とある風紀委員といいんちょー (御堂 明久)
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本編
とある風紀委員といいんちょー



記念すべき第一話。
⋯⋯なのですが、まずはノリで書いていたため、非常に短いです。次回からは長くなるので許してください⋯⋯。

では、どうぞー!


夏目(なつめ)ー。この書類、今日中にちゃちゃっとまとめといてくだせー」

 

「またかよ!?」

 

 とある日の平日。

 俺こと夏目(あきら)は、今日も今日とて水無月(みなづき)風子(ふうこ)に書類仕事を任され⋯⋯もとい、押し付けられていた。

 

 

「今月の校則違反者のリストです。いつも通り名前や違反内容に誤りが無いか等のチェック、後はクラス毎に振り分ける程度でいーので」

 

「完全に雑用の仕事だな」

 

「人には向き不向きがあるんです。こーゆー雑事、アンタさん得意でしょ? “副”委員長?」

 

「嫌味ったらしい強調やめろやぁ⋯⋯!」

 

 

 ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべてくる水無月にガンを飛ばしてみるも、それをヒラヒラと手を振りながら軽く受け流し、彼女は風紀委員室を出て行ってしまった。ちくしょう、俺も校内の見回りとかが良いなあ⋯⋯。楽そうだしぃ⋯⋯。

 

 ⋯⋯俺こと夏目彰はこの学校、私立グリモワール魔法学園の風紀委員である。

 私立グリモワール魔法学園、略してグリモアは普通の学校とは少し違う。ただの一般人ではなく、いわゆる魔法使いたちが通い―――それらを教育、育成していくという特殊な学校である。

 長々と説明するのも面倒臭いので、詳細は公式サイトやソシャゲの方で調べてね! まあ、要は俺はその学校の風紀委員、さらに言うと副委員長、組織内の立場的にはNo.2なのだ。

 委員長の水無月風子とは同級生⋯⋯という言い方がここでは正しいのかどうなのか。とりあえず、学校の在籍期間がまったく同じの、友人関係にある。俺が風紀委員に加入した要因もその縁によるものが強い。

 

 

「⋯⋯なあ、服部(はっとり)ぃ」

 

「はいはい、なんすか?」

 

 

 俺は自らの設定を思い返しつつ、近くにいた赤マフラーの生徒⋯⋯服部(あずさ)に声をかけた。風紀委員の一人でもある彼女はいつもの軽いノリで応えてくる。

 

 

「なーんで俺、風紀委員副委員長っつー偉い立場にいるのに、こんな雑用ばかりやらされてんのか、お前分かる?」

 

「ええ⋯⋯。自分に振る話題としてはちょっとミスマッチじゃないッスか? それー」

 

「この風紀委員室にお前しかいないんだから仕方ないだろ! 他の皆はまだ来てないか見回り! 馬鹿っ! 服部の馬鹿っ!」

 

「何で自分いきなり罵られてるんスか!? ⋯⋯質問の答えッスけど、ふくいいんちょは見回りに向いてないから、じゃないッスか?」

 

「えぇ、俺そんなに向いてない?」

 

 

 というか、見回りに向き不向きもない気がするんだけど。適当にキョロキョロしながら校内歩き回って、不純異性交遊とかしてる奴がいたらめっ! って注意すればいいんじゃないの?

 そんなことを言ってみると。

 

 

「でもふくいいんちょ、以前一度見回りした時、サボって歓談部の部室でお昼寝してましたよね? その前にも複数回サボりの経験アリ」

 

「何故知っている!?」

 

「忍者の諜報技術を舐めちゃいけないッスよー。いいんちょも当然知ってる事実ッス」

 

「お前がチクったのか!」

 

 

 道理で見回りサボった日は水無月からのいびりが酷いと思った! というかその時点で犯行バレを疑え、俺!

 

 

「まー、放っておいたらサボるって分かってたら、わざわざ風紀委員室から出そうとはしないッスよねー」

 

「ぐっ⋯⋯」

 

「ま、氷川(ひかわ)センパイにバラさなかっただけ、自分といいんちょーに感謝して下さいッス」

 

「あぁうん、それは本当にありがとうございました」

 

 

 風紀委員の中でもトップクラスの堅物である氷川にこのことがバレていたら、俺は風紀委員を辞めさせられていたかもしれない。恐ろしや恐ろしや⋯⋯。

 

 

「いや、そうなると何で水無月はバレてるってことを俺に言わなかったんだろうな。風紀委員舐めんなボケ! ってぶん殴られてもおかしくねーのに」

 

「何でそこまで想像が出来てあんなサボってたんスか⋯⋯。と、言いたいところですけど。ふくいいんちょが度々寝てた理由を知ってたから、でしょーね」

 

「⋯⋯⋯⋯えっ。マジ?」

 

「んっふふー♪ 共生派の調査とかのせいで山積みになってた書類仕事が、一週間ほどで完璧に整理されていたっていう、以前起きた不思議現象。アレ、ふくいいんちょがやってたんでしょ?」

 

「⋯⋯さ、サァ? ナンノコトヤラ」

 

 

 愉しむような目付きでこちらを見てくる服部と目を合わせられない。まさかコイツが気付いていたとは⋯⋯!

 

 ⋯⋯少し前、風紀委員は共生派と言われる派閥の調査に追われていた時期があった。

 風紀委員としてだけではなく、戦闘に秀でていると評価でもされているのか、俺は度々クエストに呼ばれ、服部も何やら別の調査で追われている様子だった。他のメンバーも色々慌ただしく、大体の業務は委員長である水無月が一人でこなしていた。

 彼女は仕事の疲れはあまり周囲に見せるタイプではない。

 でも、じわじわと積み重なっていく書類や、付き合いの長い俺だからこそ分かった、隠し切れない彼女の疲弊した表情を見た俺は、ある日―――。

 

 

「いいんちょに余計なお節介を焼くなー、と言われるのを避けるために徹夜に次ぐ徹夜で書類作業を敢行。一週間かけて一人でそれら全てを消化した⋯⋯って訳ッスよね?」

 

「ななな何言ってんのか分かんねーっての! アレはその、どこかの親切な生徒が風紀委員室に夜な夜な忍び込んでやってたんだよ!」

 

「なんスかその怪談」

 

「うるせー。⋯⋯いやちょっと待て、じゃあ水無月が最近言ってきてた書類作業得意でしょ? っつー言動はまさか⋯⋯」

 

「んふふ。本当に、ふくいいんちょはいいんちょのことが大好きなんスねー。妬けちゃうッス」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 コイツ本当にどこまで知ってんだ。

 単なるカマかけかもしれないので表情には出さないが、俺のこの気持ちまでバレていて、彼女が水無月にそれをバラしていたともなると羞恥心がヤバい。何なら自分から風紀委員辞めて逃走しちゃうレベル。

 

 

「ま、見回り中にふくいいんちょが下手に校内でお昼寝して、氷川センパイとかにバレたら一大事ッスから。書類仕事任せてるのは、風紀委員室でこっそり休みなさいって意味もあるかもしれないッスね? 氷川センパイ、大抵時間ギリギリまで見回りしてますし」

 

「あ、そ⋯⋯」

 

 

 もう応対するのもしんどくなってきた。

 俺はそこで服部との会話を切り上げ、大人しく書類をまとめる作業に没頭し始めるのだった⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

「ただ今帰りましたー」

 

「氷川紗妃(さき)、見回り終了しました」

 

 

 水無月は緩めの、氷川は堅苦しいにも程がある言葉と共に二人揃って見回りを終えて風紀委員室へと戻ってきた。外はもう薄暗くなってきている。もう寮に戻る生徒がほとんどだろう。

 ⋯⋯と、俺も寮に戻る前にも言っかねぇとな。

 氷川が他の委員と会話を始めた時を見計らい、俺は水無月に話しかけた。

 

 

「水無月」

 

「はい? っと、あー、書類ですか? あれならまた生徒会室の方へ⋯⋯」

 

「一応言っとくけど、“あの時”頑張ってたのは、書類仕事が得意だったからとかじゃねーからな」

 

「おっ。ついに気付かれていたことに気付きましたか。おせーですよ」

 

「うっせ。⋯⋯あの時頑張ってたのは⋯⋯その、お前のためだ。そこ、勘違いすんじゃねーぞ。⋯⋯あと、明日からは俺も見回り参加な! 退屈なんだよ、書類仕事ぉ!」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯へ?」

 

 

 呆けたように声を漏らす水無月。

 しかし俺はもうやることは全て終えたので、もう今日はここにいる理由は無い。とっとと寮の自室に戻ろう! で、風呂入って寝る! あと何か顔暑いから熱も計ろうかなー! 体調管理、大切!

 

 

 ―――俺の、俺たちの風紀委員としての生活はまだまだ続くんだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯まったく。相変わらずときめかせてくれるじゃねーですか、彰さん。⋯⋯⋯⋯ばか」

 

 




いかがでしたか?
いや、自分で好き勝手に物語を構築していいオリジナルと比べて、二次創作って神経使いますね。
これからも頑張っていきますので、感想などをくれると励みになります。
では、今回はこの辺で。
ありがとうございました! 感想待ってます!


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清く正しく美しく、適度にサボりたい今日この頃

第二話、氷川さん回です。
この先、一人一人委員にスポットを当てていけたらなぁと思っていますが⋯⋯、前話の服部のアレはスポットを当てたと言って良いのかという疑問が私を悩ませています。
まあ、彼女のキャラは動かしやすいし、多分どうにかなるよね!

それでは、どうぞー。



夏目(なつめ)ー。この書類、今日中にちゃちゃっとまとめといてくだせー」

 

「あれ、俺タイムリープしてね?」

 

 

 とある日の平日。

 俺はいつぞやの平日とまったく同じ構図で、風紀委員長である水無月(みなづき)風子(ふうこ)に書類仕事を押し付けられていた。

 おかしい。俺はあの日、確かに書類仕事だけでなく見回りにも参加させてくれと彼女に頼んでおいたはずなのに⋯⋯!

 と、そこで水無月が呆れたように溜め息を吐きつつ言ってきた。

 

 

「あのですね⋯⋯。確かにアンタさんも今日から見回りに復帰する訳ですけど。だからって書類仕事が全部無くなる訳じゃねーんですよ?」

 

「ん⋯⋯。まあ、だよな。氷川(ひかわ)とかは両方とも毎日アホみたいな量こなしてるし」

 

「誰がアホですか! 誰が!」

 

 

 俺の斜め前の席に座り、一足早く業務に取り掛かっていた氷川紗妃(さき)に怒鳴られた。こわい。

 

 

「せーぜーウチが今までアンタさんへの嫌がらせのために回していた、小学生でもまとめられるよーな陳腐な内容の書類が無くなるだけですよ」

 

「イジメだ! 者共出会え、風紀委員長によるイジメが発覚したぞ!」

 

「ああ、道理で書類に起こす必要も無い簡単な内容を、わざわざ委員長が印刷しているなと⋯⋯」

 

「気付いてたんなら止めてくれよ神凪(かんなぎ)ぃ⋯⋯」

 

「す、すまない」

 

 

 酷なことだとは分かっていつつも、風紀委員の一員である黒髪の女子生徒⋯⋯神凪に愚痴ってしまう。それに対して律儀に謝罪を返してくる彼女の真面目な性格は、組織としてまだまだ荒削りな風紀委員には不可欠なものだ。

 そんな彼女、当時は副委員長という立場にある俺に対して敬語を使用していたのだが、服部のようなフランクなものならまだしも、堅苦しい敬語は苦手な俺が自らそれを拒否。現在は同級生に対するような言葉遣いで接してくれている。こういう臨機応変さも評価高い。NATSUMEポイントあげちゃう。貯めても特に何の役にも立たないけど。

 

 

「仕方ない。やりますか⋯⋯」

 

「そーしてくだせー。あ、見回りの際は氷川と一緒にお願いしますよ」

 

「俺今日書類仕事だけでいいわ」

 

「どういうことですか夏目さん!?」

 

 

 だから俺、堅苦しいのは苦手だっつってんじゃん。お前堅苦しいの代表じゃん⋯⋯!

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「そこ! 男女の過度の接触は控えてください! 不純異性交遊は厳禁ですよ!」

 

「キスなんて以ての外です! 私の目が黒い内は風紀は乱れさせませんよ!」

 

「こら、そこも不純異性⋯⋯え? 男同士だから問題無い⋯⋯? い、いや。不純同性交遊も禁止です」

 

 

 まさに八面六臂の大活躍。

 書類仕事も一段落し、俺は氷川と共に校内の見回りに乗り出した訳だが⋯⋯、氷川がもう、とんでもない。風紀の乱れとやらを認知した途端に現場へと駆け出し、その場のムードなど関係無しに一喝。既に三組のカップル(?)を検挙していた。

 ちなみに、俺はというと。

 

 

「あっおい。二人でイチャラブするのは良いが、すぐそこに風紀委員の氷川が来てるぞ。懲罰房にぶち込まれたくなけりゃー、ここから離れてやった方が良いぜ」

 

「うっわビックリした! な、夏目か⋯⋯って、お前も風紀委員なんじゃ?」

 

「俺はまあ、緩い方なんだよ。今後はせめて、人目に付かないところでやれよ?」

 

「お、おう! 恩に着るぜ、夏目!」

 

「早く行こ、リョウ君! 氷川さん怖いし!」

 

 

 狩人に気付かず呑気にイチャラブしているカップルを逃す作業に勤しんでいた。

 逃すと言っても、一応必要最低限の注意はしている。しているが⋯⋯氷川ほど厳しく指導してやろうっつー気もないしな。抑圧は欲望を余計に強めると言うし、このくらいが丁度良いだろう⋯⋯。というのが俺の持論だ。

 というかこの学園、俺たちに見つかるようなところでイチャイチャしてるカップルが多すぎるんだよ。絶対風紀委員に見つかるかもっつースリルを楽しんでる奴らもいるぞ⋯⋯。

 

 

「夏目さん、そちらはどうでしたか?」

 

「ん? あぁ、大丈夫。一般生徒がちらほらいるだけだな」

 

 

 しれっと嘘を吐く。

 

 

「そうですか。夏目さんと見回りするのは久し振りですけど、案外ちゃんと出来るんですね」

 

「あらやだ失礼。言っておくが、俺は基本的に有能だからな? たまにサボるけど」

 

「サボる時点で有能ではありません」

 

「あっごめんなさい。真面目にやりますんで、睨むの止めてください」

 

 

 基本的にはただの品行方正な女子生徒である氷川だが、怒った時の怖さは風紀委員一だと思う。同じく風紀委員である冬樹(ふゆき)イヴも相当なものだが、アイツは最近前々から抱えていた家族事情が解消されたおかげか、温厚になってきた節がある。氷川は怒る頻度も多くてね⋯⋯。

 隣を歩く氷川にビクビクしながら見回りを続ける。といっても。

 

 

「もう見回るところ無くね?」

 

「まあ、一通りは終わりましたね。また同じルートで何周かしますけど」

 

「お前がいつも時間一杯まで見回りしてる理由がようやく知れたよ。なに、永久機関なの?」

 

「風紀委員として当然です! 夏目さんも仮にも副委員長、付き合ってもらいますよ」

 

「うーっす⋯⋯」

 

 

 どっちが副委員長か分かったモンじゃねぇ。入った時期が俺の方が早いってだけで、「らしい」のは絶対に氷川の方なんだよなあ⋯⋯。

 

 

「そういえばさ」

 

「はい?」

 

 

 ただ見回るというだけなのも暇なので、氷川に話しかけてみることにした。彼女の方も今のところは風紀を乱す輩がいないおかげで余裕があるのか、普通に応対してくれる。

 

 

「氷川って今までずっと水無月とペアで見回りしてた訳じゃん。どんな話してたのん?」

 

「どんな話、ですか? 基本的には仕事の話ですけど」

 

「二人揃って真面目か」

 

「委員長は芯がしっかりしている人ですから。夏目さんとは違うんですよ」

 

「そして二人揃って俺に毒を吐くー」

 

「単なる事実を言ったまでです」

 

 

 そのままつーん、と顔を背ける氷川に苦笑が漏れる。別に俺のことを信頼していないという訳ではないようだが⋯⋯どうも氷川は俺のことを同じ風紀委員の仲間としてだけではなく、指導対象としても見ているような気がする。

 ⋯⋯自分で言うのも何だが、怠惰を極める俺に対してその判断は実に正しいと言わざるを得ない。流石は氷川さん、俺の本質をよく見ているんだぜ。

 

 

「で、基本的にってことはまだ他にも話してることがあったんだろ? どんなのどんなのー?」

 

「な、何ですかその食い付き様は。一体何を期待しているんですか」

 

「何のことですか」

 

「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯後はもう、他愛ない雑談程度ですよ。で、委員長はよくあなたのことを話題に出していましたね」

 

「マジですか」

 

「昔から夏目さんには怠け癖があった、大抵いつも目が死んでいる、本気を出せば有能なのに常に手を抜く、人が話をしている時に寝る、みたいなことを⋯⋯」

 

「やだ、全然褒められてない!」

 

 

 何てことだ。

 普段は飄々とした態度の水無月が実は裏では俺のことをベタ褒めしている、何ならベタ惚れしている⋯⋯みたいな感じのオチを期待していたのに、それとは正反対の事実を叩きつけられてしまった。

 おのれ水無月、貴重な後輩風紀委員に何てことを吹き込んでくれるんだ⋯⋯! これ以上氷川の中での俺への敬意が失われたらどうしてくれるんだ! 今現在少しでもあるのかどうかはこの際別にして!

 俺が苦虫を噛み潰したような表情でいると。

 

 

「⋯⋯まあ、その。委員長は別にあなたを悪しざまに言っていた訳ではなかったので。あくまでからかうような、世話の焼ける級友を語るような感じでしたよ」

 

「おぉ何、慰めてくれてんの?」

 

「わざわざ口に出さないでください! あぁもうっ、ちゃんと見回りに集中してくださいよ!?」

 

「分かってます分かってます。つっても、一日にそう何度もバカップルが現れるとは思え「そこ! 空き教室を不純異性交遊の場に使用しないでください!」おかしいだろこの学園」

 

 

 流石に不純異性交遊の件数が多すぎる。

 どんだけスリル満喫したい奴らがいるんだよ、これもう美少女揃いの風紀委員たちに怒られたい的な願望を持つ奴らとかも集まってきてんじゃねぇの? 一度や二度ならまだしも、氷川に何回も怒られると普通に精神が摩耗するんだからな(経験者は語る)? 風紀委員の説教舐めてんじゃねぇぞオッラーン!

 

 

「ったく、お前らみたいな奴らのせいで俺たちの仕事がいつまで経っても減らねぇんだぞ⋯⋯って、ん?」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いや、あの木の下で誰かが何かやってんなって⋯⋯」

 

「要領を得ない回答ですね⋯⋯。どこですか?」

 

 

 前を歩いていた氷川が俺の言葉に反応しターン、こちらに身を寄せてくる。俺は氷川にも分かるように、俺たちが今いる文化部棟から見える運動場⋯⋯その周囲に立っている木々の内の一本を指で示した。

 その木の下では、一人の女子生徒が挙動不審な様子でウロウロしている。しばらく見ていても木の下から離れる気配は無い。⋯⋯何かあったのだろうか。

 

 

「氷川の姉貴」

 

「ええ、行きましょう。困っている人を助けるのは、人として当然のことですから。⋯⋯姉貴?」

 

「んじゃ、とりあえず行って話を聞いてみようぜ。まだあの子が何か困ってるって決まった訳じゃねーけど、何も無かったらそれに越したことは無いし」

 

 

 釈然としない様子の氷川を先導するように、俺はひょこっと文化部棟の外へ出る。初夏特有の日差しに当てられ、どちらかと言うとインドア派の俺は即帰りたくなってしまったが⋯⋯それをすると氷川の雷が落ちるのが目に見えているのでぐっと堪えた。太陽より氷川の方が怖い。

 元々短い距離だ、すぐに木の下に到着した。そこで女子生徒の方も俺たちに気付いたようで、こちらに視線を向けてきた。

 ああ、近くで見てみると分かったけど、コイツ俺の知り合いじゃん。

 

 

「あ、彰さんだ!」

 

「よっす。冬樹妹じゃんか」

 

「もー、その呼び方やめてってば! ノエル! 皆のサポーター、ノエルちゃんだよー!」

 

 

 冬樹ノエル。

 風紀委員である冬樹イヴの妹であり、物静かで無愛想なイメージのある姉とは正反対の元気溌剌っ娘である。あまりに明るいものだから、凝視してると物理的に眩しく思うレベル。

 

 

「ノエルさん。さっき文化部棟からあなたの姿が見えて、何か困っているように見えたのですが⋯⋯何か、ありましたか?」

 

「あー! そうなんですそうなんです! あそこ見てください、あれっ!」

 

「「?」」

 

 

 ノエルが指で示したのは彼女か周囲をうろついていた木の上部。そこには何と、一つの蠢く影が!

