ここはBLゲームの世界、幼馴染はヒロイン (日田)
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1話

思いついたら出来てた。


 『ペンデュラムスクール』前世で話題になったblゲームだ。高校に進学した主人公正村 司は5人の学生たちに出会い……アッー!な展開という。なんともオーソドックなもの。なんで流行ったなんか知らない。前世は男だったんだわかるわけない。なら、なぜ知ってるかって?有名だったんだよ。それこそ深夜アニメの覇権をとってSNS上でも話題になったせいで簡単なあらすじくらい言える。そしてなんと今世がその世界なのだ。しかも正村 司が幼馴染という楽しげなポジション。

 

「何いってんだ、お前」

「え、司の未来? 」

 

中学生最後の春休み 司の部屋でゲームをしている最中にせっかくアッー!な未来を教えて上げたのにアホでも見る様な視線を送られる。

 

「……はあ、まあいい。仮にそれが本当だとして色々と問題がある」

 可哀想に、どうも自分の未来を信じられないらしい。分かるよ、私もBLゲームの主人公の幼馴染になるなんて信じられなかったし。

 

「いいか、葵。まず第一にオレの両親は離婚してない。止めたの葵じゃねえか」

「……確かに」

 

 ゲームでは7歳の頃司の両親は大喧嘩の末離婚して、それがトラウマになって司が女性が苦手になるはずだった。のだが、隣の私の家まで聞こえてきてつい乗り込んで怒ってしまったのだ。思い出すと今でも怖いけど、仲良くしてる2人を見ているとしてよかったと心底思える。

 特に沙奈さんには本当に良くしてもらっていて娘の様に可愛がってもらっている。『本当の娘になってくれたらいいのに』なんて言ってくれる程だ。

 

「後、オレが今一人暮らししているのも母さんが父さんの単身赴任についていったからだろ」

「おお」

 

 そうだ。ゲームなら別れた妻を思い出すからと殆ど帰らなかった父親だが、今は夫婦仲良く単身(?)赴任している。一人暮らししているにしても中身が全然違う。あれ、もしかして全然違うのか?

 

「……それに料理が下手で家庭科部に入るっていうのもねえだろ。誰が昼飯用意してやってんだと思ってる」

 

 アニメではトチ狂ったのか勇気を出して家庭科部に入る話がある。そこで攻略対象と出会うのだが、それもなさそうだ。なにせ司の卵焼きは絶品だ。他にも栄養に気をつけた料理のバリエーションは最早オカン級と言っても過言じゃない。

 

「てか、料理下手なのお前だろ」

「ぐう」

 

 痛いところを突かれたなんて的確な指摘。ふ、だが気にしないさ。ここに食べに来れば司が作ってくれるのでなんの問題もないからだ。

 

「それに……」

「それに? 」

 

 なんだろ、じっとりとした視線が私を射抜く。心がザワザワと揺さぶられる。けど、フッと、何もなかったように何時もの司の目に戻った。……気の所為かな?

 

「……いや、何でもねえよ。もう直ぐ昼飯だし買い物行こうぜ」

「もうそんな時間か。今日のご飯はなんだ?司の料理は何でも美味しいから何でもいいぞ」

「そうだな、ハンバーグにでもすっかな」

「やった私、ハンバーグ大好き! 」

 

「たく、何処でも寝ちまうんだからよ」

 

 夕方 遊び疲れた葵は人の部屋でスヤスヤと寝ている。ここが男の部屋だという自覚はないのだろうか。……いや、無いというより自分が男だと思っているのだと思う。

 小さい頃それこそ幼稚園の頃から葵は前世は男だと幼馴染のオレには教えてくれていた。昔はただ凄いなんてアホな事しか思っていなかったが今なら分かる。本当にそうなんだろう。

 行動はアレだがテストではいつも100点。小学校から今までずっと成績はいい。塾になんて通ってもいない。一緒に入学する学校も葵は特待生だ。

 しかし、今日のは驚いたな。まさかオレがBLゲームの主人公だなんて言われると思ってもいなかった。葵の突拍子もない行動には慣れたつもりだったがこんなこと言われるなんて考えてなかった。考えてる方がどうかしてるが。

 だが、仮にそうだったとしてもなんの問題もない。男に靡くなんてあり得ねえからだ。昔から憧れてたヤツなんて一人しかいねえ。

 小さな時は引っ込み思案だった。両親は困ってたと思う。けど、そんなオレをいつだって葵は手をつないで部屋の外に連れて行ってくれた。ヒーローだった。

 7歳の頃大喧嘩した両親。昔はすれ違いを起こしていたのかよく小さな諍はあった。けど、その日は違った。周りに響くほどの大喧嘩。オレはどうすることも出来なくて泣くしか出来なかった。

 けど、葵はいきなり現れたと思うとポカポカと親父と母さんを叩いた。痛くなんてなかったはずだ、けど、鼻水垂らして大泣きしながら止めようとする葵の姿を見たら二人とも冷静にならざるを得なかったんだろう。二度と親に会えない少女の言葉にはそれだけの重みがあった。

 おかげで今じゃ息子のオレが引くくらいの仲に戻れたのだからまあ、良かった。

 

 

 

 けど、悔しかった。ただ見てるだけだった自分が悔しかった。葵が、オレのヒーローが泣いているのに何もしてやれないことが本気で悔しかった。ヒーローは完全無欠なんかじゃなくてただの意地っ張りな女の子だったんだって、その時ようやくオレは気がつけた。

 

 ――だから決めた。

 

 いつか、そんな誰かのために泣ける女の子を守れる程の強さ(ヒーロー)を手に入れたら告白する――それがオレの夢だ。

 

〜♪〜♪

 

 スマホがなる。母さんからだ。

 

『もしもし、司、葵ちゃん元気?』

「そこは、オレの様子を伺うべきだろ?」

『司が元気なのは知ってるから。それより葵ちゃんは?』

 

 扱いが酷いがまあ、親子の信頼としておこう。

 

「ああ、元気だよ。今も他人の部屋で勝手に寝てやがる」

『そう、良かった』

 

 心底安心したといった様子なのは顔を見なくても分かる。いなくなった親友の遺児だ。特別気にかけるのも分かる。

 

『葵ちゃん、司と違って内に溜め込みやすいタイプだから心配になっちゃうのよ』

「……そうなのか?」

 

 知らなかった。いつも自由気ままで、だけど正義感が強い性格だと思っていたがそれだけじゃないらしい。

 

『そうよ。司、鈍感だから分かんないなら無理して理解しようとしなくていいのよ。司は自然体でいなさい。猫みたいな感性してるから変に意識するとすぐ気がつかれるわよ』

「……さいで」

 

 そうだ、あの話してみよう。

 

「もし、オレが男に惚れたらどう思う?」

『はあ!?何言ってるの!?私の葵ちゃん娘計画を潰す気!!??』

 

 待て、なんだその計画。聞いたことないぞ。

 

『もしかして、葵ちゃんに異性と認識されなさ過ぎてそんな奇行に……』

「ねえって、冗談だっての。つうか、葵は絶対振り向かせる」

『そう、安心した。そうだ近いうちそっちに帰るから葵ちゃんにまた服見に行こうって伝えといて、じゃあ元気でね』

「……母さんもな」

 

 電話が切れる。

 今葵が着ているワンピースも母さんと一緒に買いにいったものだ。前世が男と言うだけあって女物を買いたがらない、ということはあるが、それとはまた別に葵はあまり進んで物を買おうとはしない。両親が残してくれた遺産があるとはいえ、二人暮らししている祖母にあまり迷惑をかけたくないと感じているのでは、というのがオレの所感だ。

 

 

 

 

 

 風が吹く。心地のいい季節になってきたとはいえ日が傾くと肌寒くなってくる。

 

「う、うーん」

 

 いつの間にか葵は赤ん坊のように縮こまっている。まあちょうどいいか。

 寝ると中々起きないことはよく知っている。身体の下に腕を通し持ち上げる。俗に言うお姫様だっこだ。起きても文句は言わないだろう。どうせオレの事は弟くらいにしか思われてない。……言ってて悲しくなってきた。

 持ち上げた身体は思ったより軽かった。3年生くらいまでは葵の方がデカかった気がするが今は葵が157くらいだったか、170ちょっとのオレに比べたらずいぶん小さい。

 

 他の意味で不味いかもしれない。柔らかい肌にシャンプーのいい匂い。長い髪がオレの腕を撫でる。とんでもない役得だ。

 

 理性で押さえつけながらオレは葵を家まで運ぶのであった。




タイトルの前半は主人公、後半は幼馴染のセリフだったり


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2話

続けた


「あー、僕、グー出すかもしれないー」

 

 なるほど、高度な作戦だな。だが私がそう簡単に引っかかると思わないことだ。

 

「ふ、分かった。そっちがその気なら私も全力でいく」

「あれ? 三浦さん、僕、グー出したいなー」

 

「「最初はグー、ジャンケン」」

 

───

 

「ま、負けた」

「たり前だろ。何でチョキ出すんだ」

「てっきり罠かと」

「いや、どう見ても、譲る気満々だったろ」

「うー」

 

 表情を含めて油断を誘う罠だと思っていたが違うかったらしい。

 

 不覚

 

 さっきのは朝のHR話で今は昼休み。今は中庭でご飯を食べながら雑談中だ。

 新任だった担任がすっかり忘れていた係と委員会を急いであみだとジャンケンで委員会決めをしたのだ。

 司はあみだの時点で抜けてなし。私は、負け続けて図書委員の座を得てしまった。因みにジャンケンをした某君は美化委員の座を勝ち取った。

 

「相変わらずね」

 

 私と司の会話にどうでも良さそうに感想を言う森野 泉。まあ、それが標準なので気にしない。

 泉は中学からの友だちで数少ない女の友だちだ。そして、司の次に息の合う親友。ショートボブにメガネ。口数も少なくあまり表情に感情を出さないが、何故か私と意気投合している。残念ながらクラスは別になってしまったがこうして昼ごはんを一緒に食べたりする。

 

「葵ちゃんは勝負事に向いてないのよ」

「私は競争は好きだ」

 

 まさかの宣告にすぐさま反論する。おかしい、リレーやソフトは大好きだ。なのに勝負事に向いてないとは如何に。

 

「どうせ運動のこと考えているでしょうけど全然違うから」

「え、なんで分かったの? いや、私は勉強もできるぞ」

 

 胸に手を当てて答える。この3人の中で一番勉強ができる自信はある。何せ、入試でトップ5の1人だからな。

 

「……」

「はあ」

 

 あら? 泉の返事がない。というか司にため息つかれた。解せん。

 

「おい、葵。あっち向いてホイ」

「へっ、あ」

 

 負けた。

 

「ち、違うから。今のは急だったから」

「じゃあ、もう一度だ」

 

「あっち向いてホイ」

「も、もう一回」

「あっち向いてホイ」

「偶然だから」

「あっち向いてホイ」

「……」

「あっち向いてホイ」

「あっち向いてホイ」

「あっち向いてホイ」

 

……

………

 

 

 バカなっ……! 10連敗だとっ!

