魔法科高校の劣等生~双子の運命~ (ジーザス)
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1章 プロローグ
第一話 再会①


達也と深雪に兄妹がいる設定の小説が数多くあったので自分も書いてみようと思いました。


「あなたには第一高校に進学してもらいます」

 

そう言う女性は、今の日本の魔法師社会を束ねる十師族のうちの一家、四葉家現当主の四葉真夜だ。

 

現十師族の中で最も優秀だと言われている2つの家系のうちの1つ。そしてこの女性は「極東の魔王」や「夜の女王」という異名を持つ、当代最強と称される魔法師である。

 

実年齢は45歳なのだが外見は30過ぎにしか見えず、大人の女性の美しさを持ち合わせ異性を引き付ける魅力がある。

 

ここは真夜のプライベートスペースで、執事序列一位の葉山忠敬と家具・機械のメンテナンス業者以外は入ることのできない場所だ。

 

 

 

何故そんなところに俺がいるのかというと、それは出生に関係がある。だが今は当主の話を聞くことが先だ。

 

「文句を言うつもりはありませんが、何故第一高校に進学させたいのかお聞きしてもよろしいですか?」

 

俺に反発する気はない。というよりしようと思えない。何故なら四葉家の恐ろしさを身をもって知っているから。

 

「あなたなら理由を説明しなくても、わかっていると思うのだけれど…」

「達也と深雪に向けられる注意を分散させるためですね?」

 

意味ありげに笑みを浮かべる叔母に対して、俺が自分なりの回答をすると満点とでもいうように頷いた。

 

「達也さんと深雪さんの家に住んでもらいます。近くにいた方が何かと対処しやすいでしょうし、あなたの固有魔法なら2人の心も安らげることができるでしょうから」

 

俺が持つ1つの固有魔法のうちの一つが《回復(ヒール)》だ。俺の想子が枯渇、簡単に言うと死ぬまで作用する魔法で怪我した部位が完治していれば問題はない。だが途中までしか治っていない場合は、怪我をした状態に逆戻りしてしまう副作用がある。

 

《回復》の派生形である《癒し》はある程度のストレスを和らげ、感情をある程度コントロールすることができる。これは対象者と自分の信頼関係がなければ成り立たない魔法で、信頼が高いほど効果は強い。

 

逆に自分が敵と認識したり相手から明確な敵意(憎悪など)を向けるものに対しては、苦痛として相手に与えることができる

 

その性質上この魔法は精神干渉魔法に分類されている。

 

「2人には私から伝えますので、あなたはメイドと一緒に引っ越しの準備をしておきなさい。4日後に出発予定です」

 

それだけ言うと話はこれでお終いとでもいうように紅茶を口にした。

 

俺は2人とまた会えることをうれしく思った。一緒に暮らせるし、学校にも通うことができるので、踊り出したくなるほど嬉しかった。

 

俺は葉山さんにお礼を言ってから部屋を出て行った。

 

 

 

葉山が新しい紅茶を目の前に置くのを待ち、真夜は一口含むと葉山に尋ねた。

 

「葉山さん、言いたいことがあるなら言っても構いませんよ?」

「僭越ながら。奥様、あの3人を一緒にされてよろしいのですか?揃えばわが四葉家でも対抗するのは難しいと思いますが」

 

葉山は心配らしい。あの3人が四葉家を裏切るかもしれないと。

 

「気にしなくても大丈夫よ葉山さん。達也さんは深雪さんと彼がいれば問題を起こさないし、深雪さんは達也さんと彼がいれば暴走しないから」

 

真夜の言葉に納得したかのように葉山は一礼して退出した。

 

 

 

真夜は1人になると背伸びをした。大人の女性としては少々はしたない行為だが、たまには目をつぶってもらおう。

 

「あの3人が一緒の学校に通っていたらよくないことが起きそうだけど、しょうがないわよね達也さんはトラブルを引き寄せてしまうもの。彼が望んだことではないのだけどやっぱり私と姉さんのせいかしらね」

 

独り言をつぶやいた後、真夜は翌日達也と深雪の家に連絡を取るために就寝することにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

昼頃、深雪は入学筆記試験の勉強をしていたがなかなか問題が解けないので憂鬱になっていた。こういうときは勉強のできる兄が羨ましく思う。

 

解説してもらおうと立ち上がると、電話の呼び出し音が鳴り深雪は電話にかけよって応対した。

 

「はい、司波です」

『ごきげんよう深雪さん。今大丈夫かしら?』

 

自分たちの母親であった故人司波深夜旧姓四葉深夜の双子の妹である、叔母の四葉真夜からであった。

 

「ご無沙汰しております叔母様、もちろん大丈夫です。今お伺いします」

『あせらなくてもいいわよ。達也さんにも話しておきたいから、一緒にでてもらえるかしら?準備ができたらまた電話してね』

 

それだけ言うと電話は切れた。

 

自分だけでなく兄にまで話しておきたいこととは、よほどのことなのでしょうか?

 

そんなことを考えていたが、当主を待たせるわけにはいかないので兄を呼びに行った。兄は休日のほとんどの時間を、地下の施設でCADの調整をして過ごしている。

 

「達也お兄様、深雪です入ってもよろしいですか?」

 

問いかけると中から「いいよ」と兄が返答した。自動扉を抜けると上半身をこちらに向けている兄がいる。

 

「どうした深雪?勉強してたんじゃないのか?」

 

心配をしてくれることにうれしく思いながらも用件を伝える。

 

「していたのですが、叔母様から電話をいただいたのでお伝えしに来ました」

「どんな内容だったんだ?」

 

叔母から連絡があるのは重要なことを伝えるときだけ。様子を聞くことなどそうそうない。

 

「それが…お兄様にもお伝えしたいとおっしゃられて、折り返し連絡がほしいそうです」

 

困惑しながら深雪は内容を伝え達也も少なからず動揺しているようだ。

 

叔母上が俺にも話したいことね。やっかいなことでなければいいが…。

 

そこまで考えて深雪にお願いした。

 

「わかった。すぐ行くから先に準備しておいてくれ」

「はい!」

 

と深雪は答えてリビングに向かう。達也はさきほど開いていたファイルを保存し、CAD調整機の電源を落としてから深雪の後を追った。

 

 

 

リビングに着くとちょうど深雪が電話をかけているところで、数回コール音が鳴ると真夜が出た。

 

『折り返し連絡ありがとう深雪さん。達也さんも久しぶりね』

「「…お久しぶりです叔母上」」

 

相変わらず年相応の外見をしていないので、少し反応が遅れるが気になるほどの間をおかずに返答できた。

 

「ところで叔母上今日は一体どんな御用で?2ヶ月前にお会いしたばかりなので様子見ということではないでしょう」

『まあ、達也さん。そんなにせっかちだと、深雪さん以外に近寄ってくれる女性がいなくなりますよ?』

 

とクスクスと笑いながら真夜は答える。あながち冗談に聞こえなかったので、どう反応したらいいのか達也にはわからない。深雪は頬を軽く赤く染めてはいるが少なからず嬉しそうだ。

 

『今回お電話したのはほかでもありません。克也(かつや)と一緒に第一高校に入学してほしいんです』

 

真夜からお願いが来るとは思ってなかった。しかも克也と共同生活までという2つのお願いだ。

 

「「克也(お兄様)とですか!?」」

 

達也と深雪は同時に驚愕する。

 

『ええ、そうよ。克也もあなたたちに会いたそうにしていましたからよい機会でしょう?戦闘には適していますし、深雪さんの護衛にも最適かと思いますけど』

 

ウインクを最後につけながら言ってきた。

 

「よろこんで迎えますよ俺も会いたいですから」

 

達也の中に残っているわずかな感情がうずく。

 

『そう言ってくれると思っていましたけど安心しました。名義は私の息子四葉克也として学校には提出します。住所はあなたたちと同じです。関係性として幼馴染ではどうですか?親の仕事の事情で仲良くしていたというような感じで接してあげてください』

 

同じ家に四葉家の名前があれば、自分たちが四葉家の血縁者と思われてしまうので肩書は必須だ。今さら嘘が一つや二つ増えたところで変わらない。達也たち兄妹の個人情報はもともと嘘で真っ赤に染まっている。

 

親の仕事の都合というのもあながち間違っているわけではない。自分たちの父親は四葉家のある意味関係者なのだから。

 

『3日後に到着すると思いますからよろしくね』

 

それだけ言うと真夜とのテレビ電話は切れ、しばらくして深雪がうれしそうに聞いてきた。

 

「克也お兄様と一緒に生活することができるのですね!?私はうれしいです!」

「俺もだよ深雪。克也とまた暮らせるとは思わなかった」

 

達也に残っている感情〈家族愛(深雪と克也のみ)〉が膨らむ。

 

「深雪、克也が来た時に喜んでもらえるように部屋を掃除しようか」

 

そう提案すると深雪は鼻歌を歌いながら空き室の掃除をしに行った。

 

また一緒に暮らせるようになるとはな。少し波乱な高校生活になりそうだが、補って余りあるぐらい楽しいことになりそうだ。

 

そう思いながら達也も深雪の手伝いをするために空き室に向かった。




一話をお読みのみなさまありがとうございます。どしどし更新していくのでお願いします。

かっちゃん、たっちゃんと呼べますが原作とは何も関係ありませんww。



四葉克也(よつばかつや)・・今作の主人公。達也の双子の兄。事情で別々に生活していたが高校進学を理由に同棲を始める。魔法知識も豊富で魔法力も非常に高い。達也よりは少ないが深雪に対する想いはかなりある。固有魔法を4つ持っている。

司波達也・・克也の双子の弟。魔法実技に難点があるがそれを補って余りある能力がある。重度のシスコン。

司波深雪・・克也と達也の妹。可憐な容姿で年齢男女関わらず魅了する。重度のブラコン。




回復(ヒール)》・・克也の持つ4つの固有魔法のうちの1つで、傷を癒す力能力ある。

《癒し》・・克也が使う固有魔法《回復》の派生形。対象者の感情をコントロールし、精神的な疲労を回復させることが出来る。


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第二話 再会②

書くことって楽しいそれではどうぞ。


3日後の夕方。雨の香りを含んだ風が吹く中、克也が四葉家の所有するリムジンに乗ってやってきた。克也が車から降りると同時に、深雪は走り出して克也の胸に飛び込む。

 

「克也お兄様、お待ちしておりました!」

 

涙を流しながらすがりつく妹に俺は優しく頭をなでてやる。

 

「ただいま深雪。待たせて悪かったね」

 

俺の声を聴くとまた泣き出してしまい、慰めようと慌てふためいてしまう。

 

「お帰り克也、久しぶりだな」

 

達也が頬を緩めて近づいてきた。

 

久しぶりに見る双子の弟を視界に入れると、なぜか妙に安心できる。相変わらず不思議な奴だと思いながらも返事をした。

 

「よう達也、元気だったか?」

「当たり前だ」

 

いつも通りの返答をしてくる弟に笑みがこみあげてくる。すると同乗していたメイドが話しかけてきた。

 

「克也様、入学試験頑張ってくださいね。応援しております」

 

笑顔で言ってくれる。

 

「ありがとう」

 

返事をすると彼女は車に戻っていく。克也に話しかけているメイドの顔を見て達也と深雪は驚いていた。 

 

こげ茶色のウェービーヘアと細く濃い眉も笑うと両側にできるえくぼ。沖縄で達也をかばって逝った人、桜井穂波(さくらいほなみ)にあまりにそっくりだったからだ。

 

達也にとって心を開くことのできた数少ない人であり、深雪にとっては年の離れた姉のような存在だった。

 

俺たちが驚いていると克也が不思議そうに尋ねてきた。

 

「達也、深雪?どうしたんだ?」

 

克也の声に我に返る俺と深雪。

 

「すまない克也。俺たちの知っている人にそっくりな人がいたから」

 

なるほど。そういや2人は穂波さんと親しかったな。

 

「彼女は桜井水波。桜シリーズの第二世代で、達也たちの知っている桜井穂波さんとは遺伝子上姪の関係だよ」

 

そのことを説明すると2人は納得したようだ。

 

 

 

リムジンが去り克也たちは家の中に入った。

 

「2階の一番奥が達也お兄様の部屋で、手前が克也お兄様の部屋になっています」

 

深雪に部屋の説明を受けラフな格好に着替えて、夕食の準備がしてあるリビングに向かっていく。しばらくして出来上がった深雪の料理は、どれも美味しくて至極満足のいく夕食だった。しかも俺の大好物の魚介がメインでもあった。

 

食後の達也はアイスコーヒーを俺はアイスティー、深雪はミルクティーを飲んでいた。正確には、深雪が久しぶりに会えたことがうれしいのか俺の右腕に抱きつきながらだ。

 

「克也、魔法の方はどうだ?」

 

達也は気にかけるように聞いてきてくれた。深雪も心配そうに見つめてくる。

 

「安心してよ2人とも。ほぼマスターしたからさ」

 

そう答えると達也はほっとしたように肩の荷を下ろした。

 

まあ、約1名「さすが克也お兄様です!」とエキサイトしているのもいたが(もちろん深雪である)…。

 

「ほぼマスターしたというのは、言葉通り受け取っていいんだな?」

「もちろんだ」

 

達也の質問にしっかりと答えておく。

 

2人がここまで心配してくれている理由は、幼いころ俺が魔法事故にあったからだ。《流星群》の実験中機械の故障で、魔法式が俺に逆流し死にかけたことがあった。

 

その時に達也が俺に《再生》を行使してくれた。そしてその達也を連れてきてくれたのが深雪だった。

 

生まれた時から俺は膨大な想子を有していた。母である深夜の精神干渉魔法に似た魔法と、妹の叔母である真夜の固有魔法《流星群》を使うことができると言われていた。

 

達也は生まれた頃から《分解》と《再生》固有魔法を有していたが、その2つにより魔法演算領域が大幅に占領されていたため、それ以外の魔法をまったく使うことができなった。

 

それによって達也は使い物にならないと判断された。俺が強力な魔法を4つも有していたのが、達也の迫害に拍車をかけたのだと思っている。

 

6歳の頃に人造魔法実験を行われた達也だが、俺との絆は切れずむしろ固くなっていた。こいつ(あいつ)がいれば俺は誰にも負けないと思うほどに。

 

俺が《流星群》を使えることを知った子供のいない叔母の真夜は俺を溺愛した。母といるより叔母と過ごすことの方が多かった俺は、もちろん母にも愛されてはいたがどこか蚊帳の外に感じていた。

 

それでも達也と深雪は俺と仲良くしてくれた。だからこそ今この状況ができあがっている。久々に帰って直ぐなわけだが俺は達也にお願いをすることにした。

 

「達也、俺久々に九重先生の体術修行をお願いしたいんだけどいいか?」

「いいだろうさ。師匠も喜ぶんじゃないかな」

 

達也が頷いてくれたのでひとまず安心した。

 

「師匠に頼んでくる」と言い九重寺に向かう達也を見送って、俺は深雪に勉強を教えることにした。

 

居候(?)させてもらうのだから、それぐらいの対価は支払わなければならないと思ったのだ。自慢ではないがある程度のことを教えれるほどの知識は持っている。

 

上機嫌な深雪を追って、勉強を教えるために深雪の部屋に向かった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日、八雲先生の許可がとれたので達也と2人で向かうことにした。深雪はお留守番だ。そう告げると少し拗ねていたが、午後に買い物に行く約束をするとすぐに機嫌を直してくれた。

 

この後魂が抜けることになるとは知らずに…。

 

 

 

克也は足で地面を踏むことなく坂道を滑り上る(・・・・)。一方、達也は一歩一歩の歩幅が10mにもなっている。そして達也の顔には余裕がなく少し苦しそうだ。

 

「スピード緩めようか?」

 

スピードを落として、横に並びながら聞いてくる克也は片足で滑走していた。

 

「いや、それではトレーニングにはならない…」

 

軽く息切れしながら達也は答える。2人は靴に動力を仕込んでいるのではなく、魔法を使っているのだ。

 

克也は重力加速度を低減する魔法と自分の身体を道の傾斜に合わせて、目的方向に移動させる魔法。

 

達也は路面をキックすることで生じる加速力と減速力を増幅する魔法と、路面から大きく飛び上がらないように上向きへの移動を抑える魔法。

 

どちらも移動と加速の単純な複合術式だ。単純であるが故に、後から魔法演算領域を付け加えられた達也にも継続的に使える。

 

目的地は家から10分程の距離にある。階段下に到着して軽く息を整えてから、階段を上り山門をくぐると左右から同時に攻撃を受けた。

 

2人は慌てずお互いに背中合わせで迎え撃つ。レベル的には危ういことはないのだが何しろ数が多い。倒しても倒しても敵が群がってくる。

 

魔法で倒したいところだが、ここには体術の指導を受けにきているので使いたくない。使ったところで効果はない(薄いではない)。

 

人数的に九重寺の門人の七割が総掛かりしているようだ。師の性格の悪さに2人同時にため息をつきながら確実に仕留めていく。

 

5分ほどで全員を叩き潰し(行動不能に近い状態)歩き出す。

 

2人ともかすり傷以上の怪我をしておらず息切れもしていない。門人が手加減したわけではなく、2人がこの歳ですでに達人の域に近いところまで技術を高めているからだ。

 

生半可な鍛え方をしたものが相手をすれば、10秒も保たないだろう。

 

寺の中心には弟子をけしかけたことをなんとも思っていない師が待っていた。服装は門人たちとほぼ変わらない質素なものなのに、まとっている空気は別格だ。

 

彼の名前は九重八雲。

 

この九重寺の僧侶で自称「忍び」だ。より一般的には「忍術使い」古式魔法の使い手であり古式魔法の伝承者。

 

「先生お久しぶりです。久々に体術の指導をしてもらえますか?」

 

あいさつとともにお願いして構える。両手を顎の下あたりで構え左足を突き出し、右足を引きながら腰を少し落とす半身の姿は、格闘技の基本の構えだ。

 

それを見ながら先生はひょうひょうとしながら答える。

 

「そんなに焦らなくてもちゃんと鍛えてあげるよ。今日だけではなくこれからもね」

「本当ですか!?」

 

今日鍛えてもらえるだけで素晴らしいことなのに、これからも鍛えてくれるらしい。

 

ありがたく思いながら一気に先生との距離を詰めた。目の前に現れた瞬間に右足で先生の足を払う。が先生に簡単によけられてしまう。

 

だがそれは予想の範囲内である。

 

ジャンプでよける先生に払った足を軸にし、踏み切り前方に回転し左の踵で頭部を狙う。

 

「およ?」

 

予想外の攻撃に先生が気の抜けた声を出す。 

 

これならいけると俺は確信したが踵が後頭部に当たる瞬間、先生の輪郭が崩れたと思うと姿が消えていた。

 

俺は無理な体勢から放った技を空振りさせ、致命的なスキを見せたことで先生の高速の連撃をよけるのに精一杯になった。

 

先生の攻撃をかわし続けることができないと思った俺は連撃のスキを見て、間合いから逃れてから白旗を上げた。

 

「参りました先生」

 

降参すると先生は自分の頭をぱしぱしとはたきながらつぶやく。

 

「ふい~今のは少し危なかったよ。あの体勢からまさかドロップキックがくるなんて、おしかったね克也君。つい《逃水(とうすい)》を使っちゃったよ」

「《透水》ですか?俺には輪郭がなくなって姿が消えたようにしか見えませんでしたが…」

 

自分には分析する能力が低いので理解することができない。

 

「達也君にはどう見えたかな?」

 

八雲は達也に話を振った。

 

「光の屈折率を下げ、自分の姿を周辺の景色に溶け込ませたのではないですか?姿が消えたように見せかけ、相手の動揺を誘う技。眼で敵の位置を探し当てる敵には、効果てきめんでしょうね。しかし師匠が使いたがる術ではないと思いますが」

「その通りだよ達也君。正確に言えば気配を消して隠れるのではなく認識をずらす術だ。僕があまりこの術式を使わないのは、自分に合わないと思っているからだよ。気配を消すか偽るのが『忍び』の要素だからね」

 

達也の分析は正しかったようだ。

 

「さあ達也君、やろうか」

 

先生と組手を始める達也を見ながら俺は考え込んでいた。

 

やはり達也は俺に足りない能力がある。さらに体術は上で、CADを自分で完全マニュアル調整を行えるほどの知識も持っている

 

うらやましいと俺が思うのは、達也を否定することにつながる。何故なら達也からしたら、自由に魔法を使える俺がうらやましく思うのと同じなのだから。

 

だが俺と達也がコンビを組めば間違いなく最強になれる。達也の分析力と俺の魔法力があれば負けることはない。

 

しばらくすると、達也が息切れを起こしながら地面に崩れておりまた先生に負けたようだ。ほんの少しうれしく思いながらも治療するために近寄る。

 

「そろそろ達也君との勝負は勝率六割になるかな。ようやく差をつけれたよ」

「達也の方が俺より長く戦えてますし勝率も高い。少し悔しいです先生」

 

達也に固有魔法《癒し》をほどこしながら話す。この魔法の便利なところは、精神的ダメージだけでなく肉体的なダメージにも多少通用することだ。

 

「仕方がないよ克也君。君は数回しか僕の教えを受けてないし、達也君はこの2年間ほぼ毎日組手をしている。そもそも体術といっても、僕が教えているものと君が本家で教わったものでは根本的に違うからね。忍びまたは忍術使いが使う体術は、相手の動きを予測し必要最小限の行動で終わらせられるかを目的としている。逆に君が習ってきた体術は相手を圧倒して倒すことを目的にしている。だから僕とやっても、すぐに終わってしまうし負けることが多い。でも落ち込む必要はないんだよ克也君。両手で数えるぐらいしか組手をしていないのに、僕が予測できない戦い方をした。それだけでも自信を持っていいんだ」

 

先生に励まされたことで自信がついた。達也もいつの間にか起き上がり先生の話を同じように聞いている。

 

「君たち2人が同時にかかってくれば、たぶん僕もそんなに保たないと思うよ?君たち2人は口に出さなくても、どう攻撃したがっているのかわかるんだからさ」

 

それだけ言うと先生はもう帰りなさいとばかりに送り出した。

 

 

 

帰りは魔法を使わずに歩いた。2人して先生に勝つことができなかったが収穫があったので落ち込むことはなかった。

 

「達也、先生が言ってた口に出さなくてもどうしたいかがわかるってのは、俺たち三人が作った〈念話〉のことかな?バレてるとは思わないけど」

「それはない。たぶん師匠が言いたいのは心の深い部分で繋がっているとか、信頼があるとかそういうことだと思う」

 

俺の不安を一蹴してそれらしいことを言ってきた。達也が言うのだから間違いないだろう。

 

「達也、家まで勝負しないか?先にインターフォンを押した方が勝ちで、魔法は禁止で走りだけな。負けたら深雪の欲しいもの1つ買うのはどうだ?」

「いいだろう克也。面白い勝負になりそうだ」

 

そう言うと直線のガードレールの柱に並んだ。

 

「「よーい…ドン!」」

 

2人同時に掛け声をして走りだした。もちろん誰にも迷惑をかけないようにして。

 

勝負はギリギリのところで俺が勝ったが、インターフォンを壊してしまい深雪に2人そろって怒られた。あの女王のような笑顔で(ただし眼は笑っていない)…。

 

修理費は本家が出してくれたが、深雪に説教されている俺たちを見て修理に来た四葉家の使者は笑っていた。

 

午後から俺は深雪に連れられて買い物に行ったが、夕方まで振り回され魂が抜け、何処で何をしたのかを覚えていない。

 

帰ってきた俺を見て達也は首を傾げていたが。

 

そして俺の魂を抜いた張本人が、とってもご機嫌だったのはまた別の話である。その喜びは達也が服を買ってあげたからか。俺と一緒に買い物に行けたからなのか…。




九重先生が登場しましたね。戦闘シーンを書くのが難しい。



逃水(とうすい)》・・今作オリジナル魔法。光の屈折率を下げ自分の姿を周辺の景色に溶け込ませ敵の認識をそらす魔法。


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2章 入学編
第三話 入学式


小説書いているだけで1日が終わる最高だ。


物語修正しました.思い浮かんだ流れとつじつまを合わせるためです。3/27



一週間後俺たちは第一高校を受験し無事3人とも合格した。そして今俺は達也と2人してソファーに沈み込んでいる。

 

制服を試し着したまではよかったのだが、満足のいくまで深雪にそのままでいさせられたことが精神的にきていた。当の本人はご機嫌で、いつも以上に露出度の高い服で家事をしている。

 

合格報告を叔母に伝えなければならないのだが、精神的に疲れておりする気になれないのが現状だ。

 

少し理不尽じゃないか?と思いながらも妹の機嫌取りは、この家にいる限り必須なのでどうしようもない。するとソファーにもたれかかっていると電話がかかってきた。

 

「もしもし司波です」

 

場所が深雪の方が近いので俺の代わりに動いてくれた。

 

「克也お兄様、達也お兄様叔母様からです」

 

ある程度予想通りだったので驚きはしない。

 

「すぐに出る」

 

深雪に伝えると達也と2人してテレビの正面に回った。

 

『おはよう克也、達也さん、深雪さん』

 

紫のドレスを着た叔母が画面に映し出され、3人そろって軽くお辞儀をする。

 

『3人ともどうでしたか?』

「3人とも合格しました叔母上。俺と深雪は一科生、達也は二科生で深雪は新入生代表です」

 

3人を代表して克也が答える。ちなみに叔母の呼び方は克也と達也が叔母上、深雪が叔母様だ。

 

『よく頑張りましたね3人とも。代表は克也ではなく深雪さんなのですか?もうすでに波乱が起こっているわね』

 

真夜は楽しそうに笑っている。3人ともどうしたらいいのかわからないので微妙な表情をしていた。

 

『まあいいわ。学校生活を楽しみなさい3人とも。この3年間は人生の中でももっともわくわくする時だから、友人を大切にして時間を無駄にしないようにね。なにかあったら連絡するわ』

 

そう真夜が言うと電話は切れた。

 

「叔母上の言ったことを言葉通りに受け止めれば、高校生活を謳歌しなさいってことなんだろうけど。気を抜かずにいなさいってことでもあるのかな?」

 

克也の疑問に達也と深雪は疑問符を浮かべていた。

 

 

 

入学式の朝、深雪はリハーサルのために早く家を出なければならなかった。

 

俺と達也が「「一緒に行く」」と言うと深雪は嬉しそうにしていたが、「お兄様方に迷惑をかけることはできません」と言ってきた。

 

達也と2人して「「ガーディアンが護衛対象から離れてどうする」」と言うと、深雪は渋々頷いた。深雪のガーディアンは俺でなく達也だが、そのことに対して2人から修正はなかった。

 

 

 

リハーサルの間達也と2人でベンチに座っていると、上級生らしき生徒がこちらをちらちら見ながら話していた。

 

「〈ブルーム〉が〈ウィード〉となんかとつるみやがって〈ブルーム〉の恥だな」

 

聞きたくもない声が聞こえてくる。俺からすれば〈ブルーム〉だとか〈ウィード〉だとかで差別している方が恥ずかしい。差別意識があるのはいつの時代も同じなので気にしてはいないが。

 

入学式の予定時間に近くなり、講堂へ向かおうとすると女子生徒が近づいてきて話しかけてきた。

 

「二科生の君の名前を聞いてもいいかな?」

 

人なつっこいのだろうか。初対面の相手に名前をいきなり聞くことなど普通しないだろうに。だが不思議と馴れ馴れしさを感じなかったので、克也と目配せをして自己紹介することにした。

 

「初めまして新入生の司波達也です」

「司波達也君か。あなたが職員の先生達が噂していた人ね」

 

達也は内心穏やかではいられなかった。おそらく新入生代表の兄のくせに二科生なのかというものだろう。しかし女子生徒の答えは達也の予想の斜め上をいっていた。

 

「筆記試験 七教科平均百点満点中九十六点で一位の司波達也くん。七教科平均百点満点中九十点で二位 実技試験 百点満点中九十五点で二位 入学試験総合二位の四葉克也君。二人の筆記試験の点数がね入学生平均が七十点にも満たないのに、高得点だったから噂になっているのよ。しかも今年四葉家の直系がくるって言う。久しぶり克也君」

 

女子生徒はおどけた口調で達也と俺の入試成績を暴露し、ついでとばかり俺に挨拶して話し終えた。

 

「あなたのお名前は?」

「失礼しました。私は生徒会長を務めさせていただいている七草真由美です。ななくさと書いてさえぐさと読みます。よろしくね?」

 

最後にウインクがつきそうな口調で言うと講堂に向かって歩き出した。俺と克也はしばらくそこから動けなかった。

 

 

 

入学式は深雪がその容姿で魅了しつつがなく終了した。ここで何もなく帰れていれば一部の二科生と一科生の溝は深まらなかっただろう。

 

あいつが声をかけなければ…。

 

事の発端はクラスメイトが深雪に「あなたをお守りします」と言ったことだ。「お兄様がいるので大丈夫です」と断ったのだが彼はしつこく食い下がった。

 

「本人がそう望んでいるのだから無理にする必要はないんじゃないか?」

 

俺が深雪の肩に手を乗せながらそう言う。

 

「なんだおまえ?シスコンか?」

 

こんな風にあざ笑ってきた。

 

深雪は沸点に上り詰めたようですぐにでも魔法を発動させそうだったので、《癒し』》で深雪を落ち着かせながら言った。

 

「そんなことはどうでもいいもうあきらめたらどうだ?」

 

俺は深雪を連れて帰ることにした。

 

 

 

校門には四人が待っていた。達也、講堂で仲良くなったエリカと美月、もう一人は知らないが彫りの深い顔立ちで体格のいい少年だった。

 

「よろしくな俺は西城レオンハルト。がさつなもんでこんな話し方しかできないが大目に見てくれ。レオでいいぞ」

「よろしくレオ俺は四葉克也だ。也と呼んでくれ」

 

お互いに自己紹介するとレオが顔を少ししかめた。四葉と聞いて不安になったのだろう。笑顔を向けると曇りのない笑顔を返してくれた。

 

どうやら名前だけで相手を決めつけないなかなかの根性をしている奴のようだ。 帰ろうとするとまたあの声が聞こえてきた。

 

「司波さん、そんな奴らとじゃなくて僕たちと帰ろうよ」

 

後ろには男子2名、女子2名がいたが女子の1名は困惑した顔をしている。なおもう1人は内心をうかがい知れないポーカーフェイスをしていた。

 

まあ、もう1人と同じように困惑した空気を纏っていたが。男子2名は大袈裟に頷いていた。

 

男子生徒の言葉に真っ先に突っかかったのは意外にも美月だった。それに続くようにエリカとレオも参加し始める。

 

俺たち3人を置き去りにして。

 

「まさか美月が真っ先に切れるとは…」

 

達也も予想外のようで呆気にとられていた。

 

「なんの権利があって、お兄さんたちと深雪さんの仲を引き裂こうとするんですか!?」

 

最初は正論を並べていた美月だったが少しずつ論点がずれてきていた。

 

「み、美月は何を、何を言っているの!!」

 

深雪は美月の台詞を違う意味で解釈したようだ。

 

「「なぜ深雪が焦る?」」

 

達也と二人して深雪に聞く。

 

「え?わ、私は焦ってなどおりませんよ?」

「「そして何故に疑問系?」」

 

言い合っている友人達の脇で、俺たち兄妹はたわいのない会話をしていた。

 

「うるさい!ほかのクラスましてや〈ウィード〉ごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

差別用語である『ウィード』を使うことは禁止されている。彼はわかって使っているのか知らないが、自分が正しいと思うが故にその言葉が無意識のうちに口から出ていたのだろう。

 

しまったという顔をしていたが一度口にしたことは取り消せない。

 

「今の時点であなたたちがどれだけ優れているというんですか!!」

 

美月が耐えられなくなったのか、口にすべきでないことを口にしてしまう。

 

「…どれだけ優れているかだって?なら教えてやる!」

 

どうやら彼も耐えられなくなったのだろう想子が活性化し始めた。

 

「「まずいな…」」

 

達也と同時に口からやるせない気持ちが漏れる。達也と同時に同じ言葉が漏れたり、行動してしまうのは双子だからだろうか。

 

「はっ、おもしれぇ。是非とも教えてもらおうじゃねえか!」

 

レオも話し合いではらちがあかないとわかったのだろう実力で止めようとしている。

 

「いいだろう教えてやる。これが才能の差だ!!」

 

そう言いながら流れるような動作でCADホルスターから抜き出し、照準を定める動きは明らかに魔法を使うことになれている証拠だ。

 

克也の眼から見てもなかなかの動きだった。

 

「特化型!?」

 

誰が叫んだかはわからなかったが、危険な状態であることは確かだ。しかもそのCADがスピード重視ではなく。攻撃力重視なら尚更だ。

 

男子生徒が抜いた瞬間にレオも走り出していた。かなりの反射速度だが男子生徒を掴むのが先か、魔法が発動するのが先か微妙なところだ。だがそこまで気にする必要はない。

 

なぜなら…。

 

カン!と音がしたかと思うと男子生徒のCADが宙を舞う。男子生徒は右手を押さえながら目の前に現れた人物を睨み付ける。

 

そこには右腕を振り上げた状態で立つエリカがいた。エリカが振り抜いた先を見ると、CADが転がっていたのでどうやらエリカがはじき飛ばしたようだ。鮮やかな技で空気が一瞬止まる。

 

気がついたかのように、残りの男子生徒二名が魔法式を構築し始める。それを見た女子生徒の1人が「みんなダメッ!」と言いながらCADに手を走らせた。

 

「達也おに…」

 

深雪は達也に止めてもらおうとしたが、達也の眼が自分たちの見ている場所ではなく違う場所を見ていることに気づき話しかけるのをやめた。

 

魔法式は構築中に強い衝撃を受けたときや、自分より強い魔法式がかぶせられたときには構築できず起動式は破綻する。

 

今のように。

 

「やめなさい!自衛目的以外の対人攻撃は校則違反である前に犯罪行為ですよ!」

 

女子生徒の構築中だった魔法式が想子弾(サイオンだん)によって搔き消える。

 

術者にダメージを与えず、魔法式にぶつけ起動式を砕けさせた精緻な照準と出力制御は、並の訓練では到底習得できない。

 

もともとの才能なのか血のにじむような努力をしたのか、わからないが恐るべき技量である。

 

想子弾が飛んできた方向に目を向けた数人は衝撃を受けた。そこには想子を活性化させ厳しい顔で見つめる生徒会長七草真由美と、入学式の生徒会紹介の記憶が正しければ風紀委員長の渡辺摩莉。凜々しい顔をさらにきつくして佇んでいる。

 

「君たちは1-Aと1-Eの生徒だな。話を聞きます全員生徒会室まできなさい!」

 

そう言うとくるりと背を向け向かおうとする。まさかの登場に克也と達也、深雪以外は硬直してしまっている。達也が歩き出し2人に向かい俺と深雪は止めずに見送った。

 

こういう少々立ち回りにくいときは達也に任せてじっとしているのが一番だ。

 

意地を張って堂々と向かうでもなく萎縮してとぼとぼと向かうでもなく自然に近づく。達也達を当事者として認識していなかったのだろう。達也が近づいてきたことに摩利は疑問符を浮かべていた。

 

「すいません悪ふざけが過ぎました」

 

失礼にならないように一礼し事情を説明する。摩莉はいぶかしげに眉をひそめながら聞いてきた。

 

「悪ふざけ?」

「はい森崎家一門の〈クイックドロウ〉は有名ですから一度見ておきたいとお願いしたのですが、あまりに真に迫りすぎていたのでしょう。危機感を感じて反撃してしまったようです」

 

レオにCADを向けていた生徒が驚きで目を丸くしている。あの一瞬で意思を読まれたことに驚いているようだ。だがこのようなことで驚いていては、司波達也という人間と付き合ってはいけない。

 

 

閑話休題

 

 

達也の言葉を信じたのか転がっているCADとエリカが握っているCADを一瞥し、女子生徒に目を向けながら聞いてきた。

 

「ではそこの女子生徒が攻撃性の魔法を放とうとしていたのはなんだ?」

「あれは攻撃魔法ではありませんよ目眩ましの閃光魔法です。失明したり視力障害を起こすような威力ではありませんでした。あの一瞬で魔法式を構築し、起動式を展開できるのはさすがは一科生ですね」

 

達也の言った言葉に魔法を使おうとした女子生徒は顔をそらした。達也が白々しいと思ったのだろう摩莉は冷笑を浮かべている。

 

「どうやら君は起動式を直接読み取ることができるらしい」

 

摩莉の台詞に俺と深雪は顔を曇らせる。

 

「実技は苦手ですが分析は得意です」

「ごまかすのも得意のようだ」

 

摩莉は想子を少し活性化させながら言葉を発した。想子を活性化させたことによって2人を除いた全員に緊張感が走る。

 

「ちょっとした行き違いだったんです。お手を煩わせて申し訳ありません」

 

深雪が達也の横に並んで謝る。それに困惑している摩莉に真由美から声がかかった。

 

「もういいじゃない摩莉。達也君、本当に見学のつもりだったのよね?」

 

上目遣いに聞いてくる達也はいつのまにか名前で呼ばれてるよと思いながらも、真由美の手助けを無碍にはできないと考え頷いた。

 

真由美の笑顔が深くなったのは気のせいだろうか。まるで貸し一つでもいうように。

 

「互いに教え合うことは素晴らしいことですが魔法を使う場合、生徒会に許可を取って生徒会に許可された場所と時間内だけにしたほうがいいでしょうね」

 

それだけ言うと満足げに校舎に戻って行った。

 

「会長がこう仰っているので今回は不問にします。以後このようなことがないように」

 

摩莉が再度注意を与えるので、全員で礼をした後摩莉が校舎に向かう途中振り返り聞いてきた。

 

「君の名前は?」

「一年E組 司波達也です」

 

答えると摩利は不適な空気を纏う。

 

「覚えておこう」

 

そい言いながら真由美の後を追いかけた。

 

「結構です」と言おうと思ったが、めんどくさいことになりそうだったのでやめておいた達也だった。。

 

 

 

「借りだなんて思わないからな」

 

いつの間にか隣にはあの男子生徒が立っていた。

 

「借りだなんて思ってないから安心しろ。それに決め手になったのは深雪だ。お礼を言われるようなことは何もしてない」

 

達也にかばわれた形になった生徒は敵意むき出しで言ってきた。どうでもよかったのでさらっと流す。

 

「僕の名前は森崎俊。森崎家の本家に連なる者だ。俺はお前を認めないぞ司波達也!司波さんは僕たちと一緒にいるべきなんだ!」

 

それだけ言うと校門を出ていく。残りの男子生徒二人も二科生全員をにらみつけて森崎の後を追った。

 

「帰ろうかみんな遅くなったし」

 

何事もなかったかのように振る舞う達也に全員苦笑を浮かべていた。若干二名は絶賛口喧嘩中である。方は煽るだけ煽って相手の言葉を無視していたが…。あえて誰とは言わない。

 

校門を出ようとする。

 

「あの光井ほのかです先程はありがとうございました。何も起こらなかったのはお兄さんのおかげです」

 

真由美に想子弾を撃ち込まれていた女子生徒に声をかけられた。

 

「どういたしましてでもお兄さんはやめてくれこれでも同級生だ。達也と呼んでくれていいから」

 

どうやら達也には手に余るようだ。

 

「わかりました達也さん。それで…駅までご一緒してもいいですか?」

 

お願いされて断れないメンバーだったので一緒に行くことになった。別段断る理由もなかったのもある。

 

 

 

「え、じゃあ達也君と克也君って幼馴染なの!?」

 

エリカが驚いたように声を上げた。全員驚いて声が出なかったのもある。達也とは双子だが一卵性双生児でないのでこのような嘘が通じるのだ。

 

嘘をつくのは心苦しかったが、まだ達也と深雪が四葉の血縁者だとばれてはいけないので我慢した。

 

四葉と聞いて最初は遠慮がちな深雪の友達だったが、怖くないことをアピールすると普通に話しかけてくれた。光井ほのかと一緒にいる女子生徒は北山雫といい北方グループのご令嬢らしい。

 

今は達也の両脇に深雪とほのかが俺の左に雫右にエリカ、レオの右に美月というポジションだ。

 

「深雪がお兄様って呼んでる理由は?」

 

エリカがもっともな質問をしてきた。

 

「小学校の頃まで一緒に遊んだりしていたからよ。歳が達也お兄様と一緒だったし雰囲気が似ていらっしゃったから」

「なんで小学校までなの?」

 

余計なことまでしゃっべてしまった深雪がはっとするが、達也のファインプレーによって気づいた者はいなかった。

 

「俺達がこっちに引っ越しちゃったからね。先月一高を受験するって知らせが来たんだ」

「名前も似てるよね?達也君も四葉家と関係あるの?」

 

悪気があって聞いてきたのではないので逆に答えずらかった。

 

「達也の親と俺の親が仲良くてね。誕生日が同じだったから似た名前にしようって親同士が勝手に決めたんだ」

 

それらしいことを言うとエリカは納得してくれた。

 

「それにしても行動の仕方が似てないか?司波さんに対することとか」

 

エリカに馬鹿呼ばれされているが決してレオは馬鹿ではない。

 

むしろ勘は鋭い。

 

「幼い頃からよく組み手してたりしてたから互いの動きがわかるんだ。同じ行動をしちゃうのは無意識にだよ深雪は妹みたいな感じでほっとけなくて」

 

レオは完全に納得したわけではなさそうだがこれ以上聞くことはなかった。達也がCADの調整ができることを知ったエリカは達也に頼みこむ。

 

「達也君あたしのも調整してよ」

「無理そんな特殊なCADいじる自信ないよ」

 

達也は断ったが本気で頼んでいたわけではないらしく、エリカはあっさりと引き下がった。

 

「…どこにシステム組み込んでんだ?その様子じゃ全部空洞ってわけじゃないんだろ?」

「ブー柄以外は全部空洞よ。刻印型の術式で強度を上げてるの硬化魔法は得意分野なんでしょ?」

「術式を幾何学模様化して感応生の合金に刻み、想子を注入させて発動するやつか?並の想子量じゃもたねえぞ?よくガス欠にならねえな。てかそもそも刻印型の術式って燃費が悪すぎるから、最近じゃあんまり使われてねえはずだぜ?」

 

レオの指摘に驚き半分関心半分の顔で聞いていた。

 

「さすが得意分野残念だけどハズレ。打ち込みと受ける瞬間にだけ想子流してあれればそんなに消耗しないわ。兜割りと同じ原理よ。で、みんなどうしたの?」

 

周りがあきれた空気を醸し出していたのでエリカは気になって聞いてみた。本人は何気なく言っているが兜割りはそんな簡単なものではない。

 

「エリカ兜割りとかって秘伝とか奥義とかに分類されるはずだよな?それって想子量が多いよりよっぽどすごいぞ?」

 

さらっと言うエリカに驚きながらみんなを代表して俺は答えた。

 

「うちの学校って一般人のほうが少ないのかな?」

 

美月が持ち前の天然キャラで質問すると

 

「魔法科高校に一般人は居ないと思う」

 

このグループで雫初となる発言はツッコミだった。




今回は長くなってしまいました。タイミング良く切れるところが見つからなかったのでそのまま書き続けました。ほのかたちとの出会いは入学式2日後ですが、ここでは初日に会っています。


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3章 ブランシュ編
第四話 勧誘①


前回より文字数を少なくできるように頑張ります。

ここも修正させていただきました。3/27


翌日の朝も体術の指導を受けるために九重寺に向かった。今回は克也と二人ではなく深雪も同行することになり、理由としては「九重先生に制服を見せておりませんので」ということだった。

 

脳裏に顔をだらしなく崩した師匠の顔が浮かぶ。そんなことが容易に想像できるのだから悲しい。由緒正しい古式魔法の伝承者がそんなことでいいのかと思ったことが、一度や二度ではない。

 

3人で師匠の元へ向かう。深雪は俺が達也と2人で向かった時と同じ魔法を、達也も同じ魔法を行使しながら向かう。ちなみに俺も前回と同じ魔法を使っている。

 

10分後、目的地に到着した。女性にとっては敷居の高い寺に躊躇なく魔法を使いながら入っていく。

 

いつも礼儀正しい彼女にしたら相応しからぬ作法だが、主が「構わない」と鬱陶しいくらい繰り返すのでいい加減慣れてしまったのだ。

 

そのころ克也と達也は疲れて遅れていたわけではなく、門人に手荒な歓迎を受けていた。前回と違い素手ではなく武器ありだ。もちろん殺傷能力の高い刀ではなく棒術で使われる(こん)だ。

 

克也と達也が2人で迎え撃っているのを、本堂の前庭で振り返り心配そうに見つめていた深雪は死角から突然声をかけられた。

 

「久しぶりだね~深雪君」

「先生!気配を消しながら忍び寄って突然声をかけるのはやめてください!」

 

同じ経験を何度も繰り返されていたので、注意を払っていただけ余計に驚き無駄と分かっているが抗議をせずにいられなかった。

 

「僕は忍びだから気配を消して忍び寄ってしまうのは性みたいなものなんだけど?」

 

ひょうひょうとしているので、実年齢を知っていても見た目と雰囲気が若々しいので例え方に迷ってしまう。

 

「それが第一高校の制服かい?」

「はい昨日が入学式でした。先生にもお見せしようと思いマシ…テ…。」

 

深雪のセリフが徐々にフェードアウトしていったのは、制服を見る八雲の眼が異常な光を発し始めていたからだ。深雪が後ずさり始めると、八雲も一歩ずつ深雪のスピードに合わせて近寄る。

 

「まるでまさに綻ばんとする花の蕾、萌えずる新緑の芽、そう…萌えだ!これは萌えだよ!ムッ!」

 

1人ヒートアップする八雲が突然身を翻し両手を頭上にかざした。

 

パシッ!と音がしたかと思うと八雲の両手には二人分の手刀が握られていた。

 

「「先生(師匠)、深雪がおびえてますので落ち着いてもらえませんか?」」

 

克也と達也はそれぞれ右手と左手を振り下ろした格好で同時にお願いした。克也と達也の後ろには、棍を粉砕されたり真っ二つに折られ武器をなくした門人たちが全員白目をむいて倒れていた。

 

深雪に八雲が気配を消して近づいているのを感じた克也は、達也に『念話』で伝え最短記録で(文字通り容赦なく)門人たちを叩き潰し八雲に手刀を振り落としたのだ。

 

「2人同時に攻撃とは君達もせこいことするね~」

 

八雲は冷や汗をかきながら発したかと思う2人に攻撃を始めた。

 

 

 

数分後、八雲を降参させた克也と達也は深雪の安全を確かめてから朝食をとっていた。

 

「いや~あそこまでの完成度だったとはねぇ。僕も思い付きで言っただけなのにまさか予行演習なしで来るとは思わなかったよ。これは余計なことを言ってしまったかな」

 

深雪手作りのサンドウィッチを一つ食べ終えた八雲は、顔に後悔の表情を表しながら呟いていた。

 

「俺もあそこまで出来るとは思っていませんでしたよ」

「俺も同感ですねこれほどシンクロしたことはありませんでした」

 

達也、克也の順番で返事をする。

 

2人は突っ込んでくる八雲に左右から攻撃を食らわせていた。同時にではなくわずかに攻撃のタイミングをずらしながら。

 

さばききれなくなった八雲が降参したのは戦闘開始から十秒後のことであった。

 

その間に達也と克也はそれぞれ30発と27発の拳と蹴りを八雲にお見まいしていた。

 

八雲が反撃できたのはそのうちの3発だけであった。内訳は克也に2発達也に1発。どれも避けられてしまったが。

 

3人が話している間、深雪は克也と達也の世話をするのを楽しんでいた。

 

 

 

朝、4人乗りのキャビネットの中で深雪が歯切れの悪い口調で話し始めた。深雪がこうなるのは珍しく、心地いい要件ではないのは確かだ。

 

「実はあの2人から連絡がありまして。入学祝いとして何が欲しいかと…」

 

あの2人とは俺たち3人の父親の司波龍郎と後妻である司波小百合のことだ。

 

深雪は毛嫌いしており俺は特に考えたことがない。

 

「ああ、親父と小百合さんか」

 

達也はそれほど嫌悪感を含ませずに答えた。

 

「やはり達也お兄様には…何も…」

「いつも通りだ深雪が気にすることはないよ」

 

達也は気にするなと深雪をなだめようとした。しかし深雪は抑えられないようだ。

 

「あの人たちは…」

 

すると深雪から低温の空気が流れだし室温を急激に下がり始めた。規定温度を下回った車内に季節外れの暖房が作動する。達也はなだめるように深雪の手を握りながら頭をなでる。

 

深雪は魔法を抑え始め魔法を発動させてしまったことを恥じてうつむき始めた。

 

その間俺は声が漏れないように遮音フィールドを張り巡らせていた。車内に盗撮カメラや盗聴器はないが万が一のために。

 

 

 

最寄駅から第一高校に向かう一本道を歩いていると後ろから声をかけられた。その相手は生徒会長の七草真由美だった。

 

「おはよう克也君、達也君、深雪さん。今日のお昼にお話ししたいことがあるので生徒会室にきてもらえますか?」

「「「おはようございます会長」」」

 

3人とも挨拶して問題がないので昼休みに伺うことを約束する。真由美の後姿を見送りながら2人に聞いてみた。

 

「やけに親しく接してくるけど、入学式の日が初対面だよね?達也と深雪は」

 

俺の疑問に2人も同じ心境のようだ。




少なすぎたかと思いましたが切れがいいので。


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第五話 勧誘②

今回も少し長くなりました。


昼休み、いつものメンバーに断りを入れて生徒会室に3人で向かった。ノックをすると鍵が解除され生徒会室に入った。

 

「失礼します」

「「失礼します」」

 

深雪が一礼してから俺と達也も一礼をする。深雪の洗練された礼は俺達2人には到底真似できないもので生徒会の面々は見とれていた。俺たちが動き出すと全員我に返る。

 

俺と達也が下座に座ると、深雪は不満そうだったが今の主役は自分だとわかっていたので我慢してくれた。全員の食事の準備が整うと真由美は説明を始めた。

 

「入学式でも紹介しましたけどもう一度紹介させてもらいますね。私の隣が会計の市原鈴音通称リンちゃん」

「…私のことをそう呼ぶのは会長だけです」

 

そう反論する鈴音は整っているが、顔の各パーツがきつめで背も高く手足が長いので美少女というより美人と表現するのがふさわしい。

 

「その隣は風紀委員長の渡辺摩莉」

 

鈴音の反論を無視して紹介を続ける真由美に文句を言わないのは、日常茶飯事だからだろうか。

 

「それから書記の中条あずさ通称あーちゃん」

「会長…お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。私にも立場というものがあるんです」

 

童顔で幼い印象のあずさはたしかに『あーちゃん』だろう。

 

「もう一人副会長のはんぞー君を加えたメンバーが今期の生徒会役員です」

 

これも無視する真由美。

 

「わたしは違うがな」

 

摩莉が追加情報を与えてくれる。真由美の『はんぞーくん』が漢字ではなく、ひらがなで聞こえたのは気のせいではないだろう。

 

「これは毎年恒例なのですが、新入生総代を務めた生徒には役員になってもらっています。深雪さん、引き受けていただけますか?」

「承りました。未熟者ですが精一杯努力いたしますのでよろしくお願いします」

 

真由美の依頼に深雪は快く引き受けた。これで終わりかと思っていたが早とちりしすぎたようだ。

 

「風紀委員の生徒会推薦枠が1人空いているんだが、達也君ではどうかな?」

 

摩莉がよそ外の提案を始めた。

 

「ナイスよ!」

「はあ?」

 

真由美の言葉につい言葉が漏れてしまう達也であった。

 

「生徒会は1年E組の司波達也君を推薦します!」

「ちょっと待ってください俺はまだ認めていませんよ。それに俺より克也にすべきではないのですか?」

 

達也の意見に2人は耳を貸すつもりはないようだ。

 

「克也君より達也君の方が適任だからだよ」

「なんでも最初は初めてよ!」

 

何を言っても無駄のようだが、少し形だけ抵抗をしたかったが時間が来たのでできなかった。

 

「続きは放課後でいいかな?」

「わかりました…」

 

このままうやむやに終わらせるべきではなかったので、もう一度訪れることになった。

 

生徒会室を出るとき人数分の視線の中に一つだけ温度の違うものが混ざっていたが、克也は気のせいだと思うことにして忘れることにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

放課後、達也の顔色が悪く見えた。授業の結果が芳しくなかったかもしれないし、エリカとレオの痴話喧嘩に疲れたのかもしれない。

 

そのことは克也も達也自身ではないので本人から直接聞かない限り知りえない。双子でも自分とは性格が真反対なので、何を考えているのかわからない時がある。

 

生徒会室に入ると、昼休みにはいなかった男子生徒が窓際で3人に背を向けて立っていた。

 

「よ、来たな」

 

摩莉から挨拶があった。するとその男子生徒が俺と深雪に近づいてきて自己紹介し始めた。

 

「副会長の服部刑部です。司波さん生徒会にようこそ四葉くんもよろしく」

 

達也に挨拶しない服部刑部に顔をしかめる深雪はまだ自制してくれているようだ。

 

「それじゃあ達也君、風紀委員本部に行こうか」

「待ってください渡辺先輩」

 

達也を誘って向かおうとする摩莉に声をかける服部。

 

「一体なんだ?服部刑部少丞半蔵副会長」

「フルネームで呼ばないでください!」

 

耳慣れない名称を発した摩莉に頬を紅潮させて叫ぶ副会長。達也と真由美を見ると二人の視線に「ん?」と首を傾げる。

 

まさか『はんぞー君』が本名だったとは予想外だった。

 

「名前なんて別にいいだろ?」

「まあまあ摩莉も落ち着いて。はんぞー君にも譲れないものもあるんでしょう」

 

そう言う真由美に機械の操作をしていた鈴音とあずさを含めた全員から、視線が突き刺さる。しかし真由美の笑みは崩れない。鈴音とあずさも参加したのは普段からあだ名で呼ばれているからだろう。

 

数分の間摩莉と言い合い?を繰り広げていた服部が達也を見ながら話し始めた。

 

「その二科生を風紀委員に任命するのは反対です。過去に〈ウィード〉を風紀委員に任命した例はありません」

 

服部の差別用語に眉を吊り上げる摩莉。

 

「私の前でその言葉を使うとはいい度胸だな。だが強さには色々あってな。彼には魔法式の展開式を直接読み取る技術がある」

「ありえない!基礎単一工程の魔法式でもアルファベット三万字相当の情報量があるんですよ!?そんなことが一瞬でできるはずがない!!」

 

服部の言う通り普通なら理解できるわけがない。

 

普通なら…。

 

「確かに普通なら理解できないさ。だが彼がいれば強力な抑止力になるだろう。今まで罪状が確定せず、不起訴になっていた生徒にも有効だ。そして理由はもう一つある。ニ科生が風紀委員になった例はお前の言う通りなかった。つまりニ科生に対しても一科生が取り締まってきたということだ。これは一科とニ科の溝を深めることになっている。達也君が風紀委員になればいい方向に傾くかもしれないと思っているんだよ」

 

摩莉の熱弁に気おされながらも自分の意見を押し通そうとする服部。

 

「会長ら私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します。渡辺先輩の主張に一理あることは認めますが、魔法力で劣るニ科生に風紀委員は務まりません!」

「お言葉ですが兄は魔法実技の成績が芳しくありません。しかし実戦なら誰にも負けません!」

 

深雪は黙っていられなくなったのだろう感傷的になり食って掛かる。

 

「司波さん、身内を過大評価してはなりません。身贔屓に目を曇らせてはならないのです。魔法師は常に冷静でいなければなりません」

 

幼い子供に諭すように語り掛ける。だがこれはむしろ逆効果だった。深雪はさらにヒートアップしていく。俺も深雪と同意見だったので止めようとはしなかった。

 

「お言葉ですが私は眼を曇らせてはおりません。兄が本当の力を以てすれば!…」

 

すると達也が深雪を抑えて服部に近づいて行った。

 

近づいてくる二科生に服部は苛立ちを覚えていた。なぜこんな奴が風紀委員なんかに!思ったとしても仕方がないだろう。不自然に堂々と近寄ってくるのだから。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?」

 

突然の申し込みに目を見張る生徒会役員。

 

「思い上がるなよ。…補欠の分際で!」

 

罵倒された本人は苦笑を浮かべている。

 

「何がおかしい!」

「魔法師は冷静を心掛けるべきなんでしょう?別に風紀委員になりたいわけではないんですが、深雪の眼が曇っていないことを証明する為ならばやむを得ません」

 

独り言のように呟く達也に服部は挑発されていると感じた。

 

「いいだろう身の程をわきまえる必要を教えてやる」

 

苛立ちを抑えながら了承したいや苛立ちを超えて憤怒が含まれていた。

 

 

 

真由美によって模擬戦の許可が下り指定された場所に移動する。俺の前を真由美、摩莉、あずさと服部が歩いている。そして何故か横には市原先輩が…。

 

ちなみに深雪はCADを預け場所に取りに行く達也の付き添いだ。

 

「克也君、本当に大丈夫なの?」

 

真由美がスピードを落として、服部に聞こえないように聞いてきた。顔には不安の色が見えたが何も考えずに自信満々に答えた。

 

「もちろん大丈夫ですよ。あいつが負けることなんてありえませんから」

 

俺の微塵も揺らがない言葉に真由美は毒気を抜かれていた。そうしているうちに指定の場所に到着した。

 

 

 

試合の準備をしていると達也と深雪が到着した。達也の準備が終わるのを待って摩利は説明を始るた。

 

「ルールを説明するぞ。相手を死に至らしめる直接、間接的な攻撃は禁止相手の体を損壊させるような攻撃も禁止。相手を気絶させる程度の攻撃は許可する。勝敗はどちらかが負けを認めるか、審判が続行不可と判断した場合に決する。合図があるまでCADの操作は禁止する。以上だ。ルールに違反した場合はその時点で失格とする。ルールに従わない者には私が力ずくで止めるから覚悟しておくこと」

 

双方の確認をすると摩莉は腕を振り下ろし合図した。

 

「始め!」

 

この勝負に瞬殺という言葉がこれほど似合うことはないだろう。それほどの時間で勝敗は決していた。服部は何をされたのか理解せぬまま気を失った。

 

「…勝者司波達也!」

 

達也は一礼するとCADをケースにしまうために動き出した。

 

「待て。今のは自己加速術式を予め展開していたのか?」

 

摩莉から疑いをかけられたが別段やましいことはないので素直に答えた。

 

「いいえ。今のは正真正銘自分の身体的な技術ですよ」

「俺も証言します。あれは体術です魔法特有の事象改変は見られませんでしたよね?俺と達也は忍術使い・九重八雲先生の指導を受けています」

 

全員驚いているようで呆気にとられていた。

 

「服部君は何故倒れたの?あの魔法も忍術?想子の波動そのものを放ったようにしか見えなかったのだけど?」

 

真由美は服部が倒れた理由を聞いてきた。

 

「忍術ではありませんが想子の波動そのものというのは正解です。あれは振動の基礎単一系魔法で想子の波を作り出しただけです」

 

達也は淡々と答える。

 

「それでは服部君が倒れた理由がわからないのだけれど…」

「酔ったんですよ」

「酔った?何に?」

 

達也は真由美の質問に流れるように答える。

 

「魔法師は想子を可視光線や可聴音波と同じように認識します。予期せぬ想子の波にさらされた魔法師は、実際に自分の体が揺さぶられたと錯覚します。その錯覚が肉体に影響したんです。服部先輩は『揺さぶられた』と錯覚し、激しい船酔いのようなものになったというわけです」

 

達也の説明に深雪は誇らしげに見つめていた。

 

「魔法師は普段から想子の波にさらされているから慣れているはずよ?魔法師が気を失うほど強力な波動をどうやって…」

「…波の合成ですね?振動数の違う魔法を三連続で作り出し、3つの波が服部君の位置でちょうど重なるように調整して、三角波のような強力な波を作り出したのでしょう。よくもそんな精密な演算ができますね」

「お見事です市原先輩」

 

鈴音は達也の演算能力にあきれているが、それを初見で見抜いた観察力の方がすごいのではないかと達也は思った。

 

しかし鈴音の疑問は別にあるらしい。

 

「それだけの処理速度があれば実技の評価が低いはずはありませんが…。座標・強度・持続時間に加えて振動数まで変数化するとなると。…まさかそれを実行しているというのですか?」

 

驚愕に言葉を失った鈴音に達也は肩をすくめながら片付けを再開した。

 

「多変数化は処理速度としても演算規模としても干渉強度としても。学校では評価されない項目ですからね」

 

未だに驚きで硬直するメンバーの後ろから声が聞こえた。

 

「実技試験における魔法力の評価は魔法を発動する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる。…なるほど司波さんが言っていたことはこういうことか」

 

壁に預けていた背中を持ち上げ深雪に近づいた。

 

「司波さん先ほどは失礼しました。以後このようなことがないように気をつけます」

 

服部は深雪に非礼をわびると達也に目を向ける。次は負けないという意思が伝わってくるように達也は感じた。服部は先輩方に一礼してから試合会場から出て行った。服部の愛想のない対応に苦笑を浮かべる。

 

「いろいろ予定外のイベントが起こったが、当初の予定通り風紀委員本部に行こうか」

 

摩莉の誘い(脅迫?)に困惑している達也の意思を無視しながら腕を掴んで向かった。なぜか深雪からとがめるような視線をうけた。

 

何故俺が巻き込まれなければならないのかわからなかったが、真由美について生徒会室に戻ることにした。




ようやく服部先輩が登場です。なかなか進みませんね。


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第六話 事件

気合い入れまっせ~


達也が摩莉と風紀委員本部に向かい、深雪が書記の仕事をあずさから教えてもらっている間、俺は暇だったのでCADの点検を始めた。

 

どこにも異常がないことを確認しホルスターにしまおうとすると、いつの間にいたのやら俺の横から眼を輝かせながらCADを覗き込むあずさがいた。

 

「司波君と同じ形状なんですね!?でも少し銃身が長くてグリップが細いようですがなんというCADなんですか?」

 

CADオタクと言われるだけあって、達也のCAD《シルバー・ホーン}》だけでなく俺のにも興味があるようだ。

 

「これは四葉家の技術者が俺専用に開発したCADです。名称は《ブラッド・リターン》。俺の想子にだけ反応しますので俺以外が使おうとしても作動しません」

 

説明するとあずさはさらに眼を輝かせて近づいてきた。なぜかいやな汗がでてきたが我慢することにした。

 

 

 

各クラブの部長、副部長には新入生成績名簿のコピーが先週の金曜日に渡されている。土日の2日間の間に誰を勧誘するかを決め、月曜から始まる新入生勧誘活動で行動に出る。

 

そのせいで毎年この時期にトラブルが発生するため、風紀委員の卒業生分の補充が早急にとされる。毎年生徒会推薦枠の風紀委員が決まらずに迎えてしまうことがあるのだが、今年は達也に決まったので心配はないようだ。

 

勧誘活動は放課後に行われるため、達也は風紀委員会本部で説明を受けていた。入学初日に最悪な出会い方をした森崎が、職員推薦枠で風紀委員に任命され同じ場所にいることが達也にとって残念だった。

 

 

 

俺は生徒会役員である深雪と風紀委員である達也と都合を合わせるために、部活に入ることにした。別に二人と時間を無理に合わせる必要はないのだが、3人でいたい気持ちが強い。そのため魔法を使用する部活ではなく運動部に入るつもりで見回っていた。

 

途中普通の生徒と比べるとおかしな動きをしている生徒がいたが、何か事情があるのかもしれないと思い忘れることにした。

 

校内をうろついているとレオに声をかけられた。

 

「よお克也、どの部活に入るか迷ってるのか?」

「オッス、レオ。魔法を使わない運動系の部を探してたら、予想より数が多くて悩んでたんだ。レオは入る部活を決めたのか?」

 

「おうよ。俺は山岳部に決めたぜ」

 

レオは良い笑顔でそう言ってきた。

 

「山岳部?山を登るのか?」

 

俺の質問に待ってましたとばかり笑みを深めて説明してくれた。

 

「俺も最初勧誘されたときそう思ったんだがよ、見学しに行ったら予想と違ったんだ。なんでも肉体を鍛えるのは同じでも方法が違うらしい。林間走とか崖登りとか魔法に頼らず、自分の体を追い込んで精神的に強くさせる部活らしいぜ」

 

レオはすぐにでも参加したそうに体を使って見せてくれた。話を聞くと面白そうだったので見学にでも行ってみようか。

 

「レオ、俺も見学しに行っていいか?入部するかは見てから考えるよ」

 

「マジで?克也ダンケ。なら早く行こうぜ、時間があれば体験させてくれるかも知んねぇし」

 

レオはそう言うと、山岳部が活動している演習場に俺を連れて行ってくれた。

 

 

 

結果からして俺は山岳部に速攻で入部した。

 

四葉では訓練しなかったことをやっていたことが決めた理由だった。体験してみると楽しくて終始笑みが絶えず、レオと二人で新入生メニューではなく上級生メニューに特別に参加させてもらい楽々クリアした。

 

終わった後にケロッとして二人で談笑していると、へろへろに疲れて寝転がっている二年生に「お前らバケモンか?」と言われたのはお約束だろう。

 

その日の帰りにカフェで勧誘活動での出来事を交換し合っていたが、(達也を除く)全員の興味をそそったのは本人の捕獲劇だった。

 

「その桐原って人、殺傷性Bランク相当の魔法使ったんだよな?よく怪我しなかったな」

「高周波ブレードは有効範囲が狭い魔法だから対処は簡単だよ」

「……」

 

レオの質問に達也が答えるとみんなの眼が点になっていた。

 

「…有効範囲が狭いからって対処できるとは限らないんだけどね。例え魔法が止まってたとしてもあの人の剣を見破ることはできないよ。でも、達也君が止めに入った時地面から揺らぎを感じたよ」

 

エリカの言葉に深雪は応えた。

 

「対処が優れていても魔法を強制停止させるのは普通無理よエリカ。それにその地面の揺れは達也お兄様のせいね。達也お兄様、《キャスト・ジャミング》をお使いになったでしょう?」

「…まったく深雪に隠し事はできないな」

 

達也は苦笑しながら答える。

 

「それはもちろん。私は克也お兄様と達也お兄様のことならなんでもお見通しなんですから」

 

そう言いながら俺と達也の腕を抱き寄せる深雪に、俺は苦笑いで達也は仕方ないなという顔をしながらも少し嬉しそうだった。

 

ちなみに座っている位置は俺が深雪の右側、達也は左側、達也の左にエリカ、美月、レオだ。

 

「それ兄妹の会話じゃねえぜ!」

「「そうかな?」」

 

レオは俺たちにツッコミを入れたが、達也と深雪のハーモニーにたっぷり1秒間硬直した後机に突っ伏した。

 

「この兄妹にツッコミ入れようってのが大それているのよ」

 

しみじみ語るエリカ。

 

「ああ、俺が間違ってたよ…」

 

珍しくエリカの言葉に頷きながらレオも同じくしみじみと同意した。

 

「その言われ方は著しく不本意なんだが」

「いいじゃありませんか達也お兄様。私たち3人は深い愛情でつながっているのは事実なんですから」

 

深雪がさらっと爆弾発言をする。

 

「グハァ!」

 

今度はエリカとレオが同時に突っ伏す。レオに至っては効果音までつけて…。

 

「俺まで巻き込むなよ…」

 

念のために俺は苦笑しながら突っ伏した2人に抗議しておく。伝わったかどうかは定かではないが…。

 

「深雪ほどほどにな。約1名冗談が通じてないようだから」

 

そう言いながら残りの一人に眼を向けると美月が顔を真っ赤にして俯いていた。帰るまで美月はエリカに弄られ続けたのは言うまでもない。

 

 

 

「達也君、昨日壬生をカフェで言葉責めしたというのは本当かい?」

 

2日後、半ば恒例化している生徒会室で昼食中に、突然摩莉が彼女らしくない言葉を使ってきた。俺は米粒を気管に誤って呑み込みむせた。深雪が心配そうにこちらを見るが大丈夫とジェスチャーで答える。

 

「先輩も年頃の淑女なんですから、そんなはしたない言葉を使うべきではありませんよ。それにそんな事実はありません」

 

達也は呆れたように答える。

 

「ありがとう達也君こんな私を淑女扱いしてくれて。でも、カフェで壬生が顔を真っ赤にしてうつむいていたのを目撃した者がいるんだが?」

 

摩莉の言葉に俺は片眉を上げるという不思議な技を身につけてしまった。

 

「達也お兄様?一体何をしていらっしゃったのでしょうか」

 

深雪から氷点下の空気が流れ出し飲み物や食べ物を凍らせていく。

 

「深雪さんって余程事象干渉力が強いのね〜」

 

真由美は興味深そうにお茶をつつきがら発した。「いえ、そういうことではなくただ単に感情が具現化しただけです」とはさすがに言えず黙りながらも深雪に《癒し》を施す。

 

「落ち着け深雪。ちゃんと説明するから」

 

達也も深雪を抑えるのを手伝う。深雪も達也の言葉で落ち着きを取り戻すがあずさは怯え続けていた。

 

「言葉責めしたわけではありませんよ。壬生先輩の考えを聞いた後に疑問を投げかけたら自爆していっただけです」

「ならいいんだが。頼むよ達也君。」

「何を頼まれているのかわかりませんが、問題にならないようにしますよ」

 

摩莉のお願いに苦笑しながら答える達也だった。

 

しかし達也は気づいていなかった。自分の取った対応が望んではいない危険な方向に曲げてしまったことを…。




壬生先輩と桐原先輩の登場ですが原作と違ってセリフは出していません。壬生先輩との出会いからカフェでまの会話はぶっ飛ばしています。ご了承ください。


ブラッド・リターン・・四葉家の技術者が克也のためだけに製作したCAD。克也の想子にだけ反応するので他人が持っていても無意味。


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第七話 予兆

なかなかお気に入りが増えない。やはり国語能力が低いから物語が面白くないのか…。


食事を終え食後のティータイムに達也が話し始めた。

 

「どうやら風紀委員の監視は生徒の反感を買っているようです。実は…」

 

 

 

達也の説明が終わると真由美と摩莉は微妙な顔をしていた。

 

「それは壬生の勘違いだ。風紀委員は単なる名誉職で進学のメリットになることはない。学校側も進学先も考慮しない規則を設けている。風紀委員を務めたと多少の評価を校内では得られるかもしれんがな」

「でも校内で高い権力を有しているのもまた事実。取り締まれた側としては風紀委員が自分の点数稼ぎのためにしたと思うこともあるの。正確には彼らを印象操作している何者かがいるんだけどね」

 

真由美の言葉に俺は黙っていられなかった。そこまで知っているのなら話は早い。

 

「正体はわかっているんですか?」

「ううん、噂なのよ」

「犯人側がわかっていればすでに行動を移しているさ」

 

真由美と摩莉の返答は俺の求めたものではなかった。

 

「そうではありません。そいつらの背後にいる者たちです」

 

深雪が俺を落ち着かせようと左袖を引っ張るが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「例えば反魔法国際政治団体〈ブランシュ〉とかですか?」

「ど、どうしてそれを!?」

「どこで聞いたんだ?あれは情報統制されているはずだ!」

 

真由美と摩莉は驚愕を露わにしあずさにいたっては首を傾げている。魔法師であるなら知っていてほしいのだが…。

 

「情報の出どころをすべてふさぐことなんてできませんから」

 

そう言って情報提供者の名前を出さずに言葉を濁す。

 

「そうよね、情報を集団のトップが握りつぶしてはならない。でも情報を与えてパニックを起こしてもらっても困る。板挟みでどう対処すればいいのか考えたくないから逃げている」

「それは仕方のないことです」

 

真由美の苦渋の言葉に俺は救いの手を差し出しすと真由美は意外そうに見つめてくる。

 

「国家ぐるみで情報をつぶそうとしていることを会長自らの意思で渡すわけにはいきません。何より学校運営に関わる者が国の指示に従うことは仕方ありません」

 

真由美にそう伝えながら微笑を浮かべる。

 

「慰めてくれてるの?」

「で、でも会長。会長を追い込んだのも四葉君ですよ?」

「自分で追い込んで自分でフォローする。ジゴロの手口だな。真由美もすっかり篭絡されているようだし。克也君はなかなかの凄腕だな」

 

あずさの言葉に乗っかって摩莉も真由美をいじる。俺はそういう意図はなかったのに勝手に話を進めて真由美と言い争いをしている摩莉に頬を痙攣させていたが、隣からまた冷気が漂ってきた。

 

横をゆっくり見る。

 

「ジゴロ・・凄腕の・・」

 

深雪が呟いていた。こりゃ家に帰ってからの機嫌直しが大変だなと思ったのは言うまでもない。

 

あずさといえば深雪から冷気が流れ出した瞬間に、席から離れた場所まで逃げていた。怯える姿は持っている餌を奪われないように守る小動物のようで、笑いをこらえるのに必死だった。

 

 

 

その日の夜、俺はリビングにいる達也と深雪に編集したファイルを見てもらうことにした。

 

「キャビネット名〈ブランシュ〉オープン。」

 

俺の好きな音声認識で整理したファイルを呼び出す。

 

「お昼に名前が出た反魔法師団体ですね?私が見てもいいんですか?」

 

深雪が不思議そうに聞いてきた。

 

「情報はなるべく共有しといた方が何かと都合がいい。想定外の事態に遭遇した時に対処しやすくなるからね。それに他人事で済みそうな話ではないだろうから」

 

そう前置きしながら概要を説明し始める。

 

「達也は知ってると思う。彼らは市民運動だと公言しているが裏では立派なテロリストだ。一昨日、勧誘活動している生徒の中に下部組織〈エガリテ〉に参加していると思しき人物がいた」

「魔法科高校にですか?」

「深雪が疑問に思っても仕方がない。普通なら考えられないことだからな」

 

テレビ画面にいくつもの写真が同時に移しその一枚を拡大させた。それは〈ブランシュ〉の存在理由を説いた彼らのホームページだった。

 

「奴らのスローガンは魔法師と非魔法師の差別撤廃。ここでいう差別とは収入格差のこと。魔法師の平均収入が高いのは、この国に必要不可欠な特殊な魔法を持つ者たちがいるからだ」

 

魔法師と非魔法師の収入を表したグラフが現れる。魔法師の収入がわずかに高い。

 

「彼らの収入を一般の魔法師と同等の収入に調整すると非魔法師の方が高くなる」

 

非魔法師の収入平均が魔法師を超える。

 

「彼らがどれだけ危険な場所で勤務しているか。どれだけの激務にさらされているかを顧みず、優遇されているなどと都合のいいことを言っている」

「かなり虫の良すぎる話だと思いますが。魔法を使うためには長時間の修学と訓練が必要なのを知っているのでしょうか?」

 

深雪が許せないとでもいうように眼を俺に向けながら聞いてきた。

 

「いや、知っているだろうさ。知っていて言わない。自分たちに都合の悪いことは言わず、平等という美しい理念にとらわれているから、周りのことを考えている振りをして行動する」

 

俺も彼らの自分勝手な行動にため息をつきたくなる。達也も同感のようだ。

 

「しかし彼らは表立って魔法を否定していない。何故だ?平等を最終的に求めているなら魔法を撤廃すれば最短距離で目標に到着できるのに。彼らが求めているのは平等ではないのかもしれない。それを考慮するとしても答えは一つしかないだろう。それはこの国の魔法を廃れさせたい国、もしくは人物が奴らの背後にいるということだ。この国が魔法を失うことで得をするのは誰だ?」

「克也、お前まさか…。」

「彼らの背後にいるのは…」

 

達也と深雪は驚きを隠せない。

 

「まだ仮説の段階だが、おそらく大亜連合もしくは大亜連合に近い存在だな」

 

達也もこの国が弱体化することを望む何者かがいると考えていたのだろう。だが身近なそいつらとは思っていなかったようだ。

 

「何かをされるかわからないし何もされないかもしれない。現状相手の行動が読めない以上こっちも行動するわけにはいかない。だが注意だけはしといてくれ」

 

そう言うと2人は頷いてくれた。

 

 

 

入浴後真夜に電話を掛けた。現在時刻は九時半、真夜もプライベートスペースでゆっくりしているはずで何回目かのコールで真夜が出た。

 

『あら、克也から連絡してくれるなんてどういう風の吹き回しかしら』

 

楽しそうに笑う叔母に挨拶してから用件を伝える。

 

「最近校内で〈エガリテ〉に参加していると思しき生徒を数名見かけています。何が起こっているのか調べてもらえませんか?」

 

2人には話していないことを伝える。

 

『あらあら、仕事を押し付けるなんてあなたも偉くなったものね』

「別にそのようなことを言ったわけではないのですが…」

『冗談よ。あなたをいじって楽しみたかっただけですから。わかったわ早急に取り掛かります数日頂戴』

「ありがとうございます」

 

叔母の承諾にお礼を言って切ろうとすると引き止められた。

 

『ところで達也さんが面白いことに巻き込まれているようですね』

「…どこからその情報を得たんですか?」

 

叔母の言葉に驚くよりあきれた。

 

『それはひ・み・つよ気をつけなさい克也。あなた達なら遅れを取らないでしょうけど、面倒なことになるかもしれないから』

 

それだけ叔母は言うと電話を切った。そんなことにはならないだろうとその時は思っていた。

 

しかし真夜の言ったことは2日後現実になった。




駆け足な展開になりましたが書くことができました。


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第八話 犯罪行為

教室で帰り支度をしていた。

 

「全校生徒のみなさん!」

 

突然爆音で校内放送が流れた。

 

「きゃっ!」

 

ほのかが悲鳴を上げる。たしかにそれだけの威力はあった。

 

「…失礼しました。全校生徒の皆さん!」

 

少し決まる悪げにもう一度自己紹介してくれる。

 

「ボリュームを絞るのをミスったようだな」

 

しれっと呟いてみた。

 

「「そうゆうことじゃないよ(でしょ!)」」

 

雫とほのかにツッコまれる。深雪はなんとも微妙な表情を浮かべているが。

 

「僕達は校内の差別撤廃を目指す有志同盟の者です!」

「差別撤廃ね…」

 

思わず口から零れてしまう。

 

「僕達は生徒会と部活連に対し対等な立場における交渉を求めます!ぼ…」

 

言葉が途中で途切れたのは異常に気付いた職員が電源をカットしたからだろう。

 

「深雪、呼ばれそうだから放送室に行こうか。ほのかも雫もまた」

 

2人に挨拶をして深雪と放送室に向かう。

 

 

 

同時刻、E組でも同じような展開が起こっていた。

 

「ボリュームの絞りをミスったか?」

「いや、ツッコむとこそこじゃないから」

 

達也のボケ?にエリカがツッコむ。エリカちゃんもねと美月が思ったのはお約束だ。

 

「達也、行かなくていいのか?」

 

レオがそのまま座ってても良いのか?という意味合いで聞いてきた。

 

「行かなきゃダメだろうな。委員会からお呼びがかかるだろうし早めに行くか」

 

達也が立つと同時に内ポケットの携帯端末が振動する。開いてみると予想通り委員会からの呼び出しだった。

 

「噂をすればなんとやらだ。じゃあ行ってくる」

 

レオ、エリカ、美月に報告してから放送室に向かった。

 

 

 

放送室に向かう途中達也と合流し、到着すると「遅いぞ」「「すみません」」という形だけの叱責に形だけの謝罪を二人してする。

 

「現状は?」

「奴らは内側から鍵をかけて立てこもっている。御大層にマスターキーも盗んできているという徹底ぶりでな」

 

明らかな犯罪行為に顔をしかめる。

 

「多少強引でも短時間で解決すべきだろう」

 

摩莉の物騒な提案に克也は頷きながら隣の大柄な上級生に聞く。

 

「十文字会頭はどうお考えですか?」

 

失礼かなと思ったが相手は気にしていないようだ。むしろよく聞いたなという賞賛が含まれる表情で答えた。

 

「俺は交渉に応じてもいいと思う。言いがかりにすぎないことをいつまでも引っ張る必要はない」

「この場は待機ということですか?」

「それについては決断しかねている。犯罪行為を取り締まるために学校施設を破壊してまで突入する必要があるとは思わない」

 

つまりどう対応すればいいか迷っているようだ。

 

「達也、壬生先輩の電話番号知らないか?待ち合わせのために交換してたりとか」

「…わかった」

 

俺は最後の手段(大袈裟だが)を使うことにした。

 

「壬生先輩ですか?今どこに…はあ、それはお気の毒です。交渉に応じると十文字会頭は仰っています。ええ、壬生先輩の安全は保障しますよ。ええ、わかりましたそれでは…。すぐ出てくるようです。電話番号を保存しておいて正解でしたね」

 

達也は一段落とでもいうように肩をすごめる。

 

「悪い人ですね達也お兄様は。でも壬生先輩のプライベートナンバーを、わざわざ保存していた件については後程詳しくお聞きしますね?」

 

眼は笑っていない笑顔で深雪に脅された達也は、俺に卑怯者とでもいうような視線を向けてきたが黙殺しておいた。

 

「それより態勢を整えるべきです。」

「態勢?君は今彼らの安全を保障すると言わなかったか?」

「俺が保障すると言ったのは先輩一人だけです。それにどこを代表して交渉しているなんて一言も言っていません」

 

達也の言葉に2人を除いた全員に呆気にとられ、やはり達也は『悪い人』の自覚がないようだ。

 

 

 

「私達を騙したのね!」

 

案の定、壬生先輩は達也に食って掛かった。まあ、安全を保障すると言われて出ようとすると自分以外が拘束されたのだから仕方がない。

 

「司波はお前を騙してなどいない。交渉には応じよう。だがお前らのとった行動を認めることと要求を受け入れることは別問題だ」

 

腹に響くような声で言われては言い返せない。壬生は達也から手を離した。

 

「お話し中悪いんだけど彼らを放してくれないかしら?」

 

突然の会長の登場に驚く。

 

「七草…」

 

十文字会頭も同様らしい。

 

「言いたいことはわかるけど今はこっちが優先よ。壬生さん一人じゃ交渉できないでしょうから。それとこの問題は生徒会に委ねられるそうです」

 

面倒くさいことは生徒会に丸投げかと思ったのは俺だけではないだろう。

 

「壬生さん、交渉に関する打ち合わせをしたいのだけれど、ついてきてもらえるかしら?克也君と達也君と深雪さんは帰宅してもらって大丈夫です」

「ええ、構いません」

「「「わかりました」」」

 

壬生先輩が応じて真由美についていく。三人は挨拶してから家路についた。

 

 

 

 

 

翌日、校門の近くで待機していると待ち人来たり。克也は他人の想子の保有量を知覚できるので、大勢に埋もれていても見分けることができる。彼女のような猛者であれば尚更だ。

 

「会長、おはようございます。」

「あら、おはよう克也君。達也君の深雪さんもどうしたの?」

 

待たれているとは思わなかったようで意外感を表していた。

 

「昨日のことが気になりまして」

「ああ、なるほどね。彼女たちは一科生とニ科生の平等な待遇を求めているわ。でも具体的なことは考えていないみたい。むしろ生徒会で考えろみたいな感じだったの。それで明日の放課後に討論会を開くことになってしまったわ」

「それはまた急な展開で…」

 

達也も驚いているが控えめな反応だった。

 

「相手に時間を与えない戦略は素晴らしいですがこちらもそれは同じですね。それで誰が討論するんですか?市原先輩ですか?」

 

そう聞いた達也は自分を指差しながら振り向く真由美に今度こそ驚いていた。

 

「まさか会長お一人ですか?」

 

ご名答とでも言うように答えだした。

 

「1人なら小さなことで揚げ足を取られることもないし、もし彼女たちに私を言い負かすだけの根拠を持っているなら、これからの学校運営に取り入れていけばいいだけなのよ」

 

真由美の持論に俺は感服した。

 

「すごいですね会長そこまで考えていただなんて。少し見直しました」

「えへへ、そんなことは…」

 

照れていた真由美がジトーと見つめてきた。何か言ってはいけないことを言ったのだろうか。2人を見ると少し離れて他人の振りとでもいうようにいちゃつきはじめた。

 

「克也君、少しってのはどういう意味かな?」

 

じりじりと近づいてくる真由美に俺は後ずさりすることしかできなかった。

 

「別に深い意味はありませんよ…」

「克也君?」

 

真由美に授業が始まる直前まで質問攻めにあったのは言うまでもない。

 

 

 

朝から真由美に精神HPを大幅に削られげっそりとした俺は、昼休みの始まりに委員長のクラスに向かうとタイミングよく教室から出てきたので引き止めた。

 

「渡辺先輩、少しいいですか?」

「なんだ克也君?どうした?やけにやつれているが…」

 

見ただけでわかるほどに弱っているらしい。

 

「…今朝登校中に会長の地雷を踏んでしまってこってり絞られただけです」

「はははは、あいつの地雷はやばいからな。踏まないようにしないと死ぬぞ?」

「それ…早く言ってくださいよ…」

「で、どうした?引き止めたからには何か用事があるんだろ?」

 

抗議したがスルーされた。

 

「相談というよりお願いなんですが」

「お願い?」

 

摩莉は不思議そうに聞き返した。

 

「ええ、討論会の最中に有志同盟のメンバーが下手な行動を起こさないよう、風紀委員で警戒していて欲しいんです。彼らが何かをしでかしそうな嫌な予感がするんです」

 

俺のお願いに摩莉はしばらく考え込んでいた。

 

「私もそうするべきじゃないかと真由美に言ったんだ。そうしたら同じ学校の生徒だからしなくて大丈夫と言われてな。真由美がそう言うならしなくていいだろうと思ったんだ」

「警戒することに越したことはありません。万が一何かされても対応することが出来ます。風紀委員に各々有志メンバーをマークさせてください」

 

摩莉も俺の案に乗ってくれた。

 

「わかった、委員会メンバーには私から連絡する。真由美のガードは服部に任せるがお前はどうする?」

「俺は舞台袖から警戒します」

 

自分だけ仕事をしないつもりはなかったので監視することにした。

 

「頼むぞ」

 

摩莉はそれだけを言って何処かへ向かった。




ブランシュ編も大詰めですよ~。


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第九話 討論会と襲撃

壬生先輩を含むグループが強行作戦に出た夜に真夜から依頼内容の結果が届いた。

 

封筒に入れられた紙には事細かに記され、そこには今回の黒幕〈エガリテ〉を動かしているのは〈ブランシュ〉日本支部リーダー司一。さらにそこには司一の義弟司甲が第一高校に入学していると書いてあった。

 

俺の予想は正しく渡辺先輩にお願いしといてよかったと思った。しかし〈ブランシュ〉を動かしている敵の正体はわからなかったようだが、よくこの短時間でここまで調べられたなと思わずにはいられなかった。

 

 

 

放課後、講堂には予想以上の生徒が集まっていた。その数およそ全生徒の半分。

 

「当校にここまで暇人が多いとは。学校側にカリキュラムの改善を申請しなければなりませんね」

「…市原、笑えない冗談はよせ」

 

市原先輩と摩莉のやりとりに苦笑をもらすと、市原先輩には意外そうな顔をされ摩莉には何故かにらまれた。

 

「専守防衛といえば聞こえはいいが…」

「渡辺委員長、実力行使を前提に考えないでください」

 

摩莉のボヤキに市原がすかさず黙らせる。

 

 

 

「もはや真由美の独壇場だな…」

 

摩莉の呟きは全員の内心を表していた。有志同盟のメンバーは小さなことをごねて文句を言っているが、真由美はそれをうまく利用して対応している。討論会が進行するにつれて、有志同盟のメンバーは窮地に追い込まれていった。

 

『…一科生でもニ科生でも当校の生徒であることに変わりなくみなさんにとってのかけがえのない三年間なのですから」』

 

真由美がそう締めくくると講堂全体から拍手が送られた。何事もなく終わったなと俺は思った。しかし有志同盟はこのままで終わるつもりはなかったらしい。

 

ドカーン!

 

爆発音と同時にすさまじい振動が講堂を襲った。それが合図だったかのように有志同盟のメンバーが動き出す。

 

「委員長!」

「取り押さえろ!」

 

達也が摩莉を呼んだとほぼ同時に命令が下った。俺と達也は近くにいたメンバーを捕らえたのとほぼ同時にガシャーン!と窓ガラスが割れ物体が飛び込んできた。

 

それは着地と同時に煙を吐き出したかと思うと、煙は拡散せずに物体と共に逆再生のように外に消えていった。

 

収束魔法と移動魔法の複合術式か。よくあの一瞬で魔法を選択し構築するとは流石だな。

 

そう思いながら使用者を見ると、どんなもんだいとでも言いたそうな顔で俺を見ていた。

 

「何!?そっちにも侵入者が!?」

 

摩莉が何処からか連絡を受け驚愕していた。どうやら大勢の武装集団が侵入しているらしい。魔法科高校には機密性の高い文書やデータが保存されているので、テロなどを生業にするそういう輩から狙われやすい。

 

そのため万が一に備えて排除できるほどの魔法力を持つ職員がある程度の人数が在中している。だが彼らでも対処できないほどの事態になっているのは、事態の深刻さを物語っている。

 

「委員長!俺は爆発のあった実技棟の様子を見てきます」

「達也お兄様お供します。」

 

達也のセリフに続いて深雪までそう言い出した。

 

「気をつけろよ!」

「「はい!」」

 

摩莉の言葉に二人は力強く答えて駆け出していく。

 

「委員長、俺はCAD調整室付近を見てきます」

 

摩莉の返事を待たずに駆け出した。

 

 

 

講堂の外に出ると校内は騒然とし、至る所で戦闘が行われている。よく見れば職員だけでなく一科生も戦っていた。俺は木立の陰に隠れ眼を閉じ意識を情報の世界に向けた。

 

全想の眼(メモリアル・サイト)》。

 

それが俺の二つ目の固有魔法。

 

自分が条件指定したものの記憶を視ることができる。それは人間だけでなく動物も同様に。

 

今回は「校内にいる生徒の中で〈エガリテ〉の場所に行ったことがある」という条件で探す。すると条件に一致した者が1人いたのでそこに向かった。

 

 

 

到着するとそこでは一人の生徒が電話をしていた。気配を消して情報端末を奪うことを考えたが、余計に刺激してしまう気がしたので話しかけることにした。

 

「何をしているんですか?こんなところで」

 

話しかけられて驚いた生徒は電話を切って攻撃してきた。耳元で低周波が鳴り響くが、想子を操作して無効化し同時に少し体を傾ける。想子を操作するより楽な対抗魔法はあるのだが、事後処理の説明が面倒くさかったので使わなかった。

 

魔法名《耳鳴り》は空気を震わせ三半規管を麻痺させる。足止めなどに使われるポピュラーな魔法で比較的簡単なので使う魔法師も多い。利便性があるので野外訓練ではよく使用されている。

 

《耳鳴り》が効果を発揮したと勘違いした男子生徒は逃げ出した。平凡な一科生なら効果はあっただろうが、俺は四葉を受け継ぐ魔法師であり魔法を無効化する訓練を行っている。

 

だから数字付き(ナンバーズ)や十師族の強力な魔法師でなければ止められない。

 

《自己加速術式》で男子生徒の前に回り込み腹部を強打し気絶させた。

 

気を失う瞬間「な、なんで…」と聞こえた。まあ、効果があったと思わせる行動をしたので仕方ないかと思いながら、講堂の舞台袖から拝借した縄で手を縛る。

 

「こちら臨時風紀委員の四葉です。不審者を発見し拘束しましたのでそちらに運びます」

 

委員長に渡された携帯端末の音声ユニットで伝える。

 

何故俺が持っているかというと討論会が始まる前に渡されていた。委員会の腕章と共に。最初はもちろん断ったのだが「この作戦の発案者はお前だろう」と言われ渋々受け取った。

 

音声ユニットを胸ポケットに戻し俺は男子生徒を抱えて講堂に向かった。

 




ようやく二巻までの内容が次話で終わります。長かった~。


全想の眼(メモリアル・サイト)・・人間だけでなく動物にも作用させ記憶を視ることができる克也の固有魔法。


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第十話 駆逐と感謝

拘束した生徒を講堂の奥まった部屋に連れ帰ると摩莉が尋問を開始する。

 

「ダメだな、この程度の強さじゃリーダーのことは話さないか」

 

摩莉はそうボヤキ始めた。彼女は複数の薬品を混ぜ自白剤を合成させ使用したが効果がなかった。

 

「手引きした犯人はすぐ吐いてくれたんだけどね…」

 

真由美もがっかりしていた。手引きしたのは叔母から送られてきた紙に書いてあった十r司甲だった。

 

「おそらく魔法か何かでその部分の記憶を消されたか、封じられているかもしれませんね」

 

そう俺は予想する。

 

俺は《全想の眼》を使うか迷っていた。あれは有効な魔法だが真由美たちにばらしたくないというより副作用のことを気にしていた。

 

《全想の眼》を使うと魔法演算領域にかなりの負荷がかかり疲弊してしまう。だが、悩んでいる時間はないので使おう。ここにいるのは先輩方2人だけなので他言しないようにお願いをした。

 

「今からこいつの記憶を読み取ります。ただそれをするにはある魔法を使わなければなりません。誰にも言わないと約束してもらえますか?」

 

真由美と摩莉の眼を見て聞いた。

 

「ええ、約束するわ。第一高校生徒会長としてではなく十師族の一員、七草家の長女として」

 

「あたしも約束するよ、七草家の長女の友人として」

 

摩莉の約束は真由美より固いものではなかったが、信用できる人なので何も言わなかった。俺はうなずくと確保した生徒に向く。

 

「それでは始めます」

 

息と一緒に余計な情報を吐き出す。眼を生徒の記憶に向ける。

 

『これで説明は終わりだ。明日は面白くなりそうだね諸君!このアジトは集会が終われば破壊されることになっているから新しいアジトは後日伝える。解散!』

 

大口をたたくひょろっとして、ふちなしの眼鏡をかけている男が〈ブランシュ〉日本支部リーダー司一なのだろう。アジトを出るとそこはどこにでもあるようなビルの地下だった。

 

しばらくして眼を現実の世界に戻す。今視たことを2人に話した。

 

「指導者は司一。第一高校三年の司甲先輩の義理の兄です。おそらく司先輩も魔法か何かで操られて手引きさせられたのではないでしょうか。アジトはビルの地下にあったようですが、今は何もないようで新しい場所に移動したようです」

「何故そこまでわかった?」

 

摩莉が聞き返してくる。

 

「摩莉、他人が隠している魔法を詮索してはダメよ」

 

真由美が止めに入る。

 

「構いませんよ会長。今のは俺の固有魔法でこの生徒の記憶を覗いたんです」

「怖い魔法だな。覗かれないように気を付けよう」

 

少なからず本気の摩莉に信頼している相手に無断で使用しないと説明しておく。

 

説明しながら気になった記憶をもう一度視返す。この男の横にいた男の想子を読み取る。記憶の中にいる人物だが、現実世界に存在しているので読み取ることができるのだ。

 

するとその男の想子が別の想子と強制的にリンクさせられているのが視えた。しかもその想子はすでに死んだ人間のものだ。

 

それが何なのか考える前に現実の情報世界に視界を変えその男を探し出す。討論会が始まる前に見かけていたのだからどこかにいるはずだ。

 

見つけた。だがこの位置は…。俺は講堂の裏口からその男が狙っている女子生徒の下に向かった。

 

「「克也君!?どこに行く(の)んだ!?」」

 

真由美と摩莉の声に振り向くことなく走る。体術と自己加速術式を使って走る。

 

 

 

女子生徒の姿が見えたのと男子生徒が襲い掛かるのが同時だった。間に合わないと思った俺は、想子を圧縮して想子弾を構築し男子生徒に向かって撃ちだした。

 

想子弾に直撃された男子生徒は大きく吹っ飛ばされ地面に倒れる。襲われかけた女子生徒は気を失って倒れていたので、抱きかかえて危険のない場所まで移動し横たわらせ男子生徒の元に戻った。

 

目は虚ろで生気を感じない。想子を《全想の眼》で読み取ると愕然とした。死んだ人間の想子に浸食され死んでいたのだ。

 

なのに生前と変わらない動きと魔法を繰り出すことに驚いたが、一撃で終わらせるために魔法式を構築し起動式を展開させる。

 

《夜》が一部分だけを塗りつぶす。闇に燦然と輝く星々の群れ。星が光の線となって男子生徒の中の想子を貫通した。男子生徒はその場に倒れそれきり動かなくなる。

 

女子生徒を抱いて保健室に向かいベッドに寝かせ、出ようとすると安宿先生に引き止められ一通り体を検査され異常なしと診断されてから解放される。

 

奥の部屋から出てくるとそこには真由美と摩莉、克人がいた。

 

「何が…」

 

真由美が訪ねようとしたがドアが開けられ壬生紗耶香を抱えた達也が入ってきた。寝かせて5分後に、目を覚ました壬生に異常なしと診断した安宿先生が出ていくと事情聴取が始まった。

 

それによると摩莉に突き放されたと勘違いした壬生先輩に、司一が付け込んだようで壬生先輩に非がないことがわかった。

 

 

 

「重要なことは奴らがどこにいるかですが…」

 

達也は話を聞いた後そう切り出した。

 

「行くつもりか司波?危険だぞ」

 

達也の言葉に何かを感じた克人は止めに入る。

 

「わかっています。俺は学校側に手を貸してもらうつもりはありません」

「司波君もし私のためだったらやめて怪我されたくないから」

 

壬生は達也をなだめる。

 

「壬生先輩のためではありません自分の生活空間がテロの標的になったんです。俺と深雪、克也の日常を損なおうとするものはすべて駆除します」

 

だが達也の答えは辛辣だった。しかしそれを咎めるような声は上がらない。

 

「でも達也、拠点がわからないとどうしようもないぞ」

 

そう俺が聞くと達也は「知らなければ知ってる人に聞けばいい」と言いながら保健室のドアを開ける。

 

そこには一年E組の担当カウンセラー小野遥が立っていた。

 

「九重先生の秘蔵の弟子から隠れ遂せようだなんて…やっぱり甘かったか」

 

苦笑気味で話し、遥から拠点の地図をもらい確認する。

 

「達也が行くなら俺も行くぜ」

「当然あたしもね」

 

レオとエリカが同行すると言い出した。

 

「なら俺も行こう十師族としてこのまま見逃すわけにはいかん」

 

今まで黙っていた克人が切り出した。

 

「車は俺が出すそれでいいな?」

「十文字君が行くなら私も…」

「七草、お前はダメだ」

「そうだぞ真由美。この事態に生徒会長が不在なのは困る」

「わかったわ十文字君お願い。でもそれなら摩莉もダメだからね。まだ校内に残党がいるかもしれないんだから」

 

説得された真由美は摩莉を止めた。摩莉も残念がっていたが。

 

「達也、俺も残るよだから後のことを頼む」

「任せろ」

 

それだけ言うと達也達は駆逐するために駐車場に向かった。

 

 

 

残りの残党を(全想の眼を使って)捕まえていると、安宿先生から女子生徒が目を覚ましたと連絡が来たので保健室に向かった。

 

「気分はどう?リンちゃん」

 

真由美が呼んだように襲われそうになっていたのは市原鈴音だった。

 

「ええ、驚いて倒れた時に頭を少し強く打っただけですから。それよりここに連れてきてくれたのはどなたですか?」

「お前の目の前にいるよ市原」

「え?」

 

摩莉の言う通り眼を横にずらして市原先輩は俺を見てくる。

 

「あなたが?」

「それだけじゃないぞ。お前を襲おうとした奴を倒したのもそいつだ。どうやってかは知らないが」

 

摩莉の言葉に目を見張る市原先輩に新鮮さを感じていた。

 

「あたしたちは事情説明があるから行くよまたな」

 

摩莉がそう言って真由美とともに保健室を出ていく。

 

 

 

「改めて助けていただきありがとうございました」

「いいえ、そんなご丁寧に怪我がなくてよかったです」

 

それだけ話すと市原先輩は黙ってしまった。ここは挨拶だけして出た方がいいのか何か話題を作るべきなのか迷っていると、市原先輩が紅潮させながらお願いしてきた。

 

「は、初めて生徒会室に来た時から気になっていました。今日助けられてすごくうれしかったです。わ、私とそ、そのお、お付き合いしてもらえませんか?」

 

まさかの告白に俺は数秒間フリーズした。

 

「俺なんかでいいんですか?」

 

そう尋ねるとさらに顔を赤くしてうなずく。これ以上伸ばすと精神的なダメージを与えそうなので答えることにした。

 

「喜んでお付き合いさせていただきますよろしくお願いします」

 

そう言うと市原先輩は年相応の笑顔を俺に向けてくれた。

 

 

 

 

夕方、拠点を落とした達也と深雪と3人で家に帰る。あとは就寝するだけの合間に操られていた生徒の話をした。

 

「…というわけでやむを得ず《流星群》を使ってしまったんだ」

 

俺の話に耳を傾けていた達也は真剣な顔で頷く。

 

「なるほど、死者の想子を魔法式で復活させ安定させるために器である魔法師に組み込んだのか。魔法式が不完全だったのか器がそぐわなかったのかわからないが、安定せず暴走しだしたということだな。その器にされたのは誰だったんだ?」

「二年のニ科生の黒木竜(くろきりゅう)というらしいが、苗字からしてあの黒木家だろうな」

 

達也の質問に答えた。

 

「黒木家とは何ですが?」

「黒木家は魔法師の家系でありながら魔法を排除しようとする一族だ。知る人ぞ知る話だから深雪は気にしなくていいよ」

 

達也は説明しながら深雪の頭をなでる。

 

俺は2人に「俺、市原先輩と交際することになったから」と特大の爆弾を落として寝室に向かった。その時の達也の驚いた顔を俺は忘れないだろう。

 

翌日、一日中深雪から不機嫌オーラを吹きかけられた俺は、授業に集中できず週末に居残りさせられることになるという失態を犯した。

 

そして市原先輩との交際は広まらないだろうと思っていた俺の予想に反して、ありえない速度で広まってしまった。

 

犯人は誰かわからないまま謎は迷宮入りした。




ついにブランシュ編まで書くことができました。次話からは九校戦編に入ります。なにとぞよろしくお願いします。


黒木竜(くろきりゅう)・・オリジナルキャラ。魔法師の家系でありながら魔法を排除しようとする家系の一人息子。


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番外編①
事故と別れ


克也が魔法事故を起こしたときの話です。


ここはとある場所にある魔法実験室。今ここでは極秘に魔法の実験を行割れようとしており、数人の研究者が機械を操作している。

 

機械から出た幾重にも交わるチューブは少年の頭の機械につながっている。機械には少年の脳波と想子のグラフが映し出され正常であることを示していた。

 

「当主様、開始してもよろしいでしょうか?」

 

緊張した面持ちで許可を貰おうとしている研究者だが、即座に開始させてくれと顔に書いてあるように見える。このまま待たせてしまえば焦らされたことで実験に失敗してしまうかもしれない。そう思った私は許可することにした。

 

「ええ、始めてちょうだい」

「実験開始!」

 

研究者たちはグラフを観察し始めた。少年は実験室の中央に立ち、左手には腕輪型のCADを巻いていた。CADを操作すると想子が活性化し始める。

 

「想子の活性化を確認。必要量に到達」

 

研究者はモニターを観察しながら詳細を報告する。魔法式が構築され想子がさらに活性化する。起動式が展開され魔法が発動する瞬間、モニターから危険を告げる警告音が鳴り響いた。

 

「何!?どうしたの?」

 

真夜が血相を変えて問いかける。

 

「わかりません!突然鳴り始めたんです!」 

 

研究者たちは原因を見つけようと各々パソコンを操作し始める。だが克也が突然苦しみ始めた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!うぅぅぅぅぅぅ!っ!ぁぁぁぁぁぁ!」

 

尋常な痛みではない。身をさかれるような痛み、焼けた鉄の棒で体中をまさぐられているようだ。

 

「まだ、原因はわからないの!?」

「不明です!」

 

真夜の悲痛な叫びが響くがどうすることも出来ない。

 

「魔法式を破綻させろ!」

「ダメだ!今の状態でそんなことをしたら魔法演算領域に深刻なダメージが!運が良ければ助かるかもしれないが悪ければ死ぬんだぞ!」

 

研究者たちが口論している間真夜はどうすればいいかわからなかった。

 

このままでは自分と同じ能力を使う魔法師がいなくなる。ましてやそれが四葉の人間で血を分けた甥なら尚更だ。

 

「想子観察機の魔法式構築プログラムを中止しろ!」

「…ダメです!応答しません!」

 

魔法式が崩壊すると同時に荒々しい想子があたり一面に吹き荒れる。想子観察機に過剰に流れ込み想子不可侵防壁の許容量を大幅に超え爆発する。

 

「ここは危険だ!全員地上に戻れ!」

 

研究者たちのリーダーはこの場にいる全員に逃げろと命じる。だが真夜は逃げるどころか克也の元に向かおうとする。

 

焦点を失った眼で見つめる。

 

「克也…。私の血を分けた子供…。克也…」

 

虚ろな声で発する。小里早苗(こざとさなえ)が真夜の手を握り地上に向かって駆け出した。

 

すると突然想子の嵐が突然消えた。あれだけの量を一瞬にして消し飛ばした魔法は何かと放たれた場所に目を向けると、そこには深雪に連れてこられ右手を広げ克也に向けたままの姿勢で立つ達也がいた。険しい目つきで逃げ出す研究者たちを睨みつけ、悲しそうな光が眼の中に見えた。

 

「達也さん…」

 

真夜が名前をつぶやいたときには達也は克也に向かって走り出し、深雪もその後についていく。

 

「「克也(お兄様)!」」

 

2人が名前を呼びながら倒れた克也を抱き上げ、達也が左手を克也に向け魔法を発動する。すると高圧の想子にさらされただれていた皮膚が、何事もなかったかのように綺麗な皮膚に戻る。

 

しかし、克也は目を覚まさない。

 

「克也お兄様目を覚ましてください!兄さん何故克也お兄様は目を覚まさないのですか!?」

 

深雪が泣きながら達也に聞く。達也も深刻な表情で答える。

 

「魔法演算領域がオーバーヒートして神経にダメージを与えたのか、脳自体がやられたのか分からない…」

 

何でだ!何故克也がこんな目に遭わなければならないんだ。目を覚まさないのは俺のせいなのか?突然使用したことで余計なダメージを与えたのか?まだこの魔法を上手く扱えていないからなのか?}

 

そう達也が考えている間深雪は泣き、すがりながら克也の名前を叫び続けていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

眼を開けるとそこは知っている天井ではなく見知らぬ天井だった。

 

耳元から寝息が聞こえていたので、そちらに目を向けると叔母の真夜が寝ていた。どうやらここは四葉の診療所的な場所なようだ。

 

起き上がり立とうとすると、上手くバランスを取れず尻餅をついてしまう。まるで立ち方を忘れたかのように足下が定まらない。

 

尻餅の音で目を覚ましたのか、叔母が起き上がり俺を見つめながら抱きついてきた。

 

「克也!?目を覚ましたのね!?」

 

耳元でそう叫びながら抱きしめてくる。

 

「叔母上!?何がですか?てかなんで抱きつくんですか!?」

 

そう言うと叔母は名残惜しそうに離れながら答えた。

 

「記憶が無いの?あなたは魔法実験に失敗して事故に遭ったの。立ち上がれないのはたぶん事故による後遺症の1つだと思うわ。実験の失敗はあなたでも研究者たちのせいでもない。機械の誤作動よ」

 

事故と聞いて俺は思い出した。

 

《流星群》を発動しようとして突然警告音が聞こえたかと思うと想子が普段とは逆方向に流れ始めた。

 

逆流してきたので魔法実験に失敗したかと思い、魔法式構築を中止しようとすると体中に痛みが走り出したことを。今思い出してみても体中が覚えていて震えが止まらない。

 

「誤作動したのは俺が想子を上手く制御できていなかったからでは?」

「いいえ、あなたは失敗などしてませんよ。私から見ても完璧に想子を制御できていたわ」

 

叔母は真面目な顔で教えてくれた。それだけ言うのだから俺が失敗したわけではないのだろう。これ以上深く考えれば、真夜にストレスを与えてしまうかもしれないと思い考えるのをやめた。

 

魔法を使えるかどうか試しに近くに置いてあった角砂糖を《浮遊》で浮かべようとすると、魔法式が途中で停止し発動しない。

 

何度も繰り返すが結果は同じで、自分が魔法を使えなくなったという事実に落ち込んだ。これでは四葉にいる価値(資格ではない)がない。追放されると考えていると叔母がわかっているとでも言うように、後ろから優しく抱きしめながら話してくれる。

 

「大丈夫克也、絶対に四葉から追い出したりはしないわ。誰が何を言おうとあなたは当主の私が守るわ」

 

その言葉に安心して俺は何をすべきかを理解した。

 

 

 

 

 

事故から半年後、達也と深雪は母の深夜と母のボディーガードである穂波さんの四人でプライベート旅行として沖縄に向かった。俺は魔法事故のリハビリ中だったので同行は禁止された。

 

穂波さんや達也、深雪には残念がられたが特に深雪に。俺も行きたいのは山々だったが、リハビリに専念して不自由ない生活を送れるようにしなければならなかったので我慢した。

 

特に達也と深雪と3人で遊ぶためにそう考えるだけで、やる気も起こり魔法が使えるような気がする。今頃4人は沖縄でゆっくりと過ごしているのだろう。俺もリハビリをするために部屋を出た。

 

 

それから3ヶ月後、俺は今まで通りに魔法を使いこなせるようになり、達也と体術の修行も出来るようになっていた。事故のきっかけにもなった《流星群》も問題なく発動できるようになった。

 

少なからず不安になることもあるが魔法式に影響が出ることはない。

 

心情が魔法に影響を与えるかどうか、定かではないが俺は作用すると考えている。魔法を放つ際の心持ちによって威力や精度などが上昇したりするからだ。

 

ポジティブなら高威力高精度に、ネガティブなら低威力低精度に。これは個人的な意見なので正確かは分からない。

 

四葉は精神の研究をしているので、これも研究対象で解明するまでにはまだ時間がかかるらしいが俺はあると信じている。

 

旅行から帰ってきた達也と深雪はひどく落ち込んでいた。話によると大亜連合による侵攻を受け敵艦を消滅(撃沈)するために、達也が魔法を発動する際に艦砲射撃を受けたらしい。達也を守るため穂波さんは対熱防壁を展開したが、魔法演算領域のオーバーヒートを起こし亡くなったらしい。

 

俺のように治る人もいるが穂波さんは調整体だったので助からなかったそうだ。正確には彼女が助けようとした達也に死なせて欲しいと願ったらしい。そして息を引き取った彼女の遺言通り骨は2人によって海に流された。

 

しかし、悲しいことばかりでなく達也と深雪の関係も改善されたらしい。深雪は達也のことを「達也お兄様」と呼び、あり得ないほどくっつくようになり俺に対しても普段よりあまえるようになった。

 

母さんは愉快ではなさそうだったが俺たち3人は気にせずに仲良くしていた。

 

 

 

来年は高校受験だが魔法科高校に進学するかは分からない。

 

俺は進学したいがさせるかどうかは当主である叔母上が最終決定する。四葉が最強でいるためにおそらく通わせてくれるであろうが分からない。

 

叔母上が行けと言うのであれば行く、行かずに四葉本家で研究を手伝えと言えば手伝う。暗いことを考えていてもらちがあかないので,、体術で気分爽快させようと思い体術の先生に相手をしてもらえるよう頼むため俺は訓練室に向かった。




第二話で話題にあがった魔法事故の話でした。


小里早苗(こざとさなえ)・・オリジナルキャラ。二十四歳の女性で真夜のボディーガード近距離での戦闘が得意。


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4章 九校戦編
第十一話 準備


九校戦編開幕ですよ~


「全国魔法科高校親善魔法競技大会」。

 

通称九校戦は全国に九つある魔法科高校が威信をかけて競い合う催しで、生徒たちは若きプライドをかけて栄光と挫折の物語を繰り広げる。

 

政府関係者や魔法関係者だけでなく、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者のスカウトを集める魔法科高校生の晴れ舞台だ。

 

注目を浴びたいがために熱心に訓練に励むものがいるが、愛校心がある生徒程活躍する傾向がある。そのため生徒の心意気は否応なしに高まる。

 

学校同士の対抗戦という色彩が強いためか、九校戦の出場者はクラブの枠組みを超えて全校から優秀な選手が選出される。こういったこともあって九校戦は部活連ではなく、生徒会が主導となって準備する。

 

 

 

「…ということもあって私たちがやっているの。選手の方は十文字君のおかげで決まったんだけどエンジニアが足りなくて…」

 

そうボヤく真由美の食事速度は普段の半分程度になっている。

 

ちなみに俺と深雪は選手として出場することになっているので、不足していることは知っていた。

 

「まだ数がそろわないのか」

 

摩莉もため息をつく。

 

「実技方面に人材が偏っているからアンバランスなのよね」

 

自分に火の粉が降りかかる前に逃げ出すことを決めたのか、達也が弁当を片付けて出ていこうとしたが今回はそれが裏目に出た。

 

「じゃあ、司波君はどうですか?深雪さんと四葉君のCADを調整しているらしいですから」

 

あずさがそう提案する。

 

「さすがあーちゃん!ということで達也君放課後会議に出席してね」

 

真由美が(強制)参加することを命じた。

 

「ニ科生がすべきではないと思いますよ。調整はユーザーとの信頼関係が絶対条件ですから」

 

達也がネガティブ発言をしたことによって真由美の熱も冷める。確かにエンジニアとユーザーの間に信頼関係がなければ、満足のいくパフォーマンスはできない。

 

達也の言っていることは正しいのだが棘が生えすぎていて痛かった。

 

「「達也(お兄様)俺(私)のCADを九校戦で調整してほしい(もらいたい)のだ(です)けどダメかな(でしょうか)?」」

 

俺と深雪にお願いされた達也は明らかにチェックメイトだ。達也の内心を古風に表すとしたら『ああ、ブルートゥスお前(たち)もか』だろう。

 

ちなみに俺のCADの調整は汎用型をお願いすることにした。

 

さすがに特化型CADを達也にさせるほど俺は鬼ではない。特化型なら達也より上手く調整できるから尚更だ。達也は弱々しく真由美のお願いに頷いた。

 

 

 

放課後、会議で達也をエンジニアとして参加させることを提案した真由美に一科生の先輩から反対の意見が上がった。

 

ニ科生には務まらないだの言い出した。

 

「なら司波の実力を見ればいいだろう。なんなら俺が実験台になるが」

 

克人が反論を抑えもっとも効果的な打開案を提案した。しかし危険だとまたしても反対の声が上がった。

 

「いえ、その役目俺にやらせてください」

 

桐原先輩が自ら立候補したので俺は男らしいと思った。

 

桐原先輩の立候補に誰も反対しなかったのは、勧誘活動での騒動を知っておのような出会い方をしているから嘘の事実は伝えないと全員が思ったからだ。

 

特に達也と桐原の仲を中途半端にしか知らない者たちはそう思った。

 

 

 

桐原のCADから競技用CADにコピーすることが課題にされた。文字に表せば簡単に見えるが現実は甘くない。スペックの違うCADをコピーするのは危険が伴うので、そこがエンジニアとしての腕の見せ所だ。

 

そう考えているうちに達也は調整を終了させていた。

 

相変わらずの手際の良さだと感心していると桐原がCADを操作する。CADはなんの問題も起こさずまったく同じように作動した。

 

「桐原、感触はどうだ?」

「問題ありませんね。自分のCADと言われても疑わないほどです」

 

不敵な笑みを浮かべながら答え、桐原の言葉に達也の参加に反対していた上級生は驚いていた。

 

「一応の技術はあるようですが突出したほどではないと思われます」

 

と評価しない者もいたことに克也は我慢できなかった。

 

「完全マニュアル調整など普通誰も行いません。それを達也は行使し桐原先輩に違和感を与えなかったことは素晴らしいです。幼馴染だということを除外しても参加させるべきだと思います」

「まあ、そう言えなくはないが…」

 

あと一押しが足りない…。

 

「桐原のCADは競技用よりはるかにハイスペックな機種です。その違いを感じさせなかったことは評価すべきだと思いますが。会長、私は司波のエンジニア参加に賛成します。九校戦は当校の威信をかけた戦いです。ニ科生だとかつまらないことで争わずベストなメンバーで挑むべきではないかと」

 

服部の意見に達也は目を丸くして驚いていた。

 

「服部の意見はもっともだろう。司波はおそらく校内でトップの調整技術を持っている。そんなやつを参加させずに誰を入れるというのだ?」

 

克人のまとめで達也の九校戦参加が決定した。

 

 

 

その日の夜、達也は陸軍101旅団独立魔装大隊隊長・風間玄信と話をしていた。わざわざ一般回線に割り込んで、繋げてきているのだからかなり重要な話なのだろう。克也は深雪と一緒に食後の食器洗いに行っている。

 

「わざわざ手で洗わなくても」と言ったことがあったが、その時2人に睨まれながら「「この程度は自分でする必要がある(ります)」と言われたのでそれ以来言わないようにしている。

 

『ところで特尉、九校戦に参加するらしいが。気をつけろよ達也』

 

階級でもなく名前で呼んだのには友人としての危険を知らせる為だろうか。達也はさらに表情を厳しくした。

 

『会場は富士演習場南東エリア。これはまあ例年通りだが該当エリアに不穏な動きがある』

「侵入者ですか?」

『嘆かわしいことにその通りだ。国際犯罪シンジゲートの構成員らしき東アジア人が近隣で目撃されている。時期的に九校戦が狙いとみていいだろう』

 

達也はまた厄介ごとが増えた思ったが口にしたことは別のことだった。

 

「国際シンジゲートとおっしゃいましたが」

『壬生に調べさせた』

「第一高校二年 壬生紗耶香の御父君ですか?」

『その通りだ。退役後は内閣府情報管理局で外国犯罪組織を担当している』

「…驚きました」

 

素で驚いた達也は素直に感情を口にした。

 

『詳しいことが分かったらまた連絡する。富士で会えることを楽しみにしているからな』

「ありがとうございます」

 

画面越しの敬礼に敬礼で達也は応えた。




九校戦開幕です。はりきっていきましょう。


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第十二話 完成

「克也お兄様、達也お兄様深雪です。入ってもよろしいですか?」

「ちょうど良かった入って」

 

夜9時を過ぎた時間に深雪が飲み物を持ってくるのは日課だ。普段はすまなさそうに礼を言う達也だが、今回は明らかに自分を待っていたので深雪は喜びながらも不思議に思った。

 

深雪が地下室に入る。

 

「ちょうど呼びに行こうと思って…」

 

達也は途中で言葉を途切れさせ、克也に至ってはあんぐりと口を開けていた。深雪は思考停止させる2人の兄に、小悪魔的な笑顔でスカートの裾を少し持ち上げ膝を折り一礼した。

 

「フェアリー・ダンスのコスチュームか?」

「それにジャストタイミングだ」

「正解ですさすがお兄様方。ありがとうございます?」

 

深雪が一礼すると克也と達也の足があるべきところになかった。2人は足を組みながら空中に浮き普段と同じ位置に顔がある。

 

「《飛行術式》…。常駐型重力制御魔法が完成したのですね!」

 

克也と達也の手を取り歓声を上げた。

 

「おめでとうございますお兄様方!お兄様方はまたしても不可能を可能にされました!お兄様方の妹であることを私は誇りに思います!」

 

克也と達也は本気で喜んでくれる妹に笑みを浮かべていた。

 

「「ありがとう深雪」」

「これでまた目標に一歩近づくことが出来たよ。といっても克也が起動式を限界まで小さくしてくなかったら実現しなかった。深雪試してくれないか?」

「喜んで!」

 

深雪は達也のお願いに快く引き受けた。

 

「始めます」

 

深雪は彼女にしては珍しく興奮していた。仕方が無いことだろう。なにしろ自分が初めて兄たち以外に空を飛ぶのだから。《飛行術式》が組み込まれたCADのスイッチを押すと、想子が吸収されていくのが分かった。

 

しかしそれは日常で発している想子に毛が生えた程度で、意識しなければ気付かないほどの微量だ。

 

魔法式が構築され起動式が展開する。すると足が床から離れ体が宙に浮く。空を飛ぶことを人間は昔から望んでいた。

 

二世紀前には違う形で成功させたがそれは大きな機械を用いての成功であり、今回のはそれとは比べものにならないほどの小さき物で空を飛んでいる。

 

興奮しない方がおかしいのだ。

 

深雪は慣れ始めると、まるでフィギュアスケートを空中で行うかのように滑らかに滑り始めた。フェアリー・ダンスの衣装と相まって素晴らしい光景に、克也と達也はかなりの間見とれていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

今日はフォア・リーブス・テクノロジー略称FLTに試作機を持って向かった。自宅からは交通機関を乗り継いで、2時間ほど離れた辺鄙な場所にある。向かう間深雪は四六時中ご機嫌でたまに鼻歌が漏れていた。

 

「深雪?」

「はい?なんでしょうか?」

「…いや、なんでもない」

 

達也が話しかけるとご機嫌な顔で聞き返してきたが達也は言葉を濁した。それに気にした様子もなく深雪はまた鼻歌を漏らし始めた。達也がアイコンタクトで{何があったんだ?}と聞いてきたので{俺にもわからん}と返しておいた。

 

2人が自分のことを不思議に思っていることを気付かずに目的地に到着した。技術力を売りにしている企業の心臓部に入るには、色々と手続きをしなければならないのだが3人が引き留められることはない。

 

達也はシルバー・トーラスの片割れであるし克也と深雪は兄妹なのだから。

 

3人が部屋に入る。

 

「あ、御曹司!」

 

するとすぐに声をかけられた。この場所以外ではないことだが深雪ではなく達也がメインに見られる。

 

克也は端整な顔立ちと卓越した運動能力で女性からよく声をかけられる。彼は別にそれがおかしいことではなく、仕方が無いと割り切っているのでストレスでイライラすることはない。

 

魔法師の場合、名前を出せば勝手に寄りつかなくなるのだが、本人は名前を出したくないのでされるがままになる。一方達也は本能的に少し危ない人と感じるので人が寄りつきにくい。

 

 

閑話休題

 

 

「こんにちわ、牛山主任はどちらに?」

 

深雪は自分ではなく、達也が敬意の眼差しを向けられることを我が事のように喜んでいた。達也はそんなことを知らずに研究員に尋ねると、少し遅れて名前を呼ばれた男が現れた。

 

「お呼びですか?ミスター」

 

ヒョロリと背の高いしかし弱さを感じない男は灰色の作業服を着ていた。

 

「今回お邪魔したのはこれです」

 

小型のCADを差し出すとマジマジと見始めた。

 

「これはひょっとして飛行デバイスですかい?」

「ええ、牛山さんが作ってくれた試作用ハードにプログラムしたものです。俺と克也、深雪は試しましたが、俺たちは普通の魔法師とは言い難いです。そこで皆さんにテストして欲しいんです」

 

牛山はCADを受け取るとあるだけの試験用CADにコピーさせ、テスト飛行を行うよう命じた。

 

 

 

1時間後、テストは無事に終わったが10人のテスターたちは大型体育館にも匹敵するほどの部屋の床で、息を切らせながら大の字に倒れていた。

 

なぜこうなったかというと、飛行術式のテストを行い成功したことで舞い上がったテスターたちが空中鬼ごっこを始めたのだ。

 

克也たちと比べると4分の1程度しかない想子量では数十分使用するだけで、あっという間に枯渇してしまったのだ。

 

「お前らは全員アホか?お前らの想子量じゃ長時間使える分けねえだろうが。手当代は出さねえからな」

 

後遺症の残るような魔法力枯渇を起こしたテスターはいなかったので、牛山もため息をつきながら軽くため息をついて終わった。

 

「ミスター、少し暗いようですが何か問題があるんですか?」

 

テスターたちの文句を無視して成功して喜んでいるようには見えない達也に声をかけた。

 

「やはり、起動式の連続処理が今のままでは負担が大きいようです」

「そりゃお三方と比べたら魔法力は微々たるものですから」

「CADの想子自動吸引スキームを効率化すればいいんじゃないか?」

 

克也が提案した。

 

「それは俺がなんとかしますよ。ソフトじゃなくてハードで処理すれば負担も減ります。それにタイムレコーダーも専用回路を付けた方が良い」

「「実は同じことをお話ししようと思ってました」」

「そりゃ、光栄ですな」

 

深雪とテスターたちを除いた技術者三人が腹黒い笑みを交わし合っていた。

 

 

 

その帰りあまり会いたくない人物に出会ってしまい、飛行術式のテストでの余韻が一気に冷めた。

 

「これはこれは、克也様に深雪お嬢様ご無沙汰しております」

 

2人揃ってお辞儀をする。

 

「お久しぶりです青木さん。しかしここには俺と深雪以外にも俺の弟の達也もいます。挨拶はなしですか?それに父さんも久しぶり。俺と深雪には入学祝いだと色々くれたり言葉貰ったけど達也にはなしなのか?」

 

少し怒気を含ませて挨拶する。父は軽く頷いたが何も言わない。青木と呼ばれた男は焦ることなく平然として答えた。

 

「恐れながら克也様、この私は四葉家の執事として財産管理の一端を任せられている者です。一介のボディーガードに挨拶をしろと言われましても、プライドというものが私にもございます」

「私の兄ですよ?」

「それでもでございますよ深雪お嬢様」

 

克也と深雪が限界に近いのを感じている達也は、止めるべきだと思いながらも止めなかった。ここで割り込めば青木が何を言うか分からない。それが2人を暴走させるきっかけになれば本末転倒だ。

 

達也は傍観を決め込んだが青木の言葉に反論しようと思ってしまった。

 

「恐れながら深雪お嬢様は次期当主として家中の皆より望まれているお方。護衛役に過ぎない男さらには四葉家の秩序を乱す者。そのような男とは立場が違います」

 

その言葉に深雪の感情が限界に来たらしく床や壁が霜に覆われていく。青木は驚きどうしたらいいか分からないようだ。仕方なく俺は青木を手助けすることにした。

 

悪い意味で。

 

「青木さん、今の言葉は誤解を生みますよ。今の言い方では次の当主は深雪に決まりだと叔母上が言っているととられても仕方ありません。それは残りの当主候補の皆様に失礼だとは思いませんか?さて、四葉家の秩序を乱しているのは一体どなたなのやら」

 

深雪に《癒し》を施しながら尋ねる。

 

青木は蒼白にしているがさらに俺は追い詰めることにした。無性に追い詰められた青木の顔がもっと見たいと思ってしまったのだ。

 

「先ほどのお言葉を叔母上にご報告してもよろしいですね?」

「それだけはご勘弁を!」

 

すると今までだんまりを決め込んでいた父が、的を外れたとんちんかんな言葉を投げかけてきた。

 

「やめなさい克也。お前が母さんを恨む気持ちも分からなくもないが…」

 

その可笑しな言葉に俺は正気を取り戻し、2人を連れてさっさと帰ることにした。

 

「克也…」

 

父が話しかけてきたので俺はドアの前で立ち止まり振り返らずに言った。

 

「父さん、それは勘違いだ。俺たち3人は母さんを恨んでなどいない。俺はむしろ感謝しているよ。達也と深雪、愛する2と暮らせるきっかけを時間を残してくれたのだから」

 

言うべきことだけを言い残して俺は去った。青木のことは真夜に伝えず水に流すことにした。




もうすぐ九校戦が始まりますよ~。



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第十三話 出発

千代田先輩と五十里先輩の関係を婚約者から幼馴染に変更します。お許しください!3/30


翌日、学校に行き教室に入ると深雪と二人してクラスメイトの3分の1に囲まれた。

 

「二科生が九校戦にエンジニアとして出るって本当?大丈夫なの?」

「君は幼馴染なんだろ?教えてくれよ」

 

一体どこから情報を得たのか知りたかったが、解放して貰う方が先だったので質問に答えた。

 

「事実だよ。それにあいつの調整したCADを使った選手からは大好評だから問題ない」

 

しばらくして予鈴が鳴ったのでなんとか解放された。

 

 

 

5限目の発足式では達也のクラスメイトで友人のレオやエリカ、美月を含む1年E組のメンバーほとんどが最前列を占拠しており驚いた。

 

悪目立ちしているが本人たちは気にしてないようで素晴らしい友人たちだと思う。

 

俺や一科生の名前が呼ばれ、深雪に代表の証と競技会場に入場するために必要なIDをチップに仕込んだ徽章を、ユニフォームの襟元に付けてもらうと大勢の拍手が聞こえた。

 

達也に深雪がつけ終えるが拍手があったのはE組からだけだった。

 

真由美が「全員に拍手を」と言ってくれたおかげで、達也に対しての拍手のことは有耶無耶になった。発足式が終わると準備が加速し、俺や深雪は閉門ぎりぎりまで練習し達也も担当選手のCAD調整のために同じく遅くまで走り回っていた。

 

 

 

8月1日、競技会場に向かう日になった。一高は会場から近いので例年前々日ギリギリに現地入りしている。近いというだけではなく、練習場が遠方校に優先的に割り当てられるので自然と遅くなるのだ。

 

また開催日の2日前に現地入りするのは、大会前々日に懇親会というパーティーが開かれるからである。

 

日程の説明は達也から望んだものではなく、摩莉からの話題だったが疑問に思っていたことが解決したので良しとすることにした。

 

今朝生徒会に真由美から急遽家の事情で遅れると連絡が入っている。先に行っていて欲しいと言われたのだが、出場選手やエンジニアが満場一致で「待つ」と言ったので慌てて向かっているらしい。

 

出発当日に長男2人だけでなく、真由美まで手伝わされるとはよほどのことなのだろう。

 

予定出発時間から遅れて1時間半後、真由美が到着したので向かうことになった。俺の席は深雪の前だったはずなのだが、奥に進もうとすると途中の席に座っていた鈴音に引き留められ横に座らされることになった。

 

嫌ではなくむしろ一緒にいたかったので文句は言わなかったが、周りからはやし立てられた。

 

そして何故か鈴音の手は隠れるように俺の左手の上に重ねられており、顔を見ると少し赤くなっていた。鈴音に告白されてから4ヶ月経つが、デートしたことも無くましてや一緒に帰ることは一度も無かった。

 

この4ヶ月は1週間に1回だけ昼食を取るだけだったので、克也不足病にでもなっていたのだろうか。

 

1週間に1回しか一緒に食べられなかったのは、九校戦の準備で忙しく時間を合わせられなかったからだ。家で電話などはしていたが、直接会うこと以上に満足することは難しいだろう。

 

 

 

高速道路に入りゆっくりしていると、突然対向車が飛び跳ねこちらの道路に燃えながら向かってきた。バスは急ブレーキをかけるがぶつかるのは容易に想像できる。

 

「ふっとべ!」

「「止まれ(って)!」」

 

千代田先輩と森崎、雫が魔法で防ごうとするが俺の領域干渉で発動させなくする。もちろん減速魔法を行使している上級生には被さらないように。

 

「四葉君何するの!?」

 

千代田先輩の怒りを無視した。

 

「深雪、火を消してくれ。十文字先輩は車の衝突を防いでください」

「「わか(りました)った」」

 

俺は2人に頼む。

 

深雪が魔法を放つ瞬間、向かってくる車に働いている魔法式が消し飛ぶ。深雪は振動減速魔法で飛んできた車の炎を消し、十文字先輩は対物障壁でバスへの衝突を防いでくれた。お陰で怪我をした人は1人もおらずバスにも被害はなかった。

 

「みんな怪我はない?深雪さんありがとう素晴らしい魔法だったわさすが新入生第二位ね。十文字君もありがとう流石ね。そして克也君もありがとう的確な指示で防いでくれたわ」

「ありがとうございます会長。自分が指示できたのは、市原先輩が減速魔法でバスを止めてくれたお陰ですよ」

 

俺の謙遜に真由美は頷いて座った。その頃俺の後ろでは委員長に小突かれたようで千代田先輩が頭を抑えていた。

 

「北山や森崎が驚いて魔法を発動しようとしたのはわかる。だがお前は二年生だろ真っ先に引っかき回してどうする!」

「すいませんでした…」

 

尊敬する先輩に怒られ萎縮しているのを見ると。余計なことをしたかなと思ったが千代田先輩の得意魔法が使われていたら被害は膨れていただろう。気にすれば余計に傷つけそうだったので考えるのをやめた。

 

摩莉はいぶかしげに眉をゆがめていた。

 

司波が魔法を放とうした瞬間、向かってくる車のタイヤに働いていた魔法が消し飛んだ。あれは何だ?司波に聞くべきか?いや、聞かない方が良いだろうな。真由美に何か言われるかもしれないし私の見間違いかもしれんしな。

 

摩莉は忘れることにした。

 

 

 

その後は何も起こらず快適に目的地に到着した。その間鈴音に寝られ肩を貸すことになり千代田先輩や深雪から氷柱のような目線をもらったのは言うまでもない。

 

特に深雪の場合は返しが付いていたので余計に痛かった。

 

機材を運ぶ車から必要な荷物を下ろしホテルに三人で向かっている途中、事故の話になった。

 

「では、あれは偶然怒った事故ではなく意図的な事故ということですか?」

「ああ、魔法の痕跡が見つかった。それも四つね。一回目はタイヤをパンクさせる魔法、二つ目が車体を回転させる魔法、三回目が車体に斜め上への力を加える魔法、そして四つ目が車体をぶつけるために方向を決める魔法。どれも車内から放たれている。」

 

達也は端的に説明をする。

 

「では自爆攻撃ということですか?」

「そうだよ。魔法が使われたことになかなか気付かないほどの巧妙さで魔法を発動させているからおそらく特別な訓練を受けていたはずだ。かなりの腕前だったから使い捨てにするには惜しいな。それだけの技術を持っているなら正しい方向に使って欲しかったよ。」

「使い捨てですか?卑劣な!」

 

深雪はやり方に理解できず感情を現にした。達也は哀れな犯罪者に同情するのではなく命じた者のやり方に憤りを感じていることに満足した。

 

「そもそもテロリストという輩は卑劣な者たちだ。今回のこともそれを考えればおかしなことはないよ。」

 

深雪と達也の話し合いに俺は耳を傾けていた。

 

「克也は魔法が使われたことに気付いたか?」

「いや、気付かなかった。おかしな動きをしていたから魔法が使われたと思ったけど確信がなかった。」

 

お陰で達也の質問に遅れず曖昧に答えを返すことなく自然に答えることが出来た。

 

 

 

ホテルのフロントに入るとエリカに声をかけられた。

 

「二週間ぶり元気してた?」

 

エリカはラフな格好で足を組みながらソファーに座っていた。

 

「久しぶりエリカよく泊まれたな。」

 

俺が聞きエリカが答えようとすると

 

「エリカまた後でな。」

 

達也がそう言いながら機材を乗せたカートを押しながらホテルの奥に行ってしまった。

 

「挨拶ぐらいさせてくれたらいいのに。」

 

エリカが不満そうに口をとがらせるが深雪がフォローしてくれた。

 

「ごめんなさいエリカ。先輩たちを待たせているから行かなきゃダメなのよ。」

 

エリカも本気で思っていたわけではないようですぐに機嫌を治してくれた。

 

「今日懇親会でしょ?」

「関係者以外入れないぞ?」

「大丈夫よあたしたち関係者だから。」

 

エリカの言葉に二重の意味で首をかしげる俺と深雪であった。




原作とは違い魔法の発動は三回ではなく四回になっていますご了承ください。旅行中だったので2話しか書けませんでした。逆に書いてたらダメかな?



千代田花音(千代田花音)・・ナンバーズの名門千代田家の娘。液体振動魔法『地雷源(じらいげん)』を得意としている。五十里啓とは幼馴染。



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第十四話 懇親会

九校戦参加者は選手だけで三百六十名裏方を加えると四百名を超える。必ずしも全員参加ではない。

 

パーティーを欠席する者はいなくもないが、九割以上が出席するため必然的に懇親会は大規模なものとなる。

 

「お飲み物は如何ですか?」

 

達也と二人して話していると知った声が聞こえたので、右側に視線を向けるとドリンクを載せたトレイを片手のエリカが立っていた。

 

「「関係者とはこういうことか」」

 

克也と達也は全く同時に同じ言葉を口にする。

 

「深雪か克也君に聞いたんだね。ビックリした?」

「驚いたよ。」

 

楽しそうに尋ねるエリカに素直に答える達也であった。そう言いながらエリカの服装を見つめている。おそらくどう褒めたらいいのか悩んでいるのだろう。仕方なく俺は助け船を出すことにした。

 

「エリカ、その服装かわいいじゃないか。」

「でしょでしょ!克也君わかってるね~。達也君はどう思う?」

 

達也は話を振られて困っていたが、さらに援護射撃が来たので救われた。

 

「はいエリカ、かわいい格好をしてるわね。」

 

「ありがとう深雪。克也君は褒めてくれたけど達也君は褒めてくれないの」

 

少しすねるエリカに深雪は苦笑する。

 

「達也お兄様にそんなことを求めても無駄よエリカ。達也お兄様は表面的なことには囚われずに私たち自身を見てくれてるもの。もちろん克也お兄様もね」

 

俺と達也はアイコンタクトで「それは過大評価で過小評価だな」と交わし合う。

 

「なるほどね。やっぱり達也君はコスプレに興味ないか…」

「それってコスプレなの?」

「男の子からしたらそう見えるんだって」

「男の子って、西城君のこと?」

「あんなやつがそんなこと言うと思う?ミキよ、コスプレだって言ったのは」

「「ミキ?」」

 

克也が深雪と2人して聞いたことのない名前を復唱する。

 

「あ、そうか2人は知らなかったんだっけ。」

 

そう言うと、エリカはトレイを持ちながらなかなかのスピードで裏へと消えていった。

 

「どうしたんだろうな?」

 

深雪も訳がわからないようで困惑していた。

 

「おそらく幹比古を呼びに行ったんだろう。名前ぐらいは知ってるだろ?」

 

少しばかり自慢げに達也が問いかけてきた。

 

「定期試験の筆記で二科生にも関わらず四位に入ったやつか。達也と同じクラスだったな」

 

どうにか記憶領域から情報を引き出し、口にすると達也はうなずいた。

 

「エリカとは幼馴染らしい。克也と深雪は会ってないから紹介したいんじゃないか?」

 

挨拶したいと口にせずとも、気を利かせてくれたことがエリカらしいので納得した。

 

「深雪ここにいたんだ」

「克也さんと達也さんもご一緒だったんですね」

 

人混みに消えていくエリカを見送っていると、仲良さげに笑顔を浮かべながら雫とほのかが話しかけてきた。 

 

「他のみんなは?」 

 

深雪が尋ねる。

 

「あそこにいるよ」

 

ほのかが残念な声で指を指す先には、ちらちらとこちらを見る九校戦メンバーがいた。

 

「深雪に話しかけたいけど、克也さんと達也さんがいるから話しかけにくいんじゃないかな」

「「俺たちは番犬か?」」

 

またしても達也と同時に同じ言葉を口にする。

 

「たぶん思われてるのは達也さんだけ」

「雫何言ってるの!?きっとどうやって接したらいいのかわからないんですよ」

 

雫のフォローにならない言葉をほのかがフォローし俺たちを慰めてくれる。

 

「バカバカしい。同じ一高で今はチームメイトなのにね」」

 

突然話に入ってきたのは、幼馴染の五十里啓を連れた二年生の千代田花音だった。

 

「分かっていても簡単に変えられないのが人の心だよ花音」

「それが許されるのは場合によりけりよ啓」

 

男女で互いに名前で呼び合うが幼馴染なのでそれぐらい構わないだろう。

 

「どちらも正論ですね、しかし今はもっと簡単な解決策があります。深雪、克也と2人で行っておいで。終わったら俺の部屋に来たらいいよ。みんなそこに集まるだろうし。」

「…わかりました。克也お兄様、雫、ほのか行きましょう。」

 

深雪は達也の言葉に素直に従い俺たちに行こうと誘う。

 

「ああ、達也また後で」

 

達也に軽く断りを入れてチームメイトの元に向かった。

 

 

 

「将輝どうしたの?」

「ジョージ、あの子のこと知ってるか?」

 

将輝の目線の先を見ると、見目麗しい少女が笑顔で一高メンバーと談笑していた。

 

「彼女は司波深雪。出場種目はアイス・ピラーズ・ブレイクとミラージュ・バットで一高一年のエースらしいよ」

 

ジョージと呼ばれた少年はよどみなく答える。

 

「珍しいね、将輝が女子に興味を持つなんて」

「よせよ、そんなことないさ」

 

ジョージの茶々に苦笑で答える。

 

将輝と呼ばれた少年一条将輝は、凜々しい顔立ちで180cm弱の身長に肩幅が広く引き締まった体をしているので、女子が求める男性の1人と言われても過言ではない。

 

ちなみに〈十師族〉の一員である一条家の跡取りなので、家柄も申し分ないというわけだ。

 

その隣に立っているのは、ジョージと呼ばれる少年吉祥寺真紅朗。彼の外見は完全なモンゴロイドで、かわいいと言われるような容姿。

 

「右隣のイケメンは?」

「名前は四葉克也、名前の通りあの四葉の直系だよ。出場種目はアイス・ピラーズ・ブレイク。男子のエースらしいけど、一種目だけしかエントリーしてないのが驚きだね。理由があるのかもしれないけど。とりあえず将輝とぶつかるだろうから注意しといたほうがいいよね」

「四葉ね、一高の生徒は名前に恐れてはいるが人間性に惹かれている…か」

 

将輝の台詞に疑問符を浮かべたが聞くことはできなかった。九校戦関係者の演説が始まったからだ。

 

 

 

「続いては九島烈様による激励を頂戴いたします」 

 

暗いステージにライトが指すと俺は自分の眼を疑った。俺以外にも大勢の生徒が驚いていた理由はそこに立っている若い女性だったからだ。

 

何か手違いでもあったのだろうか。いや、違うこれは精神干渉魔法だ。おそらく会場すべてを覆うほどの大規模な魔法を発動させている。

 

目立つものを用意して注意をそらすという「改変」は、事象改変とまではいかない些細なもの。何もしなくても自然に発生する「現象」。ただそれを全員に、一斉に引き起こすための大規模ではあるけれども、微かに弱くそれ故に気付くことが難しい魔法。

 

これがかつて『最高』にして『最功』と謳われた「老師」か。

 

克也の凝視に気付いたのか女性の背後から老人がニヤリと笑った。まるでイタズラが成功して喜んでいるような無邪気な子供の笑顔だ。老人が女性に何か囁くと、女性がステージから離れ突然老師が現れる。

 

気付かなかった者たちからすると、老師が空中から現れたように見えたことだろう。

 

「まずは悪ふざけに付き合わしてしまったことを謝罪しよう。今のは魔法というよりは手品の類いだ。その仕掛けに気付いた者は私が見た限り6人だけだった。第三高校に2人、第一高校に4人。もし私がテロリストか何かでこの会場を破壊しようともくろんでいた場合、対処するために行動できたのは六人だけだったということだ。使い方を間違った大魔法は使い方を工夫した小魔法に劣る。明後日からの九校戦で君たちの工夫を楽しみにしている」

 

九島烈の声は九十歳を超えているにも関わらず若々しかった。

 

老師かやはり考えることが普通の魔法師と違う。なかなか面白いな。九校戦はどうやら面白くなりそうだ。

 

俺はそう思い薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

俺は達也が作業者で起動式のアレンジをすると言ったのでついてきていたのだが、いつの間にか日付を更新していた。

 

「そろそろ切り上げた方がいいよ」

 

作業車でぅ尾を走らせていたが五十里先輩言われたので、2人で部屋に戻って休むことにした。新人戦は大会四日目から八日目にかけて行われるので、俺たちに余裕があるのは確かだった。

 

明日、いや正確には今日から出場する選手のエンジニアはもう少し粘るらしい。挨拶をしてから作業車を降り、夏の夜の空気を胸一杯に吸い込む。

 

いくら八月といえども真夜中はそれなりに気温が下がる。さらに今日は湿度がかなり低いので体感的に心地いい状態だった。

 

しかし殺気らしきものを感じ達也と二人してその方向に向かって走り出した。

 

「それでは間に合わない」

 

達也が呟き右手を広げて前に突き出す。すると遠くで何かがバラバラになった音がし、雷らしき術式が三人の人間を襲った。

 

「誰だ!?」

 

叫ぶ声がしたので達也と2人で雷で倒した少年の前に現れる。

 

「達也…。それと君は?」

「初めまして吉田幹比古君。俺は四葉克也。達也の幼馴染で克也と呼んでくれ。君のことはエリカや達也から聞いてるけど、実は君と話したいと思っていたんだ。ついでに言うとさっき援護したのは達也だよ」

 

幹比古の質問に隠さず答える。

 

「君が四葉克也なんだ。初めまして僕は吉田幹比古、幹比古と呼んでほしい。実は僕も同じことを思っていたよ」

 

幹比古と笑顔を向け合っている間、達也は倒した男達を見ていた。

 

「達也どうだ?」

 

俺の質問に達也は予想とは違う答え方をした。

 

「流石だな幹比古。一撃で賊を行動不能にしている見事な腕だ」

「でも、達也の援護がなければ僕は撃たれていた」

 

幹比古は落ち込んでいた。

 

「アホか」

「え?」

 

達也の言葉に驚く幹比古。まあ、いきなりアホと言われてはそんな反応をしてもおかしくない。

 

「援護がなかったらというのは仮定にすぎない。お前の術で賊の捕獲に成功したこれが唯一の事実だ。お前は何を本来の姿だと思っているんだ?まさか相手がどんな手練れであろうと、何人いようと誰の援護もなく1人で勝つことができる。まさかそんなことを基準にしてるんじゃないだろうな?」

 

達也の言葉に幹比古は驚いているらしく言葉を発せていない。

 

「やれやれまったく。あえてもう一度言おうお前は阿呆だ。なぜそこまで自分を否定しようとする。お前を否定するやつがいるなら俺たちが制裁を加える」

「それは…。達也にはわからないよ。もうどうしようもないことなんだ」

 

幹比古は自虐に走り始めた。

 

「どうにかなるかもしれないぞ幹比古」

「え?」

 

俺の台詞に驚く幹比古。

 

「幹比古、君が気にしているのは術の発動速度じゃないか?」

「…エリカに聞いたのかい?」

「いいや」

「じゃあなんで!?」

 

自虐ループから抜け出した幹比古は怒鳴りながら聞いてくる。

 

「俺には発動させるスピードが遅く感じたんだ。詳しい話は達也に聞いてくれ」

「達也どういうことだい?」

 

幹比古は俺の言葉通り達也に聞いた。達也から「面倒くさがらずに自分で言えよ」という視線を感じたが、どこ吹く風かとばかり夜風を楽しむふりをして無視した。

 

「…幹比古お前の術式には無駄が多すぎる」

「なんだって!?」

「お前自身ではなく術式自体に問題があると言ったんだ」

「なんでそんなことが分かるんだよ!これは吉田家が長い年月をかけて編みだしたものだ!それを一度か二度見た程度で!」

 

幹比古は本気で怒っていた。当たり前だろう達也が言ったことは、吉田家が血のにじむような訓練をして作り上げたことを否定しているのだから。それに問題があると言われては、今までの努力を侮辱されたと受けとっても仕方がない。

 

「俺には分かるんだよ。『視る』だけで起動式の記述内容を読み取り魔法式を解析することができる」

 

幹比古の怒りを受け止めてもなお穏やかに話す。そのおかげかどうかは分からないが幹比古も落ち着きを取り戻したようだ。

 

「そんなことができるはずがない…」

 

いや。驚愕しているからなのかもしれない。あり得ないとでも言いたげな表情を浮かべていた。

 

「無理に信じてもらう必要はないさ。それよりこいつらを引き渡すのが先だ。俺たちが見ているから警備員を呼んできてくれないか?」

「え、うん、分かった」

 

幹比古は達也のお願いに素直に従ってくれた。

 

「達也、ちょっと言い過ぎじゃないか?あそこまで言う必要はあったのか?」

「丸投げしてきた克也に言われたくはないが確かに言い過ぎたかもな…」

 

達也も自覚があったようだ。

 

「随分容赦のないアドバイスだな特尉」

 

突然の言葉にも俺と達也は驚きもしなかった。

 

「少佐聞いておられたのですか?」

 

達也が敬礼しながら聞く。

 

暗闇から現れたのは風間少佐だった。ちなみに風間少佐も九重先生の体術授業を受けているので、気配を偽り俺たちに気付かれないようにすることができる。

 

ここに来ているのは知っていたので、いつか出会うだろうと予想していた。だからいきなり声をかけられてもさほど驚かなかった。さすがにこの瞬間に出会うとは思っていなかったが。

 

「あの少年も貴官と似たような悩みを抱えているようだな」

「あの程度なら自分は卒業済みです」

「つまり身に覚えがあると言うことか?」

 

達也は自分の立場が危うくなってきているのを感じたので話を変えることにした。

 

「この者達を任せてもよろしいですか?」

「引き受けよう。基地司令部にも連絡しておく。何か分かったら連絡しよう」

「よろしくお願いします」

 

俺と達也は風間少佐に任せて休むことにした。

 

 

 

九校戦初日の太陽も昇りきらないほどの早朝、達也にたたき起こされ体術の相手をさせられた。おそらく幹比古に説明するのが面倒くさくて、達也に全部任せたことで恨みを買ってしまったのだろう。

 

ぼろぼろになる(正確には達也の気が済む)まで相手をさせられた。《回復》で回復させ、周りにばれないようにしたのは深雪にも秘密だ。

 

達也はストレス解消ができたのが嬉しかったのか、普段より少し楽しそうに過ごしていたので深雪に何があったのか尋ねられたが、「わからない」と答えてその場を切り抜けた。

 

もし俺と体術をしてストレス解消したのがばれたら、溜まる度に相手をさせられるかもしれない。それだけをさけるためには知らないことにしておくべきなのだ。

 

深雪に「何かいいことでもあったのですか?」と聞かれていたが「特には何もないよ」と達也が答えてくれたことに安堵した。

 

ちなみに深雪以外のメンバーは達也の機嫌の良さに誰も気付いていなかった。




五十里先輩と千代田先輩は幼馴染という関係に変えました。よろしくお願いします。





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第十五話 九校戦①

克也と達也、幹比古が思わぬ仕事をさせられたのを知らずして九校戦は開幕した。1日目の競技は、スピード・シューティングの決勝までとバトル・ボードの予選。

 

「会長の試合か。さて『エルフィンスナイパー』の異名の実力を見せてもらおう」

「本人は嫌っているようだから目の前で言わない方がいいぞ。討論会の前の時のようなことになりたくなければな」

 

達也のくぎに身を震わせる。エリカたちは何のことか分からないらしく首を傾げていた。

 

スピード・シューティングは30m先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。いかに素早く正確に魔法を発射できるかを競うので競技名になっている。

 

真由美が会場に登場すると、歓声が上がり大半が男子生徒だが女子生徒からもあったので意外に感じた。

 

選手が構えると辺りが静まる。

 

選手はヘッドセットをつけているので声は聞こえないが、開始前に静かにするのは暗黙の了解だ。開始シグナルが点灯すると軽快な発射音が聞こえると、クレーが飛び出しすべての標的が個々に破壊される。

 

「…流石だな。あの一瞬ですべて破壊するとは異名をつけられるのは伊達じゃない。それに去年よりさらに速くなっている」

 

俺でも冷や汗が吹き出るほどの腕前だった。俺の苦手分野だということを差し引いても、高校生程度の大会では割が合わないと思わせられた。そして試合はパーフェクトで終えた。

 

「遠隔視系の知覚魔法《マルチスコープ》も使用しているのか。同じ魔法を100回繰り返してもまったく疲労してるようには見えないな。魔法式に使う魔法力を必要最低限に抑えているからあれだけ平然としていられるのかな。〈十師族〉の直系というのは恐ろしい」

 

達也も同感のようで称賛しか口から出ていなかった。周りにいるメンバーは俺と達也、深雪、レオ、エリカ、美月、幹比古、ほのか、雫の9人。

 

そして全員会長の実力に度肝を抜かれていた。

 

 

 

バトル・ボードは人工の水路を長さ165cm、幅51cmの紡錘形ボードに乗って走破する競争競技だ。全長3kmのコースを3周する。水路には直線あり、急カーブあり、上り坂や下り坂、滝状の段差も設けてある。いかに素早く状況判断をし魔法を選択できるかが勝利の鍵になる。

 

摩莉はコース上でボートの上に腕組みをしながら立っていた。他の選手3人が片膝立ちで待機しているので女王様のように見える。摩莉の名前がコールされると歓声が沸き上がる。男子より女子の割合が高いのは、女性にしては凜々しい顔立ちをしているからなのだろうか。

 

合図が鳴ると一斉に飛び出す。選手の一人が水を爆破させ、大波で推進力を利用しようとしたが失敗していた。

 

「…使い方は間違っていないが、自分がバランスを崩すほどの威力を出してどうするんだ?おかげですでに委員長は独走状態に入っているが」

「持ち直したぜ?」

 

レオの言うとおり持ち直したので、後ろ3人は混戦状態になっている。

 

「硬化魔法と移動魔法のマルチキャストか。これは面白いな」

「何を硬化させているんだ?」

 

達也のつぶやきに自分の得意魔法が出てきて興味があったらしく、レオは達也に聞いていた。

 

「ボードから落ちないように自分とボードの相対位置を固定しているんだ」

「?」

 

レオは達也の説明にピンときていないようで疑問の表情を浮かべていた。

 

「硬化魔法は物質の強度を高める魔法じゃない。パーツの位置を固定させる魔法だ。渡辺先輩は、自分とボードを一つのオブジェクトを構成するパーツとして、その相対位置を固定する魔法を実行している。そして、自分とボードを一つの『もの』として移動魔法をかけている。それにコースの変化に合わせて定義を変化させているんだ」

 

達也は本気で感心しているようだ。

 

「加速魔法だけでなく振動魔法も使用しているのか。うちの三年の中で〈十師族〉に匹敵する実力者と言われているのもうなずけるな」

 

真由美は高速高精度の魔法で観客を魅了しているが摩莉は多種多様、臨機応変に魔法を使い分けているので別の意味で観客の心を掴んでいた。

 

「一位は確定だな」

 

レオの言葉に全員がうなずいた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

スピード・シューティングは会長の優勝で幕を下ろした。すべての試合でパーフェクトをたたき出せば優勝以外に何があるのだろうか。

 

渡辺先輩もバトル・ボードで準決勝に進出し、女子の方は好スタートを切ったが男子は苦戦していた。スピード・シューティングでは、優勝しバトル・ボードの服部先輩がなんとか勝ち残ったがこの先が危ぶまれた。

 

昼頃、風間に呼び出された達也は昨日の賊は九校戦前に聞いていた無頭竜に間違いないと言っていた。ただ、何をもくろんでいるかまでは分からなかったらしい。わかればすぐに連絡するらしいが、それまでに犠牲者が出ないことを祈るしかなかった。

 

午後からのクラウド・ボールでも会長の進撃は続いた。急遽達也が会長のエンジニアに任命されたのは昨日の夜のことだったのだが、そんなことは関係なく全試合無失点・ストレート勝ちで優勝を飾った。

 

それを観客席から見ていた俺は、逆らわない方が身の安全につながるかもしれないと思った。

 

氷柱倒しアイスピラーズ・ブレイクは縦12m、横24mの屋外フィールドで行われる。フィールドを半分に区切り、それぞれの面に縦1m、高さ2mの氷の柱を12本設置し相手陣地内の氷柱をすべて破壊すれば勝ちだ。

 

千代田先輩は一回戦を最短時間で勝利していたので負けることはないと思っていた。試合は予想通り相手を簡単に倒し勝利し三回戦進出を決めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

大会3日目。男女ピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの各決勝が行われるので、九校戦前半の山と言われている。そして委員長の試合は白熱していた。開始合図と同時に飛び出したのは摩莉だけではなく、七校の選手がぴったりとマークしている。 

 

「これって去年の決勝カードですよね!?」

 

美月が興奮しながら叫ぶ。

 

「流石〈海の七高〉だな。渡辺先輩との魔法力の差を巧みなボードさばきで不利を補っている」

 

克也の言うとおり2人はもつれ合いながら最初のコーナーに突入した。

 

突如七高の選手の動きが加速した。摩莉は突っ込んでくる相手を躱すのではなく受け止めるために魔法を解除する。受け止める瞬間、バランスを崩し2人同時に吹き飛ばされフェンスにぶつかった。試合中止の旗が振られているが俺たちの眼には映らなかった。

 

「お兄様方!」

「「行ってくる」」

 

達也と2人して深雪に伝えてから事故現場に向かった。

 

 

 

目を開けるとそこは病院の天井らしきものが見える。

 

「摩莉、気がついた?」

「真由美、ここは病院か?」

「そうよ」

 

短い会話のやりとりで自分に何が起こったのかを思い出す。

 

「克也君のおかげで骨はくっついたけど、念のため10日間の安静が必要だって。バトル・ボードとミラージ・バットも棄権ね。仕方ないわ摩莉、あれは意図的に仕組まれた事故だけど七高の選手はおそらく犯人じゃない。克也君は達也君と一緒に大会委員からビデオを借りて、検証してるから今ここにはいないわ」

「そうか…」

 

自分のせいで他人に迷惑をかけるのは嫌いだが、仕方ないことと割り切って安静にすることにした。

 

 

 

「達也、どうだい?」

「やはり何者かの介入があったと思うべきだな」

 

ここは達也の部屋だが今は委員長の事故検証のために暗くしてある。ビデオを何度も再生させ確認しているとき、ドアがノックされ顔見知りの先輩2人が入ってきた。

 

「千代田先輩、優勝おめでとうございます。五十里先輩もご足労をかけてすみません」

 

軽く二人に挨拶する。

 

「ありがとう。摩莉さんの代わりに勝たないとね!」

「構わないよ僕から参加させてほしいと言ったんだからね」

 

優しい先輩方にありがたさを感じる。

 

「で、どうだった司波君?」

「第三者の介入があったと考えるべきですね。ここを見てください」

 

五十里先輩の質問に答えながら画面を指さす。

 

「普通ならこのコーナーで減速しなけらばならないのに、逆に加速してしまっています」

「こんな単純なミスをする魔法師が九校戦に出るわけがないわ!」

 

達也の説明に千代田先輩は怒り模様だ。

 

「司波君の解析は完璧だけど妙だよね」

「啓どういうことなの?」

 

「見ての通り魔法は水中から発せられているんだ。遅延発動型術式が仕掛けられていたか、何者かが水中に潜んでいると思ったんだけど、それじゃ大会委員にばれるし潜むなら長時間呼吸するための装備が必要になる。ましてや姿を隠す魔法を使えば発見される。遅延発動型なら第一レースの選手達が気付いてるはずだからね」

 

そこまで説明しているとまたしてもドアがノックされた。幹比古と美月が入ってきて軽く先輩達と挨拶を交わす。

 

「今俺たちは事故の検証を行っている。魔法は水中から発せられているんだがどうやって発動させたのか分からない。美月、試合中に何か見えなかったか?」

「ごめんなさい、眼鏡をかけていたので分かりません」

 

美月が落ち込んでいるので慰めた。

 

「美月は何も悪くない。むしろ眼鏡を外していたと思い込んでいたこっちが悪いからな。続けますが完璧に姿をくらませる魔法は現代魔法にも古式魔法にもありません。ならば人間以外の何かが、水路内に潜んでいたと考えるのが合理的でしょう」

 

最初は美月に、最後は全員に説明されていた。

 

「…司波君は精霊魔法の可能性があると言いたいのかい?」

「ええ、それしか今の状態では考えられません」

 

精霊魔法は想子ではなく霊子で構成されているため、普段から想子を知覚している現代魔法師にとって見ることは困難だ。

 

達也のような例外を除いて。

 

そのため大会委員によって構成された監視員の監視を潜り抜けた可能性があるのだ。

 

「吉田は精霊魔法を得意としていて、柴田は霊子光に特に鋭敏な感受性を有しています。早期解決するために2人には来てもらいました。幹比古、精霊魔法でこの事故を起こすことは可能か?」

 

「可能だよ」

「お前にもか?」

「今すぐにやれと言われても無理だけどできるよ。地脈を理解して何度か会場に忍び込むことができて半月貰えれば僕でも可能だ。今の条件なら第二レースを第一条件、水面上を人間が接近することを発動条件とすれば、水の精霊に波または渦を作らせることができる」

「なるほどな、精霊魔法の可能性は確実か」

 

達也は幹比古の説明に確信に近い納得を覚えたようだが、少し早とちりし過ぎた。

 

「幹比古、渡辺先輩のような高位の魔法師が、簡単にバランスを崩すような強い波を起こせるのか?それだけの威力を出すにはそれなりの時間が発動するまでにかかるはずだ。余程の腕がない限りできない。それも世界でもトップの発動速度がないとね」

 

「そうだよ克也。その条件では水面を揺らす程度の波しか起こせないはずなんだ。精霊は術者の思念の強さに応じて力を貸してくれるもの。何時間も前から準備していては微弱なものしかできない」

 

幹比古も何をしたのかわからないらしい。

 

「話を戻すが、七校の選手のCADにも細工をされていたんだと思う。ここを見てくれ」

 

達也の言葉に全員が驚きながら達也が指さし画面を見る。

 

「普通なら減速すべきところで加速してしまっています。前回のタイムラップを見れば、渡辺先輩と七校の選手がほぼ同時にコーナーに入ることは容易に想像できます。減速術式を加速術式と入れ替えれば、間違いなくこの場所で衝突します。俺が工作員なら、優勝候補2人を一度につぶすチャンスだと考えるでしょうね」

 

「まさか七校の技術スタッフにスパイが…」

「その可能性も否定できませんが俺は大会委員に工作員がいると思います」

 

達也は千代田先輩の予想を切り捨てる。

 

「でも司波君そんなことができるのかい?CADは各校が厳重に保管しているけど」

 

達也と五十里先輩のやりとりで俺は気付いた。

 

「五十里先輩、CADは試合前にデバイスチェックとして大会委員に引き渡されます。検査する際に個人情報も見られますから、その時に七校選手のCADに仕組んだのでしょう。しかしいつどうやって仕組んだのかがわかりません。これは厄介ですね…」

 

俺の答えに全員が立ち尽くした。




試合がとんとん拍子ですがお許しを。


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第十六話 九校戦②

深雪と達也が呼ばれたらしく、ついて行こうとしたが行かない方がいいと思ったのでやめた。

 

今俺は小野先生に〈無頭竜〉の構成員とアジトを調査してもらえるようお願いしていた。叔母に頼んでもよかったのだが、対価を要求されそうだったのでやめておいた。

 

小野先生からすぐに連絡が返ってくる。そこには『何故その名前を知っているのか、何故そんなことを自分にさせるのか』と書いてあったが、素直に答えるつもりはなかった。

 

「一高が狙われているので対策を立てるために必要なんです。それと犯罪組織の名前を知っているのは実家からの情報です」と送る。

 

嘘をつきたくはないが、このまま放っておいて深雪に何かあれば正気を保っていられる気がしない。ならば深雪に危害を加えられる前に防ぐのがいい。相手を叩き潰すことがもっとも効率がいいが面倒くさいので他に任せたい。

 

そうこうしていると2人が帰ってきた。話を聞く限り、どうやら先ほどの呼び出しは摩莉の代わりに、深雪を本戦に出場させることを達也に許可を貰うためだったらしい。

 

深雪なら本戦でも問題なく優勝できるので、達也も拒否しなかったようだ。俺もそう思っていたので応援することにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

大会4日目からは新人戦が始まる。

 

雫やほのか、深雪、俺の出番だ。雫のエンジニアは達也で予想通り余裕で決勝トーナメント進出を決めている。午後、一高の天幕では昨日までの重い空気が一変し軽かった。

 

理由は女子スピード・シューティングで上位を一高が独占したからだ。真由美が達也を褒め称えているが達也はそれほど喜んでいなかった。

 

「独占したのは俺ではなく選手なんですが…」

「もちろん分かっているわよ。でも達也君がいなかったらこんなことは起こらなかったのよ」

 

真由美はご機嫌で達也の肩を軽く叩いていた。

 

「ちなみに一回戦で使用された北山さんの魔法は、『インデックス』に正式採用するかもしれないと打診が来ています」

「それって新種の魔法として登録されるってことなの?」

「ええ」

 

真由美の質問にうなずく鈴音。

 

「そうですか、では登録名は北山さんの名前でお願いします」

「そんなだめだよ!あれは達也さんのオリジナルなのに…」

「最初の使用者が登録されるのはよくあることだ」

 

雫の反論に達也は首を横に振る。また達也の悪い癖が出たなと思いながら雫に話しかけた。

 

「達也は自分が実戦で使いこなせないという恥をかきたくないから、雫の名前で登録してほしいんだ。分かってやってほしい」

 

これには雫は渋々うなずいてくれた。

 

「達也君、この後もこの調子でお願いね。克也君も頑張って」

「「はい」」

 

真由美からの応援を二人で素直に受け止める。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

午後に予定されている試合はバトル・ボードの第四レースから第六レースだ。

 

ほのかの出番は第六レースなので、かなり後なのだがほのかの緊張を和らげるために女子メンバーが談笑しているのをBGMに男四人は深刻な顔をしていた。

 

「幹比古、何かおかしなことはないか?」

「今のところは特に何もないよ」

「俺も何も感じないがこの先良くないことが起きそうな気がするぜ。誰が仕掛けてくるのか分からねえから対策の練りようもねぇよ」

「仕方ないさ、人間は万能じゃないんだから。」

 

そんなやりとりを交わしていた。

 

その後に行われた水面に光を反射させ目くらましする戦略を使ったほのかのレースは、達也の戦略(悪知恵?)のおかげで快勝だった。視界が十分でない状態でコースを走るのは危険すぎる。

 

始解が回復してから残りの三選手達は進み始めたが、順位を上げることのできないほどの距離がほのかとはできていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

大会5日目。新人戦二日目は雫と深雪、俺の出番だ。今日はアイスピラーズ・ブレイクが行われるが、深雪の優勝は確定しているに等しい。振動魔法を得意とするのでこの競技は深雪のためにあるとでも言えよう。

 

服装は公序良俗に違反しない範囲であれば自由に着れるのだが…。

 

「本当にその服装で出るのか?それに振袖邪魔にならないか?」

「もちろんルールに違反してないんだから使わないともったいないよ。それに襷を使うから問題なし」

 

その台詞に達也は頭を抱えたくなった。そう、雫の出場する服が振袖だったのだ。彼女の容姿と合っているので着替えろとは言えない。

 

まあ、そのおかげかはわからないが雫が登場すると歓声が漏れた。雫は《共振破壊》の応用をなんなく使いこなし勝利した。流石一科の上位者なだけはあると思った達也だった。

 

深雪の登場はよりすさまじかった。神々しいと表現するのが妥当な佇まいなほどに。CADの代わりに鈴などを持たせば、巫女と呼べるそれだけの存在感だった。

 

深雪は開始直後に《氷炎地獄(インフェルノ)》を発動させ秒殺した。

 

相手の精神的ダメージが気になったが深雪の魔法力に相変わらず驚かされた。《氷炎地獄》は、A級ライセンス試験で度々課せられる魔法で受験者に涙を流させる。深雪からすればこの程度は朝飯前だ。恐ろしいと思ってもいいだろう。

 

 

 

ようやく克也の出番が来た。雫や深雪の試合を見て早く戦いたいとうずうずしていた。順当に行けば決勝で一条将輝とぶつかるだろう。

 

そこが本番なのでそれまでの予選は軽い準備運動のようなものだ。決勝までは汎用型で遊び観客の驚く顔を見ることにした。

 

克也が登場すると女子生徒から黄色い声援が聞こえた。今の克也の服装は、明治維新の頃のものだ。四葉家に頼んで特注してもらったのだが、普段は目にすることができない服装と端正な容姿で女子生徒を虜にしていた。

 

「…あの容姿にあの服装は反則でしょ。相手も気合いを入れてきたみたいだけど完全にのまれてるよ…」

「確かに、僕でも気負いするね…」

「…ある意味凶器だな」

「似合いすぎですね…」

「…絵になる」

「かっこいいです!」

「私でも惚れてしまいそうです克也お兄様」

「相変わらずだな」

 

エリカ、幹比古、レオ、美月、雫、ほのか、深雪、達也の順の感想だ。それだけの威力があった。

 

同じ頃3年の場でも話題になっていた。

 

「何なんだあの魅力は?確かに市原を落とすだけの威力はありそうだが…」

「…私も驚いたわ、まさかここまでとはね」

「…」

 

カシャ!

 

摩莉と真由美が感想を綴っていると、隣からシャッター音が聞こえた。横目で見てみると情報端末で克也を撮った鈴音がいた。

 

「…市原、お前何をしているんだ?」

「絵になっているので写真を撮っただけですが何か?」 

 

真顔でしれっと語る鈴音に摩莉は脱力する。

 

「…こいつは克也君が関係すると別人だな」

 

摩莉の独り言に顔を真っ赤にしてうつむく鈴音であった。そんなことが観客席で起こっているとは露程も知らず克也は構えた。

 

合図とともに両陣地に魔法が発動するが、俺の陣地はぴくりとも動かず反対に相手の陣地の氷柱は高温で溶け始めていた。自陣の氷柱に〈情報強化〉をかけ、相手の魔法の侵入を防ぎながら魔法を行使する。

 

地獄の業火(ヘル・ヘイム)》は空気の温度を急激に上昇させ、対象物の構造を破壊し燃滅(消滅ではない)させる魔法だ。急速冷凍された氷は中に数多の気泡があるので、もろく崩れやすく簡単に蒸発する。

 

「…これは《ヘル…ヘイム》か?こんな高等魔法を一年で使えるというのか…」

「…流石四葉家の直系ね。こんな魔法を当たり前のように使えるなんて、3年生になったらどうなるのかしら」

 

摩莉も真由美も驚愕している。

 

《ヘル・フレイム》は深雪の使う《インフェル》と違い、A級ライセンス取得時に課せられることはない魔法。だが使えるのはごく少数で日本に1人、世界でも10人しかいないので目にする機会はない。使用された瞬間を撮影した映像の粗いもの以外には俺が使う以外に目にすることはできない。

 

試合は10秒で終了し、俺は着替えた後一高の天幕に呼び出された。そこには一高の首脳陣が集まっていた。

 

「克也君あなたいったい何者なの?あの魔法が日本で使う人は1人だけだって言われていたけど、それがあなただったなんて…」

「黙っていたのは悪かったと思っています。しかし『母』から許可するまで使うなと言われていたので話せませんでした。お許しください」

 

叔母のことを「母」と呼んだのは設定を疑われてはいけないからだ。

 

「四葉、顔を上げろ。俺たちはお前を責めるために呼び出したのではなく優勝してもらうために呼んだのだ。そんなに思い詰められるとこちらが困る」

 

顔を上げると十文字先輩は穏やかな表情をしていた。強面なのは変わらないが…。他の先輩方も恐怖を浮かべている様子はなくむしろ前向きな表情をしていた。特に服部先輩は不適な笑みを浮かべていた。

 

「四葉、必ず優勝しろお前にはそれだけの力がある。おそらく決勝は一条家の跡取りだろうが今のお前なら敵にはならないはずだ。お前のやりたいようにやれ。これは〈十師族〉十文字家代表代理としてではなく、一高の先輩としてだ」

「ありがとうございます期待に応えられるように全力を尽くします」

 

俺は十文字先輩の言葉に強く応えた。

 

 

 

天幕を出た後達也達の元に向かうと質問攻めに遭い、達也に「助けて」とアイコンタクトを送ったが、「人気者は仕方ないさ」と返されしばらくの間拘束された。




ようやく原作とは違う話が書けました。この先どうなるのでしょうか。


地獄の業火(ヘル・ヘイム)》・・対象物の周囲の温度を急激に上昇させ対象物を燃滅させる魔法。日本には一人、世界にも十人しか使用者がいない珍しい魔法。


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第十七話 九校戦③

その後の試合は《ヘル・へイム》を使わず振動系加速魔法の《昇華(しょうか)》で事足りたので簡単に決勝戦まで進んだ。相手は予想通り一条将輝だったが負ける気は微塵もなかった。

 

汎用型の調整は達也に頼んでいたが、今回は特化型を使用することにしたので達也には調整させていない。

 

服装は一回戦と変わらずそのままで行くと会場は満杯だった。座席が急遽増やされたようで観客が少し増えていたがそれでも足りないようだったが、それも仕方のないことだろうと思い始めていた。

 

一条家の跡取りである凜々しい顔立ちで上下ともに赤の服で固めた《爆裂》の使用者一条将輝。対して端正な顔立ちで明治時代の服装で世界でも10人しか使えない《ヘル・へイム》の使用者四葉克也。

 

今回の新人戦最大の目玉にして〈十師族〉同士の試合が行われるのだから注目されるのは当たり前だ。

 

 

 

合図とともに魔法を敵陣地に届かすが将輝の氷柱は微動だにしない。対して俺の氷柱は前列四本が簡単に崩壊し一高応援席から悲鳴が上がる。

 

しかしこれは想定内だあえて前列四本を弱い情報強化をかけておき後ろに行くにつれて強くする戦法だ。

 

前列を簡単に崩壊させ油断させる。しかし奥に行くにつれて威力を上げなければ貫通しないので、精神的ダメージを与え魔法構築を遅らせ自分のペースに持ち込む。

 

これが対爆裂用対策だ。

 

俺は《昇華》を行使しているが効果はない。この程度で将輝の情報強化を抜けるようでは期待外れだ。俺はもう一つ奥の手を出すことにした。

 

前列四本を簡単に《爆裂》で崩壊させたことで将輝の心は余裕を感じだしていた。

 

所詮、噂には尾ひれがつくものだ。《ヘル・へイム》を使えることには驚いたがそれ以外はたいしたことはない。優勝はこの俺だ!

 

《爆裂》の照準を二列目の氷柱に向けた。

 

 

 

「簡単に壊されちゃったけど大丈夫なの?達也君。」

 

エリカは決勝まで一本も触れさせなかった克也があっさりと壊されることに戸惑っていた。

 

「俺も気になったが大丈夫だろう。あいつのことだから何か策があるのかもしれない」

 

達也も少し不安なようだが、克也の勝利を疑うことは克也を裏切ることにつながるので思わないようにしていた。

 

深雪は胸の前で手を握りしめ祈っていた。達也達以外のメンバーも心配そうに見つめていたが勝利を信じている眼を克也に向けているのは皆同じだった。

 

 

 

「あえて前列四本を捨てにくるとはな。あいつの考えることは予想がつかん」

「全く同感ね。《昇華》を使っているようだけど全く届いていないやっぱり一条君は別格だわ」

「…」

 

摩莉はため息しか出ないようだ。真由美に至っては敵を感心している。鈴音は無言でポーカーフェイスを決め込んでいた。

 

 

 

何故だ!?何故二列目から《爆裂》の効果が発揮されないんだ?一列目は捨て石だったというのか!後ろに行くにつれて情報強化が強くなっているこの強度は新人戦のレベルじゃない!一列目を簡単に壊せたことで優越感に浸り二列目から潰せなくさせることで動揺を与えたのか?まずいな非常にまずい。一度落ち着くんだそうすれば勝てる。

 

それが将輝にとって痛恨の失態だった。

 

俺は《第三の固有魔法》を発動させる。将輝の《爆裂》が魔法式ごと燃え観客席にいた全員がそれを知覚し呆然とした。

 

闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》は俺専用の対抗魔法で、魔法式を構築する想子そのものを燃やしてしまうため燃えている間は見ることができる。

 

魔法式が燃やされただと?そんなことができるのか?ありえない、この俺が負けるわけがない!

