神殺しのエネイブル (ヴリゴラカス)
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エネイブルの異世界転移、および魔王転生編 プロローグ

「おいおい、一体どういうことだよこれは」

 

 俺、遠山キンジは困惑していた。

 俺は確かに依頼を受け、ドイツのベルリンを訪れていたはずだ。だというのに、俺の目に映るのは新旧の建物が混在した大都会ではなく、小さいながらも歴史を感じさせる街並みと急峻な山々だったのだ。

 おまけに、靴が踏みしめているのも、アスファルトではなく土の地面だった。足元の感触まで違うとなると、幻覚や立体映像の類ではなさそうだ。超能力者による転移か何かか?

 

 まさか、超能力者による奇襲か?いや、単に俺を殺そうとするなら瞬間移動させるより普通に攻撃したほうが手っ取り早い。

 それに瞬間移動の前兆もなく転移なんてさせられないだろうし。

 何はともあれ現在位置を把握しなければ始まらない。スマホを取り出し、GPSを起動させてみたのだが……。

 

 位置情報が表示されない。外国でも利用できるよう設定したにもかかわらずだ。

 

 これはどう考えてもおかしい。ここは人里だし、圏外になっているとは到底思えない。町並みからして欧州圏だろうから、電波関連の施設がないということもないだろう。他にあり得るのがスマホの故障だが、ついさっきまで正常に動いていた。可能性としては低い。

 

 ちくしょう。あたりの風景から場所が特定できない以上、スマホの位置情報が頼みの綱だったのに。これが使えないとなると地名を誰かから聞くとか、地図を手に入れるとかしなきゃならないが、俺の語学力ではどこまでやれるかはわからない。

 

 八方塞がりと言える現状に頭を抱えたくなるが、いつまでもこうしているわけにもいかない。俺は意を決し、町並みに向けて歩き始めた。

 歩くにつれてはっきりしてくる建物の様子は、やはりベルリンのものとは違うみたいだ。ベルリンの建物は一つ一つが大きかったが、こちらはこじんまりとしている。それに新しい建物が少ないせいか屋根の色がほぼ赤茶色でまとまっている。白い壁とのコントラストがきれいだな。

 

 看板の言葉やそこそこ多い道行く人々の会話から、ここは欧州で間違いないだろう。このことは不幸中の幸いだったな。EUのおかげでユーロが使えるだろうから金に困ることはなさそうだ。もともとある程度滞在するつもりだったし、渡された金は十分ある。

 軍資金のめどが立った俺は、地図を見るためにちょうどあったコンビニらしき建物に入った。それらしい本を探していると一冊の本が目に留まる。

 

 その本の表紙には大きな城の写真が載っており、うたい文句らしき言葉が周囲を飾っていた。どうやらガイドブックらしい。日本でいうる〇ぶやマップ〇マップのようなものだろう。

 その本の内容をざっと見てみて最も気になったのは、表紙にもなっていた城の紹介だった。城の写真の周りにはおどろおどろしい蝙蝠の絵と肖像画が描かれていたほか、ある単語が頻繁に出てきていたのだ。

 その単語はDraculea。言わずと知れた、吸血鬼を意味する単語だ。しかも肖像画の下に記されていた名前は、VladⅢ。即ち、日本でいうブラド3世。

 ここまで来れば俺でも推理は容易い。フランスやイタリアとは違う欧州圏の国で、吸血鬼のモデルとされた人物の城が存在する。ということはこの国の名前は━━

 

 ルーマニアだ。

 

 少なくとも国名がはっきりし、少し安堵したその時━━急にどこからか向けられた視線を感じた。

 どこからかまではわからないが、何者かが俺を監視している。もしかしたら俺をここまで飛ばした連中かもしれないし、ブラドの奴の部下の残党かもしれない。あいつの部下は世界中にいたそうだから、本拠のルーマニアにいても何らおかしくない。

 

 何者かまではわからないが、監視されている以上ここにいるのは危険だ。戦闘になっても一般人を巻き込まないよう、人気のないところまで移動しないと。とりあえずは向こうにある裏路地まで行こう。

 行動方針を決め、さりげない動作でコンビニを出る。そして人ごみのなかを、小走り程度の速さで移動し裏路地までたどり着いた。

 