 

 膝から崩れ落ちてしまったのは悪くないと思う。

 

「何で、何でなんだ!? 」

 

 ここまで来れば認めざるえない。私は、弱いのだと。

 

「葵は表情に出過ぎてるんだって。一対一で戦うときはほぼ負けてるからな」

 

 表情、頬を触るとぷにぷにと柔らかく高度な柔軟性が維持されている。泉の頬を触る。柔らかいけどあんまり伸びない。司の頬を触る。伸びなくてザラザラして硬い。

 確かにこれだと直ぐに表情に出てしまう。

 

「……これに懲りたら相手の善意は受け取っとくんだな。てか、相手が譲るって言ったんだから受け取っとけば良かったのに」

 

 確かに某君はどっちでもいいと言っていた。だがしかし、

 

「イヤだ。憐れみを受けるなら死んだ方がましだ」

「武士かよ」

「幼稚園児じゃないかしら。駄々のこね方が弟にそっくり」

 

 好き勝手言うな。

 ふ、まあいい。事実に気がついたからには次は勝つ。これは確定的に明らか。というかさっきから、

 

「司、顔赤くないか? 風邪か? 」

 

 おかしいな、さっきまで普通だったのに頬を触ったあたりからおかしい気がする。強く触りすぎたかな?

 

「……日差しが暑いんだよ」

 

 ん? ここは日陰だぞ。というかまだ4月でポカポカ陽気で全然暑くな──はっ、そうか、分かった。

 

 高2病だな

 

 考えてみれば中二病はかかってなかった。その反動でちょっと早い高2病と考えれば納得がいく。

 安心しろ司。

 私はお前の理解者だ。どんな傷を負っても笑ったりしないからな。

 この年頃の青年は中々センチメンタルな心情だ。深く聞くのは野暮ってものだ。ここはサムズアップを送っておくとしとこう。

 

「そのサムズアップの意味を問いたい所だが、なんで図書委員嫌なんだ? 別にしんどくないだろ座ってるだけだろ」

「だって、司と一緒にいれないから」

 

 どうしたんだろか。そんな当たり前のこと聞くなんて。『友だち』と遊ぶ時間が減るのは嫌に決まってる。学業も維持しないといけないしな。特待切られるのは困る。

 

「お、おおそうか。うん、そうか」

 

 急に立ち上がってそっぽを向く。トイレかな?我慢しなくていいぞ。もしかして赤くなってたのはトイレ行きたかったからか?

 

「あ、わたしも図書委員だからよろしく」

「そうか、じゃあいいや。一緒に頑張ろう」

 

 泉と一緒なら暇しないしいいか。あ、座った。トイレはいいのかな。

 

────

 

 数日後

 

「あー、どうすっかな」

 

 オレは放課後1人、靴箱の前でどうするか考えていた。普段なら葵と一緒に帰っているのだが図書委員の仕事でいない。帰ってもすることもない。部活か研究会の見学でもするかな? そうすっかな。

 よし、そうと決まればまずは運動部系から見るか。こういった運動でかっこいいところ見せれば振り向いてくれるってのも定番だしな。走り幅跳びとかいいかもしれないな。

 

「あら、帰り? 」

「いや、暇だし部活見学行くわ」

「そう、じゃあ」

「おう、また明日──って、何で森野いるんだよ!? 図書委員だろ!?!? 」

 

 やべぇ、自然に現れたから普通に挨拶しちまった。

 

「? 何言ってるの? 」

 

 やっぱコイツは苦手だわ。分かっていながらサディスティックな笑みを小さく浮かべている。

 

 森野 泉。コイツは葵の前だと多少口の悪い物静かな性格に見えるがオレ、というか大抵の人間にはグリグリと塩を塗り込む。中学の時だったか森野が葵を嫌っていたカースト上位の女子に何か囁いて真っ青にさせたのは忘れられねえ。

 何より森野はBL本を葵に流している。いや正確にはオレが持っていない漫画を葵に貸している。

 少女漫画はいいがBL本は葵の前世とか関係なく絶対に碌な事にならない。というか、流してオレの反応を楽しんでいる節がある。

 しかし、葵にとっては大切な友人なので何も言えない。ついでに森野も葵の事は良く思っている気遣いはオレでも理解している。

 

 で、なんでそんな奴が葵と一緒に図書委員の仕事をしていないのか。

 

「……葵は今日図書委員の仕事で残ってる」

「そうね、知ってる」

「じゃあ、何で一緒にいねぇんだよ? 」

「だってわたし、ペアじゃないもの」

「ああ? なんでだよ」

 

 訳わかんねぇ。一緒にいるって言ってたじゃねえか。

 

「図書委員の割り振り、1年生は上級生と組むことになってるのよ。馴れない1年生への配慮ってことで」

「なるほど…」

 

 納得した。要は組みたくても組めないわけか。けど、なんだ、妙な胸騒ぎが……

 

「因みにこれがその相手よ」

 

 スマホを見せてくる森野。手際いいな。いや、妙に親切な気がする。

 

「どれどれ」

 

 イケメン。儚いイケメンがいた。線が細く華奢だがそれが儚さをより強めている。ナイフの様な瞳に銀縁のメガネを掛けている。癖っ毛の強い灰色の髪だ。なんというか、ホストみたいだが、ホストと違って違和感が全然ない。

 

「何だこれ? ブロマイドじゃねーか」

「残念ながらただの写真よ。貴方とは似ても似つかない程イケメンね。ファンクラブもあるとか」

「……そ、それがどうした? 」

「別に、組んだときも親しげに話してたからもしかしてああ云うのが好み──」

「ちょっと用事思い出した!! じゃあな! 」

 

────────────────────────────────────────

 

「ふん、別に手伝う必要はないんだぞ」

「何言ってるんだ私より体力ないくせに、ん? 」

 

 見つけた! 図書室にいないからどこかと思ったら仲良く本なんて運びやがってっ!

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、よ、よう」

「お、おう。どうしたんだ? 今日は先に帰るって」

 

 あ、やべ、とりあえず来ちまったから用事なんて考えてなかった。とりあえず晩飯の話で濁すか。

 

「晩は麻婆豆腐でいいか? 中華が食いたい気分なんだ」

「おお! いいぞ! 私もマーボー豆腐は好きだ!! 」

 

 よし成功。

 

「でも、そのくらいメールで言えばいいのに」

「そ、そうだな」

 

 クソ、なんで今回は流されないんだ。いつも簡単に逸れるくせにいやに鋭い。なんて答えるか。携帯を家に忘れた、いや駄目だ。普通に使ってたわ。

 

「お前が正村 司? 」

 

 考えあぐねていると思わぬ方向から声がかかる。葵と組んでいる上級生だ。ピンがみどりってことは2年か。

 生で見ると写真よりイケメンじゃないかと思うほどで妙なオーラを感じるほどだ。

 てか、でかい、180半ばくらいありそうだがオレより横が狭い。制服を着崩しているが絶妙にマッチしてる。

 ふと気がついた。コイツ、ゲームの登場人物じゃね? 美形すぎる。

 

「そうだ! 二条院 利親っていって図書委員で、一緒に活動している」

 

 ニコニコと紹介してくれるがそんな場合じゃない。顔が引き攣っている自信がある。なんだよ二条院 利親ってゲームじゃねえんだ。だが疑惑が深まった。いや、しかし、二条院とオレがホモるなんて想像できない。うっ、鳥肌が。

 とにかく挨拶くらいしとくか。後で葵から聞き出さないとな。

 

「あー、正村 司だ、です。よろしく──」

 

 あれ? 二条院のヤツ、オレが名乗る前に名前言ってなかったか。

 

「知ってる。正村 司 15歳。AB型、7月7日蟹座。身長176cm体重73kg。生まれた時の体重は3022g。三浦 葵とは生後6ヶ月からの付き合いで家も隣同士。保育園から一度たりとも違うクラスになったことがない。趣味は釣りで家庭環境から炊事洗濯裁縫の家事が万能。納豆といった粘つく食べ物は嫌い。好きな食べ物はカレー、理由は作るのが楽だから。弁当を幼馴染の三浦葵の分まで持参している。成績は並。得意な科目は社会・体育。市民運動会の100m走で銀メダルを取ったことがある。性格はふてぶてしく見えるものの根は優しく意外とビビリ」

 

 え、何で知ってやがる。クレイジーだ。クレイジーサイコホモストーカーだ。これがBLゲームの登場人物ってやつかッ!

 

「おい、何勘違いしているか知らんが全部コイツから聞いた事だ」

「あ? 」

 

 二条院の振り向いた方を見てみるとポカーンとした表情でこっちを向いていた。

 

「何話してたんだ? 」

「何って、雑談? ほら、人となりを知ってもらうには自分について教えるのが1番だし」

「それで、な・ん・でオレの事細かな経歴が漏れてんだっ!? 」

「だって、司といつも一緒だったから話してると自然に、つい」

「うっ」

 

 それを言われると追求し難い。確かに行事の時は大概一緒にいる。てか、はにかみながら言われたら何も言えない。何気に頬を染めている葵の顔は貴重だ。

 

「誤解は解けたか? 」

「ああ、悪かった。スマン」

「ふん、いいさ。そこのチビが鬱陶しいくらいお前の話をしてきたからな、覚えてただけだ」

 

 手が差し出される。なんだ、ぶっきらぼうな口調のくせにいいヤツじゃねえか。

 差し出してきた手を握り返して握手をする。

 手を離し、離し、離せ、離せない!

