とある科学の歪曲時計 (割り箸戦隊)
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幻想御手
第1話


 

『学園都市』

東京都西部を切り拓いて作られたこの街は、超能力の開発が学校のカリキュラムに組み込まれていて、230万人の人口の八割を占める学生達が日々、頭の開発に励む科学の街。

 

だったはずなのだが。

 

 

「……なぁ、なんか化け物が現れたんだけど」

 

 

真夏の日射しが照りつける、とあるビルの屋上。

立ち入り禁止のはずのその場所に、少年の声が響き渡った。

明るく染められた頭髪に、黒い牙のようなピアス。

とある名門校の学生服を着崩しているその不良のような少年は、傍らに座る『機械の犬』に問いかけた。

 

 

「博士、なんなんだアレ」

 

 

博士と呼ばれた機械の犬から、老人の声が返ってくる。

まるで電話越しのような、機械を通した無機質な音声。

 

 

「わからんな」

 

 

素っ気ない返事。

少年は溜め息をつくが、どうやら博士と呼ばれた人物の話はまだ終わっていないらしい。

 

 

「だが推測するなら、一万人の能力者達によるネットワークの暴走。擬似的な『虚数学区』といったところだろう」

 

 

『虚数学区』

一般的には都市伝説のような真偽不明の噂のことなのだが、博士はそれが実在するかのように語る。

少年は博士の言葉をしばらく考えていた様子だったが、やがて考えるのに飽きてしまったのか。

少年は眠たそうに大きく欠伸をすると、屋上のコンクリートにだらしなく座り込んだ。

 

 

「【第三位】が頑張ってるしさ、今回は放置でいいよな?」

「私としては介入して欲しいところだがな。無理強いはせんよ、好きにしたまえ」

 

 

少年と機械の犬の視線の先。

中学生らしき少女と『化け物』が戦っている光景をつまらなそうに見ながら、少年はポツリと呟いた。

 

 

「……最初は楽な任務だと思ったんだけどなぁ」

 

 

少年達は学園都市の暗部組織の一つ、【メンバー】に所属している。

学園都市の上層部にとって都合の悪いことを処理、処分する者達。

 

今回、そんな暗部の戦闘要員である少年に与えられた任務は、研究者『木山春生(きやまはるみ)』の無力化と拘束。

少年達に依頼を伝えた『仲介役』の少女によると、この木山という研究者は『幻想御手(レベルアッパー)』と呼ばれる非正規の道具をばらまいて、一万人の能力者を昏睡状態に陥らせたらしい。

 

しかし、いざ依頼を受けてみると、すでに木山は『警備員(アンチスキル)』に追われていることがわかった。

警備員とは学園都市の外における警察のようなもので、志願した教員達による治安維持組織のことを指す。

 

つまり、介入すれば面倒な事情聴取が待っている。

少年はそれを嫌がって、警備員が木山を確保したあとで裏から手を回すほうがいいと主張したのだが、それは受け入れられず。

結局、少年達は現場に向かうことになってしまったのだ。

 

現場に到着すると木山は警備員達に包囲されていて、拘束は時間の問題。

間に合わなかった少年達はそれを遠方から見物していたのだが、そこで非常事態が発生する。

 

超能力が行使できないただの研究者であるはずの木山が、何故か能力を使いだして警備員達を蹴散らし始めたのだ。

 

能力者一人につき、発現する能力は一つ。

 

そんな学園都市の常識すら無視して複数の能力を行使する木山に驚いていると、更に面倒な事態が発生する。

 

一般人の少女。【第三位】が現れて、木山と戦闘を開始。

 

その少女の通り名は常盤台の【超電磁砲(レールガン)】。

何度か耳にしたこともある有名人の登場に、少年は完全にやる気をなくしてしまった。

 

学園都市では能力者の『強度(レベル)』を六段階に分けて区別している。

 

無能力者(レベル0)

低能力者(レベル1)

異能力者(レベル2)

強能力者(レベル3)

大能力者(レベル4)

超能力者(レベル5)

 

能力者達の約六割がおちこぼれである無能力者(レベル0)に分類され、強度が上がるほどに分類される人数は少なくなっていく。

最高位である超能力者(レベル5)に至っては学園都市でも八人しか認められておらず、その八人は【第一位】から【第八位】までの序列がつけられていた。

 

その少女は序列【第三位】。

つまり学園都市の頂点に君臨する八人の中の一人だったのだ。

 

木山がいくら複数の能力を行使する【多重能力(デュアルスキル)】でも、超能力者(レベル5)と真っ向から渡り合えるはずがない。

 

少年は「もう、帰ってもいいよね?」と若干ニュアンスを変えながら二十秒間隔で博士に尋ねたのだが、「木山が拘束されるまでは確認する」と壊れたラジオのように繰り返されてしまった。

そして少年は引き続き戦闘を傍観することになったのだが、その後さらに異常な事態が発生してしまう。

 

【第三位】の猛攻に劣勢に追いやられた木山が突然頭を押さえて苦しみだしたあと、巨大な化け物を産み出したのだ。

 

空に浮かび泣き叫び暴れる、巨大な化け物。

その姿は胎児のような、出来損ないの天使のような。

 

そんな常識にケンカを売っているとしか思えない光景を見て、少年の冒頭の発言に繋がっているという訳である。

 

学園都市の闇。暗部組織に所属する少年は人も物も数えきれないほど破壊してきたが、あんな化け物みたいなファンタジーな存在と対峙したことはない。

【第三位】は連戦で化け物と戦闘しているが、その相手が異常に過ぎた。何度攻撃を受けても再生し、より醜い姿に変化していく化け物。

そいつはゆっくりと、どこかへ向かって進んで行く。

 

それを現実逃避しながら眺める少年だったが、やがて何かに気がついたように立ち上がると、めんどくさそうに()()()()()()()

 

 

「ようやく介入する気になったのかね。久遠君」

「……あの化け物が向かってんの『原子力実験炉』みたいだからさぁ」

 

 

揶揄するような博士の言葉に、何でもないかのように答える少年。

久遠永聖(くどうえいせい)は透明な階段を上がっていくように、徐々に空を上がっていく。

 

 

「始末してくるわ」

 

 

久遠が言い放った瞬間。博士が見ていたモニター越しの視界から、彼の姿が消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの化け物がいた場所。

原子力実験炉の目前で、久遠は拳を振り切った状態で静止していた。

 

あのあと、久遠の挨拶代わりの一撃で化け物はあっさりと消し飛んでしまったのだ。

【第三位】の攻撃を何度受けても再生していたことから、たった一撃で終わるとは思っていなかったのだが。

もしかしたら、【第三位】に再生の限界まで追い詰められていたのかもしれない。

しばらく思考してみるが、どうにも確証は得られそうになかった。

 

 

「なっ」

「ちょっ、何よッ」

 

 

周囲にいる二人。

こちらを見て驚愕しているのは、今回のターゲットである木山春生。

そして、もう一人。久遠に探るような視線を送ってくる少女。

 

【第三位】の【超電磁砲(レールガン)御坂美琴(みさかみこと)

 

学園都市で名の知れた名門校である、常盤台中学の制服に身を包んだ彼女に視線を向けた。

度重なる連続戦闘でその制服はボロボロ。しかし、強気な表情でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。

とりあえずは友好的に接した方が良いだろう。

久遠が聞いた噂では、超能力者(レベル5)の中でまともな人格者は【第四位】だけらしいのだ。

つまり彼女もまた、隠しても隠しきれない人格破綻者の一人ということ。

獲物を横取りしたなどとケンカを売られるのは御免だった。

 

 

「二人とも大丈夫だった?怪我とかしてないかな」

 

 

少女漫画の登場人物に匹敵する、久遠の優しい態度と仕草。

世間知らずのお嬢様は大体コレで騙される。

一見すると御坂美琴はじゃじゃ馬っぽいが、常盤台中学は箱入り娘のお嬢様が集まる女子校なのだ。

久遠の爽やかな笑顔に、己の醜い心を自覚したのだろうか。御坂は視線を弱めて返事をしてきた。

 

 

「私は平気よ、てかアンタの能力の余波のが」

 

 

どうやら大丈夫らしい。

そのまま久遠は視線を木山に向ける。

 

 

「お姉さんも。立てますか?」

 

 

何故か、地面に座り込んでいる木山。

あんな化け物が目の前にいたのだから、恐怖で腰が抜けてしまったのかもしれない。

久遠は紳士的に手を差し出して、彼女を立ち上がらせてやる。

木山は見たところ大きな怪我はないが、化け物を産み出してからは能力行使もできなくなったようだし、このまま放って置いても警備員に拘束されるだろう。

 

 

「じゃ、俺はそろそろ」

 

 

帰ってもいいかな。そう続けようとしたのだが、木山が久遠の手を掴んだまま放さなかった。

木山は観察するように、じっとこちらに視線を向けている。

 

やれやれ。任務中だというのに、またその展開か。

 

久遠は心の中で深い溜め息をつく。

容姿端麗、成績優秀、清廉潔白。おまけにユーモアまで兼ね備えた久遠はいつもこうなのだ。

こちらが望んでいなくても、女の子の方から寄って来てしまう。正直、モテすぎて困っているのだが、これがいつもの日常だった。

 

 

「……君は、そうか」

 

 

木山の容姿やスタイルはそれなりではあるが、それだけだ。

どうしてもと頼まれたら相手してあげてもいいが、そのあとで付きまとわれるのもめんどくさい。

そもそも、彼女は今回の任務のターゲットだし。

やはりここは丁重にお断りしておこう。彼女にそれを伝えないと。

 

久遠がそう思っていると、木山が先に口を開いた。

 

 

 

「【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖」

 

 

 

急に久遠のプロフィールを言われて動きが止まる。

木山とは初対面のはずだが、どうして顔だけでそこまでバレてしまっているんだろうか。

 

 

「君が『幻想御手』のネットワークに組み込まれていれば、あの子達を()()()()()目覚めさせることができたんだが」

 

 

こちらの能力詳細まで把握してるような物言いだが、一体どうやって調べたのやら。

【メンバー】に所属してからは学園都市のデータベースである『書庫(バンク)』に閲覧規制が掛かっているので、久遠の情報は本名と能力名くらいしか確認できないはずなのだが。

 

 

「こんな最終局面になってから『本命』と出会うとはね。やはり私は運に見放されているらしいな」

 

 

『本命』。その言葉に久遠は眉をひそめる。

暗部の任務なんてそんなものかもしれないが、なにやら彼女にも事情があるらしい。

だが、面倒ごとに自分から首を突っ込む趣味はないし、あまり深入りはしない方がいいか。

久遠は瞬時にそう判断して、沈黙することにした。

 

 

「……【第四位】って、アンタが?」

 

 

久遠が黙っていると、何故か御坂が反応する。

こちらを見ながら呆れたような表情になってるのが気になるが。

人に名前を聞くときは、まず自分から。

そんな一般常識を無知な彼女に教えてあげなくてはならないようだ。

 

 

「それよりさ、キミの名前は?」

 

 

再び、久遠は爽やかな笑顔を振り撒いてやる。

どうやら御坂は、またしても邪悪な己の性根を見つめ直したらしい。

無垢な少女のように素直になった御坂は、ようやく自己紹介を始める。

 

 

「私は御坂美琴。アンタはさっき」

「へぇ。【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】か」

「……えぇ、そうよ。ってかアン」

「そっか、今日はよく頑張ったね。本当にお疲れ様」

 

 

久遠の称賛に、御坂は感動して震えているようだった。

今後はちゃんと自己紹介できる良い子になってくれるといいのだが。

 

警備員の事情聴取なんて受けたくはないが、この二人に素性がバレた以上は逃げるだけ無駄だろう。

あとから呼び出されるくらいなら、さっさと済ませてしまいたい。

久遠は遠くから聞こえてくる警備員のサイレンを聞きながら、今日の一日を振り返る。

 

一通り振り返って、久遠は小さく呟いた。

 

 

 

「……本当に面倒な依頼だったなぁ。『時間』の無駄って感じだぜ」

 

 



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第2話

 

久遠永聖は、学園都市で『置き去り(チャイルドエラー)』と呼ばれる捨て子のような存在である。

 

朧気ながら残っている記憶では父親はおらず。母親がいたような気がするが、顔も声もろくに覚えてはいない。

学園都市に捨てられて能力開発されたあと、彼は同じような境遇の置き去り達と専用の施設で暮らすことになる。

質素な食事に、シャワーは週に三回。部屋は窮屈な四人部屋。

そして毎日、研究施設に歩いて通う。

色々なルールに縛られた、刑務所のような自由のない生活。

それでも彼は仲間と共に、辛さを感じさせない楽しい時間を過ごしていた。

 

しばらくすると、彼は研究者から施設を出て、研究施設の一室で寝泊まりするように指示される。

 

彼が知らない家具がたくさん揃えられた綺麗な一室。

いつでも好きなことができる、自由な生活。

仲間達と離ればなれになるのは寂しかったが、指示に逆らうなんて発想がなかった彼はあっさりそれを受け入れた。

 

顔を合わせる機会の増えた研究者達は、彼に優しく接してくれて。

もし彼が親に捨てられていなかったら、こんな暮らしをしていたのかもしれないと思わせた。

 

研究施設の暮らしは想像以上に快適で、かつての貧しい暮らしには戻りたくない。

そんな風に考えが変わった頃に、彼は何かに違和感を感じ始める。

 

 

 

どうして、彼に対してだけ、研究者達は優しい笑顔を向けるのだろうか。

 

どうして、能力開発の時間が、仲間達と意図的にずらされているのだろうか。

 

どうして、研究者達は彼の発現した能力にしか興味を示さないのだろうか。

 

どうして、仲間達の姿を見かけることが、()()()()()()()()のだろうか。

 

 

 

もしも、彼が賢い子供だったなら。異変に気がついて仲間達と逃げることができたのかもしれない。

 

もしも、彼が強い子供だったなら。研究者達に抗議して、仲間達を救うことができたのかもしれない。

 

 

 

だけど、愚かで臆病な俺は、何もできなかったので。

 

 

 

彼が超能力者(レベル5)に到達した時、かつて一緒に暮らした仲間達は一人も生き残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学に入学する歳になって研究施設に暮らすのも終わり、彼は一人暮らしを始めることになる。

相変わらず研究施設に通う必要はあったが、これまで以上に贅沢な生活が許された。

 

莫大な能力研究の報酬金。

学園都市で名門と呼ばれる中学校に入学。

必要以上に設備の整った、高層マンションの一室。

 

とても置き去りとは思えない豪奢な生活が始まったが、彼の精神はとっくに壊れてしまっていた。

学園都市の置き去りがどんな目にあっているのかも知らずに、くだらないことで一喜一憂するクラスメイト達。

 

どうして、コイツらはこんなに楽しそうにしているのか。

 

どうして、俺はこんなところにいるのか。

 

彼は何をするのでもなく、学校に通い続ける。

 

俺はどこで間違えたのかと、どうすれば良かったのかと何度も何度も繰り返し考えながら。

 

彼は何をするのでもなく、研究施設に通い続ける。

 

俺はどうしてこんな思いをしないといけないのか。

 

誰かを犠牲にした能力(チカラ)なんて望んでなんかいなかったのに。

 

彼は何もすることなく、無気力に日々を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな生活を何ヵ月か続けたある日。

学校の帰り道で、彼を見知らぬ人物が待ち構えていた。

逆立った白髪に、白衣を着た。研究者のような風貌の老人。

瞳を尋常でない狂気に染めた、マッドサイエンティスト。

 

こいつには、関わらない方がいい。

 

彼は瞬時にそう判断して、無視して帰り道を歩きだす。

うしろからついてきた老人は、彼の態度を気にもせずにゆったりと語りかけてきた。

 

老人は仲間から『博士』と呼ばれていること。

 

学園都市の闇で活動する、暗部組織のこと。

 

老人は暗部組織【メンバー】のリーダーを務めていること。

 

【メンバー】には現在欠員があって、新しい構成員を探していたこと。

 

そして、彼を構成員として勧誘するために、今日はここに訪れたこと。

 

 

もう、うんざりだった。

 

 

老人の話はどれもこれも、彼に不快感しか与えない。

無意識の内に苛立ってしまい、彼の超能力者(レベル5)に至った超能力が溢れだす。

 

周囲の空間が禍々しく()()()()()。極めて異質な能力発露。

彼はそのまま老人を恫喝して追い返すために振り返って。

 

 

その表情を見て動きが止まる。

 

 

彼のすべてを見透かすような。そんな顔。

それに気圧されて黙った彼に、老人が語りかけてくる。

 

 

 

「過去に執着した事柄を、完全に捨て去るのは難しい」

 

 

 

未熟な若者を導くように、ゆっくりと紡がれる言葉。

 

 

 

「私にも覚えがあるのだよ。あの頃は、無駄に時間を浪費させられたものだ」

 

 

 

今の彼には何もない。やりたいことも、成し遂げたいことも。 

 

 

 

「気づいてしまえば呆気ないものだったがな。それ以降、私は過去に執着することは止めたのだよ」

 

 

 

彼はいつの間にか、老人の言葉に引き込まれていた。

 

 

 

「過去は過去。簡単な話だったのだ」

 

 

 

この老人の話を聞けば、彼の何かが変われるのだろうか。 

 

 

 

「……時に、久遠少年」

 

 

 

何の色もない、無意味なこの日常は。

すべてを失って。無感動になってしまった、この心は。

 

 

 

 

 

「君は、かつての仲間達の姿を覚えているのかね?」 

 

 

 

 

 

彼は記憶をたどり、仲間達の()()()()()()姿()しか思い出せないことに気がついて。

 

すべては終わってしまったことなんだと気がついて。

 

自分の心は、もうとっくに歪んでしまったのだと気がついて。

 

久しぶりに、心の底から大声を出して笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木山が警備員に拘束されて、連れ去られたあと。

久遠達の事情聴取は遅れに遅れていた。

現場は連続して行われた戦闘の影響で戦場跡のようになってしまっており、警備員はほとんどの人員を被害確認のために割り当てているからである。

 

久遠は警備員の車両に体を預けながら、ただひたすらに待機していた。

御坂は何やら考え事をしているらしく、ずっと悩ましげな顔でうつむいている。

木山が別れ際になにやら意味深なことを言っていたようだし、御坂にも何か抱え込んでいるものがあるのかもしれない。

 

そして二人はしばらく沈黙していたのだが、いきなり出現したツインテールの風紀委員(ジャッジメント)が御坂に飛びかかり、襲いかかっていった。

久遠には発情しているようにしか見えなかったが、ツインテールは御坂のことを心配していたのだとか。

 

常盤台の学生服を着たツインテールはこちらが全く視界に入っていないようだったが、ようやく存在に気づいてくれたらしい。

彼女は同僚らしき『頭に花を飾り着けた狂人』を帰らせたあとで久遠の方を見ると、怪訝な表情で口を開いた。

 

 

「ところでお姉様。こちらの殿方はどなたですの?」

「『噂』の【第四位】らしいわよ」

「……こちらの殿方が?」

 

 

久遠を見ながら会話を始めた二人の少女。

何故か御坂の声は棘があるような感じだった。

どちらも不審者を見るような目付きで非常に不愉快だったので、久遠は仕方なく自己紹介を始めることにする。

 

 

「俺は久遠永聖、長点上機学園の一年生。よろしくね」

「は、はぁ。えっと、わたくしは白井黒子(しらいくろこ)と申しますの」

 

 

それにしても、ツインテールの反応は明らかにおかしい。

彼女の雰囲気はまるで困惑しているような、こちらを探っているような。

 

 

「……『噂』とは随分イメージが違いますが」

「どんな噂か知らないけど、俺はいつもこんな感じだよ」

 

 

さらりと嘘をついて、朗らかに笑いかける。

白井は諦めたように息を吐くと、すっと雰囲気を切り換えてきた。

真面目な警察官のような眼差し。

風紀委員は学生による治安維持組織。つまり、これが彼女の職務中の顔らしい。

 

 

「貴方はどうしてこんな所にいるんですの?」

「近くを散歩してたんだけど、女の子が化け物と戦ってるのが見えたからさ。助太刀しようと思ったんだ」

「……べつに、アンタの手助けなんていらなかったわよ」

「あの化け物が原子力実験炉の目前だったから、俺も慌ててたんだよ」

 

 

御坂が拗ねたように割り込んでくる。

彼女の説明によると、無限に再生しているように見えた化け物はすでに再生機能を失っていたのだとか。

なんでも『幻想御手』をアンインストールするプログラムとやらによって。

つまり要するに、最後のトドメを久遠がかっさらってしまったということらしい。

自分のあまりの空気の読めなさに笑っていると、御坂が軽くツッコミをいれてきた。

 

 

「何いきなり爆笑してんのよっ」

「ごめん、ごめん。なんか笑えたからさ」

 

 

女の子を助太刀するなんて暗部らしくない任務になってしまったが、こんなオチがつくとは。

でも、それなら御坂にはちょっと悪いことをしたかもしれない。

それは苦戦させられた相手を消し飛ばす爽快感を、久遠が奪ってしまったということなのだから。

 

 

「……これで許してくれない?」

「なッ、どこ触ってんのよッ!?」

 

 

久遠は御坂の制服の上下に順番に触れていく。

スカートを触った時に激昂した御坂を宥めていると、白井が何をしたのかに気づいたようで、目を見開いて驚愕していた。

 

 

「お、お姉様。制服の汚れが」

「あ、アレ?なんで?」

 

 

『巻き戻した』時間は御坂の戦闘開始前。

新品同然にもやろうと思えばできるが、演算が面倒なのでこれで勘弁して欲しい。

一応、彼女達に捕捉で説明をしておいた方がよさそうだ。

 

 

「巻き戻しておいたよ。身体の傷も戻してあげたいけど、『記憶』とかも巻き戻っちゃうから諦めてくれ」

「……へぇ、【歪曲時計(ワールドクロック)】。名前の通りって訳ね」

「ま、まさかとは思いますが、時間操作系の能力なんですの?」

「そうだよ。速度操作系とよく間違われるけどね」

 

 

白井は相変わらず驚いているようだったが、御坂はなにやら顔を伏せて考え込んでいるようで。

それをぼんやりと眺めていると、彼女は顔を上げて決心したように語りだした。

 

 

「アンタに協力して欲しいことがあるの」

 

 

御坂によると、木山の目的は植物状態になって眠り続ける教え子を目覚めさせることだったらしい。

その教え子達を【歪曲時計(ワールドクロック)】で『巻き戻して』欲しい。それが御坂の頼みだった。

 

 

「アンタが事件に関わったのは偶然かもしれないけど、木山の教え子達を救ってあげてくれないかしら」

 

 

真剣な表情で頼んでくる御坂。

彼女の話の途中から、頼まれる内容をなんとなく予想していた久遠は、すでに決まっていた返事をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数時間後。

久遠はやっと事情聴取から解放されて、帰路についていた。

暗くなってきた景色の中を携帯端末で会話をしながら、自宅のマンションに向かって行く。

 

 

「で、介入する意味なかったらしくてさぁ」

「それは災難でしたね」

「警備員もダラダラと仕事しやがって、ぶっ殺してやりたかったよ」

「……久遠君が言うと冗談に聞こえませんが」

 

 

通話の相手は、久遠と同じ【メンバー】の構成員の査楽(さらく)

査楽は今回の任務は不参加だったため、雑談がてらに情報共有を行っているのだった。

それから査楽は一通りこちらの話を聞いたあと、妙なことを言い始める。

 

 

「ですが今回の任務は少々、羨ましいですね」

「……なんで?面倒なだけじゃん」

「あの【超電磁砲(レールガン)】と友好を深めたんですよね。連絡先まで手に入れられるなんて、最高じゃないですか」

 

 

査楽はミーハーなアイドルオタクなので、学園都市の広報CMなどに出演している御坂もそういう対象らしかった。

久遠にはまったくわからない感情だったので、自然と冷めた対応になってしまう。

 

 

「俺はそんなにいい女じゃないと思うけどね」

「女ではなく、美少女ですよ」

「査楽は貧乳が好きなのか」

「年齢を考えれば普通ではないですか?何より、常盤台中学は『学舎の園(まなびやのその)』のお嬢様達の代表と言っても過言ではない名門校。その内面の高潔さやあふれでる気品は他の追随を許さない、尊いもので」

「もういい、やめてくれ。俺が間違ってたから」

 

 

めんどくさいテンションになった査楽を黙らせて、久遠は深いため息をつく。

やはり、【メンバー】の中でも常識人は久遠だけだった。

いつも、いつも久遠が苦労する役回り。常々、こいつらを皆殺しにしてやりたいと思っている。

 

 

「それに連絡先もそういう流れで交換した訳じゃないしな」

「いつものように偽りの人格で騙して弄ぶためではないんですか?」

「お前、あとでバラバラにするわ。なんか俺の能力を使いたいんだって、すぐに断ったけどしつこくてさぁ」

「じょ、冗談です、僕に他意はありません」

「俺は冗談が大嫌いなんだ。この世で一番な」

 

 

急いで命乞いを始める査楽を無視して通話を切る。

世間の常識の一つ。言って良い冗談と悪い冗談がある。

アホの査楽はそんなことも知らなかったらしい。

 

査楽と会話している間に自宅が見えるところまで来たので、携帯端末をポケットにしまおうとした時、再び着信があった。

相手はもう一人の【メンバー】の構成員である、馬場(ばば)

馬場は拘束された木山の後始末を担当していたはずだが、もう仕事は終わったんだろうか。

なんにせよ、今からやるべきことは決まっている。

 

 

 

「……やっぱ面倒だし、明日でいいか」

 

 



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暗部日誌
第3話


 

歪曲時計(ワールドクロック)】は、時間を操作する超能力である。

久遠永聖(くどうえいせい)の身体から数センチ以内、または直接触れている物の時間を操る。超能力者(レベル5)の【第四位】。

学園都市に住む230万人の中でも限りなく頂点に近いその能力(チカラ)を、今日も彼は遊び半分で振り回していた。

 

 

「せっかく、オマエが興味ありそうな情報手に入れたのに」

「俺も悪かったって。そんな怒んなよ」

「悪いのはオマエだけなんだよッ」

 

 

夜のとある工場。

建設途中らしいその場所で、久遠は【メンバー】の任務に駆り出されていた。

無許可でその工場を取引現場に利用していたターゲット達。

彼らは学園都市外部の敵対勢力に技術を売り渡し、私腹を肥やした反逆者であるらしい。

つまりは、彼らの殲滅が今回の依頼内容。しかも類似組織への警告とするために、惨たらしく殺して欲しいという追加注文付き。

出入口を全て封鎖され、泣き叫びながら半狂乱で逃げだす反逆者を久遠はゆっくりと追いつめていく。

視界に入った奴を、一人一人()()()()()()()()()()()黒いピアスを通して会話を続ける。

 

 

「前にお相手した風紀委員のお姉さんから連絡きちゃってさぁ。また会いたいって言うから、断れなくて」

「オマエは毎日そんな感じだろ。先に誘ったんだからこっちを優先しろよ」

「その人、風紀委員なのに堅物な感じしなくてさ。顔もスタイルも良いんだ」

「僕に言うな。そういう話は査楽としろ」

 

 

任務開始時は抵抗する奴や外に逃げようとする奴もいたが、抵抗する奴は真っ先に久遠に惨殺されて、外に逃げた奴は博士の『発明品』の餌食になってしまった。

博士の発明した作品の一つ、反射合金の粒『オジギソウ』。

久遠も何度か目にしたことがあるが、人間が骨だけ残して消えていく光景はかなり傑作で、流石はあの狂人の発明と思わせる作品である。

 

 

「オマエの好きそうな『噂』ってヤツだよ」

「へぇ。じゃあこのあと『拠点』行くから、その時に教えてくれよ」

「ちゃんと僕に謝罪したらな」

 

 

そんな風に呆気なく殺されていく仲間の姿に絶望でもしたのだろうか。

もうターゲットは気絶してる奴と、諦めてすすり泣く奴しか残っていなかった。

久遠が適当に近くにいた奴に手を伸ばすと、そいつも本日の恒例になっている命乞いを始める。

 

 

 

「お、オレ達が悪かった、だっ、だから、お願い、だ、ユルし、テ」

 

 

 

「……なぁ、コイツもこんなに反省してるんだしさぁ。馬場もそろそろ水に流してやれよな」

「ふざけんな」

 

 

血色の鍋をぶちまけたような工場でまた一人。

本日の任務完了まで、あと五分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市の第十八学区にある『17拠点』と名付けられたマンションの一室。

そこは久遠達三人の溜まり場になってしまった、【メンバー】の待機場所のことだった。

三人の通う学校から近いから。そんな理由で私物を山ほど持ち込まれ、そこはとても暗部の拠点とは思えない部屋になってしまっている。

久遠は任務の帰りに買ってきた差し入れのハンバーガーを手に持って、部屋の中へ入っていった。

 

 

「遅い。こんなにかかる距離じゃなかっただろ」

「差し入れ買ってきたんだよ。そんなイライラすんなって」

 

 

先に到着していた小太りな少年、馬場はイライラしながら言い放った。

昨日、約束を破ったことを未だに怒っているようだ。久遠は仕方なく宥めてやることにする。

馬場の好きな食べ物なんて知らないが、ハンバーガーが嫌いな人はそんなにいないはずだ。定位置である高級そうなソファーに座りながら、買ってきた差し入れを渡して笑いかける。

だが、渡された紙袋を見て、馬場の怒りで真っ赤だった顔が青くなった。

 

 

「……オマエ、よくこんなの食う気になるな」

「あれ、馬場ってハンバーガー嫌いだったっけ?」

 

 

先ほどまで工場内のナビ係をしていた馬場は、久遠が人間を素手でバラバラにする映像をリアルタイムで見ていたのだ。

暗部に所属してそれなりに時間が経つ馬場だが、しばらく肉料理は食べたくない。

本気で意味がわかってなさそうな久遠に呆れの目を向けていた馬場だったが、この精神異常者に何を言ったところで無駄だと諦めた。

 

 

「……イヤ、今は食欲がないだけだ」

 

 

そのやり取りだけで、何があったのか大体察した査楽が苦笑いする。

査楽の任務は工場の外に出ていた連中の暗殺だったので工場内の反逆者達の末路は知らなかったが、馬場が気分を害するほどに酷い有り様だったらしい。

 

 

「馬場君、それで見せたい情報とは何なんですか?」

「大した情報じゃないんだろ、どーせ」

 

 

すかさず久遠が茶々を入れたので、馬場の額に血管が浮かぶが、気を取り直して話を始める。

 

 

「『幻想御手(レベルアッパー)』事件の後始末で手に入ったんだけど」

「俺の大活躍で万事解決したあの事件か、なんだか懐かしいぜ。ハッ、アイツら元気してるかなぁ」

 

 

一昨日の話を、遥か昔の思い出のように語る久遠。

馬場は真面目に聞くように睨むが、久遠は素知らぬ顔でハンバーガーを食べ始めた。

 

 

 

 

 

「あの時、下部組織の連中に木山の住処をあさらせてたんだけど、そこで面白い物が見つかってね」

 

 

 

 

 

「……変態かよ」

「僕は変態じゃない」

 

 

馬場は再び激昂するが、久遠は相変わらずハンバーガーに夢中なようで全く意に介さない。

ついに馬場が食べなかった分のハンバーガーにも手を伸ばして、心底どうでも良さそうにしている。

 

 

「馬場君が面白いと言うほどの情報があったのはわかりましたが、よく持ち出せましたね」

 

 

学園都市統括理事長の直轄部隊、暗部組織【メンバー】。

その言葉だけを聞くと凄まじい権力を持っているように聞こえるが、実際にはただの便利屋でしかなく機密情報を全て把握している訳ではない。

馬場の言う「面白い情報」が重要な機密なら、こんな三人の溜まり場に持って来られる訳がないのだ。

 

 

「ただの研究者の木山が何故、ここまでの情報を所持していたのかはわからない。けど、二人も興味はあると思うよ」

 

 

そう言いながら馬場はメモリーチップらしき物を見せつけた。

どうやら無断でコピーして持ち出してきたらしい。

 

 

「僕が回収する前に、木山の所持品に手を着けたヤツはいないはずだ」

 

 

下部組織のボンクラどもを除いてだけどね。と呟きながら。

馬場は慣れた手つきでチップを嵌め込み、学園都市最先端の情報端末を起動させる。

 

 

「今までの、チンケな噂話なんかとは比べ物にならない情報なのは間違いない」

 

 

馬場は勿体ぶりながら二人の反応を眺めた。

ズラリと並ぶリストの中から選択した項目を開いて、情報端末の画面を久遠に向ける。

 

 

 

 

 

「久遠、オマエに最初に見せたかったんだ」

 

 

 

 

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画】

 

 

 

 

 

「おい、すっげぇの見つけてきたな。馬場ちゃん」

 

 

久遠は子供の頃のように顔を輝かせた。

 

 

 

 

 

学園都市の空に浮かぶ世界最高峰のスーパーコンピュータ。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)による演算の結果、学園都市に存在する超能力者(レベル5)の八人の中で、【第一位】の【一方通行(アクセラレータ)】だけが【絶対能力者(レベル6)】に到達できることが判明した。

 

一方通行(アクセラレータ)】に通常の時間割り(カリキュラム)を250年分組み込むことで【絶対能力者(レベル6)】に辿り着く。

 

時間操作の超能力者(レベル5)である【歪曲時計(ワールドクロック)】を運用し250年を短縮、あるいは【一方通行(アクセラレータ)】を250年延命させることで解決を図るが、短縮では【一方通行(アクセラレータ)】の寿命が問題となり、延命では時間割り(カリキュラム)も巻き戻ってしまうため、【歪曲時計(ワールドクロック)】では不可能と判断し『250年法』を凍結。

 

他の手段として、実戦における能力の向上をこちらで操ることで【絶対能力者(レベル6)】を目指すことにする。

【樹形図の設計者】に再度演算させた結果、超能力者(レベル5)の【超電磁砲(レールガン)】を128回殺害することで【絶対能力者(レベル6)】に進化することが判明した。

 

しかし、【超電磁砲(レールガン)】を128人用意することは()()()()

 

よって【超電磁砲(レールガン)】の劣化クローンである【妹達(シスターズ)】を運用し、二万体を殺害させることで【絶対能力者進化(レベル6シフト)計画】とする。

 

 

 

 

 

しばらくの間、三人は沈黙していた。

久遠はまだ情報端末に身を乗り出して確認していたが、馬場と査楽は会話を始める。

どうやら二人は、これを半信半疑の噂話だと思っているようだった。

 

 

「随分、壮大な話ですね。二万人のクローンとは」

「しかも『妹達』とやらの詳細もちゃんと作ってあるしね。作り話なんだろうけど、かなり手の込んだ『噂』ってヤツだよ。これは」

「久遠君の能力詳細も記載されていましたね。これを流した人物は相当な命知らずのようで」

「ハハッ、だろ?そうなんだよ。久遠、それを流したヤツぶっ殺すなら探してやろうか?」

 

 

木山春生が【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を知っているようだったのも、御坂美琴に意味深な発言をしていたのも、これを知っていたから。

 

そして、久遠永聖の()()()()が行われた理由は。

 

一方通行(アクセラレータ)】を絶対能力(レベル6)にするためのものだったのか。

 

ゆっくりと情報端末から離れた久遠は、ソファーに戻って静かに笑いだした。

 

ふつふつと沸き上がる何か。それは久しぶりの感覚。

 

学園都市最強の一角である久遠永聖が。最凶の【歪曲時計(ワールドクロック)】が。

 

 

実験動物(モルモット)

 

 

ひたすら笑い続ける久遠に、馬場達が話しかけてくる。

 

 

「おい、急にどうしたんだよ。笑いだして」

「……何か気になる所でも?」

 

 

二人はただの噂話だと決めつけているが、久遠はこれが事実だと確信していた。

でも、それに至るまでの考察を説明するのも面倒だ。

今はそんなことはどうでもいい。

 

瞳をドス黒い憎悪に染めながら、久遠は静かに呟いた。

 

 

 

「この俺を、踏み台にしようとするヤツがいるなんてな」

 

 



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第4話

 

学園都市の【第一位】【一方通行(アクセラレータ)】について、久遠が知っていることはそこまで多くなかった。

この世界の、ありとあらゆる『ベクトル』を操作する、学園都市の頂点とされた存在。

学園都市最高の演算処理能力を誇る、人格破綻者。

 

一方通行(アクセラレータ)】にご執心の『()()』に聞けばもっと詳しい話を教えて貰えるだろうが、今のところはそこまでする気はない。

 

久遠は自分の能力(チカラ)、【歪曲時計(ワールドクロック)】に絶対の自信を持っているので、仮に【第一位】の【一方通行(アクセラレータ)】と戦闘になったとしても、ある程度は勝負になると予想していた。

しかし、久遠より格上かもしれないあの先輩が【一方通行(アクセラレータ)】との直接戦闘を避けていることから、久遠が敗北する可能性の方が高いのかもしれないとも思う。

 

やはり直接戦闘は避けるべきなのか。でも、久遠を踏み台にして【絶対能力者(レベル6)】に到達するのは絶対に許せない。

 

実験を凍結させる手段はすでにいくつか思いついている。しかし、それには問題もあった。

 

おそらく【絶対能力者進化計画】は学園都市上層部に容認された、あるいは主導で行われている実験である。

暗部に所属する久遠が学園都市上層部の意思に反することは、『裏切り』になってしまうのだ。

久遠は自分が裏切ったあとの展開を予想していく。

学園都市の刺客達をあらかた皆殺しにしたあとで、派遣されてきた先輩との死闘の末に敗北する光景が頭に浮かび、それを考えるのをやめる。

 

 

「……ちょっと。アンタ、聞いてる?」

 

 

あの日、馬場が木山のメモリーチップを入手できたのは単なる偶然なのか。

ただの研究者である木山春生が、何故あんな機密情報を持っていたのか。

 

いくらなんでも簡単に機密情報が手に入りすぎている気がするのだ。

 

ある程度の実験関係者には知られた情報で、上層部は久遠のような存在にそれを知られたところで大したことはないと思っているのか。

あるいは()()()()()()()()()()()()()()()と、端から気にもしていないのか。

 

問題は【一方通行(アクセラレータ)】ではなく、学園都市の上層部。

 

上層部への反逆は、間違いなく個人では難しいだろう。

だが、【メンバー】の仲間である馬場も査楽も、学園都市上層部と久遠永聖を天秤に掛けたら上層部につくに決まっている。

 

 

「ねぇ、返事しなさいよ」

 

 

ここは、先輩と協力するのが一番良さそうに思えてきた。

久遠も彼も【一方通行(アクセラレータ)】が目障りなのは共通している。

そして二人で組むことができたなら、上層部が送ってくる刺客など相手にもならないだろう。

 

 

「ねぇって、なんでガン無視してんのよっ!!」

 

 

そこまで考えて、最後に先輩に合った時のことを回想する。

あれは確か『令嬢狩り』の時だったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令嬢狩り(レディハンター)』を名乗る高位能力者が暴行事件を起こしているらしい。

そんな噂を聞いた、久遠、査楽、馬場の三人。

彼らは噂の真偽を確かめるために立ち上がり、三人の力を合わせて、馬場が一人で情報を収集した。

 

久遠は『学園都市の闇の人体実験』系の噂が好みなので、正直乗り気ではなかったのだが、いつもクールな査楽が珍しく乗り気だったので付き合うことにしたのだった。

 

三人の力を合わせたお陰で、馬場は一人で『令嬢狩り』の犯人を特定する。

 

三人の力を合わせて、久遠が一人で犯人を確保して拘束。

そいつを警備員に引き渡した三人はみんなに称賛されて、学園都市にようやく平和が訪れたのだった。

 

()()()()()()()()「どうせならさぁ、可愛い娘が狙われてるところを助けて正義の味方ごっこしようぜ」という人格破綻者(くどう)の悪辣極まりない意見が通ってしまい、『令嬢狩り』の監視生活を始めることになる。

 

 

「コイツは生意気そうだし、いい気味だね」

 

「もうちょっと、胸がデカかったらなぁ」

 

「この娘は少々、服装が派手すぎますね」

 

 

今日も今日とて『ヒロイン』の選別を行う三人。

『令嬢狩り』の魔の手が少女達を襲う映像をまるで映画か何かかのように観賞する彼らは、『令嬢狩り』と大差ない外道であった。

まことに残念ながら、本人達に自覚はないのだが。

 

 

「この娘、可愛いですよね!?」

 

 

何件かの暴行事件をスルーした彼らだったが、査楽がついに好みの相手を見つけたらしい。

その頃には『令嬢狩り』ブームに飽きていた久遠と馬場は、協力プレイしていたゲーム画面から監視カメラの映像に視線をうつす。

その液晶画面を覗いてみると、そこには黒髪ロングの清楚そうなお嬢様が映っていた。

 

 

「へぇ、査楽はこんな娘がタイプなんだ」

「すぐに向かうなら位置情報出すけど、どうする?」

 

 

興味がなさそうな二人とは対照的に、即答で「行きますッ」と興奮気味に叫んで部屋を飛びだして行った査楽。

久遠と馬場は顔を見合わせ、一応どうなるのかを確認する。

査楽はレベル3の【空間移動(テレポーター)】で、相手の背後に回る暗殺がメインの戦闘スタイルのはずだが、流石に一般人に負けることはないだろう。

 

しばらくして『令嬢狩り』視点の画面に現れた査楽は戦闘を開始し、間もなくあっさりと敗北する。

今になって考えると『令嬢狩り』は『幻想御手(レベルアッパー)』の効果を使って能力を強化していたのだろうが、『幻想御手』のことを知らなかった久遠は一般人にやられた査楽の無様な姿に大爆笑した。

 

 

「今日の査楽はさぁ、本っ当に面白いなぁ」

 

 

仲間の査楽が『令嬢狩り』に追い討ちをかけられているのを見て、笑いすぎて涙目になっている久遠。

査楽が劣勢になってからというもの笑いっぱなしである。

流石に見かねた馬場が、呆れた表情で呟いた。

 

 

「……そろそろ助けに行ってやれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠が現場に到着してから三分後。

 

念動能力(テレキネシス)】らしき『令嬢狩り』は地面に頭をつけて気絶していた。

今回は任務ではなくプライベートなお遊びのため、殺したりはしていない。

むしろ久遠としては、かなり笑わせてもらったのでこのまま無罪放免にしてやりたいくらいだ。

査楽が近くでボロ雑巾みたいになってるのを見てしまい、再び笑いそうになるが『正義の意思(ジャスティスメンタル)』で我慢する。

あまり見ないようにしよう、あとから録画で見れるんだし。そんなことを考えながら被害者の方を向いた。

 

『令嬢狩り』に痛めつけられて、あちこちに擦り傷を作っている常盤台の制服を着た少女。

助けにきた査楽が瞬殺された時は絶望したような顔をしていた彼女だが、今はじっとこちらを見つめている。

 

 

「大丈夫?」

 

 

彼女と目が合ってしまったので、久遠は優しく笑いながら話しかけることにした。

いつもの優しい少年のような擬態。

仲間内で「似合わな過ぎて気味が悪い」と大絶賛されているそれは、長時間使用すると久遠本人が飽きて止めてしまうのだけが欠点だった。

 

 

「は、はいっ」

 

 

頬を染めて答える彼女を見ながら久遠は思う。これはあとで、査楽の反応がめんどくさそうだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、常盤台の少女を『学舎の園』と呼ばれるお嬢様学校が共同運営する区画まで送ることになる。

区画内は男子禁制の場所なのだが、何度も女の子を送迎したことがあるので手慣れた物だった。

被害者の女の子に何度もお礼を言われたが、彼女は久遠の本性を知ったらどんな反応をするんだろうか。

 

その後、久遠は『17拠点』に戻ることなく近場のファーストフード店に入っていく。馬場に回収されていった査楽に会いたくなかったがためである。

注文したハンバーガーを持って席に着き、黙々と腹を満たしていく。

今日はこのまま帰って寝ようかな。なんてことを考えながら。

先ほどから携帯端末には査楽から何度も着信が来ていて、そろそろ鬱陶しくなってきた。

もう着信拒否するべきだろうか。久遠が画面を見ながら考えていると、テーブルの向かい側に誰かが座った気配がする。

店内は相席が必要なほど客が入っているようには見えなかったのだが。久遠は怪訝に思いながら、その人物の方を向いた。

 

 

「よお、久しぶりだな」

 

 

久遠よりも明るく染められた髪に、長身で二枚目の男。その声や表情からは何やら風格のような物も感じる。

ホストみたいな格好のこの男と、久遠は知り合いだった。

 

 

「先輩じゃん。ほんとに久々だね」

 

 

 

垣根帝督(かきねていとく)

久遠がこの学園都市で唯一『先輩』として扱っているこの男は、超能力者(レベル5)の【第二位】【未元物質(ダークマター)】。

そして、過去に久遠が全力で戦闘して勝てなかった相手でもある。

 

 

何の変哲もないファーストフード店で、【第二位】と【第四位】が向かい合う。

二人の関係は今のところ友好的ではあるのだが、もしもケンカでもしよう物なら周囲一帯が更地になりかねない。

店内にそんな爆発物があるとは知らずに、周囲の人々は楽しげに談笑していた。

何も知らない彼らから見ると不良少年の二人が会話しているようにしか見えないので、これは仕方のないことなのだが。

 

 

「先輩って、この辺に住んでるんだっけ?」

「いや、近くに用があってな。その帰りだ」

 

 

久しぶりの再会に久遠は少しテンションが上がってくる。

垣根帝督。彼は久遠より二つ年上で、学校こそ違うがまさしく『先輩』なのだ。

 

同じ置き去り(チャイルドエラー)で。

同じ超能力者(レベル5)で。

チームは別だが、暗部組織の【スクール】に所属している。

 

共通点の多かった二人は初対面の時こそ()()()()()が、それ以降はなんやかんやあって、部活の先輩後輩みたいなノリで接していた。

ちなみに久遠が先輩と呼称する人物は、学園都市の中で垣根ただ一人である。

 

 

「お前も確かこの辺じゃねえだろ。長点上機は十八学区のハズだぜ」

「さっきまで『学舎の園』に行ってたからさぁ」

「ハッ、相変わらず懲りねえな。お前はよ」

 

 

付き合いもそれなりに長いので、何か勘違いをさせてしまったらしい。

別に自分がなんと思われようと気にしないが、今回は確か『正義の味方』になっていた気がする。

 

 

「それは誤解だって、今回は人助けなんだからさ」

「また女を騙して遊んでやがったんだろうが、お前は限度って物を知らねえのか?」

「本当に違うんだって。拠点には多分、美少女を助けたシーンの映像も残ってるし」

「……いや、どんな流れでそうなるんだよ」

 

 

垣根は呆れたような表情を浮かべた。

その後、久遠は一連の流れを説明して、垣根は最後には馬鹿にしたような笑顔を見せる。

 

二人はどちらも闇の住人で、人を殺すのを何とも思わない。

 

利害が一致しなければ、お互いを排除するのも躊躇わない。

 

だが、今の二人にそんな殺伐とした雰囲気はなかった。

 

そう、周囲に友人同士だと思われるくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

垣根のことを思い出したついでに『あの時の査楽』を思いだして久遠は笑いそうになる。

 

現在、久遠が居る場所は第七学区のファミレス。

 

馬場に『絶対能力進化計画』を知らされたあと。

自宅に戻った久遠は携帯端末を確認して、御坂美琴からの連絡があったことに気がついた。

その内容は荒っぽい文章で綴られた呼び出し。久遠は正直行きたくなかったが、『絶対能力進化計画』を潰すために彼女の力が必要になる可能性もあると考えて、こうして呼び出しに応じてあげたのだった。

 

 

 

「あァーもぉーーッ、無視すんなァァーーーッ!!」

 

 

 

どうして、コイツはいきなり怒鳴りだしたのだろうか。

どうして、学園都市には平和が訪れないのだろうか。

 

 

「店の中では静かにしろよな」

 

 

久遠は人差し指を口に当てて、御坂を咎めるような口調で注意する。

とりあえず、ここは大人の対応をしなくてはならないだろう。この手の店は騒ぎ過ぎると追い出されてしまうのだ。

 

 

 

「ア、ン、タ、がッ、悪いんでしょォがぁァーッ!!」

 

 

 

このままでは痴話喧嘩のように思われてしまうかもしれない。

周囲はとっくに二人を白い目で見ていたが、久遠は諦めずに他人のフリをすることにした。

冷静にアイスコーヒーを喉に流し込みながら外の景色を眺める。

一通り眺めてみたが、真夏の日差しが眩しかったのですぐに視線を戻した。

 

 

「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので」

 

 

やってきたウェイトレスのお姉さんは、狂犬のように吠える御坂に話しかけたくなかったのだろう。

久遠の方を真っ直ぐ見ながらそう言ってきた。

 

超能力者(レベル5)は隠しても隠し切れない人格破綻者の集まり。

 

これを最初に言い出した人は、きっと今の久遠と同じ気分だったに違いない。

人格破綻者どもの中でただ一人。やっぱり久遠だけがまともな常識人で、最後の良心なのだろう。

 

 

 

「本当に俺以外の超能力者(レベル5)は、みーんな頭がイカれちまってんなぁ」

 

 

 

それを聞いた御坂は、怪獣のような大声で怒鳴り散らした。

 

 



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第5話

 

第七学区のファミレスで待ち合わせた二人。

 

先に席に着いていた美琴が少し遅れてやってきた彼に文句を言って、彼が軽く謝罪する。

彼の注文したアイスコーヒーをウェイトレスが持って来るまでの間、美琴は本題には入らずに世間話を振ってみることにした。

上っ面だけの会話になると思っていた予想は外れ、二人の会話は予想以上に弾む。

 

常盤台中学校と長点上機学園は中学校と高等学校でありながら、学園都市ではライバル校のように扱われている。

レベル3以上が入学する最低条件の常盤台と、一芸に特化した人材を集めた長点上機。それぞれの校風は正反対と言ってもいいが、能力使用の許された体育祭である『大覇星祭(だいはせいさい)』で両校は毎年激しい首位争いをしていた。

 

そんな各校のエースとも言われている二人は、意外にも仲良く会話をしていたのだが、彼が届いたアイスコーヒーで喉を潤して、美琴が本題に入るために話しかけた時にそれは始まった。

 

 

 

 

 

二十分。

 

 

 

 

そう、二十分である。

美琴の目の前の少年は二十分もの間、彼女を無視し続けていた。

最初は目を開けたまま気絶してるんじゃないかと思ったりしたが、瞬きはしているし、呼吸もしている。美琴はずっと声をかけ続けているのだが、流石に周囲の目が気になってきてしまう。

そして、一度気になってしまうと周囲の人達の話を勝手に耳が拾ってしまい。

 

 

 

 

 

「結局、一人で喋ってるあの常盤台の女は何してる訳?」

「彼氏にフラれたけど、納得いってない。とかー?」

「超修羅場ってヤツですね。初めて見ましたが」

 

 

 

 

 

そんな周囲の完全なる勘違いに。

 

目の前でフリーズしてる変人に。

 

美琴はブチギレた。

 

 

 

 

 

 

 

何度も話しかけているのに、無視されて怒ってしまった少女。

 

こう聞くとなにやら、可愛げのある光景を想像する人もいるかもしれない。

しかし、少女こと御坂美琴のキレっぷりはそんな可愛らしい物ではなかった。

 

ファミレスを追い出された二人は会話をすることなく、近場にあった噴水広場のような場所に移動する。

カップルや女友達のグループが楽しげに談笑している憩いの場で、ブチギレた美琴とダルそうな彼は完全に浮いてしまっていた。

美琴は腕を組み身体から漏れでた電気をパチパチと発して、彼を鬼のような形相で睨みつける。

しばらくは美琴をなだめようと試みた彼だったが、お侘びとして何かを奢ることになり、彼女の命令で近くで営業していたクレープ屋の行列に並ぶことになったのであった。

 

