死神と法皇は夢を見た (ウボァー)
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死神と法皇は夢を見た

 ――ここ、は……?

 

 目を覚ますと、妙にふかふかした場所に寝かされていた。ベッド、だろうか。皺一つない真っ白なそれは、俺が初めての使用者であると示していた。

 

 ――おかしい。俺はこんな場所で寝た覚えはない。確か俺は、DIO様の敵のジョースター一行を殺す為に向かっている途中で……。

 

 今自分が置かれている状況を理解すると同時に俺のスタンド、『死神13』を呼び出す。

 

「ラァ〜リホォ〜」

 

 スタンド操作に問題は無し。スタンドが暴走している、というセンは無くなった。ならばジョースター一行の協力者、スピードワゴン財団の手の者か? ……分からない。情報が圧倒的に足りない。

 

 『死神13』を使い、辺りを見回す。俺が寝ていたのはダブルベッドだったらしい。曲線で構成された真っ白な部屋。壁にアーチ型の溝があるが恐らくドアだろう。大きな窓からは宇宙が見える。俺が寝ている間にわざわざこの部屋へ移動させた、という説よりも有力なのは。

 

 ――スタンド攻撃、か。

 

 俺のスタンド、死神13は寝ている間の無防備な精神を覆い、相手のスタンドを使わせず確実に殺す『夢のスタンド』。それがこうして出せている。ならばここは『夢の世界』。

 本来夢の世界ではスタンドを出すことは出来ない。ならば何故俺のスタンドが出せるのか? 恐らく、同じタイプのスタンドだからだろう。夢のスタンド使いが同じ夢のスタンド使いに囚われるなんて冗談にもならない緊急事態。

 

 ――クソッ! こんな所で死ぬわけにはいかねぇんだ。何とかしねぇと……!

 

 この部屋にとどまっているだけでは何も進展しない。危険を承知で移動するしかない。死神13に俺をベッドから降ろさせ、抱えさせたままドアへ近づく。すると丸いドアは自動で開いた。

 

 

 ♪ ♫ ♩ ♬……。

 

 

 部屋に入ってから死神13から降り、スタンドをしまう。俺がいた部屋よりも大きな部屋。普通のものより長いピアノ、丸テーブルに二つの椅子。壁の上半分に見える宇宙。こちらの部屋も白で統一されていた。

 

 長身の男がピアノを弾いている。ドアの開閉音でこちらに気づいたようだ。ピアノを弾くのをやめ、ゆっくりと振り向く。

 首から指先、足先まで真っ黒な身体。焦点があっていない灰色の目。病気かというほど真っ白の顔。

 

 こいつが原因だ、と心で理解した。ならやる事はたった一つ。

 

 ――『死神13』ッ!

 

 鎌を持ったピエロ面の死神。それを男の数メートル前に出現させる。右へ、左へと移動させる。男もそれを追っている。

 

 ――俺のスタンドが見えている。間違いない、こいつのせいだッ!

 

「ラァ〜リホォ〜。お前が俺だけをこんな世界に閉じ込めたのか? ……ナァ、出しちゃあ、くれねぇカナァ〜」

 

 鎌をチラつかせながらスタンドに喋らせる。反応は変な音一つだけ。俺を夢の世界から解放する気は感じられない。

 

 ――なら、仕方ない。

 

 俺のスタンドが鎌を振り上げる。殺される恐怖からか、俺のスタンドを視界に入れたまま後ろ向きに逃げる。どん、と後ろの壁に背中が当たる。ここまできても俺を解放する気はないらしい。

 

 ――殺れッ!

 

 逃げ場を無くしたそいつに向け鎌を振り下ろす。

 

 キョアアァオ……。

 

 何も抵抗しなかったそいつは血を流し、悲鳴をあげて……消滅した。

 

 ――スタンドが消えたなら、俺も解放されるハズだが……?

 

 そう思っている中、光に包まれて視界が真っ白に染まる。視界全てが真っ白になる前。ほんの一瞬だけ赤いクラゲが見えた気がしたがもう確認できない。

 

 ――そして俺は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゆめにっきというフリーゲームをご存知だろうか。

 

 まどつきという少女が見る不思議な夢の世界。彼女はいつも同じ夢しか見ない。セリフは無く、何を感じるかは人によって異なる。故に十人十色の考察があった。

 

 ……どうやら自分は死んで、ゆめにっきのキャラクターの一人に近い存在になったらしい。らしい、というのは死んだ記憶が無いからだ。

 

 ある日、いつも通り起きたと思ったらこうなっていた。夢かと思って頬をつねった。痛みはなかった。なら、夢なのだろう。

 宇宙船の中を調べてみたが何もここから出る手がかりは無く、自分がベッドに寝ても変化は起こらなかった。一向に現実世界へ戻る気配はなく、ならば暇つぶしにとピアノを弾いている。

 

 ピアノに向かうだけの日々を退屈とは感じなかった。何故か他のキャラクターがいつのまにか宇宙船の中に居たからだ。

 白黒姉妹、金髪ポニーテールの少女、帽子とマフラーを身につけた少女の影。……ただ、まどつきはいくら時間が経とうと訪れることはなかった。

 自分の心に浮かぶメロディーを奏でる。彼らがリズムをとる。変わるようで変わらない日常。

 

 

 ――そんな中、久しぶりにゆめにっきキャラクター以外の存在が宇宙船に来た。

 不思議な赤ん坊だった。ぐずりもせず、ベッドから落ちる音も聞こえなかったのに、どうやってここまで来たのだろう、と考える。

 突然現れた死神ピエロがふらりふらりと移動する。何だろうか、と取り敢えず見ていたら突然話しかけられた。

 

「ラァ〜リホォ〜。お前が俺だけをこんな世界に閉じ込めたのか? ……ナァ、出しちゃあ、くれねぇカナァ〜」

 

 閉じ込めた? 何のことだかサッパリだった。この世界に来る人はいつのまにか訪れ、いつのまにか去るものでは無いのか? 取り敢えずその旨を伝えようと喋った、のだが。

 

 ……口から出たのは言葉ではなく音だった。

 

 話が通じない。これは予想していなかった。前来た少年には通じたのだが。困った、どうしようかと思っているうちに死神ピエロは怒ったようで。☆ほうちょう☆ではなく鎌が迫る。逃げる。壁に背中が当たる。逃げられない。キョアーオ、とゆめにっきお決まりの断末魔をあげて自分は消えた。

 

 ……まさか、殺されても復活するとは思わなかったが。

 

 赤いクラゲに人の足が生えた存在――ファンの間では死神と呼ばれるそれは自分が復活したことを見届けると空気に溶けるように消えた。現実で眼を覚ますまで自分はずっとここにいるのだろうか。少し不安になった。

 

 ……そういえば、あの死神ピエロをどこかで見た気がする。はて何だったか。漫画? アニメ? まあいいか、と気持ちを切り替えピアノを弾き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 花京院典明は子供の頃宇宙人にあったことがある。

 

 ――ただし、夢の中でだが。

 

 自分の隣にいる緑色の友人を誰も理解してくれなかったあの頃。自分を守るように布団の中に潜り込んで眠りについた。

 

 ――ここは、どこ?

 

 ピアノの音で目が覚めた。おかしい、自分の家にピアノなんて無い。ば、と弾き出されたように体を起こし……これまたおかしく、自分は椅子に座っていた。

 

 ――ッ!

 

 知らない場所、まず思いついたのは誘拐。自分の友人を使い周囲を警戒する。

 

『おや、起きたのですか』

 

 不思議な音と言葉が同時に聞こえた。言葉の主人はピアノの前に立ち、自分を見ていた。

 

「……うちゅうじん」

 

 幼い自分はそう形容するしかなかった。だってそうだろう、黒い体と白い肌。目はあらぬ方を見ているようでしっかりと自分を認識している。

 

『不思議なご友人ですね』

 

「!? 見えるの!?」

 

『ここは夢、ですから。何が起きても不思議ではありませんよ』

 

 ここが夢? ならこの宇宙人は何だろうか。この友人が見える人にいて欲しい、という願いから作り出したのだろうか。

 

『……もしこの夢を忘れたくなければ、これをどうぞ』

 

「……これは?」

 

 深緑色のノートと鉛筆。

 

『ゆめにっき、です。ここに書き込んだ夢の出来事を忘れない、それだけの道具ですが宜しければどうぞ。私には必要ないものですから』

 

 夢の中で書いて意味はあるのだろうか。……いや、夢だからこそ意味なんて無いのかもしれない。取り敢えず『うちゅうじん』『ピアノ』『見える人』とだけ書いてみた。

 

『この出会いを祝して一曲、どうですか?』

 

「……あ、おねがい、します……」

 

 身体を包み込んでくれる優しい音だった。椅子に座って聞いているうちに眠気が増して。まぶたがゆっくりと降りて……。

 

 ――再び目を覚ますと、そこは自分の家だった。枕元にはあの『ゆめにっき』もあった。夢の中で書き込んだ文字も残っていた。

 

 不思議な夢だった。普通、夢の記憶は薄れてしまうが、あの夢だけはいくつになっても忘れなかった。

 時が過ぎ、自分以外にも能力を持つ者が現れた今、あれは誰かのスタンド能力だったのでは? という説も浮かんだ。だがそれを確かめることはできない。あの不思議な夢を見たのは一度だけだった。

 

 

 

 

 

 ……子供の泣き声が聞こえる。自分はどうやらパジャマで遊園地の観覧車に乗っているようだ。どうしてこんな不釣り合いな衣服で遊園地に来て……?

 

 ――おかしい、確か僕はジョースターさん達と共に、DIOを倒すためエジプトへ向かう旅の最中ではないか。

 

「ゆめにっき……?」

 

 日本に置いてきたはずのそれが、今自分の手元にあった。

 

 ――取り敢えず、『遊園地』『赤んぼの泣き声』とだけ書いてみる。

 

 陽気な世界から一転、悪夢へと変化する。犬が鎌に貫かれ、目がギョロギョロ動き……。

 

「うわああああああっ!!」

 

 夢でよかった? とんでもない、本当の悪夢はこれからだった。

 

 赤んぼが怪しいという僕の主張を聞いて、ジョースターさん、承太郎、ポルナレフは僕の気がおかしくなってしまったと思っている。誰も僕の言う事を聞いてくれない。それが真実だとしても、彼らへ見せられる証拠は何も無いのだから。

 敵は僕を一番警戒していた。だから僕を集中して狙い、仲間割れを誘っていた。だが、敵にはたった一つ誤算があった。

 

 ――あの宇宙人に感謝する。これが無ければ、皆何もわからずに殺されてしまっていただろうから。

 ここに書き込んだ夢の出来事を忘れない、それだけのアイテム。それだけでも、今の自分にはありがたい。

 

 『遊園地』『赤んぼの泣き声』『死神13』『赤んぼがスタンド使い』『夢のスタンド』『身につけているものしか持ち込めない』……。

 

 書き込んでいないにもかかわらず、文字が増えていた。

 

「……やはり、これも『スタンド』の一部か……」

 

 自分で書く、というのはゆめにっきの使い方の一部でしかなかったわけだ。無意識のうちに必要な情報を書き込んでいた。これだけ情報があれば十分だ。

 ――スタンド戦は情報戦である。それを調子に乗っている赤んぼに教えてやろうではないか。

 

「――死神13、覚悟しておけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、う……」

 

 重い重いまぶたを開ける。身体に繋がったチューブ、無機質な天井が現実世界で初めて見たものだった。

 医者も看護師もばたばたと駆けつけ、大丈夫ですか、と声をかけられる。二度連続で瞬きをする、など必死に動いて意識がある事を主張した。先生達はそれを見て心の底から良かった、といった顔をした。

 

 どうやら、自分は二十年以上昏睡状態だったらしい。ずっと入院していたせいか、同年代の人と比べて体は細く肌は白い。ご飯が喉を通らず、リハビリにもかなりの時間がかかった。

 

 少しずつ自分で出来ることが増え、自力で病院着から着替える。黒のタートルネックに黒のズボンと黒づくめだった。これが一番自分に似合っている気がするのだ。

 

 ――ふと、夢の世界だけでなく、現実でもピアノが弾きたいな。そう思っただけだった。

 

 自分を中心に、半円状のピアノが現れた。

 

「…………な、にが……!?」

 

 恐る恐る触れると夢と同じ音が鳴った。もしや幻視か、と思いその事を先生方に相談した。

 

 ――それが運命の分かれ道だった。

 

 ある機関が話をしたいそうだ、と先生方から渡された連絡先。そこにはこう書かれていた。

 

『スピードワゴン財団』

 

 ――ジョジョの奇妙な冒険の世界にセンチメンタル小室マイケル坂本ダダ先生って、どうなんでしょうか?




スタンド名 無し

【破壊力−E/スピード−C/射程距離−A/持続力−A/精密動作性−C/成長性−C】

現実世界ではピアノ等、夢の世界ではピアノ含む宇宙船、ゆめにっきキャラクターの姿を取る群体型スタンド。
夢の世界ではスタンド使いを自分の夢に誘う能力がある。能力の対象となったスタンド使いが夢の世界から現実世界に戻るには
・一定時間の経過
・主人公の殺害
・自殺
といった条件のうちどれか一つを満たせばいい。主人公を殺害したとしても、宇宙船が無事ならば主人公は復活する。
夢の世界で主人公を本当に殺すには、宇宙船にある全ての物を壊す必要がある。なお、そうしようとした瞬間鳥人間達に襲われ現実で目を覚ますので実質不可能。


ゲームゆめにっきに出てきた物なら全て現実でも作り使用できるのだが、物によって精神エネルギーの消耗具合が変わる。ピアノが一番疲れないとのこと。
ピアノに破壊力は無い。「とてもいい音が出ます」とは主人公談。ピアノの音をスタンド使い以外にも聞かせようと思えばできる。が、やっぱり精神エネルギーを消耗する。

花京院に渡したゆめにっきは主人公が無意識のうちに作っていたもの。使用した人物がゆめにっきの所持者(スタンド使い)となり、念じれば現実、夢の世界どちらでも使用可能。ゆめにっきの能力は主人公も言った通り「ここに書き込んだ夢の出来事を忘れない」だけである。

主人公の見た目はセコムマサダ先生似。夢の中ではセコムマサダ先生まんま。ピアノを弾いたことがないのに弾けるので天才では、とか噂されている。


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センセイには程遠い

皆さん評価ありがとうございます!
短編から連載にしてみましたが、投稿は不定期になると思います。


「スピードワゴン財団……」

 

「ええ、何でもその幻視について調べたいそうよ」

 

 世界でも最高峰の医療技術を持ったスピードワゴン財団が個人にコンタクトを取る、という謎。一体どうするのかしらネエ、と頬に手を当てながら呟く看護師を横目にぎゅうと手を握る。

 ここは、ジョジョの奇妙な冒険の世界。なら、夢の世界で会ったあの少年と赤ん坊は……。

 

「……スタンド能力、だった、と?」

 

「あら? 何か言いました?」

 

「いいえ、何も」

 

 ――ゆめにっきを渡した、あの赤髪の少年は恐らく『花京院典明』だ。とすると、緑色の友人は『緑の法皇』。何も疑問を抱かなかった自分を責める。もし、あの時忠告していれば……無駄か。何年も先に君は死ぬ、と伝えても意味は無い。

 

「それで、いつスピードワゴン財団へ行けばよろしいのでしょうか」

 

「こっちの都合のいい時間を向こうに連絡すれば大丈夫だそうよ。向こうの先生方が来てくれるらしいわ」

 

「……そうですか」

 

 何を調べるのか、と言われたら間違いなく自分の能力についてだろう。そして、敵意はあるか否か。

 

 ……あの夢の世界もスタンドだとするなら、自分はとても恐ろしい存在ではないか?

 

 もしエフェクトも再現できるのならば警戒するべきはやはり☆しんごう☆だろう。ずっと『世界』発動可能、など聞いたらスタンド使い全員がひっくり返ってしまう。他には殺傷能力のある☆ほうちょう☆か。

 考え事をしていたせいかしかめ面になっていたらしい。看護師が話題を変える。

 

「そうそう! あのピアノ演奏凄かったわよ〜! 皆聞き惚れちゃってさァ、いつの間に練習したの?」

 

 むぐ、と言葉に詰まる。あの後、突如出現した謎ピアノを弾くのは止めて病院内にあった古いピアノを弾くことにしたのだが、少々やりすぎた。流石に二時間ぶっ通しの個人演奏会は人目を引いた。自分が満足するまで弾いて、ふうと一息ついた瞬間拍手の雨が降って来たのだ。

 

「あ、ああ……あれはその、何となく、としか言えないのですが……」

 

「まあ独学? 凄いじゃない! それって天才って事じゃないかしら!」

 

 ぱん、と手を合わせる。

 

「なら、将来もしかしたら『センセイ』って呼ぶ時が来るのかしら?」

 

 せんせい、センセイ、先生。

 それだと、あの……本当に「センチメンタル小室マイケル坂本ダダ先生じゃないですか!」になってしまうんですか?