 

 

「子猫じゃん。どっから入って来たんだアイツ」

 

「校外から迷い込んで来て、彷徨(さまよ)っている内にあそこから下りられなくなった、という感じですね⋯⋯」

 

 

 影の正体は一匹の三毛猫だった。

 首輪が付いていない辺り、恐らく野良⋯⋯何度か木から降りようと身を乗り出しているが、すぐに怯えたように安定した足場の方に引っ込んでしまう。

 

 

「うんっ。私、さっきからずっとあの猫ちゃんを降ろそうとしてて、木を登ろうとしたり鳴き声の真似して誘い出そうとしてるんだけど、全部失敗しちゃって⋯⋯」

 

 

 ノエルがしょぼんと肩を落とす。

 というか今、少し気になることが聞こえた。

 

 

「鳴き声の真似してって、どんな感じで?」

 

「え? 普通ににゃーにゃーって言ってただけだよ?」

 

「ちょっと感情込めてやってみてくれる?」

 

「にゃんにゃんっ♪ にゃーごっ、ごろにゃーご!」

 

 

 かわいい。

 俺が相変わらずノリの良いノエルの猫の物真似に癒されていると、氷川がコホンと咳払いをしながら。

 

 

「では、私たちがあの猫を木から降ろせば良いのですね。じゃあ、ハシゴか何かを用意して⋯⋯」

 

「いや待て、氷川。それだと手間だし、俺に一つ提案がある」

 

「? それはどのような?」

 

「お前が猫の鳴き真似すりゃ良いんじゃね? 文字通り猫撫で声を出すよう努めてくれ」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 無言で脇腹をつねられた。氷川の可愛い声も聞いてみたいという俺の下心が見透かされていたらしい。痛い、痛いです氷川さん。脇腹千切れるぅ!

 

 

「まったく。ほら、とっとと登ってください」

 

「え、俺が? というかハシゴは?」

 

「登ってください」

 

「はい」

 

 猫撫で声を要求しただけでそんなに怒らなくてもいいじゃないですか⋯⋯。

 渋々ながらも腕捲りをしつつ、俺は猫が上にいる木の幹に手を掛ける。凹凸が少なく中々に登り難いが、踏ん張れば何とか登れるはずだ。

 

 

「彰さん、頑張れー!」

 

「へいへい。⋯⋯ふんっ!」

 

 

 ノエルの応援を背に、気合いの声と共に腕に力を込め、僅かな凹凸に半ば強引に足を掛ける。ぐうぅ、絶対ハシゴ持ってきた方が効率的だコレ⋯⋯!

 しかしそこは仮にも男子の俺。腕力任せにもがいていると、やっと木の枝に足を掛けることに成功した。目の前には既に目標の三毛猫が見えている。俺は手を伸ばした。

 

 

「おうニャンコ、助けに来てやったぞ。今降ろしてやるから少しの間じっとして⋯⋯「にゃんっ」

 

 

 爪撃一閃。

 一瞬にして俺の手に三本の赤い線が刻まれた。

 

 

「いっづぁ! この猫引っ掻いてきやがった! 助けてノエルちゃーん!」

 

「わ、わー! 大丈夫彰さんっ!?」

 

「き、木が揺れてますよ! 落ちます落ちます、気を付けて!」

 

 

 予想外の猫の抵抗を受け、危うく木から落ちそうになる。木の枝がへし折れたりしては堪らないので、そうなる前に猫を胸に抱き込むように回収する。

 

 

「つ、爪を立てるなこの⋯⋯! 置いてってやってもいいんだぞこの野郎!?」

 

「猫相手にムキにならないでください!」

 

 

 数分後。

 俺はぜいぜいと息を切らせつつも、猫を無事木の下に降ろすことに成功していた。

 そんな俺の横では、ノエルが当の三毛猫を抱きながら愛おしそうにその頭を撫でている。何でノエルに抱かれてる時は大人しいんだよ。

 俺がこの数分で好感度が急落した三毛猫にジト目を向けていると、氷川が身を屈めるようにして俺に声をかけてきた。

 

 

「お疲れ様です、夏目さん」

 

「本当に疲れたんですけど」

 

「⋯⋯は、ハシゴの件はその、少し大人気無かったです。謝罪します」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「な、何ですか?」

 

「いやぁ、俺が氷川にならまだしも、氷川が俺に謝るとか珍しいなぁと思って」

 

「あなたも謝る機会は減らしてください」

 

 

 いや、大抵俺が悪いんだけどね? 君ももう少し俺に寛容になってくれてもいいんじゃないかなって思うんだ。

 しかし、何だ。

 

 

「ありがとね彰さん! あと、氷川さんも!」

 

「猫を助けたのは彼ですから、お礼は彼だけにで結構ですよ。⋯⋯その、言い難いのですが、学園は基本的にペットは禁止で⋯⋯」

 

「うん、分かってるよ。すぐに逃がすから⋯⋯ちょっとだけ、良い?」

 

「⋯⋯仕方ないですね」

 

 

 こうしてノエルと猫の様子を慈しむ様な表情で見ている氷川を眺めていると、彼女もただ厳しいだけの風紀委員でないことが分かる。

 真面目で優しくて強くて、他人にだけでなく自分にも厳しい、恐らく俺たちの中でももっとも風紀委員らしい風紀委員が彼女、氷川紗妃。

 俺は今回の見回りで、彼女に敬意にも似た感情を抱くようになっていた。

 

 

「さて、夏目さん。私たちは行きますよ」

 

「うげぇ、見回り再開ですか」

 

「それは後です。今はもっと優先すべきことがあるでしょう?」

 

「氷川が見回りより優先すべきこと、だと⋯⋯!?」

 

「あなたは私を何だと思っているんですか!? さっき猫に引っ掻かれた手。⋯⋯保健室で治療をしないといけないでしょう?」

 

 

 ⋯⋯本当、この優しい面を普段からもっと見せてくれたら良いのになあ⋯⋯。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「たでーまー」

 

 

 ぞんざいにも程がある挨拶と共に、風紀委員室の扉を開いた。窓からは既に日が落ちかけ、暗くなっている外の様子が見えた。

 

 

「おかえりなさい。見回りお疲れ様でーす⋯⋯おや? アンタさん一人ですか? 氷川は」

 

「氷川はもう、今日の仕事は前もって全部終わらせてあったんだと。直接寮に戻ってったよ」

 

「そーですか。彼女は些か堅すぎる面もありますが、やはりゆーしゅーですね。誰かさんと違って⋯⋯」

 

「こっち見んなコラ。書類仕事は元々得意じゃねーっつってんだろ」

 

 

 労いの言葉もそこそこに、意地の悪い笑みを浮かべてくる風紀委員長。

 席に着いて室内を見渡してみると、既に水無月以外の風紀委員は氷川と同じく今日の業務を終えて寮に戻っていってしまったらしく、誰もいない。まだ仕事が残ってんのは俺だけかよ⋯⋯って、そういえば。

 

 

「水無月、ココに残ってるってことは、まだ仕事が残ってるってことか? 何だよ、お前も人のこと言ってられないじゃないかよー!」

 

 

 人のことばかり馬鹿にして何なんですかこの風紀委員長は! そんなんだと生徒たちからの好感度下がりますよ! ゲームの方でも人気投票の順位が下がりますよ!

 そんな意を込めた俺の煽りに、水無月は眉をピクピクと引き攣らせながら。

 

 

「ウチも仕事は既に終わってますよ。ただ⋯⋯アンタさんを待ってあげよーと思っていただけです」

 

「えっ」

 

「⋯⋯み、見回りから帰ってきて、誰もいないってのは寂しーでしょう? ウチの優しさに感謝して欲しーモンですね」

 

「お、おう⋯⋯。ありがと」

 

「⋯⋯どうも。ほ、ほら、書類もあと少しじゃねーですか。ウチも手伝いますから、とっとと済ませちゃいましょう!」

 

 

 そう言って水無月が俺の手元から書類を奪っていく。その頬はほんのりと朱に染まっており⋯⋯何だこの可愛い生き物。

 

 〜 約15分後 〜

 

 

「お゛わ゛っ゛た゛」

 

「すげー声出ましたね、今」

 

「すげー疲れたんだもの、今日⋯⋯。あ、手伝ってくれてサンキュな」

 

「それは良いですけど⋯⋯まったく、こんじょーがねーですね。副委員長としてもっとシャキッとしてくれねーと困りますよ?」

 

「緩く無理せず適度にサボりつつ、学園の風紀を守るってのが俺の目標なんだよ」

 

「緩いのはアンタさんの脳でしょーが」

 

 

 ひでぇ。

 とにかく、疲れているのは本当なので俺も早く帰ろう。⋯⋯と、そこであることを思い出す。

 

 

「あぁそうだ。水無月、少し頼みがあるんだけど」

 

「? なんですか?」

 

 

 俺は帰る途中に疲れを押しながら、ほとんど気力で購買部から購入した“ソレ”を水無月に差し出した。

 

 

「⋯⋯猫耳カチューシャ、ですか?」

 

「この学園の購買部凄えよな。マジで何でもある⋯⋯で、頼みって言うのは、コレ付けて猫の物真似してくれない? ってのなんだけ「お断りします」早いよ!」

 

「早いよ、じゃねーですよ! 何でウチがそんな小っ恥ずかしいことしなきゃなんねーんですか!」

 

「見たいから」

 

「直球!」

 

 

 ノエルが見せてくれた猫の物真似が予想以上に俺の中でハマっていたらしく、帰り道で購買部の売り場にコレが売っているのを見た途端、ほぼ反射的に購入してしまっていた。買ったなら買ったで、有効活用していきたいものなのだが。

 

 

「な、何で急にそんな⋯⋯」

 

「いや、さっき見回り中にさ⋯⋯」

 

 

 水無月にもノエルとの野良猫騒動を丸々説明する。で、ノエルの猫真似が可愛かった、というところを強調して説明し終わると。

 

 

「⋯⋯はーん」

 

「な、何だよ」

 

「よもやアンタさんが冬樹の妹にそんなプレイをよーきゅーしていたとは思わなかったものですから。ほーん、へー。要は、猫の真似さえしてくれりゃー誰でもいーわけですねー」

 

「人聞きが悪すぎる!」

 

 

 いやまあ、氷川を誘導しようとしてたのも事実だし、あまり強くは否定出来ないんだけどね。

 

 

「分かった分かった。別に嫌なら無理にやらなくていいよぅ⋯⋯あ、そのカチューシャはやるよ。プレゼント」

 

「こんなの貰っても使い道がない気がするんですが⋯⋯。まあ、くれるなら貰いますけど。ありがとうごぜーます」

 

 

 あげた俺も貰った水無月も心底微妙な表情だ。

 とりあえず、長居しても仕方ないので風紀委員室からは出ようか⋯⋯。と、俺が席を立ち、水無月から背を向けて部屋から出ようとした時⋯⋯それは聞こえた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯にゃん♪」

 

「ッ!?(バッ)」

 

「ど、どうしました? 急に振り向いて」

 

「⋯⋯お前、今」

 

 

 間違い無い。

 コイツ今、すっげー甘ったるい声で猫の鳴き真似してた! しかも俺が振り向いた瞬間、掲げていた手を降ろしていたような動作をしていた⋯⋯まさか、ポーズ付きで!?

 

 

「お、おま、お前っ! 乗り気だったんなら普通に見せてくれよ! 動画に撮って後々楽しみたいから!」

 

「ド変態! やっぱりアンタさんは変態ですよ! っつーか、ウチは何もしてませんから!」

 

「何でそんなつまんない嘘吐くんだよ、ワンモア! ワンモアプリーズ!」

 

「うるせーです! ほら、帰りますよ!」

 

 

 熟れた林檎みたいに顔を真っ赤にしながら、水無月が俺の手を引いてくる。柔らかな感触と鼻腔をくすぐるいい匂いに鼓動が早まるが⋯⋯!

 

 

「風子ちゃんキャット撮らせてぇ!」

 

「しつけーです!」

 

 

 未だに諦め切れない俺の懇願する声が廊下に響く度に、水無月は半ば涙目になりつつ、何度も否定の言葉を連ねていくのだった―――。

 

 




いかがでしたか?
姉であり風紀委員のイヴよりも妹のノエルの方が先に出張ってしまった謎。秋穂やさらなどでも成立したのではないか? そんな質問に対する回答は「筆者の好み」の一言で終わってしまいます。仕方ないね。
次はまた風子さんと⋯⋯、あの部活とのお話になると思います。

では、今回はこの辺で。ありがとうございました、感想待ってます!


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ペンは風紀委員長よりも強し

お久しぶりです、御堂です!
最近受験勉強でグリモアを起動出来ていないので、原作の表世界第8次侵攻以降の新設定云々で矛盾が生じていないかビクビクする日々です。
今回報道部の二人が出てきますが、一応部長はまだ鳴子の時系列となっています。
では、どうぞー!



 

 

 とある日の平日。

 俺は我等が風紀委員長水無月(みなづき)風子(ふうこ)から、今日の仕事の内容を言い渡されていた。

 

 

夏目(なつめ)ー。アンタさんには今日、ウチと一緒に報道部の取材を受けてもらいます」

 

「お断りします。よし服部(はっとり)、今日一緒に見回り行こーぜ」

 

「まあ待ちなせーな」

 

「くぴっ」

 

 

 水無月からの命令を無視して早々に服部と共に風紀委員室を出ようとしたところ、水無月に制服の後ろ襟を掴まれ動きを止められた。

 気道が一瞬締まり、変な声が出た。くぴっ。

 

 

「ごふっ、けは⋯⋯っ。いきなり何すんだ」

 

「アンタさんこそ、いきなり逃げよーとしねーでくだせー。傷付いちまうじゃねーですか」

 

「だって嫌だもん報道部からの取材なんて! お前遊佐(ゆさ)と仲悪いし、同じ空間にいると圧迫感ヤベぇんだもん!」

 

 

 遊佐鳴子(なるこ)

 他の学校でいう新聞部に当たる報道部を部長として率いる彼女は、詳細は省くがどうにも自由奔放で学園の治安を乱す傾向にあり⋯⋯、学園の秩序を守ることに重きを置いている水無月とは不仲にある。

 ことある度にいがみ合う二人の光景はもう見慣れたと言えば見慣れたのだが、そんなギスギスした二人の関係に俺まで巻き込むのはもう本当、勘弁して頂きたいのだ。

 

 

「そんなつれねーこと言わずにぃ。そもそも、取材担当が遊佐とは限らねーじゃねーですか」

 

「あ、違うの? じゃあ協力するのもやぶさかでは―――」

 

「まあ、遊佐なんですけど」

 

「何なんだよ今の無駄なやり取り!」

 

 

 ニコニコと年相応の可愛らしい笑みを浮かべつつも、俺を逃がさないという確固たる意志を感じさせる水無月。何のつもりだコイツ⋯⋯!

 俺が頬を引き攣らせていると⋯⋯、突然水無月がズイ、と身を寄せてきた。マズい、懐に入られた! 殺られる―――と思ったが、彼女は俺の耳元に口を近付けるのみで。

 周囲に聞こえないようにするためか、小声で俺に話しかけてきた。

 

 

「⋯⋯最近、二人きりになれる日が全然無かったじゃねーですか。仕事なのは変わりねーんですけど、その後は⋯⋯ね?」

 

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 

 

「⋯⋯しょーがねーなー!」

 

(チョロいですね)

 

((((何を言われたのか大体予想がつくなぁ⋯⋯。チョロいなぁ⋯⋯))))

 

 

 何だろう。今、俺以外の風紀委員全員の考えがシンクロしたような気がした。

 まあ、他でも無い水無月の頼みだからね! 一肌脱いでやるのが友達ってモンだよね!

 俺はあくまで友人のため、いかがわしい目論見など一切無しに、水無月と共に風紀委員室の扉を開き、報道部の部室へ向かった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯それにしても、何故委員長はあそこまで夏目を連れて行こうとしたのだろうか」

 

「いやいや神凪(かんなぎ)先輩。それは愚問ってものッスよー」

 

「? どういうことだ?」

 

「好きな人を傍に置いておきたくなるのは、当たり前のことなんですよ! んもう、いいんちょーってふくいいんちょーが関わると、本当かわいーッスよね!」

 

「そ、そうか」

 

「およ、微妙な表情ッスね?」

 

「私はまだ、そういうことはよく分からなくてな⋯⋯。服部は詳しいのか?」

 

「生憎、自分もそーゆー話にはまだ縁が無いッスよ。でもぶっちゃけあの二人、めちゃくちゃ分かりやすいッスからねぇ⋯⋯」

 

(は、服部がまるで我が子を愛でる母親の様な目をしている⋯⋯)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 場所は変わり、報道部部室前。

 心なしか妙に重厚に見える扉の前で、俺と水無月は並んで立っていた。

 

 

「そういやさ、水無月」

 

「はい?」

 

「そもそも何で取材受ける気になったん? 仕事が立て込んでるからとか適当言って蹴ることも出来たじゃん」

 

「それだとウチが遊佐から逃げたみてーになるじゃないですか」

 

「子供か」

 

「誰が幼児体型ですか。仕事量増やしますよ」

 

「言ってねぇよ!?」

 

 

 確かに同年代の女子と比べたら水無月はちょい小柄だけれども!

 相変わらず理不尽なロリボディ水無月は、少し拗ねた様子ながらも扉に手を掛け、開いた。

 中にいたのは二人の女子生徒。

 

 

「やあ、水無月君。待っていたよ。⋯⋯ん? もう一人お客様がいるようだね。夏海(なつみ)、悪いけどもう一つカップを取ってくれ」

 

「はーい。彰も来たのね」

 

「ん、ああ。この好戦的なツインテ委員長に連れられて来てな」

 

「呼称に悪意を感じますねぇ⋯⋯」

 

 

 水無月がジト目でこちらを見てくるが、今更その程度で怯む俺では無い。むしろ少し気持ち良くなってくるまである。やべぇ、知らぬ間に新たな性癖の扉を開きかけてるぞ、俺。

 

 ⋯⋯女子生徒二人の正体は、それぞれ報道部部長の遊佐鳴子と、同じく部員の岸田(きしだ)夏海であった。

 報道部ゴシップ記事担当、岸田夏海。貪欲にスクープを求めるその姿勢と根性を買われたのか、部長である遊佐に特に可愛がられている女子生徒である。

 小柄ツインテっていう容姿が少し水無月と被っている気がしなくもない。言わないけど。

 

 

「まあ何にせよ、お手柔らかに頼むよ。⋯⋯水無月から取材の詳細を聞かされてないんだけどさ。どんな内容なのん?」

 

「おや、そうなのかい。駄目じゃないか水無月君。報告、連絡、相談は組織に所属する者の義務だよ」

 

「⋯⋯ご忠告どーも」

 

 

 やめてぇ! 少し質問しただけですぐギスギスするのやめてぇ! 俺の胃までギスギスしてくるだろうが。

 俺が胃薬がどこかに無いかと部室を見回していると、岸田がティーカップに紅茶を注ぎ、俺たちの方に差し出してくれながら答えてくれた。

 コイツ紅茶なんか淹れられたのか。

 

 

「今回発行する予定の校内新聞で、風紀委員特集を組むのよ。で、風紀委員長のインタビューも欲しいねって話になって」

 

「ほーん」

 

「せっかく副委員長の夏目君も来てくれたことだし、普段は知り得ない風紀委員の深部なども聞いてみたいところだね?」

 

「よくいーますよ、大抵のことはアンタさんに筒抜けのクセに」

 

「僕だって何でも知っているという訳じゃない。だからこそ、僕の知識欲は未だ留まることを知らないのさ」

 

「その知識欲がもー少しマトモな方向に働いてくれれば文句はねーんですが、ね」

 

「岸田、ここって胃薬とかある? 出来れば分けてくれねぇかな」

 

「⋯⋯アンタも案外大変なのね」

 

 

 同情の言葉と共に胃薬の入った小瓶を渡してくれる岸田。ゴシップの鬼たる岸田が天使に見えてくる辺り、この(おさ)二人のアレっぷりが察せられる。というかもう、早くインタビューに入ってくれないかな。

 と、俺の念が通じたのか、遊佐が軽く手を叩きながら。

 

 

「さて、そろそろ始めよう。インタビューの内容はレコーダーに録るけど、大丈夫かい?」

 

「ま、問題ねーです」

 

「りょーかい」

 

 

 やっとまともな取材っぽくなってきた。元々は水無月の付き添いとして来ただけの俺だが、もしかして俺の方にも質問が来たりするのだろうか。ちょっと緊張してきた。

 

 

「まあ、最初は行稼ぎのための当たり障りの無い質問ばかりさ。リラックスしてくれて構わないよ」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯ふむ。改めて聞くと、中々風紀委員も多忙だね。今回時間を取ってもらえたことが、信じられないくらいだよ」

 

「仕事ってのは慣れとともに効率的にこなせるよーになって、費やす時間も短く出来ますからね。時間の方はどーとでもなります」

 

「同感だね。ともかく、有益な話をどうもありがとう」

 

「いえ⋯⋯」

 

 

 遊佐の言葉に嘘は無く、それからしばらくは着々と当たり障りの無い、言い換えればありきたりな質問が次々と水無月、そして俺にまで投げかけられた。

 具体的には風紀委員の主な仕事や歴史を聞かれたり、学園生たちに対するコメント(校則守ってね! 的な呼び掛けじみたモノ)などを求められたりした。うーむ、実に普通で素晴らしいと思います。ビバ普通。普通が一番である。

 ⋯⋯意外と普通に進んで安心だと思うべきか、嵐の前の静けさだと警戒すべきか判断に迷う。不自然な程に華やかな笑顔で言葉を交わす水無月と遊佐を見ていると、胃が⋯⋯ッ。

 

 

「アンタ、あの二人に板挟みになる度にそんな調子になってるの? よく今日まで生きてこられたわね⋯⋯」

 

「そりゃあ、二人とは友人のつもりだし⋯⋯」

 

 

 実は、この二人意外と相性が良いんじゃないかと思う時もあるっちゃあるんだけどなぁ⋯⋯。それを言ったら、水無月とか「じょーだんじゃねーです♪」って物凄く怖い笑みを浮かべてくるからなぁ⋯⋯。