気だるそうに行列に並ぶ彼を睨みながら、御坂美琴は回想する。

 

やっぱり『噂』なんてものは当てにはならない。

長点上機学園の超能力者(レベル5)、久遠永聖は世間知らずのお嬢様が通う名門校、常盤台中学でそれなりに『噂』になっている殿()()だった。

 

 

「紳士的で優しい素敵な殿方」だとか。

 

「弱き者、困っている者を助ける人格者」だとか。

 

「物語の王子様のような御方」だとか。

 

 

常盤台のお嬢様の感性が、世間と若干ズレていることは理解していたので話半分に聞いていたが、実際の王子様とやらは『コレ』である。

 

初めて出会ったのは『幻想御手(レベルアッパー)』事件。

木山の『幻想御手』が暴走して生まれた化け物である『幻想猛獣(AIM バースト)』との戦闘中。

何度も再生する『幻想猛獣』をギリギリのところで停止させた最終局面。

あとは、美琴の最大火力を叩き込む。そう思って視線を『幻想猛獣』に向けた時、すでに()()()()()()()状態の少年がそこにいた。

『幻想猛獣』が消し飛び、忘れていたかのように遅れてきた衝撃波と爆音が美琴達に襲いかかる。

離れて見ていた木山が腰を地面に着けるほどのそれを、なんとか耐えて彼の方を見る。

彼はやる気の感じられない様子でゆっくりと周囲を見回して、美琴と木山の方を見ると不良少年みたいな見た目に反して優しく声をかけてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木山が警備員に拘束されたあと、彼女の発言が美琴の頭の中にずっと残り続けていた。

 

 

「君も私や彼と同じ、限りなく絶望に近い運命を背負っているということだ」

 

 

その言葉の意味はわからなかったが、美琴の知らない何かを木山は知っているらしい。

今は考えてもわからないので、とりあえず後回しにするべきなのはわかっている。だが、どうしても気になってしまうのだ。

いや、他のことを考えよう。そして美琴と一緒に警備員の事情聴取を待っている少年の方を見た。

 

腕を組んで警備員の車両に身体を預ける少年。木山によると彼が『噂』の久遠永聖であるらしい。

 

長点上機の超能力者(レベル5)。【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)

 

名門校の制服を「知ったことか」と言わんばかりに着崩したその少年は、髪も染めている上に耳には黒いピアスまで着けている。

容姿こそ整っているが、どこからどうみてもスキルアウトと同類の不良生徒で、美琴は「これのどこが王子様なのよ」と常盤台のお嬢様の感性を疑ってしまう。

口調や物腰こそ優しかったが、戦闘中にいきなり乱入してきたことや、周囲への影響を考えない能力行使に隠しきれない変人っぷりが透けて見える気がした。

 

彼も何かを考えているのか、どこかを黙って見つめながら静かに佇んでいる。

そういえば木山が彼を『本命』と呼んでいたなと思いながら話しかけようとして、空間移動してきた黒子に抱きつかれ、しばらくお預けとなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレープ屋から戻ってきた彼は、買ってきたクレープを美琴に渡すと面倒くさそうに切りだした。

 

 

「……もう、喋っても大丈夫?」

「アンタがきちんと謝罪したらね」

「何回も謝ったじゃんか、俺も悪かったって」

「“アンタも”じゃなくて、“アンタが”でしょーがッ」

 

 

目の前の変人は未だに自分の非を認めていなかった。

また頭に血が昇りそうになる美琴だったが、なんとか堪えて我慢する。

今日の会話の流れで、そんなに気を使って話さなくてもいいと美琴がカマをかけると、彼は即行で擬態を解いた。

黒子が美琴に突撃してきたあと。黒子を交えて会話していた時からずっと違和感を感じていたが、こんな人格破綻した本性が現れるとは流石に予想外過ぎる。

とりあえず二人は近くのベンチに移動することになり、クレープを食べながら会話を続けた。

 

 

「それよりさぁ、話の続きしよーぜ」

「……アンタ、本当にいい性格してるわね」

「あぁ。それで、確か俺の能力の話だったっけ?」

「聞こえてたんじゃないっ、アンタ本当にぃッ」

 

 

またしてもヒートアップしそうになる美琴。

そして、それを不思議そうに見る彼。

これ以上、この話を続けるとまた美琴が爆発すると察した彼は、嫌そうな表情で自分から話しだした。

 

 

「自分の能力って、あんまり人に話したくないんだよなぁ」

「アンタの説明が足りてないのが悪いのっ」

 

 

美琴が今回、この変人を呼び出した理由。

それは木山の目的だった、植物人間になってしまった生徒達の恢復(かいふく)

木山は彼の能力である【歪曲時計(ワールドクロック)】によってそれが成せると確信しているようだった。

 

木山が警備員に連行されたあと。責任感が強く、性根の優しい少女である美琴は彼に協力を要請することにした。

それは、美琴にとって今回の事件は完全なるハッピーエンドではなかったから。

『幻想御手』の使用者達の生活こそ元に戻っているが、木山はしばらく表には出られないだろうし、木山の生徒達は寝たきりのまま。

それを変えられるのは、目の前の彼だと美琴は思っていた。

突然、今回の事件に乱入してきた彼。まるで運命か何かのように都合良く、木山の生徒達を恢復させる手段を持っているらしい。

 

しかし、現実の彼は「能力の限界を超えている」の一点張り。

彼は試そうとする気すらなく、無理だと確信しているように美琴には思えた。

そして、木山と彼のどちらの言い分が正しいのか判断がつかなかった美琴は、自らの能力を悪用して『書庫(バンク)』への不正アクセスという強行手段に出る。

妙に厳重だった閲覧規制を突破して、久遠永聖の能力【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を知った。

 

学園都市で唯一の時間操作系能力。

有効範囲は自身と周囲の数センチ、そして直接接触した物を操る。

効果範囲内の時間を歪曲する(ずらす)ことを可能とする能力。

時間加速、時間停止。そして、時間逆行。

 

書庫に記載された様々なスペックを見る限りでは、木山の言っていた通り生徒達を寝たきりになる前まで『巻き戻せる』ように思える。

というか、美琴は【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を見て、何故このチート能力が自分より序列が下なのかわからなかったし、【第四位】がコレなら【第一位】と【第二位】はどんな化け物なんだと戦慄した。

 

ともかく、これは『巻き戻せる』と確信した美琴は久遠を呼び出すことにする。

呼び出しの文面は簡単に省略すると「アンタ、嘘ついたでしょ。ちょっとツラ貸しなさい」といった内容で、その脅迫のような文面を見た時、彼はおもいっきり顔をしかめた。

 

 

「何で俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を知ってんのかは聞かないけどさぁ」

 

 

美琴に問い詰められた彼はしぶしぶ話を続けた。

本当に嫌そうに話す彼は、クレープを一気に食べきるとベンチから立ち上がりどこかに向かう。

 

 

「ちょっと、どこ行く気よ」

「説明する道具を取ってくるだけだって」

 

 

彼はそう言いながら自動販売機に向かって行き、ジュースを二つ購入して戻ってきた。

片方を投げ渡され、美琴は反射的にお礼を言う。

彼はそのままジュースを飲み干すと、空き缶を見せながら語りだした。

 

 

「『時間逆行』にはいくつか制限がある」

 

 

真面目な彼の顔を見て、美琴は静かに聞くことにする。

 

 

「まず、一つ目。時間が経過しているほど、つまり巻き戻す時間が長いほど演算に時間がかかる。何千年、何万年とか経過している物は俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】では巻き戻せない」

 

 

予想の範囲内。

つまり、発掘された古代遺産を当時の時間に巻き戻すような、無茶苦茶な時間逆行はできないということ。

しかし、今回は関係ないはずだ。木山の巻き戻したい時間はせいぜい数年前のはず。

 

 

「そして、問題は二つ目。俺の理解できない物、演算に組み込めない物は巻き戻せない」

 

 

そう言いながら、彼は能力を行使したのだろうか。

手に持っていたジュースの空き缶が新品同然に巻き戻っていた。

美琴は彼の言っていた意味がわからず、続きを促すように彼を見る。

彼は美琴を見ていなかった。巻き戻したジュースの缶を手で弄びながら、何もないはずの場所を見ている彼は呟く。

 

 

 

「【歪曲時計(おれ)】は人間の『()』に干渉することはできないんだ」

 

 

 

さらりと言われたその一言に美琴は一瞬思考を停止していたが、彼の発言の内容に絶対に許せない部分があったため、声を荒らげた。

 

 

「アンタッ、木山の生徒達はもう死んでるって言ってんのッ!?」

 

 

彼は何を考えているか分からない無色の瞳で美琴を見る。

その瞳にのまれ、黙ってしまった美琴に彼は言った。

 

 

「どうして、俺がソレを巻き戻せないと知っているのかだけど」

 

 

彼の声は何の感情も込もってないように感じる。

 

 

「何年か前にやらされたんだ。()()()()()()()実験」

 

 

彼の話の続きを聞いてはならない。美琴の脳がそう言っているような気がした。

そうだ、木山が言っていたではないか。限りなく絶望に近い運命を背負っているのは。

 

 

「結果は全ての検体で失敗。死体は何故かどの時間に巻き戻しても、身体だけが巻き戻って目覚めることはなく。戸籍上で死亡扱いだった検体はその後、全て処分された」

 

 

木山も美琴も。

そして彼も。

 

 

「木山の生徒達が、この先の未来で目覚める可能性があるのなら、【歪曲時計(ワールドクロック)】はきっと巻き戻せる」

 

「でも、目覚める可能性がなかったなら【歪曲時計(ワールドクロック)】がそれを確認してしまうかもしれない」

 

「部外者の俺達がやることじゃないだろ。これは木山がやるべきことだ」

 

 

彼の考え方が正しいのかは、美琴にはわからない。

ただ美琴にわかったのは、他人に強制的にやらせるような行為ではないということだけだ。

とりあえず今、美琴がするべきことは。

 

 

「……ゴメン、ちょっと考えが足りなかったかも」

「俺はどうでもいいよ。木山の生徒達には会ったこともないし」

 

 

彼は本当に興味がなさそうに呟いた。

思えば、『幻想御手』事件で美琴は木山の記憶を見たことがあったのだった。

だから、木山に感情移入し過ぎていたのかもしれない。

 

木山が彼の話を聞いたらどんなことを思うのだろうか。

それとも、いや、それでも木山は。

 

 

「多分だけどさ、木山は知ってたと思うよ」

 

 

美琴の考えを見透かすように彼は言った。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()から巻き戻せると思ったんだろうね」

 

 

 

そうだったらいいな。と美琴は思い。

 

そうなったらいいな。と美琴は思う。

 

そして、久遠永聖の『噂』はあながち全てが間違いではないのかもしれないと、ほんの少しだけ思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと、ちょっと重い空気になってしまった二人は日が暮れだした学園都市の街並みを歩いていた。

常盤台の寮の門限について何故か詳しかった彼が美琴を送ると言いだしたので、二人で寮に向かうことになったのだ。

美琴にとっても、今は誰かと話していたい気分だったので都合がいい。

 

二人で何でもない雑談をしていると、寮の近くまでたどり着いた。

最後に、美琴は本日の会話で気になったことを尋ねることにする。

言いたくないなら言わなくてもいい。そう前置きした上で。

 

 

「……どうして、木山の考えてることがわかったの?」

 

 

彼は美琴よりも木山のことがわかっているような口ぶりだったから。

『命』への干渉が不可能なことを、木山が知っていると考えているみたいだったから。

 

 

「……もうほとんど覚えてないんだけどさぁ、(おれ)がそうだった気がするんだよな」

 

 

彼は優しく笑ってそう言った。

美琴もつられて笑って、二人は別れる。

 

美琴は寮の部屋に戻り、いつもの日常に戻っていく。

黒子が待っていて、他愛のない話をして。夜になったら夢の中へ。

 

いつものように。

 

 

 

そして彼は。

 

 

 

久遠はいつものように、暗い路地の闇に消えて行く。

 

暗い闇の中に、いつものように。

 

 



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第6話

 

これは過去の記録。

 

(おれ)が闇に堕ちてから。

 

闇の住人になった頃の物語。

 

 

 

学園都市の第十九学区。

『寂れた学区』なんて揶揄される、学園都市では珍しい廃墟や使われていない施設の集まる場所。

そんな夜の寂れた区画に配置された、【メンバー】の構成員の二人。

任務の内容はこれまた珍しく、他の暗部組織との共同で行っていた。

仲介役曰く『鬼ごっこ』らしい今回の任務は、学園都市にとって都合の悪いことを知ってしまったターゲット達を『鬼の二人』が処刑する。

本来ならば【メンバー】にしろ、今回組むことになっている【スクール】にしろ単独で行える任務なのだが、どちらの組織も欠員が出ている状態のため、確実性を取っての共同任務となったらしい。

 

ターゲットの能力者は六人。中でも目を引くのは。

 

レベル4の【透視能力(クレアボイアンス)】他人の瞳をレンズに遠くの物を見ることが可能。

レベル4の【発火能力(パイロキネシス)】文字通り、炎を生み出す能力者。

 

あたりだろうか。

この六人が手を組んで、何を探ったのかは開示されなかったが、そんなことはどうでもいいかと馬場は思考する。

ターゲット達は逃走に能力を使っているらしく、こんな寂れた学区まで逃げ込むことに成功したみたいだが、その強運もこれまでだろう。

博士に預けられた機械の犬。【T:GD(タイプ:グレートデーン)】を使ってターゲット達の位置を探っていく。

 

捜索の途中で、近くに佇む『新入り』の方をちらりと窺う。

たん。たん。と足先を苛立たしげに打ちつけながら夜の廃墟を睨む、馬場と同級生らしい少年。

博士が勧誘に成功した超能力者(レベル5)。【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖。

この『新入り』は【メンバー】に入って一ヶ月もたっていないが、その身に宿る悪魔のような能力は何度も見せつけられていた。

それは冷酷な馬場でさえ、敵対した奴らに同情したくなるほどに。

そんな今回の『鬼役』の一人の久遠だが、よほど今回の任務が気に入らないらしい。

仲介役から【スクール】と合同で行うと言われた時にキレて、通信モニターを素手でバラバラに破壊していたくらいだ。

頼むから、真面目に任務を遂行してくれと言いたい。

でもやっぱり無理なんだろうなとも思う。

 

こんな悪魔の手綱を握れるヤツなんて、きっとこの世にいないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠永聖は苛立っていた。原因は仲介役の放った一言。

 

 

「今回は鬼役が二人いる」

 

 

自分が『鬼』扱いされるのは別に気にしないし、どうでもいい。ただ、『自分と同格の奴がいる』ような発言は認められなかった。

 

 

【第二位】の【未元物質(ダークマター)

 

 

名前の響きからして稀少な物質でも操作する能力なんだろうが、最強の能力である【歪曲時計(ワールドクロック)】と並ぶなんてことはありえない。

今回の任務で遭遇することがあったら、そいつを殺してやろう。

 

そう決めた久遠は無言で移動を開始する。ここで待っていても何の意味もない。

久遠は馬場(無能力者)のことなんて戦力として数えていないし、居ても邪魔になるだけだと思っていた。

 

 

「お、おい。どこ行くつもりだよ」

「適当に探す。もしお前が見つけたら、俺に連絡したらいい」

 

 

久遠は無能力者に適当な返事をしながら、耳に着けた黒いピアスを指差す。

博士に渡されたこのピアスは、どんな仕組みか知らないが【歪曲時計(ワールドクロック)】の能力発動時でも使える通信手段だった。

 

 

 

夜の人気のない区画。

当てもなく歩いている久遠は、ここ最近のことを考える。

暗部組織【メンバー】の構成員になってから、久遠の生活は一変していた。

 

研究所に通う必要もないし、学校にも通っていない。任務は毎日ある訳でもないので、暇な時間が増えていた。

どうせ暇ならばと、今まで触れたことのなかった物に触れる日々。

博士に貰った黒いピアスに合わせて、髪を染めてみたり。流行りの音楽を聴いてみたり。

今まで興味のなかったことも、段々と体験して吸収していく。

 

学園都市は面白い。今は心の底からそう思えるようになれていた。

 

もし、あの帰り道で博士と出会わなければ、久遠は気づかないまま生涯を終えていたかもしれない。

死ぬまで過去に囚われて、何も楽しむことなく朽ちていく。

それがどんなに愚かなことか、当時の久遠にはわからなかったのだ。

ここに至るまで色々とあったが、これから久遠は自分のためだけに生きると決めた。

だから、絶対に【歪曲時計(ワールドクロック)】は最強でなくてはならない。久遠が好き放題に生きていくために。

 

 

 

 

 

「……見つけた」

 

 

 

 

 

久遠が見つけたのは男の二人組。

この区画は現在、ターゲットの連中以外は下部組織のゴミ屑と【スクール】しかいないらしい。

それなら、見かけた奴は皆殺しでいいか。

 

相手は頭にバンダナを着けた奴と()()()()()()()()

 

時間を加速して、速攻でケリをつける。こいつらは前座だ。

 

今夜の獲物は【第二位】の【未元物質(ダークマター)】。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

歪曲時計(ワールドクロック)】は有効範囲内の時間を歪曲する(ずらす)能力である。

久遠の視点では加速を発動したあと、()()()()()()()()()

 

『スローモーションになった世界』で、久遠一人が普通に行動することができるのだ。

とりあえずは、近くにいたホスト野郎に狙いを定めて殴りつけてやった。

久遠の感覚ではただ殴りつけただけなのに『スローモーションの世界』は大げさ過ぎる反応を見せてくれる。

音速を超える速度で久遠が動いているかのように空気が弾けて、殴りつけたときの余波だけで近くにいたバンダナ野郎も吹き飛んだ。

 

もう終わりだろう。そう思って時間加速を解除して、周囲を見渡す。

久遠は『スローモーションの世界』が【歪曲時計(ワールドクロック)】で崩壊していくのを見るのが好きだった。

 

圧倒的な強者の世界に、破壊されるしかない弱者の世界。

 

たったの一撃で崩壊した周囲の光景を声を出さずに嘲笑っていると、どこからともなく人の声が聞こえてきた。

 

 

「……痛ってえな」

 

 

ホスト野郎が吹き飛んで行った方向から、こちらへ歩いてくる人影が見える。

そいつは久遠を悪魔のような表情で睨んでいた。

加速状態の【歪曲時計(ワールドクロック)】で攻撃したのにも関わらず、大きな損傷は見当たらない。

 

 

「オイ、テメェは生かして帰さねえぞ。クソガキ」

「死ぬのはお前の方だ、すぐに俺がぶっ殺してやるよ」

 

 

簡単に頭に血がのぼった久遠は、安い挑発を即行で買い叩く。

今の一撃を防いだということは、こいつが本命の【未元物質(ダークマター)】なのだろうか。

こんなに早く会えるなんて、どうやら今日の久遠はついているらしい。

 

再び久遠は時間加速を行使して、今度は空を駆け上っていく。

歪曲時計(ワールドクロック)】の有効範囲は久遠の身体から数センチ。それだけあれば足裏の空間を時間停止させて、擬似的な足場にすることができる。

そして久遠は加速した世界でホスト野郎の頭上から十数メートルの位置に到達すると、足場の停止を解除した。

 

 

「ぶっ潰れろ」

 

 

蹴りの姿勢で真下に自然落下する。これで終わるならそれでいいし、防ぐならその方法を見せてもらう。

隕石でも落ちたかのように地面に深い穴が開き、周囲に大きなひび割れが広がっていく。

 

ホスト野郎の身体に久遠の蹴りは届かなかった。

奴の身体を覆う()()()のような物に受け止められたからだ。

 

 

 

なんだコレ。

 

 

 

と久遠が思った瞬間、AIM拡散力場が『未来』の身体の損傷を伝えてきた。

久遠は意識するより速く身体の全周囲に時間停止をかける。

これで演算処理を超えない限りは、久遠の身体に干渉はできない。

 

 

 

だが、何故か『未来』に変化はない。

 

 

 

何故。

 

 

 

そして、さらに不可解なことが起こる。

 

 

 

久遠が白い繭だと思っていた物は、六枚の()()()だったようで、その翼に()()()()()()()()()()

 

 

 

今度は久遠が吹き飛ばされて、近くのビルを貫通する。

ビルに叩き付けられたことによるダメージはなかった。

つまり、時間停止はちゃんと発動できている。

まるで、あの白い翼だけが時間停止を無視したような結果だ。

 

隣の路地まで吹き飛ばされた久遠は、白い翼でズタズタにされた身体を部分的に逆行させていく。

部分逆行はAIM拡散力場の『現在』と『過去』の情報を参照しないと行使できない。

身体の全体を逆行させる方が演算は速いが、奴の白い翼が時間停止を貫通してきたことを()()()しまっては意味がない。

時間停止が行使できるようになってからしばらくなかった物理的な痛みには驚かされたが、これですべてが巻き戻った。

 

それにしても、ホスト野郎の能力は明らかにおかしい。

歪曲時計(ワールドクロック)】は久遠が理解できない物、演算に組み込めない物は操作できない。

だが、白い翼は時間操作を受けつけないのではなく、時間停止した対象を無視して貫通してきた。

今までそんな結果になったことはない。そもそも、そんな想定すらしたことはなかったが。

 

あの異常な能力。どうやって攻略したらいいのだろうか。

 

いつの間にか久遠は、【未元物質(ダークマター)】は警戒に値する相手だと認識していた。

超能力者(レベル5)の序列は能力研究の応用が生み出す利益が基準である。

などと言われているが、それとは関係なく【未元物質(ダークマター)】は【歪曲時計(ワールドクロック)】に並びかねない反則(チート)能力なのかもしれない。

 

久遠が考えている間に、ホスト野郎はこちらに()()()()()

六枚の翼を使って悠々と、こちらを嘲笑うような表情を浮かべて見下ろしてくる。まるで天使のような似合わない姿。

久遠は眉間にしわを寄せて睨みつけた。

 

 

「よお、無様な姿を見にきてやったぜ。クソガキ」

「……気持ち悪い能力だな、馬鹿みたいだ」

「なんだ、羨ましいのか?テメェのクソみたいな能力じゃ仕方ねえが」

 

 

『未来』からの警告はない。

何故かホスト野郎は久遠と会話をするつもりらしい。

 

俺をナメてやがるな、こいつ。

 

ふつふつと殺意が湧いてくるが、今は少しでも考える時間が欲しい。

それに、こいつに喋らせて能力詳細を把握できるなら楽に殺害できる。

 

 

「【歪曲時計(ワールドクロック)】。どうやら時間操作のようだが、大したことはねえな」

「お前がその速度に反応できてないのはわかってんだよ。クズ野郎が」

「ハッ、テメェも【未元物質(ダークマター)】に干渉できねえんだろうが」

「どうでもいい。お前と一緒にぶっ壊してやるよ」

 

 

罵倒に罵倒を返し合う。意味のないやり取り。

 

 

「テメェの『停止』の障壁。逆算が終わったら教えてやるぜ、死ぬ前に命乞いでもするんだな」

 

 

ホスト野郎は能力詳細を明かす気はなさそうだ。

それに、早く奴を黙らせたいし。

 

 

もういいか。

 

 

「お前は『時間』を敵に回したんだ、さっさと死ねよ」

「残念だが、俺の【未元物質(ダークマター)】にそんな常識は通用しねえんだよ。クソガキ」

 

 

ホスト野郎が言い終わった瞬間、『未来』からの警告。無視して突っ込み加速で蹴り飛ばす。

またしても白い翼に阻まれたが、それでいい。

とりあえず距離が取りたかっただけだから。

 

ホスト野郎はおそらく勘違いをしている。こちらに白い翼を防ぐ手段はないと。

確かに白い翼には時間停止が通用しない。いや、違うか。

そもそも、あの白い翼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが、それだけだ。

 

久遠永聖が無自覚に発するAIM拡散力場の効果。

久遠の身体の『過去』『現在』『未来』を観測する能力が生きている以上、白い翼の攻撃は察知できる。防御ではなく回避してしまえばいいだけのこと。

それに、もし避けきれなくて身体が損傷したとしても、演算能力が残っている限りは時間逆行で巻き戻れる。

そして、ホスト野郎の本体は久遠の時間加速に反応できていない。あの白い翼が自動(オート)で防御、迎撃しているだけだ。

 

ひとまず白い翼から距離をとって遠距離攻撃で様子見してみるか。

久遠は視線を動かして、近くに時間加速して投げつけられる物がないかを探す。

 

 

 

まず久遠がやるべきことは、奴の能力詳細の把握。

 

 

 

またしても『未来』からの警告が届き、久遠はビルの影に飛び込むように回避する。

さっきまで久遠がいた場所を『光線』としか表現できない、訳のわからない攻撃が通過して周囲を破壊し尽くした。

歪曲時計(ワールドクロック)】の加速中にまるで通常通りのような速度で攻撃してくるなんて、あの能力はあまりに異常すぎる。

 

この光線もあの白い翼の能力なのか。 

 

あの『光線』があるなら、遠距離戦闘は不利。ならば無理に合わせてやる必要はない。

本体の速度は久遠のが上のはずだ。あの白い翼を避けながら、近距離戦闘をしかけるしかないか。

久遠はビルの影から飛びだして、ホスト野郎の姿を探す。

 

ホスト野郎は攻撃した時の方向にそのまま残っていた。やはり本体の速度は話にならない。

 

 

 

遥か上空、こちらを見下ろす六枚の翼。

 

 

 

空を駆け上がって、奴の上まで一気に上がりきる。

ホスト野郎が迎撃をしてきたが、やはり速度が足りてない。

風、いや烈風か。それが廃ビルを蹂躙するが、その方向はとっくに通りすぎたあとだ。

本体の攻撃は無視していい。だが、久遠も白い翼の自動防御を突破しなければならない。

白い翼は久遠の攻撃を完全に無効化してる訳ではない。今までの攻撃も衝撃は伝わっているはずだ。

 

まずは地面に叩きつけてやろう。

 

 

「落ちろよ、クソ野郎がッ」

 

 

追いかけて、さらに追撃する。

 

 

上からの二連撃。

 

 

だが、白い翼は突破できない。

 

 

「……チッ」

 

 

この程度では威力が足りていないみたいだ。

 

こちらも奴の能力を逆算して、あの白い翼を時間操作の影響下におくべきなのか。

 

それとも、今まで久遠が行使したことがないような全力の時間加速を行うか。

 

再び迎撃してきた白い翼を避けながら、また空を駆け上がっていく。

 

『未来』からの警告。

 

時間停止をかけたら警告は消えたが、何をどうやったらそうなるのか。久遠を追いかけて空気が爆発してくるのが見えた。

 

やるしかないかと覚悟を決めて、久遠はさらに空を上がる。

 

 

 

全力まで加速した一撃を叩き込む。それしかない。

 

 

 

つい最近まで戦闘なんてすることがない一般人であった久遠は、無意識の内に己の能力に制限を掛けていた。

 

その制限が解除される。『最後の良心』という名の制限が。

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲の被害なんて知ったことか。俺は自分が良ければいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの生死なんて気にもならない。俺が負けるくらいなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の全力の【歪曲時計(ワールドクロック)】で。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、第十九学区は『寂れた学区』から『崩壊した学区』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬場は頭に包帯を巻きながら、下部組織の人間が運転するキャンピングカーで移動していた。

 

今回は、本当に死ぬかと思った。

 

久遠が何故か【スクール】の超能力者(レベル5)と戦闘を開始した時、馬場はすぐに学区外に避難することにしたのだが、途中で乗っていた車が奴らの戦闘の衝撃で吹き飛ばされた。

なんとか怪我だけで済んだが、もう少し判断が遅れて居たら他の連中みたいになっていただろう。

 

他の連中。

 

今回のターゲットや下部組織などの現場に残っていた奴らは、【歪曲時計(ワールドクロック)】と【未元物質(ダークマター)】を除いて全員、戦闘の余波に巻き込まれて死んでしまったそうだ。

そんな戦略兵器を使った戦争みたいな戦闘をしていた癖に、爆心地にいた二人はお互いに怪我こそしていたものの五体満足だったようで。

第十九学区の崩壊後もしばらく戦い続けた二人だったが、引き分けでお互いに手を打つことにでもしたのだろうか。

こちらに戻ってきた久遠は、何でもなかったかのように『無傷に巻き戻っていて』さっさと帰宅して行った。

元からあの辺りは廃墟だらけだったこともあって、大した処罰もないらしい。

もしかしたら【メンバー】と【スクール】の仲介役が二人を制御できなかったとして自分自身が処罰されないように、必死になって庇ったのかもしれない。

 

 

「馬場君」

 

 

キャンピングカーに取り付けられた液晶モニターに、突如として【メンバー】のリーダーである老人。博士の姿が映しだされた。

馬場はいつもの形式的な挨拶を交わしたあとで、今回の任務の顛末を説明していく。

 

 

「ふむ、そうか。今回はすまなかったな。まあ、このような結果になりそうだと予想はしていたが」

 

 

ニヤリと笑う博士に、馬場は懇願した。

もう、あんな戦場みたいなところには行きたくない。

 

 

「博士。もっと離れた距離から、例えば学区外の安全地帯から【T:GD】を操作できるように改良して欲しいのですが」

 

「……なんと」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その発想は浮かばなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは過去の記録。

 

 

歪曲時計(ワールドクロック)】が唯一、戦闘で引き分けた話。

 

 

俺と先輩が出会った時の話。

 

 



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反逆同盟
第7話


 

突然だが、弓箭猟虎(ゆみやらっこ)はボッチである。

 

彼女は、暗部組織【スクール】に所属しながら、『学舎の園』にあるお嬢様学校の一つ『枝垂桜学院(しだれざくらがくいん)』に通っている。

彼女の物静かで敵を作らない温厚な性格から、学園内では比較的好かれている方ではあるのだが、根が生真面目な性格のために暗部の任務を優先し、人付き合いの機会をことごとく逃していた。

 

故に、彼女はボッチなのである。

 

そんな彼女に今日、友人を作るチャンスが訪れていた。

夏休みに突入し暗部の任務以外に予定のなかった彼女に、お誘いがかかったのだ。

話かけてきた二人は、彼女のクラスメイト。

 

 

「弓箭さま。もしご予定がなかったら、少しお願いごとをしてもよろしいでしょうか」

「わたくし達、『学舎の園』のお外に出かける予定なのですが」

「実は、ご一緒する殿方が弓箭さまに会いたいと仰っているのです」

 

 

弓箭さまもご一緒しませんか。と続いた彼女達からのお誘い。

急な展開に彼女は動揺するが、どうにか返事をすることはできた。

断るなんて考えもしなかったので、もちろん返事は一つしかない。

 

 

「わ、わわわたくしとで、よよ、よければよろこんで」

 

 

かなりセリフを噛んだ彼女だったが、その意思は伝わったらしい。

「では、まいりましょうか」と言いながら歩き出す二人に、舞い上がり、ワクワクしながら着いていく。

彼女は幸せの絶頂にいた。

 

そう、この時はまだ。

 

 

 

 

 

そして、『学舎の園』の外に向かう三人。

道中の他愛ない雑談に、彼女は動揺しながらも返事をする。相変わらず幸せの絶頂にいた彼女だったが、そういえばと思い返す。

弓箭猟虎に会いたいという『殿方』とは誰なのだろうか。

彼女は、自慢ではないがボッチの中のボッチである。知り会いの男など【スクール】に所属する『垣根』と『誉望(よぼう)』、あとは名前も知らない下部組織の人間くらいのものだ。

全員が全員、学園都市の暗部の人間で猟虎のクラスメイトと知り合いになるような人達ではない。

彼女はわからないまま、目的の場所にたどり着く。

猟虎と先ほどから話している二人によると、今回の目的地は第十六学区のショッピングモールにある、海外ブランドの洋服店らしいのだが。

そこでクラスメイトの内の一人が、ショッピングモールの入り口で立っていた『殿方』を見つけたらしい。

 

 

「あっ、あちらにいらっしゃいます。お待たせさせてしまったでしょうか」

「そうかもしれません。早く、声をかけにいきましょう」

 

 

その『殿方』の方向に、お上品ながらも少し急いだように歩きだす二人の視線の先を見て、彼女は一瞬動きが止まってしまった。

 

 

「申し訳ございません。お待たせさせてしまいましたでしょうか」

「いや、俺もさっきついたところだから気にしないで」

 

 

カジュアルな服装に身を包んだその少年は、確かに猟虎の知り合いだった。

優しい声と笑顔で擬態した人格破綻者。

 

【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖。

 

猟虎の所属する【スクール】のリーダー、垣根帝督に匹敵する。暗部の悪魔がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、彼が同行することになった切っ掛けは、猟虎のクラスメイトの一人が頼んだかららしい。

なんでも、ショッピングモールの案内をしてくれるのだとか。

猟虎はボッチ生活で鍛えた、否。暗部生活で鍛えた気配遮断をしているつもりだったが、真っ先にクラスメイトが槍玉にあげてきた。

 

 

「そういえば、久遠さまは弓箭さまに御用があると仰っていましたが」

「ちょっとね、弓箭さんと()()()()()の『先輩』と連絡がとりたくてさ」

「まあ、そうだったのですか」

「……あの、もしかして、その、その御方は女性の方なのでしょうか」

「いや、男だよ。ちょっと事情があって連絡できなくなっちゃったんだ」

「そ、そうですか。いえ、あの、き、気になっただけなのですが」

 

 

目の前の少年が暗部組織の構成員だなんて知りもしないクラスメイトの二人は、和やかに会話をしている。

とりあえず、久遠はこの場で揉め事を起こす気はないらしい。

というか、何だかラブコメみたいな会話まで聞こえる。

 

そして久遠は違和感しか感じない、爽やかな笑顔を向けてきた。

 

 

「それで、弓箭さん。()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

その瞳の色を見て察する。多分、拒絶なんて許して貰えない。

もし逆らったら、そのまま始末されてもおかしくない。

 

 

「は、はい」

 

 

弓箭猟虎は頷くしかなかった。

今回だけは、学友からのお誘いを断れば良かったと思いながら。

 

 

「ありがとう。とりあえず、先輩の居場所を教えて欲しいんだ」

 

 

何も知らないクラスメイトの二人には見えないのだろう。

この悪魔のような少年。彼の笑顔の裏側は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三学区にあるホテルのスイートルーム。

垣根のお気に入りの拠点を聞いた久遠は、弓箭達との買い物を終えるとそこに向かった。

久遠は垣根の連絡先を普通に知っているが、超能力者(レベル5)の携帯端末なんて仲介役が()()()()()()()()()()()

だから【スクール】の構成員で唯一、素性を把握していた弓箭に接触するために、彼女のクラスメイトと会った時に『弓箭に用事があるけど連絡手段がない』と仄めかしておいたのだ。

無駄に時間は浪費してしまったが、これでいい。

まだ『絶対能力進化計画』をどうやって潰すか決めていない久遠だが、念には念を入れるべきだろう。

 

そしてたどり着いた【スクール】の拠点。

弓箭が事前に連絡していたのか、迎えの男が立っているのが見えた。

最悪の場合は侵入しなくてはならないと思っていたので、有難く案内して貰おう。

 

 

「……こっちだ」

 

 

迎えの男。『誉望(よぼう)』と名乗る男に連れられて、エレベーターで昇っていく。特にコイツに用事はないと、久遠は話し掛けもしなかった。

二人は無言のまま、【スクール】の拠点となっている部屋へたどり着く。外観も高級そうに見えたが、部屋の内装もかなりの高級感を漂わせている。

久遠達の私物に溢れた『17拠点』とは全然違うな。なんて思いながら、誉望に指で示されたソファーに腰をおろす。どうやら垣根はまだ来ていないみたいだ。

 

なんとなく周囲を見渡すと、丸椅子に座ってじっとこちらを見ていた女と目があった。

金髪の、ホステス嬢みたいな見た目の女。

見知らぬ顔だが、【心理定規(メジャーハート)】と垣根が呼んでいる構成員だろうか。

とりあえず、久遠は話し掛けて見ることにした。

 

 

「……先輩は?」

「彼なら遅れて来ると思うわ」

「そっか。じゃ、ここで待たせて貰うわ」

「ええ。お好きにどうぞ」

 

 

彼女は薄く笑うと携帯端末を弄りだす。柱に背を預けた誉望も黙ったまま。

久遠も暇だったので、横になってソファーで寝ることにした。昨日はあまり眠れなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツが【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)】か。

誉望はソファーで寝転んだ久遠を見ながらそう思った。

【第四位】のことは垣根から聞いてはいたが、その印象が化け物過ぎて実際に会ったコイツのイメージとは一致しない。

過去にコイツは【未元物質(ダークマター)】、垣根帝督と引き分けたことがあるらしい。

誉望が知る限り学園都市最強の能力者である垣根と、である。

学園都市でたった一人の時間操作系能力者。

垣根曰く、【歪曲時計(ワールドクロック)】は超高速、超火力、超防御、超再生に未来察知。

化け物の中の化け物。

そして実際に戦闘になった時は両者が飽きるまで、周囲を巻き込んだ殺し合いになったとも言っていた。

 

そんな男がいきなり拠点を訪れると猟虎に聞いた時、誉望は正直に言って畏縮した。

いったい、ウチのリーダーに何の話があると言うのか。

 

しばらく待っているうちに、一度寮に戻った猟虎が合流し、ようやく待ち人が帰ってくる。

自らの拠点に帰って来た垣根は、ソファーで熟睡している久遠を見つけると眉をひそめて言い放った。

 

 

「おい誉望、そいつ起こせ」

 

 

正直、関わりたくないが指名されては仕方ない。

誉望は嫌々、久遠が寝ているソファーに向かう。

頼むから、問題は起こさないでくれよと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

垣根が帰って来たのを知らされて、久遠は目を覚ました。

敵地のど真ん中と言ってもいい場所で寝ていたのに、まったく緊張した様子はない。

欠伸を隠そうともせずに、眠たそうにしている久遠。

対面のソファーに座った垣根が呆れながら言った。

 

 

「お前、本当にいい度胸してやがるな」

「昨日、遊び過ぎちゃって、眠かったからさぁ」

「……で、何の用だ。今は遊びじゃねえんだろ」

 

 

弓箭が用意してくれたコーヒーを飲みながら、久遠は普段通りに語りだした。

周囲を取り囲んだ【スクール】の構成員のことなんて、全く脅威に感じていないかのように。

 

 

「先輩は『絶対能力進化計画』って知ってるか?」

「ああ、それがどうした」

「……知ってたんだ?俺、それぶっ潰そうと思っててさ」

 

 

まるで日常会話の様な気軽さで、上層部への反逆を宣言する。

『絶対能力進化計画』の名前を聞いて、少し不機嫌になった垣根を恐れることもなく、久遠は続けた。

 

 

「なぁ、俺と組んでくれよ」

「ハッ、そういうことかよ。お断りだ」

 

 

予想外の返答に、久遠はピタリと停止した。

垣根は【一方通行(アクセラレータ)】を排除したがっていると思っていたのだが。心境の変化でもあったのだろうか。

垣根はやれやれといった仕草で久遠を見ながら、馬鹿にするような口調で言い放った。

 

 

「お前は何もわかってねえな」

 

 

久遠には、ほんの些細な欠点があった。

それは他の人に聞かせれば「そんな些細なこと、欠点なんかじゃないよ」と言われるような小さな小さなことなのだが、久遠は自分に厳しい修行僧のような精神を持っていたので、それを自分の欠点だと思っていた。

それは「自分が真面目に話している時に馬鹿にされると、その相手が死ぬまで痛めつけたくなる」というちょっとした癖で、直そうと思ってもなかなか直せない。

今回も同様で、目の前の人格破綻者の心ない一言に久遠は額に血管を浮かばせるが、なんとか我慢しようとしていた。

久遠は自身の欠点も飲み込む、器の大きな男だったから。

なんとか表面を取り繕い、久遠は尋ねた。

 

 

「……わかってないって、何が」

「そのままだ。『絶対能力進化計画』を中止に追い込んだところで、意味はない」

 

 

垣根は忌々しそうな表情で続ける。

 

 

「『第一候補(メインプラン)』が【一方通行(アクセラレータ)】であることは変わらねえだろ」

 

 

吐き捨てるように紡がれたその言葉に、久遠はさらにイラついていく。

垣根は日頃から【一方通行(アクセラレータ)】を意識した発言や行動をしている癖に、もうすでに諦めているように感じたからだ。

 

 

「俺と組んでも【一方通行(アクセラレータ)】には敵わないって言いたいのかよ」

「バーカ、違えよ。アレイスターの『プラン』を崩すにはそれじゃ足りてないって言ってんだ」

 

 

学園都市統括理事会長。アレイスター=クロウリー。

久遠の所属する暗部組織【メンバー】の直属の上司に当たる存在。

学園都市の第七学区、『窓のないビル』を根城にしていると噂される、学園都市の創設者。

 

 

「……『プラン』ねぇ、俺は少なくとも【メンバー】に与えられる任務でそれらしい匂いを感じたことはないけど」

 

 

垣根はアレイスターが個人的に何かを企んでると思っているらしいが、久遠はそれを感じたことはなかった。

上層部が決めた『方針』ならばともかく、アレイスターが個人的に何かを企んでるとは思えない。

 

 

「アレイスターのクソ野郎は、多岐に渡る『プラン』を同時進行で進めてやがる。その内の一つでしかない『絶対能力進化計画』を潰そうと無駄だ」

 

「問題は『第一候補(メインプラン)』が【一方通行(アクセラレータ)】で、俺もお前も奴の進める『プラン』のスペアでしかないこと」

 

「【一方通行(アクセラレータ)】を殺して満足してたらアレイスターに良いように使い潰されるだけだ」

 

 

垣根は淡々と語りだす。

未元物質(ダークマター)】がアレイスターの進める『プラン』のスペアだというのはともかく、久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】も何かのスペアだと垣根は思っているみたいだった。

 

いや、それはさぁ。

 

 

 

「……なぁ、俺が誰の踏み台だって言うんだよ」

 

 

 

完全に怒気を現した久遠の身体から、制御を外れた能力が溢れだした。 

 

周囲の空間が歪んでいく。

 

そんな異常過ぎる能力発露に【スクール】の構成員達は怯えるが、垣根は全く気にせずに言い放つ。

 

 

「俺はそれを把握するために動いてる。お前と違ってな」

 

 

垣根はこちらを真っ直ぐ見つめて宣言した。

 

 

「俺はアレイスターとの直接交渉権を手に入れる。『裏技』を使って好きにやると決めた」

 

 

「久遠、お前も利用されるだけなのが気に入らねえんだろ?」

 

 

だから、と垣根は続ける。

 

 

「逆だ。お前が俺の計画に乗れ」

 

 

垣根は、久遠が今まで見たことがない真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 

久遠は気持ちを落ち着けるために目を瞑り、しばらく考える。

確かに垣根の言う通り少々、短絡的ではあったかもしれない。

気に入らないからぶっ壊す。今まではそれが通用したが、垣根はそれでは駄目だという。

 

アレイスターの『プラン』。

この俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】が『スペア』。

 

それが本当なら、確かに【一方通行(アクセラレータ)】よりも気に入らない。

俺達、超能力者(レベル5)実験動物(モルモット)にする奴。

 

アレイスター=クロウリー。

 

きっとまだ、『絶対能力進化計画』の完遂までは余裕がある。

二万体のクローンがどこまで削られたのかすら久遠は把握していないが、垣根が対応していないのなら時間はまだ残されているのだろう。

 

とりあえず、今は情報が必要だ。

今の久遠は出遅れている。利用されるだけの情報弱者。

垣根の計画に乗るかはともかく、協力体制にはなっておきたい。

 

なら、返事はこれがいい。

 

 

 

「……その話、もっと詳しく教えてくれよ。先輩」

 

 



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第8話

 

あれから一夜が過ぎ、久遠が現在居る場所は『17拠点』。

 

 

「こちらも確定情報は少ない。元々、お前の勧誘は計画実行の直前に行う予定だった」

 

「お前はそのまま【メンバー】に所属していろ。アレイスターの情報はいくらあっても困らねえからな」

 

「これからは情報を共有して行動する。反逆を察知されるなよ」

 

 

結局、垣根の計画に乗るのではなく情報共有する『同盟』を組むことになった。

久遠の目的と垣根の目的は完全に一致している訳ではないし、お互いを利用しあう方がいいだろう。

 

久遠は【スクール】の拠点を去ってからも、アレイスターの『プラン』について考えていた。

垣根が確信している『プラン』の存在について、情報交換したあとも久遠は半信半疑といったところだ。

まず、目的も何をしてるのかもハッキリしないし、見えてこない。

真実だとしても、入口も出口も存在しない『窓のないビル』に引きこもった奴をどうやって探ったらいいのやら。

 

久遠側の要求の「『妹達』の残機が百体を下回ったら、二人がかりで【一方通行(アクセラレータ)】を始末する」が通らなかったら決裂もありえたが、そこは了承して貰えた。

 

垣根側の要求、「【スクール】が反逆したあと、【メンバー】の任務として垣根帝督と敵対しない」も別に問題ない。上層部に一回の任務放棄くらいで切られるほど超能力者(レベル5)の価値は低くないはずだ。

 

それに、お互いに別の暗部組織に所属するだけあって有益な情報交換ではあった。

垣根は暗部組織【ブロック】を知らなかったし、久遠は【アイテム】を知らなかった。

 

そして、二万人の『妹達』。残機は一万弱。

 

他には二つの組織が今まで受けた任務の詳細。

【スクール】の連中は『幻想御手』事件で現れた化け物、『幻想猛獣』を知らなかったのだ。

垣根は虚数学区の化け物、『幻想猛獣』に異常なほど興味を見せ、これに【メンバー】が当てられたのは必ず理由があると考えているようだった。

 

垣根が『プラン』を確信した理由は教えて貰えなかった。

ただ、一言だけ。

 

「アレイスターは学園都市の出来事を知り過ぎてる」

 

そう言って、それ以降は何も。

久遠が自分で気づけということなのだろうか。

 

垣根が気にしていた『幻想御手』事件だが、確かにおかしなことはいくつもある。

暗部の仕事なんてそんな物かもしれないが、それを並べると少し異常だ。

 

まず、木山が犯人だと特定される時間と、【メンバー】に任務が与えられるまでの時間がおかしい。

犯人の特定が遅過ぎるのもそうだが、警備員に情報操作が間に合わないほどギリギリのタイミングでの依頼なんて中々ない。

学園都市の能力者が一万人も昏睡させられておいてのこの拙さ。

そこまで後手に回るほど、上層部は無能じゃない。

 

次に、【第三位】【超電磁砲(レールガン)】御坂美琴。

事件の功労者の一人で、巻き込まれた一般人。

しかし、木山の住居から『妹達』『絶対能力進化計画』の情報が発見された。

それに、久遠は上に報告していないが、二人の別れ際の会話から木山の『幻想御手』制作時から間接的に縁が繋がっていた可能性がある。

 

そして、『幻想猛獣』。

あの時はファンタジーな化け物の登場に現実逃避していたが、そもそも『一万人の能力者のAIM拡散力場』の暴走がどうしてあんな見た目なのか。

出来損ないの胎児のような、天使のような。

『虚数学区』はアレが居るようなおかしな場所なのか。アレがそもそもおかしいのか。

 

それに、原子力実験炉に向かう化け物に久遠が自分から向かうまでの間、アレイスターの指示を受けているはずの『仲介役』の女は、一度も久遠達に連絡をしてこなかった。

何故か、任務遂行を急かすこともなく。

 

超電磁砲(レールガン)】に何かを対峙させたかったのか。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】に何かを観察させたかったのか。

 

もしくは、両方なのか。

考え過ぎかもしれないが、そうして近づいて行くしかない。

 

なんにせよ、調べることはたくさんある。

『窓のないビル』、『幻想猛獣』、『虚数学区』、現時点でもよくわからないことがこんなにだ。

 

馬場を巻き込むか否か。きっと馬場の情報収集能力は役に立つ。

久遠の反逆を悟られない範囲でなら可能だろうか。

 

一息ついて思考を切り替える。

馬場が『17拠点』に顔を出すならそろそろだ。

いつもの久遠に戻らなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅っせぇなぁ」

 

 

久遠はイライラしていた。馬場はいつもならすでに顔を出している時間なのだが、一向に来る気配はない。

あの腹の贅肉を肥やすことが趣味の性根の曲がった男は、以外にも人付き合いが得意だった。

いいとこのお坊ちゃんを気取った仮面を被り、ごく普通の高校に通う馬場は友人もそれなりにいる。

馬場の癖に何処かに遊びに行っているのだろうか。

人格を偽ってまで他人に媚びる。あいつのそんな生き方を日頃から久遠はクソだと思っていたが、今日こそは本当にあきれ果てた。

外面だけの仮面を被って手に入れた友好にいったい何の価値があるというのだろうか。

 

本当に大切な物はそんなくだらない物じゃないんだ。

 

みんなに本当の自分を見せてみろよ。

 

そこから初めて『本当の自分』が始まるんだから。

 

久遠はそんなことをつらつらと査楽に語りだす。

 

 

「久遠君にだけは言われたくないと思いますが」

「俺はこっちが偽物の人格だからさ」

 

 

ソファーにだらしなく寝転びながらくつろぐ久遠と、何かのアイドル雑誌を読んでいる査楽。

 

 

「もう、今日は来ないかなぁ、あの小太り」

「かもしれませんね」

「よし、なんかイタズラしようぜ」

 

 

久遠は悪い笑顔を浮かべて立ち上がる。

 

 

「僕は遠慮しておきます。あとが怖いので」

「あいつ、本当に性格悪いからなぁ」

 

 

完全に自分を棚に上げた久遠は、馬場の私物が溢れる場所へ歩きだした。

オタク趣味全開の馬場のコレクション。略して『馬場コレ』。

フィギュアやら、PCゲームやら、二次元の女の子が盛り沢山なそのエリア。

久遠はその中でもケースに大切に保管された美少女フィギュアに目をつけた。乱雑な取り扱いでそれを握りしめて、定位置のソファーに戻ってくる。

フィギュアを査楽に見せつけながら、久遠は邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「【歪曲時計(ワールドクロック)】でこいつを五百歳くらいにしてやろう」

 

 

 

 

 

「……間違いなく激昂すると思いますよ」

「馬場が来ないから、俺はもっと激昂してるんだ」

 

 

久遠は能力を悪用したイタズラを躊躇なく実行する。

みるみるうちにお婆ちゃんになっていく、美少女フィギュアだった物。

 

そこで部屋のドアが開き。

 

 

「お、二人ともいるんだ。珍しっておぉォォォぉい!!やめろォォ!!」

「馬場ちゃん、遅っそいじゃんか」

「久遠テメェェッ!!戻せッ!!早く戻しやがれッ!!」

 

 

久遠は、一転して真面目な表情に変わる。

 

 

「……頼みがあるんだ。馬場」

「いいからッ!!さっさと戻せよッ!!」

「話を聞いてくれ。そんな場合じゃないんだ」

 

 

久遠はミイラになったフィギュアを投げ捨てて。

 

 

 

 

 

「俺達は、ずっと騙されていたんだよ。この学園都市に」

 

 

 

 

 

シリアスな雰囲気でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、久遠は馬場がキレて疲れて黙るまで【歪曲時計(ワールドクロック)】を使わなかったので、外はすっかり日が暮れてしまっていた。

 

 

「……久遠、二度と僕のコレクションに触らないと誓え」

「てかさぁ、フィギュアなんか集めるのやめたらいいじゃん」

「人の趣味はそれぞれだと思いますが」

 

 

一息ついて、定位置に収まった三人は会話を再開する。

 

 

「そんな些細なイタズラを引きずんなよな」

「オマエは本当の本当に人格が歪んでるな」

 

 

こういった久遠の能力を使用したイタズラは今日に始まった話ではないのだが、今回のフィギュアは馬場の逆鱗だったらしい。

 

 

「やるならケースの外のヤツにしろよ」

 

 