 

「センセイ、ですか。……正直想像つきませんよ」

 

「うふふ、もしプロになったら病院でまた弾いてちょうだいね」

 

「はあ……」

 

 ……勝手に期待を背負わされて、センチメンタルになりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一週間、こちらから連絡した約束の時間だ。ベンチに座って待っていると、誰かが近づいて来た。がっしりとした体躯の男と、スケッチブック片手に歩く男。見覚えがあるその二人、一人は空条承太郎。もう一人は――。

 

「っ貴方は、きし……!?」

 

天国への扉(ヘブンズ・ドアー)ーーッ!」

 

 空中に『ピンクダークの少年』のイラストそっくりのスタンド像が浮かぶ。それを見た瞬間、彼は意識を失う。力が抜けベンチに横へ倒れる彼を支える。顔の横にぴ、と切れ目が入り、そこからぱらぱらと本のように顔がめくれだす。

 

「悪いが、読ませてもらうぞ」

 

 最初に、『我々に嘘をつくことはできない』『我々を攻撃することはできない』と書き込もうとペンを片手に顔のページをめくる。

 

「何ッ!」

 

「な、これは一体……!?」

 

 

 彼の本には、文章ではなくカラフルなイラストが描かれていた。

 

 

 ……いや違う。彼の体験の文章の上にイラストがある。その為に文章を読むことができないのだ。

 

 

『奇形の少女』

 

『信号』

 

『釣り人』

 

『目玉の化け物』

 

『猫のコイン』

 

『幽霊』

 

『ナス』

 

『死体』

 

『階段』

 

『ベッド』

 

『扉』

 

『ピアノ』

 

『RPG風のドット絵』

 

『鬼』

 

『赤の王』

 

『かまくら』

 

『風船』

 

 

 どれだけめくってもイラストばかり、文章が全く読み取れない。それだけで異常なのだ、彼は。

 

「ああくそっ、訳がわからない!」

 

 杜王町には『産まれてからの自分の経験が全て書かれた本』のスタンド能力者がいた。そいつはそのスタンド本を相手に読ませることで、そこに書かれた自分の経験を追体験させる力があった。追体験させられた人を本にしてその文章を読んだ時、追体験の部分だけ無理やり違うものを差し込まれたような違和感があった。

 

 ――だが、そいつとは全く違う。このイラストはここにあるのが当然だ、と言わんばかりに主張している。こいつの考えを、過去を読み取ることができない。

 

 ページをめくる速度を上げ、終わりの方から数えたほうが早いページにやっと文章が並んでいた。

 

『終わりが見えない夢の世界、いつまでここにいるのだろうと思っていた。死神ピエロに殺されても覚めなかった。……今日、やっとあの夢の真実が分かるのだろう』

 

『待ち合わせ場所に二人の男。一人は漫画家の、あの岸辺露伴。突然空中にピンクダークの少年がでてき』

 

「『夢の世界』! そして僕の天国への扉(ヘブンズ・ドアー)が見えていたッ! 間違いない、こいつは『スタンド使い』だ!」

 

「この様子だとつい最近能力に気づいたらしいな。……夢のスタンド、か」

 

「良し、ここなら書き込めそうだ」

 

 露伴が愛用のペンで空きスペースに書き込もうとした瞬間、隣のページのイラスト、鳥顔の女が目を動かしてこちらを見た。

 

「待て! 様子がおかしい!」

 

 承太郎さんに肩を掴まれ、いきなり後ろにもっていかれた。ばらばらばらと本が閉じ、彼の顔は元に戻った。

 

「う、何、が、はぁっ……ッ!?」

 

 意識を取り戻した彼の胴体から何かが這い出て来る。黒い服が水の波紋のように波打ち、腕が、頭が、体が……。あのイラストを現実に持ってきたらこうなるのだろう、といった怪物の姿。

 

「ぎぃいぃあぁっ……」

 

「ぐ、あ……!」

 

 まどつきの夢にうろつく化け物――鳥人間。それが彼のスタンドを通して現実に現れた。彼はスタンドに体力を持っていかれたのか、もともと白い顔を更に白くしてベンチに横たわったまま動かない。

 

「くっ、こいつは一体!?」

 

「もしや、彼の精神を守る無意識の防護壁! それが夢の怪物の姿を取っているのか! マズイぞ、スタンドを制御できていないッ!」

 

 天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を攻撃として認識された。ならば彼のスタンドは僕達を排除するため反撃してくる。キイイ、と甲高い声をあげた鳥人間がこちらへ向かって走ってくる。

 

「スタープラチナ!」

 

 最強のスタンド、スタープラチナが鳥人間を殴った。丸太のような腕が鳥人間の顔を歪める。彼にダメージはない。

 ――触れた。触れてしまった。それがいけなかった。

 

「何ッ! これは!」

 

 視界が歪む。現実と違う世界が重なって見える。立っていられない。最強のスタンド使いが膝をつく。

 

「承太郎さんッ!?」

 

 ――眠い。抗いがたい欲。承太郎は今、さながらフランダースの犬のネロ。目を閉じたらそこでお終いだと理解している。その理性を上回る眠気が襲っている。

 

「しまっ、た……!」

 

 鳥人間に捕まったらおしまいだ。身動きが取れない夢の世界へと引きずりこまれる。それがゆめにっきのルール。それが力。誰も抗うことなど出来ない。

 

 

 ――いや、ここに例外が存在する。この鳥人間を呼び出したスタンド使いにして、夢の世界と現実を行き来できる人間が。

 

 

「……めろ」

 

 顔は真っ白、ふらふらと立ち上がる彼は自分のスタンドを止めようとしている。が、半ば暴走状態の鳥人間は命令を聞いていない。

 突然、自分で黒い服の胸辺りに手を突っ込んだ。どぷん、と波打つ。勢いよく引き抜いた手には何かが握られていた。

 

 ――包丁。

 

「やめろッ!」

 

 包丁を鳥人間の背に突き刺す。

 

「キョア、アァア……?」

 

 何故? という思いを含んだ断末魔をあげて鳥人間は消滅した。チャリン、という音。体力の限界か彼は地面に倒れた。眠気は消え去った。

 

「っ大丈夫ですか承太郎さん!?」

 

 露伴が駆け寄ってくる。ぐ、と何とか体を起こす。

 

「あ、ああ……恐ろしいスタンドだった……強制的に眠らせるスタンドとはな……。だが、暴走したスタンドを止めるためとは言え、自分のスタンドを刺すとはな」

 

 やれやれだぜ、と帽子を整えながら呟く。ひょろ長い見た目とは裏腹に熱いものを持っている男。もう少し落ち着いてから話をしよう、と思い彼を抱き上げベンチに寝かせる。

 

「これは? ……何でだ?」

 

 露伴が拾い上げた、鳥人間が消えた後現れた物は百円玉だった。



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スタンド・バイ・ドリーム

評価に色がつきました。皆さんありがとうございます!


 重さ、手触り共に間違いなく百円玉だ。力を入れてみるがびくともしない。匂いを嗅いでみる。金属の香り。がり、と歯で噛む。金属の味と硬い歯ごたえが伝わった。

 

「ふむ、スタンドから出て来たものにしては妙に現実に寄せている。それに、スタンド越しでなく、人の手で触れるのはスタンドパワーが強いからか……?」

 

 コインを太陽にかざして動かすと、キラキラと太陽光を反射する。

 

「夢、か……。ユングやフロイトの夢診断、もう少し真面目に読むべきだったな」

 

 昏睡状態だった謎の男。夢を現実に持ち込む能力。承太郎さんがいるこんな時に悪いとは思うのだが、彼は漫画のネタになる。

 昏睡状態からの回復。作品中で新しいキャラクターを増やす一つの手だが、その経過は想像で補うしかない。だが彼はそれを実際に体験している。そしてつい先ほど僕達に攻撃をした。

 覚醒した能力の暴走! 無理やりの制御! 凄いものを見てしまった。この体験は間違いなくウケる!

 あのイラスト群は適当なようで他人には簡単に真似できないものばかり。僕の表現には無かったもの。あれは異質さの表現に役立ちそうだ。それに、天国への扉(ヘブンズ・ドアー)で読んだ文章に『あの漫画家の岸辺露伴』『ピンクダークの少年』とあった。僕と僕の作品を知っていた。という事は取材に応じてくれるかもしれない。

 

 ――ああ、早く終わってくれないだろうか!

 

 抑えきれない好奇心を吐き出すように、ドシュッドシュッ! とペンで出す音と思えぬ音を立てながら、スケッチブックに超速のデッサンをする。

 天国への扉(ヘブンズ・ドアー)で見たイラストのデッサンを描き終わる頃に彼のまぶたがぴくり、と動く。

 

「……っ、ううっ」

 

「大丈夫か?」

 

 ベンチに手をついてゆっくりと起き上がる。す、と背中に手を添えられる。

 

「……いえ、貴方の方こそ体調を気にするべきでは?」

 

 自分の体内から鳥人間が現れた時、鳥人間がどんな存在かを理解した。害と判断したものを排除する、それだけの存在。分かりやすくすると『自動追跡』。シアーハートアタック、ブラック・サバス等ジョジョ界屈指の凶悪なモノが揃っているアレである。本体へのダメージは無く、ターゲットを何処までも追い続ける。

 本来なら命令すれば止められたであろうスタンドは、自分の精神、体力の消耗からか制御を離れ暴走していた。なので鳥人間を包丁で刺して無理やり消した。今は消えたとはいえ暴走していたから、何かしら不調が残っていてもおかしくないのでは……?

 

「心配せずとも何も問題はない。……この調子なら大丈夫そうだな、だいぶ遅れてしまったが」

 

 胸に手を当てて自己紹介を始める。

 

「俺は空条承太郎。スピードワゴン財団の関係者だ」

 

「あの反応からして既に知っていると思うが確認のため、僕は岸辺露伴。漫画家だ」

 

 深い知性を感じさせる空条承太郎と自信にあふれた岸辺露伴。ふと、露伴が手に持っているコインに目が止まる。なぜあのコインがここにあるのかとじっと見る。それを自分が露伴に対して疑問を抱いていると思ったのか、露伴が喋り出した。

 

「漫画家がどうして此処に? って感じだな。今回、僕の能力を貸して欲しいと承太郎さんから連絡があったんだよ。……予想以上のものが見れた」

 

 危険な目にあったにも関わらず露伴はどこか嬉しそうだ。……貴方が好奇心の塊であることはよく知ってます。だからチープ・トリックの時や、スピンオフの『岸辺露伴は動かない』で危険な目にあったりするんですよね。

 

「君のその能力、名を『スタンド』と言う。スタンドはスタンドでしか触れられず、スタンドはスタンド使いにしか見えない」

 

「ま、ここまで聞いたら分かるだろうが、僕達もスタンド使いだ」

 

 スタープラチナと天国への扉(ヘブンズ・ドアー)。二体の人型スタンドが並び立つ。

 

「見えているか?」

 

「ええ、はっきりと」

 

 彼らのスタンドの身体的特徴を一言二言告げる。それで確かにスタンドが見えていると納得したようだ。二人ともスタンドをしまった。

 

「で、ここから本題に入りたいところなんだが……僕の天国への扉(ヘブンズ・ドアー)の能力を君に対して使った時、君の体験が読めず、代わりにこんなモノが並んでいた。心当たりは?」

 

 そう言ってスケッチブックをめくる。岸辺露伴が普段描く絵とは違うタッチのそれら。

 

「……これが、ですか」

 

「そうだ。どうやら知っているらしいな」

 

「ええ、ずっと私の夢にいた存在です。彼らは」

 

 自分の中に残っているのは殆どが夢の世界の記憶。昏睡状態であった時、ずっと見ていた夢のキャラクター達。体験が読めなかったのは良かった、のだろうか。初対面のはずの空条承太郎の名前を知っているとあればまた一悶着あったからだ。

 夢は天国への扉(ヘブンズ・ドアー)から私を守ってくれたのか、それとも――?

 

「また『夢』か」

 

 長年昏睡状態だった相手にヘブンズドアーを使ったのはこれが初めてだ。彼が特殊なケースなのか、そうでないのか判断がつかない。露伴が思考の渦に飲まれる前に承太郎が切り出した。

 

「では、そろそろ本題に入ろうか。我々は君のスタンドをピアノだと思っていたのだが、間違いだったか?」

 

「いえ、間違ってはいません。……が、それだけでは足りないんです」

 

「足りない、という事はやはり!」

 

「……ええ。お二人を襲った鳥人間も、包丁も、ピアノも、全部私の『夢』のモノ。鳥人間に包丁を使った時理解しました。――私のスタンドは、私の夢のモノ全て」

 

 夢の中のピアノを呼び出す。彼らが身構える、が何も起こらないと分かると拳をおさめた。鳥人間を出した時ほどの疲れは感じない。

 

「あの時、夢と同じくピアノが弾きたい、そう思っただけでした。それだけでこれは現れたんです。もし他の事を考えたら、また別のモノが出てきたでしょう」

 

 軽く弾いてピアノをしまう。

 

「……また暴走するようなことがあれば、今回と同じように自分で抑えられるかわかりません。もっと恐ろしいものが出るかもしれない」

 

 震えを抑えるように、両腕で自分の体を抱きしめる。それを見た承太郎は目線を合わせるようにしゃがみ、こちらをじっと見る。

 ――深い、深い翠色。

 

「スタンドの制御は自分が落ち着いていれば大丈夫だ。今回の暴走はこちらから手を出したから起きた事、君が気にすることはない。それに、スタンドの操作は『できて当然』の事だ。どう呼吸すればいいか、どう瞬きすればいいか聞かずともできるように、な」

 

 気持ちを落ち着かせるために深呼吸。

 

「……ありがとうございます」

 

 その後露伴から夢についていくつかの質問を受け時間は過ぎた。

 

「俺の連絡先だ、もし何かあれば相談に乗ろう」

 

「もし体調が安定したら杜王町に来るといい。僕の仕事場はあそこにあるし、君と同じスタンド使いがうようよいる町だ。……ま、僕だけでなくあいつらも相談くらいには乗ってくれるだろうよ」

 

 露伴と承太郎の連絡先を頂き、本日はお開きということになった。もしスタンドに関する新たな発見があればすぐ連絡してくれ、とのことだ。

 

 

 

 

 

 ――夢を見る。いつもの宇宙船、私はピアノに向かっている。

 

 突然、口が勝手に動いた。

 

『私の夢に、あの子はいない』

 

『あの子は最後、どうなったのでしたっけ』

 

『いい子になったのでしょうか。悪い子のままなのでしょうか。死んでしまったのでしょうか。生きているのでしょうか。流れたのでしょうか。産まれたのでしょうか』

 

『あの子』

 

 ぴたり、と言葉が止まる。

 

『貴方は私、私は貴方』

 

『すぐ側に立っている。遠く離れている』

 

『それは夢でも現実でも変わらない』

 

『……ああ、覚める前に一つだけ』

 

 一拍。

 

『この言葉に意味なんてあるのでしょうか?」

 

『これは夢』

 

『――夢に意味を求める行為に意味はありますか?』

 

 

 

 

 

 

 

 電話をかける。相手はもちろんスピードワゴン財団だ。

 

「敵ではない、があの能力は警戒するべきだ。夢を現実に持ってくる、ほぼ万能の力。俺もやられそうになった。じじいにもそう伝えておけ」

 

「ミスター空条、それは本当ですか!?」

 

「ああ、彼が自身のスタンドの暴走を止めようとしなければ俺は今頃醒めない夢の中だ」

 

 能力もわからないのに殴りかかった俺の方が迂闊だった。夢は何でもありの世界だ。そこから呼び出した、俺を一撃で再起不能にできる存在……それ相応に消耗はするが、それでもお釣りがくるくらいだ。彼が敵でなくて良かった。

 

「……その、念写の件なのですが」

 

「何かあったのか」

 

「……ええ」

 

 ジョセフ・ジョースターのスタンド、隠者の紫(ハーミットパープル)をテレビに対し発動。彼の心を念写しようとした、が……。

 

 

 ――陽気な音楽と共にテレビを横切るイラスト。人のような存在が口からジグザグな何かを吐いている。それが流れるだけだった。

 

 

「Oh my god! ……信じられん、ワシのスタンドを妨害するとは……!」

 

 射程距離が異常に長いのか、スタンドパワーが強いのかは今判断できない。それでも一つ確かな事がある。

 天国への扉(ヘブンズ・ドアー)然り、隠者の紫(ハーミットパープル)然り、共通するのは『意識』。彼の意識をこちらが勝手に読むことは不可能、というわけか。

 

「やれやれ、俺達はどうやらとんでもないスタンド使いを見つけちまったらしいな」




コインは露伴先生が持って帰りました。


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スタンド能力模索中

正直、彼と絡むのは皆さん予想していたと思う。


「すぅ、はぁ……」

 

 できて当然、できて当然……。

 

「よし」

 

 公園の端にあるベンチに座って深呼吸。遠くから子供の楽しげな声がする。万が一の事が起きてもここなら被害は出ないだろう、と思ってここにしたのだ。病院の中は狭いし、ピアノ弾いてコールが十分ごとにやって来る。

 

 ――芝生が植えている、いたって普通の公園。その上から夢の世界を被せるイメージを。夢で塗りつぶし元を消すのでは駄目だ。夢をレジャーシートのように、やりたい事を終えたらぺろりと剥がして元に戻せるように。

 

 ――さあ、目を閉じて。

 

 ――3、2、1、0。

 

 つい三秒前まで公園だった場所は、土と石が広がっている、生命の気配を感じない殺風景な世界になっていた。生命の息吹を感じない寂しい荒野に一人、残されたベンチと二人きり。

 もこもこと土が盛り上がり、山菜のぜんまいのような形の何かが生える。ような、と付くのは大きさが明らかに違うからだ。一番目が完全に伸びきったのを皮切りに、あっちでもこっちでも芽生える。

 

「っ、やはり規模が大きいと消費も大きいのですね」

 