 

 

「もうこの関係性でも、それはそれで良いかなと思い始めてるところだよ。俺の胃へのダメージは度外視することになるけど」

 

「胃潰瘍になる前に、ゆかりか養護教諭に診てもらった方がいいと思うわよ」

 

 

 友達二人の仲が悪いので胃潰瘍になりました、などと言われた保健委員の椎名(しいな)さんは俺のことをどう思うのだろうか。

 そんな感じで俺と岸田が隅で話していると、先ほどまで質問と回答を繰り返していた水無月と遊佐がこちらに話しかけてきた。

 

 

「こら夏目ー。遊佐をウチに押し付けといて、自分は女の子とお話ですかー?」

 

「押し付けるも何も、お前が引き受けた取材だろうが⋯⋯。何、お前も岸田と話したかったの?」

 

「⋯⋯うーん」

 

「あ?」

 

「さて、夏海。後は君に任せるよ。使える情報を引き出してみろ」

 

「やっと私の出番ですか! えっへへー、任せてください!」

 

 

 俺が水無月と話していると、隣から歓喜した様子の岸田の声が聞こえてきた。どうやら、今度はインタビュアーが岸田に交代するらしい。

 ぶっちゃけ交代する意図がよく分からないが、遊佐から経験のために質問を考えてくるように言われでもしていたのだろうか。

 

 

「風子、彰。少し休憩した後は今度は私からの質問に答えてもらうからね! アンタたち二人へのインタビューだなんて本当に機会が無いし、気合い入るわー!」

 

「うっ⋯⋯。しょーじき、遊佐よりも嫌なインタビュアーですね⋯⋯」

 

「た、確かに岸田はゴシップ記事担当だけど。そこまで直球では来ないだろ⋯⋯」

 

 

 先ほど遊佐が()()()行稼ぎための当たり障りの無い質問と言っていたが、今まで彼女自身は記事を書くための最低限の質問しかしていない。

 ⋯⋯え、まさか質問に当たり障りが表れ出すのは、インタビュアーが岸田になってからってことですか。

 微かな不安を覚えながら、しばしの休憩時間を過ごす。⋯⋯おお、この紅茶美味いな。隣でカップを傾けている水無月も感心したような表情をしていた。

 ここに来るのも久し振りだし、遊佐とも色々話してみたいな⋯⋯と、呑気に俺が考えていたその時。

 

 

「それで、アンタたちってデキてんの?」

 

「ぶふっ!?」

 

「思いの外直球だったし、休憩時間短いなオイ! つーかお前、いきなりそういう質問するのやめろよ! 大丈夫か水無月、紅茶零してないか!?」

 

「⋯⋯⋯⋯フッ」

 

「ごほごほっ⋯⋯。わ、笑ってんじゃねーですよ遊佐ぁ⋯⋯」

 

 

 突然の不意打ち。

 休憩するように言い渡されてからものの数分で岸田から投げかけられた新たな質問に、紅茶を飲んでいる途中だった水無月は狼狽した様子でむせ返り、遊佐はそんな彼女の様子を見て、堪えきれないと言った様子で口角を上げていた。

 

 

「フフ、やはり夏目君と一緒にいる時の君は面白い。実は今回君に取材を求めた理由の大半は、そんな君を見て楽しみたかっただけだったりする」

 

「な⋯⋯」

 

「君のことだから、絶対に夏目君も連れてくると思ってたからねぇ」

 

「遊佐鳴子ー!」

 

 

 口元を押さえ顔を赤くした水無月が叫ぶ。

 圧倒的な力を有する大魔王とそれに挑む勇者のような構図である。大魔王の性格が狡猾に過ぎる気もします。

 

 

「それで、どうなのよ」

 

「で、デキてる訳ねーでしょう」

 

「関係性としては友達って表現が適切だなあ。または上司と部下」

 

「なーんだ、つまんない。彰は紗姫(さき)とかと違ってそこら辺緩い上に周囲は女子だらけなんだし、もっとガツガツいっちゃえばイイじゃない。カップルとかハーレムが成立したら報告してね? ⋯⋯スクープ」

 

「最後の四文字が本音だろ。恋愛自体には人並みに興味はあるが、その氷川がいる中でハーレムとか形成出来る訳ねぇだろ⋯⋯」

 

 

 そういう面には人一倍厳しい氷川のことだ、二股の時点で殺されかねないし、ハーレムだなんて呼ばれるほどの規模となったその時はどうなるのか、想像もつかない。

 仮に俺がそうなったとして、俺の身体は原型を保っていられるのだろうか。

 

 

「とゆーか、氷川だけでなくウチも許しませんよ。そんなの」

 

「いや、俺もそんな気は無いからね?」

 

「何だ、無いのかい」

 

「えー、無いの?」

 

「報道部員、ゲス過ぎない?」

 

 

 何でそこで残念そうな表情をするんだよ。というか、俺ってそういう願望があるように見えるのだろうか。

 

 

「まあ、彰も風紀委員だしね。その辺りは綺麗なモンだとは思ってたわ」

 

「でも、たまに変態ですよ」

 

「水無月さん? あなたどっちの味方なの?」

 

「ウチはいつだって風紀の味方です」

 

 

 やだ、水無月委員長カッコいい⋯⋯!

 でもよく聞くと質問の答えにはなっていないし、そこは普通に俺の味方だって言って欲しかったです(本音)。

 

 

「というか俺、変態と称されるほど欲求に任せた行動を取った覚えは無いぞ」

 

「ちなみに、何を以て風子は彰を変態と?」

 

「以前、購買部で購入した猫耳カチューシャをウチに差し出しつつ、動画を撮って楽しむから猫の物真似をしてくれと迫ってきました」

 

「「ギルティ」」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 

 猫耳カチューシャを見た時の感想って「かわいい」か「誰々にこれ付けてニャンニャンして欲しいな」くらいしか無くない? ごくごく自然な行動だったと今でも思うんだけど?

 というか、つい先ほどまで風紀委員VS報道部みたいな構図だったのに、いつの間にか女子勢VS俺の形になってない?

 しかし、ここで岸田から起死回生の一言。

 

 

「それで⋯⋯、したの? 猫の物真似」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「ああ、それは僕も気になるところだね。水無月君のそういう姿は実に興味深い。差し支えなければ、この場での撮影をお願い出来ないかな?」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 二人の質問に水無月は答えない。ただ、その視線はずっと俺の方へと注がれていた。

 俺と水無月の目が合う。長年の付き合いの賜物か、それだけで俺は彼女の考えていることをほぼ正確に読み取ることが出来た。すなわち、

 

 

(⋯⋯ぜぇぇぇったいに、言わねーでくだせー!)

 

 

 ⋯⋯以前、俺と氷川との見回りが終わり、風紀委員室に戻って、水無月と二人きりで仕事を終わらせた後。

 俺は彼女に猫耳カチューシャをプレゼントし、何やかんやあって彼女が俺の見ていないところで猫の真似をして、俺はもう一度自らの目の前でやってくれるよう懇願したが結局見せてもらえなかった⋯⋯というのが、前回までの物語。

 だが、この話には続きがある。

 

 あれは俺と水無月が風紀委員室を出て、廊下を歩いて寮に戻る最中の話⋯⋯。

 

 あれからも俺はめげることなく、水無月に猫の物真似を要請し続けていた。

 

 

『なー⋯⋯。水無月ぃ』

 

『うぐ⋯⋯。存外アンタさんもしつけーですね』

 

『俺は興味の無いもの薄いものは割とすぐ諦めるけど、その分一度興味を持ったものにはそれなりに執着するタイプなんだよ』

 

『将来何らかの犯罪を起こしそーな性分ですね⋯⋯。⋯⋯オーケー、分かりました』

 

『?』

 

『ひ、人前で懇願されるとシャレになりませんし。い、一度だけですよ? 写真、動画撮影はもちろん禁止!』

 

『やったぜ! 任せとけ、網膜に永久保存しとけばいい話だからな!』

 

『やっぱり変態さんですね⋯⋯。えーっと、鞄の中にカチューシャを入れましたから⋯⋯ありました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『⋯⋯にゃ、にゃーんっ♪』

 

『うおおおおおおおおおおおおおおお! 世界一可愛いぃよぉおおおおおおおお!!』

 

 

 ⋯⋯みたいなことが、以前あったのだ。

 うん、改めて思い返してみると、あの時は二人とも疲れていたし時間も遅かったし周囲には誰もいなかったしで、少々脳がトランス状態に陥っていたらしい。マジで何だったんだあの謎テンション。

 水無月も似たようなことを思っているからこそ、自分があんな言動を取ってしまったことは誰にも知られたくないのだろう。いわんや遊佐をや。

 水無月の考えていることはよく分かる。⋯⋯その上で答えよう。

 

 

 

「死ぬほど可愛かったよ」

 

「「わーお」」

 

「わああああああーーーっ!」

 

「うおおっ! やめっ、やめろ! 首に手をかけようとしてくるのをやめろ水無月! お前人のことは変態呼ばわりしといて!」

 

「アンタさんは元々学園内の皆さんに変態だと知られているから、今更じゃねーですか!」

 

「んだとぉ!?」

 

 

 あんまりな水無月の物言いに、俺は彼女と両手合わせになって向かい合いつつ反論する。

 

 

「テメーふざけんなよ、俺はこれでも学園生たちからそれなりに信頼されてるんですー! 口では色々言いながらも割と真面目だって言われてるんですー!」

 

「それとこれとは話は別でしょーが! 根が真面目な変態さんですよ、アンタさんは!」

 

「根が真面目な変態って何だよ! っつーか、その変態の要求を最終的に呑んだのはどこの風紀委員長でしたっけねぇ!?」

 

「くっ⋯⋯! ふっ、うぅ⋯⋯!」

 

 

 俺の言葉を受けて徐々に赤面し出し、涙目になりながらこちらを睨みつけてくる水無月。

 舐めるなよ水無月、俺は自分のことを棚に上げて相手の弱味を(なぶ)るのは、得意中の得意分野なんだよ⋯⋯!

 そんな感じで俺たちがいがみ合っていると。

 

 

「仲が良くて結構だね。あぁ、夏海。一応写真を」

 

「もちろん、撮ってありますっ」

 

「ふむ。成長したね」

 

「何勝手に撮ってんですか!?」

 

 

 遊佐と岸田の会話が聞こえた途端、水無月は俺から離れ叫び声を上げた。声がデカい。

 というか岸田の奴、いつの間に撮影なんざ終えてたんだ⋯⋯? まるで気付かなかったぞ。

 

 

「ここの辺りを切り貼りすれば、風子が彰にしなだれかかっているように見えるわよねー⋯⋯」

 

「ああ、ここも使えそうだね。この写真と記事の文章を工夫して組み合わせれば、来週には風紀委員長と副委員長が、一番学園内の風紀を乱している人物扱いされるだろう」

 

「本人たちの前で、堂々と捏造の準備をするのをやめてくだせー!」

 

「おい、しれっと俺まで巻き込むなよ!」

 

 

 水無月のついでとばかりに俺の権威(元々大して無いが)が失墜させられようとしていた。まるで水を得た魚、コイツら急に生き生きとし過ぎだろ。

 俺と水無月が焦燥とともに声を上げると。

 

 

「ふふ。まあ、ちょっとしたジョークだよ。僕とて、()()()情報を故意に広める気はないからね」

 

胡散臭(うさんく)せーですね⋯⋯」

 

「心外だなあ。超えちゃいけない一線くらい、僕だって弁えているよ」

 

 

 学園内に盗聴器を仕掛けるのは一線とやらの範囲内なのか⋯⋯? と疑問に思ったが、下手に口を挟むと余計に(こじ)れそうなので口には出さないておいた。

 口は災いの元、けだし至言である。

 俺が口を噤みつつ二人の成り行きを見守っていると、そこで遊佐が肩を竦め微笑んだ。

 

 

「とにかく、僕らにも矜持ってものはある。記事を使って嘘を広めるつもりなんて毛頭無いさ」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なら、いーですけど⋯⋯」

 

 

 未だに釈然としていない様子の水無月。

 ⋯⋯遊佐の言葉通りなら、今回の取材を元に作成される記事に嘘は書かれないことになる。

 が、水無月は今、冷静さを欠いているために気付いていないようだが、それだけではまだまだ彼女にとって都合が悪い―――。

 俺がそのことを水無月に伝えてやろうか迷っていると。

 

 

「夏目君」

 

「うおっ、びっくりした。今度は何だよ、遊佐」

 

 

 遊佐が突然真剣な表情でこちらに話しかけてきた。水無月や岸田が遊佐の態度の急変に面食らっている中、淡々と遊佐は言葉を連ねてくる。

 

 

「君は気付いたようだけれど。僕にとって、これはまたと無い機会(チャンス)だ。⋯⋯君が欲しい情報を何でも一つ。これで取引をしよ「乗った」話が早くて助かるよ」

 

 

 俺の懸念はほぼ的中していたようだったが、この際それはどうだっていい。彼女自身は謙遜だか隠蔽だかをしているが、遊佐の保有する情報はまさに宝物庫の中の宝。

 どんなことを教えてもらおうか、今からワクワクしてきました。

 

 

「何の話です? 夏目」

 

「いや、気にしなくても良いぞ水無月。ごくごく個人的な話だ」

 

「そうだよ水無月君。君は何も考えなくていい」

 

「アンタさんたち二人が息を合わせると、嫌ーな予感しかしねーんですが⋯⋯」

 

 

 予想以上に水無月の俺への信頼が無かった。

 俺が地味にショックを受けていると、横に立っていた岸田がポンと俺の肩に手を置いてきた。やだ、慰めてくれるのかしらん。

 

 

「落ち込んでるところ悪いけど。まだ取材、終わってないからね?」

 

「鬼かよ」

 

 

 結局、これから更に一時間ほど、俺と水無月は報道部の取材に付き合わされることになったのだった―――。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 報道部のインタビューを受けた日から一週間後、俺と水無月は二人でペアを組んで学園内の見回りをしていた。

 隣を歩く水無月が満足気に頷きながら言った。

 

 

「んー、特に問題は起きてないよーですね。感心、感心です」

 

「そう毎日問題ばかり発生してたら、俺らとしてはたまったモンじゃねぇからな」

 

「どんなに問題が多かろーと、全部取り締まって、学園の秩序を維持するのがウチらの仕事ですよ」

 

「流石水無月さん、風紀委員の鑑ぃ⋯⋯」

 

 

 水無月がちろっとコチラを窘めるような目付きで見てきたので、俺はそれに視線を合わせないようにしながら言葉を返す。い、いや、別に本気で面倒だとかサボろうだとかは思ってないから⋯⋯。

 と、そこで俺はあることを思い出し、口を開いた。

 

 

「⋯⋯あぁ、そういや水無月、知ってる?」

 

「はい?」

 

「先週俺たち、二人で報道部の取材受けたじゃん。 アレの記事が今日、学園内に貼られるんだってよ。せっかくだし、見回りついでに見に行かない?」

 

 

 そう、今日が報道部制作の校内新聞発行日。

 別に見回りのルートから大きく外れた位置に掲載されている訳でもなし、少し見る程度なら水無月もそう拒否しないだろう。

 

 

「あー⋯⋯。確かに、少しは気になってたっちゃー気になってましたね⋯⋯ま、ちょっと見る程度ならいーでしょ」

 

 

 そう言ってこちらに微笑みかけてくる水無月。やだもう可愛い。

 そんな訳で、見回りの途中に報道部の記事を見ていくこととなった。記事が貼られる場所は毎度決まっているので、現在俺たちがいる場所から一番近い、図書館棟に貼られているモノを見に行く流れに。

 移動中は見回りもしつつ、しばし雑談に興じる。

 

 

「そういえば取材の時に思ったんですけど。アンタさん、割と遊佐とは仲がいーんですね?」

 

「え、今さら? まあ、仲が良いっつっても普通の友人の範囲内だが⋯⋯、むしろお前が遊佐を敵視し過ぎなんだよなあ」

 

「風紀を乱す上に、こちらの忠告もガン無視してくるよーな輩を相手に、好意的に接しろってのが無理な話なんですよ」

 

「あっ、ノーコメントで」

 

 

 水無月の言うことにも一理あるので俺は口を噤む。

 思想の時点で食い違うどころか、正反対の方向をフルスロットルで突っ走っている二人が仲良くする日はいつか訪れるのか⋯⋯、それは当の二人のみぞ知る。

 

 

「ウチのことはどーでもいーんですよ。で、どうなんです? 遊佐とは休みの日とかに会ったり?」

 

「何? 風紀委員の方で俺の記事でも作成すんの?」

 

「いえいえ、あくまで個人的なキョーミですが」

 

「⋯⋯うーん。俺もアイツも忙しいし、まず休日が重ならないんだよなあ。暇な時に適当に話し込むくらいだよ」

 

「ははーん⋯⋯」

 

 

 なんか今日の水無月、やたらと俺のプライベートに探りを入れてくるな⋯⋯。

 この学園の風紀委員というものは往々にして休みが少なく、余程のことが無いと風紀委員メンバー同士が揃って街で遊んだりすることはない。だから余計に気になってくるのかしらん。

 などと考えていると、報道部製作の新聞が貼られた地点へと到着した。

 目に着きやすいベストポジションに貼り出された新聞に対し、水無月が興味深そうに身を屈める。

 

 

「ほほう。ま、イメージアップ効果なんざ期待してませんが、一体どんな皮肉文句が綴らてんでしょーねー。⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん?」

 

 

 ―――遊佐鳴子は虚偽の情報を広めないと宣言した。

 報道部室での水無月は、その言葉を完全ではないだろうが信じ、捏造、でっち上げ等の問題は起きないだろうとタカを括っていたのだろう。

 が、状況が状況だったために、彼女はもう一つの懸念事項についての言及を怠ってしまった。

 そう、今回水無月にとって最もダメージを与える要素は『嘘』ではなく⋯⋯。

 

 

「⋯⋯ふ、『風紀委員在籍の少女M•Hと少年N•Aの暗色の逢瀬! 猫ちゃんプレイでラブラブ♡』⋯⋯!?」

 

 

 他でもない『真実』と、『脚色』であったのにも関わらず。

 ⋯⋯新聞の内容を要約すると、俺と水無月(名前は上記のようにイニシャルで伏せられていたが、焼け石に水レベルだった)がいかにラブラブな関係であるかの説明、関係者から見た二人の印象(この関係者とやらの顔写真が掲載されていた。目線が入れられているが、どう見ても服部だ。おのれ)、そして二人の今後の行く先の予想などがまとめられていた。

 ⋯⋯うん、まあ、嘘は書かれてないかな。誇張はされてるけど、嘘は無いですね、ええ。

 だが当然、あの夜のニャンニャンプレイの露見を誰よりも恐れていた水無月のこの新聞を見た反応は決まっていて。

 

 

「⋯⋯遊佐鳴子ぉーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

 絶叫。

 羞恥と怒りで真っ赤に染まった顔を隠そうともせず水無月は、廊下の床をベシベシベシベシと上履きで叩きつつ報道部室の方へと歩いていった。遊佐への報復へ向かったか⋯⋯。

 あ、こんな時にも廊下を走らない水無月さんは素敵だと思いました。まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにしばらくして、俺と水無月は学園生たちからの質問責めや冷やかし、祝福の声等に晒された挙句に、委員長副委員長の身で風紀を乱したとして氷川にこっぴどく叱られるハメになってしまった。

 ⋯⋯そして、水無月のヒミツ情報欲しさに遊佐の計略に気付きながらもそれを水無月に忠言しなかった俺は、その悪事が水無月本人にバレ、書類仕事の量を1週間ものの間、倍に増やされることになってしまったのでした⋯⋯。

 

 ⋯⋯めでたし、めでたし。いやめでたくねぇよ。

 

 

 




いかがでしたか?

拙作の風子は色ボケして弱点を晒しまくっているが故に、そこを突かれると割と鳴子とのパワーバランスが崩れます。アッサリ宿敵にやり込められるいいんちょ可愛い。
まあ、そこは主人公がフォローしたりしているのでしょう。多分。きっと。

さて、今回はこの辺で。ありがとうございます、感想等待ってます!


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箱の中身は何じゃろな?(通常業務)


どうも、御堂ですー。

今回せっかくのイヴ回ということで、冬樹姉妹の誕生日の内どちらかの日に投稿出来れば良かったのですが、こんな中途半端な時期での投稿となってしまいました。不覚!


