勇者ヨシヒコと魔王カズマ (カイバーマン。)
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其ノ壱 ヨシヒコ、異世界に立つ
壱ノ一


ヨシヒコ

 

それは幾度も魔王の脅威から仲間と共に世界を救った勇者の名前

 

これは彼が再び新たな地で、新たな仲間と共に邪悪なる魔王と戦うお話。

 

 

 

 

 

 

 

まず目を開けるとそこは暗闇だった。

 

「……え?」

 

突然の出来事に困惑しつつ上体をゆっくりと起こすも、何処を見ても周りは何も見えなかった

 

最初に暗闇の中で目覚めたその者の名は『メレブ』

 

マッシュルームカットと鼻の下のほくろが特徴的な魔法使い。

 

覚える呪文はほとんど役に立たないがヨシヒコの窮地を幾度も救った事が一応ある。

 

基本的には暴走気味のヨシヒコの良きツッコミ役をしてあげたりと世話役を自ら買って出ている。

 

 

「いやちょっと怖いんだけど、え? どゆこと?」

 

ここはどこなのだろうか、というかそれ以前にここに来た記憶そのものさえ無い……

メレブが一人途方に暮れていると、ふとすぐ隣に誰が自分と同じく横になっている姿が確認できた。

 

「あ」

「違う私はスズメを食べたんじゃない、私が食べたのはスルメだ」

 

勇者・ヨシヒコである。

 

ヨシヒコはカッと大きく目を見開きながらブツブツとうわ言の様に呟いている

 

「あんなに可愛らしいスズメをどうして私が食べたと思うのか、そんなに疑うというのならその剣で私の腹を突いて中身を確認してみるがいい、いや待て本気にするな、その剣を今すぐ降ろすんだ、何度も言うが私はお前のペットのスズメは断じて食べていない、決して塩で焼いて網焼きでこんがりと焼くなど断じてしていない」

「……相変わらず気味の悪い寝方と寝言だなぁ~」

 

長々と呪文の様に意味不明な事を呟き続けるヨシヒコを感心する様にしばし見つめた後、メレブは軽く彼の頬を叩く。

 

「おいヨシヒコ、起きろヨシヒコ、起きなさいヨシヒコー」

「そうだ私が食べたんだお前のペットは既に私の消化器官を通じ大腸に達して私の身体の糧となり……は!」

「……ああちょっと気になる所で目を覚ましちゃった」

 

寝言の内容がややシリアスな所になった所でヨシヒコが遂に目覚めた様子。

 

彼こそが勇者『ヨシヒコ』

 

紫色のターバンとマントがトレードマークであり、腰に差しているのは故郷の村に伝わる伝説の剣・「いざないの剣」

 

あらゆる困難に自らの勇気を奮い立たせて立ち向かい、この手で幾度も強敵を倒していった正に勇者と呼べる存在。

 

しかし向こう見ずな所があったり天然気味な所があったり空気が読めない所があったりなど、絵本に出てくる完璧な勇者になるのは未だ程遠い。

 

時には魔王を倒すという役目さえも放棄してしまう程抜けた一面も持っている。

 

それでも正義感に満ち溢れ、お人好しで熱血漢な性格こそ、真の勇者に相応しい器なのかもしれない

 

「おはようございますメレブさん……」

「ああうんおはよう、そしてもっと周りを見てみんさい」

「……随分暗いですけどここは一体」

「いや俺もさっき起きたばかりだからよくわかんないけどさ……もしかしたら“アレ”の仕業かもしれないんだよねー」

「アレ?」

 

少々心当たりがあるのか小首を傾げながら呟くメレブ

 

アレとは一体何の事だ? よくわかっていないヨシヒコは上体を起こしてゆっくりと立ち上がろうとすると……

 

 

 

 

 

ヨシヒコよ! ヨシヒコよーッ!

 

「! 今のは……!」

「あーやっぱりアイツの仕業か……」

 

頭上から聞こえる大きな声が二人の目をより覚まさせる。

 

聞き慣れたその声にヨシヒコがすかさず反応するとメレブもめんどくさそうに立ち上がりながら顔を上げた。

 

ヨシヒコよー! ヨシヒコよー!!

 

「いやもう聞こえてるから! さっさと姿現せって!」

 

ヨシヒコ!? ヨシヒコやーい!! ヨーシーヒーコくーん!!

 

「うるさ! なんでどんどんテンション上がってんだよ! いいからさっさと出て来いって!」

 

最初は威厳ある声付きであったのに徐々に悪ノリで叫んでる様な調子に

 

眉間にしわを寄せながらメレブはもういい加減にしろと叫ぼうとしたその時

 

 

 

 

「さっきからずっと後ろで呼んでんだろうが! さっさと振り返れよテメェ等!!」

「うわ! ビックリした!」

「仏!」

 

急に真後ろから先程の声が更に大きくなったのでメレブとヨシヒコはビックリして同時に振り返った。

 

そこにいた人物こそ、まさに『仏』であった。

 

仏と言うだけあって見たまんまの格好をしており、ヨシヒコ達に魔王討伐の命を出し、旅の道中で何度も空に現れては道を示した張本人。

 

しかし実際の所はやる気が無かったり曖昧な指示を出したりたまに台詞を噛んだり忘れたりと、正直頼りになる存在と素直に言い切れる人物ではない。

 

ちなみに空に浮かんで現れる時はヨシヒコは目視することが出来ず、メレブが取り出す目に掛ける何かがないと見る事は出来ない。

 

だがこうして空からではなく目の前に現れると、目に掛けなくても見ることが出来るのだ。

 

「ったくなんでずっと上向いてんだよ、ずっと後ろから呼んでたじゃんよ」

「いやずっと上から声がしてたよさっきまで! なんなんだよここ! どんな構造してんの!?」

「あーもういいや、とりあえず今から話するからちゃんと聞いて、ね?」

「調子狂うな全く……」

 

上を指差しながらすぐ様抗議しようとするメレブをはいはいといった感じで両手でなだめる仏。

 

少々ムカつきながらもメレブは渋々従うと、最初にヨシヒコが仏に尋ねる。

 

「仏、我々をここに呼んだ理由は何でしょう、まさか再び魔王が私達の世界に」

「その通りだヨシヒコ、我々の世界から遂に恐るべき魔王が復活してしまったのだ、それも今まで戦った魔王とは比べ程にもならない恐ろしい力を持った魔王の中の魔王が」

「なんだと……! それではこんな事してる場合ではない! 早く私達を元の場所に返してください!」

「そうだよ、魔王が復活したんなら早く倒しに行かねぇとマズイじゃん」

「……今回はそう事が単純に行くモノではないのだ」

 

魔王復活と聞いては勇者としてすぐにでも立たなければと焦るヨシヒコとメレブ。

 

しかし仏は静かなトーンで彼等にゆっくりと語りかける。

 

「今回お前達に倒してもらわねばならない魔王は、魔王の中でも群を抜いて強いと称された邪悪の権化、その名は『竜王』と呼ばれている」

「竜王……!」

「なんか将棋強そうな名前」

 

魔王の中でもトップクラスの実力を持つという竜王という存在にヨシヒコは驚き、メレブが一人ボソッと呟いてると仏は更に話を続ける。

 

「しかしその竜王は我々の世界ではなくなんと別の世界! つまり異世界へと渡って数百年封印されていた間の衰えを回復させる為に力を蓄えているのだ!」

「え、異世界!? ひょっとして前にFF村とかあった所!?」

「いやそっちとは別、完全なる別世界だねホント、色々な意味で」

「色々な意味で!? あ、俺なんかわかった気がする!」

「一体どういう事なんですかメレブさん?」

「ヨシヒコよ、今俺達はいわゆる異世界ラノベのテンプレートに沿って段取りを進められているのだ」

「……テンプレート?」

 

異世界という言葉に敏感に驚くメレブが一人よくわかっていない様子のヨシヒコに振り返って説明する。

 

「近頃流行っているとは聞いていたが、どうやら我々もその流れに乗ってしまったらしい」

「流行ってる?」

「異世界は凄いぞヨシヒコー、異世界に行くと神様から凄い力を貰って敵をバンバン倒し放題らしい、どんな相手も指先一つで……パーン!」

「パーン!?」

「しかもそんだけ強いんだから当然周りからめっちゃモテる、凄くモテる、マジえげつない程モテる!」

「えげつなくモテる!?」

「ハハハ、ヨシヒコ鼻息荒い」

 

モテると聞いて目の色を変えて顔を近づけて来るヨシヒコにメレブは苦笑。

 

ここまで食いつくとは思っていなかったがどうやら彼も異世界に興味を持ったらしい。

 

「わかりました、つまり仏、我々をここに呼んだのは、その竜王が力を付ける前に同じように異世界へと渡って倒しに行けという訳ですね」

「えーまあそんな所ですねはい」

「では行きましょうメレブさん」

「焦るなヨシヒコ、服そんな引っ張らないで」

 

仏の会話を早急に終わらせてメレブのローブをこれでもかと強く引っ張って行こうとするヨシヒコを、彼に引っ張られながら冷静にメレブが諭す。

 

「まだ具体的な話聞いてないじゃーん、大丈夫だヨシヒコ、異世界にいるであろう女性達は逃げないから、お前が来るのをちゃんと待っているから」

「しかし私は一刻も早くロニエとティーゼに会いたいんです!」

「いやロニエとティーゼって誰よ? 何もう既に頭の中でヒロインの名前決めてんの?」

 

既に頭の中で自分のストーリーを展開してヒロインまで創造しているヨシヒコ

 

切羽詰った様子で急に叫んでくる彼に軽く引きながらメレブはまあまあとなんとか抑えながら仏の方へと振り返った。

 

「なあ仏、俺達の世界から逃げた魔王を追う為に異世界に行くってのはわかったけどさ、その前にまず俺達になんか渡すモンあるんじゃないの?」

「は? なに?」

「いやだからすげぇ力とか武器とかくれって事だよ、俺達を異世界に送るならその前にめっちゃ強い武器とか魔法を授けるのが普通じゃありません?」

 

手の平を差し出してなんかくれと合図するメレブだが、仏はよくわかってないのか怪訝な様子で首を傾げながら

 

「いや別にないけど? 私そんなの出来ないし」

「ええー!? お前マジかよ! 仏のクセにしょーもな!」

「面と向かい合ってる時に仏にお前とか言うんじゃねぇよ!」

 

出来ないとキッパリ即答してしまう仏にメレブは口をあんぐりと開けて驚愕の色を浮かべる。

 

しかも仏は小指で耳をほじりながらやる気無さそうに

 

「あーそれと異世界に行く時なんだけどさ、現在装備してる武器は持ち込み可です、が、レベルとステータス、あと覚えている呪文は全てリセットされるんでよろしく」

「いやそれ逆に弱くなるって事じゃん俺達! なんだよレベルリセットって! それじゃあまた1から鍛え直しかよ!」

「はいそうでーす、また1から頑張ってくださーい、草葉の陰で応援してまーす」

「耳をほじった指で鼻をほじり出すな鼻を!」

 

割と重要な事を適当な感じで説明しながら今度は鼻をほじり出す仏にメレブがキレる。

 

「ほらヨシヒコなんかさっきまでずっとワクワクしてたのに! 目の前で餌を取られた子犬の様な表情を浮かべているし!」

「……」

「ヤバい目が死んでる! ホントに期待してたんだモテる事に!」

 

ヨシヒコは生気の無い表情を浮かべていた。

 

期待していた分ショックが大きかったのか、顔は蒼白になり目も輝きを失ってしまい、もはや言葉さえ出ない程心が折れてしまった様だ。

 

そんな彼の肩を揺さぶりながらメレブが必死に励ます。

 

「元気出せヨシヒコ! コイツに期待した俺達がバカだっただけだって! まずは今お前が最も大事な使命を思い出せ! それが今お前を動かす最大の理由になるじゃないか!」

「……そうですね、まだ異世界に行っていないというのにここで私が心折れる訳にはいかない……」

 

メレブに左右に体を揺さぶられながらヨシヒコはようやくその目に輝きを取り戻す。

 

そう、彼はまだその足を異世界に踏み入れてすらいないのだ。なのにここで落ち込んでる訳にはいかない、彼には何よりも大事な使命があるのだから

 

「待っていろアリスにセルカ! 私は私の力のみで絶対にモテてみせる!!!」

「違うヨシヒコ、俺達の目的魔王討伐だから、モテる事を最優先にしないで、それとさっき言ってた女の子と名前違うんだけど? ハーレム? ヨシヒコ君はハーレムを築きたいの?」

 

何も見えない暗闇の中で決心したかの様に叫んでいるヨシヒコの背中にツッコミながら、メレブはふとある事に気付いた。

 

よくよく考えればどうして自分とヨシヒコの“二人”しかここにいないのであろう……

 

「あのー仏さん? ちょっと聞きたい事あるんですけどいいっすかね?」

「えーやだめんどくさい」

「はっ倒すぞ貴様! あのさ、俺とヨシヒコはここにいるのに、さっきからダンジョーとムラサキが全く見えないんだけど」

 

今更ながらここにいるのはヨシヒコとメレブ、そして仏のみである。

 

ヨシヒコにはまだ二人大切な仲間がいた。

 

元盗賊でありながら義理堅くそして頼れる親父的存在の戦士・ダンジョー

 

あまり戦力にはならないものの、たまにとんでもない活躍をしてくれる村の娘・ムラサキ

 

彼等もいてこそヨシヒコパーティの完成であるのに肝心な二人がどこにも見当たらないのだ。

 

その件についてメレブが尋ねると、仏は「いやー」とぼやきながら螺髪を掻き毟り

 

「実はですね、最初は君等四人を同時にここに召喚しようしたんだけど、私ったらついドジっちゃって二人を右から左に受け流すようにそのまま異世界の方へピューンと飛ばしちゃった」

「はぁ~ッ!? お前マジで何やってるの!? てことはあの二人もう異世界に行っちゃってる訳!?」

「多分そうだと私は思います、はい、まあ最悪死んではいないと思うだろうから、探してきてくれる?って痛ッ! 何すんだテメェ! 仏パンチ!」

「いった! 何が仏パンチだよダッセーなと言いつつの~メレブキック!」

「仏ガード!」

「ソルティリーナ!!!」

 

あまりにも勝手が過ぎる行いと言動に遂にメレブが思いきり仏に肩パンをかます。

 

それに負けじと仏もメレブに殴りかかり二人はそのまま揉みくちゃに

 

そしてヨシヒコは一人まだ脳内にいるヒロインの名前を叫びながら意気揚々と異世界へ渡る決心をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それが今から数十分前の話

 

異世界にいるという竜王と呼ばれる魔王を倒す為に、ヨシヒコとメレブはその異世界の地に足を踏み入れた。

 

「なんだろう、異世界って言うから来た瞬間即凄い光景が目に映るかと思ったのに……」

 

空は雲一つない程の快晴、ではあるのだが二人がいるのはだだっ広い深く茂った山の中であった。

 

「俺達の世界で旅していた時となんら変わりない光景なんだけど」

「私もそう思います……まるで何度も歩いた山の中の様な」

「普通は町とかに降ろすよね? はじめの町的な? いきなりこんな何処に進めばいいのかわからない山の中に降ろされてもどこ行けばいいかわかんねぇっての」

「まずは町に辿り着くのを最優先にしましょう、ヒロインの捜索はその後という事で」

「いやヒロインはもういいから、たまには魔王の事も思い出してあげてヨシヒコ」

 

半ば仏に突き落とされるような感じでこの地に舞い降りたヨシヒコとメレブはいつもと変わらない掛け合いをしながら山の中を歩き始める。

 

「それにしてもダンジョーさんとムラサキの事も心配ですね、二人はきっと状況が掴めないままこっちの世界に送られた筈です、一刻も早く合流しないと」

「うむ、しかし事を急ごうとするな、我々はどこぞのバカ(仏)のおかげでレベルも1になってしまい技や呪文も失ってしまったのだから、この辺のモンスターと戦っていきながらレベルアップする事も忘れずにな」

「はい、着実に強くなっていきながらお二人を探しましょう」

 

かつて魔王を倒した実績を持つ経験値は全て失ってしまった。

 

しかし幾千回も行い続けた戦闘の記憶は未だ体に蓄積されている。今はこれを利用して効率く良く進めて行く事に

 

「でも二人だけのパーティって不安だなー、つか今まともに戦えるのヨシヒコだけじゃん、俺呪文一つも覚えてないし」

「そうですね、二人が見つかるまでずっとこの調子ではマズイ……あ」

「ん? どしたヨシヒコ?」

 

戦闘参加人数がほぼ1人だけという状況に淡い危機感を覚えていたヨシヒコが、小さく口を開けて何かに気付いた様子。

 

メレブも背後からヨシヒコが見つめている方向に目をやるとそこには

 

 

 

 

 

 

「うぇぇぇ~ん!!! どこ行ったのよカズマさ~~~ん!!!!」

 

若い青髪の少女が地べたに座り込みながら思いきり泣きわめいているではないか

 

ヨシヒコとメレブはそれを少し離れた所からしばし見つめた後

 

「泣いてますね」

「うん、凄く泣いてるね」

「カズマさ~~~~~ん!!!!」

「話しかけてみましょう」

「いやー待って待って……もしかしたら俺達を罠にかける芝居かも」

「めぐみん! ダ~クネ~ス!! みんな私を置いてかないで~~~!」

「……さっきからこっちの事をチラチラ見てるんだよな~」

 

服から目の色まで青一色の格好をした少女は、自分達の存在に気付くと更にやかましく泣き始めた。

 

ワンワンと泣き声を上げながらたまにこちらにチラリと視線を向ける事にメレブはいち早く気付く。

 

「うん、通り過ぎようヨシヒコ。アレはちょっと、関わるとマズいと俺の勘が告げている」

「罠の可能性があるという事ですか?」

「いや罠というより、あの娘に話しかけるとめんどくさいイベントが起きそうなんだもん」

「……わかりました、おなごが泣いてるのを無視するのは辛いですが、行きましょう」

 

なんだか関わるとヤバい気がする、さっきからチラチラこっち見てこちらが話しかけてくるのを待ってるかのような素振りを見せる少女に眉間にしわを寄せて警戒したメレブの一言により

 

この場を何事も無かったかのように進む事にするヨシヒコ

 

二人はザッザッと地面を歩き、まだ座り込んで泣き喚いている彼女の背後をスッと通り抜けようとするのだが

 

「うわぁぁぁぁ~~ん!!!」

「う!」

「しまったヨシヒコが捕まった!」

 

寸での所でヨシヒコのマントが後ろにグイッと引っ張られる。

 

メレブの前でいきなり少女が泣きながら彼のマントを強く掴んだのだ。

 

まさかの強硬策に出てきた彼女にメレブも目を見開いて驚く。

 

「負けるなヨシヒコ! 振り払ってそのまま進むんだ!」

「く! ふん! ふん!」

「びえぇぇぇ~~~~ん!!!!」

「つ……!」

「すげぇ、マントバッサバッサしてるのに絶対に手を離そうとしねぇぞこの娘」

 

ヨシヒコが何度もマントを翻して追い払おうとするも、少女はずっと裾にしがみ付いて離れようとしない。

 

途中からマジの力でひっぺ返そうとするも全然離れる気がしないと悟ったヨシヒコは、彼女から目を離して前の方へ振り向き

 

「やむを得ない……!ふん!」

「助けてよ~~~!!!」

「あ、ヨシヒコ諦めてそのまま歩き出した、でも未だしがみ付く青髪ガール」

「すみません急ぐんで……!」

「た~すけ~てく~だ~さ~い!!」

「すげぇマントにしがみ付いたまま引きずられてる! そして引きずられながらもなお諦めないこのガッツ! 素晴らしい!」

 

引き離すのを諦めてそのまま直進しようとするヨシヒコに必死にしがみ付いて離れようとしない少女

 

身体を地面で擦りながらもなお諦めないその不屈の精神に、後ろで実況していたメレブも思わず拳を握ってガッツポーズ

 

 

 

 

 

 

「ヨシヒコ、とりあえず話だけでも聞いておこうか、ここまでするって事はなんかマジで困ってるっぽいし」

「うおぉー!!」

「ふぇぇぇぇぇぇ~~~~ん!!!」

「ってあれぇ!? 二人共ちょっと待って! そのまんまの状態で行かないで! 他の人に見られたら超恥ずいから!」

 

互いに負けてたまるかと言った感じで互いに足と手を緩めず

 

後ろで少女を引きずりながら進み続けるヨシヒコを慌ててメレブが追いかける。

 

 

 

そしてそんな状況をヒッソリと隠れながら者が一人

 

「兄様……まさか異世界に来るなんて……ヒサは心配です」

 

木の裏から顔を出しながら心配している娘は、兄であるヨシヒコの身を案じてついて来てしまった彼の妹・ヒサ。

 

 

 

どうやら今回もまた程よく波乱が起こる旅になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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壱ノ二

邪悪なる真の魔王『竜王』を討伐する為に異世界へとやって来たヨシヒコ一行。

 

しかし自分達を召喚した仏のうっかりミスによってダンジョーとムラサキと離れ離れになってしまう。

 

仕方なくヨシヒコはメレブと二人でレベル1の状態のまま未開の地へと足を踏み入れたのだが……

 

現在彼等の行く手を阻む存在、アクアと名乗る少女が嗚咽を漏らしながら自分達に話を聞いてくれと懇願してくるのであった。

 

「それでねそれでね……最近見かけない変なモンスターがウヨウヨ増えて来てるからってみんなでこの山に経験値稼ぎにやってきたのよ……なのにね、急に邪悪な塊のようなモノが上から落ちてきたと思ったら、アホ丸出しで歩いていたカズマの上に直撃したの、そしたらそしたら……うわぁぁぁ~~~~ん!!!」

「あーもう泣かない泣かない、泣いちゃダメだって~ちゃんとお話聞いてあげるから、ね?」

 

地べたに座り込み話の途中で泣き出すアクアをメレブがよしよしとなだめながらしゃがみ込んで話を聞いてあげる。

 

ヨシヒコもまた彼女の話を黙って情報を得ようとしていた。

 

「それでその、カズマという若者はどうなったんですか?」

「そう! あのヒキニートったら急に悪しきオーラを放ちながら「フハハハハハハハ!! 我が名は竜王! この器は貰っていくぞ!!」とか典型的な悪役じみた台詞吐きながら! 妙にリズミカルなサンバステップを踏みながら私達を置いて走り去ってしまったのよ!!」

「リズミカルなサンバステップ!?」

「ヨシヒコ気にする所そこじゃない、確かに気になるけど、どうしてサンバ踊ったのか凄く気になるけど」

 

急に泣き止んだかと思いきや今度は少し怒った調子で話し出すアクア。

 

その話を聞いている中でヨシヒコにツッコミを入れつつ、メレブは「なるへそー」と短く呟き縦に頷いた。

 

「竜王……どうやらその少年が変貌したのは我々の世界から来た魔王が乗り移った可能性が……う~ん、あるのではなかろうか?」

「は? どういう意味?」

 

キョトンとするアクアにメレブの代わりにヨシヒコが答える。

 

「私達は別の世界から来た、私達の世界からこの世界に逃げて来た魔王を討伐する為に、勇者としてここにやってきたのだ」

「え、ちょっと待って……アンタ達別の世界から来たの? 私の許可なくエリスの奴がアンタ達をここに!?」

「エリス……メレブさん知ってます?」

「知らない知らない、全く持って初耳、誰?」

 

ようやく立ち直った様子で自分の方から尋ねて来るアクアだが、互いに上手く事情が掴めてない状態で一から全部話しては時間がもったいないので

 

ヨシヒコはとりあえず今一番大事な話をする事を優先した。

 

「とりあえず他の仲間達はどこに?」

「えとね、私とカズマの他にめぐみんとダクネスがいて……カズマが走り去った時に3人で急いで後を追ったんだけど……途中で私だけはぐれちゃって一人ぼっちに……うぇぇぇ~ん!!」

「あ~また泣いちゃった~、辛かったんだねぇ一人ぼっちになったら不安だもんね~」

 

再び泣き出してしまうアクアにメレブがまた猫撫で声であやしていると、ヨシヒコがスクッとその場で立ち上がって周りを見渡す。

 

「山の中で迷うのはマズイ、もしかしたら魔物に襲われている可能性も」

 

見渡す限り人の気配はないが、何か別の存在の気配が徐々に感じられつつある。

 

ここはモンスターが出るエリアだと察したヨシヒコは、すぐに一人途方に暮れるアクアを見下ろす。

 

「よければ仲間を探すのを手伝わせてくれないか、私達は逃げた魔王の行方が知りたい、もしそのカズマという若者に魔王が乗り移ったのであれば、私達の目的は一致する筈だ」

「うーんそうねぇ……アンタ達ハッキリ言って凄く胡散臭いけど、このままだと一人で町に戻る事も出来ないし」

 

ヨシヒコとメレブは見た感じ明らかに変ではあるが、何か色々と込み入った事情を抱えているのは確かだ。

 

その辺についても自分の立場としては詳しく調べたいと思っていたアクアは首を捻りながらしばらく考えた後。

 

「いいわよ、一時的にアンタ達に協力してあげる」

「おおっと、これはまさかの新たな仲間が加わる展開でござんすか?」

「勘違いしないで、仲間になるんじゃなくてあくまで互いに同じ相手を探すから協力してあげるだけ」

「ハハ、なんかフリーザ編のベジータみたいな事言ってるぞこの娘、さっきまで泣いてたクセに」

 

泣くのを止めてスクッと立ち上がると得意げに胸を張るアクアにメレブが苦笑していると

 

この窮地を脱するチャンスが手に入ったと内心有頂天の彼女は両手を腰に当てながらすっかり調子が戻ったようだ。

だ。

 

「感謝しなさい、この崇高で美しいアクア様がアンタ達に力を貸してやるわ」

「私達も他の仲間と離れ離れになっている、魔王を倒す為に一緒にいなくなった者達を探そう」

 

崇高で美しい? という言葉が若干気になりつつあるも、とにかくこれで晴れてアクアがヨシヒコ一行に加わる事が決まったのであった。

 

『アクアが仲間に加わった!』

 

 

 

 

 

「……なんか頭の中に突然音楽流れて来たんだけどなに?」

「ああうん、我々の世界ではよくある事だから気にするな」

「宿屋に入ったりレベルが上がる時も鳴りますよね」

「鳴るね~油断してるとビクッと来るよね~」

「アンタ達どんな世界にいたのよ……」

 

 

 

 

 

 

新たにアクアをパーティに入れたヨシヒコ一行

 

3人は他の仲間を探しに山の中の探索を続けるのであった。

 

黙って山道を歩くのも退屈なので、メレブは早速アクアに話しかけてみる。

 

「そういえばさーおたくの職業ってなんなの?」

「ふふん聞いて驚きなさい、アークプリーストよ」

「……え?」

「アークプリースト、癒しの呪文や補助、死者の蘇生や状態異常の回復とか出来るの」

「……それは『僧侶』の事では?」

「違う! アークプリースト!」

 

自分達の世界観からすればそれは俗にいう僧侶という職業なのだが

 

アークプリーストという聞き慣れない言葉にメレブが眉間にしわを寄せて首を傾げていると

 

先頭を歩いていたヨシヒコが咄嗟に彼女達の方に振り返る。

 

「僧侶であれば心強い、戦える者が私しかいないこの状況では回復役はおおいに助かる、私達に何かあったら頼む」

「だからアークプリーストって言ってんでしょ! もしくは女神よ! 私はこの世界に舞い降りて来た女神なの!」

「うわぁ女神って、ヨシヒコさん聞きました? この人自分の事女神とかおっしゃいましたよ今」

「女神!? 凄い!」

「おおっとヨシヒコさん信じちゃいましたー」

 

自分の事を女神と称するアクアに対しメレブがフフッと笑って馬鹿にするも、ヨシヒコの方はビックリ仰天の様子で驚きを露にする。

 

彼はどうも聞いた事をすぐ鵜呑みにするタイプなのである。

 

「失礼しました女神、これからは言葉を改めます、我々と共にどうか世界をお救い下さい」

「ふふーん、私を女神と気付いてキチンと身をわきまえるのは殊勝な心掛けね、ま、何が出てこようがこの女神に任せなさーい」

「メレブさんやりましたよ! 女神ですよ女神! 女神を仲間にした時点で魔王討伐はもはや確実と言っても過言じゃありません!」

「んー言えません」

 

口調を改めて平伏するヨシヒコに、すっかり調子に乗った様子でなんでも来いと言った感じのアクア

 

そんな二人を眺めながらメレブは一人どことなく不安感を覚えていると、隣の茂みの奥から突然ガサゴソと音を立てて……

 

ヌッと3匹のモンスターが現れた。

 

「ぎゃぁぁぁぁ~~ヨシヒコさん助けて~!!」

「えぇ! お前何が出ても任せろって言った傍から……ヨシヒコさん助けて~!!」

「下がっててください、ん?」

 

魔物が現れた途端すぐ様助けを求めるアクアとそれにツッコミ入れつつも自分も避難するメレブ。

 

すかさずヨシヒコは二人の前に颯爽と立って、相手を眠らせる剣、「いざないの剣」を構えるが

 

出て来た魔物達を見てふとある事に気付いた。

 

「……なんか我々の世界の魔物とおんなじなんですけど」

「え? あ、本当だ! スライムだ!」

 

よく見ると、過去何度も戦った事のある姿をした魔物達ばかりではないか

 

序盤からすっかり顔馴染みになっているスライム、その隣をパタパタと飛ぶ黒いコウモリ、そして腐っている程腐敗した涎を垂らす死体。

 

彼等は自分達の世界で何度も戦っている魔物達だ。

 

「は? もしかして最近この辺をうろつく新モンスターってアンタ達の世界の産物なの? って」

 

ヨシヒコの背後からひょっこりと顔を出してモンスターの姿を確認するアクア、すると……

 

「え~何アレ超可愛いんですけど~! なにあの水色の! こっちに向かって笑いかけててホント可愛い~!」

「なに? ウチの世界のスライム気に入ったの?」

「え! スライム!? 冗談でしょ! あんなプリティーな見た目のクセにそんな極悪なモンスターなの!?」

「へ? ウチじゃスライムって大体弱いんすけど?」

「嘘でしょ~! こっちの世界だと滅茶苦茶強いのよスライムって!」

「え、マジ!? こっちだとね! 攻撃されてもHP1ぐらいしか減らないけど!?」

「何それ! そんなに弱いのアンタの所のスライム! しかも可愛いし!」

 

相手が魔物だというのも忘れてスライムを指差しながら嬉々した表情ではしゃぎ出すアクア。

 

どうやらここの世界のスライムはこちらと違って随分と強いらしい。

 

「あ! あの隣でパタパタしてる丸っこいコウモリみたいなのも可愛い!」

「ほほーお嬢さんお目が高い、あのモンスターも結構人気あるんすよ~」

「アンタ達の世界のモンスターを創造した人ってどんな想像力してるのよ」

「あ~やっぱりそこ気になっちゃう? いや~本当に超! 超凄い人なのよ! マジ頭の中摩訶不思議アドベンチャー! 俺もう大好きあの先生!!」

 

すっかり意気投合した様子で二人で勝手に盛り上がってる中、一人黙々と戦うヨシヒコ

 

序盤の敵という事もあってスライムやコウモリを剣で振り下ろしてダメージを与えながら着実に数を減らしていく。

 

「ふん!」

「ああ! スライム消えちゃったじゃないの! 持って帰ってペットにしようとしたのに!」

「慌てるなアクアよ、コイツ等はな、全員倒した後たまに1匹だけ仲間になってくれる時があるのだ」

「ええ! モンスターが倒した相手の仲間になろうとするの! アンタの世界って平和ね~」

「んーまあウチは昔からそういうシステムなんすよ」

 

ヨシヒコが戦う姿を後ろから眺めながらのんびりとアクアとメレブが会話していると

 

ヨシヒコが最後の死体のアンデッドモンスターをやっつけた。

 

すると

 

『なんと くさったしたいがおきあがり なかまになりたそうに こちらをみている』

 

「はぁ~~~!? 死体!? ちょっとなにやってんのよヨシヒコ! 私が欲しかったのスライムなんですけど~! 次点でパタパタコウモリ!」

 

ムクリと起きたのはスライムでもなくコウモリでもなくまさかの死体だった。

 

涎を垂らして長いベロを出しながらこちらを見つめる死体を「うえ~」と呟きながらドン引きするアクア。

 

「チェンジチェンジ! いらないわよこんな死体なんか! アンデット系とかちょーえんがちょーなんですけど!」

「おーいーそんな事言うなよ、仲間になってくれるって言ってんのに失礼だろ?」

「そうです、彼は死体といえど私達に手を貸してくれると誓ってくれた魔物です」

「やだやだやだー! もっかいさっきのスライム呼んで来て! ゾンビを仲間にするとか絶対に無理! マジで無理! 超無理!」

 

文句を垂れるアクアに、魔物を仲間にする事には既に慣れっこであるメレブとヨシヒコが窘めるが

 

彼女は断固として死体の仲間入りを拒否して首を何度も横に振る、すると

 

「……」

「あ! 死体がこっちに背を向けてしゃがみ込んでる!」

 

突然無言でアクア達に背を向けてしゃがみ込んでしまう死体、どうやら彼女の言葉のナイフが彼のピュアなハートを傷つけてしまったらしい。

 

「あーあ、お前がやだやだ言うから落ち込んじゃったじゃん! 死体君かわいそー、謝って」

「はぁ!?」

「心を傷つける様な酷い事言ってすみませんでした、ってちゃんと謝って死体に」

「いーやーよ! なんで女神である私が忌むべきアンデットに頭下げなきゃいけないのよ! 死んでもイヤ!」

 

非難する目で死体に謝りなさいと促すメレブ。しかしアクアは絶対にイヤだとムキになって断ろうとするも、落ち込んでる死体の肩に手を置いて励ましていたヨシヒコが彼女の方へサッと顔を上げて

 

「謝りなさい!!」

「い、いきなり怒鳴らないでよー! わかったわよ! 謝ればいいんでしょ! ふん!」

 

いきなり彼に一喝されて驚いたアクアは、ビビッてしまったのか渋々了承して死体とヨシヒコの方へ歩み寄る。

 

こちらに背を向けてずっとしゃがみ込んでいる死体を見下ろしながら、心底嫌そうな表情を浮かべつつ顔を逸らしながら

 

「あー……死体さん酷い事言ってすみませんでしたー、はいコレでいいでしょ」

 

棒読みで全く心がこもってない形だけの謝罪を済ませてさっさと元の場所に戻ろうとするアクアだったが

 

彼女の言葉をちゃんと聞いていたのか、死体はいきなりスッと立ち上がって焦点の定まらない目をしながら彼女の方へ振り返ると

 

突然右足によるローキックを彼女の太ももに当てた。

 

「いった! 死体のクセに何すんのよ!」

「あーコラコラコラ暴力は止めなさい、二人共落ち着きなさい」

 

いきなり無言で蹴られてはアクアも黙っていられない、即座に自分もまた死体の太ももにローキックをかまし、そして互いに相手にローキックをかまし合う喧嘩を始めてしまう。

 

それを見かねて慌ててメレブが間に入って仲裁に出る。

 

「暴力はいけません、仲間なんだから仲良くしなさい、ローキックはダメ、後々ダメージが足に溜まるんだから」

「私は悪くないわよ! コイツが先にやったの!」

「いやどっちが先とかどっちが悪いとかじゃなくて……ん? どうした死体?」

「……」

 

仲裁の途中でふとメレブが死体の異変に気付いた。

見ると彼は突然膝を折ってその場に座り込み、スネの部分を摩っている。

 

横から見ていたヨシヒコはすぐにしゃがみ込んでその部分を観察してみた。

 

「これは酷い、女神を蹴った部分が赤く腫れています」

「あぁ、私アンデット耐性強いからそらそうなるわよ、私に触れればリッチーであろうとダメージ食らっちゃうんだから」

 

鼻を伸ばしながら己の特性を自慢するアクアに対し

 

「「……」」

 

ヨシヒコと死体は無言で非難する目を彼女に向けた。

 

「なんでアンタ達が文句あり気な態度なのよ! こればっかりは流石に私は悪くないでしょ! あーもうやだやだ! こんな変な連中とパーティ組んだのが失敗だったわ! 女神である私がこんな連中とつるんでるなんてカズマ達に知られたら一生笑いモンよ!」

 

抗議する様にこちらを見つめて来るヨシヒコと死体に頭に来たといった感じで地団駄を踏みながら

 

アクアが早く元のパーティの所に戻りたいといっそ強く願っていると……

 

「!?」

 

突如周りの茂みが震え始め、ドドドドドドと何やら複数の足音がこちらに向かってくる気配を感じた。

 

「え、な、なに!? 何よ急に!」

「おっとーこれはマズイ予感が……」

「……何やら向こうから迫って来ているみたいです」

 

慌てているアクアと少々ビビっているメレブをよそにヨシヒコが前方を指差すと

 

そこから猛々しい女性の声が

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉー!!! おのれ魔物共め! 集団で私を担ぎ上げてどこへと連れて行くつもりだー!」

「ああ! ダクネスじゃないの!」

 

綺麗に装飾された鎧を首から下に着飾った戦士タイプの金髪の女性が

 

一つ目の青いモンスターやドクロの顔をしたモンスターと、ヨシヒコ達の世界でよく見かけた連中によって担ぎ上げられ運ばれているではないか、モンスターの中に数人の黒子も紛れているがそこは気にしないでおく。

 

「一体どんな場所に連れて行くつもりなんだ! は! 読めたぞ! 貴様等私を檻の中に閉じ込め! 身動きが取れなくなったところを集団で……! そんな事でこの私が貴様等に屈すると思うなよ!」

 

半ばモンスター達に胴上げされている様な形で運ばれているにも関わらず、女性は顔を紅潮させながら期待の眼差しで叫んでいるが、モンスター達はガン無視で黙ったまま彼女を何処へと連れて行く。

 

ヨシヒコ達をも無視して、そのまま横を通り過ぎて行ってしまう彼等の後ろ姿を眺めながら、メレブがポツリと呟く。

 

「あれれ~? あの女一瞬俺達と目があったのに気づかないフリしたぞ~?」

「ちょっと追うわよアンタ達! あのクルセイダーは私の仲間なの!」

「ほう、クルセイダーとは?」

「聖騎士よ! 前衛で戦って後ろを護りながらモンスターに突撃して行くタイプ!」

「……それ『戦士』じゃん」

「あーもーなんか私デジャブ感じるんだけどこのやり取り! いいからダクネスを助けに行くわよ!」

「すぐに助けましょう、私が連中の後を追って助けにいきます」

 

こちらの世界の事にはまだまだ疎いメレブに対して苛立ちを募らせながら、アクアが急いで行くぞと彼らに指示を飛ばすと、ヨシヒコは一目散に駆け抜けて彼女の仲間であるダクネスという少女を連れ去ったモンスター達の方へと走り出す。

 

「うぉ~~待てぇぇぇ~~~~!!!」

「うわヨシヒコ速ッ! ってアイツの後に張り付いて追走してるのって!」

 

両手両足を高く振りながら全力で追いかけるヨシヒコを眺めながら驚くアクアだが

 

彼の背後にピッタリくっ付きながら全く同じフォームで追っている者を見て更に目を丸くする。

 

「死体!」

「やべぇ超速い死体! ヨシヒコを風よけにしながら徐々に追い上げて……あ! ヨシヒコ抜いた!」

「……なんで仲間になったばかりのアンデットがあんなに積極的に私の仲間助けようとしてるのよ」

「おーぐんぐん速度上げていくぞ死体、でも誰かさんのせいでやられた足の怪我が無ければもっと速く走れるだろうになー」

「だからなんで私のせいになるのよ! あーもういい! さっさと私達も行くわよ! 死体なんかに遅れを取られてたまるモンですか!」

 

メレブにまで冷ややかな目な視線を向けられ怒った調子で返事すると

 

すぐにアクアもメレブを連れてヨシヒコ達を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

「おおっと! 死体が遂に先頭グループを抜いたー!」

「なんでダクネス捕まえた奴等も追い抜いてんのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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壱ノ三

アクアの仲間、ダクネスがモンスター達に捕まって運ばれているのを目撃したヨシヒコ一行は

 

運んで行った彼等の痕跡を辿って山の奥地にある自然に出来た洞窟の中へと入っていくの見つけた。

 

「うぉー! 殺せ! 貴様達に辱めにされるぐらいならいっそ殺せー!」

 

はしゃいでるかのようにも聞こえる聖騎士・ダクネスの叫び声が洞窟の奥から聞こえてくる。

 

それを洞窟手前の茂みからコッソリ窺いながらヨシヒコ達は様子を見ていた。

 

「まだ彼女は無事みたいですね」

「んーなんでだろう、俺だけかな? なんか嬉しそうに叫んでる様に聞こえるんだけど彼女?」

「あぁ気にしないで、ダクネスってそういう人だから」

「……そういう人ってどういう人?」

 

洞窟の前に門番の様に立ち塞がる一つ目型のモンスターを確認しつつ、ヨシヒコ達は声を潜めながら作戦会議を始めた。

 

「それにしても奴等の痕跡を迷うことなく追えたのは、俊敏に動いてくれた死体のおかげですね」

「ああ、よくやったぞ死体、馬車に戻ってゆっくり休みなさい」

「……馬車なんてあった?」

 

すぐ背後にいた涎を垂らすアンデットモンスターに振り返りながらヨシヒコとメレブが称賛している中

 

一人怪訝な表情を浮かべて首を傾げるアクアに向かって、馬車があると思われる方向に向かおうとするが

 

去り際に、死体がふと彼女の方に近づいて

 

背中に軽くキックをかます

 

「いった! ちょっといい加減にしなさいよ死体のクセに! 私の力で浄化してくれるわ!」

「落ち着いてください女神!」

「逃げろ死体!」

「だからなんでアンタ達は向こうの肩を持つのよ!」

 

しゃがみ込んでる時にいきなり蹴りをかまされてすぐにブチ切れた様子で魔法を唱えようとするアクアだが

 

寸での所で止めに入るヨシヒコと、死体に向かって叫ぶメレブ。

 

「ああもうあんな所に行っちゃった! なんで死体のクセにあんな速いのよ!」

 

その隙にあっという間に何処へと去っていく死体の背中を見つめながら、アクアは悔しそうに地団駄を踏むのであった。

 

「アンタ達はモンスターに甘いのよ! 特にアンデットなんかすぐに絶滅させるべきだわ!」

「まあそう言うなって、今度一緒に呑みに行って仲直りしてきたら? あ、ヤベェ」

「今度は何よ!」

「お前が叫びまくったせいで門番に気付かれた」

「きゃー! うっそー!」

 

茂みの中でずっと隠れていたのにアクアがずっとギャーギャー叫んでいたせいで簡単にバレてしまった。

 

ズンズンとこちらに向かって歩いて来るモンスターにアクアが頭を抱えて再び叫んでいると

 

やむ無しとヨシヒコが立ち上がっていざないの剣を抜いて構える。

 

「こうなったら正面突破で行きましょう、二人共私について来て下さい」

「やっちゃいなさいヨシヒコ!」

「それにしてもお前ってさ、仲間になったのに全然役に立たないな」

「あぁ!? アンタにだけは言われたくないんですけど!?」

 

メレブが嘲笑しながらアクアを小馬鹿にしてるのをよそに、ヨシヒコは真正面から堂々と門番に向かって先制攻撃をかます。

 

いざ、新たなる仲間を救出へ

 

 

 

 

 

 

 

無事にヨシヒコ一人で門番をやっつけ、内部へと潜入した一行は

 

薄暗い洞窟を突き抜けて一気に牢屋のある小さな部屋へとやって来た。

 

「やはり一人で戦うのはキツい……ダンジョーさんがいてくれれば」

「お疲れー回復魔法かけてあげるわよー」

「おお! 凄いみるみるうちに体が軽くなりました! 流石は女神! ありがとうございます!」

「いえいえどういたしましてー」

 

やっとモンスターのいないエリアに入れた所でアクアが癒しの魔法を唱えてヨシヒコのHPを回復させる。

 

消耗しきっていた体があっという間に癒えたことにヨシヒコが感謝していると、彼女はニコニコと微笑んだ後隣のメレブに向かってすぐに嘲笑を浮かべ

 

「全然役に立たない魔法使いさんよりは働くわよ私だって~」

「うっわ超ムカつく顔……おのれ、俺だって早く魔法を覚えさえすれば……!」

 

ここに至るまで結局まだ呪文一つも覚えていないメレブが悔しそうにしていると、奥の牢屋の中に人の気配が……

 

「その声……もしかしてアクアか?」

「あ、ダクネス!」

 

牢屋の中で一人座り込んでいた女性を見つけてすぐにアクアが駆け寄りメレブも後をついて行く。

 

 

 

ヨシヒコはふと部屋の隅にツボが数個置かれているのに気づいたのでそちらの方へ歩み寄る

 

 

 

「助けに来たわよダクネス! さっさとここから脱出するわ!」

「ほう、中々のべっぴん……しかし不思議と異性として見れないのは何故であろう」

「……あぁ思った以上に早く助けが来てしまった……してその者達は?」

「おい? 今ちょっとコイツ残念そうに呟かなかった?」

「コイツ等は一時的にパーティになってる連中よ、コイツが役立たずのメレブであっちでツボ持ち上げてるのは……え、ツボ?」

 

ダクネスが助けに来た瞬間少し残念そうにため息を吐いたのは気のせいだろうか

 

目を細めてメレブが彼女を見つめていると、アクアは彼等を紹介しつつヨシヒコの方へ振り向く。

 

すると丁度その時彼は両手に持ったツボを高々と掲げ上げ……

 

地面に勢いよく叩きつけ、洞窟内に響く程の大きな音を立てて割っていた。

 

「は? え、ちょっと何やってんのアンタ……? 頭おかしいの?」

「いえ……ツボの中になにが入ってるのか調べる為に……」

「ツボの中? 気になるなら手を突っ込めばいいだけじゃないの、なんでそんな大きな音出しながら割る訳? 敵にバレちゃうでしょ? バカなの? ヨシヒコバカなの?」

「すみません……」

 

突然のヨシヒコの奇行に思わず真顔で問い詰めるアクア、それに対し彼は軽く頭を下げて謝ると

 

もう一度ツボを手に取って先程と同じ勢いで叩き割る。

 

「いやだから! なんでそうする必要があるのよ!」

「ちからのタネを見つけた!」

「やったーおめでとう!……じゃない!」

 

割れたツボの中から現れた小さな種を拾ってヨシヒコが叫んでいるのに対しついノリツッコミをしてしまうアクア。

 

するとこちらに向かってコツコツと小さな足音と共に誰かが近づいてくる気配が

 

『フッフッフ、賊が侵入したと思えばこんな所におったのか』

「ぎゃぁぁぁ~モンスター出て来たぁ~! アンタがツボ叩き割ったせいで気付かれちゃったじゃないの~!」

 

鳥の頭と翼、そして三つの目を持ついかにも強そうなモンスターが唯一の出入口を塞いでやって来てしまった。

 

ツボを叩き割って音を出しまくったヨシヒコのせいだとアクアは彼を非難し始めると

 

『そこの小娘の叫び声のおかげですぐにここにいる事が知れたわ、マヌケな仲間がいた事を死んで後悔するがいい』

「はぁぁぁ!? 私のせい!? ツボの音じゃなく私の叫び声で気付いたの!?」

 

ヨシヒコではなく自分の叫び声が原因だと言われてショックを受けるアクアに、ヨシヒコは彼女の肩にそっと手を置いて優しく頷く。

 

「女神、誰だって失敗する事はあります、だからどうか自分を責めないで下さい」

「いやアンタのが大きな音出してたじゃないの! なんなのコレ! 私が全部悪いって流れなの?」

「すまない、私の仲間が見知らぬ君達を勝手に危険に巻き込んでしまって……」

「気にしなさんな、ミスは誰にでもある」

「アンタ達まで私が悪い雰囲気作らないでよ! 私絶対悪くないのに~!」

 

背後でダクネスとメレブが会話してるのをしっかりと耳に入れながら、自分は悪くないと頭を抱えながら涙目で叫ぶ中

 

やって来たモンスターが両手の爪を構えながら堂々と名乗り声を上げる。

 

『我が名はジャミラス! 竜王様と共にこの地に舞い降りた異世界の魔物よ!』

「異世界だと? あやつは一体何を言っておるのだ?」

「話はアンタを助けた後ゆっくり教えてあげるわ、まずは私のせいにしたコイツをぶっ飛ばすわよ!」

『やはりその娘を助けに来たのか、だがそうは行かぬぞ』

 

敵の言っている事がわからない様子で怪訝な顔を浮かべるダクネスに振り向かずに説明しながら

 

剣を構えるヨシヒコと共にアクアとメレブも急いで魔物・ジャミラスと対峙する。

 

『その娘はここにおられる竜王軍の幹部の献上品となるのだ、幹部の御方はこの新たな地で酒池肉林を行うべく美しいおなごを所望しておるのだ』

「酒池肉林……なんてすばらしい響きなんだ……!」

『いずれはその娘だけでなく全世界の若い娘を手に入れたいとおっしゃっておる、その野望を阻止しようとするのであれば誰であろうと容赦はせん』

「ぜ、全世界の若い娘を欲しがる程その竜王軍の幹部とやらは肉欲に溺れているのか! 恐ろしい! 恐ろしいぞ竜王軍の幹部! だが私は決して折れはせんぞぉ!」

 

ジャミラスが冥途の土産とばかりにここにいるボスの野望を教えてる中、背後から牢屋をガタガタと震わせながら興奮した面持ちで叫ぶダクネス。

 

顔を紅潮させて何かを期待している様子を察して、メレブは「ああ」と何かわかったかのように彼女の方へ振り返り

 

「薄々勘付いてたけどもしかして……そっち系の方ですか?」

「ん? そっち系とはなんだ?」

「いやだから……魔王とか魔物にそういういやらしい事されたいとか、そんな事考えてたりしてません?」

「バ、バカな! 騎士たる私がそのような恥ずべき趣向など持ち合わせていな……!」

 

軽く引いてる様子で尋ねて来るメレブに動揺しながらダクネスは両手に握った鉄格子を激しく揺らし始める。

 

すると

 

「あ!」

「あ……」

 

バキッ!と鈍い音を立てて彼女が握ってた部分が綺麗に切り取られたかのように外れてしまった。

 

素手で鉄格子を壊すとはとんでもない腕力だ、目の前で鉄格子が破壊された事にメレブが無言で見つめていると

 

ダクネスはそっと壊れた鉄格子を元の場所にハメ直して

 

「く! この清い身体を奪われるくらいならいっそここで殺せ!」

「いやさっき自分でその檻壊したよね! 出られるじゃん普通にさ!」

「気のせいだ! 私の事は良いから自分達だけでも逃げてくれ!」

「いーやー、ウチの世界にも色んな方がいましたけどーこういったタイプは珍しいですねーホント」

 

何事も無かったかのように振る舞うダクネスにツッコミつつ、今までにないキャラだと感心した様にメレブが頷いていると

 

「騒々しいな、まだ片付けられんのか」

 

ジャミラスが塞いでいた出入り口から低い男の声が飛んで来た。

 

それに反応して魔物はすぐにサッと身を横へ移動して場所を開かせる。

 

新手が現れたのかとヨシヒコは剣を構えながら一層警戒していると

 

「ほう、これはこれは……随分と久しぶりだなお前達」

「!」

 

中へとやって来た人物を見てヨシヒコは目を大きく見開き驚愕を露にする。

 

ダンディズム溢れる顔付きと自慢の長いもみあげ、一度見れば絶対に忘れないであろうその姿はまさしく……

 

 

 

 

 

 

「ダンジョーさん!」

「え、ダンジョー? あホントだダンジョーだ!」

 

自分達を幾度も引っ張ってくれた頼れる存在、ダンジョーがまるで魔物を従えている様に現れたのだ。

 

意外な所でかつての仲間と再会出来た事にヨシヒコとメレブは一瞬喜びそうになるが、何か様子がおかしい事に気付いた。

 

「ダンジョーさん、どうしてあなたが魔物を従えているんですか」

「なに? もしかしてアイツってアンタ達の仲間?」

「はい、ダンジョーさんは紛れもなく私達の仲間です、しかし……」

「フッフッフ……嬉しいなヨシヒコ、まだ俺の事を仲間と呼んでくれるか、だが」

 

こちらの事をまるで知らないかの様に不敵に笑みを浮かべるダンジョー

 

そしてその目を怪しく光らせると腰に差す剣を抜いてなんとヨシヒコ達に向かって構えて来たのだ。

 

「だがもはや俺はお前の知るダンジョーではない! 俺は竜王軍の幹部・ダンジョー! 我等に歯向かう者は全て、この俺が斬り捨てる!!」

「なんですって! ダンジョーさんが魔王の手先に!」

「おいおいおい、一体どうしたんだよおっさん!」

「おっさん言うな!」

「あ、そこはやっぱり怒るんだ、ドサクサに言ったのにすぐ食いついた」

 

念願の仲間の一人と再会出来たというのに突如ダンジョーはヨシヒコ達に牙を剥く。

 

一体彼が変貌した訳とは……

 

「ちょっとちょっと! アンタコイツ等の仲間なんでしょ! どうして魔王の手先になんて成り下がってんのよ!」

「ほう、ヨシヒコ、俺とムラサキの代わりに妙な奴をパーティに入れたみたいだな」

「妙な奴ですって! 私はアークプリーストのアクア! この世界を総べる水の女神よ!」

「女神だと?」

 

ダンジョーに向かっていち早く躍り出たのはアクアだった。

 

いきなり現れ堂々と名乗り出る彼女に対しダンジョーは眉をひそめ

 

「そういえば眼帯を付けたちんちくりんな小娘から聞いたな、お前の様に水色の髪をしたアホでバカでおっちょこちょいでマヌケな自称女神が仲間にいたと」

「ア、アホでバカでおっちょこちょいでマヌケですってぇ!?  ちょっとそれ今すぐ撤回しな……!」

 

バカにされたと思って全力で抗議しようとする途中で、アクアはハッと気付く。

 

「眼帯を付けたちんちくりんな小娘って! もしかしてめぐみんの事!?」

「フ、確かそんな名前だったな、やはりお前があの娘の言っていた自称女神か」

「だから自称じゃなくて本物の女神よ!」

 

どうやら彼は自分の仲間の一人であるめぐみんの事を知っているらしい、しかも話をした事があるという事はなんらかの繋がりがあったという事だ。

 

竜王の幹部である彼と……

 

「ヨシヒコ! コイツがアンタの仲間だからって手を抜くんじゃないわよ! コイツは私の仲間を知っている! だったら倒して洗いざらい吐いてもらわないと!」

「……」

「ちょっとヨシヒコなにボーっとしてんのよ!」

「全くつくづく甘い男だなヨシヒコよ、かつての仲間である俺を斬る事に躊躇するか」

 

ダンジョーを敵だと割り切れないでいるヨシヒコにアクアが一喝するが、彼は両手に剣を構えたまま動くに動けないでいる。

 

そんなまともに戦える状態ではないヨシヒコにダンジョーは何も変わってないなと思わず笑ってしまう。

 

しかしその時

 

「ならば私が彼の代わりにお前を倒そう!」

「ダクネス!」

 

歯がゆい表情で固まっているヨシヒコの隣に颯爽と現れたのは

 

牢屋の中に捕まっていた筈のダクネスだった。

 

そしてその背後に慌ててメレブが重たそうな両手剣を持ってきた。

 

「ダクネスよ、牢屋のすぐ傍に落ちてたぞ」

「ありがとう」

 

自分の愛剣を持って来てくれたメレブにダクネスは礼を言いつつそれを受け取る。

 

するとメレブは隣にいたアクアに向かってドヤ顔で

 

「どうだ俺も役に立っただろう、これで1ポイントゲットー、俺とお前はこれでイーブン!」

「アンタただ武器拾って渡しただけでしょ! ていうかアンタ、ダクネスをどうやって牢屋から出したのよ」

「いや元々自分で牢屋壊したのに中々出てこなくてさ、けどダンジョーがお前等の仲間の事話したらピューンって出て来た」

「……全然意味わかんないんだけど、ピューンって何よピューンって、ダクネス飛んだの?」

「飛ぶように出てきました、はい」

 

メレブの話を聞く限り仲間の名前を耳にしたダクネスは居ても立っても居られず出て来たみたいだ。

 

二人がそんな会話をしている中で、ヨシヒコの隣に立ったダクネスが改めて剣を構えてジャミラスとダンジョーと対峙する。

 

「ヨシヒコという者よ、悪いが君のかつての仲間をこの手で倒させてもらう、私はどうしてもめぐみんと、そしてカズマの居所を知りたい。もしあの男が知っているのであれば私はそれを無理矢理にでも聞き出さなければならないんだ」

「……いや、私も共に戦おう」

「いいのか? 彼は君の仲間だったのであろう」

「仲間だからこそだ」

 

仲間を強く想うダクネスの言葉に心震わせたヨシヒコは

 

もはや迷いは吹っ切れた様子で目を光らせて真っ向からダンジョーを見つめる。

 

「私もあの人がどうして魔王の幹部になってしまったのかその理由を知りたい、例え斬る事になろうと、勇者として、そして仲間として私はどうしても知らねばならぬのだ」

「フ、ならば共に戦おう、互いに大事な仲間を救うために」

「ああ」

 

ダクネスとの共闘を決めてグッと剣を強く握るヨシヒコに

 

ようやく戦う気になったかとダンジョーはほくそ笑む。

 

「いいぞヨシヒコ、それでこそ俺が認めた勇者だ。だが悪いがここは俺が勝たせてもらう」

「いいえ、勝つのは私達です」

「フ、こうしてお前と剣を交える事になるとはな……」

 

少々感傷に浸りながら真っ向からこちらを見据えて来るヨシヒコにフッと笑った後、

 

ダンジョーは右手に剣を左手に鞘を持った状態でグッと一歩前に出る。

 

「勝負だヨシヒコォ!!」

「うおぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

『ジャミラス があらわれた りゅうおうぐんのかんぶ ダンジョー があらわれた』

 

 

 

 

 

 

 

 



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壱ノ四

魔物によって囚われの身であったダクネスを解放した(自力で出て来た)ヨシヒコ一行だが

 

そこでかつての仲間であったダンジョーと敵対する形で久しぶりの再会をする。

 

魔物を連れたダンジョーとヨシヒコ、そして共に戦ってくれるダクネス

 

回復支援のアクアと「そういや異世界に来てからなにも食ってないわ、すっげぇ腹減った」と頭の中で呟くメレブ

 

ヨシヒコ達の異世界の物語が今ここで幕を開けるのだ。

 

「行くぞ! まずはモンスターの方を倒す!」

『ふん! かかってこい小娘風情が!』

 

戦いのゴングが鳴った瞬間、ダクネスが真っ向から魔物の方へ剣を構えて走り出す。

 

その勇ましい姿に後ろで眺めていたメレブも「おおー」と感嘆の声を上げる。

 

「なになに、最初アレ?って思ったけどなんか使えそうじゃないあの子」

「甘いわね……ダクネスの本領はここからよ」

「おー、そこまで言われるとますます期待しちゃうよ俺ー」

 

隣りで腕を組みながら静かに呟くアクアに、メレブがニヤニヤしながらダクネスの活躍に期待していると

 

「うおぉぉ~!」

 

ダクネスが魔物目掛けて豪快に剣を振り下ろす。

 

だが初撃は残念ながら魔物の目の前であり、当たる事は無かった

 

「ぬおぉぉ~!」

 

続いて二撃目、剣を横薙ぎに振るうも魔物の横で空しく空を切る。

 

「せいやぁ~!」

 

三撃目、再び振り下ろした剣は魔物とは全く関係なく、その辺にあったツボを割る『まもりのタネを見つけた!』

 

「はぁぁ~!!」

 

四撃目、魔物とは反対方向、つまり自分の後ろにいたメレブの目と鼻の先の所で振り下ろされる。

 

「ってあっぶね! なんで俺の所に振り下ろしてんの!」

「く! 今度こそ! っとぉぉ~!!」

「いやそこでなんでまた俺に剣を振る! バカ!? ダクネスさんバカ!?」

 

危うく味方に斬られそうになりながら慌てて後ろにのけ反るメレブ、全く状況が掴めず混乱していると

 

ずっと隣で腕を組みながら突っ立っているアクアが

 

「ダクネスはね……剣を振っても敵に絶対に当たらないのよ!」

「あ~! ちょっと前に期待していた俺こそがホントのバカだ~!!」

 

カッと大声で叫んでダクネスの重大な弱点を教えてくれたアクアにメレブはすぐに残念そうな表情。

 

まさかの事実にもはや絶望しかない

 

「お前等ホント今までよく冒険やれてたな! 俺達が言うんだから相当だぞ! こりゃ残りの仲間にも全く期待できないわ! うん!」

「大丈夫よ、攻撃は当たらなくてもダクネスは防御力が凄く高いの、ちょっとやそっとじゃ倒れない筈よ」

「いや倒れなくても敵を倒せなきゃ意味ないでしょ! 勘弁してよ~」

 

もはや泣きそうな表情で嘆くメレブをよそに、ダクネスはようやく魔物の方へ向き直って再度、乱暴に剣を振るう。

 

「はぁぁぁ~~!!」

「ほら! はぁぁぁ~~!!とかカッコ良く叫んでも完全に当たってないし、魔物の方も困惑気味じゃん」

「フ、やるな……」

『いやその……はい』

「魔物の方が気を遣ってるし、もうすげぇこっちが申し訳ない気持ちなんだけど~」

 

自分の目の前をただ豪快に剣を何度も振るってるだけのダクネスに、魔物・ジャミラスは棒立ちしたままどうしたらいいのか困っている様子、しかし……

 

「隙あり!」

『なに!? ぐは!』

 

ダクネスに気を取られている内に突如ヨシヒコが横やりを入れて剣を突き出してきた。

 

呆気に取られたその隙に魔物はヨシヒコに会心の一撃をいれられ為す術なく倒される。

 

まずは魔物の方を倒す事に成功したヨシヒコはすぐにダンジョーの方へ振り返った。

 

「邪魔な魔物はいなくなりました、勝負ですダンジョーさん」

「フン、その程度の魔物を倒したぐらいでいい気になるなよヨシヒコ。お前の本当の敵は俺だ」

「いえ、あなたは敵ではありません、私の大切な仲間です」

「まだそんな事を言うか、全くお前は本当に甘過ぎる男よ……」

 

改めてダンジョーと対峙するヨシヒコ、そんな中で彼に横から獲物を奪われてしまったダクネスはというと

 

「せいや! は! モンスターが消えた! もしや私が倒したのか!」

「ううん全然違う、魔物倒したのヨシヒコ君、そんで今はダンジョーと戦ってるからもう邪魔しないで」

 

やっと目の前で魔物が消えた事に気付いたダクネスに、後ろから手を激しく横に振りながら教えてあげるメレブ。

 

するとダクネスは隣でジリジリと距離を縮めて今にも剣を交えそうなダンジョーとヨシヒコに気付いて

 

「見えたぞ、そこか!」

「も~だから邪魔するなって言ってんじゃんよ~!」

 

次倒すべき相手はダンジョーだと見定めて、かつての仲間同士の対決という燃える展開に空気も読まずに参戦するダクネス。

 

そして当然、彼女の攻撃はダンジョーに当たりもせず、振り下ろされた剣は床に突き刺さってしまう

 

「しまった!」

「そして勝手にピンチになる~! なんなんだお前! ホント何がしたいのか俺に教えてくれない!?」

「おい、女のクセに男と男の戦いに水を差すな!」

 

自分とヨシヒコの戦いに邪魔されたのが気に食わなかったのか、剣を床に突き刺して動けない状態のダクネスに斬りかかるダンジョー

 

しかし寸での所でダクネスの前にヨシヒコが立ち塞がる。

 

「させません!」

 

ダンジョーの剣を自分の剣で受け止めながらヨシヒコはガキン!と音を立ててはじき返した。

 

「大丈夫か」

「すまない……助けようと思ったのに足を引っ張ってしまって……」

「足など引っ張っていない、共に戦ってくれるだけで私にとってはこの上ない助けになっている」

「そうか、ありがたい言葉だな……」

 

申し訳なさそうにするダクネスにそう語りかけながら、ヨシヒコは弾き飛ばしたダンジョーの方へと立ち向かう。

 

「行きます!」

「来い!」

 

二人の剣が再びぶつかり合い、そして幾度も激しい音を立ててぶつかり合う。

 

互いに一歩も譲らず戦う二人を眺めながら、何もできないでいる状態のアクアとメレブはハラハラしながらその戦いを見守る。

 

「アクア! 俺達は俺達のやるべき事をやろう!」

「ええ! 私だってやってやるわよ!」

「よし!」

 

アクアと頷き合うとメレブは彼女と一緒に突然手拍子を初めて

 

「頑張れ頑張れヨシヒコ!」

「フレーフレーヨシヒコ!」

「いけいけヨシヒコ!」

「負けるなヨシヒコ!」

「強いぞヨシヒコ!」

「勝てるぞヨシヒコ!」

「「ふぅぅぅぅ~~~~!!!」」

 

手拍子だけでなく足でステップ取りながら肩を抱き合いちょっとした応援ダンスをやり始めるメレブとアクア

 

彼等の声援が届いてるのかわからないが、ヨシヒコは荒い息を吐きながらダンジョーと鍔迫り合いに

 

「まだ本気じゃない様だな、それでは俺に勝てんぞ……!」

「勝つのではない! 私はあなたを救う為に戦ってるんです!」

「まだ言うか!」

「く!」

 

未だに完全には本気になれてない上に疲れが出始めるヨシヒコを攻めながらダンジョーは弾き飛ばして彼を豪快に吹っ飛ばす。

 

後ろに尻もちを突いて倒れてしまったヨシヒコをメレブとアクアが「「ああ~!!」と悲痛の叫びをあげていると

 

「待て! 私が相手だ!」

「またお前か……何度も何度も邪魔しおって」

「うわまた来ちゃった~!」

 

倒れて動けないでいるヨシヒコに前に、先程とは逆の形で自分が彼を護るかのようにダンジョーの前に立ち塞がるダクネス。

 

キッと鋭い目つきで睨まれながらも忌々しそうに舌打ちするダンジョーに、ダクネスはまたもや剣を振り払う。

 

「女だからと言って私をナメるなぁ~!」

「ハッハッハ、全然当たらぬぞ小娘! お~この辺は暑いからもっと風を吹かせてくれ~」 

 

特に何もしていないのに全く当たる気配のないダクネスの剣筋に

 

もはや笑いさえ込み上げて来てダンジョーが彼女をバカにしていると

 

ダクネスが悔しそうに振り下ろした渾身の一刀が

 

「はぁ!」

「どうしたどうした~、ん?」

 

偶然にもダンジョーの顔からパサッと何かを切り落とした。

 

それについダンジョーは落ちた何かを確認する為に床を見下ろすと

 

すっかり諦めていたメレブもそれに気付いて指を指し

 

 

 

 

 

 

「あ、ダンジョーのもみあげ落ちてる」

「いや~~~ん!! あたいのもみあげ~~~!!」

「うげ! なんか急にオネェ口調になったわよこいつ!」

 

強面の顔からは想像できないオネェ言葉で叫びながら慌てて切り落とされたもみあげの片方を拾い上げるダンジョー。

 

そしてドン引きするアクアに見られながら切り落とされた部分をすぐに手で隠し始め

 

焦った表情を浮かべてダクネスとヨシヒコから後退する。

 

「お、おのれ! よくも俺の大事なもみあげを! 仕方ないここは撤退するしか……!」

「え、なにもみあげ取れただけで逃げるの?」

「戻って早くくっつけなければ……!」

「逃がすかまて!」

「いやダクネス追うな! お前がダンジョーと本気でやり合ったら100パー負ける! 頼むから追うな!」

 

もみあげが取れた瞬間急に弱々しくなった様子で後ろに下がり始めるダンジョーをダクネスが追おうとするもそれをメレブが急いで止める。

 

彼女を憎らし気に睨み付けた後、ダンジョーは手でもみあげのあった部分を隠しながら出口の方へ

 

「今回の所は見逃してやる! ヨシヒコ! そしてダクネスという女騎士よ! 次会う時は俺は新たな仲間を連れてくる! 覚悟しておけ! さらばだ!」

「ダンジョーさん!」

「え、俺呼ばれなかった、なんで?」

 

メレブは付き合いの長かったダンジョーに見向きもされなかったのでちょっと心が傷付く

 

クルリと背を向けて一目散に行ってしまうダンジョーを追おうと立ち上がろうとするヨシヒコを、ダクネスが手を差し伸べて起こしてあげた。

 

「大丈夫かヨシヒコとやら」

「すまない、あの時助けてもらえなければ私はダンジョーさんに斬られていただろう」

「気にするな、私も同じようにお前に助けられたのだからな、これでおあいこだ」

 

ひとまず勝利出来たと互いの健闘を称えていると、アクアが近づいてヨシヒコに回復魔法をかけてあげる。

 

「しっかしアンタの仲間も容赦しないわねぇ、アレ本気でアンタを殺すつもりだったわよ」

「はい、さっきのダンジョーさんは何か鬼気迫る感じがありました」

「確かにおかしい、主に俺が完全に無視されていたことが、うん、ホント傷付いた」

 

HPを全快させてスッキリした様子のヨシヒコにメレブは何度も頷いた後首を傾げる。

 

「もしやそちらのお仲間のカズマ君同様、魔王に操られてる可能性があるな」

「とりあえず一旦ここを出ましょう、すぐに出ればまだダンジョーさんに追いつけるかもしれません」

「わかった」

 

まずは洞窟からの脱出を優先するヨシヒコにダクネスもコクリと頷く。

 

「どうやら私が想像していたよりもずっと大変な事が起きてるみたいだな、カズマとめぐみんがいなくなった今、アクアがそちらの仲間入りをしているとなれば、悪いが私も君達と共に行動しても構わないか?」

「もちろん構わない、共に戦ってくれる者が増えるとは心強い。頼りにしてるぞ、ダクネス」

「ああ、あまり当たらないがどうか私の剣を使ってくれ、改めてよろしくな、ヨシヒコよ」

 

握手をしながら共闘を誓い合うヨシヒコとダクネス。

 

かくして仲間がもう一人増えたのであった。

 

 

『ダクネスが仲間に加わった』

 

 

 

 

 

「な、なんか今変な音楽が鳴ったぞ!」

「気にしないでいいわよ、コイツ等の世界の常識なんだって」

「あ、先に言っておくけど、ぼうけんのしょが消えた時の音楽はマジでトラウマもんだから!覚悟しておけよ!」

「アレは怖いですね……正直魔王よりも恐ろしい……」

「いやまずぼうけんのしょとはなんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、新メンバーが加わったヨシヒコ一行は洞窟から脱出した。

 

「はぁ~やっと出れた~、疲れたし腹減ったしダンジョー出て来るしもみあげ落ちるし大変だったわ~」

「アンタほとんど何もしてなかったでしょ……」

「したよ! ダクネスの武器拾って来たの俺よ俺!」

「それにしてもヨシヒコとメレブは異世界から来たという話は驚いたな……」

 

一番最初に出て来たメレブが解放されたかのように両手を上げながら「あ~」と声を漏らしているのを冷めた目つきで見つめるアクアの後で

 

洞窟から出る途中で彼等から聞いたダクネスは怪訝な様子でアゴに手を当て考える。

 

「しかもその異世界から魔王が来て、その魔王がカズマの身体を乗っ取ったとは……これはヨシヒコ達の問題だけでなく私達の世界の問題でもあるみたいだな」

「そうねあのダンジョーとかいうおっさんがめぐみんの事も知ってたみたいだし」

 

竜王に体を奪われたカズマだけでなく、ダンジョーの口から出て来ためぐみんの事も心配だ。

 

一刻も早く助けねばと思いたい所だが、アクアはやるせない表情ではぁ~とため息を突く。

 

「ていうかそもそも、この世界に誰がこんな面倒事押し付けてきたのよ、責任者出て来なさいよ全く」

 

アクアが苛立ちを募らせながらヨシヒコ達のいる世界の管理者に責任取れとブツブツ呟いていると

 

 

 

ヨシヒコ―! ヨシヒコ―!!

 

「え、な、なに!?」

「天から声が!」

「お、そろそろ頃合いだと思ってた」

 

洞窟の中から最後にヨシヒコが出て来た途端、急に天から彼を呼ぶ声が

 

驚くアクアとダクネスを尻目にメレブはわかりきってるかのように天を見上げると

 

空に浮かぶ雲の中から、こちらを見下ろす巨大な仏が浮かび上がっているではないか

 

「うげ! ア、アイツは……」

「な、なんだ一体! 空に何者かが現れたぞ!」

「ああ大丈夫、アレウチの世界の神様みたいなモンだから」

「神様だと!? アレがお前達の世界の神様……!?」

 

仏が現れた途端急に慌てて顔を隠すアクア、そしてどよめくダクネスにメレブが安心させるように声を掛けている。

 

ヨシヒコも彼等の隣に立ち、4人で並ぶように仏を見上げると、仏は彼等を見下ろしながらゆっくりを口を開く。

 

「ヨシヒコよ、無事に異世界へと降りたようだが、どうやら早速波乱に巻き込まれたみたいだな、やはりお前は勇者、道を歩けば幾度も試練に立ち向かわなければならぬ運命に……ってあれ? ヨシヒコ?」

「……」

 

威厳のある声でヨシヒコに語りかけようとする途中で仏は気付いた。

 

彼がさっきから自分のいる方向とは全く別の所を見つめている事に

 

自分を探してるかのようにキョロキョロしているヨシヒコを、仏は目をぱちくりさせながらゆっくり問いかける。

 

「ん~これはもしや~? ヨシヒコだけ私の事見えてない的な?」

「……すみません、声は聞こえるんですが」

「おいちょっともうやだ~、もういい加減見えてくれないとホントに泣きそうになるんだけど私! なんでヨシヒコ君だけ俺の事見えないのかな? 不思議だわ~、仏でもわかんないわそこん所~、ミステリアス!」

 

ヨシヒコは空に浮かぶ仏を何故か肉眼で見ることが出来ない。

 

その事に毎度毎度嘆く仏をほっといて、メレブは慣れた感じで袖の奥からガサゴソとある物を取り出すと

 

「ほれヨシヒコ、これ被ってみろ」

「はい」

 

と言って取り出した物をヨシヒコの頭にカポッとハメてみた。

 

触覚の付いた青色の顔の下半分が出てる謎のヘルメットを

 

「あ~ラ〇ダーマンのヘルメットだ~!! 懐かしい~!」

「見えます……! 仏の顔がはっきりと!」

「いやそれで見えてもらわれると、なんか敵として認識されてるみたいで嫌だわ私」

 

懐かしの特撮ヒーローと同じヘルメットを被って驚いた様子でこちらを視認した様子のヨシヒコに苦笑しながら

 

仏は困ったように耳たぶを触りながら首を傾げる。

 

「あ~なんだろう、あのさ、ちょっとラ〇ダーマンは古過ぎじゃない? いや私は滅茶苦茶知ってるけどさ、今時の子とか知らないと思うぜ? なんなら最近のあの~今風の? 魔法使いだとかパイナップルとか~そっちのヘルメットの方が良いと思うんだけど? どう?」

「いや魔法使いもパイナップルも随分前だから……ていうかさっさとお告げ言えよ!」

 

ヨシヒコの被るヘルメットに疑問を持ちかける仏だが、メレブがめんどくさそうに流しながら話を進めようとする。だが仏は「あーはいはい」と適当に相槌を打ちながら

 

「あ! でも待って! いやちょっと、ちょっとだけお告げ待って! すぐ済むから! ちょっとこっちの用事やらせて!」

「なんだよ用事って! こっちは急いでるんだよ早くしろよ!」

「だからすぐ済むって言ってんだろうがキノコ野郎が! 焼いて食うぞ! よし、じゃあ……そこのお前」

「……」

 

苛立つメレブを一喝すると仏はすぐに口元に微笑を浮かべたまま

 

一人だけこちらに顔を背けて黙り込んでいるアクアの方へ優しく話しかけた。

 

「……何してんの? そんな所で?」

「……」

「こっち、こっち見て、もう全部わかってるから、仏だからずっと見えてたから、今更顔隠さなくてもいいし、つかその見た目で即行わかったから、あ~何やってんだろこのバカって」

 

笑いかけたまま仏がアクアにそう言うと、彼女は気まずそうにしながら顔を上げる。

 

「……」

「ねぇ? 黙ってないでなんか私に言う事ない? どうしてそんな所にいるのか仏に是非教えて欲しいな~、お口ムニュムニュするの止めて? 聞いてるでしょ水色頭、お口ムニュムニュするの止めてちゃんと言いなさい、ほら」

「う……うるっさいわねぇ!! アンタに関係ないでしょうが仏のクセに!! 私だって好きでこの世界にいる訳じゃないのよ! それもこれも全部カズマとかいうヒキニートのせいなんだから!!」

「うぉい急にキレてきたよコイツ! おーこわ!」

 

挑発的にネチネチと問い詰めていると遂にアクアがキレて食って掛かって来た。

 

その反応にゲラゲラ笑いながら仏はパンパンと手を叩くと

 

「はいじゃあお告げいきまーす!」

「ええ! 今のが用事!? どゆこと!? あ! まさかコイツと知り合いなの!?」

 

いきなりコロッと態度を変えてお告げを始めようとする仏に拍子抜けするメレブ。

 

もしかしてアクアと知り合いだったのかと尋ねるも、仏はしれっとした表情で首を横に振り

 

「ううん全然知らない」

「はぁ!? ちょっとアンタ何言ってるのよ!!」

「いや~全く知らないわ~、はいそれじゃあヨシヒコ君、仏の話を聞いて下さ~い」

「はい」

「あの仏~……! 天界に戻ったら絶対とっちめてやる……!」

 

あからさまに知らないフリをする仏にアクアがワナワナと怒りで肩を震わせている中

 

仏はこちらを見上げるヨシヒコに改めてお告げを下す。

 

「ヨシヒコよ、先程の戦いでわかったと思うが、お前の仲間であったダンジョーは今普通ではない、恐らく竜王によって心を操作されている可能性がある」

「やはり……仏、心を操作されているとは具体的にどういう事なのでしょうか」

「人の中にある善の心を悪の心にすり替え、その者の欲望を解放させてしまうという、いわば恐ろしい呪いなのだ」

「呪い……」

 

ダンジョーの変化の理由を知ったヨシヒコは静かに呟きつつ、ふと隣にいるアクアをチラリと見る。

 

 

「それなら状態異常を治せる女神の力があれば……」

「竜王の呪いは普通ではない、この世界にあるとされている伝説のアイテムを使わねば呪いを解く事は出来ない様だ、つまりどこぞのバカ女神がアホみたいにヘラヘラ笑いながら「うっひょひょ~い! ビビデバビデブー!」とか叫んでダンジョーの呪いを解こうとしても無理であろう、ブフ! 想像したらクソ面白い!」

「アンタの中で私どんだけ頭ヤバい奴にされてんのよ!」

「あ、ごめんねー、今ヨシヒコと話してるから黙っててー、ね~?」

「うう! 泣きたくなるほど悔しい……!」

 

ここからでは殴る事も蹴る事も出来ないと一人嘆くアクアをよそに

 

笑いを必死にこらえながら仏は再び話を続けた。

 

「ヨシヒコよ、まずは力を手に入れるのだ、ダンジョー、いや竜王をも超える力を手に入れよ!」

「ではまず私はどうすればよろしいのですか」

「ここから南西にある町へと向かうのだ、そこでお前は更なる力を授かるであろう!」

 

ビシッと右の方へ指を指し示す仏、それに釣られてヨシヒコも右の方へ振り向くと

 

「いや南西はあっちだぞ」

 

と言ってダクネスが左の方向へ指差した。

 

思いきり右を指差してしまった仏はバツの悪そうな顔で腕を下ろして

 

「うんまあその……頑張ってください」

「……アイツ道間違えたぞ、だっせ~……」

「うるせぇな! 仕方ねぇだろ私ココの世界よく知らねぇんだから! 初めてなんだもん! 仏初めてなんだもんこの世界!」

 

指摘されて下唇を震わせながら言い訳を始める仏。

 

するとふとメレブが「つーかさ」と仏に向かって眉間にしわを寄せる

 

「ダンジョーが呪いにかかったのってさ、ぶっちゃけお前がなんも考えずに俺達より先に飛ばしちゃったからじゃない? だからお前のせいだよね?」

「え? 私のせい?」

「あとその、カズマ君? 彼が魔王に体を乗っ取られたのもさ、お前が自分の世界をキチンと管理できずに魔王をみすみすこっちに逃がしちゃったせいなんじゃないですか?」

「ん~? それも私のせい?」

「あ~~~! そうよ! 元はと言えばカズマが変になったのも私達の世界に大変な事が起きてるのも! 全部アンタの管理がずさんだったって事じゃない!」

「ん~……ん? んん?」

「ん?じゃねぇよ!」

「誤魔化そうとしてんじゃないわよ!」

 

急にメレブとアクアに問い詰められ始め、キョドった様子で苦笑を浮かべながら誤魔化そうとするも

 

二人はジト目で彼を見上げる。

 

「コレはアレだな、責任取って土下座でもしてもらわないとダメだな」

「そうよ! そこで今すぐ私達に土下座しなさい!」

「いやいやいや! その誰が悪いとかさ、今決める事じゃなくない? その~私だってほら、こうして皆さんを導く為に頑張ってる訳ですし~、そんな人を悪者呼ばわりする前にさ、みんなで力を合わせて頑張ろうぜ!」

「うん、わかったからそこで土下座して」

「は~や~く~、さっさと地面に頭こすりつけて」

「おーいー、今いい感じで纏めようとしたよ私ー! もう勘弁してくれよ~! 私だってちゃんと悪いと思ってるんだからさー!」

 

二人合わせて土下座しろコールしてくるメレブとアクアに、仏は頬を引きつらせるといきなり「あ!」とハッとした表情を浮かべて後ろに振り返る。

 

「ゴメンゴメンゴメン! ちょっと今友達が遊びに来たからまた掛け直すわ、じゃあまた今度で! うん!」

「嘘つけよ! お前に友達なんている訳ねぇだろ!」

「おい! ちょ! 待ってそれは言い過ぎだろ! そこはね、「お前逃げようとしてるから嘘吐いてるだろ!」とかならわかるよ! けどさけどさ! 友達の存在そのモノさえ否定されるとかなり精神的に来るぜ!?」

「いや! 間違いなくお前に友達はいない!」

「いますー! 沢山いますー! ホントに今遊びに来たんですー! ゼウス君がファミコンしに来たんですー」

「おいおいおいすんげぇ名前出したな! そんな超メジャーな神様出されるとますます胡散臭いから!」

「胡散臭くありませんーん、ホントに僕はゼウス君と友達なんですー「最近ウチの孫がダンジョンで大活躍しててマジヤバい」っていっつも自慢されてるんですー、ぶっちゃけちょっとウザいと思ってますー」

 

鼻をほじりながら子供の様にムキになって友達はいるんだと言い続けると、天に浮かぶ仏の姿が徐々に薄くなっていく。

 

「ではさらばだヨシヒコー!」

「うわ逃げやがった! マジで最悪だなあの仏!」

 

ゆっくりと消えながらこちらに嬉しそうに手を振って消えていく仏

 

メレブがしかめっ面で呆れた後、すぐにヨシヒコ達の方へ視線を戻す。

 

「おいみんな、これでムラサキの奴もダンジョーみたいに呪いにかけられてたら、アイツ今度こそ土下座させようぜ」

「全くよ、めぐみんまで呪いにかかってたら焼き土下座にしましょ」

「あー焼けた鉄板の上で土下座させるんでしょ? よし、是非仏にやってもらおう」

 

アクアの提案にメレブも力強く賛成している中、お告げを聞き終えたヨシヒコは被っていたライダーヘルメットを取る。

 

「どうやら今回も、我々には多くの苦難が待ち構えているようですね、メレブさん」

「ホントだな、しかも今回はダンジョーとムラサキがいない。以前よりも更に辛くなる旅になるやもしれん」

「ちょっとー、私達の事忘れてんじゃないのー?」

 

メレブにヘルメットを返しながらヨシヒコは今後の旅もより困難になると呟いていると

 

それに反応してアクアとダクネスが振り返ってきた。

 

「私達が代わりに仲間になってやるんだからちっとは有難く思いなさいよ、この水の女神たるアクア様がいれば竜王なんてけちょんけちょんにして簡単にクリアしてやるわ」

「私達もカズマとめぐみんを探す目的があるからな、互いの目的を叶える為に共に手を携えよう」

 

アクアとダクネスという頼もしい(?)仲間が出来たヨシヒコ。

 

それに気付いてヨシヒコもフッと彼女達に笑いかけ、メレブも満更でも無さそうに持っている杖に身を預けながら笑う。

 

「まぁ、あんまり役に立つとは思えないけど、騒がしい旅の方が俺達には似合ってるし、そう悪くないな」

「はい」

 

ボソッと呟くメレブの言葉にヨシヒコもハッキリと頷いて見せると

 

彼等は早速南西のある街へと向かい歩き出した。

 

「それでは早速仏が言っていた場所に向かいましょう」

「南西の街という事は……きっと『アクセル』だな、丁度よかった、あそこは私達の拠点でもあるんだ」

「街かぁ……一体そこで俺達にどんな力が授けられるんだろうな」

「私街に帰ったらご飯食べたーい、もう全然食べてなくてお腹ペコペコー」

「あ、俺も腹減ってるからご飯食べたーい、お腹ペコペコ―」

「いやアンタが言っても全然可愛くないから」

「ハハハ……貴様もな」

 

ワイワイと談笑を交えながら、ヨシヒコ達は南西にある街『アクセル』に向かう為に山を下りて行く。

 

彼等の冒険はまだ始まったばかり、果たしてこの先どうなる事やら……

 

 

 

 

 

そしてそんな彼等を心配そうに木陰から見つめる者が一人

 

「兄様、兄様は今回も魔王と戦うのですね、ならばヒサは決めました」

 

隠れていた木の上からバッと姿を現してヨシヒコ一行を見送るのはヨシヒコの妹であるヒサ

 

「今度こそはヒサも兄様と一緒に魔王を倒せるよう強うなろうと思います! この異世界で凄く強くなって! 兄様の隣で戦いとう思います!」

 

そう強く決意を露わにして強くなることを決心するヒサ、だがそこに

 

「ハッハッハ! 貴様今魔王を倒すとほざいたな! 魔王を倒すのであればまずはこの俺を倒して見せよ!」

「は! あなたは!」

 

ヒサの方へのっそのっそと歩いて来たのは、甲冑に身を包ませた首なし騎士、その右手には兜を被った首らしきものが置かれている。

 

「俺は魔王軍の幹部の一人! デュラハンのベルディア! 少し前にとある冒険者達にタコ殴りされた上に消し飛ばされてしまったが! 命からがらこの地に蘇ったのだ!」

「なんと! 魔王軍の幹部という事は……兄様の敵!」

 

わざわざ律儀に自己紹介してくれるデュラハンのモンスター・ベルディアに、ヒサは早速兄が倒そうとしてる魔王の手先だと察し、華奢な身なりで拳を構える。

 

「ならば少しでも兄様の負担が軽くなるよう! ここでヒサがあなたを倒します!」

「ハッハッハ! 魔王軍に歯向かう事がどれほど恐ろしいのかわかってないみたいだな! 面白い、来い!」

 

ヨシヒコが見てない所で始まった。

 

魔王軍の幹部・ベルディアVSヨシヒコの妹・ヒサ

 

 

二人の戦いの決着は

 

 

次回へ続く。

 

 

 

 

 



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其ノ弐 笑いの絶えない職場です
弐ノ一


異世界へと降り立ち、ダンジョーとムラサキと離れ離れになったヨシヒコとメレブだが

 

新天地にて出来た新たな仲間、アクアとダクネスをパーティに加える。

 

この世界で力を集めている竜王を倒すべく立ち上がった彼等4人は

 

まずは仏の指し示した町『アクセル』へと向かうのであった。

 

そしてヨシヒコを先頭に4人が山の中を下りて行っていると

 

「おい待てやコラァァ~!!」

 

4人の前に突如いかにもな荒くれ者な恰好をした二人組が草葉の陰から現れて立ち塞がる。

 

一人は声がデカくていかにも強そうな見た目をしているにも関わらず

 

もう一人は見た感じ気弱そうで大人しそうな印象、それに相方よりもずっと背も低い。

 

「ここでわし等に目ぇ付けられたのが運の尽きやのぉ、よし、お前等の武器と有り金全部、わしによこさんかい!」

「ちょっとコイツ等まさか盗賊!? なんでこんな奴等がいんのよ~!」

「どうやら異世界であろうと我々の前には必ず盗賊が出没するみたいですね」

「うむ、これはもはや避けられない運命と言っても過言ではないな」

 

いきなり盗賊が出て来た事にすぐに慌てるアクアをよそに、盗賊とは幾度も遭遇しているヨシヒコとメレブは慣れた様子で会話する。

 

そしてダクネスはというと彼等の前にすぐに身を乗り出して盗賊に指を突き付けて

 

「おのれ盗賊め! 私の仲間に指一本でも触れてみろ! 例え私がどうなっても仲間だけは護って見せる!」

「おう随分と威勢の良いネーちゃんやのぉ、だが後で後悔しても知らんで」

 

男は独特な方言を使いながら、立ち塞がるダクネスにニヤリと笑うと、隣でずっと黙り込んでいる小さい方の連れの肩に手を置く。

 

「よーく聞いとけ! わしの名前はレーイジ!! 泣く子も黙る盗賊兄弟の弟や! そんでこっちがまあ……一応兄貴のツヨシンってやっちゃ」

「……」

「なんか言わんかい!」

 

自分で名乗るついでに兄のツヨシンの事も紹介するレーイジ。

 

何も言わずに突っ立っているツヨシンの頭を軽くはたいている彼を見て、メレブは思わず「え?」とちょっと驚いた表情

 

「そっちの小さい方がお兄さんなの? 弟よりも兄の方が小さいってなんか珍しいっすね」

「そやねん! コイツホンマちっちゃいでしょ~? 昔はコイツの方が大きかったんやけど、成長期になったらわしがグーン!って追い越して……あ? どうした?」

 

メレブとの会話の途中で急にボソボソと小声で喋りはじめるツヨシン、レーイジはめんどくさそうにそんな兄に耳元を近づけると

 

「……あの金髪のネーちゃん、おっぱいデカいな」

「いやなにを見とんねんお前は!」

 

会話の最中ずっとダクネスの鎧に包まれた胸の部分をガン見していたツヨシン

 

ダクネスがつい咄嗟に胸元を両手で隠すと、そんな彼の頭をバシンとレーイジが叩く。

 

「なに言うんかと思ったらおっぱいデカいってアホかホンマ! 確かにわしも思うとったで!? いきなりあのネーちゃんがバッと出て来た時「あ、丁度ええ形の乳しとるなー」って頭の中で高評価出してたのは確かやで! けどお前! それをどうしてわざわざ俺に言うねん!」

 

兄である筈のツヨシンをレーイジが唾を吐きながら叱りつけていると

 

それを見ていたヨシヒコがボソリと

 

「共感したいと思ったんじゃないですか? 弟さんとおっぱいについて」

「お前はお前で真顔でなに言うとるねん……兄弟で「そやな、おっぱいデカいな!」って仲良くする光景なんて誰も見たないわ」

 

真顔で変な事を言い出すヨシヒコにすぐにツッコミを入れるとレーイジは「あーもうええわ」と呟き腰に差す剣の柄を握り締めて4人の前に立ちはだかる。

 

「お前等ええからさっさと金出せや、さもないと、その命、貰うで」

「やれるモンならやってみなさいよ! アンタ達みたいな盗賊風情なんてこの女神様がちょちょいのちょいでやっつけてやるんだから! 行きなさいヨシヒコ!」

「お前、自分でやるって言っておいてヨシヒコに頼むって、ホントお前……お前だなぁ~」

「ホントお前ってお前だなってどういう意味よ!」

 

まるで自分の存在自体が悪い表現みたいに扱うメレブにすかさずアクアが食って掛かっていると

 

「……」

「あ、なんやまたもう……」

 

再び後ろでブツブツと呟き始めるツヨシンに、またレーイジが近づいて耳を近づける。

 

「……あの水色頭、絶対アホやで」

「なにわかり切った事言っとんねん!」

「ちょっとー! なにわかり切った事って! ツッコみ方にも問題あると思うんですけどー!」

 

またどうでもいい事を呟いていた事に腹を立てて兄の頭をはたくレーイジ

 

彼のツッコミにアクアが指を突き付けながら怒るも無視され、レーイジはしかめっ面を浮かべならツヨシンを見下ろす。

 

「確かにわしも思うとったで、最初わし等が出て来た時にいきなりキャンキャン吠えて来て「うわ、なんやねんコイツ……うっさいし全身水色やし絶対アホやわ」って感じたのは素直に認めるわ」

「認めるんじゃないわよ!」

「お前な、正直盗賊する気あんのか? さっきからアホみたな事ばかり言いおってからにふざけてるんちゃうか?」

 

アクアの叫びも無視して、弟である筈のレーイジが兄のツヨシン相手に説教をかますというなんとも微妙な雰囲気が流れ始めた。

 

「それとお前暗いねん、盗賊ならもっとハキハキしながら堂々と立たなあかんやろが」

「……」

「子供の頃からオトンとオカンによう言われとったよな、「レーイジはあんな活発で元気一杯なのに、どうしてお前はそう大人しいねん」って、注意されとったよな?」

「……」

「友達もわしのほうが多かったしなー、お前はお前でおったけどみんなお前と同じタイプばっかりで気色悪かったわー」

「……」

 

段々と説教から嫌味になっていく弟の言動に、兄は何も言わずに黙り込んでいるというこの状況

 

メレブも息が苦しいと爪をいじりながら項垂れる。

 

「なんか……やな雰囲気になっちゃったね」

「気弱な兄を弟が……見てるだけで心が痛む光景だ」

「止めて来ます」

「待ちなさいヨシヒコ、家族同士の喧嘩に私達が口を挟むもんじゃないわ、今はちょっと見守っておくわよ」

 

ダクネスも胸を痛めて目を背ける中で、ヨシヒコが一人二人の仲裁に入ろうとするがすぐにアクアがそれを阻止してしばらく見守ろうとする。

 

ヨシヒコも素直にそれに従って一歩下がっていると、弟は兄いびりを続け

 

「そうやって言われたらすぐ黙り込むのが昔から嫌いやねんホンマ! なんでお前がわしの兄貴やねん! わしの足ばっか引っ張りおって! 一度はわしに反抗してみせんかいコラ!」

「……うっさいねん」

「……あ?」

 

ずっと黙り込んでいたツヨシンがボソリと言った言葉にレーイジが目を細めながら顔を近づけると

 

兄は急にクワッと表情を一変させて

 

「うっさいんじゃボケェ!」

「お! 小さい兄が遂に反撃に出た!」

 

突然キレた様子で怒鳴って来るツヨシンに思わず面食らって驚いてしまうレーイジ

 

メレブが思わず叫んでいると、怒れる小さな兄は更に大きい弟に食って掛かる。

 

「ずっと言おうか言うまいか思ったんやけどな! お前友達多いと自分で思うとるみたいやけど! アレお前が単に仲の良いグループに勝手に加わってただけやからな! アイツ等今でもまだ仲良うしとるみたいやけど! お前一度でもアイツ等に遊び行こうって呼ばれた事あるんか!?」

「え、ちょ……え」

「あと俺、お前の事で散々オカンとオトンに相談されとんねん!「もうええ年やのに何時まで経っても遊んでばっかでロクに家に金入れへん、兄貴のお前だけが頼りだからなんとかアイツを真面目に働かせてあげて」って! なんべんも言われとってん!」

「そ、そうだったん……へぇ~知らんかった……」

 

凄まじい形相で吠えて来る兄にみるみる声が小さくなっていく弟

 

オマケに色々聞かされてすっかりレーイジがショックを受けている中で、更にツヨシンは一歩前に出る。

 

「だからいい加減盗賊なんて真似止めろや! 図体だけデカくてもお前全然剣振れんやん! 盗賊止めてまともに就職して親孝行しようや!」

「お、お前何言うとんねん! お、お、お前やって就職してへんクセに!」

「したで就職」

「……え?」

「来週から俺、アクセルで機織り職人の弟子として働くんや」

 

自分を親指で指しながらそう呟くツヨシンに、思わず呆然と固まってしまうレーイジ

 

そんな弟に兄は急に優しい表情を浮かべて軽く笑みを浮かべた。

 

「顔は強面やしムキムキで見た目はおっかないおっさんやったけど、思い切って弟子入りしたいって頼んだら気前よくOKしてくれたんや」

「ほ、ほ~ん……」

「そんでお前の事も土下座して頼んだんや、「ウチの弟もどうか一緒に弟子入りさせて下さい」って、そしたら師匠、すぐにわかったって言うてくれたで、ええ人やホンマ」

「えぇぇぇ!?」

 

自分だけでなくまさかの弟の事も気に掛けて就職先を見つけてくれていた兄。

 

まさかの展開にメレブは思わず口元を手で押さえながら目を大きく見開く。

 

「あんだけ酷い事言われてたのに……! そんな弟の為に土下座してまで仕事先を見つけてあげたなんて……!」

「な、なんて素晴らしい兄なんだ……!」

「立派だわ……! 凄く立派なお兄さんだわ……!」

「ええ、あれだけ虐げられてもなお、お兄さんは弟の身を案じていたんですね」

 

大人しそうな見た目の裏腹に、影に隠れて弟がまともに働けるように手配していた兄。

 

ヨシヒコ達がそんな兄弟愛に感動すら覚えていると、ツヨシンは驚いて呆然としているレーイジの腰を優しくポンと叩く。

 

「もうええやろレーイジ、これからはまともに働いて、オトンとオカンを楽させてあげようや」

「……なんやねん」

 

ずっと自分の事を見守ってくれていた事を知った弟は声を震わせながら口を大きく開けて

 

「なんやねんもぉぉ~~~~!!!」

「あ、弟泣いちゃった」

「こんな! こんな真似されたら! わしもう自分が情けなくて惨めになるやんけ~~!!」

 

遂に膝から崩れ落ちて地面に両手を突いたまま号泣してしまう弟

 

そんな彼にヨシヒコがそっと歩み寄る。

 

「もう我々と戦う必要は無いだろう、弟よ。これからは兄と二人でまともに働きなさい」

「出来るか~! こんなみっともないわしが今更まともに働けるか~! これ以上兄貴に迷惑掛けるぐらいなら!」

 

今までの行いに反省しながらレーイジは立ち上がり、泣き顔のままヨシヒコに向かって剣を構える。

 

「いっそこの場で命散らしたるわ~!」

「ふん!」

「あん!」

 

泣いたまま剣を掲げて突っ込んで来たレーイジにヨシヒコは抜いた剣で横一閃

 

それを見事に食らったレーイジは、手に持っていた剣をポトリと落とすと

 

「兄ちゃんごめん……」

「レーイジー!」

「安心して下さいお兄さん、弟さんは眠っただけです」

 

前のめりにバタンと倒れた弟に慌てて駆け寄る兄。

 

しかしヨシヒコの剣は「いざないの剣」相手を殺さず眠りにつかせる剣。

 

やがて倒れたレーイジの口から寝息が聞こえ始め、それにほっと一安心するツヨシン。

 

「ほんに、ほんにあんがとうございます……これからは兄弟真面目に働きますんで」

「二人で立派な機織り職人になって下さい、では皆さん、行きましょう」

 

殺さないでくれたヨシヒコに感謝しながら頭を深々と下げるツヨシンに安堵の表情を浮かべた後、ヨシヒコは他の三人を連れて旅を続行する

 

「頑張れよお兄ちゃん」

「あんがとうございます、キノコ頭」

「ん?」

「これからは兄弟仲良くな」

「あんがと、おっぱい大きいネーちゃん」

「え!?」

「一人前になったらアンタ達の店に行ってあげるわ」

「おうお前も頑張れや、アホ」

「ああ!?」

 

最後にそれぞれ彼に応援メッセージを残しつつ、4人は再びアクセルへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盗賊との戦いを終えてしばらく経った頃

 

ヨシヒコ達は無事にようやく始まりの街『アクセル』へと辿り着いた。

 

「ここがアクセル……随分と大きな街並ですね」

「おお! なんかやっと異世界っぽい所に来れたじゃん! てか街すっげぇデケェ!」

「は? そこまで驚くほど大きくはないでしょ?」

「いや俺達の世界でいつも行ってる村と比べたら断然デカい!」

 

中に入って早速興奮気味にはしゃぐメレブをアクアが窘めていると、ヨシヒコは早速歩いて周りを眺めてみる。

 

「仏の言っていた力を授けてくれる所は一体どこに……こうも色々な建物があると一体どれだか……」

「それなんだがヨシヒコ、仏の言っていた力というのは冒険者ギルドで得られる職業なんじゃないか?」

「冒険者ギルド?」

 

ヨシヒコのすぐ後ろをついて来ていたダクネスが、ふと気になる言葉を口に出した。

 

「この世界に来たばかりに君達なら知らないのも当然だが、この世界を冒険するのであればまず冒険者ギルドに登録して自分に似合う職業を選ぶのが先なんだ、例えば私はクルセイダー、アクアがアークプリーストみたいにな」

「職業……そうか、仏が言っていた授かる力というのは、そこでこの世界のルールに従い職業を得る事だったのか」

「その筈だ、何故ならこの世界では冒険者に登録して職業を得れば、それに見合うスキルを手に入れたりする事が出来るからな」

 

ヨシヒコは勇者でメレブは魔法使い。しかしそれはあくまで自分達の世界での話。

 

この世界で冒険者として登録して職業を得れれば、様々な恩恵を貰える事をダクネスから聞いてヨシヒコはすぐに決めた。

 

「よし、ならばまずはその冒険者ギルドという所に向かおう、聞いてましたかメレブさん」

「おーちゃんと聞いてたともー、なんか面白そうなイベントが始まりそうじゃーん」

 

すぐ背後にいたメレブはダクネスの話をちゃんと聞いており、興味津々の様子でにやにやと笑う。

 

「フ、どうやらこの私が、この世界に新たな旋風を巻き起こす時が来たようだな」

「頭おかしいんじゃないのアンタ」

「お黙り、この俺が手に入れる職業を見てアッと驚け、そして跪け」

「1個も呪文も持ってないのに魔法使いとか名乗ってるアンタに一ミリも期待しちゃいないわよ」

 

眉毛を動かしながら偉そうな口を叩いて来るメレブをアクアが鼻で軽く笑ってやると

 

「では行きましょう」

 

ヨシヒコ一行はすぐに冒険者ギルドへと歩き出した

 

職業を得て新たな力を授かる為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが冒険者ギルドか!」

「ヨシヒコ! そこ土木作業員の為の仮設トイレ!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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弐ノ二

無事に『アクセル』へと辿り着いたヨシヒコ一行は

 

アクアの案内の下、無事に冒険者ギルドへとやって来た。

 

この場所でヨシヒコとメレブは、冒険者として登録し、この世界での職業を手に入れて更なるパワーアップを目指すのであった。

 

「ここが冒険者ギルド……入りましょう」

「うむ、ここから我々の異世界デビューが始まるのだ」

 

先陣を切って両手でウエスタンドアを開けて中へと入るヨシヒコ。メレブもその後ろについて一歩店の中へと踏み出す。

 

まず最初に見た光景は、様々な見た目をした人種達が、

 

テーブルの上で豪快に食事をしていたり

 

ヒソヒソ声でダンジョンの情報を交換していたり

 

冒険に赴く為に慌ただしくし準備をしているパーティーがいたりと

 

所狭しに冒険者たちがたむろしていた。

 

その中でも何人かは、この町に来たばかりの新参者であるヨシヒコとメレブを物珍し気に見ている者達もいた。

 

「おぉ、なんかいよいよ冒険物ファンタジーっぽくなってきたと感じて来た」

「彼等は我々の様に魔王を倒そうと集まっている者達なのでしょうか」

「違うわよ、ここにいる連中の大半は色々な目的を持って集まっているの、魔王の討伐なんて考えてるの私達ぐらいのモンね」

 

メレブの後から入って来たアクアがヨシヒコに教えてあげると、彼は「なるほど……」と短く呟きつつ、早速冒険者用の受付場を見つける。

 

「あそこで話を済ませれば私も彼等と同じく冒険者として認められるんですか?」

「そういう事ね、色々と細かな事は聞かれると思うけどすぐに済むから」

「わかりました、では」

 

アクアに確認した後、すぐにヨシヒコは何人かいる受付嬢の方へと足早に進んでいく。

 

 

そして金髪で一際巨乳の受付嬢の所へ実に滑らかな動きで、少し長い行列に加わった。

 

「ん? なんで他の受付カウンターは空いてるのに、わざわざ並んでいる所に行ったのかしら?」

「フフッ、ヨシヒコとの付き合いが短いお前にはわからんだろうな、いいかアクアよ、ヨシヒコという男は」

 

疑問を持って小首を傾げるアクアにメレブはわかり切った様子で笑みを浮かべると

 

「巨乳超大好き」

「……は?」

「あそこにいる受付嬢の中でヨシヒコは、ひと際美人尚且つ巨乳な女を鋭く見抜いて並びに行ったのだ」

「バカじゃないの?」

「バカだよ、でもバカだからこそヨシヒコなの。という事で俺もヨシヒコと一緒に並んできまーす」

 

ヨシヒコの性癖を笑顔で教えて来るメレブにアクアは思わず口をポカンと開けるも

 

それをよそにメレブは颯爽とヨシヒコの方へ歩いて行った。

 

「結局アンタも同じ列に並ぶんじゃないの……」

「すまない、ちょっと友人と話し込んでいたので遅れてしまった」

 

呆れるアクアの所に一人遅れてやってきたダクネスが現れた。

 

「二人は無事に登録し終えたのか?」

「まだよ、今行列に並んでる所」

「……わざわざ空いてる場所があるのに何故?」

「バカだからよ」

「?」

 

両肩をすくめながらバカの一言で片づけるアクアに、どういう事だとダクネスがキョトンとしていると

 

 

しばらくして、遂にヨシヒコ達が受付の番になった。

 

「はい、今日はどうなされました?」

「冒険者として登録しに来ました」

「ヨシヒコ胸見過ぎ」

「えーそれではます登録手数料として一人千エリスとなりますが……」

「千エリス?」

「千ゴールドじゃないの?」

「いえ、千エリスです」

 

ウェーブのかかった髪の巨乳が丁寧にそう言うと、ヨシヒコとメレブはスッと後ろに振り返り

 

「すみません」

「お金貸して」

「私はイヤよ」

「仕方ない、じゃあここは私が……」

 

すぐにこっちに振り返って来た彼等を察してすぐに拒否するアクアに代わって、ダクネスがヨシヒコ達の代わりに払ってくれた。

 

「うむ、どうやら使用通貨も我々の世界とは違うようだ」

「ゴールドでしたら魔物を倒すだけで手に入るんですけどね」

「エリスとか倒しても全く出てこなかったよな、難易度高いよここ~……」

 

ゴールドならここに来るまで何度か倒した魔物からいくつか回収してるというのに……

 

思わぬ場所で躓いてしまったヨシヒコとメレブが今後どう生計を立てていくのか悩んでる中、ダクネスが二人の料金を受付嬢に払ってくれた。

 

「ヨシヒコ、メレブ、登録手数料を払っておいたぞ」

「ありがとございまーす」

「感謝する」

「いや後でちゃんと返して欲しいんだが……」

「このご恩はマジ永遠に覚えておくから、マジに」

「凄く感謝する」

 

押しつけがましい礼を言いながらダクネスをたじろかせ

 

改めてヨシヒコとメレブは受付のカウンターの前に

 

「よろしくお願いします」

「だからヨシヒコ胸見過ぎ」

「では冒険者となる前に説明はいりますか?」

「あ、もう俺達冒険者の仲間がいるんで、詳しい話は後でアイツ等に聞いておくんで大丈夫っす」

「そうですか、それじゃあ……」

 

会釈しながらメレブが説明は不要だと言うと、受付嬢は彼等の前にスッと書類を差し出した。

 

「ここにお二人共、年齢、身長、体重、身体的特徴等の記入をお願いします」

「わぁ~どうしよ俺、そんなの全然覚えてないよ~、前に体重計ったのいつだっけ~?」

「メレブさん、わからない場所は大体このぐらいだと思って書いてみればいいですよ」

「そういうヨシヒコよ、お前……自分の身長50メートルってなんなの……巨人じゃん、超大型ヨシヒコじゃん……」

「これぐらい心の大きな男に成長したいんです」

「いいよそういう心構えは書かなくて……お姉さんこのゴジラに新しい紙渡して……」

 

自分の体重何キロだったかと思い出そうとしながらついヨシヒコの記入欄を見て思わず口を抑えて噴き出してしまうメレブ。

 

すぐに受付嬢は代わりの紙を、体重2万トンとか書いているヨシヒコに渡した。

 

程無くして二人は真面目に書き終えると、二人同時にスッと受付嬢に書類を渡した。

 

「はい結構です、ではどちらかが先にこちらの冒険者カードに触れて下さい、触れた人のステータスが数値化されて、その後、数値に応じてなりたい職業を選んでいただきます」

「メレブさん、どっちから先にやります?」

「ヨシヒコよ、ここは先にやらせてくれ」

 

遂に職業を選ぶイベントが始まると聞いて、すぐにメレブがヨシヒコよりも一歩前に出る。

 

「ここは俺が一発物凄いレアな職業になって、ここにいる人達をみんなアッと驚かせたい」

「確かに、メレブさんなら凄い職業になれるでしょうね、わかりました、私は後でいいです」

「悪いな」

 

得意げに笑いながら両手に持った杖を左右に振りつつ、メレブはふと背後でこちらの様子を見ているアクアとダクネスの方へ振り向いた。

 

「喜べお前達よ、この場で今、伝説の魔法使い誕生の瞬間を拝ませてやろう」

「はいはい、いいからさっさとカードに触れなさいよ」

「そんな期待してない表情も今の内だ、それでは……」

 

勿体ぶった台詞を吐いてくるメレブにめんどくさそうに手をヒラヒラさせて促すアクア。

 

それに従いメレブはそっと受付嬢が差し出した冒険者カードを触れてみる。

 

その瞬間、彼のステータスはすぐに数値化され、それを見て受付嬢は……

 

「はいありがとうございます、メレブさんですね……あ~これは……うん、いや~……」

「おおっと、あまりにも高くて声も出ない的なパターン?」

「う~ん…………ふぅ~む……」

「……あれ? なにその難しい表情、凄く不安になって来たんだけど」

 

みるみる表情が険しくなっていく受付嬢

 

メレブが徐々に不安感を募らせていると、やっと彼女は顔を上げて

 

「とりあえず聞いておきたいんですけど、メレブさんが今も優先的になりたい職業ってありますか?」

「あ、まあそうっすねぇ~、まあ最低でも魔法使いにはなっておきたいっすね~まあでも、欲を言えば賢者とかになってみたいとは思ってるんですけど~、なれます?」

「えーと、魔法使いという事はつまり『ウィザード』でよろしいでしょうか? でしたら……」

 

顎に手を当てながらドヤ顔で尋ねて来るメレブに、受付嬢は首を傾げながら少し申し訳なさそうな表情を浮かべると

 

 

 

 

 

 

 

「今メレブさんが選べる職業は基本職の『冒険者』か……『ウィザード(笑)』だけです」

「………………………ん?」

 

ウィザードの後におかしな単語が入っていた事に、メレブは目をパチクリさせながら耳を彼女の方に向ける。

 

「あの、すみませんなんかちょっと聞き間違いかもしれないから一応確認しますけど……ウィザードって言った?」

「いえ、ウィザード(笑)です」

「お、おぉ……困惑し過ぎて状況を上手く理解できない」

 

聞き慣れない職業の名にメレブが半笑いしていると、受付嬢は至って真面目な表情で説明を始める。

 

「ウィザード(笑)というのは、いわゆるウィザードを目指すにはまだまだ半人前の人を救済する為の職業みたいなものです。つまり半端モンのウィザードという事です」

「あ~なるへそ~……つまり俺はその……数多の経験を得て幾度も魔王を倒した実績があってなお……半端モンだと言う事でよろしいでしょうか?」

「言ってる事はよくわかりませんがそういう事ですね……その、メレブさんのステータスは全体的にちょっと低めでして、所々高い所はあるんですけどこれではまだ「ウィザード」を名乗るのはちょっと……」

「うんうんうん、わかった皆まで言うな、これ以上言われると泣くよ? 公の場で思いきり泣く自身あるよ?」

 

辛い現実を目の当たりにし、メレブは何度も頷きながら受付嬢の話を止めて、仕方なく

 

「じゃあその……『ウィザード(笑)』でお願いします」

「えーと、まあこれから頑張ってください……頑張ればいつかは『ウィザード』になれるかもしれませんから……」

「あの、職業の記入欄の所、この最後の(笑)だけを少し薄くすることは出来ないでしょうか……?」

「すみませんそういった真似をしたら職業偽造になりますので……(笑)ははっきりと書かれます」

「ですよね~、うん、聞いた俺がバカでした~失礼しま~す」

 

受付嬢の言う通りハッキリと『ウィザード(笑)』と記入された冒険者カードを受け取った後

 

メレブはフラフラした足つきでアクアとダクネスの所に戻って来た。

 

「……なんかもうやだこの世界」

「登録お疲れ様~、ウィザード(笑)様、ブフッ!」

「ま、まあそんなに気にするな、彼女も言っていただろう、頑張れば『ウィザード』ぐらいにはなれるかもしれないと……」

 

ずっとメレブと受付嬢の話を近くで聞いていたアクアとダクネス。

 

ダクネスは苦笑交じりに気を落とすメレブを励まそうとするが、アクアの方はこれ愉快と楽し気にお腹を抑えながらゲラゲラと笑い出す。

 

「伝説の魔法使いとか威勢の良い事言って、それで職業が『ウィザード(笑)』って何よそれ! あーおかしい! そもそもそうなると予感はしていたのよ私は! だってここに来るまでアンタってロクに役に立たなかったじゃないの! ねぇ今どんな気持ち? アレだけ偉そうな事言っておきながら結局(笑)とかどんな気持ち? プークスクス!」

 

心底腹の立つ笑い方をしながらバカにして来るアクアに対し、メレブは挑発的な笑みを浮かべながら一言

 

「黙れ女神(笑)」

「ああん!? ちょっと今女神の後に(笑)付けたでしょ! まるで私が女神を自称する可哀想な人だと言いたい訳!? すぐに撤回しなさい!」 

「落ち着けアクア、正直私もお前の事はその……可哀想な人だとは思ってる……」

「え、嘘でしょダクネス! まだ私の事信じてないの! 私は本当に女神なのよ! 水の女神のアクア様なのよ!」

「叫ぶな……それ以上騒ぐと周りの視線が痛い……」

「見ないで下さーい、ウチの女神(笑)をそんな目で見ないで下さーい」

 

ダクネスに女神と自称する痛い人だと薄々思われていた事にショックを受けた様子で

 

周りの人々から可哀想なモノを見る目を向けられてもなおムキになりながら自分は女神だと主張し始めるアクア。

 

しかしそんな事をしている一方で

 

「はッ!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ん? 何かあったのか?」

 

先程メレブを冒険者として登録した受付嬢が素っ頓狂な声を上げたので、店内にいた者達のほとんどが何事かと即座にそちらに振り返る。

 

ダクネス達もそちらに顔を向けると、そこには受付嬢の前で棒立ちしているヨシヒコの姿が

 

「すみません、もしかして私、何かしちゃいました?」

「おぅいヨシヒコ~! なんだそのどこぞの転生主人公みたいな台詞は~!?」

「え、もしかしてその受付嬢、アンタの数値見て驚いてるの?」

「はい、私がカードに触れた途端、彼女が急に驚いて」

 

どうやらヨシヒコも冒険者カードに触れてステータスの数値化を行ったらしい。

 

しかし彼のステータスを見て受付嬢は尋常じゃない程驚いていた。

 

「な、なんなんですこの数値!? 魔力は少なめで知力は絶望的に低い事以外は、他のステータスが平均よりも遥かに凌駕していますよ! 知力は絶望的なのは置いといて、冒険者として初めて登録する方がここまで高ステータスだなんて前代未聞ですよ! ホントに知力は絶望的なのに!」

「うん、わかった、わかったから何度も言わないであげて」

 

驚いた様子で何度も同じことを繰り返す受付嬢に、メレブは冷静に手の平を向けながら止めさせる。

 

「そこまで知力が絶望的だと連呼されると、ヨシヒコが救いようのないバカだと周りに認知されてしまうから」

「ちなみにそちらにいる水色の髪をした方、アクア様と同じ知力です!!」

「やっぱり救いようのないバカだった! どうしよう! 俺達のパーティーに救いようのないバカ二人揃っちゃった!!」

「なんで私と同じ知力だとわかって絶望すんのよ!」

 

咄嗟に受付嬢が指さした方向にいたアクアに振り返り、メレブは彼女とヨシヒコは同レベルのバカだと察して泣きそうな顔を浮かべていると

 

受付嬢はやや興奮した面持ちで

 

「まさかアクア様もを超える逸材がいたなんて! ここまで桁違いな人がいたとは驚きです! 知力が必要な職業はまず無理ですが! それ以外の職業ならなんにでもなれますよ!」

「では勇者でお願いします」

「……あ、すみません、勇者という職業はないんですけど……」

「勇者が無い!?」

 

なんにでもなれると聞いて、ヨシヒコは仏頂面ですぐに勇者を選ぼうとするが、どうやらこの世界では勇者という職業は無いらしい。

 

「勇者というのはあくまで偉大な功績を行った者に捧げる称号みたいなモノなので……」

「なんという事だ、私が勇者になれないなんて……!」

「でもホントにほとんどの職業になれますよ、聖騎士の『クルセイダー』や最高剣士の『ソードマスター』、回復支援特化の『ハイプリースト』、それと……」

 

次々と数多くの冒険者たちが羨む上級職の名を上げながら最後にボソリと

 

 

 

 

 

 

「あの超レアな職業として成り手の少ない、『ドラゴンナイト』にだってなれますね……」

「……ドラゴンナイト?」

 

彼女がその名前を呟いた途端、突如周りの者達がひどくどよめき始めた。

 

当人のヨシヒコはそれが一体何なのかわかんないでいると

 

いつの間にか近くにいたメレブが彼の肩をポンと叩く。

 

「ヨシヒコ、お前今やったぞ、確実にやったぞ」

「何をですか」

「この周りの連中の反応を見て分かった、断言しようヨシヒコ、お前が選ぶべき職業はドラゴンナイトだ……!」

「どうしてそう言い切れるんです?」

「こういう職業を選ぶ時は、まず周りが羨ましがる凄い珍しい職業になるのが主人公のお約束なのだ」

「そうなんですか……!?」

 

ニヤリと笑いながら顔を近づけて耳打ちして来たメレブに、ヨシヒコは目を見開く。

 

「それに職業の名前にドラゴンが付いてるのが何よりのポイント、あの伝説の大ヒット漫画も! そして俺達には欠かせないあの超絶ヒット作にだってドラゴンの名前が入っている! ヨシヒコよ、これはもはやお前の運命だ、お前もドラゴンを名乗る時が来たのだ!」

「私がドラゴン!?」

「そうよヨシヒコ! なっちゃいなさいよドラゴンナイトに!」

「女神!」

 

強くドラゴンナイトを推してくるメレブに便乗して、アクアも右手を高く掲げながら賛成する。

 

「こんだけ周りから羨望の眼差しを向けられるなんて最高じゃない! どこぞのヒキニートなんか基本職の冒険者だったのにアンタはドラゴンナイトよ! これはもう十分に誇っていい事だわ!」

「誇っていいんですか!?」

「そうよ超誇りなさい! この女神が全面的に許可するわ!」

 

すっかり舞い上がった様子でヨシヒコを担ぎ上げるアクア、だがその傍にいたダクネスは一人怪訝な表情を浮かべ

 

「なあ三人共、ちょっと言いにくい事なんだが……ドラゴンナイトはちょっと特殊な職業で実は……」

 

何か言いたげな様子で話しかけるダクネスだが、そんな彼女の言葉が聞こえていないのか

 

メレブとアクアは最後の一押しで

 

「ドラゴンナイトになったらヨシヒコ、お前確実にモテるぞ」

「モテるわね、なにせドラゴンですもの、ドラゴンはモテるわよホントに」

「……」

 

その言葉がヨシヒコを強く決心させた。

 

「なります、ドラゴンナイトに」

「ヨシヒコ!?」

 

二人に対して力強く頷いて見せると、言葉を失うダクネスをよそにヨシヒコはすぐ様受付嬢の方へ振り返り

 

「ドラゴンナイトでお願いします」

「ヨシヒコ、いやドラゴンナイト、いい加減胸以外の場所を見たらどうだ?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいヨシヒコ様! 私もつい言ってしまいましたけどドラゴンナイトはまだ止めておいた方が! 確かに凄くレアな職業ですけどそれは必要なステータスだけじゃなく他にも色々と訳があるんです! それは……」

「何を言われようと私はドラゴンナイトになると決めたんです!! 私はモテたいんです!!!」

「わ、わかりました……」

 

モテたいという心の底からの渇望を抑えきれずについ叫んでしまうヨシヒコの強い気迫に押されて

 

受付嬢は彼の職業を認定した。

 

「ではドラゴンナイト・ヨシヒコ様、改めまして冒険者ギルドへようこそ、我々スタッフ一同、今後の活躍を期待しております」

「よっしゃあ!! ウチのヨシヒコがドラゴンナイト来たぁ!!」

「これでもはや魔王なんか敵無しね!」

 

職業名にドラゴンナイトと記入された冒険者カードをヨシヒコが受け取った瞬間、メレブとアクアが大いに盛り上げる。

 

「ヨシヒコ、今のお前、今までで一番輝いて見えるよ、ダンジョーやムラサキにも見せてやりたいぐらいだ」

「ありがとうございますメレブさん」

「ねぇねぇ、どうせならここにいる連中にバシッと決めてやりなさいよ」

 

しみじみと呟くメレブにヨシヒコは微笑を浮かべて礼を言うと、アクアは早速ふと傍にあった椅子を見つけて

 

「ほら、ここに片足だけ置いて立ってみなさい」

「はい」

「連中には背中を見せたままね」

「はい」

 

彼女の言われるがままにヨシヒコはその通りの態勢になると

 

メレブは「はい注目ー!」と両手を叩きながら冒険者達に大きな声を上げてより注目を集める。

 

「えーそれではご紹介させて頂きます! 我等がパーティーのリーダーにして魔王を倒す為に現れた伝説の勇者! その名も!」

「はいヨシヒコ振り返って!」

 

周りを囲む群衆に向かって、ヨシヒコは片足を椅子の上に置いたままサッとマントを翻しながらドヤ顔で彼等の方へ振り返った。

 

「初めまして皆さん、ドラゴンナイト・ヨシヒコです」

「「「「「おー!!」」」」」

 

その瞬間、爆発したかのように一気に沸く冒険者達。

 

アクアも両手を上げてピョンピョン跳ねながら更に囃し立て、メレブもヨシヒコに力強く両手を叩いて祝福する。

 

そんな彼等の歓声を浴びながらヨシヒコは満更でも無さそうな顔ですっかり上機嫌になっていると

 

 

 

 

 

「えーとそれではヨシヒコ様、相棒の『竜』の登録書類はお持ちでしょうか?」

「……なんですかそれ?」

 

先程の受付嬢の台詞が静かに響き渡り、それにヨシヒコがキョトンとした表情を浮かべた途端

 

さっきまでバカみたいに盛り上がっていた連中が一気に周りは静まり返った。

 

そしてヨシヒコの反応を見て、受付嬢は「あ……」と察した様子で

 

「やっぱり知りませんでしたか……ドラゴンナイトは確かにレア職業で覚えるスキルも物凄いんですけど、それは相棒の竜、つまりは自分が騎乗する竜がいてこそ真価を発揮するものなのです、逆にいなかったら……」

「え? そうなの?」

 

彼女の言葉に呆然とするヨシヒコに代わって、メレブが恐る恐る尋ねる。

 

「ドラゴンナイトって……ドラゴン並みに強いって意味じゃないの?」

「いえ、竜騎士です、竜の上に跨って戦う騎士の事です、得意武器は槍で、覚えるスキルもほとんどが槍系のスキルです……」

「槍……でもヨシヒコが使うのは剣……」

「……残念ですが竜に騎乗して戦う前提のドラゴンナイトには剣のスキルはあまりないんですよ、あるにはありますがどれも初級レベルで……」

 

いよいよ雲息が怪しくなってきたと感じながら、今度はアクアが震える手を挙げて彼女に尋ねる。

 

「ね、ねぇ、ヨシヒコは相棒の竜とかそんなのいないんだけど……だったらどうなるの?」

「その、真に言いにくいのですが、そうなる場合ほとんどの職業の恩恵を受けることが出来ず、ハッキリ言って基本職の『冒険者』よりも利点が少なくなってしまいますね……」

「あ~それじゃあ仕方ないわね、じゃあヨシヒコ、転職したら? アンタ他にもいろんな職業選べるんでしょ」

「申し訳ありませんアクア様、その職業になったばかりの方は当分の間は転職できない決まりなんですよ……」

「は? 転職できない?」

 

マニュアル的な回答を出されてアクアは表情を凍り付かせ絶句しながらヨシヒコの方へ振り返ると

 

黙って突っ立っていたメレブがボソリと

 

「じゃあ今のヨシヒコは……」

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンナイト(笑)」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あ! ヨシヒコごめん!」

「ヨシヒコー!」

 

咄嗟に頭の中に浮かんだ言葉をつい口から出してしまった瞬間、ヨシヒコは絶叫を上げながら両手を勢いよく振りながら店から出て行ってしまった。

 

余程ショックであったのだろう、ヨシヒコが何処へと逃げてしまい

 

残されたメレブとアクアとダクネスは焦った様子であたふたする。

 

「マズイ、非常にマズイ! 俺達がつい調子に乗って何も考えずにドラゴンナイトにしてしまったばかりに! ヨシヒコがショックで逃げちゃった!」

「私なんか民衆の前で決めポーズさせちゃったわよ! とりあえず追いかけないと!」

「す、すまない私がすぐにキチンと説明をしておけば……」

 

各々反省しつつすぐにヨシヒコを追おうとする。

 

だがそこで

 

ふと自分達の事を困惑した様子で眺めている冒険者達に気付いた。

 

メレブとアクアはそんな彼等をグルリと見渡した後

 

「おぅい見てんじゃねぇよコラァ!!」

「こちとら見せモンじゃないのよ! シッシ! あっち行きなさいあっち!」

 

唐突にキレだして、先程自分達で注目しろと言ったクセに、一転して見るなと連呼しながら彼等を掻き分けて急いで出入口へと向かうのであった。

 

突然の失業に堪らず逃げてしまったヨシヒコ

 

果たして無事に見つかるのだろうか……

 

 

 

 

 

 

「つうかそこのお前なんなんだよ!」

「え、俺ですか?」

「さっきヨシヒコがドラゴンナイトになった瞬間一番喜んでたくせに! 結局(笑)だった瞬間一番ガッカリした顔浮かべやがって! なんだお前名前なんて言うんだ!」

「えーと……ダストです」

「よしダスト、お前に一言だけ言っておく、お前にドラゴンナイトの何がわかるんだ!」

「ええ!?」

「そうよそうよ! ドラゴンナイトでもないアンタにヨシヒコの苦しみが理解できる訳ないわ!」

「あ~それは~……うーん……」

「二人共その辺にしておけ……さっさとヨシヒコを追うぞ」

「はい、ホントわかってんだろうなお前……」

「ドラゴンナイトのいろはも知らないクセに調子乗ってんじゃないわよ、ったく」

「えぇ……」

 

 

 

 



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弐ノ三

ドラゴンナイトかと思いきやドラゴンナイト(笑)に就職してしまったヨシヒコ

 

ショックのあまり冒険者ギルドから走り去った彼は

 

一人ポツンと小さな橋から、下を通る川を虚ろな目で見ていた。

 

「何てことだ……今から冒険が始まるというのに、私は勇者どころかいきなり失業者になってしまった……」

 

心に深い傷を負いながらヤケクソ気味に、橋から川に向かって小さな石ころを投げ落とす。

 

石ころは川の中にポチャリと音を立てて沈んでいった。

 

「ダメだ、勇者でもないなんでもない私に、もはや魔王を倒す資格など無い……」

 

橋の手すりにもたれながら自暴自棄になってしまうヨシヒコ、しかしそんな彼の背後に……

 

「おお、もしかして君がダクネスが言っていたヨシヒコって人?」

「?」

 

突如飛んで来た少女の声にヨシヒコがゆっくりと振り返ると

 

そこには銀髪ショートカットの、華奢な体つきをした(より正確に言うと胸が平らな)少女がこちらを見ながら立っていた。

 

「確かに私はヨシヒコだが」

「あたし、ダクネスの友人のクリスって言うんだ。さっき彼女と会った時に君達の話は聞かせてもらったよ、なんかカズマが魔王になったとか大変な事になってるみたいだね、それに君達は異世界から来た勇者だとかなんとか……」

「魔王か……残念ながら今の私にはもう関係のない話だ」

「え? どうしたの?」

 

ダクネスの友人だと言うクリスと名乗る少女にから、魔王という単語が出た途端ヨシヒコはまたブルーな表情で橋の手すりにもたれながら項垂れてしまう。

 

「先程私は冒険者ギルドという場所で冒険者として登録してきたのだ、その時私が貰った職業は、ドラゴンナイトだった」

「え!? それって超レアな職業じゃん! いきなりそんな凄い職業になれるなんてとんでもない事だよ!」

「しかし相棒の竜がいないドラゴンナイトはロクに強くなれないと聞かされ、つい周りのノリに身を任せてしまった時にはもう遅く、もはや今の私はドラゴンナイト(笑)に成り下がってしまった……」

「あ、ああそういう事ね……」

 

ついちょっと前に起きた出来事をポツリポツリと呟きながら、ヨシヒコは地面にあった中くらいの大きさの石ころを拾って川に向かって投げる。

 

川に落ちた中くらいの石はボチャンとやや大きめの波紋を残して川の底に消えた。

 

「この世界には勇者という職業は存在しない、つまり今の私はもはや勇者でもなんでもないただのちっぽけな失業者でしかないのだ」

「そっかーそれでこんな所で一人落ち込んでたんだ」

「すまないが少し一人にしていてくれ、今の私ではもうこの世界ではなんの役にも立つ事は出来ない……」

「いやいや、事情が概ねわかったけど、ますます君の事ほっとけなくなったよ」

 

そっとして置いて欲しいと嘆きながら、地面に手頃な石が無いかと探すヨシヒコにクリスは腰に両手を当てながらそこから退かない様子。

 

「魔王は勇者じゃないと倒せないと言うけどさ、なら君はこの世界が魔王の力に飲み込まれて魔物の世界にされてもいいの? 困ってる人を見過ごすことが出来るの?」

「それは断じて出来ん、例え住む世界は違えど、魔王の脅威が迫る世界をみすみす見殺しになど私には出来ない、しかし今の私はもう……」

「ヨシヒコ、君は何処の世界でも君のままだと思うよ、この世界でも君達の世界の様に沢山の人が困ってるんだ、ほら」

 

そう言ってクリスはある方向を指差した。

 

「なに!? 何故いつの間にこんなあからさまな大岩が!」

 

 

そこにはなんと2メートルはある巨大な大岩が、道の真ん中に置かれて多くの通行人の邪魔をしていた。

 

「おいどういう事だよ! なんでこんな大岩が街の中に転がり込んでんだよ!」

「なんでも岩石の調査から戻って来た冒険隊が、うっかり荷車に積んでた大岩をここに落としてしまったらしいぞ」

「チクショー! これじゃあ馬車が通れねぇじゃねぇかよ!」

 

岩の向こうからブーブー文句が飛び交っている中、クリスはヨシヒコに語りかける。

 

「こういうトラブルはウチじゃすっかり日常茶飯事なんだ、誰だってみんな困ってる、それら全てを救う事なんて到底できやしないけど、今の君でもやれる事がちゃんと……ってヨシヒコ?」

 

クリスが言い終える内に既にヨシヒコは無言で動き出していた。

 

巨大な大岩の前に立つと、彼は両手でパンパンと鳴らして、大岩と地面の隙間に両手を入れて

 

「ふんぬー!」

「え! いやヨシヒコ何やってんの!? そんな大岩流石に一人じゃ無理だって!」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

あんな大岩を持ち上げる事な出来やしないとクリスが慌てて止めに入ろうとしたその時

 

ヨシヒコの雄叫びと共に

 

巨大な大岩がググっと浮上し……

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うえぇ!? あんな巨大な大岩を一人で持ち上げちゃった!」

 

なんとそのまま両手で大岩を高々と掲げ上げてしまうヨシヒコ。

 

彼の持つとんでもない怪力にクリスが目を丸くさせ、岩の向こう側にいた通行人も口を揃えて驚きの声を上げている。

 

「ヤバ! ヤバ過ぎだよヨシヒコ! まさかそんな大きな岩を持ち上げる怪力があるなんて……ってなんで大岩持ったままあたしの方に近づいてくるの!?」

「ふぅ! ふぅ!」

「いや待って待って待って! 足ガクガクしてんじゃん! 膝プルプル震えてるじゃん! もう持ち上げるの限界なんでしょ! 頼むからその状態のままこっちに……!」

 

歯を食いしばり息を荒げながらこちらに振り返って来たかと思いきや、まさかの大岩を掲げたままこちらに向かって歩いて来た。

 

意図が分からないクリスは慌てて両手を突き出して止まれと指示するもヨシヒコは無言で徐々に近づいていく。

 

そして橋の真ん中辺りまで来た所でやっと足を止めると

 

「ふぅぅぅぅん!!!」

 

大岩を凄まじい形相で思いきり川に向かってほおり投げたではないか。

 

そして

 

パスンという乾いた音を立てて、大岩は川の上にプカーと浮いたまま水流に流されていった。

 

「……なんで浮いてるのあの大岩?」

 

サァーっと流されていく大岩を眺めながらクリスが呆然としていると

 

あの大岩を持ってきたと思われる冒険隊が数名が慌ててやって来た。

 

「あ! 大変です隊長! なんか川に落とされたみたいで流されてます!」

「なにぃ何てことだ! アレは火山のふもとで取れた貴重な『ハリボテ岩石』! 今度の冒険でアレを演出に使おうとしていたのに……なんとしてでも回収せねば! 行くぞ諸君! 俺について来い!」

「はい隊長!」

 

数名の隊員を引き連れて、眉毛と顔の濃い屈強そうな隊長が急いで川の下流の方へと駆けて行った。

 

ハリボテ岩石……名前通りならつまり見た目は重そうだが、実は中身は空っぽの川に浮かぶ程の軽い石……

 

「それを知っていれば誰だって持ち上げれたのに……てかそんな軽いなら君はなんであんな重そうに持ち上げてたの!?」

「いや、私は本当に重いと思っていたんだが……どうやら案外軽かったみたいだ」

「見た目で重いと頭の中で決めつけた結果、本気で重く感じてたって訳? いやいやいやいや……どんだけ天然なの君? いやバカとも言えるね、うん」

 

自分の両手を見下ろしながら真顔で呟くヨシヒコにクリスが怪訝な表情を浮かべるも、まあいいやとため息を突く。

 

「でもまあ、困ってるみんなの為に岩を持ち上げようとした時点で立派だよ」

「いや、私は川にほおり投げる為の手頃な石が無いかと探していたら、偶然アレを見つけただけなんだが」

「あ、そうだったんだ……うーん、でも何はともあれ困ってた町の人を救ったのは変わりないからいいか」

「私が街の人を救った……?」

 

自分としては善意ではなくあくまで川に石をほおり投げたい衝動に駆られて勝手に体が動いていただけだったらしい。

 

そうぶっちゃけるヨシヒコにクリスが苦笑していると、大岩を取り除かれた事で多くの通行人がワラワラと橋の上を歩いて来た。

 

「おおさっきの人! いやいや助かったよ!」

「アレって本当は軽かったんだろ? でもそれにすぐに気付いて運んでくれるなんて流石だね!」

「これで時間通り馬車を進められそうだ、ありがとよ」

「……」

 

笑いかけながらヨシヒコに感謝しつつ、人々は通り過ぎて行った。

 

残されたヨシヒコはそんな彼等を無言で見送る。

 

「そうか、こうなってしまった私でもまだ人を救うことが出来るのか……」

「そうそう、やっとわかったみたいだね」

 

彼等を見つめながらようやくわかった様子で頷くヨシヒコにクリスは静かに腕を組んで彼に問いかける

 

「ヨシヒコはさ、前の世界では勇者として戦ってたみたいだけど、それは今の君では出来ない事なの?」

「それは……いや、例え勇者という名誉が無くても、やはり私は困ってる者達を見過ごす事は出来ない」

「つまりそういう事だよ、肩書きも名誉も関係なく、魔王に苦しめられてる人々を救う為に戦う事が自分の使命だとしっかりと理解している、それこそが真の勇者・ヨシヒコなんだよ」

「そうか! 例えドラゴンナイト(笑)と呼ばれようとそれで構わない 私は私のまま! どう呼ばれようと私は困ってる人の為に魔王を討伐する!」

 

クリスに真意を解かれてやっとヨシヒコは頭の中のモヤモヤが吹っ切れた。

 

もう迷いはないとヨシヒコはいざないの剣を鞘から抜いて天に掲げる。

 

「私は勇者ヨシヒコだァー!!!」

「い、いやヨシヒコ、周りの目があるからそんな高々と叫ばないで……」

「ありがとう、胸の平らな少女よ、おかげで私は迷いを断ち切ることが出来た」

「む、胸の平らな少女!?」

 

周りがクスクス笑っているこの状況に耐え切れないでいると、そんなクリスにヨシヒコが剣を鞘に納めながら感謝する。

 

「お礼と言ってはなんだが、私もお前の悩みを解消する方法を教えておこう」

「へ? いやいやあたしは別に悩みなんかないから……」

「これは私の仲間であるムラサキから聞いた事なんだが……」

 

悩みなんかないと手を横に振るクリスに対して、ヨシヒコは目を大きく見開いて口を大きく開けると

 

「おなごは牛乳を飲めば!! おっぱいが大きくなる!!」

「はい!? え、べ、別にあたし胸の大きさとか気にしてないんだけど……いやぁホント、本当に気にしてないんだけどなぁ……あの、気にしてる様に見えた?」

「さらばだ、再び会う事になったらその時もよろしく頼む」

「あ、ちょっと待って! ホントに気にしてないからね胸の事なんか! おっぱいの大きさとかこれっぽっちも気にしてないから! お願いだから変な誤解したまま周りに言い触らすとか止めてよねー!」

 

言いたい事だけを伝えると満足げにヨシヒコはマントを翻して背を向けて歩き出す。

 

そんな彼に、クリスは顔を紅潮させて軽くパニック状態になりながら、周りの目も忘れてハッキリとした大声で叫ぶも、まるで聞こえてない彼はズンズンと自らの道を歩んで行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、空がすっかり夕日で赤く照らされていると、ヨシヒコは無事にメレブ達を街中で見つけた

 

「皆さーん!!」

「あ! ヨシヒコいた!」

 

メレブ、アクア、ダクネス、三人で戻って来たヨシヒコの方へとすぐに振り返ると

 

笑顔で手を振りながらヨシヒコが彼等と合流を果たす。

 

「すみません、ただ今戻って来ました」

「あ~良かったわホントに……全くいきなり出て行くもんだから焦ったんだからねこっちは!」

「うむ、皆こうして君の事をずっと探していたんだぞ、しかし戻って来て何よりだ」

「落ち込んだ原因はついお前を乗せてしまった責任が俺達にもあるからな、何はともあれよくぞ戻って来たヨシヒコ」

「どうやら心配かけていたみたいですね、でも大丈夫です、今の私にはもう迷いはありません」

 

皆それぞれの言葉でヨシヒコを出迎えると、ヨシヒコは晴れ晴れとした表情で力強く頷いて見せた。

 

それを見てメレブは「おおっと」と目を軽く見開く。

 

「本当に大丈夫なのかヨシヒコよ、今のお前はドラゴンナイト(笑)だぞ」

「ちょっとアンタそれで呼ぶの止めなさいよ! ウィザード(笑)のクセに!」

「いえ問題ありません、私はもうなんと呼ばれようと、私は勇者ヨシヒコとして戦う覚悟を決めました」

「お! なんだかしばらく目を離した隙になんか成長してるじゃーん!」

 

何を言われてもヨシヒコは全く落ち込むことなく、むしろ両手を腰に当てながら誇らしげなポーズ。

 

メレブも彼の肩をパンと叩きながらニヤニヤ笑みを浮かべた。

 

「どうしたんだよお前~なんかあったの?」

「ええ、実は先程ダクネスの友人と名乗るクリスという者に会いまして、どういう訳か親切に私の話を聞いてくれたんです」

「クリスが?」

 

クリスと聞いてすぐにダクネスが反応する。

 

「そうか、彼女が君の話を聞いていてくれたのか、そのおかげで君の迷いが吹っ切れたというのならば、彼女の友人である私もまた誇らしい」

「ああ、初対面の私に気さくに話しかけてくれてとてもいい奴だった、それと胸が平らだった」

「む、胸が平らなのはどうでもいいだろ!」

 

良い笑顔でクリスの胸が平らだったといらん情報を話すヨシヒコにダクネスがツッコんでいると

 

すぐ様メレブが身を乗り出してジッと目を細める。

 

「ヨシヒコ、そのクリスという者はムラサキと比べてどうだった? どっちの方が平らだと思った?」

「おいメレブ! お前まで何を言い出す!」

「はっきり言いますと、私が見る限りムラサキよりも平らな胸でした」

「うっそー! マジかよムラサキより胸が無いとか! うわ、なんか俺もちょっと会いたくなってきた!」

「む、胸が平らとかそんな下らん理由で私の友人に会おうとしないでくれ!」

 

仲間のムラサキよりも貧乳だと聞いて、会ってみたい気持ちになったメレブにダクネスが恥ずかしそうに叫んでいると

 

アクアが「まあ何はともあれ」と後頭部に両手を回しながら安堵のため息を突いた。

 

「無事にアンタが戻ってきて良かったわよ、今度クリスの奴にいつかお礼して上げなさいよ」

「はい、とりあえず胸が大きくなる方法を教えて来ました」

「ううんそれお礼じゃない、ただの嫌味だから。なにそのドヤ顔、アンタただ女の子に恥ずかしい思いさせただけだからね?」

 

してやったりといった感じの表情で報告してくるヨシヒコにアクアが冷めた様子で返す中

 

メレブは杖に体を預けながら「さてと」と改まった様子で呟く。

 

「ヨシヒコが無事に俺達の下へ戻って来た事だし、新たな旅出を祝ってどっかで飯食いに行きますか」

「あらアンタにしちゃまともな事言うんじゃないの、なら早速冒険者ギルドに戻るわよ! 私の得意の宴会芸を披露してあげるわ!」

「宴会芸!? それは凄そうですね! 是非見せて下さい!」

「いいわよ、私の美しい花鳥風月をとくと拝見しなさい!」

「カズマと違いヨシヒコはアクアの宴会芸に凄い食いつくな……」

 

アクアが宴会芸をやると聞いてすぐに興味津々の様子のヨシヒコ。

 

そんな彼をダクネスが苦笑していると、飯に行こうと最初に提案したメレブがふと

 

「フフフ、こうしてみんな浮かれて飯を食いに行こうとしているテンションの中で、私はその前に一つ素晴らしいご報告をこの場で発表しようと思います」

「は? 何よ急に?」

「メレブさん? は! それはまさか!」

「その通りだヨシヒコ、俺はこの異世界で遂に……」

 

得意げな顔で何か言いたげな様子のメレブに、何かを感じたヨシヒコがハッとしていると

 

髪を軽く靡かせながらメレブはサッと決め顔を浮かべて

 

 

 

 

 

 

「新しい呪文を手に入れたよ」

「新しい呪文!?本当ですかメレブさん!?」

「本当だよ、メレブ嘘吐かないよ」

「はぁ~? アンタが呪文覚えたですって?」

 

呪文を覚えたと呟くメレブに、驚くヨシヒコをよそにアクアは胡散臭そうに見つめる。

 

「どうせ大した呪文とかじゃないんでしょ、だってアンタウィザード(笑)だし」

「バカ、アクアバカ、女神(笑)、この呪文は正に超、超危険な力を持っているのだ」

「超危険ですって!? それは一体どんな呪文なんですか!?」

「聞いて驚くなかれ、この呪文はな」

 

速く呪文の内容を知りたがっているヨシヒコの反応にどこか嬉しそうにしながらメレブは解説を始めた。

 

「放った相手の運値によって、1回だけなんらかの不運を起こすというとんでもない呪文なのだよ」

「不運を起こす? それは一体……試しに私にかけてみてくれませんか?」

「フフフ、相も変わらずアンタも好きねぇヨシヒコ、良かろう」

 

毎度毎度メレブが呪文を覚える度にかけられたがるヨシヒコに、メレブは得意げに杖を向けると

 

「せい!」

「!」

 

呪文をかける音が微かに響くも、何も起きない事にヨシヒコはキョトンとした様子で自分の身体を眺める。

 

それを見てアクアは軽く鼻で笑う。

 

「はん、なんにも起きないじゃないの、やっぱり所詮ウィザード(笑)って事ね」

「黙って見ていろ、どうだヨシヒコ、何か変わった事はないか?」

「いえ特には……あ!」

 

突如ヨシヒコの太ももに強烈な痛みが走る。

 

「あ! なんだ急に足が……足が攣った……!」

「ほう、そういえば先程ヨシヒコは必死に俺達を探す為に駆け回っていた、どうやらその反動が足に来てしまったらしい」

「く! どうしてこのタイミングで……」

 

痛みに呻きながらヨシヒコは傍の壁に手を置いて、吊った右足をビーンと伸ばしながら堪える。

 

その姿にメレブは満足げに笑みを浮かべながら

 

「まさかいきなり不幸が襲って来るとは思わないという、まずはそんなふざけた幻想をぶち殺す呪文、私はこれを……」

 

皆に向かってニヤリとしながら

 

「『ソゲブ』……と名付けたよ」

「ソゲブ……! 凄い!」

「その代わり呪文を一度でもかけられた人は、もう二度とこの呪文の効果が効かなくなってしまうのだ」

「いやなにそれ全然使えないじゃないの! 相手を一回だけ不幸にさせても意味ないじゃない! しかも足攣らせる程度だし!」

「バカだねぇ~アクアさん本当にバカだねぇ~、足を攣ったらまともに戦えると思う?「あ、痛い! 足が痛い無理! マジで限界誰か足引っ張って! もしくは水飲ませて!」と敵が呻き出した所を、我々が倒す」

「無敵ですね……! もうこれで魔王も楽勝ですね!」

 

小馬鹿にしてくるアクアに、わざわざ足を痛める敵というシチュエーションで演技をしながら説明するメレブに

 

足の痛みがようやく治まって来たヨシヒコが確信した様子で頷く。

 

するとずっと話を聞いていたダクネスがそっとメレブに向かって手を挙げて

 

「す、すまない……突然不幸に見舞われる呪文というのは少し私も興味がある……私にもかけてみてくれないか?」

「ほほう、どうやら異世界で、ヨシヒコに次ぐ欲しがりさんが現れた様だ。だがそれもまたよし」

 

どうやらダクネスが自分の新たな呪文『ソゲブ』を経験したいらしいので

 

メレブは更にテンションを上げて杖を振りかざすと

 

「ソゲブ!」

 

お望み通りダクネスに呪文をかけた。

 

ヨシヒコ同様、特に変化が無い事にダクネスがしばし戸惑っていると、突然

 

「あ!」

 

一歩前に歩いた瞬間、何かを踏んだ感触と共にズリッと地面を滑って

 

「いつ!」

「お! ダクネスが偶然道端に落ちてたバナナの皮を踏んで滑って転んだ! 不幸だ~」

「しょーもな……アンタこれで本当に魔王倒せると思ってるの……?」

「いたた……なるほど確かに不幸が落ちて来たな……ん? うわ!」

「お、どうしたどうした?」

 

尻もちを着いて転んだ事に不覚を覚えながらダクネスは立ち上がろうとするも、ふとお尻の部分を触った時に何かに気付いた。

 

「私のお尻にベトベトした感触が! これはもしや卵!? もしかして私が尻もち突いた場所に偶然卵が!」

「ああ~コレはイヤだ~、ベトベトするし洗い落とすの面倒だし~、正にダブル不幸だ~!」

「こんな……人前でベタベタでヌメヌメになってしまった醜態を晒す羽目になるとは……なんて恐ろしい呪文なんだ……!」

「ん~そんな満ち足りた表情浮かべながら言われてもなぁ~」

 

ベトベトになった手を手拭いで拭きながら、スイッチが入ったかのように興奮した面持ちで叫ぶダクネスに

 

メレブは一人苦笑した後ゆっくりとアクアの方へ振り返る。

 

「どうだアクアよ、コレで俺の呪文の恐ろしさをわかったであろう」

「え? アンタこんなの見てホントに私がビビると思ってんの? 連続でかけれるならともかく、相手に1度しか効かない呪文とか役に立たな過ぎでしょ」

「それだけではない、先程ヨシヒコとダクネスにソゲブをかけた事により、今の俺はMPがゼロだ」

「はぁ!? てことは2回しか使えないって訳!? ほんっと使えないわね!」

 

ドヤ顔浮かべて自分のMPが空になった事を報告するメレブに

 

アクアが口を大きく開けてはっきりと使えないと宣告すると、腰に手を当ててハァ~と深いため息を吐いてガックリする。

 

 

 

 

 

 

 

「これならまだ爆裂魔法を使えるめぐみんの方がマシよ……」

「メレブさん、今回も沢山の呪文を覚えて私をあっと驚かせてください」

「よかろう、とくと楽しみにしてるがいい」

「わ、私も何か興味が惹かれる呪文であればかかっても構わないぞ!」

「うむ、俺の呪文に酔いしれるがいい」

「なんでアンタはそんな誇らし気なのよ……それとヨシヒコとダクネス、そんな奴期待しないでいいから」

 

ヨシヒコとダクネスがすっかりメレブの呪文に期待を寄せている事に不満を持ちながら

 

アクアは一人文句を垂れながら彼等と共に、食事をする為再び冒険者ギルドに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 



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弐ノ四

冒険者ギルドでの食事を終えたヨシヒコ一行は

 

アクア曰く、最近かなり良いお屋敷を手に入れたとかで

 

4人はまずそこへ向かう事にした。

 

「いやー異世界の飯ってどんなのかと思ったけど、まあ中々美味かったな」

「ええ、そういえばメレブさんが飲んでたあのシュワシュワしてた飲み物は美味しそうでしたね」

「アレかー、確かに美味かったけど結局何を飲んでるのかわからなかったなー、ずっとシュワシュワしてたしホントなんだったんだろう」

「それとこの世界の野菜は生きが良いのか、凄く飛び跳ねてましたね」

「そうか、アレって俺が疲れてるせいで幻覚を見てた訳じゃなかったのか、なんか今になってこの世界が怖くなってきた」

 

アレは一体何だったのであろうと恐怖を覚えるメレブをよそに、ヨシヒコは先頭を歩くアクアの方へ話しかける。

 

「女神の宴会芸も見事でした、あんな風に生き生きと水が飛んだり跳ねたりするのを見たのは初めてです」

「ふふん、これでますます私の事を尊敬する様になったでしょう」

「はい!」

 

純粋無垢なキラキラした目で強く頷くヨシヒコに、アクアはすっかり調子に乗った様子で振り返る。

 

「今度披露する時はアレよ、金魚鉢に入った金魚を飲んだ後、飲み込んだ金魚を口から吐いて金魚鉢に戻す技を見せてあげるわ!」

「凄い! そんな事も出来るとは流石は女神!」

「まあやった事はないけど私なら楽勝ね!」

「電撃ネットワークさんかお前は」

 

悪ノリして変なチャレンジをしようとしているアクアにメレブが冷静にツッコミを入れていると

 

 

 

 

ヨシヒコ―! ヨシヒコ―!!

