる大森林『セオロの密林』。

 樹高が高く、幹も太い樹木が森を構成しており、野花や苔を始めとした植物の隆盛も顕著な場所だ。

 巧達は馬車から降りて、各々がそれぞれの荷物を背負う。

 雇った御者には森から離れた場所で待機しているように言いつけ、密林へと足を踏み入れた。

 

「モンスターの『卵』を、取りにいくんですよね?」

「そう、ドロップアイテムとは違う、モンスターの『卵』……」

 

 今回の冒険者依頼は、この密林でのモンスターの『卵』を入手すること。それを材料にして新薬を製作し、その完成品を報酬として受け取る。

 いま世界中にいるモンスターの起源は『ダンジョン』へと帰結する。地上にいるものは遥か古代に地上へと進出し、繁栄したモンスターの末裔たちだ。

 ただダンジョンから直接生み出されたわけではないので、魔石は大分小さくなり、同種のモンスターでもダンジョン産と比べて全然弱い。

 

「……ベル、止まって」

 

 ベルを先頭に隊列を組みながら進んでいると、ナァーザが呼び止める。

 彼女の視線の先には開けた窪地。

 すぐに彼女は指示を飛ばし始めた。まずヘスティアとミアハにこの場に残るように伝え、ベルとリリルカには神達の護衛を任せる。

 

「で、俺ってわけか」

「……ついてきたからには、働いてもらう」

「……上等。バックパックだけ寄越せ。剣はいらん」

 

 巧はナァーザからバックパックを受け取り、窪地の手前まで迷いなく進んでいく。そして密閉されていたバックパックの口を開く。そこから立ち上がる刺激臭。

 その間に巧は開いた左手に握った右手を合わせて、45度きっかりの礼をする。それを5秒間維持すると、顔を上げて、前方を鋭く睨む。

 

「かかってこいよ、図体だけの爬虫類ども。ただ、俺の腹の虫の居所はすこぶる悪い。覚悟しておけ」

 

 血肉(トラップアイテム)の臭いに釣られて向かってくる恐竜を彷彿させるモンスター、『ブラッドサウルス』。

 巧はそれを数体ほど引き連れて窪地から離れる。卵の採取をしやすいようにできるだけナァーザたちがいる場所とは違う方向へと走る。

 

「あ、あれって……?」

「ブ、ブラッドサウルスです……。30階層から出現する凶悪なモンスターですっ……!タクミ様なら大丈夫だとは思いますが、まさかこんなのが相手だったなんて……」

 

 五Mはある紅色の肉食恐竜(モンスター)を引き連れながらも、余裕綽々といった様子で軽い身のこなしで付かず離れずの距離を保っている。

 その様子を見てナァーザはベル達の方に向くと小声で告げる。

 

「今の内に窪地へ。アイツがモンスターを誘い出してる今が好機(チャンス)

 

 ベル達を引き連れて窪地へと移動する。

 木々の生えていない空間には至るところに数十からなる『卵』の一塊があり、まさにモンスターの巣であることが知れた。

 

「これ、結局タクミ様が居なければ難しかったのでは……」

「ううん。ベルでも、大丈夫だった……。地上のモンスターは迷宮のモンスターと比べて、格段に能力が低い。繁殖の際に、自身の『魔石』を削って子に分け与えてきたから、ほとんど残ってない。だから、地上のブラッドサウルスは、ダンジョンの『オーク』より少し強いくらいかな……」

 

 そう言いつつ、ナァーザは巧の方へと目を向ける。瞬間、彼がいる方向から濃密な殺気を感じ取る。それにより、背に備えていた長弓(ロングボウ)を素早く取りだして構える。同様にベルも殺気に反応して短刀を抜き放ち、ヘスティア達の前へと出て、守るように立つ。

 少しすると、次第に殺気は治まったが、ベルとナァーザは警戒を解かずに、その方向を見つめ続ける。

 地を揺らす足音が鳴り響き、次第にベル達の方へと近づいてくる。そして、

 

「―――終わったか?」

「へっ?」

 

 近付いてきた三体のブラッドサウルスの内、先頭にいた個体の頭に座っていた巧が、一同に声をかける。

 

「だから、『卵』の回収は終わったのかって聞いてるんだ」

「えっと……」

 

 問われたベルは、後ろにいるヘスティア達へと顔を向ける。そこにはぱんぱんに膨れ上がったバックパックを背負うリリルカとヘスティアの姿があった。念のため、ナァーザにも視線を向けて、もう十分かを視線で問う。彼女はモンスターを前にしているせいで震えていながらも、なんとか小さく頷くことができた。

 

「は、はい。大丈夫そうです……」

「ならさっさと撤収しよう」

「……あの、そのブラッドサウルス達はどうしたんですか?」

「ん?ああ、少し殺気で脅したら腹を見せて怯えたような声を出してな。服従の仕草のようだったから殺すのも忍びなく、とりあえずここにいる間だけでも従えさせてみた」

 

 そう説明した巧はブラッドサウルスの頭から降りると、ブラッドサウルス達に「もう行っていいぞ」と告げて解放する。三体のモンスターは素直に従い、巣へと向かっていった。

 巧の説明で先ほどの殺気が放たれた理由が分かり、ベルは溜め息を一つ吐いて短刀を鞘に収納する。

 

「あの殺気はそういうことですか……」

「そうだ。……ああ、怖がらせたのなら済まない。多少ムカついていたのでな。まぁ、ただの憂さ晴らしと八つ当たりだ」

「「「「「…………………」」」」」

 

 何故か一同はブラッドサウルス達に対して申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオに帰還した巧はベル達とは別れて、すぐに【ヘスティア・ファミリア】のホームへと向かっていた。そのままついていけば、色々と手伝わされると直感したからだ。

 大通りに面していない入り組んだ路地を進みながら、ゆったりとして歩調で足を進める。

 

「―――なんの用かな?」

 

 突然足を止めて、周囲に誰もいない空間で巧は声をかける。

 

「いるのは分かってるんだから、さっさと出てきてくれない?面倒事は嫌いなんだ。ましてや第一級冒険者に付き纏わられるなんてのはね。身の周りでちょろちょろされても鬱陶しいだけなんだよ」

「……チッ」

 

 舌打ちと共に姿を現したのは黒と灰色の毛並みを持つ小柄な猫人の男。その手には何も持っておらず、交戦の意思はないように思える。

 

「……あの方が、お前のところの白髪の少年の成長を気にしている」

「なるほど。貴様は『戦車』か。『あの方』というのも予想できた。それならば、こちらの返答は一つだ」

 

 巧は『戦車』と呼んだ男に何の感情も見えない冷めた目を向ける。

 

「……ッ」

 

 その目を見た男は一瞬、目に感情を浮かべるが、すぐに平静を取り戻す。

 それをつまらなさそうに一瞥すると、巧は口を開く。

 

「勝手にしろ。こちらも勝手にやる。俺はあいつが成長するのであれば、お前らさえも利用する。だが、あいつを殺すような事態を引き起こすのであれば全力で邪魔をする。お前の主にはそう伝えろ」

「……」

 

 巧の返答を聞いた男はすぐにその場を離れていった。巧も男が離れるのとほぼ同時に、再びホームへと足を動かし始めた。

 

(接触してくるとは思っていなかったな。()の神は俺の予想以上に面倒な性格のようだな……。以前よりも警戒しなければいけないか。それにオッタルがダンジョンに潜っているようだし、近いうちに何かしてくるのは確実か……)

 

 近い未来のことを考えて、溜め息を吐いてしまいそうになるのを抑える。これ以上幸せが逃げていくのは嫌だからだ。巧は別に迷信を信じているわけではないが、気分が沈まないように、そういったことにでも縋りたいだけだ。

 そして、その後は何もなくホームに帰還すると、まだベル達は帰ってきておらず中には誰もいなかった。食事の準備を済ませ、その後はしばらく買っておいた本を読み漁っていると、ベル達がくたびれた様子で扉を開けて中へと入ってきた。

 

「あぁー!?やっぱり帰ってきてたな、タクミ君ッ!」

「当たり前ー。依頼を受けたのは俺じゃないからねー。新薬開発の雑用まで請け負うなんてしないよ」

「それが分かってて逃げたんじゃないのかい!?」

「さぁーて、どうだろうねー♪」

 

 問い詰めてくるヘスティアに、巧はくすくす笑いながら答える。

 そんな彼の様子を見て、一瞬で事を理解したヘスティアは巧へと飛びかかる。

 

「よくも逃げたなぁー!?ボク達がどれだけ大変だったと思ってるんだぁっ!!」

「あはは、ごめんって♪俺も手伝っても良かったけど、やっぱりアイツのためにこれ以上手を貸したくないと思ってねー♪」

 

 ヘスティアに捕まらないように無駄に洗練された技術を発揮させて、まるで踊ってるかのように逃げる。ヘスティアはそれを向きになって必死に追い続ける。その攻防はヘスティアの息が切れるまで続けられた。そして息を切らしてる彼女を後ろから抱きしめて、お疲れ様、と言って頭を軽く撫でて労う。

 それで少しだけ機嫌を良くしたヘスティアは、巧から離れて食卓へと向かう。そこには巧が用意していた食事が並べられていた。

 それを見送った巧はベルに視線を戻す。

 

「それで報酬はもらえた?」

「は、はい。二属性回復薬(デュアル・ポーション)、だそうです」

「やっぱりやればできるんだから、あんな(こす)い商売しないで真面目にやればよかったのに」

 

 巧がそんなことを言う。それを聞いたベルが言いづらそうにしながらも、彼に尋ねる。

 

「タクミさんは、ナァーザさんのこと嫌い、なんですよね?」

「昨日も言ったけど、嫌いだよ」

 

 ベルの問いに巧はあっさり、そしてばっさりと答える。しかし巧は、でも、と言葉を続ける。

 

「ナァーザの力を認めていないわけじゃない」

「……そうなんですね」

「これからはもう不良品なんて売らないだろうから、ベルも普通に買い物しに行っていいよ」

「わかりました」

「でも、ベルだけじゃ不安だから、リリルカちゃんは付き添いをお願いね?」

「勿論です」

「それじゃあとりあえず、冒険者依頼(クエスト)お疲れ様。今回のことで受けるときは慎重にならなきゃダメだってわかったでしょ?」

「……ええ、まぁ」

 

 自分だったらブラッドサウルスを相手にしていたらどうしていただろう。

 ベルはふと、そんなことを考えてしまう。

 きっと無様に逃げまどっていたかもしれない。今回の場合はその行動が正しかったのかもしれない。ナァーザも大型級を相手にするようの大剣を持って来ていた。それを借りれば多少は相手にできるかもしれない。ナァーザからの援護も受けられれば討伐はできたかもしれない。ただ、平静を取り戻すのにどれだけの時間が必要だろうか。

 ベルは考え込んでしまう。しかし、そんなベルの思考を遮るように巧が声を上げる。

 

「あー、どうせならベルに大型モンスターの相手をやらせればよかったかな?」

「……えっ?」

「経験はほぼないでしょ?」

「……………」

 

 ベルは返事をしなかった。この問いに返事をしたら不味いと考えたからだ。はい、と答えたら何をやらされるか分かったものではない。その事はベルの経験が物語っていた。

 ベルのそんな思考はお構いなしに巧は話を続ける。

 

「多分あってもオークくらいかな?五Mぐらいの相手はしたことないでしょ?」

「あ、と……ええと……」

 

 しどろもどろになってベルは上手く言葉を返せない。その様子に巧は薄く微笑む。

 

「冗談だよ」

「で、ですよね!もう、怖がらせないでくださいよ!」

「でも最近はヴェルフの相手ばかりしてるから、久しぶりに俺とやろうか」

「…………………………」

「それに大型モンスターを相手にするときは大剣を使うだろうから、今の内に基本ぐらいはレクチャーしといてあげる」

 

 その日、ベルの『耐久』の熟練度の伸びが凄まじいことになったとだけ記しておく。

 




 今日の巧メモ
・人として:どこでも手続きって長いのね。
・武人として:遠足前日の子供のようなテンションになりつつある。
・研究者として:……一個ぐらい研究用に確保しておくべきだったか?

以下、クレジット。

「解放礼儀」は”aisurakuto”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第四二話

 鍛錬五日目。

 昨日と同じように市壁の上に巧とベル、ヴェルフ、アイズが集まる。レフィーヤは午前中はフィルヴィスとの訓練に打ち込むようで、この訓練には来ていない。

 そんな中、ヴェルフがベルの方を見て驚いたような表情を浮かべながら尋ねる。

 

「……。ベルは一体何があったんだ?」

「あ、あはは……」

 

 訓練が始まる前からすでに身体中が生傷だらけの彼を見て、ヴェルフが呟く。問われたベルも特に答えることはせず、愛想笑いで誤魔化す。

 

「最近ちょっと訓練を甘くしてたから軽く扱いただけだよ」

「そ、そうか……」

 

 これが()()か……?と、ヴェルフは内心思ったが、口に出したらこちらに飛び火するかもしれないと考えて、その疑問を飲み込んだ。

 巧の方に視線を向けないようにしながら、ヴェルフはベルを引き連れて自分達の訓練を始めた。

 巧はそれを一瞥すると、アイズに視線を移した。

 

「さて、やろうか」

「今日こそは、勝つ」

「冗談に聞こえなくなっているのが恐ろしいな」

 

 互いに剣を抜いて、同時に駆けだす。

 斬って、斬って、斬って、斬り合う。

 巧は拳や蹴りを繰り出そうにも、その暇がないほどの猛攻を防ぐので精一杯だった。

最初とは全く違う、無駄のない最小限の動きだけで剣を振るい、次の攻撃へと流れるように繋げていく。

 この短期間で対人戦に最適な戦い方を彼から盗み取ったということだろう。

 その才能に戦慄し、僅かな冷や汗を流しながら、隙間を見つけ出そうとする。が、見つからない。それほどまでに洗練されていた。

 

 ―――この短期間で戦い過ぎたか。

 

 巧は少しだけ、後悔していた。現時点で完全な味方でなく、いつ敵になるかも分からない相手に技術を教えすぎたことを。

 だが、この数日で彼女が成長したことを喜んでいた。

 彼の口が、自然と弧を描いて歪んでいく。

 

 ―――ああ、愉しい。

 

 本音を言うと、『財団神拳』を使って、『魔法』を使わせて、全力で死合たい。互いの死力を尽くしたい。

 しかし、それが叶わないからこそ、こうして抑えて、師事という形で我慢している。

 この時間もあと数日で終わりを迎える。

 それが少し、物寂しい。

 だからこそ、全力で愉しむ。

 感情が昂ぶり、巧の剣が激しさを増す。今まで防戦一方だったのが不思議なほど、攻めへと転じた。アイズも彼に応えるように迎え撃つ。

 そして―――

 

「……」

「……ハァ。俺の負けか」

 

 巧の手に剣はなく、いや、正しくは剣の柄だけが残っていた。剣身は砕け、小さな金属片となって地面へと散乱していた。残った柄を握って振り切った状態の彼の喉元には、アイズの《デスペレート》が鋭く突きつけられていた。

 巧は興奮して少し剣を乱暴に扱ってしまった。それが、この結果を導いてしまった。

 

「……」

「おめでとう。ようやく俺に勝てたな」

「……武器が同じなら、結果は分からなかった」

「だが、負けは負け。勝ちは勝ちだ。本当の殺し合いなら負けた瞬間に命などない」

「……納得いかない」

 

 不満そうな表情を浮かべながらも、剣を鞘に収める。巧は地面に散らばった剣の破片を集めて、小袋へと仕舞いこむ。そして、新しい剣を取りだす。

 

「つまらないかもしれないが、もう一度()るか?」

「……」

 

 巧の問いに、アイズは無言で剣を抜いて構えた。そんな彼女の様子に困った風に眉尻を下げる巧だが、内心は楽しみで仕方なかった。

 そして、もう一度。両者は同時に駆けだした。

 

 

 

 その日、午前中は市壁の上で剣戟の音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 日が真上付近にまで昇りつめた頃、市壁の上には巧とアイズの姿しかなくなっていた。