 私と似たタイプのスタンドとしては『ボヘミアン・ラプソディー』があげられる。世界規模のスタンド能力。二次元のキャラクターを三次元へ引き上げ、適当な人物に役を演じさせる。もしストーリーで倒されると決まっている悪役になってしまったら最後、敗北が確定する。

 たとえゆめにっきを知らずとも、私のスタンドがあれと同系列というだけで恐ろしさがわかるだろう。……まあ、私は呼び出したモノ、それに応じて消耗するので釣り合いが取れているのだろうが。

 

 なので、こうしてスタンドを試しているのも一歩間違えれば大惨事に直結する可能性は捨てきれない。危険性がないもので少しずつ確かめれば問題はない、はずである。

 今から試そうとしているのはエフェクトの再現。特殊な能力の無いタオル、ぼうしとマフラー辺りが負担は少ないだろう。なら、この荒野にあるエフェクトであるタオルの方がイメージしやすいか。

 

 ――ふかふかのタオル。幼い子供を守る親からの贈り物。寒い風から体温を保つために必要なもの。目に見えてわかる安心感。……いつかボロボロになって、捨ててしまうけど。

 

「……?」

 

 ベンチから数歩離れた所、地面の上に折りたたまれた薄桃色のタオルがあった。目を離していなかったはずなのにいつ出たのか気付かなかった。

 

「いつ出たのか分からない、のは問題ですね」

 

 ベンチから立ち上がりタオルを拾い上げる。暖かそうなそれは見た目以上に柔らかい。ベンチに戻り、とりあえずタオルを膝にかけてみた。

 ……何故だか落ち着く。このまま目をつぶって寝てしまいたくなるほどに。

 

「……はっ、いけないいけない」

 

 まだ検証は終わっていない。このタオルを、エフェクトを捨てるとどうなるのか。やはり卵へ変わるのか。それとも……? 膝にかけていたタオルを玉のような投げやすい形に形成し、座ったまま投げる。丸めたとはいえタオルだ、当然空中で形は崩れる。

 地面に落ちたタオルが波打つ。立ち上がり、目を開く。……調べるとタオルのエフェクトをくれる存在に変わってしまった。それはタオル地の体をうねらせ、あたりを適当にうろついている。

 

「ふむ、卵ではなくエフェクトをくれる存在になる、と」

 

 呼び出すだけでなく、動作も命令できるようにならなければ安心とはいえない。取り敢えずこっちへ移動させてみよう、と心の中で「来い」と呟く。

 

「おお」

 

 ふらふらしていたタオルがふわふわとこちらへ真っ直ぐに寄ってくる。目の前に来たところでエフェクトに戻れ、と念じる。タオルもどきは目を閉じ、重力に従って地面にへたばる普通のタオルに戻った。

 

「おお……!」

 

 希望が見えてきた。この調子で再現が簡単そうなモノからいけば大丈夫だ、そう気を緩めたのがいけなかったのか。

 とぷん、と液体が揺れる音がした。おかしい、ここに液体は無いはずだ、が……?

 

「……承太郎さん、本当に私はスタンドを制御できるんですかね……?」

 

 いつの間にか現れた、地面に赤い液体を垂れ流す存在――トクト君が小さな手足を必死に振ってあちこち走りまわる。そのたびに地面に赤い飛沫が散る。トクト君の見た目はゆるキャラのようで可愛いのだが……。

 

「スプラッタですね、これ……」

 

 粘性のある赤い液体が見渡す限り広がっている、という誰かが見たら勘違いされる光景になってしまった。

 

「あ」

 

 走るのに夢中で気がつかなかったのか、小さな石ころにつまずく。走っていた勢いそのままにべしゃ、とこけた。だくだくと赤い液体が流れ出て……トクト君は動かなくなった。

 

「えっと、戻って、ください……?」

 

 エフェクトのタオルで液体を拭いたところでこの状況が好転はしないだろうし、このまま残すのも気がひけるのでご退場を願う。散らばった赤い液体とトクト君の体は一度瞬きをすると消え去った。

 

 ……そのかわりに鳥人間ピクニックが出現した。レジャーシートを敷いた上におにぎりと弁当箱、水筒がある。だがそれに見向きもせず、三人の鳥人間はラジカセから流れる音楽に合わせて踊っている。

 あの輪の中に入りたいか、と言われたら否だ。ゲームの中では楽しそうだったが、現実にあの光景を持ってくると狂気でしかない。人間のような化け物が踊り狂っている、としか見えない。

 スタンドがこのまま勝手に動き出す前にべろりと夢の布を剥がす。何事もなかったように、元の公園に戻った……ハズだった。

 

「これ、は……」

 

 出した覚えがない、数珠のような持ち手と紫色の手のひらに目玉がついたモノを握っていた。めだまうでではない。……ゆめにっきにこんなモノはあっただろうか? どう使うのかもさっぱりわからない。

 もしかしたら名前があるのかもしれないが、どう調べたらいいのだろうか。こんな事でスピードワゴン財団に頼むのは気がひけるが、何か起きてからでは遅い。戻って電話しようと立ち上がる。

 ふと、数珠部分を握り、手のひらが目の前に来るようにかざした。ネックレスではないだろうし、ブレスレットにしては長い数珠。こうするのが正しいかも、と思ってしただけだった。

 

「うおっ!?」

 

 ぶあ、と私を中心に風圧が発生する。反射的に腕で目を覆った。不思議なことに、半球状の風の壁は芝生を揺らしはしなかった。

 ……それだけだった。

 

「……要練習、ですか」

 

 まだまだ先は長いようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の夢の客人は不思議な学生。男性にしてはめずらしい長髪、UFOやら星やら宇宙感溢れるアクセサリーを貼り付けた長ラン。

 おお、おお! と言いながらあちこちを見て回る。窓から見える宇宙に目が釘付けになっている。

 

「なんと! 貴方も『宇宙船』を持っているのですか!」

 

『………………はい?』

 

 今、なんと? ……貴方『も』宇宙船を?

 

「おっと失礼しました、自己紹介がまだでしたね。私はヌ・ミキタカゾ・ンシ、職業は宇宙船のパイロットです。マゼラン星雲から地球へ来ました、貴方と同じ『宇宙人』です」

 

 何年も会っていなかった旧友にやっと会えたような顔で話すヌ・ミキタカ……いや、支倉未起隆? どっちで呼ぶべきか。

 あと私宇宙人ではないのですけど。いや今はそう見えてもおかしくない見た目ですけど、あああ勘違いを訂正することができない!

 手を差し出す未起隆。差し出されたので取り敢えずこちらも手を出す。両手でがっしりとホールドされ、上下にぶんぶんと振られる。

 

「いやあ、いい星ですよ地球は!」

 

『は、はあ……』

 

「私が宇宙人だと知っても研究機関に連絡することはありませんでした。優しい人ばかりです。貴方も来てはどうですか? きっと馴染めると思いますよ」

 

 本気でそう思っているらしいのは目の光でわかる。……あの、それって宇宙人発言にドン引きして周りがまともに取りあっていないだけでは? また未起隆のいつものが始まった、みたいな感じでは……?

 

「地球での私の名前は支倉未起隆です。住所は……あ、もちろん地球のですよ? M県S市紅葉区、杜王町の……」

 

 杜王町。露伴さんからおいで、と誘ってきたあの杜王町。

 この様子だと未起隆は宇宙人仲間がいた、と仗助達に話すかもしれない。そこから康一へ、露伴へ、と繋がるのは火を見るより明らか。どうやら逃げ場はないようだ。

 

「ではまた、地球で会いましょう!」

 

『ははは…………はあ』

 

 ――スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う。それをこんな形で実感したくはありませんでした、まる。



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杜王町へようこそ

お久しぶりです、ウボァーです。
『岸辺露伴は叫ばない』読みました。
どれも露伴先生が露伴先生で最高でした。(語彙
ジョジョ好きなら買って損はないかと。


 今日も杜王町は天気予報通りの晴れ。真っ白な雲が青空に浮かんでいる。

 テレビでは政治だの俳優の不倫だの、正直僕には興味ないニュースばかりが流れる。

 それに家で飼っているバカ犬のポリスは普段は動かないくせに散歩だけは急かす。大型犬だからかなりの時間と距離を歩かなくちゃならないのが面倒だ。

 

 

 ――変わらない日々。僕は退屈だった。

 

 

 そんなある日、ばったり出会った露伴先生がこう言った。

 

「明後日、杜王町駅まである人を迎えに行く」

 

 あの露伴先生がそんな事を言うなんて、と驚いた。

 露伴先生は客が来るとなったら何かと理由をつけて断るのがイメージに合っている。誰かもわからない人をわざわざ迎えに行くというのが引っかかった。

 それに興味が無ければアメリカ大統領の一生のお願いでも絶対に聞かない。はてさてどんなVIPが来るのかと尋ねると「ずっと夢を見ていた人」だと返された。何だかメルヘンですね、と返事をすると顔を歪めて一言。

 

「メルヘン? ……あれをそう言える奴が世界に何人いるだろうな」

 

 まるで実際にその夢を見た、というような言い方だった。

 

「まさか露伴先生、スタンドを使ったんですか?」

 

「ああそうだ」

 

 太陽が東から昇り西へ沈むように。それはさも当然だと言わんばかりに天才漫画家は堂々と言い切った。

 

「オイオイ勘違いしないでくれ、寝ている時に使ったんじゃない。ちゃんと起きていたし、君の時のように書き込んだりもしていない」

 

「……本当にですか?」

 

 いまいち信用できない。言葉だけなら何とでも言えるし、この人は面白い漫画が書けるなら犯罪だってしてみせる。

 そんな僕を見て、ため息をついてから露伴先生は話した。

 

「承太郎さんも一緒にいたんだ、そんなこと出来るわけないだろ」

 

「えぇっ!? それって、つまり」

 

「つい最近目覚めたスタンド使いだ。スピードワゴン財団が見つけたらしい。承太郎さんから連絡があってね。承太郎さんだけで対処できない可能性も考え、僕もついて行ったのさ」

 

 ああそうそう、と顔を寄せて一言。

 

「……この事は、信頼できる君だから言ったんだぜ」

 

 そう遠回しに忠告されたにも関わらず、仗助君と億泰君(どちらも同学年のスタンド使いだ)にうっかりこぼしてしまった。

 

 

 ――それが、あの人と僕達が出会う始まりだった。

 

 

 

 

 

 僕がぽろっと、ついうっかりこぼした言葉を聞いてきっかり三秒硬直。

 

「「ハァーーーーッ!?!?」」

 

 二人同時に叫んだ。思わず耳を塞ぐ。

 

「本当かぁソレ!?」

 

「マジで? マジに言ってんの康一!?」

 

 目が飛び出しそうなほど大きくして寄ってくる友人達。

 

「う、うん……露伴先生が自分でそう言ってたのを確かに聞いたんだ」

 

「あの自己チューの化身露伴がだぞ!? どんな奴だよそいつ!」

 

「さ、さあ……? ただ『ずっと夢を見ていた』『スタンド使い』としか教えてくれなくて……」

 

「ははーん……となると、コレだな」

 

 ぴ、と小指を立てる億泰君。コレ、とはつまり……。

 

「ええーっ! そんな風には全然見えなかったけど……」

 

「そうとしか考えられねぇだろフツー! 見に行こうぜ! な!」

 

 退屈だった日常に舞い込んだ刺激。しかも露伴先生が関係しているとなると二人とも変なやる気が出たようだ。

 

「……二人とも、怒られても知らないよ?」

 

 そう呟いた僕の声は、遠足前日の子供のようにはしゃぐ二人には届かなかった。

 

 

 

 

 ソロォーーッという擬音が似合いそうな動き。ドラマなんかでよくある張込みの真似をしているようだが、どう見てもガタイが良い不良二人が変な動きをしているようにしか見えない。

 岸辺露伴の家へ続く道の途中、木の後ろへ隠れる。

 

「もしかしてあれじゃねえか?」

 

 ゆっくりと歩いている二人の男性。一人は岸辺露伴、もう一人は――。

 

「誰だ? アイツ」

 

「見たことねえ顔だな」

 

 背の高い男。承太郎さんと違いひょろ長い、といった感じだ。健康的には見えない。黒に身を包んだ男は露伴と何かを話している。

 

「(男かよ!?)」

 

 予想が外れてガッカリ、いやもしかしてそっちのケが……!? などと露伴に知られたら100パーセントとんでもない目にあう事を考える二人。

 

 当の本人はというと。

 

「(……あの、丸わかりです……)」

 

 木の後ろから顔だけ出してひそひそ話をしている。あれで隠れているつもりなのだろうが、ガタイのいい男子二人を隠すには少々木は細いようだ。

 

「……露伴さん、彼らは……」

 

「いーんだよ、バカの仗助とアホの億泰はほっとけば。さ! 上がって上がって!」

 

 は、はあ……と戸惑いながらも男性は岸辺露伴の家の中へと入る。その後、露伴も入る。

 

「………………フン」

 

 ドアを閉める直前、「これ以上来るんじゃあない」と言わんばかりの目でこちらを睨みつける事を忘れずに。

 

「あんニャロォー露伴のヤツ! わざとこっちに聞こえるように言いやがって!」

 

「落ち着け億泰! ……まさか露伴のヤツ、また何か企んでるんじゃねーだろうなァー」

 

 警察ごっこは終了。血管が浮き出るほど強く拳を握る友人を抑えつつ、先程のふざけた考えを頭から追い出し一つの仮説を立てる。

 

 ――あの時のように、あの男にスタンド攻撃を仕掛けるのではないか。

 

 ……これは万が一の可能性があるからだ。決して好奇心からでも露伴をからかうネタを探すためでもない。家に入るのが駄目なら窓から覗こうと億泰と共に移動を始めた。

 

 

 

「お邪魔します」

 

 露伴宅はどぎつい色彩の暴力ではなく、万人が好むシンプルさと清潔さで構築されていた。

 何故か廊下には椅子や机が端の方に寄せられ置かれている。大掃除を始め、さあこれからだ、というところで中断したような感じだ。

 

「少しばかり退けたんだ。邪魔になるかと思ってね」

 

 案内されたのはがらんどうの部屋だった。廊下にあったのはこの部屋に元々あった家具。露伴一人で移動させたのだろう。

 

「この部屋がどうなろうといい。――君の力を見せてくれ」

 

 お茶でもどうぞ、といった前置きもなく本題へ入る。

 

「言質は取りましたよ、露伴さん」

 

 目を閉じて、夢の世界を思い浮かべる。その様子を窓越しに眺めていた仗助は唖然としていた。

 

「…………何だ、これ」

 

 彼を中心に部屋の中が作り変えられる。明るかった部屋は一気に暗くなり、天井から長い螺旋階段が伸びてくる。壊れた蒸気機関車。ぽたりぽたりと蛍光色の液体を流す、人の足のような胎児のような紺色のオブジェ。

 

 

 ――火星の奥底の景色。

 

 

「凄い! これが君の『夢の世界』かッ! いいぞ! 実にいい!」

 

「これがあの人のスタンド……!」

 

 俺達と違い決まった姿を持たないスタンドなのだろう。夢の世界と言っていたが、これを夢として見ていた彼は一体――?