 裏路地まで移動しても視線を向けられている以上、やはり監視者の目的は俺のようだ。さらに言えば、移動したことで向こうの監視に俺が気がついたこともばれただろう。ならこれからどう出てくるか。

 

 そこまで考えた時、唐突に足元の地面がはじけた。

 

 咄嗟ににその場から飛びのき、狙撃らしき攻撃が飛んできたほうを見やるが、敵影らしきものは見えない。赤茶色の屋根と青空が見えるだけだ。

 先端科学か魔術かは分からないが、何らかの迷彩を使ってるのか。

 眼だけで狙撃された地面を見ると、目に入ってきたのは銃弾ではなく、矢だった。この銃火器全盛の時代に弓矢だと?まさかセーラの奴じゃないだろうな。

 そんなこと思っていると、なんと地面に刺さっていた矢が消滅した。どうやら魔力か何かで作られた矢らしい。これと同時に、襲撃者がセーラでないことも確定した。あいつは本物の矢を使っていたから、消滅なんかしないはずだ。

「そこの魔術師よ。先ほどの大規模呪力変動について、話を聞かせてもらおうか」

 

 不意に男の声が響いた。それも、俺が入ってきた路地の入り口の方からだ。振り向くと、フードを被り黒いローブを纏った男が立っていた。

 

「呪力変動だと?俺は何も知らないぞ?」

 

「惚けるな。探知術式により貴様が強力な霊宝を持っているのは分かっている。近辺であんな異変を起こすほどの呪具を所持しているのは、今のところ貴様だけだ」

 

 正直に答えても相手はそう思わなかったらしい。剣呑な調子で返してくる。

 相手の言っている異変とは俺の転移のことだろうが、俺自身何も知らない。むしろ、俺の方が説明してほしい位だ。それに、霊宝とやらにも心当たりは━━いや、まさかあれか?

 

 確認を取りたいところだが、ナイフなんて取り出せば確実に敵対行動ととられる。今分かっているだけで相手の方が人数が多い上に、超能力者となるとそれは避けなければ。

 こうなれば相手の情報を得て、判断材料を増やさないと。まずは会話で情報を引き出そう。

会話で時間稼ぎしている間にレヴェリの準備もできるはずだしな。交渉もできるようメヌエットで成っておくか。

 

「どこの誰かも知らん奴に話を聞かせろといわれてもな。そもそも、俺は魔術師ですらない。霊宝なんて持ってたとしても、使い方すらわからん」

 

「自分が我らの結社『真紅の月夜』の膝元にいることも知らないだと?それに、魔術師でもない者が広域探知で探せる程の霊宝を所持しているなど、にわかには信じがたい」

 

 我らなんて言い方をしたということは、間違いなく仲間が複数いるな。口ぶりからして、本拠地はこの街もしくは近辺だろう。

 しかし、真紅の月夜なんて名前は聞いたこともない。

 俺は非常に不本意ながら裏の事情に通じてしまっている。ここまで超能力者を揃えられる組織なら、名前ぐらいは知っているはずなんだが。

 なんて考えながら相手の出方を窺っていると、相手が挑発してきた。

 

「どうした?なにもせずにだんまりとは、怖じけついたか? 」

 

「だから、俺は魔術師じゃない。何かして見せろといわれてもできんぞ」

 

 そう言い返す。すると、相手は漸く不思議に思ったのか、

 

「こうまで言っても何もせんとは、本当に魔術師では無さそうだな。とはいえ、霊宝に加え火器まで持っている以上は捨て置けん。我らと共に来てもらおう」

 

 何だと!?銃の所持が相手にばれていたのか━━そう思った次の瞬間。

 

「それは預からせてもらう」

 

 その言葉と共にベレッタとDEが俺のホルスターから離れ、男に向かって飛んでいく。しまった、先手をとられたか!