 ベルはリリとダンジョン探索に。ヴェルフはいつも通り鍛冶へとそれぞれ向かった。

 今まで只管に剣を交えていた。だが、巧はアイズの剣筋が鈍っていることを理解していた。

 

「―――今日はやめにするか?」

「……?どうして?」

「身体の動きが悪い。見た感じかなり眠そうだ。別に遠慮などせず、拠点に帰って休むべきだと思うが?」

 

 剣を鞘に仕舞った巧が彼女に向けて告げる。

 

「いつもこれほど早く起きることはないのだろう?こちらの都合で無理やり時間を合わせてもらっているんだ。少しぐらい休んでもいいだろう。むしろ休め。自分の体調を理解するのも大切だ。それに、そんな状態で戦うのは此方としても不安だ。いらぬ怪我をさせてしまうかもしれないし、させられるかもしれないからな」

「…………」

 

 確かに、アイズは一日のほとんどを巧との模擬戦に時間を奪われている。それもいつもよりも早い起床時間でだ。その生活が五日も続けば、睡眠負債が溜まること間違いないだろう。

 

「……わかった」

 

 そう呟いて、アイズは地面の上で横になる。

 その行動に呆然と口を開ける巧の姿を最後に、アイズの意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよコイツ」

 

 巧にしては珍しく、間抜けな表情を晒す。言葉もどこか語彙が乏しくなり、言うに欠いて出た言葉がこれだった。

 一男性の前で何と無防備な。他所の【ファミリア】とはいえ、彼女は自分自身の容姿を理解しているのか、心配になってしまう巧だった。

 

「……はぁ。ひとっ走り、軽食でも買ってくるかね」

 

 理解できないことを考えても仕方ないと考え、巧自身も少しだけ混乱した頭を鎮めるために、買い物のために市壁を後にする。

 それでもできるだけ長い時間、一人にしないように早急に買い物を済ませるため、一人急いだ。

 




 今日の巧メモ
・人として:……剣って消耗品だっけ?
・武人として:やっぱり追い抜かれちゃうよねぇ……。
・研究者として:そろそろ試料が尽きそう。補充しなきゃなぁ。


以下クレジット

「財団神拳」は"Kwana"作「SCP-710-JP-J」、及び”sakagami”他作「INTRODUCTION OF 財団神拳」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第四三話

 巧は街で彼女が好きな『ジャガ丸くん小豆クリーム味』を含めたいくつかを買ってくると、再び市壁の上へと戻ってきた。

 店で売り子をしていたヘスティアに色々と聞かれたが、何とか茶を濁してここまで戻ってきた。最近、構ってもらえず機嫌が悪いのだろうと考え、帰りに迎えに来ることを約束してその場を乗り切ったのだ。

 ただ軽食を買いに行くだけのはずだったのに、巧はそれ以上に疲れてしまっていた。

 巧がアイズの下まで戻ってくると、彼女は横になって静かに寝息を立てていた。それを確認した巧は、近くに腰を下ろして買ってきたジャガ丸くんを一つ貪る。

 そして一つを食べ終わる頃、寝ているアイズの表情が少しだけ変化する。呼吸も多少乱れた。よく見ていなければ気づかないほどの、よく聞いていなければ分からないほどの僅かな変化を、巧は理解した。

 それに気づいてしまった彼は面倒そうにしながらも、彼女の傍まで寄ると、その綺麗な金髪に手を伸ばし、そっと撫でる。まるで壊れ物を扱うかのように、母親が自身の子供にするかのように、優しく、ゆっくり、撫で下ろす。

 そのおかげかどうかは分からないが、表情も呼吸も元の穏やかな寝顔へと戻る。

 それを見て、巧は深い息を吐き出した。

 

「なぜこんな子守のようなことまでせにゃならんのだ……」

 

 引き受けたの、マズったかなー?

 もう終わりも近いというのに、今更ながら後悔がにじみ出てきた。

 それから少しして目を覚ましたアイズに、ジャガ丸くん小豆クリーム味を手渡し、互いに食べ終えると訓練を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 ベルはリリとのダンジョン探索を終えて、ホームへの帰路へとついていた。入り組んだ路地に入って、人目につかない道を進んでいく。

 

「ベル様」

「……?どうしたの、リリ?」

「ベル様は以前よりも格段に動きが良くなっていますが、何があったのですか?最近ダンジョンに行く前からボロボロなのが関係しているのでしょうが……」

「あ、あははは……」

 

 ベルは彼女に毎朝行っている鍛錬のことを話す。

 その鍛錬は巧主導で行われており、ダンジョンに行く前の怪我はその際に相手から受けた攻撃のものだということを伝えた。

 

「そ、そうだったんですか」

「うん。以前からタクミさんからは指導を受けていたけど、たまには別の人を相手にするのも新鮮で、どう動けばどういう反応をするのかっていうのが、タクミさん相手じゃわからなかったことがわかって良いよ」

 

 ベルは生き生きとした表情で語る。そんな彼にリリは少しだけ拗ねたような表情を浮かべる。

 

「どうしてリリには教えてくれなかったんですか」

「い、いや、朝も早いし、僕に付き合わせるのは迷惑かなって……」

 

 と、そこまで言ったベルは、不意に洒落たポール式の魔石街灯を見上げた。

 

(……壊されてる?)

 

 精緻な柱に吊るされている魔石灯は、鈍器で打ち壊されたかのように破砕していた。そして、背筋に悪寒を感じた。

 

「―――リリ」

「……?なんでしょう?」

「僕から離れないで」

「えっ……?―――ッ!?」

 

 リリが疑問符を浮かべた直後、二人を囲むように四つの人影が建物の陰から姿を現していた。

 闇に溶かしたような暗色の防具、暗色のインナー、暗色のバイザー。金属のバイザーで目と顔の上半分を覆っていた。

 

(タクミさんはいない。どうする?リリに助けを呼ばせに行かせる?……多分、逃げ切れない。なら―――)

 

 ベルが思考している途中で四人は同時に駆けだしてくる。

 

(―――迎え撃つしかない!)

 

 幸いにも相手の動きは捉えることはでき、自分と大して差がないことが理解できた。

 相手が駆けだしてくるのとほぼ同時に、ベルは《短刀》と《神様のナイフ》を抜き放つ。

 他より速く距離を詰めてきた女性冒険者に狙いを定める。

 

(相手が距離を詰めてくるなら、限界まで引き付けて―――)

 

 間合いに入って攻撃を放つ瞬間、一歩だけ踏み込む。

 

(―――最低限の動きで間合いの内側に入る)

 

 相手は順手持ち。対するベルは逆手持ち。両者のうち、間合いが短いのはベルの方だ。距離が縮まれば、動きやすいのは彼の方だ。

 懐に入ったベルは、《短刀》で相手を斬りつけ、腕を伸ばして力強く押す。それにより女性は後方へと飛ばされていく。

 それを遠のく悲鳴で確認したベルは素早く反転し、リリを自分の方へと引き寄せ、男性冒険者による長剣の突きを躱させる。

 リリの荷物で視界が狭くなっている男性冒険者に右足で足払いをかけ、バランスを崩した長剣使いを蹴り飛ばし、迫ってきていたもう一人の女性冒険者へと衝突させる。

 リリを背後にかばい、遅れてやってきた重装備の男性冒険者を待ち構える。

 

「はあぁッ!」

 

 気合の声と共に振り下ろされた大剣に対し、《神様のナイフ》を放つ。

 

(正面から受け止めたらだめ。狙うなら剣の腹を横から……)

 

 黒刃は紫紺の輝きを描き、ベルの狙い通り敵の剣の腹を真横から捉え、勢いよく打ち払った。

 

「はあぁっ!?」

 

 大剣がナイフで打ち払われたことに、男性冒険者は驚愕が隠せなかった。

 

(回し蹴りは相手から一瞬とはいえ目を離してしまう。使う時は慎重に―――)

 

 右足を軸に回転し、

 

(確実な隙を作ってからッ!)

 

 巧に散々打ち込まれて、身体で覚えさせられた回し蹴りを相手の顔面に叩き込む。

 

「ぐ、ぁっ」

 

 大剣使いは横手に飛び、その手から武器が零れ落ちる。その大剣が地面に落ちる前にベルはその剣を摑む。

 

「リリ、伏せてッ!」

 

 ベルとリリを中心に三角形を作りながら、先ほどの三人が今度は一斉に飛びかかってくる。

 

(大きな重量系武器は腕の力だけで振らず―――)

 

 脚で地を踏みしめながら力を籠め、腰を捻りながら、上半身で振る。

 

(―――全身で扱う)

 

 超重量の大剣を慌てて頭を下げるリリに気を配りながら、全力で振り切る。

 

「「「がっっ――!?」」」

 

 放った大斬撃によって飛びかかった三人の冒険者をこぞって吹き飛ばした。それを見ながら、ベルはすぐに大剣から手を放して、右腕を天に突きだす。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 上空に向けて炎雷を撃ち、その後牽制のつもりで四人の冒険者に数発放つ。そしてすぐにリリの手を取って駆けだす。

 今ので、巧が気づいて助けに来てくれると信じて、必死に走る。

 そして―――

 

「ハァッ、ハァッ―――!」

「はーい、お疲れさーん」

「タ、タクミさん……見てたん、ですかッ……!」

「いや?見慣れた魔法が見えたから。そんなことをしたからにはなんかに巻き込まれたんでしょ?とりあえず急いできたんだけど……違った?」

「い、いえッ……襲われ、ましたッ……」

「あーもう……ほら、まずはゆっくり呼吸して整えなさいな。話はそれから聞くから」

 

 巧が屋根から降ってきて、ベル達の救援に来た。

 二人は息を切らして限界が迫ってきていたところに、巧が追い付き合流を果たしたのだ。

 その後、息を整えたベル達から事の顛末を聞いた。

 

「襲撃ねぇ……」

「こんなこと、あるんですか?」

「大手ファミリアの間じゃ珍しくはないね。第一級冒険者を抱えるところは必ず一回は経験あるんじゃないかな?」

「……どうして僕達みたいな人が狙われたんでしょう?」

「あー、俺のせいかも。ほら、【ソーマ・ファミリア】とかでやらかしているから」

「じゃあ、今回のは……?」

「あくまで可能性だよ。ベルが誰かに目をつけられた可能性も捨てきれないから。こっちで詳しくは調べてみるけど、ベル達は知らない方が賢明かもよ?」

 

 巧はそう言って苦笑する。その声に少し苛立ちを覚えたのか、表情を顰めながらベルは聞き返す。

 

「なんでですか?」

「どの【ファミリア】か判明しても手が出せないかもしれないからだよ。下手に大きな【ファミリア】に目ぇつけられてるって分かったらベルは嬉しい?それなら相手が判明したら教えてもいいよ?」

「いや、怖いです。教えてくれなくて大丈夫です」

 

 巧の問いにベルは顔を青くしながら即答した。

 

「でしょ?ならこっちで調べるだけ調べておいてあげるから、下手に首を突っ込まないように。いいね?」

「「……」」

 

 二人は彼の言葉に素直に頷いて、共にホームへと帰還した。巧が先導し、それに二人が続く。

 そんな中、ベルは何かを感じたのか、バベルを振り仰いでいた。

 

「……この誑しめ」

 

 誰にも聞こえない小さな声で、巧は呟いた。

 

「いやー、それにしても襲撃されても大した怪我無く切り抜けられるなんて、成長したねー!」

「あ、はい。全部タクミさんに教えられた通りに出来たので……」

「ちゃんと自分で改良加えなよー?自分の動きやすいように多少なら平気だからさ」

「いえ、今は基本を大事にしたいので……」

「へぇ?だそうだけど、そこんとこどうなの、リリルカ?」

「……いや、リリに聞かれても分からないですよ……」

 

 他愛無い会話をしながら街灯が照らす通りを三人で歩いて帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬六日目。

 市壁の上にはアイズとベルの二人だけしかいなかった。

 アイズは巧の姿を探すように辺りを見渡すが、彼の姿は見えず、目の前にいるベルに尋ねる。

 

「……?彼は?」

「その、体調が優れないようで、少し後から来るそうです……それまでは僕と戦っていてほしい。教えることは学びにもつながるということ、だそうです……。えっと、僕なんかじゃ相手にならないと思いますけど、よろしくお願いしますっ!」

「……うん。わかった」

 

 アイズは《デスペレート》を鞘に収めたまま、短刀を抜き放ったベルと対峙した。

 無論、結果は目に見えていた。だが、互いに有意義な時間は過ごせたことだけは間違いなかった。

 

 

 

 巧は一人で静かに瞑想していた。

 今日、起きてからというもの頭痛や若干の意識混濁の症状が発生していた。疲れが溜まっているということだけでは説明できないものだった。

 この原因を巧は一人考えていた。

 まず、『犀賀六巳』による認識災害が完全に解けておらず、まだ残留している可能性だ。確かに実力としては奴の方が上かもしれない。それ故にこういった可能性が捨てきれないのも事実だ。

 もう一つは上記の認識災害を解く際に余計なものにまで干渉してしまっていた場合だ。『財団』に所属していたからには様々なものに触れてきた。それこそ記憶処理を受けなければいけないものや、日常生活に大きな影響のない認識災害がそのまま残っているものもある。それに干渉して今の症状を引き起こしているのなら、面倒この上ないだろう。はじめに、何に干渉しているのかを理解しなければならないからだ。それが分からなければ対処にしようがない。

 そして、巧はそこで行き詰っていた。

 

「―――はぁ」

 

 これ以上考えていても、答えは出ない。そもそも上記二つ以外の可能性も残されている以上、原因など分かるわけがない。

 そう結論付けた巧は、幾分かマシになった身体を軽く動かし、剣戟が響く市壁へと向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

「―――随分こっぴどくやられたな」

 

 生傷だらけで地面に倒れ伏し、ピクリとも動かないベルの姿がそこにはあった。

 

「君と()る時みたいに、しちゃったから」

「いや、いいよ。これぐらいボロボロになってくれた方が痛みに耐性もつくだろうし。というか俺もいつもこれぐらいになるまでしてるし」

 

 巧はベルを抱え上げて、巻き込まれないように端へと退()ける。

 

「んじゃ、やるか」

「……大丈夫?」

「ああ、問題ない。起きたときよりは断然マシだ」

 

 巧は自身の体調を心配するアイズに苦笑しつつも、静かに剣を構えた。それを見て彼女も、鞘に収めていた剣を抜き放った。

 もう、巧の技術じゃ彼女に勝つことはできないだろう。

 何年も剣を握って戦ってきた者。

たかが数か月しか剣を握っておらず数年のブランクがある者。

 最初こそ、対人戦の経験の差で巧が優位だったが、やはり剣の扱いは彼女の方が上手(うわて)だ。だからこそ、数日でその差が埋まり、優劣が逆転した。

 以前まではアイズが巧を糧にしていたが、今度は彼が彼女を喰らう。

 でも、彼は本来、剣を持たずして己の肉体のみで戦う。あまり身にはならない。それでも、いや、だからこそ、彼は楽しむ。物足りないと感じながらも、全力で挑む。

 

「もはや俺では敵いそうにないな」

「……()()でやればどうなるか、分からない」

「その時はお前も魔法を使うだろう?なら、その時は俺なんか相手にならないさ」

 

 刃毀れだらけの剣を眼前まで持ってきて、巧はじっとそれを見つめる。

 

「こういう風に剣を乱暴に扱わないと、お前の攻撃を防げないのだからな」

 

 最初はもう少しマシだったか。巧はそんなことを呟く。アイズは彼のそんな様子を見て申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 それを見て、巧は苦笑を返す。

 

「お前が気にすることじゃないと、前に言わなかったか?こちらもそこそこ楽しませてもらっているから問題ない」

「……うん。わかった」

「なら、続けようか」

 

 新しい剣を取りだした巧は、再びアイズと斬り合い始めた。

 両者の口角は、上に吊り上がり、笑みを浮かべていた。

 




 今日の巧メモ
・人として:「誑し」は才能だと考えるけど、この世界じゃ致命的だと思う
・武人として:……久しぶりに素手で殴りたい。
・研究者として:……なんで頭が痛いんでしょうねぇ?