 

「あ! このムカつく声は!」

「見ろ! 月と雲の隙間から!」

「はぁ~おいでなすったか、ほれヨシヒコ」

「ありがとうございます」

 

天から語りかける様に声が聞こえる。

 

アクアとダクネスがすっかり夜になった空を見上げていると

 

メレブも隣のヨシヒコにライダー〇ンのヘルメットを被せる

 

そして見上げた彼等の先にある月と雲の隙間から

 

神々しく仏が現れた。

 

「ヨシヒコよ、新たな力を授かる機会、どうやらかなり難儀したみたいだな」

「申し訳ありません仏、しかし私はどうあろうとこれからも勇者として魔王を討伐します」

「出鼻を挫かれてもなおまだお前自身は挫けなかったか、流石は私が見込んだ、真の勇者ヨシヒコ!」 

 

そう叫びながらヨシヒコを称賛した後、仏はまた口を開く。

 

「えーそれでそんなめげずに頑張るヨシヒコ君に、私から一曲披露しようと思います」

「は? ちょ、おいおいおい、急にどうした~?」

 

いきなり曲を披露するとか抜かす仏にメレブが目を細めていると

 

仏は下からゴソゴソと何かを取り出してすぐに構えた。

 

「HOTOKE」と書かれた大きな旗を肩に担ぎ、左手に謎の黒い物体をを口に近づけながら

 

「それでは聞いて下さい、仏の歌う……ドラゲナイッ!」

「おま! それ! ひょっとしてわざわざ用意したのそれ!? ヨシヒコがドラゴンナイトだから!? ドラゴンナイトだからそれ!?」

「なんでアイツあんなダサい旗を掲げてんの? バカに見えるんですけど?」

「アクア、その事については触れるな! その言い方は仏だけでなく、あのグループにも酷い事言ってるのと同じだぞ! ファンからめっちゃ叩かれるぞ!」

「あのグループってどこのグループよ」

 

仏の格好に難癖付けるアクアにメレブが慌てて止めに入っていると

 

仏はカッコつけた様子で最後にフフッと笑うと、黒い謎の機器に向かって

 

「ドラゲナイッ!」

「うわ超うるせぇ! アイツ音量の調整下手過ぎ!」

「うるさ! ふざけんじゃないわよ仏! 今夜中よ! 近所迷惑でしょうが!」

 

思った以上にデカい音量で歌い始める仏に、メレブもアクアも両耳を抑えながらすぐにブーイング

 

しかし仏はノリノリの様子で

 

「ドラゲナイッ! フッフフフ~ン フフフフフ~、フッフッフッフッフ~ン、ドラゲナイッ!」

「しかもほとんどうろ覚えじゃねぇか! リズム全然違うし!」

「フッフッフフフ~ン、フフフフフ~、フンフンフンフフ~ン、ブフッ! フフフ……」

「全然歌えてねぇ事に自分で笑ってんじゃん!」

「ドラゲナイッ! ドラゲナイッ!! ドラゲナイッ!!! ドラゲナイィ~ンッ!!!!」

「うわ結局ドラゲナイだけで締めやがった……も~そこしか知らねぇのになぜ歌おうとした~?」

 

自分なりにイイ感じで歌い終えたのか、仏は満足げに旗とトランシーバーを下に置いた後

 

期待してるように顔をこちらに向けて

 

「どうよ? ねぇどうよ俺の曲?」

「うーん、超最悪」

「ただやかましく叫んでただけじゃないの、仕方なく聞いてあげてた時間返しなさいよ」

「う~ん?」

 

メレブとアクアが死んだ目で低評価の結論を出すと、仏は不満げにしかめっ面を浮かべた後、嘲笑を浮かべ

 

「あーまあ凡人の君達には理解できないよね、知ってた私も、うん」

「ムカつくなホントに……あー誰でもいいからコイツをマジで殴って欲しい」

「ホント、アイツは痛い目に合って欲しいわ……」

 

仏に対する苛立ちが徐々に上がりつつあると、そんなメレブとアクアを放っておいて仏はずっと真顔で聞いていたヨシヒコの方へ

 

「どうだったヨシヒコ? 俺の歌どうだった?」

「……正直なんて言ってるのかはわかりませんでしたが、仏の喉チンコが思いの外小さいのがよく見えました」

「あ! 歌よりもそっち気になっちゃった! そうかー喉チンコの方に興味いっちゃったか~!」

「はい、とても小さな喉チンコでした、あんな小さな喉チンコを見たのは初めてです」

「うんうんうんそれ以上言わなくていいから、なんかこう……喉が付いてるからまだいいけど、それでも男としては言われると中々悲しくなるから」

 

喉チンコ小さいと真顔で言うヨシヒコに仏はちょっと傷付いた後、「え~」言いながら急にかしこまった様子で

 

「それでは前座をこれで終わりにして、早速本題に入ろうと思います、はい」

「え? どうした急に改まって」

「いや前回のお告げやった後にさ、風呂で首の後ろ洗ってる時にふと気付いたんだよね私、あぁ私なんて事をしたんだろうって」

「お! ようやく自分がやらかした事に気付いた?」

「いやーホントねー気付いちゃいました、だからこの場を借りて本気で謝ろうと思います、いいかな?」

「なんだよ、そういう事出来るんじゃん、俺てっきり絶対に謝らないと思ってたのに」

 

風呂入ってる時に気付いたというのが少々引っかかるが

 

どうやら前回上手く誤魔化して逃げた事に仏が反省したのだと思ったメレブは快く彼の謝罪を受け入れる。

 

「いいよやってやって、ここでちゃんと謝って綺麗にリセットしよう。お互い後腐れない関係になろう、スッキリさせて仲良くやっていこうこれから」

「じゃあ改めまして……えーと、ダクネスさん、でしたっけ?」

「へ? わ、私?」

「ん? なんでダクネス?」

 

てっきりこちら全体に謝るのかと思いきやまさかのダクネスを名指しする仏。

 

急に話しかけられて戸惑う彼女に、仏は申し訳なさそうな表情で

 

「前回に初めてお会いした時! 一度も話を振らなくて本当に申し訳ありませんでした!」

「は!?」

「おーい仏ぇッ! お前謝罪するって……まさかのそっちの謝罪!?」

「ねぇねぇメレブさんなんなのアイツ、……今、何について謝ったの? 私達に迷惑かけたことじゃなくて、ダクネスに話振らなくてすみませんでしたって言ったの?」

 

どうやら仏が本気で謝ろうと思っていたのは自分”達”ではなくダクネス個人だったみたいだ。

 

これにはメレブとアクアも呆然としていると。

 

「あのねホントごめん! 普通初見だったしあそこは私がね! 司会者っぽく一人一人話を振るのが当たり前なのよ! なのにちょっとね、ずっとグチグチグチグチ言い続けるバカが二人いたせいで、尺の方が足らなくなっちゃったの! すみませんでしたホント!」

「い、いや私は別に……」

「あの誤解されてるかもしれないからこの場でハッキリと言わせてもらうけど! 別に私、君が嫌いとかじゃないから安心して! 私が話してる時に何度も割り込んで来るキノコヘッドや水色頭なんかよりも全然マシだから!! そこはもう自信を持って言える! だから落ち込まなくていいから、ね!」

「はぁ……だから私は別に気にしていないのだが……」

 

低姿勢で何度も謝って来る仏に、ダクネスはどう対応していいのか困っている様子。

 

すると仏は更に口を開いて

 

「という事で前回のお詫びとしてダクネスに……」

「おいまた下手くそな歌を歌い出すとかすんじゃねぇだろうな!」

「しねぇよ! それに下手じゃねぇよ! 今年紅白出るよ! ったくもう……」

「いや紅白は絶対無理だろ」

 

また旗を掲げて歌い出すんじゃないかと危惧したメレブに仏は一喝した後、ダクネスに向かって人差し指を立てて

 

「仏がなんでも答えてあげちゃうよコ~ナ~、はーいパチパチパチ~」

「……バカじゃないのアンタ?」

「はい女神(笑)は黙っててくださーい、えーダクネスさん」

 

自分で拍手しながらヘラヘラ笑い出す仏にアクアが直球で毒を吐くも

 

彼は気にせずにダクネスに親し気に口を開いた。

 

「なんか私に聞きたい事ある? クエスチョンある?」

「い、いきなりなんだ、私が仏に尋ねたい事だと?」

「今なら何でも一つだけ答えちゃうぜ~? 仏だからどんな事でも答えられちゃうんだぜ~? あ、でも「仏の年収いくつですか」とか、そういう仏個人に関わるプライバシーな質問には答えられないんだぜ~?」

「腹立つ顔と喋り方だな~……」

「ふむ、そうか……それでは」

 

何でも答えてあげると上機嫌の様子でニコニコしながら尋ねて来る仏に

 

ダクネスは顎に手を当てしばらく考え込んだ後

 

「それでは仏、私の世界の女神・エリス様の事は知っているのであろうか?」

「ん? エリス?」

「実は私は生まれながらのエリス教徒で、幼き頃から何度も彼女の話を聞いていたんだ」

 

彼女の口から出て来た女神・エリスという名に、仏でなくヨシヒコやメレブも興味持った様子で振り向く。

 

「エリスって……なんかどっかで聞いた覚えはあったけど、女神の名前だったのか、なるほどなるほど」

「うむ、通貨の単位にもその名を扱われてるぐらいだからな、エリス様はそれ程立派な御方なのだ」

 

自信ありげにメレブにそう言い切るダクネスに対し、ヨシヒコも得意げにアクアの肩にポンと手を置き

 

「ダクネスよ、女神なら私達の仲間にいるぞ」

「そうよ、エリスなんかよりも私を崇拝しなさいよ、今すぐアクシズ教徒に改宗しなさい」

「ヨシヒコ……ハッキリ言っておくが彼女は女神ではない」

「女神よ! いい加減信じてよ!」

 

頑なに自分の事を女神だと認めてくれないダクネスに、アクアが涙目で訴えていると

 

女神・エリスの事を教えて欲しいと言われた仏はというと……

 

何故かニヤニヤと面白そうに笑みを浮かべていた。

 

「……ホントに知りたい?」

「や、やはり知っているのか!?」

「うん、知ってる。それなりに知ってる、そこの水色頭の自称女神の事はなんにも知らないけどエリスは知ってる」

「私だって女神よ!」

「そうか、だったら是非教えて欲しい。その、信者として当然彼女の事は偉大で素晴らしい人物だとわかってはいるのだが……神の視点から一体どのような御方なのか少し聞かせて欲しいんだ……」

「フフ……うん、よしわかった教えてしんぜよう」

「おい、アイツ今なんか笑ったぞ」

 

ダクネスにお願いされながらも、笑うのを堪えてるかの様にプルプルと震えたまま仏は頷くと

 

「えーとエリスって奴はですねー」

 

そう言いながらおもむろに両手で胸を隠すようなポーズを取った後

 

そこから勢いよく胸を隠していた手の甲前をにしたまま突き出して

 

「ふん! ボォォォォォォォォォォン!!!!」

「どはははははははは! アンタ! アンタそれって!」

「え!? どういう意味なのそれ!? てかお前なんでいきなり大爆笑!?」

 

全く持って理解出来ない一同をよそに一人腹を抱えて大爆笑し始めるアクア。

 

そして困惑しているメレブをよそに、今度は下に何度も手を伸ばして必死に何かを拾っている仕草をしながら泣き顔で

 

「違うんです違うんです~! コレはそういう意味で付けてたんじゃないんです~!  アレですアレ! ただのアクセサリーみたいな感じで付けてただけなんです~! 大きく見せようとかそんな事決して考えてなかったんです~!!」

「ぎゃははははははは! そっくり! あの時のアイツと超そっくり! マジでお腹痛い!」

「ひょっとしてアレって物真似 てかお前笑い過ぎだから! 一体どこにハマった!?」

「笑い過ぎてホント苦しい、死にそう……どはははははははは!!!」

「おい仏! アクアの奴が笑い死にしそうだからもうその辺にしておけ!」

 

泣きながら何かを拾い上げてるのを見ただけでアクアはもう泣きながら苦しそうにしつつも笑うのを止めない。

 

このままだと笑い死にしかねないのでメレブが急いで仏に止めさせた。

 

「なにがそんなに可笑しかったのか俺達には全然わからなかったんだけど! 急にどうしたお前!?」

「大丈夫ですか女神!」

「だ、大丈夫……ちょっと昔の事を思い出しただけだから、フフ、神々の中で伝説となったパッドバズーカ事件……あん時も笑い過ぎてホントにヤバかった……」

 

その場にしゃがみ込んで呻き声を上げる彼女にヨシヒコが心配そうに駆け寄っていると

 

一人一番困惑しているダクネスはというとジト目で仏に向かって

 

「ていうか私はエリス様の話を聞きたいと尋ねたのだが……」

「あ! ゴメンゴメンついうっかり持ちネタ披露しちゃって! エリスと聞いたらねー、もう体が勝手にこう動いちゃうように出来てるのよ私、エリスと聞いたらもう勝手にゴングがカーンって鳴っちゃうの」

「てことは今の動きはエリス様に関係が……?」

「うんあるよ、超ある、まあ出来ればこの辺の話すげぇしたいんだけどさ、長くなっちゃうし時間も時間なんでまたいつかという事で、ね?」

 

仏自身も滅茶苦茶笑顔を浮かべながらそう言うと、ダクネスに向かってうんうんと頷きながらまた口を開く。

 

「まあアレだよ? エリスはね、私の後輩なんだけどいい奴よいい奴、そこはハッキリと言える、私が困ってる時に金貸してくれたりとかメシ奢ってくれたりとかしてくれたし、うん」

「お前! 後輩に金と飯たかってんじゃねぇよ!」

「いやあのね、家庭の事でゴタゴタしててお金が足りなくなった時があったのよホント……その辺は触れないでお願いだから」

「は~さては不倫と学歴詐称がバレた時か」

「だから触れるなつってんだろうがぃ~!! アレまだ解決してないんじゃ~い!」

 

過去のスキャンダルな事件を掘り当ててニヤリと笑うメレブに仏が怒り心頭になりつつも、気を取り直して「だからね」と誤魔化すように話を続けた。

 

「ちょっと……いや大分ぶっ飛んでる所はあるんだけどさ、コンプレックス凄いけどさ、マジでいい奴だからさ。今後ともエリス教徒としてやっていて欲しいなと、先輩としてお願いします」

「思いきりバカにしたような物真似してたクセに先輩面すんなよ……」

「いやエリスとはともかくね、エリス教徒は結構しっかりしてるんだよね昔から~、それですげぇ人気あるし。まあそこが私としては面白くないんだけど」

「おい、さり気なく嫉妬してるんじゃねぇよ」

 

エリス教徒の信者の事を高く評価しながらちょっと嫉妬心を燃やす仏にメレブがツッコんでいると

 

ダクネスはわかったかのようにコクリと縦に頷く。

 

「元々エリス教徒を止めるつもりは毛頭ないから安心してくれ、今も昔も、そしてこの先もずっと私はエリス様にこの身を捧げる覚悟だ」

「ちょっと仏ー! エリス教徒なんかよりもアクシズ教徒にもなんか言いなさいよー!」

「滅べ、以上」

「ほろ……!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

エリス教徒とは対処的にアクシズ教徒についてはえらく簡潔に一言でまとめると、仏はこちらに手を振る。

 

「あ、それじゃあもう時間なんで~みんな頑張って下さ~い」

「ちょっとアンタ! お告げはどうしたのよお告げは!」

「ゴメン今から飲みに行く約束してるんで、お告げは今日はなし」

「ふざけんじゃないわよ! この大変な時に飲みに行くとか何考えてんのよ!」

「いやだって~、神同士の付き合いって結構大事よ? 下界に置き去りにされたどこぞのおバカさんにはわからないと思いますけど、フフ」

 

明らかな嘲笑を浮かべて見下してくる仏にアクアが激しく歯ぎしりしながら怒り心頭になっていると

 

メレブが呑気に「おい仏」と話しかける。

 

「お前本当に飲む相手いるの? お前なんかと飲んでくれる神様とかいるの?」

「い~る~し~! おい、おいキノコヘッド! お前って前もそうやって疑って来たよね!? 傷つくぜ? 流石に仏傷付きまくるぜ?」

「いやだってお前だし」

「だってお前だしってなんだよ! 飲み仲間ぐらいいるっつうの! アレだよアレ! ゼウス君!」

「おいおいおいまた出て来たよゼウス君、絶対友達じゃねぇだろいいかげん白状しろよ、素直になろうよ仏君」

「嘘じゃありませ~ん! ホントにズッ友なんです~! あの! 最近「ウチの孫最近滅茶苦茶モテててマジヤバいんスけど~、ワシの血マジGJ」って自慢されてるんです~! すげぇウザイんです~!」

「ムカつく口調だなぁゼウス君、それ絶対お前がキャラ付けしてるだろ」

 

呆れながらますます疑いを強くするメレブをよそに

 

程無くして仏は満面の笑みを浮かべながら消えていく。

 

「それではさらだばヨシヒコ―!」

「あーまた逃げやがったアイツ……」

 

フッと消えた彼の最期を見届けながらメレブが呟いていると、話を聞き終えたヨシヒコが彼の下へ

 

「メレブさん、仏の言っていたゼウス君とは一体どんな神様なんですか?」

「ゼウス君じゃなくてゼウスよゼウス、いや俺もそこまで詳しくは知らないけど、簡単に言えば神様の中でも1、2位を争うぐらい超有名な人で、浮気とか不倫とかもうとにかくやたらと女に手を出したがるスケベな神様」

「スケベ……先程おっしゃていたエリス様といい、仏以外の神様も是非見てみたいものですね」

「う~ん……ゼウス君には会わない方が良いかな、何故だか知らないけど、会ったら会ったらでちょっと面倒な事になると思う……色々な意味で」

 

ヨシヒコの被ってるライ〇ーマンヘルメットを取ってあげながら軽く説明してあげていると

 

消えた仏にプンスカ怒りながら、アクアは再び歩き出す。

 

「あーもう寝る前にあんな奴の下らない話聞かされて最悪だったわ! ほらみんな! さっさとお屋敷に帰るわよ!」

「そう言えばお前、お屋敷があるとか言ってるけどホントにあんの? 言っとくけど馬小屋はお屋敷じゃないからね?」

「わかってるわよ! 正真正銘の本当のお屋敷よ! ちょっと訳アリな物件だけど条件付きで住む事になってるの!」

「はて、訳アリな物件という所が何か猛烈に引っ掛かるのだが……」

「つべこべ言わずについてきなさい! 実物見て腰抜かすんじゃないわよ!」

 

そう叫んだアクアは我が道を行くかの如く、どんどん前へと進んでいくので、残りの三人も黙ってついて行く事にした。

 

 

 

 

 

そして

 

数分後、アクア率いるヨシヒコ達は

 

街中で一際大きく構えるお屋敷の前でドヤ顔で振り返った。

 

「どうよこれが今日から私達が住むお屋敷よ!」

「うわ! 超デケェ! マジでここ!?」

「凄い……! やはり女神が住んでいるだけあって立派な屋敷ですね!」

 

少々暗そうな雰囲気はあるものの中々の豪邸

 

元の世界では野宿も多かったヨシヒコとメレブにとってコレは心底ありがたかった

 

「正確には私やアクアも今日から初めてここに住むのだがな」

「そうそう、元々は私とダクネス、それとカズマとめぐみんの4人で済む予定だったんだけど、今日色々あったせいで二人共どっか行っちゃったし……特別にアンタ達が代わりに住んでも良いわ」

「いやそれはマジ嬉しいんだけど」

 

二人の代わりに住むというのはいささか複雑ではあるが、やはり素直に嬉しいと思いつつ

 

メレブはふと疑問が頭をよぎった。

 

「あの、どうやってこんな高そうな屋敷に住めることが出来たのおたく等?」

「簡単よ、ここ元々幽霊屋敷だから」

「わぁお、聞かなきゃよかった。俺やっぱ馬小屋で良いです」

「安心しなさい、この女神たる私の力によって屋敷にはびこる霊はほとんど浄化させてやったから」

「……ほとんど?」

「一体だけ残ってるのよ、この屋敷で死んだ女の子の幽霊が」

「……」

 

地縛霊の女の子がまだ屋敷の中をウロついている、それを聞いたメレブも隣にいたヨシヒコも黙り込むが、アクアはあっけらかんとした態度で

 

「まあでも基本的に無害だから大丈夫よ、ただ子供だからちょっとイタズラ好きだけど、この私がいるんだから住む事には何も問題ない筈だわ」

「すみません女神、もしかして2階の窓からこちらに笑いながら手を振ってる少女が……」

「え!? アンタ見えるのヨシヒコ!? へぇ~仏は見えないクセにあの子の事はバッチリ見えるのね~!」

「……」

 

バッチリと2階の窓を凝視しながら動かなくなってしまったヨシヒコ、お化けやそういう類が大の苦手である彼は、こんな恐ろしい場所に住みたくなかったが……

 

「ビビらなくていいわよ! この私が付いてるって何度も言ってるでしょ! それに聖騎士のダクネスもいるんだし!」

「そうだぞヨシヒコ、それにアクアに気を遣って幽霊が見えるフリをしなくてもいい」

「いや本当に見えるんだが……」

「ダクネスとめぐみんは絶対に信じてくれないのよねぇ……ちなみに彼女は貴族の隠し子で冒険の話が好きな箱入り娘らしいわ」

「冒険の話……?」

「そうそう、家主にここの屋敷に住まわせてもらう代わりに私達に条件が出されたのよ、「冒険が終わったら夕食の時にでも冒険話で花を咲かせて欲しい」って、それと屋敷の庭に一つだけ置かれている墓の手入れも」

 

家主が提示した条件を聞いてヨシヒコは「なるほど」と頷く。

 

「私やメレブさんも何度も冒険を終えてまた冒険と繰り返して来ました、その時の話ならいくらでも喋れます」

「マジで色々な場所冒険したからな俺達……多分俺達の話聞いたらその子飛び上がって驚くんじゃねぇの?」

「実際もう飛び上がってますよ、2階の窓から顔を出して私達の話が聞こえたのか、期待してる表情でぴょんぴょん跳ねてます」

「実況しなくていいヨシヒコ、マジ怖い」

 

徐々に慣れつつあるのか、ヨシヒコは淡々とした口調で説明して上げるとメレブは絶対に2階見ない様に目を背ける。

 

「まあでも、アクアやダクネスもいる事だし……とりあえずここに住んでみるか」

「そうですね、彼女もああして見るとさほど恐ろしくはなさそうなので」

「いやぁ~俺は見えないから逆にそのせいで怖いんすけど……」

「決まりね、じゃあ二人共行くわよ」

 

話が着いたのを確認して、アクアは意気揚々と屋敷の中へと入っていく、それに続いてダクネスとヨシヒコ

 

その背後からコッソリとメレブが中へと入っていく。

 

 

こうして彼等の長かった一日がようやく終わりを迎えたのであった。

 

冒険はまだ始まったばかり、彼等の物語はまだまだ続く。

 

それはつまり、”彼女”に聞かせてあげる冒険話も増えるという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ヨシヒコ、アクア、幽霊の子いる?」

「はい」

「いるわよ」

「あの……どうして二人共俺を見ているんだい?」

「メレブさんに肩車されてる状態で、笑いながらメレブさんの頭をいじってます」

「アンタのキノコ頭が気に入ったみたいね、良かったじゃない」

「ハハハハ、通りで肩が重いと思った訳だイタズラ娘め……アクア様祓って下さい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

真夜中のお屋敷の中でメレブの悲鳴が飛んでいた頃

 

屋敷の傍にあった木の影にて

 

ヨシヒコの妹・ヒサが心配そうにその屋敷を眺めていた

 

「兄様、ヒサも兄様の様に先程職業を手に入れました」

 

そう言って一旦木の陰に隠れた後、一瞬にして全身を着替え終えてまた出て来た。

 

骨で作られた鎧で全身を着飾り、頭蓋骨で出来た兜を被って

 

「ヒサはこれから狂戦士として! 兄様と共に戦います!」

 

両手を腰に当てながら禍々しい格好でそう叫ぶヒサ

 

するとそこへ

 

「あぁこんな所にいた! ヒッサさぁ~ん!!」

 

彼女の下へ軽やかなステップで駆け寄って来る人物が

 

魔王の幹部、デュラハンのベルディアである。

 

陽気な声を掛けて彼女に近づくと、自分の頭を持ったままクイッと親指である方向を指差し

 

「今日はもう遅いから休みましょう! 俺! この近くに大きな城構えてるんで!」

「なんとお城でございますか!」

「ええ! コレでも俺! 魔王の幹部やってるんで! あの程度の屋敷なんかよりもチョー豪華な城持ってるんです! 最近色々あってちょっとボロボロになりましたけどね!」

 

誇らしげにそう言いながら、ベルディアは気分良さそうにスキップをしながら城のある方向へと駆けて行く。

 

「ほらほら早く行きましょ~! ハハハ~!!」

「見ててください兄様……ヒサはこれからも強うなって兄様のお役に立てるよう頑張ります!」

 

屋敷に向かって力強く宣言した後、ヒサも慌てて彼の後を追って、彼の持つ城へと赴くのであった。

 

狂戦士と化し、更に新たな仲間を手に入れたヒサ。

 

彼女の冒険もまた始まったばかりだ

 

 

次回へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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其ノ参 新たな世界での洗礼、そして裏切り!
参ノ一


お昼頃、ヨシヒコ一行はアクセルから少し離れた平原にてモンスターの襲撃にあっていた。

 

『マミーはなかまをよんだ マミーDがあたらしくあらわれた』

 

「あーもうまたぁ!? またあの包帯グルグルアンデットが仲間を呼んだんですけど!」

「倒しても倒しても群がって私の身体を襲いに来る……おのれモンスターめ! そこまでして私を堕とし入れたいか!」」

 

さっきから何度も地面からニョキッと這い出て来るミイラみたいなモンスターに

 

アクアがうっとうしそうにダクネスが目を輝かせながら叫んでいる中、ヨシヒコは剣を構えながら眉を顰める。

 

「このままではキリがない、消耗戦になる前に逃げるべきでしょうか」

「ダメよ! ここで退く訳にはいかないわ!」

 

経験値を捨ててここは撤退するのもやむ無しと考えていたヨシヒコだが

 

それをアクアが即座に却下しながら彼の隣に立つ。

 

「だって凄くかわいいの見つけちゃったんですもの! あの黒いブチが付いた黄色いスライム!」

 

バッとアクアが指差した方向には黒いブチがいくつも付いた黄色いスライムが。普通のスライムよりちょっとだけ大きい。

 

「コイツ等全員倒せばたまに1体だけ仲間になってくれるんでしょ、だったらあの子仲間にしたいわ私!」

「ほう、お前も少しずつ俺達の世界のシステムが理解できたようだな。バカのクセに」

 

あのブチの付いたスライムを仲間にしたいとワガママを言うアクアに対し

 

キノコ型の髪を手でなびかせながらメレブがサッと前に出た。

 

「だ~が~? ここであのブチ色君を仲間にする確率は恐ろし~く低い、何故なら? さっきからずっと仲間を呼ぶ魔物がいるせいで、何体もの敵がこの戦闘の中で倒れている、すなわち、ここで魔物を全滅させたとしても~? 1体しかいないあのブチ色君を引き当てるのは非常に……ベリーハード!」

「大丈夫よ問題無し! 確率なんてこの水の女神たる私の運で思いのままに操っちゃうんだから!」

「ん~運に水は関係ないと思うのですが~?」

 

メレブの的確な推理にアクアは関係ないと言い切って、黙々と魔物を倒していくヨシヒコに声を掛ける。

 

「とりあえずミイラの方から先にやっちゃいなさいヨシヒコ!」

「はい!」

 

『ヨシヒコのこうげき ミイラおとこをやっつけた』

 

「あ、アレは仲間を呼ぶタイプのミイラとは似てはいるけど別個体だな……ドサクサに出て来てたのか」

「は? どっからどう見ても同じじゃないの、どこが違うわけ?」

「それはその……あ~名前とか若干色が違ってたり? 別に手抜きとか無いんじゃないんだよ? それだけはわかって、ホントに」

 

少し色が薄かったり濃かったりで別個体扱いされるという判別の仕方にアクアが疑問を持つも、メレブは苦笑しながらわかってくれと手を前に突き出す。

 

「まあいいわ、それよりダクネスは……とにかく頑張って攻撃を当てて!」

「フ、言われるまでもない!」

 

アクアに指示されながらダクネスは華麗に大剣を振るうも

 

『ダクネスのこうげき ぶちスライムはボーっとしている』

 

 

「く……!」

「「コイツの攻撃は無視してもさしたる問題はねぇわ」って感じでボーっとしてるなあのスライム」

 

さっきからまともに攻撃を当てれないダクネスのポンコツ性能に魔物達も気付いたのか

 

遂には避ける動作さえしなくなってしまった事にボソリと呟くメレブ。

 

「とりあえずその高い防御力でヨシヒコを庇って、モンスターの攻撃を引き受けてくれる役に徹してくれ」

「ハァハァ……! 大好物だ! 引き受けた!」

「ハハハ、少しはその性癖を隠したらどうなんだい?」

 

荒い息を吐きながら恍惚とした表情で自分の方からモンスターに接近していくダクネスを眺めながら

 

メレブは「やっぱアイツヤベェわ……」と小さく呟くのであった。

 

 

 

 

 

そして程無くして

 

『ヨシヒコは モンスターをやっつけた』

 

「よし、無事に魔物達を倒せましたね」

「安心するのはまだ早いわ、こっから本番よ」

 

なんとか敵の全滅を成し遂げるヨシヒコ達であったが、アクアはまだ油断するなと警戒しながらじっと見据える。

 

「ブチ色スライム来い、ブチ色スライム来い……! ブチ色スライム来なさい!」

 

すると

 

 

『なんと ミイラおとこがおきあがり なかまになりたそうに こちらをみている』

 

「はぁぁぁぁぁぁ!? またアンデットォ!?」

「ぶは! しかも仲間を呼びまくってた方のミイラじゃなくて、その中に1体だけまぎれてた別ミイラを引き当てた、アクアさんマジ運パネェっす」

「もういやー! 死体に続いて次はミイラとかなんの嫌がらせよコレって!」

 

メレブにゲラゲラと笑われながらアクアは両手で頭を抑えながら何度も首を横に振った。

 

「女神たる私にまたアンデットの仲間とか絶対に無理! あ~ヨシヒコ? そいつ斬っちゃいなさい、ブチ色のあの子にチェンジ、今すぐチェンジ!」

「いえ無理です」

 

立てた親指を下に向けながら斬り捨てろと命令するアクアだったが

 

既にヨシヒコはミイラを仲間にすると選択して固い握手を交えていた。

 

「ミイラよ、我々と共に魔王を倒そう」

「ダメよ絶対にダメ! 死体とミイラと一緒に魔王討伐に行かなきゃならないとか! 天界の神々に笑われちゃうわよ私! 捨ててらっしゃいヨシヒコ、段ボールに入れて遠くの町にコソッと置いとけばバレないから」

「女神、このミイラはもう既に改心し私達と共に戦うと誓ってくれたんです。そんな言い方はあまりにも……」

 

さり気なく無関係な町に魔物を野放しにするという女神としてはどうかと思う命令をするアクアに

 

流石にヨシヒコも異議を唱えようとすると、後ろから優しくポンと肩に手を置かれる感触が

 

「ミイラ、お前……」

「……」

 

自分の肩に手を置いたミイラにヨシヒコがハッと振り返ると、ミイラは無言のまま静かに首を左右に振った。

 

それを見てヨシヒコは更にハッとさせる。

 

「その「私がどう言われようと気にしないで下さい」と訴えてそうな目……! お前はこれだけ卑下されても女神を許すと言うのか……!」

「……」

 

自分の心の声を代弁してくれたヨシヒコにミイラはコクリと縦に頷く。

 

「なんという出来たミイラだ……!」

「理不尽な罵声を浴びせて来たアクアを許してやるとは……魔物にしておくには勿体ない紳士だな」

「おお素晴らしい、大人だねぇミイラ君」

 

アクア以外のメンバーがミイラの周りに集まり、照れ臭そうに後頭部に手を置く彼の背中を叩きながらふとメレブが一人ポツンと蚊帳の外になっているアクアの方へ振り向き

 

「それに引きかえお前……ホントお前……」

「な、な、何よぉ! なんで私悪者扱いされてんのよ! なんで女神の私を悪者にしてモンスターの味方すんのよアンタ達ィ~!」

 

目を細めて軽蔑の眼差しを向けて来るメレブにいたたまれない気持ちになったアクア

 

涙目になって自分は悪くないと主張する彼女だが、ヨシヒコはミイラに優しく言葉を掛ける。

 

「助けて欲しい時はすぐに呼ぶ、それまでは馬車の中で待ってていてくれ」

「……」

 

彼の言葉に素直に頷き、グッと親指を立てた後こちらに手を振りながら何処へ駆けて行くミイラ。

 

そんな姿を微笑ましく見送りながらヨシヒコは

 

「なんて爽やかなミイラなんだ……」

「うむ、死体に続きまた頼もしい魔物の仲間が出来たな」

「アクア、次会う時はちゃんと彼に謝っておくんだぞ、私も一緒に頭を下げるから」

「もうやだぁ! なんでみんなアンデットなんかの肩を持つのよぉ!」

 

ヨシヒコとメレブがミイラを見送ってる中、ダクネスが怪訝な表情でミイラに謝るようにと忠告。

 

アクアは一人、仲間外れにされた事に悲しみに打ちしがれていると……

 

 

突然パァー!と空から光が降り注がれる。

 

「あ、このムカつく気配間違いないわ」

「仏か、ヨシヒコこれ被りなさい」

「はい」

 

こちらに向かって光が差された時にすぐに仏の気配を感じ取ってアクアが見上げる。

 

ヨシヒコもまたメレブから〇イダーマンヘルメットを受け取ってそれを被って空を見つめる

 

すると

 

 

 

 

雲の隙間から恐る恐るそーっと出てくる巨大な仏の姿が

 

「……」

「……何やってんのアンタ?」

「……あ、みんないる?」

「いるわよ、ちゃんと4人揃ってるんだけどこっち」

 

顔を半分出しながらこちらを覗いて来た仏にアクアが顔をしかめていると

 

ヨシヒコ一行がそこにいた事に安堵したかのようにやっと上半身を曝け出した。

 

「良かったー! こっちで合ってたー!」

「いや合ってたって何?」

「うんまあその……ちょっとね、ハハハ」

 

何かあったのか、耳たぶを触りながらぎこちない笑みをこちらに浮かべる仏

 

「実はさっきね……間違えちゃって別の世界に降臨しちゃったんだ~私」

「えぇ! アンタ何やってんのよ!」

「いつかはそういうのやると思ったがもうやらかしたのかコイツ……」

「いやだってだってだって、私だって自分の世界でならそりゃ簡単にパァーって出れるぜ? でもこういう異世界だと色々と手順が複雑で、ついうっかりすると別の世界にパァーしちゃうのよ、こういうの私以外にもみんなやってるから普通に、誰もが失敗するパァーあるあるだから」

「なんだよパァーあるあるって……」

 

どうやらここに来る前に世界を間違えたらしく、別の異世界にうっかり降臨してしまった仏。

 

そんな彼にアクアとメレブが呆れていると仏は全く反省してない様子で「いやー」と後頭部を掻きながら

 

「しかもなんかねー、すんげぇ私の知り合いがいた世界だった。色んな所の神様が地上の大きな街中で徒党を率いて暮らしてる、的な場所? そこにいつもの様に顔をビシッと決めて出てみたら、「おい! アイツ仏じゃん! なにアイツ顔決めて降臨なんてしちゃってる訳!? 超ウケるんですけど!?」って感じのリアクションでみんなに指差されて、もうね、超恥ずかしかった!」

「えぇ~……アンタもしかしてその世界って」

「ホントあまりにも恥ずかし過ぎて! ここで慌てて消えたら次の忘年会でネタにされると思ったから! なんか街中をウロウロしている白髪赤目の小柄な男の子がパッと目に映ったから、その子に向かって「それでは勇者よ! この世界にいる魔王を倒すのだ!」って言い残した後にスッと消えてきた」

「おう!? お前それ! なに関係ない子供巻き込んでんじゃん! 勝手に勇者に仕立て上げて勝手に魔王倒せって無茶振りし過ぎだろ!」

 

一体何処の世界なのかとアクアが勘付いてる中、仏の相変わらずの適当っぷりにメレブが指を突き出しながら彼を責め立てる。

 

「そもそもその世界に魔王いんの?」

「ん~……いるんじゃない? 基本的にどこの世界でもいるよ、魔王って名乗る奴なんて」

「なにその曖昧な感じ、いなかったらその子超可哀想なんだけど……」

「大丈夫大丈夫、魔王なんてホントどこにでもいるから、この前間違えた時に降臨しちゃった時にはさ、魔王が普通にファーストフード店で働いてる世界とかあったぜ?」

「嘘つけそんな世界ある訳ねぇだろ!」

 

仏の曖昧かつ嘘くさい話にメレブが一喝していると、ヨシヒコが心配そうに

 

「しかしその世界に本当に魔王がいたらその少年の身が危ないですね、よければ私がそっちの世界に出向いても……」

「待てヨシヒコ、お前は行くな、絶対行くな、お前はこっちの世界で成すべき事をやれ、お前が行ったら100パー面倒な事になる」

「その通りだヨシヒコよ、真の勇者であるお前にはその世界で竜王を倒す使命があるのだ。あっちの世界の事は……あっちに任せよう、そうしよう、うん」

「アイツ自分でやらかしておいて逃げる気満々だな……」

「カズマもビックリするぐらいのクズね、流石神々の中でゴッドオブクズとか呼ばれてるだけあるわ」

「え、私そんな風にみんなに呼ばれてたの? ちょっと心外だなー、私は何時だって心は綺麗なままで保っていると自信あるのになー、おかしいなー、神話的にはゼウス君の方が絶対クズなんだけどなー」

 

アクアに自分でも知らなかった二つ名で呼ばれていた事に軽くショックを受けながら

 

仏はハハハと苦笑しつつ改まった様子で

 

「じゃあ気を取り直してお告げいきまーす」

「あーはいはいお告げね、じゃあさっさとやりなさい」

「アイツが最初の下りでいつも無駄話するからさ、尺足らなくなるんだよなホント」

 

ブツブツと文句を言いながらアクアとメレブが話を聞く態勢に入ると

 

仏はヨシヒコに向かってゆっくりと口を開いた。

 

「ヨシヒコよ、そこから北をまっすぐ行った先に微かに我等の世界と同じ気を強く感じる。もしかしたらそこにお前の仲間、ムラサキ、もしくはダンジョーがいるのやもしれん」

「本当ですか!?」

「おお、今回はまともな情報くれるじゃん」

「だが気を付けろヨシヒコ、その道を進む中でお前達を阻む魔物の気配も感じる、しかもそれは我々の世界の魔物ではなく、この世界の魔物だ」

「この世界の魔物……?」

 

まともなお告げをする仏にメレブが驚いていると、ヨシヒコは顎に手を当てふと気付く。

 

「そう言えばこの世界に来たというのに、私達は私達の世界の魔物としか戦ってませんね」

「あ、言われてみればそうだな、この辺うろついても俺達の世界の魔物ばかりだし」

「恐らくだが、ヨシヒコ達の世界のモンスターがはびこったせいで私達の世界のモンスターにも何かしらの影響があったのかもしれんな」

 

この世界の魔物という存在を一度も見た事が無いと思い出したヨシヒコとメレブに、ダクネスがあくまで仮説を唱えていると、仏の話はさらに続いた。

 

「その魔物は巨大かつ素早いを動きをする魔物で、自分より小さな生き物であれば容赦なく大きな口で飲み込んでしまう恐ろしい魔物なのだ。その名はジャ、ジャ……ジャ~……」

「……アイツまたド忘れしやがった」

「待って待って今思い出すから、ジャイ……ジャイア……」

 

肝心な魔物の名前が出てこずにずっと頭を捻って思い出そうとすると

 

仏は「あ!」と叫びながらポンと手を叩き

 

「ジャイアンだ! おいヨシヒコ! ジャイアン倒して来い! ジャイアンならきっと空き地にいると思うから!」

「はい!」

「待て待て待て! 絶対違う、絶対ジャイアンじゃない、その名前じゃないという事だけは俺でもわかるぞ仏よ。なんで俺達4人がかりで小学生のガキ大将を倒しに行くんだよ」

 

絶対に覚え間違えているとメレブが断言すると、隣に居たアクアも先程の仏同様ポンと手を叩き

 

「あ、私わかった、ジャイアントトードの事よきっと。あのデカいカエルがこの先待ち構えているんだわ」

「そうそうジャイアンとトト子! それだそれ! ハハハハ! やっと出て来たわ!」

「いやコイツが言ったのはジャイアントトード! なんだよジャイアンとトト子って……不二雄と不二夫のコラボ?」

 

アクアが言った名前に即座にそれだと指を突き付けるも、未だ仏が間違った覚え方をしている事をメレブが呆れた様子で指摘するも仏は軽くスル―

 

「かつての仲間と再会する為にヨシヒコよ、行く手を阻むそのジャイアント……トード?って奴を倒すのだ!」

「わかりました、この世界の魔物に私の力が通じるのか良い機会です、全力でジャイアンをやっつけます」

「あーもうヨシヒコまだ名前間違えて~る……」

 

もはやヨシヒコの頭の中ではジャイアンになってしまっている事にメレブが静かに悟っていると、仏の姿は雲の隙間から消えて行き

 

「それではさらだばヨシヒコー!」

 

最後に叫びながらフッと消えて行った。

 

それを確認するとヨシヒコはライダーマ〇ヘルメットをメレブに返し、次なる目的を達成する為に決意を固める。

 

「どうやら初めてこの世界の魔物と戦う事になりそうですね」

「まあでも相手はバカでかいカエルだってコイツも言ってたし、カエルぐらいなら俺達でなんとかなるだろ」

 

アクアが言っていた事を思い出しながらメレブがきっと大丈夫だろうと不安げなヨシヒコに言っていると

 

それに対してアクアが「はん」と鼻で笑い飛ばす。

 

「甘く見ない方が良いわよ、アイツ等はね、デカい上に数も多いの。しかも飲み込まれたら口の中でベタベタのトロトロのヌメヌメの生暖かい変な液体塗れになるのよ?」

「それは恐ろしい……ベタベタのトロトロのヌメヌメにされるとは、もしやトゥルトゥルにも……」

「いいえそれだけじゃないわ、ヌルンヌルンになる可能性も高いわね」

「ヌルンヌルン!? バカな! それ程恐ろしい敵が今回の相手だとは……」

「……君達の表現がバカっぽくってどれ程の恐ろしさか一切伝わらないんだけど?」

 

そういえばこの二人って知能最低レベルだったという事にふとメレブが気付いていると

 

そんな彼等をよそにダクネスは一人不敵な笑みを浮かべている。

 

「フフフ、ジャイアントトードか……遂に、遂に奴等と戦う機会が私に巡って来たという訳か!」

「どうしたのかなダクネス、まさかお前、ジャイアントトードに何かしらの恨みでもあるのかい?」

「いやそういうのはない、だが前にカズマ達が奴等と戦った時散々な目に遭わされたと聞いていたので、是非とも私もその散々な目とやらに遭ってみたいと思っていたんだ!」

「遭いたいんだ散々な目に、へぇ~……」

 

まあ薄々勘付いてましたといった感じで、興奮した面持ちで拳を掲げるダクネスを遠い目でしばし見つめた後

 

メレブは出発の為に三人に声を掛ける

 

「それじゃあ蛙討伐の為に、まずは北へ行ってみようか」

「女神! ヌルンヌルンの可能性があるならチュルチュルになり得る事もあり得るんじゃないですか!?」

「そこはなんとか耐えるのよ! チュルチュルの感触なんて考えただけでも最悪よ! 必死に耐えてヌルンヌルンでセーブすればギリギリOKよ!」

「待っていろジャイアントトード! 女騎士を粘液塗れに出来るモンならやってみろ! フハハハハハハ!!」

「……」

 

自分の言葉も届かず、すっかり盛り上がってしまっている三人を優しく見守るように見つめながら

 

メレブはコクリと縦に頷いた

 

 

 

 

 

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 

 

 

 

 



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参ノ二

かつての仲間ムラサキと、そして竜王に操られたダンジョーを救う為に平原を歩いて行くヨシヒコ一行。

 

しかしその前に、彼等はジャイアントトードの巣窟である場所を通らなければいけなかった。

 

「仏のお告げ通りだともうすぐ例の魔物が出没する場所ですね」

「うへぇ、私あのカエルトラウマなのよ、もし私が襲われたらすぐに助けてよヨシヒコ」

「やはりそんなに恐ろしい魔物なんですか」

「あのカエル共には何度も私のみ込まれてるのよ、あの気持ち悪い感触は二度とゴメンだわ」

 

ヨシヒコとアクアがそんな会話をしている一方で

 

少し後ろを歩いているダクネスはふと隣で冒険者カードをニヤニヤしながら眺めているメレブが気になった。

 

「メレブ、さっきから嬉しそうにカードを見てどうしたんだ?」

「フフフ、よくぞ聞いてくれた。実は俺は次の戦いに備えてこの冒険者カードを使って」

 

待ってましたと言わんばかりに尋ねて来たダクネスにメレブはドヤ顔で振り返る。

 

「呪文を習得しようとしている所なのだよ」

「なに!? ウィザード(笑)でも覚えられる呪文があるのか!?」

「え、メレブさん新しい呪文覚えたんですか!? ならば是非私にかけてください!」

「慌てるでないヨシヒコよ」

 

ダクネスの叫び声でヨシヒコも急いで振り向き、呪文をかけてくれとせがんで来るが

 

メレブは軽く笑みを浮かべながら制止する。

 

「この冒険者カード色々調べた結果、どうも自分が持っているポイントを消費して、新たなスキルや呪文を会得できるらしい」

「本当ですか!? ならば私も!」

 

スッスッと冒険者カードを指でなぞりながらスキルを消費して呪文を覚えようとしているメレブ。

 

それにならいヨシヒコも自分のカードを取り出してまじまじと見つめてみる。

 

「これは……!」

「そう、我々の世界の言語ではない筈なのに、何故か頭の中でハッキリと理解出来るであろう」

「おお……!」

「そこで自分が所持しているポイントを見て、欲しいスキルや呪文をタッチ! さすればカードの持ち主は新しい力をゲット!」

「……」

「失敗したとはいえお前だってあのドラゴンナイト、きっと物凄いスキルがあるかもしれないぞ」

「……」

「……ヨシヒコ?」

 

自分が説明している中ヨシヒコはただずっとカードを凝視するだけ

 

首を傾げながら眉間にしわを寄せ、ただただカードを見つめているヨシヒコにメレブは「もしや?」と目を細めた。

 

「ヨシヒコ、お前まさか……読めない?」

「……」

「おおマジか! マジかヨシヒコ!」

「へ? ちょっと待ってヨシヒコ! 読めないの!? 本当に読めないの!?」

 

異世界に飛ばされたらお馴染みの「知らない言語でも自然と頭の中で理解出来る」という便利な設定をまさかの非所持だったヨシヒコ。

 

さっきから無言で見つめながら自力で解読しよう頑張っているヨシヒコに、メレブもアクアも信じられないと驚く。

 

「こっちの世界に来た人は全員理解出来るって仕様なのよ! なんでアンタだけわからないのよ!」

「ヨシヒコ俺でもわかる様になったんだぞ! 主人公! 主人公なのにヨシヒコ! 異世界の言語が読めない!」

「何故ヨシヒコだけにそんな影響が……? とことんお前は予想できない男だな」

「ありがとう、ダクネス」

「いや褒めてる訳じゃない、笑顔になるな笑顔に」

 

唖然としている一同に、何故かダクネスにだけ笑みを浮かべながら礼を言うヨシヒコ。

 

「しかし文字が読めないとなるとこの先大変だぞ、大丈夫なのか?」

「まあその辺は俺達でフォローするしかないっしょ、なんなら1から勉強……あー無理だなヨシヒコじゃ」

「ヨシヒコ、私にカード貸しなさい、アンタの代わりに私が素敵なスキルを選んであげるわ」

「ありがとうございます、やはり女神は頼りになりますね」

「いやーそいつには貸さない方が良いんじゃないの……」

 

この先に不安を覚えるダクネスとメレブをよそにアクアはヨシヒコのカードを横から眺めながらあれこれ指示していると

 

突如ズシンズシン!と激しい足音がこちらに向かってやって来る。

 

「あれ? なんかすげぇヤバい音が聞こえてくるんですけどって出たぁー! ヨシヒコあっち見ろあっち!」

「あーコレは絶対に取っておくべきねー、今の流行りに逆らってこういう渋いチョイスも時には大事なのよ」

「ホントですか、ならば早速……」

「バカ&バカ! Wバカ! スキルはいいからはよ気付きんしゃい!」

 

アクアと一緒に楽し気にスキルを会得しようとしていたその時、慌てた様子でメレブが叫んでるのに気づいて

 

ヨシヒコがふと後ろに振り返ると

 

 

 

 

 

なんとも巨大な緑色の蛙が至近距離で現れていた。これはまさしく

 

『ジャイアントトードがあらわれた』

 

「出たなこの世界の魔物!」

「いやーッ! ヨシヒコさん倒して! 私もう呑み込まれたくないのーッ!」

 

長い舌を口からベロリと出しながらこちらを見下ろしてくるジャイアントトードにヨシヒコはすぐに剣を抜いて退治する。

 

アクアは猛ダッシュで逃げた。

 

「デ、デカい! 確かにこれは私達の世界でもそうそうない大きさだ……!」

「作るのも大変だったろうなぁ……動かすのもこれまた大変そう」

 

ズシンズシンと迫りくるジャイアントトードにヨシヒコが圧倒される中、少し離れた場所でメレブはその巨大な生物の足下で、何人かの黒子が必死に押したり引いたりしてる作業を目撃しながら呟いていると

 

彼の隣に居たダクネスが歓喜の表情ですぐ様ヨシヒコよりも前に出る。

 

「とうとう現れたなジャイアントトード! さあこの私を呑み込めるモノなら呑み込んで……!」

 

剣も抜かずに完全なる無防備の状態で魔物に近づこうとするダクネス、だが……

 

「はぁ!」

 

ジャイアントトードがダクネスに接近する前にすかさずヨシヒコが躍り出ていざないの剣による一撃を与える。

 

流石に一発では無理であったが、彼の攻撃にのけ反る魔物。それを見てダクネスは「あぁ……」とガッカリした様に呟くと

 

「ヨシヒコ余計な真似はするな! アイツを倒すのはこの私だ!」

「いやお前倒す気ねぇだろ! 自分から呑み込まれようとしてたクセに! なにライバルキャラみたいな台詞使ってんだよ! お前如きが使うな! ピッコロさんに謝れ!」

 

 

ダクネスが意味わからないタイミングでヨシヒコに怒っているのを、メレブが少し離れた所でツッコミを入れていると

 

「!」

 

なんと突如ジャイアントトードが身悶えし、ヨシヒコとダクネスの前でズシーン!と大きな音を立てて倒れたのである。

 

「これは一体……」

「あぁー! 何故だ私のジャイアントトードを倒れてしまった!」

「いやお前のじゃねぇし、ジャイアントトードお前のじゃねぇし」

 

いきなり倒れてしまったジャイアントトードに驚くヨシヒコとショックを受けた様子で見つめるダクネス。

 

倒れたことを確認したメレブとアクアも恐る恐る魔物の方へと歩み寄る。

 

「しかしどうしていきなり倒れたんだろうなぁ……」

「もしかして案外弱ってたんじゃない? きっと私達が来る前に他の冒険者に襲われて疲弊したのよ」

 

倒れてしまえば怖くないといった感じでジャイアントトードを指で突きながらポジティブな事を言い出すアクア

 

しかし彼女の推測は一瞬にして違うとわかった。

 

「フ、この化け物ガエルにトドメを刺したのは俺だ」

「は! あなたは!」

 

倒れたジャイアントトードの裏側からスタスタとゆっくりと歩いて現れたのは自慢のもみあげがトレードマークの……

 

 

 

 

 

 

「ダンジョーさん!」

「お前はあの時の!

「また会ったなヨシヒコ、そして女騎士ダクネス」

 

ここでまさかのダンジョーと再会し、右手に剣を持ったままこちらに不敵な笑みを浮かべる彼に

 

すぐにヨシヒコも構えてダクネスも大剣を抜く。

 

「また私にもみあげを斬られに来たのか、今度はもう片方も斬り落としてやる」

「あの時は確かに俺の不覚だった、だが今度はそうはいかん、見ろ俺の!」

 

ダクネスに油断してチャームポイントを斬り落とされた事が悔しかったのか

 

ダンジョーは得意げに首を左右に振って自慢のもみあげを見せつける。

 

「お前に斬られたもみあげは! もう既に生えた!」

「なに! もう生えただと!?」

「ダンジョーさんはもみあげを失くしてもほんの少しの時間ですぐに生やすことが出来るのだ」

「く、恐ろしいなんて力だ……!」

 

嬉しそうに生えたもみあげを「ほれほれ~」と何度も見せて来るダンジョーにダクネスが悔しそうに顔を歪めていると

 

改めてダンジョーは正面からヨシヒコ達の方を見据えながらニヤリと笑って見せた。

 

「それに喜べヨシヒコ、お前にとっておきのプレゼントを用意しておいたぞ」

「え、プレゼント? なんですかそれ!? 早く見せて下さい!」

「なんで期待の眼差しを向けて来るんだ、違う! 敵である俺がお前にプレゼントを贈るって表現したんだぞ! 少しは察する事を覚えろ馬鹿者!」

 

本当になにか貰えるのかとワクワクしているヨシヒコに、敵である筈なのに思わず昔の様に叱り飛ばしてしまうダンジョー。

 

しかしそんな事をしているのも束の間、倒れたジャイアントトードの裏側から、ヨシヒコに向かって何者かが飛び掛かり……

 

 

 

 

 

 

「食らえ父の仇!」

「うッ!」

「ヨシヒコ!」

 

突如飛び掛かって来た人物にヨシヒコは動く暇も無く、胸元に鋭い短剣を突き刺されてしまう。

 

ダクネスが慌てて駆け寄ると、ヨシヒコを襲った人物はすぐにダンジョーの傍へとバッと戻り

 

「長年この時を待っていた、父の仇、今ここで取らせてもらった!」

「ムラサキ……!」

 

胸元を抑えながら膝を突いてしまったヨシヒコの目の前にいたのは

 

肩に小鳥を乗せた平らな胸の女性。

 

なんとダンジョーと同じくかつての仲間、ムラサキであった。

 

 

「まさかお前までダンジョーさんと同じく竜王の手に!」

「気安く私に話しかけるなヨシヒコ、今の私は竜王様の下で戦うと誓った、村の娘・ムラサキだ!」

「大丈夫かヨシヒコ! 今胸を刺されなかったか!?」

 

勇ましく鋭いナイフをこちらに突き付けながらそう叫ぶムラサキに

 

ヨシヒコはすぐに彼女もまた竜王に操られていると悟った。

 

そして駆けつけたダクネスが急いで彼の傷口を調べようとすると

 

「ん……ヨシヒコ、傷は見当たらないぞ?」

「え? あ、本当だ……なんともない」

 

ダクネスに指摘されてヨシヒコも自分の胸元を見て気付く。

 

傷はおろか完全に無傷だった。

 

てっきりちょっと痛かったから刺されたと思っていたのだが

 

「何故だヨシヒコ! 私は完全にお前の心臓をこの短剣で突き刺した筈!」

 

普通に立ち上がって来たヨシヒコを見てムラサキもまた慌てながら自分の持っている短剣に問題があったのかと眺める。

 

「あれぇ? 私、王都でちゃんとした短剣買ったのに……」

「ムラサキ、お前、魔王の城で待機している時、よくカズマの事を父の仇だと言って襲い掛かっていただろう」

「うん、それが?」

 

首を傾げながら自分のナイフを調べるムラサキに、隣に立っていたダンジョーがボソリと呟く。

 

「それでカズマの奴、お前が気付かない内にこっそり刃が引っ込む短剣に取り換えていたぞ」

「あ~~~~!! アイツ~~~~!!!」

 

ダンジョーの言葉にムラサキはふと短剣の刃に手の平を押し当てるとすぐに刃が引っ込んだ。

 

まさか気付かない内にこんな小細工されていたのかと悔しそうに何度もシャキンシャキンと虚しい音を立てて短剣の刃を引っ込ませる。

 

「ヨシヒコみたいな真似しやがってからにあの童貞~!」

「ヨシヒコ、彼女もお前の仲間で合っているのか?」

「ああ、ダンジョーさんや私の大切な仲間の一人だ。彼女とも幾度も困難を乗り越えながら旅をしていた」

 

ここにはいない誰かに苛立ちを募らせながら地団駄を踏んでるムラサキを指差してダクネスが尋ねると、ヨシヒコはすぐに頷いて答えた。

 

「しかしまさか彼女も竜王に操られていたとは……」

「今回もまた厳しい戦いになりそうだな……よし、私も共に戦うぞヨシヒコ」

「ありがたい、今回も頼りにさせてもらうぞ」

 

そう言って二人で剣を構えながらこちらに向かい合って来るヨシヒコとダクネスに

 

引っ込む短剣を握り締めたままムラサキが詰まらなそうな表情で

 

「え、なにアイツ、いつの間に私以外の女をパーティに入れてんの。なんか肩並べて仲良さそうにしちゃってるし」

「ああ、しかも良い胸だ、おまけに中々の美人……」

「うわ……マジおっさんベースケだな」

「おっさん言うな!」

「ベースケは良いのかよ」

 

ブスッとした表情で呟くムラサキにしげしげとダクネスを眺めながらニヤニヤ笑い出すダンジョーだが、おっさんといわれてすぐに反応して一喝する。

 

そんな彼に呆れた調子でため息を吐くと、ムラサキはさっきよりも強い敵意を持ちながら引っ込む短剣を構える。

 

「私がいない間に他の女をパーティに連れ込みやがって! しかも巨乳だし! もうここでコイツ等倒してやる!」

「落ち着けムラサキ、それにしてもヨシヒコ、一つお前に問わしてくれ」

「なんでしょう、魔王の仲間になれというのなら断りますが」

「いやそうじゃなくて、ほれ」

 

血気盛んなムラサキを抑えながらダンジョーはふとヨシヒコに一つ尋ねた。

 

「もう二人の仲間はどうした? メレブとアクアとかいう自称女神、さっきから姿が見えない気がするんだが」

「……そういえば」

 

ダンジョーに聞かれて初めてヨシヒコは気付く。

 

言われてみれば確かに二人の姿が忽然と消えていた。

 

さっきまですぐ傍にいたのに何故……とヨシヒコが当たりをキョロキョロしてみると

 

「助けてぇぇぇ! くそ! どの呪文にしようかな~と選んでたらいつの間にか襲われた~!」

「いやぁぁぁ! もうカエルに飲み込まれるのはいやぁぁぁ! ベトベトになるー!」

「は! メレブさんと女神が巨大ガエルに追いかけられている!」

「ズ、ズルいぞ二人共!」

 

ふと少し離れた所に目をやると、なんとメレブとアクアがいつの間にか出て来た別のジャイアントトードにピョンピョン追いかけられているではないか。

 

どうやら先程の一体だけではなく他にも出没しているらしい。

 

「コレは大変だ! 一刻も早く二人を助けないと!」

「どうして私には襲い掛かってこなかった……く! 私を置き去りにして粘液プレイを楽しむなァー!!」

「待てヨシヒコ!」

 

ダンジョーの制止も聞かずに一目散に二人の方へと駆けて行こうとするヨシヒコとダクネス。

 

だが

 

「う! また別のカエルか!」

「おおいいぞ! 遂に私の前へ現れてくれたのだな!」

 

三匹目のジャイアントトードが突然立ち塞がる。

 

ダラダラと妙にネバネバした涎を垂らしながらこちらを狙っている魔物にヨシヒコが奥歯を噛みしめている中

 

それを見てダンジョーが腕を組みながらニヤリと笑って見せた。

 

「フン、どうやら俺達が出る幕も無くお前はここでコイツ等に倒される運命にあるようだな……さらばだヨシヒコ! カエルの胃の中で眠るがいい!」

「……いやていうかさ」

 

仲間を助けに行けずに歯がゆそうにしているヨシヒコを満足げに眺めていたダンジョーであったが

 

ムラサキはふとこの状況に気付く。

 

「コレってさ、私達もマズイんじゃね?」

「……あ」

 

彼女に言われてダンジョーはふと周りを見渡すと

 

4匹目、5匹目、遂には6匹目のジャイアントトードが自分達を囲もうとしているではないか。

 

「あーもう! だからもうちょっと先で待ち伏せしようって言ったのにー!」

「なあムラサキ、ひょっとしてて俺達、ピンチか?」

「ひょっとしなくても超ピンチだっつうの! どうすんだよコレ!」

「おのれ……仕方ない!」

 

ヨシヒコ達だけを相手にするならともかく、この魔物達も相手にするとなれば二人しかいないこちらの方が分が悪い。

 

そう思ったダンジョーはすぐにムラサキを連れてヨシヒコとダクネスの所へ駆け寄り

 

「一時休戦だヨシヒコ! まずはこの異世界の魔物共を俺達で倒してから! 改めて勝負をするぞ!」

「ダンジョーさん! 共に戦ってくれるんですか!?」

「まあこうするしかないよねー……」

「ムラサキ!」

 

自分の両隣に立って武器を構えるダンジョーとムラサキに、ヨシヒコは何処か嬉しそうに顔をほころばせた後

 

すぐに真剣な表情を浮かべて前にそびえたつ巨大な魔物に剣を構えて

 

「行きましょう二人共!」

「ヨシヒコ! 言っておくがお前との共闘はこれっきりだからな!」

「私達は生き残りたいから手を貸してるだけだって忘れんなよ!」

「はい!」

 

ヨシヒコ、ダクネス、ムラサキがここでまさかの共同戦に

 

果たして彼等はこの境地を逃れるのだろうか

 

 

 

 

 

『ジャイアントトードBがあらわれた 

 ジャイアントトードCがあらわれた 

 ジャイアントトードDがあらわれた 

 ジャイアントトードEがあらわれた 

 ジャイアントトードFがあらわれた 

 ジャイアントトードGがあらわれた』

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉ~~~!! 私に襲い掛かって見ろジャイアントトードォォォォォォ!!!」

「しまった! ダクネスが剣も構えずにカエルの方へ!」

「つかアイツ……さっきからずっとあのカエルに襲われようとウズウズしてなかった? ヤバくね?」

「う~む、ヨシヒコの奴、俺達の穴を埋める為に中々のパーティに仕上げたみたいだな」

「いやただ変な連中ばかり入れただけっしょ? オッサンやメレブみたいな」

「おい、自分を入れるの忘れているぞ、ムラサキ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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参ノ三

再び現れたダンジョーと共にまさかのムラサキまでもが竜王軍の幹部に

 

しかしそんな事よりも今大事なのは、ジャイアントトードの集団に囲まれてしまった事である。

 

メレブとアクアもまた、後ろからピョンピョン跳ねて徐々に近づいて来る巨大カエルから必死に逃げていた。

 

「いやぁ~アンタちょっと囮になりなさいよ! 役立たずのアンタがこの私の身代わりになれるのよ! 光栄に思いながら食べられなさい!」

「ほざいてろ! 待ってろあんなのすぐに俺がやっつけてやる!」

「はぁ冗談でしょ!? ウィザード(笑)のクセに何が出来るって言うのよ!」

「いいから待て! あ~走りながら選ぶのむずい~……」

 

逃げている途中でメレブは焦りつつも冒険者カードを取り出して指でサッサと何かを選択すると、「よし!」と意を決し方の様にサッとカエルの方へ振り返った。

 

「待たせたな異世界の魔物……ジャイアントトード! 我々の世界の魔法の恐ろしさを……その身に刻め~……」

「どうしたのアンタ、いきなり好戦的になっちゃって、まさかあのソゲブとかいうしょうもない魔法でコイツ倒すつもりなの」

「フフ、俺は今冒険者カードからある呪文を会得したのだ」

 

得意げにそう言うとメレブはジャイアントトード相手に杖を構える。

向こうもまた空気を読んで立ち止まってくれて、ギョロギョロと目を動かしながらメレブをジッと見つめるが

 

メレブは余裕気に不敵な笑みを浮かべる。

 

「教えてしんぜよう、実は私の冒険者カードには、どうやら俺の過去の経験を反映し……今まで過去に覚えていた呪文が全て書かれていたのだ!」

「……ふ~ん、で?」

「おバカ、アクアさんホントおバカ。俺は先程その中から呪文を一つ選び、そして覚え直す事に成功した」

 

全く期待してない様子で隣で突っ立っているアクアに、メレブは懇切丁寧に教えてあげる。

 

「コレはかつて俺が魔王を倒す際に使った究極の恐ろしい呪文だ、とくとそこで拝むがいい、そして跪け」

「ああいいからいいから、早くやってほら、向こう待ってるから、ちゃんと向こうの事も考えてあげて」

「あ、すみませんカエルさん……え~それでは参ります」

 

律儀にちゃんと会話が終わるのを待ってくれているジャイアントトードに一礼した後、メレブは彼に向かって杖を軽く振って

 

「せい!」

 

呪文を掛けたみたいだ、しかし相手には一見何の変化も見当たらない。

 

「ねぇちょっと……何も起きてないんですけど?」

「いや、気付かんかアクア、今このカエルは猛烈に……」

 

顔をしかめるアクアに首を軽く振りながらメレブはニヤリと笑って

 

「甘い物が食べたいと思っている」

「はぁ!?」

「この呪文に掛けられた者はとてつもなく「甘い物が食べたい! 甘い物が食べたいよ~! シュガープリーズ!!」と思考全てをとにかく甘いモノ食べたいという激しい欲求に変えてしまう恐ろしい力なのだ、そして私はこれをかつて……」

 

笑みを浮かべたままメレブはサッと髪をなびかせ

 

「『スイーツ』、と名付けたんだよ」

「お、おぉ……マジでくだらない呪文しか覚えてなかったのねアンタ……なんかメレブさんが超可哀想に見えて来たんですけど」

「フン、素人が」

 

あまりにも使い勝手の悪い呪文に驚きつつ哀れみの視線を送って来るアクアにメレブは鼻で笑って見せる。

 

「いいか甘い物を食べたいという欲求に駆られて大きな隙が出た所を叩く、呪文自体にダメージは無いけれど相手の動きを止めるには抜群の呪文なのだぞスイーツは」

「……じゃあ今コイツは隙だらけって訳?」

「うむ、その通りだ」

 

そう言ってメレブは止まっているカエルを見上げる

 

確かに隙だらけだ、さっきから自分をジッと見つめていて動こうとしない

 

だが

 

「……で? 誰が攻撃するのよ、攻撃役のヨシヒコとダクネスいないわよ」

「……みたいだね」

「それじゃあ私逃げるわ」

「うん、気を付けて」

 

ようやく攻撃できる仲間が傍にいない事を知ったメレブを置いて、アクアは脇目も振らずに颯爽とその場を後にした。

 

残されたメレブはダラダラと涎を垂らし始めたジャイアントトードを見上げながらフッと笑い

 

「言っておくけど俺は……そんなに甘い男じゃないぜ! あぁ~~~!!!」

 

この場で一番相応しい決め台詞を言い放った直後、メレブは長い舌で巻かれてそのままヒョイッと口の中に呑み込まれてしまうのであった。

 

「あぁ! 凄く気持ち悪い! マジでホントヌルヌル! どんどん奥深くに入っていくのを感じながら食べられてるよ俺! うへぇ全身ベタベタして来たよもうイヤ~!!!」

 

口の中で実況しながらあまりの気持ち悪さにメレブが悲鳴を上げ始める、すると……

 

「はぁ!!」

「ふん!!」

 

ジャイアントトードに突然二振りの剣が華麗に決められた。

 

そのダメージに悶絶しながら、んべぇっと口から粘液ベトベトのメレブが港に打ち上げられたマグロの様に滑りながら出て来た。

 

「マジ気持ち悪ぃ……もう何もかもどうでもいいからさっさとお風呂入りたい……」

「大丈夫ですかメレブさん」

「おお、来てくれたのかヨシヒコ」

 

倒したジャイアントトードの口から出てきたメレブにヨシヒコがすぐに駆け寄る。

 

どうやら魔物に一撃を与えたのはやはり彼だったみたいだ、そして

 

「ったくお前は本当に相変わらずだなぁメレブよ」

「うおダンジョー!? なんでヨシヒコと一緒にいんの!? あれ!? もしかして元に戻った!?」

「勘違いするな、一時休戦を敷いて手を組んでるだけだ、今の俺達はな」

「俺……達?」

 

全身ベトベトのままメレブが立ち上がりつつ、ダンジョーの言葉に疑問を覚えていると

 

すぐ様先程倒したのとは別の、ジャイアントトードCが三人の前に現れる。

 

「うわ! また来た!」

「ここは私が隙を作る!」

「え?」

 

焦るメレブをよそに三人の前に颯爽とムラサキが躍り出た。

 

そして一回目をつぶると……

 

「大きな目!!」

 

カット目を大きく見開いたムラサキに魔物は驚いたかの様に後ずさり。

 

そしてその隙を突いて

 

「やぁ!」

「せい!」

 

ヨシヒコとダンジョーの見事なコンビプレイであっという間に打ち倒してしまう。

 

「ありがとうムラサキ」

「へ、勘違いすんじゃねぇよ。私はただお前を利用してるだけなんだからな」

「ええムラサキ!? おおその平らな胸はまごう事無きムラサキ! 貧乳のムラサキ!! 乳無しムラサキ!!!」

「お前は相変わらず貧乳貧乳うるせぇんだよ!」

 

素直に礼を言って来たヨシヒコに顔を背けながらツンデレな台詞を吐いてるムラサキを見て

 

メレブも初めて彼女の存在に気付いて指を差すが、言ってる事にムカッと来た彼女は躊躇なく彼の膝に蹴りをかますも

 

「ってうわきったねぇ! 全身ベトベトじゃんコイツ!」

「フ、引っ掛かったな、今俺は全身に聖なるバリアを纏っているのだ、これぞ異世界で手に入れた俺の新たな力……名付けて聖なるバリアミラーフォース!!」

「いやただカエルに食われて粘液まみれになってるだけだろうが!」

「聖なるバリアミラーフォース……なんでしょう、やけに頭に残る素晴らしい響きです……!」

「頭には残る、だがメレブは明らかに強がりを言ってるだけで実際はそんなモノは無いぞヨシヒコよ」

 

昔と変わらない掛け合いをし終えると、ヨシヒコ達はすぐに互いの背中を守るかのような陣形を取った。

 

「まさかお前達とまたこうして一緒に戦う事になるとはな」

「言っておくけど私とダンジョーは竜王様の配下だからな、カエルを始末したら次はお前達をやっつけてやる」

「ふ~、久しぶりに初代ヨシヒコパーティが揃ったな~」

「皆さん、力を合わせて巨大ガエルを倒しましょう」

 

シャキーン!という音が鳴り響くぐらいバッチリ決めた4人組であったが

 

程無くしてその空気をぶち壊す女神が現れる。

 

「うわ~ん! 助けてヨシヒコさ~ん!!」

「は! 何てことだ! 女神が襲われている!」

「ま~た襲われてるよ、カエルに好かれてるなぁアイツ」

 

後ろからジャイアントードを連れて来ながらヨシヒコ達の方へ泣きながら駆け寄って来るアクア。

 

それにヨシヒコが驚きメレブが呆れていると

 

「わ~~~ん!!」

「ってオイ! なんで私の方へ来るんだよ! いや~~!!」

 

がむしゃに走りつつムラサキの方へ走って来たアクアと共に、後ろのジャイアントトードもセットで付いて来た。

 

慌ててムラサキもアクアと共に魔物から逃げ始める。

 

「コラ水色頭! なんで私まで巻き込んでんだよ!」

「知らないわよそんな事! てか誰よアンタ!」

「私は竜王軍の幹部のムラサキ……じゃなくて私から離れろよ! アイツが追ってるのお前だろ!」

「い~や~よ! 魔王の手下なら丁度良いわ! アンタがアイツに食われてベタベタになっちゃいなさいよ! エリスと競えるぐらいペチャパイのクセに!」

「あぁ~? テメェ誰がペチャパイだコラァ! その乳寄越せぇ!」

 

そう言い合いながら互いに掴み合って取っ組み合いを始めようとする二人。

 

だがそこへ追いつて来たジャイアントトードがベロリと舌を出し

 

「「あ、あ~~~~~!!」」

「しまった! 女神とムラサキが!!」

 

マヌケな声を上げながら簡単に食べられてしまうアクアとムラサキ

 

カエルの口からはみ出したまま二人は両手を振って

 

「いやぁぁぁぁ!! やっぱ気持ち悪い! 久しぶりだけどやっぱりヌルヌルしててホントやだぁぁぁぁ!!」

「あ~もうなにこの感触マジ最悪! あと暴れんなお前! カエルの粘液が飛び散って来るんだよ!」

 

口に入れられてもなおまだ揉めている様子の二人にヨシヒコがすぐに剣を構えて駆け寄ろうとする、だが

 

「あひ~!! また俺食べられちゃいました~~!」

「メレブさん!!」

 

今度は別のジャイアントトードに襲われてメレブがまたもや口に入れられてしまう。

 

「ヨシヒコー! ダンジョー! また俺全身聖なるバリア張られちゃう! 早く助けて~!」

「ちょっとアンタなにでしゃばってんのよ! 先に助けられるのは女神である私よ!」

「うわコイツ自分の事女神だと言っちゃってるよ……ヨシヒコこんなヤバい奴を仲間にしたの……?」

「私は正真正銘本物の女神よ! ヨシヒコさんヘルプ~! ヘルプ女神~!」

 

2匹の魔物に食されながら助けを求めて来る彼等に、ヨシヒコがどちらを先に助けるべきかと迷っていると

 

「一体どっちを先に……あ!」

 

するとここでタイミング良く

 

何食わぬ顔で魔物に襲われずにスタスタと通りすがりの様に歩いていたダクネスを発見した。

 

「ダクネス! 私とダンジョーさんで女神とムラサキを助ける! お前はメレブさんの方を助けてくれ!」

「……何故だ」

「え?」

 

アレだけのデカい的であればノーコンのダクネスだろうと攻撃を当てる事は出来る筈

 

そう思ってヨシヒコはダクネスに援護を求めるが、彼女は突如沈んだ表情を浮かべるや否や、すぐにバッと顔を上げて

 

「こんなにもたくさんのジャイアントトードがいるというのに! どうして誰も私を襲わないんだァァァァ!!」

 

魔物の中心で本能のままに叫ぶダクネスだが、残念ながらジャイアントトードは皆ガン無視である。

 

「聞いてくれヨシヒコ! さっきからずっと私は無防備の状態で一人でウロウロしているというのに! 襲ってみろと堂々と己を晒しているのに! コイツ等は一向に私を襲ってこないんだ!」

「なんだと! それは一体……」

 

もはや自ら襲って欲しいとカミングアウトしているダクネスだが、どうやら魔物達は彼女だけ一度も襲っていなかったらしい。

 

どういう事だとヨシヒコがそんな彼女を見ながら疑問を持っていると

 

「う~むそれは恐らく、お前が着ている鎧のせいじゃないか? ダクネスよ」

「ダンジョーさん!」

「こ、この私の鎧が原因だと!?」

 

不意にダンジョーがダクネスの着ている鎧を眺めながら年長者らしい考察を述べて来た。

 

「見ろ、あのカエルが口に入れた連中はどれも装備が薄い、しかし体の半分を金属の防具で固めてる俺と、全身を金属の鎧に身を包んでるお前には無関心だ、きっとあ奴等は金属は口に入れようとしないのだ!」

「なんだと! よし! じゃあ鎧を脱ごう!」

「なんでそうなる! 鎧を脱げばあのカエルに襲われるとさっき言っただろうが!」

 

話を聞いて急いで鎧を脱ごうとし始めるダクネスに一喝すると、ダンジョーは呆れながら腕を組む。

 

「何なんだお前、前に戦った時もブンブン振ってるだけでロクに攻撃があたらなかったり……めぐみんの奴からお前の話は色々聞かされたが、お前だけはどうにも理解出来ん……ってあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「しまった! ダンジョーさんが食べられた!」

「おい! 鎧を着ていれば大丈夫だったんじゃないのか!」

 

ダクネスの不審な行動にいまいち理解に苦しんでいるダンジョーの隙を突いて

 

まさかの後ろから奇襲をかけてダンジョーをパクリと食べてしまうジャイアントード

 

どうやら鎧を着ていようがお構いなしに食べるという悪食の変わり者がいたらしい。

 

「いやぁぁぁぁぁん!! らめぇぇぇぇぇぇぇぇ!! とろけちゃぁぁぁぁぁぁう!!」

「うぉいダンジョー! それは本来私が使うべき台詞だぞ! オッサンの貴様が使うなぁ!!」

「オッサン言うな!! はぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

巨大な口の中でダンジョーは激しく抵抗しようと身悶えするも

 

彼の屈強に鍛えられた肉体は少しずつ魔物の長い舌でかき回され

 

自慢のもみあげを含む全身を余すことなく液体まみれになってしまう。

 

魔物の激しい責めに必死に抵抗しようとしていた彼も次第に成すがままの状態となり、このままでは身体だけでなく心も……

 

「な、なんでこの男の時にだけやけに描写が詳しく説明されているんだぁ!! ズルい! ズルいぞ貴様!」

「ダクネス! 今はそんな事より早く皆を助けあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ってヨシヒコォォォォォォォ!!!」

 

己が望んでいた事をたっぷり堪能しまっているダンジョーにダクネスが激しい対抗意識を燃やしていると

 

その背後で今度はヨシヒコもジャイアントードに食べられてしまった。

 

「く! 私とした事が油断してしまった!」

「ああ次から次へと私以外みんな粘液塗れに……というかこのままだと私以外全滅ではないか!」

「だ、大丈夫だ! 私には女神が授けて下さった技がある!」

 

そう、実はちょっと前にアクアは自分の冒険者カードを見せて、どんなスキルを覚えればいいのか指導してもらっていたのだ。

 

そして体中ヌメヌメのヨシヒコは必死に口から這い出て来ると、突如天に向かって口を尖らせて

 

「アーアアーッ!!!」

「な! ヨシヒコどうした急に遠吠えを上げて!」

「コレが私が覚えた技「なかまをよぶ」だ! アーアアーッ!!!」

 

ターザンの如く遠くまで木霊しそうな声を上げるヨシヒコに何事かと魔物の足下でダクネスが困惑していると

 

『ヨシヒコはなかまをよんだ』

 

「ん? どこからともなく誰かがこちらに近づいてくる気配がするぞ……あ!」

 

背後からドタドタと何かが急いで駆け寄って来る足音が聞こえたので

 

ダクネスが咄嗟に振り返るとそこにいたのは……

 

「お前は私が仲間に入る前に改心してヨシヒコの仲間に加わったという死体!」

 

涎と目玉を垂らした青色の魔物がひょいと軽く手を挙げ

 

「そしてお前はここに来る前に仲間になったばかりのミイラ!」

 

ついちょっと前の場所で倒した時に、手を貸してくれると誓ってくれた包帯グルグルの魔物がこちらに親指を立てて颯爽と現れた。

 

『どこからともなく くさったしたい と ミイラおとこ があらわれた』

 

「ヨシヒコが覚えた技は仲間にした魔物を呼び寄せる効果があったのか、よし、頼むぞお前達!」

 

一人では心細かったダクネスにコクリと頷く死体とミイラ

 

そして二匹はすぐにヨシヒコを見つけると、ダッシュで駆け寄って

 

 

 

 

 

 

死体は渾身の蹴りを、ミイラは会心の拳を正面から堂々とジャイアントードに特大の一撃をかました。

 

 

 

 

 

 

と思いきや

 

プルンといった様な柔らかいクッションに当たったかのように

 

二体の攻撃は魔物に全く効かずに弾かれてしまった。

 

「ど、どうやらジャイアントードの柔らかい皮膚は殴打攻撃を受け流すみたいだな……」

 

コテンと尻もち突いて首を傾げている死体とミイラに、先程の様子を見て察したダクネスが怪訝な表情で歩み寄ると

 

死体はダクネスに手と首をブンブン横に振って「んじゃ無理っす」といった感じで、ミイラは両手を合わせて彼女に軽く頭を下げて謝って来た、そして

 

ヨシヒコを咥えたままのジャイアントトードが、ダクネスの目の前で瞬く間に二匹も食べてしまった。

 

「死体とミイラァァァァァァ!!」

 

為す術無く普通に食べられた死体とミイラにダクネスは絶叫を上げる。

 

今回ばかりは相性が悪すぎた、彼らの活躍は今後に期待しよう

 

「クソ何てことだ……まさか私一人だけ残されてしまうなんて……」

「ダクネ~ス!! そ、そろそろ私限界なんですけど~!!」

「いや~! こんな頭の悪そうな女と一緒に死ぬとかマジで無理!!」

「なんだろう、俺この感触に徐々に慣れつつある……悪くないかも」

「あぁ~~ん! 頭の中まで痺れちゃうぅ~!!」

「く! 私はこんな所で死ぬ訳にはいかない! 死体にミイラよ! 何とか協力して脱出するぞ!」

 

5人と2匹が目の前で魔物達に食されていく様を見ながらどうしたらいいんだと頭を抱えて混乱するダクネス。

 

彼女一人だけではこの絶望的な状況を打破する事は出来ない、そう彼女一人だけでは……

 

「もう私一人しか残っていない……! ならばここは聖騎士として己の身を犠牲にしてでも皆を助けねば!!」

 

もはや迷っていられないとダクネスが大剣を構えてとにかく一人でも救出せねばと

 

目の前で群がっているジャイアントトードに、無謀にも単身で勝負を挑もうとする。

 

だがその時。

 

「やれやれ、久しぶりに顔見に来たら相変わらずですね二人共」

「!」

 

ダクネスの背後から

 

突如マントを靡かせながら颯爽と現れた人物が、サッと大きな杖を魔物達に突き付け……

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョン!!!」

 

聞き慣れたその叫び声と激しい大爆発が

 

ダクネスの前で華麗なる爆音と共に鳴り響き、ジャイアントードに豪快に炸裂したのだ。

 

 

 

 

 

 

当然ジャイアントトードが飲み込んでいたヨシヒコ達も爆発に巻き込んで

 

「あ、すみません味方ごと吹っ飛ばしてしまいました」

「ヨシヒコォォォォォォォ!!!」

 

果たしてヨシヒコ達の運命は……

 

 



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参ノ四

異世界の魔物、ジャイアントトードに成す総べなく食べられてしまうヨシヒコ達(ダクネス除く)

しかしそこに現れた真打、謎の魔法使いによって魔物達は盛大に吹っ飛ばされた

 

そう、魔物が口に入れていたヨシヒコ達も一緒に

 

「ヨシヒコ! アクア! メレブ! 大丈夫かーッ!?」

 

壮大な爆発によって辺り一面がまる焦げ、カエル達もまる焦げになってる所をダクネスが慌てて駆け寄った。

 

必死に仲間の名前を叫ぶも、流石にこれ程の爆発に彼等もただでは済まないだろうと懸念していると

 

「あっぶねぇ……! 死ぬかと思ったぁ……!」

「うわメレブ!」

 

仲間の捜索中に声がしたのでダクネスはすぐに振り向くと

 

そこにはまる焦げになってないギリギリの場所で

 

全身粘液塗れのメレブが背筋をピーンと伸ばしながら、目の前で黒焦げになっている魔物達を凝視していた。

 

「お前は無事だったのか!」

「おおダクネス……いや、カエルに食われてた時に咄嗟にコイツの口の中でソゲブ使ったんだよ」

 

黒焦げガエルを指差しながらメレブは食べられてる中で相手の運気によってなんらかの不運を起こす呪文をカエルに掛けていた事を話す。

 

「そしたらコイツ、口の中に突然デカい口内炎出来たらしくてさ、あれって地味にキツイじゃん、食べれなくなったり、喋りづらくなったり、それとずっと気にしてベロで腫れた部分を触って見たりとか……だから俺、その出来た口内炎に思い切って蹴り入れてみたのよ、そしたら、ブッ!って吐き出してくれました」

「そ、そうか……良かったな」

「脱出した後いきなり爆発してビビったわーホント、爆発にどんだけ予算使ったのか個人的に気になるな……」

 

ベトベトの頭を掻きながら間一髪で脱出できた事に一安心しているメレブに

 

ダクネスはあまりカッコいい脱出方法ではないなと思っていたが、それは言わない事にした。

 

「しかしメレブはともかく他のみんなは……」

「皆さーん!」

「お、ヨシヒコ! お前も無事だったのか! あれ? なんで死体とミイラもいんだ?」

「それとお前達にとっては残念だろうが、俺も無事だった」

「うおダンジョー!」

 

他の者達はどうなったのかとダクネスが周りを見渡すと、ヨシヒコが共に食べられた死体とミイラと共に手を振りながらこっちに駆け寄ってきた、当然全身ベトベトにしたまま

 

そしてダクネスとメレブの背後からもムスッとした表情で腕を組みながら、ベトベトのダンジョーが現れた。

 

「いやいやお前が生きてて良かったよダンジョー、でもお前どうやって助かったの?」

「フ、俺を舐め回していたカエルの舌に、思いきり俺のもみあげをジョリジョリィ!っと押し付けてやったのさ……そしたら爆発に巻き込まれる前になんとか脱出できたのよ」

「もみあげジョリジョリィ!か……確かに舌触り最悪だわ……」

 

己が持つ自慢のもみあげを利用して脱出を行ったらしいダンジョーにメレブは微妙な表情で頷いた後、こちらに駆けつけてきたヨシヒコの方へ

 

「それでヨシヒコよ、お前は?」

「私は一緒に食べられてしまった死体とミイラと協力して、無理矢理口をこじ開けて普通に脱出しました」

「そっかー、ヨシヒコの窮地を救ってくれたのかお前達ー」

「最初はモンスターを仲間にしているとアクアから聞いた時はどうかと思ったが、案外頼りになるんだなコイツ等は」

 

ヨシヒコと共にベトベトになりながらも協力して脱出に成功した死体とミイラ

 

そんな彼等をメレブが良く出来ましたと褒めてやっていると、ダクネスも感心した様に頷いて見せた。

 

それに対して死体とミイラも照れ臭そうに後頭部を掻く。

 

「ところで皆さん、女神とムラサキは?」

「あ、そうだアイツ等忘れた、ちゃんと脱出できたのかな?」

 

ふとアクアとムラサキの姿が見えない事に気付いたヨシヒコに尋ねられて、メレブも首を傾げて周りを見渡してみると

 

ふと間近にあった黒焦げのカエルの口がいきなり開いて

 

「おいしょぉ!」

「どっこいしょぉ!」

「うおぉ! カエルの口からヌルヌル女が2体生まれた!」

 

力任せに口をこじ開けて出てきたのは、メレブ達と同じくベトベトのアクアとムラサキ

 

いきなり現れた彼女に思わずメレブもビックリして後ずさり

 

「ちょ、ビクッたわーマジで、え? もしかしてお前等、あの爆発をカエルの体内で耐えきったの?」

「うわ~~んもうホントに最悪よ~! ヤバい感じがしたから慌てて口を閉じさせて隠れてたの、用心してカエルの防御力も底上げする支援魔法掛けながら!」

「そしたら次の瞬間もうカエルの中でグルグル掻き回れてさ! もうマジ最悪だった! てか気持ち悪くてもう吐きそう……おえ!」

「んー……ある意味俺達の中で一番男らしい対処法したんじゃないかな……」

 

核爆発を冷蔵庫で耐えきったインディなジョーンズみたいな真似をやってのけたアクアとムラサキに、メレブが素直に凄いと賞賛していると

 

「それにしても先程の爆発の原因は一体……」

 

ヨシヒコは黒焦げになっているジャイアントトード達を見つめながらポツリと呟く。

 

「私達が苦戦していたカエルがこうもあっさりと全滅するとは……」

「フッフッフ、どうやら私の爆裂魔法の威力にすっかり腰砕けしてるみたいですね、我等が盟主に仇なす愚かな勇者達よ」

「なに!?」

 

不意に背後から聞こえた声にヨシヒコはすぐにバッと振り返るとそこにいたのは……

 

マントを羽織り、三角帽子を被った王道的な魔法使いの衣装に身を包み、左眼には眼帯を付けた少女そこにいたのだ。

 

「我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の爆裂魔法に恐れをなしたなら! 尻尾を巻いて元の世界に戻り、盟主に滅ぼされる時を待つがいい!!」

「ああ~! アレってめぐみんじゃないの! ひょっとしてカエル吹っ飛ばしたのってアンタのお得意の爆裂魔法!?」

「そうだ、私がお前達をどうすれば助けられるのかと手をこまねいていた時、突然彼女が現れたんだ」

「めぐみん……アレが女神とダクネスの仲間の一人……」

 

決め台詞を吐きながら突如現れた人物は、アクアたちの仲間の一人、紅魔族のめぐみんだった。

 

彼女が現れたことにアクアが驚きダクネスが頷いていると、ヨシヒコもそんな彼女を凝視する。

 

「あの……なんで彼女は倒れてるんですか」

「めぐみんは爆裂魔法を1日1回使うと、膨大な魔力を空にしてあんな風に倒れちゃうのよ」

「……」

 

ヨシヒコが彼女を凝視する理由

 

それは倒れたままの状態でこちらにドヤ顔を浮かべながら先程の口上を堂々と叫んだ事である。

 

彼女が倒れた理由をアクアが説明していると、その隙を突いてダンジョーとムラサキがめぐみんの方へ駆け寄り

 

「おいしっかりしろ小娘、全くヨシヒコ達を倒すとはいえまさか俺達まで巻き込むとは……」

「いやーすみません、でもしょうがないじゃないですか。あんだけ大量に爆裂魔法を放ちがいのあるモンスターが現れたら、爆裂魔法の使い手として身体が勝手に動いちゃうんですよ、ってうわ! 身体ヌルヌル!」

「動くのは良いけど、その後ぶっ倒れて毎度毎度背負わされる私達の身にもなれっての……」

 

やけに親しそうに会話しながら倒れためぐみんをヌルヌルの身体で背負うダンジョー。

 

自分の身体にもカエルの粘液が付いた事に彼女が嫌悪感を示していると、ムラサキが素っ気なく一言呟く。

 

そんな彼等の様子を見てヨシヒコはすぐにハッと気付いた。

 

「もしや彼女もまた、ダンジョーさんやムラサキと同じく竜王に……」

「ええ! ウソでしょめぐみん!? まさかカズマだけじゃなくてアンタまで操られちゃったの!?」

「く! 恐れていたことが起きてしまったか! 正気に戻れめぐみん! 新たな魔王に己の身体を好き勝手操られるという羨ましいシチュエーションを一人で体験しおって! なんなら私と替われぇ!」

「ダクネス、アンタ少しは本音隠そうとか思わない訳?」

 

前半は建て前、本音は後者だとすぐに読み取れるダクネスの叫びに、アクアが冷静にツッコミを入れていると

 

ダンジョーにおんぶされながらめぐみんはあっけらかんとした感じで

 

「いえ、私は別にダンジョーさんやムラサキさんの様に操られてる訳じゃないですよ」

「はぁ!? じゃあなんでそいつ等と一緒にいるのよ!」

「なんでって、好きで竜王様の下で働こうって思っただけです、竜王、いえ魔王カズマの下で」

「ア、アンタまさか! 自分の意志で私達、いやこの世界をを裏切って魔王の下に就いたっていうの!?」

「はいそうです、だってカッコいいじゃないですか魔王の幹部の肩書とか」

「え、そんな理由!? そんな理由でこの世界を裏切ったの!?」

 

なんと彼女は心を支配されてる訳でもなく、自らの意志で竜王の下で働いてると正直に暴露し始めた。

 

これにはアクアも驚いて一瞬言葉を失ってしまていると、めぐみんはキョトンとした表情で

 

「んーあなた達との冒険はそりゃ悪くなかったと思ってるのは確かですよ、だけどそれはそれ、コレはコレ、アレもアレ」

「いやアレもアレって何よ……」

「とにかく私はもうあなた達の仲間ではありません、ダンジョーさんやムラサキさん、そしてカズマと共にこの世界ともう一つの異世界も支配すると決めたんです私は」

「きー! めぐみんのクセに女神の私を裏切るなんてーッ!」

「ホントにどうしたんだめぐみんの奴……まさか本気で私達と戦うつもりなのか……?」

 

まさかの裏切り宣言にアクアは怒った様子で地団駄を踏み、ダクネスはめぐみんを見つめながらどういう事だと困惑の色を浮かべていると

 

「お前達よ、ちょっと良いか?」

「は? 何しに出てきたのよウィザード(笑)さん」

 

微妙な空気が流れている三人の間に割って出てきたのはまさかのメレブ。

 

彼の登場にアクアがすぐにしかめっ面を浮かべると、メレブはスッとダンジョーに抱っこされているめぐみんを指差して

 

「ずっと、ずっとずっと前から気になっていたんだが……めぐみんというのはあだ名みたいなのじゃなくて……本名?」

「そうですよ私の名前はめぐみんです、てか誰ですかあなた?」

「………ブフッ!」

「……おいキノコ頭今なんで笑った、理由を言え」

 

めぐみんが本名だと聞いて即座に含み笑いを浮かべるメレブ

 

それに対しカチンと来た様子でめぐみんは睨み付ける。

 

「私の本名に何か言いたい事があるなら言ってみなさい」

「ん~、いや無いっすね、フフ、ちなみにあの~めぐみんはぁ~? お父さんとお母さんの名前はなんて言うの?」

「……母はゆいゆいで父はひょいざぶろーですが」

「ぶっはッ! 今時のキラキラネームも裸足で逃げ出す一族!」

「おいお前! 私だけでなく両親の名前でも笑ったな! それだけは許さん! 絶対に許さん!」

 

自分だけでなく両親の名前にも噴き出すメレブにめぐみんがダンジョーの背中で暴れていると、ムラサキがベトベトの身体をなんとか落とそうとしながら

 

「もうあんな奴どうでもいいから一旦帰ろうぜ! もうすぐに風呂入りたいんだよ私! あー全然落ちないんですけどこの粘液!!」

「それは俺も同感だ、暖かい風呂に入って体のヌルヌルを落とし……汚れたもみあげを綺麗に整えなければ」

「待ってください! あのキノコ! あのキノコ野郎だけはここで仕留めたいんです!」

「そうは言ってもお前はもう例のあー……爆発魔法? もう使えないんだろ? ならいくらアイツでも流石に倒せんじゃないか?」

「爆裂魔法です! オッサンになるとホント物覚えが悪くなるんですね!」

「オッサン言うな!! ったくこれだから子供は好かん!」

 

背中でギャーギャ―叫ぶめぐみんに一喝するとダンジョーは彼女を背負ったまま最後にヨシヒコの方へ

 

「そういう事だヨシヒコ、今回は一時共闘をしたという事で特別に見逃してやる。次に会った時は再び敵同士だ、覚悟しておけ」

「わかりました、こちらも今全身ヌルヌルで正直戦う気力が無いので……決着はまたの機会に」

「うんそうだな、今日は解散という事で、それじゃ、お疲れ」

「はい」

 

もはや会話よりもさっさと帰りたいという思いがお互いに強かったのか、すっかり憔悴しきったダンジョーはムラサキと共に踵を返してこちらに背を向けながら行ってしまった。

 

「あのキノコ頭だけは絶対に許しません! 次に会ったら全力で私の爆裂魔法をお見舞いしてやります!」

「はぁ~メレブなんかを目の敵にする奴がいたとはな……」

「私はやっぱあの水色頭が気に食わないんだよね~、ちょっとぶりっ子アピールしててマジ嫌い」

「そう言うな、一緒にヌルヌルになった仲なんだろ? フフフ」

「なにスケベな目してんだエロジジィ!」

 

そんな掛け合いをしながら彼等は何処へと消えて行った。

 

残されたヨシヒコ達は、ひとまず戦いが終わったと安心しつつ己の身体がベトベトな事にウンザリして来ていた(ダクネスを除く)

 

「はぁ~とりあえず町に戻ろっか、ダンジョー達の事はひとまず置いといて」

「そうね、私達を裏切っためぐみんに対しては色々文句があるけど……とにかく風呂に入りたい……」

「うう……私だけ……私だけ粘液塗れになれなかった……」

 

そんな事を言いながらトボトボと帰路に入ると、ヨシヒコは窮地を救ってくれた死体とミイラの方へ振り返って

 

「お前達も風呂に入って汚れを落としなさい」

「ちょっと! アンデッドを風呂になんか入れようとしないでよ! コイツ等なんて元々死臭が漂ってんだから今更どうでも……いった!!」

 

魔物と同じ風呂を使えるかとすぐさま抗議するアクアだが、そんな彼女に死体がおもむろに近づいて前蹴り

 

「アンタなんなのよもう! 本気で浄化するわよ!!」

「死体! め!」

 

蹴られた膝を押さえながら浄化魔法を使おうとするアクアをまあまあと窘めながらメレブが死体に注意。

 

アクアに対してはやたらと好戦的になる死体をミイラが彼の両肩に手を置きながらなだめていると

 

 

 

 

 

ヨシヒコー! ヨシヒコー!!

 

突如天から声がし、大きな雲を掻き分けて大きなシルエットが後光と共に現れた。

 

しかしそれを見てアクアとメレブは思いきり嫌そうな顔で

 

「さっさと帰りたいのになんなのよ全く……」

「アイツ本当空気読めねぇわ……はいヨシヒコってうわ……ヘルメットもビチャビチャだ……」

「私は大丈夫です、もう全身ビチャビチャなので気にしません」

 

懐から粘液塗れのライダーマ〇ヘルメットを取り出すと、ヨシヒコはそれを受け取って普通に被って天を見上げる。

 

するとシルエットはくっきりと実体を現し

 

「ちっす! いや~今日もまた色々と大変でしたな~!」

「……」

 

いつも通り出て来て、陽気に笑いかける仏に

 

ヨシヒコ達はもう返事をする気力もなくただ見上げるだけだった。

 

それに対し仏は「んん?」と目を細め

 

「あっれ~みんな元気無いぞ~? もうちょっとテンションアゲアゲしようよ~」

「うぜぇ……今回は特にうぜぇ」

「そりゃムラサキがダンジョーと同じく操られている事が発覚したり、めぐみんとかいう子がまさか自分から竜王の方に寝返ってたとか色々あったけどさ~、落ち込んでたって何も始まらないぜ~?」

「落ち込んでじゃないわよ、イラついてんのアンタに」

「さっさと帰れ仏! もうこっちはさっさと風呂入りたいんだよ! 焼き土下座の件は後にしてやるから!」

「わぁお、今回はやたらと機嫌が悪いですねお二人さん」

 

粘液塗れだからさっさと帰りたいと思っているというのに、相も変わらず人をイラつかせることが得意な仏は

 

ヘラヘラ笑ったまま話を続ける。

 

「それじゃあまあ手短に話すからさ、パパッと聞かせてパパッと私も消えるから。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ仏に付き合ってプリーズ!」

「はい」

「ヨシヒコ、お前もたまには怒ってもいいと思うよアイツに」

「ダクネスも黙って聞いてないで一度は文句言った方が良いわよ」

「いやぁあんな性格でも流石に相手が神様だとやはり恐れ多いというか……」

 

素直に聞いたり黙ったまま空を見上げているヨシヒコとダクネスにメレブとアクアが助言していると

 

仏は「ではいっきまーす!」と叫んで話を始めた。

 

「今回なんとか倒したでかいカエルいたでしょ? この世界はね、あーいうウチの世界では出てこない様な強力な魔物が一杯います。つまり今回は魔王が呼び出した魔物だけでなくこの世界の魔物とも今後ぶつかり合う可能性もあるという訳ですね、はい」

「確かにかなり強力な魔物でした……我々はこれからもあのような魔物と戦わなければいけないのですね」

「はい、その通りでございまーす」

 

ヨシヒコの返事に仏はコクリと頷く。

 

「しかも、しかもしかもしかも、どうやら我々の世界の魔王だけじゃなくて、こっちの世界に元々いる魔王、そいつが率いている魔王軍の幹部とも戦うかもしれないという可能性もあるんだよコレが」

「なに! てことは私達は我々の世界の魔王だけでなく! こっちの世界の魔王の脅威とも立ち向かわなければいけないんですか!?」

「まあこっちの魔王の事は私なんにも知らないから適当に相手してやればいいんじゃないかな?  あ、でも多分超強いと思うぜ? 魔王軍の幹部」

「超強い!? そうなんですか女神!?」

「ん~まぁ~確かにそこそこ強いんじゃないかしら?」

 

こちらの世界の魔王軍の幹部は超強いかも

 

そう言われてヨシヒコはすぐにこの世界に詳しいであろうアクアに尋ねると、彼女は眉間に眉をひそめながら首を傾げ

 

「と言っても幹部の内の一人はもうやっつけたし、二人目はアクセルで儲からない店やってるわ」

「魔王軍の幹部が町でお店を開いている!? そっちの方が大丈夫なんですか!?」

「うわビックリ、ヨシヒコが珍しくツッコミした」

「平気平気、リッチーなのが気に食わないけど人間を襲う様な真似はしないって言ってるし、まあいざとなったら私がサクッと浄化してやるから問題ないでしょ、なんなら今からでも浄化しに行く?」

 

肩をすくめながら自信満々にアクアがそう答えるも、ヨシヒコは少々不安そうな態度

 

すると上空の仏が「おーい次行くよー」と気楽な感じで言いながら話を続け始めた。

 

 

「竜王やダンジョー達だけでなく、この世界の脅威とも戦わねばならないという過酷な試練。なればヨシヒコよ、お前もまたお前の世界で培った力を使いこの試練を乗り越えるのだ」

「私達の世界の力? それは一体……」

「魔物を操る力だ、お前には倒した魔物を改心させて仲間にするという力を自然に持っている」

「なんと!」

 

試練を乗り越えるための力、それは魔物を仲間にして共に戦う事だと述べる仏にヨシヒコは目を見開く。

 

「ヨシヒコよ、今回の様に4人だけでは辛い時もある、だからこそ時には魔物の力にも頼ってみるといい、さすれば今まで開けなかった扉も、仲間にした魔物次第で容易に打ち砕く事も出来るはずだ!」

「魔物の力……確かに今回も仲間になった魔物達のおかげで命を救われました」

「なればもう進むべき道はわかっているであろう……」

 

腕を組みながらこちらをジッと見据えて来る仏にヨシヒコが力強く頷くと、それに対して仏は一際大きな声で

 

「さあ行くのだヨシヒコよ! 仲間と共に! 己に忠誠を誓った魔物と共に! この世界に立ち向かうのだ!」

「はい!」

 

仏の叫び声にヨシヒコもまた大きく返事すると、聞き終えたは仏はスッと元に戻って

 

「うん、大変いいお返事でした、そんじゃ今日のお告げは終了でーす。ではまた次回~」

「切り替え早ッ! アンタ最後ぐらいビシッと締めて消えなさいよ!」

「いやだってぇ~、こっちもこっちで予定入ってるから~!」

「予定入ってるからって最後適当に終わらせようとしてんじゃねぇ!」

 

 

酷く雑な感じで締めようとする仏にアクアとメレブがブーイングしていると、仏はめんどくさそうに耳たぶを触りながら

 

「いやさ~マジでこっちもホント急にゼウス君に呼び出しされて大変なのよ、なんか知らないけど「オイ! お前ちょっとこっち来い! 言いたい事あるからすぐに来い! ダッシュで来い!」っていきなりキレ気味で連絡来てさ、だから今からすぐ行かなきゃならないのよあっちに」

「出たよゼウス君……もうお前の話に毎回出てくるな……その内本人が出て来そうで怖いわ」

「まあ私がふざけ過ぎると急にキレる事あるからさアイツ、今回もきっとそんな感じだと思うから、適当に相手して来ますわ、あ~めんどくせぇ~」

「いやお前のそういう態度がゼウス君は許せないんだと思う」

 

鼻をほじりながらだるそうに呟く仏を見て

 

人をイラつかせる事に関してはコイツの右に出る者はいないであろうと断言できるとメレブが思っていると

 

仏の姿は徐々に薄くなっていき

 

「ではさらばだヨシヒコよー!」

 

といつもの別れの言葉を残してスッと消えていった。

 

「アイツ終始ずっと真面目にお告げするとか出来ねぇのかな……」

「あー無理よアイツには、昔からあの性格だから」

 

ヨシヒコからヘルメットを受け取りながらぼやくメレブにアクアが手を横に振って無理だと答えていると

 

素顔に戻ったヨシヒコは顔にこびり付いた粘液を手で払い落しながら

 

「しかし仏から良いアドバイスを頂きました。魔物を改心させ仲間にしていく、今後は彼等魔物の力も存分に発揮して貰いましょう」

「うむ、こいつ等はホントに役に立つからな、ぶっちゃけ俺達よりも使えたりして……」

「えぇ~……ホントに~?」

 

役に立つと言い切るヨシヒコとメレブに、アクアはまだ傍にいる死体とミイラをジト目で睨み付ける。

 

「確かにスライムみたいなチャーミングなモンスターを仲間にするのは私は大賛成だけど、アンデット系はもうたくさんだわ……」

「ワガママ言うもんじゃないぞアクア、彼等はヨシヒコを救う為に健気にも自分よりも大きなジャイアントトードに挑んだんだぞ? その勇気は素直に賞賛するべきなんじゃないか?」

「ちょっとー聖騎士のアンタまでアンデットの肩持つって訳?」

「いや私は彼等をアンデットとしてでなく仲間として見てそう評価してるだけで……」

「ったくどいつもこいつもこんな奴等のどこがいいのよ、よく見なさいよ死体とミイラよ? あり得ないでしょ普通……」

 

死体やゾンビをいつの間にか評価しているダクネスに一瞥した後、アクアは早速彼等に悪態を吐こうとすると

 

「いっつ!」

 

背後から忍び寄っていた死体に思いきりお尻を蹴られて前のめりに転倒するのであった。

 

身体を粘液と泥まみれにしてアクアが無言ですぐに起き上がると

 

堪えていた感情が暴走したかのように……

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 浄化してやるぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「落ち着けアクア!」

「逃げろ死体! 馬車にダッシュ! ミイラと一緒にダッシュ!!」

「女神、死体の足の裏が女神を蹴ったせいで火傷してるみたいなのですが」

「アイツよりも毎回蹴られる私に気ぃ遣いなさいよぉぉぉぉぉぉ!! もう私もめぐみんみたいに裏切ってやる~~~!!!」

 

私の扱いは死体以下かと

 

こんな扱いをされるならいっそ自分達を裏切っためぐみんの方についてやろうかとちょっと本気で考えるアクアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そんな彼等をコッソリと木の影で眺めているのは

 

先日狂戦士として戦う事を決めたヒサであった。

 

「兄様、兄様はこれからお強い魔物を仲間にしていくのですね、ならばヒサも決めました!」

 

重々しい物騒な鎧を身に着けたまま、ヒサは木の影から姿を現す。

 

「ヒサもまた! 兄様の様にお強い仲間を見つけようと思います!」

「ハッハ~! だったら俺はヒサさんの一人目の仲間という訳ですね!」

 

ヒサと同じく木の影から現れたのは首なし騎士のベルディア。

 

「任せて下さい! ヒサさんの為なら俺は何処までもついて行く覚悟なんで!」

 

右手に自分の首を持ったまま左手で自分の胸を強く叩きながら彼がそんな事を叫んでいると

 

「どこ行ったのよめぐみ~ん!! ってああッ! あなたモンスターね!」

「ん?」

 

突如背後から一人の少女が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

杖を持ったその少女は、ベルディアを見つけるや否やすぐにおどおどした様子で

 

「え、えーと……わ、我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を操る者! そ、そしてやがては紅魔族の長となる存在!」

「こ、紅魔族だとぉ!? く! 俺のトラウマが……!」

「めぐみんがこっちにいるという情報を聞いてやってきたら! まさかこんな悪そうなモンスターと遭遇するとは思わなかったわ! こうして見つけたからには! その……や、やっつけてやりゅ!」

「噛んだ……」

 

緊張しているのか恥ずかしいのか、顔を赤面させながら杖を構えるゆんゆんにベルディアはちょっとほんわかしていると

 

すかさず二人の間にヒサが割り込んで来る。

 

「いいでしょう、ヒサの仲間を倒すというのであれば……ヒサも全力であなたと戦います!」

「ヒ、ヒサさん……!」

「ええ!? あ、あなた人間でしょ! どうしてモンスターを庇おうとするの!?」

「彼は改心して仲間になってくれました、それが例え魔物であろうと関係ありませぬ!」

「ヒサさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「うえぇ!? あ、あれなんか私の方が悪者みたいな……い、いや私は間違ってない筈! 間違ってないんだから! あ、貴女を倒してそれを証明するんだから!」

 

背後で謎の絶叫を上げるベルディアを無視して

 

上級魔法の使い手の紅魔族・ゆんゆんVSヨシヒコの妹・ヒサ

 

ヨシヒコ達が町へと戻ってる中で、二人の戦いが今始まるのであった

 

 

 

 

次回へ続く。

 

 



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其ノ肆 突然の死! 新たなる助っ人参上!
肆ノ一


魔王討伐、そして仲間の救出の為に旅を続けるヨシヒコ一行。

 

そんな彼等が捜索の為に険しい山道を歩いていると……

 

「うおぉぉ~ッス!!!」

「うわビックリした!」

 

突如山道の脇の茂みからいきなりハイテンションな男が飛び出した。

 

男の身なりはヨシヒコの世界にいた僧侶みたいな恰好をしている。

 

「俺はアクシズ教徒のアークプリースト兼盗賊のケンだ~!! お金を出さないとイタズラしちゃうぞ~!!」

「んーつまり僧侶であり盗賊やってるって事でよろしいのかな?」

「よろしよろし超よろし~! よろしこよろしこよろしこぴーん!!!」

「おお……不思議とこういうキャラ嫌いじゃないんだよな俺」

 

プリーストと盗賊の二足の草鞋を履いていると自称する男、ケンはヨシヒコ達に向かって笑顔でピョンピョンと跳ねまわる。

 

そのハイテンションなウザさにメレブが少し心惹かれてる中、ヨシヒコは即座にいざないの剣をチャキッと構える。

 

「お前達に渡す金など無い、欲しくば私達を倒してみるがいい」

「ま、待ってヨシヒコ! あの盗賊さっきアクシズ教徒って言ってたの! 流石に私の可愛い信者を! この女神であるアクア様が率いるパーティが倒すというのは如何なモノだと思うわ!」

「いやしかし、だからといって金を渡す訳には……」

 

アクシズ教徒は水の女神アクアを崇拝する教徒。

 

その教徒に属するというケンをこのまま斬るのは止めて欲しいとアクアがヨシヒコにお願いしていると……

 

「おーいケーン! お前一人でなにつっ走ってんだよー!」

「ああ! 後ろから凄く聞き覚えのある声がするぞ! でも俺は振り返らない! そして前も見ない!」

「ちょっとケン! 両手で目を隠さないで俺を見てくれよ~!」

「何も見えませ~ん! 何も聞こえませ~ん! 何も言いませ~ん! 見猿聞か猿言わモンキッキー!!」

「言ってるじゃないかよケン坊~!」

 

ケンの背後からまた一人男が手を振って現れた。

 

かなりの長身でしかも高そうな鎧を着飾って騎士風の恰好をしている。

 

男は目と耳を塞いで身体を左右に揺らしながら目も合わせようとしてくれないケンに

 

笑顔で肩を叩いた後、すぐにヨシヒコ達の方へ振り返って

 

「よし聞けお前達! 俺はクルセイダー兼盗賊のゾータイ様だ! 曲がった事が大嫌い! は~ら~だゾータイです!!」

「あ、原田って言っちゃった……」

「あ、ごめん……」

 

うっかり台詞を間違えたのか、男は申し訳なさそうにこちらに軽く頭を下げた。

 

「……あの、リテイク~……します?」

「あーいいようん、そのまま気にしないでやっちゃって」

「ホントごめんね……よーしお前等! 俺とケンに目を付けられた己の不運を恨むがいい!」

 

苦笑しながらメレブと意味深なやり取りを交えつつ、今度はクルセイダー兼盗賊のゾータイという男がヨシヒコ達の前に立ちはだかる。

 

「さあ俺に! 任しとけぇ~!」

「く! 私と同じクルセイダーの身でありながら盗賊に身を堕とすとはなんという愚かな男だ! 正しき聖騎士の名の下にこの私が成敗してやる!」

 

同じ聖騎士の身でありながら悪の道に走ったゾータイに、ダクネスは奥歯を噛みしめながら大剣をすぐに構えると

 

好戦的な彼女を見てゾータイはますますテンションを上げて

 

「おうおうおう! 正義ぶった可愛い女騎士様がおいでなすったぜ! よーし行くぞケン! まずはあの女をやっつけてやろうぜ!」

「オッスオラ、ケン! なんだかすんげぇワクワクすんぞ~!」

 

ゾータイに続いてやっとケンも目から手を離して戦闘モードに突入した様子。

 

ゾータイもまたダクネスの剣に負けない程立派な大剣を振りかざし

 

ケンはヨシヒコ達に向かってニヤニヤしながら懐から

 

一個の真っ白な石鹸を取り出した。

 

「これがオイラの切り札だ~!! アクシズ教徒印の! なんでも落とせる石鹸~!!」

「石鹸!? バカな! そんなモノが武器になる筈がない!」

 

得意げに石鹸を突き出してきたケンにヨシヒコが武器を構えたまま怪訝な様子を見せていると

 

ケンは石鹸を手に持ったままニヤリと笑い

 

「なんとこの石鹸……食べれちゃう!」

「なんだと!? 凄い!!」

「待てヨシヒコ冷静に考えろ! 食べれる石鹸は凄いというより明らかにヤバい!」

「あの! ちょっとかじってもいいですかそれ!」

「おおっとヨシヒコさんの純粋な好奇心が石鹸に興味を示してしまったか~!」

 

食べれる石鹸を聞いて興味津々のヨシヒコはちょっと欲しくなったのかソワソワし始める。

 

石鹸の魅力にすっかり戦意が削がれてしまったヨシヒコにメレブが嘆いていると……

 

「ちょ! 待て待て待てお前等! なに俺を置いて勝手に戦おうとしてんねん!」

 

そこへ間に入ってやって来たのは、前回の盗賊同様独特な方言を使う者。

 

ぱっと見自分達とは違う人種なのではと思うぐらい顔の彫りが深く

 

そしてマントを羽織って三角帽子を被った色黒の男だった。

 

男はすぐにケンとゾータイの方へと駆け寄ると、しかめっ面で軽く二人の頭を小突く。

 

「やる時は一緒に戦うってちゃんと打ち合わせしたやろうが! ケン! お前回復担当なのになに一番先に現れとんねん! お前先にやられたら後の俺等大変やん!」

「あ、そうだった、めんごめんご~! めんごろり~!!」

「コイツ絶対反省してへんな……それとゾータイ」

 

変なテンションで謝罪してくるケンに慣れた感じで呟くと、男はゾータイの方へと振り返り

 

「お前はちょっと興奮し過ぎ、最初の名乗りでいきなりミスるとかないでホンマ? この後反省会やからな」

「あのその件は言わないでジュンちゃん、俺も本気で反省してるからそこは……」

 

どうやらこの男はパーティのまとめ役を買っているらしい。ヘラヘラ笑っているケンを一喝し、ゾータイにはお互いに半笑いを浮かべながら反省させた後、改まった様子で男はヨシヒコ達の方へ振り返り

 

「待たせたな、俺はアークウィザード兼盗賊、そしてその実態は……」

 

大げさにマントを翻しシャキーンとポーズを決めると

 

「紅魔族随一のエラが張った男と語り継がれ! そして上級魔法とツッコミの二つを併せ持つ使い手! アホ二人のまとめ役ジュンジュンや!!」

「おージュンジュン今日も決まってるー」

「ジュンちゃんカッコいいー!!」

「いや世辞はいらんって……」

 

傍でパチパチと拍手するゾータイとケンに満更でも無さそうに微笑むジュンジュン

 

しかし紅魔族と聞いてアクアは彼に向かって目を細める。

 

「紅魔族ってアンタ……もしかしなくてもあの裏切りめぐみんと同族? こりゃまた面倒な相手ね……」

「裏切りめぐみん……おいアクア……お前まだめぐみんが私達と手を切って魔王の方に鞍替えした事根に持ってるのか?」

 

めぐみんの裏切りの件については絶対に許しちゃおけないと思っているアクアに、ダクネスが声を潜めながら耳打ちしていると

 

「ほほう」とメレブもまたジュンジュンを見つめながら目を細める。

 

「あのちんちくりんへっぽこ魔法使い(爆笑)のめぐみんさんと同郷の方でしたか……ならばこの俺が倒せば、もはや完全に紅魔族なんかより俺の方が優れていると立証できるという訳ですな」

「アンタじゃ無理よ、だってアンタだし」

「即無理だと言うな、俺を誰だと思ってる」

「だからアンタだから無理だって言ってんの、ウィザード(爆笑)さん」

「(爆笑)じゃない(笑)だ! そこを間違えるな! 大事な所だぞ!」

 

敵が魔法使いだと聞いて無駄に燃えているメレブにアクアが素っ気なく言葉を返していると

 

「さあこっちも三人揃ったしそろそろやっちゃうぜ!」

「俺達の力! とくと味わうのだ~!!」

「お前等ホンマ後で後悔しても知らんからな、素直に金出したら許してやっても構へんぞ」

 

三人揃った瞬間先程までよりも強いプレッシャーを放ちながら意気揚々と構えるゾータイ、ケン、ジュンジュン

 

そんな彼等にヨシヒコ達もすぐに戦闘の準備に

 

「なんて威圧感だ……しかし相手がどれ程の手練れであろうと私は勇者、行く手を阻むのであれば倒すのみだ」

「その通りだヨシヒコ、盗賊稼業に身を染めたクルセイダーなど捨て置けん」

「んー出来ればあのアクシズ教徒の子は倒して欲しくないんだけどー?」

「来たれ紅魔族、この俺の魔法をとくと拝んで恐れおののくがいい」

 

盗賊三人組に対して各々言葉を呟きながら

 

彼等の対決が今始める。

 

 

 

 

 

15分後

 

「うわぁ~!」

「ヨシヒコ! しっかりしろ!」

「ちょ! ちょっとなんなのよあの三人! 強過ぎでしょ!」

「俺の魔法が全く効かないなんて……紅魔族! 恐るべし……!」

 

あっという間に吹っ飛ばされて倒れるヨシヒコをダクネスが慌てて抱き起こし

 

アクアとメレブは見た目以上に強い盗賊三人組にオロオロしながら驚いていた。

 

「それにしてもなんという息の合ったトリオ、各個それぞれ優秀な能力を持っていながら更に抜群のチームプレイ、コレは相当なベテランのトリオに違いない……!」

「盗賊と言ってもアークプリーストにアークウィザードにクルセイダー、よくよく考えればコイツ等が強いのなんて当たり前じゃないの~! あれ? アークプリーストにアークウィザードにクルセイダー……裏切りめぐみんがいた時は私達もそんなパーティだった気が……」

 

ヨシヒコがやられてすっかり負けムードが流れている所で

 

盗賊三人組は勝ち誇った様子で不敵に笑みを浮かべる。

 

「ど~だ俺の半端ねぇ連携攻撃は!」

「俺のすんばらしい支援魔法の数々を見てビビっちゃったかコノヤロー!」

「フン、その程度の戦力で俺の上級魔法は防ぎ切れへんぞ」

 

ゾータイが大剣を肩に担ぎながらダクネスに抱き起されるヨシヒコに唾を飛ばしながら叫ぶ。

 

「見たか勇者さんよ! これが弱肉強食の世界だ! これ以上痛めつけられたくなかったらとっとと有り金全部寄越しな!」

「く! 誰が渡すものか、お前達に渡すならいっそここで死んだ方がマシだ!」

「おいヨシヒコ! それは私が言うべき台詞だぞ! ズルいぞ抜け駆けするなんて!」

「いや抜け駆けとかそんなんないからね?」

 

悔しそうにしながら叫ぶヨシヒコにすぐ様ダクネスが抗議し、それをメレブが冷静にツッコミを入れていると

 

彼女は自分の傷一つ付いてない鎧を晒して

 

「ていうか私はまだ全く傷付いてない! ヨシヒコだけ攻撃しないで私にも攻撃しろ!」

「いやだって! お前だけ身体滅茶苦茶硬いから全然ダメージ通らないんだよ!! マジ堅ぇんだよその身体! この全身筋肉!」

「な! それだと私の身体そのものが硬いみたいじゃないか! 言い直せ! 身体ではなくこの鎧が硬いのだと!」

「おいケン! コイツホントにすっげぇ堅いよな!」

「ん~? よし! ユーアー筋肉モリモリマッチョガール!! はーいマッスルマッスル!! 両腕から力こぶを出しながら~ハッスルハッスル~!!」

「そのふざけた呼び名は止めろコラァァァァァ!!」

「わぁ~! 筋肉モリモリマッチョガールが怒った~! 逃っげろ~!!」

 

ゾータイに話を振られてケンはヘラヘラ笑いながらダクネスに両腕で力こぶを出すポーズ。

 

彼の言葉と態度に強い憤りを感じた彼女は口調を荒げて掴みかかろうとするも、ケンはすぐにバカみたいに叫びながら逃げ回る。

 

するとそこで一人冷静なジュンジュンがめんどくさそうに

 

「なぁもうええんちゃう? 俺この後用事あんねん、さっさと終わらせたいからはよここで金出すか死ぬか選べや」

「あ、ちなみに僕ちんも用事がありますでございまするご主人様~」

「え? ケンとジュンちゃん用事あんの? あ、わかったぞ俺~」

 

二人揃って用事があると口走ったジュンジュンとケンに期待した様子でニヤリと笑う。

 

「二人共俺の為に誕生日会開いてくれるんだろ~? もう勘弁してくれよ~俺もう結構な年なんだぜ~?」

「……え?」

「……ん?」

「今更祝われても恥ずかしいしよ俺~、ほら、三人共もう結婚して子供もいるんだしさ~、なのに今更昔みたいに三人でお誕生日会とか……あれ?」

 

はにかみながら体を揺らし内心喜んでる様子のゾータイだったが、キョトンとした様子でこちらを見つめる二人に目をパチクリさせて固まってしまう。

 

「あ、あれ? 二人共用事があるって言うから俺てっきり……」

「……すまん、ゾータイ。俺今日家族で飯食いに行くねん」

「ごめん、俺も……」

「あーそうなんだ……」

 

さっきまでのハイテンションと打って変わってどんよりした空気が三人の中で流れ始めるも、ゾータイがすぐに無理に笑いかけながら

 

「あ! 大丈夫大丈夫! 俺は全然気にしてないから! そんな仕事仲間の誕生日なんかより家族を優先するのは当たり前じゃん!」

「ホンマすまんな」

「ごめんゾータイ」

「いいって! さっき言ったじゃん誕生日会とかもう恥ずかしいって! だから全然気にしてないから! ほら! 家族とご飯食べに行くなら早い所コイツ等やっつけちゃおうぜ!」

 

空元気でそう叫びながらゾータイはヨシヒコ達を倒そうと彼等の方へ振り返る、しかしその表情は

 

「……よ、よ~し、お前等覚悟しろ~……」

「うわあからさまに超テンション下がってる!」

「そんな事無いぞ~……ほーらかかってこ~い……」

「見るからにすっごいやる気無くしてんですけど、アンタ本当は誕生日会開いて欲しかったんでしょ?」

「うるっせぇなそんな事思ってねぇよ! こちとらいくつだと思ってんだよ!」

 

激しく落ち込んだ様子でフラフラと大剣を振りながら無理に戦おうとしているゾータイだが

 

メレブとアクアに言われてムキになった様子で怒鳴り始めた。

 

そしてそんなタイミングで、後ろにいたジュンジュンとケンがこちらに背を向けながらゴソゴソと何かを取り出そうとしている。

 

「お誕生日会なんていらねぇし! 今まで毎年さ! トリオでいちいちやってた事自体めんどくさいなと思ってたし! 必要ねぇんだよ俺達にはバッキャロー!!」

「ハッピーバースデートューユー」

「お誕生日会なんてもう二度と……え?」

「ハッピバースデートューユー」

 

突然背後からお誕生日に使う歌を歌い出す二人にゾータイがポカンとした様子で振り返ると

 

「「ハッピバースデーディア、ゾータイ!!」」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ケーキだ!!!」

「「ハッピーバースデートューユー!!」」

「俺の大好きなイチゴ一杯乗ってる奴~!!」

 

ケンとジュンジュンが満面の笑みで取り出したのは二人がかりで持たなければいけない程巨大なケーキ

 

それを見て先程怒ってたゾータイが一瞬にして笑顔になる。

 

「二人ともちゃんと準備してたの!? え、じゃあ家族と一緒にご飯食べに行くって奴は!?」

「それは本当やで」

「俺とジュンジュンと、そしてゾータイでこれから飯食いに行く約束」

「もうこんだけ長年付き合ってれば、もう俺等も家族みたいなモンやろ?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やべぇ超泣きそう~~!!」

 

ケンとジュンジュンの粋な計らいにゾータイは感動のあまり涙で目を滲ませながら叫んだ。

 

「もうマジでショックだったんだからなこっち~! ホントすげぇブルーになってたんだからもう~!」

「お誕生日会なんてもういらんとか言うてたよな?」

「強がりに決まってんじゃ~ん! だって俺ここんところずっとこの日を楽しみにしてたんだぜ~!?」

「ハハハ、いくつやねんホンマ!」

「ドッキリとかもう勘弁してよ~! ホッとし過ぎて腰が抜ける所だったじゃんかよ~!」

「ちなみにこれ計画したの、ケンや」

「ケン坊~!! このイタズラ小僧め~!」

「ちょ! ゾータイ今は! 今は頭叩かないで! ケーキ落としちゃうから!」

「このケーキ作ったの、俺の嫁」

「えぇ! まりなんが作ったの~!? 今度お礼言うから家行くね」

 

三人で笑顔のままじゃれ合った後、ゾータイはすっかり活気を取り戻した様子でヨシヒコ達の方へクルリと振り返り

 

「よーしこれからパーッとお誕生日会する為に! 景気づけにお前等をギッタンギッタンにしてや……」

 

はちきれんばかりのスマイルで再び大剣を構えようとしたその時

 

さっきからずっと隙だらけだった二人にゆっくりと近づいていたヨシヒコが

 

 

 

 

 

「そい!」

「はん!」

「せい!」

「おう!」

「とぉう!」

「びっくらポン!」

「あ! ケーキヤバい!」

 

三人に向かって駆け抜けながら、あっという間に彼等を剣で横薙ぎで斬り伏せたのだ。

 

そしてケンとジュンジュンが倒れた時に慌てて彼等が持ってたケーキを取り上げるメレブ。

 

それと同時に三人は川の字になりながら地面に横たわって、幸せそうな顔で眠りにつくのだった。

 

「強敵でしたね……隙が無ければ負けてたかもしれません……」

「お、お前ってたまに容赦ない所があるな……そういう所はカズマと少し似てるぞ……?」

 

無表情で剣を鞘に戻しながら一息ついているヨシヒコに、ダクネスが頬を引きつらせて彼のドライな一面に恐怖を覚えいている中、メレブが持ったケーキをアクアがもの欲しそうに見つめる。

 

「ねぇねぇそのケーキ食べていい?」

「ダメだって、これはこの三人のなんだから」

 

そう言ってメレブは両手に持った皿に乗せられたケーキを眠っているゾータイのお腹の上に乗せて(乗せた瞬間寝ている筈のゾータイが「う!」と呻き声を上げたがスルーする)

 

一行は彼等をおいて再び山道を歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

「あ! 食べれる石鹸を貰うの忘れてしまった!」

「いやいらないからそんな変なの!」

 

 

 

 

 

 

しばらく歩くと、ヨシヒコ達の前にぱっと見15メートルぐらいの大きな塔が現れた。

 

山の中に建築されたと思われる謎の細長く伸びたその塔を見上げながら

 

ヨシヒコ達は怪訝な様子で近寄って見る。

 

「あの、見るからに怪しい塔ですねメレブさん……」

「怪しいねぇ~、とてつもなく怪しい、うん」

 

目の前には扉らしきモノはあるのだが、何の為に作られたのかさえわからないこの不思議な塔に入るべきか迷っている様子。

 

「そういえば冒険者ギルドで、「最近山の中に不審な塔が出来たから調査して欲しい」ってクエストがあったな、もしかするとコレかもしれないぞ」

「ダクネスの言う通りならここを調べればクエストの報酬を貰えるって事ね、全く誰が建てたのかしらこんな胡散臭い塔……」

「報酬か~、何事にも旅には金は必要だし、俺達には悪く無い話かもしれんぞー」

「行ってみましょうか」

 

ダクネスの情報をキッカケに、ずっと突っ立っていた一同は塔の中を調査してみようと考え始めた。

 

全ては明日を生き抜く為の生活費の為である。

 

早速ヨシヒコを先頭に、ドアを開けて塔の中へと入っていくのであった。

 

「中はえらく薄暗いですね、皆さん足元を注意して下さい」

「うへーなんかジメジメしててやだここー、私だけ塔の前で待ってていい?」

「ここは我慢しろアクア、もしかしたらこの塔を作ったのは魔王の手先かもしれない、そうであればめぐみんやカズマの情報を知るチャンスかもしれないぞ」

「さてさてそろそろ俺の中で新しい呪文が目覚めそうな中~、ちょっくらお邪魔しますよ~」

 

ヨシヒコ、アクア、ダクネス、メレブの順番で中へと入っていく一同。

 

各々声をを出しながらまずは薄暗い中を探索しながら最上階を目指すのであった。

 

しかし彼等は一つ大事な事を見逃してしまっていた。

 

このドアの隣に名の書かれた表札あった事を

 

 

 

 

 

 

『スズキ』と書かれたその表札を

 

 

 

 



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肆ノ二

前回のあらすじ

 

ヨシヒコ達が強い盗賊三人をやっつけた、その後山の中で変な塔を見つけたからホイホイ中へと入って行った。

 

塔の扉の隣に「スズキ」という表札が貼られているのも気付かずに

 

「は~、ムラサキヤベェなホント~いやマジで」

「どうしたんすかメレブさん?」

「だって相手がさ~いやぁ凄いよホントに、次会ったらおめでとうって言わなきゃ」

「?」

 

意味深な事を呟きながらここにはいないムラサキにいずれお祝いの言葉を上げようと心に決めたメレブ

そんな彼にヨシヒコがよくわかってない様子で首を傾げていると

 

「しっかしさっきからずっと昇ってるけど随分と長いな~この塔」

「一体誰が建てたんでしょうね」

「冒険者からも苦情が出るぐらいだからな、早く作り主に訴えて撤去してもらおう」

 

延々と続くかのような長い螺旋階段を昇っている最中で

 

メレブがぼやき、ヨシヒコは疑問を覚えて、ダクネスが結論を述べた。

 

そして

 

「もう私疲れたー、ちょっと休憩タイム入りましょう~」

「アクア……ついさっき休憩したばかりだろお前」

 

アクアがしんどそうな表情で階段に座り込む。

 

先程から何度も何度も休みたがる彼女にダクネスがジト目でツッコむも、彼女は全く聞いてない様子で階段に座ったまま動こうとしない。

 

「ずっと続く階段を昇ってても退屈でつまんなーい、ちょっとメレブ、アンタ一発芸やって私を笑わせなさい」

「うわ出たよ、突然無茶振りしてくる奴。こういう奴が飲み会にいるとホントしらける」

「いいからほら、心の底から大爆笑できるギャグやってみなさいよ、職業に(笑)付いてるんだから」

「ダクネスよ、お前こんな奴とホントに仲間としてやっていけたのか? 俺もうさっきからぶん殴りたくて仕方ないんだが」

「あぁ~……まあこういう時のアクアは毎回カズマの奴が相手してくれていたんだがな」

 

さっさとやれと言った感じでけだるそうにこちらに振り返って来るアクアに、握り拳を固めながらメレブが苛立っていると

 

ダクネスがふとこういう時のアクアをよくカズマが対処してくれていた事を思い出す。

 

「アイツに言われれば大人しくなってくれたんだが、アイツがいないとなると……」

「なるほど、その役割はヨシヒコには出来ないしなぁ~……」

「女神見て下さい、ゲッツッ!!」

「ボツ、安直過ぎ、再現度低過ぎ、ただのパクリ、ダンディさんに謝って」

「空前絶後のぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「だからパクリはダメだって言ってるでしょ、サンシャインさんに謝って」

 

アクアのブレーキ役であるカズマが不在の為に彼女はもうワガママ言いたい放題である。

 

今はメレブの代わりにヨシヒコに一発ギャグをやらせて冷めた表情でダメ出しをしている。

 

「ねぇねぇ私だけココで休んでて良い? 3人でちょっと頂上まで昇って来てよ」

「おい水色頭、いい加減にしないと顎に鋭いアッパーかますぞ」

「そうだいい加減にしろアクア、それにヨシヒコも少しは抵抗してくれ、どうしてお前はコイツに甘いんだ」

 

ダクネスがワガママなアクアと彼女に従順なヨシヒコに注意する。

 

そしてメレブもアクアにイライラした様子でハァ~とため息を突き……

 

「あぁ~あ、全くこいつはホントにダメダメだな~……」

 

 

 

 

 

 

「と、パーティの中にいるお荷物小娘に不満を呟いているこのタイミングで……」

 

 

 

 

 

 

「新しい呪文を覚えたよ」

「ってこのタイミングでか!?」

「ホントですかメレブさん!?」

「本当だよ、このタイミングで急に頭に浮かんだんだよ」

 

急にドヤ顔を浮かべ出すメレブ

 

すぐにヨシヒコが期待の表情を浮かべて彼に詰め寄り、アクアは頭に手を置きながら目を細める。

 

「どうでもいい、アンタが新しく使えない呪文覚えてようがホントどうでもいいから」

「バカ、アクアさんホントにバカ、お荷物。この呪文の効果を知ればお前はすぐに驚きで言葉を失うであろう」

「あまりにもしょーもない効果で呆れて言葉を失うの間違いでしょ?」

 

彼がどんな呪文を思いつこうが心底興味無さそうに顔を背けるアクアだが

 

ヨシヒコの方は既に興味津々の様子でメレブに目を輝かせている。

 

「教えて下さいメレブさん、一体どんな呪文を覚えたんですか?」

「うむ、流石はヨシヒコ、いい食いつきっぷりだ、この呪文はな……」

 

嬉しそうにしながらメレブは杖を構えるとニヤリと笑って

 

「掛けた相手のテンションを一時的に上昇させるという呪文なのだよ……」

「テンション?」

「あ、ヨシヒコ知らない? ちょっと前にあの、俺達に強く関わりのある例のゲームで実装されてるシステムなのよ」

 

テンションが上がると聞いていまいちよくわかっていない様子のヨシヒコにメレブは丁寧に説明して上げる。

 

「テンションっていうのはまあ、戦ってる途中で相手にダメージを与えたり受けたりする事で上がる奴で、それが上がれば上がる程相手に会心の一撃を与える様になったり呪文が暴走して強力になったりするの、うん」

「なるほど……それでメレブさんはそのテンションが上がる呪文を覚えたんですね」

「そんな効力は私達の世界では聞いた事無いんだが……」

 

聞き慣れないシステムにダクネスが不安そうに首を傾げてる中で、ヨシヒコはメレブの説明を聞いて一層身を乗り出した。

 

「ならば是非私に掛けて下さい! そのテンションが上がる呪文を!」

「フフフ、よかろう」

 

まずは自分に掛けてくれと興奮した面持ちで頼んで来るヨシヒコに、メレブは微笑を浮かべながら杖を構える。

 

そして

 

「ほいやさ!」

「!」

 

変な掛け声と共にヨシヒコに呪文を掛けてみる。

 

しかしヨシヒコの見た目は何も変わっていない。

 

「……すみませんメレブさん、何も起きてないんですが……」

 

自分の身体に何も変化が無い事に疑問を感じて、ヨシヒコがメレブの方へ一段階段を上がると次の瞬間

 

「わぁ凄い! ヨシヒコ! 階段を一段上がった!」

「何てことだヨシヒコ……階段を上るとはお前は本当に凄い奴だな!」

「流石よヨシヒコ! アンタならきっと階段を上がれると信じていたわ!」

「!?」

 

階段を上がっただけでいきなり周りが目の色を変えて賞賛されたヨシヒコ。

 

突然の出来事にヨシヒコがキョトンとした様子で固まっていると、ダクネスとアクアはすぐにハッと我に返り

 

「わ、私は一体どうしたんだ……? 階段を上っただけのヨシヒコをいきなり褒め称えるとは……」

「私も……なんか急にヨシヒコを褒めたくなったと思ったら口が勝手に……」

「メレブさんこれは一体……」

「フ、これがこの呪文の力だ」

 

二人して戸惑った様子を浮かべていると、メレブはしてやったりといった表情でニヤッと笑う。

 

「この呪文を掛けられた相手は、何をしても突然仲間から褒め称えられるという斬新な効果を持っているのだ」

「そ、それはつまり私達が急にヨシヒコを褒め出したのもその呪文の効果のせいなのか……?」

「な、何よそれ~……褒め称えるだけってどんな意味があるのよ~……」

 

メレブから呪文の効果を聞いてちょっと驚くダクネスとガックリ肩を落とすアクア。

 

そんな彼女達を尻目にメレブはヨシヒコに耳を傾けて

 

「ヨシヒコ今どうだった? 周りからいきなり賞賛された時どうだった?」

「最初は戸惑いましたが……不思議と悪い気はしませんでした」

「テンション上がった? なんかちょっと嬉しくなってテンション上がった?」

「……若干上がりました」

「よし!」

 

ヨシヒコの感想を聞いて満足げにメレブはガッツポーズを取った。そして

 

「突然周りに褒められて少しだけテンションが高揚するこの呪文、私はこの呪文を……」

 

 

 

 

 

「『サスオニ』と今名付けたよ」

「サスオニ……! 凄い呪文ですね……!」

「凄いだろ、流石はお兄様ですと呼びたくなるだろ」

「はい! 流石はお兄様です!」

「いい叫びだ、もしあのラノベが実写化したら、ヒロイン役は山田君決定だわコレ」

 

呪文名を呟いたメレブにヨシヒコは朗らかな笑顔で高評価を下すも、彼にお兄様と呼ばれても全く嬉しくないメレブは苦笑を浮かべ首を傾げていると、アクアが面白くなさそうにムッとした表情で振り返り

 

「騙されちゃダメだよヨシヒコ、そんななんの役にも立たない呪文をなんて私達に必要ないから」

「おお? なんだなんだ、いきなり俺のサスオニにイチャモン付けて来てどうしたのアクアさん? もしかして興味ないフリして本当は掛けて欲しいの? サスオニ掛けて欲しいの?」

「はん、冗談じゃないわよ誰がそんな呪文なんか……」

 

小馬鹿にした感じで詰め寄って来るメレブをアクアが鼻で笑い飛ばそうとするも

 

そこへすかさずメレブが杖を再び構えて

 

「そんなあなたにほい! サスオニ!」

「ちょ! いきなり掛けんじゃないわよ!」

 

彼女が油断している所を突いてすかさず新呪文のサスオニを掛けてやるメレブ。

 

面食らった様子でアクアは驚きつつも、すぐに抗議する為に立ち上がると……

 

「そういう変な呪文掛けられる担当はヨシヒコとダクネスだけでしょ!」

「おお~! アクアが立った! アクアが立ったぁ~!!」

「な! 凄いぞアクア! まさかいきなり立ち上がれるなんて! 本当に大した奴だ!」

「なかなか出来る事じゃないですね、流石は女神、一生ついて行きます!」

「え? え?」

 

ただ立ち上がっただけでいきなり周りから褒めちぎられるアクア。

 

口をポカンと開けて周りを見渡しつつ、アクアは困惑の色を浮かべながら自分の髪を指に巻く。

 

「な、何コレ?」

「は! またしても呪文の効果で褒め称えてしまった!」

「無敵ですよメレブさん! こんなに褒められたらテンション上がりますね!」

「フフフ、どうだアクアよ、俺のサスオニを掛けられた感想は?」

「あ、え~と、う~ん……」

 

ちょっとの間だけだがいきなり周りが顔を輝かせて凄く褒めてくれた。

 

その事に対して内心ほんの少しだけ喜んでいる事に自分で気付いたアクアは頬を引きつらせながら

 

「ま、まあ確かに、悪くは……無いわねぇ……でもホラ、一回だけじゃ使えるかどうかわからないからもう一度私に掛けてみても……」

「ではメレブさんが新呪文を覚えた所で先を進みましょう」

「そうだな」

「うむ、まだまだ上る必要があるからなこの階段を」

「ちょ、ちょっとー!!」

 

もう一度だけ周りから褒められたいと思ったアクアを放置して、三人は塔を昇るのを再開する。

 

後ろから必死に「もう一回! もう一回だけサスオニ掛けて!」と懇願してくるアクアをついて来させながら

 

 

 

 

 

 

しばらく階段を上り続けると、ようやく階段が終わり

 

代わりに簡素な作りのドアがヨシヒコ達の目の前に現れた。

 

「ここが塔の最上階……きっと中には恐ろしく強いボスが」

「大丈夫だヨシヒコ、俺達にはサスオニがある、どれ程相手が強くても俺達にはお兄様がついている」

「いやお兄様はいないわよ、てかお兄様って誰よ」

「では、開けます」

 

新しい呪文を覚えてすっかり余裕の表情を浮かべるメレブにアクアがツッコんでる中

 

一体何が待ち構えているのかと危惧しながらヨシヒコはゆっくりとドアを開けてみた。

 

すると

 

ひどくこじんまりし殺風景な部屋の中で

 

見た目ヒョロっとした眼鏡を掛けた気弱そうな男が

 

ご飯の入った茶碗を片手に食事の真っ最中であった。

 

「あ」

「……」

 

箸を手に持ったまま男はヨシヒコを見てビクッとしてすぐに固まると、しばしの間を置いてゆっくりと首を傾げて

 