 

 スケッチブック一杯に描かれた絵はこの風景をコピーして貼り付けたように正確で繊細だった。動ける程度の体力を残さねばならないので頃合いを見て夢の世界を消す。

 

「ふう……こんなものでどうでしょうか?」

 

「最高だ! 僕にはない発想の塊! 出来れば毎日見せて欲しいぐらいだ! ――ところで」

 

 窓へ――正確にはその向こうにいる二人に視線を向けて一言。

 

「ずっと其処に居るのも大変だったろう。中へ入るといい」

 

 冷え切った目と共に放たれたその言葉は、仗助と億泰には死刑宣告のように聞こえた。

 

「……で? 二人はどうして僕の家に来たんだ?」

 

「いやァーーそのォーー……それは、な、なあ!」

 

「お、おう!」

 

 床に正座させられた二人は汗をダラダラ流しながらふわふわしたことしか言わない。どうにかして誤魔化そうと必死なのだ。

 

「あの、露伴さん。もういいんじゃないですか? 二人とも反省しているようですし」

 

「いいやッ! 駄目だね!」

 

 説得を試みたが駄目の一点張り。大きな子供だ。

 

「大体コイツらはいつ、も……」

 

 動きが止まる。露伴は一点を見つめている。様子がおかしくなった漫画家を見て、正座させられていた仗助と億泰もその視線の先を追うため振り向く。

 

「なッ!?」

 

「なんだコイツはァーッ!?」

 

 真っ黒な人影が帽子とマフラーを身につけてこちらを見ている。思わずスタンドを出し戦闘態勢に入る二人を露伴が止める。

 

『口を開けば駄目駄目駄目。本当に子供なの♪』

 

 口があると思われる場所に両手を当てくすくす笑う。

 

「これは君の仕業か……いくら僕を止めるためとはいえ、スタンド能力をそうホイホイ使うもんじゃない」

 

「いえ、あの子は」

 

 勝手に、と言うと同時に少女は語り出した。

 

『ずっと夢を見ていたい、現実から逃げ出したい――それは誰だって一度は思う事』

 

 てとてとてと、と可愛らしい足音を引き連れてこちらに寄ってくる。

 

『起きながら夢を見ているの、眠りながら現実を知っているの♪』

 

 歌うように話しながらくるくる回る。マフラーが遠心力で振り回される。

 

『現実も夢も、あなたにとっては同じ事。ずっとそうなの、これからも続くの』

 

 ぴたり、と回転を止める。

 

『――だって、ゆめにっきは終わらないもの』

 

 手を振って、さようなら。

 

 

「……成る程な。まだ制御は完璧じゃない、か」

 

「今回杜王町を訪れたのは貴方の取材だけでなく、他のスタンド使いから制御のコツを直に聞くためでもあるんですよ、露伴さん」

 

 多くの友好的なスタンド使いがいる場所である杜王町。私の望みを叶えるのはそこが適任だろうとスピードワゴン財団が手配してくれたのだ。

 それに交通費、宿泊費、その他もろもろも財団が出してくれるらしい。財団様々である。

 

「それに、ついこの間の夢に杜王町にいると自分から教えてくれたスタンド使いと思わしき人が来たので」

 

「なっ、それを先に言え!」

 

「え、誰なんスかそいつ!?」

 

「支倉未起隆」

 

 そう言った瞬間、ああ……と三人が納得した空気で部屋が満ち溢れる。

 

「アイツなら、まあ、言うっスね……」

 

「未だに本物の宇宙人なのかもって思うような所あるからなァ〜、アイツ」

 

 自分についての説明を一通り済ませ、露伴は康一君から無理矢理今日彼が来る事を聞き出したなと二人を責め……。「いつまで居座るつもりだ、さっさと帰れスカタン」というありがたいお言葉で二人は逃げるように出ていった。

 

 

 

 

 

 

 ――帰り道、二人は今日のことについて話していた。

 

「なあ仗助ェー、康一の言う通り来るの止めといた方が良かったんじゃねぇか?」

 

 彼の話を聞いている中で、暴走した能力で空条承太郎を封じた、というのは今年一番の衝撃だった。

 無敵に一番近いスタンド、スタープラチナを物ともしない鳥人間。あり得ない事だろうが、もし敵に回ったらどうなるかなんてのは火を見るより明らかだ。

 この間の康一みたいにうっかり漏らしたらどうなる? あの人へ向けられる視線が恐怖が混じったものへ変わる。そのストレスに彼が耐えられなければ、彼を守る為にスタンドが発動、暴走し――。

 

「そうかもな……。俺達、どうやらとんでもねースタンド使いに出会っちまったらしい」

 

 意図せずして爆弾を抱える羽目になってしまった二人であった。

 

 

 

 

 

 

 杜王グランドホテルに数日間宿泊する事を伝え、露伴宅からお邪魔しました、と出て行く。多くのスタンド使いから制御方法を聞きたい、というのは理由の一つ。

 本当の理由は彼らが住み、黄金の精神によって守られた町――杜王町へ行ってみたいというものだ。

 

 露伴さんと電話番号を交換し、地図を片手に行くは杜王町名所巡り。一日で全部は流石に厳しいので数日に分けて行く事にした。勿論、他のスタンド使いとの交流時間も残しつつ。

 

 カフェ〈ドゥ・マゴ〉で飲み物と軽食を頼み待っている少しの時間。隣のテーブルに座っている女子高生が気になる話をしていた。

 

「ねえ知ってる? 〈くしゃがら〉男のこと」

 

「聞いた聞いた! エリ会っちゃったらしいよ」

 

「エ〜〜本当にィ〜〜?」

 

「ホントホント、歩いてたら急に男に手を掴まれてさ、そいつずっと『〈くしゃがら〉、〈くしゃがら〉』って繰り返してたんだってェー」

 

「嘘くさーい、そのぐらい誰でも言えるってー」

 

「でもさーなんか気にならない? 〈くしゃがら〉。何だろ、響き? 気になったら頭から離れなくってさァ」

 

「確かにねェ〜〜。あ、そうそう昨日ユリがさァ――」

 

「何それ笑えるー!」

 

 きゃあきゃあと高い声で騒ぐ女性達。すぐに話題は違うものへ変わったが、〈くしゃがら〉。聞いたことがない言葉だ。一体何なのだろう?

 お待たせしました、と頼んでいたメニューがテーブルに置かれる。

 

「〈くしゃがら〉……?」

 

 意味は分からないが不思議な響きの言葉だなあ、と思い反復した。本当にそれだけだった。

 

 

 

 ――何処からともなくやって来た奇妙な生き物。言葉とともに伝染する怪異。

 

 彼の足元で感染する機会を窺っていたそれが突然、口だけしかない黒い化け物にばくり、と噛みつかれた。化け物は〈くしゃがら〉に噛み付いた一匹だけでなく、合計三匹もいる。

 化け物は何故かそれぞれブロンドヘアーだったり、ロングヘアーだったり、生活するに当たり必ず排泄する汚らしいものを乗っけている。

 

 奇妙な生き物はなんとか逃げ出そうともがく。そんな必死の抵抗も虚しく、〈くしゃがら〉は動かなくなった。三匹は動かなくなったそれを噛みちぎり、バラバラにし、原形がなくなったところで満足し、溶けるように消えた。

 

 

 ――彼は足元で起きた異常には何一つ気付かなかった。



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生者に口無し、死人に口有り

「名所と迷所、どちらでも通りそうですね」

 

 ある日突如として現れたアンジェロ岩。この岩は人の顔面に似た不気味な外見と裏腹に、杜王町民の待ち合わせの目印になっている。

 

 ――さて、このアンジェロ岩が元は人間だった、と知っている人は杜王町内でどれほど居るでしょう? 知っているなら間違いなく、その人はスタンド使いです。

 アンジェロの名前はとある犯罪者の通称として使われていました。新聞をちょいと調べたらすぐ出てくるはずです。私も調べて気分悪くなりましたから。アンジェロは間違いなく吐き気を催す邪悪です。

 

 ……普通、犯罪者と同じ名前の岩なんて気味が悪くて近寄りたくないと思うのですが。もしかしてたまたま偶然だとでも思っているのか。知らぬが仏、ということでしょうか?

 こんな姿になってもアンジェロは生きている。よーく耳をすませばアギ、ウグ、と呻いているのがわかります。

 

 ――出してくれ、助けてくれ。もう悪い事はしません。だから――。

 私には彼がそう言っているように思えた。

 

「私の能力では貴方を助けられませんし、助けようとも思いません」

 

 そう言えばアンジェロの声はぴたりと止まる。

 この状態を生きていると言っていいのだろうか。生命と岩石の中間体になったアンジェロはずっと変わらずここにあり続ける。

 カーズのように考えることをやめれば楽になれる。それをしないのは、仗助達へいつか復讐してやろうとでも奥底で怒りを煮えたぎらせているのか。

 

 

 ――その『いつか』は世界が一巡する時まで続くのだろうか。

 

 

 そう言えば、パラレルワールドの杜王町を舞台にした8部では岩人間が出て来るが……考えてもこの仮説は決して証明できない。ここは一巡する前の世界だから。

 

「……次へ行きますか」

 

 名所巡り中に気分を悪くする、なんておかしな事になってしまった。気分転換にはここからは遠いがボヨヨン岬がいいだろう。

 私はまだ杜王町の海を見ていない。確か承太郎さんはヒトデの論文で博士号を取得したんでしたっけ? ヒトデの何をどう調べたのかサッパリです。

 

「……あ、そうだ」

 

 思いついたので実験。移動手段としてエフェクトの☆じてんしゃ☆を使いたいが、一般人にどう見えるのか分からないので出すだけ出してみる。

 この自転車は誰かに出会うまで乗らないで自立移動させる。勝手に動く奇妙な自転車。道の途中で誰かとすれ違う時、もし視線が自転車の方へ向いたら一般人にも見えるということになる。

 人通りもそこそこある道だしすぐ検証は終わるだろう。楽ができればいいな、と思いながら歩いた。

 

 

 

 

 

 

 男は真ん中に穴が貫通したノートを見下ろして呟く。これを仗助のクレイジー・ダイヤモンドで治してもらおう、とは一ミリも思わない。この傷こそ、彼が確かに生きていた証拠なのだから。

 17年の孤独、50日の友情。トラブルが発生しながらも日本からエジプトまで続いた旅路。彼らと共に過ごした日々は今も鮮明に思い出せる。

 

 

 

『――夢の中ァ? 何言ってんだ花京院、ハングドマンと戦ってた時、鏡の中の世界なんかないっつったろお前。ファンタジーやメルヘンじゃないんだぜ?』

 

『ああ……それは』

 

 ぱ、と空中から一冊のノートを取り出した。

 

『これが証明です』

 

 何もないところから現れたそれは、今の俺達には切っても切り離せない存在と雰囲気が似ていた。

 

『スタンド……か?』

 

『ええ。僕が7つの時、夢の中で貰ったんですよ』

 

 ぱらぱらとめくる。落ち着いた筆跡や、慌てて書いたのか荒れた筆跡。どれも間違いなく花京院のものだ。そこには夢の中の出来事が記されていた。

 

『あの赤ん坊がスタンド使いだっただとォ!? 俺達、敵を連れながら移動してたのかよ……』

 

『ワシらの知らないところで一人、敵と戦っておったのじゃな』

 

『……花京院、すまなかった』

 

『いいんだ承太郎。あの時は誰もこの事を覚えていなかった。君の反応は至極当然のものさ』

 

『もらったスタンド、か……そいつ、DIOの手下じゃねーだろうな?』

 

『僕が子供の頃の話さ、そんな筈ないだろう』

 

 僕以外にも見える人がいる。それは幼かった僕の心の支えになった。いつか出会える友人に思いを馳せた。

 ……まさか「友達になろう」と初めて正面から言ってきたのがDIOになるとは想像もつかなかったが。

 

『いつかお礼を言いたいんです。あの時の使い方が正しくないものだとしても、このゆめにっきのお陰で、皆命を救われたのだと。――どこにいるか分からない彼に』

 

 花京院は、表紙をなぞりながら遠くを見ていた。

 

 

 

「…………」

 

 奇跡か必然か、ゆめにっきは承太郎へ受け継がれた。伝わってください、受け取ってください――その想いはこうして形になった。高潔なる法皇の最期と同じように穴を開けたノートは、あの時から変わらずここにある。

 承太郎が文字を書き込もうとしてもインクがすぐに消える。文字の上に修正液を塗ろうとしても修正液が消える。以上のことから、完全に所有権が自分に移ったわけではないと判断した承太郎は、内容が変化していないかノートの観察を続けていた。

 

 ――彼が目覚めた日を境に記されるようになった文章。それを見た時の衝撃は今でも忘れられない。今も文章はゆっくりと増えている。

 

 

【あの時から変わらない部屋で目を覚ます。壁を埋め尽くす時計の群れ。デジタルアナログ関係なく、時計は全て17時15分を示して止まっている。

 

 

 ――目を閉じて。3、2、1、0。

 

 

 少しの浮遊感の後目を開くと、そこは奇妙を固めた場所。今回は白黒の世界のようだ。簡略化された草、頭でっかちの人間はうろつくだけで邪魔な存在。壁は枠線のようにも見える。まるで漫画だ。

 

 歩く。歩く。歩く。ぽっかり空いた穴から垂れる赤が彼の歩いた後に続く。色を持った存在である彼は白黒の世界に紛れ込んだ異物。気味の悪いトンネルを潜ると、そこには――。

 

「…………ッ!?」

 

 吹き出しの中に言葉を浮かべて会話する二人の少女がいた。

 

『……あら、噂をすれば?』

 

『わわっ!?』

 

 モノクロの姉妹。本当は姉妹でなく赤の他人なのかもしれないが、纏う雰囲気が似ていたからそう呼ぶのがしっくりきた。

 

「僕をこの世界に閉じ込めたのは君達の仕業か?」

 

 二人に気付かれない程度に細く、気配を限りなく消した法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の触脚を伸ばす。

 

『違うよ、そっちの方からこっちに来ちゃったの!』

 

『私達は貴方がこれ以上夢の奥へ進むのを止めるために来ました』

 

『とおせんぼ!』

 

「僕はここに来たくて来たわけじゃない。出口はどこにある?」

 

 いつ攻撃してきても対応できるよう警戒しながらの質問。既に彼女達は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の射程内だ。

 

『出口、出口……ですか。ベランダに行ったことは?』

 

「ベランダ……? すまないが覚えはない」

 

『それは、まあ……困りましたね』

 

 頬に手を当て、誰が見ても分かりやすい、いかにも困っていますというポーズ。

 

『スタート地点が全部ランダム、あの部屋から入って来たわけではない……初めてですよ、こんなこと』

 

『帰れない? 還れない?』

 

 ツインテールをぴょこぴょこ跳ねさせながら問いかける少女。

 

『ねえねえ、どうしてここから出たいの?』

 

「だって、僕は……」

 

 こうしてここに居る事。それがまずおかしい事なんだ。

 

「僕は…………エジプトで死んだはず(・・・・・)だ!」

 

『ああ、そんな事でしたか』

 

 彼女はあっさりと、僕の叫びを受け流した。

 

『死と眠りは近いもの。人の死はヒュプノスが与える最後の眠りとされています』

 

『死んだように眠る、って言うよね!』

 

『普遍的無意識を通じて夢と死が混線した? それとも未練? ……ありえない、と思うかもしれませんが現実こうして起こっている。理由は分からなくとも結果は示された』

 

『ありえないなんてありえない(・・・・・)!』

 

『貴方にはまだ何かしなければならない事がある。だからここに来た。思いつくことは?』

 

「承太郎、ジョースターさん、ポルナレフに……いや、違う」

 

 彼らとの旅は終わった。何年も経った今、死んだ僕が出てきてどうする? あの時守れなかった、という後悔を蒸し返すだけだ。両親へ僕が伝えたかった言葉はジョースターさん達が代わりに伝えてくれただろう。

 

 

 しなければならない事。それはきっと、僕がやらないといけない事だ。

 

 

「――お礼を」

 

『……ほう?』

 

「あの人に、お礼を言いたい」

 

 これは、これだけは僕がしなければならない事だ。

 

「……でも、彼がどんな人で、何処にいるのかも分からない。手がかりゼロの状態で、たった一人のスタンド使いをどうやって探せばいい?」

 

『そんな悩めるこーこーせーに朗報!』

 

『貴方の言う彼は私達()を操るスタンド使い』

 

『だから私達は貴方を何となくだけど知ってた! そして、スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う! ……ありゃ、貴方は知らないか』

 

『なので、今彼がいる場所は分かっています』

 

「……随分と都合がいい夢だ」

 

『そういうものですよ、夢って』

 

「――確かに、そうだな」

 

 いつの間にか、死者を弔うように無数のろうそくがちろちろ炎を揺らしている。

 

『あの町には確か――なら、望めば行けるでしょう』

 

『あっちとこっちが混ざった今だけできる裏技。もう一回は無しだよ!』

 

 一度だけ。それだけで十分だ。

 

『死と夢が繋がっている今、夢から覚めるのが貴方にどう影響を及ぼすのかはわかりません。現実での貴方は既に死んでいる』

 

『……でも、勝手にこんなことしてバレないかな? 気づいちゃうかな?』

 

『あの人は夢の世界を認識している。でも出来事全てを記憶しているわけではない。だから大丈夫。同じだけど少し違う夢のことを何も知らないのが証拠です』

 

『ハムサとかー?』

 

 よく分からない話をしながら二人は僕を先導する。

 

『この先は現世、死者の魂の通り道』

 

 地面から生えた腕が獲物を求めて蠢く。途中、手のひらに目玉が埋め込まれたものもあった。

 そんな異常の中、小さい真っ赤なポストがぽつんとあった。

 

『ルールとは力。このポストを越えた先、貴方は決して振り返ってはいけない。ついうっかりは許されない。彼らに慈悲はありませんから』

 

『信号の止まれを無視したら大変なことになっちゃうの!』

 

 ポストを越える。少女達が見えなくなる。

 

『この道を進んだ先に繋がった町、杜王町に彼はいます。……幸運と勇気を、貴方に』

 

『がんばれー! 心に太陽を持てー!』

 

 僕の目にはもう見えないが、年上に見える白黒少女が微笑んだ気がした。先へ進めと励ますように背を押される。隣には法皇の緑(僕の力)。光の射す方へと歩きだした。】

 

 

 

 

 

 結論、自転車は見えるみたいでした。となると、自転車だけでなくエフェクト全般が見えるのか、エフェクトをくれる存在も見えるのかも検証する必要が出てきた。……勝手に民間人巻き込んだのは注意対象ですかね。

 それにしてもまさか、ボヨヨン岬を見にきた、と通りすがりの漁師さんに言っただけなのにわざわざ船に乗せて近くへ連れて行ってくれるとは思わなかった。良い人が多い。このままここに住みたいぐらいだ、と思う。

 

 ボヨヨン岬からの帰り、同じ道を通って帰るのも面白みがないなと思い、少し中の道を通ってみようとハンドルを切る。

 ☆△ずきん☆をくれる人魂が曲がり角に突然現れた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 このままだとぶつかる。反射的にブレーキをかけた。速度は落ちたが結局ぶつかった。

 人魂のいる場所はちょうど私の額の位置だった。ぶつかったのを切っ掛けに三角ずきんへと変貌し勝手に頭に絡みつく。

 

 ――視界がぶれた。体の一部が欠けた人間達が虚ろな目で何もない場所を眺めている。来るはずもない助けを待つような人々はずっとそこにいた。幽霊は普段目に見えないから誰も気にしていないだけ。

 ある家の表札を真剣に見ている幽霊がいた。あの格好は見覚えがある。

 

「――――嘘でしょう?」

 

「吉良、だと……? もしやこの家は――」

 

 私の声から視線に気づいた幽霊はこちらへ向き、目を丸くしながら、

 