 

焦った俺は規定を大きく上回る《爆裂》を氷柱に向けて発してしまった。将輝が規定オーバーの《爆裂》を放ってきたがもう一度《ベルフェゴール》を放ち無効化し《阿鼻・叫喚(あびきょうかん)》を発動させた。

 

《阿鼻・叫喚》は液体(水や血液などその他諸々)を一瞬で蒸発させる魔法だ。爆裂と似ているが人体に行使した際に鮮血の華を咲かさないのでそれほど気分を害することはない。

 

しかし外傷なく死ぬのである意味《爆裂》より畏怖があるかもしれない。動揺した将輝は情報強化も揺らぎ俺の魔法をたやすく侵入させてしまう。

 

将輝の陣地の十二本の氷柱はあっという間に固体から液体に、液体から気体に状態変化しすべて消え去った。一拍遅れてブザーが鳴り俺が観客に向かってお辞儀をすると盛大な歓声が響き渡った。

 

最前列には友人達が座っており眼を向けると全員が感動していた。ほのかと美月は雫とエリカにすがりついて泣いていた。

 

レオと幹比古はガッツポーズを決めて、達也は「さすが俺の兄だ」とでも言いたそうな表情をしていた。深雪は涙目になっていたのでウインクを送っておいた。

 

 

 

制服に着替えて更衣室を出ると報道陣に囲まれてしまった。質問攻めに遭っていると将輝が引っ張り出して、関係者以外立ち入り禁止エリアまで連れてきてくれた。

 

「助けてくれてありがとう。一条将輝おかげで助かった」

「礼には及ばん。対戦相手が迷惑そうな顔をしていたら助けたくなるものだ。それにフルネームで呼ばずに将輝と呼んでくれ」

 

将輝は紳士らしく謙遜し始めた。知り合いにはいない人間性を持っていたので新鮮だった。

 

「わかったよ将輝。それでもお礼を言わせてくれ助けてくれて本当にありがとう」

 

そう言うと将輝は照れ始めた。幹比古と似て褒められると照れるらしく試合とは違う一面を見れて嬉しかった。

 

「それより優勝おめでとう、まさか負けるとは思ってなかった。俺は規定違反の威力をお前の陣地に放ってしまった。普通なら失格になるはずだったがお前が消してくれて助かった本当にありがとう」

「気にするなよ何もなかったんだから問題ないさ。それと俺のことは克也と呼んでくれ将輝とは良い友人同士になれそうだ。モノリス・コードに俺は出場しないが負けないぞ」

 

そう言いながら右手を差し出す。将輝も右手を差し出し握りながら答えた。

 

「俺もそう思ったよだが次は負けない。モノリス・コードは俺たちが勝つぜ克也」

 

互いに握手をするとそれぞれの天幕に向かった。

 

 

 

天幕に入ると拍手で迎えられ森崎でさえ笑顔を浮かべていた。

 

「お疲れ様克也君。あなたのおかげで三高とリードを広げることができたわありがとう」

「素晴らしい戦いだったぞ四葉。さすがは〈十師族〉の一部を担う四葉家当主のご子息だ。後はみんなに任せてゆっくり休め」

 

真由美から褒められた後十文字先輩からも喜ばれた。 

 

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

そう言うと俺は自室に向かった。

 

 

 

夕食では達也達と一緒に食べ満喫した。話題はもちろん俺が優勝した魔法のことを聞かれたりはしたが秘密ではないので素直に話した。

 

その夜俺はベッドで横たわり夕食の余韻に浸っているとベルが鳴った。ドアを開けると私服姿の鈴音が立っていた。

 

「どうした?」

 

ドアの前に立つ人影に問いかける。

 

「優勝のお祝いを言いたくて」

 

鈴音の言葉に俺は納得した。優勝してから俺はあちこちを移動していたので2人きりになることはなく言葉を交わすタイミングがなかった。

 

「そこに立ってないで部屋に入りなよ」

 

そう言って入るように促すと鈴音は部屋に入る。鈴音がいすに座ったので前に座る。

 

「優勝おめでとうございます。流石四葉家ですねお疲れ様でした」

「ありがとう応援してくれたからそれぐらいはしないとな。もう遅いから送るよ」

 

そう言って鍵を手に取り出ようとすると鈴音に抱きつかれた。

 

「鈴音?」

「少しだけこのままでいさせてください」

 

鈴音は俺の背中に顔をうずめたままそう言ってくる。鈴音は満足すると普段の顔に戻り離れた。

 

部屋に送り別れる前に鈴音がキスしてきた。不意打ちを食らい驚いていると鈴音は小悪魔的な照れた顔で笑顔を向けてきて呆然としていると目の前でドアを閉められ俺は廊下に立ち尽くしていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

次の日、鈴音はいつもと変わらない様子で作業していた。俺は逆に動揺しまくりでドジを踏みまくっていた。

 

大会7日目。新人戦4日目ここでは九校戦のメイン競技であるモノリス・コードとミラージ・バットの試合が行われる。モノリス・コードに森崎がミラージ・バットにほのかと里見スバルが出場する。

 

達也はほのかとスバルのエンジニアを担当し見事予選を勝ち抜き決勝トーナメントに進出した。

 

 

 

達也は今自室のベッドで横になり『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝と『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅朗を思い出していた。

 

大亜連合による沖縄侵攻に同調して行われた新ソ連の佐渡侵攻に対して、弱冠13歳にして義勇兵として防衛戦に加わり現当主一条豪毅と共に《爆裂》を以て数多くの敵を葬った実戦経験済みの魔法師。

 

そして弱冠13歳にして、仮説上の存在だった〈基本コード〉の一つを発見した天才魔法師。この2人が同じ学校の同じ学年にいるのは反則級の偶然だ。

 

この2人がタッグを組むモノリス・コードは苦戦を免れない。森崎達も善戦するだろうが勝つことは不可能に近い。森崎達が本気で撃ち合っても一条将輝1人に倒されるだろう。そこまで考え睡魔に身をゆだねた。

 

 

 

昼寝から覚め天幕に向かうと、パニック一歩手前の空気が会場からではなく各校の天幕が置かれているエリアから流れていた。

 

その原因はモノリス・コードでの事故が原因だった。




昇華(しょうか)》・・オリジナル魔法。固体から気体に急激に状態変化させる魔法。

闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》・・オリジナル魔法。克也の固有魔法で魔法式を燃やし消し去る対抗魔法。

阿鼻・叫喚(あびきょうかん)》・・オリジナル魔法。体内の液体(水や血液などその他諸々)を一瞬で蒸発させる魔法。昇華より効果範囲が広く性質が似ている。


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第十八話 九校戦④

そろそろ九校戦も大詰めですよ~


モノリス・コードでの事故はどう考えてもおかしいものだった。開始直後に《破城槌》を受け重傷らしく、残りの全試合を棄権しなければならないらしい。

 

このままでは新人戦と九校戦の優勝が霞むことになる。優勝するためには勝たなければならないが難しそうだ。十文字先輩が大会委員本部と折衝中らしくまだ分からないらしい。

 

「ところで達也君、2人きりで話したいことがあるんだけどちょっといいかな?」

 

真由美に天幕の奥に連行される際、深雪と雫によるきつい視線がデュエットになったが不「可抗力だ」とアイコンタクトで送ったが伝わったかは不明だ。

 

真由美が遮音フィールドを作り上げ質問してきた。

 

「今回の事故をどう思う?」

「四高の暴走ではないと思います。確信はありませんが」

「そう。それじゃあ今回邪魔してきているのは何?春の一件の報復かな?」

「春の一件とは別件ですよ。開幕直前に不法侵入しようとした賊を克也と幹比古、いえ吉田と捕獲しました。今回手を出しているのは香港系の犯罪組織らしいです」

 

詳細は伝えず出来事だけを話す。

 

「…初めて聞いたわ」

「口止めされていましたから」

「教えてくれてありがとうこの後も頑張ってね」

「大丈夫ですよ、ミラージ・バットのワンツーフィニッシュはほぼ確定ですから」

 

真由美の応援に不敵に笑いながら達也は宣言した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

新人戦ミラージ・バットは、達也の宣言通りほのかとスバルのワンツーフィニッシュで終えた。これにより達也が担当した選手は事実上無敗となり、九校戦の歴史に深く刻まれることになった。

 

夜、達也は一高首脳陣に呼び出され説明を受けていた。

 

「ということで達也君、モノリス・コードに出場してもらえませんか?」

「1つお聞きします、一科生のプライドを考慮しないとしても、代わりの選手がいるのに俺が出場してしまえば後々精神的なしこりを残すと思いますが…」 

 

達也は遠回しに拒否したが克人は許さなかった。

 

「甘えるな司波。お前は既に代表チームの一員だ。選手やスタッフであることに関わりなくお前は1年生200人の中から選ばれた11人のうちの1人。今回の非常事態に対してチームリーダーである七草はお前を代役として選んだ。チームの一員である以上その義務を果たせ」

「しかし…」

「メンバーである以上リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があるなら補佐する我々が止める。我々以外に異議を唱えることは許されない。そう、本人であろうと当事者であろうと誰であろうとだ」

 

克人の言葉を達也はようやく理解した。

 

「司波、補欠であることに甘えるな。務めを果たせ」

 

つまり〈ウィード〉であることを逃げ道にするな。弱者の地位に甘えるなと言っているのだ。達也は覚悟を決めた。

 

「わかりました義務を果たします。それで俺以外のメンバーは誰ですか?」

「お前が決めろ」

「は?」

 

達也はとぼけたつもりはない。既に選ばれていると思ったからだ。

 

「チームメンバー以外から選んでも良いですか?」

「構わん、例外に例外を積み重ねているんだ。あと1つや2つ増えたところで何も変わらん」

「わかりました、では1-Aの四葉克也と1-Eの吉田幹比古をお願いします」

「わかった。司波その人選の理由はなんだ?」

 

克人は聞いてきた。

 

「理由は使う魔法を知っているからですよ。克也は幼馴染ですし幹比古は同じクラスでよく魔法の話をしていましたから」

 

そう言うと達也は2人に事情説明するために呼びに行った。

 

 

 

「まさか出ることになるとは思わなかったな。達也のお願いなら聞くしかないか」

 

克也は平然としているが幹比古は対照的に暗かった。

 

「…達也、達也は言ったよね?吉田家の術式には無駄が多すぎて僕は満足に使えていないって」

「ああ」

 

幹比古の言葉にうなずく達也を見てレオとエリカと美月は顔を見合わせていた。

 

精霊魔法をあまり知らなくても由緒ある魔法を否定することが、どれだけしてはならないことかを知っていたので驚いていた。

 

「確かにあの時、術式には術の正体をわかりにくくする偽装が施されていた。それが達也の言う無駄になっているんだろうね」

「長い術式を必要としていた頃は通じただろうが、今はCADで高速化されているからな」

「なるほどね。威力が勝っているはずの古式魔法が現代魔法に適わないわけだ」

「それは違うぞ幹比古」

「え?」

 

達也の言葉に幹比古は驚いていた。

 

「古式魔法と現代魔法に優劣はない。あるのは短所と長所だけだ。正面からぶつかり合えば発動速度が速い現代魔法に軍配が上がるだろうが、死角からの隠密性や奇襲力なら古式魔法に軍配が上がるだろう。九島閣下も言っていたじゃないか、要は使い方だ」

「奇襲力ね、そんなことを言われたのは初めてだよ。わかった達也を信じるよ」

「ありがとう幹比古」

 

2人の間に新たな友情が芽生えた瞬間だった。

 

「フォーメーションだが俺がオフェンス、克也はディフェンス、幹比古には遊撃を頼みたい」

「O.K.」

「いいよ達也。でも遊撃は何をする?」

「遊撃はオフェンスとディフェンスの両方を支援する役目だ。ここが機能しないとどれだけ強くても勝てない。責任重大だが頼むぞ幹比古」

「任せてよ達也。達也が驚くぐらいの支援をするよ」

 

どうやら幹比古もやる気になったようだ。

 

「幹比古、《感覚同調》は使えるか?」

「本当に君は何でも知ってるんだね。《五感同調》はまだ無理だけど一度に2つまでは使えるよ。」

「《視覚》があれば十分だ。2人のCADは俺がすぐに調整するから任せろ。」

 

そう言って達也は自分のを含めて3人分のCADをわずか2時間で完成させた。

 

 

 

新人戦5日目が始まりついに俺たちの出番が来た。第一高校VS第八高校の試合が「森林ステージ」で開始された。普通であれば八高相手に「森林ステージ」は不利だが、一高首脳陣や友人達は気にしていなかった。

 

八高は野外演習に力を入れているので、「森林ステージ」は彼らにとってホームグラウンドだが、それは八雲の指導を受けている克也と達也も同様だ。

 

「森林ステージ」のような遮蔽物の多い環境は、〈忍術使いまたは忍者〉がもっとも得意とするフィールドなので、勝つとしか思っていなかった。

 

案の定試合は5分ほどで終了した。八高のオフェンスは克也が想子弾を撃ち込んで戦闘不能にし、遊撃担当選手は幹比古が作り出した《木霊迷路》で方向感覚を奪い、モノリスに近づけないように足止めをした。そしてディフェンスは達也の《共鳴》で倒れた。

 

「《術式解体》か、達也君使えたのね」

「真由美、あれがなんなのか分かるのか?」

「《術式解体》は圧縮した想子粒子の塊を対象物に直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式なんかの魔法情報を記録した想子情報体を、吹き飛ばしてしまう対抗魔法よ。魔法の記録(マギ・グラム)粉砕(デモリッシュ)するから《グラム・デモリッション》。射程距離が短い以外に欠点らしい欠点がない。実用化されているものでは最強の対抗魔法だけど、使う人はほとんどいないわ。術式を乱すのではなく吹き飛ばす圧力なんて普通は使えないからね。よほどの想子保有量じゃなきゃできない魔法よ。」

 

2人が話しているのは達也が八高のディフェンスに放った魔法のことだ。達也は《術式解体》をよく使用するがそれは自分の魔法から意識をそらせるためだ。

 

 

 

次の試合は一高VS二高で昨日の事故にも関わらず「市街地ステージ」で行われていた。狭い通路の置かれたモノリスはある意味狙いやすい。このビルは一階層の高さが3m50。五階の床から三階の床まで約7m。余裕で専用魔法式の「鍵」の射程10m以内だ。

 

達也は幹比古の《感覚同調》の1つである《視覚同調》でモノリスの位置を知り『鍵』を送り込む。すると魔法の発動を察知したディフェンスから逃げ幹比古に後は任せる。幹比古は精霊から送られる信号を頼りにコードを打ち込み送信した。すると試合終了のサイレンが響き一高は準決勝に駒を進めた。

 

 

 

一高VS九高の試合は準決勝第二試合に決定したが休憩するわけにはいかない。準決勝第一試合に決勝でぶつかるであろう三高の試合があるためだ。試合は予想通り一方的だったがため息をつきたくなる内容だった。

 

試合は「岩場ステージ」で行われているが八高は押されていた。三高陣地から悠然として進む将輝は堂々と姿をさらして「進軍」していた。

 

八高も黙って見ていたわけではなく3人がかりで魔法を浴びせるが、集中砲火を浴びても将輝の移動型領域干渉によって無効化され「進軍」は止まらない。

 

1人が将輝を躱して三高陣地に向かって駆け出したが、無防備に背中を見せ将輝の攻撃を受けた。至近距離からの爆風によって吹き飛ばされ同様に残りの2人も爆風で全滅した。

 

「《偏倚解放》か。《爆裂》といい派手な魔法が好きなやつだな。」

「一条選手以外の魔法が見られなかったのは痛いね」

 

俺の苦笑気味な意見に幹比古はネガティブ気味な意見を加えた。

 

「一条選手はともかく吉祥寺選手はだいたい予想できる。もう1人はわからないが。」

「吉祥寺選手が見つけた〈基本コード〉は加重系統プラスコード。出場種目はスピード・シューティング、ならば得意魔法は作用点に直接加重を掛ける魔法《不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)》だろう」

「なるほどね、吉祥寺真紅朗の名前を聞いたことあったけど、あの〈カーディナル・ジョージ〉だったのか。」

 

達也の質問に動揺した幹比古であった。

 

「でもそれよりまず九高との試合だ」

 

達也の言葉に俺と幹比古はうなずき本部に向かった。

 

 

 

一高VS九高の試合は「渓谷ステージ」で行われたがここは幹比古の独壇場だった。両陣地を深い霧が覆い試合状況が分からなくなり観客席からブーイングが起きたがすぐに静まった。

 

これだけの面積に魔法を作用させ維持することの難しさを程度の差はあれど理解した。九高の選手は古式魔法に少し疎いようで対処しきれていなかった。

 

この霧は味方選手だけに薄くまとわりつき敵には濃くまとわりつく。視界が不十分により前に進めない九高の選手は達也が通ったことに気付いていない。モノリスの蓋が開き地面に落ちた音を聞いてようやく自分たちの置かれている状況を理解した。

 

ディフェンスがモノリスに戻ったときには達也は既に離脱していた。しかもこの霧には幹比古の眼が数多あるのと同じでコードを読み取った。達也達は一度も戦闘を行わず決勝戦に進出し一高の新人戦優勝を決めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

達也と深雪と一緒に過ごしていると、友人達に思われていた克也は会場ゲートに呼び出されていた。

 

「ご苦労様です」

「年上に向かってご苦労とは何事?」

 

克也を呼び出したのは小野遥だった。

 

「小野先生に運搬を依頼したのは俺ではなく先生ですよ。そろそろ預ってきている物をもらえませんか?それと依頼内容とともに」

「荷物は渡すけどあの依頼はしてないわよ。そんなことしたくないもの」

 

どうやら依頼は無料ではしてくれないようだ。

 

「仕方ありませんね、400kで手を打ちませんか?」

 

掲示した値段に眼を見開く遥。kは千を表す隠語である。

 

「そんな大金どっからでるのよ!」

 

大声を出さず小声で驚きを表すという高度なテクニックを見せつけてきた。

 

「俺は四葉ですよ?それぐらいのお金は口座に入っています。それに今出した金額も全財産の一割にもなりません。それでも断るなら結構です。どうしますか?」

「…はあ、わかったわ。1日ちょうだい」

「素晴らしい1日ですか?」

 

手放しで褒められてまんざらでもなさそうな遥と別れ達也達の元に向かった。



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第十九話 九校戦⑤

ようやく三高とのモノリス・コードが終わりました~。長かった~。


遙からもらった電動バックを引っ張りテントに向かいカバンを開け中身を見ると俺は固まった。

 

「達也これは?」

「マントとローブだ。」

「これが『インビジブル・ブリット』対策なの達也?」

「それ以外に使い道はないだろ?」

 

俺の質問に答えてから幹比古の質問にも答える。

 

「このマントとローブには魔方陣を織り込んでいます。」

「魔方陣を織り込む?」

 

達也の言葉に覗き込んでいた真由美が疑問を感じたように聞く。

 

「古式の媒体で刻印魔法と同じ原理で作用します。このマントとローブには着用した者の魔法が掛かりやすくなる効果を付与しています。」

「補助効果だな達也。これがなくても戦えるけどあることに越したことはないということか。」

 

達也が考えているのだから間違いはないそう信じる俺だった。

 

「決勝戦に進んでくれた時点で新人戦優勝は決まっているからあまり無理しないでね三人とも。」

「出場させて貰っているんですから出たからには優勝しますよ。」

「『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』に勝ったとなれば俺たち三人は自信になりますしね。」

 

真由美の心配に達也と俺は不敵に笑いながら告げた。幹比古は緊張で震えていたが…。

 

 

 

三位決定戦が終わり決勝戦は「草原ステージ」と発表され一高首脳陣は厳しい顔をしていた。

 

「障害物がない場所では不利ですね会長。司波、策はあるのか?」

 

服部から意外な質問をされ驚いたがしっかりと達也は答えた。

 

「正直、本来の戦い方をされれば手も足も出ませんがどうやら一条選手は過剰に俺を意識してくれているようですから接近戦に持ち込めればなんとか。」

「格闘技は禁止されてるぜ?」

「大丈夫ですよ策はあります。」

 

桐原の念と首脳陣の不安そうな顔に達也は後付した。

 

 

 

決勝開始前試合ステージに到着した後俺はマントの襟の陰に首をすぼめ幹比古はフードを深くかぶり直していた。

 

「幹比古さんよ絶対笑っているやつが約一名いるんだと思うんだが?」

 

俺は話しかけながらチラリと観客席の方に視線を向けると同じように幹比古も目を向けていた。

 

「使い方はさっき言ったとおりだ頼むぞ二人とも。」

 

達也から俺たちに向けて応援がくる。本来は俺たちが送るべきなのだが逆に励まされた。それに対して俺達は深くうなずいた。

 

試合後に分かったことだが俺の予想通り笑っている人物がいた。名前は言わないでも分かるだろうからここには書かないでおこう。

 

 

 

そのころVIP席では思いがけない来賓が会った。

 

「九島先生!このようなところに如何されました?」

 

その人物は九島老人であった。

 

「なに少し面白そうな少年がいたのでな。」

 

そう言ってモニターを見る閣下は威厳に満ち溢れていた。。

 

 

 

試合開始の合図と共に両陣営の間で砲撃が交された。一方は二丁拳銃、片方は一丁で魔法を繰り出している。互いに歩き出し一歩ずつ近づくのを俺と幹比古は不安な顔で送り出した。

 

達也が魔法を撃ち合うが明らかに手数が減ってきている。

 

術式解体で相殺するのが遅れた二つの圧縮空気弾を間一髪でよける。その顔は非常に苦しそうで加勢したくなったが横に飛び出した『カーディナル・ジョージ』を最優先で倒すことにした。

 

『インビジブル・ブリット』を放とうとしてきたので『逃水』を発動させる。まだ見よう見まねだが魔方陣の補助効果のおかげで発動できた。

 

『逃水』によって照準が定まらず驚いている吉祥寺選手に『逃水』を解除し圧縮想子弾を放とうしたので予想外の頭上からの攻撃に対処しきれなかった。

 

「グハァ!」

 

爆風により吹き飛ばされ地面にたたきつけられた。肺から空気が押し出され呼吸がままならなくなり目の前が真っ暗になりそれから少し気を失った。

 

 

 

僕は攻撃を受け倒れた克也を見て恐怖を覚えた。

 

{なんて威力だ!}

 

そう思いながらもローブに想子を流し遠近感を定まらなくさせる。すると『インビジブル・ブリット』を放とうとしていた吉祥寺選手は魔法をキャンセルしたので突風を起こし吹き飛ばそうとするが加重系統の魔法で威力を減らし、突風と同じ方向に飛ぶことでダメージを抑えた。

 

その一瞬の判断の速さに驚きローブに流す想子を止めてしまい吉祥寺選手の加重系統の魔法をを食らい為す術なく「横」に落ちた。

 

「グゥ!」

 

呼吸ができなくなるが意識を失うまではいかなかった。だがしばらくは動けないだろうと感じていた。

 

{達也すまない。}

 

それだけを念じた。

 

 

 

{克也と幹比古がやられたか。だが今ので一条は油断している攻めるなら今だ!}

 

突如ダッシュし五mまで距離をつめるとレギュレーションを超えた威力の圧縮空気弾が十六発発射されるのが視えた。術式解体を使って無効化していくが間に合わないと達也は感じていた。

 

しかしそれでも機密指定の魔法を使おうとしない。達也は攻撃を食らうことを覚悟で情報構造体を『分解』する『術式解散(グラム・ディスパージョン)』を隠し続けた。

 

魔法式にはそれぞれ強度がある。無理矢理その魔法式を吹き飛ばすので非常に効率が悪い。そのせいで迎撃は十四発までしか間に合わず二発の直撃を受けた。

 

{達也!いくら達也でもレギュレーションを超えた魔法を食らえば無事では済まない!}

 

『癒し』を少しずつ体に施しながら意識を取り戻した俺は二人の戦いを見ていた。幹比古はまだ起き上がれないようで倒れたままだ。自分も早く戦闘に復帰したいが圧縮空気弾をまともに受けてケロッとしていれば何を言われるのかわからないのでもう少しだけ我慢することにした。

 

【肋骨骨折 肝臓血管損傷 出血多量を予測】

 

【戦闘力低下 許容レベルを突破】

 

【自己修復術式/オートスタート】

 

【魔法式/ロード】

 

【コア・エイドス・データ/バックアップリードよりリード】

 

【修復/開始ー完了】

 

それは達也が意識するより早く走り、達也が意識するより早く完了した。俺が立ち上がるとそこには硬直している一条がいるが今は考えている場合ではない。

 

つきだした右手の指を一条の左耳の横で鳴らす。すると音響手榴弾に匹敵する破裂音が達也の手から発せられた。

 

とどめを克也と幹比古にさそうとしていた吉祥寺も音源に目を向けていた。一条が倒れ達也も片膝を立てる姿勢で荒い呼吸をしていた。

 

「吉祥寺、避けろ!」

 

仲間から危険を知らされその場から逃げると雷撃が落ちた。放たれた場所を見ると先ほど倒したはずのの遊撃の選手だった。

 

もう一度『インビジブル・ブリット』を放とうとしたが今度も遠近感が定まらなくなり放てなかった。

 

{やったんだね達也!呼吸をする度に胸が悲鳴を上げ肋骨が痛む。長時間圧迫されていたためか軽い酸欠状態になってるかな倒された時に打った背中が痛いけど達也が受けた攻撃に比べればこの程度何でもない!}

 

自分に活を入れ歯を食いしばりしっかりと地面を掴む。

 

{達也が『クリムゾン・プリンス』を倒したなら『カーディナル・ジョージ』だけでも僕が倒す!}

 

達也が教えてくれた自分ではなく術式に問題があると。

 

{達也君を疑っているわけじゃないけど君の言葉を証明させて貰うよ!}

 

幹比古は両手操作の大型携帯端末携帯のCADのコンソールに長いコマンドを打ち込む。その数十五回。

 

通常の汎用型CADによる発動手順の五倍だが処理速度は圧倒的に速く幹比古は五つの魔法を一つの魔法の工程としてまとめるのではなく連続発動を指定した。

 

一つ一つの魔法の結果を確認しながら対話式で術式を完成させる精霊魔法では当たり前の手順。それを一連の動作として、一々結果を確認せずに一気に処理を進める。それが達也の幹比古に出した解だった。

 

たたきつけた地面が揺れる。地面の表面を振動させていると吉祥寺にもわかっているが幹比古が揺らしていると錯覚させた。

 

バランスを崩した吉祥寺の足下へ幹比古の手元から地割れが走った。

 

地面がひび割れているのではなく土に圧力を掛けて押し広げていると理屈で分かっていても冷静を失った吉祥寺はまさに幹比古が起こしていると勘違いしてしまい逃げるために加重軽減と移動魔法の複合術式で空中へ逃れようとしたが足が地面から離れない。

 

草が足に巻き付き地面に引きずり込まれると錯覚し跳躍の術式に全魔法力を注いだ。ほどいたことで安心した吉祥寺の頭上に五発目の魔法が発動した。

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

幹比古が吠えると同時に雷撃が吉祥寺を撃ち落とした。

 

「このヤロウ!」

 

三高の最後の一人が魔法を幹比古に放ってきた。『陸津波(くがつなみ)』は普段の威力には全く及ばないが吉祥寺から少なくないダメージを受けている幹比古を戦闘不能にするに十分な威力を持っていた。

 

{あ~あ負けちゃったなでも『カーディナル・ジョージ』を倒せたからいいかな。}

 

幹比古はそう思いながらも衝撃が来ないので目を開けると魔法式が燃えているのを見た。

 

すると

 

「はあぁぁぁぁぁ!」

 

気合いをほとばしりながら克也が『麒麟』を三高選手に放ち倒した。すると試合終了のサイレンが鳴り響き観客席から歓声が聞こえてきた。

 

観客席からはかなり離れているのに聞こえるとはどれだけなんだと俺は思いながらも達也と幹比古と共に観客席に向かう。

 

「お疲れ様二人とも達也はすごいよ『クリムゾン・プリンス』倒すなんて。幹比古もあの五連発はすごいよ『カーディナル・ジョージ』の動揺を上手く使っての攻撃こっちも痺れた。」

「ありがとう克也あれは意地だったんだ。達也が『クリムゾン・プリンス』倒したから『カーディナル・ジョージ』を僕が倒すって。」

「こっちもだ克也美味しいところを持って行ったが狙ってたのか?」

「そりゃまさかだぞ達也あの攻撃を受けた後本当に動けなかったんだ。あれは参ったな~十五mの高さから水に飛び込んだときに入水角度をミスって背中から落ちた時以来だ。」

 

達也の茶々にしっかりと答える。

 

「…克也、君って結構馬鹿なんだね。」

「そう言うなよ幹比古案外楽しかったんだぜ?」

「でもよく復活できたねあの威力の圧縮空気弾を受けて。」

「これは内緒にしてほしいんだが俺の固有魔法でちょちょいっと治したんだ。」

 

幹比古の質問に答えながらもオフレコであることを頼む。

 

「流石四葉家だねでもありがとうおかげで助かったよ。」

「水臭いぞ幹比古それはお互い様だ。お前が『カーディナル・ジョージ』を倒す時間がなかった復活できなかったしな。」

 

二人で話していると達也が話しに入ってこないので不思議に思った。

 

「達也どうかした?」

「すまないもう一回言ってくれないか?」

「達也は大丈夫なのか?って聞いたんだけど。」

「ああ、すまない片方の鼓膜が破れていてな今、口の動きを読んで理解できている程度だ。」

 

なるほど話に入ってこなかったのはそういうことだったのかと思い三人で歩いていると一高の観客席前に到着した。そこでは深雪が大粒の涙を流しながら立っていたので達也と二人して手を振る。

 

エリカ達もみんな涙を流しており三人とも驚いた。

 

俺があまり知らない明智英美(あけちえいみ)ことエイミィや里見スバルなど達也担当選手も勢揃いしており涙を流し抱き合っていた。

 

俺は一高の上級生三人組の姿を探した。すると一高の端に座っている三人組と眼が合った。真由美は笑顔で迎え摩莉は腕組みをしながらうなずき鈴音は深雪同様大粒の涙を流していた。

 

鈴音のためにウインクを送ると何を勘違いしたのやら隣の三高女子生徒から良い意味の(俺からすれば悪い意味の)悲鳴が上がり俺に頭痛を起こさせた。

 

 

 

その夜鈴音がまた部屋にやってきた。

 

「…来てくれるのはうれしいけどルームメイトにバレてないのか?」

「問題ありませんよ。作戦を考えてくると言って出てきましたから。」

 

俺の質問に答えながら鈴音は俺に抱き着いてきた。

 

「ゴフ!そのスピードで抱き着くのは反則だ。」

「そんなこと知りませんこうしたかったのですから我慢してください。」

 

俺の文句に耳を貸さずキスしてきた。俺は暴れるががっちり腕をロックされ逃げ出せない。

 

何故こんな攻撃?を受けるのか理解できずにいると勢いに押されベッドに倒れてしまい鈴音に覆いかぶさられる状態になる。

 

積極性に赤面していると向こうも赤面しながら笑顔を向けてきた。鈴音の気が済むまでキスをされ続け試合とは違う疲労を覚えた夜だった。




そろそろ九校戦も終盤ですよ~。ついつい大人の様子を描いてしまいました。


麒麟(きりん)・・オリジナル魔法。上空の気圧を急激に下げ積乱雲を発生させ雷を発生させる技。一発が限界なのでここぞという場面でしか使用できない。


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第二十話 九校戦⑥

大会九日目は前日からの晴天に打って変わって今にも雨が降り出しそうな分厚い雲に覆われていた。

 

「ミラージ・バットにとっては試合日和なんだろうが。」

「波乱の前触れに見えるね。」

「まだ何か起こるのでしょうか…?」

 

達也、克也、深雪の順で話す。

 

「分からないな起こるという確証もないし起こらない確証もないからね。深雪は心配することはないよ。」

 

深雪の心配に達也が安心させるように諭す。そんな幸せそうな光景を俺は優しく見守っていた。

 

 

 

「小早川先輩かなり気合いが入っているようですが。」

「そりゃな自分の結果次第で優勝がぐっと近づくか三高が追い上げるかが関わってくるから手を抜けるわけがない。」

 

克也の質問に摩莉が答えた。まあこんなところで「手を抜きました。」と言える精神力を持つ人間はいないだろう。

 

ちなみに克也の右側に鈴音、摩莉、真由美の順左に美月、エリカ、レオ、幹比古俺の後ろにほのか、雫とそれ以外の一高メンバーという並びだ。

 

第一ピリオドは接戦だったがわずかに小早川先輩がリードしていた。

 

「美月、眼鏡外して大丈夫なの?」

「ちょっときついかな。でも眼鏡を外していたら渡辺先輩の事故を簡単に解決できたかもしれないから。」

 

エリカの心配に美月は覚悟を決めていたらしい。エリカもそれ以上声を掛けるようなことはしなかった。

 

第二ピリオドが始まり光球をたたこうとしたが僅かにとどかず着地する場所を探し移動魔法を組み立て降りようとした。が体はその向きではなく下に落ちていく。

 

「あ!」

 

突然美月が叫んだので全員美月を見た。

 

「美月どうした?」

「今小早川先輩のCADの近くで精霊がはぜたように見えました。」

「本当か?」

「はい間違いありません。」

 

美月に再度確認ししっかりした返事を確認してから音声ユニットを取り出し連絡する。

 

「もしもし達也か?美月が小早川先輩のCADの近くで精霊がはぜたのを見たらしい。」

「そうか、美月に貴重な情報をありがとうと伝えといてくれ。」

「了解。」

 

達也と電話を終え音声ユニットをかたづける。

 

「美月、達也が貴重な情報をありがとう役に立ったと言ってたよ。しかし小早川先輩はまずいな後遺症が残らなければ良いが。」

 

美月に伝えた後呟くと全員同感のようで厳しい表情をしていた。

 

 

 

一高テントに一高スタッフが大会委員に暴力を振るったという情報が流れ込んだ。深雪が驚いた顔をしているのと深雪の試合前だというのを考えると犯人は達也しかいないと俺は思った。

 

本人がテントに入ってきたので俺と深雪は駆け寄った。

 

「達也(お兄様)!」

「すまないな二人とも迷惑を掛けて。」

「いいえでも達也お兄様がお怒りになるのは克也お兄様か私だけですから。」

「そうだねでもな深雪それは当たり前のことなんだ。大切な妹や幼馴染に悪意を向けられたらいても立ってもいられないそれが普通なんだ。それに綺麗に飾っているのに泣いてしまったらもったいないよ。」

 

そう言われ深雪は顔を赤くしてうつむいた。

 

「あら達也君。我が校の生徒が突然暴れ出したと聞いて心配してきたけど余計な心配だったみたいね。とってもシスコンなお兄さんが大切な妹を守るためにしただけだったのね。」

 

真由美のいじりで重たかった空気が一変した。そして達也は戦略的撤退を選択しテントから逃げ出した。

 

 

 

第一ピリオドはリードされた深雪だが第二ピリオドから飛行術式を使用し大差で決勝に進んだ。

 

決勝では全員が飛行術式を使用し驚いたが途中棄権をする選手が続出し最後まで残ったのは深雪だった。

 

元々想子保有量が桁違いに違うのだから深雪が優勝しても何ら不思議はなく最終日を待たずして総合優勝を決めた一高だったが祝賀パーティーは明日以降に持ち越された。

 

「あれ深雪、克也さんと達也さんは?」

「さすがに疲れたって部屋でお休みになられているわ。」

 

ほのかの質問に二人をいたわるように深雪は答えた。

 

「ほのか仕方ないよ二人とも大活躍だったもん。」

「そうね、そうよね。ずっと頑張ってたもんね。」

 

雫の言葉にうなずきながら二人が寝ている部屋の辺りを見ながらほのかは呟いた。深雪の言った言葉は半分だけ正解であり確かに達也は部屋で眠っていたが克也はホテルの駐車場にいた。

 

 

 

「地図データだけでいい?」

「構成員も分かっているのであればもらえませんか?」

 

送られてきたデータを頭にたたき込み掲示した値段に上乗せして送信する。

 

「こんなに貰って良いの?」

「ええ、危険な仕事をさせてしまったことへの慰謝料です。足りませんか?」

「いえ、十分よ。」

 

そのやりとりが終わると俺は車から降りた。

 

「保険なのよね?」

「ええ保険です。」

 

そう言って歩き出し遥がいなくなったのを確認し別の車に乗り込む。

 

「あの女性(ひと)は?」

「公安のオペレーターです本人はカウンセラーが本職だと言っていますが。」

 

そう話しながらカーナビシステムにデータを有線接続で送り込む。

 

「でもなんで達也君ではなくあなたなのかしら。」

「達也には眠って貰ってます自分がどれだけ疲れているのか自覚していなかったようなので。」

 

そう話すと藤林響子(ふじばやしきょうこ)は苦笑しながら車を発車させ目的地に向かった。彼女は陸軍101旅団独立魔装大隊少尉だ。達也とは知り合いで俺も仲良くさせて貰っている。

 

歳が近いこともあるので話しやすい。正確には十歳近く離れているのだが…。

 

 

 

駐車場に行く十五分前俺は達也と達也の部屋で言い争っていた。

 

「深雪に危害を加えようとした俺の逆鱗に触れただから俺も行く!」

「そんな体で行ってどうするんだ?いい加減諦めてくれよ。」

 

達也を抑えるのが難しくなってきた俺はイライラしてきていた。遮音フィールドを張っているので音が外に漏れることはなく心配ないのだがピリピリした空気が流れるのはどうしようもなく気づかれないように願っていた。

 

「こんなもの『あれ』を使えば問題ないだから俺も行く!」

 

俺はその言葉にイラッときて堪忍袋の緒が切れた。

 

「いい加減にしろ達也!お前はどれだけ体を酷使すればわかるんだ!新人戦が始まってから担当選手のCADを誰よりも多く調整して挙句の果てにはモノリス・コードに出場して圧縮空気弾を二発まともに食らってるんだぞ!そんな姿を深雪に見せられるのか?」

 

俺の怒りに達也は言葉を失っていた。

 

俺は克也が怒鳴り始めたことに驚いていた。克也が声に出して怒るなど一度として見たことはなく怒る場面も見た回数は少なかった。

 

怒ったとしても声を荒げることなく無言でにらみつける程度だったのだ。これは普通ではないと思い克也の言うとおりにすることにした。

 

「わかったよ克也、今日は休む。」

 

そう言うと緊張の糸が切れたのか疲れがどっと押し寄せてきた。強制的に回復させようとするのを意識的に停止させ克也の手を借りてベッドにもぐりこむ。

 

「まったくわがままな弟だ。」

 

そう言いながら俺のおでこに手を置き『癒し』で眠らせてくれた。

 

『癒し』で達也の眠気を浮上させ眠らせるとすぐに規則正しい寝息を立て始めたので{よっぽど疲れていたのだろう}と思った。

 

自室で長ズボンにシャツの上からパーカーを羽織り{ブラッド・リターン}を右腰のフォルスターに差し込み駐車場に向かった。

 

 

 

そのころ藤林に時間外労働を命じた風間は予想外の客に驚いていた。

 

「席を外せ。」

「はっ」

 

飲み物を持ってきた部下に退室を命じて客人に向き合った。

 

「今日はいったいどういったご用件でしょうか閣下。藤林なら今仕事でおりませんが。」

「孫に会うために上官の許可などいらんだろう今回君に会い来たのは彼らのことだ。」

「彼らですか?」

「深夜の双子の息子克也と達也だよ。私が知っていてもおかしくはなかろう?一時期とはいえ深夜と真夜は私の教え子だったのだから。昨日の試合を見たが惜しいとは思わんか?」

 

閣下の言葉に首をひねる風間。

 

「惜しいですか?」

「あれだけの才能があるのに一介のボディーガードとして終わらせるのはもったいないと思わんか?」

「もしや閣下は四葉の弱体化を望んでおられるのですか?」

 

 

風間の質問にしわを増やし真剣な声音で続けた。

 

「彼らは一条の息子とともにこの日本を担う存在になる。彼ら二人が現十師族の中でも突出した力を持っている四葉を継げば必ずや十師族の一段上に君臨することになる。そうなれば四葉が日本を思い通りに動かすかもしれん。それでは困るのだ十師族は互いにけん制しあい暴走を止める歯車になっている。それが一つでも外れてしまえばこの国が亡びるかもしれないのだ。」

 

「閣下のご懸念は理解できますがそのようなことは絶対に起こりません。克也と達也は権力を振り回すことはありませんしましてや次期当主と言われている妹の深雪は当主になりたいと思っていません。彼らが権力を振り回すようなことがあればそれは日本だけでなく世界の魔法社会の終焉を表しています。克也と達也は大切なものを失わない限り世界を破壊するようなことはしません。」

 

「…君の言いたいことはわかっただが私の意見は変わらない。四葉家がこれ以上力をつけないように気を付けなければならないということを知っていてほしい。」

 

閣下は自分の負けを認めたが気持ちは変わらないらしい。

 

 

 

克也は東に向かい真夜中頃目的地に着いた。「横浜ベイヒルズタワー」通称「ベイヒルズ」の上から香港資本によって建てられた横浜グランドホテルの一室にいる目標を狙い撃つ。

 

そこは『無頭竜』の東日本総支部の活動の指令室に使用されているがその使用者たちは逃げる準備をしていた。

 

それを『全想の眼』で確認する。

 

「少尉お願いします。」

 

協力者に依頼する。藤林のハッキングによって二人は「ベイヒルズタワー」の屋上に向かった。

 

 

 

男たちは突然くぐもった悲鳴によって逃走準備をしていた手を止めた。

 

「なんだ?」

 

外部からの攻撃を防ぐ役割を担っていたジェネレーターの苦痛の声だった。情報強化を破られた反動で痛みを覚えたらしい。

 

『無頭竜』は魔法を悪事に利用する犯罪集団であるため幹部に取りたてられるには魔法師であることが条件である。

 

よって今何が起こったのかをここにいる全員が認識した。これはただ事ではないと。

 

一人のジェネレーターの体に火が灯ったかと思うと人間の背丈を超える大きさに成長し苦痛を与えることなく燃滅した。すると電話が鳴った。

 

それは組織の一部でしか使われていない秘匿回線の呼び出し音だった。幹部たちは互いに目配せをし一人が受話器を取るとの若い少年の声が聞こえてきた。

 

「Hello,NO Head Dragon 東日本総支部の諸君。」

 

 

 

「よしっとこれでハッキング完了。無線通信はすべてこちらにつながるように書き換えたわよ。」

「さすがは『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』ですね。これは真似しようと思っても出来るものではありません。」

「ありがとう簡単に真似されたら私の立場がなくなるから困るわ。」

 

互いに他愛のないやり取りをする。

 

「有線は切断済みですよね?」

「ええ、そちらは真田(さなだ)大尉の措置済みよ。」

 

克也はうなずくと音声ユニットを左手に持った。藤林から支持されたコードを打ち込み残りワンプッシュで音声通信が可能な状態にしてホールドする。

 

愛用CADを右手に転落防止柵の前に立ち右手を斜めに向ける。CADの「銃口」が向く先ははるか遠くの横浜グランドホテル。

 

「…これがジェネレーターですか。」

「ええ、捕獲したけど本部の特徴と一致してたから間違いないわ。」

 

克也が『燃焼』を発動させコンクリートを燃滅させると外部からの魔法干渉を妨害する『閉鎖』も無効化され克也の眼の視界に部屋の様子が鮮明に映し出される。

 

そして苦しんでいるジェネレーターに『ヘル・フレイム』を発射し消し去る。

 

克也のCADは克也のために作られたと言われているがそれは建前でこの『ヘル・フレイム』の発動に最適化されたものだ。

 

これにより克也はほぼ無限に想子がなくならない限り何発でも使うことができる。藤林がジェネレーターを消した瞬間悲鳴を上げたが克也の意識は目標に向けられていた。

 

待機状態にしていた音声ユニットを立ち上げる。

 

「Hello、No Head Dragon東日本総支部の諸君。」

 

不自然に陽気な声で話しかけた。

 

電話を手に取った男は同僚たちを振り返った。この回線は幹部同士のみに使われるものだ。幹部クラスでなければ使用できないはずだがなぜそれを使っているのか不思議だった。

 

「富士では世話になったな。ついてはその返礼に来た。」

 

一人前の口調で話す少年に怒りを覚えるのではなく恐怖を覚えた。そのセリフとともに彼らを守っていた領域干渉が消え使っていた者の方を見ると炎に燃やされた後だった。

 

「その部屋から連絡を取ることができるのは俺だけだ。どうやってかはお前たちが知る必要はない。」

 

そう言いながら有線電話に飛びつこうとした男が炎に包まれ消えた。

 

「それでは本番だ。」

 

さらに逃げ出そうとした仲間が燃滅した。

 

 

「待て待ってくれ!」

「何を待てというんだ?」

「我々はこれ以上九校戦に手出しをするつもりはない。」

「九校戦は明日で終わりだ。」

「九校戦だけではない!我々はこの国から明朝出ていくもう二度と持ってきたりはしない!」

 

必死に言い訳をする男を俺は無表情に見つめていた。

 

「お前たちが戻ってこなくてもほかの人間が戻ってくるのだろう?」

「我々『無頭竜』は日本から手を引く!」

「お前にそんな約束をする権限があるのかダグラス=黄(ウォン)?」

 

名前を言い当てられて驚く顔を見ると笑いがこみあげてきたが抑える。

 

 

「私はボスの側近だボスも私の言うことは無視できない。」

「何故そんなことが言える?」

「私はボスの命を救ったことがある!恩を仇で返すことは組織内で禁じられている。それを作ったのは我々全員だ!そしてその掟の中にもボスもこれに準ずるという項目がある!だからお願いだ!」

「興味がない。」

「なっ!」

 

俺は一切感情を含ませずに答えた。

 

「お前らに掟があろうがなかろうが俺には関係のないことだ。お前にそれだけの影響力を持つというのならそれを証明しろ。」

「それは…。」

 

 

俺は静かに告げる。

 

「No Head Dragonー頭のない竜ー お前たちが名乗り始めたのではなく敵対組織からつけられたらしいな。ボスは決して部下の前には姿を現さず自分が直々に粛清する際には意識を奪ってから連れてくるという徹底ぶりらしい。ボスの名は何という?」

 

予想以上に自分たちのことを知られており組織最高機密の情報を言うか迷っていると一人また消えた。

 

「ジェームズ!?」

「ほう今のがジェームズ=朱(ちゅー)だったのか。手配組織の国際警察には悪いことをした。」

「待て…。」

「次はお前だダグラス=黄。」

 

 

仲間が二人になったことでようやく話し始めた。

 

「ボスの名はリチャード=孫(すん)だ。」

「…表の名は?」

「…孫公明(そんこうめい)。」

 

こちらが知っている情報と同じだったので希望を与えることにした。

 

「ご苦労だったお前はまぎれもなくボスの側近だ。」

「では信じてくれるのか!?」

 

その言葉に俺は行動で返事をした。

 

「グレゴリー!何故だ我々は誰も殺さなかったではないか!」

 

最後の仲間が消えたことで絶望の顔を浮かべていた。

 

 

「何故だ我々は誰も殺さなかったではないか!」

 

そんな声が音声ユニットから聞こえてきたが俺は存在そのものを消すことを決めた。

 

「そんなことは関係ない。」

「何!」

「確かにお前たちは誰も殺さなかった。しかしそれは結果論でしかない。もし事故で死者が出ていたらお前はこの状況でなんと答えた?何も言えないだろう?お前たちは俺の大切な友人を傷つけ最も大切なものに手を出そうとした。お前たちを殺すには十分な理由だ。」

「悪魔め!」

 

悪魔呼ばわりされるが微塵も怒りを感じなかった。

 

「お前たちの行動の方が悪魔じみていると思うが?不特定多数を狙うという卑劣なやり方のどこが悪魔ではないというんだ?それに比べたら俺のやっていることは子供の遊びでしかない。この先日本の魔法師の危険になるお前たちを消滅させて何が悪い?正当な行動以外になんと表す?じゃあなダグラス=黄。」

「待ってくれ!」

 

ダグラス=黄の言葉に俺はもう一度告げる。

 

「ああそうそうもう一人怒り狂ってたやつがいたんだがそいつからの伝言。『お前たちは俺の逆鱗に触れた』だそうだ。それではなダグラス=黄。」

 

そう言って『ヘル・フレイム』を行使する。消えたのを確認した後俺は音声ユニットを左耳からむしり取る。

 

 

 

私は『無頭竜』の構成員が消えていくのを見ていることしかできなかった。

 

{達也君に残された感情『家族愛』。克也君と深雪さんを愛する気持ちそれが達也君に残された感情であり片方を失えばこの世界は破壊される。そんな風に作られてしまった達也君を哀れに思うけど克也君や深雪さんはそんなこと気にしないでしょうね。この三人には普通ではありえないほどの絆で結ばれているんだもの。}

 

そこまで考えていると克也君から声をかけられた。

 

「藤林さん帰りましょう。ミッション・コンプリート(任務完了)です。」

 

そう言いながら優しい笑みを浮かべる克也君にさっきまでの声音や雰囲気の違いを見せられ十歳近く離れているにもかかわらずドキッとしたがそんな素振りを見せず「ベイヒルズタワー」を降り九校戦会場まで戻った。




次で九校戦終わりですよ~。


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第二十一話 九校戦⑦

ようやくここまでこれました。


九校戦が最終日を迎え一層熱を発していた。夕方五時には九校戦が終了する。しかしこれは最後ではなくパーティーが夜開かれるため出場者たちは出席させられここで毎年何組かのカップルが成立する。

 

俺には関係ないと思っていたが鈴音に「参加しますよね?」と真顔で脅されては参加せざる負えないだろう。

 

抜け出せば後日何をされるか考えたくもない。

 

「達也君昨日よりスッキリした顔してるね。よく眠れたの?」

「ああ、お陰様でな。昨日は早めに寝かせてもらったし質のいい睡眠をとれたみたいだから九校戦での疲れが全部吹っ飛んだよ。」

 

エリカの勘の鋭い質問にぎこちない笑みを浮かべながら説明する達也の横で俺は暗い顔をしていた。

 

「で、何で横の人はそんなに暗いの?」

「どうやらこの後のパーティーが嫌らしいぞ。出場選手はほぼ強制参加だからよっぽどのことがない限り欠席は許されないらしい。」

「ふーん、じゃあ達也君も?」

「だろうな俺は参加する必要はないはずだが行かなきゃ誰かに何か言われそうだし行っとくべきなんだろうな。」

 

エリカと達也の会話にさらに行く気が失せていく俺だった。

 

「何で行きたくないの?行けばみんなからダンスを申し込まれそうなのに。あ、それともダンスが苦手だったの!?」

「…おいエリカ、ダンスぐらいはできるぞ家でやらされていたからな。行きたくない理由は断った時の女子の顔だよ。それを考えるだけで憂鬱だ。」

「うわ~ぜいたくな悩みだね。モテない男子を全員敵に回したよ今の発言。」

 

そう言いながら隣に座っているレオに意味ありげににやつきながら顔を向ける。

 

「なんだとこら。それは俺がモテないとでも言いてえのか?」 

 

レオも今の発言にむかついたようでこめかみをひくつかせていた。

 

「あら誰もあんたのことだなんて言ってませんよ~。それとも自分はモテてるとでも言いたいの?オホホホホホ。」

「このアマァ、黙っていたらいい気になりやがって。これでも山岳部一年人気ランキング二位なんだぞ馬鹿にすんなよ?」

 

エリカの挑発に乗ったレオは俺も知らない情報を持ち出してきた。

 

「…レオそれはいつやってたんだ?それに投票者数はいくらだよそれ。」

「克也が九校戦の競技練習中だよ三日間ぐらいいなかっただろ?その時やったんだよ。それに参加者は一年女子全員で顔写真付きで部長と副部長が走り回ってたぞ。なんでも毎年恒例行事らしいぞ。」

 

レオの暴露に開いた口が塞がらなかった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ俺そんなの知らねえぞ。てか一年全員だと?ということはエリカも美月もほのかも雫も深雪も知ってたのか!?」

「ごめんね~黙ってて。」

「すみませんオフレコで頼まれたので…。」

「知ってましたよ。」

「知ってた。」

「もちろん私は克也お兄様に投票しました!」

 

約一名から違う返答が来たが全員知っていたらしい。俺は脱力してしまった。

 

「いつの間にそんなことが…。で一位は誰なんだレオ?」

「もちろん克也、お前だよ。」

「なっ!」

 

レオの報告にまたもや開いた口が塞がらなかった。

 

「いやあすげえよ、もちろん投票は無記名だけどよ全投票のうち六割以上持って行ったぞ克也。ちなみに二位の俺は二割だ。」

 

ある意味魂が抜けそうになるがなんとか抑えた俺だった。

 

「ちなみに私も克也君に入れたよ。」

「私もです。」

「わたしも。」

「ほのかと一緒。」

 

どうやらここにいる女子メンバー全員から指名されていたらしい。

 

「そういえば私の友人のエイミィとスバルも入れてましたよ克也お兄様。」

 

深雪の追い打ちにメンタルHPは赤ゲージに突入した。

 

「深雪これ以上克也をいじめてやるな。それ以上すれば後々面倒なことになりそうだ。」

 

達也が深雪だけでなく全員に注意を促す。

 

数日後、俺が魔法を適当に乱射しストレス発散させたのは別の話だ。その時の達也と深雪の引いた顔を俺は忘れないだろう。

 

 

 

本戦モノリス・コードは俺たちとは違い安心して見ることができるものだった。十文字先輩の『ファランクス』のせいなのかはわからないが存在感が桁違いで圧迫感が画面越しでも伝わってくるようで直接対峙すればどうなるのやら。

 

モノリス・コード決勝戦は一高VS三高で新人戦と同じような組み合わせだったが試合は準決勝以上の一方的展開になっていた。新人戦で将輝が八高にやったことをそっくりやり返されることになった。

 

『ファランクス』によって繰り出した魔法を無効化し自身に移動・加速魔法をかけ『ファランクス』を纏いショルダータックルを食らわせ全員をノックアウトさせた。

 

克人が画面越しに「俺はお前よりも強い」と言いながら不敵に笑った気がした。左拳を天に高々と掲げている姿は「王者」と形容してもおかしくない風格があった。

 

 

 

九校戦後のパーティーで達也と壁際で雑談していると将輝が深雪に話しかけているのが見えた。なぜ俺が達也と一緒にいるかというと女子生徒から話しかけられるのを避ける為である。

 

つまりは達也を番犬替わりにしていたのだ。それでも話しかける人物はいたが…。その中でもローゼンの日本支社長に話しかけられたのは驚いた。メインは達也だったが本心で達也の技術を褒めているようだったので鼻が少し高かった。

 

二人して将輝のもとに向かい

 

「「二日ぶりだな、将輝(一条)。」」

 

達也と同時に挨拶する。

 

俺たちが近づくと将輝以外のメンバーは離れていった。

 

「克也に司波か。」

「耳は大丈夫か?」

「心配ないし心配される筋合いはない。」 

 

将輝の素っ気無さに苦笑を浮かべてしまう俺だった。

 

「え、えーと司波?兄妹なのか!?」

 

将輝の驚きに俺はさらに苦笑してしまった。

 

「どうやら達也と深雪は将輝から兄妹と思われていなかったらしいな。」

 

俺の言葉に深雪がクスリと笑い達也も苦笑いを浮かべ将輝は顔を引きつかせていた。 

 

「深雪、将輝と踊ってきたらどうだ?一条の御曹司と踊れる機会はそうそうないからね。」

「わかりました、一条さん踊ってもらえますか?」

「…喜んで。」

 

深雪と将輝がダンス会場であるホールの中心に向かう途中将輝から視線の中に{感謝する}と含まれていた。その顔はすごく嬉しそうだったので俺はまたもや苦笑を浮かべていた。

 

達也と二人して壁際でドリンクを片手に深雪と将輝のダンスを鑑賞していると声を掛けられ振り返ると鈴音が立っていた。

 

「鈴音かどうした?」

「あの~…。」

 

聞くと顔を赤くしていたので何が言いたいのかわからず達也の方を見ると達也もほのかに声を掛けられておりほのかも同様に顔を赤くしていた。

 

「あの~お客様方?こういう時は男性の方からリード致しませんと…。」

「…エリカ何故こんな所にいるんだ?仕事はいいのか?」

「お困りのお客様にアドバイスをするのもホール係の仕事ですので…。」

 

エリカのセリフに頭を抱えたくなる俺と達也であった。俺は達也と眼を合わせ互いのパートナーに向かい合うがなんと声を掛ければいいのか迷っていた。

 

「お客様方そんなに難しくお考えになる必要はございませんが。」

 

エリカの言葉に俺達は覚悟を決めた。

 

「「鈴音(ほのか)踊らないか?」」

「「喜んで!」」

 

俺と達也の誘いに答えてくれるパートナー達であった。

 

俺と達也はその一人で終わると思っていたのだがそれは間違いだったようだ。その後ほのか、雫、会長など顔見知りと踊ったが顔は知っているが名前を知らない生徒とも踊らされる羽目になった。

 

特にきつかったのは会長で独特のステップで踊り演奏とずれているので合わせるのが重労働だった。しかし曲の流れからするとまったく外れているわけでもなくむしろ綺麗に思えた。

 

達也も合わせるのが難しかったと言っていたので俺がおかしいというわけではないだろう。一年前に一度踊らせてもらっているがその時は普通だったのでこの一年の間に何があったのか疑問に思った。

 

 

 

達也より数曲長く踊っていたので終わった後、飲食席に向かうと十文字先輩に連れられる姿が見えたので深雪と二人して追いかけた。

 

「達也、十文字先輩と何か合ったのか?」

「いや、特に何もないよ。」

「そうか。」

 

何か隠している様子だったが深追いしない方がよさそうなので話題を変えることにした。

 

「深雪、ラストの音楽が流れ始めたし達也と踊ったらどうだ?」

「克也お兄様はよろしいのですか?」

「さっき踊ったろ?それに俺は踊るより見ている方が好きだからね。」

「わかりました。達也お兄様最後の曲一緒に踊っていただけますか?」

「いいとも、正確さしか取り柄のない踊りだけどね。」

 

深雪のお願いに達也は快く引き受け踊り始めた。

 

二人の姿は不思議とそれが当たり前だと思えるほど自然な絵になっていた。俺はそのダンスを見ながら想子を熱で色を変え花火のように二人の周りに放つ仕事をしていた。

 

想子によって作り出された仮想の花火は匂いや熱は感じないので触れても気にならないもので深雪からお礼を会釈で返された。

 

花火に照らされた深雪はとても美しくしかしどこか儚げに見え達也は穏やかな歳相応の少年の雰囲気だった。




九校戦無事に終わりました。ここまでよんで下さった皆様ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。


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番外編②
社交パーティー


克也が真由美と初めて会った時のお話です。


七草邸に向かう道中俺はため息を漏らしていた。

 

「克也様いかがされました?」

 

四葉の執事であり俺のボディーガードでもある「四谷辰巳(しやたつみ)」二十五歳は運転しながらも俺のため息を聞き逃してはいなかった。彼は四葉家の中でも達也に対して普通に接してくれる数少ない人物でそのおかげか俺は辰巳に心を許し達也も少なからず心を開いている。

 

「俺はパーティーが嫌いだよ。なんで見ず知らずの人に愛想ふりまかないとダメなのかな。それに叔母上だって来ればよかったのに俺一人で行かせるの?達也と深雪が行かないのはわかるけど。」

 

俺の文句に一瞬だが表情を歪ませたが何もなかったかのように話し始めた。

 

「真夜様は七草のご当主様のことがお嫌いなのです。詳しいことは申せませんが今の関係を改善することはほぼ不可能でございます。深夜様がまだご存命であったならば可能ではございましょうが…。」

 

叔母上と七草弘一(さえぐさこういち)の関係を俺はまだ知らないが今の話だとよほどのことがあったに違いない。母さんが生きていれば可能だったかもしれないとはどういうことなのだろうか。聞きたいと思ってはいたが聞いてはならないような気がしていたのでやめておいた。

 

「克也様もうすぐ到着でございますご準備を。」

「…わかった。」

 

辰巳の言葉に渋々降りる準備を始める。

 

 

 

七草邸は東京に近い高級住宅街にあり豪華な洋風の建物で四葉家とは違い派手なことに驚いた。

 

「辰巳、四葉とはかなり違うけどこれって家系による?」

「もちろんでございますそれぞれの当主様の意向で外見や内装までが異なっておりますので。」

 

辰巳の説明に耳を貸しながら七草家の執事の後ろをついていく。

 

パーティー会場に入ると大勢の大人が着飾って談笑しているのを見て頭痛がしてきた。俺が入ってきたことに気づいた大人たちが特に女性達がこそこそと話し合っている。俺が四葉家だということはバレていないだろうが何故こそこそと話しているのかわからず辰巳に聞いてみることにした。

 

「辰巳、自意識過剰かもしれないけど何故俺が入った瞬間に談笑からこそこそ話に変わったの?」

「それは克也様の容姿に驚いておられるからでございますよ。中学三年生にもかかわらず百七十八cmの高身長、そしてよく鍛えられた体、その体から発せられるオーラ、そして何より皆様を虜にするほどの端正な顔立ち!これらを無視することができましょうか!!」

 

エキサイトし始める辰巳に違う意味で頭痛を覚える俺であった。

 

テーブルに置かれていたミネラルウォーターを口に含んで周りを見渡す。

 

魔法師友好派の国会議員である上野(こうずけ)議員や魔法社会と太いパイプを持つ化学工業を扱う大企業の社長など魔法社会とは違う社会で大きな権力を持つ人物などが大勢いることに少々驚いていた。

 

その他にも有名俳優や女優なども来ていることから七草家は日本社会と大きな関わりをもっていることに驚かされた。

 

 

 

しばらくすると主催者の七草弘一(さえぐさこういち)が娘三人を引き連れて登場した。最初の方の演説は参加者に対するお礼や自分たちの貢献した事業などの説明だったので俺は暇だった。しかしそれは開始から十五分間のこと弘一が突然俺の名前を呼んだのだ。

 

「今回のパーティー開催に置きまして魔法社会で大きな権力を持つ四葉家のご子息殿が参加してくれています四葉克也殿前へ。」

 

フロアがザワザワし始め俺は辰巳にどうしたらいいのか小声で聞いた。

 

「辰巳どうにかしてよ!」

「不可能でございますこれは行かなければならないかと。」

 

辰巳のポーカーフェイスに俺は脱力しながら七草弘一のもとに向かう。俺が壇上に上がると参加者から拍手と女性から歓声が聞こえた。

 

「御足労をおかけして申し訳ありません四葉殿。」

「いいえ弘一殿、今回招いていただき光栄です。」

 

弘一の社交辞令に愛想笑いで答える。もちろん愛想笑いはバレないように俺が使える技量を可能な限り出し尽くしたものだったので弘一が気づいた様子はない。十師族は対等な立場なので歳がある程度離れていても敬語は軽いものしか使われない。

 

「四葉殿に参加してもらえるとは恐悦至極です。」

「こちらこそ恐縮です。」

 

挨拶を終え食事時間になった。

 

 

 

ここでは何故かバイキング形式だったが俺は肉料理ではなく魚料理や山菜などに舌鼓を打っていた。一方辰巳の方はというと普段四葉家では見ることができない料理に眼を輝かせたらふく食っている。俺はその様子を本日三度目の頭痛を覚えながら見ていた。

 

{帰ったら一回絞めないとな}と思ったのは秘密だ。

 

後日、辰巳を訓練室に呼び出し体術でコテンパンにつぶしたのは言うまでもない。

 

 

閑話休題

 

 

腹八分目になり食後のデザートである大好物のバニラアイスを食していると女性に話しかけられた。

 

「すみません。」

 

俺はアイスの入った皿とスプーンをテーブルに置いてから振り向いた。

 

「何でしょうか?」

「四葉克也さんですよね?私は七草家長女真由美です。こちらの二人は私の妹の香澄(かすみ)と泉美(いずみ)です。」

「初めまして四葉さんよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

 

自己紹介されたが三人とも四葉の名前におびえているようで声が震えていた。俺は四葉だが自分たちこそ一番強いと思っている四葉の中心人物どもとは違い名前で他人を脅すようなことはしたくない。だから俺は普通の少年のように話すことにした。

 

「初めまして四葉克也です克也と呼んでください。自分は名前で優遇されたいとは思っていないので気安く話しかけてほしいです。」

 

笑顔で自己紹介すると名前のように怖い人ではないとわかってもらえたようでぎこちなかった笑顔や話し方も自然になっていった。

 

「克也君は高校どうするの?一高なの?」

「俺は一高に行きたいんですけど当主様が最終決定するのでわからないんです。」

 

真由美の質問に答える。

 

「当主様?母親じゃなかった?」

「ええ、『母』ですよもちろんただ家ではあまり『母』と呼びにくくて。溺愛されすぎて嫌になる時があるというか。」

「いい母親じゃない大切にしなきゃダメよ?」

 

{そういえば七草家には今は母親がいなかったな}と思い返す。

 

「もちろんです。」 

 

しっかり答えておく。

 

「克也さんは何の魔法が得意なんですか?」

「そうだね、得意不得意は特にはないけど強いて言うなら振動魔法かな。あとは『母』が使う『流星群』だね。」

 

香澄の質問に正確に答える。

 

「『夜』を使えるのですか?あれは四葉家ご当主様しか使えないはずでは?」

 

泉美の質問はもっともである。『夜』は叔母上の固有魔法のはずだが何故か俺にも使用できるので謎なのだ。

 

「そのはずなんだけどね何故か俺にも使えるんだ。四葉の研究者にも解析を依頼してるんだけど全然進んでいないらしい。」

 

話していると会場内に流れていた曲調がクラシックからダンスミュージックに変わり大人達がダンスステージに流れていった。

 

「よかったらご一緒しませんか?」

「よろこんで。」

 

真由美に誘われたので快く引き受け手を引き踊り始めた。真由美のダンスは高校二年生にもかかわらず大人にも負けない洗練されたものだった。その後真由美の妹たちとも踊ったが何故か真由美によって二戦目に強制参加させられた。

 

そして踊っていると途中から周りの大人達が離れていき俺たち二人だけが最終的に残った。弘一の方を見たがシャンデリアの光の反射によって薄い色のついた眼鏡の奥の眼は見えない。しかし雰囲気までは隠しきれておらず俺には何を考えているのか分かった。

 

このパーティーを機会に俺と真由美を婚約させ四葉を味方につけようとしているのだと。{そんなことはさせない}と思いながらも真由美をないがしろにはできないので先程と変わりなく踊り続けた。

 

踊り終わると拍手をいただいたのでお辞儀で返礼する。すると弘一が近づいて予想通りのことを耳元でこっそり言ってきた。

 

「もしよろしければ娘三人の誰かを娶ってもらえませんか?」

「ありがたい申し出ですがそれを決定するのは俺ではなく『母』なので今はなんとも申せません。」

 

許可がなければ婚約は出来ないと口では言っているが言葉に{そんなことはしません}と含まれているのことに気付いているのかどうかは分からない感情のない笑顔を向けてきた。

 

「もちろんそれは重々承知しています。候補に入れてもらえればと思っているだけですよ。」

「そうですか、今は保留とさせていただきます。」

 

そう言ってこの話はこれでおしまいと俺は切り上げた。

 

 

 

「克也様、そろそろお戻りになる時間です。」

 

先程までたらふく食っていた辰巳がいつもの執事に戻り話しかけてきた。この切り替えの速さを俺は評価している。戦場では一瞬の判断ミスが命を落とすことになるので感情の切り替えは魔法師にとって必然的に付随してくる。

 

「もうそんな時間か早いなわかったすぐに向かうから車の準備をしておいてほしい。」

「かしこまりました。」

 

辰巳にそう命じて俺は弘一に謝罪した。

 

「すみません、そろそろ出発しなければ家に戻るのが遅くなるので帰宅させていただきたいのですがよろしいですか?」

「もう少しお話ししたかったのですが残念です。分かりました皆様には私から伝えておきましょう真由美、駐車場までお送りして差し上げなさい。」

「わかりましたお父様。」

 

俺は弘一に一礼して会場を後にした。

 

 

 

「父に何を言われたの?」

「ん?ああ、それは真由美さんか妹たちの誰かを嫁にしてくれと言われたんですよ。俺一人では決められないから返事は出来ないと話を保留にしただけです。」

 

隠すことなく答えると真由美は表情を暗くさせた。

 

「あの狸親父また私を嫁に貰って欲しいって言ったのね!何人に言えば気が済むのかしら。」

「…まあ、親からすれば幸せになって欲しいんでしょうね。自分のように婚約者とではなく違う人と結婚してほしくないんだと思いますよ。」

 

真由美の怒りを抑えながら諭す。克也は真夜が弘一の婚約者だったことを知らずそして真由美も知らないので話がこじれることはなかった。

 

「…そうね親の気持ちは自分の子供が幸せになることが一番だもんね仕方ないか。でも、自分の好きなように恋愛をさせて欲しいと思うこともあるの自分から好きになって交際して結婚する。それが普通の恋愛じゃないの?」

「確かに一般人はそうでしょうが俺たち魔法師は自由に恋愛は出来ませんからね。特にナンバーズのように強力な魔法師を抱えている家系は。」

 

真由美の言いたいことはよく分かる。好きでもない相手と結婚し子供を産むなど心が傷つくだろうが強力な魔法師は昔からそうしてきた。それはこの国を守るために必要だったのだから。そう話していると七草家の正門に到着した。そこには運転席の前に立ち俺を待つ辰巳の姿があった。

 

「そろそろお別れですね。」

「ええ、でもこれが最後じゃないわあなたが一高に来るのであれば会うでしょうから。」

「そうですね、『母』に懇願してみます。今日はお招きしていただきありがとうございました。ダンス踊れて良かったですそれでは。」

 

俺は真由美にお礼を言って車に乗り込んだ。

 

「こちらこそ会えてよかったわ。また会いましょう。」

 

走り出す車の後ろから真由美がそう言いながら手を振ってきたので手を振り返した。

 

 

 

「如何でしたか?初めてのパーティーは。」

「なかなか有意義な時間だったよ。ただ、七草弘一は油断ならない男だということがはっきりした。叔母上の言っていた『気をつけなさい』という意味が分かった気がするよ。俺はあいつの味方などにはならないしなるつもりもない真由美さんや妹たちは別だけど。」

 

俺は辰巳の質問に怒気を含ませながら答える。そうでもしないと車を燃やしてしまいそうだった。

 

「それで結構でございます必ず十師族と友好的な関係を築かなければならないという掟もなければ義務もないのですから。七草家は油断ならないと気付いてもらうために真夜様は今回七草家の要望に応えあなたを送り出したのです。気付いてもらえたと知れば喜ばれると思いますよ。」

「そうだね、叔母上の意図を理解できなければ四葉としてはやっていけない。辰巳、俺は少し眠るから家に着く十分前ぐらいに起こしてほしい。」

「かしこまりました克也様ごゆっくりお休みになられてください。」

 

俺は辰巳にそうお願いして軽い睡眠を取るためにいすに深く座り直した。

 

その表情は七草弘一を敵視していたときとは違い歳相応の表情をしていた。

 

 

 

「そう、やはりあの男は油断ならないわね。」

 

そう言う真夜の顔は怒りでもイラつきでもなく優しい笑みを浮かべていた。ここは真夜のプライベートスペースで普段は立ち入れない場所である。

 

俺は辰巳に起こされた後眠気の余韻を頭から追い払い当主である真夜のもとに報告しに向かったのだ。ハーブティーを口に含みながら真夜は俺に眼を向けてくる。

 

「なんでしょうか?」

「あなたが私の意図を理解してくれて嬉しかったのよ。何も理解せずに帰ってきていたらどうしようかと思っていたから。」

 

恐ろしいことをさらっと口にしながら笑みを浮かべた。俺は正解を辿り着いていなかったら今頃どうなっていたのか想像したがよろしくないことばかり思い浮かんだので途中で辞めた。

 

(深雪に氷詰けにされること達也に体術と魔法でコテンパンにされるとか真夜による『いろんな意味を含む』精神攻撃だったりとかetc.)

 

まだ俺を見つめる真夜に俺は疑問符を浮かべる。 

 

「まだ何かおありですか?」

 

真夜は言うか迷っていたが何ヶ月ぶりかに聞く言葉を発した。

 

「…久々に抱きしめていいかしら?」

 

耳まで真っ赤にさせながら言ってきたので俺は苦笑するしかなかった。

 

「構いませんよそれぐらい。」

 

そう言うと幼い少女のようにはしゃぎながら抱きついてきた。

 

身長百六十五cmの真夜は百七十八cmの克也の胸元までしかないのだがそれを気にした様子はなくむしろこの差があることに喜んでいるようであった。

 

この状況を葉山に見られればどうなるかわからないが今は真夜が立ち入り禁止にしているのでその心配は無い。だからこうやって「お願い」を聞いているのだが…。

 

真夜の満足いくまで好きなようにさせていると真夜が充電完了とでも言いたげな顔で俺から離れた。そして俺は部屋を出て自室に戻った。

 

数ヶ月後まさか第一高校に進学するように命じられるとは知らずに。




いかがでしたか?この話を書くために入学編の真由美のセリフを変えました。ちゃんと繋がっているか疑問ですがもしおかしな点があればご指摘お願いします。言葉使いを少し優しく変更しました。3/30

次話も番外編をお送りしようと思っています。よろしくお願いします。


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夏休み①

UA10000ありがとうございます!やる気がさらに上がりました。どしどし更新するのでよろしくお願いします!3/30


「海に行かない?」

「海?」

「あ、もしかして?」

「うん、そうだよ。」

 

雫、深雪、ほのか、雫の順の発言なのだが深雪は話しについて行けていなかった。まだ4ヶ月ほどしか関わっていないので二人のさっきの話は「つー」や「ぴー」である。

 

「二人ともどういうこと?」

 

雫とほのかは深雪をおいていっていることを思い出した。

 

「実はね小笠原に雫の別荘があるんだけどそこに行かないかって話をしていたの。」

「雫、別荘持ってたのね?」

「うん。」

 

ほのかの説明に素で驚いた深雪の発言に少し恥ずかしそうに頷く雫。

 

今の時代は標準仕様で最大十人まで同時にテレビ電話できるようになっており深雪は自室で二人と話していた。

 

「お父さんが『お友達を招待しなさい』ってどうやら克也さん達に会いたいみたい。」

「今年は小父様も一緒なの?」

 

雫の言葉に少し引き気味なほのかの発言に首をかしげる深雪であった。

 

{何か思い出したくないことでもあったのでしょうか?}

 

そう考えていると

 

「大丈夫、今回は外せない用事があるらしくて出航前に数十分会うだけで精一杯らしいから。」

「よかった~。」

 

雫の言葉通りにほっとしているようだった。

 

「それでいつにするの?」

「私はいつでもいいよ克也さんと達也さんの都合の良いときかなって思ってる。」

 

深雪の質問に雫はこちらの予定に合わせてくれるらしい。

 

「お兄様方に聞かないとダメでしょうから決まったらまた電話するね。」

 

そう言って深雪は電話を切った。

 

 

 

「…ということなのですがどうされますか?」

 

克也達がその話を聞いたのは翌日の朝食でのことで克也はまだ半分脳が寝ているようで眼が虚ろだった。克也は朝に弱い体質でほぼ毎日深雪が作る『深雪特製克也お目覚めドリンク』を作って貰っているほどでそんな克也を介抱しながら深雪は達也に尋ねた。

 

普段は頼り甲斐がある克也だが朝弱い姿とのギャップが激しいので深雪はそんな克也に優しい笑顔を向けている。この姿は深雪達のような本当に信頼できる人間の前でしか見せないので達也達は嬉しく思い笑顔を浮かべていた。

 

達也の笑顔は友人達に見せる笑顔ではなくとても嬉しそうな笑顔だった。エリカ達も信頼しているし心を許したいのだがまだ本当の意味での信頼はできていない。

 

「メンバーは雫やほのかと俺達だけかい?」

「エリカ達も誘いたいらしいのですが連絡先を知らないのでこちらから連絡してほしいそうです。」 

 

達也はコーヒーを口に含みながら脳内にスケジュール表を広げた。

 

「来週の金、土、日は空いてる幹比古とレオには俺から連絡するからエリカと美月には深雪が連絡しといてくれ。」

「分かりました、来週の金曜日から日曜日にかけての二泊三日の予定で雫達にも連絡しておきます。」

 

達也の言葉にスキップしながらキッチンに皿を持ちながら向かった。

 

「楽しい旅行になりそうだね達也。」

「ああ、良い気分転換になりそうだ。」

 

深雪特製ドリンクのおかげで八割近く覚醒した克也が本気で楽しそうに言ってきたので達也も本心で返事した。

 

 

 

雫は本当に克也達のために予定を空けていてくれたらしく深雪の電話に二つ返事で頷いてくれた。参加者全員に予定を伝えたところ誰からも都合が悪いということはなく全員がグルでは?と思ってしまったのは仕方のないことだろう。

 

後日、全員で新しい水着を買いに行ったのだがその場所で起こった事件を男勢が抽斗にしまい溶接してしまったので知る由もない。

 

特に幹比古に至っては水着というたんごを聞くだけで青ざめるという怪奇現象が起こるのだ。

 

 

 

そして時は流れいつの間にか旅行当日になり俺達三人は集合場所に到着した。叔母上にももちろん許可をもらっており「楽しんできなさい。」と助言(恐喝?)を貰っているが言われる前からそのつもりだった。

 

俺たちが到着すると既に全員集合済みで念のために十五分前に来たのだが時間を間違えたのだろうか。

 

「おはよう、ところで俺たち早めに来たつもりだったんだけど時間間違えてたか?」

「間違えてないですよ克也さん。三人には三十分だけ遅い時間を伝えてたんです。」

 

俺の質問にほのかは何かを含ませながら答えてくれた。

 

「何故?」

「主役の登場は必ず最後って相場が決まってるでしょ?」 

「何の主役だ?」

「そりゃ九校戦のよ。雫とほのかも活躍したけど一番はあんた達三人だからね。」

 

達也の疑問に今まで手すりにもたれていたエリカがいつもの悪い笑顔で伝えてきた。 

 

{もたれている姿もなかなか様になっているな}

 

とエリカの返事を左から右に流しながらそんなどうでもいいことを考えていた。

 

「君たちが雫の言っていた素晴らしい才能を持った子達だね?初めまして雫の父の北山潮だ。」

 

俺たちの後ろから声をかけられたので振り返り挨拶する。

 

「お初にお目にかかります四葉克也です。こちらは幼馴染の司波達也と妹の深雪です。」

 

自分だけでなく達也達も紹介すると二人はお辞儀をした。

 

「こちらこそよろしく僕はこれで失礼させてもらうよ何分仕事が山積みでね。短い間だが旅行を楽しんできてくれ。」

 

そう言うと北山潮は乗ってきた車に乗り込み集合場所から仕事場に向かった。

 

「あれが北山グループのトップか意外な人間性だね達也。」

「ああ、同感だ。もっと厳格な人だと思ったが予想より温和な人のようだ。」

 

達也と感想を交換しているとエリカに呼ばれた。

 

「おーい三人とも、そろそろ出発するらしいから乗り込んだ方が良いよ~。」

「ああ、今行く。」

 

俺たちは荷物を持ってクルーザーに乗り込んだ。三日間の旅行を満喫する気持ちを胸に抱いて。

 

 

 

六時間ほどの船旅を終え克也と達也はビーチの砂浜のパラソルの下で寝そべっていた。沖ではレオと幹比古が競泳をしているようで水しぶきが上がっていた。

 

ときおり大きな水しぶきが上がっているのは意地悪をしたレオに幹比古が水霊を使って反撃したからだろうか。

 

そんな様子を見てから視線を波打ち際に戻すと眩しくて瞼を閉じそうになった。日光が水面に反射しているのが眩しいのではなく水着ではしゃいでいる五人の少女達である。全員が美少女に分類されるほどの容姿なので余計に眩しかった。

 

「克也く~ん、達也く~ん入らないの~?」

「お兄様方水が綺麗で気持ちいいですよ~。」

 

エリカと深雪の誘いに二人は曖昧な笑顔を浮かべ手を振った。

 

砂浜で寝転がれるなど考えたこともなかったので素晴らしい気分だった。海は何度か見たことがあるがプライベートで来たりましてや友人達と遊んだことはないので新鮮さを感じていた。

 

眠気に身を任せようかと考えていると二人は間近に人の気配を感じたので眼を開けるとそこには全員が勢揃いしていた。二人が声を出さなかったことを評価されるべきだろう。

 

克也は呆然とし達也は戸惑っている。

 

「入ろうよ二人ともこんなところにいたら来た意味がないよ。」

「エリカの言うとおりですよお兄様方遊びましょうよ。」

 

二人が脅しとも誘惑とでもとれるような言葉で誘うので俺達は泳ぐことにした。まとっている空気は普通なのだがなぜかそう感じた。

 

「そうだなこんなところでじっとしてたらもったいないな。」

 

そう言って二人ともパーカーを脱ぐ

 

{しまった!}

 

と思ったときには時既に遅しで全員が呆気にとられていた。

 

「克也君、達也君それって…。」

 

エリカは驚愕の表情を浮かべていた。克也と達也の体は筋肉で覆われていたが皮膚には傷が無数に刻まれている。克也は達也よりはましだがそれでも異常な光景だった。

 

切り傷や刺し傷さらには火傷の痕などが見られる。実際に切られ刺され焼かれなければこのようなことにはならない。だからエリカの反応は正しくむしろ控えめだったと言ってもいいだろう。

 

「すまない見ていて気持ちの良いものではないな。」

 

達也がそう言いながらパーカーを拾おうとしたので俺もそうしたが俺達のパーカーは一瞬速く拾った深雪のせいで手は空を切った。

 

「深雪さん、返してもらえませんか?」

 

妹とはいえ女性の胸に手を伸ばすわけにもいかず何故か敬語でお願いしたが返事は言葉ではなく行動で返ってきた。俺と達也の左手と右手を深雪によって抱え込まれていた。

 

「わ!」

 

美月が驚いていると深雪が俺達に声をかけてきた。

 

「お兄様方が心配されることは何もありません。この傷は誰にも負けたくないという気持ちを持って鍛えた結果なのですから。だから私は気にしません。」

 

深雪がそう言っているとほのかが達也の左手を雫が俺の右手を抱え込み始めた。

 

「克也さん達也さん、わ、私も気にしません!」

「私も。」

 

ほのかは噛んだが気持ちは十分伝わってきたのだが

 

「え~と雫さん?ここにいる人たち以外に見られはしないけど念のために言っておくよ?俺には彼女がいるんですけど…。」

「知ってる、分かってやってるから気にしないで。」

 

{いや、あなたが気にしなくても俺が気にするんですけど!}

 

と心の中で叫んだが伝わるはずもなかった。

 

そして三人とも普段より少しだけ顔を赤くしていたのだがそれは日差しのせいだけではないだろう。

 

「達也そろそろ入ろうか。」

「そうだな入るか。」

 

波打ち際に向かい水に素足を浸すと心地良い水温でこれだけでもこの場所に来た甲斐があったと思えた。

 

「達也、俺はレオと幹比古のところに行って泳いでくるからみんなのことをよろしく!」

 

そう言って泳ぎだそうとしたが冷気を感じたかと思うと俺の足を氷が手のような形で掴んでいた。

 

恐る恐る顔を犯人の方へ向けるとそこには女王の笑みをした深雪が立っていたいや降臨していた。

 

「深雪さん冷たいんですが離してもらえますか?」

 

またもや敬語になってしまう俺であった。

 

「克也お兄様一体どこに行かれるのですか?先ほどみんなで遊ぶという雰囲気ではありませんでしたか?」 

「達也に任せてさっき言った通りレオと幹比古のところに行こうと思って…。」

「行かせるとお思いですか?」

 

凄んでしまいそうな笑みを浮かべながら一歩ずつ近づいてくる俺は逃げようにも氷の手に囚われているので逃げられない。

 

ちなみに俺と深雪以外は陸に避難している。全員俺を助けようとはせずに見ているだけであった。

 

助けようと近づけば絶対零度のような視線を喰らうのを理解していたから助けようと近づかなかったのかもしれない。

 

深雪の「行かせる」が「生かせる」と聞こえたのは俺の聞き間違えだろうか。

 

深雪があと三歩で俺に触れるという距離になってから氷の手を『燃焼』で解凍し移動・振動魔法の複合術式で水面を走り体術で鍛えた足を懸命に回転させた。

 

そのおかげで深雪が呆気にとられている間にレオと幹比古のところまで走り競泳に途中強制参加した。

 

「克也お兄様逃げましたね!許しませんよ…。」

 

深雪の言葉に魔法が反応し海水が凍り気温が三十度から十度以下まで急激に低下する。達也が深雪を抑えようと動こうとした瞬間に深雪が魔法を抑えたので達也はほっとしながら

 

{克也には後でお仕置きが必要だな}

 

と思った。




次話も海水浴編です。


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夏休み②

克也が逃走し深雪が暴走しそうになったがその後は何事もなく楽しい海水浴になった。しかし俺達三人が長時間かつ長距離の競泳から帰ってくると砂浜で果物を食しているメンバーの中に達也とほのかの姿がなかった。

 

「達也とほのかは?」

「あそこよ。」

 

エリカの指さす方向を見ると手こぎボートで海面に浮かんでいたので何があったのか知りたくなった。

 

「どういう状況?」

「知らない方がいいよ。」

 

エリカの言葉に恐怖が含まれているので余計気になったがおそらく深雪が関係しているようなのでやめておいたのだが

 

「良い雰囲気じゃない?」

 

幹比古の空気を読まぬ(めない?)一言でビーチは凍り付いた。比喩表現ではなく現実に。

 

「幹比古、おま!」

「バ、バカ!」

 

俺とエリカが焦っていると右側から冷気が漂ってきた。

 

「吉田君冷えたオレンジは如何?」

 

普段と変わらない笑顔でシャーベット状に凍らせたオレンジを差し出してきたので幹比古はカクカクとロボットのように頷きながら受け取った。

 

「ところで克也お兄様、二人でお話ししたいことがあるのですけど少しよろしいですか?」

 

深雪が眼の笑っていない笑顔で俺に話しかけてきたので先ほどと同じように逃亡を図ろうとしたがエリカと雫に逃亡進路を妨害され進路変更しようとすると深雪に腕を掴まれ連行された。

 

レオに視線で{助けて}と懇願したが{俺じゃ無理}と返されたので女性陣に向かって同じように向けたのだが{自業自得}とでも言いたげな視線が返ってくるだけだ。

 

エリカに至っては悪い笑顔で手を振りながら…。俺は力なくうなだれながら深雪の後ろをついていった。

 

 

 

深雪にこってり絞られた後夕食はバーベキューだったので行儀よくやけ食いしていた。深雪に何をされたのかは思い出したくないので誰にも話さないことにした。

 

俺は達也やレオとフードバトルを繰り広げたりエリカとレオの痴話げんかに笑ったりしていた。笑いすぎて涙があふれたりしたがそれは深雪やほのか、美月もそうだったので俺がわら過ぎだということはないだろう。

 

食後に達也と幹比古が将棋で勝負し女子五人がカードゲームをしている間克也は星を眺めていた。カードゲームが美月の負けで終了した頃雫が深雪を外に誘った。

 

レオは夕食後ふら~とどこかへ行ってしまったが彼のことなので心配はそれほどしていなかった。

 

「達也、克也はどうしたの?」

「克也は星を眺めにベランダにいってるよ。初めて来た場所では星を見るのが日課らしい。四葉家当主の固有魔法『夜』を受け継いでいるからその影響かもしれんな。…王手、あと十手で詰みだ。」

「ロマンチストだね、ってええ!!もう!?」

 

女性陣のカードゲームと克也のことを気にして集中力を欠いていた幹比古は達也の無慈悲な宣告に悲鳴を上げていた。

 

 

 

エリカが敗者の美月に罰ゲームを課しほのかが達也を連れて出て行ったので幹比古は克也の元に向かった。

 

「幹比古かどうした?」

 

僕の気配に気付いたのか振り返らずに聞いてきた。

 

「よくわかったね僕が来たって。」

「それぐらいはねこれが俺の能力でもあるしお前のようによく関わっている親しい友人ならなおさらだよ。」

 

その言葉に驚くより流石だと感心してしまう。克也の横のいすに座ってから僕は聞くことにした。

 

「ねえ克也、君は四葉家の次期当主候補だけど本当に当主になりたいのかい?」

「どうしてそう思う?」

 

克也は北山家の家政婦である黒沢(くろさわ)さん特製のノンアルコールフルーツカクテルを口に含んでから聞き返してきた。その仕草に見とれながらも僕は答える。 

 

「この四ヶ月君を見てきたけど当主になりたいと思っているようには見えなかった。むしろ当主候補から降りたいと思っているように見えた。それは自分より当主にふさわしい人がいるからそんな風にしていたんじゃないかって、違うかい?」

 

僕は真剣に克也に聞く。

 

幹比古の眼は真剣そのものではぐらかしていいものではないように思えた。

 

「…そうだよ幹比古俺は当主になりたいとは思っていない。ましてや権力を振りかざそうとも思っていないししたくないんだ。小学生の頃までは自分が当主になるって思ってたけどあることをきっかけにそう思わなくなったんだ。幹比古の言う通り自分よりふさわしい人がいると気付いた。」

「それは分家の人かい?」

「そうだよ殺しがありの何の制約もない状態で戦えばどっちが勝つか分からない。そう思う人がいることに気付いたからなんだ。それに俺は他人を引っ張るより支える方が性に合ってるしね。」

 

最後は苦笑しながら話した。

 

克也の本心を聞けたことで僕はとても安心した。おそらく克也は吉田家が余計なことをしない限り敵対することはないし四葉家ともぶつかることはないと直感した。

 

「ありがとう克也その言葉が聞けて嬉しかったよ。この事を知っているのは僕だけかい?」

「こっちこそサンキューな気持ちがスッキリしたよ。知ってるのは幹比古を含めて四人だけだ母と達也、深雪だな。」

「達也と司波さんが?ああ、なるほど二人が知っててもおかしくないか幼馴染だもんね。」

 

幹比古の勘違いに心が痛んだが{まだその時ではない}と自分に言い聞かせる。

 

「幹比古そろそろ部屋に戻ろうか時間的に達也達も返ってくるだろうし風呂に入りたい。」

 

そう言うと幹比古は腕時計を確認した。

 

「うわ!もうこんなに時間が経ってたのか気付かなかったよそれに風呂じゃなくて温泉だよ克也。」

 

幹比古がニヤッとしながら言ってきた。

 

「時間というものは集中しているとあっという間に過ぎ去るもんだからな。というより揚げ足をとるな幹比古明日覚えとけよ?」

 

幹比古を軽く脅しておく。

 

「酷いな~克也のことだから明日の朝になったら忘れてそうだけど。」

「この野郎。」

 

幹比古と軽い言葉の応酬をしながら部屋に入ると俺は眼を背けたくなった。

 

「克也どうし…。」

 

俺に尋ねて俺の目線を辿り見ると顔を真っ赤にして立ち尽くす。そこにはタンクトップをぎりぎりまでまくり上げズボンも窮屈そうなものををはいている美月がいた。体のラインが丸見えなので眼のやり場に困りエリカに尋ねた。

 

「…エリカこれが罰ゲームか?」

「そうだよ、似合ってるでしょ?美月ならできると思ったんだ。」

 

エリカの言葉に頭痛を覚える俺は美月に助け船を出すことにした。

 

「エリカ、罰ゲームをするのは構わないんだが美月の気持ちを考えてから何をするか決めろ。幹比古もかわいそうになるぞ?」

 

助け船というよりエリカの船に俺が乗り込み悪知恵を与えた。つまり援軍を送ったのだ。

 

「な!克也、君はこっちの味方じゃないのか!?」

 

幹比古が憤慨し始めたのでちょっといじめることにした。

 

「俺は一言も美月と幹比古の味方とは言ってないぞ。それにエリカに乗った方が面白そうだしな。」

 

悪者の笑みを浮かべながら告げると幹比古と美月は絶望を浮かべた。

 

 

 

数分後全員がそろったので人工温泉に入浴し就寝した。男湯で俺と達也の体の傷を見て幹比古とレオが目を丸くしていたが俺達がなぜ強いのかを理解したようでその話題を口にすることはしなかった。

 

 

 

翌日はほのかも深雪も何かしら吹っ切れたようで前日より楽しそうだった。沖合で水上バイクの競争を男勢で勝負し意外な結果に終わった。

 

一位 レオ 二位 克也 

三位 達也 四位 幹比古 

 

となりレオの運転慣れに全員度肝を抜かれていた。なんと二位の俺と五秒の差がつき四位の幹比古とは十秒もあったのだ。落ち込む理由には十分だろう。

 

その後幹比古を後部座席に乗せ時速八十kmで直進しターンすると幹比古が吹き飛ばされるという事故が発生し今度はそれを遊びに変えることになった。

 

『魔法は使わずに飛ばされること』というルールが定められ男勢が吹き飛ぶ様子を女勢が見て笑うという行事になった。最終的に誰が一番面白い吹っ飛び方をしたかという予想外のイベントにまで発展し

 

一位 幹比古 二位 克也 

三位 レオ 四位 達也

 

という結果になった。飛ばされる方も飛ばす方も見ている方も楽しく止まらなかったので一時間ほどで男勢の体力が尽きた。

 

四人はパラソルの陰で絶賛体力回復中である。

 

「…水面にたたきつけられた衝撃は強いから体力を持っていかれるな。」

「…そうだね、久々にここまで体力を使い果たしたよ。」

「それはこっちもだ四割ほど回復したとはいえまたやれと言われても簡便だ。明日ならまだいいけど。」

「さすがに明日もするのはよしてくれなぜか精神的にくるものがある。」

 

レオと幹比古はまだしんどそうだったが克也と達也は平気な顔をしていた。

 

「本当に二人は体力底なしだねうらやましくなるよ。」

「俺達は九重先生に修行を受けているんだから差があるのは当たり前だ。レオと幹比古も魔法師の平均体力を大きく超えているんだから落ち込むことはないと思うよ。俺と達也は特別だって事で。」

 

二人を慰めながら魔法で水を飛ばし合っている少女達に眼を向ける。

 

{こんな平和な日が続けばいいのに}と思い俺は潮風を胸に大きく吸い込んだ。

 

体力が回復した俺達はエリカの発案でビーチバレーをすることになった。奇数だったので黒沢さんにも参加してもらい5 vs 5で戦った。

 

試合は接戦で楽しかった。達也のアタックにびびる幹比古、女子に怪我をさせないように威力を落として打つが達也に簡単に拾われるレオなどそれぞれの性格が表れたので面白かった。

 

最終的にエリカが本気で打ったボールが敵陣地のコート内にめり込み試合は終了した。

 

 

 

旅行から帰った後、達也は独立魔装大隊の訓練やFLTの飛行デバイスの発売のために家を空けることが多くなった。その間は家の地下室で深雪と魔法力の競い合いをしていた。

 

「克也お兄様はやはり起動式を展開するスピードが私より速いです。処理速度が高いのはすごいですね。」

「そんなことないさ、深雪の相手の魔法式を書き換える強度には勝てないよ。そこが俺の弱点なんだろうね。入学試験では処理速度より干渉強度が重要視されて深雪が学年トップで期末試験では処理速度が重要視され俺がトップ。せめて試験は平等に測ってほしいものだ。」

 

俺は愚痴をこぼしてしまった。

 

総合的な魔法力でいえば深雪がわずかに俺より高い。順位変動があるのは嬉しいのだが重要視項目が試験で変わると素直に喜んで良いのかがわからない。

 

入学試験 主席 深雪 僅差で次席 克也 三席 雫 四席 ほのか 

 

筆記試験 一位 達也 僅差で二位 克也 三位 深雪 四位 ほのか 五位 雫

 

実技試験 一位 深雪 二位 克也 三位 雫 四位 ほのか 

 

しかし期末試験では大番狂わせが起こってしまった。

 

主席 克也 僅差で次席 深雪 三席 ほのか 僅差で四席 雫

 

実技試験 一位 克也 僅差で二位 深雪 三位 ほのか 僅差で四位 雫

 

筆記試験 一位 達也 僅差で二位 克也 三位 深雪 四位 幹比古 五位 ほのか 僅差で六位 雫

 

と二科生が理論分野でトップ5に二人がいるのだ。

 

職員達が慌ててしまい達也が呼び出されたのは仕方がない。「四高に転校を勧められた」と聞いたときは職員室を燃やしたくなったがさすがにそこは自制した。

 

「いいではありませんか学校の評価が全てではないのですから。」

「そうだな、魔法師としての価値は成績だけじゃない魔法社会に貢献できるかどうかだ。ということで深雪また勝負してもらってもいいか?負けるつもりはないぞ。」

「かしこまりました私も負けるつもりはありませんよ。」

 

二人してCADを構える。

 

「「3,2,1,GO!!」」

 

同時にカウントをし魔法を発動し互いの魔法が二人の中央でぶつかる。司波宅の地下室では二人の強力な魔法師が魔法力を競い合っていた。




次話から横浜騒乱編に突入しますが学校が来月から始まるので更新が遅くなると思います。よろしくお願いします。


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5章 横浜騒乱編
第二十二話 参加


横浜騒乱編開始です~。


新学期が始まり前生徒会は九月をもって解散し新生徒会が発足して間がないがここで説明しておこう。

 

会長・中条あずさ 副会長・司波深雪 

書記・光井ほのか 会計・五十里啓

 

となっている。一高の会計は権限の面で「監査役」に近く会長と同学年から選ばれる慣例になっているのだ。

 

当初あずさは克也に生徒会入会を打診したのだが「母に止められていますので」と言われしぶしぶ引き下がった。

 

正確には克也が真夜から言われたのは「一年生の間は生徒会に入らないでほしい」なのだが説明がめんどくさかったらしく短縮して話したという流れだ。

 

このことはもちろん達也も深雪も知っているが初耳かのように聞いていた。

 

 

 

達也は内容が教育に不適切であると判断された資料が多数保存されている図書館の連続稼働日数記録をここ半月の間に更新していた。

 

その理由は『エメラルド・タブレット』の文献を探しており自分の目標に役立つ内容を抜粋しようとしていたのだ。検索していると深雪がやってきて鈴音に魔法幾何学準備室まで来てほしいと伝言を頼まれたらしい。

 

 

 

「今月末に魔法協会主催の論文コンペがあるのは知っていますね?」

「詳細は知りませんが。」

 

肯定すると廿楽がうなずいた。

 

「九校戦とは違い知名度は劣りますが学校間の競争は勝るとも劣りませんから九校戦で活躍できなかった他校が雪辱を燃やしてやってきます。参加者はたった三人ですが協力面でいえば九校戦をも超える人数を動員しますから自然と参加者以外にも熱が入ります。では単刀直入に言います司波君論文コンペの代表として参加してもらえませんか?」

「自分がですか?」

「君がです。参加予定だった平河(ひらかわ)君が体調を崩してしまいましてね代役として君が選ばれたというわけです。詳しくは市原君から聞いてください。」

 

廿楽は達也が「参加します」と言ってもいないのに退室した。{マイペースという噂は本当だったんだな}と考えながら市原先輩に俺は聞いた。

 

「何故俺なんでしょうか?」

「発表会まで時間がありませんから今参加してもらうには司波君しかいないと思ったからです。」

「つまり市原先輩の発表テーマに俺が適しているということですか?」

 

達也の質問に市原先輩は不敵に笑う。

 

「私のテーマは『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性』です。」

 

達也は眼を見張った。

 

「このテーマに参加できるのは同じテーマを研究している司波君しかいないと思ったからです。お願いできますか?」

「ええ、どうやら俺にもメリットがあるようですから協力させていただきます。あの時盗聴していたのは市原先輩だったんですね?」

「人聞きが悪いですね関心を持っていたということにしておいてください。」

 

達也の言葉に反論せずに同音異義語で返してきた。その隣で楽しそうに話を聞く五十里先輩の姿があった。

 

「それで俺は何をすればいいんですか?」

「まずは論文コンペについて説明しましょう。」

 

そう言うと鈴音は壁のスイッチを操作しスクリーンを映し出した。

 

「論文コンペは高校生が魔法学、魔法工学の研究成果を発表する場です。発表した論文が世界に発信されることもあるので毎年レベルが高く下手をすると九校戦以上の熾烈な争いになることもあります。開催日は毎年十月の最終日曜日と決められています。開催地は京都と横浜で交互に行われますが今回は横浜国際会議場です。」

 

幸い十月三十日に予定が入っていなかったので少し安堵した達也であった。

 

「期限は再来週の日曜日、提出先は魔法協会関東支部ですが学校を通じての提出になります。廿楽先生に内容を確認していただく時間を考えると来週の水曜日には仕上げた方がいいでしょうね。司波君にはCAD調整器と術式の開発をお願いしようと思っています。」

 

そう締めくくり細かな注意点を告げて話し合いは終了した。

 

 

 

「え、達也論文コンペの代表に選ばれたの?」

 

幹比古は心底驚いているようだ。九校戦とは違い参加人数はたったの三人なのだから選ばれることの話題性はかなり高い。

 

「ああ、正直俺も驚いている。」

「反応薄すぎ…。」

「達也にしたらそれぐらい当然だって事だろ?」

「そうでもないさ市原先輩のテーマが俺と違ってたら断ってたよ多少の手伝いはするがな。」

 

達也の反応にエリカは不満らしく文句を言いレオはさすが達也だと褒めていた。

 

「それで、達也テーマは?」

「『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性』だ。」

 

全員程度の差はあれどどれだけ壮大な内容をテーマにしているかは理解している。

 

「『加重系魔法の三大難問』の一つだよね?よくテーマにしたね。」

 

幹比古はまだ驚き続けているらしい。全員が驚きと関心を達也に向けている間俺と深雪は達也がこの上なく本気であると思っていた。

 

 

 

友人達と別れ帰宅すると自宅の駐車場に見たくもない知っているコミューターが駐車してあった。俺達は顔を見合わせてから玄関を開けると居間から走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「お帰りなさい相変わらず仲が良いのね。」

 

からかい混じりに投げかけられた言葉に深雪は肩を振るわせ達也は眼を細め俺はポーカーフェイスを決め込んだ。

 

「こちらにお帰りになるのは久しぶりですね小百合さん。」

 

冷却された言葉に義理の母である小百合が居心地悪そうに応えた。

 

「…ええ、仕事場に近い方が何かと都合が良いから。」

「分かっていますよ。」

 

辺り触りのない返事をして三人とも靴を脱ぐ。

 

「達也、話が終わったら呼んでくれ。」

「達也お兄様、本日はどのようなお食事になられますか?」

 

俺は達也にそう言って小百合には何も言わず自室に向かい深雪は第三者がいないかのように振る舞っている。

 

「ゆっくりでいいから着替えておいで。」

 

達也に言われて嬉しそうに自室に向かう深雪。

 

「小百合さんとにかく話をしましょう二人が下りてくるまでに終わらせたいので。」

 

達也が居間に消えると小百合もその後を追う。

 

 

 

十分後小百合は怒りながら帰って行った。

 

「達也何かあったのか?」

「ちょっとしたいざこざがな。深雪、危機管理能力のない女性(ひと)のフォローに行ってくる夕食を克也と二人で作っといてくれ。」

「分かりました。」

「達也、気をつけろよ。」

 

そう言って俺と深雪はバイクにまたがった達也を見送った。

 

 

 

「で、達也小百合さんの用事は一体何だったんだ?魔法式を保存する機能を持つサンプルを持っていたらしいけど。」

 

帰宅して風間とのやり取りの後深雪特製のコーヒーを片手に聞くと達也は箱を手元に置きながら話し始めた。

 

「仕事を手伝えというのはいつも通りだが今回はおもしろそうだ。」

「お引き受けになられるのですか?」

 

達也の言葉に深雪は不安そうに聞いた。

 

「モノがモノだけにしらんふりはできないこうやってサンプルを預ったことだし。」

 

達也は箱から赤く光り輝く宝石のような物体を持ち上げながら呟いた。

 

「…達也それは瓊勾玉(にのまがたま)系統の聖遺物(レリック)か?」

「ああ、そうだ。」

 

俺の言葉に深くうなずいたところをみるとよほどめんどうなことに巻き込まれているらしい達也だから仕方ないのだが。

 

魔法研究に従事する者の間でそう呼ばれ魔法的な性質を持つオーパーツを意味する。聖遺物(レリック)は人工物だと判断できなくても自然に形成されるとは考え難い物質もそう呼ばれている。

 

 

 

「何故あの人がそんな物を?」

「軍の依頼だ複製を注文されたらしい。」

「「そんな無茶な。」」

「無茶だとわかっていても挑戦する価値があると思ったんだろう。」

 

達也も深刻な顔をしていた。

 

「できることならこれを解き明かしたい。」

 

明るく言う達也に俺達は頷く。

 

「できるさ達也なら。」

「できますよ達也お兄様なら。」

 

二人に言われて少し恥ずかしそうな達也だった。

 

 

 

学校に対する論文提出を三日後に控えていた達也はホームサーバーがアタックを受けていることに気付いた。複数回路からの同時アタックはこのような仕事を生業とする集団の可能性が高いと思い逆探知プログラムを立ち上げたが失敗した。

 

同時刻自室でパソコンをいじっていた克也も達也と同じようにしたが成果はなかった。

 

 

 

翌日、克也は遥に昨日の顛末を伝え異常なことが起こっていないか聞いていた。

 

ちなみに達也でないのは五十里先輩に呼ばれたため急遽克也が行くことになったのだ。

 

閑話休題

 

「あのねそんなこと起こっていても教えるわけないでしょ?それにあなたは四葉なのだから当主様にお願いして調べてもらえばいいじゃない。」

「おっしゃるとおりなんですが対価を要求されますのであまり頼りたくはないんです。そうですねでは小野先生が公安の捜査官だということを流しても良いですか?」

 

俺の脅しに涙目になったので{勝った}と思ってしまった。

 

「…わかった。先月末から今月の初めから横浜、横須賀で相次いで密入国事件が起こっているわ。」

「無関係とは思えないということですね?ありがとうございますそれでは。」

 

そう言ってカウンセリング室から出る。

 

 

 

「…ということがありましたが被害はありませんでした。時期的に論文コンペの内容を盗み出そうとしたようです五十里先輩は大丈夫ですか?」

 

生徒会室で論文コンペに出場する五十里に達也は説明していた。本当の狙いは他にあるのだがそのことは言えなかった。

 

「いまのところは大丈夫だよこの話市原先輩にもしたほうがいいね。」

「ええ、警戒するに越したことはありませんから。」

 

そこまで話していると知り合い二人のうち一人が飛び込んできた。

 

「お待たせ~啓。」

「久しぶりだね達也君。」

「…ええ、お久しぶりです。」

 

五十里先輩に抱きついている千代田先輩を見てげんなりしながら摩莉に挨拶する。

 

「どうされたんですか?」

「論文コンペの警備のことで話したいことがあったんだ。」

「警備ですか?」

 

摩莉の言葉に疑問を感じた達也は首をひねった。

 

「警備といっても会場ではないよそちらは魔法協会がプロを手配する。参加メンバーに護衛をつけるのが前からの決まりでな護衛には本人の意思が尊重される。」

 

そこまで説明していると当然とばかりに千代田先輩が会話に入り込んできた。

 

「啓はあたしが守る!」

 

その様子に三人が苦笑を浮かべる。

 

「五十里も文句はないからよしとしようか市原には服部と克也君がつくことになっている。」

「克也がですか?」

「ああ、服部は遠距離からの攻撃克也君は近距離の攻撃に対応してもらおうと思ってね。」

 

理屈は通っているが何か含んでいるようだったので聞いてみた。

 

「委員長、克也を市原先輩の護衛にしたのは二人をくっつけたかったからですよね?」

「…その気はなきにしもあらずだがそ、そんなことはいいだろう。」

 

焦っているので半分近くがそういう気持ちだったようだ。まあ、人選は間違っていなかったのでそれ以上ごねなかった。




100P近くを圧縮したのでかなり駆け足ですがお許しをでは次話で


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第二十三話 未遂

魔法科高校までの一本道は商店街になっておりそこには校内の購買部ではそろわない物をそろえることができる。こんなところで騒ぎを起こせばどうなるか考えたくもないのだが現実はそれほど甘くはなかった。

 

よもや同じ高校の制服を着ていたら驚くだろう。バイクの後ろからロケットエンジンで火を噴きながら遠ざかる後ろ姿を見ていた全員の脳内には

 

{何を考えてるの?}{事故ったらやばいね}{間違ってるぞ}

 

三者三様の言葉が浮かんだが困惑しているのは変わらなかった。

 

 

 

翌日の朝、教室に向かうと自分の席で美月が俯いていた。

 

「どうしたんだ?」

 

達也は美月を心配そうに見ている友人達に聞いた。

 

「視線を感じるんだってさ。」

 

代表してエリカが答えた。

 

「視線とはストーカーとかの類いか?」

「いいえ、大きな網で囲んで何かをその中から見つけようとしているそんな奇妙な視線なんです。勘違いかもしれませんけど。」

 

それだけではわからない。

 

「柴田さんの勘違いじゃないよ今朝から校内の精霊が不自然に騒いでる。まるで自分たちの知らない何かが来ていることに怯えているみたいに。」

 

幹比古が美月の言葉に上乗せして説明してくれた。

 

「幹比古それは我が国の術式か?」

「…我が国の術式じゃないと思う。」

「克也にも頼んでおいたほうが良さそうだな。」

「よろしくね達也。」

 

そう言って自分の席に戻り授業の準備をし始めた。

 

 

 

達也達が九人で下校するのは久しぶりのことで普段より空気が明るくうわついていた。それによって気付いたのはレオと幹比古、エリカ、克也、達也の五人だけだった。

 

「久しぶりに寄らないか?」

「いいね、賛成!」

「そういや最近ここのコーヒーを飲んでなかったな。」

「そうだね達也が誘うから飲みたくなったよ。」

 

エリカとレオと幹比古は積極的すぎたが雫やほのか、美月、深雪は気付かずにいや久しぶりに帰れたことが嬉しくて舞い上がっていると勘違いして『アイネブリーゼ』に入っていった。

 

 

 

コーヒー飲んでいる間にエリカとレオが店の裏に消えて行ったことに不信感を感じた女性陣はいなかった。

 

「幹比古、何してるんだ?」

 

幹比古がスケッチブックを広げているのを見た俺は声をかけた。

 

「ちょっと忘れないようにメモっておこうと思って。」

 

そう言いながらも書き続ける。

 

「見つかるぞほどほどにしとけよ?」

 

達也からも注意が放たれた。

 

 

 

翌日の昼食で待ち合わせしていると絶賛ご機嫌斜め中のエリカが達也達と座っていた。

 

「…エリカはまだ怒っているのか?」

 

エリカの不機嫌さに俺は達也に聞いた。

 

「そうらしくてな対応に困ってるんだがどうにかしてくれないか?」

 

達也も困っているらしい美月と幹比古は我関せずとしていた。レオは何故か顔の数カ所に絆創膏を貼っており機嫌が悪そうだった。

 

「深雪ここは俺が出ない方が周りのためだと思うから頼むよ。」

 

とお願いする。

 

「分かりました確かに今は女性が行くべきでしょうね。」

 

深雪は快く引き受けてくれた。

 

「エリカ、機嫌直してあげてそうじゃないとみんな落ち着けないわ。」

「分かってるんだけどねただあいつの言ってたことが信じられないの。」

「『校内にいるからって安心するな』って言われたこと?」

 

エリカの機嫌の悪い理由は尾行してきた男に逃げられたことではなく言葉の意味を理解しようとしてイライラしているらしい。

 

「エリカ、今はそれを考えたって仕方がないよ。あの男が100%信頼できるわけじゃないけどだからといって警戒しなくていいというわけではないから今は待つしかない。」

 

「…わかったわよ頑張って機嫌直すわ。美月もミキもレオもごめんね八つ当たりしてたみたい。」

 

エリカも立ち直ってくれたらしく素直になった。

 

 

 

放課後プレゼンの準備をしている鈴音の護衛中だったが壬生先輩と桐原先輩、エリカ、レオが走り始めたので嫌な感じがしたので追いかけることにした。

 

「すみません服部先輩少し抜けます。」

 

返事を待たず走り出す。

 

「え?お、おい四葉!」

 

服部先輩が声をかけてきたが無視する。

 

俺が追いついたときにはエリカが女子生徒が放ったダーツを打ち払った瞬間だった。割れて飛び散った胴体から紫がかった煙が広がる。

 

「離れて!」

 

エリカが叫ぶが桐原先輩は間に合わず吸い込んでしまった。ふらりと身体を揺らしたかと思うと膝をつく。

 

{神経ガスか!}

 

あまりの用意周到さに驚くがレオのおかげですぐに解決した。レオがタックルをかまし気絶させてしまったのだ。レオを見るエリカの眼が力量を推し量っているそんな眼だったのだが何を考えているのかまではわからなかった。

 

 

 

騒ぎを聞きつけてかけつけた千代田先輩にため息をつかれた。保健室で治療を受けている先輩達と一年生を見ながら言ってきた。

 

「市原先輩の護衛を放ってどっかに行ったと思ったらあんた達やり過ぎよ。」

「俺は何もしてないんですけどそれに倒れた桐原先輩を担いで返ってきたのは俺なんですが。」

 

念のために反論しておくがしない方が良かったと後悔した。

 

「確かにあんたがいなかったら桐原君を連れて帰ってこれなかったけど護衛を放っていったことは間違いないでしょ。」

 

ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 

「安宿先生、お手数ですがこの子が目を覚ましたら連絡してください。」

 

そう言って元の場所に戻っていくので俺も後を追う。

 

 

 

 

仕事をそれなりにしていると安宿先生から連絡があった。

 

「千代田先輩俺も行きます今回は何を言われても引きませんよ。」

 

そう言って保健室に向かう。

 

「一昨日は大丈夫だった?」

 

花音の言葉に少女は驚いていた。駅前で追いかけてきた相手が花音だと今更ながら気付いたらしい。

 

「なんでデータを盗み出そうとしたの?」

「私の目的は盗む事じゃありません。データを書き換えようと思っただけです。」

「プレゼンを失敗させたかったの?」

 

よりによって幼馴染の晴れ舞台の邪魔をしようとしたのだから感情が沸騰しても仕方ないだろう。

 

「失敗させたかったわけじゃありません。あいつが少しでも困惑している顔を見たかっただけです。」

 

その言葉に俺は怒りそうになったが抑える。

 

「それだけであんなことを?事によれば退学になってたかもしれないのよ?」

「それでも構いません!あいつがいい顔しているのを見てたら…。」

 

その言葉に花音が困惑したらしく五十里が代わりに話し始めた。

 

「平河千秋君(ちあき)君は平河小春(こはる)先輩の妹さんだね?」

 

五十里の言葉に嗚咽で震えていた肩が止まった。

 

「あの事故が起こったのは司波君のせいだと思ってる?」

「だってそうじゃないですか!あいつは分かってたのに何も言わなかった。それで小早川先輩を見殺しにしたんです。その所為で姉さんは責任を感じて…。」

 

また泣き始めたが五十里は話し続けた。

 

「あの事故は司波君の所為じゃないよ。気付けなかった僕たち技術スタッフ全員の責任だ。」

「笑わせないでください。」

 

その言葉に千代田先輩が怒り立ち上がるが俺と五十里先輩で抑える。

 

「あいつだから気付けたんです。五十里先輩にわからなかったのに他の人に分かるはずがないじゃないですか。」

その言葉に俺は我慢できなくなったので言いたいことを言うことにした。

 

「五十里先輩失礼します。君に言わせてもらうけど達也なら何でも知ってて何でも解決できるとでも思っているのか?」

 

俺の声音に普段から優しい笑顔を絶やさない安宿先生もさすがにひくついていた。

 

「あんたは?」

「失礼、自分は1-Aの四葉克也だ。」

 

名前を聞いて千秋の顔が恐怖で覆い尽くされる。

 

「話を戻すけど達也なら可能だと思うのかい?」

「…ええ、思うわ!だってあいつなら分かったでしょ!何を仕掛けられていたのかがね!」

「君は馬鹿なのか?」

「なっ!」

 

俺の言葉に詰まる千秋。

 

「本来この世界に完璧な人間なんていない人間は何かしら欠陥を抱えて生きているんだ。自分に足りないものを相手が補ってくれるから生活できている。君には欠陥がないとはっきり言えるのか?十師族だって不得意な魔法もあるんだ。自分のことを棚に上げて自分より才能のある人間を逆恨みするなどおこがましいとは思わないのか?」

 

俺の言葉に五十里先輩と千代田先輩も何も言うことはできない。

 

「君は自分にないものを達也が持っていることに嫉妬しているんだ。その感情を理解しているのに姉の復讐だと偽って関係のない人間を巻き込んでいるんだぞ!そんなことを小早川先輩や小春先輩が望んでいると思っているのか!?」

 

俺が声を荒げたことで感情に想子が反応し異常なプレッシャーを全員に与える。

 

「四葉君そこまで…。」

 

千代田先輩の言葉を五十里先輩が止めた。

 

「啓…。」

 

千代田先輩も幼馴染の行動の意味が理解できないわけではないのでそれ以上何も言わなかった。

 

俺は深呼吸して自分を落ち着かせる。千秋が寝ているベッドの横に置いてあるいすに座り千秋の手を握りながら話した。

 

「達也だってあんな風に生まれたかったわけじゃない普通に生まれて普通に生きたかっただけだ。それでも達也は魔法師として生きることを決めた。そして魔法の技能を補えるだけの知識を取り込み魔法社会からはじき出されないように必死であがいているんだ。君はまだ自分のやりたいことが決まらずに手探りしている状態だと思う。でも君だって誰かに必要とされる日がきっと来るいやもう既に来ているはずだよ。」

 

千秋は理解できていない顔を向けてきた。俺は穏やかに微笑みながら伝える。

 

「君の両親やお姉さんや学校の友人達だよ。君が大切だから君に危険な目に遭ってほしくないからお姉さんは君を守ろうとしてるし千代田先輩や五十里先輩もテロリストから引きはがそうとしてくれてる。この二人だけじゃないさっき追いかけてきた壬生先輩や桐原先輩、エリカ、レオだってきっとそう思ってるはずだ。だから復讐なんて小さな事にこだわらずに自分がやるべき事を見つけなきゃ今の自分に何ができるのか何をすべきなのかしっかりと考えてくれ。」

 

言い終えると俺は保健室を出た。

 

「啓…。」

 

「わかってるよ花音。四葉君は僕たちの気持ちを代弁してくれたんだ壬生さんや桐原、西城君や千葉さんの心もね。安宿先生彼女をお願いします。」

「ええ、彼女は大学付属の病院で預るから貴方たちは戻ってプレゼンの準備に戻りなさいもうあまり日がないのだから。」

 

その言葉に五十里はうなずいて花音を連れて戻っていった。

 

 

 

「…ということだったよ達也。」

「なるほどそういう動機だったか。」

 

俺の報告にうなずく達也はそれほど気にしていなかった。

 

「それってただの逆恨みじゃないですか!」

「というより八つ当たり?」

「八つ当たりせずにはいられなかったんだろうね。」

「お姉さんのことが大好きだったんでしょうね。」

 

ほのか、雫、幹比古、美月の発言だが一科と二科で見事に意見が分かれたのに驚いたが口にしたのは別のことだった。

 

「誤解は解消済みだからもう大丈夫だと思うよ。それに周りをうろちょろしてるのは彼女だけじゃないし。」

 

そう言うと全員が納得してくれたのでその話はそれ以上話題にはならなかった。

 

 

 

 

翌日昼食の席に行くとエリカとレオの姿がなかったので聞くことにした。

 

「二人はどうしたんだ?居残りか?」

「いや、二人とも今日は休みだよ。」

 

以外なので驚いてしまった。

 

「珍しいね、このグループで一番病気にならなそうな二人だと思ったんだけど。」

「俺もそう思ったさ。なんとなくだが二人とも病気じゃない気がするな。」

 

幹比古が達也に聞き始めた。

 

「どういうことだい達也?」

「そう思っただけだよ幹比古。仮定の上に想像を重ねた意見だけど案外レオがエリカにしごかれているんじゃないか?」

「何故そうお思いになられたのですか?達也お兄様。」

 

深雪もよく分からないようだ。

 

「レオの潜在能力は一級品だからな。エリカならあいつを鍛えそうな気がするし硬化魔法は剣と相性が良いからね。」

「達也さんどういうことですか?」

 

ほのかも食事の手を止め会話に参加してきた。

 

「硬化魔法は九校戦で説明した通り物体の相対位置を固定する魔法だから刀などの刃の部分に使えば技量にもよるけど普通に使うより何百倍も刃こぼれを抑えることができる。」

「達也さん物知り。」

 

説明を聞き終えた後雫がぽそっと感想を言った。それはここの全員の内心を代弁したものだった。

 

 

 

今朝も克也達三人は九重寺にやってきていた。普段とは違うメニューを三人が終えた後八雲が庫裏(くり)で突然切り出した。

 

「珍しいものを手に入れたみたいだね。」

「…預かり物ですが。」

 

達也はワンテンポ遅れながらも答えた。

 

「だったら然るべき場所に移すべきだ。」

 

いつものひょろひょろとした雰囲気ではなく臨戦態勢に近い空気を発して話す八雲に克也達は気持ちを引き締めた。

 

「狙われているとは知りませんでした。」

「なかなかの手練れだからね。ついでに忠告しといてあげるよ敵を前にしたら方位に気をつけるんだよ?」

「方位ですか?」

「これ以上は高くつくよ?」

 

俺の復唱に八雲は別種の嫌な空気を発しながら答えた。



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第二十四話 間近

「克也、一高付近で何かおかしな想子を持つ魔法師を可能な限りで良いんだが探してみてくれないか?時間があるときに。」

「わかった、空き時間にやっておくよ。」

 

そんな話をコミューターでしていると深雪が話しかけてきた。

 

「お兄様方、今朝先生がおっしゃっていた『方位に気をつけろ』とはどういうことでしょうか。」

「俺にもそれだけじゃわからないな。とりあえず全方位を気にしていればいいんじゃないかな?」

「そうですね納得しました。」

 

深雪は達也の言葉で不安がなくなったようで先程より距離を詰めた。

 

 

 

今日は論文コンペまで残り一週間なのだが今日は学校に行かなければならない。最終調整が残っているためである。『レリック』をFLTに預けに行った後ロボット研究部のガレージで達也は作業することになった。

 

「達也、一人だけおかしな想子が頭部にあるやつがいる気をつけて。」

「ああ、わかった知らせてくれてありがとう。」

 

達也は俺にお礼を言ってロボ研のガレージに入っていった。俺は深雪と達也を見送った後二人で校舎に向かった。

 

その間俺は生徒会室におり深雪が仕事をしている横で今までの疲れが溜まっていたようで眠気に負けて眠ってしまった。

 

「克也お兄様少しいいでしょうか?…克也お兄様?」

 

何度呼んでも返事が返ってこないので兄がいる方を向くと腕組みをしながら寝ていたので私は頬を緩めてしまった。今この生徒会室には自分と兄しかいないのでこんな姿を見せている。

 

一時間ほど眠っていたが知った想子が近づいてきたので目を覚ました。俺は家にいる時以外は常に辺りを警戒している。それは睡眠中でも同じでだから今回も誰が来るのかが事前に分かった。

 

千代田先輩がやってきて挨拶した。

 

「千代田先輩こんにちは。」

「司波さん、やっほ~ところで半分寝ている四葉君はどうしたの?」

「疲れが溜まってたみたいです。」

「なるほどね。」

 

やりとりが左から右に流れている。しかし次の瞬間に俺の意識は覚醒した。

 

「千代田先輩、保安システムから異常警報です!」

「場所は!?」

「ロボ研です!」

 

嫌な予感がしたので俺も行くことにした。

 

「司波さんはここにいて、四葉君行くわよ!」

「「はい!」」

 

俺と深雪は違うお願いに同じ言葉で答えた。

 

 

 

「関本先輩何をしているんですか?」

「な、四葉に千代田。ど、どうしてここに?」

 

驚きすぎだろと俺は思ったが今はそれどころではない。

 

「その台詞は聞き捨てなりませんね。ここに私が来てもおかしくはありませんよ。」

「馬鹿な警報は切っていたはずだ!」

 

不用意な言葉を発してしまい俺と千代田先輩は想子を活性化させた。

 

「ええ、警報は自動ではなく手動で届きましたから。」

「関本先輩、警報を切ったとはどういうことですか?今ここで言えないのであれば後々お聞きすることになりますよ?厳しい罰を受けてからですが。とりあえず達也起きなよ狸寝入りはバレてるぞ。」

 

脅しで話してもらおうと思ったが逆効果だったようで口を開閉するだけで何も発しない。俺の言葉に達也は苦笑しながら立ち上がり関本はさらに驚く。

 

「馬鹿なガスが効いていないのか!?」

 

その言葉に俺はため息をついた。

 

「関本勲(せきもといさお)CADを外して床に置きなさい!」

 

そう命じながら自分のCADに想子を流し込み待機させる。

 

「千代田~!!」

 

叫びながらCADを操作するが床を媒体とした千代田先輩の振動魔法に意識を刈り取られ倒れた。

 

「とりあえずこの人を引き渡しましょう千代田先輩お願いできますか?」

「ええ、任せて。」

 

快く引き受けてくれたので仕事が楽になった。

 

 

 

花音がいなくなるのを確認した後達也に尋ねる。

 

「で、証拠はあるのかい?達也。」

「ああ、3Hに記録させておいたから役に立つだろう。あとは藤林さんに送って確保してもらうだけだ。」

 

そう言って帰宅する準備を始める達也を残して外に出た。

 

{関本勲の襲撃は予測できなかった。あの非工作員(イリーガル)が言っていたことはこのことだったのか?平河千秋の場合は自ら望んで手を結んだが今回は違う。関本勲は二科生との溝を深めず中立的な立場をとってきた人物だ。そのような人がこんな犯罪行為をするだろうか。マインドコントロールを受け操られていたのか?だがそれでは会話が成り立たなくなるはずだ。しかし先の会話でおかしな箇所はどこにもなかった。分からない藤林さんに任せるしかないか。}

 

そう思いながら雨を降らせる雨雲を見上げていた。

 

 

 

翌日、コミューターを降り学校に向かおうとすると後ろから走ってきたコミューターから降りる人物を見て俺達三人は立ち止まった。

 

「げ!」

「ん?どうし…。」

 

エリカの硬直に首をかしげながら視線を変えるとこちらを見てレオまで行動停止した。

 

「詳しいことは聞かないから安心しろ。」

 

俺が二人に言うとようやく動き出した。

 

「久しぶり三人ともこのことは内緒ね。」

「おっす克也、達也、司波さん。」

 

二人が挨拶してくるのでいつも通りに挨拶をしてから学校に向かった。

 

 

 

その日達也は関本さんに事情聴取をしに行きたかったのだが風紀委員である千代田先輩と生徒会長であるあーちゃん先輩に面会許可をもらえず落ち込んでいたが俺が達也の代わりに行くなら許可するらしく達也は渋々うなずいた。

 

まあ、結局家に帰れば話すのだから行っても行かなくても変わらない。真由美と摩莉と行くことになり放課後関本さんが拘留されている八王子特殊鑑別所に向かった。

 

真由美と二人で関本さんの隣の部屋から摩莉の尋問を聞くことにした。

 

摩莉が入ってくると無意識にCADが巻いてあった位置をさするがもちろんないので何も起こらない。今まで焦っていた関本さんの顔が陰り無表情になった。

 

「匂いを使った意識操作ですかこれは危険ですね。」

「克也君が見るのは初めて?」

「はい、あまり使われたくないですが。」

「それもそうね。」

 

軽い会話をした後尋問が始まった。

 

「何をするつもりだった?」

「デモ機のデータを吸い上げた後司波の持ち物を調べるつもりだった。」

「何が目的だった?」

「『レリック』だ。」

 

摩莉の質問に一つずつ答える。目的を聞いた瞬間関本さんは操られていたと確信した。論文コンペに出場できなかった悔しさをつけ込まれ利用されたのだろう。

 

気持ちは分かるが同情はできない相手の侵入を許してしまうほど関本さんの心が弱かったのだ。

 

「克也君、そんなものを持っていたの?」

 

俺が達也達と一緒に暮らしているのを一高生はほぼ全員知っているので俺に聞いてもおかしくはない。

 

「い、いえ…。」

 

そこまで話していると突然警報が鳴り出した。部屋を出ると摩莉も隣の尋問室?から出てきくる。

 

「克也君これは!」

「侵入者ですね…こちらが狙いですか。」

 

通路の奥からゆっくり歩いてくる男を視界に入れた瞬間全身の毛が逆立つ錯覚を感じた。

 

「「呂剛虎(ルウ・ガンフウ)!」」

 

摩莉と同時に名前を出す。

 

「渡辺先輩もご存じなんですか?」

「ああ、平河千秋の入院している病院で交戦した。克也も知っているのか?」

 

渡辺先輩が俺の名前を呼び捨てにするのは余程の時だけだ。

 

「ええ、『母』に大亜連合で注意すべき魔法師の一人と教えられましたから。これで関本さんを使って達也を襲わせた犯人が分かりました。関本さんの無罪は確定ですが渡辺先輩会っていたなら教えてくださいよ。そうすれば対策できたかもしれないのに。」

 

つい敵の前で愚痴ってしまった。

 

「いちいち報告はいらないだろ!というより構えろ来るぞ!」

 

その言葉通り呂剛虎は五十mまで接近していた。

 

「俺が戦いますのでお二人は離れていてください。あいつは危険です俺の力の七割を使わないと互角の戦いはできないでしょう。」

 

俺の言葉に眼を見開く二人。

 

「…いや、克也君は真由美を守ってくれあいつはあたしが倒す。シュウに怪我をさせたんだその仕返しをしなければ気がすまない。」

 

渡辺先輩の気持ちは分かるが怪我をされては困るバトル・ボードのようなことは二度とごめんだ。

 

「いいえ、これは四葉家次期当主候補である俺にとって最優先事項です渡辺先輩は七草先輩のカバーをお願いします。」

 

俺の活性化した想子に気圧され息を飲む音が聞こえたが俺の意識は近づいてくる呂剛虎の様子を観察していた。

 

「わかったならお前に任せる。」

「気をつけて。」

「ええ。」

 

二人の心配に返事をする。

 

「ふっ!」

 

小さく息を吐き出し呂剛虎に向かって疾走すると同時に向こうも動き出した。俺の頭上からドライアイスの弾丸が呂剛虎に向かって発射される。

 

位置定義を俺の頭上としているので彼我の距離が接近するほど威力が上がる。俺の頭部が急激な方向転換や角度が変わると条件が途絶えるので俺は可能な限り頭部を動かさずに左右に移動しながら接近する。

 

ドライアイスの弾丸の半数が直撃するがダメージはない。身体を覆う鋼気効(がんしごん)によってはじき返されたのだ。

 

もちろん俺も真由美もその程度でダメージを与えられるとは思っていないので驚きはしなかった。

 

想子を右拳にまとわせ呂剛虎の腹部を強打しようとしたが鋼気効によって阻まれ体勢が泳ぎ後ろに吹き飛ばされる。その瞬間を狙って呂剛虎が拳を繰り出してきた。

 

それは虎の顎(あぎと)に見えたが俺は焦らずドロップキックを呂剛虎に喰らわせるために仮想の足場を想子で左足の近くに形成し慣性と重力、回転の威力によって三重のブーストを付けた攻撃は鋼気効を砕き呂剛虎の右肩を直撃した。

 

「があぁぁぁぁ!」

 

叫び声を無視して右肩を蹴って距離をとる。

 

想子を踵部分にまとわせていなければ鋼気効を砕いたとしても右肩にはそれほどダメージを与えられずに俺の右の踵は粉砕されていただろう。

 

強固なものだと生半可な攻撃では貫通できないと分かっていたがここまで堅いとは思わなかった。

 

{このままじゃやばいかもね二人を守りながらじゃ満足に戦えないし魔法を使えばここを全壊とはいわないまでも半壊させそうだ。さてどうしたものかな。}

 

そこまで考えているとようやく呂剛虎が荒い息をふき右肩を抑えて立ち上がる。予想よりダメージがあったようだ。

 

呂剛虎が真剣な表情をしながら猛スピードで突っ込んできた。

 

{自己加速術式を使わずにここまでの速度が出せるのか!}

 

そう思いながらも俺も構えるが肉薄された瞬間、呂剛虎が消え直感で右を振り返ると壁を蹴る音が聞こえた。俺と先輩方の距離は十mもない。

 

魔法を選択している余地はなかったので想子を可能な限り圧縮し一つ撃ち出しすと呂剛虎の鋼気効と左脇腹を貫通した。

 

「グアァァァァ!」

 

かなりの量が出血しているがそれでも前に進もうとしている。

 

「委員長!」

「わかってる!」

 

俺の叫びに渡辺先輩は答えながらCADを操作して気流を起こした。呂剛虎の動きが止まったかと思うと上体を崩しうつぶせに倒れた。

 

「…渡辺先輩今のは催眠系の香料を使ったんですか?」

「…ああ、少し分量を間違えてしまってかなり強力な睡眠剤を処方してしまった。目を覚ますまでにどれくらいかかるのやら。」

 

摩莉のボヤキに苦笑し真由美に聞いた。

 

「七草先輩、怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫よ。警備員呼びましょうかこのまま放っておくわけにもいかないし。」

「お願いします。」

 

俺が頼むと壁に備え付けられた緊急用固定電話に向かった。

 

{これが噂の『人喰い虎』呂剛虎か…。思ったより強敵だったな鍛え直す余地がありそうだ。}

 

俺は電話をする真由美の横でそう思った。

 

 

 

帰宅すると二人に心配されたが怪我をしていないことを告げると安心してくれたので叔母上に連絡すると言って自室に戻った。

 

『…そんなことがあったのそれは大変でしたね。』

 

叔母上は俺の報告に真剣に答えた。

 

「恐るべき技量でした。呂剛虎があれだけの実力だったとは自分の未熟さを痛感させられました。」

『白兵戦では無類の強さをほこりますから落ち込む必要はありませんよ。直接対峙して怪我をせずに退けたのは称賛に値すると思いますけど。』

 

おどけているのか本気なのかはわからない。褒め言葉なのだが落ち込むことはないと言ってくれているのだ俺は素直に受け取ることはできなかった。

 

「しかし先輩方がいなければ協力者は殺されていたでしょう。」

『かもしれないわねでもあなたの魔法を使えば苦戦することはなかったはずですけど。』

 

真夜は『ヘル・フレイム』を使えばよかったと言っているのだが俺は反対だった。

 

「確かに使えば楽でしたでしょうけど女性の前で人が燃える光景を見せたくなかったものですから。」

『甘いわねそんなことを言っているといずれ大切なものを失うわよ。』

「肝に銘じます。」

 

真夜の言葉は本気だったので素直にうなずいた。

 

『論文コンペ頑張りなさいと達也さんに伝えておいてねそれじゃあまたね。』

「お休みなさいませ叔母上。」

 

それきり電話は切れた。

 

{今のは気をつけなさいってことだよな?}

 

そう思いながらリビングに向かった。

 

 

 

「叔母上から伝言どう解釈すればいいのかわからないけど伝えるよ『論文コンペ頑張りなさい』だって。」

「そのままでいいんじゃないでしょうか?」

 

深雪は深く考えずに答えた。

 

「いや深雪、事件が起こるのは一度に一回限りじゃない。平河先輩の妹といい関本先輩といい関係者を使って失敗しているんだ次は自分達から動くだろうだが今は論文コンペのことを考えるのが先だ。」

 

達也の言葉にうなずいた二人だった。

 

「それに藤林さんからの報告だがほぼ全部のスパイを拘束したらしい。隊長の陳祥山(チェンシャンシェン)は逃がしたが克也が呂剛虎を確保してくれたから満足したってさよかったな克也。」

「ああ、これで達也が集中できる。」

 

俺はそう思った。



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第二十五話 横浜事変①

とうとう開始です!


鈴音は論文コンペ本番前日学校を休み、リハーサルを午後に繰り下げ病院を訪れていた。同行者は克也一人だけだ。個室の中には安宿先生と千秋の姿があった。

 

「平河千秋さん、今のあなたのやり方では司波君の気を引くことはできません。好意は無論のこと敵意も悪意も引き出すことは難しいでしょう。」

「ええ、分かってますお連れの人に教えてもらいましたから。」

 

千秋の返事は学校で見たときほど棘が生えておらず現実を受け入れようとしている証拠だった。俺はそんなことを言った覚えはないが自分なりの解釈で導き出したのだろう。間違っていないので何も言わなかったが。

 

「千秋さん知ってますか?一学期定期考査筆記試験で司波君は圧倒的な結果を残しましたそこにいる彼を除いてですが。筆記試験第五位があなたです。九十二点普通ならトップであってもおかしくない点数ですが相手が悪かったです。しかしあなたなら司波君を追い抜く技量があると思っています。この二週間一緒に作業してきましたが司波君はソフトと比べるとハードをあまり得意としてはいないようでした。現時点でも高校生レベルを超えてはいますがソフトほど飛び抜けていません。二年生からはハードの比重が増えてきます。あなたなら司波君を追い抜くことも可能だと思いますよ。他の科目で勝てないなら自分の得意分野で競いましょう。明日会場に来てくださいきっと得るものがあると思いますから。」

 

そう言って俺達は退室した。

 

「鈴音、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですちょっとした自己嫌悪ですから。」

 

俺の言葉に応える鈴音の顔は暗く悲しい笑顔を浮かべていた。

 

{俺はこんな小さなことも解決できないのか。}

 

思い詰めるが俺より鈴音の方が思い枷を付けているように感じた。

 

「鈴音、今は思い詰めるな論文コンペのことだけ考えよう。」

 

そう言って肩を抱き寄せながら俺達は病院を後にした。

 

 

 

論文コンペ当日は何事もなく目的地に到着した。開始時間が近づくとどの学校も緊張感を醸し出していたが一室からは軽い空気が流れていた。

 

「こんなところに来ていいんですか?藤林さん。」

 

その言葉通り克也達の前に座っているのは藤林響子だった。しかもここは一高の控え室なのだから。

 

「問題ないわ防衛省技術本部兵器開発部所属の私が九校戦で大活躍をした達也君のもとに来てもおかしくはないからね。だから『藤林少尉』でも『藤林さん』でも『藤林のお姉さん』と呼んでもいいわよ?」

「「『藤林のお姉さん』はなかったはずですが…。」」

 

藤林の冗談に克也と達也は困惑している。

 

「悪いニュースと良いニュースどっちを先に聞きたい?」

「悪いニュースからで。」

「…そこは良いニュースからじゃなくて?」

「では良いニュースから。」

「…。」

 

簡単に手のひらを返す達也に藤林さんも何も言えないようだ。

 

「じゃあ良いニュースからね。例のスーツ完成して今日の夜にはこっちに持ってくるって真田大尉から伝言。」

「流石ですねこの短期間で完成させるとは。」

 

達也は素直に褒めている。

 

「次は悪いニュースね。例の件…このままじゃ終わらないみたい詳しくはこれを見て。」

 

データカードを渡してきたので無線電話でも憚られる内容らしい。

 

「もしもの時はお願いします。」

 

藤林の真剣な顔に達也達はうなずいた。

 

 

 

一高のプレゼン前、克也は藤林さんから暗号メールが送られてきたので達也に頼んで鍵を貸してもらい解読すると驚くべき内容が書かれていた。

 

{横須賀にむかっていた護送車が襲われ呂剛虎に逃げられた!?生存者はなしか…。達也に伝えておくべきなのだろうがこのタイミングはさすがにまずいよな。後手になってしまうがプレゼンが失敗するよりはマシか。}

 

俺は個別ブースから出て観客席に向かった。

 

 

 

時刻は三時ちょうど一高のプレゼンは予定通りに始まった。一高のテーマに各校だけでなく魔法関係者も興味を示していた。

 

「…核融合発電の実用化に何が必要になるか、これは前世紀から明らかにされてきました。」

 

鈴音のつややかなアルトの声音でプレゼンが開始され全員の意識は一高に向けられていた。一方会場の外では開戦の準備がちゃくちゃくと進み会場に危機が近づいていた。

 

 

 

「…いずれは点火に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法師機核融合炉が実現できると確信します。」

 

鈴音がこう締め括ると会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

 

「さすがだね司波達也。あのループ・キャストの洗練度に脅かされたよ。」

「恐縮だな『カーディナル・ジョージ』。ありがとうと言うべきか?」

「いいや別に礼を言われたくて言ったんじゃないよ。次こそは僕達が勝つ!」

 

ここまでは高校生のお祭りだったがお遊びはここまでだった。轟音と振動が会場を襲った。

 

 

現時点、西暦2095年十月三十日午後三時三十分。後世において人類史の転換点と評される『灼熱のハロウィン』。その発端となった「横浜事変」はこの時間に始まったと言われている。

 

 

「「達也(お兄様)!」」

 

俺達は達也の元に走り声をかけた。

 

「達也、今の爆発音はグレネードか?」

「おそらく正面入り口付近で爆発したんだろう。」

 

達也は俺の言葉に肯定した。さらに悪いことに銃声が聞こえた。

 

「フルオートじゃない対魔法師用のハイパワーライフルか。」

 

呟いた瞬間数人の男達が突入してきた。

 

「大人しくしろ!デバイスを外して床に置け!」

 

たどたどしい日本語はつい最近密入国した人間だろう。魔法師の扱いにも慣れているようだ。

 

「お前達もだ!」

 

二人の男達が俺達に近づいてくるが無視する。視界を会場の外に向けると侵入者達と交戦している警備員達がいたが明らかに押されている。

 

{やれやれもっと実戦経験のある魔法師を配備してほしかったな。}

 

どうでもいいことを考えているとさらに近づいてきた。

 

「早くしろ!」

 

それにも無視を続けていると発砲してきた。明確な敵意を物理的に発したが俺と達也はあせらなかった。俺は手をポケットに突っ込んだまま立ち想子を鎧のようにまとい銃弾を防ぎ達也は掴み取ったかのように右手を握りしめたまま立っていた。

 

「…銃弾を掴み取ったのか?」

「この野郎!」

 

俺に発砲した男が呟いた瞬間もう一人が達也に向かって数発ぶっ放した。

 

しかし達也の手がコマ落としのように動き何かを掴んでいるかのように握りしめられている。

 

「バケモノめ!」

 

叫びながら銃を捨て戦闘(コンバット)ナイフを抜き斬りかかってくる様子は高いレベルで訓練されたことを示しているが今回はさらなる恐怖を生むものだった。達也は右手を手刀に切り替えナイフを持つ手に打ち込んだ。

 

「ぎゃ!」

 

達也の手刀は何の抵抗を示さず男の腕を切り落とした。返り血を浴びていたが気にした様子はなかった。

 

「達也お兄様、血糊を落としますのでそのままでお願いします。」

 

「ほこりを落とします」と軽く言うので自然と笑みが浮かぶ。そのおかげで止まっていた時間が動き出す。

 

「取り押さえろ~!」

 

その合図に危険を顧みないように生徒達が近くのテロリスト達に魔法を放ち取り押さえた。

 

「克也さん、達也さんお怪我はありませんか!?」

「大丈夫だよ。」

「問題ない。」

 

ほのかの心配に俺は銃弾が直撃した辺りを見せ達也は右手をひらひらさせた。その様子にほのかは安堵した。

 

「これからどうする?」

「助かろうにも逃げようにもまずは正面入り口の敵を無力化しないとね。」

「別行動して怪我をされるよりはましか…。」

 

エリカの言葉に俺は答え達也はため息をついた。

 

動き出そうとすると声をかけられた。

 

「ちょっと、ちょっと待て司波達也!」

「一体何だ吉祥寺真紅朗。」

 

達也はあえてフルネームで呼び不機嫌そうに振り返った。

 

「今のは分子ディバイダーじゃないのか!?」

 

{知識があるが故の誤解。好都合だがめんどくさいな}

 

俺はそう思ってしまった。達也は相対距離ゼロで『分解』を行使しただけだが説明するわけにはいかなかった。

 

「今はそんなことを話している暇はない!」

 

達也はそれだけ言うと動き出した。

 

「ま、待て!」

「二度も言わせるな吉祥寺、今は黙ってろ。」

 

まだ何か言おうとしたので黙らせ達也の後を追う。

 

 

 

正面入り口の到着するとほぼ制圧され交戦できている警備員は三人だけだった。壁際から除いていたがレオがそのまま突っ込もうとしたので達也と二人して引っ張る。正確にはレオの襟首を二人で引っ張り首を絞めた。

 

「克也、達也容赦ないね。」

「でもおかげで命拾い。」

 

幹比古と雫が感想を述べる。

 

「深雪、銃を黙らせてくれ。」

「はい。」

 

深雪が達也の力を借りて魔法を使用した。『凍火(フリーズ・フレイム)』によって弾丸が凍り付き発射できなくなる。『凍火』は燃焼を阻害する魔法なので火薬の燃焼により発射する銃にも有効だ。

 

深雪が魔法を放った直後達也が飛び出し手刀でゲリラを切り裂くと同時にエリカもゲリラの頸動脈を的確に狙う。最後は幹比古が生き残った連中を風魔法の『鎌鼬(かまいたち)』で追い返す。

 

血が飛び散った場面を見てほのかと美月が怯えていたので燃焼系の魔法で血を蒸発させエリカに頸動脈を切り裂かれ絶命したゲリラを移動魔法で外に運び出す。おかげで二人の顔色が少しだけ良くなる。

 

「で、達也どうする?」

「情報が欲しい。俺達が想像しているより状況が進行しているようだ。」

 

達也は厳しい顔をして話した。

 

「それならVIP会議室を使ったら?」

「VIP会議室?」

 

雫の言葉に首をかしげる。

 

「うん。閣僚級の政治家や経済団体のトップの会合に使われる部屋だからたいていの情報にアクセスできるはず。」

「そんな部屋があったのか。」

「認証キーとアクセスコードも知ってるよ。」

 

どうやら北山潮は雫にそんなことまで教えていたようだ。{溺愛とは恐ろしいな}と思った俺だった。

 

「雫、頼む。」

 

達也が頼むと雫は今までに見たうなずきの中でもっとも真剣なうなずきを返し俺達を案内してくれた。



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第二十六話 横浜事変②

VIP会議室で雫がアクセスコードを使ってスクリーンに警察データを映すとひどい状況だった。

 

「酷いな…これは。」

「大規模な人員が投入されてるようだすぐには解決しなさいだろう。避難するにも交通の便が機動していないから何もできないそれより避難する前に少し時間をくれないか?」

 

俺の言葉に達也は重苦しく答えた。

 

「どうして?」

「デモ機のデータを処分しておきたい。」

 

エリカの質問に達也は予想外のことを口にした。確かに抜き取られては研究の時間が無駄になり望む方向とは違う方向に使われるかもしれないという不安からそれを渡さないために達也は消去したいのだ。

 

 

 

発表に使ったデモ機の置いてある場所に向かうと先輩方が集まっており処理している最中だった。

 

「司涙君、他校のデモ機のデータを処理してきてくれないかな?」

「終わったら控え室に集まろうそこでこれからの方針を決める。」

 

五十里先輩に頼まれ摩莉に指示されたので可能な限り早く終わられるために達也達は行動を開始する。

 

 

 

先輩方と手分けして各校のデモ機を処理した後控え室に集まった。

 

「彼らの目的は何でしょうか。」

「魔法協会のメインデータでしょうね。重要データは京都と横浜で集中管理してますから。」

 

五十里先輩の質問に俺が答え七草先輩が事情を説明してくれた。

 

「沿岸防衛隊の輸送船が向かってるけど全員を収容できるか分からないみたい。」

 

避難民の数を考えると仕方ないかもしれない。

 

達也は話を聞かず別の方を見ていた。正確には後ろのドアを見ていや、さらにその先を。

 

「達也?」

 

達也は俺の言葉を無視し{シルバー・ホーン}を向け『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』を発動させた。

 

「今のは何…?」

 

物体が消失した場面を目撃した真由美はそう呟いた。俺も瞬間的に視野を外に広げると大型トラックが跡形もなく消えた。達也は見られたことにいらついていたが説明する必要はなかった。軍服を着た人物が二人入ってきたのだ。

 

「特慰、情報統制は一時的に解除されています。」

 

藤林は一緒に入ってきた人物に驚いている達也にそう声をかけた。達也が敬礼すると俺と深雪以外が驚いていた。特慰と呼ばれたことにかはたまた敬礼にだろうか。おそらくその両方だろう。

 

「国防陸軍少佐 風間玄信です。所属は訳有ってご勘弁願います。特慰、国防軍特殊規則に基づき貴官にも出動を命じる。」

 

達也はうなずき目を閉じる。目を閉じた理由を俺は知ることができなかった。達也が何を思い何を考えているのか俺が考えていることと同じなのだろうか。

 

{一高メンバーに軍の関係者であることがバレ関係を断たれることを恐れている}という思いに…。

 

「皆さんには特慰の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい。」

 

風間の声音に言葉を発そうとした先輩達は断念した。

 

「すまないみんな聞いての通りだ。先輩達と一緒に避難してくれ。」

「お待ちください達也お兄様。」

 

達也が言い残し外に向かおうとすると深雪に引き留められた。深雪が達也のでこに口づけをすると知覚できるほどの活性化した想子が荒れ狂い彼を覆う。

 

「ご存分に。」

「行ってくる。」

 

深雪に見送られ達也は戦場に向かった。

 

 

 

「藤林少尉殿少しよろしいですか?」

 

藤林さんと、その部下に護衛されながら街を歩いていると十文字先輩が問いかけた。

 

「何でしょうか?」

 

十文字先輩の問いかけに藤林さんは振り返り答えた。

 

「車を一台貸していただけませんか?」

「どこに行かれるのですか?」

「魔法協会関東支部へ、私は代表代理ですが務めを果たさなければなりません。」

 

十文字先輩の言葉に藤林は納得した。

 

「それなら俺も行きます十文字先輩。」

「お前はダメだ。」

「何故ですか?」

「お前にはここにいるメンバーを守ってもらわなければ俺が満足に務めを果たせん。」

「…分かりました。」

 

俺は素直に従った。十文字先輩と藤林さんの部下を見送りシェルターに向かっていると直立戦車が二体向かってきた。

 

「どこから!」

 

藤林さんにも予想外らしく口から心の声が漏れる。しかし次の瞬間に直立戦車が凍り付き穴だらけになっていた。深雪の『凍火』によって機関銃は火を噴かず立ち尽くし真由美のドライアイス弾によって穴が空いたのだ。

 

「さすがね。」

 

藤林の称賛に二人は照れた。

 

「私は市民のために輸送ヘリを呼ぶつもりです。」

「私も父に連絡してヘリをよこすようにお願いします。」

 

真由美と雫は市民のために行動するらしい。俺はここにいる全員を無事に守ることが役目なのだ。今やるべきことはヘリがやってくるまでこの発着所を守るメンバーを守ること。やるべきことが決まった俺は視界を広げたが声が聞こえたのでやめた。

 

「軍の仕事は敵を排除することであり市民の保護は警察の役目です。藤林少尉は本隊に合流してください。」

 

タイミングの良すぎる兄寿和(としかず)の登場にエリカはうんざりした顔をしていた。俺達はそんなエリカに興味津々な視線を向けていた。

 

 

 

克也は許可をもらい単独行動を取り敵戦力を分析していた。

 

{機動隊が上陸してきたか総力を以て制圧するつもりかな。やれやれこんなのじゃすぐに殲滅されるっていうのに何を考えてるのかわからないね。目的が魔法協会のデータじゃなく他の何かなのか?}

 

ビルの屋上に立ちながら考えていると襲撃された。ここは三階建なので地面から簡単に狙撃することができる。

 

「やれやれまったく。先に上陸させた部隊が全滅したのを知らないのかね。倒すのは変わらないから関係ないか。」

 

独り言を呟きながら飛び降り襲撃してきた部隊の真ん中に降り立つ。

 

「俺と戦う?」

「戦うも何もお前は死ぬんだ。」

 

俺の問いかけに直立戦車に乗っている男がにやつきながら話してきた。

 

余裕なのだろう俺の力も知らずに話し掛ける男に笑えてきた。{ブラッド・リターン}をそいつに向け言った。

 

「残念だけどいなくなるのはお前達だ。」

 

死ぬとは伝えずに笑顔でトリガーを引く。その瞬間直立戦車ごと男が炎に包まれ燃滅した。その様子に取り囲んでいた男達の顔は恐怖に染まる。

 

「どうする?まだ戦う?それとも降参して捕虜になるか情報を吐いてから本国に送られるかどっちがいい?」

 

俺は全員に{ブラッド・リターン}を向けてから聞いた。するとはるか上空を猛スピードで飛ぶ人間が視えた。念話で気持ちを伝え意識を自分に戻す。

 

「くそ撃て撃て!蜂の巣にしてやれ!」

 

司令官らしき人が命じると機関銃とハイパワーライフルをぶっ放してきたので自分の周りを『炎陣(えんじん)』で囲み銃弾を防ぐ。振動加熱魔法で防御魔法として俺が考案し達也に作ってもらった俺のオリジナル魔法だ。想子鎧(サイオンがい)では防ぎきれない攻撃を防ぐ。銃弾など余裕で防ぐだけの防御力があり大砲でさえも燃やす。もちろん、運動エネルギーも消えるので風圧や衝撃は伝わらない。

 

使用者は熱を感じず外側からも見えず内側からは相手の様子がうかがえるので対応策を考えやすい。全員の位置を確認し記憶する。

 

{人数は十九人かこれなら『阿鼻・叫喚』で終わるな。}

 

どうやら死にたいらしいので俺は『阿鼻・叫喚』を発動し全てを蒸発させた。直立戦車でさえ姿を消し俺は発着所に戻る道を歩き始めた。克也が戦闘を起こした場所は戦いがあったのかと疑うほど痕跡を残さず綺麗なままだった。

 

 

 

克也と念話を交す三十分前達也は戦闘用装備を着ていた。

 

「では早速だが特慰、柳の部隊と合流してくれ。」

「柳大尉の位置はバイザーに表示可能だよ。」

「了解です。」

 

達也は風間の指示に敬礼し真田の言葉通り柳の位置をヘルメットのバイザーに表示させた。『ムーバル・スーツ』に備え付けられた飛行魔法用CADを作動させ上空に駆け上がった。

 

飛行魔法で出せる速度は魔法師がこの魔法にどれだけ習熟しているかで決まる。達也は一から作り上げたことはもとより克也や深雪もかなりの速さまで耐えることができる。

 

肉眼だけでなく『精霊の眼』をレーダーとして同時使用していた達也は無人偵察機を発見し消し去ることにした。いったん無人機の十m上空まで上昇し飛行魔法を解除し重力に任せて落下した。無人偵察機と同じ高度に到達した瞬間『雲散霧消』を発動させ消し去る。飛行魔法を再始動させ目的地に向かって飛ぶ。

 

道中もう二機消失させた達也は兄が敵に囲まれているのを視たが念話で

 

{こっちは気にするな任務を全うしろ。}

 

と届いたので何もせずに飛び去った。兄があの程度の敵にやられるとは思ってもいないので心配しなかった。そんな気持ちがゼロというわけではないが頭から余計な思考を追い出し自分が出せる限りの速度で柳の場所に向かった。

 

柳の居場所に到着した瞬間頼まれた。

 

「弾は抜いた、後を頼めるか?」

「了解です。」

 

柳の心配そうな様子に達也は無感情に答え怪我をした隊員に左手で持ったCADを向け魔法を発動させた。負傷した隊員のうめき声が消え代わりに達也の閉ざした口の奥から歯ぎしりする音を耳にした柳は隊員を怪我をさせ達也に魔法を使わせたことに自分を責めた。

 

 

 

「すいません今戻りました。」

 

俺はヘリを待つみんなに声をかけた。

 

「あ、克也君。大丈夫だった?」

「ええ、遭遇した敵は殲滅してきました。」

 

真由美の心配に俺は真顔で答え殲滅という言葉をどう受け取ったのか分からなかったがどうでもよかった。

 

「ところで何かわかった?」

「いいえ何も。何か特定できるような物があれば良いんですが。」

「直立戦車がどこの国かはわからなかったの?」

「これらの機械の部品は中古車市場で大量に出回っているのを取り寄せて作った物のようなので特定は難しいです。ただ言えるのは大亜連合の可能性が高いことですね。」

 

俺は真剣に答える。

 

「大亜連合と共闘してる国がいるかもしれないのに?」

「その可能性は低いと思います。大亜連合の部隊しか上陸していませんし今の状態で押されているのを上官は分かっているはずです。それなのに他の国の軍隊を一つも見ていません。そうなると敵は大亜連合しか考えられないんです。」

 

俺が頭を回転させ説明しているとヘリの音が聞こえてきた。

 

「来たわね。」

 

真由美の顔は市民と後輩達を逃がせることへの安堵が浮かんでいた。

 

ヘリが着陸しようと高度を下げていると突如として黒い雲が現れた。いや雲ではない異様な動きをしながら近づいてくる虫の大群は化成体だ。

 

雫が『フォノンメーザー』を放つが数が多すぎて倒し切れない。俺は『全想の眼』で想子情報体を読み取り読み取った情報を視て俺はほっと息を吐いた。化成体の想子情報体が全て同じだったので範囲設定するだけで消し去ることが出来る。『ベルフェゴール』を発動し化成体は消え去った。

 

「これで安心して乗れますよ市民の皆さんを乗せてから乗りましょう。」

 

俺がそう言うと真由美は市民を先導し始めた。あらかた乗り終わり別のヘリに乗ろうとしていた。

 

「動くな!」

 

大きな声を出して鈴音の首元にナイフを押し付ける男がいた。周りを見れば五人の男達が同じようにナイフを抜いて立っていた。どうやら避難民の中にゲリラが紛れ込んでいたらしい。

 

「お前には捕虜を交換してもらうための道具になってもらう。動くな!」

 

鈴音を脅しながらCADを操作しようとした真由美に怒鳴る。真由美は大人しく言うことを聞き手を離した。

 

「確かに狙いは良かったですがタイミングが悪かったですね。」

「なんだと!?」

 

鈴音の冷静な声音と意味不明な言葉に大声を出し始める男は自分がどのような状況に陥っているか理解していないようだった。

 

「ゲリラさん死にたくなかったらいますぐ離れたほうがいいですよ。もう遅いみたいですけど。」

 

真由美も笑顔で言っているがその顔は引きつっていた。

 

「何を言って…っ!」

 

男は突然体を襲ったプレッシャーに言葉を詰まらせ目線を話していた女の横に移すと余計に圧迫される錯覚に陥った。

 

「お前さぁ、誰に何をしてんの?俺の目の前で。」

 

顔をうつむかせながら発せられたその声音はこの半年間一度も聞いたことのないものだった。ゆっくりと上げられた顔には天使の笑みがあった。しかしその天使とは普段耳にするような優しいものではなく怒りに染まり悪魔化した天使の笑みであった。

 

いわゆる堕天使なのだが天使と表す方が適切な笑みだった。

 

男は鈴音の首からナイフを離す。それは意識してではなく無意識のうちに自分の身を守ろうとする防衛本能が働いたのと鈴音に随意筋を司る運動を麻痺させられ行動させられた結果だ。

 

「そうそれでいいんだよ。しっかり握って構えろよ?じゃないとあっというまに死んじゃうから。」

 

俺はそう話すと想子を軽く活性化させ男に向かって歩き出す。それだけで男は尻餅をついてしまう。

 

{なんて脆いんだこの程度の活性化で怖気付くなんて。}

 

俺はそう思った。

 

克也は気づいていないが彼の活性化された想子によるプレッシャーはA級ライセンスを持つ魔法師でも冷や汗を流すほどなのだ。そんなものに低レベルな魔法師であるゲリラが耐えられるわけがない。

 

四人の男達がそのプレッシャーに負けたのか切りかかってきたが左右の手刀で上半身と下半身に分断され傷口から燃えて消え去った。俺が使ったのは手首から先に薄く鋭く想子を纏わせ刀のように切れ味をつけ切り裂いた部分から燃えるように『ヘル・フレイム』を体内に打ち込んだのだ。

 

「次は君だよ。」

 

俺は鈴音を拘束しようとした男に笑顔を向けながら近づく。

 

「ひぃ!や、やめてくれぇぇ!」

 

男は恐怖で叫び始めた。

 

「やめてくれ?どの口が言っているんだ?お前は俺の大切な人を利用しようとしたんだ殺されるのは当然だろう。その罪は万死に値するこの罪はお前の命で償わさせてもらおう。」

 

俺は右手で手刀を作り男の首に振り下ろそうとしたが後ろから抱きつかれ止められた。

 

「やめてください私は何もなかったんです。だからもうやめてください。」

「何故だ?こいつはお前を利用しようとしたんだ死ぬのは当たり前だ。」

「これ以上あなたの手を汚さないでください!」

 

鈴音の言葉に俺は正気を取り戻した。男は気絶し倒れていたが四人を殺した場面を目撃した友人達はなんとも言えない表情をしていた。




想子鎧(サイオンがい)・・克也が戦闘時に纏う想子の防御形態。ハイパワーライフルでさえも防ぐ。


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第二十七話 横浜事変③

「七草先輩、先に深雪達のところに行かせてもらってもいいですか?」

「ヘリと一緒じゃなくて?」

「ヘリでは遅すぎるので先に行って知らせておきたいんです。」

「それなら連絡すればいいんじゃないかしら。」

「いまこの状況では電話を使っても気づいてもらうのは厳しいでしょう。」

「わかったわ、先に行って教えて上げて。」

「ありがとうございます。」

 

俺は真由美から許可をもらい自己加速術式と体術を併用して深雪達がいる場所に向かった。

 

 

「七草先輩、克也さんは?」

「克也君の友人の光井さんね?彼は先に行って深雪さん達にヘリが向かってることを伝えに向かったわ。とんでもないスピードでね。」

 

最後にウインクをつけて言うと少し顔を赤くしながらその隣の北山さんが言ってきた。

 

「ヘリと一緒ではなくですか?」

「ヘリじゃ遅いから早めに伝えたいだって。せっかちね克也君は。」

 

私の愚痴にくすりと笑う二人を見ると少しだけ安心しているようだった。

 

{でも、まだ油断はできないわね。このままじゃ終わらない気がする。}

 

私はそう思った。

 

 

 

深雪のところに着くとすでに何体かの戦闘ロボットを倒していた。

 

「深雪大丈夫か?やるなエリカ、レオ、幹比古も。」

 

俺の突然の登場に二人は驚いていたついでに幹比古も。深雪は俺が近づいているのを知っていたので驚いていなかった。

 

「克也お兄様。」

「うわ!驚いた!急に話しかけるのやめてくんない?」

「おい克也、驚かすなよ…。」

「ヘリがこっちに向かってるからタイミングよく切り上げて脱出しよう。」

 

二人の文句を無視して伝えるべきことを話した。

 

「了解っと。この危険な場所から逃げられるのか助かるうれしさもあるがもう少し戦いたいぜ。」

「レオ、あまり不謹慎なことを言わないでよ。魔法師は戦う道具かもしれないけど人を殺す道具じゃない。」

 

レオの言葉に幹比古がたしなめる。

 

「エリカ、レオのそれは武装一体型デバイスかなるほどレオはこのためだったんだな。」

「よく分かったね克也君。」

「まあな、俺には決め手となる技がないからな手に入れるに苦労したぜ。」

 

レオの言葉には習得するまでの苦労が込められていた。

 

「「来たね。」」

 

俺は『全想の眼』で幹比古は風の精霊からの情報で知ったことを三人に知らせる。数秒後ビルの陰から二体の戦闘ロボットが飛び出してきた。しかし角を曲がりこちらに向かってくる途中足下が凍り付き動きを止めた。

 

凍り付いたのは足下だけではなく機銃も榴弾砲も火を噴かず凍結していた。深雪による『凍火』との同時使用だ。深雪の魔法はちゃちなものではなく相手を一撃で無力化できる強い魔法だ。

 

火器が火を噴かないことに気付いたレオはロボットが硬直した瞬間飛び出していた。手にする獲物は俺が見たことのない代物だった。双頭ハンマーに似た短いスティック。レオが想子を流し込むと駆動音が流れスティックの先端から黒いフィルム吐き出された。

 

薄い、薄い黒く透き通ったフィルムが。長方形なのだが横から見ると存在を疑うほど極薄の刃。

 

エリカが決定打のないレオに伝授した人を殺すための技と武器。千葉一門の秘剣『薄羽蜻蛉(うすばかげろう)』レオは硬化魔法を使って使用している。『薄羽蜻蛉』を一閃した。五ナノメートルの極薄刃によって凍り付いた装甲板をやすやすと切り裂いた。どんな刀よりも切れ味のある極薄刃を防ぐ術はない。

 

装甲板が切り裂かれると赤い雫がしたたり落ちた。それは紛れもなく操縦者の血だ。それを見たレオは顔をゆがめたが嘔吐など拒絶反応を示すことはなかった。

 

 

獲物を仕留めたのはエリカの方が早かったかもしれない。全長百八十cmの巨大な武装一体型デバイス『大蛇丸』を肩に担ぐ用に持ち上げると既に魔法が発動していた。

 

重さ十kgの大太刀が軽々と振りかざされ突然エリカの姿が消えた。次の瞬間破砕音が聞こえロボットが粉砕されていた。

 

レオと同じように相手を殺すための魔法によって潰されたロボットの機械油に混じって鮮血が流れていた。加重系慣性制御魔法『山津波(やまつなみ)』自分と刀にかかる慣性を極小化して敵に高速接近し、インパクトの瞬間に消していた慣性を増幅し対象物にぶつける秘剣。

 

この魔法は助走距離が長いほど強力になる。

 

 

この魔法を使うためには慣性を消した不安定な状態で駆け抜ける足さばきと刃筋をぶれさせない操刀技術。何より無慣性状態のスピードに負けない近く速度と運動神経これが必要になる。

 

エリカは先天的な「速さ」と長年の厳しい修行で剣を極め使うことを可能にしていた。俺は深雪の隣から二人の戦いを観察していたがこの魔法は警戒すべきだとそう認識した。

 

ヘリの音が聞こえたが本体が見えないり音の発生源は認識しているのだが知覚できなかった。

 

「音が近くにあるのはわかるんだけどよヘリはどこだ?」

「おそらく光学迷彩で姿を隠しているんだろう敵に認識されないように。しかしすごいなここまで景色に溶け込ませるのはかなりの腕前だよ。」

 

俺が称賛しているとエリカに聞かれた。

 

「使ってるのは誰なの?」

「ほのかよ。ほのかはエレメンツの血統だから光学魔法を得意としているの。」

 

深雪の説明にエリカは納得した。するとポケットの携帯端末が振動したので取り出し耳に当てた。

 

「克也君、ここ狭いから着陸できないのロープを降ろすからそれにつかまってね。」

 

俺の返事を待たずに一方的に話し電話を切った。

 

「克也お兄様今のは七草先輩からですか?」

「ああ、狭いから着陸できないらしい。ロープを降ろすからそれにつかまってくれだって。」

「そうですか、それは良いんですが克也お兄様少しよろしいでしょうか?」

 

俺は深雪の言葉の続きをある程度予想していた。すると予想通りその言葉が聞こえてきた。

 

「七草先輩のプライベートナンバーを何故ご存じなのですか?」

 

笑顔で聞いてきたのでエリカ達に眼を向けるとそっぽを向かれ裏切られた。

 

「いや、初めて会ったときに交換しただけなんですが…。」

「そうですか、その事を教えてもらっていなかった理由は後ほど聞かせてもらいますね。」

 

横浜事変が終わってからも問題が残るいやこれより大きな問題かもしれないそう思った。真由美の言葉通り五本のロープが降ろされたので四人に先に上がってもらい周囲を視て危険がないことを確認してからロープにつかまった。

 

「光井さん、辛かったら解除しても構いませんよ?今ここには深雪さんや克也君がいますから。」

「…大丈夫です。みんな頑張っているんですから私もここで頑張らないと…。」

 

真由美の言葉に返事するほのかは苦しそうだった。深雪に席を替わってもらい頭に右手をかざして『癒し』を発動させほのかの負担を減らした。するとほのかの苦しそうな表情が明るくなり浅く早い呼吸が正常なものに戻った。

 

 

 

摩莉達の場所に着いたが全員無事に救助することができなかった。ゲリラがハイパワーライフルを発射し桐原先輩の足を吹き飛ばし五十里先輩の背中に榴弾の破片が突き刺さっていた。それを見た俺と深雪はヘリから飛び降り重力を感じさせない動作で着地する。

 

克也と深雪はCADを使わずとも完璧に重力を掌握していた。とても強力な魔法領域は『世の理』を覆すこともある。

 

深雪の感情の暴走は兄の能力(ちから)を抑えている副作用であり達也の能力を解放したことによって深雪の力も解放されていた。克也達の母は精神干渉魔法を得意としておりその魔法が克也と深雪に遺伝していてもおかしくはないだろう。

 

『癒し』と系統外精神干渉魔法『コキュートス』を発動させた。敵意を向けてきたゲリラ達に『癒し』で精神に苦痛を与え生命活動を停止させ深雪によって精神が凍り付いたゲリラ達は身体に死を命じることも死を認識することが出来ない。俺達がしたことを理解できた者はいなかった。

 

俺が桐原先輩と五十里先輩に近づく。

 

「何をするの!?」

「何を!」

 

千代田先輩と壬生先輩が叫ぶ。致命傷である幼馴染と恋人に無表情で近づけば叫ばずにはいられないだろう。俺は無言で桐原先輩と五十里先輩を横たわらせて『癒し』を発動させる。

 

五十里先輩は少しずつ榴弾の破片を抜きながら傷を塞いでいく。桐原先輩の場合は止血し痛みを軽減させることしか出来ず太ももの下からは再生させることは出来なかった。五十里先輩は治ったがこれは見かけ上しか治っていないので完治するまでには二ヶ月かかるだろう。

 

「五十里先輩一応治療しましたが念のために二ヶ月ほどは激しい運動は禁止です。」

 

俺は桐原先輩に『癒し』を施しながら説明する。

 

「ありがとう四葉君。」

 

五十里先輩のお礼にうなずきながら近づいてくる弟を待っていた。

 

「達也(お兄様)頼む(お願いします)!」

 

飛行魔法で駆けつけた達也にお願いする。達也は無言でうなずくと左手でCADを構え桐原先輩に発動させる。

 

【エイドス変更履歴の遡及を開始】

 

達也は無表情にたたずむ。

 

【復元時点を確認】

 

この魔法を発動するのは一瞬だがその間に達也が俺達が理解できない痛みを味わっているのを知っていた。

 

【復元開始】

 

達也の魔法が発動する。桐原先輩の身体が一瞬霞んだと思うとそこには右足が吹き飛ばされる前の状態になっていた。

 

【復元終了】

 

達也は桐原先輩の足が治ったのを見ずに深雪を抱き寄せ耳元で何か呟き俺に眼を向けてきたのでうなずくと飛行魔法を使用して飛び去っていった。克也が達也が深雪に呟いた「良くやった」という言葉を知る機会が訪れることはなかった。



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第二十八話 横浜事変④

「…何が起こったんだ?いっそ夢だったって言われた方が理解できるぜ。」

「でも僕の背中に刺さったのも君の足がちぎれたのは紛れもない事実だ。」

 

桐原先輩のつぶやきに五十里先輩はしっかりと現実を受け入れていた。

 

「司波教えてくれないか?克也君と達也君は何をしたんだ?」

「摩莉、探るのはダメよ。」

 

真由美が摩莉をたしなめる。

 

「構いません七草先輩。ここにいる人たちに話しても達也お兄様は文句を言わないでしょう。」

 

深雪はそう言うと話し始めた。

 

 

「克也お兄様が使用された魔法は固有魔法『回復(ヒール)』です。怪我を治す治癒魔法ですがこれは見かけの上のみです。傷が塞がったとしても完治するまでに克也お兄様が亡くなれば効果はないことになり戻ってしまいます。達也お兄様が使用された魔法は克也お兄様と違い治癒魔法ではありません。魔法の名称は『再生』達也お兄様の固有魔法です。エイドスの再生履歴を最大で二十四時間まで遡り上書きし事象を無かったことにし生物だけではなく機械にまで作用します。この魔法のせいで達也お兄様は他の魔法を自由に使うことは出来ません。」

 

深雪の説明に全員黙り込んでいた。

 

「だから達也君はアンバランスだったのね。」

「ああ、それだけの高等魔法が待機しては他の魔法が阻害されてもおかしくはない。」

 

真由美と摩莉は深刻そうに話したが二人の先輩は違っていた。

 

 

「でもそれだけの魔法が使えれば他の魔法を使えなくても些細なことじゃない!」

「そうだねその需要は計り知れない。」

 

千代田先輩と五十里先輩の幼馴染が慰めるが俺と深雪の表情は暗かった。

 

「その魔法が何の代償もなくお使いになれるとお思いですか?」

 

二人は硬直した。

 

「エイドスを読み取るということはその者が味わった苦痛も伴います。桐原先輩を俺が治療してから達也が魔法を使うまで二十秒がかかっていました。そして魔法が終了するまでにかかった時間はゼロコンマ二秒。この瞬間に達也は桐原先輩が味わった苦痛を百倍にして味わっているんです。それでも達也にこの魔法を使わせるのですか?」

 

俺は静かに怒りながら話し終えた。

 

「…百倍。」

 

桐原先輩は頭を抱えながら呟いた。俺と深雪は達也に『再生』を使わせてしまったことを悔いていた。

 

 

 

「っ!」

 

俺は突然感じた恐ろしい想子を感じて声を出してしまった。

 

「克也お兄様どうされました?」

 

深雪の質問に答えようとした瞬間美月も声を上げた。

 

「あっ!」

「美月もどうしたの?」

「魔法協会の近くで野獣のようなオーラが見えた気がして…。」

 

全員が理解できないような顔をしていたが幹比古が呪符で見始めた。

 

「敵襲!?」

 

叫び全員が気を引き締めた。

 

「名倉さん協会に!」

 

真由美が指示を出すとヘリが進行方向を変更した。

 

 

協会の麓では白い甲冑を着た見たことのある男が戦っていた。

 

「呂剛虎か…。」

「逃げられたみたいね。」

 

俺と真由美はぼやく。

 

「呂剛虎ね。」

「エリカ知ってるのか?」

「強敵よ。」

「なるほど。」

 

エリカとレオのうわついた会話に俺は割り込む。

 

「エリカ、レオあいつを甘く見るな。そんな状態じゃ死ぬぞ?俺でも倒しきれなかったんだからな。」

 

俺の言葉に二人は顔を引き締める。

 

「エリカ、西城お前達にも手伝ってもらうぞ。」

「言われなくても。」

「もちろん。」

 

摩莉の言葉に二人はうなずいた。

 

「克也君、深雪さんあなた達は協会の中をお願い。」

「「はい!」」

 

真由美のお願いに俺達はしっかりと答えた。

 

 

 

陳祥山は廊下を歩き目的地に向かっていた。これまでの襲撃は魔法協会のデータを盗むための今までの布石だった。論文コンペの襲撃、ゲリラの上陸、戦闘用ロボットの使用、そして彼の部下である『白虎甲(パイフウジア)』を着た本気の呂剛虎の陽動それら全てがこのためのものだ。

 

『電子金蚕(でんしきんさん)』の入った機械をカードキーパネルに押し当て侵入させ鍵を強制解除し協会支部に侵入する。警報が鳴り響くが気にしない。

 

「これが鬼門遁甲(きもんとんこう)ですか、なるほど勉強になりました。」

 

可憐な声が聞こえてきたのでその方に顔を向けるとそこには監視対象であった可憐な少女が立っていた。

 

「司波深雪、なぜここに?」

「妹の名前を知っているということは今まで俺達を追い回していたのはお前達だな。」

 

後ろから声が聞こえたので振り返ると要注意人物として国から警告を受けていた人物の一人が立っていた。

 

「四葉…克也。私の術が効かなかったのか!?」

「事前に警告を受けていましたから。『方位に気をつけろ』と。しかしそれではよくわかりませんでしたので全方位に気を配っていれば何とかなんとかなるだろうと思いました。」

 

その程度で破られるようでは『鬼門遁甲』は既に廃れている。しかし実際に破られているがそのようなことを考える必要は無く話していた目前の少女が説明してくれた。

 

「幸いこちらには普通は見えないものが見える人物がいましたので術によって見えないことになっているあなたの姿を見ることが出来たというわけです。」

 

その視線を辿ると照れた笑みを浮かべる四葉克也がいた。

 

「とりあえず今はお眠りください。あなたがいなくなれば私達も静かに暮らせるというものです。」

 

少女は嬉しそうに呟きながら笑った。そして自分の体の体温が下がっていることにようやく気付いた。おそらくこの部屋に入ってから気付かれないように徐々に下げておき言葉を発した瞬間に急激に下げたのだろう。

 

「お休みください私も上達しましたので一生氷の中ということはありませんのでご安心を。」

 

その言葉を最後に陳の意識は闇に飲まれた。

 

 

 

「お疲れ様深雪、見事な魔法制御だ。これなら後遺症が残ることもないだろう。」

 

凍り付いた陳の様子を調べてから深雪に労いの声をかける。

 

「そ、そんなもったいないお言葉です。」

 

顔を赤くさせ悶えていた。凍り付いた男の横で顔を紅潮させている美少女というかなりシュールな絵面だが幸い気にする者は一人もいなかった。

 

「深雪、ヘリに戻ろうか。」

「はい!」

 

深雪は克也の言葉にうなずき左腕に飛びついた。その様子は恋人に甘える普通の少女であった。

 

 

 

外に出ると呂剛虎はその身体を地面に崩しておりそのときには既に深雪は克也から離れていた。その様子を見るのは二回目だが今回は確実に確保できたと俺は確信する。

 

「エリカ、レオよくやったな。」

「あたしじゃないよ倒したのは。あ〜あ負けちゃった。」

「やれやれ強かったぜこいつはよう。」

 

エリカとレオのぼやきに苦笑したがエリカの倒したことより負けたことを悔しがる様子に俺と深雪は笑った。そして弟が今いる方向に目線を向けた。

 

「達也…。」

 

無意識のうちに呟いた克也であった。

 

 

 

「敵の揚陸艦が逃走し始めたようだな。これを撃沈するぞ。」

「はっ」

 

柳が部隊に攻撃の命令を出そうとすると通信が入った。

 

「柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください。」

「藤林、どういうことだ?」

「敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させてしまえば水産物への影響が大きすぎます。」

 

柳は舌打ちをした。それでは敵をわざわざ逃がすようなものだ。しかしその心配は無かった。

 

「退け、柳。」

「隊長?」

 

風間から撤退の指示が出たからである。

 

「勘違いするな作戦終了というわけではない。一旦帰投しろ。」

「了解しました。」

 

今の通信を聞いていた部下達も移動本部へ向かって帰投した。いくらハイレベルの魔法師である独立魔装大隊の兵であるといえど長時間の戦闘は眼に見えて疲労が蓄積する。それを踏まえての帰投命令だった。

 

 

 

帰投した柳に指揮権を委ね風間少佐は真田大尉と藤林少尉、そして達也を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。

 

「敵艦は相模灘を時速三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないかと思われます。」

 

小型モニターを見ながら伝えた情報に風間はうなずき真田に命じた。

 

「{サード・アイ}の封印を解除。」

「了解。」

 

風間から嬉しそうにカードキーを受け取り大きなケースに差し込んだ。カードキーと静脈認識キー、暗唱ワードと声紋キーの複合キー。

 

「色即是空 空即是色」

 

真田が呟くとロックが外れ中から大型CADが姿を現した。

 

「大黒特慰、『マテリアル・バースト』を以て敵艦を撃沈せよ。」

「了解。」

 

真田から{サード・アイ}を受け取った達也に風間は命令を下した。『大黒特慰』正式には『大黒竜也』は独立魔装大隊において特務士官として活動する達也の名前だ。

 

「成層圏監視カメラとのリンクを確認。」

 

藤林がモニターを確認して告げる。達也のバイザーにも同じ情報が映し出されているので達也に言ったというより風間や真田に教えたのが正しいだろう。

 

船体に付着する無数の水滴のうちヒドラジン燃料電池タンクの直上、甲板に付着した水滴に狙いを定める。監視カメラの分解能では見分けられない一滴の水滴を精密照準する{サード・アイ}の遠距離精密照準補助システムもすごいが情報体知覚する達也の視力も驚異的だ。「『マテリアル・バースト』発動。」風間の指示に達也は引き金を引いた。

 

突然、想子波の揺らぎの警告音が鳴り響く偽装揚陸艦はざわついていた。十km四方に敵の影も形もなかったのだから仕方の無いことだろう。もし揚陸艦の生存者がいたのであればこう表現したことだろう。『太陽が突如現れ、膨れ上がり爆発した』と。

 

しかしその言葉を後世に残すことが出来た人間はいなかった。その灼熱の光球に全て飲み込まれ蒸発してしまったのだから。究極の分解魔法、戦略級魔法である『質量爆散(マテリアル・バースト)』が実戦で二回目に使われた瞬間であった。

 

その爆発を俺達は海岸の近くで見ていた。突然光球が水平線の彼方に現れたかと思うと膨張し何もかもを飲み込む瞬間を深雪は心配そうな表情をし俺の左手を握りなから見ていた。俺は無表情に何もなかったかのように穏やかな海原をしばらくの間眺めていた。

 

 

 

「敵艦と同じ座標で爆発を確認。撃沈したかと思われます。」

「撃沈しました。」

 

藤林の報告を修正し達也は報告した。

 

「約八十kmの距離を精密照準。{サード・アイ}は所定の所為の性能を発揮しました。」

 

真田の嬉しそうな報告に風間はうなずき達也いや大黒特慰を労った。

 

「特慰ご苦労だった。」

「はっ。」

 

大黒特慰は敬礼を返した。

 

 

 

克也と深雪は自宅で初めて二人きりの生活を送っていた。といっても数時間だけだったが。もちろん二人に間違いが起こることもなく普段通りだった達也がいないことだけを除いては…。

 

電話の音が鳴り響き深雪が応対する間克也はテレビの正面に立っていた。呼び出し音が四葉からの秘匿回線だったので素早く身支度した。

 

「お久しぶりです叔母上。」

『久しぶりね克也それに深雪さんも。』

「ご無沙汰して下ります叔母様。」

 

俺達は挨拶しながらお辞儀をした。俺が「母」と呼ばなかったのはこの回線が暗号でカモフラージュされているからである。四葉の暗号は世界でもトップの頑丈さでなので安心して話せる。

 

『そんなにかしこまらなくて結構です今日は大変な目に遭いましたね。』

「ええ、しかし何も心配することはありません叔母上。問題など何一つありませんし達也が片付けてくれますから。」

「その通りです叔母様。兄は事後処理のためここにはおりません。」

 

俺と深雪は感情のぶれが一切無い声で答えた。

 

『そうですかそれを聞いて安心しました。そうそう今度の日曜日いらっしゃいないろいろ話したいことがありますから。』

「わかりました達也に伝えておきます。」

 

真夜の出頭命令に俺は素直にうなずいた。

 

『じゃあ、お休みなさい。』

「「お休みなさいませ叔母上(様)。」」

 

 

 

電話が切れると俺はソファーに沈み込んだ。

 

「克也お兄様…。」

 

深雪が心配そうに見つめてくるが気付かなかった。

 

「達也、お前を切り離せはしない絶対に。例え四葉家と敵対することになってもこの地球に俺達の居場所がなくなったとしても。」

 

そう呟いたあと深雪は後ろから抱きしめてきた。

 

「そんな重荷を克也お兄様だけが背負う必要はありません私も同じように背負って生きていきます。だからそんなに抱え込まないでください。」

 

そう話しかける深雪の頬には二筋の雫が流れていた。そして俺の頬にも。

 

「達也…。」

 

俺はまた大事な弟の名前を呟いた。

 

 

 

十月三十一日、達也は対馬要塞でハロウィンを迎えていたが特別な感慨はなかった。

 

「これはつい五分前の写真だ。この様子だと後二時間後には出向するだろう。そしてこの動員人数を見る限り日本海側のどこかを占領する意図があると考えられる。」

 

確かにそれだけの人数と物資、武器が準備されていた。

 

「既に敵は準備を完了しているが我々は昨日より動員を開始したばかりだ。このままではやつらに先を越されるだろう。よって我々独立魔装大隊は戦略級魔法を投入し殲滅することを決定した。これは統合幕僚会議の許可を受けている作戦である。大黒特慰頼むぞ。」

 

風間の言葉に達也はうなずいた。

 

「大黒特慰、準備はよろしいですか?」

「準備完了、衛星とのリンクも良好です。」

 

真田に問われて達也はムーバル・スーツを着て{サード・アイ}を両手に答えた。「『マテリアル・バースト』発動準備。」風間の声に{サード・アイ}を構え照準を合わせる。

 

狙いは鎮海(ちんかい)軍港巨済島(コシェド)要塞に停泊している大亜連合艦隊の中央の戦艦の戦闘旗。三次元処理された衛星映像を手掛かりに情報体へアクセスする。

 

「準備完了」

 

呟くような小さな声だった。しかし静まりかえった室内ではそれで十分だった。

 

「『マテリアル・バースト』発動。」

「『マテリアル・バースト』発動します。」

 

風間の声を復唱し達也は{サード・アイ}の引き金を引いた。対馬要塞から海峡を越え鎮海軍港へ。そして爆発した。爆発の後の爪痕を見て表情を変えなかったのは達也だけであった。そしてここにいる全員が戦略級魔法という意味を思い知らされた。

 

 

それは後世に「灼熱のハロウィン」としてまことしやかに語り継がれる世界を揺るがす事件であった。

 

 

 

翌日から学校には深雪と二人で登校したが達也のいない登校は寂しいものだった。いつものメンバーから達也はいつ帰ってくるのかと聞かれたが連絡もつかないので分からないと答えた。

 

達也が軍の関係者であることを知っても変わらず接してくれる友人達に感謝したが昼食の席でも重たい空気が覆い楽しいと呼べるものではなくほのかやエリカが明るく話を盛り上げてくれたのだが空気を吹き飛ばすことはできなかった。

 

「達也お兄様はいつ帰ってくるのでしょうか。」

 

エリカ達と別れてコミューターに乗っているとき深雪がふいにこぼした。

 

「あれから二日も経つのにお兄様からは連絡はありませんしこちらから連絡しても返信が来ません。何かあったんでしょうか。」

「忙しいんだろうさ、叔母上からの報告にもあったように条約締結したから達也の立場も変わってきてるんじゃないかな勝利の立役者なんだし。それに達也に何かあれば俺達が気付かないはずがない。達也が帰ってきたときに笑顔で迎えられるように明るく元気でいようよ。」

「そうですね克也お兄様。それでは今日は克也お兄様の大好きなたらこスパゲティにしますね。」

 

俺の言葉に深雪は吹っ切れたらしくいつもの深雪に戻っていた。

 

「それは楽しみだなそれなら早く帰らないと。」

 

俺は笑顔で答えた。

 

 

 

「灼熱のハロウィン」から三日後達也はようやく任務を終了し家路についていた。二日前、大亜連合は日本側の要求をほぼ受け入れる形で条約を締結した。大亜連合がたやすく受け入れたのは日本側が出した要求が控えめな内容だったのもあるが何より鎮海軍港の被害が甚大だったのが大きかった。

 

大亜連合は「灼熱のハロウィン」によって四割の戦艦と三割の軍隊を失っており降伏するには十分すぎるものだった。条約が締結された後達也は会議などに出席しなければならず到底克也達に連絡できる状態ではなかった。