クレジット無し


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第四四話

 鍛錬最終日。

 まだ暗い時間帯から剣戟の音が激しく響き渡っていた。

 剣を持ち、()()()()()をやめた巧がアイズと全力で斬り合っていた。

 ただ、相手を倒すためだけに身体を動かす。娯楽を、二の次にした。

 そこまでして、やっと、彼女と対等に斬り合えている。そこまでしなければ、もはやまともに斬り合えない。

 巧には細かな切り傷が無数にあるのに対して、アイズの方には傷一つ無かった。致命傷こそないが、今や差は歴然だった。

 流石にLv.2とLv.6では、こんなものだろうと。巧は理性でそういうものだと理解していた。だが、逆に本能はそれを覆したいと、訴えかけていた。

 剣を壊さないように振りながら、打ち合いを続ける。

 そして、

 

「……時間だな」

 

 東の空から太陽の一部が顔をのぞかせ、辺りを明るく照らし始める。流石に遠征の前日に一日中拘束するわけにもいかず、日が昇れば最終日の鍛錬は終わりだと決めていた。

 

「今日まで、ありがとう。楽しかった」

「いい。こちらもいい経験だった。第一級冒険者というのがどのような存在なのか痛感した。だがいずれ、超えてみせよう。その時はまた()ろう」

「……うん。いいよ」

 

 アイズは微笑を浮かべ、巧はそれに対して不敵な笑みを返す。

 

「では、此度の遠征の成功を祈っている」

「うん。そっちも、頑張ってね」

 

 それを最後にアイズは市壁から立ち去っていく。彼女を見送った巧は、今度はベルの方に顔を向けて、声をかける。

 

「んじゃ、久しぶりにやろうか」

「お、お手柔らかに……」

 

 言うまでもなく、巧は彼を全力で叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 ベルを朝と夜に徹底的に扱いた翌日。

 ここ最近芳しくない体調を不思議に思いながら、いつものように日課を済ませる。ここ一週間は睡眠時間を削ってまで行っていたが、今日から生活リズムを元へと戻せることを巧は少しだけ喜んでいた。

 そしてそれを終わらせて、地下室に戻ると、ベルとリリの二人と入れ違いになる。

 

「タクミさん!いってきます!」

「いってきます」

「ああ、いってらっしゃい。気をつけて」

 

 軽く言葉を交わし、巧は二人を見送る。扉をくぐって中に入ると、難しい表情をしているヘスティアの姿が目に入った。

 

「……?どうかした?」

「ん?ああ、ベル君の【ステイタス】がね……」

 

 ヘスティアは先ほどまで見ていたベルの【ステイタス】を思い返し、巧に伝える。

 

 

力:S 997

耐久:SS 1059

器用:SS 1068

敏捷:SSS 1103

魔力:B 732

 

 

「……へぇ?やるじゃん。魔力がある分、俺よりいいね。羨ましいよ」

「いや、普通はSまでなんだよ?これがどれだけ異常なことなのか分かってるかい?」

「分かってるよ。スキルの影響だと思うよ。本当、俺達は恵まれてるよ。ていうか、ベルの様子を見守らないといけないからそろそろ行くよ」

「……気を付けてくれよ?ついさっき、二人のカップが不自然に壊れちゃったからさ」

「そういって、ヘスティア様が壊したんじゃないのー?」

「むっ?誰がそんなことするか!とにかく、気を付けるんだぞ!?三人とも無事に帰ってくるんだッ!」

「りょーかい」

 

 巧はヘスティアの頭をぽん、と一回撫でると、ポーチを腰に取り付けて地下室を出て行く。

 そんな彼の後ろ姿をヘスティアは不安そうに見つめていた。どうしても嫌な予感がするも、彼女は拠点で皆の帰りを待つことしかできない。

 ヘスティアは、自身のホームであるにも関わらず、居心地悪そうに身体を小さく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 巧はベルとリリルカの姿が見えないほど後方から二人の後を追う。見えないながらも、流れる空気を感じ取り、ベルに立ちはだかる苦難を想像し、無意識に眉をひそめてしまう。

 

「―――あぁ、嫌な感じだ。身の毛がよだつような、身体が縮むような気配……。果たしてベルは乗り越えられるかなぁ……。なぁ、アンタはどう思うよ、【猛者(おうじゃ)】」

「……」

 

 巧の目の前には2Mを超える身の丈の猪人がいた。その四肢は筋肉で覆われていた。そんな彼の錆色の双眼が巧のことを見据えていた。

 広大な長方形な広間(ルーム)の中心付近に、巧と【猛者(おうじゃ)】オッタルは向かい合って立っている。

 巧はいつものように不敵な笑みを浮かべている。しかし、それはどこかぎこちなく、不自然なもので、無理をして形作っているように見える。そのうえ、彼の頬には冷や汗が浮き出て、重力に従い下へと流れ落ちていく。

 緊迫した状態。すぐにでもベルの()姿()を見に行きたいが、おそらくは許してはくれないだろう。

 聞くだけならただだろうと判断し、巧は試しに尋ねてみることにした。

 

「あー……駄目元で聞くが、通してもらうことってできるか?別にベルの邪魔をするつもりはないんだが……」

「……あの方から、お前を殺す命を受けている」

「……チッ。世の中って、ままならねぇよなぁ……」

 

 舌打ちして、天井を仰ぎ見る。その表情は少しだけ疲労の色が浮かんでいた。

 

「はぁ……。それは決定事項か?俺が何か改善すれば見逃してもらえるとかない?」

「あの方が決めたことだ」

「……わぁーったよ。んじゃ、死合おうかぁ……『解放礼儀』」

 

 握った左拳。開いた右手。それぞれを合わせて45度の礼を5秒続ける。その間、オッタルは動くことはなく、静かに巧が顔を上げるのを待っていた。

 

「……武器はいいのか?確実に殺すのなら使う方が賢明だと思うが?」

「……せめてもの手向けだ」

「……感謝感激雨あられ、てか?『剛力・羅漢の構え』」

 

 特殊な構えで全身の筋線維を刺激し、ドーパミンやアドレナリンなどの脳内物質の分泌を操作する。

 そして、広間(ルーム)に濃密な殺意が満ち溢れた。

 

 




今日の巧メモ
・人として:人生ってホント、理不尽だよね。
・武人として:生き残るのが最優先事項。
・研究者として:調べたいものがまだあるのに死んでたまるか。


以下クレジット

「解放礼儀」は”aisurakuto”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「剛力・羅漢の構え」は”blackey”原案”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第四五話

 巧が【猛者(おうじゃ)】オッタルと相対した頃。ベルとリリは9階層を進んでいた。

 9階層に降りてから二人はモンスターと遭遇することもなく順調にダンジョン内を進んでいた。そう、順調すぎるほどに。

 

「……おかしい」

「おかしい、ですか?」

「うん。いくら何でもモンスターと会わなさすぎるよ。僕らが意図的に避けてるわけじゃないのに」

 

 一体とも遭遇しないというのは、違和感しかなかった。まだ【ロキ・ファミリア】の第一陣はダンジョンに潜り始めていない。先行する冒険者がモンスターたちを処理したと考えても、階層全体がこんなにも静まり返るものだろうか。

 巧との鍛錬で、状況の微妙な変化が分かるようになってきたベルが疑問に思って呟く。

 少しの間、足を止めて考えこむように黙りこくってしまったベルを、リリは不安そうに見上げる。

 

「ベ、ベル様?」

「……行こう。10階層に」

 

 腹の底から沸き上がる何かを何とか抑え込み、リリに答える。

 そして()くように10階層に降りる階段があるルームへと足を向けたその時。

 

―――さぁ、見せてみなさい?

 

「ッ」

 

 いきなり頭に直接響いてきた、どこか聞き覚えのあるその蠱惑的な声に、警戒を高める。

 次の瞬間。

 

『―――ヴ―――ォ』

 

 足が、固まる。足だけじゃない。全身が凍土にでもいるかのように凍りついてしまう。そして、思考さえも、止まりかける。

 辛うじて残っていた思考が、音の方へと首をぎこちなく背後に向ける。本当は、見たくない。ただ、()()()()()()()()()()と教わっていたから、そうしたに過ぎなかった。

 

『……ヴゥゥ』

 

 なんなら、今すぐ走って逃げだしたかった。これが現実だと、思いたくなかった。無様に叫びをあげて、後ろにいるであろう巧に助けを求めたかった。

 ……そんなことさえも出来ないほどに、アイツはベルの心に深く巣食っていた。

 ずっと、怖がってきた。夢にまで出て、うなされた。

 

『オオオオォオオォオオォオォオオオ……』

 

 ミノタウロス。牛頭の怪物がそこにいた。

 

「な、なんで、9階層にミノタウロスが……」

 

 リリが絞り出すかのような震えた声で呟く。

 ベル自身も聞きたかった。

 だが、聞かずとも知っている。

 この理不尽を。

 この絶望感を。

 この戦慄を。

 すべてを知っている。全てを経験している。

 あの時と同じ。

 ……いや。あの時のように、助けが来るとは限らない。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 狂牛が咆哮した。

 押し寄せる威圧と迫力。戦意が挫ける大音塊。

 恐怖の津波にベルとリリは身体を仰け反らせかける。

 そして、ミノタウロスは鮮血に染まった銀の剣を見せつけ、一歩、地面を踏みつけた。

 それによって我に返ったリリは、ベルに叫ぶように提案する。

 

「にっ、逃げましょう、ベル様!?今のリリ達では太刀打ちできませんっ!早くここからっ……」

 

 リリが叫ぶ。

 でも、ベルは動かない。動けなかった。

 眼前の赤黒い怪物に射竦められて、思考や行動を放棄していた。

 

「ベル様!?ベル様ぁ!」

 

 怖い。

 それ以外には何も分からない。

 目に涙が浮かび、呼吸は浅くなり、歯はカチカチと音を鳴らしている。

 もう何も、分からなかった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ミノタウロスが弾丸になった。

 恐ろしい速度でルームの真ん中を突っ切り、ベルとの間合いを瞬時につめる。

 ベルの指先が、ピクリと動き、腰のナイフへと手を伸ばし始める。彼の意思ではない。危険が迫ったときの防衛本能として、巧が仕込んでいた反射行動の一つだ。

 だが、それでも、間に合わない。抜く前に、やられる。

 あっという間に迫った巨牛が、その大剣を袈裟に振り下ろした。

 

「――ぁ!?」

「え?」

 

 視界が回転する。そんな中、か細い悲鳴がベルの耳朶を打つ。

 生きている認識よりも、腹部のリリの温もりを認める。

 彼女の頭から止めどなく流れる、大量の血も。

 

「リ、リリ……?」

 

 ベルはリリの体当たりによって地面に投げ出されていた。

 横合いから伸びてきた捨て身の飛び込みのおかげで、ベルはミノタウロスの攻撃をやり過ごすことができた。代わりに、リリが怪我を負った。

 大剣が掠ったような傷ではない。もし本当に掠っていたら、この程度では済んでいないだろうから。おそらく、ミノタウロスの砕いてみせた硬い岩盤が、彼女の頭に直撃したのだろう。それでも、軽いと言える負傷ではなかった。

 現にミノタウロスの一撃で地面は見事に破砕していた。草花ごと硬質な土くれがめくれ上がってしまっている。

 リリは痛みからか顔を歪め、小さく呻き声を上げる。

 そんな彼女の様子を見て、ベルは全身が赤熱した。

 

「ッッ!!」

 

 腑抜けきっている筋肉へ強引に力を込め、立ち上がる。

 目の前の存在が怖かった。

 眼前で吠えるミノタウロスが依然として怖かった。

 しかし、リリを失うのはそれよりも怖かった。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 リリを思い切り横に投げ、彼女がどうなったかも見届けることも出来ず、巨軀を翻してきたミノタウロスに真正面から対峙する。

 震える唇に歯を突き立て、噛み千切って喝を入れる。振り上げられた大剣がベルに触れるよりも早く、右腕を突き出し、叫ぶ。

 

「―――ファイアボルトォオオオオオオオオオッ!?」

『ブゥオッ!?』

 

 緋色の雷がミノタウロスの肉薄をはね返す。

 炎の花弁を咲かせた【ファイアボルト】の威力に押され、あの怪物が、後退した。

 ベルの見開かれた瞳が、淡い希望を宿す。しかし、それは勝機には程遠い。連発しても、勝てる見込みはないことを、なんとなく悟ってしまった。だが、その希望に縋るかのように魔法を撃ち続ける。

 

「うああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 撃つ。撃つ。撃つ。

 ただ我武者羅に、魔法を行使し続けた。

 鋭い炎の矛が相手の巨体を何度も刺し貫き、炸裂する。爆発音とともに猛火が荒ぶる。

 苦悶の声を上げるミノタウロスはずるずると後ずさり、連鎖する爆炎の中に消えていく。

 ベルは魔法の引き鉄を引き続けた。

 恐怖を覚えたあの時に無かった力に縋るように。

 

「はぁ、はっ……!」

 

 正気に戻って魔法を中断すると、視界は黒い煙に埋め尽くされていた。

 土と草が燃えるような焦げくさい臭いが鼻腔を刺激する。ミノタウロスの形も見えない。

 何の反応もなく炎の残滓が舞っている空間を前にして、ベルは少しだけ安堵して右腕を下げかける。

 

『ンヴゥッ』

「――」

 

 フォンッ、という風切り音が鼓膜を殴った。

 その瞬間、身体に染み込んだ経験がベルを突き動かした。

 ベルは黒煙が揺らめいて、その中から巨腕が姿を現す前に、後ろへと跳び下がっていた。巧との模擬戦があったからこそ、()()()()()()に身体が頭よりも先に反応したのだ。

 巨腕はベルに届くことなく、空を殴るだけに終わる。

 ベルは攻撃を避けるだけに留まらず、後ろに下がれるだけ下がり、壁際ギリギリまで後退する。

 

『フゥウウウウウウウッ……!』

「……!」

 

 煙が晴れて、姿を見せたミノタウロスを見て、ベルは顔面の筋肉が引き攣ったのが分かった。

 そこには、五体満足で、厚い体皮に火傷を負っただけの怪物がいた。

 

 ―――勝てない。

 

 そう感じた瞬間。

 

『……!?』

「……ッ!?」

 

 ベルは後ろから強烈な殺気を感じ取った。ミノタウロスもそれが分かったのか、動きを止めて、その方向を警戒し始める。

 もちろんそれは、両者に向けられたものではない。

 それが分かったのは、この場ではベルだけだっただろう。

 なぜならその殺気は、よく見知ったものだったからだ。

 そして、殺気を浴びてるはずなのに、ベルは何故か安堵で少しだけ口元を柔らかく崩した。

 

 ―――あぁ、なんだ。

 

 ベルは腰に右手を伸ばし、《神様のナイフ》を握りしめて抜き放つ。左手はプロテクターに突っ込み、収納してあった《バゼラード》を抜剣する。

 

 ―――こんな怪物(うし)なんかよりも、もっと恐ろしい怪物(ヒト)がいるじゃないか。

 

 後ろの殺気に若干の心地よさを感じながら、ベルは得物を構えた。

 

「さぁ、勝負だッ……!」

 

 ベルは巧の殺気による後押しを受けながら、この日、この瞬間、彼は冒険を犯す。

 おそらくこれ以上、誰かの助けは受けられないだろう。

 一人で、この怪物を打倒しなければならない。

 だというのに、ベルの口元は何故か、薄く弧を描いていた。

 背後から感じる殺気に安心感を憶えながら、《ヘスティア・ナイフ》を握る手に力を込めた。

 




※主人公である巧君が間接的にしか出ていないので今回の『巧メモ』はお休みです。

・作者から一言。
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 私が書きたいように書いて、『財団神拳』を皆さんに知って欲しいが(布教の)ために、また財団神拳の小説が増えないかなという願望のなか、自分勝手に描いている作品ですが、これからもよろしくお願いします。
 それではまた来週!書き溜めがなくなって間に合うかどうかわからんけど!投稿が無かったら察してください!

クレジット無し!