「……君、もしかして私が見えているのか?」

 

 吉良吉影は問いかけた(デッドマンズQ)




その頃の花京院
コンビニ・オーソンの隣にある道から杜王町へin。

その頃の露伴先生
100円玉使って自販機でドリンクを買った筈なのに何故か輸血バッグが出た。


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喪失のキラー

約6ヶ月。お待たせした割に文章量が変わらない。

吉良だけど、吉良じゃない。


「……おい、聞こえてるんだろう? おい」

 

 ブランドのスーツ。髑髏と猫をモチーフにした、彼の趣味が見えるネクタイ。町を歩いていても誰も気に留めない、影の薄いサラリーマン。

 ――しかし、内側ではドロドロとした欲望が渦巻いている。静かに暮らしたい殺人鬼。矛盾した二つを抱える人間、それが吉良吉影だ。

 

「なぁ…………頼むから返事をしてくれ……」

 

 そんな人間が私に対しすがるような目で、心の底からの願いを吐き出す。

 あの、吉良吉影の心が折れかけている? そんな馬鹿な。

 

「っ、すいません。考え事をしていたもので……ええと、吉良さん?」

 

 質問に対して返事がもらえた。たったそれだけの事で彼は心の底から喜んだ。

 

「ああ、やっとだ! やっとマトモな存在に出会えた!」

 

 感動のあまり肩をつかもうとして――すり抜ける。

 

「え」

 

「……なッ!?」

 

 私の額に張り付いていたエフェクト、☆△ずきん☆が勝手に離れ、人魂へ戻った。男が完全に通り過ぎた後にまた張り付いて元どおり。

 ほんの一瞬だけだったが、吉良吉影にとっては一大事だったようだ。

 

「今のは、何だ……!?」

 

 今しがたすり抜けた手を握ったり開いたりして、存在を確かめている。

 

「え、えーと……私のスタ、んんッ、超能力といいますか、それが勝手に……」

 

 スタンド能力、と言いかけて気付く。ここにいるのは『連続殺人鬼』吉良吉影ではない。『迷える幽霊』吉良吉影だ。

 

 先ほどの異常現象で、真っ先に「スタンド能力か!?」といった言葉が出なかった。つまり、今ここにいる彼は『スタンド』を知らない、あるいは忘れていると推測できる。

 

 ――だが、幽霊とはいえ吉良吉影。変なことを思い出されては困る。仗助君案件を発生させるわけにはいかない。それに『何故、連続殺人鬼』を知っているのかの説明がし難い。

 ――この邂逅は、決して彼らに知られてはいけない。

 

「…………超能力、か。幽霊がいるんだ、そのぐらいは存在して当然、か」

 

 納得してくれたようなので、今一番自分が気になることについて聞くことにした。

 

「何故、貴方はここに?」

 

 問題の吉良吉影の服装だが、デッドマンズQのものではない。紙面やアニメで見慣れたスーツ姿だ。

 どんな経緯でこの杜王町をさまよっているのか、それが分かれば何か誤魔化しよう、もとい問題解決のしようがあるかもしれない。

 

「この家を見つけると同時に、生前の私を知っているであろう人物と出会えた。きっとこれも何かの縁だろう。……一つ、私の話に付き合ってほしい」

 

 そう吉良吉影は切り出すと、一呼吸置いてから語りだした。

 

 

 

 

 ――気がつくと、一人で道の真ん中に突っ立っていた。

 

 

 いつ、どうやって死んだのかは覚えていない。覚えているのは吉良吉影という名前と、生活するのに不自由ない知識、そして平穏を何より望んでいたということ。

 どうしてここにいるのか、どうやってここへ来たのかといった過程は無く、己は自然発生した存在と言われても納得してしまいそうだった。

 

 それと同時に、『幽霊のルール』も理解した。

 主の許可無くして閉ざされた空間に入れない、生命体に触れられるのはマズい、等々。

 

 

 ――不用意に命に近付いたせいで触れられ、身体を持っていかれる同類を見た。

 

 ――遊び半分で獣に身体を食いちぎられる様を見た。

 

 ――五体不満足の状態で、永遠に現れない救いを待ち続けるのを見た。

 

 

 いつか自分もああなるのかと怯えながら、かすかな記憶だけを頼りに『平穏』を探して、探して。

 

 

「私だけの、安心できる場所をずっと探していた。ようやく見つけた! だが……」

 

 幽霊の忌々しい縛りが彼を阻んだ。

 

「入れない?」

 

 見えているのに、門をくぐり家へ向かうことができない。透明な壁に遮られている。

 ああ、そうだ、クソッ、と悪態を吐く。

 

「吉良と表札がかかっていた! この杜王町に吉良という苗字は私だけだ! ならばこれは私の、吉良吉影の物だろうがッ!」

 

 がん、がんと見えない壁を何度も叩く。回数を重ねるごとに拳から赤が滲む。彼は見るからに痛々しいそれを気にする事はなく、親の仇のように殴り続ける。

 

「吉良さん、吉良さん!」

 

「っ、ああ……すまない。こうして他人と話すなんて久しぶりすぎてね。興奮している、のだろう。私らしくないな……」

 

 感情を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いて視線を落とす。地面には赤が散っている。幽霊の手当ての仕方などわからない為、彼の怪我は彼に任せるしかないようだ。

 

「…………チッ。またあいつか」

 

 スーツから取り出したハンカチで応急手当てをしている中、苛立った呟きと動物の鳴き声が耳に届く。

 短尾短毛。それは瞳孔を細くさせ、じっと一点を見つめている。

 

「……猫?」

 

 およそ1、2メートルほど。そこから逃げも近寄りもせず、顔より低い場所へ目線を向けている。

 

「また、とは?」

 

「気が付いたら寄ってくる気味が悪い猫だよ、ったく」

 

 しっ、しっと追い払う。彼が拒絶する仕草を見た猫は悲しそうな顔――私にはそう見えた――をすると、くるりと逆方向を向いて離れて行った。

 

「猫、嫌いなんですか?」

 

「嫌いとは言っていない。……犬も猫も大差ない、こちらに対して積極的かそうじゃないか。それだけだ」

 

 長い幽霊生活によって、動物に対して良い感情は何も抱いていないようだ。

 

「ああ、しかし…………何故だ、何故だ何故だッ! なんで私だけッ……! くそッ、くそッ! なんで私がこんな目に会わなければいけないんだ……!」

 

 がり、がり、がり、がり、爪を噛む音。硬いものが割れる、嫌な音……。

 

「吉良さん、吉良さんっ!!」

 

 先程よりも強く訴えかけるも彼の耳には届かない。吉良吉影はうずくまり、ぶつぶつと誰に向けているのか分からない呪詛を垂れ流す。

 

「――おや、これ、そこの人。大丈夫かね?」

 

 散歩中であろう老人に声をかけられた。は、と気付いて☆△ずきん☆があるであろう場所に手をやる。エフェクトが一般人にも見える可能性が高まっている今、☆△ずきん☆を身につけ大声を出していた私は不審者にしか見えない。余計なトラブルを起こすわけには――。

 

「…………?」

 

 布の感触がない。少し戸惑う私を置いてふよふよと視界を横切る赤い人魂。エフェクトは空気を読んで姿を戻していたようだ。

 

「え、ええ。問題ありません。こんな大きな御屋敷は初めて見まして、ちょっと見ほれてしまいました。立派なお家ですね」

 

 言い訳としてはとても拙いそれを老人は気にする様子はなく、そうかそうかと相槌を打つ。

 

「もしや、貴方のお宅で?」

 

「いやいや、ここには吉良さんという人が住んでおってな。ある日を境に姿が見えなくなっとったんじゃが、発見された時は……。いやはや、不幸な事故じゃった……」

 

 ――救急車に轢かれて死亡。それが吉良吉影の最期だ。命を運ぶ車によってとどめをさされ、振り向いてはいけないあの道で振り向かされた。

 

 家主が死んで。特別親しい親類などおらず、その為相続しようとする人も無し。売りに出されて、それっきり。

 それからこの家はずっとこのまま、手付かずのまま放置されている、らしい。

 

「今時、中心地から離れた家を買う人などおらんしのぅ……」

 

 誰のものでもない。それはつまり、吉良吉影のものでもない、という事になるのか? それとも何か別の原因が……?

 

「この家の良さをわかってくれる人が住んでくれるのが一番いいんじゃがなァ〜。どうかね?」

 

「……ええ、考えてはおきますよ」

 

「ほっほ。すまんのう、若い人」

 

 老人は散歩を再開し、離れていく。角を曲がったのを見届けて安堵の息を漏らす。幽霊相手に騒いでいたのは聞かれていなかったようだ。

 足元で赤を垂らし続ける問題の男は傷ついた自らの拳を、手を全く気にしていない。

 

 

 ――美しい手に惹かれ始まり、数多の手に引かれて終わり、平穏は手を離れた。

 

『裁いてもらうがいいわッ! 吉良吉影』

 

 

 彼は『吉良吉影』として重要な成分が欠けている。『手』。『殺人衝動』……。

 最も重要な『平穏』を奪われた。力もどこかへ行ってしまった。それだけで、人はここまで変わってしまうのか。

 

 六壁坂の妖怪は取り憑いた人間の人生を狂わせる。この幽霊に安心を提供しない限り、ずっと私に憑いてくるだろう。

 

 彼が求める最上級の平穏は家を得ること。幽霊屋敷と呼ばれることのないよう、家賃は滞りなく払い、普通に人が住んでいるように見せる。デッドマンズQにおいて彼が目指していた事だ。

 あの家に彼が固執する限り、近くに寄ったらまた絡まれるのは目に見えている。次は「私の平穏の為に買え」と言われるかもしれない。武器を持って脅してくるかもしれない。

 

 

 ――この世界において、死者の怨念は確実に存在する。『岸辺露伴は動かない』の『懺悔室』の男になりたくはない。

 

 ……これはもう、手に職をつけるしかない。財団職員の給料がどのくらいかは予想ができないが、そこそこ良いのは間違いないだろう。

 彼らの好意にずっと負んぶに抱っこでいるわけにはいけない。独り立ちの時期が早まっただけだ。

 

「申し訳ありませんが、吉良さん、もう行きますね。また……いつになるかは分かりませんが。また出会えたら、その時は何とか出来ればいいですね」

 

 手に負えない幽霊との邂逅。猫はただ見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 ――腹に手を当てる。そこにあった筈の穴はない。彼女達からのサービスだろうか。本当に都合がいい話だ。スタンドも問題なく扱える。

 一定の歩調、あてもなく歩き続ける。彼はこの町の何処にいるか手がかりは何も無い。だが、彼女は言った。『スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う』と。

 なるほど言い得て妙だ。懐かしいあの旅路では、引っ切り無しに敵が移動を続ける僕たちの居場所を突き止めて襲いかかってきていた。まるで引かれ合う様に。

 

 特徴的な服装をした男性が向かい側から歩いてくる。その横を通り過ぎ――。

 

「あの夢のスタンド、まさかとは思うが……。ったく、彼はどこまで行ったんだ?」

 

 ――今、あの男性は何と言った? 『夢のスタンド』……! 確かにそう言った!

 

「っすまない、一つ尋ねても良いだろうか」

 

「何の用だい? 今僕は急いでいるんだが……」

 

 翠色がしゅる、と人型をとる。男性はそれを見ると警戒を強める。見えている。――この男性も、持っているのか。

 

「……本当に、何の用だ? 馬鹿正直に正面から宣戦布告、というおめでたい馬鹿か? それはそれで資料として価値はあるかもしれない、が……敵対するなら容赦はしない」

 

 彼はガンマンが銃を突きつける様に人差し指を向ける。スタンドを出したのは、彼が本当にスタンド使いなのか確認したかっただけだ。攻撃も潜伏もせず、すぐに引っ込める。

 

「……オイオイ、本当に何のつもりだ?」

 

「申し訳ない、本当にスタンドを知っているのかを確かめたかっただけだ。僕の名前は花京院典明――ある人を探している」

 

 

 ――あなたは夢のスタンドを使う彼を、知っているのだろう?




ピアニストって手が綺麗なイメージがあるけど実は違うんですって。でもそれは長く続けている人の話で、始めたばかりの人はそこまで手はごつくなっていないんだとか。

そういえば主人公、夢ではずっと演奏してたけど、現実の肉体でピアノそんなに弾いてないよね……?

しばッ。


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静かな進展

文字数増えない。荒木先生ばりの例えも思いつかない。
アニメ面白い……ハーメルンにジョジョ二次創作増えて嬉しい……。
……そのうちジョジョピタ時空で二次創作を書く人が出てきてもおかしくないのでは?(皆一緒のマンション)(ゲーム内で荒木荘再現は果たして何年かかる)(n巡目って便利)


「どこでそれを知ったのかは知らないが……まあいい」

 

 話を聞くよりも読む方が手っ取り早い。この辺りでは見たことがない緑の長ランを身に纏う男子高校生に天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を叩き込む。

 顔に真っ直ぐにぱん、と切れ目が入る。男は意識を失いその場に倒れ、その衝撃からか本となった部分がパラパラと数ページめくれた。

 

「なっ……これはッ!!」

 

 一瞬。そう、ほんの数行目を通しただけの一瞬。たったそれだけで、今自分はとんでもない体験をしていると理解した。

 

「そんな、まさか、いや――」

 

 こいつ……いいや、この人は。あの空条承太郎と共にエジプトへと向かい、DIOのスタンド能力を暴き、そして命を散らせた――。

 

「間違いない! 『花京院典明』ッ! 死んだはずの彼だッ!」

 

 死人に天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を使用したのはこれが初めてではない。杜王町に巣食う怪物、それを知る切っ掛けとなったある女性の幽霊に対して使ったのが最初だ。その時は彼女が生きていた時の記憶を読んだ。

 そして今、あの時と同じように、自分は彼の生前の体験の一部を見ている! 彼自身原理はさっぱり分かっていないようだが、こうして存在出来ているのは彼の夢のスタンドが関係しているらしい。

 

「体温がある、脈がある、呼吸している。思い込みとか幻覚なんてちゃっちいモノじゃあない。生きている!」

 

 僕への問いに嘘偽りはない。彼は本当に探しているだけだ。……道路の真ん中なんかで出会ってしまったのが悔やまれる。

 承太郎さんには天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を使う機会も隙もないから、あの旅について僕は承太郎さんが語ってくれる事だけしか知らない。……花京院さんが良ければ、だが。後で同意の上、読ませてもらえないだろうか?

 腹を空かせた犬みたいに今ここでがっついたら、この先得られるかもしれない極上のネタを全て失う可能性がある。プッツン由花子じゃあるまいし。僕は我慢ができる大人だ。

 

「『今起こったことは全て忘れる』、と……」

 

 こんこんと湧き出る好奇心を押し留め、いつもやってきたようにそう書き込み、元どおりに閉じる。

 

「――あなたは夢のスタンドを使う彼を、知っているのだろう?」

 

 彼だけ時間を巻き戻して再生したような、天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を使う直前と全く同じ言葉が紡がれる。

 

「ああ、知っている。そういう貴方はどうして彼を探しているのか説明してもらいたいのだが」

 

 天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を使い体験を読んだとは言え、たった数十秒間。細かいところまでは把握しきれていない。

 大掃除を始めて数分後、掃除に関係ない漫画や雑誌なんかの余計な物に時間を奪われるのは誰だって経験があるだろう。もっと読み込もうとしたら僕もそうなるのは目に見えてる。

 花京院は返事を目を合わせたまま言うのは恥ずかしいのか、視線を少し下へずらす。

 

「……ただ、お礼を言いたくて。そういう貴方は彼と一体どんな関係で?」

 

「どんな、か……寄る辺がないから頼られている、ってのが適当か? それと僕の名前は岸辺露伴、漫画家だ」

 

「えっ、漫画家……!? 漫画家のスタンド使い!? ……そうか、あれからもう10年以上も経ってるんだ。僕が知らない漫画家がいて当然か」

 

「週刊少年ジャンプで『ピンクダークの少年』という作品を連載している。もし時間があるなら読んでほしいね」

 

「なっ! ジャンプで!?」

 

 憧れのスーパーヒーローと出会った少年のような高揚した声。花京院さんはどうやら漫画が好きなようだ。好感が持てる。

 

「……いえ、この話は後にしましょう。露伴さんには急ぐ理由があるようだ」

 

 花京院が呼び止める前、露伴はどこかに行った彼を自分の足で探していた。走るとまではいかないが、急いでいるのは見てわかる速度だった。

 

「彼のスタンドの制御が上手いこといかないのに対してある仮説が浮かんだんだ。暴発するかもしれない爆弾を止められるなら誰だって急ぐだろう」

 

 スタンドの制御。それは彼にとって他人事ではない。

 ホリィさんの場合はスタンドを制御するだけの闘争心が無いことが原因、解決するにはDIOを倒す必要があるとはっきり分かっていた。彼の場合も精神が関係しているのだろうか、と当たりをつける。

 

「成る程、そうだったんですか。なら! 法皇の緑(ハイエロファントグリーン)!」

 

 自身の半身を呼び出し、索敵の為に触脚を広げる。法皇の緑(ハイエロファントグリーン)が届く範囲なら、どこに何があるかは全て把握できる。

 

「これが……!」

 

「僕の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)の射程距離は100メートルを超える。これでより広い範囲を捜索できます」

 

「有難い。彼がどの方面に行ったかの予想はついているんだが、どこまで行ったかまでは把握していなくてね。……貴方さえ良ければ、なんだが」

 

「ええ、ご一緒させてもらいます」

 

 土地勘がある人と共に行動すれば効率よく彼を探せる。恐らくこっちだ、と岸辺露伴が先を行き、それについて歩く。

 

「彼とは幼い頃、夢の中で『夢日記』を貰った繋がりがある。それが原因で彼のスタンドに紛れ込んでいたと思っていたが――」

 

 何故あそこにいたのか、彼のスタンドそのものも把握していなかった。彼が意図しないところで、僕はあのスタンド能力に巻き込まれてしまっていた。

 

「……制御、か。もしかしたら関係しているかもしれない」

 

 僕が死んでから何年も過ぎた。その間中ずっと僕は夢を彷徨っていた。……あの世界は終わりが見えないほど広かった。あのモノクロ姉妹には自我があるように見えた。

 普通のスタンドじゃない。恐ろしいほどのパワー。持続力。DIOの『世界(ザ・ワールド)』とは異なる強大な力。

 

 それだけのスタンドを内包している彼の精神とは一体――?