 

しかしそれももう終わりであと十分もすれば二人に会える。そんなことを考えていると家に着きドアを開けると二人の姿が見え声が聞こえた。

 

「お帰り(なさい)達也(お兄様)。」

 

三日しか声を聞かなかったのにこんなに嬉しくなるのは何故だろうか。それだけ二人が大切だからだろうか。

 

「ただいま克也、深雪。」

 

俺は二人に笑顔を向けながら玄関のドアを閉めた。




横浜事変はこれで終了です。次話は真夜と風間との談話ですお楽しみに。


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第二十九話 出頭命令

横浜騒乱編も最後です。


後世に「灼熱のハロウィン」として知られる日から一週間後、三人は地図に記されていない山村に来ていた。その理由は叔母からの招きという名の出頭命令によるものだった。

 

「心配するな俺たちは三年前とは違う。」

 

達也は暗い顔をしている深雪の肩を軽くたたきながら慰めた。達也の言った言葉の中には二つの意味が込められている。達也と深雪の実力そして二人の関係。達也は三年前まで深雪の単なるガーディアンで今は兄でありガーディアンなのだ。

 

「兄」という言葉が付くだけで深雪の心は軽くなりしかし同時に少し切なくもなる。この感情は深雪に理解できるものではなかった。達也は深雪がそんな感情を抱いていることを知らない。そんな二人を俺は首だけを後ろに向けて見ていた。

 

 

 

一室に通され俺と深雪はソファーに座ったが達也は立ったままだった。俺は座るように言ったが達也に断られたので二度も同じことを言うつもりはなかった。

 

「おっと。」

 

中庭を見ていた克也が突然声を出す。

 

「どうした克也?」

「黒羽(くろば)の姉弟だ。」

「珍しいですね。」

 

俺の言葉に達也と深雪は窓から中庭を歩いている二人を見た。黒羽姉弟が出てきた離れには当主の真夜にとって叔母に当たる人物が住んでいるのでご機嫌伺いに来てもおかしくはない。

 

「そういや達也は最近二人に会ったのか?」

「いや、会っていないな。会おうにも両方とも仕事があったし去年は受験勉強で忙しかったからな。」

「なるほどね、実を言うと俺もここ一年会ってないんだ。」

「どうしてだ?」

 

達也は四葉の本家にいた克也が仕事の関係上真夜に報告に来る際に会っていたと思っていたので会っていないと聞き驚いていた。

 

「二人が来るときに限って用事が入っててさ。七草家のパーティーとか病院とかで会えなかったんだ。」

「病院?」

「別に体調を崩して行ったわけじゃないよ。事故による後遺症の検査の為に行ってたんだ。」

 

俺の説明に不安の顔をしていた達也は安堵した顔に変わった。

 

コンコンとドアがノックされる。

 

「どうぞ。」

 

俺が答える。

 

「失礼します。」

 

という声と共に女中が深々とお辞儀をし横にずれるとそこには三人が知っている人物が立っていた。

 

「久しいな達也先週会ったばかりだが。」

 

矛盾した挨拶だがおかしいと感じなかった。

 

「少佐、何故いえ叔母上に呼ばれたのですか?」

「ああ、二人が来るとは聞いていなかったが。」

「申し訳ありません。」

「謝る必要は無い。」

 

風間は克也の謝罪を流す。

 

「しかしここに来るのも三年ぶりか。相変わらず『死の匂い』が立ち込めているな。」

「仕方ありませんここは四(死)の研究所の上に作られた場所ですから。」

「それもそうだな。」

 

この会話は三年前にもやりとりしているのだがまるで今思い出したかのように言ってきた。達也と深雪が風間と出会ったのは沖縄でのことでその事に対して俺は詳しく聞こうとしなかったが真夜から説明されていたので話しについていけないということはない。

 

風間が言った『死の匂い』とはそのままの意味ではなく比喩表現で魔法師として言葉で表せないがなんともいえない『何か』を感じるのでそう言っているだけである。

 

 

 

「失礼いたします。」

 

返事を待たずにドアを開けた執事は見るからに高い地位を有する執事だ。実際に地位は高いのだが…。その執事の後ろから主である四葉真夜が現れた。

 

「遅くなってしまって申し訳ありませんそれでは始めましょうか。」

 

真夜が席に着きそう言うと執事が俺と深雪、真夜、風間の前に紅茶を置く。達也にはないが誰も何も言わなかった。

 

「本日来ていただいた理由は横浜事変に端を発する一連の軍事行動についてお知らせしたいことがあったので。風間少佐にも克也、達也さん、深雪さんにも。」

 

真夜はそう切り出すと話し始めた。

 

「国際魔法協会は一週間前鎮海軍港を消滅させた爆発が憲章に抵触する『放射能汚染兵器』によるものではないとの見解をまとめました。これに伴い、協会に提出されていた懲罰動議は棄却されました。」

 

{そんなことにまで発展していたのか}と俺は思ったが顔にも空気にも表さずに聞いていた。

 

「消滅した敵艦隊の搭乗員に震天(しんてん)将軍が含まれていて戦死が確実視されているのをご存じですか?大亜連合は認めていませんが。」

「劉雲徳(りゅううんとく)がですか?」

 

風間はその人物が参戦しているとは考えていなかったようだ。なぜならその人物が世界でも有数の魔法師だからである。

 

「ええ、それぞれの国の政治によって国際的に公にされた十三人の戦略級魔法師の一人であるその人がです。」

 

十三人の戦略魔法師は『十三使徒』と呼ばれ恐れられている。

 

「三年前から続く因縁はこれで終わるのでしょうか?」

「それはなんとも言えないわ克也。ただ今夏の鎮海軍港消滅は多数の国から興味を注がれておりあれが戦略級魔法であると考えている国も少なくないでしょう。術者の正体を暴くために探りを入れてきている国も少なくないと思われます三年前の爆発を含めて。これ以上達也さんの正体を暴かれたくないのでしばらくの間接触を控えていただけますか?」

「…その方がよろしいでしょうね。わかりました可能な限り関係は持たないことにしましょう。」

「ありがとうございます。」

 

風間の返事に満足そうに真夜はうなずいた。

 

 

 

風間が退出した後克也と深雪は席を外すように指示され別室に移動した。

 

「さて達也さんこうやって二人だけで話すのは初めてね。」

「ええ、必ず克也か深雪が側にいましたからねそれにこうして直接声をかけていただくのも初めてです。」

 

達也は普段と変わりなく話をしていた。常人であれば震えだし会話もままならなかっただろうが達也はそういう感情に疎いのでそんなことにはならなかった。

 

「そうだったかしらまあいいわ。今回は大活躍でしたね。」

「恐縮です。」

 

真夜が軽く皮肉を込めるが気にせずに返答する。

 

「でも四葉にとっては困ったことをしてくれたわね。」

「申し訳ありません。」

「あなたに非があるわけではありませんよ命令した風間少佐に責任があるんですから。気をつけなさい達也『スターズ』が動いているわ。」

 

今までのおどけた雰囲気が一変し当主にふさわしい威厳を表した。

 

「『スターズ』がですか?」

「ええ、それもあなたと克也、深雪さんを容疑者の一人であるところまで絞り込んでいるわ。」

「すごい情報収集力ですね。」

「伊達に世界最強の魔法部隊を名乗っていないわ。」

「俺が言っているのはリアルタイムで敵の情報を集めていることに対してです。」

「…。」

 

達也の言葉を違う意味にとっていた真夜は一瞬思考停止に陥ったが瞬時に復活させた。

 

「…教えてあげられないわ残念だけど。」

「ごもっともです。」

 

真夜の捻り出した言葉に軽く相づちを打つだけで答える。

 

「達也、ここで謹慎なさい。」

「それは俺が犯人であると暗に意味することになります。」

「理由はどうとでもなります。」

「そうでしょうか?」

「私の命令に従わないと?」

「俺に命令できるのは克也と深雪だけです。」

 

達也がそう言った瞬間部屋が『夜』に塗り替えられる。が隣の部屋から伝わってきた想子に真夜は『流星群』の発動を強制終了させた。

 

「克也にあまり心配かけないでもらえますか?」

「あなたが私の言うことを聞いていればそんなことにはならなかったのだけど。」

 

魔法を放とうとした時の表情とは違い普段の笑顔に戻っていた。

 

「克也に免じて今回は許してあげる克也に感謝しなさいよ?」

「相変わらず克也に対する溺愛は変わりませんね叔母上。」

 

達也の言葉に恋する少女のように顔を真っ赤にさせた真夜は

 

「べ、別に良いでしょ!?」

 

と言ってきた。叔母の慌てぶりに{これが四葉の当主なのか?}と不覚にも思ってしまった。

 

「達也さん、今失礼なことを考えませんでしたか?」

 

{するどい!}と思ったがおくびにもださず答える。

 

「滅相もありません。叔母上の新しい一面を見れたことに感動していただけです。」

「そうそれならいいわとりあえず冬は気をつけなさい。」

「わかりました。」

 

達也は席を立ち退室した。

 

 

 

三人は克也の元ボディーガード四谷辰巳が運転する車の中で達也が想子の圧力の話をしていた。

 

「克也のおかげで『流星群』を『分解』せずにすんだ。」

「まさかあんなところで使うとはね、叔母上にも困ったものだよ。」

「さすが克也お兄様です!」

 

約一名おかしな言葉を発していたが…。

 

「辰巳、家までどのくらい?」

「およそ二時間半ほどです。」

「そうかなら辰巳も自動運転に切り替えてこっちで遊ぼうよ。」

「何をされるのですか?」

「カードゲームの一つで『UNO』というらしい。昔流行ったらしくてエリカにもらったけど遊ぶタイミングがないから今しようかなと人数もちょうど良いしね。」

「分かりました参加させていただきます。」

 

俺の呼びかけに快く引き受けてくれたので嬉しかった。青木なら運転までは引き受けるだろうが参加などはせずに運転に集中していただろう。

 

家に着くまで『UNO』を楽しみそして一番楽しんだのが辰巳だったのが意外だった。




ここまで呼んでくださいましてありがとうございました。次話から来訪者編です。よろしくお願いします。


劉雲徳(りゅううんとく)・・大亜連合の戦略級魔法師で『十三使徒』の一人。死亡したと言われているが大亜連合は否定している。


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6章 来訪者編
第三十話 留学生


ついに来訪者編突入です。書き切れるか不安ですが頑張るので応援お願いします。

追記 UA15000超えありがとうございます!4/8


西暦2095年も残るとこあと一ヶ月。といってもそれを言えるのはまだ先だ。なぜなら…。

 

「…訳分かんねえよ!」

「うるさい!」

「…レオもエリカも落ち着け。」

 

レオの問題が解けないことへの苦しみの叫びに集中していたエリカが切れたのだ。俺は二人を落ち着かせた。今俺達は雫の家で学生という名の者にとって忌まわしき避けて通れない定期試験のテスト勉強中だったのだ。

 

克也、達也、深雪、レオ、エリカ、幹比古、美月、ほのか、雫といういつものメンバーが勉強会に集まっていた。といってもここのメンバーは筆記試験においては優秀である。

 

レオも上位二十人には入っていないが赤点を気にすることはないので和気藹々(あいあい)とお茶会に発展していた。

 

時折レオとエリカがケンカし始めるが俺と美月で抑えていたがその雰囲気も雫の言葉で吹き飛んだ。

 

「アメリカに留学することになった。」

「雫、今なんて言ったの?」

「アメリカに留学することになった。」

 

雫はほのかの言葉に一語一句変えずに答えた。

 

「よく許可が下りたね。」

「私もびっくりしてる。」

 

俺の言葉は雫の学力のことを言っているのではない。ハイレベルな魔法師は国外に出ることを政府に制限されている。なので今回許可されたのが不思議なのだ。

 

「交換留学だからだって。」

「だからじゃない?」

「交換留学だからって理由で許可されるのもおかしくない?エリちゃん。」

「言われてみれば。」

 

美月の言葉に考え込むエリカ。

 

「ところで北山さん期間は?」

「年が明けてから三ヶ月。」

「短くて良かった~。」

 

幹比古の質問の答えに安堵したほのかはもっと長期間だったと思っていたようだ。

 

「じゃあ送別会をしないとな。」

 

達也の一言に全員が嬉しそうにうなずいた。

 

 

 

定期試験も無事終わり送別会を今日十二月二十四日に行うことになった。

 

定期試験の結果は予想通り。

 

筆記一位 達也 僅差で二位 克也 三位 深雪 四位 幹比古 五位 ほのか 六位 雫 十位 エリカ 十五位 美月 

 

レオはランク外。

 

実技一位 深雪 僅差で二位 克也 三位 雫 四位 ほのか 二十位 幹比古 

 

達也、エリカ、美月、レオはランク外。

 

総合順位は主席 克也 僅差で次席 深雪 三席 雫 僅差で四席 ほのか 

 

達也、エリカ、レオ、幹比古はランク外。

 

という結果になったが全員が驚いたのは実技のトップ二十に幹比古が入ったことだ。九校戦以来魔法の使い方を思い出した幹比古は眼に見えて上達していったのだ。それがこの結果にも表れている。

 

この日は全員結果のことは忘れて良くパーティーを楽しんでいた。

 

「送別会の趣旨とは違うけどこの合図でいこうかメリー・クリスマス。」

「「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」」」

 

達也の合図で全員がジュースの入ったグラスを天に突き上げて合唱した。このときは全員が魔法師ではなくごく普通の少年少女だった。行われている『アイネ・ブリーゼ』は貸し切り状態にしてもらい楽しんだ。

 

「アメリカのどこに行くの?」

「バークレー。」

 

エリカの質問に都市の名前だけを答えた雫だった。普通ならありえない留学が許可されそれが友人であったなら聞きたくなるのも当然だろう。

 

「ボストンじゃないんだ。」

「東海岸は雰囲気がよろしくないようだからね。正しい判断じゃないかな。」

「魔女狩りの次は魔法師狩りか歴史は繰り返すと言うが自分が標的だと余計に気分が悪いぜ。」

 

レオの言葉は全員が思っていたことなので反論するメンバーはいなかった。

 

「代わりに来る子はどんな子?」

「同い年の女の子らしいよ。」

「それ以上は分からないか。」

 

雫の返事に達也はしみじみと呟いた。

 

 

 

帰り道コミューターの中で深雪が疑問を話し始めた。

 

「雫ほどの魔法素質があるのに留学が許可されるとは思いませんでした。」

「そうだねいくら同盟国とはいえ完全に信用できることなど出来ないはずだ。」

「俺達への接触を図るためなのかもしれないな。」

「達也どういうこと?」

 

俺は達也が何か知っているらしいので教えてもらうことにした。

 

「俺達は容疑者らしい。叔母上の忠告と合わせれば偶然と思って野放しには出来ないしね。」

 

達也はあえて『何を』と言わなかったが俺達は分かっていたので聞き返さなかった。

 

「今は大人しくしていよう。」

 

達也の言葉に克也と深雪は頷いた。

 

 

 

新学期が今日から始まったが留学生が来るということもあってか校内はうわついていた。

 

「達也君聞いた?留学生すごい美少女なんだって。」

「…エリカどこからその情報を得たんだ?」

「色々。」

 

エリカの答えにため息をついた達也だったが顔の広いエリカはどこからか仕入れてきたのだろう。

 

「それに二高と三高、四高にも来たんだってあと研究所にも。」

 

本当にどこから得るのか気になった。

 

「こっちから関わらなければ何にも無いだろ?」

「あんた馬鹿?」

「なんだとこら。」

 

エリカにけなされ沸点まで怒りが上昇したが今回はレオの無知が災いした。

 

「A組に来てるんだから克也君や深雪達と関わるでしょう?二人は校内でトップクラスの魔法力持ってるんだから先生方も預けやすいし留学生もそっちに行くでしょう。」

 

エリカの言うとおりだ。深雪は生徒会役員でもあるので強制的に任せられるだろう。深雪と共に行動している克也、ほのか、雫も。

 

 

 

その関わりは思ったよりも早く昼食の席でのことだった。

 

「あの三人がそろうと絵になりますね。」

「恐ろしいね。」

 

美月の言葉に同調して感想を述べたエリカは昼食を取りに行って列に並んでいる三人を眺めていた。

 

黄金の髪に冬の空を思わせる蒼穹の蒼色の瞳の少女が克也の左に、漆黒の髪に黒水晶のような瞳の深雪が右にいるのでただでさえ周りから視線をもらっているのにさらに浴びることになっていた。

 

克也も深雪も見られるのは慣れているので気にしてはおらず留学生の方も慣れている様子だった。

 

「なあ達也あの子どっかで見たことがある気がするんだけど。」

「そういえばそうですね。」

「同感だな。」

「「え、そうなの?」」

 

レオと美月と達也の言葉に驚くエリカと幹比古。彼らが見かけたのは正月のことなのだがエリカ、幹比古はともかく達也以外は忘れているようだった。

 

「では紹介しますね今回留学されてきたアンジェリーナ・クドウ・シールズさんです。」

「リーナと呼んでくださいね。」

 

席についてリーナの紹介が始まり流暢な日本語で自己紹介をし華やかな笑顔を浮かべた。

 

「よろしく深雪の兄の達也だ。」

「レオと呼んでくれ。」

「エリカでいいわ。」

「美月と呼んでくださいね。」

「幹比古と呼んでください。」

 

それぞれが自己紹介する。

 

「タツヤ、レオ、エリカ、ミヅキ、ミキヒコね。」

 

全員の名前を復唱するがミキヒコが言いにくそうだった。

 

「言いにくいならミキでいいわよ。」

「ちょっエリカ!」

「そう?じゃあミキで。」

 

エリカによって幹比古のあだ名が決定し幹比古は落ち込んだ。

 

落ち込んだ幹比古を無視して食事を始めた。

 

「リーナって九島閣下のご血縁かい?確か閣下の弟さんが渡米されてそのまま家庭を築かれたと『母』に聞いたんだが。」

「よく知ってたわねカツヤかなり昔のことなのにその通りよワタシの母方の祖父が九島将軍の弟なの。」

 

克也の情報は正しかったらしい。

 

「カツヤの母もよく知ってたわね。」

「『母』は一時期九島閣下の指導を受けていたらしくてその時に聞いたらしいよ。」

 

「へえ~九島将軍の指導を受けられたなんて運が良いわね。」

「俺もそう思うよ。」

 

閣下は弟子をとらずましてや教育することもほぼ無かったので教えを受けられた深夜と真夜は幸運だったと言えよう。

 

「そういう理由もあってワタシのところに話が来たみたい。」

「じゃあリーナが自分から望んだわけじゃないんだ?」

「…うん。」

 

エリカの何気ない質問に一瞬言葉に詰まったことに気付いたのは克也、達也、深雪だけだった。

 

 

 

リーナは一高で鮮烈なデビューを果たした。深雪に負けない美貌とその魔法力によって。

 

「ミユキ準備はいい?」

「ええ、いつでもいいわカウントはリーナのタイミングで。」

 

向かい合う二人の距離は三mその真ん中で直系三十cmの金属球が細いポールに乗っている。実習の内容は同時にCADを操作して中間地点に置かれた金属球を先に支配するというものだ。

 

シンプル且つゲーム性が高いので見ている者は楽しいがシンプルが故に力量差が現れるため当事者は見ている者ほど気楽ではいられない。

 

「…にわかには信じられんなあの司波の妹にも勝るとも劣らない魔法力があるとは。」

「それを確認するためにこうやって見に来てるんだけどね。」

 

摩莉と真由美は自分達の自習を即座に終わらせ鑑賞していた。

 

「スリー」

「ツー」

「ワン」

「「GO!!」」

 

最後の合図は二人で同時に合わせて言った。二人がCADを操作すると金属球が左右に揺れ少しのための後地面に落ちたリーナの方向に。

 

「あーっ負けた~!」

「これで二つ勝ち越しよリーナ。」

 

盛大に悔しがるリーナの前でほっとした顔の深雪が言った。

 

「…ほぼ互角だな。」

「魔法発動速度は留学生が僅かに速かったけど干渉力で深雪さんが勝ったというところかしら。」

「侮れんな留学生の実力は。」

「ええ。」

 

二人はそう言い終えると教室に戻っていった。

 

「克也お兄様もどうですか?」

「構わないけどリーナ次第だな。」

「頼むわカツヤ、深雪に負けた悔しさを乗せて今回は勝たせてもらうわ。」

「負かせてやるよリーナ。」

 

深雪のお願いとリーナの宣戦布告に不敵に笑って準備を始める。

 

「スリー」

「ツー」

「ワン」

「「GO!!」」

 

CADを操作して金属球に作用させるすると深雪よりも早く金属球がリーナの方に落ちた。

 

「何でよ~!!」

「俺の勝ちだリーナこれで俺の四戦四勝だな。」

 

またしても盛大に悔しがっているリーナに伝える。

 

「さすが克也お兄様です!」

「ありがとう深雪。」

 

リーナやクラスメイトを無視して無邪気に話す二人にクラスメイトは鋭い視線を突き刺した。特に雫とほのかからのが痛かったが俺達は動じなかった。

 

 

 

その日の昼食中は先程の実習の話になっていた。

 

「さすがリーナね選ばれてくるんだからすごいのは予想してたけど深雪と互角とは思わなかった。」

「驚いているのはワタシもよ。」

 

エリカの尊敬のまなざしに肩をすくめながらリーナは答えた。

 

「これでもステイツのハイスクールでは負け知らずだったんだけどミユキには勝ち越せないしカツヤにはコテンパンにされるしさすが魔法技術大国・日本よね。」

「俺の場合は発動スピードで勝っているだけだから総合力でいえばリーナの方が上だよ。」

 

リーナの言葉に俺は事実を伝えた。

 

「でもリーナ学校の中で勝ち負けにこだわらなくても良いと思うわよ?」

「何事にも勝ち負けがあるから伸びるとは思わないの?」

「確かに競い合うことは必要だが必要以上にこだわりすぎるのも良くないぞリーナ。」

 

深雪とリーナの会話に達也が言葉を差し込み熱くなりかけているリーナを抑えた。

 

「ごめんねみんなワタシ熱くなりすぎてたみたい。」

「構わないさ競い合うことが必要なのは事実だからな。ところでどうでもいいんだがリーナ、アンジェリーナの愛称は『アンジー』じゃないのか?」

 

リーナは顔を引きつらせながら(克也、達也、深雪しか気付いていなかった)答えた。

 

「あながち間違いではないのよタツヤ。もう一人アンジェリーナという名前の子がいたから紛らわしかったの。だからワタシが『リーナ』って呼ばれるようになったというわけ。」

「そうか。」

 

達也は納得したかのように答え食事を再開した。安堵した空気を醸し出したリーナに気付いた者はいなかった。

 

 

 

夕食後、リビングでのんびりしていると深雪が達也に話しかけた。

 

「達也お兄様お昼の話はやはり…。」

「気付いていたのかい?俺は高確率でリーナが『アンジー・シリウス』だと思っている。でも『シリウス』の正体を隠そうとしていないように見えた。それは俺達に気付かせて話題をふっかけさせようとしているのかリーナが潜入捜査に向いていないのかわからない。」

 

達也は悩み始めていたがその話は横に置いて別の話題を出した。

 

「昼にはあんなことを言ったがリーナとは本気で競い合うんだ深雪。そうすればお前は今以上の高みに上ることが出来る。」

「はいこの言葉は失礼ですが言わせていただきます。リーナほど同性で競い合える人物はいませんでしたのでこのチャンスは逃せません。」

 

深雪の眼は闘志であふれていた。

 

「克也お前もだぞ。」

「分かってるよ達也。リーナから学ぶことは多いからな。」

 

克也も納得の出来る魔法力を持った知人が出来たことを喜んでいた。




来訪者編第一話お読みいただきありがとうございます。これからも頑張ります。


アンジェリーナ・クドウ・シールズ・・一高に留学してきた美少女。魔法力が高く深雪と互角なほどである。


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第三十一話 後悔

「司波君ちょっといい?」

 

放課後、風紀委員本部に向かうと千代田先輩に呼ばれて近づくと仕事を押しつけられた。

 

「シールズさんのことは知ってると思うけど今日一緒に回ってくれない?」

 

{面倒臭い、また変な噂が流れるな}と思ったが拒否すると千代田先輩の機嫌が悪くなりそちらの方が面倒臭いので承諾することにした。

 

 

 

「リーナの行っていた学校ではこういう制度はなかったのか?」

 

普段仕事で巡回している道を歩きながら達也はリーナに聞いた。

 

「ええ、入れるのは二年生からで一年生は勉学に励みなさいというスタンスだったわ。」

「それはアメリカ全体でか?」

「詳しくは分からないけどそういう学校は多いと聞いたわ。」

「なるほどねリーナからしたらこれは珍しいんだな。」

「ええ、だから詳しく知りたいと思ったの。」

 

話の軸を乱すことなく会話が続くのでそういうところは鍛えられているらしい。

 

回っていると視線が飛んできたが達也の腕章を見て状況を理解したようで茶々を入れてくるような無粋な生徒はいなかった。

 

「ねえタツヤ、あなたはalternate補欠なのよね?」

「ああ、そうだ。」

「でもみんなタツヤは校内でトップクラスの実力を持ってるって言ってたわ。」

 

みんなというのが誰なのかが気になったが聞かなかった。

 

「俺は周りの人間とは違う少し特殊な環境で育ったからな。それに実戦経験が多いから戦略を練るのに慣れている。」

「年齢=経験じゃないのは理解できるわ。」

 

リーナの想子が冗談では済まないほどに活性化していた。

 

「穏やかじゃないな。」

「分かるのねすごいわ。」

 

そう言うと研ぎ澄まされた刃のような笑顔をしながら右拳底を繰り出してきたので掴み取る。指先に想子を集め放つ瞬間に手首を捻る。

 

「っ!」

 

リーナが声を上げたので捻っていたリーナの手首を離した。

 

「あんた本当に力加減がすごいわね絶妙だわ。」

 

自分の右手をさすりながら言ってきたので質問することにした。

 

「説明してくれるんだろうな?」

「ちょっと確かめたくなっただけよお許しくださいタツヤ様。」

 

リーナの言葉に苦笑が浮かんだ。

 

「何よ?」

「いや、リーナらしくないなと思ってな。」

「ワタシのどこが上品じゃないというのよ!」

「キャラじゃないだろ。」

 

達也の言葉にリーナは余計なことを言ってしまう。

 

「これでも大統領のお茶会に呼ばれたんですからね!」

 

自分の言葉を思い出し達也をにらむ。

 

「…はめたのね?」

「今のはリーナの自爆だろ?」

 

睨み付けるのを俺は無視した。大統領と直接会えるのは階級の高い人物か一定以上の魔法力を持つ魔法師だけなのでリーナがアメリでも有数の強力な魔法師だということだ。リーナが『アンジー・シリウス』という可能性が上昇したが今はどうでも良いことだった。

 

「とりあえずはリーナの好奇心で俺に攻撃をしたということでいいんだな?」

「…ええ。」

「じゃあ、説明を再開しようか。」

 

達也はそう言うと巡回路を進み始めリーナも追いかけた。このやりとりを知っているのは当事者の二人だけだった。

 

 

 

「シルヴィ、どうしたんですか?」

「カノープス大佐から緊急の連絡です。」

 

真夜中、同居人にたたき起こされ電話を取った。

 

「ベン、音声のみで失礼します。」

「こちらこそ失礼します、先月脱走した者達の行き先が発覚しました。」

「何処ですか!?」

「日本です、横浜に上陸後今は東京に潜伏中だと思われます。」

 

カノープスの報告にリーナは驚愕した。自分がいるこの東京に自国の脱走者が潜伏しているとは考えていなかったからだ。

 

「総隊長、参謀本部からの指令をお伝えします。アンジー・シリウス少佐に与えられていた命令の優先権を第二位とし脱走者を追跡後捕獲または処刑せよとのことです。お気を付けて。」

 

そう言い終えるとカノープスは電話を切った。リーナは震えていた。自分がどんな理由で震えているのか自覚せずに。

 

 

 

「達也君、昨日のニュース見た?」

 

翌日の朝教室でエリカが達也に聞いてきた。

 

「吸血鬼事件のか?」

「うん、あたしは臓器売買ならぬ血液売買だと思うんだけど。」

「それじゃあ全体の一割しか減っていないのが理解できないな。それに血を抜いた注射痕が残っていないことを考えると可能性は低い。」

 

達也の言葉にエリカはまた考え直すようだ。レオが普段より遅く登校してきたので理由を聞こうと思ったが時間的に無理だったのでやめた。

 

 

 

昼食でリーナがいないことに達也は気付いた。

 

「今日リーナはいないのか?」

「なんでも家の事情で休みだそうです。」

 

三日目で休むのもおかしな話だが国からなにかしら命令を受けたのだろうと達也は思った。

 

 

 

その日の夜、克也は真由美と克人とレストランの一室で会談していた。

 

「七草家が把握している情報では吸血鬼事件の犠牲者は報道人数の三倍、現時点で二十四人多すぎるわ。」

「つまりそれより犠牲者の数が増える可能性があるということですか?」

「ええ。」

 

俺の質問に真由美は深刻そうに頷いた。

 

「被害に遭っているのは七草家の関係者か?」

「半分正解ね正確には当家と協力関係にある魔法師よ。」

「つまり敵は魔法師を狙っているということですか?」

「でしょうね。」

 

ため息をつきたくなるがこらえる。

 

「四葉、留学生は怪しいと思うか?」

「怪しいとは思いますが彼女は犯人ではないでしょう。むしろ処理する側ではないかと。」

「その情報は実家からか?」

「いえ、俺の想像ですリーナが来てからこの事件が発生しているのでタイミングが良すぎると思いました。それにあの魔法力を考えれば未知の敵に対処するためだと考えることが出来ます。」

 

俺は自分の考えられる限りの可能性を話した。

 

「なるほどなだがこのことを解決するには四葉家の手を借りるべきだが。」

「それはほぼ不可能ね父が余計なことをしたせいで四葉家とは実質的に冷戦状態だから。ごめんね克也君迷惑をかけて。」

「いえ俺はどうでもいいので何も文句はありませんし言うつもりはありません。それに俺はまだ次期当主候補の身ですので俺は協力させてもらいますよ知り合いに被害が出てからでは遅いですから。」

 

真由美の謝罪を受け入れる。

 

「ありがとうこれで七草家と十文字家は共闘し克也君も参加すると。案外簡単に解決するかもしれないわね、それと克也君今日のことはお二人には内緒でね。」

「分かってますよ知られたら俺の首が飛びます特に深雪によって。」

 

そう言うと二人は想像できたのか苦笑した。その後俺は家路についた。

 

 

 

克也の家に凶報が届いたのは家を出る直前だった。俺と達也が険しい顔をしていると深雪に声をかけられた。

 

「どうされました?」

「レオが吸血鬼に襲われたらしい。入院しているらしいが命に別状はないから見舞いは放課後にしよう。幹比古と美月も誘って行きたいから連絡しておいてくれないか?」

「「わかった(りました)。」」

 

 

 

「酷い目に遭ったなレオ。」

「見苦しい姿見せちまったな。大丈夫なんだけどよ力が入らないから立ち上がれねえんだ。」

 

レオの入院している病院の一室で達也の問いかけにレオはベッドに横たわったまま返事をした。

 

「で、何があったんだ?」

「それが良くわかんねえんだ殴り合っている最中に突然力が入らなくなってな。白い仮面をかぶっていたがやり合った感じ女だったぜ。」

「素手でレオと互角かそいつがもしかしたら吸血鬼なのかもしれないね達也。」

 

レオの言葉から俺はレオが吸血鬼と出くわした可能性があると思った。

 

「それよりなんで夜中に歩いてたんだ?」

「エリカの兄貴の捜査に参加してたんだよ。この前歩いてるときに話しかけたら連行されて話を聞いたときに俺が参加するって言ってな。」

 

どうやらエリカの兄の責任はそれほどないらしい。

 

「最初から人間じゃなかったということもありえるよ。」

「幹比古それはどういう意味だ?」

 

達也の問いかけに幹比古は真剣に話し出した。

 

「レオが遭遇したのは『パラサイト』なんだと思う。寄生虫という意味じゃなくてPARANORMALPARASITE(超常的な寄生物)略して『パラサイト』。人間に寄生して人間以外の存在に作り変える魔性のことだ。古式魔法の中でもマイナーだから現代魔法を使うみんなが知らなくてもおかしくはないよ。」

 

幹比古の説明に全員が恐怖した。

 

「レオ、君の幽体を調べさせてもらっていいかい?」

「ゆうたい?」

「幽体は精神と肉体をつなぐ霊質で作られた器だよ。人の血肉を糧にしている魔物は同時に精気を取り込んでいると考えられているから身体と同じ大きさをしている幽体を調べれば原因が分かるかもしれない。」

「分かった任せるぜ幹比古。原因が分からなかったら処置の方法もわかんねえからな。」

 

幹比古の説明に納得したレオは二重の意味で許可を出し頼んだ。

 

克也や達也が見たことのない伝統呪法具と由緒正しい墨で書かれた札を用いてレオの状態を視て驚愕していた。

 

「…克也や達也も大概おかしいと思ってたけどレオ君は本当に人間かい?」

「…なかなかの言いぐさだな幹比古。」

 

レオはしみじみと呟かれ気分を害していたがそれに気付かない幹比古は驚き続けていた。

 

「これだけ吸われていたら普通ならこうやって話せないはずだよ。」

「幹比古どうしたんだ?」

「ごめん、今のレオには常人が意識を保っていられないほどの精気を奪われているのにこうやって話しているから驚いてるんだ。」

 

幹比古は説明を続け教えてくれた。

 

「そりゃあ俺の身体は特別製だからな。」

 

それでも笑い飛ばすレオは本当に心優しい少年なのだろう。本気で自分をけなしているわけではないことを分かっていたので怒ったりはしなかった。しばらく話をしレオの体調を考え変えることにした。

 

 

 

 

「幹比古、何故『パラサイト』は血が必要だったんだ?精気を吸うだけなら必要ないはずだろ?」

「うんそれは僕もおかしいと思ったんだ。」

「他に理由があるのかもしれませんね。」

 

深雪の言葉に全員が頷いた。



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第三十二話 真相

あれから二日経ったがレオはまだベッドの上だ。常人なら意識を失うほどの精気を吸われたのだからすぐに回復するとは思えない。今朝はまだ来ていないエリカと幹比古の話題で美月と話していたのだが来たエリカと幹比古の顔を見て首をかしげた。

 

「おはよう…。」

「…おはよう達也、柴田さん。」

 

二人の挨拶にいつもの元気がなく疲れが見えるほどの疲労が溜まっているようだ。聞く前に始業のチャイムが鳴ったので理由を聞くことが出来なかった。

 

 

その日の昼食は珍しく少なくエリカが昼休みの間寝ており幹比古が保健室に行きレオは病院なので男二人は少し居心地が悪かった。

 

 

その日の夜、俺は吸血を追いかけていた。達也達には真夜からの命令で四葉家の者達と行動していると伝えているがそれは嘘だ。今は七草家と十文字家によって結成されている捜査チームで行動している。

 

「七草先輩、どうですか?」

「何もなしね。このままじゃまた収穫なしと父に伝えてため息をつかれるのがおちだわ。」

 

七草先輩もどうやらエリカ同様に疲れ切っているらしい。

 

「十文字先輩どうしますか?」

「どうにもこうにも吸血鬼が現れない限りどうしようもない。」

 

まだ二人には吸血鬼の正体を教えていないが知られると真っ先に俺が達也に疑われるので心苦しいが黙っておいた。

 

 

 

数日後、家でゆっくりしていた克也と達也は幹比古から連絡をもらいバイクにまたがって向かった。

 

「二人とも無事か?」

 

達也は赤髪に金色の瞳の人物と交戦していたエリカと幹比古に声をかけた。達也が声をかけると二人は安堵した空気を醸し出した。

 

「克也君、達也君。」

「克也、達也来てくれたんだね。」

「連絡をもらったんだから来るしかないだろ?」

 

俺は少しおどけながら答えた。エリカの服の様子に少し焦ってしまい眼を背けた。

 

「ねえ、眼を背けたままじゃなくて何か羽織るもの貸してくれない?」

「ああ、すまない。」

 

エリカに俺がコートを肩に乗せてやると寒かったのだろうか肩の震えが止まった。

 

「あいつ許さないんだから服弁償させてやる。」

 

エリカの服は至る所が破れていたので愚痴りたくなる理由は分かった。

 

「右鎖骨を痛めていたようだが。」

「達也君、それはそれこれはこれよ。ところでミキいつ連絡したの?聞いてないんだけど。」

「位置を見つけたときにだから十五分前かな。」

「せめて言ってほしかったわ。」

「いいじゃないかエリカ。また現れたときに倒せば良い。」

 

時間的にも帰った方が良さそうなので帰ることにした。

 

「そろそろ帰った方がいいんじゃないか達也?」

「そうだな、エリカ乗ってくか?」

「うん、お願い!」

 

そう言って達也の後ろに乗り嬉しそうに腰に手を回した。女子がバイクの後ろに乗りたがる衝動は昔から変わらず今でも残っている。そう思っているといつの間にか達也はエンジンをかけ走り出していた。

 

エリカにコートをとられたままの俺とエリカに怒られた幹比古は置いていかれたことに気付くまでその場に立ち尽くしていた。

 

「…幹比古後ろに乗っていくか?家まで送るぞ。」

「…ありがとう、それじゃあ頼むよ。」

 

俺はいつもより鈍い動きでバイクにまたがり幹比古が乗り込んだのを確認してから発車させた。

 

エリカを家に送った達也と幹比古を送った俺は先程の戦闘の話をしていた。

 

 

 

「達也、どうしたんだ?やけに深刻な顔をしてるけど。」

「いや、さっきの敵は厄介だなと思ってな。あれは『仮装行列(パレード)』だった。」

「『パレード』!?それは九島家の秘技じゃないのか?」

「そのはずだ。だが閣下の弟さんが渡米して家庭を築いていたんだからその子供に遺伝して使えてもおかしくはない。リーナだよおそらくあの赤髪の魔法師は。」

「まさか…。姿形が変わるなんてありえない。」

「叔母上に聞きたい連絡頼めるか?」

「わかった。」

 

 

 

帰宅してから四葉へ秘匿回線で連絡するとすぐ真夜が電話に出た。

 

『あら、克也からくれるなんてブランシュ以来ね。それに達也さんも深雪さんも。』

「「「お久しぶりです叔母上(叔母様)。」」」

『それで用件は何ですか?』

「失礼します叔母上、実はお聞きしたいこととお願いしたいことが一つずつありまして。」

『構いませんよ。』

 

真夜は見かけ上は優しく頷く。

 

「『パレード』の仕組みを教えていただけませんか?」

『あらあら、九島家の秘術ですよ。私が知っているわけがないじゃないですか。』

「叔母上は閣下のご指導を受けていたはずでは?」

『教えてもらえなかったのよいくら聞いてもね。』

「失礼しました。」

 

達也は不甲斐ない自分を恥じたが仕方がない。

 

「『パレード』、仮装のエイドスというものを魔法式として自分自身に投射し一時的に外見を変えると共に魔法的な照準を仮装の情報体にすり替えることで自分自身に対する魔法の作用を防止する魔法なのではないのですか?」

『【変身】が不可能だということは達也さんが一番分かっているでしょう?『

「姿を変えるだけでいいなら光波干渉系魔法で可能です。問題は光波干渉系魔法では俺と克也の『眼』をごまかせないということです。」

「お兄様方が正体を見抜けない相手など…。」

「それだけじゃない俺の『雲散霧消』と克也の『ベルフェゴール』の照準を外された。」

 

深雪の驚きに俺は頷いた。

 

『…『パレード』は弟さんの方が上手だったと聞いたことがあります。』

「それだけで十分です。それと今回の事件は我々の手に余るようです。援軍を頼みたいのですが。」

『…それが許しを請う方の用件なのですね?いいでしょう風間少佐との接触を許可します。』

「ありがとうございます。」

 

十分な情報と許可をもらい達也は満足した。

 

「これではっきりした今日の敵は『アンジー・シリウス』ことリーナだ。明日も学校だがリーナとは自然に接することにしよう。それとこのことはエリカ達には内緒だ。」

 

達也の言葉に俺と深雪は頷いた。

 

 

 

次の日俺と達也は登校中真由美に「放課後、クロス・フィールド部の第二部室に来てほしい」と言われた。クロス・フィールド部は克人が所属していた部活だから使用することに誰も反対しなかったのだろう。

 

「司波、単刀直入に聞く。昨日の夜何をしていた?」

「バイクで外出をしていました。」

「何処へだ?」

「件の吸血鬼と交戦していた吉田と千葉に呼ばれて克也と二人で向かいそこで吸血鬼を追跡してきたであろう正体不明の魔法師と出くわしました。」

 

放課後、クラス・フィールド部の第二部室に四人で集まっていた。達也の報告に真由美が視線を送ってくるが眼を伏せ{バレますよ}とジェスチャーすると向こうも分かってくれたようで何もなかったかのように達也に話しかけた。

 

「どんな人だったの?」

「赤髪で金色の瞳でした。強力な魔法師だという以外には何も分かっていません。」

「司波、捜査に加わってくれないか?」

「構いませんよ。」

 

達也が二つ返事で承諾したことに二人とも驚いていた。

 

「いいの?」

「ええ、克也がいれば四葉家から情報が来るでしょうし二人と克也が共同で捜査しているのも知っていましたから。」

「えっ!」

「なっ!」

 

達也の言葉に真由美と俺は絶句し克人も無言で驚いていた。

 

「克也、お前顔に出てたんだよ。{今日も手掛かりなかった}みたいな表情をな。」

 

達也の言葉を聞いて真由美がにらんできたので頭を下げて謝っておいた。

 

「…司波お前は四葉と組んで単独行動してほしい。」

「いいんですか?」

「構わん、チームに入っても個人で動かれては統率ができんからな。これはお前を邪魔者扱いしているわけではない。お前の行動力と計画性を推し量って言ったことだ。一つ言っておきたい手に入れた情報は包み隠さず話すことこれが単独行動させる条件だ。」

「わかりました、何か分かればお伝えします。」

 

そして真由美からもらった情報の中で目新しいものは三つだった。一つが被害の規模、予想以上の被害には驚かされた。二つ目は単独ではなく複数による仕業であると。

 

三つ目は捜査チームを妨害する第三の勢力。これはおそらく『スターズ』であろうが確信はないのでなんとも言えなかった。そしてリーナはほぼ確定で第三の勢力だろう。

 

その後少し他愛のない会話をし深雪を連れて帰宅した。

 

 

土曜日、達也は廊下を偶然通りかかったリーナに右肩を軽くたたきながら挨拶した。

 

「やあ、リーナ学校はどうだい?」

「はいタツヤ、楽しんでるわよ。」

 

お返しにとばかりに達也の肩をたたきすれ違った。



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第三十三話 恐怖

夕食後、克也達は大型スクリーンを眺めていた。吸血鬼を追跡している三つのマーカーが移動しているのを見て達也は厳しい顔をしていた。

 

「達也行くのか?」

「ああ、『スターズ』は俺達より簡単に吸血鬼を見つける何かを持っているようだ。追跡しているのは十中八九リーナだろう。チャンスは少ないだろうしおそらく今はリーナ一人だろうから話し合いで終われるかもしれん。行ってくる。」

「気をつけろよ。」

 

バイクにまたがり向かう達也を俺と深雪は心配そうに見送った。

 

 

 

しばらくすると家のインターホンが鳴ったので深雪が出ると驚いていた。

 

「克也お兄様、九重先生が車に乗れと言っておられますがどうされますか?」

「行かないとな。それに車を先生が出すということは余程なんだろう。」

 

俺はそう言って{ブラッド・リターン}と汎用型CADを持って家を出た。

 

「先生、何故力を貸してもらえるんですか?」

「先代が九島に教えた『纏衣(まとい)』は『パレード』の原型だ。それには僕達にとって門外不出の秘伝が含まれている。見境なく使われては困るから今回は手を貸すことにしたんだよ。」

 

先生は俺の質問に笑顔で答えているが心中は穏やかではないのだろう。怒りがにじみ出てきている気がする。達也の元に向かう間俺はそう感じた。

 

 

 

達也の元に向かうとリーナが達也にCADらしきものを突きつけていた。

 

「…さようならタツヤ。」

 

そんな声が聞こえた瞬間俺は車から飛び出していた。

 

「そんなことはさせないぞリーナ!」

 

その間に周りにいる男達を昏倒させる。俺の声を聞いてリーナは驚いてこちらに顔を向けてきた。

 

「カツヤ、ミユキもなんで?」

「妹だから当然でしょう?」

「達也君危なかったね~。」

「白々しいですよ師匠。隠れて出番を待ってたくせに。」

 

先生と達也のやりとりを見て笑顔になりそうだったが抑え{ブラッド・リターン}を向けていたリーナを見る。

 

「リーナ、達也は殺させないよ。達也に向けられる敵意を俺達は見逃さない。取引といこうリーナ。一対一の勝負でこちらが負けたら今回は逃がすがこちらが勝てば聞かれたことに答える。どうだ?」

「…いいわよ。」

「交渉成立だじゃあ始めようか。」

 

俺はリーナの前五mに立ち特化型CADを構える。

 

「今更だけど勝てると思っているの?『スターズ』総隊長であるこの私に。」

「それはこっちの台詞だよリーナ。俺は『アンタッチャブル』の血を受け継いでいるんだ簡単に勝てると思わない方がいい。」

 

俺が想子を活性化させ臨戦態勢を取るとリーナは一歩後退りしたが踏み止まり同じように想子を活性化させてきた。俺が出会った中ではトップクラスの圧力だが危機迫る程ではなくむしろ心地よかった。

 

「リーナ、カウントいくぞ。」

「ええ。」

「スリー」

「ツー」

「ワン」

「「GO!!」」

 

言うと同時に『ヘル・フレイム』を発動させるとリーナは『ムスペルスヘイム』を発動させてきた。

 

{さすがな、この高等魔法を使いながら俺の魔法に耐えるとは。でも、残念だけど俺の勝ちだよリーナ君は気付いていないんだから。}

 

俺が心の中でそう思うと俺の魔法がリーナの魔法を喰い始めた。

 

{何故これを!カツヤが世界で十人しか使えない魔法を使えるのよ!}

 

私は心の中で思ってしまった。自分の魔法が押され始めていることに気付いた私は余計に焦り始めた。

 

{この私が負けるなんてありえない!}

 

気合いをいっそう入れるが止まらない。

 

{何で止まらないのよ!}

 

リーナはこの長期間の間精神的に余裕がなく働き続けていたため自分の疲労を自覚していなかった。そのため本来の魔法力ではなく7割程度しか使いこなせなかった。

 

全力で戦っても克也の本気にはかなわなかっただろう。克也が本気を出せば達也と同じで一国を簡単に落とせるのだから。

 

{リーナが押されているな。克也はまったく本気を見せていないし疲労が溜まっていたんだろう。}

 

克也とリーナの勝負を見ていた達也は{シルバー・ホーン}を構え『術式解散』を放った。

 

『ヘル・フレイム』がリーナの目前に迫ったとき俺達の魔法は消し飛んだ。誰が何をやったのかを理解していた俺は驚かなかったがリーナは何が起こったのが理解できていなかった。

 

「さすが達也だな。」

「何?今のは…。魔法式が消し飛んだ?」

 

リーナはまだ驚いていたがそれどころではなかったので話し掛けた。

 

「リーナどうする?勝敗は分からなくなったけど。」

「…いいわワタシの負けで。あのまま戦っていても負けたのはワタシだったから。でも、質問にはイエスかノーで答えられる質問じゃないとダメよ。これは譲らないからね。」

 

普段のリーナに戻り拗ねる様子に俺達三人は笑った。その間八雲は感情が読み取れない謎の笑みを浮かべながら俺達を見ていた。

 

 

 

翌日、俺達は捜査チームを学校の生徒会室に呼び出した。

 

「昨晩三時間おきに特定パターンの電波を発する発信器を吸血鬼に撃ち込みました。寿命は最長で三日間、微弱ですが電波は違法防止用の傍受アンテナなら受信可能です。」

「どうやって…。」

「それは秘密です。」

 

真由美の質問に達也は答えなかった。応えるためには独立魔装大隊の技術力の一端を教えることになるからだ。それは避けなければならない。

 

「我々が追いかけている吸血鬼の正体はUSNAから脱走した魔法師のようです。昨日四葉家から連絡がありました。」

 

達也の半分の嘘を信じているエリカ、幹比古、真由美、克人は「なるほど」と「まさか」という表情をした。妨害している組織のレベルが単なる非合法組織ではないとうすうす感じていたのだろう。

 

 

 

「リーナ、昨日はどうしたのですか?『スターズ』のコード持ちが四人とも無力化され任務復帰の目処が立たないほどの大怪我。その上リーナまで三時間以上通信が途絶えるだなんて。」

 

シルヴィは布団で寝ていたリーナを起こしソファーで話をしていた。自分がリーナを追い詰めていることに気付かずに話を進めたことで只でさえ克也にやられ吸血鬼に逃亡されて精神的にやられているというのにそんな言葉を聞けば奈落の底へ落とされたと感じても仕方ないだろう。

 

「私はもう『シリウス』を続ける自信がなくなりました。返上します。」

「待ってください総隊長!」

 

自分がとどめを刺したことをにようやく気付いたシルヴィが慰めに入る。

 

「今回は運が悪かったんですよ。」

「運?」

「ええ、リーナは数日前から働き続けていましたから疲労が溜まっていたんです。それなら仕方ないじゃないですか。」

「そうね。運が悪かっただけよ。」

 

復活してくれたようで一安心したシルヴィだった。

 

「昨日四葉家の者と勝負したのですが負けました。」

「アンタッチャブルと呼ばれるあの四葉家ですか?」

「ええ、疲弊していたのは否めませんが万全の体調で全力で戦っても勝てないと思わせられました。」

 

リーナの言葉に信じられないという表情をシルヴィはしていた。『十三使徒』の一人のUSNA戦略級魔法師『アンジー・シリウス』でさえ勝てないとなると非常にマズい状態だ。

 

「総隊長それでも任務は続けますか?」

「ええ、これは『シリウス』として成すべき事柄です。」

 

リーナの表情は歳頃ではなく一人の魔法師であった。

 

 

 

週明け学校に登校してきたエリカはそこで全体力を使い果たしたのか眠気に抗えず机に突っ伏していた。ここ数日おなじみの光景なので美月も慣れたようだが心配なのは変わらないようだ。

 

「起こしてあげた方が良いでしょうか?」

「寝かしといてやろう。寝惚けて攻撃されたり不機嫌になられては困るからな。」

 

俺はそう美月に伝えると自分の席に座り授業の準備をした。

 

 

 

達也から体力を奪ったのは雫との電話が原因だった。時間は半日ほど遡る。夕食を終え一息つこうとした時に電話が鳴り出ると雫からだった。

 

「雫かどうした?」

 

達也が出るととんでもない姿をした雫が大型画面いっぱいに映し出された。

 

「雫!あなたなんて格好をしてるの!」

『普通の服装だけど…。』

 

深雪が叫ぶが雫は何かしら反応が薄くあまり気にしていないようだった。雫の服装はネグリジェでそこまではまだギリギリで許容できるが下には何も付けていなかったのが危なかった。

 

さらに悪いことに克也達の家の画面は最新の技術が使われているため映像が鮮明に映し出される。それが余計にまずかった。

 

「…とりあえず雫上を着ようか。」

『はーい。』

 

どうやら雫は寝惚けているらしいと俺はそう思った。

 

『夜遅くにごめんね伝えたいことがあったから。』

「こっちは構わないが雫、まさか飲んでるのか?」

『何を?』

「…いや、何でも無い。で、用事とは?」

 

達也の心配を聞かず(聞けず?)答えた。

 

『早く伝えたかったから。』

「さすが雫だな。もう、わかったのか。」

『もっと褒めて。』

 

用件は達也が雫に頼んでいたことのようだ。雫の言葉に頭を抱えてしまった。

 

{誰だ、雫に飲ませたのは。}と思ったが口にはしなかった。

 

『吸血鬼の発生原因なんだけど余剰なんとか、黒い穴の実験みたいだよ。』

「黒い穴?どういうこと?」

『分からないから二人に聞こうと思った。』

「余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・消滅実験じゃないか?」

『そうそれ。』

 

俺の言葉に雫は頷き雫の行動に俺と達也は眉をひそめた。

 

「お兄様それは一体なんなのですか?」

 

深雪は何が何だか分からないようで俺か達也どちらに聞いたのか分からなかったが達也が答えてくれた。

 

「簡単に言うとごく小さなブラックホールを人工的に作り出してそこからエネルギーを取り出そうとする実験だ。生成されたブラックホールが蒸発する過程で質量が熱エネルギーに変換されるのが予想されるからね。」

「でも、達也それは被害が予想できないから許可は下りなくて無くなったはずの計画じゃなかったかい?」

「ああ、そのはずなんだがどうやら勝手に実験したんだろうな。余計なことをしてくれたものだ。」

 

達也は忌々しそうに呟いた。

 

「強大過ぎるエネルギーが何かしらの条件で発生すると次元が揺らぐという話を聞いたことがある。そして次元が揺らぎ次元に穴が空くとどうなる?」

『魔法式(まほーしき)ではコントロール(きょんとろーる)出来ない(できにゃい)魔法的なエネルギーが漏れ出す(もれにゃす)?』

 

雫の呂律が回らなくなり眠気にも負けそうなのか体が揺れているがなんとか耐えている状態のようだ。

 

「そう、それに紛れて謎の情報体が流れ込んでくる可能性は否定できない。」

 

達也がそう締めくくると俺は眉をさらに深く潜め深雪は達也に縋り付くように移動し雫が画面の奥で体を震わせた。




来訪者編はまだ内容が頭に入っていないのでなかなか書けませんでした。


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第三十四話 抵抗

その日幹比古がやってきたのは二限目からだった。胃の辺りを抑えながら達也に文句を言っていたが達也は軽く流していた。 

 

 

 

「っ!これは!」

 

俺は突然感じた言いしれぬ波動につい反応してしまった。

 

「克也どうした?」

「いや、何かよく分からないんだけど不快な何かを感じた。」

「それは想子波か?それとも霊子波か?」

「…達也が気付かなかったなら霊子波じゃないかな。」

 

俺の言葉に達也は黙り込み何かを考え出した。俺達がいるのは校舎の屋上なのだがいるのは俺、達也、深雪、ほのかの四人だ。エリカが機嫌を損ねていたせいで一緒に昼食を取ることが出来なかったので食後ここに来ていた。

 

時期を考えると当たり前の事だがここには誰もおらずそれをよしとしたのか深雪とほのかは達也の腕に抱きついていた。

 

達也は困ったなという顔しかせず二人を振り払おうとはしなかった。俺的にも居心地が悪かったので教室に戻ろうとしていたのだがふいに感じた『何か』によって行動できなかった。

 

その時電話が鳴り出ると七草先輩からだった。

 

「大変よ克也君!」

「場所はどこですか?」

「吸血鬼が校内に…って知っているなら話は早いわ。通用門から実験棟の資材搬入口に向かって移動中よ。」

「了解です。それと搬入口付近の想子センサーをオフにして下さい。」

「戦闘になるかもってことね。…はい、切ったわよ。」

「ありがとうございます。」

 

電話を切り二人に合図をする。CADを操作し屋上から飛び降り搬入口に向かう。ほのかは完全においていかれたがそのことを気にする余裕が三人にはなかった。

 

 

俺達が駆け付けたときには既にエリカが戦闘中だった。そしてエリカの刃がリーナのチームメイトであった『ミカエラ・ホンゴウ』愛称ミアの胸を貫いていた。

 

しかしそれを気にする様子もなく右手を鉤爪のように構えエリカを切り裂こうとしたがエリカは攻撃範囲から離れていた。そしてエリカが貫いた胸は全員の目の前で塞がった。

 

「治癒魔法!しかもこの一瞬で!?」

 

リーナが驚いている様子を見ると彼女が吸血鬼だということを知らなかったようだ。今そんなことを考えている暇はなかったのだが攻撃する必要もなかった。何故なら目の前で彼女が氷の彫像になっていたからだ。

 

「さすが、深雪だな。」

「いえ、これぐらいはしなければダメです。」

 

深雪が真面目な顔で答えたので油断していたのは自分だったと気付かされたので気を取り直す。

 

「この女を調べるんだろエリカ?結果だけ教えてくれないか?」

「うん、もちろん。捕獲に協力して貰ったんだから当たり前じゃない。」

 

そんな話をしていた達也とエリカ、安堵していた深雪、幹比古と美月、悔しさに佇んでいたリーナは終わったと思っていたので気付いたのは俺だけだった。

 

「離れろ!」

 

俺が叫び条件反射で逃げた五人の目の前で氷に閉ざされていたミアが攻撃を繰り出した。

 

{氷に包まれたままそんなことが出来るのか!}と思ったがそんなことを考えている暇はなかった。ミアが爆発する瞬間俺は全員を『炎陣』で反射的に守った。

 

「これは?」

「克也オリジナル魔法『炎陣』だ。防御魔法としては最適でな重機関銃の攻撃にも耐えるぞ。」

 

幹比古の疑問に達也が自慢げに答えたがすぐに真顔に戻し敵を見た。しかしそこには何もなく空中から電撃が繰り出されていた。電撃は克也の魔法によって侵入できておらず燃えて消えた。

 

「達也どこにいるか見えるかい?」

「いや、見えないな。攻撃する瞬間に光るからそこに攻撃してみたが手応えがない。」

「そうか…。」

 

普通の眼では見えないので『全想の眼』で視るとそれはそこにいた。達也も視点を変えて見つけたようで少しほっとしていた。

 

「ねえ、達也なんであれは逃げないんだ?」

「わからん、逃げようと思えば逃げられるはずなのにそうしないのは何か逃げられない理由があるのかもしれない。リーナ何か知らないか?」

「…ヴァンパイアの正体はパラサイトと呼ばれる非物質体よ。」

「ロンドン会議の定義だろうそれは知っている。」

「何でそんなことをあんたが知ってるのよ!日本人が全員こうだというの?」

「安心しろ俺達は例外だ。知っているのは克也のおかげだがな。それで?」

「人間に取り付くと人間を変質させるみたい。適合性があるみたいだけど取り付くいえ、宿主を求めるのは自己保存本能に近いパラサイトの行動原理らしいわ。」

 

会話を聞いているとどうやら誰かに取り付こうとしているらしい。それなら『炎陣』から出ないのが一番なのだが他の生徒や職員に取り付かれては困る。

 

「達也、あれは霊子の塊だ。なら魔法で吹き飛ばすことが出来るはずだからあれをやろう。」

「…ここで使うのか?」

「他人に取り付かれるよりこの魔法を見られる方がマシだよ。」

「わかった、やろう。」

 

俺達は頷くと眼を閉じエイドスにアクセスし二人の魔法演算領域を重ねる。すると一人では処理できない規模の魔法式が構築され起動式が展開される。

 

そして俺の『全想の眼』と達也の『精霊の眼』を同時使用し一つの能力に変える。

 

『全知の眼(ゼウス)』を発動させ構造体を照準し魔法を発動させる。

 

『火焔(かえん)解散(ジャーマ・デイスパージョン)』

 

これは克也、達也の二人によるマルチキャストで双子だから成し得る究極の術式解散。克也が得意な振動加速魔法と達也が得意な分解を最大出力で放つことで可能になる。

 

「「今だ!」」

 

克也と達也が同時に叫ぶと背中合わせで立ち克也の右手、達也の左手から魔法が放たれた。この魔法は身体のどこかが互いに接触していないと魔法演算領域が重ならないので発動できない。

 

『火焔解体』が霊子の塊を直撃し吹き飛ばしたが全てを燃やし尽くすことは出来なかった。

 

「逃がしたか…。」

 

達也がそれを視て呟いたが同時に俺達は地面に倒れ込んだ。

 

「お兄様!」

「克也君、達也君!?」

「克也、達也!」

 

深雪とエリカ、幹比古に寄り添う美月が心配そうに駆け寄ってきた。

 

「…大丈夫だよ少し力を使いすぎて疲れただけだ。」

 

克也はそれだけ言うと達也と同じように気を失った。

 

 

「深雪、二人とも大丈夫なの?」

「ええ、想子の使いすぎで気を失っただけよ。さっきの魔法はお兄様方にとてつもない負担をかけるからあまり使わせたくはないのだけど仕方ないでしょうね。もちろん内緒よ?ここにいる全員がね。」

「もちろんよ。」

「分かりました。」

「秘密にします。」

 

三人の言葉に頷き深雪は考え込んだ。

 

{移動させたいけれどここには吉田君しか運べる人がいないわね。十文字先輩に来てもらおうかしら。}

 

「吉田君、十文字先輩の連絡先はお持ちですか?」

「ええ、ありますがどうしたんですか?」

「お兄様方を運ぶための助けが必要なのでもう一人連れてきてもらえるようにお願いできますか?」

「はい、分かりました。」

 

幹比古は深雪の要望に応え連絡をし始めた。深雪はもう一人安否の確認を忘れていたのを思い出した。

 

「リーナ大丈夫?…リーナ?」

 

深雪が振り向くとそこにはもうリーナの姿はなかった。逃げたと思ったときには十文字先輩がもう一人連れて駆けつけていた。

 

「吉田、二人は大丈夫なのか?」

「司波さんが言うには力の使いすぎらしいので大丈夫だと思います。」

「分かった。沢木、四葉を頼む。」

「分かりました。」

 

沢木と呼ばれた上級生は克也を背負い保健室に向かった。

 

 

二人をベッドに寝かし戦闘に参加したメンバーの様子を確認した安宿先生に許可をもらってから生徒会室に集合し状況を報告した。

 

「なるほどな、逃げられたが手傷を負わせたか。吸血鬼は誰だった?」

「リーナの知り合いのようでした。それもかなり親密な関係のようです。」

「その留学生が嘘をついている様子はなかったのだな?」

「ええ、リーナの反応からすると吸血鬼の正体が友人だったとは知らなかったみたいです。」

 

幹比古の報告に克人は深く頷き深雪に話を振った。

 

「それで司波の妹よ、あいつらはいつ目が覚める?」

「おそらく午後の授業の間は目を覚まさないでしょう。夕方までには起き上がると思いますが。」

「分かった。事情を職員室に伝えて今日の授業は免除してもらえるように俺の方から頼んでおこう。」

「ご苦労をおかけします。」

 

深雪の言葉に頷き克人は職員室に向かい深雪達も午後の授業に向かった。

 

 

 

「それ」は弱っていた。克也と達也による攻撃を受け彷徨っていた。致命傷は避けられたが深い傷を負い休むための「何か」を探していた。「それ」は強い感情を持つものに引き寄せられる。形のない世界から形の存在する世界に引きずり込まれ壁を越えた衝撃で十二体に分裂し呼び出した人間にとりついた。休める「何か」を見つけるために「それ」は移動していた。そして「それ」はロボ研で休める器を見つけた。

 

 

 

『パラサイト』を撃退した次の日昼食の席で拗ねているエリカがいた。

 

「エリカ、いい加減機嫌を直せ。」

 

達也が少しイライラした口調で言うがエリカはそっぽを向いたままだったので俺が骨を折ることにした。

 

「エリカ、逃がしたのは謝るが全てリーナが悪いわけじゃないのは分かってるだろう?あの場面でリーナを拘束などしてみろ下手すると俺達が拘束されていたぞ。もし本当にリーナが首謀者ならまたやって来る。その時は俺の名前にかけて容赦はしない。」

「勝てるの?」

「例えリーナが強かろうと俺は絶対に負けない。」

「そう。」

 

俺の本気の言葉にエリカはニヤリとし機嫌が直った。おかげで残りのメンバーから感謝の目線をもらったがたいしたことはしていないが眼で受け取っておいた。エリカの機嫌が直ったおかげで今日の昼食は楽しかった。

 

昨日放って行ってしまったほのかには達也から謝罪があり許しをもらった。何でも「友人を助けに行ったんだから怒る必要もなく怒るのは本当の友人ではない」と言ったらしい。なんとも素晴らしい友人だと俺は思った。

 

「ところで克也君、市原先輩とはどうなの?」

「ここ四ヶ月の間は何もないな。どうしてだ?」

「ううん別に、最近克也君が市原先輩と一緒に話しているのを見てなかったから」

「なるほどね。」

 

機嫌が直ったエリカの言葉にそういや全然話していなかったと思い出した。俺と達也は昨日の午後と夜にぐっすり眠ったおかげで体調は回復し普段通りの生活を送った。




克也の能力がチート気味になってきたと思い始めた作者です。

ミカエラ・ホンゴウ(偽名 本郷未亜)・・日系アメリカ人で国防総省所属の魔法研究者。「パラサイト」に憑依されておりレオを襲った白仮面。愛称はミア。



全知の眼(ゼウス)・・克也と達也の眼を合体させた能力。一人で視るより遙かに広大に深く視ることが出来る。

火焔解散(かえんかいさん)またはジャーマ・デイスパージョン・・克也と達也が協力して発動することの出来る強力な対抗魔法。ジャーマはスペイン語で炎の意味。


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第三十五話 嫌悪

「くっ!」

 

達也は悔しそうに奥歯を噛み締める。そんな達也の様子を俺と深雪は心配そうに見つめていた。

 

「さすがの達也君も苦戦しているみたいだね。出来ない人には出来ない技があるから仕方ないよ。」

 

その言葉に克也と深雪は八雲を睨み付け二人の視線にさすがの八雲も冷や汗を浮かべていた。ここは九重寺の地下にある部屋の一室で達也は対『パラサイト』用の『遠当て』の練習をしていた。

 

「先生、『理』の世界に当てることが出来たのであれば不可能ではないですよね?」

「そうだね三日で出来るようになったんだから適正がないわけではないと思うよ?それ以上出来ないかもしれないからどっちとは言えないね。でも克也君はおそらく出来ないと思うよ。君は『理』の世界を現実と同じように視ることが出来てもそこに作用させることは出来ない。逆に達也君は視ることが難しいけど作用させることが出来る。だから君たち二人がこの前のように協力すれば良い結果になると思うよ。」

「しかし先生、俺達の『あれ』は魔法力の消費が激しいんですが…。」

「知ってるよそれを制御できるようになれば『パラサイト』を倒すことが出来ると思うんだけどね。」

「制御するにはどうすればいいかが分からないんです。最大出力で発射しなければ想子不足で魔法式が破綻してしまいますから。」

「それは現代魔法師じゃない僕からは何とも言えない。けど古式魔法にも君達と似た魔法があったらしいよ。だいぶ前に伝承者が伝える前に亡くなったらしいから今はもう存在しない魔法だけどね。でも発動原理の記された巻物が存在しているから復活させようとしているみたいだ。」

 

八雲はおそらくどのように発動させるのかを知っているが教えてはくれないだろう。古式魔法を現代魔法使用者に教えることはタブー視されている。しかし完全に禁止ではないので習うことは可能だ。

 

「先生、それにはなんと書いてあるんですか?」

「詳しくは話せないけど術の使用者である二人のうちどちらかに合わせるみたいだよ。」

「二人の魔法演算領域を合わせた規模ではないと?」

「僕から言えるのはここまでだ。」

「ありがとございます先生参考になりました。」

 

三人そろってお辞儀をする。

 

 

 

『パラサイト』との衝突からかなり時間が経った二月の上旬、朝のニュースを見た三人は顔を曇らせた。

 

「これは…?」

「雫が教えてくれたのと同じだな。」

「タイミングが良すぎないか?」

「ああ、良すぎるなおかしな話だが。」

 

そのニュースの内容はUSNA政府関係者からの証言らしく匿名で公表された。

 

「去年十月三十一日朝鮮半島南端で使用された日本政府の秘密兵器の調査を開始。研究者の警告を無視し魔法研究所においてマイクロブラックホール実験を強行。それにより次元に穴が開き魔性を呼び出した。これによりとりつかれた魔法師は吸血鬼となり日本で被害が拡大している事件の犯人である。それにより政府は三重の責任を負っている。一つ、無謀な魔法実験を強行した魔法師達を止められなかったこと。二つ、リスクが高いと分かっていた実験に失敗したこと。三つ目、正気でない可能性が高いとはいえ市民に被害を加えていること。この不祥事の原因は一部の暴走した魔法師を軍が都政出来ていなかったことでありもう一度魔法という概念について考え直さなければならない。」ということだった。

 

「…達也これは魔法師排斥が根本にあるんじゃないか?」

「だろうな、その情報をリークさせた政府関係者が魔法に消極的な人物であれば話が繋がるんだがな。とりあえずリーナに聞いてみよう。」

 

達也の言葉に俺達は同意であることを示した。

 

 

 

「リーナ、話があるんだがいいか?」

「タツヤ、それにカツヤもミユキもどうしたの?」

「今朝のニュースのことなんだが。」

「なるほどね。」

 

登校中に話しかけるとどうやらリーナも今朝のニュースを見ていたらしく話をすぐに理解してくれた。

 

「あれは何処までが本当なんだ?」

「肝心なところは全て嘘っぱちよ。」

「表面的には正しいのか?」

「ええ、それにあの情報は流さないという書類にサインをさせられているから流したのは関係者じゃないはずよ。」

「ということは?」

「…『七賢人』よたぶんね。」

「『七賢人』?」」

「そう名乗っている組織がいるの正体不明だけど。」

 

USNAでも分からないとはよほどの組織なのだろうかそれとも一個人なのか。

 

「リーナ、肝心なところはと言ったが何が嘘なんだ?」

 

先程まで達也が聞いていたが考え込んでしまったので俺が聞くことにした。

 

「…あの実験は研究者全員がやめるべきだと公言したわ。そして会議でも中止にするべきだという結論に至ったわ。」

「しかし実際には実験が行われてしまったと。」

「ええ、おかしな話よ。」

「それで『パラサイト』が出現したのは意図した結果か?」

「本気で言っているなら怒るわよカツヤ。実験前はそんなことになるとは誰も推測なんてしてなかったいえそんなものがいるとは考えていなかったわ。私は既に『感染者』を四人処断しているのよ。これが誰かが企んだ結果ならワタシはそいつを許さない。」

 

リーナは一人の人間として怒っていた。

 

 

 

バレンタインの前日、七草邸の一室のキッチンで真由美が恐ろしい形相をしてチョコを作る姿を双子の妹はこっそり覗いていた。余談だが七草邸にはキッチンがいくつか設けられておりいつでも自由に使うことが出来る。

 

「泉美、お姉ちゃん何をしていると思う?」

「…チョコレート作りなんでしょうけどあの顔は普通ではありませんね。」

 

二人の視線の先には魔女が毒鍋をかき回しているとも形容でき「うふふふふふふ」を越えて「くっくっくっくっくっく」や「ふふふふふふふふ」という笑いが聞こえてきそうだった。

 

「それに見てよ泉美、お姉ちゃんが使ってるあのチョコ。」

「…カカオ九十五%糖質ゼロのチョコレートですね。それにあの粉は…。」

「…エスプレッソパウダーだね。お姉ちゃん復讐でもする気なのかな?」

 

真由美が使っているチョコレートは市販されている物ではなくネットでしか買えない高級品であり年間百箱しか出回らないプレミア物だ。

 

そんな物を本命でもない相手に送るとは正気の沙汰ではないと双子は思っていた。そして真由美による恐怖のチョコレート作りは夜中まで続いた。

 

 

 

「今朝はここまでにしようか達也君。」

 

バレンタインデー当日の朝『遠当て』に成功した達也に八雲は止めを宣告した。

 

「先生、達也お兄様の消費が激しく感じるのですが。」

「それは仕方ないよ深雪君。彼はそもそも普通では当てることが出来ない世界に干渉しようとしているんだからね。」

「そうですか、九重先生これはお礼です。」

 

深雪が小さな手提げカバンから取り出したラッピングされた小箱を八雲に渡すと顔がだらしなく歪む。

 

「おお、ありがとう深雪君。一年に一回しか深雪君からはプレゼントをもらえないから期待値もMAXだよ。」

「…先生、弟子の方達が見ていますがいいんですか?」

「構わないよ、それにこの気持ちが衝動に任せて行動しなければ問題ないよ。」

 

にやけたままそんなことをうそぶく八雲の言葉に説得性がないのを感じ{処置なし}と克也と達也がため息をつくと弟子達から無言の同意が寄せられた。ちなみに深雪は引き気味な笑顔で八雲は今にも踊り出しそうだった。

 

 

 

「おはようございます克也さん、達也さん、深雪!」

「「「おはようほのか。」」」 

 

登校中真っ先に会ったのはほのかだった。ほのかが達也に何か言おうとすると声をかけられた。

 

「おはようございます克也さん、達也さん、深雪さん。」

「「「おはよう美月。」」」

 

ほのかにしたように三人で挨拶を返すと美月が俺に小箱を渡してきた。

 

「これは?」

「義理チョコです。克也さんには朝しか渡すタイミングがないと思いましたので。」

「ありがとう美味しくご賞味させていただきます。」

 

俺の冗談めかした言葉に美月は笑みを浮かべながら深雪の横に並んだ。少しして空気が気まずくなってきたのでそろそろ頃合いだなと思い深雪と目配せをする。

 

「美月、貴女背中に何を付けているの?落としてあげるからこちらに来なさい。」

 

何がなんだか分からない様子で深雪に連行されていく美月を俺達三人は見送った。そして次は俺の番だ。

 

「はい、もしもし。え?今すぐですか?分かりましたすぐに向かいます。」

 

俺は携帯が鳴って呼び出された演技をし二人から距離をとることにした。

 

「ごめん二人とも部活の先輩に至急来てほしいと言われたから先に行くね。」

「何があったかは知らんが構わないぞ。」

 

達也が後押ししてくれたおかげで俺は自然に離れることが出来た。

 

 

 

「達也さん少しだけお時間いただけますか?」

「いいよほのか。」

 

克也達がいなくなりある程度時間が経った頃ほのかが意を決して聞いてきたので達也は二つ返事で答えた。

 

「こちらに来てもらえますか?」

 

ほのかが裏庭に向かうのを遅れないように達也はついて行った。

 

「あの、たちゅ…。」

 

両手の手の平にラッピングした小箱を乗せながら大切な人の言葉を噛んでしまったことの自分への怒りと噛んでしまったことの羞恥でほのかは顔を真っ赤にしながらうつむいた。

 

「ありがとうほのか。」

 

俺は顔を真っ赤にさせてうつむいているほのかの手からお礼を言いながら箱を受け取り代わりに紙袋を置いた。予想外のことに羞恥を忘れて達也を見上げるほのか。

 

「…開けても良いですか?」

「いいよ。」

 

達也の言葉に手を震わせながら包みを開けるとほのかは硬直し無言で達也を見上げてきた。

 

「とりあえずお返し来月とは別口だから期待して大丈夫だよ。さ、ここは寒いから教室に戻ろうか。」

 

すぐに背を向けた達也はほのかがその包みを抱きしめたことに気付かなかった。

 

 

 

達也はここで『精霊の眼』を使い視ているべきだった。「それ」はほのかの気持ちに反応し「それ」に自我が芽生え意識が宿るのに気付いたはずなのだ。

 

 

 

俺は教室に向かいながら顔はいつも通りにしかし内心は暗かった。今日、バレンタインデーにほのかが達也に渡してくるのは容易に予測できたので何かを渡すと決めていた。

 

しかしそれはほのかの心を弄ぶことになりほのかに余計な心の傷を増やすことになるのは分かっていた。だが受け取るだけではほのかがかわいそうだという結論に俺と達也は至った。

 

おそらくほのかは達也からの「お礼」を受け取り喜ぶだろう。俺は虫歯のような疼痛(とうつう)を感じていた。

 

自分の席に向かうと椅子にラッピングされた小箱が置かれていたので首をかしげ手に乗せ見つめているとクラスメイトに声をかけられた。

 

「あれ、四葉もう貰ったのか?うらやましいぞ。」

「いやこれは置いてあったんだ。誰からなのかわからないんだけど。」

「置いてあった?さすがにこのクラスの人じゃないだろう同じクラスだから直接渡せるはずだし。」

「恥ずかしがり屋という可能性もあるけど分からないね。でもありがたくもらっとくよ。」

 

俺はそう言って深雪に朝何故か持っていくように言われた手提げバッグに小箱を入れた。しかしそれが引き金となり他クラスからも他学年からもチョコレートをもらう羽目になり手提げバッグがあって良かったと思った。そしてクラスの男子からは嫉妬の目線を頂くことになった。

 

 

 

その日の夜、いすに置かれていた小箱を開けると一つのチョコレートが入っておりその表面には一枚の花が描かれていた。達也は何か分かったようだが克也が知ることはなかった。

 

 

 

その頃達也も克也と同じ気持ちでいたがレオと幹比古によって吹き飛んだ。

 

「どうした達也?朝から暗い顔しやがって。」

「そっちは昨日退院したばかりなのに元気そうだな。」

「おうよ、体力が回復したのに退院させてもらえなくて体力が有り余ってるからな。」

「二人とも朝の挨拶は『おはよう』だよ。」

 

レオと二人で話していると少し遅れて幹比古が現れた。

 

「ああ、おはよう幹比古。」

「よう幹比古。」

 

素直に従った達也だがレオは変わらずに自分流で挨拶した。そんなレオに幹比古は苦笑していた。

 

「おはようレオ、もうすっかり元通りだね。」

「まあな、ようやく身体を動かせると思うと腕が鳴るぜ。ところで達也は兄妹喧嘩でもしたか?」

「レオ、二人がそんなことしないのは知ってるだろ?」

「冗談だ幹比古。」

 

いつも通りの会話に笑みが浮かぶ達也だった。

 

「遅かったな美月。」

「ええ、部室に寄っていたものですから。おはようございますレオ君、吉田君。」

 

挨拶しながら達也を含めた三人に小箱を渡す。約一名不満そうだったが誰とは言わない。

 

「急いで退院すると思ったらこれが目的だったの?」

「なんだとこの野郎!」

「怒るということは図星?」

 

エリカの言葉に怒ったレオだが続く言葉に「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」という歯ぎしりとうなり声を混ぜ合わせたような声を出していた。

 

「おはよう、エリカは渡さないのか?」

「おはよう、あたしが渡したら面倒くさいことになるから毎年誰にもあげてないわ。」

 

どうやら本当に面倒くさいことがあったらしいのでこれ以上聞かなかった。

 

うわついた空気は昼食中や放課後でも続いた。例えば幼馴染に義理チョコとは思えない本気のチョコらしき物を生徒会会計に渡す風紀委員長や二科生にとっては敷居の高い一科生の教室に入り真っ赤な顔で渡し今にも踊り出しそうな剣道・剣術のカップルなど今日だけは魔法師ではなく普通の少年少女だった。

 

 

 

放課後、達也は克也を臨時風紀委員として巡回に同行させていた。上級生が用事で来れないことを花音から聞いた達也は風紀委員の経験がある克也を強制労働させていたのだ。

 

今日は部活がないので断らなかった克也だが少し機嫌が悪そうだった。巡回しているとよく知る上級生に呼び止められた。

 

「あら、克也君と達也君じゃない。」

「お久しぶりです七草先輩。」

「達也君はともかく何で克也君が腕章を?」

「今日は部活が休みでして見回りの風紀委員が足りないので臨時としてやっています。」

 

俺の答えに納得したようだが俺は気になることを聞いた。

 

「ところでこの匂いは何ですか?」

「匂い?今気付いたわ。」

 

今気付いたようなふりをしているが俺は今までの経験で達也は持ち前の洞察力で真由美の嘘を見抜いた。そして一番気になることを聞く。

 

「ところで服部先輩は何故机に突っ伏しているのですか?この匂いと関係あるのですか?」

「…も、もちろん毒物じゃないわよ。」

 

真由美の焦りに俺達はため息をつきたくなった。俺達がどう対処しようかと悩んでいると何処からか声が聞こえてきた。

 

「…四葉か司波、み、水、を…。」

 

誰が発したのか分かっていたが声が別人のように死んでいたのでそう思ってしまった。

 

「少々お待ちを。」

 

達也より俺の方が近かったのでウォータークーラーから水を持ってくると手に握らせた。

 

すると死にかけの病人のような速度で口にコップを持っていき一気に飲み干し時計の秒針が半分回ったところで動き始めた。

 

「四葉礼を言う。七草先輩これで失礼させていただきます。」

 

そう言うと服部先輩が立ち上がり去る。時折身体がフラッとしていたが大丈夫そうなので放っといてあげた。

 

「先輩に話があるんですが少し良いですか?」

「ここでは話しにくいこと?」

「はい、できれば三人だけで。」

「…わかったわ。」

 

真由美が移動しようとすると声が聞こえてきたので動きを止めた。

 

「いたいた、スバルいたよ!」

 

赤毛の元気そうな少女が叫んでいる。どうやらエイミィーがスバルと二人で探していたらしい。

 

「これ受け取ってくれ。」

 

スバルは少し顔を赤くして手提げバックを俺と達也に渡してきた。

 

「「これは?」」

「九校戦一年女子チームからだよ。深雪とほのかの分はないけどね。」

「あの二人は直接渡したいだろうからね。」

「余計なことをしたら凍らせられたり眠らせられたりするかもよ?」

「さすがにそこまで二人はしないさ。深雪に限って言えばあの笑みで殺されるだろうけどね。」

「じゃあね、二人ともばいばーい。」

 

マシンガントークで俺達を圧倒し七草先輩を無視して去って行った。

 

「達也、この後嫌な予感しかしないんだけど。」

「同感だ、七草先輩気を取り直して始めましょうか。」

「…ええ。」

 

真由美と向き合うと箱を渡された。

 

「はいこれ。」

「「これは?」」

「決まってるでしょ?」

「「…ありがとうございます。」」

 

真由美の恐怖の笑顔の前に俺達は断る術もなく受け取った。

 

「食べて?」

「「ここでですか?」」

「ええ、今食べて感想を聞かせて?」

「その前に場所を変えて話をしませんか?」

「わかったわ付いてきて。」

 

 

 

空き部屋入って遮音フィールドを張り終わると真由美は話し始めると思ったが最初は飲み物の話だった。

 

「飲み物は何が良い?」

「…紅茶で。」

「…コーヒーで。」

 

俺達が答え飲み物を煎れた後ようやく本題に入ることが出来た。

 

「話は吸血鬼のことかな?」

「はい、被害はどうなっていますか?」

「表面的には沈静化しているわ。」

「表面的には?」

「行方不明者が普段より多いから相手の動きが巧妙化したってことかしらね。一匹仕留めたから警戒されたのかも。」

 

「…仕留めてはいませんが警戒されているのは事実でしょう。可能性の話ですが彼らには『共知覚』を備えているのかもしれません。」

「きょう…知覚?」

 

耳慣れない用語に首をかしげる真由美に俺は説明した。

 

「共有感応知覚能力の一種ですよ。一卵性双生児に観測されることがあるらしいです。」

「つまり一個体が見聞きしたことを全員が経験を共有するということ?」

「憶測ですが…。」

 

俺達は話し終えるとコーヒーと紅茶を味わっていた。なかなかの味だったので材料が良いのかそれとも真由美の腕が良いのか分からなかったので聞こうと思ったがまじめに答えてもらえるとは思わなかったのでやめておいた。

 

「では俺達はこれで。」

 

俺が立ち上がり去ろうとすると真由美の腕が異常な速度で煌めき達也の腕を掴み少し腰を浮かせた状態の達也の手が俺の腕を掴んだ。

 

達也の眼は{逃げさせないぞ。お前も残れ}と言わんばかりの光を発していた。

 

「それじゃあティータイムを始めましょうか。」

 

笑顔で言いながら空いている方の手で椅子を指さす。俺達は真由美に隠さずため息をつきいすに座った。

 

ラッピングされた箱をポケットから出すと改めて重さに眉をひそめる。明らかに箱のサイズと重量が釣り合っていなかった。ラッピングをほどき包装紙を開けると異様な物体が鎮座しており自分達が知っているチョコレートではない、

 

開けた瞬間に立ち上る匂いは先程服部先輩が突っ伏していた場所で嗅いだ匂いでありその物体の色は黒いを通り越してどす黒いと表すのが適切だった。

 

いくら苦い物が好きな人間でも嫌いになりそうな物で薬品とでも言いたくなるような物体を次々と放り込んだ俺達は死ぬかと思った。

 

半分ほど口に放り込むと服部先輩同様机に突っ伏し達也は全て口に放り込みかみ砕いて飲み込んだが精神的ダメージが強かったようで背もたれに倒れ込んだ。

 

クラスメイトからもらったチョコを口に放り込みなんとか難を凌いだがまだ半分残っていることに絶望し真由美を見ると笑顔で言われた。

 

「まだ半分残っているわよ?」

「…残りは家で食べてはダメですか?」

「ダメよ完食して感想を頂戴。」

 

真由美に拒否され何故このような仕打ちを受けるのかと思いながらも残りを口に入れた。真由美の物を完食した後二箱ほどクラスメイトからのチョコをほおばり苦みを遠ざけた。

 

このような食べ方をしてしまったことに申し訳ないと思ったが死にかけていたので許してもらおう。

 

俺が食べ終えると真由美が満足そうに頷き部屋を出て行くのを見ていることしか出来なかった。その後俺達は風紀委員の仕事に戻ることは出来ず探しに来たエリカ達に発見されなんとか家に帰った。

 

 

 

深雪はバレンタインデーとして俺達にフォンダ・ショコラを作ってくれた。チョコを見ることを忌避していた俺達だったが一口食べると真由美によって恐怖を覚えさせられていたことを綺麗に忘れて俺達にはもったいなさ過ぎる妹だと思った。




長くなってすみませんでした。克也の席に置かれていたチョコは誰が置いたのかお分かりだと思います。それでは次話で。


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第三十六話 覚醒

二月十五日、学校に登校すると奇妙な困惑が漂っておりいつものメンバーが首をかしげていた。昼休みに克也達三人は生徒会室に呼び出され3Hが異常な行動をしたので点検をしてほしいと言われた。

 

なんでも学校のサーバーにアクセスして生徒の名簿を見ていたというのだから「異常な行動」と言ってもおかしくはない。ロボ研においている3Hをいつものメンバーと五十里先輩、中条先輩で向かった。

 

点検をするために3Hの前に達也が立つといきなり飛び掛かってきた。危険度が低かったので達也は避けなかったが首に回された腕を全員が凝視していた。

 

「達也はロボットにもモテるのかこれは興味深い発見だな。」

「克也、冗談は寄せ。」

「達也お兄様にお人形遊びの趣味があるとは存じませんでした。」

「深雪、俺にはそんな趣味はないぞ。ピクシー離してくれ。」

 

もっとも信頼する二人に言われて落ち込み気味の達也だが今はピクシーを見るのが先だった。達也の声を聞き腕を解いたピクシーの顔が名残惜しそうにしているのを全員が認識した。

 

「ピクシー、その台に座れ。美月、ピクシーの中を覗いてくれないか?幹比古は美月がダメージを受けないようにガードしてくれ。」

「分かりました。」

「分かった。」

 

達也に命じられピクシーは座り幹比古は呪符に念を込める。美月が眼鏡を外し覗くと驚いていた。

 

「います、『パラサイト』です。でもこのパターンはほのかさんにそっくりです。」

「…ほのかの感情が乗り移ったということか?」

「多分そうです。」

 

全員が驚いている間俺が美月に尋ねると肯定してくれた。

 

「あの時の『パラサイト』が光井さんの感情に反応して目覚めてピクシーに憑依したのかな?」

「それかピクシーの中にいた『パラサイト』にほのかの感情が焼き付いたかだな。」

 

幹比古と俺の会話にほのかが両手で顔を覆ったので心当たりがあるようだがその思考はある声によって中断された。

 

『その通り私は光井ほのかの感情によって覚醒しました。』

「テレパシーか…。」

「残留想子は魔法ではなくサイキックだったんですね。」

 

あずさの言葉は全員を代弁したものだった。

 

「何故言葉を話せる?」

『前宿主から知識を受け継いでいます。』

「お前はあの時の【パラサイト】か?」

『我々は【パラサイト】と呼ばれるものですがその質問には答えられません。』

「お前は何人殺してきた?」

『それにも答えられません。前宿主から移動するとその記憶は失われます。』

「大勢殺してきた可能性もあり誰も殺していない可能性もあるということか。」

『その理解で正解だ。』

「お前は我々に敵対する存在か?」

『私は彼女の貴方に対する想いによって覚醒しました。よって貴方に従属します。』

 

会話からすると俺達に敵対することはないらしく驚いてはいるが会話を壊そうとする者はいなかった。

 

「どんな感情でもいいのか?」

『強い想いでなければ不可能です。あなた達人間の言葉で言えば【祈り】という概念が近いと思われます。』

『貴方に尽くしたい。』

『貴方の役に立ちたい。』

『貴方に仕え自分を知ってほしい。』

『それが私を目覚めさせた【祈り】です。』

 

ピクシーが言葉を発する度に叫びそうだったほのかだが深雪とエリカに押さえつけられているので何も出来ていなかった。

 

『前宿主の記憶がありませんから私がどのような感情に引き寄せられこの世界に引きずり込まれたかは分かりませんが今の私を構成しているのは【貴方のものになりたい】という欲求です。よって私は貴方に従属します。』

 

ついに羞恥に耐えられなくなったほのかが深雪とエリカを道連れにして崩れ落ちた。

 

「俺に尽くすというなら命令を聞け。許可なくサイキックを使うことを禁止する。表情を変えるのも禁止だ。」

『ご命令・のままに』

 

ピクシーはぎこちない声で答えた。

 

 

 

「達也、ほのかがかわいそうになったのは俺だけかな?」

「いや、お前だけじゃなくあの場所にいた全員が思っているだろう。」

「そうですね。私もそう思います。」

 

会話している場所は家のリビングではなく達也が所有している車の中だ。深雪は「お嬢様」なのでいくつかの習い事を欠かさず受けなければならないので絶賛移動中だ。

 

「ピクシーはどうする?」

「どうするもなにも俺が管理しなければならないだろうな。」

 

そんな会話をしていると深雪の稽古場に着いた。男子禁制なのでエントランスで見送る。

 

「克也はこの後どうするんだ?」

「先生に稽古を付けてもらいに行ってくるよ。」

「分かった俺はカフェでゆっくりしてるから十五分前になったら来てくれ。」

「了解。」

 

会話を終え俺は車で九重寺に向かう。三十分ほど走らせていると達也が強い魔法力を持つ何者かと交戦しているのを感じた。

 

その近くにはもう一人いたが誰かは分からなかった。車の進行方向を変更し交通法違反にならない程度の速度で向かう。

 

{この魔法力はリーナか!こんなときに面倒臭い!}

 

毒づきながら車を走らせた。

 

達也が交戦していた場所に行くと身体を痙攣させている人物がいた。

 

「大丈夫ですか!?」

「君は?」

「四葉克也です。ここにもう一人青年がいませんでしたか?」

「君がエリカの言っていた友人か僕はエリカの兄千葉修次(なおつぐ)だ。司波君なら赤髪の魔法師を追いかけていったよ。」

「ありがとうございます。」

 

俺は修次に『回復』で電撃による筋肉の痙攣を抑え走り出した。

 

「今のは治癒魔法か?」

 

修次の独り言を聞いた者は誰もいなかった。

 

 

 

俺が辿り着いたのは達也が放った『雲散霧消』がリーナの放った強力な魔法と衝突しリーナが吹き飛んだ後だった。

 

「達也、その疲労は一体何だ?それにこの武器は?」

「リーナが放った戦略級魔法『へビィー・メタル・バースト』を受けた後だ。それにこの武器は『ブリオネイク』ケルト神話の光明神『ルー』が持つ武器の一つから名前をとった神器の模造武器だ。」

「こんなところでよくぶっ放せたなリーナは。」

「比較的簡単に威力調整が出来るからな。」

 

達也の話を聞きながら『癒し』で疲労を取り除いてやるといつもの達也に戻り後始末をしてから深雪の迎えに行った。達也を回復させておいたおかげで深雪に戦闘をしたことはバレなかった。

 

 

 

リーナと交戦してから数日後の午後七時、克也達は生徒が下校し職員も僅かな学校に来ていた。夜間に学校に入ることが出来るのは決められた人間だけだ。

 

その中には生徒会が許可した者が該当するので克也達は入ることが可能だ。生徒会許可証を三枚門の守衛に渡し来訪者用IDカードを受け取る。これがなければ不審者扱いされ警察行きになるため必須道具だ。

 

ちなみに許可証を発行できるのは生徒会長だけなのだが達也と深雪に頼まれ(脅され?)たあずさが発行した。

 

今回の名目は互いに位置を知ることの出来るピクシーを連れ出し残りの『パラサイト』を引き寄せることだが表向きの名目は「異常な行動を続ける3Hの様子を見るため」である。そしてピクシーを学校から連れ出しキャビネットに乗る。

 

「達也、どこに行くんだ?」

「青山霊園だ。」

「お化けはそういうところに出るからという理由ですか?」

「その通りだよ深雪。」

 

どうでもいいことだが{それなら霊園じゃなくてもいいだろ}と思ったかもしれない克也だった。そして位置を知り合いに送る。

 

 

 

しばらくしてキャビネットを降り霊園に向かっていると複数人に見張られているのを感じたので全員に『癒し』で眠気を表面に浮上させ眠りに誘う。おかげで倒れる音以外は聞こえなかった。

 

『ご主人様(マスター)、『パラサイト』が三体接近中です。』

 

ピクシーの報告に克也達は足を止めピクシーを真ん中にして三角形の陣を作る。どこから現れるか分からないためこの陣の引き方は正しいだろう。

 

達也が気を引き締めたので達也の視線の先を見ると三人の男達が向かってきている。彼らが『パラサイト』なのは分かっているが謎の違和感があった。二人が立ち止まり一人がさらに近づいてくる。

 

眼から伝わる情報と肌で感じる情報が違うのでそれによって違和感が発生していたのだと今気付いた。人間の形をしているのに人ではない気配を発している。それが違和感の正体だった。

 

『四葉克也、話がしたい。』

「何故俺なんだ?」

『この国で今、力があるのは四葉だ。そしてここにその血を受け継ぐ人物がいるなら聞くのは自然だろう?』

「事情は理解した俺はなんと呼べばいい?」

『マルテ。』

「ミスターマルテ、一体何のようだ?」

『我々はこれ以上君達と敵対する意図は無い。』

「君達とは誰で敵対とはどういう意味だ?」

 

俺は可能な限り情報を得れるように努力することにした。

 

『我々デーモンはこれ以上日本の魔法師に対して敵対する気は無い。』

「なるほどね、それ以外にも用があるんじゃないか?」

『君達と敵対しないと約束する代わりに後ろのロボットを引き渡して貰いたい。』

「理由は?」

『同胞を解き放つためだ。そのような命のない器に入られていては我々デーモンとしても許容できない。我々デーモンも命を持つ生命体だ。』

「ピクシーどうする?」

『嫌です!私は私です。私の望みはマスターの物であるそれだけです!』

 

ピクシーの言葉に全員が苦笑したことで心意気は決まった。

 

「だそうだミスターモルテ会話を聞いての通り交渉決裂だ。それに言いたいことがいくつかある。」

『残念だよ四葉克也。言いたいこととは何だ?』

「何故魔法師に対してだけ敵対しないと言った?何故一般人は含まれない?それに何故日本人だけなんだ?他国は狙うのか?信用できないな。そしてピクシーを破壊した後何を宿主にするつもりだった?言わなくても分かっているがな。」

『小僧…!』

 

男が袖口からナイフを取り出し柄にコードが繋がっているところを見るとただのナイフではなさそうだ。他の二人も同様にナイフを手にしている。顔が怒気で覆われており感情が爆発しかけているらしいので爆発させることにした。

 

「武器を捨てて大人しく投降すれば痛い目に遭わずにすむし幸せな実験動物としての待遇を保証してやる。」

『貴様!』

 

俺がにやりと笑いながら言うと完全に切れて叫びながら突っ込んできた。ぶつかる瞬間に『炎陣』で二人と一体を囲う。

 

ナイフが触れた瞬間に溶けて消えていくのを見てモルテを含めた『パラサイト』が眼を見開き驚いている。その瞬間を見逃さずに『炎陣』を解除し圧縮想子弾をマルテの足に打ち込み転倒させる。

 

「達也!」

「任せろ!」

 

達也が『拒絶』の念を込めた想子弾を倒れているマルテに打ち込むと痙攣し始めた。達也が打ち込んだ思念が『パラサイト』を拒絶し『パラサイト』が拒絶しているのだ。残りの二体は深雪と克也が圧縮想子弾を大量に撃ち込み気絶させていた。

 

「克也君!」

「ごめん、遅くなった。」

 

エリカと幹比古が走り寄ってきた。後ろにもう一人連れて。

 

「レオも来たのか?」

「おう、リハビリがてらな。」

「とりあえずここを離れるためにこいつらを運ぶ車を呼ばなきゃな。」

「なんで?」

「あれだけ派手に想子を使ったんだ。普通の警察以外にも寄ってくるだろうから。」

 

俺の言葉を理解できていなかったらしく幹比古は疑問符を浮かべていた。

 

「ミキの倉に運び込んでもいい?」

「いいのか幹比古?」

「うんいいよ。そもそもこれは僕達の仕事だから。」

 

僕達の仕事とは古式魔法の使用者のことだろうか?それともエリカ達を含めたことなのだろうか?後片付けをしてもらえるのであればどちらでも構わないので考えるのを止めた。

 

「頼む幹比古。」

「今日は帰りなよ克也君達は。捕獲してくれたし後は任せてほしいから。」

「分かった後を頼む。」

 

克也達は後をエリカ達に任せて帰宅した。『パラサイト』との戦闘中監視されていたことを三人は知らなかった。たとえ『視界』を広げていたとしても気付かなかっただろう。

 

何故なら遠隔操作で見張られていたのだから。一つは七草・十文字家の連合とは別に七草家当主の意向を受けている国防軍情報部。

 

一つは想子センサーを使って監視していた九島家前当主とその孫。

 

一つは反則級の情報収集能力を持つ謎の機械によって見ていた四葉家当主。これらが厄介な事件に発展すると誰も考えていなかった。

 

 

 

翌朝克也達はエリカ達に呼び出された。




そろそろ来訪者編も終盤ですよ~


千葉修次(ちばなおつぐ)・・千葉家の次男でエリカの腹違いの兄。世界的な剣術家であり摩莉の恋人。


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第三十七話 情報

翌朝、エリカ達に捕まり屋上に連行された。深雪を教室に送った後だったのでなんとか巻き込まずにすんでいた。

 

「話があるんだろ?何か話してくれないか?」

 

連行された後数分何も話してもらえず時間を無駄にしたくなかったのでこちらから聞くことにした。

 

「達也、実はさ…。」

 

怒られると思っているのだろうか幹比古が怯えながら話し始めたがすぐに止まってしまったので助け船を出すことにした。

 

「あいつらに逃げられたか?そんなことでは怒らないさまた捕まえるのは厄介だが。」

「違うのよ克也君!」

「そうだぜ横からかっさわれたんだ!」

「手強かったのか?」

 

エリカとレオの憤慨にも平然と聞き返す。この三人は実戦に出てもそれなりの成果を上げる腕を持ち自分たちでも八割近くの力を出さなければ勝負にはならないと克也達は評価している。

 

だから取り逃がすとは余程の敵だったのかと聞きたくなったのだ。

 

「腕はたいしたことなかったんだけどよ。用意周到で殴ったらこっちが痺れるスーツなんて初めてだぜ。」

「やったら硬いアーマー着込んでるし切ったら粉が吹き飛ぶなんてもっとリーチの長い武器持ってくるんだった。」

 

それだけ特徴がある装備なら相手が誰か達也には予想が付く。

 

「それに真っ黒な飛行船で持って行かれちゃったの!」

「なるほどな。」

「達也、正体が分かるのか?」

 

達也が納得したとでも言いたげだったので聞いてみた。

 

「直接やり合ったわけじゃないから推測でしかないけどね。国防軍情報防諜第三課、そういう面白装備を採用していてステルス仕様の飛行船を持っているとなるとそこだと思う。」

 

達也の暴露に全員が驚く。よもや国の内部情報を教えて良いのかと思ったが自分達を信用しているから話してくれたのだろうと思った。

 

達也が三課を知っているのは独立魔装大隊経由であり七草家の息がかかった部署であることも知っているが情報源を伝える気にはなれなかった。

 

「達也、それは情報部の独断かい?それとも誰かの陰謀かい?」

「それは分からないな。」

「どこに連れて行かれたかも分からない?」

「絞り込めないと分からない。とりあえず教室に戻ろう、さすがに寒い。」

 

この程度で音を上げるようなやわな鍛え方をしていないが寒いのは事実で精神的なダメージを鑑みて校舎に戻ることにした。

 

 

 

一限目は一般教養だったので二十分ほどで終わらせ携帯端末でメールを送る。普通なら教員の叱責を受ける場面だが周囲に迷惑をかけない行為は許可されているので携帯端末を操作しても問題は無い。

 

内容は「七草家の息がかかった第三課に『パラサイト』を横取りされたので至急返却していただきたい」だ。送るとものの数分で返信が帰ってきたので{受験生なのにいいのか?}と思ったがあの人なら勉強はほどほどでも大丈夫だと思っていたのでそんな内容は返さなかった。

 

真由美からの返信には「第三課なぞ知らないが四葉の名前を出せば教えてくれるかもしれないから明日まで待ってほしい。」と要約すればそう書いてあった。これでなんとかなると思い安心し残り時間を睡眠に充てることにした俺は机に突っ伏した。

 

授業終了後深雪に怒られたのは何故なのだろうか…。

 

 

 

翌日真由美からのメールには「防諜第三課のスパイ収容施設が襲撃され捕らえられていた『パラサイト』が殺された」と書かれていた。

 

 

 

今日は土曜日なので学校があるのだがそれどころではなかった。克也が藤林に頼んで防諜第三課のスパイ収容施設の監視カメラをハッキングしてもらい襲撃の様子を録画した映像を送って貰い三人で見ていた。

 

赤髪の小柄の人影が闇に紛れて侵入していた。警備員を人にらみで気絶させ扉を破壊し内部に入り吐き出した息が白いのはこの『パラサイト』が拘束されている部屋が低温だからだろうか。三段のベッドの上に拘束されている『パラサイト』は青山霊園で会った彼らだった。

 

そしてモルテに赤髪が銃弾を撃ち込むと炎に包まれ消えた。二度同じことを上段と下段の『パラサイト』にも撃ち込み部屋から出た。

 

『アンジー・シリウス』の行動は「処刑」だった。宿主を殺された『パラサイト』のことを何も考えずただ殺しただけのように見えた。

 

「…今のはリーナですよね?」

「…ああ。」

 

深雪はリーナが『パレード』を使い『アンジー・シリウス』であるということを克也から教えられているので今のが何か分かったようだ。

 

映像を見返そうとすると突如画面に金髪碧眼の少年が映し出された。この回線は強度な壁で保護されており普通なら侵入することは出来ない。出来たところで会話はこちら側から繋がない限り不可能だ。

 

「ハロー聞こえているかな?聞こえていることを前提に話させて貰うよ。」

 

流暢な日本語で話しかけてくるが案の定こちらが回線を繋いでいないのを理解しているように話し始めた。

 

「まずは自己紹介からだね。僕の名前はレイモンド・セイジ・クラーク。『七賢人』の一人だ。君のことはシズクから聞いてるよカツヤ、タツヤ、ミユキ。」

 

リーナの言っていたのが彼だとは思わなかったがこの回線に入り込めたのだから信用できるだろう。シズクの知り合いらしくあの情報源はこの人物のようだ。

 

「『アンジー・シリウス』にこの場所を教えたのは僕だけど何故か彼女はその前から知っていたようだ。」

 

「この場所」が第三課のスパイ収容施設を指しているのは容易に理解できたが教える前に知っていたことには驚いた。一体何処から得たのだろうか。国だろうかしかしそれではつじつまが合わない。国がリーナに教えていたのであれば『七賢人』より情報収集能力が高いということになる。

 

「そこで君達に特ダネを提供しようと思っている。今回は無料でお教えしよう。現在ステイツで猛威を振るい日本にも広がり始めている魔法師排斥運動は『七賢人』の一人ジード・セイジ・ヘイグが仕掛けたものだ。ジード・ヘイグまたの名を顧 傑(グ・ジー)日本のアンタッチャブルこと四葉家に滅ぼされた崑崙方院(こんろんほういん)の生き残りだよ。国際テロ組織『ブランシュ』の総帥で君が捕まえた『ブランシュ』日本支部リーダー司一の親分だね。さらには国際犯罪シンジケート『無頭竜』の前首領リチャード=孫の兄貴分でもあるね。」

 

次々と並ぶ知る名前に俺は愕然とし達也は画面をのぞき込んでいた。

 

「念のために言っておくけど『七賢人』だからといって共謀はしてないからね。『七賢人』とはフリズスキャルヴのアクセス権を持つ七人のオペレーターのことだよ。フリズスキャルヴについては詳しく話せないけどつまりはそういうことだ。話を戻すと彼は『ブランシュ』と『無頭竜』を失い日本に干渉することが出来なかった。『パラサイト』を送り込み騒ぎに紛れて工作拠点を再建するのが目的だ。信じるか信じないかは君達次第。これから告げることも君達で判断して貰って構わない。そちらの時間で二月十九日の夜、第一高校の野外演習場に活動中の『パラサイト』を全体誘導するから殲滅して欲しい。この情報は『アンジー・シリウス』にも伝えてある。共闘するのも敵対するのも君達の自由だ。頼んだよアンタッチャブルと戦略級魔法師『破壊神(ザ・デストロイ)』。」

 

その言葉を最後に一方的な会話は終わった。達也は呼び名に眉をひそめていたが俺は笑いを堪えるのに必死だった。達也に背中をつままれ気を取り直す。

 

「この情報が正しいのかどうかは明日の夜に分かるだろうからとりあえず今日はいつも通りに過ごそう。そろそろ学校に行く時間だしね。」

「ということは明日行くのか?克也。」

「行かなきゃならないだろうね。彼の言っていることが本当ならこの騒動を終わらせることが出来るだろうから。それにエリカ達にも教えて協力してもらわないと。」

「お供いたします。」

「もちろんだよ深雪。さあ、行こうかそろそろ本当に出ないと。」

 

二人を連れて俺は学校に向かった。よもや翌日の夜に一騒動が起こるとは知らずに。…

 

 

 

「レオ、遅刻だよ。」

「生真面目だな幹比古は。」

 

実技の授業に遅れてきたレオを教員の代わりに幹比古が注意するがさほど気にしていないようだ。

 

「達也は?」

「なんでもお客様だとか…。」

「こんな時間からか?」

 

まさか二限目の時間に生徒に対して客が来るなどよほどのことなのだろうか。達也なら誰が来てもおかしくはないと思っているレオ達は気になりながらも授業に集中することにした。

 

「そんなことより早く終わらせましょ。」

「そうだね今日のは苦労しそうだし居残りになったなんて達也に知られたらにらまれそうだし。」

 

二人がCADのセッティングし始めたのでレオと美月も手伝い始めた。

 

 

 

達也は来賓である青木を送り出した後よく知る人物がいたので声をかけることにした。

 

「リーナ、少しいいか?」

「タツヤ、何?」

 

振り向いたリーナの顔はかなりやつれていた。スパイ収容施設を襲撃したことが精神的なダメージを与えているのだろか達也にとってはどうでもいいことだったが。

 

「話は聞いたか?。」

「ええ。」

「誰か分かったか?」

「いいえ。」

 

会話はかなり言葉をはしょったものだったがリーナは今日の夜の話を分かってくれたらしい。そして『レイモンド』はリーナの前に姿をさらすことはなかったがそれは当然だろう。

 

同じ国の人間に対して賢人(セイジ)の一人である自分が『スターズ』総隊長であるリーナに姿をさらすはずがなかった。

 

「今回は馴れ合わないわよタツヤ。」

「分かっているお前が背負っている重荷は俺達とは比べものにはならない。」

 

達也が話し終えるとリーナは背を向けて離れて行くのを達也は少し心配そうに見送った。

 

 

 

「達也、来客とは誰だったんだ?」

 

三人は『パラサイト』と交戦する前に一度帰宅し戦闘準備を整えた後時間があったのでリビングでくつろいでいたところ克也に聞かれていた。

 

「よく知ってたなエリカ達にでも聞いたのか?」

「いやA組でも噂になってたんだ。達也に来客なんて誰なんだろうって。」

「なるほどね。来客は青木さんだったよ。」

「何故四葉の使者が?」

 

深雪は司波兄妹とは可能な限り接触しないようにしているはずなのに向こうから近づくのかと不思議に思っての問いだった。

 

「叔母上からの指示らしい。3Hを買い取りたいと言ってきた。」

「買い取っておいたのは正解だったね達也。それにしても叔母上は何をされるつもりだったんだろう。まあ普段生活しているだけなら遭遇することのない敵だからサンプルにしたいのは理解できるよ。」

「実験にでも使うつもりだったんだろうな。あれは特殊だから理解できないわけじゃないそろそろ行こうか。」

 

達也の言葉に頷き一高の野外演習場に向かった。



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第三十八話 討伐

来訪者編もクライマックスですよ~


克也達はエリカ達と合流し三mの塀を跳び越え演習場に侵入した。警備システムがないのは夜に野外演習場に入ることが危険なことだと知っている人間と関わりたくない人間が周辺に多いからだ。

 

侵入すると空気が張り詰めておりどうやら舞台の準備は整っているようだ。慎重に歩き奥深くに向かっていると美月とほのかピクシーに呼び止められた。

 

「現在進行方向から右手三十度にオーラ光が見えます。」

「男性二人と女性一人です。映像を転送します。」

『三体の同胞を確認。』

 

ほのかの魔法によって全員の携帯端末にほのかの眼で見たリアルタイムの映像が送られてくる。美月とほのかのおかげで即座に発見できた。

 

克也と達也が視界を広げれば可能だったが二人ほど鮮明には視えず発見も遅れていただろう。

 

「仮面の女の子が克也さん達の反対側から『パラサイト』に向かってます!」

「このスピードと殺気、まさかリーナあいつ宿主を殺すつもりか!?」

 

美月の報告通りに視界を広げると濃密な想子をまとって接近しているのが視え誰にも聞こえないように俺は毒づいた。全員に許可を貰ってから達也と二人で全力疾走で向かった。

 

 

 

ここに集っているのは自分達と今は敵である存在、そして今回のターゲットである『パラサイト』であると克也達とリーナは考えていた。

 

しかし実際には九島烈が差し向けた抜刀隊とそれを単身追走する人物という五つのグループがこの演習場に集結していた。

 

克也達は九島烈が『パラサイト』に興味を持ち利用するつもりであるなど知る由もなく自分達が知らないことを想定して行動など出来るはずがなかった。

 

 

 

森の中ほどでリーナが『パラサイト』に斬りかかるのをなんとか想子の仮想の壁で防ぐがリーナの魔法『旋風(つむじかぜ)』によって俺は吹き飛ばされた。

 

あまりの威力に予想以上の距離を飛ばされこちらに向かっていたレオに激突してしまった。

 

「うお!」

 

レオが気付いたときにはドカーン!とでも音が出そうな衝撃が二人を襲い地面に崩れてしまった。

 

「いてててて、何だぁ?」

「克也お兄様?」

「克也君?」

「いてててて、やあみんな。」

 

驚いて眼を見開いている全員に軽く挨拶する。

 

「レオ、すまん。」

「構わねえけどよなんちゅう勢いでくんだ?俺じゃなかったら死んでるぜ?」

「エリカなら避けてただろうし深雪なら慣性中和の魔法で止めてくれたさ。」

「克也君何があったの?」

「恥ずかしながらあの赤髪の仮面少女に吹き飛ばされて慣性中和の魔法使うのが遅れてここまで吹っ飛んできた。」

「…そう。でそいつはあそこね?」

 

エリカが自己加速術式で向かったのに気付いてから追いかけた。到着するとエリカが五十里先輩に作ってもらい達也に調整させた『大蛇丸』のダウンサイジングバージョンである『ミヅチ丸』を振りかぶり『パラサイト』を一閃し胴を薙いだ。

 

エリカに念動を撃とうとした『パラサイト』に達也が部分分解術式で四肢を撃ち抜き地を這わせ想子の塊を撃ち出し『パラサイト』の想子を吹き飛ばす。

 

克也と幹比古の三人で話し合った結果『パラサイト』は霊子の塊でありながら魔法を使う際に想子を消費し弱体化するのではという仮説を立てた。

 

「幹比古!」

 

通信機を使わずとも木の精霊を使って俺達を見聞きしている幹比古に合図を送る。すると雷撃が『パラサイト』を襲い皮膚に幾何学模様と文字が刻まれる。

 

もう一匹に『遠当て』を使い雷撃で封印すると近くで幹比古とは違う雷撃が走ったので見てみると『パラサイト』が黒焦げになっており本体はどこかに飛び去った後だった。

 

「アンジー・シリウス、頼むから封印前に殺さないでくれないか?後始末が面倒くさい。」

 

声をかけるとその場を去ろうとしていたリーナが立ち止まり返事をしてきた。

 

「私には関係ない。」

「シリウスの任務か、それは重々承知の上でのお願いだ。」

「それは任務には含まれない。脱走兵であろうがそうでなかろうが私の任務は処刑だけだ。」

 

それだけ言い残し森の中に姿を消した。

 

「今のはリーナだよね?姿、声は別人だけど。」

「分かるのか?」

「なんとなくだけどね、仕草が似てたから。」

 

エリカの言葉に驚くが同時に納得もする。エリカのように相手の動きを観察する戦闘スタイルの人にすれば相手の癖を覚えるのは当たり前のことだろう。それでも『パレード』を使って偽装しているリーナを一目で見抜く眼力は恐るべきものだ。

 

「リーナに言ったのもエリカにも当てはまるぞ。」

「それは難しいお願いだね克也君。」

「可能な限りでいい。不可能であれば殺しても構わない。」

「オッケー。」

 

 

 

達也はリーナの後を追い俺達は少し遅れて走っていた。すると突然俺は立ち止まりレオと深雪、ピクシーもほぼ同時に立ち止まると真剣な顔をしていた。

 

「囲まれているというよりそう思わせているみたいだなどうする克也?」

「潰そうか、邪魔されるのは嫌いだしどんな目に遭うのかを教えてやる。深雪、達也の元に迎え。」

「分かりましたお気を付けて。」

 

想子を活性化させ{ブラッド・リターン}をホルスターから抜き出す。深雪が走り去るのと同時に戦闘が始まった。

 

「装甲(パンツアー)!!」

 

レオが音声コマンドでCADを操作し敵と交戦し始める。『偏倚解放』でまとめて五人ほど戦闘不能にさせ横を見た。すると殴り合っていたレオが敵の攻撃をよけた瞬間足を滑らせた。

 

体勢を立て直したばかりのレオに襲いかかる人影に向かって剣筋が襲いレオのフックアッパーが直撃し吹き飛んだ。

 

「克也君、達也君が合流しろだって。」

「じゃあ、任せる。気をつけろよ。」

 

エリカからの言付けをもらいその言葉を残し向かう道中リーナが二体『パラサイト』を殺すのを視てため息をつく。どうやら言葉通り処刑だけを目的しているようで容赦なく行っている。

 

{やれやれ本当に言葉通りにするとはね。後で苦労するだけだってのに。}

 

そう思いながらも足の回転を速め達也の元に向かった。

 

 

 

達也の元に到着するとひどい有様だった。克也達は知らないが地面に倒れている男達は九島家の息がかかった部隊の戦闘員達で十人中八人が死亡しており残り二人も立つことの出来ない重症何があったのか想像も出来なかった。

 

「深雪これは?」

「今、リーナと対峙している『パラサイト』のせいです。」

 

深雪の言葉通り達也とリーナは六人の『パラサイト』と戦闘中であった。既に片付けた人数と比べるとピクシーに聞いた数より増えている。

 

「リーナ待て!」

 

俺の制止を無視して魔法を放った。その半分は達也によって無効化されたがリーナの攻撃を受けた三体の『パラサイト』は絶命し達也の魔法によって貫かれた三体の『パラサイト』が自爆した。

 

 

 

「レオ気をつけて!」

「エリカちゃんそっちに『パラサイト』の本体が!」

 

突然幹比古と美月から二人に緊急通信が入り同時に驚愕していた。

 

「次兄上、『パラサイト』がこちらに向かっているようです!」

 

先程まで気持ちの上で剣先を向けあっていた兄に伝えると修次はあまり『パラサイト』について知らないらしく首をかしげていたがエリカの言葉に緊張感を抱いたのは抜刀隊だった。

 

エリカの背後の土がめくれ上がり人影が飛び出したのとほぼ同時に抜刀隊の後ろからも同じように人影が現れた。エリカの背後に現れた人影はエリカに跳びかからずピクシーを狙っていた。

 

鉈を硬化魔法で防ぎ跳ね上げるがレオの筋力でもそれだけでは間合いを十分に取ることは出来ない。もう一度振り下ろそうとする襲撃者の胸から刀の先が突き出ており動きを止めた。

 

エリカは「しまった」という表情をしていた。どうやら克也の注意を思い出したようだが時既に遅しでありどうしようもなかった。

 

抜刀隊の後ろから現れた襲撃者は修次の綺麗なフォームから繰り出された前蹴りによって吹き飛ばされ慎重に近づいてきた修次の目の前で破裂した。霊子の塊が抜け出したことにその場にいた誰もが気付かなかった。

 

「ごめん克也君、一体殺しちゃった。もう一体は自爆したみたい。」

「気にするなエリカ。二人とも怪我がないならそれでいい。すまないがピクシーをこちらに合流させてくれ。」

「わかった。ピクシー克也君が合流しろだって。」

『了解しました。』

「幹比古、ほのかピクシーのフォローを頼む。」

「わかった。」

「わかりました。」

「それとエリカ、レオお前達はそこを動くな。その場にいる全員に伝えてくれ。」

「了解。」

「わかったぜ。」

 

そう伝えて音声にユニットの通信を切る。どうやら『パラサイト』は俺達が思っているより用意周到のようだ。正直、対応策が見つからないので対処が遅れ後手に回ってしまう。だがここで仕留めなければもはやどうすることも出来ないだろう。

 

 

 

この世界に引きずり込まれた『パラサイト』は十六体。内一体はピクシーの中に二体は先程の戦闘で封印済み。そして六体はリーナに一体はエリカに宿主を殺され本体を解放。残り四体も自爆し本体を解放。

 

合計十一体が宿主を失い、仕留めなければならない相手だ。ピクシーに引かれ集まった彼らは元は一つの存在。よって一つの存在に戻り敵を排除しようと合体していた。

 

十一の頭を持つ大蛇のような存在『十一頭竜(といちずりゅう)』をその眼で見た克也達はピクシーに食らいつこうとしている場所に向かった。それはそこに「ある」と認識できるほど鮮明に視えた。

 

「あれは何!?」

「視えるのか?」

「見えてはいないけどそこに何か『力』が集まってるのがわかる。あれは一体何なの?」

「あなたがお兄様方の言うことを聞かなかった結果よ。あれだけ殺すなと言ったのにどう責任を取るつもり?」

 

リーナの質問に底冷えするような声音で答える深雪に俺は恐れを感じていた。

 

「脱走者を処断することそれがワタシの存在意義よ!ならワタシが倒すわ!」

 

リーナが『パレード』を発動させ接近すると『十一頭竜』がリーナに狙いを変えたのを克也と達也は視た。二人でリーナに放たれる攻撃を全力で相殺させた。

 

一体でも厄介な敵が十一体も集まっているのだから全力を振り絞らなければならないのは当然だろう。むしろたった二人で十一体もの攻撃をすべてはじくことを賞賛するべきだ。

 

「幹比古、こちらの状況は見えているか?」

 

魔法で攻撃を防ぎながら音声ユニットで連絡する。

 

「見えているけどどうしたの?」

「数秒でいい、動きを封じれないか?」

「…無理ではないけど五秒ももたないと思うよ?」

「それだけあれば十分だ、頼む。カウントはそっちでいい。」

「わかった、いくよ。3、2、1、今!」

 

合図とともに対妖魔術式『迦楼羅炎(かるらえん)』が放たれ『十一頭竜』と互いを食い合うように巻きつくのを眼ずに達也と背中合わせで立ち右手を左手を突き出す。

 

残り四秒。

 

魔法演算領域を達也の規模に合わせて魔法式を構築。俺が視ている状況を達也に送り込み達也が視て照準を定める。一高での戦闘とは違い少ない規模で構築される。それでも一人では処理できないほどの情報量が二人の魔法演算領域を往復する。

 

三秒。

 

魔法式が起動式として展開される。

 

二秒。

 

想子が活性化し俺達の右手と左手に集まる。

 

一秒。

 

『迦楼羅炎』が消え始める。

 

ゼロ秒。

 

十一頭竜がリーナを無視して魔法力の高いこちらに向かってくる。そこを目掛けて魔法を発動させる。

 

『焔解散(ラハブ・ディスパージョン)』

 

克也と達也が八雲にヒントを貰い新しく考案した精神干渉魔法。八雲は二人のどちらかに魔法演算領域を合わせると言ったが規模の大きい方か小さい方かとは言わなかった。威力は落ちるが二人の負担が激減すると判明したので達也に合わせることにしたのだ。

 

『焔解散』は克也の眼で存在を認識し達也の眼で魔法式を照準させる。『焔解散』が『十一頭竜』の精神に作用し霊子情報体を全て燃え散らした。

 

「リーナ、今見たことは他言無用だ。」

 

少し疲弊しながら達也はリーナに話し掛けた。

 

「いきなり何?」

 

深刻な表情に声音で言われたら誰でも動じるだろうそれも克也であれば尚更。

 

「その代わりリーナが『アンジー・シリウス』の正体であることを話さないと名前に誓おう。これはこの場にいる全員が対象だ。」

「いいわよ。ワタシにとっても悪い話じゃないしカツヤとタツヤのことは内緒にしてあげる。」

「ありがとうリーナ。」

 

その言葉を残し俺達は二体の『パラサイト』を置いてある場所に向かった。しかしそこには先客がいた。

 

 

 

「これは九島閣下お目にかかれて光栄に存じます。私は黒羽亜夜子と申します。今回は黒羽家の使いとしてではなく四葉家当主の使いとしてやって参りました。」

「四葉家の代理の方か、なるほど道理で若さの割にしっかりとした心をお持ちのはずだ。」

 

二人の空気は敵対してはいなかった。友好的とも言えない空気である。何故ならそう話す少女の眼は強い光を放ちすぎていたから。

 

九島家の一団は少なからず敵意を抱いていたが四葉家の一団は敵意どころか感情を表していなかった。興味なしとでも表した方が的確だろうか。その理由は亜夜子が敵意を示していないのが大きいだろう。

 

「お互い時間があまりないようですので交渉しませんか?閣下。ここには二体の封印済みがあるのでそれぞれ一体ずつ持ち帰るのは如何でしょう?そちらも欲しているようですしこちらの当主も望んでおられるので。」

「いいだろう。もらえるのであればそれで構わない。」

 

二人は部下に回収させ背を向けて闇の中に消えていった。

 

 

 

克也達がその場に着くと何もなくすると音声ユニットが鳴ったので出る。

 

「すみません達也さん。」

「ごめんなさい達也さん。」

「二人とも気にするなそもそも見張りを置いていなかった俺達が悪い。それに後のことを考えていなかったしな。」

 

美月とほのかにそう伝えてから音声ユニットを切る。

 

「達也これはまさか。」

「断言は出来ないだがおそらくそうだろうな。」

 

森を抜ける風に紛れて鴉の羽が飛んでいくのを克也と達也は捉えていた。そしてそれがある人物からのメッセージであることにも気付いていた。

 

 

 

克也達がエリカとレオに出会った頃には修次と抜刀隊が撤収していた。互いに労い幹比古達と合流し校門を出た時間は二十一時を過ぎていた。守衛から不審な眼を向けられたが深雪の笑顔に引き下がった。




原作とは違いパラサイトを増やしております。次話が来訪者編最後です。


旋風(つむじかぜ)・・オリジナル魔法。強烈な風圧で相手を吹き飛ばす魔法。

焔解散(ラハブ・ディスパージョン)・・オリジナル魔法。克也と達也が今回のために新しく完成させた精神干渉魔法。ラハブはアラビア語で炎を表す。


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第三十九話 別れと再会

来訪者編最終話です。


校内から笑い声と泣き声が至るところから聞こえてくるがあまり興味はなかった。当事者でないのもあったがその気持ちがまだ理解できないというのが大きな理由だった。卒業式自体は既に終わっている。三年間過ごしたこの学校と友人達あるいは恋人と別れることを悲しんでいるらしい。

 

俺は式の片付けを手伝っているので誰が誰とどんな話をしているかも知らなかった。残りが講堂の掃除だけになると生徒会役員または自主的に手伝った生徒達は教師に「あとは専門の業者に任せるから解散してよろしい」と言われ卒業生の元へ一高生徒として最後の挨拶をしてもらうために走り回っていた。

 

 

 

「克也、深雪お疲れ様。」

 

講堂から出ると達也が待っていてくれた。

 

「お待たせ達也、誰かに何か言われたのか?」

「恐ろしいぐらい察しが良いな。その通り、小早川先輩にお礼を言われた。」

「お礼?達也が渡辺先輩に話してた『魔法技能を失っても魔法に関する知識と感受性を活かす道がある』ってやつか。あれだけ達也が話すなと念を押したのに。」

「どうやら本人から話したのではなくて小早川先輩が聞き出したらしい。正直、小早川先輩に俺の言葉として伝わろうが伝わらまいがどっちでもいい。あの人が魔法から離れたいと言わない限りは勧めたいということを知って欲しかっただけだ。」

 

達也は嬉しいような切ないような微妙な表情をしていたがそれは人として一度は悩むことのある事柄でありどちらでも受け取れるということを知るのが大切である。

 

 

 

「克也君、達也君、深雪さん。」

 

名前を呼ばれて振り返るとそこには真由美と鈴音が立っていた。真由美には何度もお祝いを言っていたので言う必要はなかった。

 

「七草先輩、こちらに来られてどうされたんですか?」

「リンちゃんが克也君と会うのを渋ってたから連れてきたの。」

「なるほど、克也行ってこいよ。」

「俺は構わないが…。」

 

本当に俺は構わないのだが鈴音がいいのか分からず動けずにいると鈴音が自然に近づいてきた。

 

「少し時間をいただけますか?」

 

達也と深雪をちらりと見ると頷き「構わない」と言っているらしい。

 

「いいですよ。」

 

返事をして鈴音の後を追った。

 

 

 

「達也君、深雪さんこれからの一高をお願いね。次の生徒会長は深雪さんだろうし深雪さんなら溝を埋めることが出来るかもしれないから。達也君も補佐お願いね。」

「未熟ですが可能な限り全力を尽くします。」

「俺が生徒会に入るとは思えないんですが…。」

 

深雪は当たり前のように受け止めたが達也は可能性がないと言っていた。

 

「心構えよ。そうならないとは限らないからね。」

 

真由美はそれだけ言うと他の友人達に会いに行った。達也はどこかで聞いたような言葉だなと思ったが思い出すことはなかった。

 

 

 

鈴音が足を止めたのは入学式のリハーサルの間達也と座っていた並木道のベンチだった。鈴音の隣に座ると風が吹き桜の花びらが舞う。俺は話し出そうとしない鈴音の代わりに口火を切った。

 

「卒業おめでとうございます。早いですね出会ってからもう一年が経つんですから。」

「…ええ、色々ありましたね。入学式での『エガリテ』の襲撃、九校戦での事故、論文コンペでの横浜事変、そして吸血鬼騒動。予定外の事件が起こりすぎました。」

「そうですね。波乱な一年だったのは否定できません。」

 

少しずつ緊張がほぐれてきたのか会話がスムーズになっていた。

 

「でも、一番の出来事は鈴音と出会えたことですね。短い間でしたが幸せでした。」

「こちらこそ同じです。よもや私から告白することになるとは思っていませんでした。」

「俺もです。上級生からくるとは思ってませんでした。鈴音は魔法大学に進学するらしいですね。」

「ええ、これから魔法師の地位を変えるための方法を学びに行こうと思っています。」

「その方法が見つかり実現されることを祈っています。またどこかで会えるといいですね。」

 

俺達はその言葉を最後に立ち上がりどちらからともなく抱き合った。鈴音は声を上げ泣き俺に縋り付いてきた。俺は付き合った半年の間鈴音が泣く姿を一度も見たことがなかった。だが、高校生最後の日に泣いたことを忘れずにいようと思った。

 

 

 

鈴音が満足して達也達の元へ向かうと真由美の姿はなく摩莉が代わりにいた。

 

「ご卒業おめでとうございます。渡辺先輩どうされたんですか?」

「ありがとう、克也君久しぶりだな。最後に二人に挨拶しておこうと思ってね。」

 

相変わらずハンサムな顔で言ってくるので男として負けている気がしなくもない。

 

「恐縮です。自分から行こうと思っていましたが。」

「おや、それは失礼なことをしたな。まあいい、探す手間が省けたんだからな。それよりこれから一高を頼むぞ。まだ二科生を見下す一科生が多く居るから不安になっているがお前達がいれば大丈夫だろう。十文字からの伝言もある。『一高のことは任せた』だそうだ。あいつらしいな。」

「本当ですね、最後まで自分のやり方を変えないすばらしい人です。」

「それではな、また会おう。」

 

摩莉が去り俺達だけになったが三人の話は終わらなかった。

 

「リーナはどうした?」

「式が終わってすぐに帰宅しました。」

「撤退命令が出たんじゃないか?」

「だろうな、『パラサイト』は倒したから出てるだろうが卒業式に出てくれたことには感謝しないとな。」

 

達也はリーナの本当の目的を話さなかった。俺達は気付いていたが修正することもなく帰宅した。

 

 

 

到着ロビーでいつものメンバーが帰国を待っていた。三学期は一昨日に終了しテスト結果も出ている。相変わらず克也と深雪は他を寄せ付けない圧倒的な差を付けて主席と次席を占領していた。

 

もっと驚いたのは幹比古が学年トップ二十に入ったことだ。新学年から一科生に転科する可能性があることが分かり全員が自分のことのように喜び幹比古は恥ずかしそうにしかし同時に嬉しそうに笑っていた。

 

到着を待っていると人混みの中に見覚えのある金色の髪が見えたので俺と達也、深雪の三人で追いかけた。

 

「リーナ。」

「三人ともどうしたの?」

「リーナの姿が見えたから声をかけたんだ。」

「今日発つって言ってなかった?」

「「「言ってない(わ)。」」」

 

嘯くリーナに俺達は同時に言ったがリーナも返答は予想済みだったようでそれほど驚いていなかった。

 

「リーナ、これで最後じゃないよな?」

「どうでしょうね、ワタシがそう簡単に自国から出れるとは思わないけど。」

「直接会わなければならないというわけじゃないさ。連絡先を交換しないか?」

「いいわよ、なかなか積極的ねカツヤ。」

 

連絡先を交換し合いリーナの発つ時間まで世間話に花を咲かせ送り出した。リーナがゲートに消えた一時間後雫が帰ってきた。

 

「ただいま。」

「お帰り雫。」

 

自分に抱きついているほのかを雫はなだめながらこちらに話し掛けてきた。

 

「お土産たくさんあるよレイからの。」

「ああ、後で聞かせてくれ。」

 

行った頃より余裕のある空気で雫は頷きみんなで雫の帰国パーティーを開くために空港を後にした。

 

 

 

三月半ば達也がFLTに行っている間深雪と家でゆっくりしていると真夜から連絡があった。

 

「叔母上、今回はどのような用件で?」

『春から水波ちゃんに一高へ進学してもらうことにしました。』

「水波がですか?」

『ええ、ガーディアンとしてあなたたちの家に住んでもらいます。』

「深雪のですか?」

『いいえ、あなたのですよ克也。』

 

その言葉に俺は開いた口が塞がらないという現象に陥り数秒行動停止させた。復帰させたのは深雪の言葉だった。

 

「叔母様それは何故なのですか?克也お兄様の力を心配されているからなのですか?」

『そうではありませんよ深雪さん。克也の戦闘能力の高さは誰よりも私が一番知っていますから。水波ちゃんは障壁魔法を得意としていますから万が一の為に近くに居させてあげて下さい。』

「わかりました叔母様。」

 

深雪は真夜の言葉を受け止め納得した。

 

「それでいつ来るのですか?」

『来週辺りにでもしようかと思っています。』

「分かりました。達也にも伝えておきます。」

『ええ、それじゃあね。』

 

 

 

「克也お兄様、よろしいのですか?」

「水波は良い子だから大丈夫だよ。」

 

真夜との伝話が切れた後深雪は叔母上が何かを隠していると感じたらしく俺に聞いてきたが俺にも分からなかったので何も言えず話をそらすことしか出来なかった。

 

 

 

「ということだ達也いいかい?」

「ダメと言うわけないだろう。それに障壁魔法を使えるのであればわざわざ対抗魔法を使わなくても守ってもらえるならありがたい。」

 

達也の言葉は内心とは逆に前向きだった。水波は穂波に似すぎているためあの辛い記憶を思い出してしまう。本当は嫌なのだが彼女が悪いわけではないので文句を言うつもりはなかった。

 

克也達も達也があの出来事を思い出してしまうのではと思ったが叔母上のお願いという名の命令には抗えなかった。また新年度も波乱な一年になると思った三人だった。




来訪者編完結ありがとうございます。国語能力のない自分の作品をここまで呼んでいただきありがとうございました。克也達の二年生も頑張って書くのでよろしくお願いします。


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7章 ダブルセブン編
第四十話 新学年


新年度とダブルセブン編の開始です。


達也が困惑している姿を俺は後ろからにやついて見ていた。今達也は自宅の全身を移す大きな鏡の前であとはブレザーを着るだけの状態で数分間立ち尽くしていた。

 

達也の困惑した顔だけで白ご飯が食えそうだが達也(精神的)に殺されるのでそんなことを口走ったりはしない。

 

「達也お兄様、早く新しい制服をお召しになった姿を私に見せてください。それとも焦らしていらっしゃるのですか?」

 

どうやら深雪の心は我慢できなくなってきており限界に近いことを表していた。達也が観念してブレザーの襟をつかみ羽織る。すると深雪がさっと回り込みきっちりと着込んでいるのを確認して幸せそうな表情を浮かべた。

 

達也の制服は俺や深雪と違い左胸と片口には八枚歯のギアを図案化したエンブレムが飾られ一科生と同じ大きさで同じ位置にある意匠は今年度から新設された魔法工学科のシンボルである。

 

去年一年で対内的にも対外的にも無視することが難しいほどの実績を積み上げてきた達也をこのまま二科生で留めておくのは一高にしても魔法社会としても不利益にしかならないと判断された。その結果が新しい学科の新設だった。三月の試験にパスした生徒は四月から魔工科で授業を受けることになる。

 

魔工科に一科生から移籍した人数分だけ二科生の成績上位者が一科生に転科することになり克也達の友人の中で幹比古が一科に移ることになっている。やはり学年末の点数が影響していたのだと誰もが思った。

 

どれだけ表面を取り繕うと魔工科が達也のために作られたと思われても仕方ない。達也にあるべきものがこの一年なかったことを不満に思っていた深雪が達也にあるべきものがようやく付いたことに浮かれるのは当たり前なのだろう。

 

「みんなでお茶にしましょう。」

 

深雪は二つの意味でご機嫌になりながらリビングに向かった。そんな深雪を俺は苦笑し水波は不満そうに見ていた。まあ、自分の仕事である家事を取られては気分を害しても仕方ないことだろう。水波はガーディアン兼家政婦という立場で司波宅に居候しているのだから。達也が動く気配を全く見せないので尋ねた。

 

「達也?」

「ああ、今行く。」

 

達也が動かなかったのは数秒だが僅かな空気の変化に気付けるのは双子であり互いに信頼し合っているからだろう。克也の後ろを当たり前のように付いていく水波は達也が動きリビングに向かうまで不満そうな顔をせずに待っていた。

 

 

 

「いよいよ明明後日は入学式か当日俺達は早めに家を出るが構わないか水波?」

「大丈夫です克也兄様。私もご一緒させていただきます。」

 

水波が俺のことを「克也兄様」と呼んだのは水波が四葉の関係者であることを悟られないための打開案だ。水波は達也達の従妹という関係であり俺が「さん付けで呼ばれるのは嫌だ」と言ったことで渋々水波がそれで良しとしたという経緯だ。

 

ちなみに達也と深雪の呼び方は達也兄様と深雪姉様だ。水波も最初は仕方なさそうだったが今では自然に使っている。テンパったときはつい達也様、深雪様と呼んでしまっているが。

 

「今日の招待は受けた方が良い。水波も来てくれ。」

「ご命令のままに。」

 

達也の言葉に水波は気乗りしない様子で承諾した。

 

 

 

ホームパーティーといえど北山潮が催すだけあって魔法社会、非魔法社会関わらず大株主や社長が集まるので必然的に会場は盛り上がっていた。雫の父が晩婚だったせいもあってか従兄弟はほとんどが成人し結婚相手や婚約者を連れてくるので自然に大人数になってしまうと克也達は雫の母親から説明されていた。

 

北山夫人、「北山紅音(きたやまべにお)」かつて振動系魔法で名を馳せたA級魔法師旧姓鳴瀬紅音に捕獲され聞いてもいないのにそんな話をしてくるので少し疲れてきた二人だったがこんな場所で気分を害されるわけにはいかないので真面目に聞いていた。

 

「ところで貴方がほのかちゃんの片想いの相手なのね?」

「そのような者ではあります。」

「赤面しないのね?なかなかだわ。」

 

どうやら少しずれた解答が加点になったらしく少しとげとげした空気が和らいだ。

 

「何故断ったの?かわいいのに。隣の貴方もそう思うでしょ?」

「かわいいと思いますよ色々と。」

「そうですねかなりレベルは高いと思います。」

 

俺にも話を振ってきたので本心を伝えた。

 

「なら許可してもいいのに。隣の貴方は付き合いたいとは思わないの?」

「確かに交際すれば楽しくなるでしょうね。しかしほのかの想い人は達也です横槍を入れようとは思いませんよ。」

「それだけの容姿をしているのに枯れてるわね。」

「枯れているかどうかは分かりません。人間は容姿で判断すべきではなく人間性で判断するべきだと思っています。」

「辛辣なのね四葉君は。言わせて貰うけどほのかちゃんや雫の二人が貴方達に向ける感情は普通じゃないわ。性別という壁を越えて家族のような愛に近い感情だわ。それで悪いけど司波君貴方のパーソナルデータを勝手に調べさせてもらったわ。」

「愉快ではありませんが理解できます。自分の娘の近くに自分のような不気味な人間がいれば調べたくなるのもも分かります。」

 

正直俺もあまり愉快ではないが達也の言う通り理解は出来る。俺だって自分の周りに普通とは思えない人物がいれば調べるだろう。

 

「貴方一体何者?北山家の情報網を駆使してもデータが出ないなんて。四葉君の場合は雫に聞いたのとほぼ同じだったから気にしなかったわ。問題は貴方よもう一度聞くわ貴方は一体何者?」

「自分は司波達也というパーソナルデータに書かれている人間そのものです。パーソナルデータと本人が違うのは仕方ありません。データだけでその人間を全て知ることなど不可能でありまた記すことが出来ない事情だってあるのかもしれませんから。」

「…。」

 

達也の言葉に紅音は唇をかみしめて悔しがっていた。一回り以上歳の離れた娘の友人に言葉で負けたとなれば長く生きている人間からすれば認めたくはないだろう。

 

「紅音そろそろやめなさい。」

「北山さん…。」

「妻がすまなかった司波君、四葉君。」

「こちらこそ失礼なことを申しましたお許しください。少し失礼させてもらっても良いですか?雫とも話しておきたいので。」

「ああ、娘も喜ぶだろう。」

 

潮の許可をもらい雫達の元に戻ると雫に頭を下げられた。そのまま雫の元へ向かう。

 

 

 

「ごめんね克也さん、達也さん。」

「こちらこそ失礼なことを言ったんだ。雫も顔を上げて今は楽しもう。」

「うん。」

 

笑顔で言うと雫も笑顔で答え話題を作り出してくれた。留学先でのルームメイトの珍行動やほのかの幼いときの恥ずかしいエピソードなどたくさん話してくれた。雫がほのかそっくりに真似るので口に含んでいた炭酸水を吹きだしかけたこともあった。

 

「姉さん少しいい?」

「航(わたる)どうしたの?」

「お話がしたくて邪魔だった?」

「ううん、ちゃんと挨拶してね。」

 

後ろから問いかけられた相手にそんな風に話す雫は優しい姉で普段の様子からは考えられないような優しい声だった。

 

「初めまして北山航です。今年小学六年生になります。司波達也さんお聞きしたいことがあるんですけどいいですか?」

 

歳と同じように言葉が震えていたが達也は俺にノンアルコールのカクテルを俺に渡しながら優しく答えた。

 

「こちらこそ初めまして答えられることなら答えよう。」

「魔法が使えなくても魔工技師になれますか?」

「「「「「「え?」」」」」」

 

達也を除く全員が声をそろえて航を見た。彼は達也に眼を向けているため気付いてはいなかったが達也はしっかりと答えた。

 

「無理だな。魔工技師は魔法技能を持つ魔法工学者のことだ魔法を使えない技術者を魔工技師とは呼ばない。」

「そうですか…。」

「でも魔法が使えなくても魔法工学を学ぶことは可能だ。実際、魔法を使えなくても生業としている人がいるからね。」

 

達也は相手の気持ちを落としてから上げることが多い。それは喜びを増やすことにもなり進歩にも繋がる。

 

「君が本気で勉強すればお姉さんの役に立つことが出来るかもしれない。」

「ぼ、ぼくはそ、そんなつもりじゃてん。」

 

顔を真っ赤にしてうつむけば誰でも本心が分かるだろう。達也に向けられる眼も見知らぬ大人(高校生でも小学生からすれば大人だ。)に対するものではなく尊敬し追いつきたいと思う気持ちが込められた視線に変わっていた。

 

 

 

西暦2096年四月六日新年度初日、水波を自宅に残し三人は学校に向かった。この三人での登校が残り二回しかないからなのか家から最寄りのコミューター乗り場まで深雪は俺と達也の腕を抱きしめ歩きにくそうだったが幸せそうなので何も言わないことにした。一高に向けて歩いているといつものメンバーがそろった頃には腕は離されている。

 

「幹比古、一科生の着心地はどうだ?」

「からかわないでよ克也。」

 

にやりと笑いながら人の悪い祝辞を送ると幹比古はまんざらでもなさそうに答えた。幹比古が一科生に転科するのは知っていたが制服を見るのは今日が初めてだった。一年間エンブレムがないのを見てきたので幹比古には悪いが違和感があった。しかしそれは今までなかったものがあるのだから仕方ないだろう。

 

「達也はどうなの?」

「俺か?まだ一年目だからなんとも言えないな。」

「冷めてんな~達也は。まあ、達也がはしゃいだ方がよっぽど怖ええか。」

 

達也がもう少し喜んでいると思っていたレオだが達也らしい反応に苦笑を浮かべていた。

 

「ほんと、美月なんてにやけてたのにね。」

「に、にやけてないよ!」

 

エリカのいじりに美月が反論するいつもの様子に笑ったメンバーだがエリカの言葉によってさらに悪化した。

 

「で、ミキ。」

「僕の名前は幹比古だ。何エリカ?」

「なんで近くにいる美月じゃなくてわざわざ遠い達也君に聞いたの?」

「べ、別に良いだろ!?男同士なんだから聞いてもいいじゃないか。」

「あ、もしかして既に電話で聞いてたりしてた?くふふふふふふ。」

 

エリカの言葉に真っ赤にしてうつむく二人を見てまた二人を除く全員が笑い声を上げた。

 

 

 

昼休み、克也達は生徒会室に来ていた。達也を風紀委員会から生徒会へ移籍させるという花音とあずさの密約が本人の意思を無視して実行された結果今日から達也は生徒会副会長。風紀委員には達也の後任として幹比古が、欠員が出た部活連推薦枠に克也が選ばれた。

 

克也が部活連に入ったことで今まで不真面目だった麻雀部などが真面目に活動し始めたらしい。克也はまだ何も行動を起こしていないにも関わらずこの有様では巡回などしたときにはどうなることやらと思い始めた生徒会メンバーであった。生徒会メンバーは達也が入ったこと以外は何も変わらず平和な昼食タイムだった。

 

「実はまだ俺達新入生代表を見たことがないんだ。」

「新入生の準備は学校側主導で行われているからね。」

「多くの来賓がある特別な式典は人生経験が豊富な教員が担当するということでしょうか。」

「その考えで間違ってないと思うよ。」

 

俺の言葉に五十里先輩が説明を付け足してくれる。そうなると新入生代表のことが気になってくる。

 

「総代はどんな子だったんですか?」

「僕は知らないけど中条さんが顔を見てるんじゃなかった?」

「七宝君ですか?やる気満々には見えましたよ。」

「野心家ってことね。」

 

本心を隠そうともしない花音の表現にあずさが苦笑したところを見ると同じような心境なのだと生徒会室に集まった面々はそう思った。



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第四十一話 入学式

放課後あずさが一人の生徒を生徒会室に連れてきて紹介を始めた。

 

「紹介しますね今年度の新入生総代七宝琢磨(しっぽうたくま)君です。」

 

生徒会メンバー+αの克也に一礼する姿はまずまずだった。

 

「初めまして七宝君、部活連副会頭の四葉克也です。」

「こちらこそよろしくお願いします七宝、琢磨です。」

 

俺の手を握り返しながらお辞儀をする様子は同年代の少年少女と比べきっちりとしていた(ナンバーズだから当たり前なのだ)が名字を強調したことは少し不愉快でありその後の行動がさらに俺を不愉快にさせた。

 

「副会長の司波達也ですよろしく七宝君。」

「七宝、琢磨ですよろしくお願いします。」

 

名字を強調するのは変わらなかったが達也のエンブレムに眼が釘付けになっておりあずさの説明にどうでもよさそうに相づちを打ち次の生徒会員、深雪に向くと引きつった顔を浮かべた。

 

そこには『氷雪の女王』と後ろには『灼熱の王』が降臨していた。

 

「同じく副会長の司波深雪ですよろしくお願いします。」

「…七宝琢磨です。よろしくお願いします。」

 

深雪の友好的とはほど遠い自己紹介に琢磨も名乗ったが前と後ろからとてつもないプレッシャーをぶつけられながら挨拶した精神力はなかなかのものだった。

 

その後ほのかが精一杯明るく自己紹介したことにより少なからずとげとげしいムードは吹き飛んだが打ち合わせ中ずっとぎくしゃくした空気は生徒会室に漂よい終わるまで居座り続けた。

 

 

 

その夜克也はリビングのソファーで落ち込んでいた。

 

「克也そろそろ元気を取り戻せお前の気持ちは嬉しいがいつまでも落ち込まれてはこっちにも影響が出そうだ。」

「でも、あんな態度をとったのは先輩として情けないよ。」

 

そう克也が落ち込んでいる原因は達也の自己紹介の際興味なさげに達也の学科の話を流した琢磨の行動に怒り想子を活性化させてしまったことだ。

 

深雪も自分の大人げない行動に少し落ち込んではいたが達也による慰めで気分を回復させたというより機嫌を爆発させ無かったことにした。その間水波は洗濯などの家事をすると言い訳しげんなりしないために逃げていた。

 

閑話休題

 

「なら、明日から何もなかったかのように振る舞えば許してくれるだろう。」

「そうかならいいや。でも達也七宝のお前に向ける感情は異常だったぞ。」

「…ああ、あれは嫉妬というより対抗心だろうな。」

「対抗心ですか?」

「去年の新入生総代は深雪お前だ。お前を越えようと思ってもおかしくはない。俺達のような年頃の男なら誰にも負けたくないという感情があるが七宝はそれが人一倍強いようだ。自分の邪魔になるような相手には反射的に攻撃的な態度をとってしまうのだろうな。」

「私達は邪魔などしておりませんが。」

「認められたい奴らからしたら既に認められている人間が邪魔なんだよ深雪。」

 

深雪の質問に俺が自分の経験を含ませながら教えた。

 

「あとは克也お前もだ。お前は四葉の名を背負っているから対抗心を持たれてもおかしくはない。」

「任せろ達也、そこは抜かりなしだ。」

「さすがだな克也。だが彼は俺達が四葉の関係者だと感づいているかもしれない。」

「師補十八家にそんな力があるのでしょうか?」

「俺達の知識が全てじゃないよ深雪。念のため用心した方がいいかもね達也。」

「ああ。」

 

この時達也と深雪は自分達が四葉ではなく七草家と関わりがあるため警戒されていると知る由もなかった。

 

「そろそろ寝ようか明日は入学式だから早めに寝た方が良い。」

 

達也の言葉に各々動き始め就寝準備に入る。

 

 

 

俺が風呂から上がり寝室に向かうと俺の部屋に人がいるのを感じドアを開けるとパジャマ姿で枕を抱きしめた水波が俺のベッドの上に座っていた。

 

達也と深雪は既に寝室で夢の中なので少し大きな声を出しても起きることはないがなんだか自分の呼吸と地面をこする足音が二人に聞こえ部屋に入ってくるかもしれないという疑念に囚われてしまったがなんとか平常心に戻し水波に近づく。

 

「何故水波が俺の部屋にいるんだ?」

「ガーディアンとしての務めです。」

「達也は深雪と離れて寝てるけど?」

「達也兄様は特別です。」

「昨日までは別でしたよね?」

「達也兄様と深雪姉様が起きていらっしゃったからです。」

「つまりここから出るつもりはないと?」

「その通りです。」

 

水波に質問という拒否をぶつけるが効果は無いようで開き直っている。入学式が翌日なのにこんなのでいいのか?と思ったが早く眠ることに越したことはないので就寝することにした。ベッドに潜り込むと水波が当然とばかりに横に入り込んできた。

 

「あの、同じ布団で眠るんですか?」

 

どうやら俺は動揺すると敬語になってしまうようだ。

 

「それ以外に何がありますか?」

「俺は床で寝ようかと思いまして。」

「ダメです、いざというときにそれでは対処できません。」

 

もう反論する元気もなくし仕方なく許可することにした。

 

「そういえば二人でここまで話すのは四年ぶりですね。」

「そうだな、穂波さんが亡くなった日以来かな。泣き止まない水波をベッドの横で眠るまで頭を撫でていた記憶があるよ。」

 

昔を懐かしみながら話していると水波から寝息が聞こえしばらくすると規則正しくなったので眠ったようだ。俺も眼を閉じ眠ることにした。

 

「寝れん!」

 

しばらくして俺は心の中でそう叫んでしまった。いくら家族に近い存在であろうと水波のような美少女が自分と同じベッドで寝ていれば克也でも気まずい。克也にもそんな気持ちがないわけではないが精神的に苦痛だった。そんな気持ちを追い出し再び眠りにつこうとした。

 

「寝れるか!」

 

数十分後またしても寝付けず心の中で叫んでしまった。何故俺がこんな拷問を受けなければならないのだろうかと思ってしまった。

 

{水波、さすがに俺でもそういう気持ちに少なからずなってしまうぞ。頼むから明日からは別々にしてくれ。深雪と達也に見られればどうなることやら。}

 

克也が眠りにつけたのは深夜三時のことだった。克也の不安が翌日現実となるとは二人とも思ってもいなかった。

 

 

 

{まだ寝ていられるのかしら克也お兄様と水波ちゃんは。珍しいこともあるのですね。}

 

深雪はよもや二人が同じベッドで寝ているなど思いもしなかった。

 

「達也お兄様起こした方がよろしいでしょうか?」

「そうだな、早めに行かなきゃならないからそうしたほうがいい。」

「では起こしてきます。」

 

コーヒーを飲みながら今朝のニュースをタブレットで見ていた達也が答え深雪が起こしに行った。

 

 

 

深雪が硬直するまで五秒前

 

{やれやれ朝に弱いのはいつものことだが今日は特に遅いな。}

 

四秒前

 

{俺達が眠った後にCADでもいじっていたのか?}

 

三秒前

 

{それとも夜空を見ていたか?}

 

二秒前

 

{どちらでも自業自得なのは変わらんか。}

 

一秒前

 

{手のかかる兄だな。}

 

ゼロ

 

{深雪の感情が揺らいでいる!?何だ!?}

 

達也は深雪の後を追って克也の寝室に向かった。

 

 

 

硬直するまで深雪はクスクスと笑いを堪えていた。

 

硬直まで五秒前

 

{朝に弱いのはいつものことですけど今日は特に遅いですね。}

 

四秒前

 

{CADをいじっていたのでしょうか?}

 

三秒前

 

{それとも星を眺めていたのでしょうか?}

 

二秒前

 

{どちらでも自業自得でしょうけど。}

 

一秒前

 

{これは一度怒らないといけませんね。}

 

深雪は笑顔の下でそんなことを考えていた。達也と同じ結論に至るのは血だけでなく心も繋がっているからだろう。

 

「克也お兄様よろしいですか?入りますよ?」

 

ゼロ

 

「克也お…。」

 

深雪は眼前の様子に硬直した。

 

 

 

達也が深雪の元に駆けつけ事情を聞きながら中を見て同様に硬直した。

 

「深雪どう…。」

 

そこには布団が三分の一めくれ上がり幸せそうな顔をして克也に抱きついて寝ている水波がおりその横には抱きつかれて少し疲れながら寝ている克也がいた。克也は達也と深雪の感情の揺れによって発生した想子の波で目を覚まし二人を見て硬直した。

 

「た、達也深雪!こ、これは、じ、事情が…。」

「克也お前がそんなやつだったとは…。」

「克也お兄様なんてことを…。」

 

ドアを閉めながら離れていく二人に何故か謝りながら事情を説明すると許してもらった。

 

 

 

「水波、その気持ちはありがたいが克也の精神面を考慮してやってくれ。」

「…申し訳ありません。」

 

水波は居心地悪そうに身じろぎしたが達也は怒らずなだめた。

 

「克也を守りたいというその気持ちはありがたいが具体的な行動は慎んでくれ。克也を守る気持ちがあれば俺達はお前と敵対するつもりはない、頼むぞ。」

「はい、ご期待に添えられるよう誠心誠意努力いたします。」

 

 

 

四月八日一高入学式当日、早めに家を出た四人は生徒会室に来ていた。

 

「おはようございます克也さん、達也さん、深雪。」

「「「おはようほのか。」」」

「おはよう四葉君、司波君、司波さん。」

「「「五十里先輩おはようございます。」」」

「早いですね。」

「性分でね早く来た方が落ち着くんだ。ところで後ろの子は新入生だよね?」

「ええ、水波挨拶を。」

「はい、克也兄様。」

「兄様?四葉君、妹さんがいたのかい?」

 

予想通りの質問が来たのであらかじめ作っておいた嘘を話した。

 

「いえ、達也と深雪の従妹です。」

「初めまして五十里先輩、桜井水波です。いつも兄様と姉様がお世話になっています。」

「よろしくね。」

 

水波の堅苦しすぎない挨拶に五十里先輩は違和感はなかったようだが別の疑問をぶつけてきた。

 

「でも何で桜井さんは四葉君のことを『兄様』と呼んでいるんだい司波君?」

「水波が克也さんでは嫌だと言いましてそれと自分と仲良く話しているのを見て呼びたいと言い出したからです。」

「なるほどね理解したよ司波君。」

 

達也の嘘に気付かずに納得してくれた。先輩を騙すのは嫌だったが仕方がなかった。

 

 

 

「おはようございますもしかして私が最後ですか?」

「おはようございます中条先輩。生徒会長が最後に登場しても文句を言う人間はここにはいませんよ。それでは、打ち合わせを始めましょうか。来賓の誘導は深雪、それから…。」

 

この打ち合わせはあずさがするはずなのだが克也に任せても何の問題がないことをこの一年で知っている水波以外のメンバーは文句を言わなかった。そして水波がここにいることに不信感を覚えたメンバーは一人もいなかった。

 

「それでは俺と達也は新入生の誘導に行ってきます。」

 

深雪と水波に見送られ俺達は正門前や校内を歩き迷子の新入生を講堂に誘導しに行った。

 

 

 

克也と達也がこの役割を与えられたのは三月末だった。去年二人が真由美と出会ったのは彼女が二人と同じ仕事をしていたからであり生徒会長がするような仕事ではないはずだが今思えば緊張をほぐすための気分転換だったのだろうと思えた。途中で達也と別れ正門に向かう。

 

正門には昔から何も変わらず桜が満開に咲き祝福を送ってくれている。

 

{あれからもう一年経ったんだな。}

 

克也の言葉には二つの意味が込められている。達也と深雪と暮らし始めたこと、第一高校に入学したことどれも克也にとってはかけがえのない思い出だ。

 

数人の新入生を誘導した後もう一度同じ場所を巡回していると達也と偶然合流し講堂に向かっているとよく知る人物と手会った。

 

「七草先輩お久しぶりです。」

「あら、克也君と達也君じゃない。二人とも生徒会入り?」

「俺は手伝いですよ。達也が生徒会に入りました。」 

「なるほどね、魔工科の制服を着てるからなのかな一ヶ月と少ししか経ってないのにずいぶん変わった気がする。」

「そんなにですか?」

「ええ、肩の荷が降りたそんな感じかな。」

「自分では自分の変化には気付かないものですね。七草先輩も別人のようになりましたね。」

「あ、ありがとう?それはどういう意味かな達也君?」

 

どうやら真由美の地雷を踏んだらしく面倒くさい自体になっているようだ。

 

「そのままの意味ですが?」

「本当に?」

「二人とも落ちついて…。」

 

ヒートアップしていく真由美と達也をなだめていると

 

「こらーっ!」

 

声がし振り向くと顔見知りが走ってきた。

 

「香澄ちゃん!?」

「香澄!」

「お姉ちゃんから離れろこのナンパ男達!」

 

どうやら俺と達也をナンパ野郎と認識しているらしい。慌てた真由美は慣れないヒールに足下がおろそかになり倒れそうになるが達也が肩を支えて転倒を防ぐ。

 

しかしそれが余計に香澄をヒートアップさせた。達也は親切心からの行動だったがそれが火薬に点火する火種になるとは思わなかったようだ。俺もそうだが…。

 

「離れろって言ってるだろ!」

 

残り十mから空中に浮き放物線を描かず一直線に加速しながら飛んできた。

 

「香澄ストップ!」

「え?克也兄(にい)!?」

 

俺が慌てた声で香澄の名前を呼ぶと魔法を中断するが突然効力を失った体は地面に落下する。

 

「わわわ、わあー!!」

 

乙女らしからぬ声を上げながら落下していく。入学式当日にしかも式の前に怪我をするなど恥ずかしいだけでは済まない。しかし魔法式が香澄にまとわりつきゆっくりと着地させる。

 

「香澄ちゃん大丈夫ですか?」

「泉美助かったよ。あいつ強いからあれやるよ?」

「えっと香澄ちゃん?」

 

魔法を使ったのは泉美のようだ。事情が読めずに疑問符を浮かべる泉美とは反対に香澄はやる気満々だったが…。

 

「いい加減にしなさい!」

 

真由美から雷と拳が落ち一件落着した。うずくまりながら頭を抑えているところを見るとよほど痛かったようだ。

 

「二人に謝りなさい!」

「で、でも…。」

「申し訳ありません姉が失礼なことをいたしました。」

「泉美まで…。すみませんでした。」

「構わないよな達也?」

「もちろんだ、なんにもなかったんだからな。それに怪我をしていたとしても文句は言わなかった。」

「ということで謝罪を受け入れます。」

 

すると三人はほっと息を吐いた。時間的に式が始まるのでそこで別れた。

 

 

 

「二人を知ってたんだな。」

「ああ、何度か会ってたし魔法を教えたこともあったからね。」

 

生徒会関係者専用入り口に向かいながら会話をしていた。

 

「それより達也、想子観測機のデータを消した方が良いんじゃないか?」

「だな、見つかれば面倒くさいし。ピクシー今から十分前から記録された正門前から前庭までの想子観測機のデータを抹消しろ。」

『了解しましたマスター。…データ抹消を確認。』

 

音声ユニットで3Hの中にいる『パラサイト』個体名ピクシーに呼びかけ命令し報告を確認後講堂に向かう。達也はこの春休みの大半をかけて藤林の指導を元にピクシーに監視システムへのハッキング方法を伝授した。元々3Hは電子頭脳であるため機械へのハッキングはお手の物でありお陰でピクシーは校内という限定付きだがシステムへ侵入することが出来るようになった。そのため今回のような事故も当事者が口を割らない限り知ることは出来ない。

 

真由美が在籍していた三月までなら彼女に頼んで消して貰うことが出来た。彼女がどうやって手に入れたかは知らないし知りたくもない。おそらく家名でも使って非合法的に入手したと克也達は思っている。当然その権利は継承されることはなく消滅したため達也がピクシーに伝授したという経緯であった。




少し大人の要素を久しぶりに入れてみました。


七草香澄・・真由美の妹で双子の姉。ショートカットにしている様子は活発で体育系に見える。

七草泉美・・真由美の妹で双子の妹。髪を眉と肩口にそろえ柔らかい空気をまとっているので文学少女に見える。


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第四十二話 修羅場

UA20000超えありがとうございます!最近よく増えているので少しずつですがみなさんの求めるような興味をそそられる作品に近づいたのかなと思うようになりました。4/10


香澄と泉美は真由美と別れ講堂の席に並んで座っていたが香澄が毒づいているので泉美は好戦的な双子の姉にため息をつきたくなった。

 

「克也兄と一緒にいたあの男は誰?お姉ちゃんに気安く触って!」

「香澄ちゃん知らないのですか?あの方がどなたなのか。」

「有名な人なの?」

「ある意味ではそうです。今年度から魔工科に転科されましたが去年は二科生でした。しかし二科生にも関わらず九校戦にエンジニアとして参加され新人戦女子スピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクでは一位から三位を出場者で独占、新人戦ミラージ・バットでは優勝と準優勝、本戦のミラージ・バットで優勝。驚異的な戦果を上げられた方です。」

「うそ…。」

 

驚愕する香澄に泉美はさらに追い打ちをかけた。

 

「事実ですよ。それにクラウド・ボールではお姉様を担当、克也お兄様に限ってですがアイス・ピラーズ・ブレイクの準決勝までCADを調整されていました。お二方とも満足そうにしておりました。克也お兄様は除外しておきますがお姉様のあの心の許しようは尋常ではありませんね。」

 

最後は独り言だったが香澄がショックを受けている姿を見て嬉しそうにした泉美であった。

 

 

 

入学式は無事に終わり生徒会室には克也達と真由美姉妹がいた。五十里先輩や中条先輩、ほのかは職員と手分けして片付けにあたっているためこの場にはいない。

 

「克也兄久しぶり。」

「克也お兄様お久しぶりです。」

「ああ、久しぶりだな。最後に会ってから五年経ったか随分と成長したね二人とも。」

「克也お兄様のおかげで魔法も上達しました。もしよろしければ今度見てもらえませんか?」

「いいよ、時間があればね。」

 

二人と楽しく会話していると真由美が二人を連れて達也と深雪の前に行き挨拶をさせたのだが…。

 

「泉美ちゃん?」

「深雪先輩、九校戦の活躍は意見させていただきました。とても美しかったです。」

 

呆然と深雪を見上げ真由美に名前を呼ばれても気付かずに話し始めた。深雪は上級生らしく優しい笑顔を浮かべていたがそれが余計に事態を悪化させた。

 

「私のお姉様になってもらえませんか?」

「「お姉さま!?」」

「「はあ!?」」

 

泉美の言葉に真由美と深雪、克也と達也は同じ言葉で驚きを現にした。しかし克也は泉美が熱しやすいということを今思い出した。

 

「それは不可能と思われます。」

「水波?」

「泉美さんが深雪姉様と姉妹になるのは難しく克也兄様と達也兄様の妹になることは可能だと申しました。克也兄様か達也兄様が真由美さんとご結婚されれば泉美さんは義妹ということになります。この場合は深雪姉様と泉美さんは姉妹と呼べるのでしょうか?」

 

水波の言葉に固まる一同。

 

「み、水波…」

「お兄様方!?」

「反対!絶対反対!」

「深雪と香澄まで…。」

 

水波にそういうことを言って欲しいのではないと言いたかったのだが深雪と香澄に邪魔されてしまう。

 

「克也兄ならともかく司波先輩だったら僕は反対だからね!」

「香澄ちゃん今のは仮定のお話ですよ。」

 

とうやら双子はどちらかが熱すると片方は分別を取り戻すらしい。新しい発見に頷いていたがそれどころではなかった。何故俺は良くて達也はダメなのかと思ったが自分の知らない男が大切な姉に近づくのを防いでいるようだ。

 

「ぎゃ!痛いよお姉ちゃん!」

「苦しいですお姉様!今のは香澄ちゃんが悪いのではないのですか!?」

 

真由美に連行され生徒会室を出て行く双子を俺達は微妙な顔で見送っていた。

 

 

 

本日はいつものメンバーで喫茶店『アイネブリーゼ』にやってきていた。雫を含めたこのメンバーで立ち寄るのは五カ月ぶりなこともあり和気あいあいとしていたが雫の言葉で空気が固まった。

 

「主席君の勧誘はどうだった?」

「…ダメだった。」

 

ほのかの言葉を聞いて{しまった}という顔をした雫だったが後悔しても後の祭りだ。勧誘はあずさとほのかの二人に任されていたのでほのかが落ち込んでも仕方がない。

 

「断った理由は何だったんだ?」

「十師族に負けないほど強くなりたいからだって言ってました。」

「目標があるのは良いことだし生徒会入りが嫌だということではないんだったら残念がる必要はないよ。」

「そうだな、ほのかの力不足というわけではないから気にしなくても良いと思う。」

 

達也と俺の慰めの言葉によりほのかはいつもの元気を取り戻した。

 

「彼の代わりに誰を入れるかだけど順当に行けば次席の泉美だが…。」

 

俺の言葉に深雪は微妙な顔をしていたので勧誘するのはいかがなものかと思い始めたので言葉を途中で切った。深雪は入学式後の生徒会室での出来事がまだ足を引っ張っているらしく泉美に苦手意識を抱いていた。

 

「三席は誰だったの?」

「姉の香澄だったよ。泉美と香澄は双子で二人とも魔法力は申し分ない。七宝を含めたこの三人は四席以下と比べて圧倒的だ。泉美と香澄どちらを入れても問題ないんだがどちらを入れても少々面倒くさくてね。」

「どういうことだ?」

 

俺の歯切れの悪い言葉にレオが興味津々に聞いてきた。

 

「泉美を入れた場合深雪に精神的なダメージがあって香澄を入れると達也と一騒動を起こすかもしれないから。」

「詳しくは聞かねえがどっちにしろややこしいことになるわけだな?」

「その通り。」

「でも、順当に行けば次席の泉美さんなんじゃないかな?」

「そうですね、事情はともかく成績上位者から選ぶのであればそれが正しいと思います。」

「最後は本人達のやる気次第だろうね。」

 

幹比古と美月からの推薦もあり泉美を入会させることが濃厚になり雑談会は終わった。

 

 

 

家ではトイレに行った達也の後を追いかけた幹比古との会話の内容を話していた。

 

「ということはエリカはローゼンの血筋なのか?」

「そういうことだな。道理で俺が千葉家にエリカがいると知らなかったわけだ。」

「達也お兄様それはどういうことですか?」

「これは想像だがエリカは高校入学まで苗字を名乗らせてもらえなかったんじゃないかな。親父さんは寿和警部、修次さんとお姉さんは前妻との子供だから腹違いの子供であるエリカを社会に知られたくなかったのだと思う。それも相手がローゼン一族だからね。」

「だから今日までローゼンは日本に支社を置きながら関与しなかったんだね。」

「関わりたくなかったんだろうな。断絶状態にしたのは一族からそんな人間を出してしまったことへの戒めなのだと思う。」 

 

エリカは苦労して生きてきたのだと今更ながら思った。それでも現実を受け入れ真っ直ぐに生きていこうとしている姿を見ると眩しく眼をそらしてしまいたくなるがそれは彼女との友人関係を崩すことにもなるので俺は彼女にはこのことを一切話す気にはならなかった。

 

 

 

四月十日、克也は昼休みに水波に頼み泉美と香澄を生徒会室に連れてきてもらい生徒会入りのことを話していた。何故達也でも深雪でもなかったかというとどちらかが壊れ話が進みそうになかったためだ。克也なら二人は心を許しているし熱にうなされたり敵意をむき出さずに話を聞いてくれるからである。

 

「つまり私達のどちらかを生徒会役員として取り立ててくれるということですか?」

「やる気があるなら二人一緒でもいい。」

「気持ちはありがたいですが遠慮させていただきます。」

「そうか、なら泉美入ってくれるか?」

「喜んで。」

 

泉美の生徒会入りが決定し放課後に仕事を教えることになった。

 

 

 

そしていつの間にか新入生勧誘週間に入り生徒会と部活連、風紀委員会にとって最も忙しい行事の一つに突入していた。ここ二日間は乱闘などが起きず平和だった。恐らくは克也のお陰だろう。あずさが「今年は平和ですね」と言った心境は理解できたが去年事件に巻き込まれた達也、深雪と毎年乱闘が起こることを知っている五十里は無視しあずさの「今年は何事もなく終わりますように」という願いは三日目にして儚く散った。

 

ロボ研でトラブルが発生し一触即発の場面で達也と深雪が現れたことで魔法の撃ち合いには発展せず平和に解決した。元凶になった少年は達也が入学式の前に誘導した生徒の一人であった。

 

 

 

四月十四日の夜、三人は珍しい客を迎えていた。

 

「久しぶりだな二人とも。」

「お久しぶりです克也兄さん、達也兄さん、深雪姉さん。」

 

文弥(ふみや)は嬉しそうに返事をした。文弥と亜夜子は三人にとって四葉と繋がりのある人間の中で唯一信頼できる身内であるのだから克也はともかく達也や深雪が普段より優しくなるのは仕方がない。

 

「そういえば四高に合格したらしいな。遅くなったがおめでとう。」

「ありがとうございます達也さん。本当は一高に進学したかったのですけれど私達が一カ所に集まるのはよくないと当主様に言われました。」

「叔母上の命令なら仕方ないさ。で、今日はどんな話を持ってきたんだ?」

「水波なら気にするな。水波は克也のボディーガードだ。」

「克也兄さんにですか?必要だとは思いませんが。」

 

話をする前に水波を見た文弥に達也は事情を説明した。

 

「わかりましたでは報告します。現在国外の反魔法師勢力によってマスコミ工作が仕掛けられています。」

「どこから?」

「USNAです。反魔法師キャンペーンはマスコミだけでなく野党の議員にも手が回っています。」

「さすがだなこの短期間でよくここまで調べた。」

「あ、ありがとうございます…。」

 

先程まで事務口調だった文弥が克也に褒められ顔を真っ赤にする様子は文弥が普通ではない趣味があるように見えるがそんなことはなく単に褒められて嬉しかっただけだ。

 

 

 

克也は文弥と亜夜子が帰った後自室のベッドで腕を頭の下で組みながら文弥と亜夜子の情報を思い出していた。 

 

{吸血鬼騒動が終わったと思えば今度はマスコミ工作か。気を休める暇もないな。達也の『マテリアル・バースト』の影響で世界の基盤が揺らぎ始めているのは予測していたがここまでとは思ってなかった。やはり他国は日本の技術力と魔法力を無視できないらしい。日本には戦略級魔法師が二人もいるのだから探りを入れてきても可笑しくはないか。}

 

俺は腕を元に戻し睡魔に身をゆだねた。

 

 

 

克也は自分が戦略級魔法師にも勝るとも劣らない力を保持していらることにまだ気付いていなかった。



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第四十三話 実験効果

数日後の夜、克也は自室で四葉の秘匿回線を使い亜夜子と話をしていた。

 

「今日はどんな話題を持ってきてくれたんだ?」

『単刀直入ですね克也さん。それでは結婚相手が見つかりませんよ?』

「…それ達也が叔母上に言われてたよ。双子だから仕方ないと思ってくれ。」

『構いませんわでは本題に入りましょうか。四月二十五日、来週の水曜日に一高へ国会議員が視察に訪れます。』

「民権党の神田議員かい?」

『よくお分かりですね克也さん。』

「意外性と面白みがないからがっかりだよ。」

 

予想通りで言葉通り落胆した表情で俺は答え訪問理由を考えていた。

 

「目的は生徒が軍と癒着していることを確認したいんだろうね。亜夜子なら分かっているだろう?」

『…お褒めの言葉として受け取っておきます。』

「事実褒めているんだけど。」

『分かってやっていますか?』

「どういうこと?」

『…何もありません。取りあえずお伝えしました。』

「ありがとう参考になったよ。」

『ではお手並み拝見させていただきますね。』

 

俺は電話を切り就寝準備に入った。

 

 

 

翌日四月二十日始業前に達也、深雪、五十里先輩、中条先輩を呼び出し昨日もらった情報を話した。

 

「神田議員が来るのは面倒くさいことになりかねんな。」

「四葉君その情報はどこから?」

「実家からです。母も俺がいる学校に反魔法師キャンペーンに関わっている国会議員が来るのは許容できないのでしょうね。」

 

もっともらしい嘘をつき黒羽家のことは話さないようにした。あの二人が四葉家の分家であることを公にするのは次期当主候補から次期当主を決定し当主の座を継承した後になるだろう。公にしないこともありえるがそれを決めるのは次期当主だ。俺が考えることではない。

 

「おそらく彼らは魔法科高校が軍事教育化していると世論に訴えたいのではないでしょうか。高校が軍と癒着し学校側が軍属するよう強制していると示したいのでしょう。」

「なるほどね、そうすればその情報を公開した自分達に資金が入り動きやすくなるからかな。」

「ええ、それで今回これを逆に利用してやろうと思いまして少し派手なデモンストレーションをしたいと思っています。」

 

俺はそう言いながら設計図と説明書を全員に見えるように出した。

 

「これが…?」

「少し…?」

「これは…。」

 

五十里先輩、中条先輩と達也は呆れながら呟いた。驚くのは普通であり平常心でいられる方が不思議だ。克也の出した設計図は加重系魔法三大難問の一つ『常駐型重力熱核融合炉』に近い装置だったのだから。

 

「効果は抜群だろうけど出来るのかい?」

「現段階では無理ですが達也の目標にも繋がり当校に訪れる国会議員を驚かせさらには生徒の意識向上に繋がると考えています。費用は多少かかりますがこれだけのメリットを無視してしない手はないと思います。」

「四葉君の心意気は理解できました。疑っているわけではないですけど本当に成功できるんですか?」

「我が校の生徒が協力すれば一時的とはいえ短時間なら実験炉を動かすことは可能だと思います。」

「僕は賛成だ。神田議員を追い返す力にもなり自分の勉強にもなるこれはやるべきだね。中条さんはどう思う?」

「私も賛成です。一高生徒会長としてではなく一人の魔法師として興味があります。」

「俺も賛成だな。自分の目標に繋がることを除外しても面白そうだ。」

「私も賛成です。」

 

全員が賛成してくれたことで後は職員の許可をもらうだけだ。

 

「参加メンバーは俺と達也で考えますので放課後またここにお願いします。ご足労をおかけしました。」

 

先輩二人に礼を言い三人で教室に戻った。

 

 

 

放課後、職員に条件付きで許可をもらい生徒会室に向かった。

 

「条件付きで許可をもらいました。」

「条件とは?」

「廿楽先生が監督として参加されます。」

 

廿楽が席に座り質問してきたので予定通り達也と考えた案を伝える。

 

「参加者は誰にするのですか?」

「ガンマ線フィルターは光井さんに頼もうと思っています。電磁波の振動数をコントロールする魔法に適しているのは当校では彼女だけです。頼むぞほのか。」

「頑張ります。」

 

ほのかの真剣な顔に俺は安心し話を続けた。

 

「クーロン力制御は五十里先輩に中性子バリアは達也の従妹の桜井さんに頼みます。」

「一年生で大丈夫ですか?」

 

廿楽の懸念は魔法力の不足についてではなく強力な魔法を使えるのかというものだった。

 

「大丈夫です。対物理防壁魔法に関しては自分のお墨付きです。」

「そうですか。」

 

廿楽が息を吐いたのは俺の言葉というより四葉の名前を持つ魔法師が認めたらなら大丈夫だろうという安心感からのものだった。

 

「第四態相転移は決まっていませんが重力制御は自分と深雪が担当します。」

「妥当な人選だと思います。」

 

当校で最も魔法力を持つのは三年を除き克也と深雪であると廿楽も理解していた。

 

「会長には全体を見ていてもらいます。問題は第四態相転移を誰に頼むかですが…。」

「第四態相転移を私達に任せてもらえませんか?」

「泉美、私達とは香澄と一緒ということか?」

「はい、二人でなら可能だと思います。」

「わかった、二人の阿吽の呼吸なら心配ないだろう。泉美、実験のことを達也が説明するから香澄を呼んできて欲しい。」

 

泉美が香澄を生徒会室に連れて来た後達也が概要を説明し準備が始まった。四日間という短い期間だが実験炉さえ完成すればあとは全員で魔法を互いに阻害しないように工夫するだけで終わりだ。手伝いには友人や知り合いが参加してくれたおかげで三日後にはリハーサルを終了させ本番を待つだけになった。

 

 

 

そして翌日それは魔法に関係する人物にとって好ましいことはなく招かれざる客だった。彼らはアポなしでやってきて取材の許可を求めてきた。

 

「来たか。」

「さっきのざわめきは言っていた人達ですか?」

「だろうね、じゃなきゃこんな空気にはならないはずだよ。」

「あれをしなければなりませんか?克也お兄様。」

「そのために手伝ってもらったからね。あいつが来ようが来まいがやることは変わらない。でも今は授業に集中しよう。」

 

ほのかと深雪を安心させるように言い授業に集中させた。その間雫は克也達を優しく微笑みながら見守っていた。

 

 

 

「実験を開始します。」

 

五限目、校庭に設置された拡声器から達也の声が響くと集まった生徒達が話を止めた。校舎からは学年問わずに見る生徒達が固唾を飲んで見守っていた。遠くから見ているだけでは我慢しきれなくなった生徒が校庭に集まり余計にプレッシャーがかかるが参加者は目の前の実験に集中しているため見られていることは知っていてもプレッシャーを感じなかった。

 

午後の授業を実習ではなく座学に切り替えたのは神田議員に対する抵抗ではなく実験を見たがる生徒が多いと職員が判断した結果だ。予想通り全学年全クラスが講師を含めて廊下から校庭を見ており職員判断は正しかったと言えるだろう。

 

神田議員達と生徒達が見守る中、実験は達也の声と共に開始された。

 

「重力制御。」

 

深雪が重力制御魔法を発動させ重水・軽水の混合水が中心を空洞にし水槽の内側全面に張り付く。

 

「第四態相転移。」

 

泉美と香澄が相転移魔法を発動させ液体を第四態つまりプラズマに変化させる。重水素プラズマと水素プラズマ、酸素プラズマが発生する。

 

「中性子バリア、ガンマ線フィルター。」

 

水波が重力制御魔法と第四態相転移魔法の間に中性子バリアを挿入する。更にほのかが中性子バリアと第四態相転移力場の間にガンマ線フィルターを挿入する。ほのかのおかげで発生した熱を知覚することが出来る。この魔法は発動までの工程が複雑なのでほのかのような多工程の魔法を得意とする魔法師にしか使えずしかもこの学校で最も多工程な魔法を使えるのはほのかだった。

 

「重力制御。」 

 

克也が重力制御魔法を発動させたことで全ての魔法が安定し魔法発動が楽になる。水槽の赤道部分にはめられた金属環は球形水槽に存在する物質を計測しその結果をデータとして達也の隣に置かれた機械に送られる。その機械がデータを起動式として深雪と克也に送られるため微妙に変化する対象領域内の質量に対応した重力魔法を発動できる。

 

「クーロン力制御。」

 

達也の言葉に五十里がクーロン力制御魔法を発動させ物質の化学反応を促進させる。それにより淡い光が発生し数分間輝き続け生徒達がどよめく。可能な限り球形水槽は頑丈な材料を使ったがやはり耐久力不足だったようで形が少しずつ崩れ始めていた。

 

「実験終了。」

 

達也の言葉に克也と五十里が第二の重力魔法とクーロン力制御魔法を解除すると容器内の光は消えた。

 

「ガンマ線フィルターと重力制御解除、中性子バリアは継続。」

 

魔法を解除するとほのかはほっと息を吐いた。どうやら彼女でもこの魔法は発動継続が難しく長時間使用すると疲労を引き起こすらしい。『癒し』をほのかに施しながら最後まで実験の様子を見守る。

 

ロボ研が操るアームが容器の頂上に設置された空気穴にダクトを繋ぐ。ダクトの先にはガス成分分析機が付いており蓋を開けると気圧差で容器からガスが吹き出し分析機に流れ込む。

 

「気体成分、水蒸気、水素、重水素、及びヘリウム。トリチウムその他放射性物質の混合は観測されません!」

 

高らかに分析機の前に陣取った少年から簡易測定の結果が伝えられた。簡易とはいっても成分比が計算されないだけで存在する物質を測定できないわけではない。そしてその声の少年の名前は隅守賢人(すみすけんと)。

 

達也が入学式の日に誘導した少年でありロボ研での一騒動の原因でもあった少年だ。今回は彼が実験の概要を知り合いから聞いて達也に参加を懇願したという経緯であり魔法工学の知識が豊富だったため達也も特別に許可していた。

 

「注水を開始してください。中性子バリア解除。」

 

