迷宮にて弓兵召喚 (フォフォフォ)
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第一階層①

初めての投稿なので、不備諸々あると思います。
誤字脱字の指摘お願いします。


 ノーマ・グッドフェローは現在進行形で死を目前にしていた。

 

 魔術協会の依頼、発生した第七迷宮の探索。代々魔術遺跡捜索者の家系であるノーマはそれの捜索隊に抜擢されたのだ。別に彼女に才覚があった訳ではないが、一応は続いている家系、それと恐らくは数会わせ的な物もあり、彼女は探索隊の一員として同行している。

 

 迷宮の探索メンバーはかなり大規模で、名家の出身は勿論、ノーマのような同業者や、『有事』の際に真っ先に戦うだろう血なまぐさい連中までいる。極地と言っても過言ではない第七迷宮に相応しい人選だ。

 

 どちらにせよ、自分のやることは命令されたことを細々とやるこしかない。そうノーマは思っていた。

 

 だがその探索隊は、迷宮に入った途端に全滅してしまった。

 

 敵対勢力がいること自体、それほど驚くには値しない。どんな魔術遺跡も神秘が高ければ高いほどその防御は生半可な物ではない。その為にノーマ達のような探索専門の魔術師がいるし、万が一の戦闘時も多くの場数を踏んできた魔術師もいる。

 

 しかし現実は冷酷、悲惨だった。たった一匹の蛇。世界最大の蛇の数十倍は巨大な蛇型魔獣によって捜索隊はあっさりと全滅。

 

 ノーマの目の前には多くの仲間を丸呑み、胃袋へと納めた大蛇がいる。

 

 本能のまま逃げまどっていたので殆どの装備を落としてしまい、体力も底を尽き、目の前で大蛇がいれば精神力も消える。探索の鉄則、冷静さを欠けた行動はそのまま死に繋がるということを思い出した時には全てが遅い。

 

 巨大な蛇は獲物を補食する際、その蛇体で締め上げ、獲物の体力を奪ってから丸呑みする。

 

 しかしそれは一般的な大蛇のみで、この生き物は幻想種。ノーマの身体を噛み砕かんばかりに口を開け、その腹に納めようとしていた。

 

 ノーマにできるのは、ただひたすらに震え上がるのみ。頭の中には打開策どころか走馬燈すら見えない。自分が死ぬのだという実感すら持てず、ただただ自分の死を見つめ、怯えた。

 

 突然右腕に痛みがはしった。ここまで逃げてきた際、何回も転んだが、それは恐怖によって殆ど消し飛んでいる。それなのに、その痛みだけははっきりと感じることができた。

 

 瞬間、世界が一変した。

 

 閃光のような強烈な光が視界を塞ぐ。次いで強大な魔力が直ぐ近くで渦巻くような錯覚を覚える。生き残った探索隊の誰かが自分を助ける為に大規模な魔術を行ったのか。と考え即座に否。と返答する。自分を助けれるくらい余裕のある『魔術師』ならば、少しでも魔力の消費を少なくするべく行動する。

 

 若干、自分の身体が重く感じた。これまで走ってきたのは確かだが、自身の内包された魔力、それが何処かへ流れている感触。

 

 音がした。

 

 何かが地面に落ちる音。ドサリ、だろうか。ノーマは少し逃避気味に思考し、恐る恐る目を開ける。

 

 光は止んでいた。

 

 大蛇は、変わらずこちらに向けて口を開けている。違うとするなら、その胴と首が別れ、力なく横たえている所。

 

 だが、ノーマの目を引いたのは死んだ大蛇ではなく、自分の前にいる男だ。

 

 鍛え抜かれ、引き締まった身体に、赤い外套と白い髪。手に持っているのは左右色の違う双剣。後ろ姿からはそれくらいにしか判別がつかないが、どちらにせよ彼がこの大蛇を倒したのだ。

 

 これが探索隊の生き残りなら、どれほど良かっただろう。

 

 だがノーマの目には、その男から放たれた人間では無い魔力が視えていた。自分の頼りにもならない魔眼が、はっきりと男の纏う神秘に反応している。

 

 サーヴァント。過去に活躍した英雄を、一時的に位にはめることで使役する存在。使い魔の最上位と言っても過言ではない。

 

「やれやれ。模造された聖杯戦争だからと言って、偽物を使役させるとは。座も余程人手不足と見える」

 

 男はゆっくりとこちらへ向き直った。褐色の浅黒い肌に、鷹のように鋭い目。口元には自嘲気味な笑みが浮かんでいる。

 

「問おう。君が私を呼び出してしまったマスターかね?」

  

 

 

 

 

 

 召還早々、目の前に敵がいるという状況で、アーチャーは即座に行動を開始していた。

 

 目の前の大蛇は、確かに魔術師相手では脅威だ。その神秘はさることながら、純粋に巨体を活かした攻撃というのは戦闘では大きな優位になり得る。

 

 だが、それは相手が人間であった場合だ。

 

 自身の両手に、二振りの夫婦剣を投影。馴染みの感触に浸ることなく、獲物を補食せんとする大蛇の頭部へと振り下ろす。

 

 幻想種の生き物である大蛇は、自分の死を見ることも無くその生を終えた。

 

 他愛も無い。というのは少し誇張がある。仮にも相手は幻想種。肉体のスペックだけなら相手の方が上かもしれない相手だ。自分が勝てたのは大蛇が『人間』を相手にしていた事。そして自分の実力と、運があっただけ。

 

 現界した瞬間、聖杯から送られてくる情報に思わず苦言が出た。

 

 亜種聖杯。本来行われる筈の本物の聖杯戦争を、何処かの魔術師が疑似的に再現したもの。出てくるサーヴァントも格が低く、七騎全ては揃わない。よくて四騎か五騎。その上願いが叶うかどうかも怪しい聖杯と来た。

 

「やれやれ。模造された聖杯戦争だからと言って、偽物を使役させるとはな。更に賞品まで欠陥品と来た。座も余程人手不足と見える」

 

 後ろへ振り返る。供給される魔力を通じて、自身のマスターは直ぐに見つかった。この聖杯戦争の様式上、巻き込まれたという訳ではない。恐らくは何処かの魔術師ではあるが、戦闘には不慣れな人間なのだろう、尻餅を付き、目の前に起こった事が信じられないとばかりにその眼は見開いている。

 

 少しだけ、既視感が抱けた。記憶が磨耗し、殆ど消えてしまっていても覚えている記憶。それによく似た構図だ。

 

 あの時の彼女は、自分のことをどう見ていたのだろうか。 

 

「問おう。君が私を呼び出してしまったマスターかね?」

 

 アーチャーはマスターへ問いかけながら、観察する。

 

 マスターは明らかに怯えていた。問いかけにも返事ができず、震えた身体でこちらを見上げている。大蛇から逃げ、更にサーヴァントの召還という重労働で疲弊しているのもあって、そう簡単には自分が無害であることを説明できそうにない。

 

 さて、どうするか。

 

 この迷宮、アルカトラスの第七迷宮は至るところに罠が張り巡らされ、幻想種が彷徨いている。こうやって無策に立ち往生していてはいつどこから狙われるか分かった物ではない。今も近くでこの幻想種のような気配は感じられる。

 

 非常時の際、一番に率先すべきなのは安全な場所を見つけることだ。

 

 アーチャーはそう判断し、思考停止状態のマスターを抱えた。マスターは暴れず、というか状況が読み込めておらず目を白黒させている。

 

「すまない。今は我慢してくれ」

 

 そう言ってアーチャーは地を蹴る。マスターは首根っこを捕まれた子猫よろしく静かだ。というよりパニックを通り越して頭が真っ白になっている。自分を見ていた目は、正体不明の存在に恐れているというより、強大な存在に怯えていると言った方が良い。だからと言ってこんな場所で相互理解の会話を挟む程アーチャーは自分の能力を過大評価していなかった。

 

 サーヴァントの脚力で気配から一定の距離を置き、アーチャーは、適当な場所で自分のマスターを下ろした。安全な場所、というよりかは少なくとも敵が近くにいない場所だ。細い通路にできた小さな部屋、そこに座り込んだマスターは、恐る恐る、と言った感じで口を開いた。

 

「あ、あの・・・・・・」

「礼ならば構わない。私は君のサーヴァントだ。マスターを助けるのは当たり前とも言える。まあ、私を呼び出したと言う間違いを除けば概ね君は幸運だ。今は自己紹介よりも、君自身の英気を養った方がいい」

 

 皮肉混じりに休めと暗に言う。どう見てもマスターが落ち着いているとは思えないし、目の前の小娘が自分に抱いている視線、英霊と言う畏怖すべき存在に向けられた視線なのが少し可笑しかった。英霊、と言えば高次な存在、古代の勇者や救世主を思っているのだ。自分のような反英霊が、神話の英雄のように見られるのは悪い気分しかない。

 

「マスターって、私が?亜種聖杯の?」

 

 恐怖よりも驚きが勝ったような声だ。だが、絶望にまみれた迷宮の中で一秒も早く混乱を脱する良い機会。アーチャーはそうだ、と答え、簡潔に状況を説明する。

 

「今回の聖杯戦争はどうやら不完全な物らしいが、私はアーチャーのクラスだ。とはいえ、迷宮探索に駆り出されるとは思わなかったが」

 

 今回の聖杯戦争はかなり異質だ。亜種聖杯という不完全な聖杯は勿論、この迷宮の性質は通常の聖杯戦争とは明らかに違う。階層を彷徨く幻想種、深奥の亜種聖杯、それらを狙う魔術師と、サーヴァント。迷宮攻略と戦争を同時に行わなければならないのだ。

 

「私が、私が・・・・・・どうしよう」

「見たところ魔術師のようだが、君は亜種聖杯を求めて参戦したのか?」

「私は、その・・・・・・探索隊で」

 

 まだ完全には落ち着いていないが、マスターは何とか喋れるようになっていた。辿々しい口調だが、身につけている物はそれなりに探索用に適した装備をしている。

 

「ふむ、成る程。大体状況は分かった」

 

 アーチャーは腕を組んで、マスターからの説明を整理した。

 

「つまり君は迷宮の探索隊に入っていただけで、亜種聖杯を求めた訳じゃないのだな」

「え、ええ」

 

 彼女の纏う雰囲気はどんな犠牲を払ってでも聖杯を求めんとする魔術師ではなく、単純に現状からの脱出を求めている。サーヴァントたるアーチャー自身も模造品の劣化品に願う物など何一つ無い。仮に彼女が脱出したい、と言うのならばさっさとそれを済ませてたいが。

 

「最下層まで下なければならない、か」

 

 迷宮へ入ってきた道は堅く閉ざされている。物理的にも魔術的にも遮断された空間に、この迷宮はある。無理矢理脱出する方法をアーチャーは持っていたが、今のマスターから送られてくる魔力は不十分だ。最悪両者共に魔力切れで倒れる可能性もある。

 

「脱出するのに踏破する必要があるとは、この迷宮を造った者の趣向が分かる。ほとほと面倒事を押しつけられるな私は」

「あなたは、その。亜種聖杯が欲しくないの?」

 

 アーチャーの態度に、ノーマが疑問を投げかけた。目の前の英霊が自身が思っていたであろう予想を裏切るような気軽さに、何とか会話できるまで意識が戻ってきた。冷静になりつつある思考の中で、このサーヴァントが安全であるかどうかを知りたかったのだ。サーヴァントは願いを叶える為に召還に応じる。亜種とは言えど、それに望みをかけるには十分だ。その望みの為ならば、魔術師らしく他人を裏切ることも。

 

 だがこのサーヴァントはどちらかと言うと聖杯自体には興味が無いように見える。アーチャーは「そうだな」と肯定した。

 

「私に望みは無いよ。あるいは何処かの時代に召還されればできていたかもしれないが・・・・・・まあ今回は無いだろう。それでもマスターの指示には従う。少なくともやる気が無いわけでは無い。全力で君を外へ送り返そう」

「それは・・・・・・どうもありがとう」

 

 マスターは立ち上がろうとしたが、身体がふらつき倒れそうになった。アーチャーはそれを優しく支える。

 

「召還で魔力と体力を使い果たしたのだろう。今敵の気配はしない。しばらく休むといいマスター」

「・・・・・・ノーマ」

「?」

「私の、名前。ノーマ・グッドフェロー」

 

 それだけ言うと、ノーマは倒れるように眠ってしまった。

 

 アーチャーは彼女をゆっくりと地面に座らせ、周囲を警戒する。

 

「ノーマか。良い名前だ」

 

 魔術師としては中の下。マスターとしてはまだまだ未熟。それでも悪い人間ではない。会ってまだ数刻と経っていないが、それだけは感じ取ることはできた。

 

「やれやれ。半人前のマスターを抱えるとは。彼女の気持ちが今になって分かるよ」

 

 アーチャーは溜息混じりに、そう呟いた。

 

 

 

 目を開けたノーマは、見知らぬ天井に疑問符を覚え、目をこすりながら身体を起こした。

 

 寝起きのせいか、頭が回らない。視界を回し、石造りの小さな個室にいることが分かった。しかし何で自分はこんな所にいるのだろうか。

 

 と、自分以外の人間の後ろ姿が見える。

 

「起きたか」

 

 こちらが起きたのを感じ取ったように、その人物は振り返った。赤い外套に浅黒い肌。それを認識し、ようやく自分の記憶がゆっくりと戻ってくる。

 

「・・・・・・あ、アーチャー」

 

 そうだ。彼は自分のサーヴァント。そしてここは迷宮の中だ。こんな貧弱な魔術師が、サーヴァントを喚び出して使役している。夢かと思いたかったが、どうやら夢ではないらしい。

 

「その顔を見ると記憶喪失という訳でも無いようだな。生憎水の類は少ししか確保できなかったが」

 

 そう言ってアーチャーは水筒を放った。慌ててノーマはそれをキャッチする。容器に入っていたのは水だ。

 

「君が寝ている間に、少し周囲を斥候してきた。恐らく君と同じ役割を担った人物の物だろうが・・・・・・もうその人物には必要はあるまい」

 

 それの意味を、ノーマは察する暇が無かった。ジッと小瓶を見つめる。

 

「これ、鞄の中に入ってなかった?」

「ああ、その通りだ」

 

 アーチャーは隅に置かれた探索鞄を指さす。それを見た瞬間、ノーマはこの迷宮に入って初めての歓喜に包まれていた。

 

「良かった・・・・・・これが無かったらどうしようかと」

「もしや君の私物か?」

 

 アーチャーの問いにノーマは肯き、中身を調べる。

 

 ある。探索に必要な装備は勿論、食料品や水、それを確保する道具も。

 

 水筒の水を飲むまで無く、ノーマの意識は完全に覚醒していた。

 

「よし、では私からも知っていることを説明しよう」

 

 探索鞄の中にある携帯食料を頬張りながら、ノーマはアーチャーの説明を聞く。

 

 亜種聖杯。アインツベルンの第三魔法、聖杯を疑似的に再現したもの。

 

 各地で亜種聖杯は造られているが、どれも粗悪品ばかりで儀式が成功したとしても願いが叶えられるかどうかも分からず、下手をすれば高濃度の魔力が暴走するだけという、魔術師にとって分の悪い賭けだ。

 

 この迷宮にある亜種聖杯も、その仕様は変化はない。しかし、四騎全てのサーヴァントを消滅させる必要はなく、四階層ある迷宮の最下層まで行くことができればその魔術師に亜種聖杯が渡る。

 

「つまりは迷宮攻略だ。私も生前、斥候や探索をした経験があるが、ここはその比ではない。至る所に幻想種の生き物が徘徊し、サーヴァントであろうが危険な罠も多数ある」

 

 階層から下の階層へ移動するには、番人が守る門を通らなければならず、番人との戦闘は避けられない。その番人も、サーヴァントを容易に始末できる実力を持っているという。

 

「一応迷宮なので礼装や触媒の類も各所にあるようだが・・・・・・ノーマ。君は守銭奴かね?」

 

 突然の質問に、思わずノーマは面食らう。守銭奴。探索任務で各自が採取した品はその人物の物になる、と事前に言われて目を光らせていた連中はいたが、残念ながらそれらの瞳はもう何も映らない。ノーマは首を横に振った。

 

「それは良かった。つまり私達の目標は迷宮の脱出だ。わざわざ並みいる敵を殲滅しなくて良いし、金銭に目を眩む事もない。危ないと思えば逃げて対策を考えれば良い」

 

 成る程、とノーマは肯く。冷静になった頭で思考すると、事態はそれほど悲惨ということではない。装備もある。頼りになる仲間もいる。いつもと同じ探索、という程楽観視はできないが、そもそも探索自体が危険を伴う。これはそう言う意味でもノーマの日常とほぼ同じだ。

 

「分かった。やってみる」

 

 携帯食料が胃の中から、体中へと活気に変換されていく。まだ心拍は高いが、それでも十分動くくらいには肉体も精神も回復した。

 

 それを見て、アーチャーは笑った。

 

「ああ。よろしく頼む。マスター」

 

 ノーマとアーチャーはそのまま迷宮内を探索した。今いる場所は第一層の入り口付近。アーチャーから聞いた話だと下に行くほど徘徊する敵は強くなっていくらしい。

 

 つまり第一層が一番弱い。しかしノーマの見る限り、一級の魔術師でも呆気なく倒される怪物が何体もうようよしている。

 

 先ずノーマが考えたのは場所の把握だった。何処へ行けばいいのか分からない状況で、無闇やたらに動き回る必要は無い。

 

 探索鞄から取り出した手鏡で、入り組んだ路地の曲がり角を確認する。探索用の魔術礼装は勿論あるが、閉鎖的な通路で長々と詠唱している時間は無い。結局の所サバイバルに必要なのは最新鋭の機械でも大がかりな魔術儀式でもなく、誰でも使える単純な道具だ。

 

 鏡に反射されて映ったのは、人間ほど大きいサイズをした獣だった。兎を数十倍大きくして、かつ凶悪にしたような姿。殺人兎といったところか。大型の熊よりも巨大な体躯を揺らし、血のように赤い瞳を光らせる。

 

 いつもなら即座にここから離れるか、殺人兎が移動するまで隠れている。しかし今は一人ではない。

 

「どう?」

「問題は無い。見たところ周囲に他の個体はいないようだ」

「分かった。お願い」

「承知した」

 

 瞬間、アーチャーは一気に曲がり角を飛び出した。

 

 殺人兎がアーチャーに気付いて身体を上げる。そのまま威嚇しようと口を開けたが、アーチャーが放った矢が頭部もろとも破壊していた。

 

 突き刺さる、なんてことはなく、矢が頭を貫いたのだ。いまの時代の最高峰の武器を使用しても、こうはならないだろう。しかしアーチャーは相手の首を飛ばした程度で油断はしない。更にもう二射、胴体と足首へと撃ち込む。生命として首を飛ばされればどんな生き物も死ぬが、その摂理を踏み越えるのが幻想種たる所以。現に殺人兎は首を吹き飛ばされてもアーチャーに接近しようとしていた。止めの二射でやっと生命活動を終えた殺人兎が、忘れていたように地面に倒れ込む。

 

 これが、サーヴァント。改めて自分の喚びだしたアーチャーの実力にノーマは戦慄し、また味方であることに感謝した。

 

「マスター」

 

 アーチャーは、特に勝利の余韻に浸っているという風もない。その視線は頭部、胴体が吹き飛ばされ、無惨に内蔵を地面にまき散らされた殺人兎に向けられている。

 

「一つ聞くが、調理用品を持っているかね」

 

 

 それから先、アーチャーは道行く敵を倒していった。弓兵としての特性を生かし。遠距離からの攻撃で敵の出鼻をくじき、止めを刺す。先手必勝の戦術に殆どの怪物達が反撃もせぬ間に倒されていく。

 

 そして、血の通っている生物の死体をアーチャーは。 

 

「いや何、さっき携帯食料を食べていたが、あれでは栄養のバランスは取れても腹は膨れまい。私もよくやったのだが、やはり現地調達こそ一番だと思うのだ」

 

 探索において、鉄則というか。それなりの国なら一般常識でもありそうな知識を、ノーマは知っている。

 

「食わず嫌いは良くないなマスター。こういうのは食べれる時に食べる物だ。私も毒味してみたが、問題はない。鶏肉のような食感だ。小麦粉が無いのが悔やまれる所だが」

 

 サーヴァントというのは、過去に活躍した英雄だ。太古の英雄というと、やはり武勇に偏った物が多い。

 

 だと言うのに、このサーヴァントはあろうことか今の時代の料理器具を完璧に扱い、そして調理している。携帯式のフライパンや鍋程度であるが、それでもこうも手早くやっていると、もしやコックだったのではないかと思えてしまう。

 

 あの殺人兎から何個か臓物を物色し、持ってきた彼は休憩がてらに調理し始めていた。

 

 生肉をぶら下げながら、安全な場所が、料理できる場所が無いか探し回る英霊の姿は滑稽を通り越して呆れるところだが、ノーマはもうワンランク上、すなわち固まっていた。

 

 自分はもしや、毒物を食べて死ぬのではないか。

 

 そんな考えを抱きながら、アーチャーの調理を見ている。一通りの魔術はできるらしく、簡易的な火を出現させて、肉を炙りバックパックの中にある調味料を器用に使い、アーチャーは得体の知れない怪物を用いた料理を作っていく。

 

「さあ、できたぞ。ただ焼いて塩をまぶしただけというのは辛いが、今必要なのはエネルギーだ。食べてみたまえ」

 

 そう言って、アーチャーはできた料理を前に満足そうに微笑む。ノーマは騙されていると実感しながら、皿に乗せられた肉を食べた。

 

「・・・・・・おいしい」

 

 いや、確かに旨い。迷宮に入ってそれほど時間は経っていないと思うが、少なくとも入ってからは一度も肉を食べていない。携帯食料の栄養バランスもさることながら、やはり天然の素材を用いた方が何倍もおいしい。旨味が自然と口の中にこぼれていく。

 

 しかしそれだけではない。

 

 少しではあるが、自分の中の魔力が回復しているのが分かる。

 

「迷宮内の生命体は魔力を内包している。何でも食べれるという訳では無いだろうが、サーヴァントでも魔力を摂取できるようにだろう」

「もしかして、亜種聖杯から調理方法を教えられたの?」

「まさか。こんなのは料理とは言わない。もう少し素材があれば良いのだが・・・・・。いや探してみるか。肉があるのなら植物、果ては調味料等もあるかもしれん。ここらでレパートリーの拡大を・・・・・・」

 

 冗談と思ったが、アーチャーの目は本気だった。この英霊は探索や脱出よりも、自身のレシピを増やすことに興味が向けられかけている。

 

 慌ててノーマは話題を替えた。

 

「そう言えば、貴方の武器なんだけど・・・・・最初は剣を使ってなかった?」

 

 アーチャーは呼んで字のごとく、弓を主兵装とするクラスだ。しかし彼は自分を助ける際に双剣を出していた。

 

 弓兵が双剣を使う。調理をする。彼以外の英霊を今のところ自分は見ていないが、それでも少しこのサーヴァントは違うような気がした。

 

「そうだな。君に説明してなかった」

 

 アーチャーはノーマに両手を見せるように上げた。瞬間、その両手には二振りの双剣が握られる。

 

「私はアーチャーではあるが、生前は魔術使いだった。投影魔術、というのを聞いたことがあるかね」

「ええ、まさか」

「そう。これは投影した宝具だ」

 

 ノーマも投影魔術がなんたるかは一応知っている。

 

 だがそれは一時的に物質を魔力で出現させるだけで、それもかなり劣悪な、時間経過によって自然と崩れてしまう脆い魔術だ。主に儀式などで足りない物を補う際に使われるような魔術。

 

 宝具を投影する、というレベルになると論外だ。それを一つ作り、一分間その状態を保つだけでもどの魔術師でも魔力が枯渇してしまうだろう。

 

「勿論完全な物じゃない。型落ち品を量産できるサーヴァント、と思ってくれ」

 

 そもそも宝具の投影自体、ほぼ魔法の領域に差し掛かっているレベルだ。そう言えば、とノーマは思った質問を口にした。

 

「貴方は、どこの英霊なの?」

 

 このサーヴァントの真名。

 

 投影魔術を行うサーヴァントなんて、聞いたことがない。アーチャーの装備を見る限りでは中華、もしくは東アジアあたりの英霊かと思ったが、持っていた弓は洋弓だ。時代が全く一致しない。それすらも投影品ならば、この英霊の真名は推測するのは困難だろう。

 

 アーチャーはノーマの問いに少し間を置いた。はぐらかそうとしているというより、どう説明すればいいのかと思案しているように見えた。

 

「私に真名は無い」

「無い?」

「ああ、すまない。勿論生前の記憶はある。だがそれは殆ど欠落していて、自分でも自分がよくわからないんだ。あえて言うなら無銘、と言うことになる」

 

 無銘。名が存在しない英霊。

 

 嘘を吐いているようには見えない。アーチャーの顔にはどうしようも無い空白があった。記憶が無い。虫の空いた記憶で彼は戦っている?自分というものが朧気な状態で、彼は戦っているのか。

 

「大丈夫なの?」

「記憶が薄いだけだ。身体が戦い方を覚えているし、君も迷宮探索を生業としているのなら分かるかもしれないが、生きていくのに必要なのは記憶ではなく『生きよう』とする意志ではないか?口だけの理想よりも現実的な目標だろう?」

 

 それはそうだ、とノーマも納得せざる終えない。人生の中で一番の窮地、スフィンクスの模造品の問いかけに答える際、自分にあったのは高度な精神力や冷静な判断ではなく、ただ生きたいと言う思いを身体が勝手に反応してくれた。そういう意味ではアーチャーの人生観は何処か現実的だ。

 

「まあ、私の話はあまり意味が無い。とりあえず、これからの話をするとしよう」

「下の階層へと続く門ね」

「そうだ」

 

 迷宮の探索中、見つけた下の階層へと続く門。とりあえずノーマは一時そこから離れた。何のトラップが仕掛けられてるか分からないし、番人と戦うにしても、こちらが万全の状態でなければいけないと感じたからだ。

 

「あの時は伝えなかったが、サーヴァントの気配がした。状況は分からないが、番人相手に戦っているという雰囲気も無い。門を守っていると考えて良いだろう」

「サーヴァント?貴方以外の?」

 

 アーチャー以外にサーヴァントがいるということに、驚いている訳ではない。何故サーヴァントが番人なんかをしているのかという事だ。この亜種聖杯戦争では他のサーヴァントを蹴落とすよりも、他のサーヴァントより早く最下層に行く必要がある。

 

 つまり、ここで呑気に門番などする意味が無いのだ。番人を倒したのなら、わざわざ後続を叩き潰すよりも、適当なトラップでも設置して下に降りた方が良い。

 

「理由は分からない。だが、どちらにせよそのサーヴァントは敵であることに間違いは無いだろう。戦闘は避けられない」

 

 つまり、サーヴァント戦になるということだ。一気にノーマの表情が凍り付く。アーチャーと言う頼もしいサーヴァントがいるが、自分が足を引っ張っているせいで彼は満足に実力を発揮できていない。こんな状態でサーヴァント戦を勝利できるのか。

 

 ノーマは基本打たれ弱い。それなりに冷静な思考もできるが、いざという時は直ぐに動転してしまう気質を持っている。アーチャーの軽口と皮肉で何とか平静を保っているが、間近で行われる戦いを腕を組んで見れる程剛胆な人間ではない。

 

「落ち着けマスター。何も君が戦う訳ではない」

「でも・・・・・・」

「大丈夫だ、とは言えない。だが恐らくこの戦い、君の協力なくしては勝利はあり得ないだろう」

「私が?」

 

 自分に何ができるというのだろう。何もできない。多少は攻撃魔術を使えるが、それでもサーヴァントはおろかこの迷宮にいるどの怪物にも傷一つ付けられないだろう。

 

 だがアーチャーは「そうだ」とこちらを落ち着かせるように、ゆっくりと話した。

 

「マスターは只サーヴァントに魔力を供給する訳じゃない。サーヴァントを支援し、援護する。治癒魔術は使えるかね?」

「な、何とか」

「上出来だ。私は良いマスターに恵まれた」

 

 アーチャーは笑った。

 

 それを見て、ノーマもつられて笑う。

 

 この人は、良い人だ。英霊というと、もっと壮大な威圧感を持った存在かと思ったが、アーチャーはまるで父親のようにこちらの背中を押してくれる。

 

「さて、では行くか。マスター。例え敵がどんな物でも、君が呼び出したサーヴァントが、最強でない筈が無い」

 

 

 

 

 

 

 



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第一階層②

ノーマって何歳くらいなんだろ。表紙の絵を見る限りじゃあ愛歌と同じもしくは年上っぽいけど、二十代っぽい感じがしない。

よく考えたらあの年齢で迷宮探索に付いていけるって型月でもかなり凄い事じゃ・・・・・


「よくぞ来た」

 

 番人がいる門を開けばそこから先は大広間となっている。

 

 今まで入り組んだ路地のような場所が、一転して開けている。天井も高く、遮蔽物も無い。

 

 まるで太古の昔にあった決闘場のようだ。

 

 いや、確かにそうなのだろう。目の前に立つ男は、まさしく『決闘』を望んでいる。

 

 男はかなりの美貌だった。端正な顔立ちに泣き黒子が一つ。それが余計男の美しさに磨きをかけている。ノーマはその男を見た時、魂を持って行かれそうになった。慌ててそれが呪詛的な物であるという事を理解し、何とかはねのける。魅了の魔眼かと思ったが、眼球自体に魔術的細工は無く、男の顔全体が、一種の魅了の魔術を放っている。

 

「ほう、もしやその面構えだけで勝利を物にできると思っていたのか?ランサー」

 

 前に進み出たアーチャーが、自身を守るように立った。

 

 ランサー。そう、男の両腕に持っているのはまさしく槍。赤い長槍と、黄の短槍。それぞれの槍を片手で持つというのは異色だが、ほぼ確実に彼がランサーで、サーヴァントであり。

 

 こちらに敵意を持ってこの場所にいる『番人』だ。

 

「この貌は持って生まれた呪いのような物でな。自分でも如何ともしがたい。とはいえ貌だけと思われては心外だ。試してみるか?」

 

 男は挑発を返すようにニ槍を構えた。

 

「最初に聞いておくが・・・・・・何故門を守護している?貴様が私達の敵だとしても、この場で番人の真似事をする理由が無い」

「何、役割交代という物だ。私は主の命に従うまで」

「成る程、つまりはマスターの命令か」

 

 マスター。ノーマは眉を潜める。

 

 自分以外の生き残りがいたのだろうか。それとも。

 

「さあな。悪いが世間話はこれまでだ」

 

 ランサーは二つの槍を軽く振るい、構えた。二槍流という奇妙な構え方だが、流石は英霊、放たれる威圧感だけでも迷宮内にいる幻想種の比ではない。さっきまでの疑問符もそれだけで吹き飛んだ。意識を集中しなければそれだけで気絶してしまう。

 

「あえて名乗らせて貰おう。槍兵(ランサー)のサーヴァント。フィオナ騎士団の一番槍、ディルムッド・オディナ」

 

 驚いた事に、ランサーは名乗りを上げた。だがその名前を聞けば納得せざる終えない。

 

 ディルムッド。英雄の多いケルトの物語の中でも、二つの槍と二つの剣を使うと言われている有名な英雄だ。ランサーで召還されたせいか、二つの魔槍、魔を断つ赤槍と、呪いを持った黄槍を持ったサーヴァントとなっている。高潔な騎士であり、そして主君の裏切りにより死んだ英雄。

 

 ノーマは自身の恐怖を落ち着かせようと深呼吸した。パニックになってはいけない。自分にできることは少なく、限られているがそれでもアーチャーの妨げになる訳にはいかないのだから。サーヴァントの真名は、それだけでその英雄の弱点や言動を端的に表す。例えば英雄ディルムッドの最後は猪によって引き起こされた。だからと言ってこの場に猪はいないが。

 

「生憎、私は騎士では無い。故に貴様の流儀に付き合うつもりは無いが・・・・・・アーチャーとだけ言っておこう」

 

 アーチャーは弓矢を投影した。接近戦では勝ち目が無いと判断したから、遠距離主体の弓を持った。ノーマはそう推測し、何か作戦があるか考える。だが二騎の英雄が放つ殺気に、正気を保つのがやっとだ。

 

「俺の茶番に付き合ってくれたのは感謝するぞアーチャー。生前には無かった俺の願いを、今ここで果たさせて貰う」

 

 瞬間、亜種聖杯戦争で初めてのサーヴァント同士の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターにできることは戦力の把握だ。仮にサーヴァント戦となれば、相手の持つ武器からクラス、真名を推測するのが役割と言える」

 

 休憩中に伝えられたマスターの仕事を、ノーマは必死でこなそうと考えていた。

 

 目の前では凄まじいまでの疾風が巻き起こっている。

 

 正直、ノーマはここに来るまで英霊同士の戦いにあまり実感が無かった。戦いとはいつも、一方が一方を蹂躙する物で、同等の存在が戦うことは滅多にない。

 

 だがそれは、あくまで一般の話。不可能を可能にしてこその英雄。それら同士が戦えばどうなるか。

 

 あれだけ静かだった広間は、今や荒れ狂う嵐のような絶叫がとどろいていた。

 

 ランサーは二つの槍を用いて変則的に迫り。

 

 アーチャーは弓矢を用いて迎撃に回る。

 

 目の前の嵐が、たった二つの物体が戦って引き起こされた物とは思えないような光景だが、何とかノーマは目で追っていた。

 

 元より魔に引かれやすい目だ。魔眼という大層な名前だが、妖精眼(グラムサイト)がこんな所で使えるとは思わなかった。サーヴァントの戦いも残像だけなら視認できるようになってきた。あともう少しすれば完全に認知できるようになるだろう。

 

 ノーマは戦況を分析した。

 

 アーチャーはランサーを接近させまいと矢を連射し、ランサーは槍を用いてそれを弾き、接近しようと試みている。

 

 状況は今はまだ平行で、どちらも有利不利が無い。あえて言うなら攻撃を繰り返しているアーチャーが有利かもしれないが、接近されてしまえばあっという間に状況は変わってしまうだろう。

 

 遠距離なら有利なのはこっち。近距離なら有利なのは向こう。

 

 ノーマは簡潔に答えを下す。次の分析は相手の情報だ。

 

 ランサー、ディルムッド。彼が持つ宝具は勿論あの二つの槍だ。魔貌もあるが、戦闘向けではない。

 

 特性も大体判明している。赤槍である破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は魔力を断ち、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)は癒しを阻害する。

 

 とりわけ赤槍が致命的で、投影魔術を使うアーチャーとは滅法相性が悪い、と『思われる』。投影している宝具は既に完成している魔術なので、打ち合っても破壊されない筈だ。勿論あの赤槍が、それすらも破壊する事もあり得る。保証等何処にも無いのだ。わざわざ双剣で切りかかって試すほどアーチャーも豪胆ではない。故に弓矢を用いているのだ。

 

 どの道接近戦ではアーチャーの勝利は難しい。

 

『アーチャー、聞こえる?』

『ああ。どうだ。ランサーのステータスは』

 

 パスを通じた念話で、ノーマは簡潔にアーチャーに情報を伝える。マスターが視認できるサーヴァントのステータス。これらをアーチャーと比べ、最適な戦法は何かを必死で考える。そうでもしないと英霊同士の戦いに絶望して何もできなくなるだろう。

 

『とても速い。接近されたら不味いかも』

『そうだな。とはいえこのままでは埒が明かない』

 

 瞬間、均衡が崩れた。アーチャーの弓矢をかいくぐり、ランサーが懐へと飛び込む。

 

「取ったぞ、アーチャー!」

 

 繰り出されたのは黄槍。アーチャーは咄嗟に弓矢を棄て、瞬時に双剣へと持ち替えた。

 

 そのまま槍の刺突を防ぐ。弓兵が剣を使うことに、少なからずランサーは驚いたようだ。その隙にアーチャーは距離を取る。

 

「驚いたな。よもや剣を扱えるとは。多芸な英霊と見える」

「生憎手数だけが取り柄だ。それに、多芸さなら貴様もだろう?」

 

 自身の逸話を口に出され、ランサーは「確かに」と笑いながら仕切り直しとばかりに突き出した槍を引っ込めた。両者の距離はそれほど離れていない。アーチャーがまた後退し、弓矢を投影するのよりも速く、ランサーは仕留める事ができる。

 

 どうしよう。不安がノーマにのし掛かった。接近戦ではアーチャーは負ける。そして自分は死ぬ。

 

 殺し合いの最中だと言うのに、アーチャーは軽口が打てる。パニック寸前の精神で何とか意識を保っているノーマはひたすらアーチャーの背中を見ることしかできなかった。一流のマスターならこんな時に作戦とか指揮をするのだろうが、生憎それほどまでの余裕が無い。

 

「マスター」

 

 パスを通じた会話ではない。肉声。アーチャーは振り返ることもせず、自身のマスターへと語りかけていた。最も危険なのはアーチャーだと言うのに。いっそマスターを生贄に逃げれば良いのに。あの背中は貧弱な命一つを守る為に立っている。

 

「別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 双剣を構え、アーチャーはそう言った。

 

 確実に相性の悪い相手。もしノーマなら何もできなくなる状況の中、アーチャーは一人静かに構えた。

 

 打ち合う気だ。最速と名高いランサー相手に、アーチャーが。

 

「その闘志、決意。先ずは賞賛を送ろうアーチャー。お前は英雄だ」

「生憎英雄の誇りなどは棄てた身でね。本家に言われると耳が痛い」

「そうでもあるまい。お前はマスターを助ける為に、そして希望を誓う為に剣を持っている。俺が保障しよう。お前は英雄だと」

 

 ランサーは背筋を低くし、いつでも最高速度がたたき出せる体勢へと移った。

 

「故に、俺も全身全霊を持って、取りに行かせてもらう!」

 

 再び両者は激突した。

 

 アーチャーは双剣を、ランサーは双槍を。暴風は旋風を巻き起こし、衝撃波だけで床が割れ、地面が削れていく。

 

 赤槍が、投影された剣を砕いた。一か八かで一が出た。やはり、魔力で編まれた彼の双剣では絶望的に相性が悪い。アーチャーは瞬時に投影し、黄槍を防御、赤槍をすんでの所で回避することで喰らいつく。

 

「成る程、その剣。どうやら妙な細工をしているな」

 

 ランサーが、アーチャーの武器に検討が付いたようだ。黄槍を後ろへと放り、赤槍一本で突きを放つ。

 

 さっきまでの多彩な技から、直線的な攻撃へと。防御は容易く、しかし回避は難しい。そして防御しようにも魔を絶つ赤槍は投影品を意図も容易く砕く。

 

 ランサーを卑怯とは言えなかった。彼は全力で、自身の武のみでアーチャーを倒そうとしている。本来弓兵のクラスであるアーチャーが持ちこたえているという状況こその異常。故にランサーは本気でアーチャーと戦っていた。

 

 何か、自分にできることはないのか。ノーマは拳を握りしめた。自分の無力さに嘆いたのではない。自分にとって命の恩人が負けそうになっているのに、何も思いつかない無知無能に嘆いていた。

 

 しかしアーチャーの表情は揺るがない。自身の勝利を疑っていない。その手はまだ、双剣を投影し続けている。

 

 ああ。彼はきっと。とても心が強いのだ。それこそ鋼のように。ランサーが言うように、彼は英雄だ。

 

 しかし、現実は非情で、そして絶望だ。

 

 ランサーの一打で、両手の双剣が砕かれる。がら空きの胸、心臓めがけて、止めの一撃が打ち込まれる。

 

 アーチャーはそれより速く投影を完了しているが、それは盾にもならない。一刻の後に、赤槍はそれを突き抜け、本体を穿つだろう。

 

 叫びたかった。逃げてと。

 

 だが敗北の前に、声が出なかった。この迷宮に来た時とと同じ、自分はただ呆然と、まるでテレビの向こう側の光景を見るように、彼の死を観ることになる。

 

 アーチャーの視線が、こちらを見た。

 

『何を呆けている。君のやるべきことを果たせ』

 

 発せられる言葉は、死を目前にする人間の物ではなく。かと言って勝利を盲進する戦士でもなく。

 

 策を張り巡らせた策士の瞳だった。 

 

「なっ!?」

 

 金属同士がぶつかり合う、軋んだ音がした。

 

 ランサーが驚いて、後退をかけようとするが、遅い。槍はリーチと威力に定評があるが、一打するごとに槍を手元まで戻さなければならない。渾身の、必殺の筈だった一撃は、払いのけられればどうという事はなかった。

 

 がら空きの胴に、アーチャーの双剣が振るわれる。これこそ必殺の一撃といわんばかりに、軽装であるランサーの鎧を切り裂き、その肉を切断した。

 

「っぐう!」

 

 何とか致命傷は避けたランサーが槍を振るい、牽制しながら後退した。胸の傷はかなりのダメージになっているようで、その表情はさっきとは打って変わって重い。あっという間に逆転した状況で、その瞳は即座に自分の『誤解』を理解している。

 

「成る程・・・・・・計略にも心得があるようだ」

「専門分野ではないがね。いや、だがこれだけは専門だ。例えば、わざと魔力を供給させなければ維持できない『手抜き』を作るのはね」

 

 アーチャーは双剣を構え直す。その剣は、さっきとは段違いのスペックを放っていた。いや、これが彼にとって一般の投影ランクなのだ。魔法に近いような宝具の投影。型落ちと本人は自称するが、これは既に本物同然の輝きを放っている。

 

「君が先に真名を明かしてくれて良かった。さもないとかなり厳しい戦いになっていただろう。私の魔術は癖が強くてね。一度形を保てば、私が消えても存在は残り続ける」

「俺のゲイ・ジャルグの対象外、ということか」

 

 ランサーの魔を断つ槍が、届かなかった理由、いやこの場合何故さっきまでアーチャーの投影が破壊されて、今になって防御が出来た事だろう。ノーマはやっとアーチャーが行った策を理解する。彼はわざと自分の投影を大幅に落として、更に常時魔力を供給していたのだ。

 

 ランサーの宝具は魔術の術式を破壊するのではなく魔力を一時的に遮断する。いわば水流を一時的に止める宝具だ。だがアーチャーの投影は水を凝固させ、氷として使う。流れは無いのだから、止められる心配も無い。

 

「賭けに近かったがね。万に一つ突破されれば、私に勝機は無い。だが結果は出た。もう一本を棄てて身軽になったのは失策だったな。ランサー」

「確かにそうだ。だが、まさかこれで勝ったと思うまいな。アーチャー」

 

 ランサーは放った黄槍を掴み、始めと同じ二槍流となった。重傷ではあるが、致命傷ではない。戦意は喪失しておらず、むしろ一段階増しているのかと思うくらいだ。

 

「俺も心の中でどこか慢心していた。弓兵如きが剣士の真似事などと、とな。だが今は違う。貴様の剣。それを真っ向から打ち崩そう」

「流石は噂に違えぬ騎士だ。さて、だがそう上手くいくかな?」

 

 アーチャーは持っていた双剣をランサーへと投擲した。常人では認識すらできないような速度で飛来するソレ。ノーマでも目で追跡するのがやっとの凶器を、当たり前のようにランサーはたたき落とそうと槍を振るう。

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)

 

 瞬間、広間を爆風が暴れ回った。ランサーの手前で、投擲した双剣が爆発したのだ。

 

「マスター、魔力を回せ!決めに行くぞ」

 

 爆発で遠のいた聴覚でも、それを認識することができたのは奇跡だったのかもしれない。

 

 ノーマは自身の魔術回路を、平時から常時、そして過剰出力へと切り替える。瞬間、自分の身体諸共魔力がアーチャーへと引っ張られていくのを感じた。投影魔術の複数使用。如何にアーチャーが神がかりな魔術を持っていても、その燃料はノーマ自身。詰まるところ、ノーマの魔力が尽きればアーチャーは敗北する。

 

 ここが踏ん張りどころだ。ノーマは自身の魔術回路を傷付ける程の出力を回す。

 

 更に連続でアーチャーは双剣を投影、投擲していく。ランサーがいた場所を手当たり次第に投擲爆撃していく。

 

 爆風と衝撃波、そして土煙で視界は全く見えない。ひたすら増えていく轟音。この中ではどんな英霊でも、流石に。

 

「甘いぞ、アーチャー!」

 

 だが土煙の中から、ランサーは飛び出してきた。負傷はしているが、二つの槍にはいかほどの衰えも無い。その俊敏さと、後ろで起きた爆発を利用し一気にアーチャーへと迫る。

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」

 

 渾身の力で投擲されたのは魔を断つ呪いの槍。トップスピードの状態で投げられた赤槍に、アーチャーはすんでの所で避けるが、赤槍は大きく彼の左腕を削り取っていく。

 

 自分の武器を投擲するという考え。そして、ランサーにはまだもう一つの槍が残っている。ランサーの黄の残光が、アーチャーへと迫った。

 

必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)!」

 

 最高速度で繰り出された、呪いの槍。傷つけば最後、その傷はランサーを倒すまで癒えることは無い。長期戦においてこれほど有用な宝具は無いが、この場合は完全に相手の息の根を止める為に使われている。

 

「マスター!」

 

 アーチャーの声。

 

 ノーマは魔力切れ覚悟で、アーチャーへ治癒の魔術をかける。ランサーの槍が到達するより速く、アーチャーの左腕が完治すれば。

 

 魔力なんて尽きれば良い。

 

 気絶したって、血を吐くことも構わない。

 

 どうせなら、この命さえも。

 

 あの時に終わる筈だった人生を、続けさせてくれた。助けてくれた。救ってくれた。そんな彼に、死んで欲しくない。ただそれだけ。

 

 縋る神さえ、自分にはいないというのに、ただひたすらノーマは願った。

 

「これで、終わりだ!」

 

 しかし、それでも。現実は非情で。

 

「いや、まだだ!」

 

 違う!まだアーチャーは戦っている!ノーマは魂すらも持って行けという勢いで魔力を注ぐ。彼の左腕はそれに答えるように高く天へと掲げられた。その左手に握られるのは巨大な剣。斧と剣が一体化したような、まるで太古の英雄が持つようなソレを、片手で持ち上げたアーチャーは目前のランサーへと構える。今までの守りの構えではなく、攻めの、そして必殺の構え。

 

是・射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)

 

 音速を超える神速が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「見事だ。アーチャー」

 

 ランサーは血に塗れた貌のまま、しかし満足そうな表情で立っていた。

 

 その身体の霊核は破壊され、彼はもう現界を保てない。

 

 勝ったのだ。ランサーに。自分達は。

 

「こうも後手に回るとはな。貴様の武勇、しかと魅せてもらった。」

「やれやれ。槍兵と打ち合うのは、もう勘弁して欲しい物だ」

「ほう、槍兵は苦手か?」

「生前の因縁もある。とりわけ君の郷の英霊とはあまり相容れない」

「真名は察せぬが・・・・・・、お前はケルトの英霊ではないな。だが、こんな場が用意されてあるのだ。何処かで会ったのかもしれんな」

「そうだな。まあ、もう彼には会いたくないのだが・・・・・・召還されると、いつもあの槍が目に入る。いよいよ運命を感じ始めてきたよ」

 

 まるで友人のように軽口を言い会う。さっきまで殺し合っていたのに。アーチャーも臨戦態勢から平時へと戻っていた。ノーマ自身も何とか立とうとしたが、足はこれ以上言うことを聞いてくれない。自分の低すぎる治癒魔術の最大使用と、アーチャーのさっきの一撃に殆どの魔力、そして精神力が持って行かれてしまった。

 

「大丈夫か、マスター」

 

 崩れ落ちる身体に、差し伸べられる手。今はそれだけが、自分を助けてくれる手だった。抱えられると途端に疲労が顔を出し、次いで視界もボンヤリと輪郭を失う。ああ、言いたいことがあったのに。出てきたのは言葉にもならないうめき声だけ。完全に意識を手放したノーマは暫しの微睡みへと入った。

 

「良いマスターだな。アーチャー」

「それは外見がか?」

「よしてくれ。俺は好色な部類ではない。自分の顔に憂いはすれど、それを頼りにする事など。俺が言ったのは内面だ」

 

 アーチャーの皮肉に自嘲的な笑みで返したランサーは、彼の腕で眠るマスターを見た。英霊同士の戦いに、正気を失わず劣勢になってもサーヴァントを信じた。彼女には魔術の才や、並外れた能力がある訳でも無いと言うのに。この迷宮の中で、最も必要なサーヴァントとの『信頼』を彼女は持っていた。危機的状況の中で信じる者が一つしかないから、と言えどそう簡単に他人を信用する事はできない事をランサーは知っている。恨みはないが長年共に戦った主君ですら、瀕死の自分を見殺しにしたのだ。人とは思う以上に信頼し合うのは難しい。

 

「倒されるのが、お前達で良かった。これで俺自身の願い、そして役割が果たされた」

「ほう。君自身の願いか?さしずめ主への忠誠かね?」

 

 生前の逸話からアーチャーはそう推測するも、ランサーは首を横に振る。

 

「確かにその願いもある。が、今回は違う。俺はただ、騎士としての一騎打ちがしたかった。それを、主が用意してくれ、お前が叶えてくれた。俺の役割は『番人』。勝利や敗北ではなく、掛け値なしの戦いが、何者にも縛られていない戦いがしたかった」

 

 主、と言う単語にアーチャーは反応する。この迷宮に、自分のマスター以外の魔術師がいる。わざわざサーヴァントを番人に仕立て上げ、自らが下へと下った魔術師が。

 

「彼女以外の魔術師、と言うことか。どんな人間か教えてほしいところだが」

「悪いな。教えられん。それに、もう潮時だ」

 

 ランサーを形作る魔力が、徐々に霧散していく。サーヴァントの消滅となれば敗北を意味するが、ランサーの表情は晴れ渡り、まるで勝利の凱旋最中のような表情だ。

 

「最後に一つだけ言おう。このディルムッド・オディナの名において、お前達の行く先に祝福あれ!その戦いに栄光あれ!これから先、お前達の行く末を数多くの壁が立ちはだかる。だが、どうか自分のままに生きてほしい。私のように自分を一度曲げてしまえば、戻るのは難しいぞ?」

 

 それを最後に、ランサーは消滅した。残ったのはアーチャーと、その腕に抱かれたノーマのみ。アーチャーは数秒の後、ゆっくりと先へと進んだ。ランサーは満足げに消えていったが、自分達はまだまだ先がある。未だに第一階層を乗り越えただけなのだから。

 

「自分を曲げずに、か。生憎だなランサー。曲げずに生きた成果もそれほど良い物ではないぞ?」

 

 

 




二話で終わる第一階層。
早すぎだろ、と思うけど原作もどっこいどっこいだから気にしない。
今回新たに出たのはzeroランサーさん。性格と宝具の相性が最悪なお方。ぶっちゃけアーチャーの投影品とぶつかり合ったらどうなるのか?というのが分からないので自分なりに解釈。今後二人が公式で戦ったらどうしよう(汗)


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第二階層①

後で原作読み直したら、ノーマって十代中ごろらしいですね。
十代続いてる魔術師で十代中ごろで一人前。

あれ?こんなスペック高かったっけ?


 ノーマは、夢を見ていた。夢の中でこれが夢だと認識できる夢。ようは覚醒夢。夢の舞台は自分が最も恐ろしいと感じた、あの遺跡での出来事。

 

 エジプトに秘匿された、古い王の遺跡。遺跡と言えば廃墟を連想させる人間は多いが、ノーマが踏み入れたのは都市だった。遺跡の結界がまだ生きているのか、都市にはこれと言った劣化が見えない。人がいないという点を除けば機能している。事前情報ではある程度秘匿された遺跡だがそれ以上の脅威はない、同業者から言えば『安全』な場所。しかしいざ踏み入れれば事前情報とは全く違う光景が広がっている。

 

 あの時、間違えた。少し小綺麗な箇所でつい、ノーマは探索者から観光者へと変わってしまったのだ。現代の都会と比較しても、この都市はその上を行く。大通りをキョロキョロ歩く様は、初めての遊園地ではしゃぐ子供のソレだ。そんな間抜け姿を見逃す筈も無く、都市の機能があっという間に検知し、『防衛装置』が飛んできた。

 

 ズシン、ズシン。地響きと共に悠然と迫るそれは、古代エジプトで一般的な守り神たるスフィンクスにそっくり・・・・・・いやこれは。

 

 ここでノーマは夢である、と言うのが理解できた。目の前にそびえ立つソレは、自分が現実で見た物よりも数段階上。神獣、スフィンクス。紛い物のゴーレム等ではない。現実以上の迫力を持った本物が目の前に存在している。

 

「フハハハハハハ!太陽をかすめ取ろうという不届き者、かと思えば!どうやらファラオの威光に言葉も出ないようだな小娘よ!」

 

 スフィンクスの頭の上に、乗っかっているのは一人の男。ファラオらしい。夢の中で探索してたら、ファラオとスフィンクスに会う。最近自分は何かストレスにある状況に身を置いただろうか?

 

「良いぞ。それで良し!盗賊紛いの罪を許す。何よりその目。悪くない。絶望に飲まれながらもその眼は開かれている。希望に縋る訳でもなく、その目は『迷宮』へと向けられている!」

 

 そうだ。自分は確か。そう考えた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。今の現実が現実ではない事を理解したのだ。

 

「む?ここで終わりか、つまらん。拝謁の許可をやろう小娘。迷い人に太陽を見せるのもファラオたる余の役目よ。また来るが良い」

 

 そこで視界が暗転した。ノーマは目を瞬時に開き、飛び起きる。目を数度しばたたせ、先程の夢が夢である事を再認識し、そして目の前の情景が現実である事を理解した。

 

 天井が見える。木を切り倒して積み重ねたであろう天井。となると壁も同じ。半身を起こせば自分がログハウスの中身のような場所にいるのが分かった。山小屋程度の大きさしかないが、不思議と安心するような設計をしている。部屋の壁面に備えられたベッドから完全に起きあがったノーマは、状況を読み込もうと周囲を見渡す。部屋には暖炉があり、今も炎が陽炎のように部屋内を暖かく包んでいる。

 

 全て夢物語でした、何て虫の良い話をノーマは信じない。迷宮探索、サーヴァント、アーチャー。人智を超越した状況を長く留まったせいで、嫌でも精神が鍛えられつつあるのだ。

 

 自分達はランサーに勝利し、第二層へと下った。そう考えればここは第二層で、アーチャーが気絶した自分をここへ置いて周囲の探索を行っているのが分かった。自分の意識を集中すれば、アーチャーがこちらの覚醒に気付いて近づいてくるのが分かる。

 

 部屋と外を繋ぐ唯一の扉が開き、アーチャーが顔を出す。なぜか赤い外套を着ておらず、黒いボディアーマーだけだ。

 

「起きたか、マスター。大丈夫か?」

「ええ。大丈夫」

「そうか。だがまだ動かない方が良い。魔力も体力も回復しきっていない。かなり消費したからな。一日は必要になるだろう。休む時に休める事を幸運に思っておいた方が良い」

 

 それもその通り。休める時には休む。数分後には休めるような状況ではなくなるかもしれないのだから、せめてその時までは休みたい。だがそれにしても、アーチャーは何処か上機嫌のような気がする。

 

「何かあったの?」

「ああ。横になってでも聞いてくれ。この第二階層を調べていた。と言っても、精密な測定は無理だったが」

 

 それからアーチャーは、第二階層について話し始めた。第二階層は、第一階層とは違い開放された空間らしい。迷宮と言えば閉鎖的な、鬱屈とした洞窟を思わせるが、より高位な迷宮では空間圧縮、展開、そして地形改竄により洞窟には思わせない物もある。この迷宮でもその工夫が行われており、第一階層であった通路は存在しないと言う。

 

「あるのは広大なまでの森林地帯だ。現実の外にいるような錯覚すら覚える。高低差が無いせいで見通す事もできん。魔法の領域に差し掛かった大規模魔術。この迷宮の制作者は、どうやら挑戦者を求めているようだな」

「挑戦者を?」

「そうだ。わざわざ迷宮をこしらえ、罠を張り巡らせる。そんな物は普通必要では無い。本当に誰にも寄り付かせたくないなら、誰にも発見されないように隠匿すれば良いし、殺すつもりなら爆弾でも仕掛ければ良い。そもそも魔術師ならば、自分の研究成果をわざわざ他人に見せびらかす必要はあるまい?」

 

 それはそうだ。魔術師の目的は根源の到達。この迷宮の制作者たるコーバック・アルトカラズは最も魔法使いに近いと言われた魔術師だ。わざわざそれまでの研究成果とも言える迷宮を、余人に開放させあまつさえ攻略させる等。

 

「何か目的があるのだろうな。亜種聖杯も、どうせその囮だ。とはいえ相手の術中にはまろうがやる事は変わらない。ひとまずは休息、いや。食糧補給だ」

 

 何故か後半の言葉に、アーチャーはかなりの強調を行った。そう言えばアーチャーはこの部屋に入った時、何か大きな壺のような物を持っていた。その壺は今部屋の端でビタビタビタと音を立てながら揺れている。

 

「待っていろ、マスター。丁度食料を補給してきた」

「もしかして、アレ?」

「ああ。森林の中に川があって助かった。幻想種で調理なんて、生前ではできなかったからな。楽しみで仕方ない」

 

 少し待っていてくれ、とアーチャーは壺を持って調理する為に外へ向かう。このログハウス内に炊事場が無くて本当に良かった。あれば壁面を貫通してきこえるキーキー言う悲鳴と、精密機械のように断続的に聞こえるアーチャーの剣さばきを見ていた事だろう。というかこの音だけでもダメだ。アーチャーには悪いがきっと食べれない。

 

「さあ、召し上がれ」

 

 食べれた。おいしかった。アーチャーの調理スキルの高さが初めて憎らしいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十分な休息後、アーチャーと共に休息所から出る。彼の言葉通り、第二階層は森林地帯だ。暑苦しい生命力が満ち溢れた樹海等ではなく、西洋の鬱蒼とした森をイメージする木々。生い茂った木々のせいで差し込まれている光も少なく・・・・・・光!?

 

「日の光!?」

「違う。さっきも言った通り、ここは迷宮の中だ。太陽の恩恵は得られまい。あるとするなら多くの魔術的に仕組まれた『偽物』だけだ」

 

 アーチャーの指摘で我に返る。そう思えば、この森林地帯はおかしい事だらけだ。木々は生い茂っているが草や茂みが無く、地面は高低差は勿論微小な凹凸すらない。そして、そんな所でも所々で『川』を見つける。普通、川は高い所から低い所に流れていく物。それなのにこの川は水流すらなく停滞している。そして何より何も無いのだ。

 

「アーチャー。この階層で怪物はいた?」

「いや、見ていない。今も気配を感じれない。キメラ、ゴーレム、ラミア。ありとあらゆる怪物、いや幻想種がいない。いたのは川にいる魚程度だ。それらすら襲ってくる力も気配も無い」

 

 ただ静かなのではなく、無音。この森の中では木々が風で揺れる音すらしない。そもそも風が無い。強烈な違和感で精神がおかしくなりそうだ。 

 

「動き回るしかないな。第一階層のように道なりに進んでいれば良いという訳でも無いが、何もしないよりはマシだろう」

「ちょっと待って」

 

 ノーマはアーチャーへと静止の声をかけ、探索鞄から出した礼装を地面へと置く。天秤型のソレの片方に魔力を込めた岩塩を。もう片方には何も無いが、天秤は未だに傾いていない。ノーマは目を閉じ、精神を集中させた。

 

「・・・・・・天秤(スケール)よ、示せ(スケール)示せ(スケール)、示せ(スケール)

 

 呪文魔術。ノーマができる数少ない魔術の一つだ。それは雑で、他の魔術師が見れば矮小の一言で切り捨てられる。呪文の形式は単調で、精神を統一、高揚させる呪文魔術においては繰り返し述べなければ所定の効果を発揮できない。魔術師の技量を見れば一目瞭然だ。ノーマの場合、調子が良ければ一分、悪ければ五分もかかってしまう。

 

示せ(スケール)示せ(スケール)、示せ(スケール)・・・・・・」

「マスター、もうできているのではないか?」

示せ(スケール)・・・・・・え?」

 

 ノーマは目を見開く。ゆっくりと魔術回路を開いていき、そしてその魔力を天秤に流し込まなければならないのだ。だと言うのに、一割程開いた魔術回路で天秤に置かれた岩塩は淡く発光している。既に魔術が発動しているのだ。本来ならば全開状態でなければ起動できない物が。ノーマは慌ててその岩塩に息を吹きかける。吹き飛ばされた粉が、青白い道標となって道を教えてくれるのが、この魔術の特徴だ。

 

「ふむ、どうやら君が思っているよりも、君は成長してきているのかもしれないな」

「そんな、私はまだまだ」

「サーヴァントを従え、幻想種の闊歩する迷宮内を歩き回り、あまつさえサーヴァント戦まであったのだ。これで成長していないと言うのなら、君は元々これが出来た、という事になる。それほど自惚れていたのか?」

 

 そう問われれば、反論ができない。本当に自分の魔術回路が、自分が成長したのだ。喜びよりも驚きの方が大きい。それを、アーチャーは何処か嬉しそうに眺めていた。

 

 探索の魔術は、ただ行きたいところの道を教えてくれる訳ではない。道中にある罠、生命体、その他危険物を感知し、迂回させるような道を造り上げる。だが岩塩が示す道は一直線だ。詰まるところ危険は無く、ただ目的地へと辿り着くだけとなる。もしも迷宮内の幻想種が、探索の魔術やアーチャーにも感知できないような気配遮断技術を持っていればそこで終わり。しかし歩いていても何も起こらない。景色も変わる事なく木々が立っているだけ。

 

「不気味な所ではあるが、それ以前に不自然だな。恐怖を煽るのならもっと効率良く造る事もできただろうに」

「さっきから周囲を見ているのだけれど、全然変わってない。もしかして同じところをぐるぐる歩いてるんじゃ・・・・・・」

 

 そういう結界もある。ノーマが知るある城では、階段で上っていたらいつの間にか『降りて』いる物もある。仕掛けは階段にあり、何者かが踏めば自動的に一番下の段に戻されてしまうような魔術が仕掛けられていた。その時は起動するより早く、更に殆ど階段を踏まないようにジャンプしながら駆け上がる必要があったが。

 

「いや、一応は進んでいる。見ろ、木々の立ち方が一定ではない。それに等間隔に傷を付けておいたから、何かあったら即座に分かる・・・・・・だがその前に」

 

 アーチャーは立ち止まり、上を見た。

 

「わざわざ隠蔽を解いたのだ、何か話す事でもあるのかね?」

 

 突然の発言。傍にいるノーマは思わず頭上に疑問符がつく。アーチャーの視線を追ってもそこにあるのは大樹が緑を付けているだけで……

 

「ヒヒヒヒヒヒ!さっすがアーチャーのサーヴァント!視力は10くらいあるようですね!」

 

 途端に虚空から声が響いた。その声を聞いただけて心の底から恐怖を想起させる。ノーマは殆ど無意識に木の枝葉を視た。妖精眼が自動的に秘匿された神秘を抽出して、対象に焦点が当てられる。

 

「おやおや?もしかしてそちらのマスターさんも視えているのですかぁ?これは恥ずかしい!透明人間になれたつもりで観察していたと言うのに、そのトリックを見破られては元も子もありません!」

「最後だ。出て来い」

「ええ、ええ!出て来ますとも!さぁ皆様ご覧アレェ!驚きのあまり臓物がその口から飛び出さないようご注意を!」

 

 演劇くさい口振りと共に、ノーマの数メートル先にその人物は着地した。アーチャーがその間に立ち塞がる。妖精眼で感じた通り、その人物はサーヴァントだった。身隠しの宝具でも解除したのか、その禍々しい姿を曝け出している。

 

 ノーマはそのサーヴァントを見た瞬間、子供の頃に見たホラー映画を思い出した。ピエロが子供を排水溝へ引きずりこむ映画だ。大多数の子供同様、ノーマもそのピエロは怖かったが、これはその比ではない。顔に塗りたくられた化粧は大衆を笑いの渦に引き込む道化ではなく、絶望と恐怖に陥れる悪魔の顔だ。

 

「どうもご機嫌麗しゅうございます!私、キャスター、メフィストフェレスと申します。以後お見知り置きをマスター!」

 

 道化のように大袈裟な身振り手振りでキャスターは自己紹介をした。メフィストフェレス。かの有名な大悪魔の名前。英雄とは程遠い、邪悪の化身と言っても過言ではない者が、サーヴァント?それにキャスター?

 

「本日は、私もそちらの仲間に加えて貰えないかと交渉に来たのでございます」

 

 ノーマの混乱を愉しむようにキャスターは三日月状に笑みを浮かべながら、仲間になりたいと伝えた。確かに戦力が増えるのは有難いし、わざわざ戦意の無いサーヴァントにアーチャーをけしかけるつもりも、ノーマには無い。だが、何処ぞの英雄にあるような観察眼スキルも無い自分ですら分かる。

 

 あれは危険だ。

 

「マスター。どうする?あの道化のような男を信用してみるかね?」

 

 答えなど分かりきっているだろうに、アーチャーはあえてノーマへと尋ねた。

 

「・・・・・・無理よ」

 

 毅然とした態度で突き放す、というイメージで、実際は恐れおののきながらもノーマは言葉を紡ぐ。相手はあの大悪魔だ。握手を求めながら片手でナイフを握っていてもおかしくない。戦力は欲しいものの、その為に危険を冒しては元も子も無いのだ。

 

 キャスターはそれを聞いても少しも気落ちするどころか、ますます笑みを深くする。アーチャーは既に両手に双剣を持って臨戦態勢を整えていた。

 

「なーんということでしょう!断られてしまいました!私ほど主人に忠誠を誓えるサーヴァントなど存在しないでしょうに!不採用の理由をお聞かせ頂きたいですねぇ」

「そこまでだ道化役者。生憎見世物に足を止めてる暇は無いし、害虫をわざわざ駆除するほど退屈でも無い。だがどうしてもと言うなら相手になろう」

「ヒヒヒヒヒヒ!これは怖い!私、平和主義を貫いているのです!剣を向けられたなら逃げるのみ!まぁ仕方ありません。気が変わる事もあるかもしれないので、今回は顔見せと、情報共有といきましょう」

「情報だと?それはどんな甘言だ。水があると言って沼にでも誘うか?それとも食料があると言って毒でも盛るのか?」

「番人の情報」

 

 今までと打って変わり、キャスターの声は静かに告げた。この階層を守る番人の情報、ある意味で食料や水よりも貴重な物を眼前にぶら下げる。

 

「居場所はここから東へ十キロ程。この森を貫通している川が合流する箇所の直ぐ近くでございます。そこだけはこの忌々しい木も存在しない」

「そこにお前の仕掛けた罠がある、と?」

「実際罠があります。何せそこは結界の内部ですから。私、キャスターですがあの結界は破れそうに無い。更にその結界内部から感じるサーヴァントの気配。私、これはサーヴァントが番人なのかと推測しました!それも私よりも高位な魔術師と」

「貴様は三流のキャスターと言うことか」

「貴方も同じような者では?三流以下の、たった一つしか履修していない魔術師(アーチャー)殿」

 

 アーチャーの殺気が高まる。相手はある程度こちらの情報を知っている。先程現れた時も自分の存在を隠蔽させていた。ここでこのサーヴァントを放置して後で寝首をかかれる恐れを、今摘むべきか否か。

 

「まぁそんな殺気立たなくとも。信用されないのは仕方ありませんが、取って食うつもりはありませんよ私は?少なくとも今はね。ならば続けて情報開示と行きましょう」

 

 そう言ってキャスターは右手を掲げる。右手にはマジシャンがマジックを披露する時に使うような、真っ黒な布が握られていた。

 

「この階層で拾った物です。中々の魔術礼装で、結構出歩くのに重宝しているです」

「身隠しの布か」

「その通り!ただ姿が見えないだけではありません、何とアサシンの気配遮断と、透明になる魔術が組み込まれているのです。見えないだけの布とは訳が違う、何と素晴らしいアイテム!時限制で、どれくらいで消えるのか全く分からないし、先に気配遮断が消えるという欠点はありますがそれはそれ!この礼装をそこのマスター様にストーキングのお詫びとして渡しましょう」

「大方それで追跡して、気配遮断が先に切れたからこうやって現れたのだろう。ならばその礼装はただの透明になれるだけの布だ。この迷宮にいる怪物相手には不足だな」

 

 迷宮に闊歩している幻想種は視覚は勿論、嗅覚聴覚そして魔術を駆使して外敵を探している。その前ではこの布は丸裸に等しい。先に気配遮断が消えるというのも製作者の嫌らしい性格が疑われる。

 

「なんと!これもダメですか?何という碧眼、お目が高い!私の協力も、施しも受け取らないとは。それとも全て一人でできると思っているのですかね?」

「少なくとも貴様の助けはいらん。番人がサーヴァント、と言うのも何のメリットがある?」

「分かりません。私、探偵ではないので。どちらにせよ無策で突っ込むのはやめておいた方が賢明でしょう。幸運なことに、もう一人私以外のサーヴァントが彷徨いていますしね」

「サーヴァント?」

 

 ノーマの質問に答える事なく、キャスターは大きく跳躍した。木の上に立ち、大袈裟な動作で一礼をする。道化役者は悪魔の微笑みで自分を見た。

 

「ではこれにて退散させて頂きます!また再会する事を望んで。どうか殺されないように、アーチャーのマスター。お別れは私の目の前、そして私の手で!ヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

 

 その言葉を最後に、キャスターは離れて行く。鬱蒼とした森林が、奇抜な服装を隠すのは数秒もかからない。キャスターの姿と気配が完全に消え、改めてノーマはアーチャーを見た。

 

「どう思う?」

「全く信用できんな。あの手の輩にとって嘘は呼吸と同じだ。更にそれに対して見せるこちらの苦悩も本人の蜜となる。そもそもあれが悪魔とも思えん」

「そうなの?メフィストフェレスって確か」

「確かに『創作』上はメフィストフェレスは悪魔、それもかなりの高位に位置する存在だった。そんな物を紛い物の劣化品で呼び出せるとは思えない。仮にあれがメフィストフェレスなら、悪魔ではない近しい存在がメフィストフェレスの枠に入った、若しくはメフィストフェレスと呼ばれた男がキャスターとしての枠に入ったかだ。

 

「メフィストフェレスに近い、英雄?」

「反英雄、負の歴史の影法師だ。恐らくあの道化役者はそんな所だろう。生前悪魔のような所行をしてきた人物が協力を持ちかけてくる。その意味は単純だ。だがある意味でああいう手合いは分かりやすい。つまり信用するなと言うことだ」

 

 ノーマは考える。確かにあのキャスターは絶対に友好的でも無いし分かりあえない。だが彼の言った情報全てが間違いかどうかまでは分からない。勿論全てが真実ではないので吟味が必要だが、問題はどれが正しいのかという点だ。

 

 不意に、アーチャーが笑った。ノーマはキョトンと彼を見上げる。

 

「いや、すまない。初めに会った時を思い出した」

「え?」

「大蛇に襲われていた時、と言えば分かるか。あの時は自分の召喚したサーヴァントですら恐怖していた君が、今ではこれからの動向を考える探検家の表情をしている」

「それは・・・・・・アーチャーがいたから」

 

 頼りになる仲間がいる、いやこの場合は縋り付ける対象がいるか。仮にアーチャー以外のサーヴァントならばこうはならなかった。どこぞの王様なんて呼び出されていたらと思うとゾッとする。

 

 しかしアーチャーは「それは違う」と否定した。

 

「君は臆病な性格ではない。探索を生業としているせいで慎重なだけだ。あの状況で大蛇を前に何も出来なかったのも、効果的な判断が自分に下せないと感じただけだ。年頃の娘にありがちな夢見がちが無い。現実主義だ。ある意味で君は既に晩成していると言って良い」

「買い被り過ぎよ。ランサーとの戦いも、殆ど何も出来なかった」

「ただ一つ、できていた。自分のサーヴァントを信用する。それだけで十分なんだ。たった一つの物事を突き通す、それは容易では無い。だからこそ、現状を把握してより最適な道を探せ。知識や技術は周囲に頼ると良い。だが最後に決定するのは君自身だマスター」

 

 アーチャーが何を言いたいか、ノーマは即座に理解できた。マスターとしての采配を求めているのだ。今までは殆どアーチャーが、ノーマを先導していた。二人で協力しながらもノーマは一歩引いてアーチャーの意見に全面的に賛成していたのだ。

 

 だから今回も、キャスターの話は全て切り捨てようとした。そうした方が良いと、アーチャーの意見に賛成して。しかし、もうその必要は無い。アーチャー自身がそう言ったからではなく、ノーマの判断がそれに至った。

 

「分かった、やるわ。マスターとして」

「ならばマスター。指示を頼む。これからどうする?」

 

 ノーマは深く息を整え、マスターとして口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はノーマがまだ夢の中にいる頃。

 

アーチャーは外套を脱ぎ、折り畳んで地面に置いた。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

詠唱を開始。魔術回路に光が灯る。

 

想像するのは、最強の自分。誰よりも速く、誰よりも力強く。無数の数を行ってきた、呼吸の仕方と同じくらい自然と出来る行為。しかしアーチャーの顔に油断はない。

 

この投影は、マスターの命と同一だ。失敗すれば召喚主の死即ち自分の消滅を意味する。死にたくない、という考えはアーチャーは無い。だがマスターを絶望と共に死なせる事などできない。

 

体は剣。血は鉄。ならば心は?

 

自嘲地味た笑みが思わず溢れる。きっと、マスターは自分が鉄のような心を持っていると思っているだろう。

 

鉄心など嗤わせる。だがこの身は剣。彼女の剣。ならばやる事は一つ。

 

投影は、完了した。アーチャーはその手に握られた物を満足げに眺める。

 

「ああ、マスター。君がマスターで良かった。おかげで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想種の魚を釣れるぞフィィィィィィィィィィィッシュ!」

數十分後、ノーマが目覚めるまでのアーチャーは投影した釣竿でルアーフィッシングを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




メッフィーの着てた礼装は、オリジナル礼装です。原作では殆ど使われていなかった(愛歌がわざわざ使う必要が無かった)ので自分なりに考えてみるものの、迷宮自体が罠だらけなので礼装も罠っぽい奴にしようと思って作りました。


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第二階層②

グレイどうしよう・・・・・・実は作者事件簿読んでないから彼女の詳細設定知らないんだよね。

そんな先行きの不安が残るものの書ける所は書くつもり。


勝てない、と思った。

 

この身に余る怪異の数々、それらは人間はおろか英雄にすら届きうる。何度か英雄殺しを実践してきて経験も、『最後』も知っている。それらを全て駆使して尚、相手は二の足で大地に立っていた。

 

「ハッハッハッ!良いぞ、滾ってきた。先程幼子と呼んだことを詫びよう。実に立派な戦士だ!」

 

 戦う前、『番人』は自分の姿を見て何処か後ろめたい気持ちがあったようだ。曰く、幼子に剣を向けたくない。それが女なら尚更、と。

 

 嗤わせる。古今東西女子供は人々の希望であると同時に、人がどれだけ残酷になれるかを体現してくれる秤ともなった。生前、どれだけの英雄が私達姉妹を手にかけようとしたか。それらを守る度に私の身体が変遷していったか。

 

 憎い。自分にとって英雄は憎むべき敵だ。それらの憎悪もまた、自分を『怪物』へと変えていく。しかし、この身は不完全。怪物の姿を嫌う自分にとっては好ましいが、今この状況には恨めしい足枷となっている。

 

「ああ、だからこそ。俺も本気で行かせてもらう」

 

 真正面から全てを受け、そして全てを叩き潰す。この英雄の戦闘方法自体に変わりはないが、撃ち込まれていく剣撃に重みが増す。それだけでかろうじて拮抗していた実力は脆くも崩れた。

 

「戦士とは道半ばで消えるもの。悪いがここらで終わらせてもらう」

 

 まだだ。自分の手足にそう命じれば、必然的に力が湧いてくる。気合や根性ではない純粋な能力(スキル)。疑似的な戦闘続行は繰り出される攻撃の数々を回避し、受け止め、持ちこたえる。

 

 そうだ。自分はこんな所では死ねないのだ。今回の紛い物の聖杯戦争、願いが叶うかどうか分からない粗悪品に興味は無い。ただ自分は下へ。下に行かなければいけないのだ。

 

「私は・・・・・・負けません!」

「その意気や好し。俺好みだ!もう少し成長すればとても良かったんだが、そう言う訳にもいくまい。女の柔肌を味わえぬなら武を削りあうのみよ!」

 

 番人はそう言うと巨大な剣を大気を切り裂かんばかりに振り回す。その一撃一撃が掠めただけでも甚大な傷を与える物と感じ、殆ど転がりまわるように回避する。急変していく視界の中で、天地が逆転し、天空が廻り、そして死の螺旋が見えた。距離を取り、態勢を立て直そうとすると、番人は即座に剣を地面へと突き刺す。普通の剣ならば何気ない動作となる。しかし直観スキルの無い自分でも察知できた。この男がわざわざ大振りな攻撃で距離を取らせようする意図を。 

 

「では真の虹霓をご覧に入れよう」

 

 はめられた。慌てて距離を詰めようとするも、遅い。相手は既に宝具を発動させていた。突き刺さった剣が回転し、螺旋を描いていく。単純な威力攻撃ではない。敵ではなく地形そのものに攻撃をぶつけ、地表もろとも対象を破壊する宝具。周囲の地面が裂け、堪え切れない魔力が逆流して地表を剥ぎ取っていく。

 

虹霓剣 (カラドボルグ)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨人が地面を掴んで死に物狂いで振り回している。ノーマがそう錯覚させる程の地震が迷宮を轟かせた。岩塩が指し示すルートとキャスターの行っていた場所は同じで、ある程度キャスターの情報に信憑性が出た瞬間にこれだ。キャスターの罠か?それとも本当に只の地震?それとも『番人』?

 

込み上げてくるありとあらゆる思考と恐怖を放り投げ、ノーマは反射的に地面に伏せた。探索者としての行動だ。迷宮以外の、普通の遺跡でも人は死ぬ。何の仕掛けもない、ただの偶然で猛獣が通りかかった、遺跡が倒壊した、雪崩が来た、同業者から襲撃された。状況は違えど共通点は、人間の制御が及ばない事象の前には、立ち向かうよりも先に隠れてジッとするのが一番という点。

 

素早く伏せたおかげで無様に転倒する事こそ無かったが、単純な地震ではない事は即座に理解できた。周辺の木々が吹き飛び、地面が割れる。割れた地面から目視できる程の濃密な魔力が放出されていた。

 

「マスター、下がるぞ!」

 

 留まっては危険と判断したアーチャーが、ノーマを抱えサーヴァントの脚力を活かして倒壊していく木々を躱していく。天変地異のような地割れに、迷宮全体が震撼し、上にある紛い物の『空』にヒビが入る。

 

 生憎この森には木しかなく、自分達のセーフハウス代わりの小屋は幸か不幸か離れている。アーチャーは地面を縫うように走っていたが、地面から噴火するように零れる魔力を警戒して不安定な木へと飛び移った。その判断が即座に正しいと理解する。地面から噴出する魔力は弱まるどころか徐々にその勢いを増しているのだ。地表をどれだけ高速で走った所で不規則に放出される魔力に巻き込まれればサーヴァントすらも一溜りも無い。しかしそれすらも時間稼ぎ。このままでは自分達はおろか、迷宮そのものが崩壊してしまう。

 

「マスター!魔力を使わせてもらう」

「お願い!」

 

 返答した瞬間、ノーマは浮遊感と共に上空へ放り投げられていた。箒があっても飛行するのは難しいノーマに、重力操作や軽量化等できはしない。せいぜいぐるぐる回る視界の中でアーチャーを捕捉するぐらいが精一杯だ。

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捩れ狂う)

 

 魔力が吸い上げられる。同じく宙にいるアーチャーは空中で姿勢を正し、今も噴き出し続ける地表へと投影した弓矢を向けていた。通常の矢ではなく、螺旋を描いた奇異な形をした矢。まるでドリルのような剣を、アーチャーは無理矢理弓へとつがえる。恐ろしい程不安定な射撃姿勢だが、それには一片の歪みが無い。まるで弓矢を射る為だけに作られた人形のように、アーチャーは正確に弦を引く。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

 瞬間、もう一つの噴火が発生した。アーチャーの放った矢が、噴出し続ける魔力と矢がぶつかり合い、お互いの魔力をぶつけ合う。目の前で核ミサイルでも撃ち込まれたかと思うような爆発で、一瞬にしてノーマは聴覚を失う。それでも意識だけは保っている。アーチャーの投影から着弾まで数秒しか経っていない。矢を放ったアーチャーは即座に落下していくノーマを抱え、地面へ着地した。

 

「大丈夫か、マスター」

 

何とか復旧してきた聴覚に、アーチャーの声が響く。頭がクラクラするも、外傷はない。

 

「え、ええ。今のは」

「投影だ。どうやら紛い物でも真作を減衰させる程度はできたらしい」

 

 地表から噴出し続けた魔力は、既に残滓すらない。だがその傷跡は凄まじく、周辺の木々が吹き飛んでいるのは勿論、迷宮の地表がその惨たらしい惨状を証明している。鬱蒼とした森等どこにもない。あるのはただ剥がされ、その中身を剥き出した大地だけだ。

 

「これって、番人の宝具?」

「そうだろう。私達を狙ったものではないのは幸いか。余波だけでもこの威力。流石は大英雄のなせる業だ」

 

 こんな天変地異を具現化させたような宝具を持った相手が、この階層の番人。ノーマは心底震え、無かった。余りにも威力が高過ぎて、実感が持てない。恐怖を抱く段階を大きく逸脱した存在だ。やや現実逃避気味だが、それがノーマ本人に冷静な判断をさせていた。

 

「アーチャー。番人はこっちに気付いてる?」

「恐らくな。こうも見晴らしが良くなったのだ。番人がいる地点は分かる。隠蔽と不可視の魔術が施されているせいか目視はできんが、『視えない』部分にいるのだろう。出てこない、という事は番人としての矜持か、それともあの一撃とサーヴァント戦で消耗したのか、どちらかだ」

「キャスターの言っていた、もう一人のサーヴァント?」

「瀕死だが、こちらは視えている。どうするマスター。接触してみるか」

 

戦力は欲しい。しかしキャスターのように危険を伴う人格は御免被りたい。ノーマは悩んだものの、可能性にかけるべきだと判断した。最悪サーヴァント戦に突入するが、あの惨撃の中心点にいるサーヴァントが無事な筈は無い。酷い話だが万が一襲われても対処する事はできる。

 

「お願い。連れて行って」

「了解した。少し揺れるぞ」

 

そう言ってアーチャーの腕に抱えられ、数十秒。周囲の風景は更に苛烈となり、爆心地となった地点では数メートル地面が抉れていた。そのクレーターの中心に、仰向けに倒れたサーヴァントがいる。

 

「凄まじいな。あの一撃を耐えるとは。強力な防衛宝具を持っていたのか、それとも蘇生の類か」

 

アーチャーはそう言うものの、ノーマの眼からでは瀕死の数歩先へと踏み込んだように見えた。小柄なフードを被った少女、だろうか。服はズタズタに引き裂かれ、肉体を構成するエーテルは霧のように消えかかっている。よく『視れば』サーヴァントの命とも言える霊核にも傷が入っているのが分かる。

 

「ック、ハァ、ハァ」

 

近づいて来る気配に反応したのか、そのサーヴァントは立ち上がろうと身体を動かす。結果バランスを崩して頭を地面に叩きつける結果となったが、それすらも目に入っていないのか少女は再度同じ行動をしようとした。

 

「待って、敵じゃない」

 

ノーマはアーチャーに下がらせ、クレーターの中心へと歩き出す。少女の姿で瀕死であっても相手はサーヴァント。近付くに連れて殺気が膨らんでいく。ノーマはそれに思わずたじろぐも、何とか足を動かすことに成功した。

 

思ったよりも少女は幼い。十代中ごろの自分よりも幼さが残る顔には、警戒の二文字が刻まれている。更にその瞳。ノーマはそれを見た瞬間このサーヴァントの目に魔力がこめられているのを理解した。魔眼、それも自分よりも高位の。発動状態でなくとも感じられたのは、同じ魔眼保持者故か。

 

ノーマは数歩進めば少女に接触できるほど近付くと立ち止まり、しゃがみこむ。

 

「私は、ノーマ。ノーマ・グッドフェロー」

 

想像以上に自分が落ち着いているのが分かった。相手の瞳を見て、この子に敵意が無いことが分かったのだ。目を見れば分かるという言葉をノーマは信じないものの相手の眼を視れば、双方が危害を加える存在で無いことが分かる。

 

「貴方は?」

「私・・・・・・は。ランサー、のサーヴァントです。貴方は、迷宮に落ちた人間・・・・・・ですか?」

 

傷のせいで途切れ途切れになりながら、そう少女は言った。ノーマは大きく頷き、少女へ更に近付きか細い身体に触れる。治癒魔術をかけるものの、焼け石に水だ。どう足掻いても自分の技量ではこのサーヴァントの損傷を修復する事はできない。

 

「ランサー。貴方の力が必要なの。力を貸してほしい」

 

 ノーマは瀕死のサーヴァントに向けて共闘を持ちかけた。やろうと思えば無理矢理このサーヴァントを脅す事もできた。生かしてやるから指示に従えと言う事もできた。それをしなかったのはノーマがまだ魔術師の思想を自分の思想として定着させていない事と、同じ魔眼保持者としての同情が込められているからだ。

 

 ランサーは、ノーマと、後方で警戒を解いていないアーチャーを交互に見比べる。その瞳に敵意は無いものの、ノーマに分かるのはそれだけ。ある意味でノーマ自身も目の前の少女と同じ綱渡りを行なっている。

 

それでも、この子なら分かってくれる。そんなノーマの思いを受け取ったのか、ランサーはコクリと頷く。

 

「・・・・・・ええ。良いでしょう」 

 

 こうして、ノーマに仲間(サーヴァント)が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況を整理しよう」

「そうね。色々と複雑になってきたし」

 

 アーチャーとノーマは歩きながら言葉を交わす。アーチャーは周囲の索敵を怠らないように、ノーマは背中で気絶しているランサーに負担がかからないように気遣いながら。消滅寸前のランサーは、あの後即座に意識を失った。サーヴァントたる彼女に、体力と言うのは存在しない。突き詰めれば魔力さえあれば現界できるのだ。だが、その肝心の魔力が無い。ノーマと契約すれば解消できるが、アーチャーだけで魔術回路が悲鳴を上げているノーマでは三人諸共魔力切れで動けなくなる可能性が高い。ならばと迷宮の怪物から徴収しようにも怪物がいない現状、その線も無い。

 

 故に手段は一つ。

 

「この階層内の魔術礼装を使うという点では、私に異論は無い。マスター自身の魔力を考えれば、妥当な判断だ」

 

 第二階層に徘徊する怪物がいないせいで、設置された魔術礼装達は即座に見つかった。世の魔術師達が目を見張るような代物が多く存在していた。詠唱すれば自動的に火炎を放出する魔杖、持っているだけで危機を回避させる大盾、放てば敵の心臓めがけて飛んでいく弓矢。ことごとくをノーマは放置した。理由は簡単だ。それらは意図的とすら思うぐらいに『大きく』設計されていた。ようはかさばるのだ。

 

確かにこれらの魔術礼装は一級品で、ノーマのような底辺でも扱う事はできる。しかし欲深さに目を眩ませ、あれやこれやと持っていればそれだけで荷物となる。それに、ノーマの目的は迷宮の脱出で、探索ではないのだ。探索任務は迷宮入口で自身を除く探索隊が全滅した時点で終了した。生きて帰る事だけが目標のノーマには不要な代物だった。

 

 とはいえ、それらの中で癒しの魔杖を放置したことだけは悔やまれる。実際傷を癒す効果のあるソレにノーマは持っていこうか悩んだが、そもそもこれが必要になった時、自分がどんな状態になっているか、そしてその状態で礼装を起動できるが考えて止めたのだ。

 

「上手く行けば新たな戦力が保有できるし、何よりリスクが小さい」

「厳しいのね、アーチャーは」

 

 人助けにリスクリターンを言い始めるアーチャーに、少々の嫌悪感をノーマは感じた。確かにそれはノーマ自身思ってはいたものの、こう正面から言われると非難したくもなる。アーチャーはそんなノーマの反応に肩を竦めるだけだった。

 

「お人好しの救世主にでも見えたのかね、私を?あくまで君自身が行った選択を、改めて言ったに過ぎない。どちらにせよこの状況下でそのサーヴァントを助ける、と言うのなら最善の策だ。だが、何かおかしいとは思わないか」

「ランサーの事を?」

「そうだ。『ランサー』だ。第一階層で戦ったサーヴァント、ディルムッドもランサーだった」

 

 通常の聖杯戦争で、呼び出されるサーヴァントは七騎。

 

剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎乗兵(ライダー)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)魔術師(キャスター)。それら以外にも通常とは異なる召喚方式によって特異なサーヴァントが生まれると言うが、それでもクラスが被るのは考えにくい。

 

「第一階層で戦ったランサーは間違いない。ディルムッドには他にも伝承はあるが、二対の槍を同時に使う技巧は間違いなくランサーでなければ使えん」

「つまり、この子がランサーと言うのは嘘だと?」

「そうとも思えん。真名ならともかく、クラスは嘘を付いてまで隠す必要は無い。クラスを言えば即座に真名が露見するようなサーヴァント、と言う線も考えにくい。そもそも、この第二階層まででサーヴァントの数は五騎も存在している。キャスターのような怨霊に近い性質の物が呼び出され、かと思えばこのランサーを倒したサーヴァントのように規格外の宝具を所有するサーヴァントまでいる」

 

 まるで、本物の聖杯戦争のようだ。とアーチャーは言った。ノーマは極東で行われる真の聖杯戦争がこちらとどれほど違うのかは分からないが、亜種聖杯そのものは、不安定でどれほど危険な物かは知っている。アインツべルンの秘匿された技術が拡散されたものの、未だに真作と肩を並べる聖杯を作り出した魔術師はいない。亜種聖杯戦争が始まる、と言う噂が出れば最後には、アレは失敗だった。というオチが付く。だがこの迷宮内にある神秘、そしてサーヴァントと接していれば嫌でも今回の亜種聖杯がどれだけの奇跡を内包しているか推測できてしまう。

 

「この亜種聖杯は、何かがおかしい。私が注意してほしい点はそこだ。別にそのランサーを疑え、とは言っていない。だがこの迷宮には、単なる亜種聖杯探索ではなくなった」

「・・・・・・とにかく、今は魔術礼装を見つけましょう」

 

 番人の宝具の爆心地から大分離れていくと、森林地帯が再び戻ってきた。表面上は緑が復活したように見える物の、木々は傾いている物が多く、流れる川は魔力の暴走で茶色く濁りきっている。鬱蒼とした森が更に一段階怪異性を帯びてしまっていた。

 

 それでも、原型は保たれている。ノーマは自身の記憶と照らし合わせながら、礼装があった場所まで辿り着いた。宝具の発動前から倒れていた大樹、その内側だ。腐り切った木の中心に、丁度人が入れるような穴が作られている。その中に厳重そうな宝箱が。

 

「・・・・・・ない?」

「その通り!実際無いのです。何故ならあぁ?」

 

 アーチャーは瞬時に行動していた。投影した双剣が振るわれ、金属同士がぶつかり合う硬い音が響く。ノーマはアーチャーの背中へと回り、彼の戦闘に邪魔にならぬよう立ち回った。襲ってきたのが誰かは直ぐに分かった。こんな不意打ちじみた行為と、人を心底嘲笑しているような声を出す者は一人しかいない。

 

「私が持ってますから!ヒヒヒヒヒヒヒッ!」

 

 アーチャーの数メートル先で、キャスターは大型のハサミを開いたり閉じたりしながら笑みを浮かべた。もう一方の手にはその身長と大差ない杖が握られている。あるべき宝箱の中身、癒しを施す魔杖だ。

 

「また会いましたねえ、ノーマさん!いえ、ミセス・ノーマ?それともノーマ様の方が好みでしょうか?」

「今回はどうやら死にに来たようだな、キャスター。それが遺言で構わないかね」

「御冗談を!私、まだ生きていたいのです。だからこれを持っている」

 

 よく見れば、キャスターの身体には多くの傷が存在していた。さっきの宝具の余波は、どうやらこのサーヴァントにもダメージを負わせたらしい。ランサーよりも傷は浅いものの、マスターがいないサーヴァントにとってはどんな傷も魔力を消費してしまう脅威だ。

 

「私、このまま消えるのは怖い!とても怖い!何せ誰も殺していないし、騙してもいないのです!これでは地獄へ落ちて恥をかく事になってしまう」

「そうか、ならここで地獄へ落ちて貰おう。安心したまえ、貴様のような外道が逝く所に、恥も大義もありはしまい」

「溜息ものの碧眼ですねえ!経験がおありで?」

 

 一触即発の雰囲気に、ノーマは前へと踏み出していた。アーチャーは少しだけ目を見開いたモノの、何も言わずにそのままキャスターを警戒する。自分のやりたい事を会話無しで理解してくれたアーチャーに感謝しつつ、ノーマはキャスターへと向かい合った。

 

「キャスター」

「はいはい、こちらにィ!何か御用ですかなお嬢さん」

 

 一気にキャスターが近付く。片手に持ったハサミは依然向けられたまま。会話する距離感を大きく踏み込んできたキャスターを、ノーマは背中から感じる少女の温度で自らを奮い立たせる。ランサーは既に限界だ。キャスターと戦闘し、魔杖を奪い、ランサーへ治癒をかける頃には彼女が消えている可能性まである。それが嫌だから、こうやって悪魔と対面しているのだ。

 

「取引しましょう」

 

 これは悪魔との取引だ。この取引に公平性は無く、あるのはどれだけ相手を出し抜けるかの策謀のみ。キャスターの顔が笑みを浮かべ「どんな取引で?」と尋ねる。キャスター、メフィストフェレスと名乗った自分に取引を持ち掛けるのだ。それがどんな無謀な策かこの悪魔は知っていて嗤っている。

 

「魔杖を渡して欲しい」

「おや、私に死ねと?」

「見ての通り、もう一人サーヴァントを抱えてるの。この子にまず魔杖を使って、それから貴方に渡す。わざわざ貴方と戦って奪うつもりは無いの。一通り治癒が済んだら返すわ」

「フーム、正に素人の口車ですなあ。そもそも私には何のメリットも無い。これでは取引ではなく要求です」

 

 流石は悪魔。簡単に首を縦に振らない。だがノーマも伊達に魔術遺跡探索者をやっているのではない。模造品のスフィンクスの問いかけに何とか生還したあの時の度量、そしてランサーを助けたいという気持ち。その二つがノーマへ一歩先へと向かわせる。

 

「貴方にできるの?治癒が」

 

ノーマはワザと煽るような口調で言った。勿論キャスターはその程度で感情を乱したりしない。大きく溜息を吐いて、失望したような目でノーマを見る。

 

「あのですねぇ、私これでもキャスターですよ?それに、この迷宮の魔術礼装はとても親切です。貴方のように脳味噌の軽い人間でも理解できるように作られている」

「そうなんだ。なら、消えかけてるキャスターでもできるのね?」

 

一気にキャスターの表情から笑顔が消える。鎌をかけた自分の発言は、どうやら功を奏したようだ。確かにこの迷宮内の魔術礼装は一級品というだけでなく、キチンと扱い方が分かるように施されている。嫌らしい罠こそあれど、用いる手段はとても分かりやすく親切だ。

 

だが、使用には魔力が必要だ。魔術礼装なのだから。それは魔術師ならば当然だが、サーヴァントとなれば話は違う。サーヴァントは魔力で出来ており、魔力を消費して現界している。仮にキャスターがこの魔杖を使用したとする。その場合キャスターの魔力から魔杖の起動、術式の展開が行われ、キャスターの傷は治癒される。だが消費した魔力は元へと戻らない。それはつまり、表面上だけの回復だ。サーヴァントの魔力は元へと戻らず、傷だけは消える。結局事態は先延ばしにすらされない。

 

「本当に切羽詰まっているのは貴方。私達に襲いかかったのも、魔力を補給してから魔杖を使おうとしたんでしょう。殆ど効果の無い身隠しの布まで使って」

「成る程、成る程成る程!いやぁ私、勘違いしていました。人を見る目は結構な心得があったのですが。どうやら私の見込み違いのようですね!」

「で、どうするの?私を殺して魔力でも奪う?アーチャーが許さないだろうけど。全員が死ぬか、全員生き残るかの二択よ」

 

ここが正念場だった。目で人を脅す眼力を持たないノーマは、ただ淡々と事実を述べる。キャスターはハサミを放し、杖を持ったまま両手を挙げた。

 

「降参です!一本取られました。交渉の余地が無い要求には辟易しますが、後学の為の手痛い授業料としましょう」

「そう、なら」

「ですが一つだけ、お願いが」

 

キャスターは魔杖を差し出す手を一時的に止めた。まだ何か残しているというのか。もしも会話を長引かせるような要求ならアーチャーへキャスターを狙撃しろと指示を飛ばす事を考えながら「何かしら?」とノーマは尋ねる。

 

「私もそちら側に協力させて頂きたいのです。知っての通りこの階層の番人はデタラメな宝具を持った大英雄。正直な話、私単独では勝ち得ない相手でしょう。東洋には四人寄れば天才に匹敵する知恵を発揮できるという諺もある事でしょうに」

 

東洋の諺は三人だった気がする。ノーマはそう思いつつもキャスターの言葉に一定の合理性があるのも理解していた。最初から戦力は欲しい分だけ欲しいのだが、相手がこんな宝具を持っているとなれば二騎でも懸念が残る。

 

だが最も怖いのは後ろからの攻撃であるのも事実。ノーマは数秒考え、首を縦に振った。

 

「良いわ。でも、番人を倒して下の階層に降りるまで。それなら貴方も私も、益がある」

「一筋縄では行きませんねぇ。まぁ良いでしょう」

 

キャスターはそう言うと、空いた手を差し出した、何の魔術かノーマは頭に疑問符を抱かせマジマジと見つめる。奇抜な点を除けば何の変哲も無い手だ。

 

「握手ですよ。まさかこの時代の人間共はみんな交流手段を変えてしまったんですか?」

「あ、ああ。握手ね」

 

こんな異質なサーヴァントが、わざわざそんな礼儀正しい事をする。とはいえ何か事を起こせばキャスター自身の首を絞める結果が待っている。迷わずノーマは差し出された手を握った。思ったよりも温かみのある手。この温もりが人を騙す悪魔の手なのだ。

 

「よろしくね。メフィストフェレス」

「ええ、よろしくお願いします!私、契約を破らない事と主人に使えるという事では最上位のサーヴァントですので!ヒヒヒヒヒヒッ!」

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 




パーティにメッフィーとフードを被った少女のランサーが加わったよ!やったね!