 

 

 とある日の平日。

 現在俺を含めて二人しかいない風紀委員室内にて、俺こと夏目(なつめ)(あきら)は机に突っ伏しながら言った。

 

 

「あ゛っづいぃぃぃぃ⋯⋯」

 

「⋯⋯何て声を出しているんですか」

 

 

 それに反応したのは、いつも通りの真顔で淡々と書類仕事に取り掛かっていた、俺と共に風紀委員室にいたもう一人の学園生、冬樹(ふゆき)イヴ。

 突然机に突っ伏し瀕死状態に陥り始めた俺に困惑しているのか呆れているのか、彼女の正面に位置する俺の席から僅かに身を引き、訝るように声を掛けてきた。

 が、当の俺としては、そんな冬樹にマトモな反応を返すことすら叶わない。俺は生気を失ったような表情のまま。

 

 

「仕方ないだろ暑いんだから。夏になったらこの程度の気温普通に超えてくるのは分かってるんだけどさ、昨日までとの落差が、ね?」

 

 

 ちなみに現在の気温は25度前後を行ったり来たりしている感じ。

 既に夕方になり始めの時刻であることを考えると、5月にしてはそこそこ高いと言えるのではないだろうか。

 

 

「⋯⋯まあ、こういう日もあります」

 

「俺は人一倍暑がりなのー。こんな日にこんな単調な作業してたら溶けるぜ、俺の脳が」

 

「知りません。無駄口を叩くエネルギーを仕事に回せば、早く終わるんじゃないですか?」

 

「正論言うのズルい」

 

 

 にべもなく俺の戯言を切り捨てる冬樹。

 と言っても、構図としては完全に駄々をこねる子供(俺)とそれを窘める大人(冬樹)なので、俺の方は素直に引き下がるしかない。

 人間って何でどうにもならないって分かっていても、「暑い」とか「寒い」っていつまでも言っちゃうんだろうね。

 

 繰り返すが、現在ここ、風紀委員室には俺と冬樹の二人しかいない。

 他のメンバーはクエストやら何やらで全員席を外しており、今日の分の書類仕事など、色々こなしておくべきタスクが全て俺のみに回されそうになったその時、冬樹が救いの手を差し伸べてくれたおかげで、今の状況が出来ている。

 元々水無月にスカウトされる形で風紀委員会に加入した冬樹は少々特殊な立場にあり、今まで見回りなどの通常業務をこなすことは多くなかった。というか、ほぼ皆無だったと言って良い。

 それが今ではこうして⋯⋯。

 

 

「⋯⋯巣立つ雛を見守る親鳥の気分だ」

 

「な、何ですか突然。なぜ涙目になっているんですか」

 

「なんでもないです」

 

 

 再度俺から身を引き始めた冬樹に応える。というか、女の子にそういう反応されると、俺のガラスのハートが砕けちゃうからやめてください。

 いつまでもふざけていては終わるものも終わらないので、書類仕事に集中することにした。さて⋯⋯。

 

 

「3、4月分の拾得物、没収品の記載と。冬樹、没収品とか放り込んである箱ってどこにあったっけ」

 

「確か氷川さんの席の後ろ辺りに⋯⋯、あぁ、ありました。手渡すので受け取ってください」

 

「あの冬樹が俺を手伝ってくれてる⋯⋯!」

 

「なぜさっきからあなたは急に泣きだすんですか!? 正直、気味が悪いです!」

 

 

 うん、流石に自分でも過剰反応し過ぎだと思う。というか、いくら嬉しいからと言ってもいつまでも昔の冬樹と比較するのは失礼だし、自重するべきだろう。

 俺は学園生たちの遺失物、校則違反による没収品などを一時保管しておくための箱を冬樹から受け取り、自らの机の上に置いた。

 ドスン、と重厚感のある音。冬樹から受け取った時に感じた重みといい、この箱の中にはかなりの量の物品が入っているようだ。

 

 

「実は、これ開ける時って毎回ワクワクするんだよな。何が出るかなー、って感じで」

 

「趣味が悪いですね」

 

「またまたそんなこと言ってぇ。仕事が一段落付いたら、コッチ手伝う?」

 

「さ、さりげなく自分の仕事を押し付けてこようとしないでください」

 

「バレたか」

 

 

 そろそろ仕事が終わりそうな(とてもはやい)冬樹と他愛のない雑談を交わしつつ、最初の物品を箱から出す。

 物品にはそれぞれ風紀委員室に届けられた日時が書いてある紙が貼り付けられているため、日時(それ)と物品の名前、没収品ならその持ち主の名前を書類にまとめておくことになる。

 遺失物の方は、あまりにも長い間落とし主が現れなかった場合は処分することになっているが、そうならないよう定期的に掲示板に遺失物の情報を掲載したりしている。

 それを見たり、自発的に持ち物の紛失に気づいた学園生が風紀委員室を尋ねてくるのも日常茶飯事だ。

 さて、それはそうと箱の中からは何が出てくるかな⋯⋯。

 

 

 ドロリ ←ドロドロに溶けた焦げ茶色のナニカ

 

 

「ひいっ!? 何だこれ!?」

 

「だから大きな声を出さないでくだ⋯⋯、何ですかそれは。あまりこちらに近づけないでくださいよ」

 

「お前さっきから俺から距離取りすぎだろ! もっと仲間に寄り添ってくれ!」

 

「風紀委員の皆さんに寄り添うことはあれど、今のあなたに寄り添いたくはありません!」

 

「何だ差別か!? 俺だって風紀委員の一員だぞ⋯⋯って、何かコレ若干粘性もあって気持ち悪いんだけど! ウェットティッシュ! ウェットティッシュ取って!」

 

「もう、仕方ないですね⋯⋯!」

 

 

 お互い軽くパニック状態になりながらも、俺は冬樹からウェットティッシュを受け取り、手に付着した謎の物体を拭き取ることに成功した。

 ⋯⋯今気付いたけど、これアレだわ。

 

 

「あー、チョコレートだなコレ⋯⋯。よく見ると銀紙が張り付いてる」

 

「チョコレート? ⋯⋯思い返すとその箱、直射日光が思い切り当たる所に置いてありましたね。それで溶けてしまっていたという訳ですか」

 

「位置の前に、菓子類を遺失物としてこの箱の中に入れておく奴がおかしいだろ」

 

「昨日遺失物として回収したモノのようですね。もう返せませんが」

 

 

 冬樹がチョコレートの残骸に付いていた紙から、辛うじてといった様子で日付を読み取りそう言う。

 え、これって後々同じもの補充しとけとか言われないよね? チョコレート惜しさに風紀委員室に押しかけて来る奴なんていないよね?

 と、とにかく次だ。

 

 

「よっと。⋯⋯コレは」

 

 

 箱の中から出てきたのは小さめの棒のようなモノ。

 白と黄土色のツートンカラーで構成されており、俺もソレの名前には覚えがあった。

 

 

「⋯⋯煙草(たばこ)、ですか。ごく稀に吸い殻が見つかると委員長が言っていましたが、周囲に小さい子供もいる上に喫煙所がある環境でもなし⋯⋯嘆かわしいですね」

 

「いや、これはココアシガレットだな」

 

「また菓子類ですか! というか、そんなものを拾得物としてカウントする必要ありますか!? ゴミ箱で良いでしょう!」

 

「俺に言うんじゃねぇよ! これとかさっきのチョコレート入れたの多分服部(はっとり)だぜ、箱の中身を確認する俺たちをからかってんだ」

 

「そんな小さなモノをピンポイントで取り出した、あなたに非があります!」

 

「理不尽!」

 

 

 横暴を地で行くような物言いで俺を糾弾する冬樹と、それに真っ向から反抗する俺。この野郎、自分が凄ぇ神妙な表情で「⋯⋯嘆かわしいですね」とか言っちゃって恥ずかしいからって。

 俺が巧妙に服部に罪を擦り付けてやろうと奮闘していると、冬樹が憤然とした様子で正面からこちらの方へと回り込んで来た。な、何ですか、実力行使ですか!?

 

 

「もうあなたには任せておけません! 私が箱の中身を調べます、あなたは私の書類をまとめておいてください」

 

「やだやだ! お前に回された仕事、全部面倒そうだったもん! 二人でやろうぜ、その方が平和的だ」

 

「あなた結局仕事がしたくないだけでしょう⋯⋯!」

 

 

 釈然としない様子でこちらを睨みつけてくる冬樹。

 が、しばらくすると冷静さを取り戻したのか、数分前の自分を恥じるように頬を赤らめ始めた。

 

 

「あなたとは話したくありません⋯⋯」

 

「えっ、いきなり酷い」

 

「あなたと話していると、すぐあなたのペースに乗せられてしまうと言うか⋯⋯。詐欺師の才能でしょうか」

 

「人の進路をロクでもない方向に確定させようとするんじゃないよ。俺は将来、出来るだけ働かずに済む職業に就くって決めてるんだ」

 

「矛盾も甚だしいですね」

 

 

 人はその内部に多くの矛盾を孕む生き物なのだと、近所のお婆さんが言っていた。

 そもそも今の俺がサボりたいだの面倒だの言いつつ働いてる時点で、矛盾は今さら。俺は適度にサボれて周囲もハッピー、そんな都合の良い職業を探しています。

 

 

「で、そんな職業あると思う?」

 

「仕事をしてください」

 

 

 戯言に付き合うつもりは無いとばかりに冷たい視線を向けられた。あれれー? おかしいなー? 最近態度が柔らかくなったと思ってたのに、ボクに対してはむしろ当たりが強くなってないカナー?

 さめざめと涙を流しつつアホなことを考えていると、俺の横に立っていた冬樹が箱の中から何かをひょいと摘み上げた。すっかりこの箱に興味を惹かれたらしい。

 そんな冬樹の手の中に収まっていたのは。

 

 

「チュッパチャプスですね」

 

「この箱ってもしかして、お菓子掴み取り用の箱なのか」

 

 

 縁日とかにある一掴み何円みたいなヤツ。

 まだ包装も解かれていない日本一有名な棒付き飴を手の中で弄びながら、「これ、どうします?」と視線で問うてくる冬樹。

 と言っても、どうするもこうするもないのだが⋯⋯。

 

 

「これも保管だな⋯⋯。こんなモン誰かが取りに来る可能性も低いし、処分することになるのが分かってるのに大事に取っておくんだもんなあ」

 

「廃棄することになったらあなたが舐めれば良いんじゃないですか」

 

「実は拾得物の私物化はご法度なんすよ」

 

 

 そんなことは彼女も承知しているのだろう、瞑目しながら肩を竦める冬樹。こいつ冗談とか言うんだな。

 ―――そんな冬樹が、菓子類が連続で置かれ、段々駄菓子屋の陳列棚の様相を呈してきた拾得物の保管棚にチュッパチャプスを並べようとした時。

 ガラッと大きめの音を立てて風紀委員室の扉が開かれた。ノックしろノック。

 

 

「誰かいるか?」

 

「あん? 朝比奈(あさひな)か。珍しいな」

 

「あー、かもな。珍しいっつーか初めて()んだけど。⋯⋯風紀委員(お前ら)に目ぇ付けられてるし」

 

 

 来訪者の正体は少々クセのある髪を背中まで伸ばした長身の少女、朝比奈龍季(たつき)であった。

 彼女も彼女で以前は触れるもの皆傷付けるギザギザハートみたいな奴だったが、今では言葉遣いこそ粗暴なものの、かなり丸くなった節がある。

 こいつの態度の軟化にも、かの転校生クンが関わっているというのだから恐れ入る。風紀委員より風紀委員してるじゃないですかあの人ー。

 さて、それは一旦措いておくとして。

 

 

「そうだっけか。んで、なんか用? 愛しのさらちゃんなら、さっきグラウンドで散歩部の連中と一緒にいるのを見たけど」

 

「ぶん殴るぞテメー。俺の目当てはそれだ、それ。冬樹が持ってる飴だよ」

 

「は?」

 

 

 朝比奈の指摘に呆気に取られた俺は、知らずの内に間抜けな声を漏らしていた。

 

 

「⋯⋯これですか」

 

「それ」

 

 

 名指しされた冬樹も幾分か困惑した様子で自らの手を見つめる。

 確かに朝比奈はいつも棒付き飴を咥えているイメージがあるっちゃあるが⋯⋯。

 

 

「お、お前、落とした飴をわざわざ風紀委員室に取りに来るほど腹が減ってたのか。食堂行けよ」

 

「ちげーよバカ! 腹が減ったから取りに来たんじゃねぇ、これはアレだ!」

 

「どれだよ」

 

「⋯⋯⋯⋯さ、さらから貰ったモンなんだよ。期間限定の味だって言ってプレゼントしてきて⋯⋯」

 

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 

「やっぱり仲月(なかつき)が愛しいんじゃないか。飴は返してやるから、大事なモンはちゃんと未来永劫取っとけよ」

 

「普通に舐めるんだよ! ニヤニヤすんな気持ち悪ぃ、邪魔したな!」

 

 

 冬樹から飴を受け取った朝比奈は赤面しながら俺に罵声を浴びせ、あっという間に風紀委員室を出ていった。

 相変わらず、不良を自称する割に随分と可愛らしい一面がある少女である。

 ちなみにあくまで微笑ましさからニヤつく俺を見て、冬樹は心底引いたような顔をしていたことをここに記す。正直もう慣れてきた。

 

 

「さーて、仕事に戻るかー⋯⋯」

 

「まだ拾得物は沢山あります。テンポよくいきましょう」

 

 

 そんな冬樹の言葉を受け、俺たちの業務スピードはさらに加速していく。超スピード!

 そんな訳でしばらくダイジェスト形式で。

 

 

「これは⋯⋯宝石? 本物ということはないでしょうし、恐らくレプリカ⋯⋯」

 

「パワーストーンだろ。前同じやつを西原(にしはら)が付けてるとこ見たことあるし、後で聞いてみるわ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

「何だこれ、学園生の人形か? 手作りっぽいけど誰かに似てるような気がすんな。この帽子とか見覚えがある」

 

「⋯⋯瑠璃川(るりかわ)秋穂(あきほ)さんの人形、でしょうか。ということは持ち主は⋯⋯」

 

「おい、どこかからか地鳴りみたいな足音がしないか。『秋穂ォォォォーーーーッ!』って絶叫も同時に近づいて来てるような」

 

「応対よろしくお願いします」

 

「おいふざけんな、妹が絡んだアイツの相手は俺でも疲れるんだぞ!」

 

 

 

「転校生さんの写真が出てきました⋯⋯」

 

「――――」

 

「夏目さん、起きてください。傷は浅いです」

 

「ちくしょう、いつか絶対復讐してやる⋯⋯、なあ冬樹、俺のアゴ歪んでない?」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ええ、何も問題ありません」

 

「(ガラッ)ダーリンの秘蔵写真を落としてしまったんよー! ⋯⋯あれ? ど、どうしたん彰はん。アゴが歪んで少ししゃくれとるんよ」

 

「冬樹ィ!」

 

 

 

「携帯ライトですね」

 

「こういうのって何かスパイ道具みたいでカッコイイよな」

 

「理解しかねますが⋯⋯ん、電池が切れているようですね。ライトが点きません」

 

「誰のか知らねーけど、サービスで新品の電池に取り替えといてやるか。それ貸して」

 

「はい」

 

「サイズ的に単三か。さて、入れ替えと⋯⋯ん? よく見るとこの構造、ライトというか⋯⋯」

 

「(ガラッ)やあ、久しぶり夏目くん。突然で悪いんだけど、ここに僕のペンライト型カメラが届いてはいないかな」

 

「「⋯⋯⋯⋯」」

 

「⋯⋯まだ盗撮には使っていないよ?」

 

 

 

「キャラメルの箱です」

 

「散々やって菓子(そこ)に回帰するのかよ!」

 

 

 ダイジェスト解除。

 何と言うか、うん。お、落とし物一つにも個性が出るって凄いよね! 僕そんなグリモアが大好き!

 短い間ながらも既に俺も冬樹も疲労困憊(ひろうこんぱい)なのだが、仕事の方ももう少しで終わりそうだ。俺は最後の拾得物を箱から取り出す。

 輪ゴムでまとめられた、二枚の長方形の紙切れのようなものだ。思いの外しっかりとした材質で作られており、表面にはやたらとファンシーでキラッキラした背景に、ウサギをモチーフにした二匹のキャラクターが実にキュートでフレンドリーなポーズをとっている。

 キャラクターたちの名前はハートとロップ。すなわちこの二枚の紙切れは。

 

 

(しお)ファンのチケットじゃねぇか。しかもシークレットアトラクションの招待券付きって、まーた貴重なモンを落としやがって」

 

 

 汐ファン。正式名称、汐浜(しおはま)ファンタジーランド。いわゆる遊園地だ。

 誰もが憧れ、夢に見たような、ファンタジーでラブリーな世界。大人も子供も、みーんなが幸せになれる夢のような場所、まさに日本が世界に誇る夢の楽園である。

 そしてその内部には普段は入れないシークレットアトラクションというものが存在しており、その招待券は入手困難なことで知られている訳で。

 

 

「まあ、これならすぐに持ち主が現れるでしょう」

 

「価値が価値だし、落としたことに気付いたら血眼になって探すだろうな⋯⋯。それまで風紀委員室開けとく?」

 

「構いません。個人的に調べておきたいこともありましたし」

 

 

 そう言って冬樹は風紀委員室に備え付けられた、過去の事件の資料等々が収められた棚を開き、一冊の資料を取り出し、読み込み始めた。

 俺個人はそこまで仕事熱心なタイプではないと自認しているものの、一応ここにある資料の内容はすべて頭に叩き込んである。

 だが、きっと冬樹が読み取ろうとしているのはそんな表面上の情報ではなく、もっと奥に潜む「ナニカ」なのだろう―――。

 

 ちなみに俺は折り紙を折って遊んでいた。

 

 

「何を作っているんですか」

 

「うわビックリした。見てたなら言えよ、てっきり資料に集中してたのかと」

 

「いえ、最初は集中していたのですが、それは⋯⋯」

 

「さっき瑠璃川が妹の人形持ってたの見て俺もそういうの作ってみようかと思って。そんな訳で、はい、折り紙版ノエル人形。似てない?」

 

「気持ち悪いです」

 

「ひどい!」

 

 

 にべもなく切り捨てられ、喉の奥から悲哀の声が漏れる。

 でも、よくよく思うと友達にプレゼントするためとはいえ、その妹をモデルにした折り紙をせっせと折るのは変態の所業としか思えない。やだ、俺ってば気持ち悪い⋯⋯。

 俺が傷心と自己嫌悪の狭間で揺れ動いていると、折り紙をしばらくじっと見た後に微笑み、そっと懐にしまう冬樹の姿が視界の端に見えた。

 

 

「⋯⋯シスコン?」

 

「何か言いましたか」

 

「ひえっ」

 

 

 後輩の威圧にビビり倒す先輩の姿もそこにはあった。

 冬樹との俺との関係は最初からこんなモンなので、今さら情けないとも思わないが。⋯⋯ああ、周囲から思われてる? それは仕方ないね。

 とはいえ、これ以上睨まれても堪らないので、俺も明日以降処理する予定だった書類に手を付け始めた。

 

 

「仕事の量も日に日に増えてきてるよなぁ⋯⋯。最近は色々立て込んできてて参るぜ」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「あの、冬樹さん。俺もう折り紙とか折ってないんで、そんなじっと見つめるのやめてもらっていいですか⋯⋯」

 

 

 これが水無月が相手だったならバチコーン☆と親愛を込めたウインクをかまして、その後のつっけんどんな態度を愉しむまであるが、冬樹の場合恥ずかしいとかの前に普通にプレッシャー。

 一体何をそんなに見つめてくることがあるのかと視線で問うてみると、冬樹は珍しくキョトンとした表情で、首をくてんと可愛らしく傾げつつ答えを返してきた。

 

 

「いえ、なぜ夏目さんは風紀委員会に入ったのだろうとふと思いまして。あなたはそこまで積極的に学園を良くしようと思うタイプには見えませんし、かつての私のように点数稼ぎのためだけに加入するような方でもないように思えます」

 

「大体事実なんだけど、そう聞くと俺って何にも興味が無くてやる気も無いロクでなしみたいに聞こえるな」

 

「大体事実なんでしょう?」

 

「ちょっと? こんなところで今日イチ可愛い笑顔見せてくるのやめてくれる?」

 

 

 今日イチどころか、冬樹のこんな華やかな笑顔は月イチでも拝めるか怪しいレベルだ。めっちゃ複雑。

 さて、問いの答えだが。

 

 

「あくまで当時の割合だけど、学園のため皆のためってのは2割ってとこだったな。残りの8割はヒ・ミ・ツ♥」

 

「ああ、委員長のためですか」

 

「勘づいても言わないで欲しいなあ!」

 

 

 改めて他人に言われるとかなり恥ずかしい。

 当の水無月が俺の助けなど滅多に必要としないくらい勤勉かつ有能であったのも相まって、その恥ずかしさは一入(ひとしお)だ。

 俺が羞恥から悶えていると。

 

 

「⋯⋯まあ、誰かのためにそうやって、適切な距離を保ちつつ行動を起こせるのは、あなたの美徳だと思います。たまに鬱陶しいですが」

 

「最後の一言いる? じゃあ今も、先輩と後輩の適切な距離を保ちつつ、頭を撫でたりするのが良いかな」

 

「私を中心とした半径300mの内に入ってこないでください」

 

「すんません調子こきました」

 

 

 俺は両手を挙げて降参の意を示す。

 ⋯⋯適切な距離を保つのが美徳、か。

 時々、他人のパーソナルスペースにずけずけドカドカのっしのっしと土足で踏み込み、何だかんだで心の棘を取り払ってしまう、かの転校生クンのことを羨ましく思うことがあった。

 必要以上に相手の心の内を覗き込み、そのままうっかり藪の中に潜んでいた大蛇に丸呑みにされるなんてリスクを負うような真似はとてもじゃないが俺には出来ないと今でも思う。

 けれど、俺は今のままでも良いのだと、冬樹のおかげで思うことが出来た気がする。

 

 サンキュー冬樹、君は一人の先輩を救った。

 

 

 ⋯⋯あとはもう少し優しさを前面に出してくれるようになったらパーフェクトだ! 頑張れ冬樹、スマイルだ冬樹!