別のダクトから水が注水され容器が水に満たされると水波が中性子バリアを解除する。ついでに水波にも『癒し』を施す。その様子を見守っていた生徒達は実験結果がどうだったのか早く聞きたくてうずうずしていた。

 

達也が全員を労いながら意思を確認し最後に五十里先輩と頷きマイクを中条先輩に渡す。首を振って受け取らない中条先輩に俺と深雪が笑顔で脅すと観念してマイクを握った。

 

「じょ、『常駐型重力制御魔法を中核技術とする継続熱核融合実験』は所期の目標を達成しました。実験は成功です。」

 

最初言葉が震えていたのは俺と深雪の脅しのせいだったかもしれないが中条先輩の報告に校内の生徒全員が歓声を上げた。それは一高全体が震えたかのような錯覚を俺達に与えた。

 

 

 

翌日、克也達が行った『実験』がニュースサイトにアップされ参加したメンバーより見守っていた生徒達の方が喜んでいた。その『実験』の評価が思った以上に高いことと好意的な意見と否定的な意見が半々であると考えていたが予想より好意的な意見が多いことに克也達は驚いていた。

 

そして最も脅かせたのはローゼンの日本支社長が高評価を与えたことであった。エリカと幹比古は微妙な顔をしていたが。

 

しかし喜ぶ生徒の中に混ざれない生徒もいたのも事実だと言うことを忘れてはならない。その『実験』が一騒動起こすとは克也と達也、深雪は思いもしなかった。




隅守賢人(すみすけんと)・・達也に憧れて一高に入った男子生徒で髪はプラチナ瞳はシルバーという北方白人人種の血を受け継いでいるように見える。

次話でダブルセブン編は終了です。


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第四十四話 厄介事

「やれやれ四葉君何があったの?」

 

俺が香澄と琢磨を風紀委員本部に強制連行してきた後千代田先輩が機嫌悪そうに聞いてきた。

 

「自分も最初から見ていたわけではないので詳しくは分かりませんが…。」

 

そう言って俺は意識を事件発生時の頃に戻しながら話し始めた。

 

 

 

俺が部活連の副会頭として巡回していると遠くで人だかりができていたので何事かと思い向かうと香澄と琢磨が言い争っていた。突如二人がCADを取り出し魔法を放とうとしたので止めに入った。

 

「二人ともCADを降ろせ!」

「そこの二人何をしている!」

 

同時に反対側から俺と同じように引き留める声が聞こえ香澄は操作を止めたが琢磨は制止を無視し魔法を放った。俺は振動魔法『耳鳴り』で起動式を展開しかけていた琢磨の三半規管を揺らし魔法式を強制停止させる。

 

俺の魔法発動速度は校内で三年を含めてトップを誇る。故に師補十八家の息子であり首席入学した琢磨の後から発動させても先に行使することが出来る。それによって琢磨は脳震盪を起こし地面に片膝をついていた。

 

「『神速』…。」

 

香澄が俺の二つ名を呟いたが俺はそれを無視した。

 

「一年A組 七宝琢磨並びに一年C組 七草香澄、部活連副会頭の権限を以て連行させてもらう。風紀委員会本部までご同行願うが妙な行動をすればその時点で停学処分とする!」

 

克也の言葉に香澄は固まり動けなかった。

 

「香澄。」

 

振り返りながら自分を見る克也の眼は失望の色に染まっていた。

 

「克也兄…。」

 

香澄が俺の名前を呼びながらうなだれるのを見てため息をつきたかったが連行するのが先だったので飲み込んだ。

 

「森崎、二人を俺に任せてもらえるか?」

「構わない、止めたのはお前だからしたいようにしてくれ。」

「すまない。」

 

案外聞き分けの良い森崎に謝罪し立ち尽くす香澄の肩を優しくたたき付いてくるように促す。付いてきているのを確認しながら七宝の状態を確認する。

 

「立てるか?」

「…ええ、大丈夫です。」

「そうか、なら俺の後に付いてこい。みんな自分の仕事に戻ってくれもう群がる必要は無い。」

 

七宝が返事をしたのでギャラリーに部活動に戻るよう説得した後二人を連れて風紀委員会本部に向かった。

 

 

 

「という経緯です。」

「はあ、早速やらかしてくれたわね二人とも。特に香澄、貴女は風紀委員でしょ何をやっているのよ。」

 

俺の説明にため息をつきながら香澄を叱る千代田先輩に俺は{貴女も人のこと言えませんよ}と心の中で呟いたが口にした瞬間魔法が飛んできそうなので口にはしなかった。たとえ飛んできても無効化させれるので問題ないが…。

 

「香澄はCADを使おうとしただけですから罰則を受けるだけで済みますが問題は七宝ですね。魔法を放ったので停学は確定で退学処分の可能性があります。七宝、お前は俺と森崎の制止が聞こえなかったのか?『風陣(ふうじん)』を発動させてもし俺の対処が遅れて香澄だけではなくギャラリーまで巻き込んでいたらどうしていた?お前だけの責任ではなく親にまで被害がいっていたんだぞ。」

 

最初は騒動を聞いてやってきた達也と執行部の十三束、風紀委員長の花音に説明しその後は七宝に向かって話していた。克也の言葉を聞いて自分がしたことの責任をようやく感じてくれたらしく反省した表情をしていた。

 

「で、原因は何?二人とも正直に言いなさい。」

「七宝君に侮辱されました。」

「七草から許しがたい侮辱を受けました。」

「はあ、四葉君これどうしたらいいと思う?」

 

自分で聞いときながら相手が悪いと張り合う二人にうんざりして俺に問題を投げつけてきた。まあ、騒動を鎮静化させたのは俺なのだから無責任に千代田先輩に押しつける気はなかったので文句を言わず答えた。

 

「一番手っ取り早いのは決闘させ勝負を付けることですね。自分が正しいと思っているなら勝つという気持ちが誰より強いですから負けるのを覚悟で臨んでもらうべきだと思います。二人はどうしたい?」

「…私は正直戦いたくありません。自分が正しいと思っているのは事実ですが勝負までして決める必要は無いと思います。」

「なるほどな、七宝は?」

「俺は戦いたいです!自分が正しいと見せてやりたいです!」

「このまま話し合っても平行線を辿るだけでらちがあかんな。」

 

面倒くさいが俺が一肌脱ぐことにした。

 

「わかった、じゃあ俺が香澄の代わりに戦おう。」

「「「「「え?」」」」」」

 

俺を除く全員が同じ言葉を同時に発した。

 

「いやいやいやそれはダメだよ四葉君!二人の争いに君が関わる必要はないんじゃないの?」

「確かにそうだ俺だって自分が出る必要は無いと思っている。」

「なら…。」

「だが香澄は戦いたくないんだろ?争いたくないと言っているやつに戦わせるわけにはいかない。」

 

俺の眼の本気度に十三束も何も言えずに固まっていた。

 

「だが克也お前が本気を出せば七宝は死ぬぞ。」

 

達也の言葉に俺を除く全員が息を飲む。克也の実力を知らない生徒は一高にはおらずましてや入学して一ヶ月も経っていない一年生でも知らない生徒の方が少ないだろう。魔法を学ぶ者であれば九校戦は無視できない行事であり去年克也が大活躍したのを知らないわけがない。

 

「…分かりましたその勝負お受けします。」

「七宝いいのか?」

「ええ、俺が正しいことを証明させて見せます。」

 

十三束の心配にも七宝は耳を貸さず俺を見てきた。その眼の光は虚勢ではなく本気で戦う魔法師の眼だった。

 

「七宝、今回は特別だぞ次回からは手は貸さんからな。」

「分かっています。」

「ならいい。それとお前の勝利条件は俺にお前の力を認めさせることだ。そのためならどんな手段を用いても構わない。俺を殺すつもりで来なければお前は死ぬと思え。」

 

俺の脅しに少し恐怖した七宝だがすぐに先程の眼で睨んできた。それが心地良くにやついてしまった。

 

「委員長これに承認印をお願いします。」

 

達也が渡した書類に風紀委員長の許可を表す承認印を押し生徒会長からも承認印をもらうために克也は達也と共に生徒会室に向かう途中場所を指定する。

 

「場所は第二演習室で十五分後に開始で終了時間は開始から三十分でお願いします。」

 

そう伝えてから生徒会室に向かう。

 

 

 

「達也、ピクシーに頼んでロボ研のガレージからバイク部までの想子観測機のデータを消すようにあとで頼んでおいてくれないか?」

「構わないが七宝と何処までやるつもりだ?」

「別に頭にきたから懲らしめてやろうと思ったわけじゃない。ただあいつの心を正しい方向に戻してやりたいんだ。正義感があるのは良いことだけどねじ曲がっていたらそれは悪と大差ないし周りを巻き込んでしまう。そのことに気付いて欲しいから俺は香澄の代わりに戦うことにしたんだよ。」

「後輩思いなんだな克也は。」

「それは良い意味だよね達也?」

「それ以外にどう解釈するんだ?」

 

生徒会室に向かいながら話していると最後の方はもはやじゃれ合いになっていたが楽しかったので気にしなかった。中条先輩に承認印をもらい第二演習室に向かった。結局生徒会室にいた深雪とほのか、五十里先輩、中条先輩が参加し結果八人が俺と七宝の試合を観戦することになった。

 

 

 

第二演習場に到着し{ブラッド・リターン}が正常に作動するのを確認し七宝と対面する。

 

「審判は自分、司波達也が務めます。試合は非公式とし高校生活に影響しないことを約束する。克也が七宝を認めれば七宝の勝ち、認めさせることが出来ず七宝が戦闘不能になれば克也の勝ちとする。直接攻撃は禁止、致死性の攻撃または回復不可能な攻撃も禁止する。ルール違反すればその場で失格としそれなりの罰を与えるからそのつもりで。双方構えて…始め!」

 

達也の合図とともに七宝が脇に抱えていた本を床に落とし『雷撃波(らいげきは)』を放ってきたが俺は領域干渉でなんなく無効化した。七宝が驚いているところを見ると手応えがあったが平然としていることに衝撃を受けているか自分のこの魔法に自信があったのにあっさりと破られたことに対する恐怖だろうか。この歳で『雷撃波』を使えることには少々驚いたが威力が低いので正直期待外れだった。

 

深雪達は七宝が高等魔法をなんなく発動させたことに驚き半分関心半分の表情をしていたが克也が無効化すると「さすが」という顔と「でしょうね」という納得の顔に別れていた。正確には同級生が前者、上級生が後者である。克也の領域干渉を貫通するのは並大抵のことでは不可能であり完成してしまえば深雪でも解除できないほど強固になる。それを知らない下級生からすれば現実逃避したくなるだろう。現に香澄は魂が抜けた表情で試合を見ていた。

 

七宝は圧縮空気弾を何十発と撃ち出しているが一向に領域干渉が緩む気配がしないので焦っていた。『雷撃波』が領域干渉で無効化されたことにより余計に精神的ダメージを受けていた。精神的ダメージの蓄積は魔法発動の妨げになる。魔法を普段発動させるだけで精神には負荷がかかり疲労が溜まるが恐怖や緊張は余計に精神を疲弊させる。それが顕著に琢磨に現れ始めていた。しかし琢磨は精神的ダメージの蓄積による魔法発動の阻害によるものではなく焦りによるものだと勘違いしていた。

 

{くそ!なんで圧縮空気弾が生成できないんだ!焦りによるものではないのか?ならどうすれば発動させることが出来る?もうあれを使うしかないのか!?いやあれは俺の切り札だ。それを今出せば手の打ちようがなくなる。だが出し惜しみをして負ける方がださい!使うなら今だ!}

 

琢磨は一度深呼吸し両膝を床に付き本を一度閉じ再び開くと全ページが紙切れとなって克也に向かって襲いかかる。七宝家切り札の一つ『ミリオン・エッジ』を発動させた。

 

克也は琢磨が両膝をつくのを見た瞬間笑みを浮かべていた。

 

{ようやく使う気になったかな。出したくなかったけど出し惜しみで負けるのは恥ずかしいと思ったんだろうな。さすがにこの量じゃ領域干渉では防ぎきれないから魔法を使わせてもらうよ。}

 

俺はそう心の中で呟きながら{ブラッド・リターン}をホルスターから瞬時に抜き出し照準を定め『ベルフェゴール』を放つ。CADの抜き出しが見えたのは達也だけだっただろう。残りの全員が眼を丸くして驚いている。それは抜き出しのスピードだけではなく魔法の発動スピードと照準スピードも含まれていただろう。

 

『ベルフェゴール』によって自分の切り札を無効化され『ミリオン・エッジ』が燃えるのを知覚し呆然としている琢磨に向かって圧縮想子弾を五つ撃ち出した。圧縮想子弾は琢磨の領域干渉を貫通し脳天と四肢を直撃し気を失わせた。

 

これは達也が服部先輩との試合で使用した想子の波の合成を応用したものだ。魔法師が想子を可聴音波や可視光線と同じように認識するなら『攻撃を受けた』と錯覚させ『痛み』を引き起こすのではないかと仮説を立てたのだ。実際に使用するのは初めてだが七宝が気絶しているところを見ると仮説は正しかったようだ。

 

「勝者、四葉克也。」

 

達也が宣言し試合は終了した。

 

「さすがだね四葉君。」

「驚いたよ四葉君はパワースタイルだと思ってけど僕の勘違いだったみたいだ。」

 

五十里先輩と十三束の称賛に軽くお礼をした。

 

「香澄、これでいいか?」

「いいですけど、すみませんでした。克也兄の手を煩わせてごめんなさい。」

「気にしないでくれ香澄。これは俺が言い出したことだし七宝に気付かせるのが目的だったから。」

「目的?」

 

香澄は言葉の意味が理解できないという風に首をかしげていた。

 

「俺は七宝に気付いて欲しかったんだ。一匹狼にならずに周りと協調し困難に立ち向かうことが必要だってことを。才能だけじゃいつかは限界が来る。努力が実を結べば才能に勝る力を持つことがあるということを知れば七宝も小さなことでいざこざを起こさずに済むってことをね。」

 

壁際に背を預けて気を失っている琢磨を見ながら克也はこの試合の目的を香澄だけでなく集った全員に話した。

 

 

 

その日の夜、達也は用事があると言い出て行ってしまった。夜も更け入浴し寝るだけの自由時間に四葉からの秘匿回線の呼び出し音で俺は暫しの幸福な時間を奪われた。

 

「叔母上どうされたのですか?」

『昨日のことを話にね。ところで達也さんは?』

「用事があると言ってどっかに行ってしまいました。」

『あらあら、女性とでもどこかに行ったのでしょうか。』

「…叔母上滅多なことをおっしゃらないで下さい。」

 

真夜の言葉を真に受けた深雪が周囲を凍てつかせ始めたので『癒し』で深雪を抑えながら叔母に抗議した。

 

『冗談ですよ克也。では本題に入りましょうか昨日は大活躍でしたね。』

「ありがとうございます叔母上。亜夜子の情報が無ければ手も足も出ませんでしたが。」

『そうですね今回ばかりは亜夜子さんにお礼をするべきかもしれませんね。でも同時に克也の友人達の魔法力には驚かされたわ。特にガンマ線フィルターを使ったお嬢さん。』

「ええ、彼女はおそらく一高でトップの多工程魔法を使用できると思います。この一年の騒動や事件は無駄ではなかったようです。彼女だけでなく吉田家の次男も千葉家の娘も硬化魔法を得意とする友人も有り得ないほど魔法力を伸ばしています。」

 

克也の言葉通り幹比古、エリカ、レオもかなり実力を伸ばしている。その結果が幹比古の一科への転科である。

 

『そうね、でもそれはあなた達にも当てはまるのではなくて?』

「そうでしょうね俺も達也も深雪も去年よりはるかに成長しているのが自分達でも分かるほどですから。本来言うべきではないですが言わせていただきます。吸血鬼がやってきたおかげで俺達は実力を伸ばすことができました。そこは感謝してもいいかもしれません。もし来ていなければ今回の実験は成功しませんでした。」

『それは言うべきではありませんが事実ですから仕方ありませんね。その通りかもしれませんからそこだけは感謝してもいいかもしれません。あの【実験】の評価を見て百山先生が野党に対して抗議文を送りました。その結果反魔法師運動はしばらく自由に活動できなくなったようです。』

「つまり都合よく利用されたということですか?」

『ええ、でも生活しやすくなるのであればいいでしょう?それじゃあまたね。』

 

真夜との電話を終えソファーに座る。叔母上との会話は精神力を大幅に使うのであまり頻繁には連絡したくないが叔母上から来るのは仕方ない。ソファーに背を預けてリラックスしているといつの間にか寝むってしまった。

 

「克也兄様コーヒーをお持ちしました。克也兄様?」

 

自分の問いかけに答えないので前に回り込むと眼を閉じ眠っていた。

 

「深雪姉様どうされますか?」

「眠らせてあげましょう。今日は短時間とはいえ戦闘をしたのだから。」

「かしこまりました。」

 

深雪姉様の言葉を聞いてもう一度克也兄様を見ると幸せそうに寝ているので思わず頬を緩めてしまう。克也兄様は普段からソファーが好きなのでわずかでも時間があると座って眠ってしまう。

 

克也兄様曰くソファーは『人を悪くする物だ』と口癖のように言っていましたけどそれを達也兄様と深雪姉様の三人で「それはない」と反論しましたが一向に応えた様子はなくむしろ『この気持ちを知らないのはもったいない』と言い出す有様でしたねと思い出す。

 

ソファーで寝ている寝顔は自分と同じか年下のように見えて普段とのギャップでドキッとしてしまう。

 

水波はそれが一種の恋であると気付いていない。普段とのギャップがありすぎるからそう感じているだけだと思い込んでいた。

 

 

 

達也が帰宅する頃には克也は眼を覚ましていた。

 

「今日の用事はなんだったの達也?」

「七宝に余計な知識を与えあんな性格にした人を少し脅してきただけだ。独立魔装大隊の力を借りてなんとかしたけど謎の奴らに狙われていた。」

「謎?」

「テレビ番組の飛行船がハイジャックされていたし調べる前に消してしまった。」

「なるほどねじゃあ仕方ないや。そろそろいい時間だし寝ようか。」

 

俺の就寝合図に三人が動き出した。




ダブルセブン編も最終話です。続くスティープルチェース編もよろしくお願いします。



神速・・克也の二つ名。魔法発動速度が速すぎることから付けられた名前で誰が言い出したのかもわからずどこまで腹構っているかもわからない。

ミリオン・エッジ・・紙片を操り相手を切り裂く魔法で七宝家の切り札の一つ。


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8章 スティープルチェース編
第四十五話 困惑


スティープルチェース編開始ですよ~


題名がかぶっていたので編集しました4/14


六月最後の週、達也は生徒会での自分の仕事を終わらせ山岳部で身体を動かしていた。

 

「なあ達也、何で桜井さんはこの部活に入ったんだ?」

「いきなりだなレオ、身体を動かしたいからと言っていたな。そのことなら今日来る予定だった俺じゃなくていつもいる克也に聞けば良かったんじゃないのか?」

「まあそうだけど今日聞こうと思ったらバレーボール部の練習試合に連行されたらしくて聞けなかったんだ。それであの魔法力なら各クラブから勧誘されたんじゃないのか?」

 

レオの言うとおり今日は克也がバレーボール部に行っているため山岳部には来ていなかった。克也はこことバレー部を掛け持ちしており一週間に二回ずつ両方の部活に顔を出している。

 

余談だが克也が入部しているバレー部は魔法の使用が禁止されており身体能力のみで戦う昔ながらのスポーツだ。試合には必ず想子測定器が設置されている。厳しく検査され違反した場合は使用した魔法のグレードに応じて使用者またはチーム全員が罰を受ける。

 

閑話休題

 

「勧誘されまくってうんざりしたらしくて勧誘されなかったこの部にあえて入部したらしい。それと料理が好きらしいから料理部にも入部しているらしいぞ。」

「へえ~なかなか賢い選択したんだな。」

 

レオは達也の建前の説明に納得したらしく林間走に集中した。水波が部活動をしている本当の理由は護衛対象である克也と時間を合わせるためだ。水波にとって最優先なのは自分でも達也でも深雪でもなく克也なので仕方ない。水波も今日は料理部に顔を出しているためここにはいなかった。

 

 

 

今学期は珍しく(当たり前?)何事も起きなかったので克也達は普通の高校生として学校生活を謳歌していた。九校戦出場選手は既に決定しており選手に伝えるだけだったので仕事はかなり楽だった。

 

俺が選手として出場するのは決定事項だったが今回はエンジニアとしても参加させられることになるとは思わなかった。生徒会室は前年度と比べて温和な空気で包まれていた。今日七月二日月曜日予想外の通知が来るまでは…。

 

 

 

その日放課後、克也達が生徒会室に入ろうとドアを開けると重苦しい空気が流れ出し足を止めた。発生源を見てみるとうなだれる五十里先輩と中条先輩がいた。

 

「…何があったんですか?」

「…大会委員から九校戦の競技変更を知らせるものでした。」

「何が変わったんですか?」

「三種目です。スピード・シューティングとクラウド・ボール、バトル・ボードが外されて新たにロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウン、スティープルチェース・クロスカントリーが追加されました。」

「…かなり大幅な変更ですね。」

 

中条先輩の悲鳴の報告に納得と共に競技内容にうんざりした。

 

「しかも掛け持ちが出来るのはスティープルチェース・クロスカントリーだけなんです!それにアイス・ピラーズ・ブレイク、ロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウンがソロとペアに別れているんです!」

「…厄介ですね。戦術と選手選考からやり直しですが幸いまだ出場選手に伝えていなかったので本人達を失望させることにならなくてよかったです。」

「克也お兄様、ロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウンは名前を見ればなんとなく想像できますがスティープルチェース・クロスカントリーは一体どんな競技なのですか?」

「俺の知っているルールがそのまま適用されるとは思わないけど障害物競走をクロスカントリーで行う競技だ。陸軍の山岳・森林訓練に採用されている軍事訓練の一種だよ。障害物は自然にあるもの自体を使用したり魔法による攻撃や銃撃もある。九校戦だから魔法や弾丸が飛んでくることはないだろうから心配しなくてもいいよ。しかし軍事色が濃い気がする。スティープルチェース・クロスカントリーは軍以外ましてや高校生にやらせる競技じゃない。運営委員は一体何を考えているのかな?」

「克也、気付いたか?」

「達也も?」

「ああ、おそらく横浜事変の影響だろう。あの事件で魔法師が実戦不足だと気付いたから今回の九校戦で慣れさせたいんだろうな。」

 

達也の説明に四人が難色を示した。

 

「横浜事変が起こって間がないから押し通すことが出来たって訳か。」

「ちなみにスティープルチェース・クロスカントリーは二年生、三年生なら誰でも参加可能でゴールすればポイントをもらえるから一年生以外強制的に全員参加だろうね。」

 

五十里先輩の補足にため息をつく。各校も可能な限り選手を参加させてくるだろうから準備を急がなければならない。

 

「クロスカントリーは危険ですから準備が難しくなります。障害物の予測は不可能ですからまずは森林コースを問題なく走れるように訓練して当日の障害物は選手個人の判断に任せましょう。しかし今はクロスカントリーより他の種目を決めるのが優先事項です。」

 

俺の言葉に五十里先輩は頷き校内の名簿を取り出し選考を始めたので手伝うことにした。一方あずさはその日ずっと落ち込み作業を手伝わなかった。

 

 

 

その日の夜、夕飯を早めに終わらせ将輝と電話で競技変更について話し合っていた。

 

「将輝、競技変更を見たか?」

『ああ、ロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウンはまだ理解できるがスティープルチェース・クロスカントリーは異質だ。』

「将輝もそう思う?」

『俺は感じただけだがジョージがそう言っていた。』

「『カーディナル・ジョージ』か彼がそう言ったなら間違いないね。達也と同じ意見らしい。」

『あいつもか?』

「そうだよ。横浜事変の影響だろうって言ってた。」

『…横浜事変か。』

 

将輝が横浜事変という単語に対して腑に落ちない表情を一瞬していたが自分の見間違えだろうと思って忘れることにした。

 

「一ヶ月後を楽しみにしておくよ将輝。今回もアイス・ピラーズ・ブレイクに出場するから待ってろよ?」

『それはこっちの台詞だ。今度こそぎゃふんと言わせてやるから覚悟してろよ?』

 

互いに宣戦布告をし電話を切り俺はそのまま十文字家に電話をつなげた。

 

『四葉かどうした?』

 

予想外に電話に出たのは克人だった。

 

「夜分に申し訳ありません。克人さんの意見を伺いたいと思いましてご連絡させていただきました。」

『構わないんだがそこまでかしこまられてはぎくしゃくして話しづらい。普通に話してくれ。』

 

校内では十文字先輩、校外では克人さんと呼び変えてもそれほど気にしていないようだ。学校では一生徒、先輩と後輩の関係私生活では十師族として対等な関係であるという俺の心情を理解しているようで話を拗らせるようなことはしなかった。

 

「分かりましたでは早速お聞きします。今年の九校戦の競技種目を知っていますか?」

『ああ、先程七草からメールで見た。それで聞きたいことは何だ?』

「競技種目について何か感じませんでしたか?」

『…軍事色がやけに濃いと思った。特にスティープルチェース・クロスカントリーは危険すぎる高校生にさせるような競技ではない。』

「克人先輩もそうお考えなのですね?」

『も?どういうことだ四葉。』

 

克人が食いついてくれたので隠さず答えた。

 

「先程一条将輝と電話で競技について意見を交換し合っていました。その時に『カーディナル・ジョージ』が危険だと言っていたと教えていただきました達也も同じ意見です。」

『なるほどなその二人がそう言うなら間違いは無いだろう。で、この競技になった理由はなんと言っていた?』

「『カーディナル・ジョージ』と一条将輝からは何も言われていませんが俺と達也は横浜事変が影響しているのではと考えました。」

『横浜事変での被害は魔法師の実戦経験不足であると痛感し今回の九校戦に軍事メニューである三つを競技としたと考えるのが妥当か。』

「ええ、それで間違いは無いと思います。まだ仮説の段階ですので周囲には漏らさないようにお願いします。」

『承知した四葉も頑張れ。』

「ありがとうございます。」

 

そして電話を切りリビングに向かった。

 

 

 

「克也、誰と電話していたんだ?」

「将輝と十文字先輩だよ。」

「一条と十文字先輩か、どうだったんだ?」

「十文字先輩はすぐ俺達の仮説に辿り着いてくれたよ。将輝は少々抜けているところがあるから時間がかかるだろうけどきっと分かってくれるはずだよ。」

 

俺と達也が話していると水波が戸惑いながら話しかけてきた。

 

「達也様メールが届いております。」

 

戸惑っているためか「兄様」ではなく「様」になっており本人も気付いていなかった。

 

「メール?誰から?」

「差出人が書いていないので分かりません。」

「無い?とりあえずこっちに回してくれ。」

「かしこまりました。」

 

戸惑っていた理由が分かり達也の声にも訝しさが含まれていた。メールは暗号化され四葉の暗号解読キーでは解除されず独立魔装大隊の暗号解読キーで見ることが出来た。

 

「達也、これは彼女からかな?」

「これだけの高度なネットワーク技術を持っているのはその女性(ひと)だろうが断定は出来ない。本人が送ったのか命令されて送ってきたのか判断が付かないからな。」

 

メールの内容を読むと驚愕した。

 

「一体何を考えてるんだ?本当に。」

「新兵器の開発にそれの利用か。九校戦競技種目の変更が国防軍の圧力であるのは予想済みだったが九島家が秘密裏に開発した新兵器をスティープルチェース・クロスカントリーで使用するつもりだったのは予想外だ。」

「お兄様方どうされますか?」

「まだこれが真実だと決まったわけじゃないからどうしようもないね。匿名なのが腑に落ちないしもっともらしい事柄に嘘を紛れ込ますのは戦術として初歩中の初歩だ。達也、先生に相談した方が良くないかな?」

「その方が良いと俺も思う。今から行って明日の朝話す時間をもらえるように頼んでくるから克也このメールを頼む。」

 

達也はバイクにまたがり九重寺に向かった。

 

「克也お兄様これはどうされますか?」

「コピーをとって本体を葉山さんに送るよ。水波、これを暗号強度は最大で葉山さんに送って欲しい。」

「かしこまりました。」

 

水波に頼んだあと俺は風呂に向かった。

 

 

 

翌日早朝、水波を家に残し九重寺に向かった。大事な話をしたいと昨日言ったにもかかわらず山門をくぐった瞬間門人に攻撃を受けた。克也達は想定済みだったので驚くこともなく入学式翌日の記録を大幅に更新し『悪戯』を仕掛けた八雲の元へ向かった。

 

「話は中でしようか。」

 

有無を言わせず部屋に向かう八雲の背を追いかけた。

 

 

 

深雪が電磁波と音波を遮断する障壁を張ったのを確認してから三人で頭を下げる。

 

「師匠、今回は面倒な案件を持ち込み申し訳ありません。」

「構わないよ僕も個人的に調べていたから。しかし九島家も危ないことを考えたものだね。今更言わなくても分かってるだろうけどスティープルチェース・クロスカントリーは危険だ。」

「…先生でもそうお考えですか?」

「そうだよ。その危険な競技で新兵器の性能実験をしようだなんて正気を失っていると思ってしまうね。」

 

八雲の辛らつな言葉に三人は息を飲んだ。

 

「師匠は九島家の計画を知っていたのですか?新兵器の正体とか。」

「P兵器と呼ばれているようだけど詳細は不明だ。」

 

先生でも分からないと言うのであれば諦めるしかないと俺は思ったが予想外の言葉に思考は中断された。

 

「奈良へ行く必要があるね。」

「旧第九研ですね。」

「僕にとっても因縁の場所だよ。」

 

八雲の眼は強い光を放ち俺は早朝とはいえ真夏にもかかわらず寒気がし背中を汗が伝っていくのを感じた。



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第四十六話 情報提供

連載五十話ありがとうございます!皆様のおかげでここまでこれました。これからもよろしくお願いします。


九校戦競技の練習は思ったようには進まず悪戦苦闘していた。スティープルチェース・クロスカントリーの練習は克也達が『パラサイト』と交戦した第三演習場で行われただ走るということしか出来なかった。

 

この練習の目的は森林コースを普段と同じように走れるようになることと制限時間内にゴールするというものだったが七月中旬になっても制限時間内にゴールできたのは参加予定の男子生徒、女子生徒ともに七割だけだった。

 

克也はほぼ練習せずにいろいろな種目の練習を手伝っていた。アイス・ピラーズ・ブレイクの練習では男子ペアと試合をして完勝してしまい自信を失わせてしまったのではと思ってしまった。

 

試合の合間に克也と深雪が試合をしてみたらどうかという意見が出たのだが達也の「学校に被害が出るから止めるべきだ」という言葉でなくなった。二人が試合をすれば学校どころか周辺にまで被害が拡大する可能性があったので達也の判断は正しかったと称賛するべきだ。

 

 

 

七月下旬になると全種目ともに選手達が慣れ一定の目処が立っていたので達也は九島家の陰謀を防ぐために達也は深雪と八雲と共に七月二十日の夜から奈良にある旧第九研に向かうことにした。

 

定期試験も無事終了し恒例行事のように教職員達を悩ませる結果を二年生が残したため何故か文句を言われ仕方ないと思って欲しいと克也達が思ったかは定かではない。

 

驚くことに幹比古が総合成績トップ十に入り『アイネブリーゼ』でお祝いをした際幹比古は恥ずかしそうにしていたがとても嬉しそうだった。

 

 

 

達也と深雪が八雲と奈良に行った土曜日の朝、克也は学校に向かうコミューターの中で木曜日の夜の会話を思い出していた。

 

 

 

『達也、俺は四葉の名前を背負っているから今回はついて行けない。九島の陰謀を解き明かしたいけど無断で調査するのはまずいから残るよ。』

『ああ、本当は付いてきて欲しいがお前の言う通り行かない方が良い。今回は極秘で動くからな知られれば動きづらくなる。お前の行動は間違っていない。』

『頼んだよ達也、深雪。吉報を待ってる。』

 

 

 

「…様。克也兄様。」

「ん?何水波?」

「もう少しで降車駅です。」

「すまない水波、忘れてたよ。」

 

どうやら達也との会話を思い出しているといつの間にか一高の最寄り駅に近づいていたらしい。自分の没頭ぶりに苦笑してしまう。

 

「そういえば水波と二人で登校するのは初めてだったね。」

「そうですね、いつもは四人で登校していましたから新鮮です。」

「俺も同じ感想だよ。」

 

コミューターを降り一高に向かう一本道で水波と会話をしていると四人に会った。

 

「おはよう克也君と桜井さん。達也君と深雪はどうしたの?」

「おはようエリカ。」

「おはようございます千葉先輩。」

 

エリカが二人のいない理由を聞いてきたので上手くごまかしながら答えた。

 

「用事があるって今日は学校を休んだよ。」

「もしかして横浜事変で会ったあの人達に呼ばれたの?」

「そうだと思うよ。深雪まで呼ばれるとは思わなかった。」

「思う?克也に教えなかったのか?」

「なんでも極秘らしくて俺には教えてくれなかったんだ。だからその件かなって思ったんだ。」

 

俺の言葉の不思議さにレオが聞いてきたので極秘という本当の言葉を使って答えた。

 

「それなら仕方ないね。」

「そうですね、そのことに関係があるなら話すわけにはいきませんからね。」

 

幹比古と美月の似た考えに苦笑しながら頷いた。

 

 

 

「克也さん、深雪はどうしたんですか?」

「深雪は達也と一緒に用事があるからって今日は休みだよ。」

「達也さんも?」

「そうだよ。」

 

教室に入ると雫に聞かれ答えているとほのかまで聞いてきた。

 

「たぶん横浜事変でのことと関係があるんだと思うよ。」

「たぶん?」

「詳しく話してくれなかったから。」

 

雫もレオと同様に同じところを聞いてきたので同じように答えて言葉を濁した。

 

学校生活は達也と深雪がいない分さみしかったが何も変わらず当たり前のように過ごした。

 

 

 

達也と深雪が奈良から帰ってきた日曜日の夜、達也から報告を受け衝撃を受けた。

 

「…そんなことが許されるのか?狂ってるよ閣下は。」

 

オブラートに包まず素の言葉で言った俺の言葉に深雪は驚いていた。しかしそんなことを口にしてしまうほどの威力を達也の情報は持っていた。

 

「『パラサイト』を用いた兵器がP兵器の正体で『パラサイドール』か。ピクシーのことを何処からか入手して作り上げたのかな忌々しい。それに大亜連合から亡命してきたいや密入国したこの方術師の能力、タイミングが良すぎないか達也?」

「ああ、良すぎる。明らかに今回の実験のために送り込まれたようだな。木や石、金属で作った傀儡を操る術。傀儡にかりそめの意思を与える孤立情報体に働きかける精神干渉系統の魔法。他の術下にある孤立情報体の支配権を奪い取る魔法。この魔法は孤立情報体を術者の制御から切り離して暴走させる術に長けていると書かれていて俺が旧第九研の『パラサイドール』の中に見つけた魔法の性質に似ていた。この情報は亜夜子からだからまた借りを作ってしまったな。」

「亜夜子は貸しを作ったわけじゃないと思う。これが彼女本来の仕事だから貸し借りなんて考えていないよ。亜夜子が求めているのはこの情報を使って俺達がどう行動するかだ。情報を無駄にするか解決するのかそれは俺達にかかってる。」

「その通りだな克也、俺が間違っていた。亜夜子のためにもなんとかしないとな。」

 

達也の決心に俺も頷いた。

 

 

 

九校戦会場に向かう道中は去年のように事故は起こらず無事に到着した。ロビーに入ると偶然歩いていた三高の生徒が友人だったので声をかけると気付いて来てくれた。

 

「克也、クロスカントリーの情報は手に入ったか?」

「いや、まだ何も分からない。」

「家の力を借りなかったのか?」

「『母』に力を貸してもらうと対価を要求されるから嫌なんだ。」

「ギブアンドテイクか大変だな。」

「そのお通り厄介だよ。将輝の方はどうだった?」

「…実は俺も調べていない四葉家がしていると思ったからな。」

「…おいおい。」

 

意思疎通が出来ていなかったようでどちらも調査しておらず気まずい沈黙になった。

 

「将輝、今からそっちが調べることが出来るか?」

「構わないがこの短期間で俺の家の情報収集能力では難しいぞ?」

「それでもいい、分かったことだけを伝えてもらえればそれなりにお礼はする。」

「分かった部屋に戻って頼んでおく。」

「頼んだ。」

 

 

 

その日の夜、達也はスティープルチェース・クロスカントリーのコースを下見に行ったらしい。

 

『単独侵入は不可能。亜夜子、文弥でも同様。だが師匠によると【パラサイドール】をどこに設置しても変わらない。』

 

というメールが届きため息をついた。

 

{やはり当日にならなければ撃破は不可能か。前日から配備などはせず隠しているとは用意周到でありさすが九島家だな。しかし亜夜子の魔法でも侵入できないとは警戒が前回とは比べものにならないほど厳しくなっている。敵が侵入しにくくなるのはいいがこちらも入りにくくなるのは痛い。}

 

亜夜子の得意魔法『極致拡散(きょくちかくさん)』は指定領域内における任意の気体、液体、物理的なエネルギーの分布を平均化する魔法である。夜に紛れ込むのが得意である亜夜子が侵入できないとは驚きを隠せない。通称『極散』は達也の使う『分解』と事象改変の方向性が似ている。

 

小学生の頃本家で自分の特性が理解できず悩んでいた亜夜子に達也がわかりやすく実演したことで使えるようになった。達也が亜夜子の魔法特性を視て魔法式を解析し亜夜子にもわかるように図式化した。亜夜子は自分のために魔法式を書き換えCADを作った克也と達也に『黒羽亜夜子』という人間を作ってもらったと思っている。

 

このようなことがあったため達也を単なるガーディアンと見下すことが出来ずそれは文弥も理解しておりそれが達也を過大評価してしまう原因であると気付いていなかった。

 

二人は親達が達也の存在を否定していることを良く思っていない。だからもし深雪が次期当主になれば自分達は黒羽家と縁を切り深雪と達也あるいは克也の手足になると決めている。親になんと言われようと他の分家になんと罵られようと三人に命を捧げると二人は心に誓いその時が来るのを待っている。

 

文弥は四葉家の次期当主候補であるが次期当主から外れると黒羽家の当主になると決まっている。しかし文弥は四葉家当主になりたいとは思っていないましてや分家の当主にもなりたくはない。自分が黒羽家を継げば達也の待遇が変わるのであれば継いでもいいかなと思っている。

 

俺は二人が達也に対して特別な感情を抱いてくれていることにうれしさを感じている一方申し訳ないとも感じている。二人が達也を慕っているのを四葉家の関係者全員が知っている。嫌がらせを受けたりはしていないらしいがおかしな視線を受けたことがあるらしい。

 

二人は何故向けられたのか原因が分からないと言っていたがその事を聞いた俺達三人は申し訳ないと思った。だが突き放すことは出来ない。二人は自分達にとって数少ない味方なのだから。

 

布団に寝転がりながら考えていたせいでいつの間にか眠ってしまい翌日、朝風呂する羽目になってしまった。

 

 

 

八月五日、2096年度の九校戦が始まったが一高は浮かれてはいられなかった。一高最強世代が卒業したことで苦しくなることを上級生は理解していた。

 

初日

 

ロアー・アンド・ガンナー・女子ペア 一位 

ロアー・アンド・ガンナー・男子ペア 三位 

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子ペア 決勝トーナメント進出 

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子ペア 決勝トーナメント進出 

 

というまずまずの結果だった。

 

不安だったアイス・ピラーズ・ブレイク・男子ペアも克也の特訓のおかげか圧倒的な強さで勝ち残った。彼ら曰く「相手の魔法発動速度が遅すぎて面白みがない」らしい。その言葉を聞いた首脳陣は苦い笑みを浮かべていた。

 

大会二日目

 

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子ソロ 決勝トーナメント進出 

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子ソロ 決勝トーナメント進出 

ロアー・アンド・ガンナー・ソロは男女とも四位

 

得点ゼロという惨敗に終わった。

 

深雪と克也の突破は確実視されていたがロアー・アンド・ガンナー・ソロは首脳陣の懸念通りの結果だった。最初から得点は望めないと予想していたのでダメージは小さかったが精神的ダメージは大きかった。

 

 

 

その日の夜、克也は将輝からメールを受け取っていた。お茶会の前に送られてきて良かったと思いながらメールを開き概要を読むと納得した。

 

将輝の情報曰く『国防軍内の対大亜連合強硬派が裏で暗躍。首謀者は酒井大佐。四年前の佐渡侵攻での最高指導者であり父親の旧友。今は意見の食い違いで絶縁関係。反乱するかもしれないと噂されていたが今回の競技変更がそれの可能性有り。』ということだった。

 

この短時間でここまでの情報を集められるとは将輝の自分の家の情報収集能力への評価は過小評価だったらしい。黒羽家とは比較できないが十師族の中でもなかなかの腕を持っていると思った。

 

達也にメールを送りお茶会の準備をするために作業者に向かった。




次話でスティープチェースル編は終了です。


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第四十七話 歓喜

大会三日目

 

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子ペア 三位 

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子ペア 一位 

シールド・ダウン・男子ペア 一位 

シールド・ダウン・女子ペア 予選落ち 

 

しかし三高は今日の試合で全て二位以上だったため二日目終了時点で得点差が四十点だったのが三日目には百点にまで広がってしまい優勝してペアをお祝いすることが出来なかったが個人個人でお祝いの言葉を言う生徒はいた。

 

 

 

『マスター』

 

お茶会の途中、ピクシーからテレパシーが届いた。達也は普段テレパシーを使うことを禁止していたが特別な事情があれば使用しても構わないと命令していた。つまり何かがあったということだ。

 

「達也お兄様?」

「3Hの様子がおかしいようだから見てくる。」

 

急に立ち上がった兄に聞くとどうとでも解釈できるように答えた。克也は話しに夢中で気付いていなかった。

 

『同胞の反応をキャッチしました。私の存在も認識されたようです』

「何体いる?」

『十六体です。今、反応が消失しました。休眠に入ったようです。』

 

思っていた以上に多いことに達也はうなだれた。

 

 

 

「達也、『パラサイドール』を見つけたのか?」

「ああ、これはチャンスだ今から行ってくる。」

「行かせないよ達也。」

「克也?」

 

作業車から降りるとお茶会は終了していた。話し掛けてきた克也に答えると予想外の言葉が返ってきた。双子の兄が真剣な表情で止めに来ることを予想していなかった達也は驚いていた。

 

「お兄様私も同じ意見です。」

「深雪もか?」

「ご自分の体をどれだけ酷使しているか理解しているのですか!?朝から夕方まで選手のCADを調整して作戦まで考えられてその裏で『パラサイト』の仕事などいくら達也お兄様でも壊れてしまいます!それでも行くというなら克也お兄様とご一緒に力尽くで止めさせていただきます!」

 

深雪の怒気に慌てる達也だった。

 

「待て二人とも!俺の『眼』を封じるつもりか!?そんなことをすれば二人とも只では済まないぞ!」

「わかってるよ達也、それは承知の上で言ってるんだ。明日の試合は出られないだろうし一高を退学の可能性だってある。それは仕方がない。だが、ここで達也が壊れれば俺達はどうすれば良い!?別れは寿命が尽きる時だけだ!それ以外の死は絶対に許さない!去年と同じことをしようとしているのを自覚してくれ二の舞はゴメンだ。」

 

俺は二人が涙を流しながら懇願する様を見て自分がどれだけ心配をかけていたのかを実感した。これだけ自分を心配してくれる兄妹にこれ以上不安にさせることは出来ない。

 

「わかった、今日は戻るよ。」

 

達也が素直に従ってくれたのでほっとした克也だった。水波は克也の必死さを見て少し自分の胸が痛んだ。それが自分より達也を心配することに嫉妬した反動だと気付いていなかった。

 

三人の喧嘩はお茶会が終了した後だったので聞いたメンバーはいなかった。

 

 

 

大会四日目、達也の休憩による復帰と足並みをそろえるように一高の追い上げが始まった。アイス・ピラーズ・ブレイク・男子ソロでは克也が将輝を破り優勝。のちに将輝から文句を言われたが恐怖の笑顔で黙らせた。

 

アイス・ピラーズ・ブレイク女子ソロ優勝 

シールド・ダウン男女ともに優勝 

 

これにより先日までの点数差が百点から六十点にまで縮まった。

 

その日の夕食で話題になったのは克也が決勝で将輝を破った魔法『流星群』だった。世間には『夜』として認知され真夜が使用しない限り見ることが出来ないのでこの大会で見ることの出来た観客は幸運と言えるだろう。克也が使用した理由は真夜からの命令だったが元から使用するつもりだったので命令に従ったというより自分の意思で使用したと言うべきだろう。

 

 

 

一高の快進撃は新人戦でも続いた。

 

新人戦初日

 

ロアー・アンド・ガンナー男女ともに優勝 

 

香澄のエンジニアを克也が担当し見事優勝に導いた。

 

二日目

 

シールド・ダウン男子 三位 

シールド・ダウン女子 優勝 

 

水波のエンジニアを克也が担当しまたしても優勝に貢献。

 

アイス・ピラーズ・ブレイク男子 三位 

アイス・ピラーズ・ブレイク女子 優勝  

 

克也は泉美も担当した。

 

三日目、ミラージ・バットは亜夜子の独壇場だった。一高からは一人が決勝トーナメント進出しており善戦しているが優勝は不可能だろう。しかし二位は確実な点数なので心配することはなかった。

 

「やっぱり亜夜子に勝つのは難しいね。」

「あの魔法力なら仕方ない。」

「私でも勝てるとは言い切れません。」

 

三人は誰にも聞かれないように小声で話しながら試合を観戦していた。亜夜子が縦横無尽に空を飛び回り圧倒的なスコアをたたき出し優勝した。

 

 

 

モノリス・コードでは琢磨達が六戦全勝しており残りは四高とだけになっていたが辛勝した三高が四高にあっさりとやられているのを見て更に気を引き締めていた。克也は琢磨達のCADを担当していたが負けるだろうと予想していた。文弥に勝つのは不可能だと分かっていたから。

 

結局琢磨達は四高つまり文弥によって全員がノックダウンされ負けた。しかし二位を確保したことで一高は新人戦優勝を果たした。文弥と亜夜子の活躍は九校戦で名を馳せ以前から流れていた『四葉の分家に黒羽という家系があるらしい』という噂を真実であるのではないかと信じ込ませた。

 

 

 

九日目からは本戦に戻りミラージ・バットの決勝戦が行われた。一高は決勝に二人、三高が一人の時点で合計獲得点数は上回るだろうと言われていたが確実に取るためには達也とあずさの調整と選手自身にかかっていた。結果、

 

優勝 ほのか 準優勝 スバル 三位 三高 

 

となり獲得点数八十点と二十点でついに一高が一位に躍り出た。

 

 

 

十日目、一高はモノリス・コードでも優勝し三高との点数差を百点に広げた。しかし最終日のスティープルチェース・クロスカントリーの結果次第では逆転は可能な点数差なため首脳陣は下級生や結果を残した選手達とは違い素直に喜べなかった。

 

達也の本当の仕事はここからであり正直総合優勝などどうでもよかった。克也と深雪に被害が出なければそれでいいと考えていた。

 

 

 

最終日、克也はスティープル・クロスカントリーに出場している深雪に語りかけていた。

 

『深雪、達也【パラサイドール】と交戦中だ。可能な限りスピードを下げて慎重に進むように一高生に伝えてくれ。達也が苦戦してる。』

『わかりました。可能な限りスピードを抑えるように言います。』

 

深雪は克也との『念話』を切った後一高チームに伝えた。

 

「できるだけ慎重に進みましょう何をされるか分からないから。」

「その意見には賛成だね練習したとはいえ普通に森を走っただけだから。」

「大丈夫よ!そんなのすぐ避けれるわ。」

 

スバル達は納得してくれたのだが花音は自分の意志を貫くらしく走って行ったのだが…。

 

「キャー!」

 

声がしたので向かうと網にくるまれた花音がいた。

 

「千代田先輩ゆっくり行きましょういいですね?」

「あううう~。わかった…。」

 

深雪が諭したことで花音もようやく理解してくれたらしい。素直に言うことを聞いたのは注意を無視して走ったところ罠にはまったという羞恥心もあっただろう。深雪がゆっくり行くよう指示したことに疑問を抱いたメンバーはいなかった。むしろそれが正しいと思っていたようで素直に従っていた。

 

 

 

『達也、深雪に一高チームにゆっくり行動して欲しいと言っておいたから気にせず戦ってくれ。』

『任せろ、そのためにここまで来たんだ。そろそろ切るぞ?このままでは戦いづらい。』

『わかった、気を付けて達也。』

 

達也が集中できるように俺は『念話』を切った。

 

その結果、達也が全ての『パラサイドール』を殲滅した五分後に深雪達は戦闘があった辺りを通った。克也の指示がなければ鉢合わせしたか攻撃を受けていただろう。

 

深雪は最後花音が再び罠にはまったのを無視して女子スティープルチェース・クロスカントリーを優勝した。花音は二位、ほのかと雫は仲良く五位と六位、スバルは八位となった。

 

男子は一位 克也 二位 将輝 となり一高は総合優勝を果たした。

 

 

 

最終日には去年と同じようにパーティーが催された。今年は真由美がいなかったのでそれほど疲れはしなかったが三高の女子にたかられ将輝に助けを求める羽目になった。

 

後夜祭の後は一高だけのお祝いパーティーが始まり全員が互いを労った。

 

「今年も司波の活躍で優勝できたな。あいつ今回も負けなしだろ?いつまで続くかが楽しみだな。」

「沢木先輩、あまり言わない方が良いと思いますよ。」

「冗談だ。それより四葉もなかなかの腕前だったな。七草姉妹や桜井、七宝達にも大好評だったようだ。魔法だけでなくCADの調整も出来るとはたいしたものだ。」

「ええ、少なからず自分のCADは自分で調整できるようになりたかったですからその知識が今回役に立ちました。」

 

達也は魔法式の無駄を可能な限り省き魔法の発動速度を速め効率化することに重きを置いているが克也は使用者本人の体調や実力に合わせて調整するため使用者本人への負担はかなり軽減される。達也の調整は確かに素晴らしいが選手への負担が少し多いため克也は微妙な心境になる。本人達気にしていないようなので告げることはしない。

 

「四葉の魔法力には驚かされたな。決勝で使った魔法あれは『夜』だろ?この眼で見られるとは思わなかった。一条選手の驚いた顔を見たときに少し笑ってしまった。」

「それ本人に聞かれたら鮮血の華が咲きますよ服部先輩。今回も振動魔法で来ると彼は考えていたでしょうから裏をかいて『夜』を使ってみましたが予想通りでしたね。」

「違いないな。あの驚き様は振動魔法対抗戦術を考えてきたのに作戦が役に立たずに愕然とした人間の顔だったな。案外純情なのかもしれないぞなあ吉田。」

「な、なんで僕に話を振るんですか!?」

 

幹比古は突然話し掛けられ慌てふためきその様子を沢木、服部、克也は見て笑っていた。

 

 

 

「七宝の変わり様は目を見張るものがあるな。四葉のおかげか。」

 

服部はしばらく笑った後真剣な顔で話してきた。

 

「そうですね、自己が強いのは変わりませんが自分の意見を貫こうとせずむしろ他人の意見を吟味して考え直すようになってくれました。だからモノリス・コードに出場した残りの二人も七宝をリーダーと認めて作戦を考え遂行したのでしょう。」

 

琢磨はあの試合以来人間性が大きく変わった。何より変わろうと努力しようとしているのが分かるほど熱心に取り組んでいたため周囲の信頼を得て上級生からも一目置かれる存在になった。

 

CADを調整した際ちゃんとお礼も言い自分なりの作戦を俺に話して改善点を示して欲しいというお願いまでしてきた。そんな七宝に俺も頑張っているなと思うようになった。

 

達也と深雪がいつものメンバーと窓際で楽しそうに話していたので俺も混ざるために八人の元へ向かった。




スティープチェース編終了です。かなり簡潔になりましたがなにとぞご容赦下さい。次話から古都内乱編に入ります。よろしくお願いします。


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9章 古都内乱編
第四十八話 想定外


古都内乱編の開始です。


九校戦が終了した後、克也と達也は夏休みの残りの大半を自宅のCAD調整室で過ごしていた。ろくに睡眠も食事も取らず何かに取り付かれたかのように仕事をしていたので深雪と水波は不安になっていた。

 

だから深雪と水波は週末に客人を迎える気にはならなかった。二人が精神的に疲弊しているのを知っていたため余計に思っていたが二人が通すように言ったため仕方なく通した。たとえその客人が心を許せる人物であったとしても。

 

「文弥、亜夜子よく来たね。」

「こんばんわ克也兄さん、達也兄さん、深雪姉さん。」

 

社交辞令を軽く交わし本題に入ることにした。

 

「今回はどうしたんだ?」

「当主様から直々にお預かりしてきました。」

 

文弥は背広の内ポケットから真夜直筆の封筒を三人の前に出した。達也がそれを読むと眉をひそめ俺に渡してきたので読むと同じように眉をしかめた。

 

「…文弥はここに書かれた内容を知っているのか?」

「ええ、知ってます。」

「周公瑾(しゅうこうきん)の捕縛を『依頼』すると書かれているが?」

「僕達もそう聞いています。」

「言葉の文(あや)ではないんだな?」

「でもなんで叔母上が『依頼』するんだ?今までのように命令すればいいはずなのに。」

「その件に関しては私が伝言を預かっています。」

 

亜夜子の言葉に俺達は驚いた。書面にも残せないような重要なことなのだろうか確かにデータなどで送るよりは秘匿性が高い。

 

「今回のお仕事はお断りになっても構わないそうです。」

 

亜夜子の言葉に今度こそ驚愕する。叔母上が自分達に対してこれまで仕事は命令という形で取ってきた。それが今回は『依頼』として来たのだから驚くのが普通だ。

 

「…二人とも叔母上に『承りました』とお伝えしてくれ。」

「分かりました。」

「情報は?」

「現在京都方面に逃走したと思われます。」

「協力者は?」

「九の各家と対立関係である『伝統派』が裏に付いていると見られます。」

「ありがとう、参考になった。」

 

 

 

文弥と亜夜子を見送った後俺はソファーに座っていたが沈み込んでいくような錯覚に陥っていた。

 

「克也どうした?」

「今回の叔母上の判断が理解できない。何故『命令』ではなく『依頼』なんだ?今までのように命令すればいいはずだ。まさか四葉家が何か隠しているのか?」

「克也、それは考えすぎだ。現に四葉家は俺達の危機に手を貸してくれている。」

「それだけじゃない。何故俺には参加を認めてくれない?協力せず達也一人で追い込めというのか?」

 

真夜からの文には克也に達也との協力を禁止するという命令が来ていた。

 

「今、それを考えても仕方ない。それより生徒会選挙のことを考えるのが先だ。」

 

達也は克也の悪いループから抜け出させるために話をずらした。

 

 

 

今年の論文コンペまで残り一ヶ月と少しだが校内はそのことより生徒会選挙のことで盛り上がっていた。深雪と達也は誰を生徒会員にするか迷っていたが知り合いに毎度毎度聞かれるため少しイライラしていた。

 

「それで達也君、今年は論文コンペに出ないの?」

「別に去年も出たかったわけじゃない。今回は単に間に合わなかっただけだ。」

「どういうこと?」

「今新しいテーマに取り組んでいるんだが思いのほか難航していてな。今回は出ない予定なんだ。」

「どんなテーマなの?」

「エリカ、あまり追求しすぎたら相手の機嫌を損ねるぞ。達也はそんなことで機嫌を害したりはしないけどね。」

 

やんわりとエリカの質問を止める。今達也が取り組んでいるのは克也の新魔法だ。正確には克也が魔法式の基礎設計をするのだがまだこの段階で苦戦していた。振動魔法の設計を根本的に変えることは容易ではないことを達也は知っていたが克也が自分の限界を超えたいと思っているのをこの一年半の間ずっと感じていた。

 

克也がみんなが寝静まったあとも考え続けていたのも知っているし悩み思い詰めていたのも知っている。基礎設計が作れず悔し涙を流している姿を後ろから見ていたこともあった。そんなこともあってか達也は克也の気持ちに応えたいと思い自分の目標を一度頭から追い出し克也の魔法開発を最優先事項とした。

 

「今回サポートは頼まれてないの?」

「今は頼まれてないがこれから頼まれるだろうな。」

「達也なら引く手数多だからね。そのうち魔法に関係ないことまで頼まれるかもね。」

「おお、その通りだ幹比古。おそらく雑用だぜ?」

「レオ、お前とは一度みっちり話し合わなければならないようだな。」

「おお怖、遠慮しとくぜ。」

 

レオの本気で嫌がっている様子に昼食中にもかかわらず笑い声が響いた。

 

 

その日の夜、達也は克也に頼んである人物に連絡を取ってもらっていた。克也は協力するなと真夜に言われているが言いつけを守るつもりはない。言いつけに背いてでも達也に仕事を成功させるために克也は友人に助けを求めた。

 

「やあ、光宣(みのる)今大丈夫か?」

『克也兄さんお久しぶりです!今は大丈夫ですよ。』

「お願いがあるんだけどいいかな?」

『お願いですか?構いませんよ克也兄さんのお願いは可能な限り聞きたいですし。』

「じゃあお言葉に甘えて、閣下との面会を設置してもらえないか?」

『お祖父様にですか?何のために?』

「今は秘密。このことを知られたくないから藤林さんから伝えてもらえないかな?達也が藤林さんに頼んで面会を閣下に願ったという形で。」

『つまり四葉家に知られたくないわけですね?わかりました響子姉さんに伝えておきます。』

「ありがとう光宣そっちに行ったときに会えると良いね。その時を楽しみにしてる。」

 

電話を切りベッドに倒れ込む。

 

{閣下と話が出来たとしても協力を得られるとは考えにくい。光宣なら個人的な感情で動いてくれるだろうが九島家自体は難しいだろうな。}

 

そこまで考えていると喉が渇いたので水を取りに行くことにした。

 

 

九月二十八日金曜日の夜、光宣から連絡があった。

 

『こんばんわ克也兄さん。この前の件でお知らせしたくてお電話しました。』

「こんばんわ光宣。で、どうだった?」

『お祖父様は面談に応じるそうです。日時は十月六日土曜日の十八時生駒の九島本邸だそうです。大丈夫ですか?』

「ああ、大丈夫だ。俺の部活が入っているが家の用事と言えば問題ない。」

『分かりました一週間後を楽しみにしてます。』

 

光宣は嬉しそうに笑顔を浮かべて電話を切った。

 

 

「達也そういうことだけどいいかい?」

「もちろんだ助かったよ。ということで叔母上にも連絡しないとな。」

 

数分後、四葉本家に電話をかけると葉山が出たので驚いた。

 

『達也殿、誠に申し訳ないが奥様はただいま都合が悪い。』

「構いません、先日の依頼についてお伝えしていただきたいのですが。」

『伺いましょう。』

「先程、九島家と面談する許可が閣下から降りたと藤林少尉から連絡がありました。」

 

本当は違うのだが光宣にもそう伝えているから口を滑らせるようなことはないと思った。

 

『ほう、なかなか面白いことを考えましたな達也殿。独立魔装大隊の助力はいらないのですか?』

「ここで少佐の力を借りるわけにはいきません。今回は四葉家と周某の因縁です。周某は『伝統派』に匿われているのであれば敵対している九島家の力を借りるのが効率的です。」

『ギブアンドテイクということですな分かりましたお伝えしておきましょう。それから一々こちらに報告しなくても構わないと奥様はおっしゃっております。ご自分の判断で行動せよとのことです。お気を付けて。』

 

電話が切れると達也は手応えを感じていた。

 

「俺の判断で行動して良いなら克也を参加させても構わないということだ。克也手伝ってくれるか?」

「水臭いな達也は。頼まれなくてもやるに決まっているだろ?」

 

二人の仲の良さに深雪と水波は嬉しそうに見ていた。

 

 

 

九月二十九日土曜日、生徒会長選挙が行われ予想通り深雪が生徒会長に選ばれ割り当てはこうだ。

 

生徒会長 司波深雪 副会長 四葉克也 

副会長 七草泉美 書記 桜井水波 

会計 光井ほのか そして書記長 司波達也

 

この謎の役職に反対しようとした職員や生徒は少なからずいたのだが誰一人反論できなかった。何故なら予想外にそれを喜ぶ生徒がいたためである。

 

深雪が暴走した場合止められるのは克也と達也だけなのだから。克也でも止められないときがあるかもしれないので最終兵器として達也を配備しておくことを誰もが望んだ。

 

風紀委員長には幹比古、克也の代わりに雫が部活連会頭に就任した。

 

 

数日後、地下室から出てきた克也と達也は家の中をうかがう人でない何かを感じた。

 

「達也、これは化成体かな?」

「いや、人造精霊だろう。想子でのみ構成されているから簡単に消せるな。克也一匹頼む。」

「了解。」

 

達也は『精霊の眼』を使い構造を読み取ったあと『分解』を克也は『全想の眼』で照準を設定し『ベルフェゴール』を放った。二体の人造精霊はただの想子に戻り消えた。

 

「お兄様!」

「今のに気付いたか?」

「いえ、克也お兄様と達也お兄様が魔法を放ったのを感じたのでもしやと思って。」

「たぶん周某の仕事の影響だよ深雪。やつの部下か匿っている一味の仕業かわからないけど文弥達がつけられたかな?」

「文弥君達がですか?」

「二人が気付かないわけがないからたぶんわざとつれてきたんだろうな。それも本家の命を受けてね。」

 

{厄介な}と達也は思ったが仕事を受けた後であるのでどうしようもない。今断れば確実に何か制裁を加えられる達也はそう思った。

 

 

 

翌日の朝、克也と達也は九重寺に行き昨日の話をしていた。

 

「また厄介事に巻き込まれているみたいだね二人とも。」

「知っておられたのですか?」

「弟子が勝手に出歩いて確保してきたからね。少なからず彼らの素性は分かったよ。」

 

昨日の監視の敵は複数だったようだ。

 

「どんな奴らだったんですか先生?」

「彼らは『伝統派』に雇われた野良の魔法師だよ。」

「野良ですか?」

「この国にいたんですね。フリーの魔法師ということですか?」

「そうとも言うね。でもその数は少なくないと思うよ。」

「大勢いるということですか?」

「物は考え用だよ達也。去年から密入国や逃亡、亡命が増えているんだからこの国に大勢いてもおかしくはないよ。たぶんその手引きをしたのも今回の黒幕だ。」

 

達也は克也の説明に自分の知識不足を恥じた。

 

「克也君の言うとおりだと思うよ。今回は下手をすると横浜事変並の荒事になるかもしれない。」

 

八雲の指摘に克也と達也は任務の難易度を大幅に上方修正した。




最近、文がざつくなってきているのを感じ始めた作者です。何かご意見ご要望があればよろしくお願いします。




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第四十九話 収穫

2096年十月一日新生徒会が発足した。今期の生徒会は恐怖独裁政治の趣を呈していたがその配下にある生徒達が以前より楽しんでいるという少々救いがたい現象が発生していた。

 

そのことを気にする(気付いていない?)役員はおらず前生徒会と何も変わらない穏やかな空気が流れていた。

 

克也と達也は先日家の様子をうかがっていた人造精霊の起動式を幹比古に見せていた。

 

「幹比古、これを見て欲しい。」

「これは起動式だね。どこで見つけたんだい?」

「昨日、外出中に監視されてる気がしたからちょっと読み取ってみたんだ。それで式神の構造は流派によって異なるのかということなんだけど。」

「克也ならそんなことあっても仕方ないか。克也の言う通り違いは見られるよ。僕の家の精霊魔法も自分達なりに改造した物だからね。ん?なんだろうこれ変なアレンジが入ってるね。…なるほど二人が僕に聞いてきた理由が分かったよ。」

「どういうことだ幹比古?」

 

幹比古の納得したような言葉と表情に達也は何かが分かったのだと思い好奇心を抑えきれずに聞いた。

 

「これは明らかに盗撮盗聴のための式神だよ。違法なことに使用するためのものだ。」

「幹比古に聞いて良かったこれは破棄したほうが良さそうだね。」

「その方が良いよ。」

 

幹比古は得意げにニコニコしながら答えた。

 

 

 

放課後、四人がコミューター乗り場で待っていると突然謎の集団に襲撃されたがあっさりと返り討ちにし全滅させた。

 

「達也、これを見て欲しい。」

「破魔矢(はまや)か。」

 

俺の見せたクロスボウの矢を見せるとすぐに答えてくれた。

 

「うん、古式魔法でSB(スピリチュアルビーイング)を介した魔法を妨害する道具だけど魔法式を直接投射する魔法には効果は無い。たぶん俺達を古式魔法師と勘違いしたんだと思う。本物と違ってこれ自体で十分な殺傷能力があるようだけど。」

 

鋭く尖った鏃を見ながら呟く。

 

「文弥様達が雇った古式魔法師と思ったのでしょうか?」

「それで間違いないと思うよ水波。でも俺達が標的になっているとしたらまずいね。」

「克也お兄様それはどういうことですか?」

「俺達を目的としているなら俺達の周りにも迷惑がかかるかもしれないということだよ。下手をしたら被害が出るかもしれない。」

 

俺の想像に深雪は厳しい顔を浮かべた。

 

「万が一のことを考えて師匠にも頼むか。それとエリカ達にも警戒させた方が良いな。俺は今から師匠のところへ行ってくるから三人で先に帰っていてくれ。」

「了解。」

 

 

 

翌日の放課後、いつものメンバーを特例で生徒会室に入室させことの顛末を伝えた。

 

「四人とも怪我はないんだね?」

「ああ、大丈夫だ幹比古。それよりこれを見て欲しい。」

 

昨日拾ったクロスボウの矢を机の上に乗せると幹比古が顔をしかめたがそれ以外のメンバーは疑問符を浮かべていた。

 

「…破魔矢だね。」

「ああ、これを使ったとなると俺達を古式魔法師と勘違いしたらしい。」

「おかしな話だね、四人は九校戦で活躍しているから顔ばれをしているはずなのにこれを使うなんて。」

「その通り、それを踏まえて考えると俺達を狙ったのはこの国の魔法師ではなく亡命か密入国した大陸の魔法師だと思われる。もちろん国内の術者という可能性もあるかもしれないがわざわざこんな道具を使って捕らえにくる必要性を感じない。」

「達也の言う通りだと思う。この道具は国内では使われていないものだし簡単に手に入る物じゃない。」

 

達也と幹比古の会話を聞いて全員が事態の深刻さに気付いた。当事者でないのだから気付くのに遅れても仕方が無いがもう少し早めに気付いて欲しかった。

 

「克也達が言いたいのは何故襲撃されたか背景が分からない。個人ではなく一高生が狙われているかもしれないということだね?」

「その解釈で正しい。だから一人になるのは危険すぎるから複数で行動して欲しい。論文コンペの代表には既に十分な数の護衛がついているから心配ない。一番心配なのはここに呼んだメンバーだ。俺達が最も親しいのは君達だからな。」

 

俺の言葉に男二人は照れエリカは何故かにやりと笑っていた。

 

「雫はほのかを家に泊めてあげて欲しい。幹比古は美月を頼む。このメンバーの中で狙われやすいのは美月だ。特に彼女の能力を知られるわけにはいかない。問題はレオとエリカだが先生に頼んでおいたから大丈夫なはずだ。見えない不安はあるかもしれないが実力は申し分ないから気にしなくていい。」

 

全員が素直に頷いてくれたのに満足したように克也はほっと息を吐いた。

 

 

 

数時間後、生駒に四人は来ていた。呼び鈴を押すと意外にも藤林が出た。

 

「藤林さんが来るとは聞いていましたが開けることまでしているとは思いませんでした。」

「君達を弄んでみたかったから。」

「…本人がいる前でそれを言いますか?」

 

他愛ない会話をして謁見室に入ると既に閣下はソファーに座っていた。

 

「本日はお時間を頂きありがとうございます。」

「そんなにかしこまらないでくれ。去年の九校戦の時のように普通に話して欲しい。」

 

達也の社交辞令に烈はかぶりを振り孫を見るような眼でお願いをした。

 

「ではお言葉に甘えまして、今回の用件ですが。」

「それは響子から聞いている周公瑾の捕縛。これは四葉家の命令かね?」

「その通りです。」

「では克也君は参加しているのかね?」

「自分は『母』に参加を禁止されていますので今回は見ているだけです。」

 

克也の炎が燃えるような眼の光を見て烈は少し腰を引いてしまった。克也は『パラサイドール』などという危険兵器を作った上にそれを九校戦で精度実験を行い達也に怪我をさせたことに怒っていた。

 

達也は気にしていないようだったが克也は許せなかった。自分達が必死になって捕らえた『パラサイト』をかっさらい自分の欲望のままに動いたのだから。

 

「十師族には非常事態を除き師族会議を通さず共謀・協調してはならないというルールがある。だから今回は九島家としては協力出来ないが九島烈個人として達也君の要請を受けよう。」

「ありがとうございます。」

 

 

 

十分程度の面会だったが協力を得ることが出来たのは大きな収穫だ。今克也達は藤林に誘われて友人としての食事をするために親睦を深めるための食堂に座っていた。ドアがノックされ開かれると見目麗しい同年代の少年が入ってきた。その美貌に深雪と水波は息を飲み達也でさえ驚いていた。

 

「第二高校一年 九島光宣です。よろしくお願いします。」

「第一高校二年 司波達也だ。よろしく光宣。」

「同じく司波深雪です。よろしくね光宣君。」

「一年 桜井水波です。よろしくお願いします光宣様。」

「久しぶり光宣。」

「克也兄さん!」

「ゴフ!み、光宣し、死ぬ…。」

 

達也達の自己紹介を聞いたあと克也が挨拶すると光宣がとんでもないスピードで克也に近づき抱きしめた。その力に克也は呼吸がままならなくなり悲鳴をあげていた。

 

「克也兄さん会いたかったよ!」

「…光宣君、克也君が死んじゃうから離してあげて。」

 

藤林の言葉に光宣が我に返り解放すると克也はその場に崩れ落ち屍化していた。その様子を見ていた達也は呟いた。

 

「光宣はどうやら克也のことを本当の兄のように思っているようだな。」

「それは仕方ないわ達也君。光宣君の体を一時的にとはいえ正常な状態に戻してくれるんだから光宣君がそう思うのが普通よ。」

「克也は治したことがあったのか?」

「…ああ、『母さん』が用事で九島家を訪れたときに光宣の話し相手をしてたんだ。その時に『回復』で一時的に治してあげたらこうなった。」

 

ようやくダメージから回復したようで椅子にしっかりと座れるようになっていた。

 

「達也さんの仕事は伝統派の術者を捕まえることですか?」

「大体そうだ。」

「でしたらお役に立てると思います。伝統派の拠点が集中しているのは京都ですが奈良にも拠点と呼ばれる場所が少なからずあります。」

「拠点?」

「伝統派というのは一つの魔法結社だけど一つの組織から成り立っているわけじゃないの。少なくとも十を超える魔法師の集団の連合体なのよ。だからそれぞれの集団ごとに本拠地と呼ばれる拠点があるわけ。」

 

藤林さんの補足に納得した。

 

「だから伝統派が起こした事件でも違う流派の式神で似た性質を持つ魔法が使われていたんですね?」

「その通りよ。あらゆる流派が混ざっていたから最近までどこの組織なのかが分からなかったの。」

「分かりました、それじゃあ頼むよ光宣君。」

「光宣と呼んで下さい達也さん。」

「分かった光宣、明日はよろしく。」

「任せて下さい。」

 

その言葉を最後に口は夕食を食するために動かされた。たまに藤林が光宣の黒歴史を暴露し光宣が怒るという楽しい時間が過ぎていった。




今回は短かったですが切りがいいのでこの辺ででは次話でお会いしましょう。


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第五十話 返り討ち

翌日、克也達は朝早くにホテルをチェックアウトし九島本邸を訪れていた。

 

「おはようございます。」

「おはよう光宣、体調は良いのか?」

「はい、今日は大丈夫です。」

 

小さなハンドバックを持った光宣のでこに手を当て『全想の眼』で想子状態を確認する。

 

「確かに嘘じゃなさそうだ想子が安定している。今日は何処に向かうんだ?」

「伝統派の大きな拠点は春日大社から少し奥に向かったところにあるんですがそこは駅の近くですので最後に行くことにします。最後に行けるように飛ばし飛ばしですが拠点があると思われる場所に向かいましょう。」

「よろしく光宣。」

 

リムジンに乗り込み光宣に任せて目的地へ向かう。リムジンに乗る際光宣がCADを左右の腕に巻いているのを見て聞いてみた。

 

「光宣、お前はもしかして二つの汎用型CADを使うのか?」

「ええ、九十九個じゃ足りなくて二つ使用しています。両手で操作するのは難しいですがFLTの完全思考操作型補助デバイスを開発してくれたおかげで随分楽になりました。これを開発したトーラス・シルバーは天才です。」

「その通りだな。その人がいなければ俺達はここまで魔法を使いこなすことは出来なかった。」

 

克也は達也がトーラス・シルバーの片割れだと気付かれないように言葉を慎重に選んで答えた。

 

「皆さんはどこまで伝統派のことを知っていますか?」

「俺達は九重八雲先生からある程度聞いている。旧第九研に参加したが当てにしていた成果が得られず研究所閉鎖後に逆恨みで流派を越えて無節操に結束した古式魔法師の集団だとか。」

「その説明はほぼ合っていますが呼び方は適切ではありません。伝統派とは彼らが勝手に呼び出した名前で本物の伝統を継承する術者からすれば自分達も標的になると怯えています。『異端派』や『外法派』と呼んだ方が良いかもしれません。本物の伝承者達は僕達の立場を理解してくれていますから偽物を駆逐することに参加してくれています。」

「なるほど彼らは自分達が正しい『伝統派』であると示したいんだな?利害の一致というやつだ。」

「ええ、参加してくれているとはいえ旧第九研が原因で自分達に被害が来ているのを知っていますから仕方なくでしょうね。」

 

重い話をしながらもリムジンは目的地へ向かっていた。

 

 

 

光宣が最初に四人を連れてきたのは『葛城古道』と呼ばれる散策路だった。リムジンを出口で待たせるように運転手に伝え立乗り式電動ロボットスクーターに乗って向かおうと光宣は克也達一行に提案した。

 

ロボットスクーターに乗るためには原付免許(昔から呼び方は変わらない)が必要で二人乗りの場合小型二輪免許が必要になる。あいにく深雪も水波も持っていなかったので光宣一人、克也と水波、達也と深雪という順に乗り込むことになった。

 

ちなみに光宣、達也は普通二輪免許を克也に至っては大型二輪、普通自動車免許まで取得している。普通であれば十八歳以上でなければ取得できないのだが名前で押し通していた。もちろん法的に正しい方法で取得しているのだが年齢ややり方がアウトなのでグレーゾーンであるのは確かである。

 

閑話休題

 

光宣が先頭で道案内しその後ろに克也ペア、達也ペアで進むのは当然のフォーメーションなのだが深雪の乗り方に問題があった。

 

二人乗りのロボットスクーターは二人が横に並んで立ち運転者がハンドルを握り同乗者は前に取り付けられた安全バーを掴む。

 

水波はそうしていたのだが深雪は嬉しそうに達也に抱きついていたのだ。付いてきているか確認する度にストレスが溜まっていく水波だった。

 

「水波、俺がちゃんと視てるから振り向かなくても大丈夫だよ。それにそこまでストレスを溜められると俺が困る。」

 

そう言いながら水波に『癒し』を施し諭す。水波は自分の体が軽くなっていくのを実感した。

 

「分かりました克也兄様。」

 

{こんなに近くで克也様と一緒にいられることを嬉しく思わなきゃ。}

 

と克也に答えながら心の中で嬉しそうに呟いた。本当は深雪の真似をして抱きつきたいのだがこんな人目があるところでする勇気は無かった。

 

そしていまだに自分の気持ちに気付いていない水波であった。

 

 

 

水波が精神的ダメージと感情的回復を同時に受け深雪が幸せ満開だったロボットスクーターによる散策は終了した。二人とも不満そうで克也と達也は気付いていたが気付かないふりをしていた。

 

そのあといくつか回ったがどの捜索も空振りに終わりそして時刻は午後三時一行は奈良公園で小休止していた。

 

「よかったらこれをどうぞ。」

 

光宣は朝持っていた小さなハンドバックからサンドウィッチを取り出し四人に渡した。

 

「これは?」

「響子姉さんが朝作ってくれたんです。『食事する時間がないだろうから持って行きなさい』とその通りだったので食べずに持ち帰って怒られずに済みました。」

「かたじけない、それでは頂くとしよう。」

 

全員が口にしたのは卵サンドだった。別々の味にすると取り合いや食べられない食材があるかもしれないという藤林の配慮であると全員が理解していた。その程度で喧嘩するような幼稚さは持ち合わせていないが藤林の気持ちをありがたく頂くことにし一口食べると全員が行動を一瞬止めた。

 

「これは凄いな、店に出したら即完売だぞ。」

「同感だ、深雪と水波にもしかしたら勝っているかもしれんな。」

「水波ちゃん帰ったら研究しましょう、負けていられないわ。」

「まったく同じ気持ちです深雪姉様。」

 

克也と達也の呟きに深雪と水波は女心を刺激され何故か藤林と競い合うことになった。自分の腹違いの姉が褒められて光宣は嬉しそうに四人を見ていた。

 

 

 

軽食を胃袋に納め遊歩道の手前までは楽しく話していたが克也が立ち止まり達也が遅れて立ち止まると深雪、水波は不思議そうに首をかしげていた。

 

「克也兄さんこれは…。」

「精神干渉魔法、結界だな。」

「敵襲ですか?」

 

深雪の呟きに水波はCADを取り出し克也の横に立ち臨戦態勢をとる。

 

「高位の術者がいるようですね、克也兄さんにここまで悟らせないとはかなりの腕前です。」

「古式魔法にはこのようなテクニックが豊富に存在するようだな。」

「状況に応じて魔法を使い分ける現代魔法師と違って特定の魔法を極めた者が人望を集めるのが古式魔法師なんだろうさ。」

「さすがにここまで早く克也兄さんに気付かれるとは思っていなかったようですね。自分達の隠業によほど自信があったようです。」

 

光宣が呟くと同時に気配が木々の間から漏れ出した。

 

「俺もなかなか気付けなかった。なにより俺より感受性に優れている深雪に気付かせなかったのは評価してやるが邪魔するみたいだから排除する。」

 

俺が気配が漏れ出した辺りに『ベルフェゴール』を放つと漏れた気配より多くの気配があふれてきた。隠密系の魔法を燃やされ姿をさらさせられたことによる危機感だろう。だがその一瞬の迷いが達也に攻撃の時間を与えてしまった。達也の『部分分解』により四肢を撃ち抜かれ苦痛に耐えきれず気絶した。

 

反対側では光宣が歩き出しその体に向かって敵が魔法を放つが貫通して何のダメージも与えずに霧散しその間に十人を倒した。

 

「『パレード』忍術の要素を取り入れた九島家の秘術だよ水波。しかしあの精度はリーナ以上だな。」

 

敵と交戦しながら光宣の戦いに夢中になっている水波に説明する。どうやら敵は光宣が憎む敵である九島家であると察したらしく深雪と水波を攻撃していなかった。そこまで考えていると自分の敵が五人になったので集中することにした。

 

といっても克也は人を殺すための魔法しかほぼ使えず捕獲するための魔法は持ち合わせていない。捕獲するには圧縮想子弾か『偏倚解放』しかないがこの魔法は高速で絶えず動き回る敵には通用しにくい。だから克也は達也と取り組んでいる魔法とは別に新しく考案した魔法を発動させた。

 

【範囲測定 横五m 縦六m 高さ二m  包囲完了】

 

想子の壁が長方形方に構築され敵五人を取り囲む。

 

【敵体内想子構造体照準  照準完了】

 

想子そのものを魔法式の影響下に設定。

 

【魔法式 構築】

 

想子を活性化させ魔法式を構築する。

 

【起動式 展開】

 

魔法式が起動式に展開される。

 

【『四赤陽陣(しせきようじん)』発動】

 

ここまでで使用した時間はゼロコンマ五秒。克也の処理能力と発動速度があって使用できる魔法だ。

 

「「「「「ぎゃああああああああああ!!!!!!」」」」」

 

強制的に想子を吸い出され苦痛に悲鳴を上げる五人の敵襲。後遺症が起こらない程度まで想子を吸いだして燃やし『四赤陽陣』を解除し『偏倚解放』で気絶させる。

 

「い、今のは何だ?」

「まさか、そんな…。」

 

達也と光宣は強力な魔法が放たれたのを感じたため振り向くと克也に群がっていた敵の体から炎が上がっているのを見た。しかし敵の体が燃えていないのを見てさらに驚愕した。完全に体が炎に包まれていたはずなのに火傷をしていなかったため不思議に思ったのだ。だがそのことを今聞く時間は無かった。

 

「克也兄さん、ここから離れましょう。人目に付けば面倒くさいことになるでしょうから。響子姉さんに頼んで回収してもらいます。」

「頼んだ。」

「ところでまだ時間はおありですか?」

「ああ、まだ三時間ほどある。」

 

達也に眼を向けると代わりに答えてくれた。

 

「それでしたら温泉に入られませんか?」

「な、何!?お、温泉だと!?」

「…ええ、この近くにありますからどうかと思いまして。」

「行くに決まってるだろ!それを行かずして何処に行くというのだ~!」

 

克也の変貌ぶりに光宣は困惑し達也は兄の暴走が始まったと頭を抱え深雪は兄の無邪気な喜びに笑いを堪えていた。水波は驚きで眼を丸くしていた。

 

「…光宣、克也を抑えるためにつれて行ってくれるか?」

「喜んで。」

 

達也のお願いに素直に従い電話で藤林に襲撃されたことを連絡する。{変なスイッチを押さないでくれよ}と達也が思ったかは分からないが達也達でさえ克也のつぼを完全に把握できていないことを付き合いの短い光宣に求めるのは野暮である。

 

 

 

温泉を満喫(特に克也)し男三人はロビーで克也の魔法について話していた。もちろん遮音フィルターを張って。

 

「克也、あの魔法は何だ?」

「僕も聞きたいです。」

「魔法名は『四赤陽陣』。範囲は最大一km四方、高さは最大五十m 効果は相手の想子を吸い出して燃やして戦闘不能にさせる。」

「敵の体が燃えていたように見えたのは想子を吸い出しながら燃やしている瞬間を錯覚していたのか…。」

「…よくそんな魔法を考えつきましたね克也兄さん。」

「俺には捕獲する魔法がないからね。人を殺すための魔法しか使えないから殺さずに無力化する魔法を使えるようになりたかったんだ。」

「なるほど、克也の得意な圧縮想子弾や『偏倚解放』は動き回る敵には狙いが定められないから効果が薄い。」

「ご名答。」

 

 

 

温泉からご機嫌になって出てきた二人と合流しリムジンで駅まで送ってもらい別れることになった。

 

「また会えますか?」

「用事は終わってないから会うことになるね。それに論文コンペもあるから会えないということはないと思う。また頼むよ光宣。」

「分かりましたその時を楽しみにしています。」

 

さみしそうに聞いてくる光宣に優しく答えリムジンに乗って帰って行く光宣を見送ってから帰宅した。

 

 

 

家に帰った光宣は烈と偶然会った。

 

「お帰り光宣。楽しかったか?」

「ただいま帰りましたお祖父様非常に楽しかったです。それに克也兄さんの魔法力には驚かされました。」

「ほう、何かあったのか?」

「伝統派と思われる敵と交戦した際新魔法で敵を倒していました。」

「さすがは四葉家当主の『息子』だ。」

 

烈は事実を隠し答えたが孫の喜ぶ姿を見て一般人と変わらない優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

東京に戻った三人は夕食を外で済まして帰宅した。私服に着替え一段落していると電話が鳴ったので出ることにした。

 

「藤林さんですかどうされました?」

『あら、達也君お帰りなさい。』

 

「お帰りなさい」と家の人間でもない人に言われるのは違和感があったが気持ちだけ受け取ることにした。

 

「連絡を頂いたのは今日のあれですか?」

『その通りあれよ。五人を襲った集団について情報が出たから伝えようと思って。』

「ご足労をおかけします。」

 

被害に遭ったとはいえ仕事を増やしてしまったことに申し訳なさを感じていたが本人は気にしていないようなので好意に甘えることにした。

 

「伝統派の古式魔法師でしたか?」

『その通り伝統派の実行部隊で間違いないけどその中に大陸からの亡命道士が混ざっていたの。【パラサイドール】開発のために九島家が保護した道士が含まれていたのは遺憾だわ。ごめんね四人とも迷惑をかけて。』

「そんなことは気にしてはいませんし藤林さんが謝ることでは無いと思います。」

 

藤林の謝罪をばっさりと切り落としながらも慰める。

 

『今回の襲撃は情報部の管轄になりました。独立魔装大隊は動けません。今回は達也君を含めた四人がマークされているから九重先生の手は借りられないの?』

「もう既に身近を見張ってもらっています。それにこれ以上師匠を関わらせるわけにはいきません。」

『どうして?』

「師匠は九島家とも伝統派とも因縁が深すぎます。師匠が参加すれば師匠の同門が動き出し比叡山まで動くかもしれません。そうなればもはや内戦です。俺達では対処できませんし十師族でも収拾がつかなくなるでしょう。周公瑾の背後にいる黒幕の思うつぼです。」

『…黒幕がいるというの?』

「これは克也と二人で出した仮説ですがそれが自然です。」

『わかったわでももし危険になったら言って頂戴。隊員の生命確保の為に行動は軍規でも許可されているから。』

「分かりました。」

 

藤林の言葉に達也は敬礼で応えた。これは決して嫌みではなくもしもの場合は隊の一員として行動するという意味であり藤林を安心させるためだった。




話を書くのが難しい~



四赤陽陣(しせきようじん)・・克也が敵を殺さないように確保するために作った魔法。想子を強制的に吸いだし戦闘能力を奪う。


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第五十一話  待機

克也達が生駒から戻った次の日の夜、七草家当主 七草弘一は長女 真由美のボディーガードであり腹心である名倉三郎(なくらさぶろう)を呼び出していた。その目的は周公瑾との関係を四葉に知られてはならないと始末を命じこれを名倉は了承した。

 

 

 

克也と達也はある日、一時間目と二時間目の間の休み時間に幹比古に風紀委員会本部まで呼び出された。

 

「時間が無いから手短に言わせてもらうよ。昨日の帰りに柴田さんが狙われた。」

「美月が?そんな風には見えなかったが。」

 

克也は美月が狙われる可能性は低くむしろ幹比古が狙われると思っていた。

 

「柴田さんは気付いていない。けどおかしいよ二人ともなんであんなやつに狙われなきゃいけないんだ!?」

「犯人が分かったのか?」

「あいつは『裏』の魔法師だった。」

 

『裏』とは汚れ仕事を専門とする人物を表す隠語だ。

 

「教えてくれないか?何故論文コンペに関係ない柴田さんが狙われる?このままじゃ僕は柴田さんを守りようがない!」

「詳しくは言えない。」

「克也!」

「俺もだ幹比古。」

「達也まで…。それは四葉関係だからかい?」

「それも言えない。わかってくれ幹比古これは極秘の仕事なんだ。今言えるのは去年の横浜事変の工作員を手引きした人物を追っていて伝統派に匿われている可能性があるということだけだ。」

 

伝統派という言葉に幹比古は反応した。どうやら心当たりがあるらしい。

 

「二人とも夜話せないかな?柴田さんを送ったあと戻ってくるから。」

「「わかった。」」

 

幹比古と約束して教室に向かった。

 

 

 

夜七時半、幹比古は学校に戻ってきて朝の話をし始めた。

 

「まずは立場をはっきりさせておくよ。伝統派を名乗る奴らは良くも悪くも古式魔法師の一大派閥だ。吉田家は旧第九研に参加した伝統派とは考え方が違う。力を増せば良いと考えている奴らとは違い僕達は神への信仰心を第一にしているからそんな奴らと手を取り合えるわけがない。僕か吉田家が全面協力出来ると思うけど極秘のことを話すわけにはいかないから僕個人が協力するよ。今回の論文コンペの近くには伝統派の拠点があるから現地の状況確認のために警備チ-ムを派遣する予定だったけど僕もそこに加わろうと思う。」

「それはありがたいな達也、その間に達也が広く回れば不都合は生じない。で、幹比古はどうするんだ?」

「僕は囮だ。派手に探査用の式を打って連中の神経を目一杯逆なでしてやろうと思う。手を出してくれば正当防衛成立だ。」

「穏やかじゃないな幹比古。一科生になってから好戦的になったんじゃないか?」

 

冗談めかしてにやつきながら聞くと慌て始めたので真顔に戻し聞いた。

 

「冗談は横に置いといて戦力差は大丈夫か?」

「もしこっちの戦力を越えるような人数を出してくれば他の諸流派が黙っていないからね。」

「作戦勝ちを狙うのか。」

「ところで克也さっき『達也は』って言ったけどどういうこと?」

「ああ、それはな…。」

 

俺は事情を説明したが敵の捕獲は四葉家からの要請ではないとしっかりと伝えておいた。

 

 

 

今生徒会室には生徒会メンバーと風紀委員長である幹比古が集まり現地の下調べの話し合いをしていた。

 

「ここが会場である新国際会議場です。周囲の交通量はそれほど多くありませんからゲリラや工作員が潜むのは難しいと思われますが周りには自然が多くありますからそれなりの準備をすれば潜むことは可能です。近くに隠れるところがなければ遠くに拠点を作る可能性があると僕は思います。」

 

幹比古が地図を指さしながら説明を始める。そして打ち合わせ済みの合いの手を深雪が言う。

 

「つまり広範囲を調べておくべきだと吉田君は言いたいのですね?」

「ええ、去年の二の舞はごめんですから。」

 

去年何があったかを泉美や水波は知っていたので話がおかしいとは思わず正しい判断だったと思っていた。それに水波は伝統派に関わっていたので口を挟むようなことはしなかった。

 

「下調べは僕と達也と誰にするかですが。」

「私も行きます。生徒会長として応援に来る生徒のためにホテルの方と話しておきたいですから。」

「その考えは間違いじゃないと思う。生徒会長なら全体のことを把握しておく必要があるからな。」

 

事情を知らないほのかや雫は克也の言葉に納得感を感じていた。

 

「克也はどうする?」

「俺はプレゼンの状況を把握しているから残って指示を出すよ。泉美の腕を疑っているわけじゃないが行事のことを知っている上級生が多くいても不都合はないからね。」

「分かった。学校のことはお前に任せる。」

 

これも打ち合わせ済みだったので問題なかった。

 

「日程はどうする?」

「ぎりぎりだけどコンペの前日の土日はどうかな?もし拠点が置かれていて破壊に成功すれば一週間で修復は不可能だろうから。」

「ナイスアイデアだな。水波、三人分のホテル予約を頼む。」

「かしこまりました。」

 

達也の言葉を聞いて水波はタブレットを操作しホテル予約のためにネットを検索し始めた。一連の流れをおかしいと思った人物は一人もいなかった。

 

 

 

その日の帰りコミューターの中で七草先輩のボディーガードだった名倉三郎が事件に巻き込まれ命を落としたとニュース記事に書いてあった。そして死因は他殺による出血死。克也達は事件を早く解決しなければならないと思った。

 

そして達也は葉山に「北山家と九重寺」の手助けをしてもらうよう要請した。そのおかげで一高周辺では事件らしきことも無く事情を知らなければ平和だと思える日常だった。

 

 

 

達也と深雪、幹比古が下見という名目の伝統派討伐に向かった日はほのかと雫、美月の四人で昼食をとっていたのだが普通ならここにいるはずの二人がいないのでそっちに話が流れていった。

 

「エリカさんと西城君はまだ実習中なんですか?」

「今日は二人ともお休みだそうですよ。なんでも家の用事だとか。」

「エリカの場合はありえるがレオの場合はどうなんだろうな。」

「どうしてですか?」

「千葉家ならエリカのように実力のある娘の力を借りてでも解決したい事件があるんじゃないかって思ったんだ。」

「そんな事件あったの?」

「可能性の話だよ。案外風邪を引いてたりしてね。」

 

三人はエリカが風邪を引いて寝込んでいる姿を想像し声を出して笑った。

 

「ありえませんけど想像したら笑っちゃいました。」

「私も。」

「私もです。」

「俺もだよ。まあ、そんなことは無いと思うけどあったら見てみたいな。」

 

そんな本人に聞かれたら眼で殺されるような話をしたおかげでエリカとレオが欠席して京都に行っていることを知られずに済んだ昼休みだった。

 

 

 

放課後、克也は生徒会室で生徒会長代理としての仕事と達也の代わりとして事務処理をしていた。克也が今日代理として生徒会にいることが校内に発表されたのは三日前だが反対する生徒も職員もいなかった。

 

深雪にも勝ると劣らない卓越した魔法力、達也には及ばないがそれでも十分な魔法知識を持ちさらには人徳もあるのだから反対するわけがない。克也が生徒会長であるべきだと考える生徒がいるほどだ。

 

「克也お兄様、五十里先輩がお呼びでした。なんでもCADの調子が悪いとか。」

 

ある程度の事務処理を終えた頃泉美が音声ユニットから耳を離して緊急の連絡を克也に伝えてきた。

 

「どこで?」

「中庭だそうです。」

「分かった行ってくるから処理が終了した書類を職員室に届けてきて欲しい。ほのかは生徒会室の管理よろしく。」

「任せて下さい。」

「分かりました。」

 

事務処理していた書類を終了した分だけ泉美に渡し中庭に向かった。水波は料理クラブに顔を出しており克也は普通なら山岳部に行っているはずなのだが代理としての仕事を任されていたので休みの許可をもらっていた。

 

余談だが生徒会に与えられる書類は紙媒体のものとデータカードとして送られてくるものがある。データカードの仕事は達也が下見(討伐)の前に終了させていたためする必要はなかった。

 

 

 

中庭に向かうと論文コンペ出場者や護衛の先輩達が集まっていた。その辺りは空気が張り詰めており嫌な予感がした。

 

「五十里先輩どうされたんですか?」 

「四葉君ごめんね急に呼び出して。実はCADの調子が悪くて見て欲しいんだ。」

「具体的には?」

「術式の発動が遅かったり発動しても干渉力が弱いとかかな。」

「それならソフトに異常があるかもしれませんね。見せてもらってもいいですか?」

「いいよ、そのつもりで呼んだからね。」

 

五十里先輩の許可を得てCADを調整機に繋ぎ内部を見る。克也の調整能力は達也には劣るが校内で二番目の腕であるため達也がいない場合克也にこういった仕事が回ってくる。

 

腕が良いため職員までが達也と克也にCAD調整を頼みにきて「契約を結ばないか」と誓約書まで持ってくる始末だ。もちろん二人は『ライセンスが取れるまでは誰とも契約を結ばない』と断っている。

 

ライセンスがなくても調整は可能なのだが調整を生業としている人達から白い目で見られることがあるので断っているのだ。

 

しばらくキーボードを叩きCADを見ていると予想通りソフトに問題があった。

 

「五十里先輩、やはり問題はソフトにありました。」

「何が原因だった?」

「アップデートした際のゴミが散らばっています。ここ五年のCADは残りにくくなっていますが完全に残らないということはないので今回もそれがたまっていたのでしょう。処理するので少しお待ちください。」

「頼むよ四葉君。」

 

キーボードを叩きながら五十里先輩に時間をもらいゴミを取り除いた。取り除くのにかかった時間は五分もかかっていない。克也の処理方法に魔工師志望の生徒は興味深げに見て自分も使えるようになろうと学んでいたが魔法師志望の生徒は呆気にとられて見ていた。

 

「これでほぼ取れました。全てではありませんが普段より使いやすくなったはずです。試してもらえますか?」

「わかった、使ってみるよ。」

 

五十里が魔法式を発動させるとなんの問題もなく機能した。

 

「さすがだね四葉君。以前より発動が速いし干渉力が強くなったよ。これで準備が進められるよ。」

「力になれてなよかったです。論文コンペの前にもう一度調整するようにお願いします。平河さん、ケント後は頼むよ。」

 

二人に任せて俺は生徒会室に帰った。

 

 

 

生徒会室に帰ると泉美に迎えられた。

 

「お帰りなさいませ克也お兄様。」

「ただいま泉美。」

「なにがあったんですか?」

「アップデートした際のゴミがソフトに残っててそれが作動の妨げになっていたみたいだ。どうやら学校にそういう細かいことも仕事に入れるよう要請しないとダメみたいだ。」

 

生徒会長専用の椅子に座り事務処理を再開しようとすると泉美に止められた。

 

「一度ご休憩されてはいかがですか?」

「その方がいいですよ克也さんずっと働き詰めですから。」

 

ほのかの言葉を聞き時計に視線を向けると午後五時を過ぎていた。どうやら二時間ほどぶっ通しで働いていたらしい。

 

「そうだね少し休もうかほのかも泉美も少し休憩だ。ピクシーお茶を頼む。」

『かしこまりました。』

 

二人を誘いピクシーに頼んでから長机の椅子に座る。数分後ピクシーが俺には紅茶をほのかにはホットミルクティー、泉美にはホットレモンティーを出してくれた。

 

ピクシーは普段達也の言うことを優先的に聞くが今は達也の命令によって数人の命令を吟味し自分で判断を出すようになっている。克也はコーヒーと紅茶をどちらも飲むが周期的に飲むものが変わる。入学試験まではコーヒーを飲み入学式からは紅茶を飲んでいる。

 

「達也さんと深雪と吉田君は今頃どうしているでしょうか。」

「しっかりと下見(討伐)しているかカフェで俺達みたいに飲み物を頼んで休憩しているかもね。」

「会議場の近くに美味しいカフェあるでしょうか。」

「それを踏まえての下見(討伐)をしてたらいいな。」

 

俺の冗談にほのかと泉美は声を上げて笑った。この時達也達は伝統派と交戦しており幹比古達も同じように交戦中だったのを克也は知らなかった。




古都内乱編もクライマックスですよ~。


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第五十二話 治療

夕食を食べた後、克也は水波が食器を洗っている間に達也からのメールを読んでいた。

 

『幹比古達が忍術使いを含む伝統派に襲撃されたが返り討ちにした。将輝がその時援護してくれたらしい。幹比古の想像では周公瑾が伝統派に匿われているのではなく乗っ取っているのではないかということ。そして宇治川に結界を張っているため周公瑾は宇治川を越えてはいないのは確実。京都市街区から出ているのであれば伏見より南、宇治川より北に潜伏している。』

 

ということだった。{よく一日で分かったな}というのが本心であり安心だが捕獲できていないということが不安材料だった。

 

克也は今回自分の参加が認められていないのは「分家の不満を紛らわせるため」「達也の忠誠心を試すため」という結論に至り叔母が仕方なく命じたと見いだしていた。確信ではないが八割方そうだと思っている。

 

それであれば「文弥達にわざと尾行をつけさせ達也の家に連れてきた」のも納得できるし「克也の手助けなしで任務を成功させなければならない」ということもうなずける。

 

達也が捕縛に成功すれば分家の当主達は良く思わないだろう。おそらくその時に会合を開いて達也の処分について話し合うだろうからその時に文句を言えばいいと克也は思った。

 

 

 

考え込んでいると電話が鳴り、出ると不機嫌そうな光宣が画面いっぱいに映った。

 

「どうした光宣?」

『嘘つきましたね?先月来てくれるって言ってたのに。』

 

どうやら今回俺が京都に行かなかったことを怒っているらしい。誤解を解かなければならないと俺は思った。

 

「それは誤解だ光宣。俺だって行くつもりだったさでも生徒会長と副会長がそろって学校を離れられるわけがないだろう?もう一人副会長がいるとはいえ任せっきりにはできないしプレゼンの指導や人員不足の現場に派遣しなきゃならない仕事もあったんだ。一人でも多くの手がいるだろ?」

『うう、分かりました。でも、来週は来てくださいよ?約束ですからね!』

「分かった約束するよ、またな。」

 

電話を切ると水波がアイスティーを持って来てくれたので礼を言って口に含む。

 

「光宣様からだったのですか?」

「ああ、先月会う約束をしたが会えなかったことに拗ねていた。あれはほのかの男バージョンだな。」

 

俺に同感のようで水波も笑っていたがまた電話が鳴り出ると以外にも将輝からだった。

 

「将輝か、どうした?」

『久しぶりだな克也。今日俺が吉田君達を助けたのは知っているよな?』

「ああ、さっき達也からのメールで見た。」

『そうか、今回もきな臭いことになっているようだ。コンペまでにあいつを捕まえなきゃ腹の虫が収まらん。』

「知ってたのか?奴のことを。」

『…横浜事変の時に逃げ込んだゲリラを渡すように命じた際にゲリラを捕獲して差し出してきた男がそいつだった。あの時は協力してくれたのだと思ったがはめられていたらしい。』

 

どうやらスティープルチェース・クロスカントリーの話をした時に顔をしかめていたのだがこのことだったらしい。

 

「悩むなよ?将輝。お前があの時そう思っても仕方ないさ。俺であろうと達也であろうと十文字先輩だろうとお前の立場だったら疑わなかった。」

 

『ああ、ありがとうおかげでスッキリしたよ。それよりなんだあのCADは?見たことないぞあんなの。』

「それは秘密だ、じゃあな。」

『あ、待て、おいこら!』

 

将輝の言葉を無視して電話をぶち切る。将輝が言っているのは今年の九校戦でスティープルチェース・クロスカントリーの異質さを話していた時に一条家が種目変更の真実を見つけると約束したのだ。その際可能な限りのお礼はすると言った。将輝が情報をくれたのでお返しにCADを送ったのだがそれはFLTで将輝のためだけに作ってもらった特注品であり非売品である。

 

将輝の好きな赤をベースにした色合いで形は{シルバー・ホーン}に似ており名前は決まっていない。名前を将輝に付けてもらおうと思い命名せず先週郵送した。見れば誰もが非売品であると気付く代物なのだから何か言ってくるのは分かっていたので無理矢理電話を切ったのだ。おそらくメールで文句を言ってくるだろうが直接(電話も直接とは言わないが画面越しに話せば直接と言えなくもない)言われるよりはマシだ。

 

 

 

寝室に入りドアを閉めようとすると水波が隙間から部屋に滑り込んできた。

 

「水波どうした?」

「今日は達也兄様と深雪姉様がおられませんので同じベッドで寝ようと思いまして。」

 

水波は寝る気満々のようだ。たまにはわがままを聞いてあげるのも先輩且つ義兄の務めだろう。

 

「いいよ水波おいで。」

 

水波は嬉しそうにベッドに潜り込んできた。そして翌日、水波が起き出す前にこっそりベッドから抜け出し静かに眠らせてあげた。水波がまたしても俺を抱き枕にして寝ていたのは言わなくても想像がつくだろう。

 

 

 

早朝、土日の日課であるランニングを終えてシャワーを浴び地下室で新魔法の基礎設計の最終調整をしていると水波から内線で連絡があった。

 

「水波どうした?」

『達也兄様からの緊急連絡です。光宣様が体調を崩したので至急来て欲しいと。』

「わかった、準備するから水波も準備してくれ。」

『かしこまりました。』

 

水波に返事をして理論のデータを保存しパソコンの電源を切る。

 

{今日一日で理論と基礎設計が完成できると思ったんだが仕方ないか。想定外のことが起こるのはいつものことだし。}

 

俺は京都に行く準備をするために自室に向かった。

 

 

 

数時間後、光宣が寝込んでいるホテルに到着した。

 

 

克也は京都に向かう間水波の距離がいつもより近い(正確には十cm)ことに気付いたが毎回毎回同じ距離が保てるわけがないから仕方ないと思い気にしないことにしていた。二人の距離が普段より近いのは好きな人に甘えたいという気持ちが行動に表れたものだと気付いていない水波であり水波が自分を好きだと気付いていない克也の天然が合わさった結果だった。

 

やはり克也は達也が去年の九校戦で言われていた『朴念仁』という言葉に当てはまるのだろう。双子なので傾向が似ていてもおかしくはないので何も言わないでおこう。

 

 

閑話休題

 

 

 

「光宣大丈夫か?」

 

達也に部屋番号を聞いていたのでわざわざ連絡する必要も無くホテルマンにマスターキーで開けてもらった。

 

「克也兄さん!来てくれたんですね!?」

「気持ちは嬉しいが興奮するな光宣、体に悪いから落ち着け。」

 

起き上がろうとする光宣を手と言葉で押しとどめる。

 

「水波、空気の換気を頼む。いくら気温を下げないためとはいえここまで空気が悪ければ別の病気にかかりそうだ。」

「かしこまりました。」

 

空調システムでも換気は可能だが人間の手で換気し自然な空気を取り入れる方が精神的にも効果はいい。水波に頼んだあと『回復』で光宣の想子の活性化を抑え体の破壊を押しとどめる。

 

克也は光宣が『調整体』であることを初めて治療した頃から知っており普通の魔法師の想子と比べて規格外に活性化していたのを視て『想子体』が壊れていることに気付いた。

 

しかし何故想子がここまで活性化するのかまでは分からなかった。克也は光宣が実の兄妹の間に生まれていることを知らない。光宣自身も藤林もそして遺伝子提供した兄妹でさえも…。

 

「ありがとうございますやっぱり克也兄さんの治療が一番効果的です。」

「といっても応急処置だけどな。完全に治すことは俺には出来ないから九島家に早く特効薬でも良いから開発してもらいたいものだ。明日からは魔法を使っても良いが今日一日は絶対安静だ。藤林さんはいつ来る?」

「分かりました今日は大人しくしています。響子姉さんは仕事が終わり次第来ると言っていたので夕方に来ると思います。」

「そうか俺と水波は隣の部屋にいるから何かあったら呼んでくれ。」

「分かりました。」

 

 

 

光宣が目を閉じ規則正しい寝息を立て始めたのを確認し電気を消しカーテンを閉めてから隣の部屋に移る。水波が煎れてくれたアイスミルクティーを一気に飲み干しおかわりを頼む。

 

「克也兄様、光宣様の原因がお分かりになったのですか?」

 

遮音フィールドを張っているので光宣には聞こえない。治療している間の俺の空気の揺らぎを察知していたらしく勘の良さに舌を巻いてしまう。

 

「みんなには内緒だもちろん達也と深雪にも。」

「はい。」

 

水波の受け入れる覚悟が出来ているのを確認して話す。

 

「光宣は『調整体』だ。そのため想子が尋常じゃないほどに活性化している。それも普通の魔法師じゃ耐えられない圧力に。でも活性化しているから光宣の想子体の回復も早い。破壊と回復を高速に交互に繰り返しているから体調を崩しているんじゃないかな。」

 

克也の衝撃の言葉に水波は自分と『同じ存在』である光宣に同情していた。自分の心臓が締め付けられるような幻痛が走り無意識に心臓の辺りを手で押さえ痛みを押さえ込んでいた。

 

 

 

達也達が帰ってくるまで克也は新魔法を使用するための試作CADの設計を考えていた。

 

「効率よく魔法を発動させるためにはソフトに比重を置くべきだが想子消費を考えればハードを優先させるべきだ…。やはり魔法を最短且つ強力に発動させるためには俺の処理能力と発動速度に頼るしかないか。」

 

克也は呟いているが遮音フィールドは張っていない。このホテルは四葉が展開している企業の傘下が経営しているため盗聴などは気にしなくていい。新魔法のことはいずれ話すことになるだろうから問題ないが光宣のことはバレたくなかったため遮音フィールドを展開していた。

 

今、水波は机に体を預けてかわいらしい寝息を立てて眠っている。克也が疲労のある水波を『癒し』で眠気を浮かび上がらせ眠らせたのだ。魔法を使うより自然に回復させた方が精神的な回復は高い。

 

汗だくになって魔法で乾燥させるよりシャワーで洗い流した方がスッキリするのと同じ原理だ。近づいてくる人の気配がしたので水波を起し迎えの準備をする。

 

「藤林さんご苦労様です。」

「こちらこそごめんね光宣君を任せて。」

「気にしなくてもいいですよ藤林さんが仕事で来れないのは仕方ないですし治療方法がある俺が看病するのは当然ですから。」

 

光宣が眠る隣の部屋で水波が煎れたコーヒーを飲んで一息ついた藤林が眼で水波にお礼を言い俺に謝罪してきたので軽く流した。

 

「そろそろ達也が帰ってくるので少し待っていて下さい。」

 

言葉通り十分後に達也が帰ってきた。藤林は達也に光宣を視て欲しいと頼み達也は仕方なく受け入れた。達也が原因の一部を伝えていると幹比古達が帰ってきた。

 

「あれ?なんで克也君がいるの?」

「光宣が体調を崩したから看病に来たんだ。ところで将輝は?」

「そのまま金沢に帰ったよ。事情を伝えに帰ったんじゃないかな?」

 

確かに今帰らなければ夜までに帰宅は難しいだろう妥当な判断だ。

 

「で、今日の結果は?」

「こっちは襲撃のあとの事情聴取で一日終わりだ。」

「将輝と七草先輩の名前を使っても簡単には終わらせられないほどの事態だったのか?」

「ああ、こっちは一条の『爆裂』で手足をもいだ程度しか攻撃していないんだが向こうが自滅攻撃してくれたせいで情報らしきものは何も出なかった。」

「自滅攻撃?」

 

レオの質問は自滅した攻撃方法に対しての質問だった。

 

「襲撃者は蛇または竜の巻き付いた剣を炎で作り上げたんだ何か分かるか?」

「…達也それは『倶利伽羅剣(くりからけん)』じゃないかな。」

「克也知ってたの?」

「一時期、古式魔法を勉強することにはまっていた時があってその時に知ったんだ。それを自らなのか強制的なのか分からないけど使ったのであればただじゃ済まないよ。」

「使わせるとどうなる?」

「…。」

「…手が燃える。」

 

達也の質問に黙っていると幹比古が代わりに答えてくれた。その答えに全員が眉をひそめた。

 

「…魔法で形作られているとはいえ『倶利伽羅剣』の炎は本物だ。それを握らされているんだから燃えるのは道理だ。」

「厄介な相手だったんだな。それより俺は一日こっちに残るがお前達は全員帰ってくれ。」

 

達也のお願いに藤林と光宣以外が反対しようとしたが俺が止めた。

 

「達也は『立場上』残らなきゃならないし幹比古は風紀委員長だ。学校を二日連続で欠席するのはあまりよくないしエリカとレオは実習が溜まっているんだから帰らなきゃまずい。俺と深雪は生徒会長と副会長だ。二人そろって欠席するのは学校運営に支障を来す可能性がある。だからみんな堪えてくれ。」

「分かったけど実習の課題手伝ってよね。」

「俺の分もだぞ?」

「…わかったよ。」

 

俺の言葉に全員が渋々納得してくれた。二人ほど要求があったが言うことを聞いてくれるのだから我慢しなければならない。俺は仕方なく頷いた。




古都内乱編も次話が最終話です。


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第五十三話 任務完了

UA25000越えありがとうございます!4/15


達也は翌日、帰宅すると強制的に寛がされていた。

 

「光宣君の原因は何だったんですか?あのときの達也お兄様の動揺は尋常ではありませんでした。」

「…ショッキングな話だから心を強く持って欲しい。光宣は『調整体』だ。…克也は知っていたんだな?」

「ああ、初めて治療したときに気付いていた。」

 

深雪が寛がさせていた達也に突然聞き達也は説明を始めた。達也は俺がそれほど動揺していないことに気付いたらしいが次の言葉には驚愕せずにいられなかった。

 

「光宣は藤林さんと異父姉弟だ。」

「…達也、それは本当か?それなら血が濃すぎるというのが病弱の原因になるのかな?」

「断定は出来ない。だが読み取った遺伝子情報はそうだった。」

 

深雪の驚きように俺は気付かずに驚いていた。

 

 

 

十月二十七日土曜日、論文コンペ前日を迎えたが克也達は出場者とは違う緊張感を持っていた。今日、周公瑾を捕獲しなければ今後の捕獲確率は格段に下がってしまうだろう。そのため達也は今日捕獲すると決めており克也は達也について行くことにした。

 

「文弥、亜夜子準備は良いか?」

 

克也と達也は黒羽家が仕事の際に常用しているホテルの一室で話していた。二人が頷くのを見て情報を聞き出す。

 

「何処にいる?」

「信じられないことですが国防陸軍宇治第二補給基地に匿われているようです。」

「どれだけ探しても見つからないわけだな。」

 

克也と達也の硬質な声に文弥はしっかりと応えたが亜夜子は腰を抜かして床にへたり込んでいた。克也のこの声は相手を敵と認識し消し去るのことを決めた際に出す。口調もそれに合わせてきつくなる。達也の場合は怒りが一定の水準に達したことを表している。

 

宇治にあるこの基地は地域色が濃いためか古式魔法師が多く配備されているため周公瑾がそこにいたとしても不思議はない。そのことを思い出していればもっと早くに見つけられていたが今考えても時間の無駄だ。

 

「達也先に行っててくれ亜夜子を治療してから行く。それに俺が行く場所と達也が向かう場所は違う一緒に行動していては効率が悪いから基地に突っ込んでいてくれ。」

「分かった後で会おう。」

 

達也はヘルメットを持って裏口に駐めてあるバイクに向かった。

 

 

 

亜夜子を抱き上げベットに寝かせる。

 

「亜夜子大丈夫か?すまないお前達がいるのにあんな声を出してしまって。」

「…いえ、克也さんは間違っていませんから気にしないで下さい。」

「ありがとう亜夜子。文弥、行ってくるから亜夜子を頼む。」

「分かりましたお気をつけて。その前に一つ聞いてもいいですか克也兄さん?」

「手短に頼むが何だ?」

「今回の作戦、克也兄さんは参加禁止されていたのではないですか?」

「確かにその通りだが叔母上は達也の判断に任せると言ったんだから達也が俺を参加させても叔母上の命令に逆らったことにはならない。隙間をついた苦しい言い訳だがどうでもいい。今は奴を捕獲することが最優先事項だ。」

 

文弥の見送りを遠慮し達也と同じように裏口に向かい携帯端末で将輝に連絡した。

 

『克也かどうした?』

「今京都に来ているんだろ?宇治二子塚公園南西の入り口で十七時まで達也が待ってるから向かってくれ。」

『十七時だと!?分かった向かうがお前はどうする?』

「俺は別行動だ。周公瑾が逃げるであろう方角で待ち伏せする。」

『気をつけろよ。』

「分かってる。」

 

電話の際は声を普段のものに戻したが感情は怒りで包まれていた。その気持ちを表に出さないように抑えつけながら平等院のすぐ側に架かる宇治橋の東側に向かった。

 

バイクに乗るために着ていたライダースーツを脱ぎパーカーと長ズボンをはき荷物をコインロッカーにバイクを駐輪場に置いてくる。奴がやって来るまで観光客の振りをして待つことにした。

 

 

 

十七時になり達也は将輝と合流し基地へ突入していたが砲弾の直撃を受けていた。

 

「おい、しょっぱなから実弾で撃ってきやがったぞ!」

「やれやれ何を考えているのやら。」

 

将輝の対物障壁で身を防いだ二人は危機感と嫌悪感を抱いていた。

 

「おいおい、今度は戦車まで出してきやがった。近くには民家があるってのに正気か!?」

「操られているんだろうな。」

「何故分かる?」

「普通、侵入者を見つければ拘束弾でも撃てば良いはずだが最初から実弾だった。効果が無いと気付き重機関銃に変更した。俺達を足止めか殺人で時間を稼ぐという考えなんだろう。それにあの不自然な表情と虚ろな眼をしているのを踏まえると操られていると考えるのが妥当だ。」

 

互いに正体をばらさないようにフルフェイスヘルメットを被り名前を呼び合っていないため余計に愛想がない会話になっていた。

 

「このままじゃ周公瑾に…奴だ!」

「何?」

 

一条の視線を辿ると車を急発進させ逃げるのが見えた。しかし同時に周の想子に異物が混じっているのが視えた。

 

{これは…あなたの思い無駄にはしない!}

 

『克也、周がそっちに逃げた。俺達も向かうが少しの間時間を稼いでくれ。』

 

克也に『念話』で伝え殺戮しようと近づいてくる敵を一条と二人で殲滅しに正面から突っ込んだ。

 

 

 

『了解。』

 

達也からの連絡を受けて意識を西側から向かってくる敵に向ける。まだ見えてはいないが国内のものではない想子が近づいているのは感じていた。

 

数十分後、セダンに乗っている美貌の青年を見て彼が『周公瑾』だと確信し車の進行を妨げるように車道の真ん中に立つ。

 

「四葉克也!何故ここに!?」

 

周の叫び声は聞こえなかったが俺がここにいることに驚いているのは容易に想像できた。容赦なく殺すために右手に想子を集めボンネットに突っ込む。爆発する瞬間周が飛び出したためダメージを与えられなかった。

 

「よく避けたなあの一瞬で。」

「…『アンタッチャブル』のご子息に褒めてもらえるのは光栄ですが今の攻撃は通りがかった歩行者を巻き込む可能性があったのは自覚しているのですか?」

「気にしていない。巻き込んででもお前を殺せればチャラになるどころかプラスになるだろう?」

「…卑怯者ですね。」

「お前ほどではない。それに爆発させたところで死ななかったから気にする必要は無い。」

「どういうことか教えてもらいましょう、か!!」

 

その言葉と同時に黒いハンカチを広げ影獣を何体も吐き出し克也を攻撃するがことごとく克也の展開した『炎陣』によって燃やされ傷一つつけることは出来なかった。

 

「燃えた?いや、燃やし尽くされたので…。っ!」

 

言葉を最後まで発せなかったのは克也が圧縮想子弾を周の足を狙って撃ったのを避けたためだ。克也は笑みを浮かべたまま首を傾げた。当たったはずだと思ったが俊敏に動いた周に違和感を覚えての行為だ。その笑みは横浜事変の際鈴音が捕まったときに見せたあの天使の笑みだった。

 

周は冷や汗をこれでもかというほどかいていた。爆発する瞬間に車から飛び出したときには『鬼門遁甲』を発動させていたのだが正確に両足を狙ってきたことに驚いていた。

 

{私の『鬼門遁甲』が効かなかったのでしょうか?いえ、それはありえませんね。彼と交戦し勝っていたとしても私の力は彼とは天と地の差があります。ですが私が避けなければならないほどの正確な攻撃をしてきましたから何かの能力で私の技を見抜いているのでしょう。}

 

「俺が正確にお前の足を狙えたことに驚いているんだろうが生憎教えるつもりはない。死ね。」

 

その言葉通り圧縮空気弾と圧縮想子弾を同時に発射してきた。ぎりぎりのところで避けるがなにしろ数が多く数発体を掠めていく。着地するとバランスを崩したので足下を見ると圧縮空気弾か圧縮想子弾なのかは分からないが着弾した痕があり地面が数cmえぐれていた。

 

それを見て別の意味で冷や汗が吹き出る。それを喰らえば間違いなく死ぬと思い周りを見渡すと人影がなくなっていた。あれほど密集していたはずなのに全員が消えている。そこでようやく周は自分が術中にはまっていることに気付いた。

 

「私に何をしたのですか?」

「ようやく気付いたかお前自身にかけたわけじゃないこの辺りに来ないように人払いをしただけだ。正確には人を寄せ付けない結界を張っているだけだがな。それとお前がさっきまで見ていた人影は全て幻影であると教えといてやる冥土の土産というやつだ。」

「…あれが幻影だというのですか?人間と言われても疑えないほどですが。」

 

幹比古に頼んで二つの魔法を同時行使してもらっているためあまり時間をかけたくはないが動揺を誘うためには説明した方が良いと俺は思った。

 

「俺も事前に言われていなければ信じていただろうな。あの幻影は水の精霊と風の精霊に頼んで反射と屈折を利用したものだ。俺がお前を捕まえるために開発した魔法で名前はないんだが今回しか使わないだろうからつける必要が無い。」

「…古式魔法師の力を借りていたというわけですか。古式魔法師が古式魔法師の魔法に惑わされるとは皮肉な話ですね。ですが私はここでは死にません!!」

 

周はこれまでの戦闘で最大数の影獣を作り出し克也に向かって吐き出しその隙を突いて下流に向かって逃走した。普通に魔法で攻撃すれば逃走を防ぐことは出来たがあえてしなかったのは達也の仕事であると同時に下流には二人が待機しているのを知っていたので攻撃しなかった。

 

『周がそっちに行ったから任せた。』

『こっちでも視て確認した幹比古にありがとうと伝えておいてくれあとはこっちに任せろ。』

『了解。』

 

『念話』で達也と会話しこちらを水の精霊で見ているであろう幹比古に約束していた想子波で周波数を作り送ると結界と魔法が解除された。携帯端末を取り出し連絡する。

 

「幹比古ご苦労様予定通り誘導できた感謝する達也からも礼が来てる。」

『どういたしましてそれにしても凄かったね克也見てて鳥肌が立ったよ。』

「それが俺の役目だからな。」

『ところで敵は大丈夫なの?』

「達也と将輝がいるから大丈夫だよ今から帰る。三十分後に着くと思うから気を張らなくていい。」

 

そう言い通話を切る。そのまま達也達がいるであろう下流を見てから戦闘の痕跡を残さないように『回復』で橋とへこんだ地面を修正し周が乗ってきたセダンは『燃焼』で燃去した。

 

魔法の使用は想子観測機で見つかるのだが藤林に頼んでここら一帯を一時的にハッキングしてもらいデータを書き換えてもらっていた。修理は五分ほどで終了したため橋を通り始めた観光客に不審な眼を向けられることもなく一観光客の振りをして荷物とバイクを取りに向かった。

 

 

 

「そこまでだ周公瑾。この前はよくも一条の跡取りであるこの俺を虚仮にしてくれたな。」

 

走り続けていた足の進行方向を変更し川に飛び込もうとするが目の前で爆発が起き水しぶきが飛び散る。

 

「一条家の『爆裂』を前にして水の中に飛び込むのは自殺行為と同様だ。」

 

背後からの声に眼を向けると一条将輝とは違う種類の本能的に危険だと感じる人間がいた。

 

「司波達也…。」

 

名前を呼んだ瞬間に周の両ふくらはぎが内側からはじけた。『爆裂』の改良型である局所的な『爆裂』。

 

「ここまでだな。」

「私はこんなことでは滅びない!死しても私は生き続ける!」

「一条下がれ!」

 

将輝が一歩近づくと周は不自然な動作で立ち上がり叫び始めた。将輝は一条に指示して大きく距離をとり将輝も反射的に距離をとると周の体がはじけ鮮血が飛び散るが赤い血が赤い炎となる。

 

「ハハハハハハハ。」

 

燃えさかる炎の中で哄笑が聞こえ火が消えるまで続いた。

 

「終わったのか?」

「ああ、終わった。これで論文コンペは何も起きずに終わるだろう。」

「そうだなそろそろ帰ろう。夜までには家に帰りたい。」

 

将輝の言葉に同感のようでバイクを駐車している場所に二人で向かった。

 

 

 

翌日、俺は論文コンペの応援を休み水波と共に四葉家本家に来ていた。もちろんアポなしでだがそんなことを気にしている暇はなかった。

 

今すぐにでも分家の当主達に怒りをぶつけないと家を燃やしてしまいそうだった。会合が開かれている一室に俺は苛立ちを隠さず向かっており使用人達をびびらせていたが気にせずに向かう。

 

 

 

「ということで達也には問題が無いと思いますがいかがですか?」

「…認めないわけにはいかんだろう。」

「この能力は確かにおしい。」

「今回は合格だ。今回は。」

「我々はもう少し落ち着くべきだと。」

「最終的な判断は速すぎる。」

「…。」

 

分家の当主が論文コンペ以上の重要な会議をしているとドアがノックされ一番近くに座っていた黒羽家当主「黒羽貢(くろばみつぐ)」が開けると一人の使用人が用件を述べた。

 

「先程、克也様がお見えになられました。」

「それで用件は?」

「分かりかねます。とりあえず入室の許可が欲しいと。」

「ご当主様どうされますか?」

「構いません連れてきて下さい。」

「かしこまりました。」

 

使用人が克也を迎えに部屋を出ると分家の当主達がざわめきだした。

 

「何故克也様がお越しになられるのだ?」

「今回の任務の詳細を伝えに来たのでしょうか?」

「それなら既に話したはず。っ!なんだこの異様な圧力は!」

 

壁を隔てでもなお尋常ではない圧力が自分達を襲っているのを感じた当主達は誰か放っているのか分かっていたのだが口にすることは出来なかった。葉山でさえ厳しい眼をし真夜を守るように立つ。その本人がドアを開けて入ってきたことでさらに圧力が増す。

 

「克也どうしたの?」

「『母上』は黙っていて下さい。」

「克也様、今の発言は…。」

「黙れ。」

「グハ!」

 

真夜の問いかけに辛らつな言葉を発した克也に椎葉(しいば)家当主が立ち上がり叱責しようとすると克也が片腕を一振りし椎葉家当主を壁にたたきつけた。ただ腕を振っただけで大人を吹き飛ばした現実に他の当主達は怯えていた。

 

「今回の任務は何ですか?達也の忠誠心を試すためだったようですがいくらなんでもおかしくはありませんか?」

「…今回の任務は克也様のお考えの通り達也殿の忠誠心を試すためです。」

「それだけではないでしょう?真実を教えてください。」

「ですから忠誠心を…。」

「いい加減にしてください椎葉家当主のようになりますか?それともここで死にますか?」

「克也様!それはなんでもやり過ぎなのではございませんか!?」

「やり過ぎ?達也を四葉家から追放し達也の存在をなくそうとした。最後にはこの世から消すつもりだったのでしょう?達也がいなくなれば俺と深雪が世界を壊します。ここで死のうが世界を壊され死んでいくのとでは何も変わりません。」

 

新発田(しばた)家当主の言葉にさらに圧力を高めながら聞く。克也の心理状態は不安定であり魔法力が暴走しかけており想子が光宣以上に活性化し感情が具現化していた。

 

「…今我々を殺せば四葉家は滅亡します。それでもよろしいのですか?」

「構わない。俺と深雪から達也を奪うのであればそれなりの制裁を加える。」

「…我々はここで殺されるわけにはいかないのです。ですから抵抗させていただきます。」

「そうか、ならば致し方ない。」

 

真柴(ましば)家当主の言葉に克也は覚悟を決め、新魔法を発動させるために{ブラッド・リターン}ではない特化型CADをホルスターから抜き出し真柴家当主に向ける。発動させようとすると誰かが正面から抱きついてきたため魔法式が破綻する。

 

「水波?」

「おやめください克也兄様!」

「どくんだ水波!こいつらは達也を亡き者にしようとしたんだ絶対に許さない!」

「それでもダメです!そんなことをして達也兄様と深雪姉様がお喜びになるとお思いですか!?」

「二人に憎まれたって良い!達也と暮らせるならそれでいい!だからどくんだ水波!」

「お断りします!私は克也兄様にそんなことをして欲しくありません!たとえあなたに憎まれようと恨まれようと命をかけて止めます!これが私が誓った証です。」

 

水波は分家の当主と四葉家当主の真夜の前で俺にキスをしてきた。その行動に俺は肩を強ばらせたせいで荒々しく吹き荒れていた想子が収まった。

 

「水波?」

「たとえ私の命が今この瞬間消えようと私は克也兄様の側から絶対に離れません。」

「水波…。」

 

覚悟を決めた水波の顔を見て自分の行動の浅はかさを自覚し水波の小さく細い体を抱きしめた。

 

「…叔母上、達也は何があっても四葉から追い出させはしません。殺させはしません。これは俺と深雪、水波の想いです。これだけは何があろうと覆りはしません。失礼します。」

 

ドアを出る前に椎葉家当主に『癒し』を施し気絶から目を覚まさせる。水波の肩を抱き帰宅するために達也から借りた車を置いている駐車場に向かった。

 

 

 

克也が水波を連れて部屋を出て行ったあとしばらくして黒羽貢が口を開いた。

 

「…達也が四葉家の『罪の象徴』であるなら克也様は『償いの象徴』。達也の処理は破棄いたしましょうそれが四葉家の安定と繁栄に繋がります。」

「「「「「「異議無し。」」」」」

 

黒羽家当主の言葉に反対論を唱える残りの分家の当主は一人もいなかった。克也の魔法力に怯えたという側面もあったが四葉家の発展を望んだという理由が大きかっただろう。

 

達也を追放すれば克也も深雪も四葉から離れ三人を失えば四葉家の権威は失墜し十師族から格下げになるだろうと予想していた。だがそれでも達也を四葉にいさせてはならないと思い今回の任務を与えた。

 

それが知られれば克也の怒りを買うことも分かっていたがそれでも試したのだ。覚悟をしていたが甘かったことを認識させられ克也の言い分を受け入れるしかなかった。

 

分家の当主達が討論している間真夜は意味ありげな笑みを浮かべて明後日の方向を見ていた。




古都内乱編これにて終了です。最後はラブコメみたいになってしまいましたが水波の必死さをかわいらしく書きたかったんですお許しください。では四葉継承編でお会いしましょう。



黒場貢(くろばみつぐ)・・黒羽家当主。文弥と亜夜子の父であり真夜の従弟である。


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10章 四葉継承編
第五十四話 連動


四葉継承編開始です。


「それではご唱和下さい。メリー・クリスマス!」 

「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」

 

エリカの音頭でグラスを突き上げ一斉に声を上げる。克也達は今年も『アイネブリーゼ』を貸切にし一日遅れでクリスマスパーティーを開催していた。

 

水波と香澄は別に開かれている一年C組のクリスマスパーティーに参加しているため自然といつものメンバーとのパーティーになっていた。

 

ちなみに泉美はこちらに来たがっていたのだが香澄に連行されここにはいない。三人のことを気にせず気軽に話せるため名前を出すような真似は誰もしなかった。

 

「あと一日早く開催したかったよな~。」

「仕方ないさ昨日まで生徒会も事務処理が忙しかったし俺とエリカ、美月は大会とコンクールがあったからね。」

「そうだね~。あ、そういえば美月入賞おめでとう克也君も優勝の立役者だねおめでとう。」

「ありがとうエリちゃん。」

「サンキュー。」

 

美月は美術展に絵を出展し見事入賞を果たし克也はバレーボールの関東大会に一高エースとして出場し優勝に貢献した。エリカはテニス部の幽霊部員なので大会には出場していないが応援に行っていたため昨日はパーティーを開けなかったのだ。

 

「そうだね、二人ともすごいよ。」

「幹比古、それ以上褒めてやるな克也はともかく美月の精神状態がもたんぞ。」

 

達也の言葉通り美月は褒められすぎて顔を真っ赤にして俯いていた。美月を除くメンバーの笑い声が『アイネブリーゼ』店内に響いた。

 

 

 

「今年も色々あったな。」

「そうだね、吸血鬼とかほのか&ピクシー事件とか。」

「雫やめてよ!」

「それは横に置いとくとして、今年も去年同様忙しかったのは事実だ。気を抜く暇がなかった。」

「横浜事変よりマシだったんじゃないかな。」

「これ以上の厄介事はごめんだ。」

 

レオの言葉を始まりとして話題が盛り上がり達也のもうたくさんという意味合いのある言葉でさらに笑いが起こる。

 

「来年は何も起こらずに卒業したいものだな。」

「そっか、もう一年しかないんだね。なんかあっという間だった気がする。」

「エリカに同感だね。」

「あら、ミキが同調するなんて珍しいじゃない。」

「僕の名前は幹比古だ。珍しくもないだろ小さいときからたまに意見合ってたじゃないか。」

 

エリカと幹比古の楽しげな言い合いを残りのメンバーが苦笑いしながら見守っていた。

 

 

 

「達也さん、来年もみんなで初詣に行きませんか?」

「日程は?」

「一月二日です。」

「すまない、俺と深雪は外せない用事があるんだ。」

「そうですか…。克也さんはどうですか?」

「すまない、俺も本家に帰らないと行けないんだ。」

「え?克也君帰ってなかったの?」

 

俺の微妙な言葉にエリカはドストレートに聞いてきた。

 

「『母上』に無理して帰って来なくても電話してくれればいいって言われてたからね。それに達也達と正月を過ごしたかったから。」

「なるほどね、気持ちはわかるよ。でもなんで今年は帰るの?」

「わからないんだ。ただ、『母上』に今回は帰ってこいと言われてるから逆らえないだけ。」

 

エリカと会話している最中深雪が無理して笑顔でいることに気付いたメンバーは克也と達也以外にいなかった。

 

 

 

メンバーと別れ家に帰っても血行が悪いかのように深雪は青ざめたままだった。

 

「深雪、今日はもう休め。あとは俺達に任せて寝なさい。」

「しかし!…いえ、分かりました。」

 

深雪は反論しようとしたが深雪がなんと言おうと拒否する眼をしている克也と達也に見つめられては引き下がるしかない。深雪は素直に寝室に向かった。

 

 

 

「達也、深雪は大丈夫かな?」

 

リビングに俺が煎れたアイスコーヒーのストローをコップの中で回し氷のぶつかる音を聞きながら達也は答えた。

 

「初詣という言葉に引っ張られた結果だろう。一時的な精神的な疾患だからすぐに治るさ。」

「…ほのかの言葉と連動して『慶春会』を思い出したんだね?」

「ああ、叔母上がどのような判断をするかはわからないがほぼ確定で深雪が選ばれることを深雪自身が一番分かってる。それが余計にダメージを与えているんだろう。」

 

四葉家次期当主は次期当主候補から選ばれることが定められており今回の当主候補は五人いる。

 

司波深雪 黒羽文弥 津久葉夕歌(つくばゆうか) 新発田勝成(しばたかつしげ) 四葉(司波)克也

 

このうちの誰かが次期当主候補から次期当主に選ばれるが『最も強い魔法師』が次期当主になるのではなく『最も優れた魔法師』が次期当主になる。そのことは深雪も克也も分かっているが受け入れられないのだ。分家が達也に向けるあの視線は二人にとって耐え難いものである。二人のどちらかが次期当主になり達也に向けられる視線を変えられるのであればなってもいいと思っている。

 

そして『最も優れた魔法師』は深雪であると誰もがそう思っているし深雪自身も理解している。魔法力が強くても中身が備わっていなければ当主にはふさわしくない。逆に魔法力が平均ほどでも人を動かす『何か』を持っていれば当主になることは可能ということだ。深雪にはその両方が備わっているため四葉家次期当主確実と言われている。

 

「達也、水波を迎えに行ってくる。深雪が何か言いたげだったら聞いてあげて欲しい。」

「分かった。」

 

ヘルメットを二つとコートを一枚余分に持ちバイクにまたがり一年C組のクリスマスパーティーが開かれている会場に向かう。

 

 

 

到着したのは終了予定時刻の十五分前でまだ生徒達は和気藹々と楽しんでいた。想子の動きを加速させ暖を取る。想子を活性化させると街角の至る所に設置されている想子観測機に検知されてしまうが魔法を使っていないため補導されることはない。

 

十分後、パーティーが終了したらしく参加していた生徒達がぞろぞろと出てきた。ほとんどの生徒が俺に気付き挨拶してくるので軽く手を振り挨拶を返していると水波が泉美と香澄と一緒に出てきた。

 

「あ、克也兄。」

「え?あ、克也お兄様。」

「克也兄様。」

 

三人が俺に気付き小走りで駆け寄ってきた。

 

「どうされたんですか?ここは一年C組のクリスマスパーティー会場ですよ?それに克也お兄様は『アイネブリーゼ』で開いていたはずではなかったのですか?」

「水波を迎えに来たんだ。それにパーティーは一時間前に終わってて十五分前に来たばかりだ。達也は深雪と家でお留守番だ。」

「…十五分も待つのはきついと思うけど?」

「『幼馴染』の従妹が襲われるよりはマシだろう?それに迎えに行くという約束をしたのに遅れて少女を待たせるのは男としてもあまりにも情けない。」

 

俺の説明に香澄は納得したらしい。一方水波は『幼馴染みの従妹』と言われむずがゆさを感じていたが克也は水波の心情に気付いていなかった。

 

「俺は水波を連れて帰るが泉美と香澄はクラスメイトと帰るのか?」

「いえ、七草家の使用人が迎えに来る予定ですのでそれに乗って帰ります。」

「なら俺も来るまで待っておこう。二人だけ残して帰って拉致されたらシャレにならん。」

 

二人を傷つけることより真由美に怒られることが恐ろしいと思ったが故の行動だった。

 

 

 

二人を迎えに来た使用人と軽く挨拶をして見送ってから水波と帰る準備をする。

 

「水波、これを着ろ。」

「これはコートですか?」

「ああ、いくら防寒しているとはいえ見ている方が寒くなるからな。それに俺が何より安心できる。」

「…ありがとうございます。」

 

自分が何気なく発した言葉に顔を赤くする水波を見て首をかしげた。

 

{俺、何かおかしなことを言ったのか?}

 

自分のしたことのある意味重大さに気付いていない克也は乙女心を理解できていない『朴念仁』であった。

 

俺は水波がバイクにまたがり自分の腰に手を回したことを確認してエンジンをかけてバイクを発車させる。

 

{人の体温は暖かい。それも好きな人の体温であればなおのこと。この時間はかけがえのない大切なものですね。}

 

水波はそう思いながら克也の腰に回した腕に力を込め落とされないようにしっかりと掴む。克也は腰に回され自分の体に水波の体が密着していることに気付いていたが「バイクに乗るのだから体が密着してもおかしくはない」というとんでもない勘違いをしていた。

 

水波が至福の笑みを浮かべて抱きついていることに克也は帰宅しても気付かなかった。

 

「密着」と「抱き締める」は体がくっついていることに変わりはないのだが水波の場合は甘えるという意味合いが強いだろう。

 

 

 

帰宅すると達也はおらずおそらく地下室にいるのだろうと思った。

 

「水波、風呂に入って体を温めておいてくれ。俺は達也のところに行ってるから何かあれば連絡して欲しい。」

「わかりました。」

 

水波が着替えを準備しに自室へ向かったのを確認した後地下室に向かった。

 

「達也、何をしてるんだ?」

「克也かお帰り、新しい魔法を発動させるためのCADの最終調整に入ったところだ。ところで水波は?」

「ただいま、もうすぐ完成か待ち遠しい。水波は風呂に入らせてるよ。深雪はどんな状態だ?」

「早く完成させたいものだ。ここまで一年かかっているんだからその気持ちは理解できる。…まだ少し精神的な疾患は残っているが気にならない程度だし今は眠っている。かなり深い眠りだから明日にはすっきりして起きられそうだ。」

 

達也は焦点の定まらない眼で深雪の寝室辺りを見上げる。『精霊の眼』で深雪の精神状態を理解する能力は弟だけが使える異能とでも呼べる力だ。俺と深雪のみに適用される達也のこの眼は俺達がどこにいようと何が起きようといつも視ている。

 

無意識に使っているとでもいえるこの能力を達也は自分の精神と魔法演算領域に負荷を与えていることを知らない。俺達二人は知っているが達也に知らせてもやめさせることは出来ない。これは達也に残された『家族愛』という感情の副作用であるためやめさせると達也の精神は大きく乱れ最悪の場合命を落とすことにもなる。

 

使わせると精神と魔法演算領域に負荷を与えやめさせると精神が乱れるどちらにせよ達也を苦しめることになるため俺達は悩み続けている。

 

「そうかなら明日俺達が家を空けても大丈夫そうだな。」

 

そんな悩みを抱えていることを感じさせないよう自然に答える。

 

「ああ、早くこれを完成させて慶春会で叔母上に報告したい。」

 

克也の気持ちに気付かずに達也は嬉しそうに答えた。

 

 

 

翌日、俺と達也は家に深雪と水波を残しFLTに向かった。晴れておりバイクで向かうことが出来たので交通機関を使用すると二時間かかるところを一時間で到着した。

 

「牛山主任、今回は製作したいものがあって来たんですが。」

「おお、克也さんあなたからのお願いですか。我々から要望することは何度かありましたがそちらからあるとは珍しいですね。」

「珍しくもないですよ。二ヶ月前にも特注してもらってますから。」

 

第一会議室で今日の予定を話す約束をしていたので単刀直入に会話をしても話がこじれることはなかった。牛山やその他の研究者達は克也の知識が達也ほどではなくても驚かされている。第三課の収益を二人で半分を克也はその中でも四割ほどの利益を上げているため尊敬している。達也が開発した飛行術式も克也がソフトを作り小学生や中学生のための『安全第一』を掲げたCADを開発したことで牛山でさえ頭を垂れることがある。

 

克也の名前は公表しておらず{トーラス・シルバー}という名前で発表している。つまり{トーラス・シルバー}はミスタートーラスを牛山、ミスターシルバーを達也と克也が担っているということである。

 

「やめやめ、討論で御曹司や克也さんには適いませんぜ。それよりどんなものを作るんですかい?」

「今回はこちらを作りたいんです。」

 

頑丈にロックされたアタッシュケースから設計図を取り出し牛山にも見えるように広げる。牛山は一通り目を通すと厳しい顔をした。

 

「これは少々厄介ですな。なんせこれほど大きなCADを作るのは初めてですから時間がかかりますぜ?」

「ええ、それは理解の上です。しかしこの第三課の技術力があれば問題なく作れます。」

「そうですな、これほど高度なCADを作れれば今より更に高見へ上ることが出来ます。名声もポーンと跳ね上がりますぜ。」

 

どうやら牛山主任もやる気になってくれたようだ。

 

「しかし、この銃身が長いのはどういうことですか?」

「それは遠隔照準補助システムを内蔵するためです。露出していると万が一狙撃などによる攻撃で破損させられるかもしれませんから。」

「なるほど、一度見ただけですが御曹司の{サード・アイ}は露出していましたからね。露出していれば攻撃された際に被弾する確率が上がりますが照準性能は上がりますし遠隔照準補助システムを内蔵すれば逆になりますから今回の作り方も納得できます。しかしそれでいいんですか?これだと遠距離とはいえども二十km程先しか狙えませんが。」

「それでいいんです。達也ほどの遠距離攻撃を想定して作っていません。いざとなれば達也の力を借りるだけです。」

 

達也は俺の言葉に頷きながら牛山の反応を待っている。牛山はしばらく吟味した後答えた。

 

「分かりました、まずは試作機から作りましょう。完成は未定ですが必ず作って見せます。」

「「よろしくお願いします。」」

 

克也と達也は牛山の腕を信じて握手をした。もちろん彼らもアシスタントとしてソフトやハードの作成を手伝うのだが材料の調達等は成人している牛山に一任されている。克也の夢は一歩ずつ確実に実を結んでいた。



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第五十五話 指名

十二月二十九日土曜日、深雪が本家に赴く日が来た。今は既に本家に着いているのだが道中分家が何か仕掛けてくるかもしれないと警戒していたが特に何もなかった。どうやら会合に侵入し恐喝したことで達也の追放を留めてくれたようだ。

 

万が一襲撃してくれば容赦なく殺すつもりだったので無駄な労働をしなくて済んだことに安堵していた。ちなみに達也と深雪には論文コンペの日に何をしたかは言っていない。

 

辰巳の運転で本家に来たのはいいが使用人として仕えていた水波が自分達と同じ部屋にいることに四人とも首をかしげていた。

 

「何故、水波ちゃんがここにいさせられるのでしょうか?」

「克也のボディーガードだからということなのかそれ以外の何かがあるのかもしれんな。」

「何か…ね。」

 

達也の言葉に俺は無意識で呟いたが誰からも追求はなかった。

 

「叔母上との約束の時間まで一時間しかないから休んでおけってことかもね。」

「ならよいのですが。」

 

叔母上は十九時から候補者及びボディーガードを食堂に集め次期当主を指名するつもりなのだろう。慶春会で発表し醜態をさらさせないための配慮なのだろうが「せっかく準備する時間をあげたのだから失敗したら許しません」とでも言いたげな叔母上の高らかな笑い声が頭の中にわいてきたのでかぶりを振り追い出す。

 

その様子を水波達が不思議そうに見ていたがなんでもないと手を振り気にしないようにした。

 

 

 

十八時五十分になり克也達は食堂に通された。深雪は一番端にそして達也、克也、水波の順に座らせられ深雪の隣は真夜の席であるため二番目の上座だった。文弥、亜夜子、夕歌、勝成がそろいあとは真夜を待つだけになったのだが達也と水波は居心地の悪さを感じていた。

 

ボディーガードでしかない自分達が何故このような場所に座らせられているのか理解できていなかった。亜夜子はボディーガードではなく補佐役に近いので納得できるが自分達は場違いであると思っていた。

 

だがそれは達也達の勘違いだった。亜夜子を含む五人は達也と水波がここにいることに異議を唱えずむしろいなければならないという共通の思いを胸に秘めていた。

 

達也は自分達を凌駕する能力を持ち水波は第二世代の調整体にも関わらず十師族に匹敵する魔法力を持っていると思っているため何も言わず二人が勝手にそう思っていただけだった。

 

「みなさん今日はよく集まってくださいました。そこまでかしこまる必要はありません気楽にして下さいな。」

 

真夜が現れたことで空気に緊張感が走るが言葉を聞いて少し空気が和む。

 

「今日呼んだのは他でもありません。明日の慶春会でいきなり次期当主を発表されては気持ちの整理がつかないでしょうから先に伝えておきたいと思いました。」

「当主様、少しよろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

 

文弥が真夜の言葉の後に手を上げて許可を求めたことには驚いたが真夜が優しく聞いたおかげで気持ちは空回りしなかった。

 

「失礼します。私、黒羽文弥は次期当主候補の地位を返上し司波深雪さんを推薦いたします。」

「私も失礼いたします。私、津久葉夕歌も地位を返上し司波深雪さんを推薦いたします。」

「それは構いませんがお二人はご実家を継ぐおつもりかしら?」

「自分は次期当主決定次第で決めさせていただきたいと思います。」

「私はそのつもりでございます。」

 

文弥はそう言うだろうと分かっていたが夕歌まで言い出すとは思わなかった。津久葉家は達也に対してはまだ友好的悪く言えば無関心の立場を取ってきたためどうなるか予想できなかった。

 

「克也はどう思いますか?」

「自分を除く次期当主候補の方々ならば誰でも次期当主に推薦しても間違いはないと思っていますので特に言うことはありません。」

「勝成さんはどうですか?」

「自分勝手であり責任放棄なのは重々承知の上で申し上げます。私は真夜様と他の次期当主候補のご意向に任せようと思っております。」

「責任放棄ではないとは思いますけどいいでしょう。では発表します次期当主は…。」

 

真夜の言葉に全員いや、深雪だけが緊張していた。全員が真夜が誰を指名するのか理解していたので何も言わずに言葉を待った。

 

「深雪さん、貴女を次の当主とします。」

「…はい。」

「次期当主候補の方々が貴女を推薦しているのですから期待を裏切らないように心懸けなさい。」

「期待を裏切らないように誠心誠意精進して参ります。」

 

真夜の宣言と深雪の覚悟を全員が受け止め納得した表情でお辞儀をする深雪を見つめていた。

 

 

 

食事が終わると深雪、達也、克也、水波に残るよう命じ他の候補者を真夜は送り出した。全員の前に紅茶が置かれ葉山を含む執事が退室し真夜が口を開いた。

 

「さて、深雪さん貴女は次期当主になりましたけど当主となれば結婚相手を決定しなければなりません。しかし自由な恋愛は認められませんこれは理解されていますね?」

「…はい。」

 

深雪は固い声で返事をし真夜の決定を待っていた。

 

「結婚相手を発表する前に大切なことを教えます。克也と達也さんは貴女の本当の兄ではありません。」

 

その言葉に四人とも驚愕した。

 

「何故なら二人は私の息子なのだから。」

 

更に四人は驚愕し深雪と水波は手で口を押さえ声が漏れないようにしていた。

 

「叔母上、それは事実なのですか?俺と達也が深雪の兄ではないという証拠はどこにあるのでしょうか?」

「貴方達は私が事故に遭う前に保存していた卵子を受精させ姉さんを代理母として生まれた双子なのだから。」

 

その言葉を聞いて驚くより叔母を疑った。

 

「…後ほど詳しくお聞きしても良いですか?」

「ええ、親子水入らずで話しましょう。深雪さん貴女の結婚相手を発表しますが準備は良いですか?」

「はい。」

 

深雪の言葉には覚悟と「もしかしたら」という気持ちが込められていた。

 

「貴女の結婚相手は達也さんです。達也さんは深雪さんの婚約者兼ボディーガードとしてこれからもそばにいてあげて下さい。」

「分かりました。」

 

達也は軽く受け入れていたが深雪は胸を押さえて前屈みになっていた。歓喜のあまり張り裂けるような痛みをまさに痛感していたのだ。

 

「それから克也は深雪さんの補佐役として仕えてあげて下さい。」

「叔母上それは構わないのですが水波がここにいる理由をお聞かせ願えますか?」

「何故聞きたいの?」

「ボディーガードとしてここにいるのであれば勝成さんも二人を連れてくるはずでしょう。達也と水波がここにいるのは能力を認められているからではないはずです。現に達也は深雪の婚約者に選ばれています。」

「さすがね、克也の洞察力には驚かされます。」

「恐縮です。」

 

それほど喜ばずに言葉を発した。

 

「褒めてはいないけど教えてあげる。水波ちゃんは克也の婚約者です。そのために呼びました。慶春会で深雪さんの次期当主発表と婚約者発表をします。その時に達也はもちろんのこと克也と水波ちゃんにも出席してもらいます。」

 

半ば予想していた答えだが実際に言われると感情の揺らぎを抑えることは出来なかった。水波は深雪同様に前屈みになっていたが深雪と違うといえば涙を流して泣いていたことだろうか。

 

「二人は慶春会のために自分を磨かなければなりせんね、葉山さん。」

 

真夜が名前を呼ぶと葉山が入ってきた。

 

「葉山さん、白川夫人を呼んでちょうだい。深雪さんと水波ちゃんの入浴に何人か手配して。」

「かしこまりました。」

 

葉山が白川夫人を呼び二人を浴場に連れ出した後真夜はようやく口を開いた。

 

「それじゃあ、私達も移動しましょうか。」

 

 

 

連れて行かれたのは真夜の書斎だった。達也が室内を見回していたので聞いてみた。

 

「達也どうした?」

「いや、ここはいつも電話していたところとは違うのだなと思ってな。」

「ああ、あれはまた別の部屋だよ。ここは俺と葉山さん、HARのメンテナンス業者しか入ったことがない部屋だ。正確には叔母上のプライベートスペースだな。」

「何故お前が?」

「魔法事故の後、最初に目を覚ましたのがこの部屋だったんだ。」

「何故ここに?」

「叔母上のせいだろうね。」

 

話ながら真夜にチラッと眼を向けると頬を赤くして眼をそらした。そんな様子に笑みを浮かべると達也もぎこちないが笑みを浮かべた。

 

「達也様はブラックでよろしいですか?克也様はコーヒーに砂糖少々ミルク多めでよろしいですね?」

「…ええ。」

「よく覚えてましたね葉山さん。三年、俺のを作っていないでしょうに。」

 

達也は葉山さんの呼び方に戸惑っていた。これが一番大きな変化だっただろう。『様』と葉山に呼ばれるとは思いもしなかっただろうから。

 

「叔母上、何故あのような嘘をついたのですか?」

「嘘なのか達也?」

 

葉山が俺達にコーヒーを真夜にハーブティーを置くのを待ってから達也は聞き始めた。

 

「ああ、俺達と深雪を形成している遺伝子は同じだ。俺達をここに呼ぶための手段だったんじゃないかなと思ってな。」

「確かにあんなことを言われれば後々聞こうと思うからな。それで本当なのですか叔母上?」

「ええ、嘘よ貴方達二人は姉さんの子供よ。深雪さんと兄妹ではないというのはあながち間違いじゃないのよ?だって深雪さんは『調整体』だから。」

 

今度こそ驚愕に固まった。

 

{深雪が『調整体』?ありえない。そんな兆候は見られなかった。この十七年間の一度も。}

 

「二人が驚くのも仕方ないわ。深雪さんは『完全調整体』とでも言える四葉家の最高傑作だからよ。達也さん、姉さんなら貴方の力を一時的に抑えることは可能だった。でも、確実に貴方より先に寿命を向かえる。その際貴方を抑える存在が必要だった。そのために深雪は造られた。深雪は貴方のために造られた存在。あの子がいなくなれば貴方は世界を滅ぼす。だから達也深雪を娶りなさい。拒否は許しません。産まれてくる子供のことも心配しなくて良いわ。」

「…拒否も何も俺は深雪を突き放すことは出来ません。そして克也も。気持ちの整理する時間が必要ですから今すぐに受け入れろと言われても無理です。」

「それでいいの。少し外で待っててもらえる?克也と話したいことがあるから。」

「分かりました。」

 

達也が部屋を出て行ったことを確認した後真夜は克也に向き合った。

 

「まずはおめでとうと言うべきかしら?」

「ありがとうございますと言うべきでしょうか叔母上?俺も達也同様気持ちの整理が出来ていません。」

「それは分かってるわ。でも喜ぶべきではなくて?水波ちゃんと婚約したのだから。」

「婚約できたことを嬉しいですが俺は自分が水波のことを好きなのか分かりません。」

「克也でも分からないことがあるのね。」

「人間は自分のことを完全に理解することなど出来ません。達也でさえ残っている感情でも理解に苦しんでいるぐらいですから達也に劣る俺が理解できるはずがありません。」

「固いわね。でも、貴方は知っているはずよ自分が水波ちゃんのことを好きだということを。今までなかった?水波ちゃんと一緒にいて嬉しかったことや楽しかったこと。」

 

真夜に言われてそういった思い出は浮かんできたがそれが好きという感情に当てはまるのか分からなかった。

 

「俺にとって大切な存在であるのは確かですが深雪と同じ感情を抱いているとは思っていません。深雪に向ける気持ちと水波に向ける感情が違うのは分かっていますがそれが好きという感情に繋がるかは分かりません。」

「以前付き合っていた市原鈴音さんいえ一花鈴音さんとの時は感じなかったの?」

「あれとはまた別の種類の感情だとは理解しています。水波に向ける感情は俺の中で深雪と同じように妹である感情と女性として見ている感情が入り交じっていますから。」

 

克也にとって水波は守るべき妹的存在であり気持ちの切り替えは難しい。

 

「今はそれでいいわこの先気付いてくれればいいから。それから達也さんのように子供のことは気にしなくてもいいわ。」

「何故でしょうか?」

「貴方の遺伝子は『調整体』の不安定な遺伝子を正す能力があります。」

「それは固有魔法『回復』の影響ですか?」

「その通りよ。これが分かったのは私の叔父であり貴方の大叔父である四葉英作(よつばえいさく)の能力です。」

「俺が幼いときに知ることが出来たのですか?」

「それがあの人の能力だったからです。どのように知ることが出来たのかは教えてもらえず私達にも分かりませんでした。」

 

真夜が残念そうに話すので本心だと思った。

 

「水波に黙っていていい話ではありませんね。」

「ええ、そうした方がいいでしょうね。」

「ではこれで。」

「達也さんも連れて入浴してきなさい。」

「分かりました。」

 

 

 

部屋を出ると達也が壁に背を預け眼を閉じていた。

 

「達也終わったよ。」

「遅かったな。」

「思った以上に内容が重くてな。」

「水波のことはどうするんだ?」

「受け入れるよただ心の準備ができていないからどう接したらいいか分からない。」

「俺も深雪のことを受け入れきれていないから人のことは言えないけどな。それに友人達が知ったら大騒動になりそうなのが一番の心配事だ。」

「それはどうしようもない。叔母上が決めたことに反対することは叔母上を裏切り四葉を裏切ることになる。今ここで裏切れば俺達の周りは敵だらけになる。俺達の力じゃ二人を守り切れないしなにより二人を突き放すことが出来ない。」

「ああ、それに深雪と水波は今の状況を受け入れることに精一杯だ。これ以上追い詰めるようなことをしたらどうなるか想像もつかん。」

「今は慶春会のことだけ考えよう。」

 

克也の肩を軽く叩き着替えを取りに部屋に向かった。




次話で四葉継承編は終了です。


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第五十六話 戸惑い

入浴を終え部屋に戻ると和室に布団が敷かれていた。何故か布団が一組、そして枕が二つ。どういうことなのか分からずお互いに眼を見ながら首をかしげているとドアのノックが聞こえたので開けると白川夫人が立っていた。

 

「克也様の部屋は別にご用意させていただいておりますのでそちらに移動を願います。」

「…分かりました。」

 

疑問を抱きながら白川夫人のあとをついて行くと達也のいた部屋からかなり離れた一室に通された。先ほどいた部屋と同じ作りであり布団が一組、枕が二つなのも変わらず。叔母の考えが分かり久々に頭痛に悩まされたが達也に『念話』で伝える。

 

『…こっちも同じだったよ達也。』

『連絡が遅かったなそんなに遠かったのか?』

『結構歩いた気がする。距離にして百mぐらいか?』

『…離すにも限度があるだろ。叔母上は何を考えているんだ?』

『仲を深めろってことだろ?こんな用意をわざわざさせるんだから。叔母上の場合はその意味がずれてる気がする。』

『…そういうことをしろということなのか?』

『慶春会前にそんなことをさせるか?当日に醜態をさらすことになるぞ。多分叔母上は俺達四人が動揺するのが見たいんじゃないかな。』

『…なかなかいい性格をされているな叔母上は。』

『達也がそれを言う?』

『お前にも言われたくはないが…深雪が帰ってきたから切るぞ?』

『こっちも感じた。水波も帰ってきたみたいだから切る。』

 

達也との連絡を切り少し気を抜いているとドアを開けて水波が入ってきた。

 

「お待たせしました。こ、これは!」

「いや、俺がしたのでは。っ!」

 

部屋に入ると自然に眼に入る位置に和室がありその場所に俺が立っているため俺が敷いたかのようなことになっていた。弁解しようと声を出したが最後まで言えなかったのは水波の様子に驚いていたからである。何人もの使用人によって磨かれたであろう水波は普段から美少女であったが今では深雪にも劣らない美貌に変化していた。

 

浴室が暑かったのだろうか単衣(ひとえ)だけでも全く寒そうに見えない。遠くで達也の動揺した気配を感じたので自分と同じような状況なのだろう。水波でさえこうなのだから深雪ならどうなるのか想像したくもない。

 

「水波、先に言っておくが俺が敷いたんじゃないぞ。ここに移動させられたときにはこうなっていたんだ。」

「いえ、克也兄様を疑っているわけではないのですが驚いていましてどなたがこうされたんでしょうか。」

「誰がこうしたのかは分からないが命じたのは叔母上だろうな。とにかく寝ようか明日は朝から忙しいだろうからでも寝る前に話しておきたいことがあるから布団で待っていてくれ。」

「分かりました。」

 

俺が着替えている間水波は寝る準備をしてくれた。顔が赤いのは入浴の際の熱が残っているだけではないだろうと俺は気付いた。

 

寝間着用の浴衣に着替え敷き布団の上で正座をして俯いている水波の前に同じように正座をして座る。

 

「水波、顔を上げてくれ今から話しておきたいことがある。俺はまだお前が婚約者だと納得できていない。理性では納得しているが感情がそれを邪魔している。水波にとって辛いかもしれないが我慢してくれ。」

「大丈夫です私は婚約者であると感情で理解してもらえるまでいつまでも待ちます。ところでお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「いいよ答えられることなら。」

「お名前はなんとお呼びすればよろしいですか?」

「水波の好きなようにす呼べばいいよ。今まで通りでもいいし俺が四葉家にいたときの呼び方でもいい。」

「それでは人前では『克也様』と家や二人の時は『克也兄様』とお呼びさせていただきます。さらに聞かせていただきます。深雪姉様と兄妹ではないということは本当なのですか?」

「いや、それは嘘だ。達也と深雪を結婚させるために言ったことらしい。」

「それでは近親婚ということになるのではありませんか?」

「深雪は四葉の科学、魔法学の粋を結集させて作られた『完全調整体』だそうだ。造られる前に遺伝子が弄られているからベースが一緒でも遺伝子は別物だ。だから近親婚による弊害はないから生まれてくる子供に影響はない。」

「…つまり遺伝子上は従妹ということですね?」

「その通りだ。叔母上の言葉から推測すると俺達より寿命は長いだろう。」

 

深雪の正体を知ってもなお感情にブレが出なかったのは自分と同じ『調整体』であることを薄々感じていたからだろうか。

 

「水波、婚約者が俺で本当にいいのか?お前が望むなら解消してもらってもいい。」

「嫌です!私には克也兄様しか考えられません!論文コンペの日に言ったように私の居場所は克也兄様の横だけです!克也兄様の婚約者にしてもらえて私は嬉しかったんです。もし克也兄様が他の誰かと婚約すれば私の居場所は何処になるのか私は何のために生きているのか分からなくなっていました。克也兄様は誰にも渡しません!」

 

水波の眼を見て俺は気付いた。

 

{誰に何を言われても折れない心の強さ。それを曲げない意志の強さ。それが俺を惚れさせ恋をさせた。水波に妹として向けていた感情の中にあった一人の女性としての感情がこれだったんだ。死が二人を分かつまで守り続けなければならないものだ}

 

と今になって気付いた。そんなことを教えてくれた大切な女性(ひと)がこんなに近くにいたのに今まで気付いていなかった自分を恥じた。

 

「水波寝ようか?」

「はい!」

 

水波は横に入ってきて嬉しそうに抱きついてきた。今までの俺なら文句か遠回しな拒否をしていただろうが今の俺には出来ない。将来の伴侶になるのだから出来ないのは当然だ。

 

「水波もう一つ言っておくことがある。」

「何でしょうか?」

「俺はお前とまだ一線を越えるわけにはいかない。それは分かってくれているか?」

「…はい。」

 

水波が顔を赤くして恥ずかしそうにしているが大切なことなので気にせず続ける。

 

「お前が卒業して生活環境が整ってからだ。優秀な魔法師は多くの子孫を残すことが求められているが学生の間は適応されない。それに他の家から求められても従う義務はない。だから安心して高校生活を送って欲しい。年明けからの学校は居心地悪いだろうが我慢してくれ。」

「そのことは覚悟の上で了承したんですから気にしないで下さい。もし子供が産まれればその子は大丈夫なのでしょうか。」

「そのことは心配しなくて大丈夫だ。俺の『回復』があるから問題ないらしい。それより寝ようそろそろ俺も限界だ。」

「はい、最後にお願いをしてもいいですか?」

「何?」

「抱き締めてもらえますか?」

「もちろんだ。」

 

水波の甘えに嬉しく思いながら抱き締める。

 

「しまった、特製ドリンクを忘れた。元旦の朝まずいことになる。」

「ご心配なく持参しております。」

 

準備の良さに辟易とさせられる。

 

「おやすみなさいませ。」

「おやすみ。」

 

互いの手を握りながら目を閉じると睡魔が襲ってきたためすぐに眠りにつけた。

 

 

 

元旦の朝から克也達は着せ替え人形のように一時間以上いじり回され終わる頃には自宅に帰りたくなっていた。控えの間で気持ちを落ち着けていると津久葉夕歌がやってきたり。

 

「あけましておめでとう。入場の際に吹き出しちゃダメよ。我慢できなくなったら少し長めのお辞儀で顔を隠しなさい。」

「あけましておめでとうございます。それはどういう意味ですか?」

「入ったら分かるわよ。」

 

それだけ伝えて夕歌さんは自分の控え室に帰って行った。

 

「達也、吹き出すってどういうこと?」

「分からん。」

 

達也も少なからず緊張しているようで返事に愛想がなかった。その後、白川夫人に呼ばれ白川夫人の誘導に従い部屋に入る。

 

「次期当主 司波深雪様及び御兄上 司波達也様。補佐 四葉克也様及び使用人 桜井水波様 おなーりー。」

 

白川夫人の口上に達也と克也は膝が砕けそうになり深雪と水波はこめかみが引きつっていた。夕歌の助言がなければ四人とも醜態を曝していただろう。

 

{これは「どこまで耐えられるか選手権」なのか?}

 

慶春会の場にも関わらずそんなくだらないことを考えてしまい自分にうんざりしたが気が軽くなったのでプラマイゼロになった。

 

 

 

 

「皆様、新年おめでとうございます。私より三つほど喜ばしい報告があります。」

 

金糸をふんだんに使った黒留袖を着た真夜の発言にざわつきが音をなくしたかのようにピタッと止まった。

 

「この度司波深雪さんを次期当主とすることを決めました。挨拶は継承式で行おうと思っております。そして私の『息子』である克也の弟達也を婚約者としました。」

 

真夜の言葉にざわめきが広がった。子供がいなかった真夜の口から「私の息子」という言葉が出たのだから隣同士で会話をしてもおかしくはない。

 

「ご当主様、『私の子供』と聞こえたのは聞き間違えでしょうか?」

「いいえ、津久葉殿。良い機会ですからここで説明しておきましょう。克也と達也はあの『事件』の前に採取していた私の卵子を用い姉を代理母として産まれた双子です。何故双子になったのかは謎ですが。このことを知っていたのは姉である深夜と葉山さんと紅林(くればやし)さんだけでした。」

「納得いたしました。」

 

津久葉家当主が座り直したのを確認してから真夜は口を開いた。

 

「そして達也の兄である克也を深雪さんの補佐として仕えさせることにしました。これを踏まえ桜井水波ちゃんをガーディアンから婚約者としての地位に変更いたします。」

 

出席者は何故使用人兼ボディーガードだった水波が深雪達と同じ席に並んでいるのかを理解したらしく納得顔で隣同士で話している。

 

「姉さん大丈夫?」

 

どうやら亜夜子の気分が悪いらしく文弥が声をかけていたので視線を向けると真っ青な顔をしていた。

 

「葉山さん、亜夜子さんを別室へ。」

「かしこまりました。」

 

亜夜子が文弥とともに退出するのを見送って真夜は告げた。

 

「それでは食事を再開しましょうか。」

 

 

 

「姉さん大丈夫?」

「やっぱり文弥には分かっちゃうんだね。こういうときに双子は隠し事が出来ないから不便ね。」

「克也兄さんのことは仕方がないよ。克也兄さんが水波さんに好意を抱いていたのは知ってるから姉さんが落ち込むことはないと思う。」

「水波ちゃんを恨んでなんかいないわ克也さんを幸せにしてくれればそれでいいから。でも本音は自分で克也さんを幸せにしたかった。克也さんが私に抱いてる感情は『愛』でもそれは一人の女性としてじゃない。家族としての『愛』だったって今気付いたの。何があっても自分には振り向いてくれないのは分かってた。でも諦めきれなかった。とっても好きだったから。」

 

別室で涙を流しながら悲しく微笑む双子の姉に文弥はかける言葉が思い浮かばなかった。今の亜夜子は次期当主候補の補佐ではなく一人の少女として話していた。

 

 

 

食事もほぼ終了し泥酔しかけている出席者の前で克也と達也は叔母に言わなければならないことを伝えることにした。

 

「『母上』お伝えしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「何克也?」

 

『母上』と言うのはまだぎこちなく違和感があるが『設定』を疑われてはならないため我慢する。

 

「リーナこと『アンジー・シリウス』が日本にやってきた頃に自分は力不足なのではないかと感じ始めました。」

 

克也が話し出すと今まで談笑していた出席者達は三人の会話を静かに見守り始めた。

 

「あなたは四葉でも屈指の実力者ですよ?謙遜しすぎると嫌みになると思いますけど。」

「謙遜ではありません自分には達也のように一瞬で相手を無力化する決定打がないのは事実ですから。」

「それこそ気にしなくてもいいのでは?」

「俺の魔法は大勢の敵を前提とした戦い方ではありません。単独あるいは少数の敵を倒すことを目的とした魔法です。」

 

克也の言葉に全員が衝撃を受けていた。克也の魔法力の高さだけに眼を向けていたためそのようなことに気付いていなかった。確かに克也の魔法は効果範囲が極端に狭い。『流星群』も効果範囲を広めることが出来るが達也のように何十kmもの範囲を爆発させることは出来ない。

 

「…何が言いたいの?」

「自分と達也はこの一年間可能な限り時間を新しいテーマに注いできました。」

「それで?」

「その甲斐あって強力な新魔法を開発することが出来ました。」

 

克也の言葉を聞いてどよめきが広がる。葉山でさえ驚いていた。表情には表していないが空気が揺れ動くのは隠せなかった。

 

「達也さん、それは本当ですか?」

「はい、俺の『マテリアル・バースト』にも劣らない極めて強力な魔法です。下手をすれば俺より威力は上かもしれません。」

「なんてこと!貴方達は自分の力だけで戦略級魔法を開発したの!?母親として誇り高いわ!」

 

真夜の喜びようは本当の母親のような様子だった。

 

「それでその魔法はどんな魔法なの?」

「CADが完成していませんのでまだ確定ではありませんが俺の『マテリアル・バースト』とは違い周辺には被害を与えません。局所的な魔法なので戦略級魔法として認められれば使用頻度が増えるでしょう。試し撃ちはしていませんが克也なら実践でも失敗することはありません。」

「CADはいつ完成するのですか?」

「今月中にはなんとか仕上げたいとは考えています。」

「分かりました楽しみにしています。」

 

真夜は満足そうに頷き日本茶をすすり始め俺達も気を緩めることが出来た。

 

 

 

翌日、2097年一月二日。四葉家から魔法協会を通じて十師族、師補十八家、百家ナンバーズなどの有力魔法師に対し通知が出された。

 

司波深雪を四葉家次期当主に任命したこと。

 

司波達也を四葉真夜の息子として認知すること及び姓名は司波のままであること。

 

司波達也と四葉克也は双子であり四葉克也の姓名を司波に変更すること。

 

司波深雪と司波達也が婚約及び司波克也と桜井水波が婚約したこと。

 

それを知った有力魔法師各家は魔法協会を通して祝電を送った。

 

しかし全てのナンバーズが祝電を送ったわけではなかった。翌日の一月三日付けで日本魔法協会本部に司波克也と桜井水波の婚約を破棄するよう異議が申し立てられた。

 

申立人は現十師族・現当主 七草弘一その人であった。




四葉継承編はそれで終了です。ここから話は少しずつ原作と離れていきますが大抵はそのままですので楽しみにしていただければ幸いです。


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11章 師族会議編
第五十七話 異議


師族会議編の始まりです。


一条将輝は新年の挨拶から帰宅したところ「当主様が呼んでいる」と使用人に伝えられたため父の仕事部屋に向かっていた。

 

{この時間から家にいるのは珍しいな。一昨年も去年もいなかったというのに何があったのやら。}

 

普段、剛毅は表の仕事のため家にはいないので将輝も少なからず動揺していた。

 

「失礼します。」 

「将輝か楽にして座ってくれ。」

 

部屋に入ると羽織袴を着た父 剛毅が足を崩して座っていた。その言葉通りあぐらをかいて座る。

 

「どうしたんだ親父?」

「まあ、気楽にして聞いてくれ。お前は四葉克也という男を詳しく知っているな?」

「ああ、去年と一昨年ピラーズ・ブレイクの決勝で負けた相手だ。それに一昨年はモノリス・コードでも負けた。友人でもあるがそれがどうしたんだ?」

「彼は次期当主の司波深雪嬢の従兄だ。」

「何だと!?」

 

将輝は二重の意味で驚いていた。深雪が四葉家の直系であり次期当主であることそして克也と血縁関係があることに。

 

「さらには司波達也は四葉克也の双子の弟だ。」

「…そうか。」

「驚かんのか?」

「ああ、親父も知っているだろう?俺があいつにレギュレーション違反の攻撃をした際攻撃を受けながらも立ち上がり俺を倒したことを。」

「ああ、緊急の会合が開かれたぐらいだからな。」

 

達也が克人に後夜祭で呼び出されたのは将輝を倒したことで緊急の会合が開かれたことを示していた。

 

「あの時俺はあいつを殺してしまうところだった。だがあいつは攻撃を食らいながらも立ち上がり俺を倒した。克也と双子であるならそれも納得できる。」

「そうか。そして四葉克也が桜井水波と婚約した。」

「桜井といえば桜シリーズの『調整体』か?」

「おそらくそうだろう。これに対し七草家は婚約を解消するよう魔法協会本部に異議を申し立てた。」

 

俺はそれを聞いて眉をひそめた。そもそも他家がよその家系に文句を言うこと事態馬鹿げているのだ。言うことは権利でもないがそれに従う義務も発生しない。

 

「将輝はどう思う?」

「本人達がそれを望んでいるなら何も言うつもりはないしそもそも他人の婚約に首を突っ込むべきではない。俺だって婚約した際に文句を言われるのは腹立たしい。七草家の解消の理由は何だ?」

「さあな、そこまでは書かれていない。詳しくは次の師族会議で聞くことになるだろうがおそらく遺伝子のことだろう。」

「遺伝子?桜井さんが『調整体』だから遺伝子が不安定だと言いたいということか?」

「確信はないがな。四葉克也のような魔法師を『調整体』などとではなくれっきとした魔法師と婚約させたいのだろう。やれやれ、そもそも魔法師なんぞ造られた存在が多いというのにまだ言っているのか。」

「親父、それは七草家は造られた魔法師ではなく自然な魔法師の家系なのか?」

「ああ、七草家は一度も遺伝子操作を受けていない日本唯一の存在だ。お前が文句を言わないのであれば俺は一条家当主として四葉家の味方になろう。」

「いいのか?貸しを作っても。」

「貸し借りなど必要ない。今回は七草家の考えに賛同できないだけだ。」

「わかった親父に任せる。」

 

将輝はこれが後々日本の魔法社会を狂わせる騒動の火種になるとは思っていなかった。

 

 

 

同じ頃七草邸でも同じような親子会議が行われていた。

 

「先日四葉家から新年の挨拶と共に重大発表が届いた。司波深雪嬢を四葉家次期当主とし司波達也を婚約者にすると。」

「納得ですお父様。深雪さんの魔法力は十師族に匹敵し上回るとも思っていました。でも、兄妹で結婚など出来るのですか?」

「本当は従兄妹同士だったらしいがこのことはどうでもいいそれより問題なのは他にある。」

 

忌々しそうに父の口から言葉が漏れているため真由美、香澄、泉美はどう対応すれば良いか迷っていたが真由美が長女として聞き始めた。

 

「それ以外に何があったのですか?」

「司波達也君は四葉克也殿と双子の弟だ。」

「…それも納得は出来ます。達也君の腕は普通の魔法師の域を凌駕しています。克也君と双子と言われても不信感はありません。」

「そうか、では四葉克也殿が一高一年の桜井水波嬢と婚約したのはどう思う?」

「…桜井さんとですか?お父様。」

「…僕も信じられません。」

「事実だ。だがこれは許容できる話ではない!」

 

父の情緒が理解できずに三人は眼を丸くしていた。 

 

「あの能力を『調整体』なんぞと子供を作らせてたまるか!日本の魔法社会の貢献に役立って貰うためには『調整体』などに渡さん!…香澄、泉美もしお前達がよければ四葉家に対して婚約を申し込むが?」

「なりませんお父様!既に婚約している身の方々に申し込みたくはありません!」

「自分も同じですお父様。私達は確かに克也兄さんを好いていますが婚約した方に申し込みたくありません。」

「そうかもういい。」

 

弘一は娘達と話を打ち切り自室に引っ込んだがそれは自分の欲をはき出すためのものだった。日本魔法協会本部を通じて四葉家へ七草香澄と泉美と婚約して貰うよう要請することにした。

 

その後弘一は新しい目標のために動き出した。

 

 

 

克也達が一段落できたのは一月四日だった。一月三日には帰ってきていたのだが九重寺と独立魔装大隊に挨拶しに行っていたため忙しかった。八雲には思った以上のスピードで話が広がっていることを聞かされ今年も穏やかに学校生活を送れないと確信した。

 

 

 

一月八日、新学期初日克也達は学校に呼び出されたためいつもより三十分ほど早く家を出ていた。

 

「つまりわざと戸籍を移動させていたわけではないということですね?」

「はい、自分は一度父親に捨てられたため四葉家に引き取られていましたが今回の婚約で実家に戻ることが出来たので姓名を戻しました。」

「如何されますが校長?」

「事情は理解したがご当主様には抗議をさせていただくそれ以外は構いません。今までのように学校生活を送り一高のために尽くして下さい。」

 

ニヤリと笑いながら語りかける百山(ももやま)に返事を返し達也は教室に向かうとエリカ達が自分の席で話し込んでいた。

 

「どうしたんだ?全員そろって。」

「あ、達也おはよう。」

「おっす、達也。」

「おはよう達也君。」

「おはようございます達也さん。」

 

俺が聞くと幹比古、レオ、エリカ、美月の順で挨拶してきたが一度で答えはくれなかった。

 

「ああ、おはよう。しかし良いのか?俺とつるんで。」

「四葉家の直系で克也の双子の弟で深雪さんの婚約者ってことに?気にしすぎだよ達也は。その程度で僕達が離れるわけがないだろ?」

「それだけのことを黙ってたのになんとも思わなかったのか?」

「人には隠さなきゃならねえことが一つや二つあるのは当然だろ?そんなこと黙ってたって俺達は怒らねえよ。四葉家の直系だって聞いたら誰もが驚くだろうけどな。」

「本当にそれだけなのか?」

「達也君は疑い深いね。逆に聞くけど知られたらどうなると思ってたの?」

「避けられると思ってた。あれだけのことを話さずに隠していたんだからな。」

 

エリカに聞かれたため本心を言うと全員がげんなりしたため何か間違ったことを言ったのかと思った。

 

「水臭いな達也は。僕達は友達だろ?そんなことでは離れないよ。」

「そうよ。その程度で距離を置いている連中とは訳が違うのよ。」

 

エリカが言葉通りクラスに眼を向けると美月を除くクラスメイトが全員顔を背けたためエリカが爆発しそうになっていた。

 

「エリカ落ち着け。あいつらはお前達みたいにそれほど仲良くしていたわけじゃない。」

「それでも同じ一高生徒でクラスメイトでしょ?達也君に助けてもらった人も大勢いるのに黙ってたってだけでこんな仕打ち割に合わないよ!」

「俺はそんなこと気にしていない。時間が解決してくれることもあるから今はそっとしといてやれ。それにお前らがいるんだから何とも思いはしないさ。」

 

達也の言葉にいつものメンバーが照れた笑みを浮かべていた。

 

 

 

達也とは違い克也と深雪は居心地の悪さを感じていた。

 

「やっぱりこうなるか予想通りだったけど実際にされるとくるものがあるな。それより水波が心配だ。」

「仕方ありませんよ克也お兄様一人ではないだけマシです。達也お兄様がどのような状態でいるのか分からないのが不安ですが。それに水波ちゃんも可哀想になります。」

「ああ、そうだね…。」

 

本当は達也の感情が少し上がっていることを知っていたがここで深雪に話せば周りにどんな眼を向けられるかわかったもんじゃない。

 

ただでさえその美貌で周りを魅了してきた深雪だが同時に恐れられもしていた。それに家柄が加わったのだから不安は倍増だろう。

 

普段なら挨拶してくれるほのかや雫は離れたところで話をしているため挨拶することは出来なかった。自分から行けばなんとか返してくれるだろうが普段通りには行かないのは目に見えていたので何もしなかった。

 

 

 

昼休みになっても事態は好転せずむしろ悪化しているように感じた。同級生だけではなく下級生や上級生からも向けられるのだからたまったもんじゃない。

 

今まで名前で眼をつけられることは日常茶飯事だったので気にしていなかったが今向けられている感情は精神的なダメージを与えるものであり苦しかった。俺と深雪は二人だがそれでもこんな状態なのだから水波はどうしているのか心配だった。

 

慶春会以降水波はまともに俺と会話もせず眼でさえ合わしてくれなかった。

 

そのため嫌われてしまったのかと思い深雪に相談すると「悩んでいるのではないか」と言われた。「今までのような関係ではなく婚約者という立場になり心の整理ができていないから距離を置いているのでは?」とも言われた。

 

俺もそうだったので無理に会話をしようとはしなかった。

 

 

 

一年生の階を歩いていると否応なく視線を向けられる。俺は名前も顔も校内に知られてしまっているためこればかりはどうしようもない。一年C組の教室に着き迷いなくドアを開けると予想通り水波がクラスメイトにたかられていた。

 

「水波。」

「克也様…。」

 

名前を呼ぶとすぐに返事をしてくれたが視線が鬱陶しかったのでさっさと退散することにした。

 

「行くぞ。」

 

水波を呼び背を向けて歩き出すと水波が弁当を持って後をついてきた。

 

 

 

行き先はどこでもいいが誰もいない所で弁当を食べることにした。屋上では達也と深雪が仲良くしているため邪魔しないように別の場所を探していたのだ。

 

校舎と実験棟の間にある並木道にベンチがあったのでそこで食べることにした。俺が座ると水波も少し広めに隙間を空けて座ったのを確認して周りを一瞥し寒さを遠ざけ気温を適温にまで上昇させる。

 

この程度はCADを使わずに念じるだけで操作可能だ。想子測定器に拾われてしまうがピクシーに頼めばもみ消してもらえるため使わない手はない。深雪が作ってくれた弁当を開け食べ始める。

 

 

十五分後、水波が食べ終わるのを待ってから俺は話し始めた。

 

「水波、戸惑っているんだろう?」

「…はい、どのように距離を保てば良いのか分かりません。」

「深雪みたいにひっついても構わないんだぞ?むしろその方が俺は嬉しい。」

「深雪姉様ほどは出来ませんが可能な限り頑張ってみます。」

 

水波が嬉しそうに微笑みながら俺との距離を詰め左肩に頭を預けてきた。

 