「どうも……」

「どうも」

「あのーもしかして? 前に一度お会いした勇者さんですか?」

「いえすみません……前にどこかで会いましたっけ?」

「あ! 間違いない! 僕ですよ僕! ほら! 随分前ですけど一度だけお会いした事あったじゃないですか!」

 

その男はヨシヒコを見た途端急に顔をほころばせて茶碗を床に置きながら彼に指を突き付ける。

 

しかしヨシヒコの方は全く思い出せないでいると、何事かとメレブが彼の背後からひょっこり顔を覗かせる。

 

「どしたどしたー? ん? そこのヒョロヒョロ眼鏡君前にどっかで会った様な気があるような無いような……」

 

メレブを見て男はまたハッと何かに気付く。

 

「あ、あの時一緒にいた魔法使いさんじゃないですか! ひょっとしてお二人共、僕みたいにいきなりこっちの世界に飛ばされちゃったんですか!?」

「んーどっかで会ったような気がするんだけど上手く思い出せないな~……何かとてつもなく凄い目に遭った様な気がするんだけど」

 

メレブの方はその男に対して見た記憶はあるらしいも、詳しい所まで思い出せないでいた。

 

そうしているとダクネスとアクアも部屋の中へと入って来る。

 

「うわ何よココ随分ボロッちい部屋ね、住んでる奴も貧相だし」

「アクア、いきなり部屋に上がり込んだクセに家主に対してその口の利き方はなんだ」

「ん~あれ? ひょっとしてこの二人も勇者さんのお仲間ですか? 前はモミヒゲの生えた男の人と胸の無い女の人がいた様な覚えがあるんですけど?」

「なに? もしやあなた、私とメレブさんだけでなくダンジョーさんやムラサキの事も知っているんですか?」

「名前までは忘れちゃいましたけど、一応顔は覚えていますよ、はい」

 

少し驚いたかのように目を開くヨシヒコに男は素直に頷く。

 

「それにしてもいきなりこんな世界に飛ばされてお二人も大変だったでしょ、ささ、そこに座って休んでてください、今お茶淹れますんで」

「ありがとうございます……メレブさんひょっとして彼は」

「うむ、どうやらバカ(仏)の手違いでこちらの世界に飛ばされてしまった不幸な一般人である可能性が高いな」

 

ニコニコしながらお茶を淹れに厨房へと向かう男を見つめながら一同は床に座りつつ、彼が何者なのかと推理し始める。

 

「ったく仏の野郎、俺達だけじゃなくてまさか一般人もこっちの世界に飛ばしちゃってたのかよ……」

「職務怠慢ね、このことはすぐに上に報告しましょう、エリスの奴にチクればすぐにやってくれるわ」

「それにしても塔の最上階だからてっきりボスがいるのかと思ったら拍子抜けだなこれは……」

 

メレブ、アクア、ダクネスが順に呟いている中でヨシヒコは顔をしかめて男を思い出そうとしていると

 

男はすぐにお盆に湯飲み茶碗を4つ乗せて戻って来た。

 

「あー別に思い出さなくていいですよ僕の事なんて、きっとあれから皆さんずっと旅を続けて来たんでしょうし、私みたいな地味な人なんて忘れちゃうのも仕方ないですよ」

「すみません……もう少しで思い出せそうなんですが」

「いえいえ全然気にしてないですから! ほら! お茶飲んでゆっくりして行ってください!」

 

男は全く気にして無さそうな態度でニコニコしながら4人にお茶を差し出す。

 

「いやぁそれにしても勇者さんもこっちの世界に飛ばされていたなんてビックリですよー」

「あなたはいつからこっちの世界に?」

「僕は結構前ですかねー、釣りをしてたらいつの間にか右も左もわからない場所に飛ばされてて、最初はかなり焦りましたよホントに」

 

苦笑しながらそう言うと、男は自分が入れた茶を一口飲む。

 

「だからとりあえず寝床を作らなきゃヤバいと思いましてね、それに魔物に襲われない様な建物にしなきゃと考えて、地道にコツコツとこの塔を建てたんですよ」

「この塔はあなたが建てたんですか?」

「はい、こっちも生きるのに必死だったんで建てちゃいました」

 

異世界に飛ばされ何もわからない状態で、こんなにも大きな塔を一人で建てるとは

 

男の話を聞いてヨシヒコが軽くビックリするも、ダクネスは申し訳なさそうに男の方へ顔を上げて

 

「う~む、実はこの塔は前々から私達の住む街で苦情が来ているんだ、怪しい建物があって怖くて近付けないとかで……そちらが大変な思いでこの塔を建てた理由はわかったんだが……すまないがすぐに撤去してはくれないだろうか?」

「え! そうなんですか!? あ~だったらこっちこそすみません、いきなり山の中にこんな塔を建てちゃって、街の住人さんにも悪いですしすぐに取り壊しますんで」

「本当に悪いな、よろしく頼む」

「いいですって、勝手に建てちゃった僕が悪いんですから」

 

手を横に振りながら気楽な感じであっさりと承認する男にダクネスが軽く頭を下げていると

 

さっきから無言でジーッと男を眺めていたアクアが不意に口を開く。

 

「ねぇねぇ、さっきから疑問に思ってるんだけどアンタって、どうしてそんな弱っちぃ見た目のクセにこんなモンスターばかりの山の中で暮らそうと思ったの?」

「おいアクア! お前初対面の相手にそんな失礼な事を!」

「ああ大丈夫ですよ、実際私弱いですから」

 

失礼な態度をずっと取っているアクアにいい加減にしろとダクネスが怒っていると、男は機嫌を悪くせずにヘラヘラ笑い飛ばしながら答える。

 

「でもまあ一応呪文は覚えてるんですよ? けどそれで魔物を倒しても何故か経験値もお金も手に入らないので、だからこうしてしがない貧乏生活を送ってる訳ですね、はい」

「呪文? アンタその見た目で呪文覚えてるの?」

「1個だけなんですけどねー」

「ププ、たった1個って……裏切りめぐみんと一緒じゃないの」

 

いい加減男の方は怒ってもいいんじゃないかと思うぐらいナメきった態度を取って嘲笑を浮かべ始めるアクア。

 

そして更に調子に乗った彼女は

 

「なんなら余興代わりにその呪文を見てあげても良くてよ?」

「え、本当ですか? でもコレ前にも勇者さん達に披露したら大変になった様な……」

「あーはいはいノープロブレムノープロブレム、私ってば呪文に対しては耐性半端ないから、ダクネスも堅いし」

「へーそうなんですか? それじゃあちょっと久しぶりにやってみましょうかね~」

 

突然自分に呪文を掛けてみろと上から目線で要求してくるアクアに、男はやや心配そうな表情を浮かべながら傍にあった箸を一本手に取って杖代わりに構えて来た。

 

しかしそれを見てメレブは「むむむ」と呟き怪訝そうに目を細め

 

「なんだろうこの展開、俺なんか凄いデジャヴを感じる」

「私もです、ここからどうなるんでしたっけ?」

「なんだっけな~……んーどうしても思い出せない」

 

前に一度こんな掛け合いをしてとんでもない目に遭ったという記憶がおぼえげにあるのだが、どうしても鮮明に思い出せないでいると

 

男は箸を杖代わりにやや慎重な様子で

 

「それじゃあ皆さんに呪文掛けてみますね」

「いつでもどうぞー、プププ、どうせヨシヒコ達の世界の呪文なんだからメレブみたいにしょーもない効果なのよきっと」

「アクア、調子に乗り過ぎるとまたいつもの様に痛い目に遭うぞ?」

「ダクネス、私はこの世界の女神として、仏の世界がいかにこちらより劣っているのかキチンと検証する義務があるのよ」

「だから劣っているとかそういう言い方が……」

 

クスクス笑いを止めずに完全に小馬鹿にしているアクアにダクネスがしかめっ面で抗議しようとしていたその時

 

「えい」

 

男が短いSEを鳴らして呪文を唱えてみた

 

すると

 

「そういう態度がいつかヨシヒコ達の世界から反感を……う!」

 

アクアに何か言いかけた所で突然ダクネスが倒れた。

 

というか死んでしまった

 

『ダクネスはしんでしまった』

 

「え? ちょっとダクネスどうしたの? まさかアンタ呪文の耐性なかった? まあいかに聖騎士と言えど水の女神の私と比べれば大したことはないのはわかってたけど……あ!」

 

死んだダクネスに相変わらず調子乗った様子で話しかけようとするアクアだが、彼女も台詞の途中でバタンと倒れてしまう。

 

魔法に対して凄い耐性があると自負していた彼女だが……

 

『アクアはしんでしまった』

 

「あ! 今完全に思い出した! ヤバい確かこの呪文って! おうん!」

 

すぐ隣で倒れた二人を見てようやくこの呪文がなんなのか思い出したメレブだが時すでに遅し

 

『メレブはしんでしまった』

 

「そうだコレは……ザラキッ!」

 

三人が続いて死んでいく光景を見てヨシヒコもまた思い出して最期に呪文の名を叫ぶも

 

『ヨシヒコはしんでしまった』

 

 

 

 

 

 

『ヨシヒコたちはぜんめつしてしまった』

 

 

 

 

 

 



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肆ノ三

真っ暗な暗闇の中でヨシヒコは一人ゆっくりと目蓋を開けた。

 

「ここは一体……」

「お目覚めですか、ヨシヒコさん」

「!?」

 

どうしてここにいるのか理解出来ておらず、しかもいつの間にか自分が小さな椅子に座っていた事に困惑していると

 

すぐ目の前に見知らぬ銀髪の女性が自分と向かい合う様に座っている事にヨシヒコは気付いた。

 

「失礼、あなたは……」

「私はエリス、あなた達のように冒険の途中で未練を残し死んでいった者達を見送る女神です」

「あ、あなたが女神エリス……!」

 

メインヒロインを張れるようなおっとりとした感じで静かに語りかけて来た人物がまさかの仏やダクネスの言っていた幸運の女神・エリスだと知って、すぐにヨシヒコは目を大きく見開いて見せた。

 

「どうして女神であるあなたが私の目の前に……」

「そうですね……出来ればこういった形であなたと会いたくはなかったです」

「それは一体どういう事ですか」

 

女神エリスは悲しそうにヨシヒコから目を逸らし俯くと、しばらくして彼に対し包み隠さず真実を告げた。

 

「勇者ヨシヒコさん、あなたは死んでしまいました」

「なんですって!?」

「あなた方の世界にあった即死呪文によって……あなたも含めパーティは全滅です」

「全滅したんですか!?」

「しました」

 

それを聞いてすぐにヨシヒコは少し前の出来事を思い出した。

 

偶然塔の中で出会った男に、アクアが呪文を掛けてみろと自信満々に言って

 

結果、男の掛けた即死呪文で他のみんながバタバタと死んでいった光景を

 

「何てことだ……こうもあっさりと死んでしまうとは、幾度も魔王を倒した私とした事が不覚を取ってしまった」

「あの、己を責めないで下さいヨシヒコさん、アレはまあ……事故みたいなモノですしそれに責任はどちらかというと呪文を掛けろと吹っ掛けた先輩にあると思いますので」

 

先輩と呼んでいるのは恐らく同じ女神のアクアの事であろう。

 

責任は彼女にあるとエリスが上手くヨシヒコに罪の意識を感じさせないようにしてあげていると

 

しばらく俯いていたヨシヒコがゆっくりと彼女の右方へ顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「それで、皆さんを生き返らせるのにどれだけお金かかるんですか?」

「……え?」

「いや、こうやって全滅した場合、私の世界の場合、お金さえ払えば仲間を生き返らせてくれる教会があるんです、いくらかかるんですか?」

「あ、あなたはそれを本気で言っているのですか……?」

 

真顔でそんな事を尋ねて来るヨシヒコにエリスは深く悲しんだ。

 

金を払えば死者を蘇られさせる事が出来るなどというそんな美味しい話など当然この世界にある訳がない。

 

冒険の中で死んでいった冒険者達は、皆ここでエリスのご加護と共に天へと送られるか、輪廻の輪を潜り転生するのかのどちらかだけだ。

 

きっとヨシヒコは、その現実に直視することが出来ずに自分の頭の中で空想を描いてしまっているのだろうと思ったエリスは、俯きながらも女神として彼に残酷な言葉を……

 

「もう一度言います、あなたは死んでしまったのです、そして仲間達も……あなた達はもう二度と生き返る事は……」

 

 

 

 

 

 

「セーブスル?」

「え?」

 

エリスがヨシヒコに何か言いかけていた途中で

 

急遽彼女のすぐ背後から片言の言葉で尋ねて来る声。

 

咄嗟にエリスが振り向き、ヨシヒコも気付いてバッと席から立ち上がる。

 

そこに立っていたのは

 

「ソレトモ? 呪イヲ解ク? ソレトモ? 生キ返ラセル?」

「神父……!」

「は、はい!?」

 

毎度ヨシヒコがお世話になっている教会の神父であった。

 

いきなり暗闇の中から光照らされ現れた神父の登場に、流石に女神エリスも予想していなかった。

 

 

「誰ですかあなた!? どうして私の部屋に……ってあれ!?」

 

更にエリスは気付く、ここはもう彼女が創り出した死者を送る為の空間ではなく

 

いつの間にかちょっとみずぼらしい教会になっている事を

 

「え! ど、どこですかここ!? 何が起こってるんですか!?」

「すみません、仲間を生き返らせて下さい」

「ヨシヒコさん!? なに自然に受け入れてるんですか!?」

 

席から立ち上がって困惑した様子でオロオロと周りを見渡すエリスを尻目に

 

慣れた様子でヨシヒコは神父に話しかけて仲間の復活を依頼する。

 

「三人まとめてお願いします」

「待ってくださいヨシヒコさん! 無理なんですよ生き返らせるなんて! それに教会の神父がそんな真似出来る訳……!」

「出来ルヨ、素人ハスッコンデロ」

「ええええ!?」

 

あっさりと死者の復活が出来る事を言ってのける神父にエリスが驚愕を露わにしていると、神父は再びヨシヒコの方へ振り返って

 

「三人共生キ返ラセルノ?」

「はい」

「良イケドオ金掛カルヨ、異世界カラノ出張費ガカサムカラ、元ノ世界ヨリモ金取ルヨ」

「そうなんですか!? あの……ちなみにいくらかかるんですか?」

「ソウダネ~……」

 

仲間の復活は割増価格だと聞いて、ヨシヒコは恐る恐る神父に尋ねると

 

彼はとぼけた様子で首を傾げながらしばらく間を置いた後

 

「ダクネスサン・8000ゴールド、アクア様・42000ゴールド、メレブ……」

 

神父はちょっとだけヨシヒコから目を逸らすとすぐに視線を戻して

 

「イル?」

「いります」

「ジャア……1エリスデイイヤ」

「足りない……! メレブさんはともかくダクネスと女神を生き返らせるにはゴールドで払わなくてはいけないのか……!」

「て、ていうか先輩死んじゃったんですか!? ウソ本当に!? あの! 女神なんですけど先輩!!」

 

ヨシヒコは激しく後悔した

 

実はこの世界でゴールドは必要ないとわかった時から、魔物を倒してゴールドを手に入るという作業を全く行わなくなってしまっていたのだ。

 

しかしまさか教会での使用金貨はまだゴールドだったとは……

 

ガックリと肩を落とし落ち込むヨシヒコに、神父は一切妥協はせずに

 

「足リナイナラ……稼グシカナイヨネ」

「はい」

「金一杯持ッテソウナ魔物倒シテ、稼イデキナ」

「わかりました、すぐ戻ってきますんで」

 

現実的な彼の言葉にヨシヒコは深く頷くと、踵を返して教会の出口へと歩き出す。

 

そしてその途中でまだアタフタしているエリスの方へ振り向いて

 

「ところで、もう一人の女神、一つお聞きしたい事があるのですが」

「……今この世界で何が起こっているのか困惑している私に何か御用ですか……?」

 

最後に尋ねて来たヨシヒコに、エリスは戸惑いながらもとりあえず彼の質問には答えるべきだと身構えていると

 

 

ヨシヒコは自分の胸に両手を当てて……

 

「ボォォォォォォォォン!!!」

「……」

 

両手の甲をこちらに向けながら、叫び声と共に一気に突き出すという仕草をして来たヨシヒコに

 

さっきまで動転していたエリスの表情が一瞬にして真顔になった。

 

「あの、私の仲間が前に仏にエリス様はどのような方なのかと尋ねた際に、仏が機嫌良さそうにこんな事をやっていたのですが、コレはもう一人の女神と一体どのような関わりが」

「ありません」

「無いんですか?」

「ありません、絶対にありません、そして二度とそれを人前でやってはいけません。わかりましたか?」

「いやでも」

「絶対にしないで下さい、さもないとあなたに天罰が下ります」

「……わかりました」

 

なんか真顔で凄く詰め寄って来てえらい威圧感を放ってくる彼女に、少々たじろぎつつヨシヒコも素直に頷いた。

 

「ではもう一人の女神、行って来ます」

「……ていうかどうしてあなただけ普通に生き返っているんですか?」

「勇者ですから」

「……あなた方の世界は一体……」

 

キリッとした表情で答えるヨシヒコに、もうツッコむのも疲れたといった感じでエリスはそのまま走り行く彼を見送る事にした。

 

「……所で私はどうやって元の場所に戻ればいいんでしょうか?」

「セーブスル?」

「え……」

 

光り輝く出口へと向かって行ったヨシヒコを見送った後、どうやって帰ろうか考えていると不意に神父が話しかけて来た

 

「生キ返ラセル?」

「い、いえ私はここに用事無いので……」

「アァ!? ジャアサッサト出テケー!!」

「ひ!」

 

エリスがただの冷やかしだと思ったのか、突然神父が口調を荒げて彼女の方へ歩み寄って

 

 

「用事ガ無イナラサッサト帰レー!」

「で、出て行きます! すぐに出て行きますから! 押さないで下さい!」

「サア出テケー! 今スグココカラ立チ去レー!!」

 

背中を両手で付きながら無理矢理教会から追い払おうとする神父に、エリスは慌てて逃げる様に教会から出て行く羽目になった。

 

一人教会に残された神父は出て行ったエリスに対してチッ!と強く舌打ちした後

 

懐から謎の石鹸を取り出しそれを躊躇なくパクリと一口食べるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方エリスより先に外に出たヨシヒコはというと

 

「早くゴールドを、一刻も早くゴールドを集めなければ……!」

 

教会から出た先は自分達の拠点の街・アクセルであった。

 

すぐにヨシヒコはゴールド稼ぎに赴く為に、街中を駆けながら魔物のいるフィールドへ向かっていると

 

「ま、待ってーヨシヒコー!」

「む?」

 

急に後ろから呼び止められたので振り返ると

 

そこには銀髪の少女・クリスが慌てた様子で駆け寄って来た。

 

「おお、そなたはいつぞやのダクネスの友人である……平胸!」

「クリスね! あたしの名前はクリス! なに平胸って! 怒るよ本気で!」

 

名前ではなく特徴で覚えていたヨシヒコに、クリスはぶん殴ってやりたいという衝動に駆られながらもなんとか踏み止まると

 

「そ、それよりなんか慌ててるみたいだけどなんかあったの!?」

「ああ、実は仲間を生き返らせる為に急遽大量のゴールドが必要になったのだ」

「へ、へぇそうなんだー! だったらあたしも手伝ってあげようか?」

「なに!?」

 

若干棒読みな感じで頷きながら、自分も協力しようと自ら志願して来たクリスにヨシヒコは軽く驚く。

 

「いいのか? そなたはそなたで巨乳になるという大いなる野望がある筈なのに」

「おい、そんな野望があるって君に一度でも言った? 今自分で勝手にあたしの設定考えたよね、貧乳の夢がみんな巨乳になる事だとは限らないから」

「ならば巨乳になりたくないのか?」

「ああ!? わかりきった事聞かないでよ! そんなモンなりたいに決まって……! って今はそんな話してる場合じゃないから!」

 

感情的に何か叫ぼうとしたクリスだがすぐにズレた話題を元に戻す。

 

「お金稼ぎなら盗賊のあたしに任せてよ! 幸運値も高いし仲間にいれば色々と恩恵を授かる事間違いなしだよ!」

「なんと、それはありがたい! ではすまないがお前の力を私に貸してくれ」

「モンスターを倒してサクッと先輩……じゃなくてアクアさんやダクネスを助けよう! それと君のもう一人の仲間の……名前なんだっけ?」

 

言いかけた言葉を慌てて訂正し直しつつ、アクア達を復活させる事に異様に積極的なクリスをパーティに迎え入れるヨシヒコ。

 

『クリスがいちじてきになかまになった』

 

「……なんか今頭の中に音楽が流れた様な」

 

突然脳内で流れたBGMにクリスが疑問を持っている中、そんな彼等の下へ何者かが駆け寄って来る気配が

 

「おお! お前達!」

「ってうわ! いきなり街中にアンデット系のモンスターが二体も!」

 

ヨシヒコの所へダッシュで駆けつけてくれたのは

 

前に仲間にした死体とミイラ。

 

どうやらヨシヒコのピンチを悟った二体は、彼の窮地を救う為に馳せ参じたらしい。

 

「お前達がいれば心強い、よし! 我々の仲間を生き返らせる為に金を稼ぐぞ!」

「ええ!? コイツ等モンスターだよ!? 大丈夫なの!?」

「魔物と言えど改心して私の仲間になってくれた者達だ、何も問題は無い」

 

魔物達と一緒に腕を高く掲げて「えいえいおー!」と叫んでいるヨシヒコに、クリスは不安そうに尋ねるも彼はすぐに何も心配はいらないと言ってのける。

 

「では出発だ! クリス! そして死体とミイラ! 魔物を狩って狩って狩りまくるぞ!」

「っていきなり走らないでよヨシヒコ! ま、待ってー!」

 

死体とミイラを引き連れてヨシヒコは意気揚々と街の出入口から出発するのであった。

 

それを慌ててクリスも追う。

 

かくしてヨシヒコ以外メンバー総チェンジの新生パーティによる怒涛のゴールド稼ぎが始まるのであった。

 

 

 

 

 

「ああーッ! 棺桶忘れたぁッ!」

「棺桶!?」

「女神達が入ってる棺桶だ! ちょっと教会行って持って来る!」

「先輩が入った棺桶持って行くって……わからない……仏先輩が作った世界のシステムがわからない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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肆ノ四

風の如くヨシヒコは走る

 

呆気なく死んでしまった仲間三人を生き返らせる為のゴールドを稼ぎに

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ヨシヒコ速い! ペース落として!」

 

背後からさっきから何度も叫んでいるクリスの声も聞かずに

 

行く手を阻むスライムやらゴーレムやらを自慢の剣で難なく倒していくヨシヒコ。

 

しかし下級の魔物ばかりでは得るゴールドもやはり少ない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

横一列に綺麗に並んで、斬って下さいといった感じで立っている魔物達を剣を横に振るいながら一気に駆け抜けて倒していくヨシヒコ。

 

斬り損じた魔物達はクリスと、ヨシヒコが仲間に加えた死体とミイラに任せる。

 

「いくら先輩……アクアさん達を復活させたいからって焦り過ぎだよ! こんなんじゃいつか体力が尽きて……」

「次はあの雪山だ! 行くぞぉ!!」

「人の話聞いてよ!」

 

全く聞く耳持たない様子でヨシヒコは目の前にある大きな雪山を指差すとすぐに走り出していった。

 

彼に従って死体とミイラも追いかけるので、クリスもまた仕方なく彼等の後を追った。

 

 

 

 

しばらくして

 

「ハァハァ……! なかなかの強敵だった……!」

「う、うわぁウソでしょ、勢いに任せてつい挑んじゃったけど……よく見たらこのモンスター……いやこの精霊」

 

登山しつつ魔物達を撃破していく中で、ヨシヒコ達は思いもよらぬ強敵と対峙する事になった。

 

しかし完全に勢いにノリに乗っていたヨシヒコ達は、逃げずに真っ向勝負

 

かなりの苦戦はしたもののなんとか倒す事に成功してしまった。

 

信じられないと言った感じで倒した相手を見下ろすクリスの視線の先には

 

真っ白で巨大な鎧武者

 

「冬将軍じゃん! 凄いよヨシヒコ! これ確か物凄い懸賞金かけられている超やばい精霊だよ!」

「懸賞金……それはゴールドか?」

「え、いや……エリスだけど」

「ならばいらん!!」

「えぇー!!」

 

ゴールド払いではなくエリス払いと聞いてヨシヒコは即座に懸賞金などいるかと叫ぶと、勿体無いと驚くクリスを尻目にすぐに何事も無かったかのように先へ進もうとすると

 

「……」

「は! 何てことだ、先程の戦いでミイラが負傷してしまった!」

「いや冬将軍の戦いで仲間一人が負傷した程度で済むなら安い方だと思うよ……」

 

不意に傍にいた仲間のミイラがガクッと腰を落とし、自分の膝を両手で押さえ始めた。

 

それを見て死体が「しっかりしろ!」と言った感じでミイラの両肩に手を置いてる光景を見て

 

ヨシヒコはマズいと感じ、クリスはその程度の損傷で済んだ事にもはやツッコむ気力も失せる。

 

「ここまでよくやったミイラ、馬車に戻って休みなさい」

 

共に戦ってくれたミイラに礼を述べつつ、ヨシヒコはすぐに馬車に行くよう指示。

 

それに素直に従い、死体に肩を貸してもらいながら無念そうに馬車へと向かうミイラ。

 

「戦える仲間が一人減ってしまった、このままだとこの先は更に過酷に……は!」

「どうしたのヨシヒコってええ!?」

 

パーティーが三人になった事は大きな痛手だと感じていたヨシヒコであったが

 

ふと前へと振り向くと目の前で

 

先程倒した冬将軍がこちらに深々と頭を下げて土下座のポーズを取っていた

 

『なんと ふゆしょうぐんが なかまになりたそうにこちらにどげざしている』

 

「冬将軍がこっちに土下座してるんだけど! も、もしかして冬将軍は自分を負かしたヨシヒコに感服して仲間になろうとしている、とか?」

 

とりあえず仮説を述べてみるクリスは恐る恐るどうするべきかとヨシヒコの方へ振り向くと

 

彼は迷い無き眼差しで力強く頷き

 

「よし! ならば来い!」

「えぇー!?」

 

 

 

 

 

 

 

またしばらくして

 

ヨシヒコ達は無事に雪山を下山して、現れる魔物を倒して行った。

 

ミイラのヘルプとして仲間に加わった冬将軍と共に

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ヨシヒコ! 冬将軍が! 冬将軍が思った以上に強い! ていうかヤバい!」

 

一つ目の怪人やら仲間を呼ぶ泥の手等、ユニークな魔物を倒して行く中でクリスは気付いた。

 

雪山の精霊である筈の冬将軍が、こんな暖かい気温の平原であろうとお構いなしにヨシヒコに続いて魔物達を蹴散らしていく事に

 

「どんだけ強いかというともう言葉に出来ない程強い! ねぇヨシヒコ! 冬将軍のせいで私と死体の出番が……ってあぁー! 死体が冬将軍に対抗心燃やしてモンスターが一杯いる方へ!!」

 

無茶苦茶に刀で暴れ回って次々と魔物を倒して行く冬将軍を前にクリスが自分の必要性を失いかけていると

 

彼女と一緒に蚊帳の外にされかけていた死体が、「あんな新参に負けてたまるか!」といった感じで単独で大量にいる魔物達に突っ込んでいく

 

だが

 

「あ! 死体がなんか妙にメカメカしい、というか完全にメカのモンスターにやられた!」

 

クリスが止めようとした所で、数体の魔物を蹴りで倒していた死体の前に思わぬ強敵が

 

4本の細い足でガチャガチャと音を立てて華麗に動き回り

 

背中に弓矢を差し

 

右手に鋭いサーベルを持った一つ目のロボ型の魔物だ。

 

1ターンで2回も行動出来るという優秀なスペックで、死体をどんどん追い詰めていく。

 

しかし

 

冬将軍に対抗心を燃やす腐った死体はこの程度では挫けなかった。

 

「死体が! 死体がすぐに起き上がってからのタックルで反撃に移った!」

 

ロボに向かって4本の足でも耐え切れない程の強烈なタックルをかまして仰向けに倒すと

 

そのままガンガンと赤く光る目玉に向かって自慢の蹴りを何度も叩き落とす事に成功する死体

 

もはや実況解説役みたいになっているクリスをよそに、ロボ型魔物は次第に鈍い音を出しながら停止してしまった。

 

そしてそれと同時に、戦い疲れたかのように死体も膝から崩れ落ちる。

 

「よくやった死体」

 

だが倒れる直前で死体はヨシヒコに抱き抱えられ、彼に称賛の声を貰うと死体はグッタリとしながらも嬉しそうに親指を立てた。

 

そんな死体をヨシヒコは冬将軍に預け

 

「我々の為に戦った勇敢な死体を馬車に連れて行ってくれ」

「ヨシヒコ、随分と魔物と打ち解けてるんだね、あたしとしては正直複雑なんだけど……」

 

よくよく考えればこうも上手く魔物に信頼されている人間というのも珍しい

 

それこそ真の勇者の素質という奴なのだろうか、それともただ物事を深く考えないバカだからなのだろうか……

 

彼に指示された冬将軍は深々と忠誠心たっぷりに頭を下げると、ダウンした死体を背に乗せて大事そうに馬車へと連れて行く。

 

「しかしミイラに続いて死体が……これはかなりマズイ、どうしたものか……は!」

「またどうしたのさヨシヒコ、あ!」

 

死体がやられてしまった事にヨシヒコはまたしても頭を押さえて悩むも、すぐに彼はクリスと一緒に声を上げた。

 

『なんと キラーマシーンがおきあがり なかまになりたそうにこちらをみつめている』

 

まさかの奇跡、死体がなんとか倒したあのロボが、ヨシヒコの仲間になろうと立ち上がって来たのだ。

 

するとヨシヒコはすかさず

 

「よし! ならば来い!」

「えぇー! またそんな簡単に仲間にしちゃうの!?」

 

躊躇なくそのロボをパーティに迎え入れるのであった。

 

 

 

 

 

そしてまたしばらくして

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

アクセルの街によくわからないけどなんかデカい4足要塞が近づいて来てたので

 

ゴールド稼ぎに夢中になっていたヨシヒコが飛び掛かり、程無くして倒す事に成功した。

 

冬将軍の強大な一撃

 

新参のロボの怒涛の連続攻撃

 

おまけのクリスのおかげでヨシヒコ達はアクセルに迫る脅威を排除出来たのだ。

 

「おおー! なんだあのターバン野郎は! 俺達が手も足も出なかったあの巨大要塞デストロイヤーを容易く倒しちまったぞ!」

「俺知ってるぞあの冒険者! 確かついちょっと前にフラリとこの町にやって来ていきなりドラゴンナイトになったとんでもねぇ男だ!!」

「マジかよ! これはもう後々英雄になるに違いねぇ伝説の誕生だな!!」

「どこぞの仲間置いて逃げ出したカズマとかいうチキン野郎と大違いだわ!」

 

後ろでワイワイと自分を称えて評価しているのも気にも留めずに、ヨシヒコはすぐに倒したデストロイヤーに近づく。

 

「ゴールド! ゴールドはどこだ!」

「えーとねヨシヒコ、デストロイヤーは人が作ったただの巨大要塞だから、ヨシヒコ達の世界にいる魔物と違ってゴールドは落とさないんだよ」

「なんだと! それでは苦労して倒した意味が無いという事か……仕方ない、とりあえずこの赤くて大きな丸い球でも拾って売る事にしよう」

「ってそれコロナタイトじゃん! 無尽蔵にエネルギーを生み出せる魔石!」

 

瓦礫の中からヒョイと拾い上げて見せたヨシヒコの手にあるモノは

 

デストロイヤーの動力源であった、赤く燃え盛るコロナタイト

 

滅多にお目にかかれない程かなり貴重なモノであり、クリスはすぐに気付いて驚きの声を上げるが

 

彼女が声を上げたのは貴重だからというだけではない

 

「点滅しながら赤く輝いてるって事は! このままだと爆発しちゃうよこのコロナタイト!」

「なんだと! 爆発を防ぐにはどうすればいい!」

「無理だよ! だってコレってデストロイヤーの動力源としてずっと働いてた奴なんでしょ! 制御を失ったコロナタイトは恐ろしい威力の時限爆弾だよ!」

 

どうやらヨシヒコの持つコロナタイトという魔石は結構ヤバい爆発を起こすヤバい奴だったらしい。

 

クリスの説明を聞いてヨシヒコは顎に手を当てどう処理するべきかと考えていると

 

ふと視界に入ったのは仲間であるロボ

 

そういえば彼の身体は……

 

「……」

「ヨシヒコ? どうしてロボをジッと見つめてるの? なにやろうとしてるの? コロナタイト手に持ったままどうしてロボに近づいていくの?」

 

嫌な予感を覚えたクリスをよそに、ヨシヒコは真顔でロボの方へ近づいていき、そして……

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「ま、待ってぇ~ヨシヒコぉ~!!」

 

ヨシヒコは今、猛スピードで走るロボの背中に乗ってゴールド稼ぎに勤しんでいる。

 

新調した真っ赤な目をピカピカと光らせながら、4本の足を狂ったように動かして何者にも止められない程の馬力を持ったロボに乗りながら

 

「速い! 速過ぎる! 速過ぎて風圧が……!」

「無尽蔵のエネルギーを手に入れちゃって完全に暴走してるんだよロボ! とにかくなんでもいいからスピード緩めてよ! このままだとあたしと冬将軍置いてかれちゃうから!」

 

ギュインギュインギュイーン!等と激しい機械音を鳴らしながら手に持ったサーベルを振り回しつつスピードをどんどん上げていくロボ

 

そのおかげで上に乗っていたヨシヒコはまるで巨大扇風機を顔面から受けてるかのような凄い表情に

 

「しかしこれ程のスピードとパワーがあれば敵は無い! ロボよ! まずはこの近くにいる魔物を全てやっつけるぞ!」

 

暴走中でありながらも彼の命令が聞こえたのか、ロボはその辺にいる魔物達の真横を通り過ぎると同時にサーベルでどんどん斬り伏せていき、コロナタイトとなった目からビームを乱射して撃破していく。

 

そして倒された魔物達が落としたゴールドを

 

ロボとヨシヒコの後を追いかけているクリスと冬将軍が丁寧に拾っていった。

 

「よし! このペースであればすぐに溜まるに違いない! 行くぞロボ! 発進だ!」

「ねぇ君もしかして楽しんでない! ロボットに乗れてはしゃいでない!? 顔えらい事になってるのに気づかないの!?」

 

風圧で思いきり歯茎がハッキリと見えるぐらい凄い顔をしているにも関わらず

 

ヨシヒコはロボに乗ったままの魔物退治を続行する。

 

彼の表情を一瞬だけ見えたクリスは、あまりにも無茶な稼ぎ方法に心配そうな表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 

「仏先輩の世界はこの人が勇者で大丈夫だったんでしょうか……」

 

 

 

 

 

 

 

そして程無くしてヨシヒコは遂に目的金額を手に入れる事に成功した。

 

急いで街に戻りクリスと共に教会に行ったヨシヒコは、そこの神父に指定されたゴールドを一括払いして

 

無事に仲間達を蘇らせるのであった。

 

「いやーまさか異世界でも死んでしまうとはなー」

 

蘇ったばかりのメレブが先程まで死んでいたのに、ヘラヘラと笑いながら教会から出てくる。

 

「油断したなー、まさかあの時の男がいたなんてなー」

「私は未だに己の身に起こった体験が信じられないぞ、今までずっと死んでいたなんて……」

「私……女神なのに死んでたの? 女神なのに……?」

 

メレブに続いて放心状態のダクネスと、虚ろな表情で激しく落ち込んでいるアクアも教会から出てくる。

 

そして最後に彼等を復活させたヨシヒコとクリスも

 

「まさかホントに生き返るなんて……あの神父一体何者……?」

「コレで再び皆さんと旅ができますね」

「うむ、面倒をかけさせたなヨシヒコ、ところでその少年なのか少女なのかはっきりしない者はどなた?」

「少女だよ! いきなり失礼だな君!」

 

メレブはヨシヒコの方へ振り返ると、早速クリスが何者なのかと尋ねて来た。

 

クリスが叫ぶ中ヨシヒコは冷静に

 

「彼女はメレブさん達を生き返らせる為に協力してくれたダクネスの友人のクリスです。前に私が落ち込んでいた時を助けてくれた、とても気の良い奴です」

「あ、そういや前に聞いた事あったな。ムラサキ以上の貧乳だって」

「ひ、貧乳!?」

「確かにヨシヒコの言う通りう~ん……壁! 超絶壁! ムラサキ2号改!」

「……!」

「落ち着けクリス、今は無事に生き返れた事を喜ぼう」

 

しげしげとクリスを眺めながらハッキリと感想を述べたメレブに

 

クリスが無言で彼に掴みかかろうとするのを、すかさずダクネスが背後から羽交い絞めにして引き止める。

 

「お前にも礼を言わせてくれ、私達が死んでる間ヨシヒコの手助けをしてくれてありがとう」

「べ、別に礼なんていらないよ、困ってる友達を助けるのは当たり前じゃん」

「それにしても私達を生き返らせるのに相当お金がかかったと聞いたが、一体二人だけでどうやって稼ぐことが出来たんだ?」

「ああ、あたしとヨシヒコの二人でやった訳じゃないよ、ヨシヒコが仲間にしたモンスター達も協力してくれたし」

「モンスター達が?」

 

どうやら自分達を生き返らせる為に仲間になった魔物達も一役買ってくれたらしい。

 

それを知ってダクネスはヨシヒコの方へ振り向くと

 

「して、そのモンスター達は一体何処に?」

「ミイラと死体は今馬車で休んでいる、道中で新しく仲間にしたロボはどういう訳か止まる事が出来なくなってしまったので、今は放置して単独で魔物を狩り尽くしてもらっている。冬将軍は、やっぱり暖かい気候は苦手らしく、今は雪山に戻って英気を養っている」

「待て、待て待て、ちょっと待て」

 

あまりの情報量にダクネスが一旦頭を押さえて整理し始める。

 

「なんだ止まらないロボって? それとまさかとは思うが……冬将軍というのはあの冬将軍の事か?」

「ダクネスの考えている冬将軍であってるよ、どういう訳か奇跡的に倒す事に成功したら、なんかヨシヒコの仲間になっちゃったんだ」

「ほ、本当かそれ!? あの冬将軍を倒しただと!? しかも仲間にした!?」

 

クリスから冬将軍を倒して更に仲間に加えたという話にダクネスが驚きを隠せないでいると

 

彼女の叫び声に「どうしたどうした~?」とメレブも歩み寄って来る。

 

「皆の衆、何かあったのか?」

「ああ、ヨシヒコが数億もの懸賞金がかかっていた冬将軍を倒し、更に仲間に加えたらしいんだ」

「おぉー、いいんじゃないヨシヒコ? 仏が言ってた通り強い魔物仲間にしたんだ、やったじゃん」

「うーんそうなんだがな……」

 

実はかつての仲間であるカズマを一度は殺した相手である冬将軍。

 

そんな者が仲間に加わるという事にダクネスとしてちょっと複雑な思いである。

 

「まあ強さとしては申し分ないが、信用できる奴なのか冬将軍は?」

「大丈夫だよダクネス、あたしが見た限り冬将軍はヨシヒコに凄く忠誠を誓ってるみたいだし」

「冬将軍に忠誠を誓わせるって……なんなんだお前、モンスターや精霊に懐かれやすいのか?」

「自分ではわからないが……旅が一旦終わる頃になるといつの間にか馬車が魔物だらけになっている」

「それは心配だな……魔物の方が、夏場なんか特に……」

「夏場はスライムが溶けていた」

「おぉ……思った以上にショッキングだなそれ……そしてそれを普通に言うお前もちょっと怖いぞ」

 

魔王を倒す旅に赴く際に今までヨシヒコは何度も魔物を仲間にして来たが

 

その度に馬車の中は魔物で溢れかえり、ぎゅうぎゅうに押し詰めにされているという地獄絵図になった事がある。

 

そんな光景が脳裏に映ったダクネスは、魔物に対して不憫に思いかつ、ヨシヒコの持つ魔物をスカウトする特性の凄さを知った。

 

「とにかくモンスターの事は置いといて、今はひとまず無事に生き返れた事を喜ぼう」

「そうだね、それじゃあまだ明るいけど、ギルドの酒場で一杯やっちゃう?」

「いや生き返ったばかりだしこちらとしては普通に休みたいんだが……」

「それに俺達金あんま持ってないしなー、ってあれ?」

 

とりあえず今は晴れて蘇った事に安堵しようとするダクネスに、クリスが嬉しそうに飲みに誘おうとする。

 

しかしそんな中でメレブはふとさっきからずっとその場にしゃがみ込んで、その辺で拾った木の枝で土いじりをして落ち込んでいるアクアに気付いた。

 

「なにお前、まだ死んだ事に落ち込んでんの?」

「女神なのに……水の女神であるアクア様なのに……あんなヒョロヒョロの眼鏡男にあっさり……」

「あららー心中察します水の女神(爆笑)! プークスクス!」

「(爆笑)付けないで! 私の笑い方取らないで! ホントに女神なの! 私は本物の女神様なの!」

 

落ち込むアクアに嘲笑を浮かべて笑い飛ばすメレブ

 

すかさずアクアは土いじりを止めて立ち上がって必死に訴えようとすると

 

そんな彼女にクリスが優しく肩に手を置いて

 

「今回はたまたま運が悪かっただけだって、いつまでも落ち込んでないでさ、アクアさんの目的は魔王を倒す事なんだから」

「ふむ、悪くない励まし方ね、もっと頂戴」

「えぇなんで上から目線……ほ、ほら、よく知らないけどアクアさんは女神なんでしょ、だったらこんな所でメソメソしてたら同じ女神のエリス様に上から笑われるよ?」

「あ~アイツにだけは笑われたくないわね、多くの神々を笑いの渦に巻き込んだ爆笑の女神にだけは絶対に」

「ば! 爆笑の女神じゃなくて幸運の女神だよ!」

 

励まされる中でクリスの口からこぼれたエリスという名に敏感に反応したアクアは

 

いつもの調子に戻って早速エリスに対して酷いことを呟く。

 

「なによアンタ、もしかしてダクネスと同じエリス教徒? 言っておくけどエリスの事実を知ったらアンタも笑うわよきっと、だってあの後輩ったら神々が集まる祝いの席で、紐で胸を強調したロリ巨乳の女神に対抗して胸の中にすんごい数の……」

「わーわーわー!! と、とりあえずアクアさん休もうよ! 話とか一旦忘れて今は休むことに専念しよう! 酒でも飲んで全部忘れよう! 過去の事を綺麗さっぱり! ね!」

「ちょ! アンタ手に力入れ過ぎ! 肩に指食い込んじゃってるから!」

 

アクアが微笑を浮かべながらエリスの話をしようとする途中で、急に目を血走らせてクリスが必死の形相で彼女の肩においていた手に力を加え始めて無理矢理話題を逸らした。

 

彼女のいきなりの行動にアクアは肩に食い込む彼女の指に痛がりながら、その手を払いのけて一歩下がると

 

「ったくホント痛いんだけどアンタ……」と呟きつつ自分の肩を手で押さえる。

 

「でも飲んで嫌な事を忘れるというのは大いに賛成だわ、丁度アクセルの街で復活できたんだし酒場に行きましょう」

「よ、良かった……」

「なんか言った?」

「い、いえ何も言ってません! 早く行きましょう先……アクアさん!」

「……なんで敬語?」

 

急にホッとしたり自分に敬語を使い始めたり色々と怪しい動きを見せるクリスに、アクアが怪訝な表情を浮かべていると

 

「あれ? おかしいなー」

「どうしましたメレブさん」

 

そんな彼女をよそにメレブはふと空を見上げながらしかめっ面を浮かべている。

 

不思議そうに首を傾げている彼にヨシヒコが歩み寄ると、メレブは「いやね」と振り返り

 

「こういうみんなでワイワイ喋っている中で、空気も読まずにいつも仏が空から現れる筈なのに……今日は出てこないから変だなーって」

「言われてみれば……いつもなら仏が現れありがたいお告げを下さる筈なのに」

「あの出たがりがこのタイミングで出てこないっておかしいよなー、もしかして向こうでなんかあったのかアイツ?」

 

こういう時にいつも毎回現れる仏が、何故か出てこない事にメレブが疑問に感じるも

 

「まあ出てこないならそれでいいか、来てもどうせウザイだけだし」

「アンタ達ー! 早く酒場に行くわよー! 今日は落ち込んでる私の為にクリスが奢ってくれるってー!」

「え、マジで!? ゴチになりまーす!」

「ちょ! あたしそんなの聞いてないんだけどアクアさん!?」

 

さほど気にする事でも無いかとあっさりとした感じで呟くと、メレブはヨシヒコ達と共に

 

すっかり立ち直って元気になっているアクアと、困惑の色を浮かべているクリスと共にギルドの酒場へと赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてそんな一行を木の影から見つめる者が一人

 

「兄様、強い魔物をお供にし、また一歩魔王に対する戦力を強化したのですね」

 

禍々しく巨大な邪剣を背負いし狂戦士・ヒサが木の影から現れヨシヒコを見守る。

 

「ヒサも兄様に負けぬ様、一人でも多くの仲間を集めようと思います」

「ヒ、ヒサさ~ん!」

 

ヨシヒコに負けないぐらい妙なトラブルに巻き込まれやすいヒサ

 

そんな彼女がガッツポーズを取っていると、彼女の下へ豊かな胸を揺らしながら

 

上級魔法を操りし紅魔族の族長の娘・ゆんゆんが嬉しそうに駆け寄って来た。

 

「ほらほら早く行きましょう~、わ、私、村の外で出来たお友達を自分の村に招待するの夢だったんです~」

「そこにはお強い者達がおるのでございますか?」

「は、はい! 紅魔族の村は基本的にみんな上級魔法を嗜むので、強い人ばかりでしゅ!」

 

あまり人と話す事に慣れていない様子でたまに噛みながらヒサと話すゆんゆん。

 

するとそんな二人の下へ

 

「おーい! 二人共~!」

 

大きく手を振りながら野太い声でヒサとゆんゆんを呼ぶのは首なし騎士のベルディア

 

完全に彼女達と仲間になっている彼は、街中だというのに堂々と駆け寄りながら

 

一人の男を連れて来た。

 

「ヒサさん! ヒサさんが求める強い奴を見つけましたよ!」

「なんと! まことでありますか!」

「はい! まことであります!」

 

どうやら新たな仲間候補を連れて来たらしく、驚くヒサにベルディアが嬉しそうに報告していると

 

彼の背後からヒョロッとした体形の眼鏡を掛けた男が

 

ヨシヒコ達を随分前に殺してしまった張本人、スズキである。

 

「いやいやいや! 僕強くないですよホントに! ベルディアさんに無理矢理引っ張って来られたんですけど! 僕はただ勇者さん達に謝りに来てただけですって!」

「謙遜すんなよおい~! 俺ちゃんと見てたんだからな~!」

「いたッ!」

 

手を横に激しく振りながらヒサとゆんゆんに否定するスズキだが

 

そんな彼の背中をベルディアが笑いながらやや強めに叩く。

 

「ヒサさん、ゆんゆん。実はコイツ、この街に来る途中で現れたモンスターをなんと呪文一撃で殺し尽くしたんだぞ!」

「凄い! 呪文一つで魔物を!」

「はわわ……もしかして私より凄い魔法使い? それだと私の立場が……」

「そんな褒められる事じゃありませんよ。たまたまですってたまたま、基本的に死なない確率の方が高いんですよこの呪文」

 

ここに来るまで一つの呪文だけで多くの魔物を倒して来たと聞いてヒサが素直に感心し、ゆんゆんは仲間外れにされるのではという恐怖に駆られている中、スズキは照れ臭そうに後頭部を掻きながら苦笑する。

 

「まあでも~ぶっちゃけ住処もさっき処分しちゃいましたし今はやる事無いんで、こんな僕でいいなら協力してもいいですよ」

「ありがとうございます、共に魔王を倒す兄様のお手伝いをしましょう」

「え~魔王を倒すお手伝いですか~? あ~そんな大仕事出来るかな僕に、ベルディアさんどう思います?」

「ハハハハハ! イケるイケる!! 魔王なんざ楽勝だろ!」

「楽天家だなこの人~、首取れてるのに」

「いやいやそれ元からだから」

 

仲間に加わっても良いと言うが、ヒサから魔王を倒すお手伝いをすると聞いて早速不安になるスズキだが

 

ベルディアに豪快に笑い飛ばされ、そんな彼を頼もしく思いながらフッと笑うスズキ。

 

「それじゃあまあ~……やるだけやってみますかね、僕も」

「よし! よく言ったスズキさん! コレからお前も俺達の仲間だスズキさん!」

「あ、スズキでいいですよ僕」

「む? それなら俺もベルディアさんではなくもっと親しく呼ばれたいな」

「そうですか? じゃあ~……ベル君とか良くないですか? 今ピーンと来たんですよ」

「おお! なんかいい感じのあだ名だな! ベル君かぁ~主人公っぽい名前で良い!」

 

どうやらこの二人非常に気が合うらしく、会ったばかりですっかり意気投合してしまうスズキとベルディア

 

そんな彼等をよそにヒサは戦力が増えたことを喜ばしく思いつつ、更なる強気仲間を探しに、ゆんゆんの故郷である紅魔族の村へと赴く事を決める。。

 

「待っててください兄様……! 兄様の隣に立つという夢を叶える為、ヒサもまた強うなろうと思います……!」

「はぁ~いいなあんな風にみんなと仲良くなりたい……」

 

ゆんゆんがベルディアとスズキを眺めながら羨ましそうに呟く中

 

ヒサもまた新たなる旅を始めるのであった。

 

次回へ続く。

 

 

 

 



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其ノ伍 ゴブゴブ♂パンツレスリング
伍ノ一


ザッザッザッと足音を鳴らしながらいつもの様に魔王の手掛かりを求めフィールドを彷徨うヨシヒコ一行

 

しかしそこへ毎度の如く魔物が立ちはだかる

 

『ピンクモーモンがあらわれた』

 

「え、やだ、超かわいいモンスター出て来たんですけどー!」

「こ、これは……ううむ確かになんて愛嬌のあるモンスターだ……」

 

悪魔の様な小さな羽根をパタパタと動かしながら宙に浮かび(糸で吊るされている)

 

尻尾と体を左右に揺らしながら大きな耳をヒクヒク動かすつぶらな瞳をした魔物が一匹で現れると

 

そのあまりにも可愛らしい見た目にアクアは早速目を輝かせ、ダクネスもちょっと惹かれた様子で頬を紅く染める。

 

「あんなにも愛らしい見た目をしているのだからきっと無害なモンスターなんじゃないか?」

「いやいや、ウチの魔物を甘く見ちゃいけませんってダクネスさん」

 

ちょっと近づいて撫でてみたいという衝動に駆られてしまうダクネスに、横からメレブがすかさず口を挟む。

 

「あんな見た目でもね、れっきとした魔物だから。俺達の事を倒しに来た魔物だから」

「油断するなダクネス、かつて共に旅をしていたダンジョーさんもそうやって可愛い敵に油断して何度も痛い目を見ているんだ」

「私をあんな男と一緒にするな、いやしかしでも……やはり私としてはどストライクな可愛さだし……」

 

親切に相手の魔物に警戒を怠るなと忠告してくるメレブに続いて、彼の隣にいたヨシヒコも過去の体験を彼女に話してやるも

 

ダクネスはモジモジしながらどうしても触りたい様子。

 

すると何も考えてないアクアがヘラヘラしながら

 

「あんなに可愛いモンスターが私達に悪さする訳ないじゃないの、ちょっと頭撫でてやるぐらいいでしょ。触って来なさいよダクネス」

「い、いいのかアクア!?」

「私はスライムちゃん派だから今回はアンタに譲ってあげるわ」

「よ、よし!」

 

ヒラヒラと手を振ってダクネスに触って来いと促すアクア。

 

すると意を決したかのようにダクネスは恐る恐る魔物の方へと歩み寄る。

 

「おお! こうしてよく見ると手触りの良さそうな毛並みじゃないか! これはきっとかなり抱きこごちが良さそうだと見たぞ!」

「おいダメだって近づくなダクネス! 可愛い見た目に騙されるな! 偉大なる先生の画力に惑わされるな!」

「フフフ、メレブは心配症だな。こんなニヒルなスマイルを浮かべた愛くるしいモンスターが私達に危害を加える訳……」

 

背後から必死に呼び止めようとするメレブに半笑いを浮かべつつ、ダクネスは怖がらせない様に優しく魔物に手を差し伸べた

 

しかし

 

その見た目キュートな魔物は突如シャアァァァァァ!!と大きな口を開けて鋭い牙を光らせると

 

「ん? ギャァァァァ!!!」

「ほーら言わんこっちゃない!」

 

つぶらな瞳から一転してギラギラと赤く輝かせ、完全に油断していたダクネスに思いきり襲い掛かったのだ。

 

彼女の差し伸べた手を無視して、魔物はダクネスの喉元に激しく牙を突き立てる光景を見て、メレブが慌てて声を掛ける

 

「立ち位置を意識してダンジョーみたいな事しなくていいから!」

「そんな事私が知るか! ま、まさかこんな凶暴なモンスターだったとはぁ!!」

「大丈夫かダクネス!」

 

引き離そうとしながら懸命にもがくダクネスにすかさず駆け寄るヨシヒコ

 

するとダクネスは力を振り絞ってバッと魔物を両手で引き離すのに成功すると

 

「ヨシヒコ頼む!」

「なに!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ヨシヒコぉ!」

 

ポイッと引き離した魔物をヨシヒコにパスをすると、今度は彼の首を激しく噛み始める魔物。

 

先程のダクネス同様ヨシヒコが懸命に引き離そうとしていると

 

急いで回復呪文を唱える為にアクアが彼の方へ駆け寄る、しかし……

 

「女神! お願いします!」

「へ!? いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ヨシヒコからのキラーパスを食らって今度はアクアが魔物にガブガブと噛まれまくる羽目に。

 

自分の首に獰猛な牙を突き立てる魔物にアクアが痛みに耐えながら泣き叫んでいると

 

「あ、今日って燃えるゴミの日だっけ? ごめん出すの忘れちゃったから一旦家に帰んない?」

 

アクアが襲われているのを完全無視してメレブは彼女に話しかけつつそっと距離を取った。

 

「ってなんでアンタだけ近づいて来ないのよ! せい!」

「うわこっち投げんなバカ! 痛い痛い痛いマジ痛いって! すんげぇ痛いからこれ!」

 

怒りに身を任せてメレブに向かって魔物をぶん投げるアクア

 

魔物はまたしても標的を変えて、メレブの首に思いきり噛みつく。

 

「もう無理! ダクネスパス!」

「おいなんでまた私に! あだだだだだ! ヨシヒコパス!」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ!! 女神パス!」

「ちょっと私はもういいって! あぁぁぁぁぁぁぁ!! メレブパス!!」

 

それからしばらく

 

魔物が疲れ果てた所をヨシヒコに倒されるまで

 

延々と4人で魔物を回し続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あーダクネスのせいで酷い目に遭ったわホントに……」

「待てアクア! お前が撫でて来いって私をけしかけたんだぞ!」

 

ようやく魔物を退治して解放されると

 

全員を回復させて窮地を脱すると、アクアが早速ダクネスに責任転嫁

 

「お前だってわからなかっただろ! まさかあんな可愛らしい見た目であんな恐ろしい牙を剥きだして噛みついて来るなんて誰が思うか!」

「全くお前達はまだ俺達の魔物を侮ってるみたいだなー」

 

ジト目を向けてくるアクアにダクネスがムキになって反論している所を

 

首を押さえながら二人に向かってメレブがため息を突く。

 

「ウチの世界の魔物はマジヤバいからな、ぶっちゃけお前等の世界よりヤバいから絶対」

「おっとそれは聞き捨てならないわね、私達の世界のモンスターだって凄いのよ、現にアンタってばウチのジャイアントトードを相手になんにも出来なかったじゃない」

「出来てましたー、スイーツ掛けましたー」

「ただ甘いモン食べたくさせただけじゃないの全く……」

 

どちらの魔物が強いかについて論争を始めようとするアクアとメレブ

 

子供じみた言い分をするメレブにアクアが呆れてそっぽを向いていると

 

 

 

 

突如、パァーッと空から光が降り注ぎ、見上げると雲の上からいつものシルエットが

 

「あ、仏だわ。めんどくさ」

「久しぶりの登場だな」

「ヨシヒコ、いつもの」

「ありがとうございます」

 

すぐにそのシルエットの正体が仏だと気付き

 

メレブから受け取ったライダー〇ンヘルメットをヨシヒコが被ると同時に4人で空を見上げる。

 

するとシルエットが徐々に鮮明に見える様になり

 

 

 

 

「やぁ、久しぶりだねみんな……」

「えぇ!? どうしたのアンタ!?」

「なにその目のアザ! は!? どうしたお前!」

 

どことなく覇気がない顔で、左眼の周りに青いアザがくっきりと浮かべながら仏がこちらに向かって力なく笑いかけてきた。

 

いつもと違って随分と暗いテンションとそのアザに、早速アクアとメレブが食い付くと、仏は「いや~」と苦笑しながら後頭部を掻き

 

「マジムカつくわホント、マジ次会ったらボコボコにしてやるよあのクソゼウス」

「ゼウス? あれひょっとして……ゼウス君と何かあったのお前?」

「なにアンタ? もしかして喧嘩して殴られたの?」

「実はそうなんすよ~、ちょっと聞いて下さいよ皆さ~ん、酷いんすよアイツ」

 

ブツブツと小言で文句を垂れつつ、それを聞いて何かを察したメレブとアクアに仏は軽く頷いて見せた。

 

「ほら、前に私がミスって別の世界にうっかり降臨しちゃった話ししたじゃない?」

「あ、色んな神様が徒党を組んでなんかやってる世界だっけ?」

「そこで私、ヤベェと思って偶然視界に入った男の子に「それでは勇者よ! 魔王を倒すのだ!」とか言っちゃった事も話したよね?」

「あーはいはい、白髪紅眼の小さな男の子にだっけ?」

 

ちょっと前に仏がヘラヘラしながら語っていた失敗談をメレブが首を傾げながら思い出していると

 

殴られた左眼を押さえながら仏ははぁ~と深いため息を突き

 

「その子ね、ゼウス君の孫だったんですよ、はい……」

「すげぇミラクルじゃんそれ! あ! だからお前ゼウス君に呼びつけられたんだ!」

「はは~ん読めたわよ、かわいい孫にアンタが口から出まかせ言ったもんだから、それであのエロジジィがキレてアンタをぶん殴った訳ね」

 

まさかのデタラメにお告げした相手の少年がゼウスの孫だったらしく

 

それを聞いて話の経緯を理解した様子のメレブとアクアに向かって、仏は不満げな表情を浮かべ

 

「ひっでぇ話だよねホント、私殴られるような事した?」

「いやしたでしょ! 勝手に適当なお告げしてトンズラして! おまけにそのお告げした相手が自分の孫だったらそりゃあのジジィも怒って当然よ!」

「でもさー口で注意するだけで良くね? あのジジィ出会い頭にいきなりこっち殴りかかって来たんだぜ? なんにも言わずにいきなりゴッドパンチとかマジねーよアイツ、思わず仏つねりでアイツの手の甲を全力でつねっちゃったよ」

「しょーもない仕返しね……」

 

殴られた事に腹を立てた様子でアクアに愚痴を言いつつ、仏は「まあでもね」と頬を掻きながら

 

「あのジジィはともかく孫の方には悪い事したという自覚はあるのよマジで、だからちょっと今から向こうの世界に行って、直接謝罪に出向こうと思います、どう?」

「どう?ってなんで俺達に聞くの? そうするのが当然に決まってんだろ」

 

何故かこちらに尋ねて来る仏にメレブがすかさずツッコミを返していると

 

仏の話をずっと黙って聞いていたヨシヒコがおもむろに一歩前に出て

 

「あの、それなら私も一緒に謝りに行きましょうか?」

「おいおいおい何故に君が謝りに行くんだいヨシヒコよ? お前はまだこっちの世界でやる事あるでしょ」

「うん、その気持ちだけは受け取っておくから。ヨシヒコはこっち来なくていいから、なんか余計ややこしくなりそうだし」

 

何故か別の世界へ行く意欲満々のヨシヒコだが、メレブと仏がすぐに諫めて関わらなくていいからと釘を刺す。

 

「大丈夫だから私、だってもうその少年に絶対に許されるという確固たる自信があるのよ実は」

「お、なんか強気だな仏。謝罪する時になにか秘策でもあるのか?」

「フフフ、あるぜとっておきのが……」

 

得意げにそう言うと仏はガサゴソと下の方から何かを取り出す。

 

「いい? 謝るのも大事だけど、完全に許してもらう為には謝罪の折りに渡す粗品が要なのよ? という事で仏が渡す粗品はこちら、じゃじゃん!」

 

仏が勿体ぶった様子で時間をかけると、サッと両手である物を持ってこちらに見せつけて来た。

 

「デビルマン!」

「いや漫画かよ! しかもおま! 神々がいる世界に悪魔が主人公の漫画持って行くってどんなチョイスだよ!」

「そう? やっぱハレンチ学園の方が良かった?」

「な、なんで永井先生の作品限定……? アレだぞ、バイオレンスジャックは絶対止めろよ?」

 

ドヤ顔で悪魔の主人公が描かれた漫画を取り出す仏にメレブが呆れていると、ダクネスが怪訝な様子で口を挟む。

 

「その書物がどれ程の名作なのかは知らないが、本気で謝りに行くのならキチンと謝罪という礼式作法に乗っ取った粗品を渡す事が大事だと思うんだが?」

「いやいや、心配ないからダクネスちゃん。大抵の男の子ってのは漫画好きだから、この仏の私物コレクションを渡せば絶対に許してくれるから」

「私物なのかそれ!? じゃあますますダメだろ!」

 

生真面目に正論を述べるダクネスだが仏はすっかり勝利を確信した様子で聞く耳持たず。

 

そんな余裕たっぷりな態度を見せつけて来る仏に、ダクネスは何やら嫌な予感を覚えるも、これ以上は言わないでおく事にした

 

「まあ私達には関係ないからほおっておくか……ところで仏よ、そろそろお告げを言ってくれないか?」

「え……お告げって?」

「忘れるな! 魔王討伐の為に私達を導く言葉を授けるのが仏の仕事なんだろ!」

「あ~ここん所色んな目に遭ってたから忘れてた、めんごめんご」

「アクアとメレブがしょっちゅう喧嘩腰になるのがわかる気がするな……」

 

物凄く適当な感じで平謝りしてくる仏を見上げながらダクネスがちょっとイラッと来ていると

 

仏は「う~ん」と何を言おうか迷った様に腕を組んで黙り込んだ後

 

「あ、じゃあさじゃあさ、今回はヨシヒコとメレブにだけお告げするわ。後の二人は今回は無し、今日は家で休んでて下さい」

「いやいやどういう事だそれは、どうして私とアクアだけお告げ無しなんだ」

「えーとですねー、うん、まあほら、たまにはね? たまには良いじゃない? いつもさ、ヨシヒコに振り回されて大変じゃん、だからたまにはゆっくり休みなさいという、仏の粋な心遣いです、はい」

「な~んか怪しいわね~、どうせロクでもない事ばかり考えてるアンタの事だから、私達の目を盗んで変な事企んでるような気がするんですけど~」

 

なんか怪しいとすぐにジーッと疑いの視線を仏に向けるアクアだが

 

しばらくして不意にダクネスを連れて街の方へと歩き出す。

 

「まあいいわ、行きましょダクネス、男はほっといて女だけで休日を満喫しましょう」

「うーん私はどうしても腑に落ちないんだが……一体仏は何を考えているんだ?」

「私も正直おかしいとは思うけど、疲れてるのは確かだからお言葉に甘えて休ませてもらうわ」

 

そう言ってアクアは仲間無理矢理にダクネスを引っ張りながらアクセルへと戻って行った。

 

残されたヨシヒコとメレブはそんな彼女達をしばし見送っていた後

 

「さてと」と仏が不意にこちらに向かって話しかけてフフっと笑う。

 

「はい、これで邪魔者はいなくなりましたと、それじゃあお前達、私のお告げをちゃんと聞いておくがいい」

「なーんでアイツ等は休みで俺達にだけお告げ?」

「黙って聞いた方がお得だよ~、まず最初に言っておくけど、このお告げを聞いた瞬間お前達は間違いなくハッピーになれる」

「いやそのハッピーという古臭い表現の時点で不安しかないんだけど……」

 

変な言い方をしながらますます怪しく見える仏にメレブが片目を釣り上げて不安になっていると

 

仏はそっと声を潜めて自分達にだけ話すような感じでこっそりと話を始めた。

 

「二人はさ、”サキュバス”って魔物知ってる?」

「知りません」

「フフ、ヨシヒコ即答過ぎ、俺が教えよう、サキュバスってのはだな、見た目はすげぇ魅力的な人間の女性で、男が寝てる隙に夢の中で精力を奪って殺すとかいう悪魔だ、要するに超エロい魔物」

「超エロい! そんな魔物がいるんですか!?」

「まあウチの世界にはいないけどね、似た様なのはいるけど、11だと仲間の一人がそんな感じに、おっとこれはネタバレ」

 

思い出しながら仏の言ったサキュバスという魔物について簡単に答えつつ、メレブはヨシヒコと話してる途中で慌てて手を口で押さえていると

 

 

仏はニヤニヤしながらゆっくりと口を開く。

 

「実はこっちの世界にもサキュバスはいるんだけどさ、どうも私達の知ってる普通のサキュバスとは違うみたいなのよ」

「ほほう、こっちの世界にはいるのかサキュバス。で? 何が違うというのかな?」

「あのね、夢の中で精力を奪うってのは同じなんだけど、殺すまではしないんだって、せいぜい起きた時に妙にダルく感じる程度、全く死ぬ危険性は無い」

「ああ、殺しはしないのね、ちょっとしたイタズラ感覚なんだこっちのサキュバス」

「しかも、寝ている男の夢を自由自在に作れる、どんな夢でも見せてくれる、どんな夢でも! そう物凄くとんでもない夢でも!」

「ちょいちょい、なに急に興奮しだしてんのおたく?」

 

鼻息荒げに説明を始める仏にメレブが不審な様子で眺めていると

 

「そんでここからが本題です、もしも、もしももしももしももしももしも!!」

「もしも多いなぁ……さっさと言えって」

 

 

 

 

 

 

「そんな人間に優しくてすんばらしい夢を見せてくれるサキュバスが、男の願望を叶えるサービスを提供してくれる店があると聞いたら、どうする?」

「……詳しく話を聞こうじゃないか、仏よ、いや仏様」

 

溜めるに溜めた仏の本題を聞いてすぐにキリッとした表情でマジになるメレブ。

 

いつになく真剣な表情でこちらを見上げて来る彼にヌフフといやらしく笑みを浮かべながら

 

仏は早速話を続けた。

 

「あのですねー、君達が今拠点にしているアクセルの街にはですねー、男性の冒険者をターゲットにサキュバス達が精力確保の為にこっそりとお店を開いているらしいんすよー」

「ほほう、それはそれはなんと仕事熱心なお人達だ、是非ともその仕事に協力してあげたいですなー」

 

男性からの精力を搾取する為にサキュバス達が冒険者の集う街中でそんな店を隠れて開いていた事を知って

 

みるみるテンションが上がると同時にメレブの顔もほころんでいく。

 

「でもさ、俺達そんな話聞いた事ないぜ?」

「そりゃおいそれと口外しちゃマズいからに決まってんでしょう、サキュバスの店の事を女冒険者が知ったらどうする? 間違いなく討伐されるっしょ?」

「確かに! じゃあ一部の男達がしっかりとその秘密を守ってるから! 今まで部外者の俺達は知るすべも無かったんだ!」

「そうそう、私もここ最近の間で知ったのよ、ちょっと下界の光景を眺めていたらね、小耳に挟んだんですよ、まあ私の耳は小耳じゃなくて大耳だけど、フフ」

「いやそんな下らないボケは挟まなくていいから、サキュバスの、サキュバスの店を詳しく教えて!」

 

自分の大きな耳を指で触りながらクスリと笑う仏に、やや興奮した面持ちでメレブが叫ぶ。

 

「その店が一体何処にあるのか! 迷える俺達に早く道を指し示してくれ仏よ!」

「お、お前必死だなぁ! メレブさんそんなにムラムラしてたんですか!? えーとね、お前達の住む館から歩いて数分ぐらいの所に昼でもすげぇ薄暗い裏路地があるっしょ? そこを隈なく探してみて、表向きはただの喫茶店みたいな感じでやってて目立たないけど、そこがサキュバスさん達のお店だから」

「うわすげぇ詳しく教えてくれた……あぁそんな場所あったなぁ確か」

 

彼が必死過ぎて軽く引きながらも丁寧に場所を教えてあげる仏。

 

そしてその場所に何処か覚えがある様子でメレブは縦に頷く。

 

「で? 具体的にどんなサービスを受けられんの?」

「そりゃお前、店に行ってからのお楽しみでしょうよ」

「うわやっべぇ、俺この世界に来て初めてワクワクして来た、オラワクワクして来たぞ」

 

店の中で一体どんな体験があるのか今から楽しみで一杯な様子のメレブは

 

口元を緩ませながら隣に立っているヨシヒコの方へ

 

「おいヨシヒコよ、これはまたとない機会だぞ。今すぐサキュバスの店へトゥギャザーしようぜ」

「いえ」

 

スケベなヨシヒコの事だからすぐにでもその店に行きたがろうとするであろうと予想していたメレブだったが

 

なんと彼は真顔のまま全く興味を持っていない表情で

 

「私はその様な店に行くつもりはありません」

「ええヨシヒコ!? なに言ってんだお前! 年中ムッツリスケベェなお前ならすぐに食いつくと思ったのに!」

「メレブさん、私は勇者です、そんな男の欲望を弄ぶような、ましてや魔物が営む店に等行くわけがありません」

「……とか言っておいて本当は行きたいんだろお前」

「そんな事は絶対にありません、私達はそんな所で現を抜かす前に、この世界にいる邪悪なる魔王である竜王を倒す使命があるんです、その使命を忘れて破廉恥な場所に赴くなんてしたら、勇者として失格です」

 

 

ライダーマ〇ヘルメットを被ってるおかげでシュールではあるが、サキュバスの店があると聞いても全く動じずに出向くつもりは毛頭ないとハッキリと宣言すると

 

ヨシヒコは被っていたヘルメットを取ってメレブに返す。

 

「女に現を抜かすなど言語道断、私はこれから魔王を倒す為に街を散歩しながら作戦を練ろうと思います。メレブさんもそんな下らない店など忘れて、女神やダクネス同様ゆっくり休んでいてください」

「そっか……流石は勇者だなヨシヒコよ、どうやら俺はエロいサービスしてくれる店があると聞いてすっかり舞い上がっていたみたいだ、申し訳ない」

「いえ、わかってくれればそれでいいんです」

 

受け取ったヘルメット袖の中に戻しながらフッと笑い返してきたメレブにヨシヒコは静かに頷くと

 

踵を返して拠点であるアクセルへと歩き出すのであった。

 

「では私はこれで失礼します、一刻も早く魔王を倒す為の策を閃く為に」

「うむ、ここからなら俺一人で帰れるから安心しろ、また後で会おう」

「はい、それでは」

 

それだけ言い残すとヨシヒコは街の方へと振り返って再び進みだした

 

 

「いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉし!!!」

 

 

両手両足を全力で動かしながら猛ダッシュで

 

「うわぁ……」

「ヨシヒコの奴、全開で走ってるねー」

 

 

砂埃を散らしながら本気の走りでアクセルへと向かうヨシヒコを見送りながら

 

残されたメレブと空に浮かぶ仏は勘付いた様子でそっと顔を合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あれ絶対店に行くわ」

「ヨシヒコだもんねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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伍ノ二

アクセルの街では男性の冒険者をターゲットに、彼等にお好きな夢(エッチなの)を提供してその代わりに精力を頂く事を生業とするサキュバス達が人知れずお店を経営しているらしい。

 

ここは滅多に人が寄り付かない薄暗い裏路地

 

そこへフラリと入るとすぐに目当ての店を見つけて中へと入る。

 

「いらっしゃいませ~何名様ですか」

「一名様で」

 

今までに見た事が無い露出度半端ない衣装かつ魅惑的な体つきをした女性が現れ愛想良さそうに尋ねて来ると

 

ほぼ裸に近い女性を目の当たりにして頭の中がオーバーヒートを起こしかねない程興奮しているのを隠しつつ、平静を装いながら素直に返事をした。

 

「当店でのサービスは初めてですか?」

「はい」

「では、ここがどういった店なのか、私達が何者なのかはご存知ですか?」

「はい」

 

既に大体の話は聞いているので素早く返事すると、女性ことサキュバスの店員さんはそれに満足したかのように空いているテーブルへと案内する。

 

「それではご注文をお好きにどうぞ、ああ勿論ご注文なさらなくても結構です、こちらのアンケート用紙に必要事項を記入して会計時に渡してくれれば構いませんので」

 

席へと着くと早速店内を歩いている他のサキュバス達の恰好を思いきりガン見していると

 

最初に案内してくれたサキュバスが一枚の用紙をスッとテーブルの上に置いた。

 

どうやらこのアンケートに沿った質問に答えれば自分が最も見たい夢を見せてくれるらしい。

 

「あのすみません、夢の中での自分の状態や性別や外見というのは……」

「はい、状態というのは夢の中では王様や勇者になってみたいという、等ですね。性別というのは自分が女性側になりたいというお客様もおりますので、それと自分が年端も行かない少年になって年上のお姉さん冒険者に押し倒されたいという要望もよくあります」

「なるほど……」

 

女性になりたいだの少年になりたい等という願望も無いし、元々勇者である自分にはあまり関係ないが

 

どうやら思った以上に多数の利用者の為に細かな設定を練って、希望する夢を見せてくれるらしい。

 

サキュバスの丁寧な話を聞いてますます期待で胸と鼻の穴が膨らむと、アンケートに目を通しながら更にもう一つ質問

 

「相手の設定というのは……どこまで細かく指定できるんですか?」

「どこまでも、です、お客様が好みの容姿や性格、口調までもが思いのまま、実在する人物であろうと存在しない人物であろうと、お客様が望む相手であればどんな年でも大丈夫です」

「マジですか!?」

「マジです」

 

アンケートを掴んでいる手にうっかり力を込めながら驚くも彼女は即答。

 

「肖像権やその他諸々関係ありません、だって夢ですから」

「そうですね! 夢なら何も問題ないですね!」

 

肖像権とかはよく知らないが

 

とにかくただ夢を楽しむだけなら何をしても大丈夫だという事だ

 

 

相手の容姿、年齢、性格や好感度も思いのままと聞いて改めてこのサキュバスの店の素晴らしさを実感した。

 

「それではお客様、アンケートを書き終えたらまたお呼び下さいませ」

「はい喜んで!!」

 

興奮し過ぎて変なテンションになりながら力強く返事すると、サキュバスの店員は席から離れて行った。

 

彼女の官能的な後ろ姿をじっくり拝み終えると、早速アンケートを書こうと一緒に置かれていた羽ペンを手にして取り掛かろうとする。

 

だがそこで

 

 

 

 

 

「やはり来ていたか、勇者ヨシヒコよ」

「!!」

 

何を書こうか顔をほころばせながら嬉しそうに悩んでいる所へ

 

隣りの席に座っていた男に不意に聞き慣れた声で名前で呼ばれ

 

 

 

 

 

 

ヨシヒコはすぐにバッとそちらに振り返った。

 

「メ、メレブさん!」

「フフ、待っていたぞヨシヒコよ、お前なら絶対この店に来ると予想していた」

 

隣りの席に座っていたのはまさかのメレブであった。

 

てっきり知り合いはいないと思っていたヨシヒコはすぐに慌てた表情を浮かべる

 

「違うんですメレブさん、これはあくまで勇者として調査に来ているんです、ここにいる者は一見女性ですが実態は魔物です、彼女達が本当に人間に危害を加えていないのか、まずは身を持って体験してじっくり調べようと……」

「あーもうそういうのいらないからヨシヒコちゃん、わかってる、同じ男としてもうわかってるから」

 

すぐに早口で長い言い訳を呟き始めるヨシヒコだが、メレブは得意げに笑ってそれをすぐに止める。

 

「考えてる事はみんな一緒、ここにいる人達はみんな同じ、みんなみんなエロい夢見たくて来てるの」

「私は彼等とは違います! 私は決してエロい夢を見たいが為にここに来ている訳ではありません!」

「うんヨシヒコ、まずはこっちをちゃんと見てから話そうか。さっきから店の中を歩いている店員さんをチラチラ見過ぎ」

「怪しい事をしていないかチェックしているんです!」

「もう素直になれよヨシヒコ、いやエロヒコ」

 

血走った目で次から次へと視界に入る露出度の高いサキュバス達にすっかり夢中になっているヨシヒコへ

 

メレブは苦笑しながら自分のアンケートを書き始める。

 

「まあこういう機会なんか今まで一度も無かったんだから、またとないチャンスなんだから思いきり楽しもうぜ相棒」

「すみません……ちなみにメレブさんは一体どんな夢を見ようと思っているんですんか?」

「え、それを答えるのは流石にこっ恥ずかしいな~、まあでもいいや、ヨシヒコには教えてあげちゃおっかな~」

 

観念した様に謝るとヨシヒコは早速メレブがどんな夢を見ようとしているのか尋ね出す。

 

それを聞いてアンケートをスラスラと書きながら照れ臭そうに笑うと、メレブは声を潜めて彼の方へ顔を近づけた。

 

「まず俺がね、10歳位の魔法使いの少年になってですね、それでとある学校の先生になるんですよ、あ、その学校は女子校ね、これ一番大事だから、そんで自分より年上の女子生徒に……」

 

一旦そこで言葉を区切るとメレブはニヤリと笑いかけて

 

「ラッキースケベをかましたい」

「ラッキースケベ!?」

「うむ、直接的なエロはいらない、ただただラッキースケベを体験したい、うっかり転んでパンツ覗いたり、くしゃみで生徒のスカートをめくりたい」

 

メレブが見たい夢の設定を聞いてヨシヒコが驚いていると、彼は更に話を続ける。

 

「ちなみに相手はね、ホントは可愛いんだけどぉ、前髪で顔を隠しちゃう恥ずかしがり屋さんで、そんで本が好きな女の子、という設定」

「凄い……! メレブさんもうそこまで細かく設定を練り上げていたんですね……!」

「声優は能登麻美子」

「声優ってなんですか!?」

「小林ゆうの子も捨てがたいと思ったんだけどね~」

 

意味深な言葉と人名を呟きながら顎に手を当て一人ニヤニヤと笑っているメレブ

 

 

彼の話を聞いてヨシヒコもすぐに自分の願望を叶えようとアンケート用紙を手に取って羽ペンで書き始めていると……

 

「フ、たかがラッキースケベだけを夢見るとは随分と小さな夢だな、メレブよ」

「なに? ってうお! お前は!」

 

不意にメレブに対して挑発的な物言いをする者が隣から声を上げる。

 

その人物は……

 

 

 

 

 

「ダンジョー!」

「ふ、よもやこんな所でお前達と出会うとはな」

「いやそれこっちの台詞、竜王軍の幹部のクセにこんな街中、しかもあろうことかこの店に現れるとか何考えてんの?」

 

メレブの隣に座っていたのはまさかのダンジョーであった。

 

竜王軍の幹部である彼がどうしてここに……

 

「おいダンジョー、お前一応魔王側なのにこんな所で油売ってて良いのかよ?」

「バカ言うなこれも世界征服の為の仕事よ、この俺が夢などというモノで現を抜かすと思うか? ここに来たのはいずれカズマが支配するであろうこの街でどんな商売をやっているのか視察に来たまでの事だ」

「え、カズマ君この街支配する気なの?」

「当たり前だ、アイツはもう魔王だ。一番先に支配するならまずこの街だとすぐに言い切ったぞアイツ」

「ほう、その理由とは……なんとなくわかるけど」

 

何故にこの街、アクセルの支配を最初にしようとカズマが目論んでいるのか、顎を手で触れながらメレブはこの店の事を考えながらほんのりと察していると

 

「うし、書き終わった」

 

間が悪い事に丁度アンケート用紙を書き終えたのか、ダンジョーはすぐに席から立ち上がると、誰よりも素早い動きで会計の所へ

 

そして会計係のサキュバスに、いつも強面のダンジョーがにこやかな笑顔を浮かべて

 

「書き終えました!」

「はい、ありがとうございます」

「あ、それと」

 

いつになく機嫌の良さそうな表情でダンジョーは懐から一枚の小さなカードを店員に差し出す。

 

「今回のでスタンプカード溜まったから」

「あら~いつもご利用して下さりありがとうございます、スタンプが溜まったお客様は次回から特別にデラックスコースを堪能できますよ?」

「デラックス!? それは中々魅力的な響きだ……ん~近いうちにまた来ちゃおうかな~?」

「はい、いつでも歓迎しております」

「フ、この店こそが俺が探し求めていたエデンだったという訳か……」

 

嬉しそうに溜まったスタンプカードを提示したり、妙に甘えた声で店員に絡んで

 

最後にいつもの感じで呟くとダンジョーは顔をほころばせながらメレブの方へ振り返り

 

「よし、サキュバスの皆さんに迷惑はかけたくないから今回だけはお前等を見逃してやる」

「いやそれよりも! お前ここの常連だったのかよ! やっぱ仕事じゃないだろ! 完全プライベートだろ!」

「だからこれが仕事だ! 魔王として迂闊に動けないカズマの為に! 俺がちゃんと足を運んで街の状況を逐一報告しているのだ!」

「街の状況を調べるならこの店にばっか来てないで他の所も行けよ! なにスタンプ溜めてんだよエロ助! デラックスコースってなんだよ羨ましい!!」

「誰がエロ助だ!」

 

 

ツッコミつつも最後にちょこっと本音を暴露するメレブにダンジョーは一喝すると

 

再びクルリと首を戻して店員ににこやかな笑顔を浮かべ

 

「それじゃあ本当に、本当に近い内に遊びに来るから、じゃ!」

「はい、毎度ありがとうございました~!」

「ハハハ! さぁて夢の中で大暴れするぞ~! 課長島耕作! 行って来ます!」

「行ってらっしゃいませ~!」

 

完全にキャラがブレまくってる様子で妙にノリの良い店員と最後の挨拶を済ませると、こちらに脇目も振らずにスキップしながら店を出て行ったダンジョー。

 

アレは間違いなく仕事じゃなくて楽しみに来てる顔だ、去っていく彼の背中を見ながらメレブは強く確信を持つ。

 

「はて、あのおっさん……本当に魔王に操られているのだろうか……どう思うヨシヒコ?」

「え? 何がですか?」

「いやだからダンジョーの事よ」

「ダンジョーさんですか? 確かに今どこで何をしているのかは気になりますね」

「あれ?」

 

 

一心不乱にカリカリと音を鳴らしながらアンケートに記入していたヨシヒコが、メレブに話しかけられるとキョトンとした顔を上げる。

 

この反応もしかして……

 

「お前もしや…さっきまでここにダンジョーがいたのに気づかなかったのでは?」

「え! ダンジョーさんいたんですか!?」

「おいおいおいどんだけアンケート書く事に集中していたのよ……」

「こんな店にダンジョーさんが、一体目的は何なんでしょうね?」

「いやこの店に来た時点で目的は一つでしょ? 俺達とおんなじ夢の中でエロい事したいんだよ」

 

ボケてるのか天然なのか、いやヨシヒコの事だからほぼ間違いなく天然の方だなと

 

ダンジョーにずっと気付いていなかったそんなヨシヒコに呆れながらメレブはガタッと席から立ち上がる。

 

「じゃあ俺達も会計済ませるか、ヨシヒコも書き終わっただろ?」

「はい、まず私はとある寮に住んでいて、そこで寮の管理人として働く巨乳の女性と親密な関係になりたいと思います」

「おお、俺が聞かずとも自分から言いおったぞコイツ……でもなるほどなぁ、めぞん一刻パターンか」

 

まっすぐな目で自らの夢の内容を話すヨシヒコに、聞いてる自分が恥ずかしくなるなと思いつつメレブは優しく彼の肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

「頑張れよ五代裕作」

「いえヨシヒコです」

「わからない事があったらすぐ俺に、そう、ネギ先生に聞きなさい」

「いえメレブさんです」

 

 

 

 

 

 

会計を済ませて店を出ると、ヨシヒコ達は店の外でちょっとした話を終えるとすぐに拠点である大きな館へと戻って行った。

 

 

と言っても館に戻ってすぐに就寝、という訳ではない。

 

「んじゃ、俺達はちょっくら野暮用で出かけてくるから」

「朝までには戻ってきますので、それまで留守をお願いします」

「……」

 

ヨシヒコ達が戻るとすぐ目の前に現れたのは、お気に入りのソファの上でくつろいでいるアクアだった。

 

そう、この館で寝る事が出来ないのは他ならぬ彼女の存在があるからだ。

 

彼女は常にこの館に悪霊や侵入者を払いのける結界を張っている。

 

もしこのままここで寝ても、夢を見せにやって来てくれるサキュバス達が入る事が出来ませんでしたー、というオチが容易に見える。

 

それではせっかくのお楽しみを堪能できない、と判断した策士・メレブは、ヨシヒコと事前に打ち合わせをして最寄りの宿屋を借りて寝る事にしたのである。

 

そして目の前の彼女にあくまで悟られない様に細心の注意を払いながら

 

先程店の外で打ち合わした通りの流れで話を進めていくメレブとヨシヒコ

 

しかしそんな彼等をアクアはソファに肘を掛けながらジーっと目を細め

 

「……怪しい、凄く怪しいわ二人共、私とダクネスを置いてしばらく顔見せないと思ったら今度はこんな時間から野暮用? 一体何を企んでいるのかしら」

「バッカお前何も企んでねぇよ! だよなぁヨシヒコ!」

「はい!」

 

意外と勘の鋭いアクアに悟られぬ様にすぐに否定して潔白だと叫ぶメレブとヨシヒコ

 

しかしアクアはやはり「本当かしら?」と呟きながら疑う姿勢を崩さない。

 

「ねぇダクネス、アンタもこの二人怪しいと思わない?」

「い、いやどうだろうな……」

「ていうかなんでアンタこっち見ないのよ」

「……」

 

不意に一緒にいたダクネスに同意を求めようとするアクアだが、何故か彼女はヨシヒコ達に視線を向けずにただただ顔を赤らめて目を逸らし続けていた。

 

「その……野暮用となら仕方ないんじゃないんか? 野暮用となら……」

「いやいや絶対おかしなこと企んでるわよ絶対、ほら見なさいよヨシヒコの顔を」

 

気まずそうに目を逸らし続けるダクネスに対し、アクアはヨシヒコを顎でしゃくる。

 

「さっきからあの子ずっとニヤニヤしてるのよ、しかもただのニヤニヤじゃないわ、明らかにエロい事考えてるニヤニヤよ」

「ニヤニヤ!?」

 

 

思わずダクネスがバッとヨシヒコの方へ振り返ると

 

「何を言っているんですか女神! 私は勇者です! ニヤニヤしてる訳ないじゃないですか!」

「ほ、本当だ……! なんていやらしく下卑た笑みを浮かべているんだ……!」

「あ~ヨシヒコ……表情でバレるからいつもの真顔に戻って……」

 

口元を横に広げて物凄く何かを期待してる様な表情を浮かべるヨシヒコを見てダクネスは一歩後ずさり

 

彼の隣に立っているメレブも耳元でささやきながら必死に平静を取り戻せと呟いている。

 

「アレは絶対下心剥き出しだわ、女神の私が言うんだから確実にそうよ」

「エロい事なんて考えていません!」

「いいえヨシヒコ、女神の前で嘘はいけないわ、その証拠にアンタの下半身」

 

館に戻って来てからずっとニヤニヤしっ放しで説得力の欠片もないヨシヒコの弁明を聞き流して

 

アクアはピッと指をヨシヒコのある場所に向かって突き付ける。

 

 

 

 

 

「物凄い事になってるわ、きっとそれが原因でダクネスがアンタの事を直視できないのよ」

「あぁー! ヨシヒコさん!? 何てことだヨシヒコさんの下半身がとんでもない事になっておられる!」

 

 

彼女が指を差した方向は、丁度ヨシヒコの股間の部分

 

ズボンの下から盛り上がって、これまた見事で立派な一本角が上に向かって立ち上がっていたのだ。

 

「さてはヨシヒコ、アンタ野暮用とか言って外出して、油断している私達の部屋に忍び込んでやらしい事する気なのね」

「そそそそそうなのかヨシヒコ!? なんて破廉恥な奴なんだお前は!」

「誤解だダクネス、私は仲間に対してその様な感情を抱いた事は一切ない! 断じてない!」

「だったらそのニヤニヤ笑いととんでもなく盛り上がっているソレはなんなんだ!」

 

アクアの推測と真っ赤な顔を両手で隠しながら叫ぶダクネスに、ヨシヒコは下卑た笑みを浮かべながら否定するも

 

両手で顔を隠しつつも、指の間からバッチリと目を覗かせながらダクネスがすかさず彼の股間を指差す。

 

「ていうかホントになんなんだ! 男というのはそんなにも凄くなるのかそこ!」

「生理現象だ、男として生まれたからには必ずしもこうなる。ですよねメレブさん」

「いやお前だけ特別だから、一緒にしないで」

 

野球のバットでも入ってるんじゃないかと思うぐらい異常に膨らんでいる股間に向かってメレブが冷静に首を横に振る

 

「まあという事で、俺達はちょっと外出してくるから。それとあの、お前等にはなんにもしない事は誓うから、うん。それじゃあおやすみ」

「二人はゆっくり館で休んでて下さい」

 

これ以上アクアとダクネスに追及されたら更にボロが出てしまうと判断し、メレブは無理矢理話を纏めて館から出ようとする。

 

ヨシヒコもそれに従ってアクア達に軽く一礼すると

 

それと同時に膨らんでいた股間からカチッという変な音が鳴り

 

彼の膨らんだ一本角がグィングィンと激しく円回転を始めた。

 

「それでは行きましょうかメレブさん」

「おおヨシヒコ回ってる……ヨシヒコさんのバット超回ってる……!」

 

目の前で勢いよく回転し続けるので必死に笑いを堪えながらメレブは口元に手を当ててサッと目を逸らす。

 

「絶対さっきなんか押したでしょ……え、腰? 腰にスイッチとかあるの?」

「さあ何を言っているかわかりません、これも生理現象です」

「すげぇコイツ……どうして目の前でアレがぐるんぐるん回ってるのに普通に話せるの? 怖いんだけど……」

 

口元を押さえたままなおも込み上げてくる笑いを抑え込みつつ、メレブはそのままの状態のヨシヒコと共に館を後にするのであった。

 

 

そして残されたアクアとまだ顔を赤らめているダクネスはというと

 

「ダクネス、念の為に言っておくけど自分の部屋の窓やドアにはしっかり鍵かけるのよ、今宵のヨシヒコは本気よ、本気で私達を襲いに来る獣なの、言うなればエロスの化身よ」

「エロスの化身ってなんだ……」

「はぁ~モテる女神は辛いわね~ここは徹底的に館を封鎖して入り込めない様にしましょ」

「うむそうだな……ここは仲間としてアイツの頭を冷やしてやらないと」

「メレブが来たら殺していいわよ」

「よし、寝床には剣を置いておこう」

 

いずれ再び獣と化して襲い掛かって来るであろうヨシヒコ(ついでにメレブ)の対策を徹底的に練る二人であった。

 

 

 

 

そして一方でヨシヒコとメレブは手筈通り近くの宿屋で一晩を明かす事にした。

 

「ヨシヒコ、俺この世界に来れて心底良かったと思ってる」

「私もです、我々がこの世界に来た本当の目的が今わかりました」

「いやそれとこれとは違う、超違う、魔王倒すのが俺等の本当の目的」

 

各々ベッドに入って天井を眺めながら、二人は初めてこの世界で体験できる楽しみを今か今かと期待と鼻の穴を膨らませていた。(ヨシヒコは掛け布団も膨らませている)

 

「しかし、こうして興奮してばかりでは俺達の所へ派遣に来るサキュバスさん達にも悪い、俺達が持つ全てを使って全力で寝るぞ」

「わかっています、私が持つ力の全身全霊を持って寝てやります!」

「その粋だヨシヒコ! いい夢見ろよ!!」

「はい!」

 

互いに気合を注入し終えると、メレブは灯っていた明かりを消して部屋を暗くして完全に寝る態勢に入った。

 

後はもう寝るだけだ、それだけで最高の時間がやってくる。

 

「それじゃあおやすみヨシヒコ!!」

「おやすみなさいメレブさん!!」

 

天井に向かって全力で叫ぶと二人はゆっくりと目蓋を閉じて眠る事に集中するのであった。

 

 

 

 

1分後

 

「富・名声・力、この世のすべてを手に入れた男、海賊王・ゴールドロジャー。彼の死に際に放った一言は人々を海に駆り立てた」

「え? いつもの寝言言ってるって事はヨシヒコもう寝たの?」

「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世の全てをそこに置いてきた!」

「ヨシヒコ、今回だけはその、その寝言は止めて欲しいんだけども? あの、やってくるサキュバスさん達が絶対怯えるから」

「男達はグランドラインを目指し夢を追いつづける。世はまさに大海賊時代!」

「違うから大海賊時代じゃないから! なに今回の寝言! なんかすげぇ夢とロマンに満ちたワクワクの冒険が始まりそうでつい気になって眠れなくなるから止めて!!」

 

寝始めて1分で熟睡モードに入ったヨシヒコの口から出てくる寝言のせいで

 

メレブは完全に寝入るのにかなり時間をかける事になるのであった

 

 

 

 

「これだけのー! 希望ぉー! 拾いまくれぇー!!」

「オープニングまで歌うの!? あ、でも歌詞微妙に変えて何か、何かを誤魔化そうとしている」

 



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伍ノ三

ヨシヒコが目を開けるとそこは宿屋の一室では無かった。

 

「ここは……」

 

そこは天井も壁も真っ白な異質な部屋。内装は腰掛用の椅子やモノを入れる為のカゴが置いてあるだけで

 

天井に吊るされているぼんやりとした灯りは弱々しく、その為に部屋の中は薄暗い。

 

「もしやこれがサキュバスが見せている夢……!」

 

部屋の中を見渡しながらふとヨシヒコはこれはサキュバスが見せてくれているお楽しみし放題の夢なのではないかと推測していると

 

「!」

 

薄暗い部屋の中をガチャリとドアを開けて何者かが入ってくる気配

 

その音に肩をビクッと震わせてすぐにバッとヨシヒコが振り返る

 

期待と興奮で胸が高鳴るヨシヒコの前に、ドアを開けて中へと入って来たのは……

 

 

 

 

 

これまた彫りが深い顔をした筋肉ムキムキの大柄な男

 

いかにも兄貴と呼びたい男前であった

 

「エプロン♂チャーハン?」

「なぁ! だ、誰だお前はぁ!!」

 

しかも純白のブーメランパンツしか装備しておらず、ほとんど生まれたままの姿だ。

 

ムキムキ兄貴はにこやかに見知らぬ言語を用いると、驚いて後ずさりするヨシヒコにニヤニヤしながら歩み寄っていく。

 

「キャノン砲!」

「どういう事だ! これは私が望んでいた夢ではない! こんなムキムキ男など断じて私は望んでいない!」

「いいですか? 茄子のステーキ」

「さっきから訳の分からない事を言っているこの男は何者なのだ……は!」

 

じわじわと歩み寄って来る兄貴にヨシヒコは激しい恐怖を感じているとふと自分の状態に気付いた。

 

「何故だ! いつの間にか私まであの男と同じ格好になってしまっている!」

 

良く自分の身体を見てみると、先程まで着ていた服が消失し、目の前の兄貴と同じく純白ブーメラン一丁のあられもない姿を晒していた。(頭に巻いてる紫色のターバンだけはある)

 

「一体これから何が始まるというのだ!」

「田舎も~ん!」

「止めろこっちへ来るな! ニヤニヤしながら私の方へ歩み寄って来るな!」

 

この状態だと余計に兄貴が近づいて来る事に激しい恐怖感を覚える。

 

懸命にこっちに来るなと叫ぶヨシヒコではあるが、兄貴は依然変わらず、むしろヨシヒコがパンツ一丁になった事で浮かべる笑みが更に広がっていた。

 

「オビ=ワンいくつぐらい!?」

「なんなんだこの男は……う!」

 

後ずさりし過ぎていつの間にか壁に追いやられていた事に気付いたヨシヒコだが時すでに遅し

 

屈強な体付きから放たれる兄貴の高速タックルを食らって吹っ飛んでしまった。

 

「ぐぅ! このムキムキ男! 強い!」

 

背中から倒れてのけ反りを打ちながら、俊敏な動きを見せた兄貴の戦闘力を垣間見てたじろいでいると

 

倒れたヨシヒコに向かって兄貴は挑発的に人差し指でクイクイッと誘うポーズをとる。

 

「くりぃむしちゅー池田!」

「おかしい……絶対におかしい、私はこんな夢をサキュバスに頼んだ覚えはないというのに……仕方ない!」

「ゆきぽ派!?」

「逃げれないのであれば戦うのみ!」

 

依然こちらに笑みを浮かべながら誘って来る兄貴

 

何を言っているのかわからないが挑発的な事を言っているのを察したヨシヒコは即座に起き上がると

 

「ふん!」

「あぁん、ひどぅい!」

彼の腰に向かって負けじとタックルをお見舞いする

 

だがそのままヨシヒコが懸命に押し出そうとするも

 

「最近だらしねぇな?」

「く、この男! まるでビクともしない……!」

「歪みねぇな」

「は! 何をする! そこから手を離せ!」

 

全力を振り絞ってもテコでも動かない兄貴、力の差は歴然である。

 

すると兄貴は笑うのを止めて躊躇なくヨシヒコの下半身の方へと手を伸ばし……

 

「いい目してんねサボテンね!」

「うおぉ! パンツを! 私のパンツを掴み上げるな!」

「あんかけチャーハン?」

 

ヨシヒコが唯一下半身に着けている純白パンツを兄貴は何度も掴み上げては下げてを繰り返す。

 

 

勇者としてこの上ない屈辱を味わい、兄貴の腰にしがみ付いたままヨシヒコが懸命に叫ぶも彼は無視して続行。

 

「最強!」

「くっ止めろ! それ以上パンツを引き伸ばされてしまったら破れて……!」

 

ビヨーンビヨーンとパンツを引き伸ばされてこのままだと破けるのも時間の問題

 

ヨシヒコは耐えようとするもそこで兄貴は再び笑みを浮かべて彼を腰から引き剥がすと再び彼を床に叩き付ける。

 

「うぐ! 何故だこのムキムキ男、勇者の私でも全く歯が立たない……!」

「夏コミにスティック♂ナンバー見に行こうな?」

「ま、待て! 一体お前は何をしようとしている!」

「ブスリ♂」

「私の傍に近寄るなぁー!!」

 

今まで以上に満面の笑みを見せながら御馳走を目にしてるかのように舌なめずりすると

 

兄貴は弱っているヨシヒコに向かってゆっくりと歩み寄りそして……

 

 

 

 

 

「アァーッ!!」

 

 

 

 

 

 

「ナイスでーす♂ 」

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

早朝。

 

ヨシヒコはベッドの上から勢い良く叫びながら起き上がっていた。

 

隣りのベッドで寝ていたメレブもまた同じように叫びながら目覚める。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

顔を合わせるとすぐに互いに向かって叫び合うと、二人はすぐにベッドから出て、部屋を後にし宿屋を後にする

 

 

 

そしてその頃、彼等がどんな目に遭ってるのかも知らずにアクアとダクネスはトボトボと街中を歩いていた。

 

 

「アクア……猛烈に眠いんだが……頼むからもう館に戻って寝よう……」

「ダメよダクネス、寝たらエロス・ヨシヒコに食べられちゃうわよ……あの野獣の毒牙にかかりたいのアンタ……」

「いやきっと私達の勘違いだったんだろう、よくよく考えれば勇者であるヨシヒコが私達を夜這いするなどある訳……」

「油断しないで勇者だって一人の男なのよ」

 

結局ヨシヒコ達が夜を開けても襲いに来なかったので、用心して迎え撃つ為にずっと寝ずに徹夜するハメになってしまったアクアとダクネス。

 

しかし今も油断は出来ないと疑うアクアによって、体から湧き上がる睡魔と戦うダクネスを無理矢理引っ張って気晴らしに早朝の散歩をしているという事だ。

 

「それにあの目は正に己の性欲に身を任せようとしていた目よ、女神の私が言うんだから間違いないわ……」

「いやそもそもお前が女神だとかなんとか言ってる時点でもう信憑性が薄すぎて……ん? あ、あれは!」

 

自分と同じく目蓋をこすりながら眠たそうにしているアクアにダクネスがボソボソ声でツッコミを入れていると

 

彼女はふと目の前からあるモノが接近している事に気付き、睡魔も忘れてバッと指を突き出す。

 

「ヨシヒコとメレブがこっちに向かって全力で走って来る!」

「フ、私達を見つけてとうとう己の性欲に負けたわねヨシヒコ……」

 

ダクネスが指差した前方からヨシヒコとメレブが陸上部みたいな走りで全力疾走してくるのが見えた。

 

それを見て待ってましたと言わんばかりにアクアはバッと構える。

 

「さあかかってきなさいエロス・ヨシヒコとおまけのキノコヘッド!! 私の美貌に魅了されて頭の中ピンクに染まってしまったアンタ達を! 水の女神たるこのアクア様がその汚れた心を浄化し尽くしてやるんだから!!」

 

かかってこいやと言わんばかりにシュッシュッと拳を突き出しながら意気揚々と喧嘩腰で彼等を迎え撃とうとするアクア

 

だが

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「……え?」

 

そんなドヤ顔を浮かべる彼女の真横を綺麗に突っ切って

 

二人は必死な形相を浮かべたまま自分達を無視して何処へと行ってしまった。

 

「アクア……二人共私達を無視してどっか行ったぞ……やはりお前の勘違いだったんじゃ……」

「ゆ、油断しちゃダメよ! きっとフェイントって奴よ! 無視したフリして私達の油断を突こうとしてるのよ!」

「なあいい加減もう寝たいんだが……」

「ダメよダクネス! 食べられたいの!? ヨシヒコさんに美味しく頂かれたいの!?」

 

去っていくヨシヒコとメレブの後ろ姿を眺めながらダクネスがもはや立ったまま眠りそうになっているのを

 

慌てて彼女の両肩を揺さぶりながら必死にアクアが脅すように呼び起こすのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてヨシヒコとメレブが雄叫び上げながら真っ先に向かった先は

 

勿論裏路地でサキュバスが経営しているあの店であった。

 

しかし今日はまだ開店時間でもないのに、店の前では多くの男性陣がごった返して叫んでいる

 

「おいどういう事なんだよ!」

「責任者出て来い! とんでもない夢見せられたんだぞこっちは!」

「トラウマになったらどうすんだオイ!」

「おかげでこっちは別の性癖に目覚めちゃったじゃねぇか!」

 

皆店に向かって文句を言いながら叫んでいる

 

その光景を見てヨシヒコとメレブも足を止めて群衆を見渡す。

 

「もしや彼等も私と同じような恐ろしい夢を……」

「てことはみんなあの夢を見せられたのか……俺も、二度と思い出したくない夢を見せられてしまったよ」

「やはり……」

 

どうやらあの変な夢を見せられたのは自分だけじゃないらしい

 

ヨシヒコが彼等眺めながらそう確信していると、隣のメレブも死んだような目つきでゆっくりと頷く。

 

「なんかぁ……CV能登麻美子じゃなくてCV小山力也でぇ、金髪長髪でムキムキのデカくてナイスガイのおっさんとなんかこう色々と……あぁダメ、これ以上言いたくない、言ったら俺自身の精神が崩壊する恐れあり」

「私も同じような夢を見ました、私の場合は短髪でしたけど、あと真っ白なパンツを履いてました」

「いやそういう情報はいらないから……」

「本当に白かったんです、一切汚れの無い純白の」

「だからいらんって、頭の中でイメージしちゃうじゃないの」

 

 

頭を抱えながら激しくショックを受けている様子のメレブにヨシヒコもまた似たような夢を見たと話していると

 

「おお、ヨシヒコにメレブ! お前達もここに来たのか!」

 

二人の方へ慌てて駆けつけてきたのはダンジョーだった

 

いきなり現れた彼にヨシヒコはあっと目を見開く。

 

「ダンジョーさん!?」

「ダンジョー、やはりお前も……」

「ああ……ここに来た者は恐らく皆そうだろう」

 

一応メレブが確認してみると、やはり彼もまた自分達と同じような夢を見てしまったらしい。

 

「テンガロンハットを被ったピチピチパンツの男に……延々と尋問される中で幾度もビンタされるという恐ろしい夢を見た……」

「こ、怖ぇ……ダンジョーの夢超怖ぇ~」

「ホントに最悪だった……今思い出しても身の毛がよだつ体験だ……」

 

ダンジョーの語る夢の中の内容にメレブがブルルッと身体を震わせていると

 

すっかり疲れ果てた様子でダンジョーがどっと深いため息を突く

 

「何はともあれ、原因はこの店のサキュバス達であるのは間違いない様だ。一体何故俺達にあんな夢を見せたのか、利用者として俺達ははっきりと知る権利がある」

「うむ、これをサキュバス達が故意に我々にあんな夢を見せて来たのであれば大問題だ」

「ええ、悪事を働く魔物であれば、こちらも倒さねばなりません」

「……ちょいと惜しい気はするがな、デラックスコース味わいたかった……」

 

もし自分達に悪事を働いた張本人がサキュバス達であれば討伐もやむ無し

 

それも仕方ないと頷くヨシヒコにダンジョーが数々の楽しい夢を思い出しながら名残惜しそうに呟いていると

 

サキュバスの店の扉が突如勢いよく開いた。

 

すると店の中から慌てた様子で一匹のサキュバスが

 

「皆様お待たせして申し訳がございません! 皆様の怒りはごもっとも! 実は昨晩の夢の件でとある問題が発生しまして!」

 

 

怒り狂う男達に向かって果敢にも単身で現れたサキュバスは申し訳なさそうに深々と頭を下げると、慌てた様子ですぐに話を始めた。

 

「我々一同が利用者の皆様にご希望の夢を見せる為に出向こうとしたのですが……実はその前にお客様の所へ忍び込んだ者がいて近づく事が出来なかったのです」

「ほう、何やら興味深い話、それは一体誰ぞ?」

「近頃この近辺で噂されている、あの竜王の部下でございます」

「竜王!?」

 

男達を掻き分けてメレブが眉をひそめて尋ねると、サキュバスの口からとんでもない名前が出て来た。

 

竜王、つまりヨシヒコ達の世界からやって来て、アクア達の仲間であるカズマの身体を乗っ取った恐ろしい魔王である。

 

「早朝、その竜王から私達の店に手紙が届きました……なんでもこれからは私達サキュバスは全員こちらが構えている魔王城で住む事、そして毎日竜王に楽しい夢を見させる事、出来れば夢だけじゃなくて現実でも色々して欲しいという事、もしこれに従わなければ……私達の店を利用するお客様にこれからもずっと悪夢を見せ続けてやると……」

 

一枚のきったない字で書かれた手紙を持ち出してサキュバスが落ち込んだ様子で説明し終えると

 

それを聞いて男達もざわざわと騒ぎながら戦慄する。

 

ヨシヒコ達もまたそれを聞いて真なる黒幕がいた事に驚きを隠せない。

 

「何てことだ……我々が悪夢を見た原因は、まさかあの竜王の仕業だったとは……」

「おのれ竜王! 戦士の安息の地であるこの場所を汚し尚且つ自分のモノにしようとするとは! 断じて許さん!!」

「え、お前その竜王の仲間じゃん、そっち側だよね? 竜王側だよねダンジョーさん?」

 

竜王軍の幹部であるダンジョーが誰よりも憤りを見せているのを、傍で見ていたメレブが小声でボソッと呟いている中

 

皆が慌てる中でヨシヒコだけはスッと前に出てサキュバスに話しかける。

 

「教えて下さい、竜王はどうやって我々に悪夢を見せたというのですか?」

「そちらの事も詳しく手紙で書いてあったのですが……なんでもここから近くにある山を拠点にしているゴブリンを部下にしているらしいのです」

「ゴブリン……」

「ヨシヒコはあまり聞き慣れない魔物の名であったな、我々の世界でも似たような魔物はいるが、ゴブリンというのは別名小鬼とも呼ばれている質の悪い奴らなのだ」

 

ゴブリンという魔物の名にピンとこないでいると、後ろからメレブが簡単に説明してあげる。

 

「基本的には弱い魔物と分類されてはいるが、集団になるとたちまち手練れの者であろうと倒してしまうぐらい極めて厄介な魔物、竜王はきっとそれを見込んで部下にしたのであろう」

「なるほど……今回の魔王は中々狡猾な考えを持っているみたいですね」

 

ナメてかかると相当厄介な魔物を、魔王はあっさりと部下にしてしまったと聞いて

 

今回の相手も一筋縄にはいかないとヨシヒコは眉間にしわを寄せていると、サキュバスは更に話を続けた。

 

「ゴブリン達はまず私達の店に一匹忍び込ませて顧客リストをチェックし、そこから名前と住所が書かれているお客様達を割り当てたみたいなんです、そして彼等は私達が向かう前に先回りして寝ている皆さまに……」

 

サキュバスは一枚の小さな紙きれをヨシヒコ達に見せる。

 

「この『悪夢の札♂』というのを貼り付けていたんです」

「うわぁ名前からしてすっげぇヤバいアイテムなのがわかる……! 特に♂って付いてるのが! もう♂だけで怖い!」

「これを寝ている時に貼られた者は皆、ムキムキな男性と官能的な悪夢を見せられるという代物なのです……」

「誰だよそんな誰得なモン作った奴~」

「なんでもこの街にあるあまり流行らない魔道具屋で、同じ商品が売られていたと……」

「どこだよそんなはた迷惑なモン売りさばいてる店~、仕入れ先そこじゃ~ん」

 

思った以上に知っているサキュバスの情報にメレブが悪夢の札♂を作った者とそれを大量に売り払った魔道具屋に文句たれていると、再びサキュバスは皆に深々と頭を下げて謝罪する。

 

「この度は本当に申し訳ございませんでした、今回での利用料の返金は勿論の事、皆さまに迷惑をかけた責任を取り、これ以上の災難を竜王が振り撒かない為にも私達サキュバスは大人しく言う事を聞こうと思います……」

「いや、その必要はない」

「え?」

 

これ以上街の者に迷惑を掛けない為に自らを犠牲にして竜王の城へ出向こうとするサキュバス達

 

しかしそれはダメだとすかさず彼女の前にヨシヒコがキリっとした表情で前に出る。

 

「あなた達が悪くないのなら、咎を背負うなどという理屈は決して通らない。悪いのは全て竜王だ、ならば我々に迷惑をかけた報いを受けるのは当然奴にある、あなた達が責任を負う必要など決して無い」

「お客様……」

「その通りだヨシヒコ! 流石は天に選ばれし真の勇者!」

「調子いい事言ってるけどさダンジョー、こうなったのも全部お前の所の竜王のせいなんだぜ? カズマ君のせいだからねコレ」

 

珍しく勇者っぽい事を言うヨシヒコにダンジョーが昔の様に声高々に彼を評価しているのを、傍で見ていたメレブが冷たく一つ文句を言っていると

 

他の冒険者達もヨシヒコの声を聞いて皆その目に活気を取り戻す。

 

「そうだ、悪いのは竜王とか名乗ってる頭のおかしい野郎だ!」

「姉ちゃん達がこの街を出て行く必要なんかねぇよ!」

「俺達は今まで何度もこの店でたくさん世話になったんだ!」

「ああ! それを独り占めにしようだなんて企んでるクズ野郎なんざ絶対に許さねぇ!」

「おいみんな! 俺達は苦しい冒険の日々の中で今まで何度もサキュバスさん達に大変お世話になった! 今こそこの恩を返す時なんじゃないか!」

「そうだな、俺達でその悪夢の札♂とかいう奴を買い占めたゴブリン共をとっちめてやろうぜ!」

「俺達でサキュバスさん達を助けよう!!」

 

次から次へと声を上げ、皆の気持ちが一つになっていく。

 

それを見たヨシヒコは彼等を代表する様に拳を掲げ上げ

 

「この町の冒険者、そしてこの店を護りたいと真に思う者達よ! 竜王の脅威に晒されるか弱き彼女達を助ける為に、まず我々がなすべき事はなんだ!」

 

力強くそう叫ぶと彼等は一致団結したかのように同じ様に拳を掲げる。

 

「決まってんだろ俺達に悪さした張本人のゴブリン共をぶっ飛ばしてやる!!」

「そうだそうだ!」

「ていうかアイツ! よく見たらあの要塞デストロイヤーを倒したドラゴンナイト・ヨシヒコじゃないか!!」

「そういや最近噂で聞いていたぞ! 竜ではなく魔物を操って戦うとかいう風変わりなドラゴンナイト! その男が通ればあの冬将軍さえも土下座して従うとも呼ばれている!」

「ま、まさかアンタがあのヨシヒコだったのか!」

 

目の前にいる男があの最近評判の期待の冒険者・ヨシヒコとだと知ってどよめく一同

 

するとダンジョーとメレブはすぐにヨシヒコの両隣に立ち

 

「いかにも! この男は幾度も困難を乗り切り数多の魔物を屠って来た伝説の男! 勇者ヨシヒコよ!」

「ヨシヒコがいれば我等は百人、いや千人力……この男にかかればゴブリンの群れなど敵ではないと、ここでヨシヒコの古くからの仲間であられる真の魔法使い、メレブさんがはっきりと宣言しよう」

 

 

さり気なく仲間に戻ってたり、さり気なく自分の名をアピールするダンジョーとメレブの言葉に皆のテンションは上がり、戦う気満々のムードに

 

「うおぉ!! こんな頼もしい御方がいるんなら俺達はもうなんにも怖くねぇ!」

「俺は付いていくぜアンタに! 一緒にゴブリン討伐に行かせてくれヨシヒコさん!」

「俺も!」

「俺も!」

 

次々と賛同しヨシヒコについて行く事を志願する冒険者達。

 

それを見てヨシヒコはコクリと頷くと、目の前の出来事に驚いているサキュバスの方へ振り返り

 

「それでは我々は近くの山に住むそのゴブリン達を倒しに行きます、サキュバスの皆はここで大人しくしてください」

「そんな……! ゴブリンは上級職の冒険者でも時にはやられてしまうんですよ! 私達なんかの為にみすみす自分の命を失うかもしれないのに!」

「あなた達だからこそ、命を賭ける価値は十分にある」

「お客様、いえヨシヒコ様……」

「ヨシヒコ、そんなにエッチな夢見たいんだな……」

「フ、どこまでも己の欲に忠実な男よ……」

 

真っ直ぐな目でキザな台詞を吐くヨシヒコにサキュバスが感動してる中、長年共に冒険していたメレブとダンジョーはそんな彼の考えはとっくにお見通しであった。

 

「この街に住む冒険者達よ!」

 

ヨシヒコはバッと冒険者達の方へ振り返ると、腰に差していた剣をシャキンっと抜いて掲げる。

 

「我々の理想郷を護る為に! ゴブリン達を駆逐するぞ!!」

「「「「「「おおー!!!!!」」」」」

 

アクセルの街の冒険者達(男性のみ)はヨシヒコによってこれ以上ない一体感を得た。

 

今日この日だけこの町の男達は

 

 

 

「「「「「ゴブリン倒すべし!!! ゴブリン滅ぶべし!!!!」」」」」

 

 

 

ゴブリンを倒す事のみに執着する狂戦士・ゴブリンスレイヤーとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

これはヨシヒコ達を常に見守る存在である仏と、この世界で幸運の女神と称され崇められているエリスがいた

 

「はい、それでは仏とその後輩エリスの~、『今後為になる兄貴語講座』~はーいパチパチパチ~」

「あ、あの……いきなり呼ばれたんですけどこれは一体なんなんですか先輩……?」

「はぁ~空気の読めない後輩がいる~、ここに先輩がパチパチ言ってるのにパチパチしないKY後輩がいる~」

「えぇ~……パ、パチパチパチ……」

 

雲の上から姿を現しこちらを見下ろしているのは、仏だけでなくその隣にはどうしてここにいるのか戸惑っているエリスの姿が

 

仏は早速後輩がいる事でちょっと偉ぶった態度を取ると勝手に仕切り始める。

 

「は~いノリの悪い後輩は置いといて、ではこれからみんなに、社会で生き抜く事に役立つ、あの兄貴語をレッツレクチャーしようと思いま~す」

「いやあの先輩、そもそも兄貴語ってなんなんですか?」

「あぁ? ま! まさかお前女神のクセに兄貴語知らねぇの!? 今時の神様はほとんど兄貴語を使えるというのに!?」

「そ、そうなんですか!?」

「そうだよ、ガーネーシャなんかお前、兄貴語使って普通に兄貴と対話出来るよ」

「えぇ私そんなの全く知らないんですけど……教えられてませんし……」

「あ~ゆとり世代がこんな所にいた~、ゆとりはすぐに知らなかったって言う~、教えられてないからわかりませんってすぐ言う~」

「す、すみません……」

 

ウザさMAXで早速後輩いびりを始める仏

 

それにエリスは始まってすぐに疲れた様子を見せながらも一つの疑問を尋ねる。

 

「ていうか兄貴って誰ですか?」

「お前の隣にいる人が兄貴」

「え? わ! わぁぁぁぁぁ!!!」

 

仏が指差して答えると、エリスは反対方向へと振り返る。

 

すると自分の隣にいつの間にか屈強な体付きをした純白なブーメランパンツのみを身に着けた兄貴がにこやかに笑いかけながら軽く手を挙げた。

 

「なななな! なんでさも当然に私達神々の領域に入り込んでるんですかこの人!」

「いやだって、兄貴はもう十分神格化されてるしね、我々と同じく神を名乗ってもなんら不思議はないんだし。もう完全に我々と同じ神様だからね兄貴は」

「そ、そうだったんですか!?」

 

さっきから何も言わずにただ微笑を浮かべる兄貴にエリスは頬を引きつらせて軽く会釈。

 

そして仏の方はニヤニヤしながら早速本題を始めた。

 

「それじゃあ今から兄貴が兄貴語で喋りますので、アシスタントのエリスさんはそれを訳して言ってみてください」

「はい!? だから私兄貴語知らないんですけど!?」

「いやちゃんとカンペ出るから、それ読み上げればいいから」

「カンペ!?」

 

兄貴語に関してはてんで疎いエリスに対し素っ気なく返すと、仏は「よしじゃあお願いします!」と兄貴に向かって頼むと、彼は無言でコクリと頷いてスゥ~と息を吸うと

 

「エプロン♂チャーハン?」

「えと、あ、カンペあった! えと……よう兄貴、調子はどうだい?」

 

「キャノン砲!」

「お、抑えられないよ!」

 

「いいですか? 茄子のステーキ」

「逆らう気か?そうはさせないぞ」

 

「田舎も~ん!」

「よっしゃ、来いよ!」

 

「オビ=ワンいくつぐらい!?」

「そ、そんなにしたいのか俺と!?」

 

「くりぃむしちゅー池田!」

「何やってんだ立て!」

 

「ゆきぽ派!?」

「ギブアップか、あぁん!?」

 

「あぁん、ひどぅい!」

「うわ! 何をするだァー!」

 

「最近だらしねぇな?」

「恥かかせる気か?」

 

「歪みねぇな」

「お前、俺を怒らせたな」

 

「いい目してんねサボテンね!」

「そ、そんなに自信があるならおっ始めようじゃねぇか!」

 

「あんかけチャーハン?」

「へぇ、これがいいんだな……」

 

「最強!」

「それでどんな気分だい?」

 

「夏コミにスティック♂ナンバー見に行こうな?」

「……クソ野郎、お前にこれが受け切れるかどうか見せてもらおうじゃねぇか、あぁん?……」

 

「ブスリ♂」

「トドメだ」

 

「ナイスでーす♂ 」

「い、いい尻だ♂……」

 

一通り言い終えると兄貴は満足したかのようにニコリと笑う。

 

カンペ頼りに彼の言った事を訳していたエリスの方は反対にぐったりした表情を浮かべ

 

「……先輩、何か妙に卑猥な事言わされたような気がするんですけど……」

「バカお前、兄貴語は神聖なる言語だぞ、卑猥だとか失礼な事言うなよオイ」

「じゃあ先輩が訳せば良かったじゃないですか! どうして私なんですか!」

「いやそれ、先輩のアシストするのが後輩の役目でしょ? 俺間違った事言ってる?」

「アシストって! 先輩何もしてなかったじゃないですか!」

 

ちゃっかり自分は何もしていない仏にエリスがムキになって抗議しようとしていると

 

兄貴は一仕事終えたかのようにこちらに手を振りながら機嫌良さそうに何処かへ行ってしまった。

 

「あれ!? ていうかあのムキムキの人何処へ行くんですか!?」

「ちょっとこの世界じゃない別の世界へ行くんだって」

「そんな勝手な……念のため聞いておきますけど何を目的に」

「兄貴♂ファミリアを結成するんだって」

「そ、それ止めなきゃマズいでしょ! ファミリアってもしかして……あの世界ですか!?」

「いや別に良いでしょ、私達関係無いし、兄貴が行きたいなら勝手に行かせればいいじゃん」

「鼻をほじりながら言わないで下さい鼻を!」

 

小指で鼻をほじりながらけだるそうに言う仏に、流石にエリスも苛立ちを隠せないでいると

 

仏はまたこちらの方へと振り返ってにこやかな表情を浮かべながら手を振り

 

「それじゃあ『今後為になる兄貴語講座』を終了しま~す、司会は仏と、アシスタントのパッドウーマンがお送りしました~」

「……パッドウーマン!?」

「それじゃあまた次回~歯を磨いて寝ろよ~」

「次回なんて無いですよ!」

 

 



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伍ノ四

アクセルの街のすぐ近くに山

 

そこには竜王カズマと手を組み街中の男達にとんでもない悪夢を見せるという大罪を犯したゴブリン達が隠れ住んでいた。

 

元々あった洞窟を利用して拠点に改造し、そこでゴブリン達は一仕事終えて仲間達と談笑を交えながら休んでいると

 

 

「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」

 

 

洞窟の入り口から突然の怒号と仲間達の悲痛な叫び声。

 

表で何かあったのかと入り口のすぐ傍で待機していたゴブリン達は傍にあった武器を拾おうとする

 

だが時すでに遅く

 

「ゴブリン倒すべし!」

「!?」

 

 

先陣を切って現れた勇者ヨシヒコがゴブリン達の所へ剣を抜いて現れた。

 

強い殺気を放ちながら、ビックリして固まっているゴブリン達に颯爽と斬りかかる。

 

「ゴブリン屠るべし!」

 

ヨシヒコに続いて他の冒険者達も一斉になだれ込んで来た。

 

皆憎しみのこもった眼差しをゴブリン達に向け

 

戸惑うモノ、怯えるモノ、立ち向かおうとするモノ関係なく、ゴブリンであれば容赦なく鉄槌を下していく。

 

「俺達に酷い夢見させやがって!」

「やっちまえ! 相手がゴブリンだろうが今回ばかりは我慢ならねぇ!」

「今から俺達がお前に悪夢を拝ませてやる!!」

 

冒険者、否、今の彼等はゴブリンスレイヤー

 

その心にゴブリンに対する慈悲は一切持ち合わせていない

 

ムキムキな男とランデブーするという夢を見せられた者達は

 

もう強い憎しみ以外の感情は持ち合わせいないのだから

 

「ゴブリンは全て……勇者であるこの私が斬るッ!」

「うおぉぉぉぉぉ!! ヨシヒコに続けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「なんてこった……こうやって勇者と呼ばれる存在を間近で見られるとは衝撃だぜ……」

「俺達は今……後に歴史に記される伝説の一つを見ているんだ……」

 

先陣を切るヨシヒコは鬼神の如き迫力で次々とゴブリンを倒して行きながら奥へと進んでいく。

 

そんな勇敢に進んでいく彼を見て、本当に真の勇者なのだと確信した冒険者達は続々と後へと続いていった。

 

 

「お前達! ヨシヒコだけにいいカッコさせるな! このダンジョーに続けぇ!!」

「おお! なんだこのもみあげのオッサン! 滅茶苦茶強いぞ!」

「オッサンのクセにやるじゃねぇか!」

「オッサンに続けぇ!!」

「オッサン言うなぁッ!!!」

 

そしてヨシヒコに負けじと剣を振りかざして大暴れするのは戦士・ダンジョー

 

自分の所の魔王がやらかした事にも関わらず、すっかりアクセルの冒険者に肩入れしてゴブリン達を薙ぎ倒していく。

 

オッサンでありながらも大活躍する彼の頼もしい背中に、他の冒険者達もオッサン言いながら彼について行く。

 

「うむ、ヨシヒコとダンジョーも大活躍の様だな、ならばいよいよ俺の出番という訳か」

 

ヨシヒコとダンジョーの活躍を眺めた後、真打ち登場みたいな形で顎をさすりながら洞窟の入り口から現れたのはメレブ。

 

右手に持った杖を構えるとニヤリと笑いながら目の前の戦場を見てもなお余裕の態度

 

「よしお前達、その目にとくと刻むがいい、この大魔法使いメレブの大活躍を!」

「あれどうし……おおっと~、俺の後ろ誰もいな~い」

 

てっきり「一生メレブさんについて行きます!」的な歓声が後ろから聞こえるかと思っていたのだが

 

彼の背後にはもう誰も立っていなかった冒険者達は皆、ヨシヒコやダンジョーと共に先へと進んでいる真っ最中である。

 

「え? 待って、ひょっとしてこれ、俺だけ放置? あ~……」

 

 

ついて来てくれる者が自分だけいないとわかったメレブは一人寂しそうに髪の毛の先をクルクル指に巻いた後

 

何度かため息を突いてうんうんと頷いた後

 

「よし! みんなの後に続け俺ぇぇぇぇぇ!!」

 

こんな洞窟で一人で放置されたら間違いなく殺されると悟り、一目散に冒険者達の方へ掛けていくメレブであった。

 

 

 

 

 

 

 

ヨシヒコ達が奥へと進むと、そこには一際巨大なゴブリンが待ち構えていた。

 

「お前がここのボスか!」

「なんと巨大な魔物だ……だがヨシヒコ! お前であればやれる筈だ!」

「はい! うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

他のゴブリンよりも5倍はあるであろうボスゴブリン目掛けてヨシヒコは剣を構えて正面から飛び掛かる

 

しかし

 

「ぐわ!」

「ヨシヒコ!」

 

ボスゴブリンは巨大な図体にも関わらず動きは俊敏であった。

 

飛び掛かったヨシヒコをいとも容易く丸太のような腕で弾き飛ばしてしまう。

 

「つ、強い……!」

「頑張ってくださいヨシヒコさん!」

「サキュバスさんが俺達の街に残ってもらう為に!」

「俺もう少しでデラックスコース出来るんだよ! 奴を倒してくれヨシヒコ!」

「俺も! ムキムキな男達でデラックスコースやりたい!」

「キース、お前……」

「そうだ……サキュバスさんの為にも私がここで敗れる訳にはいかない……!」

 

いつも以上に張りきった様子で、仲間達の声援を背中で受けながらすぐに立ち上がるヨシヒコ

 

しかしこのままではやられてしまうのも時間の問題である。

 

ダンジョーが相手とヨシヒコの力量の差をはっきりと読みながらどうにかせねばと考えていると

 

「どうやらお困りの様だな」

「メレブ!」

「魔法使い(笑)!」

「おい今誰が魔法使い(笑)って言った、お前かダスト、ソゲブかますぞ貴様」

「違う違う! 俺じゃねぇから!」

 

窮地に現れたのは皆を必死に追いかけて来たメレブであった。

 

傍にいたダストという一人の冒険者に杖を向けた後、ヨシヒコの前に立ち塞がるボスゴブリンを睨み付ける。

 

「ダンジョー、俺が今から奴に呪文を掛けて隙を作ってやる、そしたらお前は他の冒険者達を引き連れて一斉攻撃をお見舞いしてやれ」

「出来るのかメレブ!」

「フ、俺を誰だと思っている、まあ見てなさい、俺が過去に覚えた呪文その2……」

 

 

相手に対して全く恐れも抱かずにメレブはほくそ笑むと、杖を構えてひょいとボスゴブリンに向かって叫ぶ。

 

「ほい!」

 

そう叫んだ瞬間ボスゴブリンは一瞬嫌な顔を浮かべ急に動きを止めたではないか

 

しかも両手で頭を抱えるとブンブンと首を横に振り出して正しく隙だらけの状態に。

 

「おお! 奴の動きが止まったぞ! 行くぞお前達!」

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

「今奴は、一瞬頭によぎった嫌な思い出に苦しんでいる真っ最中だ、俺はこの呪文をかつて……」

 

 

 

 

 

「『トラウム』、と名付けたんでございます」

「よっしゃあ今だ行け行けぇ!!」

「ぶっ飛ばしてやるぜゴラァ!」

「これで終わりだヒャッハー!!」

「おや? 誰も俺の呪文にツッコミ無し?」

 

ドヤ顔で掛けた呪文を披露するメレブだが、冒険者達の耳にはまったく届かず、ダンジョーと共にボスゴブリンに攻撃を繰り返していく。

 

一人取り残されたメレブは寂しそうに足元にあった石ころを蹴飛ばし

 

「アレだな、やっぱムラサキやアクアのツッコミが無いと、調子狂うな」

「メレブさんありがとうございます、おかげで奴に隙が生まれました」

「お、ヨシヒコ、今の俺のトラウム見てどうだった?」

「無敵ですね! もうこれで勝ったも同然ですよ私達!」

「その言葉が聞きたかった、そしてすかさずヨシヒコに……」

 

 

駆け寄って来たヨシヒコに絶賛されて、ちょっと気分良くなった様子でメレブは杖を構えると今度はヨシヒコに向かって

 

「サスオニ!」

「!」

 

今度はこの世界で得た新呪文を掛けてやる。

するとヨシヒコは一瞬戸惑いながらも剣を構え

 

ボスゴブリンに向かって対峙するかのような形をとってみると

 

「うおぉ~今のヨシヒコ超カッコいい~~!!」

「見ろみんな! ヨシヒコさんの勇ましい姿を!」

「ありがてぇ……! 俺はこのお姿を見る為に今まで生きて来たんだ……」

「いやもうこれ誰が何と言おうと勇者という言葉を表した存在そのものだね、うん」

「結婚してくれヨシヒコォーッ!」

「キース、やっぱりお前……」

「お前は俺達の太陽だァァァァァァァ!!!」

 

周りの仲間にひたすら褒めちぎられるサスオニの効果を受けて、ヨシヒコは周りの冒険者から絶賛の嵐

 

するとヨシヒコは体の内側から沸々と力が湧き始め

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!! テンション上がって来たァァァァァァァ!!!」

「……流石、単純なヨシヒコ」

 

前々から周りから褒められてテンション上がるという内容だと聞かされていたので

 

思い込みの力で見事テンションをバーストさせてステータスを一時的に上昇させる事に成功するヨシヒコ

 

するとボスゴブリンに激しい連続攻撃を加えて弱らせることに成功したダンジョーはクルリと彼の方へ振り返り

 

「今だヨシヒコ!! 勇者の剣をおみまいしてやれ!」

「行きます!!」

 

ダンジョーの叫びと共にヨシヒコは剣を構えたままボスゴブリン目掛けて飛び掛かる

 

そして

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

見事に会心の一撃を食らわして、ボスゴブリンを縦に真っ二つに両断するのであった。

 

かくして、サキュバスを賭けた冒険者と竜王の戦いは

 

無事に冒険者達の勝利で幕を閉じるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

一方ヨシヒコ達がゴブリン達を倒している頃

 

 

アクアとダクネスはまだ街中をうろついていた。

 

「よしもう限界だアクア……私はもう帰って寝るぞ……! 本気で寝るぞ……!」

「気は確かなのダクネス! 今館に戻ってぐっすり寝てたら! けだものヨシヒコがアンタを襲いに来るのよ!」

 

昨日の夜からずっと一睡もできていないダクネスを、アクアは声を荒げながら必死に眠らせまいと叫ぶ。

しかしダクネスの方は目蓋がくっつきかけて半分眠っているような状態だ

 

「徹夜してる上にそろそろ夕方じゃないか……年頃の乙女がこんな睡眠時間を取らないというのはどれだけ危険だと……」

「いいの!? アンタの純潔を奪われちゃってもいいの!? 寝てる隙にあんなこんな事されていいの!?」

「そもそも一向にやってこないじゃないかヨシヒコ達……アクア、これはやっぱりお前の勘違いだったんじゃ……」

 

そろそろアクアの話も全く信じられなくった様子のダクネス、するとそこへ

 

「あれ? お前等何してんのそんな所で?」

「二人共やけに眠そうな顔してますけど大丈夫ですか?」

「え? ってあぁー! 起きて! ダクネス起きて!!」

 

道の真ん中でダクネスの胸倉を掴み上げながら眠らせまいとしているアクアの所へ

 

ゴブリン退治を終えたメレブとヨシヒコが不思議そうな顔で現れたのだ。

 

「私達が全く隙を与えない事にしびれを切らして正面から来たって訳ね! 上等よかかってらっしゃい!」

「……何言ってんのお前? ごめんちょっとわかんない」

「女神、私達は今から他の冒険者達と祝勝会に参加しに行って来ます」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!? 私の方こそアンタ達が何言ってるのかわかんないんですけど!」

 

ファイティングポーズを取って戦う気満々のアクアに対しメレブがキョトンとしていると

 

「おーいヨシヒコにメレブ! 先に行って待ってるぞー!」

「わかりましたー! 私達もすぐに行きまーす!」

「え、今のもみあげのおっさんってもしかして……」

「という事で、私達はコレで」

 

ヨシヒコが真顔で先程の戦いによって、この街の冒険者達と強い絆に結ばれ、それをお祝いする為に宴に行く事を話し始める。

 

「この街の冒険者達と、そしてダンジョーさんも交えて楽しんできますので、女神とダクネスはまた館で休んでて下さい」

「だからなんでダンジョーがいんのよ! アイツ今カズマと裏切りめぐみんの仲間になってんでしょ!?」

「一時的な共闘をした縁で、今日一日だけそのわだかまりを捨てるとおっしゃってくれました」

「共闘……? ア、アンタ達どっか行ってたと思ったら冒険に行ってたの!? 私達抜きで!?」

「詳しい事は言えません」

「なんでよ!」

 

どっからツッコめばいいかわからない、そう思いながらアクアがどこから追求しようかと少ない脳みそで考えていると

 

「冒険って……やっぱりアクアの思い過ごしだったんじゃないかZzzzzz……」

「うわ! ちょっとダクネス寝ないで! ここ外なんだから!」

 

ヨシヒコ達が自分達に襲い掛かる心配など無かったとわかったダクネスは、遂に限界を迎えてフラリとアクアにもたれながら眠りに入る。

 

それを見てメレブは眉間にしわを寄せて首を傾げ

 

「は? 急に眠り出してダクネスの奴どうした?」

「そういえば女神も目の下にくまが、疲れているのではやはり館で休んだらどうですか?」

「だ、誰のせいでこうなってると思ってんのよ!」

「いや知らないけど、どうしたお前等、今日おかしいぞ」

「おぅい! どう見てもおかしいのはアンタ達でしょうが!」

 

どうも互いに話が見えてこないヨシヒコとメレブ、アクアとダクネスの間で一体何が起こったのか互いに理解出来てないでいると

 

「こうなったらハッキリと教えてもらうわよ! 今日アンタ達がどこで何をしていたか……」

 

 

 

 

 

ヨシヒコー! ヨシヒコよーッ!

 

「ってもうこのタイミングでぇ!! ふざけんじゃないわよ仏!」

「ヨシヒコ、例の」

「はい」

 

上空からいつもの調子であの声が飛んでくる。

 

すぐに気付いたアクアは爆睡しているダクネスを背負ったまま天に向かって睨み付け

 

ヨシヒコもまたメレブが袖の下から取り出したライ〇〇マンヘルメット被っていつもの態勢で見上げた。

 

するとそこへ夕日をバックに雲の上からパァーッと光が降り注ぎ

 

 

 

 

「……はい、仏です」

「ぶふぅ!! ア、アンタどうしたのよその目! ぶははははは!!」

 

くっきりと現れた仏を見てアクアが思わず吹き出してしまう。

 

左目に付いてたアザが、今度は右目の方にも付いていたのだ。

 

これにはアクアだけでなメレブも口を押さえて笑いを堪える。

 

「あれ!? 前見た時は片方だけにアザ付いてたのに! どうしたの仏!?」 

「パンダよパンダ! 仏パンダよぶはははははは!!!」

「……あのね、そうやってさ、いきなり人の顔を見て笑うのはいけない事だと思うんだ私」

 

両目にアザを付けた仏をメレブとアクアが盛大に大笑いをしていると、仏は面白くなさそうにしかめっ面をしながら呟く。

 

「聞いて、ねぇ聞いて? これ一体誰にやられたと思う?」

「えー誰だろうー? ゼウス君の孫?」

「ブブー、あの子こんな事しない、会って来たけど滅茶苦茶良い子だった、謝ったらすぐ許してくれた」

「ああそうなの良かったじゃん、じゃあ、またゼウス君?」

「またブブー、正解はですね……ん?」

 

何故にいきなりクイズ形式になったのか不思議に思いながらも、アゴに手を当てながらとりあえず適当に答えてあげるメレブ

 

2回不正解になると仏はようやく答えを言おうとするも、咄嗟に誰もいない横へと振り返り

 

「え? 店内での通話はお断り? ああはいはい、すぐ済むから、すぐ済むから大丈夫」

「っておい! お前なに!? 今どっか店の中にいんの!? まだそっちの世界にいる訳お前!?」

「うっさいよキノコ、お前の声今店の中にすげぇ響き渡ってるから、声のトーン落として」

「え、なに? 俺達の声ってお前じゃなくてそっち側全体に聞こえてるの?」

 

叫ぶメレブに大きな声を出すなと忠告しつつ、仏は嫌そうな顔でシッシッと手で追い払う仕草

 

「いやだからもうすぐ終わるって言ってんじゃん、それより飲み物のおかわり来てないんだけど、早く持って来てよ、君、店員でしょ?」

「しかも飲み屋っぽい所にいるなアイツ……」

「うわ、アイツの店員に対する態度、超最悪なんですけど……」

 

店の中で横暴な客として振る舞う仏にメレブとアクアが嫌悪する表情を浮かべていると

 

店員は向こうへ行ったのか、仏は再びこちらの方へと振り返る

 

「じゃあ邪魔者はいなくなったので正解言いまーす、正解は、ゼウス君の孫と親密な女神、です」

「あーなるほど、お前が変な事吹き込んだから、その女神さんが怒りましたという訳?」

「まあそんな所? あ~今思い出してもすげぇ腹立つ~」

「いやお前のせいだから仕方ねぇだろ」

「デビルマン渡したのに~」

「いやデビルマンがダメだったんじゃないの!?」

「じゃあハレンチ学園?」

「そっちもダメだね!」

 

やはり仏の謝罪方法が間違っていたんじゃないかとメレブがツッコんでいると

 

アクアが「ねぇねぇ」と仏の方へ口を開く。

 

「ちなみにその女神って誰?」

「紐よ紐、ほらエリスの奴の永遠のライバル」

「あぁ~紐ね~、それなら納得だわ、前々からアンタ達仲悪かったし」

「え、私ってそんな紐と仲悪かった?」

「いやぁ結構悪かったと思うわよ? 忘年会の時にいつもロキの奴と紐をからかってるじゃない」

 

仏とアクアが紐がなんだと会話しているのを聞いていたメレブは

 

「あの……紐で通じる女神ってどんな女神?」

 

一体どういう事なのかと訳が分からなそうに首を傾げていると、ふとヨシヒコが仏の方へ前に出る。

 

「仏、ならば私もそちらの世界へ行って、その女神とやらに一緒に謝りに行きましょうか?」

「いやだからヨシヒコは行かなくていいんだって、どうしたお前? そんなに向こうの世界興味津々なの? こっちの世界飽きちゃったの?」

 

またもや向こうの世界へと行きたがるヨシヒコにメレブが彼の裾を整えてあげながら優しく尋ねていると

 

仏の方も苦笑しながら彼に話しかける。

 

「うん、ヨシ君、ヨッ君はほら、ね? そっちでの使命があるからさ。こっちの世界には干渉しなくていいから、紐の方には私がいずれリベンジかますからその世界で大人しくといて、ホントややこしくなるから、クロスがトリプルになる的な意味で」

「お前はお前でリベンジかますってなんだよ、今度はちゃんと謝れよ、その紐の女神とやらに」

「はぁ!? 絶対イヤだわ! 仏は! 仏は孫の方に謝りに行ったんだよ! アイツなんにも関係ないからね! いきなり横からしゃしゃり出て来て私の顔面にグーパン……!」

 

メレブに窘められてまた謝りに行けと言われるが仏は全く反省する気ゼロの様子

 

ちょっと興奮した様子で叫び始めると、その途端また彼は横へと振り返り

 

「だからすぐ終わるつってんだろうがぃ! 今ちょっと立て込んでんだコノヤロー! とっとと飲み物置いて帰れコノヤロー!」

「出た、また店員に言われてるぞアイツ……」

「そりゃあんだけ騒げば店にもいい迷惑よ」

 

再び店員に注意でもされたのか、仏は逆切れ気味に怒鳴り散らしている

 

「ほらここだよここ! ったくもーお客様に向かって無愛想なツラしやがって……」

 

すると今度は仏の前に

 

バンッ! 思いきりテーブルにでも叩き付けたかのように並々注がれたお酒が乱暴に置かれ

 

「おふッ!」

 

その衝撃で仏の顔面にビシャァ!とこぼれた酒が飛び散った。

 

「お、一瞬だが店員の腕らしきものがコップをカウンターに叩き下ろす瞬間が見えたぞ」

「中々見所ある店員じゃないの、気に入ったわ、アイツにかましてくれて私もスカッとしたし」

 

仏に軽く嫌がらせしてくれた事にメレブとアクアがニヤ付きながら、やってくれた店員を称賛していると

 

急いで顔を拭いながら仏はすぐに店員がいると思われる方へと振り返り

 

「おま! お前コノヤロー! 仏に向かってなんて真似してくれてんだ小娘! そっちがそう来るならアレだよ? こっちもやるよ?」

「うわ仏、しょーもねー、店の店員につっかかるとかマジしょーもねー」

「ていうか私達にお告げするのが先でしょ、私達を優先しなさいよ」

「待て、しばし待て、今からこの態度の悪い店員にお客様の制裁、否、神の制裁を加える」

 

立ち上がった様な素振りを見せながらこちらにブーイングする二人を黙らせると

 

仏は指を突き付けながら喧嘩腰で相手を睨み付ける。

 

「この『豊穣の女主人』って店? ここに来てからずっと腹立ってんだよ! 他の店員さんはみんな愛想いいのに! お前だけずっとむっつり無愛想決めやがって! なんなんだお前! 接客ナメてんのかコノヤロー! 仏ナメてんのかコノヤロー!!」

 

アホなクレームを言いながら仏は足でステップを踏みながらシュッシュッと拳を振り抜く動作

 

「言っておくけどお前わかってんだからなこっちはー! お前その胸! バスト! 無理矢理寄せて大きく見せようとしてんだろ! お見通しなんだよこのムッツリ見栄っ張り!」

 

仏が店員の胸の秘密について大きな声でばらしたその瞬間

 

「でぃふ!」

 

姿は見えなかったが、店員の影らしきモノが素早く仏の顔面に拳を一撃叩き込んだのだ。

 

「やったわ! 仏の顔面に会心の一撃!」

「胸だ! 胸の事言われるのはどうしても許せなかったんだ!」

 

 

仏が一撃で沈んだ瞬間を両手を上げて歓声を上げているアクアとメレブをよそに

 

画面から見えない角度で倒れた仏に向かって何度も拳を振り落とされる音が聞こえる。

 

「いだッ! ごめんごめんムッツリ! 仏! 仏が悪かったから! そんなおっぱいの事気にしてたの気付かなかった私! もう一旦水に流そう、うん! だからもう殴るの止め……!」

 

何やら呻くような仏の声も殴られる音と交えて聞こえたその時

 

 

 

 

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

最期の断末魔の叫びを仏が木霊すると

 

そこから仏の気配がフッと消えて空はまたいつも通りに戻ったのであった。

 

「……あれ? もしやアイツとの通話が途絶えたか……?」

「え~もっとアイツが痛い目に遭う所見たかったのに~」

「ていうか遂にアイツ、お告げ下さずに自分語りだけで終わらせたぞ」

 

仏がいなくなったことを確認すると、結局お告げさえもせずに消えた事にメレブがしかめっ面を浮かべると

 

面白い所だったのにとアクアもガッカリした表情を浮かべる。

 

「仕方ないわね、ダクネスもずっと寝ちゃってるし今回はさっさと帰りましょ」

「あ、俺とヨシヒコは飲み会に参加してくるから。先帰ってて」

「ああそんな事言ってたわね、じゃあ私も参加するわ、どこでやるの?」

「いや無理無理、お前は無理、今回は男だけでやる予定だから、場所も絶対に教えない」

「はぁ!?」

 

 

ダクネスを背に担いだままアクアはヨシヒコ達の行く飲み会とやらに興味を持ったのだが、メレブがブンブンと手を横に振って彼女の参加を頑なに拒否

 

彼にヘルメットを返しながらヨシヒコも言い辛そうに

 

「すみません、今回は共に戦った男達の友情を更に深める機会でもあるので、女神は参加できません」

「何それどうゆう事!?」

「どうゆう事も何も、大切なモノを共有し合って熱い戦いに身を投じた結果?」

「ますます意味が分からないわよ!」

 

ヨシヒコとメレブの言ってる事がいまいちピンと来ていないアクアをよそに

 

二人は男達が集まり祝勝パーティーをやる場所であるサキュバスの店の方へと歩き出した。

 

「まあそういう事だからお前はダクネス背負ってそのまま帰ってていいから」

「次飲みに行く時は誘います」

「……なんなのよ一体」

 

全く理解できずに途方に暮れるアクアをその場に放置して、ヨシヒコとメレブは勇ましい足取りで店へと向かってしまう。

 

「ていうかダクネス重いんだけど……私このままおぶって屋敷まで帰らなきゃいけない訳?」

「Zzzzzzzzz……」

 

背中でまだ熟睡しているダクネスを背負ったまま、アクアは一体ヨシヒコ達に何があったのかと考え込みながら帰る事にするのであった。

 

 

 

 

一方ヨシヒコ達の光景を木の影から眺めていた者が一人

 

「兄様、ヒサがここを離れていた時に、詳しくは知りませんがまたもや戦いに身を投じていたのですね」

 

 

木の裏から全身銀色の鎧に身を包んだ女性、ヒサが姿を現した。

 

銀竜の鱗で編み上げたそう簡単には手に入らない希少かつ高価なレア防具だ。

 

「流石は兄様です、ですがヒサはこれからもそんな兄様に追いつこうとついていく覚悟です」

「ヒ、ヒサさん。紅魔族の村で作った特注の鎧を着てくれてありがとうございます……」

 

力強くそう宣言するヒサの横から、オドオドした様子で歩み寄って来たのは紅魔族のゆんゆん

 

「それにしても大変でしたね、まさか私の故郷を魔王軍の幹部が襲ってて、そして私達もその魔王軍と戦うハメになるなんて……」

「魔王に虐げられる民を見捨てては、兄様に顔向け出来ませぬ」

「いやぁ、ぶっちゃけ私達の村の方が最初から優勢だったんですけどねぇ……紅魔族って基本的にみんな上級魔法を操れますから……」

 

 

どうやらヒサもまたヨシヒコに負けじと別の戦いに参加していたらしい。

 

あの時の戦いをゆんゆんがしみじみと思い出していると、彼女の背後からヌッと新たな人物が

 

「まあ確かに最初はあなた達の方が優勢だったわね、けど途中でアンタ達が隠していた古代の魔道具を手に入れてパワーアップした私にはそれなりに苦戦していたじゃない」

「あ! シルビアさん!」

 

彼女の傍に現れたのは赤いドレスを着たグロウキメラのシルビア。

 

先程ゆんゆんが話していた紅魔族の村を襲っていた魔王軍の幹部その人である。

 

今は古代の魔道具「魔術師殺し」を体に取り組み、下半身が蛇という姿をしていた。(そしてこの見た目で普通に人里の中にいる)

 

「あの時は勝てると思ったんだけど惜しかったわぁ、まさかアンタが呼んだ助っ人が私の予想を遥かに上回る強さを持っていたなんて、おまけに何故かベルディアの奴もいたし」

「す、助っ人じゃなくて私の友達……」

「おーい! ヒサさ~~~~ん!!!」

 

紅魔族の村でヒサ達と戦ったのか、その時の事をしみじみと思い出すシルビアにゆんゆんが恐る恐る訂正しようとしていると

 

そこへいつもの様に首なし騎士・ベルディアが手を振りながらヒサの下へ馳せ参じると

 

シルビアを見つけてすぐに足を止める

 

「ってお前シルビアーッ! なに普通にヒサさんと一緒にいるんだよ!」

「アンタが気にする事じゃないわよベルディア、私を打ち負かしたこの娘がちょいと気になったからついて行こうと思っただけよ」

「そんな事信用できるか! 魔王軍の幹部のクセに!」

「いやそれアンタもだから」

 

自然にヒサの仲間になったかのように振る舞うシルビアに、彼女の事を前から知っているベルディアは不満げな様子。

 

すると彼の後ろからヒサと同じく別の世界からやって来たスズキが顔を出し

 

「まーいいんじゃないですかねぇ、この人滅茶苦茶強いですし、ヒサさんは強い人を仲間にしたいって言ってたから問題ないでしょ?」

「はい、私は兄様の頼れる仲間に負けないぐらい強い人達を集めたいのです」

「ハハハですよねー! 言っておきますけどシルビアの奴はホント強いんで! 期待してて良いですよ!」

「切り替え速いねぇベル君」

 

ヒサの言葉にあっさりとシルビアの仲間入りに反対する事を止めて大いに賛成して高笑いを上げるベルディア

 

そんな彼に友であるスズキはヘラヘラ笑いながら「ま、そこが彼の良い所なんだけどね」と言葉を付け足す。

 

かくしてヒサは、また一人新たな仲間を手に入れるのであった

 

次回へ続く

 

 

 

 

 

「そういえばずっと僕気になってんですけど、シルビアさんってなんで顎に髭生えてるんですか?」

「ああ、私元々男だから」

「えぇー! うっそビックリ! ベル君知ってた!?」

「ううん知らない知らない! 俺も今初めて知ったぞそれ!」

「え~女の人なら仲良くなれると思ったのに、元男の人場合どう接すればいいんだろ私……」

 

 

 

 

 



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其ノ陸 愛、それはどんなモノにも勝る強さ
陸ノ一


その昔、キールという名のアークウィザードが、たまたま街を散歩していた貴族の令嬢に一目ぼれをした

 

だがその恋が実らないと知っていたキールは、ひたすら魔法の修行に没頭する。

 

月日は流れ、キールはいつしか国一番のアークウィザードと呼ばれるようになった

 

キールは持てる魔術を惜しみなく使い、国の為に貢献する。

 

やがてキールは多くの人々に称賛され、王城にてその功績を称える宴が催された。

 

王は言う、その功績に報いたい、そなたの望みであればどんなものでも一つ叶えよう、と

 

それに対してキールは静かに口を開いた

 

この世にたった一つ叶わないと諦めていた望みがあります。

 

それは虐げられている愛する人が、幸せになってくれる事……

 

そう言うとキールはあろう事か王様の妾の一人を攫って逃げたのです。

 

攫った妾はかつて街で見かけた貴族の令嬢

 

彼女は親にご機嫌取りの為に王様の妾として差し出されました。しかし王様に可愛がられる事なくその上、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず虐げられていました

 

ならば要らないのであればと、キールは王様から彼女を攫ってしまったのです。

 

逃げる途中で攫ったお嬢様に求婚を申し込むと二つ返事で承諾されたキール

 

そこからは王国軍の追手と幾度も戦いを交えながらの愛の逃避行の生活

 

妻となったお嬢様を護る為に重傷を負い、それでも彼女を護り抜くのだと人を止めてリッチーにまで成ったキール

 

それでもなお妻は彼を愛し続け、国と戦いながら世界を飛び回る生活にも泣き言一つ言わずいつも幸せそうに笑ってくれていた。

 

やがて二人はとあるダンジョンに身を潜める事となり、そこで彼女は静かに最期を迎える事となった。

 

しかし妻に先立たれてもリッチーとなったキールは死ぬ事は出来ない。

 

そして横たわる彼女の骸がベッドの上で朽ち果て、白骨化する程の月日が流れた頃

 

とってもチャーミングで可愛く素敵なアークプリースト

 

100人がすれ違えば130人が失神するであろうと断言できる程の美貌を持つ超絶美しい水の女神がそのダンジョンに降臨されたのだ

 

一人の哀れなヒキニートを従者として連れてきたマジで美し過ぎる彼女の降臨にキールは心の底から喜び

 

どうか自分を浄化して欲しいと頼み込むと、慈悲深くて優しくて寛容な心を持つ女神様はそれを快く受け入れ、彼を天へと還し、不自然な胸を持つアレな女神の所へと導いてあげたのです。

 

そして「願うなら彼女に頼みなさい、どんな形でもいいからお嬢様と再び会いたいと、その望みはきっと叶うわ」と、消えゆく彼にそう助言まで言ってあげる洒落にならない程の神対応をする美しき女神

 

それを聞いて安心したのか、キールは一瞬安らいだような表情を浮かべると

 

すぐにフッとその姿を消し、無事に天へと還って行きました

 

もう一度愛する妻と会える事を心から願いながら

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、この話の中に出てくる超絶美女と称される程のナイスバディな女神様って言うのが、何を隠そうこの私って訳なのよ」

「……へぇ~」

 

山の中を歩きながら自慢げにドヤ顔を浮かべて

 

自分の事を指差す自称水の女神のアクアに、ずっと彼女の話を聞いてあげていたメレブが気のない返事をする。

 

「なんだろう、すげぇいい話だったのは認めるけど、その女神とかいう存在の表現がやけに誇張し過ぎててそこだけが非常にウザイ、キールとお嬢様の話は凄く良かったのに、女神の下りがしつこ過ぎてウザイ」

「2回もウザイって言わないで! 全て事実よ!」

 

地面に落ちてた松ぼっくりを拾ってそれを適当にほおり投げながらさっきまでの話を評価するメレブだが、それにアクアは不服な様子で振り返る。

 

「あの人が救われたのは私のおかげなのよ! 誇張でもなんでもないわ!」

「てかさ、それ本当の話? お前が作ったとかじゃないよね?」

「な訳ないでしょ! 全部本当の事よ! ダクネスも知ってるでしょ!」

 

自分を疑って来るメレブに本当の事だと叫ぶと、アクアはすぐに隣を歩くダクネスに同意を求める。

 

「アンタだってあの時裏切りめぐみんといたじゃないの!」

「いやまあ私はダンジョンの外で待機していたし、直接現場を目撃した訳じゃないんだがな、でもカズマからも話を聞いたし本当だという事は間違いないだろ」

「そっかーカズマ君が言うなら本当の事なんだろうなー、ごめんアクア、お前を疑ったりして」

「え、ちょっと、ちょっと待って……私が言っても信じないのにカズマが言ったらそんなあっさり信じるの……?」

 

カズマが言うのであれば間違いないだろうと頷くメレブとダクネスに、仲間同士の信頼性に不安を覚えてショックを受けるアクア。

 

「仲間の私よりも魔王とか名乗ってるあのヒキニートの肩を持つなんて信じられないわアンタ達……ねぇねぇヨシヒコはちゃんと私の事を信じて……は! ヨシヒコ!」

「うお! ヨシヒコお前!」

 

助け舟を探す感じで後ろを歩いていたヨシヒコの方へ話しかけるアクアだが

 

メレブと一緒に彼を見てギョッと目を見開く。

 

「超感動している! アクアの話を聞いて超泣いてるヨシヒコ!!」

「ピュアよ! ピュア過ぎるわヨシヒコ!!」

 

さっきまで大人しかったので気になってはいたのだが

 

なんとヨシヒコはこちらが気付かない内に目から尋常じゃない程の大量の涙を流し感動していたのだ。

 

凄い形相の泣き顔に一同が軽く引いていると、ヨシヒコは嗚咽漏らしながらアクアに近づき

 

「大変すばらしいお話で涙が止まりません、やはり女神は凄いです!!」

「いいわヨシヒコ! そういうリアクションが欲しかったのよ私は! 薄情な仲間と大違いだわ!」

「本当に感動しました、もう感動し過ぎて涙と鼻水が止まらな……ズズゥゥゥ!!!」

「ってちょっとぉ!! なに私の羽衣で鼻かんでんのよぉぉぉ!!!」

 

期待以上の反応をしてかつ自分を褒め称えるヨシヒコにアクアは悪くないとすっかり機嫌を良くするが

 

感動のあまり鼻から出て来た鼻水を拭う為に、ヨシヒコはちゃっかりとアクアが首に掛けている羽衣を手に取って鼻をかみ始める。

 

そんな彼を叱りながらアクアがヨシヒコから羽衣を取り返そうと躍起になっていると……

 

 

 

 

 

ヨ、ヨシヒコさーん! ヨシヒコさーん!