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第四六話

 巧が放った殺気は、同じ階層にいるベルやミノタウロスだけでなく、その上下数階層にさえもわたっていた。

 彼の殺気を感じ取ったモンスターは怯え、蜘蛛の子を散らすがごとく騒然とし、その姿を見えなくした。

 冒険者達も尋常ではない殺気に恐怖し、その日の探索を中止し、地上へと帰還し始めていた。

 だが、中断できない冒険者達がいた。

 

「なに、この殺気?普通じゃないわね」

「こんな上層でこんな殺気立つ必要なんかねェだろ。何処の雑魚だァ?」

「……」

 

 遠征を始めた【ロキ・ファミリア】の面々が、その気配に各々が反応を見せる。

 今は7階層まで降りてきて順調に遠征を行っていたところだった。

 

「先ほどの四人の話の直後にこれか。いよいよきな臭くなってきたね」

「……」

 

 【ロキ・ファミリア】団長のフィンが先ほど出会った四人の冒険者の話を思い返す。

 慌てた様子でダンジョンの奥から姿を見せた四人は、怯えた様子を見せながらも、フィン達に事情を話した。

 彼らによると9階層でミノタウロスを見かけ、更にはそれに襲われている白髪の冒険者の姿も見かけたということらしい。加えて、黒髪の小さな冒険者と【猛者(おうじゃ)】オッタルが相対している姿も目撃している。

 ミノタウロス、それに黒髪の冒険者が放った殺気に怯えた四人は慌てて地上へと帰還しているとのことだった。

 その話を聞いてからというもの、アイズはどこか落ち着きを無くしていた。

 そして、殺気に反応したのか、フィン達を置いてダンジョン内を駆けていってしまう。

 

「アイズ!?」

「何やってんだ、お前!」

「ちょっとあんた達、今は遠征中よ!?」

「……フィン」

「ああ、わかってる……隊はこのまま前進!当初の予定通り、最短距離で18階層まで進め!指揮はラウル、君がとるんだ!」

「は、はい!?」

「指揮……まさか、行くつもりか?」

「親指がうずうずいってるんだ。見にいっておきたい。それとも、君は残るつもりだったのかい、リヴェリア?」

「……フィンの勘が働いているなら確かだな。どれ、私も行かせてもらおう」

「はははっ」

 

 呆然とする【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の面々を残し、フィン達は9階層へと選考しようとしたその時。

 同行していた【ヘファイストス・ファミリア】の内、一人がフィン達に話しかけてきた。

 

「手前もよいか?」

「……椿?」

「この殺気には覚えがある」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】団長で上級鍛冶師(ハイ・スミス)でもあるLv.5冒険者、椿・コルブランドだった。

 

「あやつが何とやり合っているのか、個人的に興味がある。手前も一度しかあやつの実力を目にしておらんくてな。気になって気になって仕様がない」

「ああ、別に構わないよ。なら、行こうか」

 

 フィンとリヴェリアの二人は椿を加え、改めて9階層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は、巧が殺気を放った瞬間まで戻る。

 巧は殺気を放つと同時に地面を蹴って駆けだす。オッタルもそれに反応して静かに拳を構える。ボクシングのような上半身の前で両拳を構えるオッタルに、巧は真っ直ぐ、低姿勢の状態で接近していく。

 2Mを超えるオッタルが144Cしかない巧を押し潰すかのように、彼の頭上から拳を振り下ろす。巧はそれを躱してそのまま横をすり抜けようとするも、それを阻むために放たれた蹴りが彼の身体を吹き飛ばそうと襲い掛かる。

 巧は瞬時に脳内で、どうすれば躱せるかを計算するが、本能的に前方に向かえば危険だと感じ取り、後方へと飛び抜く。

 

「チッ……」

「……」

 

 巧は軽く舌打ちをすると、上着を脱ぎ捨てる。そして、オッタルに向けて吐き捨てるように言う。

 

「来るなら来いよ。俺を、殺すんだろ?そっちから来ない限り、俺は横をすり抜けようと画策するぞ?」

「……」

「【ロキ・ファミリア】は今日が遠征開始日だ。先ほどの殺気に対し、彼らはどう反応するだろうな?」

「……っ」

 

 巧が口角を上げて不敵に笑いながら告げると、オッタルは眉をピクリと少しだけ動かし、感情を僅かに顕わにする。

 そして次の瞬間には、巧の眼前にまで接近しており、拳を振り始めていた。

 

「『確率論的回避』!」

 

 脳細胞を活性化させて一時的に演算能力を高め、拳の軌道を予測し最適な行動をとる。

 巧は演算に従って目で追い、腕を上げて、オッタルの腕の側方に当てて逸らす。しかし、それだけでもかなりの衝撃が巧の腕に伝わってくる。それを表情に出すことなく、静かに痛感するが、オッタルは長年の経験と【ステイタス】の違いを熟知しているが故に理解する。

 オッタルの攻撃に巧は防戦一方となり、ただただ猛攻に耐える。

 だが、人とは慣れる生き物だ。

 最初の内は腕で逸らさなければ、防げなかった攻撃を徐々に受ける衝撃を軽減させていき、今ではもう身体捌きだけで、その攻撃を紙一重とはいえ受けることなく躱していく。

 

 ―――やっぱ、あのクソジジイが異常なだけか。

 

 巧は攻撃を緻密に観察して、天野博士の異常性を実感する。

 

 ―――何よりも先にあのジジイを収容するべきじゃねえのか?

 

 異世界に来て、そんなことに思い至る。そんなことにまで気づかないほどに自分は彼に心酔していたのかと、身の毛がよだつような考えを浮かべ、背筋に寒気が走る。それでも集中を切らすことなく、避け続ける。

 と、その時。オッタルの背後、巧から見れば正面の、ダンジョンの奥へと向かう通路に小柄な影が見えた。

 

「タクミさ―――ッ!?」

「リリルカ・アーデ。しばしそこで待て。生憎、今は手が離せなくてな。もしくはこれを持ってベルの傍で、あいつの勇姿を見届けてろ」

 

 そう言って巧は、オッタルの攻撃を何とか捌きながら、腰のポーチを器用に外してリリルカに向けて放り投げる。放物線上に飛んでいくポーチだが、不思議とオッタルには邪魔されることなく、真っ直ぐ彼女の手元に届いた。

 リリルカは軽くポーチの中身を確認すると、大切そうに胸に抱え込むとその場に留まった。

 巧はその様子を不思議に思いながらも、オッタルの方へと集中する。

 が、些か意識を逸らし過ぎたようだ。

 オッタルの痛烈無比の一撃が巧の顔面に叩き込まれる。

 その一撃で巧は広間の壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。その衝撃で壁は大きくひび割れて、一部が崩壊する。

 

「……防いだか」

「ハッ……!両腕の骨がやられてんのに『防いだ』?冗談じゃない。こういうのは『無謀』とか『馬鹿』、『向こう見ず』って言うんだよッ」

 

 巧の言葉にリリルカは彼の腕に視線を向けるが、両腕は力なく垂れ下がっているだけだった。

 その様子に彼女は理解した。

 『折れた』のではなく『砕けた』なのだと。

 当の本人である巧は普通に立ち上がり、腹式呼吸を行う。

 

「『元素功法』」

 

 大気中の微粒子や構成元素を選択的に消化器官に取り込む。今回はカルシウム、リンを選択する。ビタミンDは体内に溜めているものを使用して両腕の治癒を行う。そして逆再生のように骨が接合していき、すぐに元の状態へと戻る。

 

「流石に、余裕ねえなぁ」

 

 一言、そう溢すと地面を蹴ってオッタルに接近する。今度はオッタルも数歩前進して巧に襲い掛かる。そして、再び巧は防御を強いられる。

 巧は目の前の攻撃に集中する。たった一度の攻撃でかなりのダメージを受けた。彼も一応は人だ。痛みによって集中が途切れたり、長時間集中することはできない。今度はもう他に意識を割く余裕はない。

 たとえ、彼の後ろに二人の戦闘を見る者たちがいたとしても。

 

「……」

「うわ、なにこれ?どういうこと?」

「そんなの、私が聞きたいわよ……」

「なんであのチビが戦ってやがるんだァ?」

「これは……」

「ほう……」

「なるほどね……」

 

 口々に戦闘を目にした感想を溢す。それを聞いた巧だが、気にする余裕はなく、ただ避け続ける。

 しかし、ただ避けるだけの時間は既に終わった。巧は今までよりも一歩半多く下がると、半身に構えて右拳を腰に添える。

 そして―――

 

「『力学的反射拳』」

 

 ―――拳を、オッタルの攻撃に合わせて撃ち放つ。

 

「ッ!?」

 

 オッタルの拳の力が180度反転し、彼の上体ごと後方へと持っていかれる。

 何が起きたのか分からずに、オッタルはただただ驚き、目をむく。

 この奥義は、巧が元の世界にいた頃には完成されておらず、奥義書には記録されていなかった。

 だが。

 だが、だ。

 ()()()()は、存在した。

 その理論を基に、この世界で、巧一人で完成させた。

 『力学的反射拳』。この奥義は鋭い正拳突きを繰り出し、相手の攻撃の運動エネルギーの向きを逆転させることで、向きさえも反転させる奥義だ。

 しかし、これはカウンター系の奥義だ。それゆえにタイミングが重要になる。

 正拳突きで腕が伸び切り、威力が最大になるタイミング。その瞬間に相手の攻撃に合わせなければ、十全に威力を発揮させることができない。

 そのため、今の今まで観察に徹することで、最適化を行っていた。

 相手が攻撃してくれば、反撃を行える。攻撃こそ行えないが、ダメージは与えられるようになった。

 

 ―――少しは楽しくなってきただろう?

 

 巧は好戦的な笑みを浮かべ、オッタルを挑発する。

 彼もそれに応えるかのように攻撃が熾烈さを増す。

 巧はまさか、向こうが乗ってくるとは思わず、少しだけ驚いた表情を浮かべるが、すぐに笑みを深くし、攻撃に奥義を合わせていく。

 その戦闘を眺めていた一同は、驚愕する。

 

「おい。あいつ、Lv.2のはずだろ……」

「そのはずだけど……」

「じゃあ、なんで!あの猪野郎と対等にやり合えてるんだよ!?」

「そんなのわかるわけないでしょ!?」

 

 目の前の光景が理解不能なのか大声を上げて騒ぎ始める。しかし、もう半数はしっかりとその双眸で見つめ、視線を奪われる。

 その中の一人は、口をへの字に曲げて少しだけ惜しむ。

 

「ふむ。やはり勿体ないな」

「……?何がだい?」

 

 フィンは隣で口を開いたハーフドワーフの女性、椿に尋ねる。

 

「あやつのことだ。あれほどの技量を持ちながらにして、武器を持たぬ。遊びで持つことはあるのやもしれぬが、戦うために握ることはないであろうな。だからこそ、あやつの武器を打てぬのが、途轍もなく惜しい」

「……そうだね」

 

 フィンも巧には思うことがある。

 彼の使う武術には常識を破壊されるようなものも多くある。しかし、それらは全て無手によるものだ。おそらく武器を持ってもかなりの技量となるのは、身体捌きで大体は理解できる。

 だが、巧はそれを良しとしない。素手こそが性に合う。武器は嫌い。そういった我が儘のような理由一つで武器を捨て、その身一つで上に向かうことを決めた。

 いかに過酷な道でもそれをやめることはないのだろう。武器や防具を捨て、その身一つで全てに挑むのだろう。

 いつ死んでもおかしくない。そんな存在だ。

 だからこそフィンは、その無謀すぎる彼のスタイルを、少しだけ嫌悪している。命を投げ捨てているようなものだと。

 だが、いま目の前の光景を見せられて、それは勘違いだと気づいた。気づかされた。

 彼は必死に、生き残る術を模索している。

 防戦一方から攻撃の応酬に変化した戦況を見て、そのように感じた。

 

「だが、あやつは素手だからこそ強い。素手でこそ、輝けるのであろうな。あやつのために武器を打とうなど、無粋もいいところだ」

「……うん。僕もそう思うよ」

 

 二人は再び口を閉じ、目の前の戦闘に集中する。

 そして、もう一度。戦況は変わろうとしていた。

 先ほども言ったように、人とは慣れる生き物だ。それはオッタルも例外ではない。

 オッタルは拳を振るい、それに合わせてきた巧の拳を躱した。

 巧はそれに目を見開き、すぐに対応しようとするも、拳を打ちだした状態からでは、反応が遅れてしまった。

 しかし、辛うじて避けることに成功する。そのままオッタルの腕を掴むと、足を振り下ろす。

 

「『共振脚衝』」

 

 それによって巧の足下が大きくひび割れる。

 

「―――『時間差共振爆砕脚』」

 

 そこへさらに巧の両足が交互に振り下ろされる。

 ついに、地面は耐えきれなくなって崩壊し、下へと落ちていく。

 流石のこれには、オッタルも眼を見開き、その場から退避しようとするが、腕を力強く掴まれてしまう。巧の右腕がしっかりとオッタルの腕を拘束していた。

 そのうえ、謎の引力が邪魔をして、既に不安定になっている足場では上手く身動きができない。

 

「『虚喰掌握』」

 

 よく見れば、巧の左手が力強く握られており、重力崩壊による引力場が生成されていた。

 そのまま崩壊中の地面にいた二人は仲良く一緒に落ちていく。

 

「―――ッ!」

 

 かに思われた。

 落下の最中、広間が強烈な閃光に包まれる。

 その光は、巧の顔の前から発せられた。

 その原因は、巧が使用した閃光玉によるものだ。

 オッタルよりも上の位置に移動した巧は閃光による目つぶしを試みた。

 しかし、オッタルはそれを、目を瞑ることで凌ぐ。

 だが、これでいい。

 数瞬とはいえ、視界は、潰せた。

 

「『宇宙―――

 

 

 そして、左の掌を真っ直ぐ、視線の先にいるオッタルへと向けられ、

 

 

 ―――活殺』」

 

 

 左手から放たれた光の奔流が、彼の姿を飲み込んだ。

 




 今日の巧メモ
・人として:(ミミズがのたくったような字が書いてある)
・武人として:同上
・研究者として:同上

 どうやら巧君はメモを書くどころではないようですね。
 戦闘に関するネタバラシは次回で行いますので、質問されても返答できませんのであしからず。

以下クレジット

「確率論的回避」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「力学的反射拳」は閉じる”Project_YOU”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「共振脚衝」は”Indigolith”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「時間差共振爆砕脚」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「虚喰掌握」は”blackey”作「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken

「宇宙活殺」は”Mumyoh_hokuto”作「闘いの荒野で」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/a


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第四七話

 前回、「巧 対 オッタル」戦のネタばらしをするといったな。アレは嘘だ。

 ……いや、ちゃうんすよ。思いの外ベル君の奮闘が長くなってん。「どうにかして省いてもいいかなぁ」とは思ったんだけど、どうしても描きたい描写に必要だったので、ぶち込みました。

 その結果がベル君の戦闘シーンだけで約3500文字ぐらい(全体で約5400文字ぐらい)。
 ……なげぇよ。普通なら一話分でもおかしくないわ、こんなん。
 ま、まぁ、一部原作と変えて、原作よりも若干成長しているベル君も描きたかったし。

 というわけでネタばらしをは次回です。ごめんなさい。
 あと、急いで書いたから誤字脱字が多数あるかもしれないです。気づく範囲で直したとは思うんですけど、あったらごめんなさい。そしてできれば教えてください。


 巧が放った奥義によって、激しい衝撃波が生まれる。さらには、一時的にとはいえ周囲の者達から色と音を奪った。

 一方、オッタルは光線に連れていかれ、10階層に落ちてもなお、その勢いは劣ることはなく、さらに数階層の地面を突き破りながら、さらに下へと落ちていく。

 その間に巧は周囲の石片を踏み台にして、9階層に戻ってくる。

 しかし、既に彼の身体は限界を迎えており、上手く着地出来ずに地面を滑っていく。

 そんな彼にリリルカは焦ったように急いで駆け寄る。

 

「タ、タクミ様!?大丈夫ですかッ!?」

「そう見えるのなら、お前の怪我は相当酷いのだろうな。今すぐに傷と目に万能薬(エリクサー)をかけた方が良いと思うぞ」

 