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第二階層③

 室内は、すっかり手狭になっていた。

 

 赤い外套に身を包んだ男、道化師のような悪魔、簡易ベッドで寝込む少女、そして自分。流石に四人分も人が入れば嫌でも誰かの存在を感じてしまう。

 

 キャスターとの取引後、まず向かったのはこの小屋だ。魔術礼装の行使によってランサーは一命を取り留めているものの、宝具の直撃を受けた傷はそう簡単に治りはしない。再度癒しの魔杖を使用する必要があるが、ノーマ自身の魔力が空になるまで使うわけにも行かないので、一先ずは拠点となるこの小屋で休息していた。

 

「ふうむ、フムフムゥ。マスター。このメフィストフェレス、良い考えを思いつきましたよ!」

「勘違いしているようだが、貴様はあくまで共闘しているに過ぎない。悪魔の名前を冠している割に、契約内容を忘れたのか?」

「そうお堅い事を言わずに。貴方のように規律ガチガチの考えは昔の御主人を思い出しますねえ。殺した時の死に顔も同じでしょうかぁ?」

 

 壊滅的に、キャスターとアーチャーは仲が悪い。キャスターの性格に合う方が怖いのだが、ノーマは部屋内に渦巻く火花を消火するべく「で、良い考えって?」とキャスターの話に食いついた。キャスターの一挙一動を見ていれば、彼がどれくらいの頻度で笑っているか気づく。殆ど笑顔が平常運転、逆に口が止まり表情が無になれば何を考えているか分からない不安さが残る分、今のようにケラケラと笑っている方が分かり易かった。

 

「やはりマスター、話が分かるし早い!私が提案するのはこれからの事です。その、ランサーの小娘が復帰するには、マスターの魔力をいち早く回復させなければならない。なので」

「じゃあ、アーチャーとキャスター二人で行ってきて」

「わっかりまあああしたあああああ!」

 

 キャスターはそう言うと、猛スピードで部屋を飛び出す。一瞬にして行われた意思疎通に、アーチャーが珍しく反応に困っていた。

 

「マスター、その。まさかと思うがあのサーヴァントと波長が合うのか?」

「違う違う。ただ、ああいうので酷い目には合ってるから、何となく分かるって言うか。スフィンクスとかの問いかけよりはマシと言うか」

「成る程、神獣に遭遇していたのか。それならばあんな手合いにも耐性がある、と。それなのに召喚した時は怯えていたが?」

「そ、それはちょっとアーチャーが怖かった、というか。気が動転していたというか」

「・・・・・・私はキャスターより恐れられていたのか」

「ああ!そんな事よりキャスターに付いて行ってあげて」

 

 本気で落ち込みそうになっているアーチャーに意識を切り替えさせるべく、ノーマは本題に入った。

 

「多分、キャスターは私の魔力を回復させる為に外に探索に行ったんだと思う。確か、アーチャーの取ってきた魚、みたいな奴は川にいたのよね?」

「ああ、そうだ。あの宝具の影響は出ているが、まだ無事な所があるかもしれない。とはいえあの男が取ってきた物は何であれ手は出さない方が良いだろうが」

「その為のアーチャーよ。ここは今の所安全だし、何かあったら呼びかけるわ」

「分かった。だが何かあった時に連絡を入れてるようでは遅い。令呪の使用を検討すべきだ」

 

 ノーマは手にある痣、のような呪印を見た。令呪。三画だけしかないサーヴァントの絶対命令であり、サーヴァントに大幅な魔力ブーストを与える支援にもなり得る切り札。これまで幾多もの使い道も使うタイミングもあったが、ノーマ本人に行使できる程の精神的余裕、そしてこんな事で使っていいのかという貧乏性があったりなかったりして結局まだ一画も使ってはいない。

 

「出し惜しみする必要はない。いつか使うから、と思って餓えているのに食糧を残してることはしまい?」

「食糧と違って、補給できないから。できれば使いたくないのだけれど」

「それでも、使う時は来る。そして使う時だと君が判断できるかが鍵になる」

「分かった。何かあれば直ぐに呼ぶわ」

「ああ。私も、キャスターに目を光らせておく」

 

 そう言うと、アーチャーはキャスターを追って部屋から出た。残されたノーマは部屋の中で休息を取る、よりも先に探索鞄の整理をしようと思った。装備品や魔術礼装は、出来うる限りの利便性、つまりメンテナンスフリーな素材を使ってはいるものの、使えば消費され、摩耗していく。いざ使う時に動作できなかった、で死んでしまっては元も子も無いのだ。ノーマの家が十代も魔術遺跡の探索ができているのは、何も先人達の作った画期的な魔術があった訳ではなく、単に死ななかったという結果だけを積み重ねただけだ。そして、その結果を生み出してきたのは備品の点検、情報の調査、撤退の判断という平凡なまでの注意事項を、馬鹿のようにやってきたに過ぎない。

 

 ノーマは探索鞄を開き、水筒の数を確認し、ロープに綻びがないか確認し、魔術礼装に欠陥が無いか確認し、ナイフが刃こぼれしていないか確認し、鏡に割れが無いかを確認し、鏡を取り落した。

 

「んぐっ!?」

 

 奇跡的に鏡は床に落ちても割れなかった。だがそんな奇跡は欲しくなかったとノーマは思う。鏡に一瞬映った自分以外の姿、起き上がったランサーの姿を見た瞬間、視界が急転した。ノーマは魔術師の中でも肉体を強化する部類ではないし、ましてや事態を解決する為に腕っ節で対処する人間でも無い。つまりはサーヴァントの力に対抗できる力はない。結果的にランサーの奇襲にあえなく無力化され、仰向けに彼女と視つめ合う結果となった。

 

「令呪は使わないように」

 

 ランサーの声は低く、冷たかった。その瞳、魔眼から威圧的な光が漏れる。少しでもおかしな素振りを見せればたちまち待機状態である魔眼が開放されるだろう。相手の属性や能力が分かっていたのなら対策でもできたかもしれないが、残念ながらこの状況で教えてくれるとは思えない。

 

「分かった」

 

 ノーマは端的に理解を示した。令呪を使わない。相手の用件はそれだ。命を差し出せとか、お前の魂を喰いたいとかではない。ランサーは、何か二人で話したいことがあるのだ。単純にアーチャーとキャスターの二人がいないからという理由は考えない。考えてしまえば恐怖で身動きが取れなくなる。

 

 ランサーの目と、ノーマの視線が再び交差する。やはりこちらに危害を加えるつもりは無いようにノーマは感じた。どちらかと言うと敵対とは正反対の、親愛とかそう言う物。ランサーの顔が若干の赤みを帯びて、息遣いが荒い。まだ回復しきってはいないのだ。

 

「魔力の回復をお願いしたいのですが」

「今、アーチャーとキャスターが探しに行ってるわ。もうしばらく」

「ええ。今だからこそ、お願いしてるのです」

 

 ランサーの目が、魔眼とは別種の光を放っている。肉食獣が獲物の喉笛を食らいつくような、クモが自分の巣に引っかかった昆虫ににじり寄ってくるような。

 

 あれ?もしかして私って生命の危機に瀕してる?

 

「私は、吸血種です」

「え。もしかして貴方は死徒なの?」

「いいえ。私は純粋な吸血種。人の生き血を吸うことで魔力を回復できる、怪物の途上です」

 

 吐き捨てるようにランサーは言った。まるで自分を本気で蔑むように。人の血液を吸う、のは厳密に言えば吸血種だけではないことを、ノーマは知っている。一般的な人間でも理解できる蚊等も動物の血液を必要とするし、幻想種の中にもそんな生命体がいるのも知っている。だがこんな少女の姿をした吸血種、と言うのは聞いたことが無い。

 

「私は、何としてでも下の階層へと行かなければいけないのです」

「亜種聖杯の事?それなら私もアーチャーもいらない。脱出するために私達は下に行っているだけ。欲しいのなら貴方に」

「亜種聖杯等、どうでも良いのです。私は下に、下に行かなければ」

 

 大きくランサーがせき込む。治癒にて表面上は継ぎ接いだおかげで、ランサーが魔力切れで消滅する事は当分は無い。が、それでもかなりの重体である事は確かだ。人一人押さえつける力にも、ノーマが本気で暴れればどうなるか分かったものではない。

 

 ここで、やっとノーマは相手の言いたいことを理解できた。魔力の回復、吸血種、ランサーと二人きりで。身体に思わず熱が籠もる。まさか、いやこれは別に、アレだ。自分とランサーは女性である訳で、キャスターとアーチャーは男性なので、その。デリケートな話になるから!

 

 浮かれたような頭の片隅で、しかしノーマは別の事も考えていた。あの杖による治癒と、ランサー本人の回復力。どちらが強く、より効率的にランサーが復帰できるか。あるか分からない回復アイテムに期待するより、『今ある物』(ノーマ)で代用する方が現実的ではないか。

 

「分かった。分かったから。自分で言うのも何だけど、私はそんなに凄い魔術回路なんて持ってないの。正直血液から吸い上げる量もあまり期待できない」

「はい、それは分かっています。魔力供給をして欲しい所ですが、サーヴァント二騎に魔力を分け与える余裕が無いことは聞いていました。ですが正直、限界に近いのです。ある程度は魔力を備蓄しておきたい」

「吸血種になったりしないのよね」

 

 ゾンビ映画の見すぎだと何も知らない人間なら言うところだが、死徒に噛まれれば実際そうなるのだから笑えない。しかしランサーは首を横に振りその危険性を否定した。どうやら彼女の吸血は自分の同胞を増やす方法ではなく、純粋な魔力確保の為の行動らしい。

 

「それなら、大丈夫、ね。ただ、その。痛かったりしない?」

 

 ランサーは、妖しく笑った。と思った時には顔を近づけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて。情報を整理したいのだけれど」

 

 アーチャーとキャスターが取ってきた魚を平らげ、魔力を回復したノーマは改めて三騎のサーヴァントと向かい合う。一時的にではあるものの、こう見ると自分が三騎もサーヴァントを従えている事に驚く。入口で半ばパニックに陥っていた自分が、何処をどうすればこうなるのか。ノーマには皆目見当が付かない。成長したのか、と誰かから問われたら否定する他無い。幾ら危機的状況で人は成長しやすいとはいえ、限度がある。となると元から自分はこうだったのか?

 

 無駄な思考をノーマは切り捨て、各サーヴァントの事を考える。

 

 アーチャーは冷静な判断能力と、投影魔術による攻防近中遠全てに対応できるサーヴァントだ。アーチャーというクラスが霞んで見える程投影魔術は幅が広い。

 

問題は後の二騎。キャスターとランサーだ。

 

「私の能力ですかぁ?こう見えても私、好戦主義者ですので!キャスターでありながら前線もできますよ!そこのアーチャーのように」

「ほう、ならばこちらは楽になるな。安心して裏切りの芽を摘む事に専念できる」

「キャスターも、戦えるの?あの、ハサミみたいな奴で」

 

連想したのは自分に奇襲してきたあの攻撃に使った武器だ。サーヴァントの持ち得る伝承の具現たる宝具があのハサミなのだろうか。キャスターの宝具がハサミ。メフィストフェレスの宝具がハサミ。

 

地味だ。

 

「ご心配無く!確かにこのハサミはとてもお気に入りですが、まぁそこまで便利ではありません。私の宝具は別!まぁ今回の戦いで使うかどうかは分かりませんが、少なくとも集団で連携しながら戦うには向いておりません」

 

自分の宝具を宣伝はしないあたり、悪魔らしい考えだ。とはいえ何も知らないよりはマシだとノーマは前向きに考える。

 

「じゃあ、ら、ランサー。お願いしてもいいかしら?」

 

もう一人、ランサーに気軽に話そうとするも、ノーマは若干の緊張を持ってしまう。つい数時間前にあった出来事のせいで、眼を合わせるのも羞恥心があるのだ。

 

いや、だって、あんなの初めてだし。そもそもあそこまでする必要無かったよね!?

 

ランサーはノーマの内心を読み取ったように微笑みながらその質問に答えた。

 

「私はこの眼が宝具です。そうですね。石化の魔眼と言えば分かるでしょうか」

 

その瞬間、やや暖かかった室内の空気が一変した。

 

 石化の魔眼、それを聞いた途端、ノーマは即座にランサーの真名を察した。魔眼の中でもかなり有名な部類、ごく一般的な人間にさえその能力は知れ渡っている。だが、それは英雄なのか?アーチャーの言っていた反英雄としても、彼女のソレは明らかなまでの悪。神話において怪物とまで言われてきた対象だ。

 

「メドゥーサ、ゴルゴーンの怪物か」

 

 アーチャーは腕を組んだまま、冷ややかに言った。こういう時、彼は非情なまでに自分の感情を突き放せる。感情と理性の区別が完全にできているのだ。目の前の少女が怪物で、例え今は敵意が無くともマスターに危害が及ぶようなら殺す、と言う断固とした意志を感じる。

 

「何と、あの悪名高き蛇ですか!素晴らしい。多くの勇者を屠ってきた殺戮怪物が味方とは!(悪魔)彼女(怪物)が揃えば百人力ですねえ」

 

 キャスターはキャスターで、同族に近い相手がいて嬉しいようだった。とはいえその感情は、同族に対する目ではなく弄りがいのある玩具へ向けた視線だったが。

 

 では、自分は?彼女を突き放すか、彼女を認めるか。急に選択が必要な場面を押し付けられた。ノーマは魔術師だが、神話に関しての知識は一般人と同じ。彼女がただの少女で、不幸な事が続いて怪物と呼ばれたのかもしれないし、メフィストフェレスのようにノーマを騙すためにその姿を隠しているのかもしれない。少なくとも怪物、という点においてメフィストフェレスと同位、もしくはそれ以上の化物であることに変わりはない。

 

 ランサーはそれ以上言葉を紡がず、ノーマを視ていた。初めて会った時と変わらない、濁りの無い視線。ノーマがこの迷宮に来て驚いた事は数多いが、サーヴァントという存在はその中でも驚きで満ちていた。名前が無く、優しいが必要になれば冷徹になるアーチャー。おどけた道化のような恰好で、平然と人の命を奪う悪でありながらも、その手は血の通った物だったキャスター。そして、あどけない少女の姿をしていながらも怪物だというランサー。状況により様々な見方で、彼らは生きていたのだろう。

 

 それらを見て、自分はどう判断するべきか。答えなければならない。

 

「でも、メドゥーサがランサーなの?」

 

 しかし、出た言葉は肯定でも否定でもない疑問だった。何故だろう。自分でもよく分からない。ただ何となく、その答えは今言うべきではないと感じたのだ。

 

 その言葉に、ランサーは失望を示さなかった。その笑みは穏やかなままノーマの質問に答えるように片手を開く。瞬時に展開された武器を、彼女は分かるようにノーマへと突き出した。

 

「恐らくこれがランサーである由縁かと思われます」

「鎌?」

 

 ランサーの持っている物は、鎌だった。刃と鎖が連結した暗器のような鎌だった。見様によっては槍にも見えなくもない。そこでノーマはある事に気付いた。メドゥーサは不死殺しの鎌で殺されたと聞く。

 

「これが何であるのか。正確な所私には分かりません。ただ召喚されてからずっと手元にありますし、何故だかこの刃は使いやすい。だから恐らくこれは」

「ごめんなさい。分かったわ。じゃあ番人について教えてくれる?」

 

 自分の死因を持っているというのはどういう気持ちだろう。それを考えただけでノーマは彼女に対する質問を切り上げ、別の方向性へと変えた。彼女を除いて、自分達は番人がどういったサーヴァントなのか知らない。一度でも交戦したランサーの情報が欲しかった。

 

「マスター、それについては私からも心当たりがある」

「分かるの?アーチャー」

「ああ、あの宝具には心当たりがある。地形破壊に特化し、あまつさえ末端の剣光ですらも丘を三つは破壊できる宝具。虹霓剣(カラドボルグ)を持っている英雄となれば一人しかおるまい」

「素晴らしい分析力ですねえっ!私、逃げるのに必死でそこまでは考えられませんでした、もしや貴方、その人物とは親類関係で?」

「さあ、どうだか。で、どうだ。ランサー。間近で見た貴様の意見は」

「・・・・・・ええ、恐らくサーヴァントはセイバー。そして真名は」

 

 フェルグス・マック・ロイ。アルスター伝説でも語られる大英雄。彼の豪快さは伝説にまで残されており、あの宝具の剣光を見ればそれが伝説以上の強さを持っている事は嫌でも分かってしまう。この場にいるサーヴァント三騎は皆伝説に名を遺した英霊だが、相手はそれらを蹴散らす程の能力を秘めているのだ。

 

「分かった。じゃあ改めて作戦を考えないとね」

 

 だからこそ、策を練らなければならない。相手が強大なのは分かっていた事だ。ならばこちらを強くし、相手を弱くすればいい。サーヴァントが兵士ならば、三騎のサーヴァントの能力を統括し、指揮するのは自分なのだ。本来なら自分以外の魔術師がやった方が能率的で、効率的に迷宮を探索できただろう。だが、この場にいるのは自分一人。助かりたいのなら、生きて帰りたいのなら自分が頑張らなければならない。ノーマは三騎のサーヴァントに、作戦内容を伝える。

 

 それを見ながら三騎のサーヴァントはそれぞれの想いを抱いていた。

 

 アーチャーは、本来の能力を発揮しつつあるマスターを認め。

 

 キャスターは、徐々に変化していくマスターを面白いと嗤い。

 

 ランサーは、無垢で純粋なマスターに在りし日を重ね。

 

 それぞれ、マスターと出会った時と場所が違う分、抱いた想いは皆違う。それでも共通しているのは。

 

 彼女をマスターとして認めている、という事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し聞きたい事があるのですが、良いでしょうか」

「そんなに畏まらなくて良いよ。正直私もドキドキしていて眠れなかったから」

 

 作戦会議は終わり、番人との決戦前夜。ノーマは最後になるかもしれない夜を小屋の中で過ごしていた。アーチャーとキャスターは小屋の外で、周囲を警戒している。睡眠を必要としないサーヴァント三騎に囲まれて眠るのは流石にノーマも気が引けないので、男性と女性で分けたのだ。とはいえ、ランサーもランサーなのだが。

 

 ランサーはノーマの了承を聞くと、ゆっくりとベッドに近付き、いきなり内部へと侵入してきた。前にあった事例を思い出したノーマは、思わず身体が強張る。そんな強張った身体を、ランサーは蛇のように絡みついた。

 

「さ、流石に決戦前夜は」

「あの時の、答えを貰っていません」

 

 しかしランサーの声は真剣だった。何を言いたいのか、ノーマは直ぐに分かった。あの作戦会議の時に明かした、ランサー、メドゥーサについてだ。

 

「貴方は、どう思いました」

 

 あの時、自分は答えを保留にした。彼女を怪物として扱うか、それとも自分と同じような少女と見るべきか。ノーマはここに来てようやく、答えなかった自分の行動理由に気付いた。

 

「もっと、詳しく知りたいなと思った。だって、あの話だけじゃあランサーが、メドゥーサが悪いのか何て分からないし、やむを得ない理由があったのか分からない。それに本当にメドゥーサかも分からないしね」

 

安っぽい同情や優しさの言葉を吐けば殺されるというのが本能的に理解していたからだ。彼女の事を知りもしない人間が、上辺だけの情報とランサーの外見を見れば、芝居のような悲劇があったに違い無いと感じるだろう。だが、彼女の過去は芝居や演劇ではなく、事実上にいた存在なのだ。

 

「それは何故?」

「髪の毛、蛇じゃないし」

 

 クスクス、とお互い笑った。伝承との違いなんて幾らでもあるだろうに、ノーマは敢えてそう言った。そうだ、本当に彼女がメドゥーサかも、今は分からない。ならばランサーは、どうすれば自分をメドゥーサと証明できるか。

 

「分かりました。話しましょう。私の過去を。ああ、何も悲劇だけでは無いので少しは面白いと思います。ただ明日は眠くなるかもしれませんよ?」

「構わないわ。それで連携が良くなるかもしれないし」

 

 そう言えば、同世代の人間と話すのは久しぶりだ。少女らしい恋話はできないが、会話に花を咲かせるのは必須。

 

 小屋の中では、少女達の小さな幸せが育まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、小屋の外では?

 

「行くぞ、キャスター。貴様には負けん」

「貴方も負けず嫌いですねえ。何度も言ったでしょう。幾ら良い道具を持った所で、圧倒的に拡いた差を埋めるのは困難だと」

「言っているが良い。だが、道具の発明は常にその差を埋める為に作られたのだと知れ!」

 

 話は、ノーマの魔力を回復させる為に川へと行った時まで遡る。

 

 番人の宝具の影響で、川の生態系はかなり深刻なダメージを被ったが、無事な所は幾つかあった。そういう所にいる魚類を、アーチャーはこれまで通り最新式の釣竿を投影して釣ろうとしたのだ。

 

「そういえばキャスター。貴様、どうやって魚を捕るつもりだ?」

 

 勿論、アーチャーは投影品をキャスターに借すつもりなど無い。そうなると手掴みという原始的かつ野蛮な手段にキャスターは頼るしかない。

 

「いえいえ、私にはこれが」

 

 そう言うと、キャスターは糸を取り出した。その先には小さいながらも釣り針を模した木の枝を結び付けられている。

 

「糸は私の布の生地を、木の枝はそこらへんに生えてる物を。こう見えても道具作成スキルはある物で」

「フン、貴様らしい雑な代物だな。その程度で魚を捕れるのは余程の大物だろう。期待しているよ」

 

 三十分後。

 

「ええっと、十七匹目フィッシュ。 いや、二十匹目でしたっけ?覚えていますか、アーチャー?」

「・・・・・・」

 

 一時間後。

 

「・・・・・・馬鹿な」

 

 アーチャーは刮目せざるを得ない。キャスターの釣った魚の量。三十匹から先は数えていないが、彼は糸釣りだけでこれだけの量を釣っているのだ。アーチャー自身も釣ってはいるものの、何とか二桁に乗り出した辺り、それも段々と細くなっている。投影したとはいえ自分の持っているのは最新式のルアーフィッシング用の器具だ。それが負けるはずがない。

 

「キャスター、貴様、何か細工をしたな」

「細工ぅ?これにそれだけの意味があるとでも?」

「ふざけるな。魔術的細工でもしているのだろう!」

 

 キャスターは、大層な身振りで溜息を吐いた。その間にもその糸には反応があり、キャスターが糸を引けば魚が水面から顔を出す。

 

「私、これでも悪魔ですよ?獲物を騙し、偽物で吊り上げる。わざわざ呼吸にコツがありますか?それと同じです。私から見れば、細工だらけなのは貴方ですがね」

「何だと」

「自分の両手に収まっているのは何だと思います?人類の叡智、と言えば恰好は付きますが、単純に言えば人間が扱い、そして人間が抱いている『魚』を捕る為の物。迷宮内でそんなモノが通用するとでも?」

 

 ここで、アーチャーは自分の失策に気付く。成程、この釣竿は高価かつ最適な物。だが、迷宮の魚は魚であって魚ではない。ルアーの疑似餌を見抜き始めているのだ。

 

「貴方は道具に頼るばかりで、自分の実力を高めようとしなかった。その報いがこれですよ。見てみなさい。私は水面を見なくとも魚がどこの水流に乗っているか、そしてどのタイミングで口を開けるのかは即座に理解できている」

「馬鹿な、魚の口に針を入れるだと!そんな芸当ができるわけがない」

 

 と言うも、実際キャスターはそうしている。認めなければならない。キャスターの『騙す技術』は卓越していると。

 

「ですが、アーチャー。貴方にも有効なものがありますよ」

 

キャスターは意地悪い笑みを浮かべながらアーチャーを見た。

 

「私の釣った魚を、調理するという役目がね!ヒヒヒヒヒヒ!」

 

あの悪夢を、アーチャーは挽回するつもりだった。外敵がいない第二階層ならば、別に見張りなどいらんだろう?だから見張りと言う名目でキャスターと一緒に持ち場を離れ、リベンジを果たす。

 

「私、マスターの命令を尊守する高潔なサーヴァントなのですが」

「ほう、勝ち逃げかね?随分と殊勝な悪魔だ。それとも負けるのが怖いのか」

「いいえ。だって負ける事などあり得ませんし」

「ならやって見るがいい。みていろ、数々の戦場を渡り歩いた私の実力を!」

「はいはい、分かりました。三十分程で終わらせますよ」

 

キャスターはそう言って、再度糸を取り出した。アーチャーは身を屈める。

 

「おや、あの手品はしないのですか?」

「フン、甘く見るな」

 

アーチャーは人の頭ぐらいはある石を持ち上げる。目を丸くしているキャスターを横目に、アーチャーはその石を水中の同じサイズの石へと思い切りぶつけた。

 

瞬間、衝撃音が水中を木霊す。衝撃音に驚いた周辺の魚が浮き上がり、失神していた。アーチャーはどうだとばかりのキメ顔をキャスターへと見せ付ける。

 

「フーム、もしかしてバカですかね?」

 

もしもここが釣りのスポットならば、アーチャーは速攻で止められ、出禁にされる行為だ。それを奥の手として使った時点で、アーチャーの底が知れる。

 

「できることをしたまでだ。それとも何か、まさか汚いとでも言うのかね。ならやって見ると良い。もっとも、この猟場には既に大体の魚は捕らえたが」

 

キャスターは自分の宝具でアーチャーもろとも吹き飛ばそうかやや本気になって考えたが、幾ら楽しく裏切るのが心情のキャスターも、こんな裏切り方はしたくない。したくもない。

 

「はいはい、分かりました。私の負けで良いですよ。で、この大量の魚はどうするのです。全てマスターの胃袋に収まるおつもりで?」

「調理する。日持ちできるよう干し魚にもするし、荷物になるなら捨てる」

「アーチャー、貴方。もしかして結構腐ってます?」

 

アーチャーは聞こえていないのか、満足気に魚を回収していた。勝てば良しが、この英霊の特徴なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




石打漁法は川などでは禁止されてているので迷宮に入った時以外は良い子は真似しないように!


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第二階層④

ノーマって、デカイよね。どこがとは言わないけどあの年であんなにデカイのはけしからん


第二階層から第三階層へと続く門、結界が展開された空間を抜ければ、そこはいつもの迷宮だった。森も青空も川もない、幻想からの現実を見せつけてくれる。だがそれは良いことだ。少なくとも夢を見続けるまま朽ち果てるよりは。

 

 第一階層と同じく、その場所は広大かつ遮蔽物の無い空間だった。来た道を振り返ればその道ごと無くなっている。つまる所番人を倒すか、自分達が死ぬかの二択しかない。

 

 サーヴァントと、人間の違いは外見上は殆ど無い。一般人に時代錯誤の服装と、それなりの筋力や背丈があれが似せる事はできるのだ。例えばアーチャー等は現代の服装を着せればそれなりの美形となるし、ランサーも少女らしい服装を着せれば年頃の女の子にもなれる。キャスターは、どうだろう。ちょっと無理かな。

 

「ハッハッハッハアッ!一人でダメなら三人で、と言うことか。ただの烏合の衆では無かろうな?」

 

 だがどちらにせよ、通常の人間と同じ外見でも、人間には思えないような雰囲気を放っている。英霊としての覇気、とでも言えば良いのだろうか。ノーマの眼ならば即座に理解できる、魔の質とでも言うべきサーヴァントの特徴。そして、目の前に立つ男から感じる尋常ならざる魔力は、このサーヴァントが正しく自分達の予想通りの英雄である事を教えてくれる。

 

「む?あの時の幼子もいるのか」

「私はランサーです。また前のようなふざけた甘言をするつもりですか、セイバー」

「いやいや、貴様の武勇はしかと味わった。とはいえ、武を削りあうのと殺し合うのは別よ。やはり幼子を殺すのは少々気が引ける。それも絶世の美女の卵となれば尚更!」

 

 セイバーは豪胆に笑い飛ばす。第一階層で戦ったランサー、デイルムッドが高潔な騎士とするなら、こちらは野性的な戦士だ。元々ケルトの英雄は中世の騎士というより傭兵、とはいえ卑怯な戦法を使う外道ではなくその実義理堅い誓約で動く男達だったらしい。だからランサーのような子供を手にかけるのは気が引くようだ。

 

 しかし、ランサーにとってその気遣いは地雷以外の何者でも無かった。ランサーは既にその手に不死殺しの刃を持ち、隠す事なく殺気をセイバーへと向けている。ノーマは昨日ランサーと語り合った時、彼女が成長した自分を嫌っていたのは知っている。彼女が成長した結果、美女どころかヒトですらない姿に成り果てた結果も。

 

「ククククク!どうやら地雷を踏んだようですなあ好色な英雄殿!乙女の扱いも戦いと同じく激しいようで!」

「むう。そのようだ。口説き落とすのは自信があるのだが。最近は武のみでそっちは修行していなかった。我ながら情けない」

「その心配はご無用!なにせこれが最後の口説き文句となりますしね!」

「ほう、奇抜なドルイドのようなサーヴァント。それはどうか分からんぞ?もしかしたら貴様も、これが最後の狂言となるかもしれぬ。それに、女はまだこの場にもう一人いるだろう?」

 

 殺気は十分に決闘となる場所に満ちた。後は開戦の狼煙を上げるのみ、と言う所でまさか自分に話題が振られるとは思わなかった。好色な英雄とも知られるフェルグスは、この時代では珍しい程真っすぐにノーマを見る。

 

「どうだ、この場にいるサーヴァントのマスターよ。この戦に俺が勝利した時、どうか俺の女になってくれまいか?やや幼いが、その身体は果実の早熟さを思わせる。甘さと酸っぱさの入れ混じった、具体的に言うならば、胸が大きくて好みだ!」

 

 下心をこうも明け広く叫ぶのが、ケルトの英雄らしい。もしかして敗北したら襲われるのではないか。身の危険を感じ、やや後ずさったノーマは、どう答えれば良いか分からず戸惑った。それを守るようにアーチャーが立ちふさがる。

 

「セイバー。色欲を撒き散らすのはそこまでにしてもらおう。悪いが貴様に提供できるのは戦場のみだ。そしてこれが最後だ」

「ほう、成程。先客がいたか。ならば仕方ない。俺も略奪は趣味ではないからな。だが暇で暇で仕方が無かったのだ。これくらいは許せ。こちらとしては迷宮が作られてからずっと、退屈しのぎに怪異を狩っていたら、いつの間にか階層内の怪物を全滅させてしまったぐらい暇だったのだ!」

 

 何の気も無しにセイバーは言うが、この広大な迷宮内の、階層とはいえ現存していただろう幻想種を全て狩りつくした?一体何故、と問われれば退屈だったから。という返答が出てくるだろう。いや、恐るべきはそれを可能とするセイバーの力量だ。

 

「故に客人だろうが敵だろうが、久しぶりに口を動かす相手よ。そして、身体の方もな」

 

 セイバーはそう言うと、持っていた巨大な剣、一目見れば分かる特徴的な螺旋が描かれた剣を構える。充満していた殺意が爆発寸前まで膨らむ。

 

「セイバー、フェルグス・マック・ロイ!さあここからは戦だ戦!先に進みたければ俺を倒して見せろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は、ノーマの予想通りの事態となっていた。事前に三騎のサーヴァントの特性を聞き、そこからどういう役目をするべきかの指示をする。困難な仕事と思うが、これ自体はそれほど難しくない。想像し、予想を立てるのは誰でもできる。最も難しいのはその予想を予想通りに進ませることだ。

 

 前衛をキャスター、ランサーが務め、セイバーを押しとどめる。そしてアーチャーが後衛として援護射撃を行う。単純かつ合理的な配置。セイバーと一対一で戦えるランサーはともかく、本当に前衛ができるのか不安だったキャスターも、戦闘には絶対に向かないあのハサミで器用に立ち回っている。状況は、セイバーに不利だった。前衛二人の隙を突こうにも、後衛のアーチャーの狙撃はそれを見逃さない。ここぞ、というタイミングで横槍が入ってくる。幾ら大英雄とはいえ、三騎もの英雄と戦うのは至難の業だろう。防戦一方とはいえ拮抗しているのは逆に異常なのだ。

 

 だが、それはあくまで表面上の話だ。

 

 ノーマは自分の作戦を思い返し、本当に大丈夫かと改めて自問した。答えは返ってこない。当たり前だ。これしかないと自分は思っているのだ。今更不安になっていても仕方がない。

 

 今回の作戦を一言で伝えるのなら、消耗戦だ。

 

「はっきり言って、この三騎が集まって、セイバーを倒せるかどうかは分からない」

「おや、弱気な発言ですねえ。ここには悪魔に怪物もいるのですよ?」

「だからこそよ。フェルグスは英雄。それもかなりの高名なね。人間との闘いよりも、そういった者達との闘いの方が多かったんじゃないかと思って」

 

 アルスターの話を詳細までノーマは知らないが、フェルグスと同じ時期にいたクーフーリンですら神の血を引いた半神として扱われているのだ。超常の存在は慣れて、なおかつそういった者との闘いも経験がある。経験、というのはそう簡単には埋められないのをノーマは知っている。一度起きた事例を経験すれば、何も経験していない人間よりも速く、巧く動ける。

 

「相手は一騎。こちらは三騎。数は有利だけど、みんな集団戦闘なんてやった事ないでしょう。私もそんなの指揮した事が無い。だから、有利なのは相手よ。いつもと同じ事をしていれば良いのだもの」

「とはいえ一対一では勝ち目が無い、か。マスター。君の指摘に間違いは無いようだ。ではどうする」

「とにかく闘いを長引かせるわ。相手もこちらもサーヴァント。消耗なんて殆どしないだろうけど、魔力は消費する。あんな規模の宝具を放って、直ぐに回復する訳がない」

「なるほどう!つまり、ジワジワと嬲り殺しにする、という訳ですな!」

「いいえ。相手もそんな事分かり切ってる。絶対に何か打開策を持ってるわ。だけどその時が来るまで、持ちこたえる必要があるの」

 

ランサーとキャスターがセイバーの足を止め、攻め立てる。反撃の芽はお互いが潰し、それでも越えてくる事象にはアーチャーが援護射撃を行い仕切り直す。

 

しかし、セイバーは健在だった。威力とリーチに優れた剣を振り回し、反撃の機会を伺いつつアーチャーの狙撃を防御する。普通のサーヴァントならばあっという間に倒されている状況で、セイバーは拮抗状態を作り出しているのだ。荒々しい嵐そのもののような苛烈さでキャスターとランサーの攻めを振り払う。

 

まるで首輪を付けられた獣のようだった。その首輪(ランサーとキャスター)を外そうと剣を振り回す。その中の何処かに、付け入る隙が発生する筈だ。故にこの闘いは長期戦。自分達が先に(セイバー)を打ち倒すか、首輪を脱した獣が全てを食い破るかの二つ。

 

「ハッ、悪くない。生前にも勝るとも劣らぬ!これが聖杯戦争と言うものか!ならば、俺もそろそろ活かせて貰うぞ」

 

 そう言うと、セイバーは剣を地面に突き刺した。ランサーの口から相手の宝具の情報を事前に聞いていた分、この場にいる全員がその動作を警戒していた。いかに強大な宝具と言えど、発動させなければ無力。窮地ともなる宝具だが、逆を返せば好機ともなり得る。故にセイバーの宝具は絶対に阻止し、晒した隙を突かなければならない。

 

「もっらいいいいいいいいいいいいいいいいいい?あ。ミスりましたてへ」

 

 しかし、好機は窮地となった。襲いかかろうとしたキャスターを文字通り一蹴したセイバーは、徒手空拳の手をランサーへと向ける。サッカーボール代わりに弾き飛ばされたキャスターが壁面に衝突し、糸の切れた人形のように倒れる。

 

 ランサーはそんなキャスターを見る暇も無く、セイバーを前に攻撃の手を一端停止させた。相手がただ破れかぶれの体術を使った訳ではない事は、先程のキャスターで証明されている。剣が無くとも、この英雄は十分な戦闘能力を持っていた。

 

「野蛮ですね」

「確かに俺は剣技も良いが、己の身一つで行う武も悪くない。第一、戦の基本はコレだコレ。ケルトの戦士の必須科目と言う奴だな」

 

 やられた。ノーマは痛感した。あんな見え見えのフェイントに釣られてしまった。戦場を俯瞰しなければいけないマスターが、まず指示を出さなければならないというのに。

 

(アーチャー。キャスターがどうなってるか分かる?)

(消滅していない所を見ると、どうやら生きているようだ。しぶとい奴だ。だが気絶してる訳でもあるまい。恐らく戦線離脱と共に伏兵として潜む腹積もりだろう。もしも逃走するつもりならば撃つが)

(いいえ。そんな暇無いわ)

 

 戦場の風向きが変わった。セイバーはその剣を持たぬまま徒手空拳でランサーを攻撃する。ランサーは紙一重でそれらを回避するも、形勢は明らかにセイバーへと変わっていた。さっきまで大剣による重い一撃を主軸にしていたが、今では軽いフットワークで攻め立てるボクサーのようなスタイルへと変化している。必要となればセイバーは自分の戦闘スタイルを根底から変化させれるのだ。

 

(流石は大英雄、最優のセイバーを冠するだけの実力は備えている。マスター、そこで一つ提案だ)

 

 アーチャーからの提案。それを聞いた時、ノーマは暫し考えた。アーチャーの実力を疑ってではない。彼と共にしている時間はこの中で最も長いのだ。全幅の信頼を寄せていると言っても過言ではない。それ故に、アーチャーが無理をして自分だけを犠牲にしていないかを考える必要があったのだ。

 

(概ね分かったわ。でも貴方を駒のように捨てるつもりは無い。無理そうだったら直ぐに仕切り直して)

(私の心配をする余裕があるとはな。流石は一級品のマスターだ。鼻が高い)

(アーチャーの死を犠牲にしてこの先を進めるとは思えないもの。まだ第二階層よ)

(成程。ならばそれに答えよう)

 

 アーチャーはそう言うと、投影していた矢を変えた。歪な螺旋が描かれた矢。アーチャーだからこそ可能な投影品の改造。本来は剣であるソレを、矢へと変質させるという規格外な技術。

 

「下がれ、ランサー!偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 

 アーチャーはそう言った数秒後、矢を放った。もっと素早く放てただろう矢は、戦っていたランサーとセイバーが十分に知覚し、回避したその間を通り過ぎていく。

 

「カラドボルグだと!?」

 

 セイバーはアーチャーを見た。いかに変質していおうと、二振りとも無い自分の武器を見間違う筈も無い。勿論、自分の剣は地面へと刺さったままなのだから、アーチャーが自分の剣を使用した訳でも無い。

 

「そうだ。カラドボルグだとも。セイバー。これは面白い偶然だな。同じ種類の宝具が二振りあるとは」

「何者だ?アルスター縁の者、もしやメイヴの男か?」

「恋人に宝具を渡すのか?まあ貴様達の郷では一般的なのかもしれんが。残念だが私はケルトに属してはいない」

 

 そう言うと、アーチャーは弓を捨て双剣へと持ち帰る。十分以上に、アーチャーはセイバーの気を引いている。

 

「ランサー。ここは任せて貰おう。何、心配はいらん。その場凌ぎは得意でね」

「分かりました」

 

 アーチャーの姿勢に何かを感じ取ったランサーは下がり、ノーマへと近付く。ノーマは持っていた癒しの魔杖を公使してランサーの傷を癒した。最初は三対一だった戦場が、今では一対一となっている。それでも尚、アーチャーの背中には絶望も諦観も無い。

 

「ふうむ。不思議だ。ドルイド達の秘術にもそんな技は無かった。だが面白い。弓を使っていたと思えば剣に持ち変え、異郷の武器を手足のように馴染ませている。あまつさえ俺の(カラドボルグ)すら使うとは!」

 

 戦場だと言うのに、セイバーは興味深そうにアーチャーの双剣を眺めている。確かに、アーチャーの持っている武器や装備を見れば、ちぐはぐな印象を受けるのは当たり前だ。さっきまで使っていた弓は洋弓で、矢は改造された剣。更に双剣は中華特有の基調が施されている。これで正体が分かればそれは名探偵だろう。

 

「もしやあいつの言っていた・・・・・・いや。与太話はここまでだ。打ち合えば分かること」

「そうだ。自信があるのだろう?セイバー」

 

 アーチャーはそう言うと投影した剣を投げつける。不意打ちの一撃をセイバーは素早く回避すると、突き刺した螺旋剣(カラドボルグ)を握り直し構えた。

 

「まさか不意打ちで勝てるとでも」

 

 その目が大きく開かれる。アーチャーの手には投擲した双剣が握られているのだ。アーチャーは更に双剣を投影しセイバーへと投げつける。投影魔術の複数使用。第一階層でランサー相手にした戦法だが、殆ど負傷していないセイバーは剣を振るうだけでそれらを意図も容易く防御してしまう。

 

―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

 しかし、投影した双剣は再びセイバーへと跳ね返ってきた。後方の双剣、前方の双剣。計四対の剣が多角的方向でセイバーへと襲い掛かる。セイバーはしかし、剣を持ったまま一回転するだけでそれらを再び弾き飛ばした。瞬時にそれが弾き飛ばすたびに自分を追いかけてくる猟犬だと察し、静から動へとシフトチェンジしていく。

 

 その行き先は当然アーチャーだ。今も宝具を投影し続ける元凶を断てば、この攻撃は終わる。常人の比ではない戦場を渡り歩いた豪傑は、殆ど未来予知と言ってもいい感覚で飛来する双剣を回避し、打ち砕き、叩き潰す。たったの二秒でそれらを成し得た怪物は、一気にアーチャーに止めを刺すべく肉薄する。

 

―――心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 

 二秒で十分だった。アーチャーの手には再び剣が投影されている。投げつけた双剣と、彼が今も持っている双剣。それらは磁石のようにお互いを引き寄せ、その間にいる障害物を切り捨てる。アーチャーは迫るセイバーを迎撃するべく接近戦へと持ち込んだ。これこそアーチャーの策。双剣の連続投影による万乗の包囲網。

 

 セイバーは投げられた双剣と、アーチャーの双剣。それらを同時に捌ききる。最優のサーヴァントと名高いセイバークラスに、弱点は存在しない。一個にして最強であり、英雄として破格の能力を持っているのだ。寧ろ、この包囲網が無ければアーチャーは一刀の元に斬り伏せられていたかもしれない。

 

―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

「策を敷くか。ならばそれを食い破るのみ!」

 

 膠着状態となりかけた戦場で、セイバーが一気に勝負を決めに動いた。少々の損傷を無視し、アーチャーへと攻撃を仕掛けたのだ。本物と互角の精度を誇るアーチャーの双剣を破壊し、その向こう側へと剣を叩きつける。本気で討ちにかかって来られれば近接戦闘ができるアーチャーと言えど防戦すら難しい。しかしアーチャーもセイバーと同じく、少々の損傷を度外視することで競り合っていく。

 

 次々と傷が生まれ、二つの英雄が衝突する感覚が短くなっていく。そして、軍配はセイバーへと傾きつつある。如何にアーチャーといえど実力差は覆しがたい。

 

 だからこそ、策がある。

 

「ランサー。お願い」

 

 ノーマは直ぐ傍にいるランサーへと合図を送る。この場でランサーがあの討ち合いに入り込む隙は無い。そもそもランサー(メドゥーサ)は誰かと共闘した経験も無い。だが、彼女は彼女の能力がある。

 

 ランサーは口を開いた。

 

 場違いなまでに澄んだ、純白な音色が戦場を奏でる。隣にいたノーマも、分かっていながらも思わず聞き惚れてしまうような美声。きっと街頭で歌えば百人中百人が足を止め、その歌を聞くために行動を、理性を停止してしまう。正に魅惑の美声だ。

 

 アーチャーは大きく跳躍した。歌が合図。それがあったら飛ぶと言ったとおり、戦闘を中断し、攻撃の手を緩めてほとんど無意識にランサーを見る。

 

 そして、セイバーも同じように一瞬動作を停止させた。今ランサーの視界に立つのは血塗れの英雄ただ一人のみ。

 

「その指は鉄、その髪は檻、その囁きは甘き毒。これがわたし!女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)

 

 瞬間、魔眼が発動する。ギリシャ神話で名高い怪物、ゴルゴーン。その眼を見た者はことごとく石になるという有名過ぎる逸話。ノーマの妖精眼(グラムサイト)はランサーの眼から擬似的な光線が放たれるのを見た。石化の魔眼は隙だらけとなったセイバーへと焦点を合わせる。最高レベルにまで昇華された魔眼は、サーヴァント相手でも効果を発揮する。

 

「ぬううっ!?これは、呪詛の類か!」

 

 セイバーは突如身体に起こった異変に、身体を強張らせる。セイバーの対魔力故か石になる事は無いが、明らかにその動きが鈍くなる。すぐさま自身にかけられた毒を理解するも、神話のように鏡を取り出す暇など無い。

 

 そして、そんな暇は与えさせない。

 

―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

 セイバーに飛来する双剣。その数は更に増えて六つ。確実に殺す、という明確な意志で本来ならば一つでも十分な剣を六つも投擲した。身動きの取れないセイバーに殺到する六つの刃。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 セイバーは叫び、剣を地面へと叩きつけた。衝撃で地表が割れ、欠けた大地が凹凸を作り上げランサーの視界を奪う。魔眼の拘束を抜け出したセイバーは絶殺の六撃を回避する事も迎撃する事もせず。あろう事かその身一つで受ける選択をした。

 

 六つもの剣がセイバーの身体に突き刺さり、剣山のような姿を晒しながらも、その闘志は如何ほどの揺るぎはない。弾けばまた返ってくると言うのなら、それを受けるのみ。

 

 何故なら、更にその先にアーチャーがいるからだ。

 

―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)!」

 

 アーチャーは大きく跳躍した。投影した双剣に、更に強化魔術を施したのか、その双剣はいつもの小振りな片手剣ではなく、まるで鳥の翼のように巨大な剣と化している。

 

 セイバーは迎え撃つように仁王立ちし、剣を構えた。もしも六つの剣を弾く事だけに囚われていたのなら、彼の敗北は決定していたただろう。落ちてくる巨星を粉砕するべく、全神経をアーチャーへと向ける。

 

「鶴翼三連!」

「ふぬああああああああああああああああああ!」

 

 これが剣と剣がぶつかり合っただけの音、とは決して理解する事ができない轟音が、戦場を駆けめぐった。サーヴァントの全力の一撃同士がぶつかり合ったのだ。それらは大気を吹き飛ばすだけでは飽きたらず、ノーマの妖精眼が潰れるかと思うくらい高密度の魔力爆発が発生する。

 

 ノーマはあまりの衝撃と轟音で地面に膝をついて視界を塞いだ。小さな欠片や、拳ほどはある岩が身体を打ち付ける。天変地異の前では人間が無力なように、ここでは魔術師すらも二人の対決の行方を見る事は叶わない。

 

 やっと耳鳴りと残像が消えた後、ノーマは目を開いた。目の前で隕石でも落ちたかと思うくらいのクレーター痕と、大きく視界を遮る粉塵。それらがゆっくりと晴れていく。

 

「見事だ。勝者からの称賛等必要無いかもしれぬが、それでも言おう。見事だと」

 

 クレーターの中心にいるのは、セイバーだった。その身体は血に染まっているが、彼本人の者ではない。

 

「アーチャー!?」

 

 ノーマはすぐさまアーチャーを呼ぶも、返事が無い。いや、返事ができないのだ。ノーマは文字通り血眼となってアーチャーを探せば、彼はセイバーから数十メートル離れた所で倒れている。

 

 一瞬、一瞬だけノーマは全身から駆け巡る悪寒に、膝を屈しかけた。敗北感という悪寒に身体を乗っ取られれば最後、自分は無力な人間へと成り下がる。歯を噛み砕かんばかりに圧を入れ、ノーマはそれに抗う。

 

「ランサー!」

 

 ランサーはすぐさま駆けだした。セイバーは既に満身創痍。もうサーヴァント戦等できた身体ではない。ランサー単騎でもその首を落とすのは可能だ。アーチャーの犠牲を、無為にする事はできない。

 

「だが、俺も戦士だった。それだけの事よ。お互い不運だな。場所が違えば戦友ともなり得ただろうに」

 

 しかし、セイバーは既に剣を地表へと突き刺している。皮肉にも距離を取ってしまったことが裏目に出た。ランサーは持ちうる限りの速度を出す物の、両足を動かさなければならないランサーと、ただソレを公使するだけのセイバーでは競争すらなり得ない。

 

「故に、俺も極みを見せるのみ。真の虹霓をご覧に入れよう。極・虹霓(カレドヴールフ・カラド)

「はぁい、それまでよ。微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 瞬間、戦場に第二の衝撃と轟音が走る。アーチャーとセイバーの衝突より小さいものの、セイバーが立った地表をピンポイントで狙った小爆発は、今のセイバーには十分過ぎた。

 

「ぐうっ!?」

「ヒャハハハハハハ!どうですどうです?必殺技を中断されたお気持ちは?悪魔のような所行ですねえ。正に悪魔!」

 

 見事なまでに気配を殺していたキャスターが、ニヤニヤとした笑みで膝を屈するセイバーを眺める。

 

「いやあ、大変でした。ゴキブリのように地表を這いずって、私の宝具を設置していくのは!戦闘の余波に巻き込まれて消滅、とか悪魔でも笑えない冗談ですから!」

「油断、と言ってしまえば言い訳か」

 

 セイバーは膝を屈した身体を眺めた。その身体は既に宝具の直撃を受け、割れた硝子を思わせるような傷を負っていた。勿論、致命傷だ。しかしセイバーは何処か嬉しそうな表情で地面へと腰を下ろす。

 

「ムムム。しかし策略に敗北してしまうとは。我ながら情けない。やはりサーヴァントとなっても生前の宿命には逆らえぬか」

「そりゃあそうでしょうとも!人間なんて皆獣。一度起きたことは二度も三度も引っかかる節穴の眼球を持った獣ですからね!」

「マスター。できれば治癒を頼みたいのだが」

 

 全く別の方向から声が聞こえ、ノーマは安心半分、驚愕半分、と言った気持ちで振り向く。

 

「アーチャー!」

「どうやら大一番はあの道化が持って行ったようだな。まあ別に良い。これで負けたのなら私の努力は無駄だったからな」

「おお、アーチャー。貴様も生きていたのか。こりゃあ流石に自信をなくすなあ。せめて一つでも首級が欲しかったのだが」

 

 まるで希な失敗を悔しがるように、セイバーは頬をかく。その身体は既に消滅の途中へとさしかかり、段々と構成されていく魔力がかき切れている。

 

「悪いが、まだこの首は繋がったままでいたいのでね。その無念さだけ持って行くと良い」

「ああ、そうしよう。敗者はただ去り、戦場には勝者だけが生き残る。だが」

 

 セイバーはノーマを見た。

 

「どうだろう。せめて名前だけでも教えてくれぬか?もしかしたら次の召還があるかもしれん。その時に再会し、名前も知らぬとなれば再会は台無しだ。この失敗を活かして」

「お断りします」

 

 セイバーはがっくりと項垂れた。どちらかと言うとこちらの敗北の方が悔しいようだ。消滅した英霊が、再度召還されても記憶は引き継げない筈だが、まさか英霊の座まで記憶を持って帰る事が可能なのだろうか。大英雄だけにできない、と保証しきれないのが怖い。そうなると自分はどこまでもこの英霊に追いかけ回されるのではないか?

 

「でも名前だけなら。ノーマ・グッドフェロー・・・・・・って」

 

 怨念が恐いので、ノーマは名前だけを告げた。セイバーは消滅寸前とは思えない俊敏さで立ち上がり、あっという間にノーマの手を握る。

 

「ノーマか。良い名だ。是非また会う時には、このような戦場ではなく良い月の夜、隣で」

 

 その言葉が言い終わらない内に、セイバーは消滅した。それでも尚掌に残る熱の籠もった感触に、ノーマはやや引きながらもほっと胸をなで下ろす。何はともあれ、勝利したのだ。

 

「随分と騒がしい英雄だったが、英雄らしいと言えば英雄らしい好色さだったな。大丈夫かマスター」

「とりあえず、大丈夫よアーチャー。みんなは?」

「私は問題ありません」

「私は、何と、素敵な衣装に埃や傷やら返り血やら色々と汚れてしまいました!どこかクリーニングできる所はありませんかね?」

 

 ランサー、キャスター共に無事だった。負傷は激しいものの、全員生き残れたのだ。ノーマは改めて今回の戦いが如何にギリギリで、そして自分達が生き残れたのが奇跡に近いかを悟った。一秒の綱渡りを何度も行い、それら全てが成功したからこそ自分はこうやって呼吸をしている。

 

「いやあ、大勝利です!これもソレも、みなさんの活躍三割、私の活躍七割と言ったところでしょうかあ」

「キャスターもありがとう。確かに最後の決め手になったのは貴方のおかげよ」

「そう真正面から誉められると、悪魔冥利に尽きますなあ!なのでなのでどうでしょう。これからも私を使うというのは?そこの赤い雑巾よりも相当心得ていますよ私」

 

 ノーマはキャスターと結んだ共闘戦線を思い出した。第二階層の門番を倒すまで、という期限。セイバーを倒した瞬間に命を奪われないかと内心冷や汗ものだったが、キャスターは意外にも契約の延長を申し出てきた。

 

 だが、相手は悪魔である。何を企んでいるか分からない存在を、一時的を越えて仲間にするのは危険以上の何者でもない。だがここで面食らって断ればキャスターが何をしでかすか分からない。

 

 ノーマはできるだけ穏便かつ、キャスターの納得するような返事を口にしようとした。

 

 チキチキチキチキチキチキチクタクチクタクチクタク。

 

 突然、歪なまでの不快な音が、ノーマの耳に届く。蟲の羽音のような、時計の秒針のような。

 

 何故だが猛烈なまでの違和感が、右腕に感じた。ノーマは自身の右腕を何となしに視る。

 

 そして、目を見開く事になった。

 

「どうです、相当な心得でしょう?」

 

 キャスターは、見たかった表情を、やっとノーマから引き出す事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三階層①

 猛烈なまでに瞼を照りつける『光』で、ノーマは目覚めた。網膜を焼き尽くすかと思うぐらいに明るい光に、思わず手を視界の前にして盾にする。そうやって三秒ほど経過して、やっと事態がどれほどおかしいかを考えた。太陽だ。太陽がある。

 

 ここは迷宮の筈だ。第二階層の中で、偽物の青空は見たが、これは違う。偽物ではなく、幻の太陽。つまり、ここは。

 

「直ぐに理解してしまうその早計さは、余り好ましくは思わん。はっきり言ってつまらんな!潔くファラオの威光に魅入られておけば、一生をここで過ごせたかもしれぬぞ?」

 

 背後を振り返る。そこには一人の男が、いや。

 

「サーヴァント!?」

「ふむ。だが良いぞ。許す。相手の素性を即座に理解するのは探索者としては中々の才能だ。悪くない」

 

 そうだ。時代錯誤な衣装だけではなく、身に纏った気配とも言うべき物、これまで戦ったセイバーやランサー、それらが霞んで見えるほど、この男から感じる魔力は濃密で、ノーマの眼には正しく毒と感じてしまう。

 

 ここは、夢だ。最初にアーチャーを召還してから見た夢に多くの共通点がある。しかし夢の中ではあるものの、現実でもある。人の深層心理に深く入り込むのは夢魔等の幻想種でも可能なのだから、サーヴァントができない訳が無い。

 

「貴方は・・・・・・敵?」

「敵か、と問うか」

 

 男の表情に笑みが浮かぶ。ノーマは自分が如何に愚かな質問をしたか気付いた。敵、とはほぼ対等な存在にこそ言うべき呼称だ。このサーヴァントが敵だったとするなら、自分は既に死んでいるし、その気になればいつでも敵となり得る。

 

「愚か者!ファラオたる余が、たかが小娘一人に刃を向ける?ハッ。それこそ凡俗なる王共ぐらいしかせぬわ!」

 

 ズシン、と地面が揺れたのを感じてノーマは周囲を見、思わず悲鳴をあげそうになった。神域に達する獣、スフィンクス。それらが緩慢な動作でこちらへと近付いてくる。目の前のサーヴァントが『その気』になってしまったか?それとも全く別の、迷宮の幻影か?

 

「とはいえ、偶然だとしても余の世界と繋がったのだ。盗人や不埒者でもない只の小娘を砂漠の骸とした、となれば余の威光にも埃が入る。故に、特別に客人として迎え入れよう!」

 

 進み出たスフィンクスがノーマとサーヴァントの前に止まり、ゆっくりと膝を折る。こうも間近に見ると、意外にもフサフサとした体毛だ。とノーマは場違いに感じた。

 

 って、客人?私が、ファラオの?

 

 思わずノーマはサーヴァントの顔をまじまじと見た。本当に夢じゃないかの確認と、このサーヴァントの正気を疑って。もしかしてバーサーカーだろうか。

 

 しかし、ただの夢では無いのは明らかだし、この男が正気を失っているようにも見えない。

 

 その代わりに、そのサーヴァントはニヤリと笑みを浮かべて、こう言った。

 

「最も、もう一度『ここ』に来れたら。だがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ノーマは本当に眼を覚ました。反射的に飛び跳ねるように勢いよく起きあがってしまったせいで、何かと思い切り衝突する。即座に地面へと叩きつけられたせいで、意識は既に寝起き早々に覚醒状態だった。

 

「・・・・・・マスター。大丈夫か」

「あ、アーチャー、大丈夫。少し寝ちゃったみたい。ごめんなさい」

 

 どうやらぶつかってしまったのはアーチャーだったようだ。周囲を警戒していたせいか、その両手には今も双剣が握られている。それを見て、夢の時間は終わり、現実が戻って来る。

 

 右腕の違和感は、消えていない。ノーマは恐る恐る自身の右腕を見れば、歪な駆動音を軋ませながら、『時計』はノーマの右腕にまとわりついていた。

 

 キャスターの宝具を、自分は仕掛けられている。その事実を受け止めるのはかなりの精神力を行使する必要があり、もしあの場で何も起こらなかったのなら、ノーマの精神は即座に崩壊してしまったかもしれない。

 

「キャスター、ランサーは見つかった?」

「幸か不幸か、見つからん」

 

 覚醒すれば、嫌でもあの時の現状を理解する事ができてしまう。キャスターがニヤリと笑い、ノーマの右腕に異変を感じたと同時に、ソレは現れた。

 

 一言でいうならば、兵士。槍を持った兵士、剣を逆手に構えた兵士、弓矢を携えた兵士。魔術師のような格好をした兵士。古代の兵を思わせる装備に身を包んだ軍団が、ノーマ達を襲ったのだ。

 

 そのせいで、ノーマは精神崩壊する場を奪われた。目前の恐怖以上の脅威を対処せねばいかなくなった。

 

 サーヴァント程ではないにしろ、相手は多勢。こちらはセイバーとの戦いで消耗仕切って、疲弊している。すぐさまノーマ達は第二階層から、第三階層へと下り、追手を振り切ろうとした。

 

 しかし、第三階層にもその兵士達はいた。いや、むしろ兵士は第三階層を本拠地としていたのかもしれない。倍以上の兵士に囲まれ、蹂躙される寸前だった所を何とかして這いだしてきた物の、その頃にはランサーとキャスターとははぐれてしまった。とにかく一段落できる所を探し、少し休憩、していたらいつの間にか浅い睡眠をしてしまったようだ。

 

「どうやらここ、第三階層はかなり特殊な作りになっているようだ。サーヴァントはおろか、生命体の気配すら感じない。しかも第二階層とは違い、存在しないという訳ではない」

「高度な、隠蔽魔術?」

「そのようだ。階層自体の作りは第一階層に近いが、性質は恐ろしい程違う。徘徊する兵士は低級サーヴァントほどの戦闘力を有し、見つかればその付近の兵士を皆殺しにでもしない限り無限に湧き続ける。曲がり角を曲がった先に、何があるのかも察する事ができない」

 

 それ故に、下手には動けない。少しでも大きな通りに出れば、そこから先はあの兵士達が闊歩している。アーチャーの言う通り気配はおろか音、臭い、微妙な風の流れすら感じさせない作りとなっている。第一階層、第二階層が霞んで見える程、この階層の難易度は跳ね上がっている。

 

 そして、マスターたる自分もいつ爆発するか分からない時計が仕込まれている。

 

「これがある、って事はキャスターは生きてるって事よね」

「もしくは消滅しても残り続ける呪詛の類か、だが。どちらにせよキャスターは早々に始末した方が良いな。最悪、右腕を切り落とすしかなくなるが」

「いいえ。多分なんだけど、この時計、みたいな蟲が見えてるのはあくまでキャスターが見やすいようにしているだけだと思う」

 

 ノーマは眼を凝らして自分の身体を視れば、それと同じような蟲は体内で這い回っているのが視えた。人間は針ほどの小ささでも異物が体内にあればアレルギーやショック反応が起こり、とても生きられないのだが。キャスターの宝具は巧妙なまでに仕掛けられているせいで違和感が全くない。妖精眼が無ければ発見すらできないだろう。

 

「だから例え右腕を切り落としても、脅威からは逃れられない。いいえ、もしかしたらそれを検知して爆発する仕組みかも」

 

 最後は少しだけ、声が震えてしまった。一秒後の生命が、約束されていない。いつその時計の針が、零を切るかはキャスターにしか分からない。

 

「・・・・・・マスター、バックパックに保存した食料がある。今は英気を養うべきだ」

「そう、ね」

 

 ノーマは無理やり思考を切り上げ、探索鞄の中にある保存食を口に入れた。流石はアーチャーの作った物だけに、美味しい。しかしこの状況下で食事を楽しむだけの胆力はノーマには無い。

 

 しかし、身体は栄養が入れば活気を取り戻せる。そうすれば頭も少しは良い方向に思考を回すことができる。

 

示せ(スケール)

 

 食事を終えたノーマは、礼装を起動させた。一寸先が闇だとしても、岩塩は自分達の道を記してくれる。出来うる限り危険度の少ない、脅威の低い道へと。勿論あの兵士達の密集率を考えれば、それでも会敵は十分にあり得る。その為にも。

 

「私が眼になって先導するわ」

 

 アーチャーは肯き、ノーマの後方を固める。ノーマは自分の眼に力を籠めた。魔眼とは、眼球単体に身体とは別の魔術回路が作られている先天的才能だ。魔術師の間では、高位の魔眼は高値で取引され、中には魔眼を持っているだけで襲われる事すらある。そんな中でノーマは最もランクが低かったおかげで、わざわざ襲ってまで奪う必要が無いと判断された。

 

 だが、そんな低位の魔眼でも才能は才能なのだ。ノーマは身体の魔術回路と、眼球を繋げる。それ単体でも機能する眼球に、身体の魔術回路の補助を取り付ける。それで能力が超常の力となる訳でも無いし、飛躍的に上がる訳でも無い。だが、少しは視安くなった。魔を引き付ける妖精眼は、視覚的に曲がり角の先や、壁向こうに設置された魔術的罠を炙り出す。

 

(この曲がり角の先十メートルくらいに、二人)

(ここから先の天井に監視用の術式が仕掛けられてる。破壊したら直ぐに走って通り抜けるわ)

(迂回しましょう。大通りに近付いている)

 

 並の魔術師なら十メートルで発見され殺される場所で、人目を掻い潜り、時には暗殺者(アサシン)紛いな奇襲で無力化しながらノーマは進んだ。この階層の気配隠蔽は、どうやら自分達にも利点をもたらしているらしい。普通ならば絶対に気付くような距離、兵士が違う方向へ振り向いた瞬間にその道を走り抜ける、ような芸当は絶対にいつもの自分ならばできない。魔力が濃密な迷宮内だからか、魔術回路を繋げても魔眼に疲労すら感じない。むしろいつもよりも感覚が鋭敏になり、殆ど未来予知に近い形となっている。

 

 しかしノーマに油断は無かった。直ぐ近くに破滅が潜んでいる事、そして右腕の時計が、ノーマの高揚感を沈ませる丁度良い重石となっている。

 

 高揚もせず、諦観もしない。ノーマは皮肉にも、最高のコンディションとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・ッ!」

 

 鎌を一閃。それだけで追手の首を二人同時に両断する。しかしそれだけでは焼け石に水。相手が一度に二人殺すのなら三人、四人。兵士は一向に減ることなく、自分を追い詰める。

 

 自分は一人、相手は無限。そう考えてしまいたくなる状態で、しかしランサーは鎌を握るのを止めなかった。魔眼を開放し、道を造って走り抜ける。鎖に絡ませた兵士を別の兵士へとぶち当てる。可憐な声で敵を惑わせる。それら全てを駆使して膠着状態を作り上げる。

 

 それでも尚敵は多い。それでも尚、ランサーは戦える。いや、敵がいる限り自分は戦える。第二階層ではその敵が強大な一だったからこそ追い詰められたが、今は無数の雑兵が相手なのだ。ランサーは生前の経験から、一対多数を最も得意とする。おまけに迷宮内のサーヴァントの特性上、敵から魔力を補給できる故に燃料切れは発生しない。

 

 燃料となる敵は人を模した魔力生命体。ランサーはそれらを一騎ずつ潰しながらも、敵から糧を得る。需要と供給が成り立った戦場では、ランサーの方が有利だ。幾ら無限に発生する兵士達も、早過ぎる需要に供給が追い付いていない。ゆったりとした速度で、刻刻と兵士達の数が減っていく。

 

「はあ・・・・・・っふ!」

 

 しかし、いつからだろう?防衛が攻撃へと。逃走から追撃へと。魔力補給が吸血から捕食へと。気が付けば周囲の兵士は全滅し、自分だけが血溜りの上で血を啜っている。そんな自分に猛烈なまでの嫌悪感を抱き、ランサーはそれ以上の魔力補給を止めた。第二階層の傷はとうに消え失せている。マスターと合流しなければならない。

 

立ち上がると、猛烈なまでの頭痛に膝を付きそうになった。まるで頭蓋を割られたように痛い。だが身体は十全だ。だと言うのに頭が痛む。

 

「これはこれは!ついに本性が表しましたねえ」

 

 鼓膜に、勘に触る嗤い声と拍手が響いた。ランサーは鎖で連結された鎌を背後へと振るう。頭痛のせいで狙いが付けにくい。見なくとも当たっていないことは直ぐに分かった。

 

「おっと!敵味方の判別すらも遠いですか?流石は化物の先輩!私も裏切り方の勉強になります」

「・・・・・・今更味方だと言うのですか?キャスター。あの時は襲撃でそれどころではなかったですが、マスターに危害を加えたという事実は消せませんよ」

「何やら、語弊があるようですねえ」

 

 キャスターの方向へ向き直るも、派手な道化姿は何処にもいない。隠蔽の魔術でも使っているのか、単に視界に入らないように移動しているのか。迷宮内では遮蔽物となる物が多過ぎるせいで、どこにいるか探さなければキャスターを殺す事ができない。

 

「あれはマスターと私を繋ぐ為の印ですよ。考えてみてください。我々はマスターを持たぬはぐれサーヴァント。魔力供給ができないとなれば目の前から消えれば何処にいるか、死んでいるかも分からない存在です。ですが、私の宝具があればそんな心配はご無用!マスターの体内に潜んだばく、『印』はこの奇怪な環境下でも何処にあるのか、私は察知できるしマスターは私との繋がり(恐怖)を感じることができる」

「そうですか」

 

 ランサーは鎌を再度振るった。潜んでいた物陰が破壊され、キャスターがその姿を現す。このサーヴァントは敵だ。だから話など聞かないし、聞いてやる必要もない。ただその首を跳ね飛ばす。魔眼の焦点を合わせようとした刹那、天井が突如爆発し、土埃が視界を遮った。事前に宝具を設置していたようだ。

 

「今直ぐにでもマスターの元にかけつけたい、その気持ちは貴方と同じですよ?最も、目的は違うようですが」

「そうでしょうね。貴方はマスターを殺す。私はマスターを生かす。貴方は私を同族扱いしていますが、全くの別物です」

「・・・・・・これは驚いた。まさか気付いていないのですか」

 

 キャスターの宝具では自分は殺せない。かなりの数を事前に設置していたのならともかく、迷宮内でこうやって接触したのも偶然だろう彼が準備できるのは精々目くらまし程度が限界。ランサークラスの俊敏性で爆風を通り抜け、再び隠れたキャスターを炙り出す。

 

「てっきり、『そういう事』だとばかり思っていましたよ。これはこれは面白い!マスターを生かすと、本気で『言って』いる!それとも身体に残った英霊としての残滓が、そうしているのですかね!」

 

 耳障りなノイズ。そう考え更に手を振るう。最早鎌はいらない。その手、その指で周囲を振るえばあっという間に破壊の限りを尽くせる。コソコソと隠れる悪魔もどきを殺すには十分だ。その時、ランサーの足元に何かが落ちた。何てことは無い。さっき放り投げた鎌だ。いつの間にか踏みつぶしたようで、刃がへし折れて転がっていた。

 

「ランサー。貴方がやろうと、貴方が本当に思っている事を言ってあげましょう」

 

 刃の光が反射し、歪な姿を映し出す。人間の子供程の大きさだった体型は大きく、四肢も巨大に。特に手足は鋭く、蹂躙に適した形となり。その眼は獲物を求めて血走っている。酷い姿だ。とはいえ刃が反射した像なんて鏡のように精密ではない。自分の思い過ごし、卑屈な思考が映し出した虚像だ。

 

 早く、キャスターを殺して(喰らって)マスターの元へと行かなければ。こうしている間に、マスターは危険な状態に放り出され、殺されてしまうかもしれない。

 

 そうなっては、とても残念だ。彼女は、私が。

 

「貴方は、マスターを喰おうとしているのですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「よくぞここまでたどり着いた!第一、第二を踏破してきたのはどんな猛者かと思ってはいたが・・・・・・これは麗しい」

 

 計らずともノーマは最高のコンディションだった。アーチャーもセイバーとの戦いで軽くは無い傷を負ったものの、十分に戦闘が可能な状態となっている。ノーマが移動の目となり、アーチャーが戦いの剣となるこのパーティーは、第三階層を誰にも発見される事なく踏破できる実力を備えている。

 

 と、ノーマは思っていた。慢心はしていない。ある程度の私見が入った憶測だ。恐怖で動けなくなる程気落ちする訳にも行かない。しかし、相手は容易にその上を行く。

 

 狭かった通路が、大広間のように開放的な空間へと繋がるのを視たノーマは、後退しようとした。大通りにいる兵士の数を視れば当たり前の判断だ。しかし、退路は無かった。自分達が来ていた道は忽然と消え、行き止まりとなっている。

 

 進むしかなくなった状況で、ノーマはふと第二階層の事を思い出し、自分の学習能力の無さに歯噛みした。そうだ、セイバーと戦う前もこんな感じだった。あの時も、自分は察知できなかった。当たり前だ、魔術師でも中にも届かない魔眼持ちに視える罠等たかが知れている。ノーマの慢心の有無に関係無く、自分達はここに誘導されていた。

 

 番人、と思われるサーヴァントは術中にはまった獲物に向けて笑みを投げかける。憎らしい事にかなりの美男子で、残忍さの欠片も無い笑みだった。

 

「我が名はフィン・マックール!此度の亜種聖杯戦争にて、ランサーにて現界した者だ」

「またもや槍使いか」

 

 アーチャーはうんざり、とした顔をするも、その眼は戦場となるこの場所の不利を痛感していた。ノーマも自身の眼で周囲を眺めるも、残念ながらこの状況で必要なのは探索者の眼ではなく戦士の目だ。そして、探索者の眼を持ったノーマでも分かる。

 

 これは、詰みだ。

 

 ランサーと自分達を囲むように展開された兵士達の数。数えるのを放棄する程自分達を取り囲み、今か今かと自らの獲物を構えているその姿。ランサーが号令でもあげれば、中心点にいるアーチャーとノーマは瞬時に蹂躙されるだろう。

 

「私がここの番人だ。至極単純だな。君達は私を倒せば先に進める。勿論、私は相当の抵抗をさせてもらうつもりだが・・・・・・残念ながら今はその時ではない」

 

 突然、ランサーから発せられる殺意が引かれた。アーチャーも、ノーマもその程度の動作だけでは何の反応も示さない。こちらが剣を納めた瞬間に襲いかかってくるという事もあり得る。

 

 その反応を想定していなかったのか、ランサーはきょとんとした表情で二人を見つめた。

 

「どうしたのかね?まさか私が奇襲をするとでも?」

「生憎、生前は人を信用し過ぎない生活をしていた。なに、別に人間不信をしていた訳ではない。相手を見て判断している。私の経験上、水を持ちながら眼前でこぼすような男は信用できないのでね」

 

 第一階層で戦った同一のクラスであるランサー、ディルムッドを思い出す。目の前の男こそ、そのディルムッドの死因だ。その手に癒しの水を持ちながら、眼前でそれを地面へとこぼした男。

 

「ふむ。逸話を引き合いに出されたか。これは痛い。確かに友の命もこの手で消した男だ。君達が信用しないのは分かる」

 

 他人事のように、ランサーは言った。自身の所行に一切の疑問を抱かない男なのか、それとも罪の意識すらないのか。

 

「ならば、これはどうだろう」

 

 ランサーは片手を掲げた。それだけで、周囲の兵士はかき消える。兵士は迷宮の怪物ではなく、ランサーが召還させていた。あれだけの兵士を瞬時に召還できるのは、しかしフィオナ騎士団の長であり、神霊にも勝利を収めたというランサーならば何もおかしくはない。

 

「私にとってその出来事は遠い夢のようだ。記憶も自覚もあるが、どうも「今」の私にとっては未来の項に過ぎなくてね。少なくとも今の私は公正、正道、高潔、そして優美であると自負している。そして、私は戦う為ではなく、君達の力を貸して欲しいと思っている。どうだろう、武器を降ろしてくれまいか」

「どうするマスター。私は君に従おう」

 

 ノーマは思考しなかった。何せ答えは決まっているからだ。仮にアーチャーに攻撃を指示すれば、ランサーは対話を諦め兵士達を再召還させて殲滅するだろう。つまり、選択の余地は無い。それでも直ぐには答えを出さないのは、殆ど本能に近い条件反射で沈黙しているに過ぎない。ようはビビって声を挙げる事ができなかった。

 

 しかし、その沈黙のおかげでノーマは段々と冷静になれる。そうすればこの状況が如何に奇妙であるか分かった。ノーマは顔を上げ、敵意の欠片も無いランサーへと言葉を紡ぐ。

 

「その前に、聞きたい事があるのだけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり気付かれてしまうか」

 

暗黒の中で、人影は語る。

 

黒衣を纏った、病的なまでに白い肌を持った男。人間ならば蒼白にも近い顔色はしかし、生命力の塊と言ってもいいくらいに活きている。

 

「まぁいい。実験自体は成功だ。模造品の杯で喚び出すサーヴァントには不確定要素はかなり多かったが、迷宮自体の魔力を使えばある程度は補助できる」

 

男の前には水晶があった。魔術師ならばなんて事は無い、遠見の水晶。ただし男のソレは、魔術的妨害のある迷宮内でも働く特別な物。殆ど自分の領地と言ってもいいこの迷宮で、男の感知し得ない事象は存在しない。

 

水晶に映る一人の女性を見て男はクク、と声を出した。

 

「神霊に近いサーヴァントの召喚には骨が折れた。さて、彼女はどうやってここまで辿り着くか。いや、どうやって私が彼女を辿り着かせるか、が重要か。何しろ第三階層はとても危うい所だ。淑女一人ではあっという間に無惨な骸となってしまうだろう。それでは面白くない」

 

男は指を鳴らした。それだけで、水晶は跡形も無く砕け散る。暗がりの世界は、これで唯一の光源を失った。

 

「そう言えば、人間相手のエスコートは初めてだ。やや手荒かもしれないが、どうか私の手を取ってくれたまえよ?そうすれば最後には、私に行き着く。私の手を握るか、それとも怪物の手で殺されるか。君にはその二択しか無いのだから」

 

 

 

 




やっと本編ラスボス登場。
まぁ出番は果てしなく先になりそうだけど。


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第三階層②

最近腹痛が治らないから病院行ったら十二指腸潰瘍になってた
怖い!