 

突如空に浮かぶ雲を割って、神々しい光がこちらに降り注がれる。

 

「あら? このタイミングでこの気配は仏……いや違うわね」

「んんん? なんか声が違う様な……いつものダミ声じゃなくてこれはもっと澄んだ女性の声っぽいような……」

 

ヨシヒコから強引に鼻水塗れの羽衣を奪い取って空を見上げながら首を傾げるアクア。

 

てっきりいつも通りに仏が空からお告げをしにやってくると思っていたのだが、明らかに声が違うと察して目を細めるメレブ。

 

すると彼等4人を前にして空から姿を現したのは

 

 

 

 

 

「ど、どうも……幸運を司る女神、エリス、です……」

「な、なにぃ!? エ、エリス様だとぉ!?」

「は!? なんでアンタが出てくんのよ!」

 

現れたのは仏ではなくまさかのアクアの後輩にしてダクネスが信仰している女神、エリスであった。

 

申し訳なさそうにこちらに軽く頭を下げながら出て来た彼女に、ダクネスは意表を突かれ、アクアは眉間にしわを寄せて首を前に傾ける。

 

「仏はどうしたのよ仏は! なにアイツってばもしかしてサボったの!? 無能のクセに仕事まで放棄したっていうの!?」

「いやそういう訳じゃないんです、実は先日……仏先輩は別の世界にいる時にちょっとした事故に遭って入院してまして……それでその代わりに私がこうして皆様の前に姿を現したって事情が……」

「あ、わかった。ちょっとした事故ってそれ、店の中で酔っ払ってその店の店員にボコボコにされた事でしょ」

「えぇー!? どうしてわかったんですか!?」

「いや事故現場直接この目で見たから私、アイツが出て来た時に店員に喧嘩売ってやられた瞬間まではっきり見たから」

「そうだったんですか……私は見舞いに行った時に初めて聞かされましたよ……」

 

どうやら仏はあの無愛想だの貧乳だの呼んでいた店員にとっちめられて別世界で入院しているらしい。

 

そして代わりにヘルプとしてやってきたのがこのエリスという訳だ

 

「わー、なになにエリスってたまに会話の中に出てくるあのエリス様? 結構可愛いじゃーん、年いくつ?」

「メレブ! 女神エリス様に対してその口の利き方はないだろ!」

「アハハ……」

 

砕けた感じでエリスに話しかけるメレブにダクネスに厳しく窘めている一方で

 

「あれ? あ、ヨシヒコ! あんたまさか!」

「……」

 

アクアはふと隣にいるヨシヒコをみてある事に気付いた。

 

ちゃんとエリスの方を見上げて、ヘルメット無しではっきりと肉眼で視認している事に

 

「見えるの!? 仏は見えないクセにエリスは普通に見えちゃうのアンタ!?」

「見えます、はい……ヘルメットを被らなくてもハッキリと」

「え、マジで? あ、ホントだ! ヨシヒコちゃんとエリスちゃんがいる方向向いてる!」

「あのー、私が見える事に何か問題でもありましたか?」

「あー大丈夫大丈夫、仏の時は普段この子ってば肉眼で見る事出来ないから」

 

ヨシヒコがこちらをまっすぐに凝視してくるのでエリスが困惑していると、アクアがいいからいいからと手を振る。

 

「逆に普通に見えてる事に驚いてるだけ、いいからアンタは話進めなさい」

「は、はぁ……」

「おいアクア! お前までエリス様に対してそんな態度を取るな! 天罰が下るぞ!」

「なんで私が後輩に対して態度改めなきゃいけないのよ、先輩よ私、水の女神のアクア様よ?」

「……そうだな、悪かったなアクア」

「えぇー!? なんで急に可哀想な目を向けるのダクネスさん!?」

「あ、あのー、それじゃあ話進めちゃっていいですか……? お告げっていうのやりますから……」

 

アクアとダクネスのやり取りを頬を引きつらせながら見下ろした後

 

エリスは小さく手を挙げて早速本題に入った。

 

「えとですね……皆さんが拠点としているアクセルの街に、実はリッチーが人に紛れて店を開いているらしいんですよ、それを是非調査、もしくは討伐を行って欲しいんです」

「すみませんリッチーとは一体なんでしょうか? 先程女神の話の中にも出ていましたが……」

「ヨシヒコさんのお仲間で例えるならあの……死体とかミイラとかいますよね? ああいうアンデッド系のモンスターを統率して操る事の出来る者で、アンデッドの王とも呼ばれています、上級魔術にも通じているのでかなり危険な存在です」

「凄い、流石はもう一人の女神、私の仲間である彼等の事も把握しているんですね」

「アハハ……まあ一応共に戦った仲なんで……」

 

自分の仲間として加わっている死体やミイラの事も把握した上で、リッチーという存在をわかりやすく説明してくれたエリスにヨシヒコが素直に感心していると、彼女は彼等に聞こえない様小声でボソリと呟きながら話を続ける。

 

「しかもそのリッチーはこちらの世界の魔王軍の幹部だという噂もあります、冒険者の街に何故入り込んでいるのかは知りませんが野放しにしていると危険です」

「ほう、こちらの世界の魔王軍の幹部、それは確かに見過ごせませんな、あの街には色々と世話になってるし」

「一刻も早くそのリッチーが人に害を与えるのかどうか詳しく調査して、もし何かしらの行動を起こして人々に何か危害を加える可能性があるとしたら、すぐにでも討伐して欲しいと思います」

「それって怪しかったらさっさと殺せって事?……見た目の割には結構シビアな性格してるんですねエリスちゃん」

「メレブ、ドサクサに紛れてエリス様をちゃん付けするな」

 

この世界を護る事を何よりも重要視しているエリスにとっては、人々に害を与える存在は絶対悪であり排除すべき存在でしかない。

 

そのリッチーが不審な行動見せたら暗殺なり正面から斬るなりしてくれとお告げを下す彼女にメレブがちょっと物騒だなと苦笑いを浮かべていると

 

「ねぇエリス、私とダクネスはその魔王軍の幹部のリッチーの事もう知ってるんだけど?」

「ええ!? そうなんですか!?」

「そうなんですか!?」

「そうなんでございまするか!?」

「いやなんでアンタ達もエリスみたいに驚いてるのよ」

 

あっさりとそのリッチーの事を知っていると呟くアクアにエリスが、続いてヨシヒコ、最後にメレブと三人揃って同じようなリアクションで驚くのをツッコミながらアクアが話を続ける。

 

「ダクネスも知ってるでしょ、あのロクでもない魔道具を売って全然儲けが無い貧乏リッチー、アイツの事よきっと」

「ああ、私もエリス様の話を聞いてすぐに思い浮かんだ、しかし魔王軍の幹部と言っても今は名ばかりで、おまけに人を害を与える様な真似をする様にはとても見えなかったぞ?」

「人に害を与えるかどうかについてはまだ完全に判明されてはないけどね、だってリッチーですもの、アンデッドを操るちょーえんがちょーな奴よ? 裏で何やってるかわかったもんじゃないわ」

「その言い方だと死体とミイラを操るヨシヒコもまたリッチーと並ぶ危険人物と判断されるんだが……」

 

うへぇと舌を出しながら思いきり嫌悪感を示して見せるアクアだが

 

アンデット系どころか魔物全般、その上精霊まで使役できるヨシヒコの方がよっぽどヤバいんじゃないかと、ダクネスは一般的な視点からボソリと呟く。

 

「だがあのリッチーは本当に危険だとは思えないぞ、見た感じちょっとドジでおっちょこちょいで商才の無い奴なだけなんだが……」

「見かけで判断してはいけませんよダクネス、リッチーなどという輩をそう簡単に信用してはいけません。キチンと詳しく調べてから問題ありかどうか判断するべきです」

「わかりましたエリス様! エリス様の神託を受け! 魔王軍の幹部であるリッチーの事を調べて来ます!」

「……エリス相手だとあっさり決断するのねアンタ、私の時はよく渋るクセに……」

 

騎士らしくエリスに返事するダクネスを、私だって女神なのに……と恨みがましい目つきを向けるアクア、

 

「話がまとまったんならとっととあのリッチーの所へ行くわよ、カズマの奴がいた時は邪魔されたけど、今度こそアイツを浄化してやるわ」

「いや出会ってすぐに浄化する気じゃないだろうなお前、まずは調査が先なのを忘れるなよ」

 

アンデット系に対しては何かと敵意を燃やすアクアに、ダクネスがジト目で釘を刺していると

 

エリスは「え~と……」と呟きながらお告げというのはコレでいいのかな?とこちらに首を傾げる。

 

「と、とりあえず私はコレで……皆さん頑張ってくださいね」

「あ、ごめん、最後に一個だけ聞いていい?」

「ええ、私が知っている事であればなんでも答えますけど」

 

お告げを終えて帰ろうかとしているエリスに不意に話しかけるメレブ

 

すると急にシリアスな表情を浮かべながらキリッと顔を上げて

 

「パッドバズーカ事件について詳しく聞きたいんだけど?」

「……」

「……待て女神エリスよ、何故無言で目を逸らすんだい?」

「……知りません」

「ほほう、知らない割には随分と間があったのは気のせいだろうか?」

「で、では私は帰りますので! 失礼します!」

 

メレブの問いを聞いた途端急に耳が聞こえなくなったかのように振る舞うエリスを見て

 

これは完全に何か知ってるなとメレブが踏んでいると彼女はそそくさと退散する準備を始めてしまう。

 

「それではご武運を!」

「おい逃げんなエリス! 仏から聞いてからずっと気になってんだよこっち! パッドバズーカって一体何があったんだオイ!!」

 

慌てて手を振りながらサッと雲の中に隠れて消えていくエリスに向かってメレブが叫ぶも

 

彼女の気配はあっという間に消えてしまった。

 

「一体いつになったら謎は解き明かされるのかパッドバズーカ事件……」

「私も以前に彼女に尋ねてみたんですが、忘れろと言われました」

「え~超気になるんすけど~」

 

杖を左右に振りながらどうしてもエリスの起こしたそのパッドバズーカ事件とやらを解明したいメレブであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてしばらくして、ヨシヒコ達はアクセルの街へと戻ると

 

早速魔王軍の幹部であるリッチーが営んでいるという魔道具店の前へとやって来ていた。

 

「ここが人々を脅かす魔王の手先がいると言われる店か」

「見た目は普通のお店にしか見えないけどな……」

 

店そのものは魔王軍の幹部がいますといったアピールも無くごくごく普通の見た目。

 

初めて見たヨシヒコとメレブは顔を上げてまじまじと見つめる。

 

「そういえばさ、さっき話してたキールって魔法使いもリッチーになったんでしょ? でもリッチーになってもそんな悪い事とかしてなかったみたいだし、ここにいるリッチーも悪い事した話が今まで無いなら、案外普通に無害かもしれないぜ?」

「甘い、甘すぎるわメレブ、キールはあくまで特別な例よ」

 

振り返って尋ねて来るメレブにアクアはやれやれと首を横に振る。

 

「コイツは魔王軍の幹部にまで成りあがってるの、リッチーに成った上に魔王の手先になるとか、もうコレ100パー何か企んでるでしょ、100パー黒でしょ絶対」

「そうですね、人々を苦しめる魔王の手先になるとは、これは許される事ではありません」

「流石わかってるわねヨシヒコ、それでこそ勇者よ、そんな勇者に女神たる私が神託を下すわ」

 

自分の話をあっさりと受け入れてしまうヨシヒコにアクアは肩に手を置きながら賞賛していると

 

店のドアの前まで連れて行き彼に指示を伝える。

 

「中入ったら速攻斬りなさい」

「はい!」

「はいじゃない! アクアの話を鵜呑みにするなヨシヒコ! お前はどうしてアクアの言う事をなんでも信じるんだ!」

 

ニヤリと笑うアクアに斬って来いと命令されて力強く返事するヨシヒコに

 

ダクネスが後ろからすぐに止めようとするが、既にアクアはドアノブを回して

 

「はい開けた! はい次ヨシヒコGO!! 斬って斬って斬りまくりなさい!」

「魔王軍の幹部! 覚悟ぉぉぉぉ!!!」

「っておい! まず話を聞く所から始めろってエリス様に言われただろ! く! カズマがいてくれたら……」

「前から思ってたけどアイツ、ヨシヒコ乗せるのホント上手いな……」

 

勝手に開けて勝手に店の中へとヨシヒコを突撃させるアクア

 

ダクネスが嘆き、メレブがちょっと感心している中、ヨシヒコは雄叫びを上げながら店の中へとお邪魔した。

 

すると

 

 

 

 

 

 

「あ、いらっしゃいま……えぇ~~~~!?」

 

剣を構えたまま乱暴にヨシヒコが店内へ突撃すると、奥から現れた店主と思われし女性が顔を出してきた。

 

戦う気満々の様子の彼を見て素っ頓狂な声を上げつつ、オドオドした様子で後ずさりしているとアクア達も店内へと入って来る。

 

「御用改めよ、神妙にお縄に付きなさいリッチー」

「ってああアクアさん! お久しぶりですね何か御用……え? お縄に付けってどういう事ですか!?」

 

入って早々ジト目で指を突き付けてきたアクアに、女性が困惑の色を浮かべていると

 

ダクネスがメレブとヨシヒコに説明してあげる。

 

「ほらあれがリッチーのウィズだ、一応魔王軍の幹部らしい」

「えぇ~~~~!? アンデッドの王っていうからてっきり死体やミイラのお仲間だとばかり思ってたのに!」

 

彼女がエリスが言っていた魔王軍の幹部・リッチーことウィズだと聞かされて驚くメレブ

 

見た感じ自分達と変わらない人間であるし、かなり綺麗な女性だしそれに……

 

「ボインボインですやん! ボインボインし過ぎておりまんがな! ビッグボイン!!」

「なんだそれ、呪文か何かか?」

 

ウィズの豊かに実った胸を見てつい思いきり叫んでしまうメレブ。

 

何言ってるのかわかってない様子のダクネスが怪訝な表情を浮かべていると、ウィズが恐る恐るこちらに近寄って来て

 

「あの、もしかしてウチに何か御用でしょうか? それとそちらのお二方の男性は初めて見るんですけど……」

「ああ、そうだったな。コイツはめぐみんに代わって私達の仲間に入った魔法使いだ、一応」

「どうも、ボインです、じゃなかった、メレブです」

 

胸のせいで名前を言い間違えながらウィズに微笑むメレブ

 

そしてアクアもまた剣を構えて立っているヨシヒコの肩に手を置いて

 

「そんでコイツがカズマに代わって仲間に加わったヨシヒコよ、はいヨシヒコやっちゃって、こんなリッチーとっととやっつけちゃって」

「ア、アクアさんやっつけるってどういう事ですか? 先程からどうも物騒な感じがするんですけど……」

 

さっきからヨシヒコにウィズを斬れと頑なに命令するアクアの頭を掴んで、すっかり怯えているウィズに代わりに頭を下げるダクネス。

 

「すまない、アクアの奴どうも好戦的になっていてな、私から言っておくから安心してくれ。それとヨシヒコもいいい加減剣ぐらい下ろせ……っておいヨシヒコ?」

「ちょっとどうしたのよヨシヒコ~? 早くこんなアンデッド倒しちゃいなさいよ~ってあれ?」

 

ダクネスに頭を掴まれたままアクアはヨシヒコの方へ顔を上げるとふとおかしな点に気付く。

 

さっきからウィズと対峙したままヨシヒコは全く微動だにしないのだ。

 

すると「どうしたどうした~?」とメレブもまた不思議に思ってヨシヒコの前へと立ってみると

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ど、どうしたのよメレブ! 一体何が……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだヨシヒコがどうかしたのか、まったく世話の焼ける……あぁぁぁぁぁ!!!」

「えーと、どうしたんですか皆さん?」

 

困惑しているウィズをよそに三人はヨシヒコの姿を前から見て同じように声を上げる。

 

何故かというとそれは……

 

 

 

 

 

 

「ヨシヒコの目が! ピンクのハートの形になってしまっている!」

「古典的だわ! 古典的過ぎるわヨシヒコ!」

 

ヨシヒコの両目に付いているのはちょっと大きめの形をしたピンク色のハートではないか。

 

どうやらウィズと初めて顔合わせた瞬間から、彼は……

 

「ま、まさかヨシヒコの奴、ウィズを一目見た瞬間……」

「うむ、間違いない、この見た目、このビッグボイン、よくよく考えればこれはヨシヒコにとってこのウィズという者は正に理想の女性に違いない」

 

ちょっと大人しめな印象とはちきれんばかりの巨乳であるウィズを改めて確認したメレブは、予感しているダクネスと信じられないという表情を浮かべるアクアにハッキリと頷く。

 

 

 

 

「ヨシヒコは……彼女に恋をしてしまいました!!」

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

「あ、あの……私だけ話が良く見えないんですけど……」

 

 

 

ヨシヒコ、初めての異世界で恋に落ちる。

 

 

 

 

 



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陸ノ二

前回のあらすじ

 

ヨシヒコ、魔王の幹部の巨乳リッチー・ウィズに一目惚れ

 

以上

 

「実はな、エリス様のお告げでお前が何か悪さをしているんじゃないかと調べる為にここへ来たんだ」

「うえぇ!? わ、私なんにもしてないですよ! 本当です!」

「いいから正直に吐きなさいよ、やってるんでしょ悪どい事、潔く浄化されなさい」

「だから何もしてませんよ!」

 

ウィズの店へとやってきたヨシヒコ一行は

 

エリスのお告げを聞いて果たして彼女が白が黒なのか取り調べを開始するも

 

ダクネスとアクアがウィズと話してる中、メレブは一人ヨシヒコをジッと見つめ

 

「完全に固まってるわコイツ……」

「メレブ、ヨシヒコはまだ治らないのか?」

「いやこればっかりは……一生治らない病気だからねぇ彼の」

 

さっきからヨシヒコはウィズを凝視したままピクリとも動かずに突っ立たままだ。

 

メレブが軽く肩パンしたり顔の前で手を振っても、依然真顔のまま微動だにしない。

 

「はい、という事で今回はヨシヒコ、使い物になりません」

「ちょっとウィズ! アンタウチのヨシヒコに魅了の魔法でも使ったんでしょ! 白状しなさいよこのビッチリッチー!」

「わ、私はそんな魔法なんて覚えてもいませんよ! このヨシヒコさんという方には本当に何もしてませんから!」

 

変な疑いを掛けられて慌てて否定するウィズだが、アクアはますます疑い様に目を細め

 

「ちょっと前にヨシヒコの股間がすんごい事になったのもアレ絶対アンタのせいでしょ、あっちが元気になる魔法でもかけたんでしょ」

「ななななんですかそれ!? 本当に知らないですから私!」

「まああっちを元気にするなんてわざわざ魔法使わんでも……ねぇダクネスさん」

「そうだな、今は年老いた人でも元気になる為の薬とかが開発されていて……って何言わすんだ貴様ぁ!」

「おお、まさか普通にツッコミでは飽き足らず、ノリツッコミまでしてきおったぞこの娘」

 

中々いいリアクションを取ってくれるダクネスにメレブがちょっと喜んでいる中で

 

アクアはずっとウィズに厳しい尋問を続けている

 

「ほら最近誰かに怪しいモン売り付けたとかしたんじゃないのアンタ? 有名芸能人に違法薬物渡すとか、チャゲ? アスカ? どっちに売ったのよ」

「アクア、チャゲはやってない、やったのアスカ」

「そんな事もしてません! ていうか有名芸能人ってなんですか!? そもそもここ最近ウチに来たお客さんはこの辺では見慣れない女性のお客様一人ですし……」

「見慣れない女性……?」

「実を言うと私の店の商品って基本的に売れないんですよホント……」

 

危険な事を口走るアクアをメレブが窘めていると、ウィズがここ最近はロクに商品が売れていない事を話し始めた。

 

「私、どうも商才が無くてですね、冒険者さんには役に立たないモノばかり仕入れてしまうんです……」

「それは前にカズマと来た時に聞いたわね、じゃあ不思議ね、なんでこんな流行りもしない上にリッチーなんかが経営してる店にお客が来るなんていう奇跡が起きたのかしら?」

「うう……まあ確かに不思議といえば不思議かもしれませんけど……」

 

いちいち悪態を吐かないと気が済まないアクアにウィズは泣きそうになりながらもそこはなんとか耐える。

 

「私なんかと違って身軽そうな恰好をした女性でした、名前は確かムラサキさんという方でしたね……」

「ムラサキ? ちょいとメレブさん、それってアンタの所の……」

「身軽そうな恰好のムラサキさん……うん、100パーあの胸平さんだ」

「なんだと!? どうして彼女がこの店に!?」

 

ウィズの口から出た最近店に来てくれたお客がムラサキだと聞いていち早く反応するアクア達(ヨシヒコ以外)

 

どうやら彼女はここへ来たみたいだが一体何故……

 

「理由は聞きませんでしたが、男性が寝てる時に貼ると夢の中で筋肉質な男達に言い寄られるお札を大量に買い取って下さったんです、いやームラサキさんのおかげでこっちも助かっちゃいました、執拗に乳を寄越せと言い寄られながら胸を引っ張られましたけど……」

「でしょうね、ってちょっと待って? え? あの忌々しい札が売られてた店ってここ? しかも買ったのがムラサキ?」

「はいそうですよ、個人的な趣味を持つ方なら買ってくれるかもと思って私が仕入れておいたんです」

 

念願の御客の来店に加えその上商品を大量に購入して下さった事にウィズが顔をほころばせている中

 

メレブはふと先日にあったあの時の悲劇を思い出す。

 

「あぁこれは~……やっちゃいましたねぇ、もう言い逃れ出来ませんわ奥さん、自首しよ」

「ええぇ!?」

「どういう事だメレブ」

「どういう事もこういう事も無い」

 

てっきり見た目からしてそんな悪い人には見えなかったのだが……

 

落胆した様子でウィズに自首を促すメレブにダクネスが尋ねると彼は慎重に言葉を選びながら答える。

 

「竜王軍の幹部になってしまっているムラサキがそんな嫌がらせにしか使えないモノを大量に買い取ったという時点で、ちょっと考えればわかる筈だぞ」

「まさか……男達にその、同性同士での卑猥な夢を見せる為に買い揃えたという訳なのか? 例えばこの街に住む男性の冒険者に貼り付けてトラウマを与えるとか」

「うむ、超正解、さすがダクネス。これはまさしく恐ろしいテロ行為だ」

「ううむ女の私でも男同士でそういう事をするというのは気色が悪いな……想像しただけで吐きそうだ」

「俺も思い出して超吐きそう……」

 

男同士でハッスルさせられる夢を見せるとは何と凄まじいトラウマ製造機であろう

 

自分で言って顔色を悪くしながらダクネスは、ムラサキがそんなアイテムを購入した理由をすぐに推測する。

 

「こんな鬼畜な事を企んだのはきっとカズマだな、アイツは誰もがドン引きする程の鬼畜行為を働く生粋の外道だ。ここに丁度いいアイテムが売られてると知って、ムラサキを遣いにして買わせたんだろう」

「そしてそれを売ったウィズさんは……」

「この世界を脅かす竜王に加担したという事で国家反逆罪、つまり死刑ね」

「え、えぇぇ~!? ていうかカズマさん今悪い事してるんですか!?」

 

話を整理し終えて上手くまとめたダクネスにメレブが頷くと、アクアは蔑むような視線をウィズに送りながらボソッと死刑宣告

 

これには泣くのを我慢していたウィズも涙目に

 

「だ、だって私知らなかったんです! ムラサキさんがその竜王?とかいう方ですか? その人の手先でウチの商品を悪用する為に買っていったなんて!」

「しらばっくれんじゃないわよ! アンタ魔王軍の幹部なんでしょ! 魔王繋がりでカズマに人を貶める為に使うアイテム流してたって不思議じゃないわ!」

「誤解です~!」

 

アクアにしがみ付いて抗議しようとするウィズだが、彼女に触ると身体がピリピリと痺れてしまうので迂闊に近寄れないまま、ちょっと距離を置いた状態で両膝を床に突けたまま祈る様に両手を合わせながら首を横に振る。

 

「前にも言いましたけど幹部って言っても私なんてほんの名ばかりですから! 魔王さんも竜王さんの事情もホントに何も知らないんです! ただお店が儲かるのが嬉しくて売っちゃっただけなんです!」

「懺悔の言葉はそれで良いのかしら? へっへっへ、ようやくこれでアンタを浄化できる大義名分を手に入れたってモンよ……」

「アクア、今のお前完全に悪役だぞ……」

「うわぁ……絶対にコイツ女神じゃない」

 

両目から涙をこぼしながら話を聞いて欲しいと懇願するウィズだが

 

既にやる気満々のアクアは拳を鳴らしながら歪な笑みを浮かべて彼女を浄化せんと動こうとしている

 

これには流石にダクネスとメレブもドン引きしていると……

 

「彼女は無実です」

「おお! ここでまさかのヨシヒコ復活!」

 

サッと手を出して異議ありを唱えるのは先程まで固まっていたヨシヒコ、我に返るとすぐにウィズの弁護に立ち、アクアは面白くなさそうに鼻をフンと鳴らす。

 

「ちょっとどういう事よヨシヒコ、女神である私を差し置いてリッチーなんかを庇うなんて」

「女神、勇者の名にかけて私は断言します、彼女は決して悪くありません」

「ふ~ん、一応訳を聞かせて貰おうかしら」

 

腕を組んで話を聞くポーズをとるアクアに促されると、ヨシヒコはオドオドしているウィズを庇う様に前に立ち塞がりながら声高々に

 

「それは彼女がとんでもない巨乳だからです!」

「……は? ごめんヨシヒコ、もう一回言ってちょうだい」

「こんな美しい、かつ巨乳の彼女が! 悪い事なんてする訳がありません!」

「……」

 

力強くそう断言して見せるヨシヒコに対し

 

アクアは数秒顔に手を当てフゥ~と疲れたような息を漏らし、天井を見つめながら無表情で思考を巡らせた後

 

改めて彼の方へ再び振り向く。

 

「アンタ……本当にバカじゃないの?」

「ヨシヒコ、また巨乳に魅了されたか……」

「待てヨシヒコ、巨乳だから悪い事しないというのはおかしいぞ流石に」

「いや、巨乳の人に悪いモノは絶対にいない」

 

流石に仲間達にそれは無いと抗議されるヨシヒコだが、彼はキリッとした表情で真っ向から彼等に反論

 

「いいですか? 巨乳は本当に素晴らしいものなのです、巨乳があれば男達は喜ぶ、幸せになれる、そして世界が救われるんです、つまり巨乳こそ正義なんです」

「じゃあアンタ魔王が巨乳だったらどうすんのよ!」

「絶対に倒しません! 魔王が巨乳であれば! 私は喜んで世界を救う事を諦めます!」

「はぁ!? アンタそれでも勇者なの!?」

「いっそそんな巨乳の魔王がいる世界があるならば私はすぐにでも向かいたい!」

「ないだろそんな世界……」

 

アクアの問いに真っ向から正直にぶっちゃけるヨシヒコにメレブがボソリと呟く中で

 

ヨシヒコはやや混乱しているウィズの方へ手を挙げて仲間達に向かって

 

「という事で彼女は潔白です、彼女はただ相手の素性知らずに売ってしまっただけなんです」

「は、はいそうです、ちょっと複雑ですけど信じてくれる人がいて嬉しいです……」

「当たり前です、勇者はいつだって巨乳の味方ですから」

「う~ん……やっぱり複雑ですね……」

「ちょっとヨシヒコ! そんなアホな理由でコイツをお咎めなしにするなんて許さないわよ!」

 

キランと歯を輝かせながら振り向いて来たヨシヒコにウィズが苦笑していると、そんな事で無罪放免と断定できる訳ないだろとアクアがすかさず対抗する。

 

「いくら巨乳だからってそいつはアンデットの王のリッチーなの! 裏でコソコソとカズマ達と繋がっていても不思議じゃないわ! そいつを無実と証明したいのであればまずは私達を納得させてみせなさい!!」

「……わかりました、ではこれから私一人の力で彼女が良い方だと証明して見せます」

「言ったわね、男に二言は無いわよ?」

「はい、それで彼女が救われるのなら」

 

彼女の身の潔白を証明して見せろとアクアに言われヨシヒコは決意を固めた眼差しで力強く頷いて見せた。

 

「とりあえず三人は店の外で待っていてください、私はこれから皆さんに証明するために。彼女と段取りの手順を相談しようと思います」

「仕方ないわね……10分だけ待ってやるわ、行くわよ二人共」

「私も彼女の性格から見るにうっかり売ってしまっただけのような気がするんだがな……」

「まあここはとりあえず、アクアとヨシヒコに任せてみようではないか」

 

ヨシヒコに外で待っていてくれと言われ、アクアはしかめっ面を浮かべながらダクネスとメレブを連れて店の外へと出て行く

 

 

「あ、あの~ところで段取りの手順って一体なんなんでしょうか……」

「ウィズさん」

「は、はい?」

 

アクア達が出て行った後、二人だけにされてちょっと緊張した様子でかしこまっているウィズにヨシヒコがバッと振り返り

 

「少しお願いがあるんですけど良いですか?」

「?」

 

 

 

 

 

 

ヨシヒコとウィズが店の中で話をしている頃、店の外ではもう十分が経過している頃であった。

 

「もうすぐ時間ね……全くヨシヒコったら女神である私に逆らってリッチーなんかに着くなんて……」

「なあメレブ、ヨシヒコは前々からああいう事がよくあったのか? その、巨乳にぞっこんして惚れ込むとか……」

「うん、しょっちゅうある、だからウィズを初めて見た時俺はもうすぐわかった、あ、これヨシヒコのもろタイプだ、きっとめんどくさい事になるぞって」

「確かに少々めんどくさい事態になってるな……今回はエリス様のお告げだから早急に終わらせておきたかったのに……」

 

イライラと足踏みしながらヨシヒコを待つアクアの後ろで、ダクネスがメレブからヨシヒコについての話を聞いてため息を吐いていると

 

「皆さーん!!」

「あ、ヨシヒコ!」

 

ウィズの店からヨシヒコが勢いよくドアを開けて出て来た。

 

こちらの方へすぐに駆け寄ると、待っていたアクアが腕を組んでジッと彼を睨み付ける。

 

「私達にアイツがシロだという事を証明出来る準備では出来たのかしら?」

「もちろんです女神、これならきっとメレブさんやダクネスも彼女が本当に良い方だとわかってくれます」

「なら是非ここで聞かせて貰おうじゃない、また巨乳だから悪くないとか言うんならビンタ食らわすからね」

「任せて下さい、これなら絶対に彼女の事を信じてくれます」

 

自信ありげにそう言って頷くヨシヒコにアクアは挑戦的に真っ向から対峙していると

 

彼は真顔のまま彼女達に向かって

 

「先程思い切って聞いてみたんです、そしたらなんと彼女から了承を貰えました」

「……は? 了承ってなんの?」

「式です」

「式?」

 

彼が何を言っているのかいまいち読み取れずにアクアが首を傾げていると

 

ヨシヒコは嬉しそうに顔をほころばせて

 

 

 

 

 

 

「今日の晩、私と彼女で結婚式を挙げます!」

予想だにしない彼の言葉にアクア達は顔に手を当て黙り込み

 

空を見上げながら無表情で思考を巡らせた後

 

改めて彼の方へ再び振り向いて

 

 

 

 

 

 

「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

突拍子もない突然の告白に一同は最早叫ぶしかなかったのであった。

 

 

次回、ヨシヒコの結婚式

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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陸ノ三

ヨシヒコとウィズが出会ってその日の夜に結婚式を挙げる

 

この前代未聞の事件を前に、夕方頃、三人の仲間は拠点としている屋敷で集まり緊急会議を行う事にした。

 

「さてさてさ~て、とんでもない事態になりましたなぁ」

「そんな呑気に言ってんじゃないわよ! 勇者がリッチーと結婚とか何考えてんのよヨシヒコの奴!」

「それも会ったばかりの相手、魔王軍の幹部でカズマ達と繋がっている疑いがもたれているウィズだ、ヨシヒコは時折おかしな行動をするのは知ってはいたが、こればっかりはホントに訳が分からないぞ……」

 

屋敷の居間にて三人揃って各々呟き始めるメレブとアクアにダクネス

 

すると突然、屋敷のドアがバン!と勢いよく開かれた。

 

「ヨシヒコがリッチーと結婚するって本当!?」

「クリス!? お前どこでその話を聞いたんだ!? 私達だって数時間前に聞いたばかりだぞ!」

「い、いやほら、アタシって街の情報をくまなく調べる事には長けてるからさ……」

 

何故かヨシヒコの結婚話まで知ってしまっている様子のクリスが血相変えて中へと入って来た。

 

どういう経緯で彼女の耳にその話が入ったのかダクネスが疑問に思ってる中、クリスは苦笑しつつ話を切り出し始める。

 

「アタシの事よりもヨシヒコだよヨシヒコ! 魔王と戦う事を宿命とする勇者が結婚してるヒマなんてないのに! 決戦の前に結婚とかどう考えても死亡フラグだし!」

「クリスの言う通りよ、この結婚はすぐに阻止するべきだわ、そしてドサクサに紛れてウィズを暗殺しましょう」

「そ、そこまではアタシ言ってないよアクアさん!」

「しかしだな、アクアにクリス……私はどうしても解せない所があるんだ」

 

自分の意見に賛同し更にやりたい事も付け足すアクアにクリスがツッコむ中

 

ダクネスはさっきからずっと浮かぶ疑問に眉をひそめていた。

 

「ヨシヒコはともかく、どうしてウィズはアイツとの結婚を了承したのだろう。彼女はヨシヒコやアクアと違って常識的な考えを持っていたと思うんだが」

「ねぇちょっと、なんでさりげなく私も非常識な考えを持ってる人にカウントされてるの?」

「ダクネスよ、俺もそこをずっと疑問に思っていた。どうして彼女があのアクアと同じくバカを体現した男、ヨシヒコと今夜の内に結婚しようなどという愚かな選択をしたのか」

「メレブ、アンタ今私の事もバカだって言ったでしょ? 殴られたいの? メレブさんとダクネスさんは私のゴッドブローで殴られたいの?」

 

さり気なく自分の事も小馬鹿にして来るメレブとダクネスにアクアが無表情で拳を構えていると

 

再び屋敷の扉がバァン!と勢いよく開かれた

 

「おいメレブ! ヨシヒコの奴が結婚するというのは本当か!?」

「ったく何してたんだよお前等! どうしてヨシヒコの結婚止めなかったんだよー!」

「っておいおいおいおい!! え!? ダンジョーとムラサキ!? なに当たり前のようにウチに来てんの!?」

 

慌てて中へと入って来たのはかつての仲間であり今は竜王軍の一員であるダンジョーとムラサキであった。

 

さも当然の様に登場してきた二人に、メレブはやや混乱しつつ立ち上がって彼等の方へ歩み寄る。

 

「もしかしてお前達もヨシヒコの話聞いたわけ!? どうやって!?」

「私はあのデカ乳女の所にまた買い物行った時に、本人に直接ヨシヒコと結婚式を挙げるって聞かされたんだよ」

「俺はまあ……行きつけの店から帰る途中でコイツから話を聞いた」

「え、なに? お前等って普通に町の中を歩き回ってんの? 竜王が何処にいるのかもわからない俺達を差し置いて、お前達は俺達の住む場所まで知ってる訳?」

 

 

ムラサキはウィズから直接、ダンジョーは例の店から帰る途中で彼女と会って話を聞いたらしい。

 

竜王軍の幹部である二人が普通にアクセルの街中を歩きまわっている事にメレブがいささかショックを受けるも

 

ムラサキはめんどくさそうに手をヒラヒラと振って

 

「そんなのお前等がマヌケなだけじゃん、それよりも今はヨシヒコの話が先っしょ」

「ムラサキの言う通りだ、今は魔王の仲間だの勇者の仲間だの言い合ってる時ではない、あのヨシヒコが結婚するという話の方が大切だ!」

「……お前等もう、普通にこっちに戻ってきた方が良いと思うよ、うん」

 

本当竜王に操られているのかと今のムラサキとダンジョーを見ながら激しく疑問に思いつつ

 

メレブは今の仲間であるアクアとダクネスの方へ振り返る。

 

「っとまあこんな事言ってますけどどうします?」

「仕方ないわね、こうなったらコイツ等も連れて一緒に結婚式に参加してやりましょ、そして何もかもぶち壊すのよ」

「おお水色頭、話わかってんじゃんお前」

「私だって腹が立ってんのよ、あのビッチリッチー略してビッチー、ヨシヒコなんかのプロポーズにコロッと乗せられるなんて」

「私もあの女前々からいけ好かなかったんだよねー、なにあのおっぱい? 見てるだけで超ムカつく」

 

二人の参加にアクアが珍しくすぐに認めると、ムラサキも彼女の意見に賛同し何度も頷いた

 

ダクネスもまたダンジョーに目をやりながらしばしの間を置くとゆっくりと呟く。

 

「この者達は確かに私達の敵ではあるが、今のヨシヒコに対してだけは恐らく私達と同じ気持ちだろう。旧知の仲間である彼等の話を聞けば、ヨシヒコも正気に戻ってくれるやもしれんしな」

「まあ俺達は確かにヨシヒコの敵だ、しかしアイツがまた下らん事に現を抜かして魔王の戦いから脱落しかねん真似はこちらも早急に対処しなければならん、ここは一時的に共闘を結んでやる」

「フン、だがせいぜい私達に油断する事無いようにな、うっかり背中を見せたらその時は仮にも戦士であるならわかるだろ?」

「その言葉そっくり返してやろう、あくまで俺達の主は魔王カズマ、いずれはお前達まとめて倒してやるから覚悟しておけ」

 

相手に対して全く警戒は緩めていないと、ダンジョーとの一時的共闘(三度目)を了承するダクネス。

 

そして一人残されたクリスにメレブが振り向き

 

「それで胸平2世、お前も俺達と共にヨシヒコの結婚式に来るのか?」

「何そのあだ名今すぐ止めてほしいんだけど……いやそりゃアタシだってヨシヒコにはキチンと自分の役割を全うして欲しいし、その為ならなんだって……ん?」

 

 

こちらの胸を見ながら変なあだ名で呼んでくるメレブにクリスは不愉快極まりない様だが結婚式には参加する事に。

 

 

だがそんなクリスに驚愕の表情を浮かべ絶句する者が一人

 

彼女と同じく胸が乏しいムラサキである。

 

「おお……おお! おおぉ~!!」

「え、なに!? 急にアタシの胸の前で手を振ってどうしたの!?」

 

何故か嬉しそうに自分の胸元の前でブンブンと手を上下に振るムラサキにクリスが戸惑っていると

 

そんな彼女に向かってムラサキは嬉しそうにガッツポーズを取って

 

「頑張って……!」

「な、なんかエール送られたんだけど!? どういう事!? どういう事なのメレブ!?」

「仲良くやってあげて、初めて心の底からわかりあえる同志を見つけられて喜んでると思うから」

「そして君はなんでいきなり泣いてんの!?」

「あまりにも哀れでつい……」

 

ムラサキがクリスに何かしらのシンパシーを感じてる様子に、困惑してるクリスをよそに思わず涙ぐむメレブ

 

「これからも貧乳と貧乳で傷のなめ合いをしてあげて……」

「君達ってどうしてそう……人のコンプレックスをいちいち突いて来るのかな……」

「そしてそんな胸平シスターズに悲しみと哀れみを抱いている俺は……」

 

 

 

 

 

「新しい呪文を覚えたよ」

「ってここで!?」

「ここでだよ、急にフッと頭に舞い降りて来たんだよ」

 

目を拭い終えると一瞬にしてこちらにドヤ顔を浮かべて突如新しい呪文を覚えたと報告するメレブ。

 

しかしそれを聞いてもなおアクアと、そしてムラサキははぁ~とため息吐いていく首を傾げ

 

「もうさ、そういうのいいのよホント。相も変わらず役に立たないんだから」

「どうせお前の事だからロクでもない呪文なんだろ?」

「アクアムラサキバカ、ホントバカ、原作での扱い(笑)、今回は仲間にだけ掛ける事の出来る、画期的な支援魔法なのだよ」

 

二人揃って文句を垂れてくるのでメレブは得意げに返事しつつ、持っていた杖をすぐに構えた。

 

「それを今から見せてやる、ダクネス、今回はお前に掛けてしんぜよう」

「わ、私にか……? よしいいだろう、支援魔法なら今後役に立つかもしれないしな」

「まあダクネスったら、アホアクアと違って話の分かる本当に良い子、そしてそんな良い子のダクネスにすかさず! せい!」

「うお!」

 

やや緊張した面持ちで掛けられる態勢に入ったダクネスにメレブは瞬時に杖を振って呪文を掛けてみた。

 

しかしダクネスの見た目は何も変わらない

 

「はぁ? なんにもなってないじゃないのダクネス」

「はいはいやっぱ使えない呪文でしたー、残念でしたー」

「お黙り駄目ヒロインコンビ、よく見てみろ」

 

何も効果が無いではないかとアクアとムラサキに馬鹿にされてもなおメレブはニヤリと笑みを浮かべたままだ。

 

すると呪文を掛けられたダクネスは急に顎を手で当て考えるようなポーズで

 

「青春を楽しむ愚か者共は砕け散ればいい……」

「は?……は?」

「青春とは嘘であり、そして悪である」

「ねぇメレブさん、ダクネスがちょっとおかしなこと言ってるんですけど……」

「よし! 呪文成功!」

 

急にボソボソと近づかないと聞こえない声量で呟き始めるダクネスにアクアが怪訝な様子で目を細めている中で

 

メレブは嬉しそうにガッツポーズを取っていた。

 

「この呪文はな、掛けられた仲間はいわゆる周りに対してちょっと斜に構えた態度を取り、いかにも「俺人生悟っちゃってるんで~、まあでも君等には理解出来ないと思うけど~」とひたすら捻くれて物事にも素直に対処しない性格になってしまうのだよ、強いてその症状の名を言うのであれば……そう「高二病」、そして俺はこの仲間を高二病にする呪文を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「オレガイル」っと今さっき命名しました」

「いや仲間を高二病にするとか支援じゃなくて弱体化させてるだけなんだけど……」

「バカか貴様、敵としての立場で考えてみろ、こんな周りから一歩引いて状況を上手く見れてる俺カッコいいと思い込んでる可哀想な人が出てきたら……哀れでしかない! 故にそいつだけを避けて戦う様にする筈! つまりこれは相手の攻撃を避ける為の呪文だ!」

「いや味方一人使い物にならなくなるんだから結局戦力が減るだけじゃないの!」

「なぜ自分の感じている楽しさを、自分の正しさを、己一人で証明できないのか……」

「ちょっとー! なんかダクネスの目が死んでるんですけどー! 死んだ魚のような目になってるんですけどー!」

 

濁った目を天井に向けながら急に演説でもおっ始めそうな雰囲気のダクネスに引きつつ、アクアはメレブに早速ツッコミを入れていくのであった

 

そして今回も役に立たない呪文を覚えた所で、時間もそろそろと言う事でムラサキが親指で館のドアを指差す。

 

「もうコイツの使えない呪文とかどうでもいいからさっさとヨシヒコの所へ行こうぜ、結婚とか絶対阻止しないと」

「あ、そういやムラサキさ、結婚で思い出したんだけどお前ほら、例の……」

「え、なに例のって……? あ」

 

式場へと行こうと促すムラサキにメレブはふと思い出したかのように彼女に何か言いたげな表情で

 

彼が何を言おうとしているのかムラサキがうっすらと察しているとメレブが突然両手でパチパチと鳴らし始め

 

「とりあえず、おめでとう、例の件、本当におめでとう」

「いやちょ……止めろってもー!」

 

メレブに祝福されて満更でも無さそうに照れ臭そうにはにかむムラサキ

 

「よかったなムラサキ、長続き……するといいな……」

「……おいオッサン、いきなりネガティブな事言わないでくれる?」

 

かつて自分で経験したかのように苦い表情を浮かべながら呟くダンジョーに嫌な顔をするムラサキ

 

「結婚とは人生の墓場だ、せいぜい仮初の幸福で作られた一時の幻影の中で生き続けるがいい」

「おい金髪デカパイ娘コラァ! 何様だよテメェはよぉ!」

 

死んだ目をこちらに向けながらフンと鼻を鳴らして悪態をついて来るダクネスに詰め寄って胸倉を掴もうとするムラサキ

 

「待ってムラサキ! ダクネスはまだ術に掛かってるせいで変になってるだけだってば!」

「あ、クリスつったっけ?……お前もそんなんだけど……私みたいにチャンスあるからね絶対!」

「え、なんで励まされたのあたし……」

 

混乱するクリスに対しては何故か優しく励ましの言葉を送るムラサキ

 

「ねぇねぇなんでみんなムラサキに言葉送ってるの? あ、きっとアレね! 私知ってるわよ! アレでしょアレ! 相手の名前何だっけえ~と……あ! そうそう!」

 

周りから言葉を貰っているムラサキに最初はわからなかったアクアだが

 

すぐに分かった様子で手をポンと叩いてムラサキを指差し

 

 

 

 

 

「タマキン! アンタあのタマキンとアレなんでしょ! タマキンよね! タマキンとアンタがまさかの……いったッ!!!」

「うおぉらぁーッ!」

「ムラサキ、もっと本気で蹴っていいよそいつ」

「水色頭……そういうのを面白半分に言うのは俺もどうかと思うぞ、例えギャグであろうと……そういうのはいかん」

「アクアさん、そればっかりは絶対に洒落にならない……マジで謝ってお願いだから」

「流石に私も素で幻滅したよお前には」

「え、どうして!? 私なんで周りから冷たい目を向けられてるの!? 私もアンタとタマキンさんの事を祝福してあげようとしたのにーッ! いったい! ホント痛い! ごめんなさいムラサキさん! 許して下さい木南さん!」

 

思いきり名前を間違えてくれたアクアのお尻にムラサキ渾身の回し蹴りが炸裂。

 

しかしメレブ、ダンジョー、クリス、そしてダクネスまでもが完全にムラサキの行動を支持し、アクアに対してひどく冷たい視線を向けながら傍観するだけ

 

その後、日が落ちるまでムラサキは泣き叫びながら謝るアクアのお尻にキックをかますのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてしばらくして、ムラサキにお祝いの言葉を送り終えた後、ヨシヒコから聞いた式を挙げる場所だと思われる所に一行は辿り着いた。

 

「約束通り指定された場所に来たけど……」

「うーむ……どう見てもここは……」

「墓場じゃないのー!」

 

街から離れた場所にポツンとある寂しげな雰囲気の墓地

 

月が昇る夜空の中でこんな所に来る羽目になるとはと、メレブとダンジョーが嫌がってる中アクアも早速文句を上げていた

 

「本当にここでヨシヒコは結婚式おっ始める気なの!?」

「うーん、ねぇアクアさん、さっきからアクアさんを中心に周りから亡霊の気配がウジャウジャと沸き出てるような気がするんだけど……」

「それは仕方のない事よクリス、私はアンデットを引き寄せる体質なの、女神の宿命みたいなモンね」

「いやアタシはちゃんと力を制御……まあ先輩なら仕方ないか、うん……」

 

周りに並ぶ墓から未練を持った亡霊たちが集まって来るのをクリスは眺めつつ

 

それを仕方ないと得意げに語り出すアクアに呆れながら奥へと進んで行った。

 

そして彼女の隣を歩くのは

 

「ぼっちは平和主義者なのだ。無抵抗以前に無接触。世界史的に考えて超ガンジー……」

「ねぇメレブ! ダクネスがまだ元に戻らないんだけど! さっきからずっとネガティブな事ブツブツ呟いてて亡霊以上に怖いよ!」

 

まだ隣で死んだ目をしながら何か意味不明な事を口走ってるダクネス

 

クリスが怯える中で後ろからメレブが嬉しそうに

 

「フフ、驚いたかペチャパイ盗賊、実は俺がダクネスに掛けた新呪文『オレガイル』は……何故だか知らないが効力の時間が物凄く長いのだよ」

「つまりますます役に立たない呪文って訳だね! もう二度と使わないで!」

「怒られちゃったー」

「お前私の大切な友達を怖がらせてんじゃねぇよ」

「……なんでだろう、今日会ったばかりのムラサキが妙にアタシに好意的だ……」

 

怒られたメレブにムラサキが睨みを利かせているのを、自分の胸を抑えながらクリスが一人戸惑っていると

 

「お待ちしていました、皆さん」

「あ! ヨシヒコ!」

 

そこへ前方から嬉しそうにヨシヒコが歩み寄って来た。

 

「まさかダンジョーさんムラサキ、それにクリスも来てくれるとは嬉しい限りです、コレなら式がより大いに盛り上がりますね」

「ヨシヒコ! 今すぐ正気に戻りなさい! あんなリッチーなんかと結婚しちゃ絶対アンタ不幸になるわ!」

「あんなデカパイ女にたぶらかされてんじゃねぇよヨシヒコ!」

「ヨシヒコ冷静になれ、結婚というのは……そう簡単にしてはいかんのだ……」

「わぁ。ダンジョーだけ自分の体験談みたい……」

 

会って早々すぐに問い詰めにかかるアクアとムラサキ、そして歯切れの悪そうに呟くダンジョーに思わず笑ってしまいそうになるメレブ。

 

そんな中でクリスだけは遠慮しがちに

 

「ねぇヨシヒコ、式を挙げる場所って本当にここで合ってるの? ここ墓地なんだけど……」

「そうだ、ほら、こうして私の仲間の魔物やウィズさんが呼び寄せた者達が集まって式の準備を始めている」

 

ヨシヒコがそう言うと後ろに振り返り

 

そこでは墓地の中でポツンと置かれている、もう利用されていない廃墟同然の教会がポツンとあった。

 

その教会の前ではヨシヒコが仲間にしたロボや冬将軍が、受付をしているかのようにテーブルを前にして椅子に座っている。

 

「ああ、あのロボ大人しくなったんだ……冬将軍もまたこっち戻って来たんだね……」

「あの2匹が受付って相当シュールだな~……」

 

ロボと冬将軍とは一緒に戦った仲であるクリスが頬を引きつらせ苦笑していると

 

メレブは場違い間半端ないその2匹を見て小首を傾げる。

 

「ていうか受付がいるって事は俺等以外に式に参加する奴っているの?」

「もちろんですよメレブさん、もう既に親族の方々がお見えになっています」

「親族?」

「参加者は皆さんで最後です、さあもう始まりますので早く行きましょう」

 

そう言ってヨシヒコは自分達も教会に入ろうと促すのだが

 

「待ちなさいヨシヒコ! 今回私達がここにきたのはアンタとウィズが結婚するのを止めに来たのよ!」

「そうだそうだ! いい加減お前のその巨乳だから好きになるって体質をどうにかしろー!」

 

そこでアクアとムラサキが単刀直入に本題を切り出す。

 

しかしヨシヒコはそんな二人に対して頭の上に「?」を浮かべてキョトンとした表情

 

「どういう事ですか?」

「どういう事もこういう事もそういう事もないわよ! 女神として勇者のアンタをリッチーのウィズなんかと結婚させる訳にはいかないって言ってるのよ!」

「私とウィズさんが結婚……?」

 

威勢良く啖呵を切って詰め寄って来るアクアに、ヨシヒコは眉をひそめて首を傾げ

 

 

 

 

 

「もしかして皆さんは何か勘違いしてませんか? 今回結婚するのは私とウィズさんじゃありませんよ」

「へ? だってアンタ、自分とウィズで結婚式を挙げるって……」

「はい、それは言いました」

 

周りに変な空気が突然流れ始める。

 

あれ?っといまいち状況が呑み込めない一同の代表として尋ねて来たアクアに

 

ヨシヒコはハッキリと頷きながら答え始めた。

 

「けどそれは新郎新婦としてではなくて、結婚式を挙げる為の準備やお手伝いを二人でするという事です」

「え?……つまりアンタとウィズは結婚しないって事?」

「はい、今回の主役は私達ではありません」

 

首を横に振って自分とウィズが結婚する訳ではないと否定するヨシヒコにアクアとムラサキがしばし口をポカンと開けていると

 

やや混乱している様子でダンジョーがヨシヒコの方へ一歩前に出る。

 

「では今回は……一体誰が結婚するというのだ?」

「皆さんが知っている者達です」

「俺達が知ってる者達……? 一体誰の事を言ってるんだ?」

「それは……」

 

 

 

 

 

 

 

数分後、ヨシヒコ達はみんな教会の中にいた。

 

そこにはもう新郎新婦の親族たちが所狭しと座っている。

 

アンデット系の魔物がウジャウジャと

 

「あの……すげぇ周りにゾンビ系の魔物がいるんだけどヨシヒコ……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こんな所にいたくない! 早く出たい!」

「せんぱ……! アクアさん騒がないで! 隣のゾンビがめっちゃこっち見てるから!」

 

あちらこちらで見た事ある様なゾンビ系の魔物が沢山座っており

 

一緒に座りながらもメレブは困惑し、アクアは泣き叫び、クリスはそんな彼女を必死になだめている。

 

そんな中でダクネスは一人足を組んで偉そうにふんぞり返り

 

「フン、人は誰しもいずれは死ぬ時が来る。故に今周りにいる死体などただの己の未来の結末でしかない、己の未来に怯えてどうする、死ぬ事など別段驚くべき事でも無いのだからな」

「……そういえばさっきからダクネスの様子がおかしいんですけどなにかあったんですか?」

「気にするなヨシヒコ、メレブが呪文を掛けてからずっとこうだ」

「なんかしばらくこうなんだとよ、乳だけじゃなくて態度までデカくなりやがってコイツ……」

 

急にキャラが変貌しているダクネスの姿にヨシヒコが不思議そうに見ていると、隣からダンジョーとムラサキがめんどくさそうに簡単に説明してあげていると

 

 

 

程無くしてガチャリと教会の門が開き

 

そこから新郎新婦がいよいよお見えになった。

 

今宵結婚式を挙げるその二人とは

 

 

 

 

 

ヨシヒコの仲間となった死体とミイラである。

 

「「「「「えぇぇぇー!?」」」」」」

 

まさかの新郎新婦に一同が驚いてる中、二匹は親族に祝福されながら腕を組んでヴァージンロードを歩いて来たのだ。

 

「ごめんちょっと良いツッコミが思いつかない! なになになに!? ヨシヒコが結婚式を挙げようとした相手……まさかのアイツ等!?」

「いつの間にそんな間柄になってたのよ! ていうかとりあえず私から素朴な質問があるんだけど聞いていい!? どっちがオスでどっちがメス!?」

「落ち着けアクア! 多分ミイラの方がオス! 正式名称がミイラおとこだったしメスの可能性は多分ない!」

「じゃあ私の事を執拗に蹴って来たあのいけすかない死体はメスだったっていうの!?」

 

とりあえず状況を全く呑み込めずにメレブとアクアがややパニックに陥っている中で

 

唖然とした表情を浮かべるクリスが、恐る恐る隣に座るヨシヒコの方へ

 

「ね、ねぇヨシヒコ、あの2匹っていつの間にそんな関係に……は!」

「おおヨシヒコが! ヨシヒコが新郎新婦を見て漢泣きしている!」

「ドン引きよ! まだ親族誰一人泣いてもいないのにガチ泣きするとかドン引きだわヨシヒコ!」

 

仲間の二匹が結婚する姿を見て感動のあまり嗚咽を漏らしながら本気で泣いているヨシヒコに

 

クリスは驚き、メレブとアクアも仰天の声を上げると、ヨシヒコは鼻をすすりながら涙を腕で拭う

 

「すみません……ただあの二人がやっと皆に祝福されながら式を挙げられるのだと思うとつい……」

「え~とヨシヒコ、アタシ達まだ理解出来ないんだけどこの状況……せめてどうしてヨシヒコがこの式を挙げようとしたのか教えてくれるかな?」

「実は……前々からあの者達には式を挙げたいという強い希望を私は聞いていた」

「そうだったの!?」

 

ヨシヒコにハンカチを貸してあげながらクリスが死体とミイラの事について問いかけると

 

彼は受け取ったハンカチで涙を拭きつつ鼻を噛みながら話し始めた。

 

「あの者達は前世の頃から出逢っていて、結婚できたのは良いが身分差もあって親族や友人等、誰一人からも祝福されない夫婦だった」

「いきなりすごい事話し始めたね! 前世の頃から夫婦だったって! あの死体とミイラにそんなロマンスエピソードが隠されていたの!?」

「それでも二人は幸せだったんだが、その後妻は先に亡くなり、夫はそれからしばらく経った後に亡くなり、二人は違和感のある膨らみ方をしている胸を持つ女神の力によって生まれ変わって再び巡り合う事が出来たらしい」

「い、違和感のある膨らみ方をした胸を持つ女神……だ、誰の事それ? 私そんな女神知らないよ……?」

 

彼の口から死体とミイラの過去を知り、更に二匹を生まれ変わらせた女神の事を聞いてクリスが何故か戸惑っていると、ヨシヒコは再度口を開く。

 

「生まれ変わった時にはもう前世の記憶は無かったみたいだが、二人は出逢った瞬間過去の沢山の思い出が蘇ったらしく、そして彼等は今度こそ周りに認められた結婚式を挙げたいと私に頼み込んで来たんだ」

「いや先輩から頼まれたから出来るだけ生まれ変わり先は二人共近しい所にしようとやったんだけど……まさかモンスターになっていたなんて……と、とにかく死体とミイラの話はわかったよ、その話を聞いたからヨシヒコは結婚式を挙げようとしたんだね」

「ああ、しかし肝心の牧師的役割の適任がどうしても見つからなくて困ってた時に……」

 

ブツブツ呟きながらもうちょっとマシなモンに転生させてあげればよかったなどと、おかしな事を口走りながら後悔しているクリスをよそに

 

ヨシヒコはふと死体とミイラの前に立つ一人の人物に目を向ける。

 

「リッチーはアンデットの王と呼ばれる存在だと女神から聞いたので、それならばとウィズさんにお願いしてみたらあっさりと承諾してくれた」

「え、え~と、ミイラさんでしたっけ? あなたは死体さんを妻と迎える事を誓っちゃいますか~?」

「まあアンデット同士の結婚なら確かにリッチーが牧師役になるのは妥当かもね……すんごい下手くそだけど彼女」

 

教壇に立ち、緊張した様子でたどたどしい口調で死体とミイラに声を掛けていくウィズをやや不安げに見つめながらぼやきつつクリスはようやく事の真相がわかった。

 

ヨシヒコは彼女と結婚するつもりで式を挙げようとしたのではない

 

仲間の死体とミイラの願いを聞き届ける為にウィズに手伝って貰って式を挙げたのだ。

 

そしてクリスと同様、周りで聞いていた一同も納得した様に頷く。

 

「死して生まれ変わった後も変わらぬ愛か……フ、そこまで互いを想い合う心があるとは大したもんだ」

「死体とミイラってのがおかしいけど、私はちょっと羨ましいかも」

 

 

ダンジョーとムラサキが微笑みながら呟く隣で、メレブとアクアもぼんやりと結婚を誓い合っている二人を見つめる。

 

「いくらアンデット嫌いのお前でも、空気位は読めるよな」

「あのね、私だってちゃんとそれ位出来るわよ、まああの死体の方には色々とムカつく事があるけど今日ばかりは特別に……ん?」

 

メレブに言われてムスッとした表情で返事しながら、ウィズの下で愛を誓い合う死体とミイラを見つめていたアクアはパチクリと目を大きく見開いた。

 

それと同時に他の一同も「あれ?」と不思議そうに彼等を見つめ

 

ヨシヒコだけはただ嬉しそうに頷く。

 

 

教会の窓から照らされた月の光が浴びた2体のアンデットがぼんやりと別の姿に見えた

 

 

 

それはそれは気品に溢れた美しく優しそうなお嬢様と

 

 

みずぼらしい身なりでありながらも彼女の事は命に代えても護ると強い決意を目に秘めたカッコいい魔法使いであったそうだ

 

 

 

 

 



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陸ノ四

墓場で結婚式を挙げ死体とミイラを無事に祝福し終える事が出来たヨシヒコ一行

 

朝日が昇った所でクリスは突然どこかへ消え、ムラサキとダンジョーもまた自分達の拠点に帰る事にした

 

「それではヨシヒコ、今度こそ会ったら敵同士だ、わかったな?」

「首あらって待ってろよコノヤロー」

「望む所です、私はまだ二人が元に戻ってくれるのを信じています」

 

アクセルの街にあるウィズの店の前で、ヨシヒコは去っていく二人に頷きながら見送る。

 

「ホントに次は敵として出てくるのだろうか……」

「次来るときは裏切りめぐみんも連れて来なさいよねー!」

 

去っていくダンジョーとムラサキを見つめながらメレブが心配そうにぼやき、アクアが叫ぶ

 

そしてダクネスは相変わらず死んだ魚のような目をしながら

 

「裏切られるってのは気分が良い、倒せる敵が増えれば増える程、人はより強く成長できるモノなのだからな」

「あの、ちょっとメレブさん、1パートまたいでもダクネスまだ元に戻ってないんですけど? どういう事?」

「うーむ、呪文の効力が思った以上に長いなぁ、これには掛けた俺自身もビックリ」

「ビックリしてないで何とかしなさいよね! ちょー絡みにくいのよ今のダクネス!」

 

今だダクネスが元に戻ってない事を確認しながら、なんとかしろとアクアがメレブに抗議していると

 

「み、皆さん大変です! 凄いのが見つかりました!」

 

そこへ店の中から慌ててドアを開けて出て来たのはウィズ

 

一行がどうかしたのかと振り返ると、彼女の両手にはあるモノが抱えられていたのだ

 

「死体さんとミイラさんは無事に結婚を終えた後、新婚旅行に行ってしまいました……ですがその後、二人が結婚を誓い合った場所になんとこんなモノが置いてあったんです!」

「これは……!」

「おいまさかそれは! モンスターのタマゴとかいう奴では!?」

 

アタフタしながら取り出したそれはなんとモンスターのタマゴ

 

恐らく親はあの死体とミイラであろう、二人の間で生まれたタマゴを大事そうに抱えたまま、ヨシヒコにそっと渡すウィズ。

 

「たまに中で動いてるので生まれるのも時間の問題かもしれませんね……とにかくおめでとうございます」

「おいおいおいマジかよ……それ持ってその辺グルグル回ってれば産まれてくるんじゃねぇの? あ、それは別のゲームだった」

「凄い! 去って行った死体とミイラまさかモンスターのタマゴを私達に残してくれるなんて!」

 

受け取った卵から鼓動を感じ興奮するヨシヒコではあるが、そこに水を差すのが自称・水の女神のアクア様

 

「待ってヨシヒコ! それはアンデット系のモンスター同士のタマゴよ! つまり中から現れるのは新たなアンデットモンスターって事じゃないの!? 捨てて来なさいそんなの!」

「何を言うんです女神、もしかしたらこの卵の中にいる魔物が我々に力を貸してくれるかもしれないんですよ」

「いーや! アンデット系のモンスターの仲間はもうホントに嫌なのー!」

 

産まれてくるのがアンデット系の魔物だとすぐに察したアクアがヨシヒコに本気で嫌がるそぶりを見せている中

 

メレブは「しかし」と呟きタマゴを持って来てくれたウィズの方へ顔を上げる。

 

「ヨシヒコとその仲間である死体とミイラの為に結婚式の手伝いをしてくれた上に、タマゴまで俺達の所へ持ってきてくれるとはな……どうやらウィズよ、お前は悪さをする様な卑劣な者ではないらしいな」

「い、いやぁ私はただやれるだけの事をやったまでですから……」

「そのやれるだけの事をやってくれたから、私の仲間の死体とミイラは心の底から幸せになれたんです」

「うむ、ヨシヒコの言う通りだ、女神エリスにはちゃんと俺達から伝えておこう」

 

手を横に振りながら大したことはやってないと謙虚なウィズにヨシヒコとメレブは縦に頷く。

 

「この街で働く魔王軍の幹部であるリッチーは、決して他人に害を与えるような輩ではないとな」

「ありがとうございます。あ、でも例のお札を売ってしまった事は本当に申し訳ありませんでした」

「構いません、全ての根源は竜王のせいです、ウィズさんは何も悪くありませんよ」

「まあ……次からは気を付けてお客にモノ売ってね」

「はい、気を付けます」

 

エリスにはキチンとシロだと報告しておくと約束するメレブとヨシヒコにウィズが深々と頭を下げた。

 

しかしやはりというかなんというか、アクアはまだ納得してない様子で顔をしかめている。

 

「私はまだアンタの事疑ってるんだからね、隠れて悪事働いてもこの女神がちゃんと見張っているんだから、せいぜい夜道は気を付ける事ね」

「うぅ……アクアさんはいつになったら私の事を信じてくれるんですか……?」

「リッチーであるアンタの言う事なんか一生信じないわよ」

「そんなぁ~……」

 

腕を組みながら頑なに信じないと強く言うアクアにウィズが半ベソ掻きながら呻いていると

 

「よし、それじゃあ今日は色々あって疲れた事だし、俺達は屋敷へと戻る事にしますか」

「そうね、今日はアンデットに囲まれまくってホントに最悪だったわ……ほら、帰るわよダクネス、ついてこないとこの場で一人ぼっちにさせるわよ」

「今日から始める、一人なんて怖くない対策その一、「他人を見たら他人と思え」、ちなみにその二はない」

「……ヤバいわねいよいよ本格的に訳わからなくなってきたわこの子……」

 

空を見上げながらブツブツと呟くダクネスにちょっと怖がりながらも、彼女の袖を引っ張って屋敷へと連れて帰ろうとするアクア。

 

そしてメレブも続いて一緒に帰ろうとするのだが

 

「あれ? ヨシヒコどうした? さっさと帰ろうぜ」

「そうよヨシヒコ、早く帰って寝ましょう、徹夜して疲れちゃったし」

「……いえ私はもう戻りません」

 

何故かヨシヒコだけウィズの店の前から動こうとしない

 

どうしたのかとメレブとアクアがキョトンとした様子で尋ねると

 

彼は静かに首を横に振り

 

「私はもう彼女と、ウィズさんと共にこの店で働いて生きていく事を決めました」

「は!?」

「はぁ!?」

「えぇ!?」

 

ヨシヒコの思い切った発言にメレブとアクアだけでなくウィズすらも驚きの声を上げた。

 

強く決意したかのようにヨシヒコは更に話を続ける。

 

「彼女と最初に会った時にわかったんです、やはり私には勇者として魔王を倒す事よりも為すべき事があると」

「ま、待ってヨシヒコ? え、なに? もしかしていつもの? こっちの世界でも?」

「ア、アンタ何言ってるのマジで?」

「私は彼女を愛し続ける事こそが私の生涯為すべき事だとわかったんです! 結婚したい! 彼女と結婚して一生ぱふぱふして貰える人生を送りたいんです!!」

「アンタ! アンタ本当に何言ってんのマジで!? ねぇ!?」

 

背後でどう反応すればいいのか首を傾げて困っているウィズをよそに、ヨシヒコはすっかり熱くなった様子でメレブとアクアに語り始めた。

 

「この世界で最も護るべきモノは巨乳! 巨乳こそが勇者が護るにふさわしいモノなんですよ!」

「お前~! 薄々わかってたけどやっぱりそのビッグボインにやられてたんだな!」

「やられるに決まってるじゃないですか! 見て下さいこのボイン! 今まで見た事が無いぐらいデカいんですよ! そりゃ勇者だって! いや勇者だからこそこのボインに恋をしてしまうんです!」

「おお、開き直ったぞコイツ……」

 

ウィズの全身、特に胸囲辺りを見せつけながら力説するヨシヒコにメレブは呆れ気味

 

アクアの方はそんなヨシヒコにすっかりカンカンの様子で

 

「冗談じゃないわよ! アンタねぇ!さっきからボインボイン言ってるけど! 私だってボインじゃないの! 私が仲間にいるんだからそれで満足しなさいよ!」

「昼間から酒瓶抱き抱えて涎垂らしながら寝てる女神など! ボイン以前に女として見れません!!」

「……」

「あのギャーギャー騒ぐまくるアクアが絶句の表情で無言に……素でショック受けちゃったよ」

 

彼女の抗議に対して一声で黙らせてしまうヨシヒコ、思わず無言で固まってしまうアクアだが、隣からメレブが「大丈夫?」と声を掛けられてハッと我に返った。

 

「ま、待ってヨシヒコ! 私の事はとりあえずもう聞かないけど! そもそもアンタはウィズと結婚する前になすべき事があるでしょ! 勇者のアンタが魔王を倒さないでどうすんのよ!」

 

彼女が叫んだ言葉をキッカケに

 

ヨシヒコはカッと目を大きく見開いて声高々に

 

 

 

 

 

「もう魔王なんてどうでもいい!!!!」

「!」

「ありゃりゃまたか……」

「人間時には、逃げたっていいんだ」

 

勇者として100パー言ってはいけない言葉を思いきり大声で叫ぶヨシヒコ

 

ギョッと驚くアクアと慣れた感じでため息突くメレブ、そしてダクネスがまた変な事を言っている

 

「私はもう決めたんです! 魔王より巨乳! 巨乳こそやはり私が求めていたモノなんです! だからもう魔王なんかと戦いたくありません! 私はここでずっとウィズさんとぱふぱふします!」

「ア、アンタねぇ……! この世界が魔王に襲われようとアンタはぱふぱふ出来ればどうでもいいって言うの!?」

「はい、もう私には、彼女とぱふぱふする事しか頭にありません」

「ヨシヒコォ! 女神の命令よ! 巨乳のリッチーなんてほっといて私達と一緒に魔王を倒しなさい!!」

「絶対に嫌です! 私はもうこの街から絶対に出ません! コレからは一生ここでぱふぱふです!!」

「……ふぅ~……わかったわ……」

 

当人のウィズはヨシヒコの後ろで激しく手を横に振って「やりませんよそんな事!」と必死にアピールしているのだがヨシヒコは全く見向きもしない。

 

アクアはそんな彼をジト目で見つめながらふと大きなため息を突くと、隣に立つメレブの方へジト目を向け

 

「メレブ、アレかましてやりなさい」

「うむ、よかろう」

 

断固として魔王を倒しに行くことを拒絶するヨシヒコにアクアが顎でしゃくると

 

メレブが杖を構えて一歩前に出てそして……

 

「オレガイル!」

「!?」

 

流れるように呪文を唱えてヨシヒコに掛けてやった。

 

するとヨシヒコは一瞬ビクッと肩を震わせると、次の瞬間ダクネス同様目が死んだ状態になり

 

「巨乳……巨乳だからといってなんなのであろう、脂肪が無駄に余ってるだけなのにどうして人は巨乳などと言う言葉に現を抜かしてしまうのだろうか……私には全く理解できない、乳が大きければ大きい程素女性としてのステータスが上がるというのなら、そんな事で頑張るならもっと社会に役に立つ事で頑張れと私は言いたい」

「……わぁヨシヒコが高二病になっちゃった、でも言ってる事凄くバカっぽい……」

「ついノリでアンタに掛けてもらったけど……これからどうしようかしら」

 

長々と巨乳に付いて呟き始めるヨシヒコ、斜に構えた思想に陥っており、どうやらメレブの呪文、オレガイルによってすっかり高二病になってしまったみたいだ。

 

「まあいいわ、ウィズ、アンタはもう店の中に戻りなさい、ヨシヒコの方はこっちでなんとかするから」

「わ、わかりました……後念の為に言っておきますけど……私、出会ったばかりの殿方といきなり結婚は流石にちょっと……」

「あ、大丈夫その辺は安心して、ただヨシヒコがまたいつものおバカ発言してるんだってちゃんとわかってるからこっちも」

 

ウィズにフォローを入れて上げながら彼女無事に店の中へと行かせるアクアとメレブ

 

そして二人に残されたのは高二病になってとても使い物にならなくなってしまったダクネスとヨシヒコ

 

「世の中には言うべきではない言葉も多く存在する。特に人様の命に関わる言葉はとても強く作用する」

「誰かの命を背負う覚悟がないならけっして口にするべきではない」

「さてと……メレブ、これどうにかならないの本当に? このまま冒険とか絶対無理よ?」

「うーむ、俺もまさかこの呪文がここまで強力だったとは……まさか己の魔法の才能が裏目に出てしまうとは……」

「いやウィザード(笑)だからこんな変な呪文覚えたんでしょうが」

 

今度は二人で訳が分からない事を口走り始めるダクネスとヨシヒコに

 

アクアとメレブはすっかり困り果てた様子で目を細めながらうーんと頭を捻る

 

するとそこへ

 

ヨ、ヨシヒコさーん! ヨシヒコさーん!

 

「お、これは入院した仏の代わりにヘルプに来てくれたエリスちゃんの声……あ! そうだ女神の力があれば!」

「女神の力があればなに? 私も女神よ、私の力で何するつもりなの?」

「う~ん、女神(自称)に頼む事は何もないかな?」

「(自称)って付けないで! 私はホントにホントの女神なの!」

 

天から聞こえた声は間違いなく女神エリスだった。

 

メレブとアクアはいつもの掛け合いを済ませると早速空を見上げる。

 

すると雲の上からひょっこりとちょっと荒い息を整えながらエリスが現れたのだ。

 

「ゼェゼェ……! 皆様お疲れさまでした……! ちゃんと見ていましたよ、アクセルの街で働くウィズさんはリッチーでありながらも、フゥ……! 特に害を与える気は無い親切な人だったという事も……!」

「ちょちょちょ! どしたぁ女神!? なんか全速力で走って来たかのような汗だくになってるぞ!」

「いえお気になさらず! こっちでちょっとゴタゴタしてただけですから!」

 

額から汗を流しながらしんどそうに呼吸を整えている女神・エリス。

 

メレブに指摘されるも深く追求しなくていいと着崩れてる服装を整えながら答える彼女

 

「往復するの疲れる……とにかく皆さんお疲れさまでした、療養中の仏先輩にも皆さんが無事にやっていけてる事を伝えておきますので」

「いや別にあんな奴に一々報告なんてしなくていいわよ、ていうかエリス、ちょっといい?」

「はいなんでしょう?」

「アンタのおっぱいって脇腹にあるの?」

「へ? あ! あぁー! 走ったせいでズレ……!」

 

自分達を労ってくれるエリスをジッと見上げていたアクアはふと気付いて彼女に指摘する。

 

それは衣服の上から明らかに脇腹の部分が大きく膨らんでいる事を

 

そしてその代わりに胸の部分は前回の登場の時よりずっとぺったんこになっているのだ。

 

指摘されて初めて気づいたエリスは慌てて両手で脇腹を手で抑える。

 

「違いますよ! 違いますからねコレは!」

「いや私達まだ何も言ってないんですけど~? どう思うメレブさん?」

「あ、パッド付けてたんすかエリス様」

「わぁー! 付けてません付けてません! 女神はパッドなんて付けません!」

 

メレブが何か面白いモンが見れたとニヤニヤしている中でエリスはこっそりと両手を脇腹から胸の部分に映すと

 

脇腹の膨らみは消えて胸がさっきまでよりもかなり大きくなっているのが容易に見て取れた。

 

「コホン……さあコレで何も不自然じゃないですよ、改めて話を……」

「ちょっとー、誤魔化し方下手過ぎなんですけどー」

「パッドずらしたのバレバレですよー」

「止めなさい! そうやって女神を乏しめるのはいけない事です! 天罰を下しますよ!」

 

無理矢理話題を切り替えようと下手な誤魔化しに出るエリスだがアクアとメレブには全く通じない。

 

遂にエリスがちょっと泣きそうになりながら彼等を一括していると、メレブが不意に「まあそんな事より」と自ら話題を変えてあげた。

 

「エリス様のパッドについては後で聞くとしてさ、ちょっとウチのヨシヒコとダクネスを元に戻して欲しいんだけど?」

「後で聞こうとしないで下さい、一生聞かないで下さい……ヨシヒコさんとダクネスがどうかしたんですか?」

「いやほら、コレ見てよ」

 

メレブが隣に立っているヨシヒコとダクネスに振り向くと

 

二人は死んだ目でまだブツブツと

 

「変わるというのも現状からの逃げだ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだろう」

「自分の群れ以外とはあまり話さない。単独行動時に他の群れに交じろうとしない。それは結構排他的であり差別的だ」

「あの、俺が呪文掛けたらこうなっちゃんだけど……女神なら何とか出来るよね?」

「……ダクネスだけでなくヨシヒコさんまでおかしく……あなた一体どんな呪文を掛けたんですか……」

 

二人揃って死んだ目をしながら意味深な事を口走っている光景というのはかなり怖かった。

 

エリスはちょっとビビッて引いていると、メレブが眉間にしわを寄せながら彼女に話を続ける。

 

「まあそういう事で、仏の時みたいにアレをヨシヒコ達にやってくれない?」

「え? ア、アレってなんですか?」

「だからほら、仏ビームよ仏ビーム、上手い具合に一部の記憶を消す奴」

「あぁ……アレってビームの事だったんですか……」

 

メレブの説明を聞いてようやくわかった様に頷くエリスだが、その表情はどこか浮かない様子

 

「えとですね……実は私まだ仏先輩の様に上手くビーム撃てないんですよね……」

「はぁ~アンタまだビーム撃てないの? 最近じゃ研修生だって撃てるようになる子いるのよ、アンタたるんでるんじゃないの?」

「私だって練習はしてるんですよ! でも中々行かなくて……」

「じゃあその練習の成果をヨシヒコとダクネスで試してみなさいよ」

「えぇ~!? 良いんですかそれ!?」

「良いのよ、先輩の私が言うんだから早くしなさい」

 

まさかの仲間をダシにして本番やってみろと要求するアクア。

 

エリスはビックリしながらすぐに不安そうな顔になり

 

「あの……大丈夫なんですかホントに? 撃っちゃいますよビーム?」

「いいのいいの、どうせ失敗しても今の状態よりも悪くなる事は無いだろうし」

「わ、わかりましたそれでは……」

 

軽い感じで促してくるアクアにエリスは「本当にいいのかしら……」と呟くと、コホンと咳払いをし……

 

「め、女神ビーム!!」

「わ! 仏ビームみたいな感じで緩い光線が出て来た!」

「「あわわわわわわわわわ!!」」

「効いてる! 女神ビームがヨシヒコ達に効いてる!」

 

やや緊張しながらもエリスの額からビームが発射され、驚くメレブをよそにそのビームはヨシヒコとダクネスに降り注がれ、彼等が物凄い痙攣をした後ボンッ!と破裂した音と共に二人は白い煙に包まれる。

 

「さてさてヨシヒコとダクネスは元に戻っているのだろうか……?」

「どうかしらね、なんせエリスだし……ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「ん? おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「せ、成功しましたか? あ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

白い煙が晴れて一同がヨシヒコとダクネスに目をやるとすぐに喉の奥から叫ぶ様に思いきり声を上げた。

 

なんと女神ビームを食らったヨシヒコとダクネスが……

 

 

 

 

 

 

背中にギター、着ているのは白いシャツとジーンズ、極めつけは顔が黄色い星の形になっている男と

 

青色のドレスに金色の鎧で身を包む、金髪碧眼のいかにも強そうな女騎士がそこに立っていたのだ。

 

「いや誰ぇぇぇぇぇぇぇ!? ってぇぇ!? まさか女神ビーム食らったヨシヒコとダクネス!?」

「ちょっとアンタなんて事してくれんのよ! ヨシヒコとダクネスが……いや誰なのよホントにコイツ等!」

「だ、だって先輩がやれって言ったんじゃないですかー!」

 

さっきまでとは全くの別人になってしまっているヨシヒコとダクネス(?)

 

こんな失敗あるかとアクアが泣いてるエリスを怒鳴りつけていると、メレブは恐る恐る星形の顔をした男の方へ歩み寄り

 

「あのもし……ヨシヒコさんでございますか?」

「……いや、俺は”星”だけど、なにおたく、音楽に興味無いの? 俺、音楽の世界じゃ超有名なビッグスターなんだけど、ホントに知らない?」

「知らない……」

「チッ、田舎モンかよ……」

「わー顔はホントにヨシヒコそっくりなのに……全くの別人になっておられる……」

 

自分の事を知らないとメレブが静かに首を横に振ると、ヨシヒコ改め星は、ポケットからタバコを取り出してライターでカチッと火を点けながら悪態を突いている。

 

そしてアクアの方も金髪碧眼の女騎士の方へソロソロと歩み寄り

 

「ねぇ、アナタってダクネスよね?」

「私の名前はアリス。セントリア市域統括、公理協会整合騎士第三位、アリス・シンセシス・サーティです」

「セント……え、なんて? なんか思いきり変わっちゃってるわ……誰よアリスって……」

「人に尋ねておいていきなり噴き出すとは、整合騎士を侮辱しているのですかお前」

「整合騎士っなによ……声はダクネスと雰囲気似てるのよねぇ……」

 

長ったるい上に全く見知らぬ単語を用いるダクネス改めアリスに、真顔で睨まれながらも不意に噴き出してしまうアクア。

 

そしてアリスから一歩引くと彼女はすぐに空の上で狼狽えているエリスの方へ顔を上げ

 

「ちょっとエリス……とんでもない事してくれたみたいね、ていうかどんな失敗すればこうなるのよ」

「すみません、掛かってる呪文を解こうと思っただけなんですけど……」

「これ、いつ元に戻るの? 星とアリスはいつになったら元の世界へ帰ってくれるの?」

「さぁ……3日か4日……いや一週間ぐらい経てば元の二人に戻る筈なんですけどねぇ……前失敗した時もそうでしたし」

「一週間!? じゃあなに!? 私達この二人と一週間共に冒険しなきゃいけない訳!?」

「そう言う事みたいですねぇ、はい……」

「いや! そう言う事みたいですねぇ、じゃないわよ!」

 

申し訳なさそうに何度も頭を下げながらも、ヨシヒコとダクネスが元に戻るのは一週間ぐらい等と言ってのけるエリスに、アクアが遂にキレた様子で指を突き付ける。

 

「どうしてくれんのよコレ! よりにもよって滅茶苦茶絡みづらそうな奴にしてくれたわね! アリスとかさっきからずっと私の事睨んでるのよ!」

「整合騎士を侮辱した事への謝罪はまだですか?」

「知らないわよ整合騎士なんて! 今こっち立て込んでんのよ後にしなさい!」

 

隣りで無表情ながらちょっと怒ってる様子のアリスに逆切れしながらアクアが一喝していると

 

メレブもまたエリスに向かってしかめっ面を浮かべて星を指差し

 

「そっちの金髪騎士はまだ強そう、つかダクネスより明らか使えそうだからとりあえず良しとする、だが女神エリス、肝心のヨシヒコがこんな……こんなまともに魔物と戦える気が全くない奴にされたら俺達はどうすればいい?」

「は~? おいキノコヘッド、この荒川河川敷のスーパースター星様を、まさかナメてんじゃねぇだろうな?」

「荒川河川敷ってなんだよ……じゃあお前なんか魔物と戦える武器とかあんのかよ!」

 

タバコを口に咥えたままカチンと来た様子で抗議して来た星に、メレブが怒鳴ると

 

「武器ならずっと持ってるぜ」

「え?」

 

彼は自信ありげな態度でメレブの方へ歩み寄って自分の胸と親指で指しながら

 

「ロック」

「……はい?」

「俺の中にあるニノに対しての強い愛がロックとして生まれ変わる、このロックこそ俺が持つ最強の武器、OK?」

「なんだろうコイツ……ニノが誰なのか知らないけど、嫌いじゃないわ俺」

 

アホなのか本気で言っているのか、恐らくその両方だと思われる星に、メレブはちょっぴり彼に対して好感度が上がった。

 

その後、星の方からスッと手を差し出して来たのでメレブは笑みを浮かべながら手を出して握手を交えている中

 

「あ、あの~それじゃあ私はこの辺で……」

「ちょっとエリス! まだ私の話終わってないんですけど!? アンタちょっとここに降りて来なさい! 直に説教してあげるから!」

「いや本当に! 本当に申し訳ありませんでした! この事については後でなんらかのお詫びをしますんで! という事でお疲れさまでした!」

「逃げんなゴラァァァァァァ!!!」

 

アクアに対して怯えた顔を浮かべながら最後まで頭を下げ続け、エリスは逃げる様に空の上からフッと姿を消してしまった。

 

後に残されたのはメレブとアクア

 

そしてヨシヒコとダクネスがどういう訳か姿形、内面や設定までも変わってしまった星とアリスである。

 

「……とりあえず、どうするコレ?」

「あんのダメ後輩! 自分の失敗に責任取らずに逃げるとかどこの仏よ! もういいわ帰るわよ! コイツ等連れて屋敷に!」

「はい、という事で二人とも帰りますよ~俺達について来てくださ~い」

 

逃げたエリスに悪態突きながらアクアはカンカンの様子で屋敷へと帰り始めた。

 

メレブもまた一緒について行き、後ろで突っ立っている星とアリスに手を振ってついて来てと素早く指示を飛ばすのであった。

 

 

 

 

「お、なんだよこのムッツリ小娘、よく見りゃ綺麗な髪色してんじゃん、まあ俺のニノの滑らかに整ってる金髪に比べれば敵じゃねぇけど」

「別に髪の事など気にはしませんが、非常に不快な気持ちになりました。整合騎士である私をムッツリ小娘などと呼んだことを撤回しなさい、さもないと本当に星にさせますよ?」

「おーおー最近の子供ってのはすぐキレるなぁーあんまり大人ナメると怪我するよ、俺の中にある熱いロック魂が火ぃ噴いちゃうよ?」

「コラ二人共! 喧嘩するの止めなさい! ホントにもうこの子達はしょうがないんだから!」

「あ~めんどくさい事になりそうだから仲良くしなさい! さもないとご飯抜きにするわよ!」

 

初対面(?)で早速互いに喧嘩腰になっている星とアリスを叱りつけながら

 

メレブとアクアはようやく帰路へと着く。

 

一週間後、二人が元に戻ってくれる事を願いながら

 

 

 

 

 

 

そしてそんな以前よりも更に奇妙な集団になってしまった彼等を木の陰から見ている者が一人

 

「なんという事でしょう、兄様がまるで別人だと見違うぐらい姿が変わってしまいました、やはりより高みを目指す為に強うなると見た目も変わるという事ですね」

 

木の裏側からスッと現れたのはヨシヒコの妹のヒサ

 

黒いレザーコートに身を包み、背中には二本の剣がバツの字の形で鞘に納められている。

 

「流石は常に前を歩き続ける兄様です、一刻も早く兄様に追いつく為には、やはりヒサもまだまだ修行が足りないという訳ですね」

「あ、あの~ちょっといいですか?」

「?」

 

ヨシヒコの止まらぬ成長速度に感動したヒサは、これからはもっと精進せねばと強く心に誓っていると

 

そんな彼女の下へ傍にあった店から一人の女性が出て来て歩み寄って来る。

 

先程ヨシヒコに言い寄られていた店主・ウィズだ。

 

「貴女ってあのヨシヒコさんのお知合いですか? もしよろしければ言伝とかお願いできないでしょうか? その、出会ったばかりの人とそういう関係になるのはやっぱり駄目だと思うからごめんなさいと……」

「なんと? それは一体どういう事でございましょう?」

 

突然言伝をお願いして来たウィズにヒサがキョトンとした様子で首を傾げていると

 

「お~い、ヒッサさ~ん! 俺を置いていかないでくれよ~!!てあぁぁぁぁ!!」

 

彼女達の下へスキップしながら軽快な足取りで現れた首なし騎士・ベルディア

 

浮ついた声を上げながらヒサの方へ駆け寄ろうとしたのだが、そこに偶然いたウィズを見てすぐに驚きの声を上げる。

 

「お、お前……! ウィズか……!?」

「あ、ベルディアさんお久しぶりです、でもどうしたんですかこんな街中にいらっしゃるなんて」

「すまん!」

「へ!?」

 

自分とは違ってバッチリ見た目から完全に魔物だと認識できるベルディアが、どうして堂々とアクセルにいるのかとウィズが純粋に不思議に思っていると

 

突然彼は手に持っている頭を深々と下げて彼女に向かって謝る。

 

「お前には散々気のあるアピールして来たけど! 実は今の俺には心の底から愛する人が出来てしまったんだ! だからごめんなさい!!」

「は、はい!? なんですか急に!? ベルディアさん私に気のあるアピールなんかしてましたっけ!? なんか頭を何度も私のスカートの下に投げていたのは覚えてますけど……え、ひょっとしてアレですか!?」

「頼むウィズ、俺の事はどうか……忘れてくれ」

「いや忘れるも何も私は最初からベルディアさんの事は別に……」

 

急に何を言いだすんだとウィズが頭を下げて来るベルディアに困惑しながらも誤解を解こうとすると

 

「まあベル君の事を許してやってくださいよ、彼もきっと反省してますから」

「っていきなり誰ですかあなたは!?」

「スズキです」

「ど、どうか気をしっかり持ってくださいね……フラれたからって落ち込まずに元気出してください……」

「わ! また別の人が! どちら様ですか!?」

「ゆんゆんです」

 

いきなり背後からにゅっと現れたヒサとベルディアの仲間のスズキとゆんゆんの登場にウィズが驚きつつ、ふと彼等の言ってる事にハッと気付いた様子。

 

「も、もしかして私がベルディアさんにフラれた事になってるんですか!? 違います誤解です! 私最初からベルディアさんに恋愛感情とかこれっぽっちも無いですから!」

「あ、大丈夫ですよ無理に意地張らないで、僕等ちゃんとわかってるんで」

「新しい恋を探してください」

「その、お前を裏切ってしまった俺が言うのもなんだが……達者でなウィズ!」

「違うんです! ホントに違うんですってば~! ちょっと一から説明させてくださいホントに!」

 

わかった様子で優しく何度も頷く三人組に慌てて詳しく話を聞いてくれと詰め寄る

 

ヨシヒコを振る筈だったのに

 

どういう訳か、ベルディアに振られてしまうウィズであった。

 

「私の話を聞いて下さ~い!!」

 

貧乏店主・ウィズの必死の叫びはむなしく町に響く……

 

次回へ続く

 



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其ノ漆 welcome to tokyoD……
漆ノ一


昼下がり、ヨシヒコ達はいつもの様に竜王の足掛かりを探す為に野原を歩いていた。

 

「あーヨシヒコとダクネスが元に戻ってホントに良かったー」

「すみません、ここ最近の記憶が無いんですけど何かあったんですか?」

「私もここ数日の間の記憶が全く無い……もしかして私達は何かの事件に巻き込まれたのか?」

「いやもう気にしなくていいわよホントに、私達から言えるのはホントこれだけ」

 

ヨシヒコとダクネスがエリスのうっかりによって変身してしまってから一週間

 

すっかり元に戻ってくれた二人にメレブとアクアはほっこりした表情で優しく彼等を見つめていた。

 

「ご近所から苦情来るから夜中でギター弾かない事と、整合騎士の名の下にとか言って街中で暴れなければ、それでいいのアンタ達は」

「ギター? 私がいつそんなモノを弾いたんですか?」

「整合騎士? 私は聖騎士だぞ、それに街中で暴れた覚えも無いんだが?」

「あの時はホントヤバかったー……滅茶苦茶ご近所さんに怒られたり色んな人に謝ったり……」

 

全く身に覚えのない事にキョトンとするヨシヒコとダクネスをよそに、疲れ切った表情でメレブがため息を突いていると

 

「待ちな、命が欲しければ、懐のモン全部渡せ」

「そしてこの流れで盗賊登場ー、お約束だねーホント」

 

そこへ颯爽と横から現れてヨシヒコ達の前に立ち塞がる一人の男

 

 

ヨシヒコが静かに剣を構えメレブが苦笑してる中、男は余裕たっぷりの表情でニヤリと笑って見せた。

 

「俺はちょいと名の知れた盗賊でね、悪いがちょいと俺の仕事に付き合ってくれねぇかな?」

「なによアンタ盗賊? なんだか今までの盗賊と違って随分男前ね」

「確かに、この男にはどことなく気品が溢れている……」

 

現れた盗賊に対してアクアとダクネスは怪訝な様子を見せる。

 

盗賊という割にはどことなく爽やかな風が似合いそうなイケメンだからだ。

 

するとメレブは「ん?」と首を傾げるとジッと彼の顔を見つめてすぐにハッと驚きの顔を浮かべ

 

「おうおうおう! 嘘だろ嘘だろー!? え、もしや!? もしやもしやもしや!? その爽やかフェイスは! その誰もが認める二枚目のあなた様は!?」

「この男を知っているんですかメレブさん?」

「いやだってこの人! ムラサキの……いや木南さんの……!」

「フ、どうやら名前だけでなく顔まで知られちまってるのか、こりゃあ商売上がったりだな」

 

急に慌てた様子で男を指差しながら何かを言おうとするメレブ

 

その反応を見て男は軽く肩をすくめて見せるとアクアもまた「あ!」と彼を指差し

 

「あなた私も知ってるわよ! アレでしょアレ! あの……!」

「お前は黙ってなさいアクア! 前もお前この人の事ふざけた名前で言っただろ! 今回は本人がいるんだから絶対に何も言うな! 頼むから!」

 

アクアがまた何か失礼な事を口走るのではといち早く察したメレブが彼女の前に手を出して制止する。

 

すると男は気さくそうな笑みを浮かべながら腕を組むと

 

「俺の名は……」

 

 

 

 

 

 

「タマキンだ」

「おぉぉぉぉぉう!?」

「いずれはこの世界で盗賊王と呼ばれる男だ」

「まさかの本人が!? 本人が言っちゃうの!? 本人が認めちゃうの!?」

「ほーらやっぱり私は間違ってなかったじゃない! やっぱりこの人はタマキンよ! どっからどう見てもタマキンじゃない!」

「そうれ俺こそタマキンだ!」

「止めてー! なに堂々と自分の事タマキンとか言ってんのこの人~!」

 

 

恥ずかしいと全く思っておらず堂々と名乗り上げる盗賊・タマキン

 

名前を当てた事にアクアが嬉しそうに彼を指差してピョンピョンと跳ねる中、メレブは一人申し訳なさそうに頭を抱える。

 

「ごめんなさい千秋様ファンの皆様~……」

「でもアンタ惜しかったわね、もうちょっと早く出てれば良かったのに、そしたら彼女との共演があったのよ」

「フ、スケジュールが合わなかったんだ!」

「あの! そんな事まで話さなくて結構ですから! ホントこっちは出てくれただけでありがたいんで! おいアクア! いい加減お黙りなさい!!」

 

文句を垂れるアクアに後頭部に手を回しながらペコリと頭を下げるタマキン

 

いい加減にしろとメレブがアクアを叱りつけていると、不意にヨシヒコがスッと剣を構える。

 

「誰だか知らんが私達と戦う気があるのであれば容赦はしない、金が欲しければ力づくで奪って来るがいい、タマキンよ」

「ヨシヒコもホラ、空気を読んであんまタマキンって呼ばないであげて~」

「アンタが最近噂に聞く勇者ヨシヒコという男か、魔物を操る力を持っているとは聞いたが、お前自身の力はどうだろうな」

 

戦う構えを取るヨシヒコに、不敵な笑みを浮かべながら腰から鋭く尖った刀を抜くタマキン

 

「本当の事を言うと俺は金を奪う事には全く興味が無い、こうしてアンタ等の前に現れたのは、噂のヨシヒコとやらの実力を拝みに来たって訳さ」

「金ではなく強き者と武で競い合う事を望む、か……やはりこの男、今までの盗賊とは何から何まで違うな」

「ならばお前が見たいという勇者の力、この場ではっきりと見せてやろう」

 

 

ならどうして盗賊になったんだろうと内心うっすら思いながらも、ダクネスは冷静にタマキンの性格を観察していると、ヨシヒコは彼の挑戦に受けて立つ覚悟だ

 

「皆さん、この男とは私一人で戦います、助太刀は無用です」

「うむ、存分にお前の戦いを見せてやるがいい」

「なるほど、これが本当の男と男の真剣勝負というものか……別に止めはせんが気を付けろヨシヒコ、相手は相当に腕に自信があるみたいだからな」

「ねぇねぇ、まどろっこしい真似するのめんどくさいからみんなで袋叩きにしましょうよ、相手一人だし」

「お前、今日はいつにも増してホント空気読まないよね、どしたん? どしたんアクアちゃん? 機嫌悪いん?」

 

単独でタマキンと戦う事を決めたヨシヒコにダクネスが素直に見守る姿勢を取っている状況で

 

一人だけ面白い事考えたかの様に人差し指を立てて提案するアクアを

 

メレブは真顔で彼女の肩に手を置いて語りかける様に黙らせた。

 

「来いタマキン、私と一対一の勝負だ」

「フ、俺は別に全員でかかってきても構わなかったんだが……さてはお前も俺に負けず劣らずバカだな」

 

こちらの挑戦に受けて立つばかりかタイマンで決着を着けようとするヨシヒコに、面白そうにニヤッと笑いながら対峙するタマキン

 

そして

 

「行くぞヨシヒコォ!」

「来い! タマキンよ!」

 

ヨシヒコとタマキンによる一騎打ちが始まった。

 

二人の用いる得物が激しく交差し、そこから何度も相手の動きを読み合いながらぶつかり合う二人。

 

刃物同士の衝突音を周りに響かせながら、両者は一歩も譲らずひたすらせめぎ合う。

 

「ハハハ! いいぞ勇者よその調子だ! この俺を本気にさせてみろ!」

「やはりこの男強い……! だがここで私が倒れる訳にはいかん!」

 

鍔迫り合いになりながらもなおまだ笑っていられるタマキンに、ヨシヒコは剣を突っ返しながら負けてたまるかと怒涛の攻撃を繰り出していく

 

しかしタマキンもそれを難なく回避して、華麗に刀を振り回して踊る様な動きで魅せながら戦う。

 

「く! 流石に見た目と口だけではなかったか! 負けるなヨシヒコ! お前にはこの世界で為すべき事が残っているんだ!」

「はぁ~戦ってる姿もまたお美しいわ~、ホントカッコいいわ~、タマキンって名前だけでもどうにかならんすかね~」

「ちょっとメレブ! アンタどっちの味方なのよ! もっと頑張りなさいヨシヒコ! タマキンなんかぶっ倒しちゃいなさい!!」

 

男同士の真剣勝負という熱い戦いを見てテンションの上がるダクネスと惚れ惚れした視線をタマキンに送るメレブ

 

アクアも応援している中でヨシヒコは勇者という誇りをもって全力で戦う

 

だが

 

「見切ったぞ勇者! そこだ!」

「しまった!」

「あ~ヨシヒコの剣が!」

 

 

何合目かわからない程の打ち合いの中で、隙を突いたタマキンの一振りが、ヨシヒコの持ついざないの剣を空中に弾き飛ばす。それを見て悲鳴のような声を上げるアクア

 

「勇者ヨシヒコ、いい腕をしているのは認めるが、残念ながら俺の勝ちみたいだな」

「何てことだ……私が一対一で敗れてしまうとは、悔しいがこの男、私より強い……!」

 

 

得物を失ってはもう相手の攻撃を防ぐことも、そして相手を倒す事さえ出来ない。

 

己の勝ちを確信したタマキンは、ショックで呆然と立ちすくすヨシヒコに向かって静かに刀を振り上げる。

 

「中々面白い戦いだった、感謝するぞ勇者よ」

「く!」

 

無防備な状態を晒して悔しがるヨシヒコに向かって、相手の健闘を称えながらもトドメを刺しに行くタマキン

 

しかし万事休すかと思った次の瞬間

 

 

 

 

 

「ウチのヨシヒコをやらせはしないわ! 隙あり!!」

「おぉう!」

「女神!」

 

なんとまさかのアクアが横入りで奇襲。

 

刀を振り下ろそうとするタマキンの背後から、アクアが現れるとすかさず地面を蹴って

 

思いきり開いている彼の股の間にある最もデリケートな部分を思いきり蹴り上げたのだ。

 

これにはさっきまで余裕な態度であったタマキンも一気に苦悶の表情を浮かべ、両手に持っていた刀をポロッと地面に落としてしまう。

 

「お……おぉ……」

「やったわヨシヒコ! タマキンを倒してやったわよ!」

 

言葉も出ない程に強烈な痛みを耐えようと、股を両手で押さえながらプルプルと震え出すタマキンを見ながら喜びのガッツポーズをとるアクア。

 

 

これにはヨシヒコもどこか困惑の色を浮かべていると

 

「お前ぇ! おいコラ自称女神お前ぇ!」

「おいアクア! お前は何という真似をしているんだ!」

 

そこへすかさずメレブとダクネスが血相変えて駆け寄って来た。

 

「男同士の一対一の決闘だとさっき言ったばかりだろう! どうしてそこでお前が出て来てトドメを刺すんだ!」

「は? 何言ってんのよダクネス、大事な仲間が死ぬのを大人しく見てるとかそれもう仲間じゃないでしょ」

「そういう訳ではないがこの流れで横やりを入れるなんて卑怯だぞ! カズマかお前は!」

「何それひどーい! 私はただ助けただけなのになんでヒキニートでドクズのカズマさんと同類扱いされなきゃいけないのよー!」

 

決闘という中々の熱い展開にちょっと燃えながら二人の戦いを見守っていたダクネスが、アクアの勝手な振る舞いに厳しく叱りつけてる中

 

一人股間を抑えながらピクピク動いている盗賊・タマキンに慌ててメレブと戦っていたヨシヒコが駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!? なんかモロに食らってましたけどホント大丈夫ですか!?」

「これは酷い……これではもうまともに戦う事は出来ない」

「……つ! 本当に……思いきり入ったぁ……!」

「おい! 担架誰か持って来て! タマキンさんもう声も出ない! 重症ですこれ!」

「タマキンのタマキンに女神の会心の一撃が……」

「ヨシヒコ……よくその台詞笑わずに言えたな……」

 

股間を抑えて悶絶している様子のタマキンを見て

 

ボソリト真顔で呟くヨシヒコに、メレブは思わずちょっと噴き出してしまう。

 

程無くして全身黒づくめの黒子二人組が担架を持って来て、痛すぎて半笑いを浮かべているタマキンを急いで乗せてあげた。

 

 

「どうしよう、マジでどうしよう、ムラサキに本気で怒られそう……アイツと次会うのが怖い……」

「女神、タマキンのタマキンを回復させてあげたらどうですか?」

「えーいいわよアイツ敵でしょ? それになんか変な黒づくめの二人組が連れて行こうとしてるんだから別にいいじゃない」

「……ていうかあの二人組は誰だ?」

「彼等に触れるなダクネス、見て見ぬ振りに徹しろ」

 

黒子二人を指差して気になっている様子のダクネスをメレブが急いで止めに入っていると

 

黒子に担架で担ぎ上げられたタマキンの所へヨシヒコとアクアが歩み寄る。

 

「タマキンが苦しんでいます、ここは是非女神のお力で助けてあげましょう」

「まあ別に良いけど、ホントに苦しんでるのコイツ? 顔笑ってるわよ」

「いやーこういう事させられるんだなぁ……こえーななココ……」

 

股間を抑えながら半笑いのタマキンに

 

アクアは首を傾げながらも仕方なく回復の魔法を掛けてあげるのであった。

 

 

 

 

 

タマキンを回復させて逃がしてやった後

 

一段落を済ませてヨシヒコ一行はトボトボと平原を歩いていた。

 

「おいアクア、今日のお前なんかおかしいぞ、ずっとイライラしているじゃないか」

「そうだよ水色おバカ頭、お前あの盗賊に散々失礼な事言った挙句股間にキックしたんだぞ、男同士のタイマン勝負にケチ付けやがってー」

「女神、一体どうしたんですか? よろしければ私達に相談して下さい」

「……」

 

さっきからずっとムスッとした表情で先頭を歩いていくアクアに、三人が何かあったのかと尋ねると

 

彼女は不機嫌な顔のままクルリと踵を返して彼等の方へ振り返る。

 

「どうしたもこうしたもないわよ……もういい加減ウンザリなのよ! ここ最近ずっと酷い目に遭わされる事に!」

「酷い目に、ですか?」

「そうよ! カズマやめぐみんも裏切るし! 死体には蹴られるし! カエルにはまた呑み込まれるし! 女神なのに死んじゃうし! ヨシヒコ達に置いてけぼりにされちゃうし! 挙句の果てにはヨシヒコが結婚するから魔王なんてどうでもいいだって言い出すし!! もう何度も振り回されてこっちは限界なのよぉ!!」

「あらら……アクアちゃん、疲れちゃったんだねー……」

 

 

どうやら彼女の機嫌が最悪なのはここ最近の災難続きが原因みたいだ

 

よくもまあそんな覚えてるもんだと、長々と今までの災難を叫び続けるアクアを見て、流石にメレブも哀れみの目

 

「だからこう、癒しが欲しいのよ私は! わかるでしょ! 体と心の両方に安らぎを与えてかつ楽しい事ばっかりのな夢一杯の素敵な場所! そんな所とかに行きたいの! 誰か私をそんな理想郷に連れて行って!! 私のすさんだ心を浄化して!!」

「贅沢な事要求するなぁホントに……ある訳ないじゃんそんな所、俺だって行きたいわ」

「全くだ、そもそも一刻も早く魔王を討伐せねばいかんのに癒しを求めるなんて、お前はホントにカズマを救う気……」

 

 

一度は哀れむメレブであったがワガママに言いたい放題のアクアにダクネスと一緒に厳しく叱りつけようとしていると

 

 

 

ヨシヒコく~~~ん! ヨ~シヒ~コ~く~ん!!

 

「あ~~~もうウザったい! この状況下で一番最悪な奴の登場だわ!」

「恐らく病み上がりだと思われるのに、今日の仏はやけにテンション高くないか……?」

「うわ……戻って来たよアイツ……ヨシヒコ、変身」

「変身します」

 

 

突如空に浮かぶ雲が割れて後光が差し込める。

 

アクアがカリカリとしながら腹を立てている中で、メレブは前回使わなくて済んだ〇イダーマンヘルメットをヨシヒコに被らせた。

 

すると割れた雲の隙間からパァーッと大きなシルエットが現れ

 

「みんな御無沙汰! みんな大好きな仏が! はるばる復活して帰って来たよ!! イエーイ! センキュー!」

「「「「……」」」」

「……え、ちょ、ちょちょちょ待って待って、なにみんな黙ってるの……?」

 

久しぶりに現れたのはやはり仏であった。

 

前回はエリスが代役として現れたが今回は本物が両手を掲げてガッツポーズで登場

 

しかし全員無言で彼の帰還を特に喜ばずに黙って見上げていると、ガッツポーズを止めた仏はしどろもどろになって困惑する。

 

「仏だよ? 前々回、性質の悪い店員にやられて入院中だった仏がようやく全快してみんなの所へ帰って来たんだよ? 祝おうぜ! 仏の復活をみんなで祝おうぜ!!」

「アンタが戻ってこようがどうでもいいのよぉ!! 私はもうボロボロなんだからこれ以上ストレス溜めさせないで!! とっとと私の前から消えなさい!!」

「おーどうした水のなんとかのアクアよ、急にキレたり帰れとか言われてもどうすればいいのかわかんないんですけどー、ボロボロってなに? ボロボロだったのお前じゃなくて私よ?」

 

なんだかいつも以上にアクアがイライラしている事に気付いた仏は何かあったのかと首を傾げていると

 

それを見かねてメレブが彼女の代わりに教えてあげる。

 

「なんかコイツ、最近ずっと嫌な事ばかりでナーバスになってるんだって」

「……は?」

「だから、周りに酷い目に遭わされたりヨシヒコに振り回されたりして精神的に色々と参ってるんだって事!」

「……なにそれ? コイツ、そんな事で機嫌悪くしてんの?」

 

アクアを指差しながら仏が怪訝な表情を浮かべていると、説明を終えたメレブがコクリと縦に頷く。

 

すると仏は「ハァ~」とわかりやすいため息を突いて肩を落とすと、視線をアクアに向けたまま呆れた口調で

 

「お前さぁ、魔王を倒す為にヨシヒコ達と一緒にいるんだべ? 魔王に操られてるカズマ君を助けに行きたいんだべ?」

「そうよ! わかり切った事聞くんじゃないわよ!」

「だろ? じゃあ嫌な事が続いた程度でなに周りの空気を悪くさせてんの? お前魔王を倒しに行く自覚あんの? 魔王まで辿り着く間に様々な苦難と試練が押し寄せる事ぐらい当たり前じゃん」

 

小指で耳をほじりながら「は~つっかえつっかえ」と最近聞いたのであろう言葉を使いながら

 

頬を膨らませていかにも不機嫌だとアピール全開のアクアに再びため息

 

「魔王を倒すってのはお前が考えてるよりもずっと大変なんだよ、わかる?」

「……」

「私の知ってるヨシヒコとは別の勇者なんかね、別の世界へ行った魔王を追いかけて、右も左もわからない別世界でなんとか生活する為に住む場所や仕事を必死に探して、仕事帰りに店で冷えた弁当買って、自分以外誰もいない寂しい家で夜な夜な弁当食べて、そしてファーストフード店で巨乳の後輩とイチャついてそれなりに充実してやがる魔王を倒そうと必死に頑張ってるんだよ」

「いきなり長々となんの話してるのよ! そんな勇者がいる訳ないでしょ! それに巨乳の後輩とイチャつく魔王ってどんな魔王よ! 嘘ついてんじゃないわよ!」

「ホントだもん! ウソじゃないもん! ホントにはたらく勇者様と魔王様がいるんだもん!」

 

また仏の作り話かと、長々とそんなデタラメこくなと怒り始めるアクア

 

そして何故かヘルメットを被った状態のヨシヒコが高々と挙手して

 

「仏! 魔王とイチャつく巨乳の後輩の事について詳しく教えて下さい!」

「こらヨシヒコ、巨乳にすぐ食いつくの止めなさい、アレ全部仏の作り話だから、そんな魔王も巨乳もいないから」

 

別の所に食いついて詳しく話を聞きたがっているヨシヒコをいつものように優しくなだめるメレブ

 

そんな中でも仏は「ウソじゃないもん! トトロいるんだもん!」と訳の分からない事を泣き顔で叫んだ後

 

急にシレッとした真顔になって

 

「じゃあアホのアクアは置いといて久々のお告げいきまーす」

「ちょっとぉ! 私まだ全然納得してないんですけどー!」

「ごめん仕事してるから黙って、お願いだからホント黙って、こっち病み上がりの身体に鞭打って働いてんだから」

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

まだ話は終わってないと怒り狂うアクアにめんどくさそうに自分の口に人差し指を立てて黙らせながら

 

仕事モードに変わった仏が改めてヨシヒコ達にお告げを下し始めた。

 

「えーここから少し北東に、とある怪しい地下ダンジョンがあります、そこにですね、なんと竜王が使う人を操る術を、解く事が出来てしまうという強力なアイテムが隠されているとわかった」

「おー久々にまともお告げきたー! しかもかなり有能な情報!」

「竜王の術を解く……つまりダンジョーさんやムラサキを正気に戻せるアイテムがそのダンジョンに眠っているって事ですね」

「これでようやくアイツ等を元に戻せるって訳か~」

 

仏のまともなお告げを聞いて驚きつつもその情報にすぐに食いつくメレブとヨシヒコ

 

上手くいけばそのアイテムでダンジョーとムラサキを救える事ができるかもしれないからだ。

 

しかしまだ仏のお告げは済んでいない。

 

「だがその地下ダンジョンは何者かが手を加えており、複雑な迷宮と化している。進むのは非常に困難な上に罠まで仕掛けられているという、そして更にそのダンジョンよりも恐ろしい存在がいるのだ」

「恐ろしい存在とはなんですか?」

「そのダンジョンを迷宮化し沢山のわなを仕掛けた人物にして……その世界に元々いる魔王に近しい配下の者!」

「こちらの世界の魔王に近しい配下……」

「つまり魔王軍の幹部という訳か、これは予想以上に厄介だぞ……」

 

やはりそう簡単にレアアイテムを手に入れる事は出来ないようだ。

 

仏の口から出て来た魔王の配下と聞いて、ダクネスも眉間にしわを寄せる。

 

「前回のウィズみたいな争いを好まない魔王軍の幹部は極々稀なケースだからな……つまりは今回初めて、私達の世界にいる魔王軍の幹部と対峙する可能性があるやもしれぬという事か……」

「ダクネス、やはり魔王軍の幹部というからには、相当強いのか」

「もちろんだ、なにせ魔王に認められた存在だからな。私達も一度手合わせした事あるが、その時倒せたのもたまたま運が良かっただけだ、これはかなり困難で厳しい戦いになるかもしれないぞ、ヨシヒコ」

 

魔王軍の幹部の恐ろしさをよく知っているらしいダクネスに聞かされて、ヨシヒコも「なるほど……」と難しい表情を浮かべる。

 

「ならば事前にしっかりと準備する必要がありますね」

「うむ、これはかなりマジな戦いになりそうだ、こちらも本気の構えを取らんと、容易く全滅させられる可能性は大いにある」

「本気の構えですか……わかりました、それじゃあ早速その辺にあるやくそうを片っ端から集めましょう」

「ヨシヒコよ……お前にとっての本気の構えってやくそう集める事だけなのかい?」

 

ヨシヒコのダンジョンに赴く前に入念に準備するという事にメレブも強く頷くものの

 

彼が行おうとしているその入念な準備についてはすぐに困り顔でツッコミを入れた。

 

そしてお告げを終えた仏は、今回は完全に仕事しましたよと言ってるかの様にキリッとした顔を浮かべると

 

徐々にその姿は薄れていく。

 

「頼んだぞ勇者ヨシヒコよ、お前の力がこの世界を支配している魔王にも通用すると私は強く信じている。相手が魔王軍の幹部であろうと、お前の剣は決して折れんと」

「わかっています仏、私は勇者、必ずやその魔王軍の幹部を倒し、我々の世界だけでなく、こちらの世界の脅威をも倒して見せます」

「うむ! ではさらばだヨシヒコよー!」

 

最後にヨシヒコと強く頷き合うと、仏は叫んでフッと消えていくのであった。

 

「最初テンション高く出て来た時はまた長々とふざけるんだろうなコイツと思ったけど、なんか今回、スムーズにお告げしてさっさと消えていったな仏」

「はい、どことなくなにか急いでるような気がしました」

「さてはアイツ……尺でも気にしだしたのかな……」

 

ふざけたらふざけたらで非難されて、珍しく真面目にやったと思えば何か裏があるのではと疑われる仏。

 

メレブも早速消えて言った仏を疑いながら、ヨシヒコからヘルメットを受け取り袖へと戻す。

 

「とりあえず行く先だけでもわかったし行くとするか、確かここから北東だよな」

「はい、今回もまた一筋縄ではいかない冒険になりそうです」

「今回もと言われても私はあまり冒険した記憶が無いんだが……」

 

考えてみれば彼等とそんなに冒険っぽい事してない様な気がすると……ダクネスが言ってはいけない事をつい口走りつつ、地べたに体育座りしてすっかりいじけているアクアの方へ振り返る。

 

「おいアクア行くぞ」

「いや! なによ魔王軍の幹部がいるダンジョンに潜りこめって! 私はそんな所に行きたくないの! 癒しのスポットに行きたいの!」

「そんな場所に行く暇などあるか! ほらとっとと行くぞ!」

「い~や~!! もうひどい目に遭いたくないのよ~!! 誰か私を楽しい所へ連れてって~!!」

 

未だ己の理想郷を求めようとするワガママなアクアの後ろ襟をむんずと掴むと、ダクネスはそのまま彼女を引きずってヨシヒコ達と共に魔王軍の幹部のいるダンジョンへと赴く事にした。

 

果たしてそこで待ち構えている強敵とは……

 

そしてアクアの求む理想郷は何処にあるのか……

 

 

 

 

 

 



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漆ノ二

ヨシヒコ達は仏のお告げにより北東へと向かい、ダンジョー達を元に戻すアイテムを取りに地下ダンジョンの入口へと来ていた。

 

もう災難な目に遭うのはこりごりだと嫌がるアクアを無理矢理連れて

 

「いーや離して! もう私は酷い目に遭うのはコリゴリなのー!」

「女神、我々には女神の癒しの力必要なんです」

「知らないわよそんな事! 早く離し……あれ?」

 

ダクネスとヨシヒコで代わりばんこに引きずって連れて来たアクアは

 

ヨシヒコに後ろ襟を掴まれながらジタバタと暴れていると急にキョトンとした顔を浮かべ

 

「……ここがあの仏が言っていた地下ダンジョン?」

「はい、とても禍々しく危険な気配を感じます……これは間違いなく我々を脅かす巧妙な罠が……」

「私、ここに一度入った事あるわよ?」

「え……そうなんですか?」

「うん、カズマと二人で」

 

ヨシヒコ達の前にとうとう現れた地下ダンジョンの入り口

 

数多くの冒険を繰り広げたヨシヒコはすぐにそのダンジョンが危険だと察知するが

 

このダンジョンに入った事のあるアクアはさっきまで不機嫌だったクセに急にヘラヘラと笑い出し

 

「あのねぇヨシヒコさん、ここって色んな冒険者が入っているせいで宝箱も残ってないもぬけの殻よ? ダクネスだって覚えてるわよね?」

「ああ、実を言うと私もここのダンジョンは知っている、前は入り口前で待機していたから中はどうなっているかわからないが……確かに中にはそれらしい価値のあるお宝は無いとクリスから聞いた事がある」

「私がカズマと来た時はリッチーのキールがいたんだけど、もう彼もいないしね、つまりもう完全になーんにも危険もアイテムも無いのよこのダンジョン」

「えぇ~……どゆこと~?」

 

実を言うとアクアとダクネスはこの地下ダンジョンに来た事があったみたいだ。

 

ダクネスは入り口前で待機していたが、アクアはカズマと共に内部に赴いて、色々と探索をした結果もう何も残ってないと確認済みらしい。

 

しかしその答えにメレブは眉間にしわを寄せ頭の上に「?」を浮かべる。

 

「じゃあ仏が言っていた事は、全部デタラメ的な感じ?」

「絶対そうよ、アイツいい加減だもの」

「うわぁ~珍しく真面目にお告げしたと思ったらこれだよ……」

 

落胆した様子でガックリ肩を落とすメレブ、どうやらこのダンジョンにはもう宝箱一つ残っておらず、当然ダンジョー達を助けるアイテムも無い確率もほとんどない。

 

恐らく魔王軍の幹部がいるというのも仏のでっち上げだという可能性が高いだろう

 

しかしヨシヒコとダクネスはまだ疑っているらしく、この探索し尽くされたダンジョンの入り口をジッと見つめていた。

 

「皆さん、仏のウソかどうかはまだわかりませんよ。もしかしたら中に何か残っているかもしれません」

「そうだな……もしかしたらアクアとカズマが出て行った後に何かしらの変化が起きた可能性もある、竜王が現れてからというもの予想できない事態が多すぎるし、もしかしたらここにも影響が……」

 

目当てのアイテムが見つかる確率はゼロではないとヨシヒコとダクネスが言うも、アクアはしかめっ面を浮かべてちょっと嫌そうに

 

「えーなにその入ろうとする空気~、また中に入らなきゃ駄目なの私ー? ここアンデットがウヨウヨいて超嫌なんだけど……」

「ここは一旦様子を見に行ってみようアクア、アンデット相手なら尚更お前の力が必要なんだ」

「お願いです女神、何もないとわかったらすぐに帰りますので」

「仕方ないわねー後でシュワシュワ奢りなさいよ? ホントにちょっと入ったらすぐ帰るからね私」

 

二人に言われて渋々と言った感じでダンジョンへの同行に参加するアクア。

 

彼女からすれば一度は目で見たダンジョン、アンデットに追われるのは中々にトラウマではあったが

 

先っちょだけ入ってとっとと引き上げて家で休もうだのと安直に考えていた。

 

「ほらメレブ、アンタも行くわよ」

「うむ、では参ろうか、この世界で初めてのダンジョンへ」

 

 

アクアに誘われてメレブも素直に頷くと、いつも通りの四人のパーティーで

 

既に何度も攻略されている地下ダンジョンの中へと入るのであった。

 

 

 

 

 

 

「中へと入りましたが、特におかしい点は見当たりませんね」

「だから言ったでしょ、ここはもうなんにも残ってないって」

 

薄暗いダンジョンの入口へと入ったヨシヒコ達。

 

すぐに周りを見渡すもアクアは前回と違う点は何もないとハッキリと答える。

 

「でもちょっと嫌な臭いがするわね……おかしいわね、前来た時はこんな臭い無かったのに。もしかしたらダクネスの言う通り、このダンジョンで何か起こっているのかしら……」

「ごめん、俺ちょっとオナラしちゃった」

「くっさ! マジ最悪なんですけどこの毒キノコ!」

 

突如何やら嗅いだ事の無い異臭がする事にすぐに勘付くアクア。

 

しかしそれがメレブの放つ放屁の臭いだったと知って、ヘラヘラ笑いながら謝る彼をアクアが軽蔑の眼差しで距離を置く。

 

「あーもう本当に最悪だわ、私もう先に帰っていい? 入口まで来たんだしー」

 

ため息交じりにそんな事を言いながら、アクアがふと壁に手を掛けた時……

 

「ん?」

 

彼女の手の先からカチッと突然何かが起動したような嫌な音が。

 

その瞬間、入口の部屋がゴゴゴゴゴ!と激しく揺れ出して

 

「わわわ! 急に揺れてどうしたの! 言っとくけど私のせいじゃないんだからね!」

「いやお前が明らかになんか押しちゃったんだろコレ!」

「も、もしやトラップか!?」

「これはマズい、早く脱出しないと」

 

 

揺れの激しさからして何かとてつもなく嫌な予感を覚えると、4人は素早くダンジョンからの脱出を試みる。

 

「逃げましょう女神!」

「ま、待って! 置いてかないでよー!」

「早くしろメレブ!」

「あ、ごめん! またちょっとオナラ出ちゃった! 別に常時オナラが出やすい訳じゃないんだよ! 多分朝食に食べた焼き芋のせい!」

「そういう報告はいらん!」

 

アクアとヨシヒコ、ダクネスとメレブで急いで出ようとするが

 

「なんだと! 出口が無い!」

「え~嘘でしょ~!? てことは私達もしかして……!」

「閉じ込められました……」

 

なんと先程入って来たばかりの出入口が忽然と消えて、代わりに分厚そうで頑丈そうな石の壁がそこにあったのだ。

 

おまけに

 

「うわうわ! 俺達の間に地面から壁が生えてきた!」

「一旦後方に下がるぞメレブ!」

 

今度は部屋の丁度中心、そこから天井に向かってこれまた硬くてとても壊せそうにない壁が現れたのだ。

 

メレブとダクネスは急いで後方に退きながらすぐに気付く

 

壁の向こうにはヨシヒコとアクアがいる事に

 

「ヨシヒコ! アクア! 私達はとりあえず無事だがそっちは大丈夫かー!?」

「大丈夫だダクネス! 私と女神はちゃんと無事だ!」

「無事じゃないわよ~! 何よコレもう帰りた~い! おウチに帰して~~~~!!!」

「無事じゃなかったみたいだ!」

 

壁の向こうから聞こえる声からしてアクアは泣き叫んではいる者のどうやら二人とも無事みたいだ。

 

すると、突然右側の壁からズシン!と音を立てて、いきなりダンジョンの奥へと進む入口が出現した。

 

「ほほう、これはこれはこれは……いかにも罠ですと言わんばかりに現れたな」

「メレブ、これはやはり……」

「うむ、侵入者を閉じ込めて戦力を分け、更にはご丁寧に奥へと進む道を開く。これは間違いなく、ダンジョンのボスがよくやる手でございます」

「ボスのクセに回りくどい手を使って来るな……もうちょっとシンプルな構造で良かったんじゃないか?」

「それは違うぞダクネス、ボスだからこそ回りくどくてめんどくさいダンジョンを好むのだよ」

 

知った風な口を叩きながらドヤ顔を浮かべるメレブに「なるほど……」と素直にダクネスが感心していると

 

壁の向こうからヨシヒコ達の声が

 

「メレブさん! いきなりこっちに扉のようなモノが出現しました!」

「いや~~~! もうこれ完全に奥へと進むがいいってボスから誘われてるのよきっと~!」

 

向こうから驚いてるヨシヒコと泣いているアクアの声がハッキリと聞こえる。

 

どうやらあっちの方にも同じように奥へと進む為の扉が出現したらしい。

 

「やはりあっちもか、ダクネス、俺達はどうやら二手に分かれた状態でこのまま先へと進むしかないらしい」

「そうみたいだな、おい! ヨシヒコ! アクア! 私達はこっから奥へと進むであろう通路へ向かう!」

 

こうなっては仕方ないとメレブと頷き合うと、ダクネスはまたヨシヒコ達に呼び掛ける様に

 

「だからお前達もその扉を潜って奥へと進んでくれ! もしかしたらいずれ合流できるかもしれない! 出口を見つけるのはその後だ!」

「わかった! 私も女神と一緒に奥へと進んでみる!!」

 

仲間同士の合流を最優先とし、奥へと進む事を決めたパーティー。

 

ダクネスの要望にすぐにヨシヒコも応えると、アクアを連れて奥へと続くと思われる扉の方へ近づく。

 

「行きましょう女神、一刻も早くメレブさんとダクネスと合流しなければ」

「いや! この真ん中の壁をぶっ壊せばすぐに済むでしょ! なんでわざわざ奥へと進んで合流なんて面倒な手間かける必要があるのよ!」

「ああいう壁は何故か異常なほど堅いんです、よくわからないけど何があろうと絶対に壊れないんじゃないかってぐらい頑丈に出来ているんです」

「ああ、ゲームでよくあるお決まりのパターンね……脱出ゲーでよくある何があっても破れない窓みたいな?」

 

はぁ~とため息を突いてもうツッコミするのもめんどくさいと言った感じのアクアをの手を取り、ヨシヒコはそのまま奥へと進むのであった。

 

「では私達も奥へと進むか」

「うむ」

 

二人が奥へと進む音を確認した後、ダクネスとメレブもこちら側の扉を潜って中へと進んで行くのであった。

 

 

 

それから数十分後

 

「中はちゃんと灯りがついていて案外明るいんだな、地下ダンジョンなのに」

「んーこれは明らかに俺達を誘い込もうとしてるよなー絶対」

 

階段を駆け下りて真っ直ぐ進み、どんどん奥へと進んで行くダクネスとメレブ

 

辺りを警戒しながら進む中で、幸いにも途中で魔物と遭遇する事は一度も無かった。

 

「例え誘い込む罠だとしても私達には進む以外無いからな……それにヨシヒコとアクアが心配だ、あの二人ならすぐに罠にかかりそうだ早く見つけねば」

「それわかるわ~、知能レベルが全く同じのバカ&バカだし、足元に釣り糸垂らしたバナナでも置いとけばすぐに引っ掛かりそう」

 

先程から一向に合流出来ないヨシヒコとアクアを心配そうに呟くダクネスにメレブは深く頷きつつ、すぐに不安そうな表情を浮かべた。

 

「でももしかしたらあの二人よりもさ、今の俺達の方が危険かもしれない……かな?」

「確かに……攻撃を全く当てられない私とロクな呪文を持たないお前しかいないからな……」

「やだダクネスさんまでキツイ事おっしゃる、いやーこれでも結構頑張ってると思うんだけどなー、前回はちょっと失敗したと強く反省しているけど」

「ん? 前に反省する程の失敗なんてした事あったか?」

「いやまあ、こっちの話ですよアリスさん、じゃなかったダクネスさん」

 

そんな掛け合いをしながらヨシヒコ達だけでなく自分達の事も心配に思いつつ曲がり角を進んでみると

 

先程までずっと一本道であったにも関わらず、そこには複数の出入口が空いている部屋にやって来てしまったのだ。

 

「おいメレブ、どれが正解への道なのか全く分からないぞ……」

「コレが仏の言っていた迷宮への入り口という訳か、任せろ」

「わかるのか!?」

 

まさかダンジョン内のマップを頭の中に浮かべる事が出来るとかいう画期的な呪文でも覚えたのだろうか

 

ダクネスが期待の眼差しでメレブを眺めていると、彼は杖を地面に置いてゆっくりと手を離す。

 

すると杖はカランコロンと地面で音を立て、複数ある入口の一つの方に倒れた。

 

「あっち」

「待てぇ! なんださっきのは! それはどう見ても信憑性ゼロの運任せじゃないか!」

「いやコレ、たまに当たるんすよ、2割ぐらいの確率で」

「2割なら当てずっぽで進んでみるのと何も変わらないだろ!」

 

微笑を浮かべるメレブにダクネスがさっきまで抱いていた期待を返せと思いながら叫んでいると

 

ふとメレブの杖が指し示した方向の入り口から

 

「おや? 待てダクネス、なんかいきなり出て来たぞ」

「なんかって……な、なんだあれは? 仮面を付けた小さな人形か?」

 

いきなり現れた謎の物体

 

てちてちと足音を立てながら現れたその正体は、手の平サイズにして白黒の仮面を被ったお人形だった。

 

二人が眉をひそめて歩いて来たその人形を眺めていると

 

その人形はてちてちとメレブの方へと近づいて来る。

 

「ほほう、悪くないデザインだと思っていたがこの人形、どうやら俺の溢れ出るカリスマに惹かれてここにやって来たみたいだ」

「……いつお前がそんなモノを溢れさせたんだ? お前が常に溢れ出してるのは胡散臭さだけだろ」

「ハハハ、ダクネスって二人きりになると結構キツイんだね……おーよちよちこっちおいでー」

 

割とキツイ言葉をジト目で言ってくるダクネスに苦笑しつつ、メレブは近寄って来る人形を手に取って頭を撫でやろうとすると……

 

「あれ?」

 

突如人形がカッと光り輝き始めたと思ったら

 

「おぅふ!」

「メレブ!」

 

まさかの爆発

 

その衝撃をまともに食らってしまったメレブにダクネスが慌てて駆け寄ると

 

「ゲホッゲホッ! まさか爆発するとわ……!」

「うおメレブ! お前頭が!」

「え? あ! うっそヤダ!」

 

幸いにもそれほど強い爆発ではなかったのか、顔面に食らった筈なのに顔を煤だらけにする程度で普通に生きているメレブにダクネスが安堵するのも束の間

 

爆発の衝撃でメレブの頭が

 

「アフロ! これ完全にアフロになってるでしょ!」

「まあ髪型が変わる程度で済んだのだから良しとするか……それにしても爆発する人形とは」

「いや全然良しじゃないし! 俺のキューティクルな髪が一瞬にして金髪爆発アフロになっちゃったし!」

 

自分の頭をふと触ったメレブは一瞬にして強いショックを受ける。

 

なんと自慢のキューティクルヘアーがモッサモサのアフロに変貌してしまっていたのだ。

 

何度も頭を触ってその触感を感じながらメレブが「いつ戻るんだよ……」と呟いていると

 

「おいメレブ! またあの爆発する人形がやって来たぞ! しかも何体も!」

「うえぇ待ってよー! 俺これ以上アフロになりたくないって!」

「任せろ!」

 

一体かと思いきやワラワラと出てくる謎のの爆発人形

 

アフロを手にも待ったままメレブが慌てて退くと

 

そこへ剣を構えたダクネスがすぐ様人形相手に斬りかかる。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

「いや待てダクネス! お前が剣を振っても当たる訳……」

 

スライムでさえもかすりもせずにまともに当たらないクセに、その上あんな小さな人形に攻撃を当てれる訳ないだろと

 

メレブが止めに入ろうとする時すでに遅く、飛び掛かって来る爆発人形にダクネスは威勢よく斬りかかる

 

しかし爆発人形はまるで自ら斬られるかのようにダクネスの剣先に当たり……

 

メレブの時と同様光り輝き、そして爆発

 

「くっ!」

「うっそ当たった! でも爆発した!」

「まだまだー!」

「無事なのお前!?」

 

多少のダメージは負ったものの流石の防御力。

 

顔に付いた煤も拭かないままダクネスは唐突猛進の構えで次々と沸いて来る爆発人形目掛けて斬りかかっていったのだ。

 

「当たる! 当たるぞ! 私の攻撃がどんどん当たるぞ!!」

「良かったねぇ……ってか置いてかないで! 勝手に一人で突っ込むな!」

 

 

爆発人形は自ら斬られに行くかのようにダクネスの剣の餌食となっていた。

 

その度に起こる爆発に巻き込まれながらも、攻撃を当てれるという喜びを体感しすっかり調子を良くしたダクネスは単独で走り出す。

 

メレブの杖が指し示した方向に向かって、まだまだ沸いて来る爆発人形を斬りながら突き進みながら

 

「フハハハハハハ!! さあどんと来い! うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ホントにこのまま進んでいいんだろうか……ていうかコイツの方がちょっと心配なんだけど」

 

不安に思うメレブをよそにダクネスは高笑いを浮かべながら奥へと進むのであった。

 

その先に何が待ち構えているのかも知らずに

 

 

 

 

 

 

一方その頃、彼等と別行動しているヨシヒコとアクアはというと

 

「あれ、この道さっき通りましたっけ?」

「うえーまた私達グルグル回ってたのー! もうやだ疲れたー!」

 

迷路のように入り組んだ地形で、さっきからずっと迷っている様だ。

 

同じ場所を行ったり来たりしながら歩き回っていると、アクアは遂にその場にへたり込んでしまう。

 

「やっぱこんなダンジョン来るんじゃなかったわー! 幹部とかそんなのどうでもいいからせめて出口だけでもいいから見つけてよー!」

「女神、どうでもいいだなんて言ってはいけません、我々は世界を救う旅をしているんです、どうでもいいだなんて絶対に言ってはいけないんです!」

「はぁ!? アンタこの前、魔王なんてどうでもいいとかもっとヤバい事ほざきやがったでしょうが!」

 

ヨシヒコの身勝手な説教にすかさずアクアがキレ気味にツッコんでいると

 

「ん?」

「どうしました女神」

「いやさっき、アンタの背後でなんか黒い影が動いてるのが見えたような……」

「影?」

 

彼の方へ顔を上げてアクアはふと気付いた。

 

ヨシヒコの背中で何やら黒い物体がかすかに見えた事を

 

疲れも忘れてアクアは立ち上がると、その正体を確かめる為にそちらの方へ歩き出す。

 

「モンスター、という感じはしなかったわね……もしかしたらこの迷路を抜けれる方法を知ってる人かも、行きましょ」

「わかりました、けど油断しないで下さい」

 

黒い影を追いかける事にしたアクアとヨシヒコは急いで消えて行った方角の方へとやや駆け足で進んで行く。

 

すると曲がり角に差し掛かるとまたもや

 

「あ、また見えた! 何かしら……大きな頭でその上に耳っぽいのが二つ……人間ではなさそうね」

「大丈夫なんでしょうか、我々をおびき寄せる罠なのでは……」

「その可能性もあるんでしょうけど不思議とそうは感じないのよねアレ……あ! 今度はあっちに行ったわ!」

 

ピョンピョンと跳ねる様に進んで行くそのシルエットを見ている内に、アクアは何やら不思議な気持ちになった。

 

まるでそのシルエットを見ているだけで今までのイライラが収まって来るかのような……

 

アクアは最早躊躇も見せずに迷路のような通路を、人影を頼りにヨシヒコと共に走り抜けて行った。

 

すると

 

「ちょっと待ちなさいよ! あれ? いない……」

「見て下さい女神! 何やら壁に文字が書かれています!」

 

人影を追ってグングン奥へと突き進んでいると、曲がり角を曲がったところで忽然と人影が消えていた。

 

アクアが首を傾げているとヨシヒコは左右に分かれた通路の壁に何やら文字らしきものが書かれた看板が貼られていた。

 

「読んで下さい」

「ああ、アンタそう言えばこの世界の文字読めないんだっけ、どれどれ……」

 

二人で近づいてみるとヨシヒコの代わりにアクアがそれを読んであげる

 

「右側の方の看板には「こちらは滅茶苦茶鬼畜な罠が張り巡られ、更に強くて怖-いボスがいるので警戒するがいいフハハハハハ!」ってめっちゃムカつく感じに書かれているわね」

「なるほど、つまり勇者として進むべき道は右側の通路ということですね」

「待って、左側にはこう書かれているわ「さあこっちに進んで! 夢とファンタジー溢れる素敵な国が君達を楽しませる為に待っているよ! ハハッ!」って」

「物凄く怪しいですね、これは間違いなく罠です」

「うーんでも……」

 

右側の道と左側の道、看板に書かれてる言葉が本当であればヨシヒコ達としては即座に右側を選ぶべきである。

 

しかしアクアは左側の通路を眺めながら寂しそうに

 

「私、こっち行きたい……」

「何を言っているんですか女神! 明らかにそっちは罠です! 我々はボスのいる右側に向かうべきです!」

「待ってヨシヒコ、私がここに来るまでずっと言っていた事覚えてる?」

 

何を言い出すんだと勇者らしく叫ぶヨシヒコだが、それをアクアが手を突き出して遮ると彼女は疲れた表情でため息を突き

 