 奥義の衝撃で服は機能を失うほどに消し飛び、髪を束ねていた紐も千切れ、巧の腰ほどまである長い髪が地面に垂れて、砂埃を纏わりつかせる。

 そのうえ、地に足を付けていなかったことで反動も凄まじかった。

 しかし、それでも口だけは問題なく動かせるため、彼女の言葉に皮肉交じりで答える。

 そんな彼の言葉に、リリルカは眉を顰め、呆れながら答える。

 

「……そこまで減らず口が叩けるのでしたら、急ぐ必要はなさそうですね」

「おい。こっちは指一本たりとも動かせないんだぞ。さっさと万能薬(エリクサー)高等回復薬(ハイ・ポーション)をよこせ」

 

 倒れたままの状態で巧はリリルカに要求する。それにため息を吐きながらも、巧から受け取ったポーチの中から言われた二つを出して、彼の口に突っ込んだ。

 突然の行動に眉間にしわを寄せて不満そうな表情を浮かべるが、こんな時にとやかく言うべきではないと考えて、この扱いに甘んじる。

 

「……よし。なんとか、歩けは、するか」

 

 壁に手をつきながらも、巧はなんとか立ち上がる。

 

「お前も万能薬(エリクサー)を使え。まだ二本はあるだろう?」

「は、はいっ」

 

 リリルカが自身の傷に万能薬(エリクサー)をかけるのを確認すると、巧は一歩踏み出す。

 しかし、その一歩だけで巧の身体はバランスを崩し、前のめりになっていく。

 そのことに気づいたリリルカが彼の身体を支えようと手を伸ばすが、間に合いそうにない。

 

「あのような激戦の後だ。どれ、手前が担いでやろう」

 

 だが、巧の身体が倒れ切る前にその身体が宙に浮く。いつの間にか傍まで来ていた椿によって、巧の身体は抱えあげられていた。

 

「……あんたか、椿。見られていたか」

「む?珍しいな。気づいておらんかったか?」

「むしろ、そこまでの余裕があったように見えるか?」

「うむ。顔は笑っておったのでな」

「……」

 

 椿の返しに、巧は苦虫を噛み潰したかのように表情を歪める。そして、そんな彼女の傍には【ロキ・ファミリア】のアイズがいた。

 

「とりあえず、運んでくれるのならこの奥に頼む。うちの団員が奮闘しているだろうからな」

「あいわかった」

「出来るだけ、急いでほしい」

 

 巧の言葉に素直に従った椿は、通路の奥へと駆ける。アイズもリリルカを抱えて、彼女に追従した。

 そして、すぐにその光景を目の当たりにした。

 

「ベル様っ……!」

「ほう……」

「……」

「なんとか、間に合った、かな……」

 

 そこには、猛牛の持つ大剣が、いや、持っていたはずの大剣が右手ごと宙を舞っている光景だった。そして、その大剣に必死に手を伸ばす、ベルの姿だ。

 

「椿、もう十分だ。降ろしてくれ」

「うむ……。あやつは、お主が鍛えたのか?」

「そう、だな。そういっていいのだろうな」

 

 椿に降ろされた巧は、安心したように息を一つ吐きだして、目の前のベルへと視線を向ける。

 

「俺にそのような資格があるかは分からないが、あいつは弟子といってもいいんだろうな」

 

 巧は子の成長を喜ぶ親のような、柔らかい表情を浮かべてベルの死闘を観戦する。

 大剣を取り返そうとしたミノタウロスを、ベルが【ファイアボルト】で無理やり下がらせる。

 そこへ、フィン達【ロキ・ファミリア】の面々が辿り着く。

 

「……おい、クソチビ」

「なんだ、ワン公」

「お前、あいつに何をしたんだ……!?」

「ただ、戦うための技術を教えた。ただそれだけだ。……ああ、そうそう。一ヵ月前は随分と好き勝手言ってくれたな?ま、『男子三日会わざれば刮目して見よ』とはよく言ったものだ」

 

 くくく、と含み笑いをしながら、驚愕に見開かれている瞳を覗くように見つめる。

 これだけで数日はおかずとして白米やパンを数人前は食べられるな、などとどうでも良さそうなことを考えるも、目の前の戦いからは意識を外すことはしない。

 

 ―――さて、俺をどう楽しませてくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 ベルは黒煙を突き破って、手にした大剣を大上段から斜めに振り下ろす。

 

『ヴグゥッッ!?』

 

 鋼を彷彿させる強靭な肉体に、太い赤線が走った。

 戦い始めて、ようやく優勢に立てた。

 斜に刻み込まれた傷痕から血が飛び散る。

 そして、それらが地面に落ちる前に、ベルの大剣による二撃目が寸前まで迫っていた。

 ベルは斜めに振り下ろした後、下手に止めることはせずに流れに身を任せて、身体を一回転させると、速度を乗せた大剣を一文字に薙ぎ払う。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

『ヴオォォッ!?』

 

 変に勢いを殺さずに振られたそれは、先ほどの一撃よりも、断然重かった。先ほどよりも深い赤線が、ミノタウロスの胴にできる。

 大剣の重さを利用して、遠心力で次第に加速していく剣閃がミノタウロスを圧倒する。

 

「あの扱い方は、お主が仕込んだのか?」

「……悪い?大剣はまだ基礎しか教えていないから、下手でも文句言わないでよ?俺の教え方が下手なわけじゃないからね?多分」

「いや、十分であろう。振り回されていないだけの」

 

 辛うじて、大剣に振り回されてはいないといえる扱い方。

 やはりそれでも、余裕が無いのか、はたまた疲れが出ているのか、振り方が雑ではあった。

 しかし、怒涛の勢いは止まらない。

 持ち直す暇を与えないかのような連撃。

 モンスターの動揺もあり、確実に、そして可能な限りミノタウロスの身体に傷痕を刻み込んでいく。

 

『ゥ―――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 怯んでいたミノタウロスが、吠える。

 調子に乗るなと全身を怒らせ、獣の本能を取り戻す。

 地面に打ち込んだ踵が、それ以上の後退を許さず、負けじとばかりにベルを押し返した。

 

「『――――――――――――――ァッッッ!!』」

 

 言葉にならない喊声が空間を満たす。

 モンスターの剛拳に応えるようにヒューマンが巨剣を振るう。人の剣技と怪物の怪力の対決。

 全力のぶつかり合い。互いに動きを加速させていき、一進一退の攻防を繰り返す。

 振るった大剣が前蹴りによって打ち落とされる。

 防御のために構えた剣を避けて放たれた殴撃を紙一重で躱す。

 振り上げられた斬撃が相手の骨を砕き、肉を裂く。が、同時に相手の拳が額を割る。

 蹄型に陥没する地面、振るわれた剣で切り裂かれる草花。舞台が静かに壊れていく。

 力の全てを出し尽くそうとする雄と雄は決して止まろうとしなかった。止まった瞬間、手を休めた瞬間、待っているのは『死』であるからだ。

 血塗れた銀剣と罅割れた蹄が、火花を打って、何度目かわからない衝突が起こる。

 戦いの終結が近い。その事を理解しているからか、誰一人として眼前の戦いから目を離そうとしない。

 

「うああああああああああああああっ!」

『ヴゴォッ!?』

 

 ベルの全身を余すことなく利用した回転斬りがミノタウロスの横っ腹に入る。

 肉の鎧と化している腹横筋の表層を半ば斬り裂き、刃は止まる。しかし、それでも勢いは止まることはなく、それどころか弾くようにして大剣を振り抜き、ミノタウロスを横合いに吹き飛ばす。

 ビキリ、という大剣の小さな悲鳴が、柄を通してベルに伝わってくる。それに辛うじて気づいたベルは相手にバレない程度に悔しそうに奥歯を噛み締める。

 

『フゥーッ、フゥーッ……!?ンヴゥウウウウウウオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 離れた彼我の間合い、およそ五M。

 出血する胴を一頻り押さえた後、ミノタウロスは目を真っ赤に染め、両手を地面に振り下ろした。

 原型のなくなった両手が地面を踏みしめる。そして、頭は低く構えられ、臀部の位置は高く保たれた四つん這いの姿勢を取る。その姿は、まさに猛牛のそれだ。

 ベート達は目を剥いた。

 追い込まれたミノタウロスに度々見られる突撃体勢。

 己の最大の(ぶき)を用いる言わば切り札。

 進行上の障害物を全て粉砕してのける強力無比なラッシュだ。

 ただし、それは助走が十分である場合だ。この短い間隔では威力は半減してしまう。

 それほどまでに、ミノタウロスは追い詰められているのだ。

なお、巧はこの突撃体勢を一切見たことがなく、情報として知っているだけである。

 

『―――』

 

 最後の矜持によって残されていた片角が、ベルの見張られた瞳をギラリと焼いた。

 互いに視線の矛を投げ合う。

 呼吸を止めたかのように、一瞬、周囲の空気が張り詰めるも、空間自体は恐ろしいほどに静かだった。

 ベルの眼差しと、ミノタウロスの眼光がかち合う。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

『ヴヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 両者が同時に駆けだした。

 それを見た巧が獣のような獰猛な笑みを浮かべる。

 

「馬鹿がッ!」

「駄目です、ベル様ぁ!?」

 

 青い感情を非難するベートの罵声と、張り裂けるようなリリルカの悲鳴。

 響き渡る声さえ無視して、ベルとミノタウロスは耳に渦巻く風の音を聞きながら、足を動かす。

 一気に縮まる間合い。相手の瞳に映る自分の姿が大きくなっていく。両者の気迫が肌を打つ。

 大剣が右肩に振り上げられ、一角が巻くように右肩へ溜められる。

 振り下ろしと、すくい上げ。

 同時に発進したそれは、瞬く間に交錯した。

 

「……」

 

 銀塊が砕ける音が響いた。

 今の今まで、全く手入れされていなかった大剣は、力任せに振り回されて限界を迎えていた。

 正しい扱い方ではある。力任せに振る。そのために大剣は頑丈にできているのだから。しかし、それは整備を行う前提だ。

 これは明らかだった結末で、根元が粉砕され、剣身が明後日の方向に飛んでいくのは分かりきっていた。

 その大剣を握っていたベルにとっては、だが。

 大剣を砕いた傷一つないミノタウロスの角を視界に収めながら、相手の脇をすり抜ける。

 その際、ベルの瞳に、口端を裂くミノタウロスの双眸が映った。

 敗者に送る嘲笑ではなく、勝利に飢えた剛毅な笑み。

 ミノタウロスは確実な勝機を見出していた。仮初めの切り札を失った相手に対して。

 白い前髪が、静かに真紅の瞳を覆う。ミノタウロスと同じく、勝機を見出した瞳を。

 視界が鮮明になり、思考がクリアになる。そしてミノタウロスが視界の外に消えていき、同時に相手の視界からも自分の姿が消えた瞬間。

 

「ッ!」

 

 漆黒のナイフを抜いた。

 

「ッッ!」

 

 急激な超ブレーキ。

 百の状態からゼロまで速度を落とす。

 最大酷使される膝からの悲鳴を無視し、回転。

 左逆手に装備された《ヘスティア・ナイフ》が、紫紺の光沢を鈍く光らせながら、ミノタウロスの死角から迫撃する。

 

「シッッ!!」

『ヴオッ!?』

 

 巨躯の右脇下に叩き込まれた《ヘスティア・ナイフ》は天然の鎧を貫通した。

 遠心力が上乗せされた最大威力。刺突で一点に威力を集中させた影響で、大剣よりも威力は大きい。

 不意打ちによりミノタウロスの体勢が揺らぎ、横にぐらりと流れる。

 そしてベルは、体内に届いた黒刃をぐっと押し込み、ありったけの力を込めて―――砲声した。

 

「ファイアボルト!」

 

 ドゴンッ、とミノタウロスの全身が振り乱す。

 体内で何かが爆発したかのように、肉厚の胸板が膨張した。

 ナイフに貫かれている傷口から炎雷が溢れだし、ミノタウロスの目が限界まで見開かれる。

 

「ファイアボルトォッ!」

 

 追加の砲声でさらに肥大する。

 ミノタウロスの上半身は風船の如く膨れ上がる。

 体皮の上では魔法を無効化する肉体でも、体内からの攻撃を防ぐ術はない。

 体内で炎雷が暴れ狂い、行き場のなくなった火炎流は出口を求め、鼻腔、口腔という穴という穴から、胴にある傷口のほんの僅かなすき間からさえも緋色の炎が勢いよく噴出した。

 

『ガハッ、ゲッハッ……!?グッ……ォオオオオオオオオオオッ!?』

 

 喉を焼かれながらもミノタウロスは咆哮し、振り上げた巨腕を張り付いているベルへ直下させた。

 ミノタウロスの超膂力から繰り出された肘鉄。

 寸分の疑いもなく、当たれば無残な肉塊へと変貌させる極鉄槌。

 だが、行動に移すのが、少しばかり遅かった。

 

「ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 爆散。

 

『――――――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 聞き取れないほどの凄まじい断末魔が炸裂し、膨張していた上半身は粉々に弾け飛んだ。

 体内に留まり、内から焼いていた熱塊が、拘束を解かれ自由になったことで、勢いよく爆ぜ、炎の轟華を咲かせる。

 ダンジョンの天井まで立ち昇る緋炎と煙。火山の噴火のような光景の中、かろうじて原形をとどめた下半身が崩れ落ちた。

 降りしきる血と肉の雨。

 音を立てて猛牛の破片が地面に転がっていくそんな最中。

 空高く舞い上がり、その身を回転させていた巨大な魔石が、ザンッと地面に突き立った。

 巧はその光景を見て、ベルのことを誇らしく感じた。

 




今日の巧メモ
・人として:私が主人公です。
・武人として:最強は天野博士。異論は認める。
・研究者として:……そういえばこの世界の種族について失念していた(椿に担がれながら)

 次回は一応一週間後の23日の18時予定。(間に合えば)
 ついでにおそらく次回で原作三巻と外伝四巻の内容は終わりです。
 ……遠征?タクミ君は【ヘスティア・ファミリア】ですよ?
 というわけでまた次回!