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 風紀委員室を開けていられる限界の時間が近付いてきた。

 汐ファンチケットの件は後日校内放送でも流すとして、今日のところは解散することとなった。

 一応副委員長である俺が鍵を預かっているので、冬樹が部屋を出た後に扉を閉め、施錠する。

 外はすっかり暗くなっているので、女子寮まで送ろうかと冬樹に申し出てみたが、半ば予想していた通り丁重にお断りされた。

 そんな訳で、俺と冬樹は校舎から出る途中まで一緒に並んで歩くこととなる。

 

 

「あー働いた働いた。本当、今日はサンキュな、冬樹。お前がいなかったら多分今頃俺は灰になってた」

 

「大袈裟な⋯⋯」

 

「俺は感謝と謝罪と愛の言葉には嘘を吐かないって決めてるんだけどなあ。大切な後輩相手なら、なおさら」

 

「そうですか、嬉しいです。思わず今夜委員長に『夏目さんから「お前は俺の大切な女だ、嘘は吐かない」と言われました』と自慢してしまいそうなほどに」

 

「意図的に俺の言葉を曲解するのやめてね?」

 

 

 俺の抗議を華麗にスルーして歩を進める冬樹。愛の言葉とか言われて怒っちゃったのかしらん。もしかしてこれ、先輩から後輩へのセクハラ発言とかに認定されるんですかね。

 マジでそうなってはたまったものではないため、適当な雑談を以て冬樹の記憶から俺のセクハラ疑惑発言を消し去ろうと試みる。沈め埋もれろ我が失言。

 

 

「なんつーかアレだ。こんだけ頑張ったんだし、ご褒美に何か一つくらい良いこと無いもんかね」

 

「⋯⋯何を馬鹿なことを。そもそも、あなたが日々頑張っているのは何かしらの見返りを求めてのことではないのでしょう?」

 

「そうやって僕のデリケートな部分を揶揄してくるのやめてよ!」

 

 

 くすりとイタズラっぽく歪められた口の端から、冬樹が俺の風紀委員会加入の理由について言及してきているのはすぐに知れた。

 こいつ、あくまで表面上は他人に無関心な風を装う奴だと思っていたが、俺に対してだけなんかキャラ違くない? ぶっちゃけあまり嬉しくないんですけど。

 

 

「あーあーあー、そーですねそーですね。俺は見返りは必要ないですいりませんー。ってことは、見返りがいるのはお前だけだな。お手伝いのお礼に何か奢る?」

 

「忘れているのかもしれませんが、私も一応風紀委員です。本来やるべき仕事をこなしただけで見返りなんて―――」

 

 

 と、そこまで話したところで、冬樹が何かに気付いたように廊下の奥へと視線を留めた。

 夜の校舎の廊下でナニカに気付くってホラー感満載で嫌だなー怖いなーと、内なる稲川(いながわ)淳二(じゅんじ)を解放しつつ俺も同じ方向に目を向けると。

 

 

「バカバカ、わたしのバカぁ⋯⋯って、アレ? お姉ちゃんと彰さん!? な、何でここに!?」

 

「それはこっちの台詞だっての。今何時だと思ってんだよ」

 

「あなたは一体何をやっているの⋯⋯」

 

 

 慌てたように問いを投げかけてくる冬樹と遭遇した。

 もちろん時期尚早な怪談よろしくドッペルゲンガーの類と遭遇した訳ではない。

 俺の隣で呆れたように額に手を当てる冬樹の白金色の髪よりも幾分か濃いめの蜂蜜色の髪に快活そうなオーラを身にまとう元気っ娘、冬樹ノエル。冬樹イヴの妹である。

 ⋯⋯⋯⋯で。

 

 

「おら白状しろ、一体何してた。場合によっちゃー、この場でキツいお仕置きだぞ」

 

「ぶぇっ、べっつにー? 何でもないよー?」

 

「⋯⋯ノエル?」

 

「ひゃう!? し、汐ファンのチケットを失くしたことに今さら気付いて、いても立ってもいられずに風紀委員室に取りに来た次第です! ごめんなさいでした!」

 

 

 背後に猛吹雪を幻視しそうなほどに冷え切った冬樹の視線を受けたノエルが竦み上がり、瞬時にそう自白した。実の妹から見てもあの目は怖いんだな⋯⋯。

 

 ⋯⋯汐ファンのチケット?

 

 

「なあノエル。それって、シークレットアトラクションの招待券付きのペアチケットか?」

 

「そうそう、それ! やっぱり風紀委員室に届いてたんだ! やった!」

 

「やった、ではないわ。そもそもそんな大切なものを落とすなんて―――」

 

「まあまあ。で、ペアチケットってことは誰かを誘う気だったんだよな? 誰なん?」

 

 

 俺が冬樹の言葉を遮るようにそうノエルに問うと、冬樹がちろっと責めるような視線を向けてきた。

 ちゃんと叱る時は叱らないとこの子のためにならない。

 そんな姉心からの抗議なのは分かるのだが、もう少し待って欲しい。

 と、そこでノエルからの返答。

 

 

「それはもちろん、お姉ちゃんだよっ!」

 

「え?」

 

「ちょっと前に雑誌の懸賞の一等でペアチケット見つけてね? 本当に当たるとは思ってなかったんだけど、まさかまさかの大当たりで! これはお姉ちゃんを誘って二人で行くしかないと思った訳です!」

 

「え?」

 

「えっ?」

 

 

 まるで状況が飲み込めていない様子の冬樹と、彼女の反応に疑問符を返すノエルが鏡合わせのように「え?」だとか「ん?」だとか首を傾げ合う。

 このままだと堂々巡りになりそうなので、冬樹の脇腹を軽く小突いて返事を促してみる。

 一瞬身体をビクリと震わせ、なぜか顔を真っ赤にしながらこっちを睨みつけてきた冬樹だが、すぐに俺の意図を察したようにノエルの方へと視線を再度向けた。

 

 

「ノエル。とりあえず今日は遅いし、寮に戻りなさい。明日チケットは取りに来ればいいわ」

 

「うっ。わかったー⋯⋯」

 

「その後に、当日の予定を話し合いましょう」

 

「お姉ちゃん大好きっ!」

 

「っ!? の、ノエル!?」

 

 

 冬樹の返答に瞳を輝かせたノエルが、ゼロフレームで姉の胸へと飛び上がって抱き着いた。

 

 

「ちょ、離れて⋯⋯! 夏目さんが見てるから⋯⋯!」

 

「お構いなく」

 

「私たちが構います!」

 

「仲良し姉妹だよ!」

 

 

 ノエルの方は対して気にしていないようですけど。

 

 まあ、何にせよ。

 

 

「良いことあったな、冬樹!」

 

「うるさいですよ!」

 

 

 可愛い妹に抱き着かれたままこっちに突っかかって来ようとする冬樹をひらりと躱し、俺は二人きりの時間を邪魔しないようにという、聖人君子もかくやという純粋な気持ちから静々と寮への帰路へと着くのだった―――。

 

 

 






主人公とイヴの関係性としては主人公がガンガン距離を詰め、それにイヴが半歩ほど距離を空けつつ軽口や適当な雑談を交わす仲と言った所でしょうか。
分かりやすく言うと落ち着きのある先輩(イヴ)とヤンチャな後輩(主人公)です。年齢が逆転している⋯⋯?

では、今回はこれまで。感想待ってます!


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ぬくぬくほりでぃ

お久しぶりです、御堂です。
原作のメインストーリーもクライマックスを迎え、期待と寂しさを胸に抱えながらチマチマ執筆しておりました。
せっかく一話で主人公と歓談部の関係をチラつかせていたので、今回は風紀委員たちから少し離れた歓談部とのお話。

原作がシリアス真っ盛りである今こそ、特別温く、緩い日常を⋯⋯。



 以前も言ったことだが、我々グリモアの風紀委員会は休日が少ない組織である。

 当然まったく無いという訳ではないが、一般生徒と同じような完全週休二日制という訳でもない。

 休日を返上してでもこなすべき仕事などはしょっちゅう飛び込んでくるし、テロ対策のために二週分の休日が潰れ、さあ久し振りの休日だ⋯⋯、となった当日に大元のテロリスト集団が学園を襲撃してきた時なんかは、本当に一人二人くらい消し炭にしてやろうかと思った。仕方のないことなんだけどさ。

 まあ、そんな風紀委員でも、当直が無い日は休みであり。

 

 

「うおおおおおおお今日は学園も風紀委員も休みだああああああああ!」

 

「⋯⋯うるさいんだけど」

 

 

 今日がその休日。

 俺こと夏目(なつめ)(あきら)は、久方ぶりの休日の到来から上がりに上がったテンションのままに、食堂で叫び声を上げていた。周囲からの非難の視線が痛い。

 俺の正面でブルーベリージャムの塗られたトーストを頬張る男子生徒も、その例に漏れず中々に不満そうな表情をしていた。

 

 

「仕方ないだろ、休みが嬉しいんだから。俺なんかより遥かに忙しい転校生サマなら、この気持ちが分かるだろ?」

 

「僕は君ほど労働意欲低くないし」

 

「クエストの話じゃなくて、いつも女の子に囲まれて体力を消費(意味深)してる時の話だよぉ」

 

「(意味深)って何⁉︎」

 

 

 俺の対面で声を上げた男子生徒の名は佐伯(さえき)(けい)

 世にも珍しい他人への魔力譲渡を可能とする、この学園唯一の男子生徒⋯⋯、通称“転校生”である。

 容姿はそこそこ、性格は温厚、馬鹿正直、正義漢。やたらモテる上に常に周囲に女の子を侍らせているのに、まったくと言って良いほど色恋話を聞かないことから、性欲が無い、もしくは同性愛者の疑いがある(俺調べ)。

 彼より後にこの学園に転校してきた生徒なら沢山いるのに、なぜ彼だけが頑なに転校生と呼ばれるのかは謎。

 校外の人物すら彼を転校生呼ばわりしているので、俺は実は未だに誰も彼の名前を覚えていない説を推す。転校生クン可哀想。

 学園内男女比が2:8という極端な構成の中、数少ない同性の友人として、俺と彼はそれなりに良い関係を築けている、と思う。具体的には食堂でばったり会えば、こうして共に雑談混じりに朝食を摂ったりするくらいの仲。

 

 

「で、今日は何か予定はあったりするの?」

 

「んー、特にはねぇな。誰にお誘いを受けたりしてる訳でもないし。とりあえず午前中は適当に時間潰して、午後から図書館で勉強でもしようかと」

 

「意外と真面目だよね、夏目って。風紀委員の仕事だって何だかんだ言ってサボってないみたいだし」

 

 

 風紀委員の仕事に関しては、一時期見回り中に眠ってしまったりしていた訳だが。

 

 

「そりゃもう、俺の想い人が真面目な男を好むからよ。誰とは言わないけど、その娘まで(たぶら)かさないでくれよ? 誑かしたら燃やす」

 

「誰かも言わないのにそれは理不尽じゃない? ⋯⋯まあ、水無月(みなづき)さんのことなんだろうけど」

 

 

 もしかして俺の好きな人ってもう学園生全員に知られているんだろうか。先日の報道部の件以来、俺の方も大して隠そうとはしてないけど。

 しかし明言する気もないので、この場は回答をぼかしておく。

 

 

「べべべ別にアイツのことが、すっ、好きだとかそーゆー訳じゃねぇし?」

 

「君は肝心な所で嘘が吐けないよね」

 

 

 回答をぼかすどころか一瞬で俺の真意を看破された。

 なんだか気恥ずかしくなり、俺は愉しげに笑う転校生から視線を逸らしてコーヒーを飲む。ミルク適量、投入済み。ブラックを至高と思えるほど俺は老成していないし、気取ってもいないのだ。ぶっちゃけ砂糖マシマシのカフェラテの方が好きなまである。

 

 

「そういうお前はどうなんだよ。また臨時クエスト請けてたり? だったらご愁傷様だが」

 

「僕も今日はフリー。⋯⋯昼前に、(みなみ)さんに料理の練習に付き合って欲しいと頼まれてるんだけどね。もちろん、試食係」

 

 

 クエストの方がまだマシだったのではないだろうか。食せば寿命とSAN値を削られると噂の南智花(ともか)の料理の試食。モテ男にはモテ男なりの苦労があるんだな⋯⋯。

 

 

「お昼の用事が確定してないなら、夏目も試食係に任命されない? 女の子の手料理とか、君は好きそう」

 

「女の子の手料理は好きだけど、手作りダークマターはちょっとなあ。悪いが、一人で頑張れ」

 

「⋯⋯まあ、日頃お世話になってる南さんのためなら、僕の舌程度安いものと考えようか。とりあえず、君も良い休日を送れるよう祈ってるよ」

 

「おう。俺もお前が明日の太陽を拝めるよう願ってる」

 

 

 何気に南の料理が失敗する前提で話す非道な男子二人であるが、アレはもうそういうモノなのだと考えた方が、アレの存在を受け入れるのには楽なのだ。

 俺の言葉に苦笑した転校生は、弱々しい手付きでサラダに添えられていたプチトマトのヘタを摘み、口に放り込んだ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 繰り返すようだが、今日は久し振りの休日だ。前もって綿密な計画を立てていたという訳ではないが、割と浮かれている。

 どうせなら最大限時間を使って、有意義な時間を過ごしたいものだ⋯⋯と、図書館棟付近の草原で日向ぼっこをしながら考えていると。

 

 

「⋯⋯何しとんじゃ、お主」

 

「あ? ⋯⋯何だ、誰かと思えば東雲(しののめ)か」

 

 

 地面に寝転がった俺の顔を上から覗き込み、呆れたような表情で日傘を差した銀髪の少女が話しかけてきた。

 彼女も俺の友人、名は東雲アイラ。

 その容姿は年端もいかない少女にしか見えないが、その実年齢は300歳以上、脳に蓄えられた知識の量は膨大、魔法の腕は化け物レベルと、色々とんでもない生徒である。

 俺はそんな東雲に体勢を変えずに言葉を返す。

 

 

「何って、今後の予定を考えながら日向ぼっこしてんだよ。案外気持ち良くてかれこれ30分はこうしてる」

 

「確かに今日はいー天気じゃが⋯⋯(わらわ)、そーゆー退屈な時間過ごしてると眠くなるからのう。経験豊富なオトナの妾に必要なのは、癒しより刺激よ、刺激!」

 

「ばっかお前、日向ぼっこ舐めんなよ。一度やったら抜け出せなくなるから。ここから離れられなくなるから。何なら死んでも地縛霊としてココに留まるまである」

 

「お主のハマり方が若干病的で、妾、引く。そもそも妾死なんしぃ〜⋯⋯ま、そこまで言うなら試してやるかの」

 

「おう、そうしろそうしろ」

 

 

 彼女も彼女で暇だったのか、すんなりと俺の提案を受け入れ、日傘をしまいながら俺の隣へぽすっと寝転ぶ東雲。

 お互いの距離はかなり近く、「ふにゃあ〜⋯⋯」とか甘い声を上げながら身体を伸ばす、東雲のこの隙だらけの姿をただの童貞が見ていたら、即座に落ちてしまっていたかもしれないと思った。

 だが、俺はただの童貞ではなく、風紀委員に入ることで強靭な理性を得た、訓練された童貞。この程度では心を動かされることは無いし―――、

 

 

「なぁなぁ、今のどうじゃった? この距離でこの仕草! アイラちゃんの艷姿にドキッとしちゃった? ドキッとしたじゃろー?」

 

「色気が足りねぇ」

 

「チッ! 相変わらず枯れとるのう! 一度で良いから、そのすまし顔を崩してみたいんじゃが⋯⋯」

 

 

 当の東雲がこんな性格だから、勘違いのしようがない。

 サンキュー東雲。君は一人の童貞を救った。

 

 

 〜 東雲アイラ、日向ぼっこ開始から20分経過 〜

 

 

「⋯⋯そういえば妾、日差しが苦手なんじゃった⋯⋯」

 

「そういやそうだったな忘れてたわ! 大丈夫か東雲!」

 

 

 しばらく草原に寝転がって無言でいたかと思うと、東雲が青い顔でポツリと呟いた。その隣でポケットに入っていた文庫本を読んでいた俺は慌てて彼女の日傘を差し直してやる。

 

 

「ああでも、何か体が軽くなっていく気がするわ⋯⋯中々良いのう、日向ぼっこ」

 

「待て待て待て待て、まだ逝くな東雲! 満足気に目を閉じるな!」

 

 

 

 

 風紀委員副委員長である俺が学園生を一人干物にしてしまったなどと、不祥事なんてレベルではない。

 俺が焦燥と共に自分用に用意しておいた団扇で東雲を仰いだり、その小さな体を日陰の下に運んでやったりしていると、しばらくして東雲が復活した。ほっと息を吐く。

 

 

「あ、あっぶねえ⋯⋯」

 

「まったく、か弱い妾をあんな目に遭わせるとは、お主はれでぃーに対する配慮が足りぬな! そんなんだからその年になるまで彼女の一人も出来んのじゃ」

 

「自分の日差し嫌いを忘れてたのはお前もだろが! というか、俺の女性遍歴を何でテメーが知ってやがる!? 遊佐か!?」

 

「適当に言ったつもりじゃったが、やはりか。⋯⋯フッハ!」

 

 

 こ、このアマ⋯⋯!

 その綺麗な銀髪をチリチリパーマに変えてやろうかと思ったが、チリチリパーマどころか俺が魔法で塵にされる未来が視えたのでやめておいた。

 というか、既に俺は日向ぼっこで一時間弱消費したことになるのか⋯⋯。意外でもないが、俺はこういうスローライフの方が性に合っているらしい。そのうち光合成とか出来るようになりそう。

 

 

「あー疲れた⋯⋯というか喉乾いた。購買でジュースでも買って()っかな」

 

「妾はトマトジュースね」

 

「ごく自然に俺をパシリ扱いしやがるな、このなんちゃってロリ。案外元気そうだし、後で金払えよ」

 

「しゃーないのう」

 

「ふてぶてしい⋯⋯」

 

 

 先ほどの負い目もあり、日陰に寝そべったまま四肢を広げ、完全にダラけ状態に入った東雲の要望を渋々引き受け、文庫本に栞を挟んだ後、俺は二人分の飲み物を買いに購買部へと歩を進め出す。

 

 

 

 

 ⋯⋯東雲の分、青汁でも買って来てやろうか。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 グリモアの購買部には何でもある。

 ほとんどの学園生たちが口を揃えて発する文言だ。

 もちろん、本当に購買部が森羅万象、この世のすべてを保有したりしている訳ではないのだが、日用品に便利品、この先の人生で一度でも使用するかどうか怪しい物品まで、そこらの雑貨店くらいなら目ではない程品揃えが良いのは確か。

 多くの学園生の例に漏れす俺もよく利用していて、看板娘の桃世(ももせ)ももとも、仲良くやらせてもらっている。

 

 

「あ、夏目先輩! いらっしゃいませ!」

 

「おう。緑茶と青汁欲しいんだけど、ある?」

 

「もちろん! 夏目先輩、青汁好きなんですか?」

 

「好んで飲むほどではないな。飲むのは俺じゃなくて東雲だよ。アイツにトマトジュース買ってこいってパシられたから、腹いせに青汁をくれてやろうと思って⋯⋯どうにかして外観を誤魔化せないかなぁ」

 

「わあ⋯⋯っ」

 

 

 俺の所業に引いたように声を上げる桃世。

 ⋯⋯ま、まあ、傍目から見れば俺がロリっ子を虐めているように見えるが、実際はアイツの方が遥かに年上なのだ。子供が大人に仕掛ける可愛いイタズラだと思って欲しい。

 と、そこで桃世が何かに気付いたように俺に話しかけてきた。

 

 

「そういえば夏目先輩、今日は風紀委員の仕事はお休みなんですか? 学園が休みの日でも働いてましたよね?」

 

「ん、あぁ。風紀委員としての俺の休日と、学園側の休日が偶然重なってな。つまり今日の俺は自由」

 

「なるほど! じゃあ今日は、ゆっくり羽を伸ばしてくださいねっ。 あ、250円になります!」

 

「んー」

 

 

 桃世の温かな言葉に微笑みを返しながら、彼女の手から緑茶と青汁のペットボトルの入った袋を受け取る。

 

 

「あの、青汁(それ)、かなーり苦いので⋯⋯」

 

「ハハハ」

 

 

 続く桃世の遠慮がちな補足、というか東雲への気遣いについては俺の生涯で一番と言って良いほどの爽やかな笑顔で黙殺しておいた。

 よくよく思えば、東雲には以前から面倒な目に遭わされることが多かった。少しは痛い目を見れば良いのだ、あのロリは。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばし桃世と雑談を交わした後、購買部を後にし、来たる東雲への復讐への期待に胸を弾ませながら廊下を歩いていると、見知った人物とばったり鉢合わせた。

 

 

「お、海老名(えびな)

 

「あら〜、彰さん。お久しぶりです〜」

 

 

 海老名あやせ。

 俺が風紀委員としての仕事で慢性的な疲労感に悩まされていた例の時期に、息抜き(サボタージュとも言う)の場として歓談部室と美味しいお茶を提供してくれた、ある意味俺の恩人のような女子生徒である。

 あれ以来、彼女を含めた歓談部一同とは密な関係が続いている。

 

 

「これからお仕事ですか〜?」

 

「いや、今日は休み。まあ、特に予定も無いもんだから暇を持て余してるんだけどな」

 

「あ、でしたらぁ⋯⋯」

 

「ん?」

 

 

 丁度良いとばかりに両手を合わせ、ぱっと弾けるような笑みを浮かべる海老名に首を捻る。

 

 

「実は最近、刀子(とうこ)さんからちょっとお高めの茶葉を譲って頂けて。これから私たち、部室で集まってお茶することになってるんです〜」

 

「ほほう」

 

「それで⋯⋯、良ければ彰さんもご一緒にどうですか〜?」

 