 

 何コイツ手を離してくれないのだが。手から視線を上げると二条院の目と合うが、先程までの冷淡な目じゃない。探る様な目つきだ。

 え、何だ。もしかして本当にホモか。

 

「……今まですり寄ってくる女は実家の資産か、容姿に惹かれて来る奴ばかりだった」

「あ? ああ」

「初めてだ。媚びずに、それも開口一番他の男の話をする女と出会ったのは……」

 

 恐らく、耳元に顔を近づけていたので俺にしか聞こえない程度の声量だった。言い終える二条院は手を離して葵の方に向かっていった。

 

「行くぞ、三浦。とっとと終わらせる」

「え、うん。司、また後で」

 

 用はないとばかりにさっさと去っていく二条院について葵も去っていく。

 

 美形がいて女に興味を持つ。これ、BLじゃなくて乙女ゲーじゃねえか。

 




主人公「(耳元で何か話している、はっ、二条院のヤツまさか、司が!)」


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3話

次はもう少し時間かかります。


「あ、やっちまった」

 

 クソッ、オレとした事がやっちまった。予備があると勘違いしてた。買いに行くか。いや、流石に火から目は離せない。仕方ない、葵に頼むか。

 

「おーい、葵」

「んー、どうした? 司」

 

 リビングに行くと仰向けに寝転びながらテレビを見ている葵を発見。えらくダレている。

 

「醤油切れてんの忘れてた。買ってきてくんね? 」

「ふっ、この三浦 葵、買ってきてみせよう! 」

 

 半開きだった目がカと見開かれ跳ね起きで立ち上がる。さっきまでの怠惰な雰囲気が嘘のように消えてやる気で満ち溢れている。

 

「どうした? ただ醤油買いに行くだけだぞ」

「よく聞いた。最近、司が私をあんまり頼ってくれないという事実に気がついた。だから頼ってくれて嬉しい」

 

 どこか気障な笑みを浮かべる葵。そうか、オレは葵を頼ってないのか? よくよく考えるとそうかもしれない。中学の頃は勉強をみてもらっていたが高校に入って短いというのもあるが全然みてもらってない。

 オレとしては構わないが葵は不服だったらしい。

 ……しかし、勉強をみるのとスーパーへのお使いが同列でいいのか。

 

「じゃ、私行ってくるから! 」

「お、おう」

 

 返事をしようかと思ったが、言う間もなく出ていった。葵らしいといえば葵らしいがなーんか引っかかる。

 

「ん? 」

 

 視線を下げて床を見るとチラシが落ちている。おかしいなきちんと片付けたはずだが。

 忘れたか。

 

「これか、」

 

 捨てようと拾い上げると葵がダッシュした理由が分かった。

 

『ジェット戦隊チョコ 大特価! 1つ10円!! 』

 

 ジェット戦隊とはこの3月まで放送していた特撮で()()()()()()()()だ。

 中でも悪名高いのは怪人をジェットエンジンに張り付け焼き殺すという酷いものだ。少し擁護しておくと怪人も人間を同じ方法で殺しているので因果応報だったりする。あとはレッドが人質に取られた友人ごと躊躇いなく怪人を爆殺していた。少なくともPTAとBPOに通じない程度には既存のヒーロー像からかけ離れていた作品だ。

 ぶっちゃけオレもストーリーは面白くなかった。まあ、ぶっ飛んだ行動は楽しかったが、しかし葵は琴線に触れたらしく毎週楽しみに見ていた。

 

 まあ、買うのはいいが晩メシ前に食わないだろうな。食べてたら今度の晩飯はキノコ祭りにしてやる。

 

 やることも無いしとりあえずテレビでも見とくか。

 

────────────────────────────────────────

 

「ふうんふ♪ふふ~♪」

 

 うむ、余は満足じゃ。

 

 広告を見つけたのは家に帰って来てからだったのでもう置いてないと思って気分下がっていたけど一杯余っていた。いや、運がいい。嬉しくてつい一箱(30個入り)買ってしまった。

 

 早く帰らないとな。何個か開けてしまったので思ったより時間を食ってしまっている。まあ、私としてはレアシールが出たからいいが、司は待たせてしまっているので急がないと。

 

 公園を通り抜けようとしていると小さな人影が視界の端に掠める。

 もう6時を回っているのにどうしたのだろうか。当然放っておけないので声を掛ける。

 

「少年、どうしたの? 早く家に帰らないと」

「あ、う〜」

 

 声を掛けると俯いて沈黙してしまう。どうする、男の子といえど幼稚園児か、小学校低学年くらい。見捨てるなんてできない。

 とにかく、どうしたのか聞き出さないと。

 

「どうしたの? お姉ちゃんに教えてくれない? 力になるよ」

「えと、その」

 

 膝をついて視線を合わせる。何か伝えようとしてくれているが緊張か焦っているのか上手く文章にできないみたいだ。

 

「ほら深呼吸、深呼吸。すーはぁー、すーはぁー」

「すーはぁー、すーはぁー」

「落ち着いた? 」

「う、うん」

 

 流石、私だ。いとも簡単に子どもを落ち着かせるとは中々出来ることじゃないわ。もしかして、幼稚園の先生とか私に向いていたりして。

 ああ、違う違う。どうしたか聞き出さないと。

 

「それで、どうしたの? 」

「みーくんがおりれないの」

 

 男の子が大きな木の方を指を差さす。

 

「にゃー」

 

 鈴がついた黒猫が地上3mくらいの所で鳴いていた。なるほど、飼い猫が高い所に登って降りれなくなったのか。

 いや、どうする。流石に3mジャンプなんてできない。枝や節があれば登れるがまっすぐ生えているし枝が殆どない。頑張りすぎですよ公園事務所さん!

 せめて幹がもう少し小さかったらへばりついて登れるのに。

 

 男の子の親御さんを連れてきてもらうのが1番だけど、最初の様子からして降りてくるまでテコでも動かないだろうな。……好きだよ、友のために意地を張る姿。ジェットレッドみたいだし。

 

 ここは司を呼んで肩立ちするか。ケータイ、ケータイ。……しまった! 飛び出してきたから忘れてきた! い、今更何もできないじゃ示しがつかない。

 どうする葵。考えろ葵。今日はあっち向いてホイで最後に1勝できた。運勢がいいに決まっている。

 

 そうだ、何か足場になるものさえあれば。

 

 おっ! 周りを見渡すと丁度いい()を見つけた。やっぱり運がいい。

 

「よし、あそこにいるお兄ちゃんにも力を借りよう」

「うん」

 

 近くのベンチを指さして男の子の手を取って近づく。よし、着いてきてくれている。

 

「すー、すー」

 

 ベンチには顔をバンダナで覆って寝転んでいる青年がいる。顔は見えないがウチの制服を着ているのでまあ大丈夫だろう。流石にホームレスだったり話が通じなさそうな相手には頼もうとしないからな。

 しかし、胸元で手を組んでいるせいで寝息が聞こえないと死んでいるようにみえる。

 

「もしもし、ちょっと良いですか?」

「んー、誰ー? のりー? 」

 

 肩を揺すりながら起こすとのそのそとした動きで起きてくれた。てか、のりって誰だ。

 

「あらら、美人ちゃんじゃん。どうかしたのー? 一目惚れとかかなー? 」

「違いますー! 」

「あ、いた」

 

 調子乗った返答にデコピンで制裁を下す。顔も見えないのに一目惚れっておかしいだろ。

 ちょっと長めな茶髪にヘラヘラした雰囲気。かといって軽薄さ感じさせない。あまりあったことのないタイプの人だ。

 というか、間延びした声だなおっとりしてるのかな? 聞いている人に安心というか落ち着かせる効果がありそうな程だ。

 

「じょーだんだよ。冗談。そのボーヤ関係かな? 」

「察しがいいな。その通り」

 

 木の根元に歩きながら手早く説明をする。

 

「あー、あの子かー」

「みーくん! 」

 

 相も変わらず地上3m付近で鳴いているみーくん。呟かれた声に流石に真剣味が含まれる。

 

「さ、そこにしゃがんでくれ! 」

 

 時間がずいぶん経っているし、急いだ方がいいな。男の子のお母さんも心配だろうし。

 

「あー、うん。それはいいけど」

「どうしたの? 」

 

 なんだろ歯切れが悪いな。身長は175は超えてるし問題ないと思うんだけどなあ。

 

「だって君スカートでしょ? 」

「あ、」

 

 そうだった。今日、思ったより暑かったからスカート履いてたんだった。うん、仕方がない。

 

「私は気にしないからいいよ」

「うーん、俺が気にするんだけどなあー」

「なに? 見るの? 」

 

 そうだとしたらもっとゴツいお兄さんたち呼ばないと。具体的には悲鳴を上げて。

 

「ま、そっちがいいって言うならいいか。下向いておくから乗ってー」

 

 ツッカケを脱いで肩に足を乗せる。

 

「よし、うん。大丈夫。上がって」

「はいは〜い、それはいいけどさ〜」

 

 おや、なんだ問題でもあったのかな?