 (なお、この時点で本稿投稿30分前なのである)

クレジット無し


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第四八話

「勝ち、やがった……」

 

 呆然と、ベートは呟いた。

 信じられないものを見るかのように、視線の先で佇むベルを見つめる。

先ほども信じられないものを見せつけられたばかりであるというのに、言葉を無くしてしまう。

 他の者達もそうだ。眼前の少年を見て唖然としている。

 そんな彼らを見て、巧はバレないようにほくそ笑む。

 一同の、何よりもベートの度肝を抜いたことがつい嬉しくて自然と笑みが零れる。それだけでしばらくはご飯のおかずに困らないぐらいには嬉しかった。それだけで三杯はおかわりできるぐらいに。

 そんな彼らの視線の先で、ベルは背中から地面に倒れる。巧はベルに静かに歩み寄ると、しゃがんで、目を合わせて声をかける。

 

「ベル、起きてる?」

「……はい」

 

 意識が朦朧としているのか、焦点の合っていない瞳が、巧の目の先で忙しなく揺れる。それを見て、苦笑を浮かべながら口早に用件を告げる。

 

「良いものを見させてもらったよ。よく頑張ったね。でも、今はゆっくりお休み。後は任せてさ」

「……あの」

「ん?なに?」

 

 ベルが無理をして空気が漏れるかのような細い声で尋ねるような言葉を吐いた。

 

「僕は、タクミさんに、少しでも近づけてますか……?」

「……」

 

 巧は一瞬面を喰らった表情を浮かべるが、すぐに優しい笑みを浮かべると、答えを返す。

 

「う~ん……まぁ、及第点は上げるよ。辛うじて精神枯渇(マインド・ゼロ)にもなってないみたいだし。……でも、ベルはまだまだこれからだよ。だから、怠けず精進してね?」

「……はいっ」

 

 ベルは最後にはっきりと返事をすると、目を閉じて静かな寝息を立て始める。

 巧はそんな彼を担ぐ。そこそこの重量が彼の肩にかかり、今でも相当無茶をしている巧の身体はふらつきながら歩き始める。

 しかし、すぐにその重さが消えた。

 

「お主も相当だろうに。こやつは手前に任せよ」

「……いいの?遠征の途中なのに?」

「僕は構わないよ。良いものを見させてもらったしね」

 

 【ロキ・ファミリア】の団長、フィンが承諾する。それを聞いた巧が顔をしかめる。

 

「大手ファミリアに借りは作りたくないけど……その言葉に甘えるしかない現状に陥ってるのが猛烈に悔しい」

「そんなことを言ってる場合ですか、タクミ様……」

 

 リリルカが巧の言葉にため息を吐く。対する巧も、ため息を吐きながら髪をポニーテールに縛る。その行動に呆れていたリリルカが目をひん剥く。

 

「タ、タクミ様!?【ステイタス】が見えちゃいますよ!?」

「どうでもいい。スキルは隠してるし、基礎アビリティを見られた程度どうとも思わないよ。それよりも素肌に髪が擦れて鬱陶しい」

「じゃあ、なんでそんなに長くしてるんですか!?」

「死角を作りやすいんだよ。ただでさえ体格が小さいんだ。こういった工夫でもしないと戦っていけやしない」

「だからって―――!」

「あー、うっさいうっさい。てか、お前も大分血を流したんだ。寝てろ」

「えっ……!?」

 

 トスン、と軽い音が鳴ると、リリルカの身体ががくんと崩れ落ちる。

よく見ると、巧の腕が彼女の腹部にめり込んでいた。かなり投げやりにやったとはいえ、的確に意識を失わせる程度に加減して当て身を行ったのだ。【ステイタス】の差を考慮すると相当な技術が必要だろう。

 意識を無くしたリリルカを担ぐと、地上へ向かう通路に進み始める。

 

「……いいのかい?」

「ここでぐちぐち言われようが、地上で言われようが一緒だろ?それに実際コイツはかなり無茶をして俺を呼びに来たからな。失血量もそこそこだったし、休ませるに限る」

「……無理やりでも?」

「無理やりでも、だ」

 

 巧の言葉にフィンが苦笑する。が、その口端は痙攣していた。彼のあまりの破天荒ぶりに少し引いているのだろう。

 

「それにしても、なぜお主はオッタルとやり合っていたのだ?因縁などありやしないだろうに」

「そこで幸せそうに寝てる俺の弟子が彼のご主人様に気に入られてな。俺は悪影響を与えると判断されただけだ」

「……災難だの」

「まったくだ」

 

 くつくつ、と巧は含み笑いをする。その様子からはとても災難だと思っているようには見えなかった。

 

「あっ、そういえば……」

「……?」

 

 帰り道を最短ルートで進んでいると、途中でティオナが思い出したように声を上げる。

 

「ねえねえ!あの【猛者(おうじゃ)】と殴り合えてたのは何で!?最初は避けてばっかりだったのに」

「……あぁ、あれか。慣れただけだ」

「……?」

「体格と力はどうあがいても勝てるわけがない。だが、速さだけは反応できないほどのものではなかった。だから、目と身体が慣れるまで、ああして避けに徹していた」

「……?力で勝てないなら、拳を弾けてたのはどうして?」

「奥義。以前も言ったけど、俺の武術は門外不出の代物でね。自分の武器をわざわざ曝け出すつもりはない」

「えー……」

 

 巧の答えにティオナは残念そうな声を上げる。そして一区切りついたと思うと、今度は姉のティオネから尋ねられた。

 

「なら、地面が簡単に崩れたのは?確かに崩れることはあるけど、あの程度の攻防ではあれほどまでに崩れることはないはずよ?」

「【猛者(おうじゃ)】との攻防の際に、攻撃を幾つか地面に打って岩盤に罅を入れておいただけだ。俺と彼を中心にした正方形の角あたりにな。あの攻撃に耐えながら狙うのは流石にきつかった。だが、流石に正面からは勝てないからな。博打ではあったが、賭けに勝ったようでよかった」

「……意外と余裕あったわけね」

「あるわけないだろう。奥歯に万能薬(エリクサー)を仕込んであっても、かなりギリギリだった」

「……そんなこともしてたわけ?」

「……生憎、俺はまだLv.2だぞ?それに格上がどういうものかもよく理解している。死なないために最善を尽くすのが当然だろう」

 

 忘れてないか?とでも言うように目を細めて睨むようにティオネを見つめる。

 なんなら【ステイタス】を見るか?とでも言うように背中を隠している髪を、肩にかけるようにして前にずらす。

 それを食い入るように見つめたのは、【神聖文字(ヒエログリフ)】を解読できるリヴェリアとアイズだった。

 

「……本当に、Lv.2なんだな」

「意外か?だが、それが事実だ」

「それに、基礎アビリティがオールSSS、というのは……」

『―――ッ!?』

「ああ、そういえばそうだったな。とはいえ、俺も何がどうなってそうなったかは分からん。スキルの影響なのか、努力の結晶なのかはな。今のところはこれ以上上がらないな。ここでストップなのか、はたまたこれより上があるのか……」

「……」

「まぁ、どうでもいいことだ。技術や戦い方には関係しないのだからな。扱いに困っているのは事実だが……」

 

 巧はつまらないことを言うかのように、投げやりに言葉を吐き捨てる。

 巧からしてみれば『神の恩恵(ファルナ)』はドーピング程度の認識でしかない。上限まで上がったからと言って、修練をやめることはしないし、やめるつもりもない。

 

「ふむ……スキルは見せてはくれないのか?」

「……あー……ヘスティア様がぐちゃぐちゃにしてるから解読しようと思えばできんじゃない?読み解いたところで大した情報はないと思うがね」

 

 巧のスキル、【最短の道を選ぶなかれ(インストラクション:1)】、【研鑽を忘れるなかれ(インストラクション:2)】、【書を捨てよ、己が道を歩め(インストラクション:3)】のいずれかが関係しているのかもしれないが、このスキルの説明には限界突破については何一つとして書かれていない。ベルの限界突破の原因は彼のスキル、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】のように『早熟する』などの表記もない。

巧がなぜ、【ステイタス】の限界突破の原因はまったくもって謎なのだ。

 

「……無理だな。読めそうにない」

「じゃあ、ここから先は『有料コンテンツ』ってことで」

「……?何と言ったのだ?」

「んーん、なんでもないぜー」

 

 『有料コンテンツ』のところだけを共通語ではなく()()()で話し、他者には意味が分からないようにする。

 もしも共通語で口にして『有料』の部分だけでも信じてしまったら、本当に金を渡されそうな気がしたからだ。

 

「ふむ……。では、手前からも一つ、いや二ついいか?」

「……もう、この際だからいくつでもいいから答えるよ」

「では遠慮なく。最後に二度、閃光があったであろう?二度目はお主の『技』であろうが、一度目は何だったのだ?」

「ただの閃光玉。自作だけどね。それを瓦礫の裏に隠して、オッタルの視界に映らないようにして、炸裂する瞬間に瓦礫を除けて目を潰したんだ。閃光で潰れれば最高、最低でも目を瞑ってくれればよかったからねぇ……」

「……とても隠しておけるような場所があったようには……」

「あっはは、人の身体って不思議だよねー♪訓練さえすれば、いつでも吐けるようになるんだからさー♪」

『……』

 

 巧の言葉で大体を察した一同。

 巧が閃光玉を隠していたのは、胃袋の中だ。それを使う時になって吐き出し、破裂させる。

 そんな芸当を戦闘中に行うのは巧ぐらいしかできないだろうし、進んでやろうという者もおそらくいないだろう。

 

「では『技』についてはどうだ?」

「門外不出」

「……で、あろうな」

 

 椿は答えが分かりきっていたが、巧に最後の奥義について聞くだけ聞いてみた。が、返答は予想通りのものだった。

 

「他には?今ので最後?」

「……最後に僕からいいかい?」

「どうぞ、ご自由にー」

 

 フィンが軽く手を挙げて巧に返答する。それに巧は軽く答えて質問を促す。

 

「君は、なぜオッタルと戦ったんだい?君ならいくらでも回避することができただろう?」

「あー、確かにできたよ?でも、オッタルの目的は俺を殺すことだったからね。それじゃ意味がない。執拗に追いかけられて終わりだ。ならばと思って、実力で退かせるしかないと判断したんだ。上手くいったかは知らないけどさ……」

 

 まぁ追ってきてないし、今のところは成功かな?と軽く溢す。

 そんな巧を見て、唖然とした表情を浮かべる一同。

 

「……アンタ、馬鹿なの?」

「……?いきなり罵倒される覚えはないけど?」

「いや、普通はLv.2がLv.7に実力行使しようとは考えもしないわよ」

「じゃあ、馬鹿でいいよ。実際、頭のネジが足りてないとよく言われるし」

 

 巧は元の世界でよく一般職員などから「頭、大丈夫?」と心配されることが多かった。もちろん、これには頭を強打された意味合いも含んではいるが、比率的には圧倒的に『脳内の思考回路』の方の意味合いが強かった。

 そうして、一同は他愛のない会話をしながら進んでいくとダンジョンの出口に到達する。そしてベルとリリルカをバベルの治療施設に運び込み、ベッドへと寝かせる。

 

「うん。ありがとねー。正直、助かったよー」

「なら、一つ貸しにでもしておこうかな?」

「あっはっはっは」

 

 フィンの言葉に巧は笑って誤魔化そうとする。対するフィンも本気で言っているわけではなかったようで、笑みを浮かべている。

 巧は笑うのをやめ、眼前の面々を眺めてから微笑を浮かべて言葉を投げかける。

 

「それじゃ、遠征頑張ってね。何もないわけがないだろうから」

「分かっているよ。君も気を付けるんだよ?」

「理解してる。ていうか、こっちの心配をしてる余裕なんてあるの?」

「お互い様だと思うけど?」

 

 軽口を言い合い、改めて遠征に向かい始める一同をベッドに腰掛けながら、巧は手を振って見送った。

 アイズは姿が見えなくなる前に、巧に向けて軽く会釈をしてからこの場を去っていった。

 そして、全員の姿が完全に見えなくなると、息を一つ吐きだす。

 

「さて、問題は山積みだ」

 

 ベル。

 女神フレイヤ。

 オッタル。

 考えただけで思考放棄したくなるような面倒事ばかりだ。

 そのうえ、もう一つ。今の巧には問題があった。

 

 

 ―――――――――ッ

 

 今も、懐かしい声が聞こえる。

 

「うるさいよ。今からそっちに向かうって。昔みたいに存分に可愛がっ(殺し)てあげるよ」

 

 そう呟いて、目を瞑る。

 そのまま彼の身体はベッドから崩れ落ち、床に倒れて動かなくなってしまう。

 

 

 そして、次に意識が浮上したときにはそこは――――

 

 

 

 ――――360°地平線まで続く何もかもが赤い平野、そして「夕焼けより赤い」と表現された空だった。

 




 今日の巧メモ

あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみ ねはみ けをのばせ




 今回で原作三巻は終わりです!
 というわけでしばらくお休みをいただきます。
 ……いえ、ね?これから卒論と就活ですので……その時間が厳しいわけですよ。ですので今後は恐らく不定期更新になるかと思います。本当に申し訳ないです。
 今後の投稿は水曜日の縛りはなく、時間だけ18時に固定して更新するようになるかと思いますので、今後ともお付き合いしてくださると狂喜乱舞です。

 というわけで次回はみんな大好きなオブジェクトの登場です!
 なぜこの世界にいるのか?
 どうして巧は幻覚世界に引き込まれてしまったのか?
 というのも含めて次回から!詳しく書いていこうかと思います!

 それでは皆様!次回がいつになるか残念ながら分かりませんが、また次回!
 ……エタりませんのでご安心くださいね?

以下クレジット

「SCP-444-JP」は”locker”作「SCP-444-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-444-jp


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原作4巻5巻+外伝5巻
第四九話


 ……はい、皆さんお久しぶりです。
 まだ読んでくださっている方、また待ってくださっていた皆様。
 待たせてしまったという申し訳ない気持ちと共に猫屋敷の召使いはハーメルンに帰ってきました。
 卒論と就活に追われる日々の中、何とか内定を頂き、卒論も何とか軌道に乗ってきたので、これからも書いていくという報告も兼ねて最新話を投稿します。
 もし、愛想を尽かしていらっしゃらないのでしたら、またこれからもよろしくお願い致します。
 以前のように週一投稿とはいきませんが、不定期投稿で頑張っていこうと思っております。
 では、前書きが長くなってしまいましたが、本編をどうぞ!


 薄暗い室内。窓から夕陽の赤い日差しが仄かに差し込んでくる。そんな室内でフレイヤは背後ではオッタルが跪きながら控えていた。その顔には主人の命を全うできなかったことによる不甲斐なさが滲み出ていた。

 

「……申し訳ございません」

 

 いかようなる処分も受ける心持ちで、静かに謝罪の言葉を口にする。

 しかし、主人であるフレイヤから返ってきたのは、予想だにしない言葉であった。

 

「……いえ、構わないわ」

「しかし―――」

「今回のことで彼にも少しだけ興味が湧いたわ」

「……分かりました」

 

 主人の言葉を素直に受け取り、床から膝を上げて直立の体勢へと正す。

 彼の動きが止まった瞬間、でも、とフレイヤが口を開く。

 

「一つだけ聞かせて欲しいの」

「なんでございましょうか?」

「貴方は、彼を殺そうと思えばいつでも殺せたはずよ。それなのに、そうしなかったのは何故かしら?」

「……」

 

 彼女の疑問が、肩越しの鋭い視線と共にオッタルに向けられる。

 確かに、あの戦闘中にオッタルはいつでも巧を手に掛けることはできた。それが成功するとは限らなかったが、仕掛けるタイミング自体は巧自身がわざと作ったものも含めると多数存在した。しかし、オッタルは手を出さなかった。

もちろん、巧自身もそれを理解していた。なぜ仕掛けてこないのか、と戦闘中にもかかわらず不思議に感じていた。その原因と思われる存在に今、存分に理解させられているのだが。

だがそれが分からないフレイヤは、抱いた疑問を解消させるために彼に問うた。

 主人の問いに逡巡するオッタルであったが、数瞬後には答えた。

 

「本能的に()()()()()()だと、感じたからです」

「……そう。なら、あれはそういうものなのね」

「……どういうことでしょうか?」

 

 オッタルが尋ねると、フレイヤは何かを思い出すように目を伏せる。

 

「一週間ぐらい前から、彼の魂の色が()()()のよ。変わったわけではなく、まるで、彼の身体に彼とは()()()()が入り込んだかのように、ね」

「……」

「おそらく彼を殺したら、()()が表に出てくるんじゃないかしら?今は頑張って押さえているようだけれど」

「では、しばらくは静観ということでしょうか?」

「ええ、そうね。……それに、貴方と戦っているときの彼の色に、不覚にも見入ってしまったもの」

 

 ベルを覗き見る片手間とはいえ、オッタルと巧の戦闘を眺めていた。その際の、彼の魂は黄金色に輝き、気高い獣を幻視するほど異質なものだった。そして、その彼を邪魔するかのような、赤い色。

 ()()()()()()彼の魂でも、『赤』というのは見たことがなかった。

 ベルやヘスティアと接するときは『白』。

 裏で動くときや悪だくみをしているときは『黒』。

 本気の戦闘時には『金』で、最も輝いていた。

 『赤』、それも()()()()()()()()()()、どのように表現してもいいか分からないような『赤』だ。見ているだけで、恐怖を抱くような、そんな色は知らなかった。それも彼の魂とは離れており、別に存在している。時折逃げようとしているのか、激しく動くが、すぐに彼の傍へと引き戻される。ここ最近は、そういったことを特に繰り返している。

 

「……ふふっ。彼の中に、一体何が巣食ったのかしらね?」

「……」

 

 『赤色』の何かを気にしながら、フレイヤは巧にも興味を深めていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ……はぁッ……ッ!」

 

 巧は、夕焼けよりも赤い空の下で、荒い呼吸を繰り返し、捕食され、失ってしまった左腕の断面を右腕で押さえる。

 

「クソッ、どれだけ多くの奴らを食ったんだ、貴様はっ……!?」

『―――――――』

 

 驚愕する巧の足元には、両翼を捥がれ、地に倒れ伏す赤い巨鳥がいた。

しかし、その巨鳥は巧の知っている姿よりも二回り以上の大きさを誇っていた。

 そのうえ、翼の切断面からは既に次の翼が生え始めている。

 その様子を見ながら、舌打ちを鳴らし、忌々しげに表情を歪める。

 