 

 

しばらくしてから水波に聞くことにした。

 

「クラスはどうだった?」

「非常に居心地が悪かったです。皆さん朝は遠目から見てくるだけだったんですが昼休みが始まるとすぐに集まってきまして質問攻めに遭いました。」

「やはりか。」

「でも、七草さんに助けていただきました。」

「香澄か、正義感があるから困ってる人を放っておけない性格だから見過ごせなかったんだろうな。」

「そちらはどうでしたか?」

「深雪がいたからそれほど気にしなくて済んだよ。ただ、ほのかと雫には避けられた。」

「北山先輩はともかく光井先輩は仕方ないと思います。」

「そうだな、好きな人に婚約者が出来たとなれば平常心ではいられない。そろそろ戻ろうか授業開始まで十分しかない。」

 

そう言って俺は水波を連れて教室に戻った。

 

 

 

帰宅してすぐに克也は真夜に連絡した。

 

『どうしたの?克也。』

「本日百山校長から呼び出しを受けました。」

『厳重な抗議ですか…四人は特に何もしなくていいわ。それより伝えたいことがあります。』

「伝えたいことですか?」

 

真夜が嘆かわしいとでも言いたげな表情で伝えてきた。

 

『本日、日本魔法協会本部を通じて七草家から異議の申し立てがありました。』

「それだけですか?十師族といえど婚約に異議を唱える資格は持ち合わせていないはずです。」

『その通り。水波ちゃんとの婚約を解消するよう求めたばかりか娘の二人を婚約者にして欲しいそうですよ。』

 

真夜の表情を理解できる内容だ。ため息をつきたくなるが真夜の前ではしない。

 

「それは本人達が望んだことですか?弘一殿だけの意思でしたらお断り下さい。俺は一夫多妻制などとるつもりはありません。俺の婚約者は水波だけです。」

『その気持ちは分かるけど今はまだ返事をしません。貴方達はいつも通り生活をして下さい。』

「分かりました『母上』ご命令通りに。」

 

電話が切れるとソファーに座り込む。七草家のホームパーティーに行ったときの弘一との会話が脳裏に浮かぶ。真由美か香澄か、泉美の誰かを娶って欲しいと言ってきた弘一の顔が浮かぶが考えないようにする。香澄や泉美が嫌いで断ったのではない。むしろ好きなのだが水波以上に好きにはなれないと自分でも分かっていた。

 

達也達はどう声をかけたらいいか迷っていたが結局かける言葉が見つからず途方に暮れていた。



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第五十八話 却下

一月十三日、克也と達也は新魔法の試作機が完成したためそれの実験を行いにFLTに来ていた。FLT本社の地下三十mに作られた 縦十m 横五m 奥行き 二百m の巨大な地下空間に克也、達也、牛山の三人は防火対策を施された専用の作業着を着て立っていた。

 

克也の腕の中にはスナイパーライフルのような大型CADが握られていた。「ような」という注釈がついたのはスナイパーライフルに比べて銃身が太いためである。

 

『それじゃあ始めますか?牛山さん。』

『ダメと言ったらどうしてたんですかい?』

『牛山さんにぶっ放してました。』

『克也さん、冗談でもダメですよ!!』

『もちろん冗談ですが?』

 

克也と牛山の楽しげな口論を達也は微笑まし気に見ていたが時間が無駄なので途中で止めることにした。防火対策をした作業着のせいで声がくぐもってしまうが聞き取れないことはないので三人とも気にしていなかった。

 

『はいストップ、そろそろ始めましょう二人とも。』

 

二人は真面目な顔になると準備を始めた。百五十m先に置かれた目標物 特別性耐熱処理を施した金属約五十kgを狙うのが今回の実験内容だ。威力調整は克也が自ら行い被害を最低限に抑え目標物を狙うのが正確な実験内容だが克也は緊張も恐れも抱いていなかったのに対し達也と牛山は息を飲んで見守っていた。

 

『実験を開始します。』

 

克也の硬質な声が地下空間に響く。

 

【対象物を照準 確定】

 

金属の質量体を魔法式の投射場所に設定

 

【魔法式 構築】

 

想子が活性化し魔法演算領域で魔法式が構築される。

 

莫大な量の想子が荒れ狂い想子測定器が注意を表す警報を鳴らすが三人とも気にせず実験を続ける。

 

【起動式 展開】

 

魔法式が起動式に展開され発動準備が完了する。

 

『準備完了。』

『ヘルへイム(仮)発動!』

『ヘルヘイム(仮)発動します。』

 

克也がCADの引き金を引くと特別性耐熱処理を施した金属の真上に金属を少し上回る程度の炎球が発生した。それはみるみるうちに柄を天井に向けて刀身を金属向けた剣の形に変化した。

 

まるで罪人を裁くギロチンのように。

 

その剣は金属に向かって落下し金属をいとも容易く貫通し爆発した。

 

ここまでに用した時間はゼロコンマ六秒。

 

爆風は真夏の風程度の温度だったが剣が貫いた金属は跡形もなくそこにもとから何もなかったかのように蒸発していた。金属を置いていた台座は少し焦げていたがそれ以外何一つ傷は無い。

 

達也と牛山は何が起こったか理解できないという表情をしている。克也が作業着を脱ぐ音で二人は我に返った。

 

「克也、今のは何だ?あんなことになるとは聞いていないぞ。」

「俺にもわからん。炎球のまま落とそうと思ったんだけど勝手に剣に変わりやがった。」

 

克也の言う通りあの形は意図したものではなく偶然の賜物なのだ。

 

「それより克也さん、CADはどうですかい?」

「ほぼ問題ありませんね。強いて言うならもう少し遠距離照準補助システムの性能を上げたいところですがこれ以上上げると魔法式に影響が出そうです。」

「それさえ改善すれば問題ないと?」

「ええ、あとは自分が魔法式に慣れるだけです。余剰想子光と光波ノイズが酷すぎますからなんとかしてそれをなくせるようにしなければ。」 

 

 

 

CADについて少し話した後俺達は帰宅した。手応えを感じたので今月中には完成するだろうと予測している。

 

「達也、魔法名が決まらないんだけどどうしたらいい?」

「魔法の特徴から付ければいいんじゃないか?あの剣のような形からでも。」

「CADが完成したら決めることにするよ。」

 

話しているのは達也の所有する車なのである程度内容を話しても問題は無い。二人は手応えを感じながら帰宅した。

 

 

 

新学期二週目、人というのは慣れれば打ち解けるのが早い。克也達のことを盛大に発表された当初は近寄らなかった一高生徒達だったが以前と変わらず接してくれる彼らを見て自分達の認識が間違っていたと理解した。

 

そのおかげかほのかや雫とも関係を修復することが出来た。ほのかと深雪が互いにライバル宣言を克也と達也の前でしたため苦笑いと申し訳なさそうな悲しい顔を混ぜたような表情で二人を見守っていた。

 

「はい、克也これ校内では異常なし。」

「校内では?校外で何かあったのか?」

 

幹比古が差し出した電子ペーパーに生徒会確認印をカードキーで入れながら俺は幹比古の言葉に違和感を覚え聞いてみた。

 

「盗撮や尾行される生徒が増えてるみたいだ。」

「ストーカーというより『人間主義者』の団体の可能性が高いか。」

「僕もそうだと思うよ。まだ暴力や脅迫を受けた生徒はいないみたいだけど暴言を吐かれた事例は確認している。」

 

慶春会による精神的疲労と新魔法の試作機の実験による多忙さで周囲の状況を確認できていなかったようで幹比古の生徒会への報告でようやく知ることが出来た。

 

「警察に提出した被害届ですが具体的な取り締まり結果はないようです。」

 

話を聞いていた水波が端末からデータを確認して報告する。

 

「暴言や尾行だけじゃ証拠としては不十分だからな。映像があれば可能なんだろうがカメラを大量に設置するのを周辺住民が納得するとは思えん。」

「達也の言う通りだろうね。いちいちそんなことで調査していたら警官の数も足りないし効率が悪い。後手になるけど被害に遭うまでは捜査してもらえないだろうな。」

 

克也も理解の上で『被害を受ける』と言っていることに反対は出来ずそれしか方法はないと生徒会室にいたメンバーは思った。

 

「『人間主義者』と聞いて思い出したんだがアメリカでかなり活発になっているみたいだ。」

「どんなことがあったんだい?」

「死傷者はいないらしいが魔法師をメイン部隊とするUSNA陸軍の基地が『人間主義者』によって襲撃された。」

「指導者は?」

「名前は知らないが団体名は判明している。『ノーブル』だ。」

「『ノーブル』?」

 

聞いたことのない団体名らしく幹比古は首をかしげていた。幹比古だけでなく達也、深雪、水波以外というのが正確だろう。

 

「最近出来たばかりの団体らしいけどな。かなり過激らしくてUSNA政府も頭を抱えているらしい。」

「それは政府全体?それともどちらか一方かい?」

「両方みたいだ。魔法師側の政府にとっては不愉快だし非魔法師の政府にとっては設備などを破壊されるから賠償費用などが発生する。どちらにとっても好ましくない状況だ。」

「なら解散させればいいのではないですか?」

「無理に解散させると余計に過激な手段に出るかもしれないから簡単には手を出せないんだよ泉美。少数の団体だからまとめて逮捕すればいいけどそうしたら他の団体が『権力濫用だ』とでも言ってくるかもしれないから事実上放置に近い。監視程度はしてるみたいだけど。」

 

『エガリテ』のことでも思い出したのか幹比古とほのかは不愉快そうに話を聞いていた。

 

「その情報は当主からもらったのかい?」

「そうだけどそれがどうした?」

「なんでそこまで詳しく知っているのかなと思って。」

「同感だよ。一体『母上』はどこから入手したんだ?俺達が知らない収集方法を使っている可能性があるけど重要なのはそこじゃない。これに対して俺達がどのように行動するかが問題だ。」

 

ここにいるメンバーがどのように考えているかは聞かないと分からないがまとまってもいない考えを聞かされてはどうにも出来ない。今は待つしかなかった。

 

 

 

学校から帰った克也は久々に親しい人からメールをもらったがその表情は暗かった。

 

「どなたからなのですか?」

「七草先輩から話があると言われた。明日の昼に話し合いたいから来て欲しいそうだ。」

「あの婚約破棄のことでしょうか?」

「それ以外ないだろうね。こんな時期に話すことといったらそれしかない。」

「そういえば七草香澄さんと泉美さんからそのことについてお言葉をいただきました。」

「何を言われたんだ?」

 

もし破棄しろと脅されていたら月曜から二人に対する俺の態度は真逆になってしまうだろうがそれは考えすぎだった。

 

「今回の要望は当主の暴走であると。『婚約したくないというわけではなくむしろしたいけど桜井さんを差し置いてしたくはない』ともおっしゃっていました。」

「なるほどやはり弘一の単独行動か。」

 

俺が七草家当主を呼び捨てにしたことに水波は驚いていたが俺には呼び捨てなどどうでもよかった。もともと人間性は嫌いであるし口と頭が同じことを言っているとは思っていない。考えは読めず味方を犠牲にしてでも任務を完了させる人間だと俺は思っている。

 

「取り敢えず明日はFLTに行くのはやめて七草先輩に会ってくる。先延ばしにしても良いことはないしむしろ事態が悪化する気がする。」

「わかりましたそのように達也兄様と深雪姉様にお伝えしておきます。」

 

 

 

翌日、克也は指定されたカフェに十五分前に到着していたのだが既に真由美がいたので大学は大丈夫なのかと思ってしまった。カフェに入るとウェイターがやってきたが真由美を指さすとこちらの状況を察してくれたらしくお辞儀をして下がっていった。

 

「七草先輩お久しぶりです卒業式以来ですね。」

「ええ、早いわね。もう一年近く経つなんていつのまにか達也君も深雪さんもいろんな意味で成長してるから驚いたわ。」

 

席に着くとウェイターがメニューを渡してきたのでアイスカフェオレを頼んで真由美と軽い社交辞令を交わす。

 

「それで今日のお呼び立ては婚約のことですよね?」

「ええ、そのために学校を抜け出してきたの。気にしなくていいのよ一回ぐらい休んでも成績には影響しないから。」

 

俺の内心を読み取り先に話してくれたので少しだけ気持ちが軽くなった。

 

「いえ、感情的な問題ですよ迷惑をかけてしまったのは事実ですから。それで何をお話ししたいんですか?」

「単刀直入に聞きます。克也君は二人が好き?」

「好きですよ。」

「それは女性として?」

「いえ、性欲の対象としてですね。」

 

俺が無表情で答えるとボッと音がしそうな勢いで顔を真っ赤にさせた。

 

「克也君にもそういう感情があるのね!?」

「ありますよもちろん人間の本質といっても過言ではありませんから。それにしても随分初心ですね七草先輩。」

「誰でもそんなこと聞いたらこうなるでしょ!私だって興味が無いわけじゃ…って何を言わせるの!」

「…今のは先輩の自爆ですが?」

 

フンと顔を逸らして怒ったのだがそれほど怖くないので話を続けた。

 

「それは置いときまして何が言いたいんですか?」

「克也君は二人と婚約したい?」

「俺には既に水波がいます。するつもりはありませんし一夫多妻制などとりたくもありません。」

「愛人でも嫌なの?」

「俺は別に構いませんが三人が傷つくでしょうね。自分の好きな人が他の人とそういうことをしていると知れば病んでも仕方ありません。相手が自分のよく知る友人や家族であるなら尚更です。」

「やっぱり無理よね。」

 

その言葉を聞いて俺は確信した。真由美は二人の姉として来たのではなく七草家当主 七草弘一の使いとしてここに来たのだと。そして水波との婚約を破棄させ二人と婚約させるように命じられていると。

 

真由美の心境は分からないがここにいるということは弘一の命令を承知したということだ。強制的にさせられている可能性もあるがあまりにも自然体過ぎる。

 

「七草先輩がここに来たのは二人の姉としてではなく七草家当主 七草弘一の使いとして来たと解釈しても良いですか?」

「…その通り今日は父の使いとして来ました。」

「では俺は四葉家次期当主 司波深雪の補佐兼水波の婚約者として言わせていただきます。『これ以上四葉家に関わるようなことはするな。これ以上踏み込むようであれば宣戦布告として受け取りそれなりの報復をする』と当主にお伝え下さい。俺は七草先輩が弘一殿と同じ意見ではないことを願ってます。」

 

その言葉を残し電子マネーで二人分の代金を払いカフェをあとにした。

 

「やっぱりお父様は間違っています。これ以上克也君や桜井さん、香澄、泉美が傷つくのを見てたら私は耐えられない。」

 

真由美は涙を流しながら呟いていた。音声は遮音フィールドによって外に漏れることはなかった。

 

 

 

克也は帰宅して速攻真夜に連絡した。

 

「『母上』先ほど七草家長女 真由美嬢と対話してきました。」

『用件はあのこと?』

「ええ、しかし真由美嬢は命令されてしただけのようです。彼女の意思ではないことをご理解されたいのですが。」 

『貴方が言うのならその通りでしょう。七草家に対してではなく七草家当主に抗議しておきます。それでどんなことを言われたの?』

「婚約できないのであれば『愛人』としてはどうかと言われました。もちろん断りましたが。」

『何故断ったの?』

「俺は水波がいるので必要ありません。それに水波に悪いですから。」

『そのぐらいで嫌われることはないと思いますけど。』

「感情的な問題です『母上』。」

 

真由美に話した内容を何故二度も話さなければならないのか不思議だった。

 

「自分の旦那が自分の知り合いとそんな関係だと知れば傷つくのは当然でしょう。」

『私には分からないけど。』

「すみません失言でした。」

 

真夜が悲しそうに呟くのを聞いて自分の発言を恥じた。子供を作る能力を失った叔母の絶望感は男性はまさしく女性も体験しなければ理解できないだろう。

 

「最近、達也ではなく自分がトラブルメイカーになっている気がするのですが気のせいでしょうか?」

『高校二年間のつけが回ってきたんでしょう。』

「…十分巻き込まれていると思いますが。」

『その時の発端は達也さんだったでしょう?今回は貴方ということですよ。』

 

真夜はえらく楽しそうだ。にこにこしながら話すので余計に毒気を抜かれていた。

 

「規模が違うと思いますが?」

『問題は比重ですよ克也。達也さんの場合は他国からの侵攻や魔法師とは違う存在の一般人による暴走。克也の場合は国内です。十師族同士のしがらみですから克也さんの方が重くなるのは仕方ありません。』

「他国からの侵攻の方が問題なのですが今はそれを言っている場合ではありませんね。善処します。」

『それで結構。師族会議の結果を待っててね。』

 

その言葉を最後に電話は切れた。

 

「あのクソ爺。」

「あの狸親父。」

 

克也と真夜は電話を切っていたのにも関わらず双方同時に似た言葉を弘一に向かって毒を吐いていた。




新しい名前が出てきました。【ノーブル】は後々大きな鍵になりますのでお楽しみに。



ノーブル・・オリジナル犯罪組織。『ブランシュ』と同じようなテロ組織。


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第五十九話 安堵

克也は数日後、真夜から文をもらっていた。秘匿回線でも憚れる内容らしく手紙を読んでいると驚愕した。

 

『USNAの兵器保管庫から旧世代の小型ミサイルが紛失。行方は不明。』

 

旧世代の兵器とはいえ今でも紛争が続いている地域では現役として使用されているため廃棄されずに保管されていたのは納得できるが失くなることは普通ありえない。

 

{これは直接聞きに行くしかないな。}

 

俺はUSNAに入国する許可を求めるために四葉家と国に頼むことにした。

 

 

 

一週間後、特別に許可が降りたため行ったことのある亜夜子と二人で向かうことになった。それを水波に告げると不満そうだったが四葉家の仕事と理解してくれていたので文句は言われなかった。滞在期間は三日間だが帰ってきたらそれなりに水波と何かをしなければならないと思った。

 

USNAに到着したが目的地までは交通機関を頼るしかない。USNAにも許可をもらっているのに何故車を準備しないのか不服に思ったが俺も亜夜子も英語は問題ないので基地司令室へ向かうのは容易い。USNAが特別に発行してくれた偽装身分証明書のおかげで掲示を求められても問題なく通れた。偽装身分は日系アメリカ人の恋人同士で観光に来たという名目でタクシーやバスを乗り換える。

 

正直恋人同士というのが納得できなかったのだが自分を連れて行くための条件として亜夜子に出されてしまったのだ。やむなく了承したが水波にバレたらどうなるかわならない。亜夜子は嬉しそうに俺の左腕を抱き締めているのでふりほどく気にはなれなかった

 

閑話休題

 

『基地司令室の近くまでお願いできますか?』

 

流ちょうな英語でタクシーの運転手に目的地を指定すると疑問を投げかけられた。

 

『あそこにですか?見るとお客様は学生のようですが何の目的で?』

『自分達は魔法師なのですが将来、軍に入ろうと思っているんです。そのために写真ではなく実物をこの眼で先に見ておきたいと思いまして。』

『かなりの向上心をお持ちのようですね。自分も若い頃は軍を目指していたのでお気持ちお察しします。わかりました可能な限りまでお送りしましょう。』

 

快く引き受けてくれた運転手の運転は振動や慣性を減らしているとはいえ万全ではない車を完全に掌握しているように思えた。

 

『運転手さんも魔法師なのですか?』

 

街で乗る前に聞いた話を思い出し聞いてみた。

 

『私のことはハウリーとお呼び下さい。私は事故で魔法技能を失いましたので今は一般人ですよ。』

『失礼しました。』

『気にしないで下さいそれほど魔法力はなかったので軍には入れませんでしたから。』

『この地域では【ノーブル】は活動していないのですか?』

『はい、この辺りは軍の施設が近いためあまり活発に活動できないらしく撤退しましたよ。』

『軍の魔法基地を襲撃したと聞きましたが?』

『政府によって情報統制されているはずのことを何故知っているかはお聞きしませんがそれは政府にとって許容できない問題だったからです。』

 

真夜の情報より詳しく知っているらしいので聞き出すことにした。

 

『ハウリーさん、それはどういうことですか?』

『襲撃した【ノーブル】のメンバーの数人が魔法によって操られていたのが分かったんです。それも死んだ人間がです。』

『…どういうことでしょう?』 

 

今まで二人の話を聞いていた亜夜子が口を開いた。

 

『大陸の古式魔法によって死体を動かしていたんだろうな。僵尸術(きょうしじゅつ)と言ったと思うけどどちらにせよあまり気持ちの良いものではない。それを知られないために政府がもみ消したと?』

『はい、私は軍に知り合いがいますから教えてもらえました。』

『何故自分達に教えたんですか?』

『感なのですが貴方達は魔法を正しい方に使ってくださると思ったからです。こちらこそお聞きしますが何故私の言ったことを信じられたのですか?』

『魔法師は嘘をつくと想子の動きがぶれます。それが貴方にはなかったから信用しました。少量とはいえ人間も想子を持っていますから同じです。』

『貴方はかなり強力な魔法師のようですね。着きましたよ。』

『ありがとうございますおつりはいりませんのでもらっておいて下さい。』 

『かなり多い気がしますが?』

『お礼です。詳しい情報を頂きましたからそれぐらいしなければつり合いません。』

『お気を付けて。』

 

ハウリーさんと別れて見学を装いながら基地司令室へ向かう。

 

 

 

「亜夜子、分かっていたことだけど簡単に通れたことが不安でしょうがない。」

「克也さんでも驚きますか?私は以前ここに来ているんですからチェックが容易なのは当たり前ですよ。」

 

今俺達は話さなければならない重要人物がいる部屋に向かいながら日本語で話していた。案内人がいるが多少日本語を知っていたとしても会話の内容は理解できなかっただろう。

 

『こちらでお待ち下さい。』

『分かりました。』

 

待たされたドアの先には面会する人物が待っている。緊張などとはほど遠い性格だが相手の地位が高いこともあり気まずかった。

 

『どうぞ許可がおりました。』

 

案内人にお礼を言ってから部屋に入る。

 

『失礼しますバランス大佐。』

『失礼します。』

 

俺と亜夜子が部屋に入ると驚いた表情をする金髪碧眼の少女がおりその横には『スターズ』ナンバー・ツーのカノープス少佐が立っていた。

 

『ようこそ四葉殿。シリウス少佐、カノープス少佐も楽にして下さい。今回集合してもらったのは四葉家の要請によるものです。では四葉殿説明をお願いします。』

『失礼させていただきます。自分は四葉家次期当主 司波深雪の補佐 司波克也です。本日、出席させていただいた理由を申し上げます。この度USNAの兵器保管庫から旧式のミサイルが紛失したことにはご存じだと思いますが犯人は分かっていないはずです。しかし我々はその犯人を発見することが出来ました。』

 

俺の報告に三人が驚くが話を続ける。

 

『今回の事件の犯人は顧 傑(グ・ジー)またの名をジード・ヘイグ。国際テロ組織『ブランシュ』の頭領であり国際犯罪シンジゲート『無頭竜』の前首領リチャード=孫の兄貴分です。さらにはつい最近軍の魔法基地を襲った【ノーブル】を作ったのもそいつです。』

『今までの事件はほぼそいつの仕業ということですか?』

『はい、しかしもっと大きな事件の首謀者でもあります。』

『大きな事件ですか?』

 

今まで黙って聞いていたカノープス少佐が聞かずにはいられないとでもいう表情をしながら聞いてきた。

 

『吸血鬼ですよ。』

『なっ!』

 

驚きで声が出なかったリーナがついに声を上げる。

 

『…なるほどつまりこのまま放っておけば日本にもUSNAにとっても不利益を被るということですね?』

『そうです。この事態を鑑みた四葉家現当主は自国にとって危険な人物を処理するべく同盟国であるUSNAに自分達を派遣したという次第です。』

『…我々にとってのメリットはなんでしょうか?』

『今回紛失した兵器がUSNAの失態であるということを無かったことに出来ます。全世界に流れればUSNAの世界最強の魔法部隊という基盤が揺るぐことになります。それは同盟国である我が国も許容できません。』

『確かに兵器を盗まれたことが他国に知られるのは好ましくない。だがUSNA政府と話し合わなければならないため今すぐには返事は出来ない。数日待ってもらえるのであれば良い報告を出来ると思っているがよろしいか?』

『構いません、それほど時間もかからないのであれば大丈夫です。』

『結論がでしだいシリウス少佐経路でお伝えさせていただく。シリウス少佐二人を送ってきてください。』

『了解しました。』

 

リーナは命令を断らずにしっかりと敬礼を返していた。日本で見たときより行動に余裕があった。向こうにいたときは脱走兵の処分などによって精神がすり減っていたのだから余裕がなくなるのは当たり前だ。

 

『失礼しました。』

『お先に失礼します。』

 

二人そろって挨拶をしてリーナの後についていった。

 

 

 

『バランス大佐よろしいのですか?』

『何が言いたい?カノープス少佐。』

『【アンタッチャブル】と手を組んでいいのですか?』

『手を組んだわけではありません。利害の一致というものです。四葉家を敵に回すことはUSNAの破滅を意味しますからね崑崙法院が滅亡した理由がそれです。この先世界の均衡を保つためには四葉家の存在が必須です。』

『総隊長は万が一の場合四葉家に避難させるということですか?』

『まだ四葉家は知らないようですが【ノーブル】の活動が水面下ですが活発化してきています。前回のようなことが起こらないという確信もないですから準備はしています。』

『この司令室にも手が伸びる可能性があるということですか?』

 

バランスの言葉が信じられないかというようにカノープスはかぶりを振った。この司令室は他の基地より厳重に警備されているためそんなことはないと言いたいのだ。だが現に魔法基地が襲撃されたことを考えると可能性は否定できない。

 

『前回のように死体に襲撃される可能性があるということですね。眼や機械で見分けることは不可能ですから話せるかどうかで判別しなければなりませんがそれでは見落とす可能性があります。後手に回るしかないようですね。』

『今はそれしか出来ないでしょう。ならば可能な限りで対応できるようにしてもらいます頼みますよカノープス少佐。』

 

カノープスは敬礼で返事をした。

 

 

 

その頃リーナは克也と亜夜子を連れて基地を案内していた。

 

『リーナ、俺達に基地を案内しても良いのか?』

『別に軍の機密書類以外なら見せても構わないわよ。武力を見せびらかすだけで脅しにもなるから。』

『物騒だなでも間違ってはいないから否定はしない。ところで死体によって基地が襲撃されたのは本当か?』

『ええ、分かったのは行方不明で死亡扱いになっていた人間もいたけど死体の大半は遺体安置所から盗まれたものだったってこと。それも軍医が戦場で直接死体認定した人がね。』 

 

なるほどそれなら政府が隠したくなるのは分かる。

 

『じゃあ、盗まれた方法も分かっているよな?』

『誰かは分からないけど死体だったって言いたいんでしょ?』

『リーナは半年経っても馬鹿なのは変わらないな。』

『なんですって!?』

『よく考えろ、無断で侵入できるようなセキュリティーはしてないだろ?』

『当たり前でしょ!どこにも負けないわよ!』

『それなら分かるはずだ。見たところここは声紋認証システムが導入されているようだ。死体は話せないから他のセキュリティーをクリアできてもそこで積みだ。それを考えると内部に協力者がいるか生きたまま操られた人間が盗んだ以外には考えられないだろう?』

『軍に内通者がいると言いたいの?』

『確信はないけどいる可能性はある。これだけの警備なんだ外からの侵入はかなり厳しい。余程の御隠がなければ入れないが『スターズ』には古式魔法師はいないはずだ。』

 

俺の分析にリーナは信じたくなさそうな表情をしていた。俺だって四葉家に内通者がいると言われても信用できないのだから仕方ない。

 

『肝に銘じとくわ。それより二人はいつ帰るの?』

『明後日だ。何故聞く?』

『暇があれば軍で練習しない?ワタシも久々に戦いたいし。一高でやったのと同じ訓練があるからそれで勝負よ。』

『いいよリーナ今回も負かしてやる。』

 

リーナからの宣戦布告を受け入れ人の悪い笑みを浮かべる。

 

『ところで二人はホテルの部屋は別々?』

『一緒だがそれがどうした?』

『なんで一緒なの?』

『経費の無駄だからな。』

『…そう。』

 

リーナの質問の意味が俺には理解出来なかった。



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第六十話 遭遇

リーナと別れホテルに戻り食事と入浴を終え就寝するだけになった克也と亜夜子はホットレモネードを飲みながらゆっくりしていた。盗聴や盗撮は亜夜子によって設置されていないことが立証されたので多少砕けた話は出来るようになっていた。

 

「なんとか約束は守ってくれそうだな。同盟国とはいえ完全には使用してもらえないのが痛い。」

「それでも前向きに考えてもらえるだけありがたいと思うべきでしょう。」

 

亜夜子にたしなめられ悪循環に陥らないように思考進路を元に戻す。

 

「明日の夜には判断して欲しいけどさすがに一日では無理か。国の面子に関わることだから…。」

「克也さん?」

「亜夜子、少し黙れ。」

 

口は悪いが克也の硬質な声に亜夜子はCADをカバンから取り出し臨戦態勢を取る。

 

「一、二、三、四、五、五人か。しかも全員死んでいるように見えるってことは顧 傑の術にやられているのか?」 

「でもここは四葉が準備した部屋ですよ!?分かるはずがないじゃないですか!」

「狙われているのは事実だが議論している暇はない。窓から飛び降りたいのは山々だがここは十階だし魔法で降りることは出来るが捕まるだろうな。そうしたらあの話はなかったことになってしまう。体術で倒すしかないみたいだ。」

「距離はどのくらいですか?」

「もう下の階にいる。左右の階段とエレベーターからも来ているからエントランスから逃げるのは不可能だ。」

「リーナさんに連絡して魔法の使用許可をもらえばいいのでは?」

「許可をもらうには上からの許可がいるのはどこの国でも同じだ。得られたとしてもそれまでに襲われる。だが俺達が怪我をするのも本末転倒だなここは魔法を使って事情説明するしかないか。亜夜子、身を隠しておけ嫌なら眼を閉じてもいい少し荒っぽくなる。」

「わかりました。」

 

部屋の電気を消し亜夜子が『極散』で暗闇に溶け込むのを確認し{ブラッド・リターン}を取り出し壁に隠れながら入り口を見る。数秒後、ドアを開けるのではなく蹴りで強引に開け飛び込んできた。予想と違ったのでワンテンポ動くのが遅れたが自己加速魔法を瞬時に展開して侵入者に肉薄しそのままタックルをかまし狭い部屋から廊下に押し出す。

 

廊下に出た瞬間に飛び込んできた男から離れ部屋の入り口を対物障壁で覆い侵入を防ぐ。タックルをかました男以外にもぞろぞろとやってくるが全員驚いた様子もなく近寄ってくる。死んでいるというよりは仮死状態に近い。かなりの勢いでタックルをかましたのだがまったく効いておらず不自然な動きで立ち上がってきた。

 

「あれだけの威力でタックルしたのにほぼノーダメージか参ったな~これは。消すつもりでやらなきゃ少々ヤバいかも!」

 

独り言を呟き終わる前にタックルをかました男に体術で接近し顎を右掌底で打ち抜き左から跳びかかってきた男の後頭部に左肘をねじ込む。二人が倒れたところで残り三人は魔法を放ってきた。発動速度は真由美とほぼ同等だが恐るるに足らない。俺は自分が立っていた場所から壁に飛び移りそのまま壁を走る。

 

『壁走り(ウォール・ラン)』

 

加重系魔法の一つで自分にかかる重力を足下に移動させどんな場所でも歩いたり走ることが出来る。高難度の魔法なので使う人はまずいない。

 

俺が壁に飛び移った瞬間俺の立っていた床が溶ける。

 

{酸の術式だと!?存在するとは聞いていたが眼にするのは初めてだな。}

 

魔法を使った操り人形達に{全想の眼}を向けると想子が減っていた。保有想子量は個人差があるようだが最初からあった想子がなくなっているのを見るとあれが無くなれば動かなくなると思いあえて全員に見えるように仁王立ちする。

 

すると全員が一斉に魔法を放ってきたので『炎陣』で無効化する。警備員が来るまでまだ時間はあるので殲滅させて記憶を見ることにした。魔法の隙を突き『炎陣』を解除し『四赤陽陣』を発動し行動不可能になるまで想子を燃やし無力化する。

 

行動不可能になった操り人形達の記憶を視るべく近くの男の瞼を持ち上げ眼球を見つめる。まだかすかに命があるので記憶を視ることが出来る。

 

歩いている場所はどこにでもある普通の市街地。一人で歩いていると気配を感じ振り向いた瞬間体に電気が走ったように感じると同時に意識は闇に墜ちた。振り向いた瞬間見えた姿は黒い肌に中華風の服を着た五十歳ほどの男だった。

 

克也が視れたのはそこまでだった。

 

「っ!」

 

突然接続を切られたかのように男の記憶からはじき出される。視ていた男の眼は視始めた頃より光を失っていた。どうやらこの男の命が終わったため俺は現実に強制帰還させられたらしい。

 

{まったく手掛かりがなかったわけじゃないがこれでは計画も立てられんな。}

 

戦闘が終了したのを感じたのか亜夜子が部屋から出てくる。俺の対物障壁は外からは侵入できず内側からは出れる設定を施していたため亜夜子はぶつかることもなく出てこれた。

 

「終わりましたか?」

「ああ、それほど危険な相手じゃなかった。この程度なら十人でも大丈夫だが…。亜夜子離れろ!」

「え?」

 

部屋の入り口に一番近いところに倒れていた男が突然爆発し亜夜子を守るように部屋へ押し込む。

 

「亜夜子、大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。克也さん腕が!」

「…このくらい大丈夫だ。」

 

俺の右手は爆風により使い物にならなくなっていた。反射的に『炎陣』を発動したのだが体の右半分を庇いきれなかったのだ。

 

「ごめんなさい私のせいで…。」

「亜夜子のせいじゃない油断した俺が悪かったんだ。」

「取り敢えず傷を塞がないと。」

「大丈夫だもう『回復』を使ってる。っ!」

 

大丈夫だとは言ったものの細胞が急激に回復させられる痛みは神経をこすられるようで不快だ。怪我の痛みなら我慢できるが細胞を強制的に回復させる痛みはいつまでたっても慣れない。『回復』を使いながら『癒し』で痛みを抑えるがそれでも口から声が漏れるのは我慢できない。

 

数分後、完治した右手を無意識に握ったり開いたりを繰り返す様子は『回復』でも取り除けない痛みが残っているからだろうか。

 

「ふう、ようやく塞がったか。これでなんとか日常生活は送れるかな。」

「使えるようになったのはいいんですが治ったんですか?」

「達也の『再生』のようには無理だけど中学の時よりは進歩してるよ。あの時だったら怪我を隠す程度にしか治せなかった。」

 

克也の『回復』は今までなら見かけの上でしか塞がっておらず完治するにはそれ相応の時間がかかっていたがこの二年の間に達也の『再生』に近いところまで治せるようになっていた。

 

「ですが、そのCADは使い物にはなりませんね。」

「ああ、こうなっては修理は不可能だ。けど汎用型を持ってきといてよかったよ。」

 

爆風によってCAD全体がただれ原形を留めていないところまで破損していた。CADを完全消去するためにCADを加重系魔法で空中に浮かべ『燃焼』で原子にまで燃やす。跡形もなく消えたのを確認してリーナから渡されていた緊急携帯端末で司令室に連絡を入れる。

 

リーナが駆け付けるまで亜夜子は克也の右腕を労るように抱き締めていた。

 

 

 

リーナが部下と現れたのはそれから十五分後だった。ちなみに基地からここまでの距離は二十kmある。基地からの距離と隊をまとめて指令を伝えるまでの時間を考えると驚異的な早さだ。四葉の名前を恐れて死ぬ気で来たとしても不満はなかった。その日は基地の部屋を借り一夜を明かした。

 

別々の部屋を準備してもらったのだが亜夜子が強硬に反対したため一室で眠ることになったのは水波達には内緒だ。

 

 

 

克也が爆発を受けた頃達也は日本にいながらそれを感じ取っていた。達也が自宅で厳しい顔で急に立ち上がったのを見て深雪と水波は驚いて達也を見上げていた。

 

「達也お兄様どうされました?」

「克也の気配が一瞬歪んだ。」

「何かあったのですか!?」

 

克也の気配が揺れるなど尋常ではないことが起こったのは確実だ。克也の気配を揺らす敵を深雪は達也以外に知らなかったため動揺していた。

 

「気配が揺れたのは一瞬だから大丈夫だ。だが克也の気配を揺らす奴は何物だ?」

 

水波は克也の無事を聞いてほっと息を吐いていた。

 

「帰ってきたら事情聴取しないとな。」

 

達也の呟きに二人はしっかりと頷いた。

 

 

 

翌日、バランス大佐に呼び出され昨日と同じ部屋に来ていた。

 

『昨日確保した男達は【ノーブル】のメンバーということですか?』 

『はい、取り調べた結果パーソナルデータが一致しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。』

『怪我をしてないので気にしないで下さい。それにこのことは【母上】にはお伝えしませんしホテルの警戒が弱かったとは思っていません。むしろ高かったと考えています。』

 

怪我をしていたのだが謝罪ばかりされそうだったので嘘をついておいた。

 

『それで昨日のことはどうなりましたか?』

『政府も危機感を抱いているようで許可をいただくことが出来ました。我々も捜査に参加したいのですが日本に部隊を上陸させるのは難しいかと。』

『それは最初から分かっていましたのでお気になさらないようにお願いします。日本でというよりUSNA内で奴の動きを調べていただきたいのです。奴がどのような経路で来たのかそれとどこから国外に逃れるのかを見つけてもらえればそれでいいです。』

『分かりました早急に取りかからせましょう。本日はどうされるおつもりですか?』

『今日はもう帰る予定なので空港の近くで観光するつもりです。』

『分かりましたお気を付けて。』

 

部屋を退出し荷物を持って基地を出た。電話でタクシーを呼ぶとなんとハウリーさんが迎えに来てくれた。お陰で空港までの道のりは楽しかった。

 

 

 

空港の近くには観光施設が多く点在しているため時間をつぶすのにはもってこいだ。克也と亜夜子はいろいろな店を見て回りながら楽しんでいた。

 

昼食にはハンバーガーを二人で堪能し日本でも食べられるのだが本場の味を堪能したいと二人は真っ先に店に入り頼んでいた。

 

味は至極よく値段に納得できるもので少々量が多かったので亜夜子の残りを胃袋に収めたためかなりヤバかった。

 

動けるようになりしばらく歩いていると後を付けてくる気配がしたので店に入りやり過ごすことにした。恋人に似合うアクセサリーを探すようにしていると気配は膨れ上がり人数が増えたのを感じた。

 

周りからはお似合いのカップルのように見えていたようだがこれ以上ここにいれば迷惑がかかると思ったのだろう克也は亜夜子を連れて店を出ると囲まれた。

 

正確には二人の後ろは店の出入り口なので百八十度囲まれていたと表現するのが妥当だ。店の中にいた客達は状況が理解できず混乱していた。

 

『何のようだ?』

 

愛想無く聞くとリーダー格らしい体格の良い男が言葉を返してきた。

 

『お前ら二人が左手首に付けているそのブレスレット、CADだろう?』

『そうだがそれがどうした?』

『魔法など邪推だ!人間に与えられたものではない!よってお前達を処分する!』

 

どうやら『人間主義者』の集団らしく全員がリーダーの発言を復唱する。それを見て嘲笑が浮かぶが男は勘違いしたらしくにやつきながら聞いてきた。

 

『もしかして恐ろしすぎて笑顔で恐怖を吹き飛ばそうとしてんのか?可哀想にな~。』

 

そう言うと笑い始めた。さらに笑みを深くしながら静かに笑う。

 

『何が可笑しい?』 

『いや、お前らのアホさに笑いが止められなくてな。これは傑作だな【ナイト】?』

『はい、馬鹿馬鹿しすぎて笑いが抑えられません【リーフ】さん。』

 

自分達の正体を隠すため二人の間で決めたあだ名で呼びあう。すると顔を真っ赤にして今にも攻撃をしてきそうな男を見ても俺は戦闘態勢は取らない。

 

『何だと?魔法師の分際で!』

『排泄を我慢しているのか?近くにトイレあるから行ってこいよじゃないと漏らして辱めを受けるのはお前だぞ?』

 

あえて挑発して男に手を先に出させ魔法を使うように仕向ける。そうすれば正当防衛として罰せられることはない。

 

『このガキャー!!やれ!』

 

予想以上に逆ギレしてきたが俺達には攻撃せず店の中にいる客に向けて銃を発砲した。しかし弾丸は店の硝子を砕くことなく地面に頼りなく落ちた。

 

『何だと!?もう一度だ撃て!』

 

二度目の発砲も同じ結果になった。

 

『貴様魔法を勝手に使っていいと思っているのか!』

『いやいや、それは見当違いだぞ。俺は犠牲者を出さないように店にいる客を守っただけだ。悪いのはそっちだからな?』

『黙れ魔法の無断使用は死罪に値する!全員撃てぇ~!』

 

全員が発砲するがハイパワーライフル二十発を容易く受け止める俺の『想子鎧』を単なる小銃の弾十発で貫通できるわけがない。

 

『馬鹿な!弾丸が貫通しないなどありえない!』

『…現実を見ろよ実際に貫通してないんだから無理だって分かれよ。』

『黙れよお前!魔法を使うなと何度言えば分かるんだ!』

 

高い声でギャーギャーわめいて耳障りだったのでリーダー格の男に横に立っている同い年ぐらいの男を黙らせることにした。

 

『お前うるさいからちょっと黙ってろ。』

 

魔法師が自然に展開している領域干渉に消されるほどの弱さでかる~く圧縮した想子弾をわめいた男の眉間に撃ち込む。

 

『ギャ!』

 

想子弾が眉間に直撃し悲鳴を上げて後ろに倒れた。

 

『貴様、魔法を使って一般人を攻撃するとは!』

『先に攻撃してきたのはそっちだ【ノーブル】さんよ。』

 

自分が参加している団体の名前を言い当てられ驚愕をあらわにし奇声を発しながら飛び掛かってきた。攻撃を軽くいなし首筋に手刀をたたき込み気絶させる。倒れてくる男をあえて受け止め地面に横たわらせる。

 

『魔法を使わなくても君達を倒せるってことが分かったと思うけどそれでもまだやる?』

『リーダーをやりやがって謝るのは今のうちだぞ!』

『逆ギレですか?最初に喧嘩を売ってきたのはそっちなんですが…。』

『黙って聞いてりゃいい気になりやがってやっちまえ!』

『ナイト、少し離れてろ。』

『分かりました。』

 

暴漢が殴りかかってきたのと同時に亜夜子に離れるように命じる。十人の総掛かりだが先生の弟子より腕が劣るのでかわすのは簡単だったのであくびが漏れたりした。

 

『やるならもっと本気でやってくれよ面白みが全くないんだけど。』

『うるせえ!』

『何で掴めねんだよ!』

『ちょこまか動きやがって!』

『じゃあ捕まえてみてよ。』

『なめやがって!』

 

神経を逆なでるようにあえて挑発する。

 

殴る勢いを利用してこかせると全員がナイフを取り出し切り掛かってきた。数人のナイフを奪い気絶させていると魔法発動の兆候を感じた。

 

見るとナイフから電気を発していたが麻痺させるためなのか殺すためなのかは分からなかった。電気を放っている男を『全想の眼』で見ると昨日の襲撃者のように魔法を放った反動なのか想子が減っていた。

 

{こいつを倒さないと自爆されたら困るな。}

 

倒したところで遅延発動術式で爆発されるので消すことに決めた。向かってくる暴漢を全員気絶させながら魔法を撃つ隙を探していると軍服を着た男が男からナイフを奪い取りそのナイフで胸を貫いた。

 

その動きは俺でさえ霞んで見えたのだから一般人からすればいつの間にか男が倒れていたとしか思えなかっただろう。

 

『カノープス少佐、俺達をつけていたのはあなたでしたか。』

 

存在感がある人物が自分達を尾行しているのは気付いていたが彼だとは思っていなかった。

 

『バランス大佐から極秘任務を言い渡されていた。【二人を護衛せよ】と。』

『お心遣い感謝します。ですがそいつから離れた方がよろしいかと。』

『心臓を貫いたのだ問題ないだろう。どの生物も心臓があれば操ることは容易いそれが機能しなくなれば自爆をしないのは道理。それよりお二方には事情聴取をしたいのでご同行願います。お前達はそこの暴漢どもを拘置所に連行次第現場検証に当たれ。』

 

カノープスが部下に命じ男を担いで歩いて行くのを見て背中を追いかけた。結局、事情聴取で残りの時間は全て奪われてしまい帰国時間まで空港の近くのホテルから外出することは出来なかった。正当性は認められたのだが挑発したことに関しては少し反省するように言われた。



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第六十一話 惨事

帰国した翌日から学校だったが実習が午後からなので助かった。克也は一時限目から四限目までの間、座学の課題を最短記録で終わらせ残りの時間を睡眠時間に充てていた。

 

時差ボケでなかなか眠れなかったため今睡眠不足を補っているのだ。しかもその最短記録は達也が本気でやっても更新できないほどの速さだった。

 

「深雪、克也さん大丈夫?」

「大丈夫よ、昨日仕事から遅くに帰ってきたから寝不足なの。今は寝かせてあげましょう。」

「仕事?」

「お家関係よ。」

 

克也を見ながら心配そうに聞くほのかと雫の質問に答えながら克也を深雪は微笑ましそうに見ていた。

 

昨日帰ってきた克也に深雪達が質問攻めにし克也の睡眠時間を奪ったことは深雪も言えなかった。

 

「克也さんが疲れるだなんてよっぽどのことだったんだね。」

「私にも詳しく教えてくれなかったんだけど仕事中に『人間主義者』に襲撃されたみたいなのそれも二回。一度はホテルでもう一回は市街地で。」

「よくニュースにならなかったね。」

「国はそんなこと放送されたくないでしょうし正当防衛だって証明されたみたいだから。」

「正当防衛?」

「向こうから手を出してきたらしくて魔法を使わずに騒ぎを静めたみたい。それと『人間主義者』が一般人を狙ったときに魔法で守って怪我をさせなかったことを狙われた人や目撃者が評価したらしくて大事にはならなかったみたい。」

 

深雪の説明に二人は納得し優しく克也を見ながら呟いた。

 

「大活躍だったんだね。克也さんは批判を受けても一般人を守ることを止めなかったのはすごいよ。」

「ほのかの意見に賛成。克也さんは本当に優しい男性(ひと)だっていうことは世間に自分の事情を公表されても変わらないんだね。」

 

そう言ってくれる友人達に深雪は嬉しそうな笑顔を浮かべながら聞いていた。

 

 

 

今日は二月四日、四葉も黒羽もUSNAも顧傑の情報を何もつかめておらず捜索に進展は見られなかった。唯一分かっているのは顧傑が死人を操り『ノーブル』のメンバーを道具として使い捨てにしていることだけだった。

 

克也達は自分が作った組織の人間を使う理由が分からなかった。操り人形にされた彼らに同情は出来ないが命を粗末にされることには苛立ちを覚えていた。たとえ批判してくる奴らでも同じ人間であり命を持つ生命体なのだから。

 

克也と深雪が教室に入るとざわめきが起き二人は首をかしげていた。

 

「克也さん!深雪!何で学校に来てるの!?」

 

ほのかが悲鳴に似た声で聞いてくるので少し心が痛んだ。

 

「…おはようと言いたいところだけど『何で』とは随分だねほのか。」

「克也お兄様、私達は仲間はずれにされたようです。」

「そのようだな深雪、俺も悲しいよ。」

「克也お兄様…。」

「深雪…。」

 

その言葉を聞いてほのかが眼を白黒させ雫はどうフォローしようか迷っているようだ。二人とも婚約者がいることを知っているのだが美男美女が向かい合って互いの名前を呼び合っているのを見れば思考停止に陥っても仕方が無い。だが幸い二人の困惑は短時間で終わった。

 

「冗談よほのか。」

「その通りだ二人とも少しからかっただけだ。ほのかが言いたいのは今日、師族会議だから俺達が来ないと思ってたんだろう?」

 

二人でまとった空気を素に戻して聞く。

 

「そうです!行かなくてもいいのかなって。」

「気持ちは分かるが俺達は行かなくていいんだよ。出席者は『現』当主であり『次期』当主じゃないからね。それに開催場所は出席者以外は知らされていないから行こうにも無理だからほのかと雫が知らなくても当然だ。二日目の選定会議に出席する師補十八家の方々も今日の時点では大体の場所しか知らされていなくて具体的な場所はまだ通知されていないはずだよ。」

 

同じ頃達也と水波、香澄、泉美もクラスメイトから同じ質問を受け同じように説明していた。

 

 

 

十師族の当主達は箱根にあるそれなりに名の知られたホテルの貸し会議室に命のやりとりにも劣らない真剣な面持ちで集まっていた。

 

不思議な点は克人が父親の後ろに立っていることだろうか。開始時間になり真っ先に手を挙げたのは十文字家当主 十文字和樹(かずき)だった。

 

「私は先日魔法技能を失いましたのでこの場を以て十文字家当主を退き息子の克人に譲ろうと思うのですがよろしいですか?」

「十文字殿がそう言うのであれば誰も文句は言わないでしょう。家督継承を十師族の許可をもらう必要はありませんのでご自由になされよ。それでは新しい十文字家当主として克人殿、席に着かれよ。」

 

最年長の九島真言(まこと)が全員の内心を代弁して発言した。克人が席に着き少しの間反政府活動および侵略行為の監視状況を説明し一段落したあと七草家当主 七草弘一が発言許可を真言に求めたことで残りの八人がげんなりした雰囲気を醸し出す。弘一が発言を求める時は毎回会議がめんどくさくなるため当主達は嫌なのだ。

 

「四葉殿、次期当主のご決定おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

 

互いに言葉だけを見れば祝いの言葉を言いお礼を言っているように見えるが実際にはそんな生やさしいものではなかった。二人は愛想笑いを浮かべているが弘一は眼に嫌な光を浮かべ真夜は冷ややかに見返していた。

 

何故か二人とも既に臨戦態勢で今にも魔法の応酬に発展しそうだった。残りの八人の当主達は『やれやれ』という表情と『またか』という表情に分かれていた。

 

「しかし次期当主候補の従兄である克也殿の婚約は承服いたしかねます。」

「何故でしょうか克也と婚約者は互いにそれを望んでおりますが?」

「彼のような優秀な魔法師の遺伝子を調整体の不安定な遺伝子と掛け合わせてはなりません。それならば有力魔法師との間に子供をもうけるべきだとお考えをお伝えします。」

 

弘一の発言に真夜を除く当主達が眉をひそめる。弘一の発言は調整体という存在を許容していないと言っていることと同じである。

 

真夜はかなり限界に近いようだがここで爆発させれば十師族から外されるどころか魔法社会からの追放にもなりかねないので我慢していた。

 

「本人達の意思は無視すると言いたいのですか?」

「魔法師であるならある程度心を殺すべきだと思いますが?」

「私は何を言われようと婚約を破棄などしませんよ?息子の幸せな姿を見たいですし二人の間に生まれてくる子供に問題はありませんからご心配なく。」

「…それはどういうことか教えていただけますか?」

「教えるつもりはありません。他人の魔法を聞くことはタブーですから。」

「発言いいでしょうか四葉殿、七草殿。」

 

二人の危険な会話に一条家当主 一条剛毅が割り込み少し空気が和らぐが次の言葉で先程より張り詰める。

 

「一条殿どうぞ。」

「ありがとうございます四葉殿。失礼いたします私は息子の将輝の気持ちを優先し克也殿の婚約を推薦いたします。」

「…一条殿貴方は魔法社会の発展を望まないと申しますか?」

「そうは言ってはおりません。確かに心を殺して優秀な魔法師と結婚することは魔法社会の発展に繋がると思っていますよ七草殿あなたの昔のことを知っていますから。」

 

真夜は『昔のこと』という単語を聞いて表情を厳しくしたが気付いた者はいなかった。

 

「七草殿の言いたいことは理解できます。七草殿は確か克也殿に娘さんをお二人婚約させたいとおっしゃっていましたから二人が望むなら解消するべきだと思います。」

「三矢(みつや)殿それは二人が克也殿にアタックをしても構わないと申すか?」

「八代(やしろ)殿男女の相性は交際してみなければ分かりません。もしかしたら克也殿がお二人との方が婚約されている桜井殿より相性が良いと気付くかもしれません。」

「…二人にアタックさせることは認めましょう。しかし婚約は解消しませんそれでよろしいですか七草殿?」

「それで結構です四葉殿。」

 

真夜が渋々頷いた様子を見れたことに満足したかのように明るく返答した弘一であった。

 

 

 

弘一が投げ込んだ爆弾で全員が疲れを見せたあと一度休憩を挟み会議は再会した。最初の発言者は意外にも真夜で爆弾を爆発させた。

 

「皆様は周公瑾という人物をご存じですか?」

「それは誰ですか四葉殿?」

「七草家や九島家の当主がよくご存じだと思いますが説明いたしましょう。」

 

克人が真夜に聞き真夜が二人の名前をわざと出し視線を向けると弘一はポーカーフェイスを保ち真言は背筋を伸ばした。

 

「彼は横浜中華街を根城していた大陸の古式魔法師です。一高での反魔法国際政治団体『ブランシュ』によるテロ、九校戦での国際犯罪シンジゲート『無頭竜』の暗躍、横浜事変でのゲリラ及び大亜連合破壊工作部隊の手引き、吸血鬼と呼ばれる『パラサイト』事件を引き起こした黒幕の日本における代理人を務めた人物です。」

「四葉殿、『務めた』というのは既に粛正済みだということですか?」

「その通りです八代殿。周公瑾は昨年十月、一条将輝と九島光宣の協力を得て達也が仕留めております。ちなみに『ブランシュ』は達也と深雪、十文字殿を含む四人が、『無頭竜』は克也が壊滅させました。」

 

真夜の報告に会議室をざわついた空気が満たした。周公瑾討伐に克也も参加していることを真夜は知っていたが伝える必要は無かったので話さなかった。

 

「それはそれは次世代が育ってくれているのは嬉しいことですね。」

「私や十文字殿からすれば後輩ですが。」

 

六塚(むつづか)家当主 六塚温子の茶々は年長者の笑いを誘ったが真夜が再度投げ込んだ爆弾で和んだ空気は霧散する。

 

「七草殿、九島殿貴方達は周公瑾と関係をもっていましたね?七草殿は配下の名倉三郎氏を使い周公瑾とコンタクトを取り民権党の神田議員を間接的に利用し一高へ押しかけさせ反魔法師運動を煽っていたのは調べで着いています。九島殿は周公瑾の要望を聞き入れ『道士』と呼ばれる大陸の魔法師を保護しましたね。何かおっしゃりたいことはありますか?」

「四葉殿私は周某が何かを仕掛けているとは知らなかった。」

「貴方が保護した『道士』が私の息子と姪と貴方の息子である克也と達也、深雪、光宣を襲ったことはご存じですか?」

「…それは知らなかったお許し願いたい。」

「何事もありませんでしたからお気になさらずに。七草殿はどうでしょう。」

 

真夜は真言に対しては穏やかに話していたが弘一に向くと先程と同じように冷ややかに見つめていた。

 

「確かにその人物とは関係を持っていました。反魔法師運動を活発化させガス抜きをさせ魔法師に被害が出ないようにしたまでです。それに彼は危険だと判断し名倉三郎に消すよう命じましたが返り討ちに遭い無残に殺されました。」

「その後何故我々に援軍を出さなかったのですか?」

「名倉氏は当家にとっても指折りの実力者でした。その彼を容易く殺す魔法師がいると痛感させられこれ以上犠牲を出さないために派遣しなかっただけです。」

「それならその情報を我々に与えてくれればよかったのでは?」

「必ず情報を他の十師族に伝えなければならないという約束はありませんから伝える必要は無いと判断していました。あの時は名倉氏が亡くなったことを受け入れられる状態ではありませんでした。そのため正常な判断が出来ずあのような判断をしてしまったという次第です。」

「この四ヶ月の間に伝えることが出来たのではありませんか?」

「それ以降も忙しく思い出す時間が無かったのですお許しを。」

 

剛毅と弘一の会話を残りの当主は聞いていたがもっともらしいことを言っているが胡散臭く感じ疑いの念を弘一に向け始めていた。

 

 

 

翌日、選定会議は前回と変わらないメンバーで始まった。

 

「昨日話していた周公瑾という人物のことですが彼はこの日本における黒幕の代理人と四葉殿はおっしゃいましたが誰が差し向けたのでしょう。」

「それは私からお伝えします二木(ふたつぎ)殿。周公瑾の黒幕は『顧傑(グ・ジー)またの名をジード・ヘイグ』といい彼の捜索にはUSNAも協力してくれています。」

「USNAがですか…?どうやって協力してもらえたのですか?」

「顧傑は『ブランシュ』の総帥、『無頭竜』前首領リチャード=孫の兄貴分であり『パラサイト』事件の指導者、最近USNAで『ブランシュ』より勢力を伸ばし過激な活動を続けている『ノーブル』の設立者です。」

 

当主達が驚愕している間も真夜は話し続けた。

 

「政府によって情報統制されており皆さんぐらいしか知られていないUSNAの魔法基地が襲撃された事件ですが襲撃したのは『ノーブル』のメンバーです。そしてUSNAと共同捜査できるように努めてくれたのは私の息子の克也による功績です。」

「克也殿ですか彼は魔法力だけではなく人と人とを結びつける能力が高いようですね。その協力は四葉家だけですか?」

「我が四葉家との間の約束事ですが情報が入り次第お伝えしようと思っています。ご心配なく七草殿のように伝えないということはありませんから。」

 

五輪(いつわ)家当主 五輪勇海(いさみ)に真夜は頷きながら答えた。『USNAの兵器保管庫から旧式携行ミサイルが盗まれた』ことは絶対に話さないと克也がUSNAと約束したため真夜は話さなかったがこれ以外は伝えるつもりなので全てが嘘というわけではない。

 

「その首謀者はどこにいるかは誰にも分かっていないようですが案外この会議を狙っているかもしれませんな。」

 

八代雷蔵(らいぞう)の言葉を発したのと同時に激しい音と振動が会議室を襲った。それはまったくの偶然で各当主達も驚きで何が起こったか理解できていなかった。



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第六十二話 結束

UA30000超えありがとうございます!4/20


選定会議が行われていた会議室が謎の爆発によって襲撃された頃、第一高校は二限目と三限目の間の休み時間だった。克也は深雪達と実習室に向かっている最中懐で緊急信号が鳴り情報端末を取り出し開くと顔色を変え深雪も同じように情報端末を見て血の気を失ったように真っ青になっていた。

 

「ごめん先に行く!」

 

ほのかと雫を置き去りにして深雪の手を引いてかけ出した。

 

 

実習監督の教員に事情を伝え校門で達也を待っていると水波と香澄、泉美を引き連れた達也が珍しく血相を変えてやってきた。

 

「達也、水波、香澄、泉美お前達にも来たということは誤報じゃないな。」

「克也早く向かおう。ここでちんたらしてられない。」

「ああ、急ごう。」

 

克也と達也は四人を引き連れて足早に駅に向かった。

 

駅員に事情説明し特別に大人数用のコミューターを準備してもらい可能な限りの速度で会議場に向かいながら車内で俺は友人に電話をしていた。

 

『克也か!?ということは誤報じゃないんだな!?』

「ああ、七草家の双子にも来ているから間違いない。どのくらいで着く?」

『二時間ほどだ。』

「こっちは二時間半ほどかかりそうだ。もっと早くに着きたいからヘリを準備して欲しいところだがないものねだりというやつだ。」

『ヘリか?そうだその手があった!俺は今すぐ家に帰ってヘリを呼んでから向かうからお前も早く来い。遅れるなよ!』

 

一方的に電話を切られ独り言を呟いていた。

 

「こっちは準備できないっての。」

「克也兄少しいい?」

「香澄どうした?」

 

婚約を勝手に突きつけられ迷惑している二人に俺は文句を言えなかった。二人が望んで婚約を破棄させてきたなら俺は同じコミューターにも乗らなかったし関係を断絶していただろう。

 

「僕達の家にヘリがあるからそれで向かおうよ。方向はこっちだしもうすぐ見えるから。」

「分かった感謝する。」

 

香澄に礼を言いコミューターの目的地を七草邸に変更した。

 

 

 

現場に到着したのは爆発があってから一時間後のことで将輝は俺の着いた数分後に到着した。

 

「俺に遅れるなと言ったのはどちらさんだったっけ?」

「操縦士が俺が帰るまで寝てたんだよ!俺のせいじゃない!」

「命令しときながら遅れるとは何かしてもらわないとな。」

「何をさせるつもりだ!?」

「何かだけど取り敢えず今はここで終わっとこう。」

「そうだなこんな状況で言い合いなんてしている暇はない。」

 

将輝を含めた七人で当主達が集まっている場所に向かう。

 

「あれは刑事?何で!」

「泉美待ってよ!」

「あの馬鹿!」

 

泉美が走り出しそれを追うように香澄が走り出したので毒づきながら追いかける。

 

「お父様達は被害者ですよ何故取り調べを受けなければならないのですか!」

 

案の定泉美が刑事に食って掛かっていたので遠ざける。

 

「泉美やめろ。」

「克也お兄様何故止めるのですか!?」

 

克也が泉美の左腕を掴みながら言うと泉美が腕を振り払った。その腕をもう一度掴み泉美の重心をコントロールしながら引き寄せる。泉美は抵抗する間もなくさらには痛みを覚えずダンスリードされるかのように刑事から引きはがされた。

 

「頭を冷やせ。警察の方は任務を全うされているだけだ邪魔をすればその分事情聴取が長引く離れるぞ。」

 

克也が泉美を連れ戻す様子を真夜と剛毅を除く当主達が興味深げに見ていた。

 

 

 

「四葉お前達も来ていたのか?」

「十文字先輩。」

 

事情聴取が終わるのを待っていると克人に声をかけられた。達也と克也は三人で話をしており将輝には水波達を任せてあるのでここにはいない。

 

「四葉と言うべきか?それとも司波か?いやそうすればややこしくなるな。」

「克也と達也でいいですよ十文字先輩。何が起こったのか教えてもらってもいいですか?」

「うむ、見ての通り当主はかすり傷以上の怪我をされていないから安心しろ。今回の爆発は詳しく分かっていないのが現状だ。だが俺は高確率でこの師族会議が狙われたと思っている。」

「十文字先輩、首謀者が誰かご存じですか?」

「ああ、顧傑というのだろうそれがどうした?」

「あいつは死者を操る魔法を得意としています。それに『ブランシュ』のような反魔法団体を組織するということは魔法を衰退させようとしているとみて間違いありません。しかし今回の爆発ごときでは十師族を殺せないことは分かっていたはずです。」

「つまり狙いは俺達ではなくこのホテルで働いていた非魔法師ということか克也?」

「それで間違いないと思うよ達也。あいつの狙いは『非魔法師を守らず自分達の安全だけを考えて逃げた。魔法師はいざとなれば非魔法師を見殺しにする』と一般人達に伝えることだと思う。」

 

俺の想像に克人と達也は忌々しそうに眉をひそめた。

 

 

克人と分かれ俺は達也と二人で話していた。

 

「克也が言ったのはあれで全部か?」

「さすがに隠せないか十文字先輩に言ったのは予想の半分だよ。正確には俺達四葉に対する復讐だと思う。自分が祖国を追われたように四葉が日本に居場所を失うよう仕向けているんだと思うよ。」

「質の悪いやり方だな正面からぶつからないとは性根が腐ってる。」

 

達也の表現に苦笑してしまった。

 

「仕方ないと思うよ。あいつの使う僵尸術(きょうしじゅつ)は前線で戦う魔法じゃない。遠距離からの遠隔操作で動かしているんだと思う。動きを止めるなら消すか心臓の破壊だな。」

「次はいつなのか分からないがしばらくは動かないだろうな。ほとぼりが冷めるまで待ってどさくさに紛れて脱出するつもりだろうがそれまでに捕まえてやる。」

 

達也の決意に俺も頷き将輝達の元に向かった。

 

 

 

事情聴取から解放された当主達は将輝の乗ってきたヘリで魔法協会関東支部に移動し会議を再開していた。将輝と香澄、泉美は別室で会議が終わるまで待つことになっていた。

 

「克也殿、今回の爆発をどう思われますか?」

 

会議の冒頭からいきなり弘一は克也に質問を投げつけた。克也がここにいる理由はUSNAとの共謀を結びつけた腕を買われた結果だ。真夜の後ろで微動だにせずに立っていた克也は真夜の横に移動してから発言した。

 

「現段階で死者十六人未発見者を含めれば二十人を超えるでしょう。世論の火を炎に変えることになるほどの被害ですからマスコミを抑えることは出来ないでしょう。しかし抑えずにいるわけにはいきません。」

「その通りですね黙っているだけでは一方的に悪者扱いされるだけですからね。」

「しかし反論しすぎて反感を買うのは論外だ。」

 

俺の言葉を引き金に当主達が互いに提案しあっているのを鑑賞してから意見を述べた。

 

「マスコミ工作を進めながら顧傑の捕縛をするべきだと思います。」

「だが我々十師族が表立って動くわけにはいかない。しかし何もせず第二、第三のテロを起こされれば十師族の権威は地に落ちる。我々でだけでなく魔法師全体に逆風が吹くことになるだろう。」

「それでも誰かが動かなければなりません。誰を探索に向かわせますか?」

「当家からは克也と達也を遣わせます。」

「では将輝にその人を与えよう。」

「私、十文字克人は当主ですが学生であることを踏まえ参加させていただきます。」

「それでいいでしょう。あとは我々が集めた情報を届ければいいと思います。」

 

顧傑の捜索メインメンバーが決まり次の話題は先程の爆発のことだった。

 

「先程の爆発の起爆剤などはどうやって運び込まれたのでしょうか。」

「会議が始まる二週間前から警備は厳しくなっていますからその前に運び込まれた可能性がありますがその場合は誰かが気付いているはずですからね。」

「おそらく爆発させる前に侵入させたのでしょう。」

「克也殿それはどういうことでしょうか。」

 

俺が経験談を話すと二木舞衣(まい)が質問してきた。

 

「自分はUSNAに行ったときに操り人形と交戦しました。その時半分生きた人間に遅延発動術式で自爆させるように仕組まれていました。今回もそれと同じなのではと思いまして。」

 

ミサイルのことは黙りつつ襲撃されたときのことを話す。

 

「生きている人間と識別できないのは痛いですね。しばらくは首謀者を見つけることを優先したほうがいいようです。」

 

三矢元の言葉に全員が納得し会議は終了した。

 

 

 

克也は家に帰り達也と将輝に今日の会議内容を伝えた。

 

『つまり俺達は情報を待ちながら自分達でも動かなければならないということか。』

「今は会議が行われた場所の付近を中心に捜索しているからすぐに見つかるかもしれない。」

「とはいえ相手は『ブランシュ』の総帥だ。簡単には見つからないだろう?」

『…それ初耳なんだが。』

「そういや将輝には教えてなかったな。顧傑は『ブランシュ』の総帥で『無頭竜』前首領リチャード=孫の兄貴分だ。」

『…そんな奴を見つけられるのか?』

「見つけるんだよ将輝。じゃないと俺達魔法師にとって住みにくい国になる。ただでさえ日増しに反魔法師運動が増えてるんだほっとけるわけがない。」

『分かった俺も可能な限り情報を集める。』

 

電話を切りソファーに座る。将輝には強気で言ったが正直捕まえられるかが不安だ。ただでさえUSNAと約束を取り付けて日本に帰ってきてから一ヶ月の間奴の目立った情報が一つも見つからなかったのだから不安にもなる。

 

USNAと四葉の諜報でも何一つ手掛かりがつかめないのはさすが『七賢人』の一人というとこか。『フリズスキャルヴ』の能力によりこちらの行動が筒抜けの可能性がある以上あまり電子機器でやりとりをするわけにはいかないだろうな。

 

 

 

翌日からは普段通りに学校生活を送ろうと達也と決め今は実習を受けている最中だ。しかし実習のテストを受けている間も顧傑のことを考えてしまう。情報待ちの段階とはいえ手を拱いていられないのもまた事実。自分なりにネットを使って不審な事件などを一通り洗ってみたが何も見つからなかった。

 

行方不明事件が二月の段階で前年度の二割に上っていることが分かったがその年によって事件数は上下するためこの数は当てにはならない。俺の背中から漂う名前のつけようもない空気を深雪は感じ取っていたがどう声をかければいいのか分からずに心配そうな眼を向けてくるだけだった。

 

昼食時のニュースに全員が辟易とした。ニュースの内容を要約すると『魔法師は自分の身を守ることしか考えず一般市民を見捨て見殺しにした。魔法師の行動は間違っているためそれなりの責任を負い償わなければならない。』ということでエリカやレオ、幹比古が文句を言っていた。

 

「何で自分の身が危険にさらされているのに他人を優先しないといけないのよ!」

「そのホテルには五十人近くいたってのにたった十四人に助けさせるか?しかもそのうちの四人は学生だぜ?救えるはずがねえよ。」

「職業や地位で優先する場合もあるけどそれを当然のように言われるのは不愉快だね。」

「さっきのニュースを聞く限り救われるべき命に魔法師は含まれていない。魔法師は自分で自分を守れるから数える必要は無いと考えているんだろうな。」

 

達也の文句や批判では済まない辛らつな言葉で全てを丸く抑えエリカ達がそれ以上ヒートアップしないように留める。

 

 

 

二月九日の深夜、達也は鎌倉にバイクで向かい俺は家で休むように叔母に命じられていた。正直行きたかったが水波に止められては無理強いは出来なかった。達也を見送った後ソファーでブラックコーヒーを飲みながら今まで得たデータを吟味していた。

 

ブラックコーヒーを飲んでいた理由は今のブームがコーヒーなのも理由の一つだが大部分は情報から顧傑の行動を予測するために脳を強制的に起こすことが目的だった。

 

三時間ほど前にリーナと情報の交換をした際得られたのは『顧傑は西海岸にいた無国籍難民でその地域では見た目は恐ろしいが問題を起こさずむしろ怪我をした子供達を介抱していた。そして【ノーブル】の構成メンバーの大部分が忽然と姿を消し本部も慌てている。』ということだった。

 

問題を起こさなかったのは目をつけられないためでありメンバ-が姿を消したのは顧傑に操られ手駒にされているためだと予測していたが重要なのは肝心の本人がどうやってUSNAから脱出したかということだった。

 

客船や飛行機などに乗れば身分証明の掲示の際機械を通すため記録に残るがなかったため有り得ない。あるとすれば軍にいる協力者に頼み込んで中規模の船艇を譲ってもらったということだが確信は出来ない。

 

そうこうしている間に眠気に負けてそのままソファーで眠り込んでしまい帰ってきた達也に起こされるという結果になってしまった。

 

 

 

二月十日日曜日、克也は達也と深雪、水波を連れて北山家を訪れていた。なんでも雫の父親が自分達と話がしたいと言い出したらしく雫が克也達を家に招待したという経緯だった。

 

「遅れて申し訳ない。」

「いえ自分達が約束の時間より早くに来ていただけですからお気になさらないようにお願いします。」

 

克也達が早めに来た理由は雫にお茶をしようと誘われていたためである。

 

「それで今回のご用件は何でしょうか。」

「話とは魔法師ネガティブキャンペーンのことだ。私は魔法師ではないが妻も娘も魔法師である以上見て見ぬふりは出来ない。十師族の考えを教えてくれないかな?」

「我々は今回のテロを起こした首謀者を捕獲することを決定しました。マスコミの方は協会を通じて一般人を巻き込んでテロを起こした首謀者を非難するように指示する声明を出していますがマスコミが都合良く動いてくれるとは思っていませんむしろこちらを避難する記事を出すでしょう。」

「ではそれに私も参加させてもらえないだろうか?」

「…嬉しいお言葉ですがそれは承服致しかねます。」

 

北山潮の意外な提案に戸惑い返事がワンテンポ遅れたがしっかりと返す。

 

「何故かね?」

「北山さんは大富豪ですから目の敵にされるのは目に見えていますしあまり介入しない方が奥様や雫のためにもなります。」

「では事態をそのままにして被害が出ても良いと言うのかな?」

「魔法師全員をフォローするなど不可能ですし自分の身は自分で守るというのが鉄則です。一部の例外を除きますが。もし被害が出るのであればその度に改善すれば済む話です。」

「君の言いたいことは分かった。だが私も他人事では済まないから協力がしたいということを知ってほしい。それでは失礼させてもらうよ仕事が山積みなのでね。」

 

出て行く北山潮の背中に向かって四人でお辞儀をしお礼をする。

 

「ごめんね変なことを話しちゃって。」

「雫が気にすることはないよ。一家の大黒柱である父が妻や子供を守りたいと思うことは可笑しなことじゃないむしろ大切なことだ。北山さんはそれをしっかりと分かっていらっしゃるからこんな提案をしてくれたんだ素晴らしい人だよ。」

「ありがとう達也さん。」

 

その後和やかにお茶の時間を楽しみ俺達は帰宅した。



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第六十三話 暴挙

二月十一日月曜日、四人が学校に登校すると妙に校内がざわついていることに気付いた。

 

「ほのかおはよう、何があったんだ?」

「あ、克也さん深雪おはよう。一条さんが職員室に入っていったのを見た生徒がいるらしくてその噂が流れてるみたいです。」

「「将輝(一条さん)が?」」

「制服の色は?」

「赤だったそうですよ。」

 

制服がそのままだということは転校ではなく事情があって来たのだろう。まだ将輝本人だと決まったわけじゃないが彼ならテロのことで調査しに来たというところか。

 

「まだ、あいつだと決まったわけじゃないから悩んでも仕方ないよ。来ているなら一限目の前に俺達に対して説明があるだろうから変な先入観を持たない方が良い。」

 

「そうですね。」

 

ほのかを説得してから席に着き情報端末を開く。手慣れた動作でお気に入りの書籍サイトに接続し小説の世界にのめり込む。

 

 

 

将輝が来ていたことは事実らしく一限目が始まる前に教頭先生と共にA組にやってきた。事情は詳しく説明されなかったが俺の予想通りだろうと思っていた。将輝が座る席は先月自主退学した生徒の空いた席になり俺の横になったため話をするのが楽になった。

 

一限目と二限目の間の休み時間に俺は将輝を連れ出した。俺と将輝が廊下を歩いていると喜びに満ちた悲鳴があちこちから上がったが無視して空き教室に向かう。部屋に入って遮音フィールドを張り真剣な面持ちで向かい合う。

 

「今回一高に転校ではなく移籍したのはあの件が理由か?」

「ああ、向こうでは調査しにくいから三高の校長に頼んで一高に行けるようにしてもらったんだ。魔法科高校のデータは魔法大学を仲介としてどの高校にも送ることが出来る。座学なら三高の授業を一高でも受けられるからな実技や体育は対象外だが。」

「お前なら一ヶ月程度なら問題ないだろ?三高と一高の実習内容は真逆と言っていいほどかけ離れているが良い経験になると思う。しばらくの間は俺達に頼って早くこの環境に慣れてくれ。そうすれば捜査の時も安心して動けるだろ?」

「すまんな、不謹慎だがこんな経験を出来るのは滅多にない楽しませてもらうぞ。」

「ふふふ、天狗にはさせないよ将輝君。」

 

空き教室で二人は互いに人の悪い笑顔で向き合っていた。女子生徒がその光景を見ればこう表しただろう

 

『悪魔の密約会議』

 

と。空き教室から帰ってくると深雪に説明を求められたが何も隠すことはなかったので話しておいた。

 

 

 

今日の実習はリーナと勝負したのと同じものだった。どうやらこの学校ではこの実習がよく行われ魔法力がどれだけ伸びたのかを計測するための恒例行事らしい。

 

「克也、これはなんだ?」

「簡単に言うと事象干渉力と魔法発動スピードを競い合って勝敗を決める遊びだな。」

「遊び?」

「俺からすればこれは遊びだと思ってしまうんだよ。九校戦とは違う本当の実戦を俺達は経験してるからな。」

「お前の気持ちは理解した。それで一番強いのは誰なんだ?」

「深雪だよ。」

「お前より強いのか?次期当主なら分からなくもないが。」

「四葉の当主は『強力』な魔法師ではなく『優秀』な魔法師が継ぐから判断材料にはならないよ。俺は演算処理つまり魔法の発動スピードが速いけど深雪は事象干渉力が高いから先に発動させても結局最後は押し切られちゃうんだ。」

「それなら俺も司波さんには勝てなさそうだな。俺と勝負をしないか?雪辱を果たすぜ?」

「また負けるのが落ちだよ将輝。」

「言ってろその余裕の笑みを驚愕に変えてやる。」

 

最初は真面目な話をしていたはずなのに互いに煽り始め結局勝負で決着を付けることになった。俺達が装置の前に立つと先ほどまでざわついていた実習室が静まり試合を見つめる。

 

「カウント行くぞ克也。」

「いいよ。」

「スリー」

「ツー」

「ワン」

「「ゼロ!」」

 

順番にカウントダウンし最後に声を合わせて発しパネルに手をたたきつける。使うのは単一工程の移動魔法。金属の球を相手側に押し込み合う。一瞬の均衡の後金属の球が将輝側に落ちる。

 

「またかー!」

「三戦三勝だ将輝。俺には勝てねえぞ?ふふふふふ。」

「ぐぬぬぬぬぬぬ。」

 

将輝が歯ぎしりしている姿を見て俺はほくそ笑んでいた。周りの生徒達は『さすが主席』とでも言いたげな表情で二人を眺めていた。

 

「深雪何が起こったか見えた?」

「私にもはっきり見えなかったけど克也お兄様の方が魔法の発動が早くて一条さんに勝ったんだと思うわ。」

「克也さんの発動スピードがさらに上がってる気がする。あれは反則級だよ。」

「克也お兄様は四葉史上最速の魔法発動速度を有していると叔母様に教えられたからその名に恥じないことを示したのよ。『神速』の名は伊達じゃないのよ。」

 

克也の二つ名を出しながら自慢気に答える深雪をほのかと雫は優しい笑みで見つめていた。

 

その頃将輝は克也に文句を言っていたが克也はどこ吹く風とばかりか明後日の方向を見ていた。

 

 

 

「将輝、一緒に昼食を取らないか?」

「いいのか?」

「もちろんですよ一条さん。誰も断りはしませんから。」

「是非に。」

 

将輝を食堂に誘いいつものメンバーと食事を始めているとエリカが先ほどの実習のことについて聞いてきた。

 

「こっちは均衡が長く続くから見ててあんまり面白くないのよね~。A組ではどうだった?」

「克也さんと一条さんが戦ってましたよ。克也さんの圧勝でしたけど。」

「え?一条君また負けたの?」

 

エリカは悪気があってした質問では無いのだが負けた人間からすると嫌みにしか聞こえないが将輝は優しいからか怒らずに苦笑しながら答えた。

 

「完敗だよこいつには勝てる気がしない。魔法発動スピードが異常だ。」

「その言い方は不本意だぞ将輝。」

「だが一条の言いたいことは理解できる。克也の魔法発動スピードは人間の限界に肉薄しているからな。一種の化け物だ。」

「…達也から人外扱いをされるのは正直かなりへこむ。」

「達也も十分化け物だけどね。」

「幹比古に同意だな。」

「幹比古、お前も一度話し合わなければならないようだな。」

「よしてよ達也!何で僕だけ!?」

「気分だが?」

「余計に質が悪いよ!」

 

このように楽しげな会話と一部悲鳴があったが楽しそうな空気に女性陣は微笑まし気に見ながら微かに大人気ないとでも言いたげな表情をしていた。

 

 

 

顧傑の捜査は達也が黒羽家に呼ばれた日以外何も進展していなかった。達也は黒羽家が見つけた顧傑の潜伏場所に行くとジェネレーター三体しかおらず顧傑は逃走した後だったらしい。どうやらこちらとのやりとりを『フリズスキャルヴ』で傍受され暗号を解読されたらしい。

 

 

 

今日はまたしても面倒な一日が始まった。普通の少年なら嬉しい日であり魔法科高校の男子生徒も一緒だが俺はそれに乗ることは出来なかった。何故なら顧傑の捜査が一切進まないので徒労感を覚えていたからだ。

 

「よう克也どうした?」

「いや、少し悩みがあってな。」 

「悩み?奴が捕まらないことならお前が気にしなくても良いと思うが。」

「それもあるが今日がちょっとね時間が経てばわかるよ。」

 

俺の言葉に将輝は分からないとばかりに首をかしげていたがそれは女子生徒が教室に来るまでの僅かな時間だけだった。

 

「一条君も司波君もあげる!」

 

俺達二人にラッピングされた小箱を有無を言わせず握らせて走り去っていった。

 

「克也これは?」

「しばらくはこれが続くと思った方が良い。」

 

将輝の質問に正しく答えずむしろ注意を促していると先ほどの女子生徒をきっかけにして多くの女子生徒が俺達の机の上にラッピングされた小箱の山が出来上がってしまった。クラスの男子からは嫉妬の眼を向けられるが不可抗力なのでどうしようもない。

 

「警告の理由は理解できたが何故こんなことになった?」

「…お前今日何の日か知らないのか?」

「何か行事でもあるのか?」

 

天然さにため息をつきたくなるが堪えて説明してやる。

 

「今日は十四日つまりバレンタインデーだよ。」

「…なるほど理解した。克也は知ってたのか?」

「いや、朝教えてもらった。嫌なことを思い出すからもらいたくはないが邪険にはできない。向こうではもらわなかったのか?」

「もらっていたが今回は捜査で日にち感覚を忘れていた。」

「まあいいけどこれやるから全部持って帰ってやれ。」

 

手提げカバンを将輝に一つ渡す。朝、何故か水波と深雪に一つずつ渡されそのまま持ってきたのだが役に立ったということはもしかしたら二人は将輝が知らないことを見越していたのかもしれない。達也は一つ持っていたが俺が二つ持っていることを不思議だとは思っておらずむしろ当然とばかりに見ていた。

 

昼食時は女子生徒から逃げるために生徒会室を利用した。水波が何故か着いてきたが気にせず弁当を食べ誰も見ていないからか水波は俺の左腕に抱きつき幸せそうに至福の笑みを浮かべていた。

 

克也達が年相応の気分に浸れたのは一日だけだった。

 

 

 

二月十五日金曜日昼頃、魔法関係者達にとってもっとも恐れていた事態が勃発した。反魔法師団体によって組織されたデモ隊が魔法大学構内に侵入しようとしたところを警官と揉み合いになったのだ。魔法大学には国防上の機密にあたる情報を大量に保管しているため部外者の立ち入りを厳しく制限しているため警官の取った行動は魔法師を擁護するものではなく政府の方針に従っただけなのだがデモ隊は知ってか知らずしてか警官を非難し暴力行為に出た。

 

「ついに始まったか。」

「始めやがったな。」

「やってくれたね。」

「馬鹿馬鹿しい。」

 

昼食中にニュースを見た俺の言葉を始めにレオ、幹比古、エリカが文句を言う。

 

「逮捕者が二十四名か最近にしては多いな。画面に映った限りは二百人ほど全てを含めると五百人ぐらいか。ここ五年のデモの中では一番の多さだこれをきっかけにしていろいろな場所で起きなければいいが。」

「それは難しいと思うよ達也。こんなのは始まりに過ぎないからどれだけ懸念しても食い止めることは出来ない。」

 

俺はこの場の空気を悪化させることをわかった上で達也の意見を切り捨てた。

 

「『言論の自由に対する侵害』『集団行動の自由は集会の自由と同様に尊重されるべき』ね。デモ隊の行動を肯定し警官の対応を否定するのはいかがなものかと思うが心情を考えればそうなるか。」

「克也の言う通りだと僕も思う。この弁護士と同じ意見を述べる輩は増えるだろうね。」

 

幹比古の不吉な予言を否定することが出来たのは一人もいなかった。

 

 

 

午後三時頃、十師族から日本魔法協会本部を通じてマスコミ各社に抗議文を送った。

 

『魔法大学は常に部外者の立ち入りを普段から厳しく制限しているため今回の警官の対応は魔法師を擁護したわけではなく政府の方針に従っただけであるため警官を避難するべきではない。』

 

という内容だった。これのおかげなのかデモ隊の行動を批判するマスコミと警官の対応を非難するマスコミに真っ二つに分かれ昼夜問わず討論が日本各地で起こっていることを克也達は知らなかった。

 

 

 

翌日も事件が起こり魔法科高校生徒達は不安に押しつぶされそうになっていたが各高校に政府が派遣した特殊部隊が警備していたためデモ隊は侵入することは出来なかった。しかしそれは校内にいるときであって登下校中は含まれない。そのため一般人と変わらない不審者がいたとしても気付かないうちに事件に巻き込まれてしまうことがある。今日のように。

 

克也と達也は捜索に向かう途中事件のことを聞き学校に引き返していた。

 

「詳細は?」

「二高の女子生徒が下校中に数名の『人間主義者』に襲われたそうです。その際自衛として魔法を発動させたようですが加減を間違い重症を負わせてしまったようです。」

「回線は?」

「今接続中です。」

「接続完了しました。」

 

深雪に一つずつ事件のことを聞いていると水波が二高との回線が繋がったことを伝えてくれた。お礼を言いマイクに話し掛ける。

 

「こちら第一高校生徒会副会長 司波克也です。どうぞ。」

「こちら第二高校生徒会副会長 九島光宣です。克也兄さんテレビ回線に変更してもらえますか?」

「光宣か了解、少し待っててくれ。」

 

副会長が光宣だったことに驚いたが実力を考えれば妥当な人選だ。回線を変えると映し出されたのは相変わらず少年としての美貌をした顔だった。

 

「光宣、事件の詳細を教えてくれ。」

「分かりました克也兄さん。本日午後、女子生徒が一人で下校中突然男六人に囲まれました。」

 

俺の友人としての質問に光宣も同じ対応で答えてくれたが光宣の報告に生徒会室にいる全員が眉をひそめた。特に女子生徒五人が。

 

「囲んだ男達が『人間主義』の教義を説き始めたので女子生徒はどくようにお願いしましたが聞き入れられませんでした。そこで防犯ブザーを鳴らそうとすると掴み掛かられました。」

「その後は?」

「偶然通りがかった一年生三人と二年生一人の男子生徒が駆け付け乱闘になりました。男達は格闘技を習っていたようで二年生が殴り倒されたのを見た女子生徒が魔法を放ち怪我をさせたという次第です。」

「怪我の状況は?」

「二年生が鼻骨骨折、鼓膜破裂、肋骨亀裂骨折、数カ所に内出血。内臓にもダメージがありかなり重症です。一年男子一名が鎖骨骨折、一名が脳振盪。もう一人と女子生徒は無事です。」

「『人間主義者』の方は?」

「魔法の影響で一人が不整脈が一名、一人が転倒したときに顔を強打し口内を切って歯が一本折れています。残りは軽い擦り傷程度です。」

 

『人間主義者』より生徒の方がよっぽど酷い怪我だ。

 

「生徒の方が重症だろ。誰が『人間主義者』の方が重症だって言い出したんだ?」

「魔法による不整脈が酷かったと思われたようです。精密検査の後は元々高血圧で不整脈が出やすい人だと分かったんですが報道で重症だと言われたようです。」

「厄介事がまた増えた。ありがとう光宣助かった気を付けろよ?」

「こちらこそありがとうございました。そちらもお気を付けて。」

 

電話を切るとため息を大きく長くついた。

 

「今回は許されるだろうがこの先が危ぶまれるな。」

「達也さんどういうことですか?」

「この先被害を受けなければ魔法による抵抗は許されないと言い出す政治家や裁判官が出てくるかもしれないということだよ。」

「司波先輩、それでは魔法師には自己防衛の権利が無いという結論になってしまいます。」

「それならば魔法以外の方法で自衛すればいいと言い出すだろう。魔法以外の方法で自分を守れるのはごく僅かだ。特に女子生徒は危険すぎる俺達でも守り切れない。」

達也は無表情に言葉を発した。

 

 

 

数日後、深雪達は一高の最寄り駅前に卒業生に送るための記念品の打ち合わせに来ていた。泉美と水波を連れて来た理由は来年のための経験だ。水波の場合は克也に頼まれて深雪を護衛していると言ったほうが正しい。一高への帰り道深雪達は恐れていた事態が発生していたのを今気付いた。

 

「貴方達何をしているのですか!」

 

泉美が一高の女子生徒を囲んでいる男達に叫ぶと数人がにやつきながら振り返った。

 

「おいあれ、四葉克也の婚約者と一高の生徒会長だぞ。」

 

と言う声が聞こえたかと思うと男達がこちらに向かって走ってきたため水波は反射的に魔法障壁を張った。水波の判断は正しくその数秒後男達の掴み掛かろうとした手は障壁に阻まれていた。

 

「魔法を使うなど許されん!罰を与えよ!」

 

リーダーらしき男が右手を挙げ、勢いよく振り下ろす。彼の左右に立つ四人の青年が右手の中指に真鍮色の指輪をつけ前に突き出す。

 

「アンティナイト!?」

 

泉美の口から叫びを上げる。

 

「天罰!」

 

リーダーの号令と共にキャスト・ジャミングのノイズが三人を襲う。水波がうめき声を上げて胸を押さえ体勢を崩す。揺らいだ障壁に向かって男達の手が突き出された。



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第六十四話 暴走

俺は達也と二手に分かれて捜査をしていたが向かっている途中嫌な予感を感じていた。何かが水波達に向かって行くのを。さらに進んでいると水波の気配が揺れているのを感じバイクを急旋回させ一高へ向かう。

 

{水波!誰だか知らんが揺るさん。}

 

殺意を纏いながら交通法に違反しないギリギリの速度で向かう。

 

『達也、感じたか?』

『ああ、可能な限り全速で向かっているが五分はかかる。』

『俺もだ。急ぐから頼む。』

 

硬質な声で『念話』でやり取りしながらも一高へ向かう。水波の無事な姿を確認しない限りこの焦りは抑えきれないところまで上昇していた。

 

 

 

一高に着くと男どもに囲まれている女子生徒がいたがそこに水波いるのは見ずとも確信していた。男達が手を突き出しているが眼に見えない壁に阻まれるかのように途中で止まってしまい水波が苦しげに顔をしかめながら必死に魔法障壁を保っていた。

 

バイクを通行の邪魔にならないように置きヘルメットをゆっくり脱ぎながら息を吐く。そうでもしなければ今すぐにでも消してしまいそうだった。

 

克也にとって今もっとも大切な存在は達也でも深雪でもなく『水波』だ。最愛の婚約者が苦しんでいる姿を見れば意識するよりも早く魔法を放ってしまいそうになる。深雪が嫌悪感をあらわにしている表情を見ても殺意には繋がらない。それなりには怒りもするが『水波』ほどではない。

 

男達の指輪に向かって『燃焼』を使って燃え散らす。「腕を向ける」や「指さす」など余計な行動をしなくても意識を向けるだけで魔法が発動する。CADなど必要ない。タイムラグはほぼなく発動ともに指輪が燃え散る。

 

「克也兄様!」

 

水波が嬉しそうに言ってきたので笑みがこぼれそうになったが怒りでそれは消える。

 

「どけ!」

 

克也の口から鋭い怒号が響き男達は数歩後退る。自分達より明らかに強い人間に恐れた結果だった。その隙を見て水波と深雪、泉美が男達の囲いから抜け出しこちらに走り寄ったことを男達は確認しようやく自分質がどんな状態にいるかを認識した。

 

「水波、障壁を張ったまま学校に入れるか?」

「可能です。」

「では二人を守ったまま校門の中に入って少し待ってろすぐ終わらせる。」

 

命令通りに水波が二人を守りながら校内に入ったのを確認する。泉美はこの一年間見たことのない克也を見て怯えていた。自分が思っていた『四葉克也』は優しく誰にも分け隔て無く関わる人間だったが今の『四葉克也』は狩猟する狩人のように見えていた。

 

三人が一高に入ってようやくリーダーは部下に命令を下した。

 

「同志よ邪教の徒を逃がすな!」

 

それは不幸な結果をもたらすだけだった。克也を無視して三人を狙う五人の男達は克也の横を一歩も前に踏み出すことは出来なかった。全員がほぼ同時に攻撃を喰らい地面に突っ伏したが克也は無表情にいや人間を見るような眼ではなく『世界の異物』を見るような視線を倒れた男達に向けていた。

 

「貴様!一般人に攻撃をするとは死を以て償え!」

「お前ら誰に何をした?」

 

リーダーの男の言葉に耳を貸さずに冷え切った声音で聞く。泉美は腰を抜かし地面にへたり込み水波は後退りし深雪はまるで寒さに震えるかのように体を震わせながら克也を見ていた。

 

「誰に何をしたかって聞いてんだけど聞こえないのか?その耳は飾りか?」

 

克也が背筋も凍るような声を発しながら一歩ずつ近寄る。克也が歩いた痕は燃やされたかのようにコンクリートが溶けへこんでいた。克也を覆う想子が克也の感情に反応し得意魔法である振動系加速魔法が発動されていた。

 

克也の抱いている感情は『怒り』ではなく『憤怒』。想子が熱を発し陽炎のように揺らめきながら克也を覆っているため克也自身が熱を発しているかのように見える。

 

『克也落ち着け!今すぐその怒りを抑えろ!周りに被害が…。』

 

達也からの『念話』を遮断し男に近付きながら聞く。

 

「俺の『もの』を苦しめやがって許さん、貴様らには地獄に行ってもらう永遠に続く痛みと苦しみを味合わせてやるよ!」

 

俺の叫びに男達が腰を抜かし四つん這いで逃げようとするがそれが滑稽に見え笑いが止まらなかった。

 

「ハハハハハハハハ!なんだよその動きはそれでも人間か?もはやゴミだなお前らは!」

 

普段の克也なら言わないような言葉を聞いて三人は青ざめていた。

 

{なんて快感だ!これが『怒り』という感情か素晴らしいこれがあれば『水波』を傷つけずに幸せに暮らせる。素晴らしいぞ!}

 

克也は感情に飲み込まれかけていた。強い感情はときに人を飲み込みあられもない姿に変化させ人間性を奪う。それが今克也に起こっている現象だった。

 

俺に向かってナイフを切りつけてくるリーダーを腕を振る風圧で吹き飛ばし四つん這いになって逃げている男に近づき首を掴み持ち上げる。

 

「は、はな、せ。」

「それが人にものを頼む態度か?どちみち言い方を変えても許しはしない。水波見ていろお前を苦しめた人間の命が消える瞬間を!グハァ!」

 

克也が言葉を言い終え首を絞めようとすると背中を強烈な衝撃が襲った。振り返ると狼狽の表情を浮かべた達也が立っていた。

 

 

 

克也が怒りながらリーダーに向かって歩いている最中達也はバイクで一高へ可能な限りの速度で向かっていた。その道中今までに感じたことのない恐ろしい怒気を感じ冷や汗をかいていた。

 

{なんだこのおぞましい怒気は!?克也なのか?だがこれはまずい!感情が膨らみすぎて飲み込まれかけている!}

 

『克也落ち着け!今すぐその怒りを抑えろ!周りに被害が…。』

 

『念話』を一方的に切られ何度かけても繋がらず遮断されたのだと気付いた。一高に着きバイクを放置し体術で克也に急接近し克也の背中に蹴りを喰らわせるとこちらを振り向き睨み付けてきた。その眼はもはや人間ではなく悪魔そのものだった。

 

「克也目を覚ませ!俺はお前と争いたくはない!」

「お前も俺から水波を奪うのか許さん!水波は俺のものだぁぁぁぁ!」

 

俺の言葉に耳を貸さず魔法を放ってきた。『グラム・ディスパージョン』を使い魔法を無効化したが魔法の兆候を感じさせず肉薄され蹴り飛ばされる。

 

「ぐ!」

 

とてつもない衝撃が体を襲い吹き飛ばされ壁にたたきつけられた。

 

「達也お兄様!」

「来るな深雪!」

 

俺に駆け寄ろうとする深雪を押しとどめ立ち上がる。

 

{何だ今の速度は魔法の兆候を感じなかった。それにこの蹴りの威力、想子を使って筋力をブーストしたのか?感情が原因ならそれは精神が崩れているということそれを治せば克也は元に戻るはずだ。だが『あれ』を使うには接触しなければならないやむを得ん。}

 

達也は自ら克也の懐に突っ込み攻撃を繰り出す。右フック、左足払い、右ハイキックことごとく避けられるがそれが達也の狙いだった。連撃の隙を狙って克也が攻撃を繰り出してくるのでそれを躱しまた同じように攻撃し克也の攻撃を躱すのを繰り返す。

 

どれくらい経っただろうか克也がついに動き達也が腰を折り足を浮かすほどの強烈なパンチを達也の腹に喰らわした。

 

「グハァ!…捕まえたぞ克也。」

 

肋骨を折られ内臓を潰されながらも克也の攻撃を受け止め笑顔で笑う達也。

 

「目を覚ませ克也ぁぁぁぁぁ!」

 

掴んだ腕から『再生』が発動される。達也の固有魔法『再生』が克也の精神に作用し『憤怒』が『怒り』にそして『怒り』が無かったことになった。克也の体を覆っていた禍々しい想子の嵐が収まり克也は目を閉じたまま動かなかった。自分にも『再生』を使い肋骨骨折と内臓破裂がなかったことにし克也を抱えて一高に向かった。

 

 

 

「う…ここは?」

 

目を覚ますとそこは見覚えのある部屋だった。

 

「ここは俺の部屋か?俺は何でここに?一高にいたはずじゃ…。」

 

夜の色に星を散りばめた天井を見上げ気付く。寝息が聞こえたので聞こえた方に眼を向けると水波が肩から上を俺のベッドの上に乗せながら寝ていた。何が起こったのか分からずにいるとドアが開き達也が入ってきた。

 

「目が覚めたのか?」

「達也俺は一体何を、一体何があったんだ?」

「詳しく話そうリビングに来てくれ。」

「分かった。」

 

重い体を持ち上げ寝ている水波を自分のベッドに寝かせリビングに向かった。

 

 

 

リビングには深雪と達也が深妙な面持ちでソファーに座っていた。時計を見ると午前九時を指しており今日は平日なはずなので学校があるはずだ。

 

「達也、学校に行かなくていいのか?」

「学校はしばらく休みだ」

「休み?なんで?」

「それも含めて話をする。」

「わかった。」

 

達也の真剣な表情に俺は余程なことがあったのだと直感した。

 

「まず、学校は今日から一週間臨時休校だ。『人間主義者』が二高に続き一高でも起きたんだから判断は正しい。次にお前は自分が何をしたかわかっているのか?」

「俺が何をしたんだ?」

 

俺はとぼけたわけではない。本当に記憶がないのだ。

 

「どこまでなら覚えている?」

「『人間主義者』に近付いて質問をしたところまでだ。」

「お前は記憶がないんだな?」

「ああ、俺にもわかるように説明してくれ。」

「わかった、お前は暴走した。」

「そんな馬鹿な、俺が暴走だなんてあるわけがない。…深雪本当なのか?」

「本当です。」

 

深雪の言葉に俺は愕然とした。自分がそんなことをするはずがないと思っていたのに実際はしていたことは俺の心を深く傷つけた。

 

「俺は誰かを殺したのか?」

「いや、殺していないから大丈夫だ。水波にお礼を言っておいてやれよ?お前が倒れてからさっきまで夜も寝ずに看病してくれたんだからな。」

「分かった、目が覚めたらお礼を言っておくよ。泉美はどうした?」

「かなり怯えていましたから誤解を解くべきだと思います。克也お兄様、後ほど謝罪をした方がよろしいかと。」

「分かった、泉美にもしっかりと謝っておくよ。」

 

俺はしっかりと頷き笑みを浮かべた。達也と深雪は克也の笑顔がいつも通りだったことと元の克也に戻ったことを喜んだ。

 

 

 

俺は達也と深雪との会話を終え七草家へ電話していた。出たのは意外にも真由美だった。

 

『あら、克也君どうしたの?』

「朝早くにすみません泉美はいますか?」

『何か用事?』

「ええ、昨日のことについて謝罪したいことがありまして。」

『分かったわ少し待ってて。』

「お手数をおかけします。」

 

真由美が泉美を呼んでくるまで数分かかったがやってきた泉美は怖がっていた。

 

「泉美、大丈夫か?」

『…正直言いますとまだ怖いです。』

「俺は自分が何をしたのか記憶が無いだが迷惑をかけたのだと理解しているすまなかった。」

「泉美、俺からも謝罪する許して欲しい。」

「泉美ちゃん、私からもお願いごめんなさい。」

 

上級生三人に同時に謝られるのは精神的に悪いと分かっていたが謝罪したいのは本気だったのでその感情は胸にしまい込むことにした。

 

『謝罪を受け入れます。』

「ありがとう泉美。」

『それほど悩むことではありませんから来週お会いできることを楽しみにしています。それでは。』

「ああ、また来週ね。」

 

泉美が謝罪を受け入れてくれたおかげで心の重荷が減ったことで気分も良くなり楽になった。

 

 

 

「達也早朝何をしていたんだ?」

 

翌日の朝、俺の何気ない質問に達也はコーヒーで咳き込み深雪は顔を真っ赤にして俯いてしまったので余計に何が起こったのか知りたくなった。

 

「さすがに言えん。だが顧傑をこの眼で確実に捉えたからもう逃がすことはないとだけ言っておこう。」

「捉えたというのはどういう意味だ?」

「俺は普段『精霊の眼』の『リソース』を深雪に割り当てている。」

「『リソース』?」

「注意力や集中力その他諸々を含めた意味で俺は『リソース』と呼んでいる。話を戻すが俺が全『リソース』の七割を使えば国から特定の人間を見つけることが出来る。だが俺は『感情的な問題』で深雪から『眼』を話すことが出来ない。一瞬でも離れた瞬間に深雪に何かが起こりそうで怖くて仕方が無い。俺が眼を離しても深雪は怪我をすることもない昔とは違うと理屈では納得しても『感情』が納得しない。『眼』で視えなければ俺は安心できないならば感じることが出来れば『感情』が納得してくれるのではないかと仮説を立てた。」

 

達也の説明を聞き逃すまいと克也は真剣に耳を傾けていた。

 

「深雪の体温を実感できたことで俺は深雪から『眼』を離すことが出来た。そのおかげで奴に『印』を打ち込むことができたからもうあいつを見失うことなどない。この世界に存在している限り世界の何処にいようと見失わない。」

「つまり次は捕縛することが出来るというわけだね?」

「ああ、奴を捕まえてテロ事件を解決したと世間に知らしめることが目的だ。成功すれば俺達に向けられる視線もマシになるだろう。」

 

近いうちに顧傑を捕獲できるのは確実だということがはっきりしたことに安堵したが一つ聞き忘れていることを思い出した。

 

「聞き忘れていたんだけど『体温を感じることが出来た』って言ってたけどどういうこと?体温を感じるだけでいいなら手を握るだけでいいだろ?」

 

俺の質問に達也は情報端末を取り出し小説サイトを開いた。『回答を拒否する』とでも言っているかのように視線をこちらに向けてこない。深雪はといえばさらに顔を真っ赤にして今にもボッと音がして爆発しそうになっていたので俺は首を傾げて二人を見ていた。



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第六十五話 解放

時刻はまだ十六時前、魔法科高校の授業終了時間はどこも十五時二十分なので一高から一番近くにある四高からでも来れるはずがなかった。二人は荷物も持たず訪れたのでホテルに荷物を置いてきたのだろうか。

 

「二人とも学校は?」

 

事情を知らなければ聞いても不思議はなかった。

 

「四高も今日から休校です。」

「三高はまだ授業だと言っていたが?」

「一高の決定に追随する形で二高と四高は今日から他の五校も明日から歩調を合わせるようです。」

 

文弥の報告を聞いてここまで大事になっているとは思わなかった。

 

「それは知らなかったな。」

「あら、克也さんなら知っていると思いましたけど。」

「一高だけだと思ってたからね。」

 

亜夜子がおどけて聞いてくるので自然と笑みが浮かぶが水波に右脇腹をつねられ真顔に戻す。

 

「二人が来てくれた理由は?」

「おそらく俺達が出ている間の深雪と水波の護衛に来てくれたんだろう。」

「…達也さん物分かりが良すぎるのはやめてもらえませんか?」

「達也兄さんに求めてもダメだよ姉さん。達也兄さんは先のことや僕達の考えを先読みしてしまうんだから。」

「そうだな、達也はそこも化け物だ。」

「克也、お前を『分解』してもいいか?」

「達也、冗談でもそれはまずいぞ。」

 

真剣な話から克也と達也の痴話げんかに発展したが二人はすぐにやめて二人に向き合った。

 

「深雪お姉様と水波さんの護衛に立候補させていただきました。深雪お姉様の場合私達より強いですけど。」

「「構わない。」」

「二人がいてくれるなら俺達は安心できる。ホテルに泊まっているなら家に泊まらないか?毎回家とホテルを往復するのは面倒くさいだろ?」

「…どうする姉さん?」

 

この家に泊まれる方が都合がいいのは確かだが双子とはいえ年頃な二人は同じ部屋で寝るということに少し迷いがあった。

 

「お言葉に甘えましょう文弥。なにとぞよろしくお願いします。」

「深雪、水波と二人で空き部屋の掃除をしてくれ克也はここで文弥達にお茶を煎れてあげてくれ。俺は今から出るが遅くなると思う。」

「分かりました。」

「かしこまりました。」

「了解、気をつけろよ達也。何かあれば連絡してくれ。」

「ああ、朝までには片をつけるつもりだ。」

 

克也の心配に達也はしっかりと頷いて出て行った。

 

 

深雪と水波が文弥達の部屋を準備している間俺は二人に飲み物を煎れていた。文弥にはブラックコーヒー砂糖多めミルク少量、亜夜子にはホットレモネードを出し一口飲むと二人は眼を見張った。

 

「…克也兄さん、何故ここまで美味しく煎れれるのですか?」

「…黒羽家の使用人より美味しいのですけど?」

「その時の豆の状態、葉の具合と湿度、気温、お湯の温度を見分けて調節しているだけだよ。この豆と葉はどこのか分かるか?」

「いえ、高価なものだと思いますけど…。」

「残念、それはそこら辺のスーパーに置いてある安物だよ。」

 

二人は俺の告白に呆気にとられていた。

 

「これが安物ですか?家で飲んでいるものより美味しいんですけど一体どんな手品を使ったんですか克也さん?」

「その前に二人は葉山さんの煎れた飲み物を飲んだことがあるよね?」

「はい何度もいただきました。」

「何か違いを感じなかったか?」

「…確かに葉山さんのコーヒーは満足のいく味でしたが克也兄さんのは素材の味が出ている気がします。」

「その通り葉山さんはちょっとした魔法を使って味を調節しているが俺は魔法を使わず材料だけの味を使っているんだよ。」

 

魔法より美味しく煎れることができるなど思ってもいなかったらしく開いた口が塞がらない状態になっていた。

 

「俺は炎を得意としている厳密にいえば振動系加速魔法なんだけどね。炎を操るということは熱を操るということつまり空気中に含まれた水分子を振動させるということだ。ここまではいいか?」

 

二人が頷いたのを確認してから話を続ける。

 

「水分子を操作できるなら水分子のことをさらに詳しく視ることが出来る。つまりその豆や葉に含まれた水分量を視ることが出来て空気中に含まれている湿気を理解できる。煎れる分量を測りその水分量を視てお湯の温度を適切な温度に設定するという簡単なテクニックだ。」

「…それを簡単だと言えるのは克也さん、貴方の認識能力があるからだということをお忘れではありませんよね?」

「俺以外にも出来ると思ったんだがな。」

「…理解していないみたいだよ姉さん。」

「…みたいね文弥。」

 

二人のあきれた眼で見られ俺の精神HPが減少した。

 

 

 

バイクに乗った達也と将輝は二台のセダンを連れて相模川河口近くの漁港に来ていた。セダンには十文字家配下の魔法師十人が五人ずつに分かれて乗っておりこれだけの戦力があれば十分だと達也は思っていた。バイクを漁港の入り口に止め防波堤を見ていた。そこには四艘の船が漁船が停泊しておりどれも沿岸用の小型船だったがそれはどうでもよかった。

 

「沖で大型船に乗り換える気だろうか。」

「可能性は低くない。こんな小さな船では沖合に出てすぐに転覆するだろう。魔法を使っても魔力切れを起こせば即死亡だ。」

「司波っと呼び方はこれでいいのか?」

「構わない、克也のことはこう呼んでいるんだろ?俺はどちらでもいい。それで何が聞きたい?」

「奴はこっちに向かっているのか?」

「ああ、こっちに…いや西に進路を変えた!行くぞ!」

 

達也は叫ぶと同時にバイクにまたがり西に向かって走り始めた。将輝も一拍遅れてバイクにまたがりセダンの運転手にジェスチャーで向かう方向を指示し達也の後を追った。

 

海岸線と平行に走る幹線道路を西に向かっていると前を走る車が一台いた。それに顧傑が乗っていると達也に聞かなくても将輝には分かった。

 

達也の横に並ぼうとしてスピードを上げ横に並んだ瞬間達也がバイクから離れたのを不思議に思っていると達也がバイクから離れた瞬間バイクが一閃され真っ二つになった。

 

将輝は犯人を見ようとしたが見ることが出来なかった。魔法発動の兆候を感じ反射的にバイクから離れ達也の横に着地する。先程まで自分がいた場所を見ると愛車が真っ二つにされそうした張本人が立っていた。

 

達也は街灯に照らされた襲撃者の顔を見て驚きの表情を浮かべた。

 

「千葉寿和警部か!?何故百家・千葉家の長男でもあろう貴方がテロリストに味方する!」

「何、千葉!?あの千葉さんの兄なのか!」

 

将輝が達也に聞いたが達也からの返事はなかった。寿和が返事をせずに敵対行動で返ってきて避けることに意識を向けていたため答えられなかった。将輝に切り掛かろうとした寿和は上から猛スピードで落ちてくるナイフを避け距離をとる。そのナイフは達也が移動魔法で投擲し牽制を意図したものであった。距離をとった寿和に『精霊の眼』を向けるとほぼ死にかけていた。

 

{これが克也が言っていたやつか。}

 

達也の脳裏に克也から説明された言葉を思い出す。

 

 

 

 

『操られた人間は二度と生き返ることもなくまた想子が枯渇しても自爆して存在を残さない。』

『自爆させないためにはどうしたらいい?』

 

俺の質問に苦い顔をしながら答えた。

 

『殺すしかない。たとえその人が善人であろうと関係ない人間を巻き込むのであればいっそ命を奪って人殺しにさせないようにするしかない。』

『どこを狙えばいい?』

『心臓だ。そこに自爆遅延発動術式が仕込まれている。俺や達也の「眼」でも視ることのできないように細工されてね。』

 

 

 

{つまり俺の『部分分解術式』で心臓を狙うか一条の『爆裂』で狙えばいいということだが俺の『分解』を見られるわけにはいかないここは一条に頼むしかない。}

 

「一条!俺が牽制するからお前は『爆裂』で心臓を狙え!間違っても全身を狙うんじゃないぞ!」

 

返事を待たずに寿和に向かって走り出す。

 

「何!?待て!まだ許可してないぞってもう突っ込むのかよ!ええい、任せろ!」

 

俺は司波の指示に従い『爆裂』の照準を合わせる。

 

【『爆裂』 照準準備】

 

【目標 左肺及び心臓 照準完了】

 

【爆裂 発動】

 

『爆裂』が寿和の心臓に向かって放たれたが肉眼では捉えられない非物理の光が寿和の全身から放たれ無効化された。それは紛れもなく『術式解体』だった。

 

「何!」

「『爆裂』が無効化されただと!?」

 

二人は戸惑いを隠せない。その一瞬の隙をついて寿和が高速接近し二人に刀を振るう。それをからくも避け達也はまた寿和と接近戦で刃を交えていた。

 

{この人が高等魔法『術式解体』を使えるのか!?いや考えるのは後だ今はこいつを殺すのが先だ。}

 

俺はもう一度『爆裂』の照準を合わせ発動させる。またしても寿和の前身から想子が発せられ『爆裂』を無効化されるが俺は動じず間髪入れずに『爆裂』を発動させた。今度は無効化されずに寿和の左肺と心臓を破裂させ活動を停止させた。

 

「お疲れ司波。こいつは『術式解体』を使えたのか?」

「使えたかということはこの際関係ない。この人をどうにかするのが先だ顧傑がもう目視できないほどにまで離れている。これ以上離れれば日本の領海までに確保できなくなるお前は十文字家の配下の方々と追いかけてくれ俺はこの人を弔う。」

「分かったその人のことは任せる。行きましょう!」

 

将輝はセダンの横を自己加速術式で走りながら顧傑が乗った車を追いかけていった。

 

 

 

弔うと言ったのはいいがどうしたらいいか悩んでいると知った声が聞こえてきた。

 

「達也君。」

「師匠、どうしてここに?」

 

声をかけてきたのは八雲だったことに達也は驚いていた。

 

「このままあの人物に暴れられては困るからね。一応僕も魔法師に近い存在だから君達魔法師が苦しんでいるのを放っておけないから協力しようと思ってね。」

「ありがとうございますではこの方をお願いします。」

「おい、達也君。」

 

八雲に任せて将輝のあとを追い掛けて暗闇に消えていった達也に声をかけたが聞き入れずに走り去った達也にやれやれとばかりに首を左右に振り弟子にする。

 

「彼を弔ってあげなさい。」

 

暗闇の中から現れた弟子達が担架に乗せた寿和を道ばたに泊めてあったワゴンに乗せ八雲が乗ったことを確認した後東に走り去った。

 

 

 

達也は将輝を自己加速術式で追い掛けながら左右に視線を向けていた。その時克也と『念話』する時とは違った感覚で声が聞こえてきた。

 

『もしもし聞こえていますか?聞こえていれば応答願います。』

「聞こえています貴女は誰ですか?」

 

聞こえてきた声は女性であり耳元で話されているような微妙な感じに顔をしかめながらも走りながら返事をする。

 

『申し遅れました私はUSNA顧傑探索特別部隊所属のシルヴィア・マーキュリー・ファーストです。シルヴィーとお呼びください。リーナとの関係はよくお聞きしていますよ司波達也さん。』

 

どうやらリーナの知り合いらしい。耳元に直接話しかけてくる魔法に興味を覚えたがそれは今考えることではないと頭から追い出し質問を返す。

 

「達也でいいですよシルヴィーさん。それでご用件は何でしょうか?」

『顧傑の逃走経路が判明しましたのでお伝えします。彼はダラスに先月まで潜伏した後操っていた海軍の隊員を用いて逃走用船舶を準備させ脱出したのが三週間前です。そして以前から工作員として潜り込ませていた大陸の古式魔法師を使い横浜に密入国し二月四日まで箱根付近に潜伏していたとみられます。』

「なかなかの手際の良さですね。」

『そして信じられないことにブラジルの船艦十隻が日本に向かって出船していたことが判明しました。』

「ブラジルですか?ブラジル政府は何と?」

『「命令など出しておらず紛争中に勝手に出て行きやがった」とぼやいております。USNAとブラジル政府は同盟までは行きませんが友好関係があるためわが政府はこの情報を事実と認めました。』

「いつ頃到着予定ですか?」

『…。』

「シルヴィーさん?」

 

返事がないためもう一度聞き返すと返ってきた返事に驚愕せずにはいられなかった。

 

『三十分後です。』

「どうすればいいでしょうか?」

『リーナに「へビィ・メタル・バースト」を使わせるのが一番でしょうがそこまで派手に我々が動くわけには行きません。』

「考えがありますのでシルヴィーさんはご自分のお仕事にお戻りください。」

『分かりました達也殿お気をつけて。』

 

会話がきれたのを確認後克也に『念話』で連絡を取る。

 

 

 

文弥達と家の警戒をしていると達也から『念話』で連絡が届いた。

 

『克也、急いであれを着てあれを持ってこい!』

『何故あの二つを?』

『四の五の言わず早く持ってこい!俺の場所はバイザーに表示可能だ。切るぞ!』

 

達也から叱責を受け反省しながら水波の元に向かい願いを言う。

 

「水波、俺の『箱』を開けてくれ。」

「今すぐにですか?」

「ああ、それが必要だ。」

「分かりました。」

 

達也が横浜事変でしたように俺は片膝をつき深雪がしたように水波が俺のでこに口づけをする。その瞬間一高前で起こった危険な想子の嵐ではなく普通に活性化した想子が渦巻く。

 

「克也お兄様、『それ』をお開けになるのは『あれ』をお使いになられるからですか?」

「それだけの事態になっているんだろう。地下室に行ってくるそこから直接達也のところに行くから見送りはいらない。文弥、亜夜子二人を頼む。」

 

俺は二人に任せて地下室に向かった。地下室のパソコンを立ち上げ戦闘服を収納しているクローゼットのパスワードとCADのパスワードを入力し解除する。床下からせり上がってきた厳重に保管されたクローゼットの中にある『ムーバル・スーツ』に似た戦闘服を二着のうち一着を取り出し着衣し大型CADを手に取り屋上に向かう。

 

自宅の屋根の上に上がりベルト部分に仕込まれた飛行魔法用CADを作動させ上昇する。バイザーに達也の位置を表示して確認した後西に向かって飛行する。眼下の景色がとてつもないスピードで後ろに飛んでいくがそれでも達也のいる場所に到着するまで十五分はかかるだろう。俺は可能な限りのスピードで向かった。

 

 

 

克也が西に向かって飛び去った後亜夜子が口を開いた。

 

「深雪お姉様、克也さんが何をしたか教えてもらえませんか?」

「…水波ちゃんの行動は克也お兄様の真の力を解放させるためのものです。」

 

深雪は言うべきか迷っていたが自分達を慕ってくれている二人を蔑ろに出来ないと判断しての答えだった。

 

「真の力の解放ですか?」

「それは私から説明いたします。私と克也兄様の間にはパスのようなものが形成されています。どのような結果でこうなってしまったのかは分かりませんが気付いたときには出来ていました。ある日、克也兄様が魔法を使おうとした際に全魔法力の七割しか出せないことに気付き達也兄様に視ていただいたところ克也兄様の魔法演算領域の一部に『蓋』がされていることがわかりました。」

「魔法演算領域に『蓋』ですか?」

「これにより克也兄様は以前の七割しか使えなくなりました。その『蓋』の開閉は私の意思で可能です。達也兄様は克也兄様に『蓋』がされていることに気付いた際こう命名されました。『パンドラの箱』と。」

「水波さん、それは北欧神話のゼウスがパンドラに与えた災いの詰まった『箱』ですよね?何故そんな名前を達也兄さんはつけたのですか?」

「パンドラは好奇心からその『蓋』を開けてしまいあらゆる災禍が飛び出しますが急いで『蓋』を閉めたので『希望』だけが残ったと言われています。達也兄様が『パンドラの箱』と名付けたのは克也兄様の『蓋』を開けることで災いをもたらすという意味ではなく希望を残すという意味でです。決して悪意を込めてつけたわけではないのです。」

 

水波が涙を流しながら説明するのを聞いて深雪は同じように涙を流し、文弥と亜夜子は聞いてしまったことを後悔していた。




次話で師族会議編終了です。


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第六十六話 失敗

投稿が遅れて申し訳ありません!病んでいて書く気力がありませんでしたお許しください!


達也はようやく将輝と十文字家の配下の魔法師達に追いついたが十文字家の配下の魔法師はUSNAの軍人を含む負傷した怪我人を治療しており将輝は砂浜に座り込み海岸線を見つめていた。

 

「一条どうした?」

「…顧傑に逃げられた。」

 

悔しそうに歯の隙間から声を出す将輝に達也は心配そうに声をかけた。

 

「何があった?」

「俺達は顧傑が他の車に乗り換える隙をついて攻撃したが伏兵に邪魔されて逃亡させてしまった。USNAの部隊と共闘したが数が多すぎて何も出来なかった。」

「人数は?」

「軽く百人は超えていた。」

 

将輝の報告に達也は妙な納得感を感じていた。ここに向かう途中シルヴィーからもらった情報には『【ノーブル】から忽然と姿を消したメンバーの数は百人を超えている』とあり顧傑の手駒としてこの場で使われたとすれば人数的におかしくはない。砂浜には将輝が『爆裂』で倒したのだろう大量の血が飛び散っており砂に染み込み始めていた。

 

顧傑が乗っているとおぼしき水陸両用車が船に乗り込むのを視てどうするべきか迷っていたがその思考は中断を余儀なくされた。情報端末から緊急着信を告げるアラームが鳴りでると意外な人物からだった。

 

「特尉、無事か?」

「中佐?何故この番号に?」

「詮索は後だ今から信号弾を打ち上げるからそこに来てくれ。」

 

その言葉が終わるか終わらないかの間に沖合から信号弾が打ち上げられた。将輝は何が起こっているのか分からず無言で見上げていた。

 

「一条、今からあの信号弾が打ち上げられた場所に向かうがお前も来るか?」

「何か理由があるんだろ?もちろん行く。」

 

将輝の言葉に頷き十文字家の配下の魔法師のリーダーに聞く。

 

「自分達はこれからあの信号弾の打ち上げられた場所に向かいます。ここを任せてもいいですか?」

「お任せを、必ず奴を捕縛してください。」

 

その言葉に二人は頷き互いに抜きつ抜かれつ海の上を疾走しながら目的地に向かった。

 

 

 

船に上がると克也がいたので事情をある程度理解した。将輝は何事かと眼を見開いて驚いていたが。

 

「中佐が俺の携帯に緊急連絡できたのはこういうことでしたか。何故克也を見つけられたのですか?」

「上空を有り得ないスピードで飛んでいく人影を見たという魔法師から目撃情報が入ってね。確認したら『コバルト・スーツ』を着た克也君だったという経緯だよ。」

「なるほど補導されなかったことに感謝します真田少佐。では中佐方が来ているということは軍が動いているということですか?」

「これは非公式の命令で来ているのは三十人ほどだ。だから{サード・アイ}はもってこれていない。」

「では敵艦を駆逐できませんね。」

「敵艦とはどういうことだ特尉?」

 

風間はどうやら知らないらしく将輝も驚いていた。

 

「二十分程前にUSNAから連絡がありました。船艦十隻こちらに向かっているらしくあと数分で視界に入ると思います。それが分かったので克也に来てもらいました。」

「…だから克也君は大型CADを持っていたんだね。あれを使って倒すのかな?」

「ええ、周囲に被害を与えない究極の魔法を使いますよ。」

 

達也の言葉に克也を除いて全員が驚愕するがそれは人によって意味合いが違った。将輝はそれだけの艦隊を倒せるだけの魔法を使えるのかと風間と真田は達也と公表されている人物以外に『戦略級魔法』を使える人がいるということに。克也は無表情に佇み水平線を見つめていた。

 

「来たよ達也。」

 

克也の硬質な声に惹かれるように全員が水平線の先を見ると巨大な戦艦が多数出現し情報が事実と確認した。顧傑が乗った船は戦艦に向かって走って行きさらに乗り換えるのだろう。

 

「中佐、魔法使用の許可は下りていますか?」

「下りてはいないが戦艦を確認したのだ迎撃しても構わない。放っておいて自国が砲撃にさらされた方が非難を免れないだろう。準備は出来ているのか?」

「克也は既に準備完了していますが俺がタイミングを指示しても構いませんか?今の克也に声を届けられるのは俺だけですから。」

 

克也の眼は敵艦だけを見据えこちらの会話には介入する素振りを見せていなかった。

 

「いいだろう、だが我々もここで見届けさせてもらう。」

「分かりました。克也いいか?」

「問題ない。」

 

達也の問いかけに振り返らず端的に答えただけで敵艦を見据えていた。

 

「これは『轟鳴雷(ごうめいらい)インシュタント・ブリック』かよくもまあこんな戦艦を持って来れたものだな。」

「何?」

 

克也の呟きに風間は驚きを隠せなかった。

 

「司波、それは一体何だ?」

「ブラジル海軍、戦艦四天王の一つだ。大きさとしては一番小さいが攻撃力は四天王の中ではトップクラスさらに世界でも指折りにお墨付き。これは本格的に戦争させるつもりだったとしか思えないな。」

 

達也の説明に風間、真田を除く全員が硬直状態に陥ったが達也が続けた言葉で安堵した。

 

「克也なら攻撃される前にすぐ倒してくれる。見ていれば分かるさ。」

 

敵艦が艦砲射撃の試し撃ちを行い克也達の目前数kmの地点に落下し巨大な水柱を成形した。水柱によって大量の水しぶきを浴びても克也は微動だにしなかった。

 

「魔法発動準備。」

「魔法準備開始します。」

 

達也の指示に克也は生命感を感じさせない声音で呟いたにもかかわらず克也から十m離れた場所で心配そうに見ている風間、真田以下の隊員にもしっかりと聞き取れていた。

 

【対象物照準 完了】

 

艦隊の中心を走る『轟鳴雷』に狙いを定める。

 

【魔法式 構築】

 

想子が人肌でも感じれるほどに活性化する

 

【魔法式構築 完了】

 

巨大な魔法式が魔法演算領域に流れ込み魔法式が構築される。

 

【起動式 展開】

 

魔法式が起動式に変換される。

 

【魔法式構築 完了】

 

起動式を一旦停止させそのまま保持する。

 

「魔法式準備完了。」

 

克也の報告を聞いて達也は風間に視線を向けると風間が頷きを返したので許可が下りたと理解し最後のそして克也の生活を脅かすことになる命令を下した。

 

「戦略級魔法『レーヴァテイン』発動。」

「『レーヴァテイン』発動します。」

 

克也が大型CADの引き金を引くと『轟鳴雷』の直上に炎球が発生し一瞬で剣の形に変形し猛烈なスピードで落下し目標物である『轟鳴雷』を貫いた。敵艦が展開していた陣形は円形に直径約三km。その中心を航行していた『轟鳴雷』を貫いた瞬間その剣は上下左右に膨張し艦隊の残り九艦をも巻き込んだ。

 

爆発が収束したのを確認し眼を向けるとそこには何も存在していなかったように穏やかな海原があるだけだった。約三kmの決められた座標で爆発した結果周囲には被害を及ばさず克也の魔法が被害を可能な限り留めながらも『戦略級魔法』に値するものだと証明された結果だった。

 

「敵艦全て撃沈しました。残りは顧傑のみです。」

「分かった、顧傑捕獲は十師族に任せ我々はこれから帰還し今回の魔法についての緊急会議を開く。全ての隊員は持ち場に急げ!特慰あとは任せた。」

 

風間の頼みを聞き入れ用意してくれた小型艇に三人で乗り込み逃亡し始めている顧傑の乗った船に向かってエンジンだけでは出せないスピードで追い掛ける。

 

 

 

振動魔法を克也が硬化魔法を将輝が移動魔法を達也がそれぞれ担当しながら追い掛けていると突然顧傑の船の加速がなくなり止まった。三人で顔を見合わせ状況が理解できていないことを確認した。

 

「何故止まった?」

「知らん乗組員を殺したんじゃないのか?顧傑がこの中にいるのは分かっているんだが。」

「殺す意味が分からないよ達也。そうしたら逃げられなくじゃないか。」

「分かっているがそれしかないだろ?」

 

三人で意見を交換していると船から炎が立ち上り瞬く間に全てを覆った。

 

「何だ!?」

「顧傑が証拠隠滅を狙ったんだろう!水をかけろ急げ!」

 

将輝と達也は移動魔法で海水を持ち上げ船の上からかけ俺は振動系減速魔法で水分子の動きを抑える。が炎の勢いは止まらずむしろ勢いを増していた。

 

「消えないぞ!むしろ炎が大きくなってやがる!」

「周公瑾の時と同じで自ら燃えているんだ!まずいあいつの存在がなくなっていくこれじゃあ世間に示しがつかない!」

「乗組員だけでなく自分の存在まで消そうというのか!?俺達が捕縛し世論に捕まえたと知らせないために自害しやがったんだ!」

「離れろこれ以上ここにいたらこっちまで巻き込まれるぞ!」

 

将輝の言葉通り俺達まで飲み込もうとするかのように大きくなる炎から逃れるために全速力で陸地に向かって船を走らせた。

 

 

 

帰りは八雲の車に乗せてもらい将輝を最寄りのコミューター乗り場まで送った後自宅まで送ってもらった。コミューターは二十四時間営業なのでこの時間からでも問題なく乗れる。

 

 

克也と達也が帰宅したのは午前二時過ぎだった。全員が寝ていると思ったため無線でセキュリティを解除し静かに玄関のドアを開けたのだが水波と深雪が既に待っていた。

 

「「お帰りなさいませ克也兄様(お兄様)、達也兄様(お兄様)。」」

「「ただいま。」」

 

予想外の出迎えに口ごもってしまった。

 

「先にお風呂に入られますか?それともお食事ですか?」

「まず風呂に入ってくるよ食事は軽いものでいい。達也はここのを使って俺は地下のを使うから。」

 

達也と別れ風呂場に向かう。

 

 

 

俺と達也は風呂から上がりソファーに座っていたが水波と深雪が出してくれたサンドウィッチを口にするか説明をするか迷っていた。達也が口を開いたので俺は達也に任せることにした。

 

「任務に失敗した。」

「失敗とは逃げられたということですか?」

「いや、死亡は確認したが遺体を回収できなかった。」

 

失敗と聞いた四人は死亡と聞いて強張っていた表情が少しだけ緩む。

 

「しかし『生死を問わない』という命令であったはずでは?」

「深雪、それは万が一を想定した場合だ。テロ事件を解決したと世間に知らせるためには首謀者の存在が不可欠だった。姿を見せられないのでは一般市民が納得しないしむしろ反対運動が活発化するだろう。」

「今回の任務は世間に我々魔法師が解決したと示すことが目的だった。それをなせなかったなら任務失敗としか言い様がない。」

 

落ち込む克也と達也に四人はかける声を見つけることが出来ずただ心配そうな眼を向けることしかできなかった。

 

 

 

翌日、達也は千葉家を訪れるらしいので俺は横浜の魔法協会関東支部に今日の深夜の事後説明のために訪れていた。水波同伴で一番豪華な応接室に通された。他にも九島家や十文字家の当主が来ていたがどうやらレディーファーストで真夜がこの部屋の使用権を勝ち取ったらしい。

 

「『母上』お待たせしました。」

「よく来てくれたわね。顧傑の件かしら?」

「はい。」

 

未だに『母上』と呼ぶのに違和感があるが『設定』を疑われるわけにはいかないので我慢する。

 

「今回の一件不首尾に終わってしまったことをお詫び申し上げます。」

「気にしなくていいわ。自害されるとは誰も予想していませんでしたから。」

「しかしそれでは示しがつきませんが?」

「仕方ありませんどうにかして十師族で収束させますから。」

 

真夜は当主らしくしっかりと頷いてくれた。しかし他の懸念も残ってしまいそれが一番の心配事だった。

 

「反魔法主義運動はこの先どうなるのでしょう?」

「過激になるでしょうね。」

「やはりですか困りましたね。」

「私達だけで対応するのは不可能だから今考えても仕方ないわ。それより『新魔法』はどうでした?」

「予定通りでした。もう『戦略級魔法』と公表して問題ないかと思われます。」

「あなたの『レーヴァテイン』は局所的な魔法ですから条件が限られる場所でも使えます。これから使用頻度が増えるかもしれませんね。そんな日が来ないことを望んでいますが。」

「『母上』でもそんなことを考えられるのですね?」

「あなたは私を何だと思っているの?」

 

俺の茶々に楽しそうに乗っかりながら真夜は笑顔で聞き返してきた。

 

「俺を溺愛する優しい『母上』だと思っていますが何か間違いでもありますか?」

「…言うようになったものね克也。」

 

頬を赤くしながら睨まれても全く怖くないのでさらに踏み込むことにした。

 

「次期当主の補佐ですよ?現当主に引け目を感じていたらやっていけません。」

「なかなか肝が据わってきましたね克也。それはどの程度まで耐えられるのでしょうか?」

 

真夜は先程と変わらない笑みを浮かべながら『夜』で応接室を包む。

 

「穏やかではありませんね『母上』。」

 

克也も笑顔を崩さず同じように『夜』を発動させた。真夜より『夜』が明るいことがただ一つ違うことだろうか。互いの『夜』が相殺しあい『夜』が崩れる。

 

「『母上』手加減されると気分を害されるのですが。」

「ここで殺り合っても仕方ないでしょ?それに可愛い『息子』を傷つけたくありませんからね。」

「…褒め言葉として受け取っておきます。」

「素直にありがとうと言えばいいのに。そろそろ会議が始まるから移動するわ気をつけて帰りなさい水波ちゃんを介抱してあげながらね。」

 

意味ありげにウインクをしながら会議室に向かう叔母の後ろを今まで身じろぎ一つしなかった葉山が俺達に一礼して追い掛けた。二人を見送った後硬直していた水波を再起動させて帰宅することにした。

 

「水波帰ろうか。」

 

そう言いながら左手を差し出すと水波は首をかしげながら俺を見てきた。

 

「俺達は婚約者同士なんだからこれくらいしてもおかしくないだろ?それともしたくなかった?」

 

意地悪げに聞くと頬を赤くし膨らませながらも嬉しそうに俺の左手をか弱い右手で握ってきた。交際したばかりの互いの手を握るつなぎ方ではなく互いの指を絡めるようにして魔法協会関東支部をあとにした。

 

 

克也達はこれで終わったと思っていたがこの騒動が始まりに過ぎず顧傑の背後にさらなる黒幕がいることを克也も達也も真夜も知り得なかった。そしてその黒幕の野望はじみちにしかし確実に実を結んでいた。




師族会議編終了ですここまでお読みくださりありがとうございます。これから先も物語は続きますがほぼオリジナル展開になる予定です。内容がおかしくなるかもしれませんがお許しください。


レーヴァテイン・・魔法名と同時にそれを発動させるための大型CADの名前。克也の戦略級魔法。


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12章 レプグナンティア編
第六十七話 微妙


投稿遅れて済みません!内容を考えているとこんなに時間が経っていました。


今日は三月十日、将輝が金沢に帰る日がやってきた。一高への臨時転校は昨日で終了しておりあとはキャビネットに乗るだけで帰宅できる状態になっている。克也は一人で将輝の家からほど近いキャビネットの駅に見送りに来ていた。

 

「いろいろすまなかったな将輝。」

「迷惑なんてかかってないぞ克也。有意義な時間だったからむしろ感謝しているさ。」

「そう言ってもらえると助かる。向こうでも変わらずやるんだろ?」

「ああ、克也に勝てないことはこの二ヶ月で思い知らされたからな。お前以外の魔法師には負けないようにもっと実践での作戦を考えられるように一から勉強するつもりだ。」

「ジョージにでも頼むのか?」

「もちろんだあいつは俺の参謀だからな。結果を期待できる作戦を考えてくれるさ。」  

 

そうこう話している間に帰る時間が来てしまったため送り出すことにした。

 

「何かあったら連絡してくれ可能な限り便宜は図らせてもらう。」

「その時は頼みにしてるぜ友人。」

 

お互いの拳と拳を軽くぶつけ別れの挨拶をした。将輝の乗ったキャビネットが見えなくなるまで見送りそのまま学校に向かった。

 

 

 

今日は日曜なのだが入学式に向けての準備があるため学校に行かなければならず面倒だとはいえ疎かにすることは出来ない。

 

達也と深雪は真夜に呼び出されているため今日は学校に来ないので克也が中心となって準備を進めることになる。別に入学式が嫌いというわけではなく準備をするのが面倒くさいので嫌なだけである。

 

学校に到着すると部活動をする同級生や下級生のかけ声や応援が聞こえてきた。卒業式はもう少し先だが三年生が登校しないため生徒達は先輩気分で練習に励んでいた。

 

克也も山岳部とバレー部に入部しているが最近は忙しくここ二ヶ月ほど参加できていない。各部長に小言を言われるが所属部員のCADを調整することで許しを得ている。最近では部員から『名誉部員』と呼ばれているらしく不本意だが受け入れるしかなかった。

 

生徒会室に到着し部屋に入ると達也と深雪以外の役員がそろっており着々と準備が進んでいた。ほのかは『会計』として入学式にかかる費用を計算しているらしく難しい顔をしながら何度も何度も電卓をたたいている。

 

泉美はプログラムの見直しを職員とするために足早に生徒会室を出て行った。

 

「水波、総代の答辞はできた?」

「すみません克也兄様、どう言葉を紡げば良いのか分からなくて。」

「貸して。」

 

水波にキーボードで打ち込んでいた答辞の原稿を見せてもらうと全体を変えようとしていたらしく余計に時間がかかっていたようだ。

 

「ここ十年以上答辞の原稿は変わっていないらしいから全体を変える必要はないよ水波。所々を前年度と被らないようにすればそれでいい。どうせ総代が自分なりにアレンジしてくるだろうからね。」

「ということは七宝君の時も変わっていたんですね?」

「深雪も変えてたらしいから多少の変化は誰も気にしないそうだ。」

 

水波の質問に少し論点をずらして答えた。その後も準備を進めある程度の目処が立ったところで早めに帰宅することになった。

 

 

 

三月十五日、今日は魔法科高校の卒業式であり先程まで卒業生送別パーティーが開かれていた。終了すると寂しげな空気が校内に漂っていたが今年も俺はその空気に乗れずにいた。

 

まだ卒業ではないのもあるが何より花音に連行されているのが主な理由だった。花音に連行された場所はかつて彼女が委員長として使っていた風紀委員会本部だった。

 

何故ここに呼ばれたのか分からなかったが俺は文句を言わずついて行っていた。部屋は幹比古が委員長に就任してからさらに整理整頓され生徒会室にも劣らない綺麗さだった。

 

摩莉や花音が使うと散らかっていたせいなのか幹比古の整理整頓能力には驚かされる。性格もあるだろうし古式魔法師としての理由もあるのだろう。

 

「司波君、言いたいことがあるんだけどいいかな?」

「構いませんが何故ここに連れて来たかを先に教えて下さい。」

 

委員長席に座りながら聞いてくる花音に俺はこの部屋に連れて来た理由を聞きたかった。

 

「ここに来たのは誰にも邪魔されないと思ったからよ。私が高校最後の日にここを訪れても文句を言う人はいないから。」

「ここに来た理由は分かりました。では本題に入りましょうご用件は何ですか?」

「たいしたことじゃ無いけど会うことはそうそうないだろうからここで言っておくね。私はあんたのことが好きだったのよ。」

 

花音の告白に俺は少々驚いていた。少しで済んだのは俺に水波がいたことが大きかった。

 

「初耳です。自分は千代田先輩が五十里先輩のことを好きだと思っていましたから。」

「啓は幼馴染って感じだからそんな感情はなかったの。私の気持ちを知っていて欲しかっただけだから何も答えなくてもいいよ。今年も一高をよろしくね。」

 

俺が答えるよりも早く花音は風紀委員会本部から出て行った。たとえ花音に告白されていたとしても俺は受け入れなかっただろう。

 

嫌いではなくむしろ人間性は好きなのだが女性として見ることはなく仲の良い友人という存在に近い気がした。俺は風紀委員会本部にしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

元生徒会の卒業生やそれなりに関わりのあった沢木先輩、桐原先輩、壬生先輩には卒業のお祝いの言葉を何度も言っているためもう一度会いに行く必要は無かった。俺は正門前に咲く桜を見ながら高校に入学してから二年経ったことを実感していた。

 

{あと一年か。今年は何も起こらないことを祈っているが俺達が望んだところで敵がそれに合わせてくれる保障はない。『ノーブル』はほぼ壊滅状態に近いがそれでもまだ大きな権力をUSNAで振るっている。『ブランシュ』と合体しなければいいが。}

 

顧傑によって設立され彼によって崩壊しかけている『ノーブル』は有力幹部や大多数のメンバーを失ったがまだ勢いはとどまらず彼らの主張が徐々に浸透しているのは日本でも確認済みだ。

 

先月一高前で襲撃してきた『エガリテ』の残党のように手荒な活動はしていないがニュースで名前を取り上げられると良い気持ちはしない。

 

最近は『ブランシュ』も大人しくしているらしく顧傑の死亡が大きな要因であることは疑いようもないことだ。

 

 

 

今日は春休みだが克也達は学校に来ていた。三日前まで達也と深雪が沖縄に行っていたため入学式の準備が遅れているのだ。

 

克也が中心となって準備を進めていたが二人がいないとそれなりに不都合が生じる。入学式の準備を生徒会で経験しているのは克也とほのかだけなので二人では回せない仕事も含まれてくるためそれほど進まなかった。

 

そのせいか二人には疲労が蓄積しており克也は普段のように生活できず暇さえあれば眠っている有様だ。ほのかはいつも明るく振る舞っているのにここ一週間はからげんきだった。

 

「はじめまして三矢さん。第一高校 生徒会長司波深雪です。」

「はじめまして司波先輩。三矢詩奈(みつやしいな)ですよろしくお願いします。」

 

深雪の優しい挨拶に詩奈は緊張し強張っていた表情が年相応の柔らかい表情に変わった。

 

「四葉先輩はもう少し怖い方だと思っていました。」

「名前だけ聞けば怖がっても仕方ないよ正確に言えば今は司波だけど。」

 

詩奈の質問に俺は優しく答えてあげた。水波から少し睨まれてしまったが。

 

「答辞の長さはこれくらいで良いと思います。もし覚えられなければ原稿を持って呼んでもらっても構いませんよ?」

「大丈夫だと思います。」

 

詩奈との打ち合わせは昼前に終わり俺は山岳部に向かい久々に汗を流すことにした。

 

 

 

更衣室で運動着に着替え第三演習場に向かうと既に一年生がへたり込みレオがため息をついていた。

 

「レオどうした?浮かない顔して。」

「おお克也、メニューを考えてやらせたらこの有様でがっかりしてたんだ。」

「どんなメニューなんだ?」

「林間走十五km 魔法を使って端から端まで枝を使って飛び移るのを1往復だ。」

 

レオのメニューにため息を隠そうともせずつく。

 

「レオ、それはお前の考えだろ?後輩の気持ちを考えてやれよ。あいつらだって死にかけているぞ。」

 

克也の言葉通りレオの後ろには地面にあぐらをかいたり木の幹に背を預けて空をぼんやり眺めている者その他諸々、同級生が疲労で動けていなかった。上級生でこの有様なのだから下級生からすれば地獄だろう。

 

「県(あがた)前部長の推薦は間違ってると思うのは気のせいか?」

「俺はちゃんと断ったんだぜ?それでもやれって言われたんだから仕方ないだろ。」

「俺はこのくらい問題ないがもう少しだけ軽くしてやってよ。せめて走りは十kmにするとかね。俺も同じメニューしてくるからそれまでに全員起き上がっておくこといいね?」

 

部長のレオに軽く説教しながら他の部員達にも副部長として命じておく。十五kmなら魔法を使わなくてもすぐに終わる。俺は走り出しの森の中へと向かった。

 

 

 

二時間後メニューを終わらせ先程の所に戻ると今度は岩場を両手だけで登る練習と加重系魔法や硬化魔法で崖を歩くメニューだった。

 

崖の高さは二十五m幅は十mでごつごつした岩場と凹凸のない平らな場所に別れているため互いに五mずつに分けられている。

 

この崖は地面に収納可能な素材であるため怪我をする可能性は低い。落ちた場合にも下にクッションを敷いているため問題ない。

 

「レオ、今度は何をやらせてるんだ?」

「俺の気まぐれと偶然こんな物があったからやってみただけだ。案外みんな楽しそうにやってるからいいと思うんだが克也はどう思う?」

 

レオの言葉に応える前に壁を上っている下級生と同級生を見ると皆珍しそうにしながらも楽しそうに登っていた。俺もやってみたかったので否定的な意見は言わなかった。

 

「なかなか面白いと思う俺もやってみたいし。ただ…。」

「ダンケ克也、でどうした?」

「何故こんな物がここにあるのかが知りたい。」

「言われてみると確かに。」

 

そもそもここにある必要性を感じなくもなかったが経験したことのない鍛え方が出来るならやることにこしたことはないので俺とレオは部員達に混じって登ることにした。

 

ごつごつした岩場は片手でも簡単に上れたので後から上ったにも関わらず一番に登ると全員から睨まれた。凹凸のない壁は『ウォール・ラン』で楽々登りまたしても睨まれた。

 

「克也、普通その魔法誰も使わねえぜ?」

「そんなことを言われても俺からしたら当たり前に使える魔法だからどうしようもない。」

「この二年間ずっと見てきたけど今だに驚かされるぜ。克也と達也はほんとうにびっくり箱だ。」

「褒められたととっておくよレオ。」

「素直にありがとうって言えよ克也。」

 

レオに笑顔でバシバシと背中を叩かれ痛みを堪えながら笑みを浮かべた。どこかで聞いた言葉だったが思い出すこともなく部活は終了した。



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第六十八話 落胆

UA35000超えありがとうございます!4/26


入学式前日の夕食後、達也は予想外の人物から連絡を受けていた。

 

『久しぶりだな特尉。』

「その呼び方は秘匿回線ですか?よくもまあ毎回毎回、一般家庭用回線に割り込めるものです。」

『簡単ではなかったがな。特尉の家は一般家庭にしてはセキュリティが厳しくないか?』

「最近のハッカーは見境がないですから。それに家には色々と見られたくないものが多いので。」

『そのようだな今も危うくクラッキングを喰らいそうになった。』

「それは自業自得というものです。余程深く侵入しない限りカウンタープログラムは作動しません。」

『新米オペレーターにもいい薬になっただろう。』

 

むしろ毒になり辞めていきそうだったが達也の管轄外なので口を挟むことではない。

 

「ところで今回のご用件は?」

『うむ、先月駿河湾沖で顧傑を取り逃がした際に使った【戦略級魔法】のことなんだが。』

「克也を呼んだ方がよろしいですか?」

『頼む。』

 

風間に達也は少し待ってもらうよう頼み地下室でCADの調整をしている克也の元に向かった。

 

 

 

自動ドアを抜けるとキーボードをすさまじいスピードでタイピングしている兄に近づき用件を伝えた。

 

「風間さんが?」

「ああ、すぐに来て欲しいらしい。」

「分かった。」

 

克也はすぐに立ち上がり達也の後を追い掛けリビングに向かった。

 

 

 

「お待たせしました。」

『二分もかかっていないんだそんなことで機嫌は損ねん。達也なら俺の我慢強さを知っているだろう?』

「重々承知しております。」

 

時間を計っていたのだろうか経過時間を伝えてきた。何故そんなことをしていたのか気になったが今は用件を聞くことが先だ。

 

「ご用件はなんでしょうか風間さん。」

『言いにくいなら『中佐』と呼んでいいんだぞ?』

「自分は達也と違って軍人ではなく一介の魔法師です。軍関係者でない自分がそう呼ぶと周りに誤解を与えますから。」

『達也と違って生真面目だな克也は。』

「達也も真面目だと思いますが。」

「中佐そろそろご用件を。」

『すまん達也。』

 

話が脱線し目的が変わってきたので達也が軌道修正すると風間は自分のミスを自覚して謝罪した。

 

『今回来てもらったのは克也が使用した【レーヴァテイン】のことで耳に入れて欲しいことがあったからだ。克也の魔法を【戦略級魔法】と認め国内三人目の【戦略級魔法師】として認定すると統合幕僚会議で決定した。発表は克也が第一高校卒業し司波深雪が四葉家当主を継承したときと決まった。質問はあるか?』

「発表の名前は実名ですか?実名だと卒業した後も行動しづらくなります。」

『それは分かっているだが今の段階では決定していないのだ。君が卒業するまでには決めておこう。あの魔法の使用者を見つけようと大亜連合や新ソビエトが動き出している気をつけろよ克也。君はこれから狙われるかもしれんから当主に護衛を増やしてもらった方がいいと思うが。』

「いくら四葉家でも俺を護衛できる魔法師は早々に準備は出来ません。」

『そうだろうな失礼した。』

 

風間は克也の傲慢ともとれる発言を否定しなかった。克也が日本ではトップの世界でも片手に入ると言われるほどの魔法力を持っているのだから大口をたたいても誰も攻めることは出来ない。克也も傲慢だと自覚しているが誰より自分の実力を理解しているからこそそんな発言をしたのだ。

 

『おっと長話をしすぎたようだ新米が焦っているから切るぞ。』

 

どうやらネットワーク警察に回線割り込みのしっぽを掴まれたらしい。この場合ネットワーク警察の腕前を褒めるべきか風間の部下の腕にため息をつくべきか判断に迷うところだ。

 

『ではまた会うときがあればな。』

 

その言葉を最後に風間との連絡は切れた。

 

「達也今のはどう判断すればいいと思う?」

「どっちもどっちだな、お相子でいいと思うがもう少し腕を上げて欲しいな。」

「叔母上にも伝えた方がいいよね?」

「隠す必要も無いし言わなければ後々怒られそうだし言っておくべきだろうな。」

 

達也と意見を交換し四葉家へ直通電話で連絡する。

 

『これはこれは克也様と達也様、本日はどうなされました?』

「夜分遅くに申し訳ありません叔母上はどちらに?」

『ただいま真夜様はご都合が悪いのです。』

 

葉山が電話に出た時点で予想はしていた。

 

「ではお伝えしていただきたいことがあるのですがよろしいですか?」

『なんなりと。』

「先程、風間中佐より自分を『戦略級魔法師』として発表することになったとご連絡を頂きました。」

『ほう、四葉家から二人も【戦略級魔法師】が出るとは嬉しい限りですが克也様の場合は実名でということでしょうか?』

「それはまだ決定していないようです。自分が一高を卒業して深雪が当主を継承した後に名前を公表するようなのでそこで最終決定がされるようなので。」

『分かりました奥様にお伝えしておきますご連絡ありがとうございました。』

 

葉山が一礼して電話は切れ翌日の入学式のために俺達は少し早めに就寝することにした。

 

 

 

2097年四月七日、今日は全国の魔法科高校で入学式が行われる。去年に引き続き克也と達也は新入生の引率を行っていたが例年迷う生徒は少なく毎年五人もいないためこの時間は気晴らしに充てている。

 

迷う生徒が少ない理由は「前の生徒について行けば目的地に着けるだろう」という安易な考えでありもし先頭が間違っていれば後続をも巻き込み迷惑がかかるということなのだが大抵は間違いなど起こらないので気にする必要は無い。

 

式開始時間五分前になり講堂に向かい舞台の袖で待機していると達也が帰ってきた。

 

「達也、引率した人数は?」

「無しだ克也は?」

「こっちもゼロだ。今年の新入生はしっかりと校内地図を頭にたたき込んでくれたみたいだね。」

「俺達でも全体の八割しかまだ把握できていないがな。」

「地図と実物は細かいところが違っていることが多いからね。」

「去年から大幅に変更されたから二年生は一から覚え直しだ。俺達は今年で終わりだからあまり気にしなくていいけど。」

 

そうこうしているうちに式は始まり緊張気味な詩奈の答辞によって緊張感に包まれていた講堂も和みつつがなく終了した。和んだといってもうわついていたわけではない。

 

生徒会役員のトップ三人がいることでちょうどいい空気のバランスが保たれたと表現した方が正しい。四葉家の次期当主候補とその婚約者、そして世界でも数少ない『ヘル・フレイム』を使う現当主の『実子』。

 

そんな三人がいるところでのんきになれる人物はいないだろう。彼らの友人の少女でも「しない」ときっぱり断るほどに。

 

そのおかげもあってか詩奈や深雪が長時間来賓の方々に拘束されることもなかったので話をする時間が思っていたより早くとることが出来た。

 

「三矢さん、お話は七草副会長からお聞きしていると思います。生徒会役員になってもらえますか?」

「謹んでお受けいたします。未熟者ですがよろしくお願いします。」

「それでは生徒会書記として活動していただきます。詳細は桜井さんに聞いて下さいね。」

 

生徒会勧誘が去年のように断られることがなく三年生は安堵していた。特に去年それに関わっていたほのかは胸に手を当てて息をゆっくり吐き出すように肩の荷を降ろしていた。

 

 

 

入学式翌日からは正規のカリキュラムに沿って授業が始まる。一年生も午後から授業が始まるが一限目は履修登録に割り当てられ午前中は上級生の授業風景を見学することが出来る。今のように…。

 

「かなり見られてますね克也お兄様。」

「俺ではなく深雪なんじゃないか?深雪は容姿が良いし魔法力あり人望あり生徒会長さらには四葉家次期当主だ。深雪を無視なんて出来ないだろう?」

「克也さんは気付いていないの?」

「雫、克也さんは分かって言っていると思うよ?」

「性格が悪いと思うのは私だけかなほのか?」

「それは同感だよ雫。」

「二人ともその言われ用は不本意だぞ。」

「「冗談です(だよ)。」」

 

俺の抗議にほのかと雫は人の悪い笑顔で返事をした。俺はどうやら二人に扱い方をマスターされてしまったようでここ最近弄ばれることが多くなっていた。不愉快ではなく自分達の正体を知っても昔と変わらずにいてくれることが嬉しいので嫌ではなかった。

 

「今日の授業はなかなかのテーマだな。」

「一度もやったことがない実習ですね。」

 

今回の実習は空中に壁から生えたアームにセットされた重さ十kgの金属球を「ランダムな時間差で落下させ地面にぶつかる前に魔法式を構築させ指定された場所に移動させる」というものだ。

 

必要とされるのは「落下した金属球にどれだけ早く反応できるか」、「どれだけ早く魔法式を構築させることが出来るか」の二つが求められる。反射速度と魔法式を素早く選択しどれだけ早く行使できるかという肉体的な能力と処理速度の違う二つのことを瞬時に判断することが目的となっている。

 

克也や深雪は余裕とでも言いたげな表情でその他はげんなりとした表情だった。克也の番が来たため大型CADの前に立ち準備が整ったことを監督の講師に大型CADの横に置かれたボタンを押すことで知らせる。確認した講師が自分の前に置かれた赤いボタンを押すと三秒間のカウントダウンが始まる。

 

ゼロになっても金属球は落ちてこず一年生は今か今かと待っていた。そして何の予兆もなく金属球が落下してきたが克也は慌てずに魔法式を大型CADに流し込み起動式を展開させる。ノイズ混じりの魔法式に顔をしかめながら移動魔法と加重系魔法による複合術式を金属球に作用させる。加重系魔法で引力を中和し移動魔法で指定された場所に移動させゆっくりと着地させる。魔法を発動し終わると一年生からもクラスメイトからも拍手喝采を浴びた。

 

「さすが克也お兄様です魔法の全てが完璧でした。」

「ありがとう深雪でも本来の八割もでていないよ。」

「あれだけの速さで発動できたのに?」

「あの大型CADは旧式でねメンテナンスできる人が限られてるから今は使いづらいんだ。余剰想子光や光波ノイズが多かったのがほのかも見えただろ?」

「ええ、確かにいつもより多かった気がします。」

 

ほのかは『エレメンツ』の末裔であるためノイズなどには敏感なため克也は聞いてみた。

 

「これを代えて欲しいが予算の問題で出来ないだろうな『母上』に願っても対価を要求されるのがおちか。それを置いといて次はほのかの番だぞ。」

「本当だ、何かアドバイスはありますか?」

「アドバイスか…敢えて多工程の魔法を使ってみたらどうかな?今回は魔法発動速度じゃなくて『どれだけ衝撃を与えずに地面に下ろせるか』が求められているからほのかにはいい訓練になると思うよ。」

「ありがとうございます!」

 

ほのかの後に雫や深雪もやってみたがほのかの点数には勝てず俺を睨んできたため俺は居心地が悪くなった。睨む二人からほのかが守ってくれたのだがなんとも言えない空気になったのは仕方が無いことだと自分の中で思い込むことにした。

 

 

 

その日の昼食でも新入生の見学の話が話題だった。

 

「こっちはかなり人多かったけどそっちはどうだった?」

「こっちもかなり多かったな。聞いた話一高志望者が過去最高を記録したそうだ。」

 

達也の話は初耳だったので前のめりになってしまったが他のメンバーも同様らしい。

 

「それだけじゃなく筆記試験の平均点が去年より十点近く高いらしくて魔工科志望の生徒も増えたようだ。」

「達也の影響だろうね。」

「達也以外に犯人はいないんじゃねえか?」

「達也君だね。」

 

幹比古やレオ、エリカは達也以外に犯人はいないと確信しているらしく決めつけていた。一科生も達也だと分かっていたので敢えて追求することはなかった。

 

「良い方向に曲がってくれたと思えばいいんじゃないか?」

「そうだなやはり恒星炉実験が大きかったんだろう。ここまで影響が出ているとは正直予想外だった。」

 

達也は嬉しそうに呟きその笑みは穏やかで本当に嬉しそうだった。



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第六十九話 同情

入学式が終了した週の日曜日、克也は真夜からの文をリビングで読んでいた。達也はFLTに深雪と水波はお嬢様のための習い事に行っているため家には克也一人だった。

 

『【ブランシュ】と【ノーブル】が合体して新しい団体を結成し名前は【レプグナンティア】』

 

「安易なネーミングだけど名前はそれ自身を表す情報でしかないからどうでもいいのかもな。」

 

『USNAで過激な活動を繰り返し魔法科高校や魔法に関係のある会社そして道ばたを歩いている魔法師などを標的としており怪我人も出ている。取り締まっているが人数が多く対処しきれていない。』

 

「これはこれで問題ありだけどそれより気になるのは人数だな。『ノーブル』は顧傑によって大半が駒に使われて死んだはずだし『ブランシュ』もそこまでいなかったはずだ。どこか名前も知らない組織をまとめて吸収した可能性があるかもな。」

 

克也は誰もいないリビングで独り言を呟き重い腰を持ち上げた。重い腰というのは比喩表現だが情報を読んで気が重くなっていたためこのような表現が正しい。そろそろ二人をFLTから迎えに行っていた達也が帰ってくる頃だがまだ十五分ほど合ったので風呂に入ることにした。よもやこのミスが変な事態に発展するとは克也も思わなかった。

 

 

 

湯船につかっている間も水滴をタオルで拭いている間も『レプグナンティア』について考えていた。いつもなら気付くはずの人の気配や物音をスルーしてしまうほどに。

 

{人数を集めるのはそれほど難しくないだろう。魔法に対する反感を持った一般人は多い。魔法によって家族を失った者、魔法使用中に事故に遭い魔法技能を失った者、魔法そのものを嫌う者、挙げれば切りが無いな。それだけ魔法に対する忌避感が大きいということだろうがそれより気になることがある。顧傑が作った『ノーブル』だが『ブランシュ』とは根本的には違う気がする。『ブランシュ』より過激な活動をしすぎているそれも魔法師という枠組みではなく調整体や第一世代に対する批判が強い。まるで誰かがそう指示を出しているようだな…。}

 

そんなことを考えていたせいなのかもしれない。突然脱衣所の扉が開いた。どれだけ考え事に没頭していてもさすがにその音には気付く。髪を拭いていた克也がタオルの隙間から眼を向けると開け放たれた扉の向こう側でいつの間にか帰ってきていた水波が眼を見開き立ち竦んでいた。

 

克也も驚かなかったわけではないが一瞬で立ち直った。風呂上がりとはいえマナーとしてたたき込まれた無意識の行動でタオルを巻いて下半身の大事な部分は隠しており裸なのは上半身だけだ。

 

「水波。」

 

克也は水波の顔を見ないように声をかけたが返事はなくもう一度タオルの隙間から見ると顔を真っ赤にしていた。聞こえてはいないはずだが眼から入ってくる光景の刺激に脳が一時的に思考停止に陥ったようだ。

 

「水波ドアを閉めてくれ。」

「失礼しました!」

 

少し強めに言うと水波が大きな音を立てて脱衣所のドアを閉めた。その後派手に床が鳴ったのは水波がこけたからだろうか。克也がこけた瞬間の水波を想像し苦笑しながら衣服を身につけ脱衣所を出た。

 

その後水波は就寝するまでの三時間顔も合わせず話もしてくれなかった。

 

 

 

自室に全員が引っ込んだ後水波は自分のベッドで枕に真っ赤にした顔を押しつけながら暴れていた。

 

{見てしまった!見てしまった!初めて男性の体を見てしまった!大事な部分は見えなかったけど見てしまった!それも婚約者のを!」}

 

水波は脳裏に焼き付いた克也の引き締まった上半身を頭から追い出そうとかぶりを振るが余計に鮮明に映し出されるような錯覚を覚えていた。『婚約者』という単語を思い浮かべる度に左胸の奥がズキンと痛む。しかしそれは不快な痛みではなく嬉しい痛みだと水波は感じていた。

 

足をばたつかせながら悶々としているとドアがノックされ想い人の声が聞こえてきて余計に胸が高鳴る。

 

「水波、少しいいか?」

「少々お待ち下さい!」

 

焦りながら答え服の乱れを直しドアを開ける。

 

「どうぞ。」

 

水波の部屋のドアをノックし声をかけると焦った声が聞こえてきた。少ししてドアが開き水波を見ると頬が赤くまだ脱衣所でのことを引きずっているようだ。

 

「脱衣所のことは気にするな俺も油断していたのが悪い。だからいつも通りで頼むよ水波。」

「はい!よろしくお願いします。」

 

水波の返事を聞き頭を撫でてから自室に引っ込んだ。

 

水波は頭を撫でてもらった余韻に浸りながらベッドに潜り込み幸せそうに頬を緩めながら眠りについた。

 

達也も自室に引き返しベッドに潜り込んでいた。掛け布団を首元まで持ち上げながら先程の水波ともやりとりを思い出していた。

 

{頭を撫でたときのあの嬉しそうな顔かわいすぎんだろ!}

 

俺は心の中で叫びこれは仕方が無いことだと割り切ることにした。克也は目を閉じ眠りにつくがにやけた顔は水波と変わらなかった。

 

 

 

今学期はお陰様で事件らしいことは何一つ起こらず克也達は楽しく高校生活を謳歌していた。といっても新入生勧誘週間に幾度となく事件が勃発していたが克也と深雪の『恐怖の笑み』で穏便?に終わらせていた。二人が動けない場合は達也が介入し争いごとを抑えていた。

 

定期試験も無事に終わり恒例行事になりかけている結果を叩き出し九校戦準備に入っていた。

 

総合順位 主席 克也 僅差で次席 深雪 三席 ほのか 僅差で四席 雫 五席 幹比古

 

実技試験 一位 深雪 僅差で二位 克也 三席 雫 僅差で四位ほのか 十位 幹比古

 

筆記試験 一位 達也 僅差で二位 克也 三位 幹比古 四位 深雪 五位 ほのか 僅差で六位 雫 七位 美月 八位 エリカ

 

魔工科筆記試験 一位 達也 二位 美月

 

となった。一年生の間二科生だった幹比古が総合順位でトップ十に入ったことで成績の伸び具合に克也達は褒め称えていたが教職陣が頭を抱えていた。

 

 

 

九校戦準備は順調に進みあとは競技要項が送られてくるのを待つだけになっていた。その日の昼前に大会委員から競技内容が各高校に送られてきた。それを放課後の生徒会室で役員全員が内容を読んでいた。

 

「競技が元に戻ってよかったよ。あのままじゃ今年も何かあるんじゃないかと思ってしまったかもだけど心配する必要は無かったみたいだね。」

「あれは対大亜連合強硬派の横暴だからな。それを変更せずにいれるほど大会委員も器が大きいわけじゃない。逆に戻さなかったら批判が集中していただろうな。」

 

達也の言う通り去年の競技変更は酒井大佐率いる国防軍の一派による圧力に耐えきれずやむを得ず大会委員が要望を受け入れていたのだから変更するのは当然だろう。

 

「競技が戻ったのは良いが問題は選手だな。今年は技術方面に少し偏っているから選手には掛け持ちして貰うことになるから疲労が溜まりやすくなるだろう。」

「それは自分自身で整えないとね。むしろ一昨年よりはマシだと思いなよ達也。エンジニアが増えるということは達也の仕事が減り担当選手に多くの時間が割けるんだからね。」

「そうだな前向きに考えよう。」

 

達也はこの二年間一高で誰より多くの担当選手のCADを調整していたため首脳陣は心配だったのだ。

 

「ここにいるメンバーはほぼ出場種目は決まっているから今言うべきだな。深雪はアイス・ピラーズ・ブレイクとミラージュ・バットに克也はアイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボード。ほのかはバトル・ボードとミラージュ・バットに水波はクラウド・ボール。泉美はアイス・ピラーズ・ブレイク。」

「幹比古と雫、香澄は生徒会役員ではないが決まっているよ。幹比古はモノリス・コードに雫はアイス・ピラーズ・ブレイクとスピード・シューティング。香澄はクラウド・ボールだ。」

「残りはこれから決めないといけませんね。もちろん達也お兄様と克也お兄様にはエンジニアとしても活躍して貰いますのでよろしくお願いします。」

「「任せておけ。」」

 

二人は同時に深雪のお願いに答え互いに頷いていた。

 

「残りは試験の結果と得意魔法で決めるべきですね。克也さん意見を貰いたいのですがいいですか?」

「いいよ、その子は…。」

 

克也達は自分達の学年の三連覇をそして一高の六連覇を目指して動き始めた。

 

 

 

九校戦までの残り一ヶ月を切り練習には熱が入り始め一昨年より生徒達がやる気になっていたことに克也達三年生徒会役員は嬉しく思いながらも「一昨年からやってくれよ」と呟かずにはいられなかった。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクは深雪の魔法のおかげで練習には困らずバトル・ボードも簡易コースで行いクラウド・ボールはテニス部のコートを使いミラージ・バットは体育館を使い映像投影しながら練習していた。

 

モノリス・コードは第三演習場で行われ「森林ステージ」に見立てていた。幹比古、十三束、森崎vs克也、達也、レオによる戦いは白熱しいつの間にか九校戦関係者にとどまらず教職陣まで見学する有様だった。

 

森に身を隠した幹比古による精霊魔法を同じく森に身を隠した克也が破りその隙を突いて達也が突進する。その達也を迎え撃つのは十三束だ。拳を突き出す際の衝撃波で達也を追い払うが達也はそれを躱しながら『共鳴』を発動する。だが十三束も『接触型術式解体』で無効化する。

 

その間に森崎が克也陣地に侵入するがレオによって阻まれる。そのような攻防が十分ほど続いたがレオによって森崎が倒され十三束が達也に降伏した。残りは幹比古だけなのだがさすがにここまで隠れられると見つけるのに一苦労だ。

 

「味方だと頼もしいが敵になると厄介だな。」

「敵対しない方が身のためかもね。」

「今は敵同士だけどな。」

 

二人を倒した後モノリスに見立てた縦長の長方形型コンクリートの前に集まりながら達也と克也の愚痴にレオが茶々を入れる。そのせいか森の中から気配が一瞬だけ漏れ出たことに三人は気付いた。これは意図した結果ではないがこの機を逃せばもう見つからないだろう。

 

「克也、レオ俺は気配がしたところに向かうから援護を頼む。克也場所は分かるか?」

「達也の二時方向前方十mかな予想外に近いところまで来てたみたい。」

「危なかったな達也任せたぜ。」

 

達也はレオに眼で答え森の中に向かって走り出した。

 

数十秒後、森の中で雷鳴が轟き光で溢れたと思いきや達也が転がり出てきて珍しく必死な形相でこちらに向かって走ってきた。

 

「…レオ何があったと思う?」

「…克也より頭の悪い俺が理解できるわけがないだろ?」

 

レオと互いに意見交換していると達也の後方で『雷童児』が暴れ回っている。どうやらそれのせいで達也は捜索を中止せざる終えなくなり撤退してきているようだ。

 

「達也どうした!?」

「分からんが何故か幹比古が少々切れている!」

 

叫びながら聞くと同じように叫びながら返事をしてきた。

 

「レオ、幹比古が切れた理由分かる?」

「見当もつかねえよ。」

「穏便に済ますなら俺達が降参した方が良いかな?」

「だろうな…おわ!幹比古俺達も狙い出しやがった!」

「逃げろ!」

 

雷から逃げるため俺達三人は森の中を走り回った。

 

「克也、降参の合図の花火を打ち上げろ!」

「忘れてたサンキューレオ。」

 

腰から降参用花火を取り出し打ち上げようとしたが手元が滑り地面に落ちてしまい達也が謝って踏んでしまった。

 

「「達也!」」

「…すまん。」

 

達也が心底すまなそうに謝るが危機は増していく一方だった。このままでは全員が雷にうたれ無様な結果になるだけだったので第三演習場から逃げ出すことに決めた。『跳躍』を使い壁を飛び越え第三演習場から抜け出すと攻撃は収まった。

 

「やれやれ何だったんだ今のは?」

「本人に聞くのが一番だと思うよ。」

「出てきたみたいだから聞きに行くか。」

 

第三演習場に隣接する更衣室から出てきた幹比古に問いただすことにした。

 

「幹比古あれはねえぜ。」

「ひどいよ幹比古。」

「何故俺達は攻撃された?」

 

三者三様の怒り方で聞くと気まずそうに幹比古は答えた。

 

「ごめん隠れてたら嫌なこと思い出してて二人がやられた瞬間に切れちゃった。」

「何に怒ってたんだ?」

「言いたくない。」

 

幹比古が頑固に断りながら俺達の脇を睨んでいた。その方向を見るとエリカが声を殺し腰を折って笑っていたので大体の予想がついたため三人は幹比古に同情し肩を叩きながら更衣室に向かった。

 

 

 

九校戦前々日まで練習は行われ出場選手達は手応えを感じながら次の日のために眠りについた。



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第七十話 開幕

投稿遅れてすみません~。

追記 順位変動と点数調整を行いました。


今年も何事もなく九校戦会場に到着し軽く体を動かし本番の競技会場で各々練習を始める。やはり簡易コースと本番コースは雰囲気が違う。大会初日から俺の出番のため同じ出場選手と少し長く体を慣らしていた。予選突破は確実だが体を慣れさせることに越したことはない。

 

 

 

懇親会では相変わらず深雪が男勢に囲まれていたが達也が婚約者だと知らされる前に比べて激減したので深雪からすればありがたいことだろう。

 

俺も三高の女子生徒に深雪より少ないとはいえ囲まれていたので深雪を気にする余裕があまりなかった。偶然将輝が近くにいたので助けてもらい事件は一件落着した。

 

「将輝、助けてもらったのはこれで三回目だな。」

「九校戦は毎回助けている気がする。」

「ごもっとも。今年はどうなるかな九校戦。」

「一応ナンバーズの配下の魔法師を警備員として派遣しているから一昨年のようにはならないだろう。」

「俺もそう信じたいけど気になることがあるから心配なんだ。」

 

将輝の安堵は配下の魔法師を信頼しているから出ているものだが俺は完全には信頼できていなかった。

 

「気になること?」

「最近USNAで『ブランシュ』と『ノーブル』が新しい組織を作ったからその影響がここにも来ないか心配なんだ。」

「それは初耳だな他に誰か知っているのか?」

「達也と深雪、水波だけだ。まだ日本で事故を起こしていないから十師族には知らせなくていいというのが『母』の考えだ。」

「テロを起こされれば俺達の立場は急落だぞ?」

「同感だが専守防衛で取り締まるわけにはいかない。」

「分かった俺個人でも注意して見ておく。」

 

将輝との会話は小声で親しげに話していたので周りからは何も言われずにすんだ。

 

 

 

翌日八月四日、各校三年生が全てをかけて優勝を狙いに来る九校戦が始まった。一日目はスピード・シューティング男女予選 決勝トーナメントとバトルボード予選が行われる。克也とほのか、雫の三人が出場するので二位以上は確実視されており三人もそのつもりだった。

 

克也は達也と二人でバトル・ボードの競技用CADの調整を一高テントで行っていた。

 

「克也は一試合目でよかったな。休憩が取れるからありがたいが三日間連続なのは痛いな。」

「むしろ俺は嬉しいけどね。そもそもこれくらいで魔法力がなくなったり体調を崩すような柔な鍛え方はしていないよ。」

「そうではなくてだな俺の感情的な問題なんだが。」

「それこそ達也は気にしなくていいよ。」

 

克也と達也が楽しげに話し合っているのを深雪と水波は嬉しげに見ていた。二人が互いに心の底から信頼し合っていることを知っているため二人の話をニコニコして聞くことが出来ていた。二人以外が真顔で話している二人を見たなら真剣に作戦を考えているように見えたことだろう。

 

「これで問題ないだろう何か不都合がないか確認してくれ。」

「達也に頼んで不満なことなんて無いに決まっているだろ?何年お前の側で見てきているんだと思ってるんだ?」

「十八年間だが記憶にあるのは六歳頃だから十二年間か。それでも腕はあの頃とは別次元にまで昇っていると思うぞ?」

「自分で言うか?」

 

克也の言葉は本気で思ったわけではなく茶々を入れたものだったので達也も機嫌を損ねるどころか嬉しそうに口角を上げていた。

 

「そろそろ準備した方がいいんじゃないか?もう二十分前だし。」

「そうだね着替えるのには数分しかかからないとしてもコース上で気持ちの整理をしたいしね。」

「おや克也でも気持ちの整理をしないとダメなのか今回はやばいかもしれんな。」

「あのね達也俺でも初めてのことは緊張するんだけど。」

「これはこれは失礼なことを言ったな。予選通過することを願っているよ。」

「言ってろ優勝してやるから眼をそらさず見てろよ?」

 

両者ともに人の悪い笑みを浮かべながら言葉を交すことにさすがの深雪と水波でも苦笑いするしかなかった。といっても達也は多少口を酸っぱくしても緊張をほぐしていることを克也が理解してくれることを分かっていたし克也は達也が緊張を和らげてくれていることを理解していたので突っかかることはしなかった。互いが本当に信頼し合っているからこそなしえる技であった。

 

 

 

バトル・ボードの第一レースの予告がされ観客と選手の熱気は否応なく高まり出場選手の気持ちも高揚していた。俺の名前がアナウンスされると歓声?悲鳴?(特に女子生徒から)が上がり俺の精神HPを少し削った。

 

「なんか一昨年と去年のピラーズ・ブレイク以上に凄いんだけど。」

「一年生は生で見れるから嬉しいんじゃないか?」

「克也だから仕方ないよ。」

 

エリカ、レオ、幹比古が感想を述べている間に開始時間になり観客席が静かになる。

 

空砲が鳴らされ2097年度九校戦最初の競技が始まり合図と共に飛び出したのは克也だった。魔法発動速度が四葉史上最速の克也が合図の後に魔法を発動させて最初に動き出すのは当たり前だ。

 

「克也さんの魔法速度がまた上がってる…。」

「達也さん、克也さんには限界がないの?」

 

驚いているほのかと雫からの質問に達也は真顔で答えた。

 

「克也自身も限界を感じているらしいからこれ以上は無理だろうね。それでも競技用CADでこれほどの速度で発動されると他校にとっては驚異だろうな。」

「僕達でもげんなりするんだから競ってる選手の気持ちは想像もつかないよ。」

「さすが『神速』ね。」

 

エリカ達が討論している間に克也は最初のコーナーを曲がっていた。水面を滑らかに走る姿は天使の舞とでも言えるようで観客を魅了している。

 

「渡辺先輩とは少し違う戦術だな。」

「達也それって硬化魔法を使っていないってことか?」

「そうだ、克也は自分の体とボードを一つのパーツとして移動魔法をかける渡辺先輩とは真逆で自分の体とボードそれぞれに移動魔法をかけている。」

「達也、そっちの方が難しいよね?」

「ああ、ボードと自分の体に別々の移動魔法をかけるからバランスをとるのが難しい。だが克也は工程が多い方が使いやすいらしくて敢えて難易度の高い戦法を用いているからほのかに近い魔法師だな。」

 

達也に褒められてほのかは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「達也は調整したんだから知っていたんだろ?」

「いやインストールされた魔法式は見ていないからどんな戦いをするかは分からなかった。」

「じゃあ達也君は何をしていたの?」

「ゴミ取りだ。」

「それは克也さんでも出来るのでは?」

「克也より俺の方が除去出来るらしくて克也に頼まれたんだ。」

 

克也が水路に設けられている上り坂を水量に逆らって昇っていく瞬間を大型ディスプレイが映し出していた。

 

「加速魔法に振動魔法かいやもう一つ使っているようだが凄いな一度にこれだけの魔法を使えるとは。渡辺先輩と同じように臨機応変、多種多彩な使い方をしている。まだあいつのことを知り尽くせていなかったようだ。」

「仕方ありませんよ達也お兄様。よく知る人の新しい場面を知れることは素晴らしいことじゃありませんか。」

「ああ、そうだな。」

「一位は確実ですね。」

 

美月の言葉に全員が頷き克也のレースを最後まで見守っていた。

 

ほのかのレースも予定通りに行き一高選手は全員が準決勝に進んだ。

 

 

 

そして雫の出場するスピード・シューティングの第一試合が行われている間に達也は一高テントで雫のCADの最終調整を行っていた。

 

「違和感はないか?」

「問題ない。」

 

雫のことを知らない人が見れば「愛想のない子」だと思っただろうが二年間も一緒にいる達也からすれば嬉しそうにしているのがわかった。

 

「一昨年と同じものだから感覚さえ思い出せれば予選は突破出来る。」

「うん、ありがとう。」

 

お礼を言って試合会場の選手控え室に向かう雫の背中を達也は優しく見送っていた。

 

 

 

ランプが全て灯った瞬間クレーが空中に飛び出し得点有効エリア内に飛び込んだ瞬間全て粉々に粉砕された。

 

「これって雫さんが一年生の頃に使った魔法ですよね?」

「ええ、魔法名『能動空中機雷(アクティブ・エアー。マイン)』。スピード・シューティングの得点有効エリアは空中に設定された一辺十五mの立方体です。達也さんの起動式はこの内部に一辺十mの立方体を設定して、その各頂点と中心の九つのポイントが震源になるよう設定されています。各ポイントは番号で管理されていて展開された起動式に変数としてその番号を入力すると震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。一度魔法を発動させると震源を中心とする半径六mの球状破砕空間を作りだします。」

「精度より威力が雫の持ち味だからこの魔法を使えるのよ。」

 

ほのかと深雪の説明に美月は納得し雫の試合を見ていた。雫は一昨年と同じようにパーフェクトで決勝トーナメント出場を決めた。

 

そして雫は決勝トーナメントでも全てパーフェクトで終え一高選手で最初の優勝者になった。

 

 

 

一日目の競技結果は

 

スピード・シューティング・女子 優勝 

スピード・シューティング・男子 三位

 

一位 一高 七十ポイント

 

二位 三高 四十ポイント

 

とさい先のいいスタートになった。

 

「雫のおかげで三高に差をつけれたのが大きいな。うちは七十ポイントで三高が女子二位 男子二位で四十ポイント新人戦が始まるまでに可能な限り点数差を開けたいところだな。克也、深雪、水波、香澄頼むぞ。」

 

首脳陣として集まっていた四人に活を入れると四人とも力強く頷いた。

 

 

 

大会二日目、達也はクラウド・ボール男子の担当を克也は水波と香澄を担当した。克也がエンジニアとして参加することを達也と深雪が反対したのだが本人が「自分の準備は出来ているから」と言って折れなかったので仕方なく任せることになっていた。

 

「水波、CADはどうだ?」

「問題ありませんむしろ今の方がいい感じがします。」

 

クラウド・ボール選手控え室には第一試合目に出場する水波とそのエンジニアの克也だけだった。その所為なのか水波の距離がかなり近かったが克也は嬉しかったので水波をもてあましていた。

 

「水波は物理障壁が使えるからそんなに起動式はいらないんじゃないか?」

「念には念をです。」

 

試合開始時間になり水波がコート内に入ったのを確認した後ベンチに座りながら見ていた。

 

水波は自分が少し浮かれていることを自覚していた。

 

{克也兄様が自分を見てくれている頑張らなきゃ。}

 

水波は昨日一日二人で話す時間が無く甘えることが出来なかったのでストレスが溜まっていた。最近克也に甘えたくなることが増えたことに気付いておらず「触れて欲しい」、「何処にもいって欲しくない」自分の気持ちを隠していた。それは一種の独占欲だった。

 

合図と共にボールが敵コートに放たれ相手選手が移動魔法で水波のコートに跳ね返したがコート中央のネット上を通過した瞬間何かにぶつかったかのように押し戻された。銃身の短い拳銃型CADを使っている水波は一歩も動かず拳銃の銃口に当たる部分を敵に向けて立っているだけだった。動くのはボールが跳ね返ってくる瞬間トリガーを引く動作だけだ。相手は普段の何十倍の運動量をさせられ三セットマッチの一セット目の途中で棄権し水波が勝った。

 

「予定通りだなこれなら決勝でもこれくらいで終わるだろう。」

 

コートから出てきた水波にタオルを渡し話しかけた。

 

「拍子抜けですが一高が勝てるなら気にしません。」

「そうだな香澄の調整もしないとダメだからそろそろ移動しようか。」

 

水波の荷物を持ちながら選手出入り口に向かうと頬を膨らませながらもあとを追い掛け克也に続いて会場を後にした。観客から見えなくなった場所で俺の左腕に抱きついてきたが幸せそうにしているので振り払わず好きなようにさせた。水波が俺の腕から離れたのは一高テントに着く直前だった。

 

香澄も試合を余裕で勝ち上がり決勝戦で水波とぶつかり惜しくも負けたがクラウド・ボール女子で一位 二位を勝ち取り三人は首脳陣からお礼を言われたが香澄に「上位に入ったら高級スイーツを一つおごる」という約束をされてしまい断り切れなかったのが唯一の失敗だった。

 

 

 

「克也、予選で見せた魔法なんだが加速魔法と振動魔法以外に何を使っていたんだ?」

 

達也が克也のCADを調整しながら揺り椅子に座り今にも眠りにつきそうな克也に聞くと克也は眠そうに答えた。

 