ノーマは改めて現状をじっくりと考えてみた。いつもなら思考するのも十分程、それ以上考えて答えが出ないなら諦めるし、そもそもここで十分以上思考していればあっという間に徘徊する怪物達に襲われてしまう。しかし、今は安全かつ思考するには十分な『環境』にいる。

 

アルカトラスの第七迷宮、その探索部隊に自分は入っていた。過酷かつ辺境の地である場所を踏破するには十分な部隊だったが、あえなく探索部隊は自分を除き全滅した。

 

自分が生き残ったのは、運が良かったからだ。とノーマは考えていた。人生全ての幸運を代償に、自分は運命に抗ったと。だが、少し考えれば多くの違和感がある。何でアーチャーを召喚できたか、と問われれば令呪が自分の右手に刻まれたからと答えれる。極東の冬木市で行われた大規模な魔術儀式、聖杯戦争。令呪を持ったマスターと、それに使役されるサーヴァントの戦い。聖杯戦争のシステム上、令呪の発生は聖杯戦争自体に近しい者から選ばれ、稀に数合わせとして一般人も選抜されると言う。自分は聖杯戦争の関係者では無いが、一般人よりは神秘に近い。選ばれるのは可能性としてはあり得る。

 

しかし、それならば探索部隊の魔術師はどうだろうか。ノーマより格上は勿論、魔術協会でその名を知らない者はいないとするほど優秀な魔術師はいたし、更には亜種聖杯戦争を勝ち抜いた、と吹聴する者もいた。真偽はともかく、かなりの数がいたのだ。一人くらいはいてもおかしくはないし、逆に全員嘘吐きならばその状況がおかしい。

 

まるで、運命が自分をこの迷宮に誘い込んだようだ。運命に抗ったと思いきや、逆に運命に選ばれたように。

 

更に、召喚されたサーヴァント達、それらもクラスが被っていたり、わざわざ自分一人を蹴落とす為に各階層で待ち構えている。最下層にある亜種聖杯が欲しいのなら先に降りて行けば良いのだ。自分と戦うのは非効率、更に無意味。

 

下へ降れば降るほど謎が深まり、違和感が大きくなっていく。ノーマはしかし、それを嬉しく思った。第一階層では身の周りの事など考える暇や精神力も無かったからだ。慢心は厳禁だが、疑心暗鬼はもっとタチが悪い。

 

「シャーロック・ホームズでも召喚されていないかなぁ。いや、この場合は作者のコナン・ドイルなのかな」

「両方、という可能性はどうでしょう?創作上のキャラクターでも、それに近しい人物がいれば該当しますし、高名な人間なら作家だろうが劇作家だろうが、悪魔だろうがソレにされますしね!」

 

ノーマは山猫のような俊敏性で立ち上がり、声のした方向を見る。視るまでもなく、蒸気の向こうにはキャスターがいた。

 

ほぼ自動的に悲鳴が口から吐き出された。勇気やら冷静さや、恐怖やら令呪やら宝具やら全ての感情が一混ぜにされ、ノーマは首から下を水面へと付ける。勢いよく座ったせいでバシャン、と大きな水飛沫が上がった。

 

アーチャーを令呪で呼ぶ?却下だ。と言うより論外だ。今自身の体を守れるのは、その身体たるノーマのみ。自分の身体は自分で守れ。一般人でも使われる警鐘文句その通りに、ノーマは水底にある石ころを拾う。

 

見事なまでの投擲モーションは、キャスターの頭部と思われる箇所に直撃した。無論、サーヴァントたるキャスターにとっては攻撃ですら無い。一級の魔術師ですら赤子同然の戦力差を持つサーヴァントに、それでもノーマが攻撃をした理由は勇猛でも無謀でも悪足掻きでも無い。基本的に臆病な自分ですらも怒号を浴びせかけれるぐらいの気概は持っている。それは、何故なら。

 

「この変態!ヒトの入浴中になにしてんのよ!」

 

温泉の中で、素っ裸だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔色が悪いようだが・・・・・・何かあったのかマスター」

「い、いいえ!ちょっとのぼせただけ!」

 

 アーチャーは眉を潜めるも、それ以上は追求しなかった。自身のマスターの詳細を掴める程関係を深めてはいないが、このマスターが敵地のまっただ中で温泉でのぼせ上がる程油断する訳が無い。どちらかと言うなら気の張りすぎで神経質になっている。

 

 だが無理もない。右腕に悪趣味な爆弾が仕掛けられ、四六時中歪な駆動音を聴かされてこの程度で済んでいるのが奇跡なのだ。最悪発狂もあるだろうと考えていたが、マスターは依然正気を保っている。異常事態に次ぐ異常事態でそれらは吹き飛ばされているが、平時に戻ればどうなるだろうか。迷宮から脱出したあとは、この傷は癒えるだろうか。分からない。

 

 話を変えるべきだとアーチャーは考えた。

 

 

「ランサーもどうやら本気のようだな。我々を一時的な戦力と見ている。それ故の待遇だろう。わざわざ共同前戦の相手にこんな部屋を提供するぐらいだ。余程の期待か、それともただ単に見せつけたいだけなのか」

 

 

 石造りの洞穴を通れば、その先は現代で言うところの高級ホテル、を更に二段階程上をいかせた部屋があった。第二階層では場違いな日の光や川のせせらぎがあったが、これは別次元だ。神代に回帰している筈の迷宮で、現代的な建築内装が施されているのだから。

 

 何らかの魔術的トラップも入った時に捜索したが見つからなかった。とはいえ見つからなかった、というだけなので依然としてアーチャーは警戒していた。使ってくれと言われた露天風呂に、マスターが入ると言い出した時は同行を願い出る程に。残念ながらノーマはそれを拒否したが。

 

「正直、驚いたわ。魔力回復効果もある温泉なんて聞いたこと無いもの。アーチャーも入る?」

「やめておこう。孤立するリスクはこれ以上増やしたくない」

 

 ランサーとの会談の結果、ノーマとアーチャーはランサー、フィン・マックールの陣営に招かれた。陣営、と言ってもランサーの手によって召還されるケルト兵達の根城と言っても良い場所、陣営に入った途端に襲われる可能性もあったが、それはマスターたるノーマ自身が判断し、了承した。

 

「信用しきるのは難しいけど、今だけは協力できそうね。あの話も信憑性があるし」

 

 ああ、とアーチャーは頷く。別段ランサーはノーマの容姿を気に入り自軍へと引き寄せた訳ではない。必要だったからだ。ノーマも必要だったからこそランサーとの共闘を了承した。

 

「迷宮に厄介な魔獣が出現してな。それを私と一緒に討伐してくれないだろうか」

 

 ランサーの話はこうだった。この迷宮では、幻想種の宝庫だ。それらは迷宮の作成者アルカトラズの手によって作られた合成魔獣であったり、秘匿された幻想種を移住させてきたり、果ては探索者達の骸などの残置物で形作られている。つまりは一つの生態系が出来上がっているのだ。当然食物連鎖はあるし、ここでは探索する魔術師はその最底辺に至る。

 

「それらの内、最強となった者が階層の番人となる訳だ。ここで言うところの私が番人で、この階層を統治している訳だが・・・・・・最近になって強力な個体が出現してな」

「つまり、貴様の身を守る駒になれと?」

「慌てるなアーチャー。それなら私は三つ巴の戦いをしていたさ。こう見えても私の最後は孤軍奮闘だったからね。君達に協力を仰ぐのは、この問題が迷宮全体に広がっているからだ」

 

 通常の幻想種ならば、生態系の頂点に君臨し、それの維持を目的とする。しかしその魔獣はひたすらに暴走を繰り返し、周囲の幻想種を殺害、補食、拡張を繰り返しているらしい。生態系を崩壊させるだけでは飽きたらず、迷宮の構造そのものを吸収し、取り込み自らの領域とする為に。

 

「本来ならばそうなる前に私が討伐しているのだが・・・・・・正直に言おう。魔獣の成長速度が段違いに速く、気付くのが遅れた。私が認識した時にはこの階層の四割を掌握されていた。その後もケルト兵で食い止めてはいるが、限界は近い。前戦が崩壊すれば魔獣は瞬時に迷宮全体を取り込もうとするだろう」

 

 魔獣の混乱に乗じて脱出、と言う考えも浮かんだが、そう簡単に魔獣は逃がしてはくれないだろう。更に迷宮を掌握した魔獣が外へ出れば結局状況は変わらない。断る理由も無く、ノーマはランサーの提案を受け入れた。

 

「サーヴァント二騎による討伐、ややこちらに軍配はあるが、問題は戦いそのものよりも、戦いの後だな」

 

 アーチャーは現実的な意見を述べた。共通の敵がいなくなれば、残ったのは本命たる番人だけだ。魔獣との戦いでランサーが消滅し、自分達だけが生き残る、という楽観的な予想はできない。それこそ魔獣を倒した後にケルト兵を束ねる番人と戦う可能性もある。実質二重の壁が存在しているのだ。

 

「キャスターの協力は無理そうね」

「むしろアレが魔獣の正体としても驚くには値しない。どちらにせよ今回の戦いでは奴は援軍よりも番狂わせの敵と見た方が良いだろう。あわよくば魔獣に殺されていたなら解呪にも見通しが出る」

「となると後は立ち回りね。魔獣を倒した後、どうするか」

「ランサーは言っていたな。相当の抵抗をすると。それは戦士としてか、それとも一つの軍隊を指揮する長としてかは分からんが、状況は流動的になるだろう。その場の機転が命を救う。ここで決めていた事も、現実には成し得にくくなるかもしれん」

「それでも、迷って死ぬよりは良い。でしょう?」

 

 ノーマはそう言ってアーチャーを見た。結局、答えは明白だった。

 

「魔獣を倒したと同時に、ランサーも相手をする。長くなればなるほど向こうはケルト兵を喚び出せるから不利になる」

 

 裏切りはしないが、共闘が無くなればランサーは敵だ。スピード勝負で片を付けなければいけない。できるかできないかではなく、それしか手段が無く、その場凌ぎの後退は緩やかな諦観、そして死を意味する。

 

「君にしては前傾的な発言だ。相当の自信があると見た」

「ええ。何だって、アーチャーがいるもの」

 

 何の気も無くノーマは言った。言ってから気付く。まるでアーチャー頼みの発言だ。幾ら第一階層から今まで助けてくれたからと言って、彼に頼り切りにするつもりはない

 

「ご、ごめんなさい。何もアーチャーだけがんばれば良いって訳じゃなくて」

「ああ、分かっているとも。マスターあってのサーヴァントだからな。それに」

 

 アーチャーは笑みを浮かべた。今までは安心させるような父性を感じる笑みは、いつの間にか頼りになる相棒の笑みへと変わっている。

 

「君の召還したサーヴァントが、最強でない筈が無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数時間の休息だったが、よく眠れたかな?私としては一晩程の休息を取りたかったが・・・・・・戦の常という奴だな。敵は待ってはくれない」

「状況はどうなってるの?」

「進軍しながら話そう。タイムイズマネーという奴だ」

 

 数時間の休息が終われば、即座に進軍が始まった。軍隊の進軍等これまでの人生で初めてであるノーマにとっては少しばかり期待していた物だったが、自分達の周囲にいるケルト兵達の姿が、最初に会った時よりも少数であるのを見て嫌な予感がした。ランサー自身の顔も自然と戦場のソレとなっており、状況が緊迫している事が分かる。

 

「一言で済ませるのなら、そうだな、ガブラの戦い、と言えば分かるかね?私以外で言う所のアーサー王のカムランの戦い、源義経で言う所の衣川の戦いだ」

 

 ランサーにとってそれは劣勢、むしろ敗戦に近い意味を持っている。本人は場を和ませるためのジョークらしく、笑みすら浮かべているが。

 

「詳しく言おう。と言ってもこれも一言で済ませれる。防衛線が突破され、敵が本格的に攻めてきた。占拠された空間は半ば異界と化しており、ケルト兵の突撃はおろか戦力補充の再召喚も難しくなってきた」

「最悪だな」

 

 この状況を、数々の言葉で表現する事ができるがアーチャーが一番的確な表現を行った。決してランサーは油断していなかっただろう。魔獣の進行速度を考え、その上で十分な戦力の補填を行った。ケルト兵を召喚し、自分達を仲間へと引き入れた。しかしそれらが完全に揃うよりも魔獣が攻めてくるのが早かった。それだけだ。

 

「だが最も幸運な事がある・・・・・・そう、私がいることだ!」

 

 臆面無くそう言い切ったランサーは、自身の親指を噛み始めた。遂に切羽詰まって退行までし始めたかとノーマは思ったが、フィン・マックールの伝説を思い出す。智慧の鮭の脂が染み付いた自身の親指を舐める事で、困難を分析し、突破する為の知識を得ることができるという。恐らくは彼の宝具なのだろうが、絵面は完全に大の大人が親指を噛んでいる絵だ。気色悪い。

 

「ふむ、ふむふむふむふむふむふむ!よおし冴えてきた、進軍止め!」

 

 親指を噛み終えると、ランサーはケルト兵に命じてそれ以上の進軍を止めさせた。怪訝な表情で見るアーチャーとノーマを後目に、彼は勿体振った仕草で指をパチンと鳴らす。すると、周囲にいた僅かなケルト兵は全て消滅した。僅かと言えども低級サーヴァントに匹敵する存在は一個中隊に匹敵する軍隊。烏合の衆とは訳が違う。それを何の未練も無く消した。

 

「何のつもりだ?ランサー」

「まずは説明せねばならないな。私の宝具、親指かむかむ知慧もりもり(フィンタン・フィネガス)は」

「で、それで何が分かったの?説明する暇が無かったからそうしたんだと思うのだけど」

 

 妖精眼が、魔を感じていた。何処からかは分からない、直ぐ近くにいるかも分からないが、何かがあって、そして来る。それをランサーは感じ取り、敵に『備える』為にケルト兵を消したのだ。

 

「流石だなアーチャーのマスター。麗しいだけでなく碧眼も兼ね備えている。いつもならこの後小一時間二人きりで話をしたいが、その時間は無いようだ」

 

 地面が揺れる。地下に存在する迷宮内なら比較的安全、等という一般常識を覆す程の地響きが。それもその筈、これは地盤の摩擦による揺れではなく、迷宮自体が揺れている。まるで大きな巨人が、迷宮を無茶苦茶に振り回しているような。

 

「来るぞ!」

 

 この中で純粋に視力が良いとするなら、アーチャーだ。その彼が叫び、バランスを崩したノーマを抱えて後方へと下がる。即座に戦闘行動を起こさずに撤退を選んだのはソレの脅威を一番先に理解したからだ。

 

「マスター、深く視るな!君の眼にはアレは猛毒だ、下手をすると魂まで持っていかれるぞ」

 

 数秒遅かった。ノーマがソレを視た瞬間、目を構成するありとあらゆるモノが蒸し焼きにされたかと思うくらいの『熱』を感じた。まるで太陽を眼球に入れられたかのように、視界が真っ暗になり、次いで猛烈なまでの痛みが眼球を突き破り頭蓋を割ろうとする。

 

 濃すぎる魔力に、妖精眼が耐えられない。ノーマは強く眼を瞑り、そして目を開いた。視界がやや紅く染まってはいるものの、見るぐらいはできる。

 

 魔獣、と言えばそれこそ迷宮の怪物を指しても十分に通じるが、これには魔獣という名は役不足だ。何故ならそれは形作られた怪物ではなく、幽霊のように実体無き存在でもない。迷宮の壁、床、天井、それらにへばり付いた泥のような肉塊。動物の内臓を思わせるソレは、ただただグロテスクなまでに蠢き、驚異的な速さで迷宮全体を侵食している。

 

 ランサーは既に動いていた。だがそれはアーチャーのように後退するのではない。ランサーは迫りくる肉塊へと接近し、その槍を振りかざす。肉塊の移動が濁流なら、ランサーは防波堤にすらなり得ない。たった一人で、嵐を止める事が可能だろうか?否だ。

 

 だが、それを是とするのが英霊だ。

 

 堕ちた神霊すらも殺した男、フィン・マックール。侵略者や魔物からエリンを守った守護者。栄光なるフィオナ騎士団の長。ケルト神話の中心的存在は、そんな不可能なぞ日常的に可能としてきた。肉塊の侵食を喰い止め、退けるなぞ造作もない。

 

「ハァッ!」

 

魔術で守り、智慧で打開し、武勇で攻める。第一階層のデイルムッド、第二階層のフェルグス、それらも同じ事はできるかもしれない。しかし、フィンほど『華麗に』できる英霊はそうはいない。これが舞台ならば、フィンは役者として観客から声援を送られ、手を振り返す事さえするだろう。

 

「助けはいらない!少しそこで待っていたまえ!」

 

 そういい放つと、ランサーは槍を構え直した。魔力が増幅し、その槍に水となって収縮される。フィン・マックールの槍、神霊アレーンを倒したとされる、神殺しの槍。

 

「堕ちたる神霊をも屠る魔の一撃・・・・・・ただの手足には勿体ない一撃だが、受け取るが良い無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!」

 

 肉の濁流に、水の清流が衝突する。二つの異なった流れは、一瞬だけお互いに渦を巻きあげ、そして一つの奔流となって肉塊を浄化し、殲滅していく。神をも殺す一撃は、階層を傷付けぬように範囲を狭め、それ故に高密度に一掃していく。

 

 宝具の発動が終われば、洗い流された迷宮の通路があった。肉塊は跡形もなく消し飛ばされている。その上で迷宮には一切の破壊痕が無い。第二階層の番人であるセイバーには破壊力には劣るが、点に対する制圧力なら無類の強さを持つ宝具だ。

 

「危ない所だった。ケルト兵を召喚させていれば、ソレを糧に更に強大化していただろう」

「あれが魔獣の、一部か?」

「そうだ。本体に比べれば、かわいい物だが厄介なのは変わらない。周辺にいるものは何であれ取り込もうとする。一部を倒した所で数時間も経たずに復活するだろう。まさに魔獣の手足、と言ったところか」

 

 アーチャーの問いかけにランサーは首を縦に振る。あれほどの密度の魔でありながら、本体ではない事にノーマは愕然とした。英霊の宝具でも発動しない限りあの肉塊は消滅しないというのに。更に再生能力まで持っているとなると、最早魔獣でも怪物でもなく、化物だ。

 

「ケルト兵を防衛に出したのは失策だな。相手にとっては餌を撒き散らしているような物だ。迷宮内にいるモノは全て取り込むつもりなのだろう。だが心配は無用だ。私は親指を噛んだからね」

「前置きは良い。折角の時間を無駄に消費するつもりかね?」

「あいわかった。では策を聞かせよう。今、防衛していたケルト兵を全て消滅させた。これで階層諸共魔獣に乗っ取られた訳だが、魔獣自身もあれほどの体躯を維持するには餌が必要になってくる。さて、この階層に残っている生き物は誰かね?ああ、我等サーヴァントは別だ。魔力で現界しているサーヴァントは、魔獣にとって味は濃いが食感は薄い。魔獣だって霊体を好き好んで喰いはしまい」

 

それを言われれば、幾ら頭の鈍い人間でも気付く。この場で人間と言うのは、たった一人しかいないのだから。

 

「つまり、私を囮に魔獣を倒すという事?」

「それは違う!麗しの探索者よ。私が淑女を盾に魔獣を狩る、となればそれこそフィオナ騎士団の名折れだ。故に、私が君を守る。そしてアーチャーが魔獣を狩る。それでどうだろうか?」

 

本気で言っているのか、と喉まで出そうになった言葉を飲み込む。他のサーヴァント、しかも番人と二人でいる?キャスターの件は未だにノーマの心を重くしている。それでもノーマが抗弁しなかったのは、主観的ではなく客観的に状況を見たからだ。

 

「良いだろう」

「・・・・・・ほう、君ならまず第一に反対する、と思ったのだが」

 

 ノーマもそう思っていた。一時的に協力しているとはいえ、囮どころか人質になりかねない。しかしアーチャーは腕を組み、納得したようにランサーを見た。

 

「つまり、防衛に秀でた貴様がマスターを守り、遠距離狙撃に適した私が魔獣を撃つ、という事だろう。貴様の戦闘能力は先程の戦いで見た。大方この作戦を提示させるつもりでやったのだろうが・・・・・・作戦事態は悪くない。効率的だ。やや私的だが」

「フフフ。悪くない戦略眼だね。フィオナ騎士団に迎えるのもやぶさかではないな。とは言っても、君は騎士道には遠いだろうが」

「生憎それが通ずる時代ではなくてね。それに騎士道は何時でも悲劇的な終焉を迎えやすい」

「ハハ、確かにその通りだな。ここにデイルムッドがいれば冗談の一つや二つを話せただろうが、まあ良い。数は少なくなったが、その分戦力の密度は上がった。敵の本陣へと行進を再開しようではないか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経過したか、分からなかった。

 

 多くの物を蹂躙し、多くの物を取り込んでいく。生物とは、生きながらにして他の生き物を殺す。それは栄養を補給する為であったり、自身の障害となる存在を取り除く為であり、はたまた楽しいから殺す、と様々な理由がある。それらを全て統括して言うのなら『生きたいから殺す』のだ。

 

 では、彼女はどうだろうか。

 

「ああ、はあ。ああああああああ!」

 

 嗤いながら兵士達を殺戮し、愉悦を抱きながらその死体を喰らう様は、外見から見れば楽しんでいる。ブレーキの壊れた車にはアクセルしかなく、加速度的に蹂躙は高まっていく。骨を砕き、肉を潰し、血を吸い上げる。その度に身体が重く、強く、巨大に、そして壊れていく。しかしもう止められない。壊れるしかないのだ。

 

 だが、同時にソレは泣いてもいた。言葉が、記憶が、意識が薄れていく。それを実感しながら蹂躙する。倒れていく兵士達と同じように、理性が崩れ去っていく。どう足掻いても、どう行動しても、彼女の終焉は決められている。

 

 そこに槍兵(ランサー)はもういない。反英雄たるメドゥーサもいない。いやそもそも、彼女はもう既にサーヴァントですらない。

 

 形なき島に存在した怪物。ゴルゴーン。それこそが彼女の真名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




温泉回は丸々カットしてやった。
大丈夫、気が向いたら書くさ。


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第三階層③

「いやはや、これはこれは。どうやら相当腹が空いたらしい」

 

 ランサーは笑った。作戦が思い通りになった、という満足感と、これから始まる戦いが想像以上の物になるという緊迫感が両立した笑みだった。

 

「アーチャーのマスター。私から離れないように。魔術で結界を造ってはいるが、君に絶対の安全は保障できない。何せここはあの魔獣の腹の内。消化されない我々に業を煮やしているな」

 

 勝てるの、とノーマは言いそうになる。だがそれを言うほど状況が楽観的でもないし、それを言ったところで勝率が上がる訳ではない。ノーマにできる事は周囲に展開する肉の塊、いや魔獣の手足となった階層からできるだけ離れ、ランサーにぴったりと近付く事だ。

 

 人間の内臓を思わせる姿をした魔獣の本体は、言語化し得ない絶叫を轟かせながら手足となる肉塊で磨り潰さんと迫る。これほどの巨体だ。維持をする魔力は膨大で、その供給が途絶えれば等加速度的に破滅へと繋がる。生存の為に階層内にいる魔力生命体、そして肉体を持った魔術師を狙うのは本能的に自身の破滅を遠ざけるためだろう。

 

 だが、それを易々と受け入れる為に来たのではない。ランサーの槍が一閃し、それらを薙ぎ払う。魔術にも精通したランサーは遠距離や死角から迫る魔獣の手足を退かせ、一歩も引くことなく応戦する。

 

「貴婦人を背中に感じながら、強大な敵と戦う、か。悪くない。やはりサーヴァントは素晴らしい!異なる時代に召喚されるのは勿論だが・・・・・・何より、これほど『澄んだ』戦いをするのは久しぶりだ」

「澄んだ?その、白熱した戦いという意味?」

「少し違うな。私もケルトの騎士、拮抗した戦いは無論好んでいる。だがそれは生前にやり尽くした。私が望むのは戦う理由だよ。君も知っているだろう。フィン・マックールの晩年を。我が忠臣、デイルムッドの死後を」

 

 フィン・マックールという英雄の終焉。私怨にてデイルムッドを殺したフィンを、他の騎士は許さなかった。部下の信頼を失い、分解していった騎士団の中で、フィンはそれでもフィオナ騎士団として戦った。最後の戦いは、それこそ戦いとしては最大規模となっただろう。その相手がかつての仲間という点を除けば。

 

「晩年の私には権利、財力、立場、それらの為に戦っていた。だが今回は違う。誰かを守護する為に戦うのだ。これほど澄んだ理由はあるだろうか?いや、無い!」

 

 槍を振るうランサーには微塵の敗色を抱かせない。もしかしたらこのまま魔獣諸共彼が倒してしまうのではないか?本当にアーチャーと自分の協力が必要なのか?と思うぐらいの実力だ。だが、魔獣の『進行』もそれに比類し加速していく。階層ごと異界化された空間では大気は毒となり、肉塊に浮かび上がる幾多もの眼球は死となる。ランサーの結界内で無ければノーマは即座に死んでいただろう。

 

 そして、そのノーマこそがランサーにとっての足枷にもなり得る。

 

 魔獣の攻撃方法が変化する。ただ相手を取り込もうとする『動作』は相手を蹂躙する『攻撃』へと。抵抗するランサーを避け、その後ろにいる血肉の通った存在へと。本能的にノーマが戦闘要員でないことを察したのだ。

 

「は!私の前で乙女を浚うか?悪いが今度ばかりは譲ってもらうぞ!」

 

 ランサーは依然防戦に徹する。それは諦観の為の悪足掻きではなく、好機を伺う為の攻撃だ。当初の作戦通り、決定打を打ち込むのはランサーではない。

 

 機会は一度きり。その一度をひねり出さなければならない。ランサーは親指を噛みながら高速思考し、その状況を作り出そうとする。足りない。圧倒的に情報が足りない。あらゆる状況、情報を整理し、最高の回答を導き出すのが鮭の脂によってもたらされる『智慧』だ。それ故に情報が少なければ回答も精度が低く、その場を凌ぐ以上の事はできない。更にその思考を戦闘中に行うのだ。紙一重の対応が段々と増え、その身に攻撃が掠める回数も増えていく。いずれそれが自身の致命傷となる時間までそう遠くない。それまでに己が状況を打開し、血路を開かなければいけない。

 

 だが、ランサーは思い違いをしていた。第三階層まで来たアーチャーのマスターを、ただの女性で、守るべき対象としか見ていなかった事を。

 

「左側の触腕、上から二つ目の部分の魔力密度が高いわ、そこを攻撃して!」

 

 ノーマの声に導かれるように、ランサーは槍の穂先をそこへ向けた。魔力で圧縮された水弾が、触腕に穴を穿つ。放とうと圧縮充填されていた魔力が暴走し、行き場を失い魔獣自身を傷付ける。

 

「君は・・・・・・」

「かなり本気になってきたみたい。なりふり構わず魔力をそのまま撃ち込むつもりだわ。私がその場所を指示するから、そこを狙って」

「・・・・・・フッ。貴婦人の如く、と思っていたがその実は戦乙女の類か」

「そんなことは良いから!次は下側から来るわ」

「ああ、任せてもらおう!」

 

 ランサーは魔力で生み出した水流を放ちながら、自身の思い違いに笑った。智慧の鮭なぞ笑い種だ。それでグラニアとデイルムッドの関係を見抜けたか?追撃する為の部下を派遣した時に、デイルムッドが騎士団とグラニアとのゲッシュの、どちらを取るかを分かっていたか?彼と和睦した時、自分がデイルムッドを本心から許す程器量が大きいと、他ならぬ自分が理解していたか?

 

 いいや、分からなかった。さっきまで背後に立っていた女性が、今では隣に立って必死に魔獣を前にしているではないか。その身は英霊はおろか魔術師ですら下と言ってもいいのに、瞳から血を流しながらも魔獣の攻撃を予測しようとしている。彼女に智慧の鮭は無い。誰にでも持っている生存本能。それだけだ。だが、最後までそれを持ち続ける事は、権力や財力、そして智慧よりも価値がある。

 

「ならば私も、それに応えよう!戦神ヌァザよ、そして我がフィオナ騎士団の者達よ、照覧あれ!これぞ我が一撃、無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!」

 

 宝具の真名開放。前回のようにただその場を吹き飛ばす一撃ではない。真の全力開放。水の流れは清く、美しく、そして華麗に。魔獣の中心ただ一点のみに収縮される。一本の光軸が、巨大な魔獣の身体を貫き、その芯を穿つ。階層全体が振動し、魔獣の本体が痙攣を起こしたようにのたうち回る。間違いなくランサーの宝具は魔獣に致命傷を負わせた。ならば、後は決定的な追撃を放つのみ。

 

「アーチャー!」

 

 ノーマは叫んだ。この場にいない赤き弓兵に向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 ノーマ達の戦っていた階層から離れた所、即ちランサーの陣営にて、アーチャーは閉じていた眼を開けた。

 

 この階層は複雑に入り組んでいる。開放的な第二階層ならばともかく、第三階層で狙撃等しようものなら遮蔽物や壁やらで碌に狙えないだろう。

 

 だからこそ、階層ごと貫通しうる一撃を放つ。ランサーは第三階層の構造をノーマ達に伝えた。魔獣によって殆どは異界と化しているが、取り込んだ地形を改変する程魔獣に時間も理性もあると思えず、恐らくはそのままになっているだろう。複雑に入り組んだ地形であるが、その分マスターの方向さえ分かれば十分に狙撃可能な距離だ。

 

 必要な武器は既に選定している。一撃で済ませるつもりは無い。絨毯爆撃のように連続して対象を破壊する。マスターの危機はランサーに任せざる終えないが、少なくとも今はまだ共闘の契約は破られていないからだ。

 

 アーチャーは既視感を覚えた。何処かでこんな事をした。こんな作戦に近い事をした。もっと開放的な空間で、自分が遠距離から狙撃を行い、もう一方が敵を喰い止める。殆ど自分の狙撃に効果は無かったが、足止め程度にはなった。生前の記憶か、もしくは別の聖杯戦争の記憶か。

 

「どちらにせよやる事は変わるまい」

 

 色を失った記憶を思考の隅に追いやり、アーチャーは投影を開始する。

 

 投影した矢をさらに強化、改造し構える。アーチャーにとって、射撃の時に感じるモノは無い。ただ的を視て、それを射る。弓矢は手足の延長線にあり、手足は弓矢の延長線にも存在するのだ。

 

 なので、ここからする事は決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチャーの矢は、どこに行くことなく地面へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー?」

 

 ノーマは、パスを通じて自身のサーヴァントへ呼びかける。しかし、返事が無い。確かにノーマの意思、そして合図は伝わっている筈だ。訪れた絶対的好機に、しかしアーチャーからの援護は無かった。

 

 つまり、アーチャー側で何らかの問題が生じた。

 

「何かあったのかね!?」

「分からない、返事が無いの!」

「ヌウッ、まさか新手か!?」

 

 ノーマの脳裏には、道化染みた格好のサーヴァントが思い浮かんだ。だが今は原因を探るよりも、目前の事態に対処するより他は無い。今もランサーの宝具によって穿たれた魔獣が、徐々に再生しているのだ。それをむざむざとランサーは見逃す事はしない。

 

「すまない、少しだけ耐えてくれ!」

 

 ランサーはそう言うと、ノーマの防衛を一時的に中止し、ランサーは駆け出す。魔獣へと直接攻撃し、少しでも再生を遅らせようという魂胆だ。

 

 だが、手負いの獣ほど恐ろしいものは存在しない。階層を埋め尽くす巨体が暴れまわる。赤子が駄々をこねるような仕草だが、規模が違えば英霊すらも容易には攻撃ができない。

 

 ノーマは必死にアーチャーへと呼びかける。しかし、返事が無い。

 

「こういう時に、他のサーヴァントがいれば・・・・・・」

 

 自分でも呆れるような思考をした時だった。鎖を引きずるような音が聞こえたのは。

 

「マスター、ご無事でしたか!?」

 

 ノーマは横を見ると、ランサーがいた。いや、フィンではない。フードを被った、小柄な少女であるランサー(メドゥーサ)だ。たった今駆け付けたと言わんばかりに息を切らしながら、ノーマを見る。

 

 ノーマは絶句し、背筋が凍った。

 

「肉塊に手間取りました。あれは・・・・・・味方のサーヴァントですね。私も援護します」

 

 ランサーは、もう一人のランサーを眺め戦況を分析しているようだった。鎖が音を立て、彼女は鎌を構える。ノーマは遅れて後方へと下がった。

 

 瞬間、鎌が一閃され、ノーマを守っていた結界を破壊した。もしもノーマがそのまま突っ立っていれば、胴体は二分割されていただろう。

 

「あら、分かりましたか。察しが良いですね」

 

 ランサー、いや化物は嗤う。その目は依然のような澄んだ少女のソレではない。身を包んでいたフードを脱ぎ捨てれば、その内側は周囲の肉塊と同じ、禍々しい外殻を形成している。

 

 つまり、そういう事だ。

 

「バレてしまっては仕方ありません。仮と言えど一夜を共にした主。せめて痛みなく行いたかったのですが」

「ふざけないで」

 

 頭に血が昇る。本来ならば敵が数歩先にいる状況に飲まれるか、冷静であっても逃げるぐらいしかできなかっただろう。だが、ノーマは逆に相手へと近付いた。策など無い。だがそれでもこの怒りをぶつけれずにはいられない。メドゥーサに擬態した怪物の正体を、ノーマは知っている。だからこそ、彼女を侮辱するような真似は許せない。

 

 例え、それが『本人』であっても。

 

彼女(メドゥーサ)の真似事なんて、化物(ゴルゴーン)には似合わないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、人の驚く姿は大好きなのですが・・・・・・これはちょっと方向性が違いますね。私の得意分野ではありません」

 

 

温泉での一悶着の後、 覗き魔(キャスター)はそう言いながら照れるように頭を、自分でぐるぐる巻きにしたマントで覆われた頭をかいた。これで私の視界はゼロ、安心して話せるでしょう?という風に。ノーマは再度石を投げつけた。今度は避けられた。

 

「話がしたいのなら、後にして」

「そうはいかないのです。何で私がこんな辺鄙奇怪奇特な場所でマスターに会うか、それを察して頂きたいですねえ」

「アーチャーがいたら困るから?」

「その通り!あの男は本当に困ります。恐らく私があの男の前に立てば、二秒後に首が地面にポトリ!私は死にたくはありません。話のできる者同士で会話した方が良いでしょう?」

 

 自業自得だ。今でも令呪を使うべきかノーマは悩んでいる。こんな出会い方でなければ使っていただろう。

 

「じゃあその話を手短に言って」

「流石マスター!私の見込み通りですぞ。ここでパニックになって何で私に爆弾なんて仕掛けたの、何て聞いて入れば即座に秒針をゼロにさせようと思っていたので!」

 

 冗談にもならない殺害予告を聞きながら、ノーマは急かす。地上の温泉よりも何倍も効能がありそうな湯に浸かっているのだ。道化みたいな服装をした男性に見つめられながらでは効果も出ないだろう。

 

「とても簡潔に言いましょう!何と、ランサーの言っていた魔獣は、ランサーなのです!ああ、これでは文脈がおかしいですね。つまり」

「魔獣は、メドゥーサ、いいえゴルゴーンって事でしょ」

 

 ノーマは簡潔に言った。キャスターは目をしばたかせんがら自分を見る。まるで突如チンパンジーが人の言葉を話したのを見たような目つきだ。

 

「おやあ、マスター。そこまで慧眼でしたかね?正直もう少し困惑する、と言うか。私の予想ではまず嘘だと叫び、次いで否定し難い事実を突きつけられて」

「彼女自身が言っていたことだから」

 

 それだけで、キャスターは成る程、と頷いた。

 

「第二階層での共闘契約、あれはキャスターだけじゃないわ。ランサーも同じ条件で受け入れていたから、第三階層に下ったら別れるつもりだったの」

「ククク!成程、予め分かっていたのですか彼女は!自身が怪物に変異していくと。どう足掻いても逃れられないと!だからせめてマスターから離れようとしたのですね!何と悲しき運命!そうなるとあの彼女は既に?」

「キャスター」

 

 ノーマは、キャスターを視た。眼圧で怯ませる等、ノーマはできない。相手がキャスターなら尚更だ。仮にノーマが、第二階層で一夜を共にした時の会話を彼に聞かせた所で、一笑に伏せられるのがオチだろう。だからノーマは説明しない。だが、友人と言っても良い存在を嘲笑され黙っていられる人間ではない。

 

「それ以上、彼女を笑うならアーチャーを喚ぶわ」

「申し訳無い。これでも悪魔なので!ですが笑う以外ありますか?嘆いた所で彼女が戻ってくるでしょうか?現状に怒りを抱いたところで彼女を救えるとでも?なら笑うしか無いでしょう。そうすれば少しは腹も膨れますしね」

「私は、ランサーと約束した。その約束の内容を貴方に伝えるつもりは無いけれど。その約束の為にもあの魔獣は取り除かなければならない相手なの」

 

 悪魔らしい反論を聞き流し、ノーマは言葉を紡ぐ。

 

「契約しましょう。メフィストフェレス。改めて、私と共闘をお願いしたい」

「・・・・・・ほう」

 

 マントにくるまれていても、キャスターが笑みを浮かべたのは分かった。このサーヴァントは常に笑っているが、二種類の笑みがある。相手に向けられた嘲りの笑みと、本当に楽しい時の愉悦の笑み。この場合はどちらか、まではノーマには分からない。

 

 勿体ぶった仕草で、キャスターは温泉の周囲を歩き始める。

 

「どうしましょうかねえ。あんな風に一方的に契約を打ち切られたブラックな職場ですしい?私、これでも繊細なのです。また同じ目に合うかもしれない、一人でケルト兵達から逃げ回った時なんて悲壮感でメソメソと」

「契約期間は私が死ぬまでよ」

「ふぃいいいいいいいいいいいいいいいいいやっほおおおおおおおおおううううううううう!仕えますとも仕えますとも!?素晴らしい、これが本当の終身雇用というやつですかねえ!」

 

 ここは防音だからどれだけ騒いでも大丈夫だ、とランサーは言っていた。でもこの声量は大丈夫だろうか。聞こえていたら結構危ないような気がする。いや、もしかして私の声と判断されるのでは!?

 

「あ、そうそう。私、この階層を忍び足で歩いております故、まだ誰にも見つかっておりません。調子に乗ってはち合わせた魔獣を除けば完全なるイレギュラー、つまりジョーカーともなりうる存在なのです!」

 

 確かメフィストフェレスは、自由自在に姿を変えられる、という話を聞いたことがある。尨犬とかに化けていた筈だ。勿論それは物語で、このキャスターがそれと同等の能力を持ちうるのか、そもそも本当に変身能力を持ち得ているのかは分からないが、気配を隠匿させるこの階層ならば確かにキャスターは誰にも発見する事はできないだろう。

 

「なのでなのでえ!?どんな事もできます。例えばあのしみったれた赤い雑巾に爆弾を設置するとか、それともスマした美男子の顔を内蔵で汚れさせる事もできます!ああ、違いました違いました、お友達を殺せば良いのでしたっけ?」

「絶対に面倒な事になりそうだから、それはしないで。代わりに一つ。これだけ守ってくれるのなら、何をしてくれても良い」

 

 ノーマは一本指を突き出した。前回の契約ではこの悪魔に惨敗した。結果宝具を括り付けられた。今度間違えばどうなるか等考えても仕方無い。重要なのは、間違いようのないたった一つを言えばいいだけだ。

 

「私を、生かす事。貴方との契約内容はそれだけ」

 

 キャスターは、まるで飲み干したワインの味を確かめるようにその契約内容を吟味する。思考内容は簡単だ。どうやってその契約を出し抜き、マスターを絶望に叩き込むか、極上の味を舌で確かめるように、そして噛みしめるように、マントの中でくぐもった笑い声が生まれる。

 

「・・・・・・ククク。いやあ面白い。マスター。私の好きな物は人の驚く顔です。ご存知でしたか?」

「知ってる。そのせいでこんな目にあった」

「それで出た命令が『生かす』・・・・・・殺さないでではなく、生かす。満点ですねえ。正直自分が驚く羽目になるとは思いませんでしたよ。驚かされる側、というのも中々面白い。良いでしょう。このメフィストフェレス。どんな手段を使ってでも、貴方を死の淵から引き上げて見せましょう!」

 

 そう。どんな手段でも。生命状態が維持されていれば、その言葉通りどんな手段を使ってでもキャスターは自分を生かそうと尽力するだろう。それで良い。もしも彼女(メドゥーサ)との『約束』がなければ、この契約はしなかった。即座にアーチャーを呼び出していた。そうしなかったのは、キャスターとの契約は必ず約束に必要な事だと感じたからだ。

 

「ご安心をマスター。直ぐそばで、私は貴方を見守っています。それこそ背後くらいで見守ってます。何処でも怪我をしても問題はございません。足を擦りむいたなら足ごと切断しますし、病になれば臓器諸共摘出しますので!」

「そうね。どんな怪我でも、私を死なせないように。いっそ自己強制証明(セルフギアス・スクロール)でもする?」

「いいえ、いいえ!悪魔にそんな物は必要ありません。私、忠実さだけが取り柄なのでねヒヒヒヒヒ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物(ゴルゴーン)、ですか。まさか貴方にそう言われるとは。フフ。きっと(メドゥーサ)が悲しみますよ。ノーマ」

怪物(ゴルゴーン)に名前で呼ばれる筋合いは無いわ」

 

 一歩踏み出したその先に、死が待ち受けている。だが、ノーマは怒りで恐怖を打ち消し更にもう一歩進んだ。どの道ランサーの結界は無くなった。しばらくすれば毒となった大気が自分を蝕み、その命を奪うだろう。それが一分後か、一秒後かは分からない。ならばそれまでに、ゴルゴーンを倒さなければならない。

 

 肉塊が壁となり、ノーマとゴルゴーンを取り囲む。退路は無く、外側ではランサーが肉塊を寸断する断続的な音が聞こえている。

 

「ああ、どれだけ待ちわびたことでしょう!この迷宮にいる生贄は魔力はありますが、味は薄い。貴方のように真に血肉の通った存在がいるのは幸運でした」

「弱小魔術師相手にここまでしても、貴方が得られる魔力はほんの少し。随分と割の合わない事をするのね」

「遊びですよ。マスター。やろうと思えばこんな迷宮、直ぐに私の物になる。外に出れば多くの人間を捕食できるでしょうが・・・・・・その前に道草を喰ってしまいたくなっただけです」

 

 やはり、彼女は彼女(メドゥーサ)じゃない。その言葉を聞けば聞くほど奇妙な程の違和感を覚える。彼女は、彼女(ゴルゴーン)になった。同じ存在の筈なのに、どうしてこうも違うのか。化物となる自分を恐れた彼女と、化物である自分を肯定する彼女。最早彼女は槍兵(ランサー)ではない。サーヴァントとして定義するのなら、それは。

 

「そんなに憎いの。復讐者(アヴェンジャー)

 

 復讐者(アヴェンジャー)。聖杯戦争において、エクストラクラスと称される特殊な存在。亜種聖杯戦争が多発している現代では、このようなエクストラクラスも多く存在している。眉唾物の噂だったが、今の彼女はまさにそれだ。

 

「ああ、復讐者(アヴェンジャー)ですか。確かに今の私はそれに近い。人間は憎いし、世界も憎い。全てが憎くて憎くて堪らない!」

 

 更にゴルゴーンの姿が変わる。少女の可憐さは消え失せ、怪物に相応しい巨体へ、近くに存在するだけで毒となる魔は、確かに神代に存在する怪物となった。それでも尚人としての形を保っているのはサーヴァントを核としているからか。それとも未だに成長途中なのか。

 

「ですが、そうですね。私はまだ、彼女(メドゥーサ)の片鱗がある。貴方とは短いですが、心を交わした時の記憶が残っている。ですからせめて」

 

 ノーマは探索鞄へ手を入れる。復讐者の髪が蠢き、魔力が収縮していく。

 

「優しく、殺して差し上げます」

示せ(スケール)!」

 

 ノーマは探索鞄に入ってある小分けした瓶を投げつける。全て岩塩を含んだ小瓶だ。それらはゴルゴーンが放った魔力波で呆気なく割れ、中身をぶちまける。ほんの一瞬だけ、肉塊の包囲網に岩塩が舞い散った。それらが発光し、ノーマ自身に進むべき道を指し示す。

 

 後は、その進路に向かうのみ。ノーマは覚悟を決めて走りだそうとし、足をもつれさせて勢いよく転んだ。

 

 なんて運の無い?いいや違う。力が入らないのだ。何故?毒の大気が遂に身体の動きを奪った?いいや違う。手足の痙攣が無い。毒の兆候が無かった。しかし身体から急速に力が抜けていく。

 

 うつ伏せとなった視界に、赤が見えた。赤。血の色。それを認識し、遅れて身体の情報がフィードバックされる。次いで激痛も。

 

 心臓のある位置に、穴が開いている。

 

「煙幕のつもりでしたか?それならば残念としか言いようがありませんね。魔術師の策略では、私の眼は誤魔化されませんし、この場で逃げれるとでも?」

「っぐ、はあ」

 

 痛い。感情、理性が痛覚からの信号で埋め尽くされ思考、行動ができない。魔力波に当たった?それとも収縮していた魔力を銃弾のように放ってきたのだろうか。分からない。いやそもそも痛い。

 

「優しく、と言いましたが、そんな表情も良いですね。確か貴方達は家畜の血を好まない故に、血を抜いてから食べるのでしたよね?」

 

 頭を掴まれ、宙吊りの姿勢で復讐者と向き合う。人間がサーヴァントに挑めばどうなるかは分かっていた。しかし、その差を自分は完全には認識できなかった。第一、第二の階層で戦い、勝利してきた感覚が、慢心へと繋がったのかも知れない。どこか上の空でそんな思考をし、現実逃避したが痛覚がノーマ本人を妄想から現実へと引き戻す。

 

「んん、っはあ。何故血を抜くのでしょう。こんなにも美味だと言うのに。それに内臓を抜いて処理すると言うではありませんか。それでは残ってるのは脂だらけの肉のみ。全く持って分かっていません」

 

 空いた穴に腕を差し込まれ、内臓をグシャグシャにされている。とノーマが認識できるのは送られてくる痛みと、自身の内臓を補食しているゴルゴーンを前にしているからだ。とっくの内に痛みで意識を失いショック死している所だが、彼女が何らかの延命措置をしているせいでまだ生きているし、意識もある。ノーマの苦痛も、ゴルゴーンにとっては血の肴でしかない。

 

 だから、まだ生きている。ノーマは手を伸ばす。届かない。まだ届かない。そして、自分の残っている力ではこれ以上は届かない。

 

「どうしたのですか、マスター?」

 

 その手を、ゴルゴーンが握る。化物の握力で手首ごと破壊されるも、手自体はまだ繋がっている。より深い絶望を叩き込みたいと思ったのか、ゴルゴーンはノーマの眼の前でその手を捕食しようとした。

 

 最高だ。それを視て、ノーマは笑った。

 

「ありがとう。メドゥーサ」

 

 キョトン、と復讐者が首を傾げる。ああ、彼女もこんな仕草をすれば可愛らしい。昔の面影がある。それを名残惜しくノーマは眺めながら、最後の言葉を口にした。

 

「キャスター!」

「はあーい!ご命令通りに!微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 瞬間、ノーマの身体は爆発四散した。

 

 

 

 

 




fateシリーズで主人公が大怪我を負うのは伝統芸能だと思う。
だから爆発四散するのは仕方ないね!


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第■階層①

皆さんゴールデンウイークは何をしてましたか?
作者は東京に行って東京駅という迷宮を探索してました!


「消えたか。何とも呆気ない」

 

 闇の中、男が呟いた。常に見ていた期待すべき存在が、消失した。それに対する言葉だった。

 

「予定外のイレギュラーであり、素晴らしい駒だったのだが・・・・・・やはり物事は上手くいかぬ」

 

 声には若干の悲嘆の色。それは彼女に向けられた情ではない。この迷宮内で、最も異端であるこの存在は、迷宮の中では自分以外の個体は全て下だと感じている。それは、サーヴァントに至っても同じ。

 

「だが、別に構わない。むしろ状況は楽になった。場を乱す規格外が消え、残ったのは取るに足らぬ英霊のみ。幕引きにはつまらぬが・・・・・・大事に至るには小時を積み重ねるべきだ。そうは思わんかね?」

 

 男は自分以外の存在へ語りかける。答えは無い。暗黒の空間は黙して、しかし男以外の存在を映し出す。黒く塗りつぶされた英霊を。

 

「やはり、強く縛りすぎたか。冗談の一つも言えぬのなら本当にタダの駒だ。まあそうなるようにしたのは私なのだが」

 

 クク、と男は笑う。黒い靄で形作られたサーヴァントは何も言わない。ただ、ひたすらに。一般人ならば発狂するであろう殺気を男に向けている。

 

「仕方あるまい?もしも君にサーヴァントとしての理性があるのなら、私はとっくに死んでいる。君を抑える為に散ったミノタウロスは惜しい存在だったが、君はその上を行く。ならば彼以上の働きを見せなければね」

 

 黒い靄に覆われたその内側には、大量の呪詛が刻まれている。サーヴァントの性質上、この男にも令呪は備わっている。だが男はそれで満足せず、更に絶対命令の呪詛、強制のルーン等様々な魔術でこのサーヴァントを縛った。結果、このサーヴァントは男の人形となった。それでも尚、このサーヴァントは男の生命与奪権を握っている。男が一瞬でも油断をすれば最後、呆気なくこの迷宮の支配主は消滅するだろう。

 

 故に、適正な命令を送らねばならない。

 

「行け。オジマンディアス。後始末をしてくるのだ」

 

 影法師は何も言わず、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーマは覚醒した。いや、覚醒していなかった。微睡みの中で、自己を何処か他人事のように認識しただけだ。つまり、夢の中で夢だと感じれない状態になっている。

 

 肌に感じる太陽の熱気。湿気の欠片も無い乾燥した風。気候としてはそれほど快適だとは感じないが、適度に暖かく、それでいて汗が吹き出るような湿気に悩まされない環境下に心地よさを感じていた。

 

 こんな所に何故いるのか、何て考えは全く無く。故に状況等理解しない。ただただ安心感と多幸感に包まれている。

 

 もしかしたら、ここは天国かもしれない。自分は何処か遠い場所で死んだ。それほど悪い事はしていなかったから、地獄に落ちる事なくここへ来た。そうであれば全てが筋が通る。自分はここにいる権利を獲得しているのだ。

 

「ふむ。確かに権利はある。貴様はもう一度ここに来た。それ故に無為な夢に浸る事も許そう。と言っても、夢はいつか果てるのが運命だが」

 

 その声で、ようやくノーマは覚醒した。一気に五感から情報が伝えられる。太陽からの熱気は暑く、鼻孔から感じる僅かな砂の匂いはむせる。残念ながらここは天国でも地獄でもなく、あの訳の分からない夢にいるのだ。

 

 となると。ノーマは自身がいる場所を見る。場違いな感想であるのは知っているが、スフィンクスの背中は寝心地がよかった。翼を使わずゆっくりと歩く様は雄大、そしてノーマにとっては心地よい揺れとなっていた。

 

「起きたな、よい。安直に惰眠を貪っていれば心地よい衰退が残るばかりだが・・・・・・どうやら貴様は痛みある推進ができると見える」

 

 背後のサーヴァントが、尊大に言う。纏った覇気はこれまでのサーヴァントのどれよりも巨大。常人が見れば即座にひれ伏し、二度とその姿を見る事は無いだろう。

 

「ここは、貴方の世界なの?」

 

 ノーマはしかし、そのサーヴァントへと問いかける。問いかけながら違和感を覚えた。不思議と恐怖を感じない。これほどの覇気を纏っているのだ。如何にサーヴァントに視慣れた自分でもマトモな会話はできない筈。

 

「その通り!万物万象全てを手中に収めたファラオの世界に、貴様は迷い込んだのだ。いや、迷い果てた。と言うべきか」

 

 迷い、果てた。強烈な違和感が痛みとなってノーマを襲い、様々な情景がフラッシュバックしていく。

 

 迷宮。サーヴァント。アーチャー。番人。幻想種。探索部隊の全滅。神々からの追放。形無き島。成長していく身体。崩壊していく日常。大好きだった■■達。そして最後には。

 

 分からない。何も分からない。記憶は写真のように残っている。だが、それが自分の記憶だという認識ができない。

 

 ノーマは記憶の整理を本能的に止め、知識を整理する事にした。サーヴァント。聖杯で呼び出された過去の英雄を模倣した存在。英霊を完全に降霊させるのは不可能なので、クラスに置換し召還する。

 

「貴方は、何のクラスなの?」

「悪くない質問だ。前の時のような愚問ではない。旅人として成長している。自身の認識できる範囲から埋めていくのは知の道においては常道である。故に答えよう」

 

 このサーヴァントの仕草なのだろう。身体に纏ったマントを翻し、言葉を一度区切る。戯曲や舞台がかった仕草だが、このサーヴァントから発せられる絶対的カリスマ性により当然の行動に見えてしまう。ノーマは少し予想してみた。自身をファラオ、と呼ぶその態度、スフィンクスを使役するという特徴。キャスターか、若しくはライダー。

 

「余に、クラスは存在せぬ」

 

 しかしサーヴァントは予想斜め上の解答を行った。クラスが、存在しない?それは即ち英霊の完全再現を意味する。神霊級サーヴァントすら条件的に召還する聖杯のシステムは、クラスによる制限で成り立っているのだ。そうしないと召還できないし、全盛期の英霊が一切弱体化する事無く召還されてしまえば現代の魔術師はあっという間に駆逐されていくだろう。

 

 考えが顔に出たのか、サーヴァントは笑みを浮かべた。

 

「貴様の疑問は至極当然だ。ファラオたる余であっても、いや、ファラオであるからこそ守らなければならぬ法がある。わざわざ冥界から這い上がってまで地上に君臨するつもりは無い。今回のような異常事態ならば尚更よ、今でもあの召還に憤りすら感じるわ!」

 

 笑みを浮かべた、と思ったら次は怒り始めた。このサーヴァントの性格なのだろう。自身の感情を表には出すが、それで取り乱すような事はしない。ノーマもそれで一々相手の顔色を伺う事もしない。自分の知識にあるサーヴァント像と、このサーヴァントは明らかにかけ離れている。

 

 それが何を意味するか。電流に打たれたようにノーマは理解した。いや、見えていた物が視えるようになったのだ。

 

「つまり、貴方はサーヴァントじゃないのね」

 

 そうだ。クラスの存在しないサーヴァントは即ち、サーヴァントではない。では彼はあの世から蘇った死人か、それも違う。即ち。

 

「下級霊、英霊の残滓。迷宮で破れたサーヴァント?いや、消滅したサーヴァントは純粋な魔力になる、サーヴァントになれない幻霊にしては規格外だし、神霊にしては希薄すぎる。となるとやはり貴方はサーヴァント、いいえ。もしくは」

 

 ノーマは舌打ちした。視える物が多すぎる。自分の瞳に、自分が追いついていない。脳と視覚の差が大きく開きすぎたせいで、自分の言った事を五秒後に理解しているような錯覚を覚える。いや、そもそも私は眼に何か特殊な能力を持っていたのか?蓋をしていた記憶が再び開けられ、脳内が混沌と化していく。

 

「さて、どうするライダー。この娘は既に目覚めた!余がわざわざクラスを下賜したのだ。いい加減出てきてはどうだ!」

 

 目の前のサーヴァントは天に轟けと言わんばかりの声量で言った。誰に向かって言ったのか、ノーマには分からなかったが、突如スフィンクスの背中にソレが出現する。

 

 ノーマはソレが誰であるか、知識ではない記憶で認識できた。その名を言う事はできる。再会を喜んで抱きしめる事も、逆に畏怖すべき存在として見る事も。

 

「・・・・・・背が、縮んだ?メドゥ」

「ライダーです」

 

 彼女は断言した。その容姿はまたもや様変わりしている。これまでも最初に会った時は幼き子供として、再び会った時は醜き怪物として変化していた。では今度は?

 

 考えるまでも無い。

 

「久しぶり。メドゥーサ」

 

 ノーマは笑って彼女の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外見的特徴を言うならば、メドゥーサは最初に会った時に近い姿だった。子供だった身長は随分と大きくなり、可愛らしい容姿は大人びた美しさへと昇華している。人間らしい成長をした姿だ。

 

 

 だが同時に、身に纏う魔の質は再会した時に近い。大樹へと成長していく過程の、若枝のような早熟さはつまり、彼女が怪物として成長する過程の姿を表している。

 

「余がサーヴァントでなくなった理由はコレだ。騎乗の適正があって幸いだったな。上手くいかねばその身は余の威光に耐えきれずに四散していただろうよ」

「私はむしろその方が良かったです。私の時代の王族も、ろくな人間はいなかったですが、どうやら貴方も同じようですね」

 

 クラスの譲渡、それをこの元サーヴァントは行ったらしい。そんなルール違反普通はできないが、この元サーヴァントはそれをさも当然に行った。ファラオたる余に不可能など無い、との事らしい。代償を払えば。

 

「私は反対しましたよ。そんな事をすれば貴方の残り少ない蝋燭(余命)を縮める事になるし、そもそもそんな蝋燭を使いたくもありません。どの道、この世界は貴方の消滅と同時に消え失せる」

「ほう、ならば貴様は、この娘がここで死ぬのを容認できるのだな?」

 

 元サーヴァントの言葉に、メドゥーサは口を閉じる。

 

「余はできる。たかが小娘一人だからな。だが貴様は違うのだろう?故に、下賜したのだ。光栄に思うが良い」

「誰が、そんな事を」

「ちょっと待って。いい加減説明してくれない?」

 

 目の前の二人の関係が、まるでアーチャーとキャスターみたいだな、とノーマは思った。しかしその二人の記憶が霞のように揺らいでいるのを感じて自分がどういう状況であるか認識し直す。そう、自分はまだ記憶を完全に読み取れていない。状況は全く不明瞭なのだ。この二人の論争が終わる気配が無い以上、自分が無理矢理入るしかない。

 

「説明してやるが良い。ライダー。ファラオたる余が裁定しよう。貴様は罪人だ。故に、貴様は贖罪を行わなければならぬ」

「・・・・・・っ」

 

 ライダーの表情が曇る。眼を覆う眼帯のせいで顔の表情を読みとるのは難しいが、気に入らない相手の命令をこなさなければならない、という怒りの表情ではない事が分かった。むしろそれとは真反対の、恐怖に凍り付いた表情。

 

「別に言いたくなければ言わなくても」

 

 ノーマは咄嗟にフォローしようとするも、ライダーは片手を挙げてそれを遮った。

 

「いいえ・・・・・・ここだけは彼の言うとおりでしょう。私は罪人。ならばせめて、自身の罪は宣言しなければならない」

 

 ライダーは既に覚悟を決めている表情だった。ならば、自分はどうするか。ノーマはこれからどんな事を彼女が言っても信じ、そして受け止めるつもりだった。懺悔の告解は罪人にとって断腸の思いで紡がれるが、聞き遂げる方にも同量の覚悟を求められる。

 

 記憶が、再び疼く。前にも、メドゥーサとこうやって語り合った事があったような。

 

「分かった。教えて頂戴。何が、あったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろ。貴様、何をした?」

 

 問いかける声音は、そのまま冷気となって迷宮を駆け巡る。問いかけの言葉は刃となって、相手の喉元へと突きつけられる。

 

 キャスターは笑った。相手の無能さを笑う笑みだった。無論、その程度の挑発でランサーは槍の穂先を突き刺す事などしない。

 

「ヒヒヒヒヒヒ!いやあ、色々と!我が親愛なるマスター殿の作戦通りの事をしました!」

 

 ランサーは笑った。相手に恐怖と絶望を与える笑みだった。無論、キャスターはそれで恐怖におののいたりはしない。

 

 ランサーとて、このサーヴァントの存在が全くの予想外だった訳ではない。第三階層は確かにサーヴァントの気配を隠蔽させるが、それは探索する側だけだ。番人であるランサーは、隠れて自分達の後に尾けてくる存在を認知していた。認知した上で放っておいた。つまり相手はその程度の存在で、仮に魔獣を倒した瞬間に奇襲をかけられても仕留められると感じたからだ。

 

 だが、そのサーヴァントはあろうことかマスターたる彼女を攻撃したのだ。彼女が正にその生命活動を終了しようとした瞬間、体内の呪いを起動させて。

 

「成る程、彼女の覚悟は確かに凄まじい。恐らく私の認知しえない範囲で、貴様と彼女が協力していて、更に最悪の状況下では『多少の』巻き込みも許される間柄だったのかもしれぬな」

「ええ、ええそうですとも!こう見えても私、信頼されていましたのでね!」

 

 何を馬鹿なふざけるな。と、晩年の自分ならば目の前の道化を殺していただろう。だがランサーはそうしなかった。あれほどの女傑だ、自分の智慧では判明できなかった点は十分ある。それに、結局彼女は敵だ。共通の敵がいなくなれば殺し合う関係となっていた。騎士としてのフィンは納得しないだろうが、サーヴァントで、階層の番人たるランサーはむしろ好都合だとキャスターの行動に手拍子さえしていた。この当たりが晩年の自分らしいと何処か他人事のように思いながらも、それでもランサーが納得しない理由は一つだけだ。

 

「だが、それならば何故彼女を生かそうとした。裏切りで彼女の絶望に愉悦を抱くならば、彼女は覚悟していたし、そもそも絶望なぞ感じる暇も無かっただろう」

「そうでしょうねえ。両足、両膝、両腕、両手、両脇腹に両方の肺、内臓脊椎エトセトラエトセトラ!これでもかと言うくらいに入れてましたが、私は悪魔であって、鬼ではないのでね。ある程度は残してますよ?それでも脊椎は破壊したので痛みは感じなかったでしょうね。痛み無い『瀕死状態』だったでしょう。治療が大変でした」

 

 治療。キャスターが爆発四散したノーマの『残骸』に近づくのを、ランサーは先程まで見ていた。止めに行くよりも先に、本体を破壊された魔獣の残滓に止めを刺し、やっと全てを消滅させた頃には、何もかもが終わっていた。

 

「何がしたい?彼女を死の淵に立たせて苦しませるつもりだったのなら、無理だ。貴様の児戯では死者を蘇らせる事はできない」

「そうでしょうか。まあ神代の魔術ならば貴方の方が先輩ですねえ。ランサーに魔術で負けるキャスターとは、これいかに?」

「最後の質問だ。何をした?」

「さあ?何をしたのでしょう。私にも分かりません」

 

 キャスターは言った。ランサーの殺気が高まる。だがそれは質問に答えない怒りからではなく、限りなく外道を行うキャスターの行為に憤った怒りだった。

 

「私、キャスターなので結構迷宮の生命体に興味があったのです。何度か採取していた素材と、瀕死のマスター。ならばやることただ一つ!我がマスターっぽい肉の塊に、色々と混ぜました。幻想種の生き血、ゴーレムの心臓、合成獣の爪垢、ドラゴンっぽい生き物の鱗とか。ああ、あとそこらへんに転がっていた魔獣の残骸も練り合わせました!するとどうでしょう、何と心臓が再び脈動を始めたのです。いやあ生命の神秘ですなあ生物とは!私、もしかして凄い事しちゃいましたかね?」

「だが貴様はその肉塊を、あろうことか罠へと叩き込んだ」

「罠?さあてそれは分かりません。あれは下層へ続く最速コース、と思っていたので」

 

 迷宮内には、番人を倒さずとも下層へと下る隠し通路が存在している。無論、キャスターがそれを見つけるのは不可能ではない。だが、残念ながら彼がした行為は違う。原始的な罠、下層等には繋がらない、それどころか何処へもいかない奈落の底へと、何の躊躇いも無くキャスターは元マスターを放り込んだ。

 

「はあ、この迷宮にいるサーヴァントはどれもこれも糞真面目ばかりですねえ。一貫性がありすぎて逆に退屈です」

「構わん。どちらにせよ、私は番人だ。魔獣は死んだ。マスターも死んだ。ならば後はどうなるか、分かっているだろう?」

「ええ。ええ!邪魔者の排除、でしょう?」

 

 瞬間、血が爆ぜる。ランサーの視界が、赤に染まる。槍から伝わる血の脈動はしかし、手応えは無い。目の前のキャスターは道化染みた笑みのまま、その喉元で槍は静止している。

 

 つまり、この血は。ランサーは自身の胸を見る。喰い破るように突き出た矢が、その霊核を貫いていた。

 

「これは・・・・・・」

 

 ごぶり、と声が血となり吐き出される。もう一本の矢が、ランサーへと撃ち込まれる。槍が地面へと転がり、それを追うようにランサーも迷宮の冷たい大地に崩れ落ちた。

 

「全く、趣味が悪いな・・・・・・アーチャー」

 

 横たえた視界で自身の胸に刺さった二本の矢を、改造された矢を見る。ランサーは知っていた。赤の薔薇と、黄の薔薇。破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ )。フィオナ騎士団の一番槍、そして自身の破滅を決定付けた者の武器を。

 

「これは・・・・・・ある意味で、正当な・・・・・・復讐なのかもしれんな・・・・・・デイルムッド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったか。存外楽に終わった物だ。感傷の類か?」

 

 

 遠く離れたランサーの陣営にて、アーチャーは呟く。その周囲には、地面へと突き刺した大量の矢。その中には破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ )も含まれている。

 

「すまんなデイルムッド。私は英霊の誇り等無い。効率的と感じれば、あんな決闘紛いな事もしなかっただろう。どちらにせよ思ったよりも早く片付いた。少し余ったな」

 

 アーチャーの投影魔術は、剣に由来するものならば最速かつ最大の模倣を可能とする。しかし、その中には剣以外の物も含まれる。ある程度の改造、即ち投影魔術の応用だ。宝具の属性を変質させる事なく形状を変化させて行使する、そういった奥の手も用意されている。勿論、それはただ剣を投影されるよりも多くの魔力と時間を消費するが。

 

 故に、一度作った矢を置いた。一発一発ではあの英霊は倒せないと判断したからだ。つまりアーチャーの狙いは魔獣等ではなく、最初からランサー『も』含まれていた。

 

「まあ、無駄ではないが」

 

 そう言って、アーチャーは矢を再度放つ。狙う先は、道化染みたサーヴァント。最初の矢で階層を貫通させたので、見通しは悪くない。だだっ広いだけの広間に置かれた動く的(キャスター)を始末するのは、造作もない事だ。

 

 五射ほどで、決着はついた。キャスターの心臓を打ち抜き、その身体を四散させる。これで全ての敵は倒した。倒しただけだ。

 

 アーチャーは自身の魔力が、爆発的に増えていくのを感じた。最早死に体を通り越したマスターの状態では、とてもじゃないがこれほどの魔力は供給できない。いや、もう『マスター』ではないからこそ、これほどの魔力供給ができるのか。それともマスターは死んだが、別のマスターが令呪を引き継いだか。

 

「馬鹿な考えだ。答えなど分かり切っているというのに。あり得ない選択肢を楽しんでいるのか?」

 

 番人が倒された分、もうここに用は無い。階層は開放され、召喚されていた僅かばかりのケルト兵も消える。第三階層の中で、唯一の生存者となったアーチャーは自嘲染みた笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「ここから先は後始末、と言う訳か。つくづく掃除には縁がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮の最深部、第四階層を超えたその下にあるのは、奈落だ。

 

 底はある。光源もある。空気もある。人間が生きていく上では、ある程度の生存は可能な空間になっている。

 

 だが、この空間に堕ちる者に救いは無い。生存はできるが、それは救い等ではなく。死刑執行までの監獄と同じなのだから。

 

 深海を思わせるその空間に、ノーマは無様に墜落した。

 

 瀕死などという言葉では生温い、死の直前、最早死人と大差ないその姿はしかし、生命体では当然の呼吸を行っている。

 

 奇跡か、それとも運命か。ノーマは生きていた。

 

『すごいね』

 

 だからこそ、ここで死ぬ。

 

 ノーマの周囲に展開するのは、小さな魔力光を纏う多くの光源。蛍のように幻想的に光りながら、それらはノーマに近付いていく。

 

 愛らしい少女の姿に、昆虫を思わせる翅。柔和そうな笑みはしかし、死体に近付いていくハイエナのような好色さを思わせる。

 

『がんばるんだね』『がんばって』『にんげんはひさしぶり』『でもきずついている』『けがをしてる』『だいじょうぶ?』

 

 食人妖精。可愛らしい容姿とは裏腹に、人の臓物を好む悪鬼。上位の魔術師ですら防御できない魅了の魔術を扱い、対象に敵意を抱かせる事無く接近し、捕食する生命体。自然で生み出された現象ではなく、魔術師が作り上げた悪趣味な使い魔。そんな彼らにとって、今のノーマは労力をせずとも捕食できる極上の獲物だ。

 

 近付いてくる彼等に対し、ノーマは何も反応しなかった。仮に正気だったとして、魅了されていたとして、重傷の今では立ち上がる事すらままならない。その目はぼんやりと妖精達を見るだけで、何も視ていなかった。

 

『へんじしないね』『しんでるの』『いきてるよ』『でもどうでもいいや』『おいしそう』

 

 相手が何もできない事を確認した後、食人妖精はその本性を現す。愛くるしい容姿を捨て去り、捕食者としての本能を曝け出す。皮膚を食い破り、肉を喰い千切るのに適した姿へと変貌し、一斉に獲物へと。

 

「五月蠅い」

 

 食人妖精の内の一体が停止した。停止せざるを得ない。その小さな身体を、ノーマの手が握ったのだから。

 

 瞬間、少女どころか人間の域を突破した握力が発揮された。胴体を握り潰された妖精は断末魔と共に地面へと叩きつけられる。

 

 死に体の獲物が、最後の抵抗をした。他の妖精達はその程度でしか感じなかった。同胞の死を悼む神経など無い。目の前の馳走を平らげたい、そんな捕食本能のみでノーマへと襲い掛かる。

 

 それは恐るべき光景だった。被捕食者がわざわざ捕食者へと向かって行くのだ。反転した状況はしかし、当然のように現実を映し出す。

 

 一秒で八割の妖精が地面の赤い染みとなった。その一秒で、残りの二割もやっと気付いた。自分の愚かさと、そしてこの目の前の存在が人間などではないことに。

 

「クククク。わざわざ私の腹に収まる為に来たのか。それは有難い。こちらも空腹でな。貴様らの肉では足しにすらならんが、良いだろう。出された食事は残さぬ主義だ」

 

 ノーマは、ノーマの顔をしたその存在は獰猛に笑う。幻想種の血肉と、魔術師の身体、そして怪物(ゴルゴーン)の欠片。その中のどれが、彼女なのか。最早その肉体は人間ではなく、さりとて幻想種でもなく。だからといって怪物でも無い。ただただ欠けた破片が合わさりあい、継ぎ接いだ存在。

 

 合成獣ゴルゴーン。それこそ今の彼女に相応しい名前だった。




不死身系ヒロイン爆誕!


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第■階層②

 背筋が凍る、とは正にこのことか。日光とスフィンクスの体温を感じながらもノーマは現実の重みを、今の状況下を冷気として感じた。

 

「つまり、あれはまだ生きてる?」

 

 あれ、と言ったのはライダーの配慮だ。疑似的な本人が前にいるのだ。面と向かって化け物呼ばわりする程ノーマは剛胆でも、冷酷でも無い。

 

「ええ。ここに(メドゥーサ)がいるのが証拠です。最も、私は残滓に過ぎません。時間が経てば消滅するのはそこの自称ファラオと同じです」

「フッ、余と同じと言うか。本来ならば即刻その考えを正し、真なるファラオの畏怖畏敬を諭してやる所だが、生憎今は現状の説明だ。余は必要以上に口を出すつもりは無い。ここはそこの小娘、貴様、そして余という三つの精神が奇跡的に同調している。夢の中、と言えばわかりやすい所だが、その実は魔境よな。余がいなければ貴様は既にこの世界に完全に同化し、怪物の供物となっていたであろう」

 

 必要以上どころかライダーの説明を持って行ったファラオ(自称)は愉快そうに笑みを浮かべている。

 

「そもそも何で貴方は・・・・・・ファラオ、さんはここに?」

「良いぞ、ファラオさんと呼ぶことを許す。だが今は現状の確認だ。何故、と問い続ける事は簡単だが、行動するとなればそんな情報は無意味。探索をするのに必要なのは歴史のような内面的な物ではなく、風土や民衆の言語といった表面的な物であろう?無論ファラオ自らの美談に酔いしれるのは」

「この世界は、今線引きがされています」

 

 無理矢理話の主導権を取り返したライダーは、そのまま指を二つ突き出した。

 

「一つは、ここ。砂漠が広がる彼の世界。本来ならばそれだけでは無いのですが・・・・・・もう一つの世界によって強引に区切られたせいでしょう」

 

 朧気ながらもノーマ自身の記憶にも、今視界に見える風景とは違和感を感じている。穴の空いた頼りない記憶だが、少なくとも砂漠だけしかない世界ではなかった。そもそも自分をファラオだとか万物万象我が手中にありとか言っているこの王様の世界が砂漠だけ、となるのは欲薄過ぎる。

 

「もう一つは、彼女の、いいえ私の世界です。瀕死となった怪物、ゴルゴーンの世界。ああなってしまえば夢なんて可愛らしい物を見る事は無いですが、瀕死となったおかげでしょう。白昼夢のように今は大人しい。おかげで(ゴルゴーン)の中から(メドゥーサ)が出て来れた・・・・・・ですが」

 

 ライダーはゆっくりと三本目の指を出した。

 

「もう一つ、世界があります。それが貴方です。マスター。私達サーヴァントのようにはっきりとした精神世界はありませんが」

 

 ノーマは手を開いて突き出した。ライダーは怪訝な顔でノーマを見る。その方向はライダーではなく、今正に何か言おうとしたファラオに向けてだ。

 

「まだ何も言わないで。お願いだから」

「・・・・・・よかろう」

 

 ノーマはライダーに続けてと促す。

 

「ここから脱出するにはマスターの精神を捕らえている(ゴルゴーン)を討伐する必要があります。マスターが目覚める前に、私はこのサーヴァントに協力を仰ぎました」

「分かった。ようするに今このスフィンクスが向かっているのはこの砂漠と、ゴルゴーンの世界の境界線なのね」

「そうです」

 

 瞬間、会話が途切れた。不自然な静寂。ライダーは何処か居心地が悪そうに俯いた。ファラオは目を瞑り、恐らくは彼にとって最も困難な行為、黙止という拷問に耐えている。このまま一分静寂が過ぎればその反動で何をしでかすか分かったものではない。

 

「ライダー」

 

 ノーマは、途中で気付いてしまった。ライダーが不自然にある部分だけ切り抜いて話しているのを。内面的な物ばかり視ていればその違和感には気付かなかっただろう。ピントを緩めて表面を見れば一目瞭然だ。暗にファラオが示唆していたのも、違和感を強めた。

 

「私が何故ここに来たのか。それを教えてくれない?」

 

 ライダーの表情が強ばる。これは残酷かもしれない。裁判で被告人に罪状を宣言させるような物だ。しかし、ライダーは自分で説明すると言った。それをファラオが有耶無耶にするつもり等無いだろうし、ノーマ自身も知りたかった。果たして自分はどうしてここに来たのか。何故サーヴァント同士の夢に自分の意識が巻き込まれたのか。

 

 静寂の中、スフィンクスだけが動き、その揺れが背中から伝わっていく。揺れが数十回となった所でようやくライダーは口を開いた。

 

「マスターの身体は、私が取り込みました」

 

 多くの表現方法があっただろう。その中には抽象的で相手を傷つけない言葉もあったかもしれない。しかしライダーはそうしようとせず、端的に事実のみを告げたのだ。

 

「ゴルゴーンは確かに致命傷を負いました。しかし、神話の怪物にとって致命傷は不治ではありません。身体をより小型にすれば消費も少なくできますし・・・・・・後で修復できるほどの魔力を、摂取すれば問題は無い。なので私は、私は・・・・・・貴方を」

「もう良いわ。ありがとうライダー」

 

 後半は嗚咽となっていた。しかし、意味も現状も明瞭に理解できた。ノーマはその場に崩れ落ちるライダーを抱きしめる。彼女にとって、怪物となるのはどれほどの屈辱で、どれほどの悲劇であるかはわざわざ考える必要は無い。怪物となって相手を人とすらも認知せずに襲いかかり、生存の為に友人すらも貪る。ぞっとする思考を持っている分、まだライダーは英雄だった。怪物となれば最後、それは霞のように消え去る。

 

 移動していたスフィンクスが止まった。ノーマはファラオを見る。彼はゆっくりと背中を向けて地平線の彼方を眺めていた。ファラオであっても、いやファラオだからこそ守るヒトの感情があるのかもしれない。

 

 暫くスフィンクスは立ち止まり、涙の受け皿となった。その間、誰も何も言わず、ただ静かにライダーの悲しみに寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スフィンクスの背中から飛び降りると、砂漠がノーマを包み込んだ。即ち暑苦しさと乾気。時間が経てば飢えと乾きという地獄が彼女を襲うだろう。探索鞄も無しに身一つで砂漠横断等狂気の沙汰だが、ノーマは焦る事なく上を見た。同じくスフィンクスから飛び降りたサーヴァント。ライダーことメドゥーサだ。

 

「行くが良い!進退窮まり余に祈りを捧げるのは構わんが、貴様等が勇者となるか、それとも有象無象の屍となるか。それを決めるのは貴様等の能力次第と知れ!」

「祈るって、名前知らないのにどうやって」

「ああいう男には、何も言わない方が得策です。やや気質は優しいですが、王や神という上位者に機嫌を損ねない方が得策ですよ」

 

 馬鹿正直に尋ねようとしたノーマを、ライダーが止めた。さっきまでの感情が嘘のように落ち着いている。

 

しかし元サーヴァント、自称ファラオはここで別れる。わざわざ余が手ずから関わる事態ではない、と言うのが理由らしい。ノーマは何とか彼の手を借りたかったが、最後までファラオは首を縦に振らなかった。ならばせめて名前ぐらい聞いておいても良いだろう。

 

「まあそう言わずに・・・・・・そう言えば名前聞いてなかったけど、どこの英雄なの?」

「たわけ!余を拝謁して尚真名を見い出せぬと?人の未熟さをわざわざファラオは指摘はせぬ。しかし愚かさは無礼を許す免罪符にはならぬわ!」

「ね、こうなるでしょう」

「え・・・・・・そんな事で怒るの」

「私の逸話は前に話しましたよね。メドゥーサは女神アテナの不興を買い、彼方の島へと流されたと」

 

 ライダーの忠告は経験則の物だったようだ。確かに、神や王に限らず異国の人々は習慣や礼儀を無視した行動に憤る。それらは大体外の国から来た、また別の習慣や礼儀を持った人間である為、相手も悪気があった訳ではないのだ。ノーマも探索魔術師という職業上、かなりの国や礼儀作法に触れてはいたが、習得するまでには至らなかった。

 

「だが余は寛大だ。それに良い余興にもなる。勇者を志す者よ、余の真名を当ててみよ!見事余の真名を思い出せれば、その不敬は許す。しかし我が姿を視ても思い出せぬとなれば、余の心も変わるというもの」

 

 スフィンクスがゆっくりと移動し、ノーマ達と向かい合う。さっきまで頼もしかった巨大な存在が、今では自分達を脅かす脅威となりつつある。もしも自分が間違った解答を言えば即、スフィンクスはノーマ達を殲滅せんと行動するだろう。幻想種の中でも竜種に匹敵する存在である神獣は、サーヴァント数騎分に匹敵する戦力を持っている。

 

 馬鹿みたいな状況だったが、窮地だった。探索魔術師はおろか極地を歩く人間ならば常に心に留めている原則、常に油断しないという単純かつ明快な鉄則を無視したが故の結果だ。

 

 ライダーは肩を竦めてはいるが、有事の際にはノーマを抱えて全速力でその場を離脱できる姿勢を取っていた。このファラオの行動はライダーの中では予想していたらしい。

 

「そら、どうした!?時間は無限に近い。だがこうしている間にこの世界はゆっくりと破滅に向かい、貴様の身体も朽ち果てていくぞ!」

 

 ノーマは急遽思考を回した。常に状況は流動的で、人の心もまた同じだ。敵が味方となり、その逆もある。さっきまでの会話で、ある程度自分を知ったが取り戻していないノーマにとって、その思考はパズルのピースを繋ぎ合わせていく作業に近い。色々な考えをする度に、その思考、情報、記憶が何処の誰のものかを認識し始めていく。

 

 もしかして、この為にこんな問答を?真偽は分からないし、そんな事に思考を回す暇等どこにも無い。時間は既にマイナスなのだから。しかしながら、自身の頭の中で馬鹿みたいな名案が思いついた。本来ならば生死に関わる選択で、こんな事はしない方が良い。しかしファラオはこれを余興と言った。ならば少し遊んで見ても良いかもしれない。

 

 ノーマは一歩進み、膝を屈して頭を下げた。ファラオの時代の礼儀作法なぞ知らないが、天上の存在としての敬意を表すその姿勢は不敬ではない。そう判断したのか、相手は特に何も言わず、その先を無言で促していた。

 

「ファラオよ、太陽の化身、ラーの写し身よ。未熟な私めには、御身の名前を察するにはできませぬ」

「つまらんな。上辺だけの言葉で余を諜れるとでも?」

 

 わざとらしい話し方に、スフィンクスの前足が持ち上がる。ライダーが跳躍しようとしたところを、ノーマはひざまづきながら、手を挙げてそれを制した。

 

「いいえ。しかし、一つ尋ねたいのですが・・・・・・ファラオの威光とは何なのでしょうか?」

 

 地に伏していても、相手の眉が揺れるのを、ノーマは幻視した。

 

「何がいいたい?」

「私はこの世界に何度か足を踏み入れました。その度に御身の姿を拝見しましたが・・・・・・それらは皆一瞬、こうして今会った時間を足したところで、泡沫の如き短さでしょう。そこで、私はふと考えたのです」

 

 これはキャスターだ。とノーマは思った。情報から記憶がゆっくりと復元されていく。道化染みた衣装を着込みながらも、抜け目ない舌と刹那的とも言える残忍さが融合し、点を穿つように相手に口撃を加える。それを真似るように、再現するようにノーマは顔を上げる。

 

「そもそも、貴方はファラオなのかと」

 

 綱渡りの言葉だった。不敬で咎められたというのに、明らかな侮蔑をもった言葉を吐き捨てたのだ。灼熱の暑さが、ファラオの殺気に当てられ凍り付く。

 

 だがこの程度、キャスターならば笑ってごまかせる。せめて死ぬならば笑って死にたいとノーマも考えた。

 

「だって、そうでしょう?スフィンクスは使役してるけど、それがファラオの威光か、って言われるとね。スフィンクスを模したゴーレムは沢山あるし、本当に有名な英雄なら普通は名乗るんじゃない?なのに名乗りはしない、この問題は貴様等が解決すべきだと言ってスフィンクスの背中に乗ったまま、そして極めつけは指摘されて逆上する。まるで小物みたい」

 

 そしてノーマは意識を切り替える。このままキャスターが続けば自分はこの王様に爆弾でも括り付けなければならなくなる。勿論そんなことはできない。ノーマはキャスターではないし、キャスターのように騙すつもりは無いのだ。

 

「本当に貴方が、御身がファラオだと言うのなら、証明して欲しい。その力を、その威光を、その権威を」

 

 これはアーチャーだ。紳士的な言葉だが、的確に相手の急所を、即ち言い淀む事ができない場所を突く。

 

「ほう、余の威光を、ファラオたる力を見せよと!?愚かな問いだ。力が強ければファラオか?人一倍見識があればファラオか?否である!」

 

 殺気が爆発的に高まる。常人ならば発狂している程の殺気を滲ませながらスフィンクスは号令を待ちかまえるように背筋を低くした。その瞬間、黄金の気配を纏った王が砂漠へと飛び降りる。

 

 着地した瞬間に殺される幻影を見たノーマはしかし、首が繋がったまま同じ地平でファラオを見る事になった。

 

「だがしかし、一理ある。異邦の者に全てを察せよと言うにはどだい無理な事よ!」

「という事は?」

「よかろう、余も出てやる!光栄に思うが良い。ファラオとはどんな者であるか、改めて知らしめるのも悪くない」」

 

 意外とちょろいなファラオ。そんな考えがよぎるも、勿論ノーマは口に出さない。一人でも戦力は欲しいのだ。一体どんなサーヴァントなのか、そもそもクラスを譲渡したサーヴァントはサーヴァントと言えるのかといった疑問はあるが、スフィンクスがあればきっと。

 

「ここまでの旅路、ご苦労であった!戻るが良い」

 

 そんなノーマの期待を知ってか知らずか、スフィンクスはファラオの号令と共に忽然と消えた。残されたのは広大な砂漠に佇む三人のみ。

 

「何を呆けている?今更余の王気に魅入られたか?」

「ええと、スフィンクスは?」

「暇を出した。余は寛大だ。紛いなりにも親族に牙を向けとは言わん」

「親族?」

「私とあの神獣は遠いですが、血縁関係にあるのです。最もギリシャのスフィンクスと彼のスフィンクスが同族かは分かりませんが」

「そうなの!?」

 

 ノーマは自身の知識を再確認し、それが事実である事を思い出す。かなり遠い縁ではあるものの、スフィンクスにとってゴルゴーンは祖先に通ずる物がある。

 

「でも、せめて移動だけでも」

「甘えるな。余はファラオである事を証明する為に貴様等と行動を共にしているだけよ。つまり協力するとは言っておらぬ」

 

 結局、ノーマは広大な砂漠を歩く羽目となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは数分で終わった。

 

 瞬時に風景が変わったのだ。砂を踏みしめる感覚は消え去り、舗装された地面を、即ち石造りの床へと変わる。太陽は依然変わらぬ熱気を放つが、頬を撫でる海風がその熱を和らげているおかげで砂漠ほど暑さを感じない。

 

 驚くべき事態だが、ノーマに焦りは無い。ファラオの世界から外れ、ライダーの、メドゥーサの、ゴルゴーンの世界へと来たのだ。

 

「ここが、ライダーの世界?」

「はい。私のたった一つの世界『形なき島』です」

 

 神々に追放されたゴルゴーンが流れ着いた場所、と聞けばどんな異界かと想像したが、何て事は無い。廃墟となった神殿、探索者としての眼で視ればむしろ状態は良好で、それなりの人手と時間があれば再建すら可能だろう。

 

 だが、石造りの建物に並んで立つある物を見て、ノーマは意識を切り替える。人の石像だ。兵士の姿をしたソレは、恐怖で表情を強ばらせ今正に逃げようとした所で時間が止まっているように立っている。まるで本物そっくりだ。いや、事実本物なのだ。

 

「あれは、ここに来た人?」

「ええ。そして石となった兵士です」

 

 メドゥーサの眼を見た者は石となる。一般人でも知っている有名な逸話だが、現実に目の前にあれば歴史的感慨よりも恐怖心が勝る。単純かつ強力な殺害手段を持った生命体が、ここにはいるのだ。

 

「最も彼等はまだ幸せな死に方をしていますが」

「ふん、悪趣味な彫像(ミイラ)だ。死を悼む為に保存するのではなく、死を晒す為に保存するとはな。それとも警告のつもりで置いているのか?」

「さあ、どうでしょう。女神でしたが、無力な偶像として作られた私達は、兵士達に踏みにじられる運命でした。何の偶然か私だけが『成長』という欠陥を背負った。その欠陥のおかげで私は島に訪れる兵士から姉達を守る事ができましたが」

「その結果、魔物となった、か」

 

 ファラオの声音に侮蔑の色は無い。表情は笑っているが、それは嘲笑ではなく納得がいった、と言うような笑みだ。

 

「下らぬ遠征かと思ったが成程、ギリシャの神々もまた違う色を持っている・・・・・・嫉妬や熱情、怨恨。それらが複雑に入り混じった人間のような神々。つまり貴様も同じ、人間味のある神で、怪物と言う訳だライダー」

 

 凄い遠回しだが、ファラオはライダーを怪物ではないと言っていた。高慢ではあるが、非情ではない王様なのだろうか。ノーマは改めてファラオと自称する男の素性に興味を持った。多くのファラオが存在するが、彼はその中でも理性ある王のようだ。

 

「それで、この世界の核となる貴様は何処にいる?異邦人が来たのだ、もてなすのが道理であろう。それがファラオとなれば尚の事」

「私でも相手をもてなすことはしないでしょうが・・・・・・場所は分かります。向こうも私達を認識している。その上で出てこないという事は」

「フッ、余の神々しさに恥じ入っているか?よい、許す。遠き海の彼方でも、太陽の光は全てを照らし出す故な!」

「ライダー。敵は、ゴルゴーンは何処に?」

 

 良い所で脱線しそうになるファラオを置いておき、ノーマは頭の中で思考した。こちらの場所を認識して襲ってこない、という事は相手はある程度の知能を持っているという事だ。戦闘能力が不明なファラオを警戒しているのか、それとも三体の獲物を始末するだけの策を持っているのか。どちらにせよ相手は食欲のみの生命体ではなく、懐の読めない怪物である事は変わりない。

 

「この奥です。ですが注意してください。ここは既に彼女の世界。襲ってこないのは襲う必要が無いという事。つまりこの世界から逃げる事はできず、相手はこちらをどうとでもできる存在としか認識していません」

「フン、成程。太陽の恩恵すら理解できぬ存在であったか。それならば仕方あるまい。ノーマよ、さあどうする?」

 

 あえて呼び名を変えたのか、ファラオはノーマへと指示を仰いだ。それはつまり、ノーマをマスターとして一時的に認めたのだ。ここから先は間違いなく戦いになる。その前にこの男はどうするか聞いた。意地が悪いのか、それとも今一度覚悟を聞きたかったのか。一番最初に言った事だ。夢を見ることは自由なのだ。それが現実からの逃亡でも。

 

 しかしノーマは痛みある現実へと向かう。答えは決まっていた。

 

「行くわ。この世界から脱出する為に」

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

『きた?』『だれが』『どうやって』『なにが』

 

 周囲に展開された食人妖精は、彼女へと尋ねた。同調や和解といった行動を起こさない彼等にとって、それはある意味で異常な状況。獲物が傍にいれば食らいつく直情さと、相手の能力を認識できない浅慮さを兼ね備えた彼等には正しく喰うか喰われるか以外選択肢がない。

 

 しかし『彼女』は違う。いつから来たのか。何処から来たのか。何故自分達は襲わないのか。そういった疑問は霞のように消えてしまい、彼女に付き従ってしまう。彼女の持つ『気配』か。強者のような覇気ではなく、香ばしい果実のような魅力。食人妖精達は彼女に魅入られていたのだ。それは動物的な本能ではなく、一種の芸術品に抱く感慨、美しき者へと注がれる当然の視線。

 

 それらを一心に受けながらも、彼女は奢る訳でも期待に応える訳でもなく、ただそこにいる。いわば彼女は彼等の偶像だ。神は人の祈りを聞き遂げるが、それに応える事はしない。応えが無いからこそ人はその祈りを無条件に尊び、自分達の解釈で考える。そこに神の意見等必要無いのだから、彼女は何も応えないし、妖精達に何かをしろと命じる事もしない。あるのは取るに足らない回答のみ。会話すらも獲物を捉える器官である食人妖精が、彼女の言葉を何処まで理解できるか。

 

駄妹(メドゥーサ)よ。もっともこの雰囲気じゃあ新しい召使にはできなさそうね」

『こわい』『こわい』『こわい』『こわい』『こわい』

「そう恐れなくても良いわ。大丈夫よ」

『あんしん?』

「ええ」

 

 そう答えれば、妖精達の喧騒も穏やかになる。彼女はそれを哀れみの籠もった視線で見る。きっと彼等は自分の死すら認知する事なく死ぬだろう。どんな結果になろうとも。

 

「ああ、(エウリュアレ)がいればまだ退屈しなかったでしょうに。愚かな妹は変転し生贄を求めて彷徨う、か」

 

 酷い話ね。と彼女は誰にも告げる事無く、淡々と呟いた。その事実すら、彼女は受け入れている。絶望を抱くには彼女は達観とし過ぎていた。偶像のようにそこに佇み、そして死ぬ。生前とは異なるが、結果だけは嫌味のように同じだ。

 

「それでも、少しだけ。願ってみようかしら。愚かな妹を、いいえ愚かな姉妹を救ってくれる、誰かに」

 

 だからこそ、彼女は自分ではなく愛すべき妹の為に祈った。どうか異なる結末を。異なる経過を。

 

 女神の祈りは、こことは違う世界へと触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにスフィンクスとメドゥーサの関係は
メドゥーサの子供の子供の子供、くらいの関係です。
一応子持ち?らしいメドゥーサさんすげぇなあ


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第■階層③

 中心地に進めば進むほど、乱立する彫像の数は多く、それらが浮かぶ表情はより絶望に色濃くなっていく。ここに争いは存在せず、あるのは蹂躙のみ。中には身体の一部分が欠損し、喰い千切られるような粗い傷に悲鳴を今まさに挙げようとしている石像まである。

 

 魔術師の魔力供給を採血だとするのなら、これはさながら食事だ。しかも捕食者は自由気ままで、好き嫌いのある性格らしい。ノーマはちらりと横で歩くライダーを見る。

 

 怪物となったゴルゴーンを倒したのは、大英雄たるペルセウスだったらしい。華々しい英雄譚であるギリシャ神話はしかし、詳しく見れば俗物的な神々が起こす一種の悲劇でもある。ゴルゴーンは死んだが、石化の魔眼を持ったゴルゴーンの首は一種の武器ともなった。遥か彼方で天空を支える役目を持ったアトラス神や、アンドロメダの婚約者であるピネウス等も、ここにある石像と同じ運命を辿った。死して尚その機能の一端を行使させられるとは、ある意味でサーヴァントのシステムに近い。

 

 ノーマは聞いてみようとしたが、止めた。死後も英雄の武器として扱われた挙句、消滅した後もサーヴァントとして使役され、更には怪物へと変遷していく等地獄以外の何物でもない。

 

「そろそろです。戦闘の準備をした方が良いでしょう」

 

 ぼそりとライダーが呟いた。もしかして見られた事に気付いたのだろうか?どきりとしながらも、これから起こる事態に対処するべくノーマはそれ以上の思考を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟となった神殿の中央に、ゴルゴーンはいた。

 

 その身体は英霊とは程遠い。ノーマの記憶の一番最後、即ち意識があった時に見た個体よりも尚巨大に、更に凶悪に成長している。下半身の蛇体に、蛇となった髪。しかし迷宮時のソレよりも禍々しさはなく、よく視れば人間らしい部分も残っている。

 

「来たか。随分と遅い。もしや覚悟でも決めていたのか?それとも円陣でも組んで士気を挙げていたか?どちらにせよ無意味な事だ」

 

 眼帯で覆われた眼に、睨まれる錯覚をノーマは覚えた。いや、錯覚ではないだろう。仮にゴルゴーンが最初から臨戦態勢ならば、自分達は無数の石像の一つとなっていた。

 

 しかしそんな事で恐れるようなファラオではない。一人でずんずんと前に進むと、圧倒的体格差のあるゴルゴーンを見上げるように、しかし見下げるように眺める。

 

「フン。成り果てた姿にしては随分と小奇麗な物だ。怪物となった貴様はこんな姿だったのかライダー?」

 

 神殿に殺気が、魔力となって渦を引く。ここは彼女の世界で、縄張りで、工房でもある。ノーマは視界をめぐらし、周囲に展開された魔術的罠を視つけ出す。とても単純明快な術式だ。即ち、結界内の生命体から魔力を、魂を吸い上げる。

 

 サーヴァントであろうがファラオであろうが関係ない。既にここは彼女の胃袋なのだ。ゴルゴーンは蟻を見るかのように矮小な存在を見下した。

 

「命知らずは勇者と愚か者の特権だ。どうやら物事の大小すらも分からぬ男のようだな」

「たわけが、控えるが良い。田舎の神は相手の格すら分からぬようだな」

「生憎神の類は忌み嫌う。貴様のような傲慢な者は特にな」

「はっ、面白い。嫌うだけか。つまり憎んでいないと?怪物となっても神の気配は隠し切れておらぬようだな」

 

 瞬間、大蛇の尾が一薙された。尾だけでも巨大建造物の柱を思わせる大きさと強靭さを持っているソレを、ファラオは難なく跳躍してかわす。

 

「余り生きがるな。殺すぞ」

「ならば何故殺さぬ?ははあ、読めたぞ。ノーマよ。どうやら窮地となっているのは貴様だけでは無いようだ」

 

 ファラオはニヤリと笑いながら、ゴルゴーンに背中を見せながらノーマ達へと振り返る。それはまさに殺してくれと言っているような姿勢だ。しかし肝心の彼女は、苦虫を噛み潰すようにそれを眺めるのみ。

 

「つまりな。こやつも一緒なのだ。この世界に自力で脱出する事ができず!ファラオの助力を必要としているという事よ!」

「ふざけるな!誰が貴様の助けなど必要とするか!」

 

 あ、こういう所ってメドゥーサもあった。とノーマは小さく彼女と彼女の共通点を発見しながら、大きな問題であるゴルゴーンを見る。

 

「どういう事?あなたは、私達を取り込むつもりじゃないの?」

「その通りだ。当たり前であろう。そこの(メドゥーサ)は元々は(ゴルゴーン)だ。そして貴様は私の生贄だ」

「そして余はファラオだ!万物万象我が手中に」

「ええい、黙らぬか話が進まぬ!」

 

 ゴルゴーンとなっても、ファラオを止める事はできないらしい。ノーマはちらりとメドゥーサを見ると、彼女は同情的な視線を自身の成り果てた姿へ注いでいた。勿論眼帯越しなのでノーマの予想なのだが。

 

「いいか、貴様等は既に取り込んでいる。後は栄養となって消化されるのみよ。だがそれだけではまるで足らぬ。貴様に受けたあの傷を癒すにはな」

「傷?」

 

 ノーマの疑問を、不鮮明となった記憶を理解したのかゴルゴーンは嗤う。しかし、その瞳には他の感情が、戸惑いが視えた。それが何であるかノーマは推測せずに、自身の勘を信じて口を開いた。

 