「私はね、今までの理不尽かつ辛い体験ですっかりストレスが溜まっているの、だから癒しを提供してくれる場所を強く求めているの、そしてここに書かれているのが本当なら」

「待ってください、まさかこっちの通路に女神が求めている場所があると思っているんですか? ダメです危険すぎます」

「ならヨシヒコもついて来ればいいじゃない、罠ならすぐに逃げればいいんだし、ちょこっと見るだけだから、ね?」

「しかし……」

 

グイグイと自分の腕を引っ張りながら左側に行こうと誘おうとするアクアにヨシヒコは顔をしかめた後、しばらく考えた後ボソリと

 

「そうですね、それで女神のイライラが収まるのであれば……わかりました、少しだけ様子を見に行ってみましょう」

「流石ヨシヒコね、話わかるの早くてホント助かるわー、メレブやダクネスだったら絶対にこうはいかなかったわ」

「ただし、仮にこっちの道にホントに女神が望んでいた癒しの場所があったとしてもちょっとの間しかいられません」

 

話がまとまった事に上機嫌に笑いかけるアクアにヨシヒコはすぐに厳しい表情で

 

「我々は一刻も早くメレブさん達と合流し、このダンジョンにあるダンジョーさん達を助けるアイテムを手に入れなければいけないのですから」

「うんわかってる! ホントにちょこっと見学だけしてすぐにこっちに戻るから! 水の女神として誓うわ!」

 

罠であろうと目的の場所であろうと即座にこっちに戻る必要があると念を押すヨシヒコに

 

自分の胸に手を当てて堅い約束を誓うと、アクアは早速彼の腕を引っ張って

 

「んじゃあ! 行ってみましょうかこっちに! なんだか知らないけど凄くワクワクするのよね私!」

「ホントに大丈夫なんですか女神?」

「大丈夫よ! 私を信じなさい!」

 

未だ不安そうなヨシヒコと共にアクアは意気揚々と左側の通路へと進んで行くのであった。

 

果たしてこの先で彼女達が待ち構えているモノとは……

 

次回へ続く

 

 

 

 

 



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漆ノ三

ヨシヒコとアクアが長い通路を超えると、そこにあったのは信じられない光景であった。

 

「な! なんなんだここは! 私達は先程ダンジョンにいた筈なのに!」

「流石に女神の私でさえもわからないわ……けどなぜかしら、さっきから胸の高鳴りが収まらないの……!」

「私もです……! 何故だから知らないが物凄く駆け回りたい程興奮している私がいます……!」

 

そこは見渡す限り一面の広大な場所であった。お店や不思議な建物も設置されており、真ん中には大きな城まである所から察するに、ここはどこかの王国なのであろう。

 

しかもそれだけではない、所狭しと自分達以外の人々が笑顔を浮かべながら歩き回っており、老若男女問わず皆が心の底から楽しんでいる。

 

ヨシヒコ達もまた道行く彼等に釣られて不思議とワクワクし始めていると、そんな彼等の所へフリフリと手を振りながら二匹の奇妙な者達が駆け寄って来る。

 

「あ! 見てヨシヒコ! さっき私がダンジョンで見た人影って多分アレよ! きっとあの黒いネズミだわ!」

「リボンを付けている方は女性なんでしょうか……しかし何故だ、彼等を見ているとますます私の中の興奮が収まらない……!」

「私もよ、今すぐにあの子達に抱きつきたくてしょうがないって気持ちで一杯だわ……!」

 

もしかしたら自分達を襲いに来た魔物、とも考えれるはずなのにどうしてであろう。

 

ヨシヒコとアクアはあの二人の黒いネズミ(全身モザイク加工済み)に対して警戒どころか逆に強い親しみを覚え始めている。

 

二人のネズミはヨシヒコとアクアの方へ駆け寄ると、それぞれに手を差し出して無言で握手しようと誘って来た。

 

ヨシヒコとアクアは間髪入れずに全く警戒心も無い様子で彼等とガッチリ手を繋ぐ。

 

「おお……! 手を繋いだだけなのに、なにかもう面倒なしがらみをすべて忘れてしまう程暖かいモノに包まれた気分だ……!」

「なんなのよあなた達……どうして手を繋いでるだけなのにこんなにも私の中の疲れを癒してくれるのよ……」

 

ヨシヒコは男の子の、アクアは女の子のネズミらしきものに何も言われずに手を繋がれたまま、心の底から湧き上がる幸福感にすっかりダンジョンやメレブ達の事さえも忘れ去っていると

 

二人のネズミはヨシヒコ達にスッとあるモノを差し出す。

 

それはこの広大な国の事を詳細に書かれている地図だった。

 

「どうやら彼等は私達にこの国を回って見ろと言ってるみたいですね、女神、どこから行きましょうか」

「流石ヨシヒコねここに来るまでちょっと渋ってたのに、もうすっかり私同様ここに魅了されてしまったみたいね……」

「だって見て下さいこの地図を! 地図を見てるだけでもう滅茶苦茶ワクワクするんですよ! どっから行けばいいのか迷ってしまうぐらいに!」

「私もよ! 美味しそうなモノが売ってる店とかこのアトラクションとかいうのも凄い行ってみたいわ!」

 

二人揃って地図を眺めているだけなのに、既に収まり着かない程のテンションに身を任せてヨシヒコとアクアは意気投合し、まずは適当に歩いてみようと足を進め始める。

 

「ありがとう黒いネズミよ! またどこかで会おう!」

「バイバイ黒いネズミ! ガールフレンドと仲良くね!」

 

地図を渡してくれた二人のネズミにお礼を言うと、彼等もまたピョンピョンと跳ねながら手を振って見送ってくれるので、それを見ているだけでもうヨシヒコとアクアは既に冒険の疲れなど吹き飛んでしまった。

 

「それじゃあまずはこの草木が茂っている場所へ向かいませんか!? 私この、船に乗ってガイドと共に探検するというの一度体験したいんですけど!」

「やだ、私も丁度それに乗りたいと思ってたのよ! だったらすぐに行くわよヨシヒコ! それと行く間にあるお店で何か食べましょう!」

「はい! 地図によるとここを歩けばチョコチェロスという不思議なお菓子が売ってるみたいです!」

 

 

二人は来て早々すっかりこの世界に魅了されて

 

スキップしながらしばらくここを満喫する事にしたのであった。

 

メレブとダクネス、魔王軍の幹部さえもほったらかしにして……

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ヨシヒコ達が楽しんでいるのも露知れず、突如現れた爆発人形と戦闘中のダクネスとメレブはというと

 

「ゼェゼェ……! 人形は! 人形はもういないのかー!?」

 

幾度も爆発に飲まれながらもまだまだ元気といった感じで一心不乱に人形を探し始めるダクネス。

 

人形がやってくる通路だけを進み続けてすっかりここがどこなのかさえわからないでいると

 

彼女の背後からヒーヒー言いながら追いかけてきたメレブがやっと追いついた。

 

「おま……ダクネスお前……人形相手にはしゃぎ過ぎ……!」

「すまん、だが自分で自分を制御できなかった、初めて倒せる敵が現れたことにどうしても我慢が出来なかったんだ」

「そんな敵を倒せて嬉しいんなら、そもそもちゃんと敵に攻撃を与えられるスキルでも習得すればいいじゃん……」

「それは出来ない、自らの攻撃で相手を倒してしまったら、相手の攻撃を受けられないじゃないか」

「ん~ヨシヒコとアクアに埋もれてるけど、ダクネスさんも相当おバカさんですよね」

 

自ら攻撃に当たってくれる上に爆発してこちらにダメージを与える敵

 

そんな爆発人形を倒す事に快感を覚えて、ダクネスが物凄くいい顔でキリッとしているのをメレブが優しく微笑んだまま頷く。

 

「いやまあ敵を倒しててくれたのはありがたいけど、お前が無闇に突っ込み過ぎたおかげで、ここがどの辺なのか全く分からないんだよホント」

「そういえば……人形相手につい夢中になり過ぎて進む方向さえも覚えていなかった……」

「ヨシヒコ達もどこにいるかわからないし……これはかなり困ったことになりましたなー」

「そうだな、ヨシヒコやアクアもきっと私達と同じく過酷な試練を強いられている筈なのに、私とした事がつい我を忘れてしまっていた……」

 

パーティーを分断されて戦力も大幅ダウンしている今、ヨシヒコとアクアの合流が何よりも優先すべき事であったのにそれを忘れてしまうとは……

 

自らの愚かな行いにダクネスがしょんぼりしてちょっと落ち込むのであった。

 

その頃ヨシヒコ達は

 

『このチェロスというのは大変美味ですね!』

『そうね! 一口噛むごとに付着してる砂糖がえげつない程下にポロポロ落ちるけど全く気にならないわ!』

 

明るい日差しの下で食べ歩きを満喫していた。

 

「彼等の安否が心配だ、すぐにでも助けに行かねば」

「うむ、ここは俺達だけで切り開いてヨシヒコ達に会いに行こう」

 

ヨシヒコ達が何処で何をしているのか全く知らないダクネスとメレブは、どうにかしてこの迷路のような通路を二人だけで攻略しようと決心する。

 

だがそこへ

 

「む! 待てダクネス! あっちの通路からこっちに向かって来る足音が聞こえるぞ!」

「なに!? もしかしてヨシヒコ達か!?」

 

足音が聞こえたと叫ぶメレブが指差した方向に向かってすぐに駆け出すダクネス。

 

そして慌てた様子で彼女がその通路の曲がり角まで差し掛かると

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハッハ! よくぞ来た冒険者達よ! 数多の罠と迷宮を超えてよくぞ我輩の元までやって来た!」

「ってうわ! だ、誰だお前!」

 

いきなり壁の向こうからニュッと顔だけ出しながら盛大な高笑いを上げるのは、先程の爆発人形と同じ仮面を付けた不気味な男であった。

 

突然出てきた彼にダクネスは肩をビクッと震わせすぐに後退して剣を構えると、男は「これはこれは」と顎に手を当てながら姿を現す。

 

「もしかしてここに誰が潜んでいるのか知らずしてうっかり潜り込んでしまった冒険者達か? ならば教えてやろうではないか! この我輩の正体を!」

「なんだと! 貴様一体何者だ!」

「やっべぇ、さっきの爆発人形と同じ仮面付けてるよコイツ……もしかして俺達はヨシヒコ達を探そうとしていたのにまさかの……」

 

仮面の男が自分達の前に現れて盛大に自己紹介しようとする中でメレブは彼の正体を薄々勘付いていた。

 

すると男はこちらに向かって挑戦的に指を突き付けるとニヤリと笑ったまま

 

「我がダンジョンへようこそ冒険者達よ! そう我輩こそがこのダンジョンの主にして魔王軍の幹部! この世のすべてを見通す大悪魔にして地獄の公爵! バニルだ!!」

「お、お前が魔王軍の幹部だと!?」

「いやー最悪のタイミングでボス戦になっちゃった~……」

 

男の正体は魔王軍の幹部にして大悪魔のバニル

 

明らかに強敵臭いそのボスキャラの登場に今だヨシヒコ達と合流も出来ていないメレブは頭を抱え、ダクネスもまた剣を構えながらグッと奥歯を噛みしめる。

 

「魔王軍の幹部には悪魔もいたのか……だがエリス様に仕える私が悪魔などに負ける訳にはいかん! 来るなら来い!」

「チッチッチッ、小娘、言っておくが我輩をあまり甘く見るもんじゃないぞ、我輩は普通の悪魔ではなく大悪魔、強がりだけで勝てる相手ではないと肝に銘じておけ、わかったかな最近腹筋が更に割れ始めて来た事でお困りになっている女騎士よ」

「ふ、ふ! 腹筋!?」

 

舌を鳴らしながら警告するバニルだが、それとドサクサに何やら意味深めいた言葉も付け足すと、明らかにダクネスが動揺した様子で持っている剣を震わせ始めた。

 

するとメレブが「え?え?」と彼の発言と彼女の反応を見てすぐに食いつき

 

「腹筋、腹筋割れてんのダクネス? それで、え? 困っちゃってるんですか? 腹筋割れて?」

「わ、割れてる訳ないだろ! 全てコイツの戯言だ! 悪魔の囁きなんか信用するんじゃない!」

「フハハハハハ! 我輩の言葉が戯言だと言っておきながら! どうしてそんなに強く動揺しているのかな女騎士よ!」

 

しつこく追及してくるメレブにすぐにダクネスがムキになった様子で一喝するも

 

そんな彼女の愉快な姿を見てまたバニルは嬉しそうに高笑いを上げる。

 

「先程我輩自身が言った事をもうお忘れかな!? 我輩はこの世の全てを見通す大悪魔! つまり貴様等の心の底までばっちりお見通しなのだ! ご理解出来たかな! 最近夜食を取り過ぎたせいでちょっとお腹出て来たもんだから、思い切ってダイエットしようかな~とか現在進行形で考えているそこのキノコ頭よ!」

「うわマジかよ当たってる! 心を読めるって! うわ何コイツすっげぇヤバいじゃん!」

「いや、我輩と相対している状況下でダイエットしようかどうか考えられる貴様も貴様で相当ヤバいと思うぞ」

 

心の中を見通す事の出来る事が出来るという、物凄くとんでもない力を持つバニルに慌てふためくメレブだが

 

この状況下でも下らない事ばかり考えているメレブに思わずバニルも真顔でツッコミを入れる。

 

「それともう一つ貴様に言っておくが……」

「止めろ! これ以上俺の心の中を読むな! ダイエットしようとは考えてるけど実は夜食を止める気は無いという俺の甘い考えを読むな!」

「いやそうではない、我輩が言いたいのはお前の心の中の事ではなく……」

 

両手を突き出してこれ以上頭の中を読まないでと叫ぶメレブに対し、バニルは冷静にスッと指を差す。

 

彼ではなく彼の頭上に向かって

 

 

 

 

 

 

「貴様、気付いておらんのかもしれんが憑かれているぞ、なかなか可愛らしい女子供の幽霊に」

「えぇー!?」

「ほほう、貴様が肩車しているその小娘の霊の心を読んでみると、どうやら以前はとある屋敷に住む自縛霊だったらしいが、最近その屋敷に住み始めた貴様の事をえらく気に入ったらしく、それ以来ずっとお前に取り憑く様になったみたいだな」

「あぁぁぁぁぁぁ!! 超心当たりあるそれ! ヨシヒコとアクアが言ってた幽霊だ絶対!」

 

自分が子供の幽霊を肩車しているとバニルに指摘されてすぐに察してパニックになるメレブ。

 

「通りで最近やけに肩が重いなって思った……おいちょっと! この幽霊なんとかならないの!?」

「フハハハ、好きにさせてやれば良いではないか。どうやらその小娘の幽霊は屋敷に籠りっぱなしだったおかげでひどく冒険物語に憧れていたみたいだぞ、貴様と共に色んな場所に行くことができる様になって大変感謝している様だ」

「えぇ~……じゃあ三章辺りからずっと一緒にいたって事? じゃあ俺ちょっとマズい事が……あの、女の子が行っちゃいけない場所に一回だけ行ってるんすけど……大丈夫すかね?」

「む? なるほどなるほど……確かにその店は子供には刺激が強過ぎるな、今後はもう行かない事をおススメするぞ」

「そっすよねー、小さなお子さんには見せられないですもんね、惜しいけどもう行かない事にします、良いアドバイスありがとうございましたー」

 

悪魔のクセにやたらと詳しい事まで教えてくれた上に助言までしてくれるバニルに、メレブは素直に軽く頭を下げてお礼を言っているとダクネスがすぐに彼等の間に躍り出て

 

「待て待て待て! さっきから一向に状況が読めんが! 悪魔の囁きに耳を貸すなと言っただろメレブ! コイツは魔王軍の幹部! つまり敵だ!」

「けどコイツの心の中を見通すという力はどうやら本物みたいだ、相手の心を読むって事はこちらの動きも読めるって事、そんな強敵にヨシヒコとアクア抜きにして、俺達だけでやれるのか?」

「やるしかないんだ! このダンジョンにある魔王に操られるモノさえ元に戻す事の出来るアイテムを見つける為には! まずはコイツを倒すしかない!」

「ほう、アイテムとな……」

 

 

例え心を読む相手であろうと負けてたまるかと闘争心を剥き出しにするダクネスの言葉にピクリと反応すると

 

バニルはゴソゴソと懐からあるモノをスッと差し出す。

 

「アイテムというのはよもやコレでは無いか?」

「あ! なんだそのあからさまな宝箱は! もしやその中にダンジョー達を助けるアイテムが!」

「中身は見ておらんが我輩はこんなモノをダンジョンに用意していない、いつの間にか置いてあったので不審に思い回収しておいたのだ」

「最悪だ……俺達が求めていたアイテムが魔王軍の幹部に既に取られていたなんて……」

「ふむ、貴様等の心を読む限りどうやらコレを得る為にわざわざ我輩が作ったこのダンジョンに潜り込んだという訳か……」

 

これ見よがしに赤い宝箱を取り出すとメレブがもの欲しそうに見つめて来るので、彼等の心を読んですぐに察するとバニルはニヤリと悪魔らしい嫌な笑みを浮かべ

 

「フハハハハハ! つまり貴様等はこの我輩からこの宝箱を奪い返さねばいけないという事か! よかろうかかって来るがいい! 丁度こちらも退屈していたのだ!」

「見ろメレブ、アイツはやはり悪魔だ、我々があの宝箱を欲しがってると察するとすぐにそれを餌にして誘って来た、もはやこの場で逃げる事は勇者の一行として絶対に出来ないぞ」

「えぇ~でも一体どうやって倒せばいいんだよ……心を読むなんて反則だって絶対……」

「ほほ~キノコ頭の方は我輩の力の前に怯んでいるというのに、貴様はずいぶん強気だなクルセイダーの娘よ」

 

かかってこいとボスキャラらしい台詞を吐くバニルを前にメレブはすっかり弱腰になっているが、ダクネスは全く諦めていない様子で剣を突き出したまま一歩も退かない覚悟を取る。

 

「当たり前だ、例え心を読まれようと知った事か! エリス様の名の下に! 私が貴様を斬る!」

「ふむ、勇ましい事を口では言っているが、果たしてそれが貴様の本性か?」

「なに!?」

「我輩は文字通り全てを見通す悪魔、貴様が何故我輩を倒したいのかそれも当然わかっている、そう、実は貴様は……」

 

何を言い出すんだと眉をひそめながら警戒してくるダクネスに、バニルは嘲笑を浮かべたままダクネスだけでなくメレブにもはっきりと聞こえる声で

 

 

 

 

「ここで我輩を倒せば目立てるチャンスだと思っているのであろう? 何故なら貴様は他の仲間の存在のおかげですっかり影が薄くなってしまい、その事でずっと悩んでいたのだからな」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「フハハハハハハハ!! 図星を突かれて我を失ったか空気娘!!」

 

バニルが言葉を放った瞬間既にダクネスは地面を蹴って彼に向かって襲い掛かっていた。

 

激昂した様子で容赦んなく斬りかかるも、バニルはその場で身を翻してヒラリと簡単に避ける。

 

「ずっと目立った活躍も無い上にあまり前に出れない自分! その事に対していつも強い不安に押し潰されそうになりながら毎日夜も眠れず! どうすれば目立てるのかと日々悶々とした生活を送っていたのであろう!?」

「野郎ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「ダクネスお前……そんな悩みがあったのか……」

「言うなぁ! 何も言うなぁぁぁ!!」

 

触れてはいけない自分の秘密を楽し気に暴露し始めたバニルを黙らせるには、もはやこの場で倒すしかないとダクネスは一心不乱に剣を振り続ける。

 

しかしやはりというかその攻撃は一切当たる事無く、更には後ろからメレブに同情的な眼差しを向けられた事でますます惨めな気持ちになってしまった。

 

「いやでも今よく考えてみると……ヨシヒコと俺、あとアクアに比べると……ん~確かにほんのちょこっと目立ってはいないかもしれない……あ! でもほんのちょこっとよちょこっと!」

「止めろぉ! そんな慰めは聞きたくない!」

「ククク、そうだぞキノコ頭よ、そんな事を言ってもこの地味な娘がより一層惨めになるだけだ。貴様が本当に思ってる事を言ったらどうだ?」

 

喋りながらもダクネスの攻撃など余裕で避けれるといった感じで、バニルは彼女の背後で哀れんでいるメレブに愉快そうに笑いかける。

 

 

「「んー面白い設定は持ってるんだけど、その設定に頼り過ぎな所あるんだよねー、俺達が話してる時もぶっちゃけありきたりな事ばかり言ってる印象があるなーって常々思ってたし、あと君さ、仏と絡む時とかあんま喋らないよね? まああの時は基本的に俺とアクアがボケる仏にツッコミまくるって所だから会話に入りにくいのはわかるんだけど、ヨシヒコみたいにちょっとしたボケを挟むとかそういうの出来ないかなーとかたまに隣で考えていたりします」とな!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「マジで止めろ! 俺の監督ぶった偉そうな心の声を読むんじゃないこの悪魔! あー泣かないでダクネス! いつもそう思ってる訳じゃないから! 前回の話ではそこそこ良い味出してたと本気で思ってるから!」

 

彼女に対して密かによく考えていた事を一語一句正確に呼んで代弁してしまうバニルのおかげで、すっかり泣き顔になってしまったダクネスにメレブも申し訳なさそうに謝りながら駆け寄る。

 

「お前は悪くない! なんにも悪くない! 原作ではちゃんと……まあマシかな……?」

「訳の分からない事を言って誤魔化そうとするなぁ! 原作ってなんだ!!」

「フハハハハハ! どうした小娘! そんなに目から鱗を落としていては当たらぬ剣がますます当たらなくなるぞ!」

「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

メレブのおかげでますます頭に血が昇って目からも涙を落とし始めてちょっと可哀想になって来たダクネス。

 

しかし彼女の攻撃は無情にも嘲笑うバニルには全く当たらない。

 

「だが安心するがいい冒険者達よ! ここで負けたとしても我輩は人間を殺す事は絶対に無い! 我輩にとって人間は悪感情を生み出す存在だからな! 我々悪魔はそれを食すこと何よりの好みなのだ!」

「え、俺達を殺さないの?」

「当然だ! この場で貴様等が力尽きた場合はちゃんとダンジョンの入り口にでもほおり捨てておいてやろう! 迷っている仲間二人も我輩がちゃんと探しておいて同じようにほおり捨ててやるわ!」

「へー俺等だけじゃなくてちゃんとヨシヒコ達の事もわざわざ探してくれるんだ、結構良い所あるじゃん」

「うぉい! 悪魔に向かってなに感心してんだ魔法使い(笑)!!! 仮にも魔法使いと名乗っているんならコイツに呪文の一つや二つ掛けてみろ!!」

「やだダクネス凄く口悪くなってる……ごめん今から呪文使います、ですからお怒りを鎮めて下さい……」

 

自分達を殺す気など毛頭ないらしいバニルに安心しているメレブに、泣き顔を浮かべながらもブチギレるダクネスに怒られてすぐに杖を構えだすメレブ。

 

「いやでも……ここで役に立つ呪文ってなんだろう……やっぱここはダクネスの力で勝って欲しいから相手の動きを止める呪文とか?」

「笑止! この我輩の動きを止めるだと! 果たして貴様が覚えている呪文のどれにそんな望み薄い効果が……おいちょっと待て、本当にこれは呪文か? 長年生きた我輩でさえこんな訳の分からん呪文は初めて拝見したぞ……」

 

一体メレブがどんな呪文を覚えいてるのだろうと彼の頭を覗いた時、そのあまりにも役に立たない呪文の数々にバニルが真顔で一瞬思考を停止させていると、その隙を突いてメレブが勢い良く杖を構える。

 

「よし、掛ける呪文を決めたぞ悪魔よ。この俺が最近覚え直した呪文・パート3を食らわしてやろう」

「ほほう、ではその呪文が一体何なのかすぐに読んで……おい、本気でこんな呪文を掛ける気か我輩に、効く訳ないだろ、もうちょっと真面目に考え直せ、いや他の呪文も全部酷いが……」

 

ダクネスの攻撃を避け続けながらもメレブにツッコミを入れたりと忙しいバニルに対し

 

「滅びよ悪魔!」

 

杖を思いきり振って、メレブが呪文を掛けてみた、するとバニルは突然

 

 

 

 

 

「む? む? む?」

 

突然ピタリと止まるとソワソワし始め、しきり己の胸の部分をまさぐり始めた。

 

その様子を見てメレブはしてやったりの表情で

 

「かかったな、この呪文を食らった相手は、ブラを付けてようが付けてまいが関係なく、まるでブラがズレている時の様な凄い不快感に襲われてたちまち集中力を失うのだ、私はこれを……」

 

 

 

 

 

 

「『ブラズーレ』と、確か前にそう名付けた気がする」

「な、何故だ! 何故我輩にこんな馬鹿らしい呪文が! く!」

「ああ~ブラ付けてないのに! ブラ付けてないのにすっごくもどかしい様子でクネクネしてるよこの悪魔さん!」

 

メレブかつて覚えた呪文・ブラズーレの意外な威力を前にして流石のバニルも困惑した様子で、戦いそっちのけで体をくねらせ始めた。

 

すっかり焦っている様子の彼を見てメレブは満足そうに微笑むとすぐに

 

「やれダクネス!」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

彼の叫び通りに目の前で動きが止まるバニルに対してダクネスの怒りの会心の一撃が炸裂。

 

今までの鬱憤を晴らすかの如く振り下ろされたその一刀を食らったバニルは、フラフラと後ろに後退していきながら

 

「ぐぅ、よもやこんな情けない死に方をするとは……仕方ないこの宝箱は貴様等に与えてやろう……さらばだ……変な呪文しか覚えられないキノコヘッドと影が薄くて目立たない女騎士よ……」

 

最期にそれだけ言い残すと、意外とあっけなくガックリと仰向けに倒れて動かなくなってしまった。

 

バニルがやられた事を確認するとダクネスはすぐにガッツポーズを取り

 

「魔王軍の幹部! 捕ったどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「おめでとうダクネス、いやホントにおめでとう……」

 

初めての大手柄に感極まった様子で天井に向かって右手を挙げながら思いきり叫ぶダクネスに

 

メレブもパチパチと両手を叩きながらうんうんと頷きなら祝福する。

 

こうして見事、メレブのアシストもあってダクネスは魔王軍の幹部であるバニルを討伐する事が出来たのであった。

 

そして歓喜の声を彼女が上げている一方で

 

ヨシヒコとアクアはそんな事も知らずに

 

『はーいじゃあ今から滝の下を潜りまーす!』

『女神! 今から滝の下を潜るみたいですよ! あ! 見て下さいあんな所に大蛇が!』

『流石はジャングルね、あっちこっち危険が一杯だわ! でも本当楽しい!』

『右側に座ってる人は滝を見て下さい、左側の人は壁の岩を見て下さーい、真ん中の人は……僕を見てー』

『『アハハハハハハハ!!』』

 

ユニークな事を言いながら終始楽しませてくれる愉快なガイドさんのいる船に乗って

 

すっかり自分達がやるべき本当の冒険を忘れて、密林のジャングルツアーで楽しそうに笑い合うのであった。

 



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漆ノ四

魔王軍の幹部・全てを見通す大悪魔バニルを見事に倒したダクネスとメレブ

 

無事に彼が持っていた宝箱も回収して、二人は時間を掛けてダンジョン内を進んで行くと、ようやく外に出られる出口を見つけた。

 

「出れたー! 夜だー!」

「ダンジョンから出るのに随分と時間掛かってしまったからな」

 

狭い出口からやっとこさ出て来たメレブが最初に叫んだのは、辺り一面がすっかり真っ暗になっている事であった。

 

大事そうに宝箱を抱えながらダクネスも出口から現れる。

 

「しかしほぼ一日を費やしただけあって、私にとっては実りのある冒険だった……」

「お前今日は大活躍だったからなー、あの心を読むとんでもない悪魔を一撃で倒しちゃうとは。これ間違いなく今回のMVPはお前で決まりだ」

「フフフ、MVPというのが一体何なのかは知らないが、素直に評価してくれているのはなんとなく理解出来るぞ」

 

普段はヨシヒコに美味しい所を持ってかれ続けていたので、彼が不在の中で勝利を収めたという充実感にダクネスはひどく機嫌が良かった。

 

無理もない、今まであまり目立たないポジションにいた彼女が、遂にボスを倒した上に貴重なアイテムを手に入れるという大戦果を成し遂げたのだから。

 

「しかし出口に着いたとはいえ、ヨシヒコとアクアの姿は見えないな……もしかしたらまだ中で迷っているのかもしれん」

「流石は聖騎士ダクネス、己の勝利に酔いしれる事無く仲間の安否も気に掛けるのを忘れないとは、俺は出口を探す事に夢中ですっかりあの二人の事を忘れていたというのに」

「気恥ずかしくなるから止めてくれ……何ならもう一度ダンジョンに潜って探しに行った方が良いのだろうか?」

「そして躊躇もなく再び危険なダンジョンに戻ろうとする勇敢な姿勢、ちょっとどうしたのダクネスー、今日超輝いてんじゃーん」

「だからそうやって褒めちぎるの止めてくれ! 恥ずかしいんだ本当に!」

 

バニルが言っていた事を気にしてやたらと自分の事を褒めてくれるメレブに顔を赤らめながら叫んだ後

 

ダクネスは大事そうに両手で抱えていた宝箱をスッと見せる。

 

「実を言うとあの二人にもすぐにこの宝箱を見せたくてな……私でもやれば出来るんだぞと二人を驚かせてやりたいんだ……」

「うむ、これはダンジョーとムラサキを救う為のアイテムが眠っているからな、二人もきっと喜ぶに違いない、そしてお前の事をもっと褒めちぎるぞ、ヨシヒコなんか絶対「凄い!」って言うだろうしアクアもきっと「流石ダクネスね!」とか言う事間違いなし」

「い、いやぁ……」

「照れるなよー」

 

 

ヨシヒコとアクアにも間違いなく評価されると言われて、内心嬉しそうに身をよじらせるダクネスを、メレブがニヤニヤしながら肘で小突いていると

 

「メレブさーん! ダクネス!」

「アンタ達も無事だったのね!」

「おおヨシヒコ! アクア! お前達も無事だったんだな!」

 

噂をしている内に出口の方からヨシヒコとアクアの声が飛んで来た。

 

ダクネスはすぐに顔を輝かせて後ろに振り返ると、準備していたかのように宝箱をサッと前に突き出す。

 

「聞いてくれ! ここのダンジョンのボスは私とメレブでやっつけたぞ! しかも無事に宝箱も回収……ってわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あれ? どうしたのダクネ……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

後ろに振り返ったダクネスが急にこの世の終わりに直面したかのように叫び出したので

 

メレブも釣られてヨシヒコ達の方へ振り返ると彼女同じ反応で口をあんぐりと開ける。

 

「ヨ、ヨシヒコ……それにアクア……お前達……」

 

声を震わせながらメレブは恐る恐る彼等に向かってプルプルと指を差す。ツッコんではいけないのではと危惧しながら

 

「どうしたんだそのファンシー溢れる恰好!?」

「コレですか、ちょっとあそこの国に相応しい服装に変えてみたんです、似合いますか?」

「フッフッフ~、どうよメレブにダクネス、この水玉模様の赤いリボンとか凄い素敵でしょ~?」

「いいか!落ち着け二人共! お前等今! 100パーモザイク!」

 

ダンジョンから出て来たヨシヒコとアクアは自分達の知る恰好では無かった。

 

上から下まで完全にどっかで見たようなファンタジーな服装に着替えており

 

しかも何故か二人ははち切れんばかりの飛びっきりの良い笑顔を浮かべながら両手に腰を当てている。

 

きっと全身漏れなくモザイク加工されているであろうとメレブは確信しつつ、恐る恐る彼等に尋ねた。

 

「あの、つかぬ事をお聞きしますが……ダンジョンの中で一体何があった?」

「聞いて下さい! 実はこのダンジョンは! 我々が見た事のない程の美しい国と繋がっていたんですよ!」

「美しいだけじゃないの! 滅茶苦茶楽しくてステキな所だったわ! もうサイコー!」

「私達はそこで一日中食べたり遊んでいたんです!」

「私、あの素敵な国のおかげで、人生の中で2番目と言えるぐらい笑えたわ……1番笑えたのはエリスが神々の前でやらかしたあの事件……」

「あ、ごめーん……お前等が言ってる事が全く理解出来なーい……だからこれ以上余計な事を言うな……モザイクだけじゃ済まんぞ……」

 

二人揃って満面の笑みを浮かべながらダンジョン内にあった通路を潜って夢の国へ行った事を報告し始めるも

 

メレブは何かを察したかのように声を潜めながら彼等に警告し、ダクネスは全く分かってない様子で怪訝な表情を浮かべながらも、慌てて両手に持った宝箱を彼等に突き出し

 

「そ、そうか、何が起こったのかは興味深いがその件は後で屋敷で聞かせてくれ……そ、それより見てくれ二人共! 私はこのダンジョンで魔王軍の幹部を倒したぞ!」

「なんだと! それは凄い!」

「流石じゃないダクネス!」

「ああ! しかもダンジョー達を助けるアイテムが入ってる宝箱も手に入れた!」

「なんだと! それは凄い!」

「流石じゃないダクネス!」

「い、いやぁあの時は私も本当に大変だった、なにせ魔王軍の幹部が悪魔でしかも……」

 

自分の活躍劇を早くヨシヒコ達に話したいと照れ臭そうにしながら話始めようとするダクネス、だが

 

「ところでそんなどうでもいい話よりもまずは私の話を聞いて下さい!」

「ど、どうでもいい話!?」

「あの国は本当に素晴らしいんです! 黒いネズミに青い服を着たアヒル! 二本足で立つ犬など様々な種族が手を取り合って暮らしているんです! 私はあそこまで平和で幸せな国は見た事ありません!」

「昼と夜に住民達が国の中をパレードする瞬間なんか凄すぎて声も出なかったわ! でもそれだけじゃないの! あそこには私達が楽しむ為の施設が沢山あるのよ!」

 

彼女が言いたくてウズウズしている武勇伝を物凄く雑に切り替えて、自分達の話を聞いてくれと目を爛々と輝かせながら話始めるヨシヒコとアクア。

 

その反応にダクネスが酷く傷ついた様子で絶句の顔を浮かべるも、二人は全く気付いていない。

 

「とっても面白いガイドさんに案内されながらジャングルを船で一周するツアーとか凄かったわ! ゴリラやワニ! ゾウまで出て来て凄いビビったけど! ガイドさんが用意したお守りのおかげで助かったの私達!」

 

「水を使って動かせる不思議な乗り物もありました、ゆったりとした動きで大変乗りこごちの良い乗り物だったんですが、なんとその乗り物! 時間を遡る事も出来てしまうんです!」

 

「海賊達が暴れ回ってる所にも行ったわ! 急降下したり大砲が一杯飛んで来て焦ったけど! なんとか脱出してやったわ!」

 

「見た事のない不思議な魔物と会話するというのもありました、話しかけられた時は緊張しましたけど周りが笑ってくれるので、私もすぐに普通に返事が出来る様になりました!」

 

ひどく興奮した様子で次々と自分たちの体験談を話し始めるヨシヒコとアクア、だがメレブは「うんうん……」と呟きながらも非常に困った様子で

 

「あのー二人共凄く盛り上がってる所悪いんだけどそのー……あまりその国で起こった事を話さない方が良いと思うんだけど……」

 

「何故ですか! 私はまだまだ話足りません! この興奮をお二人にも是非聞いて欲しいんです!」

 

「私なんかまだ傑作のエピソード話してないんだから! アンデッドが出る屋敷に行った時にヨシヒコがどんだけビビったと思う? プークスクス!」

 

「あー女神! その話は絶対に内緒にして下さいって言ったじゃないですかー! ていうかあの時女神も! 必死に浄化の呪文を叫んでたじゃないですかー!」

 

「アレは女神としての義務を果たす為にやっただけですー! ビビッて私の腕にしがみ付いていたチキンな勇者様とは違うんですー!」

 

「うわ、なんだろうお前等の会話ちょっとウザイ……あとさっきからずっと笑顔なんだけど大丈夫?」

 

 

ダンジョンから出て来た時からずっと笑顔のヨシヒコとアクアがじゃれ合っている光景をメレブが不気味に思いつつも

 

隣で死んだ目をしながらしゃがみ込んで土いじりを始めているダクネスの名誉の為に彼は自ら話を切り出す。

 

「お前等さ、なんなんだよさっきからずっと遊んでたとか楽しかったとか! そうやってお前等が使命そっちにおけでその夢の国ではしゃいでる中で! 俺とダクネスは必死にダンジョンを攻略してたんだぞ!」

「はい、すみませんでした」

「アンタ達はちゃんと頑張ってたのね、反省してるわ」

「だったらその笑顔止めろー! なんなのお前等、もしかして笑い過ぎて元に戻らないの!?」

「はい、戻らないです」

「戻らないわね、多分今日一日このままよ私達」

「フフ……」

 

謝りつつもニヤニヤした笑みが一向に消える様子の無い二人に釣られて思わずメレブも半笑いになってしまうも、頬を手で触りながら真顔に戻して説教を続ける。

 

「今回のダクネスは本当に凄かったんだぞ!! 触ったら爆発するという恐ろしい人形を単身でバッタバッタと薙ぎ払い! そして魔王軍の幹部の大悪魔・バニルを一撃で葬り去り! ダンジョーとムラサキを助けるアイテムをゲットしてくれたんだぞ!」

 

「そうですね……それは本当に凄く大変だったと思います、それを成し遂げるなんてやはりダクネスは私達の誇れる仲間です、つい自然と流そうとしまって申し訳ない」

 

「ごめんねダクネス、アンタの話を軽く流して自分達の話で盛り上がろうとして……」

「あ、うん……別に気にしてないから安心してくれ……」

 

「だから謝るならニヤニヤ止めろニヤニヤ」

 

本当に反省する気あんのかコイツ等?とメレブが笑いを堪える中で、ダクネスに向かって頭を下げるヨシヒコとアクアだが以前ニヤついたままだ。

 

ダクネスの方は死んだ目で土を指でなぞりながらかも上げずに僅かに頷くだけである。

 

「今回一番頑張ったのは間違いなくこのダクネスさんだから! だから今日は彼女が文句なしの優勝! それで今ちょっとお前等のせいでブルーになっちゃってるから、ちゃんと励まして元気にさせてやるんだぞ!」

 

「大丈夫ですよメレブさん、ダクネスが落ち込んでいるのであれば、あの夢の国に連れてけば一発で元気になります!」

 

「そうね今のダクネスには夢の国が必要ね! ずっと酷い目に遭い続けて自暴自棄になっていた私でさえこんなに笑顔になれるんですもの!」

 

「夢の国もう禁止! ダクネスまでモザイクになっちゃうじゃん! やだよ俺めっちゃいい笑顔のモザイク三人と冒険するなんて!」

 

すっかり夢の国の虜になっている二人をビシッと叱りつけながら、これ以上のモザイクが生まれない為に必死にそれだけは勘弁してくれと頼むメレブ。

 

「普通に励ますだけでいいから! 彼女の活躍を素直に称えて、よくやったなと認めてあげればいいのそれで!」

「そうですか、わかりました」

「私も私なりのフォローでダクネスを笑顔にさせてあげるわ、夢の国のキャストさん達の様に」

「彼等も素晴らしかったですねぇ、女神が転んで持ってたポッポコーンを派手に地面に撒き散らした時はすぐに駆け寄って来てくれて、新しい物を持って来てくれましたしね」

「アレはもう本気で感動したわ私、ああいう些細な心遣いがゲストの心を鷲掴みにするのよねー」

「おい! おいおいおい! 言った傍から夢の国トーク再開するなよおい!」

 

油断するとすぐに夢の国での出来事を思い出して話始めるヨシヒコとアクアに、メレブがすかさず手を伸ばしてツッコミを入れていると

 

 

 

 

ヨシヒコォー! ヨシヒコよーッ!!

 

夜空に浮かぶ雲の上から突如例の声が聞こえて来た。

 

すぐに察したメレブは隣でまだしゃがみ込んでいるダクネスの腕を引っ張って

 

「ほら来た仏だ、ダクネス立って、今日頑張ったからアイツの褒められるぜきっと」

「いや私は別に他人に褒められたいから頑張った訳じゃなく……」

「ヨシヒコもホラ、ライダーマ〇ヘルメット」

 

落ち込む彼女を励ましながら腕を引っ張って立たせてあげると、ヨシヒコが仏を視認出来るようにヘルメットも準備しようとする

 

だが

 

「いえ、今日は必要ありません」

「え? ってヨシヒコ! なに洒落乙なサングラス!」

「あ! それってフレームの部分があの黄色い熊の顔になってる奴じゃない! チョー可愛いんですけどー!」

 

いつの間にか自分で用意していた夢の国産のサングラスをドヤ顔で掛けるヨシヒコ

 

それを見てメレブが驚きアクアがはしゃいでる中で

 

夜空に浮かぶ雲を掻き分けて、あの人物が降臨する。

 

 

 

 

 

 

珍しく怒り心頭と言った様子で仏なのに鬼のような顔をしながら

 

「ヨシヒコテメェコノヤロー!!」

「仏!」

「ああ、その洒落乙サングラスでホントに見えるんだ」

 

出て来てそうすぐにヨシヒコに向かって怒鳴りつけると、ムスーッとした表情を浮かべながら話を続ける。

 

「ヨシヒコ、お前の行いはちゃんと私は見ていたぞ、勇者である使命を忘れて随分と遊び回っていたようだな」

「はい……」

「おおなんだ仏! 今日は珍しく真面目モードで説教するのか! よーしヨシヒコに言ってやれ!」

「ヨシヒコ、お前に一つ大事な事を教えてやる、仏の言葉をしかと聞くのだ!」

 

相変わらずモザイクではあるヨシヒコに対してシリアスな雰囲気を出しながら厳しい口調の仏

 

そして彼を一喝すると仏は懐から二つ折りのちょっと大きめの厚めの紙を取り出して

 

「滝から落ちるジェットコースターに乗ったら! 落下する時はレバーから手を離して万歳しなさい!」

 

「ってまた夢の国トークかよ!」

 

「あーすみません仏、それ女神にも言われたんですけど絶対に私は無理です! 絶対にレバーから手を離せません!」

 

「いや怖いのはわかるよ! けど試しに一回だけやってみ! 手を離して万歳した方が怖くないんだよ実際! しかもすげぇテンション上がるぜ! これマジおススメだから!」

 

「ほら私もあの時言ったでしょ! ああいう時は覚悟決めて手を上げるのよ! そしたら怖さなんか吹き飛んじゃうんだから!」

 

「えー本当ですかー? 二人で私を騙してるとかじゃないですよね?」

 

「騙してないって! だってこの写真でもさ!」

 

先程までアクアとヨシヒコだけで盛り上がっていた夢の国トークが、今度は仏まで混ざって一段と熱狂的に

 

すると仏は持っていた紙をペラッと開いてニヤニヤ笑いながら

 

「滝から落ちた時に写真撮ってもらえるんだけどさ、私が買った写真だとほとんどの人が手を上げてるもん! 水色頭とその後ろに座ってる私もちゃんと手を上げてるモン!」

 

「はぁ!? アンタもしかして私達の真後ろに座ってたの!?」

 

「手をレバーから離さない様思いきり歯を食いしばりながら耐えてるのなんて! ヨシヒコとゼウス君だけだもん!」

 

「しかもゼウスの奴まで来てたの!? 何よアンタ等! 喧嘩中じゃなかったの!?」

 

「いや一緒に行こうぜって誘ったらすぐ仲直りしちゃった、夢の国って凄いねホント~」

 

どうやらヨシヒコとアクアが夢の国に迷い込んでる時、偶然仏とその友人も来ていたらしい。

 

しかし孫の件で喧嘩中であったにも関わらず、そんな相手によくもまあ夢の国へ行こうと誘えるもんだとアクアは唖然としていると

 

朗らかに笑いながら仏は話を続ける。

 

「しかもあそこさ、ゼウス君の息子もいるんだよね、マジビックリした、ゼウス君の息子超ムキムキで超ハンサムなの!」

「それってお孫さんのお父さん?」

「いや多分叔父さんじゃないかな~、ちなみにゼウス君はその息子に会った時「ちょっと孫に会ってくれない?」ってあっちの世界に招待しちゃった」

「いやお前それ! 向こうの作品にとんでもないモンを送りつけてんじゃん!」

 

一体何やらかしてんだと仏の友人にメレブが嘆きつつ、「ったくもー……」とこのまま延々と夢の国トークになるのを阻止するために話題を切り替える。

 

「仏、お前のお告げの言う通りに宝箱手に入れて来てやったんだぞ、夢の国は良いからこっちの成果も見てくれよ」

「そ、そうだぞ仏! 私が苦労して倒した魔王軍の幹部から手に入れた宝箱を見てくれ!」

「あーそれは凄いね、本当に頑張ったと思う、おめでとうダクネス……けどその宝箱、一回開けてみ?」

「え?」

 

胸を張って誇らしげに宝箱を見せつけるダクネスだが、仏はトーンを落としてちょっと遠慮がちに開けてみろと指示。

 

戸惑いつつも彼の言う通りにダクネスは持っている宝箱をパかッと開けてみると中には……

 

 

 

 

 

「スカ」と書かれた紙きれ一枚のみで後は空っぽであった。

 

「いやーやられちゃったねー、あの悪魔に」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「仏もまんまと騙されました、あのダンジョンに凄いアイテムがあるって仏センサーがピピピッって反応してたのは確かなんだけど、その反応自体あの悪魔が作った幻だったみたいです」

「お、おいちょっと待って! ていう事は私が散々苦労しながらダンジョン内を駆け回ったのは!」

「んー全て無駄足だったって事ですねー、どんまい」

「……」

 

仏の全く悪びれもしない言葉を聞いて、ダクネスは紙切れ一枚しか入ってない宝箱を抱えたまま呆然とその場に立ちすくすと、しばらくしてまたしゃがみ込んで

 

「なんなんだ一体、ようやく活躍の機会が巡って来たと思ったらこの始末……私の価値って、私の存在理由って一体……」

「おい負けるなダクネス! 大丈夫俺はちゃんと見ていたから! 俺はちゃんとお前の頑張りを見ていたから! 結果的にダメだったけどお前の頑張りは今後生きる筈だから! ネバーギブアップ!」

 

今日だけで何回も励まされているメレブに叱咤されながら、ダクネスはまた地面を指でなぞり始めていると

 

「えー」と呟きながら仏はポリポリと髪を掻き毟って

 

「まあ今回はダメでしたけど、次回はきっと上手くいくと思うので頑張ってください、以上」

「え、え、なにその他人事な感じ? 俺達が無駄足食らったのって、お前が適当なお告げしたせいだからね?」

「いや私も被害者だからね腐れ悪魔に騙されたんだから、つまりここにいるみんな誰も悪くない、悪いのはあの悪魔、です」

「俺達が大変な目に遭ってる間も、ゼウス君と一緒に夢の国満喫してたクセに……」

 

毎度の如く自分は決して悪くないと何度も頷きながらそう言い切る仏にメレブがイラッとしている中で

 

仏は「それじゃあね、うん」と自己完結した感じで満足げに頷くと

 

「それじゃあ今回はコレで終わりという事で、またいい感じのアイテムが見つかったらまた出てくるから」

 

「仏! 仏の中で一番好きなアトラクションはなんだったんですか!?」

 

「おいヨシヒコく~ん、せっかく私が締めようと思ったのにそれ言っちゃ……答えるしかないじゃないの」

 

「ちなみに私はいろんな場所に隠れてる魔物を見つけるというアトラクションが好きです!」

 

「ああ王道ね、私もアレ好き、けど私は色んな熊が演奏する奴が一番大好き、夜に観るとホントたまんない」

 

「は? 夜に観に行くならやっぱりアレでしょ「せ~かいは~」の奴」

 

「いやいや、アレは夜に行くんじゃなくて帰る間際の締めに見るんだよ、私は毎回行く度に締めはあそこって決めてるから、最近変わったけどあそこも良いね、うん」

 

 

一通りの夢の国トークをヨシヒコとアクアと共に堪能し終えると、仏は満足したかのように微笑みながらスゥっと消えていく。

 

「それじゃあみんなー! また会おうねー! ハハッ!」

「その笑い声止めろ!」

 

最後の最後までふざけっぱなしでいなくなった仏に叫び終えると、メレブは「ったくもー」としかめっ面を浮かべながらまだ笑顔を浮かべているヨシヒコとアクアの方へ振り向く。

 

「ハッキリ言うけど、今まで色々な事があった中で、多分今回が一番の反省回だと思うわ俺、やらかし過ぎだしふざけ過ぎ」

 

ヨシヒコ達にそう言うとメレブはチラリと足下でまだ土いじりをしているダクネスの方を見下ろす。

 

「せっかく頑張ったのにコイツこんなんなっちゃったし……だからお前等はキチンと反省して、ダクネスを元気付けてやらないといかんのですよ」

「わかりました、彼女の為なら我々は全力で何でもやります、それで一体何をすればいいのでしょうか?」

「決まってんだろ……」

 

 

 

 

「俺達も夢の国へ連れてけって言ってんだよぉ!!」

「メレブさん! やはりメレブさんも行きたかったんですね!」

「当たり前だろコノヤロー! さっきからずっとお前等だけで盛り上がりやがって!」

 

突然その場で子供の様にはしゃぎながら大きく飛び上がるメレブ。

 

どうやら彼も夢の国へずっと行きたくて仕方なかったらしい

 

「ここで一晩明かして朝になったらすぐ出発しようぜ!」

「なによやっぱアンタも好きなんじゃないの、しょうがないわね~連れてってあげるわよ、私ももう一度行きたかったし」

「あざーす! 全力でお供しまーす!」

 

夢の国へ行くのであれば2日連続であろうと全く問題ないとアクアもまた乗り気でいると、メレブは急いで落ち込んでいるダクネスの腕を引っ張る。

 

「断言しようダクネス、お前のそのブルーな気持ちは、夢の国ですべて取り払われるであろう!」

「……いや私はあんまり乗り気じゃないんだが……」

「思わず抱きしめたくなるぐらい可愛いキャラクターがわんさかいるぞ」

「本当か!?」

 

そんな所へ行く気分じゃないとやんわりと断ろうとするダクネスだが、既に行く気満々のメレブの一言に反応してすぐに自らの足で立ち上がるのであった。

 

そしてそれから時が流れた後

 

 

 

 

 

ヨシヒコのパーティ全員が

 

 

 

 

 

しばらくモザイク加工されたのは言うまでもない

 

「ちょっとヨシヒコ! アンタまた落ちる時に手を離してないじゃない! どんだけビビリなのよ!」

 

「無理です! 周り全てが真っ暗の中から落ちていく時に絶対に万歳なんて出来ません! 次はもっとのんびりした奴に乗りましょう!」

 

「あ! みんなちょっとごめん! 次行く前にあそこのお土産屋寄っていい!? なんかあの店限定の奴があるみたいだから!」

 

「ま、待ってくれ! それよりもまずあの黄色い熊のアトラクションの優先チケットを取らせてくれ! あれだけにはどうしても乗りたいんだ私は!」

 

 

 

夢の国、それはどんな生まれ、どんな世界の人でもたちまち笑顔になれる不思議な場所

 

 

 

 

 

「流石は兄様です、戦う時も全力、そして楽しむ時も全力なのですね」

 

そんなはしゃぎ回っているヨシヒコ一同を変わった形で生えている木の裏からコッソリ見ているのは

 

全身モザイクになっているヨシヒコの妹・ヒサだ。

 

「ならばヒサも全力で楽しもうと思います!」

「う、う~む……我輩が作っていたダンジョンによもやこんな場所に繋がる通路が出来ていたとは……もしやあのデカい耳を付けた黒いネズミの様なモノが勝手に作っていたと言うのか……我輩の全てを見通す力をもってしても心を読めぬかったからただ者ではないと思っていたんだが……」

「は! 何者でございますか!?」

 

彼女のすぐ背後から声がしたのでヒサは慌ててバッと振り返ると

 

そこには依然ダクネスが倒した筈の大悪魔・バニルがピンピンした様子で立っていたのだ。

 

周りをキョロキョロ見渡しながら居心地悪そうにしていたのだが、ヒサに尋ねられるとすぐにいつもの調子で

 

「フハハハハ! 初めまして小娘! 我輩は全てを見通す力を持つ有能なる紳士にして華麗なる大悪魔! バニルさんだ!!」

「なんと! 悪魔が一体この様な場所に一体どんな御用なのでございますか!?」

「う、うむ実はな……あそこにいるクルセイダーをまんまと騙す為に倒れたふりをしてハズレの宝箱を渡してやったのは良いのだが……」

 

顎に手を当てながらバニルは非常に困惑した様子でここに来た経緯を話し始める。

 

「てっきり盛大に落ち込んでいるのだろうと思って、それを嘲笑う為に後を追いかけてここに来たのだが……どういう訳かあの小娘、物凄く良い笑顔を浮かべているので正直意味が分かならくて戸惑っているのだ……」

「あ! もしかしてそこにいるのってバニルさんじゃないですか!?」

「む? はて、どこかで聞いたような声が……」

 

ヒサに困り顔で話をしている途中で、背後から聞いた事のある声が自分を呼んで来た。

 

咄嗟にバニルが振り返るとそこには

 

「私ですウィズです! お久しぶりですバニルさん!」

「なぁ! 貴様ウィズか!? ど、どうしたその恰好は!?」

 

同じ魔王軍の幹部であるウィズがモザイク加工されながら無邪気にはしゃいだ様子で現れたのだ。

 

上下しっかり夢の国コーディネートしている彼女に、流石のバニルもゾッとした様子で後ずさり

 

「久方ぶりに会った友がそんな年不相応な恰好をしていては流石に我輩もどう反応すればいいのかわからんぞ!」

「年なんて関係ありません、それに私は永遠の20ですから、これは立派な年相応の恰好です」

「おっと、目つきを険しくさせるのは止してくれ……失言だったすまん」

「はい、それにしてもここは凄いですよバニルさん!」

 

ウィズから不穏な殺気を感じて慌てて謝罪すると、彼女はケロッとした表情で楽しげに話しを続ける。

 

「アンデット系のモンスターが暮らす為に大きな住居まで用意されてるんです! バニルさんも観て来たらどうですか!?」

「そんな所まであるのかここは……人間達の幸福な感情があり過ぎて悪魔である我輩にとっては正直この場にいるだけでも限界なのだが……ていうかウィズよ、どうして貴様はここで遊び呆けているのだ?」

「い、いやぁそこにいるヒサさんと一緒にいる内にいつの間にかここに来ちゃいまして……」

「なに? この娘と行動を共にしているのか?」

 

彼女のここに来た経緯を聞いて咄嗟にバニルはヒサの方へ振り返ってジッと見つめる。

 

「うーむ、どうやら貴様はあのヨシヒコとかいう男の妹なのか……真っ直ぐに兄を強く慕い懸命に支えようとしている心構えが見える……ここまで純粋無垢な心を持った者を見るのは実に久しぶりだな」

「なんと、あなた様はヒサの心を読めるのでございますか!?」

「全てを見通す力を持つ我輩にすれば造作もない事よ、フハハハハハ!」

 

心を完全に読まれてヒサが驚いてバニルが盛大に高笑いを上げていると

 

「あ! ヒサさんにウィズさん! ベル君とゆんゆんとシルビアさんがあっちでトロッコで山を昇ったり落ちたりするアクションに乗りたいって言ってましたよ! 早く行きましょ!」

「ぬ! まてまて今度はいかにも貧弱そうな眼鏡の男が現れたぞ!」

 

そこへ不意に現れたのはヒサの仲間であり唯一の一般人のスズキ

 

指先で突けば倒れてしまいそうなひょろい体付きをした彼を見て、バニルはなんだコイツと振り返った。

 

「よしこ奴の頭の中も一応見ておくか、なになに……相方が大河ドラマで準レギュラーやってて大変そうだなーと思うだと……何が大変だ! 貴様も頑張れ!」

「いやそれ僕というか別の僕っすね、まあ一応頑張ってみます、はい」

 

心を読みながらつい一喝してしまうバニルにスズキはヘラヘラと笑いながら答えると、彼を指差してウィズの方へ振り向き

 

「というかこのお面被ってる人って、誰なんですかね? キャストさん?」

「この方は私と同じ魔王軍の幹部で、その中で唯一の友人のバニルさんです」

「ああ、幹部ってことはベル君やシルビアさんと一緒の……あれ? てことはヒサさんの仲間になるって流れですかコレ?」

「どんな流れだ、我輩がこの様な清らかな心を持つ小娘と手を取り合うなどある訳なかろう、もし仲間にしたいのであれば……」

 

変な勘違いをしているスズキにバニルは不満そうに鼻を鳴らすと、挑戦的な笑みを浮かべて

 

「この我輩を力でねじ伏せ倒してみせるのだな! 言っておくが我輩は滅茶苦茶強いぞ! 果たして貴様等に倒せるかな!?」

「えぇ~滅茶苦茶強いんですか? んーそれじゃあ一応やってみますか……」

「え? まさか貴様が私を倒す気なのか? え?」

 

相手が強いと聞いて困った様子で首を傾げつつも、懐から先っちょに星の付いた杖を取り出す。

 

この夢の国で売っていた土産品だ。

 

「待て貴様、なんだそのどっからどう見てもおもちゃにしか見えない杖は……まさかそれで我輩に呪文でも掛けるつもりなのか……」

「んーまあ一応やってみようかなと思いまして、まあ基本効かないんですけどね」

「地獄の公爵も随分とナメられたものだな……よかろう! ならば思う存分我輩に掛けてみるがいいわ!フハハハハハ!!」

 

こんな男のチンケナ呪文など聞く筈がない、バニルは対抗呪文も用意せずに真正面から受ける事を約束し、かかってこいと言わんばかりに構える。

 

一般人・スズキvs全てを見通す大悪魔・バニル

 

彼等の決着は果たして……

 

 

次回へ続く。

 

 

 

 

 



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其ノ捌 アクシズ教徒ミュージカルwithスライム
捌ノ一


ヨシヒコ達は朝からいつもの様に魔物達と戦闘していた

 

 

魔王との決戦に備え戦いを続けて経験値を積んでいく為である。

 

するとそんなタイミングで都合良く……

 

『はぐれメタルがあらわれた』

 

「あ! アイツ倒したら超一杯経験値貰える奴だ!」

「いやーん銀色に輝いて綺麗なのに顔がいつもとおんなじで超可愛いー!」

 

目の前に一匹だけ横からスライドする感じで現れたのはヌメヌメした、ちょっと溶けてるんじゃないかと心配になる見た目の銀色のスライム。

 

それが現れたことにメレブが驚いて飛び上がってる中、アクアは相変わらずスライムに対して熱を上げていた。

 

「でも倒したら経験値超貰えるってどういう事? 見た感じ他のスライムと同じで超弱そうじゃない」

「それがねアイツ、超逃げるんだよ、そんで倒そうとしても超堅い上に超避けるし、何が恐ろしいって呪文が超効かないタイプなの、つまり超倒しにくい」

「え、そうなの!? 超ヤバいじゃない!」

 

どうやら滅多に現れないこの希少なスライムは、経験値を大量に貰えるチャンスもあるが同時にかなり倒すのが難しい様だ。

 

メレブからそれを聞いてアクアは慌ててそのスライムを指差し

 

「ならとっとと早く倒すべきね! 行きなさいヨシヒコ! 超倒して!」

「はい! 超戦います!」

「さっきからお前達、やたらと超という言葉を使いたがるな……」

 

同じ言葉を繰り返し使っている彼等にダクネスがボソリとツッコむ中で

 

ヨシヒコは素早く動いて銀色のスライムに斬りかかる

 

「はぁ!」

『ミス、はぐれメタルに超よけられてしまった』

「あぁ~んもう! 超しっかり当てなさいよ!」

「超すみません!」

 

彼の攻撃を難なく避けてしまう銀色のスライムにアクアが歯がゆそうに叫んでいると

 

攻撃を当てれなかったヨシヒコに代わってザッとダクネスが一歩前に出て

 

「よし! ならば私が!」

「あ、いいわよダクネスは、ゆっくり休んでて、うん」

「おいその扱いはなんだ! 私だと当たる訳がないと思っているのか!」

「いやだって、普通のモンスターにも当たらないアンタの剣じゃ絶対無理でしょ」

「う! え、ええい見てろ! 私だってやる時はやるんだと証明してやる!」

 

 

彼女もまた攻撃に参加しようと意気込んでいるのに対し

 

アクアはやや冷めた表情で全く期待していない様子。

 

それをすぐに感じ取ったダクネスはムキになってズンズンと銀色のスライムの方へ向かって行くのだが

 

「ってうわ! あふっ!」

「あーあー、ドジっ子アピールとかいらないのに……」

「さてはダクネス、まだ己が目立たない事を気にしているのか……」

 

偶然地面に転がっていたちょっと大きめの石に躓いてしまい、うっかりダクネスは剣を構えたまま地面に向かって転んでしまう

 

すると彼女の持っていた剣が、完全に油断してボーっとしていた銀色のスライムに……

 

直撃

 

『かいしんのいちげき! はぐれメタルをたおした』

 

「わ! わぁー! まさかのダクネスがラッキーパンチで倒しちゃったよ!」

「私はずっとやればできる子だと信じてたわダクネス」

「流石だダクネス、まさかあの態勢から攻撃に移るとは私には到底真似できない」

「いてて……え?」

 

転んだ瞬間突然周りから絶賛されるので、戸惑いながらダクネスが起き上がった。

 

「も、もしかして私が倒してしまったのか……?」

「ダクネス、アンタに任せて良かったわ」

「いや完全に私の事期待してなかっただろお前……」

 

そしてドヤ顔で馴れ馴れしく自分の肩に手を置いて来るアクアにダクネスがジト目で呟いていると

 

思いがけない更なる幸運が訪れた

 

「わ! わわ! わわわー! アクアアクアアクアー! 今目の前でとんでもない奇跡が!」

「何よそんなに慌てて……ってわ! わわ! わわわー!」

 

いきなり慌てふためくメレブにどうしたんだと、素直に彼が指差す方向に振り返ると

 

 

 

 

 

『なんとはぐれメタルがおきあがり、なかまになりたそうにこちらをみている』

 

「わわわわわわわわぁー!!」

「アクア、なんかお前のそのリアクション、仏みたいだぞ……」

 

なんとずっと仲間にしたくてたまらなかったスライムが、しかもそのスライムの中でもかなりレアで仲間になりにくい銀色のスライムがまさかの仲間に加わる事を志願して来たのだ。

 

ダクネスがもたらしたとびっきりの幸運にアクアはただただ叫ぶしかなかったが、すぐにそのスライムの方へ駆け寄って

 

「もちろんOKよ! やったわダクネス! アンタが倒したおかげでこの子仲間に出来ちゃった!」

「私はただ転んだだけなんだが……まあこうして経験値も稼げたし仲間も増えたし良しとするか」

「うわコイツすげぇ仲間になりにくい魔物なのに……これは素直に凄いと認めるしかないない俺も」

「やりましたね女神、以前からずっとスライムを欲しがってましたもんね」

 

普通のスライムと違って持つとでろ~んとしてしまう銀色スライムを躊躇なく持ち上げて歓喜の声を上げるアクア。

 

遂に彼女が待ち望んでいたスライム系ゲットである。

 

「この子の名前は『はぐりん』ね! 私が責任もってこの子を立派な一人前にしてみせるわ!」

「アクアさんアクアさん、そうやって持ち上げてると、お前の指の隙間からでろでろとはぐりんの体の一部がこぼれていってるよ」

「あぁー! はぐりん!」

 

はぐりん本体は平気そうだがやはりスライム系な為に体は異様なほどドロドロしていた。

 

 

手に持ったままにしてしていると彼の体液がみるみる地面に滴り落ちるので、慌ててアクアは地面に下した。

 

「フゥー危ない危ない……それじゃあこの子も一緒に連れて行きましょう」

「では馬車に入れおきますね」

「ダメよ! 馬車だけは絶対にダメ! あんな所にこの子を入れておけないわ!」

「どうしてです?」

 

はぐりんを馬車に預けようとするヨシヒコだがアクアはそれを断固拒否

 

彼に向かって手を突き出しながら彼女は頬を膨らませて

 

「だってアンタ! 死体とミイラがいなくなってから戦力補強する為に色んなモンスターを次々と仲間にしてたじゃないの! しかもよりによって気持ち悪いモノばかり!」

「あーそういやヨシヒコ、魔物のエサ使って色んな魔物を仲間にしてたな、手だけの奴とか宝箱の奴とか」

「異様に唇の大きなナメクジみたいなのもいたなそういえば……アレは私も正直イヤだ……」

 

どうやらヨシヒコは死体とミイラが新婚旅行に出て行ってる間の穴を埋める為に様々な魔物を傘下に収めていたらしい。

 

しかしどういう訳かアクアにとっては生理的に受け付けないモノばかりであった。

 

「そんな危ない場所にこの子を預けるなんて絶対に出来ないわ! 私が面倒見るから連れてって良いでしょ!」

「え~お前ちゃんとスライムの世話出来んの? 夏場に放置すると溶けるんだぞそいつ」

「元々溶けてるわよ!」

「仕方ない、ここ女神にはぐりんを任せましょう」

 

結局はぐりんの世話をアクアが責任取って行うという事でヨシヒコ達は了承し

 

無事にはぐりんが彼等の仲間に加わりこのまま同行する事になると

 

 

 

 

ジャガ丸くんいかがっすかー! ジャガ丸くんいかがっすかーッ!

 

突如空から声がする。いつもとちょっと違う叫び声だが、すぐにヨシヒコ達は反応して顔を上げる

 

「あ、仏だわ、はいヨシヒコ」

「はい」

「相変わらず空気も読まずに来るわよねぇ、もしかしてわざとかしら?」

「いやそれよりも、ジャガ丸くんって誰の事だ……?」

 

ササッとメレブが取り出したいつものヘルメットをヨシヒコが被ると

 

アクアとダクネスの疑問をよそにパァーッと天から光が降り注がれて

 

 

 

「ジャガ丸くんいかがっすかー! 揚げたてで新鮮で美味しいジャガ……ってうわビックリした! 驚かすんじゃねぇよバカヤロー!」

「いや何やってんだよお前も、てかこっちの世界に現れるのって自己発信じゃないの?」

 

雲の上に現れたのはいつも通り仏なのだが

 

どこか様子がおかしく、こちらに向かって驚きの声を上げる。

 

「んも~、今こっちが大変な時に掛けてこないでよ、あのねみんな? 私今戦ってる最中だから邪魔しないでくれます~?」

「なに邪魔って? 俺達にお告げ下すのがお前の仕事じゃないの? 戦うより前に仕事だろ」

「何やってんのよアンタ」

「フ、お前達が魔王討伐に向けて日々戦ってる様に、私もまた己の戦いをしているのだ」

 

腕を組みながらちょっとカッコよく言ってみると、仏はすぐにまたいつものテンションで

 

こちら側では見えない何者かに手を伸ばして叫び始める。

 

「あ! 待たれよそこのカップルよ! ジャガ丸くん! 新作のジャガ丸くんハニークラウド味を食べていきなさい! 絶対美味しいから! はいはいはい!」

「おいアイツ! よく見たらなんかモノ売ってるぞ! ジャガ丸くんとかいう揚げ物を強引に売り付けてるぞ!」

「何やってんのよアイツ、ちょっと仏-! ジャガ丸くんよりも早くお告げ言いなさいよー!」

「はいじゃが丸くんお二つお買い上げー!」

 

こちらが仕事しろと叫んでいるのもお構いなしに、仏は今までにない素早い動きをしながら強引な手口で商品を売り捌きつつ、今度は慌てて誰かを呼び止めている

 

「あ! 待って待ってそこのお兄さん! その店で売ってるジャガ丸くんよりもこっちのを食べなさい! こっちの方が断然美味しいから! 買うならコッチの方が絶対いいから!」

「おやおや? 話はよく見えんが、どうやら店を向かい合わせてジャガ丸くんの売上勝負をしてる、的なノリに見えなくもないな」

「そこの紐の見た目と胸に騙されちゃダメよダメ、私を信じなさい、仏を信じなさい、ジャガ丸くんハニークラウド味を信じなさい、それで全てが救われるのです」

「紐……あぁ~私ってば仏の向かいで店やってる人わかっちゃったかも……人というより神だけど」

 

相手側に行こうとするお客を強引にこちら側に絡め取ろうとする仏を見て

 

何やら自分達そっちのけで勝手に売上勝負的な事をやっているのではメレブが推測し

 

アクアもまた何かわかった様子で頷いた。

 

「アンタなに? また紐の女神と揉めてる訳? 今度は何があったの?」

「いや別に、揉めてる訳ではないのよ、ただちょっとここ等でどっちが上か下なのか? え~それを? ハッキリさせる為に? ここで? 潰すという訳でございまして~」

「うわ、めっちゃ向かいの店に向かって煽ってる様な顔してるよアイツ……ムカつくだろうなあんな顔されて……」

 

完全に人をコケにした顔を浮かべながら挑発的な物言いをする仏

 

すると余裕が出来て来たのか、仏はまたこちらの方へと振り返って来た。

 

「ではヨシヒコよ、お告げを下そう」

「お、売るジャガ丸くんが尽きて揚げている所だから、その合間にお告げする気みたいだぞ」

 

下からパチパチパチ!と何かを揚げている音と共に

 

急に改まった様子で仏はヨシヒコにお告げを下した。

 

「えーそこから北にずっと先へ進んだところに、とある大きな都がある。そこは温泉で栄えた観光街であり、その名は……んー……」

「おいその都の名前忘れたの? てかさっきからチラチラ下見過ぎ、ジャガ丸揚がったかどうかチラチラ見過ぎ」

「その都の名は……んー、んーーーーー? ジャガ丸くん?」

「パニクるな仏! ジャガ丸くんは今お前が揚げてる奴!」

 

商品の揚がり具合が気になり過ぎて肝心な指し示す場所の名前をド忘れしてしまった仏だが

 

そこへアクアがピンと来た様子で顔を上げて

 

「もしかして! アルカンレティアの事!?」

「それだ! アルカンレティア! アルカンレティアだアルカンレティア あ! お客さん! 今丁度揚げたてのアルカンレティアが出来たばかりですよー!」

「フッ……! 都揚げてどうすんだよ……駄目だあのおっさん、全然台本覚えて来てねぇよ……!」

 

アクアが教えてくれたのはいいもののまだ慌てているのか、変な事をお客に口走る仏

 

そんな彼のテンパり具合がツボが入ったのか思わずメレブは噴き出してしまう。

 

「もう本当に! 本当に真面目にやれよお前! こっちはずっと顔上げて首疲れてんだから!」

「はいすみません、ちょっと仏も疲れちゃってるのゴメンね……えーそれでですね、そのアルカンレティアにはなんと前に言っていたダンジョーやムラサキが掛かっている竜王の呪縛を解けるアイテムが眠ってるらしいんです」

「おいちょっと待て、前にそのアイテムはあのバニルがいたダンジョンにあると言っていたじゃないか」

 

仏の話に割り込んで来たのは、しかめっ面で疑いの眼差しで見つめるダクネス。

 

「あの時も私達は素直に信じたが結局バニルに騙されたってオチだった。今回は本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫、今度こそ本当。これは絶対に本当にあると確信して頂いて結構です、本当にウチのジャガ丸君の方が、紐の奴よりも数段上手いから!」

「……おい、最後の最後にまたジャガ丸くんに戻ってるぞ」

「揚げたてサクサク! 甘くて美味しい! とっても安いのに食べればすぐに満足できる! そんなジャガ丸くんハニークラウド味いかがっすかー! 向かいの店なんかには置いてないレア物だよー!」

「おい! また私達を無視してジャガ丸くんか! いい加減にしろ!」

 

どうも信用ならないとダクネスは仏に対して懐疑的な表情でとても信用できないでいると

 

仏は仏で「あ、あ、あ、あー!」とかまた慌てた様子で

 

「ヨシヒコピンチ! 緊急事態だ! ジャガ丸くんの為に仕入れたジャガイモが遂にそこに尽きた! あとハチミツのストックも切らしちゃった!」

「あーあ、良い所まで行きそうだったのに詰めが甘いわね、これで紐の勝ちは決まったわね」

「いや~、紐なんかに負けたくない~! ヨシヒコ今すぐ最寄りの街に戻って! ジャガイモとハチミツ、それと油と塩買ってこっちに来て!」

「わかりました! すぐアクセルに戻ります!」

「いいわよ戻らなくて! 仏の自業自得なのにどうして私達が手伝わなきゃいけないのよ! てかどうやって行くのよそっちに!」

 

泣きそうな顔でこちらに頼み込んで来る仏の言う事を素直に聞いて、アクセルに戻ろうとするヨシヒコのマントを引っ張って止めるアクア

 

 

自分達の目的地はあくまでアルカンレティアであり、まずはそこへ行く事を優先すべきなのだから

 

「落ち着きなさいよ仏! 私達はアンタの言う事を聞いてこれからアルカンレティアに向かうのよ! アンタの問題はアンタで解決しなさい!」

「え~そんな~! あ~あ~向こうの方にお客さんがどんどん行ってる~どうするどうするどうする~!? ってあ!! 来たぁー! 救いの神!」

 

アクアにそう言われて仏はメソメソしながら周りを見渡し始める、誰か助けてくれる者はいないかと……

 

すると突然、何かを見つけた様子ですぐに指を差して

 

「ロキ! まさかこのタイミングで来るとか神かよお前!! あ、神だった」

 

助けてくれそうな人物を見つけたのか、仏はすぐに身を乗り上げて

 

「あのーですね、実はあの紐とまあ売上勝負してる所なんですよはい、それでウチの仕入れの在庫がヤバいので、ちょっとおたくの所の眷属……2、3人貸して手伝ってくんない?」

「うわ! アイツ他の神様の手を借りようとしてるぞ! 超汚ねぇ! 仏のクセに!」

「駄目? やっぱり? ちなみにアレだよ、私が勝った場合……あの紐の所の少年が私の……」

 

最初はすぐに断られたみたいだが仏はまだ諦めない

 

するとこの勝負によってもたらせる結果をコッソリと耳打ちし始めてしばしの間を置いた後

 

「うぃっしょぉ! 交渉成立!」

「成立した! ウソだろオイ! 仏の下衆さも大概だけど、そこで手を貸す神様もどうなのよ!」

 

仏とバシッと熱く握手を交える相手に疑問を持ってメレブが叫ぶと

 

ずっと黙って話を聞いていたヨシヒコもまた小首を傾げている。

 

「仏に手を貸したのはロキという神様みたいですが、何者なんでしょうか?」

「ロキねぇ……まあ仏と仲良く出来る数少ない奴よ、結構洒落にならない事やらかしてる性悪の神様ね」

「なるほど、仏にはゼウス君以外にも友人がいたんですね」

「おおかた仏が勝てば紐の女神の方がなんらかの代償を払う必要があると聞いて、それで面白そうだから乗ったって所ね」

 

ゼウス君に続いてまた新たに名前だけ出て来たロキという神様に見覚えがあるのか、アクアがヨシヒコに説明してあげていると

 

戦力補強が出来たとわかって、仏の方も慌ただしく動かし始める。

 

「とりあえずすぐ! すぐ誰か連れて来て! なるべく使えそうな奴を! あと材料だけじゃなくて揚げる為の調理器具も欲しい! 私一人じゃ間に合わないからお前の所の眷属にもジャガ丸くんを揚げてもらうから!」

 

「おいそれは流石に卑怯過ぎだろ仏! お前とその紐の女神様のサシでの対決なんだろ!? なに全く関係ない奴にまでジャガ丸くん作って売って貰おうとしてんだよ!」

 

「ええい関係ないキノコは黙ってるんじゃい!! こちとら何をしようが絶対に勝つんじゃい! 紐の所の少年加入させて! 夢の仏ファミリア結成するんじゃい!」

 

「ほ、仏ファミリア!? お前! 俺達がこうして冒険してる間! そっちの世界でなにやろうとしてんの!?」

 

こちらの非難を一喝して内なる野望を叫ぶ仏に、メレブは信じられないという表情で再度彼に尋ねかけようとするも

 

「とりあえずあの娘絶対に呼んで! ちょっとウチのヨシヒコみたいな天然入ってる変な娘! あの小娘がこっちにいれば確実に少年はこっちに着くから!!」

 

徹底的に下衆な作戦をおっ始めようと、手助けしてくれるもう一人の神と打ち合わせをしてる途中で

 

こちらに背を向けながら仏の姿がスッと消えてしまうのであった。

 

「アイツさぁ……本当にこの世界を救う気あんの? ずっと前から思ってたけど、あっちの世界で遊び過ぎじゃね?」

「私も流石に度が過ぎていると思う……大変だなお前達の世界の管理者がアレだと……」

「そうなんすよーわかってくれますダクネスさん? マジであのエリスちゃんの方がまだマシだから」

「お前はお前で自然にエリス様をちゃん付けで呼ぶな」

 

ヨシヒコのヘルメットを自ら取ってあげて懐に戻しつつ

 

疲れた様子でメレブがダクネスに嘆いていると

 

一人だけちょっと機嫌良さそうにしている人物が一人

 

「アルカンレティア……フフフ、まさかあそこに行ける事になるとはね、はぐりんにも色々と教育できるチャンスだわ」

「どうしたんですか女神、そんなに嬉しそうにして」

「教えてあげるわヨシヒコ、アルカンレティアは温泉のある観光スポットとして有名だけど、あそこは別に温泉があるから有名って訳じゃないのよ」

 

 

ヘルメットを取って素顔に戻ったヨシヒコに、アクアは自分の足下にくっ付いているはぐりんの頭を撫でながら意味ありげな表情で

 

「アルカンレティアはね……この水の女神であるアクア様を崇め奉るアクシズ教徒の総本山なのよ!」

「アクシズ教徒……そういえば前に戦った盗賊の中にもその教徒だと主張する者がいましたね、つまりそこには女神を崇拝する信者の皆様が集まっているという事ですか?」

「そうよそう! そうなのよ! 日々私を信仰して、エリス教徒なんかに負けない為に信者を増やそうと頑張っている可愛い子達が一杯いるのよ!」

 

ヨシヒコの前でクルリと一回転しながら、すっかり舞い上がった様子の彼女。

 

彼に説明を終えると拳をグッと握って

 

 

 

 

 

「待ってなさい私の可愛い信徒達! あなた達が崇める女神が降臨してあげるんだから!」

 

自分が現れたら信徒の皆はどれだけ喜び、どれだけ自分を崇めてくれるんだろうという期待を胸に

 

すぐにでもアルカンレティアを目指そうとアクアは意気込むのであった。

 

 

 

 

 

 

「仏もそうだけど……あの子も本当に超大丈夫? 本気で自分の事を女神だと思い込んでるしヤバいって」

「アクアは超可哀想な子なんだ、どうか暖かい目で超見守ってあげてくれ……」

「ちょっとー! いい加減にアンタ達も超信じてよー!!」

「私は超信じています!」

「ヨシヒコ……アンタだけが私の超味方よ」

 

一行は馬車に乗り、新たな冒険へと出る。

 

いざアルカンレティアへ

 

 

 

 

 

 

 

おまけ 仏の近況報告

 

「えー毎週「勇者ヨシヒコと魔王カズマ」を読んでくださる読者の皆様、仏です、みんな大好き仏です、私もそんなみんなが大好きな仏です」

「また突然呼ばれた幸運の女神のエリスです……」

 

軽くお辞儀しながら挨拶する仏の隣で、ちょこんと立っているエリスが深々と頭を下げる。

 

「仏先輩、今回は一体なんですか? また兄貴用語解説とかみたいなのだったら私帰りたいんですけど……」

「え、なにそのいきなり超帰りたい様な顔して……大丈夫、今回は兄貴いないから、今回はね、私から読者の皆さんにご報告があります」

「報告って……もしかして今回で最終回とかですか!?」

「最終回じゃねぇよバカヤロー! まだ続くわ! もうちょっとだけ続くわ! いきなりボケるな! ツッコミがボケるな!」

 

 

珍しくエリスがヨシヒコみたいなボケをかまして来たので仏は戸惑いつつツッコミを入れて

 

早速自分の本題を話し始めた。

 

「えとですね、なんと、なんとなんとなんと!」

 

 

 

 

「この度仏のスピンオフssが連載開始となりました! パチパチパチ!」

「えぇ!? 仏先輩のスピンオフ!?」

「タイトル名はズバリ! 「聖者ホトケと神の孫ベル」!」

「あぁなるほど……タイトル的に遂に公式に絡ませようって事ですね、あそこの作品と……」

 

ドヤ顔で手をビシッと立てながらタイトル名を公開する仏に、その名を聞いて納得した様子でエリスが頷くと、仏も「そうそうそう!」と指を突き付けて何度も頷き返す。

 

「アレね、勇者ヨシヒコシリーズとあの作品のクロスオーバーssになるって事よ、あれ……あの作品の名前なんだっけ? 「転生したらスライムだった件」だっけ?」

「全然違います! 「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」ですよ!」

「あ~そっちか~、私てっきり、主人公がすげぇ強いスライムに転生出来たと思ったら。仏のうっかりでドラクエ仕様の最弱のスライムになっちゃって、日々勇者ヨシヒコに襲われる生活を余儀なくされるというダークファンタジー路線で行くのかと思ってた」

「嫌ですよそんな悲しいストーリー! 主人公可哀想にも程がありますよ!」

 

勝手にストーリーどころかクロス先の作品までうろ覚え気味な仏にエリスが一喝。

 

「ていうか仏先輩が主役なのに相手方の作品を忘れちゃダメですよ!」

「冗談冗談、ちゃんと覚えてるから、えー「聖者ホトケと神の孫ベル」は勇者ヨシヒコシリーズとダンまちのクロスssです! 主人公はヨシヒコではなく私、仏が担当しております!」

 

エリスに怒られてヘラヘラ笑いながら誤魔化すと、仏は改まって作品の宣伝を始めた。

 

「私がダンまちの世界にうっかり間違えて降臨しちゃった所からお話は始まり! そこから白髪紅眼の少年や紐の女神、その他様々なキャラ達と関わりを持ち、絆を深めるお話です!」

「つまり私達のいる世界の裏側で仏先輩がどこで何をしているのか、という部分が書かれたお話、という事ですね」

「んーそういう事だね、こっちでも私がね、度々降臨してる時によく向こうの世界のお話してたじゃない? だから今回のスピンオフはその辺の話を詳しくした仏主観の物語。という事です」

 

 

エリスの相槌に答えながら仏はニコニコと笑ったまま頷く。

 

「という事で、「勇者ヨシヒコと魔王カズマ」だけでなく、もしよろしければ、ね? 仏をね、仏の活躍をもっと見たい、もしくは仏がヨシヒコ達のいない所でなにやってたのか知りたいって人達は是非! 「聖者ホトケと神の孫ベル」を是非読んでください! 是非是非!」

「仏先輩のスピンオフですかぁ、私は作品違うから影ながら応援してますね」

「コイツもたまに出ます!」

「えぇ!?」

 

聖者ホトケと神の孫ベル

 

本作と並行して連載中

 

 

 

 

 



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捌ノ二

温泉が名物の観光街・アルカンレティアにダンジョー達を救う事の出来るアイテムがあるという仏のお告げを聞いたヨシヒコ達。

 

彼等はアクセルから少し離れたその街へと赴く事になった。

 

「いやー久しぶりにこんな遠出したなー」

「馬車に乗って一日半も掛かりましたね」

 

ヨシヒコ達は無事にアルカンレティアの入り口に辿り着いた。

 

アクセルから乗れる馬車に乗って長い移動の間ずっと座りっぱなしだったおかげでヨシヒコとメレブは既にフラフラだ。

 

「はぁ~ここが仏の言っていたアルカンレティアか~、結構よさげな街ですこと」

「まずは仏の言っていたアイテムがあるのかどうか住人に話を聞いてみましょう」

「え、それより先に温泉入った方が良くない? 俺座りっぱなしのせいでケツと腰が痛くてさ~……」

 

二人でそんな会話をしながら少し街並みを見てみようかと街に一歩足を踏み入れたその時

 

「ようこそアルカンレティアへ! アクシズ教徒への入信希望者ですか!?」

「ってうわビックリした!」

 

 

いきなり下からニュッと現れた男性の村人にメレブが驚くのも束の間、それが合図だったかのように次から次へと村人達がこちらに集まって来るではないか

 

「よくぞ来てくださいました旅の者よ! 今なら特別キャンペーン実施中で! ここにサインをして頂くだけでなんと宿代が1割引きするチケットを破格の値段で買う事が出来ます!」

「水の女神アクア様を崇拝するアクシズ教徒の総本山へようこそ! ささ! 話は後でしますのでまずはこの入信希望に一筆!」

「わざわざ遠い所からありがとうございます! 特産の食べれる石鹸はいりませんか!? 今ならここに名前を記入するだけで好きなだけ貰えちゃいます!」

「ちょちょちょ! なにいきなり怖い! えぇ!? なんか一斉に村人達がワラワラと出て来たんだけど!」

 

皆揃ってニコニコしながら一枚の紙きれと筆ペンを持って寄って来る。

 

この明らかに普通ではない事態にメレブが慌てふためいていると、後ろから「フフフ」と笑い声が

 

「これが私の可愛い信者ちゃんが住まうアルカンレティアよ、信仰心と布教させようとする熱意が人一倍強いとっても良い子達が住む街なの」

 

メレブと違って落ち着いた様子で両手を腰に当てて笑っているのはアクア。

 

魔物であるはぐりんを連れ歩きながら彼女は得意げにこの街に住む者達の特徴を教えてあげる。

 

「隙あらば観光にやって来た連中を片っ端から私の信者にしようと頑張ってくれてるのよ、まあなんて素晴らしいのかしらここは……」

「おお! その水色の頭は正に水の女神アクア様と同じ! もしかしてあなたは我々よりもずっと強い信仰心を持つアクシズ教徒ですかな!?」

「フフフ、聞いて驚きなさい、私が本人のアクア様よ!」

「熱心なアクシズ教徒であれば是非とも教会においで下さい!」

「いやだから、私が正真正銘本物の水の女神アクア様なんだけど……」

「構いません! そんな痛い妄想をしている可哀想なお人でも! 女神アクア様は全て優しく受け入れてくれます!

「待って妄想じゃないの! ホントに私がアクア様なのよ~!」

 

自分が本物の女神だと言い放つアクアをアクシズ教徒の村人は軽くスルー。

 

信者からも信じてもらえないとアクアが一人泣きそうな顔を浮かべていると、彼女の横で突然怒鳴り声が

 

「ああ!? エリス教徒だと!? そんな奴がよくもまあ神聖なるこの街へとノコノコと観光しにやって来たもんだな! ペッ!」

「い、いや私は別にここへ観光しに来た訳じゃ……」

「おのれ邪教徒共め! この街で布教活動でもしたらすぐに追い出してやる! ペッ!」

「そんな事はしない! 私達はただこの街であるモノを探しに来ただけであって!」

「おおい母さん店の前に塩まいてくれ! ついでにあのエリス教徒の小娘に思いきりかけてやんな! ペッ!」

「うわ! 塩が目に!」

 

アクシズ教徒の村人が寄ってたかって怒鳴っている相手はエリス教徒のダクネス。

 

どうやらアクシズ教徒は異教徒に対してはえらく冷たい態度を取る様で

 

ダクネスが自らエリス教徒だと言った途端、急に悪態を突きながら地面に唾を吐き始めた。

 

オマケに店から出て来た中年の女性に思いきり塩を投げつけられるという酷い目に遭わされ、ダクネスは罵声を浴びせられながら彼等に背を向け……

 

「……なんて素晴らしい人達なんだろう……ここまで理不尽で不当な扱いをしてくれるとは……!」

「ねぇちょっと、なに一人で興奮してんのダクネス? マジで? そんな酷い扱い方されてお前本当にマジで?」

 

無邪気そうな小さな子供達に「あっち行け異教徒ー」と蹴りを入れられながら徐々に顔に悦が込められていくダクネスにドン引きしながら、メレブはすぐにこの場から離れようと決める。

 

「マズい、このままだと村の者達にウチのクルセイダーが変態だとバレてしまう、とりあえず一旦宿屋に避難しよう」

「仕方ないわね、本当はもっと信者のみんなと語り合いたいけど……私も長旅で疲れたし宿屋で休憩するのに賛成だわ」

「わ、私はしばらくこのままで……」

「いやお前をちびっ子にイジめられながら放置させる訳にはいかないから、さっきガキ大将っぽい奴が「犬のウンコ探しに行こうぜ!」とか叫んでたし」

 

 

子供達に蹴られながら嬉しそうにしゃがみ込んでいるダクネスを無理矢理引っ張ってメレブはアクアと共に村人達から逃げる様に進む。

 

しかしそんな時アクアはふと気付いた。

 

「あ! ちょっと待ってヨシヒコはどこ!?」

「やべ! よりにもよって一番このタイミングで置いてけぼりにしちゃいけないアイツを忘れてた!」

 

ヨシヒコが傍にいないとアクアが叫ぶとメレブはすかさず周りを見渡す。

 

すると自分達よりもかなりの数のアクシズ教徒に囲まれているヨシヒコの姿が……

 

「あ、いた! こっちだヨシヒコ!」

「メレブさん! すみません私は彼等に行く手を阻まれて進むことができません!」

 

どうやらヨシヒコはすっかり逃げ道を塞がれて動けないみたいだ。

 

それでもなお彼はメレブに向かって叫び続け

 

「メレブさん達は先に宿屋に行っていてください! 私もすぐに追いかけます!」

「わかった! 念の為言っておくけど間違ってもその連中の言葉に惑わされてアクシズ教徒になるなよ!」

「はい!」

「フリとかじゃなくて本気で言ってるんだからな! 絶対なっちゃダメだぞ!」

「はい!!」

 

念入りに口酸っぱくしてメレブは何度もヨシヒコに確認すると、アクアと抵抗するダクネスを連れて宿屋がある方へと一気に駆けて行く。

 

その姿を見送るとヨシヒコもすぐに「通してください! 道を開けて下さい!」と村人達に叫びながら彼等の後を追いかけようとすると……

 

「カ、カッコいい……!」

「?」

 

ふと足元から聞こえた小さな声に反応してヨシヒコは下に目をやる

 

するとそこにはまだあどけない表情を浮かべる小さな女の子がキラキラした目をこちらに向けていた。

 

「お兄ちゃん、凄くカッコいい……! もしかして冒険者なの?」

「私はヨシヒコ、魔王を倒す為にこの地にやって来た勇者だ」

「勇者!? 凄いお兄ちゃんって勇者様なんだね! だからそんなにカッコいいんだ!」

 

 

憧れのヒーローに出会ったかのように眩しい笑顔を見せる女の子にヨシヒコは満更でも無さそうにフッと笑う。

 

すると女の子は恥ずかしそうに一枚の紙を取り出して

 

「あの、カッコいい勇者様……良かったら私の為にサイン書いてくれないかな……友達に自慢したいの、魔王を倒す為に戦う素敵な勇者・ヨシヒコのサインを貰ったんだぞーって」

「ああ構わない、私なんかのでよければいつでも書いてあげよう」

「本当!? やったー! はいじゃあこのペンでここに名前書いて!」

 

勇者として長い旅を続ける中で、サインをねだられる事なんて滅多に無かったヨシヒコはすぐに嬉しそうな反応を見せつつ、彼女が差し出しだ紙とペンを受け取るとサッと自分の名前を書いて渡す。

 

「ほら、これで友達に好きなだけ自慢しなさい」

「ありがとうお兄ちゃん! それと!」

 

ヨシヒコのサインを受け取った女の子はニッコリ笑ったまま彼の方へ紙を見せつける。

 

 

 

 

 

 

「入信おめでとう! ヨシヒコお兄ちゃん!」

「……ん?」

 

入信おめでとう……彼女にそう祝福されて眉をひそめつつヨシヒコはその紙をジッと見つめる

 

その紙には自分が読めない文字がズラリと並んでいるが、もしかして……

 

「もしやこれは……! アクシズ教の入信希望書……!?」

「うん! これでお兄ちゃんもアクシズ教徒だね!」

「おいみんな! 今ここに俺達の同志がまた一人増えたぞ!」

「共にアクア様を称えてより自由な世界を楽しもうぜ!」

 

ヨシヒコはこの世界の字が読めない、どうやらそれが仇となってしまったみたいだ……

 

まさかこんな幼い女の子がこんな巧妙な罠を仕込んでいたとは……

 

 

 

 

 

 

「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

周りの村人からも祝福されながらヨシヒコは両手で頭を抑えながら、己の失敗に嘆くしかなかったのであった

 

勇者ヨシヒコ・アクシズ教に入信決定

 

 

 

 

 

 

 

その頃メレブ達はアクシズ教徒の追手を振り払って宿屋に辿り着き

 

やっと静かになったと部屋の中で落ち着いて椅子に座っていた。

 

「遅いなぁヨシヒコ、アクアの奴も気が付いたらいないしどこ行ったんだろー」

「メレブ、私はふと思ったんだが……」

「うーん出来れば思ったままにして欲しいけど、今暇だから言ってみなさい」

 

椅子の背もたれに頭を預けながら退屈そうにしているメレブに

 

ベッドに腰掛けながらダクネスがモジモジした様子で顔を赤らめて

 

「ここに永住してみないか?」

「うんやっぱり思ったままにしとけばよかった、答えは「ふざけんな」です」

「ここにいるアクシズ教徒は凄いぞ! 大人も子供も関係なく皆エリス教徒を人間として扱わないんだ! 本当に素晴らしい!」

「お前、エリスちゃんにマジ一回ぶん殴られてこい」

 

興奮した面持ちでベッドから立ち上がるダクネスにメレブが冷めた表情を浮かべながら、コイツを一人で相手するのめんどくさいから誰か来てくれと頭の中で願っていると

 

「お待たせみんな! 水の女神であられる最高の美少女! アクア様のお帰りよ!」

「コイツもコイツでめんどくせぇ~……」

 

部屋のドアをノックもせずにバタンと勢いよく開いて現れたのは、アクシズ教徒が一杯触れ合えた事ですっかり上機嫌のアクア、足元には当然の如くはぐりんが笑顔を浮かべてついて来ている。

 

「ねぇ聞いて聞いて! 私ふと疑問に思ったからここの宿屋の店主から情報収集って奴をして来たの! そしたらどんな情報を貰えたと思う!?」

「知らないよ、食べれる石鹸の美味しい調理の仕方とか?」

「アンタにしては鋭いわねメレブ、けどそれだけじゃないの」

「それもあったんかい!」

 

当てずっぽで適当な事を言うメレブに対し得意げに人差し指を立てると、アクアは店主から聞いたこの街の話を始める。

 

「この街にやって来た時、いきなり私の信者ちゃん達に取り囲まれたじゃない? あれちょっと不思議に思ったのよ、だってアクシズ教徒であれば普通はもっと回りくどい手を使ったり陰湿な嫌がらせを続けた上で布教するのがセオリーなの、けどあの子達はほとんど直接的に私達にサインをせがんで来た、これはきっとおかしいと考えたの私」

 

「いやお前の言ってる事全てがまずおかしい! なんだ陰湿な嫌がらせって! それをやるのが普通ってなんなんだアクシズ教って!」

 

「でねでね、その事で店主に聞いてみたら、なんでも観光地に来るお客さんが減ったせいでその分布教活動もままならない状態になってるみたいなの、だからみんな私達が来た途端あんなに必死だったのね」

 

「おいアクア! どうしてこの街に観光客が減ったのか教えてやろうか! ここの住人とアクシズ教という存在のおかげ! それ以外に無い!」

 

「それで、一体どんな原因でこの街に観光客が減ったのか聞いてみたのよ」

 

「この娘、俺の正論を完全に無視する気だな……」

 

椅子から立ち上がったメレブが指を突き付けハッキリとモノ申すものの、アクアは全く耳にも入れずに自分だけ勝手にしゃべり続けた。

 

「どうやらこの街の観光名所である温泉にね、入ると身体を悪くする出来事が増えているんですって」

「温泉? ほーそいつは確かに妙だな、身体の状態を良くする温泉が逆に悪くするって」

「それで私、試しにこの宿屋で出してる温泉を調べてみたんだけど……少量だけど毒らしきモノが混入されていたわ」

「え、毒!? てかお前そんなのわかるの!? 初めて知ったんだけど!」

「私は水を司る女神よ、水の中に何が混ざってるかなんて簡単にわかるわよ」

 

アクアの意外な能力にメレブが驚く中で、ダクネスもまたようやく正気に戻って話を聞いていた。

 

「という事はこの街に観光客が減ったのは温泉に毒が混入された事が原因という訳か? しかし温泉に毒を混ぜるとはなんと卑劣な……一体誰がそんな真似を……」

「それがまだわからないのよ、私の可愛い信者ちゃんを困らせるなんて絶対に許せないわ、なにがなんでも突き止める必要があるわね」

「でも俺達がここに来た本来の目的は、仏の言っていたアイテムを探し出す事だからなー」

 

この街の温泉に毒を混ぜた犯人がいる

 

観光名所を潰されてはアクシズ教徒の存続が危ういと察したアクアは一刻も早く犯人を探さねばと主張するが

 

メレブはしかめっ面を浮かべながら目を細め

 

「犯人探しについては一応俺達も協力はするけど、本命はアイテムだって事を忘れるなよ」

「ああ、仏の言っていたアイテムの在り処なら分かったわよ」

「え、うそぉ!? マジで!?」

「なんでもこの街の近くにある一番大きな山を登った先にある温泉の源泉が流れる所に、神聖なる蔵が置かれていて、その中にそれらしきモノがあるんですって、悪に染まり切った魂の汚れを浄化するとかなんとか」

「うむ、そのアイテムの効果が本当なら、まずはここにいる街の住人達に使ってやりたいが……」

 

既に仏のお告げで示されたアイテムが置かれてる場所まで把握していたアクア

 

まさか彼女がここまで仕事してくれるとはと、メレブ素直に感心する様に頷いた。

 

「ていうか今回のお前凄い役立つじゃん、なに? あの夢の国に行ったおかげで心が洗われたとか?」

「あのねぇ私が役立つなんてずっと前からわかり切ってる事じゃないの、アンタと一緒にしないでくれる?」

 

フンと鼻を鳴らしながらアクアは自慢げにドヤ顔を見せつける。

 

「それにこの街を脅かす出来事を排除する為なら私は喜んで仕事するわよ、だって私はここにいる子達が崇拝する女神、アクア様なんだから!」

「そういやヨシヒコが全然戻ってこないなー、怖いけど一旦街に出て探してみるか」

「そうだな、こうも遅いとやはり心配だ、アクアは部屋で休んでていいぞ」

「一番決める所で無視しないで! 無視されるのが一番キツいの!」

 

また訳の分からない事言ってると、メレブとダクネスは彼女の言葉も無視してヨシヒコを探しに部屋を出る事に

 

置いてけぼりにされそうになったアクアは慌てて「私も行くー!」と彼等の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

街に出ると運良く大量の信者達は見えなかった

 

というか自分達以外の人すらいない、不気味な程に静かだ

 

「なんかぁ……急に誰もいなくなったけどどうしたんだこの街……」

「何故だ……おいアクシズ教徒の者達よ! エリス教徒がここにいるぞー!」

「自分でアピールするなこのおバカ ったくヨシヒコの奴どこ行ったんだよー」

「あ! いたわあそこ!」

 

さっきまで自分達に群がって来た者達が全く見えない事にメレブがちょっとビビっていると

 

ダクネスが周りにある建物に向かって必死にエリス教徒だと叫んでる中で、アクアはふと指差して叫ぶ

 

するとその先でこちらに向かってブンブンと手を振りながら

 

「皆さーん!」

「あ、ヨシヒコいた! 良かったー」

 

はぐれていたヨシヒコが笑顔でこっちに戻って来た。

 

ようやくこれで合流出来たとメレブはホッと一安心。

 

「ったくもー、宿屋で俺達を心配させてー、途中で道草したり買い食いしちゃダメって言ったでしょ」

「すみませんメレブさん、その代わりにメレブさんにとっても為になる良い話をお持ちしました、この話を聞けばメレブさんは絶対に幸せになれます」

「ほほぅ、それはちょっと興味ありますな、なになにどんな話?」

 

最初はお母さん口調で叱りつけるメレブだが上手い話があると聞いてすぐに興味津々の様子

 

するとヨシヒコは笑顔のまま彼に一歩歩み寄り

 

 

 

 

 

「メレブさんもアクシズ教に入信しましょう!」

「……はい?」

「メレブさん! アクシズ教には素晴らしい教えがあるんです! その教えに従えばきっとメレブさんの人生もバラ色間違いなしです!」

「……」

 

目を爛々と輝かせながら詰め寄って来るヨシヒコに、メレブはただ瞬きを何度もしながら口を半開きの状態で絶句した。

 

もしやこの男

 

「おいヨシヒコ……お前まさか~……アクシズ教徒になってたり~とかはしてないよね?」

「この世界の者達が全てアクシズ教徒に染める為に! 私と一緒に戦いましょうメレブさん!」

「なってる~! めっちゃいい笑顔でアクシズ教徒になってる~!」

 

やはりというべきか、周りに流されやすいヨシヒコは案の定この街の住人達によってすっかりアクシズ教徒の一員になってしまったらしい。

 

しかもなってすぐにこの強引な勧誘を仲間にやってのけるとは、やっぱりヨシヒコはバカだった。

 

しかし彼の変化を嘆くメレブをよそに、アクアは凄く嬉しそうな表情で

 

「遂にアクシズ教徒になったのねヨシヒコ! アンタなら絶対見込みあると思ってたのよ!」

「は! 女神! いえ! 我々アクシズ教徒を導く星であられるアクア様!」

 

自分の信者になってくれた事にアクアが喜んでいると

 

ヨシヒコは突然跪いて彼女の手を優しく振れると

 

「今まで私がアクア様に犯した数々の愚行をお許しください! これからはこの身が燃え尽きようと、例え魂の一かけらになろうと、私はアクア様のお言葉のままに従います!!」

「やだこのヨシヒコ……滅茶苦茶ステキじゃない……! 私の言う事なんでも聞くんだって!」 

「おぉい! なにお前ちょっと嬉しそうにしてんの! 目を覚ましなさいヨシヒコ! こんな奴の言う事を聞いちゃいけません!」

 

上目遣いで忠誠を誓ってみせたヨシヒコにアクアは満更でも無そうな反応を取るのでメレブは慌てて止めに入る。

 

そしてダクネスもおかしくなっているヨシヒコにすぐに駆け寄って

 

「メレブの言う通りだヨシヒコ、お前がアクシズ教徒になるのは勝手だがこんな茶番をしてる場合じゃないんだ、一刻も早くこの街にあるダンジョーとムラサキを救うアイテムを見つけねばならない、それは勇者であるお前が一番わかっているだろう」

「……」

「え、な、なんだヨシヒコ? 急にこちらを睨み付けて……」

 

ヨシヒコを諭してやろうと話しかけて来たダクネスに対し無言でスクッと立ち上がると、彼女を睨み付けながら突然表情を一変させて

 

「エリス教徒である貴様がこの私に知った風な口を叩くなぁ!!」

「ええ!?」

「神聖なるアルカンレティアにいるにも関わらず、首輪を付けずに放し飼いにされた駄犬め……もし共に旅する仲間で無かったら即刻犬のウンコを投げつけている所だぞ!」

「……」

「わかったならさっさとそのマヌケに開いてる口を閉じろ! ペッ!」

「お、おお……!」

 

いつもは絶対にあり得ない様な罵り口調で激しくダクネスを責め立てるヨシヒコ

 

 

そしてこちらに対して軽蔑の眼差しを向けながら地面に唾を吐くヨシヒコを見て、ダクネスはそっと自分の胸に手を当てて

 

「何故だろう……今までずっと共に戦って来たヨシヒコに……初めてちょっとドキッとしてしまった……」

「お前もかーい! てかなんで今のでドキッとした!? 怒っていい所だよそこは!」

 

 

散々罵られておいてヨシヒコに対して胸の高鳴りを覚えるというまさかの展開

 

どんだけイジメられるの好きなんだとメレブがダクネスにツッコむも、ヨシヒコはそんな彼を再び標的に定めて全開の笑顔に元通り

 

「さあ! メレブさんも私と一緒にアクシズ教に入信しましょう! そしてこの世界をアクア様の名の下に理想郷へと変えてしまうんです!」

 

「いや俺はいい! 頼むから俺の事はほおっておいてくれ!」

 

「そうよアンタもなっちゃいなさいよメレブ、この私に永遠に従うという忠誠を誓えば少しは優しくしてあげるわよ?」

 

「メレブもアクシズ教徒になるという事は、このヨシヒコの様に……よしメレブ、お前もアクシズ教に入信するんだ」

 

「ちょいちょいちょーい! ヨシヒコとアクアはともかくなんでエリス教徒のお前が俺をアクシズ教徒にさせようとしてんだよ! 絶対に入らないから! 俺は絶対にアクシズ教徒にはならない!」

 

ヨシヒコの勧誘に便乗してアクアも乗り気な態度、おまけにダクネスまでもが自分を入信させようとして来るので、メレブはかたくなに拒否

 

するとヨシヒコは彼の方へまた一歩前に出て

 

「メレブさん! 入りましょう我等がアクシズ教に!」

「だから嫌だって! なんで俺までそんな訳の分からない団体に入らないといけないんだよ!」

「メレブさん……」

 

絶対に首を縦に振ろうとしないメレブにヨシヒコは真顔になると、軽く咳払いをすると急に大きく口を開けて

 

「人は~どうして幸せになろうとするのか~♪」

「え、なに、急に歌い出したよこの子」

「人は~どうして自由を求めるのか~♪」

「えーなになになに怖い怖い……意外と美声なのが逆に怖い」

「その答えを、知りたいのであれば、教えてしんぜよう~♪」

 

怖がりながら頬を引きつらせて後ずさりするメレブに、ヨシヒコは高らかに歌いながら歩み寄っていく

 

「入るのだ~、し~あわせと~じ~ゆうを掴む~♪」

「「「「「我等がアクシズ教へ~~~♪」」」」」」

「住民出て来た!!」

 

メレブはビクッと肩を震わせた。

 

突然ヨシヒコの歌い声に合わせて、先程まで人影すらなかった街の住人達が

 

こぞって周りの家や店から出て来たのだ。

 

「「「「「アクシズ教は本当に良い所~♪」」」」」

「ウソじゃないぞ~♪」

「「「「「アクシズ教は本当に自由~♪」」」」」

「犯罪でなければ何やってもいい~~♪」

「「「「「上手くいかないのはあなたのせいじゃない~♪」」」」」

「世間が悪い~~~♪」

 

街の住人達が後ろで踊ってコーラスしている中でソロで歌い続けるヨシヒコ

 

そしてみるみる彼の周りにアクシズ教徒達が集まって来る。

 

「人はいずれ迷うべき事がある~♪」

「けどそれはどちらを選んでも~必ず後悔が襲って来る~♪」

「ならば答えはひ~と~つ~♪」

「どうせ後悔するなら♪」

「今楽ちんな道を選べばいいだけ~♪」

 

女性の教徒達の歌が終わるとそれに入れ替わる形で男達がバッと前に現れ

 

「悩む! 前に! 生きよう!♪」

「楽な! 道を! 恐れずに!♪」

「本能の! ままに! 好きなだけ!♪」

「我慢! せずに! やっちまえ!♪」

「ソレコソガアクシズ教徒ノ教エ~~~!♪」

 

 

次々出てくる男達の中で最後に出て来た神父の恰好をした人物を見てメレブは目をギョッとさせた。

 

よく見たら自分達を生き返らせる事の出来る教会にいつもいるあの神父だ。

 

しかしその事に触れる前に、神父は他の住人達の中へと混ざり込んでいき

 

「「「「「アクシズ教は素晴らしい~♪」」」」」

「悪魔は殺せ~♪」

「「「「「アクシズ教こそ最高~♪」」」」」」

「エリス教徒は潰せ~♪」

「「「「「求む者全てが~♪」」」」」

「ここに~~♪」

「「「「「あ~~る~~~♪」」」」」

 

再び住人達のコーラスとヨシヒコのソロ

 

すると沢山いる住人達の中から一人の女の子がトコトコと出て来て

 

先程からずっと前で歌を聞いていたメレブ達の横を通り抜け

 

ずっと物陰に隠れていた一人の男を見つけた

 

「ねぇ、おじちゃんはそこで何してるの?」

「バ、バカ話しかけるな! 連中にバレるだろうが!」

 

店の影に隠れてずっと様子を伺っていたのは屈強な肉体をした長身の男

 

男は慌てて逃げようとするが、歌っている途中でヨシヒコは彼と女の子の声に気付いてバッと振り返る。

 

「どうやらそこにも~! 我等に救いを求める者がいるようだ~!♪」

「そ、そんな訳あるか! 誰がお前等みたいな危ない連中と! 俺を誰だと思ってる!」

「お~のれの心に~! す~なおにな~れ! お前が求むのはアクア様~♪」

「くそ……ここで逃げたら俺のメンツが丸つぶれだ……」

 

ヨシヒコに指を突き付けられた男は、ここで退いたらずっと付き纏われると思い

 

自ら彼の前に出て、メレブ達の隣でサッとポーズを取り

 

「ふ~ざけるな~! お前等みたいなの~死んでもお断りだ~♪」

「お前も歌うんかーい! しかもすげぇめっちゃいい声!」

「誰であろうと~お構いなしに~! 石鹸寄越す~! お前等が本当に大嫌いだ~♪」

 

いきなり一緒になって歌い出す男にメレブがツッコミ挟む中、ヨシヒコも負けじと彼の方に一歩歩み寄り

 

「バカな事言うな~! その石鹸は~! なんと食べる事が~出来るのだぞ~♪」

「教えてや~ろ~! 石鹸というのは~! 体を洗う~為のものであり~! 食べるモノではない~♪」

「いいやその考えは~間違っているぞ~! 石鹸というのは~! 洗う為に~使うものだけであらず~♪」

 

ステップを踏みながら歩み寄って来るヨシヒコに男は後ずさりしながらハッと気づいた。

 

ヨシヒコだけでなく背後の住人達もこちらに狙いを定めて近づいて来ている事を

 

「「「「「そうだ、先入観を捨てるのだ♪」」」」」

「可能性、は、なんにだって、あ~る♪」

「「「「「人も、石鹸もお~なじ♪」」」」」

「進むべき、可能性は、無限に、あ~る♪」

「「「「「さあ! 今こそ! その目を開~けて♪」」」」」

「自分の可能性を見つけるのだ~♪」

 

再び住人達とヨシヒコのハーモニー合唱

 

それにすっかりビビってしまった男は慌てて後ずさりするもその背後から……

 

「げぇ! 後ろからも回り込んでやがった!」

 

なんとそちらからもアクシズ教徒達がゾロゾロとやって来ていた。

 

完全に挟み撃ちにされた事に気付いた男は苦悶の表情を浮かべると

 

後ろから来た者達の中で先頭に立っている、あの神父が一番前に出る。

 

「「「「「ここが~♪」」」」」

「アナタノ~♪」

「「「「「探し~♪」」」」」

「求メテタ~♪」

「「「「「新しい~♪」」」」

「イ~バ~ショ~♪」

 

盛大に歌いながら「止めろー!」と叫んでいる男を挟み込んで行きそして……

 

「「「「「ようこそ~~~♪」」」」」

「「「「「アクシ~ズ教~~♪」」」」」

「止めてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

最後にアクシズ教徒達に揉まれ断末魔の叫びを上げながら消えていく一人の男

 

その地獄絵図の様な光景を目の当たりにしながらメレブはアクアやダクネスと共にパチパチと拍手をし終えると

 

 

 

 

 

 

「うん、100パー入信したくない」

 

 

魔法使い・メレブ

 

アクシズ教徒・まさかの入信完全拒否

 

 

そしてアクシズ教徒達に群がられ

 

石鹸や入信希望書を体の至る所に押し付けられまくっている謎の男はというと

 

 

 

 

 

「こんな街……絶対に滅ぼしてやる……」

 

 

 

 

 

 

 



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捌ノ三

アクシズ教徒にハメられたヨシヒコはものの見事に身も心も信者と成り果ててしまった。

 

そしてそんなヨシヒコはというと他三人と共にダンジョー達を救うアイテムがあるらしい場所

 

アルカンレティアの温泉の源泉地である山へと向かっていた。

 

アクアの足下には当然の如く、銀色のヌメヌメスライムのはぐりんが付いて来ている。

 

「流石はアクア様です、既に仏の言っていたアイテムの目星を見つけてしまっていたとは……本当に素晴らしい」

「ふふーん、もっとよ、もっと褒め称えるのです勇者ヨシヒコ、水の女神アクア様を心の底から崇拝しながらもっとテンション高く」

「私はアクア様に仕えて幸せだぁぁぁぁぁ!!! 女神様最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「よしよし」

 

アイテムの在り処をアクアが見つけたとメレブから聞いて、ヨシヒコはさっきから同じような事を何度も彼女に言ってべた褒めである。

 

そしてそれを満足げに受け答えしながらアクアはますます調子に乗って鼻高々な様子である。

 

「いいわー今のヨシヒコ、前からアホだけど素直な良い子って感じだったけど、アクシズ教徒に入ったおかげでヨシヒコはますます私の事を敬う様になってくれたわ」

「いやいやコレ絶対にマズいって、ヨシヒコがこんな調子だと魔王を倒すなんて絶対出来っこないって」

 

腕を組みながらうんうんと頷くアクアであるが、一緒について来ているメレブは物凄く不安そうな表情。

 

こういう状態になった時のヨシヒコは信じられないほどめんどくさくなるとよくわかっているからだ。

 

「最悪ヨシヒコ、魔王の前でさっきみたいに歌って踊り出すよ? それもうインド映画だよ?」

「いいじゃない、夢の国だって歌いながら戦うシーンとかよくあるでしょ? これからはウチもミュージカルで行きましょ、第二のノートルダムと呼ばれましょう」

「バカタレ、あちら様の様な事をウチで出来る筈無いであろうが、このバカちん女神(哀)」

「聞くのです勇者ヨシヒコ、魔法使い(笑)風情のへっぽこメレブが私を侮辱しました、速やかに彼に罰を与えなさい」

「メレブさん今すぐにアクア様に心の底から謝ってください」

 

メレブのツッコミを自分に対する侮辱だと感じたアクアは祈るポーズを取りながら前を歩くヨシヒコに命令

 

それを聞くと彼は即座にメレブの方へ彼はと振り返って来た。

 

「今すぐにアクセルに戻って揚げたてのコロッケとシュワシュワを我等のアクア様に献上して下さい、そうすればメレブさんの罪は島流しで済みます」

「そこまでしても島流しに遭うの俺!? 嫌だわ! こっからアクセルの街って相当な距離あるからね!? 馬車で一日半かかってんだから!」

「ヨシヒコ、別に島流しまでしなくていいから、私の気が済めば良いだけなの、死刑とかでいいから」

「なんとお優しい女神様だ……感謝して下さいメレブさん、アクア様から減刑が出されました、島流しから死刑です」

「いや死刑の方が重くない?」

 

アクアのお言葉に感銘を受けた様子で微笑みながらメレブに極刑を命ずるヨシヒコ

 

バカバカしいとメレブは普通に断って山道を進んで行く中

 

「あ、そういや俺からも一つ聞きたい事があった、あのねヨシヒコ」

「なんです、メレブさん?」

「ヨシヒコさー、その右手に持ってる奴は……なに?」

「ああ、これですか」

 

ふと気付いたかのようにメレブは前を歩くヨシヒコが手に持ってるモノについて尋ねると

 

彼はジャラッと音を鳴らしながらメレブに見せる。

 

「鎖ですけど」

「うん……じゃあその鎖の先になんで……」

 

ヨシヒコが持つのは長くて丈夫そうな鉄の鎖、そしてその先を辿ってみると

 

「首輪を付けたダクネスがいるのかな?」

「……」

「え……? なにかおかしいですか?」

「いやおかしいから聞いてるの、さっきまでずっと気が付かなかったんだけど、あれ? よく見たらダクネスの奴……なんで首輪してんの?って気になったから聞いてるの」

 

ヨシヒコが持つ鎖の先には、その鎖に繋がれた首輪をはめているダクネスが大人しくヨシヒコに引っ張られながらついて歩く姿が。

 

それを指摘されるとヨシヒコは彼に向かってフッと笑いかけ

 

「変な事言わないで下さいメレブさん、しつけのなってない犬にはしっかりリード繋いでおかないとダメじゃないですか、飼い主の基本ですよ」

「飼い主!? おいダクネス! お前ヨシヒコに犬扱いされてるぞ! いい加減怒れ!」

「……お構いなく」

「……今なんて言ったこの女?」

 

首輪に繋がれたままヨシヒコに引っ張られているダクネスに慌ててメレブが叫ぶも、彼女はこちらに振り返ると酷く冷めた表情でボソリと呟く。

 

すると我が耳を疑うメレブをよそにヨシヒコがすぐに彼女の方へ振り返り

 

「エリス教徒風情が人間様の言葉を使うなぁ!」

「は、はい! 申し訳ありません!」

「だから喋るんじゃない! 今からお前は「わん」とだけ鳴いてればいいんだ! わかったかエリス教徒!」

「はい! あ、じゃなかった、わん!」

 

グイグイとヨシヒコに鎖で引っ張られながらも大人しく彼の言葉に従うダクネス。

 

そして彼に聞こえない様俯いたまま顔だけ何処か興奮した様子で

 

「いいぞ! 今のヨシヒコはいいぞ……! 前は正義感の塊のような男であったが、アクシズ教徒に入ったおかげでヨシヒコはエリス教徒の私の事をまさかこんな……周りの視線も構わずに首輪を付けて歩かせる程のドSになるなんて……! やはりこいつは凄い……!」

「歩くのが遅い! ちゃんと私について来い! この犬め!」

「わん!!」

「なにお前までアクアみたいに喜んでんだよ! しかもアイツとは全く真逆の扱いされた上で喜ぶってホントお前の性癖どうなってんの!?」

 

すっかりエリス教徒の事を敵と見なし始めているヨシヒコに、ダクネスはすっかり従順な犬に成り下がり、何の抵抗も見せずに言われるがままの状態。

 

自分を敬うヨシヒコにアクアは満足し、自分を虐めるヨシヒコにダクネスが満足しているという事に

 

「こんな気持ち悪い結束とか絶対に勇者のパーティーとしてマズいって……」

 

とメレブが内心心配そうに呟いていると

 

「着きましたよメレブさん、そして我が女神・アクア様、我々が探し求めていたアイテムが眠っている山の入り口に」

「ここが山へと昇る入口ね、あれ? でも入り口には見張りの兵士が立ってるわね? 温泉の源泉を盗まれない様に守っているのかしら」

「あらら~、どうみても関係者以外立ち入り禁止って感じだな……」

 

会話とツッコミをしながら歩いている内に、ヨシヒコ達は無事に山に登る為の入り口に来ていた。

 

しかしそこには鎧を着飾った屈強なる兵士が待ち構えている。

 

「どうするヨシヒコ?」

「……案外このまま歩いて行けばバレないかもしれません、普通に通り過ぎましょう」

「いやバレるっておい……」

 

試しに近づてみようとヨシヒコ達は彼等を無視してスッと横を通り抜けようとすると

 

「っておいちょっと待てお前達、なに俺達を無視して勝手に行こうとしてるんだ」

「怪しい奴等だな、特にそこの金髪の女に首輪を掛けてるお前が一番怪しい」

「やっぱりバレた、しかも思いきりぐうの音も出ない正論言われた……」

 

入口に入る寸での所で案の定、二人の兵士に止められてしまった。

 

しかもヨシヒコとダクネスのおかげで一層怪しまれる始末。

 

メレブが頭を抱えて投げていると、ヨシヒコは真顔のまま平然と彼等に口を開く。

 

「すみません、私はヨシヒコと言って魔王を倒そうとしている勇者なんですが、この先に用があるので通してもらえないでしょうか?」

「は? 魔王? 勇者? お前何訳の分からない事言ってんだ、もしかしてなんか悪いモン食っておかしくなってるんじゃないだろうな?」

「いやちょっと待て、ヨシヒコって名前聞いた事があるぞ……」

 

自分の事を勇者と名乗るヨシヒコに兵士の一人はますます疑いの目つきを鋭くさせていると

 

その相棒らしき兵士は、ヨシヒコの名を聞くとすぐに疑っている兵士の耳元に顔を近づけ

 

「ほら、お前もあの御方の事は当然知ってるだろ? 突然現れ颯爽と事件を解決していくあの伝説の御方……」

 

「ああ、もしかしてあの御方か? いずれ王都にその姿を模して彫像が作られる予定の英雄……」

 

「そうだ、まるで魔王軍の幹部の様な恐ろしく強い連中を引き連れながら数多の偉業を成し遂げ、ベルセルグ王国のアイリス王女様からも姉の様に慕われているらしく、各王家にもその名を轟かせるとんでもない人物だ……」

 

ヨシヒコ達には聞こえない様ボソボソと小声で会話を続けると、兵士の一人がチラリとヨシヒコの方を見て

 

「それでこれは噂で聞いた話なんだが……なんでもその方には実の兄がいるらしくてな、紫色のターバンとマントを装備した男で、名はヨシヒコだと言うらしい……」

 

「ヨシヒコだと……!? おいおいじゃあまさかあの男がその英雄様の兄だって言うのか……!?」

 

「わからない……だがその噂によるとそれは英雄様本人が言ったらしくてな、しかも「この世界で兄様の行く道を邪魔する者がいるのであれば、それは何者であろうと敵と見定めまする」と……」

 

「!?」

 

話を聞いた兵士の顔から血の気が引いた。

 

仮にもし今ここにいるあの男がその英雄の兄であるならば

 

その行く手を邪魔する自分達は英雄の敵と見定められるという事になるのではないだろうか……

 

その英雄と称される者は、かつて暴虐の限りを尽くし、数々の国に深刻な損害を与えた凶悪なドラゴンを

 

数人の仲間をその場に置いて単身で挑み、そして何事も無く仲間の元へ戻って来たという……

 

その凶悪なドラゴンを見事に服従させてその上に乗ったまま

 

そんな人物に敵と見定められたら所詮見張り兵でしかない自分達などいとも簡単に……

 

「し、失礼しましたヨシヒコ様!」

「こちらはご自由に通って結構です! ささ! お仲間もご一緒に連れて行って構いませんので!」

「……ありがとうございます」

 

二人の兵士は急に慌てながらヨシヒコ達の為に道を開けて通過を許可してくれた。

 

さっきは止められたのに急にどうして……?とヨシヒコはふと疑問に思うも、彼等に頷いて素直に山の方へと歩いていく。

 

「どうしてあの二人はあっさりと通してくれたんでしょうか?」

「ははーん、もしかしたらヨシヒコの名を聞いたからじゃない? きっとアンタ、気が付かない内にこの世界で結構な有名人になってるのよ」

「そうなんですか!? こうしてはいられない、早くサインの練習をせねば……!」

「流石ね我が信者ヨシヒコ、冗談で言った私の言葉をなんの疑いも無く信じる上にサインの練習をしようとする調子の乗りっぷり、それでこそアクシズ教徒よ」

「お褒めの言葉ありがとうございます、我が女神」

 

アクアに調子のいい事を言われながら嬉しそうに顔をほころばせると

 

ヨシヒコ達は問題なく兵士たちの横を通過し、アイテムの眠る蔵へと進むのであった。

 

「このまま先へ進ませて良かったんだよな俺達……」

「わからねぇ、けど今はこうするしかねぇだろ……お前だって英雄様の機嫌を損なわせたくないだろ……」

「ああ、この世界で唯一魔王と同等、もしくはそれ以上とも呼ばれている正に地上最強の御方だからな……」

 

しばらくの間、かの英雄に敵と見定められて襲われないかという恐怖に縛られる生活を送る事を余儀なくされた兵士二人をその場に置いて……

 

 

 

 

 

 

 

そしてヨシヒコ一行は山を登り、貴重なアイテムが置かれてるらしき蔵は無いのかと探していると

 

「あ! 見てみてあそこが温泉の源泉よ! そういえばこの街の温泉に毒を混ぜた犯人も捜さないと!」

「おーいー、まずはダンジョー達を救うアイテムを見つける事が先だろ、ってアレ?」

 

頂上付近まで登ってみるとそこには温泉の源泉らしきモノがボコボコと激しい泡を立てて流れていた。

 

それを見てアクアはこの街の温泉に毒を混ぜてる不届き物がいる事を思い出し叫び出すと

 

メレブはふと厳選の傍に一人の男がいるのがうっすらと見えた。

 

「なんか湯気でよく見えないけど、いい感じの肉体美をした色黒のガチムチな男があそこにいるぞ?」

「メレブ……その言い方だとアンタ物凄く気持ち悪いわよ……」

「うん、俺も自分で言ってる時に素直に気持ち悪いと思ってた、あーやっぱりCV小山力也の傷跡が癒えてないのかなぁ……」

「怪しいですね、様子を見て来ましょう……」

 

メレブの不快感極まりない表現の仕方にアクアがドン引きした様子でいると

 

ヨシヒコは静かに歩み寄ってその男に話しかけてみた。

 

「失礼ですが、あなたはここの関係者ですか?」

「うん? あ~はいそうで……あぁぁぁぁぁぁ!!」

「は! あなたは!」

 

話し掛けると少々めんどくさそうに振り返って来た男だが、ヨシヒコを見るなりすぐに大きな声を上げ

 

ヨシヒコもまた彼の顔を見てすぐに気付く。

 

「あなたは我々アクシズ教徒に入る事をずっと拒んでいた人じゃないですか!」

「くそ……まさかお前、あの時俺を無理矢理アクシズ教徒に入れようとした悪魔の使いか……!」

 

その男はここに来る前に散々入信させようとヨシヒコが歌って踊って誘っていた人物だった。

 

どうやらあそこから無事に逃げ延びられたらしく、ヨシヒコの顔を見るなりトラウマが蘇ったかのように慌てふためく。

 

「どうしたんですかこんな所に! もしかして気がわかってやっぱりアクシズ教徒に入ろうと考えてくれたんですか! わかりました! 今すぐに入信希望書と入信特典の食べれる石鹸をあなたに差し上げます!」

「違う違うそんなモンいるか! 頼むからその笑顔と懐から入信希望書を取り出すのを止めろ!」

「まだ~我々を~拒もうとするのか~♪」

「歌も止めろ! 踊りもだ! 頼むからもう俺の傍に近づくな! 関わらないでくれホント!」

 

こちらに満面の笑みを見せながら手を胸に当てて歌い出そうとするヨシヒコに、男は慌てて後ろへ下がると

 

「あっつ!」

 

ヨシヒコに気を取られうっかり下がり過ぎたのか、源泉が流れる熱い湯に思いきり足を踏み入れてしまった男

 

すると

 

「あ! ちょっと待って! あの男が足を踏み入れた場所からなんだ怪しい色が浮かんでるんですけど!」

「本当だ! 見た感じ凄い毒っぽい!」

「チッ! 俺とした事が……」

 

男はすぐに自分の足を引き抜くも、そこからドロリと紫色の液体が僅かに見えてアクアは表情をハッとさせて目を見開く。

 

「あの色、間違いないわ……アンタがこの街の温泉に毒を混ぜてた犯人ね!!」

「はぁ~……まさかこんなしょうもない事でバレちまうとはな……」

 

彼女に指を突き付けられて温泉毒入り事件の犯人だと指摘されると

 

男はやれやれと首を横に振って深いため息

 

「仕方ない、ここでお前等全員を殺して口封じさせてもらうとするか……」

「おいおいアイツ! 今俺達の事全員殺すって言ったぞ!」

「わん! わんわんわん!」

「ダクネス! この殺伐とした雰囲気で犬の鳴き声は止めなさい!」

「私達を殺すだと、一体お前は何者だ……正体を現せ!」

「フン、ま、冥途の土産としてそれぐらい教えてやっても良いだろう」

 

未だヨシヒコに首輪に繋がれたままのダクネスが吠えている状況下で、ヨシヒコがすぐに警戒した素振りを見せながら男に向かって叫ぶと、彼は軽く鼻を鳴らしてみせるとゆっくりと口を開く。

 

「聞いて驚くがいい、俺の名はハンス、魔王軍の幹部の一人だ」

「ま、魔王軍の幹部だと!?」

「おいおいおい、思った以上にヤバい奴じゃんコイツ……!」

「わんわんわーん!」

 

魔王軍の幹部の一人・ハンスだと名乗るその男にヨシヒコとメレブは戦慄する。一応ダクネスも驚きを吠えて表現している。

 

恐らくウィズやバニルと同様この世界の魔王の手先なのであろう。

 

魔王軍の幹部という事は実力も遥かに高い筈、すぐに警戒する二人だがアクアはまだプリプリと怒った様子でハンスに向かって指を突き付け

 

「魔王軍の幹部とかそんなのどうでもいいのよ! アンタの名前なんかもっとどうでもいい!」

「は、はぁ!?」

「私はね! どうして私の可愛い信者が集うこの街で毒なんか撒き散らしたのか聞いてるの!」

「こ、この小娘ぇ……! ええいだったら教えてやる! 俺はな!」

 

結構決めて名前と素性をバラしたというのに、アクアはそれを全てどうでもいいという一言で片づけてしまう。

 

それにカチンと来た様子でハンスは殺意を僅かに放ちながらこの街を襲った理由を話し出す。

 

「この街が本当に嫌いで嫌いで仕方ないんだよ! だからぶっ壊そうとした! それだけだ!」

「なんですって!? こんな素晴らしい街を嫌いになるなんてアンタ頭どうかしてるんじゃないの!?」

「アクア様の言う通りだ! 私達アクシズ教徒が集うこの美しい街を嫌いだからぶっ壊すなど……絶対に許さん!」

 

思ったよりもずっとシンプルな理由だったハンスにアクアとヨシヒコは当然の様に猛抗議。

 

しかし彼女達のそういう態度がますます彼に強い憤りを感じさせる。

 

「ここのどこが素晴らしい街だ! 俺だって最初この街に来た時はな! ただ温泉に浸かりながら有給休暇を取ろうと思ってただけだった!」

 

「魔王軍って有給あんのかよ……」

 

「なのにここの街の連中はゾロゾロと寄ってたかって入信書やら石鹸やらを執拗に突き付けて来やがって……頭がおかしいのはお前等の方だアクシズ教徒!! 嫌がる奴に無理矢理自分の意見を押し通そうとするなんて最低の事だぞ!!」

 

「やだあの魔王軍の幹部……俺、凄く彼と仲良くなれそう……」

 

自分の言いたい事を代わりにヨシヒコとアクアに訴えてくれるハンスに、メレブが一人感動した様子で頷くも

 

彼の言葉を聞いてもヨシヒコとアクアは……

 

「自分の意見を押し通してるのではない! アクア様を信じる者は全て救われる! これはこの世界の真理だ! 全てだ! 私達はそれをわかっていない者達に手を取って導いてるだけに過ぎない!!」

 

「アクシズ教徒になればみんながしがらみを忘れて自由に生きられるの! そんな自由な世界こそ本当の理想郷なのよ!! まあ魔王の手先に成り下がってるアンタの空っぽの脳みそじゃ理解出来ないでしょうけどね! プークスクス!!」

 

「なんでだろう……コイツ等の方が断然悪役に見える……」

 

狂信者ヨシヒコとそれを従えるボス・アクアといった構図が見えたメレブは、もういっそハンスにこの街滅ぼしてもらった方が良いのでは?と考えていると

 

「わん!」

 

首輪に繋がれたダクネスがハンスに向かって威嚇するかのように吠え始めた。

 

「わ、わんわんわん!! わんわん!!」

「おい! さっきからずっと気になってたけどなんなんだそいつ!? どうして首輪に繋がれてるんだ! しかもさっきから犬みたいに鳴いてるぞ!」

「我々アクシズ教徒を妬み陥れようとする憎きエリス教徒を! 犬同然に扱って何が悪い!」

「ハァハァ……! わおーん!」

「なんて奴等だ……! 同種族を犬呼ばわりして首輪に繋げるなんてそれでも人間か! 貴様等の血は何色だぁ!!」

「あぁ~……もうダメこれ、もうどっからどう見ても俺達が悪者です、ごめんなさいハンスさん……」

 

ダクネス自身がむしろこの状況を望んでやっているのだが、それに気付いていないハンスは、ヨシヒコが彼女を無理矢理手籠めにしているのだと思って本気で怒っている様子。

 

魔王軍の幹部でありながらかなりの常識人であったハンスに、メレブはもう顔を背けて申し訳なさそうに謝るしか出来ない。

 

そしてハンスは遂に、こちらに向かって一歩前に出ると戦う態勢に入るのであった。

 

「もういい話は終わりだ! 魔王よりヤバい狂信者共め! この俺の手にかかって死ぬがいい!」

「狂信者ではない! 私は素晴らしき女神であらせられるアクア様に永遠の忠誠を誓う事を心に決めた、勇者ヨシヒコだ!!!」

「お前みたいな勇者がいるかァァァァァァァ!!!」

「な、なに!?」

「わん!?」

 

戦いを挑んで来たハンスにヨシヒコはすぐに剣を構えて対峙するも

 

次の瞬間、ヨシヒコに対するツッコミを叫びながらハンスの姿が突然グニャグニャと不気味な動きを見せながら大きく変化し始めたのだ。

 

「驚いたか! 俺の正体はデッドリーポイズンスライムの変異種! 貴様等を殺す事など非常に容易いわ!!」

「聞きましたかメレブさん、奴の正体は実はスライムだったらしいですよ、これなら楽に勝てそうです」

「う~ん、ハンスさんには悪いけど、スライム相手じゃ……ウチ等余裕っす」

「え!? ちょ! ちょっと待てお前今なんて言った!? 俺の正体を知ってなおなんだその余裕の態度は!」

 

変身する途中で自らがスライムだと暴露するハンスだが、ヨシヒコはというと隣にいるメレブに向かってニヤリと笑いながら既に勝利を確信している。

 

それに対してハンスは「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」と叫びながらグニャグニャになった体を見る見る大きくさせていき……

 

 

 

 

自分達よりも遥かにに大きい巨大な紫色のスライムへと変身し、足下から何本もの触手みたいなモノを動かしながら

 

ハンスは遂に自らの真の姿をお披露目したのだ。

 

「フハハハハハッ!! コレが俺の真の姿だ! この姿を見てまだ余裕で勝てると思えるのかお前は!!」

「んん? あの笑い声、ハンスさんがやるとすげーしっくり来るのはなんでだろう……」

「なんと巨大なスライムだ! しかも全身が毒々しい……!」

「触れたら即死は間違いないわね……近づいただけであっという間に溶かされちゃうわ……」

「わんわわん! わわんわわんわん!!」

 

思ったよりもずっと強そうなスライムが現れたので、さっきまで余裕そうに見えたヨシヒコはすぐに血相を変えて仲間達と共に距離を取ろうとする。

 

「ここは一旦逃げましょう! 剣で斬れそうもありませんし!」

「うむ! 今回ばかりはマジでヤバい相手だ! 相手があまりにもガチ過ぎる!!」

「ついてこい! 犬!」

「ああ、女騎士としては是非ともあのスライムに取り込まれて全身をヌメヌメにされたいという強い希望があるのだが……」

 

慌てて逃げるヨシヒコとメレブと共に、ふと犬の鳴き声を上げるのも忘れて恍惚とした表情を浮かべながらハンスをジッと見つめるダクネスが、ヨシヒコに繋がれてる鎖に引っ張られてすぐに彼等と一緒に後ろへと逃げる。

 

「ま、待ってみんな! 私も連れて……げひゅん!!」

 

デッドリーポイズンスライムという恐ろしい魔物に変身したハンスにちょっとビビってしまった事で逃げるのが遅れてしまったアクア

 

おまけに運悪く道端に落ちてた石につまづいて顔から派手にすっ転んでしまう。

 

「しまった女神様が!!」

「フハハハハハ!! まずはこの根っこから腐っている性悪のアクシズ教徒を食い殺してくれるわ!!」

「い、いや! お願いだから待って!! 誰でもいいから私を助けてよー!!!」

 

重たい身体を引きずるかのように徐々に近づいて来るハンスにアクアは腰を抜かした様子で動けない。

 

上体を起こしながらも上手く立つ事が出来ないでいる彼女が、涙目で叫びながら助けを求める

 

すると……

 

ハンスとアクアの間にサッと現れて彼女を助けようとする者が一人

 

それはなんと……

 

 

 

 

 

「はぐりん!?」

「な、なんだぁコイツは!? 俺と同族の気配はするがこんな奴見た事も無いぞ!」

 

それはまさかのアクアが遂に手に入れる事が出来たスライム系のはぐりんであった。

 

主人がピンチだと察した彼は、常に傍に付き添っていたおかげで即彼女を庇う行動に移れたらしい。

 

しかし自分よりも数百倍もデカい巨大スライムが相手では

 

いかに優秀なスペックを持つはぐりんであろうとひとたまりもない筈……

 

「ダメよはぐりん! 小さいアンタが止めれる訳ないわ! 逃げてー!」

「……」

「フン、同族を殺すのは忍びないが、そのイカレた女を庇おうとするなら容赦はせん!!」

 

アクアが必死に逃げろと叫ぶもはぐりんは目の前の敵を見据えたまま動こうとしない。

 

すると巨大な図体を揺らしながらハンスははぐりん目掛けて覆い被さるように身体を動かして

 

「あぁぁぁー!!!」

 

そのままはぐりんを一気に身体の中へと飲み込んでしまったのだ。

 

ハンスの体の中でしばらくプカーと浮いていたはぐりんは、みるみる体を溶化させていき(元々溶けているが)、やがて最期に顔だけ残るとその顔もアクアに向かってにんまりと笑いかけながらフッと消えてしまった……

 

「はぐりぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!」

「俺と同じスライムでありながら人間を庇おうとするとはなんて愚かな……だがこの俺を前にしても退かずに立ち向かおうとしたその勇気は素直に認めておいてやる……」

 

はぐりんを吸収された事で半べそを掻きながら泣き出してしまうアクアをよそに、自ら殺した同族に対してそれなりの敬意を払うと、ハンスはすぐに彼女目掛けて

 

「次はお前だ! 死ねアクシズ教徒ぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」

「アクア様ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

周りに強力な毒液を分泌させながら容赦なくアクアに襲い掛かるハンス。

 

泣きじゃくる彼女の前に、今度はヨシヒコが駆け寄って守ろうと立ちはだかるしか出来なかった。

 

このまま為す総べなく全滅してしまうのか……はぐりんの犠牲はなんの意味も無かったのか……

 

 

 

 

だがその瞬間

 

「ぬ!? な、なんだ……! きゅ、急に体が動か……な……!」

「!?」

 

両手を広げて座り込んでいるアクアを庇おうとしたヨシヒコの前で

 

突如ハンスが苦しそうな声を漏らしながらピタリと動きを止めたのだ。

 

「い、一体どうしたんだ俺は! クソ……! どんどん体が硬くなってくる上に小さく……!」

「見て下さい女神様! あのスライム! 突然もがき苦しみながら体を変化させていきます!」

「くすん……え?」

 

ヨシヒコに言われて、目元が赤く腫らしたままアクアが顔を上げると

 

そこにはみるみる体を縮ませていくハンスの姿が

 

ハンス自身もよくわかっていない様子で、己の身に何が起きたのだと混乱している様子

 

「ぐ! ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

悲鳴に近い叫び声を上げると同時に、ハンスの姿は先程の気味の悪い見た目から大きく変化し始めていく。

 

 

まずは全身がメタボ体系の様にボテッとした感じで丸っこくなり

 

かつテカテカとした輝く銀色のボディは、グニャグニャだった時とは打って変わっていかにも剣すらも弾きそうなぐらい硬そうで

 

そして頭にはトレードマークと思われる王様の様な王冠を被って

 

こちらに向かってつぶらな瞳を見せながら微かに微笑んでいたのだ。

 

『ハンスははぐれメタルとがったいしてメタルキングになった』

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんなんだこの体は!? 猛毒も分泌できんしサイズまで小さくなってしまったぞ!? あと俺はなんでいつの間に王冠なんて被ってるんだ!」

「スライムの姿が変わった! まさかはぐりんと合体を!」

「合体ですって!? はぐりん、アンタまさかこうなる為にわざと……!」

 

自分の本来の体が大きく変化してしまった事にヨシヒコ達そっちのけで慌てふためくハンス。

 

しかしヨシヒコは今までの経験を思い出し、ハンスがああなった理由がわかってしまった。

 

きっと先程はぐりんを吸収してしまった事で、ハンスははぐりんと合体し新たな魔物へと生まれ変わったのだ。

 

かつてヨシヒコ達の世界でも、スライムたちが集まって今のハンスの様な王冠を被った太ったスライムになったのを見た事がある。

 

「はぐりん……私の為に自分を犠牲に……」

「大丈夫かお前等!」

「二人とも無事か!?」

 

ショックで呆然としているアクアの所へ、メレブとダクネスがすぐに事態の異変を察知して戻って来た。

 

もはや犬の鳴き真似なんてしてる場合じゃないと、普通に喋りながらダクネスは剣を構える。

 

「落ち込んでるヒマは無いぞアクア! はぐりんの犠牲を無駄にするな!」

「うむ、俺達の為に戦ってくれた仲間の為にも、絶対にコイツを倒さなければならない」

「己を犠牲にしてでも私達を導いてくれた彼の為に、共に戦いましょう女神」

 

はぐりんの犠牲が心に強く響いたのか、戦闘モードに切り替えた三人に奮起されると

 

アクアはゆっくりと立ち上がり、目元を拭ってしっかりと敵であるハンスを見据える。

 

「わかってるわ、ここで逃げる訳にはもういかないものね、それに……」

 

 

 

 

 

 

「はぐりんの仇は!! この私が絶対に取ってみせる!!」

 

次回

 

アクア、怒りの鉄拳

 



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捌ノ四

はぐりんを吸収してしまった事により全く別のスライム形態になってしまったデッドリーポイズンスライムのハンス。

 

「おのれぇ! どうしてこうなったかわからんが! 俺をこんな目に遭わせてただで済むと思うなよ!」

 

王冠を被ったメタボ気味のスライムという中々可愛い見た目になってしまったが

 

初めて仲間に出来た愛しきスライムを失ったアクアは怒りの頂点に達していて、相手が可愛かろうが絶対に倒すという本気の目をしていた。

 

「上等よ! そっちこそ私のはぐりんをよくも殺ってくれたわね! その腐り切った外道の心ごと浄化してくれるわ!!」

「おお……いつになくアクアがマジになっている……! これは何かありますぞ……! 何かやりますぞあの娘……!」

「ダクネス、私達もアクア様の名の下にあの憎きスライムを攻撃するぞ!!」

「アクアの名の下にという訳ではないが……やるぞヨシヒコ! はぐりんの仇討ちだ!!」

 

珍しく本気で戦う姿勢を見せるアクアに触発されて、ヨシヒコとダクネスも剣を構えてハンスに攻撃を仕掛ける。

 

だが

 

『ヨシヒコのこうげき、ハンスに0のダメージ』

『ダクネスのこうげき、ミス、ハンスに当たらない』

 

「く! か、堅い! まさか剣が弾かれてしまう程堅いとは!!」

「柔らかさを失った分はぐりんの力を吸い取って体を硬化させるとは……卑劣な!」

「ううん、ダクネスは攻撃当たってないだけだから硬さ関係ないよ」

 

猛毒の分泌、物理完全無効能力を失った代わりにとてつもない硬さを手に入れたハンスにヨシヒコとダクネスの攻撃は全く通らなかった(ダクネスは元々攻撃が当たっていない)

 

「フハハハハハッ! この俺こそ強靭!無敵!最強!のスライム!! 例え姿が変わってもそう簡単に倒せると思うなぁ!!」

「んーあのスライムやっぱ高笑いすげぇしっくり来るんだよなぁ……と、そんな事よりも」

 

ヨシヒコ達の攻撃にビクともしない様子で嬉しそうに表情変えずに高笑いを上げているハンスに

 

メレブはちょっと気を取られつつもすぐにやる気満々の様子のアクアの方へ振り返り

 

「アクアよ、こうなったら今こそお前の怒りの一撃を奴に浴びせるしかない様だ」

「言われなくてもわかってるわよ! 私のゴッドブローで倒してやるわ!!」

「しかし今のお前にはまだ奴を倒す力が足りない筈、という事で俺がお前の攻撃力を上げる支援魔法を掛けてしんぜよう」

 

 

そう言ってメレブは拳を強く握ってハンスを睨み付けているアクアに向かって杖をスッと構え

 

「過去に覚えた呪文シリーズどん! ほい!」

「!?」

 

軽く呪文を掛けてやった、しかしアクアの見た目には何も変化が無い。

 

なにか掛けられた感触はあったのだが、特に攻撃力が上がった感じも無く、アクアはしかめっ面でメレブの方へ振り返り口を開くと

 

「おい! どげん事じゃメレブどん! ないも変わっちょらんじゃなか! は! 今んあて……言葉遣いが変になっちょっ……!」

「フフフ、そう、今俺がお前に掛けた呪文は……掛かった者の口調を訛り方言にする呪文なのだ! 私はこれをかつて!」

 

 

 

 

 

 

「ナマルト(薩摩方言ver)と名付けたんだと思う!」

「はぁぁぁぁぁぁ!? ないよそれ! ないん意味があっとじゃ!!」

 

対象の口調を訛り方言にするというこれまた不可思議な呪文・ナマルト

 

アクアの口調が全く変わってしまい、当人も困惑しているというのに、メレブはしてやったりの表情を浮かべている。

 

「落ち着けアクア、いや、アクアどん、その喋り方になって何か変わった事は無いか?」

「アホか! ないも変わっちょらんとじゃ! こげん時にあまっな! ぶんうったくっんじゃ!」

「フフフ、訛り強すぎて何言ってるのか全然わかんない……!」

 

恐らく、「何も変わってないわよ! こんな時にふざけないで! ぶん殴るわよ!」と言ってると思われるのだが、全く分からないのでメレブは思わず噴き出してしまう。

 

「笑うちょらんで元に戻しやんせ!」

「どうしたんですかアクア様! さっきからメレブさんになんて言ってるんですか!?」

「おいアクア! お前が失ったはぐりんの為に戦ってるんだぞ! ふざけるのも大概にしろ!」

「あてはあまっちょらんわよ! こうなったんもケツ(コイツ)のせいじゃ!」

「ケツ……仲間の仇を討とうとするこの状況で下ネタだと……? 見損なったぞアクア」

「ち、ちごっん! そげん意味でゆたんじゃなかと!」

 

メレブを指差しながらこちらに振り向いて来たヨシヒコとダクネスに向かって叫ぶアクアだが

 

全く伝わらない上にダクネスに誤解されて軽蔑の眼差しを向けられる始末

 

するとアクアはこんな変な呪文を掛けられた事と仲間にいらぬ誤解までされた事で

 

はぐりんを失った怒りと、変な言葉遣いになってしまったイライラが合わさってワナワナと震え出す。

 

「あーもうびんてに来たわ!! ないごてあてがこげん目に遭わんないけんのじゃぁぁぁ!!!」

「フフフ、やはり読み通り……怒り状態にイライラ追加で今のアクアは通常より更に攻撃力がアップ! しかもこの薩摩方言! なんかもう叫んでるだけですっごく強そうに見える!!」

「そげん下らん理由やったと!? あーもうこうなったや仕方なかど!! あてん怒りをぶつけてやっどぉぉぉぉ!!!!」

 

メレブが計算した通りだとドヤ顔を浮かべるのでますます頭に来ながらも

 

この怒りを全て敵にぶつけてやろうと、アクアは咆哮を上げながらハンスに向かって殴りかかる。

 

「全部おまんのせいじゃ!! 絶対に許さんのじゃで!!」

「う、うん!? なんて言ったお前! まるで意味が分からんぞ!?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

アクアの方言に思わず気を取られて困惑している様子のハンスの隙を突いて

 

右手を痛いぐらいに強く握りしめて、渾身の拳を固めてアクアはなおも喉が潰れかねない程大きく叫んで

 

「ゴッドブロオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

「なに!? うぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

鉄壁の防御力を誇るハンスに向かって放たれた拳は

 

なんと会心の一撃となり彼の顔面に思いきりめり込んだ、思わず悲鳴を上げるハンスだが、アクアは手を緩めることなく怒りで我を失ったまま

 

「ゴッドレクイエムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「うげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

今度は左からの拳をモロに浴びせる、ハンスの顔にまた面白い具合にめり込み、そして彼自身も彼女に殴られる度に不思議な気持ちになっていく。

 

(な、なんだ……! コイツに殴られるとまるで心がみるみる洗われていくような……! 魔王軍の幹部である俺がどうしてこんな状況で爽やかな気持ちになっているんだ!?)