「振動減速魔法だよ。ボードと水面に働く摩擦熱を軽減させて摩擦係数を極限にまで下げたんだ。普通に加速魔法と振動魔法を使うだけでも十分なスピードが出るけど摩擦を下げた方が滑りが良くなる。」

 

そう伝えて克也は睡魔に負けたのか寝息を立てて落ちその様子に達也は苦笑しながらも調整を続けた。

 

克也と深雪は達也が調整したCADで相手を全く寄せ付けない強さで予選を勝ち上がった。

 

 

 

三日目の成績は

 

クラウド・ボール・女子 優勝  準優勝 

クラウド・ボール・男子 予選敗退

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 予選突破 

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 予選突破

 

となり三高は

 

クラウド・ボール・女子 三位 四位

クラウド・ボール・男子 二位 四位

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 予選突破

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 予選突破

 

一位 一高 百五十ポイント

 

二位 三高 百十ポイント

 

三位以下混戦状態

 

「克也、明日はバトル・ボードとアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝だ疲れはないか?」

「余裕過ぎて暇なくらいだ。」

 

ややずれた答えが返ってきたが普段と何も変わらないので気にした首脳陣はいなかった。

 

「深雪も頼むぞ。」

「分かりました。」

 

達也の言葉に力強く深雪は頷いた。

 

 

 

翌日大会三日目、克也は普段よりすっきり起きれたことに首をひねっていたが何かいいことが起きそうだったので気にせず一高テントに向かった。

 

克也は予選リーグを危なげなく突破し決勝リーグでも圧倒的な力の差を見せつけ決勝まで駒を進めた。もう一人は準決勝で将輝とぶつかり負けてしまったが先程行われた三位決定戦で勝利し三位入賞を果たした。

 

俺も負けるわけにはいかず気合いを入れ試合に臨んだ。俺がせり上がりで登場するとこの三日間で一番大きな歓声が上がった。何故なら俺の服が真っ白なスーツ所謂タキシード姿だからだ。俺は拒否したのだが水波とそれを勧めてきた女性(ひと)の圧力に耐えきれず仕方なしに着たのだ。

 

「達也君あれは何?」

「タキシードだが?」

「そうじゃなくてなんであの服装なの?」

「本人は嫌がっていたが『母上』に強要されたらしい。」

「似合ってるからいいんじゃないかな?」

「あまり言ってやるなよ?落ち込まれたらバトル・ボードに支障が出かねない。」

 

そんな話し合いがされているとは知らずに克也は特化型CADを構えた。合図と共に『流星群』に似た魔法を発動させる。『夜』が将輝の氷柱を包み光の矢が貫き瞬殺と形容できる速度で決勝戦を終わらせた。瞬殺された将輝は悔しがらずこれが現実だと受け入れていた。

 

着替えて一高テントに向かうと香澄と泉美に詰め寄られた。

 

「「克也兄(お兄様)さっきのはなんですか!?」」

「さっきのは『流星群』のアレンジバージョンだよ。」

「アレンジですか?」

 

泉美は理解できないとでもいうように聞き返してきた。

 

「俺の『流星群』は『母上』のとはちょっと違うらしくてね四葉家の技術者にややこしいから別の魔法として使って欲しいって言われたんだ。」

 

俺の説明に泉美と香澄は納得してくれたので深雪の応援に向かった。

 

克也の魔法は『流星群』ではないことが最近の研究で分かり名前を変更して使うことになった。『ダーク・ナイト・フォール(奈落の底)』と真夜によって名付けられ克也は秘匿するつもりだったが真夜に命令され今回使用していた。魔法名の『奈落の底』とは所謂地獄に落ちることを示しており魔法が直撃した場所がえぐられる特徴から名付けられていた。

 

 

 

深雪も圧倒的な魔法力でアイス・ピラーズ・ブレイク・女子で優勝しバトル・ボード決勝ではほのかと克也が優勝し九校戦前半を最高の結果で終えることが出来た。

 

一高

 

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 優勝と二位

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 優勝と四位

バトル・ボード・女子 優勝と予選敗退

バトル・ボード・男子 優勝と予選敗退

 

三高

 

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 三位と四位

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 二位と三位

バトル・ボード・女子 二位 三位

バトル・ボード・男子 二位 四位

 

一位 一高 三百九十ポイント

 

二位 三高 二百七十ポイント

 

三位以下混戦状態

 

となり圧倒的な差を付けることか出来たが新人戦が危ぶまれていた。

 

「百ポイント差を付けられたのはいいが新人戦で点数を稼ぐことは難しいだろうな。」

「そうだね今年の一年生は技術方面に偏っているから選手の実力が低い。せめて新人戦は三位以上は確保したいけど三高がどれだけ伸ばしてくるかによって順位変動はあり得るよ。」

 

達也と克也は真剣に話し合っていたがネガティブ思考になってしまうのはどうしようもなかった。一高に技術者が不足していたので今年志望者が増えたことに喜びを感じていたが今になって魔工師志望者が多いことの裏目が出てしまうとは思ってもいなかった。

 

「最悪一つは優勝を取りたいから詩奈に頑張ってもらわないとね。」

「ああ、スピード・シューティングは勝ち取りたいな。」

 

達也は克也の言葉に頷きながら順位表を確認していた。



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第七十一話 容認

大会四日目から八日目にかけて新人戦が行われる。一日目はスピード・シューティングの予選と決勝、バトル・ボードの予選がありこれはまだ安心して見ることが出来た。

 

午前中はスピード・シューティングとバトル・ボードの予選が行われ

 

一高

 

スピード・シューティング 決勝トーナメント進出

バトル・ボード 予選突破

 

三高

 

スピード・シューティング 決勝トーナメント進出

バトル・ボード 予選突破

 

となり予定通りだった。昼休憩を挟み午後からはスピード・シューティングの決勝トーナメントが行われ首脳陣の期待通りに詩奈が優勝してくれた。

 

「使用した魔法は『ドライアイスの亜音速弾』かまだまだ荒削りだけど二年後にはもしかしたら七草先輩にも匹敵するかもしれないね。」

 

克也は達也と深雪、泉美、香澄と五人で詩奈の決勝を見に来ていた。

 

「まさか七草先輩と同じ魔法を使ってくるとはな。」

「詩奈ちゃんはお姉様を尊敬されているようで昔からよく教わっていたみたいですよ。」

「七草先輩より泉美と香澄とよく遊んでいたと思っていたけど。」

「歳が近かったので遊んではいましたが魔法を使うことはお姉ちゃんに教えてもらってたみたいです。」

 

二人から情報を聞いて同じ魔法を使っていた理由がよく分かりもやもやが薄れた。

 

スピード・シューティングは

 

優勝 一高

 

準優勝 三高

 

 

となり予定通りだったので一日目は安堵できる結果だった。

 

 

 

大会七日目新人戦二日目はクラウド・ボール予選と決勝、アイス・ピラーズ・ブレイクの予選があった。

 

一高は

 

クラウド・ボール・女子 三位

クラウド・ボール・男子 三位

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 予選敗退

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 予選敗退

 

一方三高は

 

クラウド・ボール・女子 優勝

クラウド・ボール・男子 優勝

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 予選突破

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 予選突破

 

となり

 

総合順位

 

一位 一高 四百三十五ポイント

 

二位 三高 三百三十五ポイント

 

三位以下混戦状態

 

となりまだ点数には余裕があるが翌日からが今年の九校戦一番の山場だと言われ苦戦は免れないと誰もが予想していた。

 

 

大会八日目新人戦三日目と大会九日目新人戦四日目は予想通りの結果になった。

 

三日目

 

一高

 

バトル・ボード・女子 予選敗退

バトル・ボード・男子 予選敗退

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 四位

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 四位

 

三高

 

バトル・ボード・女子 優勝

バトル・ボード・男子 優勝

アイス・ピラーズ・ブレイク・女子 優勝

アイス・ピラーズ・ブレイク・男子 優勝

 

四日目

 

一高

 

ミラージ・バット 三位

モノリス・コード 予選四位で突破

 

三高

 

ミラージ・バット 優勝

モノリス・コード 予選一位で突破

 

総合順位

 

一位 一高 四百六十五ポイント

 

二位 三高 四百五十五ポイント

 

本戦での貯金を使い切ってしまうことになり首脳陣は頭を抱えていた。

 

「本戦のミラージ・バットとモノリス・コードは優勝を狙えて総合優勝も狙えるだろうが今年は良くても来年以降はマズいな。」

「二年生はいいとして一年生はテコ入れが必要かもしれないね。いくらエンジニアの腕が良くても選手の魔法力が低くては意味が無いから鍛えないと。」

 

夕食の前、一高首脳陣つまり三年生徒会役員は九校戦会場のホテルの会議室で反省会を行っていた。優勝した克也、深雪、雫、ほのかまでが沈んだ表情をしているのはそれだけ結果が芳しくなかったからだろう。

 

「明日のモノリス・コードは大丈夫でしょうか?」

「分からないな三高の一年もなかなかの腕前だったから優勝は間違いないだろうからせめて準優勝はしてほしいものだ。」

「けど、彼らが決勝トーナメント進出出来た時点で驚きなんだからそれは難しいね。」

 

克也の言葉は厳しいが事実なため反論することが出来なかった。モノリス・コードは得点が高いこともありもっとも魔法力のある生徒三人が選ばれるのだが今年の一年生はほぼ横ばいだった。

 

よく言えば実力差がなく安定しているが悪く言えば実力が低く人選が難しいのだ。それに加え二種目しか掛け持ちが出来ないので仕方なく総合トップ三からではなくトップ十から選ぶことになり予想通り苦戦していた。

 

「三高に離されないためには可能な限りは上位に入ってもらいたいね。」

 

克也の言葉は気休めにしかならなかったため暗い雰囲気を吹き飛ばすことは出来なかった。

 

 

 

夕食時、一年生はもとより二年生、三年生にまで暗い影が落ちているのは本戦前半の結果と新人戦の結果に差があり魔法力の格の違いがはっきりしたからだろうか。

 

「克也、さっきテコ入れが必要だって言っていたが具体的にはどうする?」

「まずは体力からだろうね。体がついてこなければ魔法力があっても使い物にはならないから走り込みから始めようかな?一週間に二回ほど放課後に第三演習場を走らせるとか。」

「二年生は大丈夫だろうが一年生がついてこれるかどうかだな。」

 

真面目に話し合えたのはここまでだった。

 

突然女子生徒の悲鳴が上がり振り向くと森崎が苦しげに両膝をつき首元を抑えていた。

 

「森崎!」

 

駆け寄るとさらに苦しそうにのたうち回ったためどうすることもできない。

 

「達也、レオ!森崎を立たせて抑えてくれ!」

「わかった!」

「おう!」

 

達也とレオが森崎の両腕をしっかりとつかみ暴れないように押さえつけている間に俺はやるべきことを決めた。

 

「森崎痛むだろうがすぐ終わらせる少しの間我慢してくれ。セイ!」

「がは!」

 

森崎の引き締まった腹部に拳を叩き込み胃の内容物を強制的に吐き出させる。数発入れると森崎は痛みのあまり気絶した。

 

「これで大丈夫だと思うけど念のために先生を呼ぼう。」

「そうだな。」

 

森崎を医務室運ぼうとするともう一人が倒れ込み首元を抑えていた。

 

「十三束もか!」

 

森崎を床に寝かせた後十三束にも同じようにして吐き出させ二人を担いで医務室に向かった。

 

 

 

安宿先生に検査を頼んでいる間廊下で三人で話し合っていた。

 

「二人とも同じように首を抑えていた同じ病気かな?」

「俺達はそれの専門じゃないから安宿先生に任せるしかない。」

「レオは何か気付いたことはある?」

 

達也の質問にレオは何かに気付いたかのようにまくし立てた。

 

「二人ともモノリス・コードの出場者だぜ狙われた可能性はあると思う。」

「…なら幹比古もか?だけどそんな表情は見られなかった。レオ悪いけど幹比古の体調を見てきてくれないか?二人のことは俺達に任せて欲しい。」

「O.K.克也、今から聞いてくるから少し待っててくれ。」

 

レオは宿舎に向かって走り出しあっという間に消えていった。レオがいなくなってから数分後、安宿先生が出てきたので結果を聞いてみた。

 

「食中毒ね正確にはノロウイルスだけど。」

「この時期にですか?」

「主に冬が多いけれど年中かかることがあるわ。夕食時にいた全員に感染するかもしれないからこれを全員に飲ませてあげてね。」

 

そう言って渡してきたのはカプセル型の薬だった。

 

「ありがとうございます。感染経路は後ほどお伝えしますのでこれで失礼させていただきます。」

 

 

 

安宿先生との会話を終え会議室に生徒会役員とレオを含む首脳陣を集め先程の話を聞かせた。

 

「…ということでほのか、水波、泉美、詩奈、男子生徒にも手伝ってもらって夕食に参加していた生徒全員にこれを配って欲しい。レオと幹比古はここに残ってくれ話し合いたいことがある。」

 

指示を出し四人が出て行った後感染経路について話し合っていた。

 

「二人が食べていたサラダを調べたけど特に問題は無かったよ。同じものを食べた生徒にもウイルスは見つからなかったからあれ自体が悪いわけじゃないみたいだ。なら二人はどこから持ってきたのかが問題だね。」

「幹比古、二人はモノリス・コードに出場予定だったが何か二人が病気になるようなことはあったか?」

 

達也の言葉に幹比古は記憶を読み返し何があったか思い出そうとしていた。

 

「夕食前に二人に誘われてソフトクリームを食べに行くことになったんだけど実家からの電話があって僕は二人と別れたんだ。もしかしたらそれが原因なのかもしれない。」

「そのソフトクリームはどこのだ?」

 

レオの質問はそれが特定できれば原因が見つかりやすくなるとふんでの問いだった。

 

「かなり有名な店舗の移動車らしくて他の高校も来ていたからみんな口にしているはずだよ。」

「知り合いにも似た症状がないか聞いておくよ。」

 

克也、達也、深雪、幹比古、レオによる会議は暗い影を残して終了した。

 

 

 

翌日の朝、克也達は臨時の会議を開いていた。メンバーは昨日のままだ。

 

「結果を言うと誰も体調を崩してはいないみたいだよ。三高、四高、二高がもっとも多く食べていたみたいだけど問題ないらしい。」

「ということは意図的に一高の選手が狙われたということですね?」

「理由が分かんねえぜ?何故俺達一高なんだ?魔法を否定したいなら全員に同じようにすればいいはずだぜ達也。」

 

レオも頭が悪いわけではなく時々今のように鋭い意見を出してくる。

 

「つまり僕達一高あるいは特定の人間の誰かを狙っているってことじゃないかな?」

「幹比古の意見が今のところ濃厚だろうな。」

「達也、それより代役はどうする?」

「あとで俺と克也が大会委員と折衝してくる。なんとかして出場させてもらわないと三高に優勝を持って行かれることになる。」

 

情報は昨日の夜メールで聞いており将輝と文哉、亜夜子、光宣から貰っていた。真夜にも移動車を追跡して貰っているが今のところ手掛かりがないらしく連絡は来ていない。朝の緊急会議は十分ほどで終了した。

 

 

 

ある場所で男達は密談をしていた。そこは暗く電気は付けておらず五人がけの丸いテーブルの中央に置かれたロウソクが不気味に揺れていた。

 

「首尾はどうだ?」

「完璧だ、一高は本戦のモノリス・コードを棄権せざる終えない。」

 

ぽそりと呟かれた言葉に同じような声音で答えながらにやりと笑った。

 

「実行者は始末したんだろうな?」

「もちろん証拠隠滅もしっかりとしてある。万が一見つかったとしても自殺と判断されるように命令しておいたからな。」

「ならいい、我らの復讐はこの程度では終わらん明日の昼頃に作戦を実行させる。我が同胞達とボスのために自らの命を差し出そう。」

 

男達の密会は誰にも見つかることもなく終わった。

 

 

今日は新人戦のモノリス・コード決勝トーナメントが行われるが見ている暇はない。大会委員に今回の事情を説明し本戦のモノリス・コード出場を認めて貰わなければならないため克也と達也は大会委員本部に赴き大会委員長と話をしていた。

 

「つまり本戦のモノリス・コードの出場選手変更を認めて欲しいということですか?」

「そうです。四葉家としてのお願いではなく一高としてのお願いです。」

「しかしそれは彼らが元々病気を持っていたのではありませんか?」

「二人が同時に同じような症状を見せることなどあると思いますか?それともホテルの食事に混ぜられていたとおっしゃりたいのであればご心配無用です。既に二人が食したサラダには基準値以下の病原菌しかありませんでしたし他にも食べた生徒にも症状は見られませんでした。」

「しかし…。」

「しかしもどうもこうもありません。彼らと同じソフトクリームを食べた他校の生徒には症状が見られませんから彼らが意図的に狙われたと考えて間違いないと思いますが。」

 

大会委員長は一昨年同様異例を認めたくないらしい。正確には自分達の失態を知られたくないために行動しないのかもしれない。さすがの俺達でも腹が立つがその怒りは電話の着信により急速に消え去った。

 

「失礼します。」

 

一言断ってから電話に出ると真夜からだった。

 

「『母上』どうしました?」

『克也が頼んでいたことが詳しく分かったから連絡したんだけど必要なかったかしら?』

「俺達の優勝がかかっていますから必要です。それでどうしましたか?」

『あなた達の同級生二人を狙っていた人物が判明したの。自殺に見せかけて死んでいたけど上からの命令だと言うことはすぐにわかったわ。その人物は【ノーブル】と【ブランシュ】の合体組織【レプグナンティア】の構成員で去年から今回のためだけに潜入していたみたい。』

「ありがとうございます大会委員長にもお伝えしておきます。」

『それと気を付けなさい克也。何をしてくるか分からないけど反魔法師団体の強硬部隊が九校戦会場に向かっているから。』

「肝に銘じます『母上』それでは。」

 

電話を切り大会委員長に向き合い話す。

 

「どうやらまた工作員が潜り込んでいたようです。あなた方の失態ですが攻めるつもりはありません選手変更を認めてもらうだけでいいんです。」

「…分かりました認めましょう。」

「ありがとうございます。」

 

話し合いが終わり試合会場に向かう途中達也に先程のことを知らせた。

 

「狙われるのか?」

「来るだろうね魔法師を大勢殺せるタイミングだから。」

「いつ来るだろうか。」

「明日の昼頃じゃないかな明日は本戦のモノリス・コードかあるし終わり次第表彰が始まるから観客も減る。一番多く殺すなら決勝が行われる十四時ぐらいだろうね。」

「モノリス・コードの作戦はどうする?」

「去年と同じように幹比古に頑張ってもらおうと思ってる。幹比古なくして俺達の優勝はないよ。今なら同時に三つぐらい『感覚同調』を使えるだろうからね。」

 

そんな会話をしながら新人戦モノリス・コードが行われている会場に向かった。



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第七十二話 惨事

達也がモノリス・コード三位決定戦の試合会場に到着したのは始まる三十分前だった。準決勝で一高は九高に負けたため三位決定戦に回ることになっており本戦次第では逆転される可能性は十分にあるため安心は出来なかった。

 

「達也君、克也君は?」

「一年生のCAD調整に行ったよ。といっても最終調整するだけだから仕事は皆無に等しいけど。」

 

達也が苦笑しながら答えたが幹比古から質問されたので真顔に戻した。 

 

「ところで達也話し合いはどうなったんだい?」

「許可してもらったよ。」

「出場選手は?」

「克也が決める予定だから決勝が終わり次第伝えてくれると思う。今は応援をしよう。」

 

 

 

大型ディスプレイには八高と遠方で睨み合う後輩三人が映し出されていた。一昨年同様一高と八高の試合は『森林ステージ』で行われるようだ。

 

「魔法力では劣っているが気持ちは負けていないなそこは評価してもいい。」

「達也お兄様、勝てると思いますか?」

「万に一つも無いとは言わないけどかなり厳しいだろうね。克也が完璧に調整していても本人が使いこなせなければ意味が無い。」

 

厳しい評価だが達也の言葉に勝ってほしいという思いが含まれていたため言葉ほどきつくはなかった。

 

戦闘開始から数分後、両陣営のちょうど真ん中辺りで双方のオフェンス担当選手から同じ魔法が放たれ少しの間拮抗したが互いに効力を失い魔法式は破綻した。それを見た観客は歓声で迎えたが達也達の表情は厳しいままだった。

 

「押されてるね。」

「分析できる眼がないと今のは気付けなかっただろうな。」

「達也お兄様どういうことですか?」

 

幹比古と達也の呟きに状況が理解できず深雪は質問してみた。

 

「今の魔法は『陸津波』だが一高選手はかなり本気で発動させていたようだが八高選手は半分ほどしか出していないように見えた。今のでオフェンス担当選手も実力の差に気付いただろうがここで諦めるわけにはいかないだろう。」

「達也君、どうなると思う?」

「一方的な展開にならないよう祈るしかないだろうな。」

 

達也は望みをかけていたが望みが叶うことはなく一方的な展開になり開始から十分で三位決定戦が終了してしまい一高は意気消沈していた。

 

一位 三高

 

四位 一高

 

総合順位

 

一位 三高 五百五ポイント

 

二位 一高 四百六十五ポイント

 

三位以下混戦状態

 

結果、最終日前日にはついに一高が首位から陥落してしまった。

 

 

 

その日の夜、克也は達也の部屋に集まったいつものメンバーに参加選手を発表した。

 

「オフェンスは達也、遊撃は幹比古、ディフェンスはレオに頼みたい。」

「問題ない。」

「任せて。」

「いいぜ、でもディフェンスって何すりゃ良いんだ?」

 

レオは今まで参加していなかったのでルールを知らない。それは予想済みだったので説明することにした。

 

「ディフェンスは自陣のモノリスを敵の攻撃から守る役目だ。勝利条件は知っているだろ?」

「相手チームを戦闘続行不能にするかモノリスに隠されたコードを打ち込む、だったよな?」

「その通り。それで隠されたコードを読み取るには無系統の専用魔法式をモノリスに打ち込まなきゃならない。専用の魔法式が鍵になっていてモノリスが二つに割れるんだが一旦分割されたモノリスを魔法でくっつけることは禁止されている。だがモノリスの分割を阻止することは禁止されていない。専用魔法式の最大射程は十mに設定されているからそれ以上の距離では機能しない。」

「ってことは、俺の役目としては敵チームを十m以内に近づけないこと、鍵が発動されてもそれでモノリスが割れないように防ぐこと、モノリスを割られてもコードを読み取られないように邪魔をすることの三つか。」

「満点だレオ。」

 

レオの理解の早さに克也は満面の笑みで頷きを返した。

 

「硬化魔法でモノリスの鍵を打ち込まれても割れることはないからくっついたままの状態を保つことが出来る。割れてしまったモノリスを再びくっつけることにならないからルール違反にはならないよ。」

「克也、それって立派な悪知恵だぜ?」

「頭が回るとか作戦を練るのが上手いと言って欲しかったんだけど。」

「克也は達也と同じで人が悪いぜ。」

「そりゃどうも、双子だから許してくれ。」

 

軽い冗談を交えながら説明したのでレオの不安もある程度は消えたようだ。だが心残りなのは撃退方法なのだがレオ自身も分かっているらしく聞いてきた。

 

「鍵は理解できたけどよ撃退の方はどうすんだ?自慢じゃねえが遠隔攻撃は苦手だぜ?」

「今回はたまたま運が良くてな新人戦の合間に作ろうとしていた物があるんだけどこれを使おうと思う。」

 

克也が部屋に入るときに持っていた箱の中身をレオに渡した。

 

「これは?」

「遊びのために作った武装一体型CADで一昨年の九校戦で渡辺先輩が使った硬化魔法を応用したものだ。人を殺す目的では作っていないけど刀身部分を作り替えればそれに使うことも出来る。」

「物理攻撃は禁止だろ?」

「質量体を魔法で飛ばす攻撃は禁止されていないから問題ないはずだよ。そもそも硬化魔法の定義は『相対位置の固定』だ。固定概念として『接触していなければならない』というのがあるからそれを取っ払えば『接触』している必要は無い。感覚としては『飛ばす』というより『伸ばす』に近いと思う。レオにとっては面白い武器になると思うよ?」

 

ニヤリとしながら聞くとレオも同じようにして見返してきた。

 

「任せろ克也。」

「幹比古、『感覚同調』は同時にいくつ使える?」

「今なら三つまでかな。『視覚』と『聴覚』、『嗅覚』だよ。」

「常時使える状態にしていて欲しい決勝トーナメントは何が起こるか分からないからね。」

「了解。」

「幹比古のCADは俺と達也が調整しておくからレオはエリカと腕慣らしをしてきて欲しい。その『小通連(しょうつうれん)』にはレオの個人設定がしてあるからいつでも使用可能だよ。」

「さすが克也、気が利くぜ。」

 

レオがそう呟きエリカと二人で練習場に向かったのを確認したあと俺と達也は深雪、ほのか、雫、美月、幹比古が見ている前で猛烈なスピードでキーボードを叩きマニュアル調整を始めた。そのスピードに深雪を除く四人は「相変わらず異常なスピード」とでも言いたげな表情で克也と達也を見ていた。

 

調整が終わったのは約一時間後だった。

 

 

 

今日からは本戦に戻りモノリス・コードの予選、ミラージ・バットの予選と決勝が行われる。午前中はモノリス・コードの予選を行い午後からはミラージ・バットの予選を、夜からは決勝が予定されているが克也は明日のモノリス・コード決勝の最中は試合を観戦できないと確信していた。『レプグナンティア』の日本支部を中心としたデモ隊がやって来ると真夜から情報を貰っていたためその対応をしなければならないためだ。

 

ナンバーズの配下の警備員達にも頼んでいるが完全に防げるとは考えていない。将輝に伝えたいところだが決勝の前に動揺はさせたくないため話さずにおくことにした。

 

 

 

本戦モノリス・コード予選一高は余裕で勝ち進み決勝トーナメントに進出し将輝とジョージを含む三高も同じく危なげなく進出した。準決勝は八高となり一昨年の雪辱を果たすつもりで意気込んできた三人だったがあれからさらに魔法力を伸ばした達也達に勝てるはずもなく一昨年以上の力の差を見せつけられ決勝に進んだのは達也達だった。

 

「これでモノリス・コードの優勝はほぼ確定だな。」

 

決勝ステージが一昨年同様「草原ステージ」に決まり独り言を呟きながら大会委員を問いただしたい気持ちになったが今聞いても仕方が無い。俺が立ち上がり観客席から離れようとするとエリカに聞かれた。

 

「達也君の試合見ないの?」

「ちょっと野暮用がね。」

「お家関係?」

「そんなところ。」

 

軽くあしらい九校戦会場のある富士南東エリアに唯一繋がっている一本道を向かってくるデモ隊を視ながら歩き出す。ホテルに向かうふりをして入退場ゲートに向かう途中水波に出会い驚いた。

 

「水波、どうした?」

「達也兄様に克也兄様と同行しろと命じられましたので来ました。」

「荒っぽいことにはならないはずなんだけどまあいいか、おいで水波。」

 

水波が婚約者として来たのではなく四葉に関わる魔法師として来たのだと克也には分かっていたため追い返すようなことはしなかった。

 

 

 

水波を連れて道路に向かうと予想以上のデモ隊の人数に頭痛がした。これだけの人数が来ているのに何故警察は無視しているのか不思議に思ったが警察の人数では抑えきれなかった分が流れてきているのだろうと考え詮索をやめた。

 

「水波、物理障壁の準備をしておいてくれ。」

「何故でしょうか?」

 

水波は首をかしげながら不思議そうに聞いていた。

 

「あいつらが投擲してくるかもしれないから念のためにね。俺達なら避けられるだろうけど死角から狙われたらマズいから。」

「わかりました。」

 

水波がCADを取り出し魔法を発動する準備が整う頃にはデモ隊が目前にまでやってきていた。立て札やスローガンを書き込んだ布を大勢で持ち歩いている者もおり今回のためにやってきたことが分かる。

 

{このタイミングで来られたら迷惑にもほどがある。こちらの人数では対処できないだろうな。}

 

克也は後ろに控えるナンバーズ配下の警備員達を視ながら思っていると一名の暴漢が石を投げつけてきた。一歩横に移動するだけで避けれるが明確な敵意を込めて投げ付けられた側とすれば嫌悪感を抱いても仕方ない。

 

「投げつけた理由を聞いても良いか?」

 

冷ややかに見つめながら聞くとリーダー格とおぼしき人物が数歩前に歩き出し答えた。

 

「この先のエリアで魔法を用いた大会が行われていると聞いた。今すぐに中止して貰いたい。」

 

少しは話の通じる相手のようなので質問に答えながら情報を聞き出すことにした。

 

「それは事実だが何故中止しなければならないのか聞きたい。」

「魔法は人間の命を容易く奪う物でありそれを見境無く使われては困る。」

「確かに魔法は人間の命を簡単に奪えるが人間の命を救うことも出来る。見境無く使うことは法で固く禁じられているはずだ。」

「しかし、我々の中には魔法による被害を受けた者が大勢いる。責任を取ってもらわなければこちらもこれ以上抑えることは出来ない。」

「そちらが怪我をされているのは存じているがこちらも暴力によって大怪我を受けている。ならどちらにも非があるのではないか?」

「こちらは魔法など使っていない。そちらは魔法で自衛できるだろう?それに魔法師は一般人より強いはずだ。」

 

どうやら俺の予想は間違っていたらしく「魔法を勝手に使ってはならない」や「魔法で自衛すればいい」など自分勝手な意見を口走ってくるため内心辟易しだしていた。

 

「貴方は言っていることが支離滅裂だと気付いていないのか?魔法を勝手に使ってはならないと言いながら魔法で自衛すればいいと言う。自衛した場合勝手に魔法を使ったなどと文句を言うのだろう?馬鹿馬鹿しくなってくる。それに魔法師でも一般人より能力の劣る者はいくらでもいる。魔法師だったらなんでも出来ると思っているは大間違いだ。」

「黙れ!」

 

先程まで冷静に話していた男が大声で怒鳴り始めた。

 

「お前らのせいで俺達は迷惑しているんだ!他国から攻撃されるのお前達の存在があるからだろうが!」

「その狙われるあなた達を守っているのはその魔法師ですよ?俺達は元々作られた存在だ望んで生まれたわけじゃない。」

 

俺は怒り狂っている男の感情に流されず彼を落ち着かせようと無表情に語っていたがそれが油に火を注ぐことになるとは思ってもいなかった。

 

「黙れ!お前らやってしまえ!」

「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」

 

男の命令に従い多くのデモ参加者が武器を振り回しながら走ってきたので彼らの目の前五mに『ダーク・ナイト・フォール』を着弾させる。男達はえぐられた地面を見て急停止し目線を上げて俺を見てきた。

 

「俺はあなた達に怪我をさせたくないんです。人間には言葉という人間にしかないものがあるじゃないですか話し合いましょうよ。怪我をして喜ぶ者など誰もいません。」

「魔法を使う者など人間と呼べるわけがないだろうが!お前ら殺せ!ここにいる魔法を使う者を全員殺してしまえ!」

 

男がもう一度叫ぶと先程とは比べものにならない数が突撃してきた。

 

「交渉決裂か、全員総攻撃用意!決して殺すな捕まえられるだけ捕まえろ!」

「了解!」

 

俺の声に集まっていた警備員全員が迎え撃つために同じように突撃した。

 

「水波、怪我をしないように自分に物理障壁を展開しながら戦ってくれ。お前なら気絶させるなど容易いだろ?」

「大丈夫です克也兄様もお気を付けて。」

 

互いに別の方向に走り出し暴漢を可能な限り止めに行く。多方面からほぼ同時に跳びかかってくる男達の距離・体勢・呼吸・速度・クセを瞬時に把握し最低限の動きと攻撃で無力化する。無力化した暴漢を警備員に拘束させ他の男達を狙う。

 

右方面から『キャスト・ジャミング』が放たれる。黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が聞こえてくるが想子を一定量で体全体に放出しカーテンのように自分の体を覆う。するとほぼその音が聞こえてこなくなり真鍮色の指輪を付けた左腕を突き出している男に近付きながら呟く。

 

「『アンティナイト』古代文明の栄えた都市にだけ産出する軍事物資。雇い主(パトロン)はウクライナ・ベラルーシ再分離独立派。パトロンのスポンサーは大亜連合か?どうやって手に入れたか気になるが今はどうでも良いよ。」

 

俺の言葉に驚愕をあらわにしたので俺の予想は正しかったようだ。体術で男の背後に回り首筋に手刀を叩き込み気絶させる。他の暴漢を捉えるために克也は縦横無尽に駆け抜け始めた。

 

 

 

二時間ほど経った頃、数百名を捕縛したところでデモ隊が引き返して我先にと退散を始めた。眼に見える範囲からいなくなるのを確認して腕時計を見ると時刻は十六時を少し過ぎたところだった。

 

達也達が優勝したかどうかは分からなかったが予定通りに行けば総合優勝しているだろう。安堵しようと長いため息を吐こうとした瞬間遠くからやって来る何かの音が聞こえた。

 

「水波、何か聞こえなかったか?」

「何も聞こえませんでしたが。」

「あなた達も聞こえませんでしたか?」

「いえ、いつも通り歓声が聞こえるだけですが。」

 

{俺の聞き間違いか?}

 

そう思っていたが俺の聞き間違いではなかった。ヒュルルルルルと音が聞こえ始めどんどん大きくなり近付いていることが分かった。

 

「何だ?」

 

北西の空を見上げると何か物体らしき物が飛んでくる。それが何か克也には分からなかったが放置すれば最悪の事態になると直感し『燃焼』をそれに向かって放ち原子まで燃やされた「それ」は跡形もなく消え去った。

 

「今のは何だったのですか?」

「分からない。でも良くないことが怒っているのは確かだ。」

 

そう答えた瞬間ここにいる魔法師だけでは防げないほどの数の「何か」が向かってくることに気付いた克也は舌打ちを漏らした。

 

「なんて数だ!これじゃあ、防ぎようがない!水波、会場の上空三百mに幅百mの物理障壁を展開できるか!?」

「可能ですが強度が足りません!」

 

水波の報告に再度舌打ちを漏らすが悩んでいる暇はない。上空をとてつもないスピードで飛んでくる「何か」を撃ち落とすなどナンバーズ配下の警備員といえど簡単なことではない。それならば自分が可能な限り撃ち落とせば良い。

 

遠くに聞こえた音が全員にはっきり聞こえる頃になるとようやくそれが何だったのかが分かった。

 

「ミサイルだと!?それも国防陸軍特殊長距離ミサイルじゃないか!」

 

叫ぶがそれよりも早くに『燃焼』を連続発動させミサイルを燃滅させるが如何せん数が多すぎて全てを撃ち落とせず会場の観客席に向かって落ちていく。

 

{まずい!}

 

しかし俺の動揺はすぐに収まった。何故なら会場の観客席上空に局所的に展開された物理障壁によって爆風が防がれたからだ。それでも俺の安心は長くは続かない何故なら第二波として先程と同じかそれ以上の数のミサイルが撃ち込まれたからである。

 

なおも燃滅させ続けるが防ぎきれないミサイルの数が増え水波の物理障壁に向かって飛んでいく。さすがの水波でも一瞬の気の緩みも許されないこの状況で魔法を連続発動させるのは厳しいらしく少しずつ物理障壁が歪み始める。

 

{このままじゃ観客が!}

 

その時これまで以上の数のミサイルが撃ち込まれ為す術もなく水波の物理障壁が破られ三発が観客席の天井に直撃した。

 

ミサイルが直撃した観客席の天井は簡単に崩れ落ち真下に落下した。悲鳴や怒声が聞こえてくるがどうしようもなく俺達は現場を見上げることしか出来なかった。



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第七十三話 挽回

UA40000超えありがとうございます!5/7


今、克也達は九校戦会場からバスで引き上げているところだが車内は重く暗い雰囲気が漂い生きる屍と化した生徒達は俯いたまま一言もしゃべらない。

 

九戦校は本戦モノリス・コードで優勝ミラージ・バットで優勝と準優勝し三高がミラージ・バットでこけてくれたお陰で一高が総合優勝し六連覇そして克也達の三連覇で幕を下ろしたが互いに抱き合ったり喜びを爆発させる生徒は誰一人としていなかった。

 

それもそうだろうモノリス・コードの決勝が終わりモノリス・コード優勝と総合優勝したことではしゃいでいる時に上空で爆発音が轟き見上げていると突然観客席の天井が落下してきたのだから。

 

死者と怪我人は数えられないほどとなり最悪の事件となってしまった。

 

世論から否定的な言葉を投げかけられることを分かっていたが克也からすれば真夜の忠告を生かせなかったことと比べるとひっかき傷のようなものだった。

 

隣に座る水波の左手を握りながら克也は歯を食いしばり俯いており雫、ほのか、幹比古はともかく達也も深雪もかける言葉が見つけられず同じように悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

 

翌日、克也は水波を連れて四葉家本家に来ていた。今回の事件の報告をしに来たのだがその足取りは重く真夜に叱られると思いながら書斎に向かっていた。

 

「叔母上、ただいま到着しました。」

 

書斎のドアをノックしてから名乗ると葉山が開けてくれたので中に入り真夜の向かいに座る。水波は俺の横に緊張した面持ちで座る。葉山が出してくれたコーヒーを一口飲んだあと克也は謝罪を始めた。

 

「叔母上、この度情報を頂いていたにも関わらず事件を防げなかったことをお詫び申し上げます。」

「克也が謝ることは何も無いでしょう。むしろ褒められることだと思いますよ?」

 

克也の謝罪に真夜は優しく答えるが克也にとってはそれがむしろ心に刺さった。

 

「自分の認識の甘さが裏目に出た結果がこれです。俺は補佐としてやっていく自信を失いました。」

 

克也のカミングアウトに水波だけでなく真夜も葉山も驚きを隠せない。

 

「デモ隊さえ抑えれば何も起こらないという勘違いを起こしていました。こんな簡単なことを予測できずにして補佐が務まりましょうか?」

「いつにもましてネガティブね克也。達也さんだったら予測できたとでも言いたいのかしら?」

「達也は自分よりはるかに頭の回転が速いですし切れますから予測は出来たかもしれません。」

 

克也も達也が万能だとは思っていないが自分より頭の切れる弟なら可能だったのではないかと思い始めていた。

 

「克也の気持ちは分かりましたが補佐から立場を変更はさせません。それは深雪さんにも達也さんにも貴方にも水波ちゃんにもそして四葉にとっても大きな利益になりますから。」

「…分かりました。」

 

克也は渋々頷き受け入れた。

 

「ところで叔母上被害はどの程度なのでしょうか。」

「今のところは死者百名 重傷者七十名の大惨事ね。」

「予想以上の規模ですね首謀者は分かっていますか?」

「国防陸軍大亜連合強硬派 酒井大佐の部下による反乱よ。」

「ミサイルが発射された場所はどこですか?」

「国防陸軍 伊豆基地みたいよ。」

 

俺の質問に淡々と答える真夜に感心しながらも別のことを考えていた。去年の復讐というところだろうか。九校戦の大幅な競技変更を求めたのが大亜連合強硬派の首班酒井大佐であり彼の暗躍を四葉が発見し失敗させたのだからその部下が上司の敵を討ちに来ても可笑しくはない。

 

「世論は大丈夫でしょうか。」

「五分五分でしょうね。落下してきた天井から一般人を守ろうとした魔法師を擁護する一般人もいるようですから。」

「その人達が狙われることがないことを祈るばかりですね。」

 

自分達の意見に賛成しない者達を標的とした嫌がらせは何時の時代も起こりうるため懸念してしまう。

 

「克也も達也さんも深雪さんもこの三年で素晴らしい成績を残してくれました四葉家として嬉しい限りです。」

「ありがとうございます。」

 

突然の真夜の賛辞にも動じず俺は素直に真夜の賛辞を受け入れた。

 

今年の九校戦で克也と深雪は出場競技で全て優勝、達也は担当選手で相打ちを除き無敗という快挙を成し遂げていたため真夜に褒められても照れたりはしなかった。克也が真剣に考えていた最中にこのタイミングで聞く必要があるのかという話を振ってきた。

 

「ところで貴方達はもうすでに『事』を終えたのですか?」

「っ!」

「…叔母上真剣な話の最中にそれを放り込みますか?」

 

水波は顔を真っ赤にしながら俯き俺は少し白けた表情で問い返す。

 

「重い話ばかりだと肩の荷が下ろせませんから少しぐらい構わないはずよ。」

「TPOを考えて下さい。それにまだそんなことはしていませんよ。」

「あら、貴方達ならしていると思いましたけどそんな気がないのですか?」

「無いわけがないでしょうむしろ俺の中にはしたいという気持ちがあります。それに達也も深雪もしていないと思いますよ。」

「なら何故行動に移さないのかしら?」

「学生の間にできてしまったら問題になりますし負担が大きすぎます。」

 

真夜と克也のやり取りに水波はさらに顔を真っ赤にさせ今にも泣き出しそうだったが二人は気付いていなかった。

 

「私は早く孫を見たいのだけど。」

「急かさないで下さい俺達にも速度というものがあるんです。自分達の速度で歩ませて下さい。」

「考えておくわ。」

 

真夜の返答にがっかりしながらため息をつく。

 

「ところで酒井大佐の部下の反乱だとおっしゃいましたがどなたなのですか?」

「首謀者は矢口中尉だそうですよ。」

 

俺のいきなりの話題転換にも叔母は顔色一つ変えず簡潔に答えた。

 

「矢口中尉はどうされるのですか?」

「捕縛するつもりですが彼の行動によっては国家反逆罪で処断することになるでしょう。」

「その役目自分に任せてもらえませんか?」

「何故か聞いてもいいかしら?」

「今回自分は役目を果たせませんでした。汚名返上する機会を頂きたいのですお願いできませんか?」

 

真夜は克也の眼を見て黒羽家より克也に任せた方がいいのではないかと思い始めていた。日本の魔法界の頂点である十師族の一員である四葉家の血を受け継ぐ自分の不甲斐なさを呪い誰よりも責任を感じている克也以外には任せられなくなりそれだけの光が克也の眼に映っていた。

 

「いいでしょう貴方に任せます。人員はどうしますか?」

「実力行使は前提にしていませんが可能であれば文弥と数人のメンバーでお願いします。」

「分かったわ準備が整い次第連絡するからそれまでゆっくりしていなさい。」

「ありがとうございますそれでは失礼します。」

 

真夜と先程まで一度として会話に入ってこず真夜の後ろに立っていた葉山に克也は一礼し顔を真っ赤にしたままの水波を連れて書斎を出た。

 

 

 

葉山は少し心配そうに真夜にハーブティーを出しながら労うように質問した。

 

「奥様よろしいのですか?克也様に任務を任せても。」

「葉山さんは克也が失敗するとでも思っているのですか?」

 

真夜は少し機嫌悪そうに葉山に聞いたが葉山が言いたいことを理解していたので本気で聞いたわけではなかった。

 

「ここ最近の克也様の精神状態はよろしくありません。むしろ以前より悪化しているように思われます本人は自覚していないようですが。」

「それは同感だわ。克也はここのところ精神を切り崩すような形で学生生活を送っているから心配です。水波ちゃんに頑張ってもらわないと困るのだけれど。」

 

真夜は呟きながら入ったカップを彼女らしくない作法で音を立てて中身のハーブティーを回転させていた。それだけ真夜も克也のことが心配なのだろう。

 

「水波ちゃんにはやっぱり行為に及んでもらわないと解決しなさそうね。」

「しかし奥様、本人に強要させては余計に傷つけることになると思いますが。」

「そこが一番の問題ね二人は互いにそれを望んではいないでしょうしさっきまでの会話を聞いているとまだまだその段階まではいかないでしょうね。それよりここまで克也を思い詰めさせた矢口中尉にはそれなりの罰を与えなければ私の気が済まないわ。」

 

真夜はハーブティーの入ったカップとソーサーを空中に放り投げ『流星群』で貫いた。葉山は使用人を呼び粉々に砕け散ったカップとソーサーを片付けさせ使用人と共に書斎を出て行った。

 

 

 

数日後、黒羽家の魔法師三人と文弥を含めた五人で伊豆基地に向かっていた。少数で向かったのは大人数を動かすと面倒なことになるかも知れないと考えたからだ。

 

「克也兄さん、矢口中尉をどうされるつもりなんですか?」

「返答次第かな俺達が行ってまだ自分が正しいと言い続けるなら捕縛するし自分の行いを償う気があるなら監視に留めるよ。」

「何か情報が得られるといいですね。」

 

文弥の言葉は気休めでしかなかったが簡単に情報が得られるとは思っていない。セダンが伊豆基地に着くまで俺は眼をつぶり瞑想に近い感覚で精神統一をしていた。

 

 

 

伊豆基地には昨日のうちにアポを取っているので名前を告げるだけですんなり基地内に入ることが出来た。案内されたのは取調室と呼ぶことの出来る机と椅子が四つ置いてあるだけのこじんまりとした部屋だった。念のため盗撮と盗聴器が仕掛けられていないか確認し終えた文弥が報告に来た。

 

「克也兄さん、不審なものは何もありませんでした。」

「ご苦労様。」

 

肩に掛かるほどの髪を無意識のうちに耳にかける仕草をしながら顔を真っ赤にさせている文弥を見ると男だと分かっていても可愛いと思ってしまう。

 

もちろん克也自身にはそんな性癖はないが町中を歩けば十人中十人が美少女だという容姿をしているので無理矢理その思考を脳から追い出した。

 

黒羽家の魔法師三人は車で待たせているが宇治第二補給基地の時のようなことが起こった場合は人命より目標を優先せねばならないため実力行使もやむを得ない。

 

十分後、矢口中尉が訓練を途中で中断し取調室にやってきた。

 

「お待たせしました四葉殿、今回は小官にどのようなご用でしょうか?」

「今回お伺いしたのは九校戦でのことについてです。」

 

矢口中尉が話し始めたところで遮音フィールドを展開し話が外に漏れないようにする。克也が魔法を使ったことに矢口中尉は表情を変えず当たり前とでも言うように見返してきた。

 

「九校戦ですかそれは観客が多く亡くなったこととそこのお嬢さんと関係があるのですか?」

「彼女のことは後ほどお話ししますが今はその事についてです。」

 

文弥の変装(女装?)についてはそれほど言及がなかったので話を進めることにした。

 

「自分が聞かれることに何か感じませんか?」

「何かとは?」

「貴方自身が今回の事件の首謀者だということです。」

「…仰っている意味が分かりませんが。」

 

矢口は克也の質問に詰まったが疑問を覚えるようなほどの間は空かなかった。

 

「貴方は去年の九校戦の競技変更を打診した元大佐の酒井殿の補佐として関わられていましたよね?酒井殿が逮捕されてからというもの貴方が強硬派を率いて先の九校戦で一高が負けるよう『レプグナンティア』をそそのかしあまつさえ観客を巻き込ませた。違いますか?」

「はっはっはっは、何を根拠に言っておられるのですか?私が大佐の復讐のためにしたとでも言いたいのですかな?四葉の後継者補佐ともあろう方がその程度の推理力とは四葉家も落ちたものです。」

 

矢口の言い方に文弥は怒りを覚えたらしく立ち上がりかけるが俺の無感情に座り続ける様子を見て正気を取り戻し先程と同じように自分の椅子に座り直したのを確認した後俺は一つ切り札を出すことにした。

 

「では一つ説明しましょう、彼女はあの事件の犠牲者の娘さんです。何か言うべきことがあるのではないですか?」

「誠に運が悪かったとしか申せません。」

「それだけですか?ではもう一つ証拠をお見せしましょう。」

 

持ってきたデータカードをパソコンに読み込ませスクリーンに接続し音声を再生させた。

 

「首尾はどうだ?」

「完璧だ、一高は本戦のモノリス・コードを棄権せざる終えない。」 

「実行者は始末したんだろうな?」

「もちろん証拠隠滅もしっかりとしてある。万が一見つかったとしても自殺と判断されるように命令しておいたからな。」

「ならいい、我らの復讐はこの程度では終わらん明日の昼頃に作戦を実行させる。我が同胞達とボスのために自らの命を差し出そう。」

 

その音声を聞いた矢口は狼狽しスクリーンとデータカードの入ったパソコンを破壊した。

 

「如何ですか?これが証拠なので上官に提出してもいいですが。」

「捏造だ!俺を陥れるための道具だろう!」

「捏造ではありませんよあなた方が使っていた部屋の監視カメラの映像を元に口の動きを音声に加えたものでその部屋に残っていた残留想子を調べた結果貴方の想子情報と一致したというわけです。これでも言い訳を続けますか?」

「黙れ!誰かに命令されてしているのだろうそいつを教えろ!」

 

まだ惨めな言い訳を続けてくるので少し想子を活性化させ威圧するとすぐに押し黙った。

 

「いい加減にしろ裏はとれてんだよさっさとてめえの目的を言え。」

「…俺の目的は第一世代と調整体の撲滅だ。『レプグナンティア』はそれを利用させたに過ぎない。」

「ミサイルを発射したのは何故だ?」

「一高の邪魔を出来ないと分かったとたん自分のやったことがばれるのが怖くなって知っている者を消そうとして撃ち込んだ。観客を巻き込むつもりはなかったんだ。」

 

矢口に礼儀をかなぐり捨てて脅すと素直に話し始めたので矢口から見えないように録音しながら最も重要なことを聞くことにした。

 

「命令したのは誰だ?」

「それは言えない。」

「言え!」

「明日まで、明日まで待ってくれ明日には必ず話す。だから待ってくれ。」

「明日になったら本当に話すんだな?約束するならこの書類にサインをしろ。」

 

俺の差し出した四葉家の名前と印が押された誓約書に自分の名前と階級、所属部隊を書き込んだのを確認後矢口をその場に残し俺は文弥を連れてセダンに向かって基地を後にした。

 

 

 

セダンに乗りながら帰宅していると元の姿に戻った文弥が話しかけてきた。

 

「犯人が矢口中尉だという証拠が本人の口から出たのは大きな一歩ですね。」

「そうだね、でも黒幕のしっぽは掴めなかったのは痛いな。明日になったらわかることだから気にしなくていいか。」

「それより克也兄さん、変装させる意味が分からないんですが。」

 

俺が負のループに陥る前に話題を変えたつもりだったのだろうがそれは文弥自身を追い詰める結果になるとは知らなかった。

 

「あれは変装なのか?俺には女装にしか見えなかったけど。」

「女装じゃありません変装です!」

 

もちろんわかっていたが少し文弥をからかってみたかったのだ。今回文弥を変装させたのは変装が上手いことも理由の一つだったが主な理由は四葉の関係者だと知られないためであり文弥もわかっていたがそろそろこの格好を卒業したいのもあったので抗議しているのだ。

 

「まあいいじゃないか文弥のおかげで情報を引き出せたんだから。」

「一割も活躍していませんけどね。」

 

不満を漏らしながらも嬉しそうにしている文弥を見て俺も自然と笑みが浮かんできた。その間にもセダンは順調に東京に向かって走っていた。

 

 

 

翌日、伊豆基地より信じられない悲報が届いた。

 

『本日未明、矢口中尉 首つり自殺にて死亡』

 

それを聞いて俺はまたしても黒幕への道を阻まれ任務失敗に終わった。



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第七十四話 謝罪

名誉挽回のための任務も失敗した俺は精神的に病んでしまい一時的に本家へ強制送還させられ四葉お抱えの医師に「過剰なストレスによる精神的な疾患」と診断された。

 

一週間ほどは安静にしていなさいと言われ仕方なく本家で大人しく休んでいた。

 

三日ほど経つとほぼ回復し暇だったので叔母の事務処理を手伝っていた。叔母は昔からこういう手作業の仕事が苦手らしく葉山や紅林さんに手伝って貰っていたらしい。

 

当主でもあろう人が事務処理が出来なくてどうするのだと思いながらも素早く事務処理を進める。

 

「やっぱり克也は事務処理のスピードが早いのね。『母親』として誇り高いわ。」

「叔母上、無駄口叩かずに手を動かして下さい口よりも手をお願いします。」

「…まさか『息子』に事務処理で怒られる日が来るとはね時が経つのは早いわ。」

「叔母上、二度も言わせないで下さい無駄口叩かずに手を動かして下さい。」

「…分かりました。」

 

克也の言葉に項垂れ何故か敬語を使いながら事務処理を再開する真夜の動きはノロい。同じ分量を与えられているにもかかわらず克也はこの三時間でほぼ終わらせていたが真夜は未だに半分も終わっていなかった。

 

そんな微笑ましい光景を葉山はニコニコしながら見ていた。克也に自分が事務処理をせずに済んだことを感謝しているのかはたまた二人のやりとりを見ていて楽しいのか分からないがなんとも温和な人物である。

 

「葉山さん、この支出は何ですか?他の物と比べるとやけに額が大きいのですが。」

「それは奥様の個人的な支出でございます。」

 

葉山がためらうことなく暴露すると真夜がジロリと睨んだが葉山はそれを無視し克也との会話を続けた。

 

「一ヶ月でこの出費は酷すぎませんか?」

「何に使ったかまではこの老いぼれには分かりかねます。」

「叔母上、一体何に使ったらこんな金額になるのですか?」

 

質問すると叔母は「記憶にこざいません」とでも言うように事務処理に没頭しているふりをし始めた。そんな叔母に俺はため息をつきながら{何故この人が当主なのか}と何度目かも知れないことを思っていると叔母が顔を上げて聞いてた。

 

「克也、今失礼なことを考えなかった?」

「お察しの通りです。」

 

俺が無表情に見返すとしばらく睨んできたが真夜は勝ち目がないことに気付き事務処理に戻った。

 

「それより叔母上、こんなものを自分に見せて良いのですか?」

「次期当主の補佐なのだから今から知っていても問題ないと思うのだけれど。」

「程度という物があります。何故『青波入道(せいはにゅうどう)』閣下、東道青波(とうどうあおば)の極秘用件まで見せられるのですか?まだ俺に早すぎると思いますが。」

「貴方が他言しなければ問題ないわ。」

 

「処置なし」と思ったのは葉山もだろう。いくら次期当主補佐とはいえ執事序列一位の葉山にしか知られていない四葉のスポンサーの要請資料を見せて良い物ではない。もちろん他言はする気は無いのだがタイミングを考えて欲しい。

 

「それと今回のこととは関係ないのですが添い寝はやめてもらえませんか?」

「嫌なの?」

「俺は高校三年ですよ?いくら叔母上に溺愛されているとはいえ知られたくありませんし恥ずかしいんです。水波や達也、深雪に知られれば非難の眼を向けられるのは容易に想像できます。」

「親離れしたいと?」

「叔母上もいい歳なのですからそろそろ子離れして下さい。」

 

これは俺の切実な願いだ。既に十八歳、成人ではないがほぼ大人の仲間入りする直前なのだ本当に辞めて欲しい。

 

「今日で最後にするわ。」

「…それ何回目ですか?それに今日もするつもりだったのですか…。」

「数えてないから覚えてないわ。」

「…。」

 

返答に頭を抱えたくなった。さすがの葉山も微妙な表情をしているのだから真夜の性格がどれほど捻れているかが分かるだろう。それからは真夜の事務処理が終わるまで付き合い自宅に帰宅する前日まで添い寝をした(させられた?)。

 

 

 

夏休み明けの一週目を休んでしまい二週目の久々の登校は何か新鮮に感じられ心なしか歩調が少し軽い気がした。教室に入るとほのかと雫に心配された。

 

「克也さん大丈夫ですか?」

「問題ないよこの一週間で完治したから。」

「確かに前より顔色は良い。」

 

元気なことをアピールすると安心してくれたようで二人は肩の荷が降りスッキリした顔をしていた。

 

「実習と座学は大丈夫ですか?」

「生徒会に行ってる間に可能な限り終わらせるよ。実習は補充授業してくれるらしいから週末に居残りかな。」

「今週の座学はかなり難しかったけど?」

「時間がかかろうが解いて提出すれば問題ないよ。」

 

俺からすれば高校の座学の内容など朝飯前であるためすんなり終わると思っていたが放課後生徒会室で課題をしていると雫の言う通りなかなか歯ごたえのある問題だった。猛スピードでキーボードを叩きこの一時間で一日のうちの半日分の座学を終わらせていた。

 

「相変わらずとてつもないスピードですね克也お兄様。」

「さっさと終わらせて部活に行きたいからね。」

 

といっても五分ほどでその問題をクリアし達也と深雪以外に引かれてしまったが。

 

内容的に高校生分野では手に負えない問題だったため担当教員に文句を言いたくなった。他の生徒もよく解けたなと思うほどの難易度でどうやって解いたのか聞きたくなった。

 

四日かけて一週間分の座学課題を終わらせ担当教員に提出すると「手伝って貰ったのでは?」と疑われたが俺のこれまでの行いを知っている他の教員がその疑った教員を力尽く(文字通り魔法力)で黙らせ受け取ってくれた。

 

実習も説明を一通り読んだだけでテストを行ったため日曜の一日で一週間分の実習を終わらせ監督教員に呆れられたのは言わなくても分かるだろう。ちなみに干渉強度以外の項目でトップの成績を叩き出し職員一同を悩ませてしまった。

 

 

 

九月も終盤、論文コンペの学内選考が終わり後は準備を終えるだけの状態でいた生徒会はある日の放課後、いつも通り業務を全うしていると予想外の報告を受けることとなった。

 

「克也お兄様大変です!」

「泉美どうした?」

 

職員室から呼び出され帰ってきた泉美の右手には紙が握られており驚きを隠せない様子で走ってきた。渡された紙を見ると泉美が驚いていた理由が分かった。

 

「今年の論文コンペは中止かまあ仕方ないね。」

「学内選考一位の幹比古には悪いな。」

「克也さん、達也さん何と書かれているんですか?」

 

ほのかが不思議そうに聞いてきたのでなるべく驚かさないように説明した。

 

「今回の論文コンペは中止らしい。理由は九校戦のような惨事を起こしてはならないという論文コンペ開催地の魔法協会関東支部の判断だよ。」

「残念です。」

「吉田君には申し訳ないですけど準備を中止させなければなりませんね。今すぐ報告しに行きますか?」

「いや、後でいいだろう。時間的にも余裕がないし幸い今日はみんなで帰る予定だから『アイネブリーゼ』に寄ってそこで話そう。」

 

達也の説明に深雪は納得し実務に戻り帰宅準備を始めた。

 

 

 

校門前でいつものメンバーと待ち合わせ最寄り駅への一本道を歩いてる途中克也からの申し出で『アイネブリーゼ』に寄り道しお茶をすることにした。ちなみに水波は克也の横に座りながら上級生の話を真剣に聞いていた。

 

「幹比古、いきなりだけど謝らせて欲しい本当にごめん。」

「いきなり何克也?」

「今回の論文コンペ中止になったんだ学内選考で幹比古が選ばれたことを喜んで応援するなんて言ったけど出来なくなってごめん変に期待させちゃって。」

 

俺の謝罪に幹比古は穏やかに微笑みながら優しくかぶりを振った。

 

「克也が謝ることなんてないよ確かに論文コンペが中止になっちゃったのは残念だけど克也が謝る必要は無いんじゃないかな。」

「違うよ、今回の論文コンペが中止になったのは俺のせいなんだ。」

「克也君、それはどういうこと?」

 

エリカが話しに割って入ってきたが機嫌を損ねることもなく質問に答えた。

 

「先の九校戦で天井が落下して多数の死傷者が出たのは知ってるだろ?」

「もちろん私達の近くで起こったことだから。」

「その時俺は会場の外で警戒していたんだ。だけど失敗して迷惑をかけその上被害を出してしまった。」

 

俺の報告に今まで楽しそうにおしゃべりしていたみんなが押し黙る。

 

「克也はまだそれを思い詰めているのか?」

「俺が死ぬまで背負うべき罪だよ。俺は『母上』から情報を貰いながらも未然に事故を防げなかった。」

「克也君があの時いなくなったのはそういうことだったんだね。」

「でも、それは克也が思い詰める理由にはなんねえだろ?」

「そうだね形はどうあれ守ろうと行動したんだから非難される理由が見つからない。」

 

レオや幹比古が慰めてくれるが失った命の数があまりに多すぎたため雀の涙ほどしか安らぎはなかった。

 

「情報を貰っていたにもかかわらず死傷者を出したんだ責められて当然だよ。」

「そんなの関係ないじゃないですか!克也さんが守らなかったらより多くの人が死んでいたんですよ!?その事を私達が知っているからそれでいいじゃないですか!」

「ほのか…。」

「私も同じ意見だよ克也さん。克也さんは自分のできる限りのことをしたんでしょ?いくら十師族の四葉家、ましてや『神速』の二つ名を持つ克也さんでも不可能なことはあるよ。化け物でも兵器なんかじゃないだって克也さんは一人の人間だもん。だから私達は克也さんを失敗したことを責めることなんてしないよ。誰よりも克也さんはみんなを大切に守ってくれる優しい人だって知ってるから。」

「雫も…。」

 

二人の熱弁に俺も涙が溢れてくるのを抑えきれなかった。年甲斐もなく涙を流しても誰も笑わず優しく見守ってくれていた。

 

「ありがとうすっきりしたよ。」

「克也が沈んでたらみんなが明るく振る舞おうが空気は悪いまんまだかんな。」

「克也が明るくてこそのこのメンバーなんだからね。」

「でも、克也君が泣いてる場面を目撃できて嬉しいな~これからこれで弄ろうっと。」

 

最後に変な言葉が約一名から聞こえたがそれをスルーするのも友人としての優しさだろう。明るい笑い声が『アイネブリーゼ』から少し寒くなり始めた初秋の夕暮れに響き渡った。



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第七十五話 卒業

それからというもの論文コンペが中止になった後も変わらず一高はのどかな生活を送っていた。といっても大なり小なりの事件は起こったがそれなりに楽しく過ごし瞬く間に卒業の日を迎えた。

 

桜が舞い散る講堂の前で俺は一人澄んだ青空をぼーっと立ちながら見上げていた。式自体は既に終了し卒業生は各自友人や部活に最後の挨拶をしに向かっている。

 

深雪は生徒会長としての立場があり次の生徒会発足のための助言をしているためここにはおらず達也もその付き添いだ。婚約者兼ボディーガードなのだから離れるはずもないので別段おかしなことは何もない。

 

俺も山岳部とバレーボール部に顔を出さなければならないのだが面倒くさいのでさぼっている。人前で何かを話すなど俺の性分ではないので行く必要はないと思っていたのもある。

 

 

 

しばらくするといつものメンバーが出てきたので合流することにした。

 

「待たせてすまないな。」

「我慢強さには定評があるから十五分程度気にしたりはしないさ。」

 

達也の言葉に軽く答える。

 

「それはいいけどよ克也も山岳部に顔を出せよ今ならギリギリ間に合うぜ?」

「よしてよレオ、俺は人前に立つのは苦手なんだ。それより『アイネブリーゼ』行こうよ行きたくてうずうずしているんだ。」

 

俺が急に話題転換すると

 

「ごまかした。」

 

雫の容赦ないツッコみで笑いが起こったがこれも今日で最後だと思うと寂しくなるが一生離れ離れになるわけでもないのでこれはこれでよしとすることにした。

 

 

 

克也達は『アイネブリーゼ』を高校最後の日に貸し切りにして「卒業おめでとうパーティー」を開催することにした。もちろん話題は高校三年間の話で盛り上がっていた。

 

「まさか入学初日からいざこざが起こるなんて思ってもいなかったね。」

「あれは不可抗力だと言ってほしいよな深雪?」

「そうですねあれは不可抗力としか言えません。でもそのおかげでほのかや雫とも仲良くなることができましたから結果的に良かったと思います。」

 

深雪の言葉に全員が納得するかのように頷いた。

 

「その後は『エガリテ』だったよな?」

「ああ、壬生先輩や桐原先輩と関わることになったな。」

「僕は詳しく知らないから何とも言えないけど戦闘自体はそんなに苦戦しなかったよ。」

「あら、ミキも戦ってたんだね。」

「僕の名前は幹比古だ。あれだけ派手に動かれたら戦わざる負えないよ。」

「私は講堂で震えてましたけど。」

「柴田さんが落ち込む必要はありませんよ私と雫も震えてましたから。」

 

ほのかが美月をフォローするが自分を追い込むことになるとはほのかは思いもしなかっただろう。

 

「私はそんなに震えてないよ震えていたのは主にほのか。」

「それ言っちゃダメだって言ったのに!」

 

ほのかの抗議の声に笑い声が店内に響く。

 

「九校戦は克也さんと達也さんと深雪の独壇場でしたね。」

「そうだな克也と司波さんの魔法力は最初から知っていたけど改めて間近で見ると全然違ったな。達也のCAD調整能力にも驚かされたぜ。」

「俺達だけじゃなくてほのかや雫も褒めてあげてよレオも幹比古も頑張ったんだからさ。」

「もちろん四人とも頑張ってたよね。」

 

エリカが手放しで褒めるのでさすがの四人も照れた笑みを浮かべながらもまんざらでもなさそうだった。

 

「その後は横浜事変かな?よく考えたらあれが一番大きな出来事だった気がする。」

「それよりほのか及びピクシー事件じゃない?」

「雫!」

 

俺の意見に対抗するようにピクシーのことを聞いていた雫も出来事を暴露するとまたしてもほのかが真っ赤になりながら雫を追いかけ始めた。それを微笑ましそうに残りのメンバーは見ていた。

 

「ピクシーといえばリーナもなかなかでしたね。」

「確かにあのキャラは俺たちの中にはいないからな。」

「個人的には克也が吹っ飛んできたのが印象的だな。」

「レオやめてくれよ、俺だって飛んできたくて来たわけじゃないんだからさ。」

 

レオの言葉は第三演習場で俺が『パレード』で変装していたリーナに魔法で吹き飛ばされた時のことを言っているのだ。あれは全くの予想外で俺でも即座には対応できずレオに向かって吹き飛ばされていた。

 

「それ以降は概ね平和でしたね。」

「…そうだね。」

 

追いかけっこから復帰したほのかの言葉に克也と達也、深雪、エリカ、レオ、幹比古は微妙な表情をしたがそれは一瞬だったためほのかと雫、美月は気づかなかった。

 

「あるとすれば香澄と七宝の喧嘩ぐらいかなすぐに解決したけど。」

「でもそれって克也君が上手く丸め込んだからでしょ?」

「正確には俺が七宝を模擬戦で軽く捻っただけだよ。」

 

その試合を観戦していたほのかや幹比古は「あれが軽くなの(か)?」と思っていた。

 

 

 

午後三時頃からパーティーを開いていたにもかかわらずいつの間にか三時間近くが経過しており集中とは恐ろしいと思い始めていた。

 

「そういやレオは卒業後どうするんだ?」

「俺は爺さんの故郷を見に行こうと思ってるぜその後は機動隊に志望届を出して試験を受けるぐらいだな。」

「ドイツってそんな簡単に行けるのか?」

「ローゼンの日本支社長が便宜を図ってくれるらしい。」

「エリカは?」

「私は日本全国を回って道場破りしてやるんだ。」

「資金援助ならするぞ?」

「いいよ実家に出させるから。」

「幹比古は?」

「僕は実家を継ぐつもりだよ。」

 

三人は既に目標が決まっているらしくためらうことなく教えてくれた。

 

「それは美月を迎え入れてか?」

 

ニヤリとしながら聞くと二人が顔を真っ赤にさせ言い返してきた。

 

「気が早いよ克也!」

「そうですよまだそんなに進んでないんですから!」

「ほのかと雫は?」

 

熱々な二人の抗議を無視して二人に問いかけると後ろの方からギャーギャー聞こえたがそれも無視する。

 

「私達は魔法大学に進学しますまだやりたいことは決まってないですけど必ず四年間の間に見つけるつもりです。」

「二人なら素晴らしい発見できるよな、深雪?」

「はい、達也お兄様の言う通りです。」

「そういや二人はいつ式を挙げるの?」

「まだ決まっていないからなんとも言えないなたぶん挙式より当主の座の継承が先だと思う。」

「克也君は?」

「俺の場合は水波が卒業してからだからまだ先だよ。」

 

正直今すぐにでも挙げたいのだが水波の立場を考えるとそういうわけにもいかないので気長に待つことにすると決めた。水波の気持ちも考慮しなければならないが時期尚早なのでしばらくの我慢だ。

 

俺は今週末に大々的に発表されるてあろう情報を全員に伝えることにした。

 

「実はみんなに伝えることがあるんだ。」

「どうしたんだ克也大事なことなのか?」

「かなり、そのうちニュースで流れるだろうけどみんなには早めに伝えておくよ。自分司波克也は本日を以て四葉家次期当主補佐及び戦略魔法師であることを報告いたします。」

「「「「「「…は?」」」」」」

 

俺の爆弾に達也と深雪以外が眼を丸くさせ呆気に取られていた。そりゃ今まで友人であった人物が国家公認戦略級魔法師であると言われては信じるのは難しいだろう。

 

「…克也それって本当?」

「こんなことを冗談で言えると思うか?」

 

恐る恐る聞いてきた幹比古に少し強い口調で言うと押し黙ってしまった。

 

「…まさか高校最後の日になってまで驚かされるとは思わなかったぜ。」

「…同感ね。」

「それだけじゃないぞ達也も戦略級魔法師だ公式には発表されていないけど。」

「「「「「「はい?」」」」」」

 

さらなる爆弾で追い打ちをかける。

 

「…兄弟そろって戦略級魔法師だなんて世も末ですね。」

「…ほのかに一票。」

「俺も。」

「僕も。」

「私も。」

「あたしも。」

 

全員が驚くことにも疲れたらしく感情をあまり表さずに答えた。

 

「達也お兄様の場合は国家機密だから他言無用でお願いね?」

「なんで達也君は隠さないといけないの?」

「叔母様のご意向だから詳細はわからないわ。」

「達也のCAD調整能力がかなり注目されているのにさらに戦略級魔法師だと知られたら暗殺されるのが落ちだろ?だから内密で頼むよ。」

 

俺のお願いに全員が頷いたので安心して残り時間を過ごすことができた。

 

解散時刻前になり最後の高校生活の締めとして集合写真を撮ろうということになり最後までレオとエリカは喧嘩する態勢で達也の左に深雪が右にほのか克也の右に雫、そして幹比古と美月が隣同士という立ち位置で水波に集合写真を撮ってもらった。

 

達也の笑顔は入学した頃のぎこちない笑みとは違い優しく穏やかでとても嬉しそうな笑顔だった。




四か月分のネタが思いつかなかったのでかっ飛ばしたことを何卒お許しください。


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第七十六話 継承

友人達との高校生活最後の団欒を終え帰宅し水波を含めて順番に入浴しリラックスしていると電話が鳴り出ると叔母からだった。

 

『こんばんわ四人とも。』

「「「「こんばんわ叔母上(様)(ご当主様)」」」」

『卒業おめでとう克也、達也さん、深雪さん。』

「ありがとうございます叔母上それでご用件は?」

『先ほど風間大佐から克也を司波克也としてではなく【神代要(かみしろかなめ)】を国家戦略級魔法師として明日発表すると連絡がありました。』

 

克也と達也は二つの意味で驚いていた。一つは風間の階級がまた一つ上がったことと明日という予想以上に早い段階で公表するとは思っていなかったのである。

 

「そうですか顔は公表されるのですか?」

『まだ未成年であるため顔は公表しないそうです。貴方が成人しても顔が漏れることはないでしょうから安心していいと思いますよ。それから深雪さんにお話があります。』

 

深雪を大画面の中央に立たせて左右から俺と達也が立つと真夜が話し始めた。

 

『三月三十一日に私の退冠式と深雪さんの当主継承式を同時に執り行います。そのため三日前には本家に来ていて欲しいのだけれど構わないかしら?』

「問題ありません叔母様。」

『よかったわ達也さんはもちろん克也も水波ちゃんもいらっしゃいな豪華に華やかに執り行いましょう。』

「「「かしこまりました叔母上(ご当主様)」」」

『それじゃあ会える日を楽しみにしているわお休みなさい。』

 

俺達四人のお辞儀を見てから真夜は電話を切った。

 

 

 

電話の後自室に引っ込もうとすると視線を感じたので振り返ると水波が立っていた。

 

「水波どうした?」

「卒業プレゼントをお渡ししたいのですが何にすればいいのか思いつきませんでしたので今この場で聞こうと思いまして。」

「別に無理して渡さなくてもいいんだよ?」

「そうはいきませんこれは婚約者としてのお願いです。」

「そう言われてもな~。」

 

正直今欲しいものは特には無いのだが少し水波をからかってやろうと思い意地悪をすることにした。

 

「そうだな~じゃあ水波で。」

「はい?」

「水波が欲しい。」

「わ、私ですか?…はっ!?」

 

何かしら答えに辿り着いたらしく顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。初心で純粋な水波には刺激が強すぎたらしいので落ち着かせることにした。

 

「冗談だ、今満足してるから特にはいらないよ水波がいてくれるだけでいいから。」

 

頭を優しくなでながら言うと笑顔を向けてきたのでなんとか元に戻せたようだ。

 

「じゃあ、また明日ねお休み。」

「お休みなさいませ。」

 

互いに別れて自室に引っ込んだ。

 

 

 

水波はベットに寝転がりながら顔を真っ赤にさせていた。

 

{わ、私が欲しいとはそ、そういうことですよね!?はわわわわわわわ。まだ、は、恥ずかしいというのに克也兄様はなんということを!}

 

水波もそれ相応のそっちの知識はあるが同年代からすれば知らないことの方が多いだろう。婚約者同士とはいえ互いに学生(克也は卒業したが)であることがそういう知識の吸収を阻害しているのかもしれない。

 

水波にだってそういうことを大好きな人としたいという感情がないわけではなくむしろしたいという気持ちが強いのだが羞恥心が好奇心を上回っているため行動に移そうにも途中で停止してしまう。

 

{でも、いつかは結ばれたいそれが五年後でも十年後でも。}

 

水波は幸せそうな顔で眠りについた。

 

 

 

翌日からは克也、達也は新作CAD発売のためFLTに出社したり八雲との体術の稽古で忙しく深雪は継承式の準備で忙しかったため一ヶ月などあっという間に過ぎ去ってしまった。

 

水波は一高生徒会副会長としての入学式などの仕事があり家を空けることが多かった。「克也不足病」とでも言うのか克也と過ごす時間が限りなく減ったためか一緒にいれる短時間でも克也に甘えるようになっていた。

 

それを見た深雪も達也にすり寄り達也は{仕方ないな}とでも言いたげな表情で受け入れていた。

 

双子で互いに視線を合わせて苦笑したり和やかな空気が司波宅のリビングにほぼ毎日流れていた。

 

 

 

三月二十八日になり深雪の継承式準備のために本家に赴く日がやってきた。今回も運転をしてくれるのは辰巳で会うのは慶春会以来なので一年振りぐらいだろうか。

 

今年の年末年始は真夜に「無理して帰省しなくて構わないから仲良く過ごしなさい」という意味深なお言葉を頂戴していたため本家には戻っていない。

 

「仲良くしなさい」という謎の命令を聞いた俺達は{五十路のお方が言うべきことだろうか}という共通の疑問を無意識の間に共有していた。

 

何故か帰省した直後に事務処理を手伝わされ理不尽な疲労を覚えさせられた。

 

継承式準備といっても式の流れを簡単に説明されどのように振る舞えば良いのかを教えて貰うだけの簡単なものだった。メインは深雪と達也なので俺と水波は雑用をしたり指示を飛ばしたりしていた。

 

 

 

そして三月三十一日、ついに深雪が当主の座を継ぐ日がやって来た。俺と水波は出席者の参列する最前列に座り深雪の登場を待っていた。真夜の退冠式が終了しそしてその時がやってきた。

 

「四葉家次期当主 司波深雪様のご登場です皆様拍手でお迎え下さい。」

 

アナウンスと共に達也に連れられて深雪が登場すると式場は感嘆に包まれる。薄い翡翠色のドレスを着た深雪は神々しくこれまで以上に美しく見えた。

 

「綺麗ですね。」

「ああ、普段も十分綺麗なのに今はさらにその上を行っている。」

「…そうですね。」

 

何故か水波が拗ね始めたので不思議に思い聞くことにした。

 

「水波、お前から聞いてきたのに何故お前が拗ねる?」

「別に拗ねてなんかいません。」

「明らかに拗ねてるだろそれ。深雪を俺が手放しで褒めるからさては嫉妬したな?安心しろ水波も十分美少女だよ。」

「っ!そんなことを言って欲しいんじゃありません!」

 

小声で怒りながらプイッと顔を背ける水波だが頬が緩むのを隠し切れておらず褒められて嬉しいのだと俺は思った。

 

「姉さん、克也兄さんが女性の扱いに慣れ始めちゃったよ。」

「困ったものね。」

「二人とも聞こえてるぞ。」

「聞こえるように仰いましたので聞こえていても驚きはしませんわ。」

 

後ろに座る二人に抗議するがまともに取り合ってくれない。なんとなく最近二人に弄ばれることが増えた気がするのだが気にしたら負けだろう。

 

 

 

「本日を以て司波深雪を四葉家当主に任ずる。」

「慎んでお受けいたします。」

 

今この瞬間深雪は司波深雪から四葉深雪に名称を変更し四葉家を率いていくことになった。これからのルール変更は深雪主導で行われ達也、克也が確認した後葉山によって発行される。

 

 

 

深雪が当主の座を継承を受け入れ継承式が終了すると深雪は楽な服装に着替え達也と二人きりの時間を部屋で過ごしていた。

 

「深雪お疲れ様疲れただろう?おいで。」

「はい!」

 

達也に呼ばれ深雪は達也の左隣に座りながら達也の左腕を抱きかかえた。そんな甘えてくる深雪に達也は苦笑しながらも優しく受け入れていた。

 

継承式は深雪にとって大切なものだったので神経を張り詰めながら参加していたため疲れ切っていた。克也や達也ならこんなことでは疲弊などしないだろうが深雪とってはかなりの重労働だった。

 

「深雪は最初に何をしたいんだ?」

「このような山奥にひっそりと暮らすのではなくもっとオープンに暮らしたいのです。『秘密主義の四葉』ではなく『頼れる四葉』に変えていきます。そうすればこの先生まれてくる次世代を担う四葉家の子供達が私達のように苦労せずに生きていけるそんな社会を作りたいと思っています。」

 

深雪の覚悟を達也は美しいと思った。これまでの四葉は『秘密主義』を貫く闇の存在として十師族の一角を担ってきた。だが深雪の考えは根本的に覆し魔法社会の発展を願うことを応援したいと達也は思い当主であり妹(従妹)でありそして婚約者である深雪を全力で支え続けると誓った。

 

「克也にはいつ伝える?」

「今日は遅いですからまた後日。」

「そうだなそろそろ入浴するかまた後で話そう。」

「分かりました。」

 

互いに着替えとタオルを持って脱衣所に向かった。

 

 

 

その頃克也は水波の機嫌を絶賛なだめ中だった。

 

「水波そろそろ機嫌を直してくれよ俺も仲良くしたいんだけど。」

 

ツーンと顔を背けいくら声をかけても無視されるのでどうすれば機嫌を直してくれるのか思い詰めていた。このままでは帰宅するまでに仲直りができず険悪なムードはいつまでたっても解決しないだろう。

 

切り札其の一「耳元で名前を呼び掛け機嫌を取ろう」を発動させることにした。方法は簡単だ今水波は俺に背を向けて部屋に向かう廊下を歩いているため背中から抱き締めることが可能だ。早速行動に移すことにした。

 

「水波。」

 

優しく背中側から抱き締め耳元で名前を呟く。

 

「っ!」

 

顔を真っ赤にさせて反応を見せたがまだこの程度では効果は発揮されないらしいので切り札其の二を発動させることにした。方法は「水波の好きなもので機嫌を取る」という単純なものだが単純が故に期待できるので試す価値がある。

 

「せっかく帰ったら新しくできたネコカフェに行こうと思ってたのにな~先着五組限定しかもその五組の中でも最初に入れるのに行けないのは困った困った。」

 

わざとらしく残念がり声と表情は会心の演技ですると水波の肩が震えていたためかなり我慢しているらしいのでとどめを刺すことにした。

 

「それと全世界一万冊限定かの有名なチャーリー・クリントン待望の最新作『ようこそ、夢の城へ』も運良く先行予約出来たのに残念キャンセルするしかないみたいだな~。」

 

すると水波は涙目になりながら必死にお願いしてきた。

 

「仲直りするので連れて行って下さい!買ってください!お願いします!」

「…涙目は反則。」

 

ポツリと呟くが必死な水波には聞こえていないようで脇腹の皮を掴みながらお願いしてきた。しかもそれがかなり痛いのでこちらも折れることになった。

 

「分かった、分かったから無意識につねるのやめて痛いから!」

 

そう言うと正気を取り戻していつもの水波になったと思いきや今まで以上に甘え始めた。その様子に悶え死にという世にも奇妙な死因が書類に記されることになりそうだったがなんとかセーフだった。

 

「約束だから連れて行くし買うよ。そろそろ入浴しよう地味に疲れも溜まってるしね。」

「はい!」

 

着替えとタオルを持って脱衣所へ仲良く向かった。

 

 

 

浴場には予想外なことに達也が来ていた。互いにたわいない会話で笑い合いタイミングを合わせて水波と部屋に帰った。

 

「深雪様はこれからどうされるのでしょうか。」

「深雪のことだから何か考えて…イル…ハズ…。」

「どうされまし…。」

 

部屋に入り和室を覗き込みながら放していた俺の発言が尻すぼみになったことに疑問を感じ同じように水波が覗き込むと同じように言葉が消えていった。

 

部屋の和室には慶春会前のように敷布団が一枚と枕が二つ。慶春会以来二回目の出来事に頭痛が襲ってきたが毎回毎回やられては性に合わない。

 

{これは一度文句を言わなきゃ俺の気が済まんな。}

 

真夜への怒りを覚えた克也は水波に少し待っているようお願いし書斎への廊下を歩いていると十字路の右から達也が同じような浴衣を着てやって来た。

 

「達也もしかして叔母上に用事か?」

「その言い方だと克也も用件があるんだな大体は予想つくが。」

「こっちこそお前が来た瞬間に直感したよ。」

 

お互いに深い深いため息をつき書斎にいる真夜に説明を求め許可なしに音がしないようにドアを開け中に入ると画面に見入っている叔母の後ろ姿が見えた。その画面は俺達の部屋が映し出されておりどうやら盗撮した映像を見て楽しんでいるようだ。

 

「「叔母上少しよろしいですか?」」

「かっ、たっさん、なっ、そっ!」

 

「克也、達也さん何故そこにいるのですか!」と聞きたかったのだろうが突然声をかけられ、上ずった声を上げ聞き取れない謎の真夜語を発してきた。

 

「叔母上それは監視カメラの映像ですよね?何故そのようなことをされているのか最初にお聞きしてもよろしいですか?」

 

すごみのある笑顔で聞くと慌てて画面の前に立ち塞がり隠そうとするが真夜の細い体では大画面を隠すのは役不足だった。

 

「趣味が悪いですよ叔母上。」

「…どんな様子なのか見たかったのだから少しぐらいいいでしょ?」

「…。」

 

抗議しながら元の位置へ戻る真夜に冷ややかな眼を向けながら無言を貫く。さすがにこの空気に耐えられなくなったのか真夜は怒られて萎縮する少女のように見えた。

 

「はあ〜、達也消して。」

「了解。」

 

達也が克也の命令通りに二つの部屋へ『分解』を行使し天井に隠れるよう設置されていた監視カメラを分解した。その後録画し落としていたメモリーディスクも目の前で粉々に砕く。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

可愛い悲鳴が書斎に響き渡り魂を奪われたかのように床に倒れ込んだ真夜に近寄り視ると気を失っているようだったので抱き上げベットに運ぶ。移動魔法で掛け布団を移動させ真夜を寝かした後もう一度移動魔法で掛け布団を優しくかけてやる。

 

電気を消し書斎を出て自分達の部屋に向かいながら二人で愚痴をこぼしていた。

 

「あれが前四葉家当主なのか?幼児退行している気がしてならないんだけど。」

「寄る年波には適わないということだろう。若く見えても中身は五十代だ何かあっても可笑しくはない。」

「本人に聞かれたら終わるぞ達也?」

「そうなったのは克也が叔母上に溺愛されているのが元凶だ俺は何も悪くない。」

「俺だって溺愛されたくてそうなったんじゃないんだから俺のせいじゃない。むしろ叔母上の問題だ。」

 

訳の分からない子供じみた言い合いをしながらも顔は笑っていた。

 

「じゃあ明日な気を付けろよ。」

 

達也はそう言って自分の部屋に向かって行った。

 

{気を付けるも何も部屋は目の前なんだけど盗聴も警戒しろってことか?}

 

克也はドアを開けて水波に帰ったことを連絡し仕掛けられていないか視て二つほど発見し燃やして消した。

 

『念話』で発見したことを達也に伝えると水波に布団に一緒に入るよう催促されたので言うとおり潜り込むと嬉しそうに抱きついてきた。

 

しばらくして睡魔が訪れたので互いに抱き合いながら夢へと落ちていった。

 

 

 

翌日、真夜が罰の悪そうな眼で俺達を睨んできたが二人して無視し何もなかったかのように振る舞っていた。

 

 

 

そして四月二日、日本魔法協会本部を通じて司波深雪が四葉家当主に就任し四葉深雪になったことを師補十八家及び百家、ナンバーズなどに報告された。



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第七十七話 出席

深雪が四葉家当主を継承したことで新しい時代が始まったと言えるだろう。各家から祝言が日本魔法協会本部を通じて四葉家に送られ深雪はあまりの量にこめかみを引きつらせていた。

 

「深雪あんまり無理せずゆっくりでいいんだぞ?」

「いえ、早く読み終えなければ準備に支障が出ますから。」

 

財務処理を克也が四葉家本家の移築のための交渉を達也が担当しながら深雪に心配そうに話すが「当主になったばかりの緊張感」と「当主ならば可能な限りの事務処理をしなければならない責任感」の板挟みでストレスが溜まっているであろう深雪は強情に言い張っている。

 

まだ継承して一週間でこの状態ではこの先が心配だが叔母上よりは事務処理が出来るのでストレスさえ溜めなければ迷惑をかけることにはならないだろうと俺は深雪を評価している。

 

達也は今浦賀に四葉家本家を移築するための工事を行っている現場にいるためここにはいない。

 

叔母上は深雪が事務処理を自分よりそつなくこなす現場を目撃し精神的なダメージを受け自室に引きこもってしまっている。

 

深雪は「自分のせい」だと言っていたが真面目にやっていただけなので何も悪くないことを指摘すると吹っ切れたらしく気にせず仕事をしてくれている。

 

だが問題なのは睡眠中の時だ。俺は一人で寝ているのだが夜中に時折こっそり叔母上が俺の部屋に忍び込み布団に潜り込んでくるので鍵をかけるがマスターキーで開けられるのでほぼ鍵の役割を果たしていない。

 

一度追い出すとドアの前で寝られてしまい運ぶことになり必要ない仕事を引き受けることになったのでそれ以来追い返すことは出来なくなった。

 

 

 

昼前から事務処理をしていたので時計を見ると既に午後三時を過ぎておりそろそろ本家を出なければ夕方までに自宅に到着できないので帰宅することにした。

 

「あとは頼むよ、水波に心配かけたくないから早めに帰る。」

「すみません克也お兄様、毎度こんな面倒をかけてしまって。」

「気にするなって言っているだろう?あと二ヶ月もしたらいちいちこっちに戻らなくて済むんだ。それに大切な妹と一緒に仕事できるんだから文句はないよ。出来上がるまで少しの辛抱だ葉山さん深雪をお願いします。」

「ありがとうございます!」

「かしこまりました。」

 

ご機嫌になった深雪を葉山に託し仕事場を後にする。俺が三日に一度本家と自宅を往復しているのは水波がまだ学生なので一人で家にいさせるのは危険だという三人の意見が一致した結果であり婚約者である克也にさせるべきだという達也と深雪の意見によるものだ。

 

水波なら多少の手練れでも怪我をすることはないが俺の婚約者だと顔バレもしているため狙われることが多々ある。何度か俺も遭遇しているためいつも周囲を警戒している。

 

 

 

毎日俺は水波を一高の校門前まで送っているので後輩達によく声をかけられる。水波はコミューターに乗っている間は普段以上に甘えてくるので俺は非常に嬉しい。

 

ここまで自分のことを好きになってくる女性ができるとは思っていなかったから余計に胸は高鳴っている。

 

克也は水波を送るという仕事を毎日しているが朝は毎回水波に起こしてもらっている。八雲に体術の稽古をつけてもらう日も普通に起きる日も水波に助けてもらっているので少し罪悪感がある。

 

でも水波がそれを楽しそうにしているのでこのままでもいいかというある意味救われない状況になっていた。

 

これまでは「深雪特製お目覚めジュース」を飲み頭を回転させていたが最近は「水波特製愛のお目覚めジュース」にグレードアップしていた。味や効果は変わらないが水波が作ってくれたというだけで心が満たされる気がする。

 

 

 

「水波、もう今年の九校戦の選手選考は終わったのか?」

「はい、問題なく終わりました。二年生の実力不足は克也兄様と達也兄様のおかげで解決済みです。」

「努力が無駄にならなくて何よりだよ。」

 

七月の半ばのある土曜日の朝、食後の一時に水波に聞くとしっかりと頷きながら答えてくれた。来月半ばから2098年度の九校戦が始まるが去年の新人戦を見る限り苦戦するだろうという俺の予想は良い方向に外れたらしい。

 

俺と達也は去年の九校戦が終わった直後から一年生の魔法力底上げのための訓練を開始していた。魔法大学や防衛大学校などに進学する生徒達とは違い四葉家に戻るだけの克也達はかなり余裕があったので週に三回放課後に野外演習を行っていた。

 

ほぼ強制参加だが用事や体調不良であれば参加しなくても構わないという条件で行っていた。魔法訓練を克也と深雪たまに雫やほのかが体力などの肉体的な面は克也、達也、レオ、幹比古が担当するということもあり「第一高校 地獄の訓練大会」という名前と「自信を失っても生徒会及び作戦考案者は一切責任を負いません」という自己責任を重んじる書類と「目指せ九校戦7連覇!」というスローガンの元開催したにもかかわらず全校生徒の内7割近くの生徒が参加してしまい対応に追われる日々を送ったという何とも言えない時間を過ごした。

 

だがそのお陰なのか二ヶ月経った頃から参加者の実習での成績が大幅に上がり職員一同から感謝されたことがあった。

 

「ということは今回は安心して大会を見れるということだな?」

「はい、克也兄様が来られるのですか?」

「深雪はスポンサーや配下の企業との商談や交渉が詰まっているから忙しくて来れないだろうね。達也は深雪のボディーガードだから来ないのは確定だし代役として俺が行くことになるかな。」

 

自分が説明している間水波が小さくガッツポーズをしたことに克也は気付いただろうか。泊まる部屋を副会長である水波が決めることになっているのでもしかしたら克也を同じ部屋にするかもしれない。いや必ずそうするだろう何故なら毎日一緒にいられるのだから。

 

今話している場所は司波宅だ。本家を浦賀に移築してからそれほど時間は経っていないがやはり自宅の方が落ち着くのでこちらに来ている。正直言えば水波と長く一緒にいれるからというのも無いわけではないむしろそちらの方が高い。

 

 

 

九校戦開幕直後に会場へと足を運びVIP席に座りながら試合を眺める。スピード・シューティングでは詩奈が去年と同じように『ドライアイスの亜音速弾』で無双している様子をディスプレイが映し出し自分の眼と『全想の眼』を同時行使しているといつの間にか閣下がやってきていた。

 

「閣下、お久しぶりです。」

「しばらくだ克也君。一昨年の論文コンペ前依頼だな息災か?」

「ご覧の通りです閣下。ところで今年もイタズラをされたのですか?」

「三年に一度あの魔法を使うことにしていてね何人が気付くか試しているのだよ。魔法師の卵がしっかり成長し受け継がれているのかを確認するために。」

 

イタズラがばれて居心地の悪そうな笑みを浮かべる子供のように無邪気な笑顔を見ると三年前と変わらないなと思えてくる。未だに『パラサイドール』のことを許してはいないがここで過去を掘り返すような無粋な真似はしなかった。

 

「今回はどんな立場で来られたのか聞いてもいいかな?」

「何も企んではいませんよ今回は四葉家当主の代理として来たまでです。」

「君は『戦略級魔法師』として公表されても私に対する態度は変わらないのだな。」

 

俺が三人目の『戦略級魔法師 神代要』だということを知ってることに驚いたが俺の雰囲気のぶれに気付いたのだろう種明かしをしてくれた。

 

「真夜から話を聞いていてねまさか君がそこまで成長するとは思わなかった。」

「『母』が話したのですか内緒だと言っていたのにあの人は…。」

「師に伝えていても可笑しくはなかろう?」

 

人の悪い笑みを浮かべてくるのは教え子の『息子』が強力な魔法師ということを喜んでいるからだろうか。

 

「君に伝えておきたいことが幾つかあるのだが構わないかな?」

「自分に出来ることであればなんなりと。」

「では、お言葉に甘えて話しておきたいが良いニュースからいいかな?それとも悪いニュースからかな?」

「では悪いニュースからで。」

「…普通ここなら良いニュースからではないかね?」

「では良いニュースからで。」

「…。」

 

あっさりと掌をひっくり返す克也の態度に烈も論文コンペ前の響子同様黙り込んでしまう。克也は意図的に話したつもりないらしくその様子に首をかしげていた。

 

「…まあいい、良いニュースは光宣のことだ。」

「光宣ですか?」

「ああ、今まで君が治療していたがようやく特効薬を開発することが出来てね今回の九校戦にも参加しているよ。」

「おめでとうございます。光宣が出るとすればモノリス・コードですね?これは勝つ見込みがありませんね困ったものです。」

 

賛辞も悩みもどちらも俺の本音だ。光宣が実戦で活躍することが出来ることに喜びもあるがモノリス・コードに出場するとなると素直に喜べなくなる。一高OBとして後輩には負けて欲しくないし総合優勝して欲しいのだからそう思っても仕方がない。

 

光宣にとって初めての九校戦であり最後の出場になるモノリス・コードに全力で挑んでくるのは想像に難くない。今の最上級生もなかなかの魔法力を持っているが光宣の『パレード』には勝てないと確信している。光宣には活躍して欲しいし後輩には負けて欲しくないという感情に板挟みにされているがこの程度でどうこうなるような内臓の鍛え方はしていない。

 

鍛えたといっても毒物を飲み込むなど危険な方法ではなく比喩表現に近いものだ。

 

「孫にとって最初で最後の九校戦だから活躍して欲しいのがこの老いぼれの願いだ。そして悪いニュースだがどうやら面倒なことになってきているようだ。」

「何か起こるのですか?」

「『レプグナンティア』の活動が活発になってきていてな世界各地で彼らによる魔法師を狙ったテロが頻繁に起こっている。」

「魔法師を狙ったと言いましたが正確には第一世代や調整体を主にしたテロなのではありませんか?」

 

俺の質問に閣下は顔を曇らせた。第一世代や調整体が狙われたとなれば孫である光宣にも被害が来るかもしれないという心配が大きくなったのだろう。光宣が調整体だと知っているのは烈と俺、達也、深雪、水波だけだが烈自身は自分だけだと思っているはずだ。

 

俺が知っていると知らせないためには話をずらす必要がありそうなため少し解釈を曲げてみた。

 

「閣下は魔法師全体ではなく一部が狙われていることを危惧されているのですね?問題ありませんよ我々は第一世代だろうと調整体であろうと分け隔てなく助けます。それが十師族の存在理由の一つです。」

「…ありがとう克也君少しだけ気が軽くなったよ。私は既に当主から降りた身だ一々現十師族の話に首を突っ込むわけにはいかない頼んだ。」

「お任せください。」

 

俺の意図的な理解の仕方に閣下は助かったと思ったのだろうかなり肩の荷が降りていた。だが俺に魔法師の存在を守って欲しいという願いは本物であると俺は感じていたため素直に頷いた。

 

烈との会話の後、黒羽家に『レプグナンティア』の活動について調べるよう命じ昼食を食べに屋台へ向かった。

 

 

 

昼食を終え午後から始まるスピード・シューティングの決勝リーグを見に行こうとすると緊急事態を知らせる警報が携帯端末から聞こえたので取り出し開くとさすがの俺でも驚愕せざる負えない事態が書かれていた。俺は急ぎ足で来た道を引き返して指定された部屋に向かい始めた。

 

『何者かによって第七研究所が襲撃を受けた 午後二時より緊急の師族会議を開く 司波克也殿は至急、富士南東野外演習場の謁見室を利用されたし』

 

とメールには書かれていた。



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第七十八話 要請

謁見室に到着すると意外な人物が来ており相変わらず赤の好きな男だなと思いながらも友人なりの挨拶をしに行った。

 

「久しぶり将輝、来てたのか?」

「克也か久しぶりだな。後輩達の活躍する姿を見ておきたくて来ていたんだが横槍が入ったから落ち着いてられん。」

「仕方ないさ魔法師達を一般人が完全に受け入れてくれるまでの辛抱だ。」

「回線の接続が完了しました。」

「「ありがとうございます。」」

 

回線が接続されたことで大画面に十師族各当主が映り始めた。一条家は剛毅と将来輝の二人で四葉家は代理の克也だが驚く当主は誰もいなかった。

 

『全員の準備が整いましたので今回の議題についてお話ししましょう。七草殿よろしくお願いします。』

『かしこまりました。』

 

最年長の真言が口火を切り弘一に説明を促した。

 

『皆様ご存じの通り午後二時前に我が研究所である第七研がテロリストによって襲撃を受けました。目的は不明ですが恐らく研究資料を狙っていたかと思われます。』

「ご報告ありがとうございます。襲撃者は捕縛したのですか?」

『いいえ、襲撃され被害を拡大させないために当家の実行部隊を即座に向かわせましたが捉えようとした瞬間自爆され身元を確認できませんでした。』

 

弘一の説明を聞いていた当主達は一斉に眉をしかめた。弘一の説明を疑ったわけではなく自爆と言う単語を聞き昨年の師族会議でのことを思い出したからである。

 

「目的は研究資料だと弘一殿は仰いましたがそれ以外の目的ではなかったと断言できるのは何故でしょうか。」

『パスワードブレイカーやハッキングツールを所持していたからですよ四葉殿。テロリストなどという低俗な輩の道具で盗まれるような柔な設計はしておりませんので流出はありませんご安心を。』

『七草殿映像など持っておられませんか?』

『ありますので少々お待ちを一条殿。』

 

弘一が流した映像には顔をサングラスとマスクで隠した十人組の内の三人が残りの七人に手伝ってもらい塀を乗り越えている様子を映し出していた。塀を乗り越えた三人組が一目散に研究所へ向かう様子はこのような犯罪行為に慣れているというより敷地内を知り尽くしているように感じた。

 

「襲撃者の技量はどれほどでしたか?」

『映像からもわかるようにかなり慣れている様子でしたのでその道の特殊訓練を受けた者かスペシャリストでしょう。逃走した七名は十文字家に協力を要請しており共同で追跡中です。数日で捕縛できるでしょう。』

 

閣下の警戒とタイミングが良すぎるが偶然事件が起こったと考えるべきだろう。何より今は閣下と弘一を疑っている暇はない奴らを捕縛しそいつらの背後関係を洗い出すことが最優先だ。

 

『これにて緊急会議を終了します。皆様多忙の中ありがとうございました。』

 

真言がそう締めくくると各当主が挨拶を済ませそれぞれ映像電話を切る。俺も映像を切りホテルの支配人にお礼を言い謁見室を出た。

 

 

 

会場に向かっている間将輝が心配そうに聞いてきた。

 

「さっきの話のことだが何か引っかかるのは俺の気のせいか?」

「どういう意味だ?」

「第七研に侵入し研究資料を盗み出そうとしたと予想するのは納得できるが気になるのは侵入者の方だ。何故バレやすいパスワードブレイカーやハッキングツールを大量に持ち歩いていたんだ?身元を偽造するか必要最低限の物で動くのが基本だ。そう思わないか?」

「思うさ。なんとなくだが『我々を見つけてみろ』とでも言われているような気がする。」

「挑発のつもりなのか?」

「それもあるだろうけどもう一つ気になることがある。」

「何?」

 

俺は立ち止まり将輝の眼を見据えながら口を開いた。

 

「目的だよ。研究資料なら第七研でもなくていいはずだ。」

「だから何だ?」

「つまり黒幕が意図的にそこを狙わせたんじゃないかということだ。第七研の研究テーマは『群体制御』。あらかじめ弾となるものを用意して個々独立した物体,現象を1つの生きもの如く操る。第七研が開発した『群体制御』は少なくとも百以上の物体を同時に動かす魔法だ。ここまできたら何か気付かないか?」

 

将輝は少し吟味していたが答えに辿り着いたようで眼を見開き嘘だろとでも言いたげな表情を向けてきた。

 

「分かったか?」

「他者に作用させる顧傑の魔法と似ている。今回の黒幕はあいつの関係者なのか?」

「確信できる証拠は一つも無い。だが俺の予想通りなら顧傑の協力者、弟子、同胞あるいは…。」

 

俺は言葉を一度切り言葉を続けた。

 

「そいつの背後にいる人物だ。」

「…嘘だろ?まだあいつの後ろに何者かがいるとお前は言いたいのか?」

「さっきから言っているだろ?証拠は何一つ無いから予想でしかないって。だがあいつに近い何者かが手を出してきているのは間違いないと思う。」

「今年も穏やかには過ごせなさそうだな。」

 

同感である意味を含めてため息をつきスピード・シューティングが行われている会場に向かった。

 

この時克也は思い違いをしていた。顧傑の背後にいる何者かは国外にいると考えていたのだが実際は近いところに潜んでいることに気付いていなかった。そしてその魔の手は着実に日本の魔法社会に影を落とし始めていた。

 

その日の夜は水波に同じ部屋で同じベッドで寝るよう強要され翌日水波を腕枕した際の痺れが残っていた。

 

 

 

クラウド・ボールでは水波がアイス・ピラーズ・ブレイクでは泉美が優勝し新人戦は少々ヒヤッとする場面もあったが新人戦優勝を果たしたので今年の一年生の魔法力は気にかける必要はないようだ。

 

本戦ミラージ・バットでは香澄が亜夜子と熱戦を繰り広げたが惜しくも敗れ準優勝に輝き最終日のモノリス・コード決勝では琢磨を含む一高と文弥を含む四高の因縁の対決が行われた。

 

一昨年のように瞬殺されることはなく琢磨達はうまく戦略を立てていたが師補十八家が十師族の一角である四葉家の分家である黒羽家次期当主の文弥に敵うはずもなく戦闘開始から十五分で琢磨達は戦闘不能にされモノリス・コードの優勝は四高に決まった。一高は準優勝に終わったが三高が三位に終わったため総合優勝し悲願の七連覇を果たした。

 

今年は九校戦自体では事件は起こらず警備の強化を行っていたのが功を奏したようで安心できた。自分達が在籍していた頃は毎年何かしらの邪魔が入ってきたので毎回毎回対応しなければならなくなり余計な仕事をする羽目になった。

 

そこで俺が深雪に九校戦の警備の強化を打診すると深雪も同じ気持ちでいてくれたらしく二つ返事で了承してくれた。

 

自分達のように自ら解決できる魔法師はまだ育っていないだろうと克也達は思っており行動に移したまでだ。自惚れているように見えるが決してそのようなことはなくむしろ控えめな行動だ。

 

克也と達也なら『無頭竜』でさえ情報だけ渡しても自分たちで事態を収拾することができるだけの実力を持っているので天狗ではないだろう。

 

 

 

九校戦会場から四葉家新本家に帰宅し仕事部屋に入るとスポンサーや企業との商談を終えていた深雪が事務処理をしておりその隣には達也が優しく微笑みながら深雪を見ていた。そんないつもと変わらない様子に俺まで頬が緩んできたがそれを隠そうとせずに二人に声をかける。

 

「ただいま二人とも。」

「お帰り克也。」

「え?あ、お帰りなさいませ克也お兄様。」

 

達也と違い仕事に集中していた深雪は達也の視線を感じなくなり顔を上げると克也が立っていたことにようやく気付いたのでワンテンポ返事が遅れた。

 

「九校戦はどうだった?」

「なかなか良かったよ。母校が優勝する場面を目撃出来て嬉しかったな。」

「ほう、一高が七連覇したと?」

「ああ、文弥と亜夜子も活躍していたからあとで褒めてあげないとな。」

 

この十日間商談尽くしだった二人は九校戦の結果を目にする暇がなかったらしく俺が話すまで忘れていたようだ。達也に限って言えば思い出せないことはなくただ忙しくて思い出す暇がなかったらしい。

 

「エリカから連絡が来てたぞどうやら関東の剣術で有名な学校や流派を全て倒したらしい。」

「相変わらずやることが分かりやすいなエリカは。関東を制圧したとなれば次は東北か?それとも中部か?」

「さあなそこまでは書かれてなかったからエリカの行きたいところに行くだろ。ただ全国制覇なんぞされたら俺達でも太刀打ちできそうにない気がする。」

 

達也の言葉に試合で負けた瞬間を思い浮かべるとあの人をイラつかせるのが得意な笑みを浮かべながら俺を見ているエリカの顔をが浮かびつい舌打ちを漏らしてしまう。

 

レオの気持ちが理解できるのでよく三年間も耐え抜いたなと称賛したくなる。レオの名前を思い出し今頃何をしているのか気になった。

 

「そういえばレオはどうしてるんだろう。」

「ドイツに渡ってから連絡が来ないからなんとも言えん。レオのことだから肉弾戦の戦い方を伝授させられているのかもしれんな。」

「西城君ですからありえますね。」

「あいつってドイツ語喋れたっけ?」

「「あ…。」」

 

俺の素朴な疑問に二人は硬直してしまった。俺は自分が爆弾を投げ込んだことを後悔しシャワーを浴びてくるという名目で仕事部屋から逃げ出した。

 

数日後、レオからの手紙で『ドイツ語を覚えさせられているためまだ一度も目標の【も】という字も見えていない』と書かれていた。俺の悪い予感が的中し三人で引きつった笑みを浮かべることしかできずそれを見ていた水波は首を傾げていた。

 

 

 

リーナは頭を抱えその歳相応な奇麗な顔を歪めていた。決して恋という名の乙女な悩みではなくここ最近USNA国内で頻発している魔法師排斥運動に頭を悩ませていた。

 

魔法師排斥運動が起こるのはいつものことなので心中は{またか}という具合だが最近の運動はより過激で死者が出るありさまだった。死者が出ても運動を続ける彼らにUSNA政府は毎日国会で討論していた。魔法は抑止力にもなるが危険なものであるとも分かっているためどうすればいいのか迷い多大なストレスを抱えていた。

 

リーナが訓練に向かおうとしている最中突如警報が基地内に響き渡った。

 

{これは火災警報?いえ違うわこれは非常警報!でも何でこんなことが何者かが侵入したとでも言うの?ありえないここは国内でも有数のセキュリティの強い場所簡単には侵入できない。カツヤだってそう評価していたわ。}

 

リーナは指令室に何があったか聞きに行く途中で最悪の事態に出くわした。基地内の軍人が大勢の男に囲まれナイフで刺されている場面を目撃し思考停止に陥り一人がこちらを見た男の眼の光を見てリーナの意識は回復した。

 

その男の眼の光は尋常ではない魔法師に対する憎悪を含んでおりリーナは戦わず遠回りしてから指令室に逃げ込んだ。指令室の壁は重機関銃の攻撃に耐えられるように特殊加工されているので基地内で一番安全な場所だ。

 

「大佐何が起こったのですか!?」

「落ち着いて聞いて下さい総隊長今から言うことは全て事実です。つい先ほどこの基地に『レプグナンティア』のデモ隊が不法侵入しました。警備隊が制圧に向かいましたがあまりの数にデモ隊によって警備隊が制圧されその流れで基地内に侵入し悪態の限りを尽くしています。」

「そんな…。」

「大佐!」

 

二人が話している最中によく知った軍人が指令室に見たことのない必死な表情をしながら入ってきた。

 

「罰は後程お受けしますしかし今すぐにお伝えしたいことがあります!」

「カノープス少佐罰など与えませんそれでどうしたのですか?」

「デモ隊の一部が兵器保管庫に乗り込もうとしています今は水際でなんとか凌いでいますが防衛線が破られるのは時間の問題です!」

「なっ!では私が行きます!」

「総隊長はおやめください。」

「ベン、何故ですか!?」

「彼らは危険です総隊長の腕を疑っているわけではありません。総隊長にはここから逃げていただきたいのです。」

「カノープス少佐の言う通りです総隊長には逃げていただきます。」

 

信頼する二人に諭されてはリーナでも受け入れるしかない。心配されるのはあまり好きではないが自分の身を本気で気にかけている二人の思いを無礙には出来ないと感じ素直に受け入れることにした。

 

「分かりましたどちらに逃げればよいのですか?」

「日本です。」

「日本ですか?」

「はい、このような事態を想定して一昨年から逃走経路を確保していました。既に亡命先には貴女を受け入れると快く引き受けてくれた方々がいますから感謝しなさい。今すぐにでも避難してください総隊長はUSNAの希望の光なのです貴女を失うわけにはいきません。」

「分かりました要望を受け入れてくれた方々はどなたのですか?」

「それは着いてから自分の眼でご確認ください。カノープス少佐総隊長をヘリポートへ。」

「イエスマム。」

 

 

 

カノープスに連れられてリーナは基地内のヘリポートに来ていた。幸いここまではデモ隊が進行していないようだが制圧されるのも時間の問題だろう。基地内とはいえ端から端まで車で移動しても十分はかかる。

 

デモ隊が不法侵入してから十五分しか経っていないのだから基地のほぼ中央にあるこの場所まで来ていないのは普通だ。

 

ヘリに乗り込み離陸準備に入っているとカノープスがリーナに厳重にロックされた何かが入った箱を渡した。リーナは?マークを浮かべながら箱を受け取り開けるとそこには『ブリオネイク』が収納されていた。

 

「ベンこれは?」

「何かが起きた時のための護身用です。上から許可は降りていませんが総隊長の所有物ですから無断で持ち出してもとやかく言われることはありませんしこのような事態ですからこのことを気にする余裕もないでしょう。総隊長お気をつけて、総隊長の安全が確認でき次第我々もそちらに向かいます。」

「ベン約束ですよ?日本で必ず会いましょうバランス大佐と一緒に必ず来てください。」

「約束しましょうUSNA世界最強の魔法部隊の魔法師として必ずお迎えに上がります。」

 

リーナとカノープスは戦友として握手を交わし互いにハグをし離れた。

 

カノープスはヘリで遠ざかるリーナを見送りながら約束が果たせないだろうと感じ始めていた。ここにいる軍人の数では侵入してきたデモ隊に押し切られるのが眼に見えるほどの戦力差があり善戦しても数日持ちこたえるのが関の山だと。

 

救援要請を各基地に送っているが援軍の到着とこの基地が占領されるタイミングが際どく彼らに捕まれば斬首されるだろうとも予測していた。

 

デモ隊を殺すことは許可されており『分子ディバイダー』の使用も認められている。人間を幾人も殺してきたカノープスだが罪悪感がないわけではなかった。殺す度に心が手が自分自身が汚れていくのが分かった。

 

最初の内は嘔吐など精神的なダメージがあり軍人を辞めたいと思ったこともあった。しかしいつからか何人殺しても嘔吐などをしなくなったがそれは人を殺すことに心が慣れてしまったという自分にとって耐え難い苦痛を味わうようになった。

 

上からは命令通りに動き要望通りに任務をこなしてくれる軍人、部下からは魔法力があり人徳のある頼れる上司だと人が求める人間になっていたにもかかわらずカノープスの心は満たされなかった。

 

しかしそんな時一人の金髪碧眼の少女と出会いカノープスの生き方は変わった。自国を守るために人を殺すのではなく普段は頼りない普通の年端も行かない少女のために人を殺すのだと彼女が任務を遂行できるように補助するために人を殺すことが自分の存在理由なのだと自分の娘と二歳しか変わらない少女に教えられた。気付かせてくれた少女のために自分は死ぬのだと誓い今日まで生きてきた。

 

カノープスは『分子ディバイダー』を発動するための武装デバイスを自室に取りに行き水際で防ぎ続けている部下の増援に向かった。

 

 

 

リーナがバランスに知らされる数分前克也はもう関わることがないだろうと思っていた人物からの緊急要請に驚いていた。

 

「こちら四葉家執事の葉山です。」

『お久しぶりです葉山殿、私はUSNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長 ヴァージニア・バランスです。緊急の要請をお願いしたくご連絡いたしました。克也殿をお願いできますか?』

『分かりました少々お待ちください。』

 

葉山は突然のバランスからの連絡にも驚かず恭しく答え克也に声をかけた。

 

「克也様、お電話です。」

「俺に?誰からですか?」

「USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長 ヴァージニア・バランス殿からです。」

 

名前を聞いて俺は嫌な予感しかしなかったが出ないわけにはいかず葉山から受話器を受け取った。

 

『お電話変わりました四葉克也です。』

『お久しぶりです克也殿今回は緊急の要請をお願いしたくご連絡させていただきました。どうか我々の要請をお受けしてもらいたいのです。』

『要請とは?』

『【スターズ】総隊長 アンジー・シールズことアンジェリーナ・クドウ・シールズを保護していただきたいのです。』

『…理由をお聞きしてもよろしいですか?』

 

リーナの保護を求めるなど普通では考えられないことなので事情を聴きだすことにした。

 

『先ほど【レプグナンティア】のデモ隊が基地指令室に不法侵入しました。今はどうにか持ちこたえていますが制圧されるのは時間の問題です。そこで総隊長を危険から遠ざけるために国外へ避難させることにしました。そこで総隊長と親交のある貴方に保護してもらえないかと思い連絡させていただきました。』

『分かりました要請を受け入れましょう。』

『…よろしいのですか?』

 

二つ返事で要請を受け入れた克也にバランスは驚いていた。

 

『自分は四葉家当主補佐です。当主の決定と自分の決定は優先権が違うだけでほぼ同じ効力があります。それに事情を知れば当主も同じように承諾します。』

『ありがとうございます克也殿この御恩は一生忘れません。総隊長の到着ですが翌日の夕方頃だと思われますよろしくお願いします。』

 

その言葉を最後に電話は切れた。そしてこの会話が最後で二度と話をすることが出来なくなるとは克也も知らなかった。



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第七十九話 亡命

バランス大佐との電話を終え同じ仕事部屋にいる二人に事の次第を伝える。

 

「『レプグナンティア』の活動が活発化で過激化ねこっちにも飛び火しないことを願うが無理だろうな。」

「リーナが来るのなら師族会議をまた開かなければなりませんね。」

「USNAの『戦略級魔法師』が保護していることを黙認しバレたら四葉家だけでなくリーナにも迷惑がかかるから言うべきだろうね。特に七草がうるさいよ。」

 

弘一の名前を聞いて二人は眉を顰める。大体の厄介事を引き起こすのは弘一だと真夜から聞かされ自分たちの眼で確認したことで関わらない方がいいという結論に至っていた。

 

「葉山さん、白川夫人に深雪の部屋の隣を掃除しておくようにお願いできますか?出来るだけUSNA風にリニューアルしてもらえたら嬉しいです。」

「かしこまりましたすぐに取り掛からせます。」

 

電話が終わってからずっと黙っていた葉山に指示を出し俺達は明日一日を空けるため可能な限り事務処理を終わらさせるために全力で書類に眼を通し始めた。

 

 

 

リーナは二年ぶりの日本に来てもテンションは上がらなかった。カノープスが別れ際に渡してくれた『ブリオネイク』の入った箱から彼の温もりを感じるように胸に抱きしめていた。

 

自分にもう少し力があれば二人と一緒に自国で戦うことが出来たのにと自分を責めていたが未成年を争いごとに命を懸けて戦いに参加させることなど容易に許可されることではない。

 

暗い気持ちでいたリーナは三時間ほどしか眠れず頭の芯の重さを感じながら房総半島と大島のほぼ中間点の海原を眺めていた。

 

{この辺りが大亜連合の艦隊を消滅させそして『吸血鬼事件』の発端になった『グレート・ボム』の爆発点。私は結局使用者を見つけられず帰国した。あまつさえ同胞の処断もできずむやみに部下に怪我をさせた。カツヤ、あなたは何を以て魔法が正義だと言いたいの?}

 

私はそんな一人で考えても答えが出ない疑問を抱えながら眠りの淵に落ちていった。

 

 

 

「…ちょう。総隊長あと十分ほどで到着しますご準備を。」

「…わかったわ。到着場所はどこなの?」

「浦賀と聞いております。着陸地点から十五kmに入ると自動操縦に切り替えろとバランス大佐から命令されておりますので詳しい場所はわかりません。」

 

安全な場所に着けるならどこでもいいと思いながら街並みを見ているとひときわ大きな建物が見えてきた。軍に入る前に興味本位で読んだことがある。日本古来からの建物で確か「日本家屋」と呼ばれるものだ。

 

そこら一帯からは強力な魔法師にしかわからない「何か」を感じるので並みならぬ魔法師がいるのだと直感したが自分の亡命を快く引き受けてくれた人物がいるのだから危険はないと不安をねじ伏せる。

 

ヘリポートに到着しヘリから降りると一目で高位の執事だとわかる人物がお出迎えをしていた。

 

「お初にお目にかかりますアンジェリーナ・クドウ・シールズ様。私は執事序列第一位の葉山と申します。」

「こちらこそよろしくお願いします。リーナと呼んでください。」

「ご主人様が直々にお会いしたいとのことですのでリーナ様こちらに。」

 

「リーナ様」という呼び方に違和感を覚えたが歓迎されているのが分かったので自分の不安をいったん棚上げし操縦士を振り返る。

 

ヘリには整備士らしき人物たちが手際よく動いており操縦士も笑顔で会話しているので大丈夫だと安心し葉山という名の執事のあとを追い大きな日本家屋に入った。

 

案内されたのは和風と洋風が適度に混ぜ込まれた不思議な一室だった。未熟者が和洋折衷にすると違和感があるものだがこの部屋は見苦しくなく心の傷が癒されるそんな気分にさせてくれる部屋だったので土木担当者の腕が良いのかはたまた設計者の腕が良いのか気になった。

 

部屋を眺めていると奥のドアが開かれ驚きの人物が後ろに可愛らしい少女を連れて入ってきた。

 

「カツヤ?」

「久しぶりリーナ元気だったか?」

 

友人を傷つけても態度を変えず日本に来た自分を避けずに一人の魔法師として接してくれた自分より強い魔法師のカツヤが魅力のある笑顔で心配してくれた。

 

その笑みを見ると胸が締め付けられ今までの不安が溢れて涙を流しそうにあるが総隊長として鍛え上げた強固な精神力で抑えお礼を言った。

 

「この度はワタシを保護していただきありがとうございます。」

「どういたしまして。話しにくいからリーナそんなにかしこまらないで欲しい。」

「そういうことなら遠慮なく。カツヤが挨拶に来るということはここは四葉の家ね?」

「そうだよここは四葉家本家だ。つい最近移築したばかりでまだ敷地内を完璧に把握できてないんだ無駄に広すぎて嫌になるよ。」

 

そうやって愚痴るカツヤに私はあれから中身は変わらない優しい男性(ひと)だと思いながら笑ってしまう。楽しく会話している間カツヤの後ろに立つ少女からきつい視線を向けられるのが痛いのだけれど…。

 

 

 

克也兄様が金髪碧眼の美少女と楽しそうに話しているのを見て私は嫉妬してしまった。

 

優しくどこまでも広がる冬の青空を思わせる碧(あお)色の瞳に柔らかく下品に見えず丁寧にケアをしているであろう金色の髪を持つ少女を見て対抗心を持ってしまった。

 

そして何故かこの人が自分のライバルになると直感し敵対視してしまう自分に驚いていたのですけど克也兄様の真剣な声に我を取り戻し話を聞き始めました。

 

 

 

「バランス大佐の報告と違わないんだな?」

「ええ、この眼で見たわ。顔見知りではないけれど基地内の軍人が殺されるのを目の前で。」

「そうか…。今から話すことは辛いかもしれないけど心を強く持って聞いて欲しい。三時間ほど前にバランス大佐とカノープス少佐が死亡したと連絡があった。」

「…う、噓でしょ?」

「事実だ、USNA政府から暗号メールで詳細が届いた。」

 

渡されたタブレットには二人のことが事細かに記されていた。

 

『USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長 ヴァージニア・バランス 腹部刺傷による出血性ショック死

【スターズ】第一部隊隊長 ベンジャミン・カノープス 魔法過剰使用による魔法演算領域のオーバーヒートにより死亡』

 

「嘘よ、こんなの嘘よ!ベンとは別れるときに約束したわ必ずバランス大佐とここに来るって!」

「現実を受け入れるんだリーナ。政府がわざわざ君に嘘の情報を送り付ける理由があると思うか?」

「ワタシの動揺を誘って復讐させようと暗に意味しているのよ!」

「リーナ、お前の信じたくない気持ちはわかるだが現実を受け入れることも一人の魔法師としての役目だ。君は『スターズ』総隊長 アンジー・シリウスだ君が下手な動きをすれば何が起こるか分からないだから耐えてくれ。」

 

俺が必死になだめてもリーナは落ち着いてくれないそれどころか逆にヒートアップしていた。

 

「じゃあワタシは何もせずここでただ見ていろとでも言うの!?そんなのできない今すぐにでも戻って復讐してやるわ!」

「バランス大佐とカノープス少佐の気持ちを踏みにじるのか?あの二人はリーナ君自身にUSNAの軍人として死ぬのではなく一人の人間としてこの世界を見てほしくて逃がしたんじゃないのか?」

「っ!でも、でもじゃあワタシはどうしたらいいのよ!?こんなの『スターズの総隊長』なんてただの肩書になるわ!それならいっそこのまま…。」

「眠れリーナ。」

 

俺はリーナの言葉を最後まで聞かずリーナの額に左手を当て『癒し』を発動させ眠気を浮かび上がらせる。

 

不安による寝不足なのだろうかリーナはすぐに眠りに落ちた。倒れるリーナを両手で支えお姫様抱っこのような態勢で持ち上げる。

 

「水波、達也と深雪のところに行っててくれないか?」

「構いませんが何故ですか?」

「恥ずかしくて見られたくないから。そんな眼をしないでくれ別にいかがわしいことをするつもりなんてないからさ。」

「…分かりました。」

 

水波にひと睨みされるがなんとかなだめる。

 

 

 

水波とは反対方向に向かい深雪の部屋の隣に行き移動魔法でドアを開けベッドにリーナを寝かせる。布団を首元まで被せベッドに腰かけリーナの癖がなく艶のある髪を優しくなでながら無意識のうちに言葉を発する。

 

「リーナ、お前の苦しみは俺にも理解できる。親しい人物が死んだことを簡単に受け入られないことも分かる。でもそこで立ち止まっていたら出来ることも二度とないチャンスも逃すことになる。復讐する機会は必ず準備するあの二人を殺した奴らじゃないが似た奴らをね。その時までゆっくり休めリーナ。」

 

そう言い残し俺は部屋を後にした。

 

 

 

三日後、俺はリーナを連れて臨時の師族会議を行うために魔法協会関東支部に来ていた。深雪が当主に就いてからというもの一度も師族会議に顔を出しておらず自分が出ていることに悩み始めている。

 

二回とも公式の会議ではないとはいえ補佐ばかりが出ていいのか思っていたが前回は深雪の都合が悪かったし今回は顧傑の捕獲にあたりUSNAとの協力を得た際にできたパスでの要請を受けたため俺が行くべきだと達也と深雪に言われたので来ていた。

 

水波は一緒に行けずリーナと二人で行く俺に怒っていたが「重要な仕事だから」と言うと引き下がってくれた。帰ってきたら買い物に付き合うと約束するとすぐに機嫌を回復させご機嫌になりながら俺達を送り出(追い出?)した。

 

あの日から二日間眠り続けたリーナと二人で魔法協会関東支部に向かう間リーナは二年前はゆっくりと見る暇がなかった街並みを楽しそうに見ていた。

 

 

 

開始時間五分前になり大画面に各当主が映りだしリーナには見えない位置で待機してもらっている。

 

『四葉家からの要請とは想定外ですね。』

『会議の間隔が短くなっているような気がします。』

『それだけ日本の情勢が悪化しているのでしょう。』

『二木殿、六塚殿、八代殿お静かに。四葉殿少し早いですが全員が出席いたしましたので開始いたしましょう。』

 

真言が三人をなだめ克也に発言を求める。

 

「今回ご当主方をお呼びしましたのは我々にも野放しにできない状況に陥っているからです。」

『どういうことでしょうか?』

「数日前USNAの基地がデモ隊に襲撃され制圧されました。」

 

俺の報告にさすがの十師族でも動揺を隠せておらず弘一でさえ驚いていた。その驚きが素なのか演技なのか俺には見分けられなかったが信用することにした。

 

「そして顧傑捕獲にあたりUSNAとの協力を得た際のパスで要請があり我々四葉家はこの要請を受け入れました。」

『四葉殿その要請とは一体何だったのですか?』

 

俺は三矢家当主の言葉に行動で応じた。画面に現れた金髪碧眼の少女に全当主が見とれているのを無視して画面外から説明する。

 

「彼女はUSNA公認戦略級魔法師 『ヘヴィー・メタル・バースト』の使用者『スターズ』総隊長 アンジー・シリウスことアンジェリーナ・クドウ・シールズです。戦略級魔法師を取り込み四葉家の地位を押し上げる為ではないことを改めてご報告いたします。」

『』これまでの四葉家そして克也殿の行動を見る限り疑うつもりなどありませんのでご安心を四葉殿。ところでUSNAの基地を制圧したデモ隊はどこなのですか?それほど強大な組織があるとは思えませんが。』

「『レプグナンティア』による犯行です。彼らより犯行声明がありそれによると【同志達よ今こそ立ち上がる時だ 魔法という人間に許されないものを使う奴らに死を】だそうです。これは世界各地にある支部に向かって伝令を送ったものと考えられます。そこで日本の支部に思い留まることを願う文を送りましたが無視されました。彼らはテロを起こすようなので今調べさせています。もし具体的な行動に移すようであれば我々が処理しますので余計な手出しをしないように願います。」

 

各当主は悩みながらもこちらが望む展開に運んでくれた。

 

『一条家は異議なし。』

『二木家も異議なし。』

『三矢家も異議なし。』

『五輪家も異議なし。』

『六塚家も異議なし。』

『七草家も異議なし。』

『八代家も異議なし。』

『九島家も異議なし。』

「何かあった場合には報告しますのでよろしくお願いします。ご足労をおかけしました。」

 

回線を切り魔法協会関東支部から離れる。本家に戻るために自分で新しく購入した車に乗り込みリーナが盛り込んだのを確認後発射させた。

 

「よかったね邪魔する家がなくて。」

「ああ、けど七草家は要注意だな。七草家全体ではなく当主の弘一個人を危険視するべきだリーナ。」

「カツヤがそう言うなら肝に銘じとくわ。」

 

リーナが素直に聞き入れてくれたのを嬉しく思いながら車を本家に向かって走らせた。

 

 

その日の夕方、頼んでおいた情報を文弥と亜夜子が持ってきてくれたのでリーナを同席させていた。リーナを保護していることを二人は知っていたので改めて聞くようなことはしなかったが亜夜子からリーナに向けられる笑顔の眼から出る視線が異様に冷たかったのは気のせいだろうかいや文弥も顔を引きつらせていたから俺の勘違いではない。たぶん…。

 

「克也兄さんに頼まれていた件お持ちしました。」

「さすがだなこれだけの短時間で見つけるなんて続きを聞かせてくれ。」

「はい、『レプグナンティア』の日本支部は倒産した某会社のビルの地下にありホームページに掲載されている住所とは違うようです。」

「ホームページの写真と住所は本体を隠すためのダミーか。それで他に何か情報はあるのか?」

「明後日の午後に七草家の表の職業であるベンチャーキャピタルの本社を爆発させるようです。」

「また七草家か、狙われる理由はあるのか?」

「七草家は他の十師族より表社会に進出していますから妬ましいと思われているのでしょう。」

 

確かに七草家は他家より一歩も二歩も表社会に進出している。狙うのであれば恰好の獲物だ成功すれば多大な影響を両方の社会にもたらすことが出来る。これ以上美味い話はないだろう。

 

「情報ありがとう念のためもう一度抗議文を送っておくよそれでも止めないなら存在ごと消すさ。」

 

俺の不敵な宣言に文弥と亜夜子は苦笑いでごまかしリーナは無表情で聞いていた。

 

 

 

二人を送り出してから深雪の仕事部屋に向かう。

 

「つまり抗議文を送り前回と同じように無視されれば実力行使もやむ負えないと仰るのですか克也お兄様?」

「仕方ないだろう?そうでもしなきゃ日本もUSNA同様飲み込まれる。」

「飲み込まれる!?どういうことよ!」

 

知らず知らずの内に話が進んでいくのでリーナが割り込んできたが俺は説明したくなかった。俺の心境を察してか達也が代わりに話してくれた。

 

「USNAはもはや『世界一の魔法部隊』ではない。」

「…どういうこと?」

「USNAの半分が反魔法師運動の参加者に占領されているもうUSNAという魔法大国は存在しないんだ。」

「そんな…。」

「リーナ辛いだろうがもうUSNAには戻れない。だから正式に四葉家に戸籍移動させてもらえるよう九島閣下に頼んで許可をもらう。」

「…ありがとう。」

 

 

 

結局四葉家当主が直々に送った手紙の意味はなく返事はホームページに掲載された。

 

『我々の計画を邪魔する者には天罰を 我々は当初の目的を実行する 一般市民のために我々は命を捨てよう』

 

 

 

そして翌日水波の買い物に付き合い魂を奪われたのは別の話だ。入学前にも似たようなことがあった気がするが思い出すことが出来なかった。




今回で話を終えようと思いましたが無理でした。期待を裏切り申し訳ありません。二話先からいくつか番外編を書こうと思っていますお楽しみに


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第八十話 救出

最初に謝罪させて下さい申し訳ございません!またしてもこの一話で終わらせることが出来ませんでした!


作戦決行の日の正午前、俺とリーナは『レプグナンティア』の本部がある廃ビルがよく見える四葉家の所有するビルの屋上に来ていた。本部は一見普通の廃ビルのようだが視界を広げると犯罪組織だとまるわかりな造りをしていた。

 

火器やサイバーアタックするためのパソコン、爆発物や毒薬の開発など立ち入り調査をすれば速攻お縄な景色だ。警官など呼ぶつもりもないし関わらせず終わらせるのが今回の目的でありリーナの心を軽くさせるのがメインなのだから。

 

「リーナ、準備は大丈夫か?」

「ワタシを誰だと思っているの?USNA公認戦略級魔法師 アンジー・シリウスよ不安なんてあるわけないじゃない。」

 

俺の問いかけに得意げに答えるリーナに俺は安心より不安を覚えた。無理をして話しているのではないかと気になったが本人はそんなことを心配されたくなさそうな空気をまとっていたので口には出さなかった。

 

「『ヘヴィー・メタル・バースト』の使用は深雪が許可しているからリーナのタイミングでぶっ放してくれて構わない。ただ発動させるタイミングだけ教えてくれいきなり発動されたら困る。」

「そ、そんなことしないわよ!」

「噛んだ。」

 

ツッコまれたくない場所を疲れてリーナは顔を真っ赤にしそっぽを向いてしまった。二年前と変わらない行動になつかしさが溢れてくるが今はそれどころではないことを思い出し気を引き締める。

 

地下につながる階段をひっきりなしに同じようなネックレスを首にかけた男達が出入りしているのでそろそろテロを起こすために行動を起こすようだ。被害が出る前に抑えなければリーナの復讐もできなければ十師族に顔も見せられない。こちらも早々に行動を起こすべきだ。

 

「リーナ、作戦を決行しよう。」

「了解、じゃあ準備するね。」

 

リーナは呟いた後『パレード』を発動させ容姿を変化させた。背丈が伸び黄金に輝く髪がルビー色とでも言える深紅に変わり蒼穹の瞳金色の瞳に変わった。その変化に俺はつい見とれてしまいリーナが問いかけてくるまで硬直していた。

 

「びっくりした?」

「驚いたよ想像以上だ。変身後しか見たことなかったら変身過程を見れるとは思わなかった。」

「ふふ、これ以上の驚きを見せてあげるから見てなさい。」

 

リーナの雰囲気をまといながらリーナとは違う人間性に違和感を感じながら作戦を決行する準備を始める。

 

「じゃあ始めようか。」

「ええ。」

 

リーナが『ブリオネイク』を構え魔法式を構築しようとした瞬間電話が鳴り予定を中止せざる負えなくなる。

 

「もしもし。」

『克也さんよかった!まだ作戦決行していなかったんですね。』

「亜夜子か、今決行しようと思っていたところだ。それでなんだ?」

『【ヘヴィー・メタル・バースト】の使用はお控えください。』

「何?」

 

まさかの中止命令に驚く。

 

「どういうことだ?」

『先ほど七草家いえ七草真由美さん個人から要請がありました。要人が囚われているらしいので救出してほしいということです。』

「特徴は?」

『電話での説明は難しいです。文弥がそちらに向かっていますので合流次第突入してください。』

「分かった。」

 

電話を切りリーナに作戦の一時中止を伝えると素直に受け入れてくれた。

 

 

 

五分後、文弥が黒羽家の魔法師と共にやってきたので別の作戦を瞬時に考え伝えた。

 

「俺と文弥は廃ビルの背後から突入しますあなた方はリーナの護衛を。リーナなら問題ないと思いますが万が一のためにお願いします、これを。」

 

黒羽家の魔法師の一人ににCADを渡すと首を傾げたので説明をする。

 

「これには達也が偶然発見したキャスト・ジャミングを無効化する魔法式をインストールしています。使い捨てですが今回しか使いませんから気にしないでください。」

「克也兄さんよくそんなものを持っていましたね。」

「『ブランシュ』のようにアンティナイトを持ってると予想していてなもし突入する必要性が出てきたらリーナに持たせるつもりだったんだ意外なところで役に立ってくれたよ。」

「僕には必要ないんですか?」

「文弥はリーナと違って勝手に行動しないから渡さなくても大丈夫だよ。」

「それどういう意味よ!」

 

リーナの抗議を無視して廃ビルを視る。

 

後ろの方で「無視するな~!」「克也兄さんだから怒っても無駄ですよ。」というリーナと文弥のやり取りをBGMに意識を情報の世界に向ける。

 

注意深く視界を広げると廃ビルの地下から伸びる廊下の先に内部の視れない部分があった。

 

「見つけたが中が視えない。認識阻害の結界なのか俺の知らない魔法なのかもしれないがここに要人がいるとみて間違いないだろうな。文弥行くぞ。」

「はい!」

 

屋上から飛び降り慣性中和の魔法と減速魔法で落下速度と体にかかるGを軽減し着地した瞬間から自己加速魔法で廃ビルの近くのビルまで肉薄し様子をうかがう。

 

{人の出入りがなくなった。最後の会議でもしているのか?だがそれなら好都合だ『逃水』を使わなくても楽に侵入できそうだな。}

 

頭の中で考えているとようやく文弥が到着したので廃ビル内に突入する。階段を駆け下りるためにはセキュリティシステムを突破しなければならずそうすれば警戒させてしまい二度と殲滅させることは出来ないだろう。

 

なら今この場所から新しく道を作るしかない。足下に『燃焼』で廊下までの仮設のトンネルを作る。

 

『跳躍』の魔法式で壁を使いながら降りていく。眼で視た深さより深くまで降りていくので時間がかかってしまうが廊下を全速力で駆け抜け予定時間の誤差を修正する。

 

「警備が全くありませんが?」

「日本魔法界最高の諜報能力を持つ黒羽家でも発見するのにかなり時間がかかったんだそんなのは想定していないのだろう。」

 

文弥の質問に答えながら監視カメラを『燃焼』で消しながら廃ビルの最深部まで進むと頑丈な扉が見えた。

 

「この先にいるんですね?」

「ここを何かしらで守っているんだここまでするということは『レプグナンティア』のメンバーおそらく幹部クラスの人間にしか知らされていない極秘プロジェクトを行っているんだろう。」

「そこの二人何をしている!そのCAD貴様ら魔法師か!それにその顔四葉克也と黒羽文弥。そうか貴様らが俺達のボスを殺したんだな!」

 

背後から聞こえた声に振り向くと指摘してきた。俺達の顔を知っているということは魔法を使わない人間で知っているとなれば幹部クラスもしくは協力者。

 

「何を勘違いしているかは知らんが俺達は自らの手で殺していない。それにボスとは一体誰だ?」

「しらばっくれるな!俺達のボスは矢口中尉だお前が会いに行った日の夜に死んだんだお前が魔法で殺したんだ!遅延発動術式のような何かでな。」

「なかなかの推理力だがすべて間違っている。俺は矢口中尉を殺していないし遅延発動魔法など面倒な魔法は使わない。一瞬で人間を殺す魔法か気絶させ拘束する対人戦闘では使わない。」

「黙れ!お前らキャスト・ジャミングだ俺がその間にこれで殺す!」

 

後ろに引き連れてきていた部下に命令し日本刀の刀身を鞘から抜き出し構えた。ある程度様になっているのでそれなりの訓練をこなしてきたようだがエリカの完成したものと比べればぎこちないそんな気がした。

 

男達が真鍮色に輝く指輪をはめた拳を突き出すと黒板を爪でひっかいたような不快な音が鳴り始めた。文弥が顔をしかめるが俺は想子を操作し無害化させ指輪に向かって『燃焼』を放った。

 

「何故キャスト・ジャミングの中で魔法が使える!」

「確かにキャスト・ジャミングは魔法師に対して有効だだが耐性や対抗策があれば無効化できる。」

「この化け物め!」

 

おなじみの御言葉をいただき後ろの男達もまとめて存在を消し去る。落とした日本刀は業物らしく見事に使い込まれ手入れも丁寧に施されているのでここに置いておくのは勿体無いと思い持ち帰ることにした。

 

「さてと予定外の仕事があったけど本来の目的に戻ろうか文弥、俺がこの扉を消した瞬間に『ダイレクト・ペイン』で重要人物以外を始末してくれ。文弥なら見ただけで誰が指令を出しているのかわかるだろう?」

「了解です克也兄さん。」

 

文弥がしっかりとうなずいたのを確認した後『ベルフェゴール』で結界らしきものを消し去り強固な扉を『燃焼』で消し去ると同時に文弥が『ダイレクト・ペイン』で一人を除き無力化する。残った男に克也はCADを向けながら問いかけた。

 

「これでお前らの企みは潰えた。一応投降の勧告だけはしておいてやる今すぐ武器を捨てて両手を後ろに組め。」

「そんなつもりはないよ四葉家当主 補佐司波克也殿それに分家の黒羽文弥殿。」

「ほう、黒羽家が分家だとよく気づいたな。」

「少し情報網を探ればわかるものです。」

「普通は無理なはずだがなまあいい。看破した褒美として機会をやろう。」

「機会?」

 

{よもや生き残る機会を与えてくれるとは思わなかったな。生きて帰ればいい情報を持って帰れそうだ。}

 

男は顔は驚きながらも内心はほくそ笑んでいた。

 

「お前の後ろにある刀で俺と勝負しろ勝てたら見逃してやるその代わり負ければ情報をもらう。どうだ?」

「免許皆伝のこの私に勝てるとお思いですか?」

「お前より強い剣士をこの眼で見てきたからなそいつと強さを比べたくてな。文弥そいつらを縛っといてくれ今から少々暴れる。」

 

さっき拾った日本刀を鞘から抜き出し体の水柱線上に構え少し腕を引くと男も機械の椅子に立てかけていた刀をつかみ剣道のような構えをしてきた。互いの呼吸が合致した瞬間互いに動き俺が左上へ右下から切り上げると男は右上から刀を振り下ろす。

 

刀同士がぶつかると大量の火花が飛び散り双方の顔が明るく照らし出される。二人の顔は真逆で男の顔は刀を持った構えと踏み込みを見て只者ではないと直感し強者と戦えることへの喜びがにじみ出た笑みを浮かべ克也は冷笑を浮かべていた。

 

克也自身何故笑みを浮かべているのかわからなかった。強者に出会えたことへの喜びだろうかそれとも魔法以外で自分の身体能力だけで戦えることへの歓喜だろうか。

 

そんなことを考えている間に何十もの回数刀を振り互いの頬にかすり傷がみるみるうちに増えていく。刀を振りかぶり振り落とすと互いの間合いのほぼ中間で相殺しあい鍔迫り合いに持ち込む。

 

「あなたの名前は?」

「私に勝てたら教えてやろう。」

「では本気で行きますよ!」

 

力を込めて押し込むと負けるつもりなどないのだろう押し返してきたのでその流れに乗るよう後退する。すると押し込んできた男の態勢が崩れたのでその瞬間をつき自己加速魔法を発動させる。

 

そして刀の切る面ではなく反対の刃がついていない部分で男の胴を薙ぐ。確かな手ごたえを感じ振り向いた右手を下ろし腹部を抑え片膝立ちになっている男に刀を鞘にしまい込みながら問いかける。

 

「まさか魔法を使うとは…。」

「俺は一言も魔法は使わないなんて言っていないからな。さて名前と目的を教えてもらいましょうか。」

「…名前は川倉基樹(かわくらもとき)『プラグナンティア』本部の地下で魔法実験を行う責任者だ。」

「研究目的は…。」

「克也兄さん!」

 

質問しようとすると文弥に声を掛けられ振り向くと拘束した研究員たちが燃えだしていた。

 

「あれは何だ!?」

「ボスが我々の存在を消そうとしているのだ私も直に消え失せるだろう。司波克也お前ならこの国の闇を暴けるだろう頼む。」

「闇だと!?どういうことだ!?」

 

俺の問いに答える暇もなく川倉基樹という名の男は炎に包まれ存在が消え去った。

 

「克也兄さん一体どういうことでしょう。」

「『人体発火魔法』を使ったんだろう遅延発動式か遠隔操作なのかはわからないが今は救助が先だ。この奥の部屋にいるんだろう行くぞ。」

 

 

 

文弥を連れて奥の部屋の扉を開け中に入ると数多の機械のコードが至る所に張り巡らされ部屋を覆っていた。部屋の中央にはとてつもなくでかい機械が鎮座していた。

 

「克也兄さんここがこの研究所の心臓部なんでしょうか。」

「だろうなこれだけの機械とコードがあればそれで間違いないだろう。それで要人とは誰だ?」

「髪の長い十代半ばの少女です。」

「少女?」

「ええ。」

「何故こんなところに…まあいい取り合えず探せここにいるはずだ。」

 

二人で手分けしてかなりの広さの部屋で捜索していると一人の少女を見つけた。

 

「文弥いたぞこの子か?」

「はい、その子で間違いありません。」

 

抱き上げ文弥に聞くと本人らしいので一安心した。

 

「息はしているが浅くて速い…危険な状態だな。」

 

独り言を呟き『回復』で目を覚まさせてやると暴れ始めたので『癒し』で不安を取り払う。

 

「落ち着け俺達は七草真由美殿の依頼を受け救出に来た怯えることはない。」

「真由美さんのお友達なの、です?」

「友達というより先輩・後輩の関係だよ名前は?」

「『わたつみシリーズ製造ナンバー二十二』個体名・九亜、です。」

「…シリーズ、調整体か。今から君を連れて地上に戻る行くぞ。」

 

お姫様抱っこをしながら部屋を出て行こうとすると九亜に引き止められた。

 

「待ってほしい、です。」

「どうした?」

「助けてほしい、です。」

「今から助けるつもりなんだが。」

 

俺は九亜の言うことが理解できなかったがそれは俺の観察ミスに近い失態だった。

 

「私だけではなく、私たちを、助けてほしい、です。」

「『私たち』とはほかにも『わたつみシリーズ』がいるのか?」

 

俺の質問に九亜は小さく頷いた。

 

「分かったこの奥にいるようだから連れてくるから文弥少し待っていてくれ。」

 

二人にここで待っておくように命じ九亜を地面に下ろし部屋の行き止まりまで進み視界を広げると奥にも道が続いており十二個の個室がありそのうちの四つが空っぽだった。一つは九亜の部屋だろうか残りの個室はどうなったのかわからないが。

 

{十二人の調整体にこの大規模CADまさかな…。}

 

壁に塗料を塗りこみ入り口を隠していたのだろう上手く細工されており言われなければ気付かないほどの巧妙さだ。壁を『燃焼』で灰に変え中に踏み込むと消毒液のにおいが鼻を突いた。

 

{この扱いは人間に対して行うことではないもはやモルモットでもない家畜以下だ。}

 

八個の個室のドアを消し飛ばし寝込んでいる八人の九亜と同じ顔の少女たちを担ぎ先ほどの部屋に運び全員に『回復』を施すと全員が目を覚まし一人が敵意を向けて聞いてきた。

 

「お兄さんは誰?」

「俺は四葉家当主 四葉深雪 補佐司波克也 七草真由美の要請により九亜を保護しに来た。九亜が君たちを助けてほしいと願ったから助けたそれだけだ。文弥、九人を連れて先に行け俺にはやることがある。

「分かりました。」

 

七人を文弥が誘導していると先ほど質問してきた少女が泣きそうな顔で再び質問してきた。

 

「お兄さん、私たちを見捨てる気?」 

「研究所のデータを残しておいては君たちを助けたことにはならない。別の君たちが作られるだけだ。」

「お兄さんううん、克也さんお願いすべてを消して。」

「言われなくてもそのつもりだ。」

 

笑顔で返事をすると九亜とは違う雰囲気をまとった少女は少し顔を赤くさせて可愛らしい笑みを浮かべ八人を追いかけた。

 

それを見送りCAD調整機のデータを開こうとするとハッキングされており全データが消滅していた。

 

{藤林中尉か?いや、このハッキングの粗さはあの女性(ひと)ではない素人に近いがすべて持ち出すとなると川倉という男に命じる権限を持つ幹部あるいは別の人間…。今ここで考えている暇はないなそれよりこの大型CADを処理するのが先だ。}

 

十人が十分離れたのを確認し自分も少し距離を置き研究室の内部だけを消し去るため『ヘル・フレイム』を限定条件で発動させ消し去った。発動と同時に爆風が背後から届く前に十人のところまで自己加速術式と体術で走り強めの領域干渉を展開し全員を守る。

 

全員が無事なのを確認後侵入してきた仮設のトンネルを飛行術式をインストールしたCADを使い地上に上がりリーナが待つビルの屋上に向かった。

 

こうして克也達は『レプグナンティア』の最終会議を邪魔せず三十分で目標の第一段階を終了させた。




次話で終わらせることを約束いたします。


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第八十一話 許可

リーナの元に九亜を含む『わたつみシリーズ』九人を連れて戻ると首を傾げられた。

 

「要人は一人じゃなかったの?」

「俺もそう思っていたけど七草先輩は一言も『一人』だとは言ってなかった。俺達の思い込みだったよそれよりもうすぐ会議が終わるそれまでに消滅させないとリーナ作戦決行だ。」

「分かったわすぐ終わるから瞬きせずに見てなさい。」

 

『パレード』を解いていたリーナはもう一度発動させ『ブリオネイク』を構え『ヘヴィー・メタル・バースト』を発動させるために想子を活性化させた。俺は被害が周囲に漏れないよう最大出力で半径五百mの円を作り領域干渉を展開させる。

 

「『ヘヴィー・メタル・バースト』発動!」

 

廃ビルのむき出しになった鉄筋に魔法式を照準しリーナは旧USNA戦略級魔法『ヘヴィー・メタル・バースト』を発動させた。

 

 

 

「…以上だこれで魔法師はこの国からいなくなる。USNAのように世界で二番目にアジアで最初の魔法がない国を作り上げるのだ!」

「「「「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」」」」

 

幹部の男の声に参加者たちは雄叫びを上げ片腕を突き上げた。

 

「隊長これでこの国は我々のものですついにここまでこれました!」

「ああ、そうだな長かった。これでボスの無念が晴れることだろう。」

 

部下の嬉しそうな声に隊長と呼ばれた男は静かにだが嬉しそうに答えた。

 

「これより作戦を開始する!後につ…。」

 

男の命令は最後まで発せられず作戦が決行されることはなかった。リーナが発動した『ヘヴィー・メタル・バースト』によって数百人の『レプグナンティア』に参加していたデモ隊、廃ビル及び地下三十mの地盤までが融解し一瞬のうちに消え去った。

 

 

 

爆発の威力は凄まじく俺の領域干渉が大きく揺らぎ今すぐにも定義破綻しそうだったがなんとか持ちこたえてくれた。爆心地から三km離れた四葉家傘下の企業の所有するビルの屋上からそれを見ていた文弥達は旧USNA戦略級魔法の威力を目の当たりにし恐怖を覚えた。

 

俺でさえ体が、心が震えた。それは驚異的な威力を持つ『ヘヴィー・メタル・バースト』に対する恐怖の故かそれともリーナの戦略級魔法を使う決断をした際の気持ちを知ったが故か。

 

俺がリーナに声を掛けようと近寄るとふいに『コバルト・スーツ』を着たリーナの体が揺れ、倒れ始めたので慌てて支えると穏やかな寝息を立てていたので安心した。

 

「克也兄さん、リーナさんは大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。目的を達したことで今まで抱え込んでいた緊張の糸が緩んだんだ。気を失っているだけだから心配しなくていい。取り合えずヘリを呼ぼうかこの人数の移動はその方が楽だ。」

「僕が連絡しますので克也兄さんはゆっくりしてて下さい。」

「よろしく。」

 

文弥に本家への連絡を頼みリーナを九亜に任せて転落防止柵に体を寄りかからせながら首だけを爆心地へ向ける。

 

{『ヘヴィー・メタル・バースト』重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲にプラズマを散撒くという原理。上下に圧縮する形でプラズマ化し、電子を水平方向へ円形に拡散させることで、原子核を原子核同士の電気的斥力と電子との間に働く電気的引力で高速拡散させ、その運動エネルギーで広範囲を焼き尽くす。『ブリオネイク』をつかうことで収束ビームとして発射することができビームの発射速度は音速の100倍程度。『ブリオネイク』がなくとも発動できるがさすがのリーナでも不安定な魔法式になり最悪俺のように魔法式が逆流し魔法技能を失う可能性もある。『ブリオネイク』なしだとダモクレスの剣所持していたとしても諸刃の剣だな。まったく危険な魔法を作ってくれたものだ扱いが難しいじゃないか。}

 

皮肉を呟きながらも克也の口元には笑みが浮かんでいた。魔法師としての敬意、天才魔工技師『トーラス・シルバー』、『ミスター・シルバー』の片割れとしての興味これら二つが合わさったが故の笑みだった。

 

{『ブリオネイク』を使わなくても普段のCADと大して変わらないサイズで同等の威力を発動させることが出来るCADを開発しないとな。毎回毎回これを持ち運ぶのは面倒くさい。}

 

「克也兄さん、ヘリが来たので乗り込みましょう。」

「ああ、わかったすぐに行く。」

 

{開発までにどれだけかかるかわからないが当分の間の研究テーマは決まったな。}

 

ヘリに向かいながら俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

本家に到着し文弥達と別れリーナを家政婦たちに頼んだ後九人を連れて応接室に入ると水波と達也、深雪が待っていた。ヘリの中から要人を連れて帰ると連絡していたがこれだけの大人数だと思っていなかったのだろう驚いていた。

 

「克也聞いていないんだが?」

「俺は要人を連れて帰ると言ったはずだけど。」

「複数とは聞いていない。」

「一人とは言っていない。」

 

低レベルな争いをしている二人に水波は冷ややかに見つめ深雪は困った笑顔を向けていた。九亜たちは何が何だかわからないようで克也の後ろで首をかしげていた。

 

「説明してくれるんだろうな?」

「しないわけにはいかないだろう?どうせ七草先輩にも事情説明しないとダメなんだから。取り合えず水波、深雪、この子達を風呂に今まで消毒槽にしか入ったことがないようだから。」

「分かりました白川夫人と使用人にお願いします。」

 

九亜が不安そうに見上げてきたが頭を優しくなでてあげると悪いことが起きないと理解してくれたらしく素直に使用人達についていき応接室から出て行った。克也、達也の二人だけが応接室に残った。

 

「で、どういうことだ?」

「想像でしかないけど危険な魔法の研究を行っていたみたいだ。超大型CADを用いて九人の調整体を使い捨てにするようなやり方をしていたとなるとそれしかないと思う。」

「十二人のうち九人しかいないということは残りの三人は…。」

「ああ、間違いない。」

 

達也が最後の言葉を口ごもった言葉を克也も想像していたのでわざわざ口にはしなかった。

 

「取り合えず七草先輩にメールして事情を説明するよそれまではゆっくりしてもらおう。九人も受け入れるとなると数日はかかるだろうから。」

「そうだな、後のことは任せる。リーナは大丈夫か?」

「緊張の糸が切れただけだよ。気にしなくてもしばらくすれば目を覚ますよ。」

「克也がそう言うなら問題ないだろう。」

 

達也は克也の方が医療に対する知識が多いことを理解しているので克也の診断を間違いだと言わなかった。

 

 

 

応接室を出て行く水波の口から「また女性が増えた」と呟かれたことを克也は聞き逃さなかった。自分以外聞こえていなかったので一安心していた克也だった。

 

その日の夜、水波を慰めるために同じ布団で寝たのは秘密にしなければならないことだ。そして翌日水波がご機嫌だったのは言うまでもない。

 

 

 

風呂から上がり眼をキラキラさせた九亜を応接室まで水波に連れてきてもらい話を聞くことにした。九亜は何故か達也を怖がり俺の腕にしがみつきその様子を見て水波がこめかみを引くつかせていたが自重してくれているようで具体的な行動に移したりはしなかった。

 

「九亜、聞きたいことが山ほどあるんだが少しだけにするよ。まず何歳だ?」

「十四歳、です。」

「幼いな、九亜はあの部屋で何をしていたんだ?」

「大きな機械の中に入っていた、です。」

「大きな機械とはこれのことかい?」

 

九亜達が出てくるまでに記憶から紙に書き写した絵を九亜に見せた。細部までは覚えておらず描けなかったが何度も見ているのであれば問題なく分かるだろう。

 

「そう、です。この大きな機械、です。」

「ここで何をしていたんだ?」

「分からない、です。椅子みたいなものに座らせられた後は何があったのか分からない、です。」

 

情報が少なすぎてこれでは何をしていたのか分からない。

 

「その機械から出た後はどんな気持ちだった?」

「気持ち?…ふわふわ溶けていくみたいだった、です。」

「何が溶けていくんだ?」

 

九亜は一度自分の足元に視線を落とし両手を胸の真ん中に置くいや自分の中から出て行く何かを掴もうとするような仕草、そんな風に克也達四人には見えた。そして九亜は呟いた。

 

「私が、私たちの中に。」

 

一瞬にして克也達は九亜だけではなく残りの八人にも同じような症状があらわれていると直感した。

 

「達也これは…。」

「…ああ、自我消失の自覚症状だ。かなり危険な状態だからこのまま同じように魔法演算領域を強制リンクさせられていたら命を落としていただろうな。」

「達也それは違うよ。」

 

達也のセリフを否定した克也の言葉に三人が訳が分からないように首を傾げた。

 

「さっき話しただろ?三人がいないってつまりもう三人死んでいるんだよ。」

「そんな…。」

「嘘…。」

 

水波と深雪が一番感情的なダメージを受けていたのは同じ調整体だからだろう。九亜は三人がいなくなった理由を知らされていないらしく首を傾げていた。

 

「だから俺達は残りの九亜を含む九人を命がけで守らなきゃならないこれは四葉家の新しい家訓じゃない。強力な魔法師として為すべき事柄だ。」

 

優しく九亜を抱きしめると九亜も体を預けてきた。望んで調整体として生まれたわけでもなく生まれた時から生き方を決められていることの辛さは四葉家直系として生まれた自分になら痛いほど理解できる。十四歳という幼さで魔法実験を強制的にさせられ自分と同じ存在が消えていく理由を説明されず生きていく気持ちは共感できても実感することは出来ない。

 

「パパ。」

「「「「はぁ!?」」」」

 

突然の九亜の発言にさすがの俺達でも声を上げずにはいられない。

 

「ここ、九亜ちゃんなな、何を?」

「自分を抱きしめてくれる男の人はパパではないの、です?」

 

深雪の慌てた質問にも爆弾発言をする九亜に俺達は思考停止に陥った。そして九亜を寝かしつけた後水波と深雪に夜遅くまで質問攻めにされたのはお約束だ。

 

 

 

三日後、七草先輩は兄 智一さんを連れてやってきた。何故二人なのか達也達も首を傾げていたがなんらかの理由があって来たのだと分かったので口には出さず応接室には克也と真由美、智一そして『わたつみシリーズ』を代表して九亜が座っていた。

 

「今回、私個人の要請を受け入れていただき感謝いたします。」

「当初の目的に毛が生えた程度の要請です気にしないでください。それより聞きたいことが幾つかあるのですがよろしいですか?」

「ええ、答えられる限りでよければ。」

 

答えられる限りとは話せないことがあるのだろうかそれともあまり知らされていないことで情報が少ないのだろうかどちらにせよ判断材料が少ないので確信は出来ない。

 

「ではお言葉に甘えまして何故あの地下に要人がいると知っていたのでしょうか。」

「それは私からお伝えします。克也殿は川倉基樹という男性にお会いになりましたか?」

「はい、お会いしましたがそれがどうしたのですか?」

「その男性は私の恩師なのです。正確には魔法大学で私が配属されていた研究室の主任でした。」

 

智一の暴露に多少なりとも驚いたがこれで川倉基樹が最後に残した言葉の意味が理解できた。

 

「なるほどそういうことでしたか、ですが何故それで四葉家に要請したのですか?」

「父に四葉家が『レプグナンティア』を殲滅すると説明を受け数時間後に川倉先生から『彼女たちを助けてほしい』というご連絡をいただきました。」

「いくらなんでもタイミングが良すぎませんか?」

「私もそう思ったのですが先月辺りから相談されていたのです。『不当な扱いを受けている彼女たちをどうにかしたい。これ以上苦しむ姿を見たくない』と。しかし勝手に逃がすわけにもいきませんから仕方なく幹部の命令通りに研究を続けていたようです。元々川倉先生は温厚で才能があるなしにかかわらず誰にでも全力で手を差し伸べてくれる優しい方でした。」

 

なるほどだから刀を交わらせたときに気分が高揚していたのだと今気付いた。ぶつかってくる相手に全力で立ち向かうそれがその男性の生き様だったのだ。だが話を聞いている途中から後悔していたのだが聞かれたくないことを聞かれてしまい辛くなった。

 

「ところで川倉先生はどちらに?」

「…私が殺しました。」

「え?」

「刀を交えた後『人体発火魔法』で存在を何者かに消されたのです。」

「でもそれは克也君の責任じゃないはずよ?」

 

真由美の慰めに克也はかぶりを振る。

 

「『人体発火魔法』が仕掛けられていることに気付いてさえいれば助けられたかも知れないのです。」

「克也殿はその前に刀を交えられたのですよね?先生の腕はどうでしたか?」

「素晴らしい方でしたよ自分が出会った剣術家の中でも五本の指に入る猛者でした。」

「そうですかそれなら先生は不満などありません満足していかれたのですね?よかったです本当に…。」

 

智一は成人しているにもかかわらず涙を流していたが三人とも咎めず智一の気が済むまで優しく見守っていた。

 

 

 

九亜達を見送りに本家の入り口に行くと九人がそろって一人ずつ挨拶をしてくれたのだが九亜とは少し違う勝気な少女がまた近寄ってきた。

 

「どうした?」

「あたしの名前は四亜(しあ)覚えといてね。」

「忘れるもんか七草先輩は良い方だから要望はある程度聞いてくれるよ。それからいつでも遊びにおいで九亜も誘ってなまた会おう四亜。」

「またね。」

 

別れ際に俺の頬にキスをしてから七草先輩の車に乗り込み俺に清々しいしかし少し照れた笑みを浮かべてきた。発車するまで隣の九亜と何やら喧嘩らしきものをしていた。

 

「先にするのはズルい、です。」「早い者勝ちだもん。」「次は私が先にします、です。」「こっちだって負けないんだから。」

 

という会話が聞こえたので頭を抱えたくなった。後ろから突き刺さる三つの視線のせいもあったが。

 

車が走り去り見えなくなり家に入ろうとすると三人分の手に襟首を捕まれ急停止せざる負えなくなる。

 

「何でしょうかお三方。」

「少しお話ししましょう克也お兄様。」

「詳しいお話をお願いします克也兄様。」

「説明してしてもらうわよカツヤ。」

 

この世で最も逆らってはいけない三人に捕獲され完全にチェックメイトだが形ばかりの抵抗を試みた。

 

「深雪と水波の行動は分かるがリーナお前は何故だ?」

「なんだろうノリかな?」

「関西人かお前は!」

「一応九島家の血を引いてるからあながち関西人とも呼べなくもないわ。」

「…達也ヘルプ。」

「すまん用事を思い出した。」

 

助けを無視され俺は肉食獣に包囲された生まれたばかりの草食獣のようになるしかなかった。

 

「無視すんなぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

克也の悲鳴と怒声が混じった悲痛な叫びが四葉家本家の入り口から初夏の風を運ぶ空に木霊した。

 

 

 

数日後、俺は九島家に連絡していた。リーナを四葉家に迎え入れる許可をもらうためだが普通なら必要ない。だが建前的にしておいたほうがどこから横槍が来ても血縁関係のある九島家の許可が下りたと言えば大抵は引き下がるだろうという古語で『虎の威を借る狐』を使うが四葉家なら狐というより虎をも超えているがどちらにせよ建前がほしい。電話をすると前回電話した頃より美貌に磨きがかかった光宣が映った。

 

『克也兄さん、お久しぶりです!』

「…やあ光宣久しぶり、一つ聞きたいんだけど何故九島家に連絡すると映像電話になるんだ?」

『僕が出る時だけですよ。』

「相手が女性だったらどうするのさ。」

『それはそれですよ克也兄さん。』

 

なんだか最近光宣の性格が藤林に似てきたと感じる克也だった。

 

「まあいいや閣下はいるかな?お話ししたいんだけど。」

『今隣にいますから代わりますよ。お祖父様、克也兄さんからです。』

『おお彼からかありがとう光宣。克也君今回はどうしたのかな?』

「お願いしたいことがありましてお電話しました。実は閣下の弟さんの孫であるアンジェリーナ・クドウ・シールズを我が四葉家に戸籍移動させる許可をもらいたいのです。」

『保護してくれたのだ拒否はしない。その程度ならばこの老いぼれの許可は必要はなかろう?』

「建前です。閣下の許可を得られたとなれば横槍が来ても反撃できますから。」

『ふぉっふぉっふぉっふぉ克也君はまた面白いことを考えおるわ。』

 

言葉通り本当に楽しそうな閣下に俺は苦笑するしかなかった。

 

『先ほど言ったように戸籍移動の件は許可するもちろん横槍が入った場合私だけでなく九島家が後ろ盾になろうこれは十師族間における共闘や協調ではない立場における意見の相違だ。』

「日本語の使い方次第だと思いますが。」

『弘一なら使ってくるであろう?その仕返しに近いものだ。』

「悪知恵が働きますね閣下。」

 

ニヤリと笑うと同じような笑みで返事をしてきた。

 

『年を取ると体力勝負ではなく頭を使い作戦勝ちを狙うものだ私はまだ体力勝負でも未熟な魔法師に勝つ自信はあるがね。』

「それは否定しませんよ閣下。それでは失礼させていただきます光宣にもよろしくお願いします。」

『分かった孫にも伝えておこう。後日正式な書面を送る待っていてくれたまえ。』

 

予定通り許可がもらえたのでガッツポーズをしたいところだがそこは我慢して戸籍移動を優先しなければならない。克也は許可をもらったことを四人に伝えるために自室を出た。

 

 

三日後、戸籍移動が完了したのでリーナにサプライズするために夕食の席で発表することにした。楽しくいつも通りに食事をしたあと深雪から報告があった。

 

「リーナ話しておきたいことがあるのいいかしら?」

「ミユキどうしたの?」

「入ってください。」

 

リーナの質問に答えず声を出すと食堂の奥のドアが開かれ使用人の服を着た若い女性が入ってきたのを見たリーナは硬直した。

 

「シルヴィア・マーキュリーさんです。リーナ専属の使用人として働いてもらうことになりました。」

「久しぶりリーナ元気でしたか?」

「シルヴィー…。」

 

笑顔で話しかける年上の友人にリーナは涙を流し始めていた。

 

「生きていたんですね!?」

「ええ、ハワイのホノルル基地に飛ばされていたのが幸いしました。三日前に日本政府から入国が認められ達也さんが事情説明をしてくれて四葉家が身元を保護してくれることになりました。今の四葉家は『アンタッチャブル(触れてはいけない者)』と呼ばれていた四葉ではありません日本だけでなく世界を守ろうとする『大義を重んじる者』の家系です。リーナ生きていてくれてありがとう。」

「ワタシもよシルヴィー。」

 

二人が互いに抱きしめあっているのを優しく見守りながら克也はもう一つサプライズ(こっちがメインなのだが…)をすることにした。

 

リーナ、九島閣下から四葉に戸籍移動する許可を電話でいただいてさっき正式に許可する書類が届きさらには政府からも許可が下りた。今日からリーナは『四葉莉依菜(りいな)』だ。呼び方は今まで通り『リーナ』だから気にしないでくれ。では改めてようこそリーナ四葉へ。

 

リーナは涙を拭き素晴らしい笑顔を俺達に見せてくれた。

 

「よろしくお願いします!」

 

リーナの四葉家への加入は四葉家の地位を押し上げるだけでなく日本の安定を目指す一歩になった。だが闇は確実に侵食しているのを克也達は知らずそれが自分たちの運命を変えることになるとはまだ気づいていなかった。

 

 

 

ある部屋で男はかけていた眼鏡を握りつぶしレンズが手の平に食い込むのを気にせずさらに強く握りしめた。

 

「クソ!あれを救出されるとは!実験結果を際どいタイミングで入手できたのは大きいがこれでは情報が少ないあの小娘を捕獲するしかないな。だが簡単にあの家が手放すとは思えん強行作戦に出るしかない。しさしさすがは四葉の分家 黒羽家だ諜報だけなら日本いや世界でもトップクラスの能力を持っているこれからの作戦はより慎重に動かなければならんな。」

 

その男の後ろには若い青年が何も言わず立っていた。

 

「お前にも仕事をしてもらう日が来るその時は失敗するなよ?」

「承知しました。この若輩者の命あなたの野望のために捨てて見せましょう。」

 

その青年の言葉に男は嬉しそうに頷き家族との食事に向かうために仕事用の椅子から立ち上がり部屋を出て行った。顔に邪悪な笑みを浮かべながらその男の後を追いかけるように部屋を出たその青年は国立魔法大学付属第一高校の制服を着ていた。




レプグナンティア編終了です。自分なりにかなり手の込んだ内容になったのではないかと自負しております。九校戦でのノロウイルスは事件を考えられなかったのでありきたりなものを書いてみました。次話からは番外編を投稿しようと思っておりますそれでは『番外編・誕生』でお目にかかれることをお待ちしております。


よく小説を修正しておりますので所々言葉が変わっていますので読み返してもらえれば嬉しいです。


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番外編③
誕生


追記 UA45000超えありがとうございます!