「チッ……埒が明かないな。一度現実世界に覚醒するか。肉体は強制的に昏睡状態にして動かないようにしてるはずだが、コイツの影響がどれだけ変化しているのか、分かったものじゃない。……『摩擦熱切断手刀』!」

 

 そういって、眼下にいる巨鳥の血走った眼を覗き込みながら、手刀で首を切り落とす。

 

「これで襲われるまではしばらくは猶予があるだろう。後は、現実世界で筆記すればいいはずだが……」

 

 巧は巨鳥の上から降りて距離を取ると、意識的に現実の肉体に筆記させる。

 『あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみ ねはみ けをのばせ』と、手を動かす。

 

「……現実の肉体が、迷惑をかけていなければいいなぁ……」

 

 脳を休眠させて昏睡状態へと無理やり移行し、寝たきりの状態だから迷惑は少なからずかけているだろうが、もしも暴れていて、誰かに怪我などをさせていないかどうか、巧は覚醒する数瞬前に考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ここ、は…………?」

 

 現実世界へと覚醒した巧は、目覚めたばかりでぼんやりしている頭で周囲の状況を確認する。

まず一番に気が付いたのは、自分の手に頑丈そうな手枷がされており、服装はダンジョンから帰還したときから変わらず、襤褸布のような状態だということだった。

次に自分がいる場所のことに気が付いた。【ヘスティア・ファミリア】が拠点としている教会の地下室の床とは違い、煉瓦が敷き詰められており、部屋の中には簡素なベッドが一つと、隅にトイレが設置してあるだけ。そのうえ、四方の一つは壁ではなく鉄格子であった。ここは、陽の光が差し込んでくる小窓も無く、湿っぽい牢屋の中だとすぐに理解した。

地面には、歪ながらも先ほど筆記した文字列が刻まれていた。書くための物がなかったため、無理やり地面を傷つけて書いたためか爪が剥がれかけ、その指の先や爪の間から出血していた。

 じゃら、と自分の両手を拘束している鎖を眼前に持ち上げながら、巧は今の状況を理解した。

 

「あー……これは、暴れちゃった、かな……。最初に少しだけやられちゃったのがマズかったか……。それに身体の機能の多くを停止させてあったというのに……。やっぱ、想像以上にアイツの力が大きくなってる。一体、どれだけの人を喰らったんだか……」

 

 そんなことを呟きながら、天井を仰ぎ見る。

 

「……ここからすぐに、出られたりするのかなぁ……。【ステイタス】の更新もしたいんだけどなぁ……。服も欲しいし……」

 

 ぶるり、と少しだけ肌寒さを感じ身体を震わせる。

 それから立ち上がり、鉄格子に近寄って声を上げる。

 

「誰かぁー!いませんかぁー!?」

 

 そこそこ大きな声で叫ぶ。その声が管理者の耳に届き、巧のいる牢の前までやってくる。その人物はギルドの制服を着込んだ男性であった。つまりここはギルドの管理する冒険者の用の牢獄だというのが分かった。

 

「あ、どうもー」

「……貴様、ようやく起きたのか」

「おかげさまで?って言っていいのか分からないけど、とりあえずは。で、ここが何処なのか聞いても?」

「……ここは【ガネーシャ・ファミリア】が管理する冒険者用の牢だ。自分が何をしたかは分かっているのだろう?」

「いや?」

「……まさか、覚えていないのか?」

「ええ、これっぽっちも。最後の記憶は白髪の少年のいるベッドに腰掛けてたところまでかなー」

「き、貴様はあれほどのことを仕出かしたというのに、それを全く覚えていないというのか!?」

 

 その叫ぶような声に、巧は驚いてさらに尋ねる。

 

「もしかして、誰か殺しちゃった?」

「……いや、幸いにも誰も死んではいない。怪我人もいない。だが、貴様はバベル内の医療施設を破壊した後、昏睡状態に陥り、即座に此処へと隔離された」

「そっかぁー。なら、まだマシかな……。『あれだけのこと』って言うからもっとヤバいことやっちゃったかと思っちゃったよ」

 

運よく、本当に運よく近くのベッドに寝かされていたベルやリリルカにさえも被害はなかったようだ。

そのことに巧は男性の説明に安堵の息を吐く。

 

「それでさぁ、俺って今すぐここから出られたりする?」

「駄目に決まっているだろうッ!目が覚めたのならこれから事情聴取だッ!」

「ならそれは、俺をここから出さないでやって欲しいな。もう暴れることはないと断言できないし、また倒れるだろうからね」

「……なに?」

「あの行動は俺の意思を無視した行動だ。現状、俺は寄生虫のような奴に蝕まれて、その影響であのような行動を取ってしまった。まあ、俺が言う『奴』に勝ち続ければ、暴れることはないのだろうがな……」

 

 男性は巧が何を言っているのか理解できなかった。きっと、理解できない方が断然幸せだろう。なにせ、知ってしまえば終わりなのだから。いや、その条件さえも変化しているかもしれない。これ以上、迂闊に話すことは危険だと判断して話を切り上げる。今はまだ、自分に執着しているから、下手に他の奴に手を出すことは少ないかもしれない。だが、ここから無事に出られたら、意味不明な言葉を呟きながら無差別に攻撃を行った事例がないかを調べようと巧は決めた。

 

「できれば、あいつに負けないようにするためにも、可能ならここに俺の主神を呼んで【ステイタス】の更新も行いたいんだけど。……ダメ?」

「……まずは貴様が目を覚ましたことを上に報告する。話はそれからだ」

 

 それだけ告げて、男性はこの場から立ち去っていく。それを横目で見送ると、ベッドの上に横になって身体を休める。この場合は身体よりも精神の方を休めたい欲求の方が強いだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 巧が地上に帰ってきて三日後のことだった。

 

「もう!もうもうもうっ!!もうッッ!!」

「……ヘスティア様はいつから牛になったの?」

「違うっ!!怒っているんだよっ!!ボクはッ!!」

 

 鉄格子越しに自慢のツインテールを天に向けて尖らせながら、声を荒げる巧の主神がそこにいた。

 倒置法を使うほど怒り心頭なのだろう。

 あの後、幾度にわたる交渉の末、どうにか主神であるヘスティア様との面会と、【ステイタス】の更新を許された。

 巧はこれが本物の怒髪天を衝くという奴なのだろうか?などと眼前の怒れる主神を見ながら、少しだけほんわかした気持ちになった。

 

「ヘスティア様が怒っても全然怖くないよー。むしろ可愛いぐらいだよ」

「にゃ、にゃにおぅ!?」

 

 怒りで顔を真っ赤にしていたと思うと、今度は羞恥で顔を赤に染める。

 そんな様子を見て、巧はさらに口元を歪めてしまう。

 

「……お前達を面会させたのはイチャつかせるためじゃないんだが?」

「わかってまーす」

「べ、別にこれぐらいはいいだろう!?」

 

 ここの管理者の男性の声で、巧は剥き出しの背中をヘスティアの方へと向ける。

 

「じゃあ、更新するよ」

「お願いー」

 

 ヘスティアの小さな手が巧の小さな背中を這うようにして【ステイタス】を弄る。ここまではいつも通り。

 だが、まだ終わっていないはずなのにヘスティアの手がふとした瞬間に止まる。

 鉄格子越しで背中を弄りづらいのかもしれない。しかし、それにしても止まっている時間が長すぎる。

 そのことを不審に感じた巧が尋ねる。

 

「……どうしたの?もう終わった?まぁ、更新しても数値は変わらないだろうから少し早い―――」

「【ランクアップ】できる……」

「あっそう?ならおねがーい!発展アビリティがあるなら、ぜひとも『耐異常』で!」

「軽い!?もう少し感動とかはないのかい!?」

「ない。そして今の俺には時間もない!早くしてー!俺がまた倒れる前にー!」

 

 必死な巧の声に促され、ため息を吐きながらも【ランクアップ】させる。

 

「はい、これ。写しね」

「うん。ありがとう。いつもすまないねぇお婆さん」

「それは言わない約束でしょうお爺さん……って誰がお婆さんだいッ!!」

 

 綺麗なノリ突っ込みをしながらツインテールを自在に動かして巧の首に纏わりつかせる。

 一方の巧はこのノリが神相手に通じたことに驚きを隠せずにいた。傍にいる男性は少しだけ首を傾げて不思議そうにしているため、これは世界共通ではなく神相手にしか通じないのだろうと考えた。そこから天界では巧の元いた世界、地球と似たような文化が少なからずあるのだろう。以前からこの世界の文化では生まれない言葉などがあり不思議に思っていたが、神達が広めたのだろうと、ここで確信した。

 そしてようやく思考が一周して落ち着いた巧は渡された紙に視線を這わせる。

 

 

タクミ・カトウ

Lv.3

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

頑強:I→H

耐異常:I

 

 

スキルはいつも通り省略されており、変化がなかったことを示していた。

 

「そういえば、ベルはどう?やっぱり心配してた?」

「治療室で丸二日眠りこけてたけど、今はもう大丈夫そうだよ。それと、タクミ君のことを聞いて動転してたよ。言葉すらまともに出せないぐらいにね。【ランクアップ】したのに、全然嬉しそうじゃなかったよ」

「そっか。それは、悪いことをしちゃったかな……」

「タクミ君の方も話して欲しいんだけどな」

「ここから出られたら、話せることは話すよ」

「なら、いま陥ってる状況は?」

「……それは、ごめん。巻き込みたくない。話すだけでも影響が出るかもしれないから。それに()()に神という存在を与えたら、どうなるか分からないし、知りたくもないんだ」

「……うん。分かったよ。何を言っているかは分からないけど、タクミ君がそういうのなら信じるよ」

「ありがとう。ああ、それとベルがLv.2になったなら、是非ともヴェルフと一緒に潜ってやって欲しいな。リリルカとの二人じゃ流石に厳しいだろうし、お互いにとっていい経験になると思うから。俺も行きたいけど、こんな状況だしね……」

「そうだね……。ああ、しっかり伝えておくよ!」

 

 それを最後にヘスティアはホームへと帰っていった。巧はそんな彼女を手枷が嵌められた両手を振って見送る。

 そして、格子の前にいる男性に目を向ける。

 

「それで、これからどうすればいいわけ?」

「事情聴取だ」

「ずっと言ってるけど無理だね。下手にアイツの餌を増やしたくはない。今も俺に勝つために貪ってるかもしれないのに、どうしてこちらが不利になるようなことをしなきゃいけないんだよ」

「チッ……貴様はそればかりだな」

「こればかりは人智を、いや()()すらも超えているかもしれない存在だ。理解できなくてもいいよ。いや、理解させちゃマズい、の方が正しいのかな?」

 

 まるで言葉遊びをしているかのような会話を男性としていると、巧の視界が歪み始める。

 

「あぁ、クソ。いくら何でも早すぎるだろ。あれだけやってものの二時間でまた仕掛けてくるのかよ」

「……?お、おい?大丈夫なのか?」

「分からない……。また、暴れるかもしれないからここには近づかない方が良いかもね……あぁ、でも、紙と書くものが欲しいかな……それさえあれば、多分大丈夫だから……」

 

 それを最後に巧の意識は完全に幻覚世界へと降り立った。

 生物ではない、『言葉』という不可思議な存在を撃退すべく。

 




クレジット

「摩擦熱切断手刀」は”Central_ECH”作「耐久実験」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-2

「SCP-444-JP」は”locker”作「SCP-444-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-444-jp


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第五〇話

前回の投稿から半年と少しぐらいでしょうか?

本ッッッ当に申し訳ございませんでしたァッ!!

前回の投稿の時に『卒論も軌道に乗ってきた』と申し上げましたが……全くそんなことはございませんでしたッ!!

前話の投稿後、実験に次ぐ実験で挙句の果てには小規模ではありますが学会での発表及びその準備なども相まり、月日が過ぎ、今話の投稿時間になりました……。

これからは不定期更新とはいえ、頑張って投稿を続けていく所存ですので、どれだけの人が待っていてくださっていらっしゃるかわかりませんが、これからもよろしくお願いいたしします。

それでは最新話をどうぞ。



 『夕焼けよりも赤い』空の下。赤い巨鳥が支配する幻覚世界だ。

 そこには地に落ち、倒れ伏した巨大な赤い鳥と、その上に居座って鼻歌を歌い、上機嫌な少年のような容姿の男性が一人いた。

 

「やっぱ、【ランクアップ】って偉大だわ。身体の感覚が違うもん。まぁ、代わりにずれの修正が少々面倒だけど、まぁ問題ないかな?すぐに慣れるでしょ」

『―――――』

 

 翼は捥がれ、足も斬り落とされ、首と嘴さえも落とされ、それでもなお血走った眼を自身の上に座る少年、巧へと向ける。そんな彼は赤い鳥とは対照的に疲労の色が見られる目で、地面に転がる生首へと視線を向ける。

 

「とはいえ、これでも大分つらいねー。腕を持っていかれなくなっただけで、儲けもんってことで我慢しとくべき?」

 

 巧の全身には嘴や爪によってつけられたと思われる生傷が多数見られた。

 手の平にも裂傷があり、相当な無茶をしたことが見受けられた。

 

「でも、これでまたしばらくお別れかな?しばらくは回復に専念してくれると助かるかな」

 

 そして、右手を意識的に動かして文字を綴る。

 

 

 

 

 

 

 

 幻覚世界から現実世界へと意識が浮上する。巧は最初に右手に握られたペンの先へと視線をやる。

 そこには羊皮紙が地面に直に置かれており、紙面には()()()でSCP-444-JPが筆記されている。

 共通語(コイネー)で書かれていないことを確認すると、ペンを紙の上に置き、空気を大きく吐き出す。これで安全なのかは巧にも分からない。意味が理解できなければセーフなのか、理解できなくても見た時点でアウトなのか。性質が大きく変容している可能性のある存在に対する細やかな抵抗かもしれないが、しないよりはマシだろう。

 その後、紙を見えない場所に隠すと、備え付けの硬いベッドに横になり、頭と身体を休ませるために脱力する。

 そして、巧のいる牢に一つの足音が近づいてくる。ここ数日で聞き慣れた音だ。音の主はそのまま歩いてくると巧のいる牢の前で立ち止まる。

 

「……寝ているのか?」

「……起きてるよ。すごい疲れているけどね」

 

 男の言葉に巧は気怠げに返す。赤い鳥に四六時中襲われているようなものだ。精神も身体も休ませる暇が少ない。そのため僅かな時間でも身体を効率的に休ませることに努めている。

 

「それで、何の用?」

「……貴様の処罰が決まった」

「そいつは嬉しいねぇ。此処に入ってもう十日かな?ま、すぐ出れようが長くなろうが大して気にはならんけどねー……」

「……被害者もおらず、初犯ということで罰金と治療室の修繕費だけで済ませるそうだ。どう見ても、あの行動は貴様自身の意思ではないと判断された」

「ありがたいこって……ちなみに、今すぐ出なきゃダメ?」

「……それについても貴様の自由でいいそうだ。出るときに声をかけろ。牢を開けてやる」

「寛大な処遇をどうもー……」

 

 最後にそれを告げて牢の前から立ち去っていく。その様子を目で確認せず、音だけで理解すると、ため息を吐く。

 

(……とはいっても、どう対処すべきか……『熱血健康法』と『冷血健康法』で除去してもいいが、アイツがこの世界に蔓延っているのか、それとも別世界でも関係なく付き纏ってきただけなのか判断ができないんだよな……。そもそも本当にアイツは『言葉』なのか?餌を摂取して成長する?完全に生物だな。……あぁ、意識の世界を飛ぶ認識の鳥だったな。とはいえ、その存在が『在る』として、いる場所は俺の中なのか、別の場所、それこそ幻覚世界という別世界なのか……分からないから、オブジェクトとして収容されたんだが。いやすでに収容違反だったな。財団が実験をし過ぎた結果だが……。組織内でも存在を()()()()()のは、一部の伝承者クラスの職員のみだったか……そう考えると、分からないことが多いってことでもあるのか……考えても仕方ないか。今はこの状況をどうにかすることだけを考えるべきだな)

 