 

「なんで、そんなに顔を強く挟んでるのかなー? 」

「保険」

 

 信用はしているが、裏切られるのは嫌なので保険だ。これなら顔を動かしてもすぐに分かる。……意外と髪がチクチクしたり頭の形分かるな。

 

「あはは、その方がいいよ。大丈夫、下向いてるから。じゃ、いくよー」

 

 ようやく、肩立ちをして枝に届く。

 

「みーくん。ほら、みーくん。こっちにこーい」

「……」

 

 来ない。まあ、犬じゃないしね。仕方がない。なら次の手段だ。前足ならぎりぎり届く。足を持って無理やり引きずり降ろせばいい。

 

「よし捕まえ、っく」

「にゃ」

「もう一度」

「にゃにゃ」

「……」

「にゃー」

 

 何だこの猫!? 掴もうとしたら足だけ上げて避ける。

 

 こうなったら上がるか。

 

「あれ? 」

 

 当然足に力を入れて踏ん張るなんて出来ない。なのでみーくんのいる枝の根元を手で持つ。そして、懸垂の要領で体を引き上げる。浮いた足で幹を掴み。枝を支点にして半円を描く様に駆け上がる。コンパスみたいな感じかな。

 足が枝に乗る位置に来たら手を離して折り曲げた膝で支える。空いた手でみーくんを捕まえる。

 

 よし、上手いこといった。体柔らかくてよかった。しかし、みーくんのヤツ油断してたな。ふふふ、残念ながらそんじょそこらの人とは違うのだよ。

 

「スゲー」

「うわー」

 

 歓声が心地いい。最近何だか貶されてばっかりだった気がするから殊更いい。やっぱり私って凄いんじゃないだろうか。今ならジャンケン10連勝も余裕な気がする。

 

「にゃー」

「もう、こんな所登るんじゃないぞ」

 

 おとなしく捕まっているみーくんを軽く小突く。鳴き声は心なしか沈んでいる。

 

「えーと、それでどうするのかなー? 」

「まず、みーくん下ろすから」

 

 どうやってと聞かれそうだったので行動で示す。今度は膝を引っ掛けて体を下にする。空中ブランコでよくあるパフォーマンスのやつだ。

 お互いに手を伸ばしていればなんとかならないでもない距離なので問題なく渡す。

 

「みーくん! 」

「にゃー」

「よかったねー」

 

 おい、あのにゃんこ私と違って男の子には腕の中に飛び込んだぞ。

 べ、別に嫉妬なんてしないけどね。本当に嫉妬なんてしないよ。ただちょっと悔しいだけだから。その悔しさを隠すなんて事も造作もありません。そう、2度目の人生を歩んでいる私は15才にして大人の余裕があるから。ちょっと負けず嫌いなだけで、子供と子供の様に張り合うなんてありえない。

 ホント、葵ちゃん近所でも正直者で有名ですから。猫畜生に好かれるのがなんぼのものだっての。

 

「おねえちゃん、なんだかかなしそう」

「触れないほうがいいよー。みんな心に悲しみを持っているんだよ」

 

 ……降りよう、虚しくなってきた。

 

「降りるからちょっと下がってー! 」

 

 よし、ちゃんと2人とも下がったな。枝に鉄棒のようにぶら下がる。ここでこのまま降り──ません。幹を蹴って横っ跳びする。

 

「よっと! 」

 

 もちろんそのままではない体を丸めて最初の膝、次に肘で受ける。そのままだと痛いので横に回転しながら衝撃を分散する。

 う、思ったより分散できてない。ちょっと痛いし、3,4周したせいで気持ち悪い。下が芝生でよかった。ありがとう管理人さん。だが、顔には出さない。カッコがつかないしね。

 

「待たせたな」

 

 決まった。完璧と言ってもいい。あれ? なんだろ歓声がない。

 

「ねえちゃんのパンツ真っ白だ」

 

「あ、」

 

 すっかり忘れてた。なんの為に最初に話していたんだ。チラリと青年の方を見ると苦笑された。流石にこれで怒ることは出来ない。よし! なし! ノーカン! 今のは私の記憶から消えました。なかった事にします。

 

 それにしても今日は暑いな。茹でダコになりそうだ。

 

「おねえちゃん、ついでにおにいちゃんもありとう! 」

「にゃー」

 

「どういたしまして」

「まあ、ボーヤが喜んでくれて嬉しーよ」

 

 ま、まあ一件落着だし、致し方がない犠牲と割り切ろう。

 そうだ! こんな時ぐらいしかしないしアレするか。

 

「んー? 」

 

 ふう、青年は察しが悪いな。男の子はどうだ。お、分かっている目だ。

 

「「イェーイ」」

 

 パチンと小気味よい音が響く。青年も見てようやく合点がいった様子だ。そうだ、ハイタッチだ。良い事したんだし喜ばないとな。

 恐らく今、私はとても良い笑みを浮かべている。当然だ、良い事をして人を笑顔にできたならこれに優る事はない。正に笑顔であるに相応しい出来事だ。

 青年も理解してくれたようで両手を上げて私たちとハイタッチした。

 

「さて、じゃあ帰らないとな。家はどこなの?」

「あ、そうだった。お母さんにおこられる」

「あはは、私も行って一緒に怒られよう。……それに、急に怒ってくれる事もなくなっちゃう事もあるんだよ」

「んー、じゃあ、俺も一緒におこられようかなぁ」

 

 ふふん、そうと決まったら早くこの子の家に行かないとな。

 

「茂ぅぅー!! やっと見つけた。何してたの!? 」

「あ! お母さんだ! 」

 

 いいことだけど、出鼻をくじかれた気分だ。まあ、当たり前といえば当たり前か。もう、6時も回ってるし、こんな小さな年頃だと心配で探す親の方が多いに決まっている。というかこの声どこかで聞いたことのあるような。

 

「こら、茂。勝手に家出って、あら? 三浦さん? 」

「泉のお母さん? 」

 

 oh、この男の子が泉の弟だったとは。そういえば今年新1年生だって泉から聞いてた。泉の家に遊びに行った事は何度もあるがニアミスを繰り返して一度も会っていなかった。こんな風に出会うとは世間は意外と狭いらしい。しかし、最初に名前を聞いていたらよかった。それだったら最初から気がつけてもっと上手いこと運べただろうにな。

 

「あれ?知り合いかなー」

「うん、友だちの家の子だったみたい」

 

「これはどういう事かしら。おしえてくれない、三浦さん」

 

 かいつまんで説明するとなんとも言えなさそうな表情になる。まあ、勝手に出ていったのは悪いが、理由は悪いことじゃないし、私と青年が弁明を求めていることも多少は影響していると嬉しい。

 

「はあ、まあ今回は怒らないでおくわ」

「やった! 」

「調子に乗らない。次勝手に家から出たらお小遣い抜きだからね! ありがとうね、三浦さんに、ええと、」

 

 言いよどむ泉のお母さん。あれ? よく考えると私も名前を知らない。名前も知らない相手と肩立ちするなんて、もしかして、私が世界初? 凄くないかな? 司に自慢してみようかな?

 

「あー、すっかり忘れてました。清水です。清水 空」

「そう、清水君に三浦さん、茂の世話してくれてありがとう。ほら、茂もお礼言いなさい」

「ありがと! おねえちゃんにおにいちゃん! 」

 

 もうさっき言ったんだけどな。まあいいか。お母さんに引かれながら何度か振り返る度に手を振って去っていく茂君を見えなくなるまで見送る。

 よく見たら服も結構汚れているが清々しい気分だ。やっぱりいい事をした後は気分がいい。

 

「じゃあ、俺も帰るかなー」

「そうだな私も急いで帰らないと、あれ? 」

 

 急ぐ? なんで急がなくちゃいけないんだ。

 

『醤油切れてんの忘れてた。買ってきてくんね? 』

 

 あ

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!! 」

 

 忘れてた!?

 

「い、今何時!? 」

「7時前かな」

 

 家出てからもう一時間以上経ってる!!

 

「私もう帰るからじゃあ!!! 」

 

 怒ってるだろなあ、どうしよう。と、とにかく急がないと!

 

「じゃあねー。ま、学校で会ったらよろしく三浦 葵ちゃん。それと、敬語。俺はいいけど、しないと怒る人もいるから気をつけてね〜」

 

 清水がなにか言ってるが構っている暇はない。全力で自転車を漕ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどねー、確かに面白そうな娘だよ。政親(のりちか)

────────────────────────────────────────

 

「おっせーな。なにしてんだか」

 

 こういう時に限ってスマホも忘れてる。迎えに行くにしても入れ違いは嫌だしなあ。もしかし、男引っ掛けてたりしてな。ねえか。

 

〜♪〜♪

 

 あ? 森野からメールだ。珍しいな。何も書いてない、空メールか? 違うファイルが添付されてる。

 

【葵が見たこともない男と肩立ちしている写真】

 

「んんん?????? 」

 

 葵が帰ってくる30分間あまりの間意味不明な写真に頭を絞ったりしたのはまた別の話。




泉「(見つけたけど面白いことになってるから覗いてよ)」パシャ


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4話

たくさんのお気に入り、評価、感想ありがとうございます。
これを励みに頑張ります。


「きゃー、凜之介さまー! 」

 

「はは、退いてくれないかな? このままじゃ僕、授業に遅れちゃうよ。困ったなあ」

 

 

 

 

 

「マジであれがそうなのか? 」

「マジマジ、大マジ」

 

 私と司は教室の窓から女の子を大量に引き連れながら歩いている男を見ていた。

 

 西園寺 凜之介。この学校の理事長の孫で学校一のイケメンだ。透き通る涼やかな声。黒漆のような輝きを放つ髪。少し垂れ気味ながら優しさと高貴さを含んだ瞳。歪みなく伸びた高い鼻。1年生なのに180間近の高身長。もちろんすらっと長い足でモデル体型。極めつけは取って付けたようなキラキラと輝かしいオーラ。

 文武両道で中学ではテニスの全国大会で優勝したとか。

 とまあ、女に困るなんてありえない存在。だからといって男に走るのはどうかと思うけどね。

 

 司は呆れ顔だけど残念ながら未来の彼氏候補です。

 

「どうやって、あれとオレが関わるんだ? 」

「いや、それは私にも」

「それも、そうか」

 

 そうなのだ。司に聞かれたから答えたけど、いつ、どこで、なんで、出会うかよく知らない。ちらっと名前が出て来てた気がするので間違いない。

 覚えてないのは仕方がない。元々興味なかったし、放送してたといえど男なのにBLアニメを見ている方がおかしい。あらすじと登場人物を覚えているだけでも褒めてほしい。

 