「私がもう瀕死なのは分かってたけど、そうなると今のゴルゴーンの身体はどうなっているの?ああ、ここじゃない現実での話」

 

 遅れて、ゴルゴーンの戸惑いが何であるかはっきりとノーマは理解した。それを裏付けるように、ゴルゴーンはその巨体に見合わぬ声で「分からぬ」と小さく呟く。それに真っ先に反応したのは、我が道を行くファラオだ。神殿周囲に届かんばかりの大声で笑っている。

 

「フハハハハハハハハハ!聞いたかノーマ、ライダーよ!こやつ、神殿の奥で引き籠り何をしていたかと思えば・・・・・・何もしておらんかったのだ。いや、もしや無駄にデカい巨体を縮めて震え、デカい嗚咽でも」

 

 どこからともなく現れた鎖が、ファラオへと絡みつく。そのまま近くにあった神殿の柱へと叩きつけられた。遂に堪忍袋の緒が切れたかと思ったが、意外にも手を出したのはライダーだ。

 

「そう言えば、身長を気にしてたよね」

「違います。これは彼女との交渉にこれ以上首を突っ込ませる訳にはいかないという判断の元です。決して私的な物ではありません」

 

 断固とした言葉だった。ゴルゴーンが何とも言えない表情でライダーを見ていた。ファラオは、心配しなくても良いだろう。あれで消える訳がないのだから。

 

「・・・・・・話を戻す。感知は出来ぬがある程度の憶測は立てられる。私が取り込んだ貴様の身体は、継ぎ接ぎだった。何故貴様の身体に不純物があったのかは知らぬが、既に貴様の身体は何者かによって陵辱された後、と言う事だ。私は他者の苦痛を糧にするとはいえ、あれほどのゲテモノを捕食せざる負えなくなったのは大いに不服だ」

「不純物・・・・・・」

 

 記憶を探る。それらしい物はあるだろうか?迷宮に来てからの記憶がひび割れた硝子のように覆われているせいで全てを掴めないが、何故だか自分自身が納得している事をノーマは気付いた。つまり自分は敢えて不純物を取り込んだ、のだろう。ゴルゴーンに取り込まれるのを前提としていたのかもしれない。だとするならばこの世界に来てからの不自然なまでの平常心が理解できる。

 

 しかし真に恐ろしいのは自分で自分を理解する必要があるという状況だ。集中しなければ自分を認識する事さえ難しい。つまるところ、この世界は多くの不純物が混ざり合った結果、混沌と化しているのだ。同調、とあのファラオは言ったが、それは意識の混合体、即ち自我の未確立だ。サーヴァントに匹敵する程の力を持った存在ならば問題は無いだろうが、ロクな魔術礼装も回路も持っていない自分では数秒ごとに意識の再確認を行わなければならない。

 

「そのせいで腹が痛む。余程強い毒でも服用したか貴様?」

「猛毒かは知らないけど、その不純物さえ取り除けば・・・・・・いいえ、その後あなたを倒せば元の世界に戻れるみたいね」

 

 ゴルゴーンが不敵に嗤う。それは肯定と、協力、そして来るであろう裏切りを意味していた。こんな契約ばかりだ。一時的な共闘、騙し騙されの協力関係。こんな時にアーチャーがいれば、と現実逃避気味に考えてしまう。

 

「協力などせぬ。だが貴様等を我が手足として一時的に使役してやろう。ククク、安心するが良い。少なくとも私の気が変わらない内は喰うつもりは無いのでな」

「ぜんぜん安心できないわね」

「いいや、一先ずは問題は無いだろう。こやつがこの世界で最も存在が大きい。つまるところ、最も世界の影響を受ける。ここで貴様に攻撃などしようものならば、こやつの存在自体に揺らぎが起こりかねん」

 

 崩れた柱と同化した、と思っていたがファラオはまるで豪華な椅子に座っているように腰掛けていた。何処までもその態度を崩すつもりは無いらしい。

 

「許す。余自らが動いてやろう。最も太陽を手足とするには貴様程度の指揮では威光で目も潰れよう。精々その魔眼殺しをしているが良い」

「フン、そうしてやろう。貴様も残り少ない蝋燭を揺らがせておくのだな!」

「そうか?それは貴様も同じよ。どの道、ここは死線なのだからな」

 

 それはどういう意味か、尋ねる必要は無かった。

 

 ライダーが跳躍し、鎖で繋がれた短剣を振りかざす。ノーマはその短剣の切っ先が、自身の直ぐそばを通過し、ナニカを貫いた音を聞いた。ノーマは後方を振り返る。今まさに自分へ襲い掛かろうとしたその存在は、頭を短剣で串刺しにされ地面へ崩れ落ちた。

 

「これは・・・・・・」

 

 ノーマの驚愕を待つ暇無く、荒々しい轟音と共に周囲に敵が迫る。それらは全て迷宮にいた幻想種だ。殺人兎、ゴーレム、ケンタウロス、多脚自動人形、ホムンクルスのできそこない、竜の亜種。何でこんなところに、という瞬間的な疑問と、これらが不純物だという確信に満ちた応えが自分の中から生み出される。

 

「マスター、敵襲です!」

 

 ライダーは鎖を引き短剣を振り回そうとするが、ゴーレムが前に出て鎖へと自ら絡みつく。ノーマは他の幻想種が自分の元へと接近してくるのを見た。勿論友好的な者は一切いない。

 

 しかし、それらはノーマへ近づこうとした瞬間に動きを止めた。次いで、その身体が無色の石へと変わっていく。この神殿ではありふれた彫像となった彼等を、蛇の尾が絡め、粉砕した。

 

「待ちきれずに襲い掛かるか、その気持ちは分かるぞ。空腹の苛立ちに勝る激情はあるまい!」

 

 ゴルゴーンが吼える。その巨体が本気で暴れればノーマ達はおろか神殿諸共崩壊してしまうが、彼女は向かってくる幻想種のみを精確に捉え、瞬間的に魔眼を行使する事で排除していく。巨体に見合わぬ正確な攻撃だった。

 

「おい、マスターとやら。死にたくなければ我が鱗でも縋っていろ。目障りだ」

「分かった!」

 

 ノーマは大人しくゴルゴーンの側へと近付く。そうすると彼女は躊躇無く魔眼を開放した。場当たり的に対処していたライダーが瞬時に離れ、ファラオは襲い来るゴーレムの影へと隠れた。

 

 最大出力の魔眼が開放され、多くの幻想種が彫像と化す中、一定の対魔力を持った個体は未だに多く残っている。ゴルゴーンの巨体に匹敵する程の体躯を持ったゴーレムが動き、鈍重な拳を放った。ゴルゴーンはその拳を掴み、握り潰す。しかし痛みを感じないゴーレムはそのまま倒れこむようにゴルゴーンへと伸し掛かろうとした。

 

「小癪な!」

 

 怪物の爪が一閃され、土くれへと強制的に戻ったゴーレムはしかし、ゴルゴーンの気を逸らすには十分程の行動をしていた。半人半馬のケンタウロス達が弓をつがえ、一斉に矢を放つ。ゴルゴーンの体躯では外れる方が難しい。 

 

 巨体に次々と矢が突き刺さる。通常の弓矢ならば、その鱗に阻まれ弾き返していただろう。しかし迷宮内の幻想種が扱う武器はサーヴァントの宝具に匹敵する神秘を内包している。数十発の弓矢が作り出す弾幕にはギリシャ神話の怪物も無傷ではすまされない。

 

「雑魚どもが、図に乗りおって!」

 

 ゴルゴーンの髪が彼女の意志によって自在に蠢き、矢を弾いてケンタウロスを殲滅するも、向かう敵はまさに無数。それら一体一体の戦闘力は決して弱くはないのだ。むしろそれらの攻撃を一心に受けながら持ちこたえるゴルゴーンの耐久力こそ驚異的とも言える。瞬時に再生し、削られ、穿たれ、そしてまた再生する。突如として起きた戦闘は早くも膠着状態へとなりつつあった。

 

「おい、(メドゥーサ)!こいつを持って行け、邪魔だ!」

 

 叫ぶようにゴルゴーンが言うと、乱戦からライダーが飛び出す。ノーマの元へ到着するとその身を抱え、瞬時に神殿から離脱しようとした。

 

「まだゴルゴーンが!」

「大丈夫です。あの程度で死ねればある意味幸福でしょう」

 

 そんな事言われても、とノーマはライダーに抱えられながら急速に離れていく神殿と、ゴルゴーンを見る。数体のゴーレムが彼女の蛇体に組み付き、その動きを封じ込める。その間にケンタウロスが矢を放ち、ワイバーンが喰らいつき、キメラがその肉を貪ろうとする。蟻に身体中を蝕まれる巨獣の図だ。

 

 ノーマはしかし、視た。怪物の慟哭が神殿を、この空間を揺らしている。そしてライダーが離れた理由を理解した。神殿内の術式、結界が作動したのだ。無数の呪いが連結され、一つの大魔術を作り出す。それらは群がる幻想種を覆い尽くすには十分だ。

 

強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)

 

 宝具が、発動した。極めて単純な術式であるソレは、結界内の全ての生命体を溶解させ、吸収する。いかに魔術防御に優れた魔術師も、血肉があるのなら抗える物ではない。それは結界内にいた幻想種も同じ。あの場に自分がいれば、と考えただけでと背筋が凍る。慌ててその思考を打ち消した時、ノーマはふと思い出した事があった。

 

「そういえば、ファラオは?」

「彼の事は記憶に止めておきましょう。数秒ほど」

「そう、だね。そうしようかな」

 

 懸念はこれでなくなった。

 

 だが魔界となった結界内でも、血の通っていない生命体はやや効果が薄いようだ。ゴーレムは腐食しながらもその身でゴルゴーンを圧殺せんと数体がかりで包囲していく。

 

「馬鹿め、余があの程度で死ぬものか!」

 

 瞬間、彼方から伸びた光軸がゴーレムを貫いた。拘束を脱したゴルゴーンは残りのゴーレムを粉砕し、残る敵を喰らい尽くす。

 

 ノーマはいつの間にか直ぐ横に立っているファラオを見た。

 

「あれは、ファラオの宝具?」

「そうだ。余の至高の財よ。少々距離は遠いが、太陽の威光は世界すらも貫く故な!」

「デタラメな能力ですね。クラスの譲渡はおろかあれほど強力な宝具を放てるとは。貴方、本当に英霊ですか?」

 

 ライダーの皮肉を、ファラオは笑みを浮かべて返す。ノーマは彼が何と答えるか、分かってしまった。

 

「違うぞ、余はファラオだ。それ以上でも以下でも無い!それにこうして呆けている場合でもあるまい。そろそろあの大蛇もどきの元へ行った方が良いだろう。今頃腹を下している頃合よ」

「どういう意味?」

「あやつの宝具は己の補食器官の拡張だ。結界内の生命体を分け隔て無く喰らい、己の糧とする。この夢にあやつが囚われた原因は何だ?」

 

 そこまで言われれば、ノーマとて合点がいく。あの幻想種達が、自分とゴルゴーンを夢へと引きずり込んだ原因なのだ。あれ程の数をどうやったら異物として自身の体内に取り込んだかはしらないが、夢の中でも同じ行動をしても状況は好転しないだろう。

 

 ノーマが言葉を紡がない内にライダーが彼女を再び抱え、行くべき場所へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グウ、アアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ゴルゴーンは更地となった神殿の中心で、横倒しにのたうち回っていた。まるで巨獣が癇癪を起こしたような動作だが、それは体内に取り込んだ異物に対する拒絶反応に違いは無い。ノーマは近づこうとするも、ライダーがそれを遮った。

 

「危険です」

 

 ノーマにとってその言葉には二つの意味を推測させた。のたうち回るゴルゴーンに無意識に下敷きにされる危険性と、外敵がいなくなった事で意識的に襲いかかってくる危険性だ。

 

「あの幻想種達は、もういない?」

「いないとは言えません。全て(ゴルゴーン)取り込まれてはいますが、彼女の中ではまだ生きています」

「ややこしい話し方をするものだなライダーよ。はっきりと言わないのは貴様の性格か?」

 

 含みのある言い方で、ファラオがゴルゴーンへと近づく。身の内側で起こる痛みに、ゴルゴーンは先程まであった理性は無くなっている。近付く存在に反応したのか、質量と威力を備えた強靱な爪が迎撃した。

 

 それをファラオは悠々とかわし、持っていた杖で床を叩いた。瞬間、彼方から光軸が迸り、ゴルゴーンの身を焼いていく。

 

「何をっ!?」

「分からぬか?短い契約は終わった。条件としては悪くない、対等な契約だ。状況によっては立場が逆転していただろう」

 

 ファラオの行動はどう見てもゴルゴーンの痛みを取り除こうとはしていない。むしろ痛む身体ごと消し飛ばす勢いだ。光軸は次々とゴルゴーンの身体を焼き尽くしていく。

 

「今、こやつの身体には多くの存在がある。幻想種共は機会を見てこやつの存在そのものを乗っ取ろうとしたのであろうな」

 

わざわざ自分達が来てから仕掛ける辺り、幻想種の確かな知性を感じさせる。彼等はより確実にゴルゴーンの宝具を発動させたのだ。腹の中ではどんな生命体も防御機構を持たない。そういう意味ではゴルゴーンにとって致命的だ。下手をすれば幻想種達にゴルゴーンが呑まれ、襲いかかってくるかもしれない。

 

そこまで考え、ノーマは気付いてしまった。

 

「都合が良いとは思わんか?貴様をこの世界へと繋ぎ止める為の鎖が、こうまで揃った。簡単に言ってやろう。この存在さえ殺してしまえば、楽に元の世界へ戻れる」

 

 歴然たる事実を、ファラオは言った。その通りだ、と脳裏でささやく声がした。ノーマをここに止める異物、自身を喰らったゴルゴーンと、異物たる幻想種達。今それらは一個体に収縮されている。そしてその個体は強烈な拒絶反応で戦闘能力は格段に落ちている。

 

 騙し討ちだろうか?契約とも言い難い相互の利益が重なっただけの協調。それらが再び平行へと戻っただけだ。

 

「余がいなくとも、貴様はその答えにたどり着いていたであろう?何、礼はいらん。労働とも言えぬ雑事だ」

 

 ノーマはライダーを見た。彼女は何も行動しなかった。自身の根幹をなす者が攻撃され、消滅すればどのような影響が出るか分からない彼女ではない。だが、彼女は何もしない。

 

「止めて」

 

 故に、自分が動いた。ファラオの眼前へと進み出たノーマは、目の前の男が、正しくファラオである事を再確認した。滲み出る王気、そして向けられる殺気は、敵対者へと向けられる非情なる王だ。

 

 ノーマの言葉に合わせて、光の蹂躙が収まる。後方で力なくゴルゴーンが身動ぎする音がした。

 

「何故止める?あの魔物の存在は、貴様にとって千の害を与える。元々倒す存在べき相手だ。今更気が変わったか?」

「その通りよ。気が変わったの」

 

 ファラオが笑みを浮かべ、次には真剣な表情へと変わった。

 

「下らぬ!惰弱な同情心に媚びたか」

「いいえ、強靱な意志に従ったの」

 

 常人ならば発狂するほどの殺気を向けられながらも、ノーマは引き下がらない。むしろ今この瞬間でも食ってかかりそうな気迫を滲ませ、ファラオに対抗する。もしかしたら狂ったのかもしれない、と何処か他人事でノーマは考えながらも、傍で見守るライダーを見た。追放され、怪物となり、最後には家族すら認識せずに殺し、そして殺された彼女を。因果応報だろうか?そんな物は無い。ただあるがままの、大きな流れに翻弄され、偶々彼女が選ばれたのだから。

 

 今も同じだ。彼女は悪くはない。ただ、その状況下にのまれただけ。そんな繰り返しを、友人の悪夢を追体験したいとはノーマは思わなかった。

 

「貴方が何と言おうとも、私は彼女を助ける。邪魔をするなら容赦しない!」

 

 叫ぶように宣言したノーマの声を、静寂が包み込んだ。朽ち果て、崩壊した神殿内で一触即発の雰囲気を維持したまま、ファラオはゆっくりと吟味するように黙している。

 

 ノーマは、緊張で相手の顔を見たまま棒立ちするつもりは無かった。妖精眼(グラムサイト)がやっと本調子を取り戻す。自分の肉体が戻ってきて、冷静に状況を視る事ができる。予想し、対応できる解答は一つだけ。そして、ノーマは既に覚悟を決めていた。

 

「ならば、死ぬが良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い!」

 

 一人だけの空間を埋め合わせるように、闇の中で拍手が響きわたった。男の声には並々ならぬ喜悦が含まれ、頬は興奮で紅く染まり、瞳は肉食獣のように輝いている。

 

「面白い、素晴らしい!まさか一時的とはいえ、私の目を誤魔化すとは、少々油断を、いや、過小評価をしていたらしい。釈迦に説法という諺は人にのみ適応されると思っていたが。懐に近い所まで攻め込まれてしまうとは」

 

 暗黒の空間に、光が発生する。それは脆く、儚い燐光だったが決して消えない光だった。矛盾すべき光の元へ、男は悠然と歩み寄る。

 

「アインツベルンには賞賛を送ろう。下らぬ願いと一笑に伏したことを撤回しよう。君達の技術なければコレは造れず、更に彼女と会う事はできなかったのだから」

 

 光を遮るように手で覆う。それでも尚目映い。男は手の内に感じる杯の気配を堪能し、舌を鳴らす。

 

「ただの食事ではない、正しく霊基再臨の儀式だ。私を本気にさせてくれる姫よ。君は恐らく、多くの障害を取り除くだろう。その時こそ、亜種聖杯は満ち溢れる」

 

 そして最後は、と男は一度区切り、今の自分を客観視し苦笑した。まるで若者のソレだ。血気盛んで、積極的に人を食していた頃の。

 

「童心に帰る、か。悪くない。頼んだぞ麗しい姫よ。君の存在はこの二度目の聖杯戦争、そのフィナーレを飾るに相応しいのだから!」

 

 男は長い拍手と笑みを維持したまま、そこにいた。そして、沈黙する。

 

「しかしどうやら、私のささやかな楽しみは懸案事項へとなっているようだ」

 

 些細な事ならばこんな事はしない。今の自分でも不明な事だからこそ、この迷宮の主は訝しむのだ。それは本来あるべき駒であり、動くべき駒であり、そして切り札たる駒である存在。ソレが行う不可解な行動。これ以上の拘束は無意味であり、駒の戦闘力を下げてしまう。それでは本末転倒だ。しかし、男は生を受けて久方振りに感じる『不安』に戸惑った。

 

「全く無意味な事をする。まあ良い。精々悪足掻きでもしているが良い。オジマンディアス、太陽の化身よ。日はここには存在しない。太陽神の加護は存在せぬ異界で、貴様は太陽の威光とやらを示せるかな?」

 

 

 

 

 

 

  



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第四階層

FGOサービス開始からやってるのに、エミヤが出ない………
書けば出る、という噂を信じて今日も書く、が出ない!


「よお、久しぶりだな。アーチャー」

「久しぶり?貴様と私は初対面の筈だがな。ランサー」

 

 ニヤリ、と青き槍兵は笑う。二つ名に相応しい獰猛な笑みだとアーチャーは感じ、自身もそれに答えるように笑っているのに気付く。元々、自分は因縁や私怨を好まない。生前は感情的な要素は極力排除して生きてきた。無論、それは自身に向けられた感情、即ち愛情や敵意も同じ。

 

 生前はそうだった。しかし、死後は?

 

 第四階層の番人であろうランサーを、アーチャーは観察する。未だ相手は自身の武器を見せない。所持している武器でクラスを推測するのが基本であるサーヴァント相手だが、ランサーである事を本能的にアーチャーは理解していた。生前の因縁ではなく、死後の因縁。サーヴァントのシステムか、それとも聖杯戦争の歪な組み合わせによるバグか。奇妙な縁が強固に結ばれ、解けない。

 

 ある聖杯戦争では自身の死因となり、またある聖杯戦争ではその槍を防いだ事もある。更に同じ陣営の味方同士ともなった。異なる時代、異なる価値観、全く共通点が無い両者はしかし、聖杯戦争という枠組のみ繋がる。アイルランドの光の御子クーフーリン。クランの猛犬とも言われた男が立ち塞がるのは、ある意味で道理と感じる程に。

 

「何だよ覚えてるじゃねえか。何でテメエの記憶だけ覚えてるんだか。クラスで呼び合う意味がねえな全く」

「貴様もよくよく聖杯戦争に呼ばれるものだ。槍兵(ランサー)魔術師(キャスター)、果ては狂戦士(バーサーカー)。そして今はソレか。まさか、そんな姿もあるとは思わなかったがな。アルスターの大英雄となると若き姿まで喚ばれるのかね?」

「それだけ俺が有名な英雄って事だよ。てめえと違ってな」

 

 アルスターの大英雄たるクーフーリンの人生は短いが、常人の数倍はある激動の人生を送ってきた。そういう意味で、今の姿は全体的に『若い』。果たしてこの姿の彼と戦った事はあるのか。アーチャー自身にそこまでの記憶は無い。それは向こうも同じだろう。初見ではない因縁の相手だが、お互いはまだ相手の事を『知らない』のだから。

 

「で、ここまで来たって事は、テメエも聖杯目当てだろ?」

「ほう、同列に扱われるのは遺憾だが、貴様はここの番人ではないと?」

 

 第四の階層の番人がいる場所で陣取るランサーは「違うが当たりだ」と矛盾した言葉を放った。

 

馬みたいな魔獣(ケルピー)に、蟲の集まり(インセクト・スクール)、そして竜の模造品(ドラゴンゴーレム)。お前がやった番人は違うだろうが、元々いたここの番人を倒して来たのは俺だ」

「ここに来るまで一切のサーヴァントに会っていないと?」

「ああ、ココ(第四階層)まではな。ここにいた二番煎じの竜種をぶっ殺して、さあ聖杯、と思ったらあえなく敗退って奴だ」

 

 アーチャーは双剣を瞬時に投影した。ランサーは未だに何もしていないが、向けられた殺気が一段階上になった時点で戦闘は必須。

 

「はええな。まだ話している途中だぜ?」

「貴様には遅いくらいだ。その話を聞けば、大凡の予想はつく。君達の郷では、敗者は悪足掻きせず勝者に従うのだったな」

「悪足掻きはするぜ。ま、戦いに負けちゃあ仕方ねえわな。敢えなく臨時雇用って事よ」

 

 そう言ってランサーは槍を出現させた。アーチャーは眉を潜ませ、その槍を見る。

 

「どうした。自慢の槍はお預けかね」

 

 ランサーの構える槍は、よく知る赤き呪いの槍ではない。宝具でも何でも無いただの灰色の槍だ。呪詛が刻まれている訳でもなく、特殊な能力を持っているようにも見えない。精々やや堅いぐらいの特性しか持っていない、大英雄が担うには余りにも不足した武器。だが、それだけでアーチャーは油断する程楽観主義ではない。

 

 獰猛な笑みを貼り付かせたまま、殺気が充満し、噴出する。アーチャーは双剣を己の心臓を防御するように置いた。

 

「敵にわざわざ言う必要あるか?精々作戦とでも思っておきな!」

 

 瞬間、ランサーが踏み込む。アーチャーは双剣を瞬時に己の懐を突き刺す槍に向けて薙ぎ払った。剣と槍が衝突し、大気が激震する。双剣から感じる槍の威力に驚嘆しながらも、アーチャーは迎撃の斬撃を放った。槍の長所はその長いリーチと威力を持った突き。しかしそれは同時に再度の攻撃には槍を引き戻さなければならないという致命的弱点も備わっている。

 

 が、槍の英霊(ランサー)がその程度の弱点を突かれて敗退する等あり得ない。

 

「はっ、甘えよっ!」

 

 ランサーは瞬時に槍を引き戻し、迫る双剣を防ぎ、再び攻勢に移った。アーチャーは目を見開く。槍の弱点である攻撃後の隙を、この槍兵は完全に熟知している。それは『知っていた』が、果たしてどのような修練を積めばこれほどの練度へと至るのか。その槍捌きは武器の変更程度では一切衰える事はなく、むしろもう一段階上回ったかと錯覚するほどに。

 

 苛烈に攻めるランサーは正しく猛犬となってアーチャーの防御を様々な角度で攻め入り、その肉を喰い千切らんと牙を向く。それでありながら攻め過ぎず、少しでも双剣の間合いに入れば即座に防御し反撃に移る。

 

 手強い相手だ。だが、アーチャーはただジッと防御に徹している訳ではない。この槍兵相手に防御は定石だが、悪手でもある。相手のミスを待って防御していればその間に三度ほど蘇生が必要になるだろう。

 

 故に、無理矢理にでも好機を作り出す。アーチャーはランサーの槍を弾き、あえてランサーではなく鉄の槍へと攻撃を繰り出した。当然それは槍に防がれ、反撃が来る。それを防御し、更に槍へ攻撃。武器の構造把握など投影魔術を行うアーチャーにとっては呼吸のように行える。本当にランサーの持っている槍はただの頑丈なだけの槍で、その取り柄も無限ではない事も。

 

 五撃目にて、鉄槍は砕け散った。赤と青のサーヴァントはそれに一切の動揺を見せない。当然の過程だからだ。問題は、これで相手がどういう手段を使うか。

 

 アーチャーはあえて双剣をランサーへと投げ棄て、弓矢を投影した。流れ矢の加護を持つランサーに、遠距離攻撃は通じない。通常のアーチャーのサーヴァントならば、このランサーを倒すのは至難の技だっただろう。

 

 アーチャーは瞬時に投影した矢を数射放つ。赤い燐光を放つソレは、瞬時に回避したランサーを物理法則を無視した動きで追走した。

 

「けっ、無駄に多いな!キャスターみたいな魔術を使いやがる!」

「これだけが取り柄でね。そら、もう二射だ」

 

 更に二射撃ち込む。投影した矢は北欧の大英雄であるベオウルフの持っていた剣、『赤原猟犬(フルンディング)』。敵を追跡する魔剣を、アーチャーは矢へと改造した。即ち、自動追跡型の矢。目標を穿たない限り、どれだけ回避しても追跡する猟犬の矢。

 

「弓兵みたいな事をしやがって」

「アーチャーだからな。近接戦闘は得意なだけだ。君も槍一辺倒では辛いだろう。他の武器でも使ってみてはどうかね?」

「はっ、言うじゃねえか。じゃあ俺も、魔術師紛いな事をしようかねえ!」

 

 ランサーは赤き軌跡を描く矢を掻い潜りながら、迷宮に転がった石ころを数個拾い上げ、地面へと叩きつけた。瞬間、ランサーを守るように結界が展開し、猟犬の追走を阻む。

 

「ルーン魔術か」

 

 物質を一から練り上げる投影魔術とは違い、ルーン魔術は物質に付与する魔術方式だ。師であるスカサハから伝授されたルーン文字は、クーフーリンの第二の攻撃手段と取ってもいい。しかしキャスターならばともかく、ランサーで行うルーン魔術は大幅な制約が課せられている。贋作と言えど、複数の宝具を守護する盾にはなり得ない。一瞬の停滞の後、結界を喰い破った猟犬は猛犬へと牙を剝く。

 

 しかし、時間は稼がれた。一秒後にはランサーを喰らう筈だった赤原猟犬は、数舜の後には迷宮の壁面へと衝突し、破砕する。

 

「魔術師紛いか。詐欺師の方が性に合うのではないかね?」

「ほざけアーチャー。詐欺ならテメエの方が上だろうが」

 

 ランサーは再び槍を構えなおす。一瞬の時間で、ランサーは槍を出現させていた。ランサーの足元から唐突に出現したソレは、先程アーチャーが破壊した鉄槍そのもの。サーヴァントの宝具でもない只の武器を造作もなく出現させたことに、アーチャーは周囲を軽く見まわした。

 

「分からねえだろ?」

 

 ランサーはアーチャーの行動に予測がついたのか、問を投げかける。大人しくアーチャーは肩を竦め、返答の代わりとした。

 

「さあね。私は魔術師の才は専門に特化していていたからな。隠蔽の類は殆ど門外漢だ」

「バカかお前。スカサハより教わったルーン魔術が、そう簡単に見破られてたまるかよ」

 

 トン、とランサーは槍で地面を軽く突いた。瞬間、アーチャーの足元に隠蔽されたルーン術式が展開される。どんな効果なのかアーチャーは推測する暇なく跳躍した。さっきまで自身のいた場所に展開されるのは炎の塔。魔術師の大魔術に匹敵する火柱に驚愕しながらも、着地する地面に全く同じ模様が刻まれているのを見てアーチャーは弓を棄てた。

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」

 

 投影した槍を突き刺し、ルーン魔術を展開させる魔力をかき消す。かろうじて作られた安全地帯に身を置いたアーチャーは、続けて双剣を投影し迫るランサーを迎え撃とうとした。

 

 しかし、速い。先程までの速度を光速とするならば、それは神速。アーチャーの防御を掻い潜り、容易に懐へと侵入した槍の穂先は、心臓をやや逸れながらも致命的な個所へ突き刺さる。

 

「チイッ!」

 

 アーチャーは己の筋力を総動員し、突き刺さった槍を抜かせる事無くランサーへと蹴りを放った。槍の突撃と引き換えにするには小さ過ぎるダメージだが、蹴りの衝撃をバネに後方へと飛び下がる。ランサーは惜しむ事無く鉄槍を放し、アーチャーと距離を取った。

 

「おうおう、やるねえ。正直これで取ったと思ってたぜ、俺は」

「高名な英雄様には少し汚い手段ではないか、ランサー?」

 

 皮肉で返しながら、アーチャーは己の状態を見る。突き去った槍は抜くべきではない。サーヴァントと言えど人の身体を模している以上、開いた傷から零れる血は魔力となって流出する。しかし、人の身の丈はある槍が突き刺さった状態で戦闘を行うのも不利だ。マスターの治癒があればふさがるが、残念ながら今はいない。これからも。

 

「田舎の騎士様じゃねえんだ。ケルトの戦士は全力で戦う。騙し討ちはしねえが、奇襲や攪乱、包囲殲滅はうちらでは日常茶飯事だぜ。ああ、メイヴの所は裏切りもあったか」

「成程、自身の工房で戦う事も厭わない、と言う訳だな。フン、英雄の誇りなどほざいていた割には、随分と戦術らしいことをする」

「テメエにだけは言われたくないぜ。それとも何か、負けそうだから言い訳してんのか?」

「それこそ阿呆だな」

「それに、これは工房じゃねえ」

 

 ランサーは再度槍で地面を叩く。瞬間、周囲に展開されていたルーンの術式が一斉に戦場へと浮き上がった。ルーン魔術は元々一工程で行える基本的かつ戦闘では効率的ともいえる魔術だ。それなりの場所と魔力さえあれば複数のルーンを使い、サーヴァントであっても視認できぬ仕掛けだらけの戦場を作り出す事は不可能ではない。しかしそれをランサーのクラスで行うのはクーフーリン本人がキャスタークラスにも相当する英霊を証明している。

 

 アーチャーは己の付近に展開されていくルーンの術式を見た。硬化、強化、相乗、加速。アーチャー自身の魔術知識では全体の三割程しか理解しえない。これら一つ一つが目的を成すための陣故に、一部を破壊しても全体の効果は変わりない。魔術師の工房というよりこれは。

 

「俺の城だ」

 

 展開されたルーンの術式を一瞥し、アーチャーは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の投影を悔いた。その性質は魔力の波を一時的に絶つ事。あの槍を引き抜けば再度ルーンの術式は復活するだろう。そうならない術破りの魔剣(ルールブレイカー)も、アーチャーは知っていた。しかし今更それで自身の足場を確保しようとすれば最後、ランサーがその致命的な隙を穿つだろう。

 

 かといって放置する訳にもいかない。ランサーと地面に突き刺さる破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の距離は近い。ただの槍ですら心臓を奪われそうになったのだ。模造品といえど宝具を手にすれば勝機そのものが大きく遠のく。いや、今ですら遥か彼方だ。

 

「ならば貴様は城主か王か。どちらにせよ似合わぬ仕事だ」

「だろうな。柄じゃねえよ俺は」

 

 ランサーはひゅう、と口笛を吹いた。それが何らかの合図であるように、ルーンの文字に展開された術式が反応を示す。サーヴァントの召還とは違うルーンの術式から飛び出してきたのはランサーの使役する使い魔だ。アーチャーの表情にランサーは使い魔と同じ表情で笑う。これで更に勝機は遠のく。相手の工房で、複数の使い魔とランサーを同時に相手取り、更に致命的な傷をどうにかする。『手強い』相手だ。

 

 手強い。生前でもよく言っていた。一対一ではどうしようも無く強い敵や、強力な護衛に守られている目標を倒す時、自身が求めたのは戦い方ではなく、殺し方だった。それはサーヴァントとなっても変わらない。絶望的状況下で、アーチャーは既に勝機を見出しつつあった。本当に相手がその気ならば、一切の躊躇もプライドも無ければ自身は瞬殺されていたのだ。それをしないのはこの槍兵の性格であり、若さ故の致命的な隙でもある。

 

「そういえば、テメエにはまだ返せてない借りがあったよな。英雄の誇りを笑われた時だ」

 

 ランサーの言葉で瞬時に相手の意思を理解したアーチャーは、皮肉げに笑った。

 

「生憎記憶にないな。サーヴァントは聖杯戦争の記憶を覚えていないのでね。仮に何らかのバグがあったとしても・・・・・・そんな昔の事を覚えているのか?全く君は、現代人のように執念深い」

「そりゃあそうさ。大抵の事は笑って許すがよ、俺はコイツ等を馬鹿にされるのは許したくねえさ」

 

 ランサーは駆け寄る使い魔を見る。それは主が部下に接するソレではなく、同じ戦士としての視線。アーチャーは思わず肩をすくめる。使い魔はうなり声を上げて、アーチャーへ剥き出しの敵意の眼差しを向けた。

 

「貸し借り等、勝敗には不要な物だろうに。君はどうやら、この工房で私を殺すつもりはないようだ」

「そういうつまらねえ勝負は嫌いなんでね。俺はどうしても、お前のあの言葉が許せねえのさ。あえて言うぜ」

 

 ランサーは鉄槍をアーチャーへと見せつけるように向けた。アーチャーは周囲の敵と、展開するルーンの術式を見、己の武器庫から最適な存在を求める。勝てる宝具ではなく、この英霊を、この城を徹底的に『殺す』宝具を。

 

「お前の剣には、決定的に誇りが欠けている」

 

 それは、いつぞやの戦いの最中で行われた問答だった。アーチャーと、ランサーの価値観を決定づけるような言葉だ。曰く、誇り無きものは王道ではない。義理や人情で剣を担ぐのが英雄であり、裏切りや、成果のみで刃を誰にでも向けるのは英雄などではないと。

 

 時代故の価値観云々ではない。個人の信条、信念の相違だ。サーヴァントとして僅かな変化があった両者でも、その根本は変わらない。故に、問われて返す言葉はいつぞやと同じ。

 

「ああ、生憎誇りなど無い。それがどうした?過程ばかり重視して結果がおざなりなら、貴様の言う英霊の誇り等何の価値も無い。つまりだな」

 

 アーチャーは自身に向けられた殺意を、使い魔を、否、ランサーの使役するクランの猛犬達を見、皮肉げに笑った。

 

「そんなもの、そこらの犬にでも喰わせてしまえ」

 

 瞬間、短い問答は終わり、戦闘の時間へと戻る。牙を剥き出して迫るクランの猛犬達を、端からアーチャーは問題視していない。それは油断や慢心ではなく、正当な判断から来る行動基準だ。ランサーが自負する通り、犬の身でありながら幻想種に匹敵する能力を備えた複数の個体を相手に戦っていれば、自殺行為だ。ランサーの工房で、更に数的不利まで取られたが、これらは全てランサーの魔術によって成り立っている。詰まるところ一対一の条件は何ら変わりない。この犬も、武器も、ルーンもランサーが所持している道具と割り切れば良いのだ。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 瞬間、ランサーの近くに突き刺さる破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が爆発した。勿論これでランサーが倒されるのはあり得ない。精々二秒ほどランサーが向かってくるのが遅れるだけだろう。

 

 しかしアーチャーはその二秒を有効に扱えた。即ち、双剣を前方へと投げつける時間を。必殺と必中を兼ね備えた剣はしかし、ランサー自らが育てた犬には遊戯すらなり得ない。あざ笑うように吼えると、横へ数十センチずれただけで躱される。二足と違い四足の獣、更に神話の色がある獣相手には妥当な攻撃ではない。しかしアーチャーの命を刈る猟犬達は、頭上から飛来する剣には対応できなかった。

 

虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)!」

 

 上空に投影された剣こそ真の狙い。相手が幻想種だろうが神域の獣だろうが関係ない。巨人が使うものかと錯覚してしまうほど圧倒的な巨大さと神気に覆われながら、それは重力に従いクランの猛犬達の頭上へと振り下ろされる。いかな領域に届いていようが、獣であり、肉があり、命がある。躱そうにもその圧倒的質量差に半数が下敷きになり、迷宮の階層すらも揺るがす一撃となって周囲を混沌と化す。

 

 だが、まだだ、まだ終わらない。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 再度の爆発。たった二秒の猶予時間が、それ以上の時間を生み出した。相手の罠が見えないのなら、相手の施設諸共吹き飛ばす。生前に得た知識で状況をこじ開けたアーチャーはだめ押しとばかりに投影したハリボテの宝具を破壊した。この影響で地表に描かれたルーン文字諸共術式を破壊し、敵の殲滅と分断に成功する。

 

あの爆発から逃れた猛犬も少数ながら存在するが、階層ごと包み込む爆炎と粉塵、そして同族の血の匂いで一時的な混乱状態へと巻き込まれている。無論、アーチャーとてそれはただでは済まされない。あれほどの規模の投影、爆発はかなりの無茶と無謀だったのだ。舞い散る噴煙のせいで如何に鷹の眼を持つとされる視力も機能しない。

 

 だがアーチャーは更に投影を重ねた。目視は不能だが、血の匂いは人間ですら感じ取れる程濃厚だ。ならば、自身もまた猟犬を出す。

 

「匂いは覚えたな・・・・・・行け!」

 

 赤原猟犬を投影し、粉塵の中へと撃ち込む。番犬を狩る為の猟犬は赤い軌跡を描きながらも、漂う匂いの中から血の通ったモノを選定し、喰い破る。短い悲鳴が木霊する中、アーチャーは粉塵の晴れる数十秒後まで油断なく弓を構えていた。

 

 粉塵が晴れる。そこに立つランサーは自身の育てた猛犬の一匹を、恐らくは最後に命を絶ったであろう犬の背に突き刺さった矢を引き抜くと、真っ二つにへし折った。自身の育てた戦士と、城がものの数十秒であっけなく壊滅したのだ。動揺はしないが、その感情は表情を見れば直ぐにわかる。

 

「もう少し芸を覚えさせるべきだったな」

 

 ほう、乗ってこないか。アーチャーは動かないランサーを見て少しばかりの驚きを示す。クーフーリンの若き姿がどんな価値観を持っているかは分からないが、成熟した本人よりも前傾的な戦い方は、戦場を知らない現れと思っていたからだ。

 

たった数回の状況変化で、生物はあっという間に死ぬ。それは戦場の流れ弾だけではなく、日常にも潜んでいるのだ。殺し合いの最中となれば殺されるリスクなど例え有利な状況であっても呆気なく死ぬ。そして、アーチャーは相手を呆気なく殺す事に長けたサーヴァントでもあった。愛犬を殺されて逆上し、向かってくれば早急に片が付く戦いだったが、どうやらやはりこの青き槍兵はそう簡単には倒されない。

 

「テメエ、何者だ」

 

 ランサーは短い黙祷の後、アーチャーへと向き直り、問いを投げかけた。アーチャーは眉を潜める。奇妙な問いかけだった。今更お互いの名前を交換する必要はないし、既に問いかけ等する時間ではない。精々この英霊ならば軽口か、牙を向ける筈だ。

 

「まさか、記憶喪失かね?私も経験があるが、あれは殆ど嘘のようなものだ」

「けっ、まさか俺の正気を確認されるとはな。じゃあ質問を変えるぜ。お前、何か混ざってるだろ」

 

 ランサーの質問が、やや明瞭になった。しかし、アーチャーは分からないとばかりに肩をすくめた。それが真実をぼかそうとする仕草である事を、ランサーは既に知っている。そして、アーチャーの行動がより歪になったのも。

 

「この聖杯戦争がおかしいのはこの下にいる奴のせいだったが・・・・・お前は違う。そもそも聖杯に召喚されたサーヴァントじゃねえな。あのレベルの魔術を、マスターの魔力供給も無しにできる筈が無い」

 

 ランサーは戦ってからずっと、アーチャーの投影に違和感を感じていた。それも戦いの悦びでかき消していたが、こうもはっきりと示されれば嫌でも視認してしまう。アーチャー本人の投影魔術は確かにずば抜けているが、それは万能の魔術ではない。宝具の投影にかかる時間や魔力量は尋常ではない。如何にアーチャーが投影魔術の使い手であろうとも、クランの猛犬達を押し潰した神造兵装を、模造品とはいえ瞬時に投影するのは不可能だ。

 

「迷宮の魔術礼装じゃ無理だぜ。俺が見てきた中でも、どれもこれも悪趣味なシロモンだ。それとも俺が見ていない所まで隅々探したのか?それにしてはここに来るのが速いようだが」

「・・・・・・存外に頭が回るようだな。なら、隠す必要もないか」

 

 アーチャーは構えていた弓を放すと、自身に突き刺さる鉄槍を引き抜いた。勢い良く血が魔力となって噴出するも、まるで時間を巻き戻すように穿たれた箇所が修復していく。アーチャーの持つ魔術でも、迷宮の魔術礼装でも、マスターによる治癒でもない。

 

「まあ良い。余計な憶測は不要だ。今までずっとサーヴァントとして戦っていたが、もうそれに意味もない。早急に貴様を殺し、そして後始末を済ませば終わりだ」

「言うじゃねえか。テメエは元から嫌いだったが、どうやら外道にすらなり得ない存在になっちまったみてえだな」

 

 再び、殺気が充満する。残ったルーンの術式からクランの猛犬達が再度出現し、アーチャーを取り囲んだ。しかしアーチャーの眼には諦観も、絶望も希望も無かった。摩耗したその精神を再現するように、瞳の奥が濁った金に染まる。いつの間にか赤き外套は焼き焦げ、投影した武器も先程の双剣ではない。武器の製造者を冒涜するような、効率性を突き詰めた二挺の改造された銃剣が、今のアーチャー、エミヤの武器だった。

 

「俺の城は終わっちゃあいねえ。テメエの得体の知れない力と、俺の城がどっちが強いのか、決着を着けようじゃねえか」

「はっ!いいじゃないか。皆殺しだ」

 

 




プロトランサーとランサーの違いがかなり難しい………
違ってたらごめんなさい


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第■階層④

エミヤの事を書いたら本当にエミヤが来た(驚愕)
書いたら出るって本当だったんだ………
じゃあ孔明とかマーリンとか書いたら出るのかな(強欲)


 かくして、ノーマ・グッドフェローは死んだ。

 

 人としての生は既に終わっていたが、まだその精神は、残滓のように魔獣へとこびり付いていた。本来ならば一瞬の消化でソレも消え失せる筈が、消化者の不調によって奇跡的に存在しえた。

 

 しかし、それも終わった。魔獣の腹の中、その精神世界たるゴルゴーンの住む島が、彼女の墓標だった。

 

 血で塗り替えられた神殿内に佇む男は、この世界での異物である太陽はつまらなそうに、奇跡的に原型が残る神殿の欠片へと腰掛ける。

 

「つまらぬ。ものの数秒でそれとはな」

 

 失望に満ち溢れた声で、オジマンディアスは呟いた。その声に答える声はいない。突発的に起きた戦闘は、瞬きする間に終わった。地面に転がるライダーは倒れたまま動かず、またマスターも同様に力尽きている。

 

 オジマンティアス。太陽の化身とされる、ファラオの中でも特に高名な王は、サーヴァントの格には収まりきらない。ギリシャ神話の怪物だろうが、彼にとっては凡俗なる有象無象と同列だ。

 

 自身の圧倒的なまでの宝具で、ライダーを蹴散らした?否だ。ではスフィンクスを再召還したか?それも否だった。そもそも、オジマンティアスは既に騎乗兵(ライダー)のクラスをメドゥーサへと移譲している。サーヴァントの規格も捨て去り、余剰している魔力も既に底を尽きかけている彼は、既に宝具の再発動が不可能なくらい消耗し、数分後には消失する。

 

 そんな瀕死の状態で、オジマンディアスができた行動は少なかった。投擲されたライダーの短剣をかわし、掴む。そして相手が鎖で引き戻すより早くライダーの頭部へと投げつける。ライダーは反応すらできずに首筋に短剣が突き刺さり、地面へと倒れる。

 

 後はライダーの顛末を視ている少女の命を摘むだけだ。これらの動作を数秒でこなしたオジマンティアスは、結末の呆気なさに怒りを通り越して呆れ果てた。

 

「ふざけた結末だ、瀕死の男一人にこうまでやられるとは、たわけめ!」

 

 言葉とは裏腹に、その顔は悲壮を漂わせる。彼は英雄を好む。友を救う為に圧倒的な存在を相手にするどころか自身の命すら省みないノーマの姿勢は物語に登場する英雄であり、自身の友とよく似ていた。

 

 しかし、現実は物語を許さない。オジマンディアスは世界の有り様を理解している。希望を持つものには更なる絶望を、勇猛さは蛮勇さとなる世界を。最も度し難いのは、他でもない自分自身が、彼女達の絶望となった事だ。

 

「っぐう・・・・・・きさ、ま」

「フン、まだ生きていたか」

 

 オジマンディアスは鬱陶しそうに後方へと振り返る。身を横倒しにし、苦しげにうなるゴルゴーンは未だに生存している。苦痛の為か、それとも二人の犠牲故か、魔眼殺しの眼帯越しでも狂気の色は薄くなっているのが分かった。

 

「こちらの用は済んだ。興醒めもいい結末だが、まあ良い。太陽は万人の頭を照らす。死に瀕した蛇を介錯するぐらいの慈悲は持ち合わせているぞ?」

「ふざけ、おって・・・・・・!」

 

 ゴルゴーンは息も絶え絶えになりながらも、立ち上がった。その身は既に満身創痍でありながら、戦う余力を残している。しかしオジマンディアスは無意味に立ち上がる彼女を笑いもせず、淡々と眺める。何の意味も無いからだ。

 

「最初から、分かっていたであろう。貴様も、貴様の分身も、ファラオたる余も、そしてあの小娘も、生きてこの世界からは出れぬという事を」

「黙れ!貴様を殺し、喰らい、そこの屍も取り込めば」

「不可能だ」

 

 オジマンティアスは断言した。

 

「なぜなら、この空間にいる存在は全て死んでいるからだ。貴様はあの小娘を取り込んだのではない。取り込まれたのだ。何故かは知らぬがな」

 

 本来ならばあり得ない心象風景の多重化はつまる所、本人の混沌化に起因している。人の身で幻想種を取り込む等狂気の沙汰だが、取り込んだ者達が巨大過ぎた。お互いがお互いを潰し合う体内は更なる混沌を喚び、結果的にノーマ自身を小規模ながら存命させる結果となった。

 

「だがそれも終わりよ。今この小娘を操るのは、貴様でも小娘でもあるまい。混沌と化した幻想種の集合体、合成獣とも言うべき下らぬ獣畜生共よ。ただ己の補食本能を満たすという点では貴様の顛末とよく似ているが、こやつには貴様のような本能(理性)はあるまい」

 

 オジマンティアスは空を見た。青く澄み渡る空に、歪なヒビが入っていく。それは現実への脱出ではなく、夢の終焉、精神の崩壊を意味していた。ノーマ自身の精神は勿論、屍となった幻想種、ゴルゴーンの意志は全て混同され、混沌へと還る。

 

「貴様がまだ諦めぬと言うのなら、それも良いだろう。何も死体に咎を求める程余も酔狂ではないからな。適当に崩壊するまで付き合ってやらんでも無い」

 

 ゴルゴーンは押し黙る。自身のやっている行為全てが無意味と分かれば、理性の残る怪物とて止まるか。オジマンディアスは語る事はこれで終わりだと瞳を閉じる。消滅までの猶予時間はやや長い。現界して最後の光景を眺める気にもならず、人間的に言うのなら飽きたとも言える精神状態で残り時間を過ごそうとした。

 

「おい」

 

 オジマンティアスは再び瞼を開ける。

 

「ファラオの微睡みを妨げるな。適当に付き合うとは言ったが、何も耳を傾けるとは言っておらぬぞ」

「私が今消滅すれば、あの娘はどうなる」

「変わらん。命があったならば多少は奇跡を期待しても良いだろうが、こうなってしまってはどうにもならぬわ」

 

 質問に手短に答え、オジマンディアスは再び瞼を閉じようとした。

 

「つまり、命さえあれば助かるのだな?」

 

 しかし、ゴルゴーンの言葉でそれを止めた。

 

「・・・・・・何かするつもりか?」

「貴様には関係のない話だろう」

 

 ゴルゴーンは地に倒れ伏すライダーを掴むと、口の中へと放り込んだ。まるで苦虫を嚙み潰したような顔で唸りながらも、ゴルゴーンは喉を鳴らしてライダーを、自身を取り込む。混沌となりつつある彼女の自我はしかし、自分(ゴルゴーン)が捨て去った自分(メドゥーサ)を再び戻す事で侵食を喰いとめる。

 

「・・・・・・これで少なくとも、(メドゥーサ)は一つとなった訳だな」

「見上げた生存本能だが、無意味と」

 

 瞬間、ゴルゴーンは己の胸へと手を突き刺した。神殿内を深紅に染め上げる自身の血を見ながらも、ゴルゴーンは迷うことなく更に奥深くへと手を突っ込む。自身の右胸で脈動するソレを掴み取ると、断固とした決意のまま引き抜いた。

 

「っぬぅ・・・・・・はあっ!」

 

 既に風前の灯火である怪物は、しかし心臓を抉り取ったぐらいでは死を迎えない。苛烈を極める痛みと、儚い喪失感を抱かせる程度に留まる。まだ死なない。いや、死ねない。蛇のように這いつくばりながら、その眼は血の池に倒れたもう一人へと注がれる。

 

「世話のかかる人間だ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な痛みで、ノーマは死の底から蘇生した。それは死の底から強制的にたたき起こされるような苦痛で、ただ延命させるだけの継ぎ接ぎの救済だったが、脳に血が通い、停止していた臓器が再起動するのは生きていると言っても差し支えない。

 

 しかし生還した悦びは束の間、瞬時に痛覚がノーマの身体を苛む。異常、異端、異物。身体中から訴えられるエラーの数は、容易くノーマを正気から引き剥がす。現状の確認など不可能、思考する事さえも論外だ。人間は痛みだけで死ぬ事ができる。身体の異常信号に脳が耐えられないからだ。しかしノーマの感じる痛みは一瞬ではなく、永い。時間や記憶といった機能は全て停止しているが、それでも律儀に痛みだけは存在する。即死する筈であろう痛みを、ノーマは生きながら受けていた。

 

「聞こえるか、貴様」

 

 発狂し、絶叫しているノーマの聴覚が、音の信号を脳へと送ろうとした。しかしその信号は度重なる身体の痛覚信号に混ざりあい、不明瞭なノイズ程度にしか感じられない。そもそも聞こえていても、ノーマ自身にそれを理解する程の余力は残されていなかった。

 

「何、本当にそれで分かるのか?騙されているような気がするぞ。まあ良い・・・・・・聞こえていますか、マスター」

 

 聴覚からの信号が他の全ての信号を一時的に打ち消し、脳内の混沌を洗い流す。一瞬の静寂で正気へと戻ったノーマは呼びかけた声の主を視ようとした。しかし視界は赤く濁り切っており、魔眼はおろか眼球としての機能すらも疑わしい。しかし聴覚ははっきりと自分の前に誰かがいて、それが誰であるか理解できている。

 

「メドゥーサ?」

「・・・・・・はい、私です。身体の調子はどうですか、マスター」

 

 良かった、メドゥーサだ。混濁する記憶の中でも彼女との想い出は変わらない。ノーマはメドゥーサの無事を感じ、心から安心した。もう少し近付いて話そうと立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かない。忘れられた痛覚が再び身動ぎする感覚に、ノーマはやっと自分とメドゥーサに起こった事を理解した。

 

「貴方は、ファラオは・・・・・・」

「落ち着いてくださいマスター。質問を繰り返しますが、身体の方は大丈夫ですか」

「・・・・・・痛い、かな」

 

 ぶり返してきた痛みを、簡潔にノーマは述べた。全身を苛む痛みは変わらず、少しでも気を抜けば最後、再び発狂が始まるだろう。ノーマは自身の耳のみに意識を集中させるが、どれほどの正気を保てるか。声からノーマの状態を理解したのか、メドゥーサは「厳しいですね」と答える。

 

「残念ですが、その痛みは消えないでしょう。貴方が人間を保とうとする限り」

「どういう、事?」

「しばらくすれば、視界も順応します」

 

 ノーマの質問を無視するように、メドゥーサは話を続ける。詳しく問いただしたいが、身体の痛みは完全に自覚できるレベルに至り、会話すらも容易ではなくなってきた。

 

「長くは無かったですね。短い時間で、まだまだ語るべき話も、共有したかった話もあった」

 

 何処か悲しさと儚さを滲ませる声は、まるで永遠の別れをする友人のようで、ノーマは身体の痛みとは別種の痛み、つまり心の痛みも味わうことになった。何で今別れを告げる必要があるのか。まだまだ自分達は一緒にこの迷宮を探索できるのではなかったのか。

 

「ですが、私は楽しかったです。生前は孤独な生だった、という訳ではないですが、友人は少なかったので」

「メドゥーサ。貴方は」

 

 視界がようやく戻りかける。ノーマは這いつくばった姿勢のまま手を伸ばした。手から伝わる相手の手。巨大で、鋭利な爪は容易く人間の皮膚を引き裂くだろう。強靭な腕力はまさしく怪物だろう。その瞳は全てを冷たく石にさせるだろう。

 

 だが、触れた掌から伝わる温度は仄かな温かみを持った、優しい手だった。

 

「さようなら、ノーマ。貴方に会えて良かった」

 

 霞のように消え去る感触。それと共に、ノーマの視界が晴れていく。鮮血で染め上げられた神殿の中で、腰かけたその男は待っていたとばかりに立ち上がる。

 

「やっと起きたか」

「メドゥーサは?」

「さあて、知らぬ。余は貴様等を殺した、と思っていたからな。まさか立ち上がるとは露ほども思ってはおらんかった」

 

 王様でも嘘はつくらしい。ノーマは辺りを見回し、次いで己の身体を見る。胸は肉食動物に喰い千切られたように血にまみれ、己の脈動する臓器すら見える有様だ。不釣り合いな程大きな心臓が。それらはしかし、時間を巻き戻すように再生する皮膚の中へと収納されていく。

 

 心臓から供給されるのは己の血液ではない。魔の色が付いた怪物の血であり、友人のくれた半身でもある。ノーマは自分の手を開き、閉じる。その動きだけで自分が既に『変わっている』事を理解した。

 

「夢でも見ているような顔だな。そろそろ目覚めるべきではないか?」

 

 ファラオは己の懐から短刀を取り出した。果たして彼にどれ程の武勇があるかはノーマは知らなかったが、ゆっくりと近付くその姿を見れば人間ならば何の抵抗もなく受け入れ、サーヴァントであれば己の運命を呪っただろう。

 

 しかし、ノーマはどちらでも無かった。

 

「ええ。貴方を倒して、夢から醒める」

 

 瞬間、ノーマは駆け出していた。ファラオの短刀が煌めき、音が消え去る。ノーマは逃げも避けもしなかった。短刀は真っすぐノーマの右胸へと、移植されたばかりの無防備な心臓へと突き刺さる。

 

 神殿の、世界の崩壊が更に加速し、そして止まった。まるで時間を切り取られたように静止した世界で、二人の、いや『三人』の鼓動だけが響いた。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。突き刺さった短剣から力強く脈動する心臓の鼓動を、剣越しにファラオは、オジマンティアスは感じた。突き刺さる剣を決して離そうとせず、友の道を切り開く為に血を流しながらも鼓動を続ける彼女(メドゥーサ)を。怪物などとは片腹痛い。反英雄など笑わせる。自身を犠牲に他者を救うその姿は、自分のよく知る友と同じ。詰まるところ、彼女は怪物などではなく。

 

「見事だ、英雄よ」

 

 オジマンティアスは、呟いた。その胸に突き刺さるのは、ノーマの右手。入れ違いに突き刺す両者はしかし、一人の敗者を作り出す。

 

 ノーマは己の内から感じる友人の鼓動と、右手から感じる相手の鼓動を聞き比べる。どちらの心臓も、その人物の不死性を象徴するように力強く脈動を続けていたが、やがてゆっくりと手から感じる鼓動が弱まっていく。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。彼女の心臓が鼓動し、突き刺さった短剣をへし折り、内側の傷を塞いでいく。ノーマはファラオの胸へと突き刺さった己の右手を引き抜いた。赤に染まった自身の右手は、禍々しい怪物の手は、ゆっくりと人間の手へと、ノーマ自身の手へと戻っていく。

 

「フフフ、ハハハハハハハハハ!愉快愉快、万事面白い!これだから人間の世というのは」

 

 今まさに生命の根源が破壊され、加速度的に死へと近付いているファラオはしかし、まるで勝利の凱旋をするように高らかな声を上げた。

 

「見事、見事よ!怪物には祝福を、貴様には激励と褒美を送ってやろう。見事障害たる余を倒して見せた。さあ、何が欲しい」

 

 噴き出す鮮血をそのままに、ファラオはついさっき殺し合ったのを忘れるように上機嫌に話しかけてきた。恨み節や、呪いでもかけられるのではないかと警戒していたノーマは、改めて目の前の男が数あるファラオの中でも最高位に当たる存在である事を理解する。

 

 果たしてどういう生き方をすれば、自分を殺した相手に褒美を与える事ができるのだろう?

 

 そんな疑問もあったが、勿論口に出さない。ノーマはおずおずと、戦闘の余韻をゆっくりと胸の内に消化しながら口を開く。

 

「何がって・・・・・・その、できればこの世界から脱出したいんだけど」

「たわけめ。それは報酬でも何でもない、貴様自身が勝ち取った物だ。異物は一掃され、余も消える。暫くすればこの世界も消え失せる運命よ。無欲なのは勤勉であるが、度が過ぎればただの吝嗇を招くぞ?」

 

 ファラオの言葉通り、血で染まりきった神殿が徐々にその形を崩している。空を仰げば偽りの空にヒビが入り、世界そのものの崩壊をイヤでも実感できる。やっと大きな問題が解決した所で、息つく暇も無い変化の途中で何か欲しい物はないかと聞かれても、意味のある返答ができるとは思えなかった。

 

「因みにだが、もしも下らぬ言葉を吐けば余の最後の力を使い、貴様を殺す。ファラオが大舞台に立ったのだ、閉幕も上手くできねば主役は勤まらぬであろう」

 

 更なる無理難題だった。スフィンクスを統べる王となれば、この程度の知恵やとんちは基本らしい。別に謎や問題ではないが、それ故に明確な回答がない分、それらよりも答えるのは至難の業だった。

 

「さあ、言うが良い。ファラオがこうも言っているのだ。望みを言ってみろ」

 

 何を聞くべきだろう?このファラオの真名だろうか。拝謁して尚名を知らぬなら生きる価値無しとか言われて殺されそうだ。ならば自分の身体がどうなっているか聞くべきか?誰が貴様の事を教えてやると言った、とこれまた殺されそうだ。身分の上の人間、それも王様と話した事が無い自分は元からコミュニケーション能力が低い。アーチャーと話せたのすら奇跡なのだ。

 

 ダメだ、どうやっても殺される未来しかない。いっその事もう一度原理不明の力を使ってファラオを戦闘不能にしようか、と考えた時だった。頭の中で不可解のまま放置されている記憶を思い出す。

 

 

「・・・・・・じゃあ、一つ聞かせて欲しいんだけど」

 

 ノーマは崩壊していく世界を視て、どれくらいの時間が残されているか予想しながら、口を開いた。

 

「この迷宮の事を、教えて欲しい。私の記憶も殆ど無くなっちゃったけど、それでもこのアルカトラスの第七迷宮にはおかしい所が一杯あった。私は・・・・・・探索部隊の中でも下っ端だったから殆ど知らないのは分かるけど、サーヴァントがあんなに多い何て知らなかった、と思う」

 

 朧げな記憶と照らし合わせながらも、ノーマは言った。

 

 クラスが被るのはまだ理由を推測できる。所詮クラス等持っている武器や戦術で予想しているのだから、似たような武器を持てば一応は成立する。アーチャーがセイバーと自称しても、敵は一切疑わないだろう。それぐらい彼の近接戦闘能力はずば抜けている。これまで戦ってきたサーヴァントが、嘘吐きだったと言う訳だ。

 

 だが、数だけは無理だ。アインツベルンの秘術である聖杯、それを模した亜種聖杯は殆どが欠陥だらけで、そもそも聖杯戦争すら起こりえない代物が殆どだ。模倣技術が低いのではなく、聖杯そのものの造形は困難を極めている。亜種聖杯が完成し、サーヴァントを召還したとしても欠陥だらけの杯から生み出される英霊は格が低く、更に数は大きく制限される。

 

 それがどうだ、今回の亜種聖杯が喚びだしたサーヴァントは皆一級。大悪魔たるメフィストフェレス、ギリシャ神話の怪物メドゥーサといった反英雄はおろか、ケルト神話の大英雄達、そして目の前のファラオだ。どう考えても聖杯の限界を超えている。

 

「ふむ、中々の問いだ。貴様が疑問に思うのも無理はなかろう。果たして模造品の杯程度で、太陽と同列たる余を呼び出せるか、という事だが」

 

 やや曲解しながらも、ファラオは笑みを浮かべる。どうやら自分はここで死にはしないらしい。

 

「何もおかしな事ではあるまい。今回の亜種聖杯の争奪戦は、正しく『四騎』の英霊で行われている」

「四騎?」

 

 疑問は、直ぐに氷解した。四騎、という数字はこの際どうでも良い。ファラオの言葉で真に注意すべきなのは『今回』という言葉だ。

 

「その顔はどうやら真相に近付いたらしいな。貴様の想像通りよ。キャスター、アサシン、ランサー、そしてアヴェンジャー。やや異端な召還方法であるが、今回の亜種聖杯が喚びだした英霊は全て規格に合った者共だ」

「じゃあ、ファラオは、今回の亜種聖杯で喚ばれたんじゃなくて」

「この迷宮での聖杯戦争は三度行われている。そして、余は二度目で召還された。あの忌々しい男に呼び出されてな!」

 

 ファラオが本気で激高するとなると、余程呼び出したマスターと性格が合わなかったらしい。自分以外マスターがいた、という発言は驚くが、そもそもこの亜種聖杯の争奪戦が三度も行われているという事をノーマ自身知る由が無かった。記憶が欠落しているのか、それとも自分に説明されていなかっただけなのか。

 

「まあ良い。その男は既に極刑に処した。その男がこの迷宮の管理者で、三度目となるこの亜種聖杯戦争には脇役にすらなり得ぬ存在よ。忘れても構わん」

「いや、それについて詳しく聞かせて欲しいんだけど」

「断る。口にするのも、それについて思い起こす事さえ唾棄する存在よ!それに、貴様が知りたいのはここから先だ」

 

 ノーマの言葉を遮りながらも、ファラオはよく聞いておけ、と暗に言うかのように一端言葉を区切った。その沈黙はノーマにとって不思議にも苛立ちにはならない。むしろここまでの台詞で新たな情報を記憶として刻み、更に整理する時間を与えてくれたことを感謝した。

 

 亜種聖杯は三度、サーヴァントを召還し聖杯戦争を引き起こさせた。二度目の亜種聖杯に召還されたのが、ファラオだ。マスターは迷宮の管理者と言う。大魔術師たるコーバック・アルカトラスは製作者なので、別人だろう。その男は既にファラオの手で極刑を、恐らく死を与えられた。

 

 すると、三度目は一体誰が主催者なのだろう。ノーマの胸中の問いかけに答えるように、ファラオは口を開いた。

 

「今この迷宮を統べるのは、余と同じ二度目の聖杯戦争で喚び出されたサーヴァントよ。その真名は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な、何で貴様がここにいる?」

「何が、というのは愚問だな。こうやって迷宮を踏破し、最後の障害を取り除いた者に対する言葉かそれが?」

 

 アルカトラスの第七迷宮、それを統べる管理者はしかし、その立場に相応しくない姿で地面へと這い蹲っていた。決して短くない生の中、このような屈辱を数多く与えてきた。しかし、それを受ける覚悟も認識も無かった。自分には最強の駒がいた筈だ。その反応が消えたと同時に、突然の奇襲を受けた。全く現状を理解できない彼は狼狽し、目の前の存在へと問いかける。

 

「どうなっている!?オジマンディアスはどうした、貴様は何故ここにいる?何故私の、迷宮の管理者の目を誤魔化せた!」

「ここに来て恥も知らずに余の名を言うとはな」

 

 暗黒の空間に出現した太陽は、滲み出す黒を一掃するように進み出た。迷宮の管理者は、ヴォルフガング・ファウストゥスは顔を凍りつかせ後ずさる。数世紀以上生きた幻想種の威厳は消え去り、小物染みた下種の表情が露わとなった。ありとあらゆる苦痛を与えても尚足りないと思っていたオジマンディアスは、見すぼらしい元凶の姿に目を細める。

 

「呆れて怒りも消え去ったわ」

「な・・・・・・」

「それで、本当にいいのかライダー。私はあの聖杯に少しは興味はあるが、何も独占するつもりは無い。叶うかどうかは知らぬが、五分に分けるのも可能だ」

「あのような粗末な杯に用はない。貴様がいなければ破壊するつもりだったが、必要だと言うのなら構わん。紛いなりにも契約した身だ。ある程度は譲歩してやろう」

 

 ここに来てようやくファウストゥスは理解した。ライダーの反応が消えたのは消滅したからではなく、自身の魔力パスを切断し、マスター権を移譲したからだ。それでも管理者の権限として、迷宮で目が届かない部分は無い筈だった。そもそもサーヴァントとマスターの魔力的繋がりを断ち切り、再契約を施した後に自身の監視から逃れる?ただの人類史に刻まれた英雄如きに、それができるというのか?

 

 ・・・・・・できる。

 

 ファウストゥスはライダーの傍らで自分を無視して会話する彼女を見た。姫とまで言っていた過去の自分が恨めしい。姫など可愛らしい存在だと錯覚していた過去を焼却すべきだ。神霊級のサーヴァント召還は多くのルール違反を起こさなければならない一種のイレギュラーだが、可能な事ではある。マキリの作り出した召喚システムは殆ど解析できたが、ファウストゥスはそれを更に発展させた。

 

 ルール違反ではなく、ルールを拡張させたのだ。死者でなければ召喚できないサーヴァントシステムを改良し、彼女はそれによって召喚された。暴走の危険性を摘む為にオジマンディアスと同種の制限をかけていた。しかし彼女はそもそもサーヴァントでもない。人類史に名を残した英雄であるものの、彼女は未だに『生きて』いるからだ。

 

 つまり、『成長』する。サーヴァントをも縛る数々の制約は、迷宮を歩く彼女にとって丁度良い縛り程度にしか思っていなかった。

 

「手荒な召還はお互いだな。私もこんな姿だ。霊基は安定せず、霊核に至っては靄のように儚い。自身の弱さを嘆くなど久方・・・・・・いや、もしや初めてかもしれんな」

「フン、貴様のように不死となれば記憶も朧ぐだろうよ。あの聖杯で自身の死でも望むか?」

「それで死ねれば苦労は無いさ。よしんばここで死ねれば良かったのだが、こんな姿だからか少し本気になってしまった」

「何を・・・・・・言っている!?貴様達は私の糧となる存在だ。聖杯は英霊を誘う為の餌、貴様達が触れて良い存在では」

「英霊を誘う、か。残念だがそんな粗雑な物に群る者など魔術師程度しかあるまいよ。それでもここにサーヴァントが来るのは、その歪な聖杯を破壊する為だろうさ」

 

 ようやくファウストゥスへと向かい合った彼女は、ゆっくりと彼へと近付いた。その身体は黒く染まりきり、表情は窺い知れない。その身は下級サーヴァントにすら劣るというのに。何故自分が臆する程の殺気を放てるのか。

 

「ま、待て。よかろう、聖杯は譲る。私の目的は己の霊器再臨だ。今回は君達を開放し、次の聖杯で私自身の目的を果たすとしよう」

「聖杯を譲ればサーヴァントを召還できまい。ようは命乞いだろう。聖杯にも興味はあるがな。私の目的は別だ」

 

 彼女の手に現れた一本の槍。黒く濁り切ったその槍は本来の性能が消えうせた武器だが、迷宮の管理者を感知させる事無く心臓を破壊するぐらいの威力はある。死に瀕している幻想種を片付ける程度、造作も無いことだ。

 

「ふ、ふざけるなあっ!私は認めん、認めんぞ!こんな結末、認められるものか!」

 

 怒りと屈辱に震え、立ち上がったファウストゥスは、威厳やプライドをかなぐり捨て立ち上がる。

 

 自身の夢が費えるのは許そう。己の力不足だった。自身が最強であるとは自惚れていない。相手が自分より強かっただけだ。

 

 自身が敗北するのも許そう。己の浅慮さ、慢心があった。迷宮という絶対的な力が、自分と相手の実力差を認知できなくさせていた。

 

 しかし夢が費え、敗北したとい事実がまるで石ころ同然のように扱われるのは許せない。舞台で言うところの終幕が自身というのに、まるで次があるかのように、前座にすらなり得ないという事実だけは容認できない。

 

 しかしその足が一歩踏み出すよりも速く、槍は彼の身体を迷宮の壁面へと縫いつける結果となった。

 

「グアアアアアアアアアアアアア!貴様、キサマアアアアアアアアッ!」

「私の目的と、貴様の目的は同じだ。その身にある霊核、おおかたサーヴァントを倒して取り込んだのであろう?返してもらうとは言わぬ。奪わせてもらうぞ」

 

 痛みは無かった。それが本当の死が間近に迫っている証拠と感じ、ファウストゥスは絶叫する。自分の命たる核が、霊核が、今まさに奪われようとしている!ファウストゥスは目と鼻の先で向かい合う顔を睨んだ。

 

「おのれ、おのれ!貴様如きに、私が、この私が!?ただの不死程度に殺されるだと」

「そうだ。覚えておくと良い。このスカサハの名を、冥府にでも持って行け!」

 

 ケルト神話において、彼女は多くの神を殺した武勇を持つ英雄だった。ケルト神話で語られるクーフーリン、フェルグスやフェルディアといった大英雄達の師であり、その多くの武勇から人間から神の領域に踏み込んだ女傑。世界ですらその強さを認め、外側へと放逐するしかなかったモノ。

 

 神霊スカサハ。それこそがファウストゥスのよびだした本命のサーヴァントであり、自身が姫とまで言い一方的な感情を送っていた相手であり、自身の敗因となったサーヴァントの名だった。

 

 




原作最終ボスファウ何とかさん。
残念ながら今回は最終ボスじゃありません
それどころか噛ませ犬です


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深層①

ファウなんとかさんの名前を普通に言える人は筋金入りのfate ファンだと思う


「姉がいるんです」

 

 第二階層の小屋の中で、他愛のない話をしていた頃の記憶だ。お互いの話をしている時に、彼女はそんな事を言っていた。

 

 ゴルゴーン三姉妹の中でメドゥーサは末妹だというのはノーマは知っていた。しかし身内であり、数少ないメドゥーサの理解者でもある二人の姉を、ノーマはよく知らない。魔術師の中では勤勉でも優秀でもないノーマだが、そもそも魔眼を持った怪物として知られるメドゥーサとは違い彼女達は名前こそ有名だが、具体的に何をなしたかまでは不明なのだ。

 

「確か、ステンノとエエウリュアレだったっけ?」

「そうです。私はいつも上姉様と下姉様と言っていましたが」

「姉妹かあ。魔術師となると兄弟や姉妹柄は相続関係でギスギスするらしいけど、仲は良かったの?」

「ええ。追放されても付いてきてくれましたから、私にとって島での生活はそれほど苦ではありませんでした。むしろ大好きな姉様達と三人だったので、とても楽しいくらいに」

「・・・・・・そうだったんだ」

 

 果たして、どう答えるべきか。ノーマは少し迷った。メドゥーサの最後を考えると、その二人の姉達も無事では無いだろう。果たして島に来た大英雄に殺されたか、もしくはメドゥーサ自らか。そう考えてしまえば不用意に質問できず、二人の間で初めての沈黙が訪れる。

 

 天気の話でもして紛らわそうかとノーマが口を開いた瞬間、メドゥーサが「私の目的は」と呟くように言った。

 

「この迷宮にいるであろう姉様の所に行くことです」

「姉様って、もしかしてステンノとエウリュアレの事?」

「はい。両方いるのか、それともどちらかだけになっているのかは分かりません。ですが、感じるのです。姉様の気配を」

「もしかして、番人なの?」

 

 つまり、ここより先、もしくは下層にメドゥーサの家族がいるのだ。第一階層で戦ったランサーを考えると、よしんば番人として邂逅する可能性もあるが、メドゥーサは小さな顔を横に振って否定した。

 

「いいえ。元々、上姉様も下姉様も戦闘能力はありません。純粋な神性を召喚するのは困難ですし、サーヴァントとして召還される可能性は殆ど無いと言って良いでしょう。ですが、姉様の気配は確かにこの迷宮から感じます」

 

 姉を探す健気な妹、と言えば聞こえは良い。しかしメドゥーサが自分の覚悟を友人に聞かせた訳ではない事は理解していた。別の意味があるのだ。

 

「召還される筈の無い、サーヴァント?」

「はい。今回の聖杯戦争は、何かおかしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーマは覚醒して最初にした事は、両手に握られた血の塊を地面へと落とす事だった。次いで、己の口の中にあるモノを吐き出す。異形の生命体を捕食しようとしてしていた自分を忌避しながらも、戻ってきたことを実感できた。

 

「ゲホッ、ゲホッ。ここは・・・・・・ええと、何だっけ」

 

 多くの事を忘れているのは変わらない。恐らく一生戻ってこないだろう。分かるのは迷宮での記憶と、自身の名前程度。それすらも穴が開いた記憶で不明瞭だ。

 

 しかし、忘れてはいないモノもある。ノーマは己の両腕を見た。大きさは殆ど変わらないが、鱗のような硬質さを持った異形の腕は血に染まり、ついさっきまで何らかの捕食活動を行っていた形跡が残っている。常人ならば発狂する光景だが、ノーマは己の両腕をかき抱くように自身の胸へと触れさせる。静かに脈動する己の心臓は、今も自分を生かそうとしていた。

 

「ありがとう。メドゥーサ」

 

 彼女は未だに自分の胸の中にいる。それが分かるのならば、記憶の喪失なんて微々たるモノだ。記憶があろうが無かろうが、やる事は一つ。迷宮の最深層へと行くこと。

 

 ノーマは周囲を見回す。それだけで今の自分がいかに人間離れした存在か分かった。殆ど光の無い空間だが、それでも視界は良好に保てている。まるで夜行性の動物になったかのように、壁面にこびりついた発光性のカビによる僅かな光源でも、十分に視界を確保する事ができた。自分の周囲にできた血だまりは、恐らくまだ自分が夢の中にいた時のモノだろう。自分の身体を守ってくれたのはありがたいが、変なモノを食べようとするのは止めてほしい。

 

 夢の中の記憶も、残っている。ノーマはもう二度と忘れまいと記憶に刻みながら、やるべき事を再確認した。

 

「先ずは下に降りなきゃね。あわよくばアーチャーを探して」

「ここがもう下の底よ。深層とでも言うべきかしらね」

 

 耳元でされた声に、ノーマは大きく飛び退いた。その両腕はサーヴァントの腕力に匹敵するが、ノーマは攻撃よりも先に距離を取ることを選ぶ。元々の小心さもあったが、もしここにいるのがゴルゴーンやメドゥーサであっても、同じ事をしていただろう。

 

『何て愚かな妹でしょう・・・・・・いいえ、何て愚かな■■■」

『じゃあね。さようなら、可愛いメドゥーサ。最後だから口を滑らしてしまうけど、憧れていたのは■■■』

 

 ノイズ混じりの記憶は、確かに目の前に佇む相手と同じ声を発している。これは、私の記憶じゃない。メドゥーサの記憶。つまり、彼女こそがメドゥーサの言っていた、

 

「初めまして、それとも久しぶりと言った方が良いのかしら。いいえ、せめてこう言いましょう。お帰りなさい、メドゥーサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『にんげん』『にんげんじゃない』『にんげんみたい』『おなじ』『かいぶつ』『こわい』

 

 そう言いながらも、舞い散る光を発する妖精達はせわしなく動き、ノーマの身体へとナニカを塗りたくっていた。奇妙な色ではあるものの、毒ではない事をノーマは皮膚で感じた。塗り薬か何かなのだろう。如何に常人を超える再生能力を得たとしても、無尽蔵なエネルギーで動いている訳ではない。もしもあのまま数時間放浪していれば、体力が底をつき行き倒れていた。

 

 とはいえ、魔の濃い存在が周囲にうろついているのは視界衛生上よろしくは無い。人間の頃ならば周囲に浮遊する妖精達の燐光に魅了されているだろうが、今はどちらかというと『食欲』による魅了が大きい。そのせいか、妖精達も何処かよそよそしい。

 

「全く、こんなに汚れて・・・・・・手のかかる駄妹ね」

「す、すみません」

 

 この状況に招き入れた張本人は、呆れるように眉を潜める。その仕草すらも洗練されており、美しい。人間ではどう足掻いてもその領域には踏み込めず、返って己の醜さを増長させるだろう。自然にその表情ができると言うのは彼女の存在が本当に女神という証拠でもある。

 

 

「ええと、ステンノ、様ですよね。実は私はメドゥーサじゃなくて」

「様はいらないわ。と言っても呼び捨てはダメよ。その姿を見れば分かるし。ウチの駄妹が随分と迷惑と世話をかけたわね」

 

 ゴルゴーン三姉妹、その長女であるステンノは、溜息と共に妖精達が作ったであろう石造りの椅子へと腰かける。殺伐とした迷宮内であってもそれだけの所作に美しさと可憐さが醸し出されているのだからどれほどの脅威かは分からない。何せ魅了を扱う妖精達ですらも魅了されているのだ。その顔をまじまじと視ればノーマ自身も魅了されかねない。

 

「全く、遅すぎるわ。苦情の一つでも言おうと思ったけど、貴方に言うのは酷ね。巻き込まれた可哀相な探索者さん。いいえ、ここまで来れたならば勇者様とでも言っておこうかしら」

「まさか。私一人ではここまで来れなかったです。妹さんが、いいえメドゥーサ達が助けてくれたから、こうして命を拾いました。感謝しています」

 

 嘘偽りない本音に、ステンノの表情に笑みが浮かぶ。口では煩わしく言っているが、やはり身内には優しいようだ。少しだけ、そういう所はメドゥーサと似ている。

 

「それはどうもご丁寧に。その様子だと貴方が駄妹を殺して心臓を奪い取った訳ではないようね。よくよく死体を道具にされるから、せめて『遺体』でも拾おうかと思ったのだけれど」

 

 さらりと恐ろしい事を言うのは、神特有の気まぐれという奴か。笑いながら怒るという二面性を持った神は人間の尺度では測り切れない感情でもある。

 

「まあ良いわ。その感じだと駄妹もまんざらでもない様子だし。特別に上の層へ案内してあげる」

「上の層?」

「さっきも言ったけど、ここはゴール地点も通り越した最底辺。迷宮の幻想種を補給する為の倉庫、つまりは罠にかかった哀れな人間を怪物に変貌させる所、と言ってもいいかしら」

 

 深層、と言ったのは正しくここが底と言う事らしい。補給庫と言えば聞こえは良いが、材料(人間)を加工し出荷すると言うのは魔術師であるノーマも忌避する。奇しくも自分は人間ではなくなったがそれは勿論自分自身の意思であり、迷宮によって仕掛けられた事ではない。ノーマはステンノの話を聞きながら結論を聞いてみた。

 

「ステンノさんは、サーヴァントなんですか?」

「ええ。クラスは暗殺者(アサシン)よ」

 

 アサシン。ノーマはファラオの言っていたクラスを思い出す。確か槍兵(ランサー)暗殺者(アサシン)魔術師(キャスター)復讐者(アヴェンジャー)・・・・・・?

 

 ノーマは己の右手を見た。多くの状況変化があり気付くのが致命的なまでに遅れた己を呪いながら、刻まれている筈のソレが無いのを確認した。

 

「どうしたの?」

「・・・・・・一つ尋ねたいんですけど」

 

 口を開いた瞬間、ノーマは足に力を込めた。地面が揺れている。地震等という天変地異ではない。階層諸共揺れている所を視れば明らかに人為的だ。ステンノがワンテンポ遅れて身を揺らせるも、流石はサーヴァントと言うべきか、一切の動揺なく目を細める。

 

「へえ。やっと動き始めたのね」

「この揺れは?」

「廃棄物よ。ここの階層に落とされた、かつての栄光にすがる哀れな怪物」

 

 反射的に質問してしまったが、ノーマは己の身でひしひしと感じる喪失感と、疑念にそれどころではなかった。不思議ではあった。真名がないサーヴァント。卓越した近接戦闘を持った、存在する筈の無い弓兵(アーチャー)。前回で召喚されていたサーヴァント?そんな筈はない。確かに自分はアーチャーを召喚したからだ。

 

 この聖杯戦争は何かがおかしい、それは殆どのサーヴァントが言っていた。しかし、あのアーチャーはどうだろうか。誰も疑問に思わなかった。いや、アーチャーが疑問に抱かせないように行動していた?