そう言って馬場は別のフィギュアを投げつけてきた。

久遠には違いがよくわからないが、並々ならぬこだわりを感じたので一応は返事をしてやることにする。

 

 

「わかった、わかった。次はバレないようにやるよ」

「やるなって言ってるんだよッ!!」

「まったく、こんな人形の何がいいんだか」

 

 

そう言って馬場が投げてきたフィギュアを眺める。

そしてスカートを捲ったりしてみるが、久遠は生身の人間の方がいいとしか思えなかった。

 

 

「……で、話なんだけどな」

 

 

久遠は再び、シリアスな雰囲気を作りだしていく。

 

 

「馬場ちゃんに調べて欲しいことがあるんだよ」

 

 

馬場が怪訝な表情でこちらを見てくる。

 

さて、なにから調べて誤魔化すか。

 

 

 

 

 

「『窓のないビル』の行き方」

 

 

 

 

 

まずは、アレイスター=クロウリー。

お前が一番不気味だよな。

 

 



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第9話

この話はカットするか迷ったんですが、貴重な日常回ということで残しました。


 

暗部組織【メンバー】の上司にあたる。

学園都市統括理事長。アレイスター=クロウリーの根城。

それが、『窓のないビル』。

 

 

「オマエ、何をするつもりなんだよ」

 

 

久遠の発言に馬場も真剣な表情になる。

そこは決して、何の事情もなしに探りを入れるような場所ではない。

 

 

「さっきも言っただろ。俺達は騙されてたって」

 

 

久遠は、今まで馬場が見たことのない目をしていた。

真剣な、『覚悟を決めた男』の眼差し。

 

 

「アレイスター=クロウリーは俺達が想像しているような奴じゃなかったんだ」

 

 

そこまで言って、久遠は二人を順番に見る。まるで二人の『覚悟』を試すかのように。

馬場と査楽は唾を飲み込み、ただただ久遠を見ることしかできない。

久遠は忌々しいことを語るように、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「アレイスターは美少女だ。それもとびっきりのな」

 

 

 

 

二人は死んだ魚のような目で久遠を見つめ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬場に調査を依頼した次の日、久遠は街に出ることにした。

 

『アレイスター美少女説』は久遠が即興で考えたネタだったのだが、調べてみると学園都市の『噂』に何故か似た内容の噂があり、馬場達はすんなりと久遠の動機に納得した。

 

馬場は「オマエの女好きは、もう手遅れなのかもな」とか言ってきたが、久遠には何を言いたいのか全く理解ができなかった。

査楽は普通にノリノリだったし、こんな簡単に騙される奴らが暗部組織で学園都市の闇は大丈夫なんだろうか。

 

そして妙にテンションが高い査楽と、普通に情報収集する馬場にドン引きした久遠はソファーで睡眠をとることにする。

二人は夜通し調査をしていたみたいだが、昼前に久遠が起きた時は疲れて眠っているようだった。

今は話相手もいないし、久遠は昨日から何も食べてない。

そんなこんなで一人で街に出た久遠だったのだが、暗部生活の癖でついつい裏路地のような場所ばかり通ってしまい。

 

 

「……なんだろ、これ」

 

 

久遠が裏路地で見つけた封筒に入っていた物、これは『マネーカード』だろうか。

手の届く位置に置いてあったソレをなんとなく手に取り、眺めながら路地から出る。

明るい場所で確認すると、五千円分らしいそのカード。

 

 

「まぁ、こんな小銭はどうでもいいか」

 

 

ゴミでも捨てるようにカードを投げ捨てて、久遠はその場を立ち去ろうとする。

とりあえず何かを食べよう、昼時だし。そんなことを考えていると。

 

 

「あッ、あぁーーーッッ」

 

 

いきなり女性の叫び声が聞こえて反射的に振り返ると、何故か叫んだ女の子はこちらを見ていた。

 

 

「あなた、今、このカードをっ」

 

 

久遠を興奮気味に見つめる、黒髪ロングの少女。

突然すぎて何も返事ができない久遠に、彼女はこう言ってきた。

 

 

「もしかしてっ、あなたが噂の『カードの神様』なんですか?」

 

 

全く意味がわからないが、一つだけわかったことがある。

 

 

 

 

 

こいつは変人だ。

 

 

 

 

 

あれから場所を変えて、第七学区のファミレスに到着した久遠は空腹を満たすため、さっさと注文を済ませた。

先ほどの話の流れでついてきた、変人の少女と一緒に。

 

 

「いやー、まさか御坂さん達が言ってた超能力者(レベル5)の人だったなんて。すっごい偶然ですよね」

 

 

佐天涙子(さてんるいこ)と名乗るこの少女は、御坂美琴の知り合いらしかった。

久遠はとりあえず『カードの神様』なんて意味のわからない称号を獲得した覚えはないので、興奮する彼女の話を聞いてみることにしたのだ。

なんでも聞くところによると、さっき拾ったマネーカードをバラまいている狂人のことらしい。

そして久遠は否定して立ち去ろうとしたのだが、佐天が名前を名乗ってきたので名乗り返すと、またしても彼女は驚き叫びだしてしまったのだった。

 

 

「御坂が俺のことをなんて言ってたかは知らないけどさぁ、そんなに驚くようなことか?」

「だってだって、『幻想御手』事件で超能力者(レベル5)の二人で戦ったって。御坂さんから聞いてたんですよ」

「俺はあの時、共闘した覚えはないけどね」

 

 

なんだかやたらとグイグイくるタイプの少女で、久遠はいつもの爽やかな人格を作る暇がない。

久遠と仲良くなる女の子は基本的に受け身の性格なことが多いので、ちょっと新鮮ではあるのだが。

 

 

「久遠さんはどんな能力なんですか?能力名は?」

「ものすっごい強い能力だよ。続きはもう少し大きくなってからな」

「えー。教えてくれないんですかぁ」

 

 

ブーたれる佐天に、はぐらかす久遠。

佐天は反応がいちいち怖いもの知らずで遠慮がなく、会話していて楽しいタイプだった。

まるで垣根や、馬場達と話しているような。

 

 

「てかさぁ、さっきは聞かなかったけど。マネーカード集めてんの?」

「あ、はいっ、宝探ししてるんですっ」

 

 

宝探し。あんな大した額じゃないマネーカードが宝物らしい。

どうして、他の人間は久遠のように高潔に生きられないのだろうか。

 

 

「……浅ましいよな。人間って生き物はさ」

「あれ?ひょっとしてバカにされてます?あたし」

「キミは、キミだけの自分でいればいいんだ」

「うーむ。やっぱりバカにされてるような」

 

 

久遠が適当に言ったことに、何故か真剣に悩みだした佐天。

しばらく考えていた佐天だったが、何かに思い当たったのかハッとする。

 

 

「……そうだっ」

「どうしたんだ、急に。頭は大丈夫なのか?」

「久遠さん、このあと空いてますか?」

 

 

皮肉を全力でスルーされた上に、邪気のない笑顔を向けられてしまった。

久遠は何かを諦めたような表情で思考していく。

馬場と査楽はしばらく寝ているだろうし、今日は元々予定はない。

 

 

「……まぁ、空いてるかな」

「じゃあ、ちょっと付き合ってくださいっ」

「いーよ。何をするのか知らないけど」

 

 

ウエイトレスのお姉さんが、二人が注文した料理を運んで来たのでそれに口をつけていく。

注文の際に久遠の奢りだと言ったら容赦なく高額なメニューを選んでいた佐天が、爛々と瞳を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を済ませた二人は、再び街に出ていた。

すたすたと歩く佐天は裏路地へと向かって行く。

「ついてきてくださいっ」と言われた久遠はしばらくは大人しくついて行ったが、目の前の光景にそろそろ突っ込んだほうがいいんだろうか。

 

 

「……何をやってるんだ、お前は」

「え?何って、見たとおりですけど」

 

 

犬のように地面に這いつくばった佐天は不思議そうに言ってくる。

そして久遠が訳もわからず混乱していると。

 

 

「さっき言ったじゃないですか。宝探しですよー」

「……佐天、お前は」

 

 

久遠は絶句して、顔面をひきつらせて佐天を見た。

まさか、こんなに必死になって探しているとは思わなかったからだ。

 

 

「久遠さんも一緒にやりましょうよ」

「……いや、俺はいい。金には困ってないから」

 

 

久遠は即答するが、なにやら佐天は悪巧みをするような顔でこちらを見ていた。

 

 

「へぇー。そうなんですか」

 

 

なんだか嫌な予感がする。

 

 

「御坂さんは、沢山見つけてくれたけど」

 

 

御坂美琴は一応、本当に一応ではあるが、書類上では常盤台のお嬢様に分類されることもあるのに、こいつにはそんなことは関係なかったらしい。

もし、こいつの自由さに強度があるのならレベル6くらいありそうだ。

 

 

「まぁ、『序列』がありますもんね超能力者(レベル5)の人って」

「……何が言いたいんだ?」

「久遠さんより御坂さんのが格上なんじゃないですか?」

「ハッ、笑わせんなよ」

 

 

久遠の悪い癖の一つ。それは安い挑発でも。

 

 

「いいぜ、やってやるよ。御坂なんかよりも大量にな」

 

 

簡単に、買い叩いてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、久遠も一緒になってマネーカードを探すはめになったのだが、御坂の集めた分を超えた段階で佐天が「次に行きましょう」とか言い始めた。

久遠は本気で嫌そうな表情で呟く。

 

 

「なぁ、もう宝探しはしたくないんだけど」

「次に行く場所は違いますよー」

「……それなら、いいけどさぁ」

 

 

佐天はまたしてもすたすたと歩きだした。

それにしても、こいつは本当に自由すぎる。

いったい、どういう教育を受ければこうなるのだろうか。

 

 

「……次はどこに向かってんの?」

「あたしの友達のところです」

「友達か。ちょくちょく話してた『初春』って子?」

「はい。多分、風紀委員の支部に居ると思うんですけど」

 

 

つまり、風紀委員の支部が次の目的地らしい。

『正義』の名を冠する者達が集う場所。

久遠は自首する凶悪犯のような心境になってしまっていた。

 

 

「マネーカード盗難の犯人として自首するのか」

「あはははっ、違いまーすっ」

 

 

佐天は無邪気に笑っているが、隣に居る奴が暗部組織の構成員だと知っても笑っていられるだろうか。

久遠は少し考えたが、こいつのことを考える時間が勿体ない。という結論に達した。

 

 

「でも、なんで友達のところに行くの?」

「初春が、久遠さんにお礼を言いたいって言ってたんです」

「……変わった友達だね。会ったこともないヤツにお礼が言いたいなんてさ」

「変わってるのは久遠さんの方だと思いますけど」

 

 

何故か呆れたような表情を浮かべる佐天。

久遠は深く溜め息をついて、自分の周囲に変人しかいないことを嘆いていた。

結局、いつの世も常識人が苦労するのが定めなのか。

 

 

「ここですっ」

 

 

そしてようやく辿り着いた風紀委員の『117支部』。

佐天は容赦なくその扉を開くと、大きな声で叫んだ。

 

 

「初っ春ぅーっ!!お客さん連れて来たよーっ!!」

「佐天さんもお客さんですけど、あ、あれっ」

 

 

パソコンの前に設置された椅子から振り向いた、見覚えのある少女。

そして、頭に花を飾り着ける奇抜なファッション。

こいつは果たして正気なのだろうか。いや、間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

こいつも変人だ。 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、『幻想御手』事件の時はご協力ありがとうございました」

「御坂だけで大丈夫だったらしいけど」

「それでも、万が一ということもありましたので」

 

 

頭に花を飾り着ける奇抜な変人。初春飾利(ういはるかざり)は内面はわりとまともな少女だった。

久遠は、自分以外で久しぶりに出会った常識人に感動を隠せない。

 

 

「……お前は正気らしいな」

「ど、どういう意味ですか?」

「久遠さん、あんまり初春を困らせないでくださいよー」

 

 

しばらく話していると、長点上機の制服を着たメガネが奥の部屋から現れる。

そして、胸が大きなメガネは厳しい表情でこちらを睨みつけて注意してきた。

 

 

「あなた達、騒がしいわよ。ここは遊び場じゃないわ、って、久遠君!?」

 

 

誰だこいつは。

 

久遠のことを知ってるみたいだが、長点上機学園では素の人格で通しているので少し面倒なことになるかもしれない。

 

 

「あなた、何でここに居るのよ!?まさか、ウチの後輩に手を出すつもりじゃないでしょうね!!」

「……いったい誰なんだろうか」

「本当にッ、生意気な後輩ね!!相変わらずッ!!」

 

 

巨乳のメガネは急に怒りだした。

それにしても、こんなおっぱいメガネとどこかで知り合っていただろうか。だが、胸を揺らしながら怒鳴り散らす牛乳メガネに見覚えはない。

しばらく考えていた久遠だったが、どうしても思い出せそうにないので佐天に提案することにした。

正直、あんまり長居はしたくない。

 

 

「……なぁ。俺、今日はもう帰っていいか?」

「えー。もうちょっと遊んで行ってくださいよー」

 

 

 

「ここは遊び場じゃないって言ってるでしょッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、あれから二人とも追い出されてしまったので雑談しながら佐天の寮に向かっていく。

一応、帰りは送ると久遠が言い出したからだ。

夕暮れになった街を二人で歩いていく。

そろそろ寮に着く辺りまで来たところで、佐天がこちらを見つめてきた。

佐天は小悪魔のようにイタズラっぽく笑う。

 

 

「今日は楽しかったですっ」

「話してばっかりだったけどな」

「それでも楽しかったです。久遠先輩、話しやすいし」

 

 

『先輩』と言われて少し動きが止まる。

中学校をほとんど出席していない久遠は、現在高校一年生。

今まで、先輩なんて呼ばれたことはなかったから。

 

 

「……まぁ、俺も楽しかったかな」

 

 

佐天に向かって自然に笑いかける。

どうにもこいつは自分の天敵のような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を振る佐天に別れを告げて。久遠はまた、いつもの路地裏に入って行く。

しばらく歩くと、久遠は何もないように見える暗闇に向かって声をかけた。

 

 

「待たせたな。もう出てきて大丈夫だぜ」

 

 

久遠の声と同時に、暗闇から一人の少女が現れた。

【スクール】の構成員、弓箭猟虎。

弓箭は今後、垣根と久遠の伝言役をやらされると聞いている。さっそく垣根から何かを言われたのだろうか。

彼女はこちらに濁った瞳を向けて、低い声でささやく。

 

 

「……本当に性格が悪いですね。わざと見せつけてたんですか」

 

 

薄暗い路地裏に、ぼっちの声が木霊した。

 

 



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仮初同盟
第10話


ここから改訂前と展開変わります。


 

垣根と『同盟』を組んでから、数日後。

 

あれから馬場に『窓のないビル』を調査させているが、なかなか進展はしていなかった。

誤情報ばかりで噂の数だけは膨大。馬場がいくら情報収集に優れていても、本来の任務の片手間ではそれなりに時間がかかってしまう。

垣根みたいに仲間を手下にして計画に巻き込んでいるならともかく、久遠と馬場はただの仕事仲間なのだ。無理に急かすこともできない。

そして久遠は、地道な情報収集や調査なんて専門外。今は特にやれることがないのが現状である。

 

そんな訳で今日の待ち合わせも、ただの暇潰しだった。

長点上機で久遠と仲良くしている女の子達。その中の一人の頼みを叶えるついでの暇潰し。

先日、久遠の二つ年上の女の子とデートした時のこと。

 

 

「お願いがあるんだけど、永聖に会って欲しい人がいるの」

 

 

年上の彼女は、手を合わせて可愛らしくお願いしてきた。

一瞬、彼女の親でも紹介されるのかと思ったが、話を聞いてみるとどうやら違うらしく。

 

 

「クラスメイトの子なんだけど。いつも勉強教えて貰ったり、お世話になってるのよ」

「……その子、可愛いの?」

「そういう紹介じゃないのっ。もう、永聖に協力して欲しいことがあるんだって」

「んー。協力ねぇ、内容によるけど。なんか女の子みたいだし会ってみようかな」

「ふーん、そんな言い方するのね。いつも私に()()()()()する癖に」

 

 

自分で紹介してきたのに、むくれて嫉妬しだした彼女を笑ったあと。

久遠はそのお願いを引き受けることにしたのだった。

暗部組織や『プラン』とは関係ない、ちょっとした表の日常のつもりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

集合場所は、第十八学区のとあるカフェ。

 

夏休みの昼時だというのに客入りが少ない寂れた店内で、久遠は紹介された女と向かい合っていた。

黒髪に、特徴的なギョロギョロした目。

夏休みなのに長点上機の学生服と白衣を着た、布束砥信(ぬのたばしのぶ)と名乗る女。

 

 

「……そろそろ、話を進めてもいいかしら」

「……ああ」

 

 

二人とも疲れきった雰囲気で会話をする。

かれこれ三十分、二人の話は全く進んでいないのだ。

布束は久遠のタメ口が許せなかったようで、こちらに敬語を使うように命令してきた。

それを拒否した久遠は、布束の英語と日本語が混ざる口調がキモいと罵倒する。

お互いに一歩も譲らない意地の張り合いが始まってしまったが、やがて布束が折れて普通に話を進める気になったらしい。

 

 

「あなた、御坂美琴と交際しているのよね」

「お前、頭は大丈夫なのか?」

 

 

何故か不思議そうにこちらを見てくる布束。

いったい何をどう勘違いしたらそんな発想になるんだ。

 

 

「あなたは知り合った美少女全員と交際すると聞いたのだけど。違うのかしら?」

「俺はそれを言ったヤツを今すぐ殺してやりたいよ」

「……違うのね。なら、無理かしら」

「さっきからお前は何が言いたいんだ。ハッキリしろ」

 

 

もうすでに、久遠はここに来たことを後悔していた。

暇潰しといっても限度がある。こいつとの会話はさっきから時間の無駄だし、容姿も久遠の好みのタイプではない。

こいつの返答次第でもう帰ってやろう。そう思って睨みつけていると、布束はぼそりと呟いた。

 

 

 

「『絶対能力進化計画』」

 

 

 

一般人からは出てこないはずの、そのワード。

 

 

「……それが?」

「把握しているのね。私はそれの妨害を行っているのだけど、『彼女』に計画の存在を気づかれてしまったのよ」

「彼女?御坂のことか?」

「ええ。彼女、一人で関連施設を襲撃する気みたいなの」

 

 

それが本当なら悪くない展開だ。『絶対能力進化計画』を凍結できるかはともかく、計画の進展を遅らせてくれるかもしれない。

一時的とはいえ、【第四位】と【第三位】の利害が一致したということ。

とりあえず久遠は、御坂を心配するような演技をすることにした。

布束は御坂を気にかけているようだから、なにか新情報を出してくるかもしれない。

 

 

「そっか。御坂なら大丈夫かもしれないけど、少し心配だな」

「計画の関連施設は二十箇所を超えるのよ。彼女一人で完遂できる保証はないわ」

「なるほど、それで俺に頼みたいことがあるってことか」

「【歪曲時計(ワールドクロック)】。あなただって計画に無関係ではないはずよ」

「俺の能力は、()()()()()みたいだけど」

「それでもお願いできないかしら。彼女はすべて一人で背負いこんでいるの」

 

 

真剣な目でこちらを見つめてくる布束。

つまり「御坂の施設襲撃を手伝って欲しい」ということらしいが、メリットもデメリットもある。

 

さて、どう動くか。

 

垣根は『絶対能力進化計画』を潰すことに意味はないと語っていたが、計画が遅れるのは好都合のはずだ。

やる価値はあるし、やる時間もある。

問題は上層部に久遠の反逆を知られる可能性があること。

いや、それも久遠の関与が発覚しないなら大丈夫か。顔と、能力の隠蔽。それができる範囲なら問題ないはず。

久遠が黙って考えていると、布束が語りかけてきた。

依頼を引き受けるように、こちらの思考を誘導するつもりだろうか。

 

 

「彼女は、あなたに知られたくないみたいだったわ」

「……どうしてそう思うんだ?」

「あなたの名前を出したら怒られたのよ。『アイツを巻き込んだら許さない』って」

「なら、なんで俺に言いにきたんだよ。お前の言ってることおかしいぞ」

 

 

布束はしばらく躊躇ったあとで、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「あなたも『彼女が巻き込まれるのは許せない』かと思ったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと、布束に関連施設の場所や現在の稼働状況が記載されたデータを渡された。

どうやら御坂は能力を使用して、遠隔操作で施設を襲撃しているらしい。

すでに関連施設の七割ほどは、御坂のサイバーテロによって破壊済み。

久遠の助力がなくともそのまま壊滅させられるように思えるが、『絶対能力進化計画』がアレイスターの『プラン』ならば、今後なんらかの妨害工作があるのかもしれない。

御坂と会うだけなら携帯端末に直接連絡してもよかったが、布束の話を聞く限り今は拒否される可能性のが高いだろう。

 

だからこそ、こんな回りくどい真似をしている訳だが。

 

 

「よう、不良少女」

「……アンタ、こんなところで何してんのよ」

 

 

御坂のサイバーテロが対策されて、直接乗り込んでくるだろうと予想した関連施設の付近。

夜遅くになって現れた御坂は帽子を深く被って変装していたが、それは見るものが見ればすぐに看破されるような拙いものだった。

久遠も普段着ないような安物のパーカー姿でメガネなんかも持っているが、まあどちらも似たようなものか。

 

 

「布束ってヤツに頼まれてさぁ」

「あのギョロ目、黙ってろって言ったのに」

 

 

やさぐれたように吐き捨てる御坂。

なんだか疲れきっているようだし、久遠の知らないうちに彼女も色々とあったのかもしれない。

 

 

「アンタの手は借りないわ。私一人でカタをつけるから」

「俺と組めば、お前の労力も半分で済むと思うけど」

「やめて。これは私の問題なの」

 

 

別に、御坂に協力するのに許可なんて必要ない。まだ襲撃されてない施設を勝手に選んで破壊していくだけでいいのだ。

そうだとわかっているのに、久遠は意固地になっている御坂に本心を語ることにした。

 

 

「御坂はさぁ、色々と考えすぎなんだよ」

「……何が言いたいのよ」

 

 

この御坂らしくない姿を、これ以上は見ていたくないと思ってしまったから。

久遠と同じ超能力者(レベル5)まで至った彼女が、こんな風に自暴自棄になっているのはなんだか気に入らない。

 

 

「お前は何も悪くないんだから、堂々としてればいいのに」

「そんな訳ないじゃない。そもそも私がDNAマップを提供したから、あの子達はッ」

「そんなこと考える必要はないよ」

 

 

御坂が何に責任を感じているのかはわからない。

まさかとは思うが『妹達』に同情でもしているのか。それとも『絶対能力進化計画』なんて非合法な人体実験に、勝手に協力する形になっているのが許せないのか。

 

まぁ、そんなことはあとから聞けばいいか。今ここで、久遠が御坂に言いたいことは。

 

 

「過去に囚われるのは時間の無駄なんだ。一人より二人のが効率がいいんだから、お前は俺を利用すればいいんだよ」

 

 

御坂はしばらく悩んだようだったが、久遠と問答する時間を惜しんだのか諦めるように溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御坂が、変装用の服に着替えるためだけに借りているというホテルの一室。

あれからあっさり関連施設の一基を潰した二人は、その一室で情報交換を行っていた。

御坂はすでに、計画を止めようとして【一方通行(アクセラレータ)】と交戦し、敗北してしまっているらしい。

そして直接戦闘を諦めて、関連施設の襲撃をすることになったんだとか。

久遠も布束に依頼された流れを軽く説明して、お互いの状況は把握した。

 

次に話す必要があるのは、今後の予定。

ベッドに腰かける御坂は、相変わらず陰鬱な雰囲気で言う。

 

 

「残りの関連施設はあと六基。ヤツらに考える隙を与えずに一気にカタをつけるわ」

「わかった。なら半分は引き受けてやるよ」

「アンタ、本当にわかってんの?私がやろうとしてることは普通に犯罪行為よ。ヤツらもあんな実験をやってるんだし、手配されたりはしないと思うけど」

「さっきも手伝ったんだし、もう同罪だろ。それより御坂もちゃんと理解しといた方がいい」

「……なによ、理解って」

「お前の言う『ヤツら』のことだよ。さっきから実験関係者くらいにしか考えてないだろ」

「他に何があるのよ」

 

 

御坂がイラついたように聞いてくるが、どこまで話すべきか。

アレイスターの『プラン』についてまで話す必要はないだろう。久遠も半信半疑で、現在は調査中なのだから。

ならば、上層部の『方針』で主導されている可能性がある。くらいまでが妥当か。

 

 

「二万人のクローンを製造して戦闘させる人体実験。布束の話だと屋外でも行われているらしいけどさ」

「それがなに?」

「学園都市の上層部がそれに気づいてない訳がないよな」

「え、あっ」

「『絶対能力進化計画』が上層部の『方針』だったなら、そんな簡単には行かないかもしれない」

 

 

学園都市は衛星と大量のカメラで監視されている。

上層部に把握されずに、何度も屋外で違法な実験をするなんて不可能なのだ。

御坂もそれに考えが及んだらしく、絶望したような表情に変わってしまった。

しばらく黙ってうつむいていた彼女だったが、やがてぽつりと呟く。

 

 

「……じゃあ、どうすればいいのよ。学園都市そのものが敵みたいなものじゃない」

「とりあえず施設の襲撃はやる価値あると思うよ。その妨害の具合で上層部がどれだけ実験を重要視してるかわかるからな」

「あの子達はっ、今この瞬間も実験の犠牲になってるかもしれないのよッ」

 

 

御坂はついに半泣きになって怒りだした。

情報交換する時にわかったことだが、彼女は『妹達』が実験で殺されることが許せないらしい。

つまり、久遠の長期戦を見据えた『遅延』狙いの考えは、御坂には認められないのだ。

 

それにしても、ここまで追いつめられているとは。

 

正直な話、御坂の現在の精神状態は久遠にとって想定外だった。

自分が利用されていることに怒っているんだろうと思っていたのに、クローンごときのために心を痛めているなんて。

 

学園都市の闇に囚われてしまった人間は、こんなにも弱々しく見えるものなのか。

過去の久遠も、他の人からはこんな風に見えていたのだろうか。

 

こんな状態の御坂と協力する意味なんてないような気がしてきた。

もう放っておいて、久遠一人で動いた方が効率がいいかもしれない。

 

でも、どうせなら一度だけ試してみるか。

次の言葉で奮起しないようなら、御坂との協力関係は諦めよう。

 

 

 

久遠は涙ぐんだ御坂の頭を優しく撫でながら、何でもないことのように問い掛ける。

 

 

 

「なぁ、御坂。泣いてても何も解決しないだろ。もう諦めるなら、いつもの日常に『巻き戻して』やろうか?」

 

 

 

御坂は涙を乱暴に拭って、久遠の手を払いのけてきた。

 

 

 

「ふざけないで、私の手で破綻させてやるわ。あんなイカれた実験ッ!!」

 

 

 

こちらを睨みつけてくる御坂と目を合わせる。

すぐにでも折れてしまいそうな、弱々しい決意の表情。

普段の久遠なら絶対に信用しないし、手を組んだりはしない。

 

 

 

それなら、どうしてこんな言葉が口から出てきたのか。

 

 

 

「……俺も手伝うよ。お前が納得するまでな」

 

 

 

それはきっと、歪んでしまう前の(おれ)と重ねてしまったから。

 

 

 



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第11話

 

第七学区のとあるファミレス。

 

昼下がりの利用客が少なくなった店内で、テーブル席を陣取っている四人の少女達が、いつも通りの非常識な行為を行っていた。

店員達は遠巻きにその様子をうかがっているが、彼女達がこのファミレスでやりたい放題するのはこれが初めてのことではなく、過去に同僚が退職していった原因でもある問題児達に注意しに行くような勇敢な者は存在しなかった。

 

注文もせずに店外から持ち込んだコンビニ弁当を食べている、セレブな雰囲気の少女。

麦野沈利(むぎのしずり)が、今回の『任務』について語り始める。

 

 

「二人の侵入者(インベーダー)からの施設防衛戦。ギャラは悪くないけど、依頼が不明瞭なのがちょっとねぇ」

「他の暗部組織と共同任務とか。結局、いつものめんどーな仕事って訳よ」

 

 

それに反応した金髪碧眼の少女。フレンダ=セイヴェルンがつまらなそうに言いながら、サバの缶詰を手のひらで弄んだ。

彼女の前のテーブルには、どう考えても食事には使用しない物騒なツールが大量に散らばっている。

 

 

「しかも、侵入者達の詮索を禁じていたり、こちらからの超襲撃が禁じられていたり、本当に妙な依頼ですが」

 

 

十二歳くらいに見える少女。絹旗最愛(きぬはたさいあい)がテーブルに広げていた映画のパンフレットを閉じて、同意するように発言する。

 

 

「【発電能力(エレクトロマスター)】の方はともかく、もう一人は能力すら不明なのよねー。まぁ、おおよその見当はついたけど」

「結局、銃で監視カメラを破壊してるなら無能力者なんじゃないの?」

「遠目から目撃した職員がギリギリで認識できるくらいの移動速度だったらしいし、能力者なのは確定ね。おそらく【肉体強化】ってところかしら」

「どちらの襲撃者に当たるかはわかりませんが、個人的には【肉体強化】の方がいいですね。私の【窒素装甲(オフェンスアーマー)】が超有利に戦えるので」

 

 

昼下がりのファミレスで物騒な暗部の話をする彼女達。

彼女達に今回、与えられた任務は「施設を襲撃する者の撃退」。

襲撃者達は二人組らしく、それぞれが別々の施設を同時刻に襲撃しているらしい。

標的にされている二つの施設の内、片方は別の暗部組織が防衛するそうなので、もう片方の施設を防衛するのが今回の依頼内容だった。

 

 

「どっちにしても結局、待って嵌めるだけって訳よ」

「私と絹旗で襲撃者に当たるから、フレンダは滝壺の護衛も頼むわね」

「オッケー。私に任せといてって訳」

「だそうですが、滝壺さんはそれで超問題ありませんか?」

 

 

三人が会話している間、ずっと黙っていた少女に絹旗が声をかけた。

何もない場所をぼんやりと眺めていた、ジャージ服の少女。滝壺理后(たきつぼりこう)が覇気のない声色で呟く。

 

 

 

「……北北西から信号がきてる」

 

 

 

彼女達の所属する組織名は【アイテム】。

 

超能力者(レベル5)の【第五位】【原子崩し(メルトダウナー)】の麦野沈利をリーダーとした、暗部組織の一つ。

【メンバー】や【スクール】と同格の学園都市の闇の狩人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御坂と一時的な協力関係を結んだ二日後の昼。

 

上層部が関与している疑いがある以上、盗聴される可能性のある携帯端末で密談をするべきではない。

電撃使い(エレクトロマスター)】である御坂は盗聴を察知、妨害できるが、その行為自体が怪しまれるだけだ。

よって、二人はあれから借り続けているホテルの部屋に集合して、襲撃の結果を報告することになっていた。

 

久遠がその部屋に入って行くと、ベッドにマップを広げて眺めていた御坂が、振り向きもせずに話しかけてくる。

 

 

「……あと二基ね」

「結果報告のために来てるんだからさぁ。一応は結果を聞いてこいよ」

「なによ、あれだけ大口叩いておいて失敗したワケ?」

「いや、二基とも破壊したよ。特に妨害とかもなし」

「こっちも問題はなかったわ。このまますんなり行けばいいけど」

 

 

久遠と御坂の決めた襲撃方法は単純で、二人で同時刻に別々の施設を襲撃するだけ。昨夜だけで四基を破壊したので、関連施設は残り二基。

こちらにゆっくりと振り向いてきた御坂は、相変わらず疲れきったような表情をしていた。

彼女が差し出してきたマップを見ながら、どうでもよさそうに久遠が言う。

 

 

「残りは『脳神経応用分析所』と『病理解析研究所』だっけ?」

「えぇ、アンタはどっちがいい?」

「それなんだけど、俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】は能力の隠蔽もしないといけないんだよ」

「時間操作は一発でアンタだって特定されるんだから当然だけど、それがどうかしたの?」

「とりあえずはレベル3、4程度の【速度操作】に偽装してるつもりなんだけどさ。こいつの弾があと四発しか残ってなくてな」

 

 

そう言いながら、御坂に拳銃を見せつける。

最初に御坂と一緒に襲撃した施設で見つけた物で、能力の隠蔽に使えると思って拝借してきたのだ。

主に威嚇や監視カメラの破壊に使用していたが、次の襲撃で弾が足りなくなりそうだった。

人と監視カメラさえ排除すれば、普段通りの能力行使も解禁できるのだが。

 

 

「監視カメラが少ない方にして欲しいんだよ。別に拳銃じゃなくても破壊はできるけど、高所にあるカメラを破壊するのがめんどくさいからさ」

「あ、そっか。アンタはわからないのね」

「……なにが?」

「施設内は外部との通信は遮断されてるのよ。私のサイバーテロを警戒してるんだと思う」

「なんだよ、じゃあ道中の監視カメラは無視して良かったのか」

 

 

久遠はほとんど加速しながら移動しているので、監視カメラには身体がブレてまともに映らない。

外部から録画データを解析されるのを警戒していたが、施設内が外部との通信を行っていないなら最後に施設内のデータを破壊するだけでいい。

昨夜、二基とも道中の監視カメラを破壊しながら遂行したが、全く必要のない行動だったようだ。

 

 

「……なぁ、二人で協力してるんだからさ。ちゃんと情報共有はしてくれよ」

「私のサイバーテロが対策されてることは説明してたでしょ。むしろなんで気づかないのよ」

「そんな原始的な対策してるなんて思わないだろうが」

「聞いてこなかったアンタが悪いわね」

「いや、お前が情報交換の時に説明するべきだった」

 

 

どうやら御坂と合流した時にはわかっていたことらしい。

普段は馬場や下部組織の人間がやるような細かい仕事をさせられたのに、久遠の苦情は受け付けて貰えなかった。

お互いに責任を押しつけて険悪になったところで、御坂が妙なことを言いだす。

 

 

「……それもアンタが悪いのよ」

「はぁ?」

 

 

まるで全てこちらが悪いというような発言に、ついイラついたような口調になってしまう。

久遠が御坂を睨みつけていると、ふてくされた彼女はこちらを責めるように言い放った。

 

 

 

「アンタが私を弄ぶようなこと言うから悪いのよっ」

 

 

 

一瞬、何を言ってるのかわからなかったが、御坂は何かを勘違いしているらしい。

久遠が弄ぶのは容姿とスタイルのいい女の子の身体だけなのだ。

深く溜め息をついてから、久遠は反論することにした。

 

 

「……意味がわかんないんだけど」

「精神的に弱ってた私を言葉責めしたじゃない」

「俺は事実しか言ってなかっただろ」

「じゃあ、アレはなによっ!!能力で脅してきたわよねアンタッ!!」

「わかった、わかった。俺が悪かったから」

 

 

御坂が疲れているくせにヒートアップしてきたので、仕方なく宥めることになってしまう。

こうしてよく見ると御坂は目元に隈ができているし、あまり眠れてないのかもしれない。

この後の展開は読めないが、施設の襲撃はとりあえず今晩でケリがつく。せっかく手伝っているのだ、襲撃の失敗は許されない。

御坂に休むように言い聞かせて。久遠はホテルの部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

計画の関連施設『病理解析研究所』。

 

夜になって、久遠はその研究所へ侵入していた。

残り二つの施設は結局どちらでもよかったので、久遠が気まぐれで行ったコイントスでこちらの施設が選ばれたのだ。

偽装のために抑えた時間加速を行使して、今夜は監視カメラも気にせずにひたすら進んでいく。

 

安物のパーカーのフードを深くかぶり、慣れない伊達メガネをかけた久遠は、ある程度進んだところで機材の物陰に隠れて周囲を確認する。

今のところは異常はない。危険は『未来』が教えてくれるのだから、確認する意味もないのかもしれないが。

 

 

「最後まで妨害がないとは思えないけどな」

 

 

加速した世界で誰にも聞きとれない呟きを一つこぼして、そのまま走りだした。

そして階段をかけ上がり、太い配管に囲まれた通路のような区画に入った所で。

 

『未来』からの警告。

 

これは損傷ではなくて、意識を飛ばされたような感覚だ。麻酔銃でも撃ってくる奴がいるのだろうか。

久遠は周囲を時間停止して、立ち止まってみることにした。【速度操作】でも、飛び道具を防ぐのは不自然ではないはず。

そこらの物陰から出てくる奴がいたら逆に攻撃してやろうと拳銃を取り出すが、いくら待っても出てこない。

 

 

 

その隙に前と後ろの隔壁が落下するような速度で降りてきて、久遠はその区画に閉じこめられてしまった。

 

 

 

「……やられた。そのパターンか」

 

 

 

配管から空気が漏れるような音。『未来』からの警告は催眠ガスのことだったらしい。

昨晩の施設にも防犯装置やセンサーの類はあったが、こんな大がかりなトラップなんてなかった。

配管を改造して催眠ガスを仕込むなんて、素人がやるような行動ではない。

 

 

「この手口は同業者っぽいな」

 

 

『不殺』の任務で、馬場や博士がやりそうな手口だ。仮に同業者だとして、どこの組織の可能性が高いか。

 

垣根には弓箭を通して連絡してあるので【スクール】なら事前に教えて貰えるはず。

 

戦闘要員の久遠に依頼がされていないのだから【メンバー】はありえない。

 

【ブロック】は外部の敵対者を相手する組織なので、対能力者戦に駆り出されることはないだろう。

 

 

となると。

 

 

「消去法で【アイテム】が怪しいか」

 

 

垣根の話では【アイテム】は女だけで結成されたチームで、超能力者(レベル5)の【第五位】が所属している組織らしい。

 

 

「能力隠蔽したまま【第五位】と戦闘するのは面倒だな。口封じに殺してもいいけど、こんなところで上層部に目をつけられるのも馬鹿らしいし」

 

 

御坂にとっては決死の作戦でも、久遠にとっては暇な時間を使った『遅延行為』でしかないのだ。

学園都市の貴重な超能力者(レベル5)を一人消して、上層部の連中を警戒させる意味なんてない。そんなことをしても久遠のこれからの行動に制限がつくだけだ。

 

催眠ガスが充満していく区画内を加速して、出口にあたる隔壁のところまで到着する。

昨晩までは明らかにレベル4相当の能力行使は避けてきたが、もう解禁していいだろう。

もし、本当に【アイテム】が出動してきたのなら、さっさと施設を破壊して撤退した方がいい。

 

隔壁を時間加速で持ち上げて外に出る。通路のような区画が終わり、そこは開けた部屋のような区画になっているようで、中で二人の少女が待ち構えていた。

 

黒髪ロングのセーラー服の少女と、左頬に髑髏の刺青を入れたファンシーな服装の少女。

 

久遠が黙って二人を見ていると、セーラー服の少女が男勝りな口調で話しかけてくる。

 

 

「オマエ、いいパワーしてんじゃねーか。あの隔壁、結構な重さありそうだったぜ」

「リーダーが言ってた通りだったねー。【肉体強化】ならアレも突破するかもしれないってさ」

 

 

ファンシーな服装の少女も同意するような発言をしてきた。なんだかやたらとフレンドリーな雰囲気の二人。

仮にこの二人が【アイテム】だとすると、『リーダー』とやらが【第五位】のことなのだろうか。それなら【第五位】を刺激しないように、仲間は気絶させる程度で済ませておいた方がいいかもしれない。

 

 

「お前ら戦闘する気あるの?ないなら見逃してやるけど」

「あるに決まってんじゃん、じゃないと任務失敗になっちゃうもんね」

「オレらの任務はオマエの撃退だからな。悪いが、逃がさねーぜッ」

 

 

言い放った瞬間、セーラー女がナイフを持って滑るように突っ込んできた。

『未来』からの警告は時間停止で消える。それならカウンターで適当に気絶させるか。

 

 

セーラー女のナイフが停止の障壁に阻まれ弾かれていく。

 

 

そして、久遠のカウンターの拳はセーラー女の身体で()()()()()()()()

 

 

「なんだ摩擦を操作する能力かよ。めんどくさいなぁ」

「チッ、オマエの身体固すぎんだろーがッ」

 

 

時間停止を解除して語りかけると、久遠から距離をとったセーラー女が手を押さえながら悪態をついてきた。

 

そして、再び未来からの警告。何かに締め付けられるような感覚。

 

ファンシー女が手に持っている傘が伸びてきて、久遠を拘束しようとするが時間停止で完全に防ぎきる。停止の周囲に残った、()()()()()()()()だったものを引きちぎって遠くに放り投げてやった。

 

どうやらファンシー女の方は『紙を操作する能力』のようだ。

 

 

「ぼ、ボクの紙が効かないっ、なんかにガードされたッ」

「殺しはしないけど、ちょっと動けなくなって貰うぜ」

 

 

久遠は言いながら加速でセーラー女に近づいて、効果範囲に入った瞬間に能力を行使する。彼女の『摩擦を操る能力』の効果対象である『摩擦係数』の一部を部分加速。

加速状態の【歪曲時計(ワールドクロック)】に干渉されたことで、能力制御ができなくなってパニックに陥ったセーラー女をそのまま蹴り飛ばす。

 

まずは、一人目。

 

 

「せ、清ヶが、やられちゃった」

「次はファンシーちゃんの番だな。抵抗しないなら優しくしてやるけど」

 

 

壁に叩きつけられて気絶しているセーラー女を見て、呆然としているファンシー女に語りかける。

貧乳のセーラー女と違って、ファンシー女はよくみると久遠の好みのタイプだった。この子は優しくしてあげてもいい。

久遠が近づいて行くとファンシー女は後退りをして距離を取ろうとしていたようだったが、やがて緊張の糸が切れてしまったのか。

 

 

 

「あ、あっ、うあアァァーーーーーーーーッ」

「……抵抗しないならって言ったのに」

 

 

 

紙を装甲のように纏って、大声で叫びながら突撃してきたファンシー女。

久遠は時間加速して紙の装甲を再び引きちぎり、彼女の姿を見て思わずツッコミをいれてしまう。

 

 

 

「いや、なんで全裸になってんだよ。お前」

 

 

 

ファンシーなあの服は、能力の紙で作っていたのだろうか。

そんな考察をしながら加速状態でファンシー女の顎先を軽く撫でる。

気を失って倒れそうになる全裸の彼女を受け止めて、床に優しく寝かせてあげることにした。

 

その後、久遠は値踏みするように黙って彼女の裸体を眺めていたが、やがて未練を振り払うようにゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

「……名残惜しいけど、そろそろ『リーダー』を探しにいかないとな」

 

 

 

そして久遠が区画を歩き始めた瞬間、またしても『未来』からの警告。今度は何故か凍結するみたいな感覚。

時間停止で消えたので、無視してそのまま歩き続ける。

 

しばらくすると、背後の物陰から何かを投げつけられた。

 

 

 

「や、やった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、やってないよ」

 

 

 

すぐに加速して、投げた奴の背後に回って返事をしてやる。

キャスケットをかぶった女。そいつの首筋を鷲掴みにしながら、久遠は気になったことを質問してみることにした。

部分停止でキャスケット女の身体を固定したあと、耳元でそっと囁く。

 

 

「俺はさぁ、人間の首くらいは簡単に引きちぎれるんだよ」

「え、あっ、ッ、やだッ」

「質問に答えるなら気絶するだけで許してやるよ。お前が組織の『リーダー』か?」

「ち、違う」

「じゃあ、『リーダー』の序列は?」

「え?な、なに、が?」

「……ありがと、もう寝てていいよ」

 

 

時間加速して顎先を撫でて気絶させる。

しかし、構成員が三人もやられたのに【第五位】の介入がないということは、こいつらは【アイテム】ではないのだろうか。

キャスケット女も、久遠の質問の意味がわかってないようだったし。

こちらの素性がバレる訳にもいかないから、直接【アイテム】かどうかは聞かなかったが。

 

 

 

久遠は黙々と思考しながら、目的地まで加速して走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る建造物。かつての『病理解析研究所』だったもの。

 

久遠は自分の能力で引き起こした火災を、離れたビルの屋上から眺めていた。

学園都市の夜の街に輝くその火災は消火活動がとても間に合いそうもない酷い状態で、夜中だというのに大量の野次馬が集まってきてしまっている。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】は対象全体の時間操作の他に、『部分停止』『部分逆行』『部分加速』を行使することができる。

久遠の身体や周囲に部分操作する分には特に制限はないが、触れた対象に部分操作する場合は少しだけ制限があった。

 

触れた対象に『部分停止』するのは演算が面倒で、全体停止より強度が下がるし。

 

触れた生物に『部分逆行』すると体内時間がズレてしまって、対象が死に至る場合もある。

 

そして触れた対象に『部分加速』する場合は、使い道がたったの一つしか存在しない。

何かを壊すことにしか使えない、部分操作の中で最も【歪曲時計(ワールドクロック)】らしい能力(チカラ)。それが『部分加速』。

 

今夜はその能力によって設備の部分的な老朽化を引き起こし、研究施設を放火したという訳だった。

 

もう破壊状況の確認は十分だろう。今夜の襲撃はこれで終わりだ。

久遠がそんなことを考えていると、いつの間にか隣に来ていた少女に話しかけられた。

 

 

「……すまない。敵である僕たちを運んで貰って、感謝する」

「死なれても迷惑なだけだよ。事態が大きくなるからな」 

 

 

口を塞ぐようなデザインが描かれたマスクをつけた小柄な少女。

この少女が今回、研究施設に雇われた組織の『リーダー』だそうだ。

目的地で待ち受けていたこのマスクの少女は戦闘要員ではなかったらしく、久遠に見つかるとあっさりと降伏してきた。

燃え盛る施設から仲間を助ける条件として聞き出した情報によると『屍喰部隊(スカベンジャー)』という名称の暗部組織らしい。

全く聞いたことのない名前だったが、久遠は学園都市の暗部事情に詳しくないのでそんなものなのかもしれない。

 

マスクの少女は先ほどからずっと落ち込んでいるようで、今は屋上の床に転がる仲間の三人を見つめて俯いていた。

 

 

「……失敗してしまった」

「あんまり気にすんなよ。お前ら結構強かったしさ」

 

 

マスクの少女の呟きが聞こえてきたので、無意識に慰めるような発言をしてしまう。

失敗させた本人に言われてもいい気はしないだろうが、実際こいつらは暗部の中でも優秀な方だろう。

セーラー女とファンシー女なんかは、馬場や査楽より優秀そうに思えるくらいだ。

久遠に優しい言葉をかけられたからか、マスクの少女はたまっていた愚痴をこぼしてくる。

 

 

「うぅッ、想定外すぎる。【発電能力】でも【肉体強化】でも対応できる配置だったのにッ」

「よく頑張ったな。大丈夫、俺はお前の味方だからさ」

 

 

軽く頭を撫でてやるが、何故か涙目で睨まれてしまった。

久遠はやれやれといった感じの動作をとりながら、頭から手を離す。

 

マスクの少女の話によると、御坂の襲撃している施設にも別の暗部組織が配置されているらしい。

一応、様子を見に行くべきだろう。あちらに【アイテム】が配置されている可能性もあるし。

 

まだ涙目で睨んできているマスクの少女に別れを告げて。

 

彼女から見えないところまで来たのを確認すると、時間加速して空を走っていく。

 

 

 

「さて、御坂はどうなってるかな」

 

 

 

久遠は加速した世界で、誰にも聞き取れない呟きをこぼした。

 

 




自分はとある科学の一方通行を読んでないので、スカベンジャーの面々に違和感があるかもしれません。
おかしいところがあったら教えて下さると助かります。


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第12話

 

御坂が襲撃を担当していた『脳神経応用分析所』。

 

その施設は向かっている途中の久遠の目から見ても、現在進行形で異常な事態が発生しているのがよくわかった。

 

夜の街を切り裂く『ビーム』のようなもの。

 

最初は乱心した御坂が【超電磁砲(レールガン)】を連射して暴れているのかと思っていたが、よく見てみるとそれが『ビーム』であることが判明したのだ。

 

 

「【第五位】はあんなド派手な能力だったのか」

 

 

久遠は緊張感のない口調で呟きながら、施設に向かって加速して行く。

間違いなく超能力者(レベル5)級の破壊力。どうやら御坂が【アイテム】を引き当てたらしい。

御坂が戦闘中なのは間違いないが、施設を破壊したあとの撤退戦なのか。それとも、まだ破壊することができていないのか。

どちらにしても【第五位】が相手である以上、もし戦闘になるなら能力の隠蔽は諦めた方がいいかもしれない。

 

こうして久遠が考えている間にも、『ビーム』は何度も夜空に放たれている。

 

 

「逆に、あの『ビーム』の方で施設が崩壊しそうだな」

 

 

圧倒的な破壊力を見せる【第五位】の能力行使。

まぁ、あの程度では【歪曲時計(ワールドクロック)】の『時間停止』を抜けることはないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠永聖の【歪曲時計(ワールドクロック)】は、能力行使の対象からして規格外の極めて凶悪な能力である。

 

『時間』に干渉できる能力者は、この学園都市にたった一人しか存在しない。

 

垣根帝督の【未元物質(ダークマター)】のような例外でもない限り、人は『時間』に逆らうことはできないのだ。

 

それが最も顕著なのが、最大の防御である『時間停止』。

 

『時間停止』は久遠の演算処理を超えると破られるのだが、【歪曲時計(ワールドクロック)】は()()()()()()()()()()()()ことができてしまうので、同じ規模の演算処理能力を持つ超能力者(レベル5)の攻撃すらも軽く完封することができるのだ。

 

自身の演算処理を加速して、停止をかける。

二つの能力を同時に行使しているので単体の行使よりは演算処理を圧迫するし、単純に加速しただけ能力強度が上がる訳ではないのだが、それでも今まで加速と併用した『時間停止』は真っ当な方法で破られたことはない。

しかも久遠は『未来』からの警告で停止が破られるかどうかすらも確認できるので、警告が消えるまで演算処理を加速させるといった方法で理想的な効率の運用も可能となっている。

 

久遠が【歪曲時計(ワールドクロック)】の『時間停止』に絶対の信頼を寄せている理由。

そして、それを無視できる垣根の【未元物質(ダークマター)】が最大の脅威だと認めている理由でもある。

 

 

これがある限り、並みの超能力者(レベル5)では【歪曲時計(ワールドクロック)】を突破することはできないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『脳神経応用分析所』の施設内。

 

美琴は襲撃する予定だった施設の中で、【原子崩し(メルトダウナー)】の『殺人ビーム』からひたすら逃げ回っていた。

施設の中を磁力操作で立体的に移動しているのにも関わらず、こちらの位置は完全に把握されてしまっている。

 

 

 

「ッ、くっ、近づけないッ」

 

 

 

地下にある目的地の目前に居座る、四人の少女達。

 

一番の脅威は、仲間から「麦野」と呼ばれていた女。

金髪の仲間が言うには【第五位】の【原子崩し(メルトダウナー)】。

『殺人ビーム』みたいなものを乱射する、固定砲台。

 

そして、彼女の補佐をする三人。

 

「絹旗」と呼ばれていた最年少の少女。

彼女は物理攻撃の盾役。

最初に遭遇した時に、美琴が磁力操作で投擲した物を全て防がれた。

遠距離攻撃をする仲間を守る、非常に強力な能力。

 

「フレンダ」と呼ばれていた金髪の少女。

学園都市の最新ツールを駆使するサポート役。

美琴の能力はすでに対策済み。そこら中に仕掛けられた爆弾でこちらの行動範囲を狭めてくる。

 

そして、「滝壺」と呼ばれていたジャージ服の少女。

彼女の能力はおそらく【読心能力(サイコメトリー)】か【透視能力(クレアボイアンス)】。

美琴の位置を常に把握する、厄介な監視役。

彼女のせいで美琴は一息つくことすらできず、ひたすら逃げ回ることになっていた。

 