四月二十四日の午後四時、私は今分娩室の前で使用人以上に不安と闘いながら待っていた。姉さんが破水し陣痛が始まったのが二十四時間前つまり昨日。もうそろそろ生まれてもおかしくはないが未だに生まれてこないのでこちらが先に倒れそうだった。

 

初産でありながら双子の出産となると大変なことだが姉なら耐え抜き元気な赤ん坊を生んでくれるだろうそう思っていた。

 

「おぎゃ~。」

 

と扉の奥から産声が聞こえたことで私の鼓動は高まった。そして数十秒後

 

「おぎゃ~。」

 

先ほどより声は小さいが元気な産声が聞こえてきた。ドアが開き助産師が手招きするので部屋に入ると血の匂いが鼻を衝くがそんなことが気にならないほど私の心は震えていた。

 

「姉さん大丈夫?」

「真夜、大丈夫よそれより見てよこの二人もう互いの手を握り合ってる。」

「ええ、本当に可愛いわ今すぐにでも食べちゃいたいぐらいに。」

 

疲労を滲ませた笑顔を浮かべるも幸せそうな姉に少し安堵しながらも本心を伝えると我が子を私から遠ざけるように自分に抱き寄せた。

 

「ダメよそんなことを言うような怖い妹には抱っこさせてあげない。」

「ご、ごめんなさい姉さん許して。だからどっちかを抱っこさせてください。」

 

必死に謝るとにこやかに微笑み双子の一人を抱っこさせてくれた。腕に体重がかかるが重くはなく心地いい重さだった。今すぐにでも散ってしまいそうな儚い命をこの腕に抱くと自分の本当の子供を産みたいという気持ちが溢れくるが自分の体では不可能だと思い少し気分が落ち込む。しかし自分を見つめる純粋な眼に癒される。

 

「真夜が抱いているのが克也、私が抱っこしているのが達也どう良い名前でしょ?」

「名前の由来とかはあるの?」

「克也は誰にも負けない魔法師に達也は病気にならない健康な魔法師になって欲しいそんな意味を込めたの。」

「活躍する魔法師で克也、たくましく育つ魔法師で達也ね姉さんの割にはしっかりと考えたわね。」

 

茶々を入れると嬉しそうに言い返してきた。

 

「あらその言い方は不本意ね私はいつもよく物事を考えて行動しているつもりだけど。」

「ふふ、そういうことにしておきましょうか姉さん。白川さん英作叔父様を呼んできてくださらない?」

「かしこまりました。」

 

白川夫人が四葉英作を呼びに行った背中を見送りながら深夜は真夜に聞いた。

 

「叔父様に魔法を視てもらうのね?」

「ええ、四葉の魔法師ならどんな魔法を使えるのか知りたいもの。」

 

 

 

英作が息を切らしてやってきたのは三十分後だった。二人はその間に母乳をたくさん飲み幸せそうな顔で互いの手を握りながらベビーベッドで眠っていた。

 

その二人に英作は優しい笑みを浮かべていたが真顔に戻し両手を克也と達也にかざし眼を閉じた。魔法が発動したと気付いたころには既に英作は二人の魔法を調べ上げており驚愕していた。

 

「叔父様?」

「深夜、お前は素晴らしい子供を産んでくれた一族を代表して礼を言おう。」

「叔父様二人は一体どのような魔法を持っているのですか?」

「達也は全てを破壊する魔法と全てを再構築する魔法を有しているがこの二つの魔法のせいで達也は他の魔法を自由に使えない。だが想子は一族で一、二を争うほどの保有量だ。克也は達也に及ばないが傷を治す魔法と魔法を焼失させる魔法を持っている。そして…真夜お前と同じ『流星群』を使える。想子量も達也と同等だ。」

 

叔父の報告に私はしばらく反応できなかった。自分の子供でもないのに自分と同じ魔法を使う甥っ子が生まれたことに感極まっていた。英作が部屋を出て行った音で私は我に返り姉さんにお願いをすることにした。

 

「姉さん、克也を私に預けてくれない?」

「構わないけど何故?」

「同じ魔法を使えるなら家族としての愛情ではなく実子として愛を注げば『流星群』の使い方をより理解してくれると思うの。」

「いいわその代わりたまには私のところにも連れて来てよ?独り占めは許さないんだから。」

「も、もちろんそんなことはしないわよ。」

「今嚙んだわよね!?全く信用できないんだけど!」

「じゃあね姉さんまた連れて行くから!」

 

そう言い残して逃げるように部屋を出る。

 

「待ちなさい真夜!話すことはまだいっぱいあるわよ戻ってきなさい!」

 

個人差はあるが産後一時間ではまともには動けないそれをよしとして私はプライベートスペースに克也を連れ込んだ。

 

自分と同じ魔法を使えるのであれば自分の手で育て姉には懐かないように教育しようと大人げない野望を胸に秘める真夜であった。

 

 

 

当主としての仕事である事務処理をする傍ら克也の世話をするという多忙な毎日を送っているけど克也の世話をすると疲れが吹き飛ぶそんな気がする。

 

書類に眼を通していると克也がぐずり始めたので仕事を中断し克也のもとに向かう。

 

「はいはい泣かなくても大丈夫よ。」

 

ベビーベッドでぐずっている克也に人肌の温度に温めた粉ミルクを入れた哺乳瓶を近づけると自分の手で口まで運び見ているこっちが驚くほどのスピードで飲み始める。

 

「育て方間違ってないわよね?」

 

初めての子育てのため不安なことが多い。自分がこうなのだから姉もそうだろうと思い始めていた。

 

「姉さんに聞いたほうがいいかしら。」

 

不安になったので姉に聞きに行くことにした。仕事は少しの間葉山に任せても許してくれるだろう。葉山に何も言わずにプライベートスペースから出て姉のいる部屋に向かう。

 

数分後、姉の部屋に入るとちょうど達也に母乳をあげているところだった。

 

「姉さん少し聞きたいことがあるのだけどいい?」

「どうしたの真夜?」

「克也のミルクを飲むスピードが異常で間違っていないか不安になったの。」

「スピードは赤ん坊によって変わるから気にしなくても大丈夫だと思うのだけれど。」

「それならいいのだけれど。」

 

心配そうに呟く妹に応援を送った。

 

「この一ヶ月そのスピードで育ったんでしょ?克也に何も起こっていないなら大丈夫よ。」

「そうね、ありがとう姉さんおかげで気が楽になったわ。」

「ならいいけどそれより仕事はどうしたの真夜?」

 

言葉に詰まる双子の妹にため息をつく。

 

{何故お父様は真夜に当主を任せたのかしら。別に自分が当主になりたいわけではないのだけれどそこだけが疑問ね。}

 

私の心中を察したのか仕事に戻って行く真夜の背中を見て何故か悲しくなった。

 

 

 

克也と達也が生まれて半年経った頃、「達也を殺すべきだ」という意見が分家の間に上がり始めた。分家の当主たちが世界を破壊することのできる魔法を持つ赤ん坊を望んだのはあの事件が起こった後であるならば仕方なかった。真夜が人体実験の被検体にさえされなければこんなことは望まなかった。だが生まれてしまった今では考え直しても仕方がないそれならばいっそすべてがなかったことにすればいいという結論に至り達也暗殺計画が練られたが英作の一言ですべては決まった。

 

「感情が暴走しないよう感情に蓋をすればいい。」

 

この一言だけで分家の当主たちは受け入れ達也の成長を見届けることに決めた。しかし達也に向けられる眼は『四葉の血を引いているくせにたいした魔法も使えない欠陥品』という意味合いを込められたものだった。深夜や真夜がいる前では本心から喜んでいるふりをしていたが二人がいないときは存在さえしていないかのように見ていた。

 

そのことを深夜も真夜も知っていたが咎めることはしなかった。達也が欠陥品なのは事実なため反論すれば達也だけでなく克也にまで火の粉が振りかかるのを恐れた。当主命令でやめさせることが出来るがこの程度を話題に挙げることもせず二人が愛情を注げば二人は健やかに成長してくれると二人は信じていた。

 

 

 

そして克也、達也の一歳の誕生日の日、深夜と真夜は英作から「分家の意識を逸らすためにと「達也の感情を暴走させないための子供を作る」、「感情に蓋をすること」を命じた。二人には到底受け入れられるものではなかったが二人のためならばやむを得ないと心を決め英作の案を受け入れた。

 

そして四葉の科学力と魔法の粋を結集させた調整体『司波深雪』を作り出し感情への蓋はある程度の年齢に達した頃に実行することを決めた。

 

 

 

ある日深夜は自室で深雪をベビーベッドに寝かせ達也をあやしていた。

 

「魔法がたとえ満足に使えなくても私の子供に変わりはないのよ達也。だから気にせずすくすくと育ってね。」

「克也よく頑張ったわね偉いわ!」

 

腕の中で眠る達也の髪を優しくなでながら独り言を呟いていると少し開いたドアの外から妹の興奮した声が聞こえてきたので頭痛を感じ偶然通りかかった葉山に声をかけた。

 

「葉山さん真夜はいつもああなの?」

「…左様でございます。克也様が歩かれるようになってからというもの毎日何時間もああして一緒に遊んでおられます。そのせいで書類が山積みになっておりまして私と紅林殿で手分けして処理していますが間に合っておらず増えていく一方でございます。」

 

疲労の残る顔で話す葉山の言葉に別の頭痛が襲ってきた。

 

「…葉山さん今日の夕方真夜を私の部屋に来るよう伝えてください克也も一緒に。一時的に克也を取り上げて事務処理が終わるまで会わせないよう命じます。」

「名案でございます。」

「克也が真夜のように溺愛しなければいいのだけれど…。」

「御心配には及ばないと思われます。たまにですが克也様は真夜様の声を無視することがあるので嫌になっているのかもしれません。」

「余計な心配だったかしら。」

 

互いに苦笑しながら葉山は真夜に深夜の伝言を伝えに深夜は深雪の様子を見に自室に引っ込んだ。

 

 

 

数時間後、深夜は真夜に『事務処理が終わるまで克也の接触を禁ずる』と命令し真夜が抱いていた克也を取り上げ笑顔で自室から追い出した。命令された真夜の顔は生きることに絶望した人間そのものだった。

 

 

 

再起動を果たした真夜は睡眠と食事、入浴以外の時間を全て事務処理に費やし溜まっていた書類を三日間で終わらせ克也に会いに行った。その仕事ぶりに葉山と紅林が嬉しそうに見つめ内心『ざまあみろ』と思っていたのは本人たち以外内緒だ。




二人の誕生秘話を書いてみました。自作の物語とずれているかもしれないので違和感があれば感想でお願いします。


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成長

克也と達也が生まれてから六年が経った。達也は今日、今から一時間後に人造魔法実験を受けることになっているのだが克也はとても不安だった。

 

母の深夜の腕は実子であるから疑ってはいないがもしかしたら失敗するんじゃないかと心配だった。

 

「達也、怖くないの?」

「実験が?」

「うん、僕は怖いよ。達也にもし何かあったらどうしようって不安で溢れてる。」

 

実験に対してまったく恐れを抱いていない弟に僕はより不安を覚えていた。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。母さんの腕は信用してるしたとえ失敗しても克也と深雪がいる。俺達の仲は変わらないだろ?」

「当たり前だよ俺達はいつも一緒だ。」

「分かってるじゃんそろそろ僕も準備しないとね深雪を頼む。今あいつは絶賛甘えたい症候群に感染している。」

「深い話の後にそんなこと言う?」

「気分が軽くなるだろ?」

 

実験を受けるより他人を心配する弟の優しさになんとも言えない気持ちになるが安心できるから不思議だ。それから少し話をした後達也と別れ深雪がいる母の部屋に向かった。

 

 

 

ドアをノックし部屋に入ると深雪に抱きつかれた。

 

「克也兄様~!」

「ただいま深雪。」

 

笑顔で頭をなでてやるの嬉しそうに笑みを浮かべる。母は実験準備のため既に実験室に入り最終調整に入っている。実験の間は自分が深雪の世話をすることが母と叔母から命じられた仕事だ。

 

苦ではないので引き受けたが実験に対する不安はぬぐいきれない。そんな空気が漏れ出していたらしく深雪に聞かれてしまう。

 

「克也兄様?」

「なんでもないよ。これからどうする?」

「葉山さんのところに行きたいです!」

「じゃあ、行こうか。」

 

部屋を出ようとすると自分の左腕に深雪が嬉しそうに抱きついてくるので笑みを浮かべながらそのまま葉山さんのいる場所に向かった。

 

 

二時間後、母さんが疲弊しきった表情で実験室から出てきたので駆け寄り声をかけようとすると叔母に止められた。

 

「叔母上?」

「今はゆっくりさせてあげてかなり疲れ切ってるから。」

「実験は成功したんですか?」

「もちろんあなたの母ですよ?失敗するわけないじゃない。」

 

叔母の返答に一安心する。

 

「達也に会うことはできますか?」

「大丈夫よ、まだ麻酔の影響下で眠っているけど時期に目を覚ますわ。最初に会いたいのはあなたでしょうから側にいてあげなさい。」

 

 

 

叔母が去り紅林さんが実験室から出て達也以外がいなくなった実験室に入ると簡易ベッドの上に病院で診察を受けるような服を着た達也が横たわっていた。顔色を見る限り不審な点は見当たらず実験に成功したのは事実だと自分の目で確かめた。

 

本当に感情を失ったかは話さなければ分からない。眼が覚めるまで僕はしばらく待つことにした。

 

 

 

眼を開けるとそこは横たわる前に見ていた天井だった。頭の中に靄がかかったような感覚に襲われるがこれが感情を失ったという結果なのだろうか。

 

寝息が聞こえてきたので左に顔を向けると兄である克也がベッドに寄りかかりながら眠っていた。しばらく見ていると視線を感じたのだろう克也が目を覚ました。

 

「達也!気分はどう?」

「悪くないけど不思議な感覚だ。」

「不安はある?」

「不安?何に?」

「これからのこととか感情を失くしたことに。」

「そんなものはない。いや違う不安という感覚がどんなものなのか分からない。」

 

その言葉を聞いて克也は達也が本当に感情を失ったのだと確信した。すると涙が溢れてきた。

 

「克也、何故泣く?」

「悲しいんだ達也の中から自分と深雪がいなくなるんじゃないかって思うと。」

「悲しいという感情がどんなものなのかは分からないが心配することはないよ克也。」

「達也?」

 

達也は穏やかに微笑みながら話してくれた。

 

「自分の中に残った唯一の感情『兄妹愛』がそんなことをさせることはない。何があっても離れることはない俺達は兄弟で兄妹なんだから。」

「うん、そうだねこれから三人で力を合わせていこう。」

 

弟に慰められ克也は嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「それはいいんだけど達也、深雪が達也に慣れてくれるかな?」

「…問題はそこだよ。まともに話したことないし話させてもらえてないからどう接したらいいか分からない。」

「時間が解決することもあるって叔母上が言ってたからいつかは大丈夫だよ。明日から一生懸命魔法と体術の練習しなきゃ。」

「うん、そうだね。明日からは忙しくなるよ。」

 

二人は日が暮れるまで楽しそうに会話を続けた。

 

 

 

それから六年が経った夏休みのある日、日課の体術の練習を終えシャワーを浴びた後二人で廊下を歩いていると落ち込みながら歩いてくる亜夜子に出会ったので話しかけた。

 

「おはよう亜夜子どうした?」

「克也さんと達也さん、おはようございます。特に理由は無いので大丈夫ですそれでは。」

「ストップ。」

 

立ち去ろうとした亜夜子を引き留め理由を聞き出す。

 

「つまり自分の魔法をどう使ったらいいのかわからないと。」

「はい、四葉家分家の一つ 黒羽家の魔法師ともあろう者が突出した魔法が使えないなんて笑えますよね。」

 

あまりにもネガティブ思考なので克也は対応に困っていた。何度も会い会話をしている仲だがこれほど落ち込んでいる亜夜子を見たのは初めてだった。

 

「誰にだって得意不得意はあるから落ち込む必要は無いんじゃないかな。」

「達也、その言い方親父臭いよ?」

「ウグッ!この歳で言われるのは辛い…。」

「大人びているって意味なんだけど伝わらなかった?」

「十二歳に使う言葉じゃないでしょ。」

「四葉だから成長が早いってことで。」

「…克也も親父臭い。」

「ギャフン!…酷いよ達也。」

「お相子だ。」

 

克也と達也の仲の良いやり取りに亜夜子の顔にも笑顔が浮かんでいた。意図した結果ではなかったが二人は亜夜子が明るくなってくれたので嬉しかった。

 

「まずは亜夜子の魔法特性を知ることから始めた方が良いかもね。」

「そうだな亜矢子、調整室に来てくれ。」

 

数十分後、四葉家のCAD調整室で亜夜子の魔法特性を測定した達也は自分と似た魔法を亜夜子が使うと知り分かりやすく実演してみせ亜夜子がそれを見よう見まねで魔法を発動したところあっさりと会得してしまった。

 

「…達也、これはとんでもない才能だよ。」

「…俺も同感だよ克也。」

 

亜夜子が魔法の練習をしている間二人は呆気にとられながら見ていた。

 

「でも、まだまだ魔法式が荒い。魔法式を調整しないとダメだね。俺が魔法式を造り替えるから達也はCADをよろしく。」

「任せろ。」

 

これが『極致拡散』を使う黒羽亜夜子の誕生秘話であり達也を単なる欠陥品だと認識できなくなる事件の発生起源である。

 

 

 

それから時はまた流れ、克也と達也は本格的な実戦を経験するようになっていた。陸軍出身の体術の講師に二人掛かりで挑むと白旗を上げさせることができるようになるほどまで二人の技が極められていた。

 

一人では太刀打ちできない相手と戦っている克也を深雪は見るのが好きだった。絶対に勝てない相手にも必死で食らい付き何度背中に土をつけられようと十m以上も吹っ飛ばされようと先ほどより速い動きで立ち向かうそんな姿を見るのが深雪の楽しみだった。

 

不満があるとすれば内心を伺えないような表情で中学校に登下校する間ずっと後ろを歩く兄がいることだろうか。

 

{何故こんな人が私のガーディアンなのでしょう。叔母様の考えを教えていただきたい。}

 

達也兄さんが私のガーディアンに任命されたのは中学入学と同時だった。ボディーガードとガーディアンの違いは理解しているけど感情を普段表に現さないこの男性(ひと)が自分のガーディアンだとは思いたくもない。

 

何故克也兄様でないのか何故まともな会話を一度もしていない兄さんがガーディアンなのか不服に思ったのは幾度となくある。

 

そもそもボディーガードとガーディアンの違いは明確に分かれている。ボディーガードは食べるために護衛対象を守り金銭を得る。一方ガーディアンは護衛対象を守るために食べる。金銭など必要なものは上からその度に与えられる。つまり命をどのように捨てるのかがこの二つの違いなのだと私は思っている。

 

ガーディアンは護衛対象が解任した時に初めて自由の身となる。兄の解任は私の自由だが高校に入るまでは解任してはならないと叔母様に命じられているため私はあの男性から逃れることはできない。

 

ここ最近克也兄様から愚痴を聞くことが多くなった。『叔母上に溺愛されすぎて困ってるどうにかしてほしい。』と言われても私にはどうすることもできない。子供を作る能力を失った叔母様の心中は計り知れないけど同じ固有魔法を使える血の繋がった家族がいるのであれば溺愛してもおかしくはない。

 

中学一年生で百六十五cmもある身長だから叔母様と隣り合わせに立つとそれほど身長差がほとんどない。そんな克也兄様に叔母様が抱きついて心底嬉しそうにしているのを見ると幸せそうだと思うのだけれど抱きつかれてげんなりしている克也兄様を見るとどう反応したらいいのか迷ってしまう。

 

来週から二週間の沖縄旅行がある。達也兄さんが来るのは残念だけど克也兄様がいれば補って余りあるほどの楽しい旅行になりそう。

 

 

 

しかし『半年前に起こった魔法事故による後遺症で思うように魔法が使えなくなった克也を沖縄に連れていけない』という叔母様の過保護によって克也兄様との楽しい沖縄旅行が真夏の空の彼方へと消え去ってしまった。

 

『連れて行く』というお母様と『リハビリ優先』と言い張る叔母様が激しく喧嘩を繰り広げ睡眠と食事、入浴以外の時間を割き三日三晩続いたそうです。

 

克也兄様が『ほぼ回復したから行きたい』というお母様を援護する言葉を発されたのですけど『当主命令』という最強の権限を持ち出されては二人共引き下がるしかありません。

 

未だに喧嘩真っ最中である双子の姉妹と落ち込んでいる克也兄様を見て笑いを堪えている達也兄さんと複雑な笑みを浮かべているお母様のボディーガードである穂波さんというなんともシュールな絵面を傍観している私は嫌な子なのでしょうか。

 

 

 

沖縄旅行が始まって一日目の夜、私は克也兄様に映像電話で愚痴をこぼしていた。

 

「やっばり私は達也兄さんが嫌いです。何を考えているのかさっぱり分からないんです、何故克也兄様は分かるのですか?」

「何故と言われても双子だからじゃない?」

「…答えになっておりませんが?」

 

中学生になって間もない克也兄様ですが既に同級生あるいは上級生さらには別の学校の生徒がわざわざ告白しに来るほどの人気者です。喜ばしいことなのですが敬愛する私からすれば少々複雑です。そんなモテ男である克也兄様の声と顔を見れるだけで今日一日の疲れが吹き飛ぶそんな気がします。

 

「仕方ないじゃんそれぐらいしか思いつかないんだから許してよ。」

「…克也兄様の優しさに免じて今回は許しておきます。」

「さすがは我が愛しの可愛いリトルシスター。」

「か、からかわないでください!」

 

顔を真っ赤にさせて怒鳴られても画面越しであるとそれほど怖くない。まあ、目の前で言われても『可愛い』としか俺は思わなかっただろう。

 

「冗談はさておき深雪は達也が何を考えているのか分からないと言ったけど正直俺にも分からない。」

「克也兄様でも分からないのですか?」

「双子といっても達也と俺は性格が真反対だからね。それに達也にはあるものが不足しているから分からなくて当然だよ。」

「あるもの、ですか?」

 

意味が分からないというふうに聞き返してくるが達也の事情を知らなければ分かるはずもない。深雪は達也が人造魔法実験を受けたことを知らず感情の起伏がない不気味な人としか認識していない。幼い頃から面と向かって会話もしたこともなくましてや会わせてもらえなかったのだから知る機会もなかった。

 

深雪を達也に会わせなかったのは淑女としての教育をするためだったらしいが俺には方便に聞こえる。

 

「うん、今回の旅行は深雪に達也のことを知って貰うために母さんが計画した家族旅行の予定だったんだ。俺がいないのが唯一の計算外だけど。」

「お母様がそんなことを。」

「だから達也のことを知ってほしいってイタッ!水波つねらないで分かった行くからあと一分で行くからそんなに腕を引っ張らないで千切れる!」

 

電話越しに叫び始める克也兄様に疑問符を浮かべていると画面外に消えていた克也兄様が疲れた顔をしながら戻ってきた。

 

「ということで俺は訓練とリハビリに戻るよ。じゃあねマイハニー。」

「んな!」

 

ドストレートな家族愛を爆発させられ噴火一歩直前で硬直しているとこちらの気持ちを知ってか知らずかは分からないけれど克也兄様は一方的に電話を切った。

 

「いくら血を分けた兄でもその顔と声と台詞は反則です克也兄様!」

 

兄に対する不満をぶちまけながらも深雪の顔はにやけており就寝のためにベッドに入った後も嬉しそうでなかなか寝付けなかったと記しておこう。

 

一方克也といえば何故か水波に物理障壁の訓練を強制的に教えさせられていた。

 

 

 

二週間後、母さんと達也、深雪は本家に帰ってきたが表情は重く暗かった。詳しい事情を知らなければ大亜連合の侵攻によって被害を受けたことによるストレスだと思っただろうがそうではなかった。

 

達也が後に戦略級魔法として認定される『マテリアル・バースト』を使った際に大量の大亜連合艦隊からの艦砲射撃から達也を守るために穂波さんが命を落としたと出迎えた時に聞かされ俺は調整したばかりのCADを落下させ水波は泣き崩れてしまった。

 

俺にとっては一回り以上歳の離れた姉的存在であり水波にとっては遺伝上叔母にあたる人物が亡くなったのだ涙を流しても誰も文句は言わないはずだ。

 

遺灰は穂波さんの遺言通り海に流されたが母さんの要望で四葉家でもう一度正式な葬式を行った。分家を参加させなかったのは穂波さん個人とそれほど関わりがなく達也に気安く声をかけていることに対して分家から批判の声が上がっていたためである。

 

穂波さん自身『何を言われようと達也君は達也君です欠陥品だろうとそうでなかろうと私の接し方は変わりません』と言ってくれたことを嬉しく思いまた申し訳ないと思った。だが本人が望んでいるのだから自分達が何かを言うのはお門違いだ。

 

穂波さんの葬式を行った日俺は水波と同じベッドで寝ていた。水波がなかなか泣き止んでくれずそのままこの時間まで来てしまったという次第だ。未だにぐずっている水波の頭をなでているとポツリと話してくれた。

 

「穂波様がいなくなっても私達は何も変わらないのですよね?」

「もちろんだ俺達は絶対に穂波さんを忘れない。記憶に留まらず魂にまで穂波さんの優しさは染み込んでるだから俺達が死のうと穂波さんが死のうと消えることはないよ。」

「はい。それより気になるのは深雪様と達也様の関係です。」

「あの変化には驚いたな。」

 

水波が言いたいのは深雪が達也に向ける感情が百八十度変わったことだ。今では達也のことを「達也お兄様」挙げ句の果てには俺のことを「克也お兄様」と呼ぶようになっていた。何があればそこまで変わるのかと思っていると深雪が「自分が死にかけたときに助けてくれた」と話してくれた。死の淵から戻った深雪は自然と達也のことを「お兄様」と呼ぶようになっていたらしい。

 

一緒にいると段々と深雪が達也に心を開いていくと俺は予想していたのだがまさかそんな形で関係修復に至るとは思っていなかった。『死にかけていたときに助けてくれた男子に恋する少女』のようなフィクションでしか起こらない事態が現実で発生したとなるとこの先二人がどのようになっていくのか想像もつかない。

 

達也も嬉しそうにしているので俺は口出しできないし母さんだって微妙な顔をしているのだ。まあ、そのせいで叔母上が深雪に負けないとでも言うかのようにこれまで以上の「愛」を注がれるようになったことが唯一の問題点だ。

 

「お休み水波。」

「お休みなさいませ克也様。」

 

今頃深雪も達也と同じベッドで寝ているのだろうと予測しながら俺は深い眠りの淵に落ちていった。



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死別

三人が沖縄から帰ってきた後俺は魔法の練習に打ち込むようになり四ヶ月経った今ではほぼ自由に魔法を使えるようになっていた。

 

世界でも十人しか使えない『ヘル・フレイム』を筆頭に『回復』や『流星群』など強力な魔法を自在に操り振動系加速魔法を得意とするようになっていた。『ムスペルスヘイム』も容易く発動させ研究者や母さん、叔母上にも驚かれた。

 

クリスマスイブの日に克也は深夜から呼び出しを食らっていた。自分の中では何もしていないと思っているのだが無意識のうちに何かをしでかしていたのだろうかなんとも言えない不安が胸の中で渦巻く。

 

母の自室のドアをノックし中に入ると研究資料に目を通していた母が振り向いた。

 

「忙しい中悪いわね。」

「分かってるなら早くして欲しいんだけど。」

「ならその椅子に座りなさい。」

 

そう命じる母の声は穏やかで優しいので怒られるのではないと少し安心した。

 

「話って何?母さん。」

「それよ。」

「は?」

 

俺は惚けていない本当に意味がわからないのだ。

 

「どういうこと?」

「母さんの呼び方よ。何で真夜は敬語で母さんには標準語なの?」

「何でって言われてもな〜。叔母上は当主だから自然と敬語になっちゃうけど母さんはよく分かんない。」

「深雪は敬語を使ってくれるのに…。」

「それは淑女としての教育を母さんがしたからでしょ比べるのは間違ってるよ。」

 

達也と深雪は中学校が今日ようやく終わったばかりなので本家にはいない。俺は四葉家当主の息子として世間に発表されているため二人とは同じ中学には通えていない。正直言えば一緒に通いたいのだけれど関係性を疑われるようなことになってはならないため我慢している。

 

「私の勘違いだったのねもう戻っていいわ。」

「え、これだけ?」

「そうだけど何か文句でもある?」

 

そんな風におどける母に俺は叫んで文句を言った。

 

「ありまくるわ!俺さっきまで四音(しおん)先生の授業受けてたんだよ!?これだけのために懇願してまで来たのに!?戻ったらどんなことされるか分かんないんだけど!」

「母さんの気のせいだったってことにしといて。」

「雑!え、何?俺を困らせたかったの?性格悪すぎるんですけど!」

 

俺の怒りに目も向けず研究資料に没頭する母さんが右手で出て行くように指示したので行き場のない怒りを溜め込みながらトボトボと部屋を出て足取り重く四音先生の授業に戻った。

 

授業に戻ると予想通り面倒なことになり余計にストレスが溜まったので体術の先生をフルボッコにし『流星群』を裏山でぶっ放し山体崩壊を起こさせ叔母上に怒られるという負のループに陥ってしまった。

 

 

 

母さんはその日から実験を繰り返し続け翌年の夏前の実験途中に突然倒れた。

 

「母さん!」

「姉さん!」

 

実験に参加していた克也と真夜は突然気を失った深夜に駆け寄り話しかけたが返事はなかった。

 

「顔色は悪いし呼吸も荒い、まずいよ叔母上急いで医者を。誰か担架を早く!」

 

魔法ではなく担架を持って来させたのは魔法によって悪影響を与えないためだ。研究者たちが持って来た担架に母を乗せ集中治療室に搬送し医者が来るまでの間可能な限りの処置を施す。

 

そのおかげもあってか医者が到着するまでに母さんの容態は落ち着いたが危険な状態にあるのには変わらなかった。医者でも原因が分からなかったので俺はもう一つの『異能』を使うことにした。

 

焦点の定まらない眼で母の想子体を視るが特に目立った障害はない。何に原因があるのか分からないのでさらに深くまで潜ることにした。

 

「克也!」

 

叔母上の声に俺の意識は現実世界に戻り額には大粒の汗が浮かび呼吸は荒く疲労感が見て取れた。

 

「克也、何か分かったの?」

「…母さんはもうダメかもしれません。今生きているのが不思議なくらいに弱っています。」

「…どういうこと?」

「俺の『全想の眼』は想子を視ることが出来る能力なので想子と繋がっている精神を視ることができます。今の母さんの精神構造体は虫食い状態に近いんです。俺の『回復』でも達也の『再生』でも治せないところまで進行しています。」

 

俺の報告に叔母上は受け入れられないとでも言いたそうな表情をしていた。

 

「母さんはこの半年の間に精神を過剰に行使しすぎたようです。故・四葉元造と同じ状態に近いと思われます。」

「魔法演算領域のオーバーヒート…。」

「はい。」

 

真夜の呟きに俺も同じように答えると深夜が目を覚ました。

 

「真夜、私は…もうダメ…後のことは…頼むわ…。」

「何を言っているの姉さん!これからじゃない!」

「いいえ、もう十分生きた…わ。心残りなのは…孫の…姿を…見れないことかしら。」

「姉さん…。」

 

苦しげに話す母を見て俺は覚悟を決めた。今すぐにも母の命の灯火が消えようとしており別れが訪れかけているのだと。

 

「克也、顔を…見せて、もうあまり…見えないから、近くに…来て。」

「母さん…。」

 

俺は母さんの右手を両手で握りながらしっかりと眼を見つめた。

 

「この先…苦しいこと悲…しいことたくさん…あるだろうけど、三人で…乗り越えなさい。長男と…して達也と…深雪をまもっ…て。それ…からあまり…愛して…あげられ…なくて…ごめんね?真夜にとられてたのも…あるけど…長男だから…我慢しなさい…って言って…構って…あげられなかった。ごめんね?」

「そんなことないよ母さん。俺は母さんの愛を感じてただから気にしないでよ…。」

 

息も絶え絶えに最後の力を振り絞って話す深夜に克也はただ安心させるような簡単な言葉しかかけれなかった。

 

「ま…や、三人を…よろしく…。必ずりっ…ぱな魔法師に…してね?最後の約束よ?」

「ええ、約束するわ。三人とも偉大な魔法師に日本を世界を代表する最強の魔法師に育ててみせるわ。」

 

真夜はしっかりと頷き深夜の左手を握った。

 

「克也…顔をもっと…見せて?」

 

母の要望に応えるように顔を近づけると母が俺の額にキスをした。

 

「今のは?」

「それ…は秘密。これが使…われない…のを願って…いるけどもしか …したらある…かも。克也、真夜さよなら…。」

 

母さんはその言葉を最後に眼を閉じ繋いでいた手から力が失せやがて呼吸が止まった。心肺停止を知らせる警報が鳴り響くが俺からすれば遥か遠くで鳴っているような気がした。

 

真夜は深夜の亡骸にしがみつきながら大泣きししばらくの間離れることはなかった。葉山が真夜を自室に連れて行き俺も強制的に自室へと向かわせられた。達也と深雪への連絡は自分自ら送るとお願いし俺に一任された。母さんがその後どのように動かされたか俺が知ることはなかった。

 

 

 

達也と深雪はその頃本家に帰省する準備を終えてリビングで一息付いているところだった。突然四葉からの秘匿回線の呼び出し音が鳴り出ると悲しみに満ち溢れた表情をする克也が映し出された。

 

「克也どうしたんだ?」

「悲報だ達也、深雪。」

 

表情通りかそれ以上の悲しみの声が聞こえてきた。

 

「悲報?」

「ああ、俺たちにとっても四葉家にとっても。」

「一体何があった?」

「…母さんが死んだ。」

 

一拍遅れて答えた克也の言葉に二人は驚愕の表情を浮かべた。

 

「なんだ…と?」

「嘘…。」

「信じたくない気持ちはわかるだけど事実だ。」

「いつ亡くなったんだ?」

「一時間前だどうすることもできなかった。」

「…分かった可能な限り早く戻る。」

 

達也は悲しげに俯く深雪の肩を抱きながらそう伝えた。

 

「いや、もうそっちに迎えが行ってるから到着次第こっちに戻ってきてくれ。葬儀は明日執り行うからその準備が必要だ。」

「分かった。」

 

互いに悲しげな表情で電話を切った。

 

 

 

翌日、深夜の葬儀が盛大に執り行われ分家も使用人も全員が参列し深夜の死は四葉内だけに留められることになった。出棺の時になると深雪が泣き始めた。

 

「深雪、好きなだけ泣くんだ誰も怒らないから気が済むまでいつまでも。」

 

深雪を抱き寄せると深雪が声を押し殺しながら俺の胸にすがりつき嗚咽を漏らし始めた。克也も泣く一歩手前まで来ていたが長男として泣くわけにはいかないと気合いで涙を抑えていた。

 

「克也は泣かないのか?」

「泣きたいさでも母さんは笑って見送ってほしいって言うだろうから泣かないでいるんだ。達也はどうなんだ?」

「家族を失うという悲しい気持ちがこういうものなのだと知ったのは二回目だ。心が締め付けられるそんな気がする。」

「ああ、それが悲しみという感情だよ達也。」

 

深夜が亡くなった日の空の色は名前の通り夜が深くどこまでも広がっていた。

 

 

 

葬儀が終わった日の夜、克也は真夜に呼び出されていた。真夜の自室に向かい部屋に入ると項垂れた真夜の姿があった。

 

「克也、来たのね。」

「ええ、無視なんてできませんから。」

「泣かないの?」

「泣きたいですよそりゃ。でも俺は母さんの子供であり長男です強くいなければなりません。」

「時には弱いところも見せるべきよ。来なさい克也。」

 

言われた通り叔母が座るベッドの前まで来ると突然叔母は俺の顔を自分の胸に抱え込み泣き始めた。

 

「叔母上?」

「泣きなさい克也、泣きたい時には泣くそう深雪さんに言ったのでしょう?ならあなたもここで泣きなさい抱え込むのは許しません。」

 

その言葉を聞いた瞬間今まで溜め込んでいた気持ちがどっと溢れ出し生まれて初めて大声を出して嗚咽を漏らして泣いた。何度も何度も母を呼び叔母にしがみついた。叔母も同じように涙を流しながら俺を抱き締めた。

 

それから二人はほぼ同時に泣き止みそのまま布団に倒れ込み眠ってしまった。克也の寝顔はスッキリとしており不安や躊躇いが全て消え去ったかのような表情だった。




これにて番外編③は終了で次話から本編に戻りますがクライマックスに突入します。フィナーレは決まっていますが途中がまだ構想中なので投稿が遅れることがあると思いますがよろしくお願いします。


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13章 襲来編
第八十二話 祝言からのデート1


『レプグナンティア』の本部を崩壊させたことで反魔法師運動は急速に衰退していった。魔法の力に恐れたというよりは『レプグナンティア』を後ろ盾にして活動していたり追随する形で活動していた小規模、中規模な団体が強力な盾がなくなったことで表立って活動できなくなったのだと解釈するべきである。

 

『レプグナンティア』も本部を失ったことで解散に追い込まれ本部に出入りしていなかった所属者達は行き場を失ったかのように思われていたが自分達の思想を他の団体に持ち込み『レプグナンティア』のような団体をもう一度復活させようとしているらしい。

 

といっても早々に造りあげるのは不可能だという見解を十師族はまとめ当面の間は監視に留めると決定した。

 

 

 

紆余曲折があったが年が明け、水波が卒業し深雪が十八歳になると同時に婚姻の義を挙げることになった。そして今克也と達也は控え室にいたが特に達也が落ち着きなくそわそわしていた。

 

「達也落ち着きなよ。今からそんな緊張してたら最後までもたないぞ。」

「とは言っても不安だこんな経験は初めてだからな。」

「そこまで達也が緊張するなんてな。じゃあエリカでも連れてこようか?」

「それは一番マズい一生笑い話にされるからそれだけはやめてくれ。」

 

心底やめてほしそうだったので連れてこようとはしなかった。元々連れてくる気も無かったし面倒くさいことになるだろうと思っていた。四人の婚姻式には高校時代の友人を含む少数で行いたかったのだが真夜に身内だけで行いたいという要望で仕方なく三人が折れたという経緯だ。

 

友人達を呼ぶとなると四葉の分家の存在がバレ文弥や亜夜子も生活しにくくなるのが予想できたので反対はしなかった。友人達がそんなことを他人に口走ることはないと分かっていたが念には念をということで記念写真さえ送ればいいだろうということになり今に至る。

 

「深雪のウエディングドレス早く見たいだろ?」

「眼にしたら全員が卒倒して式自体が中止になるかもな。水波の姿も見たいだろ?」

「待ち遠しいね今すぐにも卒倒しそう。」

 

身悶えし始める兄に微妙な笑みを浮かべながらも達也は嬉しそうに見ていた。互いが最も愛する女性と正式な夫婦になれるのだから少しぐらい羽目を外しても何も言われないだろう。

 

「克也様、達也様式の準備が整いましたお二方もご準備をお願いします。」

「「分かりました。」」

 

知らせに来てくれた葉山にお礼を言いながら立ち上がる。

 

「達也、生涯最高の出来事にするぞ。」

「当たり前だこの日のために全てを注いできたんだから最初からそのつもりだ。」

「じゃあ、行こうか。」

「ああ。」

 

互いに拳を軽くぶつけ合い気合いを入れ直す。

 

 

 

達也と深雪の式は深雪の美しさに神父が見とれてしまいぎこちなく始まったが何事もなく終わり次はいよいよ俺の番だ。達也には茶化すように笑って言ったがいざ自分の番となると異常なほど緊張する。緊張を紛らわせようと深呼吸し落ち着かせる。

 

オルガンの音色が鳴り響きウエディングドレスで着飾った水波が葉山と一緒にゆっくりヴァージンロードを歩いてくる。数分をかけて歩き終わり克也の隣に並ぶ。

 

『これより司波殿、桜井殿の結婚式をとりおこないます。』

 

神父が克也に誓いの言葉を問いかける。

 

『汝司波克也は、この女桜井水波を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』

 

「はい、誓います。」

 

『汝桜井水波は、この男司波克也を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』

 

「はい、誓います。」

 

『指輪の交換を行います。』

 

水波の細く優しい左手薬指にシンプルなシルバー色の指輪を滑り込ませる。完了すると今度は水波が俺の左手薬指に同じ色の指輪をはめてくれた。その後神父に向き直る。

 

『誓いのキスを。』

 

互いに向き直り水波が少し腰を下ろしベールを捲りやすくしてくれた。ベールを捲ると横から見ては分からないが正面から見ると顔を真っ赤にしているのがわかった。

 

その表情を見ると二つの意味で俺も少し頬を紅潮させてしまう。恥ずかしがっている水波と同じように恥ずかしくて紅潮させる。美しい姿に見とれて紅潮させる。

 

顔を近づけると恥ずかしながらも待ち望んでいるかのような光を眼に浮かべる水波に萌えるが我慢して桜色の唇に自分の唇を軽く押し当て離す。

 

『これにて二人を夫婦と認めます。』

 

神父がそう宣言すると参列者から惜しみなく拍手が送られ式は滞りなく終了した。

 

 

 

式終了後、克也達四人は別室に移動していた。克也と達也は慣れぬ雰囲気に疲弊しきっていたのとは対照的に深雪と水波は幸せ満開だった。少しばかりの休憩をしているといつも着ている色とは対照的な白いドレスを着た真夜が葉山を連れて入ってきた。

 

二人がいなければ真夜が主役とでも言える雰囲気を纏っているので何故か二人は対抗心を燃やしていた。

 

「四人ともお疲れ様。」

「「「「ありがとうございます。」」」」

 

真夜の労いに四人が同時にお礼を述べる。

 

「式が終わったのだから次は子供ね四人とも頑張って!」

「…叔母上ついさっき式が終わったばかりなのにもうそれを言うのですか?いささか早すぎますしはしたなくありませんか?」

「同感です叔母上。」

「あらそうかしら?二人は嬉しそうに顔を赤くしていますけど?」

 

二人を互いが見ると顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「「喜んでいるんじゃなくて恥ずかしがっているんです!」」

 

克也と達也がハモって抗議するが真夜は楽しそうに笑うだけでまともに取り合わないので二人はため息をついた。

 

「冗談はさておき本当に子供を楽しみにしているのは事実ですよ?」

「分かっていますよ叔母上俺達だって待ち望んでいるんですから。でもまだ早いですもう少し俺達だけの時間を過ごさせて下さい。」

「もちろん二人きりの時間を楽しみなさい。子供が出来たらそんな時間を割くことは出来ませんから。」

 

真夜はそれだけ伝え出て行き葉山は記念写真を撮るために首から提げていた高級そうなカメラを満面の笑みで見せてきた。

 

葉山曰く「このカメラ写真に収めたく自腹で年明け頃に買った」らしく嬉しそうなので克也達は「気が早い」とはツッコまなかった。

 

 

 

その日の夜、克也は水波と達也は深雪と同じ部屋の同じ布団で眠ることにした。それぞれが望んでいたことで誰にも邪魔されない式の日の夜なのだからくっついていたかったのだ。

 

「水波、ようやく俺達は夫婦だもう遠慮や心配は何一つする必要は無い。」

「はい、克也様と理想の生活を送ることが出来ます。」

 

互いに見つめ合いながら愛の言葉を交し合っていると水波が恥ずかしそうに聞いてきた。

 

「そ、それで子供はどうされますか?」

「そんなに焦らなくてもいいよ今は俺達二人だけの時間をゆっくりと過ごそう。」

「はい!」

 

克也が優しく微笑むと水波は嬉しそうに克也に抱きつき胸に顔をうずめた。

 

 

 

翌日、四葉家から日本魔法協会本部を通して魔法師全体に通告がなされた。

 

『当主 四葉深雪が司波達也と婚姻の義を挙げた。』

『また同じくして司波克也が桜井水波と婚姻の義を挙げた。』

 

祝言が多方面から送られ「吉田家、千葉家、北山家」からは特に祝われた。偶然帰国していたレオや魔法大学に通うほのか、雫、幹比古と交際中の美月、壬生先輩や桐原先輩など交友関係のあった友人から祝いの品としてあらゆる物品が送られ整理に一週間を要した。

 

 

 

晴れて夫婦になった克也は五月半ば、大型のショッピングモールに水波が新しくエプロンと少し早いがワンピースを買いたいと言いだしたので快く引き受け来ていた。

 

使用人に頼めば買ってきてくれるのに何故わざわざここまで来たのかというと自分の眼で確かめたいという欲とデートをしたいという克也に甘えたい欲による合体技だった。

 

 

一度水波は克也を困らせたくてミラージ・バットのコスチュームを深雪から借りて目の前に現れたことがあったのだが克也がそれを眼にした瞬間に鼻血を噴水のように噴き出させ『水波の可愛さによる出血多量死』という謎の死因が発表されることになりかけるという事件が発生したためそれ以来あまり困らせないようにしていた。

 

閑話休題

 

 

水波は普段それほど高級なエプロンやワンピースなどは着ずそこらで売られているようなものを着ている。浦賀から渋谷は少しばかり遠いがコミューターなら一時間弱で行けるので今回は少し足を伸ばして渋谷まで来ていた。

 

大型ショッピングモールにある服屋で水波が手に持ったエプロンとワンピースを克也に見せていた。

 

「克也様、これは如何でしょうか?」

「着てみないと分からないから一回試してみたら?」

「分かりました少々お待ち下さい。」

 

自分の言う通りに水波がエプロンとワンピースを何着か持って試着室に入っていくのを克也は優しく見送り近くの椅子に座り着替えが終わるのを待っていた。

 

そんな克也を買い物をしている通りがかりの女性達がこっそりと見ていた。カップルだろうと一人だろうと自然体で待つ克也に女性達は年齢層に関わりなく見とれそこだけ別の空間になっていた。

 

克也は自分に向けられるものならともかく信頼できる人間に向けられる視線でさえ感じ取り一つ一つ誰から誰に注がれているのか正確に見分けられるのだから否応なく視線を向けられれば嫌でも気付く。

 

その視線が邪だろうと憂いだろうと何であろうと。

 

女性店員が水波の着替えが完了したことを伝えに来たので試着室に向かう。ドアが開かれ優しいオレンジ色に極薄い緑のフリルがあしらわれたエプロンを着た水波が立っていたのを見て克也は一瞬息が止まったがすぐに立ち直った。

 

「どうでしょう?」

「よく似合ってて可愛いけどもう少し色が濃くてもいいかな。これとかいいんじゃないか?」

 

克也は試着室の外に置いてあったピンク寄りの赤色のエプロンを渡すと水波はそれを受け取りドアを閉めた。

 

水波は自分で着飾るのをあまり好まない。女子としてのプライドはあるのでそれなりにはオシャレもするが水波が着飾るのは克也のためであり克也にふさわしい女性でいたいという感情によるものだ。

 

克也は水波が自分に褒めてもらいたくて着飾っているのだと知らない。克也は水波が喜んでいるのが好きなのだ。二人の感情はあまり噛み合ってはいないが何故か互いの想いが上手く交差しているという現象が起こっており謎は深まるばかりだ。

 

水波が引っ込んだのを確認後先程の女性店員が小声で話しかけてきた。

 

「お客様にご相談があるのですが少しよろしいですか?」

「場所を変えますか?」

「ではこちらにお願いします。」

 

試着室から十m程離れた場所に移動してから聞いた。

 

「それでご要望とは?」

「もしよろしければお連れ様がお買い上げになったワンピースをそのままお召しになってもらえないかと思いまして。」

「まだ買うと決めたわけではありませんがここに売られているワンピースを着て歩き回って欲しいということですか?」

「はい、その分値段はお安くさせて頂きます。」

「撮影や広告に使うのはダメですよ?」

「もちろんでございます!お客様のプライバシーを損なうようなことは一切いたしません。」

「では喜んで。」

 

営業目的であってもこうやって客の心をくすぐる店員の腕に俺は感心した。俺や水波が四葉関係者だと知らないと確信した理由は客対応がマニュアル通りだったからだ。普通なら怯えて口ごもったりするはずだがそれが一切無かった。

 

俺の懐は『トーラス・シルバー』の功績や四葉からの支給でかなり温かいので水波の服を十や二十(高級な宝石などを除く)買ったところでさして影響はない。

 

だが割引サービスしてくれるのであれば有耶無耶にはしたくないしむしろありがたい。

 

「どうでしょうか?」

 

着替え終わった水波が声をかけてきたので振り返ると今すぐ抱きしめたくなるほどの可愛さで溢れていた。

 

「…それは反則だよ水波。決定、それは買いだ。それと水波ワンピースもいくつか買っていいぞ。」

「宜しいので?」

「水波も俺のお財布事情は知ってるだろ?だから気にせず買いなさい。」

「ではお言葉に甘えて。」

 

そから十五分間水波は何度か着替え二枚のワンピースを克也に渡した。克也がエプロン三枚とワンピース二枚をレジに持って行き合計金額が十万円を超えたが克也は表情一つ変えずカードで一括払いを頼んだ。

 

さすがの店員も頬をひくつかせたが思いがけない上客に巡り会えたことで気分を良くしたのか何も言わずカードを受け取り買い上げたワンピースを着た水波を連れて店を出て行く克也を満面の笑みで送り出した。

 

 

余談だが克也が掲示したカードはブラックカードだ。法的に考えれば二十歳にもなっていない克也が持てるはずがない代物だが十師族や国家に小なり大なりの影響を及ぼす資産家などは特別に未成年でもクレジットカードを発行してもらえる。そういう事情で克也も達也も所持している。

 

 



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第八十三話 祝言からデート2

店を出て歩いていると幾つもの視線を向けられるが不快な視線ではないので克也も水波も気にしていなかった。水波は今、白色に明るい赤色の花が幾つも刺繍されたワンピースを着ているのだがまったく下品に見えない。

 

むしろ年頃の少女の雰囲気を纏わせているので一人で歩き回っている男性を振り向かせていた。もちろん克也の一睨みで何事もなかったように前を向くが…。

 

十七歳には見えない幼さなので大人びている克也が横にいると犯罪者のように見えるが上手くエスコートしているのでお似合いのカップルだと周辺の買い物客は思っていた。

 

 

 

しばらく克也と水波は大型ショッピングモールを歩き回り久々のデートを満喫しある宝石屋で克也が水波を連れて中に入った。

 

「先日ご連絡させて頂いた司波克也です。お願いしていたものを準備願えますか?」

「司波克也様ですね少々お待ち下さい。」

 

克也が田上(たなかみ)と書かれた名札を付けている店員に話しかけるとその店員は一礼して店の奥に入って行った。

 

「克也様、何があるのですか?」

「内緒。」

 

克也は水波の疑問に答えずウインクをして焦らした。しばらくして店員が何かをお盆に乗せて戻ってきた。店員が恭しく少し大きくシンプルな白色の和紙で作られた縦長の長方形の箱を克也に渡し克也はそれを受け取り水波に渡した。

 

「これは?」

「開けてみて。」

 

水波は素直に箱を開けると中に入っていたものを見て眼を見開き克也を見上げた。

 

「卒業祝いとこれからよろしくって意味の俺からの気持ち、嫌だった?」

「滅相もありません!」

 

克也が恥ずかしそうに聞くと水波は周りのことを気にせず(忘れて?)叫んだ。克也は箱に入っていたサファイヤが埋め込まれ華やかにしかし上品に装飾されたネックレスを取り出し水波の首にかけ頷き一言呟いた。

 

「分かってたけどやっぱり似合ってる。綺麗だよ水波。」

 

その言葉を聞いた水波は恥ずかしさと嬉しさの感情で爆発し俯いてしまった。克也は店員にお礼を言ってその店から水波を連れて出て行った。

 

 

 

いつの間にか午後三時になっていたので喫茶店の入り口にほど近い窓際の席で克也はパフェとブラックコーを水波はチーズケーキとピーチティーを頼み少し休憩していた。

 

「たくさん買って頂きありがとうございます。でもあのネックレスは高かったのでは?」

「高かったけど自分の気持ちを形ある物で表したかったから。」

 

克也はそのネックレスを買うためにアルバイトをこの二ヶ月続けた。普通ならしなくてもいいはずなのだが貯金でも『トーラス・シルバー』で得たお金でもなく自ら働いたお金で買いたかったのだ。

 

バイトを辞める際店長から時給の二倍の金額を掲示されたがそれも断り辞めた。お礼として自分が四葉家直系だと暴露しそのアルバイト先を四葉家の傘下に加えると魔法師と関わりがあるらしく打診すると驚きながらもすぐに手を引いてくれた。自営業の店だったため簡単に傘下へ加えることができた。

 

「克也様は何故甘い物に苦い飲み物をあわせているのですか?」

「俺は甘党じゃないけどデザートが好きだ。それに苦い物も好きだからコーヒーを頼んだだけ。」

「すいません少しいいですか?」

 

水波と会話していると話しかけられたので顔を向けるとそこには十人中十人が美人と呼ぶ容姿の整った女性がボディガードを二人連れて立っていた。

 

「何でしょうか?」

 

水波との会話を遮られて不機嫌な俺は言葉にいらつきをのせて聞いたがその女性は気にせず(気付かず?)昔ながらの紙の名刺を渡してきた。そこには某有名芸能人事務所の名前が記されていた。

 

多くの有名人を輩出し多くの若者がこぞってオーディションを受けに来るようなところだが生憎俺は全く興味が無いので水波に名刺を渡す。

 

「それで芸能事務所の方が自分に何の用でしょうか?」

「貴方の歩き方や仕草が芸能人に向いていると思ったから声をかけたの。私の事務所に来ない?」

「オーディションを受けに来ている方々を優先するべきだと思いますが?」

 

グラマーな体型で誘惑してくる女性に克也は無表情に見返し遠回しな拒否をした。水波はその女性を睨んでいたが克也に気をとられているためかまったく気付いていなかった。

 

「あんな未熟者達より自然に動いている君の方がいいのよ。それでどう?」

「せっかくですが遠慮させて頂きます。」

 

俺が明確に拒否を示すとボディガード二人が攻撃しようとして動こうとしたので眼で威圧すると恐怖で足が動けなくなったらしく硬直していた。

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

「聞かなくても今までの会話で分かるでしょう。俺は芸能界に興味ありませんしましてや芸能界に入りたくてオーディションを受けに来る参加者を蔑ろにするような事務所に入りたくありません。行くぞ水波。」

 

テーブルで勘定を済ませ悔しげに歯を食いしばっている女性とボディガード二人の横を抜け喫茶店を出て先程水波の服を買った店に向かう。

 

 

 

少し面倒なことがあったが少しいろいろなところを見て周りもう少しで目的の店に着くというところで眉を顰めてしまった。その店の近くで先程の三人組が四人の男を追加して立っていた。どうみても男達は手荒な仕事に慣れている様子で芸能界の闇を見た気がした。

 

「さっきはよくも恥をかかせてくれたわね。」

「自業自得で自爆でしょう。今すぐ俺達の前から消え失せろそうすれば抗議文を送ることはしない。」

「土下座をして謝るなら今のうちだけど?」

「こんなところで騒動を起こすつもりか?」

 

女性の言動に徐々にいらつき始めた。

 

「どっかで見たことがあると思ったら九校戦の中継で見た記憶があったわ。磨き込まれた宝石だと思ったら綺麗にまとめられたゴミくずだったってわけね。」

「お前の言っていることは嘘だな。俺を見たのはさっきのが初めてなはずだ。どうせその取り巻きにでも教えてもらったんだろう?」

 

少し想子を活性化させると取り巻きは数歩後退りした。

 

「あんたら何をやってるんだい!?魔法師は街中では魔法は使えないそういう風に出来ているのよ!」

 

どうやらこの女性は魔法師にまつわる都市伝説を鵜呑みにしているらしい。

 

取り巻きの四人がスタンガンやナイフを取り出し俺に飛び掛かってきた。女性の悲鳴が響くが俺は気にせず最初に向かってきた右手でスタンガンを持つ男の関節を外しスタンガンを自身に浴びせる。

 

「がっ!」

 

よほど強力だったのだろう男が一瞬で気を失ったのを確認後ナイフで斬りかかってくる二人を魔法を使わず背後に回り込みうなじに手刀を一発ずつ打ち込み気絶させた。

 

「もう分かったんじゃないかな勝てないって。」

「魔法を使って一般人を攻撃するなんて!」

「魔法使ってないし正当防衛なんだけど。」

 

後退った女性は両腕を背後に立っていた警官に捕まれ署にボディガード二人と共に連行された。俺は監視カメラの映像と目撃証言による証拠十分で五分もかからず解放された。

 

 

 

いろいろ起こったが目的地の店に入ると数時間前に案内をしてくれた店員が笑顔で迎えてくれた。

 

「お客様のおかげで本日の売り上げが昨日の二倍になっております本当にありがとうございます!」

「いえ、こちらこそです。少しお願いがあってきたのですがこの店の店主にお話があるのですが。」

「あ、それ私です。」

「貴方でしたか、そこでお話をしたいのですがお時間いただけますか?」

「構いませんよでは店の奥にどうぞ。」

 

案内された店の奥には十人が楽に集えるほどの広さがある部屋があり椅子に座り俺は用件を伝えた。

 

「実は自分四葉家当主補佐なのですがこのお店を妻が気に入りまして契約を結んでいただけないかと思っております。どうでしょうか?」

「あの有名な家柄の方でしたか喜んでお受けいたしましょう。この店はまだ一店舗しか展開しておりませんでなにとぞよしなに。」

「ありがとうございます正式な契約はまた後ほど伺いますのでよろしくお願いします。」

 

二つ返事で頷いてくれた店主にお礼を言って俺達は店を出た。

 

 

 

これを機に深雪やエリカ、ほのか、雫、美月など高校時代の友人達がこぞって買いにくるのはまだ先のことである。

 

 

帰宅後、その事務所に四葉家当主のサイン入りの抗議文を送ると監視カメラなどの証拠もありその女性はその日付けで解雇された。




夏休み編を二人に合わせて書いてみました。これから内容は少々シリアスになっていきますがよろしくお願いします。


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第八十四話 合意

四人は新婚旅行もそれぞれ行い新婚時だけに可能な二人きりだけの時間を五年間過ごしていた。深雪も当主としての仕事をしながら克也も補佐として国内各地を飛び回りながらも新婚生活を謳歌している。

 

そして克也は吉田家に来ていた。遊びではなく仕事の上での関係でだ。

 

「これでよしっと、じゃあこれを当主様によろしく。」

「固いな幹比古は昔通りでいいんだぞ?」

 

吉田家の家紋が押された書類を受け取りながら克也は高校時代と変わらない態度で語りかけるが幹比古は緊張感が拭えないのか緊張していた。

 

「無理だよ克也ならともかく十師族の当主なんだから対等の立場ではないよ。」

「そんなこと言ってるけど幹比古も吉田家当主なんだから対等と言えるはずなんだけど?」

 

克也の言葉通り幹比古はこの五年の間に吉田家宗家の当主の座を父から継承していた。長男が宗家当主の座を継ぐのが代々の習わしだが一つだけ例外がある。

 

それは次男、三男、または血縁関係のある男児が宗家の長男を超える能力を見せた時にだけ当主の座は宗家の長男ではなくその者が引き継ぐ。

 

「よしてよ僕は当主の器じゃない精神的な弱さがまだまだ見られるからね。」

「それを言うなら俺もだよ。人をまとめる力は俺より深雪の方が上だ。」

「そういえば深雪さんの調子はどう?」

 

本来吉田家と同盟を結ぶ役割は深雪が対応するべきなのだが今日来たのが深雪ではなく克也が自宅に現れたことに幹比古は驚いていた。

 

克也が「理由は後で話す」と言って結局言った本人と聞いた本人の双方は今の今まで忘れていたのため幹比古は思い出したかのように聞いた。

 

同盟を結んだことを証明する誓約書へのサインを終えた二人は使用人が煎れた緑茶を飲みながら話をしていた。

 

 

余談だが吉田家は古式魔法の家系であるためコーヒーや紅茶といった洋風より緑茶のような和風を好む血筋らしい。克也は緑茶も好きなのでありがたくごちそうになっていた。

 

閑話休題

 

 

「深雪は臨月だから神経質になってるんだ。こんなことでイライラはしないだろうけど精神的な体調を鑑みて補佐である俺が代理として来てるんだよ。」

「初産だから不安だろうね。」

「深雪だから心配ないさ。」

「でも克也じゃなくてもよかったんじゃない?」

 

幹比古の疑問は自分を嫌っているのではなく夫である達也が来てもよかったのではないかと言っているだけだ。

 

「当主命令で近くにいるよう強制されてるよ。」

「…そこで当主権限を持ち出さなくても普通にお願いしたら達也は素直に聞いてくれると思うんだけど。」

「幹比古の言うとおりそんなことしなくても達也は聞き入れてくれるだろうけど権力を使ってでも自分の側にいて欲しいんだろうね。」

 

当主雑務から解放された深雪は達也とよく一緒に四葉家本家の庭や山を歩き体調を崩さないよう気を張っている。達也も可能な限り深雪といるよう心懸けているがやはり立場上離れなければならないときがある。

 

『トーラス・シルバー』としての仕事や独立魔装大隊の訓練への参加などどうしても深雪の側を離れる際は真夜や葉山さんに頼んで支えて貰っている。

 

だが仕事中も訓練中も深雪のことが気になって集中できず牛山さんに心配されたり風間大佐や柳中尉に指摘されたりしているらしい。

 

俺も可能な限り深雪を支えてはいるが水波のこともあるためどうしても第二優先になってしまう。そんな俺の不安を察したのか幹比古が水波について聞いてきた。

 

「桜井さんはどう?」

「安定期に入ったからよく買い物に行ってるよ。俺は代理としての仕事があるからあんまり一緒に行けてないんだ。」

 

水波との間に子供を授かったことに気付いたのはつい最近だ。一度だけ夜を共にし身体を重ねただけだったのだがまさかこうなるとは思わなかった。

 

克也がなかなか子供を作ろうとしないのでしびれを切らした水波が積極的に行ったことでようやく夜を共にしてくれたのは数ヶ月前のことだ。といっても克也には作る気持ちはまだなかったようだが水波の作戦勝ちで今に至る。

 

誰より喜んだのは真夜であり『流星群』を使えることを望んでいるようだが正直どうなるかは分からない。そもそも何故自分に叔母と同じ魔法が遺伝したのか分からないのだから調べるまではどうしようもない。

 

克也の魔法『ダーク・ナイト・フォール(奈落の底)』と真夜の『流星群』は別の魔法であることが達也と克也の共同分析で分かった。

 

光を局所的に一カ所に集め穿つ『流星群』とは違い範囲設定をすることであらゆる場所に穿つことの出来る魔法である『ダーク・ナイト・フォール』は『流星群』の派生というより上位種や進化形と言えるのではないだろうか。

 

威力は年齢の差もあるが克也の方が数段上であり『癒し』を同時に発動させれば肉体的にも精神的にも多大なダメージを与えられる。

 

「安定期ね、克也も仕事を執事に任せて達也のように一緒にいてあげるべきなんじゃない?」

「俺だって一緒にいたいけど仕事が軌道に乗るまではいられない。」

「変わらないね克也は。」

 

そんな風に決意している克也を幹比古は見て怒りというより安心という感情が溢れてきた。

 

「克也は今のことで満足せず未来についても考えてる。それは自分や家族友人だけじゃない関わりがない人や敵対する人の未来もね。だから克也が人殺しだと知っても誰も離れず付いて来てくれるんじゃないかな。そんな君に出会えた僕は幸せ者だよ。」

「俺もだよ幹比古。幹比古から別の生き方を学んだそれは今も生きているしこれから先も生き続ける。そして俺が死んでも俺の子供、孫、曾孫さらにはその先にまでいつまでも教訓としてこの世界に残り続ける。」

 

緑茶を飲み干し本家に戻ろうと玄関を出ると幹比古からサプライズが飛び出した。

 

「言い忘れてたけど僕、柴田さんと結婚することになったんだ。もう両親には挨拶に行って許可ももらってるよ。」

「おめでとう、式には出席したいけど予定がかなり先まで埋まってるからどうなるか分からないな。」

 

行きたいのだが仕事があればそちらを優先せねばならない。友人の結婚式に参加できないことに申し訳なさを感じていると幹比古が慰めてくれた。

 

「気にしないで克也の立場も分かってるから来れなくても仕方ないよ。気持ちだけありがたく受け取っとくよ。」

「ああ、ビデオレターでも送るよまたな。」

 

幹比古と別れ意気揚々と家路についた。克也がいや、四葉家が穏やかに暮らせたのはこの日までだった。悲報が克也の元に届くまでは…。

 



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第八十五話 拉致

水波は四葉家お抱えのボディーガード三人と近くのショッピングモールに衣服などの生活用品の買い出しではなく食料の調達に来ていた。使用人達に頼めば済むはずだが健康のためにとわざわざ自ら買い出しに来ていた。

 

「水波様、あまり歩き回られてはお身体に障ります。」

「歩かなければお腹の子供に悪影響ですから歩かせて下さい。」

 

水波はボディーガードが自分の子供ではなく自分の身体を心配することに憤りを感じていた。何故子供優先ではなく自分なのかそれが水波にとっての唯一の不満だった。

 

調整体として生まれ幼きときに両親を失った自分を引き取りあまつさえ当主の甥っ子と婚約し子供をもうけるという幸せを掴んでいるにもかかわらず水波の心は一部曇っていた。

 

自分の心配より子供のことを考えて欲しいという水波の思いとは裏腹に魔の手が水波に近付いてきている。そのことを水波もボディーガードも気付かずにいた。人影がなくなり人払いの結界が張られていることにことに気付いたのはほぼ人がいなくなってからだった。

 

「水波様お気を付け下さい。」

「結界ですか?」

「おそらく、人払いと認識阻害の両方が展開されているかと。」

 

水波の前に立つ四谷辰巳は自分の判断が正しかったことを敵の襲来により認識した。店と店の隙間からナイフを持った全身を黒の服で揃えた何者かが跳びかかってきた瞬間に辰巳は動き襲撃者の顎を右掌底で打ち抜き少しばかり浮いた無防備な背中に右回し蹴りを喰らわせた。

 

声も出さず地面に倒れた襲撃者を冷ややかに見下ろし水波の元に戻った。

 

「今のは何ですか?」

「目的は不明ですが明らかに我々を狙っていたようです。目的が水波様自身なのか我々ボディーガードなのかわかりません。」

 

辰巳は襲撃者が単独だとは思っておらず周囲を警戒していたが警戒範囲外から狙われてはどうしようもない。

 

「がっ!」

「ぐっ!」

 

突然ボディーガードの二人が胸部を弾丸に貫かれ絶命した。その瞬間水波が物理障壁を展開するが身重なためか強度は十分ではなく続いて発砲された弾丸によって障壁が揺らいでいた。

 

「水波様危険です今すぐ店の中に!」

 

辰巳に言われても身重な水波は素早く動けない。かといって辰巳が抱えて振動を水波と子供に与えながら逃げるわけにもいかなかった。辰巳が逃げる方法を考えている間に先程の襲撃者と同じような服装をした人物達に囲まれていた。

 

その人物達からは生気を感じられず何かに取り付かれたように命令をただ遂行しているように水波と辰巳は感じた。

 

「水波様どの程度までであれば魔法を行使できますか?」

「六割ほどであれば可能です。」

「では御身だけに障壁を発動させて下さい私はこれからこいつらを殲滅します。それまでご無事で。」

 

辰巳はそれだけ伝え生気を感じられない人物達の一人に突撃し体術で戦闘を開始する。辰巳は魔法師ではないので魔法はまったく使えないが体術であれば四葉家屈指の実力を持つ猛者だ。生半可な鍛え方をした者であれば秒殺される…。

 

{こいつら人間でも魔法師でもない機械仕掛けという感じじゃないところを見ると強化人間か?それもケミカル強化を受けているようだが…。}

 

「きゃあ!」

「水波様!?」

 

悲鳴が聞こえ振り返るとどこからともなく四人の襲撃者が現れ水波の物理障壁を壊そうと躍起になっていた。

 

「水波様!ちっ貴様らそこをどけ!」

 

救助にいきたいのだが強化人間達がその道を塞ぐ。一人一人が手強いので全力勝負をせざる終えなくなり挑むが人数差もあり急速に体力を奪われる。そのうちに攻撃が裁ききれなくなり一人が放った左回し蹴りが水月にクリティカルヒットする。

 

「がっ!」

 

呼吸が一瞬止まり有り得ないほどの距離を吹き飛ばされ壁に激突する。

 

「ガハッ!」

 

吐血しその血の量に驚く。四葉家に仕えている間もその前もこれほどの血を流したことはなかった。実戦経験も何度もしているがこれほどの怪我をしたことは一度もなかった。いとも簡単にやられた自分を恥じるがそれ以上に水波を守れないことに苛立ち立ち上がろうとするが足腰に力が入らずその場に崩れ落ちてしまう。

 

その間にも水波の物理障壁は揺らぎ今すぐにも定義破綻しそうだ。だが満身創痍の辰巳では残りの十人を倒すなど不可能だ。それを理解しているが故に悔しさが倍増し自分の無力さを恨む。そして恐れていた自体が目の前で起こる。

 

「離しなさい!今すぐここか…ムグ!」

 

十人から攻撃を受けた物理障壁はいとも容易く破られ腕と足には縄を巻き付けられ最後に猿轡を口に巻き付けられた水波はあっという間に拉致されてしまった。

 

「水波様ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

辰巳の怒号も虚しく襲撃者達は水波を担いで走り去っていった。辰巳は自分の両腕を怪我することもいとわず地面に思いっきりたたき付けた。

 

{俺はなんて無力なんだ。当主様の要望にも応えられず護衛の任務さえまともにできないとは。警戒を怠っていたわけではないむしろしっかりと周囲は警戒していた。だがその結果がこの様だ信頼を失うのには十分すぎる理由だ。}

 

「お困りのようですね。」

 

不意に話しかけられ顔を上げると目の前にいたのは幼さの残る第一高校の制服を着た少年だった。

 

「貴様何者だ!」

「おお怖い満身創痍にもかかわらずそれほどの声を出せるとはかなりの戦闘力をお持ちですね。」

「減らず口を!」

 

このタイミングで現れたということは先程の襲撃者達の仲間だと思い辰巳は血反吐を吐きながら食ってかかる。

 

「貴様あいつらの仲間だな!?水波様を何処に連れて行った!」

「誤解されているようですね。」

「誤解だと?」

「はい、自分は彼らとは仲間ではありません。自分は依頼主代理であり彼らを命令する立場です。」

「ならば余計に許すわけにはいかん!」

 

辰巳は全力を振り絞りその少年に蹴りを放つがあっさりと避けられてしまいカウンターでボディーブローを喰らわされまたしても俯せに倒れ込んでしまう。

 

「よわ、これが四葉家に仕える魔法師なんですか?」

「仕方ないだろう彼らとやり合い重傷だったのだから。それにその者は魔法師ではない。」

「あ、当主様お疲れ様ですどうやら作戦は成功のようです。」

「そのようだなお前の指示もなかなかだったぞ七宝君。」

「ありがとうございます。」

 

{七宝だと?師補十八家ともあろう一家の子息が何故このようなところに!}

 

辰巳は自分の上で会話をしている二人の素性を見ようと目線だけを移動させそして驚愕した。

 

 

{何故貴方がここに…。}

 

「何故ここに私がここにいるのか聞きたいようだね。私がここにいる理由は私の夢を叶えさせるためだよいやこの言い方は適切ではないかな私と彼の野望とでも言えるかな。さて七宝君そろそろ行こうか目標は捕獲できた。ここに長居する必要は無い。」

「わかりました。」

 

琢磨は笑顔で頷き去って行く男についていく。辰巳は動かせない足の代わりに腕を使ってその場を去ろうとするが怪我をした腕ではそれほどスピードは出ず体力も大量に消費しているのですぐに息を切らしてしまう。

 

それでも辰巳はやるべき事を成そうとし腕を止めようとはしない。血が腕の傷口から滲もうが口に血が上ってこようが気合いでねじ伏せ進み続ける。

 

{このことを当主様に、克也様にお伝えしなくては…。}

 

「がはっ!」

 

突如背中に激痛が走り振り抜くと体の前に分厚い本を落とした状態で右手を自分に向け歓喜に震えている琢磨がいた。

 

{これが『ミリオン・エッジ』七宝家の切り札の一つか…。}

 

辰巳の意識はそこで闇に飲み込まれた。

 

「この眼で直接見れるとは思わなかった良い物を見せてもらったよ。」

「これからたくさん見る機会がありますよ。」

「ふふふふ、ではそれを楽しみにしておこうか。」

 

琢磨と当主と呼ばれた男は死んだ辰巳をその場に残し人を殺したとは思えない清々しい笑みを浮かべ去って行った。

 

 

 

克也が辰巳の死と水波の拉致を知ったのは本家に帰宅してからだった。



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14章 捜索編
第八十六話 行動


克也は幹比古と久しぶりに話せたことと同盟を結べたことに喜びを感じながら帰宅していた。本家に入ろうとすると慌ただしい雰囲気を感じ何があったのか気になりながら敷居をまたぐと使用人や執事達が必死な形相を浮かべながら廊下を走り回っていた。

 

「リーナ、何があったんだ?」

 

偶然通りかかった金髪碧眼の少女に話しかけると信じたくなくそして伝えることに悩んでいる表情で振り返った。俺はその表情と慌ただしい雰囲気から良くないことが起こったのだと察知した。

 

「リーナ、教えてくれ何があった?」

「…。」

「リーナ!」

 

なおも回答を拒否するリーナの肩を掴み無理矢理こちらに顔を向けさせようとがそれでも顔を合わせようとしない。昔のようなツインテールではなく左肩の後ろ辺りに髪を流しポニーテールにしたリーナの顔は前髪によって隠れ俺の角度からでは見えなかった。

 

しばらく返答を待つが答える様子がないので他に当たろうと背を向け歩き出そうとすると背広の裾を掴まれた。

 

「リーナ、一体何だ?」

「…のよ。」

「何?」

「水波が拉致されたのよ!」

「なっ!」

 

俺は雷に打たれたかのような衝撃を受け取り乱すことなくむしろ頭が冷えた硬質な声が自分の口から発されるのを耳で聞いた。

 

「何故拉致されたと分かった?」

「っ!辰巳さんの遺体が渋谷の大型ショッピングモールの一角で発見されて十五分前に身元の確認ができたって連絡があったの。」

「水波の居場所は?」

「行方不明よ目撃証言もゼロかなりの腕前みたい。それと関係があるのか分からないけど奇妙な人を見たって人がいるの。」

「奇妙?」

 

魔法師や一般人ましてや人間に使うような言葉ではないことに違和感を俺は抱いた。

 

「ええ、見た目は普通だけどなんだか生きているように見えないそんな人だったって。」

「確かに奇妙と言えるな。それでこのことを達也と深雪は知っているのか?」

「まだ知らないけど雰囲気で薄々感づいてるかもしれないわ。真夜様と葉山さん達が伝えるべきか会議中よ。」

 

当主に伝えるべきだが不安を与えたくないので伝えるべきではないと俺は結論付けリーナに伝言を託す。

 

「リーナ、今からその場所に行って俺の伝言を伝えてきてほしい『深雪と達也には伝えるな水波が見つかるまで隠し通せ』と。」

 

リーナは目を見開きその蒼い眼で見つめ返してきたが俺はそれを無表情に見つめ返す。

 

「カツヤ、あなたもしかして単独で動く気?」

「水波は俺の妻だ誰にも触れさせん。四葉家に援軍を頼むと大人数を動かすことになるそうなれば相手に警戒させることになりかねん。単独で動いた方が相手に警戒されずに済む。」

「ならせめて黒羽家を連れて行きなさい!貴方が捜索に向かうのは止めないわ。でも単独じゃ非効率的よ自分の分家の血を信じなさい。」

「…分かったよでも人数は最小限に抑えろこれは命令だ。」

「わかったそう伝えておく。」

 

俺はリーナの返事に頷きを返し吉田家の誓約書をリーナに渡しそのまま玄関を出る。

 

「今から行くの?」

「この行動を見たらそれしかないだろう?早く見つけないと俺の気が収まらん。」

 

言うべきことだけ言いそれ以外は時間の無駄とでも言うかのように玄関のドアを閉めて出て行くのをリーナは克也の背中をただ心配そうに見つめることしか出来なかった。

 

捜索に加わりたいが自分は派手すぎる。分かっていてもままならないのが人間の心だそんな物があるから自分は大切なときに動けず誰かにすがることしかできない。

 

{カツヤ、あなたは自分の身が壊れてでも救うの?自分が死んでもいいとでも思っているの?}

 

リーナがそう思ってしまうほど克也の背中は覚悟を決めているかのように見えた。

 

 

 

克也は連絡をくれた警察と第一発見者に直接何を見たのか聞きに行くためコミューターではなく自車で渋谷に向かっていた。コミューターより普通に運転する方がよっぽど速く着く。時間を無駄にしないためには最短時間で目的を成さなければならない。

 

克也は不安と怒りを強靱的な精神力でねじ伏せ抑え込んでいたが水波の無事な姿を見ない限りそして水波を拉致した何者かを消し去らない限りこの感情は消えない。克也の頭にあるのは『水波の安全』『何者かの消去』この二つだけだそれ以外は無意味な物だと切り捨てている。

 

一時間もかからず渋谷に到着し辰巳の発見場所からほど近い交番に向かうと自分と同い年ぐらいの警官が交番前で立っていたので声をかけることにした。

 

「仕事中すみません、この近くであった殺人事件の被害者の関係者なのですが連絡をしてくださった方はおられますか?」

「あの方のお知り合いなのですね?上司に聞いてきますので少々お待ち下さい。」

 

若い警官は人を優しく包むような笑顔で返事をし交番の中に入っていた。落ち込んでいるだろうと思い元気づけようとしたのだろうが親しい人物がつい先程殺されたばかりなのに笑顔を向けられるのは気持ちの良いものではない。

 

気遣いは必要とはいっても余計な気遣いは人の心に影をつくり人間関係を悪化させる原因にもなる。空回りすれば自分も気まずくなり相手との会話もギクシャクしてしまう。

 

「上司の許可が下りましたこちらにどうぞ。」

「ありがとうございます。」

 

先程の思考をなかったかのように振る舞いながら交番内に入り奥の部屋に通されるとそこには五十代とおぼしきドラマで見るような正義感に溢れた人物が待っていた。

 

「ようこそ渋谷第一交番へ。あなたが伺いたいのは殺害された人物のことのようですが関係とはどのようなものなのか教えていただけませんか?」

「構いませんよ、彼は自分の師匠であり五年前までボディーガードでした今年から妻のボディーガードとして護衛させていました。」

 

こちらの情報を盗む気なのか信頼するために聞き出しているのか分からないがこの程度知られたところでたいした問題ではない。そう辰巳が殺されたことより水波が拉致されたことに比べれば…。

 

「そうでしたか、では何をお聞きしたいのですか?」

「彼の死因と発見当時の現場について。」

「では彼、故四谷辰巳さんの死因は内臓破裂と背後からの多数の刺し傷による出血多量死です。」

「背後からですか?」

 

克也は内臓破裂という単語より背中の傷について聞き直していた。辰巳が背後を取られるなど克也は思っていなかったのもあったがそれより多数の傷という単語を気にしていた。

 

「はい、奇妙なことに全ての刺し傷の幅の形状がまったく同じだったのです。」

「一寸の狂いもなくですか?」

 

その警官は重々しく信じられないとでも言うように頷きながら話を続けた。

 

「普通、同じ人物が同じ包丁で刺しても角度や力加減によって傷口の深さや形状は変わりそれは機械でも同じです。ありえないのですよ全ての傷がまったく同じような形状なのは。」

「つまり武器も分からず使用者も予測がつかないと困ったものです。現場を見ることは出来ますか?」

「出来ますがどうなされるのですか?」

「現場を見れば何かわかるかもしれませんから。」

 

その言葉に納得したかのようにその警官は頷きながら立ち上がり部下に待機するよう命じ克也を連れて現場に向かった。

 

 

 

現場には規制線が張られ警官が複数警備にあたっているのでまだ鑑識が仕事をしているようだ。規制線を越えることは許されたが鑑識が終わるまでは自由に動くことは出来なかったが運良く十分ほどで鑑識は撤収した。

 

「ここに辰巳さんが血を流して倒れていたと。」

「その通りです。この場に俯せになって倒れていました。」

 

克也は辰巳が倒れていた場所に膝をつき右手を地面につける。警官は克也が何をしているのか理解できずにいたが冥福を祈っているように見えたことだろう。だが克也がしていたのはそんな優しいことではなく辰巳に致命傷を与え死に至らしめた魔法の痕跡を探しているのだ。残存想子は感知できたが生憎微量でノイズが酷く解析できるような代物ではなかった。

 

残念に思いながら顔を上げると謎のへこみが店の看板横にあることに気付き近寄る。そこにはかなり激しい勢いでぶつかったようなへこみがあり深さが五cmにもなっていた。

 

「これは…。」

「そこにも彼の血や衣服の繊維が付着していました。」

「魔法ならもっとへこむはずだ体術じゃなきゃこんなことにはならない。」

 

克也は警官の説明も耳に入らず独り言を呟いていた。ポケットから取り出した携帯端末で様々な角度から撮影し証拠を消されないように残しておく。

 

「第一発見者の方とお話は出来ますか?」

「申し訳ないがその女性は回答を拒否されている思い出したくないと。」

 

どうやら発見当時のことは知ることが出来ないようだが肝心なことを忘れていた。

 

「監視カメラの映像と想子測定器の録画はどうでした?」

「どちらも不審な点は見当たりませんでした。」

「見当たらない?カメラに映っていないのに女性が見つけているんですよ?」

「ええ、ですがカメラにはデータの改ざんが見られなかったのです想子測定器にも。」

「ありえません必ず何者かの介入があったはずです。」

「しかし…。」

 

再度調査をしようとしない警官に愛想を尽かし俺は家路についた。




リーナの髪型を上手く表現できませんでした。NARUTOをご存知の方は疾風伝 山中いのを思い浮かべてください。いのの前髪をいの自身から見て右頬側に流し後ろ髪は左肩に向かうような感じです。


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第八十七話 覚悟

夜遅く本家に戻った俺を出迎えたのは腕を組み厳しい表情をして佇む達也だった。俺は何も言わず横を通り向けようとすると腕を掴まれた。

 

「何処に行っていた?」

「何処でもいいだろ。」

「教えろ。」

「教えなければならない理由を教えてもらおうか?」

 

突き刺すような視線で自分を貫かれたように感じた達也は自分が今まで感じたことのない何かを感じていた。克也は達也の手を振りほどき自室に向かった。

 

{俺は恐怖していたのか?冷や汗が何度も溢れたことはあったが今回のは違う。身に感じる危険じゃない魂いや精神に直接ダメージを与えるそんな視線だった。克也お前に何があった?}

 

達也にはまだ何があったか知らされてはおらずそれが余計に達也の精神を追い詰めていた。

 

{使用人や叔母上、葉山さん達は俺に何か隠している俺だけじゃない深雪にも。それが何か分からない水波がここにいないことと関係があるのか?}

 

達也にとって今の最大の不安要素は克也の精神の不安定さだ。今というより五年前から達也は自分の眼の『リソース』を全て深雪に注いでいるため克也の気配や位置を知ることは出来なくなった。

 

ただでさえ自分とは真反対と言っても過言ではないほどに人間性が違うのだから知り得ないこともあるがそれでもお互いに誰よりも信頼できる双子なのだから役に立ちたいと思ってしまう。

 

{深雪を不安にさせないためにも自分の不安は一度棚上げしなければならんか。もし四葉家にとって重大な問題であるなら早期解決をするべきだ明日にでも問いただすか。}

 

達也は克也が去って行った廊下を一度見てから深雪が寝ている寝室に向かう。

 

 

 

達也が翌日の朝、克也を問いただそうと克也の部屋に向かったがすでに克也の姿はなかった。日課のランニングにしても帰ってくるのは遅すぎるし何より不自然なのは克也の新しい特化型CAD{ブラッディー・ローズ(血薔薇の銃)}が作業台の上に置いていなかったことだ。

 

普段克也は寝るときも自室にいないときも{ブラッディー・ローズ}だけでなく{ブラッド・リターン}を必ず作業台の上に置くという癖があった。

 

克也が無防備に置いている理由は克也自身が使用する想子にしか反応しないというある意味セキュリティとも言える鍵をかけているからだ。

 

克也はCADを使用せずにある程度の魔法を使うことができる。克也がCADを持つ理由は二つ。

 

一つは「CADを使用せずに魔法をCADと同等の速度で発動できる」という四葉にとっても秘密にしなければならない能力があるが故である。

 

もう一つは「敵を殺すと決めたとき」である。殺意に結びつき行動に移すことなど克也にはほぼありえないことだ。

 

だが達也は今ここに{ブラッディー・ローズ}がないのは後者だと直感していた。さらに克也の焦りを達也は何かの前触れだとも思い嫌な気しかしなかった。

 

{やはり聞き出すしかないか。}

 

達也は一番事情を知っているであろう人物に聞きに行くためにある部屋に向かった。

 

 

 

「叔母上、四葉に何があったのか聞いてもよろしいですか?」

「どうしたの達也さん?」

 

達也は真夜の自室に葉山の許可を得て入室し開口一番そんなことを口にした。

 

「とぼけないでください克也を見れば分かることです。四葉に何かあったのですか?」

「何もありません。」

「叔母上!」

 

達也が大声を上げても真夜は無表情に達也を見上げていた。苛立ちを覚えたがここで爆発させるわけにもいかずどうにか抑える。だが抑えるのもいつまで保つか分からない達也自身がよく分かっている。

 

達也は何も言わず真夜を睨み付け部屋を荒々しく出て行った。

 

真夜はその恐ろしい睨みにも恐れず気丈に見返し続けていたが達也が部屋を出て行くと息を吐き出した。

 

{あの睨みに耐えられるのはそうそういないでしょうね、葉山さん黙っていられるのも時間の問題よ。}

 

 

 

克也はその日、日が昇る前から水波を探していた。犯行現場を中心に半径五kmの範囲をしらみつぶしに捜索していたが夕方になっても手掛かりは何一つ見つからなかった。

 

「眼」を使って水波の想子の痕跡を探したが現場以外には見つけることも出来ず捜査に早くも行き止まりを感じていた。

 

相手の用意周到さに脱帽だがそれが余計に自分を苛立たせていた。そこまでして水波を狙う意味がわからない何故水波でなければならないのか想像も出来ない。

 

コンビニで買ったアイスコーヒーを片手にベンチに腰掛けていると知った人から電話がかかってきた。

 

「もしもし。」

『克也君、何があったのか聞いてもいいかしら?』

「何がですか?」

『達也君から連絡をもらったのよ【克也が可笑しいから話を聞いてやってほしい】って。』

 

弟の気遣いに感謝するべきところだが今回ばかりは苛立ちしかなかった。

 

「ありますが今はお話しできません。ところでお願いがあるのですがよろしいですか?」

『面倒なことでなければね。』

「渋谷の大型ショッピングモールの想子測定器がハッキングされていなかったか調べてもらえませんか?」

 

予想外の仕事に?マークを浮かべているのが電話越しでも分かった。

 

『…時間帯は?』

「一昨日の朝から夕方にかけてでお願いします。」

『 わかったわ少し時間をちょうだい。』

「もちろんですそれでは。」

 

電子機器を調べることのできる人物が協力してくれるのであれば捜索がかなり楽になる。だがそれでも他のナンバーズのように大量の魔法師を抱えているわけではない四葉にとってはストックを使い捨てる勢いで投入しなければ発見は困難だろう。

 

だが襲撃者の警戒を強めるような大人数を投入するわけにはいかず少数となるのでどのみち捜索は難航する。他の分家を凌駕するほどの諜報能力を持つ黒羽家といえども片手の数しか投入できないとなるとかなり時間はかかる。

 

後手に回るしかないが尻尾を掴みこちらの動きを知られないためには仕方のないことだ。克也はベンチから立ち上がり捜索に再び戻り路地裏に消えていった。

 

 

 

達也は真夜の部屋から退出した後、四葉本家にいる使用人や執事に何があったのか聞き出すため脅して回っていたが誰一人として答える者はいなかった。何かを隠しているのは事実であり水波と克也関係であるのは疑いようがないことである。

 

「達也様、いかがされたのですか?」

「ちょっと考え事をね。新しい研究テーマについて考えていただけだよ深雪は気にしなくていい。」

「それならよいのですが何やら本家が慌ただしく感じるのですが気のせいですか?」

 

自室から一歩も出ることのない深雪はこの部屋にいるだけで少なからず本家の空気を嗅ぎ取っていたらしい。普段であれば状況を理解してくれることに喜ぶところだが事情や体調のことを考えると今回ばかりは気付いてほしくなかった。

 

「…大丈夫だよ深雪の出産が近いからみんな緊張しているだけだ深雪は気にせずリラックスしていなさい。」

「克也お兄様はどちらに?ここ二日一度もお会いしていないのですが。」

 

今度こそ達也は黙り込み上手い言い訳が簡単に浮かばずどうしたらいいのか迷ってしまった。

 

「…克也は有力ナンバーズのパーティーに呼ばれているよここ三日の間に立て続けに招待したいという招待状が何枚かきてね。」

「納得いたしました。」

 

揺り椅子に腰掛け穏やかに微笑む深雪に達也は罪悪感が込み上げてくるのを感じ気力で押さえ付けたが同時に兄に怒りを抱いていた。一人で抱え込もうとするのは昔から変わらず正義感故の行動だが長い付き合いだからこそ許せない物がある。

 

{今日こそ吐いてもらわないと俺の気が済まんな。多少手荒になっても仕方が無い。}

 

達也はいつのまにか寝息を立てている深雪に微笑みながら心の中では覚悟を決めていた。




今頃ですが克也の容姿は吸血鬼騎士に登場する玖蘭 枢(くらんかなめ)を参考下さい。


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第八十八話 死闘

追記 UA50000超えありがとうございます!


夕方、本家の敷居をまたぐとまたしても達也が立っていた。

 

「何?」

「話がある付き合え。」

 

有無を言わせず背を向けて歩き出す弟の背中を不思議に思いながら追いかけた。達也の背中からは覚悟がにじみ出ているように感じられ無視することもできたが何故か引き寄せられるように無意識のうちに足が達也を追いかけていた。

 

連れて行かれたのは綺麗に磨かれた木造建ての修練場だった。ほぼ誰も使わないが達也も克也もそして辰巳も浦賀に本家を移築してから何度も拳を向け互いに競い合い互いを高め合った場所に懐かしさと悲しみを同時に抱きながら修練場の真ん中へと向かう。

 

修練場の真ん中には長さ二十cmの赤と白のテープが互いの隙間が一mになるように床に貼られている。達也は奥の赤いテープを踏み越えこちらに振り向いた。その眼は怒りと悲しみの光を放ち悲しみの意味が俺には分からなかった。

 

「何をするつもりだ?」

「克也、俺と戦え。」

「何の意味がある?」

「やれば分かるだから構えろ!」

 

俺が仕方なく白のテープの後ろに立ち左拳を顎の近くまで上げ右拳は甲を下にして腰に握る。すると達也は何の合図もなく突っ込んできた。

 

右手刀による俺の左肩から右脇腹に向かって振り下ろすのを俺は間一髪の所で避ける。達也の手刀にはゼロ距離で『分解』を発動させているため触れていれば俺の胸は切り裂かれ大量の血が吹き出していただろう。

 

右手刀を振り下ろした勢いを利用して右回し蹴りを放ってきたがその瞬間に俺は達也の軸足である左足を右足で払う。足を払われた達也は状態を浮かせ僅かな隙を見せたが俺はそれ以上追撃せずバックステップで三mほど距離を取る。

 

「何故攻撃してこなかった?」

「あのまま俺が攻撃していたら『術式解体』を最大出力で放ってきていただろう?いくら俺でもお前のを喰らえば数秒間はスタンしてしまう。それは致命的な時間だ今の状態でそれを喰らうわけにはいかない。」

 

達也の圧縮度は尋常ではない。二十四年間も隣で見てきたのだ脅威がどれほどなのか自分が一番理解している。

 

達也はバネ仕掛けのように立ち上がり大きく距離を取り固有魔法『分解』による『部分分解』を両肩と両足の付け根に計四発放ってきた。『想子鎧』でも防げるが俺は固有対抗魔法『ベルフェゴール』で消し去った。

 

続けざまに『雲散霧消』を放ってきたため体術を使いその場から離れると俺の立っていた場所が綺麗に消滅していた。どうやら俺を本気で殺すつもりのようだ。向こうがその気ならばこちらも全力を出さねばなるまい。

 

仕返しとばかりに『ダーク・ナイト・フォール』を達也に向かって威力ではなく速度重視で放つと達也は必死の形相で左に動いた。だがこれは想定内なので焦らず次の魔法を発動させる。

 

「がは!」

 

『偏位解放』による圧縮空気弾が直撃した達也は苦痛の声を上げ空中に舞い上げられたが地面に戻るまでにはそのダメージは「なかった」ことになっていた。

 

「相変わらず便利な魔法だな『再生』は。」

「克也だって『回復』があるだろう羨む気持ちは分からん。」

「お前ほどの速度では治せん。」

 

自己加速術式で互いに肉薄し拳を振るう。互いの拳が互いの頬を捉え相手の顔を吹き飛ばすが瞬時に顔を引き戻しこれまで以上の速度と力で互いに殴り合う。どちらも笑みは浮かべておらず眼には相手を叩き潰す以外の感情の炎は見えず相手以外見えていなかった。

 

「ハアァァァァ!」

「セアァァァァ!」

 

互いの右拳を大きく振りかぶり互いの真ん中でぶつけ合う。

 

ゴガ!

 

拳が砕ける音が聞こえたが二人はお互い一歩も引かずごく一部に全ての力を込め力勝負をしていた。先程ぶつかった衝撃で達也の手の骨は粉砕され克也の骨は筋繊維までダメージが入ったが『再生』と『回復』を行使し痛みを取り除くがぶつけ合ったままの状態でいるため「破壊」と「再生」、「破壊」と「回復」をありえない速度で繰り返している。

 

そのため自分達の右手にとてつもない痛みが走るが声でねじ伏せ押し合う。

 

「ハアァァァァ!」

「セアァァァァ!」

「「ふっ!」」

 

押し合いをやめ互いに大きく距離を取り時計回りに高速移動を始める。一瞬の隙を逃さまいと『精霊の眼』と『全想の眼』をフル活用し想子の動きを観察する。

 

すると達也が右手を伸ばし『術式解体』を無秩序に放ってきた。俺はそれを避けるために一瞬足を止めたがこの一瞬の隙を突かれ追撃を喰らってしまう。

 

「ぐ!がは!」

 

達也の右ストレートが左頬に炸裂し右回し蹴りが左の脇腹を直撃する。

 

ズガン!ボキッ!

 

修練場の壁にたたきつけられた衝撃で蹴られてひびの入っていた左肋骨の三本が折れたようだ。とてつもない痛みに耐えながら床に着地する瞬間に『回復』を使用し完治する前に床を蹴り達也の懐に入り込む。

 

ここまでの所要時間わずかゼロコンマ五秒。

 

「何!?」

 

達也が驚愕している僅かな隙を俺は全力攻撃で無力化させることを決めた。

 

「っ!」

 

無言の気合いを吐き出し右ボディブローを叩き込み左手で達也の頭を抑え右膝蹴りをボディーに叩き込む。

 

「ぐっ!がは!がっ!」

 

達也が血を吐くがそれを無視して左後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

 

吹き飛ばされた達也はよろよろと立ち上がり『再生』でダメージを「なかった」ことにした。互いにもう体力の限界なので次で最後にしようと右拳に全想子を纏わせ精一杯引くと達也もその意味を理解したらしく想子を最大にまで圧縮させ構えた。

 

俺の物理攻撃最大の矛『ブレイク・バースト』と達也の物理障壁最強の盾『想子の滝(サイオン・ゲイザー)』のどちらが強いのか決めようと動き出そうとした瞬間張り詰めた声が聞こえた。

 

「二人ともいい加減にしなさい!」

 

入り口を見ると怯えながらも必死に自分達を止めようとしているリーナの姿があった。

 

「何故ここにいる。」

「あれだけ派手な魔法の衝突を感じたら来たくなるわよ。それと打撲音とか衝突音なんかも異常なほどこっちにまで届いていたわ。」

「どうでもいいが邪魔をしないでもらえないか?これで最後なんだ。」

「させると思う!?」

 

正直この会話でやる気は失せていたがこれまでの戦闘はなんだったのか意味のない時間の無駄になる。だがやり直す気も起こらない。右拳に凝縮していた想子を解除し普段通りに戻すと達也も圧縮させていた想子を和らげた。

 

「興醒めかお互いに。」

 

克也と達也が戦意喪失したことで張り詰めていた空気は元に戻った。それに気付いたリーナは緊張から解放されたからなのか倒れてしまい床に倒れるまでに俺はリーナの体を支えていた。

 

「…達也、事情は後で話す俺の部屋で待っててくれリーナを運んでくる。」

「ああ。」

 

達也は素直に頷き克也を送り出した。

 

 

 

{正直なところリーナが来なければ俺はやられていたな。あの右手に集まった想子は尋常じゃない俺の『サイオン・ゲイザー』でも無理だったろう。}

 

達也の精神は『再生』の過剰使用によってかなり疲弊していたが何より達也を追い込んだのは克也の殺気だった。明確に感じるのではなく具現化し直接自分の身に突き刺さってくるそんな錯覚を起こすほど強烈なものだった。

 

さっきの会話には一毛たりとも殺気は含まれていなかった。戦闘とのギャップに驚くがそれどころではないと自分に言い聞かせ克也の部屋へ向かう。

 

 

 

俺はリーナを部屋に運び寝かせた後自室へ向かった。ドアを開けると椅子に腰掛けてこちらを見る達也がいた。

 

「大体の予想はついているんだろ?」

「まあな、最初は四葉家のことだと思ったがお前の必死さから見て違うなとはっきりした。」

「四葉家の問題でも間違ってはいないけどね。」

「水波を探しているのだろう?」

 

達也の率直な質問に俺は呼吸を一瞬止めてしまった。

 

「…ああ、一昨日から行方不明だ。」

「連絡がないのも可笑しいさらには辰巳さんを含む三人のボディーガードが見当たらない、捜索中か?」

「捜索中なのは事実だけど三人はもういないよ。亡くなった。」

「…何?嘘だろう?」

 

あれほどの手練れが殺られるとは思っていなかったようだ。達也も腕を見込んで任せていたのだから驚くのも無理はない。

 

「事実だよ。二人は心臓を銃弾が貫通して即死辰巳さんは出血多量死。それ以外にも奇妙な点がいくつも見つかったよ。」

「奇妙?」

「一つは犯行時刻に生きているようには見えない不気味な人間を見たという目撃証言、一つは辰巳の背中の傷、一つは監視カメラの映像と想子測定器になんの異常も見られないこと。」

「確かに奇妙だな。」

 

達也は深く考え込んでしまい話を聞ける状態ではないと俺は長年の付き合いから分かっていたので思考を邪魔するようなことはせず好きなようにさせることにした。時計の秒針が三回回ったところでようやく達也は物思いから現実世界に帰還した。

 

「情報が少なすぎてどう作戦を立てるべきかも思いつかん。何か掴んでいないのか?」

「何もない。水波の想子を追跡してみたけど現場以外からは見つからなかった。黒羽家も何一つ手掛かりは見つかっていないみたいだ。」

 

俺がかぶりを振るのを見て達也はため息をついた。気持ちは分からなくもないが二日間捜索した俺がため息をついていないのだから我慢してほしかった。

 

「そういや辰巳さんの怪我も奇妙だって言ってたよな?」

「うん、傷は腹部より背中側が酷くて背中全体無数に刺し傷があったらしいんだ。それも傷が全て同じ形状で同じ深さでね。」

「ありえないな。ナイフのような物で刺してもその度僅かに刃の軌道はズレるから同じような形状と深さになるはずがない。」

 

話を聞いただけではっきりと言い切ってくれることにありがたく思えてくる。

 

「その通り、警察もその意見だったよ。武器でないなら魔法しかないだけどそんな魔法があるのか?」

「俺達が知っていることが全てじゃないんだ。世界にはまだまだ知られていない魔法だってあるんだからそれが使われていたとしても可笑しくはない。」

「そうだね達也。どうやら俺は少し天狗になっていたみたいだ。」

 

少しばかり調子に乗っていたらしくそんな子供じみた行為に恥ずかしくなるが羞恥心に捕らわれているわけにはいかない。

 

「現に目撃者がいるんだから監視カメラの録画映像と想子測定器には異常が見つからないのは可笑しい。誰かが細工したに決まっている。」

「誰かね…。」

「『レプグナンティア』の本部を壊滅させたときに見つけた研究所のデータを盗んだ奴が関わっていると言いたいんだろ?」

「ご名答。それも含めて藤林さんに頼んでるよあとは待つだけだ。」

 

それを最後に達也はあの戦闘が嘘のように穏やかに微笑み部屋を出て行った。

 

 

 

その日の夜、俺は不思議な夢を見た。

 

『ごめんな⚪⚪自分勝手な兄ちゃんで、⚪⚪お前の代わりとして生きれなかったよ。⚪⚪守れなくてゴメン。』

 

その言葉を皮切りに自分を中心に世界がホワイトアウトし何もかもが消え去り自分さえも消えた。



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第八十九話 発見

達也との会談の次の日藤林さんから予想通りの結果が帰ってきた。

 

「やはりハッキングされていましたか。」

『それもかなり高度にね。』

「犯人は分かりましたか?」

『数多のルートからハッキングされているから見つけるのは事実上不可能ね。』

 

藤林さんは本気でがっかりしているらしくいつもの笑顔ではなく声もいくらか低くなっている。『エレクトロン・ソーサリス』の肩書きを持つ彼女の魔法を以てしても尻尾を掴ませない人物とは一体何者なのか想像もつかない。

 

「情報の上からではなく自分達で見つけるべきなのでしょうか?」

『情報の上でも現実でも必ず足跡は残るからそれを一つずつ洗えば出てくるだろうけど。』

「効率が悪すぎますね。」

『十師族に報告はしないの?』

「これは四葉家の問題です他の家を巻き込むわけにはいきません。それに報告すれば大人数を動かすことになるかもしれませんしそいつらに警戒されせることになります。」

 

このことは最低限の人にしか知らせたくないので四葉家以外に知っている人物は藤林さんだけだ。師匠には知らせてはいないがあの人のことだから何か掴んでいるかもしれないのでそろそろ聞きに行くべきだろう。

 

『そこまで言うなら祖父にも言わないでおきます。まだ全部の解析が終わったわけじゃないから何か分かればまた連絡するわ。』

「ありがとうございます。」

 

映像電話を切りリビングのソファーに座り背もたれに体を預ける。ここ五日間の疲労のせいか眼の奥が鈍く痛み瞼を強く閉じてしまう。達也は昨夜から始まった深雪の陣痛を心配し四葉家お抱えの産婦人科に泊まり込んで深雪の側にいるためここにはいない。

 

産まれれば喜ぶことができるが心の底から喜べるか微妙なところだ。次の世代を担う新しい命の誕生に喜びたいが水波の安全を確認しない限り本当の意味での祝福を送ることはできない。

 

達也だって深雪だって自分達の子供が産まれれば少しの間は水波のことから意識が離れるそれは仕方がない。だが分かっていても忘れないでいてほしいと願ってしまう。

 

「克也様、緊急のお客様です。」

「誰からですか?」

 

重く深い思考に陥っているとリーナ専属の使用人であるシルヴィーさんから声がかかった。

 

「北山潮と申されています。」

 

予想だにしない人物からの面会を求める要求に驚きを隠せない。

 

「今すぐ応接室に通して下さい。」

「畏まりました。」

 

長く仕えている使用人達とそれほど変わらない動作で部屋を出て行く女性を見送り自分も応接室に入る。数分後二回しか会ったことがないがどう見ても普通ではないことが起こったのだと分かるほど必死な顔をしながら潮が入ってきた。

 

「克也君助けてくれ!」

「北山さん落ち着いて下さい。一から話してもらわないと判断できません。」

「…すまない。」

 

潮はシルヴィーが出した冷えた麦茶を一気に飲み干し落ち着きを取り戻した後ゆっくり話し始めた。

 

「雫がさらわれた。」

「雫がですか!?」

「雫だけではないほのかちゃんも一緒にだ。」

「…場所はどこでですか?」

 

硬質化した俺の声音に腰を砕かせながらも答えた。

 

「…渋谷の大型ショッピングモールだ。」

「時間帯は?」

「一時間前だ。警察から少女二人がさらわれ映像解析した結果その少女が雫とほのかちゃんだと連絡が来た。」

 

渋谷と聞きもう手段を選んでいる場合ではない。身内だけでなく友人まで手を出したのだ容赦などできるはずがない。

 

「お引き受けいたします。」

「いいのか?」

「無論です。友人をさらわれたとなれば黙って見過ごすことなど出来ません。」

「克也君ありがとう!」

「克也様緊急の連絡です!」

 

潮と固く手を握り合っているとシルヴィーが情報端末から耳を離し叫んできた。

 

「どうしました?」

「先程お話ししていたお二人を発見したそうです。」

「「何!?」」

 

まさかのタイミングに驚くがこの上ない情報だ。

 

「誰がどこでですか?」

「亜夜子様と文弥様からです。確証はありませんが情報によるとお二人と思われる想子波動を発するワゴンが空き家に入っていくのを見かけたそうです。」

「今から俺も向かうと二人に伝えて下さい。北山さん必ず二人を連れて帰りますしばらくここで待っていてください。」

 

俺は二人の返事を聞かずに応接室を飛び出し自室に置いている{ブラッディー・ローズ}を取りに行き自分の車で文弥達の元へと向かった。

 

 

 

文弥達の居場所は車に搭載しているカーナビに表示可能なためシルヴィーに聞く必要はなかった。二人が雫とほのかを発見できた理由はシルヴィーの魔法を応用し克也の技量では見抜けない残留想子を感知できる機会をFLTと共同開発した。念のために知り合い全員のデータをインプットしていたおかげで今回は発見することが出来たというわけだ。

 

交通法ギリギリの速度で向かい十五分もかからず文弥達の場所に到着した。

 

「二人とも準備はいいか?」

「克也兄さん、お二方はあの場所にいるのは間違いありません。」

「そのようだな二人の存在を感じる。それに水波もいるかもしれないな水波の存在も強く感じるがどこにいるかが分からない。水波の付近にだけ認識阻害の結界が張られているようだ。」

「克也さんどうしますか?」

 

亜夜子の質問は自分が入れば足手まといにしかならないのを自覚しているが故の質問であり俺は連れて行くべきではないと思っていた。亜夜子の魔法は諜報向きであり実戦に適した魔法ではないためこういう場所では本来の実力は出せない。

 

「亜夜子、お前は黒羽家の魔法師とここら一体を警戒していてくれ。誰かがあの空き家に侵入しないようにね」

「わかりました。」

「文弥、行くぞ。」

 

亜夜子が護衛の魔法師とその場を離れ警戒に当たったのを確認後文弥に声をかけると無言で頷き俺の後ろを歩いてくる。

 

空き家の前に立つが特に何もおかしな点は見られないワゴンを荒れた庭に置いてある以外は。

 

「克也兄さん、あれがお二人が乗っていたと思われるワゴンです。」

 

俺は振り返らず文弥の言葉を耳で聞き壁に左耳を押し当て魔法名『壁耳』を発動させる。これは古式魔法の一つで新婚旅行の前に幹比古から精霊の扱い方を教えて貰い唯一習得できた魔法だ。

 

一年の九校戦で『逃水』を使ったことを知った幹比古が『ならば精霊を軽く使えるかもしれない』という突拍子のない自論を掲げ半ば強制的に訓練させられた。

 

風の精霊に力を借り微弱な空気の振動を可聴域にまで音量を上げ内部の音声を聞き分ける。

 

 

『まさかこの二人を拉致させるなんてなボスは何を考えているんだ?』

『知るかよ幹部によると【ボスは口で言っていることと考えていることが一緒なのか分からない】らしいから俺達みたいな入ってから間もない人間が理解できるわけがねえだろ。』

『それより見ろよこの二人なかなか上玉だぜ久々にいいかな?』

『てめえずりいーぞなら俺はこっちのかわいこちゃんをいただこうかな。』

 

 

男二人の卑猥なやり取りを聞き怒りが上昇するがなんとか抑える。

 

「二人はここで間違いないな。文弥、俺の肩に触れて『ダイレクト・ペイン』で中にいる奴らを無力化しろ。」

 

振り返らず命令すると文弥は不満そうな顔をせず俺の左肩に左手を置き流れ込む情報を読み取り魔法の照準を合わせ固有魔法『ダイレクト・ペイン』を発動させた。

 

中から数人が倒れる音が聞こえると同時に入り口のドアを『燃焼』で燃滅させ中に入ると五人の男が倒れていた。

 

簡素なベッドに寝かされていた雫とほのかを見ると上半身の衣服を剥がされあられもない姿に成り果てていたので文弥に眼を閉じるように言い二人の衣服を移動魔法で元通りに戻す。

 

「達也兄さん、認識阻害の結界はどこに張られていますか?」

「この床下から地下五mの立方体だな。」

「立方体ですか?」

「俺の魔法『ベルフェゴール』じゃ消去できんようだ。」

 

文弥は驚きどう動こうか迷っているようだが俺の説明は続く。

 

「俺の『ベルフェゴール』が効かないとなるとこれは噂に聞いた『パーフェクト・キューブ』かな。」

「『パーフェクト・キューブ』ですか?」

 

聞いたことない魔法名に文弥が首を傾げるので説明することにした。

 

「『パーフェクト・キューブ(完璧なる包囲)』あらゆる魔法や物理攻撃を防ぐ完璧な防御魔法だ。とても強力な硬化魔法で示した範囲を空間に留めるから使える人間はほぼいない。」

「ではジェネレーターが張っているというのですか?」

「ジェネレーターのような出来損ないでは何十体いようと使用はおろか魔法式の構築さえ出来ないよ。」

「では一体何がこのような魔法を…。」

 

文弥は俺の発言の意味を理解していないようだ。

 

「俺はさっき『ジェネレーターのような』と言ったのは覚えているよな?なら機械もしくは大人数の魔法師なら発動可能ということだ。」

「そんな魔法を使える魔法師がいるのですか?」

「使えるのはこの魔法の二次開発者イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ只一人だ。」

「…何故新ソ連の戦略級魔法師の術式がここで使われているんですか?」

「どこかで繋がりがあったのだろう。」

 

克也は素っ気なく答えただ一つの魔法を足下に向かって発動させた。すると足下から体をなでるように吹き上げる「何か」を文弥は感じた。だがそれよりも驚愕したのは『パーフェクト・キューブ』を破った克也の魔法に驚いていた。

 

「克也兄さん、一体何をしたんですか?」

「魔法を解除したそれだけだ。」

「どうやって解除したんですか?」

 

克也は早く先に進みたかったが文弥の不安を取り除くことを優先した。

 

「俺は『パーフェクト・キューブ』を強制的に定義破綻するように仕向けた。魔法名『アブソリュート・キャンセル(強制解除)』は『パーフェクト・キューブ』を無効化できる唯一の対抗魔法だ。」

「そんなものをどこで…。」

「これは魔法大学の中に保存されている文献の中でも更に規制のかかった有害文献の中に書かれていた五十年前に考案された未完成の魔法だった。三年前に文献の整理をしている際に許可を貰って本家で達也と二人で完成させたんだ。」

「何故そんなものが書かれていたのですか?」

「当時、新ソ連が強力無比な魔法を開発中だと知った日本の魔法師の一人が生涯をかけて最強の防御魔法を無効化できる対抗魔法を設計した。五十年前はそれほど魔法も今ほど発展していたわけじゃないから完成させられなかったんだろう。」

 

克也と達也は三年をかけ設計途中だった魔法式を製作し今年の正月に完成させた。

 

「どのような効果があるのですか?」

「『パーフェクト・キューブ』は硬化魔法によって想子が分子のように連結しあって強固な壁を作っている。『アブソリュート・キャンセル』は移動魔法で想子の繋がりを切るまたは外して別の場所に繋ぐ魔法だ。もちろん『パーフェクト・キューブ』より強い干渉強度が必要になってくるし消費想子量も尋常じゃない。力尽くで定義を変更させるから普通の魔法師では使用できない。っと長話をし過ぎた文弥は二人を頼む俺は下に行く。」

 

{ブラッディー・ローズ}を床下に向け『ベルフェゴール』と『燃焼』を発動させ認識阻害の結界と床のコンクリートと土を消し飛ばす。すると水波の存在を認識でき安心したのと同時に憎悪が沸き上がりそのまま先程開けた穴に飛び込み地下室まで落下する。

 

空間を完全に掌握した克也は着地の際に音も立てず衝撃など自分の体に何一つ影響はなかった。呆然としながらこちらを見ている研究者らしき「異物」を容赦なく『ヘル・フレイム』で存在を消し去り機械につながれている水波の元へ向かう。

 

顔は真っ青で頭には数多のコードが繋がれたヘットギアらしき物をつけられていたので優しくしかし最短スピードで外し破壊すると警告を表す警報が鳴るが俺の耳に入らず『全想の眼』で水波を見るとその場に崩れ落ちてしまった。

 

「…水波、お前も…なのか?」

 

ぼそっと自分の声ではないような声で呟きよろよろと立ち上がりコードが繋がっている機械に走り寄りキーボードを猛烈なスピードでタイピングし情報を見つけようとしたがまたしてもハッキングされデータを盗まれてしまう。そのハッキングにはウイルスが仕込まれていたらしくその画面一杯に髑髏マークが現れる。

 

 

うなだれたのは僅かな時間で水波を抱え開けた穴を上り文弥と合流する。

 

 

 

「克也兄さん戻って…克也兄さん?」

 

文弥は克也の腕に抱かれている水波を見て安堵したが克也の表情を見て異変に気付いた。克也の表情が普通ではないのだ。能面でもポーカーフェイスでもない本当に感情が消えた表情で立つ克也は何も言わず移動魔法を雫とほのかにかけて空き家を出て行く。

 

文弥は根っこになったように床に張り付き動かない足を懸命に動かし克也の後を追った。




次話からさらにシリアスになっていきます。


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第九十話 感慨

本家に戻り敷居をまたぐが誰もいないことをいいことに克也は水波を抱えて集中治療室に入り延命装置を手慣れた手つきで装着する。

 

といっても雀の涙程度にしか役割を果たさないが二人と真夜、葉山が戻ってくるまではなんとしてでも命を繋げなければならない。助からないことはすでに分かっているが可能な限りは手を尽くすそれが伴侶としての役割であり強力な魔法師として自分より立場の弱い者を守ることが求められるものである。

 

水波の呼吸が安定したのを見届け雫とほのかの容態も確認しに来客用の寝室に向かう。二人は発見した当時のままの服装で寝かされており医師が診察してはいないようだ。

 

『全想の眼』で二人を視ると精神的なダメージはあるが心配するほどではないのでシルヴィーさんに任せてリビングに向かう。

 

 

 

リビングにはリーナと潮が心配そうにこちらを見つめてくる。

 

「北山さん本日の所はお帰り下さい。精密検査を受けさせますので二人を預からせていただきます。」

「克也君ありがとう本当にありがとう。二人とも大丈夫なんだろう?」

「精密検査をしなければはっきりとは言えませんが今のところは問題ありません。」

 

しっかりと頷くと安堵したように長い長い息を吐き出し白河夫人に連れられ応接室を出て行った。リーナはそれを見送りドアを閉めゆっくりと振り返る。

 

「カツヤ、ミナミは?」

 

無言で首を振るとリーナは悔しそうに唇を噛み締め俯く。かけるべき言葉が見つからないのだ。ここまで暗く重い表情をし感情の消え去った人形のような克也を見たくなかった。

 

「カツヤ、ミナミはあとどのくらい保つの?」

「…良くて三日だどうすることも出来ない。」

「ミナミは何をされたの?」

「確証はないが水波の衰弱の仕方を見ると魔法の実験台にされていたんだと思う。水波の周りにだけ強力な認識阻害の結界と『パーフェクト・キューブ』が張られていた。」

「…なんですって?」

 

リーナはその名称を聞き驚きを隠さなかった。いや隠せなかったと言うべきだろう感情が表情に表れやすいリーナだがここまで驚愕することはそうそうない。

 

「なんでそんな魔法が…。」

「知っていたのか?」

「ええ、USNAにいたとき何回か耳にしたわ。新ソ連にはあらゆる魔法を防ぐ強力な防御魔法が存在するって。」

「それが『パーフェクト・キューブ』だ。」

「でもなんでそんな魔法が使われていたの?」

「俺にも分からんがイーゴル・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが魔法式を提供したのだろう。どこかの国または人物を仲介役としてな。」

 

そうでもしなければ日本にその魔法を使える魔法師または使う機会があるわけがない。克也は最後まで言わなかったがリーナは言わんとすることを理解していた。

 

「リーナ、俺は水波の傍にいるから何かあれば呼んでくれ。」

「分かった。」

 

リーナは克也の背中を悲しそうに見送った。

 

{カツヤ、一番悲しいのは貴方なのは痛いほどわかるわ。でも悲しんでいるのは貴方だけじゃないワタシもミユキもタツヤもそしてマヤ様もハヤマさんもみんながそう。だから一人で抱え込まないで。}

 

リーナは自分の胸の中心を握った。その行動が意図した結果ではないと知らず。

 

 

 

翌日の夕方、達也と深雪が新しい命を腕に抱え後ろに真夜と葉山を連れて本家に戻ってきたが出た頃より暗いことに気付き迎えた克也の表情に四人は最悪の事態になったのではと思った。

 

「詳しいことは今から話す準備が出来たら会議室へ。」

「…ああ。」

「…はい。」

 

達也と深雪は素直に頷くことしか出来なかった。

 

「『叔母上』、葉山さん行きましょう。」

 

達也は二人を誘い本家の敷居を跨ぎ中に入っていき三人も後に続いた。深雪は「樹里(じゅり)」をシルヴィーに預け会議室へ向かい部屋に入るとリーナが克也の後ろに立っていた。まるで克也専属のボディーガードとでも言うかのように。全員が着席すると克也は話し始めた。

 

「昨日の夕方に水波を発見し同時に雫とほのかを救出しました。」

「何故雫とほのかが同じ場所に…。」

「水波と同じ場所で拉致されたらしい。そして奴らの会話を聞いて二人が意図的に拉致されたことも分かった。賊の背後関係は黒羽家に任しているから気にしなくていい。」

 

克也が話し終え顔を伏せてしまいリーナを除く四人は水波のことを話さないことに危機感を抱いていた。

 

「克也お兄様、水波ちゃんは?」

 

克也が無言で首を振ると深雪は口を両手で覆い達也は顔を顰め真夜と葉山も悲しげに俯いた。

 

「…克也、水波は治らないのか?俺の『再生』でも。」

「無理だ魔法演算領域が修復不可能なまでに崩れ去っている生きていられるのが不思議なくらいに。」

「そんな…。」

 

深雪の悲痛な叫びにリーナも涙を流しそうにしていたが今泣くべき時ではないと自分に言い聞かせ無理矢理涙を押し留めた。真夜は違う意味で涙が溢れだしそうになっていた。姉であり克也達の実母と同じ状態であることに過去の悲しい出来事を思い出してしまったのだ。その真夜を葉山は背中をさすり落ち着かせていた。

 

「克也様!」

「会議中ですぞシルヴィー殿。」

「お叱りは後程お受けいたしますそれより克也様至急集中治療室に。水波様が眼を覚まされました!」

「っ!」

 

克也は報告と同時に会議室を飛び出し全速力で治療室に向かった。

 

{水波!水波!}

 

克也はただ水波の名前を治療室に着くまで心の中で叫び続けた。

 

「水波!」

「か、克也…様。」

克也が治療室に飛び込むと水波は弱く苦しそうにしかし確かに嬉しそうに笑顔を浮かべ克也の名前を呼んだ。

 

「水波、大丈夫なのか?」

「体の自由が…利きません。でも克也様の…声が聞こえて克也…様の顔を見れる…だけでもう…十分です。」

「まだお前にはあげたいものがあるだから元気になってくれ!」

「もう…たくさんいた…だきました。調整体として産まれた…私を四葉家の方が…保護して…下さいました。そして…克也様と婚約させていただき…愛をいただきました。…十二分に幸せでした。」

「水波…。」

 

後ろには先ほどの会議室のメンバーが集まっており深雪は達也に肩を抱かれリーナは自分の腕で体を押さえつけ真夜と葉山は毅然とした表情で立っていた。

 

「…しばらく二人にしてくれ。」

 

克也は延命装置を外し水波を抱き上げ治療室を出て裏口へと向かい裏口から出た克也は裏山に登っていく。そんな克也をリーナが追いかけようとしたが達也に肩を捕まれその手を払いのけることが出来なかった。そしてそのまま坂を上っていく克也を蒼穹を思わせる瞳で見つめる。

 

 

 

克也は腕に抱えた水波の軽さに命の灯が消えかけているのを感じていた。そして裏山の中腹にある少し開けた場所に腰を下ろし遠くに見える街明かりを見る。

 

「綺麗ですね克也様。」

「ああそうだな。」

 

水波の口調が少し滑らかになったのは克也が『回復』を使って一時的に補助しているからでありいつまでも使うわけにもいかない。使用している間にも水波の精神は魔法の影響を受け命を確実に削っているのだから。

 

「今だからこそこんな風に美しく見えるんだと思うよ。」

「克也様はこれで良かったのですか?」

「どういう意味だい?」

「調整体は寿命が短いと知りながら私と契りを交わして夫婦になったことにです。」

「俺は愛した人が犯罪者でも善人でも悪人でも愛し続ける。その人が他人からひどい仕打ちを受けてもその人以外が敵になっても俺は守り続ける命が枯れるその時まで。」

 

克也にとっては水波がすべてだった。少し悩みがあっても疲れていても水波を視界に入れこの腕に抱き体温を感じるだけで幸せだった。何があっても水波がいれば乗り越えられるたとえ達也や深雪と敵対することがあっても味方でいつづけると決意し行動できるほどに。

 

「克也様お別れですね」

「ああ、だけど永遠の別れにはならないよ俺の心に魂にそして水波と関わった全ての人の心に生き続けるからね。」

 

克也は左胸を左拳で抑えながら空を見上げそれにつられて水波もゆっくりと視線を上空に向け眼を見開いた。

 

「これは…。」

「流星群だ綺麗だろう?」

「とても…綺麗です今まで見た中で。」

 

克也は『夜』を用いて大気圏付近で発動させ流星群もどきを作り出し水波に見せたのだ。

 

 

 

『いつか二人で流星群を見たいです。』

『そうだな二人だけで見に行こう。』

『絶対ですよ?』

『絶対だ。』

 

 

 

いつだったかそんなやりとりを思い出し克也の頬には夜空に瞬く星々のような光る二筋の道ができていた。

 

「いつまでもお慕いしております…。」

 

命の灯が消える瞬間克也と水波は最後のキスを交わし水波が笑顔を浮かべた。そして瞼をゆっくり閉じ二度と目覚めることはなかった。克也はしばらく最愛の妻の亡骸を抱きしめ立ち上がった。

 

「克也お兄…。」

 

裏山から下りてきた克也を見て深雪が問いかけようとしたが腕に抱かれ力なく揺れる水波を見て言葉をつづることが出来なかった。そのまま横を通り過ぎていく克也を全員が何も言えず眼で追いかけることしかできなかった。

 

 

 

翌日、水波の葬式が厳かに行われ四葉関係者の多くが参列し水波の最後を記憶に記した。その時の克也の表情は言葉では表せないほど深い悲しみにあふれたものだった。

 

{克也様。克也兄様。克也様。克也兄様。}

 

脳裏に自分の名前を呼ぶ水波の声と顔が浮かぶ。

 

「なんで嬉しそうな顔しか浮かばないんだよ…。」

 

自室で椅子に座りながらぼそりと呟かれた言葉を聞く者などいない。なのに克也の口からはずっと水波の名前が溢れる。

 

「水波何で先に逝くんだよ逝くときは一緒なはずなのに…。」

 

立ち上がろうとし机に手をかけたが掴めず視界が不自然に揺れ自分が倒れたことに気付いたのは誰かが遠くで誰かが何かを叫んでいる声だった。

 

「水波…。」

 

克也の意識は大切な女性の名前を呟いた次の瞬間に途切れた。




克也と水波が二人きりの場面では九十年代を代表する某有名アーティストの楽曲LOVE FOREVERをBGMとして流しています。


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第九十一話 集い

遅くなって済みませんでした!


達也が倒れていた克也を発見したのは偶然だった。克也の部屋の前を歩いていると人が倒れる音が聞こえたのでドアを開けて中を見ると俯せに倒れている克也を発見した。

 

「克也!」

 

駆け寄り声をかけるが返事はなく顔色は悪く呼吸が浅いので危険な状態であるのは一目瞭然だ。『再生』を施すが目覚める様子はなく焦ってしまうが深呼吸をし焦りを追い出す。

 

克也を肩に担ぎ治療室に向かう途中リーナと出会い声をかける。

 

「リーナ克也が倒れた!医師を呼んでほしい」

「分かったわ!みんなに知らせてくる!」

 

リーナが走り去った方角とは逆にもっとも信頼を寄せる兄を背負って歩き出し治療室に向かう。

 

「克也死ぬなよ…」

 

 

 

 

数十分後、達也は医師を含めた四葉家の重鎮を集め緊急の会議を開いたが全員の表情は暗く特に真夜は克也同様倒れそうだった。

 

達也は全員を見渡し重い口を開いた。

 

「…八重(やえ)先生、現状報告をお願いします。」

「畏まりました。克也様の容態は芳しくありません最悪の事態の一歩手前で踏み止まっているという状態です」

 

医師の診断には異議を唱えたくないが口に出したかった「嘘」であると。だが医師がこの場で嘘をつく理由もなくメリットもない。 

 

「…いつ目を覚ますのですか?」

「不明です。精神に欠落が診られますので当分は目を覚まさないかと。最悪の場合目を覚まさずこのままの可能性もありえるかと」

 

全員が眼を見開いて驚愕してしまった。

 

現在の四葉で「最強」の魔法師である克也を失うのは四葉の地位を下げることになり十師族の一角から脱落してしまう可能性も高まる。

 

四葉家の「ジョーカー(切り札)」であり「国家認定 戦略級魔法師」である克也を失うのは損害が大きすぎる。

 

どうにかして目を覚ましてもらわなければならない。だが手の施しようもなく手探り状態で治療しても悪化させては本末転倒だ。

 

「克也の件は一旦棚上げだ。問題は水波を死に至らしめ克也を意識不明状態に陥れた奴らの捜索と殲滅について話し合いたい。リーナはどう思う?」

「他国の介入ではなく国内の何者かによる襲撃の可能性が高いと思うわ」

 

躊躇いもなくバッサリと切り捨てる言動だが咎める人物は居らずましてやその表現が妥当とでも言える空気が漂っている。

 

「根拠はあるか?」

「女の勘ってやつかしら?正しいとは思っていないけど」

「リーナの言い分はもっともだと思います。そうですよね叔母様?」

 

深雪は自分の言い分を言いながらも相手の言い分も聞いていた。

 

「あながち間違いとは言えないわ女の勘は意外と鋭くて正しいときが多いから」

 

まるで経験有りとでも言いた気な態度と声音だが詳しく聞いたり話を拗らせる真似は誰もしなかった。

 

「文弥はどう思う?」

「克也兄さんの『眼』から逃れられるような認識阻害の結界、日本にあるはずのない『パーフェクト・キューブ』、拉致方法など我々が知り得る非合法組織では無可能だと思われます」

 

高校時代とは売って変わって男前に成長した文弥は毅然としながら達也の問いに答えた。その隣では俯き会議に参加できていない亜夜子がいたが誰も声をかけずそっとしてあげていた。

 

「敵はなんだと思う?」

「可能性があるのは大亜連合ですが条約締結もありますし現状では介入出来ないかと思います」

「達也様は国内であればどこだとお考えなのですか?」

「七草家の息がかかった第三課もしくは七草家そのもの」

 

達也の予測に予想外だったのか全員が息をのむ音が聞こえた。

 

「達也さん、正気ですか?」

「可能性の問題です叔母上。調整体を否定する当主の弘一殿であれば婚約に反対していましたから水波を拉致しても可笑しくはありません」

「確かに達也様の言い分は分かりますがさすがに七草家といえど国家を含む魔法社会と敵対するなどあり得ないと思いますが」

「考えすぎだと自分も思いたいですが」

 

達也自身も考えすぎだと自分でも思っているしそうであってほしいと願っている。

 

「しばらくは様子見で頼む。余計な警戒をされるわけにはいかない」

「分かりました」

「それで捕獲した奴らから情報は得られたか?」

「記憶にロックがかかっているようで自白剤を用いても不可能でした」

 

敵はかなり用心深いと最初の頃から分かっていたが人体発火魔法と記憶の蓋という二重の保険をかけていたようで脱帽させられる。

 

捜査に行き詰まりを感じるのはそれだけではなく一番の原因は四葉の二大戦力の片割れの不在と水波の死による悲しみが原因だろう。

 

僅か二日で復帰できるほど四葉も感情が薄いわけでもなく深雪が当主を継いでからはより家族や親類、部下との関係を深く関わるようになったことの裏目が出ている。

 

それは悪いことではないがその関係を利用されているとなれば弱点を突かれているということになり魔法社会から四葉の信頼が失われる理由にもなりかねない。

 

「二人は捕獲者より敵の捜査を優先してくれ少数で多く動く方が効率は良いからな」

「「了解しました」」

 

二人は返事をした後会議室を出て行った。その後は四葉や分家内の内情を話し合い別々に会議室を後にした。

 

 

 

一週間経っても克也は目を覚まさず敵の情報も発見できず時間だけが無情に過ぎ今日は高校時代の友人たちが克也の見舞いに来てくれていたが全く目を覚ます気配もせず眠り続けていた。

 

「克也さん、ちゃんと面と向かってお礼を言いたいのに眠ってたら言えないよ」

 

ほのかは涙を浮かべながらベッドで眠る克也に声をかける。

 

全員が治療室にいるわけではなく一人一人が治療室に入り一言だけ伝えていたが拉致された心の傷が治ったほのかが応接室で漏らした言葉と普段から優しさに溢れた声音が今では悲しみに塗りつぶされほのかの明るさを知っているメンバーの気分をさらに沈ませていた。

 

「克也さん、私の好きな気持ちいつどうやったら気付いてくれるの?こんなに好きなのにここで眼で見れて触れることができるのに笑顔も見れなくて声も聞けないなんて生き地獄だよ。助けてもらったから好きになったんじゃない。桜井さんと婚約する前から入学して最初の九校戦の時からずっと好きだったのに本当に克也さんは朴念仁だね」

 

泣きついた後悲しい笑みを浮かべながら治療室を出る雫の気持ちは本物だ。

 

「吸血鬼事件」の際ブラックホール生成・消滅実験のことを伝えた時にネグリジュを着たのは少し克也をからかってみたかったからであるが友人宅のホームパーティーからの帰りだったので疲れており下着を着けずに映像電話をしてしまった。

 

 

ちなみに雫は酔っていたことお酒を飲んでいたことに気付いていない。

 

 

閑話休題

 

 

そのせいで深雪には怒られるわ克也には上を着るよう言われるわ重たい話になるわ雫の計画が水の泡になってしまった。

 

その後も色々あり気持ちを告げられず克也が婚約してしまい克也自身がそれを喜んでいたため文句を言えなかった。誰も居らず声を聴いていないことをいいことに雫は自分の本音を打ち明けた。

 

東北からアポを取っているとはいえ道場破り的なことをしていながら急遽駆け付けたエリカ、克也が倒れたことを聞いてドイツから緊急帰国したレオ、新婚生活を謳歌し新しい命をお腹に宿した美月とその旦那である幹比古が一言述べた後応接室でお茶をしていた。

 

 

「ほのかと雫はもう大丈夫なのか?」

「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「うん、大丈夫」

 

達也の心配に二人はかぶりを振り明るいしかしいつもより少し陰った笑みを浮かべた。

 

「二人は今何をしているんだ?」

「私は研究室で柴田さんの『眼』について研究しています」

「私はその助手」

「状態は?」

「一定の目途は立っているんですけどこれといって良い結果は得られていないんです」

 

ほのかは美月の「眼」の保護のために眼鏡をせず普通にいられる薬を開発中なのだが思いのほか難航しているらしい。吉田家にある呪符や呪法具で事足りるのだが毎回呪符を使い結界を張ったり持ち運ぶのはやはり面倒なことになる。

 

幹比古ならその程度何も言わずむしろ率先して自分からするだろうが手間暇を考えると薬で症状を抑える方が効率がいい。そのためほのかや雫に頼んで開発してもらっているのだ。

 

当の本人は樹里の世話をしている深雪の育児を学ぶため深雪の部屋で絶賛勉強中だ。

 

深雪も四葉家当主の肩書を背負っているのだから乳母や使用人に任せた方がいいのだが本人曰く「自分で育てて愛情を注ぎたい」ということなので達也も真夜も何も言わず見守っている。

 

「レオはドイツ語覚えたか?」

「あれから六年経つんだぜ達也?それなりには使えるっての。日常会話程度なら日本語と遜色ないくらいには話せるようになったぜ」

「エリカは?」

「山形と福島、岩手、青森は終わったからあとは秋田と新潟だけかな。その前に北海道行って全滅させるよ」

「「「「…」」」」

 

本人を除く全員があっけらかんとして話すエリカに何も言えず眼を泳がすことしかできなかった。

 

「…レオ、高校時代に殺られなくてよかったね」

「…喰ってかかってた自分を褒めてやりてえぜ」

 

二人が苦い笑みを交わしているのを微笑ましそうに見ている達也の表情はとても穏やかだ。

 

「エリカ、資金は大丈夫なのか?」

「それがねかなり厳しいの」

「あれのせいか?」

「そうよ未だに犯人捕まってないし捕まったら気が済むまで竹刀でぎったぎたにしてやる」

 

言いたいことはわかるが年頃の女性が使う言葉ではないがエリカなので誰も何も言わなかった。

 

「あれって何ですか?」

「ほのかは知らないのか?千葉家の本邸が何者かに放火されたんだ。全体の半分が使い物にならなくなったらしい」

「誰がそんな酷いことを…」

「分かんないんだよね。お怒りを買った覚えはないけど」

「今回の道場破りの件じゃねえのか?」

「可能性はあるけど負けた腹いせに放火なんかするかな?」

「そこまで根性のある奴らじゃないだろうし千葉家に喧嘩を売る輩なんてそうそういないと思うんだけど」

「資金なら四葉が支援するから気にするな」

「さすが達也君」

 

最後に話が逸れたが結局その話し合いは結論が見えず話し合いは途中で終わってしまった。

 

 

 

その頃克也の治療室には二人の女性が涙を流しながら克也を見ていた。



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第九十二話 訪問

UA55000超えありがとうございます!6/1


克也のベッド脇からすすり泣き声が聞こえてきている。それは悲しみと愛のハーモニーを奏でているかのように聞こえた。シーツには涙で出来た大きなシミが広がっておりかなりの間涙を流していたのが想像できる。

 

「克也さん、早く目を覚ましてよ。じゃないと私…。」

「アヤコの言う通りだよカツヤ、貴方がいないと四葉は立ち直れないそれだけ重要な人。貴方は気付いてる?」

 

亜夜子とリーナは毎日のように克也の治療室を訪れては目を覚ますように願っていた。来る度に涙を流し辛い思いをすると同時に何か安心させられるという矛盾を感じていた。

 

「何でカツヤがこんな目に合わないといけないの?ひどいひどすぎる。」

 

リーナが何度目かもわからない嗚咽を漏らして泣いているのを亜夜子は顔は心配そうにしかし内心は乗り越えなければならない最強の敵になりえる人物だと思いながら見つめていた。

 

リーナ自身は克也に好意を抱いているわけではなく友人以上恋人未満の好意だと認識している。

 

だが亜夜子は異性として一人の男性として純粋な好意をリーナが克也に抱いているのを敏感に感じ取っておりそれを伝えない気付いていないことに憤りを感じていた。

 

亜夜子は克也がリーナと自分に対する態度と話し方が違うことに寂しさに近い感情を感じていた。

 

克也は意識しての行動ではないがリーナに対する態度や話し方は同年代である親近感からであり亜夜子との距離感は家族としての繋がりからのものである。

 

友人と家族としての距離感の違いを感じ取ってしまう亜夜子の観察力は異常だ。

 

女性として美人な亜夜子は克也の左手を握りながら泣くリーナを改めて見る。

 

背中の中程まで伸ばされ癖がなく溜息が漏れるような美しい黄金の髪、冬を思わせる蒼穹の碧眼は世の男を虜にするほどの美貌である。

 

やや小さいが柔らかな膨らみのある胸部、筋肉質だが程よい柔らかさを感じさせる引き締まったくびれのあるボディ、そして安産型と思われる下品ではなく上品に見えるヒップ。女性が求める全てを合わせたような存在。

 

深雪と競わせても同等の票が二人に入るだろう。克也は闇を思わせる黒髪に同じように黒い瞳。だが瞳は闇のような色合いの黒ではなく夜空を思わせる人の心を包み込むようなそんな優しい黒だ。

 

そしてシャープであり少し幼さが含まれる顔立ちは女性が理想とする男性を体現させたような存在。

 

達也は反対に甘さを全て取り去ったシャープな顔立ちなので二人が二卵性の双子だと言われても信じられないだろうが纏う空気が酷似しているため何故か納得できる。

 

そんな風に他人を評価する亜夜子だが亜夜子自身もかなりの美女である。

 

化粧をしなくても女優として活動できる美しさとおっとりとしているが時にはハキハキとした雰囲気の彼女もまた男性が理想とする女性を体現させたような容姿である。

 

リーナや深雪と比べるとワンランク劣ってしまうだろうが十分に美人の範疇に入る。人は自分を批判的に捉える傾向があり他人を褒める傾向がある。

 

決して相手の気分どりをしているわけではなく本心で思っていることなのだが自分の容姿などを上に見ることも必要である。

 

あまりにも自分は高みにいると思いすぎると周囲から批判を受けることがあるので程度は弁えなければならない。

 

リーナが出ていくのを見送り亜夜子はこっそりと瞬間的に自分の唇を意識のない克也の唇に触れさせる。きっと目を覚ますと克也はすぐにでも捜索を開始し自分の気持ちには気付かないと踏んでの行為だった。

 

「ファーストキスがこんな冷たいものだなんて辛いですわ克也さん。」

 

涙をこぼしながら悲しげな笑みを浮かべる亜夜子は小さく呟き治療室を出て行った。

 

亜夜子がもう少し落ち着いていれば克也の身体が少し震え僅かに体温が上昇したことに気付いていたかもしれない。

 

克也の体温と心拍を表すグラフが微かにしかし確実に上昇したことに気付いた者は亜夜子を含めて誰一人いなかった。

 

 

 

克也が倒れてから早一ヶ月、捜索は依然として進展しておらず黒羽家だけでなく四葉家も焦りを感じていた。

 

ちょっとした尻尾を見つけたとしてもすぐにそれも取り除かれてしまうという完璧に奴らの手の平の上で弄ばれているのが丸わかりな状態だ。

 

長期に渡る捜索の疲労感故かそれとも手掛かりを見つけられない苛立ち故か四葉家屈指の諜報部隊である黒羽家配下の魔法師がバタバタと倒れていった。

 

亜夜子も文弥も貢もその例外ではなかった。

 

「少しぐらい自分の体を考えなさい。」

「リーナさんに言われなくても自分でよく分かっています。」

「分かっているならしばらく任務を休みなさい。貴方の能力がなければ絶対に見つからないわ。」

「いいんです情報が見つからないより自分の体が壊れてる方がマシです。」

 

リーナは本家にある亜夜子の部屋で看病しながら怒っていた。リーナは心の底から亜夜子の心配をしているのだが亜夜子は聞き入れるつもりはなかった。

 

もしかしたら情報を持ち帰り克也の無念を晴らしたときに何かを要求するために動いているのかもしれない。

 

前向きに物事を考えてくれるのは良いのだが腹黒い考え方であれば心情を知っていても納得は出来ない。それを知らないリーナは亜夜子が克也の敵討ちを手伝っていると勘違いしていた。

 

あながち間違いとは言えないがその裏に個人的な心情が紛れ込んでいるとは思いもしないだろう。

 

「それでも万全な状態で任務に当たらなければ出来ることも出来なくなるわ。」

「…分かりました。」

 

亜夜子が素直に言うことを聞いたことに安堵したリーナは一応の看病を終えたので部屋から出て行った。

 

結果的にという意味合いが強いが亜夜子がリーナの言葉に従ったのは旧USNA『スターズ』総隊長「アンジー・シリウス」であったリーナが過酷な任務を遂行し続けたことを知っていたためだ。

 

任務遂行中自分の無理がたたり部下を何人も失ったと話してくれたことを思い出し背負っている重荷は違えど個人の感情で動けば迷惑でしかない行為だと教えてもらった。

 

それを看病しながら何も言わずもう一度教えてくれたことに感謝して言う通りにした。

 

「本当に適わないな~。」

 

ポツリと呟かれた言葉には一人の魔法師、黒羽家の魔法師としての感情ではなく一人の片想いする女性の本音が込められていた。

 

 

 

達也と深雪はその日樹里と仕事部屋でゆっくりとした時間を過ごしていた。克也が倒れ意識が戻らないという気落ちしても仕方ない状況であるが二人にとって唯一それを忘れさせてくれるのが樹里の存在だった。

 

深雪が事務処理をしている傍ら達也は樹里の相手をしていた。初対面の人間なら達也を本能的に恐れてしまうものだが樹里は怯えることなく穏やかに寝息を立てている。

 

達也の血を受け継いでいるのも理由の一つだろうが父親であり傷つけられることはなく安心して寝ていられると生後一ヶ月の子供でも理解しているのだろう。

 

樹里を抱っこしている達也の表情は新しく儚い今すぐに命を失ってしまう存在を守るような決意が込められた優しいものだった。

 

笑みではないが心が安らいでいるのが一目見れば分かるだろう。感情を失った達也は本当の意味での喜びや悲しみなど喜怒哀楽を感じられないが僅かずつ取り戻しているように深雪達は感じていた。

 

克也の自分勝手な行動に対する怒りや水波を失ったことへの悲しみ、樹里を愛するという愛情など無くなったとは思えない感情を表すようになっていた。

 

深雪はこれを嬉しく思いすべてが戻ることを願っている。完全に感情を取り戻すことはないと分かっているがそう願ってしまうのだ。

 

失ったのではなく忘れたわけでもなく消されたのだから二度と元には戻らない。だが願ってしまうそれはエゴなのか深雪にとって最後で最大の望みなのか深雪以外には分からない。

 

もしかしたら深雪自身も分かっていないのかもしれない。

 

「深雪様、面会の方が来られております。」

「面会ですか?明後日まで予定はないはずですが。」

 

ドアをノックして入ってきたシルヴィーの言葉に深雪と達也は首を傾げた。達也の気配の揺れを察知したのか樹里がぐずり始めたので達也は慌てながらあやし始める。

 

「どなたからですか?」

「七草香澄様と泉美様と申されております。」

 

さらに二人は首を傾げ樹里がまたぐずり始め達也は慌ててまたあやし始める。

 

「取り敢えず話だけでも聞いてきたらどうだ?深雪。何かしら理由があるのだろう。」

「分かりましたシルヴィーさんお願いします。」

「畏まりました。」

 

シルヴィーのあとに続いて深雪は仕事部屋から出て行く。二人を見送り樹里をあやしている達也は疑問に思っていた。

 

{二人が尋ねてくるなど思いもしなかった。克也の見舞いに来たのか?四葉家の関係者と友人達にしか知らせていないはずだ。一体何のようだ?}

 

達也が二人が尋ねてきた理由を知るのはもう少し先の話だ。そしてその要件が捜索の鍵になるとは二人も深雪もそして達也も思いもしなかった。




よければ感想をお願いします。


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第九十三話 兆し

なかなか書く時間が取れませんでしたお許しください。




時刻は午後六時半、深雪は後輩二人に会うために謁見室に向かった。応接室と謁見室の使用の差は謁見室の方が重要人物を招く際に利用されることが多く深雪も友人たちをこちらに呼びたいのだが四葉家の風習であるためこういったものはすぐに帰ることは出来なかった。

 

謁見室のドアを抜けると後輩である香澄と泉美がこちらを振り返り挨拶をしてきた。

 

「お久しぶりです深雪先輩。」

「久しぶりね元気にしてたかしら?」

「大学も卒業しましたので今はそれほど忙しくありません。」

 

近況報告を聞いただけだが泉美の表情や声音はさえておらず深く落ち込んでいるように感じられた。

 

「用とは何か聞いてもいいかしら?」

「…私たち二人は七草家当主 七草弘一直々に親子関係の絶縁を言い渡されました。」

「何故?」

「父の考えに賛同できないと言っただけで言い渡されました。これがその証拠です。」

 

香澄が手提げかばんの中から丁寧に折りたたまれた高価だと思われる白い紙をテーブルの反対側つまり自分の前に差し出してきたので折りたたまれた紙を広げ書かれた文字を声に出して読む。

 

「『次女と三女である香澄並びに泉美との親子関係を断絶することを決定した。決定事項に伴い他家からのご意見にはお答えできかねます。十師族 七草家当主 七草弘一』かなり自分勝手ね貴女方の御父上は。」

 

深雪が吐き捨てるように言うと二人は驚いたように全身をびくつかせたが深雪は気付いていないようだった。

 

弘一の血縁者である娘から考えに納得できないと言われた程度で親子関係を解消する自分勝手な行動にイラついていた。

 

自分自身も親となり子供への愛情が膨れるのを感じているのもイラつきの原因でもあった。

 

生後一か月の愛娘を見ると癒されるのだ言うことを聞かない程度で愛想をつかすつもりなどさらさらない。

 

「香澄や泉美が言いたいのは保護してほしいということかしら?」

「その通りです。」

「何故四葉なのかしら?」

 

深雪の問いは拒絶を含んだものではなくただ単に七宝家など「七」の数字を持つ家に保護してもらえばいいのではと思ったのである。

 

「七草家の配下や七草家と関わりのある各家には既に周りましたがことごとく断られました。父が手を回したのだと思います。」

「用意周到ねそれで?」

「友人宅を訪れようと思いましたが長居するわけにもいかずしばらくの間都内のホテルで過ごしていました。しかし所持金が底をつきかけたのでホテルを出たのが先ほどのことです。」

 

二人がここに来た理由は最初のうちに予想はしていた。友人宅に行けないのは家庭の事情があるとはいえ長居は出来ない。

 

七草家配下の魔法師や関わりがある魔法師に先に手を回しておくのは敵の行動範囲を狭めるうえで戦術の初歩中の初歩だ。

 

絶縁したとはいえそこまでする必要があるのか過剰に反応しすぎではないかというのが偽らざる深雪の本音だ。

 

「いいでしょう四葉で保護します場合によっては四葉に姓を改めてもらうことになるかもしれないけどその時はお願いね。」

「「ありがとうございます!」」

「白川さん、二人の部屋の準備をお願いします。シルヴィーさんは他の使用人の方々と入浴の準備をお願いします。」

「「畏まりました。」」

 

白川夫人とシルヴィーが出て行ったのを確認後深雪は自ら勧んでお茶を煎れ香澄と泉美の前に差し出した。二人は深雪の楽にしなさいという気持ちをありがたく受け入れることにした。

 

「深雪先輩、母親となった気持ちはどのような感じなのですか?」

「自分より旦那よりなにより大切なものが増えたって感じかしら。」

「素晴らしいものなのですか?」

「ええ、自分が生きてきた人生の中でもね。」

 

二人は幸せそうに微笑む深雪を高校時代以上に美しいと思いながら見つめてしまった。

 

自分たちもいつかはこんな幸せな家庭を築けるのか築けないのか疑問に思うが親子関係を断絶された自分たちにそんなことをする権利があるわけがないと思っていた。

 

「克也兄はお元気ですか?」

「っ!」

 

香澄の何気ない質問に深雪は息を詰まらせた。普段なら克也がこの部屋に現れてもおかしくないと思い聞いただけだったのだが予想外の反応に聞いてはならないことを聞いてしまったと気付いた。

 

「…あなたたちなら受け入れられると思います着いてきなさい。」

 

深雪は立ち上がると何も言わずドアを開けて部屋を出て行き香澄と泉美はどいうことなのか理解できずその後姿を見つめ視界から消えたことで我に返りその後姿を追いかけた。

 

 

 

地下に向かう階段を降りる深雪の後ろに続いて行く二人はどこに行くのかと不安に駆られていた。何か良くないことが克也の視に怒っているのではないかもしかしたら最悪である「死」なのではと。

 

「ここよ。」

 

深雪は「集中治療室」と書かれた一室に入っていく。

 

「克也お兄様、二人が来ましたよ。」

 

深雪が優しく声をかけるが返事のないことに二人は不安になり深雪の後ろから覗くと愕然とした。

 

「…深雪先輩、克也兄様に何があったのですか?」

「精神に著しい欠陥が見られたの。水波ちゃんを失い守れなかった自分への怒りが克也お兄様の精神を直接攻撃して生命活動を一時的に止めてしまったのよ。」

「そんな!」

「…戻ってきますよね?」

「ええ、必ず帰ってくるわ。」

 

深雪が力強く頷いたのを見て二人は少しだけ安堵したが「いつ」帰ってくるかを言及しなかったことに違和感を覚えた。

 

「気がすむまでここにいていいから。終わったらさっきの部屋に来てね。」

 

深雪が「集中治療室」から出て行くとその後ろに香澄がついて行き残ったのは泉美だけだった。 泉美は近くの椅子を克也のベッドの横に移動させ座った。

 

呼吸器を付けられた克也の頰は痩せこけ首や腕にはつまめるような脂肪がついておらず明らかに今の自分より体重は軽いだろう。

 

自分より三十cm近く高い克也が自分より体重が軽いなどよほどのことがない限りありえない。

 

「克也兄様がこのような状態になったのと桜井さんが生きていないことが大きいのですね?」

 

目の覚めない眠りについている克也以外聞く者がいない部屋で泉美は涙を流しながらポツリと呟いた。四葉関係者以外水波の他界は知らされていないため深雪が話すまで知らなくても仕方のないことである。

 

克也の左手を握ると普段優しく包み込んでくれる温かみはなくただ今を生きることにすべてをかけているようなそんな体温しか感じなかった。

 

香澄は泉美と違い恋愛には疎く婚約も結婚もしようとは思っていない。克也のことを一人の男性として見てはいるが泉美のように「愛」という感情を抱いていない。

 

泉美は誰より克也のことを想っていると思い込んでいるが泉美と同等の想いを抱いているのはリーナや亜夜子も同じである。

 

リーナの場合は自覚症状がないので具体的な行動には出ていない。

 

克也が水波以上に自分を想ってくれるとは考えていない。正室ではなく側室でも愛人でも克也の傍にいれるのであればそれ以上には何も求めない。

 

その想いを込めて克也の左手の甲に口付けすると一瞬だけ克也の体が震えたように感じた。

 

{今震えた?もしかしたら私の気のせいかもしれませんけど。}

 

自分でもよくわからない状況に困惑しながら克也の手を離し名残惜しそうに眠る克也を見つめ謁見室に戻る道に足を進めた。

 

モニターに示された克也の体温を見れば克也が震えた事実を確認できただろう。克也の体温はあと一息で目覚めるほどまで上がっていた。

 

だがあと一歩を踏み出すための何かが足りなかった。

 

何かが…。




連載100話ありがとうございます。もう少しで終わってしまうのが悲しいですが頑張って参りますので応援お願いいたします。


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第九十四話 世界

俺は何も見えない場所にいる。

 

いや、見えないと言えば語弊がある。何も見えないのではなく暗すぎるが故の勘違いだろうか視線を下げれば自分の体があるのが分かる。

 

自分の体が光を発しているように見えなくもないがおそらくはこの何も無い〈空間〉と呼べる場所より自分が明るいのだろう。

 

暑くも寒くもなくじめじめしておらず乾燥しているようにも感じない。重力のような自分を抑え込むようなものも感じない。不思議な〈空間〉で何故か不安ではなく安心できるそんな場所だった。

 

「ここはどこだ?」

 

不気味に自分の声が木霊するが答える声はない。この場所から脱出するための方法も見つからなければこの場所がどんな場所かも分からないのだ。

 

どんな場所なのか分からなければ脱出方法など立てることなど出来ない。

 

何も考えずがむしゃらに動いたとしても落胆するのは目に見えている。

 

『ここは貴方の世界、貴方自身が望むすべてを備えてくれる空間。』

 

突如涙が滲むような懐かしい声が聞こえた。十年以上聞くことのなかったこの声の音源を見ると今度こそ涙が溢れた。

 

「母、さん…。」

『たくましくなったわね克也。』

 

年甲斐もなく自分より細く華奢で昔と変わらない年齢不詳の容姿の母を抱き締めるとふわっと胸を締め付けられるような香りが鼻腔をくすぐる。

 

「何故母さんがここにいるの?」

『どうしてか思い出してみなさい貴方は覚えているはずよ私が貴方に何をしたのかを。』

 

母さんを抱擁から解放し思い出す。少しばかり考えたところで思い出した。

 

「もしかして『あの時』の口吻?」

『その通り、あれは私の魔法を貴方の中に残すための行動だったの。万が一のためにと思って準備していたんだけど本当に発動させてしまうことになるなんてね。』

「そんな魔法があっただなんて知らなかった。」

『この魔法を作るためにすべてを賭けていたんだから不発に終わっていたら私の苦労はなんだったのかしら。』

 

母さんは明るく笑っているが俺は申し訳なくなった。つまり母さんが倒れたのは俺のためにこの魔法を開発し過労によって亡くなったのだ。俺のためだけに…。

 

「でも何故そんなものを?」

『貴方は達也と違って深雪ではなく別の女性を愛すると独占欲に近い感情が溢れ失ったときにその感情を爆発させる危険性があったの。記憶にない?』

 

感情の爆発に近いことは一回だけあった。それは水波が人間主義者に襲われたときのことだ。怒りにより俺は感情に飲まれ達也や深雪まで巻き込もうとした。

 

「あれもその『独占欲』からきたものだと?」

『ええ、私もそれを貴方の中から見ていたわ。』

「そんなことが…。」

『貴方の精神部分に私の精神をコピーしたのだから見えてもなんら不思議はないわ。』

 

素晴らしい魔法だが同時に俺は母親に監視されていたことになる。あらゆる行動していた間にも。

 

「…俺の行動をすべて見ていたと?」

『覚醒しているときにはよく観察させてもらったわ。大半は眠りの中にいたのだけれど。』

「…そ、そうですか。」

 

すべてを見られていなかったことだけは救われた。水波とのあれも見られていたとなると公開処刑にも近い恥ずかしいものだ。

 

「ところでここはどこなのですか?」

『今の話の流れから分からない?聡明な克也なら分かると思ったんだけどまあいいわ教えてあげる。ここは現実と死後の世界との境界線にある世界。貴方の【精神世界】とも言える場所かしら。』

「俺の精神に書き込まれた母さんのコピーがあるから今こうして母さんと話すことが出来るというわけですか。」

『その通りよ、この魔法は遅延・条件発動型の複合術式で私しか使えないある意味固有魔法ね。』

 

深夜が亡くなってしまいその術式は継承されていないのでこの「世界」にいる克也以外知ることはないだろう。

 

「この魔法はいつまでも俺の中に残り続けるのですか?」

『この魔法は一度発動すると消える仕掛けになっているから克也との繋がりが切れる頃には私もそしてこの魔法も消えるわ。』

「理解しました。俺が現実世界に戻るためにはどうすればいいですか?」

『それはまた後で。それより克也は疑問に思うことはなかった?達也の眼が【理】に対して攻撃は出来るけど見えないことに克也には視えても攻撃できないことに。』

 

確かに何度も思ったことはあるが毎回答えは同じだった。「人には出来ることと出来ないことがありそれが自分達の眼なのだ」と。だが同時に不安でもあった。何故俺には視えて達也には攻撃出来るのかそして二人が魔法演算領域を重ねた時にだけ視えて攻撃できるのか。

 

『それは貴方達二人の【眼】がもともとは【一つの魔法】だったから。【全知の眼(ゼウス)】それがもともとの能力。そうよ克也、貴方達二人が名付けた名前は偶然にも元の一つの【眼】と同じ名前だったの。』

 

深夜は克也の驚きを正確に読み取りその疑問にも答えた。

 

『貴方達二人はもともと一人の人間として産まれるはずだった。でも、どういうわけか双子として産まれ【全知の眼】は二つに分割され貴方達二人の【異能】として備わることになった。自分を責めてはダメよ克也、貴方のおかげで何人の魔法師が救われたのか知らないわけではないでしょう?』

 

俺の内心まで見透かせるのは俺の精神に母さんのコピーがまだ居座っているからだろうか。しかしそれは不快ではなく心地良く罪を洗い流してくれているようだった。それが影響したのか俺の体が淡くしかし確実に輝き始めていた。

 

「これは?」

『どうやら克也自身の罪が消えて精神の根源が治ろうとしているのよ。』

「治ろうとしている?」

『現実世界に戻ろうとしているということよ。』

 

つまり俺の体はまだ生きており復活しようとしているということらしい。生きることに絶望した俺が生きる理由があるのだろうか。

 

『現実世界に戻る価値が自分にあるのだろうかって顔をしているわね。自分の価値は自分で付けるものではないわ他人によってつけられるものよ。貴方にはまだすることがあるはずよ。』

 

俺のやるべき事、それは深雪、達也、そして水波が愛したあの世界を守ることそれが俺の成すべき事。

 

『腹は決まったみたいね敢えて今聞くわ、克也は何をしに戻るの?』

「俺が成すべき事を成しに。」

 

俺が答えると光はいっそう輝きを増し俺の視界を奪った。

 

『⚪⚪⚪』

 

意識が途切れる瞬間母が何かを言った気がしたが脳が理解するのを拒否したかのように認識できず消えた。

 

 

 

現実世界に戻ったかと思い目を開けると今度はすべてが真っ白な世界に佇んでいた。母のイタズラだったのかと克也は思ったがこんな手間をかける必要性があるとは思えないのでその考えを却下した。

 

『ようやく話さなければならないことを話せるときが来た。』

「君は?」

『俺は四葉零もう一人のお前だ。』

「四葉…零、もう一人の俺?」

 

目の前に現れたシルバーグレイの髪と浅紫色の瞳の俺と同年代らしき青年の言葉が理解できず困惑しているとしっかりと答えてくれた。

 

『この世界には自分とは違う自分が生きる世界が数多渦巻いている。それは【パラレルワールド】と呼ばれているが存在することを誰も知らない。』

「別次元の俺だと言いたいのか?」

『理解が早くて助かるよ克也。』

「君の存在が何なのかは理解したが何故俺の精神世界に入ってこられる?」

『何故か、俺も長いことここに眠っていたから忘れていたよ。』

 

浅紫色の瞳を真っ直ぐに俺に向けて驚くべき言葉を発した。

 

『お前は俺の生まれ変わりだ。』

「生まれ変わり?…なるほどそれでもう一人の俺だと言ったのか。」

『俺がここに現れることが出来たのはお前の心を閉ざしていた殻が割れたからだ。』

「殻だと?」

『その殻の名前は【絶望】。お前は水波を失ったことの悲しみと守れなかった自分の弱さへの怒りが精神に直接ダメージを与え深い眠りに落ちた。』

 

儚く微笑む零という名のもう一人の俺は半透明だった肉体の下半身が消え始めていた。

 

『克也、人が絶望するのは大切なものを失ったときじゃない自分自身を見失ったときだ。俺はそれに気付かず取り返しの付かない過ちを犯してしまった。』

 

俺は零の過ちを如実に予測した。

 

『俺は自分の世界、この世界とは違う別次元の世界を終わらせてしまった。これは俺の償いだ!克也、頼むこの世界を守ってくれ俺には出来なかった大切なものを失っても生きる喜びを与えてくれる世界を守ってくれ!』

「言われなくてもやってやるさ水波が愛した世界を壊させやしない。相手が人間だろうと魔法師であろうと国家であろうとだ。」

 

俺の決意の固さに気付いたのかぎこちない中にも嬉しそうな笑みを浮かべ微笑んだ。その体は残り胸から上だけとなり猶予は残り僅かだと否応なく教えられる。

 

『達也と深雪を頼む。俺は深雪を失い達也の許可を得て世界を終わらせた。この世界の達也は俺の世界の達也の生まれ変わりだからもうあんな思いはさせたくない。』

「必ず守ってみせるさ二人をこの世界を。」

 

零は消える間際俺の左頬に右手を添え一言だけ告げ消えていった。

 

『頼んだよ【ゼウス】。』

 

零が消えた空中に次元のひずみなのか蜃気楼のように揺らめくものが発生した。俺はそれが現実世界に戻る道だと直感した。

 

だが、決意したにもかかわらずそのひずみに飛び込むことが出来ない。また救えず世界を壊してしまうのではないかという恐怖に襲われるが背中を優しく押されることに気付いた。

 

一歩ずつ確実に近づきあと一歩のところまで来て俺は背後を振り返るが何もない。意を決して飛び込んだ瞬間耳に女性と男性の声合わせて四人分が聞こえた。

 

一人は深雪そっくりであり一人は感情が多く含まれている達也そっくりでありもう一人は先程の零の声でありもう一つは優しく包み込むような鍛え上げられた肉体から発せられる精霊を介して話される声だった。

 

『『『『世界を救え克也!!!!』』』』



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15章 報復編
第九十五話 覚醒


重い瞼をゆっくり持ち上げると長い間光を忘れていたことで僅かな灯りでも眩しく再び目を閉じてしまう。何度かまばたきを繰り返すと徐々に目が光に慣れ鮮明に映るようになった。

 

左側から寝息が聞こえたのでぎこちない動きで顔を向けるとそこには頭を俺が寝かされているベッドに置きもたれるようにして眠っているリーナがいた。

 

起き上がろうと体を動かすが途中でそれ以上動かせなくなり元の体勢に戻ってしまう。元に戻したときの振動でリーナが目を覚ました。

 

「カツヤ!」

 

骨が折れるような強さで抱き締めてくるリーナの背中を軽く叩くと自分の腕の細さに驚く。枯れ枝のようにみすぼらしく戦略級魔法師とは思えない弱々しさだ。

 

「どれだけ心配させたら気が済むのよ!」

「ごめん俺どのくらい眠ってた?」

「グス、二ヶ月よ馬鹿!無茶して!」

 

またしても泣きつかれるので苦笑するしかなかった。

 

「あんまり抱き締めると俺の骨が折れるぞ。」

 

どうにか茶化すと涙を浮かべながら笑ってくれた。だが俺の顔を見て驚きの表情を浮かべたので不思議に思った。

 

「俺の顔に何かついてるか?」

「カツヤ、あんたその姿…。」

 

意味が分からずきょろきょろと辺りを見回しているとリーナが枕元の台に置かれた鏡を俺に渡してくれた。覗き込むとリーナの驚きの理由が分かった。

 

〈蒼い眼〉

 

それが今の俺の瞳の色だ。リーナのように冬の蒼穹を思わせるような透き通った碧眼ではなく何もかもを見通す神の如く鋭いされど優しさのある蒼色。

 

〈金色の髪〉

 

そしてリーナより濃くされど不思議と光に照らされると透けて見えるような黄金の髪。明らかに今までの俺ではない。別人と言っても過言ではない変化だ。リーナは俺の別人ぶりに思考停止に陥っていたが俺はすぐに状況を受け入れていた。

 

おそらく〈精神世界〉と呼ばれるあの場所から現実世界に帰還する際に四葉零という名の別次元の自分が俺に触れたことと次元の歪みとおぼしきひずみに跳び込むのを後押ししてくれた三人が触れたことによる事象の変化なのだと。

 

魔法ではなく人間そのものを造り替えるそんな魔法という範疇を超えた能力だと思える。それを知らないリーナが驚くのは別段可笑しくなく正常な反応である。

 

「ようやく目覚めたってわけか。」

 

克也は二つの意味で呟いたのだがリーナは一つの意味でしか捉えられていなかった。そのことに二人は気付かず話は進む。

 

「これで報復が出来るわけだ。」

「威勢だけはいいけどその様子だと全然覇気が伝わって来ないんだけど。」

「…。」

 

確かに痩せ細りきった今の俺は迫力が皆無に等しいので口だけしか強い言葉は使えない。

 

「取り敢えずタツヤとミユキを連れてくるからそのままでいなさい。」

 

命令に近い言葉を残しリーナは集中治療室から出て行った。

 

 

 

リーナが出て行くのを見送り思案を始める。

 

{俺のこの状況は二人に説明しづらいな上手く誤魔化さないとどうにもならん。しかし何故俺の容姿が変わったんだ?零が俺を呼んだときの言葉に何か意味があるのか?}

 

〈言霊〉

 

そんな一語が頭に浮かんだ。それは古来日本で言葉に霊的な力が宿りその言葉通りに結果を表すと信じられてきた。それが古式魔法にあるとすれば〈ゼウス〉という言葉により俺の髪と眼が変わっても不思議ではない。

 

〈精神世界〉で精霊を介して聞こえた声の人物が俺に変化をもたらしたのであれば古式魔法には外見を変える魔法が存在するということになる。

 

{古式魔法を侮っていたわけではないが抜け目がない。古式魔法から学ぶことはまだまだ尽きないだろうな。}

 

自分の身体的なことより魔法のことを気にする辺り以前の克也と何も変わらないようだ。

 

ふと思い視界を自分の内側に向けると自分の魔法演算領域に別の魔法演算領域が付随していることに気付いた。中身を見ようといくら眼を向けても中を覗くことが出来ない偶然覗けたとしてももやがかかったように詳細を見ることが出来ない。いつかは見ることが出来ると信じ詮索を止めた。

 

 

 

深雪の仕事部屋へ向かう間リーナは顔を真っ赤にさせ両手で顔を覆っていた。

 

{何でカツヤの声を聞くだけで嬉しくなるんだろう。もしかしてワタシカツヤのことが好きなの!?ないそれはないわ。だってカツヤはライバルそう、ライバルよそれ以外の対象にはならないわ。}

 

そう意識する辺り恋をしているのは間違いないのだが受け入れたくないのか受け入れられない理由があるのかどちらでも有り得そうだが一番の理由は恋に気付いていないことだろう。

 

「タツヤ、ミユキ!カツヤが目を覚ましたわ早く!」

 

深雪の仕事部屋をノックせずに入りリーナは高揚した声で二人に伝える。すると二人は慌てて立ち上がり血相を変えて仕事部屋を飛び出した。達也は樹里を腕に抱き振動が可能な限り伝わらないよう気を配りながら走って行く。

 

そのおかげか気にする様子もなく樹里はすやすやと眠っている。二人の後ろを追いかけながらリーナは少し羨ましそうに二人を見ていた。

 

 

 

「「克也(お兄様)!」」

 

突進してきそうな勢いで俺に駆け寄ってきた。

 

「おはようというか久しぶり?」

 

克也が茶化してくることに本当に戻ってきたのだと嬉しく思う反面達也は克也の変化に驚いていた。深雪はその変化には気付かない。気が付かないほどに克也が眼を覚ましたことが嬉しいのだ。

 

旦那である達也と最愛の娘である樹里より優先順位は低く血縁関係が「調整体」であり離れているとはいえ敬愛する兄であることには変わりがないので目を覚ました克也に真っ先に抱き着いても達也は文句を言わない。言えないというのもあるが達也自身も抱きしめたいのだから言えるはずもなかった。

 

「達也が抱いているのが二人の子供か?」

「ああ、樹里だ。」

 

達也が眠っている樹里を克也に差し出し受け取ろうとするが二か月間動かしていない筋肉では生後二か月の赤ん坊でも支えることは出来ない。抱っこできないことに克也は悲しそうな顔をしたが何故か嬉しそうに微笑んでいた。

 

「克也、何故笑っているんだ?」

「目標ができたからさ樹里を抱っこするっていう目標が。」

「それだけなのですか?」

 

深雪は名残惜しそうに克也の腕から離れ横に立ちながら少し不満そうに聞いた。その不満は愛娘の樹里に克也を奪われたからではなくリハビリする生きる理由がそれだけなのかという意味合いが込められた不満だった。

 

「それだけじゃないよ。敵を水波の敵を討つことが第一目標だ必ずこの報いを受けさせる。」

 

瘦せ細った腕に力を込める克也に達也と深雪そして二人の後ろに立つリーナは同じ気持ちであることを示すかのように何度も頷いた。

 

 

 

克也が目覚めたことを友人たちに知らせたが克也が回復するまで面会を禁止したことに残念がる友人たちだったが文句を言う無粋な者はいなかった。

 

克也は目覚めてからリハビリを献身的に開始した。ある日のリハビリの帰り自室に向かう途中に久々に双子と出会った。

 

「香澄に泉美か久しぶりだな。」

「克也兄様お久しぶりです。」

「久しぶり克也兄。」

 

克也の予想通り大人の魅力を醸し出す女性に成長した二人を見ても動揺せず普段通りの対応をした。

 

「僕たちがここにいることに疑問を感じないの?」

「何かしらの理由があるからここにいるんだろ?だったら聞くのは野暮というものだ。」

 

松葉杖を廊下の壁に立てかけ自分ももたれかかりながら答える。別に普通のことを言っただけなのだが二人はいたく感心しているようだ。誰にとっても聞かれたくないことや話したくないことが一つや二つあるのだから聞き出すのは失礼千万だ。

 

その後軽い世間話をしてから克也は二人と別れ自室へと戻った。

 

 

 

リハビリ開始から二か月で克也は依然と同じように歩けるようになり体にも脂肪と筋肉が戻り樹里をようやく抱っこすることが出来た。克也が抱っこしても樹里は泣かずむしろ達也より落ち着くように穏やかに眠るので達也は少し不満そうだった。

 

魔法が依然と何ら遜色ないほどに回復したのは樹里が生まれて六か月、克也が目覚めてから二か月後のことであり深雪や達也、リーナは克也の魔法発動スピードと干渉力が強くなったのを目の当たりにはしていないがうすうす感じていた。それは強力な魔法師にしか感じられない微かな変化でありその変化に気付いた三人の洞察力があってこその離れ技である。

 

故に香澄や泉美が気付かないわけである。達也は克也の容姿の変化と魔法力の強化が密接に関わっていると持ち前の洞察力と『精霊の眼』で確信していた。

 

 

 

克也が目覚めリハビリに一区切りをつけたある日、真夜は自ら克也を誘い買い物に出かけた。俗に言う「デート」だ。五十路を越えても三十路にしか見えない下手をすれば二十代に間違われる容姿をしている真夜と克也が街をうろつけばパニックに陥るのは必然。

 

克也の腕にしがみつきおねだりする真夜を見れば恋人に甘える女性なのだが意味ありげにわざと視線を亜夜子やリーナ、泉美に向けるので台無しだった。三人は眉間に青筋を浮かべながらも優しい笑みを浮かべていたが真夜、深雪、達也、克也には嫉妬しているのが丸分かりだった。

 

約一名はまだ自分の気持ちに気付いていないので嫉妬していることに気付いていない。自分では五十路を過ぎても容姿が何一つ変わらない真夜に対するものであると思っているが克也を取られている状況への女性としての嫉妬が渦巻いていることに気付いていない。

 

三人が嫉妬をしているのは事実だが振り解こうとせず困った笑みを浮かべている克也にも不満を抱いていた。だが克也にも言い分はある。自分を溺愛してやまない真夜を心配させてしまったことへの謝罪をしたいからである。

 

だがここで自分に好意を向ける三人(克也は既にリーナが自分に好意を抱いているのをうすうす感づいている)の前でこのような行動をされるのは困るのである。克也の内心の葛藤を知ってか知らずしてか不明だが自分の感情を最優先に真夜は強制的に克也を連行し買い物に出かけた。

 

その様子を深雪は微笑ましそうに達也は樹里を抱っこしながら片手で自分の頭を抑え何ヶ月かぶりのある種の頭痛に苛まれていた。溺愛は生まれた頃からのことなので今さら文句を言ったところで時既に遅しなので言う必要がない。

 

達也は久しぶりに大きなため息をつき頭痛を同時に追い出し深雪を連れて仕事部屋に戻った。その後も亜夜子とリーナ、泉美は二人が出掛けた方面をずっと羨ましそうに睨んでいた。




ここでようやくタグ・転生という意味を使い作者が別に書いている『魔法科高校の劣等生〜影は夕闇に沈む〜』という作品と繋ぐことができました。こちらはまだ完結しておりませんがよろしければ読んで見てくださいでは次話の『縁談』にてお会いしましょう。


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第九十六話 縁談

追記 UA60000超えありがとうございます!