 

「そう言えば露伴さん、仮説とはいったい?」

 

 いつ爆発するかはわからない爆弾を安全に処理できるかもしれない。必ずではないが可能性は高いからこそ、彼は急いでいた。そんな仮説を知らないまま付いていくのは流石にリスクがある。

 

「スタンドの発したある言葉が妙に気になっていてね。……漫画家は常にネタを考えて生活している。些細な言葉一つを重要な伏線へ化けさせるなんてよくあることだ。一見適当で意味がなさそうなものほどその人物の本質を表すのさ」

 

 

 ――『現実も夢も、あなたにとっては同じ事』。

 

 

「何気ない言葉ほど核心を突く。本音が出る。彼のスタンドの発する言葉を鵜呑みにするのは危険が伴うだろうが、一考の価値はある」

 

 起きているときは当然、寝ている間も発動するスタンド能力。それはつまり、常に発動している能力と言い換えられるのではないだろうか。

 

「つまり、彼にとってスタンド能力は常に発動していて当然であり、そこから更に発動しようと強く思うと予定外の存在も溢れでてしまう。それを認識させて初めてスタートラインに立てる、と考えたんだが……」

 

 名探偵の推理を聞く助手のように耳を傾けていた花京院が、突然立ち止まる。

 

「見つけたか!」

 

「ええ! こっちです!」

 

 住宅地から離れた、朝のマラソンコースにピッタリな道路。側には休憩用に置かれたベンチがある。そこに彼は目を瞑って腰掛けていた。

 

「こんな所で呑気に居眠り、か。こっちがどんな思いで探してたと――」

 

 揺り起こそうと手を伸ばして――異変に気付く。

 

 何故か苦しそうな顔をしている。

 呼吸が荒い。

 吐く息が白い(・・・・・・)

 

 ……今の季節は秋で、まだ日が昇っている。そこまで身体が冷えるはずがない。

 

 

 

 力なく、ずるりと横に倒れる。

 

 倒れた衝撃で腕がひび割れる。

 

 ひび割れから赤が滲み、固まる。

 

 体表を氷が覆う。

 

 

 

 

「――――な」

 

「なにィィーーーーーーッ!!?」

 

 彼は現在進行形で、攻撃を受けていた(・・・・・・・・)




無敵に見える主人公のスタンドですが、遠距離攻撃や範囲攻撃が可能なスタンドには相性がかなり悪いです。……そんなスタンド誰だって相性悪いか。あと戦闘慣れしていないのも大きい。
以上を踏まえてパッと思いつく勝ち目が薄いスタンドはザ・グレイトフル・デッド、メタリカ、グリーン・デイ……あれ……? イタリアの戦闘力ヤバない……?

夢の世界での弱点の一つとして、『招いたスタンド使いが普通に能力を使える』所にあります。
夢の中で主人公を攻撃しているスタンド使いはいったい誰なんだ……?(すっとぼけ)


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冷たい殺意

感想欄からスタンド名を採用させてもらいました。
本当に……「ありがとう」…それしか言う言葉がみつからない…

後、この話はThe Bookが終わった後ぐらいの時系列で書いてるので、だいたい2000年の秋ぐらいかなーなんてフワッとした感じの時期です。……え、なんで今それを伝えるのかって?……それはまあ、ね?


 ――ほんの少し、ほんの少しだけ、休憩しようとした。本当に、それだけだった。

 

 ヘトヘトに疲れている中、椅子に腰掛けて目をつむったら誰だって寝てしまうだろう。誰も彼を責めることはできない。

 ただ一つ。こればっかりは本当に、心の底から『運が悪かった』としか言いようがないのだ。

 

 

 

『……あれ、私、寝て……?』

 

 先程までどうしていたのかはボンヤリとだが覚えている。体力と精神力を回復しようとベンチに座って、ついうっかり目をつぶって――そのまま寝てしまった。

 長時間だけでなく短時間の夢でもこの異常な世界に来てしまう。それが永遠に続く。そんな状況に置かれたら、常人では日々の生活もままならなくなってしまうだろう。

 だが、ここにいるのは夢を日常として過ごしていたスタンド使い。この能力から逃れられないのかという絶望は全く無く、ただ現実を受け止め少しへこむだけで済んでいた。

 

『あー……やってしまいましたね、コレは……』

 

 苛立ちを隠さずに物に当たり散らす、水色の髪を持つ眼鏡をかけた男。突然こんな訳がわからない場所に引きずり込まれれば、何とかしようと暴れるのは変なことではない。

 とにかく彼を落ち着かせようと、声をかけて――。

 

「あぁ? テメェが本体か……? …………どうやってオレをここに連れてきたのか説明してもらうぜ」

 

 人はどんな状況でもすぐに慣れる。慣れてしまう。

 最近は友好的なスタンド使いとしか出会っていない。その慣れのせいか、完全に頭の中から消えてしまっていた。――この夢の中には敵意を持つスタンド使いも来てしまうことを。

 

「『ホワイト・アルバム』ッ!!」

 

 男が叫ぶ。瞬間、彼の足元から氷が広がった。

 

『――――!?』

 

 反射的に後ろに下がったが遅かった。足首まで一気に氷に覆われる。ここから無理に抜け出そうとすれば氷に張り付いた皮膚が持っていかれるだろう。

 

「オレのホワイト・アルバムの前ではいかなるスタンドも無力と化す……さっさと吐く方が身のためだぜ? 誰の差し金だ?」

 

 答えねーんならブチ割る、と怒気と殺意をこもらせた冷気を強めていく。覚悟を宿した目が、その言葉に嘘偽りはないと示している。彼はあまりにも戦い慣れて――いや、殺し慣れている。

 

『(スタンド能力とはいえこれは氷。なら――!)』

 

 ここはスタンド能力によって産み出された夢の世界。元になった『それ』では起きようがなかった事でも、自分が出来ると思えば出来る。

 こことは違うエリアの廊下を塞いでいた炎をここに持ってくる。彼と私の間に壁を作るかのように現れた火。この熱で、氷を溶かせば何とかなるだろう、と考えた。そう思っていた。

 

「火、だと――」

 

 希望は、彼のスタンドの前に簡単に掻き消された。

 

「――ハッ。こんな生っちょろい火でオレをどうにか出来るとでも思ってんのか? ええ?」

 

 氷の鎧を身に纏った彼の言葉と表情からは絶対の自信が感じ取れる。

 

「もうお終いか? ……チッ、ボスからの刺客かと思ったが……こんな弱っちいスタンドで仕留められるとでも思ってたのか? オレら『暗殺者チーム』を舐めすぎてんじゃあねーぞテメェ……!」

 

 床も、壁も、ドアも、窓も、全てが氷に呑まれていく。氷に固定され、指一本動かせなくなる。

 

「――犯罪をすることを、手を染めるって言うよなあ」

 

 唐突に、なんの脈絡もなく。自分に向けての言葉ではない。独り言にしては大きすぎるそれに耳を傾ける余裕など私には無い。

 

「そこはわかる。納得できる。盗むにしろ殺すにしろ、手を使わなきゃならんからな」

 

 じわりじわりと全てが冷えて動けなくなる。焦る。追い出すための鳥人間を放つ。氷像が増える。手は届かない。

 

「だがよォ、手を染めるの反対は足を洗うって言う」

 

 夢の世界で仮初めの真黒な宇宙人の身体を操り、考えているのは意識的な自分。それ以外の物質は無意識の自分。片方だけを潰しても、もう片方が有るならば『私』は失われない。だが、全てを同等に攻撃出来るならば――夢の世界でも私を殺すことはできる。

 

「なんで染まった手じゃなくて足洗ってんだよッ! 馬鹿なのかソイツはよぉーーッ! えぇッ!? ふざけてんのか! クソッ! クソッ!」

 

 目に入る全てが氷に襲われている。必死に抗うが届かない。体力とスタンドパワーが消耗していく。体がひび割れ、赤く染まる。死が、現実味を帯びて忍び寄っている。

 

 

 ――この状況は、とてつもなく、不味い。

 

 

 なんとかしなければ。なんとかしなければ。なんとかしなければ。

 

 壊れる。夢が壊れる。いけない。それだけは絶対にいけない。

 

 脅威に恐怖を、狂乱と驚愕を。無我夢中で解き放ったソレは、疲弊した彼に完全な制御ができるモノではなかった。

 

 

 

 

 

『――『Daydream Believer』』

 

 意識が落ちる寸前、その名は聞こえた。

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

 初めは目の錯覚かと思った。だが見間違いではない。スタンド使いと思われるソイツの体表の黒が広がっている。氷に覆われて動けないはずのヤツがだらりと力なく俯いている。馬鹿な、と叫ぶ。オレはスタンドを解除していないのに。アイツは立った姿のまま、いまにも命無き氷像になろうとしていた筈なのに。

 

「何だと……ッ!?」

 

 自身のスタンドに絶対の自信を持つ彼――ギアッチョはその光景を見て動揺した。

 

「こ、コイツ……これは一体!?」

 

 先程まで自分がいたのは白い部屋だった筈だ。それがいつの間にかどろどろの黒と赤を混ぜ込んで煮詰めたような、気味が悪いモノにすげかわっている。自身のスタンドで作り出した氷はどこにも無い。下がっていた気温も元に戻ってしまっている。

 

 ――侵食。侵食。侵食。赤も青も黄も白も溶けて歪んで一つになって汚い汚い黒になって塗り潰して広がって広がって醜い化け物みたいでお似合いでしょう目を背けるな触れるな私を見るな恐怖の仮面を被って隠さなければ――。

 

「う、おおおぉぉおおッ!? ホワイト・アルバ――」

 

 一手遅れた。極低温へとするには時間が足りない。

 

『――――――――――――――――ウボァ』

 

 ゆっくりと顔を上げたソイツは、口から泥を吐き出すように笑って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今すぐに眼を覚ます』

 

 『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』。ピンク・ダークの少年の姿をしたスタンド像が彼を現実に連れ戻しに来た。外部から書き込まれたソレは、いつものように正常に働いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――クソがぁッ!」

 

 全身に気味の悪い汗をかいている。底なし沼に引きずり込まれるのを黙って眺めているしかなかった自分に腹が立つ。

 

「どうしたギアッチョ!?」

 

 跳ね起きると同時に叫んだ仲間に、驚いた様子のメローネが駆け寄る。

 

「スタンド攻撃だ。どこの誰かも、誰の差し金かは分からねえ。……だが、まあ」

 

「…………ボス、か?」

 

「可能性は高いだろうな。攻撃を受けたのがオレでよかった。お前や他の奴らなら、間違いなくやられていた」

 

 ベイビィ・フェイスの能力は他のスタンドと比べ特殊で、母体がいなければ十全に発揮できない。それはチームの誰もが理解している。

 今回攻撃を受けたのが単純な戦闘能力の高さではチーム内で一二を争うギアッチョで良かったと見るべきか、ギアッチョでも仕留めきれない強敵がいる事実を受け止めるべきか。

 

「……どんな能力だ? 対策を立てなければ全員やられるぞ」

 

 彼等暗殺チームが正面からの戦闘をする時、それは相手の能力を把握した時が殆どだ。基本は不意打ちや自分の戦いやすい舞台へと誘い込み殺す。だからこそ、想定外からの攻撃には弱い。相手はそれを分かって襲ってきたと見ていいだろう。

 だが今回、敵はギアッチョを取り逃がした。予想以上のスタンドパワーに怯み、態勢を立て直そうとしたのだろう。

 当然、向こう側は策を練る。より確実に殺すために。だが、こちらの策がそれを越えれば問題はない。その為にも、まずは情報が必要だ。

 

「寝ている間だけ知らない場所に移される……のは確かだ。スタンドは問題なく使えた。それと本体は変な人間みたいな姿で同じ空間にいた。敵のスタンドにはある程度の制限があるのかもな。……だが、そうだとしても……『アレ』は…………普通の人間が持てるスタンドじゃねえ」

 

 極低温で全ての物質を止められる自分でも、『アレ』を止められるかと聞かれれば「無理」だと思ってしまう。『アレ』は人間に平等に効くモノだ。上手く言葉にすることは出来ないが、心がそうだと叫んでいる。

 

「――速攻だ。相手が動くより早く殺す。それしかない」

 

「それはまた……厄介な相手そうだ」

 

 やれやれ、と肩をすくめるメローネ。必死に先ほどの戦いを何度も思い返す中、ふと重要な事を思い出す。

 

「最後のアレは……確か。待てメローネ、お前、この前ジャッポーネの漫画がどうとか言ってなかったか?」

 

「ピンク・ダークの少年の事か? アレが原因だと? 間違いなく普通の漫画だよ。確かにスタンドのような能力は出てきていたが――」

 

「違う! あの漫画の主人公だ! 見せろ!」

 

 最後に出てきた少年。あの姿はどこかで見たような気がしていた。あの正体が分かれば今回の敵の正体に近付けるとギアッチョの勘が告げている。メローネが持ってきた漫画、その表紙を見て――氷の名を冠する暗殺者は笑った。




杜王町vs.イタリア、レディー……ファイッ!


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機転、一転、好転……?

待たせた割に短くて申し訳ない…
少しずつ、でも確実に。物語は進んでいます


「これで、どう、だ――?」

 

 攻撃を受けているにもかかわらず夢から覚めない彼に対し、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』で今すぐに目を覚ますように書き込んだ。緊急事態であるからか、あの鳥の頭を持つ人間の妨害は無かった。

 スタンドを介して見えたあの世界は? 氷を身に纏っていたあの青年の正体とは? 聞きたいことは山ほどある。それらをぐっと奥底に押し込めて、岸辺露伴は彼の動きを注視していた。

 

「…………………………う、うう…………っ」

 

 かふ、と口内に溜まっていた血を吐き出す。

 

「あれ、ろは、せんせ……と、だれで、すか…………? わた、し、は――」

 

 焦点が定まらぬまま、男は回らない舌をなんとか回そうとしている。

 

「無理に喋らなくていい。……あのクソッタレに電話はした、もうじきここに来る。それまでじっとしててくれ」

 

 そうですか、と消え入りそうな声で応えて――また、意識を失った。

 

「自分のスタンドの夢で、敵に襲われ、殺されかける――あの仮説を一刻も早く認識させないと、いつか本当に自分のスタンドに殺されるぞ」

 

 眠らずに生きていけるか、と問われて迷う事なくYESと答えられる人間はいない。睡眠は三大欲求の一つ。逃げることなどできやしない。彼は一生このスタンドと付き合っていかねばならないのだ。

 

「露伴っ!」

 

 バイクのエンジン音。タイヤと道路が摩擦で熱を帯びる。東方仗助はバイクから飛び降りるようにして離れ、意識を失っている彼の元へ急いで駆け寄る。

 

 この世の何よりもやさしい能力を持つスタンド、クレイジー・ダイヤモンド。能力を発揮しようとする彼のスタンドの手の平が、倒れている男に向けられて――三人のスタンド使いは同時に目を見開く。

 

「これは一体どういう事なんだ……?」

 

 出血が止まっている。いつの間にか彼の怪我が塞がっている。だが傷が完全に癒えたわけではない。ばっくり割れた粘土を一つに戻そうとした――そんな治り方だ。

 怪我は間違いなくしていた。それはべとりと衣服に染み付いた血が証明している。それに仗助は男の状態を電話越しに聞いていた。凍傷と裂傷が混ざったような、今まで見たことのない怪我だと。岸辺露伴はこんな緊迫した状況で嘘をつくようなヤツじゃない。

 

「と、取り敢えず残ってるキズを直すっスね」

 

 クレイジー・ダイヤモンドが男に触れる。

 ぶより、と触れた部分が歪んだ。

 

「うおおっ!?」

 

 およそ人間のものと思えぬ感触に思わず飛び退く。手を離すとぶよん、と反動で皮膚が……いや、肉体が揺れる。脂肪の揺れではない。ゼリーやゲルのような揺れ方だ。

 ぶるぶると震えた箇所から目の大きな、三つの大きな突起を持つ……名状し難い何かが飛び出す。彼の中から出てきたそれは、地面に降り立ちスタンド使い達の姿を確認する。大丈夫だと判断したのか、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの宇宙船の中、私だけが立っている。いや、いつもとは違う。ギアッチョの攻撃を受けて壁や床が家具がボロボロになっている。

 

 

 ――からん。ある程度の硬さと質量がある物の落ちる音。

 

 

 音がした方へ視線を向ける。そこには見覚えがある、ありすぎる模様の仮面。笑っているのか悲しんでいるのかわからない表情の白黒の仮面は、自分の顔に丁度はまりそうな大きさだ。

 これもエフェクト――なのだろうか。手に持って、何の気なしに被る。不用心すぎる、と嗜める人はいない。

 自分が現実ではかつて無いほど疲弊している事実を忘れているのか、彼はどんな能力かもよくわからないエフェクトを使った。使ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、やめて』

 

 何の変哲も無い、照明のスイッチ。少女は手を伸ばす。

 

『お願い、やめて』

 

 パステルカラーのふわふわした家。二人の女子が同じ部屋。悲しいかな、互いに声は届かない。それとも、聞こえてはいるが目をそらしているだけなのか?