この四人に遭遇して追い返されてから、美琴は一度も目的地に近づくことを許されていない。

何か対策を考えようにも、考える暇すら与えてくれない連続攻撃。

 

最初に遭遇した時に、様子見なんてせずに速攻を仕掛けるべきだった。

四人と直接顔を合わせたあの時が、唯一にして最大の好機だったのに。

 

 

後悔するが、もう遅い。

 

 

荒い息を吐きながら、呼吸を整える。

 

美琴はここ数日、食事も睡眠もまともに取っていない。

体調不良は明らかで、動きが悪くなっているのが自分でもわかるほどだった。

 

 

「うっ、ッ」

 

 

無茶な避け方を続けたせいで、あちこち傷だらけになってしまった美琴の身体。

視界はいつもよりかすれて見えるし、思考も全然まとまらない。

 

それでも、奴らの攻撃が止む気配はなくて。

無理やり身体を動かして、ギリギリのところで避けていく。

 

 

もう、駄目なのかな。

 

 

そんな考えが頭をよぎる。

『妹達』を助けられずに、こんなイカれた奴らの研究所で、自分は終わってしまうのだろうか。

 

 

「っ、はッ」

 

 

迫りくる『死』は、思っていたよりも恐ろしくはなかった。

それはきっと、今の美琴にとっては生きることの方が苦しくて、辛いことだったから。

 

 

母親と父親。黒子や友人達。そして、『妹達』。

 

 

そんな場合じゃないとわかっているのに、走馬灯のように大切な人達を思い出してしまう。

 

 

あの子達(シスターズ)を助けないといけない』

 

 

『あんなイカれた実験は絶対に破綻させてやる』

 

 

美琴は弱気になっていく思考を切り替えようとする。

 

でも、それは全然、上手くいってくれなくて。

 

弱気になってしまった思考は、勝手に別のことを考えていく。

 

 

アイツの方は、大丈夫だったのかな。

 

 

美琴は唯一の『共犯者』を思い出す。

必要ないと言ったのに、無理やり襲撃を手伝ってきた変人。

こっちの気持ちなんて知りもしないで、普段通りに接してくる、あの少年。

 

 

どうせここで終わるなら、ちゃんと聞いとけばよかったな。

 

 

美琴がハッキングして調べた『絶対能力進化計画』の詳細。

そこには何故か、彼の行った『実験』の概要についても記載されていたのだ。

 

彼が以前に語っていた『死体を巻き戻す実験』。

 

あれは、【超電磁砲(レールガン)】を巻き戻して再利用するために行われた実験だったのだろうか。

美琴の存在が、彼を『絶対能力進化計画』に巻き込んでしまったのだろうか。

 

 

 

ずっと、ずっと気になっていて。

 

 

 

気になっていたのに、怖くて聞くことができなかった。

 

 

 

もし、そうだと言われたら。お前のせいだと言われたら。

 

 

 

美琴はもう、耐えられそうになかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら、美琴は通路のような区画で壁に手をついて停止してしまっていた。

身体が全く言うことを聞いてくれない。きっと、もう次の砲撃は避けられないだろう。

でも、美琴にはたった一つだけ、あの砲撃を防ぐ手段が残されていた。

最初に四人と遭遇した時に、【第五位】は美琴の放った電撃に干渉してきたのだ。

もし【第五位】の能力と美琴の能力が干渉し合えるのなら、美琴もあの砲撃に干渉できるはず。

 

できれば、試したくはなかった。

もし失敗したら、それで美琴は終わりだから。

 

 

 

「……でも、やるしか、ない、わよね」

 

 

 

覚悟を決めて、【第五位】がいる方向を睨みつける。

もう穴だらけで崩壊寸前の床下から、今日だけで何度も見せられた『殺人ビーム』が襲いかかってきた。

 

 

 

「っ、あァッ」

 

 

 

成功。

 

なんとか砲撃を反らせたが、反動で吹き飛ばされる。

背後の壁に背中から叩きつけられて、すぐに立つことができなかった。

床に座ったまま追撃を警戒するが、しばらく待ってみても追撃は来ない。

 

 

 

 

 

「はっ、はッ」

 

 

 

 

 

たくさん呼吸をして、たくさん時間をかけて、やっと息が整ってくる。

 

 

 

 

 

それでも【第五位】の追撃はこなかった。もしかしたら美琴を仕留めたと勘違いしてくれたのかもしれない。

 

床に手をついて、ふらつきながら立ち上がる。

 

一度、撤退するべきだろうか。それとも、こんな身体でも目的地まで向かった方がいいだろうか。

 

美琴が立ったまま迷っていると、背後から誰かの声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「私の【原子崩し(メルトダウナー)】を曲げる奴なんて、アンタしかいないわよね。常盤台の【超電磁砲(レールガン)】?」

 

 

 

 

 

 

 

美琴があわてて振り向くと、あの女。【第五位】の【原子崩し(メルトダウナー)】がゆっくりとこちらに向かって来ているのが見えた。

 

 

どうして、ここに。

 

 

【第五位】は美琴のことを見下すように、嘲笑いながら語りかけてくる。

 

 

 

「アンタがあんまり弱すぎるから、ちょーっとイジメ過ぎちゃったかにゃーん?」

 

 

 

もう美琴に【第五位】と戦闘できるような余力なんて残っていない。

でも、何故か位置を把握する仲間と離れているから、逃げて振り切ればなんとかなるはずだ。

 

 

 

「序列【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】ねェ。はッ、ただのクソガキじゃねえか。私が【第五位】で、テメェごときが【第三位】?」

 

 

 

【第五位】の砲撃で空いた施設の床の穴。

そこに走って行って、飛び込むことができれば。

美琴は位置を確認するために、ちらりと視線を床の穴に向ける。

 

 

 

 

 

「……おい。さっきからよぉ、この私を無視してんじゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

【第五位】の雰囲気が豹変する。

こちらを人間として見ていない。そんな凶悪で恐ろしい形相。

 

 

 

「ゴキブリみてえに逃げ回りやがって。ガキが手間かけさせんじゃねぇよッ!!」

「ぐぁッ、ぁ」

 

 

 

蹴られた。

 

 

 

「これからテメェが死ぬまでいたぶってやるんだからよォ、せいぜい私を楽しませろッ!!」

「うぁッ」

 

 

 

また、蹴られた。

そうだった。身体はもう、まともに動かなくなっていたんだった。

 

 

 

「あァン?もうギブアップなのかよ。オラッ!!もっと根性見せてみろよッ!!」

「ぁ、ぅ」

 

 

 

何度も、何度も蹴られて。美琴は身体を丸める。

 

 

 

何回蹴られたのかもわからなくなってから。美琴は髪を掴まれて、無理やり頭を持ち上げられた。

 

 

 

覗き込むように目を合わせてきた【第五位】は苦しむ美琴の表情を観察して、心底満足したように嘲笑う。

 

 

 

 

 

「はッ、ガキが学園都市の『闇』を舐めてるからこうなるのよ。そろそろプチっとブチ殺して」

 

 

 

 

 

「キメてんなぁ、お前」

 

 

 

 

 

【第五位】の言葉にかぶせるように、つまらなそうな少年の声が響きわたった。

こちらに向かって歩いてくる、安っぽい黒のパーカーを着た伊達メガネをかけた少年。

 

 

 

 

 

「一応、そいつは『お嬢様』だからさぁ。お前みたいなアッパー系はさっさと失せろよ」

 

 

 

 

 

美琴の唯一の『共犯者』。

 

【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖が堂々と言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『脳神経応用分析所』に到着した久遠は、まずは襲撃の目的地を目指すことにした。

あれだけ乱射されていた【第五位】の『ビーム』は到着する少し前から放射されなくなっていて、他に向かう場所もなかったからだ。

御坂が勝利したのか、敗北したのか。それは久遠にはわからなかったが、とりあえず目的地に行けば何かがわかるはず。

 

その後、そこで待ち構えていた三人の少女と交戦することになり、久遠は少女達を各個撃破していく。

 

最初に相手した最年少らしき少女は『自動防御』が可能な気体操作系のレベル4。かなり優秀な能力者で粘られたが、残念ながら効果範囲が狭い能力は【歪曲時計(ワールドクロック)】に完全に支配されてしまう。

久遠が拳で殴りつける瞬間に彼女の操作する『圧縮された気体』を時間停止させると、そのまま『圧縮された気体』が彼女の身体にめり込む。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】は本体である久遠の移動に合わせて、停止させた空間や物質を移動させることができる。

 

そして時間が停止している対象に干渉するには久遠の演算処理能力を超える必要があるので、レベル4程度の彼女は気体の制御を完全に奪われてしまったのだ。

彼女はおそらく、久遠に何をされたのかすら理解できなかっただろうが。

 

次の相手は金髪の少女。小型の爆発物と近接戦闘を仕掛けてきたが、何の問題もなくあっさりと意識を奪ってやった。

 

最後の一人、ジャージ服の少女。彼女はすでにかなり消耗しているようで、とても戦闘なんてできる状態ではない。

彼女は放置して、下部組織の連中に連絡する係として残すことにした。もし【第五位】と戦闘になり倒すことになったら回収する奴が必要だからだ。

 

設備を老朽化させて炎上させたあとで、ここには居なかった【第五位】の行方を捜索する。

戦闘中に三人の少女と会話して探りを入れたが【第五位】は獲物を、つまり御坂をいたぶりに行っているらしい。

 

『ビーム』が天井に空けた穴から推測した【第五位】の現在地へ、時間加速して走りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

施設内の通路に転がっている御坂の髪の毛を掴んでいる女。

 

この女が【第五位】【原子崩し(メルトダウナー)】の麦野沈利か。

 

久遠が声をかけたあと、しばらく下品に爆笑していた麦野だったが、ようやく一息ついたらしい。

彼女は御坂の髪を乱暴に放しながら、久遠に声をかけてきた。

 

 

「噂の襲撃者(インベーダー)の片割れかしら?ひょっとしてアナタ【超電磁砲(レールガン)】の彼氏か何か?」

「いや、『正義の味方』ってヤツだな。パーカーマンって呼んでくれよ」

「へぇ、かなり頭がイカれてるみたいね。それでなーに?可愛い女の子を助けに来たって?」

「そんなとこかな。だからアバズレちゃんは逃げたほうがいいぜ?」

「そう、決めたわ。まずはアナタからブチ殺してあげる」

 

 

ほとんど無駄な会話だったが、一つだけわかったことがある。

御坂を【超電磁砲(レールガン)】と呼んでいることから、彼女の身元はバレてしまっているようだ。

御坂は明らかに調子が悪そうだったし、超能力者(レベル5)を含む四人組が相手では流石に厳しかったのだろう。

床に転がっている御坂は意識はあるようだったが、まともに動けるようには見えない。久遠が外まで運んでやる必要がありそうだ。

 

一旦、麦野を挑発して御坂から引き離すか。

 

 

「お前にできるならな。まぁ、無理だろうけど」

「言ってくれるじゃない。死ぬまでに後悔しないといいわね」

 

 

『未来』からの警告。

麦野は急所を外して久遠をいたぶるつもりらしい。時間加速で連射される『ビーム』を避けながら距離をとる。

そして施設内の迷路のような通路を走りながら、麦野の様子をうかがう。

このまま手を抜いてくれるなら能力を隠蔽したままやり過ごせそうだが、どうなるか。

 

 

「おいおい、テメェもチョロチョロ逃げるだけかよッ!!」

 

 

豹変して口が悪くなった麦野に追いかけられながら、久遠は御坂から離れていく。

施設はすでに放火済みなので、長居はできない。ある程度引き付けたら急いで御坂を回収して撤退しよう。

 

 

「アバズレちゃんは容姿とスタイルは良いけど、性格がクソなのがなぁ」

 

 

久遠は麦野の身体と顔を順番に眺めながら感想を述べた。

麦野をさらに挑発するつもりだったので、時間加速を切って彼女に聞こえるような音量を出して。

 

それを聞いた麦野は顔を伏せて歩きながら、なにやら口を動かしている。

 

 

 

 

 

『ぶ、ち、こ、ろ、し、か、く、て、い、ね』

 

 

 

 

 

口の動きだけで何て言っているのかわかってしまった。

 

なんだか麦野の顔がさらに凶悪になったような気がする。

久遠を見て邪悪に笑いながら、彼女は隠し持っていたプラスチック製のようなカードを取り出した。

 

『未来』からの警告。これは。

 

 

 

「……挑発しすぎたな」

 

 

 

時間停止を使わざるを得ないか。

 

麦野が手前に放り投げたカードに『ビーム』を撃ち込むと、分散された『ビーム』が狭い通路を蹂躙した。

 

停止で防ぎきったが、あの規模の砲擊を防いでしまえば当然。

 

 

 

 

 

「……なーるほどね」

 

 

 

 

 

楽しそうな麦野の声。彼女の手は『御坂がいる方向』に向けられている。

 

 

「【超電磁砲(レールガン)】と組む謎の襲撃者。並みの能力者じゃないってことかしら?」

 

 

不適に笑いながら、麦野は語り続ける。

 

 

「アナタの高速移動は【肉体強化】じゃなくて『加速』。私の【原子崩し(メルトダウナー)】を防いだのが『停止』」

 

 

真正面から超能力者(レベル5)の攻撃を防げるヤツなんていない。

 

 

 

 

 

「……初めましてね。【歪曲時計(ワールドクロック)】?」

 

 

 

 

 

そう。同じ超能力者(レベル5)以外は。

 

 

 

 




麦野の豹変が難しかったですが、なんとか仕上げました。

あと活動報告の方に雑感のついでにオリ主と能力の設定?的なのを乗せたので、気になる方がいましたら見てやってください。
今後も小説スペースでキャラ設定みたいなのはやらない予定なので。


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第13話

 

そこはもはや『施設』ではなく『施設だった場所』と呼んだほうが正確かもしれない。

麦野の『ビーム』を何度も受けて、施設内の壁や床は大穴だらけ。さらには久遠の『部分加速』で、地下から火災まで発生している始末。

そんな倒壊寸前の建物の中で、麦野沈利は勝ち誇るように笑い続けていた。

 

 

「ぷっ。くははッ、アナタがあの【第四位】ねぇ」

 

 

麦野の放射する『ビーム』の正体は、久遠の時間停止に接触している間に逆算が終わっている。

原子崩し(メルトダウナー)】は不安定な状態の電子を操作する能力。

麦野が使用してきたあの『カード』は、おそらく電子を拡散させる性質を持っていたのだろう。

 

 

「どんなヤツなのか、ずーっと気になってたのよ」

 

 

麦野は何も理解していないようだが、【原子崩し(メルトダウナー)】が【歪曲時計(ワールドクロック)】に勝利する可能性など万に一つも存在しない。

先ほど行った逆算の結果から、すでに二人の決着はついてしまっている。

このまま戦闘を続行しても、久遠に敗北はない。しかし、事態はそんなに簡単な話でもなかった。

 

 

「アナタは大好きな【第三位】を助けようとしてるみたいだけど、それはちょーっと許せないのよねぇ」

 

 

『時間逆行』で麦野の記憶を奪ったところで意味はないだろう。

久遠の性別や行使してきた能力。それは施設の職員は勿論、【屍喰部隊(スカベンジャー)】や【アイテム】の連中にも知られているのだ。

それに加えて超能力者(レベル5)に勝利して記憶を奪ってしまえば、きっと久遠永聖まで辿り着かれる。それが両立できる能力は、時間操作の【歪曲時計(ワールドクロック)】だけだ。

 

かといって、麦野を殺害するのも問題がある。

上層部が刺客として送り込んだ超能力者(レベル5)を消してしまえば、『反逆者』への警戒は最大のものになってしまうだろう。

それに個人の特定こそ避けられるが、超能力者(レベル5)を殺害できるような能力者なんて限られている。久遠も御坂も容疑者として疑われるのは間違いない。

 

 

 

「……だから、あのクソガキを先にブチ殺してやるよッ!!」

 

 

 

御坂のいる方向に放たれた原子崩し(メルトダウナー)。時間加速で正面に回り込み、時間停止で問題なく受け止める。

正体を隠す意味はもうなくなってしまった。パーカーのフードをゆっくりと外して、伊達メガネを雑に投げ捨てる。

そして久遠の移動の余波だけで壁に叩きつけられて、無様に地面に膝をついた麦野を冷めた瞳で見下した。

 

 

「お前は『時間』には逆らえないよ。【原子崩し(メルトダウナー)】なんかじゃ勝負にすらならないからな」

「テメェ、ッ」

「それにしても困ったな。御坂だけならともかく、俺まで身元がバレちまうなんて」

「【歪曲時計(ワールドクロック)】ッ!!」

 

 

叫びながら放たれる原子崩し(メルトダウナー)も時間停止が当然のように完封する。

頭から血を流して激昂する麦野。次々と連射される原子崩し(メルトダウナー)を正面から眺めながら、久遠は黙々と考える。

 

こいつを殺さずに、久遠の正体を隠す方法はないだろうか。

そして、方法がないのなら『逆行』と『殺害』。どちらを選ぶべきか。

 

 

「スカしてんじゃねえぞッ!!テメェはこれからグロテスクなオブジェに変えてやるんだからよォ!!」

 

 

麦野の声は時間停止に阻まれ届かない。

口の動きでなんとなくはわかったが、イライラしているのは久遠も同じだ。

こいつのせいで、時間を無駄に浪費させられている。

ひたすら原子崩し(メルトダウナー)を放射しながら何かを叫ぶ麦野の姿に、やがて久遠は鋭い舌打ちをして。

 

 

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよッ!!」

 

 

 

我慢の限界を迎えた久遠が時間加速して蹴り飛ばすと、麦野はサッカーボールのように吹き飛んでいく。

壁に再び叩きつけられた麦野に向かって歩きながら、今度は久遠が怒鳴り散らした。

 

 

「お前が誰を怒らせたのか、身体に直接教えてやるからよぉ!!」

「く、クソ、がッ」

 

 

こいつがどうなろうと知ったことか。死んでさえいなければ、時間逆行は行使できるのだ。

反撃に放射される原子崩し(メルトダウナー)なんて障害にすらならない。雑に何度も麦野を蹴り飛ばして、辿り着いたのは袋小路。

 

 

「おいアバズレ、さっきまでの威勢はどうしたんだよッ!!」

 

 

死ぬ寸前まで痛めつけてやる。あとのことは、あとで考えればいい。

床に這いつくばる麦野の細い手に、かぶせるように右足をのせる。

 

 

「手足から順番に潰していってやるよ。絶望しながら死んでいけ、クズが!!」

「あ、ぐっ」

 

 

時間加速で踏みにじり、苦悶の声をあげる麦野を嘲笑っていた時に。

 

『未来』からの警告。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】が暴走するかのような、久遠にとって初めての感覚。

反射的に周囲に停止をかけるが、『未来』に変化はない。

そもそも、この警告の原因はなんなのだろう。突発的な能力暴走なのか、それとも能力制御に失敗しているのか。

 

その身に宿る能力(チカラ)が強大であるほど、暴走の危険(リスク)は大きい。

 

久遠は冷静に能力演算を見直して。『未来』の観測を続ける。

 

 

 

そして、それが完全に失態だった。

 

 

 

「なに、ッ」

 

 

 

久遠のAIM拡散力場へ、外部からの干渉。

干渉されて暴走しかける【歪曲時計(ワールドクロック)】を制御しながら、即座にAlM拡散力場を停止する。

『過去』『現在』『未来』の観測を止めたことで、能力の一部が行使不能に陥ってしまった。

 

 

「クソがッ」

 

 

慌てて拳銃を取り出す。今夜の襲撃で威嚇に使用したので、残りの弾は三発。

なんらかの能力を使って干渉してきた奴を探すために、周囲を素早く見渡した。

同じフロアには見当たらない。しばらく探して、久遠の足元の付近を見て発見する。

麦野が破壊した床の穴。その先の何階も下のエリアにいたのは、【アイテム】のジャージ女。

下部組織らしき男の肩を借りて、戦闘不能のはずだった彼女はこちらにじっと視線を向けていた。

 

 

 

「ッ、ハははッ」

 

 

 

目の前で転がっていた麦野が潰れた左手を庇いながら起き上がってくる。

能力が暴走しかけている今の状態で原子崩し(メルトダウナー)を放射されるのは面倒だ。

現在の久遠は『未来』からの警告がない。『過去』と『現在』が把握できないから、再生の部分逆行も使用不可。

そして、『調整』が終わるまでは同時に複数の能力行使はできない。複雑な演算を必要とする能力の使用は暴走を引き起こす恐れがある。

いや違うか。今はAIM拡散力場に停止を使用しているから、時間停止しか行使できない。

 

 

「……めんどくせぇなぁ」

 

 

麦野に原子崩し(メルトダウナー)を放射される前に拳銃で撃ち抜こうとして、あちらに先手をとられた。

時間加速が使えないから、どうしても後手に回ってしまう。

 

 

「チッ」

「ぎゃははははははははははッ!!」

 

 

なんとか時間停止で防げたが、今の状態でどれだけ耐えられるかわからない。

しかし撤退するにしても、加速が使用できない状態で逃げ切れるだろうか。

ジリジリと後ろにさがりながら、麦野から距離をとる。

 

 

「オイオイッ、逃げてんじゃないわよッ!!」

 

 

とりあえず麦野の視線から逃れなくては。

あちらの負傷もかなりのものだ。追いかけてくる速度自体は大したことない。

 

 

「今からテメェにヤられた分、兆倍にして返してやるんだからよォ!!」

 

 

通路の角を曲がり、走りながら考える。

あのジャージ女の能力。あれは対象を目視していないと発動できないタイプなのだろうか。

目視せずに遠隔からAlM拡散力場に干渉できるなら、あの場所にいた意味がないはずだ。いや、ロックオンするために目視が必要なだけで、干渉は遠隔でも可能なのかもしれない。

AlM拡散力場の時間停止を解除するか否か。それ次第で久遠の行動は変わってくる。

試してみるか。干渉が継続しているならすぐに再度停止すればいい。

 

そして、久遠が時間停止を解除した瞬間。『未来』からの警告。

 

 

 

「アバズレッ!!」

 

 

 

例の『カード』を使用して、拡散された原子崩し(メルトダウナー)

時間停止でそれを防ぎながら、AIM拡散力場の調子を確認していく。

ジャージ女の干渉はない。遠隔干渉は不可能なのか、いや。限界まで疲弊しているようだったし、彼女はもう能力行使できない状態なのかもしれない。

ともかくAlM拡散力場が復活して、時間加速も解禁された。

さっそく時間加速して通路を走り抜け、御坂のいる場所へ向かう。

もう『カード』は使いきったのか、麦野から放射されるのは適当に乱射される原子崩し(メルトダウナー)だけだ。

 

 

「御坂ッ」

 

 

再会した御坂は立ち上がることができる程度には回復していて、壁に手をつきながらヨロヨロと移動していた。

周囲の壁の様子から察するに、流れ弾の原子崩し(メルトダウナー)は能力でそらして防いでいたらしい。

 

 

「ごめん、私、が」

「あとで聞くから、とりあえず掴まってろ」

 

 

肩に御坂を乗せて、壁の穴を飛び出す。

深夜の学園都市の街を、時間停止した足場を歩いて移動していく。

久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】は乱されたままだ、今は単体の能力行使しかできない。

女の子とはいえ人間一人を抱えながらの移動は嫌になるほどゆっくりで、近くのビルの屋上にやっとの思いで到着する。

御坂を屋上の床に座らせて、久遠は拳銃を施設に向けた。

 

 

「……なにを、するつもり?」

「俺もあの女に身元がバレたんだよ。だから口封じだ」

 

 

加速世界の拳銃から放たれた三発の弾丸が施設を蹂躙していく。

弾を撃ちきった拳銃も加速して施設に投げ捨てて、ついに完全に崩壊していく施設を睨みつけた。

 

 

「これで死んでくれるといいんだけど」

 

 

最後に忌々しげに吐き捨てて、ようやく今夜の襲撃は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼過ぎ。御坂が借りているホテルの一室。

すっかり見慣れてしまったその部屋。久遠は備品の椅子に座って、昨晩『調整』した【歪曲時計(ワールドクロック)】の確認を行っていた。

大抵の能力者達は専用の機材を使用して行う能力の『調整』だが、自身のAlM拡散力場で『過去』の記録を参照できる久遠には必要ない。

ゆっくりと『過去』と照らし合わせながら【歪曲時計(ワールドクロック)】の確認作業を進めていく。

 

それにしても、昨夜は完全に不覚をとられてしまった。

他人のAIM拡散力場に直接干渉してくる能力者。【アイテム】のジャージ女。

強力な能力者であるほど、能力行使は複雑な演算と制御を要する。そして、その制御を乱すことができる彼女の能力。

あの能力は『格上キラー』といっても過言ではない。単純な戦闘能力はスキルアウトにも劣るかもしれないが、高位能力者にとっては最悪の相性といえる相手だ。

 

 

「もう、上層部の連中にはバレてると考えて行動するべきだろうな」

 

 

仮に昨夜の施設崩壊に巻き込まれて麦野が死んでいたとしても、超能力者(レベル5)を相手にあれだけ派手に暴れたのだ。同じ超能力者(レベル5)は八人しかいないのだから、最低でも久遠達は容疑者になっているはず。

上層部の連中がレベル4の上位に位置する奴らも疑ってくれると助かるのだが。

 

そして麦野が生きていた場合は、もうすでに報告されているだろう。

久遠と御坂。超能力者(レベル5)の二人をいきなり始末しようとすることはないと思うが、徹底した上層部の監視が行われるのは間違いない。

人質という名の『首輪』。御坂なんかはそれだけで逆らえなくなるだろうし、久遠も平穏な今の生活を捨てて、反逆するためだけに生きるつもりはない。

 

しばらくは垣根とも連絡しない方がいい。いや、すでに久遠が見限られている可能性もあるか。

今できることは、ただただ大人しくすること。そして今回の襲撃の結果を確認することだけだ。

 

 

「……とりあえずは布束の報告待ちか」

 

 

ギョロ目の女。布束砥信。

アイツによると『絶対能力進化計画』は他の機関に引き継ぐ動きがあったらしいが、それがどうなったのか。

引き継ぎを失敗させることができたのなら、実験の再開までに結構な時間を要するはずだ。

 

そうして久遠が考えている内に、御坂が寝ているベッドから物音が聞こえてくる。

御坂は昨晩の帰りに疲れきって眠ってしまい、ここまで久遠が運んできたのだ。常盤台の寮に運ぶ訳にもいかなかったので、拠点であるこのホテルのベッドまで。

ホテルに入る時に受付のお姉さんに疑わしい目で見られていたので、警備員に通報とかされていないかちょっと心配なのだが。

 

ともかく、誰にも声が届かない。そんな停止した空間に慣れたせいで独り言が多いのは久遠の欠点の一つ。どうやらそれのせいで彼女を起こしてしまったらしい。

 

 

「んっ、ぁ、え?」

「悪い。起こしちゃったみたいだな」

「ここ、そっか。あのあと」

 

 

寝惚けている様子の御坂をしばらく眺めていた久遠だったが、ふと何かを思いついたように立ち上がり、備え付けの電子ポットに向かって歩いていく。寝起きの彼女に飲み物を用意してやることにしたのだ。安物のティーパックの紅茶しかなかったが、ないよりはマシのはず。

こんな真夏に飲むようなものではないと思うかもしれないが、完璧に一定の温度に保たれた学園都市製のホテルに季節感なんてものは存在しない。そんな無機質な風情のなさが、科学の発展し過ぎた学園都市なのだ。

ベッドに腰かける御坂が手の届く場所。テーブルの上に湯気のたつ紅茶を置いて、久遠も近くの椅子に座る。これで二人で向かい合うような位置になった。

 

 

「安物みたいだけど。紅茶置いとくよ」

「ん、ありがと」

「あと、身体が痛むならそこにある塗り薬を使ってくれ。手足はともかく、服の中は触ってないから」

「……うん」

 

 

塗り薬は昨晩近くのコンビニで購入してきた物。学園都市製なので効能は確かなはずだが、服の中まで塗ったら御坂がキレそうなのでやめておいたのだ。

御坂は塗り薬を手に取ると、おぼつかない足取りで洗面所に向かっていった。しばらくするとシャワーの音も聞こえてきたので、それなりに時間がかかるかもしれない。

 

御坂との今後の関係をどうするか。昨晩は久遠も能力を『調整』してから眠ってしまったので、それについて考える時間がなかった。

今回の協力関係でわかったことだが、御坂の【超電磁砲(レールガン)】は極めて優秀な能力だ。

あらゆる機密情報が電子化されている学園都市において、御坂のハッキング能力は有能過ぎるくらいだし、戦闘能力も悪くない。

戦闘特化の【歪曲時計(ワールドクロック)】とサポートもこなせる【超電磁砲(レールガン)】は非常に強力な組み合わせだ。

垣根のように手下を持たない久遠にとって、是非とも味方に引き込みたい人材。

協力とか、同盟とかではなく、できれば久遠の思うままに使える手駒にしたい。

『絶対能力進化計画』の凍結に対する並々ならぬ執着さえなければ。いや、それも説得できれば問題はないか。

 

シャワーの音が止まり、脱衣場の方で物音が聞こえてくる。

とりあえずは優しく接してやるか。女なんてどれも一緒だし。自分が追いつめられている時に優しくされただけで、すべての価値観が変わってしまうような。そんな単純な生き物だ。

 

 

「ごめん。身体が汚れてたから、薬を塗る前にシャワー浴びてきた」

「いや、気にしなくていいよ。怪我の具合は大丈夫?」

「うん。まだお腹がちょっと痛いけど」

「心配なら病院行くか?行くなら付き添うけど」

「ううん、大丈夫。それより実験がどうなったかわかる?私、あの施設の破壊ができなかったのよ」

「置いてあった機材は俺が潰したよ。建物も完全に崩壊したしな」

 

 

濡れた髪のまま、制服姿に着替えて戻ってきた御坂は『絶対能力進化計画』についてさっそく質問してきた。

久遠の即答を聞いて、御坂は安心したように一息ついている。

実験が引き継がれる可能性について話す気はない。このまま突き進んだら御坂は死ぬまで止まらなそうだし。

 

 

「……これで完全に実験を潰せたの?あの雇われの奴らが上層部の刺客だったってことよね?」

「まぁ、こんな早急に超能力者(レベル5)を雇うなんて、一般企業にできることじゃないだろうな」

「そうよね。でも、なんとかなったのよね。まだやらないといけないことは沢山あるけど」

 

 

御坂は久々の明るい表情を見せながら、ぬるくなった紅茶に口をつけた。

他にも暗くなるような話はいくらでもあるが、何故か彼女の嬉しそうな顔を曇らせたくなくて。今は何も言わないことに決める。

久遠はいつもの調子を意識しながら、緩い感じで話しかけることにした。

 

 

「その、『やらないといけないこと』なんだけどさぁ」

「なによ、急にヘラヘラして」

「その小学生みたいなデザインの携帯に、半端ない回数の着信があったんだけど。いったい誰からなんだろうな」

 

 

久遠が指差した先にある御坂の携帯端末。テーブルの上に置かれた、カエルみたいなデザインのそれ。

御坂は一気に血の気が失せたような表情になり、こちらに恐る恐る尋ねてきた。

 

 

「い、今、何時なの?」

「昼過ぎだな。お嬢様の常盤台生が昼帰りとか許されるのか?」

「ちょ、ヤバいっ、黒子っ、黒子に確認しないとっ!!」

「御坂は慌て方がおもしろいなぁ」

 

 

わたわたと白井に連絡を取り始める御坂の姿に爆笑して、久遠は自分で用意した紅茶を飲み干した。

今日はもう解散でいいだろう。結局、布束から連絡もこなかったし。

しばらくして白井との通話が終わったらしい御坂が、久遠を睨みつけて噛みついてくる。

 

 

「アンタ、大声で笑いすぎよっ!!黒子に声を聞かれたじゃないッ!!」

「白井、なんて言ってた?」

「男と一緒だったって思われたから、っ、もうッ、全部アンタのせいよッ!!」

「あー、はいはい。俺も反省してるしさ、許してやってくれよ」

「あ、アンタねぇッ」

 

 

狂犬のように吠えだした御坂を適当に宥めて。出口に向かって歩きだす。

このホテルに来るのもおそらく最後になるが、それなりにいい部屋だったな。なんて考えながら。

久遠が帰ろうとしていることに、ようやく御坂も気がついたらしい。吠えるのを急に中断した彼女は、小さな声で呟いてきた。

 

 

 

「……ありがと」

 

 

 

聞き取れてしまったので振り返ると、真っ赤な顔をした御坂と目が合った。

きっと、久遠に聞かせるつもりはなかったのだろう。

 

 

 

 

 

「ちゃんと死ぬまで感謝するんだぞ」

 

 

 

 

 

久遠が笑顔で返事をすると、御坂は再び吠え始めた。

 

 

 



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第14話

 

最後の施設襲撃から、二日後。

未だに布束からの連絡はなく、久遠を取り巻く環境に変化はなかった。

あれから馬場に【第五位】の生死を調査して貰おうかとも考えたが、上層部の監視を警戒してとりあえずは保留にしている。

 

そして現在、時刻はお昼前。久遠は『知人』に呼び出され、第七学区の噴水広場で待機しているところ。

携帯端末でとある人物と会話しながら、木陰になっているベンチに座っていた。

 

 

「そう、あれは私が十一歳の頃の話だ。当時の私は常々、疑問に思っていたことがあったのだよ」

「……博士。意味不明な昔話は勘弁してくれよ」

「君にわかりやすく伝えようとしているのだ、最後まで聞きたまえ。つまり、私が両親に反抗していた頃の話なのだがな」

 

 

電話相手は【メンバー】のリーダー。博士。

待ち合わせの相手は別にいるのだが、急に連絡が来たと思ったら挨拶もそこそこに、いつもの変人丸出しの昔話が始まってしまった。

【メンバー】の構成員は、偏屈な高齢者の相手も職務内容に含まれるのだ。非常に面倒だが、もうすでに慣れてしまっている。

そんな訳で、久遠は気だるさ全開の態度で話を聞いてやっていたのだった。

 

 

「本当か」

「ああ、本当の話だとも。両親は時折、私に何かをするように命令してくることがあったのだが、その行為が疑問だった」

「ほ、本当かよ」

「うむ、嘘偽りのない事実だ。当時の私は、人間の行動には本人の意思が必要であり、それがなければ人間の行動とは定義できないと考えていたからだ」

「ほ、本当に、なのかよ」

「当時の私の考えではな。故に、疑問だったのだよ。何も理解せずに為す行動に、果たして意味はあるのだろうかとな」

「なぁ博士。それって()()()、なんだよな?」

「……何度同じことを言わせる気なのだ、久遠君」

 

 

ふざけていたら怒られてしまった。

博士の説教が始まりだしたので、久遠は無我の境地に至って聞き流していく。

そもそも『アイツ』が遅れてくるから、こんな罰ゲームみたいなことをしているのだ。

ひたすら博士の説教を聞き流し続ける久遠だったが、やっと話が本筋に戻ってきてくれたらしい。

 

 

「要するに、あとになってからその意図を理解できることもあるのだ。だから、()()()()()()()()()()()()()。これは『警告』だと思ってくれても構わんよ」

「……へぇ。『警告』ね」

「ああ、君を失うのは惜しい。アレイスターもそれを望んではいないだろう」

 

 

博士は自らを『アレイスターの犬』だと宣言するほどのアレイスター信者。どうやら久遠と御坂の施設襲撃はバレているようで、今回は釘をさすために電話してきたみたいだ。

 

 

「なんかさぁ、博士は俺の強度(レベル)をド忘れしてるみたいだけど。【歪曲時計(ワールドクロック)】は超能力者(レベル5)の【第四位】なんだぜ?」

「確かに超能力者(レベル5)は強力な存在だがな。元々、学園都市は上層部の領土だ。逆らうことなどできんよ、君がどうあがいても、だ」

 

 

まあ、バレているのは施設襲撃だけではないのかもしれないが。

そもそも上層部の依頼で【アイテム】が駆り出されていたのに【メンバー】や【スクール】に依頼がなかったのがおかしいのだ。【屍喰部隊】なんて聞いたこともない連中に依頼するくらいなら、どちらかに依頼したら良かったはず。

 

つまり、上層部は久遠と垣根の『同盟』すら把握していた可能性がある。

 

博士と話している内に、広場の入り口に待ち合わせ相手が到着したのが見えた。これでようやくこの気の滅入る会話も終われそうだ。

 

 

「待ち合わせしてた相手が来たからさぁ、もう通話切るよ」

「それに関しても少しばかり苦言があるのだがな。君の不誠実な女遊びは、いずれその身を滅ぼすぞ」

「博士、意味のわからない言いがかりはよしてくれないか。非常に不愉快だ」

 

 

久遠は吐き捨てるように言い放ち、乱暴に通話を切る。

同僚の高齢者を悪く言いたくはないが、あの老人は少し思考回路に異常があるな。と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠を呼びつけてきた、常盤台の制服を着た少女。白井黒子と合流して、二人で場所を変えるために歩いていく。

久遠は昼時なので飲食店に入ることを提案してみたが、彼女は落ち着いた場所で話したいことがあるらしい。

近場で屋外販売していたホットドッグを購入して食べながら、人気のない小さな公園に移動することになった。

白井は購入したホットドッグに口をつけることなく、約束の時間に来られなかったことを謝罪してくる。

なんでも向かう途中で痴話喧嘩をして周囲に迷惑をかけているカップルと遭遇して、それを風紀委員として注意していたのだとか。

 

 

「わたくしがもう少し時間に余裕を持って来れば良かったのですが。本当に申し訳ありませんの」

「俺も知り合いと電話してたしさ。そんなに待ってないよ」

「ですが、待たせてしまったのは事実ですの」

 

 

お前には本当に待たされたからな。そんな本音を隠して、久遠は爽やかに対応してやる。

二人が目的地の小さな公園に到着すると、さっそくとばかりに白井は腰に手を当てて。久遠を真っ直ぐ見ながら言ってきた。

 

 

「まずは、あなたの本性についてお聞きしたいことがあるのですが」

「本性?えっと、なんのことかわからないけど」

「固法先輩からあなたの校内での振る舞いは伺いましたので、そうやって隠そうとしても意味はありませんの」

 

 

固法先輩とやらに全く心当たりはないが、白井が先輩と呼んでいて、さらに久遠の校内での振る舞いを知っている存在らしい。

長点上機学園の風紀委員だろうか。そんな奴に最近、遭遇したような気もする。

久遠は自らの記憶をたどり、やがてメガネとデカイ胸だけを思い出した。

爽やかに偽装した笑顔が消え去り、いつもの冷めた瞳のダルそうな雰囲気に変化する。

 

 

「あの胸囲ばかりが肥え太ってるメガネのことか」

「き、聞いてはいましたが、酷い豹変っぷりですわね」

 

 

白井は脱力して、愕然とした表情をしている。

それにしても、久遠の本性を知った上で接触してくるなんて珍しい女だ。

何人かそんな女の子もいるにはいるが、久遠の容姿に惹かれた、つまり最初からこちらに気がある娘が多い。

しかし、白井は同性の御坂に性的な意味で興奮する変態。異性である久遠に興味なんてないはず。

ならば残る可能性としては、彼女も御坂や佐天みたいな生粋の変人ということだろうか。

 

 

「それでなにが聞きたいんだよ。遅刻魔ちゃんは」

「なっ、遅刻魔などではありませんの。遅れた理由は先ほど説明したはずですわよッ!!」

「遅刻するヤツって、みーんなお前みたいに言い訳するんだよなぁ。そんなくだらない嘘をついてまで、己の醜い所業が認められないのか?」

「わ、わたくしはっ」

「やれやれ、俺の器の大きさに感謝しろよな。他の超能力者(レベル5)だったらとっくにブッ殺されてるよ、お前」

「なっ、なぁッ」

 

 

会話を続けるにつれて、白井は段々と真っ赤になっていく。

久遠の優しい教師のような指摘によって、自らの行いを省みることができれば良いのだが。

それにしても白井の話は見えてこない。仕方なく久遠の方から尋ねてやることにした。

 

 

「で、俺の本性がなんだって?」

「ほ、本当にっ、ありえないレベルの人格破綻者ですわねっ!!」

「残念だが苦情は受け付けてないんだ。話をする気がないならもう帰るけど」

「駄目ですのっ、話の続きをしますわよ!!」

 

 

そのまま帰ろうとする久遠の服を白井の小さな手が掴んでくる。ようやく話が進みそうなので、そのまま黙って続く言葉を待ってやることにした。

彼女は言いづらそうに目線を動かしたあとで、ゆっくりと重い口を開く。

 

 

「近頃のお姉様は、ずっと何かを思い詰めているようでしたの」

「そうなんだ。思春期だからかな?」

「いいえ、違います。あのご様子はそんな些細な悩みではありませんの」

「それと俺になんの関係があるんだよ」

「……わたくしもあなたの本性を知って、何かの間違いだと思いたいのですが」

 

 

おそらく施設を襲撃してた頃の疲れきった御坂のことなんだろうが、久遠にそれを言ってくる理由がわからない。

御坂は久遠の関与を言いふらすような性格ではないはずだ。

 

 

「一日だけ。たったの一日だけでしたが、お姉様が元気になられた日がありましたの」

「……一日だけ?」

 

 

首を突っ込むつもりはなかったが、つい反射的に聞き返してしまった。

一日だけということは、御坂は久遠と別れた翌日に『絶対能力進化計画』の新たな動きを確認したのだろうか。しばらく実験は延期すると思っていたが、どうやらその予想は外れていたらしい。

『一日』という単語に過剰な反応をしてしまった久遠に、白井は探るような視線を向けてくる。

彼女は半ば確信しているような口ぶりで、久遠に問いかけてきた。

 

 

 

「あの日、電話先で笑っていたのはあなたですわね?」

 

 

 

白井の真剣な眼差し。それはきっと誤魔化すことはできないだろうと思わせるもので。

久遠がどう答えるべきかと迷っていると、彼女は下を向いて少しずつ言葉をかさねてくる。

 

 

わたくしでは頼っていただけませんでしたの。

 

でも、でもあなたならきっと。

 

きっと、お姉様のお力になれると。

 

 

落ち込んだような声色で紡がれる彼女の小さな懇願に、久遠は観念したように深いため息をついて。

  

 

 

「……わかった。とりあえず御坂に会ってみるよ」

 

 

 

おそらく、御坂を説得することになるだろう。

御坂が簡単に諦めてくれるとは思えないが、話だけでもしてやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白井の頼みを引き受けて、あれから数時間。

久遠は御坂を探し始めたのだが、その捜索は困難を極めた。寮にもいないし、電話にも出ない。そもそも彼女の普段の行動範囲すら把握してない。

白井に教えられた場所も全て行ったが、どこにも御坂は居なかった。

 

久遠は行く当てがなくなってしまったので、少し落ち着いて考えてみることにする。

御坂が再び悩むようなことなど、『絶対能力進化計画』関係しか考えられない。

そして御坂は『妹達』を助けるために行動していた。彼女が『絶対能力進化計画』の継続を知ったとしたら、次はどう動くだろうか。

一方通行(アクセラレータ)】と直接戦闘する気はないようだったし、引き継ぎした施設を再び襲撃するのか。それとも別の手段を考えるのか。

 

いまだに布束とも連絡がつかないし。御坂も現在は行方不明。

すでに二人とも上層部に始末されているのではないか。思考はどんどん悪い方向に向かっていき、それを振り払うように走りだす。

上空から時間加速して捜索しよう。普通に探すよりは効率がいいはずだ。

 

 

「……なんで俺はこんなことしてるんだか」

 

 

誰かを心配して、必死で探し回ってるなんて。

そもそも、こんな面倒な頼みを引き受けてるのがおかしいのだ。普段なら即答で断っているはずなのに。

それが何故なのかを考えながら、久遠は加速を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加速した世界で探し続けて。日が沈む頃に、ようやく御坂を発見した場所。

そこは廃棄されて、ほとんどの建物が取り壊された工場の跡地だった。

確か久遠の記憶では、数ヶ月ほど前に倒産した食品関係の工場だった気がする。そこに残された数少ない建物の非常階段に、御坂はふさぎこむように座っていた。

久遠が近づいて来たことに気づいた彼女は、こちらを見ると少し驚いたような表情で声をかけてくる。

 

 

「アンタ、どうしたのよ」

「御坂を探してたんだよ。白井が心配してたからさ」

「……そっか」

「それにしても、こんな寂れた場所にいるなんてな」

「別にいいでしょ。私がどこにいたって」

 

 

御坂は突き放すようにそう言うと、そのまま黙って下を向いてしまう。

どうやって話を切り出そうか。久遠がかけるべき言葉を選んでいると、どこからかパチパチと小さな音が聞こえてきた。

その音につられて、視線を御坂の方に向ける。彼女は何故か両手の人差し指を近づけて、その間に小規模の電撃を発生させているようだった。

久遠は意味がわからずに沈黙してしまい、その電撃をぼんやりと眺めていた御坂が穏やかな声で話しかけてくる。

 

 

「……ねぇ、アンタが超能力者(レベル5)になった時、どう思った?」

「いや、いきなりそんなこと聞かれても」

「色々とあるでしょ。達成感とか感動とかさ」

「当時は超能力者(レベル5)なんて意識してなかったし、特に何もなかったよ」

「……なによ、つまんないヤツね」

「そいつは悪かったな。で、御坂は違ったのかよ?」

 

 

久遠はその様子に違和感を感じて、御坂をじっと観察することにした。

普段の御坂とは明らかに違う。だが、施設を襲撃していた頃の御坂とも違っている。

この御坂の不思議な雰囲気は、一体なんなのだろうか。

 

 

 

「私はすっごく嬉しかったわよ。ずっとそれが目標だったんだから」

「へぇ、そうなんだ」

 

 

薄暗い景色の中で、パチパチと青白い光を発する小さな電撃。

御坂はそれを眺めながら、昔を懐かしむように語り続けた。

 

 

「……私がこの能力(チカラ)を使えるようになった頃は、これが星の光みたいだなって思ってたのよね」

「そうなのか」

「うん。それでね、もっと強くなったら星空を作れるかもしれないって考えてた」

「……ふぅん」

「だから、強くなりたくて。ずっと努力してきたの」

 

 

久遠が困惑して生返事しかできないでいると、御坂は優しい表情でこちらを見つめてきた。

 

 

「アンタはどうだった?初めて能力(チカラ)を使えるようになった頃」

「俺は、ほとんど覚えてないな。最初は時間を操作してるって認識がなかった気がするけど」

「……なら、認識してからは?」

 

 

こんな質問は、普段の久遠なら絶対に答えたりはしない。

愚かで、臆病だったあの頃のことなんて、思い出したくもない記憶だったから。

それなのに、何故か久遠は質問に答えてしまっていた。

 

 

「学園都市に捨てられる前に、世界を巻き戻せるかもしれないって思ってた。あの頃は能力の有効範囲なんて理解してなかったから」

 

 

御坂は意外なことを聞いたような表情に変わってしまう。『置き去り』なんて暗部の中ではありふれた境遇だが、表の住人にこんな軽く話すような内容ではなかったのかもしれない。

 

 

「ご、ごめん。私、知らなくて」

「そんなことよりお前の話だよ。あれから何があったんだ?」

 

 

御坂が戸惑うような雰囲気に変化したのをきっかけにして、久遠は強引に話を切り替える。御坂はしばらく迷っていたようだったが、やがて淡々と語り始めた。

 

 

『絶対能力進化計画』は久遠達の襲撃に関係なく継続していること。

 

関連施設の引き継ぎ先は183施設にも及ぶこと。

 

そして、『樹形図の設計者』の大破を確認したこと。

 

 

久遠の想定を軽く超えていく話に、だんだんと頭が痛くなってくる。

 

実験の引き継ぎ先はいくらなんでも多すぎるし、こちらの妨害で一日も実験を遅延させられていなかったなんて。

 

さらに『樹形図の設計者』に関する信じられない情報。

御坂はこいつをハッキングして偽装した演算結果を吐き出させようとしたらしいが、そもそも『樹形図の設計者』はとっくの昔に大破していたらしい。

 

そして最も頭が痛くなったのが、御坂が実験の継続を知った時の話。

久遠と別れた翌日に、学園都市の街中で出会ったという『研修中の妹達』。これは本当に偶然なんだろうか。

上層部から御坂への警告。いや、それとも闇に引きずり込むための撒き餌のつもりなのか。

 

久遠が頭の中を整理できずにいると、御坂は諦めたように小さく笑って話しかけてきた。

 

 

「どうして、こんなことになっちゃったのかなって。ずっと考えてたのよ」

「……それで?」

「DNAマップを悪用されたのは、私が超能力者(レベル5)だったから。それならさ、私が努力したせいで『妹達(あの子達)』が実験動物みたいに扱われてるのかなって」

「それは違うだろ。お前が望んだ訳じゃないんだから」

「でも、私のDNAマップで一万人も人が殺されてるのよ。だから、私は、もう」

 

 

極限まで追い詰められたようにうつむく御坂。

御坂を適当に慰めて説得するつもりだったが、そんな偽りだらけの言葉なんて届きそうにもない。

久遠が何も言えずに御坂を見つめていると、静かに続きの言葉が放たれた。

 

 

「……私にできる手段はたった一つしか残されてないわ。【一方通行(アクセラレータ)】に無様に敗北して、研究者達に『樹形図の設計者』が間違っていると思わせる」

「前に情報交換した時にさ、御坂はもう挑んで敗北してるって言ってたよな。それって意味あるのか?」

「もし、私が最初の一撃で呆気なく殺されたら?流石に疑問に思うヤツが出てくるはずよ」

 

 

そもそも御坂のクローンが利用されているのは、彼女の能力が多様な戦闘を展開できるから。

その【超電磁砲(レールガン)】があっさり敗北すれば、再演算しようとする者が出てくるはず。しかし『樹形図の設計者』が大破しているから再演算はできないので、『絶対能力進化計画』は凍結する。

御坂は真剣な表情でそう語るが、久遠は自暴自棄になっているようにしか思えなかった。

そもそも『妹達』を助けたいという、本来の目的すら見失ってしまっている。

 

 

「それで実験が中止になったとしても『妹達』は助からないと思うけど」

「なによ。私の考えが間違ってるって言いたいわけ?」

「『妹達』は実験動物扱いなんだろ?だったら実験が凍結しても助からないよ。一万人もいる同一人物のクローンが普通の生活なんてさせて貰える訳がない。あっさり処分されるだけだ」

「ッ、アンタって本当に無神経ね。私にはッ、他に手段がないんだから仕方ないじゃないっ」

「本気で『妹達』を助けたいなら、最低でも御坂は生き残らないと駄目だ。クローン人間の味方をする物好きなんてお前以外にいないからな」

「そんなことわかってるわよっ!!でも、他に、私にはッ」

 

 

涙目になって叫ぶ御坂を見ながら、やっと回り始めた頭で考えていく。

御坂の不思議な雰囲気の正体は『他人のために死を覚悟した人間』のものだったのか。

やはり御坂と関わってから、久遠の何かは変わり始めているのかもしれない。

 

これがきっと、正しい人間の在り方なんだろうと思ってしまえるくらいには。

 

 

 

 

 

「なぁ、御坂」

 

 

 

 

 

これはきっと、何かを得られる選択ではない。

 

おそらく垣根帝督のやり方が、久遠永聖より賢くて。

 

なにより御坂美琴の考え方が、久遠永聖より正しかった。

 

でも、久遠永聖の生き方は、他の誰よりも歪んでいるので。

 

潤んだ瞳で見つめてくる御坂に、久遠は悪魔のような笑みで宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が【一方通行(アクセラレータ)】をぶっ殺してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

上層部の思惑なんて知ったことか。

 

気に入らないことは、すべて破壊してやればいい。

 

この身に宿る、最凶の【歪曲時計(ワールドクロック)】で。

 

 

 



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第15話

 