 

「一体何者なの・・・・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何者だよ、テメエ。ここまで粘られると面倒だぜ」

「俺もそう思っていた所だ。どれほど倒しても出てくる無尽蔵の番犬。だが」

 

 一瞬の静寂は、一発の銃声によってかき消される。クランの猛犬を召還していたルーンの術式は、ランサーの作り出した『城』はこれで完全に破壊された。ランサーはそれを止めなかった。無理に介入しようと仕掛ければ、ルーンの代わりに破壊される事になっていたからだ。

 

「これで終わりだ。戦闘向きのルーン魔術を扱う魔術師は多くいたが、故に対策を取りやすい」

「けっ。そこらの魔術師と同じ戦法で対処されちまったら溜まらねえ」

 

 アーチャーが変わったのは、何も外見と武器だけではない。投影魔術を基本としていた無数の手数を誇っていた戦法はしかし、究極の一を持ったランサーとは相性が悪い。ただの投影では数度の撃ち合いで破壊され、切り札とも言える宝具の投影はある程度の時間を要する。アーチャー自身の神懸かりな投影魔術のせいで、それは隙と言うには短すぎる猶予だが、それでも今の自分ならば、展開するルーンの術式を上手く使い、投影しようとするその隙を穿つ事は不可能ではない。

 

 だが、反転したアーチャーは己の両手に握られた二挺の銃剣をもって、それらを突破した。遠距離武器へと切り替えた事で戦闘距離を変化させ、猛犬には近接戦闘を、ランサーには遠距離での射撃で対処し一瞬の隙を突いて弾丸をルーンの術式へと撃ち込む。

 

 投影魔術の隙を消え去っても、ランサーの『城』を崩すのは容易ではない。普通のサーヴァントならば、アーチャーはおろかトップサーヴァントであっても無事では済まされない状況。しかしアーチャーは無傷だった。それは一切の傷を負っていないという訳ではなく、傷が無くなったという意味での無傷だが。

 

「クラスが変化した訳でもねえのに、随分とふざけた再生機能を持ちやがる。俺みたいに若い頃って訳でもねえようだな。どんな仕掛けをした」

「敵にわざわざ教える程、君のように若くはないな。」

「は!そうかよ」

 

 ランサーは己の持つ槍に、属性を付与させる。自身の最も得意とするルーン。ルーンを施した鉄槍は蒼白い炎を纏いながらも、槍そのものを溶解させる事は無い。火の中でも特殊な傾向を持った、『浄化』に特化した火。本来ならばドルイド系統の魔術だが、クーフーリンは迷宮の魔術礼装を使う事で疑似的に再現していた。

 

「ならよ、こいつはどうだ!」

 

 一穿。神速の踏み込みから繰り出す槍は、容易にアーチャーの心臓を穿つ。浄化作用を持った特殊な炎がその身体を這い回り、刻まれる呪詛や魔の性質を焼き払おうとし、消えた。

 

「無駄だ」

 

 近距離からの斬撃。それを寸前で回避したランサーに向け、アーチャーは至近距離の銃撃を見舞う。流れ矢の加護が機能しない距離。これも元のアーチャーはしなかった行動だ。

 

「やるじゃねえか」

 

 しかしランサーはそれすら回避する。ケルト最速の戦士は加護で戦いに勝った訳ではなく、自身の戦闘能力で生き残ったのだ。ランサーは突き刺さった槍を引き抜かずギリギリの回避で躱す。自身の得物に固執していれば勝負は決していたが、恐れを知らぬケルトの戦士はそのまま距離を取るのではなく、相手の側面、背後へと瞬時に移動しその背へと手を置いた。

 

「アンサス」

 

 ルーンの魔術が起動するのと、アーチャーの銃剣から弾丸が発射されるのは同時。速度では数段階の遅れを取るアーチャーは、未だに前方へと銃を向けている。処理の遅れた機械のように反射的に行った無駄な動きか?否だ。

 

 人間では扱えきれない程の火薬を使った二丁の銃剣は、発砲の反動をもろに反映させる。サーヴァントであっても容易には扱えない銃の反動を、アーチャーは方向転換のエネルギーとして扱う。一時的にランサー並の速度で背後へ振り返りながら、飛び下がろうとしたランサーを追撃した。

 

 瞬時にランサーは自分の行動を決定していた。回避をするが、遅い。故に己の右手で斬撃の矛先を微調整し、致命的な損傷を回避する。それと同時に左手で鉄槍を引き抜く。

 

 後方へ下がろうとしたランサーを狙い撃とうとアーチャーは引き金に指をかけたが、起動したルーンの術式によってそれを阻まれる。『浄化』等の生易しいモノではなく、純粋な高熱を纏った炎は、既に背中から身体へと燃え移っている。防弾加工された銃剣すらも溶かす温度を持った炎に燃やされながら、アーチャーは機能停止した機械のように立ち往生した。

 

「忙しいな。全く」

 

 まるで自身の状態を意に介さないような声音で呟き、再度投影を試みる。威力を犠牲に強度を固めた銃剣を投影し、己の胸の先、背中にあるルーンの術式へと狙いを付け、迷うことなく引き金を引いた。

 

 ランサーは舌打ちし、次の打開策を練る。異常な戦い方だった。果たして自身の戦っているのはサーヴァントか、化け物か。異常が正常であるこの迷宮内でも、アーチャーは異端と言っていい。どんな仕掛けかは全く不明だったが、少なくとも迷宮の影響でこうなった訳ではないだろう。

 

「気色悪い。怪物退治は結構やってたが・・・・・・お前みたいな奴は初めてだ」

「そうだろうな。アルスターの大英雄、日の光を浴びた英雄様は、薄汚い小間使いなどとは出合わなかっただろう」

「・・・・・・てめえ、まさか」

 

 ランサーが相手の正体を思い当たった瞬間、迷宮自体が大きく振動した。アーチャーが作った罠か?それは違うと瞬時に断定する。目の前にいるアーチャーも予想外の『攻撃』に対応していたからだ。

 

 二人は殆ど同時に跳躍し、壁面に槍と銃剣を突き刺す。さっきまで平面だった番人の決戦場は、足場諸共音を立てて瓦解していく。ぽっかりと作られた穴は、底が見えない暗黒に染まっていた。

 

「貴様の仕業か」

「知らねえよ。俺の仕業でもねえし、ウチの仕業でもねえ。一体何だあの穴は?」

 

 アーチャーの言葉にランサーは首を振って否定した。ある程度迷宮の構造を理解している彼にとって、この下がどうなっているかは理解している。迷宮の主、管理者のいる最後の関門。しかし今見える下層は深淵とも言うべき底。まさに深層と言うべき有様になっていた。

 

「まさか・・・・・・師匠の言っていたアイツか?」

「その通り。私だよ」

 

 直ぐ耳元で囁かれた言葉に、本能的にランサーは槍を振り抜こうとした。しかしその行動をする前に、既にランサーの身体は奈落へと落下していた。

 

「く、てめえ!」

 

 突き刺さった鉄槍を引き抜く暇も無い。身一つで墜落するランサーは、咄嗟にルーン魔術を行使して重力に抗おうとした。だが自身の身体を落とそうとしているのは重力だけではない事に気付く。穴の中は魔術によって重力操作を施されており、下手に抵抗すれば自分の身体が真っ二つに裂ける可能性があった。

 

 故にランサーは抗うのを止め、少しでも落下姿勢を改善するべく空中で身を捻る。サーヴァントの身で高低差による落下死は本来あり得ないが、果たして落ちた先がどうなっているかは分からない。

 

「掴まれ」

 

 殆ど霞がかった声は、上からだった。ランサーは上から一本の線が迫ってくるのを見た。攻撃ではない。ランサーの身体の直ぐ横を通過していった線は地表へと突き刺さる。さながら罪人を救う蜘蛛の糸を、ランサーは落下しながら握りしめ勢いを殺す。

 

 地表へと殆ど墜落するように着地したランサーは、瞬時にルーンの術式を展開し己の安全圏を確保した。もしも身一つで落下していれば、サーヴァントであっても重傷を負うよう魔術的に仕掛けられていた。重傷の身を追撃するべく作動する罠が無いとも限らない。その予感は的中し、着地した物体に向けて自動的に攻撃するよう施されたゴーレムが起動し始める。

 

 しかしそれらは上空からの銃撃までは想定していなかった。魔力に反応して燃焼する火薬を用いた特殊な弾丸は、鋼鉄以上の強度を持つゴーレムの身体を容易く破壊する。ろくな行動ができぬまま土塊へと戻ったゴーレムを尻目に、ランサーは上空からゆっくりとセーブワイヤーを伝って下ってくるアーチャーを見た。

 

「助けた、何て思うなよ。俺一人でも何とかはなったぜ。で、まだやるか」

「生憎狂犬と違って流動的な状況には慣れている。まだやると言うなら相手になるが、双方に利益があるとはおもえんがな」

「はっ。人を犬呼ばわりする輩に取ってはそう見えるだろうよ・・・・・・ああ?」

 

 ランサーは、己の耳に手を当てる。そんな仕草をしなくてもマスターとの『会話』はできるが、思わぬ命令に思わず耳を疑ってしまった。

 

「本気かよ。俺は番人だぜ。よりにもよってこいつと・・・・・・ああ、分かった分かった。ったく人使いが荒いねえ」

 

 吐き捨てるようにランサーは言ったが、その顔に嫌悪や恐怖は無く、むしろ笑みを浮かべていた。門番の仕事は性に合わない。むしろ獲物を追いかける猟犬か、劣性を覆す戦士の方が適している。そういう意味で、ランサーはむしろ心躍らせていた。

 

「聞いて驚け。ウチの主からの命令だ。お前と協力して、こんな事をした輩をぶちのめしてこいだとさ」

「貴様と違って、話の分かるマスターだな。とはいえ人選は少々傷がある。人手不足か」

「言ってろ。とにかく休戦だ。業腹だがお前の目的も、ある程度重なっってるんだろ」

「まあ、そうだな。俺の雇い主の命令には重なる所もある」

 

 ランサーはそれについて詳しく問いつめたかったが、瞬時に思考を戦闘へと切り替えた。ゴーレムの破壊を関知したのか、階層にいた幻想種が集まってきている。その中にはただの雑魚だけではなく、強大な存在を発しているのも少なくはない。

 

「全く何でコイツなんだ・・・・・・おい、何でも良いから槍を出せよ。このままじゃつまらねえ魔術一つで戦わなきゃならねえ」

「そのつまらない魔術とやらで槍を出さないのかランサー」

「あのルーンは槍を出してるんじゃなくて、予め隠してた槍を出してただけだ。俺の自作も、あれで打ち止めって事だよ」

「成る程。道理で雑な作りと言うわけだ」

 

 そう言うと、アーチャーは手をかざし投影を行った。作り上げられた槍を、そのままランサーへと投げつける。常人ならば容易に刺し貫く槍の速度だが、ランサーにとってはただできた槍を投げてよこしたに過ぎない。簡単にそれを掴みまじまじと見る。

 

「偽物でも良いから俺の槍にしてほしかったんだが・・・・・・こりゃあまた」

「一時的共闘だ。自分の作った槍に刺されるのも困る」

「マックールの小僧の・・・・・あいつか。女難とかけてんのか」

 

 投影された破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は、ランサーにとって浅い関係でしかなく、よしんば真名解放を行ったところで投影魔術を使うアーチャーとは相性は悪い。そういう関係を考え、それであっても一定の戦闘に適した得物である事にランサーはアーチャーの内面は一切変わっていない事を理解した。必要とあれば、例え親族の仇でもコイツは共闘するだろう。そういう所の横領の良さは、ランサー自身にもある。

 

「イヤなら返してもらおう。何も無償提供すると言ってもいない」

「誰が返すって言ったよ?まあ『本物』は良い槍だろうさ」

 

 ランサーは軽く槍を振り回し、手応えを確かめる。既に近付いてくる殺気は十分に多い。無駄話はもうできないだろう。

 

「俺が前衛。お前が後衛。それで良いな?」

「ああ。つまる所俺は、目の前にいる奴を撃てばいいと言うことだろう」

「抜かせ。お前の弾なんざ当たるかよ!」

 

 最後の皮肉を返すと、ランサーは一息に踏み込む。青と黒の軌跡が、幻想種達を殲滅せんと牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 



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深層②

 アルカトラスの第七迷宮、その深層には多くの幻想種が存在している。

 

 各層に幻想種を補給するという名目上、その数と種類は無数におり、踏破するには例えサーヴァントであっても困難を極める。足を踏み入れた者をモノへと『加工』するための補給庫、深層に足を踏み入れた時点で、その命に平穏な生も、残酷な死も訪れる事は無い。

 

 そういう意味で、ファウストゥスは正に深層の有様を体現していた。足を引きずりながら歩く様に迷宮の管理者としての威厳は一切なく、頬は痩せこけ高貴な衣服は引き裂けグロテスクな内臓を曝け出していた。胸にぽっかりと空いた穴は、己の召喚したサーヴァントに裏切られた結果だ。

 

 自身の死を否定し、己の全力を代償に勝ち取ったのは無味な生だった。あった筈の霊核は三個とも奪い取られ、敗者は深層へと逃げ込んだ。それはあのサーヴァントにとっては逃亡にすらなり得ない行動だったが、しかし追手は来なかった。当たり前だ。彼女、スカサハの狙いはあくまで自身の霊核であり、ファウストゥスの命ではない。今の彼はそこらの幻想種と同じ程度、スカサハにとって羽虫同然の存在にまで成り下がった。放逐ではなく、無関心なのだ。今の自分は。

 

 残った物は何もない。しかし、ファウストゥスは歩む。深層内の幻想種と戦いできた傷から血が滴り、通った道に血の絨毯を造り上げていく。それはファウストゥス本人のモノだけではない。彼の両手で握り潰され、事切れた幻想種、食人妖精達の亡骸から流れる血でもある。

 

「まだだ、動け」

 

 ファウストゥスは簡潔に言った。今まさに生命を終えようとしている自身に向けた言葉だった。身体は最早満身創痍を通り越した傷だったが、彼の瞳は爛々と輝き、獰猛な肉食獣のように瞳孔が収縮している。

 

「このまま終わるつもりは無い」

 

 食人妖精の血を啜れば、ある程度生き長らえるだろう。しかしファウストゥスはそれを良しとしなかった。この血は生きる為の血ではなく、勝つための血なのだ。

 

「仮にここで倒れるならば、私は真に不要な存在だったのだろう」

 

 自分は舞台にすら上がれない半端者と言う訳だ。だが、それが間違いだとファウストゥスは否定する。自分は明確な脅威で、畏怖されるべき存在なのだ。自分を生かしていたことが、あの女傑の敗因とならなければならない。

 

 ゴルゴダの丘へ向かう救世主のように緩慢な動きで、ファウストゥスは目的の場所へと辿り着く。少しだけ開けた場所には、石を積み重ねただけの『祭壇』があった。その周囲に食人妖精達の血を塗りたくっていく。それは魔法陣の中でもかなり簡易的な降霊儀式であり、今のファウストゥスにできるギリギリの魔術だった。

 

「あの女傑の読みは正しい。仮に私が深層に潜伏し、次の聖杯戦争でサーヴァントを召喚しようとしても敗北は必至だ」

 

 サーヴァントの召喚はできる。しかし、今のファウストゥスには高位の英霊を招き寄せる為の触媒が存在しない。神霊たるスカサハはおろか、この迷宮を生き残るには相当の戦闘力を備えたサーヴァントでなければならないからだ。だからと言って触媒無しの召喚は論外。マスターの相性などどうでも良い。己の命令を果たせるだけの強力な木偶人形で良い。自分が召喚したいのはソレだけだ。協力的な無能も、規格外の反逆者も必要無い。

 

 もしこの場に魔術師がいればそれを聞いて呆れただろう。満身創痍の幻想種もどきが、殆ど死に体で言っているのだ。それが遺言となってもおかしくはない。

 

「だが、『彼女』の存在までは予想外だっただろう。私も認識の外だった。まさか、深層に人が潜伏していたとは。私の探知野も穴だらけのようだ」

 

 石造りの祭壇で、横たえる彼女を見てファウストゥスは目を細める。顔を隠す為のフードは取り払われ、素顔が露わとなった少女。彼にとっての不運がスカサハだとするのならば、幸運は彼女だ。深層内でお互い疲弊していたとはいえ、会えたのは幸運、勝てたのは奇跡、相手の素性を知れたのは文字通り運命(Fate)かもしれない。

 

「これほどの『聖遺物』がこの地球上に存在する、その運命を祝福しよう」

 

 血の気の通らない皮膚を僅かに紅潮させながらも、ファウストゥスは儀式を開始する。ここまで来て体力切れで力尽きる失敗。そんな結果になれば運命に対する冒涜だ。妖精を殺したとなれば群れとなって報復される恐れもある。迅速に事を起こさなければならない。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 魔法陣から僅かな燐光が漏れる。それは成功へと近付いている証。ファウストゥスは口角を吊り上げるも、耳朶から送られた音に顔を凍り付かせた。

 

『みつけた』『みつけた』『みつけた』『ちをながしてる』『しにそう』『よわそう』

 

 振り返るまでもない。食人妖精達だ。仲間思いでもないくせに執拗にファウストゥスをつけ狙うのは、弱肉強食たる自然の倫理を現しているかもしれない。

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 ファウストゥスに取れる手段はただ一つ、詠唱を続ける事のみ。仮に詠唱を中断し、食人妖精達を排除しようとした所で、この身は食人妖精達の見立て通り瀕死。勝てる見込みはない。

 

 久方振りに感じる恐怖を背後に感じながらも、ファウストゥスは決して詠唱の速度を上げたりしなかった。詠唱とは即ち精神の高揚によって魔術を完遂させる為の手段。ここで精神に揺らぎがあればどんなイレギュラーが起こるか分かり得ない。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従、うならば!応えよ、誓いッツ、を此処にッ!」

『たべる』『おいしい』『ころす』『ころす』『しね』

 

 背後に纏わりついた食人妖精がその牙をファウストゥスへと突き立てる。命が文字通り削り取られる感覚を全身で味わいながら、ファウストゥスは歯を食いしばり耐える。まだだ。まだ終われないのだ。こんな所で終わる筈ではないのだと。

 

「我は、常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷くっ、者・・・・・・汝、三大の言霊を・・・・・・ま、とう七天」

 

 しかし視界が赤く染まり、ファウストゥスは冷たい地面へと倒れた。痛みが消える。霞がかった視界で喰い千切られた足を弄ぶ食人妖精も、闇へと染まっていく。

 

 燃え上がるような熱を、ファウストゥスは感じた。それは崇高な理想や己の野望からはかけ離れた本能。ただ己の生存のみを望む感情が、爆発的に自身の体から噴き上がる。

 

 ふざけるな。自身の結末が、こんな所?こんな所で死ぬ?そんな筈はない。終われないのだ。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 殆ど絶叫に近い声で、ファウストゥスは叫ぶ。

 

 瞬間、空気すらも沈む深層で、暴風が吹き荒れる。神秘の具現。魔法陣が成功した証。そしてファウストゥスの切り札。英霊の中で、彼の、いや彼女の名を知らぬ者はいないだろう。それほど高位の存在なのだから。

 

「問おう。貴方が、私のマスターか」

 

 その日、迷宮で運命と出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この深層で、私は召喚された。まさかサーヴァントとして顕現するとは思わなかったわ。ま、聖杯なんて興味は無いしやる事も無かったからここで貴方を待っていたのだけれど」

 

 ステンノと共に移動しながら深層について説明を聞いている際、ノーマは己の核となる部位が高鳴っているのを感じた。彼女の望みである、姉との再会が果たされたからだろう。しかし、これはどちらだろう。彼女(メドゥーサ)か、それとも彼女(ゴルゴーン)か。喜んでいるのは確かだが、それはメドゥーサから感じたような、純粋な愛情だけではない。

 

「聞いてるのかしら?」

「あ、すいません。ちょっと考え事を」

「・・・・・・へえ」

 

 ギラリ、とステンノの眼が妖しい光を帯びる。メドゥーサの記憶がフラッシュバックして蘇り、思わずノーマは背筋を凍らせた。姉に逆らえばどうなるか、分かっているからだ。何とか満身創痍からは遠のいたが、それでも余談を許さない状態。ここで吸血なんてされたら再び瀕死がちらつく。

 

「考え事、ねえ?人の話、いいえ女神の話はちゃんと聞くっていうのを教えてもらわなかったのかしら。それともメドゥーサがそういう風にしているのかしら?」

「い、いいえ!そういう意味じゃありません!あまりの美貌に見とれていました」

「あら、そう?それなら仕方ないわね」

 

 危なかった・・・・・・と胸中でホッと一息つく暇もなく「じゃあ対策が必要ね」とステンノは言葉を繋げた。

 

「これでもしておきなさい。女神の身体は常人には毒よ。見続けたら目、潰れるから」

 

 差し出されたのは、夢の中でメドゥーサがライダーの時にしていた眼帯だった。強力な魔眼すらも抑制する作用を持つ魔眼殺しは、ノーマのような低位の魔眼を持つ者には不要な代物。

 

「いいえ、私には」

「良いわね?」

「あ、はい」

 

 しかし女神()の命令には逆らえず、ノーマは両目を覆い隠す眼帯を着ける事になった。常時アイマスクをしているような形状の故、当たり前だが視界は皆無に等しい。

 

「すみません。やっぱり自分には」

「大丈夫よ。メドゥーサが教えてくれるわ」

 

 断言するステンノの声は、やや強制的だった。ここで押し問答をしていても始まらないので、ノーマは足を一歩踏み出す。深層の中で、小さな足音が断続的に響く。

 

 目を瞑って歩けと言われれば、常人ならば数歩進む内に何らかの障害物にぶつかるだろう。しかしノーマの歩みは最初こそ安定していなかったが、視界があった時と顕色無い段階にまであっという間に到達した。歩きながら、何故こうもはっきりと視えているのか、ノーマは首を傾げる。真っ暗な視界では、耳朶に触れる音と微弱な匂い、そして肌に触れる空気の流れが鮮明に『視えて』いる。

 

「どうかしら?これならよく視えるでしょう」

「不思議、ですね。これが彼女の見ていた視界なんでしょうか」

「私には分からないわ。ただ妹と同じように、貴方もソレができる。という事はやっぱりメドゥーサは貴方を特別に思っているみたいね」

「妹さんとは、仲が良かったんですね」

「そうね。愚かでノロマで要領が悪くて背だけが伸びた頭の悪い大きな妹だっただけど、まあ召使いくらいにはなったわ」

 

 思わずノーマは閉口する。本当に仲が良かったのだろうか。考えたくは無いが、メドゥーサがそう思っていただけで、ステンノは妹の事を召使い程度にしか思っていなかった可能性もある。親友を召使呼ばわりされるのは、温厚なノーマであっても許し難い。

 

「でも、駄妹がここに来ていれば私は殺されていたでしょうね」

「え?」

「メドゥーサの最後を見た者として、どうだった?」

「それは・・・・・・」

 

 最後、と言うのが肉体としてか、それとも精神としてか。どちらにせよ全うな死に方でもなく生き方でもない。ゴルゴーンとして堕ちた彼女は、姉に会うという目的すらも忘れ、迷宮ごと取り込む魔物と化していた。万が一そんな状態で姉と会ったとしても、自身の縄張りに侵入してきた異物程度の認識だろう。

 

駄妹(メドゥーサ)がここに来る目的は、私に会いたいからでしょうけど、駄妹(ゴルゴーン)がここに来るのは、私を取り込む為よ。生前の伝説通り、より完全な怪物となる為にね」

「生前って、まさか」

「逸話に残っているのは妹の最後だけかしら?まあ無理はないわね。私達は、妹に取り込まれたの」

 

 言葉が出なかった。少なくとも第二階層の小屋で話したメドゥーサは、姉との再会だけを望んでいた筈だ。果たしてゴルゴーンへと至った彼女が何を望んだかは分からないが、少なくとも姉達を憎んでそんな事をした訳ではない。

 

 しかし同時に、納得してしまう部分もある。ノーマはステンノを眼帯越しに見る。心の中にある彼女は再会の喜びと同時に、抗いがたい悦びも備えている。それが食欲だと考えれば納得せざる終えない。何故なら自分の中にいるのは彼女(メドゥーサ)だけではなく、彼女(ゴルゴーン)もいるからだ。

 

「だから貴方がしていた考え事も、別段おかしな事ではないわ」

 

 心の内を見透かされたように、ステンノは言う。果たして身内に殺された本人は、妹と再会して喜ぶのだろうか。自身の死因ともなった妹から命を提供して貰った自分を、直視出来得るのか。ノーマには分からなかった。ゴルゴーン三姉妹と言うのだから単純に仲が良いとしか思っていなかった。こうまで複雑に絡み合った関係とは。

 

「安心なさい。少なくとも私がどうかする事は無いわ。貴方が何かしてこない限りね」

「私が?」

「あら、気付かないの?妹は貴方の中でまだ生きている。どんな和解をしたかは知らないけど、神代の生命体に現代の理屈は通じないわよ。精々乗っ取られないよう注意しなさい」

 

 そろそろ目的地よ。とステンノが次いで言った事で、この話は終わった。しかしノーマの中では更に複雑な問題が入り乱れる。メドゥーサは自分の中で生きているのは知っていたが、ゴルゴーンとなって暴走する?夢の中で和解していたと思っていた。未だに、彼女の影は自身の内に残っているのか。乗っ取られば最後、今度こそノーマの意思は消えるだろう。

 

 そんなノーマの思考を知ってか知らずか、ステンノはそれ以上何も言わなかった。果たして、それが彼女の優しさなのか、それとももがき苦しむ人間を見物しているのかは、今のノーマには分からない。少なくとも、危害を加えるつもりが無いだけはありがたかった。

 

「さあ、ここが上へと続く道。私が案内できるのはここまでよ」

 

 ステンノの誘導の元、ノーマは最終的に一本の道へと辿り着いた。ここまで左や右とまさに迷宮のような小道が乱立しており、単独で歩き回っていたならそれだけで命が幾つあっても足らないだろう。道中の幻想種はステンノの支配下にあると言ってよく、見つかったとしても『魅了』されて動かない幻想種の横をステンノと共に通り過ぎるというのが多かった。

 

「ステンノさんは、上には行かないんですか?」

「別に?前にも言ったけど聖杯に興味は無いし。わざわざ外に出てもやる事も無いわ。聖杯戦争が終わるまで気楽に過ごすつもり」

 

 何処か突き放すように、彼女は言った。そうまで言われてしまえば、ノーマに言うことは無い。果たしてメドゥーサはここにたどり着いて何をするつもりだったのか、彼女を守るのか、それとも取り込むつもりだったのか。だが仮にここにメドゥーサが来たとしても、ステンノは同じ事を言うような予感めいたモノを感じた。姉妹や兄弟がいないどころか身内の記憶すらないノーマにとって、複雑な姉妹仲に首を突っ込むべきではないと感じ、それではと一歩ステンノから離れようとし。

 

 反転しステンノへと飛び掛かった。

 

 少女ほどの身長と体重を持ったステンノは反応すらできず、硬い地面に後頭部を打ち付ける。苦情の一つでも言おうとステンノは覆い被さるデか女(メドゥーサ)に口を開こうとしたが、ノーマの表情、そして彼女の胸を突き破り自身の皮膚へと触れる寸前の醜悪な手を見て瞬時に事態を察する。

 

「惜しい惜しい。もう少しで苦しみなくその命を刈り取れたモノを」

「貴方は・・・・・・」

「邪魔だ、不純物」

 

 まるで手についた泥を叩き落とすように、男は手で貫いたノーマを横へ振り落とした。手についた異形の血液をハンカチで丹念に拭き取り、呆然としたステンノへと恭しく頭を下げる。まるで芝居がかった仕草は、相手に礼節と品位を思わせる行為だがステンノの眼には別の意味を抱かせた。毅然とした振る舞いで力量差を分からせるような、相手に絶望感を抱かせるような、生前の下卑た貴族によく似た仕草。

 

 勿論、女神はその程度で眉を潜ませる事すらない。微笑を持って相手を見れば男は己の命すら質に出し、女ならば女神と人の差を嫌にでも思い起こさせる。

 

「女神ステンノよ。此度の聖杯戦争で暗殺者(アサシン)のクラスで召喚された女神よ。どうかその神核、私めに献上しては頂けませんか?」

「『献上』?女神に対しての口の聞き方がなっていないわ。随分と大きく出たわね。食人妖精達に恐れ、逃げ回っていた哀れな男」

 

 ステンノはパチンと指を鳴らす。それだけで周囲から燐光を発する妖精達が現れた。本来、ステンノは女神という高位の存在だが戦闘能力は無い。ただ『美しい』というだけに造られた女神は、人々に蹂躙されるだけの存在で、サーヴァントとなってもその本質は変わらない。だが他ならぬ『魅了』によって、ステンノはこの深層に君臨している。彼女の意思に沿って、深層の幻想種達はどんな命令でも実行する手足となるからだ。

 

 歴然とした数的不利にも、男は、ファウストゥスは一切の動揺を示さなかった。ステンノはそれに対して眉を潜ませる。この男が破れかぶれの特攻に来たのなら、捨て身の必死さを滲ませるだろう。しかし彼は不敵な笑みを貼り付かせたままステンノを『見ている』。魅了される事無く。

 

「流石は女神。幻想種であっても貴方の美貌には目を奪われるでしょう。ですが、世界は広いモノです。美というのは何も一種類ではありません。その本質は多岐に渡る。人の臓物を好む快楽殺人者もいれば、人の苦悩を愉悦とする破綻者もいるでしょう」

「つまり、貴方がそれと?」

「いいえ、いいえ。モノの例えという奴ですよ。ただ私には、もう貴方の『魅了』は効きはしない、それだけの存在になったという事です」

 

 大袈裟な仕草で、ファウストゥスは手を挙げた。周囲の壁面が変形し、擬態していたゴーレムがゆっくりと起動する。数は妖精達よりも少ないが、その一つ一つが下級サーヴァントに匹敵する実力を備えた存在だ。

 

「そしてこの土くれにも、貴方の美しさを理解できない。貴方相手には相応しい人選だ」

 

 無機質の塊であるゴーレムには、神代の美貌は通じえない。ここでステンノは理解した。前までの妥協と生存のみで動いていたこの男は、今は不気味なまでに懐の深い男になったのだと。これまでの態度はこちらを油断させる罠ではあるまい。何等かの幸運が、彼をここまでさせたのだ。

 

 だからと言って、ステンノはここで肯いて首を与えるような女ではなかった。

 

「そう。女神の美しさも理解できないような存在なら、消えてしまっても構わないわね?」

 

 微笑のまま、食人妖精達に指示を出す。あの男を殺せと。その命令に全ての命を捧げんと妖精達が特攻し、それをゴーレムが踏みつぶす。阿鼻叫喚の地獄絵図は、無音だった深層を戦場へと一変させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デカいな」

「ああ、大きい」

 

 ランサーの呟きに同意するように、アーチャーは肯いた。戦闘から数時間。数分ごとの小休止はあるものの、戦場は膠着状態だった。ランサーとアーチャーの布陣は、即席の協力関係とは思えない程幻想種の軍団と拮抗している。迷宮の番人に匹敵する戦闘力を備えた幻想種達を前に一歩も譲らないランサーの苛烈な攻めと、アーチャーの身体の損傷を無視した銃撃はトップサーヴァントの宝具にも匹敵する攻撃性を備えている。それでも尚『拮抗』していたのは立ち塞がる幻想種が『壊滅』を目的に攻めるのではなく、二騎のサーヴァントを『拘束』させる為に戦っていたからだ。無味で単調な戦いにランサーが嫌気をさしはじめた頃、『ソレ』の覇気を感じ取る。

 

「ここまで防御に徹してたのは、本命登場までの時間稼ぎってやつか。味な真似するじゃねえか」

「此方とは別に動いている所があるな。敵は二勢力以上と戦闘を行っているらしい。戦力を分散させて各個撃破ができる程、向こうは戦力的に潤っているようだ。何処かの誰かと違ってな」

「言ってな。雑魚をどれだけ集めても意味ねえだろうが」

「その通り。どれだけ傀儡を出した所でサーヴァントに対処できるのはサーヴァントしかいない」

 

 瞬間、ランサーは横っ飛びに跳躍した。前方から魔力の塊が通過しさっきまでいた地面が音を立てて崩壊していく。削り取られたように一直線に刻まれた地表は、まるで限定的な嵐が通った跡のようだった。

 

「風の魔術か。不意打ちとは随分と余裕のない事をするヤツだ。おい、出て来いよ。大方暗殺者(アサシン)お得意の暗殺だろ?だが残念だったな。あの程度で狩れる英霊なんてたかが知れてる」

「その程度のサーヴァントならば一撃で粉砕するつもりでしたが・・・・・・良いでしょう。暗殺者(アサシン)と言った貴様の侮蔑、挑戦と受け取った」

 

 闇から進み出たそのサーヴァントを前にして、ランサーは口角を吊り上げる。殺意が鎧を着れば、このような敵が訪れるかもしれない。漆黒の鎧を身にまとったサーヴァントは、異形な気配を滲ませる馬へと跨り槍を地面へと向けている。敵の目の前だというのに構えずに馬上越しに二騎の敵を見下げるのは、相手に実力差と恐怖を抱かせる上等手段か。

 

 悪くない。少なくとも実力は申し分なし。化物退治は得意だが、趣味ではないランサーには、迷宮では機会に恵まれないサーヴァント戦にありつけたのだから。

 

「そちらは槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)か。野蛮な槍使いと下劣な弓使いとは。余裕がないのは貴様等ではないか?」

「おお、野蛮なのも認めるしこいつが卑劣なのも事実だけどよ。余裕は十分にあるぜ。一つ階層を占領しただけで粋がるそっちのマスターを殺す程度にはな」

「そうか?それにしてはそこの弓使いはさっきから先手を撃とうと狙っているが」

 

 兜越しに光る目が、アーチャーを視る。それに肩を竦めたアーチャーは、瞬時に三発その頭へ叩き込んだ。槍を動かす事も避ける事もせず、そのサーヴァントは槍を『起動』させる。魔力の渦が練り上がり、纏う波紋だけで弾丸を弾き飛ばし、迷宮を振動させるその武器を、アーチャーは解析した。

 

「神造兵装か。厄介な代物を」

「そういう貴様は火薬を用いた砲か。品が無いな」

「生憎品性の欠片も無くてね。こちらは王や貴族には疎い下劣で野蛮な集団と思ってくれれば良い」

「おい、ちゃっかり俺を加えるな」

「おっとすまない。そう言えば貴様は神の血を引いているのだったな。人間味がありすぎて忘れていたよ」

 

 アーチャーはそう言いつつも、最小の損害で勝てる勝機を探し出す。負ける事は事実上アーチャーはあり得ないが、それは『勝利』を約束されている訳ではない。サーヴァントのスペックとしては破格のプラスが働いているが、その程度で勝てているならばさっきの不意打ちで殺せていた。間違いなく目の前のサーヴァントはトップクラス。世界そのものを背負う王の覇気を纏っている。

 

「我が名は、アーサー・ペンドラゴン。嵐の王、ワイルドハントとして、そしてこの聖杯戦争ではランサーのクラスで召喚に応じた者」

 

 視界に一瞬だけノイズが混じり、アーチャーは眉を潜める。アーサー・ペンドラゴン。西洋にて知らぬ者などいないという騎士の中の王、通称『騎士王』。アーサー王と言えば伝説の名剣エクスカリバーが有名だが、馬上での戦いにおいては両手剣よりも槍が重宝されていた時代だ。故に、アーサー王の名槍とも言える存在は勿論存在する。ランサー適正は十分に備えている。ブラフの可能性は低く、真実このサーヴァントが騎士王ならばさっきの名乗りも信憑性が高い。

 

 問題は、そういった情報よりも先にノイズが走った事だ。肉体の限界が早くも来たか?いや、まだ『依頼』は終えていない。雇用主の依頼は絶対。それまでは絶対にアーチャーは死なない。肉体のコンディションは最高(最悪)な筈だ。それなのに何故、不良が発生したのか。

 

「どうでも良いな。そんな事は」

「強気に出たなアーチャー。俺もまあ名乗ってくれたことは有難てえが、別段応えるつもりもねえ。高潔な騎士様には悪いがな」

「構わん。これから死んでいくモノに、せめて打ち取った者の名を刻んだまでの事。そちらの真名を聞く必要もあるまい」

「そうか・・・・・・なら、おっぱじめるとするかあ!」

 

 ■ロウ。貴方を■■■■。

 

 再度視界を遮るノイズを振り払い、アーチャーはランサーに続いた。

 

 




ファウ何とかさんの出番はまだ終わらんさ!
グレイファンの人はごめんなさい。作者は事件簿を知らないんだ。本当にすまない。

残念だがグレイさんの出番は極限に抑えて代わりに乳上オルタにしてみた。
バストサイズは・・・・・・宿主基準です。


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深層③

更新が遅れてすみません!
二話連続投稿で許してください!


「ククク、ハハハハハッ!」

 

 満を期して舞台に上がる奏者のように、ファウストゥスは両手を挙げて笑う。これが舞台演劇ならば拍手喝采の演技。しかしそれは戦場の真っ只中では慢心とも言えない自殺に等しい行為だった。それに応えるべく食人妖精が殺到し、その牙を向ける。

 

 しかし、それらはファウストゥスに触れる前にゴーレムに弾き飛ばされる。迷宮の階層を形作っている鉱物から造成されたゴーレムの強度は妖精の牙を受け付けず、逆に相手を粉砕する程の硬度を持ち合わせていた。

 

 ファウストゥスは口角を吊り上げる。周囲には食人妖精の亡骸が無残に散乱し、それをゴーレムが踏みつぶし地面の染みへと変え鮮血の絨毯へと変えていた。損害は皆無に等しい。元より相性を重視し、この舞台を作り上げた。サーヴァント等の知的生命体に、ステンノは強いが、こういった愚鈍な無機物相手には手も足も出ない。

 

 それ故の分散。自身は戦力の確保に、そして自身のサーヴァントは戦力の排除に。元よりファウストゥスはステンノとの戦闘を戦闘とは感じていない。消化試合、否。『補給行為』と割り切っている。戦闘の真似事は少し予想外だったが、今の自分には障害にすらなり得ない。

 

「さあ、どうでしょう?無駄な抗いは女神としての品位を落とします。私がここまで戦闘を続けているのは、私の作ったゴーレムの試動をしてみたかっただけです」

「へえ、そうなの。じゃあ失敗作ね」

 

 ゴーレムの内、一機が体勢を崩し倒れる。身を起こそうと腕を上げるも、その腕には妖精が纏わりつき、一心不乱にゴーレムの体表を削り取っていた。手、足の関節部に集中して攻撃を加えられ、蟻に倒される象を連想させる姿でゴーレムがもがく。

 

 急造のゴーレムとはいえ、その敗北はファウストゥスの目には余りある。圧勝である筈の戦いで、損害を出したのだ。これまでの彼ならば、癇癪と怒りで我を忘れ無用な手間を、隙を晒していただろう。

 

 だが、今は違う。

 

「いえいえ、言ったでしょう。試作品だと。全ての機能を試しておきたいのです」

 

 瞬間、倒れたゴーレムが膨張し、爆ぜた。一定以上の損害を感知した自爆機能が発動したのだ。爆発に巻き込まれ、周辺の妖精が屍すら残さず灰となる。

 

 ファウストゥスは変わらない。敗北の味は苦渋に満ち、破滅の匂いを感じ取れば小物と変ずる性根はそのままだ。変わったのはその後。鋭敏になった敗北の感覚を、可能性を感じた瞬間に次の一手で勝利へと転じさせる手法。迷宮の元管理者は、敗北と引き換えに小物染みた自分を受け入れさせる残酷な結論を辛くも飲み込んだ。

 

「素晴らしい!物体を燃焼させる魔術は多く知っていましたが・・・・・・爆発は中々工夫が必要だった。しかし体内に可燃性の気体を凝縮していれば、それも簡易的に可能とは。損傷と共に漏出する気体と、着火させる為の火種(ゴーレム)。魔術的作用ではなく科学的なのは魔術師としては落第ですが、私としては新しい手段を講じる一つの策だと思うのです」

「随分と派手な事を・・・・・・」

 

 爆発の余波で吹き飛ぶゴーレムの残骸を、妖精達が盾となって防ぐ。その後ろには守るべき女神がいるからだ。そのせいで半数以下の数となっても、食人妖精達には一切の躊躇は無い。残骸とはいえ人一回り巨大な物質を、数百の群体で抑え、残骸の落下先を変える。しかしその重さに耐えきれず妖精達は押し潰され、かろうじてステンノに当たらない箇所に落とすに留まった。

 

「・・・・・・いいわ。止めなさい。結構よ」

 

 それを無感動に眺めていたステンノは、そう言った。はあ、と大きく溜息を吐き、それ以上の妖精達への命令を止める。指示を失った食人妖精達は指令を失い、あちらこちらへと彷徨い戦場から離れていく。ステンノを唯一守る鎧であり、盾であり、矛である武器が消える。それは戦場に勝敗を付けるには十分な結果だった。

 

「諦めがよろしいですな。もしや妖精達に同情を?」

「そんなんじゃないわ。これ以上荒らされたら、勝ってもやることが無いし。サーヴァントなんて柄じゃないし。気まぐれよ」

「ふむ。敗者に塩を送るのも哀れですな。良いでしょう。女神ステンノよ」

 

 ゴーレムを停止させ、ファウストゥスは緩慢な動作でステンノへと歩み寄る。それを見ようともせず、ステンノは足元にいる妖精達の亡骸を見た。勿論ステンノは気まぐれで神核を提供する程酔狂な女神ではない。人間ならばとにかく、人工的に造り挙げられた妖精達を最後の一兵になるまで戦わせるのも酷だと感じたからだ。魅了されているとはいえ、誰かの為に命まで投げ打つ行為は、どうしようもなく駄妹を連想させてしまう。

 

「ま、生前よりはマシかしらね」

 

 ちらりと見れば、ノーマが倒れていた地面には赤褐色の染みしか残っていない。戦場の余波に巻き込まれたというよりは、戦場のどさくさに紛れて逃げたのだろう。ステンノにとっては生前によく似た死に方で、天と地程の差があるが違うとするならば残ったモノがいる事。最良とは言えないが最悪でもない中途半端な終わり方だ。

 

 それが自分の望んだ結末なのかもしれない。

 

 目前に立つファウストゥスがゆっくりと手を上げる。その神核を抉り取る為に。

 

「では美しき女神よ。勝利の報酬をここに、その神核を捧げて貰おう」

 

 『捧げる』なんて女神に言う事じゃないわ。とステンノは口を開きかけたが、既にファウストゥスの手は動いていた。せめて遺言くらいは言いたかったとステンノは胸中で溜息を吐くも、瞬時にその思考を外へと追いやる。

 

 しかし、ステンノには来るべきであろう痛み、喪失感は感じる事は無かった。

 

 ファウストゥスの手は、ステンノの命を奪う筈の手が止まっている。否、止められている。爪と手、腕が一体化したかのような怪物の手が、ファウストゥスの手を握っているのだ。その手をよくステンノは知っている。異形の姿となっても姉達も守り、そして精神が壊れた妹。

 

「それは私の獲物だ」

 

 メドゥーサであり、ゴルゴーンである妹が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓から供給される血液が噴出し、ノーマは文字通り跳び起きた。常人では致死量の流血をもたらす傷も、化物染みた回復力で塞がりはする。それでも胸を穿たれたのだ、本来なら即座にショック死して味わう事のない痛みも、味わなければならない。

 

 轟音が、深層を揺らした。ミサイルでも突っ込んできたような爆音と共に衝撃波が肌で伝わる。視界が存在しないノーマにとってはそれこそショックで昏倒しそうな轟音だったが、その暇が無いことを察知し片手を振り上げる。

 

 流れ弾のように飛来してきたナニカを弾き飛ばす。ノーマは少しだけ眼帯を外し、それが石の塊、ゴーレムの残骸である事を確認した後自分の手を見る。鱗と鋭利な爪で覆われた異形の手。ゴルゴーンの手だ。意志を込めて手を握れば爪は縮み、鱗が引いていき元の人間の手へと戻る。一応自分の意志で切り替える事ができるらしい。今のところは。

 

 ノーマは再び眼帯をかけ直し、地獄絵図となっている戦場に耳を傾けた。自分でも恐ろしいくらい鋭敏になった聴覚で、どういう状況になっているかは直ぐに理解できた。妖精とゴーレムの戦いは、後者の勝利に傾きつつある。ゴーレム側の頭は人型で、ステンノの神核を奪おうと。

 

「奪わせはしない」

 

 そこまで理解した刹那、ノーマは呟いていた。違う。それはノーマの言葉ではなかった。思考の中でナニカが急激に這い上がってくるのを感じたノーマは、意識的に振り返ろうとしたが、既に身体はノーマの操作を受け付けず、駆けだしていた。人間であった手足が急激に変質し、それが腕、肩、胸へとせり上がっていく。

 

『借りるだけだ』

 

 ノーマは残った理性でそれを抑えようとしたが、思考の中で還ってきた言葉がそれを止めさせた。よく知っている声だ。果たして彼女がなにをするかは分からないが、それでもノーマは信じる事にした。

 

 怪物となったノーマの身体を、彼女が操る。瞬時に戦場の一地点、即ち雌雄を決するステンノとファウストゥスへと肉薄し、その腕を止めた。

 

「・・・・・・これはこれは、復讐者(アヴェンジャー)ではないか」

 

 ファウストゥスは予定外の異物をまじまじと見つめた。サーヴァントを召喚したマスターである彼は、どのクラスが今回の聖杯で召喚されたかまでは知らない。しかしこちらに殺気を放っている相手を見ればクラス等直ぐに理解できる。狂気を感じさせない、憤怒。普通の人間では表現できない怒りを持った顔は、復讐を冠するサーヴァントに相応しい。異端中の異端であるアヴェンジャー。しかも、彼女はその中でも異常な存在だった。

 

「そういうコンセプトもあるか。魂を他の誰かに移植するという魔術は聞いた事はあったが、『君』は違うらしい。どちらかと言えば私と同じ方向性、即ち他者のモノを己のモノとして扱う系統か。だが他者に取り込まれてしまっては元も子も」

「黙れ」

 

 自身の頭部を横薙ぎに払おうとしたゴルゴーンの手を、ファウストゥスは腕を掴んで止めた。互いが両腕を掴んだ状態で、ファウストゥスは嗤い、ゴルゴーンの表情は曇る。仮にゴルゴーンがサーヴァントとして召還されていれば、否、サーヴァントとしてここにいればファウストゥスの頭部は既に深層の地面の染みとなっていただろう。

 

「他者を取り込む事で自己を強化する。それを魔術的に行うのならばまずは取り込む相手と自分の差を少なくしなければならない。強いモノを取り込めば良いという訳ではないのだよ。サーヴァントを取り込もうと思うのなら、少なくともサーヴァントに拮抗できるくらいの力は必要だ」

 

 サーヴァントの核を取り込む狂気が、何たる奇縁か正気を保ったまま目の前にいる。しかしそれは大幅な能力低下を意味する。拮抗していた筋力勝負は、ファウストゥスへと傾きつつあった。

 

「つまり、今の君は無力という事だ」

 

 まるで紙屑を丸めるような気軽さで、ファウストゥスは握ったゴルゴーンの腕を握り潰した。畳みかけるように怯んだゴルゴーンの胸に手を添える。

 

Es ist gros,(軽量)Es ist klein(重力)

 

 重力操作、質量軽減。体重を極限に落とした質量を手で優しく押せば、数十メートルの落下と同じ速度で墜ちていく。垂直ではなく、水平方向に。ノーマはその魔術を知ってはいた。並みの魔術師ならば数分はかかる詠唱を数コンマで終わらせ、並み以上の効果を発揮するのは相手が力だけの獣ではなく、魔術にも精通した存在である事を示唆している。

 

 水平方向に堕ちたゴルゴーンの身体はゴーレムに衝突し、更にその岩石の身体を砕く程の威力を備えていた。何とか停止したゴルゴーンは体勢を立て直すべく立ち上がろうとするも、その身体を崩れた筈のゴーレムが意図的に包み込んだ。

 

「流体要素も取り入れた泥のゴーレムだ。サーヴァントを拘束するにはやや力不足だが、このテストもできたのは暁光かもしれないな」

 

 さてと、とファウストゥスは思い出したようにステンノへと向き直る。未だに闘志を燃やし、身じろぎしているゴルゴーンを見ようともしない。まるで既に決着が着いたかのような、軽い運動を終えたかのような清々しさを持っていた。

 

 腹立たしさと不甲斐なさが怒りに火をつけるのを、ノーマは感じた。ゴルゴーンの怒りだ。戦いらしい戦いもできず、纏り付く虫を払われるように拘束されてしまった。復讐心。アヴェンジャーたる憤怒が、その身体を突き動かそうとする。

 

 しかし肉体はあくまでノーマなのだ。人間の肉体を怪物で継ぎは接いだ身体は確かに常人を越えている力を持つが、弱体化は大きい。現に今もゴーレムの拘束を突破できないでいる。

 

『この、軟弱者め!こんな身体でなければあんな雑魚、くびり殺していた所を!』

 

 怒りが思考に木霊する。まるで耳元で怒鳴られたように聞こえ、思わずノーマは萎縮しそうになるも、目の前でステンノが殺されそうになっているのを黙ってみている訳にはいかない。何をすれば良いか考えるよりも早く、本能が行動を、その魔術を行っていた。

 

示せ(スケール)

 

 ノーマはただそう言った。そう、言っている。現実の身体が返っていた。身体のダメージか、それとも自分の思考を読んだゴルゴーンが明け渡してくれたのか、そんな事はどうでも良い。ノーマにとって重要なのは魔術の詠唱ができた事だ。自身が行使していた探索魔術の詠唱。本来ならば専用の礼装と、示す為の岩塩がが無ければできない魔術を、視覚の通じないこの状況下で使う。暗中の状況に、道筋を開く為に。

 

「何?」

 

 ファウストゥスは振り返った。後方から小さな、しかし明らかに異常な音がしたからだ。もしも彼が、スカサハに敗北しなければこの程度では振り返らなかっただろう。やや慎重に、臆病になった故の行動。それが命を救う結果となった。

 

 直ぐ目前に、眼帯を解いたゴルゴーンがいた。一閃される野性獣染みた爪を寸前で回避し、ステンノから離れたファウストゥスはゴーレムへと指示を送りながら、その陰へと隠れる。しかし命令を下された筈のゴーレムは、まるで棒立ちした巨象のようにピクリとも動かない。これではただの石象・・・・・・。

 

「石化の魔眼だと!?」

 

 驚愕しながらも、ファウストゥスは己に魔術的防御を施す。それと同時に自分を守るゴーレムが音を立てて崩れていく。向こう側には、眼帯を外し、自分を『視ている』アヴェンジャーがいた。

 

「無力なモノに追い立てられる気分はどうだ?」

「貴様・・・・・・クッ」

 

 ファウストゥスは己の身体から感じる異常を調べようとしたが、ゴルゴーンはそれよりも早く拳を握りしめていた。異常を診る暇も無い。緩慢になっていく動作で何とかファウストゥスは拳を受け止めようとしたが、ゴルゴーンのソレが想定以上の速さで手をすり抜け顔面を捉える。サーヴァントに勝るとも劣らない力は、ファウストゥスの視界を揺らし、その身体を地面へと叩きつけた。

 

「ガハッ・・・・・・ふざけるな!」

 

 地面へと這いつくばる負の記憶が蘇り、ファウストゥスは立ち上がり様にゴルゴーンへと魔力の塊をぶつける。詠唱も無い粗雑な魔術だったが、それでも弾丸以上の威力となる武器だ。当たりさえすれば。

 

 ファウストゥスが振り返った時には、既にゴルゴーンの姿は無く。呆けたファウストゥスの後頭部を、ゴルゴーンが鷲掴みにしていた。聞くだけでも発狂してしまいそうな異常な音と共に視界が急変し、地面へと放り投げられる。ファウストゥスは落下し、回転する視界に石化し立ち尽くす己の『胴体』が見えた。それを見てやっと引き千切られた事を自覚するも、その時にはゴルゴーンが油断なく近づいていた。

 

「・・・・・・ゴルゴーン、だと!?馬鹿な、このタイミングで」

「その名で呼ぶな。醜虫」

 

 振り上げた足で入念にファウストゥスの頭部を踏みつぶす。一度や二度ではなく、何度も、原型を留めないように。ゴルゴーンは相手の素性が、自分と同じ存在である事を理解していた。故に念入りに壊す。いかに化物と言えど、頭部を破壊されては再生は難しい。数分程踏みつぶし続け、ようやくそれ以上の追撃を止めたゴルゴーンは、魔眼殺しの眼帯をかけなおした。

 

 ゴルゴーンの顔を向けた方向には、ステンノがいる。彼女が何かを言おうとした瞬間には、ゴルゴーンはその目前へと移動していた。纏う殺気は変わらずに。

 

「・・・・・・ッ」

 

 ステンノは後ずさろうとするも、深層の壁がそれを阻んだ。結局、ここまでの戦いは獲物の取り合いに過ぎない。捕食者が誰であるか、それを決める戦いで、祀られる女神には何の救いも無い。

 

 ゴルゴーンが手を伸ばす。ファウストゥスの血と臓物で汚れ切った手が、ステンノの頬に触れた。一秒後には死よりもおぞましい結末を迎える自分の姿を想像しながら、しかしステンノは逃げなかった。逃げれる逃げれないの話ではなく、信じる。ゴルゴーンを。妹を。殺されるのは構わない。しかし自分が死ぬ事で、妹が『完成』してしまうのは許容できない。それは自分と同じ女神ではなく、堕神よりもおぞましい怪物として変生する事を意味するからだ。

 

「メドゥーサ。聞こえるかしら」

 

 ゴルゴーンは答えない。しかし聞こえている。そうステンノは思った。一秒後の死が延期される。

 

 何を言うべきか。自分に負けるな?自分に打ち勝て?それは違う。何故ならメドゥーサはゴルゴーンであり、ゴルゴーンはメドゥーサなのだ。過去を変える事はできず、メドゥーサが怪物になり、なったのは真実であり、勝敗など意味は無い。水を冷たくしていけば氷になるように、なるべくしてなった結果で、目の前にいるのはゴルゴーンなのだから。

 

 そう考えれば出てくる言葉は一つだけ。いつもの日常ならば、こんな事は恥ずかしくて言わないが、遺言のつもりで言えば堪えられる。

 

 ステンノは大きく息を吸い、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーマは、ゴルゴーンに呼びかけようとした。しかし、答えは無い。何故か?自分しかいないからだ。一方が一方を操ろうとすれば、何らかの齟齬が起こる。そのバグを解消させる為に『示された』道を、ノーマとゴルゴーンは選択した。即ち魂の同期。水と油、両極端の属性を無思慮にかき混ぜる。サーヴァントの肉体を移植させるだけでも奇跡の行為を、もう一歩踏み超える越権行為。しかし多くの幻想種、そしてゴルゴーンを取り込み正気を保ったノーマだからこそ出来得る行為だ。肉体と精神が同期し、ゴルゴーンがノーマに、ノーマがゴルゴーンとなった。そのおかげで、あの強敵を倒す事ができた。

 

 しかし、戻る方法が分からない。戻らないのか、永遠にこのままなのか。それらの思考をする前に、思考がステンノに統一されてしまった。ノーマ(ゴルゴーン)は己の食欲を満たす為のみにステンノへと近付く。それをノーマは拒絶できない。同期が強過ぎるのだ。せめてもう一度、ゴルゴーンに呼びかける事ができれば。

 

「ありがとう。助かったわ」

 

 耳朶から送られる情報が、氷結し融合した脳裏を溶かしていく。ノーマには経験があった。痛みだけで発狂しそうになっていた時、メドゥーサ(ゴルゴーン)の声で正気に戻ったように。同調していった意識がゆっくりと解け、怪物から人間へと戻っていく。頭の中でようやく剥がれたゴルゴーンは、戸惑うように脳裏の奥へと隠れていく。

 

『・・・・・・あとは任せる』

 

 放り投げられた身体の制御権を慌てて掴み、ノーマはステンノから数歩引く。改めて自分、ゴルゴーンの戦闘能力に驚嘆し、戦慄した。化物染みた怪力に、石化の魔眼。異常な再生能力。だが最も恐ろしいのはその全てが、いつ自分の手綱から離れるか分からないという事だ。暴れ馬なんてモノじゃなく、火の点いたロケットにしがみつくような所業で、いつ降り落とされるかわからない代物だからだ。

 

「大丈夫よ。駄妹も、必要以上に出てくることは無いみたいだし」

「それも分かるんですか?」

 

 こちらの思考はお見通しと言わんばかりにステンノは笑う。

 

「いいえ。如何に姉妹だからと言って、駄妹の考えてる事全部理解できる程、『完成』していないもの。だからこれは私の願いよ。妹には不変を。貴方には進歩を」

「一緒に行きましょう。妖精達もいなくなりましたし、ここにいる事は」

「行かせはしない。何処にもな!」

 

 ノーマは振り返り、ステンノは目を細めた。石化し、彫像となったファウストゥスの胴体がミシミシと音を立てて崩れ、中から肉の塊を吐き出した。醜悪さのみを収縮させたかのように不定に脈動するソレは異音を響かせながらも人の形へと、ファウストゥスを形成していく。

 

「無茶な事をするわね。安泰な死を受け入れれば良いものを」

 

 ステンノは呆れ半分、哀れみ半分の声で言った。ノーマでも理解できる。相手は魔術師として一級、いやそれ以上の存在である事を。そして、そんな魔術師であろうとも、蘇生に近い行為を行うのは不可能に近いという事を。かろうじて原型を保ってはいるが、身に纏う神秘は大きく下がり、魔術師はおろか生命体として崩壊が直ぐそばにある状態。蘇生ではなく、究極の延命だった。

 

「私は!私は、幻想種を超えるのだ!超えるべく数百、数千の時を過ごしてきた!それをサーヴァントもどきに邪魔され敗北する?ふざけるな!」

「神にでもなるつもり?仮にできたとしても・・・・・・いいえ、もう人の言葉も不明瞭かしらね」

「よこせ、よこせ!貴様の核、それが必要だ。必要なのだ!お前はその為に生まれた、捧げられるために生まれた筈だ!道具は使われることが本望だろう!」 

 

 足を引きずりながら、ファウストゥスはステンノへと近付こうと一歩踏み出した。それだけで、彼の足は体重を支え切れず崩壊する。今この瞬間にも死が近付いているファウストゥスは、藁にも縋るように這いつくばりながらもステンノへと近付かんと足掻く。優雅さの欠片も無い獣の形相は、この男の本質を現しているようだった。

 

「無視してくれて結構よ。あれはもう終わり。消える前の蝋燭だから」

 

 興味が失せたようにステンノは視線を外す。しかし、ノーマは『視た』。眼帯をする事で鋭敏になった聴覚、嗅覚、そして皮膚から伝えられる感覚が、ファウストゥスの纏う雰囲気が変わったことに。

 

「令呪によって命ずる。来い、ランサー!」

 

 どす黒い魔力が渦となり、五感を振るわせる。伝えられる情報は危険。ノーマは眼帯を外した。令呪の発動による、サーヴァントの強制転移。彼がマスターであるという事実が霞む程に、濃密な魔力が視界を覆わせる。一瞬、ほんの一瞬だけ、ノーマは臆した。元来の弱気が表に出てしまった。それは殆ど気の迷いと言っていい、僅かな誤差とも呼べるもので、転移されたサーヴァントにとっては絶好の隙に映った。

 

「邪魔だ」

 

 唸りを上げた魔力が、黒い渦となり放たれる。大自然の暴威を体現するような攻撃を、ノーマは回避しようとした。本能で分かる。あれは攻撃ではなく、破壊だ。脅威的な再生能力も、化物染みた怪力も通用しない。呑まれれば最後、その身を破壊しつくすまで止まらない。

 

 だが、避ける事もまた不可能だった。呆気なく身体が渦の中心へと呑み込まれ、五感が寸断されていく。それが死の体験だと知る前に、ノーマの意識は闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 



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深層④

「クソっ、おい、粗悪品じゃねえのかこれ?直ぐ折れるぞ」

「持ち主の技量が知れるな」

「造り手の力量もな!」

 

 悪態を吐きながら、ランサーは折れた槍を放り投げた。瞬時に後ろに手を回し、飛んで来る新造の槍を掴んで止める。

 

 既にこのやり取りは五度に渡って行われていた。お互い口では相手を罵るが、嫌というほど知り尽くしている故に疑念は存在しない。ある意味で、二人は技量において双方に絶対の信頼を置いていた。ランサー、クーフーリンが使い慣れていない槍に四苦八苦している訳でも、投影するアーチャーがわざと脆い武器を投影している訳でもない。相手の問題だった。

 

 ランサーは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を振るう。魔力を絶つという常時発動型の宝具は本来の担い手ではないクーフーリンにも機能し、迫る暴風を四散させ、無力化させる。いつもならここで空いた空間に突っ込み、敵を穿つのがランサーの戦法だった。だが彼は用心深く反撃せずに、その場を飛び退く。続く第二波の魔力放出が先程までいた場所を通り抜け、迷宮の階層に新たな穴を作っていく。

 

「どうした。ランサー。逃げてばかりでは槍兵の名も泣こう。馬上からではその身も小さく見えるぞ」

 

 黒き鎧を纏った槍兵は、跳び回る槍兵を馬上から見下ろす。放つ言葉に嘲笑の色は無い。殺意だけが込められ、その思いが魔力となってランサーを襲う。破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)でそれは防ぐことはできる。しかし、襲い掛かるのは嵐だ。槍と接触しているその面のみを無力化させる破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)では絶え間ない敵の魔力放出を防げない。結果、ランサーは迫る嵐から逃げ惑うという、常人では不可能な所業を行っている。

 

「抜かせよ。ランサー・・・・・・ああ、言いにくい。騎士王で良いか?」

「クラス名で呼ばないのか。余程槍兵としての誇りがあると見える」

「うるせえ。ランサーランサー言ってたら誰の事か分からねえだろうが」

 

 図星を突かれ、ランサーは内心ヒヤリとするモノを感じていた。同じ槍兵(ランサー)のクラスで呼ばれたが、こと槍の技術においてクーフーリンはクラス中最上位に位置する。若い時代で召喚されていたからと言って、サーヴァントとして、そしてランサーとして召喚されたからには自身の槍術には絶対の自信があり、その自身に見合うべき実力もある。そして敵の実力を見抜く眼も。

 

 相手は、強大だ。

 

「貴方もだ。アーチャー。火薬を用いて音を鳴らすだけならば取り柄ならば、道化の方がマシだろう。最も、私は道楽を好みませんが」

「フン。言ってくれるな」

 

ランサーの後方、弾丸を再装填していたアーチャーは自嘲気味に笑い。引き金を引く。魔力に反応し燃焼を施す火薬が爆発し、射出された弾丸は寸分の狂いなく黒き鎧を貫かんと殺到し、魔力の波で軌道を狂わされ明後日の方向に穴を作った。

 

「同じ事を何度も試す。貴方のソレは努力ではなく、怠惰だ」

「生憎鉛玉を撃つ事しか才が無いものでね。そういう君は、同じ技を連発しているようだが?」

「相手の技量を見て判断しているだけです。貴方の技量では聖槍を起動させるだけで事足りる」

 

アーサー王が所有する槍。聖槍ロンゴミニアドはサーヴァントの武器ならば最強に類する宝具だ。未だに相手は『起動』のみ、その余波だけでアーチャーとランサーに拮抗するだけの余裕がある。それどころか相手はその場から動いてすらいないのだ。

 

真面目に返答する騎士王にアーチャーは苦笑しながらも、更にもう二発撃ち込む。突然の攻撃で倒される相手でもなく、またもや弾丸は弾かれ迷宮の壁へめり込んだ。

 

「同じ事を何度も」

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

瞬間、騎士王の周囲、弾丸がめり込んだ壁、床、天井が爆発した。アーチャーの投影魔術の奥の手、投影品の爆発は弾丸であっても適用される。刀剣のように面積の大きい物質では無いので攻撃には不十分だが、土埃は相手の視界不良を誘うには十分だ。

 

合図するまでもなくランサーが踏み込む。作戦など事前に話す時間は無いが、青き槍兵はできた隙をみすみす見逃すはずもない。神速の速さで粉塵舞い散るその向こうへと駆け出している。

 

「甘い」

 

粉塵が吹き飛んだ。ロンゴミニアドが唸りを上げて前方のランサーを撃墜するべく起動する。魔力が収縮し、砲弾のように放たれた。ランサーは跳躍し、それを何とか躱す。

 

「無駄な事を」

 

しかし、それは悪手だった。冑の中で騎士王は不服に眉を潜める。空中へと跳び上るランサーは隙だらけで、如何に人外のサーヴァントであっても物理法則には逆らえない。嵐を生み出す聖槍を上へ向ければそのままランサーは消し炭になるだろう。その身を守る紅槍は既になく・・・・・・。

 

「ッ!?」

 

初めて騎士王は手綱を握った。愛馬ラムレイは地面スレスレで飛来する紅槍を回避し、着地するランサーへと迫る。魔力放出に潜り込ませる形で槍を投擲したランサーは不敵な笑みで騎士王を見た。

 

「やっと動いたな。ありがてえ」

 

ラムレイの脚が止まる。その身体に纏わりつくのはルーン魔術による拘束。騎士王の攻撃から逃れながら造っていたランサーの罠だった。無論それは間に合わせの拘束で、騎士王の馬であるラムレイの動きを一時的に拘束したに過ぎない。しかし、それだけで十分。

 

「貰ったぞ。アーサー王」

「舐めるな!」

 

 騎士王は動きの止まった数瞬に撃ち込まれた弾丸を、槍を振るう事で弾き飛ばす。不愉快だった。攻撃を受ける事に対してではなく、意味のない攻撃を受ける事に対してだ。一瞬の隙で動揺する相手だとでも思っているのか、その程度の策で勝てる相手だと思われている事に不快だった。

 

 ラムレイが身震いし、展開していたルーンの拘束を振りほどく。ランサーはその場を動かない。アーチャーは、騎士王へと銃撃しながら駆ける。弓兵が接近戦を仕掛けるという無謀。しかし騎士王は、アーサー王はそれを笑わない。この弓兵は、この英霊はそんな無意味な事をしない。そんな保障も無い確信を抱いている。どちらにせよ何を仕掛けてこようが、真正面から粉砕するのみ。

 

「来なさい。アーチャー」

 

 アーチャーはの返答は斬撃だった。銃の先端に取り付けられた剣という奇抜な武器だが、英霊の武器には相応しい威力を持つ。無論、その程度の異才で攻撃を受ける騎士王ではない。絶大な力を誇る神造兵装が、歪な投影品に劣る等あり得ない。槍と剣が衝突し、剣にヒビが入り、銃身が歪む。数度打ち合えば砕ける脆い武器だ。

 

投影、装填(トリガー・オフ)

 

 だが、アーチャーは退かなかった。至近距離からの銃撃、斬撃を放ち武器が壊れれば再投影を瞬時に行うい騎士王へ食い下がる。騎士王も一切の手加減なく応じた。銃弾と嵐が荒れ狂い、迷宮が歪む程の力が縦横無尽に駆け巡る。

 

 騎士王は相手の戦闘能力を見直していた。自分の推測ならば、アーチャーは自分を数秒抑える程度にしかならない。五秒もあればアーチャーの身体は砕けると見積もっていた。しかしそれは数十秒続いている。戦闘能力を見誤っていた訳ではなく、アーチャーの『主』まで推測していなかっただけだ。

 

「抑止力・・・・・・守護者か。成程、サーヴァントを相手にしていると思っていましたが。どうやら貴方は違うようだ」

 

 霊長の守護者。生前に世界と契約を交わし、死後の自身を売り渡した人間であり、無辜の人々が生み出した顔の無い代表者、そして代行者。世界の守護と言えば聞こえは良いが、その実は世界に使役される奴隷に等しく、殺戮機械と言っても過言ではない。

 

「流石は聖槍の担い手。こちらの役割をよく理解してくれている。どうかね。世界と幻想を繋ぐ柱を持った騎士王。できればこちらの仕事を手伝ってほしいのだが」

「生憎、私は聖槍を『使う』モノではなく、聖槍を『担う』モノだ。嵐の王として、そして今はマスターを持つサーヴァント。貴方のような存在に理解はするが、協調はしない。職務を遂行したいのならのなら、力を以て示すが良い」

「ハッ!真面目な所は変わらずか」

 

 何を言っている?ノイズだらけの思考で、一瞬浮かび上がった映像をかき消し、アーチャー次の手を打っていた。二挺の銃剣を連結させ、両刃の長刀を作り出し戦法を変える。連撃から一撃へとシフトチェンジした戦法は、どう見ても悪手。力勝負でアーチャーに軍配が上がる事は無い。騎士王の一撃と撃ち合えば、砕けるのは必至だ。

 

「チィッ」

 

 砕かれる寸前の長刀を騎士王に向けて投擲し、アーチャーは初めて距離を取った。投影で武器を造る為の猶予時間は短い。しかし、騎士王には長い。ラムレイが嘶き、取られた距離を一気に縮める。アーチャーの投影が完了する頃にはその心臓を砕いている。遠目から伺っていたランサーが全速力でこちらに向かっているが自分はそれよりも速い。

 

「終わりだ。アーチャー」

「どうかな」

 

 それがアーチャーの遺言だった。聖槍はその身を貫き、霊核を砕く。アーチャーは投影した銃剣を握ったまま、その最後を。

 

「終わりなのは君かもしれんぞ?」

 

 アーチャーの遺体が声を発する。引き金が引かれ、至近距離からの銃撃が騎士王の冑へと突き刺さった。頭を覆う冑が無ければ即死していた傷を、落馬せずに騎士王は耐える。今も自分の槍で、アーチャーの身体は霊核諸共貫いている筈だ。彼に戦闘続行のスキルがあるのか、それとも単に往生際が悪いのか。

 

「姑息な真似を!」

 

 槍を引き抜き、地面に落ちたアーチャーの身体をラムレイが踏みつける。落馬死の原因を身にもってその身に受けるアーチャーはしかし、引き金を引き続けていた。マトモに銃撃を浴びせられ、溜まらずラムレイが跳び下がろうとする。

 

「姑息ねえ。まあ小奇麗な騎士王様には似合わない戦法だったか?」

 

 無手のランサーがラムレイへと飛び移り、馬上の騎士王へと拳を握った。槍の間合いではない超至近距離では、武器を持たないランサーの方に分がある。だからといってここでラムレイから降りれば最後、ランサーはラムレイを殺すだろう。騎士王はラムレイを駆け抜けさせながら、槍を持たない片手でランサーに応戦する。

 

「そらそら、どうした!?」

 

 ラムレイの機動と、魔力放出で加速する馬上で、ランサーは横薙ぎに蹴りを放った。少しでもバランスを崩せば落馬死するような不安定な足場で、尚もこのサーヴァントは戦いの手を緩めない。防御する鎧越しでも骨が軋む音が聞こえ、騎士王は振り落とさんとラムレイに拍車をかける。如何にランサーと言えど、この状態で戦いを仕掛ければいつ落ちても不思議ではない。

 

「取りに行かせてもらうぜ」

「それはこちらの台詞だ。ランサー」

 

 瞬間、騎士王が跳びあがる。跨る姿勢から、ラムレイの上へ足を乗せるランサーと同じ立ち位置を選んだのだ。思わずランサーは口笛を吹き口角を吊り上げる。

 

「良いぜ。流石は騎士王。こうでなくちゃあ面白くねえ」

 

 鎧の防御など意味は無い。互いに一撃でも拳を直撃させられれば馬から振り落とされトドメを刺される運命だ。拳打が交錯し、紙一重の回避を繰り返しながら、両者は一歩も譲らず繰り返す。だが足場であるラムレイを操作できる騎士王に軍配は傾きつつあった。ランサーの攻撃には足場が揺れ、騎士王の攻撃にはピタリと収まる。後数秒で騎士王を倒さなければ形成は逆転し、落馬して踏みつぶされて死ぬだろう。馬上で危険な前傾姿勢を取ったランサーは、全体重を乗せる一撃を放った。

 

「チィッ!バレたか」

 

 ランサーの焦りを汲み取った騎士王が、一呼吸早く回避し、反撃を放つ。顔面に直撃したランサーが、馬から離れた。慌てて手を伸ばしラムレイの背中を掴むも、即座に反応したラムレイが後ろ蹴りを放ち、数メートル先の地面へ吹き飛ばす。

 

「潰せ、ラムレイ」

 

 地面へ転がるランサーへ、騎士王は無慈悲にラムレイに命令を促す。嘶きによる返答で、ラムレイがぐんぐんと疾走し、態勢を立て直そうとするランサーに接近していく。起き上がったランサーが騎士王を見る頃にはその距離は数歩分の距離しかない。だが、ランサーの目は獲物を喰らう番犬の如き形相で、騎士王を見ていた。

 

 その違和感が致命的だと騎士王は気付き、ラムレイから飛び降りる。地面にランサーと同じように転がりながら、背後でラムレイの悲鳴を聞いた。

 

 ラムレイの身体に刻まれた炎のルーンが術式を展開し、その身体を焼き尽くさんと燃え広がる。騎士王との拳打では、ルーンを刻む余裕等無かった。ただ一点、足場へ復帰しようとランサーがラムレイに手をかけた時のみは。

 

「・・・・・・迂闊。そもそも狙いは私ではなく、ラムレイか」

「ああ、良い馬だったな。足も速えし、ビビらねえ。ちと狂暴だったな。まさか蹴り落とされるとは思わなかったぜ。あんな暴れ馬にどんなのが乗っているかと思ったら、まさか女とはな」

 

 激しい戦闘で半壊した兜を脱ぎ捨てれば、そこには年相応の女性の顔があった。アーサー王が女だったという常人ならば衝撃の真実を目撃しながらも、ランサーは動じない。英雄とは古い時代にいればいるほど、その輪郭が朧げになり、抽象化していく。アーサー王の時代に女戦士がいたかは知らないが、少なくとも英霊として召喚された実力は既に体感済みだ。

 

「だが、お前もちょっと召喚方法がおかしいな。どんな手を使ったかは知らねえが」

 

 ランサーの皮肉を無視し、騎士王は聖槍を構える。魔力を練り上げ、対象に放出する遠距離攻撃はランサーではなく、今も燃え悶えるラムレイに向けての攻撃だった。身体に直接刻み込まれたルーンは、皮膚を引き裂かない限り効果を発揮し続ける。炎ともなれば数秒の効果で手遅れともなる傷で、事実ラムレイはそうなった。

 

「これで君の機動力は落ちた。戦場では先ず兵士の足を撃ち抜くのが常道でね。戦力的には半減以上の損失だ」

 

 アーチャーがゆっくりと起き上がり、埃を払うかのように自身の血にまみれた服の汚れを落とす。自身の血で赤褐色だった衣服は元通りの黒へと戻っていた。聖槍で貫かれ、ラムレイに踏みつぶされた身体も同じように。

 

「・・・・・・不死、ですか。抑止力と言えど、それほどまでに世界からのバックアップを供給できるとは」

「ただ人使いが荒いだけだよ。途中離脱が許されない所でね。命が無くなればさっさと命を継ぎ足すし、足りない力は飽きもせず供給してくれる。まあでもこの形は特例だな。事例に合わせてこんな強化を施すのは初めてだ」

「貴方にとっては、いつも初めてなのでは?」

「・・・・・・クク、ハハハハハハハハッ!」

 

 突如声をあげて笑い始めるアーチャーに、怪訝な表情でランサーは訝しむ。

 

「おい、大丈夫か?もしかしてアーチャーじゃなくてバーサーカーだったのかお前」

「ククク。ああ、すまない。確かに狂っている。まあどちらかと言えば壊れている、の方が正しいか。成程、腑に落ちたよ。どうにも私は、生前騎士王に会った事があるらしい」

「はあっ?何言ってんだお前」

 

 今度こそ狂ったのかとランサーは眉を潜めるも、アーチャーの事を良く知る人物である彼は直ぐに思考を切り替えた。アーチャーの生前など、自分は『知らない』が、アーチャーの正体は知っている。アーサー王の時代と、アーチャーのいた時代は一致し得ない。ならば、どうやってこの二者は邂逅したのか。

 

「・・・・・・ああ、そういう事かよ。で、お前さんは思い出したのか?」

「いいや、知らないな」

 

 アーチャーは即答した。ひっきりなしに視界を覆うノイズは、過去の記憶だろう。そこには自分と、彼女の記憶があるのかもしれない。もしかしたらそれは『自分』にとって重大な過去で、忘れてはいけない約束でも交わしているかもしれない。

 

 だが、それがどうした?今の自分は何だ?抑止力の手足、守護者だ。知ってるような人がいる、それだけで銃を降ろせる甘い装置ではない。ならば結局、思い出そうが思い出さまいが、結果は変わらない。

 

 アーチャーが銃を構えるのと同時に、騎士王が槍を構える。短い再会は、ただの無意味な時間に終わった。騎士王が眼を細め、何処か昔を見るような視線でアーチャーを視る。

 

「哀れですね」

「お互い、何となく相手を知っている程度、だろう。その程度の関係だよ私達は。恋の相手でもあるまいし、葛藤で槍が鈍るかね」

 

 英霊にまで上り詰め、サーヴァントとして召喚されて尚残っている記憶を、何となく知っている程度、とアーチャーはわざと表現した。人を殺すのに決意も覚悟もいらない。必要なのは最適解な戦闘方法と、ほんの僅かな弾丸があれば事足りる。

 

「・・・・・・いいえ。私も、そして貴方もやるべき事がある。その為に障害となるのであれば、槍を取るだけです」

「それは良かった。無抵抗の敵を撃つのは躊躇いがあってね」

「嘘は結構ですよ。今の貴方ならば、友でも引き金を引くでしょう」

「ククク。気遣いは無用という事だな」

 

『■■ウは、私と似ています。だからあ■■の■■いも判る。このまますす■■ばどう■って■まうかも』

 

 アーチャーが二挺拳銃を連結させ、長刀を造り駆ける。それに応じるように、騎士王も槍を構えて駆けた。ラムレイが消えた事で、その機動力は落ちたが攻撃に使う魔力放出を推進力に、ラムレイ以上の瞬発力を会得している。お互いの思考に無数の戦闘方法が羅列し、その中の最優手を導き出す。その陰で、記憶が疼くような感覚を覚えながら。

 

「ハアッ!」

「フンッ!」

 

 お互いの声が、数センチ先で聞こえたと同時に振り下ろす。交差した剣はしかし、勝者も敗者も、更なる戦闘も造りださなかった。

 

「・・・・・・何?」

「消えた、逃げやがったのか?」

 

 遠巻きに静観していたランサーが周囲を見回す。アーチャーと騎士王の剣がぶつかり合う刹那。忽然と騎士王の姿が消えた。まさか姿隠しの宝具か?騎士の王ともなる英雄が、そんな卑怯な戦法をするとは思えない。

 

「令呪による強制転移だろう。騎馬を失った事を、マスターが不利と判断したのか。それともマスター側が不利だったのか、どちらでも構わんが追撃には絶好の機会だ」

 

 長刀の連結を解き、アーチャーは冷静に判断した。その姿勢に、ランサーは大きく溜息を吐く。

 

「はあ、なんだかなあ」

「どうしたランサー。追撃は番犬にはお似合いの仕事じゃないのかね」

「茶化されたくないからって犬を引き合いに出すなよ。殺すぞテメエ・・・・・・・まあ良いや。俺が言うのも何だが、お前さん女運に恵まれてねえな」

「さっきの話か?記憶にないのは事実だ。そもそもあったとしても、生前と死後は全く違う価値観で」

「硬い硬い。俺だって戦いに恋人が出たからって手加減はしねえけどよ。なんだあの会話は!?別れた後に出会ったみたいな話しやがって。見てるこっちがむずがゆいぜ。どうせなら勝って押し倒すくらいの気概を見せろってんだ馬鹿が」

「・・・・・・時代錯誤も甚だしいな」

 

 ランサーの痴話に付き合うつもりのないアーチャーは、追撃を開始した。後方から舌打ちしながらもランサーが付いてくる。消え失せた筈の痛覚が、何らかの情報を伝え、視界にノイズが埋め尽くされる。それが何であるか考えないようにし、そしてその痛みを置き去るようにアーチャーは駆けていた。

 

『貴方には、償うべき物などないのです』

 

 はっきりと聞こえた声も、意識の外に追いやりながら。

 

 

 

 

 

 

 



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深層⑤

FGOアーケード始まりましたね。
意外にもカードがしっかりしててゲームも面白かったです。
ただ田舎の自分にはゲーセンまで行くのが猛暑故に苦行・・・・・・


 

 ある時の情景だった。

 

 場所は形なき島。血や石像が存在しない、これといった特徴の無い、本来の意味での『形なき』島。植物が生い茂り、小動物が草を食む。打ち捨てられた神殿の廃墟だけがある小さな小島。

 

 そこにただ一人で、彼女は来た。来たというよりも、追放されたと言った方が良い。神の不興を買いこの島へと放逐された彼女は、何をやると言う訳でもなく、ただ海岸を眺めている。彼女の生活は、日が昇ると同時に海岸へと足を運び、日が没すると神殿の廃墟で眠りにつくという習慣だった。誰も来ないこの島で、来るはずの無い来訪者を望んで。

 

 ここには誰も来ない。流刑の地には神々は近付かないし、欲深き人間が眼を付けるようなモノは存在しなかった。いるのはただ女神になり損ねた欠陥品がいるだけ。しかし、やがて彼女の孤独は消える事となった。

 

 少しの時間、それは人間においては悠久に近い時間であったが、彼女の姉達が来たのだ。追放されたのは自分だけで、欠陥品は自分だけ。即ち姉達は未だに愛され、そして女神であったというのに。ここに来るという事はどういう意味なのか分からない彼女ではなく、姉達が代償にしたものはあまりにも大きい。

 

 しかし、彼女は嬉しかった。その代償を払ってでも姉達が自分に会いに来てくれた事を。その代償よりも、姉達にとって自分は重大な存在である事を。孤独は終わり、形なき島は孤独な彼女だけではなく、二柱の女神が住む島となった。それは即ち、この島に価値が付けられたという事になる。神々はともかく、人間はそれを見逃さない。

 

 彼女は誓った。姉達の想いに応えるべく、戦うと。女神として欠陥品の彼女はしかし、戦闘能力を備えていた。常人には発揮できぬ怪力、見たモノを石へと変える特殊な魔眼。姉達を守る、敵を倒す為に彼女にだけ授けられたモノ。

 

 怪物に囚われた女神、と人は判断したらしい。怪物を倒せば、女神の愛とその身体が手に入るという根も葉もない噂が拡がり、我先にと欲深い人間が、義侠心豊かな人間が、ただの善人が島へと押し寄せ、彼女に殺されていった。

 

 いつからか、彼女はそれを楽しみにした。島へ来た人間を見て、嫌悪ではなく舌なめずりを。人間達は弱い。自分は強い。必死に足掻く人間を見るのは楽しみで、視ればもっと楽しくなる。ここで彼女は『殺し方』を学んだ。一つの攻撃で複数を薙ぎ払い、罠を造る事で自分が行動しなくても敵を貶める方法を。そして、どうすれば人間が苦しんで死ぬのかを。

 

「やめなさいメドゥーサ。挑みにきた人間達が命を落とすのは自業自得でしょう。けれど、それを娯楽にしてはいけないわ」

 

 姉は彼女を叱責した。そのころには身体も段々と怪物になっていき、精神もそれに引きずられるように、姿に相応しい心を持つようになっていった。姉達は神の倫理で道徳を解いたが、既に彼女は神でも欠陥品でも無く。

 

「貴方の魔眼は戒める為のもの。決して、恐怖を与える為のものではないのです」

 

 しかし、彼女にとって魔眼は既に恐怖を与えるものでもなく、快楽を得る為のものとなっていた。人間の愚かさを視れば呆れざる終えない。勝てぬと分かって進み、そして石になっていく身体に阿鼻叫喚するのだから、笑ってしまうのも無理はない。そして、それを楽しみとするのも。

 

「ソレを口にするのは止めなさい。(エウリュアレ)が、近頃の貴女は恐ろしいと怯えているわ」

 

 姉達に、初めて彼女は苛立ちを抱いた。何故、分からないのか。ただ自分は貴方達を守る為にやっているのだ。自分を自分で守れないから、私が守っているのだ。その為には強くなければならない。最近ここに来る存在は日に日に強くなりつつある。それらに勝つためには他から存在を取り込むしかない。その考えが自然と思い浮かんだ時、彼女は自分自身を嫌悪し、姉達とそれ以上会うのを拒んだ。そうすれば少しは破滅は遅くなるかもしれないと。

 

 しかし、それが如何ほどの減速になったのか。崩壊していく精神は加速度的に増し、彼女は『怪物』となった。姉達を守る為に強くなった身体は、精神は、在り方は、姉達を異物として扱った。その時にはもう既に彼女は姉達を姉達と認識しない。彼女は既におらず、形なき島にて顕現するのは怪物(ゴルゴーン)だったのだから。

 

「何て愚かな妹でしょう・・・・・・いえ、何て愚かな姉妹でしょう。ここまで守ってもらう気はなかったのだけど。貴女があんまりにも楽しそうだったから、つい甘えてしまったのね」

 

 怪物を前にしているというのに、姉達の表情は変わらない。自然の微笑みを抱いたまま、目の前にいる死を見ている。そこにもう愛する妹はいないと言うのに、何故そこまでするのか。何故逃げなかったのか。何故。

 

「貴女は私達を守った。けれど、私達を守ったメドゥーサはもういない・・・・・・なら、守られていた私達も同じようになくなりましょう」

 

 姉達は、ただそれだけの信念で、必死に怪物に向き合っていた。死よりも恐ろしい結末が控えている身体を、お互いが必死に繋ぎ止めている。それは儚い、勇気とは言えない愚かさだったが、彼女達の『覚悟』を現していた。弱いものだと思っていたが、その心はこんなにも強い。

 

 そこでようやく気付く。彼女が姉達を守るのと同じように、姉達もまた、彼女を守っていたのだと。その心を守りたかったからこそ、姉達はあの島へと来たのだ。

 

 そして、それは今でも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、自分がどれだけの時間気絶していたかノーマは瞬時に理解した。二秒も経っていない。自分の身体を見る衝撃波のように展開された魔力に対するダメージはそれほどなく、昏倒程度に済んでいる・・・・・・彼女のおかげで。

 

「・・・・・・無事、みたいね」

「ステンノさん!?」

 

 自身に覆い被さるステンノを見て、ノーマは眼を見開く。自分に向けられた魔力の渦は彼女が盾になる事でその殆どを防ぐ結果となった。それは即ち、彼女の身体が代償となる行為。

 

「・・・・・・へえ、こんなにも。痛いのね。知らなかったわ。守られて、ばかりだったから」

 

 流れる血は、魔力となって迷宮に霧散していく。右半身の殆どを削り取られたステンノは、殆ど意識を朦朧とさせながら呟いた。美しくあれと造られた女神は、例え瀕死の重傷を負ってもその美しさを衰える事無く、衣服に染み付いた紅が新しい装飾となって美を映している。

 

「何故、何故女神を狙った、ランサー!?女神の神核が必要なのだ。あくまで不要なのはそこの不純物だ!ええい、何がトップサーヴァントだ、これならばゴーレムの方が理知的だ!やはりあんな女を触媒にする必要などなかった!貴様のせいで、貴様が!」

 

 後方から声が聞こえる。しかし、ノーマにとってはどうでも良かった。空白となった思考は全ての機能が止まり、ただただ目の前のステンノを見ている。

 

 自分が今どんな感情なのか、ノーマは分からなかった。果たしてこれがゴルゴーンの感情なのか、自分の感情なのか。悲しさ、怒り、悦び、それらが複雑に混ざり合い、お互いの感情を潰し合う。最後に残った感情によって、ノーマはゆっくりと動き、ステンノの身体を持ち上げた。

 

 軽い。元々小柄な彼女は、今では更に小さく、軽く感じられた。それは今まさに彼女の命が潰える事を意味している。

 

「いいえ、マスター。アサシンが彼女を庇いました。嵐に飛び込んでくるとは私も予想の外。じきに消滅するでしょうが、僅かな猶予はあるでしょう」

「なら、それまでに早く神核を!女神の神核だ、私に必要なのだ!早くそれを摘出せよ、命令だ!」

 

 意識がこちらに向けられる。振り返らなくても分かった。抱えられたステンノが身動ぎし、迫る気配に目を向ける。残る余命を削りながら、言葉を紡ごうと口を開いた。

 

「逃げなさい」

「いいえ」

「バカね、あの男の狙いは」

「逃げません」

「私の、命を無駄にするつもり?女神が人間を助けたのよ。せめてその命を」

「無駄にはしません。上姉様」

 

 自身へ向けて突かれた槍を、ゴルゴーンは片手で止めた。既に手は怪物の手へと変化している。死に損ないへと手向けられた攻撃等、止める事は容易い。勢いを殺された相手が対応するよりも早く、魔眼殺しをゴルゴーンは解いていた。

 

「退け、邪魔だ」

 

 しかし、相手は意に介す事無く口を開いた。石化の魔眼に対抗できる程の対魔力を備えたサーヴァントは、握られた槍を徐々にゴルゴーンへ押し込んでいく。如何に対魔力と言えど、魔眼を完全に無効化できる程ではない。ある程度の拘束、サーヴァントの性能をランクダウンさせるには十分。しかし、相手は尚それでもゴルゴーンの怪力に匹敵する力を備えている。

 

「邪魔なのは貴様だ」

 

 ゴルゴーンの髪が唸り、蛇となって敵サーヴァントへと喰らいつかんと牙を向ける。髪の毛の数だけ向けられた牙に、敵サーヴァントは後方に飛び退いてそれを躱した。

 

「貴女・・・・・・メドゥーサね」 

 

 ステンノはおだやかに言った。ゴルゴーンは首を横に振り「いいえ」と否定する。ステンノの身体が靄がかっていき、段々と軽くなっていく。消滅が近いのだ。

 

「この、クズが!見ろ、もう殆ど消えかけている!早くするのだ、騎士王!会話等している暇は無いのだぞ!」

「マスター、代替策の用意を。努力はしますが、原型を留めていれば幸運です」

 

 今度はゴルゴーンが後方へ飛び下がる番だった。威力も速度も一段階上がり、ステンノごと破壊する勢いで攻撃を仕掛けてくる。それでもステンノを抱えている分、相手はあの魔力放出は使わない。確実な破壊手段は用いないが、その槍は強大で、一撃でもその槍に触れれば容易く身体は崩壊するだろう。逃げることもできず、更に勝つ方法も思い浮かばない。

 

「・・・・・・私を喰らいなさい。メドゥーサ。そうすれば」

「いやです」

 

 その意味を、ゴルゴーンは誰よりも理解していた。故に即座に否定した。女神ステンノ、女神エウリュアレを取り込んだ事により、ゴルゴーンは怪物として『完成』する。一柱足りないが、女神の神核を有したステンノを取り込めば、戦闘能力は飛躍的に上がるだろう。しかし、ゴルゴーンは神話の再現をするつもりは無かった。

 

「直ぐに片付けます。上姉様」

「・・・・・・はぁ、やめてと言ってもやめないでしょうね。貴女は愚図でノロマだから、要領も悪いって分かってたわ」

「ええ。そう思います。でも、そんな私の為に、上姉様と下姉様はあの島へと来てくれた」

 

 片手でステンノを守り、もう片方の手で応戦するも槍を携えたサーヴァント、恐らくはランサー、は片手一本で対抗できる程甘い相手ではない。逃げ回るようにゴルゴーンは動くが、その動きは既に読まれ、相手はピタリと動き続けるゴルゴーンと並走し逃さない。

 

「守られていたのは、私の方でした。なのに、それを知らずにあんな事をしてしまった。憧れていたんです。姉様達みたいな女神になれたらと。欠陥品の分際で」

 

 果たしてあと何十、何秒持ちこたえられるか。いやそもそも持ちこたえられるのか?目の前に出現した突き穿つ槍を、寸前で回避し、腕を犠牲に防御し、それが幾ばくかの余地を生み出せるか。理性が叫ぶ。荷物(ステンノ)を降ろせと。本能が叫ぶ。獲物(ステンノ)を喰らえと。ならば何故、自分は彼女を守るのか。体内に入り込んだ異物(ノーマ)のおかげか。それともこれが過去の自分、メドゥーサの意思なのか。

 

「・・・・・・本当、愚かな姉妹ね。メドゥーサ。最後だから言うけれど」

 

 ランサーのサーヴァントが槍を引く。この一撃で全てを決するつもりらしい。ゴルゴーンは反射的に『両手』を使い手を前へ向け、己の髪を総動員する。

 

「憧れていたのは、私達の方だったのよ?」

 

 一瞬の静寂の後、嵐が神速の速さで飛来する。魔力を放つのではなく、自身の推進力へと。常人ならば狂気の沙汰だが、サーヴァントならば可能だ。一秒もかからない突撃を、ゴルゴーンは己の怪力で止める選択肢を選んだ。神話の大英雄は、その身だけで天地を支え、海を割り、嵐を止める事を為したという。ならば、神話の怪物がそれをできないという道理はない。

 

「・・・・・・ックゥ!」

 

 その身一つで嵐を受け止めたゴルゴーンの身体は、当然のように後退していく。手が削れ、髪が引き千切られ、支える足が暴風によって引き裂かれる。それらは瞬時に再生し、同じように傷付いていく。巻き戻しと再生を繰り返された情景はしかし、ゴルゴーンが後退していく事実は変えられない。数十メートルを一秒で駆け抜けるこの状況が続いていけば、いずれ迷宮の壁面に叩きつけられて死ぬだろう。

 

 それは許容できない。自分が倒れれば、姉が・・・・・・とそこまで思考し気付く。さっきまで自分の片手で抱えていた愛すべき姉の姿が無いことに。

 

『はあ、今頃気付く?最後まで駄妹ね・・・・・・まあ良いわ。メドゥーサ、これが最後よ』

 

 いや、いる。その身体は既に霊体となり、一秒後の消滅は免れない。だが確かに、自分のすぐ後ろにいる。そう思えば、己の身体に力が入る。否、気持ちの問題ではない。確かに己の身体に外部から力を、魔力を送られているのが実感できる。両脚がしっかりと大地を掴み、両腕が縄のように筋肉が浮かび、回転する魔力を力のみで抑えつける。魔眼がその焦点を深く定め、更に圧が高まる。

 

『神核とまでは言わないけど、これくらいは丁度良いでしょう。女神のきまぐれ、受け取りなさい』

「・・・・・・ありがとうございます。上姉様」

 

 返す言葉は既に無かった。美しくあれと願われ、人間に愛され蹂躙される運命にあった女神は、人に蹂躙されることなく、怪物に取り込まれる事無く、その命を妹の為に使う事で、大地へと還る。託された思いはしっかりと、妹は受け取っていた。

 

 嵐が収まる。女神の消滅を以て、それ以上の追撃を止めたサーヴァントは後方へと下がり、黄金の瞳でゴルゴーンを見た。

 

「・・・・・・その身が砕かれるか、その心が砕かれるか、どちらかと思っていましたが。どうやら違うようだ」

 

 ゴルゴーンは答えない。魔眼の過度な使用により、その瞳から血が流れる。赤い雫が頬を濡らし、涙のように地面へ落ちていった。

 

「こっ、この、阿呆が!」

 

 息もたいだいに追いついたファウストゥスが、状況を理解して叫んだ。他者から見れば緩慢、本人にとっては必死な動作で自身の召喚したサーヴァントに近付く。振り上げた拳は騎士王の頬を殴ろうとしたものだが、勢いと力が足りず胴の鎧に阻まれる結果となった。 

 

「出来損ない!欠陥品!屑!何が騎士王だ、ふざけるな!こんな劣化サーヴァント、召喚すべきではなかった!」

「成程、確かにその意見は肯ける。強力なサーヴァントを召喚し、使役するにはそれに見合う実力を必要とする。一方が一方の足枷となれば、その隙を突かれるのは道理ですね」

「貴様ッア・・・・・・!」

 

 憤怒の形相で、ファウストゥスは騎士王を見た。このまま怒鳴り続ければ気はある程度済むだろう。令呪で自害を命じればこのサーヴァントは応じるだろう。しかし、ファウストゥスの目的は自身の溜飲の矛先を向ける事ではなく、勝利する事だ。苦い敗北をまたもや飲まされた結果、癇癪を起こしてはいるが、その脳裏にはまだ、冷静な思考をする部分が残っている。

 

 今回、ファウストゥスはステンノを。騎士王は迷宮が差し向けた刺客を排除を担当していた。今回の為に己の魔力を半分を使って造り上げた魔術的トラップに、迷宮側のサーヴァントを落とし込み、そこに騎士王がトドメを刺す。その間に自分はステンノの霊核で霊基再臨を行う、だが結果はどうだ。肝心のステンノはイレギュラーの介入によって消滅。更にはサーヴァントの排除も行えず、結果的に何も取得していない。視覚をリンクさせていたので、騎士王に何があったのかは理解している。怒りで憤死するような結果だが、まだ状況は絶望的ではない。

 

「・・・・・・良いだろう。ここに来るであろうサーヴァントの霊核を用いれば霊基再臨に問題は無い。陣地を作成するぞランサー。まずは野良の幻想種を狩って魔力の補給を」

「いいえ、マスター」

 

 あり得ざるべきサーヴァントからの否定に、ファウストゥスは眉を潜める。それは怒りではなく不気味な、一種の畏怖の表情だった。このサーヴァントは自分に逆らわない。それはファウストゥスがそうするように令呪で縛った訳では無く、このサーヴァントの性格とも言っていい。裏切りを考えなくてもよいのは最高のサーヴァントであるが、最良とは呼び難い。

 

 冷静になり切れない頭のまま「何か問題が?」と問いかけると騎士王は槍の矛先をアヴェンジャーへと向けた。ファウストゥスにとって、あの存在は死以上の苦しみを払っても尚払いきれない存在だった。質の悪い事に、相手は相応の戦闘力を備えている。騎士王に命じて殺した所で、無駄な労力と時間が削がれるだけだ。このまま逃げてくれれば嘲笑の一つ程度で済ませるのだが。

 

「こちらの要件も済ませてもらうぞ」

 

 だが、復讐者と銘されたサーヴァントがこの程度で戦意を失う訳が無かった。顔をしかめたファウストゥスは騎士王に合図を送り、大層に嘆息を漏らしながら口を開く。

 

「何かね。アヴェンジャー。私達は忙しい。本来ならば私に敵対したモノがどうなるか、その身に刻み付けたい所だが、残念ながらそんな暇はないのだよ。君とて今ではサーヴァントもどき、人間もどきだ。命が惜しくないとは言わないだろう。姉のくだらない自己犠牲を無駄にはしない方が良い。それともそのクラスに相応しく、目に付いた存在を手当たり次第復讐するのかね」

「お前は勘違いをしているな」

 

 アヴェンジャーの瞳が、ファウストゥスを視る。騎士王がその間に立ち視界を塞いだ。解かれた殺気が充満し、再び戦場を作り出す。アヴェンジャーを中心に魔力が凝固していき、その身体を覆う。黒を基調とした鎧とも鱗とも取れる装備が剥がれ、対称的ともいえる純白のドレスがその身体を包んでいく。

 

 ファウストゥスは眉を潜める。怪物が純白を纏う不自然さだけではない。ゴルゴーンの魔力、霊基の質とも言える部分が根本的に変質している。まるで毒を吐く怪物が、神々しき女神になったような変生。

 

「私はな、人間を憎んでいる訳ではない。人間を憎んでいたのは姉様達だ。それも無理はない。肉として供給される家畜が、人間を憎むように。姉様達もまた、供物として捧げられる運命を呪っていた」

 

 霊基再臨のようにも見えるが、魔力の量自体は変わっていない。変質しただけだ。あの女神が、死に際に何かをしたのか?ファウストゥスはそこで考えを止める。殺気の矛先は自分に向けられているのだ。何はともあれ戦いに勝たなければならない。考えるのその後で良い。今考えるべきなのはどうやって勝つかだ。

 

「だが私は姉様達を守る為に人間と戦った。嫌いはするが、憎みはしない」

 

 騎士王が前に一歩踏み出す。その手に担う聖なる槍が唸りを上げ、魔力の余波だけで迷宮を揺らしていく。

 

「マスター、聖槍の『使用』許可を」

「・・・・・・業腹だが、許可する。手短に済ませろ」

 

 放たれる殺気に、ファウストゥスは判断を迅速に下した。この余波で迷宮の管理者側のサーヴァントも大体の位置を特定できるだろう。長丁場に戦っている場合ではない。戦闘後即時撤退、そして戦力の確保に向かわなければならない。その為には、この異端をさっさと始末せねばならない。宝具の真名開放を以て。

 

「だからな、私が憎み、殺すのは貴様だけだ」

「来るが良い。復讐者。如何なる報復であっても聖槍は打ち砕く」

 

 聖槍がその能力を発現させる。十三もの拘束がある聖槍は、騎士王の意思では解除できず、完全な真名開放には程遠い。しかしそれだけでも十分過ぎる。余波は既に攻撃と言っていい威力へと移行し、迷宮を荒らし尽くす。ファウストゥスはプライドをかなぐり捨てて地面に這いつくばり、今の自分ができる最大限の魔術結界を展開した。もしも完全に真名開放していれば、先にファウストゥスが消え失せ、次に迷宮が崩壊するだろう。

 

「聖槍、抜錨」

 

 ゴルゴーンはそれを前にしても尚、一歩も動かない。神話の怪物は、否、女神の力を一時的に借り受けた彼女は、嵐を注視し行動しない。放たれるであろう宝具の真名開放は、その魔眼で石にさせる事はできず、怪力を以てしても押しとどめる事は不可能。余波だけでも先程の魔力放出と同等の威力を備えた宝具だ。受ければ文字通り消滅する。それを止める宝具等持ち合わせず、またこの身体(ノーマ)で使えるかどうかも分からない。

 

 だが、この身体(ノーマ)だからこそ視えるモノがある。

 

示せ(スケール)

 

 騎士王は、己の身に重なる負荷が消えるのを感じた。それによって更に一段階聖槍の威力が上乗せされる。違和感を感じてアヴェンジャーを見れば、彼女は魔眼殺しの眼帯をする訳でも無く同じ姿勢で騎士王を見ている。いや、違う。彼女の眼、瞳。薄桃色の配色は変わらないが、その瞳を持つ性質が変わっている。魔眼を解除したのではなく、切り替えた?ゴルゴーンの逸話にそんなモノは無い。ならばこれは。

 

「・・・・・・下らぬ。小手先の魔術程度では聖槍は破れない」

 

 どちらにせよ、既に宝具の発動状態となった騎士王にできる選択肢は一つのみ。全てを打ち砕く。臨界まで収縮した魔力が、嵐を超えた災害として顕現しようと轟音を響かせる。対するゴルゴーンは姿勢を低く、地面に殆ど触れる程の前傾姿勢を見せる。既に聖槍の余波によって、純白のドレスは傷付き、朱く染まっている。しかしそれすらも美しさとして染めていく彼女は、今だけは『女神』と言える美しさを備えていた。

 

最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)!」

 

 天災が放たれる。迷宮の階層を消し飛ばす一撃は、それより下が無い深層を更にもう一層造り上げるかのように迷宮内を破壊していく。対軍宝具の域には留まらない対城宝具は、一個人のみに牙を向けて放たれたモノとは思えない程の攻撃範囲を持ち、回避など思考をする暇を与えない。常人はおろか、サーヴァントであっても逃れる事等不可能。

 

 しかし、騎士王は見た。最果ての槍が放つ呪いの嵐の中、手綱を握る騎兵の姿を。漆黒の嵐に、あり得ざる光点が駆け廻るその姿を。それは幻想の存在。美しき白馬に、純白の翼が生えたソレは、生命体として逸脱した姿をしている事を忘れさせる程美しい。

 

天馬(ペガサス)?」

 

 海の神ポセイドンが、メドゥーサに贈ったと言われる幻想の馬。ゴルゴーンの首を刎ね、噴き出した血液と共に生まれたとも言われる伝説の馬。成程、確かにゴルゴーンであってもそれならば召喚は可能だろう。しかし如何に幻想の存在と言えど、あの天馬が持つ神秘は迷宮の幻想種に劣る。騎士王は槍の出力を更に引き上げた。既に相手は嵐の中。如何に天馬が名馬であろうと、天の怒りとも形容できる災害を回避はできない。通常の天馬よりもやや動きは速いが、その程度の策ならば容易に対処できる。

 

「・・・・・・何?」

 

 しかし、天馬は駆け廻り続ける。背に女神を乗せ、嵐の中を突き進むその姿は、まるで神話の一描写のよう。サーヴァントの直感スキルによる危機回避?否、その程度で回避できる段階ではなく、降り続く雨を避ける事と同義の能力を持っていなければならない。天馬は複雑な軌道を描きながらも、徐々に騎士王へと近付いてくる。その動きに迷いは無く、一切の怯えが無い。まるで一つの道が『示された』ように天を駆けてくる。

 

「成程、その為の魔眼ですか」

 

 一気に加速した天馬は、真正面から騎士王へと突撃する。騎士王は宝具の発動を止めようとするも、遅い。急停止すれば行き場を失った魔力が己を傷付けるだろう。即ち、彼女にできる事は現状維持のみ。ラムレイがいればまだ急制動をかけれたかもしれないが。

 

「・・・・・・見事」

 

 天馬と女神は嵐をも打ち破る。騎士王は乗馬するゴルゴーンへ、そしてその瞳の持ち主へと称賛を送った。一秒にも満たない視線の交錯の後、ゴルゴーンは手綱を握る力を強めた。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

 

 



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深層⑥

コツコツやってきてやっと20話
完結まであと何話くらいだろう………
とにかく完結させたい!