 

 

 

 

 ――ぱちん。暗転。

 

 

 

 

『どうして』

 

『わたしを』

 

『みないの?』

 

 それに限界はない。一度触れればどこまでもどこまでも飲み込んでいく。その奥底には否定と共に押し込めたどろりとした感情の群れ。延々と見せられる苦行。いつまでもいつまでも、こうなったのはお前のせいだと捕らえて離さない。

 

 

『――っ』

 

 いつもと違う。この夢はおかしい。目を覚まそうと頬をつねろうとして、気付く。仮面越しではつねられない。仮面が、外れない……!

 

 

『だれもたすけにこない』

 

『だれもたすけられない』

 

『おまえはひとりぼっちだ』

 

 

 雨が降っている。

 雷が落ちる。

 また一人誰か死ぬ。

 

 好奇心で猫が殺す。猫に近寄ってはいけない。たとえ手招きされたとしても。誰かの名前を叫んでも、爆風に掻き消されてしまうから。

 好奇心は彼を殺した。何度も何度も殺された。理由など無くて。運命が彼を閉じ込めた。

 

 

 

 ――じゃあ、自分は?

 

 

 

 ぞっとするような殺意の象徴。それは自分の中に沈んでいた。私は何だ? 自分は何だ? どうしてこんな姿になっている?

 何かが体内の窓を叩く。駄目だ、駄目だ、駄目だ! それは出てくるべきものではない。何もかもを喰らい尽くす。純粋な悪。夢が壊れてしまう。

 

 

 恐怖。

 

 

 何もかもがわからなくなる。何もかもを塗りつぶしてしまう。内側と外側がひっくり返って、全てが台無しになって――、

 

 

 

 

 

 誰かに、頭を撫でられていた。

 

 赤を下地に黒や緑などの色を塗した縦に長い存在が、小さな手を優しく動かし私の頭を撫でている。どうしてかきゅ、きゅ、きゅ、と不思議な音もする。

 私が目を覚ましていることに気付くと、しゅぽん、と地面に潜ってどこかに行ってしまった。

 ここは……病院、だろうか。清潔感ある白で部屋が包まれている。

 

「……随分早いお目覚めですね」

 

 誰かの声。目に入るのは深緑の学生服。

 

「――――きみ、は」

 

 あの頃とは声も身長も顔立ちも変わっている。

 

「お久しぶりですね、『うちゅうじん』さん」

 

 幼い頃、そう彼は私を呼称した。少し恥ずかしいのか、頬の赤みがほんのり増す。

 

「僕の名前は花京院典明、と言います」

 

 君の名前はもちろん知っている。けど、彼はその事を知らない。その事実を知られてはいけない。

 

「貴方にきちんと、お礼が言いたいんです」

 

 ……お礼? 何のことだろうか。身に覚えがない。

 

「ですから、どうか……貴方の名前を、教えてください」

 

 私の、名前。私の名前、は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は苛ついていた。苛つきのまま蹴飛ばした小石は真っ直ぐではなく曲線を描いて溝に落ちた。

 

 なぜ俺があんな薄汚い暗殺者の無茶振りを聞かねばならないんだ。ボスに近付けるかもしれない? 復讐? 馬鹿を言うな。勝手に探って勝手に死ね。俺を巻き込もうとするんじゃない。

 

 そう愚痴ったとしても、情報分析チームという肩書きが男をそうさせるように仕向ける。取り敢えず今あるスタンド使いの情報を適当に洗い直して、後は適当な誰かに押し付けようと思考を巡らせる中、ふと思い出した。

 

 

 ――10年ほど昔、裏の世界で大きなカネが動いた。カネで雇われたスタンド使い達はある人物を殺せ、と命令されたらしい。

 だが、その依頼を達成したものはいなかった。全員返り討ちにされたと風の噂で聞いた。

 

 

 カネで雇われたプロが誰一人として結果を残せなかった。なら、そいつらはプロではない。プロを自称する二流だったに違いない。

 俺はそんな二流とは違う。一流だ。誰よりも強い。その気になれば誰だって殺せる。だからこそ面倒ごとは他人に押し付ける。

 銃を突きつければ何だって言う事を聞かせられると勘違いしている馬鹿とは違う。自分の能力を見せびらかす、なんて事はしない。

 

 ボスは出来る限りアシをつけたくないだろう。自分と関係の無い、どうなってもいい外部の人間を使うのは十分に考えられる。それを知っているだろうに、ボスの正体に近付けるとほんの僅かな欠片でも信じているあいつらが滑稽で仕方がない。

 

 ――ボスの正体などどうでも良い。自分が損をしないこと、重要なのはそれだけだ。

 

 スタンドの媒介として常に懐に入れている53枚のトランプは、変わらずにそこにあった。




暗殺者チームから夢のスタンドを探せとお願い(脅迫)されたムーロロ!取り敢えず裏社会の人間から漁ってみることに!
裏の世界に関わりがあり、かつ夢のスタンドを持つ人間…一体誰なんだろうなぁ…


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果てしなく、飽く夢

前回投稿から1年半が過ぎてしまいましたが待ってくださる人はいるのかいないのか。ようやく更新です!これはヤッダーバァされても文句言えない。


 仗助君のスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』によって外傷は直されていたおかげで想定よりも早く退院できたのは良かった。のだが、何というか、退院してから花京院が近い。すごい近い。背中にかかる圧がすごい。知らないうちに気に障るようなことでもしただろうか、と思考を巡らせるが答えは出ない。

 考えてもわからないなら仕方がない。視線と圧をじわじわ感じながらもそれを振り切るように男は歩いていた。

 

 

「(本当に! どーして呑気できるんだこの人は……!)」

 

 

 死人、花京院典明は現在胃痛と戦っていた。DIOとの戦いによる古傷ではない。精神的なものだ。

 病室にて恩人の本名を教えてもらった後、世間話でもしようと「最近どうなんだい?」と聞いた。彼はその言葉をそのまま受け取った――だけでなく昔会った少年と再び出会え(死人だが)、沢山話ができるぞ! とテンションが上がっていたのかいろんなものを付け足してしまった。

 

 つまり、『自分が目覚めてからのほぼ全てをそのまんま』、話してしまったのだ。

 

 これまで自身のスタンドが元となって起きたことを説明しているうちに、花京院の顔がだんだん悩みから歪んでいくのが見えていたのかいないのかわからないが、まあ空気がよく読めていなかった彼は全部こっきり話した。

 赤ん坊とピエロ――勿論話を聞いた花京院には死神13のことだとすぐにわかった――だったり、自称宇宙人だったり、杜王町で幽霊に会ったり、氷のスタンド使いによって死にかけた部分もきっちり。

 スゴく問い詰めたくなった。突っ込みどころ満載だった。死人だというのに胃痛がした気もする。そんなこんなを押し込めて、話を聞いた花京院の結論としては。

 

「この人は危機感がどうしようもないぐらい薄いから自分がこうして存在できている時間だけでもなんとかしなくては」

 

 つまり恩人を守るための行動であり、彼なりの恩返しだったりするのだが……その真実を知ることは多分ないだろう。

 チャンチャン。

 

 

 

 これは退院おめでとうのご褒美、と個人的に思っていたりする自分inトラサルディー。体調を整えるのに良いと露伴先生にオススメされたその店は、客を見て料理を作る、という珍しい特徴を持つ。

 店長は自分を見て顔色を少し悪くしつつ「……失礼ですが……お客サン、最近大怪我しましたカ?」と言った。

 ――トニオ・トラサルディー。彼は技術を磨いた末にスタンド使いとなった人間。料理に役立つことならばあらゆるものを取り入れ、十全に使いこなす。文句のつけようなどないプロフェッショナルだ。

 

 

 美味しいものを食べると元気が出る。これは当然。

 料理を食べると体調が整う。これは栄養バランスによりけり。

 ならば『食べた者を健康にする』スタンドが料理に入っていたら? その答えを知りたければ是非トラサルディーまで。杜王町にて好評営業中。

 

 

 カラフルなトマトの見た目をしたスタンド、《パール・ジャム》。食べられることによりその力を発揮するスタンドだが、調理工程のどこで料理に加えられているのかは席からはよく見えなかった。見たとしてもそれはそれで「アレを食べているのか」と気にしてしまい箸が進まなくなるかもしれない。いやこの場合はフォークとスプーン、ナイフが進まないになるのか? ……まあそんなものは昼飯に必要ない。文字通り水に流すべくコップを傾ける。

 ふわ、と顔が綻んだ。

 

「――美味しい」

 

 水だけで美味しいと感じるなんて初めての経験だった。人の手が加わり消毒臭くなった水道水とは比べるべくもない、自然が長い時をかけ作り上げた雪解け水。そんな感動の動きを感じ取ったのか、店に入る前に花京院が私へ絡ませていた触脚も心なしかほうっと一息ついているようだ。

 なお、花京院は店へは入らず外で私が食べ終わるのを待っている。……まあ死人は腹が減るのか、食事ができるのかも謎だからだろう。目の前に美味しいご飯があるのに食べられないのはとてつもない苦痛だ。

 

「お待たせしまし、」

 

 長いような短いような、料理ができるまでの時間を待ち。皿がテーブルに乗るその瞬間。上から異音がした。

 人間を無理やり縦に引き伸ばしたみたいな存在が、天井に頭をぶつけそうになりながらも緑の球体をがっついている。一心不乱に。がむしゃらに。それはもう料理人であるトニオさんが心配するぐらいに。……スタンドの持ち主である自分も引くぐらいに。

 

「…………☆ふとる☆?」

 

 主人の呟きを聞いているのかは何も分からないが、とにかくそれは緑色をした球体を両手に持ち、何度も何度も咀嚼と嚥下を続けていた。

 つい、と顔と思われる部分が動く。それに目はないが確かにこちらを見たと感じた。

 

 ――がちゃん!

 

 テーブルの上の魚を、正しくは魚料理を見てみっともなく尻餅をつく。両手で掴んでいた謎緑球体をほっぽりだし、地を這い逃げ出す。

 

「オー……魚、お嫌いでしタ?」

 

「あ、いえそういう訳では」

 

 スタンドとは精神の具現。☆ふとる☆は魚が苦手だったか? と疑問は浮かぶが美味しい料理の前には些細な疑問。

 数十分後。腹を満たしたからか、気持ちふっくらしたような体を抱えてトラサルディーから出てきた彼を見た花京院はなんともいえない顔をしつつも肩を並べ、また歩き出した。

 

 

 

 間違いなく今、彼は幸せだった。

 

 

 

 ――幸福とは何か?

 

 その答えは人によって違うが、とある吸血鬼と神父は同じ答えへと至った。

 喜劇も悲劇も偶然も必然も事前に認識し、受け入れることにより幸福になれる。『覚悟』とは『未来』。『未来』を知ることが天国へ行き、幸福になる方法。

 だがもし『未来』が知れたとして、『覚悟』できる人はこの世界にどれだけいるのだろう。精神力が足りない者はどれほど変えようとしても変わらない『未来』へ絶望し、何もしなくなるだろう。運命という大河に流される石のように、目を塞いだ奴隷として一生を終える。その行く末は『停滞』だ。

 

 

 『覚悟』とは――真に幸福になり得るのか?

 『天国』は逃げ場のない『牢獄』ではないのか?

 

 

 

 二度あることは三度ある。嫌な事ほど連続して来る。様々な色彩をした不運の巡り合わせは紡がれて糸になり、ぐるりと彼の周りを取り囲んでいるようだ。窓の向こうでは彼の気など知る由もない観覧車が回っている。

 

 ピンク髪の少年は縋るように呟く。

 

「電話……電話どこにいっちまったんだ……? ボ、ボスぅ……」

 

 悪寒。氷が残っていたから? 否。彼が震えたのはあまりにも歪な精神がそこにあったから。

 

 二人を混ぜ合わせたような見目をしているのに、少年本人はそのことに気付いていない。もう一つの顔が辺りを警戒している。その顔も恐らく気付いていない。

 自分だけだ。自分だけがこの歪をわかっている。だから隠れた。自分が見られる前に。スタンドを、エフェクトを使って。

 

 ――☆△ずきん☆!

 

 透明になれる力を持つそれに心の中で感謝を伝える。心臓は鳴り止まない。サイレンから警報が鳴り出す。早くこの悪夢が目覚めてくれと懇願する。

 

 忘れるはずもない、『吐き気を催す邪悪』。『帝王』。

 

 二つの顔を持つ――まごうことなき悪魔(ディアボロ)がいた。

 

 

 

 

 

 薄暗い裏道に響く死神の足音。こつん、こつん、とかかとをわざと鳴らしリゾット・ネエロは手がかりの一つを追い詰めた。

 

「な、なんだお前ッ!」

 

 少年――マニッシュ・ボーイは恐怖していた。それはかつてDIOと出会った時と匹敵するが種類の違う恐怖。濃厚な死の匂い。闇に生きる者のみ纏うことができるその芳香は、マニッシュ・ボーイを捕らえて離さない。

 生憎彼のポッケの中に銃などの武器、煙幕などの目眩し等々頼れる物は何一つとしてない。スタンドを出したところで、その真価たる能力は現実世界では発揮できない。

 

「答えろ。お前を雇ったのは誰だ」

 

「な、何のことを言って――」

 

 ジョースターを殺す刺客としての仕事はDIOの死によりもう終わったことのはずだ。今さらなんだ、と口から出るのは突然否定。それを聞いた暗殺者は自身のスタンドを使う。

 予備動作も何もいらない。当然気付かれることもない。ただ少し、磁力を向けてやるだけ。

 

 ――少年の身体にじわりと生える釘の群。

 

「イギャアアアァァーーーーッ!!」

 

 苦しみ悶えることは許されない。既に彼は足の甲を貫通した針によってしっかりと地面へ縫い付けられている。

 スタンドの能力からして、彼は現実の痛みに慣れていない。そして抵抗もできない。

 

「もう一度だけ聞く。お前を雇ったのは、誰だ」

 

 男は近付かない。闇に満ちた目を漆黒の意思でよりドス黒く染めた視線は、次は死を与えると告げていた。

 

「わ、わかったアァ、言うよ、言うからさぁア」

 

 顔から体液を垂れ流し、吐かせたその言葉から並べられた過去については男が求めるものとはだいぶ違っていた。……不快。

 だがその途中、とても気になる言葉があった。『夢』、『同じタイプのスタンド』。成る程、可能性としてはとてつもなく低いがそういうこともあるかもしれない。いや……そうだからこそ、こいつはこうして必死に命のリミットをなんとか延ばそうと話を続けている。この状況で嘘をつくメリットは、こいつには存在しないのだから。

 

 少しばかり男の表情が変わったのをマニッシュ・ボーイは確かに見た。

 嘘だろ、アレのことかよ、俺は何も知らねえってのに、どうして俺が! この痛みを受けるべきはアイツの方であるはずなのに! 轟々と渦巻く怨みは向き場を見つけられないまま溜まるだけ。

 これは醒めない悪夢だ。もしも、もしも()()()()であれば、あいつにこの()()を体感させてやるのに――。

 

「も、もういいだろ、早、早くこれをッ」

 

「…………ああ、そうだな」

 

 安堵の表情は、すぐに困惑に。

 

アッディーオ(さよならだ)

 

「え、ァ」

 

 ほんの数秒で命は消えた。すでに男の姿は無かった。

 ……そこにはもう、誰もいなかった。ただ、ボロ雑巾のようになった肉塊があるだけ。肉の内側から弾けただろう無数の鉄片が辺りに突き刺さっていたが、それもすぐ、形を失った。

 乾いた血で黒く染まった肉塊が見つかるまで、あと――。

 

 

 

 

 暗殺者であり、いかなる時でも冷静である男としてはとても珍しい殺し方。今なお収まらぬ怒りをぶつけた残虐極まりない殺人現場には背を向け、いつもと変わらぬ暗い道を歩む。

 

 …………リリ、リ! コール音。

 

「リーダー! リーダー! 大変だっツエホッ」

 

「落ち着け」

 

「指令だよ! ボスからの指令だ! ――『日本にいる夢のスタンド使い』を殺せ、だとよ」

 

 未だ正体の分からぬギアッチョを襲った下手人は刺客ではないのか、どうして、といった考えは耳元から流れる音と共に抜けていった。

 あらゆる感情が混ざり合って返答は口にできなかったが、確かに言えるとすれば。

 この時、男は。

 

 

 ――笑っていた。



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夢で繋げて

また一年近く間隔をあけての更新。話は短め。
カメオ、更新ペースを上げる願いを叶えてくれ……。


 この世で起きることに意味があるとすれば、それは結果だけだ。

 過程はどうでもいい。結果さえ出れば良い。過程を重要視しようと、過程で得たものは素晴らしいのだと唱えても、それは理想論にすぎない。

 

 だから、ここには結果だけを残す。

 誰が。いつ。どうやって。何を。どうした。

 全ての過程は消し飛んだ。

 

 

『彼の存在はディアボロに知られた』

『スタンド使いの集団は日本に来る』

 

 

「ハァッ、ハッ、ハッ――」

 

 ここは借りているホテルの一室。……寝汗が酷い。恐怖は抜けそうにない。

 夢の中、花京院が助けに来なかった中でかの悪魔の襲来をどうやって切り抜けたのかは些細なこと。今は『知られた』ことだけが問題だ。

 絶頂を邪魔する者である自分を排除する。未来視の能力を持たずとも、そう遠くない未来にそれが現実になることは間違いない。

 

「4部の終わりから、5部への間――時間は、どれだけある?」

 

 わからない。

 

「今ディアボロが動くと、影響はどこまで出る?」

 

 わからない。

 

「もしも暗殺チームがいなくなれば、ジョルノ達はどうなる?」

 

 わからない。

 ただ一つ言えるとするなら――黄金の意志が途切れるだろうことは確かだ。

 何を、どこで間違えた。

 

「……知らせなければ」

 

 どうやって、誰に? 杜王町に住む彼らに任せるつもりか?