太陽は完全に沈み、時刻は夜になったところ。

目の前にたたずむ少年に向かって、美琴は震えるような声音で問いかけた。

 

 

 

「……どうしてよ」

 

 

 

非常階段に座り込んだまま、制服のスカートをぎゅっと握りしめる。

潤んだ瞳からあふれそうになるものを、必死に堪えながら。

 

 

 

「どうして、アンタはずっと、私の味方をしてくれるのよ」

 

 

 

下をうつむいて。ついに涙声になってしまう美琴の言葉。

堪えきれなくなった涙がこぼれて、スカートを次々に濡らしていく。

 

 

 

「アンタだって、私のせいで、巻き込まれたはずなのに」

 

 

 

美琴は、ずっと気になっていたことを呟いた。

目の前の少年がどんな表情をしているのか、見ることはできない。

顔を上げることができなくなってしまった美琴に、彼はいつも通りの口調で返事をしてきた。

 

 

 

「だからさぁ、御坂は考え過ぎなんだよ。お前は何も悪くないって」

 

 

 

彼のその言葉を聞いて。美琴は安堵したように泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、あれから御坂は完全に泣き出してしまった。

久遠も御坂の隣に座って。彼女の小さな背中をさすりながら、夜空をぼんやりと眺める。

 

御坂が落ち着くのを待っている間。久遠が考えるべきことは、たったの一つ。

あの【未元物質(ダークマター)】が直接対決を避ける、超能力者(レベル5)の中でも別格とされた存在のこと。

学園都市の頂点。【第一位】【一方通行(アクセラレータ)】の攻略方法。

 

この世のありとあらゆる『向き(ベクトル)』を操作する、ベクトル操作系の能力者。

 

いつかの垣根との雑談の中で、久遠は【一方通行(アクセラレータ)】の考察を聞かされたことがあった。

垣根曰く、問題なのはヤツが常時展開している『反射』の絶対的な優位性らしい。

久遠の『時間停止』はただの防御でしかないし、垣根の自動防御と自動迎撃はタイムラグや処理限界などの明確な『隙』が存在するが、ヤツの『反射』にそれはない。

二人の完全な上位互換ともいえるそれを可能とするのは、学園都市で最も優れた演算処理能力。

一方通行(アクセラレータ)】を殺害するためには、ヤツの『反射』を理解して突破する必要がある。

 

久遠が思考に没頭していると、ようやく御坂が顔を上げてきた。

泣きはらしたその表情はいつもより弱々しいが、多少は落ち着いてきたらしい。御坂はゆっくりとこちらを見て、かすれた声で語りだした。

 

 

「……アンタが私より強いのは知ってる。書庫で能力の詳細、見たことあるから」

「当たり前だろ。俺は信じられないくらい強いんだ」

「でも、【一方通行(アクセラレータ)】はそんな次元にいないのよ。アイツの能力は、私たち超能力者(レベル5)の中でもぶっちぎりで突き抜けてる」

「それで?」

「だから、やめてよ。私のせいで、アンタが、こ、殺されたらっ、私は、また」

 

 

そこまで言うと、御坂はまたポロポロと泣き出してしまう。

久遠は深いため息をついて、御坂の頭を撫でてやる。

それにしても、なんだか慰めるのが面倒になってきてしまった。

 

 

「なぁ、そろそろ落ち着けって。御坂にも役割があるんだからさぁ」

「で、でも、やっぱり、私が戦うから、アンタは」

「会話をループさせるなよ。もう十分落ち着いただろ?行くぞ」

 

 

最後に御坂の肩を軽く叩いて、立ち上がる。

次の実験に乱入して、【一方通行(アクセラレータ)】を殺害する。そのためには、御坂の協力が必要だ。

実験する場所、つまり『戦場』に久遠を案内すること。

そして、戦闘に巻き込まれないように『妹達』を別の場所に逃がすこと。

この二つを御坂にやってもらわなくてはならない。

こちらを泣きながら見つめてくる彼女に手を差し出して、久遠はいつも通りに話しかけた。

 

 

「次の実験で全てを終わらせてやる。だから、その場所と時間を教えてくれ」

 

 

御坂は涙を拭って、震える手で差し出された手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日、最後の実験。

予定時刻は午後九時。場所は久遠と御坂がいる取り壊し中の廃工場。

つまり、御坂は今夜の実験で死ぬつもりだったらしい。

 

現在の時刻は午後八時四十分。実験開始の二十分前。

まずは戦闘の邪魔にならないように『妹達』を拘束して、どこかに移動させる必要がある。

久遠は廃工場の屋根の上に時間停止した足場を使って侵入し、高所から『妹達』を待ち伏せていた。

磁力操作で工場の壁を歩いて同じく屋根の上に侵入していた御坂が、何かを見つけたような声を出した。

 

 

「……来たわ。【一方通行(アクセラレータ)】が来る前に連れ出さないと」

「へぇ。あれが『妹達』なんだ」

 

 

こちらとは少し距離があるが、確かに遠目では御坂にそっくりな風貌に見える。

何故か『妹達』は常盤台の制服を着ていて、さらには髪の毛まで御坂と同じくらいの長さにカットされていた。

御坂美琴のクローン人間『妹達』。その姿を見て、久遠の疑念は深まるばかりだ。

 

やはり『絶対能力進化計画』は何かがおかしい。

 

実験の情報が各所にバラまかれていることもそうだが、なにより『妹達』の取り扱いが意味不明だった。

屋外の研修なんて実験動物には必要ないはずだし、あの『妹達』の姿や格好は御坂のことを知る者に怪しまれるだけだ。

 

本当に、撒き餌か何かのような。

 

仮にそうだとしたら、上層部は何が目的なのだろうか。

上層部に逆らう奴らをあぶり出すつもりなのか。それとも久遠が暗部に堕とされた時のように御坂の精神を極限まで追いつめて、学園都市の闇に引きずり込むつもりだったのか。

 

まさかとは思うが、『絶対能力進化計画』はそもそも。

 

いや、考え過ぎか。それに今は【一方通行(アクセラレータ)】に集中しなくてはならない。そんな考察なんてあとからいくらでもできる。

 

 

「俺が『妹達』の意識を奪う。先に行くから、あとからついて来てくれ」

 

 

御坂にそう告げて、久遠は時間加速を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加速した久遠に顎先を揺らされて、気を失った『妹達』。

近くで見てみると、より御坂に瓜二つに感じるクローン人間。

遅れてやってきた御坂は『妹達』の状態を確認すると、久遠に背中を向けたままで話しかけてきた。

 

 

「……第七学区の、あの時のホテルに運ぶわ」

「施設襲撃の時に拠点にしてたとこか?」

「そうよ、あのホテル。だから」

「わかった。終わったら報告しに行くよ」

「……うん」

 

 

御坂の小さな返事を聞いて、久遠は『戦場』へ移動しようとする。

しかし、またしても御坂に呼び止められた。

 

 

「……ねぇ、約束してよ」

「何をだよ?」

「絶対に、戻ってくるって」

「めんどくさいヤツだなぁ。俺が勝つんだから当然だろうが」

「……約束して」

「はいはい。わかったよ、約束してやるよ」

 

 

久遠は歩きながら手をヒラヒラと振って、今度こそ『戦場』に向かっていく。

もう片方の手に、オモチャみたいな見た目の銃器を持ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実験開始の午後九時まで、残り三分ほど。

解体工事の機材が固めて置かれていた場所。そこにあったクレーン車の上に立ちながら、久遠は初めて使用する武器の確認を行っていた。

その手に持っているのは『妹達』が装備していたアサルトライフル。

こいつで【一方通行(アクセラレータ)】の『反射』を抜けるとは思っていないが、少なくともヤツの能力解析には使えるはずだ。

久遠は一通り確認したあとで、ため息をついて呟いた。

 

 

「今回ばかりは『ゲッケイジュ』を使いたかったけどなぁ」

 

 

過去に垣根と戦闘した際に思い知らされた、【歪曲時計(ワールドクロック)】の欠陥の一つ。

それは、遠距離の攻撃手段が乏しいこと。

それを補うために博士に作成してもらったのが、久遠永聖の専用兵器。可変式多機能銃の『ゲッケイジュ』。

装着すると大きな機械の腕を着けたような見た目になるために普段から持ち歩くことができず、現在は博士のラボで埃をかぶってしまっているのだが。

定期メンテナンスの度に作成した意味はあったのかと博士に文句を言われる『ゲッケイジュ』だが、今回は是非とも使用したかった。

だが、今は取りに帰っている時間もないし。博士のラボで管理されているので、あの老人の許可がなければ持ち出すことすら不可能だ。

 

 

「ここで使わないんなら、一体どこで使うんだって感じだけど」

 

 

【第一位】との戦闘ですら使わないのなら、本当に作成した意味はなかったのかもしれない。

ぶつぶつと文句を言う博士の姿を思い出して笑いながら、久遠はゆらりとアサルトライフルを構えた。

 

その視線の先にいるのは、暗闇に浮かびあがる白髪の少年。

 

【第一位】の【一方通行(アクセラレータ)

 

時刻は現在、午後九時ジャスト。

 

じゃあ、そろそろ。

 

 

 

「実験開始だな、クソ野郎」

 

 

 

久遠はそう吐き捨てて、躊躇いなく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市製のアサルトライフルから放たれた弾丸が一方通行に向かっていく。

 

引き金を引いた瞬間に『未来』からの警告。

 

久遠は獲物に当たるかどうかも確認せずに、時間加速して身体を半歩ほど横にずらす。

先ほどまでライフルの銃口があった位置に、寸分の狂いなく『反射』されてきた弾丸。

久遠は短く称賛するように口笛を吹きながら、一方通行の方向を見る。狂気に染まった血色の瞳と、冷めた無色の瞳が交差した。

 

 

「……なるほどね。聞いてた通りって訳か」

 

 

通常の弾丸なんて当然のように完封。不意討ち無効の常時展開。そして、デフォルト設定ではそのまま反対方向に『反射』してくる。

 

 

「ぶち殺す前に、序列【第一位】様に挨拶しないとなぁ」

 

 

久遠はふざけた口調で笑って、肩にトントンとライフルを当ててリズムを取る。

そのまま空を歩いて、一方通行が立っている場所にゆったりと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の廃工場。

開けた場所で向かい合う、超能力者(レベル5)に至った二人の少年。

久遠が近くまで来たのを確認すると、一方通行はつまらなそうに話しかけてきた。

 

 

「誰だァ、オマエ。てっきりダミー人形が悪知恵でも働かせたのかと思ってたンだが、全く知らねェ顔だなァ」

「やれやれ、お前は実験が中止になったことを聞いてないのかよ?」

「ハァ?オマエ、何で実験のこと知ってやがるンだァ?それに、そのライフルは確か」

「今からお前が死ぬからさぁ、この実験は今夜で終わりなんだよッ」

 

 

言い終わった瞬間、時間加速して移動しながらライフルを乱射する。

まずは『反射』の解析だ。ライフルの弾が尽きるまで、ヤツの設定した『ベクトル』を把握する。

一方通行の周囲をぐるりと回り、加速世界からの弾丸がヤツに襲いかかっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方通行の周囲は爆撃でもされているかのように崩壊していき、『反射』には次々と弾丸が接触して跳ね返っていく。

一方通行はそんな異常な光景をぼんやりと眺めながら、加速している久遠には聞こえない呟きをこぼした。

 

 

「……へェ。つまり、オマエは挑戦者(チャレンジャー)って訳か」

 

 

どこにいるのか全く目視できない移動速度に、『反射』から解析されてくる尋常じゃない弾丸の威力。

 

 

「このスピードに、このパワー。どォやら並みの能力者じゃねェみたいだが」

 

 

思い出すのはかつての挑戦者の一人。

オリジナルこと、【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】。

そこまで考えて、一方通行は闇の中に引き裂いたような笑顔を浮かべた。

 

 

「オマエも超能力者(レベル5)ってことかァ?だったら少しは楽しませてくれンだよなァ」

 

 

きっと今夜の実験はもう行われないだろう。

この挑戦者が持っているアサルトライフルは『妹達』の装備と同じ、おそらく奪い取ったもの。

本来の対戦相手は殺されたか、それとも拐われたか。一方通行からしたらどちらでもよかったが、この挑戦者に今夜の予定を空けられてしまったらしい。

 

 

「ククッ。後悔すンじゃねェぞ、三下ァ!!」

 

 

なら、コイツで遊んで暇潰しをしよう。

そんなことを考えながら、一方通行は足元のコンクリートを踏み抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『未来』からの警告。

 

時間停止で警告は消えたので、その場で立ち止まり様子をうかがうことにする。

アサルトライフルの弾はすでに残り僅か。それで解析できたのは、『反射』を物理攻撃だけで攻略するのは不可能だということだけ。

予想はしていたが、垣根の【未元物質(ダークマター)】と違って手応えすら感じることができなかった。

 

一方通行が踏み抜いたコンクリートから亀裂が走り、周囲一帯の地面が爆発したように弾け飛ぶ。

 

しかしそれに時間停止を突破するような威力はない。問題なくヤツの攻撃を防ぐことに成功する。

巻き上がる砂煙の中。久遠がライフルを肩に担いで立ち止まっていると、一方通行がパチパチと拍手しながら語りかけてきた。

 

 

「結構やるなァ、オマエ。もしかして、オマエが序列【第二位】だったりすンのか?これだけ『反射』されて死なねェ人間なんてのも存在するンだなァ」

「俺は【第四位】だ。どうやらお前は一般常識が足りてないみたいだな」

「そォかそォか、悪ィ悪ィ。なんせ俺は『最強』だからさァ、オマエら格下の連中は全く興味ねェンだよなァ」

「お前はただの雑魚専だろうが。そんなに一万人の女子中学生を虐殺するのが楽しかったのか?」

「ククッ、人聞きの悪ィこと言うなよ。俺が殺してンのはダミー人形。そもそも人間ですらねェンだからよォ」

 

 

気味の悪い狂笑を浮かべる一方通行を見つめながら、久遠はゆっくりと思考していく。

このままライフルで攻撃していても意味はないだろう。だが、それなら次はどうするか。

 

 

「殺人鬼ってヤツはみーんなそう言うんだよなぁ。それでも一万人は流石に殺りすぎだと思うけど」

「オマエもその中に仲間入りするかもしンねェぞ?覚悟はできてンだろォなァ」

「お前を殺すのはともかく、俺が殺されるのはお断りだな」

「だったら、どォすンだァ?」

 

 

ようやく考えがまとまった久遠は、ふざけたような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「お前に『正義の鉄槌』を下してやるよ」

 

 

 

 

 

次は近接戦闘にしてみるか。

 

ヤツの『反射』を『時間停止』して掌握する。

 

それを試してみるとしよう。

 

 

 




月桂樹の花言葉は「裏切り」だそうです。
最初は弟切草にしようかと思ってたんですが、カタカナだとオジギソウと似ていてわかりずらかったのでボツにしました。

まぁ、出番は最終章付近までないんですが。

追記
最後の会話を修正しました。


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第16話

 

久遠が無造作に放り投げたアサルトライフル。

それが遠く離れた地面に落ちるより前に、二人の接触は一瞬で終了した。

 

 

「チッ、まだ無理なのか」

 

 

久遠は時間加速で一方通行から距離をとり、忌々しそうに舌打ちをする。

ヤツの『反射』を停止させて掌握してやるつもりだったが、【歪曲時計(ワールドクロック)】で加速した演算処理能力でも時間操作の対象にすることができなかった。

眉をひそめる久遠を見ながら、一方通行がつまらなそうに話しかけてくる。

 

 

「何でオマエが俺の邪魔をすンのか考えてたンだけどよ。確か【第四位】は実験の資料に能力が載ってた気がすンだよなァ」

 

 

完全にこちらをナメている態度の一方通行。

今すぐ黙らせてやりたいが、このまま攻撃したところでヤツに『反射』されるだけだ。

時間操作の対象にできなかったということは、久遠に理解できていない何かがあるということ。

先ほど行った『反射』の解析内容に、何か見落としがあるのかもしれない。

 

 

「なンだったかなァ、研究者どもから聞いたはずなンだが」

 

 

一方通行は久遠から視線を外して、顎に手を当てて夜空を眺め始めた。

ヤツはひたすら記憶を辿っていたようだったが、ようやく何かを思い出したらしい。

 

 

「あァ、そォだそォだ。確か『時間を操る』とかいう能力だったか。なるほどなるほど、それなら勘違いすンのも仕方ねェのかもなァ」

「さっきからお前は何が言いたいんだ。めんどくせぇ野郎だな」

「ククッ、俺に勝てると思ってンだろ?オマエ」

 

 

時間には『向き(ベクトル)』が存在しない。

歪曲時計(ワールドクロック)】の時間操作の対象になった時点で、一方通行は抵抗する手段を失うのだ。

 

時間加速で老死させてもいいし、時間逆行で能力開発される前まで巻き戻してもいい。

そして『反射』に阻まれ、本体が時間操作できなかったとしても『反射』に時間操作ができればそれでもいい。

 

そもそも一方通行は全てのベクトルを『反射』している訳ではない。

ヤツも生身の人間だ。ならば呼吸するための酸素、この地に立つための重力などの必要最低限のベクトルは受け入れているはず。

一方通行の『反射』を時間停止させて掌握すれば、そんな受け入れているモノがヤツに牙をむく。

 

 

「当然だろうが。お前の『反射』を掌握したらゲームセットなんだからな」

「ハッ、そォかもなァ。もし、()()()()()()()()()()()だがよ」

「あぁ?ほとんど千日手なんだから逆算する時間は十分あるんだ。つまんねぇ命乞いはすんじゃねぇよ、クズ野郎が」

 

 

こちらを見下してくる、一方通行のあからさまな態度。

次第に久遠の語気が荒くなり、怒りがあらわになっていく。

罵声を浴びせられた一方通行は、何故かひたすら愉しそうに笑いだした。

 

 

「ホント、わかってねェなァ。俺が【第一位】で、オマエが【第四位】。そんな単純なことがわかってねェ」

「わかってないのはお前だろうが。【歪曲時計(ワールドクロック)】は演算処理すらも加速できるんだ。お前は『時間』に追いつけない」

 

 

久遠の殺意に【歪曲時計(ワールドクロック)】が呼応し、周囲の空間が禍々しく歪んでいく。

それすらも嘲笑いながら、一方通行はゆったりと両手を広げた。

焦らすように両手の位置を持ち上げていき、肩の高さまで持ち上がったところでピタリと停止させる。

 

 

 

「だからさァ、時間の問題じゃねェンだよ」

 

 

 

まるで友人同士で交わす、どうでもいい雑談みたいに。

一方通行は、さらりとその事実を告げてきた。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

『未来』からの警告。

 

そして、いきなり目の前に高速移動してきた一方通行。

瞬時に時間加速を行使した久遠は、警戒して後ろへ跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方通行の攻撃に、時間停止を一撃で破るような威力はない。

何のベクトルを操作しているのかはわからないが、ヤツは久遠に迫る速度で近接戦闘を仕掛けてきた。

ひたすら久遠を追尾して攻撃することで、少しずつ時間停止の演算処理を圧迫してくる。

 

 

 

コイツ、どうやって俺の位置を把握してやがるんだ。

 

 

 

加速状態の久遠を追尾して、何度も攻撃に成功するなんて普通のことじゃない。

それは単純な移動速度の問題ではなく、反射神経や状況判断の速さの問題だ。

移動速度だけを加速している一方通行と違って、久遠は【歪曲時計(ワールドクロック)】によって全ての行動が時間加速している。

久遠が回避に徹すれば、ヤツは触れることすらできないはずなのに。

 

一方通行は、久遠を目視すらしていなかった。

まるで自動で身体が動いているみたいに、滅茶苦茶な体勢でこちらに向かって移動してくる。

 

 

 

まさか、コイツ。

 

 

 

それに考えが及び、久遠の思考は停止する。

いや、そんなことがありえるのだろうか。

 

 

 

もし、そうだとしたら。俺はすでに。

 

 

 

いや、無理だ。そんなこと、ありえるはずがない。

たったこれだけの時間で、ここまでの精度で解析するなんて。

 

 

 

しかし、今の状況はそれ以外に考えられない。

 

 

 

不可能に決まってる。

いくら超能力者(レベル5)の演算処理能力だとしても、そんな『樹形図の設計者』みたいな真似は。

 

 

 

俺の移動先を全て掌握するなんてことは。

 

 

 

そんな思考を嘲笑うかのように。

ひたすら繰り出される連続攻撃に、ついに久遠の時間停止が破られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、爆心地のようになってしまった廃工場の跡地。

残っていた建物は全て崩壊し、砕けた瓦礫が乱雑に散らばってしまっている。

そんな荒廃した場所で、大量の砂煙が巻き上がる中。殴り飛ばされた久遠は周囲を警戒していた。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】の時間停止は、対象が停止し続けるように演算処理を続ける必要がある。

そんな『時間が停止している空間』に『時間が動いている空間』からの物理的な干渉があると、徐々に久遠の演算処理は圧迫されていってしまう。

そして、それが限界を迎えれば時間停止は解除されてしまうのだ。

 

ヤツの攻撃を受けとめた両腕は無惨にへし折られてしまった。

尋常じゃない痛みと出血に歯を食い縛りながら、部分逆行を行使する。

 

『未来』からの警告はない。

 

一方通行からの追撃はなく、ヤツの姿も確認できなかった。

ヤツが何を考えているのかはわからないが、気を緩めるわけにはいかない。

もし本当に久遠の移動パターンを逆算されてるのなら、ここで立ち止まっているのも把握されているだろう。

 

周囲に巻き上がる大量の砂煙が、手で払いのけられるかのように四散していく。

一方通行が何らかのベクトルを操作したようだ。

ヤツは周囲を見渡して、久遠を見つけると驚いたような反応をする。

 

 

「へェ。オマエ、受けた傷を『戻す』こともできンのか」

 

 

一方通行は首をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてきた。

完全に戦闘体勢に移行した久遠と、ポケットに片手を入れて余裕綽々の一方通行。

 

 

「まァ、それを含めて再演算すればイイだけなンだが」

「……お前、何をッ」

「くっくっ。やっぱオマエじゃ、わっかンねェンだろ?」

 

 

無言で睨みつける久遠を嘲笑いながら、一方通行は演説するように語りだした。

 

 

「『演算処理を加速する』だったかァ?だが逆に言えばよォ、オマエは加速することしかできてねェンだよなァ」

 

 

一方通行はその場で立ち止まり、ニヤニヤと愉しそうにこちらを見つめてくる。

 

 

「演算処理ってのは、要するに計算能力。小学生がどれだけ時間をかけたって、高校の問題が解けるようになる訳じゃねェだろ?それと一緒さ」

「……ふざけんなよ、強度は同じ超能力者(レベル5)だろうが。俺の優位性は」

「ホント、憐れだよなァ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってンだよ。格下」

 

 

久遠の言葉を遮って、一方通行はポケットから手を出して両腕をこちらに向けてきた。

 

 

「オマエの移動パターンは逆算済み。さっきの『巻き戻し』も組み込ンだし、これでチェックメイトだ」

 

 

『未来』からの警告。

 

再び高速移動してきた一方通行。

今度は死ぬまで終わらない。そんな鬼ごっこが開始してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に見下されている。

激しい怒りに身を任せそうになるが、なんとか理性が抑えてくれた。

次に時間停止が破られるまで、しばらくの猶予が残されている。逆に冷静になってきた頭で、久遠はゆっくりと現状を分析していく。

一方通行がこちらの移動パターンを読んでいるのは確定。

そしてヤツの発言からして、この追尾と攻撃はあらかじめ設定されたもの。

さらに先ほどの攻防で、時間停止の耐久限界も把握されてしまっただろう。

 

問題はどうやってこちらの移動パターンを読んでいるのか。

冷静になって考えてみると、やはりそこがおかしい。

こちらの思考を読んでいるなんてありえないし、何か他に判断している材料があるはずだ。

 

久遠は一方通行の今までの行動を思い返していき、やがて一つの引っ掛かる行動に思い当たる。

それは先ほど、久遠が一方通行に殴り飛ばされたあとのこと。

ヤツが追撃をしてこなかったのは、久遠を仕留めたと勘違いしたから。

 

妙なのは、そのあとの行動だ。

 

ヤツはわざわざ砂煙を払いのけて久遠を目視で探していた。

こちらの移動パターンと位置を常に把握しているなら、そんなことをする必要はない。

 

現在の位置は把握できて、あの時の位置を把握できなかった理由。

そこまで考えて、すぐに答えはでた。

 

 

「……風。いや、気流」

 

 

誰にも聞き取れない言葉。

風の流れ。気流には当然『向き(ベクトル)』が存在する。

いくら【歪曲時計(ワールドクロック)】がベクトルの存在しない時間操作でも、久遠が加速して移動すれば周囲の気流を乱してしまうのだ。

ヤツは『反射』に接触する気流を解析して、そのベクトルから逆算して久遠の位置を特定。そして追尾、攻撃する設定を組み上げたということ。

 

 

「それなら、これは自業自得って訳か」

 

 

どうやら、最初から手の内を見せすぎたらしい。

明らかに勝負をナメていたのは久遠の方で、他にもっと上手いやり方があったのだろう。

どうせ千日手の演算勝負になると予想していたが、それがそもそもの間違いだった。

久遠は『反射』を攻略することはできず。結局、勝負は一方通行(ワンサイドゲーム)

 

 

「……流石。あの先輩を抑えて序列【第一位】に選ばれただけはあるなぁ」

 

 

やがて、久遠は諦めたように呟いた。

自分が今まで見下して、蹂躙してきた弱者たちのように。

これから【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)】は、久遠永聖は虐殺されるのだ。

 

 

「こうなると、打つ手もないし。俺じゃ『反射』は掌握できないのかもしれないけど」

 

 

じわじわと削られる演算処理を自覚しながら、久遠は言葉を続けた。

この場所から本格的に逃げ去れば、おそらく逃げ切ることはできるだろう。

一方通行が『反射』で気流を読んでいるのなら、ヤツとの距離が離れるほど精度は粗くなっていくはずだ。

ヤツの設定は先回りを織り混ぜているが、直線の移動速度は久遠の方が速い。

 

しかし、逃げたところで意味はあるのだろうか。

 

久遠はすでに反逆してしまっているのだ。

それも明らかに上層部の重要な方針である『絶対能力進化計画』を妨害しようとしている。目障りな反逆者。

一方通行を殺害して、『方針』あるいは『プラン』の主軸になることで上層部と交渉するつもりだったが、惨めな敗北者にそんな価値などないだろう。

 

久遠はそこまで考えて、自嘲するような笑みを浮かべる。

 

 

「……似合わないことするから、こーなるんだよなぁ」

 

 

そもそも『妹達』が100体を下回れば、垣根帝督と組んで一方通行を殺害する予定だったのに。

何の意味もない一騎討ちを仕掛けて、無様に返り討ちにされてしまうなんて。

 

 

なんで、こんな馬鹿な選択をしたんだったっけ。

 

 

久遠は少し前の出来事を思い返していき、御坂美琴の顔を思い出す。

あの時は認めたくなかった。久遠永聖が変わってしまった理由。

でも、今は素直に。それを認められる気がした。

 

 

きっと。

 

 

学園都市の闇に囚われて、闇の中に逃げ込んだ臆病者は。

 

光の中で、闇に抗い続ける彼女が羨ましくて。

 

一度、ゆっくりと目を閉じて。久遠は自然な表情で微笑んだ。

 

 

 

「どうせ死ぬなら、最期まで抵抗してみるか」

 

 

 

このまま久遠が殺されたら、きっと御坂は止まらない。

何の意味もない自己犠牲で、命を落としてしまうだろう。

 

目の前には、ひたすら追尾してくる一方通行。

まずは一発。久遠は時間加速して、一方通行の『反射』に殴りかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二度目の時間停止の処理限界。

『未来』からの警告でそれを察知していた久遠は、あえて早めに時間停止を解除することにした。

一方通行が突きだした指が、久遠の腹部をあっさりと貫く。

激痛を無視して時間加速でヤツの指を引き抜き、無理やり後ろへ回避する。

 

 

今、コイツ、何をしやがった。

 

 

二人の接触は一瞬。

それなのに、接触した腹部付近が破裂したようにグチャグチャになってしまっていた。口から大量の血を吐きながら、部分逆行して自分の身体を観測する。

 

そうか、血流を滅茶苦茶に操作されたのか。

 

またしても砂煙を晴らして現れた一方通行。ヤツは頭をポリポリとかいて、めんどくさそうな口調で声をかけてきた。

 

 

「オイ、イイ加減諦めたらどうなンだ。オマエも無駄な抵抗だってのはわかってンだろ?」

「……そうかもな」

「確かにオマエが抵抗するパターンは設定してなかったけどさァ。再設定がめんどくせェだけなンだからよ。さっさと死ンじまったらどォだ?」

 

 

こちらを馬鹿にしたように笑う一方通行を見ながら、久遠はひたすら思考を続ける。

『反射』に自分から攻撃を加えたことで、時間停止を破られるのが早まり、ヤツの設定をくぐり抜けることができたらしい。

 

しかし、久遠が攻撃した際に行った解析は全く進展していない。

解析どころか、攻撃する直前に『未来』からの警告で自分の損傷を伝えられてしまうくらいなのだ。

 

そして再び開始されてしまった、命がけの鬼ごっこ。

 

一方通行から逃げながら、次はどうするべきかを考える。

近接攻撃は意味がない。久遠がわかったのは一方通行の『反射』する正確な位置くらいのもので。

 

 

 

「いや、待て」

 

 

 

そこまで考えて、久遠は思考を戻す。

 

『未来』からの警告で、ヤツの『反射』の位置と、久遠の損傷の状態が把握できるなら。

 

 

 

「『反射』はヤツから離れていくベクトルも反射するのか?」

 

 

 

もし、一方通行から離れていくベクトルも『反射』するのであれば。

『反射』されたそのベクトルは一方通行に向かっていくのではないか。

 

そして久遠は一方通行に演算領域の広さでは負けているが、反射神経や状況判断の時間加速は越えられていない。

例え、ヤツが『反射』を再設定したとしても。それを『未来』からの警告で確認して対応できるかもしれない。

 

どうせ無理なら殺されるだけだ。

他に手段もないし、試しにやってみる価値はある。

 

久遠は邪悪に笑い、一方通行に迷わず拳を突きだした。

『未来』からの警告に従って、自分が損傷するはずだったタイミングで拳を時間加速して引き戻す。

 

 

 

 

 

微調整が甘かったのか、久遠の小指がちぎれ飛び、親指がへし折れた。

 

 

 

 

 

それによって加速の勢いは殺されたが、それでも拳に残った確かな感覚。

 

 

 

 

 

戦闘開始から数時間。

 

 

 

 

 

久遠の拳が初めて、一方通行を殴り飛ばした。

 

 

 

 

 




一方通行を登場させてからというもの、なんだか感想欄を見るのが怖いんですが。
やっぱり彼は人気キャラなんだと実感しますね。
リメイク前に一方通行戦を飛ばしたのは英断だったのかも。なんて最近は考えてます。

劣化木原神拳も予想されてた方が多いかもしれませんが、能力勝負で一方通行を上回る展開にはしたくなかったため、これしかありませんでした。

突っ込みどころが多いとは思いますが、話を書き直すレベルの矛盾がないことを祈ります。


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第17話

 

負傷した利き手に部分逆行を行使しながら、久遠は目の前の光景をぼんやりと眺めていた。

先ほど一方通行を攻撃することに成功したが、それ自体は大した威力ではない。

不完全で一部が反射されたのもそうだが、何より久遠の理性が勝手に時間加速をセーブしてしまったからだ。

 

 

「がッ、は?、ハハッ、なッ、何を、しやがった、格下ァ!!」

 

 

久遠に殴られた頬を手でおさえ、腰を地面につけて。酷く狼狽した様子の一方通行。

それを眺める久遠の心は、段々と冷たくなっていく。

別に殺意を制御して意図的にそうしている訳でもなく、一方通行を見下している訳でもないのだが。

 

 

「ククッ、クハハハハッ。イイぜェ、ホント、最っっ高だねェ。今すぐ愉快なオブジェに変えてやンぜェ、オマエはァァァ!!」

 

 

一方通行は狂ったように笑い。

 

久遠は冷たくて、冷えきった頭で考えていく。

 

この感覚の正体は、おそらく初めて感じた敗北感。

久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】は、最強には届かなかったのだ。

それなのに、こんなくだらない小細工があっさりと通用してしまうなんて。

 

 

「……だっせぇなぁ。俺も、お前も」

 

 

超能力者(レベル5)が二人揃って。

軍隊とも戦争できるような能力(チカラ)を持ちながら。

まるで無能力者(レベル0)の、スキルアウトのケンカみたいな。

 

 

「ぐァッ!?」

「ッ、痛ってぇ」

 

 

再び向かってきた一方通行に、久遠の拳が突きささる。

またしても拳が負傷して、時間加速は理性がセーブしてしまった。

 

 

「ク、クハハ、何をしたンだよッ、オマエはァァァ!!」

 

 

ヤツの『反射』は正常に作動している。

そして、久遠はそれを小賢しく利用しているだけだ。

 

 

「……所詮は、ただの人間ってことか」

 

 

あれだけ圧倒的だった一方通行の演算処理能力も、痛みと困惑でまともに稼働していないらしい。

狼狽えながら叫び散らすヤツの姿は、とても序列【第一位】に君臨する【一方通行(アクセラレータ)】だとは思えなかった。

 

 

「ごぶッ!?」

「いッ、ぐっ」

 

 

そして、それは久遠も同じこと。

自分の損傷に怯えて能力をセーブするなんて、この期に及んで呆れ果てた臆病さだ。

暗部の任務で殺人すら行ってきた癖に、自分が怪我をするのを怖がっているらしい。

 

久遠は自嘲するように短く笑い。

 

 

 

「もう、終わらせようぜ。【第一位】」

 

 

 

一方通行が冷静になってしまえば、戦闘はさらに長引いてしまうだろう。

久遠が殴るたびに敗北感を味わうような。そんな惨めな戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから何度も一方通行を殴りつけたが、久遠はヤツを仕留め損なっていた。

 

全力で時間加速すればケリはつくはずなのに。

 

受けた傷はすべて、部分逆行で巻き戻れるのに。

 

もし、反射されたら。そんな情けない恐れが脳裏にこびりついて離れないのだ。

 

久遠は無表情で負傷を巻き戻していく。

対面にいる一方通行は足をガクガクと震えさせながら立ち上がり、奇声を上げて笑いだした。

ヤツは頭を両腕で抱え込み、狂ったような大声で叫び散らす。

 

 

 

「ク、クカカカカカカッ、そォか、そういうことかよッ。オマエがやってンのはァァァ!!」

 

 

 

ついにこちらの小細工に気づかれたらしい。

久遠は顔をしかめながら、一方通行を睨みつける。

ここで『反射』を再設定されたら、攻撃はさらに困難になってしまう。

 

 

 

「チッ」

 

 

 

一方通行にではなく、自分自身に向けた舌打ち。

 

何が闇の住人だ。何が【第四位】だ。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】に頼りきった、情けない臆病者の分際で。

 

 

 

「スクラップの時間だぜェ、クソ野郎がァァァ!!」

「……嫌になるな、さらに人格が歪んじまいそうだ」

 

 

 

学園都市の230万人の中で、頂点とされた存在。

超能力者(レベル5)に至った二人の長時間に及ぶ泥仕合。

 

 

 

二人はお互いに捨て身の攻撃を繰り返し。

 

 

 

どちらも負傷して、何度も地面に叩きつけられる。

 

 

 

そして、ふと気がついた時には。

久遠は地面に膝をついて停止していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解体途中だったはずの工場の跡地。

そこの敷地内のコンクリートは完全に破壊され、地面がむき出しになってしまっていた。

下を向いた視界の中。久遠は掘り返された地面を見つめながら身体の損傷を確認していく。

利き手は指が一本足りなくなっていて。わざわざ確認するまでもなく、腹部からは受けた打撃による激痛が伝わってきている。

 

 

それなら、部分逆行しないと。

 

 

そう思って演算しようとするが、何故か思考がぼんやりとしていて能力行使ができない。

それを不思議に思っていると、ポタポタと地面を濡らす赤黒い液体に気がついた。

 

 

血液。頭部からの出血。

 

 

そういえば、戦闘中に時間停止が間に合わなくて負傷したような気がする。

あまりの無様さに笑いが込み上げてくるが、それも腹部の激痛にかき消された。

ここまでボロボロな状態になったのは生まれて初めてだ。過去に垣根と殺しあった時ですら、能力が行使不能になるまで追いつめられたりはしなかったのに。

 

 

一方通行はどうなったんだろう。

 

 

何度も拳を当ててやったが、ちゃんとヤツを仕留めきれているのか。

重たい頭を持ち上げて、嫌になるほど遅い動作で周囲を見渡していく。

 

地面に仰向けに転がる白髪の少年。

 

死んでいるのか、意識を失っているだけなのか。

どちらにしても、ヤツに近づいて確認する必要がある。

 

全身が悲鳴を上げるが、なんとか立ち上がろうとして。

 

 

「ちょっと、何してんのよっ」

 

 

駆け寄ってきた誰かに押さえつけられた。

常盤台の制服に身を包んだ、仮初めの同盟相手。

 

 

「……み、さか」

「救急車呼んであるからじっとしてなさい。アンタ、能力使えないんでしょ?」

 

 

こちらを心配した様子で声をかけてくる御坂美琴。

邪魔だから、ここには近付くなと言ってあったはずなのに。

そこまで考えて、そんな場合じゃないと思い出す。

 

一方通行を仕留めないと。

ヤツを殺さないと、久遠は上層部に粛清されてしまうのだ。

 

御坂に説明している時間はない。

彼女を振り払おうとして。しかし、そんな力はどこにも残っていないことが判明した。

久遠の身体はふらついて、御坂に支えられるような体勢になる。

 

 

「……無茶しすぎなのよ、アンタは」

 

 

そんな御坂の泣きそうな声を聞いて、久遠は意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清潔そうな白色の天井。

久遠が目を覚ますと、最初に視界に入ってきたのがそれだった。

どうやら、ベッドか何かに寝かされているらしい。

寝ぼけた眼でしばらくそれを眺めていたが、やがて慌てたように起き上がる。

すでに上層部に拉致されていて、息のかかった研究施設に運ばれたのではないかと考えたからだ。

 

 

「ぐッ、痛っ、ッ」

 

 

腹部からの激痛に顔が歪む。

そういえば、部分逆行が行使できていないんだった。

 

『現在』を観測して、『過去』と照らし合わせながら巻き戻していく。

 

御坂は救急車とか言っていた気がするが、ここは本当に普通の病院なのだろうか。

カーテンに囲まれた空間に、無機質な白いベッド。

久遠が着せられている患者用らしき簡易な服と、身体に残っていた治療の痕跡。

 

 

「あなたは一体何をしているんですか、とミサカは問いかけます」

 

 

ふいに真横から少女の声が聞こえてきた。

久遠が驚いて視線をそちらに向けると、感情の感じられない瞳と目が合う。

御坂に良く似た少女。御坂美琴のクローン人間、『妹達』。

 

 

「……何って、傷を巻き戻してただけだよ」

「その発言がすでに異常なのですが、とミサカは呆れ顔で返答します」

「なぁ、こっちも聞きたいことがあるんだけど。いいか?」

 

 

どうぞ。と無表情で返されて、久遠は少し関心する。

乱雑に大量生産されたクローン人間でも日常会話は通じるらしい。

 

 

「ここ、普通の病院なのか?」

「それ以外の何に見えるのですか、とミサカは即答します」

「じゃあ、御坂はどこだ?」

「ミサカはここにいますよ、とミサカは【歪曲時計(ワールドクロック)】の知能指数の低さに配慮して優しく教えます」

 

 

一瞬、こいつを殺してやろうかと思ったが、ここが本当に病院なら面倒なことになるかもしれない。

額に大量の血管を浮かばせながら、久遠も優しく教えてやることにした。

 

 

「俺が言ってるのは御坂美琴のことだ。あと言葉には気をつけろよ。劣化クローン」

「お姉様なら、今は」

 

 

そこまで言って、クローンは言葉を止めた。

ドアを開けるような音が聞こえてきて、久遠を囲んでいたカーテンが開く。

 

 

「あっ、起きたみたいね?ってか、さっそく能力使ったでしょアンタ」

 

 

御坂美琴。

少し疲れが残っているようだが、口調はいつもの御坂に戻っていた。

呆れたようにこちらを見てくる御坂に、久遠は適当に返事をする。

 

 

「まぁな。俺は病院に来るのなんて初めてだし、そもそも医者なんて人種は信用してないんだよ」

「ホント、非常識なヤツね。知ってたけどさ」

「俺は非常識じゃない、みんなが非常識なんだ」

「あー、はいはい」

 

 

久遠の主張は、手をひらひらさせながら雑に流された。

御坂の普段通りの態度からして、彼女の抱えていた問題も解決したらしい。

御坂に預けていた携帯端末を返してもらい、そのまま時刻を確認する。現在の時刻は、一方通行と戦闘した翌日のお昼前。

 

 

「一階の購買でパン買ってきたけど、アンタも食べる?」

「せっかくだから貰ってやろうかな。俺、カツサンドとかがいい」

「図々しいわね。まぁ、今回は世話になったし好きなの選んでいいわよ」

 

 

御坂から渡されたビニール袋。どうやら何種類か買ってきたようだった。

久遠はベッドに行儀悪く座り、その中身を遠慮なく物色していく。

 

 

「……チッ、甘いヤツばっかりかよ」

「あん?空耳かしら、舌打ちみたいな音が聞こえたけど」

「使えねぇなぁ、俺はジャムパンでいいや。クローンはどうする?」

「ミサカはクリームパンに挑戦してみます。とミサカは宣言します」

「なんで買ってきた私が最後なのよっ!!」

 

 

御坂が吠えるが、久遠もクローンも無視してパンにかじりつく。

一緒にビニール袋に入っていた飲み物も物色して、緑茶を選択したあとで袋をクローンに手渡す。

 

 

「御坂、ここは病院らしいぞ。少しは落ち着けよ」

「では、ミサカはこのコーヒー牛乳なるものを選択してみます」

「アンタらねぇッ」

 

 

いつもの狂犬のように吠える御坂を見ていると、馬鹿な選択だったがそれも悪くなかったかもなと思えてきた。

やはり御坂は落ち込んでいるより、こうして馬鹿みたいに吠えているほうが似合っている。

それに久遠が無事だということは、ヤツはあの時死んでいたのだろう。

 

一方通行を殺害できて、万事解決。

 

久遠はまたダラダラしながら弱者を蹂躙する、そんな暗部生活に戻れるのだ。

当初の目的だった『絶対能力進化計画』も潰せたのだろうし、アレイスターの『プラン』もしばらくは様子見でいい。

 

第一候補(メインプラン)』が【第一位】を殺害した久遠になるのか、それとも序列【第二位】の垣根になるのか。

 

今は考えてもわからないが、二人とも一方通行みたいに上層部の言いなりになるような性格ではない。

仮に垣根が選ばれたとしても、それに対抗できる唯一の戦力として久遠の安全は保証されるはず。

 

御坂と組んでから色々と気苦労も多かったが、これからは気楽に過ごせそうだ。

久遠はジャムパンを食べきってから、緑茶に口をつける。

そうして喉を潤していると、なにやら御坂がクローンに話しかけているようだった。

 

 

「……コイツに実験のことは話したの?」

「いえ、【歪曲時計(ワールドクロック)】は先ほど目を覚ましたばかりなので」

「なら、説明してあげて。コイツが勝ちとった結果なんだからさ」

 

 

実験のその後について詳しく説明してくれるらしい。

クローンは御坂に頷いて返事をしてから、久遠の方を向いてきた。

 

 

「『実験』は【一方通行(アクセラレータ)】と【歪曲時計(ワールドクロック)】の戦闘の結果から中止に向かうことが決定しました、とミサカは報告します」

「そうか。俺に感謝しろよ、一生涯な」

 

 

予想通りの結果を告げてきたクローンに、久遠は笑顔で言葉を返す。

クローンは困惑したように沈黙したあとで、続けてこちらに問いかけてきた。

 

 

「しかしミサカ達は、一方通行に殺されるために造り出された実験動物です。現在はその目的もなくしてしまい、何をすればいいのかもわかりません。これからミサカ達は、どんな目的をもって生きて行けばいいのでしょうか?」

 

 

無表情の少女の口から、淡々と紡がれる質問。

久遠は考える素振りすら見せずに即答した。

 

 

 

「さぁ?そんなの自分で考えろよ」

 

 

 

そんな久遠の素っ気ない返答を聞いて、御坂が怒ったように睨みつけてくる。

彼女に向けて肩をすくめて、久遠は言葉を続けた。

 

 

「それでもわからなかったら、そこの『お姉様』に相談するといい」

 

 

自分のクローンに真っ直ぐ見つめられ、御坂は顔を赤らめて狼狽える。

久遠はそんな二人のやりとりを眺めながら、全く関係ないことをぼんやりと考えていた。

 

もし、久遠のクローンが二万体製造されていて。

そいつらに自分が『お兄様』とか呼ばれたりしたら。

 

全身に悪寒が襲いかかり、気分が悪くなってくる。

さらに続いて、一方通行や垣根のクローンも想像してしまった。

久遠が口を手で押さえてジャムパンを食べたことを後悔していると、御坂がこちらに向かって声をかけてくる。

 

 

「あ、忘れてた。アンタに謝らないといけないことがあるんだった」

「……手短にな、今は気分が優れないんだ」

「ちょ、ちょっと。何でいきなりリバースしそうな感じになってんのよっ」

「……いいから」

「ほ、ホントに大丈夫なのね?えっと、救急車呼んだあとに誤魔化しきれなくてさ、アンタが退院したら警備員に出頭する流れになっちゃったのよ」

 

 

一瞬、久遠の思考がフリーズする。

警備員に出頭。一方通行の殺人容疑でだろうか。

それなら馬場か博士に手を回して貰う必要があるかもしれない。

 

御坂は両手を合わせて、祈るような仕草で謝罪してきた。

 

 

超能力者(レベル5)同士のケンカってことになってるの。ホントにごめん。あとで何か埋め合わせはするから」

「……は?ケンカ?」

「うん。実験のことは話せないから、そうするしかなくて」

「それなら、一方通行は?」

 

 

御坂はヤツの名前を聞いて眉をひそめていたが、質問には答えてくれた。ヤツは、久遠とは別の病院に運ばれて行ったらしい。

 

つまり、久遠は一方通行を殺害できていない。

 

もはや警備員に出頭することなんて、どうでもよくなってしまった。

御坂とクローンはそれからも色々な情報を教えてくれたが、久遠はそれらを全て聞き流していく。

クローン達の身体の調整の話や、預け先の話などよりも考えなくてはならないことがある。

 

 

一方通行が生存してるなら、どうして『絶対能力進化計画』は凍結したのか。

 

反逆者である久遠は、どうしてこんな普通の病院でのんびりしていられるのか。

 

 

話しかけてくる二人に曖昧な返事をしながら、久遠は思考に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと、久遠は御坂達に別れを告げて。

出頭した警備員の詰所で厳重注意されている間もひたすら考え続けていたが、結局は何もわからないままだった。

 

ひたすらロボットのように同じ返事を繰り返すこと数時間。

 

ようやく解放された時には、時刻は昼から夕方に差し掛かっているようだった。

久遠は暗くなってきた街を歩きながら携帯端末を取り出して、誰に連絡するべきかを悩む。

 

所属する組織のリーダーである、博士か。

反逆者として同盟を組んだ、垣根か。

 

その場で立ち止まりしばらく迷ったあとで、久遠は博士に連絡をとることにした。

今の自分の立ち位置はどうなっているのか。その情報が一番欲しい。

ボタンを操作して携帯端末を耳に当てると、何故かコール音が鳴る前に即行で通話が繋がる。

 

 

 

 

 

「アリャリャ、どこに掛けるつもりなのかなっ?」

 

 

 

 

 

聞き覚えのある少女の声。

 

最近になって変更になった【メンバー】の仲介役の少女。

通話に割り込まれた。それはつまり久遠のことを監視していたということ。

かなり驚いたが、それを隠しながら軽口を叩くことにする。

 

 

「いや、俺が話したい相手は『ツンツン頭の老人』なんだけど。そんなに構って欲しかったのか?仲介役ちゃんは」

「アハッ、そーかもね。それでね、久遠くんに大事なお話があるんだけどー」

 

 

同じく軽い口調で返してくる仲介役の少女。

久遠は真剣な表情を浮かべて周囲を確認する。

 

 

 

 

 

さて、どんな話が飛びだしてくるのか。

 

 

 

 

 




次話から次章へ移ります。
中途半端な終わり方ですが、次話は食蜂との過去編になるかも。

リメイク後の新しい章が終わりましたが、反省点としていくつか。
戦闘シーンが苦手だったので気合い入れたんですが、それが空回りしてたかもしれません。
あとは御坂の落ち込んでる描写を書くのが苦手で、御坂妹を運んだあと戦場に向かうシーンをカットしちゃいました。
今後、御坂視点を描写するときに回想みたいな感じで入れるかもしれませんが。


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堕落日和
第18話


今回は過去編です。


 

複数の女子校が共同で運営する区画。通称『学舎の園』。

そこは完全な男子禁制のエリアであることから、箱入り娘のお嬢様達が生活する華やかな場所となっている。

当然、内部に存在する飲食店なども、そんなお嬢様達をターゲットにしたお洒落な店舗ばかり。

その日、常盤台中学の制服に身を包んだ少女達が入店したカフェも例に漏れず、お洒落で豪奢な雰囲気をかもしだしていた。

 

楽しげに談笑する彼女達は、常盤台において最大規模を誇る『食蜂派閥』のメンバー達。

超能力者(レベル5)の【第六位】【心理掌握(メンタルアウト)】の食蜂操祈(しょくほうみさき)を中心とした、同好の士の集まりである。

 

 

「女王。彼からのお誘いの件ですが、よろしかったのですか?」

「んー。そうねぇ」

 

 

女王と呼ばれた少女。食蜂操祈は紅茶に口をつけたあと、間延びした声で返事をした。

金色のロングヘアーに人形のように整った顔立ち。中学生とは思えない抜群のスタイルと容姿を持つ彼女は、しばらく考えてから言葉を続ける。

 

 

「まぁ、今さらっていうかぁー。どーしても私と話がしたいなら、それなりの誠意力を見せてくれないとねぇ」

「そうですか。残念ですが、女王がそう仰るなら仕方がありませんね」

「それにぃ。彼、猛省力も足りてないのよねぇ。まだ性懲りもなく似たようなコトしてるみたいだしぃ?」

「えっと。あの、女王?」

「そもそも私を直接誘ってこないのが気に入らないのよねぇ。他の女を通してる時点で、本当は悔い改めてない証拠力になってるっていうかぁー」

「……は、はぁ」

 

 

一向に終わりが見えないその話に派閥メンバー達はひきつったような顔になるが、当の操祈は気にした様子もない。

この状態になった彼女は『彼』への愚痴と文句を全て言い終わるまで止まらなくなるのだが、それも近頃は定期的に起こるイベントのようになってしまっていた。

派閥メンバー達は仲違いしている二人の仲をなんとかしようとしているのだが、残念ながら一向に改善する兆しはない。

ペラペラと一人で喋り続ける操祈。それに曖昧な返事をしつつ、派閥メンバー同士で視線を交わしてアイコンタクトを取っていると、新しく入店してきた少女達の会話が漏れ聞こえてきた。

 

 

「それって本当なの?」

「ホントだってば。確かにあれは御坂さんと久遠さんだったよ」

「でも、そんな話聞いたことないけどなー。そもそもあの二人って知り合いだったの?」

「私もビックリしたけどさ。かなり仲良さそうだったし、前から隠れて付き合ってたんじゃない?」

「うーん。ちょうど夏休みだし急接近したのかもよ」

 