 

 急いで銃を手繰り寄せようとすると、いきなり複数の気配が背後に現れた。やはり仲間がいたか。

 だがこれで、一気に俺が不利になってしまった。銃を奪われた上に相手の仲間に囲まれているし、目だけで確認するとあの狙撃手の姿も見える。おまけに全員が魔術師ときた。

 予想以上に展開が早いせいでレヴェリの準備も不十分だし、成れても短時間しかもたない。今のままでは……投降するしかない。

 

 

 

 

 

 



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尋問

 投降した俺が連れてこられたのは、古い教会だった。

 転移してきた時から見えていたが、近くで見るとずいぶん大きい。色はどこかすすけており、黒っぽく見える。たくさんの尖塔と色からして、ガイドブックで見た教会で間違いないだろう。

 教会の中に連行されていくと先頭の男がある地点で立ち止まり、何事かつぶやく。すると、教会の床の一部がきしんだ音を立てて持ち上がり、地下へと続く階段が姿を現した。

 

 観光地らしい教会をどうやってアジトにしてたのか疑問だったが、どうやら地下墓地か何かを改装でもしてたらしい。カッツェの魔女連隊(レギメント・ヘクセ)といい、最近の魔術師結社は観光地をアジトにするのが流行りなのかね?

 

 そんなことを考えつつおどろおどろしい図形やら動物の絵が描かれた廊下を抜けると、尋問室らしい狭い部屋に通された。用意されていた椅子に座ると、正面にいかつい面持ちの男が座った。こいつが尋問官か。

 

「では、これより尋問を開始する。貴様の身元から霊宝の効果と出どころまで、すべてを聞かせてもらうぞ」

 

「人に身元を聞くんなら、そっちの名前も教えてほしいもんだ。聞くほうが先に名乗るのが礼儀じゃないのか」

 

 声と体格からして、こいつが俺の銃を奪ったやつのはずだ。名前がわかれば、もしかするとある程度のことがわかるかもしれない。

 俺の言葉を受けた男は小ばかにしたように鼻を鳴らして言う。

 

「時間稼ぎでもするつもりか?もし抵抗するつもりなら、それは無駄だと忠告しておこう。よしんば私を出し抜いたとしても、ほかの仲間が厳戒態勢を敷いている。逃げられはせんぞ」

 

「俺一人相手にご苦労なこった」

 

「当然だ。あんな霊宝を持つ男相手に、気など抜けん」

 

「霊宝だ呪具だと言ってるが、俺はその言葉の詳しい意味すら知らん。当然、あれ────マニアゴナイフがどんな力を持ってるかなんて知らないに決まってるだろ」

 

 そう言うと、男は心底呆れたような様子で、

 

「まさか、霊宝の意味すら知らんとはな……」

 

 と、嘆いた。

 そういわれても、知らないものは知らないとしか言いようがない。相手はそんな俺の内心を察したのか、説明を始めた。

 

「霊宝とは特に強い神秘の力を宿す物品のことで、極めて貴重なものが多い。その価値から我々のような魔術師結社が主に管理することになるが、例外的に個人で所有するものもいる。余程の実力を持つ魔術師か、大金持ちに限られるがな」

 

 なるほど、それでこんな過剰ともいえる措置をとってるわけか。持てるはずのないものを持つからには只者ではないと判断して。……まったく、とんだ誤解だ。

 内心でため息をつく俺をよそに、説明は続く。

 

「貴様から押収したナイフは、僅かとはいえ神気を放っていた。これは霊宝の中でも神具にしか見られない特徴だ。一般人が手に入れられるものではない以上、どう入手したか聞く必要がある」

 

「話してもいいが、条件がある」

 

「……叶えられるかは、条件によるぞ」

 

 よし、食いついてきたぞ。何とかしてベルリンに戻れるよう、話をもっていかないと。今の俺は入国記録がない。土地勘もない今のままじゃ、帰還することさえ至難の業だ。これを逃す手はないだろう。

 

「俺は元々ベルリンにいたが、何らかの理由でここまで飛ばされてきた。このままじゃ帰れないから、ベルリンまでの足を用意して貰う。それが条件だ」

 

 俺の出した条件を聞き、男はアゴに手を当てて考える様子を見せる。

 それから暫くすると、尋問室に一人の少女がやって来た。

 灰色の目とバイオレットのショートヘアが特徴的な美少女だが、どこか無機質で生気を感じさせない。かつてのレキを思い出させる人形めいた子だ。

 