 英雄は、勝利すれば凱旋時に高らかに勝利を讃える。それは勝利した喜びを皆に伝えたい、または敗北したモノへの現実を突きつける行為、はたまたただ騒ぎたいという動機がある。

 

 とはいえ自分にはそれは無理そうだとノーマは感じた。息はたえ、呼吸は荒い。とても喜ぶ余裕が無い。ゴルゴーンから返却された身体は満身創痍を通り越している。再生速度は緩慢で、長ければ長い程それだけ傷が叫ぶ痛みは続く。地面に這いつくばった方がマシだろうが、魔力が枯渇寸前の身体では倒れたが最後、二度と起き上がる事は無いだろう。

 

「改めて称賛を。貴女は嵐に打ち勝った」

 

 目の前にいるサーヴァントは、既に消滅しかけている。ゴルゴーンの血によって召喚された天馬の衝突によって与えたダメージは大きく、このサーヴァントの核となる部位を破壊した。直ぐに消滅しないのは、サーヴァントの中でも頂点に位置するモノの力量か、それとも意地か。まだやる気ならば相手になるしかない。

 

「既に勝敗は決しました。私が貴女に危害を加える道理はありません」

 

 身構えようとしているノーマに対し、相手は手を振ってそれ以上敵意が無いことを表現した。相手のマスターが騎士王と叫んでいたのを思い出し、今まで自分がどれほど強大な相手と戦っていたのか身震いする。勝利の感動なんてとんでも無い。身投げ同然の綱渡りで勝利したのだ。自分がこうして二つの足で立っている奇跡に、ノーマは改めて感謝した。

 

「敗者はただ去るのみ。ですが一つだけ、貴女に頼みがあるのです」

「・・・・・・無理だと思うけど」

 

 何であるか、ノーマは分からないが答えた。別に意地悪ではなく、自分ができる事が余りにも少ないからだ。何をするにしても保障はできないし、満身創痍と魔力切れの障害は重い。もしかしたら食欲で理性が消し飛ぶかもしれない。さっきまで『示されていた』道は、今はもう存在しない。

 

「それは承知しています。さっきまで命を奪い合っていた仲ですから。ただ聞いてくれるだけで結構です。後は貴女の判断に委ねる」

 

 騎士王はノーマの返答に異を唱えなかった。その姿勢、貴女の判断に委ねる、という台詞はただの前口上ではない。ブリテンの王、アーサー王とも呼ばれた英雄は現実の悲惨さと醜悪さを理解している。例え約束を反故にされても、彼女は憎まないだろう。それでも頼むべき想いとは。

 

「私の召喚は、少々特殊です。貴女とよく似ている。そこまで繋ぎ合ってはいませんが、召喚に使用された触媒()がいる」

「私と似ている・・・・・って事は、その身体は人間なの?」

「厳密に言えば、そうです。貴女のソレは共生ですが、私は寄生に近い。宿主に巣食う病原菌のようなモノです」

 

 自分を病原菌扱いするのはどうかと思うが、実際霊魂を憑依する魔術は存在するし、病原菌のようなモノだと言う声もある。しかし普通のサーヴァントはおろか、アーサー王なんて高名な英霊を憑依させるには肉体側にも相当の負荷がかかる。触媒として拠り所にされた人間故に、英霊に憑依されても大丈夫な身体だったのだろうか。質問したくなったが、相手は何も魔術の召喚儀式について話している訳ではない。続きがある。

 

「私の頼みたいのは、この身体本来の持ち主、その命の保障です。何も助けてくれとは言いません。ただ危害を加えないでほしい。それだけです」

「危害を加えないでほしい、という事は私がそうするだけの理由があるの?」

 

 今の所、ノーマは理由なく人を殺めたり傷付ける習性を持ち合わせていない。一目でそれを騎士王も理解している分それに見合う理由が、騎士王の触媒となった人間にあるのだろう。

 

「ええ。彼女は私に似せて作られています。恐らく何処かの魔術師の家系なのでしょう。こんな未来まで信望があるのは私としては嬉しいですが、それが彼女の人生を狂わしたとなれば素直に喜べない。彼女を造った家系は優秀で、それ故に道理に外れてしまった」

 

 英霊を模した、ヒトに似た何か。それがアーサー王を喚び寄せた人間なのだろう。自分とよく似ているとノーマは思った。違うとするならば自分は後天的にこうなったが、相手は先天的なのだ。生まれた時からアーサー王に、他人になるよう造られる個人。魔術師としての視点で見れば、確かに素晴らしい『材料』だろう。憑依したアーサー王が似ている、と言うのだから整合性かなり高い。英雄の身体があるようなモノだ。勿論そんな存在魔術世界で公表されようものなら即刻協会が動き、封印指定にされる。

 

「結論から言うと、私はどうこうするつもりは無いわ。探索家として、魔術師として興味はあるけれど、とてもそんな状況じゃないし」

「成程、現実的ですね。ですがその返答は交渉では失敗です。こちらの一方的な要求に応えるだけでは。公平とは言い難い」

 

 了解すると、意外にもその行動を騎士王にダメ出しされた。魔術師の協力は、等価交換が必須とは言われるが、まさかアーサー王に指摘されるとは思わなかった。とはいえ欲しいモノは何も無い。仮に自分が欲深く、非情な魔術師だとしても答えは同じだっただろう。探索家として最低限の本能、自分の命を最優先に考えるその思考は失われていない。現に今のノーマは宝物はおろか、入る前に持ってきた装備一式すら失っているのだ。もしも生きて帰れたとしても、精々迷宮の砂か石ころを手に持って帰って笑われるに違いない。

 

「そういわれても・・・・・・あ」

 

 そこまで考えて、ノーマの頭の中で一つの案が思い出す。これはしておかなければならない。生存には必須なモノ。アーチャーに現実主義、と言われた事が今になって肯ける。こんな状況で思い出すのだから自分は相当だろう。

 

「じゃあ一つだけ、頼みたいことが」

 

 自身の条件を伝えると、騎士王はやや首を傾げながらも了解した。これで脅威が一つ減った。

 

「しかしよろしいのですか。確かアヴェンジャーは」

「彼女の瞳は、戒める為のモノだから。決して、殺すだけの兵器じゃないし。彼女自身が分からないかもしれないけど、彼女の想いは憎しみでも殺意でも無いの」

「では、それは?」

 

 騎士王の質問に、ノーマは口を噤む。答えられないのではなく、どう答えるのが一番適切か考えているのだ。その身に受けた女神の気まぐれは既に消えたが、その想いはまだ残っている。そして、その想いを彼女(ゴルゴーン)は今度こそ受け取ったのだ。だからこそ、抱いた感情は憎しみでも殺意でも無く。

 

「怒り、かな」

 

 同じようでいて、根本から違う感情。復讐者には無く、彼女にはあるモノ。それは相手に『表現』する方法で、ただ感情をぶちまける憎悪とは対照的な感情。現状に対する怒りの力。それが『今』のゴルゴーンを駆り立てる原動力だ。

 

「成程。それは、良いモノですね・・・・・・それともう一つ、これは個人的な質問です」

「騎士王からの質問なんて、恐れ入るわね」

 

 どうやら納得して貰えたようだと皮肉を返しながらも、ふとノーマは思った。迷宮に入る前の自分が、今の自分を見ればどうだろう。ああ、絶対にこんな事は言わない。サーヴァントに怯えてロクな会話ができず、命を失っていたに違いない。果たして、今の自分はどれぐらいノーマ・グッドフェローとして振る舞えているだろうか。死んでも治らないと思っていたが、まさか死んで治るとは思わなかった。

 

「貴女は黒い弓兵を知っていますか?」

「アーチャー?」

 

 それを聞いて赤き弓兵をノーマは思い出すが、彼は既にもういない。恐らく自分が深層に入り込んだ後、殺されてしまったのだろう。黒いアーチャー等見たことは無い。迷宮にまだ確認していないサーヴァントが存在しているのだろうかとノーマは訝しむ。その様子を見て騎士王は「知らないのなら構いません」と質問を切り上げた。

 

「ですが注意を。かの弓兵は恐らく、迷宮に存在するモノは全て殺戮しようとしています。できれば私の手で止めたかったですが」

「殺戮って、バーサーカーみたいなサーヴァントね」

 

 別に迷宮内の存在を皆殺しにしても、あまり意味は無いだろうに。サーヴァントにとって必要なのは迷宮の深奥にある聖杯のみ。余程願いを叶えるのに必死なのか、それともゴルゴーンのように変質したサーヴァントなのか。

 

「ええ。確かに気狂いの沙汰かもしれません。貴女は直ぐに深層から離れた方が良い。先程令呪で転移される前に交戦していたので、恐らくそう遠くにはいっていないでしょう。彼は少女であろうと容赦しない」

「もしかして、生前の知り合いなの?」

 

 アーサー王に縁ある弓兵となると、円卓の騎士の一人であるトリスタン卿を連想させられる。とても強力なサーヴァントだが、誰かれ構わず皆殺しにするような悪漢には思えない。そうなると裏切りの騎士と言われたモードレッドか。だがアーサー王は意外にも首を横に振った。

 

「いいえ。生前の縁ではありません。敢えて言うのならば、死後の縁でしょうか。彼とは名前で呼び合う程親しい間柄だった」

「という事は真名が分かるって事よね?」

 

 なんだか複雑になってきた。サーヴァントとなった後の知り合い、という事は迷宮での関係だろうか?ますますわからなくなってきた。整理しようとしても『アーサー王に名前で呼ばれる程親しい間柄だったが、さっきまで交戦していた。更に迷宮内の生物を皆殺しにしようとしている』という文脈上おかしな結論になってしまう。

 

 アーサー王はしかし、ノーマの混乱に応えるつもりは無いらしい。代わりにノーマの質問には答えてくれた。

 

「ええ。彼の名前は、シロウ、と言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター。聞こえますか」

 

 ファウストゥスは己を呼ぶ声で目を覚ました。聖槍の真名開放の前では、自分の造り上げた魔術結界など防壁にもならなかった。吹き飛ばされ、何度も身体を地面や壁にぶつけ、今度こそ己の生が終わる実感があった。それでも意識が戻る身体が残っているという事は。

 

「・・・・・・少し眠っていた。フン、ようやく片付いたか」

 

 泥と血で汚れ切ったロープを、まるで埃を払うような仕草で軽く払い、ファウストゥスは立ち上がる。身体の状態は最悪だが、さっきよりは良くなっている。ランサーの能力、聖槍の加護という奴だろう。本来ならばランサーのみに適応される筈だが、サーヴァントとなればマスターとの縁も守れるという訳か。

 

「まあ良い。行くぞランサー。先ずは付近の・・・・・・」

 

 そう言ってランサーの方向へと向いたファウストゥスは、呆けたように固まる。騎士の中の王、嵐の化身とも謳われたサーヴァントの中でも頂点に属する彼女は、消滅寸前の身体でファウストゥスと対面していた。胸を守る鎧は砕け、中の霊核は無残に破壊されている。漆黒の鎧とは対照的な、まだあどけなさが残る顔には彼女自身の血で薄汚れていた。

 

「申し訳ありません。マスター。どうやら私はここまでのようだ」

 

 予想の外、認識の埒外にある事象に、ファウストゥスは直ぐには返事ができない。それどころか認識すらまだ追いつかない。敗北の可能性等あり得ない。あの騎士王の宝具が、ただのサーヴァントもどきに届かず、そして倒される等。小石に躓いて転んで死んだ、という方がまだ理解できる死因だ。

 

「時間がありません。餞別の言葉を贈るような主従ではないので割愛しますが・・・・・・私は彼女と誓約を行いました。詳しい事は省きますが、貴方の命は見逃すと言う事で両者の考えは一致しています。流石に保障まではできませんが、少なくとも彼女が貴方に危害を加える事は」

「何故だ」

 

 ファウストゥスは呟いた。誓約?私を殺さない?何を言っている。まるでその口ぶりは、騎士王が敗北し、命乞いをしていたかのような発言だ。

 

「何故だ!」

 

 何故、何故何故何故何故何故?やっと手に入れた冷静な思考も吹き飛び、ファウストゥスは叫ぶ。何故、いつも自分の認識の外にいる存在から邪魔される?迷宮を管理し、サーヴァントの霊核を取り込み再臨する。魔術師のような根源への到達ではなく、言ってしまえば己の能力を高めるという『純粋』な理由だった筈だ。抑止力が働く訳でも無いのに、こうも邪魔が、異端が入り込むのは?

 

 答えはない。騎士王は口を閉じ、ジッとファウストゥスを見つめる。まるで癇癪を起こした子供が鎮まるのを待つように。

 

「・・・・・・いや、まだだ!まだ令呪がある。これで宝具を開放しろ、ランサー!」

「残念ですが、令呪は既にありません。誓約の中に入っているので」

 

 己の右手を見たファウストゥスは、絶望の眼差しでそれを見た。騎士王の言う通り、刻まれた令呪はまるで最初から無かったように、忽然と消えていた。気絶している間に奪い取られた。と理解した刹那怒りが噴出する。

 

「ふざけるな!いつ、私が貴様に命乞いをしろと言った!?命令するぞランサー。今直ぐアヴェンジャーを殺せ、今直ぐ!」

「できません。何故なら彼女は既に、ここにはいない」

「何だと!?」

 

 ファウストゥスは周囲を見渡し、自分達以外の存在が全くいない深層を見た。真名開放によって抉り取られ、切り裂かれた大地は闇を体現するかのように暗く、それが今のファウストゥスの現状を暗喩しているように光源は存在しない。

 

 そこでファウストゥスは理解した。アヴェンジャーは、自分の命を容赦したのではなく、放逐したのだ。サーヴァントを失い、令呪を失った幻想種などに、脅威も恐れも無く。復讐者を冠するサーヴァントは、己の手で命を刈り取らず、敢えて絶望と言う名の神罰を下した。

 

 湧き上がる敗北に、ファウストゥスは地面へと崩れ落ちる。何もない。もう何も、残っていない。自分を突き動かす怒りも、既に使い尽くした。亡骸のようにその場で静止するのは、一人の敗者だった。

 

「・・・・・・ククク、敗北、か」

 

 自嘲染みた笑みを浮かばせながら、その精神が壊れていくのをファウストゥスはただ待つことに決めた。いっその事、ランサーに命じて首を刎ねるように仕向けるか。そんな考えすら頭に浮かぶ。

 

「いつまでそうしているのです?マスター」

「黙れ、貴様が原因を作り出したのだ。そもそも、ここで放り出されて何をしろと?追いかけてアヴェンジャーを殺しに行くような自暴自棄になる程、私は落ちぶれてはおらぬ」

「ですが、貴方は生きている。如何にその精神が腐り果てていたとしても、生物は生きる義務が存在します」

 

 消え失せようとしている身体で何を言う、と反論しようとしたが、騎士王の身体が突如倒れた。ファウストゥスは倒れた騎士王、否、騎士王の媒介となっていた娘を見る。現界を保てず消滅したのだ。

 

「中途半端な英霊だ。語り切ってから消えればよい物を」

 

 血濡れの身体だった鎧は消え、既にフードに覆われている。どうやらサーヴァントとして受けた傷は、媒体となった少女には反映されていないようだ。つまりファウストゥスにとって新鮮な娘が、栄養補給源が目の前にある。サーヴァント程ではないにしろ、身に秘めた神秘は幻想種として見逃し難い。ファウストゥスは手を伸ばした。

 

「置き土産のつもりか、ランサー。彼女の肉でも喰らえと?フン」

 

 しかし、ファウストゥスは彼女を担ぎ、歩きだす。ランサーは己の召喚の特殊性に気付いていた。神秘がまだ色濃い時代ならば、人身御供は当たり前の習慣だったが、高潔な騎士王ともなれば己の身に人間一人の生死が関わっていると聞けば眉を潜めるモノだ。反抗的ならば令呪を使うまでだったが、彼女は協力と引き換えに『身体』の保障を提案した。ただの口約束を首肯すれば、それだけで強力な切り札を保持できる。敗北してしまえば彼女はおらず、自分は人間ではなく、幻想種。人間の道理等持ち合わせない。

 

「今はまだ腹が空いていない。精々非常食替わりにでもしてやろう」

 

 そう言いながら、ファウストゥスは彼女が傷付かないよう慎重に運んでいく。どこへ行くかも決めず、ともかく彼は進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いのか。あれが貴様の探していた相手、『元』迷宮の管理者だろう」

「それをお前が言うのかアーチャー。まあ俺は別に構わねえぜ。サーヴァントを失って、令呪もねえ。そこらにいる幻想種と変わらねえよ。俺なら一応芽は紡いでおくんだが・・・・・・まあマスターの命令だからな」

 

 それを遠目で見る二騎のサーヴァントはそれ以上の追撃を止める。騎士王が令呪で転移された場所にたどり着くのに、全速力で駆ければそれほど時間はかからない。だがアーチャーは「ある程度遅れた方が良いだろう」と言い、わざと進行速度を遅くした。

 

「令呪で呼んだということは、マスター側が不利と判断したのだろう。つまり俺達以外で戦闘を行っているという事だ」

「はいはい、潰し合った後に。って事だろ?」

「分かってるじゃないか、ランサー。相性が良いかもしれんな」

「やめろ気持ち悪い。おお、やだやだ。何でこんなヤツの考えが分かるのか・・・・・・」

 

 最も勝率の高い手段だけを取る、というアーチャーの戦術は騙し討ちや裏切りも考慮されている。息をするように虚偽を吐き、後ろから引き金を引く。必要とあれば親族を人質に相手を殺す。勿論、真っ向勝負や騎士道と言ったモノが最高だとランサーは思ってはいない。命令となれば例え無抵抗の相手すら、ケルトの戦士は手にかける。だがそれでも最低限の『道理』を持っているランサーは、アーチャーの戦法は殆どが外道に映る。今回はそれらは無いが、もしかしたら自分の協力を前提に造り上げているからかもしれない。

 

 しかし、奇しくもアーチャーの判断は間違ってはいなかった。慎重に迷宮内を駆けていると、迷宮が軋む轟音と振動が響いたのだ。直ぐに二騎は行動し、退避した。実際に見ても呆れる程濃密な魔力が嵐となって駆け抜け、深層の内部を粉々に砕いていく。自分達に向けられた攻撃ではなく、余波でこれなのだから恐ろしい。ルーンを刻んだ石を投擲して即席の陣地を作成し、何とか凌ぐ事はできたが、下手に踏み込んでいれば消滅は必至だっただろう。入り組んだ構造が基本の迷宮の階層が文字通り一部屋となった後、満を期して出ればその場にいるのは敗者のみと来た。

 

「逆に聞くけどよアーチャー。お前は見逃して大丈夫なのかよ。全員皆殺しなんて物騒な事言ってたが」

「わざわざ死に際の羽虫にトドメを刺しに行く?非効率的だな。どの道あの男に未来は無い。迷宮で野垂れ死ぬ運命だ」

「成程ねえ、抑止力とやらも大変だ。じゃ、これ返すぜ」

 

 ランサーはそう言って持っていた紅槍を手放す。やはりこの英霊は癪に障る。アーチャーはあの男と言った。自分達が見逃す存在は『二人』。幻想種が担いでいるフードを被った少女も含まれている。記憶が飛んで認識ができないのか、内心に抵抗があったのか。さっきまで投影していた二挺の拳銃は、幻想種に狙いを定めていた。万が一彼女に危害が加われば、引き金を引くつもりだったのだろう。どういう理由か聞く程野暮ではなかった。

 

 それに、ここから先に起こる事を予想すれば、聞くことに意味も無い。

 

「良いのか、ランサー。折角の槍だぞ」

「あれ以上持ってたらいつ爆破されるか分かったもんじゃねえからな。さっさと返すのが吉だ」

「ククク、本当によく分かってるじゃないか」

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が消える。共通の敵が消えた今、第四階層での関係が戻ってきた。油断も隙も無いランサーの姿勢にアーチャーは肩を竦め、己の銃を装填した。生前ならば不意打ちしていただろうが、サーヴァントもなれば隙が無い。どさくさに紛れて攻撃で倒せるのは常人だけだ。

 

「気付いているのなら、先に攻撃していたら良いモノを。クーフーリンには徒手空拳の逸話でもあったのかね?」

「アホかお前、俺が何にも考えずに得物を手放す訳ねえだろう」

 

 瞬間、隠蔽されたルーンが結界を作り出す。それはアーチャー、ランサーを覆う。アーチャーは止めなかった。ルーンの結界を破る方法(投影)は幾らでもある。むしろこれでランサーは逃れられない。好都合だ。相手は無手。こちらは世界の強制(バックアップ)がある。勝敗など初めから明らかだ。いや、そもそも守護者と戦う時点で勝敗は決している。

 

「へえ、お前でも慢心する事があるんだな」

 

 ランサーの言葉で、アーチャーは自分の周囲を覆う結界がただの防壁でないことを理解し笑う。ある程度の身体能力減衰は予想している。身体に若干の『重み』を感じようとも、支障はない。だからこそ、この程度の布陣で同等とでも思っているランサーが滑稽でもある。

 

「この程度の拘束で差が縮まったと過信する相手の方こそ、慢心と言うのではないかね」

「それは俺の台詞だな」

 

 瞬間、何かが繋がる音がした。その音は空気を震わすような、マトモな音源のあるモノではない。感覚神経が感じ取った異変を、あえて音として出したまでの事。しかし文字通り接続された道は、間違いなくアーチャーに異変をもたらす。

 

「・・・・・・何?」

 

 驚きのあまり口にし、自分の身体を見る。それは自分の身体だ。黒く変色した肌。内側は腐りきった臓腑。そして信念もまた同様だ。だが確実に身体に異常が出ている。そうでなくてはおかしい。

 

「どうだ。それが『身体』だ」

 

 ランサーの謎めいた言葉はしかし、直ぐに理解する事になった。何故ならば、自分が異常を異常と『感じている』。それこそが最も異常。

 

 身体に纏わりつくの迷宮の風は触覚から、感覚神経から送られている。アーチャーにとっては死んだ感覚だ。なまじ痛み等ある分身体が反射的に動いてしまう。血と硝煙の混じった臭いに、思わず咳をする。嗅覚から流れる己の体臭に眉を潜める。口の中で粘着いた唾液の味を感じ、地面に唾を吐く。

 

「何をしたランサー!」

 

 失われた身体機能が次々と復活し、動揺を隠せないアーチャーは声を荒げる。それが余程面白かったのか、ランサーはにやけ顔のまま答えた。

 

「教えねえ、て言いてえ所だけど。まあ呪詛とかじゃねえから安心しな。どっちかと言うと治癒だからな」

「治癒、だと?」

「原初のルーン」

 

 ランサーは周囲に展開する結界を指した。既に結界は何十層も枚数を集めていき、そう簡単には破壊できないように造り上げられている。

 

「影の国の女王、スカサハより学んだルーン魔術、その神髄って奴だよ」

 

 アーチャーは投影を完了させていた。手に持った魔術殺しの剣(ルールブレイカー)を結界へと突き当てる。魔術ならばサーヴァントの契約すら破棄させる短剣はしかし、結界に触れた途端刃が折れ崩壊した。

 

「無駄だ。原初のルーンは真偽が分かる。本物ならともかく、お前さん得意の偽物造りでこの結界は破壊できねえよ」

「・・・・・・成程、流石は神代のルーン魔術と言うことか」

 

 知らず知らずの内に慢心していた事実をアーチャーは飲み込む。形成は逆転し、自分は不利な立場へと押しやられた。身体のむず痒い感覚は、久しく忘れていた感覚、生の感覚だ。強制的な契約の上書き。今の自分は守護者の尖兵ではなく、サーヴァント・アーチャーの霊基となっている。北欧の神が造り上げた魔術であるルーン魔術の器用さに驚嘆すると、ランサーはバツの悪そうに頬をかいた。

 

「お褒めに預かり光栄・・・・・・って言いたい所なんだがなあ。俺がやった訳ではないから何だかなぁ」

「当たり前だ。キャスタークラスでも無理だろう。サーヴァントの能力を大きく逸脱している」

「おいおい、キャスターの俺を過小評価するなよ。素材と時間とやる気さえあれば、俺でもできる・・・・・・十年くらいかかるが俺ならもっと」

 

 ランサーの言葉が言い終わらない内に、何処からともなく槍が飛来する。アーチャーではなく、ランサーへと放たれた槍を紙一重で彼は躱し、冷や汗をかきながら彼方へと見た。

 

「あ、ぶねえ・・・・・・全く、何時でも抜き打ちで来るんだからあの師匠は」

 

 間違いなく殺意を以て放たれた槍だが、ランサーはどこ吹く風で地面に刺さった無銘の槍を引き抜く。アーチャーは二挺の拳銃を投影し、構えた。第四階層と同じ、相手の根城で戦うような展開が戻ってきたが、その実は随分と仕様が異なる。世界による修復は働かず、強制も無い。

 

「決着を着けろとさ。お互い言われるまでも無いって感じだが。できるだけ公平な『場所』を造ったらしいぜ」

「さながら決闘のよう、という訳か。まあ良い。いい加減その顔も見飽きた所だ」

 

 相手に能力向上等の特殊な魔術はなされていない。今の迷宮の管理者は、本当に対等な条件を造り上げたらしい。その心理をアーチャーは理解できないが、状況は絶対的に不利という訳ではないのならば、負ける要素は無いに等しい。

 

「行くぞ。アーチャー」

 

 答えを言う必要は無かった。その引き金が答えとなって、戦場を作り上げる。

 

 

 

 



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終層①

今年の夏はとんでもなく暑い気がする
家の中で熱中症になりかけた………扇風機では無理か
みんなも我慢せずクーラーをつけよう



 進む足は段々と軽くなっていく。その度に空腹は加速度的に進んでいく。ノーマは足を引きずりながら、目の前の代わり映えしない風景を眺めた。永遠に続くように長い階段は、変わらず自分を嘲笑うようにそこにある。

 

 果たして後どれくらい、自分はこの歩みを続けられるだろうか。否、自分は自分でいられるだろうか。やはり、あそこにいる存在を全て喰らえばよかったのだ。どの道あそこで終わる命、深層で土へと還るぐらいならば自分が喰らった方がまだ有効活用できるというもの。それを何度も理性でねじ伏せてきたが、本能の叫びはいよいよ大きくなってくる。

 

「まだまだ、やれる」

 

 己に何度も言い聞かせ、殉教者のように一歩一歩確実に歩んでいく。魔眼殺しで巻いた両目が、ギシギシと痛む。魔に引かれる妖精眼(グラムサイト)は、度重なる戦闘、損傷、再生、結合によって変質していた。ゴルゴーンの石化の魔眼が憑依したのかと思っていたが、違う。

 

騎士王との戦いで全く別種のモノになっている事だけは分かったが、それ以外の性能は不明だ。天馬に乗っていた時に『示された』、ノーマだけが視える道。あれは魔術か、それとも魔眼の能力か。

 

 長い思考に没頭しながら歩いていると、自身が進む先に壁が現れているのを感知する。階段が終わり、巨大な扉がノーマの前に立ち塞がった。

 

 迷宮ならばそれは、階層の番人である事を示す扉。しかし最終、迷宮の深奥ともなるこの扉は番人へは通じず、その先の『管理者』へと続く扉。聖杯へと至る為の扉。終点(ゴール)へと繋がる扉だ。勿論、これを開ければ即終了、地上へ帰還。何て事はあり得ない。度重なる迷宮での経験、そして扉越しでも感じられる濃密な魔力。最後の障害がこの扉の向こうにいる。戦いになるのは明白だった。

 

 ゆっくりと魔眼殺しを外す。扉は重厚さを表すかのように金属製で、深奥であるというのに古びた痕跡は無い。魔術的防御も、鍵すらも無い開閉の用途だけを担った簡素な鉄扉。

 

 ノーマは扉の取っ手を握り、押した。巨大な扉は重さを感じさせない挙動でその動きに従う。音も無く開いた扉の向こうにあるのは。

 

 自身の頭部めがけて飛来する槍だった。

 

 首を少し横に向け、ノーマはそれを避ける。人間には不可能な行動だったが、扉を開ける前から『視えていた』ノーマにとって、それを躱す事は容易い。

 

 何事も無かったように踏み出した足場は血のように紅い絨毯が引かれ、壁にかけられた垂れ幕は鮮血がただれるようにまた紅い。ライトや蝋燭が無いのにも関わらず部屋は明るく、豪奢な空間が余すところなく映し出されている。だが余りにも紅が多く、豪華絢爛さを見せびらかしたい、という造ったモノの趣味の悪さを際立たせていた。

 

「フム。やはり避けるか。悪くない」

 

 その部屋、いや広間の中央に立っている人物こそが、ノーマにとって、迷宮にとっての中心だった。全身を覆う鎧は紫と黒を基調とし、重厚さよりも軽快さを重視している。この部屋と同じ色である眼は見るモノを引き付けるが、その瞳には濃密な死の気配を放っている。かつて、夢の中のファラオから伝えられた一騎のサーヴァント。その名を聞いただけでその時のノーマは竦んだが、今は違う。歩む足は変わらず一定に、最後の決戦場となる広間へと進む。その姿勢を相手は好意的に思ったのか、口角を吊り上げた。

 

「良いぞ、勇士。その姿勢、戦いに赴くモノとしては上出来だ」

「貴女が、ランサー。スカサハで間違いないのね」

「その通りだとも。影の国の女王であり、前回の聖杯戦争でランサーのクラスで召喚され、此度の聖杯戦争では管理者として貴様に多くの障壁を与えた張本人だ」

 

 元々いた迷宮の管理者を排除し、迷宮を乗っ取った一騎のサーヴァント。それは英霊の範疇を大きく逸脱した存在だ。ケルト神話でも指折りの大英雄たるクーフーリン、フェルグス、コンラ等を鍛え上げた女傑。神すらも人の身で殺したと言われる神殺し。殆ど神霊に近いせいか、ステンノにも感じた神性が彼女からも発せられている。

 

 だが同時に、腑に落ちる事もある。これまでの違和感、番人がサーヴァントを行っていた理由が。迷宮の番人であるディルムッド、フェルグス、フィンは全てケルト神話に登場した英霊達だ。同一クラスの乱立、亜種聖杯では召喚不可能な神霊クラスの召喚は即ち、亜種聖杯によるものではなく。

 

「番人は、貴女が召喚したのね」

「ああ、そうだ。あの杯では召喚には多くの制限があってな。喚び出せるのは精々数騎。それでは舞台も整わぬ」

 

 一級の魔術師であっても不可能な、多重の英霊召喚。しかも聖杯の力を使わない独自の契約は、英霊召喚システムを作り上げた聖杯戦争の御三家、マキリの上を行く。しかしそれは逆にマキリの技術力の高さを示す。神と『比較』できるなど、どれほどの魔術師にも叶わない。

 

「先ずは一つ、褒美の言葉を送ろう勇士よ。よくぞここまで辿り着いた。無数にいた魔術師の中で貴様だけが辿り着いた事ではない。番人との戦いに生き残り辿り着いた事でもない。有象無象の身から、勇気ある戦士へと変わった事。それは称賛に値する。私すらも、貴様を生き残らせたのは半信半疑だった」

「生き残らせた?」

 

 聞き捨てならない言葉に、ノーマは反復するように言った。自分を助けたのは紅き弓兵であって、目の前にいる彼女ではない。大蛇に殺されそうになった自分を、アーチャーは助けてくれたのだから。まさかアーチャーが迷宮側のサーヴァント、という訳でも無いだろう。

 

「フム、流石にそこまでは分からんか。逆に不思議ではなかったか?入口とはいえ、迷宮に足を踏み入れたのだ。一級の魔術師は全て死に絶え、貴様『だけ』が生き残るという状況が」

「それは、私がサーヴァントの召喚を」

「必死になれば誰でも召喚できると思っているのなら、貴様はやや己を過大に捉えている。私が隠蔽し造り上げたサーヴァントの召喚陣、そして令呪。それは貴様だけを狙ったモノだ。召喚されたサーヴァントの指定まではしなかったが」

 

 スカサハの言葉をそのまま解釈するならば、相手は自分をわざと生き残らせここまで来させたのだ。より深い絶望を与える為か、それとも只の酔狂か。英霊はおろか神霊の考える事など理解できぬノーマの表情を見たのか、出来の悪い教え子を相手するように上機嫌に笑みを浮かべた。

 

「疑問に思っているようだな。何故自分なのか、そして何故ここまで来させたのか。貴様の疑問は大きく分ければ二つだろう。順番に答えてやろう。何故貴様を、ノーマ・グッドフェローを生き残らせたのか」

 

 スカサハは指を鳴らした。部屋にもう一つの光源が現れる。近代社会の監視モニターのように表示された、魔術的映像。映されているのは過去のモノだ。第一階層での、自分とアーチャーの映像。この頃はまだサーヴァント、英霊といった存在に慣れず、その規格外さにほとほと恐れていた。アーチャーが歩み寄らなければこの溝はきっと埋まらなかっただろう。

 

「答えは簡単だ。探索部隊の中で、貴様が最も劣っていた。あの部隊の中ならば、サーヴァントを自力で召喚できる猛者もいた。中にはサーヴァントに匹敵する戦闘力を備えた者もな。無論、この迷宮を踏破できる者もいた」

 

 それは真実だろうとノーマは思った。今回の探索部隊は探索者以外にも時計塔でも有力な魔術師が列を組んでいたのだ。流石に全てが一級品と言う訳ではないが、こと戦闘に関して言えば時計塔主力の三割が存在する圧倒的な部隊。自分と比べれば正に天と地ほどの開きがある。

 

 ならば何故、自分を生き残らせたのか。他の魔術師を手間かけて殺せるのならば、自分等片手間、それこそ瞬きの間に始末できたはず。明らかに自分は『弱い』のだから。

 

「・・・・・・育てたかった?」

「正解だ」

 

 しかしノーマは数少ない情報で、正解へと辿り着く。何でそんな思考に陥ったのかは知らないが、スカサハと言えば多くの英雄を鍛え上げた英雄だ。これまで戦ったケルトの戦士達は、皆戦いを何処か神聖なモノと視ていた。それがスカサハから教わったのかは分からないが、可能性はあった。

 

「弱い存在を、強い存在として鍛え上げたかったから、ここまで私を連れてきたって事?」

「惜しいな。根本は同一だが、少し正解に遠のいた。これは二つ目の疑問にも答える事になるがな。私の目的は、自身の消滅だ」

 

 それは神霊、英霊という区分を置いてもノーマには理解できない事だった。自身の死を望んでいる?サーヴァントとして召喚された英霊は既に死者だが、第二の生を望むサーヴァントも少なくない。それほど生の執着は大きいのだ。人は絶望と悲哀に埋もれれば、己の命を絶つ事もできる。だが魔術師は執念と欲望でそれを生き伸ばす。その結果どんな醜悪な姿になろうとも。魔術師は己の生命を軽視しない。

 

「戦士を殺し、神を殺し、亡霊を殺し。私は己を鍛え上げた。ヒトの身と言うのは無限の可能性を生まれながら会得している。私は上限を知らず、ひたすらに戦いと鍛錬を繰り返した。まさに神の領域であろうよ。そこに到達した時は悦びもあったのだがな」

 

 初めてスカサハの表情に陰りが見えた。自身の行動を悔やむような、それでいてそれ以外の選択肢が無かったかのような表情に、ノーマは理解する。英雄の範疇を、大きく彼女は超えたのだ。戦い、殺すのは太古の英雄の特徴ではあるものの、彼女はそれをやり過ぎた。神にまで平然と手が届く武芸は生態系はおろか世界の基盤を狂わしかねない異能。

 

「結局、国ごと追放された。世界の放逐という奴だ。手に負えないモノは存在諸共叩き出され、世界単位での幽閉にさらされていたのだが・・・・・・偶然とは恐ろしい。何の因果か生者を英霊として召喚しようという輩が出てな」

 

 ファラオが言っていた、元迷宮の管理者。聖杯による召喚能力の拡張行為。英霊ではなく、神霊を召喚したその男は、そのサーヴァントによって殺されたと言う。

 

「不完全とはいえ召喚されたのだ。つまり、今の私には死が存在する。これほどの好機は恐らく二度も無いだろう?故に考えたのだ。私はどうやって死のうかとな」

「それで、こんな事を?」

「そう邪見にするな。私とて今は『生者』。生きていたいという欲求は勿論持っている。だが下手に生を満喫すればまた世界に放逐される。それでは余りにも面白くない」

 

 死に方に面白さを求めるのか、と聞きたかったが、悠久の時を過ごし神にまで昇りつめた彼女の考えを理解する方がどうかしている。人間は一人では生きていられない。仮にエネルギーを全て自足自給で肉体の維持ができたとしても、コミュニケーションによる心まではカバーできない。肉体と同じく、心もまた栄養を欲するからだ。つまり、自分の目の前には心が朽ち果てた英雄が立っている。醸し出す死の雰囲気は殺意を放っているのではなく、彼女の心の腐臭なのだ。

 

「こう見えても死に方には拘りがある。自分の育て上げた者に殺されたい、というな。実は貴様が来る前にもう一人候補がいたのだが・・・・・・馬鹿弟子め。槍を滑らせおった」

「何で私を?最良の弟子、とやらがダメだった時の為の予備なら、もっと良い魔術師はいたわ。私にそれを凌駕する程の伸びしろがあったって言うのなら少しは嬉しいけど」

「そうではない。という事は貴様自身もよく分かっているようだな」

 

 ゴルゴーンとの共生を経ても尚、ノーマは己の実力不足を認識している。ロケットエンジンを積まれた車のようなモノだ。実力と言うものはしっかりと確立されたモノであって、不安定な自分に確実にできる、という事は余りにも少ない。

 

「そうだ。先程言った通り、貴様は最も出来が悪い。あの中で最も戦士になる可能性に乏しいモノ。そう私は映った。だが、逆に考えたのだ。私の眼と、私の腕。どちらが上かとな。教え、鍛え上げるのは得意だが、未だに見込みの無い戦士を育て上げた事は一度もない。今回を除いて」

「別に育てられた覚えは無いけれどね」

「それは認める。貴様は己の力でここまで来たのだからな。だがきっかけを造ったのは私で、成長できる場所を築いたのも私だ。感謝はしなくて良いぞ。何せ、まだ終わっていないのだからな」

 

 殺気が放たれる。迷宮のどんな幻想種よりも、どんな英霊よりも異質な殺意。生あるモノから生あるモノへと向けられるソレは、普通ならば刃物のように鋭い。だがスカサハから発せられる殺気は『冷たい』。他者を攻撃しようという意思ではなく、他者を閉じ込め、眠らせるような殺気。

 

「死にたいのなら、望み通りしてやろう。最も冥府に貴様の居場所は無い」

 

 萎縮しかけた自分を彼女(ゴルゴーン)は蹴り上げる。いつの間にか自分の身体は変容し、思考もソレに切り替わる。そうだ。この身体は一つだが、多くの想いを受けて自分はここに立っている。

 

「出てきたか。正直ゴルゴーンとの共生は予想外だった。喰われた時は私も諦めた程だ」

「高みの見物は十分楽しんだだろう。生きた屍は早々に役目を終えるが良い!」

 

 地面が陥没する程の勢いで踏み出す。スカサハは笑い。そして戦士の顔になった。

 

「良いだろう、戦士。力を見せてみろ、このスカサハに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒と蒼が衝突し、火花を散らす。アーチャーは数センチ先で銃剣を遮る蒼を睨み。ランサーは数センチ先で槍を遮るアーチャーを睨む。全力での撃ち合いで両者は一切引かず、苛烈な攻めを続けていく。

 

 本来ならば、アーチャーは防戦を強いられる。如何に接近戦ができるとはいえ大英雄たるクーフーリン相手にアーチャーが攻撃をできる筈が無い。だが今この場に防御をするサーヴァントはいない。お互い必殺を込めた攻撃を放ち、お互いの武器がその攻撃を阻む。全く違う軌道を描きながらもそれらは交差し、離れ、衝突する。

 

 超至近距離で、アーチャーは引き金を引いた。弾丸は今までのとは違い、発砲と同時に拡散する散弾。如何に矢避けの加護があろうと、この距離では回避は不可能。

 

 しかし、ランサーは更に踏み込んだ。槍どころか徒手空拳ですら行使できない接触、そして衝突によって銃から吐き出された散弾が明後日の方向へと飛んでいく。

 

 アーチャーが行動するよりも早く、ランサーはアーチャーの身体を蹴り、距離を取った。

 

「中々慣れてきたじゃねえか。さっきまで手も足も出なかったのによぉ。懐かしいな、いつだったか俺が逃げ回るお前の背中を貫いた時を思い出すぜ」

「覚えが無いな、それと最初から拮抗していた筈だが。随分と饒舌な男だ。喋る暇があるのなら、令呪で自害させられないか怯えていた方がよほど有意義ではないかね」

「そんな事をしてる暇あったら槍を振ってるぜ!」

 

 有言実行するようにランサーが再び踏み込む。アーチャーは両方の銃で迎え撃った。散弾のシャワーを前にクーフーリンは小石を放る。起動したルーンが即席の障壁を造り、全ての弾丸を阻んだ。更に崩壊する刹那の障壁を跳躍し高さを持ったランサーは下にいるアーチャーへと振り下ろす。

 

「チィッ!」

 

 投影の時間は無い。二挺の銃を連結させ、長刀を作り出して空中へと投げつける。いとも容易く長刀を弾き飛ばしたランサーはしかし、勢いを失い地面へと着地した。

 

 その頃には既に投影は完了している。一振りの剣を投影、神殺しの異名を通った剣は半神であるクーフーリンにも有効で

 

「遅えな」

 

 しかし、ランサーの実力を甘く見ていた。数段階速度が増し、投影した宝具を使わせんと割り込む。宝具を持つ手首諸共切断しようとした攻撃を何とか弾くも、神殺しの剣は吹き飛ばされ結界の障壁へと衝突し、砕けた。

 

「武器を装填する速度が遅えんじゃねえのか?」

 

 答える暇無く、槍の本領である突撃が迫る。アーチャーは無手のまま地面すれすれでランサーへと突き進んだ。安易に横や後ろに回避していれば、更に不利な状況へと押し込められていた。突き進むアーチャーを回避したランサーは振り向くも、槍よりも無手の方が速い。

 

 流派も戦術もへったくれも無い拳が、その顔面を捉えたたらを踏ませる。二挺拳銃を投影し引き金を引けば、ランサーは飛び跳ねるような動きと槍を振るい弾き飛ばす。

 

「結局その銃か、いつもの双剣はどうしたよ!」

「さあて、思い出せないな!」

 

 切り札も勝ち方も戦術もある。しかし、できない。アーチャーは膠着状態の現状に苛立ちを覚えていた。何をするにしても投影には時間が、僅かな数コンマが必要だ。使い慣れた武器よりもやや長いその数コンマを、ランサーは見逃さない。先程のように確実に横槍を入れてくる。

 

 二挺拳銃の弾幕射撃も矢避けの加護を持ったクーフーリンには大部分が避けられ、精密射撃であろうと槍を振るわれ弾き飛ばされる。第四階層の時ならば容易に破壊できた無銘の鉄槍も、特別製なのか宝具並みの強度を以てヒビすら入らない。世界の強制があれば、もしくは自分が反転していなければ。そんな柄にでもない後悔までよぎる始末だ。

 

「下らん!」

 

 後悔なんて愁傷な事をいつの間に手に入れた?普段ならば絶対にしない思考判断に喝を入れて、二挺拳銃を連結させて長刀へと変える。切り札を使えないのなら、この二挺の武器を己の切り札にすれば良い。

 

「ハッ、面白え!」

 

 ランサーも応じる。槍と長刀という長物の武器同士が衝突し、別種の火花を生じさせた。両方向に刃が造られた長刀で槍を弾き、引く形でもう一方の刃で反撃を見舞う。熟練した人間であっても下手をすれば己自身を傷付ける長刀を演舞さながらに振り回し、先程のような小刻みな斬撃ではない一撃一撃を重視する戦法へと切り替える。

 

「腹括ったみてえだな、なら俺も括るとするか!」

 

 対するランサーも己の鎧と武器にルーン魔術を施し、全開以上の能力で立ち振る舞う。先程と同じ両者共に防御をしない攻撃のみの状況が戻ってきたが、その実は大きく異なる。アーチャーの身体に槍が掠り、振るう長刀に亀裂が走る。膠着状態は一瞬、防戦へと強いられるアーチャーの表情が強張る。

 

「チィ、構成材質、補強」

 

 刀身を強化するも、綻んだ亀裂は修復できない。撃ち合うごとに加速度的に破滅が近付いていく。頭の中で狂おしい程この状況を打開する策が駆け廻り、消えていく。ランサーが慢心して隙を晒す事は無い。戦場においては猛犬とされるこの男は正しく槍を振るい、自分の命を消そうとするだろう。

 

 あと二撃、アーチャーは数コンマの思考で自身の武器の限界を知る。ここまで近づかれてしまえば目の前で投影する素振りでも見せれば即座に刺突で決するだろう。二撃で自分は決定打を撃たなければならない。

 

 長刀と槍がぶつかる。あと一撃。しかしアーチャーは自身の死を待たなかった。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

「何!?」

 

 眼前のランサーは驚きで目を見開く。投影魔術を爆破させる、アーチャーの手段を知らなかった訳ではない。むしろ警戒していた。投擲なりの手段で爆破するつもりなら、それより早く弾き飛ばしその心臓を穿つつもりだった。だが、まさか撃ち合った瞬間、未だにアーチャーの手に握られた状態で起爆するとは思わなかった。

 

「捨て身か、クソッ!」

 

 寸前で引き下がったランサーは毒づき、地面を駆ける。小規模の爆発による砂塵を槍で一振りして晴らせると、眼前にはこちらへ向いた剣があった。

 

 神殺しの剣、標的を狙い続ける矢、混じる血を絶つ槍、ありとあらゆる武器が、宙を浮き切っ先をランサーへと向けている。意識するよりも早く、ランサーは真横へと方向転換する。

 

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!」

 

 猛犬を狙う猟犬が放たれる。殺到する投影品の展覧会にランサーは回避だけに専念し駆ける。矢避けの加護だろうと意味のない徹底した密度の弾幕に、舌を巻きながら槍を振るって弾き飛ばす。弾幕を注視していたランサーは、二つ名の通りの笑みを浮かべた。

 

「やるな、だが油断だぁ!」

 

 ランサーは空中へ跳び、手にした槍を投擲した。空気を文字通り切り裂く槍はしかし、圧倒的な数を敷いた剣の包囲網にはか細い線のようなモノだった。剣の群れの中から数種の武器が零れ落ちるにとどまる。しかし、それだけで良い。

 

 空中でいながらも身を捻り、迫る剣を回避して逆に即席の足場として蹴ったランサーは地面に突き刺さる槍を引き抜き、ルーンの文字を刻む。妨害のルーンを刻まれた槍は、『本来』の主が得る事で紅く煌めいた。

 

 ゲイ・ボルグ。一死一殺の呪いの槍。クーフーリン本来の武器であるソレは有象無象の投影品の中では十把一絡げにされていたが、ランサーは即座にそれを手に取った。爆破されぬよう妨害のルーンを刻み付け走り出す先は、圧倒的密集率の弾幕、その先にいるであろう弓兵。自爆によって、恐らくは相当の損傷がある相手。

 

 本来、ヒトを殺害するのに大層な武器はいらない。そこらの石ころでも鈍器となるし、やろうと思えば素手でも人間は人間を殺す事ができる。だが英霊ともなればヒト以外の存在、もしくは大多数の相手と戦わなければならない状況がある。だからこそ、英霊の武器は伝説に残る程派手で、高威力だ。

 

 だが、本当の戦いにそれは必要ない。派手な武器は必要ない。ただ的確に、確実に、迅速に。敵の活動を停止させる。己の持つ武器は、ある意味でそれに特化している。

 

「穿て、抉れ、ぶち抜け!穿ちの朱槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

 瞬間、紅の軌道が弾幕を貫く。発動した時点で因果を捻じ曲げ対象に命中させる一撃必殺必中の呪いの槍。ソレはアーチャーを守るべく展開された投影の弾幕を無視し、その向こう側の本体へと到達する。回避など不可能な一撃だ。

 

アーチャーの敗因は、ランサーの得物を投影してしまったこと・・・・・・何故、無数にある投影からこの槍を相手は投影した?その思考が、ランサーの槍の動きを鈍らせた。

 

 弾幕を潜り抜けたランサーは、その先にある壁を見た。否。それは壁ではない。巨大な花弁のように展開するソレは、一つ一つが城壁に匹敵する防御宝具。アーチャーの持つモノでも最上級に位置し、ギリシャ神話のトロイア戦争において、大英雄アイアスがヘクトールの投擲を防いだとされる鉄壁の守り。

 

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!」

 

 紅き槍が衝突し、音を立てて砕け散る。因果すらも捻じ曲げる呪いの槍は阻まれる程の強固な防御機構。本物ならば、あるいは貫けたかもしれない。そうでなくても戦闘は続行できただろう。だが今のランサーに攻める為の武器は無く。満身創痍のアーチャーの手にはランサーへと向けられた銃がある。その結果が何を意味するか、分からない彼ではない。

 

「あーあ、師匠に返してもらうべきだったぜ」

 

 ランサーの呟きは、一発の銃声でかき消された。

 

 

 

 





書いてたらプロトゲイボルグは投擲できるのだろうかというささやかな疑問が生まれた。まぁ殆ど一緒だからできるだろうけど


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終層②

(ゲイ・ボルグ)が無いから負けた、なんて言い訳するつもりはねえけどよ。やっぱり納得いかねえぜ」

 

 不服そのものの顔で、ランサー、クーフーリンは呟いた。蒼を基調に造られた鎧は、己の血で深紅へと変わっている。心の臓に空けられた風穴からは、血が魔力となって噴出していた。

 

「少なくともその言い訳には無理があるだろう。何せ、槍はあったのだから。敢えて敗因を語るならば(ゲイ・ボルグ)があったから負けた、になるな」

「本物ならあんな盾貫けたに決まってんだろ。ああ、何で俺だけこんな扱いが多いかねぇ」

 

 並みのサーヴァントであれば即死の状態だが、ランサーは飄々と頬をかく余裕まである。伝承通りならば、クーフーリンは己の心臓を取りだし、洗った後に同じ場所に入れて死ぬまで戦ったという。無論、そんな事をさせないよう入念にランサーの心臓は破壊しつくした。戦闘続行スキルがあろうと、ランサーの死は免れない。

 

「それはお互い様、という所だな。俺にも面倒な仕事が残っている」

「けっ、いけすかねえ面に戻りやがったな」

 

 ランサーの敗北が決定すると同時に、結界がひとりでに解除された。元からそういう仕組みだったのだろう、己の魔力経路が途切れ、再び世界の尖兵となったアーチャーはそう推測する。肉体が再び腐り無へと近付いていく感覚が懐かしく、同時におぞましい。

 

「・・・・・・お前の剣には誇りが欠けていたがよ、少なくとも意思はあった」

「何が言いたい?」

「戦士に必要なモンだ。お前の郷でもあるだろ、心技体って奴だ。戦う人間なら、大なり小なり持ってる。それがお前からは感じられない」

「またか。そんな不定形なモノ、何の役にも立たない。殺すのに必要なのは技術だけだ。体だの、心だのお前が語るには余りにも高潔過ぎやしないか?」

「・・・・・・やっぱ分からねえかねぇ、何て言うかな。今のお前は、師匠とよく似てる。生きてるのに死んでいるっていうか、擦り切れてるっていうか」

「話にならんな」

 

 それ以上、ランサーの話を聞く道理も無かった。死人に口なし、末期の言葉を聞く程自分も酔狂ではない。トドメを刺し切った敗者を捨て置くつもりで、アーチャーはランサーへと背を向ける。

 

「まあ待てって。こっちも残り時間は少ねえ。これが最後の質問だ」

 

 普通の英霊、もしくは常人ならばアーチャーは聞かずに立ち去っていただろう。最後を看取る程自分が感傷的ではないが、この英霊が質問すると言うのなら、足を止める程度はする。手短に言えとアーチャーは振り向きもせずにランサーの問いかけに応じた。

 

「なら聞くけどよ。坊主、お前は後悔してんのか」

 

 後悔。己の所業を悔いる、意味のない行為。それをする事で所業そのものが消える訳でも無く、同時に何が解決する訳でも無い無駄の極み。ランサーの言葉には主語が抜けていたが、何について聞いているかは推測できる。

 

「仮にだが」

 

 一呼吸、アーチャーはその言葉を話すのに間を置いた。そうする必要があった。

 

「後悔していて、今直ぐ己の眉間に銃弾を叩き込んだとして。それで解決するとでも?」

「はぐらかすなよ。俺が聞きたいのは後悔しているか、いないのかだぜ」

「する筈が無い」

 

 断固とした言葉が、零れていた。意思とは無関係に出た、ある筈も無い心からの声。

 

「少なくとも、選択が誤りだったとしても、俺は間違いとは感じていない」

「そうかねえ。その選択で、己の身に不幸が下されるならそりゃあ間違いじゃねえのか?」

「お前が言うか、クーフーリン」

 

 数々の誓い(ゲッシュ)を立てられ、それを破る事で弱体化していった英雄。最後にはそれが死因ともなった男はニヤリと笑い、ようやくアーチャーは今まで乗せられていたことに気付く。

 

「な?お前にもあるんだよ。計算や策略の外、英雄を英雄たらしめる核っつうか、矜持っていうか。忘れてる訳ねえモンだ。思い出したくねえだけだろ」

「誘導尋問とは趣味が悪いな」

「お前さんよりは良いさ。いいか小僧、忘れるな。別に高潔な騎士王みたいになれとは言わねえ。だが仕事って割り切る程、お前さんの心は鉄でできちゃあいねえって事だ」

 

 問答が終わる。アーチャーは何を言う訳でも無く駆け出す。その背中に、ランサーはそれ以上の言葉を送らなかった。既に道標は示した。古臭い因縁も長く続ければ助言の一つでも送りたくなるらしい。

 

「柄にでもねえな。キャスターとかならまだしも、この姿でドルイドの真似事は似合わねえ」

 

 その場に取り残されたランサーは、背中から地面に倒れ込む。身体が徐々に消えていく。何戦あの弓兵と槍や杖を交えたかは分からないが、恐らく次また召喚されるなら今度もあの皮肉屋はいるのだろう。

 

「変な運命だぜ全く・・・・・・すまねえな、師匠。どうもアンタが絡むといつも事は変な方向に行くらしい。番犬の役目ももう終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槍、という武器は歴史の深い武器だ。有史以前の狩猟にも使われてきた分、槍術というモノも必然的に古くからある。剣の範囲外から攻撃できるこの武器は扱いは簡便で人間同士の戦いにおいても使用され一定の戦績を人類にもたらしてきた。 

 

 だが、それを極めるのは困難ともされてきた。なまじ扱いやすい武器である分、極める人間は少なく、元々それほど複雑な武器でもない。弱点も分かりやすく、至近距離での使用は絶望的に難しいという事で、懐まで入り込まれた戦士は剣で対処していた程だ。

 

 それが、『槍』の歴史だ。では、目の前にある『槍』はどうだろうか。

 

「ハアッ!」

 

 槍で突く、という単調な行為で空気が揺れ轟音を轟かせる。紙一重で回避など意味は無い。常人ならば皮膚が裂け骨が砕かれる風圧を間近で感じながらも、ゴルゴーンは強靭な四肢を総動員して躱す。そのまま地面を蹴り反転、槍の間合いの更に内側、槍の弱点である超至近距離。相手が後ろへ下がるよりも早く、英霊の宝具並みの強度と威力を兼ね備えた爪が相手の皮膚を切り裂かんと動く。

 

 しかし、槍は退かない。それどころかスカサハはそのまま横へと振るった。血のように紅い槍は遠心力にで大きくしなり、刃の無い『斬撃』を繰り出す。手でそれを阻害する事さえ危険と判断したゴルゴーンは、蛇の俊敏さを連想させる動きで振るわれた槍を躱す。

 

「どうした、逃げる為にここまで来たのか!」

 

 狂気を感じさせない、しかし生の気配すらも感じさせない瞳と見つめ合う。既に魔眼殺しは外し、その魔眼の効果をその身で浴びている筈の相手は、不敵な笑みで返した。ルーン魔術による防御、と自身(ノーマ)がそれを判断しゴルゴーンは舌打つ。

 

 人の身でありながら、神を殺した女傑。スカサハ。ゴルゴーンの時代にも女の身でありながら英雄となった人間は数知れないが、少なくともここまでの異端はいなかった。愛憎の連鎖とも言うべきギリシャの神々は無茶苦茶な存在ではあったが、それでも一定のルールを敷かれた存在だったからだ。神の権能はヒトの身には過ぎた力、そしてヒトの自由は神には不要なモノ。

 

 だがもし、ヒトの身で権能に昇りつめ、自由を手にすれば?目の前にいる存在は、そんな『もしも』の極地だ。神の眼を持ち、ヒトの自由を持つ。それは怪物ですらない『災厄』だ。

 

 ゴルゴーンの髪が文字通り逆立つ。蛇に変化したそれらは至近距離にいるスカサハを噛み砕かんと牙を向けるも、彼女はそれを無視し槍を振るう。

 

「甘い!」

 

 後で出された筈の攻撃を、ゴルゴーンは身体を逸らして躱す。掠りもしないが槍の風圧で大きく姿勢が崩れ、その間にスカサハは牙を向けていた蛇を切り飛ばす。

 

 自身が一度行動する速度で、相手は二度行動できる。ゴルゴーンは素早い方ではないが、スカサハの速度が異常な程速い。もしも蛇がスカサハを襲わなければ、自身は回避した二撃目に貫かれていただろう。騎士王との戦いで受けた傷は再生されているが、再生に消費した魔力は補充できていない。今の状態では、一度の傷が致命傷になりかねない危険な状態だった。

 

 回避に専念していては殺され、しかし攻撃しようにも即座に対処される。如何に殺意に満たされようが、それの原動力となる魔力が無ければ始まらない。ならばどうするべきか。

 

『補給するしかない。スカサハから』

 

 思考の同居者、己の寄生主からの言葉。それがどれほど困難な事か、こいつは本当に理解しているのか?回避すらも至難の業、思考の一瞬ですらも隙を見つける相手なのだ。

 

『この周りに魔力の補給ポイントがあるのなら別だけど。無いでしょそんなの。ならこれしかない。何とかして隙を作って、手足でも何でも良いから喰らいつく。それしか勝てる方法は無いわ」

 

 無茶を言うが、自明だった。とっくに彼女は覚悟を決めているらしい。ゴルゴーンは知らず笑みを浮かべた。臆して思考の片隅で震えていれば良いモノを。私に意見など、どの口が言うのか。

 

「ならば精々耐える事だ!」

 

 ゴルゴーンが吼える。無論その程度でスカサハは臆することも手を止める事もしない。槍を鞭のようにしならせゴルゴーンを殺さんと振るう。ゴルゴーンは今度は避けなかった。身体を斜め一文字に切り付けられ、鮮血が飛び散る。無論ただの血の筈が無い。怪物や合成獣が寄り集まったモノの血など、生命体においては強力な毒。

 

 スカサハは即座に後方へ跳び下がろうとするも、蛇となった髪がさせぬと動く。瞬時に槍を振り回し蛇の頭を切り落とすも、噴出する血までは止められない。溶解液にも匹敵する血の一滴が、槍の防御を潜り抜け頬を濡らし、溶かす。

 

「クッ!」

 

 姿勢も態度も崩さなかったが、スカサハの醸し出す殺気が揺らぐ。余りにも小さい隙だが、ゴルゴーンにとってはそれで充分だった。両腕の筋肉が大きく隆起し、相手の心臓をもぎ取らんと

 

『引いて!』

 

 する両手を引き後方へと跳び下がる。騎士王の魔力放出に匹敵する一撃が、さっきまで存在していた場所を粉砕した。騎士王は魔力放出による相乗効果だが、スカサハのそれは純粋な槍術のみによるもの。

 

 それを生み出す槍を、スカサハは二本持っていた。さっきまでは一本だけだった槍が、いつの間にか二本に増えている。緊急時による対処ならば床にできた陥没痕はできないだろう。つまり、二本での槍術も相手は備えている。

 

「フッ、どうやらそちらも先読みは得意らしい。上手く誘い込んだと思ったが、中々どうしてやるものだ。やはりここまで来れた実力は偶然だけではないようだな」

 

 殺気が揺らいだのは罠か。ゴルゴーンは生前の所業の一つ、わざとやられそうに振る舞い相手を絶望に叩き込む遊戯を思い出す。あの時の戦士の顔は極上だったが、自分が遊ばれていたとなれば頭に血が昇る。

 

「血気盛んなのは良いが、少々血生臭いな貴様は。それに己の傷の状況も理解しているか?私は頬のかすり傷一つだが、貴様は既に満身創痍だ」

 

 スカサハは傷付いた顔に手を当てる。ルーン魔術による治癒によって、ゴルゴーンの捨て身の一撃は元通りになった。これで状況は元通り、否。それだけではなく、自身の流血はかなり深い所にまで進行している。放置すれば死は遠くない。

 

「さて、どうする」

「貴様を喰らう。それだけだ」

『待って』

 

 簡潔に伝え、ゴルゴーンは踏み出そうとした身体を急停止させる。時間が一秒でも惜しい状況下で、何をこいつは悠長な事をしようとしているのか。黙って思考するなど相手が許してくれるとでも思っているのか。

 

『このままじゃ死ぬ相手に、わざわざトドメを刺しに近付く?それこそ隙よ。こちらが仕掛けてこないなら、恐らく相手は仕掛けない』

 

 苛立ちと腹立たしさが同時に膨れ上がり、全てを振り切って攻撃を仕掛けたい衝動に駆られる。もし自分がゴルゴーンのままなら、こんな思考はしない。脆弱な身体に押し込められているからこそ、何とかして生を勝ち取らなければならないと言うのに。

 

『ありがとう。私の命を尊重しているのね』

 

 見当違いの同居者の思考を無視し、ゴルゴーンは(ノーマ)に問いかける。不平も不満もあるが、確かに見立て通りスカサハはそれ以上仕掛けず、注意深くこちらの様子を伺っている。最後になるかもしれない作戦会議だ、意見を聞くぐらいの余地はあるだろう。

 

『私は戦闘に関するアドバイスはできないけれど。スカサハに関する伝承は知ってる。弱点とかは知らないけど、彼女は貴女みたいに特殊な能力で英雄となった人物ではないわ。ルーン魔術と、槍を基盤とした戦闘術。それが彼女の全て』

 

 それは既に実感し、『体感』までしている。自身の知識を披露したいのならせめて有益な情報をよこせとゴルゴーンは舌打ちした。

 

『だから、相手の戦法はそれだけなの。少なくとも原点そのままのスカサハなら殺されてたでしょうけど、ランサーのサーヴァントで召喚された彼女には、槍とルーン魔術くらいしかできるモノは無い。それに比べて、貴女ならまだ多くの戦法が取れる』

 

 応用を聞かせれば無数の選択肢があるルーン魔術は勿論、相手は相当の槍術の心得があり、取れる戦法は無数。だがノーマの言う通り、できる事を大別すれば二つだけだ。魔力切れ寸前の自分でも多くの選択肢が備わっている。それら一つでも、相手に命中する事ができるのならば。

 

「作戦は練り上げたか?精々足掻くと良い」

「そのつもりだ!」

 

 言うが早いが、ゴルゴーンの髪が逆立つ。蛇となったそれらは距離が離れたスカサハへと口を開けた。瞬間、スカサハが身を翻し躱す。己の髪に循環している魔力を放つ荒業だが、遠距離戦のできないスカサハには有効な『諸刃の剣』だ。枯渇寸前の魔力を無理矢理練り上げているのだから、威力も精度も低い。それでも躱し続けるスカサハが不利と悟る程には意味がある。

 

 空中に跳び上がったスカサハが、槍を振りかぶる。そう認識した頃には既に槍は投擲され目前に迫っていた。躱せるか否かの思考すら追いつかず身を捻る。衝撃に吹き飛ばされるも穴の開いていない身体に安堵するよりも先にノーマが警鐘を鳴らす。

 

『まだ後三本投げてくるわ!』

 

 思考が身体に追いつき、すぐさま蛇が反応し口を開けた。飛来する三本の槍全てが砲弾とするならば、対空砲火でそれを迎撃する。弾かれた槍が消滅する所を見ると、ルーン魔術による分身と言ったところか。それならば次に来るものは槍を構え突撃する本体のみ。

 

 ゴルゴーンは両手を前に出す。この接触が最初で最後の機会。噴出した血は凝固していたが傷はそのままだ。一撃でも受ければ今度こそ胴を寸断されるだろう。魔力は既に底を尽き、もう遠距離戦を仕掛ける事もできないだろう。数分後に存在する死を否定する為に、目前の死を超える。

 

「ハアッ!」

 

 直前で更に速度を上げた刺突を、ゴルゴーンは両腕で防ぐ。髪が逆立ち、目前の餌を噛み砕かんとするもスカサハはもう一つの槍でそれを切り裂いた。片腕でできる防御を超えた鉄壁。しかしスカサハはゴルゴーンの目論見を察知し、跳び下がろうとする。

 

「遅いな」

 

 だが、逃げられない。神殺しと言えど、両腕を攻撃と防御に使用すれば必然的に動かせるのは足だけになる。どれだけ卓越していても、手が増やせる訳ではない。元が人間ならば。

 

 しかし、ゴルゴーンは違う。髪は蛇、その瞳は毒、そしてその尾もまた同様だ。合成獣(キメラ)の尾は蛇という伝説通り、蛇となった尾がスカサハの脚に牙を立てる。その状況でも構えを崩さない彼女の脚を喰い千切らんと変化した蛇がしなる。

 

「遅いのはお互い様だ」

 

 だが姿勢を崩したのはゴルゴーンだった。決定的好機、掴みかけた勝利の足掛かりに、髪の制御が数コンマ遅れる。スカサハがそれを見逃す筈も無く、一方の槍で自身に迫る蛇を全て寸断した。できた空白の時間に、一瞬だけスカサハとゴルゴーンの視界が交錯する。

 

「終わりだ」

「否!」

 

 そう叫んだ所で、状況は明白だった。両手で片方の槍を抑え、最後の頼みである蛇が再びスカサハを攻撃するには余りにも遅い。槍が三度心臓を穿つ余裕がある。絶対的好機が窮地となる戦場の理は、しかしスカサハに驚愕の表情をもたらす。

 

「・・・・・・何?」

 

 踏み込めない。力が入らない。ある程度のダメージならば無視する程の精神力を持った戦いの極地とも言うべき女傑が膝を屈する。痛みも傷も無い。ただ脚に力が入らない。思考を切り替え槍を突きから薙ぎへと変えるも、力の入らないソレをゴルゴーンは弾き飛ばし。

 

「今度こそ貰うぞ、その血肉を!」

 

 スカサハの肩に大口を開けて喰らう。髪や尾ではない、怪物そのものの牙が鎧を容易に砕き、中の血肉をむさぼる。肉食獣に襲われるよりもおぞましい、己の内から急速に力が抜けていく感覚を精神力でねじ伏せ、スカサハはわざと地面に転がり勢いでゴルゴーンを投げ飛ばす。本能が追い打ちで槍を召喚し投擲しろと叫ぶが、理性でそれよりも速く己の身体に治癒のルーンを刻む。

 

「吸収ではなく注入だったか・・・・・・迂闊だった」

 

 尾が変化した蛇で魔力を吸い上げる、という作戦かと思っていたが、相手は逆に毒を注入してきた。スカサハは慎重に原初のルーンを刻んでいき、毒を中和していく。普通のサーヴァントならばそれだけで身体が融解していく解毒困難な猛毒を、ルーンの治癒が癒していく。

 

 僅か数秒、しかし致命的なまでの数秒だった。投げ飛ばされたゴルゴーンは優雅に着地し、頬に付着した血を見せつけるように舐めとる。瀕死寸前だった身体の傷は立ちどころに修復され、魔力が循環しているのが外からでも分かる。

 

「ふう、悪くはない。が、好きではないな。まあこの状態で味の好みは欲深いか。飢えた身体を満足させる程度にはある」

「流石に自身の味は分からぬからな。貴重な献血体験だったよ」

 

 皮肉を返し、治癒の終えた身体を軽く動作させて確認する。神代の毒には見識はあるものの、この毒はヒトの作り出したモノではない。何せ怪物の体液だ。ルーンで治癒はしたものの、違和感は強く残っている。

 

「ククク、どうだ。私の体液を滲ませた毒は。どれだけ治癒をかけようが無駄だ。いずれ毒は身体を回り切る」

「成程、殆ど呪いのようなモノか。だが残念だったな」

 

 スカサハは槍を一本召喚し、何も存在しない宙へ振りかぶる。槍が発生させる風圧は変わらない。身体に残った死の呪いはしかし、己の行動を阻害するには余りにも小さな障害だ。

 

「この程度、障害とはなり得ない。いや、この程度では死ねないと言った方が適切か。一手取れただけで勝ったつもりでいるのなら、その首は容易に落とせるだろうさ」

「言っていろ。首を落とす等小奇麗な事をするつもりはない。まだまだ腹は空いているのでな」

「面白い。ならば少し、戦場にも工夫を拵えるとしよう」

 

 スカサハが槍を振りかざす。攻撃を目的にしない演舞は、空中へ文字を刻み込んだ。ルーン魔術、とかろうじてノーマは理解するものの、効果は分からない。どちらにせよ、悠長に空中へ文字を刻んでいるのは隙以外の何物でもない。

 

 髪が蛇となり、先程とは比べ物にならない威力の魔力を放とうとした時だった。一瞬の浮遊感と共に、足場が無くなった事に気付く。先程まであった床は勿論、壁や天井は消え失せ、純粋な暗闇と落下がゴルゴーンを支配した。背中に生えた翼が羽ばたくも、落下は一切加減する事無く墜落していく。

 

「何をした貴様!」

「場所を変える。なあに、小細工はせんさ」

 

 同一の視線で落下していくスカサハは、不敵な笑みで答える。場所を変える必要はないはずだ。手狭であった訳でもなく、お互い障壁となるモノも無かった。つまり、ここでの場所移動はどちらかに優位になる状況へと移りやすく。十中八九で向こう側に理のある場所が選ばれる。

 

 五感が訴える情報に、ゴルゴーンは眉を潜める。懐かしい感覚を覚えたからだ。生前の、あの島での記憶か。いや違う。島に追放される前の記憶でもない。生前の世界。神代の空気を感じる。

 

 気付けば両脚は地面を踏みしめている。視界を巡らせば、神代ではよくある風景が飛び込んできた。神か、高貴な王族が住んでいる城、の跡。廃墟となった城の前、城門を背景に、鬱蒼とした雰囲気が空気すらも包み込む。

 

「ようこそ、影の国へ。さあ、己の武を見せるが良い勇士。でなければその命、影に連れ去られよう」

 

 影の国。その入り口に、ゴルゴーンは立っていた。

 

 

 

 

 

 



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終層③

そろそろクライマックス。
恐らくあと数話くらいで終わらせる予定。




 常人はおろか、一流の戦士であっても、その国に足を踏み入れる事さえできない。北欧の小島に築かれたその国を支配するのは一人の女王で、彼女に弟子入りし、課す修行に生き残る事ができればその者は英雄となる。過酷を大きく逸脱した修行によって、多くの戦士が命を落とす魔境。それが影の国だ。しかしそれはあくまで伝え広められた話。影の国が恐ろしい場所、という伝説が、語られるごとに肥大化した結果だ。

 

 そうノーマはそう思っていた。伝承や逸話は、正確ではない。人間は伝えられた言葉を伝えた本人とは違う解釈をする生き物だからだ。ナポレオンの肖像画は、実際は権威者を強く見せる為の表現で、実際は小柄だったとか、アレクサンドロス大王もまた背丈が小さかった、等の話すら信用していない。大男ならばともかくもしかしたら性別すら違うかもしれないのだから。

 

 だが、影の国を見ればその印象も吹き飛ぶ。恐ろしい国、危険な国、魔境。陳腐極まりない言葉しか出せなかった神話は、しかし正しく影の国を表現していた。それくらいでしか、この国の異質さを表現する言葉が見つからない。大気の魔力密度の濃さは、現代人ならばとても生きていけるモノではない。魔術師ですら専用の礼装が無けれ環境に適応できないだろう。

 

 だが、本当に恐ろしいのは大気ではなく、その風景。舞い散る雪は灰のようにくすみ、大地には植物どころか、生物の気配すらない。水の無い砂漠、荒廃した大地であっても自然の手は何処までも続いている。太陽の威光、小さな雑草などは正にそれだ。だがここには、それすらも無い。人間が暮らす環境どころか、空間そのものが生命を忌避している錯覚すら覚える。

 

「ここに人間を招待するのは初めてかもしれんな。来訪者は昔はよくいたが。私が自ら招いた事は無かった」

 

 視界に佇む相手、自身の敵、迷宮の管理者、そして影の国の女王であるスカサハと眼が合う。今の身体はゴルゴーンだが、彼女はその瞳の中にいるノーマを視ていた。

 

「と言っても、ここはまだ我が領土ではない。門の前、入口と言ったところか」

「悪くない空気だ」

 

 ゴルゴーンがぞんざいに言い放つ。現代に生きるノーマとは対照的に、神代の雰囲気に懐かしさがあるのか目を細め、舞い散る雪に手を伸ばした。感覚を共有しているので、触れる雪の異常なまでの冷たさも感じ取れる。だがゴルゴーンはそれが心地良いようで、笑みを浮かべていた。

 

「あの迷宮も神秘は濃い部類であったが、造られた環境ではどうも違和感があった。だがここは、未だに神代のままなのだな」

「ああ、その通りだとも。城ごと世界に放逐されたからな。ここでは時すらも流れぬ。だがまだここは世界側、境界線だ」

 

 固く閉ざされた門。あれこそが世界と影の国を隔てる壁。それの前にいるという事は、まだここは世界に属している。

 

「あの迷宮でも良かったが、私にばかり不利なのも面白くない。世界に属さぬ私には少々あそこは手狭でな。だからと言って影の国の中となると戻るのが一苦労だ。となれば必然的に一番近いここが戦場には相応しかろう?これでお互い平等な条件だ」

 

 サーヴァントは、民衆の認知によってその力を大きく変える。ブリテン島でのアーサー王、アイルランドでのクーフーリン等、より多くの人間が知っている場所、国ならば、知名度による補正がかかる。スカサハが最も能力を行使できる、となればケルトの文化が残る北欧。だが、残された神代である影の国ならば現代以上の恩恵を取得できる。

 

「死に場所が変わっただけだ。対して変わらぬ」

「それはどうだろうな」

 

 スカサハが手を上げると、視界全体を紅が覆いつくす。それは血のように紅い物質、スカサハが使用していた槍だった。数える事すら不要とも言うべき圧倒的な包囲網が、逃げ場無くゴルゴーンを囲う。

 

「少し本気を出そう。生き残って見せろ」

 

 手を振り下ろす姿は見なかった。展開する槍が、自身の肉を削ぎ命を絶つという認識は既にしている。マトモに当たればどうなるかなど考えるのも馬鹿らしい。先程の栄養補給が無駄になるだけだ。かといって無理に暴れ回れば、結局魔力を無駄遣いしてしまう。恐らく相手の狙いはそれだろう。

 

示せ(スケール)

 

 ゴルゴーンの眼が、切り替わる。視えるようになった視界に、多くの選択肢が現れ、消える。残された一本の道が表示され飛び込むようにゴルゴーンは移動した。包囲網が閉じられる。普通に考えれば全方位に同時に展開された槍を防ぐ、もしくは回避するなど不可能。しかし、この眼は『示す』。未だに使い方も、効果も理解できぬノーマだが、本質だけは理解していた。この眼は、自分が諦めぬ限り道を示してくれるのだと。

 

 ただ殺す為に、これだけの包囲網を築く必要はない。殺害するのに必要なのは一本だけで良い。多ければ確かに命中の可能性は上がるが、度を越せば逆に下がる。何せ全方位に展開したのだ。仮に、ゴルゴーンが動いていなかったとしても、その内の半分は対称方向の槍とぶつかる。

 

 そして、ぶつかった先にできる僅かな空間。跳躍したゴルゴーンの巨体ですらも保有できる空間。そこに己の身体を置く。包囲網は一つではない。一度の対処でできぬなら二度、三度と槍の包囲網が造られ、更に密度が上がっていく。その度に複雑に道は示され、ゴルゴーンは回避のみで切り抜ける。

 

『・・・・・・ッ』

 

 ゴルゴーンの視界、ノーマの眼から赤が零れる。数分も経っていないというのに、速くも底が見えてきた。当たり前だ。魔眼は確かに強力だが、それを扱う魔術師の技量に左右される。未熟な魔術師と、変異したとはいえ低位の魔眼だ。視界がぶれ、焦点がふらつく。

 

「これが最後だ!」

 

 包囲網の向こう、スカサハの声と共に、再三包囲網が構築される。しかし今度は密度は低い。代わりに一本一本が通常のソレを遥かに凌駕する巨大さで飛来する。比喩表現なしのミサイルが突っ込んでくる状態に、ノーマの視界がぶれた。血涙が眼に入り、視界が赤く染まる。手で拭く、瞬きをする等していればそれが最後の動作になるのは自明。

 

「代われ。ここまで来れば後は容易い」

 

 しかし、ゴルゴーンはそれを最後とはしなかった。魔眼が切り替わり、髪と尾が蛇となって魔力を放出する。か細い光軸なれど、十分な魔力が備わったソレは槍を破壊するには容易い。威力を増すための巨大さが裏目となり、容易に破壊できるようになった槍はゴルゴーンの身体に触れる事は無く全て破壊され、その場に乱立する柱像と化す。

 

「長い小手調べは終わりだ。決着を付けるぞ」

「手厳しいな。だが仕方あるまい、私自身、サーヴァントという枷に嵌められれば己の力量を測るのも難しい。どこまでが己の全力か、いまいち掴めぬ状態だな」

「言い訳は聞いてやるとも。それが敗因となるのだからな」

「成る程、ならばここからは加減なしで」

 

そう呟いたスカサハの姿が、消えた。俊足である事は理解していたし、サーヴァントである分相手は人外染みた速度を保有している事も理解していた。だが、理解の外を超える速度を持っているのは理解していなかった。残像すらも見せない神速に、ノーマですら追いつけない。

 

「殺してやろう」

 

出来てしまった空白の一瞬。そして耳朶から送られる情報。瞬時にゴルゴーンは地に伏せる。その頭上を、槍が貫く。頭は辛うじて守られるも、掠る風圧が頭部を切り裂く。

 

回避よりも攻撃しなければ死ぬ。と思考した瞬間、既にゴルゴーンは冷たい地面へと吹き飛ばされる。視界が回転し、遅れて痛覚が情報を伝える。地面から伝わる相手の足音を頼りに、変化させた蛇が魔力を吐き出した。

 

それを二本の槍を用いて消滅させたスカサハは、深追いしようとせずに用心深く構えていた。その姿に苛つき、忍ばせていた尾を引いたゴルゴーンは己の身体を見た。腹部に突き刺さった深紅の槍を引き抜き、へし折る。穴の空いた胴体が徐々に塞がる。魔力は消費したが、まだ余剰は有り余る。だがゴルゴーンの顔は先程まであった不敵な笑みは消えていた。

 

 外見は無傷でも、中身は違う。痛覚遮断など、できるはずもない。共有された神経から来る激痛に、ゴルゴーンはともかく人間であるノーマには忍耐力の限界に挑戦しなければならない。満身創痍と魔力不足の時であれば、まだ問題は無かった。許容範囲を大きく逸脱している激痛が、痛覚を半ば麻痺させていた。だが一度修復し、無傷となった後に風穴を開けられたとなれば話は別だ。傷付き、修復するという二重苦。意識は途絶えぬモノの、ノーマはか細い線のようになったソレを必死に留めている。

 

「どうした?随分と静かになったではないか。もしやもう魔力切れか?少ないとはいえ、サーヴァントの血はかなりの補給になった筈だが」

 

ゴルゴーンは口を閉じたまま、黙する。挑発に皮肉を返す程の余裕は、スカサハの攻撃で吹き飛んだ。先程刺さったあの槍は、己の心臓めがけて放たれていた。何とか心臓に当たる事だけは避けたが、避けるとも言えない程小さな動作を、この英雄が見逃す筈も無い。ゴルゴーンの寄生した部位、ノーマの失われた心臓。そこだけは異常な修復能力は作用しない。狙われれば最後、絶命は明確だ。

 

自分は強い。それくらいの条件、障害すらなり得ないと思っていた。が、現実は非情にも伝える。お前では目の前の英雄を倒せないと。理由は簡単だった。相手が強過ぎるからだ。

 

勿論相手の能力を軽視してはいない。如何に神代の空気といえど、自分は特殊な障害(ノーマ)を背負っている。だが、それは時として己の能力ともなり得る障害。状況さえ揃えば生前すら越えることが出来るほどの能力だ。つまり、それでも勝てないという事は相手の能力は大きくゴルゴーンを超えている。

 

そして、ここで勝てないという事は、死ぬという事だ。死ねば勿論、自分は消える。そうすれば、この意識の同居者もまた同じ運命を辿る。

 

「ククク。他者の心配をするとは。まだ私にも残っている、と言う事か」

 

笑いが自然と漏れる。それは彼女がしてきた笑みとは違う。嗤う訳でもなく、笑ってもいない。悲哀に満ちた、怪物には相応しくない笑み。どこまでいっても、自分は怪物だ。その価値観、倫理は人間とは相反する。だが、ならば何故、自分は怪物となった?