 

派閥メンバー達の動きがピタリと止まる。

恐る恐る操祈に視線を向けると、彼女も石像のように停止してしまっていた。

 

 

 

「それにしても、まさか二人でホテルから出てくるなんてねー」

 

 

 

その言葉を少女が言った直後。店内にいる全ての人間は、この時間の記憶を奪われることになる。

意識を操作されて動かなくなった人々の中で、【心理掌握(メンタルアウト)】を躊躇いなく行使した人物が頬をヒクつかせながら呟いた。

 

 

 

「まぁ、ガセだとは思うけどぉー。その記憶は覗かせてもらうゾ☆」

 

 

 

手のひらでリモコンを弄ぶ少女。

食蜂操祈は人の精神を操作する超能力者(レベル5)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは今から一年と少し前。

久遠が中等部の三年生に進級し、数ヶ月たった頃のとある日のこと。

【メンバー】の構成員が溜まり場にしている『17拠点』と呼ばれるマンションの一室で、無駄に高級そうなソファーに座った少年が威圧感にあふれる声を発した。

 

 

 

「今日、お前らを呼び出した理由を説明してやる。質問があるヤツは挙手をしてから発言しろ」

 

 

 

少年のその発言に、馬場と査楽は二人で視線を交わす。

「今すぐ『17拠点』に来い、後悔したくなかったらな」。そんな文面で呼び出された二人が目撃したものは、ソファーで腕を組んで君臨する暴君だったのだ。

 

暴君の名前は久遠永聖。【メンバー】の正規構成員にして、戦闘要員。

暗部組織に加入した直後はまさに悪魔と言っていいほど冷酷で残忍な少年だったが、最近は比較的まともな性格に落ち着いていた。

あくまでも過去の彼との比較であるため、一般的に見ると人格破綻者の烙印を押されることは間違いないのだが。

 

とりあえず文句の一つでも言ってやろう。そう思った馬場が手を上げる。

 

 

「……なんだ、馬場」

「こっちはいきなり呼び出されたんだ。それなりの対応をしろよ」

「知ったことか。次に無駄な発言をしたヤツは半殺しにする」

 

 

無表情に宣言されたその内容に査楽が冷や汗を流す。

まるで冗談みたいな話だが、そんな言葉遊びのような流れで本当に殺害されてしまった人間を何度か見たことがあったからだ。

 

 

「まずはこれを見て欲しい。馬場の本棚にあった物だ」

「……おい、真面目な話じゃないのかよ」

「ちゃんと挙手をしろ馬場。次に挙手をしなかったヤツは身体の一部を欠損させる」

 

 

テーブルの上に置かれたのは、一冊の漫画の単行本。

それは現在七巻まで刊行された、そこそこ人気のある少年漫画。ジャンルはハーレム系ラブコメディであった。

馬場の発言はもっともで、とてもこれから真面目な話が始まるとは思えない。査楽が久遠に視線を向けると、彼は任務中でも見せないような真剣な表情で単行本を睨みつけていた。

 

 

「……お前達はこの漫画の『主人公』について何か思うところはないか?」

「この手の漫画は主人公じゃなくて美少女を見るもんだろ。そんなヤツは名前すら覚えてないね」

「馬場君に同意します。もっとも僕はどんな漫画だろうと女の子しか見てませんが」

 

 

ちゃんと挙手した査楽と馬場の発言内容に、久遠は深いため息をついた。

完全に二人を見下しながら、暴君は言葉を続ける。

 

 

「俺が言いたいのはそんなことじゃない。この主人公はモテモテで、大量の女を侍らせていて、さらには軽度の性犯罪まで許されているんだ」

「それがどうしたんだよ?」

「まだわからないのか?俺の言いたいことが」

 

 

久遠は二人にそう聞いてくるが、全く理解できそうにない。

挙手するまでもなく、二人は揃って首を横に振る。

それを見た久遠は呆れたような表情を浮かべて、やれやれといった感じの動作をしてきた。

 

そして、彼はゆっくりと立ち上がり。

 

 

 

 

 

「俺もモテモテになりたいって言ってるんだよッ!!」

 

 

 

 

 

急に大声で叫ばれて、二人は身体をビクつかせる。

鬼気迫る表情の久遠は冗談を言っている様子ではない。普段は()()()()()()()()()()()()()()()()()、この漫画を読んで考え方が変わってしまったのかもしれない。

 

 

 

「だから俺に協力しろ。馬場の情報収集能力と、査楽の冷静な判断力が必要なんだ」

 

 

 

学園都市の闇。

統括理事長の直轄部隊。暗部組織【メンバー】の超能力者(レベル5)

これは、久遠永聖が節操なしの女遊びを覚える前の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから久遠は早速とばかりに街へ向かって行き、査楽は通信機の状態を確認しているようだった。

そして馬場は情報端末の画面をどうでもよさそうに眺めて、二人の会話を聞き流しているところ。

 

 

「まずは、久遠君の好みのタイプを把握したいのですが」

「……そんな急に聞かれてもな。俺はあまり女と接したことがないんだ、そもそも学校すら行ってないし」

「では年齢や性格、容姿やヘアースタイル。もしくは、こんな芸能人がいいとかはありませんか?」

「俺はさぁ、女は質より量だと思うんだ。とりあえず何人かキープしてから考えるよ」

 

 

そんな久遠の最低すぎる価値観に呆れながら、馬場は先ほど決まった『作戦』のことを考える。

 

 

1、街をぶらついて可愛い娘を探す。

2、発見した可愛い娘に『暴漢』が襲いかかる。

3、久遠が颯爽と現れ、格好良く救出する。

4、そのままの流れでどこかの店に連れ込む。

5、全力で口説き落とす。

 

以上。

 

 

間違いなく、こいつらは頭がおかしい。

馬場は頭が痛くなってきたが、この二人は真面目に『作戦』を遂行するつもりらしい。

そこで久遠視点の画面を見ていた査楽が、何かを見つけたような声を出した。

 

 

「久遠君。先ほどすれ違った娘はどうですか?」

「ん、ちょっと待ってくれ。えーっと、あの金髪のことか?」

 

 

久遠が後ろを振り返ったため、情報端末の画面もぐるりと反転する。

そこに映し出されたのは学園都市で一、二を争う名門校である、常盤台中学の制服に身を包んだ少女だった。

しばらく少女を眺めていた久遠だったが、やがて不満を隠そうともせずに吐き捨てる。

 

 

「ハッ、ただのクソガキじゃないか。絶望的に胸囲が足りてないな」

「女は質より量なのでは?それに常盤台は箱入り娘のお嬢様ばかりですから、こちらの『作戦』で騙しやすいかと思われますが」

「うーん。でもなぁ」

「顔はかなり可愛いですし、胸はこれから成長する可能性もありますよ」

「まぁ、それもそうだな。とりあえずアイツも狙っておくか」

 

 

どうやら一人目の被害者が決定されてしまったらしい。

それから久遠は査楽と細かい打ち合わせをしたあとで、作戦決行の言葉を放った。

 

 

 

「おい、アイツに下部組織の連中をけしかけろ」

 

 

 

『暴漢』役に選ばれてしまった、哀れな下部組織の連中。彼らは記憶ごと巻き戻して再利用していく予定らしい。

馬場はついに頭を抱え、死んだ魚のような目をして呟いた。

 

 

 

「僕達は学園都市の闇。暗部組織の【メンバー】なんだぞ」

 

 

 

これは余談だが。

このような『作戦』を何度も繰り返し行ったせいで、久遠永聖の『噂』が学園都市中の女子の間で囁かれることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常盤台中学に入学してから数ヶ月。

金髪の少女。食蜂操祈は憂鬱な面持ちで街を歩いていた。

現在、操祈を悩ませているのは、同学年に在籍する超能力者(レベル5)の【第三位】【超電磁砲(レールガン)】の御坂美琴のこと。

 

彼女は操祈にとって、出会う前から因縁のある相手といってもいい。

御坂美琴のクローン人間。『妹達』のプロトタイプとして産み出された少女『ドリー』。

心理掌握(メンタルアウト)】の能力研究施設に預けられていた『ドリー』は、操祈にとって初めてできた友達だったのだ。

 

 

きっと、彼女は悪くないのだろう。

 

きっと、彼女は知らなかったのだろう。

 

でも、それでも。

 

 

『ドリー』はデータ収集を目的とした実験動物として扱われ、無茶な投薬を繰り返されて命を落としてしまったのに。

 

どうして彼女はみんなに囲まれて、あんなに楽しそうに笑っているのだろうか。

 

それが自分勝手な八つ当たりだとわかっていても、どうしても納得することができなくて。

操祈は荒んだ心を落ち着けるために『学舎の園』の外に出かけることにしたのだった。

 

そして当てもなく、思考に耽りながら歩くこと数時間。

 

 

「オウ、常盤台の嬢ちゃん。実は俺達、財布を集めるのにハマってんだよ」

「ギャハハハっ。そーそー、いつも中身と一緒に収集してんだよなー」

「ちなみに俺らは能力者狩りに馴れてっからさ。無駄な抵抗とかはしないほうが身のためだぜぇ?」

 

 

気がつけば、いつの間にか厳つい顔の男達に囲まれてしまっていた。考え事をしている内に、ふらふらと路地裏に入っていたらしい。

操祈は溜め息をつきながら肩にかけたバックに手を入れて、中に収納されているリモコンに触れる。

どんな精神操作をしてやろうか。見た目からしてスキルアウトか何かなのだろうし、ストレス発散には丁度いいかもしれない。

操祈がそう考えていると、男達の向こうから誰かの声が聞こえてきた。

 

 

 

「おい、ゴミ屑ども。その娘から離れろよ」

 

 

 

染められた頭髪に、黒いピアス。嘲笑うような表情の少年。

『作戦』通りに颯爽と現れた暴君は、あっさりと下部組織の連中を制圧したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳つい顔の不良達を一瞬で蹴散らした、不良少年。

操祈はこいつも似たような人種なんだろうと思っていたが、意外にもその物腰は柔らかく、穏やかな声で語りかけてきた。

彼に優しく手を引かれて路地裏から脱出したあと、明るい場所で改めて少年を観察する。

 

不思議な少年、それが第一印象。

 

整った容姿を台無しにする不良みたいな装飾品の数々。でも笑顔や声は優しくて、なにより感情の読めない無色の瞳。

今まで操祈が出会ったことのないタイプの人間だった。彼に場所を変えて話さないかと誘われて、コクリと頷いて了承する。

仮に悪意を持っていたとしても【心理掌握(メンタルアウト)】でどうとでもなるし。それに、彼とはもう少し話をしてみたかったから。

 

近場の喫茶店に着いて注文を済ませると、対面の彼がこちらをじっと見つめていることに気がつく。

 

 

「えっとぉ。久遠さんだったかしらぁ?」

「そうだよ。ちなみに中学三年生な」

 

 

二つ年上らしい彼は相変わらずこちらの顔をひたすら見つめ続けてくる。操祈は顔の熱が上がっていくのを自覚しながら、それを隠すように言葉を続けた。

 

 

「あの程度のヤツラなら自分で追い払えたけどぉー。まぁ一応、お礼は言っておいてあげるわぁ」

「あー。そういえば常盤台はレベル3以上しかいないんだっけ?それならそうかもね」

「まぁねぇ。レベル3どころか学園都市が誇る超能力者(レベル5)の【心理掌握(メンタルアウト)】である私に、不可能なんてないのよねぇ」

 

 

ドヤ顔を決める操祈。

目の前の少年の反応が気になってチラリと視線を向けるが、彼に驚いた様子はない。

 

いや、それどころか。

 

 

「へぇ。君が【第六位】の【心理掌握(メンタルアウト)】なのか」

「ちょっと、もっと驚いたりするべきでしょぉ?」

「確かにすごい偶然かもな。この街に超能力者(レベル5)はたった八人しかいないんだからさ」

「ようやく理解が及んだみたいねぇ。つまりアナタは食蜂操祈サマの露払いを務められたってわけ。光栄に思うといいわぁ」

「ハハッ、おもしろい冗談だなぁ。まぁ、俺は序列を気にしないタイプだから許してあげるよ」

「はぁ?何を言って」

 

 

操祈の言葉を遮って、優しげだった少年は不敵な表情で宣言する。

 

 

 

「俺は【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)】。助けられたことを光栄に思ってもいいぜ」

 

 

 

偶然出会った超能力者(レベル5)の二人。

驚愕して固まる操祈を見て、彼は楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注文していたメニューが届けられ、二人はそれに口をつけていく。

操祈は最初こそ突然の出会いに驚愕したが、今は普通に会話することができるようになっていた。

 

学園都市に八人しかいない『同類』の存在。

 

食蜂操祈を除いた超能力者(レベル5)は隠しきれない人格破綻者の集まり。

それが学園都市の常識だが、彼は比較的まともな人格なのかもしれない。

会話の流れで【第三位】【超電磁砲(レールガン)】の愚痴を言うと、彼は操祈の目線に立って御坂美琴を酷評してくれた。

 

 

「俺も似たような経験あるからわかるよ。初対面から気に入らないヤツってのはどこにでもいるんだよなぁ」

「しかも彼女、すっごい短気なのよぉ。その上、心根が捻くれてるっていうかぁー」

「なるほどね。つまり君とは正反対のタイプってことか」

「そーいうこと。それなのに周囲に媚びるアピール力だけは高めでぇ」

「そんなヤツ【心理掌握(メンタルアウト)】で廃人にしてやればいいのに」

「それも試してみたんだけどぉ。なーんか電磁バリアみたいなのに邪魔されちゃうのよねぇ」

 

 

操祈はショートケーキを上品に食べながら楽しげに会話を続ける。

流石に『ドリー』のことは話せないが、今はこんな下らない愚痴を聞いてくれるだけでも有り難かった。

 

 

「ふーん。能力の相性まで悪いのか」

「それに彼女、何考えてるんだかよくわかんないしぃ。本当に目障りなのよねぇー」

「同級生なら嫌でも関わっちゃうもんな」

「そうなのよぉ。いっつも彼女の話ばかり聞かされててぇ」

 

 

その後も、二人は日がくれるまでくだらない雑談を続けて。

操祈は寮の門限が近づいてくると、彼に『学舎の園』まで送ってもらうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠が『17拠点』に帰ってくると、定位置で待っていた馬場と査楽がからかうような雰囲気で声をかけてきた。

 

 

「ずいぶんと楽しそうでしたね。一人しか捕まえられませんでしたが」

「まっ、全部見てた訳じゃないから安心しろよ。途中から通信は切ってやったんだ」

 

 

そのまま無言でソファーに座った久遠に、二人はさらに追撃をしてくる。

 

 

「いやはや、最初は乗り気じゃないようでしたが。そんなにあの娘が気に入ったんですか?」

「おいおい査楽、聞いてやるなよ。しっかし、オマエのあんな姿は初めてみたなあ」

 

 

ニヤニヤと笑う二人に向けて、久遠は顔をしかめて言い放った。

 

 

「……お前らは黙ってろ。次に勝手に喋ったヤツは八つ裂きにする」

 

 

今まで女子とまともに関わって来なかった久遠にとって、食蜂操祈との出会いは新鮮で、とても印象深いものだったのだ。

あらかじめ考えていた『作戦』を全て放り投げて、一日を潰してしまうくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めての出会いから半年ほど。

寒くなってきた学園都市の地下街で、操祈は白い息を吐きながら佇んでいた。

待ち合わせの時間より三十分も前から待ち続けている彼女は、下を向いて思考を整理していく。

 

きっかけは、彼から聞かされた進学先の話だった。

本当に非常識な話ではあるのだが、彼は今まで中学校に籍だけを置いてほとんど通学していなかったらしい。

そんな不良街道まっしぐらな少年が進学先に選んだ高校は、なんと名門と名高い長点上機学園。

 

おそらくあの名門校に入学したら、彼に言い寄る女は増えてしまうだろう。

 

ただでさえ、最近は『学舎の園』の内部でも彼の噂を耳にすることが増えてきたというのに。

 

つまりは独占欲と、嫉妬心。

そんな胸をしめつけるような感情を払拭するためには、操祈は彼にとって一番大切な存在にならなくてはならない。

 

恋人。あるいは彼女と呼ばれる存在。

 

そのための一歩として、操祈は彼を呼び出すことにしたのだった。

振り返ればこの半年間。二人は何度も約束し合い、何度もデートを繰り返してきたのだ。

 

きっと、上手くいくはず。

ちゃんと言葉にして伝えることさえできれば。

 

自分で自分を励まして、操祈はゆっくりと顔を上げる。

遠く離れた視線の先に見馴れた不良少年が現れて、こちらにヒラヒラと手を振っているのがわかった。

今は約束の五分前。まだ遅刻ではないが、可憐な美少女を長時間待たせたのだ。文句の一つは言ってやらなくては。

操祈は小悪魔のように笑って、彼をどんな言葉でなじるか頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下街をぶらぶらとデートして、地上に出たあと。

二人っきりになりたいと言うと、彼は立ち入り禁止のとあるビルの屋上に案内してくれた。

時刻は夕方になってしまって、沈みゆく夕日。そこから見られる景色はそれなりにムードがあり、ロケーションは悪くない。

それなのに固めていたはずの決意はあっさりと崩れてしまい、操祈は顔を赤らめて黙り込んでしまう。

 

何度も小さな口を開いて、閉じて。

うつむいた操祈はたどたどしく言葉を紡いでいく。

 

 

「えっと。ちゃんと最後まで、聞いてて欲しいんだけどぉ」

「ん?いいけど」

「あの。さ、最近、思ったことがあってぇ」

「あぁ」

「私たち、その、何度も、デートとかしてるわよねぇ?」

「そうだな」

「それならぁ、その、も、もう少し、近い関係になるべきだと思うのよぉ」

「あー。そうかもね」

 

 

彼はガチガチに緊張している操祈に優しく微笑み、はっきりとその言葉を口にした。

 

 

「こんなにデートしてるんだし、もう付き合ってる方が自然だよな」

「そう、そーなのよぉ。だ、だからぁ」

 

 

付き合う。そんな確信的なワードに操祈は喜色満面になる。

さらに会話の流れはどう考えても断られるような雰囲気ではなかった。

 

 

 

「それなら操祈。俺と付き合ってくれないか?」

「……うん」

 

 

 

ようやく操祈は顔を上げて、彼の顔を正面から見つめた。

イタズラっぽい笑顔を浮かべていた彼に、飛びかかるように抱きついて。背中に回されてきた腕の感触に温かい気持ちが広がっていく。

操祈が頭をグリグリと押しつけていると、近距離からの囁きが耳をくすぐってきた。

 

 

「で、こっちからも話があるんだけど」

「もぉー、空気の読めない人ねぇ。こんな時は黙って抱きしめてないとダメなんだゾ☆」

「まぁ、とりあえず聞いてくれよ。俺が憧れている存在の話を」

「……はぁ?」

「実はさ、俺は『ハーレム系主人公』ってヤツを目指してるんだよ」

 

 

操祈は意味不明なその言葉に困惑してしまう。

彼に両肩を掴まれて、近距離で正面から向かい合う二人。

恋人同士がキスをするような距離感で。彼は、久遠永聖は宣言した。

 

 

「俺は複数の女性と同時に交際したいんだ。だから、操祈にはそれを許可して欲しいんだけど」

「は、はぁ?」

 

 

彼の真剣な表情。それを呆然と見ながらフリーズしていた操祈だったが、ようやく理解が及んでいき。

 

 

 

 

 

「はァーーーッ?はァーーーーーーーーーーッ??」

 

 

 

 

 

二人っきりの屋上に、食蜂操祈の叫び声が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

『学舎の園』のお洒落なカフェは異様な雰囲気に包まれていた。

人形のように動かなくなった少女達の中で、カツカツという無機質な音だけが一定の間隔で鳴り響く。

 

 

「……ふぅん」

 

 

鳴り響く音の正体は、操祈がフォークを突き刺す音。

彼女が注文していたケーキはぐちゃぐちゃに潰れてしまっていて、フォークが皿に当たる音が鳴り響いているのだ。

 

 

「まさか、あの御坂さんがねぇ」

 

 

心理掌握(メンタルアウト)】で読み取った少女の記憶。

その記憶の中でホテルから出てきた二人の男女は、確かに御坂美琴と。

 

 

「まぁ、相手が誰かはどーでもいいんだけどぉ」

 

 

無表情の操祈はひたすらフォークを突き刺して、頭の中でとある少年を突き刺し続ける。

 

超能力者(レベル5)の【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】。

 

 

 

「やっぱり更正させるんじゃ甘いわねぇ。私の天才力で強制的に『巻き戻して』あげるわぁ、永聖」

 

 

 

彼の名前を呟いて、無表情だった操祈は暗い笑みを浮かべた。

ぐちゃぐちゃになったケーキを精神操作した人間に片付けさせて、小さなバックから豪奢にデコレーションされた携帯端末を取り出す。

 

長い付き合いで【歪曲時計(ワールドクロック)】の能力詳細はすでに把握済みだ。

彼の『時間停止』に、おそらく操祈の精神操作は通用しない。だが、あれはAIM拡散力場からの観測を把握して発動する手動操作によるもの。

つまり睡眠時などの、『未来』からの警告に気がつけないタイミングは必ず存在する。

 

 

 

「……馬鹿」

 

 

 

携帯端末に表示された彼の名前を見て、操祈は小さく呟いた。

 

彼に告白しようとした時も、いきなり浮気宣言をされた時も。

 

ちゃんと我慢していた、想い人への【心理掌握(メンタルアウト)】。

 

 

 

 

 

「……永聖が悪いんだから」

 

 

 

 

 




食蜂さんは二次創作における約束された勝利のヒロイン。


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第19話

 

第七学区にある警備員の詰所。

デスクの上で学園都市製の空気清浄機を作動させて、女性職員の黄泉川愛穂(よみかわあいほ)は紫煙をくゆらせていた。

彼女が情報端末で『今回の事件』の資料をざっくりと眺めていると、同僚の男性が疲れきった様子で部屋の敷居を跨いでくる。

同僚は手慣れた動作で煙草に火をつけると、早速とばかりに苛立ちを吐き出してきた。

 

 

「全っ然、俺の話を聞いてねーな。あのガキは」

「あははっ、でも見た目からしてわかってたことだし。アイツは完全に素行不良の悪ガキじゃんか」

「あんなのが超能力者(レベル5)だなんて悪夢だぜ。何を聞いても『それはきっと、俺が正義の味方だったから』の一点張りだ」

「くっ、あはははっ。そんな前代未聞の事情聴取になるなら私も立ち合ってみたかったじゃんよ」

 

 

話す度にイライラが増していく様子の同僚を見て、黄泉川はさらに笑いが込み上げてくる。

ひたすら笑っていた黄泉川だったが、いつの間にか真剣な表情に変わっていた同僚に見つめられると、彼女も一瞬で雰囲気を切り替えた。

 

 

「で、そっちはどうなったんだ?」

「こっちも同じく一点張りじゃん。二人とも厳重注意だけで処置完了、追加捜査も事後観察も必要なし。だそうじゃんよ」

「はぁ?どう見ても真っ黒じゃねーかよ」

 

 

超能力者(レベル5)の二人による私闘。それが今回の事件。

救急車が呼ばれた直後に、事件性ありと判断されて出動することになった黄泉川。そんな彼女が目撃したものは、爆撃地のようになった工場の跡地と三人の学生達だった。

その内、二人の少年達は意識不明。通報した少女は気が動転していて、まともに受け答えすらできない状態。

少年達をそれぞれ病院に搬送したあと。ようやく落ち着いた少女に事情聴取を行い、黄泉川は事件の異常性を知ることになる。

 

少年達は超能力者(レベル5)の【第一位】と【第四位】。

通報した少女自身も同じく超能力者(レベル5)の【第三位】。

 

学園都市にたったの八人しかいない存在が、今回の事件に三人も関わっていたのだ。

『これは何か裏がある』そう感じざるを得ない。しかし彼女らが上層部から与えられた指令は事件の調査ではなく、後始末と二人の少年への厳重注意のみ。

ほとんどの警備員はそんな上層部の意向に従うが、黄泉川を始めとした数名は個人的な調査を進めることに決めたのだった。

 

 

「そう、この事件は間違いなく裏があるじゃん。上層部がひた隠しにしてる学園都市の闇って奴がね」

「チッ、本当に胸糞悪い話だ。俺はよ、未だに『特力研』で見た光景が夢に出てくるくらいなんだぜ」

「アンタが目を背けたいなら止めはしないけど。私たちが諦めないからこそ、救える命だってあるじゃんよ」

「……わかってんだよ、そんなことは」

 

 

能力開発を受けた人間は、一人につき一つの能力しか使えない。

そんな学園都市の常識を作り上げたのが、多重能力者(デュアルスキル)の研究施設。

特例能力者多重調整技術研究所。通称『特力研』。

そこで犠牲になってしまった『置き去り』達の姿を知る二人は、険しい表情を崩さずに会話を続ける。

 

 

「問題はどいつから探って行くかだ。俺達の人数的に三人同時に調査するのは無理だろうしな」

「そんなの考えるまでもないじゃんよ。まずは【一方通行(アクセラレータ)】で決まりじゃん。彼は過去に『特力研』にいたことがわかってるんだしね」

「それはそうだがな。【歪曲時計(ワールドクロック)】の書庫の閲覧規制も相当に怪しいぜ?」

「書庫には【第二位】と【第五位】も同レベルの規制が掛けられてるじゃんよ。それに、あんな証言をされちゃうとね」

「……何の話だ?」

「【超電磁砲(レールガン)】が言うには『アイツは何も悪くない』らしいじゃん。もしかしたら本当に『正義の味方』だったのかもね」

 

 

彼女の証言は何かを隠しているような曖昧な内容ばかりだったが、この発言だけはハッキリと言いきっていたのだ。

黄泉川のそんな意見を聞いて、同僚は顔をしかめて呟いた。

 

 

 

「あんなクソ生意気な『正義の味方』が居てたまるかよ」

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)】は未だ意識を取り戻していない。

担当医によると命に別状はないらしいが、彼の能力に『反射』されて本格的な治療ができない状況なんだとか。

それはともかく、彼が退院してからの事情聴取は黄泉川が行うことに決まっている。一筋縄では行かないであろう少年に、どんな会話を切り出してみようか。

黄泉川は二本目の煙草に火をつけて、まだ見ぬ少年に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五学区は大学や短大が数多く存在する学区である。

自然と成人向けの施設などもこの学区にあることが多く、彼女が連れてこられた場所もそういった類の施設であった。

巨大な液晶画面に並んだ、用途不明でいかがわしい部屋の数々。

それを慣れた様子で眺める少年。久遠永聖がこちらに向かって楽しげに話しかけてきた。

 

 

「弓箭はどれがいい?俺のオススメは無重力ベッドがある部屋なんだけど」

「し、知りませんっ」

「部屋の中がプラネタリウムで宇宙空間みたいになっててさぁ。ぶっ飛んでて笑えるんだよな」

「は、早く選んで下さいっ、別にどこの部屋でも問題はないんですからっ!!」

 

 

顔を真っ赤にして狼狽える少女。弓箭猟虎は彼を急かすが、そんな彼女の主張はあっさりとスルーされてしまった。

普段は絶対に着ないような露出度の高い服装に、髪色も髪型も普段と違う黒毛のポニーテール。

垣根から「変装してから街に出て、久遠にナンパされろ」という理解不能な指示を受けた彼女は真面目にそれを遂行し、こんな奇っ怪な場所に連れ込まれてしまったのだった。

 

 

「まぁ、せっかく来たんだしさ。先輩との話が終わったら泊まっていこうよ」

「と、泊まッ!?い、いや、嫌ですっ、なな、何を考えてるんですか!!」

「俺の考えが知りたいなら、ちゃんとあとで教えてあげるよ。弓箭の身体に直接な」

「は、はぅあっ!?い、いきなり手を繋がないで下さいっ」

 

 

なんでも彼は現在、上層部の連中に監視されているのだとか。まあ、先ほど本人に聞いた話によると正確には【メンバー】の仲介役に、だそうだが。

つまり垣根はそれを予測して、弓箭に意味不明な命令を下してきたということらしい。彼は変装した弓箭を見てすぐにそれを理解したようで、ここに来るまでの道中に小声で解説をしてくれた。

 

結局、彼はいつまでたっても部屋を選ばないので、弓箭が画面を見ずに部屋を決めることになる。

どうせそのまま垣根の待つ部屋に向かうのだから、全く悩む必要などないのだ。

二人はエレベーターに乗り込み、指定された階数のボタンを押す。

学園都市製のエレベーターは静かすぎるから、本当に上昇しているのか不安になることがあるな。などと弓箭が思っていると、隣に佇んでいる彼がふざけたような口調で声をかけてきた。

 

 

「それにしても、床から天井まで全面が鏡仕様になってる部屋かぁ。弓箭って意外と大胆なんだな」

「な、ななな、なっ何をっ」

「まぁ、俺はどんな部屋でも構わないんだけど。全てをさらけ出したい願望でもあるのか?」

「ち、違いますっ!!だ、だって使わないんですから、どんな部屋でも一緒じゃないですか!!」

「本当に弓箭は反応がおもしろいなぁ。ずーっと苛めたくなるタイプって感じだ」

 

 

ケラケラと笑う彼を、弓箭は唸りながら睨みつける。

もうすっかり慣れてしまったが、相変わらずこの少年は何を考えているのかよくわからない。

弓箭が初めて出会った時は冷酷な殺人鬼のような雰囲気だったのに、近頃の彼はまるで表の住人のような一面ばかり見せてくる。

それ故に、ふとした拍子に現れる闇の住人の一面が恐ろしくもあるのだが。

弓箭はこれからも続くであろうこの人格破綻者との付き合いが憂鬱になり、それを振り払うようにエレベーターの階数表示を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは普段からよく利用するホテルの一つなのだが、久遠の推測が正しければこの先に垣根が待っているはずだ。

弓箭に与えられた指令の中に、ついでのように付け加えられたという数字列。それが指し示す部屋をノックして返事を待つ。

もしも全く関係ない人物が出てくるようなら、弓箭を説明不足の罰として一晩中可愛がってやろう。そんな勝手なことを考えていると、ドアが開いて見知った少女が顔を覗かせた。

 

 

「あら、遅かったわね。彼、お待ちかねよ」

 

 

【スクール】の正規構成員。ホステス嬢みたいな格好の少女。どうやら久遠の推測は間違っていなかったらしい。

彼女に案内されて、久遠達は古風な茶室のようになっていた室内に入っていく。

そこで座布団に行儀悪く座り込んでいたホストのような男。垣根帝督が軽く手を上げてから声をかけてきた。

 

 

「よお、相変わらず滅茶苦茶だな。お前の行動はよ」

「そんな誉めないでくれよ。先輩」

「いや、別に誉めちゃいねえんだが。ま、とりあえず座れ」

 

 

垣根に促されて、久遠は対面の座布団に座り込む。

二人とも礼儀作法などはガン無視しているので、茶室の格式高い空間と正反対の不良の集会みたいになってしまっていた。

 

 

「まず最初の報告なんだけどさ。多分、俺らが組んでるのも上層部に把握されてるよ」

「その程度なら予測済みだ。こうして情報交換するだけなら問題はない。それに連中も全ての情報を共有してるわけじゃねえだろうしな」

「……なら、どの辺りまでバレてると思う?」

「お前の行動は大半が把握されてるだろうな。いくらなんでも派手に動きすぎなんだよ」

 

 

垣根はそう言うと、呆れたような表情を浮かべた。

それに関しては完全に反論する余地はないが、そんな派手な行動によって手に入れた情報もある。

 

 

「でもさ、『絶対能力進化計画』はぶっ潰してやったぜ」

「こっちからは詳細が探れてねえんだが。凍結の決め手は何だ?」

「協力者から聞いた話だと、俺との戦闘の影響で【一方通行(アクセラレータ)】の成長を誘導するのが困難になったから、らしいよ」

 

 

この『協力者』というのは御坂でもクローンでもなく、布束砥信のこと。引き継ぎ先の研究施設に軟禁されていたという彼女は、再会した時にそう語っていた。

久遠によって【一方通行(アクセラレータ)】の成長の方向性が乱されてしまい、演算装置の『樹形図の設計者』が大破しているために再演算ができないから、という理屈なのだろう。

 

もっとも、布束はそのことは知らないようだったが。

 

垣根は先ほどの説明では納得できないようで、眉をひそめて考え込んでいるようだった。久遠は円滑に会話を進めるために、この爆弾とも言える情報を投下することに決める。

 

 

「それに『樹形図の設計者』が大破してるから、実験の再演算はできないんだよな」

「……は?おい、ちょっと待て。何の話だ?」

「そのままだよ。世界最高峰のスーパーコンピュータ『樹形図の設計者』は、もうこの世に存在しないんだ」

 

 

これには垣根だけではなく、脇に座っていた二人の女の子も驚愕を隠せない様子だった。続きを促すように見つめてくる三人に向かって、久遠はゆっくりと口を開いていく。

 

 

「俺も最初は信じられなかったんだけど、これは確かな情報だ。【超電磁砲(レールガン)】がハッキングで統括理事会への報告データを確認したらしい」

「ハッ、そいつは想定外の情報だぜ。だが、これでアレイスターの監視方法はかなり絞られた」

「……どういう意味だよ?」

「『アレイスターは俺達の動向を知りすぎてる』。俺は通常の監視に加えて、要注意人物の動向を『樹形図の設計者』で予測演算でもしてるんじゃねえかと睨んでたんだが、どうやらそいつは間違っていたらしい」

 

 

そして久遠は引き続いて【一方通行(アクセラレータ)】の『反射』の攻略方法も伝えていく。

再び思考に耽りだした垣根から視線を外して、久遠は弓箭に飲み物を要求することにした。

素直に頷いてお茶を用意しに行く弓箭を見つめながら、何でもないことのように会話を続ける。

 

 

「それにしても、俺が見逃されてる理由がわからないんだよなぁ」

「自分が危ない橋を渡ってる自覚があったのか。お前」

「それでもまっすぐ突き進む。みんなの久遠永聖は、そんな物語の主人公のような少年なんだ」

「ふふっ」

 

 

二人の会話を黙って聞いていたホステス嬢みたいな少女が急に笑いだした。

久遠がそちらに目を向けると小馬鹿にしたような彼女の瞳に見つめられ、何だか気まずくなって視線を外す。

 

それにしても、これが本当にわからないのだ。

二日前、仲介役の少女に電話を割り込まれたあの日。それなりの時間交わされた会話は要領を得ない内容だった。

上層部に逆らう者は粛清の対象になることもあるとか、仲介役も連帯責任になる場合があるので勘弁して欲しいだとか。

どれも今さらすぎる内容ばかりで、肩透かしをくらってしまった。

 

それに、これは勘違いなのかもしれないが。仲介役の少女の雰囲気は、何故か久遠のことを心配しているように感じられたのだ。

 

 

「お前が【一方通行(アクセラレータ)】をブチ殺したんなら話は単純だったんだがな。正直、意味のわからねえ状況になっちまってる」

「……アレイスターの『プラン』。その『第一候補』に変更はあると思うか?」

「あのクソ野郎が生きてんなら変更はないはずだが。それも現段階ではわからねえな」

「俺が放置されてるのが不気味でさ。仲介役は監視してるみたいだけど、それがアレイスターの指示とは思えないし」

 

 

そこで弓箭が運んできたお茶に口をつけて。一旦、二人の会話が止まる。

喉を潤してから『プラン』について議論する中で、久遠は『絶対能力進化計画』に感じた違和感を話すことにした。

 

各所に漏れていた実験の機密情報。それに『妹達』の乱雑な取り扱い。

そして、何よりも御坂や久遠が実験を阻止するために意図的に呼び寄せられたように感じたこと。

 

 

「なぁ、『絶対能力進化計画』は()()()()()()()()()()()。なんてありえると思う?」

「……アレイスターは同時に複数の『プラン』を進行してやがる。つまり実験が凍結しても支障はなかったのかもしれねえな」

「これだけやっても『プラン』は揺らぎもしないってことか」

 

 

垣根の推測では、アレイスターは『絶対能力進化計画』が完遂しようが凍結しようが問題はなかったらしい。それが事実なら久遠への処置が温いのも頷けるのかもしれない。

しかし、ならばあの実験は『プラン』において重要なものではなかったのだろうか。

学園都市の悲願とも言える絶対能力(レベル6)への到達は、間違いなくアレイスターも望んでいる『プラン』の中核だと考えていたが。

 

 

「いや、『絶対能力進化計画』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことだ。それがお前か【超電磁砲(レールガン)】かはわからねえがな」

「チッ、本当に薄気味悪いな。何を企んでるかわからないってのは」

「ま、当面は情報収集だな。『プラン』の詳細が最優先だが、他にも把握するべきことで溢れちまってる」

「なら、俺は引き続き『窓のないビル』と『仲介役』に探りを入れてみるよ」

「こっちは『アレイスターの監視方法の特定』、『統括理事会の動向調査』でいく。これ以上は無駄に引っ掻き回すなよ、次は容赦なく見捨てるぜ」

 

 

そう言って垣根は立ち上がる。今回はこれで解散らしい。

久遠達三人も揃って立ち上がり、出口に向かって歩いていく。

垣根はドアのノブに手をかけたところで停止して、こちらを馬鹿にしたような表情で振り返ってきた。

 

 

「今回は【超電磁砲(レールガン)】と随分仲良くしてたようだがよ。お前、確か【心理掌握(メンタルアウト)】にも手を出してなかったか?」

「俺が二股してるみたいな言いがかりはやめてくれ。名誉毀損って知ってるか?」

「ハッ、どうだかな。せいぜい深入りしないことだ。俺らみたいなクソ外道はどうせ誰も守れやしねえんだからよ」

 

 

通路に出ながらヒラヒラと手を振る垣根と、それに続くホステス嬢みたいな少女。

久遠はそれを黙って見送り、トコトコと着いていこうとしていた弓箭の腕を掴む。

 

 

「ひ、ひゃう!?な、ななな、なんですか!?」

「いやいや、先輩達と一緒に出たら意味ないだろ?」

 

 

上層部の連中には今回の密談もバレているのかもしれないが、全く隠蔽する意味がない訳でもない。

ヤツらがどんな監視方法を使用しているか判明するまでは、必要最低限の隠蔽工作はするべきなのだ。

 

 

 

「じゃあ早速だけど、弓箭が選んだ部屋に行こうか。鏡とベッド以外は何もない場所だからさぁ、俺を退屈させないでくれよな」

「は、はぅあっ!?ちょっとまっ、引っ張らないで、はぅっ!?」

 

 

 

真っ赤な顔でパニック状態になった弓箭の腰に手を回して、垣根達とは逆方向に歩きだす。

明日になったら『17拠点』に顔を出してみようか。そろそろ馬場の調査も一区切りついているだろうし。

久遠はそんなことを考えながら、ついに諦めておとなしくなった弓箭を抱き寄せた。

 

 

 




やっと垣根を再登場させられました。
あと、一方通行は原作より一足早く黄泉川と出会います。


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第20話

 

とある病院の敷地内。

そこの病棟に続く道は造園業者に手入れされた様々な種類の植木が配置され、並木道のような穏やかな雰囲気に包まれている。

木々から漏れる午前の陽射しに照らされた、二人の少女達。

その内の一人。金髪碧眼の少女が目的地の病棟を見上げながら、心底嫌そうな叫び声をあげた。

 

 

「ぬぁァーーーっ。もぉーっ、行きたくなーいっ!!」

「でも、フレンダ。ある程度は宥めておかないと超激昂した状態で復帰してくる可能性がありますので」

「話しかけても痛い目みるだけじゃないっ。結局、絹旗は【窒素装甲(オフェンスアーマー)】があるからそんなこと言えるって訳よ!!」

「……それはフレンダが超不適切な発言や行動を繰り返すからだと思いますが」

 

 

もう一人のショートヘアの少女。絹旗が上着のポケットに両手を入れたまま落ち着かせようとするが、フレンダはどうしても納得がいかないらしい。

頭を抱えてひたすら駄々をこねる同僚を見つめながら、絹旗はことの発端を思い返していく。

 

先日、彼女達の所属する暗部組織である【アイテム】に与えられた防衛任務。

序盤こそ正規構成員の四人で作戦通りに遂行していたが、最終的に防衛していた施設は破壊されてしまい、さらには構成員の四人全員が戦闘不能に追い込まれてしまったのだ。

 

ここにいる絹旗とフレンダは気を失っているだけだったので下部組織の人間に運ばれた拠点で目を覚ますことができたが、残りの二人はそうはいかなかった。

滝壺は無茶な能力行使を続けたために昏睡状態に陥ってしまい。彼女は昨晩ようやく意識が戻ったが、しばらくの間は能力の使用を禁じられた絶対安静の状態。

そして、【アイテム】のリーダーである麦野はというと。

 

 

「結局、まともに会話が成立しないってのにお見舞いなんて意味ある訳?どうせ怒鳴り散らしてるか鬼の形相で黙ってるかの二択でしょ」

「それはそうかもしれませんが。麦野の機嫌を直しておかないとあとで超後悔するのはフレンダですよ」

「どうして、いっつも私が麦野にぶん殴られないといけないのよっ。絹旗も一度くらいはあのゴリラみたいなパワーを体感してみなさいって訳ッ!!」

 

 

ついに目を吊り上げて当たり散らし始めた同僚の姿に溜め息をついて、絹旗は構わずに目的地へ向かって歩みを進めることにした。

担当医の話によると、麦野は学園都市の医療技術でも退院までに一週間は要するそうだ。彼女は左手の粉砕骨折、脳挫傷に全身打撲、他にも骨折やら捻挫など数えるのも嫌になるほどの負傷を抱えてしまっている。

 

先日の任務で敵対した謎の襲撃者。

あの時の状況から考えて、下手人は絹旗も対峙したフードの男。

こうして思い返してみても、全く理解できない彼の能力。絶対に、あれは【肉体強化】なんてありふれた能力ではない。

銃撃すら自動防御で完璧に防ぎきる。そんな【窒素装甲(オフェンスアーマー)】が拳一つでいとも簡単に突破されてしまったのだ。

もっとも不可解なのは絹旗が痛みで気を失う直前。【窒素装甲(オフェンスアーマー)】の操作対象にしていたはずの窒素が操作不能な状態に陥っていたこと。あれは、まるで強制的に支配を奪われてしまったような。

絹旗は脳内でそれが可能な能力を検索するが、何度考えても正解に辿り着けそうにはなかった。

 

二人は病棟の入り口である自動ドアを通過し、ロビーにある受付に向かって行く。

麦野のお見舞いに来るのはこれで三度目だが、先ほどフレンダが言っていた通りまともに会話はできていない。

洒落にならないレベルの負傷をしているのにも関わらず、麦野は誰かにブチギレ続けているようなのだ。

 

まぁ、十中八九あのフードの男になのだろうが。

 

そこまで考えて、絹旗は再び深い溜め息を一つ。

麦野がもう少し落ち着いていたのなら、フードの男の能力について何か判明していないか尋ねたかったのに。

 

先日の依頼内容では襲撃者の詮索は禁止されている。

だが、超能力者(レベル5)の麦野を圧倒するような能力をわからないままで放置する気はない。

滝壺も任務に復帰するのは時間が掛かるだろうし、現在は他にできることもないのだ。

絹旗は脳内でつらつらと言い訳を並べながら、未知の能力に対する考察に頭を悩ませていく。

 

それはきっと、次こそは仲間を守りたいと思っているから。

 

絹旗最愛。彼女は無自覚ではあるが、暗部組織に所属していながらも仲間を大切にする心を持った少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

垣根と情報交換をした翌日。

鏡の部屋で一夜を明かした久遠は、そのまま『17拠点』の無駄に高級そうなソファーで仮眠をとることにした。

しばらくすると部屋のドアが開く音と共に馬場が現れたので、依頼していた『窓のないビルへの行き方』の報告を聞かせてもらうことになる。

 

 

「最初に結論を言っておくけどな。『窓のないビル』に関する情報なんてのは、ほとんどガセネタだ。噂好きな連中が好き勝手に言いふらすせいで、正しい情報があるのかどうかすらわからない」

「ふぁーぁ。あー、そうなんだ」

「しかも何故かオカルトめいた噂が多いんだよ。『窓のないビル』はそもそも『ビル』じゃない、僕たちが『ビル』だと思っているのは全く関係ない『ナニカ』だ。なんてのもあったな」

「へー、そうか」

「これでもかなり調べてみたんだけど、『窓のないビル』の行き方についても似たようなもんだった。そもそも行き方なんてない、入り口はこの世には存在しない、『虚数学区』に鍵がある。って感じでね」

「んー。なら、なにもわかってないってことか?」

 

 

久遠は眠たそうに目蓋を擦りながら問いかけた。

大きな欠伸を隠しもせず。硬直した身体を伸ばしていると、馬場がこちらに情報端末の画面を向けていることに気がつく。

 

 

「……それは?」

「他の情報は論外だから消去法なんだけどな、これはそこまでぶっ飛んでないんだ。オマエがどう判断するかは知らないけど」

 

 

久遠は画面を確認して、表示された文章をそのまま読み上げた。

 

 

「へぇ。『窓のないビル』には()()()()()()()()。か」

「その案内人って呼ばれてるヤツが本当に人間なのかすら不明だけどね。もし能力者のことなら、それが可能なヤツはかなり絞り込める」

「なるほどね。普通に考えたら案内人は【空間移動(テレポーター)】。あれはレアな能力だし、他人を移動できるなら必然的にレベル4ってことになるな」

 

 

久遠が学園都市唯一の時間操作系の能力者であるように、能力の種類によって発現した能力者の人口は異なる。

査楽や白井が分類されている空間移動系の能力者は、学園都市に数十人しか存在しないのだ。

そして自身の重量を越える物質を移動できる者はその時点でレベル4と認定されるので、さらに案内人候補を絞り込むことができるだろう。

 

 

「次は【空間移動(テレポーター)】を調べるってことでいいのか?それなら、書庫にアクセスして候補者のリストを作成しとくけど」

「頼んだ。いやぁ、さっすが馬場ちゃんだぜ」

「……その気色悪い呼び方はやめろ」

 

 

久遠の心からの称賛に馬場は感動を隠せないようだった。

ともかく馬場にリストを作成してもらったら案内人候補を調査していくか。そんなことを考えていると、カタカタと情報端末を操作していた馬場が引き続き報告を行ってくる。

 

 

「あとは、アレイスターの正体が本当に美少女なのかを確認してるんだけど、こっちがかなり難航してるんだ」

「ふーん」

「男だとも女だとも言われてるし、老人だとも子供だとも言われてる。確定情報なんてないし、報告が遅れたのはこっちがなかなか進まないからなんだよな」

「……は?なぁ、ちょっと待ってくれ。案内人のことはいつ頃に判明したんだ?」

「ん?初日だけど?」

「は、はァぁぁーーーーーッ!?」

 

 

突然の大声に馬場はビクリと肩を震わせる。

このアホは久遠がふざけて提唱した『アレイスター美少女説』を信じて時間を無駄に浪費し続けたらしい。

久遠は眉間にシワを寄せて、眼前の醜悪な小太りに吐き捨てた。

 

 

「チッ、ブタ野郎が。アレイスターが美少女な訳ないだろうが」

「なっ、オマエが最初に言い出したんだろッ!!」

「バーカ、冗談を真に受けるなよ。そんなことは天地が逆さまになってもあり得ないんだ」

 

 

そして久遠は馬場を冷めた瞳で見下して、堂々たる姿で宣言する。

 

 

 

 

 

「ハッ、もしもアレイスターが美少女だったんなら、俺は全裸で『学舎の園』に突撃してやってもいいぜ?」

 

 

 

 

 

これから数ヶ月後。

久遠は『とある銀髪の美少女』に何度もこの宣言を持ち出され、心の底から後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は昼過ぎ。

馬場にリストの作成を依頼して『17拠点』をあとにした久遠は、久方ぶりに連絡があった少女との待ち合わせ場所に急いでいた。

目的地は第七学区にある、場違いなほどにお洒落な雰囲気のカフェ。

何ヵ月か前までは常連客といっていいほどに通っていた店だが、思えば彼女と仲違いしてからは一切顔を出していなかった。

 

到着した久遠が豪奢な扉を開け放つと、まるで本職のように完璧な仕草でメイド服の店員が迎えてくれる。

久遠は待ち合わせ相手の名前を伝えるが、どうやら彼女はすでにこちらを待っているらしい。

店員に案内されながら、久遠はゆっくりと店内を見渡していくことにした。お洒落な内装も雰囲気も相変わらずで、それに懐かしさすら感じてしまう。

そうして歩いていると待ち合わせ相手の姿が見えてきたので、久遠はさっそくとばかりに声をかけた。

 

 

「よっ、久しぶりだな。ちょっと待たせたか?」

「ちょっとどころじゃないけどぉー。まぁ、アナタが時間を守らないのは今に始まったことじゃないしねぇ」

「お前が早く来すぎなんだよ。まだ約束の五分前くらいだろ」

 

 

常盤台の制服に身を包んだ金髪の少女。食蜂操祈。

操祈は先に注文を済ませていたようで、テーブルの上には既に紅茶と食べかけのケーキが置かれていた。

久遠は彼女の向かいの席に座り、側に控えていた店員にアイスコーヒーを注文する。

店員が去っていくのをなんとなく見つめていると、対面の操祈はむくれながら指を突きつけてきた。

 

 

「私より遅れたならその時点でギルティなんだゾ☆」

「そのワガママっぷりは相変わらずだな。で、話って何だよ」

「その前に、アナタは私に謝らないといけないコトがあるんじゃないかしらぁ?」

「いや、ないと思うけど」

 

 

久遠が真顔で即答すると、操祈は目を細めながら睨みつけてくる。

あの屋上で口喧嘩になってしまった日。あれから二人の関係は完全なる冷戦状態になってしまっていた。

操祈の取り巻きである『縦ロールの少女』。彼女が必死に頼んできたこともあり久遠は何度か連絡を取ろうと試みたのだが、ムキになった操祈はそれらを全て拒絶してきたのだ。

二人がお互いに譲らず睨み合っていると、注文したアイスコーヒーがテーブルに運ばれてくる。

 

 

「ありがと。キミ、すっごい可愛いね。彼氏とかいるの?」

「は、はい?あの、えっと?」

 

 

なんだか腹が立ってきたので、目の前で他の女に声をかけてやることにした。以前は怒らせてしまうので絶対にやらないように気をつけていたが、もうそんなことは関係ない。

店員は段々と機嫌が悪くなっていく操祈にチラリと視線を向けると、気まずそうに頭を下げて逃げ去っていった。

 

『未来』からの警告。

 

どうやら操祈は久遠の足を踏もうとしたみたいだが、当然のように時間停止がそれを阻止する。

 

そして再び睨み合った二人は沈黙し、店内に流されていたクラシックの演奏だけが空気を震わせていた。

 

しばらく黙っていると、ついに怒りを通り越してしまったのか。操祈は目を伏せて徐々に寂しそうな表情に変化していく。

そんな姿を見せられてしまうと流石に心が痛んできたので、久遠は優しい声色を意識しながら会話を再開してやることにした。

 

 

「何を謝って欲しいのかは知らないけどさ。不満があるなら口に出して言ってくれよ」

「そんなの、わかりきったことでしょぉ」

「あの時の話ならケリがついただろ?どうしても許せないなら付き合うのはやめようって」

「……イヤ」

「でも、操祈はそれに納得してたはずだよな。最近になって何かあったのか?」

 

 

またしても沈黙。

やがて操祈はテーブルに視線を向けたままで、ポツリと静かに呟いた。

 

 

 

「……御坂さんとは仲良くしてる癖に」

 

 

 

御坂。その名前を聞いて久遠は大体の事情を察する。

以前から操祈は御坂に敵対心を抱いているようだったし、御坂と一緒に行動していた時のことを知られてしまったのかもしれない。

だが、別に御坂とはそういう関係ではないし、そのまま伝えてやれば誤解は解けるだろう。

というか、そもそも久遠と操祈も交際している訳ではないので、そんな義理もないのだが。

 