 

このまま彼女に殴られ続けると、自分が自分でいられなくなる、そう感じたハンスは絶対にヤバいと感じてここは撤退しようかとするが……

 

そんな事アクアが絶対に許さない、彼女は両手を強く握って勢い良く上に振り上げると

 

その迫力に圧倒されて思わず身動き取れなくなってしまったハンスに向かって……

 

「ゴッド!!! チェストォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

トドメの一撃が彼の頭に真っ逆さまに振り下ろされ、断末魔の叫びを上げながらハンスは思った。

 

(まさか俺は、こんなバカバカしい攻撃を食らった事で、汚れ切っていた心を浄化されているのか……死ぬ前だというのにこんなに周りがキラキラして見えるなんて……)

 

泣き叫ぶアクアにミシミシと体をへこませていきながらハンスは最後の最期で心が綺麗に浄化されていくのをはっきりと感じるのであった。

 

 

 

 

 

(願わくば……次に生まれ変わった時は……敵としてではなく味方としてコイツ等と一緒に……)

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王軍の幹部・ハンスを撃破する事が出来たヨシヒコ一行は

 

源泉が流れる傍にふとポツンと小さな蔵があった。

 

ヨシヒコが一人で蔵へと入って、しばらくアクアが源泉に手を突っ込んで毒を浄化していると(熱くてまた泣いた)

 

 

「皆さん! 蔵の中に大事そうにこんな宝箱が置いてありました!」

「おお、その正に、何か凄いモノ入ってますよ的な宝箱は、きっと仏のお告げの言っていたアイテムが入ってるに違いない」

「あっつぅ……やっと浄化出来たわ……あ、方言も直って普通に喋れるやったー!」

 

かなり豪華そうな大きな宝箱を両手で持って来たヨシヒコにメレブが目を光らせこれが当たりだと感じている中で

 

毒を浄化し切ったアクアはナマルトの効果も消えた事に喜びのガッツポーズを取るとフッと小さく笑いながらその場にしゃがみ込む。

 

「魔王軍の幹部を倒して、毒を無事に浄化できて、宝箱も手に入れて……これもきっと全て私達の為に犠牲になってくれたはぐりんのおかげよね、ここにお墓を立ててあげましょう……」

「お前それ、ここ来る前に店で買ったアイスの棒じゃん」

 

源泉の傍に『英雄はぐりん、ここに眠る』と書かれたアイスの棒を突き指して祈りを捧げるアクア。

 

もっとマシな墓標は無かったのかとメレブがツッコむ中で、ヨシヒコは重たい宝箱を地面にズシンと置いていた。

 

「早速開けてみましょう」

「い、いや待てヨシヒコ、開けるのはちょっと待った方が良いんじゃないか?」

「何故だダクネス」

 

すぐに宝箱の中身を確認しようと試みるヨシヒコだが、そこへダクネスが歩み寄って難しそうな表情で制止した。

 

「これはあそこの蔵の中に大切に保管されていたモノなんだよな……?」

「ああ、厳重に鎖で縛られ保管されていた、だがその鎖は私の剣で斬ってやった」

「そこまで奪われない様にしているモノを私達が持っていくというのは……まるで盗人みたいじゃないか?」

「ハハハ、ダクネス、どうして私が盗人扱いされるんだ、私は勇者だ、勇者はどんな宝箱でも開けて良い権利がある」

「えぇーッ!?」

 

アルカンレティアのこんな山奥に置かれた蔵でキチンと保管されていた宝箱。

 

しかしそれを持ち帰る事に躊躇も罪悪感も覚えずにキョトンとするヨシヒコにダクネスは驚きの声を上げた。

 

「いくら勇者でもそれはダメだろ! ダンジョンの宝箱なら問題ないだろうが! 王様の住むお城に置かれている宝箱も平然と開ける事が出来るのかお前は!」

「開ける、私は魔王を倒す為ならば城であろうと墓の下であろうと、開けれる宝箱は全て開ける! それが勇者だ!」

「そ、そこまで言い切られるとむしろなんて男だと感心してしまうが……いやでも流石に勇者だからってそんな横暴な真似はダメだと思うぞ? この宝箱はキチンと村の人から許可を取って正式に譲り受けた方が……」

「ダクネス! お座り!」

「わん!」

「……終わったと思ったらまだ続いてたのかあのプレイ」

 

勇者なら何をしても許されるのかと聖騎士らしい至って真面目に物言おうとしたダクネスだが、それをヨシヒコが強引な手段で黙らせてしまう。

 

未だ首輪を付けたままのダクネスが彼の一喝で反射的にその場にしゃがみ込んでしまっているのを見て、メレブが軽く引いてる中ヨシヒコは再び宝箱の取っ手を遠慮なく掴む。

 

「開けます」

「わんわんわん!」

「ダクネス! 待て!」

「さてさて一体中には何があるのやら……」

 

座ったまま吠え続けるダクネスにまた怒鳴りつけた後、ヨシヒコはメレブが見守る中ガチャリと重たい蓋を開けて中身を確かめた

 

するとそこには……

 

「笛?」

「笛……だね、しかも……学校の音楽の授業で使うタイプの……リコーダー?」

 

中に入ってたモノを両手で掴んで取り出してみたヨシヒコ。

 

それはあまりにも厳重に保管されている割にはあまりにも素朴かつどこかで見た事のある笛だった。

 

「え、マジで?」と言った感じでメレブが首を傾げてそれをしげしげと眺めていると

 

お祈りを済ませたアクアもすぐに興味持った様子でこっちに寄って来た。

 

「は? なにその懐かしい笛? もしかしてそれが仏の奴が言ってたアイテムなの?」

「だと、思います……蔵の中にはこの宝箱しかなかったんで」

「ええ~……どうして私の可愛い信者ちゃん達はこんな笛を大切に保管してたのよ……」

 

ヨシヒコの持つ笛を目を細めながらアクアが困惑していると

 

突如空の天気が悪くなり、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く

 

ヨシヒコー! ヨシヒコー!

 

雷の音と共に聞こえてきた例の声に、ヨシヒコ達がすぐに天を見上げた。

 

「仏か、丁度いい、アイツにこの笛について話を聞こうぜ」

「はい」

「ほら、ダクネス、アンタも座ってないでちゃんと立ちなさい」

「わんわん!」

「もぉ、おやつならさっきあげたばかりでしょ」

 

メレブからライダ〇マンヘルメットを受け取り被るヨシヒコに、アクアに腕を引っ張られて無理矢理立たされるダクネス。

 

そうしているとすぐに空からパァーッといつもの様に彼が現れた。

 

「うぃっす、んじゃまあ……今から仕事します」

「え、どうしたどうした? なんかすげぇテンション低いんだけどアイツ?」

「はぁ~……いやそういうツッコミいいから、大変なんだよこっちも……」

「本当に元気無いな、どうしたんだよ急に……」

「えー詳しくは、私のスピンオフを読み続けたら、わかると思います、はい」

「さり気なく宣伝を入れるな宣伝を」

 

珍しく意気消沈した様子でお告げを始めようとするのは仏。

 

こちらに向かって疲れ切った顔を浮かべながらため息をつくと、不思議に思っているメレブをよそに

 

「ヨシヒコよ、よく聞くがいい」

「はい」

 

急に仕事モードになったかのようにキリッとした表情に戻って話を始めた。

 

「とりあえずまずは褒めておこう、魔王軍の幹部にまで邪魔されたにも関わらず、よくぞその笛を手に入れた。その笛こそダンジョーやムラサキを救う事の出来る伝説のアイテムなのだ」

「ええ~本当にコレなの~? なんか思ったよりショボいんですけど~?」

「その笛の名はえ~「導きの笛」」

 

どうやら本当にコレが目当てのアイテムだったらしく、その事にアクアが怪訝な様子を見せていると

 

仏は一瞬度忘れしそうになるがすぐに思い出して笛の名前を教えてくれた。

 

「その笛から奏でられるメロディーを聞けば、たちまち洗脳された者、心を悪に染めてしまった者、つまり悪しき者から改竄されてしまった精神を元に戻すと古から伝わっている伝説の笛なのだ」

 

「洗脳された者を元に戻す……あれ? 俺ここのアクシズ教徒の連中がここに厳重にこの笛を管理していた理由が分かったかもしんない……」

 

アルカンレティアでこの笛が外に持っていかれない様にキチンと管理していた理由が、今のアクシズ教徒の連中を見てメレブは薄々と気付き始めていると、仏は更に話を続ける。

 

「つまりその伝説の笛を使えばきっと、ダンジョーやムラサキ、更には魔王に乗っ取られてしまったカズマという少年さえも元に戻す事が出来る、と思う、うん、多分イケる、イケる筈、んーかもしれない?」

 

「おい、最後どうして自信無くなってるんだよ! そこはちゃんと言い切れよ!」

 

「まあ~試しに使ってみてくださいな、ダメ元でね、うん」

 

「ダメ元じゃダメだろ! ちゃんとダンジョー達を治してくれないと困るんだよ!」

 

徐々に自信が無くなっていく上に適当に投げやりにになる仏にメレブがキレ気味に叫んでいると

 

「仏、笛の使い方はわかりました、次にダンジョーとムラサキにあったら使ってみようと思います」

 

「うむ、あ、間違っても敵に奪われたりはしないでね、ヨシヒコ君はほら、おっちょこちょいだからね?」

 

「それより仏、私は仏にどうしてもお願したい事があります」

 

「ん? どしたどした急に? なんか私に願い事でもあんの?」

 

遠回しにフラグ的なモノを建築しながら不吉な事を言う仏をスルーして、ヨシヒコは急に改まった様子で自ら彼に向かって話しかけた。

 

とびきりの良い笑顔で

 

「仏にも是非! 私と同じくアクシズ教徒になってもらいたいと思います!」

「…………………ごめん、ちょっと思考停止しちゃった……え? ん? おや? うーん何をぉ~……言うているのかなヨシ君は?」

「仏も一緒にアクシズ教に入るんです! そして一緒にアクア様を崇め祀って称えましょう!!」

「フフフフフ、ちょちょちょちょヨシヒコ君!? ヨシヒコ! ヨッ君はなに!? もしかして私を! 仏の私をよりにもよって! 怪しいクソったれ宗教に勧誘している訳!?仏だよ私!?」

「怪しくないわよ失礼ね! アンタ私の大切な信者のみんなになんて偏見持ってんのよ!!」

 

完全に目がイッてる様子でアクシズ教を薦めて来るヨシヒコに仏が思わず笑ってしまうも

 

そこへアクアが前に出てすぐに叫び出した。

 

「聞きなさい! ヨシヒコはね! ここにいるアクシズ教徒のみんなから洗礼を受けて私の信者になってくれたの! これからはもうヨシヒコはアンタの命令じゃなくて私の命令しか聞かないから覚えておきなさい!」

 

「アクア様、私は貴女様の命令であればどんな事であろうと従う事を誓います」

 

「わんわんわん!!」

 

「うるさいエリス教徒! ちんちん!」

 

「わんわ……い、いや待て! 私にはそんなモノ付いてないぞ!」

 

「ハハハハ、まあチラチラとお前等が何やってるのかは見てたけど……随分と酷い事になってるね~……」

 

アクアの足下にしゃがみ込んで永遠の忠誠を誓い始めつつも、隣で騒ぐダクネスをまた怒鳴りつけているヨシヒコを見て、流石に仏もコレはマズいと、仏も引きつった笑みを見せながらドン引きしている。

 

「ねぇメレブ、これ~……”アレ”やっておいたほうが良いよね?」

 

「あ、頼むわホント、だって俺今回さ、台詞の量凄い事になってるんだぜ? ツッコミばっかで……このままだと疲れちゃうよホントに……」

 

「うんわかった、じゃあそれでは皆さん、シリーズの中で初めてのアレいっちゃいま~す、ご唱和くださ~い、せーの……」

 

コレはとっておきのあの技を出さざるを得ない、そう悟った仏はすぐにメレブに最終確認を取ると

 

すっかりアクシズ教徒の一員になって身も心もアクアに捧げようとしているヨシヒコを見下ろしながら

 

 

 

 

「仏ビーーーーム!!!!」

「あわわわわわわわわわ!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁ!! 私のヨシヒコになんて真似してくれてんのよ仏!」

 

仏の額から放たれたユルユルなビームがヨシヒコに向かって降り注がれる。

 

ヨシヒコはしばらく白目を剥いて痙攣した後、アクアが怒っている中すぐにカッと目を強く見開いて

 

「は! 私は一体なにを……」

「はい。ヨシヒコがアクシズ教徒になってしまった部分の記憶を綺麗に消しておきました」

「ナイスだ仏、お前にしちゃキチンと仕事してくれたみたいで本当に感謝する」

「メレブさん、もしかして私の身に何かあったんですか?」

「ううん何も無かった、全部悪い夢だったんだよヨシヒコ……」

 

仏の放つ仏ビームには当たった者の記憶を改竄する力がある。

 

ヨシヒコは突然勇者としての使命を忘れてしまう事が度々あるので、今まで仏はこうして何度も彼の都合の悪い記憶を消してあげていたのだ。

 

キョトンとした様子で何が起こったのかよくわかってないヨシヒコに、メレブが優しく彼の乱れた襟を直してあげながら静かに諭す。

 

しかし

 

「アンタなんて事してくれんのよ! よくも私の信者を一人減らしてくれたわね! ヨシヒコだったらきっとアクシズ教をもっと広めてくれる救世主になれる筈だったのにも~!」

 

「どうしたんですか女神? 私がアクシズ教を広めるというのはどういう事ですか?」

「わんわんわん!」

 

「ダクネス!? どうして犬のように鳴いているんだ! それになんだその首輪は! すぐに取りなさい!」

 

「そ、そんな……! おい仏これはどういうことだ! あのドSで鬼畜なヨシヒコを返せ!!」

 

「立派なアクシズ教徒だったヨシヒコを返しなさいよこのスカポンタン!!」

 

いきなりアクアから救世主呼ばわりされるだの、ダクネスが寄って来て犬みたいに吠えて来るだの

 

訳の分からない事ばかりでヨシヒコが混乱している中、二人は仏にギャーギャーとヨシヒコとを元に戻せとブーイング。

 

「余計な事してんじゃないわよ! アンタもうホントに使えない奴なんだから!」

 

「今回ばかりは許さないぞ! 降りて来い仏! たた斬ってやる!」

 

「えぇ~……私……今回こそ何も悪い事してないと思うんだけれど……ヨシヒコを元に戻してあげたのになんでこの二人に怒られてんの……?」

 

「大丈夫仏、俺はちゃんとわかってるから……」

 

珍しく優しく声を掛けてくれたメレブに、なんで自分は怒られているんだろうと本気で不思議に思っている仏。そして最後に

 

「あ、そうそう、最後に言い忘れた事あった、まあ大したことじゃないけど聞いといて」

「え~大したこと無いなら、あんま聞きたくないけど……一応聞くけど、なに?」

 

手をポンと叩いて思い出したかのような仕草をする仏に対し、アクアとダクネスがまだ騒いでる中、メレブだけが耳を傾ける、すると仏は「あ~~」とけだるそうに髪を掻き毟りながら

 

 

 

「魔王の復活がそろそろみたいなんで、手早く魔王の城に向かって下さい、以上」

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

最後の最後にとんでもない事をぶっちゃけながら仏はフッと消えていく。

 

彼のお告げに、ずっと騒いでいたアクアとダクネスも思わずヨシヒコとメレブの様に声を上げて驚くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんなヨシヒコ達を岩の影から眺めてる者が一人

 

その正体は……

 

 

 

 

 

「フハハハハハハッ! 華麗で愉快な悪魔のバニルさんこと我輩である!!」

 

それはヨシヒコの妹・ヒサ……かと思いきや

 

前回、ダクネスに倒された魔王軍の幹部の一人、心を読み取る悪魔・バニルであった。

 

岩陰からヌッと出てきた瞬間すぐに高らかに笑い声を上げる彼が付けている仮面の額には「Ⅱ」と書かれている。

 

「前回はまさかのあのスズキとかいう男にしてやられたが……残機が減っただけで我輩はまだまだ健在! さて! あそこにいる者達を今度はどうからかってやろうか!!」

「兄様……」

「ぬ! いつの間に我輩の近くにいたんだこの小娘!?」

 

ヨシヒコ達を突け狙ってなにか悪さでも企んでいたその時、バニルの傍へまた一人フッとある人物が現れる。

 

髪を逆立たせ、パンフファッションに身を包んだヨシヒコの妹・ヒサである。

 

「兄様が歌っていたのを拝見して、ヒサもまた新たな事に挑戦しようと決めました……!」

「相変わらず心は読めるが行動は全く読めん娘よ……で? 何に挑戦しようというのだ?」

「ヒサは……」

 

一旦言葉を区切ると、ヒサは背中に担いでいたギターをサッと取り出す。

 

「バンドを作りとうございます!!」

「なんでそうなった!!」

「担当はカスタネットです!」

「じゃあそのギターはなんなのだ!」

 

まさかのバンドデビューを宣言してみせるヒサにバニルが思わずツッコんでいると

 

そこへ突然、ゴロゴロと大きな丸いモノが転がって来た

 

「ピキー! アクアさん達のお助けをするなら僕も仲間にして欲しいピキー!」

「ってうわ! なんだ貴様! 黄金色に輝くスライムだと!?」

「ピキー! 僕、悪いスライムじゃないよ!」

 

いきなり現れたのは金色に輝く物凄く派手なスライム、丸々と太っている上に普通のスライムよりもずっと大きいので、どう見てもかなり強そうだと察したバニルに対し、スライムは微笑んだまま話だした。

 

「僕はさっき! アクアさんの拳で正義に目覚めた魔王軍の幹部のハンスなんだピキー!!」

 

「な、なんだとぉ!? た、確かにその物凄く良い声はまさしくハンス……しかし口調が変わってるおかげで違和感バリバリだぞ……」

 

「さっきはアクアさんに倒されちゃったけど! 天界で不自然な胸をした女神様に! 影ながらアクアさんの助けになりたいって強く訴えたら! 先輩の手助けをするならって感じで上手く転生させてもらったんだピキー!!」

 

「無茶苦茶だな……その不自然な胸をした女神もいい加減すぎるだろ……」

 

これだから神という存在は嫌なのだ……とバニルが後頭部を掻きながら生まれ変わったハンスを見ながらため息をついていると

 

「僕も魔王を倒す手助けがしたいピキー! そこの娘さんのパーティーに加えて欲しいピキー!」

「さっきからそのピキーとかいう語尾はなんなのだ一体……声が前と同じだから余計不気味だ……」

「きっと何かのお役に立てるピキー! お願いしますピキー!」

 

巨大な図体を左右に動かしながら頼み込んで来るハンス、するとバニルが困惑している中ヒサはキリッとした表情を浮かべて

 

「それではベースギターをお願いします」

「って加えるってバンドにか!?」

「やったー! 僕精一杯弾けるよう頑張るピキー!」

「おいハンス! 貴様もそれでいいのか!? 大体お前! 両腕が無いのにどうやって弾くのだ!?」

 

まさかのベースギターに指名されてしまうも、ハンスは嬉しそうに周りを転がり始めた。

 

すると今度は、そこへまた一人新たな人物がフラリとやって来た。

 

バニルやハンスと同じく魔王軍の幹部の一人、デュラハンのベルディアだ。

 

「ヒサさん俺……ドラムいけます!」

「採用!」

「よっしゃあ!!!」

「お、おい待て貴様等! 貴様等はあそこにいる連中を影ながら助力する為に集まっているのであろう!? なんでバンド組もうぜってノリになっているのだ!?」

 

まさかのドラムが出来ると自己PRするベルディアにヒサはすぐに彼をドラムに指名

 

全てを見透かす悪魔である筈のバニルもこの急展開の連続を全く読めずにショックを受けていると

 

 

 

 

 

 

「ではバニルさんはボーカルお願いします」

「ボボボ、ボーカル!?」 

 

ヒサ、三人の魔王軍の幹部と共にバンドを結成

 

果たして彼女達の音楽がどこまで通用するのか……

 

 

次回へ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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其ノ玖 登場、もう一人の主人公!
玖ノ一


アルカンレティアからアクセルの街へ戻ろうとしたのだが帰りの馬車代が無かった。

 

という事で仕方なくヨシヒコ達は徒歩で帰る事に

 

するとその道中で

 

「あーはいはい、ちょいとごめんよー、悪ぃけどちぃと付き合ってくれや」

 

突然岩の影からヨシヒコ達の前を通せんぼするかのように現れたのはかなりくだけた口調の男

 

どうやらヨシヒコ達をここから先へ通すつもりは無いらしく、それを見てアクアはハァ~と疲れた感じで面倒臭そうにため息をつく。

 

「うへぇ、こんな時によりにもよって盗賊出て来たわね……しかも凄いけだるそうな奴が……」

「なんなんだあの男の生気の無い目は……まるで死んだ魚のような目だぞ、やる気あるのか?」

「いや待てアクア、ダクネス……あの男の見た目とあの感じ……俺どっか知っているような気がする」

 

小指で耳をほじりながらダラダラとした姿勢を見せつけ、一見隙だらけな状態の男ではあるが

 

アクアとダクネスがジト目を向けながら呆れた様子で呟く一方で、メレブの表情は険しくなる。

 

「あの死んだ魚のような目、そして空と雲をモチーフにしたのような独特な着物……腰に差してるのは『洞爺湖』と彫られた木刀……そして極めつけは……あの銀髪の天然パーマ!! お前はもしや!」

「坂田銀時です、つい最近までジャンプで連載されてた『銀魂』って奴の主人公やってました、はい」

「うわ普通に自分で名前言っちゃったぁ……しかも作品名まで言っちゃったぁ……」

 

数々の特徴を捉えてメレブはほんわかとぼかそうとしたのに、あっさりと自分の名前を言って軽く手を挙げて挨拶してきたのは坂田銀時という男だった。

 

するとヨシヒコはすかさず前に出て怪しむ様に目を細める。

 

「メレブさん、あの男は一体何者なんですか……? こうして見る限り、ただの盗賊とは思えないのですが……」

 

「うむ、俺も噂話でしか聞いた事のないのだが、なんでも金さえ払えば何でもやるという万事屋を営んでおり、いつもはあんな感じでけだるさ全開のスタイルなのだが、いざという時は大切なモノを護る為に腰に差す得物でどんな相手であろうと戦いを挑むことが出来る、侍と呼ばれているとても強い男だ」

 

「いや滅茶苦茶知ってるじゃないのアンタ」

 

「なるほど、それは絶対に油断できない男ですね、しかし……」

 

坂田銀時という男についてちょっと詳しく説明するメレブにアクアがボソリとツッコむ中

 

彼からその特徴を聞いてそう簡単には倒せそうにないと思いつつも、ふと頭にちょっとした疑問を浮かべるヨシヒコ。

 

「あの、私の勘違いかもしれませんが……だいぶ昔に出会った魔王の使いとどこか顔付きが似てませんか?」

「……そこに触れてやるなヨシヒコ」

「あー小栗旬はいい感じに俺をやってくれたよ」

「小栗旬って言っちゃった……どこの世界でも自由だな銀さんは……」

 

再び手をビシッと挙げながら勝手に自己紹介する銀時に、メレブは対処しきれないと首を傾げている中

 

ヨシヒコはそんな彼の方にチャキッと剣を抜いて構える。

 

「お前が坂田銀時とかいう男だろうが、小栗旬とかいう男だろうが関係ない、私達の道を阻むのであれば、勇者として無理矢理にでも押し通らせてもらう」

「いやちょっと待てって、そういきなり堅苦しい真似よりも先に俺の話聞いてくれよ、な、エリザベス」

「私はヨシヒコだ! エリザベスなんて名前では断じてない!」

「源外のジーさんからも上手く言ってコイツの得物収めさせてくれない?」

「え、源外のジーさんってどちら様!? ワシそんな名前じゃ……俺そんな名前でもないしジーさんでもないから! メレブだから!」

 

どうやら銀時の方はいきなりヨシヒコ達と剣を交えるつもりは無かったらしい。

 

訳の分からない事を言いながらやれやれと首を横に振ると、銀時は「あのさ」と改まった様子でこちらに話しかける。

 

「俺別にね、アンタ等の行く手の邪魔をする為に殺すとか金品を掻っ攫ってやろうとかするつもりは全く無ぇから、確かに銀さん金ないよ? でもそんな真似する程落ちぶれてねぇし」

「それじゃあお前は一体、私達に何の用があるというのだ」

「ちょっと、エリザベス……じゃないか、ヨシヒコ君にお願いがあってここに来たのよ俺」」

「私に?」

 

どうやらヨシヒコの方へ用があったらしく、両手を腰に当てながら銀時は一歩前に詰め寄ると、突然真面目な表情を浮かべながらキリッとした目つきで

 

 

 

 

 

「主人公のポジションを俺に譲ってくんない?」

「な、なんだと!?」

 

叫ぶ銀時にヨシヒコは目を見開き驚きの表情を浮かべ言葉を失ってしまう

 

まさかのここに来て主人公交代を要求、これにはアクアもすかさず身を乗り上げ、

 

「ふざけんじゃないわよ、主役の座を譲れですって!? お金は奪わないとか言っておきながら! もっと大事なモン取ろうとしてるじゃないの!」

 

「あー違う違うそういうツッコミじゃダメ」

 

「え?」

 

すぐに彼の要求を拒否しようと叫ぶアクアだが、そこへ銀時が軽く手を横に振って

 

「ウチの作風に合わせた感じにして、せめてセリフの頭「オィィィィィィ!!!」って付けるとかさ」

 

「アンタの所のツッコミ方なんて知らないわよ!」

 

「オイィィィィィィィィ!! 主人公の座を寄越せとかナメてんのかこの毛玉頭!! ぽっと出のゲストキャラが調子こいてんじゃねぇぞコラァァァァァァ!!!ってな感じでいいから」

 

「あー……」

 

ツッコミ方についてダメ出しして来た上にツッコミの参考例も挙げて来た銀時に、アクアは顎に手を当ててなるほどと縦に頷く。

 

「それなら結構できるかもしれないわ私、今までも似たような感じで叫んでたし」

 

「オイィィィィィィィィ!! 奴の口車に乗せられるな水色頭!! 奴は俺達を徐々に自分達の作風に合わせていって、最終的にこの作品を自分の作風一色に仕上げて乗っ取ろうとしているんだぞ!!」

 

「え、そうなの!? てかアンタもオイィィィ!を使ってんじゃないの!」

 

「とにかく奴の言葉に惑わされちゃ駄目! 自分を貫いて!」

 

「いやそうは言っても、私達って結構アッチと似たようなモンよ?」

 

メレブのツッコミと適切な忠告に対してアクアはやや納得していない様子で顔をしかめている中

 

ダクネスもまたヨシヒコの隣に立って警戒する様に銀時を睨み付ける。

 

「主役の座を欲しいというのは私にはよくわからないが、要するにヨシヒコの代わりに自分がこの世界で魔王を倒そうという訳か?」

 

「んーまあ、別に倒しちゃってもいいけど? そういうデカい相手倒すの慣れっこだし」

 

「無理だな、お前みたいな腑抜けた男に魔王を倒す事が出来るなんて私は到底思えない。悪いがこのまま消えてくれ」

 

「いやいやいやだから倒せるって、つかそんないきなり追い出そうとするの酷くない?」

 

銀時を観察してすぐに魔王を倒す勇者としては相応しくないとバッサリと言い切るダクネスに、髪を掻き毟りながら銀時は半笑いで

 

「自分で言うのもなんですけど、銀さん結構強いからね? 昔は白夜叉とか呼ばれて、こう、ブンブン刀振って敵を倒して行ってたんだから」

 

「強いと自称するのであれば尚更自分の居場所で戦ったらどうなんだ、お前がいるべき場所は本来ここではないのだろう」

 

「自分の居場所ねぇ……」

 

自分のいるべき場所に帰れと素っ気なく促すダクネスに対し、銀時は寂しげな表情を浮かべながらポツリと

 

「まあこういう事言うのもなんだけど、ウチ、原作もう完結しちゃったからさ、戻ってもやる事無いのよ実際」

 

「げ、原作? 完結って何を言ってるんだお前?」

 

「つまりね、銀さんもう……お前達と違って自分の居場所無くなっちゃったの……最終回迎えちゃったから」

 

「!?」

 

何を言っているのかよくわからないが、どうやらこの男はもう自分がいるべき大切な居場所がもう無くなってしまったと言っているみたいだ。

 

それを聞いてダクネスがショックを受けていると、銀時は目を地面に落としながらはぁ~とため息をついて

 

「俺だって本当はさ、こんな世界に来てわざわざ自分を売り込もうとするなんてやりたくないんだよ、けどこうでもしないとダメなんだ、このまま誰からも忘れ去られて、銀魂はもう過去の作品だと言われるくらいなら……手足ぶっ潰れてもいいから必死に足掻いてみてぇんだよ俺は」

 

「そ、そこまでしてどうして主役になりたいんだお前は……」

 

「まあそのなんだ、笑っちゃうかもしれねぇけど、こんな俺みたいなちゃらんぽらんを主人公として認めてくれた仲間達に、最期くらい恩返ししてやりてぇと思ってさ」

 

明らかに自分の言葉に動揺している様子のダクネスに、畳みかけるかの様に銀時は懐から一枚の写真を取り出す。

 

それはきっと彼等がかつて共にいた仲間達が映っている写真なのであろう、眼鏡の少年と、黒い制服を着た物凄く地味な青年は隅の端っこに追いやられて卒業写真の欠席者扱いみたいにされてるが

 

そこには間違いなく銀時が時に一緒に働き、時に戦い、時に手を取り合った大切な仲間達が映っていた。(一人だけメレブと妙に似ている老人がいるが気にしないでおく)

 

「俺がこっちで主人公になれば、俺と同じくテメーの居場所を失ったアイツ等もこっち来れるかもしれねぇと思ってさ……」

 

「見かけによらずなんて仲間思いの男なんだ……ヨ、ヨシヒコ、一回ぐらい主役の座を代わってやってもいいんじゃないか?」

 

「確かにそこまで仲間を助けたいのであれば……一回ぐらいは彼に勇者としての役を譲っていいような気が……」

 

「オイィィィィィィィィ!! 騙されてんじゃねぇぞそこの二人!!」

 

銀時の仲間を大切にするその心意気に、ちょっとの間主役をやらせてあげてもいいんじゃないかと思うヨシヒコとダクネスであったが、そこへメレブが慌てて手を伸ばして待ったを入れる。

 

「あのな! コイツだけじゃなくてコイツの仲間までこっちに来たらそれこそこっちの世界が崩壊するぞ! あっちの世界の住人なんか本当にヤベぇんだぞ!」

 

「どうしてもダメですか? 1回ぐらい譲ってあげても私は構わないんですが?」

 

「勇者としての自分を大切にしなさいヨシヒコ! こんな奴等の連中をこっちに引き入れたら地獄絵図になるのが容易に読み取れるの! ウチはクロスだから! トリプルとか絶対やらないから! まあちょっと仏のせいでとある世界とちょっぴり繋がってるけども! この天然パーマの男の世界とは絶対に繋がっちゃダメ!」

 

「なあヨシヒコ、メレブがここまで頑なに止めておけと言っているんだから、きっとワケがあるんだろう」

 

絶対にダメだと断固阻止しようという姿勢を貫くメレブを見て、ようやくダクネスも彼の熱意に応えるかの様にヨシヒコの方へ振り返った。

 

「申し訳ないが今回は見送るという形でどうだろうか?」

 

「……私は一回ぐらいなら変わってあげても良いと思ってる、なんなら二回でも三回でも」

 

「おい……お前本当は単にサボりたいだけなんじゃないか?」

 

「ダクネスよ、ヨシヒコとは……そういう勇者なんだ」

 

「え、もしかして俺……こっちの世界で主人公やるのやっぱダメな感じ?」

 

「ダメに決まってんでしょ、さっさと自分の世界へ帰りなさいこの腐れ天パ」

 

ヨシヒコ本人は別に構わないと真顔で言っているが、メレブとダクネス、そして最初から反対しているアクアの反応を見て、銀時はやや苦い表情を浮かべながら「ええ~」と後ずさり

 

「どうしてもダメ?」

「ダメだ」

「本当に?」

「ダメよ」

「先っちょだけでも?」

「ダメ、先っちょもダメ」

「チッ、わかったよ……」

 

ダクネス、アクア、メレブの順に拒否られた銀時は、軽く舌打ちすると手に持っていた写真をポイッと投げ捨てる。

 

「あーあ、この世界は冷てぇ奴等ばかりですなぁホント、仕方ねぇ、素直に諦めてとっとと帰るとしますか……」

 

「おい、大切な仲間が映ってる絵を今簡単に捨てたぞアイツ……」

 

「きっとお前やヨシヒコから同情を貰う為に餌に過ぎなかったのであろう、ああいう男なのだ、坂田銀時という男は」

 

自分の目の前で堂々と悪態突きながら写真を捨てる銀時にダクネスが唖然とし、メレブが説明している中で

 

銀時はこちらに背を向けてフラフラと何処かへと歩き出す。

 

「じゃあ俺、今度は別の世界当たってみるわ、お疲れさん。魔王退治頑張れよ、勇者一行様」

 

「私は主人公代わっても良いぞ!」

 

「だからダメだって、そう簡単に主役の座を他人に明け渡すんじゃないのお前は」

 

「思えばこのヨシヒコという男も、あの男と同じぐらい癖が強いんじゃないだろうか……」

 

「カズマもね、やっぱ案外あの銀時って言う男の世界とも上手くマッチ出来るかもしれないわね……」

 

背を向けながらこちらに手を振って銀時は、行く当てもなくどこかへ歩いて行ってしまった。

 

是非主役を代わって楽させて欲しいと懇願しているヨシヒコと

 

そんな彼を見てもしかしたらあの坂田銀時という男も上手くこっちに馴染めたんじゃないかと思うダクネスとアクアを残して……

 

 

 

 

 

「やっぱダメ?」

「だからダメだって言ってるでしょうが! さっさと帰りなさいよもう!」

「私は一向に構わない!」

「ヨシヒコはもう黙ってなさい!」

「ちょっともっかい話しない? 俺の魅力もっと伝えるから」

「しつこいわねホントに! なんなのよアンタ! お願いだから帰って!」

 

 

 

 

それから雲の様に掴み所のない男・坂田銀時にしつこくせがまれ数十分

 

やっとこさ彼を追い払うのであった。

 

 

 

 

「ちなみに銀魂は、まだ終わってないからね、ジャンプGIGAでちょっと続く予定だから」

 

「え、そうなの!? じゃあまだまだアイツの物語終わってないじゃないの!」

 

「てことは本格的にここへ何をしに来たんだアイツは……」

 

「私は主役を代わってもいいぞー!!」

 

 

 

 

そして謎多き侍・坂田銀時と別れた一行はトボトボと道を歩いていると

 

ヨシヒコォォォォォォォォ!!! おいヨシヒコォォォォォォォォ!!!

 

空から物凄くうるさい声がこちらに向かって飛んで来たので、一同は立ち止まって顔を上げる。

 

「なんで? なんでアイツまで銀魂風に叫んでるんだよ、腹立つなー」

「メレブさん、やはりあの男に魔王を倒してもらうのもアリなんじゃないでしょうか」

「ナシだよ、勇者が魔王倒す役目を他人に任せようとしちゃダメだろライダー〇ン」

 

 

まだ引きずっているヨシヒコにメレブはウンザリしつつも、懐からいつものヘルメットを取り出して優しく被せてあげた。

 

すると空に浮かぶ雲の上からすっかりお馴染みである仏が現れる。

 

「はい仏でございまぁぁぁぁぁす!! 今回もお告げやっちゃうぜオイィィィィ!!!」

「いや使い方思いきり間違えてるだろそれ……もうお告げするなら普通にお告げしてくれ頼むから」

「はい、普通にやりまーす」

「言われたら意外とあっさり素直に聞くんだよなアイツ……」

 

対応するのめんどくさいからその口調止めろというと、すぐにいつもの口調に戻って真顔になる仏。

 

聞き覚えが良い時と悪い時の差ってなんなんだ?と仏を見ながら疑問を覚えるメレブをよそに

 

早速仏はヨシヒコに向かってお告げを始めるのであった。

 

「さてヨシヒコよ、ダンジョー達を救うアイテム、導きの笛を手に入れたのであればもはや進むべき道は一つしかない」

 

「それは仏、道は一つしかないという事はつまり……」

 

「ここからしばらく西の方角へまっすぐ進みなさい、時間はかかると思うであればひたすらに進め、超進め! 死ぬ気で進め! さすればお前達の行く先に……」

 

 

 

 

 

「魔王の城が見えてくるであろう……!」

「魔王の城、遂に!」

「うむ! 遂にお前達が魔王と戦う時が来たという事だ!!」

 

この異世界に来て遂に最終目的地、魔王の城へと導く仏に、ヨシヒコは魔王との決着の時が近いと感じていると

 

メレブ、アクア、ダクネス、ここに来るまで共に戦ってくれた仲間達も覚悟を決める。

 

「やっとここまで来たのか俺達……ダンジョーとムラサキがいなくなった時はヤバいと思ったが……アクアとダクネスが仲間になってくれたおかげで……ますますヤバいと思う様になりました」

 

「長かったわねぇ、ようやく魔王討伐に向かうのね私達、あと裏切りめぐみんも一緒に倒さないと」

 

「色々な事があったが、魔王を倒さねば元も子もないからな、そして一刻も早くカズマの奴も助けてやらねば」

 

各々様々な感想を呟きながら魔王との世界を賭けた最終決戦に挑もうと腹をくくる。

 

「時はもう残されていない、間もなく竜王がこの世界を支配しようと深き闇に包み込むであろう。急ぐのだヨシヒコ、二つの世界の命運は、全てお前にかかっているのを忘れるな」

 

「竜王が遂に自ら動きだしたという訳か……ではすぐにダンジョーさんとムラサキを救って、彼等も仲間に入れて竜王を倒さねばいけませんね」

 

「ダンジョーとムラサキ、あの二人がいれば竜王を倒す切り札になるに違いない、逆に救う事が出来なければ……彼等と戦うのも止む無しかもしれん」

 

「仏、私は絶対にダンジョーとムラサキを救います、目の前の人も救えずに世界を救う事なんて出来ませんから」

 

「うむ、微妙にどっかで聞いた様なセリフだが、その言葉、私も強く信じてるぞヨシヒコよ」

 

決意を込めた目を(ヘルメットをしているのでわからないが)メラメラと燃やしながら、魔王との決戦、ダンジョーとムラサキの救出、全て成し遂げてみせると仏に宣言するヨシヒコ

 

その心意気に流石は真の勇者だと満足げに仏はうんうんと頷きつつも

 

「ん?」

「どうしたました仏?」

「うん、ちょっとごめん、ちょっと少しだけ待ってて」

「?」

 

突如こちらから目を逸らしてそっぽを向いてしまう仏

 

急にどうしたのだとヨシヒコ達が怪訝な様子で見つめていると

 

やがて仏は「ん?」と小さく声を上げてこちらではなく別の方向を指を差し

 

「なんか、銀髪天パのどっかで見た奴がこっち来たんだけど……」

「オッスオラ銀時、よろしく仏」

「うん、オッス、オラ仏」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ちょ! なんでアイツあっちの世界にいんの!?」

 

ついさっきまでこっちの世界にいた筈の銀髪天然パーマの男・坂田銀時が

 

しかめっ面の仏に軽く手を挙げて挨拶していた。

 

「まさかアイツ……こっちの世界がダメだったらあっちの世界に進出したのか……」

「どんだけフットワーク軽いのよあの天然パーマ……ていうかどうやってあっちまで行ったのよ」

 

異世界を飛び越えているのに平然としていられる銀時に色々と疑問が頭に浮かぶのも

 

そんな事も露知れず、耳を小指でほじっている仏に対し、銀時がヒソヒソと耳打ちして

 

「あの、今からこっちの世界の主役を変えてもらうって出来ませんかね?」

 

「ああ、全然無理、帰ってください」

 

「大丈夫大丈夫、なんか知らないけど、銀さん、この世界でも上手くやっていけそうなんだわ」

 

「いやーそういうのはちょっと、私ぶっちゃけ、この世界の本来の主役じゃないし……あの、余所の世界とか行ったらどうっすか?」

 

「ふざけんなよ、こちとらそうやっていくつもの世界でたらい回しにされてんだよ、この前なんかファーストフードで働いてる魔王に断られたんだぞ、OLとして働いてる勇者には斬られかかったんだぞコラ」

 

「んーどうしてそこ選んだんだー? あとそこ私が知ってる世界だからあんまり迷惑掛けないでー」

 

銀時に主役代われと言われても仏は苦笑しながら断りつつ後ずさり

 

「いやホント無理なんで、無理なんでこっちにじり寄ってくんな! なんで! なんで木刀を力強く握ってんだコラァァァァァァ!!!」

 

「あ! あんの野郎! 待てやパンチパーマ!! 銀さんを! ジャンプの連載終わってしまった銀さんに救いの手をぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「あー……流石に仏も逃げたか……」

 

「いや、誰だってあんなのがいきなり出て来たら逃げるわよ普通」

 

仏を追いかけて銀時は何処かへ行ってしまったらしく、仏が消えた空を眺めながらアクアがジト目でボソリとメレブに呟くのであった。

 

 

 

かくしてヨシヒコ一行、遂に魔王の城へ

 

 

 



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玖ノニ

長きに渡る異世界での様々出会いと試練の数々

 

その集大成である魔王の城へ行けという仏のお告げに従い

 

遂にヨシヒコ達は

 

「アレが魔王である竜王の城……」

「うわぁ、いかにも魔王の城ですって感じねぇ~、もうちょっと捻ったらどうなのよ」

 

この世界に突如として建てられた魔王の城を初めて見る事が出来た。

 

まだ距離はあるがその城の上にだけ雷雨が降り注いでいたり、城の周辺が毒の湖と化しているのを確認できる。

 

そのラスボスがいますよ的な雰囲気を醸し出す城に対し、アクアが率直な感想を呟いている中

 

遠くに見える魔王の城を見つめながら、ダクネスは額から汗を流しつつ恐怖を感じる。

 

「この距離からも感じるぞ、あの城を中心に禍々しいオーラが見える、それに臭いもだ……今まで嗅いだ事の無い悪臭がここからでもハッキリとわかる……」

「あ、それ俺がオナラしちゃったからだと思う」

「またかお前! この緊迫したムードの中で何を出しているんだお前は!」

「しょうがないでしょ! 人間なんだから出るモンは出るんだよ!」

 

隣にいたメレブを中心に放屁の臭いが充満している事に気付いたダクネスは慌てて手を振りながら怒鳴りつける。

 

この状況でもこの男は相変わらずふざけている行動ばかりだ……

 

「急ぎましょう、私達にはもう時間があまり残っていません。魔王を倒しこの世界に平和をもたさなければ」

「そうね、あの城にはカズマや裏切りめぐみんもいるしね、二人共とっちめてやりましょう」

「なあアクア、お前だけなんか目的が……っておいメレブ! お前またしただろ!」

「ごめんごめんごめん! なんか歩く度にお尻から出てくるようになっちゃった! 昨日の晩飯にニンニク入ってたせいだコレ!」

 

 

メレブのオナラを我慢しつつ一行は同じ目的の為に(アクアは若干違うが)、魔王の城を目指すのであった。

 

 

 

 

 

そしてしばらくして、魔王の城がいよいよ目の前に現れた時、ヨシヒコ達の前にあるモノが見えて来た。

 

それは毒の湖に覆われた城に、唯一渡れる事が出来ると思われる石造りの大きな橋であった。

 

「この橋を渡り切れば……遂に魔王の城に辿り着ける」

「だがヨシヒコ、この橋から落ちれば毒の湖に真っ逆さまだ、用心して進めよ」

 

ラストダンジョンはもう近いが、ここで足元の注意を怠って毒の湖に転落なんてオチは避けたい。

 

ダクネスに釘を刺されながらヨシヒコは先頭を歩き、縦一列の状態で慎重に橋を渡り始めた。

 

「凄いわねこの湖、いかにも毒だと主張している紫色だし泡がポコポコ出てるし、ここまでお約束通りのモンを出されると流石にちょっと感心しちゃうわ」

 

「まあここ最近はこういったお約束的なラストダンジョンなんて無いからなぁ、わかりにくかったりしょぼかったりで」

 

「ラスボスならこういうお城でデデーンとふんぞり返って待ってるべきよね、あ、なんか昔のゲームやりたくなって来た、悪魔城と魔界村やりたい」

 

「お前、結構難易度高いの好きなんだな……あ、俺ゼルダが好き」

 

「えぇ~あれ謎解きとかめんどいから私あんま好きじゃな~い」

 

「バッカ、冒険に謎解きは必須だろ! ゼルダさんを好きじゃないとかあり得ないっしょ!!」

 

ヨシヒコとダクネスの後ろで全く緊張感を持っていないアクアとメレブがゲーム談議に花を咲かしてると

 

あまり頑丈そうではないボロボロの橋を、何度かアクアが落ちかけるもなんとか渡り続けて数分後

 

長い橋の中間地点なのか、ヨシヒコ達はかなり広めの、円形状に造られた所に辿り着くのであった。

 

「随分と歩いたが、まだ城には着かないか」

 

「やはりこうして城が近づくにつれ、本当の魔王退治が出来るんだと思うと胸が高鳴ってくるな……」

 

「なるほど、恐らく魔王と戦う事に体が緊張しているのだろう、かつての私、そして今の私もそうだ」

 

「ああ、しかし緊張しているのもあるが、やはり強敵と剣を交えるという事に武者震いも覚えるぞ」

 

「魔王の城を前に恐怖で立ちすくむどころか強き者と戦えることに喜びを感じるとは、流石はダクネス、聖騎士の鑑だ」

 

広めの場所に出てヨシヒコとダクネスがどんどん近く見えて来る魔王の城を見上げながら言葉を交えている中

 

「やるとしたらスーファミまでのゲームよね、あの頃が一番プレイするのにドキドキしてたもの」

「いやいや64も捨てがたいですって、64のゼルダとかマジ半端ないんですってホントに」

「64? あ~……ドンキーコングなら好きだけどやっぱりスーファミには勝てないでしょ~」

「言ったなお前~、じゃあスマブラやろうぜスマブラ、絶対お前ハマるから」

 

魔王の存在すらもすっかり忘れて、アクアとメレブはまだゲームの話に夢中になっていた。

 

だがその時……

 

 

 

 

 

「フ、ようやく魔王を倒す勇者御一行がやって来たみたいだな」

「!」

 

そこへ突然聞こえた来たのは低いダンディーな男の声

 

するとまるでヨシヒコ達を待っていたかのように

 

魔王の城へと続く道を通せんぼした状態で腕を組む男が立っていたのだ。

 

強面の顔と凛々しいもみ上げ、かつてヨシヒコ達と共に大区の苦楽を共にした仲間

 

「そろそろ来ると思いました、ダンジョーさん……」

 

「臆せずにここまでやって来た事は褒めてやろう、だがヨシヒコ、そう簡単に俺達がここを通すと思うなよ」

 

「く! そう簡単には魔王の城には行かせないという事か……!」

 

元仲間にして今は魔王の手によって悪に染まってしまったダンジョー

 

彼を前にしてヨシヒコとダクネスが早速身構えていると、不敵な笑みを浮かべるダンジョーの背後から

 

「竜王の所へは行かせねぇぞ、ここでお前等まとめて全員倒してやる」

「ムラサキ!」

 

スラリとした細身と将来性ゼロの貧乳の持ち主・村の娘、ムラサキまでもがダンジョーと共に現れた。

 

「魔王に歯向かう愚か者、そしてこの世界の巨乳は全て私が滅ぼしてやんよ」

 

「な! この世界の巨乳を滅ぼすだと! それだけは絶対に許す事は出来ない! 巨乳だけは絶対に滅ぼさせはしない!! この世全ての巨乳は私が護る!!!」

 

「……ヨシヒコ、巨乳だけじゃなくてちゃんと世界の方も護ってくれ……」

 

胸についてコンプレックスを強く持つムラサキは、どうやらヨシヒコがなにより大好きな巨乳を滅ぼそうとしている様だ。

 

そうはさせないとヨシヒコはやる気に満ちた表情を浮かべて剣を抜くのだが、隣にいるダクネスは微妙な表情。

 

するとそんな彼女に向けて強い殺意を放ちながら、ムラサキは懐から短剣を取り出して突き付ける。

 

「手始めにまずはそこの金髪デカパイ女ぁ! お前だけは絶対に私が倒す!」

 

「わ、私を変なあだ名で呼ぶな! 別に好きで胸が大きくなったわけじゃないんだぞこっちは!」

 

「うわ今の発言チョームカつく、好きで胸が大きくなったわけじゃないんです~、とかふざけんじゃねぇぞコラァ!!」

 

隣にいるダンジョーが思わず「あ~まあまあ……」と優しくなだめてやるぐらい、ムラサキは鎧で隠しきれていないダクネスのたわわな胸を前に凄い剣幕で怒鳴り始めると、すぐにヨシヒコとダクネスの背後に向かって

 

「それとお前も私の標的だ水色頭! 性格も腹立つし乳もデカいし……この場で痛い目に遭わさねぇと私の気が済まないんだよ!!」

 

水色頭ことアクアに向かってそう言葉を投げかけるムラサキ。

 

だが呼ばれている方のアクアはというと

 

「やっぱりひたすら強敵を倒し続けていく単純なゲームが一番面白いのよ、長ったるいムービーやイベントも必要ないの、自分の腕のみを頼りながら無我夢中で進んで行く、それこそ本当のゲームなのよ」

 

「古い、その考えはあまりにも古過ぎ、長ったるいムービーやイベントだって全然アリだよアリ。それを見て感動したり興奮したりして、よりゲームが楽しくなるって人もいるんだから」

 

「いーやそうやって古い思想だと決めつけて過去の面白さを切り捨てるのは良くないわ、MOTHERシリーズやってみなさい、泣くわよ?」

 

「MOTHERは確かに泣けるけど今のゲームでも泣けるもん一杯あるからね、Wiiのプロゴルファー猿やってみ? 超泣けるから!」

 

「それ別の意味で泣けるってだけでしょ!」

 

「不二子不二雄A先生の事を思うと泣けてくるんだよホントに……」

 

ムラサキの声など全く届いていない様子でまだメレブと夢中になってゲームの話を続けていた。

 

これには「あんの女ぁ~!」とムラサキも怒り心頭の様子で

 

「ヨシヒコが結婚するって聞いた時は仲良くしてやったが! 今回はもう許さねぇぞ! おいやるぞおっさん!」

 

「おっさん言うな! ヨシヒコよ! かつては仲間として共に冒険をしていた仲だが! その縁を今この場で断ち切ってやる!」

 

「切れませんし切らせません、私達はどんな形であろうとずっと仲間です、例え敵同士になったとしても」

 

アクアのせいですっかり怒っているムラサキが短剣を構えてヨシヒコ達と対峙する。ダンジョーもまた彼女に続いて腰に差す剣を急いで抜く。

 

しかし敵である彼女達に対してもヨシヒコはあくまで仲間だと頑なに信じ続けている様子で、彼等を倒すのではなく救う為に剣を構えた。

 

するとそこへ

 

 

 

 

 

「また似たような事やってますねあなた達、そうやって何度も何度も同じ言葉を繰り返し続けて、見てるこっちとしてはよくもまあ飽きないモンだと呆れますね」

 

「は! お前は!」

 

「あ!」

 

ダンジョー達の背後からツカツカと足音が聞こえて来たと思うと

 

そこにはマントを翻しながら杖を構えて颯爽と現れる眼帯を付けた小さな少女が

 

ヨシヒコが驚き、ダクネスもまた動揺している中、彼女はバサッと付けているマントを思いきりなびかせて

 

「我は紅魔族随一の魔法の使い手にして竜王カズマの側近、めぐみん! 未だ足掻く愚かな勇者共よ! 我が必殺の爆裂魔法によって永遠の眠りにつくがいい!!」

 

「めぐみん!」

 

「あぁ!? めぐみんですって!?」

 

自己紹介を兼ねた長い口上をあげながら久しぶりにヨシヒコ達の前に現れたのは、自らの意志でカズマ側に付いためぐみんであった。

 

彼女まで現れた事ににダクネスが叫んでいると、さっきまでメレブとの話に夢中になっていたアクアが反射的にそちらへ振り向いた。

 

「あぁー! 裏切りめぐみんじゃないの! よくもまあノコノコとまた私達の前に姿を現せられたわねこの裏切り者!! 女神に背を向け魔王に魂を売った愚行がどれだけの大罪なのかその身でしかと味わうがいいわ!」

 

「アクアの事は無視していいから聞いてくれめぐみん! 今お前がやっている事は冗談じゃ済まされない行為だ! 遅くはない! 今からでも私達の下へ帰って来い!」

 

「やれやれ、相変わらずアクアもダクネスも元気そうですね、しかし残念ながら私は己の大罪を償う事もあなた達の下へ帰るという事なんて真似もあり得ません」

 

 

今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように悪態をついて来るアクアと、戻って来いと必死に説得して来たダクネスにため息をつくと、めぐみんは右手に持った杖でカツンと橋の床を叩きながら断る。

 

「私は私の成すべき事があるんです、だからあなた達を見限りこっち側についたんです」

「めぐみん……」

「言ったわね、よしヨシヒコ許可するわ。裏切りめぐみんの首を刎ねなさい」

「めぐみんもそうだが、お前もお前で良くそんな簡単に割り切れるなアクア……」

 

面と向かい合ったままハッキリと自分がやりたい事やると宣言するめぐみんにダクネスがちょっとショックを受けてるが

 

アクアは平然とヨシヒコに対して彼女の首を取れと命令。

 

どうやら本気でめぐみんを裏切り者として断罪する気らしい。

 

するとめぐみんはこちらに剣を構えたまま見据えて来るヨシヒコの方へ顔を上げると、おもむろに口を開いた。

 

「そういえば勇者ヨシヒコさんとやら、こうしてノコノコと魔王城に出向いたという事は、魔王となったカズマへの秘策となるなんらかの切り札を用意しているのですか?」

 

「その通りだ、だからこそ私達はここへ来たんだ、ゆいゆい」

 

「おい私の名前を間違えるな、ゆいゆいは私の母の名前だぞコノヤロー」

 

「ダンジョーさんやムラサキ、そしてもしかしたらそのカズマという少年を救う事が出来るアイテムを私達は手に入れて持って来たんだ、ひょいざぶろー」

 

「わざとやってるな貴様、めぐみんだって言ってんでしょうが、ひょいざぶろーは私の父の名前です」

 

天然なのかそれともわざとなのか……2度も名前を間違えて来るヨシヒコにめぐみんは若干イラッとしながらも

 

彼が無策でここに来た訳ではないと知って「なるほど」と呟きコクリと縦に頷いた。

 

「この二人に加え、そしてカズマも正気に戻すアイテムですか……いいでしょう、ならば是が是非にでもあなた達を通す訳にはいきませんね」

 

「いや、通させて頂く、何故なら私は魔王を討つという使命の下に戦う勇者、例え相手が女神やダクネスの仲間であるお前であろうと、私はこの足を止める訳にはいかない、わかったか、こめっこ」

 

「おい、こめっこは私の妹の名だぞ、どうしてその名前まで知ってるんですか……しかしそれはどうでしょうね、忘れたんですか? アークウィザードである私が持つ最強の魔法を……」

 

一切迷わずに剣を構えながら対峙するヨシヒコに、めぐみんは手に持っていた杖を一回高々と掲げた後すぐにヨシヒコ達の方へ突き付ける。

 

「爆裂魔法、コレを食らってまだそんな偉そうな口が叩けるか見物ですね」

 

「そうだそうだー! 行けーめぐみん! コイツ等全員ぶっ倒せー!」

 

「1日1度しか使えない魔法だが抜群の威力を発揮するめぐみんの呪文、逃げ場のないこの状況でそれを撃たれたら、ヨシヒコ! いくらお前でも耐えられまい!」

 

「く! おのれぶっころりー!」

 

「だから私の名前はめぐみんだって言ってるだろうが! ぶっころりーって! もはや私の家族でもないただのお隣の家に住むニートの名前じゃないですか!」

 

爆裂魔法、めぐみんが膨大なMPを消費して一気に放ち、そこら一帯を破壊する強力な魔法。

 

ムラサキとダンジョーも彼女が持つ力を信用しているらしく、このまま彼女が爆裂魔法を唱えれば、一瞬で勝負の決着がつくに違いない。

 

彼女とここで戦うのはかなりマズイ……ヨシヒコ達はめぐみんが爆裂魔法を唱える前に攻撃するべきか、それともここは一時撤退するべきかと思考を巡らせる

 

だがその時

 

「んーちょちょちょ、ちょっといいかなー? めぐみんとやら、よもやここにいる俺の事を忘れてはおるまいな?」

 

「は! お前は!」

 

焦るヨシヒコ達を尻目に一人だけ余裕たっぷりの表情で現れる一人の魔法使い。

 

その人物を前にしてめぐみんの目がカッと見開かれる。

 

「散々私の名前を弄んでくれた許しがたき魔法使い、キノコヘッド!」

 

「メレブじゃい! んーめぐみんちゃんはー? 人の名前を間違えるのは失礼だとー、ゆいゆいとひょいざぶろーから教わらなかったのかなー?」

 

「気安く人の両親を名前で呼ぶな! ていうかそこのヨシヒコって人も思いきり私の名前間違えてるじゃないですか!」

 

「あぁヨシヒコはいいの、おバカだから」

 

めぐみんを前にしても少しも怯む様子もなく、むしろ待っていましたと言わんばかりに現れたメレブ。

 

早速彼女の事をバカにしながら物凄く腹の立つ顔をしたまま、彼はゆっくりとめぐみんと同じように杖を構える。

 

「さて、ちんちくりん娘、ここいらでハッキリと証明してやる時が来たみたいだな、俺とお前、どっちが優れた魔法使いなのか」

 

「いやそりゃ、アンタと比べたら裏切りめぐみんの方が優れているでしょ、だって裏切りめぐみんには爆裂魔法があるのにアンタはロクに使えない呪文しか覚えてないし」

 

「おいバカタレ! 空気を読めバカタレ! 俺の呪文だってちゃんと役に立つわバカタレ!」

 

後ろから聞こえて来たアクアの野次に一喝した後、メレブは得意げな表情でめぐみんに真っ向から勝負を挑もうとする。

 

「では勝負といくか、ザ・超変な名前な、めぐみん(笑)さん」

 

「(笑)を付けるな! 人の名前をストレートで変と呼ぶなんてもう絶対に許さん! あなた程度の凡人! 私の爆裂魔法を使って一瞬で吹き飛ばしてやります!」

 

「ほう、この俺に対して爆裂魔法か……面白い、ならば俺の返事はこうだ」

 

挑発を食らってすっかり激怒している様子のめぐみんはもはや躊躇いなく爆裂魔法を唱えるつもりだ。

 

しかしメレブは、相も変わらず彼女に対して薄ら笑みを浮かべて

 

「果たしてお前如き小娘が」

 

 

 

 

 

「この俺の”爆裂魔法”を食らって立っていられるかな?」

「な!!??」

 

彼の言葉にめぐみんだけでなく周りもざわつき始める、まさかあのメレブが……

 

「メレブさん! もしかして遂に!」

「おいメレブ! まさかお前!」

「ウソでしょ! アンタがもしかしてめぐみんと同じ!」

「うむ、ここに来る道すがら、歩きながらオナラが出るという事に悩みを持ちつつ……」

 

 

 

 

 

「俺ここに来て遂に、攻撃系、かつ最強の爆裂魔法を覚えたのだよ」

「な、なんだとぉ!?」

 

味方からも驚かれながら新しい呪文を覚えた事をドヤ顔で告白するメレブ。

 

しかしそれに一番驚いているのは他でもない、爆裂魔法を最も愛するアークウィザード・めぐみんだ。

 

「あり得ません! あなたみたいなヘッポコ魔法使いが私と同じ爆裂魔法を扱える訳が絶対にあり得ません!」

 

「だったらとくと拝むがいい……そして絶望しろ、自分が今まで築き上げていた魔法使いとしてのプライドが、一人の天才魔法使い・メレブ様によっていとも容易く崩される事に……!」

 

こんな男が爆裂魔法を? それだけは絶対に認めたくないと動揺した様子で叫ぶめぐみんに対し

 

メレブは静かに杖を突き付けてフッと笑うのであった。

 

 

 

 

 

「この俺が覚えた新しい爆裂魔法、とくと味わうがいい……!」

 

次回、めぐみんVSメレブによる爆裂魔法対決

 

 

 



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玖ノ三

この世界に来てからメレブは攻撃系の呪文を手に入れた

 

それは奇しくも今目の前で歯がゆそうにしている少女、めぐみんが十八番として(というよりそれしか使えない)用いているとっておきの切り札

 

 

爆裂魔法

 

「お前の爆裂魔法に対抗できる力を欲していた俺は遂に手に入れたぞ……お前と同じ爆裂魔法をな!」

 

「きー認めません! 認めませんよそんなの! あなたみたいな見た目も中身もヘッポコな魔法使いが私と同じ爆裂魔法の使い手になるなんて!」

 

「フフフ、見た目も名前も珍妙な貴様に……何を言われても俺は全くのノーダメージ!」

 

「んがぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

めぐみんと同じく爆裂魔法を覚えたことでメレブはすっかり調子に乗った様子でヘラヘラと笑いかけてくる。

 

オマケに自分の名前だけでなく厨二スタイルの見た目までもバカにされたので、彼女の怒りは有頂天に

 

「そこまで言うならやってやろうじゃないですか! 爆裂魔法対決です! 私と一騎打ちで勝負して下さい!」

 

「おいめぐみん、そんな熱くならなくて良いって。だって相手がメレブだぜ?」

 

「うむ、爆裂魔法を覚えたと言っていたが……どうせなんの役にも立たない使えない呪文に決まってる」

 

「それならそれで腹が立ちます! 使えない呪文を爆裂魔法と称されては爆裂魔法の担い手である私を侮辱してるのも同じです!!」

 

地団駄を踏みながら決闘を申し込もうとする彼女に、メレブとは長い付き合いであったムラサキとダンジョーがすぐになだめに入る。

 

しかし頭に血が上っているめぐみんは是が是非にでもここでメレブを仕留めなければ気が済まないみたいだ。

 

「止めないで下さいダンジョーさんにムラサキさん! これは私個人がどうしてもやらなきゃいけない戦いなんです! さあ! 自信があるのであれば自ら前に出て下さい!」

 

「おいホクロとっとと謝れって、めぐみんの爆裂魔法本当に凄いんだぞ」

 

「魔力の消費量が多いので1日1回しか撃てん代物だが、お前如きが止められるモノではない恐ろしい威力を持っている、早い所この娘に土下座なりして許してもらえ」

 

杖を突き出しながらダンジョー達より前に出るめぐみん、どうやら本気の様だ。

 

しかしメレブの力量を知っている二人はすぐに彼に対して無理だから止めておけと意外にも親切にアドバイス。

 

するとメレブは不敵な笑みを浮かべながらめぐみんと同じくそっと一歩前に出て

 

「面白い、受けて立とうではないか」

 

「ちょっとメレブよしなさいって! アンタじゃ絶対無理! 100パー死ぬから!」

 

「考え直せメレブ! めぐみんの爆裂魔法は本当に凄まじい威力だぞ! 私が保証するから素直に降参しろ!」

 

「うーわ、誰一人俺が勝つと思ってくれない、超アウェーなんだけど」

 

ダンジョーとムラサキだけでなく仲間のアクアやダクネスにまでバカな真似は止せと言われ

 

敵味方両方に信用されていない完全アウェーな立場に立たされて少し寂しげな顔をするメレブだが

 

そんな彼に一人だけ自信を持った強い眼差しを向ける一人の男が

 

「大丈夫です、メレブさんなら絶対に彼女に勝ちます、勝ってこの状況を切り開いてくれると私は強く信じています」

 

「ヨシヒコ~! ホントお前だけだよ俺を信じてくれるの~!」

 

「仮に負けたとしても、あのめぐみんという少女がこんなにも皆さんに評価されている程の凄い爆裂魔法を見せてくれるのであれば、私はそれで満足です」

 

「そして上げて落とす~! なになに!? それはつまり、俺が死んでもめぐみんの爆裂魔法が見れればそれでいいって事!?」

 

「勝ってほしいとも思ってます、ですが負けてもいいとも思ってます」

 

「いやだからそういう事なんでしょ! てか止めておけと言っているアクアやダクネスの方がまだマシだよ? ヨシヒの場合、負けてもいいから戦って来いってすげぇ酷い事言ってるよ俺に?」

 

なんだかんだで長く苦楽を共にしてくれているヨシヒコなら期待してくれると信じていたが

 

どうやら彼はメレブが負けようがめぐみんが勝とうがそれはそれで構わないらしい。

 

爆裂魔法の存在よりヨシヒコの天然が一番怖いわ……と思いながら彼に向かって一瞥した後

 

キリッとした表情を取り繕いながらメレブはめぐみんと改めて対峙する。

 

「待たせたな、ではいくぞ、アークウィザード・めぐみん!」

「かかってきなさい、ウィザード(笑)・メレブ!」

 

互いの視線が交差した時、それが決闘開始の合図だったかの様に杖を構えた。

 

別々の世界に住んでいる魔法使い同士による夢の対決が今……

 

 

 

 

 

「よっと」

「ってえ!? 私がまだ詠唱してる途中に呪文掛けて……!」

 

切って落とされたのだが、メレブは開始2秒も経たない内にパッと杖を振ってめぐみんに呪文を掛ける。

 

ここで最大級の爆裂魔法を拝ませてやろうと意気込んで詠唱を始めようとしていた彼女は、流石に面食らった表情を浮かべた。

 

「爆裂魔法なのになんで詠唱が無いんですかあなた! やっぱり本当は爆裂魔法なんか覚えてないんでしょ!」

 

「フ、呪文を掛けるのに詠唱が必要な魔法使いなど! この俺にとってはまだまだ半人前の領域!」

 

「な!」

 

「俺の呪文は全てがノー詠唱!! 呪文1発撃つのに長々と念仏みたいな言葉なんて言ってられるか! てか覚えれないわ俺! 台本に書かれても絶対に途中で噛むという自信ある!」

 

「なんという男でしょう……詠唱を使わずに魔法を行使できるとは……素直に驚きです……!」

 

カッコいい事言ってるのかカッコ悪い事言ってるのかよくわからないが

 

少なくとも同じ魔法使いであるめぐみんにとっては、詠唱無しで魔法を使えるというのはとんでもなく凄い事らしい。

 

しかしめぐみんはふと自分の身体を確認する。

 

メレブに呪文を掛けられたというのになんら変化は見当たらない。

 

「まあ詠唱無しで魔法が使えるというのは恐ろしいと認めます、ですが今、私は今なんの変化もありません、なんの効果がある魔法を使ったのかは知りませんが、このまま私は爆裂魔法を唱えさせていただきます、それで私の勝ちですお疲れさまでした」

 

「……何勘違いしているんだ?」

 

「……ひょ?」

 

「まだ俺のバトルフェイズ、いや……この戦いはもうとっくに終了しているんだぜ?」

 

「は? 何を言って……う!」

 

こちらに対して何故かほくそ笑むメレブであるが、やはり爆裂魔法を覚えたというのはハッタリだったかと、めぐみんがこの勝負貰ったと確信した瞬間

 

急に体の内部から今までに感じた事のない強烈なナニかを感じ始め、グラリと上体を前に傾ける

 

「あ、あれ? なんですかコレ……急にウソ……冗談ですよね……! こんな時にウソですよね!?」

 

「ど、どうしためぐみん! 急にお腹を押さえてそんなに慌てて!」

 

「おいおいアイツに何かされたのかよめぐみん!」

 

「うが! ち、近寄らないで下さい! お願いだですから誰も私に近寄らないで下さい!!」

 

杖を握ってない方の手で必死にお腹を押さえながら、切羽詰った表情で駆け寄って来たダンジョーとムラサキに叫ぶめぐみん

 

次第に額から大量の汗を流しながら、苦しそうな呼吸を繰り返し始めた彼女に二人は目をまん丸と見開いていると

 

「フフフ、どうやら俺の爆裂魔法は見事にお前に掛かったみたいだね、ミス・変な名前ランキングチャンピオン、めぐみんよ」

 

「あ、あなた……! 一体私になんの魔法を……!」

 

「お前は~今、こう思っているのではないか?」

 

苦悶の表情を浮かべ何かを我慢している様子のめぐみんに対し、メレブは勝ち誇ったドヤ顔を浮かべながら愉快そうに尋ねた。

 

「あ、めっちゃ凄いオナラ出そう、と」

 

「!!」

 

「先に言っておくがそのオナラは物凄く音がデカい! 爆弾音並にマジでデカい! そして臭い! えげつない程臭い! 一般の人なら嗅いだ瞬間卒倒するであろうぐらい臭い!!」

 

「な、な、なんですってぇぇぇ!?」

 

「それ出したらお前……ここにいる全員から絶対にドン引きされちゃうだろうな~」

 

彼の言葉を聞いてめぐみんは一気に青ざめ始めた。

 

確かに彼の言う通り彼女は物凄くこの場で1発とんでもないモノが出てきそうだという悪い予感を覚えている。

 

しかしその威力が自分が今思ってるモノより到底想像できない程の1発だとしたら……

 

「俺の覚えた俺流爆裂魔法は、お前が覚えている”相手を爆裂する”呪文ではない、”相手が爆裂する”呪文なのだよ」

 

「はぁ!? ま、まさかあなたが覚えた新しい呪文というのは! あ、ちょ! ちょっと待ってください今ホントヤバい……!」

 

メレブの話を聞いてめぐみんは自分が置かれた状況に気付き始めるも、会話の途中でヤバいのが来たと感じたのか、一旦言葉を区切るって懸命に抑え込む。

 

「ハァハァ……! まさかあなたは……物理的に破壊するのではなく、人体の内部に変化を起こさせ……こんなえげつない真似をする呪文を……!」

 

「そう、コイツを掛けられた相手は、それはもうドラゴン! ドラゴンのブレスに匹敵するぐらいヤバい放屁を爆裂させてしまうのだ! 私はこの呪文を!」

 

 

 

 

 

 

「「ドラマタ」! と名付けさせて頂きやした!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!!」

「ん~? どうしたのめぐみん~?」

 

対象が爆裂する魔法ではなく、対象を爆裂させる魔法、「ドラマタ」

 

それを掛けられた事にめぐみんは血走った目を剥かせながら本気で危機感を覚え始め

 

遂には持っていた大事な杖を床に落とし、両手でお尻を押さえ出す。

 

「ヤバいですヤバいですヤバいです~!」

 

「あれれ~? 爆裂魔法撃たないのめぐみ~ん? 俺、めぐみんの爆裂魔法みたいな~?」

 

「そんな事出来る場合じゃないのわかってるでしょコンチクショォォォォォォォ!!!」

 

こっちが必死なのをいい事に、杖の上に顎を置いて左右に首を動かして挑発してくるメレブ

 

しかし今のめぐみんはもうそれに応える余裕は無かった。

 

「すびばせん……! 私一度撤退しますぅ……! すぐにどこか誰もいない場所に行きたいんです私……!」

 

「お、おう! 俺達の事はいいから早く行け! 一人で行けるな!?」

 

「はいぃ……! ていうか一人じゃないとダメなんです……! 爆発するのであれば遠い所でひっそりとぉ……!」

 

「い、いいからここは私達に任せて行けって!」

 

乙女のプライドとして公然の場所で放屁だなんて絶対に出来ない。

 

撤退を余儀なくされためぐみんは、涙目でダンジョーとムラサキに訴え出ると、彼らに見送られながら出来るだけ体に刺激を与えない様に注意を払いながら小走りで逃走。

 

「メレブ……絶対に倒します……! 私の人生全てを賭けてでもあの男だけはなんとしてでも仕留めてみせます……!」

 

「おやおや~? 俺ひょっとして何かやっちゃいました~?」

 

これ程の屈辱を味わった事でメレブに対して強い殺意が芽生えためぐみん。

 

しかしヨロヨロと逃げていく彼女を見送りながら、メレブは完全勝利と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて仲間達の方へ振り返る。

 

だが

 

「「……」」

 

「あれ、なんでかな、俺勝ったのに、みんなに称賛されると思ったのに、何故か女性陣から今までにない軽蔑の眼差しを向けられている気がする」

 

「アンタ……いくら裏切りめぐみんが相手とはいえ……女の子相手にアレは無いわよ流石に、マジドン引き」

 

「やっていい事とやって悪い事があるんじゃないか……?」

 

出迎えてくれた仲間、ヨシヒコを除くアクアとダクネスから

 

嫌悪感を一切隠すつもりなくこちらを刺すような視線を向けられるメレブであった。

 

「あのさ、アンタもうあの呪文二度と使わないで、いい?」

「いやいやいや、見たでしょ俺のドラマタ、これ絶対魔王に効くぜ?」

「いいから今後一切その呪文を使うな、さもないともう二度と口を利かんぞ」

「……やっぱダメだった?」

「「ダメ」」

「だよね……薄々自分でもちょっと……これは使っちゃダメな奴じゃないかと自覚してました、はい」

 

女性陣から物凄く非難の的にされるメレブも軽く項垂れて素直に認めるしかなかった。

 

背後からもムラサキが「女の子泣かすなんてマジサイテー……」と睨んでいるのを背中で感じてちょっと居心地悪そうにしょんぼりするメレブ。

 

「どうしてだろう……勝ったのにすげぇ周りから嫌われちゃった俺……」

「メレブさん今の呪文凄いです! アレなら魔王も倒せますね!」

「いやヨシヒコ……もうドラマタの事は忘れて、これ以上俺の好感度下げたくない」

「私にも是非! ドラマタを掛けて下さい!」

「ヨシヒコ……正気?」

 

かなり精神的にダメージを負ったメレブに対して一人だけキラキラとした笑顔を浮かべながら、自分にドラマタを掛けてくれと志願するヨシヒコだが

 

流石にこの状況に耐えられないのでメレブは静かに首を横に振って断るのであった。

 

「めぐみんがやられてしまったが……構わん、ならば俺達のみで貴様等を叩きってやる」

 

メレブのせいで空気が悪くなったのを感じたのか、雰囲気を変える為に自ら話題を切り出して一歩前に出るダンジョー。

 

「ここからは俺達が相手してやる、来い」

「私達の仲間のめぐみんに、あんな酷い目に遭わせた事ぜってぇ後悔させてやる」

「うわムラサキこっち凄い睨んでる……完全に俺オンリーを狙う気だよ」

 

どうやらめぐみんがいなくなった後も戦う気満々の様子だ、しかもムラサキに至ってはメレブを完全にロックオンしている。

 

そして味方であるアクアとダクネスからも

 

「アンタが攻撃されても今回は私、回復させてやんないから」

「私もお前の事を庇う事はしない、身を持って己の行いを反省しろ」

「おお、これぞ正に……四面楚歌……」

 

仲間からの補助もされないとわかったメレブは本気で落ち込み始めるも

 

そんな事関係なしに、ヨシヒコはいつもと変わらずキリッとした表情でダンジョー達の方へ前に出る。

 

「ダンジョーさん、私は先程めぐみんに対してこう答えました、ダンジョーさんとムラサキを元に戻す切り札を用意していると」

 

「ほう、そういえばそんな事を言っていたな、どうせ下らんハッタリだろ?」

 

「いえ、本当に持って来ました、お二人を救うアイテムを」

 

そんなモノがある訳ないと嘲笑を浮かべるダンジョーに、ヨシヒコはスッと懐からあるモノを取り出した。

 

それは黒と白の2色で構成された縦笛、俗にいうリコーダー

 

「この導きの笛を吹けば、例え魔王の呪いであろうと打ち消す事が出来るんです」

「ヨシヒコ、遂にその笛を使うのか、出来ればもっと早めに使って欲しかったなぁ……」

「魔王の呪いを打ち消すだと? そんなモンが俺に効く訳ないだろ」

「もともと私達は呪いなんて受けてないっつうの」

「ならば試して見せましょう」

 

二人は呪いに掛かっている自覚は無いのか、ヨシヒコの話を聞いても全く信じていない様子。

 

それ早く使ってれば自分がめぐみんに対してドラマタ掛ける必要も無かったんじゃね?と目で訴えて来るメレブをよそに、ヨシヒコはすぐに両手で導きの笛を持ったまま口に当てる。

 

そして

 

「ピ~ピピ、ピ~ピピ、ピッピピピピ~♪」

「……ん? ヨシヒコ?」

「ピ~ピピ、ピ~ピピ、ピピピッピピピ~♪」

「なんでここで……踊るポンポコリンをチョイス?」

 

微妙にズレてはいるがその曲をどこかで聞いた覚えのあるメレブ。

 

こんな歌で魔王の呪いが解けるのかと不安げな表情でチラリとダンジョーの方へ目を向けると

 

「ぐわぁぁぁ~~!!! な、なんだ!! 頭が! 頭が急に割れそうだ~!!」

「その笛を吹くなヨシヒコ~! 頭の中ですんごい響くんだよ~!」

「うわ効いてる! マジで!? ポンポコリンで呪い解けそうになってるよあの二人!」

 

二人揃って頭を抱えて本気で苦しんでいるではないか。

 

どうやらヨシヒコの謎チョイスした笛の音色を聞いて、魔王の呪いが解けかかってるみたいだ。

 

「これなら行けるぞヨシヒコ!」

「ピ~ピピ、ピ~ピピ、ピ~ピピピピピ~♪」

「流石はヨシヒコね! 変態メレブと違ってまともな方法であの二人の呪いを解く気だわ!」

「いいぞヨシヒコ! なんの歌なのかは知らんがそのまま奏でろ! 解呪までもうちょっとだ!」

「ピッピピピピピ♪」

 

意外と笛を吹けたヨシヒコによってダンジョーとムラサキは先程のめぐみんの様に苦悶の表情を浮かべて苦しがっている。

 

このまま吹き続ければ彼等をきっと元に戻せる、仲間達もそう強く確信した。

 

 

 

 

が、その瞬間であった

 

 

 

 

 

「スティーーーーーール!!!」

 

どこからともなく聞こえて来たその叫び声と共に

 

ヨシヒコが吹いていた導きの笛が突然フッと消えたのだ。

 

「なに! 導きの笛が!」

「どうしたヨシヒコ、急に笛を吹くのを止め……あれ? 導きの笛無くなってんじゃん!」

「アクア! さっきの叫び声聞いたか!?」

「ええ……どうやらここに来て一番相手したくない奴が来ちゃったみたいね」

 

持っていた筈の導きの笛が消えた事に動揺するヨシヒコとメレブ

 

そしてダクネスもまた先程の叫び声の主を見つける為に慌ててキョロキョロと周りを伺う。

 

一人だけ落ち着いた様子でいるアクアは、腕を組んだまま面白くなさそうにダンジョーとムラサキの背後の方へチラリと目をやる。

 

「相変わらず正面から挑まずコソコソと……ほらさっさと出て来なさいよヒキニート」

 

呆れた調子でアクアが言葉を投げかけると、ダンジョー達の後ろに隠れていた人物がヒョコッと顔を出した。

 

その姿は一見極々平凡な一般人の少年……

 

 

 

 

 

「誰がヒキニートじゃい、今は魔王だよ駄女神」

 

そう、舌をベッと出して悪態を突くこの少年こそ

 

 

 

 

アクアとダクネスが探し回っていためぐみんと同じくもう一人の仲間

 

 

佐藤カズマ、またの名を魔王カズマである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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玖ノ四

魔王の城の前で現れたのは

 

まさかの魔王に体を奪われているサトウカズマさんであった。

 

「意外ね、アンタの事だからどうせ城の中に引き籠って出てこないと思ってたんだけど」

 

「お前少しは懐かしの再会なのにどんだけ俺を引き篭もり扱いしたんだよコラ、ここは俺達の城の敷地内だから俺だって普通に出歩くわ」

 

「”俺達”の城ですって?」

 

「そうだよ、俺と俺の体の中にいる竜王っていう魔王のおっさんと共同制作したんだよこの城は」

 

カズマの見た目も性格も全くと言っていい程変化は無かった、元からクズマとか呼ばれている男なのでその辺は気にしないアクアだが、彼の身体から何やら物凄く嫌な気配を感じてすぐに顔をしかめる。

 

「うげ、てかなによアンタの身体凄く臭いんですけど~? えんがちょよえんがちょ、カズマさん体の中を魔王に浸食されながらよく平気な顔してるわね引くわ~」

「うるへぇ! 臭く感じるのはお前だけだろうが!」

 

鼻をつまんで突然カズマが臭いと主張するアクアに、すぐにムキになった様子でカズマが叫ぶも

 

彼女は隣にいたメレブの方へ振り向いて

 

「ねぇねぇメレブさん、カズマさん臭くない? アレ絶対臭いわよね?」

「あ、本当だクッサ! マジ臭いんだけどあの子! なんか! イカの臭いがするんだけど!」

「おい止めろそういうイジメみたいなの! ていうかイカ臭いってなんだよ! お、お、俺からそんな臭いする訳ねぇだろうが!」

 

邪悪な気配を感じ取れるアクアならともかく、普通の人間のメレブはカズマからの臭いを感知できるはずがない。

 

ノリで臭い臭いと余計な事まで言うメレブに、カズマはちょっと動転しながらもすぐに否定する。

 

「お前等なぁ! 魔王を相手にしてるのになんだそのゆるーい感じは! 少しはもっと怖がったり絶望したりしろよ!」

 

「バカな事を言うなカズマ! お前は魔王などではない!」

 

緊張感の欠片も無い勇者の一行を前にして魔王カズマのは早速ダメ出しをすると、そこへすかさずアクアと同じくかつてカズマの仲間であったダクネスが身を乗り上げる。

 

「どれだけ見繕ってもお前は所詮小悪党程度にしかなれない小者! そして私達の大事な仲間だ!」

 

「大事な仲間に向かって小物の小悪党とか言うんじゃねぇよ! あれ? てかお前……」

 

「ん? どうしたカズマ? 久しぶりの再会で見違えた私の変化に気付いたのか?」

 

仲間と言いつつもディスって来るダクネスに対しカズマは顔をしかめてしげしげと彼女の整った顔つきを眺める。

 

そして少しは強くなったんだぞと自信ありげに両手を腰に当てている彼女に向かって最後に首を傾げて見せて

 

「……どちら様?」

「はぁ!?」

「いやすみません、俺の事を仲間とか言ってたけど……俺、おたくとパーティーなんて組んでましたっけ?」

「おいおいおいおい! ま、まさかお前! アクアの事は覚えておいて私の事を忘れたのか!?」

「あ、はい、全く覚えてないです」

「~~~~~~!!!」

 

自分の事を忘れたと真顔で言い出すカズマにダクネスは無言で地団駄を踏んだ後

 

怒ってるのか悲しんでるのかよくわからない表情で彼に向かって

 

「ダクネスだ! お前やめぐみんを幾度もこの身を盾にして護ってあげたクルセイダーを! そんなあっさり忘れるなんてどういうつもりだ!」

 

「あ、思い出した。あの攻撃が全く当たらないクセに堅さだけはいっちょ前の役立たずクルセイダーか、よぉダクネス、お腹の腹筋は順調に割れ続けているか?」

 

「くッ! 思い出してくれたのはいいがそこから更に言葉攻めを続けるか……! フ、流石はカズマだ、相変わらず私のツボを心得ているな」

 

手をポンと叩いて思い出したかのように心に突き刺さる責めを与えて来るカズマに、ダクネスが身悶えしながら荒い息を吐くと、「うへぇ」とドン引きした様子でカズマは頬を引きつらせる。

 

「相変わらずドMの変態野郎だなお前……」

「相変わらず? ちょっと待て! やっぱりお前私の事覚えているじゃないのか!?」

「当たり前だろ、お前みたい変態ドMクルセイダーをそう簡単に忘れる訳ねぇだろうが」

 

実はちゃんと彼が自分の事を忘れていなかったと知ってすぐに詰め寄るダクネスを、カズマはめんどくさそうにそっぽを向く。

 

そして今度は初めて顔を合わせる人物、メレブの方へと振り返った。

 

「アンタの話はよくこの二人から聞いてるぜ、なんでもクソの役にも立たない呪文しか覚えない無能の魔法使いだってな」

 

「うわぁひでぇ覚えられ方してる~、ちなみに俺もお前の事はアクア達から聞いてるぜカズマ君、卑怯で狡猾でクソみたいな性格をしているクセに口だけはいっちょ前で戦闘だと全く役立たずのクズマさんだと」

 

「うわぁひでぇ覚えられ方してる~」

 

「いやーお互い仲間に酷い言われ様で、泣きたくなるね!」

 

「なんか俺……アンタとは普通に仲良くいけそうな気がする」

 

自分とメレブの間に何か共通するナニかを感じ取りながら、魔王と勇者のパーティーという壁を超えて友情的なモンが芽生えかけそうになっていると

 

「そんで最後は……」

 

カズマは対峙している四人目の人物の方へと一層険しい顔つきをして目を細めた。

 

「俺の中にいる魔王を頼んでもないのに倒しに来やがった、異世界の勇者のヨシヒコ様、という訳ですかい」

「そうだ、私が勇者ヨシヒコ。こうやって顔を合わせるのは初めてだな、魔王カズマ」

 

勇者ヨシヒコと魔王カズマ

 

二人の主人公が遂に交差した瞬間であった。

 

「アンタの話はダンジョーさんやムラサキさんからちゃんと聞いてるよ、そんでさ? その上でど~しても一個だけ教えて欲しい事があるんだけどさ」

「なんだ」

 

するとカズマはすぐに人差し指を立ててヨシヒコに向かってたった一つの質問を投げかけた。

 

「そこにいるアホアクアとメス豚ダクネス、どうしてここに来るまでその辺に捨てておこうとは思わなかった訳?」

 

「捨て……何を言い出すんだお前は!」

 

「いや待って、冷静に考えてみようぜ勇者ヨシヒコ様、アンタは俺である魔王を倒す為に遠い世界からやってきたんだろ? 元の世界に帰る為には魔王を倒さなきゃいけない、なら普通は強くて頼りになる奴を仲間にして最強パーティーで挑むのが至極当たり前だと思うんだ、なのに……」

 

こちらの質問に憤慨した様子のヨシヒコにカズマはまあまあと手でなだめながら、チラリとアクアとダクネスの方へ目をやる。

 

「こんな全く使えない奴等を……どうしてこんなラストダンジョンにまで連れて来たのか、俺にはどうしても理解出来ないんだよなぁ」

 

「はぁ!? ちょっとカズマ何言ってんのよ!」

 

「そ、そうだぞ! いくらなんでも酷いぞそれは!」

 

「ロクに攻撃を当てれないダクネスはともかく支援魔法と宴会芸を取得している私は必須に決まってるでしょ!」

 

「私をこき下ろして自分の必要性をアピールするなお前は!」

 

失礼な物言いをするカズマにアクアとダクネスも当然抗議の声を上げる。アクアの方はダクネスを乏しめた上で自分がいかに使えるか誇示しているが

 

それにしてもこのカズマ、魔王に体を乗っ取られている割には依然と全く変わらない。

 

「ていうかカズマ、お前なんにも変わってないんだな本当に……魔王に操られてるようにはとても見えないぞ」

 

「んーまあ俺別に魔王のオッサンに住む場所を提供してるだけだし、操られてねぇから」

 

「な! だったらなんで魔王なんかに手を貸すんだ! お前は確かにクズだったが根は善人……だった筈だぞ!」

 

「おい、今ちょっと善人だって言う所をためらっただろお前」

 

別に自分は魔王に操られている訳ではない自己主張するカズマにダクネスが歯切れの悪そうに元々彼自身は悪党では無かったと呟くと、カズマはいつの間にか手に持っている導きの笛をクルクルと回しながらめんどくさそうに

 

「まあ利害の一致って奴だよ、俺は一生楽して好き勝手に暮らしたい、魔王のオッサンはこの世界を支配したい。オッサンが世界征服すれば俺が征服した事にもなるんだし、そうすればやりたい放題だろ?」

 

「やりたい放題って具体的に何がお望みなのよカズマさんは」

 

「夢のハーレムを作り放題だ、異世界に来たら無敵になってそのまま可愛い女の子を集めてハーレム結成、最近流行ってんだろこういうの?」

 

「んー、アンタやっぱ操られてない? 元々アホだったけど今は更に拍車がかかってアホみたいな事言ってるわよ」

 

「救いようの無いアホに言われたくねぇよ! いいだろ別に! とにかく俺は自分の夢を叶える為に魔王と手を組んだんだよ!」

 

 

調子の良い事を言い出すカズマをアクアはただジッと疑いの眼差しを向けていた。

 

ハッキリ言って臆病者ではあるが変なプライドだけは高いあのカズマが魔王と手を組むとは思えない。

 

きっと彼もまたダンジョーさんやムラサキと同じく上手く操られているだけなのだろう。

 

「こりゃあ導きの笛でどうにかして正気に戻してやった方が良さそうね、ってあれ? そういえばヨシヒコ、笛はどうしたのよ?」

 

「気が付かない内に魔王カズマに奪われました……」

 

「へ? あ、本当だ! いつの間にかアイツが持ってる!」

 

「お前やっぱバカだろ、さっきからずっとクルクル回して見せびらかしてたぞ俺」

 

早速元に戻してやろうとヨシヒコに導きの笛を使ってもらおうとするが、しょぼくれた様子で彼が指差した歩行には、導きの笛を得意げに手で回すカズマの姿が

 

「忘れたのか駄女神、俺のスティールにかかればこんなの簡単に奪えるんだよ」

 

「スティール!? あ~そうだわ! アイツには他人が持っている物を奪い取る技があるのよ!」

 

「他人の物を奪い取る!? なんて恐ろしい技なんだ……!」

 

「何を奪えるかはランダムなんだけど、カズマったら幸運値だけはやけに高いから、えげつないのよ……」

 

「そうそう、例えばこんな風に……」

 

カズマが持つ十八番の一つ「スティール」

 

対象の人物からランダムで所持品を奪い取るという盗人みたいな技だ。

 

そしてアクアの説明を聞いて油断していたヨシヒコに向かって、カズマは手の平を突き出し

 

彼が両手に構え直したいざないの剣に向かって

 

「スティーーーーーール!!!」

「!?」

 

カズマが叫ぶと同時にヨシヒコが手に持っていたいざないの剣がパッと消えた。

 

呆気に取られるヨシヒコを尻目に、いつの間にか剣はドヤ顔を浮かべるカズマの右手に

 

「な?」

「しまった! いざないの剣を奪われてしまった!」

「なんだか随分とボロッちい剣だな……まあいいや、コイツは俺が使っておいてやるよ」

「ふざけるな! 返せ!」

「返して欲しければ力づくで奪ってみろよ勇者様」

 

自慢の愛剣をあっさりと奪われてしまい焦るヨシヒコに、カズマはヘラヘラ笑いながら奪ったいざないの剣を彼に向かって突き出す。

 

この少年、やる事は姑息で卑怯だが、アクアやダクネスを引き連れていただけ会ってやはり一筋縄ではいかない相手の様だ……

 

「あの剣はヨシヒコが初めて旅に出た時から愛用しているモノ、それを奪うとは魔王カズマ……やりおる」

「感心してる場合じゃないわよ! ヨシヒコが戦えなくなったら私達もうまともに攻撃する手段が無いのよ!?」

 

アクアは支援魔法や宴会芸しか覚えていないし、ダクネスは攻撃がロクに当てれない、メレブは説明不要。

 

こんなパーティーでなんとかやっていけたのは、リーダーであるヨシヒコの剣の腕前があってこそなのだ。

 

感心するメレブにツッコミながらアクアは急いでカズマの方へと振り返る。

 

「カズマ! 怒らないからその剣だけは返しなさい!!」

 

「はぁ? ふざけんな、魔王を倒しに来た勇者にそんな真似出来る訳ねぇだろうが」

 

「いい加減にしなさいよこのバカカズマ! アンタねぇ! 元はといえばこの世界にいる魔王を倒す為にこの世界に連れて来てやったのよ! そんなアンタがなんで倒すべき魔王なんかと仲良くしちゃってるのよ! 思い出しなさい! アンタは魔王を倒す為に選ばれた勇者なの!」

 

「フン、俺が勇者だって……?」

 

珍しく本気で怒っている様子で怒鳴り散らしてくるアクアの「勇者」という言葉にピクリと反応すると

 

カズマは突如勢いよくカッと目を大きく見開いて

 

 

 

 

 

「もう勇者なんてどうでもいい!!」

「「「「!?」」」」」

 

どっかで聞いた事のある様な台詞を

 

ヨシヒコ達に向かって強く叫ぶカズマ。

 

「そんなモンやってられっか! 何が勇者だよ! やってる事は毎回お前等バカ共のお守りじゃねぇか! もうお前等に振り回されるのはゴメンなんだよ! これからはもう魔王と一緒に自分だけの人生を楽しむって決めたんだ!」

「なんて男だ……女神に勇者として任命されていながら「どうでもいい」だのと……恥を知れ!!」

「「……」」

 

溜まった鬱憤を吐き出すかのように叫び出すカズマに対しヨシヒコは険しい表情で彼を一喝。

 

しかしそんな彼をメレブとアクアは「お前が言うな」という意味を込めて冷めた目つきを向ける。

 

「今からでも遅くはない! すぐに魔王と手を切り私と一緒に魔王を倒そう! そしてもう一度女神やダクネス、そしてめぐみんと手を取り合い再び冒険に……!」

 

二人の視線に気付いていない様子で勇者らしく闇に堕ちたカズマを救い出そうと必死に説得を試みるヨシヒコだがそこへ

 

 

 

 

「エクスプローーージョン!!!!」

「!?」

 

少女の咆哮と共に大爆発がいきなりヨシヒコ達を襲った。

 

直撃では無かったものの、カズマとヨシヒコの間で爆発が起き

 

そのおかげで橋は崩れて二つの陣営は離れ離れになる形に

 

「これは……まさか爆裂魔法……!」

「くッ! 外れてしまいましたか……!」

 

危うく爆発に巻き込まれて毒の沼に落ちると事だったヨシヒコが、仲間達と慌てて後ろに避難していると。

 

向かい側のカズマ陣営の方から悔しそうに舌打ちする少女の声。

 

「あんの腐れキノコヘッドをこの手で抹殺するチャンスだったのに!」

「わーーー!! 戻って来ためぐみんちゃんが倒れながら凄い形相で俺の事睨んでるーー!!」

 

 

昂る殺意と共にめぐみんが杖を握り締めて倒れていた。

 

どうやらメレブを倒すという強い執念が彼女を再びここに連れて来たらしい。

 

「カズマもいたんですね! ならこちらも四人です! この場でキッチリと決着つけましょう! そして私に辱めを与えたあの外道魔法使いに復讐を与える機会を!!」

「落ち着けよめぐみん、なんだお前、何かあったのか?」

「聞いてやるなカズマ、コイツにも色々あったんだ……」

「女の子なんだからそっとしておいてやれよ」

「……本当に何があったんだ?」

 

どうして彼女がメレブに対して強い憎しみを抱いているのかよくわかってない様子のカズマに、ダンジョーとムラサキが重い口を開いて尋ねる彼を制止する。

 

ここまでめぐみんが怒っているのだがよっぽどな目に遭ったんだろうなと推測しつつ、倒れる彼女の手をしゃがみ込んで取ると、慣れた感じで背負っておんぶするカズマ。

 

「戦う必要なんかもうねぇって、俺に剣とアイテムを奪われてもう戦える力もねぇみたいだしよ、魔王の情けだ、ここは逃がしてやるよ」

「な! 私達と戦わずして城に戻るつもりか!」

 

導きの笛といざないの剣を奪われて、おまけに橋は分断されてもう向こう側には行けない。

 

もうこちらで打開する手は無いと悔しそうに両膝から崩れ落ちるヨシヒコと同じく、メレブ達も歯がゆそうに

 

「ここまで完全にナメられるとはな……無理も無い、確かに俺達はカズマ君の言う通り打つ手なしの状況だ」

 

「きー! カズマなんかに尻尾を巻いて逃げるしか出来ないなんて……!」

 

「見逃すつもりかカズマ! 私にはそんな情けはいらん! そんな屈辱を受けるくらいならいっそここで殺せー!」

 

「ダクネスうるさい」

 

こんな状況でも相変わらず平常運転のダクネスにメレブが素っ気なく呟いていると

 

めぐみんを背負ったままカズマはダンジョーとムラサキを引き連れて、こちらをほったらかしにしながら背を向け、自分の拠点である魔王の城の方へと帰って行く。

 

「さあ帰ろうぜ、伝説の勇者様って奴も大した事無いってわかったしよ」

 

「なんでですかカズマ! あのメレブを倒すチャンスですよ!」

 

「心配するなめぐみん、奴らはいずれ再び俺達に挑んでくる筈だ」

 

「おいおいダンジョーさん、それは無いだろ、アイツ等にはもう俺達に戦う気力なんかねぇって」

 

「甘い、奴は、ヨシヒコという男はそう簡単に倒れてしまう様な奴ではない」

 

背中で暴れているめぐみんを何とか背負いながら、まだ油断は出来ないと言い出すダンジョーにカズマはヘラヘラと笑い飛ばすが

 

ダンジョーは険しい目つきでまだ両手を地面に突いてガックリしているヨシヒコを睨み付ける。

 

「どれ程の挫折を繰り返し、幾度諦めて逃げ出す真似をしても、奴は必ず魔王を倒しにここへ戻って来る……それがアイツが真の勇者と呼ばれる理由だ……」

 

「私達はヨシヒコとは長い付き合いだからそういう所わかってんだよ、だからもう一度アイツ等が立ち上がってここへ来た時、その時が本当の勝負だ」

 

「ふーん、元仲間だからわかるって訳か……ま、勇者様の事なんか何も知らない俺からすれば、正にもう勇者なんてどうでもいい、だな」

 

ヨシヒコは再び立ち上がる

 

そう信じ切っているダンジョーとムラサキにへッと笑いながらカズマは彼等を連れて城へと帰るのであった。

 

そして残されたヨシヒコ達はというと……

 

「何てことだ……! アイテムも武器も奪われてしまった……魔王カズマ、まさかこれ程手ごわい相手だったとは……!」

 

 

 

 

 

「クソォォォォォォォォォォ!!!」

 

その場にへたり込んだままヨシヒコは天に向かって咆哮を上げる。

 

突然降りかかった耐え切れない屈辱をカズマに浴びせられた彼を、仲間達は静かに見守るのであった。

 

勇者ヨシヒコ、魔王カズマにまさかの敗北

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、兄様が負けてしまうとは……!」

 

そしてそれを物陰から見守っていた見ていたのはヨシヒコの実の妹ヒサ

 

近くに温泉に寄ったばかりなのか、体からはポカポカと湯気を放ち浴衣姿である。

 

「こんな時にこそ妹であるヒサがお傍に行って慰めなければならないというのに……」

「よしなさい、余計な同情はより彼を惨めな思いにさせるだけよ」

「あなた様は先程温泉でお会いした……!」

 

悔しそうに牛乳瓶を持った手に力を込めるヒサだが

 

そこへ赤毛のショートヘアに巨乳の美女が同じ浴衣姿で現れた。

 

 

「ウォルバクよ、まさか私の半身を探しにここまで来てみたら、どうやらこの世界に大変な事が起こってるみたいね」

「そうなんだピキー! 僕達が従ってい魔王よりも強大な力を持った魔王がこの地に現れたんだピキー!」

「へ?」

 

魔王軍の幹部にして怠惰と暴虐を司る邪神・ウォルバク

 

崩れ落ちているヨシヒコを眺めながらこの世界に危機が訪れているのを察していると、ゴロゴロと銀色の太ったスライムがそこへやって来ると急にかつての様な口調で

 

「久しぶりだなウォルバク……温泉好きなのは昔から変わってないみたいだな……まだ己の半身は見つからんのか?」

 

「そ、その声はもしかしてあなたハンス……!? 随分と斬新なイメチェンに踏み切ったわね……」

 

「そうだピキー! 今はこのヒサ様と共に勇者ヨシヒコ様と女神アクア様をお助けしようと頑張ってるんだピキー!」

 

「ほ、本当に変わったわねあなた……まあ見た目も口調も可愛くなってるから前より良いと思うわ、声が合ってないけど……」

 

アクアの愛すべきスライムであったはぐりんと魂と体を融合させたハンスは今ではゴールデンスライムと呼ばれる魔物になり、見た目も中身もすっかり生まれ変わって根っからの良い子になってしまった。

 

同じ魔王軍の幹部として付き合いがあったウォルバクはそんな別人になったハンスを見て困惑するものの、可愛いから大丈夫だとすぐに頷いて見せるのであった

 

「兄様、ヒサは信じています……兄様がもう一度立ち上がってくれるのを……」

 

「へープニプニしてるかと思ったら凄く堅いわね、私の爆炎魔法は効くのかしら?」

 

「魔法の呪文は大体効かない体質になったピキー! だから食らってもダメージは通らない筈だピキー!」

 

「……ねぇハンス、同胞として言わせてもらうけど……その低音ボイスでピキーってのは流石にどうかと思うわ……」

 

ウォルバクとハンスが隣で雑談を交わしてる中、ヒサは一人両手で祈るポーズを取る

 

 

果たして彼女の祈りはヨシヒコに届くのか……

 

次回に続く

 



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其ノ拾 湖の聖剣とドラゴン、おまけの狂人
拾ノ一


魔王のカズマに強大な呪いを解く事の出来る導きの笛とどんな敵であろうと眠らせる愛刀のいざないの剣を奪われてしまった勇者ヨシヒコ

 

魔王の城を前に撤退した彼は、今絶望のどん底に落ちていた。

 

「何てことだ……アイテムも剣も失っては……もはや魔王どころかダンジョーさん達にも勝てない……」

 

「あのカズマという少年、俺達よりも一枚も二枚も上手だったな……最近の子供はお強いんですねホントに」

 

 

時刻は夜、すっかり心身共に疲れ切っていたヨシヒコ達は、焚火を中心にしばしの休息を取っていた。

 

しかし切り札を失った今、今後どうすればいいのかという問題が彼等の頭の中で渦巻いている。

 

「おのれカズマ! 魔王に組しただけでなくこちらの切り札を奪うとは! 元々卑怯で下衆だと思っていたがまさかここまでやるとは! そんなに私を悔しがらせたいか! そんなに私を辱めたいか!」

 

「口元から笑みこぼれてるわよダクネス」

 

口ではカズマの事を罵倒しつつも、ほんのり悦のこもった笑みを隠しきれていないダクネスにボソリとツッコミながら体育座りの状態でアクアは顔をしかめる。

 

「でもカズマが敵に回ると厄介だとはずっと前から思ってたけどまさかここまでとはね……なんとか策は無いのかしら」

「……諦めましょう」

「……え?」

 

なにか打開策が無いかとアクアが珍しく思案を巡らせようとしたその時

 

ヨシヒコの口から思いもよらぬ言葉が聞こえて我が耳を疑った。

 

すると彼の隣で座っていたメレブが「あーまた……」と呟くとヨシヒコは突然勢い良く立ち上がった。

 

「魔王を倒すのは諦めて、逃げましょう……」

「……ん? ヨシヒコ? ねぇヨシヒコさん? ちょいちょいヨシヒコさん? アンタ今……ちょっとおかしな事言ってるけど大丈夫?」

「おかしい事など言ってません! 武器もアイテムも失った私達ではもう魔王は倒せない! なら私達がやる事は一つしかないじゃないですか!」

 

いきなりの展開に思考が追い付かずに困惑するアクアに向かって、ヨシヒコは彼女を見下ろしたまま威勢良く啖呵を切り始めた。

 

「今から竜王の支配から届かない所まで全速力で逃げるんです! そしてもう二度と戦う事を止めて一生平和のまま生きていくんです! もうそれしか方法はありません!!

「おいおいおいおい……主人公が100パー言っちゃいけない事を言い出し始めたぞこの勇者……」

 

「待って待って……何を言ってるの、ねぇ? ヨシヒコさんは魔王を倒す為にこの世界に来た勇者なのよね? なのに今、魔王から逃げて安全な生活を送ろうとか言い出さなかった?」

 

ここでまさかの逃亡策を試みようとするヨシヒコにメレブは呆れアクアも目をまん丸にさせると

 

そんな彼女に向かってヨシヒコはまたしても

 

「魔王なんてもうどうでもいい!!」

 

「うわ出た、魔王どうでもいい発言」

 

「アンタここまで来てそれって……! しっかりしなさいよヨシヒコ! 勇者の自覚あんのアンタ!?」

 

「なんとでも言って下さい! 私は生きたいんです! 生き延びたいんです!!」

 

 

すっかり慣れている様子のメレブと本気で怒るアクアだが、ヨシヒコは決意を決めた表情で全力で逃げると宣言。

 

「このまま魔王に戦いに挑んだって無駄死にするだけです! 魔王の城では基本的に死んだらもう復活できないんです! 私は怖いんです! 死にたくないんです!!」

「なんだそれは! 見損なったぞヨシヒコ! 魔王を前にして臆したというのか!」

「臆したぁ!」

「ハッキリと答えるな!」

 

勇者にあるまじき発言を連発するヨシヒコにずっと話を聞いていたダクネスも不甲斐ない彼に向かって立ち上がるも

 

魔王に恐れをなして弱腰になったヨシヒコは正直にこの場から逃げて生き延びたいと叫ぶ。

 

「なんと言われても私の答えは変わらない! 私は逃げる! もう一切振り返らずにただただ逃げる! 惨めな姿を晒してでも一心不乱に逃げる!」

 

「お前……そんなんでよく今まで魔王倒せたな……」

 

「私は逃げます、例え一人になっても……」

 

こんな男が勇者と呼ばれて幾度も魔王を倒したのは本当なのか?と今更になって疑問に思うダクネスをよそに

 

ヨシヒコはザッと一歩後ろに下がる。

 

「皆さん、まだ魔王を倒すと言うのであればお任せします、私はもう逃げますので」

 

「っておい! 待てヨシヒコ! ちょっと落ち着いて私達の話を聞け!」

 

「ヨシヒコ! 女神の命令よ! ステイよステイ! 私の言う事を聞きなさい!」

 

「いくら女神の命令でもこればっかりは聞けない……私は死にたくないんです、それでは」

 

「あ!」

 

ダクネスだけでなくアクアも急いで立ち上がって彼を引き留めようとするも

 

ヨシヒコは最後に軽く頭を下げると、背中向けて一目散に茂みの中へと消えて行ってしまった。

 

そして残されたダクネスとアクアがショックで呆然と立ちすくんでいると

 

「あ~あ、逃げちゃったか~ヨシヒコ、ま、いっか」

 

「逃げちゃったかじゃないだろメレブ! お前だけなに呑気に座り込んでるんだ!」

 

「急いでヨシヒコを追うのよ! アンタ私達よりもずっと昔からヨシヒコの仲間だったんでしょ! 心配だと思わない訳!?」

 

一人だけ座り込みながら黙って話を聞いていたメレブは、やけに落ち着いた様子でその場から動こうとしない。

 

それにダクネスとアクアが頭に来た様子で怒鳴りつけるも、彼は身体を左右に揺らしながら「ん~」と呟くと

 

 

 

 

「いやだって、ヨシヒコの事だからどうせすぐ戻って来るし」

「「……は?」」

「アイツ、本当にバカなんだよねぇ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人と違ってメレブが全く心配いらない様子でいる中

 

彼等と別れたヨシヒコは、一人暗闇の中をトボトボと歩いていた。

 

「魔王を倒すなんて今の私には無理だ、仏に頼んで元の世界に戻り、カボイの村で平和に暮らそう」

 

 

そんな弱気な事を呟きながらヨシヒコは項垂れたまま歩いていると

 

 

 

おいヨシヒコーッ!! ヨシヒコ待てコラーッ!

 

「は! 仏!」

 

突然聞こえた夜空からの天の声

 

ヨシヒコはビクッと反応してすぐに顔を上げると、満月をバックにスッと人物の姿が

 

「くおらヨシヒコてんめぇ! なに魔王にビビッて逃げようとしてんだぁ!」

「タイミング良く来てくださって感謝します、仏。今すぐ私を元の世界のカボイの村に戻してください」

「え? ちょっとさ、なに言ってるの? 仏がさ、仏が怒ってる上でその頼み事する普通? ていうかヨシヒコ、あのさ……そっちに私はいないぜ?」

 

現れて早々激怒している様子の仏の声がハッキリと聞こえると、ヨシヒコはすぐに自分を助けて欲しいと頼み込む。

 

勇者にあるまじき頼み事に思わず仏は口をポカンと開けて固まってしまうも、ふとヨシヒコが自分がいる方角ではない別の方向を見ている事に気付いた。

  

「あ! そうか仮〇ライダーのヘルメット被ってないから私の事見えないんだヨシヒコ!」

 

「すみません、声は聞こえるのですが仏の姿は全く見えません……」

 

「ちょ! もうヤダ―! なんなんすかもー! 終盤なんだしそろそろ肉眼で見えて欲しいんですけどー!」

 

未だ自分の事を肉眼で視る事の出来ないヨシヒコに仏がプリプリ怒りながら頬を膨らませるも、その姿さえもヨシヒコは拝むことが出来ないのだ。

 

「じゃあもういいや、私の声ね、この声だけをハッキリと耳で感じ取って話を聞いて下さい、わかった?」

 

「はい、それじゃあ私をカボイの村に……」

 

「いやだから先に私の話を聞けって言ってんだろうがコノヤロー、おいコノヤロー、仏の話が最優先だろうがバカヤロー」

 

「すみません」

 

「うん、許す」

 

この際姿は見えなくても声だけは聞かせてやればいいかと、勝手に話出そうとするヨシヒコを黙らせながら

 

仏は改めて話を始めた。

 

「まあ~とりあえず私もこっからちゃんと見ていたけどさぁ、ヨシヒコ、ヨッ君は今、魔王に対して凄くビビッてるって感じだよね? 凄くビビりにビビりまくってらっしゃいますよね? ビビりーマンだよね?」

 

「ビビってます、凄くビビってます、一刻も早く魔王から逃げたいです」

 

「ヨシヒコ、私そっちにいないから、こっちだからこっち。んーとね、君の正直なところはホント大好き、大好きだけどもこれだけはハッキリと言わせて」

 

一点の曇り無き眼をあらぬ方向に向けながら答えているヨシヒコに噴き出してしまうも、すぐに勇者を導く存在としての役割を果たす為に本題に入る仏

 

「まあ確かに導きの笛もいざないの剣も、あのカズマとかいう恐ろしい少年に奪われてしまったけども。だからと言って勇者であるヨッ君がそう簡単に諦めてしまったら、この世界は超マズい事になるんだぜ? もう色んな人が酷い目に遭うんだぜ?」

 

「それは……」

 

「まあヨッ君にとっては自分の世界では無いないけどさ、この世界で色々な人達と出会ったじゃん、そんな人達の為に凄く頑張っていたじゃんヨシヒコ、今ここでお前が折れたら、その人達を見殺しにするって事になるんじゃない?」

 

「……」

 

確かにこの世界でヨシヒコは本当に沢山の人達との出会いがあった、時には人では無い存在とも親交を深めた。

 

何よりこの世界には、今まで仲間として長く共にしていたアクアやダクネスもいるのだ。

 

魔王に支配されかけている今、ここで逃げたら彼女達が一体どんな目に遭うのか……

 

「ヨシヒコよ、今のお前の心は魔王に対する恐怖心によって支配されてしまっている。だからこそ魔王を相手にするのが怖くて逃げ出そうとしているのだ」

 

「そうかもしれません、しかしどうしても私は魔王が怖くて怖くて仕方ないんです……」

 

「案ずるなヨシヒコ、この私がお前の恐怖心を取り除いてやろう。そうすればお前は再び勇者として立ち上がれる筈だ」

 

「本当ですか仏!?」

 

「ヨシヒコー、逆向いてるよー、私そっちにはいないよー、こっち、ヨシヒコの後頭部と背中しか見えないよー、背中の方大分汚れてるから洗いなさーい」

 

ここにいる世界の者達を見殺しには出来ない……

 

逃げる事に迷いが生じて来たヨシヒコに畳みかけて仏が彼に立ち上がらせる機会を与えようとする。

 

こちらにちょっと黒ずんだ背中を見せて反対方向に顔を上げているヨシヒコにツッコミながら、仏は話を続けた。

 

「いいか背中が汚いヨシヒコ、今から私が話す、とある女神の悲しいエピソードをその耳でハッキリと聞くのだ」

 

「とある女神の……悲しいエピソードですか?」

 

「その話を聞けばお前はきっと、間違いなく魔王に対する恐怖心も忘れて元気になれる!」

 

「なんだと! なら是非聞かせて下さい!」

 

「うむ! 心して聞くがよい!」

 

ここにメレブやアクアがいればツッコミの一つや二つは入れたであろう。

 

とある女神の悲しいお話を聞いただけで魔王に対する恐怖を取り除けるのかと

 

緊迫したこの状況で元気になれるとか胡散臭いにも程があると

 

しかし純粋なヨシヒコはすぐに彼の話を聞く態勢に入って耳を傾ける

 

そして仏は語り出す、とある女神の悲しいエピソードを……

 

「あれはね、結構昔、いやだいぶ昔? いやだいぶでもないか、ほどほど昔の頃のお話なんだけどさ、私はその頃からとある後輩の女神とよく飲んでたりしてた訳よ、私とその後輩、それとオマケで水色頭の~よくわかんねぇバカ? その三人でまあくっちゃべりながら飲む機会が多かったんです、ええ」

 

「はい」

 

「まあ神様が三人揃ってもさ、飲み会なんてまあ人間がやってるのと大して変わらんのよ、あそこの店美味しいからと水色頭が言えば、そんじゃ後輩予約して来いと私が言って、その日もいつも通りに三人で集まって飲む事になったんですよ、だけどその日はね、ちょっといつもと違ってたの……」

 

こちらに対して完全に背を向けている状態であるヨシヒコに笑いを堪えつつ、仏は難しい顔を浮かべながら話を続ける。

 

「いつもみたいに飲んで騒いでる時にふと「アレ?変じゃね?」とちょっとした違和感を覚えたの、そんでその違和感を覚えたのが他でもない後輩の女神。「なーんかいつもと違くね?」と私、隣に座っていた水色頭とコッソリ話してたの、そしたらその水色頭がね、気付いちゃったのその後輩の違和感の正体に」

 

「それは一体……」

 

「胸にね……胸パッド付けてちょっと大きくしてたの」

 

「む、胸パッド!?」

 

雷でも落ちたかのような衝撃を受けたかのようなリアクションを取るヨシヒコに、仏も「そこまでオーバーにならなくてもいいから」と軽く頷く。

 

「まあ~その後輩の事は大分私も付き合い長いから色々とわかってはいるんですよ、自分の胸がね? オッパイがね? 随分小さいなと嘆いていたのよ、だからその日は、ちょっとした決断だったんだろうね彼女、胸パッドを付けて誤魔化して、あたかも微妙に大きくなったんだぞと私達にアピールしたかったんだと思う」

 

「確かに、貧乳ほど恥ずかしいモノはありませんね」

 

「ひでぇ事言うなお前、ロキが聞いたらブチ切れるぞ。とにかくね、その後輩が胸にパッド詰めてる事に関してはとりあえず一旦置いておこうと、何も言わずに黙っておこうと水色頭と相談してそのまま朝まで飲み明かした訳よ」

 

真顔でハッキリと貧乳を乏しめる巨乳派のヨシヒコに仏は苦笑しつつ、その日の飲み会は何事もなく終わったと話した。

 

「でも今になったらあの時ちゃんと「おいお前! 胸パッドなんて詰めてんじゃねぇよ!」って言ってあげればよかったなとちょっと後悔してる、何故ならその後輩ね、最初私達が気付かないフリをしたのをいい事に……飲みに行く度に胸パッドを増量し始めた」

 

「胸パッドの増量!?」

 

「もうね! 飲み会で会う度に一枚一枚微妙に重ねて増やしてるのが丸わかりなのよ! 私と水色頭が気付いてないと思って、調子に乗ってドンドンおっぱい大きくしてんの! 最終的にもう! パッドじゃなくてメロン詰め込んでるんじゃねぇかと思うぐらいデカくなってて! その上でいつもと変わらない態度を装って来るから! 笑い堪えるのに必死だった!」

 

その後輩の女神は仏が気付いていないと思い込み、徐々にパッドを増量してあたかも自然に大きくなったと演出していたのだという。

 

人々を導く女神である存在が、自らの姿を偽るとは……

 

「だからもう流石にね、笑い堪えながら水色頭がその後輩に言っちゃったのよ、「あれ? 最近アンタ、胸デカくなったんじゃない?」って、そしたらその後輩が満更でもない顔で「本当ですかー!? いや、私あんまり自覚無かったんですけど、確かにちょっと服がキツくなったと思ったんですよねー!」ってめちゃめちゃ白々しい事を言いやがって! 俺思わず飲んでたビール噴き出しちゃったもん!」

 

「同じ神に対しても嘘をつくとは……一体その後輩の女神はどうしてそこまで……」

 

「だが、そんな彼女にも恐るべき脅威が現れた……」

 

そもそもどれ程のパッドを詰めていたのだろうかと一度見てみたいと思うヨシヒコだが

 

仏は急に険しい表情を浮かべて無理矢理シリアスな雰囲気を作った。

 

「ある日の飲み会の事であった、その時のメンバーはいつもの私とその後輩、おまけの水色頭の三人に加えて、ある一人の女神がフラッと参加して来たのだ」

 

「もう一人の女神……ですか?」

 

「そして後輩はその女神と初めて顔を合わせたのだが、一目見た瞬間開いた口が塞がらなかった、何故ならその女神は見た目はロリなのにえげつない程の超巨乳だったのだ!」

「え、えげつない程の超巨乳!?」

 

「はいそこ、巨乳と聞いて興奮しない、言っておくけどアレだよ? いくら巨乳でもヨシヒコ的には範囲外だと思うよ? 見た目がロリだし、あと紐だし」

 

巨乳と聞けばすぐに食いつくヨシヒコを軽く諭しながら、仏は「いやー」とあの時の出来事を思い出し始める。

 

「あの時後輩にそいつを会わせたのは間違いだったねー、偽っている事さえも忘れてすっかり自分は巨乳の仲間入りだと思い込んでいる後輩の前に、なんの小細工もしてない天然の巨乳が現れたんだもの、そりゃ後輩もショック受けますよ」

 

「見てみたい……小細工もしてない天然の超巨乳を見てみたい!」

 

「ただそこで後輩が素直に負けを認めていたら良かったのよ、けどあの時のアイツはもうかなり行ける所まで行っちゃってたから、今更引き返すなんて真似は絶対に出来ないと思ったんだろうね、だからあんな事になっちゃったんだろうなぁ」

 

その日から後輩は天然の超巨乳女神に対して強い対抗意識を燃やしてしまったみたいだ。

 

元々はただ仏達に見栄を張るだけだった筈なのに、巨乳というモノに元々強く焦がれていた彼女は、その日を境に暴走したのである。

 

「それからしばらく経った後にね、色んな神様が集うパーティー的な催しがありまして、それで当然仏である私とよくわからない水色頭も参加してた訳ですよ、そこでね遂にあの悲劇が起きてしまったの……」

 

「遂に語られるんですか、女神の悲しいエピソードが……」

 

「アレは私が友達のロキって奴と一緒に酒に合うつまみはないかって、他の神々を押しのけながら会場に置かれたテーブルの上を見て探し回ってた時です。その時、彼女は来ました、いや来てしまいました……」

 

あの時の衝撃は今となっても忘れられない、仏、いや他の神々にとっても鮮明に記憶に残っているであろう。

 

何故なら……

 

「その彼女こそ私の後輩でありそして……胸にスイカ二つ突っ込んだかのような! 超爆乳の女神様になられていたのです!!」

 

「スイカが二つ!? それはもしや!」

 

「はい詰めました! 天然巨乳ロリ女神に対抗するために彼女は胸パッドを爆買いして全部詰めました!」

 

「凄い! そんな事を堂々と出来るとは逆に凄い!」

 

「しかもただのスイカじゃないから! 入善ジャンボスイカっていう、作ったスイカのデカさを競い合う為の大会に使うかのような超大きいタイプのスイカと同じぐらいの超ビッグサイズ!」

 

あの瞬間、会場にとんでもねぇ奴が現れたとどんちゃん騒ぎしていた神々が一斉にドン引きしたぐらいだ。

 

「入善ジャンボスイカ女神が現れた途端もう会場にいた神々が一斉にシーンって静まりかえったの! 年中騒ぎっぱなしの神々があんな一斉に黙るなんて! 私が知る限り創世記始まって以来だと思う! 私の隣に立ってたロキも「お、おぉ……」と言葉にも表せられない様子で困惑してたし!」

 

「怖い、そっから先の事を聞くのが怖いです仏!」

 

「ちゃんと聞くのだヨシヒコ!  入善ジャンボスイカ女神が引き起こした事件はまだ終わっていない!」

 

何故だろう、これ以上聞いたらとても悲しい結末を知る事になるかもしれない。

 

それに恐れるヨシヒコに対し、仏は声のトーンを上げながらいよいよクライマックスを語り始めた。

 

「そして入善ジャンボスイカ女神は遂に宿敵と一方的に決めつけているあのロリ巨乳を見つける!! 周りがざわめいているのにも気付かずに一直線に進んで勝負を仕掛けようとする入善ジャンボスイカ女神! しかしそこで悲劇が起こった!」

 

「!」

 

「水色頭が! 神の一柱であるタケミカヅチと料理を取り合ってた水色頭のアホ女神が! うっかりバランスを崩して転び、そのまま入善ジャンボスイカに後頭部からドーン!!」

 

「大変だ! 後輩の見栄でつくったスイカが!」

 

「ぶつかった拍子で後輩も背中から転んでドーン! その衝撃で胸に詰めてた大量のパッドはパーン! そして広場の天井に向かって舞い上がりパパーン! 胸パッドの花火が打ち上がりましたイエー!」

 

拳を掲げてガッツポーズを取りながらテンション高めに仏は叫ぶ。

 

「その瞬間もう静まり返ってた神々が大爆笑!! 私も耐えるに耐えてた笑いが噴火してもうゲラゲラと笑った! 水色頭に至っては、自分が原因だったクセに床を何度も拳で叩きながら笑い出して! 終いには笑い過ぎてアゴ外れたんだよアイツ!」

 

「神々の前でそんな醜態を晒してしまうとは……しかし、私もそんな面白い光景を見てしまったら、お腹を抱えて笑ってしまう自信がある……」

 

「いやーアレはもう傑作だった、でもロキは笑ってなかったね、アイツも後輩と同じ貧乳だから真顔で固まってた、それ見て更に私大爆笑、ハッハッハーッ!」

 

あの時の出来事を思い出し再び笑い出してしまう仏、遂には苦しそうにしながら涙目にまでなっている。

 

「そんなほとんどの神々を笑わせたという大偉業を成し遂げた元・入善ジャンボスイカ女神はね、「違うんです違うんです! コレはただのアクセサリーなんですー!」って何回も叫び続けて、もう泣きながら落ちた胸パッドを必死にかき集めて誤魔化そうとするんだけど、それ見て私、もうこれ以上ないってぐらい笑った」

 

「地獄ですね、彼女にとって正に地獄ですね」

 

「ちなみにその時ロキは、何も言わずに胸パッドを拾ってあげてたよ……」

 

「優しい方ですね」

 

神々にとっては爆笑の出来事だが(一人除く)その女神にとっては一生忘れられない出来事になったであろう。

 

そして話を聞き終えたヨシヒコは真顔で固まっていると仏は笑うのを止めて

 

「そして後にコレは、神々の間で伝説となり「パッドバズーカ事件」と呼ばれるようになった、その日を境に幸運の女神・エリスは今みたいな真面目な感じになったのです、終わり」

 

「パッドバズーカ事件!?」

 

パッドバズーカ事件、それは前々からメレブと一緒にずっと気になっていた女神エリスが引き起こした事件。

 

まさか今まで話していた事は全てその事件の全貌だったとは……

 

 

「あの清純そうな見た目の彼女が……胸にスイカを詰めて爆発させていたなんて……」

 

「まあ誰だってさ、若気の至りの一つや二つあるもんだよ、それを経験して一人前になれるんだよ、うん」

 

「は! 仏、もしや仏は誰にだって失敗はある、それは神も勇者も例外ではないと言いたいんですね!」

 

「その通-り! お前はあの頃のエリスと同じく大きな失敗をして立ち止まっているだけ! 歩き出せば必ず道は開くのだ!」

 

仏の話から浮かび上がるメッセージを察したヨシヒコ。そう、誰にだって大きな失態は必ずある。肝心なのはそこから立ち上がることが出来るかどうかだ。

 

「エリスの奴は、アレがキッカケで滅茶苦茶落ち込んでずっと家に引き籠ってた時とかあったの、でも私や水色頭含む周りの神々に沢山励まされ、特にロキの奴が滅茶苦茶励ましてやったおかげで、今はちゃんと立ち直って女神として立派に働いてるんだぜ?」

 

「そんな事件があったのに再び立ち上がれるなんて……なんて凄い御方だ」

 

「だからヨシヒコ君だってもうちょっと頑張ろうぜ、アイテムも剣も奪われたからってなによ、お前にはお前にしか使えない最強の武器がまだ残ってんじゃん」

 

「私にしか使えない最強の武器……は!」

 

神々の前で赤っ恥をかきながらも女神としての役目を今もちゃんと果たしているエリスに感嘆している中

 

仏からのありがたいアドバイスを受けてすぐに思い出した。

 

彼の脳裏に映ったのはメレブ、アクア、ダクネスと共に沢山の魔物のシルエット……

 

「そうか、私にはまだ魔王と戦える為のとっておきの武器が残っている! ならばこのまま逃げる訳にはいかない!」

 

「ようやくわかったかヨシヒコ、お前にとっての最強の武器はそう! 仲間との強い絆! それこそが魔王を倒す為の剣となるのだ!」

 

「すみません、仏! 私が間違っていました! 今すぐにメレブさん達の所へ戻ろうと思います!」

 

「うむ、行くがいいヨシヒコ。仲間達はきっと、お前が戻って来るのを信じて待っているぞ」

 

まだ魔王を倒せるチャンスは潰えてない、大切な仲間がいる限り

 

 

そうとわかったヨシヒコはすぐにメレブ達と合流しようと決心する。

 

こちらにまだ背中を向けたままのヨシヒコに、仏も力強く頷いた。

 

「では行くのだヨシヒコよ! 仲間達と共に! 魔王を倒してこの世界を救うのだー!」

「はい!」

 

自分がいない方向に顔を上げながら強く叫ぶと、ヨシヒコはメレブ達のいる方角へと全速力で駆けていく。

 

相変わらずすぐ気が変わる奴だなと思いつつ、残された仏は苦笑いを浮かべるのであった。

 

「ホント世話が掛かる子だよなぁアイツ……」

 

ヨシヒコの後ろ姿を見送りながら仏はすっかり保護者の気持ちになっていると

 

 

 

 

 

 

 

突然ピンポーンと仏の隣から音が鳴った。

 

「え? こんな時間にお客さん? ったく一体どこの誰だよ……はーい今開けまーす」

 

 

その言葉を最後に空に浮かんでいた仏は何処かへ行って消えてしまった。

 

 

その後、突然現れた来客に、顔を合わせた瞬間いきなり殴られたのは言うまでもない。



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拾ノ二

ヨシヒコが逃げ出してから数十分後

 

仏の助言を受けたヨシヒコが普通に戻って来た。

 

「すみません皆さん! ただいま戻りました!」

「ってうわ! ホントにヨシヒコが戻って来たわ!」

「だろー、俺の言った通りやっぱり戻って来た」

 

ここまで全速力で戻って来たヨシヒコに両手を上げて驚くアクア、全く心配していなかったメレブがフッと笑う。

 

そしてダクネスもまた彼の帰還に安堵した表情を浮かべ

 

「安心したぞ、お前にもまだ勇者としての使命を全うする決意が残ってくれた事に、これからも共に戦おう」

 

「ああ、実は仏から大変ありがたいお話を聞かせてもらい、この程度の事で挫けてはいけないと諭されたんだ」

 

「あの仏がありがたい話をするとはどうも信じきれんが……とにかく戻って来てくれて嬉しいぞヨシヒコ」

 

どうやら別れた直後に仏と出会っていたみたいで、彼の言葉を受けて素直に自分が為すべき事を思い出したらしい。

 

一体どんな話を聞かされたのかと気にはなりつつも、とりあえずヨシヒコが無事に戻って来てくれた事にダクネスはホッと胸を撫で下ろした。

 

「実はなヨシヒコ、お前が逃げして少し経った後、魔王を倒す為の切り札らしき情報を手に入れたんだ」

 

「魔王を倒す為の切り札?」

 

「ん~なんかね、突然メレブの後頭部に、茂みの中に隠れていた誰かが勢いよく石を投げつけたみたいなのよ」

 

剣もアイテムも失ったこの状況で切り札とは一体?