 

 断る理由などあるはずもない。

 俺は二つ返事で了承し、海老名に着いて行かせてもらうことにした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「どうぞ〜、夏目さん」

 

「サンキュ」

 

「あら、夏目さん」

 

「あっ、いらっしゃいませっ!」

 

 

 海老名に導かれるままに歓談部室へ足を踏み入れると、二人の女子生徒がそう迎え入れてくれた。

 片方の、目の覚めるような透き通った金髪が印象的な美女が【ヴィアンネ教司会】からの派遣使徒、シャルロット・ディオール。

 橙がかったブロンドが目を引くもう片方が、イギリスの魔法学園からの留学生である、エミリア・ブルームフィールドだ。

 

 俺は二人に軽く手を挙げて挨拶を返す。

 

 

「よう、 ディオール、ブルームフィールド。道中で海老名に誘われたんだけど、お邪魔しても良いかな」

 

「ええ、もちろんです。支倉(はせくら)さんからおすそ分けしてもらったこの茶葉はフランスでもかなり有名な銘柄でして⋯⋯、きっとご満足いただけると思います」

 

「以前、里中(さとなか)さんに作り方を教えてもらって作ったドーナツもまだ余ってるんです! 良ければこちらも!」

 

「お、おう」

 

 

 海老名とディオールは滅多にお目にかかれない高級茶葉に浮かれている様子だったが、ブルームフィールドはそちらより、自らが抱える大皿に載った大量のドーナツに目を輝かせているようだった。

 高い高い、テンションが高い。

 ワイワイと盛り上がるブルームフィールドやディオールを見ながら、海老名がふんわりと微笑む。

 

 

「うふふ、今日はちょっと豪勢なお茶会ね〜」

 

「いつもこんな感じで集まってんの?」

 

「毎回って訳じゃないんですけど、週末はこうして皆で集まってお茶をするのが多いんですよ〜」

 

「⋯⋯カロリーとかは」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「お昼ご飯も兼ねてるので大丈夫ですよ〜」

 

「そ、そうか」

 

 

 一瞬の間が気になったが、変に追及して楽しげな雰囲気に水を差す必要も無い。

 そもそも、コイツらは揃いも揃ってスタイルは抜群なので、言われずともそういう所には気を遣っているのだろう。料理部の(ちゃお)のように毎日ドカ食いしても、運動でカロリーを片っ端から消費していくタイプもいるようだが。

 

 

「さ、彰さん。お先にどうぞ〜」

 

「おー。⋯⋯ん?」

 

 

 海老名に促されるままに着席すると、既に席に着いていた留学生コンビが待てども待てども紅茶をカップに注がず、ドーナツにも手を付けようとしていないことに気付く。

 

 

「どしたん二人とも。飲まないの?」

 

「いえ、東雲さんを待っているのです」

 

「東雲さんも今日のお茶会は楽しみにしてましたから。もうすぐ来ると思うんですが⋯⋯」

 

「ほーん」

 

 

 なるほど、東雲。そういえばアイツも歓談部員だった。

 ディオールたちが待っている中、俺だけがドーナツを貪り食うというのも座りが悪い。

 もうすぐ来ると言うことならば、俺も東雲を待つこととしよう。

 そう、東雲を。

 

 東雲を―――。

 

 

「あっ」

 

「? どうかしましたか〜?」

 

「いや、今思い出したんだけど、さっきまで俺、東雲と一緒にいて⋯⋯」

 

「夏目ぇぇぇぇぇぇッ!」

 

「ひっ!?」

 

「きゃあ!」

 

 

 自分の頬を冷や汗が伝うのを感じながら海老名に告白しようとしたその瞬間、凄まじい勢いで歓談部室の扉が開かれ、憤怒の形相の東雲が飛び込んで来た。

 一切の前触れの無い襲撃に肩が跳ねる。ついでにブルームフィールドもビックリして声を上げていた。

 

 

「お主がいつまで待っても戻って来んから、桃瀬や他の連中にお主の居場所を聞き歩くハメになったではないか! 海老名と共に歩く姿を目撃していた生徒がいたから良かったが⋯⋯!」

 

「ごめんなさいごめんなさい、すっかり忘れてました! で、でもほら、ちゃんとお使いはこなして来たから!」

 

 

 怒髪に天を衝かせながら掴みかかってくる東雲に震えながら、俺は命乞いをするように飲み物が入った購買部の袋を差し出す。

 しかしその中に入っていたのは彼女が所望していたトマトジュースではなく。

 

 

「誰が青汁など頼んだか!」

 

「ああああそうだったぁー!」

 

 

 この時ほど過去の自分の悪戯(いたずら)心を呪った事は無い。

  もはやこれまでと、興奮した獣のように唸り声を上げる東雲にただただ恐れを為していると、海老名がスッと俺と東雲の間に割り込んで来た。

 

 

「まあまあアイラちゃん、その辺にして。それに、わたしが彰さんを急に誘っちゃったのも悪いの〜」

 

「いや、海老名。こやつの場合は単に記憶力の問題じゃぞ」

 

「うん、それは俺も否定出来ない」

 

 

 自分で言うのもなんだが、俺はあまり記憶力の良い方ではない。余程重要な事柄以外は積極的に覚えようとしない、というのがより正しいだろうか。

 つまり、海老名の非など皆無に等しいと言える。

 

 

「ま、せっかくの茶会じゃ。こんな些事で空気を悪くすることもなかろ」

 

「そうそう。落ち着こうぜ東雲」

 

「お、ぬ、し、が、い、う、な」

 

「おえんははい⋯⋯」

 

 

 何とか溜飲を下げた様子の東雲だが、一応の仕置きと言わんばかりに頬をつねられる。

 まあ、このくらいは甘んじて受け入れるべきだろう。

 

 

「東雲さん。紅茶の用意が出来ていますよ」

 

「おおーぅ、ご苦労。良い茶葉だとは話に聞いていたが、ほほ、確かに良い香りじゃの」

 

「紅茶の善し悪しが分かるのかお前。飲めりゃ何でも良いってタイプかと」

 

「⋯⋯前々から思っておったが、お主の中での妾はどんなイメージなんじゃ。どれ、ここで洗いざらいぶちまけてみろ。ほれ、吐け吐け」

 

 

 詳細は省くが、洗いざらい吐いたらまず間違いなく消し炭にされかねないので、ここは黙秘権を行使する。

 口を噤んだ俺の頬を再度ぐにぐにとジト目を作りながら引っ張り倒す東雲を見て、ブルームフィールドが湯気が立つコップを持ちながら苦笑する。

 

 

「東雲さんはとっても物知りなんですよ。紅茶についてもそうですけど、この前は200年以上も前のイギリスについて詳しく教えて頂いて」

 

「ふふん。物知りというか実体験なんじゃけどね! 妾、経験豊富!」

 

「年の功だけは他の追随を許さねぇな⋯⋯」

 

 

 女子力辺りは色んな奴に惨敗してそうだが。

 

 

「うふふ。せっかく彰さんがいるんだし、今日は彰さんについて色々聞いてみたいわね〜」

 

「うっ。何か既視感のある展開⋯⋯」

 

「水無月さんとは今ってどうなってるんですか!?」

 

「デジャヴ!」

 

 

 つい最近、報道部で散々根掘り葉掘り聞かれたことだ。

 インタビューの内容が学園内に公表される以上、言っていないこともかなりあると言えばあるのだが。

 

 

「恋愛の話は、やっぱり年頃の女子の話題の花形ですから〜」

 

「一生を左右する大事なことですから、議論も白熱しやすいのです」

 

「議論」

 

「沢山の異性にモテるのが良いか、たった一人の異性に好かれ、そやつと一途な恋をするのが良いか、ってな感じでな。んま、お主は確実に後者じゃろ」

 

「決めつけ早くない?」

 

「えっ、じゃあ、彰さんは色々な人からモテたいんですか?」

 

 

 ブルームフィールドに問われ考える。

 万が一俺が多数の女子に好かれたとしたら、多分それなりに嬉しくはあるだろう。ただ、やはり俺が将来添い遂げたいと思うのは―――。

 

 

「⋯⋯やっぱり俺も水無月だけと誠実にお付き合いしたいかな」

 

「ほほう、水無月を名指しとは、やるのぅ」

 

 

 ニヤニヤと笑いながらドーナツを摘む東雲。

 歓談部の連中にも俺の想い人はバレてるようだし、ここでの会話内容はまず間違いなく外には漏れない。ならば、一応俺はここの客なのだし、話のネタくらいは提供して然るべきだろう。

 それにしても、こいつはこのナリでドーナツなんかを食むと本当にただの小生意気な子供にしか見えないな⋯⋯。これで喋った途端に異様なほどの老人オーラが湧くのは一種の才能なんじゃないかと思う。

 

 

「立場が立場だし当分告白するつもりはないけどさ。モタモタしてたら誰かに盗られるかもと不安で不安で。いや、元々俺のモノって訳じゃないんだけど」

 

「大丈夫だと思いますけどねえ⋯⋯」

 

「それこそ風紀委員長という立場じゃから、安易に手を出す男子もおらんじゃろうしの」

 

「傍目から見ても、彰さんと水無月さんは特に仲が良いと思いますよ〜?」

 

「マジで? やだ、照れる」

 

「何事も不安ならば、誰かに助言を求めるのも効果的ですね。同性のご友人などからも⋯⋯」

 

 

 はて。同性の友人で、恋愛相談をするのにうってつけな人物。

 ⋯⋯やっぱ、アイツだろうなあ。

 

 

「転校生だな」

 

「少年はスケコマシじゃからの。適任も適任じゃ」

 

「て、転校生君に失礼ですよ東雲さんっ」

 

「転校生さんは特定の誰かと付き合ったことは無いはずだけど〜⋯⋯」

 

「よし、妾に任せろ! あやつもここに呼んでしまえばいいんじゃ。この際、夏目と一緒に話のネタにしてくれようぞ!」

 

 

 東雲が邪悪な笑みを浮かべてMore@で転校生に呼び出しのメッセージを送信する。

 内容は、

 

『かんだんぶのぶしつ、こい』

『おちやとどーなつ、ある』

『ついでに、なつめもの』。

 

 俺がお茶やドーナツよりも重要度の低い存在として扱われているのも気になったが、相変わらずこいつのMore@の扱いは上達しない。ダイイングメッセージみたいだ。

 

 

「お、返信来たぞ」

 

 

 しばし再び皆で雑談をしながら待っていると、転校生からの返信が来た。確かあいつは今頃、南の手料理の試食をしているはずだが。

 彼からの返信の内容は以下の通り。

 

『わかつた、いくよ』

『でも、今すぐはちょっとむり』

『まだてあしが、ふるえて、』

 

 

「⋯⋯大丈夫か、少年」

 

「何かあったのでしょうか⋯⋯」

 

 

 多分、こっちはガチのダイイングメッセージだろう。

 転校生が生きてこちらへ出向くことが出来たその時は、口直しにドーナツを山ほど食わせてやるべきだと思った。

 

 

「ま、転校生が来るまでは俺の恋バナは一旦休止で。⋯⋯あー、紅茶美味え。休日だけと言わず、毎日飲みたい味だな」

 

「妾もこの紅茶があれば研究が捗りそうな気がするー。そうじゃ、茶葉に時間停止の魔法をかければ⋯⋯!」

 

「風紀委員の目の前で魔法使おうってか。あと、無駄に大掛かり過ぎるだろ」

 

「チッ!」

 

 

 めちゃくちゃ不満気に睨まれた。校則違反だっつってんだよ。

 

 

「二人は平日も毎日忙しそうだものね〜。休日くらいは羽を伸ばすのが良いと思うわ〜」

 

「羽を伸ばす⋯⋯休日は反動で部屋で寝たりボーッとしてたりが多いからなあ。今日は結構出歩いてる方」

 

「妾は日々やることずくめではあるが、適度にガス抜きしとるからのう。適当なクエスト請けてー、魔法ぶっぱなしてー、ストレス発散!」

 

「ざ、斬新なストレス発散法ですね」

 

 

 パーティメンバーと雑談しながら、片手間に魔物を木っ端微塵にする東雲の姿が目に浮かぶ。

 

 

「ついでに休日の過ごし方も転校生に聞いてみるか。俺よか遥かに多忙だし、良いリフレッシュ方法も知ってそう」

 

「便利じゃの、少年」

 

「リフレッシュということならば、夏目さん。良いものがありますよ」

 

 

 そう言いながらディオールが鞄から取り出し机に置いたのは、細長い木の棒のようなものの束と、薄紫色の液体が入った小さな小瓶。

 海老名とブルームフィールドはそれらを見て、得心がいったように「これ、わたしの部屋にも置いてあるわ〜」だとか「購買部にも置いてありますよね!」だとか言っているが、俺と東雲はこれが何なのかサッパリ分からず首を捻っている。

 

 

「何これ?」

 

「リードディフューザーです。分かりやすく言えば、部屋用の香水のようなものですね」

 

 

 そう言いながら、ディオールが木の棒の束を解き、その内の何本かを小瓶の中に突っ込んだ。

 すると、瞬く間に変化が訪れる。

 

 

「おお、良い香り」

 

「一つ部屋の中に置いておくだけでも大分違ってきます。良ければお一つ、お譲り致しますわ」

 

 

 手元にある紅茶の風味を邪魔しない程度に、ふんわりと歓談部室に漂うラベンダーの香り。

 なるほど、これは確かにリフレッシュになり得そうだ。全身の筋肉が良い感じに弛緩していくのを感じる。

 

 

「お、お⋯⋯。眠くなる」

 

「お前何しても眠くなってるな」

 

 

 俺の筋肉と同じく弛緩した空気の影響か、東雲がドーナツを咥えたまま船を漕いでいた。

 吸血鬼を自称しているだけあって、夜には活発になるらしいが。

 

 

「東雲さん、そんな格好だとドーナツの欠片が制服の上に落ちちゃいますよ。ドーナツは大切にしないと」

 

「えっ、心配するのそっちなの?」

 

「エミリアちゃん、歓談部では転校生さんとイギリスの話と並ぶくらい、ドーナツのお話をするんですよ〜」

 

「愛を、感じますね」

 

「うっ。あ、あやせさん、シャルロットさん、恥ずかしいので言わないでください⋯⋯」

 

 

 ブルームフィールドが赤面しながら海老名とディオールの方に手の平を向け、静止するような動作を見せる。二人はそんなブルームフィールドに対し、たおやかに微笑んでいた。大人の余裕を感じる。

 

 

「まあ、俺もドーナツは好きだけどな。というか、甘いもの全般が好き。疲れには糖分が良いって聞くし、美味いし」

 

「ですよね!」

 

「ひえっ」

 

 

 ブルームフィールドの気迫が凄い。

 

 

「甘いものですか〜。じゃあ、今度夏目さんが来た時のために、今度のお茶菓子は甘いものを中心に買い出しておきますね〜」

 

「別にそこまで気を遣わなくても良いけど⋯⋯食いたい時は普通に店に行くし」

 

「スイーツの専門店などでしょうか?」

 

「そうそう」

 

 

 他ならぬグリモアの学園がある影響で、俺たちが住む風飛市内は企業等が集まってかなり栄えている上、交通の便も良い。

 よって、クエスト帰りなどには甘味処に寄る事が多々あるのだ。

 

 

「たまに他の学園生とかに良い店教えてもらったりしてな。その中でも転校生の情報量は凄いぞ」

 

「何でも知ってますね、転校生君⋯⋯」

 

「クエストに出る機会はとても多いものね〜」

 

 

 ことある事に有用な情報源として名前が挙がる転校生に、段々と畏怖感を覚え始めている様子の歓談部一同。

 この際、もうすぐ歓談部室を訪れるであろう転校生からは、ありったけの情報を絞り出しておくことにしよう。

 

 と、そこでコンコンコン、とノックの音が響き、聞き覚えのある男子の声が聞こえてきた。

 

 

「もしもーし。来たよー」

 

「噂をすれば、ですね」

 

「はいは〜い。今開けますねぇ」

 

 

 海老名が扉を開き、中に入って来たのはもちろん件の転校生、佐伯慶。

 

 

「よーう、また会ったな転校生クン。早速だが、俺が水無月に気に入られる方法と良い休日のリラックス方法と良い甘味処について教えろ」

 

「急に何!? っていうか、僕を呼びつけた当人はどこに⋯⋯」

 

「すぴー」

 

「⋯⋯寝てるし」

 

 

 すっかり眠りこけている東雲を見て、転校生が肩を落とす。

 そんな転校生に海老名がいつもの柔和な笑みを浮かべ、俺が腰掛けているのと同じ来客用の椅子を一つ引いてきて言った。

 

 

「まあまあ転校生さん。アイラちゃんももうすぐ起きるでしょうし⋯⋯それまで一緒にお話しましょう? お茶もドーナツもありますよ〜」

 

「ん⋯⋯じゃあ、お言葉に甘えようかな。ちょうど今は少しゆっくりしたい気分だったんだ⋯⋯うぷ」

 

「お、おう。とりあえず座って休めよ。日々の愚痴くらいは聞くぜ」

 

「すぐに紅茶を用意しますね」

 

「そういえば転校生君、さっきのMore@のメッセージは何だったの? なんだか誤字の量が凄かったけど⋯⋯」

 

「すぴー」

 

 

 話の輪の中に転校生が加わり、休日の歓談部室はさらに賑わいを増していく。

 

 この後東雲が目を覚まし、何だかんだで俺と転校生のどちらが男性として魅力的かという不毛極まりない議論が白熱することになるのだが⋯⋯それはまた、別の話。

 

 

 

 




いかがでしたか?

基本的に彰の休日は『波乱も無く、オチもなく』をテーマに構想しています。
この先ジワジワ彼の人間関係を書いていけたらなあと思ったり思わなかったり。

では、今回はここまで。感想待ってます!


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盤上逢瀬

どうも、御堂です。
たまに何をとち狂ってか挿絵を描こうとするのですが、その度に壊滅的な自身のセンスを目の当たりにして我に返るというサイクルを繰り返したりしてます。自分で挿絵描ける人すごい。

今回はまた風子さん回となっておりますー。


「夏目ー。一局どーです?」

 

 

 とある日の平日。

 他の委員たちが出払っており、書類同士が擦れる音くらいしか聞こえてこなかった風紀委員室にて水無月(みなづき)風子(ふうこ)は、仕事が一段落したので椅子の上で身体を伸ばしパキポキと背骨を鳴らしていた俺こと夏目(なつめ)(あきら)に対し、流し目と共に何かを摘むような仕草をして見せた。

 彼女がその合図を以て示す意思は一つと決まっている。俺は頷きを以て了承の意を示した。

 

 

「ん、おっけー」

 

 

 突然だが、俺と水無月は暇な時にアナログゲームで対戦して遊ぶことが多い。

 出会った時からアナログゲーム好きだった水無月に誘われる形で『アグリコラ 牧場の動物たち』や『パッチワーク』等々のアナログゲームに触れていった俺は、次第にその魅力に囚われ、のめり込み、その腕を磨いていった。

 んでもって、無駄に所蔵量の多いことに定評のある風子印のアナログゲーム倉庫から引っ張り出される頻度がもっとも多いゲーム。

 それがこれ。

 

 

「久しぶりだな。最後にやったのっていつだっけ? 1ヶ月くらい前か」

 

「えーまー。ですから今回は、元を取るつもりでたっぷりと楽しみましょ。⋯⋯よーしゃは、しませんよ?」

 

「ハッ! 弱い風紀委員長ほどよく吠えるってな! 戦績は今のところお前の方がやや優勢だが、今日こそ圧勝してやるから覚悟しとけよ」

 

「ひひ。楽しみにさせてもらいますよ」

 

 

 水無月はいたずらっぽく微笑みながら、言わずと知れた世界的人気を誇るボードゲーム⋯⋯チェスの駒が入った木箱と盤を、自らのデスクの傍にある棚から取り出した。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯ふん、ふん」

 

 

 自軍の兵士を薙ぎ倒しながらへと進撃してきた黒祭服の僧正を見据えながら、水無月は抜けるように白い指をちょいちょいと虚空に遊ばせつつ思案を始める。

 しばらくした後に、彼女が操る白甲冑の騎士(ナイト)に俺のビショップが打ち倒された。

 その光景を見ても、俺は計算通りだとばかりに眉一つ動かさない。

 ⋯⋯ウソです、正直先の自分の一手が悪手だったことに気付いて内心めちゃくちゃ動揺してます。ポーン一体じゃ割に合わないんですけどー!

 そんな俺の焦りを知ってか知らずか、水無月は実に愉しげに話しかけてくる。

 

 

「いやー、やっぱりアンタさんとの対局は面白いですねー」

 

「あー?」

 

「いえね、氷川みたいに手堅い感じもいーんですけど、アンタさんみたいに、じょーせきから外れた動きを度々とるのにちゃんと強いってのは、中々得難い相手なんですよ」

 

「型破りのアッキーと呼んでくれ」

 

「⋯⋯その通り名、アンタさんは嬉しーんです?」

 

「いや、あんまり⋯⋯」

 

 

 冷静に考えると絶妙にダサい。水無月の一手による動揺から思考が乱れてきているようだ。水無月、恐ろしい子!