 

「私は本気を出すと言った。それは今でも変わらない。名残惜しいが、決めさせて貰おう」

 

スカサハは槍を二本持ち構えると、獲物を狩る猟犬の如く槍が紅く煌めく。宝具の発動特有の、魔力の高鳴りが段違いに大きい。スカサハの持つ宝具となれば、考えられるのは一つだけ。

 

ゲイ・ボルク。必殺と必中を兼ね備える呪いの槍。それが二本、スカサハの手元にある。ただ二本突き刺すだけならば一本で事足りただろう。わざわざ重複などさせるわけがない。相手は必要だからこそ、二本持っている。

 

「行くぞ、勇士達」

 

ゴルゴーンは諦める、等と殊勝な判断を下す事を良しとしなかった。怪物となった彼女は、英雄の誇りや覚悟など持ち合わせない分、生に関する執着はそれらよりも大きい。槍が突き刺さろうが投げ込まれようが、手足を切り落としてでも生存に走る本能がある。だが、その生き汚なさの極致とも言える反英雄であっても、回避は不可能だと判断せざるを得ない。発動すれば最後、その槍は自身の心臓を貫く。そして、既に魔槍は発動している。

 

「刺し穿ち」

 

因果逆転の槍。死の棘が紅き軌道を描き、その名の通りゴルゴーンの身体を刺し穿つ。詰まる所、ゴルゴーンに打つ手は存在しなかった。脳裏に浮かぶ選択肢は存在せず。また思考の同居者は己の意識を保つのに必死で、身動きが取れない。

 

「突き穿つ!貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

ゴルゴーンの不死性を突破するべく、ゲイ・ボルグに刻まれたルーン魔術が煌めく。中空へと固定されたゴルゴーンめがけて、スカサハの両腕がしなる。突撃と投擲。槍の真価を発揮する二択を極めた宝具が、目前に迫る。しかしゴルゴーンが思考するのは、どうやってこの拘束を突破するか、ではなく、どうやって生き抗うかでもない。過去の記憶が思考を埋め尽くす。人間で言う所の走馬燈のように、画像が継ぎ接ぎとなって流れていく。だがそれは死を前にしての諦観ではない。未来を掴むための、己がしたであろう覚悟を見る為だ。

 

 何の為に、自分は怪物となったのか。姉達を守る為だ。そして、その為に殺し、喰らう事を良しとした。その結果、悲劇は起こった。しかしそれは既に過去の事。後悔も未練もある。だが結局、自分は怪物となる事を肯定し。それでも尚守ろうとする者の為に戦っている。

 

「それが、(メドゥーサ)の望みか」

 

 二本目となる紅き軌道が、致命傷を負ったゴルゴーンに決定打を撃ち込んだ。怪物となっても残った、自身の残滓。その願いは消える。二重の呪い、そして神殺しを実行してきたスカサハの手腕は、怪物の不死性を排除し、その核を砕く。

 

 スカサハはしかし。三本目の槍を召喚した。それは更に投擲する為のモノではなく。自身の身を守る為に、紅き軌道を描く槍を弾き飛ばす。

 

 突き刺さったゲイ・ボルグの内、一本が返ってきた。ルーン魔術によって、投擲した槍は数秒後には自分の手元に返るように細工しているが、明らかに槍の軌道は自身を傷付けるべく向かってきていた。ルーンの効果ではない、スカサハは未だに中空に浮遊するゴルゴーンを注視し。もう一本の槍がその身体へと呑み込まれていくのを見た。

 

(ゲイ・ボルグ)を取り込む、だと?」

 

 驚愕とは裏腹に、その表情は何処か笑みを浮かべている。そうだ、そうでなくてはつまらない。回避する事も、防御する事もできない槍を、その身に受けたのにも関わらず。未だに相手は策を持っている。

 

 ゲイ・ボルグが徐々にその原型を失くし、完全にゴルゴーンの中へと消える。その身を縛るルーン魔術を破壊し、ゴルゴーンは地表へと落下しながら、スカサハと視線が合う。先程までの怪物としての視線は、敗北を予見した戦士の悲哀などなく、勝利を確信する勇士のモノでもない。

 

 明確なまでの、殺意だ。だがどれだけ殺意を持っていようと、意思だけではスカサハは殺せないしゲイ・ボルグが命中したことも変わらない。心臓に巣食う、ゴルゴーンの本体が破壊された事により、その身体は既に崩壊が始まっている。その爪は砕け、翼はもげ落ち、尾は腐り果てる。地面に落下すれば硝子のように砕けて散る運命だ。

 

 だが、砕けた爪が鋭利な棘に、もがれた翼は強固な甲殻に、腐り果てた尾が強靭な尾骨へと変化する。いかにゲイ・ボルグを取り込んで魔力の糧にしようが、ゴルゴーンはあと数分も経たない内に消えてなくなる。だが、数分。その数分で、全てを決すれば。

 

 地面に着地したゴルゴーンめがけて、スカサハは槍を投擲する。投擲された槍はしかし、ゴルゴーンへと吸い寄せられその甲殻の一部へ取り込まれていく。外見が大きく変化していくゴルゴーンが、投擲された槍よろしく地面を踏み出し駆ける。先程までとは段違いに速度が上がり、紅い残像がその姿を抽象化させる。全身を構成させる紅き骨を、スカサハは誰よりも知っている。

 

「海獣クリード・・・・・・取り込み変成したか!」

 

 ゲイ・ボルグは元々、生物の骨を削って造られたモノだ。無論ただの生命体ではなく、神代の海に生息していた海獣クリード、その頭蓋の骨を使用して造られている。しかしそれでも取り込むのは狂気の沙汰としか言いようがない。骨を基盤としているとはいえ、死の呪いは確実にゴルゴーンを蝕む。この怪物が他にも幻想種を喰らっている事は知っているが、それはなし崩しで起こった事で、崩壊寸前の建物を更に増築するようなモノだ。

 

 だが、だからこそ面白い。狂気の沙汰など英雄には日常茶飯事。ならばそれを取り込むその姿こそ正道。あえてこのまま槍を投げ続ける事もできるが、それをスカサハは良しとしない。踏み込み、穿つ。最早呼吸のようにできるその行為を、最速の踏み込みでゴルゴーンを突き穿たんとする。ルーン魔術の補助も入れ、取り込まれぬよう細工した己の槍を構え、残像すら置き去りにする神速で応じた。

 

■■■■■■■■■(クリード・コインヘン)!」

 

 怪物そのものである咆哮を轟かせ、棘が迫る。回避は不可能。ならば迎え撃つのみ。

 

貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 紅き軌道が、同じ道を辿り衝突する。お互いが同じ素材を武器とし、鎧とした攻撃。ゴルゴーンは紅く変質したその棘で刺し穿たんと、スカサハはその心臓を貫き穿たんと。ぶつかり合った二者はしかし、拮抗する事は無い。

 

 変化した棘が折れ、紅き槍がその核を砕いた。やはり、砕けた心臓を無理矢理補強した継ぎ接ぎの紛い物、弱点に当たれば例え同質の素材でも死に至る。しかし、ゴルゴーンの攻撃は終わらない。折れた棘から茨のように棘が乱立し、スカサハの身体へと突き刺さる。暴走するように分岐し、巨大化する棘、クリードの牙はスカサハの体内を破壊し、霊核を傷付ける。

 

 しかしスカサハは退かなかった。ここで槍を押し込めれば、相手は確実に死ぬ。鎧に描いたルーンが起動し、その傷を修復しようと動き、霊核を守ろうと展開される。それを体内に侵入した死の棘が破壊していく。相手の棘がルーンを喰い破り、己を殺すか。それとも自身の槍がその心臓に引導を渡すか。無論、敗北するつもりは無い。

 

「良いぞ、どちらが先に倒れるか。根比べと行こう」

 

 スカサハは、目前でこちらを睨むゴルゴーンを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 混沌と化した精神に、更に異物が入り込む。物理的な痛覚ではなく、精神的な痛みがノーマを傷付ける。ただでさえ正気を、意識を保つのに必死だったのだ。更なる異物の混入は、綱渡りである意識を消さんと猛威を振るう。ノーマにできる事はしっかりとしがみつくことだけだった。現状すらも認識の外で、ただひたすらに痛みが過ぎ去るのを待つことしかできない。

 

『貴女には、痛みしか与えなかったかもしれませんね』

 

 しかし、それでも尚聞こえるモノはある。聞き間違う筈の無い声が。だがはたして、聞こえる事は幸福か否か。

 

『それでも、貴女は私を信じてくれた。決して彼女()はそれに感謝も言葉も送らないでしょうが。それでも貴女を守りたいという想いは変わらない。上姉様はきっと、私にも生きてほしいのでしょうが。それに応えることはできないようです』

 

 答える事は、できなかった。一方的な会話で感じた事は、これが最後と言う事。崩壊寸前だった精神が、徐々に安定していく。許容を超える異物を混ぜる為に、彼女は自分の存在を削るという愚を犯した。やめてと叫ぶ事も、身体を動かす事もできない。五感は全て彼女が制御し、動かしているのだから。

 

『月並みな台詞ですが、ノーマ。ありがとう。私をここまで信頼し、そして友とまで思ってくれたこと。上姉様と再会し、その最後を看取る事ができた事を。貴女ならば、きっとこの迷宮を」

 

 唐突に、声が消える。意識が、ゆっくりと表層に上がってくるのを感じた。深海から一気に海面に上昇するがごとく、段々と今の状態が分かりつつある。ノーマは意識の中でゴルゴーンを探した。言葉を返さなければならない。私の方こそ、貴女のおかげでここまで来れたと。仮に自身がこの迷宮で死んだとしても、彼女に咎も責も一切ない。

 

 だが、ゴルゴーンは見つからなかった。あの時のように同期している訳でも無い。深海の意識の中で、ノーマは一人、浮上して現実という名の海面へと浮かび上がる。

 

 意識が戻った瞬間に、した事は瞼を開ける事だった。現状がどうなったのかを知りたい。スカサハは倒せたのか。自分は生きているのか。ゴルゴーンはどうなっているのか。その答えは直ぐに判明する事になる。

 

「・・・・・・ゴルゴーン」

 

 ノーマは、目の前に乱立する棘を見た。正しく剣山のように直立する人型は、前後の記憶が無ければ彼女とは理解できない。海獣クリードを取り込んだ、ゴルゴーン本体は既に消失し、クリードの骨や牙が無分別に乱立する彫像と化している。無茶な取り込みで、その身を傷付け、相手を傷付けた結果だ。

 

 ならば何故、自分は生きているのか。ノーマはようやくここで己の身体を見る。身に纏う衣服が消え失せ、文字通り生まれたままの姿となった自分を。

 

「魔力を割り咲いて、私だけを逃がした・・・・・・?」

「正しく言うならば、即席のホムンクルスだな。己の肉体と魔力を媒介にさせている。ふむ、私の血も少し混じっているようだな」

 

 棘の山が震え、内部から血まみれの人型が出てくる。原型を保っているのが不思議なくらいの重傷を負いながらも、かろうじて立っているスカサハは、剣山から骨を一本引き抜き、己の身体を支える杖とした。

 

「まだ、生きてるの?」

「言ったろう。そう簡単に死ねぬと。無論、ここまでの傷を受ければ修復も意味は無い。やれやれ、こうなってしまえば恐らく」

 

 瞬間、スカサハの姿が霞んでいく。赤とグロテスクな肉が混ざり合った人型が消えていく。だがそれはサーヴァントの消滅ではなく、黒一色の影法師へとその姿を変化させた。魔力密度は大きく下がったが、先程の傷は全て消え、身体を支える杖は獲物を殺す槍へと変わる。

 

「やはりか。霊核が大きく傷付いた。これでは再臨した霊器も元へと戻る。久しぶりだな、この姿は」

「どういう、事?何で、生きてるの」

「私は元々この姿で、迷宮を踏破した。サーヴァント召喚の出来損ない、いわば一歩手前の影、シャドウサーヴァントとでも言うべきか。迷宮を踏破し、管理者が保有していた霊核を取り込んだゆえにやっと正規のサーヴァントとなったに過ぎない。ゴルゴーンが破壊したのは、私が取り込んだ霊核だ」

 

 故に、私は死んでいない。と黒く染まった影は言う。そして、その殺意は変わらない。

 

「さて、どうする」

 

 身を守る者も、纏うモノも無い。その状態で向かい合うは規格が下がったとはいえ、神霊サーヴァント。無理だ、勝てない。作戦も何もあったものではない。文字通り裸で英雄と殴り合わなければならないという事だ。相手の能力は理解している。現実的に見て、自分は死ぬだろう。

 

「生きる」

 

 だが、ノーマの言葉には一切の諦めは無かった。確実に死ぬ。それは変わらない。如何に不屈としても、人間の意思には限界があり、そして命にも限りがある。だが、託された願い、想い、命を。ここで投げ出す事はできない。それは、命の冒涜、そして託してきた者達への冒涜だ。

 

 だからこそ、ノーマは立ち上がる。黒く濁った魔力越しで、その素顔は分からないがスカサハは何処か笑みを浮かべたように見えた。それが這いつくばる敗者の悪足掻きを見ているのか、それとも勇士の姿を讃えているのか。それは分からない。

 

「ならば、生きて見せろ」

 

 その言葉と同時に、槍の刺突が迫る。先程までの戦いで、その速度は大きく低下しているとはいえ、常人が回避できるモノではない。ノーマは眼を瞑る。それは諦観ではなく避けて見せるという決心の現れだった。見て避けるではとてもじゃないが間に合わない。自身の勘を信じて動くしかない。現実は非情にその行動を不可能と判断するも、だからと言って諦めるつもりは無い。何なら腕の一本や二本、失ってでも次につなげ、生き延びて見せる。

 

『・・・・・・頑固になったモノだ。なら、右に避けろ』

 

 言葉と同時に、それを実行する。ナニが頭部の数ミリ横を通過し、頬から少しだけ血が滴り落ちる。遅れて二発の銃声が聞こえ、槍が弾かれる音がした。

 

 聞き覚えのある声。迷宮での始まり、全ては彼に助けられてから始まった。ノーマは眼を開ける。視界に立ち塞がるその背中はしかし、己の想像とは違う姿だった。ノーマは戸惑いを隠せず、思わず目の前の男に問いかける。

 

「貴方は?」

「邪魔だ、さっさと失せろ」

 

 それだけ言うと、男は、アーチャーは二挺の銃を構えた。  

 

 

 

 




やっと合流・・・・・・というかアーチャーが殆ど出てなくて申し訳ない


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終層④

「どうやってここへ・・・・・・は余計か。貴様の横槍を想定してここに来たのだが。どうやら無意味だったらしい。随分と足の速い事だ」

「足を速くさせられた、と言った方が適切だがな。随分と好き勝手してくれたものだ。己の城に引きこもっていれば良いものを」

 

 自身を守るように立ち塞がった男を、ノーマは視る。黒い肌に、刈り込んだ白い髪。身に纏う服は焼け焦げたようにくすみ、手に持っているのは二挺の銃。身に纏う雰囲気は、騎士王と同色であるがこちらはそれ以上だ。まるで死人のような虚ろさが滲み出ている。

 

 迷宮にいたサーヴァント?外見から推測すると、アーチャーだろうか。いや、そもそもこれはサーヴァントなのか?放つ魔力はサーヴァントと同じぐらい濃密であるが、過去の英雄とは思えない程近代的な武器を装備している。マスケット銃等の木製のライフルならばともかく、何で構成されているのかも分からない。更に銃身には異様な程存在感を放つ銃剣を装着し、近代の技術では不可能であろう完成度を備えている。

 

 迷宮に、自分以外のサーヴァントがいたとするならば。ノーマの脳裏に、一つの名前が浮かび上がる。

 

「貴方が、騎士王の言っていたシロウ、なの?」

 

 騎士王が言っていた、黒き弓兵。迷宮内の存在を全て殺戮する為に来た狂気の存在。だがこうして目にすれば、狂気などは感じられない。しかし何故かその姿を見て反射的に身構えてしまう。異様なまでに研ぎ澄まされた、機械と会話しているような不気味さを感じるからだ。

 

「知らん。人違いだ。さっさと消えろ」

 

 断固とした声と同時に男は引き金を引いた。静寂に包まれた影の国、その城門前で一発の銃声が響き、続いて歪な反射音が響き渡る。

 

「随分と無下に扱うものだ。そこまで私は世界にとって邪魔か?」

「俺はただ仕事を果たすだけだ。今から殺す相手と長々と話をするつもりもない」

「ふむ。セタンタが嫌悪し、執着する訳だ」

 

 スカサハは弾丸を弾き飛ばした槍を地面へと突き刺す。いつの間にか描かれたルーンの術式が展開され、スカサハの魔力密度が再び増す。

 

「弟子の不始末だ。私がその心臓、貰い受けよう!」

 

 瞬間、スカサハとアーチャーの姿が消える。広大な影の大地を、金属同士の衝突と火花、発砲音が木霊する。あっという間にその場に置き去りにされたノーマは、場違いに立ち尽くし、遅れて身震いした。すっかり自分が全裸である事を失念していた。この場に留まっていれば決着がつく前に凍死するだろう。

 

「早く安全な場所に・・・・・・これは?」

 

 素足から感じた雪以外の感触に、ノーマはふと地面を見る。紅き外套が打ち捨てられたようにそこに置かれていた。自身の直ぐそばにあった所から、恐らくスカサハに向かって行った彼が置いたに違い無い。だが、何故彼がこれを。迷宮で消滅したであろうサーヴァントの装備を持っている。

 

 まさか、アーチャーが消滅した原因は。

 

 恐る恐るその外套に触れようとした時だった。外套の下、雪で覆われた地面からナニカが飛び出し、ノーマの眼前に躍り出た。

 

「おひっさしぶりでええええす!マスタああああ!」

 

 大した事では驚かなくなった、と浅はかにも思っていたノーマは、場違いに悲鳴を上げて跳び上がる。無論影の国の城門前なのだから、門番や番兵がいても何らおかしくはないし、外見も相手を恐怖に陥れるような外見をしていても全く問題ではない。だがそれでも飛び出してきたのがピエロとなれば驚く。幾ら城主が自殺願望を持った人物としても、城を守る存在にこんなふざけた格好のピエロを適用しているなら、本当に趣味を疑う。

 

 が、影の国の冷たさが頭を冷やしてくれたのか。ノーマは数秒で目の前の存在が何であるか認識した。迷宮でも異端と思える道化師の服装で、悪魔を自称し、深層へとノーマを投げ込んだ張本人。

 

「・・・・・・キャスター?」

「おお、覚えてくれていましたか!いやあ感激ですぞマスター!深層に放り込まれ、怪物に喰われ喰わされ九死に一生を得た貴女を心配しておりました!」

 

 変わらぬ嗤いを向けているキャスターは、己の身体を恥じるように纏わりついた雪を払い落とす。道化染みた大袈裟な仕草は変わっていない。思わず懐かしさまでこみあげてきたが、彼がここにいるという異常を思い出し、ノーマは思考を切り替えた。

 

「どうして貴方がここに?何で雪の中にいたの?」

「そりゃあもう、驚かせる為ですよ!考えたのです。爆弾を仕掛けても起爆しても悲鳴一つ上げなかったものですから、逆に幼稚ながらも古典的な脅かし方をすれば良いとね。ヒヒヒ!」

「・・・・・・」

 

 もしかして幻覚でも見てるのかもしれない。実は既に生死の境で頭は走馬燈のようになっているとか?現実逃避したい気持ちをノーマは何とか抑える。目の前の道化姿は自身の想像よりも明確に姿を持っている。間違いなく彼はここにいるのだ。

 

「悪魔はヒトがいる限り何処にいても現れる、って話は聞いたことがあるけれど。こんな所まで来るの?」

「その通りです!具体的に言うならば、あの部屋に放置されてたルーンの術式を使えば誰でも来れますけれどね!」

「ってことは、戻る事もできるの?」

「ええ。勿論です!ですがその前に」

 

 キャスターはマジマジとノーマを眺めた。第三階層での風呂場での記憶が蘇り、ノーマは思わず後退りする。

 

 慌てて地面に落ちた赤い外套を手にとって身体に巻き付ける。所々焼け焦げてはいるものの、小柄な少女が身に纏うには十分なサイズとなっていた。

 

「そんなぼろ雑巾よりも、このケープの方がよろしいのでは?悪魔毛百パーセント素材、抗菌防臭の」

「この場から逃げるわ。いつ流れ弾が飛んでくるか分からない。ここまでの説明も、逃げながら話して」

「懐かしい無視ですなあ。ですが畏まりましたマスター!」

 

 そう言ってキャスターは付いてくるように面妖な手招きをしながら歩き出す。意外にもノーマの歩調に合わせるようなゆっくりとした速度だ。ノーマはそれについて行く前に、一度後方を振り返る。随分と離れた所まで行ってしまったが、サーヴァントの戦闘は一目で分かる程激化していた。

 

 シロウと聞いた時。一瞬だが雰囲気が和らいだ。嘘を吐いているというより、自分で自分の反応に驚き、否定したような仕草だった。シロウ、という名前は極東の人名だ。ノーマもよく知らないが、恐らくはそれに関する英雄なのだろう。だが、自分は何故か分からないがあのサーヴァントを見ると懐かしさがこみ上げてくる。

 

「・・・・・・あのサーヴァントは一体?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷いモノだなアーチャー。感動の再会を当人が台無しにするとは」

「特にこれと言った意味は無い。ただ時間が押していているのでね。死にたがりに引導を渡す事が先決だ」

 

 皮肉を返し、弾丸を撃ち込む。発砲と同時に拡散する散弾を、スカサハは駆けながら槍を振り回し弾き飛ばす。

 

 影の国、その外周を駆け回りながらも、戦いは続く。既にサーヴァントの規格を逸脱したアーチャーによって、徐々にスカサハは追いつめられていた。先程のゴルゴーンとの戦いで貰った傷は大きい。再臨した霊器ならば、何て意味のない後悔を彼女はしない。足りないモノは他のモノで賄う他無いのだ。

 

「いい加減諦めたらどうだ?今の貴様なら死ぬ。己の死が望みと言うのなら足を止めろ。一撃で頭を吹き飛ばしてやる」

「生憎だが。私は勇士によって殺されるのを望む。貴様のような外道に殺されるのでは戦士の名折れだ」

 

 槍が宙空に召還され、アーチャーめがけて飛来する。しかしそれはアーチャーの身体に触れる事なく飛来した剣によって砕けた。投影された剣、槍、矢はそのままスカサハ本体を喰らう猟犬のようにその後ろを追尾する。

 

 駆けるスカサハは、一段己の踏み込む強さを強め空中へと跳躍した。空中となれば翼の無い人間には不毛の場。上昇、落下という二つの方向でしか動けない。投影した武器がその牙を向ける。

 

 だがその程度ではとても神殺しは殺せない。空中にいながらも槍を全方位に振り回すその武技は、アーチャーの投影したそれらの武器を容易に砕く。

 

「だが、これならばどうだ?」

 

 スカサハの頭上に二振りの剣が投影され落下する。人間には使用不可能の、超巨大な双剣。贋作であろうと投影する事は不可能な剣を、身体の崩壊を前提に投影させる。崩壊しようとした身体はしかし、世界の修正によって強制的に繋ぎ合わされる。

 

虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)

 

 断頭台よろしく落下するそれを、スカサハは一方の槍で受け止める。いかに神殺しといえど、空中で自身より重いモノを留まらせる事はできない。弾き凌ごうとするも、剣の重みで片方の槍が手から零れ落ちる。

 

 真下には複数の投影が飛来し、上空には巨大なもう一振りの剣が落下している。どれほどの武術、知恵があろうと、物量で圧倒してしまえば問題は無い。しかしアーチャーは見た。こちらを視るスカサハの姿を。本来ならば彼女は下か上、そのどちらかを見ている必要がある。自分を眺める余裕など無いのだ。声も届かない距離で、スカサハの口が動く。

 

「なめるなよ。蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

 瞬間、空中で身を捻ったスカサハは、取り落とした槍を蹴り飛ばした。変則的な体勢で撃ち出された槍はしかし、寸分の狂い無くアーチャーの方向へ飛来する。

 

「チイッ!」

 

 アーチャーは危険を感じ躱そうとした。しかし槍はアーチャーの回避を読んだのか、生長する木々のように分岐し、枝分かれしていく。必中を兼ねるゲイ・ボルグのもう一つの攻撃手段。突きではなく、投擲でもなく。相手は蹴りによって放ってきた。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 回避は不可能だと切り捨てたアーチャーは、己の手に魔力を集中させる。七つの城壁を築く投影はしかし、無数を誇る槍の前には砂上の楼閣でしかない。魔力の制限は無い。注げる魔力は無限と言って良い。だが真紅の槍はその壁を一つずつ喰い破りアーチャーへと牙を向ける。

 

 数秒で七つの内六つが破壊され、アーチャーは歯をくいしばり耐える。心臓を貫かれようが、身体を微塵に消し飛ばされようが、世界はその仕事が終わるまで何度でも蘇らせる。普通の槍ならばここまで必死の防御はしない。だが相手は神を殺し、亡霊を殺し、殺しきれないモノまで殺す存在だ。強制的に契約を結ばれた経験もあり、守護者といえど消滅させられる可能性がある。

 

 展開される花弁にヒビが入る。アーチャーは盾の向こう側を見て、瞬時にその場を離れた。

 

 槍が花弁を突き破り、トドメに直ぐ目前まで迫っていたスカサハが完膚無きまでに破壊する。もし盾の展開ばかり目を取られていれば、容易に心臓を穿たれていただろう。

 

「弱い弱い。守護者が達者なのは口だけか?」

「・・・・・・これほどか」

 

 アーチャーはスカサハの後ろで、真っ二つに裂けた剣を見る。投影品とはいえ、あれほどの質量を空中で破壊したのだ。先程まで戦っていたランサー。クーフーリンの師範とはいえ、相手は多くの枷を持って戦っている。その枷を持った状態でこれだ。

 

「自慢の贋作が破られた感想はどうだ?この程度でセタンタを討ち取ったとなると、もう一度あやつを召還して鍛え直さなければならぬな」

「それは杞憂だろう。逆に貴様が、ランサーと同じ場所に行けばよいのだからな」

 

 更に一周。二騎のサーヴァントは影の城を廻りながら駆け巡り、衝突する。アーチャーは先程のスカサハの技術を見て、戦術を変えた。先程の攻撃を突破できなかったのは、恐らくスカサハにとっても大きな痛手での筈。永久に戦えるアーチャーとは違い、霊器が大きく低下したスカサハは底がある。その底が、どれくらいあるのかは分からないが、長く見積もって数年単位程度。いつか終わるモノならば、わざわざ積極的に殺す必要は無い。

 

 持久戦に特化し、できうる限り隙を消した攻撃で延々と時間を消費していく。だがスカサハはそんな消極的な戦法をいつまでも許す存在ではない。

 

「大人しくなったモノだ。ケルトの女でもそんな殊勝な事はせんぞ?」

「血の気が多いモノばかりだと、貴様が証明しているからな」

「ハハッ、私もか弱き乙女、そうそういつまでも付き合ってはおれん」

 

 守りに入ったアーチャーを、スカサハが攻め立てる。ランサーと生き写しのように似た槍筋だが、やはり一段上に行く。いつの間にか平行するように駆けた両者は、逃げるアーチャーをスカサハが追い立てる場面へと移り変わっている。

 

 もしもサーヴァント同士であれば、数秒の交錯の果てに穿たれていた。世界から無限に魔力を供給され、投影魔術に制限が無い故の防戦。銃を撃ち、できた隙を投影した剣が守り、隙あらば背後から刺し貫く。それら全て処理するスカサハは正しく化け物染みた戦闘力を持っており。

 

「I am the bone of my sword」

 

 だからこそ、持久戦のフリをすべきなのだ。切り札を切らねばならない。忘れ果てた記憶の中で唯一残る効率的な殺人手段。その大半は人質や不意打ちといった殺し方だ。敵と真正面から殴り合うような戦術は少ない。だが持っていない訳ではない。その中から最もサーヴァントに有効な攻撃、それを使う。

 

 魔力の高鳴りをスカサハが察知し、ルーン魔術を展開、しない。逆に速度を上げて宝具の発動を妨害しようと槍を召還し、アーチャーのいる空間諸共殺到させる。

 

 投影した剣と、召還した槍が衝突する。砕けたのは剣の方だ。それでも回避の時間は造り上げた。アーチャーは跳躍し、スカサハの頭上に躍り出る。二挺の銃の内、一方の構成を変化、銃本体まるごど高密度の魔力に変化させ、もう一方の銃に装填する。

 

「So as I pray、unlimited lost works(無限の剣製)

 

 撃ち放った銃身が、衝撃で歪む。取り付けた銃剣は弾丸の余波だけで砕かれ、衝撃だけでアーチャーは後方へ吹き飛んだ。音速を越える速さで、衝撃と共に轟音が遅れて木霊する。単純で明快、それでいて確実。相手が避けるならば近づいて撃てば良い。相手が槍を振るうならば、それよりも近い位置で撃てば良い。

 

 狙いは胸の中心。斜め上からの弾丸は、吸い込まれるようにスカサハへと近付き、当然の摂理のようにスカサハを避けて通った。

 

 ルーン魔術による弾丸回避、もしくはクーフーリンと同じような加護か?どちらにせよしぶとい。と胸中で悪態を吐き地面へと着地する。瞬間、地面から飛び出した鎖がアーチャーの身体を拘束した。

 

「頭の回転は中々だ。思い切りも良い。だが選択がやや強引だ。正道外道依然の問題だな」

 

 大の字でその場に固定されたアーチャーは、地面に隠蔽されたルーン魔術を見る。影の国を何周も駆け回っていれば、罠など幾らでも仕掛けられる。自分はまんまとそれに引っかかった。

 

「たとえばこれだ」

 

 スカサハが近付こうと一歩踏み出す・・・・・・寸前に槍で地面を一閃した。地面の中から弾き出された弾丸は、離れた所で地面と衝突し爆発した。

 

「私と同じ戦法を取ったのは良い。それなりの策士であればこの地面を見れば罠を仕掛けようと思う。だがその数が多すぎる。多ければ当たりやすいが、それだけ気付かれるリスクは倍増する。やたら見当違いの方向に撃てば私でなくとも気付くさ」

「ご高説傷み入る。まさしく身に染みたよ」

 

 作戦は、策同士を掛け合わせて作る。持久戦と思わせ宝具を放ち、躱されたのなら地面に埋め込んだ衝撃式の弾丸で隙を作り、殺す。アーチャーの作戦とは対照的に、相手は罠を一点だけに張りそこに自分を追いこんだ。アーチャーに追い込まれた自覚は無かったが、それが自分と相手の差と言うわけか。

 

「罠の張り方も戦術も平凡を出ない。取り柄が無いな貴様は」

「その通り。技も能力も無い身でね。できる事と言えば偽物づくりと人殺し程度だ。だが」

 

 中空へと投影されたありとあらゆる武器が投影され、スカサハへと殺到する。通常の英霊ならばその弾幕だけで事足りるが、目の前の相手は不機嫌そのものと言った顔で槍を一本持ち、全てを打ち払う。

 

「解せんな。セタンタがこの程度の男に倒された筈が無い」

 

 足止めは数秒で突破された。これまでの戦いで、アーチャーはスカサハの力量を正確に計測する。策を労した所で突破され、単純な包囲殲滅では倒せない。持久戦となれば打ち崩される。ありとあらゆる手段が潰される。

 

 投影された弾幕はアーチャーへと駆けるスカサハを追うも、神速の脚は飛来する剣よりも早い。だが、投影された剣はスカサハだけに的を絞っているのではない。

 

 飛来する剣を、アーチャーは受け止める。己の周囲に降る剣の雨は、例え投影した本人も例外なくその標的へと定めた。いかにスカサハと言えど、自分以外の存在に降りかかる武器の雨を止める事はできない。

 

「小賢しい事をするモノだ」

 

 スカサハを足止めする苦肉の策はしかし、彼女はその雨が止むのをただ見ている事などしない。一回りして展開されたルーンの術式が、その周辺を囲う。剣の山がぞくぞくと降り積もり、己の身に集まっていく剣の中、アーチャーは笑う。常軌を逸した行動だが、スカサハの攻撃を避ける為にはこれしかない。相手の攻撃を受ければ間違いなく致命傷だが、自分の攻撃ならば致命傷になり得ないからだ。狂っていると感じるならばまだ序の口、この次はまさしく狂気の沙汰だ。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 瞬間、範囲よりも密度を重視した剣が一斉に起爆する。スカサハは舌打ちした。自身のルーン魔術は完璧だ。例え超高密度に圧縮された爆発によってでも、耐える事ができる。できてしまう。即ち起爆した破壊力はこの結界内を駆け巡る。

 

 展開を止めるか、否か。どちらが相手の狙いか。結界を解除し、距離を取って振り出しに戻らせるか、それとも己の首を取りに来るか。裏を読んで展開させたまま密閉空間で爆殺する気か。常人ならば思考するだけでも錯乱するような状況を、数コンマで解答を導き出したスカサハは、上空へと槍を投げつける。

 

 予め投影された剣、不可視の剣が弾かれ彼方へと転がる。次いで自身の目の前にルーン魔術を展開。サーヴァントの宝具をも防ぐルーンが、爆風を防ぐ。だがスカサハはそれに隠れず、負傷を承知でルーンに守られた範囲から飛び出した。

 

 視界ゼロ、聴覚ゼロの状況から撃ち込まれた弾丸が、ルーンの盾を破壊する。ああも簡単に崩す所を見るとどうやら魔術破りの特性を持った弾丸らしい。爆発が終わったその空白の時間に、徒手空拳のスカサハが爆発の中心地へと躍り出る。

 

 身体を修復しきったアーチャーが、二丁の銃剣を投影し応戦する。銃だろうが剣だろうがそれよりも近い範囲の中で、スカサハは手を伸ばす。アーチャーは引き金を引いた。

 

 発砲音と共にアーチャーの片腕が、スカサハがルーン魔術を刻もうとした手を吹き飛ばす。続けて第二射を放とうとしたが、その頃にはスカサハは超人的な速度で距離を取っていた。追い打ちに引き金に指をかけたが、相手はこの距離で当たってくれるような存在ではない事を認識し止める。

 

「女に触れられるのは苦手か?恋愛には奥手と見えるな」

「ケルトの郷に比べられれば、どれも奥手だろうがな」

 

 再生しきった腕を再び銃剣を持たせる。既に技の応酬も、皮肉も終わりだ、決着を着ける。アーチャーの思惑に答えるように、スカサハは槍を二本召還した。

 

「そろそろ終わりにしよう」

「同感だ」

 

 そのまま銃剣と槍がぶつかり合う。一撃でも相手に傷を負わせれば、それで終わりだ。既に満身創痍であるスカサハと、守護者であるアーチャー。本来ならば釣り合わぬ戦力差は、奇妙な展開によって平行線を辿り。

 

 唐突に、しかし当然のように。終わりを告げた。

 

「ガッ・・・・・・クッ」

 

 零れる血が、雪の大地を汚す。血など出ない筈だ。出たとしても治る。それでも尚この身から零れるのは命。即ち、アーチャーの血。

 

「セタンタと戦わせた時の応用だ。貴様に命を宿し、それを殺す。流石に大がかりな結界となると準備も時間も必要だが、こうも身近ならばできよう」

 

 槍が紅く呼応する。本来の持ち主を追憶するように。そして復讐を果たせたと歓喜するように。己の心臓に突き刺さる槍を、アーチャーはまじまじと眺める。命が、消える。そのぞっとした感覚は、自分がこれまでやってきた行為からすれば当然の報いでもある。

 

「クッ」

 

 無様な姿に嗤おうとしたが、残念ながらせき込み不発に終わる。人生終了。無論これで守護者の楔が解かれる訳ではない。精々次までの仕事がやや長くなるだけだ。自分が消滅しようとも、守護者そのものが消える訳ではない。

 

 呪縛は終わらず、救われる事など無い。救われたいとも思わない。己の手に取れた命は少なく、失われた血は遙かに多い。殺す事で人を救うのが英雄ならば、自分は殺す事で悪を終わらせてきた。救う事などした事は無い。やったのは殺すことのみ。自分すらも救えぬ身で、誰かを守るなど。

 

『貴方も多くの者も、きっとそれを非難するでしょう。ですが、私は尊いと思う』

 

 あれほどあったノイズが、消える。はっきりと聞こえたその声は、しかし霞み、消えた記憶を呼び起こす事も無い。どこかで聞いた、誰かの声程度だ。無視しても良いだろう。

 

 だが。アーチャーは銃を握っていた。

 

「ッツ!」

 

 スカサハは紙一重で顔面を抉る筈だった弾丸を回避する。そのまま槍を引き抜き身構えた。否、身構えようとした。その時には既に。

 

体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 その身体に穴が穿たれている。顔面と同時に、撃たれた弾丸。消音に特化し、命中率も威力も削られた弾丸はしかし、確実に殺すためにスカサハの体内へ埋め込まれた。

 

「So as I pray、unlimited lost works(無限の剣製)!」

 




久々過ぎるメッフィー再登場!

ちなみにエミヤオルタの宝具なのですが、ルビが無限に斜線引きなのでとりあえずそのまま書きました。無の剣製なのか無限の剣製なのかは永遠の謎になりそう。



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脱出①

何とか途中離脱することなくここまで書けた………
まだ終わって無いがそろそろこれも終わりが近い
9月までに完結する予定


「どうぞどうぞ、何かよくわからない葉っぱを用いた、何だかよく分からない飲み物です」

「遠慮しておくわ」

 

 キャスターの先導の元、何とか影の国から脱出はできた。スカサハとの最初の戦いの場に戻って来れば、部屋を彩る為の家具、雑貨等が所狭しと並べられていた。恐らく普段の部屋はこのようになっているのだろう。神代のルーン魔術の使い手らしく、現代の魔術師でも到底理解できないような物質や武器が飾られている。

 

 影の国からは出てこれたモノの、それは迷宮への帰還であって地上への脱出ではない。あの二人がいつまでも戦っている訳ではないだろうから、遅かれ早かれ誰かが戻ってくる。しかし急いで脱出したいノーマの気持ちを知ってか知らずか、キャスターは紅茶、らしき物まで取り出してきた。外見に関して敢えて言うならば、蒼茶と言った方が良いかもしれない代物だが。

 

「まあまあマスター。折角生まれなおしたのですから、少し落ち着いたらどうです?逃げるにしても、そんなナリで迷宮をうろついては殺してくれと言っているようなモノですよ」

「・・・・・・確かに、一理あるわね」

 

 ノーマは改めて自身の身体を見る。紅き外套で身を包んでいたとはいえ、露出した足は守られていない。素足で歩き回った代償であちこちに血が滲んでいる。恐るべき戦いの連続で、殆どの感覚が麻痺していた。

 

「この部屋には確か、治癒のルーンを刻まれた紙がありましたなあ。ええと、確かこの物入に・・・・・・」

「随分とこの部屋の仕組みを理解してるのね」

「勿論ですとも、何せ私、元々迷宮の管理者側にいましたので!」

 

 唐突な告白だったが、ノーマは動じなかった。寧ろ安心を覚える。このサーヴァントが、わざわざ自分だけに味方するなどあり得ない。上手くそそのかし、同士討ちさせるのが信条のような、まさに悪魔のようなサーヴァントなのだから。

 

「ふうむ。やはり動じませんか。先程のように単調な驚かし方の方が効果がありますねぇ」

「それで、どうして私を助けたの?それもスカサハの命令?」

「いやだなあマスター。私は貴女の、貴方の為のサーヴァントですぞ!管理者の、あの死臭漂う老婆に接触したのも・・・・・・おっと、危ない失言でした」

 

 ノーマはキャスターから差し出されたルーン文字の描かれた文体を見て、治癒のルーンである事を理解した。別に自分にルーンの術式に対して一介の知識がある訳ではなく、時計塔に展示された原初のルーンのレプリカを見たからだ。確か蘇生に近い程の効能をもたらす筈だが、そんなモノを擦り傷程度に使って良いのだろうか。

 

 とはいえ、使わない装備は重しにしかならない。持って帰る程欲深くは無いし、ノーマは自分の脚にその紙を貼り付ける。現代で言う所の湿布のように貼り付いたその紙は、ルーンで刻まれた能力を行使し、傷を癒していく。

 

「とにかくですね!マスターを救助しようと手を尽くし、安全な場所にとマスターを深層へ落とした後、私は大変な目に何度も合いましたよ!いけ好かない紅い雑巾に撃たれて死にそうになって、砕かれた霊核をお美しい女戦士に何とか修復してもらい、こうやってはせ参じたのです」

「じゃあ、貴女がアーチャーを殺したの?」

 

 マスターに爆弾を取り付け、マスター自身の命令とはいえ起爆し、そして得体の知れないモノを摂取させたのだ。アーチャーが手を出さない筈はない。その結果、戦闘となってアーチャーが消滅した。そう考えるならば一応辻褄が合うが・・・・・・。

 

「・・・・・・ヒヒッ。成程成程。分かってきましたよマスター」

 

 口角を吊り上げる道化師に、やや引きながらもどうしたの、とノーマは尋ねる。

 

「私、マスターの事を少し理解しました。具体的に言いますと、そうですねえ。絆レベルが五までしかない、と思っていたら実は十まであって、今ちょうど七あたり、と言いますか」

「はぁ?」

 

 これまで訳の分からない事を数知れず言ってきたキャスターだが、これほど面妖な言葉は初めてだった。というか、絆レベルなんてモノがあったとするならば恐らく一だと思う。

 

「灯台下暗し、ですなあ。あまりにもはっきりと示された道は、その眼には相性が悪いようで。まま、答えを言うならば逆ですよ。私は平和主義でして。いかに信条が違うとはいえ仲間と戦うなど!ですがあの紅い雑巾はそういう所は本当にドライ。もう干ばつが起こる程ドライですな!バン、と銃声がしたと思ったら眉間に一発です」

「でも、令呪が無くなったわ。少なくともアーチャーは」

「どうでしょうなあ。偽物造りが趣味なら、魔術破りの一つや二つ持っていないとお考えですか?薄情なサーヴァント故、別れた事を良いことに契約を破棄したのかもしれませんぞ」

 

 ノーマはジッとキャスターを見て、彼が嘘を吐いていない事を理解し、そして自分にナニカを隠している事を理解した。このサーヴァントは嘘を吐いて人を混乱させる事よりも、真実を仕向けて人を絶望させる方を好む。隠している事が何だか分からないが、提示された情報は真実と言っていい。無い情報で苦しむよりも、ある情報で満足する方が吉だ。

 

「・・・・・・分かった。じゃあもう一つ質問。この迷宮から脱出する事はできる?ここがゴール地点なら、地上に出れる装置とか、魔術とかだけど」

「ありますとも!少しお待ちを!」

 

 そう言うと、キャスターは陳列された棚を物色し始める。ああでもないこれでもない、と棚から引っ張り出したモノを放り、整頓された部屋を少しずつ汚しながら数分後、「ありましたありました!」という声とこちらに放られた物体を、何とかノーマはキャッチする。それと同時に跳び上がりたい衝動に駆られたが、魔術師的な考えからそんな事はしない方が良いと判断し、グッとこらえる。手の中にある高密度の魔力体に、衝撃など加えたくも無い。

 

「これは・・・・・・まさか」

「ええ。聖杯です!」

 

 救世主の血が注がれた杯、あらゆる願いが叶うとされる万能の願望機。聖杯戦争の御三家の内、アインツベルンが設計を担当したと言われる第三魔法。それが聖杯だ。だが目の前にあるモノはそれの贋作。紛い物のレプリカである。アインツベルンが秘匿していた聖杯の情報を、別の魔術師が模倣し造成した亜種聖杯と呼ばれるモノだ。殆どが欠陥どころか危険極まりない代物、稀に聖杯として機能するモノもあるがそれでも本物の足元にも及ばぬ劣化品が生産される。

 

 だが、目の前にある亜種聖杯は劣化品でも欠陥品でもない。ノーマに聖杯の真偽は分からないし本物も見た事も無いが、亜種聖杯から放たれる魔力密度は正しく聖杯と呼んで差し支えないレベルに至っている。

 

「これが・・・・・・聖杯。亜種聖杯なのね」

「ヒヒヒ!こういう手合いは大体本物とは似ても似つかぬ贋作が相場なのですがねえ。あのろう・・・・・・女戦士は意外にも几帳面かつ凝り性でしたよ。元々完成度が高かったこの杯を、更に改良したのですから!今ではこの通り、本物そっくりの聖杯となっています!」

「何でも願いが叶うって言うけれど、本当に叶いそうね。これを使うの?」

「まさか!聖杯で願うのが迷宮からの脱出なぞ、余りにも高潔過ぎますぞ!それはあくまで脱出の鍵です」

 

 キャスターが指を弾くと、陳列された棚が一人でに動く。先程まで棚があった場所に現れた通路は、真っすぐ上へと進んでいた。

 

「この通路を通る為の(条件)、二つある内の一つがその聖杯を持っている事です」

「じゃああともう一つは・・・・・・」

「迷宮の管理者の死、と言ったところか」

 

 ぞっとする程冷徹な声が、耳朶を打つ。それと同時に放たれた殺意は、ノーマが反応するよりも早く弾丸となって襲い掛かる。しかしその弾丸よりも先にキャスターが動き、ハサミを振るい弾丸を防いだ。

 

「迷宮の管理者の死。即ち迷宮の崩壊と、聖杯の所持。謂わば避難通路か。主の死で崩落する施設は御伽噺と思っていたが、どうやら神代の人間だけあって古風らしいな」

「不意打ちとはまた卑怯な攻撃ですねえ!高潔な私は義憤に駆られてしまいそうですぞ!」

 

 キャスターがノーマを守るように立ち塞がり、目前で銃の引き金を引いた男、黒いアーチャーに大袈裟な怒りを向けていた。威嚇するように手に持った異形のハサミを打ち鳴らし、それ以上の接近を許さないようにゆっくりと後方へ、出口を確保する。

 

「厄介な問題は片が付いた。後始末まできっちりとやる性格でね。悪いが死んでもらおう」

 

 やはり追ってきた。影の国での軍配は、この男に上がったらしい。身体中に刻まれた傷は、スカサハとの死闘を証明している。ひび割れた様な傷から滲むのは果たして血と言っていいものなのか。どちらにせよ殺意の矛先は自分だ。

 

騎士王の話に虚偽はなく、黒いアーチャーは迷宮内にいる存在を皆殺しにするつもりらしい。何故そんな事をするのか、相手の目論見は何なのか、そういった疑問を棚上げにし、ノーマは今必要な行動を選択する。

 

「逃げるわよ、キャスター!」

「仰せのままにマスター!」

 

 キャスターが懐から取り出したモノをアーチャーへと投げつける。殆ど見る事無く一閃したアーチャーは、破裂したその中身に充満していた煙を受けてその姿を消した。煙幕での目くらましに成功したキャスターは、そのままノーマの身体を抱え上へと続く通路を疾走する。数秒後、下から轟音と爆風がせり上がり、キャスターの速度を更に上げた。

 

「ヒヒヒ、あの部屋に仕掛けていた爆弾を今起爆しました。良いですなあ脱出とはこうでなくては!」

 

 爆風の出口が通路しかない状況なので、爆炎も煙も通路を通っていく。漂う煙と焼け焦げた臭いにノーマは激しくせき込み、聖杯を落とさぬ様にしっかりと持つ。キャスターの爆弾に抗議の声を上げようとしたが、急に地面に放り出され言葉の代わりに短い悲鳴が漏れた。慌てて受け身が取れたのは、短くない迷宮での生活に身体が順応した結果かもしれない。

 

 身体中あちこち痛む身体で立ち上がると、キャスターは変わらぬ笑顔でこちらを見ていた。まさか悪戯心で放り投げたのか、と問いただしたくなったが、その胸から零れる血を見てそれどころではない事を察する。

 

「言っただろう?後始末はきっちりとやる方だ」

「ヒヒ、ヒヒヒ!しつこい男は何とやら!」

 

 キャスターが懐からナニカを取り出すよりも早く、黒いアーチャーは引き金を引いていた。銃声と共に放たれた弾丸は、キャスターを通り過ぎてノーマへと向かい、展開された壁に衝突して消えた。

 

 展開された結界は、キャスターと黒いアーチャーを囲う。キャスターが遅れて懐から取り出した護符、恐らくはスカサハが造ったであろう神代のルーン魔術だ。分断された結界内で、悪魔が獲物にかかったモノを見て嗤う。この場合、それは相手ではなく。自分自身の境遇に嗤っていたのだ。

 

「おやおや?マスターは結界の外ですか。出来れば残って最後の戦いに参加してほしかったのですが。どうやら手元が狂ってしまいました。いやあこのメフィストフェレス、一生の不覚」

「己を盾に使うとは、随分と殊勝な悪魔だ」

 

 吐き捨てるように黒いアーチャーは呟く。幾らノーマでも、ここでキャスターがミスを犯した等と都合の良い考えをする程呆けてはいない。わざと、キャスターは残ったのだ。ノーマはキャスターを見た。彼は撃ち込まれた弾痕に指を突っ込み、奇妙な声と共に弾丸を摘出した。無論、サーヴァントと言えど弾丸の傷は浅くはない。

 

「キャスター」

「ヒヒヒ、逃げる事ですなあマスター。アレは通常のサーヴァントではとてもとても勝てませんし?そもそもあれと拮抗できていたあの老婆がおかしいですし?まあここで私の華麗なる戦いを見る、と言っても良いかもしれませんなあ」

「・・・・・・ありがとう。結局、最後まで助けてくれたのは貴方だけだったわ」

 

 語るべき言葉も想いも共有できなかったが、感謝だけは伝える。そのまま振り返る事無くその場を後にし、ノーマは上へと走り出した。その姿を歪な笑みで送ったキャスターは、背中を曲げて大きくせき込む。口から吐き出された血が、滑稽な道化師の装飾を一層華やかに彩る。

 

「いやあ、聞きましたかアーチャー!最後まで助けてくれたのは私だけ、と。悲しいですねえ、老婆に殺されそうになった時に助けたのは貴方ですし、助けられるのも貴方しかいなかったと言うのに!」

 

 影の国で、ノーマが死にそうになっていた時も助けの手を差し伸べなかった男は嗤う。アーチャーがノーマを助けたからこそ、このサーヴァントは現れた。それはノーマを救いたいが故ではなく。嗤うキャスターの姿を無感動に眺めるアーチャーは、弾丸の装填を終えた。

 

「そういう貴様は、随分と余裕だな。つまり何か、スカサハに反逆する程の力量は無いが、俺と戦う力量なら自信があるとでも?」

「いえいえ、まさかそんな!マスターと一緒に逃げるのもありですが、そこは既に手を打っているので。私はこうやって、最後の戦いに赴く所存です。何せ私、貴方と違って主想いなサーヴァントですので」

「成程、皮肉を言いに残ったと。確かに滑稽だな。マスターを裏切る危険なサーヴァントが、最後まで残り。こうやって裏切り者と戦うのだから」

「いやあ、正直裏切る暇がありませんでしたからねえ。裏切ろうと思った所で次々と他の者が裏切るのですから!私も意外極まります。まぁつまり、私だけが乗り遅れた訳ですな。ですがこれはこれで面白い!最後の奉公と行きましょう!」

「ハッ、言っておくが、戦いになぞならん。たかがサーヴァントの身で、守護者と戦うことがどれ程無謀な事か、一撃で証明してやろう」

「ええ。私も、一撃で証明してあげますとも!」

 

 瞬間、キャスターが纏うケープを剥ぎ取る。痩せぎすの貧相な身体には、見るのも忌避する程多くの蟲が、キャスターの宝具が纏わりついていた。その身体を構成する全ての秒針が、回転する程の勢いで動き始める。

 

「それでは最後の置き土産ぇ!どうかマスターの無事を祈りながらもカウントダウン!三、二ィ」

 

 秒針が零に刻まれるより早く、放たれた銃弾がキャスターの頭部を粉砕する。頭を無くした道化は、ゆらりゆらりとその場を少し歩いてから地面へと倒れた。宝具の発動はサーヴァントの消滅によって停止し、身体に彩られた秒針も起爆前に停止した。

 

「語るに遅いな。やるならもう少し早口になる事だ」

 

 くだらない時間を費やしてしまった、と愚痴をこぼしながらアーチャーはキャスターの死体を踏み越える。結界はキャスター自身の魔術ではないからか、未だに展開している。魔術破りの短剣を以て破壊しようと二挺の拳銃を一時的に破棄した時だった。キャスターの死体が蠢き、背後からアーチャーに飛び掛かる。

 

「キキ、カウントダウンサイカイデス!」

「クッ、貴様!?」

 

 砕かれた頭部の下、首の中から歪な蟲が飛び出し、頭部だった箇所を補填する。無論、それらの構成するパーツはこの男の宝具。アーチャーを背後から羽交い絞めにし、逃げ場なく密着した悪魔は。声帯の無い筈の頭部をギチギチと鳴らし声高に叫ぶ。

 

「三ン!二ィ、一ィ、パアァッッッツ!微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と光。そして衝撃。連鎖的に起こった爆発は、少女の小さな身体を吹き飛ばすのは容易い。一瞬で視覚、聴覚共に爆音と光に呑まれ、身体のあちこちを地面や壁に打ち付ければ意識も消える。しかしそれも数秒の事だ。精神力で気絶から復帰したノーマは、身体を引きずるように歩き、出口に向かう。

 

 閉鎖的な通路での爆発は、上へとその矛先を向けていた。爆音の中でも一際巨大な音がした、と思った時には身体は空しく虚空へと投げ出され、放り出されるように出口を飛び越える。

 

 鋼鉄の地面ではなく、柔らかな土壌がノーマの身体を受け止めた。勢いを殺し切れずそのまま地面に転がるも、自身を照らす太陽の熱に、ノーマは身体の負傷を無視して立ち上がった。身体中に泥や雑草が張り付いているが、それは即ち自分が地表を転がっているからで、つまり。

 

「地上・・・・・・!」

 

 外に出れた、と言う事だ。生い茂った森は帰還した魔術師を黙して迎える。迷宮での事態が嘘のように森は穏やかで、木々の葉から漏れる太陽の光だけで帰ってきたという実感が持てる。ノーマは悦びで数歩進んだが、突如横へと跳び込んだ。

 

「無駄だ」

 

 死神の声が、その行為を断じる。銃声が聞こえ無様に転がったノーマは立ち上がろうともがいたが、身体に力が入らない。生い茂る草や苔、そして地面が紅く染まり、それが即ち自分の血だと理解するのに数秒の時間を要した。自身の胸に空いた穴。そして体内に感じる異物。銃弾で撃たれただけならば、治癒魔術で治す。弾丸が残っているのなら摘出すれば良い。だが、その魔弾はノーマの体内で牙を向く。

 

「少し痛いだろうが我慢してくれ」

 

 瞬間、激痛と共に視界が紅く染まる。身体から突き出た剣を、ノーマは見つめる事しかできなかった。剣で貫かれたのではなく、身体から剣が生えてきた。弾丸を起点に突如発生した異常事態に、魔術回路を起動させようとするも弾丸に巣食う剣は体内を破壊するだけでなく、魔術回路を徹底的に殲滅するべく展開していく。

 

「キャスターには最後に教えてもらったよ。頭を砕いて死なないような相手がいるなら、身体そのものを破壊してしまえとね」

 

 どれほどの防御を持っていようが防ぎようのない一撃、体内からの侵食を受けたノーマは、紅くなっていく視界で身動ぎし、相手を視ようとした。殆ど焦点が定まらないが、それでも相手の顔は何とか見る事ができる。自分を追ってきた存在はやはり、二挺の銃を持った男で・・・・・・。

 

「アー、チャー?」

 

 痛みによる幻覚か、それともノーマ自身の錯覚か。紅き弓兵。以前とはかけ離れた姿をしているが、面影がある。ようやくノーマは、キャスターが隠していた部分を見抜く。彼は消滅などしていなかった。

 

「遅いな。それならば気付かない方が良かっただろう」

 

 名残ある微笑はしかし、以前とは比べ物にならない程退廃的だった。ノーマの中で、多くの言葉が思い浮かぶも、口から出てきたのは逆流してきた血のみ。何で、どうして貴方がここに。そんな平凡な質問すらできず、意識が薄れていく。

 

「一人も、例外なく、生かしてはおけない。二度と、同じケースを起こさせない。あらゆる悪の痕跡を消す。後に続く悲劇の可能性を潰す。オレはそうやって生まれたものだ。はっきり言おう。その為に死んでくれ」

 

 ノーマは消え行く意識の中、アーチャーの言葉を聞く。前のように皮肉げでも先程のような無機質なモノでもない。ノーマはそれが何であるか、分からぬまま意識が閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。熱い。熱い。熱い。

 

 身を包むように熱気が纏わりつき、空気に含まれる酸素さえ無いような熱。ノーマは瞳を開け、目前で燃え盛る火炎を見た。慌てて身を起こし、周囲を見る。そこは炎だった。何かの建物が崩壊した痕、だろうか。災害による火事なのか。周囲を見渡す限り炎によって支配されている。

 

 逃げなければ、と考えた瞬間に、ノーマは目の前で身動ぎする存在を見た。子供が横たわっている。この火事による被害者だろう。天へと伸ばされた手は震え、今まさに命が失われようとしている。ノーマは何とかその子供の元に辿り着こうとしたが、瓦礫が邪魔で進めない。そうこうしている内に虚空へ伸ばされた手はゆっくりと降ろされ、それと同時に子供の命も。

 

 だが、その手を掴む存在がいた。いつの間にかその場に現れた、もう一人の人間。その男は子供の手を握りしめ、抱きかかえる。

 

 良かった。ノーマは心からそう思った。この災害で、多くの人間が死んだだろう。それでも尚、生き残った人間がいる。奇跡なんて浅はかな言葉は使いたくないが、実際この状況で生存者がいるなど奇跡のようなモノだった。

 

『これが、始まりだった』

 

 後方から声が聞こえ、ノーマは振り返る。瓦礫の山、その頂上で全てを眺めているその人物。暗くて顔までは見えないが、誰であるかは直ぐに検討が付く。

 

『アーチャー、なのよね?』

『正しく言えば、違う。騎士王、アーサー王の言っていた英霊、エミヤシロウ。それが彼の名前だ』

 

 エミヤシロウ?そんな英霊聞いたことも無い、と言おうとしたが、周囲の風景が急激に変わって行く。成長していく子供は、多くの人々を助けるべく行動していた。

 

『エミヤシロウの望み。それは単純な、幼稚な夢だった。二度と、あのような災害は、あのような悲劇は、あのような苦しみは。誰にも感じさせてはいけない、と。悲劇、残虐さから人々を守る存在になると彼は誓った。即ちそれは」

 

 正義の味方。目の前で人々を助けるエミヤシロウに、ノーマはそんな感想を抱いた。次々と移り変わりしていく風景はしかし、エミヤシロウが人々を助けているという点では変わらない。最初は災害救助のような活動だった。所謂自分を助けてくれた人への憧れだった。

 

 しかし一方で、力を行使させなければならない状況もあった。世にはびこる悪。犯罪者の取り締まりは勿論、法では裁けないような極悪人の処断も、彼は行っていた。だがそれはある意味で必要な事。悪を裁くのならば、正義を為す為ならば当然の行為だった。

 

 だが同時に、世界は勧善懲悪だけで構成されていない証明ともなった。誰もが思う悪、と言うのは勿論ある。だが時として状況は、人によって善悪が分かれる場面があった。そもそも善悪が存在しない場面もあった。世界は善悪だけで動かしている訳ではない、と子供でも納得する世界を、しかし彼は認識すらしなかった。

 

『食うに困り、窃盗を行うしかなった子供を殺した。家族の為に、他の家族を食い物にする父親を殺した。我が子を生かすために、他の人間を殺そうとした母を殺した。そうやって、彼は正義を体現する上で、数字を選んだ』

 

 百人の内、十人が死に、残りの九十人が救われるのならば、彼はそうした。命は平等だ。例え老人だろうが幼子だろうが、命の秤に均等に並ぶべきと彼は考えた。無論そうぜさる終えない状況だったからだ。だが、その単位が千、万となっていけばどうだろう?

 

 次の場面は、墜落する旅客機を眺める彼だった。旅客機に致命的なウイルスが蔓延し、パニックに陥った旅客機が空港へ着陸しようとしたのだ。空港周辺の住民、観光客総勢三万人に比べ、旅客機の中にいた人間は『たった』五百人。迷うことなく彼は旅客機を墜落させ、万に一つ生き残った生存者も同様に殺した。

 

『彼は正義の為に行動した。多くの人々を助けるという正義。そんな正義の体現者は、最後は悪人として処断された』

 

 悪人として?ノーマは眉を潜める。これまでの彼の行動は、確かに突き詰めた正義、人々から見ればまさに機械のような秤で、正義を執行する装置のように見えただろう。だがそれは、悪であって正義でもある。少なくとも、彼は多数を選択しているのだから。それを一方的に悪と判断されるのはおかしい事ではないか。

 

『単純な事だ。人々から狂人から悪人として認識されたのは。あるところに、一つの宗教団体があった。世界を変えるだけの技術、知識を保有した組織に、各国が危険視はしていた。だが、その教理に悪の理念も無くただ一人を除いて善人で構成されていた』

 

 場面が変わる。血と硝煙の混じった景色。周囲に倒れる人は全て銃や剣で殺されていたが、ただ一人だけはそれらの傷は無かった。高層ビルから飛び降りたその女性は、これと言った抵抗をする訳でもなく重力に捕まり、堕ちた。遥か下で浮かぶ血溜まりを、彼は黙して眺めていた。

 

『その組織の長、教祖である女。彼女だけが悪だった。もし彼女をそのまま残していれば、国どころか世界が転覆するような災害が、俺のような人間が増える事になる。女を殺す為に、彼は立ち塞がった信者を、善良な人間を皆殺しにした』

 

 しかし、女は取り逃がした。確かに彼女は死んだが、償いも、糾弾も行っていない。即ち、悪を立証させる事無く殺してしまった。たった一人で済むはずだった代償は、何十何百もの命の末に、秤に釣り合わなくなった。無辜の一般市民を大量虐殺した結果、得られたモノは周囲の人々の糾弾だけだった。

 

『ここで男は堕ちた。腐り果てたと言うべきか。結末は絞首台。まあ結果だけを見るならば正義の味方のままでも対して変わらない。だが、ここで男は守るべき矜持を、己の理想すらも捨て去った』

 

 より多くの命を守る為に戦った彼は、最後には誰の命も救う事無く消えた。

 

「本当に、そうだったの?」

 

 ビルの屋上で、ノーマは彼に近付く。振り返る事無く彼はああ、と肯いた。

 

「最初から、最後まで俺は間違いだったよ。正義の味方に憧れていた、何て他愛のない夢が結果的にこの結果を招いた。最初から歪みきっていた理想では、到達する場所も歪み果てた場所だ」

「騎士王はそう思っていなかったみたいだけどね」

 

 一瞬、隣にいる彼の雰囲気が揺らぐ。唐突な言葉。本来の彼ならば、何を今更、と失笑していてもおかしくはない。だが彼は突然の言葉に動じた。本当に理想を、自分を捨てたと言うのなら、彼は反応する事さえしない。深層での少ない会話の中で、騎士王はノーマに伝言を伝えた。別に強制はしない。出会わなければ構わない、という前置きをおいて。

 

「・・・・・・何を伝えたか知らんが。どうあっても無理だ。時は戻せない。無くした命は復活しない。消えた理想も、戻っては来ない」

「何を思うかは知らないわ。でもせめて聞いて。アーサー王の伝言役なんて今後できないだろうし」

 

 果たして、この言葉が彼を救うのか、ノーマには分からなかった。言葉は所詮言葉。文字を発音したに過ぎない。必要なのは送り主と、そして受ける相手の心次第だ。それほど長い言葉ではない。だが、少しだけノーマは気恥ずかしい。こんな言葉、そうそう相手に言わない。もしかしたらノーマの人生で、最初で最後となるかもしれないのだ。だからこそ、はっきりと、そして脚色せずに相手に伝える。

 

「シロウ。貴方を、愛している。それだけ」

「・・・・・・そうか」

 

 彼はそれに対し、相槌を打っただけだった。言葉が、正しく伝わったのか。その心に響いたか。外見からでは一切の感情を表に出さない彼は黙したまま、虚空を眺め続ける。いつの間にか周囲の風景は変化し、一番最初の、エミヤシロウが誕生した場所へと戻っていた。

 

「・・・・・・残り時間は少ない。この夢も、彼が放った弾丸による副次的効果だろう。最後の光景がこんな廃墟である事はとても残念だが。まあ彼も殆ど同じようなモノだ。次の仕事に駆り出され、そこでまた人を殺すという、報いも意味も無い行為を続けるだろうさ」

「いいえ。そうはならないわ」

 

 彼が振り返る。瓦礫の下に立ち尽くすノーマが、こちらを視ていた。

 

示せ(スケール)

 

 瞬間、道が示される。陰惨たる景色である筈の瓦礫の山に、一筋の光が現れた。炎以外の唯一の光源は、ゆっくりと伸びていき彼の胸へと到達した。

 

「今やっと分かった。私の眼は、道を示す為の眼。迷ったモノを導き、あるべき到達点を示す為の眼。『提示の魔眼』とでも言うべきかしらね」

「・・・・・・これは」

 

 彼は、自分の胸に触れる。摩耗し、腐敗した鉄心。その深奥には、既に無くなった筈の『理想』が、突如として生み出された。いや、生み出されたのでも現れたのでもない。心の片隅に打ち捨てられた残滓に、光を当てられた。つまり『示された』のだ。

 

「やっぱり、貴方にも、彼にも残っている。ただ忘れていただけよ。それとも、思い出したくなかったのかしら」

「両方だろう。思い出したくないから、忘れたんだ。俺は」

 

 彼は歩き出す。瓦礫の山を。何かに取り憑かれたように、胸の光を抱いて歩み出す。瓦礫の山はいつの間にか荒廃した大地へと変わっていた。周囲にはもう誰も、何もいない。それすらも認識していないように彼は歩み続け、頂上へと到達する。頂きにあるのは、撃ち捨てられたように突き刺さる一本の剣。

 

 悪い夢を見ているようだ。彼は思った。何千、何万もの命を奪っても尚、己はこの剣を手にするのか。その人生が機械的で、到達する場所は変わらないと知りながらも。俺は、正義の味方であり続けたいと願っている。いや、己の理想を肯定したいと思っている。

 

「・・・・・・この所業を尊い、と断じるかセイバー。やはり、君と俺は似ているらしい」

 

 誰にも聞こえぬ声で、彼は呟き。そして剣を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力の収縮を感じ、アーチャーは素早く銃を抜き、ノーマへと照準を合わせた。この存在は、まだ何かを残している。それが何であるか分からなかったが故、こうやってトドメを刺した。だが向こうは、それでもまだ動くらしい。

 

「呆れたしぶとさだ。残業もこれまでにしておきたい」

 

 しかし、魔力の収縮はアーチャーの反応を超えていた。魔術回路は寸断されている。アーチャーの持つ弾丸の性質、対象の体内に小規模の固有結界を展開させ、相手を内部から破壊するという宝具は命中後の相手の魔術を許さない。既に魔術回路はその用途を失くし、ノーマの身体も剣の山と化している状態で行使できる魔術等無い筈。

 

「・・・・・・何?」

 

 ノーマの周囲、地表に飛び散る彼女の返り血が、紅く煌めく。丁度彼女を包囲するように展開された血は、在り得ざる魔術陣を刻んでいる。サーヴァントの召喚陣。既に迷宮の聖杯戦争は終わった。サーヴァントは既に全て消えている。この後に及んで最後の抵抗をしようと言うのか、十中八九成功する筈の無い召喚を。

 

 閃光が零れ、魔術の高鳴りが周囲の木々を揺らす。アーチャーはトドメの弾丸を放つよりも後退する事を選んだ。召喚されるはずが無い。僅かに残る魔力と命を消費してくれるのなら有難いものだ。既にマスターは死体同然。魔力など無い。その身から生えた剣によって・・・・・・。

 

「間抜けか俺は!」

 

 召喚が完了する寸前、アーチャーは己の間違いに気付き引き金を引いた。彼女が亜種聖杯を未だ握りしめている事実。そして、その身に撃ち込んだ己の弾丸を。サーヴァントの召喚に必要な魔力、そして『聖遺物』。どちらも彼女は持っている。

 

 閃光の中に撃ち込まれた弾丸は、金属と衝突し弾かれた。アーチャーは舌打つ。この状況で、目の前に立つ存在が誰であるかなど検討するまでも無い。

 

「あ、あー・・・・・・ちゃー」

「久しぶりだなマスター。遅くなってすまない」

 

 迷宮にて、弓兵が召喚された。

 

 




タイトル回収
とりあえずあと一話+外伝二話で完結する予定


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脱出②

いよいよラストバトル。

そもそもこの物語を作った理由として、元ネタのラビリンスのss無いなぁ、という気持ちとエミヤvsエミヤオルタがしたいという気持ちがあって始まった




 思い出した言葉があった。影の国、その主に弾丸を撃ち込んだ時の言葉だ。黒一色の彼女は己から飛び出た剣を見る事すらせず、消滅の間際にこう言った。

 

「お前はいずれ、過去を視る事になるだろう」

 

 神代には呪いを言葉となって放つ習慣でもあるのか。その時は全く聞く事も認識する事も無かった。今回の『掃除』、多くの手違いで現世に召喚されてしまった神殺しの排除は行われた。

 

無論あれほどの規格を持った存在を召喚することなど普通はできない。消滅したのは、召喚に応じたのは影の国に隔離された『本体』の分霊だ。本体は未だにあの城の中にいるが、外に出る事はできない。世界が終わるその時まで、彼女は幽閉されたままだろう。

 

だが、残滓であっても神霊であった事は変わらない。千里眼、純粋な視力だけでなく一種の未来視を可能とする彼女が自分の行く末を視たのか、それとも死に際の妄言か。結果は余り時間を要する事無く見せつけられる事となった。

 

 ノーマの身体から、剣が消えた。召喚の聖遺物として消費されたのだろう。高名なサーヴァントを呼び出す為の聖遺物ならばともかく、剣の起点は人の指程しかない弾丸だ。召喚の余波で消滅してもおかしくはない。

 

 それによって、ノーマの身体が修復されていく。その胸に抱えた亜種聖杯から零れる魔力が、その身体を治癒しているのだ。所持者の肉体、その本能的な願いを叶えている、という所か。だが、アーチャーにとってそんな事はどうでも良かった。致命傷ではなくなったのなら、何度でも撃てば良い。修復されるならその源を破壊するだけだ。

 

 だが、目の前に立つこの男だけは明確な障害となる。紅き外套を纏ったその男。サーヴァントとして呼び出された自分は、目の前に立つ守護者としての自分を見る。

 

「こんなケースもあるとはな。世界もつくづく悪趣味だ。また自分との戦いとは、俺もつくづく成長がない」

「守護者となれば、こんな衝突も可能性としてはある、か。最もお前からすれば、殺したいほどおぞましい存在だと思うがね」

 

 黒と紅。姿も顔つきも違う二人の男は、同一の人物ではないが同一の存在だった。サーヴァントとして、守護者として召喚される正義の執行者。もしも鏡を見て、そこに映る自分の姿が意思を持って動き始めればどうだろうか。その姿が、自身の想像を遥かに超える程歪で、おぞましいと感じれば?

 

「・・・・・・いや、特に何もないな。俺からお前を見て思う事は何もない。どうやらそちらは『散々な結果』だったようだが、それは俺も対して変わらん」

「ほう、それならば俺の杞憂と言う訳か。どうやらお互い、ロクな死に方をしていないと見える。それに免じてこちらの仕事を楽にしてくれないか?その少女を残していれば世界の危機、等というふざけた結末になりかねない」

 

 黒のアーチャーが視線をノーマへと変えた。抑止の守護者として、彼女は見逃せない。所持している亜種聖杯もそうだが、彼女が迷宮を踏破した、という事こそが世界にとっての危機だ。

 

「聖杯戦争というのは、殆どが危険極まる儀式だ。素人共が願いを叶えるとか何とか言って集まり、殺し合う。大抵は同士討ち、もしくは余波で聖杯が破壊されるのだが、今回は勝者と賞品が健在と来た」

 

 何を願うかは重要ではない。この場合、聖杯戦争に勝利し、聖杯を持ち帰った。という事実が危険だった。神秘の色が薄れていく現代において、万能の願望器とされる聖杯。各地で行われる亜種聖杯は粗悪品ばかりだが、今回のソレは本物に限りなく近い。それを持ち帰り、その話が広まればどうなるか。

 

「不透明だった聖杯戦争に具体的な成功例が提示される、つまり聖杯戦争の活発化に繋がる、と?」

「察しが良くて助かる。そうなればどうなるか、分からないお前ではないだろう?」

 

 太古の英雄を召喚し、殺し合う儀式。それは秘匿されているとはいえ、決して少なくない犠牲者を生み出す。英雄とは即ち、人を殺して成ったモノが殆どだ。ソレが持つ宝具なぞ現代の大量破壊兵器に匹敵するモノまである。それが世界的に流行し、蔓延すれば神秘の隠匿である魔術の衰退は勿論、参加者よりも被害者の方が圧倒的に増えていくだろう。即ち、世界の危機という訳だ。

 

「成程、理解したよ。多くの人間を助ける為に、一人の犠牲を出す、いつもの仕事という訳か」

 

 それは、生前の自身が、彼がしてきた所業と何ら変わりはない。そして、両者ともにその行為に対して抵抗など感じない。寧ろ一人を犠牲にするだけで良いのだ。たった一人の人生に幕を降ろせば、無数の人生が汚されずに済む。秤は傾き、裁定すべき人選を指し示している。

 

 だが。紅のアーチャーは一対の双剣をその手に握る。双剣を構え、殺気を向けるその姿勢は明らかに戦闘を行うモノの貌だった。

 

「解せないな。お前が俺と同じなら、そこで棒立ちしている筈なのだが」

 

 またもや余分な仕事が増えた、と舌打ちし黒のアーチャーも銃剣を握り直す。殺意を向けられた以上、やる事は一つだけ。例えそれが知人であっても愛したモノであっても、抑止の守護者は平等に鉄槌を下す。それが自分であっても。

 

「同じだとも。俺とお前は同一の存在だ。だからこそ、俺はお前の前に立ち塞がったのかもしれん」

「何?」

「簡単だよ。お前は守護者として世界に使役されている。そして、俺はサーヴァントとしてマスターの召喚に応じた。つまり仕事だよ。お互い内容の善し悪しで、仕事を選んでなどいないだろう?」

「・・・・・・ハッ!確かにその通りだ。お前も俺も、どうやら仕事だけには忠実らしい!」

 

 その言葉を皮切りに、黒と紅が衝突する。お互いが相手を自身と同一のモノとして認識し、だからこそ目前の存在を排除するべく武器を持つ。

 

迷宮の聖杯戦争、幾多もの戦いの末に最後の幕が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・不味いな」

 

 葉巻に火を点け、紫煙を虚空へと吐く。幾度とも無く繰り返した行為だが、それは膠着する事態に自身が苛ついている証拠だ。ウェイバー・ベルベット。またの名をロード・エルメロイ二世は、迷宮の入口から離れた場所にて、観察を続けていた。

 

 アルカトラスの第七迷宮。多くの魔術師によって探索される筈だった魔術遺跡は、入っていった人間と同じ数の行方不明者を作り上げた。遺跡の探索から生存者の調査へと指示が変更された魔術協会からは、優秀な少数精鋭の魔術師によって調査してほしいという建前と、これ以上優秀な人材を犠牲者として失いたくないという本音によって送り出された。面倒な事は新米ロードにでも任せてしまえと投げ込まれた命令を受けてしまった事を、心底後悔しながら葉巻を地面に放る。

 

 調査に弟子と共に訪れたのはいいものの、弟子が迷宮に足を踏み入れた途端、その入口は閉じられてしまった。魔術的、物理的な遮断というより、世界から隔絶されたと言っていい。あっという間に分断されてしまった状況からはや数日。ロード・エルメロイ二世は迷宮の入口の監視を続けていた。

 

 無論、他の入口も探した。これだけの魔術遺跡に入れるのが一つだけ、と言うのは考えにくい。魔術の痕跡が残っている場所が無いか、周辺を捜索した。慣れない肉体労働で身体を痛めたが、その行為によって何か所か当たりを見つける事ができた。だが、それは入口ではなく出口。中から出る事は容易だが、外から入るには大掛かりな解呪が必要になっている。下手に手を出せばその者に牙を向くであろう魔術系統に、思わずファック、と叫びそうになるほど、事態は切迫していた。

 

 自身の弟子が死んだとは考えない。戦闘能力だけならば自分など遥かに超えているし、何なら単独で迷宮の調査を開始しているのかもしれない。通信、交信ができない以上自分にできるのは信じる事のみ。協会からの援助も期待できないとなれば、彼女が数か所ある出口から出てくるのを待つ事しかできなかった。

 

 数日間による張り込みで、葉巻の在庫が切れつつある時だった。地面が振動し、続いて轟音が鳴り響いたのは。ミサイルでも直撃したかと思うほどの轟音と衝撃に、思わずよろけて転倒しそうになるも、その発生源が自身が監視していた出口の一つとなれば踏み留まる力も湧いてくる。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「あえて言うのなら、蛇だな。あれほどずる賢く脱出した女はそうはいない」

 

 応じる言葉は、まるでさっきまでいたような口振りだった。無論迷宮の領域外、入口から離れているからと言って、自分が魔術的防御や警戒をしていない筈はない。ロード、という称号には不足しているものの、十分な探知ができる筈だった。

 

「随分な態度だ。何も歓迎しろとは言わんが、君は出会って間もない人間を全て警戒するのかね?」

「・・・・・・いいや。そもそも警戒すらしない。『人間』ならば、だが」

 

 何故気付かなかったのか、いつの間にか隣には男が立っていた。その程度ならば自分はまだ驚かない。だがこの男の異様なまでの血の臭い、そして男が担ぐ自身の弟子の姿に、警戒せざるを得ない。果たしてどのような境遇によって、この男は弟子を運び自分に気付かれる事無く近付いたのか。

 

「・・・・・・魔術師らしい不遜な態度だ。それも劣った魔術師、のな。まあ良い。これで誓約は果たされた」

 

 何のことだ、と言うよりも早く放られた弟子を慌てて受け止める。腕っ節には一切の自身の無い筋力が悲鳴を上げ、尻餅を付きながらもその身体を支える。男は用は済んだ、と言うようにさっさと歩き出した。

 

「待て、何者だ貴方は」

「名乗る必要は無い。此度の儀式は失敗続き。しかも往生の原因ともなったのだから流石の私も恥を感じる」

 

 男を見れば、目視で分かる程負傷していた。いや、それは負傷なんてモノではない。本来ならば死体同然、歩くだけでも奇跡のような状態だった。無論そんな奇跡は長続きせず、その脚は根元から崩れ、男は受け身すら取れず倒れる。

 

 敵意どころか命すら消えそうな男を放ってはおけず近付くと、男は血の滴る目で見返した。

 

「・・・・・・一つ言い忘れていた。先程の爆発音は聞いたな?」

 

 まるで友人からの伝言を言うような気軽さだった。意識が朦朧としているせいか、それともこの男の性格なのか。肯定すると男はゆっくりと口を動かす。出てきた言葉は簡潔だった。

 

「あれには、近付くな。死ぬぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣と弾丸が衝突し、弾かれる。接近して振り下ろされた斬撃を、片方の銃剣によって防御し、もう片方の銃剣で反撃を行う。双剣の間合いに入らぬよう微妙な間合いを保つべく後方へ退くも、相手は反撃の斬撃を逆に一閃し、銃剣を破壊した。

 

 黒のアーチャーが瞬時に投影を完了し、銃口を向ける。紅のアーチャーは放たれた弾丸を弾き飛ばし、再び剣の間合いへと詰め寄った。本来ならば着剣した程度の銃で近接戦闘などできないが、合理性を突き詰めたこの銃剣は近接戦闘をも可能にする。至近距離での銃撃、そして斬撃がこの武器の本懐。黒のアーチャーは後退から一転し、双剣と撃ち合う。

 

 銃声と金属同士の歪な衝突音が聞こえ、そして破砕音が森に木霊した。一対の武器同士が奇妙な磁力に引き寄せられるように衝突し、砕かれる。銃身が折れ、剣が砕かれた銃剣を黒のアーチャーは放り投げ、再び投影を行う。

 

「チィッ!」

「俺の剣製と、お前の剣製が、同等とでも思ったか?」

 

 自分は己の実力と相手の実力を正しく認識している筈だ。相手は魔力供給が潤沢と言えどサーヴァント。こちらは世界の強制力を持った抑止の守護者。戦力差は歴然で、戦いにすらなり得ない。しかし一瞬で決着が付く戦いは、拮抗どころかこちらが押されている異常。黒のアーチャーの投影は砕かれるも、紅のアーチャーの投影は未だに破損すらしていない。

 

「その顔では理解していないと見えるな。お前も俺も、取り柄は投影魔術(コレ)だけだ。いかに世界からのバックアップがあろうとも、手段が同一となれば、その手段を極めたモノが先を行く。つまり、俺と戦うと言うことは」

 

 剣製を競い合うという事。お互いの手の内は知り尽くしていると言っていい。黒のアーチャーが宙空へ投影品を並べれば、同じ動作を紅のアーチャーが行う。全く同一の投影はしかし、砕かれるのは黒のアーチャーだ。

 

「お前の投影は粗雑の一言に尽きる。合理性に特化した分、武器に込められた想いに同調できていない」

「想い、だと?」

 

 笑わせる。武器は効率良く何かを殺害するための道具であり、合理性に特化する為の道具だ。発砲と同時に拡散する散弾を、紅のアーチャーは跳ねるように回避し、その勢いのまま剣を振り下ろす。黒のアーチャーは紙一重で躱すも、反撃の一手は双剣のもう一振りによって砕かれた。

 

「具体的に言ってやろう。基本骨子の改良が行き過ぎている。近代兵器に無理矢理魔力を通そうとすれば、構造そのものが脆くなる」

「知ったことか!」

「剣と銃身が一体化している分、衝撃を受けるのに適していない」

 

 投影の精度を上げ、銃弾を放つもまるで予知するように紅のアーチャーは的確に躱し斬撃を放つ。防ぐ銃剣が軋み、ひび割れる。相手と自分が同一ならば、即ちこの実力差はお互いの技量ではなく、剣製の差。投影魔術の力量において、紅のアーチャーが勝っているという事実。

 

「他の守護者ならば、こうはならなかっただろう。俺は一瞬で殺されていた。だが、お前相手ならば、俺が上だ」

 

 紅のアーチャーが飛び退き、弓をつがえる。絶好の好機と見た黒のアーチャーは応じるように二挺の拳銃で銃撃するも、弾丸は大きくそれて明後日の方向へと飛来していく。剣との衝突で歪んだ銃身が、目測とは違う方向に放たれたのだ。皮肉にも紅のアーチャーが指摘した欠点を突かれ、黒のアーチャーの表情が強張る。

 

「受けきれるか?」

 

 空間をねじ切らんばかりの魔力密度を持つ強大な威力を持った投影。黒のアーチャーは二挺の拳銃を棄て弓をつがえる。選択すべき矢は一つだけ。相手も己も同じ武器を投影するべく魔力を廻す。回転する螺旋を形取った矢を、お互いに向け撃ち放つ。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 同一の宝具、その贋作がぶつかり合い、一瞬の交錯の果てに打ち砕かれた螺旋は、真っすぐ黒のアーチャーへと飛来する。防御は不可能と判断し、己の銃剣を再投影。抑える事などできないが、最低限の負傷でしのぎ切る。

 

 瞬間、視界にノイズが走った。見たことのない景色、在り得ざる光景。しかしその過程はとても。

 

「・・・・・・成程、そういう事か」

 

 矢を弾き飛ばし、黒のアーチャーは己の身体を見る。銃剣を持つ手、腕、そして胸部の傷はやや深い。致命傷とは呼べないが、宝具が掠ってこれで済んだと言えば幸運の方だろう。本来ならば、世界の修正によってその傷は強制的に治癒される。だが、己の傷は未だに身体に残り。『痛み』まである。まるでスカサハと戦った時の再現だ。同じ違和感を感じたのか、紅のアーチャーも神妙な顔つきで自身に起こっている異常を判断しようとしていた。

 

「皮肉だな。お前と打ち合えば打ち合う程、俺達は同調していくらしい。お前も見えただろう?俺の記憶が」

「その言葉なら、互いが互いの過去を覗いたことになるな。まあ気恥ずかしい記憶など無い身でね。それはお前も変わらないようだ」

 

 身体にまで、それは反映されているらしい。この場合、一方的に黒のアーチャーにデメリットが課せられるようなモノだが、彼にとってはそれよりも視界に紛れるノイズの方が深刻だった。よく似た記憶、その情景を見せられる。災害に生き残り、助けられ、正義の味方に憧れる自分。破綻した理想を掲げ、人々を救おうとする自分。裏切られ、体の良いように扱われるも、それでも尚理想を抱く自分。

 

 吐き捨てる程醜悪な代物だ。人々の為にと立ち上がった正義の味方は、最後には善悪で裁かれる訳なく、誰の益にもならないという理由で刑に処せられた。同じ動機、同じ過程、同じ結末。

 

 しかし、醜悪なまでの理想をコイツは持ち続けていた。黒のアーチャーは、目前の自分を睨む。最後にはその理想から堕落した自身と、あろうことか死ぬ直前ですらそれを持ち続けていた自分。

 

「お前と俺の違いは、それか。お前は自身の行為によって理想を裏切ったが、俺は自身の行為によって理想に裏切られた」

「何が言いたい?」

「俺が絶望していない、というのならそれは違う。お前も実感しているだろう?守護者となったモノは永遠に世界に使役される。生前に理想を掲げ、死ぬ直前にまでその理想を信じていた男も、呆気なく絶望したよ。挙句の果てには自分殺しにまで走る始末だ」

 

 だが、と紅のアーチャーは相手を見る。その瞳は繰り返される絶望に折れた男のモノではなく。理想に徹し続けた在りし日の彼の瞳だった。

 

「そこで俺は答えを得た。決して、俺の人生は間違いなどではなかった」

「ふざけるな!」

 

 断ずる声が、刃となって紅のアーチャーを襲う。防御した剣から、記憶が火花となって逆流した。自身と全く同じとは言わない。確かにコイツは別人だ。だが、俺と同じ道を歩んできた。結末が多少異なるとはいえ、抱く感想は同じ筈。なのに何故?