 

首を傾げるヨシヒコにアクアがふとメレブを指差しながら話始める。

 

「その石を包んでた紙には、魔王を倒す為のとっておきの伝説の剣が、この近く湖の底に眠っていると書いてあったのよ」

 

「伝説の剣が湖の底に!? 凄い! 確かに我々にとっては逆転できる一手になるかもしれませんね!」

 

「いや伝説の剣云々よりも前に、まずは思いきり石を後頭部にぶつけられた俺を慰めて欲しいんだけど?」

 

伝説の剣と呼ばれているモノであれば間違いなく魔王を倒せる切り札となるに違いない。

 

すぐにでも探しに行かなければとやる気満々のヨシヒコとは対照的に

 

先程思いきり後頭部に石を投げつけられてコブが出来てしまっているメレブはそこに待ったをかける。

 

「ていうかヨシヒコ、この情報の信憑性はかなり薄いぞ、いきなり俺に石を投げつけてきた上に書かれていた情報の内容もどうも胡散臭い」

 

「なんて書いてあったんですかメレブさん?」

 

「うむ、今から読んで聞かせよう、どれどれ~……」

 

後頭部を摩りながらメレブは頷くと、懐に仕舞って置いたクシャクシャの紙を取り出し

 

そこに書かれた匿名の人物からの情報を読み聞かせ始めた。

 

「え~この地を平和に導かんとする勇者達よ、もしお前達にまだ混沌の世を救う意志があるのであれば、ここより東南にありし湖を目指せ、その湖の底には王家の者のみが持つ事を許された聖剣、に匹敵するんじゃないかと思われる伝説の剣『エクスカリヴァーン』が新しき使い手を求めて長き眠りに着いているらしい、己が真の勇者だと思うのであればその剣を手に入れるがいい、さすればその勇者に魔王と戦える為の絶大な力を与えてくれるであろう、常闇の底に溺れ、進むべき道を見失っているお前達がもう一度光を手にするには、その力を用いてもう一度あのカズマという愚かな少年を今度こそ叩きのめして欲しい」

 

「……なんだか妙に物語っぽく書かれた内容ですね」

 

「なっが……書いてる途中で恥ずかしいと思わなかったのかしら?」

 

長い上にどうも厨二臭いその内容にヨシヒコとアクアが怪訝な表情を浮かべていると

 

メレブは次に2枚目の紙を取り出す、どうやら1枚には書ききれなかったらしい。

 

「しかし油断するな、その湖に潜む存在は聖剣だけにあらず、湖を住処とし、聖剣を狙いに来た冒険者達を今まで幾度も屠った凶悪なドラゴンがいる。その名も『クーロンズヒュドラ』」

 

「ドラゴン……!」

 

「八つの首を操る恐るべき怪物であり、高い戦闘力と共に、例え首を斬り落とされても己の体内に蓄積されている魔力を用いて瞬時に復活してしまうという恐るべき再生能力も備わっている。当然倒すのは容易では無いであろう」

 

ここから先にある湖に辿り着き、その底にある聖剣を手に入れれば、魔王と戦える力を再び手に入れる事が出来る、しかしそう簡単に上手い話ではなく、やはり伝説の剣ともなればそれを護る守護者も存在するみたいだ。

 

「お前達が本当にこの世界を、魔王の呪縛に心を操られている者を救いたいと思っているのであれば、その八つ首のドラゴンを倒して見事エクスカリヴァーンを手に入れてみるがいい、影ながら助力する気高き孤高の者より……以上です」

 

朗読を終えてメレブが持っていた紙を下ろすと、話を聞いていた一同は静かに頷く。

 

「どうやら魔王を倒す為の剣を手に入れるには、その湖を護るドラゴンを倒す必要があるみたいですね」

 

「メレブの言う通りどこか胡散臭い所はあるけど、今の私達にはもう疑う時間さえも残っていないわ」

 

「そうだな、本当かどうかはわからないが、ここは賭けてみるしか手は無いな」

 

この近くに湖が本当にあるかどうかさえ分からないが、もはや藁にも縋る思いで信じるしかない。

 

しかしメレブはまだ「う~ん」としかめっ面を浮かべながら手に持っている紙を見下ろし

 

「どこの誰だか知らんが……やたらと俺達の事を良く知っているのが引っかかるんだよな、仏ならともかく、どうして俺達がカズマ君に負けた事までわかっているんだコイツ、それにやたらと厨二臭い書き方でちょっとイラッと来る……」

 

未だこの情報を提供してくれた人物が何者なのか腑に落ちない様子のメレブに、アクアはフンと鼻を鳴らす。

 

「そんな事はどうだっていいでしょ、こうしてる間にもカズマの奴は魔王と手を組んで着々とこの世界の支配を目論んでいるのよ、さっさとぶん殴って正気に戻してやらないと私の気が済まないの」

 

「そうですね、ダンジョーさんやムラサキだけでなく、あのカズマという若者もまた魔王に操られた被害者、すぐに救ってやらねばなりません」

 

「あ、裏切りめぐみんの奴は別に操られてないみたいだから魔王とまとめて退治しても構わないから」

 

「アクア、お前な……」

 

彼等を倒すのではなく救う(めぐみんは除く)事をとりあえず第一の目標とし、ヨシヒコ達はその為にまずドラゴンが潜む湖を探す事にした。

 

「メレブさん、とりあえず湖を探してみましょう、見つからなかったら情報は嘘だったと判断し、すぐに別の策を考えればいいんです」

「……それもそうだな……ほかに手は無いんだし、大人しくこの情報を頼りにするしかないか」

「そうと決まったらすぐに出発よ!」

「いや待てアクア、こんな真夜中に森の中をうろつくのは危険だ。とりあえず夜が明けるまでここで休もう」

「え~仕方ないわね……確かにモンスターに襲われるのは嫌だし、ちょっと休憩しましょうか」

 

四人の話は上手くまとまると、とりあえず一晩ここで休む事を提案するダクネスに従ってヨシヒコ達は焚火を中心に円で囲んで、夜が明けるのを待つ事にしたのであった。

 

日が明けたらドラゴン退治に出発だ

 

 

 

 

 

「ところでヨシヒコよ、お前仏に会ったみたいだけど、アイツからどんな話聞いたの?」

 

「はい、パッドバズーカ事件の全貌を教えてくれました」

 

「うっそマジで!? あのエリスちゃんの奴をヨシヒコ全部仏から聞いたの!? あ、だったら俺にも教えて! 俺ずっと前から気になって仕方ないの!」

 

「勿論です、私が仏から聞いた内容を一語一句正確に全て話します」

 

「あ~懐かしいわね~あの時の事件、そういやあの時私、タケミカヅチの奴と料理取り合って喧嘩してたわね、いいわあの時のアイツとの熱き戦いを今ここで話してあげる」

 

「アクア、妄想も程々にな……ヨシヒコ、エリス様の話を聞いたのであれば私にも是非教えてもらいたいんだが……」

 

「ちょ! なんで私の事をスルーしてみんなでエリスなんかの話を聞きたがってるのよ! エリスよりも私の話を聞いて~!!」

 

 

 

 

 

 

しかし結局夜が明けるまで彼等は寝る事もなくずっと騒ぎ続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして日が昇り早朝、ヨシヒコ達はすぐに行動を開始する。

 

聖剣が眠るといわれるドラゴンが潜む湖を探す為に彼等は歩き出した。

 

「でも仮に湖を見つけたとしてもそっからどうするかが問題だな、その湖にはあのクーロンズヒュドラがいるんだろ? まともな攻撃方法が無い私達では絶対に勝てないぞ」

 

「え、もしかしてそのドラゴンって、結構強い?」

 

「ヨシヒコが仲間にした冬将軍は2億、魔王軍の幹部は大体3億、そしてクーロンズヒュドラの懸賞金は……」

 

茂みの中を歩きながら少し間を置くと、ダクネスはそのクーロンズヒュドラというドラゴンにかけられている懸賞金をメレブに向かって答える。

 

「10億エリスだ」

 

「うっそ! 冬将軍さんの5倍じゃん! 滅茶苦茶強いでしょ絶対! ヤバくない!? ダクネスさんそれヤバくない!?」

 

「物凄くヤバい、仮にヨシヒコに剣があったとしても、私達だけで倒すのは到底不可能だ」

 

「え~~じゃあどうすりゃあいいんだよ~、ドラマタかける?」

 

「それは禁術だ二度と使うな、相手がドラゴンと言えど慈悲ぐらいかけてやれ」

 

「あ、はい」

 

最終奥義とも呼べる新呪文、ドラマタを使うべきかと尋ねたメレブにダクネスはバッサリと却下する。

 

ドラゴンの放屁などそれこそドラマタの名に相応しい大爆発を引き起こし、自分達にも被害が発生するのは目に見えている。

 

「しかし今の俺達のままじゃ全滅は避けられん、なんとかして勝つ方法を今の内に考えておいた方が良いのではないか?」

 

「私にいい考えがあるわ!」

 

「お前は黙ってろ、何かいい作戦はないかダクネス?」

 

「おいちょっとキノコヘッド!」

 

自信満々に自分の胸を叩くアクアを軽くスルーしてダクネスに尋ねるメレブ。

 

怒れるアクアを尻目にダクネスは顎に手を当てながら目を細め

 

「やはり私達だけではなく他の冒険者達を助っ人として呼ぶというのが一番現実的だろうな、それも最低でも五十人は欲しい、だが早急にこれだけの数を集めるというのは難しいな……」

 

「ねぇねぇ! 私にいい作戦があるんだけど!」

 

「アクア、今私達は大事な話をしているんだ、後にしてくれ」

 

「ちょっとー! 私との話は大事じゃないって事それー!?」

 

メレブに続いてダクネスからも袖に流されるアクアがプリプリと怒っていると

 

そこへ静かにしていたヨシヒコがスッと軽く手を挙げる。

 

「冒険者ではありませんが、すぐにここへ連れてこれる頼もしき仲間達がいます」

「ふむ、ヨシヒコそれは一体誰の事だ?」

「私達が今まで仲間にした魔物です」

「あ、そうか!」

 

メレブはポンと強く手を叩いて納得すると、ダクネスもなるほどと縦に頷く。

 

「確かに魔物なら馬車の中で待機させてるし、すぐに連れ出せるな」

 

「ああ、死体とミイラは新婚旅行で長期休暇を取っているが、他に仲間にした魔物なら総動員ですぐに呼び出す事は出来る」

 

「あの2体はまだ戻ってきていないのか……うーむ」

 

魔物を連れて行くという案には賛成するダクネスだが、頼りになる死体とミイラが欠席だという事に少々不安も覚える。

 

「いくら魔物を沢山仲間にしているとはいえ、クーロンズヒュドラを倒すとなるとそれなりの精鋭達でないと難しいぞ……?」

 

 

「安心しろ、彼等ならきっと私達と同じぐらい、いや私達以上に活躍してくれる筈」

 

数だけでなくちゃんとした強い魔物が欲しいと希望するダクネスにヨシヒコは真顔で頷くとすぐに背後に振り返る。

 

すると茂みの中からゴソゴソと

 

「「うわ!」」

 

ずっと待機していたのか、前にヨシヒコが仲間にしたロボと冬将軍がヌッと現れたのだ。

 

いきなり出て来た彼等にギョッとするメレブとダクネス

 

「もう連れて来てたんかい! うっわ~やっぱ冬将軍いかつい! ロボもなんか変な音が出てるけど大丈夫!?」

 

 

「この2匹は常にセットみたいな感じで一緒にいるな、仲が良いんだろうか……」

「将軍とロボの強さは私が保証します、相手がドラゴンと言えど素晴らしい戦いを見せてくれるでしょう」

 

やたらとヨシヒコに対しては従順な冬将軍と、さっきからビービー!と警告音みたいな音を出しながら目を赤くさせているロボ。

 

この2匹だけでもかなりの戦力になる筈、そして更にヨシヒコはまだ奥の手を隠していた。

 

「それと実は最近、もう1匹新しい魔物を仲間に出来ました、まだ新入りですが光るモノがありますので連れて行こうと思ってるんですけどいいでしょうか?」

 

「え、いつの間にお前新しい魔物を仲間にしたの?」

 

「仲間にしたというより出て来たんです、タマゴから」

 

「タマゴから!? あ! それってもしかして!」

 

タマゴから出て来たと聞いてすぐにメレブはピーンと来る。

 

「まさか死体とミイラの間に現れたタマゴが! 遂に産まれたって事!?」

「はい、つい最近生まれました、元気な男の子です」

「はぁ~そうでございましたか~……あ、死体とミイラにおめでとうございますって言っておいて」

 

死体とミイラが結婚式を挙げた直後にいつの間にか現れたモンスターのタマゴ

 

それをウィズから受け取ったヨシヒコは今までずっと大事に預かっていたのだ。

 

そのタマゴが遂に孵化したと聞いてメレブは素直に祝福の言葉を送るも

 

「あの死体とミイラの子供ですって~!?」

 

アクアは思いきり嫌そうな顔を浮かべながらヨシヒコの方へ身を乗り出した。

 

「アンデット同士の子供なんて絶対にアンデッドじゃないの! 何度も言ってるでしょヨシヒコ! 私はアンデットなんかと一緒に冒険とかしたくないの!!」

 

「女神、死体とミイラの間に産まれた子供はアンデット系ではありませんでした」

 

「え?」

 

「生まれた魔物はどうやら「さまようよろい」というぶっしつ系と呼ばれる種類の魔物らしいんです」

 

「なんでさ!?」

 

「読者の方々から教えてもらいました」

 

「読者って!?」

 

死体とミイラの間でなんでそんな名前の魔物が生まれるのだと素っ頓狂な声を上げるアクア。

 

「アンデット同士のタマゴからどうして「さまようよろい」なんていうモンスターが生まれるのよ! そもそもタマゴから鎧ってどういう事よ!」

 

「アクア、その事についてはツッコんじゃいけない、俺達の世界でモンスターが結婚した時にたまに魔王がポンと生まれる事だってあるのだ」

 

「やっぱおかしいわよアンタ達の世界!」

 

「おかしいとか言うな! そのシステムだけでどんだけ大ヒットしたと思ってんだ!」

 

「知らないわよ!」

 

変な所で叫び出すメレブをアクアが一蹴していると、ヨシヒコは後ろに振り返ってちょいちょいと手でこっちに来いと指示

 

「ほら、隠れてないでこっちに来て皆さんに挨拶しなさい」

 

「えーまさか本当に連れて行くの? その、さまようよろいとかいう素性の知れないモンスターを……」

 

「というか生まれたばかりのモンスターを戦いに行かせるというのはちょっと心配だな……私達で何とか守ってやらねば」

 

アクアは嫌そうにダクネスは心配そうに茂みの奥から出てくる魔物の登場を待っていると

 

すぐにその魔物はザッと茂みを掻き分けて現れた。

 

 

 

 

それは傷だらけの漆黒のフルプレートを着飾った

 

目元を横一線に赤く光らせた禍々しい気配を漂わせる騎士の姿をした不気味なモンスターであった。

 

「「「……え?」」」

 

 

想像していたのとなんか違うと三人が困惑していると

 

「さまようよろい」は突然刃物の如く鋭い指をワナワナと震わせながら空に向かって

 

「Aaaaaaaaaaaa!!!!」

「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

 

狂ったように奇声を上げ始める魔物に一同は慌てて後ろに退く。

 

しかしヨシヒコは笑みを浮かべたままその魔物に近づいて肩をポンと叩き

 

「新人りの、さまようよろいです」

「いやそれ明らか!! さまようよろいじゃないだろ絶対に!」

 

メレブがすかさず手を伸ばしてツッコミを入れた。

 

「とても全部平仮名の名前の魔物には思えないんだけど! ビジュアルもどこかウチの世界と違う感じがするし! そもそも描いてる人違うって絶対! 鳥山先生じゃないって!」

 

「なんか……私達の世界やヨシヒコ達の世界でもない別の世界から来た感じに思えるんですけど……」

 

「Gaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

「おいヨシヒコ! さっきからそいつはなんで叫んでいるんだ! 私達に敵意を向けてるんじゃないよな!?」

 

「何を言ってるんですか皆さん、彼は死体とミイラの間に産まれた子供であり、我々の大切な仲間の一員です」

 

言葉にならない絶叫を上げ続ける黒騎士に三人が更にドン引きしている中、ヨシヒコは彼の肩に手を置いたまま新しい仲間だと真顔でアピール。

 

「確かにちょっとどす黒いオーラを放ってたりいきなり変なタイミングで叫んだりしますけど、強そうですし絶対に役に立ちます」

 

「いや確かに強そうだけどー……「ぶっちゃけ俺達いなくてもコイツ一人で魔王を倒しに行けるんじゃね?」って感じの迫力出てるけども……」

 

「コイツ自身が魔王であったとしても不思議じゃないな……」

 

「ねぇヨシヒコ……その子さっきからなんか私の事ジッと見てるんですけど……」

 

ヨシヒコの言う通り確かに強そうだが味方とは思えないと呟くメレブとダクネスをよそに

 

さっきから黒い霧の様なモノを体の周りに発生させつつも、その奥からジッとアクアを凝視していたと思えば

 

「Arrrthurrrrrr!!!!」

「ひぃ!」

 

また急に意味深な叫びを上げ始める黒騎士。

 

これにはアクアもすっかりビビってしまい頬を引きつらせる。

 

「コイツを連れて行くの絶対にダメ! だってうっかり背中見せたら裏切られそうだもん!」

 

「大丈夫です彼は絶対に我々を裏切りません、さあ行くぞ、将軍、ロボ、よろい」

 

「……」

 

ヨシヒコの問いかけに他2匹と同じく無言で頷くよろい、どうやら言う事は一応聞くらしい。

 

アクアの不安をよそにヨシヒコは冬将軍とロボ、そして新たに仲間入りしたよろいと共に

 

ここら近辺にあるという湖を探しに再出発する事に。

 

「さあ皆さん! 湖の底に沈んでいる聖剣を取りに行きましょう!!」

 

「Uaaaaaaaaa!!!!」

 

「え~なになに!? 湖と聖剣と聞いて急にテンション上がった感じでまた叫び始めたぞコイツ!」

 

「というかこのモンスター……さまようよろいじゃないんじゃ……明らかに中身が入ってそうな感じがするんだが……」

 

「入ってるとしたら間違いなく頭のおかしい奴ねきっと……はぁ~せめて言う事を聞かせる為のおまじない的なモノでもあればいいのに……」

 

メレブ達の心配をよそに、ヨシヒコは意気揚々と魔物を引き連れて歩き出すのであった。

 

いざ、聖剣を護りしドラゴンが潜む湖へ

 

 



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拾ノ三

死体とミイラの間で産まれたタマゴから孵ったのは禍々しいオーラを放つ漆黒の鎧だった

 

彼を新たに仲間に加入したヨシヒコ達は森の中をひたすらに進み続けていると、やっと開けた場所に出れたのであった。

 

「ここが書かれていた湖でしょうか?」

「ほほう、どうやら書かれていた事は全てウソという訳ではなかったみたいだな」

 

森の奥にひっそりとあった大きな湖が彼等の前に現れた。

 

メレブの後頭部に直撃した石を包んでいた、あの手紙通りに湖があった事がわかるとヨシヒコとメレブは早速近づいてみる。

 

「手紙の通りならこの湖の底に魔王を倒す為の聖剣があるんでしたよね」

「Arrrrrrrr!!!」

「しっかし随分と深いぞここ……底にあるとしたらかなり深く泳がないと難しくない?」

「Ohrrrrrrr!!!」

「私も流石にここまで深いと息が保ちません、どうすれば……」

「Ahrrrrrrrr!!!」

「おいよろい! うるさい! さっきから凄くうるさい!」

 

ヨシヒコと相談している時にずっと耳元で叫びっぱなしのよろいにメレブが叫んで彼の方へ顔を上げようとすると

 

「Uaaaaaaaaaa!!!!」

「ってうわぁ! ドラゴン出たぁ~~~~!!」

 

頭上を見上げると湖の水面から勢いよく八つ首のドラゴンがこちらを血走った目を向けて現れていたのだ。

 

ずっと湖の底に気を取られていたせいで現れていた事に全く気付かなかった。

 

よろいが叫んでいたのはきっと自分達に警告を促していたのだろうか……

 

「ヨシヒコ! 顔上げて顔!」

「え? うわ! メレブさんドラゴンです!」

「うん俺が先に気付いてるからわかってる! どうやらコイツが、あのクーロンズヒュドラというこの湖を住処とする怪物みたいだな……」

 

八つの首が揃ってこちらを凝視している事に慌てて後退するヨシヒコとメレブ

 

どう見ても一筋縄ではいかない凶悪な魔物に違いない。ヨシヒコ達はすぐに4人で固まって行動を開始する。

 

「いや~! 何よアレ首がいっぱい生えてて超キモイ~~~!! 私後衛で支援だけするから後よろしく!」

 

「これが噂に聞いていたドラゴン系のモンスター……いいぞこういうのと戦えるのを待っていたんだ! 前衛は私一人に任せろ! 奴の攻撃を全部受けきってやる!」

 

「うん、コイツは俺の呪文全く効かなさそうだから後ろで隠れるわ俺」

 

「ドラゴン……お前にはなんの恨みも無いが、聖剣を手に入れる為に倒させてもらうぞ」

 

ダクネスが満面の笑みで前衛に、アクアとメレブは急いで後衛に避難。

 

そしてヨシヒコは中衛の位置でクーロンズヒュドラに向かってバッと手を突き出し

 

「いけ! 共に戦う魔物達よ!」

 

その号令に応えるかの様に冬将軍とロボが颯爽と彼の前に躍り出て戦闘態勢に

 

2匹ともやる気満々の様子で得物を構えているも、よろいだけは何故かその場から少し離れて立ちつくすのみ。

 

そして彼等の陣形を眺めながら、八つ首のドラゴンもまた敵と見定めて攻撃を開始し始めた。

 

「さあ来るなら来い! 徹底的に私だけを狙って執拗にいたぶり続けるがいい!! ほら早く私に攻撃を……」

 

 

 

 

 

 

「あ」

「ダクネ~ス!!!」

「開始1秒も経たずに食われてしまった~~!!」

 

攻撃方法がまさかの口を大きく開けてからの丸呑み。

 

八つの中の一つの頭に襲われたダクネスは、間抜けな声を最期にあっけなく食べられてしまう。

 

するとドラゴンのお腹の中から

 

「す、凄いぞヨシヒコ! ドラゴンの胃の中に入れるなんて初体験だ! このまま為す術なくゆっくりと消化されてしまうのかと想像してしまうと……興奮する!」

「お腹の中でも普通に喋れるのかダクネス! 待っていろ! すぐに私が出してやる!」

「……お構いなく」

「……え?」

 

食べられているというのになぜか歓喜の声を上げるダクネスを急いで救出しようと叫ぶヨシヒコだが

 

ドラゴンの腹の中から聞こえた彼女はそれをやんわりと断りを入れる。

 

一瞬自分の耳を疑うも、ヨシヒコはすぐに助け出そうと冬将軍とロボに指示

 

「二人がかりであのドラゴンを倒せ! まずはダクネスがいる奴の腹に攻撃だ!」

 

魔物使いらしく的確に指示を与えると、それに従って冬将軍とロボは機敏に動いてドラゴンのお腹を攻撃する。

 

しかし冬将軍が繰り出す刀による居合切りも、真っ赤に点滅してからのロボの目からの強力なビームを当てると

 

ダメージが通った途端たちまち体の傷が癒えていくクーロンズヒュドラ。恐ろしい再生能力だ

 

「ダメだ! この2匹の攻撃を持ってもビクともしない……! コレがこの世界のドラゴンの強さか……!」

「ハァハァ……! ヨシヒコ今お前! 魔物達に私がいる場所をピンポイントに狙ってくれたな!」

 

改めてこの世界の魔物の強さに驚いてるヨシヒコを尻目に、ドラゴンの腹の中からまたしても興奮した様子でダクネスが叫んでいる。

 

「おかげでヌメヌメした胃の中から凄い衝撃を受けてどこが上か下なのかわからないぐらい引っくり返されてしまったぞ! どうもありがとう!!」

「ダメだ、魔物に食べられた事でダクネスが我を失っている……」

「心配するなヨシヒコ、アイツは元から失ってる」

「なんとしても早く助け……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「わ! 冬将軍とロボが食われた!」

 

悔しそうに奥歯を噛みしめるダクネスに後ろからメレブが杖で体を支えながらツッコミを入れていると

 

クーロンズヒュドラと戦闘中だった冬将軍とロボが、隙を突かれてダクネスの時と同じようにパクッと食べられてしまった。

 

「おのれよくも私の大事な仲間を次々と……! 許せん! ヨシヒコパーンチ!!」

「ヨシヒコパンチ!? え!? なにそれヨシヒコパンチって! そんなクソダサい技初めて聞いたんだけど!」

 

みすみす仲間を三人も失ってしまった事に、ヨシヒコはヤケクソ気味に素手の状態で真正面から突っ込んでいく。

 

物凄くダサい技名を叫びながら拳を突き出す彼を見てメレブが戸惑っていると

 

ヨシヒコ渾身の右ストレートがポスッと軽い音を奏でてクーロンズヒュドラのお腹に当たった。

 

それを食らってなお全く効いていない様子だったので、ヨシヒコは恐る恐る後ろに下がると……

 

「ヨシヒコキーックぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あ、やっぱダメだったぁ! ヨシヒコパンチがダメならヨシヒコキックにしようと思ったのに! やる前に食べられちゃった!」

 

助走をつけて今度こそと間抜けな技を叫びながら蹴りを行おうとする。

 

しかし案の定、クーロンズヒュドラのはヒョイッと彼を掴み上げて、そのまま空中へほおり投げて別の頭がパクッと丸呑みしてまった。

 

残されたのは後衛のアクアとメレブだけに……

 

「あれ? もしかして今残ってるのって私達……」

「んー……メレブパンチはアイツには効かないと思うからパスで、頑張ってアクアパンチで倒して水の女神(笑)」

「はぁぁ!? ちょっとなに! 自分だけ戦いに参加しないつもり! この期に及んでビビってんじゃないわよ!」

 

軽々とヨシヒコ達をペロリと平らげてしまったクーロンズヒュドラに、自分ではとても太刀打ちできないと両手を上げるメレブ。

 

しかし支援魔法と宴会芸が取り柄のアクア一人では勝つ事など出来る訳がなく

 

二人目掛けてドラゴンの長い首が二つ、ゆっくりと伸びていくのであった。

 

「わぁぁぁぁぁぁ!! このままだと私達まで食べられちゃう~!!」

「も~強過ぎだろコイツ~! ヤバい! なんにも出来ずに全滅だコレ!」

 

二人して逃げる事も出来ずにギャーギャーと喚きながら叫んでいる中でもクーロンズヒュドラはみるみる迫って行く。

 

しかしそこで

 

「Gaaaaaaaaa!!!」

「見て! 遂にあの怪しいモンスターが動き始めたわ!」

「ホントだ! さまようよろい! さまようよろいだと言われるけど本当にさまようよろいかどうか疑わしいさまようよろいが戦おうとしてるぞ!」

 

このタイミングで遂に漆黒の鎧が動き出す。

 

ガシャンガシャンと音を鳴らしながら機械的な動きでクーロンズヒュドラの方へと勇ましく向かっていったのだ。

 

「今までなにボーっとしてたのよ! でもなんかアレよね、見た感じは本当に強そうに見えるわね」

「いや確かに見た目は超強そうに見えるが、あの恐ろしい再生能力を持つドラゴンに果たして勝てるかどうか……」

 

 

期待半分と不安半分でアクアとメレブが離れて見守っていると、よろいに向かって八つの頭の内の一つが襲い掛かる。

 

「Ohrrrrrrr!!!」

「「跳んだぁ!!」」

 

ヨシヒコ達同様丸呑みにしようと大口を開けて来たドラゴンを寸での所で引き寄せてからのジャンプで回避。

 

地面から5メートル近く離れた所まで飛翔すると、そのまま立ち続けに襲い掛かって来る二つの頭を軽々と両手両脇で掴んで

 

「Uaaaaaaaaaa!!!!」

「「叩き付けたぁ!!」」

 

豪快に地面に叩き付けたのも束の間、そのまま二つの頭を両脇に抱えて一気に引き上げるかのような動きをすると……

 

「Arrrthurrrrrr!!!!」

「「持ち上げたぁ!!」」

 

 

とんでもない怪力である、アクアとメレブが同時に叫んでる中、よろいは二つの頭を掴んだ状態から、クーロンズヒュドラを湖から引きずり出してそのまま高々と持ち上げる。

 

そしてそのまま全身を地面に豪快に叩き付けてみると、その衝撃でドラゴンの口から冬将軍とロボ、そしてヨシヒコとダクネスがヌルヌルの状態で滑りながら出て来た。

 

「おぉ……出てこられた! 冬将軍とロボも無事だ! ダクネスも助かったぞ!」

「おい誰だ! 人がお楽しみの途中でいきなり邪魔した奴は! 出て来い!」

「大変だ、ドラゴンの腹から脱出してもダクネスが正気を失ったままだ……」

「だからヨシヒコよ、そいつは俺達と出会った時からとっくに失くしてるの、正気」

 

 

外に出れた事に喜びながらヨシヒコは立ち上がるも、ダクネスはまだドラゴンの胃の中を堪能しきれていなかったのかえらくご立腹の様子。

 

地面でのたうち回る彼女を見てヨシヒコはショックを受けるが、メレブは冷めた様子でツッコミを入れ、それにアクアも無言で頷く。

 

「よろいの奴がお前の事を助けてくれたんだよ、凄かったぞ今の、あのシーンを撮るのにどれだけ予算がかかったのかは考えたくないけど」

 

「スタイリッシュにヌルヌル動き回りながらドラゴンを翻弄して、そのまま一気に投げ飛ばしてアンタ達を吐き出させたのよ」

 

「そうだったのか……よろい、流石は死体とミイラの子供だ……私達を助けてくれて感謝する……」

 

「Arrrrrrrrr……」

 

メレブとアクアに一部始終を聞かされてヨシヒコは深くよろいに感謝した。

 

するとその礼に応えるかの様によろいはヨシヒコに対して胸に手を当て軽くお辞儀をする。

 

だがホッとしたのも束の間、よろいによって叩き付けられたクーロンズヒュドラが

 

「あ、ヤバい! お前達その場から一旦逃げろ! ドラゴンがまた起き上がるぞ!」

 

「やっぱりまだ倒し切れなかったみたいね、流石は十億エリスの懸賞金がかかってるだけあるわ……」

 

首を左右にフラフラさせながらも、異常な回復力をもってすぐに元気になったかのように目を覚ましたのだ。

 

慌てたメレブがすぐに号令をかけると、ヨシヒコとダクネス、そして魔物三匹は急いでメレブとアクアの方へと退く。

 

「マズいですね、私達の攻撃はほとんど通らない上にすぐに回復してしまうとは……」

 

「よろいの攻撃は効いているが、コイツだけしか戦えない以上、倒し切るにはかなり時間がかかるぞ」

 

「Aaaaaaaaaaa……!!」

 

「そうねぇ、魔王のおかげで私達にはもう時間はあまり残っていないってのに、コイツを早く倒すにはどうしたら……」

 

よろい1匹だけでこのドラゴンを仕留めるには相当な時間がかかる筈

 

間もなくこの世界が魔王によって闇に覆われてしまうという状況でそんな悠長な真似は出来ない。

 

どうしたもんかとクーロンズヒュドラ攻略に悩む一同

 

しかしその時

 

「アレ? 倒す? そういえばどうしてあのめんどくさいドラゴンを倒さなきゃいけないんだっけ?」

 

「バカだなお前ーもう忘れちゃったのー? アイツがいる湖の底に魔王を倒す為の伝説の剣が眠ってるんだよ」

 

「あのドラゴン、もう湖から出ちゃってるんですけど?」

 

「……あ、本当だ」

 

「バカねーメレブさん、見たまんまの状況なのにそれに全く気付いていなかったなんてプークスクス!」

 

アクアはふと気付いた、自分達の当初の目的はドラゴン退治ではなく、そのドラゴンが潜む湖から聖剣を手に入れる事だと。

 

つまり今、湖からほおり出されたドラゴンが陸地にいるのだから、湖は完全に無防備になっているという事だ。

 

メレブに嘲笑を浮かべた後、こちらに対して威嚇するかのように吠えているクーロンズヒュドラの方に目をやったまま、アクアは目をキランと輝かせてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「私にいい考えがあるわ」

「本当ですか女神!?」

「フフフ、いい?手短に作戦内容を伝えるからちゃんと聞いておきなさい」

「うわーコイツの作戦とかぜってぇ乗りたくねー」

 

良い案を閃いたとドヤ顔のアクアに、メレブは嫌そうな顔しつつもこの状況を打破できるならと彼女の話を聞いてみる事に

 

すると突然彼女は両手を地面に突いてクラウチングスタートの構えを取ると……

 

「いっちょ私が湖の底に潜って来るから! アンタ達は死ぬ気でそのドラゴンの足止めしなさい! 以上!」

 

「うわぁ!! あの野郎俺達を囮にしやがった! きったねぇ!」

 

勢いよく地面をけり出し毛駆け出すと、ドラゴンの横を突っ切ってそのまま湖に向かって両手を上げてザッパーン!とダイブするアクア。

 

こんな巨大なドラゴンを足止めさせろとか無茶な要求だけ残して湖の中へと消えていった彼女に、メレブは恨めしそうに呟きながらもすぐに杖を構えてクーロンズヒュドラの方へ

 

「もうこうなったらやるしかない! 行くぞヨシヒコ! ダクネス!」

「はい! 私は魔物を操って食い止めます!」

「私はもう一度丸呑みされてくる! 後は頼んだ!」

「よしダクネス! お前はもう帰れ!」

 

恍惚とした視線をドラゴンに向けながら息を荒げるダクネスをメレブが一喝していると

 

ヨシヒコの命令に従い冬将軍・ロボ・そして漆黒のよろいが一斉に動き出す。

 

「身体への攻撃は効かない! ならばドラゴンの首を取り押さえて拘束だ!」

 

先程よろいが行っていたかのように冬将軍とロボは体の方ではなく首を集中的に狙い始めた。

 

ロボはビームと剣の連続攻撃でドラゴンの頭にダメージを与えて怯んだ所を剣で突き刺し拘束。

 

冬将軍は二つの頭を同時に相手取りながら力任せに首根っこを掴んで身動き取れなくさせる

 

「Gaaaaaaaaa!!!」

 

そしてよろいに至っては左右の腕で二頭、両腕が塞がってる所へ攻撃しに来たもう一頭を両足で挟んでそのまま身体を捻って首の骨をへし折ってしまった。

 

「さっきから! さっきからアイツだけアクロバティックな動きし過ぎー!」

 

規則外な強さと動きを魅せ付けてくれるよろいにメレブが思わず叫んでしまう

 

あのよろいは本当に自分達の世界の魔物なんだろうか……

 

ロボが一頭

 

冬将軍が二頭

 

よろいは三頭

 

これで八頭の内の六頭の動きを封じたことになる、後の二頭は……

 

「私が出る! 盾役なら任せろ!」

「ダクネス!」

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

そう言って叫んで勇ましく突撃していったのはダクネス。

 

未だ残っている二頭の執拗な噛みつき攻撃を剣で受け止めながら高い防御力で怯みもせずに足止めに徹する。

 

「丸呑みじゃないのが不満だが、これもまた良し!」

「引くわ~、ダクネスさんホント引くわ~」

 

自分の前で上手く盾役になってくれている彼女に微妙な気持ちになりながらも、メレブはスッと杖を構え

 

「だがよくやった。八つの頭の動きを封じ込めた今こそ、この俺が活躍する時!」

 

クーロンズヒュドラの方へと得意げに突き出した。

 

「この俺がかつて覚えた呪文によって、このドラゴンの攻撃力を下げる!」

「攻撃力を下げる! 凄い! 今度はどんな呪文を思い出したんですかメレブさん!」

「フッフッフ、慌てなさんな……ほい!」

 

メレブが呪文を使うと聞いただけでテンションが上がってしまうヨシヒコをよそに、メレブはニヤリと笑いながら早速敵に呪文を掛けた。

 

すると

 

 

 

 

クーロンズヒュドラの八頭の口元が全部しゃくれた。

 

「こ、これは……! ドラゴンの顎が全部しゃくれになっている! メレブさんこれは!」

「そう、この呪文こそ俺が長き冒険の中で会得した呪文の一つ、敵味方のどちらかをしゃくれさせる呪文だ!」

「凄い! しゃくれたドラゴンが上手く口を閉じられなくなって明らかに攻撃の勢いを失っている!」

 

掛かった者がしゃくれる呪文

 

ただの人間に使えばなんら意味の無い呪文なのだが

 

大口を開けて噛みついたり飲み込んだりする様な大型モンスターにとっては、噛みつこうとしても上手くかみ合わないせいでかなりイライラしている様子。

 

「俺はこれをかつて……」

 

 

 

 

「シャクレナ……と絶対にそう名付けたとハッキリ記憶しております!」

「流石はメレブさんだ……! しゃくれてしまってはまともに攻撃する事も出来ない……」

 

自信ありげに自分が昔名付けた呪文を思い出して叫ぶメレブ。

 

ヨシヒコは感心した様に頷いて見せると

 

目の前でイライラしながら拘束されている状態の八つの頭がもがき苦しむのを見渡しつつ再度頷き

 

「では、最後に私の出番が来たようですね」

「え、待ってヨシヒコ、え? お前今剣も持ってない状態だよ? 出番って一体何する気?」

「メレブさん、私がかつてアクセルの街で手に入れた職業を忘れたんですか?」

「……うんごめん、忘れた、完全に忘却の彼方に消え去った」

 

なんか得意げに言っている所悪いが、残念ながらメレブは素で忘れてしまっている様子。

 

それでもヨシヒコはお構いなしに彼に向かってフッと笑って

 

「私の職業は……ドラゴンを征して操る騎士! ドラゴンナイトです!」

 

「おお! 思い出した! なんかもうずっとその設定使われなくなったから、いつの間にか自然消滅した設定だと思ってた……」

 

「はい、確かに今まではこの世界で冒険していても、ドラゴンと巡り合う機会が無かったので全く役に立ちませんでしたが、今ようやく、私の職業が役に立つ時が来ました……」

 

 

ドラゴンナイトヨシヒコ……そう言えば随分前に、アクセルの街で冒険者として登録する時に職業としてヨシヒコが選んでいたのをようやく思い出したメレブ。

 

今こそドラゴンナイト(笑)から、本物のドラゴンを操る真のドラゴンナイトになる時……

 

「それをここで証明して見せます!」

「ヨシヒコ!」

 

ダクネスが抑えつけている二頭の内の一頭の方へ飛び掛かるヨシヒコ。

 

一体何をする気だとメレブが驚いたその次の瞬間……

 

 

 

 

 

 

「よ~しよしよしよし!! よ~しよしよしよし!」

「……え?」

「ヨ、ヨシヒコ、急にどうしたんだお前……?」

 

急にドラゴンの頭に飛び乗ったと思いきや、急に満面の笑みを浮かべたまま甘い声で囁きつつ優しく撫で始めるヨシヒコ。

 

メレブが戸惑い、思わずダクネスも剣を構えるのを止めて呆然と立ちすくすも、ヨシヒコは全く気にせずにひたすらドラゴンを愛で続ける。

 

「よしよしよし! 良い子ですね~! ドラゴンはね、本当は心の優しい生き物なんですよ~! よ~しよしよしよし!!」

 

「メレブ、ヨシヒコの様子がおかしいんだが……」

 

「いや待てダクネス、確かに様子がおかしいというか若干キモいが、アレもまたヨシヒコなりのドラゴンへの愛情表現に違いない」

 

「愛情表現!?」

 

甘えた声を耳元で囁きながら頬ずりしてくるヨシヒコに、流石のクーロンズヒュドラも固まって動けなくなってしまう。

 

そしてメレブはヨシヒコの行動を見てふとピーンと鋭く察した。

 

「間違いない、ヨシヒコ、いやヨシゴロウさんはああやってドラゴンと心から打ち解けようとしているんだ」

 

「ま、まさか他の魔物達と同様に、十億の懸賞金が掛かった恐ろしいドラゴンをも手懐けるつもりなのか!?」

 

「うむ、確かにそう簡単ではないだろう、しかしドラゴンナイトという職業なら、それは不可能とは言い切れん」

 

ドラゴンとの対話をし、倒すのではなく心服させるというまさかの戦法を取って見せるヨシヒコに

 

そんな戦い方があるのかとダクネスが驚いていると、メレブは静かにコクリと頷くのであった。

 

聖剣を手に入れる為にやるべき事はやった、後はもう勇者と女神に任せるしかない。

 

「信じよう、俺達のドラゴンナイトの力と、湖の底に潜っていったアークプリーストの力を」

「……そうだな」

 

 

 

 

「よしよしよしよ~し! 可愛いですね~! 食べちゃいたいくらい可愛いですね~よしよし!」

 

「あ、見ろダクネス! ヨシゴロウさんが遂にドラゴンの顔を舐めようとしているぞ! あれもきっと愛情表現だ!」

 

「アハハハハハ~! 本当に良い子ですね~~!!」

 

「止めろヨシヒコぉ! 目が完全にイッてるしどう見ても正気じゃない! 流石に舐めるのは止めろ! 他の頭がお前の奇行を見てめっちゃ怯え始めてるぞ!」

 

「ダクネスに言われるなんて相当だなヨシヒコ……」

 

「Ohrrrrrrr!!!」

 

「ハハハ、コイツに至ってはホント訳わかんない」

 



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拾ノ四

ヨシヒコがクーロンズヒュドラを手名付けようと優しくよしよしを始めてから数分後

 

ようやく湖の底からアクアが勢いよく水面から飛び出して来た。

 

「プハァ!! 獲ったどぉぉぉぉぉおぉぉ!!!」

 

「おお! 見ろメレブ! アクアが剣を掲げて戻って来たぞ!」

 

「なんだ、もう全然浮かび上がってこないから、普通に諦めて別の方法考えようと思ってた」

 

「なにひとの事見捨てようとしてんのよ! 水の女神をナメんじゃないわよ!」

 

全身ずぶ濡れになりながらも水面から高々と掲げ上げているのは金色の鞘に収まった美しい剣。

 

間違いなくアレこそが、魔王を倒す為のとっておきの聖剣・エクスカリヴァーンに違いない。

 

 

ぶっちゃけあんま期待していなかったダクネスとメレブは、彼女の成果に急いで駆け寄った。

 

「よくやったぞアクア! やはりお前はやる時はやるんだな! 偉いぞ!」

 

「うむ、これは俺も素直に認めるしかないみたいだな、どうせ潜って早々魚にでも食べられちゃったんだろと思っててゴメン」

 

「なんかその保護者面した上から目線が引っかかるけど……これからは私の事をキチンと水の女神として崇め奉れば許してあげてもいいわよ!」

 

「アクア、この期に及んでまだそんな痛い事を……」

 

「よし、もっぺん湖に飛び込んで頭を冷やして来い」

 

「ええぇー!?」

 

えへんと両手を腰に当てて勝ち誇るアクアだが、やはり女神と自称してもダクネスとメレブは信じてくれない様子。

 

そしてここまでしてもなおも信じてもらえないと嘆きつつ

 

「こうなったらヨシヒコの奴にいつもみたいに称賛されないとやってけないわ、アレ? そういえばヨシヒコはどこ行ったのよ」

 

自分に甘いヨシヒコの存在を求めて、アクアはチラリと別の方へと顔を向けると

 

「女神! 聖剣を手に入れたんですね!」

「あ、ヨシヒコってぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

ヨシヒコがこちらに向かって嬉しそうに手を振っている。

 

しかしいつもより視点が高い、アクアよりもずっと上で、こちらを見下ろしながらニコニコと手を振っている。

 

何故なら今の彼は……

 

「私もこのドラゴンを懐柔し仲間にする事に成功しました!」

「なんでさ!?」

 

あの恐るべし八つ首のドラゴン・クーロンズヒュドラの頭の上に跨り、完全に従わせている状態なのだ。

 

他の首にも冬将軍やロボ、それにあのよろいも楽しそうに乗っている。

 

「女神の言っていた通りに私も頑張って、ドラゴンナイトとしてスカウトしてみたら意外といけました」

 

「私ただ足止めさえしてくれればそれでいいって言っただけなんですけど!?」

 

「よーしよしよしよしよし!! よしよしよしよしよーし!」

 

「やだヨシヒコキモイわ! 甘え声出しながらドラゴンの頭を撫でるとかホントにキモイ!」

 

狂気じみた笑みを浮かべながらドラゴンを手懐けてる様子を魅せ付けて来るヨシヒコにアクアは必死に抗議すると、彼はやっとドラゴンの頭から降りて来た。

 

そして歩み寄って来たヨシヒコにアクアは「はいコレ」と持っていた聖剣を両手で渡す。

 

「湖の底にこれ見よがしに突き刺さってたから抜いて来たのよ、感謝しなさい、凄く女神に感謝しなさい」

 

「これが魔王を倒せる伝説の武器、聖剣エクスカリヴァーン……流石は女神、ありがとうございます、凄くありがとうございます」

 

「別に私が二回感謝しなさいって言ったから二回お礼言う必要は無いんですけど……」

 

アクアに二回分の礼を言って深々と頭を下げると、ヨシヒコは受け取った聖剣を金色の鞘から引き抜いて見せた。

 

「おぉ……」

 

長年湖の底に沈んでいた筈なのにその刃は眩しく光り輝き、自分の顔がハッキリと映る程であった。

 

真上に昇っている太陽にかざすと、長き眠りから覚めた聖剣は惚れ惚れする程美しかった

 

「これでいよいよ、もう一度魔王に挑むことが出来ますね」

「うむ、遂にこの旅が本当に終わる時が来たという訳だな」

「はぁ~ようやく終わりなのね~、長かったわぁホントに」

「まだ終わりとは決まってないだろ、魔王を倒して初めて終わりと言えるんだから」

 

剣を鞘に納めて右手で抱えるながら、いよいよクライマックスが近づいて来たと実感する三人。

 

そこへダクネスがまだ気を緩めるなとしっかり忠告する。

 

「ただ魔王に勝つだけではないぞヨシヒコ、お前とメレブの仲間であるダンジョーにムラサキ、そして私達の仲間であるカズマとめぐみんも取り戻さなきゃな」

 

「いやめぐみんは別に良いでしょ、魔王と一緒に片付け……いたッ!」

 

「ああ、奪われた仲間は必ず取り返す、そして闇に支配されようとしているこの世界を救おう」

 

また余計な事を言い出そうとするアクアをダクネスが無言で彼女の頭を殴って黙らせていると

 

ヨシヒコもちょっと前までは逃げ出したくて仕方なかったのに、今では勇ましい真の勇者の顔に戻っていた。

 

そして後ろにいる仲間にした魔物達の方にも振り返る。

 

冬将軍、ロボ、よろい、そしてさっき仲間にしたクーロンズヒュドラにヨシヒコは静かに頷き

 

「お前達、いよいよ私達は魔王の城へと向かう。どうか最後まで私に付き合ってくれ」

 

「Arrrrrrrr!!!」

 

「てかあのよろい……絶対よろいじゃなくて中身入ってるだろ」

 

他の魔物が賛同する様に無言で頷く中で、よろいだけは雄叫びを上げて右手を空に突きあげる。

 

事あるごとに叫び出すよろいにメレブが首を傾げながらその正体に疑問を持ち始めていると……

 

 

 

 

パァーッと空から眩い光がこちらに降り注がれた。

 

「お、来た仏。ヨシヒコ、ドラゴンナイトからライダーに変身だ」

 

「はい」

 

「今更だしツッコまなかったけど、変身するならヘルメットだけじゃなくてベルトも必要だと思うんですけど?」

 

「マジで今更過ぎるしどうでもいい、てかなんでそこ気になってたんだよお前」

 

上空からすっかりお馴染みのあの声が木霊したので、メレブはすぐに袖の下からいつものヘルメットをヨシヒコに被せる。

 

メレブがアクアにツッコミ返す中、ヨシヒコ達、そして魔物達も反射的にその声の方へと顔を上げると。

 

「うん……うん、かなり美味いわ、イケるイケる」

「あ! なんかアイツ食ってるぞ!」

「うん!?」

 

 

雲の上に現れたのは、ドンブリに入った牛丼を、下を向いて美味しそうにほおばる仏の姿であった。

 

メレブが早速叫ぶと、その声に気付いたかのようにバッと仏は顔を上げる。

 

「ええ! おま! 飯食ってる時に呼び出すんじゃねぇよバカヤロー!」

 

「こっちが呼び出してる訳じゃねぇよバカヤロー!」

 

「相変わらずこっちが大変な目に遭ってるのに、呑気に牛丼で昼食とかムカつくわね~ホント」

 

口をモグモグさせながらこっちに米粒飛ばしてくる仏にメレブとアクアが早速逆切れするも

 

空に映る仏は不意にこちらではなく横の方へと振り返って

 

「なに? ああコレ? こうやって繋がってる先の相手にお告げするのが私の仕事」

 

「しかもまた誰かと一緒にいるし……おい! こっちが魔王と戦おうとしてるのに、なに飯食ってんだよお前!」

 

「うるさいよ! 仏だってねご飯ぐらい食べるんだよ! 神様だろうがお腹空くんだよ!」

 

「うわ口の中見えちゃった! 汚いってもう~! ちゃんとさ! 口の中のモン全部食べ終えてから喋りなさい!」

 

食事中の仏の口の中が見えた事にメレブが不快感を覚えてしかめっ面を浮かべると

 

仏はしばらく無言で噛み続けてようやくゴクンと飲み込み、更にコップに入った水を飲み終えると。

 

「ふぅ~、よし」

「いやなんでまた食べ始めようとしてんだよ!」

 

一呼吸整えて再び箸を手に取って牛丼にがっつこうとする仏を、すかさずメレブが手を伸ばして止める。

 

「牛丼はいいから早くお告げしろお告げ!」

 

「んだよそんなに仏の話聞きたいのかよ! だったら今すぐ聞かせてや……あ、そこの紅ショウガと焼き肉のタレ取って」

 

「いや牛丼へのトッピングよりこっちを優先しろ!」

 

「そうよ! 紅ショウガならともかかく牛丼に焼き肉のタレなんて邪道よ!」

 

「お前はお前で変な所にツッコミを入れるな」

 

隣に座っているのであろう一緒に食べている者から紅ショウガと焼き肉のタレを受け取って

 

沢山牛丼にかけ始めるのでメレブとアクアが怒鳴りつけると

 

仏は渋々といった感じでこちらに改めて振り返って来た。

 

「そんじゃまあ……ヨシヒコは無事に立ち直って、魔王を倒せる聖剣も手に入れた事だしね、それで魔王をとっとと倒しちゃってください」

 

「うわ、いつにも増して適当……どんだけ早く牛丼食べたいんだよ」

 

こっちを見つつもチラチラと下に目線を下ろして牛丼を食べたそうにしている仏

 

しかしこれもまた大事な仕事なので、少々雑ではあるもお告げを続ける。

 

「後ね、カズマ君に奪われた導きの笛はまだ彼が持っているみたいだから、それもなんとかして奪い返しなさい、そうすればまたダンジョーやムラサキ、それとカズマ君も元に戻すチャンスだから」

 

「Ohrrrrrrr!!!」

 

「……ん? なんでその魔物いきなり吠えたの? 返事してくれたの? 仏に返事してくれたのその子?」

 

お告げをしている最中に突然吠え始めたよろいに仏が首を傾げるも、アクアはめんどくさそうに手を横に振って

 

「気にしなくていいわよ、このよろいってば定期的にこうやって吠えるクセがあるのよ」

 

「てかそのよろい……ん? んん? 本当に魔物? てかそもそも、この世界の魔物? 私全く知らないんだけど、明らかに浮いてる様に見えるんだけど」

 

「いいからお告げ続けなさいよ、私達だってコイツの正体わからないのにアンタなんかがわかる訳ないでしょ」

 

「うわ……超ムカつく~、マジお前、いつか絶対にぶっ飛ばすから覚えとけよ絶対」

 

アクアの無愛想かつ失礼な態度に、よろいに対して強く疑問を持っていた仏はカチンときながら

 

彼女が天界に戻ってきた暁には仏ビーム13連射をお見舞いしてやろうと心に決めるのであった。

 

「え~あとなんか言う事あったっけ……あ! 確か魔王の城って今、毒の湖に囲まれてなかった?」

 

「はい、でも唯一城へと辿り着ける橋があったんですが、めぐみんの魔法によって破壊されてしまいました」

 

「大丈夫だヨシヒコ、いいかよく聞け」

 

橋が破壊されて城へと辿り着けないと呟くヨシヒコに、仏は自信を持って強く頷く。

 

「お前が新たに仲間にしたその八つの首を持つドラゴンが、きっとお前達を城へと導いていくはずだ」

 

「本当ですか!?」

 

「そのドラゴンは生き抜く為に水の上だけでなく、例え溶岩だろうが砂の中であろうが泳ぐことが出来る力を持っている、魔王が侵入者を阻む為に用意した毒の湖であろうと、きっと渡り切れるに違いない」

 

「凄い! まさか偶然仲間に出来たこのドラゴンのおかげで! 魔王の城へと辿り着ける事が出来るとは!」

 

「出た、終盤にきてなんというご都合主義……」

 

ヨシヒコがドラゴンナイトとして初めて懐かせる事に成功したクーロンズヒュドラが、まさかのここで役立つ事にヨシヒコ本人は素直に喜ぶも、メレブはその強引な設定を聞いてポツリと愚痴を漏らすのであった。

 

「まあ残り話数も少ないし仕方ないよねぇ~予算もかなりよろいのせいで使っちゃったし……」

 

「アンタ何言ってるの?」

 

「仏、では我々はもう、魔王の城へ赴いても問題ない力を得たという訳ですね」

 

「その通りだヨシヒコよ、ここに来るまでの幾度の試練がきっとお前達を成長させたに違いない、強くなった今のお前達であれば、きっと世界を平和に導く事も可能の筈だ」

 

キリッとした表情で調子の良い事を言ってくる仏だが、それを聞いていたダクネスはジト目で見上げながら

 

「なあ仏、私達、あんまり試練といった感じの事は経験してないんだが……」

「うわ! ダクネスちゃんがやっと喋ってくれた! 超嬉しー!」

「ちゃん付けは止めろ! それとなんで嬉しがる!」

「いやだって私、他の三人とは結構絡むけど、君とはあんまり絡まないからさ」

 

急に彼女に話しかけられたので喜ぶ仏に、ダクネスが声を荒げて叫ぶと急に真面目な表情を作り出す。

 

「その辺ずっと気になってんだよねー、最初から今までずっと」

「そ、そうだったのか……?」

「もっとさ、ダクネスちゃんさ、仏に対してツッコんだり話しかけたりしていいのよ?」

「そうか……ならば旅の終わりも近い事だしここはゆっくり話でも……」

 

しんみりした感じで自分とあまり絡まなかった事を気にしていたと話し始める仏に

 

ならばとダクネスが微笑を浮かべて自ら話しかけようとするも

 

「それではさらばだヨシヒコよー!」

「っておい!」

 

あっさりと別れの言葉を残していくと

 

こちらに元気よく手を振りながら仏はフッと消えて行ってしまった。

 

残されたダクネスはかなり不満げな様子でメレブの方へ振り返り

 

「メレブお前……よくあんないい加減な神様と長く付き合えるな……」

 

「まあ基本的にムカつく奴なんだけど、アイツいないと冒険進まないから仕方なく付き合ってる的な感じだし? ビジネスパートナー的な?」

 

「ヨシヒコも大変だろうに……」

 

「あ、ヨシヒコは基本的に物事深く考えられないおバカさんだから、仏のウザイ所とかあんま気にしてないと思う」

 

「なるほど、ある意味相性のいい神様と勇者なんだな……」

 

いまいち仏とのノリが合わないので困っているダクネスに、メレブはヘラヘラしながら「ま、気にすんなよ」と言いながら、隣でまだヨシヒコがヘルメットを被っていたので自然にそれをカポッと外した。

 

「さて、それじゃあそろそろ行くとしますか」

「はい、全ての決着を着けに行きましょう」

「さっさと終わらせてパァーッと盛り上がりましょ」

「ああ、私達の力を合わせて世界の平和を取り戻そう」

 

各々決戦前の最期の確認を取った後、ヨシヒコを先頭に一行は魔王の城へと歩き出す。

 

 

決戦と旅の終わり、そしてこの世界とのお別れがいよいよ近づいて来たのであった。

 

 

 

 

「兄様、いよいよ本当に戦いを終わらせる時が来たんですね……」

 

出発するヨシヒコ達を、木の影からコッソリと見送っているのはヨシヒコの妹であるヒサ。

 

金色に輝く神々しくも煌びやかな礼装に身を包み、魔王と決着を着けに行こうとする勇ましい兄を見つめながら両手でお祈りのポーズを取る。

 

「ならばヒサも共に行きます、まだ力不足かもしれませんが、今度こそ兄様をご助力する為に……」

「大丈夫です! ヒサ様なら絶対に魔王だろうがなんだろうが倒せます!」

 

そこへズサーッ!と地面を滑りながら彼女の下へ馳せ参じたのは一人の信心深そうな女性。

 

魔王軍幹部唯一の人間であり、策略を好み、邪教を崇拝する信仰者のダークプリ―スト、セレスことセレスディナである。

 

「自信を持ってください、あたしにとってヒサ様は、他の神と名乗る連中なんかと比べ物にもならない程の真の女神! そんなヒサ様だからこそあたしは前の教徒を捨ててヒサ教を立ち上げたのです!」

 

ヒサの事を信仰対象として崇め奉る様に跪いてキラキラとした目を向けるセレナ。

 

何があったか知らないが、彼女の中でヒサの存在は神にも等しい、否、それ以上の存在であるらしい。

 

「あたしはあなたと出会って改心し! 新たな道を見つけることが出来ました! だからこのご恩を返す為に、哀れな信者であるあたしに手伝わせてください! あなたが望む者であればこのセレスディナ! 身命を賭して叶える事を誓います!」

 

「ありがとうございます」

 

「うっひょぉぉぉぉ!! ヒサ様にお礼を言われた! コレだけでご飯三杯いけるわコンチクショウ!」

 

狂信的にどんな事があっても支えると過剰にアピールするセレナにヒサが素直に礼を言うと

 

豹変して突然身悶えしながら叫び出す彼女

 

するとそこへ

 

「おい聞いたぞセレスディナ! ヒサさんを信仰する新興宗教を立ち上げたって!」

「あ? 誰アンタ? 気安くヒサ様の事をさん付けで呼ぶんじゃないわよ、殺すぞ」

「いや誰って! お前と同じ魔王軍の幹部の一人のベルディアだよ!」

 

急いでやって来たかのように駆け寄って来た首なし騎士のデュラハン・ベルディアに対し

 

ヒサに話しかける時とは全く違うチンピラの様な口調で邪険に扱うセレナだが、ベルディアは酷く慌てた様子で詰め寄ると

 

「お前! ヒサさんを女神として信仰してるんだろ! だったら俺もその信者に入れてくれ! 言っておくが俺はお前がヒサさんに会うずっと前からヒサさんを強く崇拝してたんだぞ!」

 

「あっそ、無理、さっさと去ね」

 

「即答!? なんでだよチクショー!」

 

「ああ!? デュラハンなんか信者に出来る訳ないだろうが!」

 

自らヒサ教に入れてくれとせがむベルディアに、セレナはゴミを見るかのような目つきで即座に断る。

 

「それにアンタ、ヒサ様によからぬ感情を秘めてるでしょ!」

「う!」

「ヒサ教はアンタみたいな下心を持ったアンデットなんてお断りよ! シッシッ!」

「なんだとコノヤロー! 新入りのクセに生意気な事抜かしやがって!」

 

彼がヒサに対して淡い恋心を秘めている事にセレナはすぐに見破っていた。

 

だからこそこんな奴をヒサのお傍に置いておく訳にはいかないのだ。

 

「俺が一番最初にヒサさんの仲間になったんだぞ!」

 

「順番なんか関係ないわよ! なにアンタ! やる気!? 浄化するわよ!」

 

「やってみろ! 例えこの身が浄化されようと! ヒサさんに対するこの胸のときめきは絶対に消えないんだぁ!」

 

「全然上手くねぇんだよ!!」

 

二人で取っ組み合いをして醜い争いを始めるセレナとベルディア

 

そんな二人をよそに、ヒサはただ一人、去って行くヨシヒコの背中を一層強い眼差しを向けて静かに頷く。

 

「兄様、ヒサは必ずやお役に立って見せます……!」

 

揺るがぬ決意、今こそ果たす時

 

 

 

10



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其ノ拾壱 ヨシヒコVSカズマ
拾壱ノ一


「うわすげ! このドラゴンホントに毒の湖泳げんじゃん!」

 

「流石はあらゆる場所を転々とし、気に入った場所が決まるまであらゆる環境の中を生き抜くモンスターだな」

 

城を囲む様に置かれた毒の湖を、前回仲間にしたクーロンズヒュドラの上に乗ってスィーッと進みながら

 

メレブとダクネスが感心してる間にも、一行はみるみる魔王の城へと近づいて行った。

 

「コレが魔王の城……なんて禍々しいオーラだ」

 

「くっさ! 邪悪な気配がプンプンしてて本当臭いわ! よくこんな所にいられるわねカズマ達! えんがちょよえんがちょ!」

 

魔王の城の真上にだけ暗雲が立ち込め、黒い雷が途切れることなく落ちている。

 

いかにもラストダンジョンっぷり半端ないその城目掛けて、ドラゴンの首を掴みながらヨシヒコは身を引き締め、アクアは鼻をつまんで本気で嫌がっている素振り

 

するとそこへ

 

ヨシヒコ……ヨシヒコ……

 

いつもの声が空から木霊したので四人はすぐに顔を上げた。

 

「これは最後のお告げに来たか仏、ヨシヒコ、ライダーヘルメットを受け取るがいい」

 

「ありがとうございます」

 

「ん? なあアクア、仏の声、随分と小さくないか? いつもはもっとやまかしいぐらいの声量だった気がするんだが」

 

「確かにそうね、まるで周りにバレないようコッソリと私達に語りかけてるみたい」

 

メレブから最後になるであろう〇イダーマンのヘルメットを受け取りすぐに被るヨシヒコだが

 

ダクネスとアクアは上から聞こえるか細い声に眉をひそめる。

 

するといつもみたいにパァーッと輝く光は無く、うっすらと巨大なシルエットが上空に浮かび上がり

 

「……おはよ~ございます」

 

ぼんやりと仏が現れたのだ、声を潜めて周りを警戒するかのようにキョロキョロと周りを見渡す彼に、メレブは「ん? どした~?」と目を細めて首を傾げる。

 

「なんで、早朝ドッキリの時みたいな感じになってんのアイツ?」

 

「アンタねぇ、こっちはいよいよ魔王の城に着こうとしてんのよ? 最後ぐらい真面目にやりなさいよ」

 

「し! 声がデカい……! もうちょっと声のボリューム落としてツッコミ入れて……!」

 

ドラゴンの上に乗り毒の湖を渡っている途中でお告げを聞くという状況下で、アクアが呆れた感じでツッコんでいると仏は人差し指を口元に当てて静かにしろのポーズ

 

「こっちは今……大変な状況になってんの……! ダンジョンの中に潜ってる真っ最中だから……!」

 

「はぁ! ダンジョンってなに!? え!? 仏なのにダンジョンにいるってちょっと意味わかんない!」

 

「ていうか今の私達だって大変な状況なんですけど!? もう魔王が目と鼻の先で待ち構えてんのよ!」

 

「だからうるさいつってんでしょうが!! いてッ!」

 

「あ、なんだ! 今仏の奴! 明らかに後ろから誰かに殴られたぞ!」

 

黙らせようとメレブとアクアよりも大きな声を出してしまうが、突然後ろから何者かに殴られたのですぐにクルリと振り返る仏。

 

「おいお前、今殴った? 仏の頭を殴ったでしょ? 正直に言ってみ? 怒るから」

 

「怒るんかい」

 

「仏の! 仏の頭殴るなんて何考えてんだむっつり小娘コラ! え、黙りなさいって? 仏に対してよくも……あ、ごめんごめん静かにする、静かにするから、剣で刺そうとするのだけはマジ止めて」

 

「なに? 一体どんな状況に絡まれてんのアイツ? むっつり小娘って、もしかして前に仏の奴をボコボコにした店員さん?」

 

こちらに後ろ姿を見せながら誰かと揉めている様子の仏、程無くして仏の方から謝罪して静かにすると何者かと約束しているみたいだが、こっちからではイマイチ状況が掴めない。

 

ヨシヒコもまたヘルメットを被ったまま顎に手を当てながら難しそうに

 

「あの、そろそろお告げをして欲しいんですが、仏」

 

「ん? あ、お告げね。はいじゃあね、お互いヤバい状況だしね、なるべく短く、短くお告げ言うからよく聞いといて」

 

「だからなんでお前もヤバい状況になってんだよ……」

 

「どうせ短く済ませるとか言っといて、長々と下らない事喋りだすに決まってるわよ」

 

ヨシヒコからの催促には素直に聞いて、メレブとアクアの言葉もスルーして、仏は慎重に警戒しながら改めて話を始めた。

 

「いいかヨシヒコよ、しかと聞け。その魔王の城の中では、魔王こと竜王の力が強く働いており、もしそこで死んでしまった場合、お前達はもう生き返る事が出来ない様になっている」

 

「な、なんだと!?」

 

「全滅したら教会に戻される事無く、そのままお前達は永遠の眠りに着く事になる」

 

「うわ、てことは絶対に死ねないじゃん俺達……」

 

「大丈夫よ、女神である私の癒しの力があれば簡単に復活できちゃうんだから」

 

「うわ、てことは絶対に死ねないじゃん俺達……」

 

「なんで二回言うのよ!!」

 

どうやら竜王というのは敗れた者には再挑戦する権利を与えるつもりは毛頭ないらしい。

 

流石は魔王と名乗っているだけあって、死んだら教会で復活、というこちらのお約束のルールも容易くむしできるという事だ。

 

その事にヨシヒコとメレブがショックを受けている中、仏の表情は更に険しくなり

 

「しかもその城の中には恐ろしい魔物達がウジャウジャいる、そう簡単には魔王の下へは行けないであろう。最悪、魔王に敗れる前に魔物の群れに襲われて死ぬ事もあり得る、魔王だけに気を取られずしっかりと用心して進むがいい」

 

「魔王の城に潜む強いモンスター……一体どんな恐ろしいモンスターなんだろうな」

 

恐ろしい魔物と聞いて警戒するダクネスだが、その口元は完全に緩み切っている。

 

「きっと魔王の手先らしく卑劣な手段を使って私達にあんなことやこんな事を……グヘヘ」

 

「ダクネス、アンタちょっとよだれ拭きなさいよ」

 

「無論、城の中には侵入者を阻む為の多くの罠も設置されているみたいだ、うっかり掛かってたった一つの命を失わない様、そちらも注意せよ」

 

「トラップ……ん? 自分の城に罠なんて仕掛けたら住み辛くならないのか?」

 

「ダクネス、いきなり冷静にならないで、魔王の城は大体罠だらけなのは相場が決まってるのよ」

 

魔物も罠もてんこ盛りと聞いてダクネスは隠さずに悦に浸ってしまう。これにはアクアもドン引きだ。

 

「城の中には敵や罠だらけなのはわかったわ、だったら攻略法とかあんの? 教えなさいよ」

 

「えーそこは自分達の力で乗り越えて下さい、今までの冒険で培った経験を生かして、魔王の所まで無事に辿り着いて下さい」

 

「はぁ~使えないわね、アンタ仮にも神様でしょ、私達により簡単に攻略できる為のクソチートな力を授けるとか出来ない訳?」

 

「おいお前、自分を棚に上げて良くそんな事言えるな……」

 

女神と名乗ってる割にはてんでダメダメなアクアに対して仏はボソリとツッコんでいると

 

「え、ヤバい?」

 

不意に横の方へ振り向きながら、緊急事態が起きたかのように顔に焦りを浮かべ始めた

 

「魔物に囲まれてる? ちょちょちょヤダヤダ! むっつり! むっつり私を守れおい! え!? どこへ行くんだむっつり! 仏を置いて行くなむっつり! むっつりーーーーー!!!」

 

「お、仏の奴、なんか魔物に襲われてるっぽいぞ」

 

「大丈夫ですか仏!?」

 

「いいわよヨシヒコ、あんな奴ほっときましょ」

 

 

仏の方からギャーギャーと魔物達が叫んでるかのような声がこちらにまで届いて来た。

 

慌てふためく仏を見上げながらメレブとアクアが真顔でその光景を見てる中で、ヨシヒコは一人慌てて

 

「あの! よければ私が助けに行きましょうか!?」

 

「だからどうしていつもそうやって向こう側に行こうとするの! こっちもう終盤だよ! ここに来ていきなり勇者が別の世界に行ったらこっちどうすんの!」

 

「わー! なんか! なんか襲われてるの 凄く襲われてるの! おい魔物! こっちの紐の方が食べたら美味しいぞ!」

 

「ホントなにやってんだアイツ……」

 

仏が必死に逃げ惑っている光景を見かねてヨシヒコがそちらに行きたそうに叫ぶも、それをメレブが全力で阻止。

 

「ちょ! お前行けお前! 少年は私が責任取って眷属にするから!」とか色々と叫びつつ仏は

 

程無くして徐々にその姿が薄く見えてくる。

 

「ごめんもうこっちヤバいから切る! マジでヤバい! じゃあヨシヒコとその他のみんな! 魔王倒すの頑張って! そんじゃ!」

 

「あ! アイツ消えやがった! なんなんだよあの仏! ここに来て、魔王との最後の決戦をするタイミングですげぇグダグダな感じで締めやがった!」

 

最後に手を振りながら無理矢理話を終わらせるとフッと消えてしまった仏。

 

向こうで何があったのか知らないが、こっちの事情を疎かにしてロクなアドバイスもせずに去って行った仏にメレブも憤りを隠せない。

 

「あの野郎、自分が主役のスピンオフが出来たからって調子乗りやがって……」

「どうやら仏もまた、私達のように厳しい試練を乗り越えようとしているみたいですね」

「追われてるみたいだったな……大丈夫なのか仏は?」

「はぁ~ヨシヒコもダクネスもあんな奴心配する必要ないわよ」

 

消えてしまった仏に悪態を突きながらヨシヒコのヘルメットを取ってあげるメレブ

 

ヨシヒコとダクネスが仏の安否を心配する中、アクアはフンと鼻を鳴らし

 

「もういいわあんな奴、私達だけでとっとと世界を救いましょ」

 

「だな、とりあえず相手はカズマ君たちだけじゃなく魔物や罠も沢山あるって事だけはわかったし、その辺も気を付けながら進んでみるか」

 

「すみません、とりあえずこっちよりも先に向こうの世界を何とかした方が……」

 

「いいのヨシヒコ! あっちは仏に任せとけばいいの! 俺達は俺達でまずこの世界を護ろう! 無事に完結しよう!!」

 

未だ未練タラタラなヨシヒコを諭して、一行はドラゴンの上に乗ったまま魔王の城へと再び進みだすのであった。

 

 

 

 

そして

 

「着いたー! 魔王の城到着しましたー!」

 

「ようやくここまで来れたわね! うげ、こうして間近で見ると更に陰気臭いわね、まるでカズマみたい……」

 

「アクア、お前カズマをなんだと思ってるんだ……? だが確かに嫌な雰囲気だ、見てるだけで気分が滅入る」

 

毒の湖を無事に渡りきって、ヨシヒコ達は遂に魔王の城の目の前に立つ事になった。

 

メレブ達が魔王の城を見上げて各々感想を呟いてる中で、ヨシヒコはここまで連れてってくれたクーロンズヒュドラに手を振って感謝し終えると、改めてジッと目の前にそびえたつ魔王の城を睨み付ける。

 

「待っていろ竜王、この聖剣でお前を倒し、勇者として世界を救ってみせる……!」

 

右手に持った鞘に収められた聖剣、エクスカリヴァーンをキラリと輝かせながらヨシヒコは勇ましくそう呟いた。

 

それにメレブも満足げにうんうんと頷き

 

「例えどこの世界にいようとお前は相変わらず勇者としての貫禄っぷりを見せつけてくれるな、なんだかんだでやはりお前こそが真の勇者だ」

 

「ありがとうございます、メレブさん」

 

「フフフ、コレは俺も負けていられないな」

 

「え?」

 

ヨシヒコの事を称賛しなあがら、メレブはニヤリとほくそ笑みながら持っている杖を構え

 

「ヨシヒコ、俺はここで、このタイミングで、今正に魔王の城へ乗り込むという絶好のタイミングで……!」

 

 

 

 

 

「新しい呪文を覚えたよ……」

「本当ですか!?」

「お前は相変わらず変なタイミングで覚えるな……」

 

ここに来てまさかの新呪文を会得してしまったメレブに、ヨシヒコは驚きダクネスは頬を引きつらせる。

 

しかしアクアだけは全く期待してない表情で腕を組みながらため息をつき

 

「はぁ~出た出た、もういいわよアンタの呪文なんて、とっとと行きましょ」

「待て、待てバカ、本当にバカ、自称女神(バカ)、今度の呪文、恐らく最後になるであろうこの新呪文は本当に凄いんだぞ」

「何度もバカって言うんじゃないわよ魔法使い(笑)」

「いいかよく聞け、俺は遂になんと……!」

 

死ぬほどどうでもいいという感じでさっさと城の方へと歩き出そうとするアクアを呼び止めて、メレブは得意げに笑みを浮かべながら

 

「召喚呪文を覚えたよ……」

「召喚!? メレブさん遂に召喚する呪文を覚えたんですか!? 凄い!」

「なに? それは本当に凄いな、一体何を召喚できるようになったんだ?」

「まあまあ慌てないでお二人さん、呪文は俺の話が終わってからお披露目してやろう」

 

ここに来て召喚呪文を会得してしまったメレブにヨシヒコとダクネスが素直に感心している中

 

メレブは自慢げに話しを続ける

 

「この呪文は本当に凄い! この世界で俺が今まで覚えた中でダントツに素晴らしい呪文! だからこそ俺はこの呪文の名前を……」

 

 

話の途中でふと目蓋を閉じて間を置くと、次の瞬間メレブの目がカッと見開き

 

「「コノスバ!」っと名付けたんだよ」

「コノスバ……! 早く教えて下さいメレブさん! 物凄く気になります!」

「フッフッフ、コノスバ!はなんと……」

 

 

詰め寄ってせがんでくるヨシヒコの反応に満足げな様子を見せると、メレブは杖で体を支えながらドヤ顔で

 

 

 

 

 

 

「ここではない別の世界の住人を……つまり余所の作品のキャラをこっちに助っ人として呼べちゃう呪文なのだ!」

「「!?」」

「な、なんですってー!?」

 

あまりにも衝撃的な召喚呪文に、ヨシヒコとダクネスだけでなく、アクアもまた声を大きく上げて驚いてしまう。

 

メレブがここに来て会得した最強の召喚呪文「コノスバ!」

 

果たしてその呪文が一体何をもたらすのか……

 



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拾壱ノ二

前回のあらすじ

 

メレブ、召喚呪文習得

 

「えーそれでね、魔王と戦うためのね、うん、わたくし最強の魔法使いであられるメレブが、最強の助っ人を召喚しようと思います、ええ」

 

「見せて下さい! メレブさんの召喚呪文を見せて下さい!」

 

「どんな骨のある奴等が現れるのか楽しみだな」

 

「1話と年またいでなに勿体ぶってんのよ! ちゃんと凄い奴召喚しなさいよね!」

 

魔王の城前にてメレブがえらく勿体ぶってりながらヨシヒコ達が早くしろとせがんで来る。

 

その反応をもっと見てみたいとも思うメレブだが、そろそろアクアの方がキレそうなのでスッと杖を構えた。

 

「よし、見ているがいいお前達! これが! これが俺の召喚呪文だ!」

 

そう叫んでメレブは杖を振り上げると、全力を込めるかのように振り下ろし

 

「コノスバ!」

「「「!?」」」

 

呪文を唱えたその瞬間、ヨシヒコ達の前でボワン!と間抜けな音を鳴らしながら煙が立ち込められる。

 

そしてその煙が薄く消えていくと、そこにはいつの間にかなんと

 

 

 

 

四人の眼鏡を掛けた制服姿の少年達が立っていたのだ。

 

「……誰ですか? 本当に……」

「なんか……思ってたのと違うような」

「……なんか全員地味そうな見た目で眼鏡掛けてるわね……」

 

ヨシヒコ、ダクネス、アクアが三人揃って怪訝な表情を浮かべている中

 

メレブは微笑みながら四人の少年の方へゆっくりと歩み寄る。

 

「えと、じゃあ~ヨシヒコ達は知らないみたいだから? まずは一番左側の子から自己紹介お願いします」

 

「はい」

 

メレブにそう促されると、困惑しているヨシヒコ達の方へ一番左端に立っていた少年が一歩前に出る

 

「この度メレブさんに召喚された!『灼眼のシャナ』で主人公! の友人をやらせてもらっている”池速人”です!」

 

「え、えぇ……いや出演作は知ってるけど……ごめん全然誰だか思い出せない……」

 

「やる気はあります!」

 

「いや別にやる気があるとかじゃなくて……」

 

名前を言われてもイマイチピンと来ない様子でアクアが首を傾げていると、今度は池速人の隣の少年が前に出て

 

「初めまして皆さん! 俺は『とらドラ』の主人公! の友人をやっていた”北村裕作”です! 精一杯頑張ります!」

 

「あーそんなのいたような気も、いやでも……あんた達の世界ってほら、こういうファンタジーな世界観じゃなかったわよね確か?」

 

「特技はすぐに裸になれることです!」

「いや特技とか聞いてないし、てかそれ特技と呼べないし、ただのバカだし」

 

元気一杯に自己アピールしてこちらに好印象を持たせに来た北村祐作だが、アクアは首を横に振ってその特技を冷たく否定した。

 

続いてもう一人の眼鏡少年がやや緊張した様子で一歩前に出て

 

「こ、こんにちは! えと! 今日はるばるメレブさんの紹介の下こちらの世界に始めてやってきたえと、その……!」

 

「頑張れ!」

 

「緊張しないで焦らず自分のペースで!」

 

「なんか、池速人と北村祐作が急にフォローに回りだしたんだけど……」

 

体を強張らせ自己紹介する事にちょっと緊張してしまっている三人目に、先ほどの一人目と二人目が隣から声をかけて助けに入る。

 

なんでこいつ等初対面なのにそんな仲良く出来んだよと、アクアがジト目で思っていると、二人のフォローのおかげで三人目の少年は意を決したかのように顔を上げ

 

「あの! 『アクセルワールド』の主人公! の友人をやらせてもらっている”薫拓哉”と言います! この中では多分一番後輩だと思いますが! 皆さんの為に頑張ります!」

 

「うん、本当に全然よく知らないわ、そんな奴いたわねってレベルだわアンタも」

 

「はい! 原作でも存在感薄いねってよく言われます! でも頑張ります!」

 

「こっちの世界じゃなくて原作で頑張りなさいよ!」

 

他二人と変わらず影薄めの少年に思わずアクアが一括してしまう中

 

「ふむ、どうやら俺の出番が来たみたいだな」

 

「ええ~なんか急に自分から前に出てきたんですけどコイツ、他三人と同じ眼鏡制服のクセに……」

 

カチッと眼鏡を上げながらいかにも有能そうなアピールをしてくる四人目に頬を引きつらせるアクア。

 

すると四人目は掛けている眼鏡をキラリと光らせ

 

「お初にお目にかかる、『Fate/stay night』にて主人公、の親しい友人である”桐洞一成”だ、よろしく頼む」

 

「だからなんでさっきから主人公の友人ポジションばかりなのよ! どうせ召喚するなら主人公かヒロイン出しなさいよ!」

 

「失礼だが訂正を求む、俺と衛宮はただの友人ではない、”親しい”友人の間柄だ。そこは間違えないでくれ給え」

 

「どうでもいいわよそんな所! アンタはいいから衛宮君を呼びなさいよここに!」

 

そこだけはハッキリさせて欲しいと冷静な態度でアクアの発言を訂正させる桐洞一成。

 

これで四人全員の自己紹介が終わった。

 

そして彼等をずっとまじまじと眺めていたヨシヒコは、カッと目を大きく見開いて

 

「勝てますねメレブさん! これなら魔王に絶対勝てます!」

 

「ちょいヨシヒコさん!? どう考えればこの眼鏡四人で魔王を倒せると思えるのよ!」

 

勝利を確信した様子で強く頷く義彦に、すかさずアクアが異議を唱え、いまだドヤ顔を浮かべているメレブの方へ振りかえる。

 

「ふざけんじゃないわよアンタ! どうしてわざわざ召喚呪文覚えたのにこんな微妙な連中連れてきてんのよ! もっと強い奴を呼びなさいよ! 完全無欠のお兄様とか二刀流の最強剣士とかスキマを操る大妖怪とか!」

 

「バッカお前、いいか俺が覚えた「コノスバ!」という呪文は、そういう既に周りから「凄い!」って称えられているようなキャラを召喚する為の呪文じゃないんだよ」

 

「はぁ!?」

 

「てかよく考えてみ? 俺がそんなお強い方達を召喚したとして、果たしてそんな人達が俺の言う事を聞いてくれると思う? 100パー言う事聞かないよね?」

 

「自分で言うのそれ……」

 

「いいかアクアよ、この『コノスバ』という召喚呪文というのわな」

 

こんな連中何の役にも立たないと失礼な物言いをするアクアに顔をしかめながら、メレブは彼女に「コノスバ!」がどんな呪文なのか教えてあげる。

 

「主人公がこう複数なヒロイン達とイチャ突きあったり色んな事に巻き込まれてる中で、「ハハハ、相変わらず騒がしいな~」と静観した様子でただ眺めるだけの存在、有能なのに目立たない存在、そんな彼等をこの世界に召喚する呪文が「コノスバ!」な訳!」

 

「そんな奴ら呼んでどうすんのよ!」

 

「この世界で頑張って活躍して、「あ、気付かなかったけど自分ってこんなにやれるんだ」って強い自信をもって欲しいと思ってます!」

 

「それもう逆に私達が助ける側じゃないのよ!」

 

慈愛に満ちた表情で四人の眼鏡少年と目配せしながらそう言いだすメレブに

 

やはりコイツはロクでもない魔法使い(笑)だとアクアは両手と頭をガックリと項垂れるしかなかった。

 

すると今度はダクネスの方が四人組に近づいて

 

「お前達、これから私達が向かう場所は死地だぞ、魔王だけでなく強力なモンスターも沢山いる。そんな所に己の命を賭けて進む事が出来る勇気がお前達にあるか?」

 

「「「「……」」」」

 

「いやいや無理でしょコイツ等じゃ……」

 

ただの一般人であるならここは大人しく帰るべきだと厳しい表情で警告するダクネス、すると四人はしばし無言で互いにアイコンタクトを取った後、同時にコクリと頷き

 

「「「「やれます」」」」

 

「よしわかった! 私達について来い!」

 

「なんでそうなるのよ! 無駄にやる気だけはあるわね本当に!」

 

恐れも迷いもなく力強くやってみせると言ってくれた四人組にダクネスも拳を掲げて彼らの同行を許す事に

 

簡単に付いて来る事を了承するダクネスもダクネスだが、魔王や魔物が相手と聞いても怯みもせずに立ち向かおうとするこの四人組も色々とおかしい。

 

ヨシヒコもまたそんな勇猛な彼等を引き連れて颯爽と歩きだし

 

「よし! では我々の力で魔王を倒しこの世界を救おう!」

 

「「「「おー!!!!」」」」

 

「知らないわよ本当に私……原作に戻れなくなっても知らないからねあんた達……」

 

そのままゾロゾロと縦一列に並んで魔王の城へと進んでいく四人組、メレブやダクネスも共についていく

 

そしてアクアもまたもうツッコむのも疲れたので大人しく彼らの後をついて行っていると

 

 

 

 

 

「ちょ! ちょっとちょっと! 待ってくださいよ皆さん!」

「は?」

 

今まさにラスボスが待ち構える城へと入るというタイミングで

 

空気も読まずに見知らぬ少年がこちらに声を掛けて駆け寄ってきた。

 

だがよく見てみると、この少年もまた眼鏡に制服である。

 

「酷いですよ! どうして僕だけ召喚された場所みんなと違うんですか! 一人ぼっちで見知らぬ世界で放置されて滅茶苦茶焦ったじゃないですか!」

 

「ちょっとメレブ、あんたが召喚した奴がまた一人いたみたいよ」

 

「え、まだいたの?」

 

どうやら手違いで他の四人とは別の所に召喚されてしまっていたらしい。

 

しかしアクアに言われてメレブは振り返ると、そんな彼を見て「ん~」と首を傾げ

 

「あーこれ以上はちょっといらないかな? もうこっち四人いるし、採用はまた今度という事で」

 

「オイィィィィィィィ!!! 勝手に人呼びつけておいて用済みとかどういう事だコラァァァァァァ!!!」

 

「ほほう? そのやかましくて長々しいツッコミは前にどっかで聞いたような……」

 

なんか前にもこんな面倒くさいツッコミ方をする奴がいたような気がする。

 

すると少年はこちらにずいっと身を乗り上げて

 

「僕は「三年Z組 銀八先生」で主人公の! 所で一人の生徒役兼ツッコミ担当をやっている志村新八です! お願いだから僕も仲間に入れて下さいよ!」

 

「あーやっぱりアッチの作品関連の人かー、あれ? 主人公の生徒? 主人公の友達じゃないの?」

 

「え? ああはいそうですけど、まあ「銀魂」の方だと主人公とは友達以上の絆を築いていると自負してますけど」

 

変なことを尋ねてきたメレブにキョトンとした様子で答える新八。

 

するとメレブは「あーそうか~……」と残念そうな声を漏らし

 

「悪いけど主人公の友人じゃないなら……不採用かな?」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「まあ眼鏡と制服、それとちょっと地味って所はちゃんと守ってるみたいだけど、主人公の友人じゃないならね……ごめん」

 

「いやいやおかしいだろ! そこ別に重要でもないじゃん! 魔王と戦うのに必要な事じゃないじゃん!」

 

明らかに自分だけ扱いが悪いことに異議を唱える志村新八だが、主人公の友人ではないなら連れて行く事は出来ないとメレブは「無理なもんは無理」とキッパリと言う。

 

「じゃあもう俺たち行くから、新八君は……この世界をゆっくり楽しんでね」

 

「楽しめるかァァァァァァァ!!! こんな所一人で放置されてたら死ぬに決まってんだろうがァ!!」

 

ヨシヒコ達と共に魔王の城へと再び歩き出すドライなメレブを、慌てて追いかける志村新八であった。

 

「呼びつけたんだからちゃんと責任取りやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「あーもうツッコミ、ツッコミがうるさくて仕方ないわ、どうしてあそこの連中はああやって事あるごとに叫ぶのかしら?」

 

「いや~それ、お前ら側や俺ら側も似た感じだけどね~」

 

 

 

 

 

 

ヨシヒコ一行と眼鏡五人衆(新八は他四人の説得のおかげで無事に仲間入りできた)は魔王の城の内部へと潜入した。

 

しかし中へ入ってみると予想通り、1階からもう至る所に魔王が配置した魔物達がウジャウジャといる。

 

一人で動く大きな石造、赤と黒の色合いをした騎士の鎧、斧を構えて舌なめずりするドラゴン……

 

今までにないボス級の強いモンスターがあちらこちらを歩き回っていた。

 

「うわ、なにあの手が四つもあるライオン……四回攻撃とかやって来そうで超怖いんですけど」

 

「あの虹色の角を持つ筋骨隆々の鳥も厄介そうだ、魔力を全部消費してめぐみん並みの爆裂魔法を唱えそうな雰囲気を感じるぞ……」

 

「お前等、随分と俺たちの世界の魔物に詳しくなったね」

 

物陰に身を隠しながら色んな魔物を観察するアクアとダクネスにメレブが感心したように頷きつつも、彼女たちの言っている通りこれは確かにマズいと危機感を覚える。

 

「これはどうやら、もうお前たちの出番が必要になったみたいだな、地味眼鏡戦隊・メガネンジャー」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「い、いつの間にそんな特撮物みたいなチーム名になってんのよこいつ等……」

 

「おれ達四人だけじゃすぐにお陀仏だが、眼鏡が5つ揃えば、きっと何か変わる筈……」

 

「変わらないわよ、眼鏡が5つあっても」

 

実は五人同時に召喚した事でメレブのMPはもう完全に尽きている状況だった。

 

故にまともに戦闘できるのは彼を除いて三人のみ、だからこそこの五人組の活躍が勝利のカギとなる。

 

ヨシヒコもそれがわかっているのか、彼等を見渡しながら意を決したかのように頷く。

 

「傷付いた時はすぐに女神に助けてもらいなさい、死んでしまった時は女神に生き返らせて貰いなさい、その他諸々問題が起きたらとりあえず女神を頼りなさい」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「なんでこいつ等の事を全部私が負担しなきゃいけないのよ!」

 

「では行くぞ! メガネンジャーよ!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「ほんとやる気と返事だけは良い声出すわねコイツ等!」

 

ヨシヒコの号令とアクアの叫びを合図に、地味眼鏡戦隊・メガネンジャーが動き出した。

 

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

「私達も彼等の後に続きましょう!」

 

「行くぞアクア! これが私達の最終決戦だ! うおぉー! そこの舌を出したトロールの所に突っ込めー!」

 

「あーもう! なるべく私に負担掛けないようダメージ負わないでよ!!」

 

「それじゃあ俺はもう呪文使えないので、コソコソしながらみんなについて行きまーす」

 

かくして遂に魔王の城でヨシヒコ達は進軍を開始した。

 

目指すはきっと最上階にいるであろう魔王の下へ

 

戦えメガネンジャー、負けるなメガネンジャー

 

「なんかメガネンジャーで締められたんですけど!?」

 

 

 

 

一方その頃、ヨシヒコ達が暴れまわっている所から大分上の階層では

 

「なんか下が騒がしいなー、ちょっと何かあったのか見てきてくれよダンジョーさん」

「そう言って俺がいない隙に盤面を変えるつもりだろ、イカサマは許さんぞカズマ……」

「いや、明らかに俺の方が優勢だからイカサマやる意味無いんだが?」

 

魔王に体を乗っ取られているカズマと、彼を向かい合って胡坐を掻いてオセロをしているダンジョーの姿があった。

 

盤面がそろそろ黒一色に染まりきろうとしている所で、下の階層から一気にこちらに駆け上がる足音が

 

「おいちょっとお前等ー! オセロなんてしてる場合じゃねぇだろ!」

 

勢い良く部屋の中へとやってきたのは、彼らの仲間であるムラサキ。

 

どうやら下の階層で何が起こっているのか見てきたらしい。

 

「あいつ等が遂にここに攻めてきたんだよ!」

「あいつ等? ムラサキ、それはまさか……」

「勇者ヨシヒコに決まってんだろ! アイツが仲間を連れて戻ってきたんだよ!」

「なに!? そうかやはり戻ってきたかヨシヒコ!」

 

勇者ヨシヒコがリベンジしに自分達に再び挑戦しに来たと聞いて、若干嬉しそうな顔をしながら立ち上がるダンジョー。

 

しかしカズマの方はそれを聞いてもなお視線を盤面に向けたまま動かず

 

「ふーん、本当に復活したのかあの勇者様、でも下の階層には強いモンスター共がいるんだからどうせ全滅だろ、俺たちが出る必要もないって」

 

「そうとは言い切れませんよ、カズマ」

 

どうせ魔物の群れに襲われてここまで上がってこれないだろとヨシヒコ達を軽く見るカズマ。

 

しかしそこへ口を挟んだのは、ムラサキと同じくしたの階層を見ていためぐみん。

 

「彼等は再び新たな力を手に入れたみたいで、進行は遅いですが確実に私たちの階層近くにまでやって来ています」

 

「はぁ!? ちょっと待て! 上がって来てるのかこっちに向かって!?」

 

ヨシヒコ達がゆっくりとこちらに迫っていると聞いては流石にカズマもバッとめぐみんの方へ顔を上げた。

 

どうせあの面子だし、1階層で全滅だと思っていたのに……

 

「下はモンスターや罠のオンパレードだっていうのに、一体どんな力を手に入れたって言うんだよあいつ等!」

 

「メガネンジャーです」

 

「「メガネンジャー……」」

 

 

 

 

 

 

「「いやなんだそれ?」」

 

しばし首を傾げた後、やっぱりわからないカズマとダンジョーが同時に呟く。

 

考えれば考える程二人の疑問はますます深まるばかりであった。

 

遂に魔王と戦う武器を手に入れたヨシヒコ一行は魔王の城へと向かう。

 

 

いよいよ魔王、そしてカズマ達と決着を着ける時が来たのだ。

 

 

 

 

 



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拾壱ノ三

 

池速人、北村裕作、薫拓哉、桐洞一成、志村新八

 

五人の眼鏡少年を余所の作品から引き抜きに成功したメレブによって

 

ヨシヒコパーティーは破竹の勢いで魔王の城を攻め込んでいく。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

「負けるかぁぁぁぁぁ!!!」

 

鋼鉄製のドラゴン目掛けて二人でタックルを決めて強引に押し倒す池速人と北村裕作

 

「新八さん、スイッチです!」

「よし!え? スイッチってなに!?」

 

六本の腕で剣を構えた骸骨の剣士に対し、拾った剣を構えて果敢に挑む薫拓哉と志村新八

 

「よし、お前達は向こうの方の援護を頼む、お前達はヨシヒコさん達の護衛、お前はその場で待機、お前はみんなの為に食事を作ってくれ」

 

 

複数の魔物と対峙しても、圧倒的カリスマで従えさせ、強面の魔物に臆することなくテキパキと指示を送る桐洞一成。

 

そのまま五人のおかげでどんどん進んで行き、ヨシヒコ達はおかげでかなりスムーズに攻略出来ていた。

 

「ウソだろおい! メガネンジャーが! メガネンジャーがここまで出来る子達だったなんて!」

 

「私が支援魔法と回復魔法掛けてるおかげよ! 毎回ボロボロになりながらモンスターに突っ込むから目を離すと簡単に死にかけるし!」

 

まるでわが子の成長っぷりを見守っているかの様に感動しているメレブをよそに、アクアは必死に五人組にステータスアップと回復の魔法を掛けまくっていた。

 

「ヒールヒール! 筋力強化! 速度強化! 花鳥風月! 防御力強化! ブレッシング! もういっちょ花鳥風月!」

 

とどのつまり、五人組がこんな危険地帯で暴れられるのはアクアの支援あってこそなのである。

 

ドサクサに水芸を披露しながらも、余所様の作品のキャラを死なせたらヤバいと、アクアは必死に彼等の補助に回り続けている。

 

そしてヨシヒコもまた勇者として単身で複数の魔物相手に戦いを挑む。

 

「道を妨げるのであれば……容赦はせん!」

 

新たに手に入れた聖剣、エクスカリヴァーンを抜いたヨシヒコが、金色に輝く刃で次々と圧倒していく。

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

剣を握ってその場でヨシヒコがグルグルと回り出すと、周りにいた魔物達が一斉に後ろにバタリと倒れてしまった。

 

「凄い、これが聖剣の力……これさえあれば魔王にも勝てる……!」

 

キレ味抜群の剣の攻撃力にヨシヒコが感動していると、そこへまた新手が

 

顔に頭巾を被っただけで後はパンツ一丁の斧を手に持った変態チックな魔物が現れた

 

「うおぉォぉォ!!そいつだけは! そいつの相手だけはお前に譲らんぞヨシヒコォ!」

「ダクネス!」

 

ヨシヒコを庇う様に現れたのは聖騎士・ダクネス。半狂乱の声を上げながら斧を振り上げた魔物の前に立ち塞がる。

 

「こんな! こんな欲情に塗れたモンスターは見た事が無い! 間違いなく変態だ! 捕まえた女冒険者にあんなことこんな事する変態に決まってる! さあ~かかってこい変態め! 言っておくが私はお前に打ち負かされても決して屈しないぞ! 何をされても! 何をされても絶対に!」

「……」

 

魔物に向かってハァハァ言いながら恍惚の表情で思いきり何かを期待している様子のダクネスが、剣を構えながらジリジリとその魔物に攻撃して来いと誘うかのように近づいて行くも

 

コイツはヤバいと感じたのか、魔物の方からゆっくりと後退を始めた。

 

「おいなんで私から離れる! こっちに来い変態! この私に攻撃して来るんだ! いやして下さいお願いします!」

「……」

 

ついでに彼女の背後にヨシヒコも無言で彼女から距離を取る。

 

「ヨシヒコが引いてる! すっげぇレアなの見れた!」

「ヨシヒコにさえ引かせるなんて、流石はダクネスね……」

「変態カムバァ~~~~ク!!!」

 

基本的には仲間の行動に対して特に動じる事が無いヨシヒコでさえ、今のダクネスの行動には引いている様子。

 

それを見ていたメレブとアクアが彼女に対し感心しながらも共にドン引きしていると

 

遂にダクネスから遠ざかっていた魔物もまたダッシュで逃げ出した。

 

「おのれ根性なしめ! 魔王の城を拠点としているのに女騎士を前にして逃げ出すとは! あの変態ボディは見掛け倒しか!」

 

「皆さん、先を急ぎましょう」

 

「よし、メガネンジャー! 全員集合!」

 

「置いてくわよダクネス」

 

 

去って言った魔物に対して失望を感じながら絶叫を上げるダクネスを尻目に

 

ヨシヒコ達は更に上へと昇って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

その頃、ヨシヒコ一行が確実にこちらに向かって来ている事を知ったカズマ一行の方はというと

 

「あークソ! まさか一度負かしたのに更にパワーアップして復活するなんて! 本物の勇者じゃねぇかよ!」

 

「落ち着いて下さいカズマ、それよりも連中がそろそろこっちにやってくる頃ですよ、地味眼鏡戦隊・メガネンジャーを連れて」

 

「だからそのメガネンジャーってなんだよ! 得体が知れなさ過ぎて勇者と同じぐらい怖い!」

 

猛烈にカズマは焦っていた、まさかヨシヒコ達があの強大な魔物の群れを押しのけて、一直線でここまで辿り着けるほどの力を手にしていたなんて……

 

隣でめぐみんが戦いの準備をしながら杖を構えていると、傍にいたダンジョーやムラサキも得物を構え

 

「だから言っただろう、ヨシヒコは真の勇者、必ずやもう一度我々に挑みに来るとな」

「なんだかんだで絶対に諦めないからな、ヨシヒコの奴」

「くそ! このままだと俺の計画が台無しに……! こうなったら……!」

 

元仲間であるヨシヒコの事を高く評価している二人に、カズマの方は悔しそうに地団駄を踏みながら、ヨシヒコから奪ったいざないの剣を手に取る。

 

「俺だってやってるよ! どんな力があろうと俺達には竜王のオッサンの力がある! なにかあったら竜王のオッサン頼りにしよう! そんでもう何やっても勝てないと悟ったら全力で逃げる! はい作戦決定!」

 

「カズマ、それカッコよく言ってるみたいですけど結局他人任せですからね。しかも負けそうになったら逃げるって……」

 

「俺の中には竜王が住んでる、つまり俺さえ逃げればいくらでもやり直せるチャンスがあるんだぜ? そん時は今度こそ勇者を暗殺とか正攻法じゃない手段を用いても倒してやるよ」

 

「……」

 

顎に手を当てキランと歯を輝かせながら物凄くカッコい悪い事を言ってのけるカズマ。

 

それを見てめぐみんは呆れた様子で黙り込む。

 

確かに魔王に体を乗っ取られる前からこんな図太くて卑怯な性格はしていたが、あの頃よりもずっと悪に染まりきている、ていうか完全に調子乗っている。

 

(そろそろ潮時ですかねぇ……)

 

大方、ダンジョーやムラサキと同じくカズマもまた竜王によって心を邪悪に操られてしまっているのだろう。

 

それを知った上で今までこうして彼の傍を離れず見守ってやっていた、しかしろそろそろ頃合いだ……

 

(いやまだですね、もうちょっと……あの予想も付かない勇者達が、カズマの中にいる竜王をも倒せる実力があると証明するまで……)

 

横にいるカズマ、そしてダンジョーやムラサキの方にもチラリと横目をやりながら

 

めぐみんはふと扉の方から数人の足音を聞き付けすぐに前に向き直る。

 

(この魔王軍の幹部・めぐみんというおいしいポジションを楽しませてもらいましょう)

 

彼女が一人静かにそう心に決めていると

 

 

 

 

 

 

四人の前にある扉がバーン!と勢いよく開かれた。

 

「私は戻って来たぞ! サトウカズマ!」

「チッ、戻って来なくて良かったのに……」

 

扉が開いた先に立っていたのはやはり勇者ヨシヒコの姿だった。

 

遂にここまで来たのかとカズマがしかめっ面を浮かべて明らかに不機嫌になっていると

 

ヨシヒコの後ろからゾロゾロと他の連中も中に入って来る。

 

「待たせたな、ダンジョー、そして胸平さん、ここいらでお前達の呪い、解かせて頂く」

 

「今度こそ容赦しないわよカズマ! もう泣いたって許してやんないんだから!」

 

「めぐみん! お前にも少々頭を冷やしてもらうぞ! 仲間としてお前の根性を叩き直してやる!」

 

メレブ、アクア、ダクネス、ここに来るまで誰一人欠ける事無くやって来たみたいだ。

 

現れた勇者の一行に対し、ダンジョー達も一歩前に出て

 

「ハッハッハ、よくぞ来たな勇者達よ、今度こそ、今度こそお前達を倒してやる!」

 

「コレでお前等ともおさらばだ! 父の仇を取らせてもらう!」

 

「やれやれ、私達にはもう敵わないとあの時気付いておけば、こんな所に無駄足を運ぶ必要も無かったというのに……」

 

 

ダンジョー、ムラサキ、めぐみんもまた得物を構えせて戦闘態勢に

 

そして大将であるヨシヒコとカズマもまた真っ向から視線を合わせて対峙する。

 

「返してもらうぞ、ダンジョーさん達を元に戻すことが出来る導きの笛と、お前が持っているいざないの剣を」

 

「笛はともかく剣はもう必要ないんじゃないか? なんだそのすげぇ金ピカな剣は、ミツルギが持ってる奴みたいなチート武器か?」

 

ヨシヒコが手に持つ聖剣エクスカリヴァーンに、カズマが嫌味ったらしく呟くと、めぐみんはそっと彼と同じくヨシヒコが持つ剣に目をやる。

 

「……」

 

「どうしためぐみん? ヨシヒコの持ってる剣がそんなに珍しいの?」

 

「いえ、なんでも無いですよムラサキさん」

 

不意に尋ねて来たムラサキにめぐみんは悟られない様にポツリと呟くのであった。

 

そうしていると、ヨシヒコ達の方は決戦前の作戦会議を始めている。

 

「メレブさんはいつもみたいに最高の呪文を使って我々を援護して下さい、女神は前衛で盾になってくれるダクネスに回復魔法と支援をお願いします」

 

「「無理」」

 

「え!?」

 

メレブとアクアに大事な役目を与えるヨシヒコだが、それを二人にすかさず出来ないと首を横に振られて拒否されてしまい驚きの表情。

 

「どうしてですか!? もしかして何かあったんですか!?」

 

「うん、俺はコノスバ!を使ってMP切れてます、もうなんの呪文も使えません」

 

「私もここに来る前にメガネンジャーに対して散々支援魔法を掛けていたから、残り魔力が無くなっちゃった」

 

「マジですか!?」

 

「「うんマジ」」

 

「何てことだ! まさか、ここに来てメレブさんと女神が戦えない状態になるなんて……!」

 

二人揃ってもう呪文を使える力は残ってないらしく、コレでは圧倒的にこちらが不利じゃないかとヨシヒコが愕然としていると

 

「大丈夫ですよヨシヒコさん!」

 

「メレブさんとアクアの代わりに俺達がフォローします!」

 

「魔王を倒す為に、僕等はいくらでもヨシヒコさん達の盾になります!」

 

「ここいらで衛宮への土産話を持ち帰らないといけないしな」

 

「僕のクラスに自慢してやりますよ、ちゃらんぽらんの担任の先生にも。僕は勇者と一緒に勇敢に戦ったって」

 

「メガネンジャー……!」

 

そう二人分の戦力は減ったが、今のヨシヒコには新たに五人の助っ人がいるのだ。

 

眼鏡を掛け、制服に身を包んだ五人の戦士が……

 

「いや待て待て待て! まさかそこの五人組もこの場で戦うつもりなのか!? おい勇者! こっちは四人でそっちは九人! 数的にはそっちの方が有利なのにその上で俺達と戦うって、それが勇者のやり方なのか!?」

 

「勇者だからこそだ!」

 

「あーそういやRPGのゲームでも大体魔王一人に集団で襲い掛かるもんな勇者って……考えてみたら血の涙も無い奴だな……」

 

例え相手が一人であろうと集団で取り囲み袋叩きにする。常に全力で戦う事を義務付けられた勇者ならではの常識に、カズマは頭に手を置いてたじろぐもそこへダンジョーが口を挟み

 

「心配するなカズマ、いくら五人増えたといっても所詮はただの一般人だ。烏合の衆など魔王軍の幹部である俺達の敵じゃない」

 

「そうだよカズマ、それにあそこの水色頭はもうまともに戦えないんだろ? 回復が出来ない今こそヨシヒコ達をぶっ倒すチャンスだろ」

 

「ああ、言われて見れば確かに……」  

 

ダンジョーだけでなくムラサキにも指摘されてカズマはふと気付いた。あの五人組は所詮なんの力も持たない一般人だと

 

メレブはともかく回復&支援担当のアクアが魔力ゼロの状態、そしてダクネスは言わずもがな役立たず。

 

「唯一の攻撃要因である勇者ヨシヒコだけを倒せば……ひょっとしてあっさり勝てるんじゃないか?」

 

「その通りだカズマ! ここはまずヨシヒコを集中攻撃し! 奴を倒した後に他の奴等も倒せばいい!」

 

「よし、それならイケそうだ。よっしゃあ行くぞ勇者共!」

 

ダンジョーの作戦通りに行けば絶対に勝てると確信したカズマは、頭の中でどうやってヨシヒコを倒すべきかと思案しながら一歩前に出た。

 

「魔王の力をとくと見せてやる!」

「勇者の力をとくと見るがいい!」

 

ヨシヒコも負けじと一歩前に出て互いに睨み合いながら火花をぶつけ合う。

 

主人公対決第二弾、間もなく開始。

 

 

 

 

 

Bパート

 

 

 

 

 

 

ヨシヒコパーティーvsカズマパーティー

 

二つの陣営が遂に真正面からぶつかり合い、熱いバトル展開が始まった。

 

「それじゃあ、いっちょ私が爆裂魔法で全滅させるんで、私の詠唱が終わるまで守ってください」

「よ~しめぐみん! その役目、このダンジョーが承った!」

 

 

最初に動き出したのはめぐみんだった、彼女の持つ爆裂魔法は一日一回しか使えないが、広大な範囲を強力な一撃で焦土と化すほどの恐ろしい魔法。

 

「おい誰か! あのロリっ娘魔法使いのめぐみん(笑)さんを止めるんだ!」

「あのホクロだけは絶対に肉片も残さずこの世から抹消させてやります……」

 

それを使わせてはマズいとめぐみんに睨まれながらもメレブが反応すると

 

「よし、めぐみんに爆裂魔法をさせたら私達の負けだ! ここは私がなんとしてでも止める!」

 

「させるか! 貴様の相手はこの俺だ! 聖騎士ダクネス!」

 

「く! やはり私の相手は貴様か戦士ダンジョー!」

 

颯爽とダクネスが詠唱を始める彼女の方へ駆け寄ろうとするも、そこへ彼女の護衛役であるダンジョーが通せんぼ。

 

すかさずダクネスは両手に持った剣を思いきり彼に振るうが、予想通りスカッと外れ

 

「フフフ、相変わらず攻撃は当たらんようだな……だが前の様に俺は油断はせん、斬り落とされたもみあげの仇! 今ここで晴ら……!」

 

「とぉ! せい! どりゃぁ!」

 

「人の話を聞けぇ!」

 

自分の台詞を聞かずに一心不乱に攻撃を当てようとして来るダクネスに一喝しながら、ダンジョーもまた剣を抜いて応戦。

 

やがて二つの剣が激しくぶつかり、鍔迫り合いとなる。

 

「お前のそのヘッポコ剣術を見るのもこれで見納めだ!」

 

「ヘッポコ言うな! 見ていろダンジョー! 私だってここに来るまで成長したんだ!」

 

「ぐ! なるほど、この力、確かに相当鍛えているなこれは……」

 

「そうだ! ダクネスは凄い筋肉モリモリなんだぞ! ムキムキだよムキムキ!」

 

「ダンジョーの前にお前を先に切り捨てるぞメレブ!!」

 

背後から応援しているのであろうが、自分としてはかなり気にしている事を堂々と言うメレブに

 

ダクネスは目の前のダンジョーよりも背後にいる彼に対して強い殺意を滾らせた。

 

そしてそんな事をしている間に

 

「いいですよダンジョーさん、そのままダクネスを止めておいてください、爆裂魔法の準備が整いそうです」

 

「ってヤバいぞメレブ! めぐみんがそろそろ詠唱を終えるらしい! 急いで彼女を止めてくれ!」

 

「えー! いや俺無理だって! もうMP切れてるから呪文使えないし!」

 

「いいからどんな事をしてでも止めてくれ! 私はもうダンジョーの相手で手一杯なんだ!」

 

「えぇ~……あ、そうだ」

 

MPゼロの状態の魔法使い(笑)に飛んだ無茶振りだとダクネスに顔をしかめるも、メレブはすぐにハッと気付いて

 

「ならば俺は! 自分フィールドにメガネンジャー・池速人と! メガネンジャー・北村裕作を召喚するぜ!」

 

「はい!」

 

「任してください!」

 

「召喚するって、元から召喚してたじゃないですかあなた……」

 

急いで自分の下に二人の助っ人を馳せ参じさせると、メレブは得意げにめぐみんを指差して

 

「いくぜ! 俺は二体の眼鏡でめぐみんに攻撃!」

 

「フン、今更メガネンジャーの攻撃などで私の昂るテンションと共に紡がれる詠唱を止められる訳……」

 

「この瞬間、俺は二体の眼鏡の効果発動!」

 

「え? 効果ってなんです?」

 

いまいちノリノリで叫んでいるメレブについていけないめぐみんに対し

 

二人の助っ人は特に彼女に対して攻撃する事も無くスッと静かに歩み寄ると直利不動の構えで

 

真顔で見つめ始める。

 

「攻撃宣言時! その自分自身の攻撃を無効にする代わりに! 相手をただジッと無言で見つめ続けることが出来る!」

 

「「……」」

 

「な、なんですかそれ? やはりあなたはポンコツですね、そんなジロジロと見られただけで私が怯む訳ないじゃないですか……」

 

「「……」」

 

「いやあの、だから無駄ですってば……」

 

「「……」」

 

「もういいですって、そんなに見られても私の精神が揺らぐはず……」

 

「「……」」

 

「や、やり辛い……!」

 

何もせずに無言で近づいてきてただずっとこっちを見つめてくる二人の眼鏡。

 

何とも言えない不気味さにめぐみんは顔を強張らせていると、そこへ畳みかける様にメレブが

 

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ! 自分の場のメガネンジャーが効果を発動した時! 手札から好きなだけメガネンジャーを特殊召喚することが出来る!」

 

「よ、よくわからないですけどそれって更に人数増やすって事ですか!?」

 

「現れろ! メガネンジャー薫拓哉! 桐洞一成!! 阪口大助!!!」

 

「新八じゃボケェェェェェェ!!!」

 

慣れた感じで勢いよくメレブにツッコミを入れながら現れた志村新八と共に

 

他の二人も現れ、そして同じ様にめぐみんに歩み寄って、彼女を中心に囲い込む形で

 

「「「「「……」」」」」

 

「ひぃ~! な、なんでここまで動じずに真顔でこっち見てこれるんですかこの人達は!」

 

「「「「「……」」」」」

 

「お、恐るべしメガネンジャー……しかしそんな風に注目されても私にも策はあります!」

 

 

小柄な女の子を囲んで何もせずにただ見つめ続ける眼鏡少年達という、傍から見ればホラーでしかない構図。

 

そこでめぐみんはすぐにこの窮地を脱する為に大きな声で叫んだ。

 

「ムラサキさん! 助けて下さい! ダンジョーさんがいない今私を護ってくれるのはあなただけです!」

 

「……」

 

「あ、あれ? ムラサキさん?」

 

「フフフ、ここでムラサキを呼ぶのも想定の内だめぐみんよ」

 

「!?」

 

「しかしムラサキは今、お前にかまける余裕は無いのだ」

 

ここでもう一人の仲間であるムラサキを呼ぼうとするが、返事は無い。

 

どうしたのかと思いきや彼女ではなくメレブが代わりに不敵な笑みを浮かべて答える。

 

「アイツは今……ウチのアホ(真)ととっ掴み合ってる真っ最中です」

 

「はぁ!?」

 

「テメェ調子乗ってんじゃねぇぞコラ! 乳がデカければ偉いとか思ってんじゃねぇだろうな!」

 

「乳は関係ないわよ! 私はね、女神だから偉いの! いった! なにすんのよエリス並みの貧乳のクセに!」

 

「あーオメェやっぱ貧乳の事下に見てんじゃねぇか! 謝れ! 私とそのエリスって子に謝れ!」

 

めぐみんが素っ頓狂な声を上げてる中、ムラサキとアクアはいつの間にか取っ組み合ってお互いを素手で叩き合っていた。

 

喚き合いながら相手のスネを蹴ったり、頭を叩いたり、頬を引っ張ったり

 

とても勇者の一行と魔王の一行が繰り広げる死闘とは程遠い醜い争いをさっきからずっと続けている。

 

「大きな目!」

 

「わあビックリ! ならこっちは花鳥風月!」

 

「うぇ! お前ぇ……目思いきり開いてる時に水ぶっかけるなよぉ! 父の仇!」

 

「いた! だからそれ地味に痛いから止めてよ! それ引っ込む剣でも先尖ってるんだからね! この!」

 

「ぐに~、ほっへた引っはるなぁ~!」

 

「あんふぁこそ~!」

 

終いには相手の両頬を強く引っ張り合いながら、どっちが負けを認めるか勝負する始末。

 

「醜い……! とてもラスボスのいる城でやるバトルには見えない……!」

 

互いに涙目になりながらもひたすら相手のほっぺをつねり合うムラサキとアクア。

 

そんな光景に目も当てられないとメレブが顔を逸らしたその頃。

 

援軍も来れないという状況が分かっためぐみんはというと

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁ!!! そんな見つめられると詠唱に集中できないんですって! お願いだからあっち行ってくださいメガネンジャー!」

 

「そしてこっちもまた、酷い! こうなるよう仕向けた俺が言うのもなんだけど! 物凄く酷い!」

 

「「「「「……」」」」」

 

「あ、行動が変わった、めぐみんを囲んだままグルグルと回り始め……あ、そこで逆回転を決めると」

 

相変わらず五人の眼鏡男子に囲まれながらも、今度は見つめられたまま無言で周囲を回り始める彼等に、精神的に疲労して心が折れかけてる模様。

 

そんな彼女を離れた場所からメレブが「あ~可哀想」と言いながらもニヤニヤ笑いつつ

 

「なあヨシヒコ、これもしかしたら楽勝かもしれないぞ、俺達が恐れる爆裂魔法が不発になった今なら、カズマ君から導きの笛を取り返すのも簡単……」

 

思ったよりチョロい連中だとすっかり価値を確信したメレブが、ヨシヒコとカズマの方へと振り返ると……

 

「フリーズ!!!」

 

カズマがヨシヒコに向かって手の平を突き出しながら叫ぶと、彼の手からとてつもない冷気が放たれた。

 

ただの人間であればあっという間に全身を氷漬けに凍てつかせてしまう程の氷魔法、本来な等これ程までの威力を発揮しない筈なのだが

 

「はぁ!」

 

それに対しヨシヒコは身体を凍らされる前に両手に持った聖剣・エクスカリヴァーンを振り下ろす。

 

放たれた冷気は両側に割れ、なんとかカズマの魔法を凌ぐ。

 

「これで終わりか!」

「な訳ねぇだろ! ティンダー!!」

 

まだカズマの攻撃は続いていた、今度は手の平から巨大な紅蓮の炎の塊を出現させ、それを容赦なくヨシヒコ目掛けてぶっ放す。

 

全てを凍てつかせる氷の次は全てを焼き尽くす炎、しかしヨシヒコは驚きもせずになんと真っ向からその炎に突っ込む

 

「とぉ!」

 

当たるギリギリのタイミングで、まるで天井に吊るされたかのような不自然なジャンプで難なく避ける。

 

それによってカズマとの距離がさらに縮まる……と思いきや

 

「ウインドブレス!!」

「ぐわ!」

 

天井に吊るされ……否、高く飛翔しているヨシヒコに対してカズマは容赦なく突風の魔法で弾き飛ばす。

 

凄まじい風圧でそのまま背後にあった壁に叩き付けられたヨシヒコは、なおも強風によって身動きが取れなくなってしまう。

 

「ぐ、ぐう! なんて奴だサトウカズマ! これほどまでに強力な呪文をいくつも覚えているとは……!」

 

「その状態なら避ける事も出来ないよな? クリエイトウォーター!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

風が一瞬止んだと思いきや、代わりばんこに今度はカズマの手の平から螺旋に回転する巨大な水柱が打ち放たれる壁に打ち付けられたままのヨシヒコに直撃する。

 

激流の如く水圧で、身体がバラバラになるのではないかという激痛に耐え切ると、カズマの魔法は一旦終わり、ヨシヒコはガクッと壁から落ちて床に倒れる。

 

「まだだ、まだ私が倒れる訳には……!」

 

「まだ元気があるみたいだな勇者様、だがこれなんかどうだ?」

 

ヨロヨロと剣を支えに起き上がろうしながらまだ戦おうとするヨシヒコに、ニヤリと笑いながらカズマは再び手の平を突き出し

 

「クリエイト・アース!!」

「!?」

 

突如ヨシヒコの周りに膨大な量の土が生成、視界一面が茶色に覆われたと思いきや次の瞬間

 

「俺、あの忍者の漫画好きでさ、一度やってみたかったんだよ……まあ向こうは土じゃなくて砂なんだけど」

 

ボソッとカズマが独り言を呟いた時、ヨシヒコを覆う大量の土が瞬く間にヨシヒコを捕らえるように覆い尽くす。

 

そして土の塊に閉じ込められ完全に手も足も出ない状況のヨシヒコの方へ手を伸ばしながら、ガッと強く握ると

 

「土の中で眠りやがれ!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

その手の動きに合わせるかのようにヨシヒコを覆う土が一気に圧縮。

 

哀れヨシヒコは断末魔の雄叫びを上げながらグシャリと押し潰され、ようやく土の中から解放されたのはいいがボロボロの状態に陥ってしまい、そのままバタリと前のめりに倒れてしまう。

 

そして自分の前で無様に倒れてしまったヨシヒコを見下ろしながら、カズマは得意げにしてやったりの表情で

 

「あれ? 俺もしかしてなにかやっちゃいました?」

「ム、ムカつく~! てかそのセリフみんなで使い過ぎ~!」

 

後頭部を掻きながら鼻に付く台詞を皮肉たっぷりに使って見せるカズマに対し

 

二人の戦いをしばし呆然と見つめていたメレブがやっと喉から声を出す。

 

「な、なんだ今のすっごい金のかかってそうな戦いは! ワイヤーアクションとCGが凄……! いやそうじゃなくて! どういう事よ一体! ヨシヒコを完全に打ち負かすなんて滅茶苦茶強いぞカズマ君!」

 

「あのな、俺の中には魔王がいんだぞ、こんぐらいの力出すの当たり前じゃないか」

 

「ええー!?」

 

「いやちょっとは考えろよ……魔王に体を預けてるんだから力を借りるぐらい王道中の王道だぞ?」

 

ここに至るまでこうなる事は全く予想できなかった。ヨシヒコがカズマに後れを取るなど

 

どうやらカズマは、魔王の力を得た事により体得した魔法やスキルを超絶強化してしまっているらしい。

 

つまり今のカズマは正に無敵、見かけは極々普通の小市民にしか見えないが、聖剣を手に入れたヨシヒコでさえ手も足も出ない強さを得てしまったのだ。

 

「はい勇者様はコレにて脱落、お疲れさん」

 

「まさか……一応そっち側の主人公のクセにロクに出番も無かった奴がここまで強くなっていたとは……」

 

「はいという事で! 次はそこの人が気にしてる事を言いやがったホクロ仕留めまーす!」

 

「あーごめんごめん! 気にしてたんだやっぱり!」

 

内心ずっと気にしてて胃が痛む毎日だったカズマに対しメレブがつい失言。

 

それをキッカケにカズマの手の平は迷いなく彼に向かって標準を定める。

 

「あーそうだよ! 終盤に来てやっと出番とかふざけてんのか! 序盤に出れためぐみんはまだいい! ダンジョーさんとムラサキさんは合間合間に出られた! けど俺は本当に最後の最後になってやっとだぞ!」

 

「いやそうだけどさ、立場的に最初から出すのは難しいでしょ……それに考え方を良い方向に変えればさ、トリだよトリ、目立つし美味しいじゃん」

 

「うるせぇ! こうなったらアンタを徹底的に屈辱を与えて憂さ晴らししてやる!」

 

「そして俺とばっちりー!」

 

半ば八つ当たり気味にカズマは楽には殺さんと宣言して、MP0状態の無力なメレブに攻撃を仕掛けようとする。

 

「まずは俺の十八番、スティールの魔法でアンタから大切なモンをぶん捕ってやる、今の俺は魔王の力のおかげでスティールも強化され、望めだけでどんなモノでも手に入るのさ……」

 

「ひえ~堪忍して~!」

 

「さあ行くぜ!」

 

容赦なくカズマはメレブが今最も大切に所持しているモノを奪う事に

 

怯えるメレブに対し彼はニヤリと下卑た笑みを浮かべながら

 

 

 

 

 

「スティーーーール!!!」

 

 

 

 

 

力強くカズマがメレブに向かってそう叫んだと同時に

 

彼の伸ばした右手にはあるモノが強く握られていた。

 

「へっへっへ、さて、おたくは一体何を一番大事にしていたのかな、と」

 

やはりあっさりと成功したみたいだ、早速奪ったモノを見てみようと手を広げてみるカズマ。

 

すると彼の右手の上にあったのは

 

 

 

 

黒のボクサーパンツ

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! パンツ返して~~~~!!!」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

カズマがスティールに成功したのはまさかのメレブの下着

 

男性の下着などをガッチリ手に取ってしまった事にカズマはゾワッと腕に鳥肌を浮かせながら絶叫を上げだすが

 

そこへメレブも恥ずかしそうに下半身を押さえながら悲鳴を上げる。

 

「みんな! もう敵味方関係なく俺の話を聞いて! カズマ君がね! パンツ! 俺のパンツ奪った!」

 

「え……ウソでしょカズマさん……オーマイゴッド……そんな性癖あったなんて……」

 

「うわ……よりにもよってメレブなんかのパンツをお前……」

 

「違う違う! 待てお前等変に誤解すんな! スティールしたらたまたまパンツ奪っちまったんだよ! クリスの時みたいに!」

 

「「俺は魔王の力で強化されたから好きなモノを奪えるんだ、まずはお前の大切なモノを奪ってやるぜ!」とかなんとか言っておいてこの子がチョイスしたのが、まさかの俺のパンツです」

 

「「うわぁ……」」

 

「余計な事言うな! てかなんで一番大切なモノがパンツなんだよ! 勇者一行ならそこは武器とかアイテムだろ普通!」

 

 

 

必死そうにメレブが叫ぶと、掴み合いをしていたアクアとムラサキも思わず争うのを止めて両者仲良くカズマに向かってドン引き

 

そしてダクネスとダンジョーもまた戦うのを止めてゆっくりとカズマから後ずさり

 

「まあその、偏見するつもりは無いが……」

 

「カズマ、頼むからこれ以上失望させないでくれ……」

 

「うおぅヤッバイ方向に勘違いされ始めてる!」

 

ちょっと特殊な趣味を持った方という感じでこちらに対して距離を置こうとする一面。

 

なんだかとても居心地悪いと感じたカズマが頑張って訳を説明しようとするも

 

そこへめぐみんを囲んでいたメガネンジャーの面々も思わず彼の方へ振り返って

 

「あ~……まあ別に良いんじゃないですかね? 個人の自由ですし」

 

「俺もそんなの全く偏見持たないぞ!」

 

「でも好きな人の下着を奪うのは……ちょっと危ないんで今後気を付けて下さい」

 

「最初から完成形の人などいない、長い人生の中で多くの過ちを繰り返して成長していく生き物だ」

 

「大丈夫ですよ、僕の世界の連中なんか変人揃いだからそれぐらいじゃもう引かないんで」

 

「なんでコイツ等だけ妙に優しいんだよ! 違うんだメガネンジャー! 俺の話を聞いてくれ!」

 

池速人、北村裕作、薫拓哉、桐洞一成、志村新八の順番で各々優しくカズマを励まし始める。

 

拒絶されるのも嫌だが、優しく受け入れられるのも結構なダメージになる。

 

そして、悲痛な思いでカズマが訴える中で、メガネンジャーに囲まれていためぐみんがひょっこりと顔を出し

 

「カズマ超気持ち悪いです……なんですかそれ? 私はこんな奴なんかの為にあの手この手を使って頑張ってたんですか……? もはや己自身が嫌になります……」

 

「止めろー! 見るな! そんな目で俺を見ないでくれめぐみーん!!」

 

ゴミを見るような蔑んだ目をこちらに向けながらブツブツと呟き始める彼女に、カズマが慌てて駆け寄ろうとしたその時……

 

 

 

 

 

「今だ!」

「うお!」

 

めぐみんの方へ向かおうとしたカズマに向かって

 

彼の前で倒れていたヨシヒコが突然起き上がって下から上に剣を振るう。

 

間一髪体をのけ反らして回避するカズマだが、立ち上がったヨシヒコは体はボロボロになってなお、目はまだメラメラと熱く燃え盛っていた。

 

「油断したな、これが私とメレブさんの連携攻撃だ……」

 

「ウソを付けウソを! ホクロに至ってはただの俺の自爆だし! お前はただ死んだフリしてただけじゃねぇか!」

 

「死んだフリじゃない! 私は、倒れている間にお前が身に着けているあるモノを狙っていたんだ」

 

「あるモノ……は!」

 

ヨシヒコの言葉にカズマは思わず自分の身体をバッと見下ろす。

 

よく見ると腰元にぶら下げていたあるモノが包まれていた袋が、パックリと斬られて中身が無くなってるではないか。

 

「まさか!」

 

もしやと思いカズマが顔を上げてヨシヒコの方へ目をやると

 

彼の手にはかつて自分が奪った「導きの笛」が収まっていた。

 

「これが私のスティールだ」

 

「!?」

 

「ええ! やだちょっと今のヨシヒコのドヤ顔超カッコいい!! ちょっと腹立つ顔だけど!」

 

 

先程ヨシヒコが攻撃を仕掛けたのはカズマを狙ったのではない。

 

彼の腰元にぶら下がっているアイテム袋を斬ったのだ。

 

重傷を負いながらも、その状態で袋の大きさ的に笛のサイズとピッタリだと確認したヨシヒコは、なんとか隙を見て奪取しようとずっと目を光らせていたのである。

 

そして彼にパンツを奪われたメレブのおかげで、そのタイミングを見計らうことが出来たのだ。

 

「さあこれでダンジョーさん達を元に戻させてもらうぞ、そうすれば逆転……く!」

 

「へ、笛は取り返せたからってあまり調子に乗るなよ勇者様。HPがすっかり真っ赤になっているアンタじゃ何も出来ねぇよ」

 

「例えHPが一桁になろうと立ち上がる、そして魔王に奪われた仲間は絶対に取り返す、ダンジョーさんやムラサキ……そしてめぐみんやお前も!」

 

さっき残っていた体力を振り絞って攻撃を仕掛けたおかげで、今のヨシヒコはもう足取りもフラフラで立ってる事すらキツイ状況。

 

しかし勇者として、ヨシヒコにはまだやるべき事が残っている。だからこそここで絶対に倒れてはいけないのだ。

 

「決着を着けるぞ、サトウカズマ!」

 

「マジかよこれだけボロボロなのにまだ立ち向かうのかよ……まさかコレが本当の勇者って奴なのか……?」

 

熱き勇者の想いが、魔王によって支配され氷ついたカズマの心をゆっくりと溶かし始める。

 

次回、主人公対決・完全決着。

 

 

 

 

 

 

「あ、それはそうとカズマ君、いい加減俺のパンツ返して? そろそろノーパン状態はキツイのこっち」

「え? うわぁ!! ずっと握ってたの忘れてたぁ!」

 

 

 

 

 

 



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拾壱ノ四

隙を見計らいなんとかボロボロになりながらも、カズマから導きの笛を奪い返す事に成功したヨシヒコ。

 

しかしまだ戦いは終わらない。

 

「この笛を吹けばきっと魔王に支配された心を元に戻す事が……!」

「させるかぁ!! もう一度奪い返してやる! スティ……!」

 

導きの笛はダンジョーとムラサキ、そしてカズマの悪に染まった心を浄化出来るアイテム。

 

それを使われてはたまらないと、当然魔王に操られているカズマは必死に奪い返そうとまたスティールを使おうとする。

 

だが

 

「「「「「させるかぁ!!!!!」」」」」

「うげぇ!!」

 

寸での所で横から五人の少年・メガネンジャーのタックルをモロに食らい、カズマはそのまま押し潰されてしまう。

 

「お、お前等なぁ! ただの一発ネタのクセに出番多過ぎるんだよ! どけ!」

「ヨシヒコさん! 我々が抑えている内に早く笛を吹いて下さい!」

 

カズマが動けない今の隙に……言われるがままにヨシヒコはすぐに笛を口に当てて吹こうとする

 

だが音色を奏でようとした所でガクッと膝から崩れ落ちてしまう。

 

「く、ダメだ! 力が入らない……!」

「ヤッバい! ヨシヒコのHPがもう限界で笛を吹けないみたい!」

 

カズマにかなりのダメージを負わされたヨシヒコは今、早く回復しないと危険な状態だ。

 

そんな疲弊した体では笛を吹く事さえ出来ない様子で、それを見たメレブが慌てて駆け寄る。

 

「わかったヨシヒコ! 俺が代わりに吹くからパス!」

「お願いします……!」

 

ここはメレブに託そうとヨシヒコは力を振り絞って笛を彼に向かって投げ飛ばす。

 

だが二人の間を割って一人の大男が両手を上げて

 

「させん!」

「ああー! ダンジョーにブロックされた!」

 

ダンジョーが間に入って来て笛を拳で弾き飛ばしてしまう。

 

そして導きの笛はクルクルと弧を描きながら、偶然にもダクネスの真上に

 

「くそ! ダンジョーを逃がしてしまった! ん? なんだアレ?」

「ダクネス! 導きの笛だ! それを吹いてみんなを元に戻すんだ!」

「導きの笛!? よしわかった!」

「ナイスキャッチ! さすがやれば出来る子!」

 

落ちて来た笛をピョンとジャンプして綺麗に受け止めるダクネス。

 

メレブがガッツポーズを取ってる中、早速彼女は笛を吹こうとする、だが

 

「……あれ? 吹くとなると一体その音色はどんな感じにすればいいんだ?」

 

「いやそこ気にしなくていいから! 適当でいいんだよ適当で!」

 

「適当に吹くなんて出来るか! カズマ達を元に戻すというのにマヌケな音色を奏でる訳にはいかないだろ! ここは神聖かつ壮大な讃美歌をイメージした……」

 

こういうイベントはムードが大事だと、今更な事を言い出すダクネス、しかしそこへダダダッ!と猛烈なスピードで一人の女性が駆け寄って行き

 

「おっぱい寄越せコノヤロォォォォォ!!!!」

「おぅふ!!」

「ムラサキ! いや胸平! いや!! 妖怪おっぱい置いてけ!!」

 

そこでまたもや邪魔が、今度はムラサキが現れ、笛ではなくダクネスの胸を両手で鷲掴みにし始めたのだ。

 

「この世界の奴等は巨乳多過ぎんだよ! どういう事だオイ!」

 

「そ、そんな事私が知るか! ていうか胸を掴むな! このままでは笛を吹く事も出来ん……」

 

ムラサキに胸を掴まれながら激しく抵抗しつつ、ダクネスは手に持った笛を握り締めてこうなればと……

 

「パスパス! ダクネスパス!」

 

「よしアクア頼む! 笛を吹く役目はお前に任せた!」

 

「合点! この私が奏でる美しい音色でみんなをメロメロにしてやるわよ!」

 

離れていた所でこちらの様子を伺っていたアクアに向かって笛を投げ飛ばすダクネス。

 

それを少々危なげな感じで両手でキャッチするアクア、しかしまたしても……

 

「ハァハァ……! おい駄女神、その笛は返してもらからな……」

 

「い、いや~! カズマさんが息を荒げながら私に歩み寄って来る! メレブのパンツの次は私自身!? どんだけ見境ないのよこのエクストリーム変態!」

 

「違うわ! ちょいと五人組の眼鏡に襲われてたせいで疲れてんだよ! 軽く魔法で捻ってやったけどな!」

 

呼吸を荒くしながら現れたのはまさかのカズマ、後ろを見るとメガネンジャーが仲良く一緒に倒れて気を失っている。きっと抑えつけていたカズマが脱出する為に魔王の力で強力になった魔法を行使したせいであろう。

 

「頼みの勇者様はもう戦えないぜ? 得物は貰って置いた。コレで笛さえコッチのモンになれば俺達の勝ちだ!!」

 

「わー! カズマさんウソでしょ! なに剣なんて振り上げてるのよ! まさか私に向かって振り下ろそうとしてるんじゃ!」

 

「あばよアクア、お前の事は三日ぐらいは覚えておくぜ」

 

「そんなー!」

 

両手に持つ剣は倒れたヨシヒコからカズマが奪った聖剣・エクスカリヴァーン。

 

それを邪悪な笑みを浮かべながら容赦なくアクアに向かって振り下ろそうとするカズマ、しかし

 

「あ、あれ? なんだ急に体が動かなく……!」

 

「へ?」

 

「は? どういう事だコレ! なんでアクアに剣を振り下ろす事が……!?」

 

まるで自分の身体に別の存在が入り込んだかのように、剣を振り上げた状態で上手く動くことが出来なくなってしまうカズマ。

 

その事を何よりも本人が動揺し、アクアもまたキョトンと見つめているとそこへ

 

「それはあなたが、本当のあなたが抵抗しているんです。例え魔王に心を支配されても、仲間は殺させないという強い意志が」

 

「めぐみん!?」

 

颯爽と現れたのは仲間である筈のめぐみんだ。周りに誰もいないし爆裂魔法を使うなら今がチャンスだ、

 

しかし様子がおかしい、本来ヨシヒコ達に向かって突き付ける筈の杖が

 

今はこっちに向かって突き出されている。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族唯一の爆裂魔法の担い手にして冒険者・サトウカズマの仲間の一人! そして仲間の為に仲間を欺き! 仲間の為に影ながら助力する者!」

 

「お、お前まさか! 俺の仲間になったフリをして今までずっと騙してやがったのか!?」

 

「鈍い所は相変わらずで良かったです、おかげでここまで上手く事を運べました」

 

「え? え?」

 

ビシッとポーズを取りながらカッコつけて叫ぶめぐみんに、カズマはすぐに彼女の正体に気付く。

 

そう、彼女は実は心から魔王カズマに従っていたのではない、彼の心から魔王の支配を取り除く為に、仲間であるアクアとダクネスを騙してでも味方に付いてるフリをしていたのだ。

 

アクアの方はまださっぱりわかっていない様子だが、めぐみんはポーズを決め終えて満足げに頷くと、すぐにクルリと後ろに振り返って

 

「さて、魔王の討伐はやはり彼に任せましょうか、では勇者さん、お願いします」

「勇者!? おいそれってまさか……!」

 

めぐみんがそう言って身を引くと、颯爽と現れた人物にカズマはあんぐりと口を開けて驚く。

 

「ゆ、勇者ヨシヒコ!?」

 

先程まで瀕死だったヨシヒコが体力満タンの傷一つない状態で復活していたのだ。

 

その右手には彼から聖剣を失敬する時にもういらないと捨てておいたいざないの剣が握られている。

 

「待たせたなサトウカズマ、いや……サトウカズマの心に巣食う竜王よ!」

 

「なんでだ! さっきまでボロボロだったじゃねぇかアンタ! どうやってHP回復させたんだ!?」

 

「そうよヨシヒコ! 私魔力ゼロだから治癒の魔法使ってないのに!」

 

「彼女の、めぐみんのおかげです」

 

「ええヨシヒコそれどういう事!? めぐみんのおかげって!」

 

すっかり全快した様子でまだまだ全然戦える状態に戻ってしまったヨシヒコを前にカズマが絶望する中

 

ヨシヒコは自分の隣に立っているめぐみんの方へチラリと視線を向けて

 

「彼女が倒れている私にコッソリと駆け寄って、これでもかというぐらい私の口の中に大量のやくそうを詰め込んでくれたんです、おかげで傷も治ってすっかり元通りになりました」

 

「「どんな体してんのアンタ……?」」

 

カズマとアクアの呟きが綺麗にハモった、ありったけのやくそうを口に含んだら体の傷が治るとは、それはもはや人外の領域なんじゃないだろうか……

 

そんな疑問をよそに、ヨシヒコは正面からチャキッと剣を構えて

 

「先程めぐみんにお願いされた、お前を倒し、そしてお前を救う事を」

「クソこうなったらまた魔法を! ってあれ? 魔力空になってる……」

 

マズいと思ってすぐにヨシヒコ目掛けて手を突き出すカズマだが、魔法は放たれない。

 

どうやら思う存分に使い過ぎたツケが回って、ここでまさかの魔力切れらしい。

 

「だったらこの剣で戦うまでだ!」

 

魔法に頼れないとわかるとすぐに舌打ちししつつヨシヒコから奪った聖剣を取り出すカズマ。

 

しかしヨシヒコは動じる事も無く真顔で対峙したまま立っていると、カズマの動きはまた鈍くなり始め

 

「くそ! また体が……!」

「お前を倒すのは私だけではない、私とお前自身だ!」

 

剣を振る事も出来ずに動けなくなったカズマに向かってそう叫ぶと、ヨシヒコはバッと地面を蹴って勢いよく突っ込んで

 

「ふん!」

「んほぉ!」

 

両手に持ったいざないの剣でバッサリと彼に向かって縦に振り下ろす。

 

変な呻き声を上げながら少し抵抗を見せるも、カズマの視界はどんどんぼやけていき、終いにはバタッとその場で倒れ込んでしまった。

 

「Zzzzzzzz……」

「……」

 

すぐに寝息を上げ始めたカズマの下へめぐみんは急いで駆け寄って確認すると、少しホッとしたような表情を浮かべた後すぐにヨシヒコの方へ顔を上げ

 

「カズマはちゃん眠りに着いたみたいです、大人しくなっている今がチャンスです」

 

「女神、導きの笛を、ダンジョーさんとムラサキ、そしてサトウカズマに聴かせてあげて下さい」

 

「なんか目の前でドタドタと色んな事が起こって困惑してるけど……まあいいわ任せなさい」

 

まだめぐみんの事を疑うような目つきをしながらも、改めてアクアは導きの笛に口を付けて静かに奏で始めた。

 

「ピッピピ~ピピ、ピッピピ~ピピ、ピッピピ~ピピ、ピ♪」

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉ!!! また前の時の様に急に頭が痛みだしたぁー!」

 

「またこの笛の音だよ~! しかもなんだこのふざけた感じの音は~!」

 

「ピッピピ~ピピ、ピッピピ~ピピ、ピッピピ~ピピ、ピ♪」

 

「効いてます! 二人に効いてますよ女神!」

 

「おい……なんでアイツここで……サザエさんのエンディングをチョイスした」

 

その笛から奏でられる音色を耳にしただけでダンジョーとムラサキが苦しみ悶え始める。

 

彼等の心を縛る鎖がゆっくりと解き放たれている証拠だ。だが何故かメレブだけはどこか浮かない表情でアクアに目を細めている。

 

そして次第に彼等だけでなくカズマもまた

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! なんだなんだ! 変な歌が聞こえたと思って起きたらいきなり頭が! イデデデデデデ!!!」

 

「ピピピ、ピピ~ピ、ピッピピピ~ピ~♪」

 

「おおカズマにも効いてますよ! 魔王に直接体を支配されているカズマも! あ!」

 

アクアの音色がカズマの呪いも解こうとしている、それに喜ぶめぐみんだが次の瞬間、驚きの声を上げる。

 

なんとカズマの身体から邪悪なオーラがモクモクと上がって天井へと舞い上がったのだ。

 

「まさかアレが……! カズマの身体と心を支配し続けていた魔王の……!」

「竜王……!」

 

めぐみんとヨシヒコが見上げる中で、漆黒の煙は徐々に丸みを帯びて巨大な球体へと変化すると、そのまま天井をスーッと通過して行ってしまった。どうやら笛の音色に嫌気がさしてカズマの身体から逃げたらしい

 

「奴はきっとこの城の最上階で私達を待ち構えている準備をしているに違いない……」

 

「ピ~ピピピッピッピ、ピ~ピ、ピピ~ピ♪」

 

「得体の知れない形をしていましたが、アレが本体なんでしょうか?」

 

「ピピピ~ピピピ~ピ、ピ~ピピピ~ピ♪」

 

「いや魔王の姿は本来もっと恐ろしい姿をしている、そして私達はそんな魔王を倒さねば冒険は終わらない……」

 

「そうですか、難儀ですね勇者というものは……」

 

アクアの笛の音が次第に強くなってきながらもヨシヒコとめぐみんは至極真面目に会話を続ける。

 

そしてそんな居心地悪い雰囲気の中でアクアは

 

 

 

 

 

 

サビに入った

 

「ピ~ピピ、ピピッピ~! ピ~ピピ、ピピッピ~! ピ~ピ~ピ~ピ~ピ~♪」

「ぬおぉぉぉぉぉ!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

断末魔の叫び声が聞こえる中でアクアはますます強く吹いて楽しげに音を奏でるのであった。

 

コレを続けていれば次第に三人の呪いは薄れて完全に消えゆくであろう。

 

そしてそれからが本当の本番だ、全ての仲間を正気に戻した今為すべき事は

 

 

 

 

最上階にいるであろうラスボス・竜王を倒す事なのだから

 

 

 

いよいよ最終決戦だ

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後の決戦に出向くヨシヒコ達を隠れながら見守る大集団

 

「兄様……! いよいよ魔王と戦うのでございますね……!」

 

その先頭でヨシヒコを後ろから見つめるのは彼の妹のヒサ。

 

服装をコロコロと変えていた彼女であったが、ここに来て故郷であるカボイの村の衣装に戻っている。

 

「コレで遂に、ヒサもまた兄様のお役に立てる時が来ました……! 兄様が魔王を倒す為にヒサは精一杯のお手伝いを……」

「お姉様!」

「!?」

 

改めて兄・ヨシヒコを今度こそ共に戦おうと誓ってる途中で、不意に後ろから聞こえた無邪気な声にヒサは驚いてバッと振り返る。

 

そこにいたのは金髪碧眼のお人形の様な小柄で可愛らしい少女

 

アイリス。フルネームは「ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス」

 

ベルセルグ王国の第一王女であり、12才でありながらも王族らしい気品を持ち合わせたお姫様だ。

 

「お姉様が魔王と戦うと聞いたので! わたくしも思い切ってついて来ました!」

 

「なんと! ダメでございます、ここから先は更に危のうなります故、姫様はすぐにお帰りになるのです!」

 

「お姉様、わたくしは確かに一王国の姫です、しかしなればこそ、頂いたご恩は絶対に返すという義務がございます」

 

どうやらヒサは彼女の住む王国で色々と大活躍してしまったらしい、それも一国の姫がコッソリと抜け出してこんな所まで追いかけてくる程凄い偉業を成し遂げてしまったみたいだ。近々彼女とその仲間を銅像にする予定も既に出来ているとかなんとか

 

すぐに彼女に帰るようにと促すヒサだが、アイリスはブンブンと首を横に振って動こうとしない。

 

「心配なくてもわたくしには王家の血が流れています! まだまだ未熟ですしお姉様の仲間には遠く及ばないかもしれませんが! 足手まといには決してならないのでお供させてください!」

 

「なんと強い決意を秘めた目でしょう……まるで兄様のようです」

 

「兄様? 前にお話になってたお姉様の兄であるヨシヒコ様の事ですよね? てことはつまり……」

 

ヒサに兄がいる事を前々から知っていたアイリスは、しばし考え込む仕草をするとパァッと顔を輝かせて

 

「わたくしはその方をお兄様と呼べばいいんですね!」

「な! 兄様の妹はヒサだけです! そのような呼び方は姫様であっても許しませぬ!」

 

ヨシヒコを兄呼ばわりするには自分一人だと、断固としてそれだけは阻止しようとするヒサ。

 

するとそこへ首なし騎士のベルディアが興奮した様子で

 

「ブラコン気味なヒサさん萌えぇぇぇぇ!!」

 

「ベ、ベルディアさ~ん、いきなり変な声上げないで下さいよ~、めぐみん達にバレちゃう……」

 

「そうですよここまでせっかくバレずについて来たのに、ベル君のせいで台無しになっちゃうじゃないですか~」

 

彼の叫び声に続き、紅魔族のゆんゆんと一般人のスズキも声を出し

 

「フフフ、別の世界の魔王は一体どんな姿をしているのかしら、都合が良ければ私の身体の一部にして見たいモノだわ」

 

「シルビアさん、私達は魔王と直接戦う事はありませんよ? 私達はあくまで魔王と戦うヨシヒコさん達をサポートする側ですから……」

 

「うーむまさかこの我輩がこんな奇天烈な連中と一緒にこんな所まで来る羽目になるとは……全てを見通す大悪魔というキャッチコピーも返上せねばいかんかもしれんな……」

 

グロウキメラのシルビア、リッチーのウィズ、悪魔のバニル

 

「早く世界を平和にしたいピキー! 世界がより良くなったら! 悪いスライムのいない国を建てるのが僕の夢なんだピキー!」

 

「あらハンス、いつの間にそんな夢を? ならその国に良い温泉が出来たら時折通っていいかしら?」

 

「そこにいるスライムは当然みんなヒサ教に入信するのよね!」

 

ゴールデンスライムのハンス、邪神ウォルバク、狂信者・セレスと、これにてヒサパーティー全員集合だ。

 

「兄様、兄様に習いヒサもまたこんなにも頼もしき仲間を集めることが出来ました」

 

全員を見渡しながらヒサは自信満々に頷いて見せる。

 

 

 

 

 

「兄様、今助けに行きます……!」

 

最終決戦を前に遂にヒサ、動き出す。

 

果たして彼女はヨシヒコのお役に立てるのか……

 

次回へ続く。

 

 



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其ノ拾弐 最終決戦! 竜王降臨!
拾弐ノ一


カズマ……起きなさいカズマ……

 

 

 

 

 

どこからともなく自分を呼ぶ声がする

 

いつの間にか仰向けに倒れていたサトウカズマがゆっくりと目蓋を開けるとまず目の前に現れたのは

 

「起きるのです、カズマ……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あ、起きた」

 

まさかの金髪ホクロの男・メレブであった。

 

ドアップになるまで顔を近づけていた彼に悲鳴を上げながら、カズマは最悪の目覚めで起き上がる。

 

「ようやく起きたみたいですね、気分はどうですかカズマ?」

「最悪に決まってんだろ……目が覚めたらキノコヘッドのおっさんだぞ……ってめぐみん? あ、そういえば俺……」

 

メレブの顔を手でどけて半身を起こすと、隣にはめぐみんがしゃがみ込んでこちらを覗き込んでいた。

 

彼女に尋ねられてカズマは「う~ん」と腕を組んで首を傾げて。

 

「なんか随分前にお前達とアクセルの近くの山を探索してる途中で空から黒い雷みたいなのが落ちて来て……それから」

 

「魔王の器と見定められ、心を支配され色々と悪さをしていました」

 

「あーそうそう! なんか急に悪い事沢山したいって思う様になっちまって! この城で偉そうにふんぞり返ってた!」

 

「ふむ、どうやら操られていた時の記憶もちゃんと残っているみたいですね」

 

ポンと手を叩いてカズマは自分の体験をハッキリと思い出した。

 

ダンジョー、ムラサキ、めぐみんと一緒にいた時や、激しい嫉妬でアクセルの街にあるサキュバスの店を奪おうとしたり、自分の中に住み着いていた魔王と仲良く談笑したりしていた事も全て

 

そして当然自分がヨシヒコ達に色々と酷い目に遭わせたのも

 

「あれ、でも今俺凄い身体が軽いぞ? 悪い事したいとか考えなくなったし、もしかして魔王のオッサンが俺の体から出てったのか?」

 

「ええ、導きの笛を使ったアクアのおかげで」

 

自分の身体だと頬をさすって確認しながらカズマが立ち上がると、ふと目の前にはドヤ顔で親指を立てるアクアの姿が

 

「ようやく元に戻ったようねヒキニートの使えないカズマさん、この私に助けられた事を未来永劫覚えておきなさいよね」

 

「はぁ、未来永劫は難しいから2日ぐらいでいいか?」

 

「ん~まあいいでしょう」

 

「いいんかい」

 

この駄女神に助けられてしまったのだとわかったカズマは屈辱感を覚え、調子乗っている彼女にそっぽを向く。

 

すると今度は後ろから彼の肩にダクネスがポンと優しく手を置く

 

「どうやら無事に正気に戻れたみたいだなカズマ、全く、お前はいつも世話が焼けるな」

 

「いやいつもってなんだよ、いつも世話を焼いてるのは主に俺だからな? 攻撃もロクに当てられないアホクルセイダーを今までどんだけフォローしてやったのか覚えてる?」

 

「く! だが今回は私達がお前を助けてやったんだぞ! コレで貸し借りなしだ!」

 

サラリと酷い事を言ってくるカズマに、ダクネスはちょっと嬉しそうな反応をしつつもすぐにムキになった様子で叫ぶ。

 

そんな光景を見つめながらめぐみんは満足そうに頷くと

 

「何はともあれ、コレでやっと私達4人揃ったって訳ですね。私も長い間周りを欺く生活には嫌気がさしてたので本当に嬉しいです」

 

「まさかめぐみんが操られたカズマの仲間のフリをして状況を観察していたとはな……私達も騙されたぞ」

 

「私は最初からめぐみんの事を信じていたわよ」

 

「……お前が一番疑ってただろ、事あるごとに裏切りめぐみんと呼んでたクセに……」

 

頷きながらシレッと信じてたと言い出すアクアにダクネスがジト目でツッコミを入れた。これまでの旅の中でアクアがめぐみんの事をどれだけ乏しめていたのか嫌という程覚えている。

 

そしてそんなめぐみんをジッと目を細めて見つめる者が一人。

 

先程カズマの様子を顔を近づけて見ていたメレブである。

 

「おいめぐみんみん、もしかしてお前、ヨシヒコがカズマ君に剣を奪われて途方に暮れていた時に……」

 

「めぐみんです、ああ、あの時あなた達に聖剣の在り処を伝えたのは何を隠そう私ですよ」

 

「てことは俺の後頭部に向かって思いきり石をぶつけて来たのも……」

 

「私です、年頃の女の子に対してあんな酷い真似をした当然の報いです」

 

「おのれ、確かに石をぶつけられても仕方ない事をしたという自覚があるから……素直に認めるしかなくて悔しい……」

 

へッと嘲笑を浮かべながらあの時の出来事を言い出すめぐみんに、メレブは悔しそうに顔を歪めながらもなにも言い返せなかった。

 

「ていうか敵と味方の両方を欺いて影ながら支援を行うなんて……そんなカッコいいポジションにいたとかますますジェラシー……!」

 

「フ、ポンコツ魔法使いじゃ到底できない芸当ですものね、この爆裂魔法に選ばれし者である私だからこそ見事に演じ切れたんです」

 

「ムカつく~~~! カズマ君! スティールして俺の時みたいにコイツのパンツを奪え!」

 

「おいおいこんな奴のパンツを盗んで俺に一体なんの得があるっていうんだい? げふッ!」

 

あまりにも腹が立つのでメレブはカズマに代わりに仕返ししてくれとお願いするが

 

当のカズマはめぐみんの下着を奪う事に何のメリットがあるのだとヘラヘラと笑い飛ばす。

 

結果、めぐみんが真顔で歩み寄り彼の顔面に右ストレートをかますのであった。

 

 

 

 

 

 

カズマがめぐみんに怒りの鉄拳を食らってると、少し離れた所で彼と同じく魔王の支配から解放されたダンジョーとムラサキがヨシヒコと話をしていた。

 

「まさかこの俺としたことが魔王に操られてしまうとは……面目ない! 戦士として失格だ! すまんヨシヒコ!」

 

「いいんです、ダンジョーさんとムラサキが無事に元に戻ってくれたんですから」

 

「仏の野郎が私とオッサンだけをいきなりこっちに飛ばしたからさ、適当に歩いていたら見事に魔王に体を奪われたカズマにバッタリ出くわしちゃって……あ~マジ最悪」

 

悪に染まっていた心は浄化され、いつもの二人の戻ってくれた事にほっと一安心するヨシヒコ。

 

「これでまた皆さんと冒険が出来ますね」

 

「フ、そうだな、しかし冒険の前に俺達はここで為すべき事がある」

 

「私達を操ってヨシヒコ達と戦わせやがって、あんの竜王って奴にはたっぷりお礼してやらねぇと気が済まないっつうの」

 

「勿論です、今度こそ我々の力を合わせてこの城の最上階にいる魔王を討ち倒しましょう」

 

ダンジョーとムラサキは晴れて再びヨシヒコの仲間に戻り、二人もまた魔王と戦う気満々の様子だ。

 

そんな彼等を一層頼もしく思いながらヨシヒコもまた力強く頷いていると、そこへカズマ達の所にいたメレブが戻って来る。

 

「ほほう、ダンジョーとムラサキもようやく元に戻ってくれたみたいだな、では再び我等四人の力で世界を救いに行くとしますか」

 

「アンタ達だけじゃないわよ」

 

メレブの一声に異議を唱えたのは両手を腰に当てたアクア。

 

彼女がヨシヒコの方へ歩み寄ると、ダクネス、めぐみん、カズマも集い始める。

 

「余所者の魔王なんかに私達の世界を好き勝手にされてたまるモンですか、私達だけ置いてけぼりなんて無しよヨシヒコ」

 

「急ごしらえのパーティーだったとはいえ、私達はここまで一緒に苦楽を共にして来た仲間だろ? なら最後まで共に戦おうじゃないか」

 

「私は今までヨシヒコさん達と敵対する必要がありましたがもうその理由もありませんしね。カズマを助けてくれたお礼です、私の爆裂魔法で魔王を木っ端微塵にしてみせましょう」

 

「……」

 

三人は意気揚々とヨシヒコ達と共に戦う事を宣言するも、カズマだけは顔をしかめて後ずさり、どうやら迷っている様子。

 

「いやいやお前等な……相手は魔王だぞ? 俺達はまだこっちの世界に最初から要る魔王すら倒してないってのに……ここは勇者御一行に任せて俺達はアクセルでのんびりと……」

 

「はぁ? 元はと言えばカズマさんが魔王なんかにマヌケに操られたから色々と面倒になったんでしょ? それぐらいの責任取りなさいよ」

 

「お前は本当に隙あらば逃げ腰になるな……こうなったらもう進むしかないだろ、ここはヨシヒコ達を信じるだけでなく、私達も共に戦うべきだというのがどうしてわからんのだ?」

 

「カズマ、本意ではないと言え私とカズマが魔王に手を貸したという事実は消えません、ここは罪滅ぼしとして彼等に協力しないと街に戻っても一生白い目で見られますよ? 下手すれば国家反逆罪として打ち首に……」

 

「あ~~~もう! しょうがねぇなぁ~~~!!!」

 

周りから色々と言われまくって耐えられなくなったカズマは、ヤケクソ気味に叫ぶとヨシヒコの方へズイッと一歩前に出る。

 

「言っておくけど俺は本来平和主義者なんだ、魔王と戦うなんてガラじゃない」

 

ムスッとした顔をしながらそう言うも、右手をゆっくりとヨシヒコの方へ伸ばすカズマ。

 

「けど多少の罪悪感もあるしダンジョーさんやムラサキとは操られていたとはいえ結構付き合いあったからな、だからここは手を貸してやるよ勇者様」

 

「ご助力感謝する、サトウカズマ、共に魔王を倒しに行こう」

 

カズマが伸ばした手にヨシヒコは快く掴んで固い握手を交える。

 

ヨシヒコパーティーとカズマパーティー、合計8人のメンバーが遂に一致団結した瞬間だった。

 

アクアはそんな光景を満足げに眺め終えると、「さ~てと」と早速口火を切り出す。

 

「そんじゃ、とっとと魔王を倒してちゃっちゃっと世界救っちゃいましょ」

 

「待ってくれアクア、お前とメレブは確かもう魔力が残ってないんだろ? そんな状態で魔王の所へ出向くのは無謀過ぎないか?」

 

「フフフ、それはいらん心配だぞダクネスよ」

 

メレブはともかく回復役のアクアが未だ魔力を回復しきっていない状態なのに不安感を覚えるダクネスだが

 

問題ないとメレブが自信満々に答えた。

 

「ラスボス前の部屋には、大抵仲間全員を完全回復させる様なモノが設置されているのがもはや常識なのだ。もしくはラスボス自身が俺達を回復してくれる事だってある」

 

「そんな訳あるか! どこの魔王が自らを倒しに来た連中の為に、わざわざ回復させるポイントを直前に設置してくれるんだ!」

 

メレブの話を即座に否定するダクネスだが、そこへカズマがすぐに口を挟み

 

「いや多分してると思うぞ、俺は魔王のオッサンに操られていた時はこの城の中を色々と回ってたんだけど、確かに最上階の部屋に繋がる直前にそれらしきモンがあった気がする」

 

「な、なんだと……!?」

 

どうしてわざわざそんな自分を不利にする真似をやるのだろうか……ラスボスの思考にいまいち理解出来ていないダクネスをよそに、メレブとカズマは勝手に話を進める。

 

「ほほう、カズマ君がこの城の中の構図を知っているという事は、ここから最上階に楽に行ける方法もわかっているという事だな?」

 

「最上階、つってもその部屋の中には一度も入った事ないけどな、ほとんど魔王のオッサンに洗脳されていたから自由に動き回る事は出来なかったし」

 

「最上階の部屋に着くまでの道のりがわかっていれば十分だ、案内頼むぞ、俺のパンツを盗んだカズマ君」

 

「その件についてほじくり返すのは止めろ! パンツの件は不可抗力だ! あ、それと」

 

ニヤリと笑いながら道案内頼むと呟くメレブに一喝した後、カズマはふとそこで拾ったいざないの剣をヨシヒコに渡す。

 

「アンタの剣返すぜ、ずっと使ってた大事な得物なんだろ?」

「ああ、私が旅立った時からずっと共に戦ってくれた剣だ、ありがたく頂こう」

「いやまあ……盗んだのは俺だし」

 

エクスカリヴァーンを小脇に挟んだままカズマから剣を受け取るとヨシヒコ、コレで実質二本の剣を装備している事になる。

 

「では皆さん、行きましょう」

 

「うむ、案内頼むぞ、パンツ君。案内がてらにまた俺のパンツ奪うなよパンツ君」

 

「カズマだ! なに勝手に頭の中で俺の名前改名してんだ!」

 

「メレブに付き合うとめんどうですよカズマ、相手の名前を弄るのが好きという哀しい趣味の持ち主ですから」

 

「めぐみ~ん! めぐみんめぐみんめぐみ~ん! め~ぐみんみん! めぐめぐみんみん!」

 

「私の名前で変な歌を作曲するなぁぁぁぁぁ!!!」

 

早速仲間入りしたカズマとめぐみんをニヤニヤしながら華麗なステップを踏みつつ弄り倒すメレブ。

 

するとそんな事をしている真っ最中に

 

 

 

突如下からドドドドドド!っと何か物凄い人数の集まりが下から駆けあがってくる足音が

 

「いや~! なによいきなり! せっかく一致団結した所なのにまたハプニング!?」

「落ち着けアクア! なんだ……下から凄い足音がこっちに向かって飛んでくるぞ……」

「この気配俺にはわかるぞ……なにか……わからんがヤバい気がする……」

「なんにもわかってねぇじゃねぇかよオッサン!」

「仲間になってもホント使えないわねオッサン!」

「二人でオッサン言うな!」

 

一体何事かと一同驚いていると扉の方が勢いよく開かれ

 

 

 

数十体にも及ぶ凶悪そうな魔物の群れがやって来たのだ。

 

「うっわ! うわうわうわ!! 魔物! 魔物がこんなに沢山現れた!」

 

「我々を魔王の所まで行かせない様ここまでやって来たというのか……」

 

「おい! 悠長な事言ってねぇで早く逃げるぞ! 今の状態じゃ俺達あんな数に勝てねぇって!」

 

「ちょっとカズマ! アンタ一人だけなに逃げようとしてんのよ!」

 

下の階層で討ち漏らした強そうな魔物達がこちらを敵と見なしてジリジリと近づいて来る。

 

それを見て慌てふためくメレブと冷静に悟るヨシヒコに叫びつつ、状況判断をいち早く理解してヤバいと感じたカズマだけ一目散に逃げようとする

 

だが

 

「ってあれ?」

 

そこで不思議な事が起きた、こちらに近づいて来る魔物達が突然ピタッと足を止めたのだ、これにはカズマも逃げるのを止めて首を傾げる。

 

すると突然魔物達が後ろの方へ振り返ったと思いきや、またもやドドドドドド!!と凄い数の足音が

 

「どうやらまた何か来るみたいですね、新手のモンスターでしょうか?」

「わからん……だがあのモンスターの反応は一体……」

 

めぐみんとダクネスが怪訝な様子を見せていると、次の瞬間

 

目の前の魔物達が突如慌ただしく動き始めたかと思いきやワーワー!と騒ぎ声が飛んできたのだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「助けに来たぞヨシヒコォォォォォォ!!!」

「アクセルからはるばるやって来たぜぇぇぇぇぇ!!!」

「お前達は! アクセルの街の冒険者達!」 

 

密集している場所に所狭しといる魔物達を毛散らして来ながら現れたのはヨシヒコがよく知るアクセルを拠点にしている冒険者達。

 

かつてサキュバスとゴブリンの件で協力し、共に戦った仲の彼等がどうしてここに……

 

「銀髪の貧乳の嬢ちゃんにちょいと聞いたんだよ、今アンタ達がこの世界を救う為に戦ってるってな!」

 

「魔王相手じゃ流石にヨシヒコも死ぬだろうと思ってよ! あの時の借りを、お前が死ぬ前にここで返しておかなきゃならねぇと思ってな!」

 

「ここで俺達が魔物の足止めをしてやる! だからお前は上で威張り腐ってる奴をぶっ倒せ!」

 

「へ! こんな奴等! 俺が一人で全員倒し……アーッ!」

 

「ダストが食われたー! ま、いっか」

 

「ヨシヒコ! 後生だ! 死ぬ前に俺と結婚してくれ!」

 

「キース、お前……よりにもよってこのタイミングでお前……」

 

次から次へと沸き上がる歓声、どうやら彼等は魔王と戦うヨシヒコ達の為に少しでも役立とうと自ら立ち上がりここまで来てくれた様だ。

 

そんな彼等にヨシヒコが一人感動していると、魔物や他の冒険者たちを飛び越えて、彼の頭上からスタッと華奢な体付きの女盗賊が一人着地して来た。

 

「やぁみんな、色々あったみたいだけど無事に仲直り出来たみたいで良かったよ」

「「クリス!」」

「ムラサキ2号!」

「おい……」

 

ヨシヒコとダクネスはキチンと彼女を名前で叫ぶがメレブだけちょっと違う事にいち早く気づいて睨み付けるムラサキ。

 

女盗賊・クリス、ヨシヒコとは正式な仲間ではないものの、度々世話をかけて助けてくれる心優しき冒険者だ。

 

「本当はあたし一人でも行こうと思ってたんだけど、どうやらヨシヒコはすっかり人気者になっちゃったみたいだね、君の為にこんな大勢の冒険者達が助っ人として一緒に来てくれたんだよ」

 

「私の為にこれだけの者を集めてくれるとは……ありがとうクリス、お前には最初から最後まで助けてもらってばかりだな」

 

「固い事言わないでよ、世界を救いたいのはあたしも同じなんだからさ」

 

 

どうやら彼女が上手く先導して冒険者達をここまで連れて来てくれたみたいだ

 

毒の湖はきっと、ヨシヒコがその場に留めていたクーロンズヒュドラで渡ったのだろう。

 

健気に幾度も助けに来てくれるクリスに、ヨシヒコは笑みを浮かべながらなにかお礼をしなければとしばし考えると……

 

「そうだ、この戦いが終わったらお礼に、エリス様のパッドバズーカ事件の事をお前に詳しく教えてやろう」

 

「いやいやだからお礼なんていらな……え……? 今……なんて言った…………?」

 

お礼代わりに良い話をしてやろうと言うヨシヒコだが、それを聞いてクリスの顔色が変わった。

 

「エリス様が体を張って神々を爆笑の渦に巻き込んだという事件だ」

 

「え? ん? え?」

 

「ああそれいい! 絶対聞いた方が良いぜパッドバズーカ事件! 滅茶苦茶笑えるから! 俺もう最初聞いた時は死ぬかと思うぐらい笑った!」

 

「……」

 

メレブが笑いながら是非聞くべきだと叫んでいるがクリスは表情一つ変えずに真顔でスタスタとヨシヒコの方へと近づくとガッと彼の両肩に手を伸ばして

 

「……その話は忘れて、そして周りに言い触らさないで」

 

「なぜだ? エリス様が貧乳なりに悩み苦しみ、その結果胸にパッドを詰め続けるという話のどこが……」

 

「……忘れなさい勇者ヨシヒコ、さもないとあなたを地獄に叩き落とします、いいですね?」

 

「……はい」

 

一瞬クリスがとある人物と被った様な気がしたが、思わぬ迫力の上に何故か敬語口調の彼女につい同じく敬語で返事をしてしまうヨシヒコ。

 

すると彼の肩から手を離すと、「本当にわかってんだろうな?」てな感じでジト目を向けながら後ずさりし、魔物の方へ振り向くと思いきやフェイントかけてまたヨシヒコの方へ

 

「忘れなさい」

「はい」

 

なんでそんな頑なに言わせないのか不思議に思いながらも再度頷くヨシヒコ。

 

パッドバズーカ事件、どうやら全世界にこの話をバラ撒いたら死ぬよりヤバい目に遭いそうだ

 

「……とりあえずヨシヒコ達はとっとと先に行って、ここはあたし達で押さえておくから」

 

「頑張れよクリスー、私応援してるからなー!」

 

「ムラサキ、アンタってばなんでクリスにはそんな優しいの?」

 

「私達は同じ悩みを抱えた同志だからに決まってんだろ」

 

「え、えぇ~……あ、あたし別に……」

 

「わかってるから、ね?」

 

アクアのツッコミにムラサキが喧嘩腰に返事しているのが聞こえて微妙な表情で目を向けるクリスだが

 

ムラサキの屈託のない笑顔を向けられてしまい大人しく引き下がるしかなかった。

 

そしてヨシヒコとムラサキのせいでモヤモヤした気持ちを抱きながらも、クリスは再び魔物との戦いに身を投じて行った。

 

「それじゃあ頼んだよみんな! この世界に平和をもたらす事を信じてるから!」

 

「その期待に全力で答えるから安心しろ、では皆さん、ここは彼女達に任せて行きましょう」

 

最後の言葉を交え終えると、ヨシヒコ達はクリス達と別れて上へと続く道へ向かおうとする。

 

だがその時

 

 

「すみません、僕等はここから先へ行けないみたいです」

「俺達はあそこで戦っている冒険者達の方を助けに行きます」

「メガネンジャー……!」

「ていうかまだいたんですかこの人達……どんだけ召喚期間長いんですか……」

 

駆け出す直前でふと背後で立ち止まる五人の少年達、メレブが使った召喚魔法で呼び出されたメガネンジャーだ

 

そもそもまだ消えずにこの世界に留まっている事にめぐみんが眉をひそめる中、ここに残るのは彼等なりの理由があるらしい。

 

「やはり冒険者と言えど相手が魔王の城に住み着く凶悪な魔物なので、苦戦してるみたいですしね……」

 

「ここは少しでも戦力の差をカバーする為に、我々が手を貸す必要がある」

 

「僕等は魔王の所までは行けませんけど、ここで時間を稼いで皆さんの支えになろうと思います」

 

「お前達……ぶっちゃけただの一発ネタ要員だったのにそこまで頑張ってくれるなんて……!」

 

ここで魔物を食い止めると言ってのける頼もしき少年達にメレブがちょっと感動しながら目元を拭うも

 

すぐにキリッとした表情を浮かべてヨシヒコの方へ

 

「行こうヨシヒコ、彼等の、メガネンジャーの想いを胸に抱いて振り返らず先へ」

「ええ、彼等の想いを無駄にする訳には行きません」

「なんで? なんで余所の作品であんだけ頑張れるのあの眼鏡達? 原作で頑張れよ」

 

彼等がどうして臆する事も無く魔物に立ち向かえるのか未だにわからずに顔をしかめるアクアをよそにヨシヒコ達は魔王の下へと向かうのであった。

 

そしてカズマもまた「は~持つべきものは冒険者仲間だわ~」とか気楽な事を言いながらその場を後にしようとすると……

 

「おいカズマ」

「ん?」

 

不意に後ろから話しかけられたので、カズマが振り向くとそこには見知った顔の冒険者達がこちらを凝視して

 

「お前後で覚えてろよコラ……」

「お前がサキュバスさんの店にちょっかいかけたの知ってるんだからなこっちは……」

「魔王に加担したって事はつまり国家反逆罪か、こりゃ極刑確定だな」

「国に殺されるか俺等にボコボコにされるか……さっさと決めておけよな……」

「魔王死すべし、ついでにカズマも滅ぶべし……」

「まあ~俺はこれからもダチとして付き合ってやるよ」

「あ、ダスト生きてた、ま、いいか」

 

おかしい、魔物ではなくこちらに向かって強い殺意を秘めた眼差しを向けて来る……

 

今にでも襲い掛かって来そうな彼等に「ハハハ……」と頬を引きつらせながら渇いた笑い声を上げると、カズマは一目散に駆けだした。

 

そして一緒に走っているメレブの方へふと口を開き

 

 

 

 

 

「なぁ、この戦い終わったらアンタ等は元の世界に帰んだろ? その時に俺もついて行っていい?」

「ん~~~~~~~無理」

 

どうやら魔王を倒してもカズマにはまだ平穏は訪れないみたいだ。

 

 



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拾弐ノ二

心優しき盗賊・クリスが率いるアクセルの冒険者達の援護のおかげで、ヨシヒコ達は頂上を目指してさらに奥へと駆け上がっていく

 

だが

 

れんごくまちょうAがあらわれた!