 というか、俺が定石を意図的に無視するようになったのは、定石をなぞった進軍を目の前の少女がすべて事も無げに捌き切ってしまうのが原因なんですけどね? そこで王道をさらに磨くのではなく、裏道を探し始めるのが俺という男。

 付け焼き刃だって鍛え続ければ立派な名刀になるのだ。多分。きっと。

 

 

「それで、今のでウチはかなーり優勢になったよーに見えるんですが。ここからアンタさんがどう盛り返してくるのか、楽しみですね?」

 

 

 ⋯⋯時間はかかるかもね⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ水無月」

 

「はい?」

 

「今日のお前はまた一段と可愛いなあ。リボン替えた?」

 

「いつも通りのですが」

 

「知ってる。じゃあ化粧かな?」

 

「ノーメイクですけど」

 

「うん、知ってる」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「ほい、チェックメイトです」

 

「待って! 待ってくれ! まだ手はあるはずだから! もう少しだけ考える時間をください!」

 

 

 往生際悪く粘ってみようとしたが、水無月による無慈悲な決着手によって俺の目論見は脆くも崩れ去る。

 序盤は凡ミスをかましてしまったが、その後はなんとかリカバリーしてほぼほぼ理想的な動きを出来ていたと思うのだが⋯⋯、結果はこのザマだ。

 この風紀委員長、大抵いつも風紀委員の仕事してるか授業受けてるかなのに、なんで腕が鈍るどころかより一層磨かれてるんですかね? いや、日々の過ごし方で言うと俺も大して変わらねぇな。

 

 

「おやおや、夏目。今日はウチに勝ち越すつもりじゃーなかったんで?」

 

「くっ。性格悪ぃぞ、水無月ぃ⋯⋯」

 

「まさか。ウチはいつだって慈愛に満ちてますよー」

 

 

 水無月は冗談めかした様子でそう言って笑う。可愛いなちくしょう。こんな可愛い奴と長時間対面しなきゃいけない時点で俺の不利が確定してない? 心乱されまくるでしょこんなの⋯⋯。ズルいよ⋯⋯。

 そんな彼女の蒼玉(サファイア)の瞳の奥にからかうような色を見い出し、俺の方もジョークを交えた物言いを返す。

 

 

「アレだよ、俺は風紀委員の中でもとびきりの俗物だから、何かご褒美が無いと気合いが入らないタイプなんだよ。具体的に言うと長期間の休暇とかね!」

 

 

 長い休みを貰えたら、いつもは実家に帰ってしまう水無月を誘って街に繰り出してみたいという願望もあるため、半分本心だったりする。

 まあ、こんな戯言、当の水無月はいつものように呆れたような表情で一蹴するのだろうけど⋯⋯と、思っていると。

 

 

「ふむ⋯⋯。ご褒美、ですか」

 

「おん?」

 

 

 俺の予想に反して水無月が顎に手を当て、何やらうんうんと唸り始めた。

 どうやらまた何か考え始めたようだが、対局中よりも余程熟考しているように見える。もしかしてアホなことを口走った俺の除名を検討しているのだろうか。焼き土下座ぐらいなら躊躇なくやってみせるから許して欲しい。

 俺が愛着ある部屋との別れを予見し泣きそうになっていると。

 

 

「いーでしょ。その希望呑んであげます。相手が強けりゃ()えーほど張り合いも出てきますからねー」

 

「は?」

 

 

 何言ってんだこいつ。

 

 

「自分で言っといて何ですかその反応⋯⋯。次アンタさんが勝ったら希望通りご褒美をあげると言ってるんです。そーですね⋯⋯アンタさんのゆーことをウチが何でも一つ聞く、ってのはどーです?」

 

「その提案乗ったぁッ! フハハハ、今の言葉、もう取り消し効かんぞ!」

 

「効果てきめんですねー」

 

 

 何か水無月が言っているような気がするが、それももはや耳に入らない。何でも一つ⋯⋯! あの水無月が、『何でも』一つ!

 もちろん、度の過ぎた命令を下せば風紀委員である彼女からの軽蔑は避けられないし、そもそも受け入れられることすらないだろう。ただ、それを差し引いてもなお心が躍るフレーズである。夢が広がるなあ!

 かつてないほどやる気が(みなぎ)り、頭が冴えていくのを感じる。こんな不純なゾーン初めて見た。こいつホントに風紀委員?

 

 

「さぁ、二戦目といこうか水無月。今の俺は過去最強と言っても過言じゃねーぞ」

 

「普段の仕事もこれくらい張り切って取り組んでくれると助かるんですが⋯⋯。ま、今くらい仕事の話をするのはやめときましょ」

 

「え⁉︎ なんか言った⁉︎」

 

「駒並べるの早いですねー⋯⋯」

 

 

 対局開始ー!

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「はっはーん⋯⋯。これは、これは」

 

 

 第二戦目開始から約20分後。

 まだまだ趨勢(すうせい)は分からないとはいえ、現時点では俺が水無月に対し僅かだが優位に立っていた。

 視える、視える、水無月の次の動きが視える。

 明らかに俺の秘められし力が覚醒していた。これがバトルアニメだったならば処刑用BGMが流されていたところだ。まだ序盤も序盤なので、今BGMが流れだしたら大層鬱陶しいことだろう。チェスの一戦は長いのだ。

 

 

「どうしたよ水無月ー。さっきから及び腰じゃありませんかぁー? なんすかー、ビビってんすかぁー?」

 

「初戦でこっぴどくやられたのに、そこまで開き直って人を煽れる胆力はすげーと思いますよ⋯⋯」

 

 

 チェスにおいて盤外も戦場であることはあまりにも有名。俺はいついかなる時も無駄によく回ることに定評のある口と鍛え抜かれた表情筋を以て、全力で水無月を煽り倒していた。

 煽り顔に気合いを入れすぎて顎が外れかけた。以前冬樹(ふゆき)と共に拾得物の整理をしていた際に風紀委員室を襲撃してきた瑠璃川(るりかわ)春乃(はるの)から喰らった筋違いアッパーカットの影響で、顎に変形癖がついてしまったのかもしれない。そのうちケツアゴになったりしないことを切に願う。

 俺が学生らしく将来の不安に身を震わせていると、水無月があくまでマイペースに駒をスイッと動かした。あれだけ必死に煽ったのにまるで通用していないのが虚しい。

 

 

「ほいっと。はい、アンタさんの番ですよ」

 

「むっ」

 

 

 厳しい一手。

 

 

「ちくしょう。まだこんな力を隠し持っていやがったのか、水無月⋯⋯!」

 

「隠してたつもりはねーんですが」

 

「んもー、主人公の覚醒回は無双タイムって相場が決まってるのにぃ」

 

「型破りのアッキーさんはテンプレート通りの展開なんて望まねーんじゃねーですか?」

 

「その通り名やめて!」

 

 

 時間経過と共に段々恥ずかしくなってきた。

 水無月からの先ほど煽りの仕返しを受け、危うく精神崩壊を起こしかけながらも何とか駒を動かす。

 しかし、その手は彼女も読んでいたのか、すぐに手を返してくる。これまた真綿で首を絞めるようなイヤーな手。

 

 

「く、ぬぅ」

 

「あー、これはまた、ウチの勝ちですかね?」

 

「ふん、調子に乗っていられるのも今の内だぜ! 見てろ、すぐに圧倒してやんよ」

 

「ちなみに、ウチが勝ったらアンタさんに何でも一つウチの願いを聞いてもらうんで、そのつもりで」

 

「初耳なんですけど?」

 

 

 知らぬ間にえらい条件が付け加えられていた。なに、私に何させる気なの! エロ同人みたいなことさせる気じゃないでしょうね、エロ同人みたいなこと!

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 水無月相手ならそれはそれで悪くないなと思いました。きめえ。

 それはそれとして、正直二連敗は避けておきたいところだ。俺はさらに思考を加速させる。

 

 水無月の戦法は序盤中盤でじっくり布石と罠を張り巡らせ、終盤に気付いたら負けていた! ってな感じで相手を追い込み殺すタイプ。

 基本受けに回り、カウンターを返しながら粘り倒す俺にとって、彼女のように刃を隠され続けるような戦法をとられると、終始神経を使わされることになる。ほんとにつらい。

 ただ、チェスにおける序盤の仕込みなど、普通はパターンが限られてくるものだ。

 俺が経験に基づいてチェックしておいた、水無月の各仕込み場所に視線を巡らす。

 

 

「こいつか!」

 

「⋯⋯おおー」

 

 

 複数の駒の裏に潜んでいた、残しておくと後々確実に痛い目を見るであろう布石となる駒を見つけた。

 それを俺が討ち取ると、水無月が思わずといったように感嘆の声を漏らす。

 

 

「やるじゃねーですか夏目。よしよししてあげましょーか?」

 

「⋯⋯わぁい。お願いしまーす」

 

 

 水無月がまたも冗談めかしつつ、ファインプレーを決めた俺の頭を撫でるような動作をとってきたので、俺はあえてそれに乗る形で頭部を差し出してみた。

 

 

「えっ」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯あの」

 

「はよ」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 水無月風子、一瞬の硬直。

 そして。

 

 

「何してんですか夏目。変な格好してねーで、ちゃんと盤を見てくだせー」

 

「焚きつけた本人が梯子(はしご)外すのは良くないと思いまーす!」

 

「なんのことでしょーか?」

 

 

 ちょっとこちらが攻勢に出てみれば瞬時に逃げた水無月に猛抗議してみるも、当の彼女は若干赤らんだ頬を隠すようにそっぽを向き、素知らぬフリをし出した。こんにゃろう。

 しかし自分の順番が回ってきてしまえば、長時間ゴネるような真似も出来ない。

 俺は全力で不貞腐れつつ、三度盤面を見つめ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合も中盤に差し掛かり、盤面が混沌としてきた。

 ⋯⋯何となく。なんとなーくではあるが⋯⋯。

 

 

「俺、押されてる気がする」

 

「どーでしょーねー」

 

「白々しいぞぉ。チクショウ、まだ何か仕込みを見逃してたのか」

 

 

 相変わらずキュートでルーズな見た目に反して内面が()()()()な奴だ。

 常に最善手を選択しているはずなのに劣勢に持ち込まれる自軍を見ていると心がへし折れそうになる。ちょっと因果律ねじ曲がってません?

 このまま黙って考え続けても為す術もなく捩じ伏せられてしまいそうだ。俺は一旦思考をクリアーにしようと、自駒を動かしつつ水無月に世間話を持ち掛けてみることにした。

 

 

「水無月、水無月。実は俺、最近ちょっとした悩みがあってさ。チェスしながらで良いから聞いてくんない?」

 

「は? いえ、別に構いませんけど⋯⋯」

 

「サンキュー。⋯⋯例えばの話なんだけどさ。水無月が小さい子供で、遊園地にいるとするじゃん? んで、さらに途中で迷子になってしまったとする」

 

「はい?」

 

「んで、しばらくして母親が見つけてくれました。さて、それは次のうちのどのアトラクションの近くだったでしょう?

 A:観覧車

 B:ジェットコースター

 C:お化け屋敷

 D:メリーゴーランド

 さあ、お前の答えを聞かせてくれ」

 

「アンタさんの悩みなんですよね?」

 

「はい」

 

 

 真顔で問われたのに対し堂々と嘘を吐いてみたものの、死ぬほど訝しげな表情をされた。

 しかし悩みを聞くと言った手前無回答というのも気が引けたのか、眉根を寄せながらも答えてくれた。

 

 

「D⋯⋯、ですかねー。特にりゆーはねーですが」

 

「ほーん」

 

「⋯⋯で、これ一体何なんです? 絶対悩みとかじゃねーでしょ」

 

「以前間宮(まみや)に教えてもらった心理テスト。『心の奥底の自分の本当の気持ち! 好きな異性のタイプがわかる心理テスト』だそうです」

 

「何てモンやらせてんですか!?」

 

 

 水無月が瞬時に頬を紅潮させて掴みかかってきた。ちょっと! やめてください! 駒が落ちるじゃないですか!

 ちなみに水無月が選んだDに該当するのは『優しくて身の周りの人を大切にし、いつも朗らかで愛想がよい人』。参考になりました。

 

 

「落ち着けよ水無月。第一、お前はこんなモン信用するタイプじゃないだろ。戯れだよ戯れ」

 

「他ならぬアンタさんにやられるのが嫌なんですよ!」

 

「心外だな、誰にも言いふらしたりしねーよ」

 

「いや、だからアンタさんに一番⋯⋯あーもー!」

 

 

 平素より飄々としている彼女にしては珍しく⋯⋯も最近なくなってきた狼狽っぷりを露呈させながら、ヤケクソ気味に駒を盤上に打ちつける水無月。

 だが、そんな状態でロクに盤面を見ずに手を返せば、何かしらの綻びが出るのは必然!

 

 

「ルーク取ーった!」

 

「あっ⋯⋯!」

 

 

 まさに怪我の功名。

 今まで散々煽っても水無月には効果無しだったのに、心理テストでここまで手が乱れるとは思わなかった。水無月の弱点は心理テストと見つけたり。

 

 

「よし水無月、心理テストもっとやろうぜ。次はあなたの理想の結婚生活がわかるテスト」

 

「もうやらねーですよ」

 

 

 その後、水無月は俺の出題に一切付き合ってくれなくなってしまった。一瞬で弱点克服されちゃってるじゃないですかー。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 さて、いよいよ対決も終盤に差し掛かった。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 中盤までの和やかなムードはどこへやら、俺も水無月も無言で食い入るように盤面を見つめ、先読みに先読みを重ねていく。

 息抜き程度の気持ちで対局を始めても、結局はガチ対局になってしまうのが俺たち二人の性ということなのかもしれない。ただの負けず嫌いとも言う。

 

 

「⋯⋯んー」

 

 

 水無月がこめかみに人差し指をぐりぐりと当てながら呻き声を漏らす。かわいい(あきらの しゅうちゅうりょくが ぐーんとさがった!▼)。

 そんな風に真剣に頭を悩ます水無月を見て、ふと思う。

 彼女が勝ったら、俺にどんなお願いをする気なのだろうか?

 

 

「ウチが何を要求するつもりなのか、ですか?」

 

「⋯⋯あー、声に出てた?」

 

「普通に話しかけてきたのかと思いましたよ。もしかしてアンタさん、隠し事とか出来ねータイプなんです?」

 

「この前転校生にも似たようなこと言われたなあ。基本的に隠し事とかしないし、よく分からん」

 

 

 流石に知られたら一巻の終わりみたいな機密情報を漏らすことはないだろうが、俺自身について知られて困るようなことはほぼ無いと言っても良い。自然、情報管理も緩くなっているのかもしれない。

 

 

「それで、答えはぁ?」

 

「教える訳ねーでしょ。あ、でも、アンタさんがわざと負ければ確実に答えを知ることが出来ますけど⋯⋯どーします?」

 

 

 そう言うと水無月はしなを作り、クスリと蠱惑的に笑う。

 妙に色っぽい仕草に鼓動が早まり、彼女の瑞々しい唇やデフォルトで乱れた制服の裾から覗く白くきめ細やかな柔肌、鎖骨に視線が行きかけるが、それを理性で必死に押し留める。

 代わりに俺はへらりと笑みを返し。

 

 

「⋯⋯実際に手ぇ抜いたら不機嫌になるクセに」

 

「そんなこたーねーですよー」

 

 

 肩を竦める水無月だが、こいつの性格上態度や口調には表れないとしても、勝負事で手を抜かれればまず間違いなく機嫌を損ねる。

 こいつとの付き合いはそれなりに長いのだ、それくらいは分かる。

 

 

「それに」

 

 

 俺は水無月の(キング)の周囲を自駒で包囲しつつ、先ほどよりも些か悪どい感じで歯を剥いて笑う。

 

 

「このままいけば勝てそうなんだ。わざわざ勝てる勝負を捨てる奴はいねーよ」

 

「にひ。最後まで勝負はわかんねーですから、油断はしねーよーにすることをオススメしますよ」

 

 

 そう言いながら挑戦的に笑う水無月の姿は、今日一番に魅力的に見えた。

 

 そして―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェックメイト、だよな」

 

「⋯⋯ふむ」

 

 

 俺の駒に挟まれ、逃げ場のない水無月のキング。盤面を何度も確認したが、これ以上逃げる手はないはず。

 同じことを水無月も悟ったのか、彼女はふっと息を吐き。

 

 

「確かに、これはウチの負けですねー。次の手はどーやっても躱せません」

 

「いよっしゃあッ!」

 

 

 思わず立ち上がり、全力でガッツポーズをする。

 今日だけでなく、このところ水無月との対局では負けが込んでいたため、久しぶりの勝利に喜びを隠し切れないのだ。何なら歓喜のあまり、ちょっと小躍りしたまである。

 そんな俺を見て、水無月はおかしそうに笑う。

 

 

「ほんと素直ですねー」

 

「良いんだよ、俺はこれで。あー楽しかった!」

 

 

 満面の笑みで席に座り直し窓の方を見てみると、既に夕日が窓から差し込んで来ており、いつの間にか風紀委員室が琥珀色に染まっていたことに気付く。余程熱中していたようだ。

 俺は駒と盤を片付けながら。

 

 

「すっかり遅くなっちまったな。そろそろ帰ろーぜ水無月」

 

「ちょっと待ってくだせー」

 

「くえっ」

 

 

 突然水無月に後ろ襟を引っ張られた。お前そうやって人呼び止めるのって癖なのん? その割には俺以外にやられた奴見た記憶無いんですけど?

 俺が不満を込めた眼差しで水無月を見ると、彼女も彼女で実に胡乱げな視線をこちらに向けていた。なに、どしたん。

 

 

「命令。アンタさんが勝ったってことは、ウチに一つだけ何でもゆーことを聞かせる権利を得たってことです。後々に持ち越すのもややこしーんで、この場で消費しちゃってくだせー」

 

「⋯⋯ああ、あんまりにも勝利が嬉しかったから忘却してたわ⋯⋯」

 

「アンタさんって案外単細胞なんです?」

 

 

 めちゃくちゃ失礼な感想を抱かれていたが、そもそもその命令権のためにやる気を出していたのに、その目的を忘却するのは確かにアホと言わざるを得ない。ドーモ、アメーバ彰デース。

 さて、それは措いておくとして、思い出したら思い出したでまた興奮してきた。

 いやー、何でもかー。あの水無月に何でもかー!

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 

「⋯⋯やべ、何も思いつかね」

 

「えぇ⋯⋯」

 

 

 いやだって、あんまり振り切ったお願いとかしたら普通に嫌われるかもだし⋯⋯。

 そういうのを除けば、正直現状には既に満足しているため、特段水無月に要求したいコトというのは存在しない。なんと無欲なことか。思わず内心で自画自賛してしまう。

 が、水無月にとってそれは歓迎出来ることではないらしい。

 

 

「何ですかそれ。何でもですよ? なーんーでーもー」

 

「いや、んなこと言われてもなぁ」

 

 

 若干不貞腐れ始めたような水無月に焦りが募り、俺は何とか願い事を捻り出そうと試みる。

 しかしやはり出てこない。俺はそれを再び水無月に伝えようと―――。

 

 

「まっ⋯⋯たくっ、もー」

 

「ッ!?」

 

 

 ―――したところで、突如体がふわりと浮遊したような感覚を覚える。

 気がつくと俺は、水無月に押し倒されるような形で床に背中を着けていた。

 

 

「ほんとーに?」

 

「⋯⋯は、え? 水無月?」

 

「ほんとーに、ねーんですか? 彰さんが、ウチにお願いしたいこと」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 熱に浮かされたような表情の水無月と目が合い、息が詰まる。

 彼女の柔らかな身体の生々しい感触が制服越しに伝わってくる。

 脳を痺れさせ、蕩けさせるほどに甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐってくる。

 彼女の潤んだ瞳の奥から覗く理性は、イチゴジャムのようにドロドロに溶けているように見えた。

 

 

「ウチは今、ただの水無月風子です」

 

 

 風紀委員長という身分による障害は取り払った。

 そう宣言した水無月に、俺の理性は完全に焼き切れて。

 

 

「い、以前転校生に教えてもらった良い店があるんだよ。スイーツがどれもこれも絶品って話で」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ほほう」

 

「そこに今度の休日一緒に行かないか? ほら、お前いつも休日には実家に帰るじゃん。一日だけどうにか空けてくれよ、それが俺の命令ってことで!」

 

 

 瞬時に再構築を果たした。

 

 あ、あっぶねぇ⋯⋯。何がとは言わないが色々危なかった⋯⋯! とにかく危なかった⋯⋯!

 あの状態の水無月と長い間対面するのは本当にマズい。俺の本能がそう警鐘を鳴らし、以前歓談部で転校生から聞いたオススメのスイーツ専門店の話を思い出したことで、水無月への願い事を絞り出すことに成功した訳だが。

 

 

「⋯⋯ま、いーでしょ。親もたまには友達と遊んで来ても良いとは言ってくれてますし、予定を空けるのにそこまで苦労はしねーと思います」

 

 

 気付けば、俺から離れて立ち上がった水無月はすっかりいつも通りの様子に戻っていた。

 これでとりあえずは一安心。その上休日デートの約束まで漕ぎ着けられたぞと俺も体勢を戻しつつ、密かに安堵していると。

 

 

「ね、夏目」

 

「っ。な、何だ? 水無月」

 

 

 水無月がすすす、と身を寄せてきた。

 まだ網膜に焼き付いている水無月の瞳がフラッシュバックし、体が硬直する。

 そして彼女は俺の耳元に口を寄せ、一言。

 

 

「⋯⋯⋯⋯へたれ」

 

 

 思い切り脱力してしまった。

 虚脱感に身を任せて床にへたり込む俺を見て実に愉しげに笑う水無月が、鍵を机の上に置いて軽快な足取りで風紀委員室の出口へと向かって行く。

 

 

「んじゃ、お疲れ様でしたー。ウチは一足先に帰らせていただくんで、鍵はよろしくおねげーしますよ」

 

「ああ、はい。お疲れ様でした⋯⋯」

 

 

 やっぱ、こいつには勝てねぇわ⋯⋯。

 

 俺は風紀委員室から出ていった水無月を死んだ目で見送りながら、しみじみとその事実を噛み締めるのであった。

 

 

 

 




今回はなんだか私の妄想が振り切れた感があります。当作品の風子さんにはキャラ崩壊注意のタグを付ける必要性もあるやもしれません。
書き終えてから気付きましたが、彰をヘタレ呼ばわりしている割には風子さんも大概だと思います。似た者同士なのでしょうか。

では、今回はここまで。感想待ってます!