 

 流れ込む記憶はしかし、別の記憶へと繋がっていく。過去でも未来でも、現在でもない。こことは違う、別の世界での記憶。本来サーヴァントは消滅すれば現界時の記憶を失くす。だが、それでも彼は持ち続けていた。あり得ざるべき邂逅。そして、その時に受け取った想いを。

 

『美しい、と感じたんだ』

 

 目に映る光景は、かつての記憶か。一人は自分を否定する為に、もう一人は肯定する為に。剣を持って戦っている。無様極まりない醜悪な姿で、足掻き続けるその少年は、目の前の男に己の、男の理想をそう表現した。

 

『自分の事より他人の事が大切なんて、偽善だと分かっている』

 

 人間は醜い。善には悪を返し、悪には悪を持って返す。他者を蹴落とし自身を成り上がらせるのが生存の唯一絶対の法則だ。だからこそ、正義など流動的なモノに過ぎないし、それは人間と同じように醜いモノだ。

 

『それでも。そう生きられたのなら、どんなに良いだろうと憧れた』

 

 だがらこそ、願いだけは尊い。人の想い、心は善悪では測れない。そうありたいという願いそれ自体に、罪も悪も無い。だからこそ、この願いは美しいモノだと少年は言った。

 

『俺は亡くさない。愚かでも引き返す事なんてしない。この夢は、決して。俺が最後まで偽物であっても、決して・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『間違いなんかじゃないんだから!』

「消えろ!」

 

 本能的に叫び、黒のアーチャーは銃剣を叩きつける。幾多もの剣撃によって、紅のアーチャーの双剣にヒビが入った。先程とは明らかに違う気迫をそのままに、黒のアーチャーが捨て身同然の戦い方で銃剣を振るい続ける。

 

「下らん、下らん下らん下らん!最早見るに堪えん。生前の自分に諭されて改心したとでも?ふざけるな!」

 

 紅のアーチャーは防戦のまま受け続ける。如何に剣製が上であろうとも、無敵の耐久力を持っている訳ではない。恐らく後数度打ち合えば粉砕するのはこの双剣。数歩退いて反撃するだけで、今の状態の相手ならば楽に殺せる。だが、紅のアーチャーはあえて踏みとどまり、その剣撃を受け続ける。

 

「美しいだと?それはただの妄想だ。到達していないからこそ思い描ける空想の産物に過ぎない!」

「その通りだ。だが、少年はそれでも良いと言った。無論やせ我慢だ。自分の進む道が地獄では生温いような修羅なのだから、多少は臆するだろう」

「ならば、何故!?」

 

 何故、お前は負けた?記憶の向こう側、その決着。あえてこの男は少年の刃を受け入れた。それは即ち、少年の理想を肯定した事を意味する。男はしかし、それに対して深く考える訳でもなく即答した。

 

「少年はいつだって、荒野を進むモノだ。それに、彼には同行者がいる。そう簡単には迷わないさ」

 

 まるで使いに走らせる親のような気軽さで、目の前の男はそう断言した。それを聞いた瞬間、黒のアーチャーは邂逅した時に抱いた印象に納得した。殺したい程相手は自分の事をおぞましいと思っていた。それに対し相手は特に何も思わない、と返した。それもその筈だ。鏡合わせの言葉は即ち、自分が相手に対して抱いた殺意。殺したい程、目の前の男がおぞましい。その気持ちを反映していたのだから。

 

 後悔は無い。いや、後悔などできない。己の選択、その余りの罪深さに、後悔すらも禁じられている。だが、この男は罪深さによってではなく、そもそも後悔する必要など無かったと言っているのだ。

 

 紅のアーチャーが持つ双剣が砕かれる。しかし黒のアーチャーは逆に後ろへと下がった。彼の持つ銃剣もまた、大きく歪み損傷している。物質の強度を無視した連撃で、既に刃も折れていた。

 

「・・・・・・良いだろう。その理想に殉ずるというのなら、それを抱いたまま溺死しろ」

 

 この男を殺す。守護者、サーヴァント、世界、そう言った些細な事を全て放棄し、黒のアーチャーは投影を開始する。普通ならば多くの短縮を行い、瞬時に投影を行う。だがこの男に対してはそれは意味が無い。剣製を競い合うと言うのならば、最も完成度の高い投影を行う必要がある。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

 魔術回路に撃鉄を降ろす。武器に拘る必要などない。作り手の心意気などクソくらえだ。効果的で、戦いに勝てるのならばそれでいい。

 

 即ち、想像するのは最強の自分。敵を殺す為の自分。その為のイメージを練り上げる。

 

 創造の理念を鑑定し。

 

 基本となる骨子を想定し。

 

 構成された材質を複製し。

 

 制作に及ぶ技術を模倣し。

 

 成長に至る経験に共感し。

 

 蓄積された年月を再現し。

 

 あらゆる工程を凌駕し尽くし。

 

「ここに、幻想を結び剣と成す」

 

 投影した二振りの剣を、黒のアーチャーは構える。名工が最愛の妻の命を代償に造り上げたとされる名刀。干将、莫耶。根底から改造して使用していた銃剣とは違い、二振りの夫婦剣は宝具としての実用性は低いがその分汎用性に富んでいる。

 

「ようやく入口に至ったか」

 

 構える黒のアーチャーを見て、紅のアーチャーも投影をし直す。持つ武器は同様の夫婦剣。合図も素振りも見せず、黒のアーチャーは踏み込み双剣を振るった。身体能力ではこちらに分がある。強引に押し込み、敵を叩き潰そうとする戦法はしかし、紅のアーチャーの技巧を突破するに至らない。ほぼ完璧に近い投影だけでなく、武器の持つ長所短所は勿論武器そのものの本質を理解している相手に、力だけで押し切れる程甘くはない。

 

 夫婦剣が弾き合い、惹かれ合う。やはり先に劣化するのは黒のアーチャーの持つ夫婦剣だ。実力と技術で拮抗しているのならば、勝敗を分かつのは武器の性能。それが足らない。

 

 武器の性能が問題ならば、己の実力で補填するしかない。黒のアーチャーは、記憶を探る。摩耗し、擦り切れ、霧散した記憶。その残滓を。自分に残っているのは人殺しの技術だけだ。だがその始まり、原初はどうだった?自分は誰から、人殺しの技術を。否、戦い方を学んだのか。

 

『私が教えるのは、ただ戦うという事だけです』

 

 自身に剣を教えた相手は、そう伝えていた。戦法、戦術ではなく、戦うという意思。戦場ではどんな戦闘技術も、一瞬にして意味を失くすことがある。数秒で終わる戦闘もあれば、長期戦の内に衰弱した状態で戦う事もあるかもしれない。彼女が教えてくれたのは、実戦での空気。どのようにして勝つか以前の、心構えとも言うべきモノだ。

 

『貴方の戦いは、まず自身を万全にし、的確な状況を模索する事から始まるのです』

 

 飽きることなく鍛錬に向かうその姿に、彼女は驚き、最終的に呆れるようにそう指南した。無茶や捨て身で勝てる程、戦いは甘くない。だからこそ、そのような状況に陥った時点で、負けは決定しているのだと教えてくれた。

 

「フン、ならば容易い事だ」

 

 果たしてこの記憶は自身のモノか、それとも相手のモノか。だがそんな事は今の彼にとっては些細な事だった。撃鉄を降ろす。己の魔術回路に命を注ぎ込む。自身の状態は万全だ。戦うという意思、それだけは揺るぎない。そして状況。それもまた問題なし。やや遅れは取っているが、打開する武器の選定は終えている。

 

「随分と顔色が良くなったな。憑物が落ちた、と言うべきか?」

 

 紅のアーチャーは、敵の姿勢が変化した事に気付く。相対した時に敵が発していた異様な覇気、精神汚染スキルの恩恵と思しき魔力の高鳴りが消えている。常時発動していた所からこの男の戦闘能力の源と言って良い。だが、それが消えたと言うのに黒のアーチャーから放たれる戦意は変わらない。

 

「ならばこちらも、神髄を見せよう」

 

 禁じ手中の禁じ手、その投影を行う。自身の知る宝具の中で、最上位に位置し、投影をすれば自身もただでは済まない決戦兵器。練り上げる魔力が閃光となって周囲に漂い、両者へ集結していく。相手も同じ武器を使用するつもりか。紅のアーチャーは自然と笑みが零れ、そして投影を完了させる。

 

 一振りの長剣。放たれる魔力は本物と比べ物にならない程か細く、しかしそれこそが本物を本物たらしめる。自分にとって、それは永久に届かない光。だからこそ、自分はこの宝具を投影したのだ。

 

「ある意味で自明か。最上位の武器となれば投影するモノは一つだけ」

 

 皮肉を黒のアーチャーは無視し、投影を完了させる。構えた長剣は鏡合わせのように同一。放たれる魔力は果たしてどちらが上か。

 

 視界にヒビが入る。無謀な投影を行った結果、身体が自壊を始めているのだ。守護者である筈の黒のアーチャーでさえ、それは抑えられない。それほどのデメリットを持って尚、両者はこの聖剣を投影した。紅のアーチャーは己の答えを示す為に。黒のアーチャーはその答えを否定する為に。

 

「決着をつけるか」

「ああ、そのつもりだ」

 

 応じる言葉は簡潔に、答える剣は渾身に。魔力が収縮し、聖剣に蓄積されていく。星の造り出した神造兵装。剣において最上位に位置する存在。人の願いが結晶、凝縮されたその聖剣を、両者は一息に振り下ろす。

 

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)!」

 

 かの高名な騎士王、アーサー・ペンドラゴンの持つ武器の内、最も有名な武器。己の魔力を光に変換し、ありとあらゆるものを薙ぎ払う斬撃の極地。それは投影品と言えど真に迫る威力を持って衝突する。魔力量、投影の実力、それらは両者に一定の差を持たせるものの、全く同一の思想を抱かせていた。

 

 即ち、目前の相手には負けられない。だれかに敗北して倒れるのなら良い。だが、それが他ならぬ自分となれば勝たなくてはならない。

 

 魔力の放出によって迷宮の入口が崩壊し、森全体に極光が照らされる。大地が震動し拮抗する光から漏れ出た魔力が、周囲を抉り、引き裂いていく。

 

 果たして、結末はどちらに傾くのか。真に迫る投影で紅のアーチャーが遮るのか、魔力量の差で黒のアーチャーが押し切るのか。斬撃を放ちながら両者はそれぞれ同一の予想を立てていた。勝利でも、敗北でもない。お互いに多少の差があるのは理解している。だが、今自分達は同一と化した。並行を辿る思想を持った同一の人物は、結末を決定する。

 

 放出する魔力が弱まり、消えていく。時間にすれば数秒。神造兵装の限界ギリギリの投影と、宝具の真名開放まで行った結果、地面に立つ姿は二人。打ち合う前、出会う前と同じ二者が睨み合う結果を作り出した。

 

「・・・・・・下らん結末だ」

 

 黒のアーチャーが、崩壊していく身体で呟く。記憶が摩耗し、かつて抱いていた理想を嗤う男は、変わらず無機質な瞳で向かい合う自分を見る。その視線には機械には無い筈の熱が、本人でしか理解できない程微小な熱が灯されていた。

 

「そうだな。お互いが最高の攻撃で撃ち合い、自滅とは滑稽を通り越して呆れる結末だ。だがまあ、悪くはないと私は感じている。いい加減自分に殺し殺されるのは嫌なのでね」

 

 これくらいが丁度良いだろう?と。まるで生前のような笑みを浮かべながら言った。それを黒のアーチャーは醜悪なモノを見る目付きで射貫く。

 

「何が変わるという訳ではない。俺はこれまで通り、腐り果てたままで構わない・・・・・・だが」

 

 視線の性質が変わる。それは在りし日の姿を懐かしむような、機械に心が灯った瞬間だった。

 

「悪くない、その点においては同じ意見だ。お前のような異端があるのなら。悪足掻きするのも良いかもしれんな」

「自分殺しにでも走るのか?先駆者としての意見だが、意外に過去の自分と相対すると殺意よりも気恥ずかしさが際立つ。至らない部分が目立ち過ぎる大馬鹿者を見ていると、最初に抱いていた決心もただの八つ当たりに思えてくるからな」 

「さあてな。何はともあれ、俺にも目的ができた。次回はもう少しマシな仕事を」

 

 その言葉が言い終わらぬ内に、黒のアーチャーは消える。いや、言い終わるつもりが無かったから話したのかもしれない。紅のアーチャーは皮肉げに笑う。相手を殺す手段もタイミングも、無数にあった。いつでも殺す事ができたのにわざわざ相打ちまで持ってきたのは何故か。それは恐らく、最初に相対した時に見た相手の表情。壊れた機械であろうと必死に取り繕うその姿が、余りにも無様だったからだ。

 

「やれやれ、これではマスターの今後の安全を確保できないな」

 

 またもや彼女には無理をさせてしまう。サーヴァント失格と言って良い判断ミスだ。せめてもの忠義と、崩壊していく身体を無理矢理引きずり倒れ伏す自身のマスターへと近付く。その身体に空いた傷は塞がり、微かな寝息を立てる姿を見てアーチャーは己の纏う外套を脱ぎ、被せた。

 

「別れを言う時間すら無い、か。まあ良い。後は『アイツ』が何とかしてくれるだろう」

 

 背中を向けて、弓兵は歩き出す。数歩進まぬ内にその姿は森の木々に消えていき。その場にはノーマだけが残される。先程の戦いも、迷宮での死闘も、存在しなかったようにひっそりと木々は風によって葉を揺らしていた。

 

 それが、迷宮での聖杯戦争の終局を告げる合図だった。

 

 

 




これにて迷宮完結。
後は後日談とサブストーリーをちょこちょこと。
原作ラビリンス見直すと、魔改造し過ぎた感が凄い…………
桜井さんごめんなさい


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外伝 迷宮管理者の日常

外伝と言う名のおふざけ話。
なのに文字数が一番多くなったという現実


「やれやれ、ツキが無かったな・・・・・・全く」

 

 己に向かう一撃は、やけに遅く感じれた。一瞬の交錯。その中でできた僅かな隙。後悔した時は全てが遅く、回避不能の一撃が目前へと迫っている。眼を閉じる等愁傷な事はしない。胸を張って・・・・・・はできないがせめて自身の死から目を逸らさないぐらいはしないと、ケルトの名折れだ。

 

 しかし、神速の撃ち込みは自身の鎧に触れる直前にその動きを止める。自分にとってはトドメが中断された事よりも、あれほどの速度を止める相手の技量を畏怖すべきだろう。追いついたと思っていたが、相手は随分と先に行っているらしい。

 

「決まったな。セタンタ」

「ああ、決まった。取られた。負けだ。俺の。さっさと」

 

 トドメを刺せ、と言おうとするも、向けられた槍は鎧に文字を刻み付けるに留まる。神代のルーン魔術による強制契約。無理矢理送り込まれた魔力にやや眩暈がするものの、相手の行動を怪訝に思ったランサーは、クーフーリンは消化不良そのものと言った顔で文句を言う。

 

「何だ何だ?殺さず虜にするってか?暫く見ねえ間にメイヴみたいな趣味できたんだなアンタ」

「あんな女と一緒にするな。戦いには勝った。敗者は勝者に己の命を預ける。そう教えたのを忘れたのか?」

 

 笑みを浮かべるその姿は、傍目から見れば美しいという表現になるだろう。だが決して短くない時間を彼女と共有してきたクーフーリンは、その笑みが恐怖以外の何物でもない代物に感じる。神霊スカサハ。自身の戦闘技術の原点であり、戦いの師匠であった彼女特有の無理難題を課す前の表情だったからだ。

 

「あー・・・・・・槍が滑った!」

「させんぞ」

 

 ランサーは槍を振るい、相手に向けると見せかけて己の心臓に槍を突き刺そうとする。しかし難なくスカサハはそれを取り上げた。己の命を代償にしても、これから受けるであろうナニカはとてつもなくヤバイ。自身の第六感が警鐘を鳴らしているのだから間違いはない。

 

「そうだ、この槍も少し借りるぞ。自作で槍を造るのも良いが、やはりゲイボルグは使い勝手が良い」

「え、でもそれ俺の」

「なあセタンタ。これは私が、あの辛く苦しい修行の末に貴様に譲った物だ。即ち元々は私のモノだ。そして、それを借りるのを拒むくらい貴様は器量が小さい英雄に育てた覚えは無い。そうだな?」

「ソウデスネ」

 

 ランサーたる由縁を強奪されてしまった。ああ、いつもは命令されて自害していたが、今回ばかりは己の意思で行いたい。そんな思いが顔に出ていたのか、スカサハは「心配するな」とやけに、そうやけに猫撫で声で言う。

 

「私も鬼ではない」

 

 鬼です。

 

「代わりにこれをやろう」

 

 ルーンの術式が浮かび上がり、収納していたものをスカサハは取り出し、げんなりとした顔のクーフーリンへと持たせる。

 

「・・・・・・なあ、師匠。あえて聞かないようにしてたが。アンタがこの迷宮の管理者なんだよな?」

「その通りだ。貴様は第四階層の番人をも突破したからな。残りの戦力は私のみだったが故に出てきて戦った。そして勝った」

「で、それなら俺は戦場の常識で殺されている訳でして・・・・・・これ持たせて何させるつもりだよ」

 

 クーフーリンは、手に持ったソレを掲げる。木の棒の先端に括りつけられた鉄のかぎ爪。角度はおよそ九十度は傾いているその道具は、農民が良く持っているソレ。

 

「クワを持ってやる事など一つだけだ。耕せ、セタンタ。この第四階層を」

「ハアッ!?」

 

 クーフーリンは、心底呆れるような、実際心底呆れている声を挙げ。番人が佇んでいた部屋を見渡す。竜種を倒して即座にスカサハが登場した為、殆ど見ていなかったが多くの遮蔽物が壊れ、壁の一部は破損し、地面は砕けて穴もできている。

 

 耕せ、という事は即ち。

 

「直せってのか!?」

「ああ、そうだ。この部屋だけではないぞ。第四階層全体を担当してもらう。ようは番人だ。地面を耕した後は徘徊する幻想種の指揮、育成、配置の決定。他にも罠の設計などをやってもらう」

「一人で?」

「私が手伝うと思うか?」

 

 清々しい程の笑顔で、スカサハは答える。断りたい。断固拒否したい。番人としてここを守護しろ、ならまだ良い。だがその為に自身が破壊した階層を直して幻想種を配置して迎え撃て?領主の真似事でもさせるつもりなのか。

 

 無論、断れば命は・・・・・・いや、あるな。この感じでは。何にせよ今は彼女が自身のマスターなのだ。生かさず殺さず強制的に命令を実行させるに決まっている。即ちクーフーリンに選択権等なく。痛い目に会ってから強制させられるか、嫌々従うかぐらいの自由しかない。

 

「最悪だぜ。何だってこんな所で畑弄りなんざ」

「熱心な弟子を持てて私は幸せだよ。それでは私は忙しいので他の階層に行くが。くれぐれもサボるなよ?遠見のルーンで直ぐに察知できるからな」

 

 それだけ言うと、スカサハの姿はかき消えた。残されたクーフーリンはクワを片手に荒廃した番人の部屋を見る。ここまで来るのに他の幻想種も殺したし、通路諸共壊した所もある。生き残る為ならば周辺の地形や罠を駆使していた分、一々遠慮等している暇は無かったが、今回ばかりはそれが裏目に出た結果だ。

 

 はあ、と溜息を吐いてとりあえず番人の部屋を整えようとした時だった。部屋の扉が音を立てて開かれる。入ってきたのは、迷宮に徘徊する幻想種達。番人と戦っている時はその扉は閉じられていたが、戦闘の終了と共にその仕掛けは消えたらしい。出入り自由の扉に、殺気立った幻想種達。そう言えばこの階層は殆ど戦う事無く適当にあしらって逃げていたな、と自身の戦法を思い出し。それと同時に今の自分に槍が無い事を思い出す。

 

「・・・・・・やべえ。クワしかねえぞ」

 

 数時間後。久しぶりにルーン魔術を駆使しての立ち回り方を身をもって復習したランサーは改めて自身の師匠に怨念染みた呪いの言葉を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ふう、何とかなったか。奴にやられるのならそれもまたあり、と思ったが」

 

 管理者の部屋で、スカサハは椅子に座り熟考する。元迷宮の管理者は深層へと逃亡した。サーヴァント召喚の儀式を行おうとしている辺り、まだ諦めていないようだ。それでもあの状態の敵に召喚できるモノ等たかが知れているし、仮に強力なサーヴァントを召喚した所で扱う事はできないだろう。

 

「まあ、私を殺せるのならそれもまたありだが・・・・・・これならばオジマンディアスを引き留めるべきだったか」

 

 この場所にいないサーヴァント、自身と同等以上の存在であるライダーは既にいない。余程マスターの召喚が自身のプライドを傷付けたのか、自身の魔力供給を絶ち一刻も早く現世からの解放を目論んでいるらしい。それならば介錯でもしてやろうかと思ったが、それすらも相手のプライドを逆撫でする結果となる事を理解しているのでそのまま見送った。今のライダーは霊体化した状態で階層を放浪する地縛霊のようなモノだ。干渉はしてこないしするつもりもない。

 

「となると必然的に私が迷宮の主となる・・・・・・フフ」

 

 笑みを浮かべながらスカサハは部屋にある物品を、元迷宮の管理者の趣味で置かれた数々の代物を砕き、捨てる。はっきり言って趣味が悪い椅子や机、上部にある用途不明の家具は神代の人間からしても品性を疑いたくなるものばかりだ。

 

 思えば。影の国での生活で、部屋や城の改装等した事が無かった。そんな事をしなくともルーン魔術で劣化は抑えられるし、徘徊する魔物達が美的感覚を持っている訳も無いから見向きもしなかったが、この迷宮は違う。前管理者は確かに迷宮を有効活用していたが、それでも尚余剰が、伸びしろがある。影の国の規模にまでするとまでは言わないが、それでも迷宮という名に恥じぬ難易度であるべきだ。

 

「フンフンフーン。どのルーン魔術を使おうかなー・・・・・・ムッ?」

 

 鼻歌混じりに部屋の大改装を行っていた矢先、壁面に張り付けた紙の一部分が光る。大まかに迷宮内を描いた地図、その最上層である第一階層を赤く示すソレは、番人からの非常事態信号に他ならない。無論敗北しそうになったから助けてくれ、等という泣き言ではない。あり得ざる状況、異端な状況を知らせる為に造られたモノだ。

 

 そもそもまだ迷宮には探索者は足を踏み入れてすらいない。此度の聖杯戦争は未だに準備段階。第四階層まで来た自身の弟子は例外だが、他の階層には既に番人は配置している。即ち現時点でこの信号を送ってくる事そのものが異常。

 

「第一階層と言うと、門番はアイツか」

 

 此度の聖杯戦争の為に、スカサハはその霊器を触媒に英霊を召喚した。亜種聖杯を用いないイレギュラーな召喚だが、ケルトに縁のある戦士達はそれに応じ番人の役目を引き受けた。一番初めに召喚したサーヴァント、ランサー、クーフーリンは違うが、彼もまたスカサハが召喚したモノだ。それでも第四階層まで放っておいたのは、迷宮に残る旧い番人の排除と、あわよくば彼の槍によって幕を閉じるのも良しと判断したに過ぎない。

 

 まあ結局そうはならなかったのだが。それが少し嬉しいような、憎らしいような。そんな気持ちを抱きながらも転移のルーンを完成させ、第一階層へと瞬時に移動する。

 

 第一階層は自分が最初に訪れた時とさほど変わってはいない。迷宮らしい鬱蒼とした雰囲気を持ち、見通しの悪い通路には幻想種や危険な魔術的罠が仕掛けられている。番人の部屋はそれらとは対照的に見通しの良い広場のように、戦いを行う為に最適な立地を整えていた。

 

「緊急の呼び出し、申し訳ございません。主自らご足労をかけてしまうとは」

 

 ここの番人であるランサー、ディルムッド・オディナは頭を下げ主を出迎える。ケルト神話においてはスカサハとの縁は無いに等しいが、神話において自身の後輩にも当たる存在だ。輝く貌のディルムッドとも呼ばれた美貌は、乙女が見ればそれだけで恋に堕ちるとも称された。ケルトの戦士の中では稀な、高潔な騎士という側面を持った男。

 

「・・・・・・何があった、とは言わん。見れば分かるからな」

「・・・・・・ええ。御覧の通りの有様です」

 

 主に絶対の忠誠を持つ武人は、しかし身体をがんじがらめにされて拘束されていた。いや、とぐろ巻きにされていた。蛇の尾、ラミア達の下半身に。

 

「お恥ずかしいながら、その、このご婦人方が放してくれないらしく」

 

 その美貌の一点である黒子。魔貌とも言うべきそれは本人の意思関係なく、相手に好感を、恋愛感情を抱かせてしまう。例え相手が人間でなくとも、下半身が蛇という異形のラミアであっても、その対象には含まれている。スカサハの時代にいたケルトの戦士ならばそんなモノ押し倒して屈服させる男ばかりだったが、戦士よりも騎士として戦ってきた彼にとって、ラミアのような女性?は苦手らしい。

 

「お前はもう少し自身の意見を言った方がいいと思うぞ」

「・・・・・・面目ありません」

 

 とりあえず恋するラミア達からディルムッドを引き剥がす。迷宮の管理者だと言うのに、ラミア達の眼光は親の敵を見るような、いや恋敵を睨むような眼だった。恋は幻想種すら狂わせるらしい。

 

「だが私も配慮が足りなかった。ここの幻想種はゴーレム等の無機物や人間の部位が含まれん幻想種に変えておく。一応雌個体も外しておく・・・・・・その黒子、男は大丈夫だな?」

「・・・・・・はっ!問題ありません」

 

 やや返答が遅れたのが少し怖いが、まあ男には容赦しないだろうと思いスカサハは第一階層を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フウッ、これでやっとこの部屋の掃除を・・・・・・」

 

 ディルムッドの問題が片付き、椅子に深々と腰かけた瞬間、地図が紅く灯される。第一に続いて第二階層からも非常事態を示す信号が送られてきた。

 

「・・・・・・いや、これは非常事態と言うより苦情だな。あ奴の性格ならば」

 

 頭を抱えながらも無視する訳にはいかず。転移を行う。行う前から用件は何となく推測できていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女が欲しい!」

「やはりか」

 

 アルスター伝説の中でも有名な赤枝騎士団。その中でも髄一の実力を持つこの男は、同時に超が付く程の女好きでもあった。第二階層の番人という役目上、そこらに出歩いて女を抱く、等という行為もできない分欲求は溜まりに溜まっている。

 

「スカサハ姐!相手をしてくれ!このままでは性欲で物理的に螺旋剣(カラドボルグ)が爆発する!」

「姐は止めろと言ったろうに・・・・・・それに貴様の獣欲を受け止める程私も暇ではないのだ。というか徘徊していた筈の幻想種達はどうした?一切の反応が無いのだが」

 

 スカサハは周囲を見る。豪胆な性格である番人は、意外にも階層の管理は繊細だった。森の女神を妻として持っているせいか、第二階層を森林と湖畔を基礎とした自然豊かな土地へと造り変えている。スカサハのルーン魔術による支援もあるが、全体的に見て完成度の高い階層だ。

 

 ただし、徘徊する幻想種がいない。植物は豊かであるものの、動くモノが一切いない。フェルグスは周囲の異常にああ、それはだな。とバツの悪そうに頬をかいて返答した。

 

「うむ、滾ってきた激情を抑えようと少し、少しだけ幻想種達と戯れたのだ。するといつの間にか消えていてだな」

「この馬鹿弟子がー!番人が階層の幻想種を全滅させてどうする!」

 

 すっかり失念していた。戦いの場ならば、ケルトの戦士は一騎当千の強者揃いだが、戦い以外の出来事ならば逆に常人では考えられないような暴挙をしでかす事を。忠義高いディルムッドならばともかく、豪傑と好色の二側面を持つフェルグスには探索者を待つという役割にはとてもとても向いていない事を。

 

「いやあ面目無い。だが何体かは女体を有したモノがいてたので少しばかり楽しんだ。鳥の翼を有するハルピュイア、という奴か。あの女との『空中戦』は初めてながら楽しかったぞ!」

「・・・・・・お前を召喚したのは間違いだったかもしれん」

 

 無論使えないから消滅させる、等と冷酷に切り捨てる程余裕がある訳でも無い。スカサハの脳裏には二つの思案があった。一つは第一階層でディルムッドに惚れていたラミア達をここに持ってくる事。だが彼の獣欲は容易くラミア達の許容量を超えるだろう。

 

「おお、そうだ!名案があるぞスカサハ姐」

「言ってみろ。恐らく私もその案を思いついていた」

「メイヴを召喚してくれまいか?」

 

 もう一つの案。フェルグスの欲望を許容できるほどの人物を持ってくる事だ。森の神である妻は流石に召喚できないが、もう一人の女性。アルスター伝説に名を連ねる女王。メイヴならば彼の欲望を受け止める事ができるだろう。

 

「気軽に言ってくれるな。これでも英霊の召喚はやや骨が折れるのだ。これ以上の召喚は難しいだろう」

「ムムム、そうか残念至極」

「だがまあ、できないとは言わん」

 

 がっくしと下げられていた顔が急上昇し、「本当か?」とフェルグスは語気を荒げる。スカサハは槍を一閃し、地面にルーンの召喚術を描いた。同じケルトの郷ならば、ある程度は自由に召喚を選択できる。即ちメイヴを呼び出す事自体は可能なのだ。

 

「だが本人の意思なくば不可能だ。流石の私も無理強いで連れてくる訳には行かぬのでな。一応道を繋げて呼びかけてみるが、応じるかはあの女次第だ」

「任せてくれ!女に囁く言葉はこれでも自信がある。メイヴ、聞こえるか!俺だ、フェルグスだ!」

 

 光の帯、メイヴへと続く道をフェルグスは欲情丸出しの視線で見た後、大きく息を吸って口を開けた。

 

「凄くムラムラしてるので相手してくれ!」

 

 光の帯、召喚陣から放たれたのは女王メイヴではなく。かなりの硬度を持ったチーズだった。自身の顔面めがけて飛来したソレが直撃し、フェルグスの巨体が天地天空大逆転する。まああんな言葉で来る訳はないと思っていたスカサハは道を閉じ、倒れ呆然とするフェルグスへと近付いた。

 

「向こうからの回答はこれのようだ。とりあえず補充でラミアを送ってやるが、丁重に、丁重に扱えよ?」

「・・・・・・はい」

 

 硬いチーズをフェルグスの傍に置き、スカサハは立ち去る。

 

 後日送られたラミア達をフェルグスは二日程我慢したが「揺れる禁断の果実を凝視してしまった」等と言って結局性的に食ってしまった。去勢してやろうかとスカサハは思ったが、いっそ第二階層はフェルグス一人でもまかなえるかと思い直し、放置する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ!これでやっと部屋の整理を・・・・・」

 

 スカサハはふと思った。もしかしてこんな感じで次は第三階層からも信号が送られてくるのではないかと。恐る恐る地図を確認し、それ以上の信号が無いことを確認したスカサハはほっと一息吐こうとしたが。地図に表示されたあり得ざる信号を見て意識を切り替える。

 

「サーヴァントの召喚?これは・・・・・・第三階層か」

 

 第三階層の番人。フィン・マックールを召喚したのはかなり最近だ。クーフーリンの対処をする直前に召喚したため、迷宮の完全制圧はできていないが、遠見のルーンで見ている限り順調のようだ。そんな所に、サーヴァントが召喚された。時期尚早とはいえ亜種聖杯に魔力を補充した分、召喚自体はいつでも行えるし、特に細かい設定はしていないので何処で召喚されるか、どんな英霊が召喚されるかも定かではない。

 

「戦士としてならこのままフィンめに任せておいて問題は無いだろうが・・・・・・フム」

 

 転移のルーンを描き、瞬時にその場所へと移動する。迷宮の管理者としてならば、まだ完成しきっていない状況で暴れられても困る。殺すつもりは無い。完成間近の第二階層にでも放り出せば、フェルグスの相手をしてくれるだろう。

 

 第三階層の土へ足を踏み出す。召喚されたばかりのサーヴァントは、いきなり現れたスカサハに対し警戒を・・・・・・する事なく仰々しく、大層な動作で頭を下げた。その奇抜な服装通りの、ある意味で印象通りのサーヴァントは、裂ける程口をにんまりと開けて笑みを作る。

 

「おやおやぁ!?私どうやらお邪魔虫だったようで。もしかしてフライングですかねえ」

「ほう、分かっているな。亜種聖杯からの情報は滞りなく伝わっているらしい。その通りだ、此度の亜種聖杯で呼び出されたキャスターよ。亜種聖杯を求めるのなら奥の階層へと進め、と言いたいところだが、まだ参加者は貴様だけだ」

「とするとさしずめ貴女はサーヴァントでありながら、『今回』の聖杯戦争では参加者ではなく主催者側と言う事ですね。もしかして黒幕だったりして?」

 

 奇抜な風体とは対称的に、キャスターはスカサハの素性を殆ど把握していた。狂気に隠れた的確な洞察力を兼ね備えた男は、ある意味で自分にとっての脅威であるかもしれない。ここで消すか?と出た自問に即座にスカサハは否定する。これは娯楽の遊戯でもなく、戦いでもない。自身が死ぬ為だけに造られた狂気。それがこの亜種聖杯戦争の目的だ。最奥まで到達したならばともかく、今に脅威を感じるだけで消す等愚考以外の何物でもない。

 

「ですがそうですねぇ。それならば一つ提案があるのですが!」

「私側に付く、と言うのは論外だ。言っただろう、お前は参加者だ」

「ええ、ええ!それは構わないですとも!これから来るであろう人間と、欲深きサーヴァント達を仲間に一致団結しますとも!ですが、まだ時間があるのですよね?」

「何が言いたい?」

「お手伝いしましょうか?今参加者は私だけ。即ち亜種聖杯戦争は準備期間。ならば不肖このキャスター、メフィストフェレス。一時的に貴女様の準備を手伝おうかと!」

 

 その瞳を視れば、この男の本質は当然理解できる。合って早々真名を露呈する辺りは中々の狡猾さを伺わせる。無論、相手は自分が断る事を考え尽くしている。それでも敢えて尋ねるのは、そこからナニカの情報を引き出す余地があると睨んだのだろう。

 

 だが、スカサハはキャスターの思惑とは別に、一つの考えを思いつく。問題はこの男がそれに適するかどうかだが。

 

「・・・・・・お前、掃除はできるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ム、もしやスカサハ殿?久しぶりですな」

「久しい、と言うほどは長く経っていないがな。どうだ首尾は?」

 

 ケルト兵が用心深く階層を闊歩し、飛び出してきた幻想種達を駆逐していく。それら一人一人の戦闘能力は低級サーヴァントに匹敵し、この男の指揮によって無敵の兵団ともなり得る。フィオナ騎士団の長は通路の向かい側に立つスカサハを発見した。

 

「ああ、何という事でしょうな!私の采配が至らないばかりに、まさか貴女の手を借りる事になろうとは!これではフィオナ騎士団の名折れだ。スカサハ殿、どうかこの後陣営に来てくださらぬか?軍団の指揮について、じっくりと、二人で話をしたいのですが」

「・・・・・・お前の時代なら大分落ち着いたと思っていたが、そうでもないようだな」

「いやあ失礼。ですが私は美に関してはとても盲目なのです。それがどれほどの高名、私の時代で既に伝説として讃えられた貴女であろうと、愛の言葉を囁かずにはいられないのです!」

 

 それが死因に直結したと言うのにコイツは・・・・・・、と思ったがそれもまたケルトの郷かもしれない。生前の死因を運命として受け入れている。いや、逆にサーヴァントとして召喚されたからこそ自身がこうであったと証明させる為かもしれない。どちらにせよ、死を味わったことの無いスカサハ自身には認識できても理解できない感情だった。

 

「階層ごとの様子を見に来ているが、この階層は上々だな。数日も経てば制圧から開拓へと変わろう。どのような構想にするか、考えておるか?」

「ふむ。そうですな、私はどちらかと言うと、罠や幻想種を展開させて戦うよりも、私本人が前線に赴きたいと思っています」

「正々堂々とした戦いが望みか」

 

 それは部下であるディルムッドも、同様の望みを抱いていた。だが意外にもフィンは「いいえ」と否定する。

 

「勿論、私個人としては清廉潔白の戦いを行いたいですが、それはそれ、これはこれ。という奴ですな。私が前線に出るのは、あくまで効率的な面からそれが最も適していると考えただけです」

 

 騎士団を率いていた経験からか、軍師としての視点も彼は持ち合わせていた。神の末裔としての血を引く肉体と、並みの賢者とは比較にならない智慧。恐らく迷宮の番人という役職の中で最も適しているかもしれない男は、それにしても、と話を別の路線へと繋げる。

 

「一つ質問があるのですが」

「何だ?」

「私以外の迷宮の番人について教えてくれませんか?」

「ダメだ」

 

 簡潔にスカサハは答えた。血気盛んなケルトの戦士同士を引き合わせれば、階層ごと巻き込んだ抗争に発展しかねない。第一階層はともかく、第二階層の番人は待つのを飽きてきているし、第三階層に至っては、死因を造り造られた仲である相手がいる。

 

 だが、フィンはスカサハの返答に不満を示さず、逆に満足したように笑った。ディルムッドが生前の復讐を抱いている、フィンが殺しても尚憎しみを持っているとはスカサハは考えていない。よしんば逆で、生前では果たされなかった共闘を見る事ができるかもしれない。

 

「その解答を頂ければ、私は結構です」

「察したか?答え合わせはせんが、おかしな真似だけはするなよ。代わりの番人を用意するのは簡単ではない」

 

 だが、迷宮の管理者として。あくまで己の目的を達成させる為に彼等を使役するスカサハにとっては、番人同士の交流は不要と判断した。故に交流や情報は一切明かさないし、もしも裏切り者が現れれば自らの手で殺す。どの階層の番人もそれに納得し、おおよその察しはしているようだったが。

 

「ではもう一つ、これが最後の嘆願ですが・・・・・・もしも、私に縁のある一人の騎士がいるのなら、どうか目をかけて頂きたい。何せ軍団の指揮は未経験でしょうし、あやつは異性との関係がやや問題があるので」

「お前には言われたくないだろうが・・・・・・まあ良いだろう。その言葉、確かに受け取った」

「いや待てよ・・・・・・女難である奴の元で傷付いた婦人方を私が慰める・・・・・・最良だ。生前とは逆の行動ができる!スカサハ殿、またまた一つ頼みがあるのですが!」

「既に受け入れ先は整った。残念だったな」

 

 いかに智慧の鮭があろうと、欲望までは変わらぬらしい。賢者に匹敵する程の智慧を持とうが、賢者の品格までは持ち合わせていなかったフィンと、男臭いケルト兵達をその場に残しスカサハは自分の部屋へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の部屋へと戻った瞬間、舞い散る埃に思わず鼻を覆う。元々散らかっていた部屋内は更に混沌と化し、魔術や仕掛けを用いる事無く魔境を作り出していた。

 

「キヒヒヒヒヒヒヒ!お掃除お掃除と!」

 

 埃の中で一人、先に転移させたキャスターは狂ったようにハタキを振るい、埃を叩き出す。迷宮の中枢で暴れているのかと思いきや、意外にも行動を見ていれば言葉通り、掃除を行っていた。

 

「いやあ、ただの整理整頓かと思いきやこんなにも汚いとは!生前の主の部屋を思い出す魔境!正直ドン引きです」

「私ではないぞ。まあ整理しようとして散らかしたのは私だが」

「なあんたる愚考!良いですか仮の主よ。掃除するのならまずは一過程を徹底的にですぞ!中途半端に雑巾やら箒やら、整理やら整頓やらすれば逆効果!と言うか得体の知れない杯やら護符やらで掃除する身も危ないです!」

 

 そう言ってキャスターは棚から出したモノをスカサハへと放り投げる。まるでそこらの石ころ同然のように投げつけられた杯、亜種聖杯をスカサハは取る。最初に見た時は煌びやかな黄金の装飾が施されていた筈の聖杯は、埃で灰色にくすんでいた。

 

 もし踏破するモノがこの部屋に訪れ、置かれたこの杯を見ればどう思う事か。

 

「・・・・・・これは流石に不味いな。おいキャスター。この部屋は任せる。私は少しこの杯を『磨いて』来るからな」

「どうぞどうぞ!というかこの部屋にいるだけはっきり言って邪魔です。足の踏み場は一個分ですので」

「ああ、では邪魔者は特と失せて・・・・・・ああそうだった、もう一つ」

 

 スカサハは陳列された埃だらけの棚の中から一つの紙を引っ張り出す。管理者となった一日目に描いたルーン用紙は、少し端が汚れているモノの所定の効果を発揮するだろう。

 

「これを貴様にやる。清掃の報酬という奴だ」

「ほほう、ルーン魔術の最奥、原初のルーンとは!霊核の破壊すらなかった事にできる優れものですな!」

 

 流石はキャスタークラスと言う訳か、スカサハが説明するよりも早くキャスターはその紙の用途を理解する。悪魔メフィストフェレス故に大抵の魔術には精通しているのか。それとも『生前』は魔術に傾倒していたのか。

 

「一応言っておくが、無かった事にはできん。いずれ来るであろう死を延長させる程度だ。まあ疑似的な戦闘続行スキルと単独行動スキルを複合したモノと考えればよかろう」

「労働の対価とはいえ、滅相も無い報酬!素晴らしい主ですなあ貴女様は!」

「何、これは半分保険だよ。もしもの為の、な」

 

 何も単純な報酬を与えたつもりはない。その分きっちり働いてもらうのはともかく、この男、『自称』メフィストフェレスが部屋に何らかの細工を施さない為の保険だ。

 

「今一度言うが、それは治癒ではなく、死なせない為にあるルーンだ。どのような効果か、その身体で試すような事はしたくないがな」

「・・・・・・ヒヒッ、これはこれは、一本取られましたかな」

 

悪魔は嗤う。渡されたモノは治す為ではなく、自身を死なせないようにする為のモノ。容易く殺さない為のモノ。保険などではなく、自身が裏切ったときに使用するつもりだと暗に仄めかしているようなモノだった。

 

迂闊には裏切れない。あくまで迂闊には。だが。

 

「いやあ年季の差という奴ですか、更年期も過ぎた年の瀬には勝てな」

 

 瞬間、キャスターの持つ紙、蘇生のルーンを刻んだ紙の裏側に刻まれた別のルーン魔術が起動する。キョトンとそれを眺めたキャスターは、自身の身体に手を回し、異常が無いことを確認した。

 

「おや?これは一体どのような報酬で?」

「なあに、害はないさ」

 

 スカサハは笑う。それはこれまでとは比べ物にならない程の覇気を纏った『怒』の体現。もしも彼女の弟子がその姿を見れば闘争よりも逃走を連想し、そして絶望を抱く姿。

 

「私を老婆扱いとは、流石は悪魔だ。故に少しその口を調節してやった。感謝すると良い」

「何を言うのですか、やはり更年期のば・・・・・・妙齢の女戦士は格がチガイマスナア」

 

 抑揚のない声で、精一杯の反抗を示すキャスターを満足げに眺め、「では頼んだ」とスカサハはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何で俺の所に来るんだよ!」

「空いてる部屋が無いのでな。丁度今ここには何もない。作業場にはうってつけだ」

 

 ランサーたる象徴、愛用の槍が無いクーフーリンは呆れた顔で訪れたスカサハを見る。何とか番人として君臨したのは良いモノの、第四階層は廃墟同然だ。仕掛けも幻想種もあったモノではない。

 

「暫く集中する。話しかけるなよ」

 

 言うが早いが、スカサハは座りルーン魔術で陣地を作成し、作業を開始した。純粋な魔力の塊である聖杯。模造したとはいえその完成度は成程高い。亜種聖杯として見るならば最高峰かもしれない。だが神代の眼から見ればまだまだ改良の余地はある。

 

「え、おい!せめて何をするか答え」

 

 ビュン、と音が遅れてやってくる程の速度で飛来する自身の槍を何とか躱し、クーフーリンは東洋のある諺を思い出す。触らぬ神に祟りなし、つまり下手にちょっかいをかけると死ぬ。

 

「・・・・・・はいはい、放っておきますよ放って」

 

 仕方ないので有難く貰ったクワで黙々と耕す。完全に彼を認識の外へと追いやったスカサハは、聖杯の基盤へと触れた。魔力の受け皿というものは、素材にバラツキが多い。器の形をしてさえいれば、そこらの食器でも聖杯となり得る。だが高密度の魔力を備えるのならば無論魔術に特化した器の方が良い。応用能力の高いルーン魔術を駆使し、素材部分から改良を始める。

 

 時間も忘れて聖杯を改良していた時だった。自身の陣地に、自分以外の存在が侵入してきた事を肌身でスカサハは感じる。クーフーリンならば言葉すらいらず槍を振るっていた。勿論殺す気で。だが彼ではないその存在は、敵意の欠片も無い足取りでスカサハへと近付き。

 

「ワン!」

 

 吠えた。警戒と言うよりも興味のある物体に引き付けられたと言った方が正しいか。スカサハは作業を中断し、振り返ると、久しく見なかった犬の幼体、即ち子犬が尻尾を振ってスカサハを見ていた。

 

「・・・・・・セタンタ、まさか変身能力を身に着けたとは流石の私も驚いたぞ」

「チゲェよ!何でソイツと俺が一緒に見えんだよ」

「冗談だ」

 

 後ろから駆け寄ったクーフーリンが、子犬を抱える。はしゃいだように舌を出して彼の顔を舐めるその姿から、微弱ながらも魔力を感じてスカサハは笑った。

 

「ははあ、召喚術の真似事か」

「あー、いや俺だけじゃ流石に開拓がキツイから、手伝って貰おうと思って早速三匹程召喚したんだが・・・・・・」

「ワン!」

「ワン!」

「成程、頼もしい戦士達だ」

 

 クーフーリンの後ろから更に現れた二体の子犬、合計三匹の子犬にクランの猛犬とも評された彼は困惑したように頬をかく。

 

「こりゃあこいつらの世話までしねえといけなさそうだな。トホホ」

「どうした、まさか自信が無いわけではあるまい。ちゃんと育てるのだぞ。クーちゃん、フーちゃん、リンちゃんを」

「いつの間に名前つけてんだよ!ていうか俺の名前全パクリじゃねえか!」

「伝説の大英雄の名前だ。こいつらも満足げだぞ?」

「ワン!」

「ワン!」

「ワン!」

 

 一瞬の内に主従関係を理解したか。中々に賢い犬だとつい癖で分析までしてしまう。クーちゃんは彼の勇敢さを、フーちゃんは彼の猛々しさを。リンちゃんは彼の隠れた理知を持って。

 

「ワン!」

「ム?」

 

 クーちゃんがパッとクーフーリンの腕の中から飛び出し、地面へと飛び降りた。そのまま陣の中心に置かれた亜種聖杯を咥え、クーフーリンの元へと駆け寄る。

 

「おー、よしよし。そりゃあ聖杯だから下手に取り扱うと」

 

 クーフーリンの忠告空しく、聖杯から僅かに零れた魔力がクーちゃん、フーちゃん、リンちゃんへと覆い被さる。純粋な魔力の塊、第三魔法へと近付く偉業の魔術礼装。その贋作はしかし、子犬達の純粋な願いを昇華し現実のモノへと変化させる。

 

 弾けるようにスカサハが飛び退き、遅れてクーフーリンも動こうとしたができずに地面に叩きつけられた。

 

「ぐほっ・・・・・・何だ、こりゃあ」

「驚いたな・・・・・・あの子犬達の願いが反映された結果か」

 

 冷静に分析しながらも、スカサハは目の前で数倍以上の体躯となったクーちゃん、フーちゃん、リンちゃんを見る。見ない間は無かったが大きくなった彼等は、今までのようにワン、等とは言わず低い唸り声を出しながら、足で抑えているクーフーリンに剥き出しの牙を向けていた。

 

「フム、恐らくは自身の成長を願ったのだろうが、やや過ぎたな。本能よりになっている」

「つまり?」

「お前の事を食糧としか思っていない」

 

 ガブリ、と閉じられた口の中にクーフーリンはいなかった。瞬前で何とか脱出した彼は槍を構え・・・・・る事はできないのでクワをとりあえず持つ。

 

「おい、どうすんだこの事態」

「どうすんだとは何だ。お前が招いた事態だ。亜種聖杯を一から造り直さなければならんというのに呑気に助力を求めるのか?」

「いやアンタが聖杯をこんな所に・・・・・・仕方ねえ。不本意だがアイツ等の主は俺だ。不始末は自分でつけてやる」

「・・・・・・仕方あるまい。一つ助言をしてやろう。一先ず気絶なりなんなりして戦闘不能にしろ。そうすればルーンで何とかしてやるさ。生前と同じ事をするのも嫌だろう?」

 

 クーフーリンの逸話、クランの屋敷にいた番犬を殺した伝説。流石に逸話通りの所業をさせるほど自分は鬼ではない。スカサハは代用策を与えると、クーフーリンは猛犬さながらに闘争的な笑みを浮かべた。

 

「ハッ、そいつはありがてえ!槍を持つ手も強まるってもんだ!」

「クワだがな」

「知ってる、まあ見てな!」

 

 そう言ってクーフーリンは駆け出した。その姿は勇ましく、正しく英雄的で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数秒後に犬三匹にボコボコにされて消滅寸前になるとは流石のスカサハも予期していなかった。仕方ないので助けて犬もルーン魔術である程度の理性を備えさせるも、この三匹を中心に番人にした方が強いのではと思っていたりする。




残り一話
今度こそ後日談を書きます!


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外典にて英霊召喚

9月までに終わると言ったのはどこのどいつですかね(震え声)
遅れてすいません!


「よく来てくれた。先ずは歓迎するよ」

 

 そう言って、相手は手を差し出した。ノーマはそれに応じ、その手を握る。手から伝わる仄かな体温はしかし、冷えきっていた。恐ろしいのはその温度ではなく、それを隠すことなく相手へと伝えるこの男の思惑。背筋まで冷気が登っていくような錯覚を感じ、ノーマはゆっくりと、しかし迅速に手を放した。

 

「先ずは一つ。謝罪を言おう。客人を迎える用意すらできない部屋に通したのはこちらの失態だ」

 

 ノーマは視界を巡らす。覆っていた眼帯が無いおかげで視界は良好だが、そのせいで他の感覚が軒並み標準になっている。部屋の中は隅々まで分かるが、その外。扉の向こう側はどうなっているか認知できない。相手の言葉とは対照的に、部屋内は整理整頓が行き届いており、豪華な応接室を更に二段階程上にしたような部屋だった。謙遜か、それとも皮肉なのか。ノーマが明らかに部屋を見渡しているのに対し相手は口を開けた。

 

「何が何やら分からない、とは思う。故に説明をしよう」

「いいえ、結構です」

 

 ノーマは記憶を巡らしながら、返答する。目が覚めた瞬間、自分はこの部屋にいた。その時は驚いたり慌てたりしたが、数十分も佇めば落ち着くモノだ。恐らく相手の行動も、ノーマが冷静になった所を見計らって登場したのだろう。眼帯の無い視界で、男が「というと?」と面白がるように首を傾げる。

 

「迷宮の外で気絶していた私を、貴方が連れてきた。ここはルーマニア・トランシルヴァニア地方の、トリファス。貴方の顔は知らないけれど、ユグドミレニアに連なる魔術師である事は間違いない」

 

 視覚から通じている情報を統合すると、詳しく言うならば温度、湿度、大気の状態、窓から見える日の光の位置から、更に詳しく言うならば瞳から示されるべき道が、その情報を教えてくれた。 

 

 それを聞いて男は笑う。自身の推測を聞いて尚、絶対的な余裕の態度は崩さない。その程度で崩さないという事は、今自分は最悪の状態に陥っている、とノーマは理解した。名前だけなら魔術師の間でも認知されている名。だがそれは魔術においてではなく、政治や派閥闘争、諜報や詐欺と言った事で知られた悪名。八枚舌との異名を造ったその男は、ノーマの目の前で恭しく礼をした。

 

「そうか、では自己紹介しよう。私の名前はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。君の考察通り、ユグドミレニアに連なる者達、それを統括する存在だ」

 

 テレビで見る犯罪者が、目の前に現れたらどうするだろうか。やや過大表現ではあるもののノーマの現状はまさにソレだった。友好的である事を相手は雰囲気と物腰で表現しているが、少なくとも無害ではない事はダーニックの瞳を視れば一目瞭然だ。

 

「今日は、君をスカウトしに来たのだ」

 

 スカウト、という単語にノーマは眉を潜める。果たして彼がどれぐらい自分を知っているかは知らないが、少なくとも魔術師としての前歴を見る限りノーマは他の魔術師から声をかけられるような存在ではない。

 

「一応聞くけど・・・・・・ノーマ・グッドフェローを?」

「スカウトする対象をうっかり間違えるような家系なら、ユグドミレニアはとっくに滅んでいる。適切な人選だと私は考えているのだがね。何せ、あの迷宮を君だけが生き残った」

 

 迷宮、という単語にノーマは反応した。まさか、彼もまたあの迷宮に関係するモノなのかと勘繰ったが即座にダーニックは「私はそれらとは関係していない」と答える。

 

「何せ探索部隊が全滅したのだ。魔術協会にとって、いや根源の到達という大願を抱いた魔術師達にとって、由々しい事態だった。生存者の捜索に早速救出部隊を編成されたが入口が閉じられれば何もできない。無力なモノだよ。魔術協会の精鋭が、何も得る事も無く帰ってきたのだから」

「じゃあ何故、脱出した私を?」

「単純だよ。救出できない場合の第二策、即ち迷宮の状態を監視する為の人員の配置。つまり私が君を見つける事ができた。面目が立たない魔術協会の苦し紛れの作戦が、君を救ったのはある意味で皮肉だな」

 

 嘘か真か、ノーマはそれに対し考える。迷宮に入る前の自分ならば一切疑いはしなかっただろう。迷宮での戦いが、聖杯戦争が少女を変化させた。疑心暗鬼ではなく、鋭敏になった本能が囁いている。この男から伝わる言葉は嘘と真実が複雑に入り混じり構成された現実だと。どの辺りが脚色された事実なのかは分からないが、対処法は心得ている。

 

「どうやら信用されていないようだな。無理もない。目覚めた君をいきなりスカウトすると言い出した男の言葉だ。寧ろその警戒は迷宮で生きていくには」

「何が目的なの?」

 

 相手の掌で踊らない事。会話の受け手ではなく攻め手になる事。まだまだ踊らされている気は拭えないが、踊るテンポはずらす事ができた。

 

「話の全容が見えてこないの。何で私をスカウトするのか、それを聞きたい。ただ迷宮を脱出しただけの幸運な田舎娘を引き入れるなら、ユグドミレニアは滅んでいるだろうし」

 

 ダーニックの顔から笑みが消えた。物腰低いスカウトマンから、冷酷な魔術師の顔となった豹変ぶりは数多の政治や諜報をしてきた人間のモノとなっている。

 

「・・・・・・成程、どうやら田舎娘では無いらしい。二度目の謝罪だ。私はどうやら君を軽んじたらしい」

 

 瞬間、部屋の雰囲気が一変する。ただの部屋が魔術師の工房となったその空間で、ノーマは臆することなくダーニックを見据えた。恐れや怯えなど当たり前だ。相手も見透かしている事だろう。だが今必要なのはそれを抱えても尚呑まれない事。相手に立ち向かう姿勢を、相手に見せる事。

 

「では、本題に入ろう。君にはもう一度、聖杯戦争を行って欲しい。今度は亜種聖杯等という紛いモノではなく、真なる聖杯戦争に」

「真なるって、まさか」

「その通り。行方不明だった冬木の大聖杯。それは我がユグドミレニアの手にある」

 

 各地で行われている亜種聖杯戦争。それは冬木の聖杯を元にしたモノだ。しかし本家の聖杯は、既に存在しない。苛烈極まるサーヴァントの戦いで破壊された、ナチスドイツによって強奪され破壊された、実は冬木に未だに存在し続けている、等の噂はあったが、詳細は不明。他の魔術師が血眼になって探しているのだから、少なくとも行方不明なのは事実だろう。それを、この男は持っていると言った。

 

「各地に聖杯の情報を断片化させ、亜種聖杯戦争を引き起こさせるように仕組んだのは我が一族だ。ある意味で迷宮での聖杯戦争もそれに含まれていると言って良い。無論私は首謀した人間ではないが、それ故に完成度の高い亜種聖杯を見るのは初めてでもあった。正直驚いたよ。真に迫るどころか、願望器として成立した物質が二つもあるとはね」

 

 驚くほどの事ではない。とノーマは自分に言い聞かせる。相手が本当に持っているかも分からないし、亜種聖杯を一つしか知らないノーマにとっては、完成度の高低を理解する事はできないのだから。

 

「だが上には上がある。君の持っているその聖杯は、我がユグドミレニアの大願を成就する事はできない」

「奪わないのがおかしいぐらいだけど」

「それはそうだろう。君の体内に潜むソレを分離するには悠久に近い時間が必要になるからな」

 

 今度こそノーマは驚いた。私の体内に?思わず己の胸を見るも、意識を失っている間に着せられた服の向こう、己の肉体に異常は無い。自身の記憶を参照しても、体内に聖杯を取り込む等という芸当をした覚えはない。

 

「まさか、認識していなかったのか?取得した聖杯を他者に奪わせない為の巧妙な措置と思っていたが」

 

 ダーニックの言葉はしかし、ノーマの耳には届かない。自身の記憶の最後、己の顔に向けて放たれた銃弾。アーチャー。二人。戦い。そして・・・・・・傷付いた肉体を、聖杯が癒した。記憶の前後がバラバラなのはその分記憶が曖昧なせいだろう。肉体の修復を願った覚えは無いが、魔力の塊である聖杯を肉体に埋め込めば確かに強力な治癒となる。無意識の願いを、聖杯が叶えた結果かもしれない。

 

 それとも。自分を助けてくれた彼が。

 

「ならば話は早いな。聖杯を体内に宿した人間が闊歩していれば、君は多くの魔術師に狙われるだろう。その身に秘められた魔力は絶大なのだから」

「つまり、ユグドミレニアに入った方が良いと?」

「他にあてがあるのなら、無理強いはしないがね」

 

 ノーマにそんなモノは無い事をはなからしっている口振りだった。拒否権は殆ど無いと言って良い。その顔をジッと見つめた後に「何をすれば良いの」とノーマはぶっきらぼうに呟く。常識的に考えて、人間は一人では生きていけない。多かれ少なかれ他の人間と、文明社会に溶け込んで生きなければならない。数少ない探索仲間も、聖杯を体内に取り込んだというノーマを見れば目の色変えて襲い掛かるだろう。人情とは程遠い存在である魔術師に期待すべきではない。

 

「受けてくれるか。ありがとう。君の参加で我がユグドミレニアの体制は盤石となる」

 

 ダーニックは己の手を突き出すようにノーマへと見せた。そこに刻まれた奇妙な痣は、サーヴァントを従う魔術師の証明たる令呪が刻まれている。彼もまたマスターなのだ。

 

「君には黒のアサシンのマスターとして、聖杯対戦に参加してもらう」

「黒?」

 

 ダーニックの言葉に問いを投げると、彼は詳細に今回の聖杯戦争、聖杯大戦についての概要を説明した。黒と赤の陣営、七騎のサーヴァント対七騎のサーヴァントによる殺し合い。本来の聖杯戦争を更に拡大させた戦いは、まさしく大戦という名が相応しい。

 

「黒と赤という陣営を造ったのは魔術協会の妨害だ。本来ならばユグドミレニアのみで行う儀式に介入された結果、ユグドミレニア対魔術協会という構図が生まれた」

 

 魔術協会からの直々なる粛清は、即ち死刑に等しい宣告だ。だがダーニックはまるで事務的な報告をするように気に留めている様子は無い。彼は大願を前にして竦むような人物でも、大願しか目に見えていないような人物でもないだろう。冷静に分析し、その上で判断したのだ。魔術協会という巨大な組織に、勝てると。

 

「無論だが、君がユグドミレニアの傘下に加わったという情報は一切出ていない。それどころか迷宮の生存者は公式の報告ではいないとされている」

 

 暗にそれは、最初の話が嘘だった事を意味する。いや、嘘を交えた真実か。恐らく迷宮を監視していたのは本当だろう。ただそれは魔術協会とは別、極秘の監視だ。無論彼が直接足を運んで来たとは考えにくい。しかし問い詰めるつもりは無かった。それこそ相手のペースに乗せられる。

 

「つまり今の君は幽霊だ。誰の目にもまさか君が現れるとは思わないだろう」

「身元がバレるのも、相当の時間がかかるでしょうね」

 

 迷宮の探索者が、遠く離れたユグドミレニアの地にいるとは誰も思わない。更に万が一姿を魔術協会の人間に見られても、高名な魔術師ならばともかく名前すらごく限られた人物しか知らないような認知度の低さだ。名乗り上げない限り協会は混乱するだろう。

 

「アサシンである事は、赤の陣営との戦いで勝利した後の事を考えて、という事?」

「その通りだ。君には聖杯は必要あるまい。根源に至る手段はその身体だ。私も大聖杯以外の手段で根源に通じようとは思っていない。あくまで君は魔術協会との戦いで活躍して欲しいからだ」

 

 暗殺者(アサシン)のクラスをよく認識した人選だった。サーヴァント同士の戦いではなく、魔術師であるマスターを狙う特殊なクラスであるアサシンは基本的に白兵戦に適していない。赤の陣営との戦いで敵マスターを殺害し、黒の陣営を勝利させたらお互いの手が割れている相手同士。アサシンでは勝ち上がるのは難しいだろう。つまり陣営同士の戦いで勝った後、アサシンは適当なサーヴァントに当たらせて殺されるか、それとも令呪で自害を命じられるかして間引かれる訳だ。

 

 だが、この作戦は余りにも穴だらけだ。

 

「私が途中で裏切って魔術協会側に着いた時のデメリット、ユグドミレニアの裏切らないメリットが無いわ」

「その通りだ。逆もしかり、私の気が変わって途中で君を殺すようになったり、君が指示通り動いたとして、命の保障となるモノも無い。故にだ」

 

 ダーニックは一枚の紙を取り出した。成果の為ならば平気で他人をも裏切り、良心すら踏みにじる魔術師において口約束など意味は無い。だからこそ、誓約せねばならない。古典的かつ最も実用的な約束を結ぶ手段。どれほどの魔術師もその紙に署名すれば絶対に破る事はできない禁断の魔術。

 

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)。署名すれば、魂までも拘束される絶対順守の誓い。見れば分かる通り、ここには君が裏切らない事、そして私を含むユグドミレニアの傘下の者が裏切らない事を記載している」

 

 ノーマは記された文字を一つ一つ読んでいく。単純に裏切らない事だけでなく様々な状況が記載されているがそれの対象はノーマだけでなく、ダーニックだけでもない。他の人間の名前も記載されている。全ての人物までは知らないが、それら全てにユグドミレニアと名前が付いていればどんな察しの悪い人物でも理解できる。

 

「私の名前だけ書いて、他の者に君の暗殺を任せる・・・・・・等という手段は魔術師を騙す為の常套手段だが、それは無い。ユグドミレニアに連なるモノが、他の人間に暗殺を依頼するのさえも禁じている」

「その代わり、私は一切ユグドミレニアに危害を加えるような行動、命令を行うのを禁ずる、か」

「こちらとしても裏切られるのは場数を踏んでいるが、慣れなくてね。慎重に慎重を通すという事だ」

 

 確かに、何もおかしな所は無い。ノーマは改めて見るも、極めて平等な誓約書の内容に偽りは無い。署名欄に空いているのは自分とダーニックの名前のみ。それ以外の人物は全て署名されている。

 

「その契約に君が署名し、その後私が署名すれば契約成立だ。召喚の聖遺物、その他バックアップはこちらが用意している」

「私が先に署名するのは、私がこの紙に細工を行わないようにする為ね」

「その通りだ。言っただろう?裏切られる事は場数を踏んでいる。違う人物の名前を書く、別名を書く、もしくは書いた後に安心しきった私に武器を向ける。そんな修羅場を私は乗り越えてきたからね」

 

 全く信用されていない。というより、この男は誰も信用する事をしないのだろう。騙し討ちと諜報を武器にする人間は、同様に味方に騙され諜報によって殺される。恐らくこの場にいるのが身内であっても、文面は変わらない。異常なまでの警戒心と、聖杯大戦に対する熱意。

 

 「聖杯戦争、というのは不条理の連続だ。一級の魔術師が呆気なく脱落し、民間人がマスターとして生き残ったケースもある。現実とは凡人の描くような冷徹な世界ではないし、平穏な生活の連続でもない。不条理と偶然の入り混じった、誰にも制御できない混沌。それがこの世界だ」

 

 そのために、君を引き入れる。聖杯大戦に勝利する為に。八枚舌とも称される男は、しかし瞳から並々ならぬ熱意を灯していた。彼にとって唯一の純粋さとも言えるかもしれないそれは、殆ど狂気の領域に差し掛かっている。

 

「じゃあ逆に。その不条理で私以外の黒の陣営が全滅した時は?最後の一兵になるまで戦う必要は、その時は無いのよね」

「いや。これはユグドミレニアの人間には話しているが、ユグドミレニアで最終的に生き残ったモノが、その名を継承する。つまり、もしも君だけが生き残ったのなら、君がユグドミレニア家の当主となる訳だ」

「本気なの?」

 

 魔術師にとって名を継ぐ、という行為は決して安くない。その家の積み上げてきた功績、称賛を受けるという反面、それを背負い後世に伝えていかなければならないからだ。名ばかりの継承で、その人物の肩書を借りるに過ぎない。名前だけが残った別物だ。如何に後世に名を残した所で、おおよそ一般の魔術師に許容できるものではない。

 

「勿論、本気だとも」

 

 ダーニックは即答した。一切の迷いが無い瞳が、ノーマを見る。

 

「どんな手段、方法は問わない。ユグドミレニアが名ばかりとなっても構わない。それが続いていく事こそが、私にとって聖杯を手に入れるに匹敵する程の偉業だからだ」

 

 その為ならば、どんなモノでも犠牲にする瞳を、ダーニックはしていた。それは状況によっては相手の命どころか自分の命さえ投げ捨てる行為、生存とは真反対でありながら執念とも言うべき決意。

 

「・・・・・・正直、分からない。私は自分の命を優先するもの」

「そうだろうな。それが普通だ。思ったよりも君は冷静な判断ができる」

「でも、熱意はわかったわ」

 

 ノーマは置かれた羽根筆を握る。空欄である誓約書の記載欄、そこに筆を置き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 止めた。

 

 

「・・・・・・どうしたのかね?」

 

 ダーニックは停止したノーマを訝しげに見る。数秒で終わる筈の署名、そこに一文字すら書こうとしないノーマは視線を誓約書からダーニックをへと変えた。淡い紫色の瞳は、誓約書の内容やダーニックの思惑等を見ていない。ただ、『示す』。己の行動による末路を。そして、どうすれば回避できるかを。

 

「本当に、貴方の熱意には感服するわ」

「何?」

 

 ノーマは筆を置き、誓約書を手に取る。密着していた『二重』の紙は、複写する面だけ剥がれ落ちた。一枚と思っていた誓約書の二つ目。一枚目と違ってとても簡素に刻まれた文字は、この男の本質を現していると言って良い。

 

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)は対象の人物全員の署名が刻印されて初めて機能する。成程、貴方の名前を書いてないのはこういう事だったのね」

 

 ノーマは誓約書を二枚とも破り捨てる。本命である誓約書の文字を読むまでも無い。書けば最後、自身がユグドミレニアの傀儡として使役されただろう。そもそも聖杯を身に宿した人間を、ダーニックが見逃す筈が無い。大聖杯を所持しているダーニックと言っても利用価値は十分にあるのだから。戦力にするなどもってのほか、寧ろ戦力の源、サーヴァントの魔力源にでもされるのがオチだ。

 

「複写式の紙なんて、随分とまあ低レベルな詐欺をするのね」

「・・・・・・そうでもない。これをして破られたのは君が始めてだからね」

 

 ダーニックの貌が変わる。明確なる殺気、そして自身の身体に纏わり付くように展開される魔力の渦。破談した交渉の後にやる事など決まっている。

 

「貴重な魔力源を、できれば元の状態のまま残したかったのだがやむを得まい。強引だが、その意識は邪魔だ」

 

 扉が開く。入ってきたホムンクルス達は、機械的に武器を構えてノーマを取り囲む。低級の魔術師一人ではどうしようも無い相手である事は明白だった。無論抵抗しなければ取り押さえられ洗脳でもされて亜種聖杯の標本が出来上がる。

 

「こんな事なら、書いておくべきだったかしら?」

 

 つい現状に皮肉が出た。自嘲的な笑みまで漏れる自分は、果たして自分か否か。ノーマ・グッドフェローは既に死んでいる。今ここにいるのは、全くの別人であり同一存在だ。

 

 ノーマは己の手を見た。人間のモノに見えるが、やはり違う。ゴルゴーンの魔力で生成された己の身体は、更に歪なモノへと変化している。地球上でたった一つの固有種族でありながらも、自己認識の曖昧な一つの生命体。それが自分だ。

 

 

「さあ、悪いがこれで終わりだ」

 

 ダーニックの号令と共に、武装したホムンクルスが一斉に襲い掛かる。ノーマは何もしなかった。逃げる事も、ホムンクルス達に対抗する事さえしない。敢えて言うならば少しだけ恐怖心と戦っていた。それは今から訪れるであろう人生の終焉を見据えてではなく、相手がちゃんと止められるか心配だったから。

 

 しかし意外にもホムンクルス達は武器を振り上げるだけに留まった。ノーマが怖気づかないその姿勢に感心したのか。それとも単に逆手にとって驚かそうとしたのか。恐らくは後者だとノーマは思った。

 

 奇妙な空白に、ダーニックが目を細める。停止した時間はその分違和感を倍増させた。

 

「何をしている、役割を果たせ」

「畏まりました。では」

 

 ホムンクルスの一体がそう言うと、顔が歪な音と共に折れ曲がりもげ落ちる。次々と顔が落ちていくホムンクルス達の首から、顔の代わりに出現した蟲の集合体は、キチキチと歪な音を鳴らしながら反転しダーニックへと突撃した。

 

「何!?」

 

 驚くものの身体は既に逃走へと移っていたダーニックは、いち早く部屋の扉を開けて外へと脱出した。歪な頭をはやしたホムンクルス達が扉を開こうとするも、扉の構造とは別の構造、つまり魔術的防御によってびくともしない。

 

「久しぶりね」

 

 ノーマはホムンクルス達の中で、唯一首を失っていない人物へと声をかけた。前あった時とは随分となりが違う。奇抜と派手を追及した衣装は黒いスーツで統一され、別人と思うくらいに物静かな雰囲気を醸し出していた。恭しくお辞儀するその姿はいつもの芝居がかったモノではなく、品位と理性を持ったモノの姿勢。

 

「ええ。お久しぶりです、そして初めましてマスター。不肖メフィストフェレス、主の窮地に伴い参上致しました」

「どうしてここに?」

 

 感動の再会、という気持ちは湧かなかった。ここで彼が現れる、いや、まだ生きている事自体不自然だからだ。これすらもダーニックの策略かもしれない。そんなノーマの警戒を、キャスターは苦笑して「変わりませんね」と言った。

 

「貴方は随分と、色々と変わったけどね」

「あの爆発で『本体』は死にましたからね。私はもしもの時に私によって造られたスペア。記憶の引継ぎは完了していますが少々の誤差は含まれています。変わった、というのは恐らくそういう事ではないでしょうか」

 

 自身の予備を造った、とどこぞの人形師のような芸当をこなす辺り、キャスターのクラスは伊達ではないという事か。悪魔との契約はそう簡単には解消できないらしい。

 

「ですが本質は変わっていませんのでご安心を」

「安心できないって事でしょ」

「その通りです」

 

 キャスターは指を鳴らす。瞬間、扉に群れていたホムンクルス達に仕掛けられていた蟲が起爆した。数コンマ早くノーマは遮蔽物に逃れ、衝撃と爆音と閃光を躱す。数秒の後に顔を出せば扉どころか部屋が半壊する程の威力を見せてくれていた。もしも棒立ちしていれば姿すら残らず消し炭にされていただろう。

 

「お見事マスター。ではこれからどうします?」

「グズグズしていられないわ。多分ホムンクルス達で抑えられないとしたら相手もサーヴァントを出してくる。キャスター、貴方のスペックは?」

「低級サーヴァントです」

「よし逃げよう」

「お待ちを」

 

 駆け出そうとしたノーマをキャスターが止め、懐からナニカを取り出した。黒い布、いや革だろうか。ベルトを中途半端なサイズで切断したようなその革は、微量な魔力を放っている。

 

「その眼を常に使うのはさぞお疲れでしょう。悪魔革百パーセント使用の眼帯をお使いください」

「何も仕掛けてないでしょうね」

「信頼してください」

 

 信用してくださいとは言わない辺り、少し恐ろしさを感じるもノーマは肯いて両目を遮るように眼帯を巻き付ける。示された道は消えたが、逆に視覚以外の四感が冴え渡り違ったモノが視えてきた。そして、扉の出た先、百メートル圏内に魔力体がぞろぞろと接近してきている。扉から出ればもろに対面する事になるだろう。

 

「キャスター。壁に穴を開けて。さっきの爆弾で」

「畏まりました。ちなみにキャスターではなく、できれば名前で呼んでもらえないでしょうか?」

 

 言いながらキャスターは爆弾を懐から取り出して慎重に設置していく。確かに自分達の聖杯戦争が終わった今、キャスターというクラスで呼ぶのはあまり意味が無い。寧ろこれから敵側のキャスターとぶつかったときに混同する恐れがあった。

 

「でもメフィストフェレスって言うのも・・・・・・」

「ではメッフィーと。ああ、この響きは実に私に似合っている」

 

 自画自賛しながらクククと笑うその姿は、大分大人しくなったものの、メフィストフェレス特有の狂気を感じる。ノーマは溜息を吐きながらも「じゃあメッフィーで」とそのアイデアを採用した。

 

 爆弾が起爆し、壁に大穴をつくりあげる。向こう側の空室に、敵も狙いがそれて大慌てで近付いてくるのを感じて隣の部屋へと飛び込んだ。

 

「さてさて、これからどのような冒険が待っているのでしょうかねマスター」

「できればこのまま逃げ切りたいのだけれども」

「まさか!『私』の記憶から導き出される予想ならば恐らくサーヴァント戦になり、死にそうになり、なんやかんやで聖杯大戦に参加する所ぐらいは行くと思っていますし、マスターも察しが付いているのでは?」

 

 メッフィーの考え通り、ノーマはこのままでは逃げ切れる可能性は低いと考えていた。メッフィーの戦闘力は当てにならない以上、サーヴァント戦は何としてでも避けたい。しかし敵の本拠地で暴れているのだからサーヴァントが来るのは必至。そうなるとサーヴァントを召喚しなければ・・・・・・。

 

「月並みな台詞だけど、何で私がこんな目に会うのかしら」

「誰かに身体を乗っ取られるよりはマシだと思いますがね。少なくとも選択権はあるので」

「そうね。その自由だけは行使するべきか」

 

 ノーマは己の指を噛み、流れる血で即席の魔法陣を造り上げる。粗雑の一言に尽きる完成度ではあるものの、前回は魔法陣なしでやっていたのだ。聖杯をその身に刻んだ自分ならばできない道理はない、筈だ。

 

「時間を稼いで」

「畏まりました」

 

 そう言うとメッフィーは隣の部屋から乗り込んで来たホムンクルス達の足止めを行い始める。長ったらしい詠唱を口にする時間は無い。全ての工程を無視し、ただ魔力を注ぎ込む。普通ならばできない筈の召喚儀式は、しかし正常に機能し仄かな燐光を灯し始めた。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 この瞬間、聖杯大戦は彼女の物語となる。人でもサーヴァントでもない彼女は、己の運命を切り開く為に。瞳の視せた道を、示された道を進む為に戦う。

 

 彼女だけの外典(Apocrypha)が、始まった。

 




やってみたかったアポ回。
そして生き残ってたメッフィー
服装イメージは英霊正装のヤツです。何となくあの格好だったら言動も抑えられてるんじゃないかなぁというイメージで書きました。


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エピローグ

これがホントの最終回。
こう書いてみると、原作がどれだけ文章力あるのか分かってしまう(涙目)


「どうぞお入りください」

 

 その扉は至って簡素な造りをしていた。人を寄せ付けないような重厚さも、魔術師特有の侵入者に対する罠も存在しない。即ち普通の扉。精々そこらの工具で解除できるような鍵が、いや恐らく渾身の力で蹴ればこの古い扉は容易に破壊されるだろう。魔術の最奥、時計塔の一室に相応しいかどうかはともかく、魔術師とするならば無警戒の極みだ。

 

だが、それは外部の敵対者を警戒する必要が無いという一種の自信の表れでもある。

 

「では失礼する」

 

 やや軋みながらも、音を立てて開かれた扉。その先の部屋も、扉と同様の内部を現している。安アパートの一室に過ぎないスペースに置かれているのは、住人の為の椅子と机。整頓された棚や就寝用のベッド等、生活感溢れる一室。

 

「狭い所ですが」

 

 部屋にいる人間は自分を除けば二人。一人は今日自分を呼んだ人物。もう一人は名前も顔も知らない男だった。黒いスーツを見れば、秘書か執事のようなモノと理解できるが僅かに滲むように発する魔力は人間のモノではない。

 

「ホムンクルスの造成までできるのかね。アインツベルンと協力を取り付けたと聞いたが彼が?」

「いいえ、これは元々のモノです」

 

 そう言ってはぐらかした彼女は腰かけた椅子から立ち上がり、自分へと近付いて手を出した。

 

「『お初にお目にかかります』。ロード・エルメロイ」

「二世だ。二世を付けてくれ。ノーマ・グッドフェロー」

 

 差し出された手を握り、眼帯で隠れた両眼を補うように彼女は笑みの形を作る。やや緊張しているな、とその笑顔から推測したロード・エルメロイ二世は答えるようにこちらも笑みを作った。

 

「と言っても、私を二世と呼ぶ人間はかなり少ないが」

「確か女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男とも言われていましたが、そちらの方でお呼びしても?」

 

 ノーマが傍らに佇む男を睨む。クク、と肩を揺らし「失礼、お邪魔でしたな」と男は悪びれもせず言った。

 

「メッフィー、ちょっと席を外しなさい」

「畏まりました、マスター。部屋の前で待っているので用事が済んだらお呼びください」

 

 やや大層な礼の後、男は言う通りに部屋から出ていった。扉が閉じられた瞬間、ノーマは「申し訳ありません」と頭を下げる。

 

「彼は少し、というかかなり無礼なモノで」

「いや、大方私が指導した生徒が言いふらしたのだろう。後で厳重に注意しておく」

 

 頭の中で言いふらしたであろう人間をリストアップしていく傍らで、ロード・エルメロイ二世は現状を分析した。ノーマ・グッドフェロー。自身と弟子を除けば生存者はいないとされていた、アルトカラズの第七迷宮。その生存者。その事実を魔術協会が知ったのは大分後だ。

 

まだ迷宮の件が解決しない内に起きた、ユグドミレニアの決起。俗に言う所の聖杯大戦、そこに彼女の姿があった。無名の彼女の正体が特定されるまで時間はかかったが、彼女は迷宮から脱出後聖杯大戦に参加していたと分かった瞬間協会も見る目が変わった。途中で敗退するも黒でも赤でもない第三勢力である彼女は二つの巨大組織を相手に立ち回り、双方に壊滅的な損害を与え再び生還した。

 

無論第三勢力だからと言って敗退した彼女を協会が見逃す筈も無いのだが、結果的に見逃す事になる。生還した後に聖杯戦争の元御三家であるアインツベルンへと訪れ、協力関係を築いた。簡潔極まりないのは情報がそれ以上入らなかったからだ。何らかの取引を行ったのであろうが、名門とも言えるアインツベルンと協力関係となった彼女に表立って襲撃するのは難しい。

 

腹の虫が煮え繰り返りながらも不承不承、協会はノーマを放置する事にした。無論ある程度の監視は送り込まれているだろうが、それでもこうして彼女が生きているのは並外れた生存能力と智慧、そして最後に最も重要なモノ、運を兼ね備えていた証拠だ。

 

「手短に済ませよう。一時間後に講義があるのでね。と言っても、そちらも時間に余裕はないだろうが」

「そうですね。私も三十分後に出発しないといけないので」

 

 どうぞ座ってください、と言われ椅子に座る。机を挟んで向かい合うように座るこの異常。本来ならば一介の魔術師に過ぎないノーマが、紛いなりにもロードである自分を呼びつけ話すという現状に、さほど癪には触っていない。とはいえ、呼び出される内容は凡そ察しているのでその分心地よいとは思わないが。

 

「では、単刀直入に言います。ロードエルメロイ二世、貴方の持つ英霊召喚の触媒、それを売って欲しいのです」

「・・・・・・フム」

 

 座り直し、ロード・エルメロイ二世はノーマを見る。眼帯で覆われたその瞳からでは推測は難しい。少し調べれば自分が聖杯戦争の参加者であった事は分かるだろう。問題は、何故自分が触媒を持っていると知っているのか。

 

「まずは理由を聞こう」

「その口振りだと、持っているんですね」

「ああ、カマをかけたのならその判断は正しいな、問題はそこではない」

 

 何故、英霊召喚の触媒を必要とするのか。彼女と触媒が、何に関係するのか。聖杯大戦に敗退したとはいえ、基本的に聖杯戦争の敗者が再度参戦を行うケースは稀だ。魔術師と言えど人の子、命が惜しい。一度目ならばまだ無謀さと若さで乗り切れるが、奇跡的に助かった命を無駄に散らす人間はそうはいないからだ。

 

「ロード・エルメロイ、いいえロード・エルメロイ二世は、聖杯戦争についてどう思いますか?」

 

 質問に返ってきた質問は、しかしそれが返答となるから言葉にしたのだろう。聖杯戦争。過去の英霊を召喚し、聖杯を巡る殺し合い。原初である日本の冬木で行われた儀式は、既に失われて久しい。しかしそれを模倣した亜種聖杯戦争とも言うべきシステムは、世界各地で分散している。

 

「下らぬモノ、と一笑に伏したい所だが。メリットの存在しない話ではないな。何せ万能の願望器とも言える聖杯だ。何でも願いが叶う、というのなら参加する人間は多いだろう。まぁ、そういう人間はデメリットを見ていないのだが」

 

 失敗すれば死、なぞ魔術師にとってはありきたり。ではない。死、という現実を理解するのは、一般人でも魔術師でもそう簡単にはできないからだ。一度しかないそれを、むしろ魔術師は理解する事は難しい。故に簡単に人を殺すし、殺されもする。ある意味で、聖杯戦争というのはそんな魔術師の愚かさを体現したものかもしれない。

 

「結論から言うならば、危険な儀式という事だ。魔術儀式に危険は付き物だが、これはその中でも保障が無いに等しい。聖杯大戦が終了しても、なお各地では亜種聖杯戦争は行われている。不完全な模倣故に最悪参加者全てが死亡したという報告すらある儀式に、こぞって優秀な魔術師達が命を捨てに行くのはどうかと思うがね」

「その通りです。ですが亜種聖杯戦争は無くならない。周期のあった聖杯戦争ならばともかく、粗雑な模造品が大量に世界にばらまかれている」

「神秘に近付くための行為によって、神秘が遠のいていく、か。中々皮肉な状況だな。アインツベルンとしては頭が痛いだろう」

「ええ。故に、私は聖杯戦争を止める為に活動をしています」

 

 アインツベルンが各地の協会に向けた布告は既に知れ渡っている。世界中に広まった贋作の破壊。そして失われた『真の聖杯』の作成。協会に宣戦布告している訳ではないので未だに組織立った動きは無いが、中堅の魔術師、即ち亜種聖杯を製造、もしくは亜種聖杯戦争を開催しようとした魔術師達が次々と消えているのだ。万が一に生き残ったモノも、何があったか語ろうともせず魔術そのものから遠ざかっていく状況に、少なからず時計塔にも緊張が走っている。

 

「劣化し堕落した魔術儀式に、本家がようやく対策に乗り出したという訳か。最近では聖遺物を高額で買い取る業者が増えたが、それは君とも絡んでいるのかね?」

「ご想像にお任せします。それに私は今、聖遺物を貴方から買い取ろうとしている。それに対する返答を聞かせてください」

 

 眼帯で覆われた向こう側で、睨まれているのは体感できた。蛇に睨まれた蛙という訳ではないが、少なくとも返答次第では何かが起こるだろう。脳裏に戦闘の二文字が浮かび上がり、冷汗が頬を伝う。

 

「やれやれ、最近の若者は殺気を放つのが得意だ。私も見習いたいよ。ついさっき、君と会う前でも同じように殺気を向けられていてね」

 

 軽いノックの音が、小さな部屋に木霊した。ノーマは扉の方を見て、一瞬だけ思案したが「どうぞ」と口を開ける。施錠すらされていない扉が開かれ、入ってきたその男は呆れたように眉を潜めた。

 

「私から逃げるのなら、もう少し魔術的防壁を持つ部屋にいるべきだな、教授とやらよ。こんな奴隷の収監場のような場所で最後を遂げる気か?」

 

 ゆっくりとした歩調で、その男は部屋にずんずんと進んでいく。眼帯越しでも分かる程ノーマの驚愕が伝わり、そして男の口角は吊り上がる。

 

「・・・・・・ほう。随分と久しい存在を目にした。迷宮以来だな、復讐者の残滓よ」

 

 男は、ヴォルフガング・ファウストゥスは己に敗北を突きつけた相手に憎悪と殺意の入り混じった視線を投げかけた。時計塔でも人間離れした、既に人間ではない魔術師は多くいるが、彼はそれらとは一線を画す。身体から放たれる魔力は人外のモノで、正しく人間にとっての脅威を現していた。

 

「魔術師の巣窟にいるなど我慢ならない所業であるが、自身に屈辱を与えた存在に復讐できるとなれば話も変わる。これを諺で何というのだったかな?残念ながら矮小な存在の言葉遊びを覚える程暇ではないが」

「東洋で言うのなら、二兎を追う者は一兎をも得ず。という諺がある。別々の存在を、混同して追いかければ一つすら手に入らないという諺だな」

「ロード・エルメロイ二世。彼は?」

 

 ノーマの視線を受け、肩を竦めた。実際この状況を諺で言うのなら、泣きっ面に蜂。四面楚歌。絶体絶命と言ったところか。諺ではない言葉も含まれているが。

 

「君と同じだよ。聖遺物が欲しいとしつこく言い寄ってきたのでね。少しばかり隠れるつもりでこの部屋に来ていたのだが」

「違います。何故、彼がこの場に?」

 

 落ち着いているように見えて、意外と混乱しているらしい。そこは年相応で、まだ可愛らしいという言葉が似合う姿だ。少しばかり悪戯もしたくなると感じるのは、年の瀬から来る老婆心か。

 

「単純だよ。私が迷宮の調査をしていたのは知っているだろう?彼は、その時に出会った『負傷者』だ。どう言った経緯があるのかは皆目見当が付かないが、私は彼を救助するのに十分な装備が合ったのでね。助けただけだ」

「そんな・・・・・・しかし、報告書の生存者には」

「ああ、迷宮の『探索者』は君を除いて全滅だとも。私はただ外で倒れていた彼を助けただけだ」

「少しばかり訂正を願おうか。貴様の救助など必要無かった。捨て置いていてもあの状況程度、どうとでもなる」

「その通りだな。実際君を治癒したのは私ではなく、私の弟子だ。負傷者の応急手当の良い経験にはなっただろう」

「なっ・・・・・・・あの小娘だと!?」

「まあそんな事で彼とは少しばかり繋がりが合ってね。親しみはまだ無いが、知り合い程度の関係性はある」

 

 呆然とするファウストゥスを放っておき、ノーマへと視線を変える。実際迷宮での出来事はかなり深い部分まで死にかけだった彼から聞くことができた。故に、ノーマ・グッドフェローに何が起きたのかも大体の推測ができる。聖杯戦争という人間の全能力を酷使する戦場で、幼い少女がどう成長していきこの姿になったのかも。

 

「まあ二人が集まったのは丁度良い所だ。返答も一度にできる・・・・・・結論から言って、私は聖遺物の売買を拒否する」

 

 二人の視線が、ロード・エルメロイ二世に焦点を当てる。彼はそれだけで用件が済んだと言うように懐から煙草を取り出し火を点けた。

 

「理由をお聞かせいただいても?」

「月並みな台詞だが、あの聖遺物は私にとって命よりも大切な物でね。故に金銭や交換などで他人に贈るようなモノでも無いのだ」

「命より大切、とはな。少し痛めつければその考えも変わるか?」

「さあて、どうだろうか」

 

 瞬間、部屋に音と衝撃が、詳しく言うならば天井が破壊され崩落した上階から破片が降下してくる。音と衝撃に比べて破壊が小さいのは、別に時計塔の建築的構造が強固であったという訳ではない。何も対策無しでこの部屋に訪れた訳ではない。魔術的防御も何も無い部屋ならば、他の部屋も人も迷惑をかからないように直上の部屋を細工するのは容易だ。

 

 できた穴に降り立ったその存在は、ロード・エルメロイ二世を守るように前へと出る。その姿を見てファウストゥスが驚愕し、ノーマの表情が強張る。天井をぶち抜いて現れたその少女の顔は、フードで隠れているが僅かに面影ある顔を晒していた。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 三人が黙する。少女を見る二人は自身でも言い表せない複雑な感情を胸中に抱きながら、同時に戦意が霧散していくのを感じていた。契約、誓約、約束。各自の記憶でそれらを思い出し、その少女を攻撃するのを本能的に忌避してしまう。

 

「・・・・・・フン、命拾いしたな」

 

 一番最初に引いたのはファウストゥスだった。それ以上の言葉は無用とばかりに全員に背を向け、歩き出す。部屋の扉を開けてやや強めに閉じた音が聞こえ、ノーマはゆっくりと眼帯を解いた。

 

「久しぶり、と言えば良いのかな。それとも初めまして?」

 

 眼帯を解き、開かれた眼で笑みを作る。ノーマの挨拶に対して少女は黙したまま、その眼を見つめる。奇妙な程の静寂だった。お互いが何も言わず、しかしそれを不信に思っていない。むしろ言葉ではなく、視線を交錯させる事で意思の疎通をしていような奇妙な感覚。

 

 もし状況が違えば、一緒に迷宮を探索できただろう。そこにどれだけの奇跡を必要とするか分からないが、不意にノーマはそう感じた。最近では魔眼の影響か、それとも副作用か対象を視るだけでありとあらゆるモノが『示されて』くる。あり得ざるべき道を、選択しなかった道を。この偶然が無く、他の偶然が紛れた時の情景を、ノイズのように映し出す。

 

「・・・・・・そろそろ、時間か」

 

 ノーマは眼帯をかけ直した。視界は完全に塞がり、騎士王の面影を残した少女の姿は消える。だが、その姿は脳裏に刻みついた。

 

「お時間を取らせてしまいました。元々断られるとは思っていたのですが、正直こんな展開になるとは思っていなかった」

「待ちたまえ。こちらの用も少しできた」

 

 そのまま帰ろうとするその背中に、ロード・エルメロイ二世は声をかける。自身の弟子と彼女との『会話』は終わった。それは余人である自分にはあずかり知らぬ会話ではあるものの、彼女の特殊な眼には興味がある。

 

「その眼だが・・・・・・それは自分のモノかね?」

「いいえ」

 

 ノーマは振り返る。自身と殆ど変わりない長身の彼女の髪が妖しく揺れる。部屋の光に照らされ紫色に煌めく彼女の髪は、まるで蛇のようだった。

 

「友人のモノです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この森を真っすぐ抜けると、花畑があるわ。多分妖精とかの幻想種が闊歩しているけど、危害は加えないから安心して。ただしそれに目を奪われれば身体もそっちに行くから気を付けてね」

「ああ、その花畑を抜ければ?」

「草原。どこまで続くかは分からない。私もその先へは行っていない。だからそこから先は」

「ああ。俺が探すよ」

 

 彼の声音からは、一切の恐怖が読み取れなかった。進むことおよそ三か月。最早地図は意味をなさず、ただただ鬱蒼とした森の中を歩くという一種の拷問を共に過ぎしてきた相手は、出発前と変わらない穏やかな顔で頷いた。

 

「これまで先導してくれてありがとう。ここから先は俺の問題だ」

「そうね。じゃあ私の分の食糧を貴方にあげる」

「いや、それは」

 

 彼の長所であり短所、他人からの施しは受けない癖に、隙あらば施しを与えようとするその姿勢にやや呆れながらも「いいの」と無理矢理渡す。

 

「絶対に必要だし、足りなくなるのは目に見えてるから。今から貴方が行こうとしている場所は、とても遠い所なんだから」

 

 とても遠い、という単調な言葉しか使えないが真実そうであった。今から行くところが山であるのなら、山頂が到達地点だ。洞窟ならばその深奥が到達地点だ。だが、これから彼が行こうとしている場所は果てが無い。あるべき到達地点が存在しない。

 

「貴方はこれから、この星の魂とも言える場所に行く。干渉や介入なんてできない、一種の魔法みたいな裏世界に。私も道までは示せるけど、そこから先は無理。帰ってくる方法はおろか、辿り着く場所も分からない。どれほどの時間がかかるのかも分からないし、そもそも時間の認識すらできないかもしれない。そんな所に行くのだから、せめて少しは持たせる用意はしておいた方が良いわ」

 

 割れたクレパスに身投げするような愚行を、彼は今からしようとしているのだ。果たしてそれが意味があるのか、ノーマには分からない。理由は何度も聞いた。納得も理解もできないが、道案内を頼まれたのだから契約内のサポートはするつもりだった。

 

「分かった。じゃあ受け取るよ」

 

 できれば。自分は彼に行ってほしくなかったかもしれない。彼の名前は、魔術の世界だけでは収まらず世界的に有名となった。在る所では国際的なテロリストとして、また在る所では戦争を終わらせた救世主として。そして在る所では・・・・・・正義の味方として。

 

 綺麗事だけではない。中には悪とも呼べる行為を、他者の想いを踏みにじるような行為をしてきた。多くの人間に恨まれ、賞金首として追われる身である彼は、しかしそれでも持ち続けていた。一番大切な、原初と言えるような信念を。

 

「本当にすまないな。遠坂にはひっぱたかれるし、桜には殴られるし。このまますごすご帰っていけば多分殺されると思う」

「それくらいで済むなら良いんじゃない?どちらにせよ、ここから一歩進めばもう後戻りはできないわ。その前に、ゆっくり考えた方が」

「いや、俺は行くよ」

 

 揺るがない決意を秘め、彼は微笑んだ。少し浅黒くなった肌に、灰を浴びたようにくすんだ髪。ノーマはそこに、在りし日の彼を見て目を細める。

 

「最後になると思うから、質問したいんだけど、何で引き受けてくれたんだ?勿論金は払ったけど、世間体的に俺は犯罪者だし、裏切られる可能性の方が高いと思ってたんだけど」

 

 彼の見立て通り、ノーマが協力したという話は、あっという間に広まった。自身と協力関係であったアインツベルンは、彼と並々ならぬ関係であったらしい。絶縁と共に放たれた刺客から逃れるように彼をここまで連れてきたのだ。自分の場合行きよりもむしろ帰り道に気を付けた方が良いだろう。

 

「狙われるのは、お互い様でしょ。それにまあ、貴方には色々とお世話になったから」

「俺に?」

「詳しく言うなら、貴方の可能性に。かしらね」

 

 含みのある言い方に、相手は数秒だけ沈黙し「そうか」と呟いた。短い返事だったが、涙ながらの最後も安っぽい。むしろ簡潔に終わらせた方が良いのだろう。

 

「じゃあ、俺は行くよ。さようなら」

「ええ。さようなら」

 

 アーチャー。という声を彼は聞けただろうか。彼が一歩踏み出した瞬間、その姿は消えた。星の内海、魂の置き場所。そこに会わなければならない人がいる、と彼は言っていた。前人未踏の大地に、彼女が自分を待っているのだと。

 

「今回の依頼は赤字でしたねマスター。報酬は十分ですが、デメリットが大きすぎる」

 

ノーマはゆっくりと振り返る。三か月の間、ずっと自分達の後方を守り追手に対処していたメッフィーは、着崩れたスーツの埃をはたいて落とした。

 

「まあ、覚悟はしてたけどね。追手はどれぐらい?」

「三割程は削りましたが残りは健在です。恐らく数分の後にここまで辿り着くでしょう。鉢合わせはごめん被りたい所ですな」

「急いで逃げるとしますか」

 

 逃走から逃走へと変わらない方針を再確認した時だった。短い鳴き声が、耳朶を小さく打つ。音のした方向へ顔を向けば、鬱蒼とした森に相応しくない白い毛並みをした生物が、よろよろと近付いてきた。

 

「む」

「あれは・・・・・・何かしら」

 

 犬か、と思ったが違う。白い毛並みをしているが、日常のいかなる生物にも類似しない存在。魔術師の使い魔かと思ったがそうでもない様子で、小動物は小さな鳴き声と共にノーマへと近付いてくる。

 

「どうしますかマスター」

「うーん」

 

 ノーマはとりあえず一歩下がった。得体の知れない生物を触りに行く習性は持ち合わせていない。下手に触って死んだ者を嫌と言うほど見てきた。とはいえ危害を加えるような特徴も素振りも見せていない相手に逃げ回るのもおかしい。

 

ならば。

 

「・・・・・・丁度肉が食べたい所だったのよね」

「フォウ!?」

 

 今度は獣が跳び下がる番だった。人間の声を認識して理解している所を見るに、かなり高度な生き物のようだ。少なくとも食欲は失せたノーマは手を振って「冗談よ」と敵意の無い事を現し、ハサミを持つメッフィーを止めるよう指示する。

 

「行く当てがないなら、付いてくる?」

「フォウ、フォウフォウフォウフォー!」

「ありがたき幸せ、あのクソ魔術師に塔から叩き落されて死ぬかと思ったフォーゥ、と言っています」

「そんな特技があったの?」

「私の動物会話のスキルはAクラスです」

 

 嘘くさいメッフィーを無視し、ノーマはその獣を拾い上げる。中々可愛らしい外見だ。ペッドとして買うのは論外だが、次の目的地に行くまでは同行させるのも良いだろう。

 

「じゃあ、新しい仲間も加わったし、追手から逃げながら、次の依頼に行きましょうか」

「目的地は、確か南極でしたな。胡散臭い組織ですが、あのアニムスフィア家が関わっているとなると信憑性も出てきますね」

「関わっているというか、大元がそこよ。確か名前は、ええと」

 

 長ったらしい名前で、正直こんな大層な組織なのかと疑うような名前だ。だがノーマの考えとは裏腹に、その組織は名前通り、世界を救う事になる。

 

「人理継続保障機関フィニス・カルデア。だったわね」

 




迷宮を乗っ取られるわ、ボコボコにされるわ散々な目にあったファウ何とかさん。原作では愛歌にバーンされてましたが、よく考えればかなり強いお人。というか素でサーヴァントと戦える時点で強すぎるんじゃが。

後半はFateのエピローグに続く………と思わせてグランドオーダーも入れてみました。

はじめての作品でしたが、これまで見てくれた人がいるなら本当に嬉しいです。完結できて本当に良かった。これまでありがとうございました!


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