 しかし、なんでそんなに知りたいのか。興味がないなら気にしないはずなので分からない。まあ、憲法で自由は保証されてるから司がどんな人に興味持っても自由だけど、むしろ主人公的に正しいので止めはしない。NLが一番好きだけど、今の私はBLいけなくもない。

 司の選択は最大限尊重する。私は司がどんな性癖でも友だちだから。

 

「よう、御両人。大名行列なんか眺めてどうした? 」

 

 声を掛けてきたのは五十嵐 龍馬(いがらし たつま)。クラスメイトで司の友だちだ。ポジティブな発言に闊達な性格でクラスのムードメーカーでもある。ただエロい発言や場を弁えないので女子から評判は微妙。通称『友達としてはいい人だけど彼氏にはちょっと』として名を馳せる。

 少しは勘が良く幼馴染の気を察せる私を見習ってほしい。

 あ、なんか今ビビッと来た。アニメに出てたの思い出した。こうなんか、司とよく喋っていたような。ただ、友だち枠なのか、対象なのか分からないなあ。アニメじゃ尺の都合やルートの都合でゲームとは違う場合もあるし。

 まあ、思い出したら教えて欲しいって言われたし晩ごはんの時にでも出てきたって教えとこう。確か、今日は五十嵐と他幾人と映画に行くって言ってたしモヤモヤさせるのも悪い。

 

「別になんでもねえよ。騒ぎができてたら気になるだろ」

「そりゃそうか。てっきり葵っちが見惚れてるのかと」

「てめ、なにいって!? 」

 

 司さん、なにそんなに焦ってるんですかね? この前、私にホモじゃないと言っていたのはやっぱり嘘なのか。いや、私は気にしないよ、本当に。

 

「うーん、ないかなあ」

「あらら、貴公子のルックスでも葵っちは不服と? 」

「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて」

 

 だからなんでそんなに食い気味なんだ、司。といっても大した理由はない。

 

「嫌いじゃないけど、嫌い? 」

 

 

────────────────────────────────────────

 

 夕方、私は屋上に来ていた。この学校は今どき珍しい事に開放しているのだ。山の上にある立地も加えて海の方に広がる街に水平線の先の島までみえる絶景スポット。が、人がいない。

 絶景とは言うもののそもそも学校のある位置と変わらないので風景はそんなに変わらない。司とかあんまり興味ない人からしたら見飽きた風景に見えるらしい。なので、1人の今日はちょどいい。

 あとは、わざわざ上がってくるのが面倒くさいというものだ。昼休みならともかく、放課後になるとわざわざ来るという物好きは中々いない。

 

 しかし、私を阻む足り得ない。

 全面パノラマのようでどこまでも見通せる風景はいつまでも飽きない。だからこういった風景が見れる高い場所が好きだ。……もちろんバカでも、煙でもないけどな。

 

 ん?

 

 扉が開く音がする。珍しい、誰だろうか。時たま来ても降りるまで誰も来ない事が大半なので正直とっても驚いている。

 もしかして、カップルかな? だったらチョメチョメかな? ふっ、安心していいよ。階段の上の屋根にいるからお気にせずどうぞ。登っちゃいけないなんて何処にも書いてないし校則にもないのでセーフ。外角際どい所でセーフ。

 給水塔もあるし、普段はハシゴもつけてないから気がつかないし大丈夫だろう。

 私みたいにわざわざフェンスを使って登る高所好きはそうはいないはず。

 

 さて、誰が来るやら、って西園寺。

 

 おお、なんとも意外な人物だ。うーん、でも困ったなあ。司から西園寺とあんまり関わるなって言われている。理由はまあ、察しておこう。いい女ってのは深くは語らないものだと昨日のバラエティーで言ってたしね。

 

 でも、西園寺は何しにきたんだろ? 人気者なのに1人だし確かテニス部に入っていたはず。放課後に練習とかないのかな? お、何か出したってタバコ!? ええ、アンタ理事長の孫じゃないのか。しかも、葉詰め直しているし手際いいな。

 

「ふー」

 

「……」

 

 まさか、あの西園寺がこんな非行に走っていたとは。

 ここは今世15歳+前世〇〇歳(非公開)の葵お姉ちゃんが華麗に更生させてみせよう。とはいえ、流石にこのまま出るのは司に悪いしなあ。

 何かないかなとりあえずカバンを漁ろう。ノート、教科書、筆箱、ポーチ、ゴミ。

 うん、何もない。冷静に考えたらカバンの中に何かある方がおかしいわ。

 うわ、2本目も吸い始めた!? と、止めなきゃ。ええ、こうなったらこれで行く。

 

「こら、タバコを吸うな! 」

「え?! 」

 

 呆気にとられてる、まあ当然だな。まさかコンビニの袋を被った女子が屋上の更に上から飛び降りながら声をかけてくるなんてそうはない。完璧だ。これなら()とは分からないはず。

 司、ちゃんと()は会ってないから安心してね。しかし、なんだろこう姿を隠すのって妙な高揚感があるな。癖になっちゃいそうだ。

 

「えーと、誰かな? 」

「諸事情によりに答えられません。そんなことよりタバコ」

「あー、ゴメン。だけど黙っていてくれないかな? 祖父の立場もあるし困るんだ」

「じゃあ、吸わなかったらいいだけじゃないのか? 」

 

 ポケット灰皿に吸い殻を潰して立ち去ろうとする。ほんと手際いいな。ってそうじゃない。

 

「……離してくれないかな?」

「このまま離したらまた吸うでしょ? じゃあ、離さない」

「吸わない、吸わない。部活あるからもういいかな? 」

「嘘だ。どうせ他の場所で吸うだけだ」

 

「「…………」」

 

 あれ? ここから何言えばいいんだ? 黙られると何を返していいか分からない。というか吸わない確約ってどうやって取るんだ。……もしかして、私って人を説得するのには向いてないんじゃ。

 

「はあ、もうさ面倒だからどっか行ってくんね」

 

 おお、ため息とともに口調がすごい変わった。目も吊り上がってチンピラというか苛ついたホストみたいだ。もしかしてこっちが素なのかな。しかし、こんな事で怯む私ではない。そもそも、こっちの方が好感が持てる。あんなに乖離した仮面を被ってるなんて方がおかしい。

 

「嫌だ。だって吸うだろ? 」

「うっぜぇえ女だなあ。()のジジイが理事長って知ってるだろ。ほっとけ」

「? じゃあ、余計に西園寺が吸っちゃ駄目じゃないか」

「はあー、お前さあ、俺がジジイにこの事を言ったらどうなると思う? 」

「そんなの西園寺がお爺ちゃんに怒られるに決まってる。だから止めよう! 」

「……お前、朴念仁とか唐変木って言われるだろ」

「そ、そんな事はない! 」

 

 馬鹿な! なんで分かるんだ! 顔は見えてないから表情は見えない筈だ! 

 

「お互い入ったばっかりの1年なんだし面倒事はなしだ。()の外聞がいいのは知ってんだろ? じゃあ、()がジジイに伝えたらどうなるか分かるはずだ。そっちはここで何もなかった事にするだけでこの先の生活が保証されるんだ。悪い話じゃ無い筈だ。だろ? 」

 

 なるほど、つまり嘘を告げて私が悪いようにするのか。確かに困るかもしれないし、お婆ちゃんに迷惑がかかるかもしれない。でも、

 

「でも、嫌だ」

「はあ!? お前自分が何言ってるか分かってんのか!? 」

「わかってる。けど、それ以上に私は西園寺には吸って欲しくない」

 

 かなり不可解と言うか、苛ついた様子だけど私もかなり怒ってる。

 

「何でだ。別に俺とアンタは関係ないだろ? ただの同級生だろ? 」

「ただの同級生じゃない。3月の宣誓をき、め、ん? なんで同い年って」

 

 おかしい。ちゃんと袋で顔を隠してるからセーラー服で分かるのはこの学校の生徒ってだけのはず。よくよく会話を思い出すと最初からバレてないか? 

 

「あ? リボンみたらわかんだろ」

「え、あ」

 

 しまった! リボン外すの忘れてた。そりゃ青(1年生)のリボンみたらすぐに分かる筈だ。

 スーパーの袋を被るなんて高揚する事してたせいで聞き逃していた。被った所為で聞き逃した! 決して私がそそっかしい所為じゃない。

 

「その反応からみて取り替えていないみたいだな」

「そ、そんなことない! 私は3年生かもしれんぞ」

「さっき宣誓がって言ったろ」

「ああ! 」

「お前、三浦 葵だろ。校長(ハゲ)に宣誓は俺がいいって言ってたヤツか。よく覚えてるぜ」

 

 ……ごめん、司。バレちゃった。勝ち誇った顔しやがって! いや、ここは何も気にせず言い切れると考えるべきだ。

 

「ほら、もう身バレしたんだ大人しく失せろ。うぜぇ、構うな」

「嫌だ! 」

「しつけえなあ。関係ないだろ? 」

「私はお前を尊敬していたんだ」

「はあ?何に、あの優等生ロールにか? 残念あんなみんなの優しくて親切な坊っちゃんはいませ〜ん」

「違う! 寧ろそこは欠点だ」

「あ?じゃあ、──」

「私より努力した事だ」

 

「だって入試で1位だったんだろ? 私は2位だった。それでも沢山努力した。とっても大変だった。その私を上回ったならもっと努力した筈だ。その努力をできた西園寺 凜之介が凄いから尊敬したんだ。だから私はあの時西園寺を支持したんだ」

「……」

 

 3月に成績上位5人が集められた。誰か1人宣誓をしてほしい。その時私は自分が2位だったと知った。正直な話1位は取れたと思っていた。なのに負けていた。

 私には前世なんてものがあった。それでも高い成績を維持するのは大変だ。ならそんな私より高い成績取った西園寺はもっと、もっと努力している。そんな西園寺を私は素直に凄いと思った。