 

「なんか誤解があるみたいだけど、俺と御坂はそんな関係じゃないからな」

「……それなら、二人はどんな関係なのかしらぁ?」

「どんなって、ただの知り合いだけど」

「……ふぅん。相変わらず虚言力だけは高いようねぇ。二人で隠れて『こーんなコト』してる癖にぃ」

 

 

操祈はそう言うと一枚の写真をテーブルの上に乗せた。

そのままこちらに滑らせてきたので、久遠はつられて視線を写真に向ける。

 

 

「は?」

 

 

それは、おそらく御坂との協力関係が終わった日の光景。

黒色のパーカーを着た久遠と、そのすぐ後ろを歩く御坂の姿。

背景には拠点にしていたホテルの看板がバッチリ写っていて、久遠にからかわれた御坂は顔を真っ赤に染めている。

久遠は芸能人のスキャンダルのような一枚に思わず絶句してしまい。その様子をじっと眺めていた操祈が、絶対零度の瞳で語りだした。

 

 

「どーぉ?驚いたかしらぁ。ウチの派閥の子達に『記憶を念写する能力者』がいるから、お願いしてみたんだけどぉー」

「いや、これは」

「んー?声が小さくてよく聞こえないわねぇ」

「本当に何もないんだって。ここも別の目的で利用しただけで」

「そんな大嘘は信じられないっていうかぁー」

 

 

もう操祈は何を言っても聞いてくれなさそうだ。

それに御坂とは何もないが、他の女の子とは何度も一線を越えてしまっているのだから似たようなものか。

 

 

「あっそ。お前がそう思うんならそれでいいや」

「永聖はぁ、私といるときは一緒に御坂さんを悪く言ってたのにぃー」

「御坂を庇ったりすると機嫌悪くなるヤツがいたからな」

「どうかしらねぇ。どうせ御坂さんと一緒にいるときは、私の悪口を言ってるんでしょぉ?」

「お前の話題が出たことなんてないよ。少し自意識過剰なんじゃないか?」

 

 

久遠が諦めて適当に返事をしていると、またしても操祈は怒りが沸いてきたらしい。

彼女はテーブルを指でトントンと叩きながら、苛つきを隠さずに言い放った。

 

 

「もういいわぁ。どう考えてもアナタに更生する余地はなさそうだしぃー。私の天才力で完全に支配してあげるから」

「お前の【心理掌握(メンタルアウト)】じゃ、俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】はどうにもならないと思うけど」

「えぇ、それが困っちゃうのよねぇー」

 

 

操祈はテーブルに置かれたいつものカバンに手を入れると、テレビのリモコンらしきものを取り出した。

今まで試したことはないが、御坂が完全に防げる程度の能力行使で時間停止を破れるとは思えない。

一体、何を考えてるのやら。久遠が眉をひそめていると、操祈はリモコンを弄びながらささやいた。

 

 

 

「まぁ、それは仮に()()()()()()()なんだけどぉ」

 

 

 

『未来』からの警告。

周囲を時間停止しても消えない、直接体内に割り込んでくるような感覚。

 

 

 

「チッ、【空間移動(テレポート)】か」

 

 

 

それを理解した瞬間、即座に時間加速して回避する。

先ほどまで久遠が居た位置に突然現れたスプーンやフォークなどの食器類。

それを確認した久遠が操祈の方を睨みつけると、彼女の隣にはいつの間にか常盤台の制服を着た少女が現れていた。

 

 

 

「じゃあ、限界まで頑張ってねぇ。永聖」

 

 

 

それを言い終えると、その少女が【空間移動(テレポート)】を行使したのだろうか。二人の姿が一瞬で消え失せる。

久遠はとりあえず店から出ようとして、目の前の光景に再び舌打ちをした。

 

 

 

「くそッ、準備万端ってことかよ」

 

 

 

感情のない瞳で久遠を見る人々。

店内は店員から他の客に至るまで【心理掌握(メンタルアウト)】に支配された人間であふれてしまっていた。

 

 

 



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第21話

 

その質問は、かつて何の気なしに読んだ少年漫画で見たものだったと思う。

 

『……貴方の望みは何ですか?』

 

あの漫画の主人公は旅の途中に立ち寄った街の路地裏で、占い師の少女にそう尋ねられていた。そして彼を試すような眼差しで見つめる占い師に、主人公は何と答えを返していたのだったか。

こうして思い出せないということは、彼の願望は印象に残らないありふれたものだったのかもしれない。

 

では、もしも、その質問をされたのが俺だったとしたら。

 

きっと、その質問に対する答えは千差万別で。人それぞれに違う願望があるはずだ。

性別、性格、環境。人は他にも沢山の数えきれない違いがあって、全てが一致する人なんて存在しないのだから。

 

それなら、俺が抱く願望とは何なのか。

 

この街に来た頃は、ごく普通の暖かい暮らしを望んでいた。

無気力だった頃は、愚かにも以前の生活に戻りたいなんて願っていたかもしれない。

 

そして、今は。

 

 

「……ハッ、くだらない感傷だな」

 

 

昼間にも関わらず薄暗い路地裏で、膝に手をついた一人の少年。久遠永聖は自嘲するように吐き捨てて、激しく乱れてしまった呼吸を整えていく。

それは、吐き気がするくらいに女々しい感傷だった。今更そんなことを考えても、何の意味もないというのに。

 

『未来』からの警告。

 

本日、何度目かもわからない時間加速を行使して、久遠は逃げるように路地裏を走りだした。

脳裏にこびりついた無意味な質問。それに対する答えを、寂しそうに呟きながら。

 

 

「……俺は、あの夢を諦めたくなかったんだ」

 

 

久遠の煩悩が無意識の内に犯してしまった罪。

複数の女性と性的な関係を持ちたい。そんな純粋すぎる願望が、こんなにも悲しい結末を迎えてしまうなんて。

 

誰かの幸せは、他の誰かの幸せに繋がるとは限らない。

 

久遠は悔しそうに瞳を閉じて。そんな当たり前のことを噛み締めていく。

だが、覆水は盆に返らない。もうすでに賽は投げられてしまっているのだから。

 

 

 

「……アノー、なんかシリアスに浸ってるところ悪いんだけど」

 

 

 

久遠が黙々と思考に耽っていると、耳に装着された『黒いピアス』から少女の声が聞こえてくる。

このピアスは【歪曲時計(ワールドクロック)】の時間加速発動時でも会話を可能とする博士の発明品の一つ。

博士から聞かされた説明によると、会話の中から言葉を保存し【歪曲時計(ワールドクロック)】に合わせて高速再生する仕組みだそうだが、あまりにもラグが酷すぎるので滅多に使用はされていない。

作成者の博士ですら久遠への連絡に携帯端末を使用するほどの欠陥品なのだが、緊急時の連絡手段としてなら役に立つこともあったりなかったりする。

 

 

「ん、急にどうしたんだ?仲介役ちゃん」

「……イヤイヤ、それはこっちのセリフだからね。なんでイキナリ常盤台の生徒達に襲われちゃってるのかなっ?」

「俺も困ってるんだけどさぁ。これがモテる男の宿命ってヤツなんだよな」

「……ネェ、ちゃんと説明しよ?どうせ女の子絡みなんだろうけどさ」

「ただのヤキモチだよ。どうしても俺に構って欲しいんだって」

 

 

久遠がいつも通りに緊張感のない声で返事をすると、仲介役の少女が大きな溜め息をついたのが通信越しでもわかった。

こうして二人が会話している間も様々な投擲物などがこちらに襲いかかってきているのだが、その程度の攻撃で時間停止を破れるはずもなく。

 

 

「……エットー、ぶっちゃけダイジョブなのかな?それともピンチだったりする?」

「まぁ、この程度なら余裕かな。【空間移動(テレポーター)】が少し面倒だけど」

「……ソッカ、ならいいけど。ジャア、また私からお話があるんだけどいいかな?」

「あぁ、別にいいよ。あ、でもラグが酷いから手短に頼む」

 

「……ウン。アノネ、お話は久遠くんの私生活についてなんだけど。ぶっちゃけ私が監視してる期間だけでも不特定多数の女の子といかがわしいコトしてるっしょ?で、チョチョットそれはどうなのかなーって思ったんだよね。だって、久遠くんは暗部に所属してる『闇の住人』なわけでー。あんな表の世界でヌクヌクと生活してる女の子とは話が合わないんじゃないかなっ?となるとヤッパリ、その辺りをちゃんと理解してる女の子を選ぶべきでしょ。それで久遠くんはーーー」

 

「そ、そうかもな」

 

 

久遠は唐突に始まってしまったマシンガントークに顔をひきつらせる。

以前にも彼女はこの状態になっていたが、これは一体なんのつもりなのだろうか。まるで久遠のことを心配しているかのような、意図のわからない親しげな雰囲気。

そして久遠は止まる気配のない仲介役の話を聞き流すことに決めて、これからの方針について真面目に思考していく。

 

正直に言って、【心理掌握(メンタルアウト)】で操られている奴らを行動不能にするのは容易い。だが、あっさりと撃退して決着をつけてしまえば、操祈は更に手段を選ばない行動に出る可能性もある。

ここはやはり、操祈の癇癪にある程度付き合ってやるのがいいだろうか。そして彼女が落ち着いてきたら、もう一度だけ話をしに行こう。

 

久遠はそんな甘っちょろい判断を下して『とある方向』に視線を向けた。何の根拠もないのだが、彼女はあの場所で待ってるような気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七学区で、最近評判になっているというケーキ屋さん。

そこでオススメと書かれていた中からチョコレートケーキを注文した美琴は、目の前の光景を優しげな表情で眺めていた。

美琴が居るのは店内に設置されていた飲食スペース。そして向かいの座席にふてぶてしい表情で座るのは、自分とそっくりな見た目の少女。美琴の『妹達』の一人。

彼女はオススメされていたケーキを欲張って三種類も注文している癖に、通な美食家ぶって味を批評していくのが微笑ましい。

 

 

「総じて、ここのケーキはなかなかに美味でした。と、ミサカは正当な評価を下します」

「はいはい。良かったわね」

 

 

そして、全てを完食した『妹達』はスカートのポケットから小さな手帳を取りだすと、そこに何かを熱心に書き込んでいく。

『妹達』は一万人を越える人数で脳波をリンクさせる『ミサカネットワーク』を形成し記憶を共有しているので、メモ帳なんて使わなくても良さそうに思えるが。

 

 

「……ねぇ。それ、どうしたのよ?」

「はい?この手帳のことでしょうか。と、ミサカは問いを返します」

「うん。ミサカネットがあるならメモなんて必要なさそうだけど」

「……そもそもミサカ達のネットワークは全ての情報を共有している訳ではありません。それを共有するかどうかは各個体が判断することですから。と、ミサカは丁寧に解説します」

「ふぅん。ならさ、そのメモはそんなに重要じゃないってこと?」

「……そういう訳ではないのですが」

 

 

そう言うと、彼女は下を向いて黙り込んでしまった。

その様子は落ち込んでいるという訳ではなく、どうやら何かを考え込んでいるように見える。

 

 

「……これは、ミサカが個人的な目的で記録しているものですので。と、ミサカは正直に暴露します」

「ん?よくわからないけど、アンタも随分熱心よね。この店のことも色々と調べてたみたいだし」

 

 

そう言って、美琴は二人でこの場所に来ることになった経緯を思い返していく。

 

美琴が遺伝子マップを提供してから後発で作られたクローン人間の『妹達』。彼女達が美琴と変わらない年頃の外見をしているのは、様々な薬物を投与することで急速な成長を促しているから。

そんな研究者達の人権を無視した行為によって課せられた短命な寿命を少しでも伸ばすために、現在『妹達』はお世話になっているカエル顔の医者に紹介された研究施設にて、ホルモンバランスなどの体の調整を行っているのだった。

 

そして今日は、目の前に座る彼女の調整が一区切りついたところ。

一万人の『妹達』全員の面倒を見るのは流石に不可能だが、彼女は生存している『妹達』の中でも唯一面識がある個体であった。

あの日、美琴がホテルに運んだ個体であり、久遠の運ばれた病室にも付き添っていた『妹達』。

 

一応は顔見知りなんだし。そんな軽い退院祝いみたいなつもりで美琴が研究施設に顔を出すと、彼女はいつも通りの無表情でこの店に行ってみたいと主張してきたのだ。

 

 

「いえ。この店は彼に教えて貰いました。と、ミサカは説明します」

「……彼って、まさかアイツのこと?」

「はい。【歪曲時計(ワールドクロック)】にクリームパンが美味だったと伝えたところ、いくつかオススメの甘味処を紹介してくれたのです。と、ミサカは説明に適切な補足をします」

「へぇ。それはちょっと意外かも」

 

 

美琴はあの変人の顔を思い出して、意地の悪い笑顔を浮かべる。

彼は『妹達』に素っ気ない態度ばかり取っているように見えていたが、美琴が席を外している時にはちゃんと接していたようだった。

ホント、素直じゃないヤツなんだから。美琴はそんなことを考えながら、『妹達』との会話を続けていく。

 

 

「ならさ、次はアイツに連れてって貰ったらどうかしら?」

「……残念ですが、それは難しいかと思われます。と、ミサカは肩を落として嘆息します」

「え、なんでよ?この店もアイツが紹介してきたんでしょ?」

「……その時にミサカも頼んでみたのですが」

「……はぁ、私から言っといてあげるわよ。紹介したんならちゃんと責任持ちなさいってね」

 

 

あの極めつけの変人は期待させるだけさせておいて、あとは放ったらかしにしているらしい。

これはおそらくだが、『妹達』の個人的なメモというのも彼と行った時のことを考えてつけているのだろう。

まったく、少し見直したと思ったらコレなのか。『妹達』の曇ってしまった表情を見ていると、段々と怒りすら沸いてくる。

 

 

 

「『俺はモテモテだからさぁ、そういうのは自然と順番待ちになるんだけど。どうしても貧乳は後回しになっちゃうんだよなぁ』と彼は発言していました。と、ミサカは包み隠さずに密告します」

「へぇー、そうなんだ」

 

 

 

よし、殺そう。

御坂美琴(貧乳)は笑顔でドス黒い殺意を滾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕暮れ。

学園都市の街並みを徐々に暗闇が支配していく中で、食蜂操祈はとある屋上のフェンスにもたれかかっていた。

かつて彼に連れてこられたこの場所は相変わらず立ち入り禁止のままで、考え事をするにはちょうどいい。

操祈が腕を軽く組んでコンクリートの足下を見つめ続けていると、やがてコツコツと誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

でも、顔を上げてやる気はない。こんな立ち入り禁止の屋上に訪れた人物が誰かなんて、すでにわかりきっているのだから。

そうして無視を決め込んだ操祈の正面にゆっくりと歩いて来ると、その人物はピタリと足を止めた。

 

 

「で、もう気は済んだのかよ?」

「……さあねぇ」

 

 

そう突き放すように返事をして、瞳を閉じる。

もう、操祈に話したいことなんてない。彼が何をしに目の前に現れたのかは知らないが、気に障るようなことを言ったら再び【空間移動(テレポート)】の能力者を操作して攻撃してやろう。

このタイミングで攻撃を行っていないのも、単なる操祈の気まぐれにすぎないのだし。

 

 

「なぁ、もう一度だけ話をしてもいいか?」

「……別にぃ、勝手にすればぁー」

「……ちゃんとこっちを向いてくれって」

「イヤ」

 

 

彼は軽く溜め息をついて、さらに操祈に近づいてくる。

手を伸ばさなくても触れられるような距離。そこまで来た彼は屋上のフェンスに片手をつけると、操祈の耳元で囁くように言葉を続けてきた。

 

 

「操祈は本当に優しいよなぁ」

「な、なによぉ。いきなり近づかないでくれるかしらぁ」

 

 

耳をくすぐる感覚に動揺を隠せない。

彼はそんな操祈の姿を見て笑い、それがまた耳を震わせてくる。

 

 

「ごめん、ごめん。まぁ、なんか面白いからやめてあげないけど」

「……い、今の状況が全く理解できてないようねぇ?アナタはこれから私の支配力で」

「……それなんだけどさ」

 

 

こちらの話を途中で遮ると、彼は操祈の顎を持ち上げて無理やり目線を合わせてきた。

まるでキスをする寸前のようなシチュエーションに、操祈の頬は真っ赤に染まっていってしまう。

 

 

「俺に【心理掌握(メンタルアウト)】を使いたくないんだろ?操祈は」

「……ッ」

 

 

操祈は図星を突かれて視線を逸らそうとしたが、顎を固定する彼がそれを許してはくれなかった。

 

そもそも彼に精神操作をしたいだけなら、あんな宣戦布告みたいな真似をして交戦する必要などないのだ。

就寝しているタイミングを見計らって室内に【空間移動(テレポート)】で侵入するだとか、もっと他に効率的な手段はいくらでもある。

 

それなら、どうして操祈はその方法を取らなかったのか。

 

 

「『自分の能力に頼らずに振り向かせたい』ってところか。乙女心ってヤツは複雑だよなぁ」

「な、なんのコトよぉ」

「いや、そんな恥ずかしがらなくてもいいよ。俺は操祈のそういうところ、本当に凄いと思ってるから」

「……そんな口先だけの発言力でぇ、今さら私を騙せるとでも思ってるのかしらぁー」

「あのさ、そうやってお前が聞く耳を持たないから話が平行線になるんだろ」

「ぜーんぶ永聖が悪いんでしょぉ。私は本気で怒ってるのよ」

「……もういいや。そんな操祈ちゃんはお仕置きだな」

 

 

彼は冗談のようにそう言うと、不意討ちで唇を重ねてきた。

突然始まった恋人同士のような行為。それに驚きと僅かな喜びを感じてしまうが、そんな展開で有耶無耶にさせるつもりはない。

 

操祈は彼を腕で押しのけて抵抗しようとして。

 

 

 

「大人しくしてろ。操祈」

「……んっ、うん」

 

 

 

まぁ、もうちょっとだけなら。

 

結局、それから操祈は、彼と舌を絡ませるような深い接吻まで交わすことになって。

 

ふと気がつけば、周囲はすっかり夜になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい夢中になりすぎて、時刻は完全な夜へと移り変わっていた。

ここから見える学園都市の夜の街並みは科学的な光で満たされているが、夜景としては嫌いじゃない。もっとも、久遠は学園都市以外の夜景なんて知識として知っているだけなのだが。

 

久遠は腕の中ですっかり従順になった操祈に、優しい声色で語りかけた。

 

 

「で、俺の話を聞く気になった?」

「……最低ねぇ。私みたいな可憐な美少女に対してぇ」

「最後らへんは操祈の方が夢中になってた気がするけど」

「……さぁ、全く記憶にないわぁ。それにぃー、こういう時は男の子が全面的に悪いんだゾ☆」

「はいはい。わかったよ」

 

 

身体に抱きついてくる操祈の小さな背中を撫でながら、ゆっくりと久遠は会話を続けていく。

『絶対能力進化計画』のことは詳しく説明せずに、御坂と協力関係だったこと。そして、二人でとある外道な研究施設を襲撃していたこと。

最初は要点のみを話すつもりだったが、いざ話し出すとそれなりに長い話になってしまった。

 

 

「って感じかな。これで納得してくれたか?」

「……そんなの信じられないって言ったらぁ?」

「その場合は残念だけど、引き続きお仕置きをするしかないかな。操祈が完全に従順になるまで」

「……ふふっ。ならぁ、とーぜん信じてあげないわねぇ」

「それなら仕方ないな。場所を移動するぞ」

 

 

イタズラっぽく微笑んできた操祈を両腕で抱き抱えて、そのまま空を歩いて移動していく。

ここから近いのは、確かあっちの方向だったかな。などと考えながら。

 

 

「え、えっとぉ。どこに向かってるのかしらぁ?」

「……行けばわかるよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさぁい。キスするだけなら別に移動する必要力は」

「いいや。操祈が悪い子だから、お仕置きもランクアップしたんだよ」

「……は、はぁッ?わ、私に何をするつもりなのよぉっ」

「俺が口で言っても信じてくれないんだろうし、今度は別の方向でアプローチしようと思うんだ」

「わ、わかったわぁ。さっきの話を信じればいいんでしょぉ?それで話はっ」

「ダメだね。どっちにしろ今日はずっと操祈に振り回されたんだから、その責任はキッチリとって貰わないと」

 

 

操祈もどこに向かっているのかは察しているらしく。顔を真っ赤にしながらジタバタと抵抗してくるが、その内に大人しくなるだろう。

久遠は操祈の言葉に適当に返事をしながら、星の見えない夜空をぼんやりと眺める。

 

そうやって夜空を眺めていると、ついついセンチメンタルな考えが脳裏をよぎってしまって。久遠は胸に湧き出たその感情を、そのまま言葉に変えることにした。

 

 

 

「……人はどうして、言葉でわかりあうことができないんだろう」

 

 

 

言葉はそのために存在しているはずなのに。

やるせない気持ちになりながら、無垢な少年は遠い夜空を見上げ続けるのであった。

 

 

 

「え、永聖っ。ちょっとぉ、わ、私の話を聞きなさいよぉ」

 

 




『妹達』が原作と比べて多く生存しているのは、オリ主がいる影響で『250年法』に原作よりも時間を使った為に『絶対能力進化計画』の開始時期が遅れているからという設定です。
これは原作で御坂とワッペンを取り合った9982号が生存している世界であって欲しいという自分のエゴなんですが。


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第22話

 

幸せな夢を見ていた。

 

数えきれないほどの美女達を侍らせて、豪奢な玉座に悠々と君臨する。久遠にとっての理想の夢を。

 

久遠がすがりついて甘えてくる美女の頭を撫でていると、周囲を取り囲んでいた美女達の輪の中から、こちらに歩み寄ってくる人物がいることに気がついた。

 

その人物は見覚えがあるような、ないような。

 

ゆったりとした足取りで歩いてくる彼女の姿を見ながら考えてみるが、思考は上手くまとまらない。

どこかで出会ったことは間違いないのだが、これが夢の中だからだろうか。どうしても思い出すことができないのだ。

 

でも、まぁいいか。

 

何故なら彼女もまた、とびっきりの美女だから。今はこの夢を全力でエンジョイするだけでいい。久遠は彼女に手招きをして、こちらに来るように意思表示をしてみることにした。

素直に頷いた彼女はこちらに歩いてきて、その豊満な身体を大胆に押しつけてくる。そして久遠の耳元に口を寄せると、妖艶な声でささやいてきた。

 

 

 

『ぶ、ち、こ、ろ、し、か、く、て、い、ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、うわァァァーーーーーッ!!」

 

 

八月二十九日の朝。夏休み終了まで残り二日。

久遠は自宅マンションの寝室にて、大声で叫びながら目を覚ますことになってしまった。ベッドから慌てて起き上がった身体にダラダラと冷たい汗が流れていくのを感じる。

 

 

「……は、はははっ。なんだよ、夢か」

 

 

久遠は憔悴しきった声で呟いて、渇いた笑いをこぼす。

 

それにしても、おぞましい悪夢だった。

 

たくさんの美女達に囲まれて気が緩んでいたのもあるが、何よりも登場した人物が予想外すぎる。

御坂と組んで施設襲撃していた時に敵対した超能力者(レベル5)。【第五位】の【原子崩し(メルトダウナー)】麦野沈利。

確かに彼女と久遠は殺し合いをした仲だが、それはもう過ぎ去った過去のことなのだ。竹を割ったような性格の二人に遺恨など残っているはずもないのに。

 

まぁ、麦野は生死不明で、久遠はできれば死んでいて欲しいと願ってはいるのだが。

 

彼女の悪魔のような形相を思い出してしまい嫌気がさしてくるが、そんな気分を切り替えるように短く息を吐く。

そうしていると、寝室の外からドタバタと誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

寝室のドアを勢いよく開け放ってきた少女。弓箭猟虎が心配した様子でベッドに駆け寄ってくる。

久遠は手をヒラヒラと振ることで、彼女に問題ないと示すことにした。

 

 

「大丈夫。ちょっと悪い夢を見ちゃったんだ」

「そ、そうですか。なんだか凄い叫び声でしたけど」

 

 

戸惑ったような表情を浮かべた弓箭を眺めていると、ドアの向こう側から食欲を刺激する香りが漂ってきていることに気がつく。

これはおそらく、味噌汁か何かの匂いだろうか。久遠は自炊なんて一度もしたことはないが、確か調理器具はキッチンに一通り揃っていたはずだ。

 

 

「……何か作ってくれたのか?」

「あ、はい。簡単な物なのですが」

「へぇ、弓箭って料理できたんだな」

 

 

久遠は欠伸を噛み殺して、ベッドから降りて立ち上がる。

そのまま弓箭の横を通りすぎて部屋から出ようとするが、何故か彼女は棒立ちのままで着いてこなかった。

 

 

「どうした?早く行こうよ」

「……えっと、あの」

 

 

弓箭は頬を染めて、こちらをチラチラと窺いながら言葉を続ける。

 

 

「あの、な、名前で呼んで欲しいです」

 

 

それを言い終わると、彼女はギュッと目を閉じて黙り込んでしまう。あれから弓箭とは何度か共に夜を過ごしたが、思い返してみると情事の時くらいしか名前を呼んでいなかったかもしれない。別に呼び方にこだわりがあるわけでもないし、それくらいは構わないが。

 

 

「わかった。これからはちゃんと猟虎って呼ぶよ」

「……はいっ」

 

 

久遠がそう言って片手を差し出すと、猟虎はゆっくりと指を絡めてくる。

そして二人はリビングへ辿り着き、久遠はテーブルに並べられた朝食を見て驚嘆の声を上げた。

 

 

「へー。これで簡単な物なのか」

「わたくしは寮で普段から自炊していますから」

 

 

白米と味噌汁。目玉焼きにベーコン、そして焼き魚など。

自炊をしている者達からしたら当然の水準なのかもしれないが、料理スキルを一切持ち合わせていない久遠にとっては称賛に値する品揃えと言えた。

久遠がガツガツと朝食をかっこんでいると、こちらをじっと見つめ続けていた猟虎が声をかけてくる。

 

 

「あの、今日は何かご予定はありますか?」

「……いや、ないけど」

 

 

久遠は若干の間を空けて、歯切れの悪い返事をした。

別に本日の予定は決まってないのだが、近頃はずっとこんな感じで堕落した日々を過ごしてしまっているからだ。

久遠が操祈と仲直りした日。あれから操祈にケンカしていた期間の埋め合わせをするように命令された久遠は、ひたすらデート漬けの日々を送ることになっている。

さらに予定が空いた日があればこうして弓箭が誘ってくるので、久遠は自由な時間が全く確保できない状態なのであった。

 

馬場にリストを作成して貰った『案内人』候補の【空間移動(テレポーター)】達。

まだ仲介役の少女の監視も続いてることだし、どうせ本格的な捜索はできないから良しとしよう。そんな風に考えられたのは最初の内だけで、夏休みの終了が迫った本日こそは真面目に『案内人』を調査しなければならないのだ。

 

 

「……ダメですか?」

「あー。悪いんだけど」

 

 

やや躊躇いながらも断ると、猟虎はしょんぼりとした表情でうつむいてしまった。

彼女には悪いと思うが、これは仕方のないこと。今の久遠は遊んでばかりはいられないのだから。

 

 

「……あぅぅ、せっかくコレを用意してきたんですけど」

 

 

そう言いつつ、猟虎はカバンから衣服らしき物を取り出す。

久遠が気になってチラリと目線を向けると、取り出されたのは猟虎の所属する枝垂桜学園の学生服だった。

こちらが制服に反応したことを嫌らしく笑いながら、猟虎は熱っぽい声音で言葉を続けてくる。

 

 

「ふふっ。確か、『次は制服を着せたまま可愛がってやる』って言ってましたよね?」

「よし。さっそく寝室に行こうか」

 

 

久遠は一瞬で手のひらを返すと朝食の残りを胃に流し込み、猟虎の腕を掴んで立ち上がらせる。自分から誘ってきたのに恥ずかしがっているのか、猟虎は片手を頬に当てて恍惚としているようだった。

そして寝室へと引き返して行く久遠の脳裏に、ふと一つの疑問が浮かんでくる。

 

どうして猟虎はここにいるのだろうか。

 

昨日は操祈と一日中デートしたあとで『学舎の園』まで送り、一人で自宅まで帰ってきたはずだ。そして、このマンションの鍵は電子キーのオートロック式である。

ならば、どうやって彼女は部屋に侵入することができたのか。

何かをぶつぶつと呟いている猟虎へチラリと視線を向けるが、なんだか怖くなってきて目をそらす。

 

これは今年の夏に久遠が体験した、本当にあった怖い話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるデパートの清掃用具室。

そこの従業員達にすらそう思われているその部屋は、実は人間の精神的な死角を利用した隠し部屋であった。

そこを悪用して商売しているのは学園都市の闇の住人。人材派遣(マネジメント)と呼ばれている紹介屋の男。

 

 

「も、もういいだろ?や、約束通り、これで全部だ」

「……へぇ、かなり面白いことになってるじゃない」

 

 

現在、人材派遣の男は自らの拠点とも言える場所で床に頭を擦りつけて、必死に懇願するはめになっていた。

彼が懇願している相手は、カウンターに足を組んで座り情報端末を眺める少女。暗部組織【アイテム】のリーダー、麦野沈利。

麦野は身体のいたるところに学園都市製の医療ギプスが装着されており、まるでサイボーグのような外見に変わってしまっている。

 

 

「で、最も重要なのはアイツの目的だけど、『絶対能力進化計画』を妨害するに至った『何か』。ま、これは考えるまでもないかしらね」

 

 

人材派遣の男を視界にすら入れず、麦野は嗜虐的な笑みを浮かべた。

超電磁砲(レールガン)】のクローン人間である『妹達』。

歪曲時計(ワールドクロック)】が【一方通行(アクセラレータ)】と交戦したことで実験から解放されたという彼女達は、今はどこかの機関に匿われているらしい。

 

 

「ふふっ。これがアナタの大切な物なのかにゃーん?」

 

 

情報端末の画面を指の腹で優しく撫でながら、麦野は笑みを深めていく。彼女の指先に表示されているのは、とある人物の顔写真。

超能力者(レベル5)の【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】。

麦野が撒き散らす尋常ではない殺気にあてられたのか、ついに堪えきれなくなった人材派遣の男が命乞いを始める。

 

 

「な、なぁ、頼むよ。な、なんなら、これからも協力するぜ」

「……あぁん?」

「そ、そいつを殺るつもりなんだろ?さっきみたいに俺が情報屋の連中に依頼すれば」

 

 

必死に紡がれていた彼の言葉は、麦野に途中で遮られてしまった。

人材派遣の男の身体は力を失い、糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちる。

原子崩し(メルトダウナー)】で頭部を消し飛ばされた無力な弱者に、麦野は抑揚のない声色で告げた。

 

 

「……許可なくペラペラと喋ってんじゃねえぞ。無能力者」

 

 

そいつ処分しといて。麦野は下部組織の構成員にそう命令すると、出口に向かって歩きだす。

先ほど人間を殺害したばかりの人物とは思えないほど自然な仕草で髪をかきあげて、麦野は愉しそうに呟いた。

 

 

「さぁて、この屈辱はちゃーんと兆倍にして返すからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アイテム】が拠点の一つにしている高層ビルの一室。その部屋は年間契約で貸し切りにされているVIP御用達の高級サロン。

チームに復帰してきた麦野にさっそく呼び出された絹旗とフレンダの両名。彼女達は現在、お互いに視線を交わしてアイコンタクトをとっているところだった。

 

ソファーに座る二人が無言で押しつけ合っているのは、あきらかに様子がおかしい麦野に声をかける役目。

 

入院中の麦野は縄張りを荒らされたボスゴリラのように怒り狂っていたのだが、何故か退院してきた彼女は機嫌のいい時にしか目にすることができない優しい姉のような雰囲気に変わっていたのだ。

 

でも結局、これはこれで不気味な訳で。しかし、下手に刺激を与えてしまえば制裁という名の暴力が襲いかかってくる可能性もある。

フレンダが一歩も譲らずに絹旗を睨みつけていると、ようやくあちら側が折れてくれたらしい。

絹旗は深いため息をつくと、いつもの淡々とした口調で話を切り出した。

 

 

「……麦野」

「んー、何かしら?ちょっと忙しいから手短にね」

 

 

麦野は手元の情報端末から目線を外さずに返事をしてきた。

あの情報端末は麦野がここに来た時から持っていたが、どうも普段使っている物とはデザインが異なるような気がする。

 

 

「少し聞きたいことがあるんですが、超構いませんか?」

「えぇ、いいわよー。で、なに?」

「フレンダが例のフード男の能力について超気になることがあると言っていましたので」

「……あぁ?」

「ひ、ひぃぃッ」

 

 

いきなり絹旗からのキラーパスが飛んできて、自然と喉の奥から悲鳴が漏れでてしまった。

一転して鬼のような形相に豹変した麦野。彼女に殺気を向けられたフレンダは自分の肩を抱きかかえ、歯をガチガチと鳴らせながら必死に弁明をするはめになる。

 

 

「ち、ちがッ、わ、私はそんなこと言ってないって訳っ!!」

「……チッ。めんどくせぇが、一応は説明が必要か」

 

 

それを無視した麦野は豹変した態度のままで、あの任務中に判明したことを忌々しそうに語っていく。

例の襲撃者達の正体。あの二人は麦野と同格に位置づけられた超能力者(レベル5)であったらしい。

 

フレンダ達と最初に遭遇した方が、【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】。

あとになってから乱入してきた方は、【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)】。

 

フレンダはこの時点で嫌な予感が止まらないのだが、まさか麦野はあの二人に復讐でもするつもりなのだろうか。

麦野沈利が身に宿した能力。【原子崩し(メルトダウナー)】の凶悪さについては十分すぎるほど理解しているものの、今回は序列が格上の二人組が相手だ。流石の麦野でも簡単には行かないはずである。

 

だが、現在進行形でブチギレている麦野に意見などしようものなら即座に消し炭にされてしまうのは必然。

 

それなら、どうすればいいのか。フレンダが頭を抱え込んでいる間に、ようやく麦野の怒りは落ち着いてきたようだった。

 

 

「それにしても笑っちゃうわよねぇ。こっちの超能力者(レベル5)は私一人だってのに、あっちは仲良く徒党を組んでるなんて」

「む、麦野の言う通りって訳よ」

 

 

こっちも【第三位】を四人がかりでボコボコにしたじゃん。そんな心の声を呑み込んで、フレンダはひきつった愛想笑いを浮かべる。

そして二人の会話が途切れると、話の途中から黙り込んでいた絹旗が会話に参加してきた。

 

 

「それで麦野。あの二人をどうするつもりなんですか?」

「とーぜんブチ殺し。すべてを奪った上で、ね」

 

 

何でもないことのように語られた殺害宣言。嫌になるほど予想通りの展開に、フレンダは恐る恐る麦野を宥めようと試みることにする。

 

 

「で、でも、あっちは二人組の超能力者(レベル5)な訳よね?結局、そんな卑怯者のことなんて忘れちゃった方が」

「フレンダは黙ってなさい。で、私はしばらく任務から外れるから、そっちはあなた達でなんとかしといてね」

「……いえ、私も滝壺さんが復帰するまでは超付き合います」

「ちょ、絹旗まで!?」

 

 

フレンダは信じられない者を見る目を向けるが、それをまっすぐに見つめ返す絹旗は真剣な表情で言葉を続けた。

 

 

「こうなった麦野は止まりませんよ。それなら手伝って超即行で終わらせた方が効率的ですので」

「お、終わらせるって言ったって、そんな簡単に行く訳ないじゃない」

「それはそうですが、私とフレンダの二人だけで任務を遂行していくのも簡単ではないかと。おそらく次の失敗は超許されないですし」

「……うっ」

 

 

前回【アイテム】に与えられた任務は、例の二人組の妨害によって失敗に終わってしまっている。そして何度も任務に失敗するような人間を使い続けるほど、学園都市の暗部は甘くはない。

麦野と滝壺は組織の要と言える人材だ。つまり絹旗は二人が欠けた状態で達成できる任務がいつまでも回ってくるとは限らないのだから、麦野を手伝って復帰を早めた方がマシだと言っているのだろう。

フレンダが言葉に詰まっていると、室内にパンパンと手を叩く音が響きわたった。

 

 

「勝手に話を進めないでくれるかしら?それに今は手伝って欲しいこともないしね」

「……ですが麦野」

「別に長期間任務から外れるつもりはないわ。ただ、情報収集くらいは一人で問題ないってだけよ」

 

 

そう言うと、麦野は操作していた情報端末をテーブルの上で反転して見せつけてくる。

液晶画面に表示されているのは何かの実験資料のようであり、フレンダが見える範囲だけでも見知らぬ単語が大量に羅列されていた。

 

 

「これが、あの二人が研究施設を襲撃してた理由。要約すると【第三位】のクローンを使った人体実験ね」

 

 

そして麦野は実験の概要から始まり、例の二人が襲撃するに至った経緯の推測、その後の実験の結末を語り始める。

フレンダはあまりの情報量の多さに頭がパンクしそうになるが、どうやら対面に座る絹旗は違ったようだった。

 

 

「では、約一万人の生き残った『妹達』。彼女達を超確保して人質にするということですか?」

「ぷっ、ふふっ。そうねぇ、それはそれで面白いかもしれないわね。一匹くらいはそうしてやろうかしら」

「はい?」

「だから、()()()()()()()()()()()()()のよ。これから一万匹のスライムを探してプチプチ潰して行くってこと」

 

 

そうやって話している内に興奮してきたのか、麦野は獲物を前にした肉食獸のような表情を浮かべていた。

彼女は何もない場所を見つめながら、ここには居ない誰かに向けて語りかける。

 

 

 

「アナタの大切な物は、ぜーんぶ私がブチ壊してあげる」

 

 



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第23話

 

屍喰部隊(スカベンジャー)】は学園都市の暗部組織の中でも、さほど重要視されていない組織である。

つけられた蔑称は暗部の二軍。そんな雑な扱いを受ける存在に明確な役割などあるはずもなく。彼女達は顔も知らない仲介役から与えられた下請け企業のような依頼をひたすら引き受けることしか許されていない。

 

先日の任務を失敗してからは更に扱いが悪化しており、近頃は暗部組織に依頼するような仕事なのかと疑問に思ってしまうほどの雑用に駆り出され続けていた。

 

本日の依頼は無事に完了。薬丸は同僚の構成員であるナルと清ヶと共に、次の目的地に向かってダラダラと移動しているところ。

 

 

「ふぅ、やっと終わったねー」

「……ナルが集合時間に遅れて来るのが悪いんでしょ」

「しょーがないじゃん。仲介役の指示がテキトーなんだからさぁ」

「ま、確かに。今回の依頼は突発すぎだよな」

 

 

つい先ほどまで、スキルアウト達が根城にしていた廃墟。

あそこを彼らに不法占拠されるのは、今回の依頼主にとって都合の悪いことであったらしい。

いくら武装しているとはいえ、所詮は無能力者の集団。その程度の相手に苦戦するほど【屍喰部隊】は弱くはないが、彼らは無駄に人数を揃えていたのだった。

 

 

「それにさー、こんな雑用にマジになるのってアホらしくない?」

「だな。草むしりみてーなのばっかりだしよー」

「文句ばっかり言わないでよ。あの時の任務でミスっちゃったんだから仕方ないじゃない」

「わかってるけどさぁ。ずーっとこんな調子じゃヤル気もなくなっちゃうって」

 

 

いつものファンシーな服装のナルが愚痴をこぼして、セーラー服姿の清ヶがそれに同意する。

そしてキャスケット帽をかぶった少女。薬丸はこうなった二人を宥めるのにすっかり慣れてしまっていた。

 

彼女達はその後も他愛ない雑談を続けるが、薄暗い路地裏に入ったところで会話を止める。

 

 

「三人ともご苦労様。あれから問題はなかったかな?」

 

 

電柱に寄り掛かって待機していたマスクを着けた少女。【屍喰部隊】のリーダーが声をかけてきた。

今回の任務は捜索系の能力者である彼女が遠方から指示を送り、それぞれ三人が逃げ道を潰していく作戦をとっていたのだ。

リーダーの能力は昼間には著しく性能が低下するので、こちらの動きが上手く把握できず不安にさせてしまったのかもしれない。

 

 

「問題ないぜ。むしろ余裕すぎて退屈だったくらいだ」

「そーだね。まぁ、これくらいは【屍喰部隊】のエースとしては当然っていうかぁ」

「……そうか。これでまたAランク復帰に近づけたな」

 

 

それを聞いたリーダーは安堵したような表情を浮かべると、少しだけ嬉しそうな声色で返事をした。

あの夜の任務を失敗したことで、降格処分を受けることになった【屍喰部隊】。彼女達はもう一つの施設を防衛していた組織の足を引っ張ってしまったことも重なり、それなりに厳しいペナルティが課せられている。

仲介役が言うには雀の涙のような報酬しか得られない依頼を何度もこなすことで、ようやく元のランクに戻してくれるのだとか。

 

 

「で、これからどーすんだ?」

「とりあえず拠点に戻ろう。任務の報告が終わったらミーティングをしたいんだ」

「えぇー、ミーティングなんて必要ないって。今回もボクの大活躍で楽勝だったじゃんか」

「ほら、いいから行くわよ」

 

 

アンタの意見はさほど役にたたないだろうけど。薬丸はそう思いながらナルの背中を押す。

そして合流した四人は再び路地裏を歩いて移動していたのだが、明るい場所に出たところで突如として女性の叫び声が響きわたってきた。

 

 

「ちぇいさーっ!!」

 

 

それに続いてズドンという轟音。普通の日常生活ではあり得ない音につられてそちらの方角を見ると、そこでは異様な光景が広がっていた。

 

 

「やるなぁ。こんな裏技があったなんて知らなかったよ」

「ふふん。でしょ?なんかジュース固定してるバネが緩んでるみたいでさ、特定の場所に衝撃を加えると落ちてきちゃうのよね」

「へぇ。学園都市の自販機なのに随分とお粗末な欠陥だな」

「こんなボロっちいのなんて外部から持ってきた型落ちでしょ」

「それもそうか」

 

 

飲料水の自動販売機の前で楽しげに談笑している二人の男女。

自販機荒らしらしき二人は取り出し口に手を突っ込んで盗品のジュースを物色しているようであった。

 

このような軽犯罪は学園都市においてそれほど珍しい出来事ではない。これは公然の秘密なのだが、学生の街であるこの都市はあまり治安がよろしくないのだ。

不良グループであるスキルアウトが引き起こす犯罪行為や、超能力を悪用した能力犯罪など。その程度の事件は学園都市では日常茶飯事だったりする。

 

薬丸が驚いた理由は自販機荒らしの服装が普通ではなかったから。

常盤台中学と長点上機学園。学園都市でも五本の指に入ると名高い名門校の学生服を着ている二人は、威風堂々とした仕草で盗品を持ち去っていく。

 

 

「……なんなのよ、アイツら」

 

 

薬丸が無意識の内に呟くと、隣にいた清ヶとナルが同調するような声を上げてきた。

 

 

「アレって確か常盤台と長点上機の制服だったよな。あんなアウトローな感じのヤツもいるのか」

「ほっときなよ。いい子ちゃんの優等生に紛れてるようなヤツらなんてさ」

「……ナルにしてはまともなこと言うわね」

 

 

確かに下手に関わらない方が賢明だろう。見たところ警報装置の類は作動していないようだったが、もし誰かが警備員に通報していたら近場にいるだけで面倒なことになる。

さっさとこの場を離れるべきだ。薬丸達はそう判断して移動を再開するが、リーダーが自販機荒らしの二人に視線を向けたまま棒立ちになっていることに気がついた。

 

 

「リーダー、どうかしたの?」

「……いや、何でもない。おそらく僕の勘違いだろう」

 

 

これは、しばらくあとの話になるのだが。

【屍喰部隊】の構成員はとある事情で超能力者(レベル5)達の顔を把握することになり、この時の自販機荒らしの正体を知ることになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期が始まってから三日目。

久遠は学校帰りに、とある少女と予期せぬ対面をすることになっていた。何故か彼女は得意げな表情を浮かべていて、こちらに人差し指を突きつけてきている。

現在の場所は長点上機学園の校門前。下校する生徒達が遠巻きに眺めている中で、常盤台中学の制服に身を包んだ少女は恥ずかしがる素振りもなく口火を切った。

 

 

「いたいた。いやがったわねアンタっ!!」

「……あのさぁ」

 

 

少女の名前は御坂美琴。ここは本来なら長点上機の学生しか存在しない空間であるため、彼女は非常に悪目立ちしてしまっている。

自覚があるのか、それともないのか。

久遠は深いため息をついて、世間知らずのお嬢様に一般常識を教えて差し上げることにした。

 

 

「お前は携帯電話っていう文明の利器を知らないのか?」

「あん?アンタが逃げないようにわざわざ出向いてやっただけよ」

「……そうか。で、何しに来たんだよ?」

 

 

しかし会話が成立しなかったので、久遠は諦めて用件を尋ねることにする。

なにやら妙なテンションになっている御坂は腰に両手を当てて、大きな声で言い放った。

 

 

「アンタにはキッチリ責任を取って貰うわよっ!!」

 

 

久遠が予想外すぎる発言に硬直していると、二人を遠巻きに眺めていたギャラリー達がひそひそと内緒話を始めていく。

 

 

「……ねぇ、今の聞いてた?まさかとは思うけど」

 

「……あの子って常盤台の【超電磁砲(レールガン)】だよな?」

 

「……『久遠は知り合った美少女全員と交際する』。あの信じられない噂は本当だったのか」

 

「……責任って言ってたわよね。しかも、逃げないようにここまで来たって」

 

 

一瞬の内に拡散されていく根も葉もない噂話。

久遠は無表情で御坂の肩に手を置いて。

 

 

「……ぶっ殺すぞ」

 

 

無実の少年はドス黒い殺意を撒き散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず別の場所へ移動することになった二人。

ようやく御坂は自分の発言がどんな誤解を招いたのかに理解が及んだらしい。顔を真っ赤に染めた彼女はお詫びとしてジュースを奢ると言いだして、何故か通りがかりの自販機に凄まじい勢いの蹴りを放ったのだった。

久遠の聞き間違いでなければこの裏技は『常盤台中学内伝』のものだそうだが、常盤台のお嬢様の中には御坂みたいな荒くれ者が他にも多数在籍しているということなのだろうか。

『学舎の園』のお嬢様学校。栄光の常盤台中学の光と闇。久遠がそんなことを考えていると、噴水広場のベンチに座っている御坂が仕切り直すように咳払いをしてきた。

 

 

「で、今日はアンタに言ってやらないと気が済まないコトがあんのよ」

「……ふぅん」

「なによっ、その気の抜けた返事はっ!!」

「わかったって、ちゃんと聞くから話を進めてくれよ」

 

 

問い詰めるような口調の御坂に対して、久遠は極限まで脱力した口調で対応する。

久遠の記憶では御坂と会うのは結構久しぶりのはずなのだが、彼女と会っていない間に何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

何か心当たりがないかと思い返してみたが、久遠の行動や言動に問題などあろうはずもない。

 

 

「まずは、私が夏休みに連絡したのは忘れてないわよね?」

「……『ちょっとツラ貸しなさい』って件名のヤツ?」

「それそれ。アンタがそれに返信しなかった理由をキリキリ説明しなさいっ!!」

「なんだ、俺に無視されて怒ってるのかよ。御坂も意外と可愛いとこあるんだな」

 

 

久遠に揶揄された御坂は再び頬を紅潮させるが、どうやら彼女の怒りはまだ収まらないらしい。

 

 

「ち、違うわよっ!!それに私は無視した理由を聞いてんのっ!!」

「いや、俺も色々と忙しくてさぁ。これはあまり知られていないけど、実はモテすぎるのも大変なんだよ」

 

 

女の子にモテすぎるが故の苦悩。こればかりはモテない者達にはわからないだろうが、モテることによる弊害だって当然のように存在するのだ。

というか、今も嫉妬に狂った女の子に絡まれている訳だから現在進行形と言えるのかもしれない。

 

 

「別に御坂を蔑ろにするつもりはないんだ。でも、これだけはわかって欲しい」

 

 

久遠は手に持っていたジュースの缶をベンチに置いて、御坂の顔を正面から見つめる。

戸惑ったような表情で見つめ返してきた彼女に向けて、久遠は自然な笑顔で語りかけた。

 

 

 

「俺が誰よりもモテモテなイケメンだってことをさ」

「ふ、ざ、け、ん、な、ァーーーッ!!」

 

 

 

この世界は広いし、色んな特技を持った人がいる。それは理解しているが、ただの叫び声で『未来』からの警告を発動させるような人類は御坂だけであって欲しい。久遠はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野獣のように吠え猛る御坂を宥めること数十分。

やっと静かになった彼女はジュースで喉を潤すと、再び一転して久遠を糾弾し始めた。

御坂の言い分をざっくりと聞き流したところによると、彼女は久遠の『妹達』への対応に酷く不満があるらしい。

 

 

「基本的にアンタの発言はデリカシーに欠けてんのよ。女の子の身体的特徴を比較するなんて最低なんだから。って、アンタちゃんと聞いてんのっ!?」

「……あぁ、聞こえてるよ」

「それなら返事くらいしなさいよね。で、さっきも言ったけど成長期の胸囲に優劣なんてものは存在しないの。現時点で語るのはナンセンスだってコトくらいはアンタにもわかるでしょ?」

「……でもさぁ」

「そもそも、あんな駄肉の塊がなんだっていうのよ。たかが胸が大きいだけで調子に乗ってるヤツらは滑稽っていうか」

「……でもさ、御坂」

「なによ?なんか文句あるわけ?」

 

 

一切の口答えは許さない。そんな鋼の意思が込められた瞳から逃げるように視線を逸らして、久遠は静かに本音を呟いた。

 

 

「……でも、胸が大きい方が揉んだとき気持ちいいだろ?」

 

 

パチリと何かが弾けるような音が鳴り響く。

御坂の怒りに呼応した【超電磁砲(レールガン)】から、裸眼で目視できる規模の電撃が迸っているようだった。

彼女は顔をうつむかせて、不気味なほどに抑揚のない声で語りだす。

 

 

「……へぇ。これだけ言ってもわからないなんてね」

「いや、御坂の言い分はわかったけどさ。やっぱり俺は」

「アンタはもう黙ってなさい。こうなったら徹底的にわからせてやるわ」

 

 

そして御坂はゆらりと立ち上がると、電撃を帯びた指をこちらに向けた。

 

 

「……なぁ、まさかこれって戦闘する流れなのか?」

 

 

問いを投げられた御坂は決意を固めたような表情で、これは明らかに戦闘態勢に入っているような気がするのだが。

いや、暗部に所属する久遠ならともかく、御坂は表側の住人。無関係な一般人がいる場所での戦闘は避けるはず。

 

ただのハッタリ。久遠はそう結論づけて。

 

質問の回答として雷撃の槍が襲いかかってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疲れきった表情を浮かべた女性の警備員。

「広場のど真ん中で高位能力者が痴話喧嘩してる」。そんな通報を受けた黄泉川愛穂は即座に現場に向かったのだが、件の高位能力者は誠に残念ながら黄泉川の知り合いだったのだ。

 

今も険悪な雰囲気で睨み合っている少年と少女。

久遠と御坂はこちらの指導など聞いてはいないようで、下手に刺激を与えたら再び戦闘を開始しかねない様子である。

それを確認した黄泉川は目頭を押さえ、二人の問題児に問いかけることにした。

 

 

「……で、今回の騒動は何が原因じゃんよ?」

「こいつがいきなり豹変して暴れだしたんだ。違法薬物の反応がないか検査した方がいい」

「アンタが悪いんでしょーがぁッ!!」

「はぁ?俺は何もしてないだろ。責任転嫁はやめてくれ」

 