 そのまま考えることを放棄し、目を閉じる。

 せめて、数時間は眠れることを祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 360°地平線まで続く赤い野原。『夕焼けよりも赤い』空。

 いい加減鬱陶しく感じてしまうほど見慣れた景色。

 既に赤い巨鳥は巧の手によって地に堕とされている。だが巧も今回は無傷で勝利することは叶わなかった。

 左肩が抉られ、左腕があるべき場所についておらず、遠くに落ちていた。実際に赤い鳥にやられたのは肩だけだが、動かない腕がついていても邪魔だからと、巧自身が斬り捨て、止血を行った。

 今までの巨鳥であれば『元素功法』を使い、治療する余裕があっただろうが、今回はさらに成長し、より強くなっており、使う暇がなかった。

 それでもなお、巧は巨鳥を打ち倒すほどの実力があった。

 そして、すでに巨鳥は身体の治癒が始まっている。

 

「……随分と回復が早くなったな」

『―――――』

「そう睨むなよ。こちらも抵抗せずにやられるわけにはいかない」

 

 巧はそう告げると、斬り落とした巨鳥の頭部を持ち上げる。

 

「この十日間、考え続けたがあまりいい案は浮かばなかった。結局のところ、『熱血健康法』と『冷血健康法』による除去が前例もあり確実という結論に至る。まぁ、お前については分からないことも多い。それを調べる良い機会だと考え、努力してきたが、流石に限界が近い」

 

 そう言いながら、巧は持ち上げた頭部を見ながら、顔を顰める。

 

「ただ、まあ、誰もお前を『食べる』という試みをしていなかったと思ってな」

『―――――』

「まぁ、食べて腹の中で再生でもされたらトラウマもんだからな。かく言う俺も、少々怖い。だが、試せるタイミングは限られているからな。とはいえ長々話しても仕方ない。んじゃ、こうしていても再生する一方だし―――」

 

 そこまで告げ、巧はいよいよ口を大きく開ける。

 

「――― イタダキマス

 

 

 

 

 

 

 

 巧の意識が戻る。幻覚世界から帰還し、真っ先に向かったのは、牢の隅にあるトイレだった。便器に顔を突っ込むと胃の中身を盛大にぶちまける。もう昼も近く、朝食はほとんど消化されてしまっているのか、黄色い胃液が大半だった。苦しみながら、不快感を吐き出すために胃の中身を逆流させる。

 なぜ、こんなにも彼が苦しんでいるのか。その理由は意外と単純だった。

 

「ぉえ……流石に、羽毛が生えたまま食すもん、じゃねぇな。まだ口と喉に感触が残ってるし……。いや、そもそもの話、いくら錯乱気味だからって『食べる』って……さっきの俺の思考回路、ヤバいな……睡眠不足や疲労が相まって、苛立ってるとはいえ……流石にひくわ……」

 

 羽のついたままのSCP-444-JPを腹に詰め込んだからである。羽のふさふさとした毛が食道を撫で下りていく感触。羽の硬い軸が喉に突っかかる感覚。それらがすべて脳と身体が鮮明に記憶していた。

 たとえそれが、幻覚世界でのことで、実際に胃の中には無いと理解していても、気分的に胃の内容物を戻すと、少しだけ楽になった気がする。それも、気休め程度ではあるが。

 そんなことよりも、より気がかりなことが巧にはあった。

 

「つか、成功したのか?俺が書いた形跡はないが……」

 

 傍に落ちていた羊皮紙をじっくりと眺めるも、真新しい書き込みは存在しない。つまり、現実世界で筆記することなく、幻覚世界から脱出したことになる。しかし、これが成功といえる結果なのかは分からなかった。

 

「しばらく、様子見かな……うっ」

 

 もう少しの間、牢の中で過ごすことに決めた巧は、再び便器に顔を突っ込んでせり上がってきた胃液を吐き出した。

 




前書きでお話したように不定期更新ではありますが、続けていきます。今後ともよろしくお願いいたします。


蛇足

序盤の『翼は捥がれ~』の文章書いてるとき、「ん?似たような表現をどこかで聞いたような……??」と思ったら、遊戯王の【征竜】君でしたね……。なお、緋色の鳥よりも凶悪だったし、しぶとかった(遊戯王界隈に限る)。そんなことを書いてて思いました。当時は地獄だったけど、今思い出すと少し笑えてくるあたり、いい思い出だったのだろうか?


以下クレジット

「SCP-444-JP」は”locker”作「SCP-444-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-444-jp

「熱血健康法」は”Central_ECH”作「百問百答」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-5

「冷血健康法」は”Central_ECH”作「百問百答」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/central-ech-5

「元素功法」は”sakagami”原案及び”Central_ECH”改稿「INTRODUCTION OF 財団神拳」の「新たな奥義」欄に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/sakagami006-portal-of-foundation-shinken


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第五一話

はい。お久しぶりです。
中古とはいえ、PCを買い替えておんぼろPCの誤作動やフリーズにおびえることなく安心して執筆できるようになった作者の猫屋敷の召使いです。
今の今までコロナに怯えながらも新社会人として忙しい日々を過ごしておりました。
そして、ようやく生活にも慣れ始めたので、ぼちぼち更新していきます。更新を楽しみにしていた方々には大変待たせてしまい申し訳ございませんでした。

それでは最新話です。どうぞ。
久しぶりに書いているので誤字や文章に違和感があったら申し訳ございません。


 早朝、牢から出してもらい青褪めたままの顔で、巧は薄白い光が照らす街を歩いていた。服はヘスティアが看守に預けていたものに着替えている。

 結局あの後、幻覚世界に呼ばれることがなく、もう数日ほど様子見を考えていたが、その顔色の悪さから、看守一同によって牢から追い出され、半ば強制的に拠点に帰るように言われてしまったのだ。

 

「……ふぅ、まだどうなるか分からない不安があるんだけど……追い出されちゃったし、やれる限りをやるしかないかな……」

 

 もはや青色を通り越して土気色の顔で覚束ない足取りのまま拠点までの道のりを移動する。

 未だにあの幻覚世界で感じた異物感が拭えなく、寝る間もなく便器に張り付くようにして吐き続けたのだ。

 流石の巧でも、食事も睡眠もとるにとれない状態は生物として厳しい。とはいえ、今朝は無理矢理ではあるが、胃に朝食を詰め込んだが。

 

「だ、大丈夫、かい?」

 

 朝早く、まだ寝ている人が多いとはいえ、通りに完全に人がいないわけではない。そんな通行人の一人が彼の顔色を心配してか、声をかけてくる。

 

「大丈夫だよ。これから家に帰ってゆっくり休む予定だから……」

 

 それに対し、平気だと答えるが、声も明らかに力がなく、どうにもこうにも大丈夫には見えない。声をかけた人物はどうするべきかと悩んでいる間にも、巧は拠点に向かって歩いていく。そんな彼に気づくも呼び止める間もなく、その姿を遠ざかっていった。

 しばらく歩き、大通りから逸れ、路地に入り、たった一人になる。最初から路地に入ればよかったと、回っていない頭で考える。

 

「おのれ、クソ鳥、許さん……」

 

 それもこれもすべては()()()のせいだと、恨み言を溢すが、これは完璧に彼の自業自得で、逆恨み甚だしいことこの上ないだろう。とはいえ、あの時は寝不足や疲労もあり、良くも悪くも思考がぶっ飛んでいたための行動だったが、他者からすればドン引きものである。

 そうこうしている内に、【ヘスティア・ファミリア】が拠点にしている廃教会へと辿り着く。

 中に入り、扉を開け、地下への階段を降りる。

 

「ただいまー……」

「あ、おかえ―――」

 

 静かに声をかけながら中に入ると、ベルとリリルカがダンジョンに向かう準備をしていた。

 彼も巧の声に反応して、声がした方に振り向きながら返事をしたが、その言葉は途中で止まってしまう。一緒に荷物をまとめていたリリルカも入ってきた彼の方に顔を向け、目を見開き驚きを隠せない様子だった。

 ベルは血相を変えて詰め寄ると、肩を摑んで前後に揺さぶり始める。

 

「どどどど―――」

「説明するから落ち着け」

 

 何かを言い終わる前にベルの額をデコピンで弾く。Lv.3になったばかりとはいえ、どんな軽い一撃でも、Lv.2になったばかりのベルとでは大きな差がある。当然の如く、頭は後ろに大きく仰け反り、額と同時に首さえも多少痛めてしまう結果となる。

 額を抑えて蹲る彼に、リリルカは心配そうに駆け寄る。

 

「なんだかんだあって寝不足で食事も今日の朝食ぐらいしかまともに取れてないから、こんな顔色なんだよ。朝食はどうにか詰め込んだけど。あとで罰金と修理費を然るべき場所(ギルド)に持って行かなきゃならないし」

「そ、そうですか……ッ」

 

 地面に沈んだまま、返答する。まだ痛みが抜け来ていないのかプルプルと震えてしまっている。

 

「ヘスティア様は?」

「ま、まだ寝てます……」

 

 回らなくなっている頭、そして狭くなっている視野を補うためにベルに問いかける。

 なんとか立ち上がれるまでになったのか、巧の質問に額を押さえながらも立ち上がってから応えた。

 それから今度は逆にベルが問いかける。

 

「あ、そういえばタクミさん」

「ん?どうしたの?」

「リリの改宗(コンバージョン)っていつになるんでしょうか?できれば早い方が良いんですけど……」

「あー、もうちょい待って。俺が牢にいた間になんかいちゃもんとかつけてきた奴はいた?」

「いえ、いませんでした」

「……じゃあ、もう少し待ってもらおうかな。絶対アプローチを仕掛けてくるはずだし。炙り出せるまでは待ってもらうよ。俺も今回はやらかしちゃったから、その関係で来る可能性もあるし」

「……?何でですか?」

「全ての原因はお前が誑しだからだ、阿呆(あほう)

「ど、どういうことですか?」

 

 そんなものはお前の後ろで頷いている小人族(パルゥム)に聞け。

 心の中でそんなことを言いつつ、疑問には答えずに苦笑で茶を濁した。

 

「あ、タクミさん。『サラマンダー・ウール』を買うのに拠点に置いてあったお金を使っちゃいましたけど、大丈夫でしたか……?」

「平気平気。そんな端金(はしたがね)

「は、はしたがね……」

「そもそも拠点に置いてる金の大半はお前らの装備を整えるためのものだよ。遠慮なく使え。だからといって無駄遣いしろって言ってるわけじゃないからね?そこんとこ勘違いしないように。それに俺が使うにしても、必要なのは消耗品ぐらいだし。それでも現状余ってんだ」

 

 現在、【ヘスティア・ファミリア】にはかなりの貯蓄がある。その中には『ヘスティア・ナイフ』の借金返済用のものもあるが、それを差し引いてもベル達が使う分については特に問題はなかった。

 

「……そういえば、二つ名ってどうなったの?」

「あっ、【リトル・ルーキー】です!」

「ほぉー……俺のは?」

「それは、神様が直接伝えたいそうなので……」

「ふーん……?あっ、俺の【ランクアップ】ってギルドに報告ってしてるのかな?」

「はい、神様と一緒に報告しました!」

「そう?ならいっか。それより時間大丈夫?ヴェルフと潜るんじゃないの?それとも今日は別行動?」

 

 その一言にハッとした様子で二人は慌ただしく地下の出口に向かい始めた。

 

「い、行ってきます!」

「行って参ります!」

「はーい、気を付けてー。ヴェルフによろしくー」

 

 ひらひらと、土気色の顔で無理しながらも微笑を浮かべて二人を送り出した。扉が閉まる音が聞こえると、地下室の奥に歩みを進める。

 奥に置いてある三つのベッドの一つには、まだヘスティアが眠りについていた。

 

「……やっぱり手狭になってきたなぁ……引っ越しも考えないといけないかな……。ま、もう一人増えたらってことで先延ばしにしようか……」

 

 そんな呟きを吐き出しながら、静かに寝息を立て、眠っているヘスティアのベッドに近付いていく。そのベッドに腰掛け、少し深呼吸をしてから声をかける。

 

「ただいま、ヘスティア様」

 

 巧は小さく呟いたはずだったが、ヘスティアはその声に反応してか、小さく唸ると目を覚ました。

 

「んぅ……?タクミくん……?」

「……はい、ヘスティア様。ただいま戻りました」

 

 起こしてしまったかと、少し申し訳ない気持ちになりながらも答える。

 まだ少し覚醒しきっていないのか、彼女は緩慢な動きで抱き着いてくる。

 

「おかえりー……」

「はい。御心配おかけしました。……まだ眠いなら寝ててもいいよ?バイトがないなら」

「……………………………………………タクミ君ッ!?」

「はい。ヘスティア様の最初の眷属の巧君ですよー」

 

 反応が大分遅れたね。

 口には出さないが、つい思ってしまった。

 抱き着いていたヘスティアは相手が巧だと理解すると、身体を離して肩を摑んで、まじまじと顔を凝視する。

 

「そんなに見なくても巧君ですよー。顔色は悪いかもしれないけどねー」

「だ、大丈夫なのかい?」

「平気平気ー。少し休めば良くなるよ。今回の件も初犯ってことと人的被害がなく、建物にも大きな被害はなかったらしいし」

 

 今朝、追い出される際にその辺りを聞き出していたのだ。比較的処罰が軽い理由はさわりは聞いていたが詳細までは聞いていなかった。すると、壊れたものはベッドや棚などで床や壁、天井といった建物自体には被害はなかったとのことだった。そのため、修繕費もそこまで高くはなく、迷惑料や罰金と合わせて二〇〇万ヴァリスほどで済んだ。いや、レベルと【ファミリア】の規模だけを考えれば決して安くはないのだが、そこはすべて巧が非常識な成果を上げているおかげで大した損害ではなかった。もちろん巧は壊してしまったことについては申し訳なく思っているし、むしろ本当にその金額でいいのかと、巧の方が聞き返したぐらいだった。だが、正当な金額だということで押し切られてしまった。

 

「あとでギルドの方に罰金を届けたら今回の件は終わりだよ」

「そ、そっか……それなら良かったよ」

「そういえば、今日はバイトはあるの?」

「ん?うん。あるよ」

「そうなんだ。頑張ってねー。俺は少し休むから」

「……わかったよ。ゆっくり休んで」

 

 巧はそのままベッドに倒れ込んで、枕に顔を(うず)める。

 と、そこでヘスティアが思い出したように声を上げる。

 

「あぁ、そうだった!」

「……どうかした?」

 

 巧は彼女の声に反応し、枕から片目だけ出るように頭を動かし、視線を向ける。

 それを確認したヘスティアが二の句を告げる。

 

「タクミ君の二つ名だよ!」

「……あぁ、今言うんだ。それで、何になったの?」

 

 巧が眠そうな声で尋ねると、ヘスティアは複雑そうな表情で告げた。

 

「【無謀な挑戦者(クレイジー・スーサイダー)】だってさ」

「……うん。分かったよー。じゃ、お休みー」

 

 それだけ言うと、再び枕に顔を埋めて、今度は静かな寝息が立つ。それを見届けたヘスティアは身支度を整え、地下室を後にした。

 

「……半端に痛い。ていうか、どうしてそうなったし。あの伝言か?……いや、それ以外ないか。ベルはフレイヤがちょっかい出すと思っていたが、俺の方も比較的まともだった……か?いや、直訳で『イカれた自殺志願者』の時点でやばいか……」

 

 扉の閉まる音が聞こえた巧はそれだけ呟いて、今度こそ眠りに落ちた。

 




 不定期とはいえ、ぼちぼち続けていきます。
 今はコロナで厳しい状況ですが、皆さんも気を抜かずに日々をお過ごしください。
 あと久しぶりの更新は投稿ボタンを押すのに5分ぐらいかけてびくびくしながら押してる。
 久しぶりの投稿ってなぜかすごく怯えてしまう。それなら定期的に投稿しろよって話だけど、そんな速度で書くスキルがない自分が悲しいです……。

 あと次話についてはいつになるかちょっとわかりません。申し訳ございません。


以下クレジット
「SCP-710-JP-J」は”Kwana”作「SCP-710-JP-J」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-710-jp-j

「SCP-444-JP」は”locker”作「SCP-444-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-444-jp



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