克也が目覚めたことを知った北山潮は克也を自宅に招待したいと克也宛に潮直筆の招待状を届けた。そのことに克也、達也、深雪の三人は深雪の仕事部屋で疑問に思いながら話し合っていた。

 

「なんだと思う?」

「お礼じゃないか?」

「お礼ではないでしょうか。」

 

樹里を腕に抱いた達也とペンを片手に握る深雪が同じことを言ってきたが俺には口車を合わせているように見えた。それは克也の思い込みであり二人は思ったことを口にしただけだった。

 

「論より証拠が一番だなどうせあと五分で出なきゃダメだし行ってくる。」

「使用人をお連れしますか?」

「いやいいよ俺一人で問題ない。」

 

克也が仕事部屋を出て行くのを見送り二人は要件がどんなものなのか知りたそうにウズウズしていた。

 

「契約を結びたいと仰るのでしょうか?」

「それなら克也を呼び出す理由が分からない。とりあえず帰ってくるのを待つ以外知り得ることはない。」

 

 

 

克也は所有している車で北山家に向かいインターホンを押すと入室許可を貰い中に入った。案内された場所は魔法師ネガティブキャンペーンのことについて話していた部屋だった。

 

「やあ克也君もう体は大丈夫なのかい?」

「北山さんお久しぶりですお陰様で以前のように魔法も使えるようになりました。」

 

互いに握手をしながらソファーに座り家政婦が淹れた紅茶を一口飲み潮が口を開いた。

 

「今日来てもらったのは雫についてだご足労をかけて申し訳ない。」

「構いませんが雫がどうかしたのですか?」

 

潮は少しためらってから口を開いた。

 

「雫を娶ってもらえないか?」

 

予想外の相談いや縁談に驚き目を見開いてしまった。

 

「雫をですか?」

「ああ、雫は君と結ばれることを望んでいる。奥さんを亡くしてすぐに縁談を持ち込むのは失礼千万非常識だと分かっているだが私は本心で雫と君が婚約してほしいと願っている。」

 

潮の眼は言葉通り本気だった。「眼は口ほどに物を言う」とことわざかあるがこれは言葉通り間違いなく正しいのだが…。

 

「確かに非常識だ俺が水波を守れず悔いていることを知っていて頼んでいるのだろう?」

「…その通りだ。」

 

礼儀をかなぐり捨て〈アンタッチャブル〉たる所以である威厳を恐怖を発されるのを感じながらも潮は眼に力を込めながら答えた。

 

克也自身腹立たしく感じているだがここで怒りを行動に移すことはしない。

 

「本人はどこですか?」

「雫は習い事だ君の妻になれるよう一層努力をしてね。」

「…呆れた話です。」

 

克也は突き放しにかかった。雫は嫌いではなくむしろ好きだ。だが水波以上に愛せる気はしないし本人にとっては辛いことになると分かっていたからだ。

 

「君は嫌いかね?」

「好きですよただそれは女性としてではなく友人としての好意です。そんな相手と結ばれて真の幸せと言えるのでしょうか?」

「雫はそれでもいいと君の隣にいれるのであれば何も望まないと言っている。」

 

ここで「はい」と言えば丸く収まるだろう。だが懸念事項があるそれを解決するまではどうしようもない。

 

「この話は一度保留にし当主と話し合ってからお返事いたします。」

「ありがとう考慮してくれるだけでも感謝する。」

 

話を終え部屋を出て行こうとする克也を潮は呼び止めた。

 

「克也君何かあったのかい?」

 

この質問は容姿に対してではない克也という人間そのものに対しての問いだった。

 

「…何も。」

 

克也は振り返ることなく応え部屋を出て行った。

 

 

 

克也が出て行き車で走り去るのを窓から見送った後潮は詰めていた息を全て吐き出しソファーに沈み込んだ。何処までも沈み込んでいく錯覚に陥るがそれは気分が下がっていくこととの勘違いだった。

 

{目を覚ましてから今日初めて会ったが以前の克也君ではない殺気が殺意がにじみ出ているそんな感覚だ。}

 

潮は魔法師ではないが妻と娘が魔法師でありここ最近十年で魔法社会に企業進出しているためそれなりに魔法師と関わりを持つことが多い。

 

それ故に克也の纏う空気の違いに気付いたのだ。近くにいることで感覚が麻痺してしまい普通なら気付くことが出来る強力な魔法師であっても気付けないのとは違い数えるほどしか会っていないからこそ気付くことの出来た事例だ。

 

「お父さん。」

 

振り返ると克也が出たドアとは反対のドアから入ってくる娘がいた。

 

「雫もう帰ってきたのか?」

「うんついさっき。」

 

潮の言っていたことは半分本当であったが半分嘘が混じっており克也が礼儀をかなぐり捨てた頃に雫は帰宅していたのだ。

 

「聞いていたのか?」

「…コクン。」

「…そうか。」

 

雫は悲しそうに俯きながら頷きそんな娘を励ますかのように潮は優しい声をかけた。

 

「克也君なら深雪君ならきっといい返事をしてくれるよ。」

「…うん。」

 

顔を真っ赤にして頷く娘に優しく頷き頭を撫で潮は部屋を出て行った。しかしその顔は幸せとはほど遠い悲しげな表情が垣間見えた。

 

 

 

「お帰りなさいませ克也お兄様。」

「お帰り克也。」

「ただいま二人とも。」

 

自宅に戻り深雪の仕事部屋に入ると二人に声をかけられ普通に返事を返す。

 

「北山さんは何のようだったんだ?」

 

達也の質問は興味本位からであり決して悪意があったわけではないが俺は不快に感じた。

 

「雫との縁談を申し込まれた。」

「本当ですか克也お兄様?」

「北山さんが嘘をつく理由もないからね。それでこの封筒は?」

 

何故か俺の立つ方向に置かれた封筒に注意が向いてしまったので聞くとどうやら似たようなことだろうと半ば予想していた。

 

「九島家からの手紙だおそらく藤林さんと克也をくっつけたいのだろう。」

「藤林さんは寿和警部とかなり親しかったはずだ。顧傑との交戦で命を落としてから一度も恋愛をしていないからそろそろ身を落ち着かせようと閣下が思ったのかも知れないな。」

 

手紙を開くと明日の午後三時に生駒の九島本邸に来て欲しいと書かれている。明日の昼頃にここを出れば十分間に合うならば今日の精神的疲労を回復させ明日の疲労に備えるべきだろう。

 

雫との縁談も九島家との対話の後に返事をしなければならない。さっさと水波の敵をとらなければならないのにここで足踏みする羽目になるとは思わなかった。

 

両方とも切ることは出来るが四葉の立ち位置を揺るがすわけにはいかないので後手になるが敵討ちは後回しだ。

 

 

 

翌日の昼前、家を出ようとすると樹里がぐずったので抱っこしてやると泣き止み眠りについたので安心して向かうことが出来た。

 

「もはや父親ね」と言われたが無視して生駒に向かう。誰が言ったのかは言わないでおこう何故なら達也の機嫌が急激に悪化していたのでこれ以上刺激してはいけないと思ったからである。

 

生駒の九島家本邸に到着したのは約束の時間五分前で謁見室に案内してくれたのは光宣だった。高校時代より少年らしさが抜け青年らしい男に成長した彼には婚約者がいるらしい。

 

どうやらこれによって藤林の縁談が持ち上がったのだと克也は思った。

 

「お待たせしました。」

「約束の時間前なのだからかしこまる必要はない。それにしても君は必ず約束の時間前に来るようにするのかな?」

「遅刻するのは失礼ですし早めに来すぎても問題ありです。ならば五分前に来て一分ほど前に顔を合わせれば簡単な挨拶をしている間に時間になります。」

「そうかではそろそろ本題に入ろうといってももう気付いているのだろう?」

「藤林さんと婚約して欲しいということですね?」

「その通り。」

 

百歳にさしかかろうとしているにもかかわらずまったく衰えが見えない烈の様子に克也は驚きと尊敬のまなざしを向けながらも内心やはりと思っていた。

 

「響子も三十路だ私も孫に身を固めてもらいたいのだ。」

「お気持ちはお察ししますしかし何故自分なのですか?他にも藤林さんを慕う方や釣り合う人はいると思いますが。」

「響子自身が婚約するならば君とがいいと言い出してな私も君なら文句はない。響子に近寄ってくる男は大抵下心をむき出しにして時には隠してくるが響子や私の眼はごまかせん。だが君はまったくそんな感情を抱かず響子と関わってくれている。」

「自分もそんな気持ちがないわけではありませんよ。藤林さんは女性からも男性からも羨望のまなざしを送られるほどですから。」

 

本心だがこの程度で二人を引き下がるわけがないと分かっていた。案の定、烈の隣に座る藤林が答えた。

 

「それでも具体的な行動には出ないでしょう?」

「当たり前です相手の許可無しにそんなことはしません。そんなことをするような男は人でもありません唯のケダモノです。」

「ますます婚約して欲しくなった。」

 

どうやら俺の意見は火に油をいやガソリンを注いでしまったようだ。まさかの事態に頭を抱えたくなるが軽い興奮状態になっている二人の前でそんなことをするわけにはいかない。

 

「自分は昨日同じように縁談を申し込まれましたので返事は出来ません。」

「モテ期ね克也君。」

「俺はそんなのいりません。水波以上に愛する女性は二度と現れませんそれでもいいのですか?一番に愛してもらえなくても辛くはないのですか?」

「一番ではないのは悔しいけど無視されるよりマシよ。」

 

このままではらちがあかないようだ。ここは一旦家に持ち帰るのが手っ取り早い。ならばいつまでもここにいるわけにはいかない。

 

「一旦この話は保留にさせて下さい返事はまた日を改めて。」

「ありがとう考慮してくれるだけでありがたい。光宣、克也君をお送りしなさい。」

「はい、お祖父様。」

 

光宣に連れられて部屋を出て行く克也の背中を見ながら烈は克也に聞こえないボリュームで藤林に聞いた。

 

「可能性はあると思うかな?」

「限りなく低くおそらく克也君は断ると思います。」

「やはりか。響子はいいのか?」

「大丈夫と言えば嘘になりますが心の整理はつきました。」

「そうか…。」

 

烈は悲しげな笑みを浮かべる藤林をまっすぐ見ることが出来なかった。

 




書いてても思いました克也のようにモテたいとでも現実は厳しい…。


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第九十七話 決定

雫と藤林さんの縁談はあまり気乗りしないものであり破談したいのだが二人を蔑ろにできないのもまた事実。敵討ちといい縁談といい後手に回りすぎている。

 

結局縁談の話は先延ばしになった。なぜなら真夜から有意義な情報がもたらさせれたからである。そこで前当主真夜と現当主深雪、達也、克也、リーナ、文弥の四葉重鎮が勢揃いし重くも軽くもない空気が会議室には溢れていた。

 

四葉を完全に敵に回した馬鹿を殲滅できる可能性が出てきたのだ復讐が出来る。だが真夜が得た情報が真実だとは限らない。真夜を疑っているわけではなく情報が数多溢れるこの世界で嘘の情報は有り得ないほど蔓延しているので入手経路によっては的外れと言っても過言ではない。

 

「七草家は秘密裏に大亜連合との契約を結んでいたわ。内容は『日本の魔法師を排除し純粋な魔法師だけを残す』というもの。仲介役は新ソ連おそらくここから『パーフェクト・キューブ』の起動式をもらったようね。」

「何故一個人が大国と同盟を結べたのでしょう。」

「完全な同盟ではなく利害の一致だろうね。」

 

深雪は何故七草家が同盟を結べたのか気になっていたようだが俺はそれより気になるのは叔母の入手経路だ。何故そこまで詳しく知ることができなのか気になる。

 

「叔母上、一体どうやってその情報を得たのですか?黒羽家でさえ掴めていなかったというのに。」

「文弥さん以外は知っているはずよ『フリズスキャルヴ』を。」

 

まさかの言葉に文弥を除く俺達は驚きを隠せない。『フリズスキャルヴ』「エシュロンIII」に組み込まれているハッキングシステムであり「七賢人」と呼ばれる人物だけが使用可能な機械である。

 

「七賢人」と名乗っているのはレイモンド・S・クラークだけであり他のオペレーターは使わない。そもそも「七賢人」はレイモンドが使うハンドルネームのようなものである。

 

まさか叔母上がそのうちの一人だとはこんなに近くにいたのに知らなかった。だが同時に深く納得できる。協力を要請して僅か数日で要望を達成するあの行動力、そして普通なら知り得ることのない情報提供。それらすべては『フリズスキャルヴ』によるものだったのだ。

 

「これで敵は七草家だと決まったわけですがどうやって攻め込みますか?」

「克也、実力行使前提なのか?」

「それ以外に何がある。水波と辰巳が殺されてるんだそれなりの報復は必須だ。」

 

克也の言葉には怒りが含まれているのを全員が嫌でも気付かされた。

 

「気持ちはわかる俺たちだってそうしたい。だがまずは弘一がこの情報を見てどんな対応するかによる。」

「甘いな。」

「何?」

 

まさかの突き放しに達也は苛つき臨戦態勢になる。深雪とリーナが慌てて達也を抑えにかかるが克也は尚も煽る。

 

「実力行使しかないんだよ話し合いなんて時間の無駄だ。」

「命を失ってもいいのか?」

「構わないそれだけの覚悟だ。じゃあ、一つ聞くが達也は深雪が水波と同じ立場になったらどうしてた?自分が言うように話し合いで解決できたか?」

「っそれは…。」

 

さすがの達也も否定は出来なかった。小学生の頃に人造魔法実験を受け唯一の感情「家族愛」克也と深雪にしか愛情を抱くことが出来ない人間にされた自分がどちらかを失った瞬間世界を破壊することを理解している。

 

だから克也に問われたときに即答できなかったのだ「話し合いで解決する」と。

 

「達也様、私も克也お兄様の考えに賛成します。」

「深雪?」

「ワタシもよタツヤ。」

「リーナまで…。」

 

達也は深雪はともかくリーナまで賛成するとは思っていなかった。むしろ克也を止めにくるとそう思っていた。リーナの行動は自分を保護し家族同然のように扱ってくれる四葉家に対する感謝と亡命時に自分と仲良くしてくれた水波の敵を取りたいという気持ちが重なった結果だ。

 

「達也さん、貴方の言い分は分かるけど今回ばかりは私も我慢できないわ。七草家に日本に四葉家の怖さを今一度示すときです。」

「…分かりました。」

 

真夜の元当主としての威厳に圧倒され達也は受け入れるしかなかった。水波の敵を取りたいという気持ちは達也自身にもある。自分を信頼し恐れを抱くこともなく慕い兄の克也が愛した女性をこの世界から奪った奴らを許せるわけがない。

 

言葉では表せないほどの怒り、悲しみが溢れるが達也自身それがどんなものなのかわからない。こういうときに「感情」というものが理解できないのが悔しい。だがこれだけは分かる。誰よりもっとも辛い思いをしたのは克也だと。

 

自分の力で守れなかった。敵はいないと油断していた自分への怒り、憤り、恨み。負の感情に押し潰されたが故に克也は生と死の狭間を彷徨った。しかし、克也は生きる道を選んだ。死んで水波と同じ世界に行くことを望まず水波が生きたこの世界を守るために現実世界に戻ってきた。

 

ならばその克也が覚悟を決めたのであれば自分が反対せず後ろから支えるべきだ。

 

「克也、俺が間違っていた。対話など甘すぎる。命は命を以て償わせるそれが命を預かる俺達の生き様だ。」

 

こうして会議室で行われた話し合いは七草家を七草弘一を暗殺ではなく正面からつぶすことを決定した。

 

 

 

「ねえシルヴィー、本当に七草家が間接的にミナミを殺したと思う?」

 

その日の夜、自室で下着だけになったリーナはベッドに寝転がりながら窓を拭いているシルヴィーに何気なく聞いた。シルヴィーは雑巾をバケツにかけてから振り返った。

 

「リーナは疑っているのですか?」

「疑っているわけじゃないけど信じられないだけ。あの有名な七草家当主がこんな強攻策を立てていたなんて思う?」

 

シルヴィーはため息をつきリーナに説明を始めた。

 

「そもそも七草弘一殿は純粋な魔法師だけの国を作りたがっていたようですがそれは高校生までの話です。当主の座を継いでからは日本の魔法師に分け隔てなく接することを望んでいたようです。」

「何がきっかけで学生の頃の野望を思い出したの?」

「憶測ですがおそらく2095年度の九校戦での深雪様、達也様、克也様の活躍から燻っていた火種に火が付いたのでしょう。」

 

九校戦のことは克也達から聞いていたのでどんなものなのかは知っている。だがそれだけではないとリーナは直感していた。シルヴィーの次の言葉でそれが正しかったのだとわかった。

 

「九校戦程度で済めば今頃このようなことにはならなかったでしょう。しかしお三方の婚約発表で吹っ切れたのでしょうね。自分の娘二人を陽動に使い魔法師の意識をそちらに向けている間にその火種は大きくなり自分では抑えきれなくなった。そこで日本の敵である大亜連合と新ソ連に協力を要請したのでしょう。」

「リスクを考えなかったのでしょうか。」

「考える必要は無かったのです。何故なら成功すれば自分の野望が叶い失敗すれば情報が片方または双方から漏れるか漏らされるかのどちらかですから。」

「リスクを補うリターンがほぼ皆無です。」

 

確かにリーナの言葉は正しい。だがそれでも弘一は野望を叶えたかった。目がくらんでいたのだ。欲に取り付かれた人間がどのような道をたどってきたのか一番知っているはずの自分が実は一番欲に取り付かれていた。

 

「自分を見失っていたのでしょうね。それも大きく魔法師として人としての道を。」

 

シルヴィーはそう締めくくるとリーナの部屋から出て行った。まるで「あとは自分で考えろ」と言うように。その後もリーナはシルヴィーの言葉を自分なりに解釈していた。結局自分では答えが出せないと気付いたのは考え始めてから一時間後だった。

 

 

 

四葉家は七草家当主 七草弘一に対して自ら起こした行いを師族会議で話すよう命じる文を克也達と少なからず関わりのある真由美から届けてもらった。

 

翌日の返事はもちろん否であり四葉家は宣戦布告を正式に魔法協会本部を通じて七草弘一個人に送った。

 

そのことを日本のナンバーズや有力家は四葉家に思い留まるように促したが四葉家は受け入れず十師族でさえ止めることは出来なかった。

 

こうして四葉家と七草弘一の全面戦争が始まろうとしていた。

 

 

 

『復讐は蜜の味』

 

この言葉の意味を知る者は四葉家にはいなかった。いや知りたくないと言った方がいいだろう。



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第九十八話 疑念

七草弘一との戦争が決定したわけだが今すぐに開戦するわけではない。何故なら七草弘一に味方する者など一人としていないのだから。弘一の悪行が明るみに出されたのだそれを批判する者がいて賛同する家があるはずがない。

 

実際に九島家、一条家以外は四葉家に援軍を出すとありがたい申し出をくれたが克也達は全て断った。理由としては七草弘一と四葉家の個人的なしがらみであり他家に介入されたくないからだ。

 

断り方はもっとオブラートに伝えている。要するに「他家の魔法師の命を奪いたくない」という方便だ。

 

九島家と一条家は七草弘一に味方しているのではなく内戦を起こしてしまえば大亜連合や新ソ連がチャンスだと攻めてきてしまうのではないかと危惧しているからだ。

それで今も自室で言い争いを三人でしている。

 

『本当にもう止められないのか?』

「何度も言わせるな将輝、四葉は止まらないたとえ一家滅亡することになっても。」

『内戦を起こせば他国が攻め込んでくる可能性がありますよ?』

 

一条家次期当主 将輝 九島家次期当主 光宣 との映像会議で克也は苛立ちを隠せなかった。気持ちを理解してもらえるとは鼻から思っていない。失わなければ実体験しなければ分かるはずがないそれが克也の本音だ。

 

「ならお前らは妻が殺されて黙っていられるのか?」

『…無理だな。』

『…僕も自制できるとは言い切れません。』

「なら止まれるわけがないだろう。」

『攻められたらどうするんですか?』

 

確かに攻められないという保証はない。弘一が大亜連合や新ソ連と繋がっていたのだから四葉家が攻め込んでいる間に出撃を指示しなくもない。

 

「そこまで心配するならお前達が日本海側を警戒すればいいだろう?」

『なんだと!?』

『なるほど。』

「別に驚く必要はないだろう?言い出しっぺはそっちだからな。」

 

将輝の反応が怒りを含んでいたことに光宣も克也も気付いたが掘り返したりはしない。

 

『一条さん、ここは克也兄さんの言う通りにしたほうが良いのではありませんか?』

『…光宣君がそう言うならそうしよう。だが克也、艦隊が出てくれば一条家と九島家だけでは対抗できんぞ?』

「念のために達也から独立魔装大隊に部隊を日本海側へ派遣する要請を出している。明日の昼頃には到着する予定だ。あと海軍も陸軍も国内の半分が動員されている。」

『早ええなおい。』

 

先程までとは打って変わって苦笑する将輝に光宣も克也も少しだけ表情が軽くなった。

 

「ということだから深刻に考える必要はない。」

『他国が攻め込んでくるかもしれないというだけで十分深刻だがな。』

「こいつは失敬。」

 

最初の重苦しい雰囲気は何処かへ飛び去ってしまった。話題は国の運命を左右しかねないものだというのに三人は呑気だ。強力な魔法師であるということもあるかもしれない。

 

『だが日本海側とはいえ警戒するには範囲が広すぎる何処に絞り込めばいい?』

「自分で考えろ。」

『んな!』

「冗談だ。大亜連合はおそらく釜山(プサン)から出船するだろうだから北九州か下関辺りに軍を配置、新ソ連は樺太辺りだから稚内だな。といっても釜山であれば対馬要塞から連絡が入るそれほど心配しなくてもいい。」

『しかし太平洋側と東シナ海側から来られた場合はどうしますか?』

「戦力は一段落ちるがそれでもかなりの数が動員されているから気にしなくてもいい。」

『用意周到だな。』

「警戒するに越したことはないそうだろ?」

『抜け目がありませんね。』

 

重い話だというのに三人の顔は同じだ人の悪いという意味で。将輝は久々に暴れられる嬉しさ、光宣は体調完全完治してから初めての実戦ということで胸が高鳴っている。

 

第三者に知られれば「悪魔」と言われ恐れられそうな会議だ。

 

国の戦力を七割方使用することになるが軍が四葉の要請を受諾したのは大亜連合におかしな動きが見られると情報を掴んでいたからだ。

 

それが弘一の要請によるものなのか大亜連合の行動なのか判断はつかない。

 

新ソ連は普段より少し活発化しているぐらいらしいが油断は出来ない。

 

二人とのやりとりを終えた克也は少し休憩するためにベッドに寝転んだ。

 

 

 

数日後、作戦会議をしていた。作戦会議といっても配置などを決めるのではなく四葉家の重鎮の誰が参加するのかを決めるのだが悩んでいた。

 

克也、達也、深雪の出陣は決定事項。真夜は参加したがっているが長期間実戦から遠く離れ万が一倒れられては困る。

 

文弥は貴重な戦力であるため参加決定。問題は亜夜子だ。亜夜子はお世辞にも実戦向きだとは言えず諜報などを得意としているため今回の戦いには参加させたくないのが克也と達也、深雪、文弥の思いだが…。

 

「本当に行くのか?」

 

克也は亜夜子に実戦に出て欲しくない。亜夜子は九校戦で確かに素晴らしい成績を収めた。だがそれは高校生の行事の中の話であって本当の実戦ではない。

 

「死」が常について回る戦場は魔法をただ撃ち合い競い合うだけの遊びではない。「命」と「命」の駆け引きが行われる場所だ連れていきたくない。

 

「ここで黙って弘一の暴動を見ているわけにはいかないんです。」

 

亜夜子の眼は死の覚悟の出来た魔法師の眼だ。だがそれが克也は気に入らなかった。

 

「死」の覚悟など必要ない。必要なのは「必ず生きて帰ってくる」気持ちそれだ。

 

「亜夜子お前はどんな気持ちで行くつもりだ?」

「死ぬつもりで行きます。」

「じゃあ来るな死ぬつもりなら来る価値はない。」

「え?」

 

亜夜子はよもや同行を拒否されるとは思っていなかったらしく反応できなかった。

 

「俺は死にに行くやつなど連れて行く気は無い。それならここで俺達が弘一を撃つのを指をかじって見ていろ。」

「おい克也!」

「克也お兄様!」

 

それだけ言って克也が部屋を出て行くのを達也と深雪がその背中に声をかけるが無視した。

 

亜夜子は何故断られたのか理解できず立ち尽くしていた。だが残りの四人は克也の言いたいことを理解していた。

 

「アヤコ、カツヤは貴女に死んで欲しくないから突き放しただけよ。」

「え?」

 

リーナの言葉に亜夜子はこれまた意味が分からないと言葉を紡げなかった。そんな亜夜子にリーナは優しく微笑みながら話す。

 

「カツヤは全員が生きて戻ってくることを望んでいるの。復讐であっても血の繋がりがある人が死ぬのはとても辛いわ。たとえ再従妹という距離であってもね。」

「その通りだ亜夜子。克也は言葉足らずだが伝えたいことを亜夜子に気付いて欲しかったんだ。」

「だからこそ貴女に敢えてきつい言葉を使うことを選択したのよ亜夜矢ちゃん。」

 

達也と深雪も優しく話すので気付けなかった自分への嫌悪感が薄くなっていくのを感じた。

 

「もう一度聞くぞ亜夜子お前は何の目的で弘一と一線交えるつもりだ?」

「復讐を果たし参加者全員で戻れるように援護することです。」

「完璧だ。」

 

亜夜子が敢えて自分達が言わなかったもう一つの意味もしっかりと理解した返事に達也は満足したように頷いた。

 

「理解してくれたみたいだな。」

「克也お兄様いつの間に?」

 

突然現れた克也に深雪が驚き声をかける。

 

「亜夜子が理解してくれるのを待ってた。去ったと見せかけてそこにいるありふれた手口だよ。」

「性格が悪いぞ克也。」

「お前に言われるのは不本意だが事実だから言い返せないな。それに今始まったことじゃないだろ?」

「そうだな俺が間違ってたよ。」

 

結局、亜夜子の参戦を認めることになりそこで会議は終了した。決定打になったのはリーナの言葉だろう。

 

リーナが怒らず逆に諭すように言わず心のこもった言葉で伝えたことが大きかった。




地震のせいで帰宅できない作者です。


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第九十九話 進軍

七草弘一に襲撃時間の書いた文を送る前に克也は助け出さなければならない人物に連絡していた。もちろんプライベートナンバーでだ。自宅にかけたところで七草家の使用人に切られるのがオチだとわかっていたからだ。

 

『もしもし克也君?』

「お久しぶりです七草先輩今どちらにおられますか?」

『吉祥寺の別荘にいる九亜ちゃんたちの様子を見に来ているの。』

 

電話をかけた時間は偶然だがいてほしいところにいてくれたので今回はラッキーだ。

 

「明日七草邸を襲撃します。その際に恐らく九亜たちが弘一の手下に狙われる可能性がありますので避難をお願いします。」

『急に言われても準備なんてできてないわよ?』

「分かっていますですがそこにいれば間違いなく殺されます。おそらく先輩も狙われるでしょう。」

『何故お父様がそんなことを!?』

 

確かに実の父親が自分を殺すなど知りたくないだろう。だがやりかねないのが弘一であり自分の悪行が明るみに出たことで余計に危険度が増している。

 

「もはや一刻の猶予もありません。今すぐにそちらへ使者を向かわせますので先輩も避難して下さい。我々四葉家が責任を持って保護いたします。」

『…わかったわ待ってるから。』

 

真由美が少し悩んだのは克也の言葉を信じるかどうか迷った結果だろう。信頼度で言えば克也の方が遙かに上だ。父が何をするのか頭で考えていることと口に出していることが一緒だと自分には思えない。そして父の悪行を知ったことで父親としての存在はなくなった。

 

いや、妹の香澄と泉美と親子関係を断絶したときからだろうか。それでも父親として信じたかった。一人の魔法師として信じたかった。でも克也の最愛の妻を殺したという事実があるならば自分も自分の道を歩もうと決めた。

 

それが克也の提案を受け入れた理由だ。

 

 

 

克也は電話を切った後花菱兵庫と青木に大型のリムジン二台で今すぐ吉祥寺に向かうよう命じた。位置はさきほどの電話回線を辿れば探知は可能だ。ちなみにこれは非常に難しいので藤林に逆探知してもらった。

 

その地点をナビに入力した二人は法に引っかからないギリギリの速度で向かった。念の為に黒羽家の魔法師を五人ほど護衛に回しているが恐らく大丈夫だろう。

 

克也は深雪に七草弘一に対して翌日の襲撃時間を記載した文を黒羽家の配下の魔法師に届けるよう命じ自分達も翌日のために準備を始めた。

 

 

 

文を読んだ弘一は僅か十五分後に九亜たちのいた吉祥寺の自分の別荘を襲撃した。もちろん九亜たちを世話していた家政婦や使用人たちも避難していたため死傷者はいなかった。

 

しかしそのやりかたがあまりにもひどすぎたため現場検証を行った警察は怒り狂っていた。別荘は半分が灰と化し半分は燃え続けていたそうだ。どうやら『燃焼』の魔法を得意とする魔法師が関係していたようだが周囲の想子レーダーはことごとく破壊されており実行者を捕まえることは出来なかった。

 

 

 

2103年二月八日午前十時 四葉家及び分家、そして四葉家が抱える傭兵部隊の大半が動員された七草弘一との全面戦争。

 

「魔法」が御伽話の産物ではなく現実の技術となってから僅か百年。それだけの間に世界は魔法師という新しい「種族」を造り出すことに成功した。

 

そして今それを打ち砕こうとする勢力とそれを止めるのではなくその勢力を潰そうとする勢力の最終決戦が行われる。おそらく国内で最初で最後の魔法師同士の全面戦争だろう。

 

弘一側は七草家の配下の魔法師全部ではないがほとんど全てを、四葉家側も出せる限りの魔法師を動員させているのだから全面戦争と言っても過言ではあるまい。

 

 

 

克也、達也、深雪、リーナ、文弥が最前線に立ちその後ろに亜夜子率いる黒羽家お抱えの魔法師、そして四葉家お抱えの傭兵部隊が並んでいる。それに対し弘一側はまったく表情のない人形が軽く見積もって五百体は下らない。一体どこから集めたのだろうか。

 

だがよくよく考えれば可笑しなことはない。何故ならかの「ジェネレーター」と同じまたは似た存在である彼らは七草家の裏家業である「強化人間」などの危険分子を排除する仕事で手駒に出来るからである。

 

四葉にも似たような依頼は来るがそれは要求の大抵が国家に対する反逆を行ったあるいは企てた魔法師の抹殺のためこのような感情を奪うようなことはしない。

 

何故なら四葉家は感情が魔法に多大な影響を及ぼすことを知っているから敢えて活かしたまま放つ。だが放つ前には四葉家の恐怖、畏怖を本能的に覚え込ませるため四葉家の依頼を素直に聞くようになる。

 

このように四葉家は外から戦闘用の魔法師を確保していた。四葉家は数の劣勢を覆すほどの魔法力を持つ一家だが時には数が物を言うときがある。それが今回の戦争だ。そのため真夜と深雪は四葉家の傭兵のストックを使い果たす勢いで投入したため今こうしてなんとか五分五分の戦力になっている。

 

碧眼の「眼」を七草邸に向けるとやはり保護がされていた。

 

「『パーフェクト・キューブ』やはりここでも使うか七草弘一。」

「克也の目的は弘一只一人だ。俺達が道を切り開くその間に克也は深雪とともに七草邸へ突っ込め。」

「頼むぞ達也。」

 

克也と深雪は自己加速術式を発動寸前で保持しその時を待つ。達也が{シルバー・ホーン}をリーナが{アルテミス}を文弥がナックルブラスター型CADを構え各々が得意な魔法を同時に放った。

 

それが後に『神々の黄昏(ラグナロク)』と呼ばれる戦争の始まりである。 

 

『小規模マテリアル・バースト』が自己加速術式を展開しようとした複数のジェネレーターの存在を消し飛ばし『局所ヘビィー・メタル・バースト』がジェネレーターが身に纏っていた金属片を中心に爆発し複数のジェネレーターを吹き飛ばし『ダイレクト・ペイン』が精神に直接ダメージを与え複数のジェネレーターが倒れ込む。

 

倒れたジェネレーターの隙間をぬって克也と深雪は一瞬にして駆け抜ける。駆け抜けたときにはさらなる三つの魔法がジェネレーターを襲っている。克也が七草邸に向けて『アブソリュート・キャンセル』を発動させ『パーフェクト・キューブ』を消し去る。

 

だが次の瞬間に『パーフェクト・キューブ』が完成し始めるのを視た克也は深雪の手を引いて七草邸に侵入した。

 

「なんとか入り込めたか。」

「あそこまで再構築が速いものなのでしょうか?」

「魔法式が安定してきているし洗練されている使うことに慣れ始めたのだろう。」

 

そう言いながら「眼」で家の中全体を視渡す。しかし目的以外には何も見つからない。弘一が追い出したのか自ら出て行ったのか真実を知らなければ分かるわけがない。

 

存在を認識した場所に向かって克也は足を踏み出した。だがその足取りは少しだけ重くその様子に深雪はすぐに気付いた。兄が何かを視て動揺したのだと深雪は直感した。

 

 

 

その頃弘一は書斎で青年を一人自分の後ろに立たせ指を絡めその上に顎を置いて書斎の入り口を眺めていた。

 

「どう思う七宝君。」

「まあ、確実に殺されるでしょうね僕達二人は。」

 

まったく恐れを抱かないそれどころか笑みを浮かべているのを見ると気持ち悪い。

 

「まさかこんな簡単に我々の前に姿を現してくれるとはな。」

「感情に流された魔法師ほど簡単に誘導できることはありませんから。」

「一つ間違っているぞ七宝君彼らは魔法師ではない只の紛い物だ。」

「失礼しました弘一殿。」

 

このような姿を琢磨の父や友人が見たら何と言うだろうか。恐らくこう言うだろう。

 

「狂っている」

 

と。二人は自分が狂っているとは思っていないむしろ正しいと思っている辺りやはり人の道を外れている。二人の含み笑いは克也が到着するまで続いた。




アルテミス・・リーナが『ヘビィー・メタル・バースト』を発動するための全体が銀色で所々に花が装飾された美しくも無慈悲なCAD


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第百話 処断

七草邸。家と言っても十師族の一角を担うまた優秀な魔法師を抱える名家となれば敷地面積は尋常ではない。サッカーコートありテニスコートあり巨大プールあり極楽施設か?と突っ込みたくなるような土地の使い方だ。

 

これが弘一の趣味なのかそれとも先代、先々代から受け継いだのかどちらでも構わないが自宅に金をかけるのであればもっと魔法社会に貢献しろと言いたくなる。

 

既に七草家は魔法社会にも一般社会にも広いパイプを持ち多大な影響力を持っておりそれなりに貢献しているから誰からも文句を言われなかったのだろう。

 

まあ、弘一は自らその歴史に幕を下ろしたわけだが…。

 

廊下を歩きながら飾られている花瓶や絵画などを見る限り画家には興味の無い克也でも誰の絵なのかは分かる。関係者が持ち去らなかったのは弘一の所有物だからだろうか。

 

ところどころから時限爆弾とおぼしきタイマー音が聞こえる。

 

「深雪『凍火』でここら一体の爆弾を凍らせてくれ。」

「かしこまりました。」

 

深雪は命じられると淀みなく携帯型CADを操作し『凍火』を七草邸全体に発動させた。これで火薬を使った火器は使用不可能になり魔法か近接戦闘でしか敵は戦えなくなる。

 

自分たちの安全と味方の援護を兼ねた『凍火』は汎用性が高い。それを買って克也は深雪を連れてきたし達也も克也と共に行くよう促したのだ。

 

自分にはもったいない妹だと思うがそれは今に始まった事ではない。

 

「さあ行こうか深雪。」

「はい克也お兄様。」

 

二人は横に並びながら家の奥へと向かった。

 

 

 

深雪が『凍火』を発動した頃達也たちは少し苦戦していた。やはり数では相手の方が一枚も二枚も上手だ。

 

『マテリアル・バースト』と『ヘヴィー・メタル・バースト』を使う達也とリーナだが得意魔法と言えど発動や反動は文弥の使う『ダイレクト・ペイン』に比べて大きい。

 

確かに得意魔法なだけあって二人はありえないほどの速度で強力な魔法を使用できるがそれだけ処理には負担がかかり隙ができる。

 

そこを集中的にジェネレーターもしくは強化人間たちは執拗に狙ってくるためその分防御にも徹っしなければならない。

 

傭兵部隊や黒羽家お抱えの魔法師がいても自分の戦闘に精一杯なためなかなか三人を守ることができない。

 

「リーナ、遠距離は狙うな自分の前方三十m程度に意識を向けろ。」

「仕方ないでしょ!?金属部品をつけてる奴らが遠くにいるんだから!」

 

リーナの魔法『ヘヴィー・メタル・バースト』は金属を中心にして爆発させる魔法だ。『ブリオネイク』はそれ自体で爆発を起こさせることができるが今は手元にないうえに効果範囲が狭すぎるので今回の戦争では不向きだ。

 

「もしかしたらこれはリーナさん対策なのかもしれませんね。」

 

文弥が七草邸に対して九時の方向を向きながら向かってくる敵へ的確に『ダイレクト・ペイン』を発動させる。その間にも達也は文弥の言葉の意味を考えながら『マテリアル・バースト』で敵を消し去っている。

 

達也の使っているCADは{サード・アイ}ではなく自作の『マテリアル・バースト』を発動させるためのCADだ。{サード・アイ}ほどの威力や距離は出せないがこの敷地面積であれば問題なく対応できる。

 

そもそも『マテリアル・バースト』を発動させるための{サード・アイ}は軍の所有物のため持ち出しはできないので今はこれに頼るしかない。まあ、リーナや文弥がいるのでそれほど遅れをとることはないのだが。

 

「先頭開始から十五分でこの戦況はどうなのだろうか。」

「良くも悪くもないから五分五分でしょうね。いくら『アンタッチャブル』の傭兵部隊といっても元はそれほど魔法力のない魔法師の集まりだからケミカル強化されているあいつらに戦闘力が劣るのは否めないわ。」

 

リーナの言う通りこの三人がいなければあっという間に四葉家は撤退していただろう。それだけこの三人の存在が四葉家にとって大きいかがわかる。

 

だが逆に言えばこの三人がいなければ四葉家は十師族はもちろん師補十八家にも席を置くことはできない。

 

それを三人は理解している。だからこうして先陣を切って危険を顧みず敵を屠っているのだ。

 

「亜夜子は大丈夫か?」

「…大丈夫みたいです。姉さんが接触している奴らは実力的に九校戦でギリギリ戦える程度らしいので問題ないようです。」

 

文弥の返事が遅れたのは無線で亜夜子とやり取りをしていたタイムラグによるものだ。だが達也はなんとも言い知れぬ違和感を抱いていた。

 

「何故その程度の魔法師をここに引き入れた?弘一の部下になっても足手まといにしかならないはずだ。」

「少しでも戦力が欲しかったんじゃない?」

 

リーナの説明も理に適っていないわけではない。確かに弘一に味方する魔法師は限りなく少なかった。

 

いないことを望んだがやはりどの世界にも危険な思想が正しいと思い込む輩は少なからずいるようで少なくない数の魔法師が弘一の元に集まっていた。

 

「それならいいんだが…。」

 

達也も自分の勘違いであってほしいと心から願った。

 

 

 

克也は深雪を連れて慎重に進みながら弘一の書斎に向かっていた。廊下は幾重にも分岐し何度も合流しているが克也は道を間違えることなく歩いて行く。

 

一度視たのだ移動する気配がないのであるなら焦る必要もなく確実に仕留めることだけを考えればいい。

 

知ることもなかった廊下を歩きながら着実に近づく。しばらく歩くと杉でできた大きな二枚扉が現れた。その先には二人の人間がいるのを克也の眼は視ており深雪も魔法師の存在を長年の経験で感じていた。

 

「ようこそ我が書斎へ。」

 

扉を開けると弘一は立ち上がり両手を広げ満面の笑みで二人を迎えた。

 

「減らず口を!」

「落ち着け深雪、感情を露わにするだけ無駄だ。」

 

深雪が怒気をさらすが克也は落ち着いて深雪の肩に手を置く。深雪はその手の暖かさで我を取り戻したのか母親としてではなく十師族 四葉家当主としての立ち位置で書斎にいる三人を見据える。

 

「よくここまでのことを一人でやってこれたな。」

「私は手助けをしたまでです。何も私一人で成し遂げたわけではありません。」

「謙遜だけはするか。」

 

克也は自分一人で成し遂げたことを誇ると思っていたが反対に謙遜するとは思っていなかった。

 

謙遜したところで処断することに変わりはない。

 

{ブラッディー・ローズ}を弘一に向ける。

 

「ここで死ぬか獄中で死ぬか今すぐ決めろ。俺は我慢できるが深雪を抑えることは出来ない。」

「一番怒っているのは貴方だと思っていましたよ。」

「最初は怒ったさ。だが時間が経つ程怒りとは虚しい感情だと気付いた。怒りは人を変質させるそれは空想ではなく現実に有り得る。」

 

克也は自分の経験を元に話している。一高前で水波が「人間主義者」に襲われているのを目にしたとき抑えられない感情が噴き出し自分の記憶はそこで途切れた。

 

「怒りや悲しみなどの負の感情は人に与えてはならないものだと思った。そうは思わないか七宝?」

 

克也は弘一の後ろに内面を全く伺わせない笑みを浮かべながら立っている青年に声をかけた。

 

「そんなことはどうでもいいんですよ四葉先輩いえ、司波克也先輩。俺は自分の望みが叶えばそれでいいんです。」

 

琢磨は何かに取り付かれたように話す。いや取り付かれたのではなくのっとられたまたは洗脳されたように深雪には感じられた。

 

それでも克也は落ち着いた声音で尋ねる。

 

「望みか。お前の望み、野望は弘一と同じだというのか?」

「僕は魅せられました真の魔法師だけの世界なんて素晴らしいんでしょうか!」

「…狂っています。」

 

深雪の気持ちは理解できるが弘一と組んでいる時点で既にいかれているのだ。

 

「そういうことで消えてください克也先輩。」

 

琢磨は右腕を一閃した。すると克也の左腕が肘の下から切り落とされた。深雪は驚いて何も行動できず声を発せなかった。

 

「如何ですか?貴方を倒すためだけに僕が考えた近接戦闘魔法『ゼロ』は。」

 

克也は興味深そうに琢磨の右手に握られている刀と自分の傷口に何度も視線を向ける。

 

「面白い。振動魔法で刃を高速回転させ切り落とすか原理はチェーンソーから取ったのかな?」

「…痛みを感じないのですか?」

 

普通なら痛みでもだえ苦しんでいるはずが何事もなかったかのように話す克也を見て琢磨は驚くより恐怖していた。

 

痛みに慣れることは可能だ。だがそれには限度がある。

 

傷口から血を絶え間なく流しているというのに先程までと何も変わらず話す様子は悪夢を見ているようだ。

 

「感じるさ痛みを。痛みを和らげることが出来る俺の魔法でなだがこの痛みはあの時に比べればかすり傷のようなものだ。」

 

そうあの時の心の痛みに比べれば…。

 

「そんな魔法が?」

「俺の固有魔法だそれ以上は言えん。」

 

『癒し』で痛みを和らげていたが全員にバレないように使っていたので少し効果は薄かった。それでも気にならない程度には回復させることはできている。

 

{ブラッディー・ローズ}を握ったまま床に落ちた左腕を右手で拾い傷口をくっつけると『回復』を発動させる。

 

僅か数秒で左腕は元に戻った。

 

その様子を弘一と琢磨は眼を見開き深雪は得意気な顔をしていた。

 

「完治ではないがこの程度なら問題ないか。ところで深雪、何故お前が得意気な顔をしているんだ?」

「え?得意気な顔などしてなどおりませんよ?」

「そして何故に疑問系?」

 

二人の態度に琢磨の苛立ちは沸点に達し自己加速術式で克也に肉薄したが克也の突き出した右掌底で琢磨は吹き飛ばされた。

 

壁に激突した琢磨は崩れ落ちてきた研究資料に埋もれたが立ち上がった。だがダメージは大きく足下がおぼつかない。

 

「お前が一高の後輩だろうと水波を殺したことに間接的に関わっているから見逃さん。」

「…師補十八家 七宝家の長男を殺すというのですか?他に後継ぎはいませんよ?」

 

「生き延びたい」それが今琢磨の中に渦巻いている感情だ。魔法では体術では勝てないならば奇襲しかなかった。だが無理だった。次元が違うそう思わされた。

 

「ご当主には俺から伝えておこう。『関わってはいけない人物と接触し共謀し四葉家の逆鱗に触れた』とな。それと最初の一撃で俺の首を飛ばさなかったのがお前の唯一の失態だ。消えろ。」

 

克也はCADの引き金を引き『燃焼』を発動させ「七宝琢磨」という存在はこの世から消え去った。その様子を深雪は見たが消える瞬間眼を背けてしまった。

 

たとえ家族同然だった水波を殺した人間と関わりがあり間接的に手助けした憎む相手でも目の前で人が消え去るのを見るのは耐え難かった。

 

克也は無表情に琢磨のいた場所を睨みつけた後、{ブラッディー・ローズ}を弘一に向けて発した。

 

「次はお前だ七草弘一。」

 

それは死神による死の宣告のように書斎に響いた。



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第百一話 天燐

戦争と言えば銃弾が辺り構わず風を切って飛び回り銃声が鳴り響く。指示の声や痛みを堪える呻き声などを想像するだろうがここは魔法が飛び交う戦場であり銃は深雪の魔法によって無効化されているため使用したくても使用できない状態だ。

 

達也とリーナ、文弥が使う魔法が血を流さず敵を無力化する魔法であるが故に血なまぐさい戦場になっていないのも要因の一つだ。

 

対象物を原子レベルまで分解する達也の固有魔法兼戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』、重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲にプラズマを散撒くリーナの戦略級魔法『ヘヴィー・メタル・バースト』、二人には威力も規模も格段に落ちるがそれでも対人戦闘では強力な魔法で相手の精神に直接痛みを与える文弥の『ダイレクト・ペイン』。

 

戦闘級魔法:戦術級魔法:戦略級魔法:これは一回の威力を基準にしているため文弥の精神干渉魔法はそもそも大規模な範囲に作用させる魔法ではないためこの基準には当てはまらない。精神干渉魔法で戦略級魔法になり得る魔法はまだ見つかっておらず四葉家も模索中だ。

 

最も精神干渉魔法で戦略級魔法になり得るのは深雪の『コキュートス』か克也の『癒し』だろう。だが深雪は戦略級魔法師になるのは望んでいないだろうし克也も二つの戦略級魔法を所持するなど断るだろう。だが同時に世界の抑止力であるのは事実だ。本人達の心とは裏腹に…。

 

 

 

北東からの風が吹く戦場は言いしれぬ空気の中での戦闘だった。そもそも北東は「鬼門」災いを運ぶ方角であるため古来より古式魔法師には嫌われてきた。古式魔法の伝承者であり忍術使いの九重八雲の教えを受けた達也、古式魔法を題材に作り上げた『パレード』を使う九島家の血を引くリーナ、仏教を重んじる(結婚式は何故か洋風…)四葉の分家の文弥は悲劇の前触れだと感じていた。

 

「達也兄さん、何か嫌な予感がします。」

「ワタシもよタツヤ、何か胸の内をくすぐるみたいな不快な何かを。」

 

達也も何かが起こるそんな疑惑に囚われていた。自分、リーナ、文弥を含む半径五十m以内の魔法師の想子の流れを読み取るが誰も想子の流れに異常は見られない。精神干渉魔法を受けていれば想子の流れが乱れるため達也の「眼」であれば知覚可能だ。

 

精神干渉魔法と言えば四葉家というイメージだが強力な精神干渉魔法を使うのが四葉家であり大小問わず精神干渉魔法を使える魔法師はいる。大陸にも日本国内にも使用者は少なからずいるからだ。

 

 

 

克也は左手に握る{ブラッディー・ローズ}を弘一に向けながら語りかける。

 

「純粋な魔法師だけを残してどうするつもりだ?」

「あとから造られただけの紛い物にこの世界を任せておけるわけがなかろう。」

「では俺が水波と婚約した際に婚約解消を求めたのは何故だ?」

「貴方のような優秀な遺伝子を調整体などという呪われし汚物に渡すわけにはいかん。」

 

弘一の言いように深雪は冷気を体中から吐き出すが克也が身じろぎせず佇んでいるのを見て数秒で自制した。だが深雪は克也に怒りを感じた。何故ここまで言われて文句を言わず無表情にいられるのか何故水波のことを馬鹿にされて感情を露わにしないのか。

 

深雪は少しだけ克也の横顔をのぞき込み右眼を見て身を震わせ後退りした。克也の眼は碧眼ではなく紅い紅蓮の色に変わっていた。それが何故の変化なのか深雪には分からなかった。

 

 

 

一度の瞬きの間に俺は弘一の書斎ではなく『異空間』とも呼べる場所に来ていた。巨大な水晶の柱左右に六柱、計十二柱が陳列しそれが屋根を支えている。周りは雲に囲まれどこまでも蒼穹が広がっている。まるでギリシャにあるパルテノン神殿だと思ってしまった。

 

石畳を歩きながら周囲を見渡す。服装は先程と変わらないので不釣り合いな服装だが別にずっとここにいるわけではないので気にしたら負けだ。

 

【我、世を統べる者なり 汝は何故ここオリュンポスに存ずる?】

 

何処からか腹に響く重々しく且つ威厳を感じる大地を従わせる声音が鼓膜をつついた。

 

{オリュンポス、ギリシア神話に登場する全能の神ゼウス以下神々が住まう宮殿があると言われる霊峰この柱は十二神を表していたか。}

 

【我の問いに答えよ 汝は何故ここに存ずる?】

『こっちが聞きたいんだが全能の神ゼウス。』

 

呼び捨てにした瞬間背後からビリビリと音が聞こえ続いて放たれた雷をサイドステップで避ける。その距離十m。

 

【我の『雷霆』を避けるか。何故距離を取る?】

『あんたがその気になればこの【空間】を消し去ることは容易い。だが俺がいることでそれはできない何故なら俺の両隣にはあんたにとって大切な娘と息子を祀る柱があるからだ。それにあれは俺の力量を測るための奇襲だろう?わざわざ雷が起こる予兆を気付かせたのだから。』

 

返事は返ってこないが笑っているのだろう空気が柔らかくなった。

 

【クハハハハハ!やりおるわさすがこの『空間』に辿り着いただけはある。良かろう我の姿をとくと見よ!】

 

ゼウスは高らかに名乗り俺の前の玉座に落雷が発生しそこから王冠をかぶった男が現れた。その佇まいはすべての神の頂点に立つ存在であることを如実に示すように威厳がこもっていた。

 

{誰も姿を現せとは言ってないんだがな。まあいいか自分から現れてくれるならそれでいい。}

 

全能の神ゼウスに対してとんでもなく失礼な態度をするが気にした様子がないのでそのままでいよう決めた。

 

【それで何故ここに来た?】

『それを知りたいのは俺の方だ。気付いたらここにいたのだからというより知っているんだろ?俺がここにいる理由を。』

【何故そう思う?】

『さっきあんたが言っただろ?【何故ここに存ずる】と。あれは俺をここへ連れてくることができたことに対する俺への質問だろう?』

 

ゼウスは真剣な顔から優秀な生徒を褒めるようににかっと笑い答えた。

 

【洞察力は我が見てきた人間の中で群を抜いておる褒めて使わす。まあ、我が其方をここに連れて来たのは我の〈魔法〉を使えると確信したからだ。四葉零を知っておるだろう?】

『別次元の俺だよく知っていたな。』

【我は全能の神ぞ知らぬことなどない。】

 

何故か胸を張るので「全能の神」という肩書きとのギャップがあり白けてしまう。ここに来たときの話し方は演技なのだろうかこちらが素なのかもしれない。まあ、その方が話しやすいので気にはならないからいいが。

 

『で、【雷霆】を使えと言うのか?悪いが俺は教えて貰う気はない。』

 

ゼウスは片眉を上げ不思議そうに問うてきた。

 

【このゼウス直々の教えを断ると申すか?】

『俺は自分の力で復讐を果たす只それだけだ。』

【傲りは身を滅ぼすぞ?】

『元からそのつもりだ。俺の命で自国の魔法師を救えるならそれでいい。』

【其方は再従妹に『死ぬ気なら来るな』と言わなかったか?】

『元々これは個人的な復讐だ俺以外が死ぬ必要はない。』

 

玉座に左の肘をつきながら問う全能の神を俺は冷ややかに見返す。碧眼と紅眼の視線がぶつかり合い火花を散らしているようだ。ゼウスは右手に持った木製の杖で二度床をつつく。

 

するとゼウスの両脇に女神が二人現れた。

 

克也に対して右側に立つ甲冑をかぶり槍を持つ勝ち気な美しい女性。左側に立つ銀髪に碧眼の清楚でお淑やかな女性。

 

『【戦い(戦争)と武勇の女神】アテナ【狩猟・貞操の女神】アルテミス。貴女方もよく存じ上げています。』

【父上、この男は一体何者ですか?このような神聖たる場所に人間を入れるなど許されはしません。】

【何故男がこのようなところに。そして神の頂点に立つ方への話し方ではありません。】

 

美しく厳しい声音のアテナ、柔らかく穏やかな声音のアルテミスだがどちらも俺がここにいることを良しとはしてくれないようだ。

 

【そう言うな二人とも彼はここに至れる力を備えている。】

【まさかそのような人間がいるなど。試させていただきます父上。】

 

アテナは槍を構え猛烈な突きを繰り出し突風が吹き抜ける。克也の顔に直撃し背後に抜けるが克也は微動だにせず眉を動かさずさらには瞬きさえしなかった。

 

【…私の突風を受けても立っているとはなかなかです。ではこれはどうですか!?】

 

アテナは槍の先に火球を二つ作り出し僅かな時間差を付けて放った。克也はステップで避けるが克也の立っていた場所を越えた瞬間Uターンして着地したばかりの克也を狙う。

 

紙一重で避けた克也だが右頬が焦げ髪も一房持っていかれた。

 

【さすがの貴方でも避けるのが精一杯のようね。】 

 

アテナは口元に手を当て楽しそうに笑う。克也は避け続けるがどこまでも追い掛けてくる。どうやらホーミング(追尾)機能を搭載しているようでどこまでも追い掛けてくる。互いをぶつからせようとしてもすり抜けてしまう。

 

{互いには不干渉、対象物以外にはダメージを与えないか。}

 

実際、克也は柱に背を預けるように追い込まれ火球がぶつかる瞬間自己加速魔法でその場を離脱したのだがその火球は柱を透過し傷一つ与えなかったのだ。

 

見た瞬間は柱に何か仕込まれていると思ったのだが火球同士の衝突を見る限り特殊なのは火球のようだ。

 

上から火球が迫り俺は後ろに飛んだ。その時偶然足下にあった石の破片を蹴り上げてしまい火球にぶつかり燃滅したのを見た。そして俺はある仮説を立てた。

 

{ぶっつけ本番だがやるしかない。}

 

俺は再度大きく距離を取り仁王立ちになる。

 

【諦めたの?そのまま燃え尽きなさい!】

 

アテナは俺が逃げ切れないと諦めたように見えたらしいがこれは待っているだけだ。「眼」で視界を広げ火球の中心部分を視る。中心部分に核のような塊を見つけたので左の掌を突き出す。

 

そして掌から想子の奔流が飛び出し二つの火球を呑み込み互いに相殺し合った。僅かな拮抗の後双方共に消え去りアテナは驚愕の表情を浮かべた。神である自分の力が一人の人間に越えられたのを受け入れられていないようだ。

 

【…私の〈力〉が相殺された?】

【ゼウス様が評価するだけの〈力〉はあるようですね。】

 

アルテミスは驚くより喜びを感じたように笑みを浮かべている。アテナとは対照的な感情だが何故か俺にはそれが対極の感情ではなく同じ感情を表しているように見えた。

 

『ゼウス、俺は一刻も早く〈現実世界〉に戻りたいのだが。』

【楽しみはこれからだったんだがなまあよい戻してやる。】

 

ゼウスは杖を俺に向ける。

 

『最後に一つだけ、何故俺をここに呼んだ?』

【我の興味本位だ。】

 

ゼウスは威厳のある顔を笑みで染めにかっと笑った。2095年の九校戦で九島閣下の魔法を見破った俺達に向けたイタズラの成功した少年のような笑みだった。

 

『勘弁してくれ。』

 

苦笑しながら呟くと俺の体は光に包まれた。

 

 

 

【宜しいのですか父上?】

【何が言いたいアテナ。】

 

ゼウスはアテナを見ず先程まで克也の立っていた場所を見ている。

 

【人間をこの〈空間〉に連れて来たことです。そもそも〈神の領域〉にも満たない者が何故存在することが出来たのですか?】

【奴の眼を見ただろう?あれは《紅眼(プロメテウス)》と言ってな〈神の力〉を継ぎ具現化することができる者だけに現れる。】

【つまり彼には〈神の血〉が流れていると?】

 

アルテミスは有り得ないとでも言いたげな答を出すとゼウスはご名答という風に頷いた。

 

【彼の一族は元より〈神の血〉を継ぐ一族だ。遠い昔の話であるからそれを知る者はおらんがね。】

 

二人はゼウスの説明に納得し光の粒子となって消えた。その場に一人残ったゼウスは未だにその場所を見つめる。

 

【アテナの〈魔法〉を相殺するか。互いに本気ではないとはいえ恐ろしい力だな。やはり〈伊邪那岐〉と〈伊邪那美〉の末裔だしっかりと受け継いでおるわ。】

 

ゼウスは嬉しそうに呟き雷となってその場を去った。

 

 

 

四葉家が精神干渉魔法と他家にはない強力でユニークな魔法を使うのは日本の原形〈大八島国(おおやしまのくに)〉を作り出した〈伊邪那岐命〉と〈伊邪那美命〉の血を引いているが故である。

 

そもそも精神干渉魔法など人間の内側に干渉するのは普通であれば不可能なのだ。〈精神〉というものがあると科学的に証明されていてもどこに存在していてどのような形で固体なのか気体なのか定義が定まっていないものに対して力を作用させるなど〈神の力〉そのものだ。

 

〈感情〉の度合いや種類によって魔法にどのような影響を及ぼすか四葉家でさえ完璧に掴めないのは神々がその根本を知られたくないからである。

 

四葉家に流れる〈血〉が本人に気付かないよう認識をずらすのだ。それは達也でも克也でも気付かない僅かなしかし確かな認識のズレこれが鍵なのだ。

 

そしてそれは克也達の子供にも引き継がれる。ある意味《呪い》や《枷》と言ってもいい怨まれし罪。

 

 

 

克也の意識が《異空間》にあったのは〈現実世界〉からすれば一瞬であり意識が戻った頃に亜夜子を含む魔法師に危険が迫っていた。だが弘一を除き誰もそれに気付いていなかった。



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第百二話 達成

深雪は瞬きする間に克也になんらかの現象が起こったのを察知していた。それは克也の側に長い間したからこそ気付けたことだ。

 

「早く終わらせよう七草弘一。」

 

克也は冷酷に告げる。それは遙か高みから見下ろす超越者のような声音だ。弘一はゆっくりと立ち上がりデスクの前に出て克也の前に立つ。

 

『取り敢えず俺の頭から出て行ってくれないかなゼウス。』

【我も楽しみなのだここで観戦させろ。】

 

克也は弘一に対して言葉を発しながら脳内で変なやり取りをしていた。

 

『頭の中にいると違和感があるから外で見てくれ。』

【嫌じゃ我はここがいいのじゃ。】

『この頑固爺。』

【やかましい小童。】

『変態野郎。』

【黙れ青二才。】

 

第三者からすればもう子供の喧嘩にしか見えない。克也は謎の疲労感を覚えていた。

 

【しかし奴も困ったものよのう。】

『何が言いたい?』

【ううむ…。】

 

ゼウスが顎を手でさすっているのが容易に想像できた。

 

【自分の野望に飲まれておるなさっさと片を付けた方がいいぞ。】

『言われなくてもそのつもりだ!』

 

克也は予備動作なしで弘一に肉薄し右掌底を喰らわす。

 

「がは!」

 

弘一は為す術もなく書斎の壁に叩き付けられた。立ち上がる弘一は足下が覚束ないらしくフラフラとしていた。克也の体術は達人の域を越えているので魔法師として鍛え上げた肉体でも大ダメージは免れない。

 

「…これほどとは身を以て知りましたよ。」

「この程度で音を上げるとは七草家当主の名は肩書きだけか?」

 

克也は傲慢とも取れる台詞を吐く。だがその表情や態度は傲っても見下してもおらず冷ややかに見下ろしている。その眼は怒りではなく哀れみを表し冷たく輝いている。

 

左眼は神の『哀れみ』の如く輝る碧眼、右眼は己の『憤怒』を表す紅く燃える紅眼が弘一を貫く。

 

弘一は恐怖を押し殺しCADを流れるように操作し火球を二つ作り出した。

 

「ここでは殺りづらいですから移動しましょう。」

 

弘一が左手でリモコンを操作すると壁が上に伸びる。いや、自分達が下がっているのだ。振動を感じさせない緩やかな降下は冥界へ誘う死神の手のようだ。

 

「広いなここは。」

 

床が停止した空間を眼球を動かすだけで把握し呟く。周囲はとてつもなく広い空間で普通の眼だけでは測ることができない。

 

「克也お兄様。」

「心配するな深雪お前には触れさせないから安心しろ。念の為に領域干渉を自分の周りに纏っていてほしい。」

「分かりました。」

 

深雪は一歩後ろに下がり想子を発生させる。想子は上空と床に流れ克也にはまったく干渉せず深雪を優しく無駄なく覆う。

 

「さすが深雪まるで聖杯だ。」

 

克也は深雪の領域干渉を見上げながら褒め称える。自分にはとうてい真似できない技であり力技を得意とする自分には全体を同量の想子で覆う方法は不可能だ。

 

「そろそろ始めましょうか我々の戦いを。」

 

弘一は二つの火球を同時に放ってきた。避けることは造作もない速度であり首を傾けるだけで後方へ抜けていく。火球は深雪の領域干渉に阻まれる前にUターンし克也を背後から襲う。

 

『どっかで見たことある技だな。』

【何のことかな?我には分からぬ。】

「この老いぼれ。」

【黙っとれクソガキ。】

 

何度とも知れぬ言い合いをしながらも克也は火球を避け続ける。動きには余裕がありどこから攻撃が来るか分かっているようだ。

 

『まったく攻撃方法が同じだな。』

【アテナは敵の攻撃を先読みしてそれを使うことが出来るからの。】

『何のことか知らないんじゃないのか?』

【『全能の神』に知らぬことは無い。】

 

言っていることが矛盾しているが胸を張っているであろうゼウスを思い浮かべ脱力する。まあ、そんなやり取りを頭の中でしていても避け続けられることが出来るのは克也の身体能力があっての凄技だ。

 

深雪は謎の魔法に驚きながらも克也が余裕の表情で避け続けているのを見て安堵していた。自分なら最初の数発を避けたところで集中力を使い果たしてご臨終していると分かっている。

 

だが、克也が汗一つかかず避け続けている様子を見ると自分との差が歴然としており悔しくなる。だが、それは仕方が無いことだ。まず男性と女性で体力差があるのだし幼い頃から陸軍の兵士と高校時代から教えを受けていた忍術使い 九重八雲と体術を互角に渡り合えるのだ。

 

一般の女性魔法師より鍛えている深雪とはいえ克也について行けないのは当然である。だから深雪は諦めるのではなく応援し続けるのだ。

 

 

 

弘一はこの日のためだけに作り上げた魔法がまったく通用しないことに焦りを感じ始めていた。一度も見たことがないはずなのにまるで攻撃軌道を先読みされている気がしていた。

 

{これが四葉家直系の力『神速』の二つ名を持つ司波克也だというのか。}

 

克也は弘一が焦り始めているのを視界の端に捉えていた。攻撃を避けながらも弘一の隙を逃さぬように眼を向け神経を張り詰めていた。そして攻撃が鈍った瞬間『偏位解放』を発動させる。

 

「ぐふ!」

 

圧縮空気弾が胸の中心胸骨部に直撃し前のめりに屈服する。火球は使用者の意思を無視して克也に進撃する。克也は二つの火球を想子を纏った右手で握りつぶした。

 

その爆発は凄まじく深雪は振動系減速盾魔法『氷反射(アイス・リフレクション)』を発動させ爆風を防いだ。克也は『想子鎧』で爆風と熱を防いだが爆風が直撃した弘一の皮膚は焼けただれていた。間一髪の所で顔面は守ったようだが重症なのは一目瞭然。

 

克也はそれに一切の感情を含ませない無機物を視るような眼を向ける。視線を感じたのだろう弘一は顔を上げてきたがその表情は恐怖に満ちていた。

 

「これが雫の分。」

「あが!」

「これがほのかの分。」

「うぐ!」

「これが亡くなった観客の分。」

「がは!」

 

克也は部分的に『燃焼』を発動させ弘一の四肢を消し去る。その度に弘一の手足は姿を消す。タンパク質を焦がしたときの特有な匂いはしないが音もなく手足が消える様子はそれ以上に吐き気を催す映像だ。

 

深雪は怯えることもなくましてや目を背けることもせず毅然として弘一を見ている。

 

克也が香澄と泉美を戦場に連れてこなかったのはこれを見て欲しくなかったからだ。対して二人は友人を殺し自分達と親子関係を断絶した父と相まみえたくなかったためここに来ることに立候補しなかった。

 

克也と二人の想いが上手く交差した結果だがそれで良かったのかもしれない。このような無様極まりない様子を克也は見せたくなかったし二人も見たくなかっただろうから。

 

「言い残したいことはあるか?」

 

仰向けに転がる克也が聞いた瞬間弘一の体が発光したがそれは一瞬の出来事であり弘一は何が起こったのか理解できていなかった。

 

「『ベルフェゴール』俺の固有魔法にしてあらゆる魔法式を燃滅させる対抗魔法。お前の体に仕込まれていた『自爆術式』は解除させてもらった。今までは心臓を消し飛ばすことが出来なかったのに何故出来たのか不思議に思っているのだろう?」

 

弘一が驚愕しているのを見ながら克也は説明を続ける。

 

「この『眼』のおかげで以前は視えなかったものが視えるようになったそこは感謝しているよ。」

 

それは左眼の蒼い眼なのかそれとも右眼の紅い眼なのか判断が付かない。ゼウスが克也の中に居るのであれば左眼だろうが克也自身の能力であるなら右眼だ。

 

「…これは四葉家に宣戦布告した罰だ。」 

「うが!」

 

克也は最後に残っていた弘一の右脚を燃滅させた。何も出来なくなった弘一は恐怖を越え絶望の表情を浮かべている。

 

「俺の気持ちが分かるか?大切な女性(ひと)を殺された気持ちがぁ!」

 

克也は今まで忘れていた「怒り」否、「憤怒」を動けぬ弘一に向けた。

 

「大切な女性(ひと)を救えなかった自分の身熟さを!護衛がいるから大丈夫だという自分の愚かさを!何度後悔してももう二度と戻ってこないんだよ死んだ人は!それでもお前は人が魔法師が苦しむ姿を見ても平然としていられるのか!?答えろ弘一!」

 

克也は弘一の胸ぐらを掴みまくしたてる。その様子に深雪は涙を流し顔を背ける。克也がここまで感情をあらわにするなど一度たりともなかった。見たくなかったこんなに感情を「怒り」を周りに吐き出す克也を。

 

この「怒り」は一高前で「人間主義者」に襲撃されたときの比ではない。あれよりも深く深く悲しみを含んだ「怒り」だ。

 

「お前は救いようのない大馬鹿野郎だ!あんただって一人妻を亡くしているだろうが!例えそれが他人の手によるものではなくても救えなかった気持ちが分かるだろうが!」

 

克也は弘一を空中に放り投げ{ブラッディー・ローズ}から小規模な『レーヴァテイン』を発動させ弘一の存在を消し去った。その瞬間弘一の顔には死ねることへの安堵と何も知らない克也への嘲笑いが混ざった表情があった。

 

「これで、いいかい?水波。」

 

克也はそう呟くと前のめりに倒れた。

 

「克也お兄様!」

 

深雪の呼びかけも遠くに聞こえる。焦点の合わない眼を天井に向けると水波が穏やかに微笑んだように見えた。その笑顔に安心して俺は右手を水波の笑顔を掴むように伸ばし眼を閉じた。

 

 

 

「克也お兄様!」

 

私は克也お兄様が倒れ始めた瞬間には既に走り出しギリギリの所で抱き留めました。すると克也お兄様は右手を天井に伸ばし何かを掴むような仕草をして手を下ろしました。

 

眼を閉じている克也お兄様の脈拍や呼吸を計ると安定していたので目的を達成したことで緊張の糸が切れたようです。ほんの少しだけそのままにしておくことにし私は膝の上に克也お兄様の頭を置き艶やかなそれでも夜に輝る星を包み込む漆黒の髪を撫で続けました。

 

 

 

【面白い物を見せてもらったぞ『二神』の末裔よ。うぬは誠に興味深いまた会おうぞ。】

 

ゼウスは克也の中から飛び出し天へと還っていった。

 

 

 

克也が弘一の存在を消した頃達也達は苦戦を強いられていた。

 

「くそ!なんでこんな奴らがここに!」

「文弥、気をつけろこいつらは只者じゃない。気を引き締めてかかれ!」

「こんなことが有り得るの!?人間の法則に反しているわ!」

 

三人は耳に届く不快な音に顔を顰めながらも魔法を放ち応戦していた。このような事態になったのは十五分ほど前に遡る。

 

 

 

ジェネレーターのなり損ないを八割方殲滅した頃達也は不可解な想子を発する集団が亜夜子が指揮する部隊に接近しているのを視た。その数約二百。

 

「文弥、亜夜子のところに行け亜夜子が危険だ!部下を全員率いて迎え!」

「分かりました!」

 

文弥は部下を引き連れて亜夜子が応戦している七草邸の裏へ向かった。達也は{シルバー・ホーン}で『分解』を放ちながらリーナと背中合わせに立つ。

 

「何があったの?」

 

リーナが{アルテミス}から『ヘヴィ・メタル・バースト』を放ちながら聞いてきた。

 

「亜夜子が戦闘中の場所に謎の波動を発する敵が接近していた。」

「波動?」

「心地良くないむしろ胸の奥を掴んでくるような気持ちの悪い波動だ。」

 

リーナにはそれが何か分からなかったがよくないことが起きかけているのは否応なく理解できた。

 

「それじゃあ、急いでここを終わらせないとダメってことね?」

「ああ、一気に攻め込んで助けに行きたい。」

「あら奇遇ねワタシもよ。」

 

二人は腹黒い笑みを浮かべ前を向く。

 

「一人も残すなよリーナ?」

「それはこっちのセリフよ残したらUSNA公認戦略級魔法師である『アンジー・シリウス』が成敗してあげる。」

「ふん、リーナが残したら日本非公認戦略級魔法師である『大黒竜也』が片づけてやる。」

 

二人は同時に強力無慈悲な魔法を発動させ一カ所に固まっていた各々五十人の疑似ジェネレーターを一瞬にして消し去った。

 

そして次の瞬間には自己加速術式で亜夜子の戦闘場所に向かう。しかし到着する前に悲痛な叫びが耳に入る。

 

「姉さん!目を開けてよ姉さん!」

 

それは紛れもなく文弥の叫びだった。全速力で駆け付けた二人は文弥の様子を見て怒りを露わに魔法を敵に向けた。だが、不快な音に顔を顰める。

 

「これはキャストジャミング!何故『アンティナイト』がないのに発動できる!?まさか!」

「そうそのまさかだよ。」

 

声が聞こえ疑似ジェネレーターの間から一人の男が現れた。

 

「何故貴方がここに!」

 

男は一歩前に出てお辞儀をした。

 

「お手合わせ願おう司波達也。」

「…なるほどそういうことか。何故水波が簡単にさらわれたのかようやく理解できた。」

 

達也は硬質な声を出しながら{シルバー・ホーン}を構える。

 

「ならここで全てを終わらせてやる七宝拓巳(たくみ)!」

 

達也は声を荒げ叫ぶ。それは虎の咆哮に似た達也が失った「怒り」を現していた。

 

 

その間も克也は眠り続けていた。リーナは文弥は克也がここに来ることを今か今かと待ち望んでいる。達也は想子をこれまで以上に活性化させ眼前の二百の敵と対峙していた。




氷反射(アイス・リフレクション)・・振動系減速盾魔法で深雪が自分の領域干渉で防げない魔法や衝撃を受け止めるための対物理障壁である。


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第百三話 殲滅

耳障りな硝子を引っ掻くような音が耳を貫く。後ろでは亜夜子を抱き名前を呼び続ける文弥の声と文弥を諦めさせようとするリーナの声。

 

どれもが達也の耳に入る。何より精神を蝕むのは眼前から放たれる敵意ではなく「アンティナイト」特有の現象魔法師にとっては危険そのものである「キャスト・ジャミング」を発する元人間。

 

だが達也の魔法発動にはなんら影響はない。何故なら彼自身の固有魔法『分解』は「キャスト・ジャミング」の影響を無視して発動できるのだから。

 

「どうやって人間に『アンティナイト』を埋め込んだ?」

「君が知る必要は無いよ何故なら君は今ここで死ぬのだから。」

 

拓巳はおよそ五体の「キャスト・ジャミング」を放っている自身の「人形」を達也を攻撃対象として認識させた。すると五体が一斉に駆け出し達也に掴み掛かろうとする。

 

達也が最初に近付いてきた人形を『雲散霧消』で消し去ると拓巳は驚愕をあらわにした。

 

「貴様何故『キャスト・ジャミング』の中で魔法を使える!?」

「つまらん奴だなそれと二人称は『君』じゃなかったのか?被っていた化けの皮が剥がれているぞ。俺が『キャスト・ジャミング』を無視できることがそんなに不思議か?」

 

そもそも達也の固有魔法は魔法式を作り出すものさえ消してしまうので「キャスト・ジャミング」を無効化できる。克也の場合は「キャスト・ジャミング」のノイズが干渉しても揺るがないほど強固な壁を持っているため普段通りに使用できる。

 

「…君を消せないのであれば他の者を消せばいい。やれ!」

 

拓巳の突撃合図に残りの人形が全方向に一斉に散ってしまったため達也は三十六人しか消し去ることが出来なかった。

 

「リーナ!今すぐあいつらを追ってくれお前がいなければ全員が即死だ!」

「わかった!」

 

リーナはすぐに駆け出し人形を追い掛けた。だが文弥は泣き止まない。

 

「文弥、お前も仕事をしろ。お前は黒羽家次期当主なんだぞお前がここで腐っていたら誰が守るんだ!」

「姉さん…。」

「文弥!今はそれどころじゃないんだ!」

「克也兄さんは言いましたよね?生きて帰ると約束しろと。」

「っ!」

 

文弥の声と眼は憎悪にまみれており達也でも言葉に詰まってしまった。だが達也もここで引き下がるわけにはいかない。

 

「戦場では人が死ぬ。たとえそれが友人や家族であっても例外はない。ここで亜夜子と共に死ぬか生き延びて四葉家のため黒羽家のために命を捨てるか今すぐ決めろ。俺はここでお前が決めるまで待ちはしない生きるなら行動で示せ。」  

 

達也はそれだけ言うとリーナとは反対に駆け出した。文弥はしばらくの間迷った。双子の姉をここに残して戦いに戻っていいのか許されるのであれば姉と共々ここで死んでもいいのか。

 

だがそれを克也は許しはしないだろう。何があっても全員で戻ると四葉の名にかけて誓ったのだから。姉がいてもいなくとも自分の道を進むそれが克也から教わった生き方だ。

 

大切な人が死んでも前を向いて生きることを。自分の力の弱さを痛感させられても誰かのために生きることを。

 

文弥は亜夜子の亡骸をもう一度抱き締め地面に優しく下ろす。焼け焦げたリボンを形見に戦場へ戻る。その眼は先程とは違い生きることへの執着そして敵をただ屠るそれだけを考えるそんな眼だ。

 

文弥はナックルブラスター型のCADを強く握りしめリーナと達也の間の方向へ走り出した。亜夜子の「心」を胸に秘めて。

 

 

 

リーナと達也は苦戦を強いられていた。もともとリーナは単体あるいは少数の敵を相手にするのが得意であり達也はある程度の人数でも問題ないが激しく動き回る敵を相手にするのは苦手だ。

 

自己加速術式を長時間使い続ける相手と戦ったことのない二人は徐々に追い詰められていく。達也の場合は人形を相手にしながらも左手のCADで負傷した黒羽家配下の魔法師を『再生』で治癒しながらの戦いだ。

 

リーナ以上の過酷さの中で何十体もの人形を倒さなければならない。さらには『再生』を使ったときの副作用で痛みも同時に受けるのだ精神ダメージはリーナの比ではない。だがそれでも戦わなければならないのだ克也のため四葉のために。

 

「ぐっ!」

 

ついに人形の攻撃が達也を捉えた。一撃喰らったことでさらなる魔法が達也を襲う。『再生』のおかげでダメージは「なかった」ことになるが疲労するのは否めない。

 

そして何十回目、何百回目の『再生』を使ったときに達也は違和感を感じた。

 

{今のはなんだ?精神が消えていくそんな感じだ。だがそれより重要なのはこいつらを消し去ること。}

 

達也は違和感を勘違いだと思い込み記憶から消した。そして『分解』で縦横無尽に動き回る敵を的確に消していく。

 

 

 

リーナはその頃壁際に追い詰められていた。体術もそれなりには鍛えているが敵の体格が良すぎるので華奢なリーナの攻撃では相手に隙を与えるだけだ。体術が使えなければ魔法もあるが「キャスト・ジャミング」を使われては思うような効果は得られない。

 

完全に手詰まりでありチェックメイトだ。

 

{一回くらいカツヤとデートしたかったな~。}

 

振りかぶる拳を見てリーナはそんなことを思った。振り下ろされる拳を見ず眼をつぶりその時が来るのを待った。だが次の瞬間体がふわっと浮き抱きかかえられたと思った頃には地面に着地していた。

 

「間に合った!」

 

上から心で呼んだ男の声がした。恐る恐る眼を開け見上げると安堵の表情をする克也の顔があった。

 

「カツヤ、どうしてここに…。」

「リーナ、少し待ってろすぐに終わらせる。」

 

克也はリーナの質問には答えず群がってくる人形三十体を一度に相手するように立つ。

 

「カツヤ、そいつらは!…。」

 

リーナが何かを伝える前に克也は既に突っ込んでいた。右拳でボディーブローを喰らわせ左の裏拳を放ち右後ろ回し蹴り、前方へ転がってからの右ストレート。

 

流れるような動きで一瞬の間に二十八体を屈伏させる。そして一体には右前蹴りで顎を天に向かって蹴り上げ残り一人を空中で前方回転の威力を使って右かかと落としを頭頂部へ振り落とす。

 

全員が屈伏した瞬間バック転を五回ほどして定位置へ戻り大型のCADを構える。リーナが両手で顔を庇うほどの活性化した想子が克也から溢れ一つの強力な魔法が放たれた。

 

煉獄の剣と化した魔法は上空十mから落下し地面に屈伏していた人形三十体のうちの一体を貫き存在の痕跡を残さず全てを焼き尽くした。

 

リーナは非常に強力な魔法であるはずがまったく爆風を感じず死体の痕跡を何一つ残さなかった魔法に驚いていた。活性化した想子よりこちらの方が穏やかに感じるほどに。

 

「リーナ、怪我はないか?」

「え?あ、うんありがとう。」

 

急に話しかけられ先程の怒りが含まれていた声音との差に驚いてしまう。

 

「今の魔法は『グレート・ボム』なの?」

「違うよ。俺の魔法は『レーヴァティン』『グレート・ボム』とは無関係。」

 

『グレート・ボム』とは達也の戦略級魔法『マテリアル・バースト』の別称であり他国がこの言葉を使う。リーナはまだ『グレート・ボム』の使用者が達也だとは知らないので克也の魔法を勘違いしてしまったのだ。

 

「てかなんであんたがここにいるのよ。目的は?」

「任務完了だ。あとはこいつらを消して亜夜子を連れて帰るそれだけだ。」

 

リーナは気付いてしまった。亜夜子がもう助からないことをここに来るまでに知ったと。そして約束を守れなかったことを悔いていると。

 

「ミユキは?」

「達也のところに向かわせた。だが文弥が心配だ俺は文弥の援護に行ってくるからリーナは達也達と合流してくれ。そこに向かうまでに敵はいないから安心しろ。」

「待って。」

 

リーナは走り出そうとした克也の左手を掴み自分に引き寄せた。自分より二十cmも高い克也の唇を自分の唇で塞ぐ。克也の驚いた顔を見て恥ずかしがりながらも華のような笑みを浮かべる。

 

「リーナ?」

「フミヤを連れて必ず帰ってきなさい。ワタシのファーストキスを無駄にしたら許さないからね。」

 

克也が硬直している間にリーナは長い髪を風にたなびかせて自己加速術式で達也と深雪の元へ向かった。

 

まさかの不意打ちいや不意撃ちに克也も戸惑いを隠せない。よもやこんな戦場で接吻されるとは思ってもいなかった。取り敢えず自分の戸惑いを心の中に仕舞い込み文弥の元へ向かった。

 

 

 

文弥と合流し残りの二十体を『レーヴァティン』で殲滅し達也達の元へ行くとこちらも戦闘を終えていた。達也の『局所マテリアル・バースト』とリーナの『小規模ヘヴィ・メタル・バースト』によって敵は消え去っていた。

 

座り込んで涙を流す深雪に近付き隣に両膝をつく。見開いている亜夜子の瞼をそっと閉じ『回復』で焼けただれた皮膚と服を治すとまるで眠っているかのように安らかだ。

 

「達也、終わったか?」

「ああ、これで何もかも全てが。」

 

目的を果たしたというのに気分が晴れないのは何故か。亜夜子を失ってしまったことがあまりにも辛いからだろうか。落ち込んだ気分で空を見上げているとヘリが三機こちらに飛んできていた。

 

「あれは何?」

「…驚いたな軍のヘリだ。」

「何故三機もここに。」

 

数分後、今までの戦いが嘘のように静まりかえった七草邸の庭にヘリが降り立ち中から現れた人物に俺と達也は驚いた。

 

「大黒特尉、神代特尉、至急対馬要塞と稚内にお越し下さい新ソ連と大亜連合の艦隊がこちらに向かっています。」

 

真田少佐の言葉に再度驚く。想定していたとはいえ本当に来るなど思ってはいなかった。

 

「それとリーナ殿、貴女にも足摺岬へ来ていただきたい。」

「藤林中佐、それは一体どういうことですか?」

「『レプグナンティア』USNA支部の艦隊が来ています。ここに三人の戦略級魔法師がいますので今すぐに向かうことが出来ます。」

 

確かにリーナは黒羽家の車に{ブリオネイク}を乗せてある。{サード・アイ}は風間が持ってきているだろうからすぐに向かえば殲滅は可能だ。

 

だが奇妙なのはもう一人の日本政府公認戦略級魔法師が出てこないことだ。

 

「五輪家は今回出撃されないのですか?」

「体調を崩されたらしく不可能です。」

 

ならば自分達が行くしかあるまい。

 

「達也、リーナ、行くしかない日本を守るぞ。」

「当たり前だ。」

「決まってるでしょ。」

 

本当に頼りになる家族だ。

 

「リーナ、お前は少し疲れている少しこっちに来い。」

 

俺はリーナの額に右手を押し当て『癒し』を発動させる。疲労を抜き取り満足に魔法を発動できるようにした。

 

「達也、リーナ、生きて帰ってこい。そしてまた家で会おう。深雪、リーナと一緒に足摺岬へリーナの側にいてやってほしい。」

「亜夜子ちゃんはどうするのですか?」

「文弥に任せるいいか?」

「もちろんです。」

 

文弥がしっかりと頷いてくれたので亜夜子を預け三人が別々のヘリに乗り込む。達也は西の対馬要塞へリーナと深雪は南の足摺岬へそして克也は北の稚内へ向けて飛び立った。

 

 

 

ヘリの中には柳少佐が{ムーバル・スーツ}を着て座っていた。それも深刻な表情をして。

 

「お前もこれを着るんだ。」

「了解しました。」

 

達也が真田と共に製作した特殊スーツをその場で着替える。

 

「新ソ連の艦隊はどの程度なのですか?」

「ほぼ全艦と言っても過言ではないらしい。」

「…本気で戦争をするつもりなのですか?」

 

なんとも言えない大胆さにため息しか出ない。

 

「大亜連合と『レプグナンティア』も総力を以て我々を攻撃するようだ。」

「返り討ちにしてやりますよ。」

 

克也の物騒な言葉に悲しげな笑みを柳は浮かべた。着替え終わった克也の両腕には大型CAD{レーヴァティン}が握られている。非公式な命令だが従わないわけにはいかない。

 

二大国家+過激反魔法師団体が全兵力で向かってくるのだ。第四次世界大戦でも引き起こす気なのかと聞きたくなるがそもそも大亜連合とは休戦協定を結んだだけであって終戦はしていないのだ。

 

新ソ連は相互不干渉条約を締結していたはずだが一方的に破られたのだ。それなりに報いを与えなければならない。日本に四葉家に牙をむいたことを後悔させなければならない。

 

三人の戦略級魔法師はそれぞれの想いを胸に秘め目的地へと向かった。



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第百四話 完了

冬の寒さを纏った風が何処までも広がる雪原を吹き渡る。人が住んでいない風化した家屋が点在している。ヘリから見えた土地はそんな悲しい風景で初めて見る北海道の地は哀愁が漂っているようだった。

 

過疎化が進み人口減少が著しい稚内市は若者が幼い幼児などを除き全体の15%程度しかいないため赤ん坊が生まれた世帯には多額の生活保護が与えられ本人や両親が拒否しない限り17歳まであらゆる割引などを受けることが出来る。

 

国は北海道の過疎化正確には県庁舎在地や主要都市以外からの人口流出を防ぐために必死になっている。寒冷化が進んだこともあり北海道の人口は最盛期の八割程度まで減少しているため土地面積があまり1人辺りの分配面積が広くなっていく一方である。

 

稚内市で最北端は宗谷岬北西にある弁天島だがそこは無人島であり非常に狭く手入れされているわけではないので上陸不可能である。別に必ずそこに行かなければならないわけではないので稚内市に急遽設置された臨時本部から狙えればいい。

 

克也が乗ったヘリはヘリポートに着陸したがすぐに魔法発動の準備を整えるよう言われ駆け足で本部の近くにそびえるビルの屋上に向かった。この部隊での命令権は柳に与えられているらしく克也と共にビルの屋上に来ていた。

 

「まさか柳少佐が俺に命令する日が来るとは思いませんでした。」

 

『レーヴァテイン』の最終確認をしながら部隊長ではなく司令長として命令を下す柳の緊張をほぐすように克也は問いかける。

 

「俺も思っていなかったさでもいい経験にはなると思っている。」

「俺は既に似たような経験をしてますけどね。」

「四葉家当主補佐の奴が何を言う。」

 

笑顔を見せる柳は少しだがほぐれているらしく口も滑らかだ。最終確認が終わり『レーヴァテイン』を日本海に向けて構え視界を広げる。既に新ソ連の艦隊は領海まで残り10km程にまで接近しており敵艦の試し撃ちも完了済みのようだ。

 

「発動しますか?」

「少し待てまだ上からの許可が下りていない。」

「領海内に入られては稚内が一面火の海になり兼ねません一刻も早い攻撃許可を望みます。」

 

上は何を渋っているのだろうか命令を無視して決行してもいいだろうか。稚内が壊滅しても四葉家には影響などないが魔法師に対する批判は膨らむだろうそれは四葉家も他人事で傍観などしていられない。

 

「どうやら国防軍情報防諜第三課からの反対が強いらしく強行採決は出来ないらしい。」

「それならば問題ありませんそこは七草家の息がかかった部署ですから強行採決しても構わないと四葉家がそう言っていると連絡して下さい。」

 

もしそれでも文句を言いに来るようであれば制裁を加えればいい。武力をちらつかせたくはないがそもそも弘一があのような行動をしなければこちらも穏便に済ませるつもりだった。だが今は話し合いなどはするつもりがない力で潰すそれが今の四葉の考えだ。

 

「許可が下りた発動してくれても構わない。」

「分かりました。」

 

俺は大型CADを構え視界を再び広げる。今はもう『全能の眼』は使えず『全想の眼』で敵を見据える。使えなくなったのは目的を達したからだろうか。使えなくてももともとの眼を使えば問題はない。そもそも『全能の眼』は『全想の眼』の強化版あるいは進化版であり使い勝手が良くなるだけなので別に気にしていない。

 

艦隊の中心には他の誰よりも想子濃度が高い魔法師が乗っているのが視えた。おそらくこれが『十三使徒(大亜連合が認めていないが正確には十二使徒)』新ソ連公認戦略級魔法師イーゴル・アンドレイビッチ・ベゾラゾフなのだろう。彼まで参戦させているとなると本気で戦争をするつもりだったようだ。

 

見つけた瞬間強力な魔法発動の兆候を感じ急遽『レーヴァテイン』の発動をやめ達也が新しく開発した新魔法『ゲートキーパー』を発動させる。そのおかげか魔法は発動せず我ながら安堵してしまう。

 

 

 

{今のは領域干渉?いいえ魔法が完成していたにもかかわらず効果を発揮しませんでした。今のは精神干渉魔法の一つでしょうか?}

 

戦艦の特別室にいたベゾラゾフはたった一度で克也が何をしたかの真髄に迫っていた。

 

 

 

{今回は何とか発動を間に合わせることが出来たが次はないだろうな。ならば何も考えず消し去ろう跡形もなくこの世界に存在したという意味そのものを。}

 

「『レーヴァテイン』発動!」

「『レーヴァテイン』発動します。」

 

克也は今度こそ『レーヴァテイン』を発動させた。煉獄の炎を纏った剣はイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾラゾフが乗船している戦艦の上空から引力に従い貫く。ベゾラゾフも何もせず攻撃を受けたわけではない。瞬時に自分が完成させた『パーフェクト・キューブ』を展開したが『レーヴァテイン』の熱量と運動量によって無効化された。

 

『レーヴァテイン』が作り出した爆風は瞬時に艦隊の中心から広がり円形に半径7kmを航行していた戦艦を全て巻き込み消滅させた。

 

紅い巨大な剣が遙か遠くの沖合で落下し爆発したかと思えば何もなかったかのように静まりかえる夜の海原が打ち寄せる波。それを二度現場で眼にした柳は震え上がった。

 

克也の戦略級魔法『レーヴァテイン』が局所的な爆発でありながら絶大な威力を発揮するのは克也が指定した範囲内において上昇気流が高密度で発生するからである。一度の発動で小さく強力で数多の渦が発生し周囲のものを引き寄せ渦の上で炎が燃やし尽くす。

 

「燃滅完了です。」

「…仕事が早くて助かる。」

 

柳は微妙な顔で克也を労い本部に向かってビルの非常階段を下りる。その様子は作戦に成功し喜ぶ士官ではなく命を奪ってしまったことへ許しを請う一人の人間だった。

 

 

 

克也が稚内で『レーヴァテイン』を発動させたのとほぼ同時に達也が対馬要塞で『マテリアル・バースト』をリーナが足摺岬で『ヘヴィー・メタル・バースト』を発動させ敵からの反撃を受けることなく消滅させた。北で紅、南で黄、西で白の光が輝き漆黒の闇の中の日本を照らす。

 

 

 

この三つの戦略級魔法による新ソ連と大亜連合艦隊、レプグナンティア艦隊が消滅した事件を人々は安易な名前で呼んだ。

 

『天変地異』

 

と。

 

 

 

それは人の命を簡単に奪う物でありながら美しく夜空を照らす。しかし同時にそれは人の命を救うことを如実に示していた。だからこそ魔法は抑止力にもなり兵器にもなる。そのため魔法に対する反感はこれまでもこれからも存在し続ける。克也が達也が深雪がどれほど魔法の使用を制限しても世間の冷たい視線は注がれ続ける。それでも三人は日本の世界のこれから世を担う魔法師のために反魔法師運動と戦い続ける。

 

 

 

弘一との全面戦争終了後、克也達は真っ先に今回の戦争で失った命を弔った。

 

『黒羽亜夜子』

 

亜夜子の遺体に克也、達也、深雪、文弥、リーナが順に最後の挨拶をする。真夜は元当主としての立場があるのか涙を見せなかったが葉山は崩れ落ちていた。四葉の関係者そして年長者である葉山は亜夜子を含む克也、達也、深雪、文弥、夕歌、勝成は孫同然の存在であり達也を除きかわいがっていた。

 

達也をかわいがらなかったのは分家による再度「達也暗殺計画」を企てさせないための布石だった。

 

亜夜子以外にも四葉の傭兵部隊から十五名の死者が出たが顔を合わせたこともない相手であるし亜夜子を失った悲しみがある以上無念だとしか思えなかった。

 

貢は亜夜子を失った悲しみから病気を患い今は病床についている。もっとも悲しみにうちひしがれているのは文弥だろう。自分が亜夜子の交戦地に着いた瞬間に目の前で殺されたのだから。

 

リーナも涙を流し克也の胸にすがりつき涙を流している。お互いに気を許し分からないことは互いに教え合い時には魔法力の競争もした。そして恋のライバルであったのだ。リーナは戦争終了間近に自覚したが何故亜夜子が自分が四葉に保護された際に笑みの中に鋭い視線を含ませていたのか知らなかった。

 

だが今になって気付いた。あれは「自分の気持ちに気付け」と「自覚しろ」と言っていたのだと気付いた。お礼を言いたいそして謝りたい。でも亜夜子はここにはいない声を聞くことも話すことも出来ないのだ。そう思う度に涙が溢れてくる。止め処なく体中の水分が涙に変わるのではないかと思うほどに。

 

自分が泣いている間克也は私の頭を優しく撫でてくれた。その優しさが胸に刺さった。亜夜子にこんなことをしなかったのに自分にしてくる。

 

{期待してもいいのかな?}

 

私は克也の腕の中で泣きながら心の片隅でそんなことを考えていた。



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第百五話 惜別

亜夜子を弔った後、克也は九島家と北山家に対して婚約破棄を申し出た。今の状態で婚約しても心は晴れないしむしろ病んでしまいそうだからだ。どちらも引き下がってくれたが渋々という感じだった。

 

気にしている暇はない。今やるべきことは七草家の処分をどうするかが先決である。だが四葉家は擁護する方針で一致した。何故なら今回の暴走は弘一単独なのだから真由美や香澄、泉美には責任が何一つないのだから。

 

 

 

戦争から一週間後、七草家を除く緊急師族会議が魔法協会関東支部で開かれ深雪と克也が会議室に到着し会議が始まった。

 

 

「今回の事件について申し上げます。七草家の処罰また十師族及び取りつぶしを行わないことを提案いたします。」

 

深雪が処罰の内容について発表すると各当主は驚きの表情を浮かべ何人かが叫ぶ。

 

「四葉殿本気ですか!?」

「克也殿、本当によろしいのですか!?貴方の妻が殺されたというのに何もしなくてもいいのですか!?」

 

二木家と八代家の両当主が質問を重ねる。

 

「無論です。真由美嬢は関係ありませんし今回の暴走は弘一個人ですので潰す理由はありません。長男と次男の智一殿と考次朗殿は既に拘束済みです。弘一の考えに賛成するばかりか推進しようとしましたので今は刑務所にいます。」

「なるほど四葉殿のお考えは分かりました。我が一条家は四葉家に賛同する。」

 

まずは一条家が四葉側についた。

 

「十文字家も賛同する。」

「九島家異議無し。」

「五輪家異議無し。」

 

これで四葉家を除き賛成側と反対側4:4こちらにはまだ手札があるがまだ出すときではない。

 

 

「何故取りつぶしになさらないのですか?今復讐せずしていつするのですか?」

「先程から申しているとおり弘一個人の暴走ですそれだけで七草家を魔法社会から破門する理由にはならないのですよ六塚殿。」

 

深雪の威圧に六塚家当主は黙り込んでしまう。四葉家は七草家の滅亡は望んでいないむしろ繁栄を望んでいる。真由美は信頼できる魔法師であり何より人の信頼もあり人を動かす力がある。それを無駄にするなど日本の利益ではなく不利益を被る。

 

「取りつぶすべき家は七宝家です。七宝家は弘一と共謀し自分の妻を拉致し監禁し拷問した。七宝家は一家総出で荷担していますから七草家ではなく七宝家を取りつぶしにしましょう。」

 

七宝拓巳は達也の『マテリアル・バースト』によって既にこの世から消え去っている。妻や配下の魔法師は自分達は関わっていないと言い張っているが辰巳の第一発見者が拓巳の妻であり捜査協力しなかった罪は重い。

 

「二木家は異議なし。」

「三矢家も異議なし。」

「六塚家も異議なし。」

「八代家も異議なし。」

 

こうして七宝家は師補十八家から除籍され名義も剥奪され解体された。七宝家の主だった人物や配下の魔法師、関係者は個別に取り調べが行われ危険な人物は拘置所に送られた。危険ではあるが直接の行動に出ないと分かった人物においては監視に留めるとし釈放されている。

 

 

 

四葉家の復讐が終わり亜夜子を亡くした悲しみからようやく立ち上がりかけていた矢先またしても行き先は闇に包まれた。

 

「起きても大丈夫なのか?」

 

ドアを開けて中に入ると立ち上がり窓枠から庭をヨチヨチと歩く娘を見ている達也に声をかけた。

 

「今は調子がいい今のうちに目に焼き付けておきたくてな。」

 

悲しい笑みを浮かべるのでそんな達也を見て俺は心が痛む。窓の外から深雪の楽しげな声が聞こえそれが余計に心に突き刺さる。

 

達也は母と水波と同じように魔法演算領域のオーバーヒートによって寿命は極端に短くなっている。今までの『再生』の使用が達也の精神を蝕み始めたのだ。今回の戦争で達也は百回以上行使したことによってそれを一層加速させてしまった。

 

「あんまり無理するなよ?余計に寿命を縮めるからな。」

 

達也は両手を広げ肩をすくめる。そう達也はもう寿命がないのだ。医師に下された命の灯火は僅か二ヶ月あまりに短すぎる時間の宣告に深雪と俺は体が震え出すのを止められなかった。

 

今は三月二十四日。樹里の誕生日が五月二十七日であり医師の診断を受けたのは二月十七日であるため祝える可能性は限りなく低い。

 

余命宣告を受けそれ以上に長く生きる事例もあればそれよりも前に亡くなる事例もあるのであくまでの目安にしかならない。

 

今達也の体は『再生』が自分の意思とは関係なく常に発動している状態であるため魔法演算領域には多大な負荷がかかっている状態である。それでも達也が平常でいられるのは達也の保有する想子量が桁違いであり身体の強靭さによるものである。

 

だがこの均衡がいつまで続くかはわからない。明日なのかそれともまだ先なのか。もしかしたら今この瞬間目の前で『再生』が途切れるかもしれない。

 

「取り敢えず飯を食え少しでも樹里と一緒にいたいなら。」

 

俺はテーブルに今日の昼食を置くと達也は済まなそうな表情をしながら椅子に座り食べ始める。達也の体は味の濃い料理や脂の多い料理が食べれなくなっており今は野菜や果物、おかゆといった胃に優しい料理しか口にできなくなっていた。

 

そのせいで今の達也の体重は明らかに俺より軽く腕は痩せこけている。それでも眼は光を失っておらず未だに強く輝いている。

 

おかゆを食べ終わった達也は眠気が訪れたのか眼をこすり布団に潜り込むと寝息をすぐ立て始めた。俺はおかゆの入っていた皿を持って部屋を出る。

 

 

 

 

皿を使用人に任せ裏庭へ向かうと深雪が樹里の歩行を手伝っていた。その様子をリーナが羨ましそうに裏庭の芝生の上に置かれた机の上の紅茶を飲みながら眺めていたのでリーナの座っている椅子の横に腰を下ろした。

 

「樹里は歩けるようになったのか?」

「あと少しってとこかしら補助があれば十mぐらいは歩けるみたい。ところでタツヤの容態は?」

「食べてはくれたが明らかに食べる量が減っている本人は自覚していないようだが。」

 

今日の量は先週の三分の二程度でしかない。このままいけば樹里の誕生日まで生き続けるなど到底できない。四葉家は可能な限り手を尽くす予定だが現代科学でも治せないものは治せない。

 

魔法は精神に著しい負荷を与えるため弱っている達也に対して魔法を使う気にはなれない。

 

一番辛いのは深雪であるが深雪は今とても幸せそうだ。だがそれは樹里を相手している今だけであり仕事に戻れば達也のことばかり考えてしまい手につかなくなる。そんな生活を一ヶ月続けている。

 

嬉しそうに樹里の手を引き歩行練習をする深雪を俺とリーナは優しく見守っていた。

 

 

 

それから半月、達也はついに起き上がることも腕を動かすこともできなくなった。口を動かすことはできるがその姿は今までの健康な達也と比べてあまりにも弱々しかった。

 

「克也いるのか?」

「眼を覚ましたか達也。気分はどうだ?」

「清々しいさ。克也、覚えてるか?俺たちが初めて顔を合わせた日のことを。」

 

達也の言葉に俺の脳裏に達也と初めて出会った時のことを思い出す。遥か遠く二十二年前の記憶だ細部までは思い出せない。相手の記憶を視る俺の『眼』は相手のものを視るのであって自分の記憶を読み返すことはできない。

 

自分の魔法演算領域を視ることができても。

 

「ああ、覚えてるよ確か叔母上のプライベートスペースだったな。」

「あの時の母さんと叔母上の嬉しそうな顔は忘れられない。それにお前を視界に入れた時何故か安心できた。」

「それは俺もだ二人で遊ぶときも何故か叔母上と遊ぶより楽しかった。」

 

お互いに微笑みながら眼を見て話し合う。

 

「人造魔法実験を受けて目が覚めた時にも思ったよ『こいつがいたら背中を預けられる目の前の敵にだけ集中できる』ってな。」

「双子だからって理由じゃダメか?」

 

冗談めかして言うと達也は笑った。それが俺が見た達也の最後の笑顔だった…。

 

 

 

三日後、達也は眠るように俺たちの前で息を引き取った。一切の苦しみを感じさせない安らかな眠るような息の引き取り方だった。樹里は深雪が嗚咽をこらえて泣いているのを不思議そうに見上げていた。

 

達也を父として知りえる日は二度と訪れない。写真や映像を見ても「これが父なのですか?」と言われるのが関の山だ。だが父親が存在したことそして達也が未来に託したことを知ってくれればそれでいい。

 

達也を代々四葉家直系の者のみが納骨される墓に遺骨を入れた日、俺は深雪に夜を共にするよう求められた。達也に申し訳ない気持ちがあったが何より深雪をこれ以上悲しませないために俺は了承した。

 

そして最初で最期に俺と深雪は体を重ねた。決して俺は達也から深雪を奪いたかったわけではなく深雪は達也を忘れたくないために重ねたのではない。ただ、お互いの悲しみを癒したかった。ただそれだけだった。



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16章 エピローグ
第百六話 結晶


「樹里姉様待って〜」

「ここまでおいで〜。」

「樹里姉様、魔法を使って登るのはズルいです降りてきてください!」

「やだ、捕まえたかったらここまで登っておいで。」

 

楽しそうな声が裏庭から聞こえてくる。その様子を縁側からリーナは微笑ましそうにだが少し不満そうに見つめていた。

 

「リーナどうしたの?ため息なんかついて。」

「あらミユキ、仕事はいいの?」

「今日は少なかったから少し休憩をね。」

 

声をかけてきたのは四葉家現当主の深雪だった。五年前とまったく容姿が変わらないので少しばかり嫉妬してしまう。だが同時に自分は大人びたと言われるようになった。それは前が幼すぎたということだろうか褒め言葉であっても素直に喜んでいいのか微妙なところだ。

 

「不満そうね。」

「分かるの?」

「なんとなくだけど。」

 

これが「女の勘」というものだろうか。それは男性にも女性にも通用する科学的に証明できないものだが侮れないのは事実である。

 

「そんなに会いたいの?」

「そりゃ会いたいわよもう半年も会ってないのよ?我慢の限界よ。」

 

最後に「いろいろ」という言葉が聞こえてきた。それを深雪は敏感に聞き取っていたがどう声をかければいいのか悩んでしまった。

 

{それってそういうことも含まれるのかしら。}

 

深雪自身も達也を亡くして五年あまりご無沙汰だがそう思ったことはない。それはやるべきことが多いからだろうかそれとも樹里がいるから心が満たされているのだろうか。

 

そこらへんは深雪に聞くべきだが聞いた瞬間に氷付けにされのがオチだ。もしくは深雪自身もその答えは出ていないのかもしれない。

 

そんなことを考えていたからだろうか笑みを浮かべてしまいリーナに睨まれる。

 

「何よ。」

「ううん、リーナがそれだけ想ってくれて嬉しいの。」

「お、想う!?」

 

何故か顔を真っ赤にさせて悶える様子は嗜虐心をそそられてしまいます。だからリーナはみんなから弄られやすいのでしょう。

 

「事実でしょう?」

「否定したら問題ありよね。」

「そうでしょうね。」

 

リーナは紅潮させているのとは対照的に深雪は笑顔を浮かべとても楽しいそうだ。悪女の適性があると見た者がいればそう表現したことだろう。手をあごの下に置き「オホホホホ」と言えば尚近づく。

 

まあ、深雪はそんな捻くれた性格はしてないし単純にリーナの初々しい反応が可愛くてもっと見たいという感情に苛まれているだけだ。

 

「恋愛経験が少ないのも考えものね。」

「絶対にしなければならないという強制はないから仕方ないと思うわ。貴女の場合生まれ育ったのが国外だもの。ここに来なければ経験はできなかったでしょう?」

「うん、ある意味『レプグナンティア』には感謝してる。」

 

リーナは視線を深雪の娘と戯れている愛娘へと移す。髪は自分とは違い漆黒だが眼は蒼色であるため親の遺伝子を双方から受け継いでいるのが分かる。

 

魔法を使って逃げ続ける樹里を魔法を使わ(まだ使え)ず追いかける娘は元気に満ち溢れている。そんな様子を見ると素晴らしい旦那と巡り会えたと思う。

 

だがそれでも恨みはある。祖国を追われた元凶の『レプグナンティア』は生涯の伴侶を見つける手助けをしてくれたがバランス大佐やカノープス少佐を信頼していた人物と永遠の別れを強制的にさせられたのだ。負の感情を抱かないはずがない。

 

それを発散させてくれたのは今の旦那だ。祖国から追い出した連中ではなかったが『レプグナンティア』の日本支部を壊滅させる手助けをしてくれた。完璧には払拭できてはいないが気にならない程度には減少した。だが忘れはしない二人を殺した奴らの犯した罪の重さを。

 

「いつ帰ってくるの?」

「あと、一週間くらいだと思うわ。今は大亜連合が存在した土地を開発する仕事をしているから案外すぐに帰ってくるかもね。」

 

その言葉を聞きリーナは恋する少女のように顔を紅潮させた。時折独り言で「また襲ってあげる、夜は寝かせないわ」という娘が聞いていないとはいえ口にすべきでない言葉を発しているので深雪は引きつった笑みを浮かべている。

 

リーナは好きな人とそういうことをしたいという気持ちが強い人間性らしく旦那が帰ってくる度にそんなことをしている。相手も嫌がってはいないので深雪も口を挟まずにいる。

 

挟んでしまえばリーナから何を言われるか分からないし言われたくもない。

 

自分の体を自分の腕で抱きしめながら悶えているリーナをその場に残し外で遊んでいる二人を呼ぶ。

 

「そろそろお昼にしましょうお家に入りなさい。」

「はい、お母様!優姫(ゆうき)、行きましょう。」

「はい!樹里姉様。」

 

木から魔法を使って降りた樹里はリーナの娘である優姫と手を繋いでこちらに走ってくる。二つしか歳が変わらないからか同じ女の子だからか二人はいつも仲良く遊んでいる。

 

冬には文弥にも子供が生まれる予定なので四葉家だけではなく黒羽家も穏やかな時を過ごすことができるだろう。

 

「達也お兄様見ておられますか?お兄様が残した命は輝きを放ち続けるばかりです。」

 

深雪は空に向かってどこからか見ているであろう達也に向かってる声をかける。

 

 

 

魔法がお伽話の産物ではなく現実のものとして体系化された今でも「死者の国」はあると信じられている。仏教を重んじる四葉家だがこれといった宗派に属してはいない。

 

何故なら仏教の宗派によっては考え方が根本的に違うものもありそれぞれが信仰する宗派を選ぶというしきたりになっているからである。

 

吉田家は精霊魔法及び神祗魔法なので神道である。だからといって相容れない関係ではないので仲違いはない。現代においても日本人は文化に無頓着である。十月三十一日はハロウィンで渋谷のスクランブル交差点は昔から変わらず仮装した若者で溢れかえる。

 

十二月二十五日はクリスマスでケーキやプレゼントを恋人や友人たちと食べたり交換したりして楽しむ。

 

それは克也や深雪も例外ではない。仏教の行事も行いながらもそういった学生の頃に楽しんだ異国の風習も気にせず開催しているため毎年みんなが楽しみにしている。

 

 

 

一週間後、車の音が聞こえる度にリーナは窓から外を覗く。待ち遠しくて昨日はあまり寝ていられなかったが眠気は全くないむしろ冴えているそんな状態だ。

 

深雪たちは落ち着きがなくそわそわしているリーナを微笑ましげに見ている。三十路になっても付き合いはじめのような初々しい行動をとっていれば和んでしまう。

 

何度目かもしれない残念感を抱いていたリーナだが玄関の引き戸が開けられる音を聞き駆け出した。

 

そして引き戸を開け入ってきた想い人に抱きつく。半年前に会って以来顔も見れず声も聞けなかった寂しさを取り戻すかのようにすがりつく。

 

「お帰りなさいませ。」

 

深雪の淑やかな礼に微笑み自分に抱きついている妻の背中を軽く叩きながら返事をする。

 

「ただいま深雪、リーナ。」

 

優しい笑みを浮かべる克也に深雪も華のような笑みを浮かべた。




次話で完結するだろうと思いますお楽しみに。


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最終話 祈り

お久しぶりです長い間眠らせていましたので文が可笑しくなっているかもしれませんがお容赦下さい。

誤字報告ありがとうざいます。投稿前に必ず確認しているのですが見落としがひどいです。自分も読み返しながら間違っている場合は修正しておりますが手の届かないものもありますのでよろしければご指摘をお願い致します。


『そして達也は三ヶ月生きた。余命を告げられながらも必死に生きた理由は娘と少しでも一緒にこの世界で行きたいと願ったからだ。』

 

克也は第一高校の講堂の演壇に立ち集まった生徒達に話しかける。達也が亡くなってから五年、四葉家は達也が天才魔工師{トーラス・シルバー}の一人であることを正式に発表することを決定した。

 

最初は四葉家内でも反発はあっただがそれでも深雪と克也は達也が生きた証を形ある物として残したかったのだ。命という形ある物として「樹里」がいるが称号というもので魔法社会に残し続けることを望んだ。

 

そういうこともあり克也は毎年臨時講師として各魔法科高校を訪れ最高学年に対して演説を行っている。達也のおかげで今の自分達が生まれ魔法を学ぶことができ使い勝手のいいCADを手にすることが出来ているということを教えている。

 

『だから決して忘れないで欲しい。君達が魔法を学び将来自分達が目指したい職業に就ける社会にしたのは私の弟である達也のおかげであると。』

 

俺がそう締めくくると講堂は割れんばかりの拍手に見舞われた。毎年同じ内容をあちらこちらで話してはいるがやはり母校で話すときほど力が入ることはない。それは「愛校心」故からなのかそれとも「達也と過ごした高校生活」が忘れられない故か。

 

俺はどちらも正しいと思っている。どちらも自分の心に焼き付いているし死ぬまでいや、死んでも忘れないだろうそれだけ大切な記憶だ。

 

 

 

「お父様。」

 

校門前で春の風が頬を撫で髪を揺らすのを感じながら桜を眺めていると愛娘の声が聞こえた。振り返ると高校一年生にしてすでに父親の俺でさえ惚れ惚れする美少女に成長した娘の優姫が可憐な笑みを浮かべて立っていた。

 

「生徒会の仕事はいいのか?」

「今日はお父様が来ているということで特別に免除してもらうことができました。」

 

納得感とともに疑問が浮かぶ。

 

「それはいいがまさか押し付けたりはしてないよな?」

「ギクッ!」

「今ギクッって言ったよな!?」

「冗談です本当に免除されました。というよりは今日ぐらい一緒に帰れということでしょうね。」

 

嬉しそうに笑顔を浮かべる娘に俺は苦笑いしか浮かばなかった。まあ、確かに一緒に帰ることなどそうそう出来ないし職員や生徒会役員たちのご厚意に甘えることにしよう。

 

「じゃあ、帰るか?」

「はい!」

 

笑顔を向けると頬を紅潮させて俺の右腕に抱きついてきた。実際は親子なのだが克也が若作りな分傍から見れば十歳ほど年上の恋人に甘える新入生きっての美少女の図である。

 

第三者が見ていればそう思っただろうが今回は誰もいなかったので突っ込まれることはなかった。まあ、誰がいようと何人もの視線を向けられても優姫は気にしなかっただろう。

 

何故なら優姫は深雪の重度のブラコンと同じ「重度のファザコン」なのだから!

 

 

 

克也の所有物である車の中で克也は優姫の髪を解いていた。一切の乱れが無く夜空を思わせる深い群青色の髪を克也に解いてもらうのが優姫にとって一番のご褒美だ。

 

 

もちろん母のリーナに解いてもらうのも好きだが大雑把な性格が災いしたのか優姫は克也にしてもらうことを好む。

 

 

閑話休題

 

 

「相変わらず癖が何一つないな優姫の髪は。」

「お父様のために毎日ケアしていますから。」

「褒め言葉を言ってくれるのは嬉しいがそろそろ父離れしてくれ高校生だろう?」

「歳は関係ありません。」

 

どこかで聞いたことあるセリフだが今は気にしないでおこう。今の優姫の髪の長さは腰ほどであり中学生になった頃から伸ばした成果なのだが三年でここまで伸びるのかと思うほどの速度である。

 

中学入学当時は襟足に髪がかかる程度だったのだが四十cmも三年で伸びた計算だ。髪は1日に0.3mm〜0.4mm、つまり一ヶ月では一cm前後伸びる計算で一年間十二cmである。

 

まあ、これは目安なので個人差が出るため正確な数字ではない。その数値を平均として考えると優姫はかなり速い体質なのかもしれない。

 

優姫の髪を解くといってもくくることはしないし優姫はストレートを好むので櫛を通すだけだ。それ自体をする意味などないほどさらさらなので優姫の機嫌取りというのが名目に近い。

 

ある程度櫛を通しているとメールが届いたので克也は開いてため息をついた。

 

「どうなされたのですか?」

「悠(はるか)がまたやらかしたらしい。何故あいつは問題を起こしたがるんだ?」

「思春期だからだと思いますよ。」

 

克也に髪を解いてもらいさらに機嫌が良くなった優姫は華のような笑みを浮かべたので克也も毒気を抜かれた。

 

「母さんが迎えに行っているからこのまま真っ直ぐ帰ろうか。」

「はい!」

 

帰宅(優姫の中ではデート)するために克也は自動運転から手動に切り替えアクセルを強く踏んだ。

 

 

 

翌年、優姫の従姉である樹里が第一高校を卒業しかねてからの婚約者であった同い年の幹比古と美月の長男である光月古(みづひこ)と婚姻の義が行われた。こうして正式に四葉家と吉田家は親戚同士になった。

 

そして克也と深雪、幹比古、美月の四人でテーブルを囲み和やかな空気を醸し出していた。ちなみにリーナは使用人達と一緒に婚姻の義の後片付けに参加中である。

 

「これでようやく俺達は親戚同士になれたわけだがえらく時間がかかったものだ。」

「そう言わないでよ克也二人ともシャイなんだからさ。」

 

意地悪く言うと幹比古は焦ったように首を振りながら言い返す。そこらへんは高校時代と何も変わらないので懐かしく思えてくる。

 

「吉田君と美月の性格が化学変化を起こして社交性に富んでくれたらよかったのに。」

「それを言うなら幼いときの樹里のお転婆さをどこかにやったのはどなたでしたっけ?」

 

痛いところを突かれたらしく深雪はふんっと顔を背けてしまう。笑い声が謁見室に響きいつも通り昔と変わらない嬉しい一時は過ぎていく。

 

「エリカは結婚しないのかな?」

「エリカと釣り合う男はいないだろ?」

「釣り合うなら達也さんか克也さんだけですね。」

「美~月?少しこちらに来てもらえないかしら?」

「ひゃい!?」

 

地雷を踏んだらしく美月は深雪に連行され克也と幹比古は微妙な笑顔を浮かべながら見送ることしか出来なかった。

 

「でも美月の言いたいことは間違ってないよな?」

「うん、エリカが達也のことを異性として見てたのは事実だから深雪さんも怒らずああやって美月さんを笑顔で話してるんだろうね。」

「女神の微笑みではなく氷雪の女王の笑みだけどな。」

「克也お兄様、何かおっしゃって?」

「いえいえ何もお続け下さい。」

 

ひそひそ声で話していたのにも関わらず聞こえていたのは地獄耳だからだろうか。それとも予想していたからなのかは分からないが余計なことを言わない方が身のためである。「口は災いの元」ということわざは的を射ている言葉である。

 

「それより幹比古は未だに美月のことを名前だけで呼べないのか?」

「違和感がありすぎて言いにくいんだ。一度呼んでみたら空気が割れた感じがして口をきいてもらえなくなったからそれ以来口にしにくくて。」

 

気持ちは分かるが一緒になってから二十年経つのだ息子も父が母をさん付けで呼んでいるのはなんとなく居心地悪いだろう。

 

「無理にとは言わないが努力はしなよ。お前はそういうの得意だろ?」

「それなりには頑張るよでも別れを切り出されたら…。」

「考えすぎだ美月はそんなことで別れを切り出しはしないよ心からお前を愛しているからな。」

 

笑顔を向けると幹比古も優しい笑みを浮かべた。

 

「ありがとう克也やっぱり相談相手は必要だ。」

「もう親戚同士だしそれ以前に俺達は友人だ。友人の悩みを聞いてやるのも友人としての存在意義でもあるんだからな。」

「相変わらず名言を残すね克也は。」

「当たり前のことしか言っていないつもりなんだがな。」

 

肩をすくめながら答える。実際、人としての立場を考えた上での発言なのだが幹比古からしたら神のお言葉にきこえたようだ。自分の言葉でもそうでなくともそれで生きる意味や努力するきっかけになればいいと思える。

 

「優姫にもそろそろ父離れしてほしいんだがな。」

「克也が魅力的過ぎるんじゃないかな。」

「俺が望んだことじゃないんだが…。」

 

何とも言えない表情をしていると幹比古は人の悪い笑みを浮かべた。高校時代の俺と達也の人間の悪さが伝染したようだ。

 

優姫は小さい頃から「お父様のお嫁さんになる」と周囲に漏らしていたので克也はある意味嬉しかったのだが婚約者を見つけることが出来ないので頭を抱えていた。追撃でリーナが優姫の前で「パパはママの物」と対抗するので両側に引っ張られることもざらにあった。

 

{思い出したらまた頭が痛くなってきた。}

 

「まあ、可能な限り見つけられるようにしておくよ。あと悠の婚約者も。」

「じゃあ、レオの娘はどう?」

「いいと言うかわからんしどっちも会ったことないからなんとも言えん。」

 

レオは祖父の故郷ドイツで結婚し家庭を築いている。悠の一歳年下なので婚約は可能だ。悪くはないがドイツが許可するか分からないそこが一番の問題だ。

 

裏庭にいる中睦まじい様子の樹里と光月古を縁側から見つめる。樹里が次期当主なので光月古は婿入りのため四葉家でこれからを生活することになる。

 

達也が残した命はここに残り達也の意思を受け継ぎ次の世代に着実に繋がっている。それは友人達も胸に抱きいつまでも四葉家が存続する限り友人達の心が引き継がれる限り消えることはない。

 

 

 

西暦2168年、克也はその波乱な生涯を閉じた享年九十歳死因 老衰。達也の双子の兄として生まれ最愛の女性を失った悲しみから立ち上がりまた生きることを選んだ。多くの人を愛し多くの人に愛された克也の心もまた次世代に受け継がれている。

 

娘の優姫、息子の悠、姪っ子の樹里そして孫の枢(かなめ)、李土(りど)に「他人を重んじ自分も愛する」という家訓を渡し遺言とした。

 

そして遺骨は四葉家直系が入る墓ではなく水波とリーナが入れられている墓に入れるよう言い残した。

 

 

 

『ここは?』

 

俺が目を覚ますとそこは暗い闇の中だった。死んだのは自分でも分かっているこれが死者の国と言われる場所なのだろうか。

 

『遅いわよ。』

『お待ちしておりました。』

 

かつて俺が愛した女性が二人俺の前に現れその容姿は二十歳過ぎの頃のものだった。俺も自分の手を見ると若返っておりしわもなく若々しい皮膚があった。

 

『迎えに来てくれたのか?』

『あんたが死ぬの遅いから強制的に連れてこようとしたくらいよ。』

『ここで待っていれば会えると思っていましたから。』

 

二人はそれぞれの個性ある言葉で俺を迎えてくれたようだ。

 

『ありがとう水波、行こうか。』

『ちょっとワタシは!?』

『話したいことが沢山あるんだ。』

『無視すんなぁぁぁぁ!』

 

後ろから怒りの声が聞こえるので弄るのもここまでしにておこうかな。

 

『冗談ださあリーナ。』

 

右手を差し出すと頬を紅潮させながらも嬉しそうに右手ではなく右腕に抱きついてきた。すると水波も負けんとばかりに左腕に抱きついてきた。

 

そんな二人に苦笑してしまうがここまで自分を愛してくれるのは悪くない俺は幸せ者だ。

 

『あの光に向かって歩こうまだまだ先は長いけどね。』

『克也様がいればどれほど長い道のりであろうと困難が待ち受けようとも微塵も気になりません。』

『その気持ちはワタシも負けないからね!』

『ふふ、今回も楽しくなりそうださあ二人とも新たな旅の始まりだ!』

 

克也は水波とリーナに連れられ暗闇の中を照らす一点の光に向かって歩き出した。

 

 

 

これは旅の終わりではなく途中経過に過ぎない。終わるときなど来ないかもしれない終わりが見えるかもしれない。

 

だが三人からすればそんなもの「だから?」の一言で終わらせるだろう。三人の楽しげな幸せそうな声は暗闇の中でも明るく響いている。まるで幼きときに戻ったような純粋に自分達のしたいことをやりたいようにやるそんな様子だ。

 

もしかしたら三人が本当に望んだのは『世の摂理』に従わず何も考えず暮らすそんな当たり前の生活だったのかもしれない。四葉という日本を護る弱き者を助ける他国の脅威を未然に防ぐなどといった一瞬の気の緩みが許されないそんな支配から解き放たれた今を謳歌する。

 

それが今の三人の心を満たす幸福感なのかもしれない。




一週間ぶりの投稿ですねこの話で本編は終了となります。番外編や5年間の間のお話を投稿することがあるかと思いますがその時はどうぞよしなに。



さてこの度『魔法科高校の劣等生~双子の運命~』を最後までお読みいただき本当にありがとうございます!正直、この小説は最初の頃に投稿していた『七草泉美と結婚した俺の回想』という小説からの派生でありここまで書くことが出来るとは思っていませんでした。

初期は自分の自己満足的な感じで書いていましたが途中から評価や感想をいただきいつの間にか読者の皆さんに喜んでもらえるような小説を書こうと意気込むようになりました。

国語能力が低く語彙力もない自分が書いた小説を読んでくれる人なんぞ本当にいるのかと不安になったことは幾度となくありました。そもそもSS、ハーメルンに出会ったのはほんの偶然です。

ドラゴンボール関係を調べていると偶然ウェブページに表れクリックして読み始めたのがきっかけでした。そして色々と調べ魔法科高校の劣等生を題材にした小説が多く投稿されていたので「これなら書けるかも」と思い真剣に書き始めたのが『七草泉美と結婚した俺の回想』でした。

『ガルガラン討伐』や『俺の名前はうずまきナルトだってばよ!!』を投稿していましたが不評でした。まあ、それは自分の語彙力の無さとしっかりと内容を理解できていなかったのもあります。しかしそう言うと魔法科高校は書きやすいと言っているように聞こえるかもしれませんが決してそんなことはありません!

おそらく何より大好きな作品だったのが大きな要因だと言えます。SAOも大好きな作品ではありますが魔法科高校のようには上手く書けません。『ソード・アート・オンライン~魂の集い~』という作品名で投稿させていただいておりますがやはり不評です。

もう一つの魔法科高校作品である『魔法科高校の劣等生~影は夕闇に沈む~』もぼちぼち再開しようかなと思い始めているところであります。こちらは九校戦と夏休み編までのある程度の構想はできており投稿するのも時間の問題かと思います。

僅か4ヶ月という期間で完結するのもどうかと思いますが最初のペースが早すぎましたね。春休みだからといって一日に3話投稿するなどアホでした。時間を考えて今ぐらいのペースであったならば9月ぐらいまでは保っていたかしれません。

今後悔しても「後の祭り」で「後悔先に立たず」ということわざが身に染みて分かりました。友人や母には「評価される文章を書けるのは凄い」と言われます。確かに自分の国語能力である程度の評価をもらえるのは喜ばしいことなのですがやはり高評価は欲しいです。

自分で少しはマシな文が書けたと思っても読者の皆さんがそう思うとは限りませんのでそこは自己満足で許して下さい。

『魔法科高校の劣等生~双子の運命2~(仮)』を製作しようか迷っていますご要望があれば何卒よろしくお願いいたします。

最後にもう一度ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!これからも魔法科高校の劣等生第二作を更新していきますのでどうぞよろしくお願いいたします!



追記 リーナのUSNA脱出は原作が発売される前に決めていました。決して発売され読んだ後に考え付いたのではありません。今頃話しても説得力はありませんが事実なのでご理解の方をお願い致します。


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【MEMORIES】
罪と罰


達也が亡くなってからの五年間を書くことにしました。


達也がこの世を去ってまだ半年。当主の夫であり四葉家のジョーカーまたは国の抑止力でもあった達也の損失は非常に大きかった。

 

この機を狙って四葉家を陥れるような輩は現れなかったが『グレート・ボム』の使用者がこれまでの戦闘に参加していないことを知った大亜連合や新ソ連は侵攻を開始した。

 

達也が『グレート・ボム』の使用者だと看破されてはいなかったがある程度の予測はついているようだった。

 

 

 

大きな水柱が上がり多くの艦隊が海原から消え去った。水柱を起こした本人は対馬要塞からその場所を見つめている。

 

「これで5つ目か一体いつまでこんなことを続ければならないのか。」

 

自分の口から溜息が漏れる。表情も暗く無残に命を奪うことを忌避しているかのようだがこれは命令であるため従わないわけにはいかない。従わなければ国が焼け野原になり自分の大切なものまで失くすことになる。

 

それだけは阻止しなければならないそれが自分がここにいる理由だ。

 

「そう悲嘆に暮れる必要はないと思うけどね。」

 

声をかけてきたのは真田少佐だった。彼は今作戦主任を任されているため実質的に俺へ『レーヴァテイン』の発動を命じる司令官でもある。

 

「自ら人を殺しているんです心を病んでも仕方ありません。」

 

そう、自分の手で殺しているのは敵とはいえ命令に従って進軍してくる魔法師または軍人なのだ。半年前の復讐とは違い完全な敵(条約を破られている時点で敵だが…)とは言えない相手を跡形もなく消滅させるのは心にくるものがある。

 

「それは致し方がないこと。君が望んで人を葬っているわけではなく上からの命令だ君が悔やむ必要はない。」

「どちらにせよ命を奪っていることには変わりありません。」

 

俺が今受けている命令は『感知可能範囲に敵艦が接近次第消滅させよ』という無慈悲極まるものだ。国家公認戦略級魔法師である俺は国に従わなければならない義務がある。

 

国を守り敵を払拭するそれが俺の存在意義だ。『実名と写真を公表しない代わりに国の要請には必ず従う』これが四葉家が国と交わした密約。俺の意思は無視され何があっても国から命令が下れば従わなければならない。

 

たとえ新しい命を宿した妻を不安にさせることになっても。

 

もちろん四葉家当主は反対したが国は折れなかった。四葉家が日本にいられるのは政府が認めているからであり十師族の一角を担う四葉家でも逆らうことはできない。逆らえば国家反逆罪の罪に問われるため渋々要求を受け入れた。

 

だがそれは達也つまり『大黒竜也』の欠損が大きかったことを如実に示している。自分以外の公認戦略級魔法師である『五輪澪』は体が弱いため多くの場合自分が出征させられらのは予測していた。たが自分が公認戦略級魔法師として報道されてからは彼女は一度たりとも出征していない。

 

それはついに魔法行使の反動に体が耐えられなくなったということである。だから三人いたはずの戦略級魔法師は俺一人となるため多くの場合俺が赴くことになる。

 

『レーヴァテイン』がまた一つ、大亜連合の艦隊を燃滅させた。これで六発もの『レーヴァテイン』を発動させているが疲労はない。どちらかというと敵戦力を潰す方が精神的なダメージを与えている。

 

「敵艦隊撤退を開始しました!」

 

部下の命令を聞いた真田は的確に指示を出し『神代要』に声をかける。

 

「神代特尉、任務完了です。」

「了解しました。」

 

返事をし{ムーバル・スーツ}のヘルメットを外す。風が頬を撫でるがそれは消え去った命を自分に吹きかけているように感じられた。

 

 

 

艦隊を半分ほど壊滅させ撤退した大亜連合の今後は統合幕僚会議での決議によって決定されるため俺は一時的な帰宅を許可された。

 

統合幕僚会議は二日後に開始され三日間の日程で行われる。大亜連合本土への攻撃は作戦立案や準備があることを踏まえると二週間後までの間に自分に報告され赴くことになるだろう。

 

新ソ連の攻撃は佐渡島で九島家と一条家の両当主を含む義勇軍が海軍と共に応戦している。俺が大亜連合を直接叩くかは分からないが終了次第援軍と共に派遣されるのは決定事項だ。

 

『パレード』と『爆裂』を以てしてでも広範囲の魔法ではないため殲滅は不可能であり戦いが長期化する。軍の特殊長距離ミサイルも効果はないことはないがやはり決定打に欠ける。だから俺が赴かなければならない。

 

 

 

本家に帰るのは三ヶ月ぶりであるからか安堵感が溢れてくる。だが、この気持ちは嫌いではないむしろ好きな感情だ。自分の家だと思える大切な居場所があることは当たり前ではない。現に俺の友人である将輝の参謀の吉祥寺には自分の家はないのだから。

 

それも新ソ連佐渡島侵攻(新ソ連は今でも否定しているが…)によるものなので成敗しなければならない。

 

入り口の引き戸を開けると懐かしい四葉家特有の芳香の香りがした。今は昼食の時間帯であるため迎えは来ず静かだ。廊下を歩きながらまず会わなければならない女性(ひと)に会いに行く。

 

「ただいまリーナ。」

 

プライベートスペースのドアを開け名前を呼ぶと抱きつかれた。

 

「カツヤ!」

 

あまりの勢いに数歩後退ってしまうが可能な限り衝撃和らげ受け止める。

 

「あまり走るなよお腹の子に悪影響だ。」

「安定期だから少しぐらいは大丈夫よ。」

 

三ヶ月前と変わらない気の強い性格は今でも健在なようだ。健康であるならば文句は言えない。

 

肩を抱きながらソファーに誘導し腰を下ろすとリーナはゆっくりと体を横たえ俺の膝に頭を乗せる。三ヶ月前も帰ってからこのような膝枕をしているので恒例行事だ。

 

愛しい相手(ひと)とのボディータッチは心が一番安まる時であるから拒否はしないし喜んで受け入れる。絹のような肌触りの良い黄金の髪を一本ずつ見て回り枝毛や極端に短いものを探す。

 

魔法を使えばこの程度すぐ終わるがお腹の子に悪影響になるかもしれないし何よりこうやって近くで細かい作業をするのが克也の最近の趣味だ。

 

「枝毛多いぞシルヴィーさんにしてもらわなかったのか?」

「カツヤにして欲しかったから残してたの、悪い?」

 

字面では怒っているようだが人の悪い笑みを浮かべながら聞いてくる様子は怒る気になれない。

 

「ありがとうと言っておくよ。」

 

苦笑しながら答えるとリーナは嬉しそうに頬を染める。リーナは感情が表に出やすいがそれはリーナの心が自制できていないのではなく自制できること以上の感情が溢れているだけだ。

 

それに最愛の人に喜んでもらえること以上に嬉しいことはないのだから今ぐらい爆発させてもいいだろう。

 

リーナは両手を克也の頬に添え無理矢理引っ張った。すると互いの唇自体が互いを求めるかのように接近し長い口添えが終わる。

 

唇を話した二人の顔は少し赤い。それは羞恥からなのかそれともまた別の感情からなのだろうか。

 

 

 

思いのほか長いリーナとの団らんを終えた克也は次に会うべき人の部屋へと向かった。途中使用人と遭遇し会釈を交わし目的地へと歩を進める。

 

ノックをして許可が下り中へと入る。そこには娘を横に寝かせながら事務処理をしている妹の姿があった。

 

「お帰りなさいませ克也お兄様。」

「ただいま深雪、たつ…。」

 

昔からの癖で深雪の名前の後に今は亡き弟の名前を呼んでしまいそうになる。長年の癖はなかなか抜けてくれずこうして微妙な空気になってしまう。

 

「久々に帰ると落ち着くな。」

「もちろん私達の『帰る場所』ですから。」

 

何事もなかったかのように振る舞う克也に深雪も合わせて答える。空気の変化を感じ取ったのか樹里がぐずり始めたので深雪は抱き上げるが一向に泣き止まない。仕方なく克也に預けると先程までの泣きが嘘のように止まり克也に笑顔を向ける。

 

「ぱ~ぁぱ。」

 

まさかの言葉に克也は驚き深雪を見る。

 

「話せるようになったのか?」

「ええ、先月。克也お兄様のことを父と思っているようですね。」

「困ったな血縁的には叔父なんだけど。」

 

この歳で叔父という立場はほんの少し違和感があるが魔法師の間では珍しいことではない。四葉家が特殊だったのもあるので克也達が戸惑うのは普通のことだ。

 

頭を優しく撫でてやると安心したのかあくびをして再度寝てしまった。すぐ眠りに落ちてしまった愛娘を見て深雪は苦笑するしかなかった。

 

深雪自身も克也に頭を撫でてもらって眠りやすくなったことがあるので気持ちが分かるのだ。だがそれは小学生の頃の話でありここまで幼くはなかったので克也は何かしら特異体質なのかと疑問に思ってしまう。

 

「いつ戻られるのですか?」

「未定だが二週間の間に連絡は来るだろうねだからこの間にリーナとイチャイチャしとくよ。」

 

大事な話だというのに惚気る克也を見て深雪はげんなりするより喜びを感じていた。達也を失った哀しみは深雪も感じたが克也も深雪と同等かそれ以上に悔しさを感じているのだ。

 

達也が亡くなってからしばらくは落ち込んでいた克也だったがその克也を立ち直らせたのは他でもないリーナだった。深雪は達也が残した命「樹里」がいたから喪失感は少なかった。

 

リーナの底なしの明るさに助けられたことで克也にもリーナを愛する感情が湧いたのだ。もしかしたら克也が言っていた「水波以上に愛せる女性は現れない」という言葉は間違っていたのかもしれない。

 

克也は気付いていないかもしれないがリーナに向ける愛は水波に向けていたものと比重は変わらない。もしかしたら克也は愛した女性への気持ちは「同等に愛する」という人を比較しないということなのかもしれない。




アイデアが浮かばず苦戦しています。あとどれくらい続くのか検討もつきませんww。


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終焉

二週間近く間隔が空きましたがよろしくお願いします。


「予想通りと言うべきか予想外と言うべきか微妙だな。」

 

自室の椅子に座りながら独り言を呟く克也の表情は暗い。克也とリーナの二人だけの部屋とは違いここは完全プライベートスペースで妻のリーナでさえ許可なしでの入室は認められない。

 

その理由は特にはないのだが仕事柄どうしても一人になりたいときがある。リーナがいることで安らぐときもあるが気分的な問題でこうして一人きりの時間を過ごしたくなる時がある。

 

克也の目の前の机には大亜連合本土への攻撃決定と自分の出征を命令する文が置いてある。届けられたのは昨日の夕方で渡されたときになんとなく予想は付いていた。

 

本家に戻ってから二週間での参加は不愉快極まりないが友人の生存が大事だし本国を火の海には出来ないだから気が乗らなくても赴かなければならない。

 

 

 

「深雪、俺はどうすればいい?」

「いきなりどうなされたのですか克也お兄様。」

 

俺はモヤモヤとした気分を消し去れずリーナではなく深雪に助けを求めた。深雪の仕事部屋で腕の中でじゃれる樹里をあやしながら問いかけると深雪は複雑そうな表情を浮かべ聞き返す。

 

「俺はこのまま人を殺め続けなければならないのか人を殺めずに解決することはできないのかそればかりをこの二週間悩み続けた。だが答えは一度も答えの霞さえ見つけることはできなかった。教えてくれ俺はどうすればいい?」

 

深雪は兄の狼狽ぶりに驚きを隠せない。この二週間、立場上克也と会う機会は少なくそのようなことで悩んでいるとは想定していなかった。

 

リーナではなく自分に相談してきたのはそのような話を聞かせて不安にさせたくなかったのと妹と当主としての意見を聞きたかったのだと理解した。

 

「克也お兄様が苦しんでいるのは重々承知しておりますしかしその答えにお答えすることはできません。」

「何?」

「そのようなことは私ではなくリーナにご相談下さい。リーナを不安にさせたくないと分かっていますしかし自分に知らせずお兄様が苦しんでいる姿を見る方がリーナは遙かに不安になります。」

 

深雪の眼には涙が溢れ気持ちが本物であることを示していた。樹里も緊迫した空気を感じたのか声を静かにして手に持った玩具で遊んでいる。

 

「リーナに相談しろだと?こんな不安を話して子供にまで影響が出たらどうする俺は耐えられない。」

 

一度自分の子供を失っている俺からすると到底受け入れられる話ではない。もう二度とあのような気持ちを味わいたくないそして誰にも味合わせたくないそう誓ったのだ。

 

「そのようなことで悩んでいるお兄様を見る方がリーナには悪影響です。自分の気持ちを真っ直ぐに向き合って下さいそしてリーナに話すべきなのか話さず余計な不安を与えるのか自分でお考え下さいこれは当主命令です。」

「…ご意向のままに。」

 

当主権限まで使われては逆らうわけにはいかないそれそこリーナに悪影響である。樹里をベビーベッドに寝かせたあと深雪の仕事部屋を出た。

 

 

 

「克也お兄様、本当にリーナを心の底から愛しておられるのであれば話すべきです。未来を誓い合った者は相手に隠し事をされるのが嫌いなのですそれは性別に関係なくお互いにです。」

 

克也が出て行ったドアを見ながら深雪は呟く。そうでもしなければ自分の胸がはち切れそうな痛みを隠せなかった。

 

 

 

リーナのいる部屋に向かうとちょうどリーナの健康管理を行っているシルヴィーさんがいた。

 

「リーナの体調はいかがですか?」

「問題ありません普段通りに健康ですよ。」

 

柔らかに微笑む様子は自分達とそれほど歳の差を感じさせない柔らかさがある。

 

「シルヴィーさんは身を固めないのですか?」

「使用人の仕事が性に合っていますし何よりリーナの幸せを一番近くで見れるだけでいいんです少し抜けているリーナを放って行くことなどできませんから。」

「シルヴィー!」

 

人の悪い笑みともともとの美しい容姿が相まって何とも言えない色香をまといながら話す自分直属のシルヴィーに言われてリーナは憤慨する。

 

「そうですね俺がいない間何をするのか分かりませんからその気持ちはありがたいです。」

「カツヤまで…どうせワタシは何も出来ないドジなリーナですよ。」

 

年甲斐もなく落ち込み始めたリーナをシルヴィーさんは笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。つまり俺に「後は任せた」と言いたいのだろう嫌でもないしむしろ嬉しいので文句は言わない。

 

何気なく頭を撫でてやるとふて腐れていた顔は何があったのかと気になるほどご機嫌になっていく。この変化にさすがの克也も苦笑いするしかなかった。

 

「リーナ話したいことがあるんだがいいか?あ、体勢はそのままでいい。」

 

揺り椅子に腰掛け立とうとするリーナを押し留める。

 

「何よ改まって。」

「俺はこれまで何千何万いやもしかしたら何十万を越える人を殺してきた。俺の薄汚れたこの手で抱き締められ撫でられても君は笑顔を絶やさずいられるか?」

 

突然の言葉にリーナの笑みは凍り付く。

 

「…何を言ってるの?冗談にしても質が悪いわよ。」

「ああ、そうだお前はその質の悪い魔法師と契りを交わしたそれでもお前は幸せだと胸を張って言えるのか?」

 

リーナは克也の顔を見ながらため息を吐き出す。

 

「あんたもいつまでたってもバカなのね。あんたの手が汚れていようと人殺しの手だろうと気にしたことはなかったわ今まで一度も。言わせてもらうけどワタシの手も汚れているわ部下を処断し『レプグナンティア』のアジトごと消し去っただからワタシの手も同じよ。」

「…この先変わらず俺と生きていけるのか?」

「愚問ねそうでもなきゃ一緒になんてならないわよ。」

 

{強い}

 

それがリーナの言葉を聞いて思った言葉だ。誰にも屈さない心俺が惹かれたのはリーナのそういう心の在り方だった。水波に抱いた感情とまったく似た感情が俺の胸の中で渦巻いている。

 

俺は自分とは違った「強さ」を持っている人に惹かれる性分なのかもしれない。初めての交際相手鈴音も「母校に対する想い」「魔法師の地位向上」という曲げない「強さ」を持っていた。だからこそ心を動かされ胸が打ち震えるのだ。

 

「ありがとうスッキリしたよ寝ようか。」

「ふふふふ。」

 

リーナは不適な笑みを浮かべながらこっちを見てくる。

 

「どうした?」

「今夜は寝かせないわよ?」

「…何をするつもりだ?」

「さあねその時までのお楽しみ。」

 

苦笑しながら着替える。

 

「子供に悪影響にならないようにな。」

「あら、何を想像したのでしょう。」

「最近叔母上に似てきたぞお前。」

「良い影響かしら。」

「悪い方向だ。」

 

他愛ないやり取りをしながらも寝る準備は整っている。布団に潜り込みリーナも俺の隣にゆっくりと体を横たえる。

 

「無理するなよお休みリーナ。」

「万事O.K.カツヤお休み。」

 

互いに手を握りながら眠りの淵へと落ちていく。

 

二人の幸せな一時はゆっくりと進んでいった。

 

 

 

翌日、俺は本家から直接対馬要塞へ飛んだ。飛行術式ではなくヘリを使うのは魔法使用の許可が下りていないのと魔法力の温存のためだ。浦賀から対馬要塞までは軽く千kmを超えるためいくら俺でも疲労する。

 

「大亜連合本土への攻撃命令が何故簡単に降りたのですか?」

「このまま放っておけば日本が被害を被る可能性が高まるそれを踏まえ総合的に判断した。」

 

対馬要塞へ向かうヘリの中で克也は風間に質問していた。一見攻撃する理由が分からないと言っているように見えるが実際は「一般人が多く住む地に攻撃を加えるのを何故許可したのか」というのが主な質問だ。

 

それを風間も分かっているが敢えて回りくどく説明している。対馬要塞に着くまで時間もあるからなのか克也への配慮なのかは分からないが気配りを克也は無駄にしなかった。

 

「狙う地点はどこになるのですか?規模はいかほどなのでしょうか。」

「予定爆破地点は西安だここに大亜連合は拠点を置いている。中心地に本部を設置すれば陸地や海からの攻撃に耐えやすくなるさらに空からの攻撃に対しては無人戦闘機が絶えず飛び回っている。規模は西安全体だ。」

「つまり攻撃するには遠距離からしか不可能だとだから自分が赴かなければならないのですね。」

 

風間との間に流れる沈黙は真田から聞いた人を殺すことに対する克也の葛藤によるものだ。風間は表立って戦う機会がないのだから人を直接殺すことも必然的にない。たが部下に代わりに殺させているのだから人を殺していないとは言いきれない。

 

「ご安心を自分は腹をくくっていますもう悩み躊躇などしません。」

「頼む。」

 

風間は克也の眼の光の強さを理解した。それは覚悟を表す光もう二度と悩まない二度と巻き込まないその想いが輝いている。

 

 

 

克也は対馬要塞から本土を狙う。{ムーバル・スーツ}を着た克也は『レーヴァティン』を手に第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立っていた。

 

このスクリーンは衛星の映像を三次元処理して任意の角度から敵陣の様子を観察することができるようにしたものだ。今は克也の要望で水平距離五百m地上百mの位置から見下ろした映像を映し出している。

 

『克也君準備はいいかい?』

「準備完了衛星とのリンクも良好です。」

 

スピーカーから真田の声が聞こえ克也はいつも通りに返事をする。

 

『【レーヴァティン】発動準備。』

「『レーヴァティン』発動準備開始します。」

 

スピーカーから聞こえる風間の声で克也は動き出す。

 

八年前まで目視できない距離魔法や機械を使えば見える位置にあった海軍基地 鎮海軍港はなくその先にある大亜連合の本土そして国の中心部にある本部を視る。

 

意識は鮮明感覚は研ぎ澄まされ向こうの様子がダイレクトに感じられる。今までの魔法使用とは違い明らかに魔法の構築速度が速まる。

 

迷いがなくなったことで余計なことを考えずにすみ無駄なく展開できるからだろう。

 

「発動準備完了。」

 

静かにだが冷酷に死を宣告する言葉に全員が息をのむ。

 

『戦略級魔法【レーヴァティン】発動。』

「『レーヴァティン』発動します。」

 

風間の命令を復唱し克也は引き金を引いた。

 

対馬要塞の中から海峡を越え鎮海軍港を越え本土へ。

 

西安の本部の上空三百mに突如煉獄の炎を纏った剣(つるぎ)が出現した。運動法則に従って落下した剣は自身の質量と加速度で瞬時に速度はマッハを越えた。

 

剣が近づくごとに周囲の建物や木々、戦車などの兵器が蒸発する。それは人間も例外ではない。本部天井を直撃した剣は爆発し爆風と熱波が瞬時に広がりすべてのものを破壊し薙ぎ払い消し去る。

 

九九八三k㎡の中心都市は瞬く間に廃墟と化し建物が存在したのか疑うほど綺麗に警報が鳴り響く間もなく西安は地図上から消え去った。

 

 

 

「戦略級魔法」という意味合いをここにいる全員が一人も例外なく理解した。複数の若い兵士がトイレにかけこみ胃の内容物を戻したが無様だと切り捨てることはできないだろう。

 

克也は無表情に自分が放った魔法の痕跡があるであろう方角を見つめていた。




首都は勝手に使わせていただきました。テスト期間中なので来週一杯投稿はないかと思われますご了承下さい。


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団欒

お久しぶりで~す皆さん夏休み謳歌されてますか?自分は半々ですよ~今回は少し趣向を変えて明るめに書いてみましたそれではどうぞ~


西安を消滅させてから僅か二日後、俺は佐渡にきていた。戦闘は予想より激しいことは情報により得ていたが目の当たりにするまでその惨劇を知りえなかった。

 

空爆と艦隊からの艦砲射撃によって佐渡島の沿岸は原形を留めてはおらず砂浜も凹凸が見渡す限り続いている。血を吸い込んだ砂がないだけ幸運だと言えよう。

 

敢えて砂浜に足を向け歩くのは自分の目でどのようなことになっているのかを知りたかったからだ。

 

たとえ砂浜に血を吸った砂がなかったとしても魔法で証拠隠滅していればなくても仕方ない。被害の大きさが尋常ではないのが簡易療養所の数でよく分かる。

 

 

 

その診療所には数多の怪我人が点滴を受けながら簡素なベッドに寝かされている。これでもかなりの人数が戦線復帰にしたのだからどれだけの被害があったのかが客観的に分かる図だ。

 

テントの端から中を覗いていると偶然通りかかった上司と目が合い視線だけで意図を伝える。すると察してくれたのか俺を引き連れて奥のテントへと向かう。

 

「どうぞ。」

 

開けられたドアを抜けるとそこには人工呼吸器を付けられた二人の青年が横たわっている。外傷はなく人工呼吸器さえなければ眠っているように見えるがそれは正しい表現ではない。

 

「植物人間」という医学用語で使われている状態が今の二人だ。

 

「目を覚ますのですか?」

「五分五分といったところだろうな何故まだ魔法演算領域の過剰使用による病気や副作用は未解決な部部分が多い。」

 

振り返らずに声を出すとワンテンポ遅れることなく紡がれた言葉は克也の希望を砕け散らせるには十分な威力だった。

 

「敵の艦砲射撃を防いだと聞きましたが?」

「あまりの数に我々の兵器と魔法師の防衛力では不可能でした。お二方は迎撃を試みて魔法の過剰使用によって昏睡状態になっている次第であります。」

 

敬語に変わったのは克也の纏う雰囲気が四葉家当主補佐としての立場に変化したのを敏感に感じ取った結果である。

 

「この状態では自分も手を出せませんそこで知り合いに頼みたいのですが構いませんか?」

「…どうされるのですか?」

「知り合いに『魔法演算領域のオーバーヒート』という研究を行った方がいますのでその方にお願いしたいのですただそれが完全に治癒させることができるのかは不透明ですが。」

 

魔法師としては手の施しようがないので藁にもすがる思いでお願いしたいが医者としては実用化していない治療法を用いることに反対している。対局な感情によって板挟みに遭っている山中は複雑な思いで思案に暮れていた。

 

「…それは完治するのですか?」

「未だに実用化されていないのでなんとも申せません運が悪ければ魔法技能を失い運が良ければ完治します。ですがそれを決めるのは自分でも山中軍医でもありませんましてや昏睡状態である本人の医師を聞けない以上決めるのは一条家と九島家です。」

「…分かりましたご連絡は特慰からお願いします。」

「了解しました。」

 

敬礼で返事を伝えその部屋を出た。

 

 

 

深雪は四葉家当主兼戦略級魔法師「神代要」の従妹(本来は実妹)として一条家と九島家への連絡は克也から緊急連絡をもらい師族会議専用回線で行われていた。

 

『つまり光宣様が今のままでは危険だということですね?』

『将輝が…。』

「はいそれ故即刻治療しなければ最悪魔法技能だけではなく人としての人生を終えることになります。」

 

深雪の報告に光宣の婚約者「一色愛梨(いっしきあいり)」と将輝の参謀である吉祥寺は神妙な面持ちで耳を傾けていた。

 

「それを踏まえて専門家を派遣しようと思っているのですがよろしいですか?」

『【魔法演算領域のオーバーヒート】について研究している方ですか?』

「その通りです。ただ実用化されていないのでどのような影響が出るのかはっきりとは申せません最悪の場合は魔法技能を失う可能性があります。」

『そんなあんまりです!』

 

残酷な未来を突きつけられ愛梨は悲鳴を上げた。それは当たり前のことでありむしろそのような反応をしない方が異常に思える。しかし吉祥寺は反対に1人で右手をあごの下に置きながら考え込んでいた。

 

『司波さんそれ以外に手はないんですね?』

「お兄様が言う限りそれ以外に手はないと思われます。」

 

吉祥寺は昔の名残で深雪のことを「司波」と呼んでいるがそのことを一々訂正するようなことは愛梨と深雪はしなかった。その理由はそれ以上に重大な危険が差し迫っていることを理解していたからだ。一条家と九島家の次期当主と現当主を失うことは日本の防衛力を著しく減少させることになりかねない。

 

『一条家はその提案に賛成します次期当主の参謀としてそれ以外に手がないのであれば僅かな希望に全てを賭ける以外にできることはありません。愛梨さん僕は二人が笑顔で帰ってくるところをこの眼で見たいんですたとえ魔法技能を失ったとしても将輝は光宣君は将輝であり光宣君に代わりありません。』

『…分かりました九島家現当主の婚約者としてその提案に賛成します。深雪さん必ず無事に二人を帰還させることを約束して下さい。』

「分かりました四葉家当主として約束いたします。」

 

緊急師族会議を終えた深雪は窓を開け北東の方角を見つめた。

 

「お兄様…。」

 

深雪の兄を想う声は夕立の中に消え去った。不安を吐き出した深雪は津久葉家に夕歌を佐渡に送る命令をしたためた手紙を渡した後樹里をあやしているリーナのいる部屋へと向かった。

 

 

 

部屋に入ると樹里を抱きながら優しく微笑んでいるリーナを見て深雪の心も浄化されるかのように透き通っていった。

 

「はい、リーナありがとう。」

「あらミユキ話は終わったの?」

「吉祥寺君がすぐに納得してくれて愛梨さんを説得してくれたの。」

「キチジョウジあの『カーディナル・ジョージ』のことだから上手く丸め込んだんでしょうね。」

 

表現の悪さに深雪は苦笑を漏らし樹里を受け取りリーナの座る揺り椅子の正面に座った。リーナの顔には悪戯好きな少女が浮かべるような笑顔を浮かべているので本心で思っていないことが分かったので深雪も咎めなかった。

 

「魔法演算領域の過剰使用ってそんな簡単になるものかしら。」

 

ぽつりと呟かれたリーナの言葉に深雪は驚いていた。

 

「リーナはそんな経験ないの?」

「ワタシは魔法使用に対する副作用が小さいらしいからそんなことにはならなかったわ。ミユキはあるの?」

「ううんないわただ身内には四人いるから他人事とは思えないの。お母様、お母様のガーディアン穂波さん、お兄様の大切な水波ちゃんそして達也様これだけ身近な人が同じような最後を迎えていたら無視は出来ないでしょ?」

 

深雪の笑顔は悲しさに包まれておらず全てを克服したそれの笑みだった。リーナにとってもそれは一言では済まないのは事実でありUSNAに居た頃にも似たような事例があったのを記憶しているからだ。だがそれでも自分はあんな風にはならないと思っていたしなりたくないと思っていた。

 

だがそれはその人物を自分より下に見ていた見下していたという事実であり自分の愚かさを突きつけられた気がした。しかしそれを教えてくれたのは四葉家であり今の旦那である克也だったのだ。自分は助けられてばかりだと思っては居るがそれは四葉家にも当てはまる。

 

リーナの底なしの明るさと行動力、誰かの役に立ちたいという思いによって水波と達也の死で打ちひしがれていた克也、深雪、そして四葉家は立ち直ったのだから支えて支えられるという人間にとって切っても切り離せない関係がここに作り出されている。

 

それを見て聞いて感じているから誰も口にしないただ唯一気付いていないリーナは例外だが…。

 

「それで深雪は誰かと付き合わないの?」

 

唐突な話題転換にも深雪は動じず凄むような笑みを浮かべた。

 

「まだ達也様が亡くなってから少ししか経っていないのによくそんなこと言えるわねリーナ。もしかして私がお兄様を狙うとでも?」

「う、狙ったら唯じゃおかないからね!」

「そんなリーナから奪うのも面白いかもしれないわね。」

 

ちろっと舌を出す様子は小悪魔そのもだ。その様子にリーナは呆気にとられていたが頭を勢いよく振り我に返る。

 

「ワタシの方が想ってるからね!」

「あら想いは深さじゃなくて時間よそれなら生まれた頃から一緒の私の方が長いから私の勝ちよ。」

「違ぁぁぁぁう!ワタシのカツヤなのぉぉぉぉ!あんなことやこんなことしているんだからワタシの方が上よ!奥出なミユキにはできないようなこともできるからね!」

 

その言葉にかちんときたのか深雪は樹里を苦笑しているシルヴイーに渡して喰ってかかる。

 

「私だってお兄様の体を見たことあるもん!筋肉で覆われた肉体鍛えられた肩幅そして女性を包む腕の優しさ。ああ、お兄様いますぐ抱きしめて下さい~。」

「ちょっとミユキ何言ってるの!?ワタシより先に見るなんて!」

「仕方ないでしょ兄妹なんだからそういえば一緒にお風呂に入ってもらったこともあるわね優しく体を洗ってくれて髪を労るようにドライヤーをあててくれて髪をくくってくれたり完成度が高くて負けないように頑張ったわ。」

「ワタシはまだ一緒に入ったことないのに…先に入るだなんて…。でも負けないわよカツヤはワタシのものよ!」

「お兄様はものではないわよそれにリーナ貴女だけの人じゃないんだから!」

「…ここは退散した方が良いですね止めたら私まで巻き込まれそう。」

 

二人が普通の女性として喧嘩している様子を脱力気味な笑顔で見ていたシルヴィーは戦略的撤退を決めた。

 

「さすがにあの場所で口を挟んだら私の立場は消えてましたね。」

 

樹里を抱えながら薄く笑うシルヴィーは嬉しそうにしていた。深雪が当主としてでも淑女として育てられた話し方ではなく一介の女性の立場で話し方で言い合っている様子が眩しかった。

 

それもリーナのおかげなのかもしれない。一度克也を誘惑しただなんて口が裂けても言えない過去の話を知る人物はこれから生まれる克也とリーナの子供と深雪の愛娘の樹里以外にはいなかった。

 

そして二人の口論は夜中まで続いた。

 

その喧嘩に真夜が乱入したとかしてないとか…それを知っているのは当事者だけだだった。

 

 

 

翌朝、朝食の席で何故か勝ち誇っている真夜と少し紅潮している深雪とリーナの様子によそった炊き立ての白米を三人の前に置きながら首を捻っているシルヴィーがいた。




二週間ぶりの投稿ですね~テストが八月最初の金曜日までありバイトが一日中あり旅行ありという多忙な生活だったため投稿するのが遅れました。お待たせして申し訳ありません書く意欲が出なかったのも要因の1つですがww


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if編
~市原鈴音が婚約者~


1ヶ月ぶりの投稿です。MEMORYIES編ではありませんが楽しんでもらえれば嬉しいです。


「そういえば克也君、市原先輩とはどうなの?」

 

昼食中に突然エリカがそんなことを聞いてきた。口に入っていたものを飲み込んでいたから良かったものの、残っていれば吹き出してエリカから叱咤されていたことだろう。

 

それだけの破壊力をもった言葉だった。

 

「いきなりだなエリカ。そこまで気になるか?」

「そりゃね。克也君の初恋の相手だもん気にならない方がおかしいよ」

「みんなもそう思うのか?」

「もちろんだ」

「そうだね」

「もちろんです!」

「もちろん」

「もちろんです」

 

レオ、幹比古、ほのか、雫、美月の順の反応だ。

 

確かに鈴音と付き合っているという噂は付き合い始めてからすぐに広まりクラスメイトはいざ知らず、何故か上級生から敵意のある視線を向けられた。

 

その時に鈴音が上級生の間でも人気な女子生徒だと初めて知った。

 

それを本人に伝えると「その程度で噂をするような男性は嫌いです」とはっきりと申されていた。美人な鈴音が噂の的になるのは仕方ないが噂とは渡り歩く間に、尾ひれがつき一人歩きすることだってざらにある。

 

そういうのが鈴音にとって腹立たしいのだろう。

 

「そういえばここ四ヶ月の間何もないな。久しぶりに電話でもしてみるよ」

「どうなったか教えてね」

「誰が教えるかよ」

 

互いに茶化し合って昼食に戻った。

 

 

 

 

その日の夜、俺は自室の映像電話から鈴音へ連絡を取っていた。

 

『お久しぶりですね』

「怒ってる?」

『若干ですが』

「ごめん」

『それは仕方ないことです。私は受験生で貴方は四葉家次期当主候補であり【吸血鬼事件】の対策。これだけ忙しければ会えなくても連絡が取れなくても』

 

悲しげに眼を伏せる鈴音に申し訳なくなってしまう。それだけ我慢していたのだろう俺もエリカに気付かされてから会いたくてたまらなくなった。

 

「久しぶりに会わないか?」

『デートですか?』

「そうだな。俺と鈴音がお互いに初めてのデートだ嫌だったか?」

『滅相もない!』

「おお…」

 

画面越しにも感じてしまった鈴音の行きたい欲が凄かった。

 

「いつがいい?」

『学校はほぼ自由登校なのでいつでも大丈夫です』

「じゃあ、明後日の土曜日の午後からでいいか?俺は学校帰りだから制服だけど」

『構いません。久しぶりに貴方の制服姿を見たいので』

「じゃあ俺も鈴音にお願いするよ。制服でよろしく」

『本気ですか?』

「ん?ダメだったか?鈴音の可愛い制服姿が見たかったんだが残念だ」

『あう…///』

 

今回の判定、克也の勝利というわけではなく唯単に鈴音は嬉しかっただけだ。克也は本心を打ち明けただけだったがそこまで鈴音の心を考えていなかった。やはり克也は朴念仁である。

 

「じゃあ、明後日コミューター乗り場一高前でよろしく」

『はい!』

 

鈴音の心から嬉しそうな笑顔を見て克也は自分の疲れた体が癒やされる気がした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日の吸血鬼の捜索もいつも通り空振りに終わった俺だったがそれほど気にせず、次の日に学校へ少しばかり気分が高揚させて行った。

 

午前の授業が終わると俺は速攻で教室を出てコミューター乗り場の一高前へと駆けていった。学校が終わってから10分後、俺は乗り場で大切な人の捜索をしていた。

 

数分後、柱に寄りかかって周囲に視線を向けて誰かを探している一高の制服を着た女子生徒を発見した。

 

少しばかり脅かそうと思い背後から忍び寄り左手で口元を押さえて、耳元で普段出さないような低い声音で呟く。

 

「動くな。動けば殺す」

 

そう行った瞬間、鈴音の体が強ばり首を激しく振り始める。そして左手に何か生暖かい液体が触れるのを感じたので少しばかり覗き込み手の平を見てみると濡れていた。

 

本気で怖いのだろう涙が頬を伝っている。

 

「というのは冗談だ。久しぶりだな鈴音」

「克也さんはひどすぎます!本当に怖かったんですよ!?」

「いや、そこまで怖がられるとは思ってなかった。俺だと認識して貰えると思ったんだけど」

「克也さんは他人を演じるのが病的に上手いんですからいくら私でも気付けません!」

「病的って…ひどいな」

 

どちらかというと本気で泣かした克也の方が酷いのだが病的と言われてうなだれる様子を見ると克也が一方的に悪いとは言えなくなってしまう。

 

「じゃあ、前置きはこれぐらいにしてデートを始めようか」

「…今のが前置きですか?今ので心底疲弊したんですけど」

「じゃあ今日は無し?」

「行きます!」

 

克也の悪戯少年のような微笑みに鈴音は顔を真っ赤にして叫んだ。

 

その様子を見て克也は嬉しそうな笑みを浮かべて鈴音の左手を優しく握り目的地へと向かうためにコミューターに乗り込んだ。

 

そのときの鈴音は恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうだった。

 

 

 

その日、帰宅した達也と深雪の家に真夜がどこかに失踪したと慌てた葉山から連絡が届いていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

鈴音が卒業してからほぼ一年が経とうという頃、叔母の真夜から衝撃な言葉を言い渡された。

 

『来年の慶春会に市原鈴音さんを連れてきなさい』

「は?」

『言葉通りよ拒否はありませんから。それとこちらに来るときは達也さんと深雪さんとは別に来て貰います。2人が直系だと知らせるのはそのときです』

「…わかりました」

 

項垂れながら克也は頷いた。

 

 

 

「…ということなんだが問題ないか?」

『……四葉家本家からの要請ですか?』

「というより強制だな叔母上の口調からすると。嫌だったか?」

『嫌ではなく怖いんです』

 

そりゃ怖いだろう「四(死)の研究所」と呼ばれる場所に赴くのだから。

 

俺が四葉家の直系であると知って付き合っていたとしても、悪としか言い様がない噂が流れている場所に行くのだ。

 

頭で行かなければならないと分かっていても心が危険だと、行ってはならないと危険を知らせているのだと映像越しでも困惑している表情でわかる。

 

「すまない迷惑をかけて」

『謝らないでください。わかりました両親には友人と旅行に行ってくると伝えますので気にしないでください』

「ありがとう。19日に迎えに行くよ」

 

笑顔で電話を切った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

本家に赴く日に達也と深雪を先に送り出した後、花菱兵庫さんが運転を務めるセダンで本家に向かった。

 

隣には緊張で顔が強張っている鈴音の右手を左手で優しく包み込むと涙をうっすらと浮かべている顔を俺にむけてきた。

 

不安を取り除くように優しい笑みを浮かべると鈴音は少し気が休まったのか周囲の景色に視線を向けている。

 

小淵沢駅から山に向かって走る。山を抜けるための唯一の道にあるトンネル内の分岐点に俺が無系統の特定波形の想子波をある地点で放つ。

 

するとどこからともなくゲートが開き別の道が現れた。

 

「今のは想子波を放ったのですか?」

「大正解。特定の無系統波形をある一定の範囲内で正確に撃ち込まない限り本家に行くことはできないよ。それに四葉家本家は住所が存在しないからある意味陸の孤島だ」

 

花菱さんが運転するセダンはトンネルの途中に開いたゲートを通り抜ける。しばらくは普通のトンネルと同じような色と形でトンネルを抜けた先には村があった。

 

だがこれは「創られた村」であり四葉家本家を隠すための一角である。それぞれの家の地下には今も稼働している研究所があり四葉家関係者のみしか知らない。

 

研究者たちは四葉家に恐怖を覚えさせられているのでここでの研究内容を外部へ流出させるようなことはしない。

 

握っている鈴音の右手が僅かに強張った。

 

「感じたのか?」

「なんとなくですが…」

 

克也は「何を?」とは聞かなかったが鈴音はそれをしっかりと理解していた。それは聡明な鈴音だからこそ気付けたのであって他の人物では何も感じなかっただろう。

 

「怖がらせてごめん。今でも残っているからあまり見せたい物ではないんだ」

「覚悟してきたんですこれぐらい大丈夫です」

 

言葉はしっかりとしているが顔は怯えている。今すぐこれに慣れるような精神力を持った魔法師はそうそういないだろう。

 

 

 

車庫に車を止めた後も鈴音の顔色はさえなかった。克也や達也、深雪は幼い頃からここで生まれ育っているため感じることがあっても精神的に病むことはない。

 

克也と鈴音は達也と深雪とは違う部屋に通されしばしの間心を落ち着かせていた。水波は達也と深雪とともに本家に入っているためここにはおらず、おそらく使用人として今頃走り回っていることだろう。

 

温かいお茶を飲んだことで落ち着いた鈴音の顔には血の気が戻りいつものような笑みを浮かべていた。

 

「克也様、鈴音様。お食事の準備が整いました奥の食堂にご案内いたします」

 

しばらくしてから水波が俺たちを叔母が客人と食事をする部屋に案内してくれた。

 

「四葉家当主様とご対面ですか?」

「そうだけどそこまで萎縮しなくていいよ。叔母上は雰囲気が恐れ多いけど人としては優しい方だから」

 

再びの緊張で足取りが重い鈴音の肩を優しく叩いてやる。おそらく一番緊張しているのは鈴音だろう。

 

他の次期当主候補たちはいざ知らず、達也はそんな感情とは疎遠だし深雪も困惑はすれど何度も対面しているから慣れている。

 

「極東の魔王」や「夜の女王」と称される四葉真夜と本家で対面するのだ。いくら同世代の魔法師より肝が据わっている鈴音といえど本能的な恐怖を覚える。

 

少しばかり歩くと大きな扉が目の前に現れその中に水波の指示通り入っていく。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「深雪さん、貴女を次期当主に指名します。期待を裏切らないよう頑張りなさい」

「…はい。期待を裏切らないように誠心誠意精進して参りますのでよろしくお願いします」

 

深雪、達也、克也、鈴音に残るよう指示しそれ以外の次期当主候補たちは退席していった。それを確認後、真夜は真面目な顔を深雪に向ける。

 

「深雪さん、次期当主ともなれば婚約者を決めなくてはなりません。十師族の一角を担う四葉家としては自由な恋愛をさせてあげることはできません。結婚相手を伝える前に大切なことを伝えます。これは深雪さんも達也さんも克也、鈴音さんも例外ではありませんよ」

 

その言葉に4人が背筋を正す。

 

「克也と達也さんは本当の兄ではありません」

 

衝撃の告白に全員が驚愕する。今の今まで血の繋がった兄妹だと信じていたのにそう言われると疑ってしまう。

 

「叔母上、それは事実なのですか?」

「ええ、だって貴方たちは私の実の息子なのだから」

「…後ほど詳しくお聞かせ願えますか?」

「ええ、親子水入らずで話し合いましょう。深雪さん、貴女の結婚相手は達也さんです克也は補佐として仕えてあげて下さい」

「わかりました」

 

喜びに満ちあふれ涙を流している深雪を白川夫人に連れられて退室し、達也も一時期的に退室を命じられたので今食堂にいるのは鈴音を含む3人だけとなった。

 

「市原鈴音さんいえ、『一花』鈴音さん貴女は何故ここに呼ばれたかおわかりですね?」

「…克也さんの結婚相手としてですか?」

 

疑問系ではあるが答えを出した鈴音に真夜は満足そうに頷いた。克也もそれは予想していたのでそれほど驚くことはなかった。

 

「私がエクストラ(数字落ち)だと何故知っているのですか?」

「四葉家の情報網を駆使すれば容易いわ。ご両親には許可を頂いています。克也の婚約者を受け入れて貰えるということでいいですか?」

「はい、これからよろしくお願いします」

 

真夜が失踪したと葉山が慌てていたのは鈴音の婚約を許可して貰うために真夜自らが市原家に赴いていたことだった。

 

「受け入れてから聞くのは筋違いだと思いますが私でいいのでしょうか?」

「今更ですね。貴女も克也も離れるつもりはないのでしょう?」

 

真夜の言葉に鈴音と克也は同時に頷く。

 

「無理矢理引き離す必要はありませんから」

「叔母上は先程自由な恋愛は認められないと仰いませんでしたか?」

「それは深雪さんが次期当主だからです」

「それだけとは思えません。強力な魔法師は多くの子孫を残すことが求められています。それならば深雪の婚約者が達也ではなくても良かったのでは?達也が深雪を手放すという本来有り得ない条件でですが」

 

別に鈴音と婚約したくないわけではなく深雪と達也が婚約することが妬ましいわけでもない。魔法師は世間体を気にする。

 

それは強力な魔法師を抱える家系に多いそれも十師族にこの傾向が強い。師補十八家やナンバーズも例外ではない。

 

「叔母上に不幸があったのも原因であるかもしれませんが今の四葉家は血筋が少ないです。深雪はとても強力な魔法師でありますから達也との婚約に異議を唱える輩がでてくるかと思います」

「出てくるでしょうね間違いなく。でも心を鬼にしてまで2人の関係を破棄しようとは思っていませんよ。私が経験出来なかったことを2人には経験してもらいたい。幸せとはなんなのか知ってほしい私のような不幸を味わってほしくないから」

「お気持ち理解しました。節度を弁えぬ言動の数々お許し下さい」

「気にしていないわ克也の疑問は当たり前のことだもの。さて鈴音さん、慶春会で貴女と克也の婚約を発表しますので今日から自分自身を磨きなさい。普段から美人ですけどそれ以上に輝きをもって参加者の度肝を抜いてやりましょう」

 

話の後の変わりように鈴音は一瞬眼を見開いたがすぐに我に返り水波に連れられて鈴音は食堂をあとにした。

 

その後、克也は外で待機していた達也と共に真実を聞きに真夜のプライベートスペースへと向かった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

真夜の言葉が虚実だったことが達也の能力でわかったことで克也は少しばかり安堵して部屋へと戻っていた。

 

何故安堵したのかは自分でもわからない。遺伝子に手を加えられているとはいえ、どちらとも同じ遺伝子から生まれた血の繋がった兄妹であるということだけでいい。

 

それだけの理由があれば深雪の兄として生きられるのなら遺伝子レベルで離れていようと心は繋がっている。

 

本家に来たときに通された部屋に入り寝室を覗き込むと固まった。

 

{達也よこれは一体なんだ?}

{そっちもか克也。これはなんだろうな}

{仲良くしろってことだろう}

{…そういうことをしろと?}

{アホか、慶春会前にそんなことをしてみろ笑われるぞ。おそらく叔母上は俺たちが困惑するのが見たいんだろうさ}

{…なかなか良い性格をされているよ。深雪が来たから切るぞ}

{了解、鈴音が帰って来たから俺も切る}

 

「念話」を切ると鈴音がドアを開けて入って来た。

 

「遅くなってすいません…っこれは!」

「言っとくけどこれは…っ!」

 

鈴音は寝室に布団が一枚と枕が二つあるのを見て、克也は風呂上がりの鈴音の姿を見て固まった。

 

布団が一枚と枕が二つということは同じ布団で近くで寝るということである。いくら交際して婚約許可をもらった鈴音と言えどその日にこれがくるとは思っていなかった。

 

何人もの使用感に磨かれたであろう鈴音は普段から美人であったが今は五割増しだ。湯が暑かったのかうなじや頬が少し紅く真冬の部屋であっても単衣で寒くなさそうだ。

 

「…言っておくがこれは俺が敷いたんじゃないからな。来たらこうなっていたんだ」

「…いえ、疑ってはいません」

「「…」」

 

その後どちらも無言となり何を話せば良いのかわからず沈黙してしまう。気まずい沈黙は数分間続き互いにどうにかして話しかけようとするがどう声をかければ良いのかわからず言う直前で止まってしまう。

 

「テ、テレビでも見るか?」

「え、ええ」

 

へたれか!と突っ込まれそうな言葉をどうにかして紡ぎ出した俺は返事を聞いてすぐにテレビのリモコンを押した。

 

「なっ!」

「っ!」

 

まさか付けた瞬間の映像がドラマのベッドシーンとは思わず、寝室にある敷き布団一枚と枕二つを思い出してしまう。鈴音を見ると顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

刺激が強すぎたのかもう声をかけるのも茨の道に思えてきた。

 

「…俺はソファーで寝るから布団は鈴音が使いなよ」

「一緒に寝ませんか?」

「…ん?」

 

聞き間違えだろうか「一緒に寝よう」?俺の耳が可笑しくなったのだろうかそこまで耳を酷使したつもりはないのだが。まさか一年の頃の将輝の「偏倚解放」の後遺症が今頃出てきたのだろうか。

 

「俺の耳可笑しくなったかな一緒に寝ようって聞こえたんだけど?」

「聞き間違えではありませんそう言いましたから。…思い出させないでくれませんか?とても恥ずかしいのですけど」

「ごめんなさい」

 

深々と謝ると鈴音は悪戯が成功して喜んでいる無邪気な子供の笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、そんな姿を見れるとは思いませんでしたね」

「…狙ったのか?」

「偶然と言ってほしいですね」

「誘導尋問の間違いだろう?」

「どちらでしょうね」

 

一歩近づくと同じように一歩下がる。もう一度。もう一度。

 

何度繰り返しても結果は一緒。そうこうしているうちに鈴音の背後は寝室の入り口に到達していた。寝室は和室なので襖が開け閉めするのだが今は誰も寝ていないので絶賛開放中である。

 

襖があるのでもちろんレールがある。そこは僅かに段差があるのだが今の鈴音と克也は目の前のことに精一杯(二重の意味)でその事を忘れている。

 

「観念してもらおうか鈴音さん」

「しないと言えばどうしますか?」

「力尽くでも謝罪させる」

「そう上手くいくでしょうか」

「どうだろうな。相手は九校戦の作戦部長だから容易ではないと考えている」

 

克也がもう一歩踏み出すと鈴音は一歩後ろに下がり件の段差に足を乗せる。すると鈴音が体勢を崩した。

 

「きゃっ!」

「鈴音!」

 

倒れそうになった鈴音を助けようと克也は腰に手を回し抱きとめようとしたが鈴音が克也の首に両手を回してきた。

 

「なっ!」

 

予想外の行動に体勢を崩した克也は鈴音を下にした状態で寝室の布団に倒れ込んでしまう。

 

倒れた瞬間顔が柔らかい物に当たった気がしたので視線を向けてそれを見た克也は硬直する。

 

チラッ

 

克也は視線をその上に向けたのだがまたしても体を硬直させた。

 

「…何故笑っている?」

「計画通りだったので」

「全部こうなることを予測していたのか?」

「そうでなければあの言い方はしませんよ?」

 

上手く誘導されたものだと克也は脱帽する。それよりも疑問に思うのは今の体勢だ。倒れたことで単衣がはだけてあられもない姿になっている。

 

普段は制服越しで見えない鈴音の肌に克也は若干赤面する。同じように自分の積極的すぎる行動に鈴音は顔を紅くしている。

 

「続きしますか?」

「…本気で言っているのか?」

「貴方にしかこんなことは言いません。いえ、この言い方は本音とは違いますね。貴方だからこそこんなことを言えるんです」

 

鈴音の眼は本気だ。顔が紅くとも眼はいつもの鈴音の眼の光を放っている。

 

「その気持ちは無きにしも非ずだが今は抑えておこう。学生の鈴音になにかあれば困る」

「優しいんですね」

「鈴音を大切にしたいからな」

 

そう伝えると涙を流しながら俺をそっと抱き寄せた。その涙が喜びからくるものであると俺は察していたので何故涙を流しているのを聞かなかった。

 

頬を流れていく涙を左の人差し指でぬぐい右頬をその手で触れる。

 

暖かい。

 

それは体温からくるものではなく心の強さからくるものであると直感した。鈴音の心の強さが誰よりも強固なものであることを知っているから気付けたのかもしれない。

 

「私は貴方とこれからを歩めるのが嬉しくてしょうがないです」

「それは俺も同じだ。愛してる鈴音」

「私もです克也」

 

どちらからともなく互いの唇が近付き触れるだけの口付けをする。僅かに触れる密着面から互いの体温を感じお互いがどれほど想っているのかを認識する。

 

「おやすみなさい克也」

「おやすみ鈴音」

 

一つの布団の中に入り二つの枕を寄せて互いの顔を見合いながら言葉を交わす。

 

互いが互いを認識することで満たされる。それは一種の独占欲であり依存欲であるが適度な割合であれば生きる糧となる。

 

二人はそれを無意識のうちに理解し必要な言葉だけを伝えている。

 

本当に想いのこもった「言葉」とは短いものである。長々と気持ちを伝えるより単体で率直に伝える方が相手にはその気持ちの強さが伝わる。

 

「短い言葉」はそれに想いが集中しているからこそ伝わる。長々と語られてはどこに本音があるのか理解し難い。全てにこもっていたしとしても伝わらなければ意味はない。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「この度司波深雪さんを次期当主に決定いたしました。それにともない『私の息子』である達也を婚約者とします。また『私の息子』の克也が市原鈴音さんと婚約しました。暖かく未来を見守っていきましょう」

「当主様『私の息子』とはどう意味でしょうか?」

「そうでしたね。いい機会ですからみなさんにお伝えしましょう」

 

真夜は分家の一家からの質問にテヘッと言いそうな表情で応える。

 

「『あの事件』が起こる前に私から採取していた卵子を遺伝子提供を元に姉の深夜を代理母として生まれたのが克也と達也です。遺伝上は深雪さんとは従兄妹同士となりますね」

 

真夜の説明に納得したのか質問者は頷き席に座った。だが真夜の説明は嘘が混じっている。

 

一つは克也と達也が真夜の実子ではないこと、深雪と二人が従兄妹同士ではないということ。

 

この二つが分家にも明かしていない秘密である。それを分家や四葉関係者が知ることは決して訪れないだろう。何故ならば五人がそのことを最重要機密として心の奥底に封印したからだ。

 

 

 

慶春会後、四葉家から魔法協会に対して新年の挨拶とともに「次期当主の決定と婚約」、「次期当主補佐の決定と婚約」を正式に師補十八家だけではなく百家及びナンバーズにも伝えられた。

 

 

 

「まさか二人が四葉家の直系だとは思いもしませんでした」

 

自宅に帰る前日にそう嘆息するのは晴れて克也の婚約者となった鈴音だ。知ったのは婚約の許可をもらった日のことだったが今それを克也に話しているのは機会がなかったからだ。

 

次の日からは慶春会のために作法や服装選びなどでそのことを考える暇がなかったからだ。

 

「なんとなくは予想してたんじゃないのか?」

「司波君はともかく司波さんは可能性があると思っていました。あれだけの魔法力ですから」

「だろうな。誰にも引けを取らない圧倒的な魔法力あれを目の当たりにすれば否応無くそう思うよ。むしろそれに疑問を持たない方が不思議だ」

 

二人はソファーに並んで座っている。鈴音は克也の左手に抱き寄せられた状態であるため少しばかり顔が紅い。

 

「学校が始まれば大変だろうが頑張ってくれ。可能な限りは迎えに行くから」

「無理しないでくださいね?どうせ帰宅すれば会えるんですから」

 

克也と鈴音は明日から二人だけの家で暮らすことになっている。克也が今まで住んでいた家からはそれほど離れた場所ではないので何かあれば互いに連絡を取りすぐに応援に駆けつけることができる。

 

双方ともに自宅を行き交うことを許可し合っているからどちらかの家に泊まっても問題はない。

 

 

水波は克也のガーディアンの任を解任されているのでフリーである。だが本人は克也から離れる予定はないつもりらしくついてくるらしい。

 

そこで克也は水波を鈴音のガーディアンにすることを決めた。

 

戦闘能力で言えば水波の方が優れている。といっても鈴音は科学者志望のこともあるし、水波は防御担当ということもあるので戦闘能力を比べるのは少しばかり無理がある。

 

二人の関係は今のところ良好だ。鈴音は水波を妹だと思って可愛がっているし水波は鈴音を姉と思って慕っている。

 

「水波はお前のことを姉と思っているからたまには二人で出かけてあげろよ?」

「もちろんです」

 

鈴音は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「おめでとうリンちゃん!」

「その呼び方はやめないんですね真由美は。でもありがとう」

 

大学の授業が始まった初日の昼食時に鈴音は真由美からお祝いの言葉をもらっていた。照れながらもどこか嬉しそうな表情でお礼を言っていた。

 

「十文字君もお祝い言いたがってたけど家の事情があるからって午前中の授業終わったら帰っちゃった」

「仕方ないですよ十文字家の次期当主ですから忙しいのは重々承知しています」

「それもそうよね高校の頃からの付き合いだもん事情は知ってるからね。それでこれからはどうするの?」

「どうするとは?」

「この先よ。克也君はまだ高校生だしリンちゃんは大学生だし学生結婚って大変よ?」

 

魔法師は多くの子孫を残すことを強く求められる。さらにそれは強力な魔法師に強い傾向があり日本社会に影響を及ぼす家系はそれに苦しんでいる。

 

それに比べれば克也と鈴音は幸運だと言えよう互いの望む相手と添い遂げる道を得ることが出来たのだから。

 

「そうですねでもどんなことがあってもやっていけますよ」

「まったくラブラブなんだから。羨ましいなそんな恋愛できて」

 

真由美は十師族の一角七草家の長女であるために自由な恋愛などさせてもらうことはできなかった。したい気持ちはあるが相手がいないということで特に何も経験は無かった。だから親友が婚約したとなって話を聞きたくなったのだ。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「ええ」

 

二人して校内のカフェテリアを出て校門を出る。明日からは通常通りのカリキュラムに入るために新年最初の登校だけがのんびりと話せる時間というわけだ。

 

「また明日ね」

「ええ、また明日」

 

鈴音の自宅と真由美の自宅は真逆にあるために正門を出ればそこでお別れとなる。魔法大学の厚壁沿いに歩いて行くと思わぬ人物に出会う。

 

「来てくれたんですか?」

「今日は学校がないからな。それに新年最初の学校となるとマスコミが殺到するのと興味本位で聞きに来る奴らもいると思ったから見に来た。その表情と周囲を見ると心配は無用だったわけだが」

「注意することに越したことはないですから」

 

鈴音が笑いかけると克也は同じように笑みを浮かべ、鈴音の右手を優しく左手で包み込む。その手を握り返して鈴音は克也の左肩に頭を預ける。

 

そのままの体勢で2人はコミューター乗り場へと歩いて行った。




そこまでこった話ではありませんがあの美人の鈴音が本心を覗かせている行動はどこか儚いく感じますね。

次話がMEMORYIES編なのかif編なのかはわかりませんので気長に待っていただけるとありがたいです。


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17章 次世代編
始まり


新しい作品で発表していましたがこちらで出すことにしました。

内容はオリジナルでいくつもりですが登場キャラも原作キャラと関係がある人物にしようと思います。


もし誰にも見られたくない感想や質問がある方や聞きたいことがある方は下記のTwitterアカウントのDMにお願いします。ただTwitterを開くことが少ないので返信が遅くなるかもしれません。

@viyosl2n


私は父 司波克也、母 四葉莉依菜(リイナ)との間に生を受けた四葉優姫。お母様は特殊な事情があって姓を四葉に変えられた方なのです。

 

詳しくは今後話していきますが、かいつまんでお話しさせていただきます。

 

亡命されたお母様を受け入れたのがお父様の家系である〈十師族〉の一角を担う四葉家だったのです。受け入れるための許可をかつて〈最功〉と謳われ、引退しても尚〈閣下〉と呼称された九島烈様に頂き姓を変えられました。

 

話を戻しますね。私は一応四葉家次期当主候補でありますが特にこれといった思い入れはありません。あるとすれば当主になって少しぐらい我が儘な生活を謳歌したいといったところでしょうか。(お父様とあんなことやこんなことまで。ああ、ここには書き切れませんわ!なんと悲しきことでしょう!)

 

そして私は自他共に認める父親大好き通称ファザコンなのです!仕方ないと言っては呆れられるかもしれませんが本当に仕方ないのです!漆黒のように黒い髪に星々を散りばめた黒水晶のように澄んだ瞳。そして何より素晴らしいのが鍛え上げられたその肉体!

 

四十代に差し迫っているというのに、一向に衰える様子を見せないその完成された肉体はもはや作品としか形容できません。容姿もお若いので年齢を知らない方が一目見ると二十代後半としか思われません。

 

一度お父様と二人で買い物(デート)に言った際、ファンであるという女性から「カップルですか?」と言われたときは、内心ガッポーズで空を飛べるかと思えるほど嬉しかったです!

 

実際、お父様はかつて誰も実現できないとされてきた〈常駐型飛行術式〉を完成させた天才なので違う意味では空を飛べます。しかしあの時は本当に術式を使わずとも浮かぶことができるのではないかと思わせられました。

 

家に帰ってそのことをお母様にすると嫉妬されました。優姫悲しい…。そのあとお母様がお父様に噛みついていました(文字通りに)がお父様は微笑を浮かべて抱きしめられました。そうすると顔を真っ赤にさせて俯くお母様が私の眼に映りました。

 

私はそれに嫉妬しました。お父様に撫でられて抱きしめられたいというのにそれを先にしてもらえるとは悔しいです!

 

…コホン、とまあ簡単な私のお家事情は理解されたでしょうか?簡単に言えば我が家は他者から見ると、若干可笑しいものなのです。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ある日の朝、自宅前にコミューターを呼び乗り込んでいると、心配そうな顔で私を覗き込むお母様のお姿がありました。

 

「CADは持った?ハンカチは?ティッシュは?忘れ物ない?」

「大丈夫ですお母様。もう中学生ではないのでそこまで気にしなくて大丈夫ですよ」

「でも何かあったらどうしようって思うの」

 

お母様は極度の心配性なのです。四葉家当主である叔母様によれば自分にとって最初の子供だから仕方ないとのことですが、私からすれば少々いえ、かなり重いです。あ、お父様ならいくらでもウェルカムですよ!

 

「叔母様、優姫も高校生なのですから心配のしすぎは疎遠扱いされますよ?」

「優姫なんだもん。女の子だし暴漢に襲われないとも限らないから」

「優姫と私なら余程のことが無い限りあり得ません」

 

お姉様の言う通りです。今の私たちであれば想定外の事態が起こらない限り魔法でも体術でも勝てる者はいません。同年代という注釈付きではありますが。

 

だって師に勝てるわけ無いじゃないですか!全国各地で道場破りを行いその行動が伊達ではなかったということを示した赤髪の女性に!

 

「リーナ、少しぐらいは大目に見なさい。優姫だっていつまでも子供じゃないのだから」

 

リーナというのがお母様の本名です。

 

「ミユキは慣れたものでしょうけど私にとってはこれが初めてなんですかね」

「そこまで言うのであれば切り札が必要ね。次にお兄様が帰ってきたときは私優先にするから」

「なっ!そこは譲らないわよミユキ!」

「その通りです当主様!私優先です!」

「優姫まで!カツヤは私のなの!」

「「私たち(・・)(←ここが重要)よ(です)!」」

 

お父様のことで喧嘩しているのをお姉様が見て、脱力気味にため息を吐くというのがいつもの情景です。四葉家関係者からすれば、今日も平和だと思える光景らしいのでこれはこれでよしとしましょうか。

 

「優姫、そろそろ行かないとリハーサルの時間がなくなるわ」

「そうでしたねお姉様。それではお母様、当主様行って参ります」

「「頑張って」」

 

お二人に腰を折って優雅に一礼をしてからコミューターに乗り込みます。見送ってくれるお二人に手を振って私はお姉様と一緒に第一高校へと向かいました。

 

 

 

愛娘を見送った私は少しだけ安堵の息を吐く。

 

実践的な魔法技術を学ぶのは高校からであって中学生の頃は魔法素質がある子供に簡単な魔法を教えるだけ。家によっては幼い頃から魔法を親や研究者などに指導してもらうことができるが、現実的なことを言えばあまり教えない方が世間の眼は柔らかい。

 

魔法師家系であれば指導力や機械などに困らないので指導の質が高くなる。一方、そうでない家庭は金銭を払って専門の魔法師に教えを請うしかないのである。教えを受けられたとしても短時間でしかなく金銭もそれほど安く済むわけでもない。

 

こういうことから強力な魔法師を抱える家系以外は自然と魔法の指導はあまり行わない。

 

それが私がこの国に来て娘を育てる上で身に染みて感じた現状。

 

「あまり心配しすぎないように。そんなことで倒れられたらお兄様に会わせる顔がないわ」

「わかってはいるんだけどね。優姫を見ていると不安になるの昔の私を見ているようで」

 

昔の私は自分のやるべき事を唯為すためだけに動いていた。それをしなければ自分の存在価値は何なのかと疑い正気でいられなかった。

 

でもカツヤと出会って私は変われた。あの頃の自分はUSNAの戦略級魔法師〈アンジー・シリウス〉としてではなく、唯の魔法師である〈アンジェリーナ・クドウ・シールズ〉として見てほしかったのだと今だと思える。

 

無茶なことをして周囲に迷惑をかける性格だった自分のようになってほしくないから、優姫に対して過保護になってしまう。

 

あの頃の自分と今の優姫を重ねて見つめ直すことが今の私がしている行動。それが優姫の枷になっているとわかっていても外せない。

 

優姫につけられた〈四葉家の姫〉という二つ名さえ今の優姫にとっては何物でも無い。唯の二つ名であって自分の精神などに影響するものではない。

 

「優姫なら大丈夫よ。敬愛するお兄様と私の親友であるリーナの間に生まれた子供だから」

「クスッ、ミユキが言うと説得力があるわ」

「もちろんよ。十師族の一角を担う四葉家の現当主の言葉に説得力が無くてどうするの。さてと私たちも仕事に入りましょうか。今日は《七花(・・)》家との対面日なのだから」

「忘れてたわ。改名してから初めての訪問だった」

 

深雪とリーナは顔を綻ばせながら広大で贅沢ではあるが不思議と質素に感じられる日本家屋へと入っていく。二人の表情はとても明るく、過去に辛いことがあったのかと疑問に思うほど純粋な笑顔だった。

 

自宅へと入る艶があり何色にも染まらない黒髪と派手すぎずしかし嘆息するほど可憐な金色の髪を、一吹きの朝の風が揺らす。四月にしては温かくそして柔らかく優しい風は、まるで遠くにいて顔を合わせられなかったことを謝罪するようだった。

 

それを感じたのか二人は入る直前に北東へと顔を向ける。今そこにいるはずの、二人にとって切っても切り離せない人物がこちらを見ているのではないかと思い、淡い笑みを浮かべた。




これからはヒロイン目線での描写が多くなります。

オリジナルストーリーにしようかと思っていますが作者にはシナリオ構成や語彙力がないので原作や他作品から引用することがあると思いますがそこは目をつぶってください。

ついでに言いますと作中では大抵が日常生活を書いてく予定です。これといった事件やテロ的なものはいまのところありませんが構想でき次第投稿になるかと思います。

そのときは優しく見守ってくださいww


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悶え

内容がちょっと的な感じですが楽しんでいただければと思います。


自家用車でお姉様と2人だけのちょっとした遠出。そうは言っても現実は厳しく、向かう場所はショッピングモールでもなければ高級料理店でもないですが。

 

学生と名のつく者が抱く感情。半分は友人と会うことのできる場所であるため楽しくなる。半分は勉強という嫌でもしなければならない。

 

それ故に正と負の感情が入り混じりなんと表現すればいいのかわからなくなる。それでも新学期であり高校生活という中学生とはまた違った学年でと考えれば舞い上がってしまいます。

 

「緊張してるの?」

 

そう優しく問いかけてくれるお姉様のおかげで緊張は少しばかり和らぎました。やはりお姉様は素晴らしい方ですね。抑えていたつもりでいたのですが自覚しないうちに不安が漏れ出していたようです。

 

「それなりにはしています。人前に立つことはそれほど得意ではありませんから」

「四葉家の娘でしょうにどうしてこうも性格が違うのかしら」

「人それぞれですお姉様。それに親がああであればこうなっても仕方ないかと」

 

そう私の母である四葉莉依菜(リイナ)通称リーナは重度の過保護なのです。何故そこまで過保護になれるのかと疑うほど過保護で時には煩わしくなることもあります。ですけどそれは私の安全を思ってのことであって決して嫌いだからということではありません。

 

別の言い方をすれば湾曲した愛情表現といったところですね。嬉しいのですけどもう高校生なのですから、少しぐらいは大目に見てほしいと思うのは可笑しいでしょうか。お母様のことは嫌いではなく、むしろ好きですけどあれがあると素直に口にできなくなります。

 

「叔母様の過保護さには困ったものね。お母様のように少しは遠くから見守るだけにしてくれれば良いのに」

「ですよねお姉様!これでは周囲からからかわれるのが目に見えています」

 

すると電話を知らせるメロディーが車内に響き渡りました。

 

「あら?こんな朝早くから電話なんて何処からかしら。お母様と叔母様は準備で忙しいはずだけれど」

「ものは試しではありませんが取り敢えず開けば良いのでは?」」

 

四葉家が所有する自家用車の電話番号を知っているのは一家のご友人と関係者のみ。しかも今乗車している車はお姉様のものですから番号を知っている人物はさらに一握り。まさかですけどあの人でしょうか?いえそんなはずはなく忙しいですから連絡する暇も無いはず。

 

「もしもし」

『おはよう2人とも。今時間あるか?』

伯父様(お父様)!?」

「お父様!?」

 

車内のスクリーンに現れたのは画面越しにでもわかる鍛え上げられた肉体、40代には見えない若々しい容姿をした初対面であれば青年とも思える人物。

 

四葉家が誇る最大最強の魔法師であり日本が所有する戦略級魔法師。お姉様のお父様である司波達也の兄であり私の実父である司波克也その方でした!

 

『ビックリしたか?サプライズになったのであれば大成功なんだが』

「ビックリも何も…」

「お父様ぁぁぁぁぁ!」

『優姫はいつも通りのようだな。樹里も元気そうで何よりだ』

「ロサンゼルスにいるのでは?時間帯を考えるとお昼の15時頃でしょうけど今はお昼休憩ですか?」

『巳焼島から緊急のSOSが届いて昨日の夜に着いてた。本家に帰ろうと思ったけど予想以上に深刻な問題だったから報告が遅れてしまったのさ』

 

お父様はわかってしていらっしゃるのでしょうか。柔らかに微笑んでいれば世の女性を虜にしてしまうものであるというのに。

 

無意識とでも無自覚とも言いますが罪な人ですお父様!それは私だけに向けるべき表情です!お母様でも叔母様でもありません私だけにです!

 

『…優姫に睨まれているんだが俺何かしたか?』

「伯父様はわかっていらっしゃらないのですか?」

『何を?』

「…いえ、何でもありません」

 

お父様ぁぁぁ!小首を傾げないでくださいぃぃい!私を殺すおつもりですか!?悶え死にさせるおつもりですか!?ああ駄目ですお父様そんな風に迫られては私どうにかなりそうですぅぅぅ!

 

『本当は優姫に入学おめでとうを言いたかったんだがエキサイトしてるから後回しだな。樹里、進級おめでとうついに最終学年というわけだが気を抜いたら許さないぞ?最終学年こそもっとも大切な時間だからな』

「心得ておりますお伯父様」

『主席入学して主席卒業することを期待しているぞ。ああ、それとあまり光月彦(みづひこ)を尻に引かないようにな。いくらあいつがのほほーんとしているからといってそういうのは駄目だぞ』

「そ、そんなはしたない真似は致しません!」

『ははははははは。言葉に詰まったところを見ると図星か?光月彦もとんだお転婆な彼女をもったもんだ。いや婚約者と言うべきか』

「…帰ってきたら魔法練習の刑です伯父様」

『どんと来い』

 

まったく伯父様という方はどうしてこうも人をからかうのがお好きなのでしょうか。嫌ではなくむしろ嬉しいのですがTPOを考えてほしいと思うのは私だけでしょうか。仕事柄家に帰ることもままならず家族と会話をする機会もないのですから、こうしてストレスを発散させておくのも次期当主としての責務。

 

不満など口にはせずに真摯に向き合って会話をしておくべきでしょうね。隣では自分の体を抱きしめて悶えている優姫がいますがそれは放っておいてもいいでしょう。むしろ放っておかないと私の精神がもちませんわ。

 

「次はいつお戻りになるのですか?」

『ここの問題が片付いたらまたロスだからなぁ。早くて2週間で遅かったら1ヶ月とかそんな感じだな。うぉい文弥いきなり引っ張るな会話中だぞ。え?俺じゃないと対応できない?そんなの平河にさせておけ。あいつならどうにかしてくれる』

「伯父様?」

『すまんどうやら俺でないと無理らしいから切るぞ。その前に優姫を呼んでくれ言ってきたいことがある。わかったわかったから文弥そんなに腕を引っ張るな脱臼するって』

 

どうやら画面の向こう側では文弥叔父様が伯父様を催促しているようです。文弥伯父様もイケメンなのですが伯父様が絡むとどうしようもなくだらしなくなってしまうのでどう接するべきか迷ってしまいます。

 

取り敢えず伯父様の身体のことを考えると手っ取り早く優姫に代わっておくべきですね。伯父様の〈固有魔法〉を使えば脱臼程度の怪我は怪我と呼べるほどでもありませんが。

 

「お父様何用でしょうか!?」

『まあそのなんだ。あまり深雪や樹里、母さんに迷惑をかけないように良い娘でいることいいな?』

「お父様まで子供扱いですか?これでも15歳の学生ですよぷんぷん」

『「自分では言わないのでは」』

「気にしたら負けですよお二人とも!」

 

えっへんと胸を張ってはいますけど、ボリュームが足りませんので何故か虚しく感じてしまうのは私だけでしょうか。ボリュームと言えば私の方が余裕で上です。2つ年上だということも理由の一つですが2年後のことを考えると勝つ気しかしません。

 

「お姉様今自分の方が大きいと思いましたね?私はまだ発展途上ですから成長の余地はあります。しかしお姉様はもう成長しないのでは?去年から大きくなっていないと叔母様から聞きましたよ?」

「どうでもいい情報入手してるんじゃないわよ!それとも大きさで負けてるからそういうことを言ってるだけでしょう?負け惜しみとも言うわ」

「成長してない人に言われたくありません!」

「小さい子に言われたくないわ!」

 

こうなったら異性に聞いてもらうのが一番です。

 

「「伯父様(お父様)!胸は大きい(小さい)方が良いですよね!?」」

『……………どっちでも構わないんじゃないか?』

「「その間は何ですか!?間は!?」」

『いやだって男の俺に聞いたところでじゃん?俺だけが言っても意見にはならんだろ」

「「文弥叔父様はどう思われますか!?」」

『文弥ってあっ逃げたぞあいつ。関わりたくなかったみたいだな』

「「文弥叔父様ぁぁぁぁぁ!」」

 

こういうときに限って逃げ出すなんて本当に男性なのでしょうか。〈男たるもの背を見せて逃げぬべし〉という家訓でもしたためてもらいましょう。

 

「「叔父様(お父様)の本音はどっちですか!?」」

『正直大きかろうが小さかろうが問題ない。好きな人がどっちであろうと好きなことには変わらんからな。それに胸の大きさが全てではないし、大きくしたり小さくしたり自由自在なわけでもないんだからそれで決めつけるのはどうかと思うぞ』

「「…」」

 

ぐうの音がでないとはまさにこのことです。というよりそのような話題で盛り上がってしまうとは淑女としてあるまじき行為です!

 

『まあでも思春期なら悩んでもいいんじゃないか?深雪だって悩んでいたみたいだしリーナがどうかは知らん』

「お母様もあったのですか?」

「叔母様が」

『そりゃ深雪にだって悩みはあったさ。相談されたぐらいだからな』

 

あの淑女の鏡であるお母様が同じような悩みを抱えていただなんて想像もしていませんでした。お淑やかで清楚なお母様が叔父様に相談していただなんて。

 

「ではお父様私にご教授ください」

『なんで父親の俺が手解きするって話になるんだ。リーナか深雪に聞けば良いだろうに』

「お父様だからこそお願いしているのです。今なら私の身体はお父様のものですよ」

『おい樹里これは危険信号だと思ってもいいよな?』

「相違ありません。私がしつけておきますので仕事に戻られた方が良いかと」

『そうだな。文弥も怒っているだろうしそろそろ戻ることにしておくよ。優姫、入学おめでとう高校生活を謳歌するんだぞ』

「いやぁぁぁぁぁ!お父様もっとお話をぉぉぉぉ!」

 

優姫の懇願も虚しく映像は切れ、優姫は魂が抜けたかのようにうなだれています。さてここまで消衰した優姫を再起動させるにはどうしたらよいでしょうか。入学式のリハーサルまでに通常運転に戻ってもらわなければ、本番も残念な結果になってしまうでしょう。

 

そうなれば四葉家の家名に泥を塗ることになります。優姫だけではないということを知ってもらわなければ。

 

「優姫元気を出しなさい。貴女が答辞を失敗すれば四葉優姫という名前に変な肩書きがつくわよ」

「…いいです私の名前についても問題ありません」

「あのねぇ、優姫の名前に傷がつくって事は四葉に泥を塗ることになるのよ?責任がとれるのかしら」

 

その程度で四葉家が蔑まれることはないでしょうが、優姫がそういう風な眼で見られるのは耐えられませんからね。従妹であるということも理由の一つですが、精神の未熟な優姫を支えたいのです。私だって完璧とは到底言えませんから。

 

「そうなれば叔父様まで影響が出るかもしれない。貴女はそれを望んでいないでしょう?成功すれば叔父様はきっと褒めてくださると思うわ」

「本当ですかお姉様?」

「嘘だとでも?貴女のお父上ですよ?きっと褒めてくださるわ」

「そうですよね。お父様だったらきっと褒めてくださいます。やる気が出ましたよお姉様!さあ第一高校へ急ぎましょう!」

「はいはい」

 

本当に単純な()。だからこそ可愛くて護りたくなるのだけれど今ぐらいは大目に見ても良いでしょうね。そして私たちを乗せた車は第一高校へ向かうのでした。



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