 だからそんな凄い人を宣誓で押したし、タバコなんて吸っていて欲しくなかった。

 

「はああ、ああ分かった。吸わない、吸わない」

「本当か!? 」

 

 最初と同じ様な語り口。でも、最初のとはどこか違う。なんというか信用できる気がする。

 やった! 説得に成功した。もしかしてネゴシエーターの才能があるんじゃないのか。

 

「1週間だけな」

「ええ!? 」

「黙れ、1週間でも感謝してほしいな。だいたい、屋根に登ってるお前には言われたくない」

「う、」

 

 そういわれるとあんまり強く出られない。いや、セーフだよ、外角際どい所でね。

 とりあえず1週間と考えてまた、1週間後に説得しよう。

 

「じゃあな、お前と話したせいで部活に遅れてんだ」

「あ、ちょっと待って」

 

 流石に人がいる前でよじ登るのはアレなので大ジャンプで屋根の縁を掴んで登る。

 

「猿じゃねえか」

 

 ……こんな事で怒らないから葵お姉ちゃんは簡単に怒りませんから。

 カバンからポーチを取り出して飛び降りる。

 

「ほら、アメ。多分口が寂しいから吸ってしまうんだと思うから」

「……」

 

 右手をとって無理やり握り込ませる。私が大好きなミルクキャンディだ。きっと西園寺も気にいるだろう。

 

「今日の事は誰にも言うなよ。面倒事は嫌いだからな」

「分かった。指切りげんまんしよう」

「アホらしい。もう行くぞ」

「なんで? したほうがきっと私も西園寺も約束守れる」

「チッ、ほら、指切りげんまん」

「あ、ちょ」

 

「「嘘ついたら」」

「「針千本飲ーます」」

「「指切った」」

 

 くっ、ちゃんと言えなかったが出来たので良しとしておこう。

 

「もう行く」

「またね」

「お前みたいな面倒な女は二度とゴメンだ」

 

 

 乱暴に扉を開けて出て行く西園寺の後ろ姿を眺めながら思う。なんだかんだ、最後も会話に付き合ってくれる当たり根は良い奴なのかもしれない。

 私のわがままに付き合ってくれたんだ。誰にも言わないという約束はちゃんと守ろう。

 

 

────────────────────────────────────────

翌日

 

 

「なあ、五十嵐。ホモだったりするか? 」

「ええ、なんでそんな話になるんだって、急に」

「だよな。違うならいいんだ、違うなら」

「……」

 

 止めろ。そんなうらめしい目で見られても私も困る。

 

「なんか、葵っち口数少なくね? 仏頂面だしさ」

「ああ、昨日帰ってから妙に口数が少ないんだ。理由を聞いても何も答えないしよ」

「……」

 

 は、反論したい。いや、間違ってないけど。話してると滑ってしまいそうなだけだから。表情もこれ以外だとバレそうなんだって!

 

 

 

「あ、凜之介様よ! 」

「やあ、みんなおはよう」

 

 窓から黄色い悲鳴が聞こえる。

 そこには相変わらずキラキラと輝いた仮面を着けている西園寺の姿があった。なんで、あんなことしているのか私には分からない。自分に正直に生きればいいのに。

 

 そうだ、ちゃんと黙ってるって合図でも送っとこう。ジェスチャーとか呼びかけはまずいしなあ。うん、笑顔でも送っとこう。

 

 

「葵、昨日の放課後に西園寺と会ったろ? 」

 

 ごめん、バレた。




『オレの息子なら当然だな』
『賞をとった? 当たり前でしょ。なんの為に通わせてると思ってるの』
『おい、西園寺の奴また表彰だってよ』
『当たり前だろ、西園寺だぜ』
『どうせ西園寺さ。天才だからな』
『流石、凜之介様〜って当たり前か』
『やっぱり、1位は西園寺君だったんですね』
『もちろん西園寺くんです』
『当たり前』『当然』『普通』『天才』『常識』『余裕』『簡単』『やっぱり』『もちろん』




『おお、凜之介。絵で表彰されたのか、頑張ったのお。大変だったろ? どれ、よく見せておくれ』
『その努力をできた西園寺 凜之介が凄いから尊敬したんだ』

「ッチ、うぜぇ女だ。甘えんだよ。ヤニの代わりになるかっての」


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5話

「あー、部活どうすっかなあ」

 

 4月も最終週。下校や部活で足早に去っていく生徒の中1人いくつかのパンフレットを片手に掲示板の前で頭を掻いていた。

 葵の事で色々あったからすっかりタイミングを逃していたが、ゴールデンウィークまでに入らないと流石に遅れ過ぎなので今週中にはきめないとまずい気がする。が、当初考えていた運動系の部活はパスだ、パス。碌な事にならないのが見に見えている、主に葵関係で。

 特に、テニス部はありえない。

 

 先日、五十嵐たちと映画に行ったときにどうも葵は西園寺に会っていたみたいだがその内容は口を割らせる事は出来なかった。こうなるとテコでも動かないのが葵だ。ただ、悪事は許さないのでそういった心配はないと思う。

 しかし、沈黙は肯定と同意義なのを知らないらしい。口は閉じていても目と身体が雄弁なので隠せていない。

 目を逸して、汗をダラダラ垂らしているヤツの話を信じるほどオレは葵じゃねえ。

 かといって文化部もどうだという感じだ。家庭科は論外として絵心はないし、音楽もしたいとは思わない。

 そこで、目をつけたのが研究会や同好会だ。正規の部活に加えこの学校には多くの研究会、同好会がある。その中で自分に合うものを選ぼうというのがオレの考えだ。公式非公式問わず多くあって自分に合ったものを探しやすい。

 もっとも、部活に比べ予算や許可が少ないので、パンフレットではなく掲示板といった場所に張り出して勧誘する訳だ。なのでオレはこうして正門前の掲示板に来ている。

 なになに、フットサル、バスケット、クリケット、自転車バスケット、アルティメット、クイズ研、洋裁、アニ研、オカ研、仮装同好会、マン研、三味線、雅楽、ツーリング、エトセトラエトセトラ……

 

「多すぎるだろ……」

 

 3枚もある掲示板が完全に埋まってる。それも、生徒が滅茶苦茶に貼ってるせいで探すもの一苦労だ。てか、こんだけ入る程の教室あるのか?

 まあ、いいや。とっとと探さないと日が暮れる。

 

「お? 」

 

 30分ほど見ていると琴線に触れるものが見つかった。

 

「釣り同好会か」

 

 いいんじゃないだろうか。思い返せば、釣り趣味があるのは周囲でオレだけだし、共通の趣味を持った友人なんていなかった。こういった場所で釣り仲間を作って一緒に行くというのもいい気がする。

 そうと決まれば行──

 

「うわ!? 」

「おっと」

 

 活動教室に向かおうと振り返った瞬間後ろにいた誰かとぶつかる。

 

「わりぃ」

「い、いえこちらこそすいませんでした」

 

 こっちはなんともなかったが、ぶつかった奴は尻餅をついてしまったので手を貸す。別に男に手を貸す趣味なんてないが、片手に大切そうにファイルを抱えているので立ちにくそうだからだ。決してホモではない。もしここに思い込みの激しい幼馴染がいたら手は出していない。いや、オレが出す前に世話焼きな奴が出すに決まっている。

 

 手を掴んで立ち上がった男子の様子を確認する。何ともないと思うが一応だ。もし、後で何かあってもめんどうだからだ。

 

「じゃあな」

「はい、ありがとうございました」

 

 なんともない様なので軽く手を振って釣り同好会の部室に向かう。

 

「……まだ何か? 」

 

 おかしいな。別れの挨拶もしてこれでお別れのはずだ。なのに、なんで腕掴まれてるんだ。すっごい嫌な予感がする。

 

「あの、もしかして、まだ部活に入ってなかったりしますか? 」

「ああ、まあ」

「でしたら、僕の入っている映画研究会なんて、如何でしょうか? 」

 

 やっぱりそういうの。別に映画が嫌いと言う訳じゃないが、研究会に入るほど好きじゃない。観たいものがあったり、誘われたら行く程度のもの。見た感じ、悪い奴じゃなさそうだが、それはそれ、これはこれ。悪いが断らせてもらおう。

 

「悪いが、うっ!? 」

 

 振り返ってみるとキラキラと輝く目と目が合う。溢れんばかりの期待が滲み出て輝いている。辛い、滅茶苦茶断り辛い。いや、ダメだ。きちんと断ろう。中途半端な考えで入ったら後々面倒くさい事になるに決まっている。

 

「やっぱり、ダメですよね。気にしないで下さい。2人しかいなくて1年なんて僕しかいなくて追っちゃってました。最初に入ろうとした部活も人数いなくて、入って2日で廃部になっちゃってこのままじゃいけないと思ってて。あっ、すいません。こんな事関係ないですよね。迷惑ですよね」

「…………」

 

─────────────────────────────────────────

 

「ありがとうございます! 見学ていっても興味を持ってくれたなんて嬉しいです」

「いや、いいって、この後に予定なんてなかったし家帰るだけだったからな。ハハ、ハハハハ」

 

 断れるかよ! そんな話をされたら見捨てれるかっての! いや、ただの見学だけだ。ただ、見学するだけ。終わったらもう少し考えるとか言って逃げればいいさ。

 

「そうだ。僕、5組の鈴掛 聖児です」

「オレは1組正村 司だ」

 

 なんでもない挨拶だが罪悪感が凄い。ニコニコと純粋に喜んでくれている姿を見ると今考えている事をなしにしようかと思ってしまう。

 今更だがオレは純粋な性格をしている相手が苦手だ。理由は云わずがな。

 

「ここです。多目的室です」

「へえ、なんか意外だな」

 

 研究会や同好会は旧校舎とか放課後の空き教室を利用しているものだと思っていたがどうも映画研究会は違うらしい。

 

「はい、なんでも結構昔からあって先生たちからの顔覚えも良かったみたいです、去年までは」

 

 感心しようとしたけど今物凄く不穏なワードが聴こえた。

 