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番外編
滅びゆくこの世界にて


この度めでたく受験生デビューしました、御堂です(白目)!
三話目の執筆中にまさかの裏世界服部が登場する、しかもかの第8次侵攻のイベントが開始。テンションが上がりまくり、ほとんどノリでこの番外編を執筆した次第です。
舞台は第8次侵攻時の裏世界。主人公である夏目の介入により、原作よりも少しばかり女子たちの心に余裕が出ている、かも⋯⋯?

それでは早速、どうぞー!



 悲鳴が、怒号が、破壊音が、聞こえる。

 腐臭ともつかない異様な臭気に当てられ、思わず口元を手袋で包まれた左手で塞いでしまう。

 が、いつまでも塞いでいる訳にもいかない。すぐに手を離して何の気なしに手の平を見てみれば、薄汚れ、所々破れた白色の手袋に血が滲んでいた。

 

 

「⋯⋯チッ。どこで切ったんだか」

 

 

 一人悪態を付きながら、倒壊したアパートの陰から姿を現した中型の魔物に、魔力によって生成された炎弾を撃ち込む。当の魔物は燃えるというよりは弾け飛ぶといった様子で散り散りになり、瞬く間に霧散して虚空へと溶け消えて行った。

 

 喜びは、無い。

 

 この程度の魔物を一匹仕留めた程度で歓喜出来るような状況ではないし、俺はポジディブではない⋯⋯いや、そんな奴がいるとすれば、そいつはもはや楽観的思考の持ち主というよりはただの阿呆だろう。

 俺はそんなことをボーッと考えつつ、戦闘服に付いた砂埃を払い⋯⋯、誰もいないように見える空間へと声を掛けた。

 

 

「まったく、面倒な時代に生まれてきたモンだぜ。なぁ、服部?」

 

「⋯⋯こんな時でも口が減りませんね、()()()()()⋯⋯」

 

「いつ聞いてもむず痒い響きだな、その肩書き」

 

 

 いつの間にかそこには、一人の少女が立っていた。

 一つに結われた深緑の髪と、いかにも忍といった感じの装いが目を引く⋯⋯生徒会所属、服部梓。

 

 

「もうこの辺りには誰もいないぜ。逃げ遅れた市民が数人いたが、ちゃんと全員避難させた。⋯⋯つっても、避難先が絶対に安全だとは、言えないが」

 

「それは⋯⋯いえ。早速ですが会長から招集命令が出ていますので、自分に着いて来てください」

 

「水無月から?」

 

「はい。この先500メートル付近にタイコンデロガ含む魔物の群れが出現⋯⋯現在、会長以下数名が応戦中ですが、苦戦しています。自分とあなたの二人で増援に」

 

「⋯⋯ッ。生徒会長自ら出張ってんのかよ。もしものことがあったらどうする気だっつーの⋯⋯!」

 

「それだけ戦況は困難なモノになっている、ということです。それよりも、早く向かいましょう」

 

「⋯⋯ああ、悪い。案内頼む!」

 

 

 こくりと小さく頷いた後、相変わらずの常識外れの速度で前を走り出した服部を追随する。

 体の節々は痛むし、前線に出てからひたすらに魔法をぶっ放しつつ市民や負傷者を運んでいたために、疲労感もかなりのもの。

 

 けれど、足は止めない。

 

 俺は人類だとか学園だとかの前に―――たった一人の女の子のために戦うのだと、決めたから。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「―――夏目ッ!」

 

「―――委員長」

 

「ナイスアシストだぜぃ、二人とも! さて、テメェらで最後だクソッタレ⋯⋯はぁあああぁぁぁぁーーーーッ!」

 

 

 風飛市内、某地点。

 あれからしばらくして無事水無月たちと合流することに成功していた俺は、水無月の重量魔法と服部が仕掛けた罠によって動きを止めた二体の魔物の頭部を、炎をまとった脚で蹴り砕いていた。⋯⋯まあ、砕く骨がコイツらには無い訳なんだが。

 

 

「とりあえず、近辺の魔物の気配は消失しました」

 

「タイコンデロガともなると流石に強ぇな。せっかく上手いこと溜め込んでた魔力が一気に持ってかれたぜ」

 

「⋯⋯すみませんね。助かりました、服部、夏目」

 

 

 周辺の魔物が全滅したことを知らせる服部の言葉に息を吐き、俺が呟いていると、全身傷だらけの状態で俺たちの後方に佇んでいた()()()()、水無月風子がそう言った。

 

 

「礼なんざ不要だよ。それはともかく、傷は大丈夫か? お前もだけど⋯⋯その、後ろの奴らも」

 

 

 水無月が立っている、そのさらに後ろ。

 もはや自分の足で立ってすらおらず、地面にうつ伏せになって倒れている二人の女子。彼女たちもグリモアの生徒だ。

 俺と服部が来た時、水無月はその二人を守りながら、タイコンデロガをも含めた複数体の魔物相手にその魔法を奮っていた。

 

 

「気を失ってはいますが、命に別状はねーはずです。ですが、交戦中、タイコンデロガの攻撃で巻き上げられた瓦礫に打たれたようでして⋯⋯」

 

「よりによって戦闘服でダメージ軽減が出来ない瓦礫か。クソッ⋯⋯で、お前は?」

 

「⋯⋯この程度、傷の内に入りませんよ」

 

「ホイ〇(裏声)」

 

「ホ〇ミじゃねーですよ、何勝手にウチに治癒魔法なんて使ってんですか! そんなことに魔力を回す暇があったら彼女たちに使ってくだせー!」

 

「うっせーなこのバカ、お前はまだ前線で指揮執るつもりなんだろ! 保健委員のとこまで行かねーんだったら、魔物がいない今の内に治しとくべきだろうが!」

 

 

 少なからず憤激した様子の水無月に声を返す。見たところ割と深い傷だったみたいだし仕方ないだろ! 痩せ我慢する時とマジでやべー時の区別は付けろっての!

 

 

「お二人とも。一応ココ、戦場ですから。気を緩めないでくださいよ」

 

「「警戒は解いてねーよ(ませんよ)」」

 

「⋯⋯お二人の様子は見ていると和むんですけどね。流石は組織の長、と言うべきですか」

 

 

 別にそんなんじゃないが。

 ⋯⋯と、いうか。

 

 

「和むっつーんなら、服部。お前ももうちょい笑ってみたらどうよ。最近のお前は無愛想で怖いぜ。短い間だったとはいえ、同じ組織に所属してた先輩だぜ? 可愛い笑顔を見せてくれよぉ」

 

「⋯⋯ふくいいんちょーが変わらなさすぎなんスよ」

 

「お。やっぱり副委員長(そっち)の方がしっくりくるな」

 

 

 仕方ないといった様子で苦笑を浮かべ、口調を昔のものに戻した服部に対し、俺も薄く口の端を上げることで応える。

 うーん、実に久しぶりに服部の笑顔を見た気がする。笑うと女の子の魅力って倍くらいに跳ね上がるよね!

 

 

「な、水無月。やっぱり服部は笑ってた方が可愛いよな?」

 

「いきなり何聞いてきてんですか、まったく⋯⋯。服部。この二人はウチと夏目で本部へ運びます。アンタさんは再び戦線の維持をお願いしますよ」

 

「了解です、生徒会長」

 

「女の子運ぶ時って、お姫様抱っこの方が良いかな」

 

「担ごうが抱き上げようがどっちでもいーですから。ほら、行きますよ」

 

「へいへい」

 

 

 呆れたような表情の水無月に促され、俺は二人の女子生徒のうち一人の体を担ぎ上げる。

 傷は全体的に打撲や擦り傷などの軽いものが中心のようだが、何せ気絶しているのだ。一刻も早く保健委員が待機している本部へと連れて行くべきだろう。

 そう考え、同じく女子生徒を抱えた水無月よりも先駆けて歩を進め出す。

 

 

「んじゃ、レッツゴー」

 

「⋯⋯軽いですねぇ」

 

「必要以上に重い雰囲気醸しても仕方ないしな。楽観的になってる訳じゃないし、油断もしてないが」

 

「それは見れば分かりますよ。それでも今のあなたは、不自然でない笑顔を作れている⋯⋯、それだけで、凄いんです」

 

 

 言わんとしていることがよく分からない。

 俺が視線で続きを促すと、水無月は肩を竦め。

 

 

「ウチはこれでも生徒会長として正確に戦況を把握し、冷静に学園生たちに指示を出しているつもりです。だからこそ分かる⋯⋯、そろそろ限界ですね」

 

「⋯⋯生徒たちが? それとも、風飛がか」

 

「両方ですね。本部に戻ったら、ウチは撤退命令を出します。ここから先の学園生たちの目的は風飛の防衛ではなく⋯⋯ただただ、生きること」

 

「ふぅん」

 

「⋯⋯失望しましたか? こんな、事実上の人類の敗北を認めるような判断を下したウチに」

 

「英断だろ。大体の生徒は既に満身創痍だし、死の恐怖に呑まれて、精神的に戦闘が困難になっている奴もいる。これ以上は無用な犠牲を生むだけだ」

 

 

 当初学園生たちに下された指示は、戦え。魔法使いに覚醒した身として、逃げて死ぬのではなく魔物と戦って死ね―――。

 正直、中々に酷な命令だったと思う。が、それほどまでに厳しく叱咤激励しなければ、そもそもこの場に来ていなかった者すらいたかもしれない。

 それほどに⋯⋯今の学園生たちの心は、傷つき、折れかけていたのだ。

 友人の死、衰えることを知らない霧の侵攻、日々強くなっていく魔物たち⋯⋯。

 

 

「むしろ、今も誇りと希望を持って戦い続けていられる野薔薇(のいばら)たちみたいなのが特殊なんだよな」

 

「⋯⋯⋯⋯誇り、ですか」

 

 

 そう、誇り。

 縋る希望すらほぼ見えなくなってしまったようなこの世界にて、野薔薇(ひめ)のような学園生を突き動かしているのは、ひとえに誇りや義務感などの、一見すれば命を賭けるには不相応であるような感情なのだ。

 そんなか細い感情の下、人類は戦っている。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯俺も。

 

 

「夏目は」

 

「あ?」

 

「夏目は⋯⋯彰さんは。どうして戦うんですか? 学園生だから? 風紀委員長だから? 人類を救いたいから―――?」

 

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 俺は女子生徒を担ぎ直しつつ、フハッと笑みと共に息を吐いて答えた。

 

 

「俺が死ぬ時になったら教えてやるよ」

 

「⋯⋯じゃ、一生言わなくていーです」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 サイレンの音が澱んだ空に響く。

 負傷者を保健委員たちに預けた後、水無月は風飛を守るのを諦め、学園生たちに撤退を促すためのサイレンを鳴らすように本部に残っていた学園生に命じた。

 本部の学園生たちもここで退却することとなる。

 このサイレンが鳴らされた以上、これは紛れもない生徒会長からの命令。街に市民が残っていようが、負傷した学園生や兵士がいようが⋯⋯原則として優先されるのは、戦場からの退却である。

 

 

「⋯⋯さて、夏目。アンタさんも学園生の例に漏れません。退却してください」

 

「お前はどうすんの?」

 

「ウチは⋯⋯私は生徒会長として、最後までここに残る義務がある。学園生全員が撤退するまではここに残りますよ」

 

「⋯⋯へぇ」

 

「前もって言っておきますが、あなたも残るだなんて言い出さないでくださいよ」

 

 

 なるほど、お見通しと。

 こうなると水無月は絶対に退かない。彼女が風紀委員長だった頃から芯の方は変わっていないのだ⋯⋯。

 俺は両手を挙げて降参の意を示す。

 

 

「わかったわかった。死ぬなよ?」

 

「ええ。必ず戻ってきますよ」

 

 

 煤に汚れた頬を拭いながら、拳を突き出してくる水無月。俺はそれに自らの拳を突き出して合わせ⋯⋯笑った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ふ―――――ッ」

 

「ゴォ⋯⋯ッ!?」

 

「えっ⋯⋯!? み、水無月生徒会長!?」

 

「この魔物はウチが抑えておきます。⋯⋯早く撤退を!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 風子の苛烈な声音に一瞬肩を跳ねさせたものの、すぐに負傷した肩を押さえながらその場を離れるグリモアの生徒。

 もう何度目になるだろうか、風子は彰と別れてから、ひたすらに魔物を自らの魔法で足止め、討伐し、その間に逃げ遅れた学園生たちを逃がすという作業に没頭していた。

 過度の魔力行使の影響で体が軋むが、まだ魔力は絞り出せる。その場に倒れたりしなければ、それで良い。

 

 

「誰か逃げ遅れた者はいますか! ウチはグリモアの生徒会長、水無月風子です! いるのなら早急に退却、避難を! それが不可能なら声でも何でもいいです、合図をください! ウチが助けます!」

 

 

 声を張り上げつつ、荒れ果てた風飛の街を風子は駆ける。途中小型の魔物を何匹か見かけたが、今は学園生を逃がすのが先決。無駄に労力を割いている暇は無い。

 声は返って来ない。

 瓦礫が散乱する道路を踏み締める度、凄まじいまでの不安感、寂寥感が襲ってくるのを感じる。心臓が引き絞られるような思いになる。

 生徒会長として。魔法使いとして。

 他の生徒よりも遥かに多く、大きい使命や義務感に縛られ続けてきた彼女は、前だけを向いて今まで戦ってきた訳ではない。ふと脳裏をよぎる最悪の未来や、目の端に滲みそうになる涙を、その度に必死で抑えつけながら戦ってきた。先の第7次侵攻で学園生が死亡した時は、一度だけ、本気で泣いた。

 水無月風子は普通の女の子と同じように、弱い。けれど、それ以上に強かった。

 だからこそ生徒会長になった。

 だからこそ戦えた。

 彼女を支える感情は生徒会長としての誇り、義務感。そして他でもない、学園への愛だ。

 

 ⋯⋯あとは、そう。

 

 ひどく個人的な感情なのだけれど⋯⋯、彼には生きて欲しいと思ったから、だろうか。

 

 と、そこまで考えた時、彼女は気付く。

 

 

「コォアァォォーーーーーーーーッ!!」

 

「―――空!? このサイズ、タイコンデロガとまではいかずとも⋯⋯!」

 

 

 上空からの強襲。

 ベースは鷲か鷹か、はたまた隼か。獲物を仕留めるためのみに特化したと思われる流線的なフォルムの魔物が風子へと突進してきた。地上にいるであろう学園生たちを捜索していた風子の対応が一瞬遅れる。そして、その一瞬が戦場においては命取り。

 

 

(間に合わ⋯⋯)

 

 

 ――――刹那。

 

 風子は紅い光を散らしながら、真横へと吹き飛ぶ鳥の魔物を見た。

 

 

「え⋯⋯」

 

「⋯⋯あっぶねぇな! どこ見てんだ水無月このバカッ! 俺がいなかったらどうなってたか分かんなかったぞ!?」

 

 

 そこに立っていたのは、赤熱した拳を構えながらこちらを叱責してくる見覚えのあるくすんだ黒髪の少年。継ぎ接ぎだらけのローブを翻しながら近づいてくる彼に、風子は⋯⋯。

 

 

 

 

 思い切りビンタをした。

 

 

「いってぇ!? な、何だお前この野郎、感謝されこそすれ、頬を張られる理由は無いぞ!」

 

「⋯⋯何で戻って来たんですか!」

 

「あぁ⋯⋯?」

 

「撤退指示を出すと言ったはずです! あなた自身が退却すると言ったはずです! ウチが何のために⋯⋯誰のために戦っていると!」

 

 

 激情のままにまくし立てる風子。

 ああ、こんなにも怒ったのはいつぶりだろうか。彼といるとどうにも感情的になってしまう。彼になら自分の深い部分を見せても良いという気になってしまう。⋯⋯させられてしまう。

 

 

「そんなに怒るなよ⋯⋯。仕方ねぇだろ、どうしても放っておけなかったんだから」

 

「⋯⋯何を、放っておけなかったんだって言うんですか」

 

「そりゃ、お前」

 

「⋯⋯⋯⋯ッ」

 

 

 いつも通りの間の抜けた表情でそう言う彰に、風子は顔を赤くする。それが羞恥によるものなのか憤怒によるものなのか、それは既に風子本人にも分からなかった。

 まるで力のこもっていない、弱々しい拳で風子は彰の胸を叩く。

 

 

「⋯⋯何なんですか、あなたは」

 

「何が」

 

「いつもいつも、ウチを惑わせて。こんな時でもあなたは変わらなくて⋯⋯。ふとした瞬間に、ウチはあなたに希望を見てしまう」

 

「⋯⋯ただ、感情が表に出にくいだけだ。少し強いだけの魔法使いがヘラヘラ笑ってるより、魔力を回復させてくれるポーションでもあった方が役に立つだろうぜ」

 

「ゲームじゃねーんですよ、この世界は。紛れもない現実(リアル)なんです⋯⋯ねぇ、彰さん」

 

「ん?」

 

 

 一際大きな爆発音が遠方から聞こえてきた。

 まだ学園生たちの撤退は済んでいない。が、いよいよこの風飛も末期⋯⋯、自分たちもそろそろ撤退しなければ危なくなるだろう。

 それでも今、言うべきな気がした。

 

 

「ウチはあなたのことが好きです。大好きです。ウチは今まで学園のために、人類のために戦ってきましたが⋯⋯、何よりウチは、あなたのために戦ってきた。あなたとずっと一緒に、生きていたいと思ったんです」

 

「――――」

 

 

 ああ。

 言ってしまった。

 こんな時に何を言っているんだと軽蔑されるだろうか。この場で突っぱねられ、叱責され返されるだろうか。それも仕方ない。当然だ。

 でも、でも⋯⋯。

 

 

 

 

 次の瞬間、風子は彰の胸に抱き寄せられていた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯昔から、要所要所では気が合うよな」

 

「あ⋯⋯」

 

「俺も好きだよ、水無月。お前のことが好きだ。だから、生きよう。これからもずっと奴らと戦うことになると思うけど⋯⋯二人が一緒なら、絶望なんてしない」

 

「⋯⋯⋯⋯ふぁ⋯⋯彰、さん⋯⋯」

 

 

 駄目だ、泣くな。ここは戦場だ。気を抜くな。

 生徒会長になってからずっと抑えてきた涙が溢れ出そうになる。今まで溜め込んできたあらゆる感情を吐き出してしまいたくなる。

 

 でも⋯⋯きっと彼は。愛しい彼は、それすらも受け入れてくれるのだろう―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド ズ ン

 

 

 

 

 

 

 

 

「「―――――――ッ!?」」

 

 

 地面が、揺れた。

 地震ではない。それだけは直感で察した。

 じゃあ何だ。こんな、一瞬で背筋が凍りつくような威圧感(プレッシャー)を伴った揺れなど⋯⋯!

 

 

「はは⋯⋯。マジかよ⋯⋯」

 

 

 そこで風子は、自らを抱き寄せたままでいる彰がある方向を見て、頬を引き攣らせていることに気付いた。

 先ほど彼が自負したように、彰はあまり感情を表情に出すタイプではない。そんな彼がここまでの表情を⋯⋯?

 訝りながら風子も彰と同じ方向に視線を向ける。

 

 

「⋯⋯⋯⋯! アレ、は⋯⋯」

 

「噂には聞いていたが、実在するとはな⋯⋯いや、信じたくなかったってのが正しいのか?」

 

 

 いつの間にか、そこには巨大な『壁』がそびえ立っていた。

 あまりの大きさに距離感が狂い、()()が今、自分たちから近いのか遠いのかすらも把握するのが困難。

 嗚呼、それはもはや伝説として語られていた、その脅威はタイコンデロガさえも軽く凌ぐとされる、最大最凶の霧の魔物。

 通称―――。

 

 

「ムサシ⋯⋯!」

 

「学園生たちを完全に逃がすには、少なからずアイツを足止めする必要がある。⋯⋯やれるか」

 

 

 彰が風子を放し、彼女への問いと共に臨戦態勢を取る。鍛え抜かれた肉体からチリチリと火の粉が舞い始めた。

 無論、答えは決まっている。

 

 

「とーぜんです。ウチはグリモアの生徒会長⋯⋯。そして、あなたの恋人ですから。離れませんよ」

 

「ハッ。なるほど。じゃあ―――行くぞ!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類の行く末は、暗い。

 

 けれど、彼ら彼女らは歩みを止めない。

 

 滅びゆくこの世界にて。

 

 彼ら彼女らは、愛と死を紡ぐ。

 




いかがでしたか?
自分なりに悲壮感絶望感を描写しようと努力はしましたが、いかんせん慣れていないものですから、自分的にもどこか綻びがあるように感じます。
とにかく、ついに原作の方でも裏世界とはいえ第8次侵攻が始まり⋯⋯、これからはずっと興奮しっ放しになりそうです。

では、今回はこの辺で。ありがとうございました! 感想待ってます!


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