 吉良吉影よりも残酷な人殺しが今から来ます、ですが殺してはいけません、未来のギャングスターの成長のために――なんて言えばいいのか?

 

 頭を抱えても良案がやって来るはずもない。来たのは精神のブレをきっかけとしてスタンドにより現実へ引っ張り出された奇妙なもの。

 渦巻しっぽの生えた幽霊の口から、蛍光色のどろりとした液体が彼の頭へと流れていく。粘性のあるそれが頭からだらだらと、彼を苛むように包んでいる。スタンドから発せられる物体で窒息してしまうのでは、そう心配する人はここにいない。孤独の部屋で押しつぶされて溺れていく。

 

 自分に害はなくとも邪魔になるドロドロから逃げようとはしない。それは触れてはならないものに触れた罰を心のどこかで求めている証拠。そもそも、彼は最初スタンドを制御できるだけの意思の強さを持たなかった弱い人間だ。

 目に悪い色合いが床に溜まっていく。頭が回るほどに自分のマイナス点を咎める言葉が心を締め付ける。

 

「………………あれ」

 

 そういえば、花京院はいつになったら帰ってくるんだろうか? 何かしたいことがあるからと部屋を出て、それで……。

 ……一人よりも二人の方がきっと良くなる、頭を回すのは先延ばしにしよう。花京院ならきっと相談に乗ってくれるし口も堅い。

 取り敢えずスタンドから出たコレをどう掃除しようか。まず制御できていない状態のスタンドが元になっているコレは消せるのだろうか。スタンドの見えない一般人にはそう影響は無いだろうが自分はスタンド使い、これを放置したまま生活はできない。どうしたらいいのだろうか、と悩む男が立っていた。

 

 

 

 ――気配をたどる。それは自身のスタンドの延長線。彼からもらった夢日記。手を伸ばして、掴んで、引き寄せるのではなくそちら側へ移るように。

 

『本体がいるならその近くにスタンドがいる』

『スタンドがいるならその近くに本体がいる』

 

 スタンドの射程距離や能力でこのルールに例外はあるがそんなものは気にしない。事象を逆転させる。大切なのは『できる』と思うこと。太陽(サン)の正体を探ろうと天目掛け緑の法皇(ハイエロファントグリーン)を向かわせたように、自分をあの場所へと連れて行ってと願いを――違う。人任せではなく自分の力で行かないと意味がない。かつての戦友の手にある夢日記を標に、使命感を追い風に飛んでいく。

 

 彼のスタンドにより夢へ囚われ、現へ姿を見せるのにも彼のスタンドが関与した結果、花京院は未だ彼のスタンド――『デイドリーム・ビリーバー』の影響下にある。ディアボロの襲来という危機は何となくとしか言えない曖昧な感情と共に伝わった。――これから起きるだろう戦いの予感も。

 

 あの人は弱い人間だ。スタンドが巻き起こす闘争も裏の世界も知らなかった人間だ。頼り方を知らない人間だ。大人のような子供。問題を一人で抱えて両手が塞がり、転んでしまって立ち上がり方が分からない。

 問題解決のために、手を差し伸べるために正面切って「貴方を助けたい」と言っても「大丈夫だから」なんて遠慮してしまう日本人の典型的な大丈夫ではない断りをするのは目に見えている。自身のスタンド能力の強さによる慢心ではなく、本当に心の底からの遠慮。自分のせいで他人に迷惑をかけたくない、その気持ちは分からなくもないが……それで死んでしまってもいいと言うのか?

 

 良くない。許せない。僕が許さない。彼が殺されるのを黙って見てろ? そんなの受け入れられない。そうやって死んでも良いことなんて一つもない。

 だから、勝手にやってやる。勝手に手を貸す。これは僕が一人で始める反抗だ。

 

 

 僕の最期になったあの日から一つも変わらない僕を見て、君はほんの少しだけ目を細めた。

 君の纏う色は変われど、シルエットは変わらない。細かく顔を見ると、肌のハリだとか小さなシワだとかが気になって。……どうでもいいことが話したい。自分がいなかった時に起きた出来事を共有して過ぎた年月を埋めたくなる。

 死人だというのに、いつかいなくなる存在なのにずっとを望んでしまう。隣にいたい。彼を目の前にしてそう思ってしまった。モノクロの彼女たちに「めっ」なんて叱られる幻聴が引き止める。……もしかすると幻聴じゃなかったのかもしれない。

 落ち着いて、線を引く。どんなに自我を保っていても、生者と死者の境界は越えてはいけない。

 

「……老けたなぁ、承太郎」

 

 ――無から有として現れた法皇の主は、会えない筈の星と再開した。

 

 

 

 杜王町にはスタンド使いが多い。これは虹村京兆と吉良の父親が矢を用いて戦力となるスタンド使いを増やしたことに起因する。

 ――スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う。多ければ多いほど、目に見えない引力は強くなる。矢に由来しないスタンド使いもいるこの杜王町で正確なスタンド使いの数は分からない。杜王町にいたが、離れたスタンド使いもいる。

 

 目の前にいる彼が、杜王町から離れたその一人だ。

 

「ひっ、んだよココ……!」

 

 手入れが満足にできていないぼさついた髪、囚人服。犯罪者の証。ぱちぱちと火花を放つ黄色のパキケファロサウルスのようなスタンドはボロボロの状態で、とても戦えるようには見えない。

 

 彼の名は音石明。スタンドはレッド・ホット・チリ・ペッパー。電気そのもののスタンドを操る強者でありギタリスト。

 スタンドはシンプルなほど強い。能力を発動させるにあたり複雑な条件を持つものもいるが、応用が効き対策を練りにくいシンプルな能力に勝る強さはない。

 仗助君のクレイジー・ダイヤモンドを追い詰めたこともあるスピードとパワー。彼を暗殺者との戦いに巻き込めば……とまで考えてそれは流石に良心が咎める。仗助君と戦い、承太郎さんに脅され心が折れてリタイアした男を一度命の危機へ? 無理だ。そこまで非情にはなれない。

 

 ……なんでまた夢の世界へ来たのか? 答えは「掃除に疲れてベッドに寝転んだらそのまま寝た」……うん。我ながら体力のなさが浮き彫りになってしまった。情けなくなってくる。

 

 弱っていたとしても強力なスタンド、下手に刺激する方が危険。時が過ぎるのを待つのが一番。さも自分は人間ではなく舞台装置だとピアノを弾いて彼が起きるまで待とうと、しただけだった。のに。

 

「………………」

 

 何だこれ。手を、鍵盤の動きを見られている。夢の宇宙船に備え付けられた椅子を動かして、この演奏会の特等席を自分で作ってきた。近い。そして音石の体が一定周期で揺れて……それじゃまるで『リズムにノッている』みたいじゃ、というかそのものだ。

 音石明はギタリスト。仗助君達を襲った時もエレキギターを持ってという筋金入りのギタリスト。とてもピアノに興味があるようには見えない。これは個人の偏見だが……音石明はロック以外音楽とは認めない、なんて言いそうだと思っている。そんな彼が大人しくしている。

 

 つまり、音楽性が……合った? その証拠か、彼の両手は独特の動きをしている。エアギターでセッションしているつもりだろうか。

 

 うん。……うん。招かれるスタンド使い、友好的と敵対的の振れ幅が大きすぎないか?



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勇気の一歩

大変長らくお待たせしました……。今回も短め。


 うろうろぐるぐると同じところを行ったり来たり。電話を手に持って、番号を押して途中でやめて。

 

 彼が思い詰めているのは未来について。

 何がどうしてそうなったのか。自分の所為であり得ないことが起きようとしているが責任が取れそうにないから逃げたい――その願望がずっと胸の端にちらついている。そのくせ自分が原因で皆が傷つく姿は見たくなかった。

 臆病でお人好し、頼みを断れない弱い人間なりに動こうとした結果、『誰かを頼る』ことがようやく選択肢の上位に入ったわけだ。

 

 口から粘液を垂れ流していた幽霊は彼の頭上ではなく今度は隣にいる。じっと見ている。逃げ出さないようにと監視しているのか、声なき応援なのかは分からない。

 

 ふう、と息を吐く。

 緊張から鼓動が早くなったまま、言うべきことをホテル備え付けのメモに書き殴った原稿モドキを確認しながら。決心してから何度目かの挑戦かは分からないが、男はようやく空条承太郎へ電話をかけることに成功した。

 

「もしもし承太郎さん。………………もし、私がこの先何が起きるかを知っていると言ったら……あいやその、そこに私はいないし知っているのは全部じゃなくって、飛び飛びでっ」

 

 心の中ではなんともなかったのにいざ口にすると噛むわ早口だわ整理できてないわ、とダメダメの三重苦。急に何を言っているんだ、ふざけるな、と怒鳴られても仕方がないと自分でもわかる。

 

『――そうか。大変だったな。伝えてくれてありがとう』

 

 予想外。電話越しの声は一世一代の告白を何一つ疑うことなく受け入れた。

 

「あ………はい?」

 

 夢は時として未来を見せることもある。適当か偶然か本物かの判断ができるのは当人以外に存在しない、それが予知夢。

 デイドリーム・ビリーバー、かのスタンドの能力を全て把握できた者はいない。男の能力には未知がまだ潜んでいるのだと周囲は認識している。

 ――幸か不幸か、原作知識はスタンド能力の一部だと思われた。男がそのことに気がつくのはまだ先である。

 

『ところでここに花京院がいるんだが』

 

「………………あの、えっ?」

 

『今変わる、少し待ってくれ』

 

 ガサガサと音。時間にしてほんの数秒、電話の主が変わる。

 

『変わったよ、僕だ。声をかけなかったのはすまないと思っているけど、それ以上に急いでいたものだから』

 

「……どうして?」

 

 いろんな意味の込められた疑問。どうやって向こうまでの距離を飛び越えたのか、その行為をした理由は何なのか、……自分にそこまでするのは何故なのか。

 

『僕は守りたい。友人を失うわけにはいかない』

 

 花京院典明はキッパリと言い切った。

 

『恐ろしいスタンド使いが来る。そうだろう? このままだとDIOの手先と同じ、いや、それ以上の殺意が杜王町を襲うことになる。それは避けなければならないが、逃げ場はない。なら抵抗するしかない』

 

 本当は電話越しで伝えず、直に問いただしたい重い言葉。

 

『貴方はどうしたいんですか?』

 

「――それは」

 

 返せる言葉を自分は持っていない。口の中はカラカラに乾いている。答えまでの時間を稼ぐ悩み声はスカスカの風になって消えていく。

 マイナス思考を察知して幽霊がまた粘液を垂れ流そうとして、何かにばちんと叩かれた。下手人は床から生えている一本の腕。わきわきと動いているその手のひらにはジト目になっている瞳。スタンドは、己の主たるスタンド使いを見つめている。

 

 ☆めだまうで☆。それは戻るためのもの。取り返しのつかない場所から帰るためのもの。

 お前の考えるそれは本当に言いたい言葉なのか? まだ逃避を続けるのか? 口はないが目で語りかけてくる。睨みつけてくる。

 

 ……違う、自分は逃げたいわけじゃない! ただ、怖い。

 

 口を閉ざす。受話器を持つ力が強くなる。怯えているのか? 当たり前だ。自分がいることが、何か行動を起こすことが最悪の可能性を呼び込むのだと起きた事象が証明しつつある。

 

「っ」

 

 原理は不明だが移動した腕が彼の背を押す。バシッと叩く。

 ……スタンドは自身の精神の発露。ならば、その行動はきっと自分の奥底にある思いによりもたらされている。もう一度叩かれる。綺麗にまとめることはできないまま、吐き出してしまえと急かしている。

 

「私だって、止めたい。でも皆が巻き込まれるのはもっと嫌なんですよ!」

 

 目覚めてからこれまで出したことがない大声が部屋に響く。

 

「抗えるならどれほどいいものか……でも、そんな力は無い」

 

『そこから間違っている』

 

 感情的になるこちらとは対照的に冷静さを保つ法皇は静かに語る。

 

『貴方は弱くなんてない。だろ? 承太郎』

 

 友のその言葉に無言で頷く。

 空条承太郎は知っている。自身のスタンドの暴走を自身で止めた彼を見ている。あの時起きたことが、彼の強さを保証している。

 

「――そう、でしょうか」

 

『ああ』

 

 ☆めだまうで☆、ぐっと親指を立てている。どうやらお気に召したようだ。これがグッドコミュニケーション。満足したからかそのまま床へ潜って消えていった。

 信頼を受け止めるため、反芻するかのように同じ意味のやりとりを繰り返す。口に出すほどに実感が強まる肯定。……知らない間に幽霊も☆めだまうで☆と同様に消えていた。

 また電話相手が変わる。

 

『君の言うスタンド使いについてだが、特徴が当てはまる者を探すようスピードワゴン財団にも連絡しよう』

 

「はい、ありがとうございます」

 

 男は電話をかけた時とは打って変わってハキハキと感謝を告げる。

 ……彼は全てを伝えたわけではない。暗殺者チームの容姿は持ちうる限りの語彙力で伝えられたとは思っている。スタンド能力も覚えている範囲で答えたものの、ディアボロとドッピオに関する全ては省いている。

 徹底して姿を隠している謎のボス、として知られるパッショーネのトップ。その男のもう一つの人格と姿を知っていると気付かれたのなら……これまで以上に姿を隠し、かつ情報を抹消するべく彼の直属のスタンド使いが放たれ、多くの死がもたらされるだろう。 

 

 ――余計なところを突っつく必要は今は無い。出来る限り原作に沿わせる、それが最優先事項。

 

 電話を切る。胸を撫で下ろす。乗り越えなければならない試練はまだあるが、彼らの力を借りられるのは心強い。心の重荷はかなり軽くなった。そう、この風船のように! ……またスタンドが勝手に出てきてしまった。嗜めるように指先でつつくも揺れるだけ。

 

「…………?」

 

 脳の隅を引っかかれるような不快感。緊張の反動か? すぐに落ち着いたので気のせいだろうと忘れる。

 忘れちゃいけない、承太郎に話し終わったのなら次は杜王町のスタンド使い達に早く教えないと。ドアを開ける。そういえば花京院はどうやって帰ってくるんだろうか、なんて考え事をして。

 ……だからだろうか。風船が割れ、中から()()()()()()()()()()()()()()トランプのジョーカーが出てきたのに男は気が付けなかった。

 

 

 

 電話が切れた瞬間、また電話が鳴る。リンリンと喧しい鈴の音が早く出ろと急かす。繋げると同時、焦った様子の声が聞こえてきた。

 

「何があった?」

 

『音石明が我々に対し、要求に応えられなければスタンドを使用すると脅しを』

 

 音石のスタンド、レッド・ホット・チリ・ペッパー。仗助との戦いでボロボロになっているが、その能力はシンプルで強力な電気そのもの。

 エネルギーとなる外部からの電気を通さぬよう対策してある牢獄とはいえ、待機している財団職員の中にスタンド使いはいない。放置していれば被害が出てもおかしくはない。早急に対処する必要がある。

 

「何を要求している」

 

『それが……ここから出せ、宇宙人に合わせろ、とのことで』

 

 ついに狂ったか、それが一番最初に浮かんだ言葉。牢屋の中の方が安全だ、と完全にビビっていた姿を思い出す。

 

「宇宙人? …………いやまさか」

 

「花京院、知っている奴か?」

 

「まぁ、当たっているかどうかは分からないけど覚えしかないって感じかな。承太郎も知っている人だよ」

 

 男は困ったように笑っていた。

 

 

 

 人気のない、人目につかない暗い道。一人の男、人殺しの男が立っている。

 

 口癖のようにしょうがねーなぁ、と呟く。ちょっとでもカネを浮かせるためとはいえ、メンバー数名を小さくしての密航は危険だと思っていたのだが、リーダーの決定となれば従うほかない。

 ……まァ、一人分のチケットで複数人のスタンド使いが来たなんて思いもしないだろう。結論からすればリーダーの判断で正解だったと言うわけだ。

 

 目的地は漫画家岸辺露伴の家。

 何かしらを知っている、もしくは関わっているのは間違いない。口を割らなければちょいと不幸なことが起きるだけ。

 

 ――指令が下されてイタリアから日本へ。飛行機、タクシー、乗り継いできたにしても()()()()。途中が飛んでいる。そのことに誰も気付いていない。

 

 ……きゃあきゃあと、赤子の笑う声がどこからともなく聞こえていた。



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