「先輩! 新しい部員を見つけました! 」

 

 聞こうとしたオレの言葉が喉を出る前に扉が開かれる。てか、今物凄く聞き捨てらならない事を言われた気がする。てか、コイツ純粋なんじゃなくて強かなんじゃないか? とにかく、否定しないと。

 

「おい、ちょっ──」

「んー、本当かい? 」

 

 が、なんとも間延びした声に遮られる。中にいたのはバンダナで髪を抑えた学生だ。緑色の校章からして2年生だろう。多目的室の椅子を揺らしながら何かのプリントで作った紙飛行機を飛ばそうとしている所のようだ。

 ……どっかで見たことありそうな気がするが全然思い出せない。

 

「あのどっかで会った事ありますかね? オレら」

「んー、ないと思うけどなあ。けど、同じ学校なら廊下ですれ違うぐらいはあるんじゃないのかなー」

「まあ、そうッスね」

 

 納得のいく答えだがなんだろう。こう喉に刺さった小骨みたいな違和感を感じる。

 

「まあ、座ってよ。軽く説明くらいするよー」

 

 ここで聞いたら入る流れになりそうだが気になる。絶対にどこかで見た事がある。

 

「ほら、先輩もこう言ってますし、ささ」

 

 鈴掛が椅子を引いて退路を塞ぐ。……聞くだけだ。聞いてまたの機会で、にすればいい。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

 説明された内容はとてもまともだった。普段は映画を見つつ内容や映像技術について話し合う。また学祭では自主制作した短編を上映するか、見た映画の所感やあらすじを纏めた文集を配布する。また、長期休暇にはロケ地に旅行に行くことも。本当にすごく健全でいい活動だと思うが、

 

「でも映画取るほどの人数いないっすよね」

 

「……」

「うんまあ、去年まではいたんだけどねー」

 

 閉口する鈴掛だが、先輩は変わった様子はない。さっきと同じ様な調子だ。

 

「卒業した前の3年生だけど20人いたんだ。そしたらさー誰もまともに勧誘しなくてね」

「で、こうなってしまったって事か」

 

 在り来りではあるが順当な理由だ。きっと危機感が薄かったんだろう。自分たちの代は大丈夫だったからなんとかなる。そういった甘い考えが今現在の状況を作り出してしまったと言った所か。

 

「はは、正にその通り」

「先輩、なんでそんな余裕なんですか……」

 

 ついでにこの先輩のユルイ性格も問題ありそうだ。鈴掛が焦っていたのも分かるってもんだ。

 

「んー、これでも悩んだんだよー、寝ちゃったけど。聖児には悪いけど人が来ないならなくなってもいいって思ってたし」

「勘弁して下さい。入った瞬間廃部はもう嫌ですよ」

「はは、分かってるよー。だからこうしてきちんと説明してるじゃないか」

 

「仲いいっすね」

 

「こんな先輩でも慕ってくれてる後輩は嬉しいもんだよ。それで、どうする? 」

 

 断ればきっとこの先輩は少し悲しそうにするが同じ様な調子でそれも良しとするだろう。……少し逸らすとキラキラと期待に輝かせる鈴掛の目。

 

「はあ、分かったよ。入る」

「やったー! 良かったですね! 先輩」

「おやー、有り難いよ」

 

 ……まあ、いいか。面白そうだし、このまま見棄てるのも後味が悪い。釣りは1人でやればいい。時偶付いてくる葵もいるしな。

 

「はいじゃあ、これ入部届け。公認だから書いてねー」

 

 渡された入部届けを書いていると、鈴掛に聞こえない程度の声で囁かれる。

 

「いいのかい? 他に入りたい部活あったんじゃないのかな? 」

「……何でわかるんスか? 」

「んー、最初に来た時、顔に冷やかしでって書いてたよ」

 

 おかしいな。嘘ついてもそんなにバレるような性格じゃない。チラリと目を見るとさっきまでののほほんとしたものでなく深くまで覗き込まれる様な輝きを宿している。ただ、それは悪意あるものではなく好奇心半分善意半分といった感じだ。きっと鈴掛にオレの様に捕まったヤツも居たんだろう。

 

「そっすか。まあ、有ったのは事実ですけど面白って思ったのは事実なんで気にしなくていいっすよ」

「いい性分だけど、大変な性格だ」

「まあ、これも性分みたいなもんで。これくらい出来ないと背負えないヤツいますし」

「んー、その子もいい子みたいだね」

 

 なんで、葵の性格まで分かるんだよ。見た目から想像できないくらいには人間観察が得意みたいだ。これは出し抜いたりする事になったら大変そうだ。

 

「はい、書き終えましたよ」

「確かに」

「良かった! 家庭科部みたいにならなそうです! 」

 

「え゛!!?? 」

 

 聞き間違えだろうか。いや、聞き間違えだそうに違いない。

 

「ん? どうかしましたか? 」

「いい、今なんて」

「へ、ああ。言ってませんでしたっけ? 僕、家庭科部に入るつもりだったんですけど僕以外に入る人いなかったんでなくなったんです。だからこうして、映研に入ったんです」

 

 おいおい! 嘘だろ!? なんでそんなバカな! 

 鈴掛の顔を見る。サラッとした金髪に泣き黒子。優しげな表情。イケメンというというより庇護欲を掻き立てるような整ったか顔。

 油断した。家庭科部部に入らなかったら大丈夫だと思ってたがこんなエフェクトが存在するとはッ!

 

「んー、どうかしたのかな? あー、俺は清水 空よろしねー」

「あ、いや、その」

 

 やばいどうする。なんかカッコつけて入るって言っちまってる、あ? 清水、清水

 

『そうなんだ。泉の弟を助ける時に清水が足場に立ってくれたんだ』

『ああそう。そのお菓子の空き袋は? 』

『これは、その』

『明日はきのこ祭りだ』

 

 思い出した! あの時森野から送られてきた写真に居た男だ! 後ろ姿だったから全く結びつかなかったのか。それに葵なら普通にある事だからスルーしてたが、間近で見たら結構なイケメンじゃねえか!

 

 クソッ!逃げないと、どうするどうする!

 

 

─────────────────────────────────────────

 

「むう、司でないなあ。今日は一緒に帰ろうって言ったのに」

 

 1人で帰るのも嫌だしどうしよう。取り敢えず探すかな。それに謝りたい事もある。最近の私は無理に司をホモにしてた気がする。ここはゲームだけどゲームじゃない。私もいるんだし司の趣向が一緒とは限らない。きちんと謝ろう。

 

「離せ! 用事ができたんだ!? 」

 

 お、向こうから司の声だ。なんだ思ったよりすぐ近くだな。それにしても騒がしいな。

 

「用事ってなんですか!? お願いします! お願いします! 入りましょうよー! さっきまでの乗り気だったじゃないですか!? 」

 

「司ーこんな所に電話にも出ってって」

 

「煩い!オレは、ここ、か、ら」

「あれ? 」

 

 角を曲った先に司は居た。ただ男子生徒と抱き合いながら。それもアニメでメイン攻略対象としていてたはずの鈴掛とだ。

 

「えーと、なんか忙しそうだから、私先に帰るね」

 

 

 

 

「ち、違う! おい、葵!?お前絶対に勘違いしてるからな!? 」

「何が違うんですか!? 入りましょうよー! 」

「分かった! 入るから離せ!? 早く誤解とかないとッ」

「本当ですか!でも、離しませんよー!離したら逃げそうですから」

「バカッ! そんなこと言ってる場合じゃねえって! 葵、まて葵!?」

 

「んー、なんだろうなあー。この状況」



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6話

 土曜日 朝10時

 

 これから出かける人たちで賑わう駅の中、私と司は改札外の近くで人を待っていた。

 

「はあ」

 

 溜め息が出る。まさか一ヶ月もしないうち戻ってくると思ってもいなかった。

 

「そうテンション下げるなって、別に嫌いな訳でもないだろ」

「うん、まあ」

 

 司は分かってない。好きか嫌いかで聞かれたらもちろん好きだけど、そういう問題じゃない。もう少し適切な距離を測って欲しいのだ。だいたい単身赴任についていってから会う度会う度スキンシップが激しすぎるんだ。

 

 うん、決めた。今日は泉と遊んで夕方に会えばいいや。そうと決まればメールでも送ろう。

 

『急だけど今日遊べる? 』

 

『今日は弟を遊びに連れていってるから無理

ゴメンねm(_ _)m』

 

 あ、うん。そうですよね。いきなり言っても無理だよね。しかし、弟と遊んでるのはこれまでほとんどきかなかったのに小学生になったからかよく遊んでいるみたいだ。

 

 

「諦めろってもう時間だ」

 

 司が構内の時計を指で指す。10時15分、確かに約束していた時間だ。ぞろぞろと人が出てくる改札の中キャリーバッグを引いたよく見覚えがある人影が見えてくる。

 170cmを超える女性としては長身。茶髪に染めた長い巻き髪。仏頂面にしたら司とそっくりな顔だけれども、薄く微笑みを浮かべた正村 沙奈さんがいた。

 スタイルのいいのもあるけど、元美容師だけあってVネックカットソーとジーパンを見事に着こなし()()()大人の女性といった感じだ。

 キョロキョロと少し周りを見渡した後にこっちを見つけたのか手が分裂する程の高速で振る。15歳+〇〇歳の私からしたらちょっと大人げないのではないと思う。

 ただ、喜んでくれて悪い気はしないのでこっちも手を振り返す。

 

「なんでそんなに速いんだよ。髪の毛が尻尾みたいに揺れてんぞ」

「普通に振るとなんか負けた気がするから」

「なんの勝負だ……」

 

 そうこうしているうちに私たちを見つけて満面の笑みの沙奈さんが改札を抜けてやって来る。

 

「元気だったかしら、葵ちゃん。あと司も」

「ついで扱いかよ」

「…………」

「いいじゃない、別にって、どうしたの葵ちゃん? 」

 

 今の私はレスリング選手みたいに腰を引いて掴まれないように警戒している。

 

「いや、自業自得だろ」

 

 その通りだ。いいぞ、もっと言ってやれ司。会う度に抱きついてワシャワシャして来るんだから警戒せざる得ない。やってる沙奈さんは楽しいみたいだけど私からしたらすごく恥ずかしい。どのくらい恥ずかしいかというと先生をママって呼んでしまうくらいには恥ずかしい。私は呼んだことないけどきっとそのくらいに違いない。呼んだことないけどね。

 

「うう、悲しいわ。葵ちゃんに嫌われちゃった」

 

 そんな嘘泣きには騙されない。今まで何回も騙されたから今更こんな事で引っ掛からないぞ。......嘘泣きだよね? 