れんごくまちょうBがあらわれた!

れんごくまちょうCがあらわれた!

 

「ってうわ! なんかすげぇ強そうな魔物が三体も現れた!」

「おいヤバいぞ! 回復できるアクアが魔力ゼロだってのに! こんな強そうなの相手にしたら全滅じゃねぇか!」

「カズマ君カズマ君、俺も、俺も魔力ゼロだよ?」

「いやアンタは別に魔力があろうがなかろうが関係ないだろ」

 

紅く輝く巨大な怪鳥が同時に三体も現れ慌てるメレブとカズマ。

 

「とりあえず一旦撤退!」

「異議なし! みんなここは引くぞ!」

 

二人の指示を聞いて即座に魔物達から距離を置いて身を隠すヨシヒコ達。

 

魔王へ辿り着く為の通路は魔物の背後にある頑丈そうな扉だ、つまりこの魔物を押しのけなければあの扉を開ける事は出来ない。

 

 

「おのれまだ魔物がこんなにも……我々は一刻も早く魔王を倒さねばならないというのに……」

「任せろヨシヒコォ! ここはこの戦士・ダンジョーが囮となってお前等の道を切り開いてやる!」

「ダンジョーさん!」

 

そこへ名乗り出たのは戦士・ダンジョー。どうやら自分の身一つでここを切り開くつもりの様だ。

 

「ヨシヒコ、ここは俺に任せろ、俺は無様にも魔王に心を支配され奴の思うがままにお前達に牙を剥けてしまった……だから俺はあの時犯した罪を償なわなければいかん」

「ダンジョーさん……」

「う~ん、心を支配されてた割りには普通の時とあんま変わらない感じだったけどね」

 

隣りからメレブがボソッと呟きつつも、ダンジョーは手に持った剣をサッと引き抜いて魔物達の方へ向かおうとすする。

 

「囮になった俺をこの場に見捨てて、お前達は先に行け!」

「ダンジョーさんそれは出来ません、仲間を見殺しにして先を進むなど、勇者として、仲間として、絶対に私には出来ません」

「そうだぞダンジョー! いくら罪の意識を感じて一人でカッコつけて死ぬのは身勝手過ぎる! お前がここに残るのであれば私だって!」

 

決死の思いで自らを犠牲にしようとするダンジョーだがヨシヒコはそれを絶対に許さない。

 

彼と刃を交えた経験もあるダクネスも、己の剣を手に持って共に戦おうと前に出ようとする。

 

だがその時

 

 

 

 

 

「へ、悪ぃがここは俺達に活躍の場を譲ってくれませんかね、勇者御一行様」

「なに? は! お前は!」

 

不意に背後から聞こえた”けだるそうな呑気な声”にダクネスがバッと振り返ると、そこにいた人物を見て驚愕の表情を浮かべる。

 

自分達を追いかけに来たのであろうその者達の正体は……

 

 

「ちわーす、万事屋銀ちゃん、再びこっちに戻って来ましたー」

「フ、何か面白れぇモンが見れると思ってやって来てみたら、このタマキン様に相応しい舞台が用意されてるみたいじゃねぇか」

「私達の前に現れて散々変なお願いをして来た銀髪天然パーマの男! それと大盗賊タマキン!」

 

それはかつてヨシヒコ一行に襲い掛かって来た2枚目の盗賊・タマキンと、銀髪天然パーマの木刀操る侍・坂田銀時であった。

 

現れた彼等にダクネスが驚く中、ムラサキはタマキンの超絶イケメンフェイスに心を射抜かれ

 

「きゃー! なにあの盗賊! 超カッコいいー! 天パの方はたいしたことないけど」

「へ、悪いが俺は女の心を盗むつもりはねぇぜ、盗むなら心だけでなく、その身体事俺のモンにしてやるよ」

「キャー! 台詞がキザで超素敵! タマキン様ー!」

「ムラサキよ、お前が彼の事をタマキン呼ばわりするのは、ダメだと思う、凄く、ダメだと思います」

 

こちらに向かって得意げに笑いかけながら歯に付く台詞を並べるタマキンにメロメロなご様子のムラサキに

 

メレブがちょっと笑いながら彼の名を叫ぶ事を咎めていると。

 

「おいお前達!」

「俺等の事も忘れんなよ!」

「しゃあない! ここは俺達も手を貸すで!」

「お前達は! 前に私達を襲った凄腕の盗賊三人衆!」

 

ヨシヒコ達の前にまた新たな人物達が名乗り出る。

 

今度アークプリースト・聖騎士・アークウィザードという上級職で固められたベテラン盗賊三人衆。

 

ケン、ゾータイ、ジュンジュンだ。

 

そして間髪入れずにまたもや二人の人物がひょっこり現れ

 

「ヨシヒコさん! 遅れてすんません! 俺等も来ました!」

「どうもどうも! あん時は失礼しました!」

「アンタ達は! 最初に私達を襲いに来た盗賊兄弟じゃないの!」

 

小さい兄と大きい弟、中途半端に盗賊をやってすぐに引退した元盗賊・現機織り職人の見習い

 

ツヨシンとレーイジだ。

 

「元気そうじゃない! あれからちゃんとやってるのアンタ達!」

「いやー皆さんには本当迷惑掛けてすんませんでしたわ! 今はもう心を入れ替えて! お兄ちゃんと頑張ってコツコツと働いてますねん!」

「それは良い事ね、ちゃんと親孝行もすんのよ」

「お前に言われんでもちゃんと弟は頑張っとるわ、アホ」

「ああ!?」

 

上から目線で弟に助言するアクアに対してその間に割って出て来て真顔で毒を吐く兄。

 

思わずアクアがドスの効いた声を漏らしてる中、ヨシヒコの方は盗賊三人組に話しかけている。

 

「皆さんはもしかして……我々を助けに来てくれたんですか?」

「実はお前等に負けてからは盗賊すんのもアホらしくなってな、今はこうして悪い魔物を倒して誰かを護る傭兵稼業で働いてんねん」

「それで俺達はここに来たって事よ、悪い魔王を倒して、この世界を護ってやろうってな」

「そうだったんですか、盗賊なんかよりもそちらの方がずっとお三方には向いてると思います」

 

ジュンジュンとゾータイもすっかり盗賊稼業から身を引いた様子で、今では傭兵として頑張ってるみたいだ。

 

それを聞いて安心するヨシヒコにジュンジュンも「せやねん」と笑顔で答える。

 

「だって俺等よくよく考えてみれば、上級職三人やもんな! 大抵の相手なら倒せるっちゅう事でぶっちゃけ盗賊時代より稼いどんねん!」

「いやー気付かなったかよねー! 人から金奪うよりも、人を助けた方が儲かるなんてさー!」

 

二人でゲラゲラ笑いながらそう言い合っていると、ヨシヒコの下へすっとケンがニコニコしながら歩み寄り

 

「久しぶりぶりー! ヨシピコ!」

「ヨシヒコです」

「あの、前回言いそびれちゃったんだけど! アクシズ教にいっちょ入ろうぜ兄弟! 俺達でこの素晴らしい世界に祝福を与えるんだ!」

「アクシズ教……う! なぜかその名前を聞くと頭が……!」

「待てヨシヒコ、思い出すな、絶対に思い出すな」

 

アクシズ教への誘いを行うケンの言葉に突然頭を押さえて何かを思い出そうとするヨシヒコ

 

そこへすかさずメレブが割って入って、すぐに彼の頭を撫でながらストップさせるのであった。

 

「なんだか、俺達が見ていない内に随分とヨシヒコは色んな者達と関わって来たみたいだな」

「私ももっと早くタマキン様と出会いたかったなー」

「あ、ジュンジュンさんですねあの人、子供の頃よく食べ物を恵んでもらいました、凄く良い人です」

 

かつて敵として対峙した者達が、今回は味方として応援に来てくれた。

 

その出来事にダンジョーは感心し、ムラサキもまた羨むように目を向け、めぐみんは知り合いを見つけていた。

 

しかしカズマだけは「う~ん」と首を傾げて顔をしかめている。

 

「なーんか頼りになりそうな連中だな……コイツ等に任せて大丈夫なのか?」

「おいそこの! そこの主人公っぽい少年!」

「はい主人公ですが、なんだよ奇抜な髪の毛をした侍風のおっさん」 

 

するとカズマの方へ、坂田銀時が慌てた様子で駆けつけて来た。

 

「実はウチの原作、もう終わっちゃったからこっち暇なんだよ、だから『このすば!』の主人公の座、銀さんに譲って」

「無理です」

「オイィィィィィィィィ!! 即答かよ!」

「は~うっさいうっさい、耳元で叫ぶな」

「なあ、俺とお前ってなんか似たようなタイプじゃん? なんかけだるそうな感じだし目が死んでて、いざって時に前に出て活躍する所とかさ、だからいきなり主人公が変わっても違和感ないと思うんだよ」

「いや変わるだろ! まるっきり違うだろ! 間違いなく苦情殺到モンだよ!」

「300円あげるから!!」

「いらねぇ!!」

 

それから数分程しつこく譲ってくれとせがんで来る銀時に、カズマは無理矢理彼を魔物達の方へと押し付けて

 

他に来た者達も一緒に魔物達と戦う事になり、その中をコッソリと掻い潜ってヨシヒコ達は先へと進むのであった。

 

「少年! この化け物倒したら! よろしく!」

「よろしくねぇよ! 心配しなくてもアンタは作品終わっても誰からも忘れられねぇよ!!」

「あ、うん……ありがと」

 

 

 

 

 

 

魔物達を元盗賊+侍に任せて先を進んだヨシヒコ達。

 

だが扉を抜けて更に先へ進んでみると、またしても……

 

「うわぁ……また強そうな魔物がいるぅ~……」

「やっぱり魔王がいる付近だから、下の階層よりも強い魔物を置いてるのかしら……」

 

物陰からそっと顔を出しながらメレブとアクアが困った様子で呟く。

 

通路の先に開いた広い部屋では、またしても手強そうな魔物・ダースドラゴンという魔物達が4体もいたのだ。

 

7メートル近くある巨大な図体でズシンズシンと歩き回りながら、魔王へとさらに近づく事が出来る扉を護っているみたいだ。

 

「よし、今度こそ俺の出番みたいだな……たかがドラゴン、何匹いようがこのダンジョーが一人でやり合って見せよう」

「ふざけるなダンジョー! そんな無茶を私達が許すとでも思ったか!」

「いや待ってくださいダンジョーさん、どうやらダンジョーさんが体を張る心配はないみたいです」

「なに?」

 

またしても単身で挑み時間を稼ごうとするダンジョーにダクネスが一喝、しかしヨシヒコは安心しきった様子でおもむろに後ろの方へ振り返る。

 

するとそこにいたのは……

 

 

 

 

「どうやら私が今まで仲間にした魔物達が、ここを通す為に援護してくれるみたいです」

「うわ! な、なんだこの魔物の数は!」

 

ザッザッザッと隊列乱れず行進して現れたのは、なんとヨシヒコと共に戦う事を誓った魔物達であった。

 

その異様な光景にダンジョーが驚いていると、ムラサキ達もまた目を大きく見開いて

 

「お前どんだけ魔物を仲間にしてたんだよ!」

「おお、ロボもいるじゃないか、アイツは飛び道具を持ってたり二回攻撃も出来る有能な奴だ、実を言うと私はちょっと尊敬している」

「いや……魔物を尊敬するってのはどうかと思うんだけど私……」

 

隣りで普通に魔物の説明を始めるダクネスにムラサキが真顔でツッコんでると、めぐみんもまた何か見つけた様で

 

「見て下さいカズマ! 隊列の中に冬将軍までいますよ! 前にカズマを首ちょんぱした冬将軍が!」

「ウソだろオイ! なんでいるんだよ冬将軍! あんな奴まで仲間にしてたのかアンタ!」

 

かつて自分が体験した惨劇を思い出してカズマがすっかりビビっているも、そんな彼に冬将軍は軽く手を振っているので、「ハハハ……」と頬を引きつらせがら手を振り返す。

 

一方アクアの方は魔物の群れの中に2体ほど気になる魔物がいるのを「あ!」と発見して指を差す。

 

「新婚旅行とかで留守にしていた死体とミイラまでいるじゃないの!」

「ほほ~どうやら我々がピンチだという事で、あの二人も助けに来たみたいだ、わざわざ来てくれるなんて義理堅い者達だ」

 

ちょっと前に仲間から抜けた死体とミイラが自然に加わっていたのだ、それを見てメレブは喜ぶがアクアは苦い表情。

 

「別に助けに来なくていいのに……アンデッドなんてもう私は沢山……いった!」

「お、久しぶりに死体の蹴りを見たぞ! ナイスキック!」

 

また余計な事を言い出すアクアに死体がすぐに駆け寄って彼女の脛辺りに強烈なキックをお見舞い。

 

それをミイラがすぐに死体を羽交い絞めにして止めに入るも、脛を押さえながらアクアはダウン。

 

「いつつ……前世がお嬢様だったクセになんであんなアクティブに動けるのよあの死体……」

「Aaaaaaaaaaaa!!!!」

「ってうわ! 死体とミイラの息子のよろいまでいるじゃないのよ!」

 

今度は二人の間で出来たタマゴから孵ったさまようよろいの登場である。相変わらず禍々しいオーラを放ちながら奇声を上げるのは変わっていない。

 

そしてよろいはすぐに死体とミイラの方へ歩み寄ると

 

「Gaaaaaaaaaaaa!!!」

「ああ! ここでまさかの感動の親子初顔合わせ! 二人が出て行った時はまだタマゴだったもんな~」

「どうでもいい! 凄くどうでもいいわ!」

 

親子でガッツリ肩を組んで喜びを共有する家族を見てメレブが涙ぐむも、アクアはドン引きした様子で後ずさりしつつヨシヒコの方へ振り返り

 

「あのドラゴンの群れはコイツ等に任せましょう、最悪死体は食われても良いし……ってヨシヒコ!?」

「あ! ヨシヒコお前!」

 

ヨシヒコの方へ振り返ったアクアが驚いていると、メレブもすぐに気付いて仰天の声を上げる。

 

なんとヨシヒコが……

 

「泣いている! よろいが死体とミイラと抱き合ってるのを見て!! ヨシヒコが感動して引く程泣いている!!」

「超ピュアよ! この状況でもピュア過ぎるわヨシヒコ! もはやピュアヒコね!」

 

滴る涙も拭わずに鼻水まで垂らしながら号泣する彼がそこにいた。

 

どうやら死体、ミイラ、よろいの家族が揃った事に感動して耐え切れなかったみたいだ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!」

「よし、とりあえずヨシヒコ、いやピュアヒコを連れて先の通路へ進もう」

「アンタ達後は任せたわよ……っていっつ! アンタまた蹴ってんじゃないわよ!」

 

嗚咽を漏らしながら盛大に泣き出すヨシヒコを連れてメレブは他の者達と共に奥へと進む事にした。

 

その途中でアクアは死体にまた蹴られはしたが、彼等に任せてヨシヒコ達は更に先へと駆けていくのであった。

 

「おい! なんか後ろからドラゴン達の悲鳴が聞こえるのは俺だけか!?」

「おおカズマ凄いですよあのモンスター達! 恐ろしい程にドラゴン達を圧倒しています! うわ! あのロボ目からビーム撃てるんですか!? 黒い鎧の方は物凄く派手に動き回りますね!」

「アイツ等ひょっとして、俺達より強いんじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

魔物達の活躍に興奮しているめぐみんを引っ張ってカズマがヨシヒコ達の後を追う。

 

するとその先に待ち構えていたのは先程よりも広い空間で金銀財宝様々な宝石が所狭しと山積みにされていた。

 

そしてそんなお宝の山の中央で構えているのは……

 

「な、なんだコイツー!? こんなモンスターが城にいたなんて知らなかったぞ俺!」

「大きいですね……それに今までのモンスターとはまるで雰囲気が違いますよコイツ、強者の余裕オーラが半端ないです」

 

カズマとめぐみんが驚いて唖然とするほどの魔物がそこにいた。

 

商人の様な格好をしており、体型は太めで短足のくせに胡坐をかいて、左手にはデカい緑色の珠を持っている。

 

今までの魔物とは違う迫力を感じ一同がどうしていいか警戒していると、その魔物は目だけを動かしてこちらを静かに見下ろし

 

「ようこそ、勇者諸君、私の部屋へ……」

「うわ、喋ったぞコイツ!」

「余裕な感じで喋るのがこれまたイラっと来ますね……」

 

低い声を出しながらこちらを歓迎する魔物にメレブは驚きめぐみんが目を細めていると、そこへカズマが皆より一歩前に出て魔物の方へ顔を上げる。

 

「おいお前! ここは俺が知る限りなんにもない部屋だったぞ! なんでこんな宝物庫みたいになってる上にお前みたいなのがいるんだよ!」

「ファッファッファ、どうだい私のコレクションは、素晴らしいだろ? この世界で部下を使って集めさせたのさ」

「一体何モンだよお前……魔王のオッサンから聞いた事ねぇぞ……」

「そうだろうな、私は今までずっと鳴りを潜めて行動していたのだから、この部屋は本来幻術がかかってなんにも見えない様にしていたし」

 

こんな不気味な奴が今までこの城にいた事さえ知らなかったカズマ、彼が思い切って尋ねると魔物は胡坐を掻いたまま高慢そうにこちらを見下ろしながら答える。

 

「私はドーク、今は竜王様に従って暗躍しているが、やがては魔王と名乗る器を持つ者……」

「!?」

「いずれは竜王様が元の世界へ戻る時、その時は私がこの世界に残り、代わりに支配してよいと約束されているのですよ」

「てことはもしかして……アンタ結構強いの?」

「ファッファッファ、次期魔王に任命されてる私が弱いとでもお思いですかな?」

 

余裕綽々と言った感じで笑い声を上げる次期魔王候補・ドークにカズマは言葉を失う。

 

どうやらこの魔物は、候補とはいえ将来的に魔王になれるぐらいの強さを秘めているみたいだ。

 

「ヤベェ終わった……今度こそ終わったわ俺達……」

「諦めるなカズマ! 相手が誰であろうとこの戦士ダンジョーが斬り伏せてくれるわ!」

「また単身で挑むってか? アンタも好きだなぁ……」

 

 

これで三度目、ダンジョーはまたしても単身で挑もうと剣の柄を強く握りしめる。

 

カズマが呆れる中ドークと対峙するダンジョー、しかしドークの方は「ふむ……」と短く呟き

 

「囮役であるあなたが一人で私に挑み、その隙に他の者はこの先にある竜王様の部屋に向かうと? それはいささか難しいですねぇ……」

「なに!?」

「何故ならこの私がそう安々とあなた方全員を見逃すつもりなど毛頭ないんですよ」

 

そう言ってドークが軽くパチンと指を鳴らすと、宝物の山の中から、次から次へと……

 

おどるほうせきABCDEFGHがあらわれた

ふくぶくろABCDEFGHがあらわれた

ミミックABCDEFGHがあらわれた

トラップボックスABCDEFGHがあらわれた

キングミミックABCDEFGHがあらわれた

ゴールドマンABCDEFGHがあらわれた

ギガゴールドマンABCDEFGHがあらわれた

その他大勢の魔物達があらわれた

 

「いやあ! なんか魔物が一杯出て来たわよ!」

「おいおいマジかよ……ここに来てまだ魔物がこんなにいたのかよ~」

 

ドークのコレクションに擬態していた魔物達がわんさかと出現する。

 

これにはコッソリと宝物を取っていたアクアも両手を上げて驚き、ムラサキはガックリと肩を落とす。

 

絶望的な状況を前に心を折れ掛けている一同を見て、ドークは満足そうに「ファッファッファ」とまた変な笑い声を上げると

 

「コレで君達は私を前にして逃げる事は出来ません……さあどうします? 大人しく私のコレクションになるか、ここで無残に死に果てるか選びたまえ……」

「どちらも選ばん、私達が選ぶべき道は、お前を倒し、そしてその先にいる魔王を倒す事、それだけだ」

「ほう、流石は勇者、そう来ますか」

 

臆する訳にはいかないと全力で戦おうとするヨシヒコにドークはさほど動じずに素直に認めつつ、フワフワと浮いたまま静かに構える。

 

「ならば私も今後の為の予行練習として、勇者御一行をこの手で始末する事にしましょう」

「負ける訳には行かない、例え次期魔王と多くの魔物達に囲まれても……私がここでは負ける訳には行かない!!」

「ファッファッファ、さてさて楽しみです、抗えない絶望を前にして、いつその台詞を自ら撤回するのか」

 

魔王の間までもう少し、こんな所で倒れてしまっては今までの苦労が水泡と帰す。

 

立ち向かう姿勢を解かないヨシヒコの強き覚悟を笑い飛ばしながら、ドーク自ら戦おうとしたその時……

 

 

 

 

「お待ちください!」

「!?」

 

ドークと戦う直前で急に後ろから飛んでくる声に、ヨシヒコは反射的にバッと後ろに振り返った。

 

何故ならその声はずっと小さい頃から聞き慣れた声だったからだ。

 

もしやと思いヨシヒコが後ろに目を向けるとそこに立っていたのは

 

「兄様は!! 必ずヒサがお助けします!!」

「ヒサ!?」

 

まさかの妹であるヒサが登場、それにヨシヒコはカッと目を見開き信じられないと言った表情を浮かべる。

 

そもそも彼女がこの世界にいる事自体初めて知ったのだから

 

「どうしてお前がここに! いや、それよりここは危険だ、危ないから下がってなさい!」

「いいえ下がりません! ヒサはもう決めているのです! 今度こそ兄様の為にこの身を挺して共に戦うと!」

「バカな事を言うな! お前はただの村娘! 戦えるわけがない!」

「問題ありません! ヒサはこの時の為に、多くの仲間を連れて来ました!」

「なに!? 仲間だと!?」

 

彼女はヨシヒコにとって大事な妹、こんな所にいてはダメだと声を荒げて避難しろと叫ぶ。

 

しかしヒサは一歩も退かず、そればかりか彼女の背後からゾロゾロと様々な者達がバッとヨシヒコ達の前に現れた。

 

「魔王軍の幹部! デュラハンのベルディア!」

 

「わ、私こそは紅魔の里の族長の血を受け継ぐ者にして最良の魔法使い、ゆんゆん!」

 

「あ、どうもお久しぶりです、スズキです」

 

「魔王軍の幹部、グロウキメラのマッドサイエンティスト、シルビアよ」

 

「えーと一応魔王軍の幹部です、久しぶりですね皆さん、リッチーのウィズです」

 

「フハハハハハ!! 久方振りだな筋肉娘とホクロ男! 魔王軍の幹部にして全てを見通す大悪魔! バニルさん参上!!」

 

「ピキー! 今回は勇者さんとアクアさんのお役に立つ為にやってきたピキー! 魔王軍の幹部のプラチナキング、ハンス!」

 

「あら、どっかで見た事があるような子が……魔王軍の幹部、邪神のウォルバクよ、よろしくね」

 

「この世界は至高の御方であられるヒサ様の物! そしてそのヒサ様を崇め奉り従順する一番の下僕こそあたし! 魔王軍の幹部にしてヒサ教の設立者! ダークプリーストのセレスティア!!」

 

「初めましてお兄様! ベルセルグ王国の第一王女! ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスです!」

 

ヒサの10人の仲間達が次々と現れ自己紹介を終えると

 

終始見ていたヨシヒコ達は口をポカンと開けて固まってしまう。

 

ようやく最初に喋れたのは、顎を指でなぞりながら困惑してる様子のメレブ

 

「え、待って……いやちょっと……あ、ダメだ、ごめん! どこからツッコめばいいのか全く分からない! 状況が呑み込めず俺の頭がパニック!」

「おいおいおい! なんなんだよこのヤバそうな軍団は!」

 

何を言えばいいのかわからずとりあえず謝ってしまうメレブに続いて、ムラサキも彼等を見渡しながら慌てて声を上げるしか出来なかった。

 

そしてダンジョーの渋い表情で首を傾げ

 

「ていうか、先程自己紹介した連中の中で……何人が魔王軍の幹部と名乗ったんだ?」

「見覚えのある連中がチラホラいるわね……うげ、やだ悪魔までいるじゃないの、くっさ!」

「あ、あの悪魔生きていたのか!? おのれぇ騙した上に死んでいなかったとは……!」

「どうしてあの子がここに来てるんですか!? 何考えてんですか本当にもう!」

 

ヒサの仲間である割には結構物騒な肩書きを持つ者が多かった気がすると疑問に思うダンジョーをよそに

 

アクアは鼻を押さえて嫌そうに、ダクネスはしてやられたと肩を震わせながら一緒にバニルを睨み付けている。

 

そしてめぐみんはというと、同じ紅魔族であり唯一の友人であるゆんゆんがいる事に素直に驚いていた。

 

メンバー達がヒサパーティーの登場にどよめいている中、カズマとヨシヒコも無言で顔を合わせて怪訝な表情を浮かべる。

 

「おい、あの綺麗なお姉さんは勇者様の妹で良いんだよな?」

「ああ……彼女は紛れもなく私の妹・ヒサだ」

「なんで……なんであんなに強そうな人達をちゃっかり仲間にしてんの彼女?」

「わからん……兄である私でも、ヒサの行動は昔から読めない……」

 

前々から事あるごとに旅の途中で現れるヒサであったが、まさか異世界にまで乗り込んで来るとは……

 

全く予測不可能な妹にヨシヒコが頭を抱えていると、ヒサは仲間達を連れてヨシヒコ達より一歩前へ

 

「ここはヒサ達が戦います! 兄様は早く言って下さい!」

「確かに仲間達は強そうだが……だからといってお前が強くなった訳ではない! お前は早く逃げるんだ!」

 

兄として妹を危険に晒す訳にはいかないと断固反対するヨシヒコ、だがそこへ仲間の内のアイリスが前に出て

 

「お兄様!」

「お兄様!? まさかそれは私の事か!?」

「お兄様! ここはお姉様を信じてあげて下さい! 彼女は幾度もこの地を救い既に英雄と呼ばれるに値する存在なんです!」

「そうですよお義兄さん!」

「お義兄さん!?」

 

アイリスに続いて今度はベルディアが前に出て来た。初めて会った二人に兄呼ばわりされて困惑するヨシヒコを尻目にベルディアは両手でグッと拳を構えて

 

「万が一なんかあったら俺がヒサさんを全力で護るんで! ここは俺に任せてお義兄さんは先行ってて下さい!」

「そうですお兄様! わたくしも微力ながら力を尽くします!」

「お前達に兄と呼ばれる筋合いは無い!」

 

言い寄って来るベルディアとアイリスに混乱しつつヨシヒコが一喝する中、傍にいたカズマはベルディアを見て目を細める。

 

「てかお前、魔王軍の幹部の首なし騎士だよな? 前に俺達に倒さなかったっけ?」

「馬鹿め、あの程度で俺がくたばるとでも思ったか! 俺はな! このヒサさんへの愛の力で復活したのだ!」

「うわぁ、ちゃっかり妹さんのお婿さんになろうとアピールしてる……モンスターのクセに」

「愛にモンスターも人間も関係ない!」

 

堂々とヒサへの想いを暴露するベルディアにカズマがドン引きしていると、幸か不幸か彼の叫びを聞いていなかったヒサは、一人ドークの方へと前に出る。

 

「では兄様、ご武運を」

「待てヒサ! 話はまだ!」

「ファッファッファ、ようやく話が済みましたか、まあ邪魔が入りましたがメインディッシュを彩る為の前菜という事で、早々に頂かせてもらいましょう……」

「止めろ! 私の妹に手を出すなー!」

 

律儀にずっと待ってくれていたドークが遂にヒサに対してゆっくりと動き出す。

 

慌てて後ろから彼女を止めようとするヨシヒコの叫びも虚しく、他の魔物達も一斉にヒサパーティーに牙を剥いた。

 

その瞬間

 

 

 

 

「死の宣告! 即死バージョン!」

 

ベルディアから放たれた死の瘴気でパタパタと倒れていく魔物達

 

「ライト・オブ・セイバー!」

 

ゆんゆんの手から現れた光の刃が問答無用で敵を切り裂く。

 

「ザラキ」

 

スズキが杖を振ったら周りの魔物が為す術なく死に絶えた

 

「メラガイアー!」

 

シルビアの両手から迸る灼熱が魔物達を灰に帰す

 

「カースド・クリスタルプリズン!」

 

ウィズが放った絶対凍結魔法、周りを凍らせ、かつ魔物も凍らせる。

 

「バニル式殺人光線!」

 

特大のビームを撃つバニル、相手は死んだ

 

「ビッグバン!!」

 

ハンスが覚えた凄まじい大爆発で全てを無にする最上級呪文、魔物達が一瞬にして光の中で消えた。

 

「エクスプロージョン!!」

 

めぐみんの十八番の爆裂魔法をウォルバクが使用、当然辺り一面を焦土と化す。

 

「セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!!」

 

プリースト系列が扱える破魔魔法をセレナが唱える、悪魔系列の魔物はもれなく全滅した。

 

「セイクリッド・エクスプロード!!!」

 

王の血を引く者かつ聖剣を使用しなければ使えないアイリスの一撃必殺の大技、残っていた魔物は跡形もなく消滅。

 

そして

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!? バカな! 私の部下達が面白いぐらいに! 私のコレクション事全滅だと!? なんなんだお前達! こんなに強い者達がいたなんて私は聞いていない! かくなる上は私の最強剣技! ギガスラ……!」

「とぉ!」

 

一人ポツンとその場に取り残されたドークは思いもしなかった急展開に狼狽え始める。

 

しかしその隙を突き、地面を蹴ってヒサが飛び掛かり、いつの間にか持っていた大剣を振り上げる。

 

それは剣というにはあまりにも大きすぎた

大きく

分厚く

重く

そして大雑把すぎた。

それはまさに鉄塊だった

 

「ギガクロスブレイク!!!!」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ドラゴン殺しと呼ばれし大剣を目にも止まらぬ速さで二度振り、クロスさせた刃の斬撃波は意図も容易くドークを飲み込み、残ったのは彼が遺した断末魔の叫びのみであった。

 

「「「「「…………」」」」」

 

ヨシヒコは一同は目の前で行われた一瞬の出来事に言葉を失い全員でポカンと口を開けて固まっていると

 

大剣を軽々と背負いながら着地したヒサがすぐに彼等の方へ振り返って

 

「さあ行ってください!! 兄様!」

「……」

「行こう、ヨシヒコ……」

「……はい」

 

ヒサのとんでもない強さを目の当たりにしなんだか複雑な気持ちになるヨシヒコを、メレブが袖を引っ張って促し

 

程無くしてヨシヒコ達は全ての危険が排除された平和な部屋を後にし、奥の扉へと進むのであった。

 

そして扉を開けて奥へと進む瞬間、最後尾にいたメレブとカズマが同時にクルリと後ろに振り返り

 

 

 

 

「「もう、アイツ等だけでいいんじゃないかなぁ……」」

 

かくしてヒサ達の活躍によって、ヨシヒコ一行は遂に魔王のいる最上階への道のりを突破するのであった。

 

 



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拾弐ノ三

ヒサと愉快な仲間達のおかげで次期魔王候補・ドークは跡形もなく消滅。

 

ヨシヒコ達はそのまま何事も無く余裕で回復ポイントの泉の前へ辿り着いた

 

『ヨシヒコたちのHP・MPがぜんかいふくした」

 

「ねぇ、なんで泉の前を通りかかっただけで私達回復してるのかしら?」

「最後なのにそういう事言わないで、いいでしょそういう仕様なんだから」

 

自分の魔力が完全回復してる事に疑問を覚えるアクアに、同じくMPを回復させたメレブがボソッと窘めつつ

 

この魔王の城攻略もようやく残す所、目の前にある魔王の部屋のみとなり

 

ようやく最後の大仕事が待っていると杖を構えて意気込む。

 

「ホントここに到着するまで色んな人に助けてもらったなぁ俺達」

 

「アクセルの冒険者達、メガネンジャー、盗賊軍団、仲間のモンスター、それとヨシヒコの妹……ここまで助けて貰っておいて恩を返さない訳には行かないわ」

 

「だな、絶対生きて帰ろうぜ」

 

「お礼にみんなをアクシズ教徒に入れてあげましょう、それが私達にとっての彼等への恩返しよ」

 

「ん? それは俗にいう恩を仇で返すという奴じゃないかな?」

 

うんうんと頷きながらここに来るまで助けてくれた者達をアクシズ教に歓迎しようと決めるアクア、すかさずメレブが目を細めながらツッコミを入れていると、ダンジョーとダクネスが割って入る。

 

「俺達がアイツ等への恩返しはただ一つ、それはこの世界を支配せんと企む愚かな魔王を討ち滅ぼす事だろ」

 

「ああ、ここに辿り着けたのはクリス達が私達を護ってくれたからだ、魔王を倒して胸を張って帰ろう」

 

「その後アクシズ教に迎え入れるのね」

 

「お前、お前本当一回黙ってろ、うん、もしくはアクシズ教滅んじゃえ」

 

「なんでよー!」

 

二人の話を聞いた上でも頑なに勧誘を希望するアクアに遂にメレブが冷たく一言。

 

滅べと言われてムキになるアクアをよそに、そこへムラサキとめぐみんも話に加わる。

 

「しかしさー、何が一番驚いたって、あのヨシヒコの妹とその仲間だよな。なにアレ? 強過ぎじゃね?」

 

「確かに強かったですがそれよりも私はあの中に見知った顔を何人か見つけちゃったんですけど……ゆんゆんがどうして彼女の仲間に、それにあの見事な爆裂魔法をぶっ放した女性は……」

 

「確かにあれはチート級の強さだったわね、女神の私もビックリよ、まさかヨシヒコの妹があんなに過去最大の英雄クラスの力を秘めていたなんて……ってあれ?」

 

二人が素直にヒサとそのパーティーの存在に驚いたり複雑な気持ちになったりしている中、相槌を打ちながらふとアクアは気付いた。

 

「そういえばその妹のお兄さんのヨシヒコと、ウチのクズマさんはどこ行ったのかしら?」

 

「ああ、あの二人なら」

 

ふと彼等がいないのでアクアがどうしたのだろうと思っていると、めぐみんは部屋の端っこを指差す。

 

「あそこで二人仲良く座り込んで落ち込んでます」

「あ! 何やってんのよダブル主人公!」

 

ヨシヒコとカズマ、二人は部屋の隅っこで体育座りしてズーンとした空気を醸し出しながら項垂れて激しく落ち込んでいる様子。

 

一体どうしたのかとアクアが顔をしかめて歩み寄ってみると、二人がボソボソと何か呟いているのが聞こえた。

 

「まさか実の妹があんなに強くなっていたとは……もしかしたら私よりもヒサが魔王と戦った方が良いのでは……」

 

「今更ながら、あんな化け物みたいな強さを前にして自分の惨めさを知りました、元の世界に帰りたい……」

 

「アウチ! なんてこと! ヨシヒコシスターの強さを目の当たりにして! 二人揃ってブルーになっちゃってるわ!」

 

「そしてお前は、なんで欧米風のリアクションを取る? しかもちょっと古めの感じの」

 

己の不甲斐なさを嘆くヨシヒコとカズマを見て、自分の額をパチンと叩いてリアクションを取るアクア。

 

するとその叫び声を聞いて、メレブを先頭に他のメンバーもゾロゾロとやってくる。

 

「大丈夫だって、なんだかんだで二人共主人公じゃん、最後の活躍するのは主役だろ? ここで落ち込んでないでさっさとラスボス倒しちゃおうぜ」

 

「そうだぞヨシヒコ、お前は俺やムラサキ、そしてカズマを救ってくれた、正に仏に選ばれた真の勇者、妹に後れを取っている筈がない」

 

「魔王を倒すのは勇者の仕事なんだろ? なんだかんだで最後にカッコよく決めたんだから、今回もバシッと決めてやろうぜ、ヨシヒコ」

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

メレブ、ダンジョー、ムラサキ、昔からの長い付き合いである彼等から励ましの言葉を受け取り

 

ヨシヒコはようやく顔を上げてちょっとだけ元気になった。

 

そしてカズマの方も

 

「んん……おいめぐみん、なにかカズマを励ます気の利いた言葉とか無いか?」

 

「いや私に振らないで下さいよ……だって今までずっと魔王に操られていた良い所なしのカズマですよ? 一体何処を持ち上げて励ませばいいんですか? 突き落とすのであればいくらでも言えますけど」

 

「カズマさんに良い所なんてあったかしら? 鬼畜でスケベでクズでヘタレで童貞でヒキニートで……うーん、どれもマイナス要素しか無いわね、ていうかよく今まで恥知らずに生きてこれたわねこの男……」

 

「お前等……マジでぶっ飛ばすぞコラ」

 

ダクネス、めぐみん、アクア、長い訳ではないが仲間として行動を共有していた筈の彼女達から、励ましどころか罵られる始末

 

カズマはようやく顔を上げるも、元気になるどころか三人に対して痛い目見せたろかと怒りと悲しみが湧いた。

 

「あのなぁ、お前等今まで俺がどれだけ頑張って来たのかわかってます? 駄女神と頭爆裂娘魔法使いと脳筋メス豚聖騎士にどんだけ俺が苦労したのか……」

 

「さあ皆さん! ヒサに負ける訳には行きません! 我々の力を合わせて魔王を倒しましょう!」

 

「「「「「おー!!!」」」」」

 

「聞けよ!!! 俺を置いて勝手に行くな!」

 

クドクドと今までの愚痴を呟き始めるカズマをよそに

 

すっかり立ち直ったヨシヒコはメンバー全員に号令をかけると皆も手を挙げて応え、縦一列に並んで奥にある魔王の部屋へと向かう事に。

 

置いてかれたカズマも慌てて彼等の最後尾について仕方なくついて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

この城の最後の部屋の前に設置されている頑丈そうな巨大な扉

 

それを力自慢のダンジョーとダクネスが協力して開けると、いよいよ魔王の間が現れた。

 

その瞬間部屋の内部から今までにない邪悪なオーラを肌で感じつつも、ヨシヒコ達は構わず無言で進んで行く。

 

いかにもラスボスがいるというムードが流れる中、部屋の中へと入ると、ポツンと置かれた玉座の上に一人の男が座っていた。

 

「え? あ、もう来ちゃったの?」

「お前が私達の世界で封印されていた魔王……竜王か」

「うん、まあそうだけど……私が竜王です」

 

厳しい表情を浮かべて睨み付けて来るヨシヒコに対し、男は平然とした様子で答える。

 

大きめなグラサンと少々違和感ある髪型、右手には何故かマイクが握っている

 

この紫のローブに身を包んだ少々年を取ってそうな見た目をした男こそが、この世界で倒すべき相手・竜王。

 

「……なんか見た目パッとしねぇオッサンにしか見えねぇんだけど……」

 

「うーん、お昼の番組とかで長年司会やってそうなベテランの風格はあるんだよなぁ」

 

「なに言ってんですかあなた?」

 

想像していたイメージよりもかなり違うと顔をしかめるムラサキ、そして意味不明な例えを使うメレブにめぐみんがジト目でツッコミ。

 

「私も確かにこれが竜王だというのはどうも納得いかないですね……こんな中年男性がずっとカズマの体内に入り込んでたんですか?」

 

「口に出すと妙に生々しいから止めてくんない? いやでも、俺が竜王のオッサンに体の内部から支配されていた時は、結構何度も頭の中で会話していたのは覚えてるけど……」

 

カズマはジッと竜王を眺めながら呟き終えると、静かに縦に頷いた。

 

「正にこんなイメージのオッサンの口調だったな、だから俺は確信できる、このオッサンこそラスボスだ」

 

「お、こうして君と顔合わせるの初めてだね、改めましてこんにちわ~、竜王で~す」

 

「あ、どうも、カズマで~す」

 

目の前の男こそ竜王だとハッキリと言うカズマに対し、その竜王からまさかの律儀に挨拶され、思わずカズマも頭を下げて返事してしまう。

 

 

「いや~、君はね、私がこの世界に来た直後からしばらく体貸してくれたよね?」

 

「そーですね」

 

「おかげで君の身体を隠れ蓑として力を蓄えられて……こっちもすっかり元気になっちゃったよ」

 

「そーですね」

 

「そんで君はもうお役御免という事で、殺しちゃっていいかな?」

 

「いいともーっていい訳あるかぁ!!!」

 

 

ついノリで言ってしまった事に我に返ってすぐにツッコミ直すカズマ。

 

「あぶねぇ~あの口調で話しかけられるとつい「そーですね」と「いいともー」って言わなきゃいけない空気に呑まれちまった……」

 

「確かに、あの男の放つ独特的な雰囲気に、俺もまたもや心を支配されかけてしまった……正に奴は、喋りのプロ中のプロ!」

 

「なるほどね、ああやって私達を操ってた訳か……」

 

一度竜王に心を支配されていたカズマとダンジョー、ムラサキだからこそよくわかる。

 

この男の話す雰囲気に流され、身も心も支配されていくというあの時の体験を今鮮明に思い出すことが出来た。

 

そして竜王は自ら「それでさ」と話を続けていく。

 

「勇者、ヨシヒコだっけ? よくわかんないけど君アレなんでしょ? 私を倒しにわざわざこっちの世界に来たんでしょ?」

 

「そうだ竜王、我々の世界だけでなくこちらの世界の支配まで目論むお前を、勇者として絶対に見過ごせん」

 

「いやいやいや、そんな堅苦しい事言ってないでさ、もうちょっと肩の力抜いて私の話を聞いてよ」

 

「勇者が魔王の言葉に耳を貸す訳がない」

 

「まあそう言わずに、きっと聞けばすぐに悪くない話だってわかるから」

 

キリッとした表情で正に勇者の鑑と言った感じの台詞を放つヨシヒコだが、竜王はめげずにちょっと笑みを浮かべながら彼の顔をジッと見つめながら玉座の肘掛けに頬杖をついて

 

 

 

 

 

「ここで私の味方になったら、この世界の半分を君にあげちゃってもいいよ?」

「……は?」

 

適当な感じだがサラッととんでもない事を言い出す竜王にヨシヒコは眉間にしわを寄せて我が耳を疑う。

 

すると竜王は更に言葉を付けたし

 

「もうそろそろ潮時じゃないの? 勇者として悪い魔物と戦い続けるなんて、本当はもう嫌になってるんでしょ? いつまでもいつまでも戦いの日々で、挙句の果てに異世界にまで送り飛ばされちゃって」

 

「バ、バカな事を言うな! 私は勇者! 為すべき使命を果たす事こそがこの上ない本望だ! 私は決して戦いの日々に嫌気がさした事など断じて無い!」

 

「あーこの世界の半分を支配出来ちゃったら、きっと毎日贅沢し放題なんだろうなー、それに綺麗なネエちゃんと遊び放題、楽しいだろうなー」

 

「綺麗なネェちゃんと遊び放題!?」

 

「あ、ヤベ、アホのヨシヒコがすぐ食いついた」

 

竜王の言葉巧みな誘いに即座に抵抗して見せるヨシヒコだが、竜王が放った「どんな女の子とも遊び放題」という言葉にカッと目を見開き鼻の穴を膨らましてしまう。

 

それを見てメレブはすぐに呆れた様子で呟き

 

「マズい、このままだとヨシヒコは竜王の誘いに乗っかってしまう」

 

「はぁ!? そんな訳無いでしょ! 勇者ヨシヒコが悪の親玉の取引なんかに乗るもんですか!」

 

「ならば今のヨシヒコを見てみるがいい、めちゃめちゃ目が泳いでいる」

 

「あーホントだわ! 激しく目を上下に動かしてバタフライしてるわ!」

 

ヨシヒコが竜王の話を受ける訳がないとあくまで信じようとするアクアだが、メレブに促されて彼の顔を見た途端すぐにヤバいと察した。

 

さっきまでまっすぐだったヨシヒコの目は、すっかり迷いに迷ってあらぬ方向に行ったり来たりしているのだ。

 

「綺麗なネェちゃんと遊び放題……いやしかし、勇者として魔王の誘いに乗るのは……いやだが、コレはまたとないモテるチャンスなのでは……」

 

「おい騙されんな勇者様! あんな誘い文句はRPGじゃテンプレなんだよ! 魔王がそんな口約束を守る訳ねぇんだから!」

 

ここに来てブレにブレまくる情けないヨシヒコにカズマが思わず一喝して叫んでいると、そこへ竜王が彼の方へも視線を向けて

 

「あ、なんならもう半分は今までお世話になった君にあげちゃおうか? 私は元いた世界を支配するから、君等二人でこの世界の支配、よろしく」

 

「……ほほぉ」

 

「おい! ヨシヒコだけでなくカズマまでもが悩み始めたぞ!」

 

「しかも結構乗り気なリアクション取りましたよこの畜生! 自分で騙されるなと言っておいて!」

 

自分もまた竜王に誘われるとちょっと「ああ、それは悪くないかも」と顎に手を当て頷いて見せるカズマに慌ててダクネスとめぐみんが叫ぶ。

 

ダメだこのダブル主人公、どうにかしないと……皆がそう思ってどうにか説得しようとしたその時

 

「クリエイト・ウォーター!」

「ぶッ!」

「冷たッ! 何すんだこの駄女神!」

 

ここでまさかのヨシヒコとカズマの顔面に、アクアが遠慮なく魔法を使って盛大に水をぶっかける。

 

突然の出来事にヨシヒコとカズマはすっかり水浸しになってしまっていると、悪びれる様子も無くフンと鼻を鳴らして両手を腰に当てるアクア。

 

「これで二人共、頭は冷えたかしら?」

「……はい」

「おかげさまで……」

「じゃあとっととこのグラサンのオッサン倒して、世界救うわよ」

 

竜王の話術による洗脳攻撃ですっかり我を失っていたヨシヒコとカズマを叱咤して正気に戻すと

 

目の前の竜王に向かってどうだと言わんばかりにアクアがビシッと指を突き付ける。

 

「残念だったわね竜王、アンタの洗脳術なんてこの水の女神のアクア様にかかれば簡単に見破れちゃうのよ、無駄話はもうお終い、とっとと私達にやられなさい、この悪党」

 

「いやー流石はアクア様、私の考えは全てお見通しでしたか、では代わりにどうです? 私の仲間になってくれたら、この世界の住民を全てアクシズ教徒にしてあげるというのは?」

 

「え、本当に!? そんな事出来……!」

 

「クリエイト・ウォーター!」

 

「わっぷ!」

 

ドヤ顔で決まったとカッコつけるアクアに対しても、竜王はヘラヘラと笑いながらも彼女にも甘い囁き。

 

そしてまんまと引っ掛かりそうになったアクアに、正気に戻ったカズマが真顔で彼女が先程使った水の魔法を唱えてぶっかける。

 

「どうだ水の女神のアクア様、これで頭は冷えたか?」

「……はい」

「よーしじゃあ改めまして、始めようぜ竜王のオッサン」

 

髪の毛からポタポタと水を滴り落としながらアクアが頷くと、カズマは早速竜王の方へ振り返って挑戦的な視線を向ける。

 

「思えばアンタには色々とやりたい放題されてたんだ、こっちもそろそろ仕返しさせてもらうぜ」

 

「あ~……そうかそうか、どうしても私を倒したいのね、はいはい了解しました」

 

ヘタレのクセにやけに強気な態度に出るカズマ、竜王もその態度がカチンと来たのか、ようやく玉座から重い腰を上げて立ち上がった。

 

「だったらもう選択肢は必要ないね、んじゃ、みんなまとめて死んでもらい……」

「今だやれぇめぐみん!」

「え?」

 

立ち上がって竜王との戦いがいよいよ開始する直前で、まさかのカズマが大きく叫んでサッと横に身をズラした。

 

するとその背後で待ってましたと言わんばかりに詠唱を終えていためぐみんが竜王に向かって杖を構えて

 

 

 

 

 

「エクスプロージョン!!!!」

 

その瞬間、竜王に向かって彼女の豪快な爆裂魔法がドォォォォォォン!!と轟音を立てながら炸裂。

 

いきなりの出来事にキョトンとしていた竜王はそのまま彼女の魔法に飲み込まれ、激しい爆裂音と共にヨシヒコ達の前からあっという間に見えなくなってしまった。

 

「「「「「……」」」」」

 

いきなりラスボスが目の前から消えた……その光景を目の当たりにしてカズマとめぐみん以外が言葉を失っていると

 

ふぅ~と満足した様子でため息をこぼしながら、めぐみんがその場にドサッと倒れ込む。

 

「ようやくです、ようやく我ながら見事な爆裂魔法を撃てました……私はもうこれで満足です……」

 

「えぇー! おいちょ! なにいきなりラスボスに大技決めてんだお前-!」

 

魔力が尽きて床に倒れながらも満ち足りた表情を浮かべている彼女に、事の状況を理解し終えたメレブがようやく叫び声を上げた。

 

「え、なに!? もしかしてこれで……竜王、やられちゃった……?」

「よし、事前に上手くめぐみんと打ち合わせしておいて正解だったな、さ、帰ろうぜ」

「えぇーーーー!? 本当にコレで終わりっすか!?」

 

目論み通りと一人納得した様子で帰ろうとするカズマだが、メレブを代表に一同困惑気味。

 

するとカズマがそんな彼等の方へ振り返り

 

「正面から魔王なんかと戦うなんて出来るかよ、俺は最弱職業の冒険者だぞ? だからあのオッサンが調子乗って隙を見せた所を、めぐみんの爆裂魔法でぶっ飛ばそうって計画してたのさ」

 

「うわうわうわ! ウソだろカズマ君! えぇ~このラスボス戦という物語で最も盛り上がるタイミングで……」

 

「カズマさん引くわ~、流石にそれは私も引くわ~……」

 

「マジ最低なだなお前」

 

「カズマ、お前という奴はどうして私達の想像をはるかに超えるゲスさを見せてくれるんだ……」

 

「竜王と雌雄を決する戦いを前に、ここで奇襲をかけるとは……やはりカズマ、お前は俺が見込んだ通りの狡猾な男だ……人としては全く尊敬出来んがな」

 

彼の告白に沈黙を貫いていた一同が口を揃えてブーイングの嵐。

 

メレブ、アクア、ムラサキ、ダクネス、ダンジョーと流石に空気読めとカズマに対して軽蔑の眼差しを向けるも

 

ヨシヒコだけは一人輝いた目を彼に向けて

 

「凄い! コレから長引くであろう戦いを早めに終わらせて仲間の犠牲を減らす為に! あえてここで先手を打って終わらせるとは! こんな卑怯で狡猾で仲間思いな戦術を見るのは初めてだ!」

 

「いやそれ、冒険物としては邪道中の邪道だからね? 普通はやっちゃいけないからね?」

 

上手い具合に称賛の声を上げるヨシヒコにボソッとツッコむメレブをよそに

 

カズマは満更でも無さそうに鼻を高々と伸ばしながら、最後に竜王がいた方へと視線を向ける。

 

「さて、念の為にあのオッサンがやられたかどうか確認しておくか、まあウチの爆裂娘の魔法を食らって無事な訳ねぇと思うけど……」

 

めぐみんが部屋の半分を吹っ飛ばしたおかげで、砂埃が立ち込められている。

 

気にせずカズマは勝ち誇った様子で玉座があった方に振り向いてみた、すると……

 

「いや~普通するかなこんな真似、まだ私、戦う準備する前だったのにいきなり凄いの撃って来るなんて……」

 

「……へ?」

 

「おかげでほら、私の恰好ボロボロになっちゃったよ」

 

砂埃の中からあのけだるそうな独特の口調がこちらに向かって飛んで来た。

 

砂埃が晴れる、するとカズマ達の目の前に、服をボロボロにし頭を爆発アフロにさせた竜王が

 

顔を煤だらけにしてまだまだ健在の様子で現れたのだ。

 

「今時の若い子ってさ、そういう常識的な事から外れた方がカッコイイとか思ってんの? あーそう、ならこっちもいきなり本気出させてもらうから」

 

そう言うと竜王はひどくご機嫌斜めな様子で服に付いた汚れをパンパンと鳴らして落とすと

 

右手に持ったマイクを、真上に向かって思いきり掲げる。

 

「はーい、変身」

「!?」

 

その言葉にカズマが驚いたと同時に、竜王の身体が突然紅く光り輝く。

 

すると彼の姿は真っ黒になり、みるみる形を変えて巨大化していき……

 

「下がれ! 奴が巨大化した事によって天井が崩れるぞ!」

 

「もう何やってんのよカズマ! アンタが怒らせいでいきなり第二形態になっちゃったじゃない!」

 

「お、俺は悪くねぇ! 爆裂魔法使ったのはめぐみんだ!」

 

「ちょっとカズマ! 私はあなたの言いつけを守った上で実行しただけですよ! 根本的に悪いのはあなたでしょ!」

 

 

天井にピシッ!とヒビが入るとすぐにボロボロと崩れ落ちていき、空に浮かぶ満月がこっからでもよく見えた。

 

ダクネスが慌てて皆を下がらせ、アクアとカズマが口論し、めぐみんが倒れたまま言い訳していると

 

徐々に変貌した竜王の新たな姿がハッキリと皆の前に映し出される。

 

「グギャァァァァァァァァァァァ!!!!」

「あ、あれは正に……」

「竜の……王!」

 

ダンジョーとヨシヒコは真上を眺めながら絶句の表情を浮かべる。

 

それは先程までの人型とは遠くかけ離れた姿であった。

 

紫色の鱗と鋭い目を光らせ、大きな牙が生え揃った口を空に向かって開きながら、耳をつんざく程の強烈に吠えてみせるその姿は

 

正に竜王の名に相応しい姿であった。

 

自分達を遥かに超えた巨大なドラゴンを前にメレブとムラサキも驚愕しながらその場で固まり

 

「う~ん、流石はラスボス、一筋縄ではいかないって訳ですね、はい」

「お前はなに一人で納得してんだよ!」

 

なるほどと頷くメレブにすかさずムラサキがツッコミを入れるのであった。

 

次回、竜王との最終決戦・開始

 

 

 



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拾弐ノ四

遂に魔王の城で真の姿を現した竜王が現れた。

 

長かった旅の集大成である、ヨシヒコ達の最後の戦いが今幕を開ける。

 

「コレが竜王の本当の姿か……だが今の私達ならきっと勝てる! 行くぞ! 竜王!!」

 

「流石ヨシヒコね! 竜王を前にしても果敢に立ち向かう気満々ね!」

 

「ギャァァァァァァァァス!!!」

 

「ギャァァァァァァァァこんなの勝てるか~~!!!」

 

「流石カズマね!竜王の雄叫びに負けないぐらいの良い叫びっぷりよ!」

 

聖剣・エクスカリヴァーンを抜いてすかさず立ち向かう姿勢を取るヨシヒコに対し、すっかり逃げ腰でちょっと泣きながら叫んでいるカズマ。

 

そんな対照的な二人に声を上げながら、アクアは更に他の仲間達に向かって

 

「回復と支援ならこの水の女神のアクア様に任せなさい! どんだけ傷付けられてもすぐに回復してあげんだから!!」

 

「よし! ならばまずこの戦士・ダンジョーの守備力を上げてくれ! 奴の攻撃を防ぎ切ってやる!」

 

「アクア、私にもだ! クルセイダーとして、仲間として、この世界を護る力を私に!」

 

「オッケー、えい!」

 

アクアの支援魔法を受けてダンジョーとダクネスが勢いよく竜王の前に躍り出た。

 

それと同時に竜王は力一杯大きく吸い込むと、口からボォ!と火炎の息をこちらに向かって吹き始めた。

 

「させるか! 受け止めるぞダクネス!」

「私に指図するな! この程度私だけで十分だ!」

「フ、抜かせ小娘ぇ!」

 

ダンジョーとダクネスが仲間を護る盾となり、その身を挺して剣で受け止める。

 

アクアの支援のおかげで守備力を底上げした事により、ただでさえ堅かった二人は竜王の一撃でさえもビクともしない。

 

「よくやった二人共! よし、今度は私の出番だコノヤロー!」

 

ダンジョーとダクネスの背後で隠れていたムラサキが威勢良く顔を上げた。

 

そして未だ火を吹き続ける竜王に向かって両手を突き出し

 

「ヒャダルコ!!」

「ぐ! ぬぅぅ~~!!」

 

氷系の中級呪文を思いきり放つ。火炎の息でさえ溶けない猛吹雪が竜王に周りに降り注がれ、若干ではあるがダメージが入ったらしい。

 

しかしムラサキの行動はまだ終わらない

 

「お次はコレだぁ!」

 

更なる追撃をかます為にムラサキは突然、竜王の前で突如不思議な動きを始めた。

 

「ほい、あ、そぉれ、よ、ほっほ~」

「え~ちょっとどうしたのアンタ……? なによそのキモイ不思議な踊り……」

 

見てるこっちが力抜けてしまう奇妙なダンスを行い始めるムラサキに、アクアが眉をひそめて可哀想な目で彼女を眺めていると

 

「うっほっほ~い!」

 

「てえぇ!? なんで!? いきなり竜王が踊り出したわ!」

 

「へっへ~、見たか頭のおかしい水色娘~、コレが私のとっておき、相手の動きを封じる不思議な踊りだ~!」

 

巨大な図体で突然リズミカルなサンバステップを取り始める竜王に、アクアがビックリしてる中で

 

ムラサキは一層楽しくダンスしながら相手の動きを隙だらけにしてやった。

 

「今だ! 行けぇヨシヒコ!」

「ああ!」

「カズマ! 今がチャンスよ! 攻撃力を上げてあげるからさっさと倒してよね!」

「あ~もう! 無茶振りしやがって! こうなったらヤケだチクショー!」

 

すっかり踊りに夢中になってしまっている竜王に対して、黄金の剣を両手に持って飛び掛かるヨシヒコ

 

カズマもアクアの支援を受けると、ヤケクソ気味に短剣を抜いて突っ走る。

 

「どりゃあ!!」

「うおぉ!!」

「ぐ、ぐぅ~~~!!」

 

ヨシヒコの輝く聖剣が竜王をよろつかせる程のダメージを与え、カズマの小刀がプスリと小指に刺さって地味に痛い攻撃を繰り出す。

 

 

二人の連携攻撃に怯む竜王であったが、すぐにギロッと大きな目に怒りを燃やしながら

 

「おのれ小癪な! その程度で我を倒せると思うたかぁ!!」

「フフ、そんな事を言っているのも今の内だぞ、竜王よ」

「なに!?」

 

遊びは終わりだという風にズシン!と一歩前に出る竜王であるが、そこへ余裕の表情で颯爽と現れた一人の金髪ホクロ

 

ウィザード(笑)こと、メレブはクルクルと両手でぎこちなく杖を回しながら、最後にサッと杖を突き出して

 

「ブラズーレ!」

 

「フン、なんだその聞いた事無い呪文、そんなのが我に効くとでも……あ、あれ? く! 何故だ! 胸元から凄い違和感が!」

 

「ああ~! 魔王なのに! 魔王なのにブラがズレてイライラしてるよ~! ブラ付けてないのに!」

 

「き、貴様ぁ! こんなふざけた呪文をよく……がぁぁぁぁぁぁ!! ブラが気になる~~~!!!」

 

メレブが過去に覚えた呪文・ブラズーレ、それをお見舞いされた竜王は巨大な両手を背中に回しながら必死にブラを元の位置に戻そうとしているが、そもそもブラを付けていないので無駄に時間を費やす事に。

 

そしてそれをヨシヒコ達が見逃す筈がない。

 

「今だみんな! 俺のブラズーレが効いている内に一斉攻撃だ!」

 

「さあやっちまいなさいアンタ達! 全員の攻撃力を一気に上げてあげるんだから!!」

 

「うおぉぉぉぉぉ!! みなぎるぞ~~~~!!」

 

「いやヨシヒコ! アンタにはまだ支援魔法掛けてないから! あ!」

 

メレブの叫び声を合図にヨシヒコ、ダンジョー、ダクネス、カズマが得物を構えて一斉攻撃。

 

ヨシヒコが思い込みで攻撃力が上がったと突っ走ってしまったので、仕方なくアクアは他の三人に支援魔法を掛ける。

 

「仕方ないわね、ヨシヒコはそのまんまでいいわ……三人共、感謝しなさい! この私が更にあなた達を強くさせてあげるんだから!」

 

「御託は良いからさっさと掛けろ! 今は一分一秒が惜しいんだよこの駄女神!!」

 

「きー! カズマのクセに生意気な! わかったわよ! はい!」

 

カズマに煽られたアクアは、ムカッとしながらも彼とダクネス、ダンジョーに支援魔法を

 

攻撃力を倍にした彼等は単身で突っ込んだヨシヒコに続いて竜王を袋叩きにする形で

 

「これだけ的がデカければ私でも当たるぞ! 食らえ!」

 

『ミス、ダクネスのこうげきはあたらない』

 

「どんだけだよお前! いいからお前は一生肉壁やってろ!」

 

「あぁ! 魔王との戦いの最中なのに、人の事を肉壁呼ばわりするなんて……!」

 

『ダクネスはひとりもりあがっている』

 

「魔王との戦いの最中で興奮してんじゃねぇこの処女ビッチ!!」

 

いかに相手が巨大でも、もはや呪われてるレベルで全く攻撃を当てられないダクネス。

 

おまけにカズマに罵倒された事で、その場で膝から崩れ落ちながら勝手に顔を赤く染めて喜んでる始末。

 

もう付き合い切れんと思ったカズマは、彼女を無視してダンジョーとヨシヒコと共に竜王を攻め続ける。

 

「おら食らえ! 爪の間に思いきり刺してやる!」

「今までの借りを返してやるぞ竜王! かえんぎり!」

「聖剣の一撃! 倒れるまで幾度も浴びせ続けてやる!」

「ぎ! ぐふぅ~~~……!!」

 

一人は狡猾に弱点を突き、もう一人は火属性の付いた一撃を浴びせ、そして最後に伝説の剣で大ダメージを与えていくという三連コンボを前に流石の竜王も苦い表情を浮かべ始めた。

 

それを見てムラサキも「よーし!」と追い打ちを狙い、再び両王に手の平を突き出して

 

「ベギラゴン!!」

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

高威力の火炎呪文を放って更に大ダメージ。

 

そして剣と呪文で追い込まれていく竜王を見て、メレブは勝利を確信したかのようにニヤリと笑った。

 

「勝てる、今の我々はかつてない程の最強パーティー、この連携が崩れなければ絶対に竜王に勝てる!」

 

「……いいですねー、私一人残して皆さんで随分と盛り上がってるみたいで……」

 

しかしそこで彼に対して水を差す言葉を呟く者が一人。

 

初っ端から爆裂魔法を使った事で、魔力ゼロの状態で床に転がっているアーク・ウィザード、めぐみんだ。

 

彼女は一人つまらなさそうな表情でむすっとしながら、目の前の戦いを横になりながらただジッと見つめる事しか出来ないのだ。

 

「く、まさか竜王に第二形態があったなんて……! もうちょっと我慢しておけばこの巨大なドラゴンを相手に……! 派手な爆裂魔法をぶっ放せたのに……!」

 

「……」

 

「……む? なんですかあなた、私の顔をジロジロと見下ろして」

 

ふとメレブが真顔でこちらを見下ろしている事に気付いて見上げるめぐみん。

 

彼女にどうしたのかと尋ねられるとメレブはプイッと無言で顔を逸らし

 

「……フ」

「!?」

 

ただ鼻を鳴らして軽く笑い飛ばす、明かな嘲笑であった

 

これは馬鹿にされたり声を上げてゲラゲラと笑われるよりもムカつく

 

「こ、このぉ~!」

「ヒール、ヒール! よしこれでダンジョーとダクネスのHPがまた満タンになったわ」

「アクアアクア~?」

 

言葉に表せられない怒りを燃やしているめぐみんをよそに、中衛から仲間達に回復魔法を掛けているアクアの下に、メレブがヘラヘラしながら歩み寄り

 

「ん~めぐみんちゃんにも掛けてあげたら~? さっきからずっと倒れてて凄く辛そうだよ~?」

 

「は? めぐみんはいいわよ、だってあの子、一発爆裂魔法使ったらその日はもう使いモンにならないもの」

 

「あ、そっか! MP切れで倒れてるんだもんね! じゃあ起きてようが寝てようが関係無いか! うん!」

 

「んがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

アクアと会話ししつつチラッとこちらを見下ろすメレブ、その表情はめぐみんの短い人生の中で最もムカつく、ぶん殴りたい衝動に駆られるレベルの、正にムカつく笑顔。

 

これ程までに魔力切れで立ち上がれないという事が恨めしいと思った事が無い、とめぐみんは床に這いつくばった状態でなんとか立ち上がろうとしていると

 

「ええい! さっきからチマチマと小癪な手ばかり使いよって!」

「「うわぁ~!」」

「ヨシヒコ!」

「カズマ!」

 

竜王は遠吠えを上げて周りに付き纏うヨシヒコ達を力任せに薙ぎ払う。

 

ダンジョーとダクネスは得意の防御で耐えるも、ヨシヒコとカズマは為す総べなく吹っ飛ばされてしまう。

 

「そこだ! 食らえ我が必殺! はげしいほのお!!」

 

先程の火炎の息よりも強くなった炎が、倒されたヨシヒコとカズマ目掛けて吹き荒れる。

 

直撃すれば間違いなく即死、しかし……

 

「セイクリッド・クリエイト・ウォーター!!!」

「なに!? 水の無い所でこのレベルの水魔法を発動できるとは!!」

 

今まで支援魔法に専念していたアクアであった。ヨシヒコとカズマを護るように炎の前に立ち塞がると、彼女の両手から凄まじい勢いで激しい水流が放たれて、そのまま簡単に炎を飲み込んだばかりか

 

「ふ、防ぎ切れん!! だぁ!!」

 

竜王の巨体さえも巻き込み、そのまま彼は水流に押されて背中から仰向けにズシーン!と倒れてしまう。

 

「ちょっとちょっと! 魔王とか名乗ってるのになにこのチンケな炎は! チョー笑えるんですけどプークスクス!!」

 

「うわ……助けてもらったのに、なんか無性にコイツぶん殴りたい」

 

「凄いです女神! 竜王を水流で押し倒すなんて!」

 

「アンタはアンタで、いい加減コイツを甘やかすの止めてくれませんかね?」

 

無様に倒れた竜王を前にいつもの含み笑いを浮かべて挑発するアクアに流石だとガッツポーズして賞賛するヨシヒコ、両者にジト目でポツリと呟きつつ、カズマは倒れた竜王の方へ目をやり

 

「ていうか今がトドメを刺すチャンスだろ、いっちょかましてやろうぜ勇者様」

「よし! 女神が与えてくれた竜王を倒す絶好の機会だ! 行くぞサトウカズマ!」

「はいよ」

 

仰向けに倒れて動けないでいる竜王へと、ヨシヒコはカズマを連れて颯爽とその巨体の上に飛び乗ると

 

腹の上を駆けて一気に竜王の額に狙いを定めて

 

「これで!」

「終わりだ!」

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ヨシヒコの聖剣が、カズマの短剣が竜王の額に深々と突き刺さる。

 

その痛みで血走った目を剥き出しながら断末魔の叫びをあげる竜王。

 

「よし!」

「やったか!?」

「おの……れ……!」

「「うわ!!」」

 

二人は遂にやったと確信するも、最後の抵抗とばかりに自分の顔に立っているヨシヒコとカズマを、右手で掴んで勢い良く締め上げる。

 

「この程度で我が!!」

「いでででで! タイムタイム!」

「く! まだこれ程の力が!」

 

右手の中で締め付けられ身動き取れない状態でいるカズマとヨシヒコ

 

ようやく立ち上がれた竜王はこのまま彼等を手の中で絞殺しようとしたその時

 

「やらせはせん!」

「今回ばかりは絶対に当てる!」

「ぬわッ!!」

 

ダンジョーとダクネスがすかさず竜王の足下へと駆け込んで

 

二人で片足ずつ渾身の一撃を放ったのだ。

 

その大ダメージに竜王は思わず手の力を緩めて、ヨシヒコとカズマを床に落としてしまう。

 

「どうだカズマ! 私だって攻撃を当ててやったぞ!」

 

「あーはいはい、出来るなら普段でも他のモンスター相手にそうして欲しいんですけどね……」

 

「これでチャラになったつもりはないが、ようやくお前に借りを返せたな、ヨシヒコ」

 

「ありがとうございます、ダンジョーさん」

 

四人で声を掛け合いながら互いの健闘を祝うヨシヒコ達。

 

そして竜王もまた、フラリと後ろにゆっくりと体を傾けて

 

「この我が……」

 

再び大きな地響きを立てて床に崩れ落ちる竜王。立ち込める砂埃に一同が思わず目を手で覆いながらも、遂に達成出来たのだと確信した。

 

これでようやく、竜王を倒したのだと

 

「ゲホゲホ! やったわ! 竜王を倒したわよ!」

「イエーイ! 俺達最強~! めぐみんドンマ~イ!」

「くぅ~……!」

 

口に入った砂埃で咳き込みながらもアクアは喜びの花鳥風月をお披露目

 

メレブもまた隣で寝転がっているめぐみんを小馬鹿にしながら両手を上げて万歳のポーズ。

 

そしてめぐみんが心底悔しがっていると……

 

「ん? ちょっと待ってください……なんで竜王が倒れたのにまだ揺れているんですか……?」

 

「え?」

 

誰よりも一番床に密着している状態のめぐみんがいち早く気付いた。さっきから徐々に揺れが大きくなっていると

 

彼女の疑問にメレブがキョトンとした様子で見下ろしていると、立ち込める砂埃の中から一体の巨大な影が……

 

 

 

 

「ここまで我を追い詰めたのは素直に褒めてやろう……」

「「「「「!?」」」」」」

「まさか、まさか我が貴様等程度に真の姿を見せる事になるとはな……」

「お、おいまさか!」

「う、嘘でしょー!」

 

さっきよりも巨大なシルエットを前に一同は驚きながら、その中から聞こえる声にアクアとメレブが頬を引きつらせる。

 

そして砂埃を巨大な両手で薙ぎ払い、姿を現したのは……

 

「褒美だ、勇敢なる貴様等を称えて! この真・竜王が痛み無き死を与えてやろう!」

「だ、第三形態……!?」

「そんな……!」

 

先程の竜王の時とは姿が大きく変わっていた。

 

肩や尻尾には鋭い角が生え揃っており、非常に腕が大きく凄まじく筋肉質に、背中に生える翼もまた大きくなっている。

 

そして全身には、紅く光る傷跡が生々しく輝いていた。

 

メレブとアクアがそれを見上げて絶句している中、ヨシヒコ達はすぐに集合して強化された竜王を見つめる。

 

「く! 凄まじいオーラだ! これが竜王の真の姿……!」

 

「マジかよ! またこんなの相手にしなきゃいけねぇの!?」

 

「フン! 姿が変わった程度ではないか! もう一度俺達の連携を奴に見せてやる!」

 

「ああそうだ、今の私達が集まれば無敵だ! どんだけ相手がデカくなっても負ける訳がない!」

 

「おいお前等、言っておくけどそれ死亡フラグだからな……」

 

ヨシヒコとカズマが新たな竜王の姿に怯んでいる中、ダンジョーとダクネスはだからどうしたと前に出て剣を構える。

 

そんな彼等にカズマがボソッとツッコんでいる中、真・竜王は大きく息を吸い込み始め……

 

「あ! また性懲りも無く炎系の攻撃を仕掛けて気ね! 芸が無いわね、水の女神様である私がサクッと打ち消してやるんだから!!」

 

そう言ってアクアが余裕といった感じで両手を突き出し、再びお得意の水系魔法を披露する。

 

「セイクリッド・クリエイト・ウォーター!!!」

 

津波の如く激流が放たれ、あっという間に相手を飲み込もうとする。

 

しかし真・竜王はそれを前にしても退く事も無く、白く染まった目をカッと見開いたと思いきや

 

 

 

 

「竜王のいかり……!!」

 

 

 

 

 

それはヨシヒコの前で起こった一瞬の出来事であった。

 

アクアが放った水系上級魔法は、目の前で突然蒸発したかと思えば、目の前が紅に染まり上げられ……

 

「え?」

 

前にいたアクアが漏らした間抜けな言葉を最後に

 

ヨシヒコの意識はそこで消えた。

 

 

 

 

「……ここは?」

 

次に目を開けた時、辺りは焦土と化していた。

 

部屋の中で会った筈なのに壁も天井も跡形も無く消え去り、瓦礫の中でヨシヒコは重たい身体を起こしてゆっくりと立ち上がる。

 

「一体何が……他のみんなはどこに……」

「う、う~ん……なんだ一体、何が起こった……?」

「は!」

 

ふと足元から声がしたのでヨシヒコはすぐに見下ろす。

 

自分と同じように意識を失っていたカズマが、ボロボロの状態でムクリと起き上がった。

 

「アクアの魔法が一瞬で掻き消されたのは覚えてんだけど……そっから先が思い出せねぇ……」

 

「私もだ、一瞬、目の前が凄まじい業火で紅く染まったのは覚えているんだが……」

 

「目覚めたか、勇者ヨシヒコ……」

 

「その声はダンジョーさん……な!」

 

二人して混乱しているとそこへ、弱々しくか細く声が聞こえて来た。

 

その声の主がダンジョーだとわかるとヨシヒコはすぐにそちらに振り返る、だがそこには……

 

全身を傷だらけにした状態のダンジョー、そしてその隣で片膝を突いて既に瀕死のダクネスがいたのだ。

 

「なんとかお前達を護り切る事は出来たみたいだな……」

「フ、これでようやくお前に聖騎士として認めて貰えるだろうか、カズマ……」

「おっさん! ダクネス! おい、しっかりしろ!」

 

どうやら二人は、ヨシヒコ達を護る為に竜王の一撃を己の身を盾にして防いだらしい。

 

既に喋る事もままならない状態のダンジョーとダクネスに、慌ててカズマとヨシヒコが駆け寄る。

 

「俺達の前に飛び出していたあの水色頭がどうなったかは知らん……もしかしたら奴の攻撃をまともに食らい死んでしまったのかもしれん……」

 

「女神が!」

 

アクアの姿はどこにも見当たらない、だがあの一撃をまともに浴びているとしたら彼女はもう……

 

ダンジョーの言葉にショックを受けるヨシヒコ、そして彼女と最も付き合いの長かったカズマは呆然と立ちすくす。

 

「マジかよそれ……洒落にならねぇぞ……」

 

「アクアがいない以上、お前達が回復する手立てはない、そして死者を生き返らさせる事も……」

 

「死者を生き返らせるって……お前達まさか……!」

 

彼女の言葉を聞いてカズマはすぐに察して信じられないと言った表情を浮かべると、ダンジョーとダクネスはバタリとその場に倒れてしまう。

 

「託したぞヨシヒコ……お前の力で今度こそ竜王を倒すのだ……」

 

「カズマ、私からの最期の頼みだ、どうか私が愛したこの素晴らしい世界を護ってく……れ……」

 

「おっさん! ダクネス!」

 

「何てことだ……! 私達を護る為に二人は……!」

 

最期に言葉を残すと二人はもう動かなくなってしまった、呼吸もしていない、つまり死んでしまったのだ。

 

残されたカズマは目の前の現実を飲み込めずに混乱し、ヨシヒコもまた悔しそうに嘆いてると

 

「どうやら俺達は、ダンジョーとダクネスに助けられたみたいだな」

 

「ムラサキさんは倒れて動けなくなっていた私を庇って……どうして私を助けたんですか、今の私なんてなんの価値も無いのに……」

 

「メレブさん……!」

 

「めぐみん……」

 

そこへめぐみんを背中に担いだメレブが神妙な面持ちで現れた。

 

どうやら二人もまた、なんとか生き延びることが出来たらしい。しかしまた一つ新たな犠牲者が

 

「ヨシヒコさん、ムラサキさんは私を庇い死んでしまいました……私のせいで……」

 

「……そうか、しかしお前が気にする必要はない、仲間の命を守る為にその身を挺したムラサキを、私は仲間として誇りに思う」

 

「……」

 

メレブの背中で申し訳なさそうにしているめぐみんに対し、ヨシヒコは真顔で頷きながら励ましていると

 

「ほう、我の本気の一撃でまだ生き延びる者がいたとは……」

「「「「!!」」」」

 

頭上から聞こえたその声が一瞬にして彼等の安堵する気持ちを払拭させた。

 

声がしたほうこうに一同が振り返ると、そこからヌッと巨大な体でこちらを見下ろす、真・竜王の姿が

 

「やはり人間はしぶといモノだ、しかしだからこそ戦いがいがあるというモノだ……」

 

「竜王……貴様!」

 

「なんてこった、残った俺達だけでこの化け物を倒さねばならんとはな……」

 

「おまけに今の私にはもう爆裂魔法が撃てません……」

 

立ち塞がるは憎き魔王、勇者ヨシヒコは散って逝った仲間達の想いを胸に睨み付けるも、メレブとめぐみんはすっかり弱腰に

 

だが

 

「ったくどいつもこいつも面倒事押し付けて簡単に逝っちまいやがって……」

 

いつもヘタレで臆病で逃げてばかりのカズマであったが、仲間を失った事で吹っ切れたかのように立ち上がった。

 

「しょうがねぇなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「カズマ!?」

 

「やってやるよ! こんなクソったれドラゴン倒してやる! この世界も救ってやる!!!」

 

「ああそうだ! 竜王!! お前だけは絶対に許せん!!!!」

 

めぐみんがビックリする程カズマは怒りに燃えていた。

 

短剣を抜いて竜王へ彼が挑もうとすると、ヨシヒコもすかさず彼の隣に立つ。

 

「行くぞ! カズマ!! 私達で死んでしまった仲間の仇を取るんだ!!」

 

「ついていってやるよ勇者様! いやヨシヒコ! こうなったら死ぬ気で倒してやる!!」

 

今ここに、もう一人の勇者が生まれた。

 

ヨシヒコとカズマ、死んでしまった仲間の為に、彼等は正真正銘最後の戦いを始めるのであった。

 

その結果は果たして……

 

次回・冒険の決着

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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拾弐ノ五

竜王の第三形態、真・竜王の降臨によって、ダンジョー、ダクネス、ムラサキが死亡。そしてアクアは行方不明。

 

仲間の死を嘆く暇も無いヨシヒコは、カズマ、メレブ、めぐみんという残された4人のパーティーで最後の決戦に挑むのであった。

 

「フハハハハ! とりあえず逃げずにまだ挑みに来る事は褒めてやろう! だが今の貴様等に果たしてこの我が倒せるかな!?」

 

「倒す、でなければ私達を護る為に散って逝った者達の想いが無駄になる……見るがいい竜王、コレが私の切り札だ」

 

「なに?」

 

正義の心を熱く燃やしながら、嘲笑を浮かべる真・竜王に全く臆することなくヨシヒコは奥の手を試みる。

 

聖剣・エクスカリヴァーンを左手に持ち替えると、今度は右手に愛剣・いざないの剣を持って……

 

「奥義……二刀流!」

「おおヨシヒコカッコいい! なんか、ラノベ主人公っぽい!」

「いや、ただ剣を二本持っただけじゃね?」

 

キリッとした表情でカッコつけたポーズを取りながら二本の剣を同時に装備するヨシヒコ。

 

それを見てメレブは中々良いんじゃないかと顔に笑みを浮かべるが

 

カズマはそれで強くなったのかどうかいささか疑問だと首を傾げる。

 

「確かにアニメや漫画だと見栄えはカッコいいけど、二刀流になっただけでそう簡単に強くなれる訳が……」

 

「行くぞ竜王ぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「あ、行っちまった……」

 

カズマの正論も聞かずにヨシヒコは二刀流の構えで真・竜王目掛けて突っ込んでいく。

 

一見無謀にも見える特攻、しかしヨシヒコは……

 

「とぉ!!」

「ぬ!?」

 

自ら突っ込んで来るヨシヒコに、真・竜王は太くなった右腕で豪快に殴ろうとするも、ヨシヒコはその攻撃をヒラリと避けてそのまま腕の上に飛び乗った。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「まだ抵抗するか……それでこそ我を倒しに来た勇者よ!」

 

真・竜王の腕に飛び乗ったヨシヒコは、そのまま彼の頭部目掛けて突っ込んでいく。

 

途中で強烈な火炎弾や左手による妨害があるもそれをかろうじて避け切って、両手の剣を振り回して敵の身体に攻撃をし続けながら。

 

「えぇーーーー!? なんだあの人! なんで二刀流になっただけであんな強くなってんの!?」

 

「まあ多分……思い込みだね、ヨシヒコ、バカだから」

 

「バカってすげぇ!」

 

雄叫びを上げながらたった一人で奮闘して見せるヨシヒコの底知れぬ思い込みパワー

 

それを見てカズマは素直に褒め称え、今の彼の頑張りをどう活かすかすぐに思考を巡らせ始めた。

 

「けど今のままじゃ大したダメージをあのクソ竜王に与えられねぇ……なんとかアイツを怯ませる一撃を浴びせてやらねぇと……でも俺の貧弱な攻撃じゃ精々時間稼ぎにしかならねぇからな……」

 

「んー、俺の呪文も攻撃系が無いから無理っすねー」

 

「となると、めぐみんの爆裂魔法が一番期待大なんだが……」

 

「すみませんカズマ……なんとか自力で立ち上がるぐらいにまでは回復したんですが……魔力そのものはまだ回復していません……」

 

「あーいいよ気にすんな、元はといえば、初手で終わらせようと焦ってお前に使わせた俺が悪いんだから……」

 

カズマの攻撃は大したこと無いだろうしメレブに至っては攻撃系の呪文すら持っていない。

 

そして唯一爆裂魔法という強力な攻撃方法を持つめぐみんもまた、杖を支えになんとか立つことが出来る状態で魔力の方はほとんど空だ。

 

「皆さん! 私が時間を稼いでいる隙に、コイツに決定打を!」

 

「すまん! もうちょっと待ってくれ勇者様! こっちで色々と考えてるから引き続き頼む!」

 

「わかった!」

 

「参ったな、あの様子からして長くはもたないぞ……」

 

ヨシヒコの方はまだ真・竜王の体の上を飛び回りながらなんとか粘っている。

 

しかしいい加減ウザったく感じたのか、徐々に真・竜王の攻撃は激しくなっており、このままでは捕まるのも時間の問題だ。

 

どうしたモンかとカズマが「う~ん……」と腕を組んで必死に考え込んでいると

 

「まあそうやって焦らさんな、必死に考えても良い策なんて生まれんぞ、ほれ、飲み物でも飲みんさい」

 

「え、あ、どうも……」

 

お母さん的な感じでメレブがニコニコ笑いながら、懐からスッと瓶に入った飲み物を取り出してカズマに渡す。

 

それを受け取ったカズマはふと「ん?」と彼から受け取った瓶をまじまじと見つめる。

 

「コレ……なんか色がおかしいけど飲んで大丈夫なのか?」

 

「あ、問題ないから安心して、俺もさっきここに来る途中で同じ奴見つけて、自分で飲んだけど特に異常とか無かったから」

 

「ホントか~? だって凄い紫色っぽいぞコレ……」

 

「ホントホント、結構美味かったし、あとすげぇテンション上がる、まるでMPが一気に回復した感じ? そんぐらい元気になるから」

 

「それ聞くとますます怪しいんだが……魔力が一気に回復した気分って一体どんな……ん?」

 

メレブの説明を聞いてカズマはふと手に持った瓶を見つめて固まった。

 

「なぁ……もしかしてこれ飲めば魔力回復するって事か?」

「んーまあそんな感じのアイテムかもしんないねー、俺よく知らないけど」

「おいじゃあコレ……さっさとめぐみんに飲ませておけば……」

「……あ」

 

ずっと持っていたアイテムの使い道がわからず飲み物として愛用していたメレブは、カズマの一言でハッと気づく。

 

実はこの瓶、正しい名前は『エルフの飲み薬』、MPを全回復させるアイテムなのだ。

 

そうとわかったカズマは、即座にめぐみんの方へと歩み寄って

 

「おいめぐみん! これ今すぐ飲め! 魔力回復してもう一発爆裂魔法だ!」

 

「わかりました! 全くこのド腐れキノコ! こんな有用なアイテムをどうしてずっと隠し持っていたんですか!」

 

「めぐみん、俺の事を責めるより、まずは己が為すべき事を為しなさい!」

 

「私が成すべきことは魔王よりもあなたに爆裂魔法を食らわす事です!」

 

ここに来てそんな使えるアイテムとずっと持っていたとは……めぐみんはメレブに悪態を突きながら、カズマから受け取ったエルフの飲み薬を腰に手を当てグイッと一気に飲んでいく。

 

そしてカズマは「よし!」と叫んで、希望が見えて来たとまた次の一手を模索する。

 

「爆裂魔法があれば奴に一撃かませられるぞ! 後はもう一つ、もう一つアイツ強力なダメージを与える方法があれば確実に……!」

 

「フフ、ならばそこで俺の出番という訳だな」

 

「……ロクでもない呪文しか持ってないアンタに何が出来るんだよ……」

 

「いや、ふと気づいたんだが、もしかしたらワンチャン、俺の呪文で奴を倒せるやもしれん……」

 

「は?」

 

メレブの提案など全く信用出来ないと顔をしかめるカズマだが、とりあえず聞いてあげる態勢に

 

するとメレブはニヤリと笑いながら杖を振りかざし

 

「この俺の不幸を振り撒く呪文、「ソゲブ」ならいけると思うんです、参謀殿」

 

「ソ、ソゲブ……? 不幸を振り撒くって具体的にどんな風に?」

 

「うむ、よくぞ聞いてくれた」

 

「いや聞かねぇとわからねぇから聞いてんだよ」

 

「この呪文は、対象の運に比例して、一回だけ不幸な目に遭わせることが出来るのだ、つまりその者が運が良ければ良い程、この呪文の力は上がり、凄い不幸を呼び寄せる事になる」

 

「つまり竜王の野郎がどれだけ運が良いかに賭ける呪文って事か……ん~じゃあ一か八か掛けてみるか? あんま期待出来ねぇけど」

 

「やる、やらせて下さい! 最後の最後で私! 活躍したいんです!」

 

「あーはいはい、急にグイグイ来るなコイツ……じゃあ作戦に入れておくからよろしく……」

 

自慢げに説明するメレブだが、そのソゲブという呪文は明らかに博打技、竜王が運が良いのか悪いのかわからない

し、一体どんな効果になるのかも全く持って未知数だ。

 

しかし贅沢も言ってられないし、カズマは藁にも縋る思いで顎に手を当てジッと考えながら、ソゲブという呪文の効果をもう一度頭の中で整理しつつ、作戦に組み込んでいく。

 

そして考えがまとまったのか、カズマは真・竜王の方へ目をやりながらニヤリと笑って見せる。

 

「よし、作戦はまとまったぞ、メレブ、めぐみん、ここからは俺の案に従ってお前等の力を見せてくれ」

 

いよいよ真・竜王を倒す為の秘策を思い付いたカズマ、メレブとめぐみんの協力の下、彼は強力な相手を前にとんでもない大博打に出る事に

 

その作戦とは……

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁぁぁぁ!!!」

「……遂にわが力の前に屈する準備が出来たか、勇者よ……」

 

カズマ達が裏で動いてる中で、ヨシヒコは盛大に吹っ飛ばされていた。

 

どうやら遂に真・竜王の拳をまともに食らってしまったらしい……

 

「く! たった一撃でこの威力とは……! ドラゴンナイトによる『よしよし攻撃』も効かない、どうすれば……」

 

「クックック、貴様に頭をなでられた時は不思議と心地よかったが残念だったな、魔王を手名付けるなど出来ると思うな、さあ、絶望の中で散るがいい……!」

 

背中から瓦礫の山にぶつかり、思うように身体が動かなくなってしまったヨシヒコに、竜王は更なる追撃、トドメヲ刺そうと右手を振り上げる。

 

しかしそこで

 

「クリエイト・アース!」

「ぬ?」

 

突如小さな土の塊が真・竜王の目に当たった、しかしその程度の土の量では目潰しにさえならない。

 

ヨシヒコに攻撃するのを一旦止めて、飛んで来た方向に真・竜王が目をやると

 

「……なにがしたいんだ小僧……もしやそんなちんけな呪文で我を倒そうとか本気で思っておるまいな……」

 

「くそ……こうしてまともに対峙するよやっぱこえぇなコイツ」

 

「カズマ……!」

 

土属性の初球魔法を食らわしてきたのはいつの間にかこちらに近づいて来ていたカズマであった。

 

彼が単身で出て来た事にヨシヒコが驚いていると、ここで更にカズマが驚くべき行動をとる。

 

「けどここで逃げても結局死ぬんだから仕方ねぇよな!」

 

「なに!?」

 

「おい竜王のオッサン! 今まで散々この冒険者カズマ様の身体を借りてたんだ! 滞納してた家賃払いやがれ!」

 

 

なんとカズマ自ら単身でこちら目掛けて突っ込んでいったのだ。

 

それに一瞬驚く真・竜王であったが、すぐに両手の拳を振り上げて

 

「くだらん悪あがきを!」

「うお!」

 

カズマの近くの床に思いきり振り下ろすと、グラグラと激しく揺れて地震が起こりだす。

 

振動で足元がふらつき歩く事さえ難しくなるが、それでもカズマは前だけを見つめて

 

「負けるかぁ!!」

「何故だ……どうしてこ奴がここまで必死になって我を倒そうと……」

 

なおもまだ進み続けて、遂には自分の左腕に乗って、先程のヨシヒコと同じ動きでこちらの顔の方へ駆けて来るではないか。

 

カズマの体内にいた真・竜王は彼の性格を良く熟知していた。

 

アホでヘタレでスケベで卑怯、ケチで小物でいつもやる気が無い、常に楽した生活を送りたがっている自堕落な少年だった筈……

 

そんなカズマがどうして援護も無く一人ぼっちで、短剣をかざしながら自分に突っ込んで来るのか、真・竜王はさっぱり理解出来なかった、故に、ズル賢いこの少年ならなにか仕掛けてくるのでは?と警戒心を強くさせる。

 

すると遂に

 

「いよっし! コレで十分敵の注意を惹きつけられた!!」

 

攻撃はせずにひたすら真・竜王に近づきながらも、実の所ずっと逃げ回っていたカズマ。

 

こちらの動きをすっかり警戒している様子の相手を確認しつつ、カズマは必死に飛び跳ねながら

 

「今だいけ! 金髪ホクロ!」

「うっす! 油断したな竜王! これでお前も終わりだ!」

「なに!?」

 

カズマに気を取られていた所で、自分の足下でメレブがほくそ笑みながら杖を向けて

 

「ソゲブ!! あ!」

 

相手を不幸にさせる程度の呪文が真・竜王目掛けて炸裂、しかし……

 

「ごめんカズマ君、さっき竜王を狙ってソゲブ使ったんだけど、カズマ君があまりにも周りをウロチョロしてたから……間違えて、カズマ君に当たっちった!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!? アンタどんだけ!! どんだけアレなんだよ!」

 

「アレってなんだよ! もっと具体的に言えよ! いややっぱいい、なんか悪口だと思うから」

 

どうやら作戦通りには上手くいかなかったみたいだ。

 

第一手でカズマが単身で真・竜王の注意を逸らしつつ、その隙にメレブのソゲブで先制攻撃をしようと思っていたのだが……まさかのメレブ、カズマに向かってソゲブを誤射。

 

後頭部を掻きながら軽く頭を下げて謝る彼に、ソゲブを掛けられたカズマが真・竜王の肩の上で嘆いていると

 

真・竜王はゲラゲラと大きな口を開けて笑い声を上げる。

 

「フハハハハ、コイツは傑作だ! なんの呪文かは知らぬがまさか味方に掛けてしまうとは! ってあれ?」

「ん? なんか頭上でなんか光ったと思ったら……なんかこっちに向かって迫って来る気配が……」

 

ふと上空からなにかピカッと光るのが見えたので、真・竜王とカズマは同時に顔を上げてなにがあったんだと眺めてみる。

 

すると頭上からこちらに向かってナニかが凄まじい落下速度で落ちてくるではないか、その正体は

 

「なにぃぃぃぃぃぃ!? 隕石がこちらに向かって落ちて来てるではないかぁ!!」

 

「うおい! いくら俺の高い幸運に比例して不幸が起きる仕様だからって! いくらなんでもコレはやり過ぎだろ!!」

 

肉眼でハッキリと捉えられるぐらいに見えて来たと思ったら、それは正に宇宙から舞い降りた隕石であったのだ。

 

メレブの呪文・ソゲブは掛けた相手の幸運が高ければ高いほど、より不幸に陥れる呪文。

 

つまりこの突然の隕石落下は、幸運度が高いカズマに掛けた事による災害なのだ。

 

そして真・竜王と共に驚くカズマであったが、すぐに身の危険を感じた彼はバッと真・竜王の上から飛び降り

 

「あんな不幸なんか食らったら死んじまうわ! おい竜王のオッサン、アンタにやるよ!」

 

「お、おいちょっと待て! 貴様自分が蒔いた種だというのに我に押し付け……!!」

 

寸での所で倒れていたヨシヒコを背負ってタタタッと逃げ出しながら、悪びれもしない表情でこちらに譲ってきたカズマに真・竜王が激怒するも……

 

それと同時に、彼の頭上に隕石が綺麗に着弾した。

 

「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うお!!!」

 

流石に宇宙からの隕石をまともに食らっては大ダメージを負うのも無理はない。

 

辺りに衝撃波を生みながら真・竜王は真上から落ちて来た隕石に直撃し、全身が爆発したかのように真っ黒焦げに

 

そんな光景を離れた所から静かに見ていたメレブはフッと笑みを浮かべ

 

「これぞ俺の最強呪文、題して……シューティングスター!!」

「いや嘘つけ! 偶然こうなっただけじゃねぇか!」

「うわカズマ君! こっちに戻って来るの早ッ!」

 

カッコ良くポーズを決めてドヤ顔を浮かべるメレブの下へいち早くカズマが戻って来た。

 

背中には隕石に巻き込まれない為に運んで来たヨシヒコを背負って

 

「助かったぞカズマ……あのままでは私も竜王と共に吹っ飛んでしまう所だった……」

「そうなったら俺とメレブも目覚め悪いしな……とにかくアンタは一旦休んでろ、ここは……」

 

運んで来たヨシヒコを地べたに座らせると、カズマは真・竜王の方へと振り返った。

 

隕石落下という規格外な一撃を食らったにも関わらず、真・竜王は肩で呼吸をしながらまだ健在の様子。

 

「ゼェゼェ……! 貴様等……もうちょっと勇者らしい戦い方をしたらどうなんだ……!」

「うるへぇ、どう戦おうがこっちの勝手だろうが、ほい次」

「次!? 次ってなんだ!?」

 

作戦通りにはいかなかったが、あの憎き竜王に想像以上のダメージが入った事で

 

カズマは実に良い気持ちになりながら、慌てる真・竜王をスルーして早速次の手に出る。

 

彼が親指をクイッと動かすと、背後でバサッとマントを翻す音が

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の爆裂魔法の担い手として後々伝説を残す者!! 手始めに我が同胞達を殺めた大罪人・竜王に我がとっておきの爆裂魔法を食らわせてやろう!!」

 

「貴様……初っ端から第一形態の我に凄まじい魔法をぶっ放して来た魔法使いか……!」

 

「ええそうです、しかし今回は最初の時とは全く違いますよ、なにせ今の私は湧き上がる怒りに身を任せてる状態ですからね、その怒りが生まれた原因であるあなたには、是非とも私の正真正銘本気の爆裂魔法って奴を、特別に披露してあげましょう」

 

「ふん、やってみるがいい。貴様が詠唱を唱えている間に我に殺されない保証など無いがな」

 

「あ、言っておきますけど」

 

あまり表には出さなかったが、自分のせいでムラサキを死なせ、更にはダンジョーやダクネスまで死んでしまった事に強い憤りをめぐみんは感じていたのだ。

 

そして十八番の爆裂魔法を憎き相手に撃つ為に杖を構える彼女、そしてすぐにでも殴りかかって来そうな真・竜王に対しポツリと

 

「私、あなたが他の皆さんと遊んでいる間に、とっくに詠唱終わらせてあるんでいつでも撃てます」

 

「はぁ!? おい待て! てことは貴様……!」

 

「はい、という事で、覚悟して下さい」

 

実はちゃっかりと隠れながら詠唱を完了していためぐみん。

 

後は引き金を引くだけであり、彼女は慌てる真・竜王目掛けて杖をスッと突き出して……

 

 

 

 

「エクスプロージョン!!!!!」

「ほんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

真正面から真・竜王目掛けて放たれたかつてない程の特大爆裂魔法。

 

先程の隕石落下の衝撃よりも威力は上だと一瞬で判断できるぐらい強力な爆発音が、あっという間に敵を飲み込んでしまう。

 

至近距離で赤と黄色が美しく混ざり合った花火の様な爆裂を眺めながら、撃った本人であるめぐみんはうっとりした表情でバタリと倒れる。

 

「快……感……!!」

 

「凄い! 竜王が一瞬にして見えなくなるほどの凄まじい破壊力だ!」

 

「うひょー今のは新記録だな、色合い、効果音、威力、正に申し分ない爆裂魔法だったぜ、めぐみん」

 

「ふふん、もっと褒めて下さい、私の中の燃える魂をイメージして造り上げた渾身の力作なのですから、どうですかメレブさん?」

 

「……色々馬鹿にしててすみません、めぐみんさん」

「よろしい」

 

自分の爆裂魔法に、ヨシヒコ、カズマだけでなくメレブも素直に、というよりちょっとビビった様子で頭を軽く下げてきたので、めぐみんはますます誇らしげな表情を浮かべていた、倒れているが。

 

「見てくれましたか天国に逝ってしまった皆さん……皆さんの仇はこの私が取ってあげましたよ……」

 

 

 

 

 

 

「……まだだ」

「へ?」

 

再び魔力が空になったが、流石にこれで竜王は死んでしまっただろうと安堵するめぐみん。

 

しかしそんな束の間の安心感も消え失せる様な声が、爆裂魔法で舞い上がった砂埃の中から木霊する。

 

「まだ終わってないわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「うえぇ!? ちょちょちょ! なんですかあの竜王! 私の爆裂魔法を食らっておいてまだ生きてますよ!」

 

「流石は魔王、しぶとい……それじゃあ、めぐみんさん、もう一発お願いします」

 

「無理です! 私もう立てないし魔力もすっからかんです!」

 

(役立たず、やっぱめぐみん、役立たず。メレブ、心の俳句)

 

「おいそこの金髪クソホクロ! 今絶対失礼な事考えてたでしょ!」

 

両手を上げて真・竜王が天高く咆哮を上げながら再び立ち上がったのだ。

 

その迫力の前に、すぐに倒れているめぐみんに無茶振りするメレブだが、彼女はもう戦えない状態。

 

そんな彼女を心の中でボロクソに叩きながら、メレブがため息をついていると。

 

「よもやここまで我を追い込むとは流石だ……! ならばここで見せてやろうではないか、我が最終奥義を!」

 

「ヤベェ! いよいよあの野郎、本気で来る気だ!」

 

「く! 今の私達ではもう太刀打ちできる術が!」

 

「さらばだ勇者達よ! 我が業火の中で灰となって消えるがいい!!」

 

焦るカズマとヨシヒコだが、もはや体力も知恵も残っていない、正に万事休すだ。

 

そんな彼等に向かって真・竜王は首をグッと後ろに動かすと、一気に溜めた力を放出するかのようにカッと鋭い眼光を光らせ

 

 

 

 

「竜王のいかり・灰燼!!!!」

 

それはダンジョー達を死なせた「竜王のいかり」の強化版の火炎ブレス。

 

先程のめぐみんの爆裂魔法をも凌ぐ程の全てを灰燼と化す絶大な灼熱が、真・竜王の口から放たれヨシヒコ達を飲み込もうとする。

 

「クソ……これで終わりなのかよ……」

 

「諦めるなカズマ! 希望を捨てたらこの世界は滅ぶ! だから最後の最後まで! 私達は、勇者というのは諦めずに戦い抜くんだ!!!」

 

「いや流石にこれはもう……」

 

迫りくる巨大な炎の渦を前にカズマはガックリと肩を落として死ぬ事を悟る。

 

だがヨシヒコはまだ諦めない、ボロボロになった状態でありながらも、その目は竜王の放つ炎よりも燃え盛っている。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「ヨシヒコ!」

「ヨシヒコさん!」

「ヨシヒコー!!」

 

いざないの剣を持って自ら迫りくる炎に向かって突っ込むヨシヒコ、その後ろ姿にカズマ達が叫ぶも。

 

やがて彼はあっという間に炎の中へと消え……

 

 

 

 

 

「セイクリッド・ゴッド・アクアブレス!!!!!」

 

 

 

 

 

ヨシヒコは炎の中で消えなかった、否、彼は炎に飲み込まれる事は無かったのだ。

 

何故なら彼が炎の渦にぶつかる直前で、頭上から滝の如く凄まじい激流葬が、彼を護る壁となってくれたかのように見事に防いでくれたのだ。

 

やがて炎は水に飲み込まれ、あっという間に消えてしまった。真・竜王の最終奥義が……

 

ヨシヒコだけでなく、カズマ達も、そして真・竜王さえもポカンとして固まっている中

 

そこへザッと現れる一人の少女

 

「全く、ほんと私が見てないと無茶ばっかするんだから」

「め、女神!!」

「ア、アクア!?」

 

にへらと笑いながら姿を見せたのはまさかのずっと消息不明だった水の女神・アクアだった。

 

彼女の登場にヨシヒコとカズマが同時に驚く中、真・竜王もようやく状況を把握して

 

「き、貴様まさか! 我の最終奥義を破ったというのか!? バカな! あの奥義はそれこそ我と同じ魔王! もしくは神と称される者でしか対処出来ぬ筈!」

 

「フフーン、神と称される者、ね……まさにその通りよヘッポコラスボス! この私こそ、水の女神・アクア様よ!!」

 

「あ、そうですか……はい」

 

「信じてよー! 魔王ならちゃんと信じてよー! 目を逸らさないでー!!」

 

自分こそが女神だと胸を張って自慢げに言い出すアクアに対し、真・竜王はぎこちなく返事しながらそっと目をズラす。

 

全く信じてくれていない、むしろ可哀想な子扱いしてくる敵に対し、アクアは必死にアピールしながらヨシヒコ達の方へと駆け寄っていく。

 

「もうなんなのよアイツ! この私が女神だって言ってるのに!」

「いやそんな事よりもお前!」

 

ピンピンした状態で戻って来たアクアに、最初に疑問を吹っ掛けたのはメレブであった。

 

「お前今まで何処に行ってたんだよ!?」

 

「え、私? さっきまで瓦礫の山の底で眠ってたんだけど?」

 

「死んでたんじゃないの!?」

 

「死んでないわよ! 確かにちょっと油断してアイツの炎で吹っ飛ばされちゃったけど! しばらく気絶して倒れてただけで、今はご覧の通りすっかり元気一杯よ!」

 

「うわぁ~、コイツが出て来た事に喜ぶ日が来るなんて夢にも思わなかった~」

 

どうやらアクアは炎をまともに食らったにも関わらず、水の女神としての耐性力でなんとかギリギリ耐え切ったらしい。

 

この絶望的な状況を前にしてヒーラーである彼女が復帰してくれた事に、メレブは認めたくないものの凄く嬉しく思った。

 

「女神、戻って来てくれて感謝します、やはりあなたは本当の女神なんですね」

 

「ちくしょう……最後の最後にコイツに救われるなんて……ま、ありがとよ」

 

「図太いあなたなら生きてくれていると信じていました! アクアがいれば死んでいったみんなも復活出来ますね!!」

 

「い、いやそんなに素直に言われるとちょっと……あーはいはい、みんな揃って私を褒め称えないでよ、わかってるから、私がみんなにとって最も崇拝すべき対象だというのはわかってるから」

 

他の三人も彼女の方へ駆け寄り彼女の帰還に喜ぶ。

 

その反応を見てついアクアは顔を赤らめてちょっと照れ臭そうに後頭部を掻くと

 

すぐにヨシヒコとカズマの方へ振り返り

 

「この私の登場に涙を流しながら歓喜してそのままアクシズ教に入信してる場合じゃないわ、さっさとあそこで悔しそうにしている可哀想なトカゲさんをぶっ飛ばすわよ」

 

「ぐ、ぐぅ~~~!! おのれ~~~~!!」

 

「行くわよヨシヒコ! それとおまけのカズマ!」

 

「はい!」

 

「おまけってなんだよ! てか俺も!?」

 

満身創痍の状態で全ての力を出し切てしまった真・竜王は今度は逆に追い込まる羽目に

 

それを見逃すつもりは無いと、アクアはヨシヒコとにカズマに向かって両手を突き出す。

 

「アンタ達にこの私の加護をありったけ掛けてあげるわ! 攻撃力・守備力・素早さ・運!! 全てのステータスを私の全魔力を使って底上げするわよ!」

 

「な、なんだコレは!! 凄い! 全身から力がみなぎって来る!」

 

「いやヨシヒコ、まだ掛けてないわよ、掛けてからそのリアクション頂戴ね」

 

「本当に思い込みバカだなアンタ……」

 

勝手に一人ででテンション上がっているヨシヒコに冷静にツッコミながら、改めてアクアは彼等にありったけの支援魔法を掛けまくる。

 

「さあ行きなさい勇者ヨシヒコ! それとおまけのカズマ!! アンタ達の力を合わせて魔王を倒して来なさい!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「ってうお! お前ちょっとやり過ぎだろ! なんかもう身体が爆発しそうなぐらい熱くなってんぞ俺!!」

 

彼女の叫びと共にヨシヒコとカズマから凄まじい勢いでオーラが浮かび上がる。

 

全身くまなく強化されたヨシヒコとカズマは、滾るテンションに身を任せてすぐ様、真・竜王の方へ振り返る。

 

「カズマ! この剣を使え! 今度はお前に奪われるのではなく、私からお前に授けよう!」

「聖剣か……俺が持つ資格あるのかどうか疑問だけど、そんな事気にしてる場合じゃねぇよな!!」

 

ヨシヒコは持っていた聖剣・エクスカリヴァーンをカズマに託すと、彼と共に前方を見据える。

 

「おのれ! 何故だ! どうして貴様等が! この我をここまで追い詰めることが出来たのだ! わからぬ! 力の差は歴然なのにどうしてこうなったのかまるでわからぬ!!」

 

「それは私達が勇者だからだ、勇者は魔王に決して屈さない、だからこそ魔王は勇者の前に滅びる運命にある」

 

「あばよ竜王のオッサン、アンタには散々操られたしコキ使われたけど、せめてもの情けで楽に葬ってやるよ」

 

既にボロボロにされた状態で、ヤケクソ気味に両手を振りかざす真・竜王。

 

そんな彼に負ける気はしないと、ヨシヒコとカズマは一気に駆け抜け、目にも止まらぬ速さで彼の眼前へと飛び上がり、そして……

 

「これで!」

「終わりだ!」

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

ヨシヒコはいざないの剣を、カズマはエクスカリヴァーンを振り上げ

 

最期の雄叫びを上げる哀しき魔王に向かって突っ込みながら、同時に剣を一気に振り抜いたのであった。

 

真・竜王の顔に、ヨシヒコとカズマの一閃がバツの字になってくっきり浮かび上がったかと思いきや

 

 

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

眩し過ぎて直視できない程の強烈な白い光が魔王を包み込み

 

その瞬間、勢い良く彼の身体はガラスの様に辺り一面に弾け飛んで

 

「これが、人間の力……」

 

やがて、跡形もなく消えてしまったのであった。

 

「終わったか……」

「はい、長かったですがこれでようやく……」

 

日が昇り、破片がキラキラと舞い落ちる光景を眺めながらメレブとめぐみんは、ようやく終わったのだとそっと微笑むのであった。

 

「一件落着、なのね……」

 

消滅した魔王を見送りながら、アクアは何故か、一人だけ寂しそうに空を見上げる。

 

そこにいるのは戦いを終えたヨシヒコとカズマの後ろ姿

 

彼等を見つめながら彼女はそっと小さく呟く。

 

「ヨシヒコ達とも、お別れか……」

 

 

 

 

かくしてこの世界に現れた恐るべし脅威・竜王は

 

勇者一行の活躍によって敗れ去った

 

長いようで短かったヨシヒコ達の冒険も、コレにて無事に終わりを告げる事となる。

 

そして出会いがあれば別れもある

 

無事に魔王を倒したヨシヒコ達は

 

苦楽を共にした仲間のいるこの世界と

 

遂にお別れする時が来たのだ。

 

 

次回・最終回、さらばヨシヒコ、永遠に

 

 

 

 

 

 

「ところで三人ほどいない気がするのは俺だけだろうか?」

 

「あ、そういえばダンジョーさんとムラサキさん、それとダクネスも死んだままでした」

 

「最終回までに生き返らないと可哀想だなぁ~」

 

 



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其ノ終 さらば勇者一行、また逢う日まで……
旅ノ終


 

メレブが気が付くとそこは暗闇だった。

 

「……はい?」

 

魔王を倒してキレイな朝日を見ていた次の瞬間、いきなり暗闇の世界

 

突然の出来事に困惑しつつ周りを見渡すも、、何処を見ても周りは何も見えなかった

  

「おいちょっと待て、コレ、なんか凄いデジャヴ、デジャヴーを感じるぞ?」

 

一度異世界に渡る時にこんな空間に飛ばされた気がする。

 

メレブがふと思い出しながら眉間をしわ寄せていると、ふと足元にコツンと何かが当たった。

 

「あ!」

 

「そう、お前の可愛がっていたスズメは既にここにはいない、私が食べてしまったのだから、美味しく丸ごとこんがり焼いて食べてしまったのだから」

 

勇者・ヨシヒコである。

 

ヨシヒコはまたカッと大きく目を見開きながらブツブツとうわ言の様に呟いている。どうやら寝ているらしい……

 

「だが私は謝らない、何故なら私は故意にお前のスズメを食べたのではない、あくまでスズメの方から食べて欲しいと願って来たからだ、故に私はその頼みを無下に断ることが出来ず、気が付いたら最寄りの店で塩と鉄網を購入していたのだ」

 

「……まさかあの時の寝言の続きを、最終回で聞ける事になるとは誰が予想出来たであろう……」

 

長々と呪文の様に意味不明な事を呟き続けるヨシヒコをしばし見つめた後、メレブは軽く彼の頬をひっぱ叩く。

 

「おいヨシヒコ、起きろヨシヒコ、てかなんで寝てんのよヨシヒコ」

 

「ああそうだ嘘だ、全くの嘘だ、本当はお前がいない隙を狙って日頃から食べようと狙っていたのさ、思い知ったか、フハハ……ぐわ!」

 

「うわ、なんか変な目覚め方した、え? ひょっとしてスズメの飼い主に刺された?」

 

寝言の内容がややシリアスな所になった所でヨシヒコが目をカッと見開いてバッと飛び上がる様に上体を起こした。

 

「あれ? おはようございますメレブさん……」

 

「ああうんおはよう、そしてもっと周りを見てみんさい、パート2」

 

「……なんか暗いですね、こういうの前にもありませんでしたっけ?」

 

「いや俺もさっき起きたばかりだからよくわかんないけどさ……やっぱり“アレ”の仕業でしょうなー」

 

「アレ?」

 

がっつり心当たりがあるので確信しながら頷くメレブ

 

ヨシヒコもうっすらと予感しつつ、ゆっくりと立ち上がろうとすると……

 

 

 

 

 

勇者ヨシヒコ! 勇者ヨシヒコーッ!

 

「! 今のは……!」

「だよねー、やっぱアイツだよねー」

 

頭上から聞こえる大きな声が二人の目をより覚まさせる。

 

聞き慣れたその声にヨシヒコがすかさず反応するとメレブもめんどくさそうに立ち上がりながら顔を上げた。

 

ヨシヒコー! ヨシヒコー!!

 

「いやだからもう聞こえてんだよ! さっさと姿現せって!」

 

ヨシヒコ!? おいヨシヒコ!? ヨシヒコ~ん!! ちょっと返事してよ~~ん!!

 

「ウゼェ、徐々にテンションが上がってマジ腹立つなぁ……いいからもうさっさと出て来いって!」

 

最初は威厳ある声付きであったのに徐々に悪ノリで叫んでる様な調子に

 

眉間にしわを寄せながらメレブはもういい加減にしろと叫ぼうとしたその時

 

 

ガチャッと足元から音がしたと思いきや、真っ黒な空間からヒョイッとブツブツ頭が現れた。

 

「さっきからずっと下から呼んでんだろうが! さっさと気付けよバカヤロー!!」

「うお! え!? 今度は下から!?」

「仏!」

 

急に足下から床下の扉みたいなところから現れた人物に、メレブとヨシヒコはビックリして見下ろす。

 

その人物こそ、案の定、仏である。

 

「ったく2度目なんだから学習しろよ、ずっと下から呼んでたじゃんよ~」

 

「いやだから、本当になんなのこの空間? ドラマのセットみたいな作りなの? 急ごしらえで作った空間なのここ?」

 

「あーもういいや、とりあえず今から話するからちゃんと聞いて、ね?」

 

「調子狂うな全く……」

 

足下を指差しながらすぐ様抗議しようとするメレブに、はいはいといった感じで床下から出て来ながら適当に流す仏。

 

少々ムカつきながらもメレブは渋々従うと、改めてこちらと対峙した仏に、最初にヨシヒコが尋ねる。

 

「仏、私の記憶が正しければ、仲間と力を合わせ無事に魔王を倒した筈なのですが?」

 

「その通りだヨシヒコ、お前は異世界で古き仲間、そして新しき仲間と共に魔王の中の魔王、竜王を倒したのだ」

 

「ではどうして私とメレブさんはこんな所に……」

 

「そうだよ、魔王倒したら目の前に仏が出てくるって、チョー最悪なんだけど」

 

「おいホクロ、仏が出て来てチョー最悪って、よくもまあ本人目の前にして言えたなコノヤロー」

 

ヨシヒコとの会話の途中で口を挟んで来るメレブを軽く睨んで舌打ちすると、仏は再度口を開く。

 

「えーヨシヒコよく聞きなさい、実を言うとこの空間にはお前達だけではありません、他の者達もこっちに連れて来ました」

 

「本当ですか!? しかしどこにも見えませんが……」

 

「時間的に、そろそろ私の後輩が連れて来る頃合いだと思います、はい」

 

「後輩に手伝わせてるのかよ、相変わらず適当な仏だなー」

 

どうやらヨシヒコとメレブ以外にも仲間達がこの空間にいるらしい。

 

そして仏が「ちょっと待っててね」と軽く手を上げてしばらく待っていると……

 

「やっと見つけた! ほら先輩! ヨシヒコさん達と仏先輩がいましたよ!」

「あ! ようやく見つけたわよアンタ達!」

「女神! そしてもう一人の女神まで!?」

 

ふと甲高い声が飛んで来たと思い振り返ると、そこには幸運の女神に案内されてここまで来たと思われるアクアが現れた。

 

会って早々不機嫌な様子で彼女がこちらに歩み寄って来ると、その後ろからカズマと、彼に肩を貸してもらってフラフラと歩いているめぐみんもいた。

 

「ハァ~魔王を倒したと思ったらいきなり真っ暗な空間に閉じ込められてビビったぜ~まあエリス様に出会えたから万々歳だけど」

 

「一体全体どうなってんですか? 魔王を倒した筈なのに世界は滅んでしまったんですか?」

 

二人の方は見知らぬ空間に飛ばされた事でまだ頭が混乱しているみたいだ。

 

更に底へブツブツ頭のやたらと顔のデカい男が、ニコニコしながらこちらに手を振っている事に、二人揃って怪訝な表情を浮かべている。

 

「……鎌倉の大仏?」

 

「なんか、胡散臭そうな人が出てきましたね、もしかして裏ボスって奴でしょうか?」

 

「あ、そうか。カズマとめぐみんはコイツの事知らないのよね」

 

初めて見る仏の姿に各々感想を呟いていると、アクアは堂々と仏を指差すと

 

「コイツが仏よ、事あるごとに私達の目の前に現れて無駄話ばかりするしょうもない神なの」

 

「どうもー仏でーす! いやしょうもないってなんだよ、もっと気の利いた紹介できねぇのかよアホ(笑)」

 

「アホ(笑)ってなによ! せめて女神(笑)にしてよ!」

 

「(笑)の部分はいいんか~い」

 

ノリツッコミをしながら間近で対面できたアクアに対し早速口喧嘩を始める仏だが、そこへエリスが恐る恐る近づいて

 

「あの、仏先輩、皆さん揃ったのですからそろそろ説明を……」

「いやまだ全員揃ってないでしょうが、ヨシヒコの仲間はこれだけじゃないでしょうが」

「え?」

 

何やら仏から重大なお知らせでもあるらしい、すると仏は喉の奥から力強い声で

 

「ナナナナーン!!!」

 

いきなり変な声を上げる仏にヨシヒコ達だけでなくエリスも驚いてると、次の瞬間

 

ボンッ! ヨシヒコ達の近くに白い煙が放たれると

 

「あ! ダクネスだわ!」

「おっさんもだ! そうか仏、生き返らせたのか!」

「ムラサキさんもいます!」

 

そこから死んでしまった筈のダンジョー、ダクネス、ムラサキの姿が現れたのだ。

 

三人は目を開いてキョロキョロと辺りを見渡して、ざわめく周りを見ながら状況がわからず困惑している様子。

 

「もしや俺達は……生き返ったのか?」

「そうだと思うが……ここは一体」

「は? てかなんで仏の奴が普通にいんの?」

 

各々どういう事なのかと首を傾げる三人に、ヨシヒコ達は心から彼等の帰還を歓迎する。

 

「全く、せっかく私がみんなを蘇生して恩を貰おうとしていたのに……」

 

「お前はヨシヒコとカズマ君に支援魔法使いまくったから魔力ほぼ空だけどな」

 

「でも本当に良かったです、死んでしまった時は流石に柄にもなく泣きそうになったんですからねこっちは……」

 

ちょっとだけガッカリするアクアにメレブが冷ややかにツッコミを入れる中でめぐみんは安どの表情を浮かべた後小さく微笑んだ。

 

そしてヨシヒコとカズマもまた彼等が生き返ってくれた事に安心した様子で

 

「皆さんのおかげで魔王を無事に倒せました、ありがとうございます」

 

「後始末は俺達がやっておいたから、まあ俺の武勇伝は宴会の時にでもゆっくり聞かせてやるぜ」

 

「フ、俺はちゃんと信じていたぞヨシヒコ、それにカズマ、よくやったなお前達」

 

「あのヘタレなカズマが魔王を相手にどんなに必死になっていたのかを見れなかったのは残念だが、それは後でめぐみんにでも聞いておくことにしよう」

 

「いやまあ私もヨシヒコ達が魔王を倒してくれたんならそれでいいけど……だからなんで仏がここにいんの? それと……」

 

ヨシヒコとカズマの肩に手を置いてそれぞれに賛辞を贈るダンジョーに、その隣で土産話を期待するダクネス。

 

そしてまだ仏がいる事に疑問を持つムラサキは、ふと彼だけでなく一人の少女がいる事に……

 

「あれ? もしかして……クリスちゃん?」

 

「ぶ! ち、違います! 私はエリスです! 幸運の女神のエリス! クリスなんて名前でもお節介焼きの盗賊でもありません!」

 

「いやいや、絶対クリスちゃんでしょ? どうしたのその恰好? え、もしかしてクリスちゃんの正体って……」

 

「わーわー!! それ以上はダメですムラサキさん! とにかく私の事については追及しないで下さい!!」

 

すると一目見ただけで、ムラサキはエリスがどこぞの盗賊と似ている事に気付いた。

 

目を細めてこちらに歩み寄りながら追及して来た彼女に、エリスは慌てて両手を振りながら制止。

 

そして誤魔化すようにコホンとわざとらしい咳をすると、隣に立っている仏の方に振り返って

 

「そ、それでは仏先輩! 皆さん揃いましたのでそろそろ仏先輩の口から説明を!」

 

「な! なんという事だ! エリス様がこんな間近に現れている事に今気気付いたぞ私は!」

 

「あ、パッドバズーカの人だ、ブフッ!」

 

「ん? メレブさん、パッドバズーカって何ですか?」

 

「あーもう皆さんいいから少し黙っていてください! 話が全然進みませんから! メレブさんに至っては一生黙ってください!」

 

「なんで!? なんか俺だけ厳しくね!?」

 

自分の方に注目集まり、ダクネスが仰天し、メレブが余計な事を呟き、めぐみんが彼の言葉に興味を持ったりと、全く話を聞く態勢に入らない一同を一喝して黙らせると、エリスはテキパキと話を進めていく。

 

「はいそれじゃあ仏先輩どうぞ!」

 

「えーとですね、とりあえずもう一度改めまして、仏から言わせてもらいます」

 

半ば無理矢理に彼女が話題を振ると、仏は一同を見渡しながら改めて話を始める

 

「元はと言えば私のミスでね、こちらに逃がしてしまった竜王を、皆さんが協力してなんとか倒してくれたのでね。私からマジで、超マジでありがとう、という感謝の言葉を贈りたいと思います」

 

「は? 感謝の言葉だけって冗談でしょ? そんなんじゃ誠意は届かないんですけど?」

 

「物を寄越せ物を、もしくは現ナマで」

 

「あーそこの二人、黙ってろ」

 

話しをしてる途中で、しかめっ面を浮かべるアクアとメレブからの抗議を受けるが、仏は軽くスルーして話を続ける。

 

「あー皆さんがいなかったら、我々の世界だけでなくね? この世界も、闇に? 沈んでいた事でしょうよ」

 

「他人事に言ってるけどそれ、お前が竜王をまんまとこの世界に逃がしたからだろ」

 

「ムラサキさんの言ってる通りですね、私達のパーティーが一時的とはいえ崩壊してしまった件は、元はと言えばあなたの過失が原因だと思うのですが?」

 

「はい、そこの二人もちょっち、ちょっち黙ってろ」

 

今度はムラサキとめぐみんも冷たい目で避難して来るので、仏は無理矢理黙らせた。

 

「えーしかし、魔王は無事にヨシヒコとその愉快な仲間達が倒してくれました、という事でそのね、言いにくいんだけどさ……この世界でのヨシヒコ、ダンジョー、ムラサキ、メレブの役目はもう無いという事です、はい」

 

「仏? それはつまりどういう……」

 

「元々こちら側の世界の者ではないヨシヒコ達は、お役御免という形で私が連れ帰るという事だ」

 

「てことはもう私達はここの世界には……」

 

「まぁ特に理由が無い限り、二度と戻って来る事は……ぶいっくしゅん! 無いであろう」

 

「おい、大事な所でクシャミするな……」

 

仏が皆をここに集まらせたのはそういった理由があったからだ。

 

魔王は倒され、ヨシヒコ達がここにいる必要はもうない。

 

故に仏にとって、ここで皆に感謝の言葉を贈るだけでなく、ヨシヒコ達を連れて帰る事こそ本当の目的なのだ。

 

それを聞いてヨシヒコはショックを受けた様子で、静かに首を横に振る。

 

「なんて事だ……魔王を倒した直後にこうもあっさり皆さんとお別れになるとは……」

 

「ヨシヒコよ、これもまた勇者の宿命だ、やるべき事を終えたら静かに去る。お前もよくわかっているだろう」

 

「確かに、ダンジョーさんの言う通りですが……」

 

寂しそうに呟くヨシヒコに年長者らしく諭すダンジョー。

 

それに納得しつつも、せめてキチンとお別れをしたかったとヨシヒコの表情からは見て取れる。

 

「……」

 

その表情を見てアクアが見守る様に静かに見つめていると、めぐみんやダクネスが仏に対して異議を唱え始めた。

 

「流石にいきなり過ぎるんじゃないですか? お別れするのは仕方ないですが、もうちょっとここでゆっくりしてもいいじゃないですか」

 

「ああ、せめて魔王を倒したのを祝して、街のみんなと宴でもしてからとか」

 

「いやあのね、ヨシヒコ達と別れるのが寂しいと言ってくれるのは嬉しいんだけど、仏にも色々と事情があるんですよそこん所は、お別れ会とか街のみんなに挨拶とかそういうのさせたいんだけれども……無理、ごめん、ホントこっちもこっちでヤバいから」

 

二人が口を揃えてしばらくゆっくりしてからでも良いではないかと言うが、仏は申し訳なさそうに両手を合わせながらそれは出来ないと首を横に振る。

 

「こちらでヨシヒコ達をお邪魔させて色々な事に首突っ込ませちゃったけども、そもそもこの世界の物語は、君達が進めるモノじゃない? だからこれ以上ヨシヒコ達がこの世界にいちゃいけないの、これからは君達だけで、君達だけの物語を続けて欲しいのよ?」

 

「俺達の物語ね……ま、正直俺としてはこのまま勇者様達に、元々こっちの世界にいる魔王も倒して欲しい気もあるにはあるんだが」

 

 

手を動かす動作をしながら一生懸命訴えて来る仏に対し、カズマは眉間にしわを寄せながらも渋々納得した様子で頷いた。

 

「それでもアンタ等にはアンタ等の物語もあるんだよな、どうせこれからもアンタ達の事だし冒険を続けていくんだろ? だったらもう用は済んだこの世界に入る必要はないんだし、引き留めはしねぇよ」

 

「全く冷たいですねカズマは、そんなあっさりと皆さんにお別れしていいんですか? もう二度と会えなくなるかもしれないのに」

 

「いいんだよ、こっちが未練がましくいたら向こうも帰り辛くなろうだろうが。こういう時はあっさりと「お疲れさん」の一言で済ませておけばいいんだよ、今生の別れになるとは限らないだろ?」

 

「なるほど……」

 

あっけらかんとした感じでそう答えながら、照れ臭いのを誤魔化す為に、ため息をついて後頭部を掻くカズマ

 

 

 

彼の言葉を聞いてめぐみんもしばしの間を置いた後、ゆっくりと頷く。

 

「そうですね、それでは一旦お別れという事にしましょうか、ヨシヒコさん、それとダンジョーさんとムラサキさん、お世話になりました」

 

「おい娘、今大事な人が抜けていたのではないか? お前にとって師と呼ぶべき存在が、マスターメレブがここにいるぞ?」

 

「あ、メレブさんとは二度と会えなくても全然構わないので」

 

「最後までムカつくなぁコイツ……ぜってぇいつか会いに来てやる」

 

他の三人にはキチンと頭を下げたのに、自分にだけは蔑んだ目を向けるめぐみんにメレブが頬をピクピク動かしながらちょっとキレかかっていると

 

 

 

ダクネスもまた「そうだな……」と呟き、納得した様子でヨシヒコ達の方へと顔を上げる。

 

「これからはもうお前達に頼らず、私達でどうにかしなければいけないのだからな……」

 

「フフ、その為には攻撃ぐらいまともに当てられるようにならんとな」

 

「言われるまでも無い、次に会った時には片方だけでなく両方のもみあげを斬り落としてみせよう」

 

「ハッハッハ! そいつは楽しみだな! ま、期待しないで待ってやる!」

 

こちらからの皮肉に負けじと言葉を返してきたダクネスに、ダンジョーは豪快に笑い声を上げる。

 

次に会う時は敵同士ではなく友として戦ってやろうと内心思いながら

 

 

 

そしてカズマの方もまた、「あ~」と言い辛そうにしながらムラサキの方へ軽く手を上げて

 

「アンタとダンジョーさんには色々と世話になったな、あんがとさん」

 

「カズマお前もさ、他の仲間、特にめぐみんちゃんの事をしっかり守ってあげるぐらいには成長しろよ?」

 

「は? いきなりなんなんだよ? あの爆裂娘が人に守られるタマかよ。むしろ俺が守られたいぐらいだわ」

 

「か~、ホントダメダメだなお前、やっぱもうちょっとお前に色々言ってやりたいから残りたいわ私」

 

すっとぼけた事を抜かすとことん女性の事をわかっていないカズマに、ムラサキはあからさまに呆れた調子で声を上げて嘆くのであった。

 

 

 

「ねぇヨシヒコ、ちょっとみんなから離れた所で、私の話を聞いてくれない?」

「はい、なんでしょうか……」

 

ふいにアクアからそう言われて、ちょっとブルーになっていたヨシヒコは素直に従うと

 

仲間達から少し距離を取って二人きりで顔を合わせるヨシヒコとアクア。

 

すると最初にアクアの方から口を開き

 

「フフーン、私にはわかるわよヨシヒコ、アンタの事だからどうせ私達と別れるのが寂しいんでしょ? 特にこの水の女神たるアクア様に」

 

「はい、その通りです……勇者として私はここを去らなければいけないのはわかっているんですが……長く苦楽を共にした皆さん達ともう会えなくなるかもしれないと思うと……やはり寂しいです」

 

「アンタってば本当に素直なんだから……では勇者ヨシヒコ、私の話をよく聞きなさい」

 

「はい?」

 

目の前で本音を素直に吐露するヨシヒコに、アクアは思わずフッと笑ってしまうと急に改まった様子で、両手を会わせ祈る様な仕草をすると、目を瞑って耳ではなく心に語りかけるように

 

「あなたには私達と別れた後もきっと多くの壁が待ち構えているでしょう、時にはその壁の前で立ち止まったり逃げ出したりするかもしれません、しかし忘れないで下さい、どんな苦境に立たされようと、水の女神のアクアがあなたをずっと見守っているという事を」

 

「女神……」

 

「道は別れてしまっても、私はいつもあなたを見ています、私はあなたの心の中で生き続け、あなたがどんな道を歩もうとも応援します、だから恐れずに進みなさい、この素晴らしい水の女神に祝福されし、伝説の勇者・ヨシヒコよ」

 

「……ありがとうございます、やはりあなたは女神です、迷っていた私の気持ちを一瞬で晴らしてくれました」

 

女神として、仲間として、そして大切な存在として、これから先のヨシヒコの人生を応援すると言ってくれたアクアに

 

ようやくヨシヒコも踏ん切りがついたかのように小さく微笑み、強く縦に頷いた。

 

「女神、名残惜しいですがここでお別れです」

 

「そうね、実の所私も寂しいわ、私の言う事素直に聞いてくれるのアンタぐらいだし」

 

「心配ありません、女神ならきっと大丈夫ですよ」

 

「当然よ、だって私だもの、ま、アンタの方はちゃんと気張って頑張りなさい」

 

「はい!」

 

迷いが晴れたヨシヒコは力強く叫んだ後、アクアと共に再び仲間の下へ

 

「お待たせしました皆さん、帰りましょう。私達の世界に」

 

「うむ、俺達がここでやるべき事は終わった」

 

「この世界の事はコイツ等に任せる事にしよう、あの店に行けなくなるというのはちと心残りだが……」

 

「よしそれじゃあ、仏の奴に連れてってもらうとしますかねー」

 

ヨシヒコ達は各々呟いて、帰るべき場所に帰る事を決めると、カズマ達の方へ振り返り

 

「カズマ、これからはお前がこの世界の勇者だ、魔王を倒す為に頑張りなさい」

 

「うわ、最後の最後にめんどくさいモンを押し付けんなよな……あーとりあえずベストは尽くします、はい」

 

ヨシヒコの言葉に後頭部を掻きながら、けだるそうに頷くカズマ

 

「めぐみん、さっさとこの俺に到達する程の凄い魔法使いになるのだぞ」

 

「とうの昔にあなた程度超えています、そういうセリフは私以上に爆裂魔法を使いこなしてから言いなさい」

 

メレブの言葉に、お約束なノリで真っ向から否定しつつも、表情は若干和らいでいるめぐみん

 

「ダクネス、お前とはいずれ完全に決着を着けてやる、その時を楽しみにしているぞ」

 

「ああ、せいぜいその自慢のもみあげを伸ばして待っているがいいさ、約束通り斬り落としてやる」

 

ダンジョーの言葉に、いずれ再会する事を願いながら、その時までには自分も立派な聖騎士になろうと心に誓うダクネス。

 

「特にお前に言う事無いや、パス」

「なんでよー!」

 

ムラサキの言葉に、泣くアクア。

 

一同それぞれ別れの言葉を終えた後、それを終始見つめていた仏は満足そうに頷いて

 

「んーいいね、こういうの、青春してるなみんな、でももう尺が残ってないんで、巻いてさっさと行こうか」

 

「仏先輩、尺とか言わないで下さい……」

 

ここに来て空気の読めない発言をする仏にエリスがジト目でツッコミを入れた後、仏はもう一度一同を見渡して

 

「それじゃあもう私達は行くんで、この世界の事はそちらにお任せします、えー頑張ってください、以上」

 

「皆さん、本当にお世話になりました」

 

「寝る前は歯ぁ磨けよー」

 

「困った時はいつでも呼んでくれ」

 

「あばよみんな、またどっかで会おうぜー」

 

去る間際にヨシヒコ達が皆に手を振りながら言葉を送ると、仏はタイミングを見計らって軽く息を吸って

 

 

 

 

「ルーラー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

突然眩しい光が降り注いだので思わずカズマ達が目をつぶった。

 

そしてしばしの間を置いてもう一度開けるとそこは

 

「あり? ここって魔王の城じゃんかよ」

「てことは元の場所に戻って来た、という事だな」

 

こちらに笑顔を浮かべながら手を振るヨシヒコ達はもういない。エリスの姿も

 

どうやらカズマ達は仏の呪文で無事にこっちに戻ってこられた様だ。

 

「ハァ~ようやく終わったんだな……」

「ああ、魔王は倒した、とりあえずこれで一件落着だ」

 

 

ダクネスが家主のいなくなった廃墟を見渡しながらそう答えていると、カズマはふと足元に目をやる

 

そこには竜王を倒す時に使った聖剣・エクスカリヴァーンが転がっていた、しかし根っこからポッキリと折れていてもう使い物にならない。

 

「あー折れちまったのかこの剣……コイツがあればこの後も楽になると思ったのに……」

 

「相変わらず楽な方にばかり突っ走りたがるなお前は……」

 

「まあいいや、今日はもう色々あって疲れちまった、さっさとアクセルの街に戻って……あ」

 

伝説の剣が使えなくなったことにちょっとガッカリしつつも、今はこの体にある疲労感をどうにかしたいと思うカズマだったが

 

ふと大事な事を思い出して頬を引きつらせた。

 

「そういや俺、帰ってきたら覚えてろって言われてたんだわ……」

 

「きっとアクセルに戻ったらすぐに袋叩きになるでしょうね、さようならカズマ」

 

「お前だって共犯だろうが! 道連れにしてやる!」

 

「私は間抜けなカズマと違って魔王の味方のフリです、善意でやった事ですしきっと街のみんなも許してくれるでしょう」

 

アクセルの冒険者に助けられた時に、こちらを睨み付けていた彼等の表情を思い出しブルッと震えるカズマ。

 

それに他人事の様子でめぐみんが呟いていると、そこへアクアが「あーあ」とやけにテンション低めな様子で歩み寄って来た。

 

「ヨシヒコ達は今頃元の世界に帰れたのかしらねぇ……」

 

「なんならお前もあっち側に行ってても良かったんだぞ、お前、あの勇者様と仲良かったみたいだし」

 

「そういう訳には行かないわよ、ヨシヒコにはヨシヒコの、私には私の成すべき事があるんだから」

 

出来ればヨシヒコ達と一緒にどっか行ってほしかったと目で訴えるカズマに、アクアは胸を張って自分に言い聞かせるようにうんうんと頷き始める。

 

「私達はこっちの世界に元々いる魔王を倒す使命があるんだから、その使命をクリアすれば私も晴れて天界に戻れるんだし、そん時が来たら仏が管理している世界にお邪魔するのも悪くないわね」

 

「そんなのいつになるかわかんねぇぞ、あの連中がいない今の状態の俺達じゃ、どう足掻いても魔王なんてもう倒せる訳……」

 

いずれこっちから向こうの世界に出向こうと決めるアクアに対し、カズマは現実的にそれを今すぐ実行するのは到底無理だとハッキリと言い聞かせてやろうとしていると……

 

 

 

 

「兄様! 何処に行かれたんですか兄様!」

「へ?」

 

そこへ颯爽と現れたのは

 

まさかのヨシヒコの妹・ヒサであった。

 

どうやら彼女だけこの世界に置いてけぼりにされてしまったらしく、屈強な仲間達をゾロゾロと連れながら途方に暮れている様子。

 

「魔王の姿はもうどこにもない……という事はもしや! 兄様はもう別の魔王を倒しに行かれたのでは!?」

 

「あ、ヒサさん! それなら俺ちょっと心当たりありますよ! 元々魔王軍の幹部でしたから俺!」

 

自分達より圧倒的に桁違いな強さを誇るヒサ―パーティーが歩いてるのをカズマ達が無言で眺めている中

 

ヒサと最も付き合いの長い首なし騎士のベルディアが意気揚々と話しかけている。

 

「ヒサさんが行きたいのであれば当然案内します!」

 

「い、いいんですかベルディアさん……? その魔王ってベルディアさん達の上司なんでしょ……?」

 

「気にしなくていいわよ、今の私達にとっては魔王なんかよりも彼女について行った方が楽しいし」

 

自ら案内役を買って出るベルディアに恐る恐る呟くゆんゆんだが、そこに口を挟んで問題ないと断言するシルビア。

 

「う、うわぁ~なんか大変な事になっちゃってませんか? このままだと私達、魔王さんの城に襲撃するみたいな……」

 

「ハハハハ、良いではないかウィズ! こうなったらあの小娘に散々振り回されてやろうではないか! コレから一体どうなるのか、我輩はそれを是非見てみたい!」

 

「ピキー! ヒサさんの為なら魔王なんて粉砕! 玉砕! 大喝采!だピキー!」

 

主君を裏切る形になる事に焦るウィズを笑い飛ばすバニル、ハンスに至っては既に魔王を殺る気満々だ。

 

「はぁ、魔王軍の幹部が総出で裏切ったなんて知ったら、魔王はどうするのかしらね……」

 

「その時はヒサ教に入団させるわ、捕まえた魔王にあたしが徹底的にヒサ様の素晴らしさを説いてあげれば一発入信よ!! 待ってなさい魔王!!」

 

「魔王を倒せば王都も平和になります、だったら王族である私も魔王討伐に参加する義務がありますね、つまりこれからもお姉様とご一緒に戦えるという事ですね!」

 

軽く心配しつつもとりあえずついて行く事にするウォルバクと、魔王さえも入信させてみせようと邪悪な笑みを浮かべるセレナ、そして今だ王都に帰るつもりも無く、更にはヒサと一緒に魔王討伐に出向こうとするアイリス。

 

「「「「……」」」」

 

彼女達の行進を無言で眺めながらカズマ達は固まっていると、列の最後尾であるスズキがヒョコッとこちらの横を通り過ぎて

 

「あ、お疲れ様でーす。んじゃ僕等、もう一人の魔王倒しに行きますんで」

 

そう言って軽く会釈すると、ヒサ達と共に何処へと去って行ってしまった。

 

残された一同は彼等の頼もしい背中を見送った後、しばらくしてカズマが静かな口調で

 

 

 

 

「どうやら”そん時”はそう遠くないみたいだな……」

「そうみたいですね……」

「そうだな……」

「そうね……」

 

彼の呟きに誰も異議を唱える者はいなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

こうして勇者ヨシヒコの異世界での物語は幕を閉じた。

 

彼等の活躍によって無事に世界の混乱は防がれ、一時の脅威は去ったのである

 

しかし彼等はこの時知る由も無かった。

 

彼等の異世界の物語はまだ終わっておらず、むしろここからが始まりなのだという事に……

 

 

 

 

 

 

とか言っておけば、もしかしたらいずれ別のシリーズとして復活するんじゃないかと思ったので

 

とりあえず言ってみたのであった。

 

 

 




これにて勇者ヨシヒコと魔王カズマは完結でございます。

最後まで読んで下さった読者の皆様、そして感想を書いて下さった方、評価を付けてくれた方々、こんなアホな連中の物語を終始見守って下さり本当にありがとうございました。

本作はこれにて終了となりますが、機会があればまたどこかでヨシヒコ達の物語があるやもしれません。彼等ならどんな世界でも乗り越えて行けるでしょう。例えば……


それでは最後にもう一度、この度は本作を最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。







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