 

またしても二人はケンカ腰になっていく。

当然だが、警備員としてそれを見過ごすことはできない。黄泉川は両者を抑えるように手のひらを向けて、教育指導を再開する。

 

 

「幸い周囲の人達に被害はなかったけど、君たち超能力者(レベル5)が好き勝手に暴れてたら、いずれ取り返しのつかないことが起こりかねないじゃんよ」

「……御坂、この女の言う通りだぜ」

「自分は無関係みたいに言ってんじゃないわよっ!!」

 

 

これからは高位能力者としての自覚を持って、みんなの手本となるような生活を心がけて欲しい。黄泉川はそんな風に言葉を続ける予定だったのだが、彼らの態度を見るに言うだけ無駄になりそうだった。

 

つい最近、紆余曲折あって黄泉川の自宅マンションに居候することになった少年がそうであるように、どうやら超能力者(レベル5)の能力者というのは癖者揃いであるらしい。

あれから黄泉川は例の事件の裏側。つまり『絶対能力進化計画』の存在について把握することができていた。

そんな非合法の実験を中止に追い込んだ二人。彼らは黄泉川を無視して、飽きもせずに口喧嘩を続けている。

 

 

「……ほら、イチャついてないで解散するじゃん。その続きは他の人に迷惑がかからない場所でやるじゃんよ」

 

 

やがて黄泉川は最後まで指導するのを諦めて、二人の痴話喧嘩を終わらせることに決めた。

学園都市の警備員は教職と掛け持ちであるため、黄泉川は非常に多忙なのである。いくら相手が超能力者(レベル5)だとしても痴話喧嘩に付き合ってやるほど暇ではない。

 

 

「い、イチャついてなんかないですっ!!」

「……俺は無抵抗で攻撃されてただけなのに」

 

 

頬を赤く染めながら反論する御坂と、しかめっ面で納得できないように呟く久遠。

黄泉川は二人の対照的な反応に笑い、その場をあとにする。そして近くに駐車していた車両に乗り込むと、優しい雰囲気で独り言を呟いた。

 

 

「ま、二人とも仲が良さそうで何よりじゃん」

 

 

『絶対能力進化計画』。

そんな学園都市の闇に囚われてしまった生徒達。しかし、こちらの二人は特に心配する必要はなさそうであった。

 

やはり黄泉川がやるべきことは。

 

 

「【一方通行(アクセラレータ)】と【打ち止め(ラストオーダー)】。こっちも仲は悪くないんだけど、抱えてる事情が複雑すぎるじゃんよ」

 

 

実験の加害者側である少年と、被害者側のクローンとして生み出された少女。

自宅マンションで待っているはずの同居人を思い出して、黄泉川はさらに笑みを深めた。

 

 




かなり更新が遅れました。次話でこの章は終わりです。

素人が何言ってんだと思われそうですが、前回の話から若干スランプ気味です。
次話投稿の前に前回の話を手直しする予定。話の内容は変わらないですが前半の地の文がなんか変に感じたので。


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第24話

 

とある学校の空き教室に用意された、臨時の会議室。

 

そこに集められた面々は会議を進行することを放棄し、ただひたすらに沈黙を続けていた。

その原因となっているのは、先ほど進行役がホワイトボードに貼りつけた『とある八人』の個人情報。

彼らが通常であれば入手困難なそれを用意することができたのは、この会議の議題が他ならぬ学園都市の上層部によって提案されたからであった。

 

 

「……本当に、例の案が通ってしまったんですか?」

 

 

やがて沈黙に耐えられなくなったのか、会議の参加者の一人が覇気のない声で呟いた。

できれば嘘であって欲しい。他の参加者たちは揃ってそう願うが、この会議の議長によって即座に肯定されてしまう。

 

 

「わかってないんだ。上層部の連中は」

 

 

これから自分たちに待ち受ける運命を嘆くかのように、別の参加者の一人が吐き捨てる。自ら言葉にしたことで感情が昂ぶってきてしまったのか、彼は続けて机に拳を叩きつけ怒鳴り散らした。

 

 

「アイツらはッ、隠しても隠しきれない、人格破綻者の集まりなんだぞッ!!」

 

 

怒りを爆発させる者と、どこか諦めたような雰囲気の参加者たち。

そんな光景を見ながらも、会議の議長はあくまで事務的に発言をする。

 

 

「……やめるんだ。『方針』が決まった以上は、我々はそれに従うしかない」

 

 

それが我々に課せられた任務なのだから。

そう続いた議長の言葉に口を挟める者はいない。沈黙していた会議の参加者たちは、次第に覚悟を決めたような表情に変化していった。

 

彼らは学園都市の最大イベントの一つ、大覇星祭の実行委員会。

そして上層部から彼らに与えられた任務は、全世界に配信される大覇星祭の選手宣誓を学園都市トップクラスの能力者に行ってもらうこと。

 

つまりそれは。

 

 

超能力者(レベル5)に選手宣誓を依頼するということ。

 

 

会議室で実行委員会の面々はそれぞれ自身の記憶を思い返していた。

学園都市が誇る超能力者(レベル5)たちの、とても信じたくない異常な『噂』の数々を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在の時刻は放課後。

久遠は担任の教師に、長点上機学園の応接室に呼び出されているところであった。

迎えにきた女の子たちに聞いたところによると、久遠と話をしたいと言う人物が来訪しているのだとか。

 

かつて中学校をほとんど欠席していた。いや、籍を置いているだけだった久遠だが、意外にも長点上機学園には自ら望んで進学を希望している。

学校に行かない生活が暇で退屈だったことや、仲良くなった女の子たちと話を合わせるためという自分勝手極まりない理由だったのだが、それで学園都市唯一の時間操作能力を手放すほど長点上機学園の首脳陣は愚かではない。

一芸に特化した人材を集めるこの学園にとって、【歪曲時計(ワールドクロック)】は他校に渡したくない能力だったという訳だ。

 

そんなこんなで長点上機学園の生徒となった久遠だが、もとより真面目に学園生活を送るような性分でもないので、呼び出しなんて無視してさっさと帰宅する予定だった。

しかし、校内で久遠と仲良くしている女の子たちに迎えに行かせるという担任の悪辣な策略によって、誠に遺憾ながら応接室に向かう流れになってしまう。

周囲を取り囲んだ女の子たちに向かって、久遠は嫌そうな顔を隠すことなく話しかけた。

 

 

「……行きたくないなぁ」

「永聖にしか頼めない話らしいから。そんなこと言わないの」

 

 

年上の女の子に窘められ、久遠は曖昧に返事をする。

この年上の女の子は、何故かやたらと久遠を弟のように扱うのだ。

胸が大きくなくて、顔が可愛くなかったら絶対に従わないのに。そんなことを考えつつ、ダラダラと歩を進めていく。

 

 

「大覇星祭の実行委員の人だって言ってたし、きっと大事な話よ」

「えっと、能力の使用制限とかじゃないかな。永聖君の能力は周囲の被害も凄そうだし」

「さっすが超能力者(レベル5)ってカンジよね。わざわざ実行委員が会いに来るなんてさー」

 

 

こちらを無視して勝手に盛り上がる三人の女の子たちを眺めながら、久遠は思考に没頭することにした。

今日の夜には垣根と情報交換をする予定になっているし、現在の状況を整理しておく必要がある。

 

あれから継続している仲介役の監視のおかげで、久遠は完全に後手に回らされていた。

 

『窓のないビル』の案内人。

馬場が作成したリストの中で、久遠が最有力の候補者と考えていた結標淡希(むすじめあわき)は、こちらが接触する前に行方不明になってしまったらしい。

彼女が在籍している霧ヶ丘女学院の生徒から聞き出した情報によると、何の兆候もなく忽然と姿をくらませたのだとか。

空間移動(テレポート)】の能力者たちの中で最も能力強度が高そうだからという単純な推測ではあったのだが、こんな狙い澄ましたようなタイミングで失踪されては疑念を抱かずにはいられない。

やはり上層部の連中にはこちらの行動はすべて筒抜けなのだろうか。いや、それとも。

 

 

「永聖君、着いたよ」

「またボーっとして。なんか最近考え事多くない?」

 

 

どうやら思考中に、目的地まで辿り着いていたらしい。

相変わらず嫌そうな表情で応接室に入室しようとする久遠だったが、ドアに手を伸ばしたところで年上の女の子に呼び止められてしまった。

 

 

「永聖。お客様なんだから、ちゃんと身嗜みは整えないとダメよ」

「どうせ大した用件じゃないって。適当に終わらせるからさぁ」

 

 

そんな気を使うような相手ではないと主張するが、あえなく却下される。

制服のカッターシャツのボタンをほとんど使用することなく、黒色のシャツを大胆に見せつける久遠の格好は、彼女には到底認められないものであったらしい。

 

 

「……これで大丈夫かな。髪とかピアスで真面目には見えないけど」

「あはははっ。久遠がちゃんと制服着てるの初めてみたかも」

 

 

年上の女の子に無理やり身嗜みを整えられ、久遠はもはやどうでもよくなってきてしまう。

さっさと家に帰りたい。久遠はそんな心境で、応接室の扉をノックもせずに乱暴に開け放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長点上機学園の応接室。

学園都市でも屈指の名門校と名高いことから予想はしていたが、気品に満ちあふれた格調高い部屋に案内されてしまい、大覇星祭の実行委員はガチガチに緊張してしまっていた。

高級感漂わせるソファーに行儀よく座り、これから始まる任務を脳内でシミュレーションしていると、さきほど自己紹介をすませた長点上機学園の校長が朗らかに笑いながら話しかけてくる。

 

 

「そんなにかしこまる必要はない。彼は一見すると気性が荒そうに見えるかもしれないが、根は優しい子だからね」

「……そ、そうなんですか?」

 

 

うむ。と一つ頷いたあと、校長はもう一人の教員。【歪曲時計(ワールドクロック)】の担任の教師だという男に話を振った。

 

 

「それよりもだ。彼の呼び出しは上手くやれたのかね?」

「……はい。久遠の性格からいって間違いないかと」

「うむ、うむ。私としてはそちらの方が心配だったくらいだよ」

 

 

校長は再び朗らかに笑っていたが、突如として何かを思いだしたかのような表情を浮かべると、わざとらしいオーバーなリアクションで右の拳を左の手のひらに打ちつけた。

 

 

「おっと。そういえば、これから理事長と大覇星祭に向けた会議があるのだった!!」

「……校長?ま、まさかとは思いますが」

「すまないが、私は席を外さなければならなくなってしまった。彼を説得するのは一筋縄ではいかないだろうが、あとは君に任せるとしよう」

 

 

校長は担任の教師にそう告げると、ソファーから立ち上がり逃げるように出入口の扉に向かって歩いて行く。

しばらく呆然としていた担任の教師は慌てて校長に追いすがり、なにやら小声で抗議らしきことを言い始めた。

 

 

「ま、待ってください!!そもそも私は久遠に依頼するべきではないと言っていたのに、無理やり強行したのは校長じゃないですか!!」

「……来客の前でみっともない真似をするのはやめなさい。それに、この案件は上層部の意向でもある。結果はどうあれ依頼をしたという形式は作らなくてはならないんだ」

「し、しかし、どう考えても久遠が納得するとは思えな」

「やる前から諦めてどうするんだ!!君が担任なのだから、それくらい自分でなんとかしたまえ!!」

 

 

最初は小声で聞き取りづらかったが、どちらも段々と声が大きくなっていき、最終的には校長が怒鳴るような大声をあげた。

そんな二人のやりとりに、実行委員はこれから自分がどんな目にあうのかをなんとなく悟ってしまい、頭を抱えてふさぎ込んでいく。

 

そして数分後。

 

実行委員はくだらない用件で呼び出されたと知り激昂した久遠永聖の殺意と恫喝にさらされ、精神的なトラウマを負ってしまうことになる。

 

超能力者(レベル5)にまともなヤツなんていない。

 

臨時の会議室に戻ったあと、彼は議長にそんな事実だけを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来客のための施設が集まる第三学区のとあるエリア。

そこにあるビジネスホテルは学園都市で最大規模を誇るイベントである大覇星祭の期間中には予約でいっぱいになるのだが、なんの変哲もない平日は利用客もほとんどいないようで、きちんと経営が成り立っているのか心配になるほどの有り様であった。

それを哀れに思った久遠と垣根は、深刻な経営問題を抱えた三流ホテルを救済するために立ち上がり、今回の定期報告に利用してあげることになったという訳である。

 

二人はそれぞれ別々の部屋を予約して、隠蔽工作のためにあえてチェックインの時間をずらす。

そして久遠は先にチェックインする担当になったので、現在は携帯端末で暇潰しをしながら垣根の来訪を待っているところだった。

 

一般的なビジネスホテルといった感じのシンプルな室内でベッドに寝転がりながらダラダラとしていると、部屋の扉をノックもせずに開け放つ音が聞こえてくる。

自分の数時間前の行動を棚にあげて、久遠は咎めるような口調で言葉を放った。

 

 

「ノックくらいしろよ」

「時間の無駄だろ。部屋にお前が居るのはわかってんだ」

 

 

予定通りの時刻に現れたホストみたいな格好の男。垣根帝督。

久遠には人格破綻者の理屈は全く理解できなかったが、一般的に見て間違いなくこちらが正論であることは理解できた。

 

 

「ホントに常識がないよなぁ。そんなとこまで能力と一緒なのかよ」

「無駄話はあとにしろ。まずは情報交換からだ」

 

 

垣根にバッサリと話を切り捨てられてしまい、久遠は深いため息をついた。

何があったのかは知らないが、どうやら今日の垣根は虫の居所が悪いらしい。

 

 

「……やれやれ。大人になってから後悔すんなよな」

「『幻想御手(レベルアッパー)』製作者の研究データだったな」

「ここにあるよ。ウチの構成員のチップを逆行で復元してきた」

 

 

久遠が投げて渡したのは、かつて馬場が持ち出した木山春生のデータチップ。

『絶対能力進化計画』や『妹達』の他にも『幻想御手』本体のデータやら、アンインストール用のプログラム、作成資料など。

馬場は持ち出した証拠を隠滅するためにデータを消去していたが、【歪曲時計(ワールドクロック)】の時間逆行にかかれば何の問題もない。

垣根は自前で持ってきた情報端末でデータを確認すると速読で目を通していき、一息つくと関心したように呟いた。

 

 

「……伊達に研究者は名乗ってねえな」

「『幻想御手』なんて上層部の連中はとっくに対策済みだと思うけど」

「それは当然だが、構想と発想がぶっ飛んでやがる」

「確かに『幻想猛獣(AIMバースト)』を見たときは現実を疑ったけどさぁ、『幻想御手』の暴走なんて木山も絶対想定してなかったと思うぜ?」

「それでも、だ。『幻想御手』は俺達の選択肢を増やした」

 

 

垣根は手放しで称賛するが、久遠は任務中の想定外な出来事に振り回されっぱなしだったので、素直に賛同はしたくない。

 

 

「『幻想猛獣』は間違いなくアレイスターの『プラン』に絡んでる。いや、絡んでしまった。が正しいな」

「……『プラン』は一本道ではない。だが、最終的には収束する。と」

「そうだ。ただの偶発的な暴走事故なら、【メンバー】をそんなタイミングで出動させてねえだろ」

 

 

垣根は再び情報端末に視線を戻して、さらに細部まで確認していくつもりのようだった。

久遠はしばらくそれを黙って見ていたが、先ほどの会話の中で気になることがあったので直接本人に聞いてみることにする。

 

 

「なぁ、仮に『幻想猛獣』が『プラン』と関係してるのが正しいとして、その場合のアレイスターの狙いは何なんだ?」

「学園都市全能力者のAIM拡散力場を利用した兵器、もしくはシステム」

「……あのさ、たった一万人であんな化け物なんだぜ?全能力者とか想像もつかないんだけど」

 

 

垣根の仮定が正しいとしたら、アレイスターはあの虚数学区の化け物をはるかに超越する存在を自らの『プラン』に組み込んでいる可能性があるらしい。

もしも久遠がそれと対峙することになったとして、果たして勝機はあるのだろうか。

一方通行との戦闘によって【歪曲時計(ワールドクロック)】が最強の能力であるという自信が崩れてしまったからなのか、久遠は無意識のうちに戦闘を避ける方法ばかりを考えてしまっていた。

 

そもそも、久遠は『絶対能力進化計画』を凍結させるのが目的だったのだから、これ以上は深入りするべきではないのかもしれない。

 

久遠が思考に沈んでいると、今度は垣根がこちらに質問を投げかけてくる。

 

 

「お前、木山春生の本命は【歪曲時計(ワールドクロック)】だったとか言ってたよな?」

「……あー、なんか時間逆行を使いたかったらしいよ」

「なら、お前が『幻想猛獣』に取り込まれないように【メンバー】に依頼をだして状況をコントロールしてた可能性もあるな」

「『幻想猛獣』が【歪曲時計(ワールドクロック)】を取り込むとなんかあんのかね?」

「逆にアレイスターの『プラン』側が盗られたくねえのか。いや、単純に超能力者(レベル5)の演算能力は渡せないってだけだったのかもな」

 

 

垣根はそこまで言うと、おもむろに久遠へ向かってメモリーチップを投げつけてきた。

とっさに受け取ったメモリーチップが自然と視界に入ってくるが、先ほど渡した馬場のものとは色が異なっている。

 

 

「……これは?」

「お前が頼んできたリストだ。誉望にまとめさせておいた」

「おぉ、もう終わったのか。頼んでからそんなに経ってないのに」

 

 

一昨日の夜に猟虎を通して依頼した、とある能力者のリスト。

いまだに久遠の監視を続けている【メンバー】の仲介役の女を特定するために、彼女が何度か連絡手段として使用していた液体金属らしきものを操る能力の候補者をリストアップするように頼んでおいたのだ。

また馬場を適当に騙して調べさせようかとも考えたが、前回は直属の上司であるアレイスターの『窓のないビル』を調査させたばかりだし、続けて仲介役を探らせたら流石に怪しまれてしまう可能性が高い。

 

 

「誉望もやるなぁ。こっちの構成員とトレードしてくれよ」

「そいつは無理な相談だ。まあ、本筋が進展してねえから手が空いてたってだけなんだが」

「『アレイスターの監視方法の特定』だっけ?そっちが難航してるのか」

「ある程度の予想はついてるんだがな。それを確認する手段がない」

 

 

久遠はその予想を聞いてみようかとも思ったが、少し考えて今はやめておくことにした。

ただでさえ仲介役の監視に参っているのに、余計な気苦労はしたくない。まだ確定情報になっていないなら垣根に任せておいた方が気が楽だろう。

 

 

「……あとは何かある?」

「別に期待はしてねえが、そっちの『窓のないビル』の案内人はどうなった?」

「多分だけど、手掛かりが途切れた。しばらくは様子見かな」

「……ま、そうだろうな」

 

 

垣根は意味深に相づちを打つと、情報端末を閉じて帰り支度を始める。

予定より短い時間だが、今回はこれで解散か。久遠はそう判断して、最後に本日ずっと思っていたことを尋ねてみることにした。

 

 

「先輩さ、なんで今日はそんなに機嫌悪いんだ?」

「……あぁ?どうでもいいだろ」

 

 

学園都市で最大規模のイベントである大覇星祭。

それを楽しみにしているお子様たちにウケそうなビジュアルのメルヘンな能力をその身に宿した男は、忌々しげに吐き捨てた。

 

 



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大覇星祭
第25話


 

すでに少年の日課となっている能力研究。

頭部に複数の電極を張りつけられて、スピーカーから流れてくる研究者達の指示に従いひたすらに能力を行使していく。

少年が液晶モニターに表示された自分の脳波を特に理由もなくぼんやりと眺めていると、隣の部屋から現れた女性の研究者が優しい雰囲気で本日の実験終了を告げてくる。

少年の世話役を兼任している彼女は、彼の電極を丁寧に外しながら世間話のように実験の成果を語り始めた。

 

 

「お疲れさま。これでデータの収集は一段落ついたから、次回からは他の実験に移ってもらうわ」

「……これでみんなもここに住めるようになるの?」

「ええ、そうする予定よ。この実験が上手くいけば、君をこうして特別扱いするのも終わっちゃうかもしれないわね」

「それでいいよ。そっちの方がいい」

 

 

この研究施設で行われている実験の一つである『後天的系統変換実験』。

それは能力者の先天的資質によって決定される能力の系統を、『学習装置(テスタメント)』を使用して後天的に変換することが目的の実験であった。

 

研究者達から実験の合間に行われた説明によると、『学習装置』は知識や技術などを電気信号によって直接脳内に記憶させることができる装置であり、かつて共に暮らした『置き去り』の仲間達の能力を、少年の能力演算を参考にして希少な系統の能力に書き換えようと計画しているらしい。

 

 

「そういえば、あれから能力名は考えてくれたかしら?」

「……まだ決まってない」

「どうしても君が決められないなら、こっちで勝手に決めちゃうわよ?」

「そのままじゃダメなの?別に時間操作のままでいいのに」

「ダメよ。君が関わった実験はそのうち学会でも発表することになるんだから。箔があった方が都合がいいの」

「……わかった。次の実験までに考えてくる」

 

 

学園都市で超能力開発を受けた学生達の能力名は、あらかじめ決められた簡潔な名称を用いるのが一般的なのだが、開発者、あるいは能力者自身が申請をすることで例外的に特別な名称を定めることもできる。

少年は特にこだわりがある訳でもなかったが、他人の都合で好き勝手に変更されるのも気分が悪い。

 

女性の研究者に別れを告げて実験室をあとにした少年は、すでに見慣れた研究施設の廊下をペタペタと歩きながら頭を悩ませていく。

 

どうせ変更するならカッコいい名前にしたい。でも、学会で発表するとか言っていたし、その場の勢いで決めてしまったらあとで後悔するかもしれない。

 

結局、少年は悩んだまま施設内の自室にたどり着いてしまって、憂鬱そうにため息をついて室内に入って行く。

小綺麗に整頓された室内。その隅に置かれた学習用の椅子に座ることにした少年は、学習机の引きだしから研究者に手渡された能力名の申請書類を取り出して、そこで完全に行動が停止してしまう。

 

 

「……みんなと一緒の方がいいのに」

 

 

少年と離れて暮らしている『置き去り』の仲間達。【速度操作】の系統に分類されている彼らは能力の強度こそバラバラではあるが、今回の実験が終われば少年と同じく【時間操作】の系統に変更されるそうなのだ。

 

せっかくみんなと同じ能力になれるのに、また自分だけ別の名称で呼ばれるのか。

 

そんな嫌な想像が脳裏をよぎり、少年は机に体を伏せて無駄に時間を浪費していく。

近頃は仲間達と会うことも許可されていないし、ここの快適な生活にも多少の不満がでてきてしまっていた。

少年は他のことを考えようと室内を見渡していき、とある場所を見て椅子から立ち上がることに決める。

サイドテーブルに設置された液晶テレビ。ではなくて、その横に置かれた小さな花瓶に近づいていく。

 

 

「この花、なんかすぐに萎れちゃうな」

 

 

それは昨年の誕生日に『置き去り』の女の子から贈られたプレゼントであった。少年は花に関する知識が乏しいので詳しくは知らないが、きっとそこら辺に咲いている野花か何かなんだろうと思う。

力なく萎れてしまっているその花に手を触れて、いつも通りに能力を行使する。そして少年は時間操作によって巻き戻った花の状態を確認しながら、自らの能力についてあらためて思考を巡らせていった。

 

少年の身に宿ったこの能力(チカラ)は、彼が手の届く範囲ならどんな困難だって解決してきた。

どんなに嫌なことでも、どんなに許せないことでも。何だって簡単に覆すことができる『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。

そんな便利な能力に、たった一つだけ不満があるとすれば。

 

やがて少年は椅子に戻ると、安物のボールペンを手に取って迷いなく書類に能力名を書き込んでいく。

 

それは、彼にとって目指すべき目標のようなものだった。

現在の能力を表現するのに適切だとは思えないが、今は別にそれでもいい。いつかは必ず。きっと、この自分だけの現実ならば。

少年は申請書類に書き込んだ新しい能力名を確認すると、とても満足そうに微笑んだ。

 

 

 

世界時計(ワールドクロック)

 

 

 

この頃は、まだ努力や希望を信じていたから。

そう、俺が【歪曲時計(ワールドクロック)】に変わってしまう前までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市で毎年開催されている『大覇星祭』。

それは超能力の使用が解禁された体育祭のようなもので、各校の参加者が校内だけでなく学園都市全体の学校、生徒達と競い合う超大規模なイベントのことであった。

 

通常であれば学園都市の内部は一般開放されていないのだが、大覇星祭の開催期間となる七日間は、特例として外部の一般客や生徒達の親族が自由に中に入ることができる。

 

そして、本日はそんな大覇星祭の一日目。

 

一介の学生には不釣り合いな高層マンションの寝室で、久遠永聖は惰眠をむさぼっていた。

長点上機学園の選手である久遠は開会式にも参加するように言われているのだが、昨年の開会式で十数人の校長による無駄話のメドレーリレーが行われたという噂を聞きつけ、競技が始まるギリギリの時間までボイコットすると決意したからである。

 

 

「……まぁ、素直に参加するとは思ってなかったけどぉ」

 

 

誰もいないはずの室内に突如として少女の声が響きわたり、眠っていた意識が一瞬だけ覚醒しそうになってしまう。しかし、その声は聞きなれた人物のものだったので、久遠は安心して思考を放棄することにした。

 

 

「ほらぁ、もう朝なんだから早く起きなさぁい」

 

 

今度はカーテンを開ける時の軽快な音。それに続いて太陽の光がまぶたを貫通して照りつけてくる。

久遠は無意識の内に拒絶するような唸り声をだして、掛け布団を引っ張り邪悪な太陽光から身を守ることを選択した。

 

 

「ちょっとぉ。こんな美少女が迎えに来てくれたのに、そんな態度力が許されると思って」

「……うるさいぞ」

「なっ、なによぉ、せっかく私が」

「……黙ってろ」

 

 

まだ寝ぼけているので相手の言葉は半分も理解できなかったが、きっと聡明すぎる頭脳が適切な返答をしてくれただろう。

そして久遠は再び深い眠りの中へ落ちようとするが、コツンと額に何か硬いものが接触したことに気がついて、ほんの少しだけ目を開ける。

狭くてかすんだ視界に見えたのは、小さな少女の手と、それが握りしめているリモコンのようなもの。

 

 

「……今すぐ起きて謝らないと、私の天才力で掌握しちゃうわよ?」

「わ、悪かった。俺が悪かったから」

 

 

部屋に侵入してきた少女は食蜂操祈。冷たい雰囲気で放たれた彼女の脅迫によって、久遠はあっという間に目が覚めてしまった。

未来からの警告がなかったことからただの脅しだったと思われるが、普通に心臓に悪いので今後は控えていただきたい。

久遠はベッドから身を起こして、ふてくされた操祈の姿を視界に入れる。彼女は普段から好んで着用している蜘蛛の巣のようなデザインの手袋とハイソックスに、常盤台中学の体操服姿でこちらを睨みつけていた。

 

 

「……えっと、何でここにいんの?」

「私がここにいると何か問題でもあるのかしらぁ?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど。俺は起こしてくれなんて頼んでないだろ」

「そーやって人の好意力を否定する幼稚な言動が人格破綻者のレッテルを貼られる主な原因力なんだって、そろそろ自覚して改善できないものかしらねぇ」

 

 

何故か不法侵入した輩に家主が怒られるという立場が逆転した現象が起きてしまっている。

不機嫌になった操祈の対処法はすでに心得ているが、できれば頭の回転が鈍い寝起きの状態では遠慮しておきたい。

おそらく持ち上げて誉め殺すことで攻略できるだろうが、こんな朝っぱらから乙女心の爆弾処理みたいな真似はしたくないのだ。

 

 

「……あのさ、眠気覚ましにシャワー浴びてきていい?」

 

 

少し時間をおけば操祈の怒りも収まるかもしれない。久遠はそんな淡い期待を抱きながら、さっさと浴室に逃走することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからご機嫌ナナメな操祈をなんとか宥めることに成功した久遠は、人混みであふれた学園都市の路上を二人で並んで移動していた。

さきほど操祈から聞いた話によると、向かっている先は第七学区にある多目的競技場らしい。

 

 

「それでウチの派閥の子に頼んでみたってわけ」

「……【空間移動(テレポート)】って最高に悪質な能力だよなぁ」

 

 

久遠がシャワーから戻ってきた時にはすでにいなくなっていたが、操祈は自らの派閥メンバーの能力を利用してマンションに侵入したそうだ。

こちらのプライバシーを完全に無視した行動ではあるが、その程度で腹を立てていたらこのお嬢様とは付き合いきれない。それに苦情を言ったところで屁理屈をこねられて煙に巻かれるだけだろう。

 

 

「で、いい加減に俺を叩き起こした理由を教えてくれよ」

「素行不良の永聖らしい失礼な表現力ねぇ。私は優しくしてあげてたのに、そっちが拒絶してきたんじゃない」

「あんなのは寝言みたいなもんだろ。俺は何を言ったのかも覚えてないし」

「もぉー、男の子は自分の発言に責任を持たないといけないんだゾ☆」

 

 

そう言いながら腕を絡めてくる操祈は可愛らしいが、なんだか上手く誤魔化されているような気もする。

久遠が何度も同じ質問を繰り返しているのにも関わらず、彼女はそこだけ露骨に回答を避けているのだ。

周辺の人混みの増加具合から察するに目的地も近づいてきているようだし、やはり何を企んでいるのかはハッキリとさせておきたい。

 

 

「……お前さぁ、あきらかに話を逸らしてるよな?」

「ふふっ。なーんのことかしらねぇ」

「何が目的なのかくらいは説明しろって。俺はそんなに暇じゃないんだ」

「んー。まぁ、もうすぐ着くみたいだしぃ。仕方ないから察しの悪いアナタにも教えてあげるわぁ」

 

 

操祈は久遠の腕を掴んだままで、左手の人差し指を上空に向ける。彼女は会話の主導権を握っているからなのか、得意気で非常に腹の立つ表情を浮かべていた。

 

 

「そっちも話は聞いてるハズでしょぉ?大覇星祭の選手宣誓の件について」

「あー、確かにそんな話もあったな。まさかとは思うけど、お前が引き受けたの?」

「そーゆうこと。私も最初は乗り気じゃなかったんだけどぉ、ちょっと特別な事情力があってねぇー」

「……ふーん」

 

 

人口の大半が学生である学園都市には、当然ながら片手で数えきれないほどの教育機関が存在する。そんな街全体が共同で開催するイベントの開会式が一つの場所で行えるはずもなく、大覇星祭の開会式は各学区ごとに複数の会場を用意して行うのが恒例となっていた。

二人が向かっている先の多目的競技場は常盤台中学や長点上機学園の開会式会場ではなかったので不思議に思っていたが、これから操祈がそこで選手宣誓をする予定ということなのだろうか。

 

 

「それはわかったけどさ、なんで俺が一緒に行かなきゃいけないんだよ」

「あらあらぁ?私に『ちゃんと埋め合わせはする』って約束したのはどこの誰だったかしらぁー?」

「……あのな、約束にも限度ってもんがあるだろ。何回それを盾にする気なんだお前は」

「それくらい私は心に深い傷を受けたってコトよ。永聖が悪いんだから真摯に反省しなさいよねぇ」

 

 

操祈は夏休みの後半にもこんな会話の流れで久遠を振り回してきたが、どうやら今後もそれは続いていくようだった。

早々に反論するのを諦めた久遠は、さっさと操祈を送り届けて二度寝すると決めて、それ以降は雑談のような話題を振っていくことにする。

そうして二人が会話を続けていると、やがて目的地と思われる大きな競技場が見えてきた。そこの入り口付近の凄まじい人口密度に気圧されて、久遠は意識せずに足をとめてしまう。

 

 

「人間を入れたゴミ箱みたいになってるなぁ。そこまで必死になって参加する価値があるとは思えないけど」

「アレに入って行きたくはないわねぇ。まぁ、私の場合は能力を使って運んでくれる人が隣にいるから関係ないけどぉー」

「……あのさぁ」

 

 

媚びた表情で見つめてくる操祈に言いたいことは山ほどあったが、久遠はすべての言葉を呑み込んで彼女を抱きかかえた。そのまま時間停止した空間を足場に歩いて空中を移動して行き、ちょうど競技場の真上に差し掛かったところで、操祈に指定された場所へ向かってゆっくりと降りていく。

すでに場内には結構な人数の生徒達が集まっており、いくつかの学校は整列した状態で待機しているようだった。

 

 

「……この様子だと、すぐに開会式も始まるみたいだな。てことで、そろそろ俺は行ってもいいか?」

「あらぁ?永聖はぁ、どんな時も私に付き従う義務があるんだゾ☆」

「ふざけんな。それに部外者がいても邪魔になるだけだろ。長点上機は別の会場なんだからさ」

 

 

そもそも久遠はどこの開会式だろうと参加する気はないのだが、それで会話が長引いても面倒なので適当な理由をでっち上げることにした。

そうしていると、大覇星祭の実行委員と思われる集団が慌てたように近づいてきて、その中の坊主頭の男子生徒がこちらに気安く声をかけてくる。

 

 

「いや、間に合ってよかった。何かトラブルがあったのかと心配していたからね」

「……あん?」

 

 

何故か坊主頭の男は久遠に目線を向けている気がするが、こいつは何か勘違いでもしているのだろうか。

不審に思った久遠は周囲の様子を観察していき、実行委員の集団の中に見覚えのある顔を発見して眉をひそめた。そこで微笑みを浮かべていたのは、久遠が長点上機学園の応接室で恫喝したはずの実行委員の男。

数日前に怯えて泣きながら土下座していた実行委員は、()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように平然としている。

 

 

「二人とも緊張とかはしてないかな?昨日のリハーサル通りにやってくれればいいから、式が始まるまではリラックスしていてくれ」

「はぁーい☆」

「……操祈、ちょっとこっち来い」

 

 

久遠は手招きして操祈を呼び寄せると、実行委員の集団から離れた人気のない場所まで誘導していった。

すまし顔で無垢な少女に偽装した操祈へ向けて、久遠は顔面をヒクヒクとさせながら尋問していく。

 

 

「……お前、俺を嵌めやがったな」

「さぁねぇ。でもぉ、どーせ参加しないだろうと思ってたからぁ。ちょっと私の改竄力で、ね?」

「ちょっと、じゃないだろうが。どう落とし前つけんだコラ」

「やぁーん。こわぁーい☆」

 

 

そう叫びながら逃げ出した操祈の正面に時間加速して回り込み、彼女の両側の頬を軽くつまんで引っ張ってやる。

久遠は柔らかい肉の感触を楽しむことなく、ただひたすらにグニグニとやっていると、面白い表情に変わった彼女が何かを必死に主張してきた。

 

 

「ふぁ、ふぁにふるのひょぉ」

「悪い子にはお仕置きをしないといけないからな」

「ふぁなふぃなふぁいふっへは」

「……何を言ってるのか全くわからないなぁ」

 

 

それから十数分後。

 

二人が低レベルな争いを繰り広げている間に開会式が始まる時間となってしまい。結局、久遠は操祈の手のひらの上で踊らされることになってしまう。

 

上層部の意向によって選ばれた学園都市を代表するトップクラスの能力者。本年度の大覇星祭の選手宣誓は運動音痴の少女と素行不良の少年という場違いな二人が行うこととなったのだった。

 

 



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第26話

 

大覇星祭の開催期間である七日間は、様々な要因によって学園都市の一部の路地が通行規制されていた。

それは防犯上の理由であったり、外部からの来客が道に迷わないようにという配慮だったりするのだが、それをいいことに死角となった空間を悪用する輩も存在する。

 

あの開会式から約一時間後。

不本意ながら選手宣誓を終えた久遠は、競技の合間に遭遇した馬場から話があると言われて、この薄暗い裏路地に入ることになっていた。

来客と学生達で混雑している表の路地とは、まるで別の世界みたいに人の気配がしない場所。

そこに辿り着いた久遠は冷たいコンクリートの壁に背中を預けて、ここに来る道中で購入した飲料水のパックを怪訝な表情で睨みつけた。

 

 

「……チッ、久しぶりにハズレだ。ほとんど牛乳の味しかしない」

「イヤ、その組み合わせはもっと悲惨なパターンもありえただろ」

「そうか?わりとイケてると思ったんだけどなぁ」

 

 

そう言いながら『ムサシノ牛乳と奇跡のコラボレーション!?』と記されたパイナップル珈琲牛乳のパックを握り潰す。

この街では、新商品という名目で実験品としか思えない珍妙な商品が数多く販売されていたりするのだ。

普段はそういったゲテモノを避けて購入することもできるのだが、現在は大覇星祭の混雑の影響で自販機は売りきれランプだらけになっているので、久遠にはこれが一番まともそうに見えたのだった。

 

 

「で、こんなところに呼び出したってことは、任務の絡みで何かあったのか?」

「本来ならこれは伝えるべきじゃないんだろうけど。オマエ、今の自分が置かれてる状況を理解してるか?」

「……どういう意味だよ?」

「こっちもオマエが『絶対能力進化計画』に介入した件について非があるから、一度だけ警告しておいてやる」

 

 

久遠がいつもの雰囲気で話を切り出すと、馬場は真剣な表情で言葉を返してくる。

『絶対能力進化計画』を破綻させてから。実験の機密情報は裏社会に以前よりも広く拡散されており、馬場や査楽もあれが実際に行われていた計画だと知ることになっていた。

久遠と御坂が実験を妨害していたことに関しても拡散されているので、上層部への反逆の意思があると勘ぐられてもおかしくはない。

少し前に馬場から問い詰められた際には「一方通行が気に入らなかっただけで、別に他意はない」と言って誤魔化したが、流石にあんな言い訳では無理があったということか。

 

 

「数日前、僕に依頼があったんだけど。仲介役の女はオマエのことを警戒してるみたいだった」

「へぇ、それで?」

「どうせだから依頼の内容も教えてやるよ。僕に与えられた任務は、()()()()()()()()()()()()()()。ここまで言えば理解できただろ?」

「……なるほどな。仲介役は、俺が御坂のために裏切るとでも思ってるのか」

「だろうね。この際だからそれも聞いとくけど、実際のところはどうなんだ?」

「ハッ、どうなんだって?そんなの聞くまでもないだろ」

 

 

馬場の探るような質問に、久遠は心底どうでもよさそうに返答をした。

顔見知りを相手に率先して危害を加える。そんな狂人を気取るつもりはないが、久遠は自らの保身のためなら何の躊躇もなく手を汚せるクソ外道なのだ。

自分の関与しないところで、誰がどんなに苦しんでいようと関係ないし、気にもならない。

 

 

「知ったことか。お前らの好きにしたらいい」

「いつも通りで安心したよ。で、話を戻すけど、オマエが疑われてるのはあきらかに『絶対能力進化計画』を妨害したのが原因だろ。だからこそ、僕はこれをオマエに伝えることに決めたんだ」

「お前の立場が悪くなるだけだと思うけど」

「それで裏切られたらね。この依頼が終わったら博士の方には口添えしてやるから、今回は大人しくしてろよ」

 

 

馬場は恩着せがましくそう言うと、先ほど購入していた粗塩バナナサイダーに口をつける。

つまり、御坂に危害を加える依頼内容を知りながら傍観したという事実をもって、リーダーである博士に身の潔白を証明しろということらしい。

あの老獪な博士がそんな簡単に疑惑を晴らしてくれるとは思えないが、それも久遠にとってはさほど興味のないことだ。

そもそも馬場がこんなことを言ってきたのも、近頃は久遠への依頼が減っているので、代わりに依頼が増えたのが面倒なだけだろう。

 

 

「そんなことよりさぁ、御坂を相手に勝算はあるのかよ?」

「何もアレとサシでやろうって訳じゃない。昼前の競技で常盤台と対戦する予定なんだ。そこで隙をついて【T:MQ】を撃ち込むだけでケリはつく」

「……ふぅん」

 

 

馬場が余裕の表情で見せつけてきたのは、試験管のような細長いガラス製の容器。その中に入っているのは、博士が製作した機械の蚊。正式名称は【T:MQ(タイプ:モスキート)】。

病的なほどに用心深い馬場のことだから、おそらく御坂の能力については詳細に調査しているはず。それでこれだけ自信があるということは、それなりに下準備でもしているのか。

どうやら御坂を『不殺』で行動不能にする任務のようだが、その難易度から考えて、本来なら久遠に当てられる予定の依頼だったのかもしれない。

馬場が任務を達成する可能性など万に一つもなさそうに思えるが、久遠の負担を減らしてくれたのだから応援くらいはしてやろう。それに結果はともかく、ただの見世物としてなら楽しめるかもしれないし。

超能力者(レベル5)と敵対することの愚かしさをまるで理解していないアホな同僚に向けて、久遠は心の中で軽く黙祷を捧げながら話を切り替えた。

 

 

「査楽も任務があるって言ってたけど、なんか聞いてる?」

「いや、詳しくは知らない。ただ、どこかの工場に缶詰状態らしいよ」

「アイツも可哀想だよなぁ。競技に参加してたら、それなりに活躍できてただろうに」

「それが暗部の任務だろ。仕方ないさ」

 

 

査楽は一見するとクールな男だが、あれで案外ノリがいい一面もあるので、こういったお祭り的なイベントは楽しみにしているタイプだったりする。

そんな男は年に一度の大覇星祭に参加することを許されず、さらには任務で表にすら出られない状態らしい。

 

それからも二人は他愛のない雑談を続けていたが、久遠は競技の時間が迫ってきたのに気がついて、壁から背中を離して移動を開始する。

 

 

「そろそろ行くか。次の競技は滅茶苦茶ダルいけど」

「はぁ?オマエが参加するなら瞬殺のはずだろ」

「んー、どうだろうなぁ」

 

 

久遠が即座に肯定しなかったので、馬場は怪訝な表情を浮かべた。

長点上機学園はここまでの競技で全戦全勝の常勝校。さらには超能力者(レベル5)の久遠が参加すると言っているのだから、普通に考えれば苦戦などするはずがないのだ。

久遠は通りすがりの清掃ロボに潰れたパックのゴミを投げつけて、いつも通りの口調で続きの言葉を放った。

 

 

「次は【第八位】の所属する高校が相手なんだよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『棒倒し』

一般的には自陣に立てた棒を倒されないように防衛しながら、敵陣の棒を倒しに行く競技のことである。

ただでさえ怪我人の続出する荒っぽい競技なのだが、能力使用の解禁された学園都市の棒倒しは一般的な同競技よりもさらに荒々しく、大覇星祭の目玉といえる競技の一つ。

 

この競技に久遠がエントリーされた理由は単純明快で、クラスメイトの「久遠よりも人間と棒を蹂躙するのに適した人材なんている訳がない」という推薦が多数の賛成票を集めたからであった。

一回戦目は、開始から数秒も経たずに久遠の単騎特攻でゲームセット。このまま全戦全勝で間違いない。そう思われた長点上機の棒倒しチームだったのだが、次の対戦相手に想像以上の強敵が立ちふさがることになる。

 

様々なスポーツ競技で活躍する学園都市の名門校。

在籍する学生達の能力強度や、日頃の体育に重きを置いたカリキュラム。

そんなことよりも、その高校には絶対的な強者たる要素があった。

 

超能力者(レベル5)の【第八位】。削板軍覇(そぎいたぐんは)

 

『序列』こそ最下位に甘んじている削板だが、それは学園都市の研究機関ですら解析できない未知の能力が序列の判断基準に影響を与えているだけだ。

能力研究の応用が生みだす利益が基準でなかったならば、削板軍覇は学園都市の頂点にも立てる素質を持つ。同校に在籍する学生達は、削板のことをそんな風に思っていた。

 

尊敬。信頼。友情。

 

どうやっても好意的な感情しか抱けない存在。それが学友から見た、削板軍覇という男である。

その削板は現在、自陣の棒を守るために準備しているチームメイトを背に一人で仁王立ちしていた。

険しい表情で腕を組み、真っ直ぐに長点上機のチームの「とある人物」を見据え続けている削板。

肩に羽織った学校指定の長袖ジャージ。太陽を思わせる模様の描かれた白地のシャツ。そして、額には真っ白の鉢巻き。

熱血漢という言葉は、今の彼のためにあると言っても過言ではないのかもしれない。

いつもと違う、削板の張りつめた雰囲気にチームメイトも自然と引き締まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな削板が率いるチームの対面にいる長点上機のチームは、わりと落ち着いた雰囲気に包まれていた。

久遠のやる気のない普段と変わらない態度が、逆にチームメイトに勝利を確信させたからである。

 

暴力。蹂躙。制圧。

 

長点上機学園の暴君。容姿の優れた女の子には人格を偽っている久遠だが、それ以外の生徒達からのイメージはこれに尽きた。

気に入らないものは叩き潰す。他人のことなど歯牙にもかけない。そんな無慈悲な暴君である久遠永聖は、削板軍覇とはまさに正反対の存在だった。

学園に指定された長袖ジャージを着ているものの、明るく染め上げられた頭髪に、黒い牙のようなピアス。

いつもの不良生徒みたいな格好をした久遠は、彼を応援に来ていた観客席の女の子達と楽しげに談笑していた。

削板の視線は先ほどから久遠に向けられているのだが、会話に夢中で気づいていないのか、ずっと無視をする形になってしまっている。

そろそろ気づいてあげてもいいんじゃないかな。そう思ったチームメイトの一人は、久遠に教えてやることにした。

 

 

「えっと、久遠君。なんか相手チームの人が睨んでるけど」

「ん、何を?」

「久遠君のいる方向を」

 

 

声をかけられた久遠は、そのままチームメイトの視線の先を追っていき。そこで初めて、削板と久遠の目線が交差する。

 

 

「……聞いてはいたけど、めんどくせぇ野郎だなぁ」

 

 

久遠は嫌そうに呟くと、応援に来てくれた女の子達に断りをいれて、削板の方へ向かってゆっくりと歩きだした。

他の参加者達は二人の近くには寄りたくないらしい。久遠の歩みに合わせて、人波が逃げるように避けていく。

 

で、こいつが噂の『原石』か。

 

削板の正面にたどり着くと、久遠は心の中で呟いた。

『原石』とは、能力の開発をされずに自然と超能力を発現した者を指す名称のこと。

通常の超能力の枠組みから外れた力を持つ異端者。その中でも、【第八位】の削板軍覇は超能力者(レベル5)にして原石という世界最大級の希少種であった。

 

しばらく静かに睨みあっていた両者だったが、競技の開始時刻が近づいてきたところで、削板が威圧感のある声色で話しかけてくる。

 

 

「……オマエが久遠だな」

「そうだけど。なんか用でもあんのかよ」

 

 

憤るような表情の削板と、冷めきった表情の久遠。

 

 

「俺は削板軍覇。オマエにはちょっと話があってな」

「だからさぁ、なんなんだよ?」

「オマエが好き勝手に暴れてるって『噂』は聞いてる。だから、これから俺が根性を入れ直してやるよ」

「……へぇ」

 

 

強い意志が込められた削板の瞳と、何の感情もない久遠の瞳。

 

 

「要するにお前は、俺にケンカを売ってるってことでいいのか?」

 

 

無色だった瞳が変化していく。憤怒に染まった久遠の瞳。

初対面の相手にナメられて怒気を撒き散らす久遠の姿に、削板は好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

「ハッ、いい気迫だすじゃねぇか。なあ、サシでやろーぜッ!!」

 

 

久遠の周囲の空間が禍々しく歪んでいき。

削板も何か得体のしれないオーラを纏い始める。

 

あきらかに喧嘩腰の超能力者(レベル5)の二人を見て、それぞれのチームメイトは嫌な予感が止まらなかった。

こいつら本気で戦闘する気なのでは。そう思った彼らは自陣の棒に集まって、能力で防御を固めていく。

もし巻き込まれたら死ねる。両者のチームメイトはまったく同じことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

競技グラウンドに、試合開始の笛が鳴る。

大覇星祭の競技は学園都市の広報活動を兼ねて、外部に向けたTV中継が行われている。そのために各校の有識者による実況と解説が用意されていたりするのだが、実況者も解説者も含めて、競技開始直後は誰一人として言葉を発さなかった。

 

その理由は、二人の超能力者(レベル5)の出方が全くわからなかったからである。

 

開始位置から少し歩いて向き合った二人。久遠は、先ほど削板が勝手に決めた『ゲーム』のルールを確認していく。

久遠は別にルール無用の残虐ファイトでも構わなかったが、削板は二人の戦闘に観客やチームメイトが巻き込まれるのが気に入らないらしい。

 

 

「一撃ずつ交互に攻撃するターン制。それはいいけど、先攻はどうすんの?」

「オマエが先攻でいい。ただ、相手を殴り飛ばす方向は誰も居ない方向を選べ」

「……はいはい」

 

 

ルールは試合前に確認した通り。そして久遠が先攻で構わないそうだ。

じゃあこの方向にする。と適当に久遠が指を差すと、その先にいた観客達が慌てて逃げていく。

 

 

「一撃で終わるなよ?お前は散々に痛めつけるって決めたんだからさぁ」

「全力でこいッ!!本物の根性ってヤツを見せてやるッ!!」

 

 

薄く笑った久遠が【歪曲時計(ワールドクロック)】を行使する。

周囲の観客が見たのは、すでに拳を振り切った姿勢の久遠と、ありえない速度で吹き飛んで行った削板の姿。

 

そして、遅れてきた凄まじい破裂音と衝撃波。

 

グラウンドの端まで殴り飛ばされた削板だったが、地面を削りながら減速して、なんとか敷地内で踏みとどまる。

 

 

「おいおい、大丈夫かよ。オーバーな野郎だなぁ」

 

 

久遠はケラケラと笑いながら削板の状態を観察していく。

削板の身体は擦り傷や打撲は見受けられるが、戦闘不能にはほど遠い。こんな全国中継されている場で削板を殺害するつもりはなかったが、もう何段階かギアを上げても大丈夫そうだった。

 

 

「……やるな。次は俺の番だ」

 

 

削板はその場でジャンプして、久遠の目の前に着地する。

そして、なにやら攻撃の構えらしきものを取り始めた。

 

『未来』からの警告。

 

久遠の周囲に時間停止をかけるとそれもなくなる。

垣根の【未元物質(ダークマター)】のように時間停止を貫通してくるならルールを無視して叩き潰すつもりだったが、研究者どもが匙を投げた正体不明の能力とやらもこの程度なのか。

 

 

「すごいパーンチ!!」

 

 

なんだか気の抜けるような叫び声をあげて削板が殴りかかってきたが、やはり時間停止に干渉することはできない。久遠の周囲を破壊するだけに終わった。

 

この程度の威力なら、久遠の演算処理能力を越えることはなさそうだ。

仮に無抵抗の状態で連打されたら、いずれは処理の限界を迎えて破られるだろうが、このゲームには『一撃ずつ交互に攻撃する』ルールがある。

それを決めたのは削板だが、久遠は提案された時に内心で笑いが止まらなかった。このルールではこちらが圧倒的に有利で、削板に勝ち目などあるはずもないのだから。

 

確かに削板は序列【第八位】に似合わない強力な能力者だが、今回はワンサイドゲームで終わるだろう。

 

 

「そんな程度で、『時間停止』は破れないんだよ」

 

 

驚愕した様子の削板を見ながら、久遠は彼に教えてやることにした。

削板の現在の状況。そして、これからの未来を。

 

 

 

「俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】に、お前は一方的に蹂躙されるんだ」

 

 

 

ノーモーションから放たれたように見える久遠の攻撃に、削板はグラウンドの場外まで殴り飛ばされた。

 

 




リメイク前を読んで下さっていた方はしばらく展開が退屈かもしれませんが、自分なりに文章を整えて読みやすくしていくつもりです。


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