 

「そんなあ、葵ちゃんに嫌われた。もうダメ」

「え、あ、べ、別に私は嫌ってないぞ」

 

「ダメだこりゃ」

 

 ガクリと膝から崩れ落ちる沙奈さんに思わず駆け寄ってしまう。司が何か呟くが小さすぎて聞こえない。

 

「……本当に? 」

「本当に本当に」

「大好き? 」

「え、うん。大好き」

 

 う、大好きなのは本当だけど人前で言うのは恥ずかしい。なんでこんな目に私が遭わないといけないんだ。

 

「そう」

「うん、だからそんなに落ち込まなくてもいいよ」

「はい、捕まえた」

 

 騙されたっー!?

 気にかけて肩に手を置いたが最後、目視不可能な速さで手首を掴まれ、後ろから抱きつかれる。 

 

「止めろー! 離せー! 揉むなー! 」

 

 体格差もあってただ抱きついているだけとはいえ引き剥がせない。どこに手を入れてるんだ。こしょばいし、スリスリするな! 

 

「うふふ、葵ちゃん成分が補充されるわ」

「ないから。そんな成分ない! 」

 

 

 

「うー」

「そんな拗ねないで」

 

 じゃあ離してくれませんかね。

 未だ沙奈さんに後ろから抱きつかれる形のせいで歩きにくくて仕方がない。普段ならそろそろ司が止めてくれるのに我知らぬ存ぜぬとばかりに全く助けてくれない。なんでだ! 私は何も悪い事してないのに。こんな仕打ちされる理由に全く心当たりがない。

 

「機嫌直して、115の肉まんあるわよ。チルドだけど」

「ほんとう!? やった──っは、食べ物なんかに私は釣られない」

 

 コラ2人ともそんなウサギでも見る目で私を見るな。つられてないからな。ちゃんと我慢したし。

 

「え、じゃあいらないの? 」

「……食べます」

 

 卑怯だ。最低だ。食べ物を人質取るなんて外道の所業だ。こんな事が許される世界なんて間違ってるっ! 

 ダメだ。完全にペースに飲み込まれている。話題を変えないと。

 

「沙奈さん、モールで何買うの? 」

 

 現在私たちは沙奈さん急遽、駅前のモールに行きたいとのことでモールの中を歩いている。

 

「うふふ、何でしょう? 」

 

 何か足りないものあったっけかな? この言い方からして沙奈さん自身のものって感じもしないしなあ。だめだ、全然分からない。

 

「オレを見るなって知らねえから」

 

 チラリと司を見るも肩をすくめられた。……なんだろう凄く嫌な予感がする。沙奈さん、そのフロアちょっと若すぎませんか。なんかティーンエージャーな感じがしませんか。逃げようにもガッツリホールドされて逃げれない。

 

「……ちょっとお腹が、」

「葵ちゃん。服何も買ってないでしょ」

「いや、そんな事は、」

「じゃあ、何買ったの? 」

「……Tシャツなら」

「無地のでしょ。そんな物は服に入りません」

「ヤマムラでいいんじゃ──」

「せっかく華の女子高生なんだからもっとオシャレしないと」

「そ、それなら司に買ってあげたら」

 

 司はほとんどの服がユニシロで買った色違いのジーパンとシャツを着回している。よその家の子どもに買うだったら自分の愛息に買ってあげて下さい。

 

「司、服いる?」

「ん? いや、それだったら釣具代くれ」

「相変わらず、司は興味ないわね」

 

 私も興味ないんですけど、なんでこんなに扱いに差があるんだ。

 引きずられながら司に手を伸ばす。ここまで全く助けてくれてない司だけども沙奈さんを止めれる唯一の存在だ。きっと助けてくれるに違いない。

 

「人をホモ扱いした罰だ。甘んじて着せ替え人形になってこい」

「あ、」

 

 

 それかあああぁぁあああ!!!!

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

「つ、疲れた」

「何言ってるの。次は下着買いに行くわよ」

「ええ、まだ買うの〜」

「ほら、文句言わない」

「さ、可愛いの買いましょ。何色がいいかしら? ピンク、白」

「どれでもいいよ〜」

「じゃあ司に聞きましょうか」

「そんな話オレに振るなっての。早く行って来い」

 

 普通の服ならともかく下着で答えられる訳無いだろ。

 下着屋の外で荷物を持ちながら思う。やり方はともかく葵は高いものを自分で買わないから多少とはいえ強引に買わせるぐらいがちょうどいいと思う。オレとしてもシャツ以外が増えるのは嬉しいので利害が一致してたりする。普段は葵が嫌がったらそれとなく止めるのだが今回は葵に抱きついている母さんの眼光が鋭かったので臆してしまった。

 まあ、元々止める気はなかったが。五十嵐にあんな質問したせいで一時期、男子の間で幼馴染みに振られたせいで男に走った残念な男という不名誉な称号を被ったのでこのくらいの仕返しは許されるはずだ。

 

 因みに昔はオレにもよく服代くれたが3:7くらい釣り具を買っていたせいで激減してしまったのだ。まあ、服なんて着られればいいから問題ないが。

 

 てか、暇だな。もう1時だし腹も減った。今日の昼は外食か。別に嫌いな訳じゃないが手料理していると外で食べる時に家で作れるとか調理法がどうだとか気になってしまうようになった。

 

「お、司じゃんか」

「龍馬か、珍しいな何買ってんだ? 」

 

 ボケーッとしようかと思っていると声がかかる。振り向いてみると五十嵐 龍馬がいた。週末もあれやこれやと遊びまくって龍馬が1人で土曜日のモールにいるのは珍しい気がする。しかしも、本屋の袋を手に提げている。厚さからして漫画とかじゃなさそうだ。

 

「よくぞ聞いてくれた。浅田京子ちゃんの新写真集の発売日で予約していたの受け取りに来たんだ。因みに自分用、布教用、保存用の3冊だ」

 

 嬉しいのは分かるが鼻伸ばしながら頬でスリスリするな気持ち悪い。何かと仲良くしているが、どうして性欲にはここまで正直に生きていられるのか全くわからん。

 

「そっちこそ何してんだ。まさか女装に目覚めたのか? 」

「何でそうなるんだよ」

「そりゃ、女物の服持ってランジェリーショップの前にいたらそのくらいしか無いだろ」

「ちげーよ。葵の服買ってるから待ってんだよ」

「え、葵っちと付き合ってんのか」

「付き合ってないの知ってるだろ」

 

 何言ってんだコイツ散々ホモの誤解を解く為に言ったの忘れたのか。

 龍馬にホモかと聞いた後にオレのホモ疑惑が浮上したので弁解のため葵をだしにさせてもらった。具体的にはBLを読んでいる葵が龍馬の行動がBL漫画みたいだと言っていたと言う事にさせてもらった。まさか、森野のBL漫画が役に立つ日が来るとは思っても見なかった。

 葵の趣味が一つ男子の中で白日の下にさらされた事に関しては自業自得ということにしよう。どうせ男子だけだ、葵の耳には入るまい。

 

「ほら、あそこで母さんと2人でいるだろ? 」

 

 一応証拠として葵の存在を確認させる。

 変な目で見られたくないので直視していなかった2人の方を顎で指す。棚や人影が邪魔をするので何を選んでるかは見えないが、確かに母さんと葵の姿は確かに視認できる。

 

「え、あれ? 付き合ってない。でも、母親と一緒に服買いに、俺か、俺かおかしのか? 」

「何ブツブツ言ってんだよ」

 

 どうも今日の龍馬は写真集を買ったせいかかなりおかしなテンションのようだ。

 

「そういえば、晩がどうのこうのってこの前言ってたけど、もしかして晩飯も一緒に食べてるのか? 」

「あ、まあ食ってるけど。葵のヤツ料理下手だし、葵の婆さんと食うわけにもいかないしな」

 

 因みに葵の婆さんは1人で食べている。年が年なのでオレたちと生活時間がズレている。5時にはメシ食べ始めて遅くても8時には寝ているので朝以外ほとんど会わない。

 大体あのメシ食えるヤツはそうそういない。不味い、心の底から不味い思えた料理はアレだけだ。いや料理とも認めたくない。さしすせそを使わないわ。使っても減塩、一摘み。青臭さや肉の臭みも特に気にしない料理を何ともないように食べいる。どうも健康にいいと美味いをイコールで繋いでいる節がある。アレを食べれるのは同じく戦時期を体験した大家族の農家だけだ。

 

「……もしかして、家が隣だったりして」

「まあ、そうだけど」

 

 もちろん漫画みたいに窓を開けたら顔が見えるなんてことはない。そもそも(うち)は戸建で葵の家は木造の純和風だ。確か100年以上昔の建物で庭は広いし、中も広い。2階はあるにはあるが一室しかない上に使ってない。2階のオレと1階の葵だと高さが違う。

 

「あ、うん。じゃあ俺もう行くから。帰って写真集みたいから」

「おう、じゃあな。そうだ、浅田京子の写真集今度オレにも見せてくれよな」

「うるせぇよ! バーカ! バーカ! 爆発しろ!! 弾け飛べ!!! テメェなんざに貸してやるか! この女装ホモ野郎め! 京子ちゃんは俺たちの味方なんだよ!? 」

 

 涙をこぼして全力疾走で去っていく龍馬。まるで青春の1シーンだが意味がわからん。

 何もしてないだろ、オレ。




次話に続きます。


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