 少女は男に何かを耳打ちすると、そのまま部屋から出ていく。尋問官交代とかじゃなくてよかったぜ。こんな小さな部屋で美少女と二人っきりとか、ヒス持ちの俺には地獄だからな。

「その条件で話を聞かせてもらおう」

 

 密かに安堵していると、先ほど何かを聞いたのか、男が俺の条件を急に呑んだ。

 

「ただし反故にされないよう、軽い魔術を掛けさせて貰ったがな」

 なっ!?呪文らしいものも、動作も何もなかったはずだ……。まさか、耳打ちした時に掛けられたのか!?

 

「形だけかも知れないが、条件を呑んだら話すと言っていただろう。その同意を取っ掛かりにして術を掛けたのさ。精々場所がわかる程度の術だがな」

 

 説明された内容から行動を強制する類いじゃないことは分かるが、かなり厄介な効果だな。真実を話さない限りは逃がさないと言ってるようなもんだぞ。

 事ここに至っては話すしか無いだろう。話した内容の裏を取るまでは帰してくれないだろうし、逃げ出しても自分じゃどうにもできないマーク付きときた。かつて遭った狙撃拘禁よりも分が悪いかも知れない。

「仕方ない。話してやるよ」

 

「自発的な協力に感謝する」

 

 俺が折れると、男はしてやったりとでも言いたげに笑った。

 ちくしょう、覚えてやがれ。いつかその顔に桜花を一発叩き込んでやる。

 

「では、神具の出所から話してもらおうか」

 

「あの剣は元々イギリスの国宝の一つ、ラグナロクという剣だったらしい。俺も奪った男から少し聞いただけだが」

 

「ラグナロク……?もしや、北欧神話の魔剣であるダインスレイヴのことか?イギリスにあったとは知らなかったな」

 

「奪った後に孫悟空と戦う機会があってな。その時に融かされた剣の残骸を鍛え直したのがあれだ」

 

「待て、孫悟空だと!?貴様はまつろわぬ神と戦って生還したというのか!?」

 

 俺の話を聞いて男が驚愕していた。無理もない。誰だって孫悟空と戦ってたなんて言ったらよた話だと思うだろうよ。事実だが。

 それより、気になるワードが出てきたな。まつろわぬ神ってなんだ?

 

「まつろわぬ神ってのはなんなんだ?」

 

「まつろわぬ神とは、神話より出でる神々のことだ。神に限られるというわけでもないが。神話の神や魔物がそのまま出てきたと思えばいい」

 

 ん?これはおかしいぞ。地上に出現した神の行動を記録したものが神話だったはずだ。これでは順序が逆になる。このことはアメリカの機密事項だったから、確度はかなり高い情報だ。

 だが、相手側も嘘を言っている様子は無い。どういうわけだ?

 困惑する俺とは対照的に、男の方は頷いて話を進めてしまった。

 

「神具については此方でも調べるとして、次は貴様の身元について聞かせて貰う。火器を所持していた理由もな」

 

「それを聞くか?俺の荷物を没収した以上、俺の武偵免許も見てるはずだろ。武偵が銃や剣を持つのは当たり前だ」

 

 そう答えると、今度は男が困惑したような顔つきになった。何故だ?

 

「何を言っている?武偵とはなんの事を言っているのだ?そんな職は存在しないぞ?」

 

 武偵が存在しない……!?そんな馬鹿な。アリアもかつて仕事で出向いたり、プガレスト武偵校に留学したことがあると言っていた。ルーマニアは絶対に武偵制度を採用しているはずだ。百歩譲ってそうでなかったとしても、こういう地下組織が知らないはずはない。

 絶対にあり得ないことだろうが、ここが俺のいた世界でなかったりしたらそんなこともあるかもしれないが。ははっ。理子に無理やり読まされたライトノベルじゃああるまいし、そんなことはない……はずだ。

 ないよな……?

 

 

 

 



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まつろわぬ神

 夕暮れ時が近い晴れた日に、俺はブラジョフの街を歩いていた。

 あの尋問は俺の供述に意味不明な点が多すぎるという理由で打ち切られ、神具の解析と事実確認が終了するまでは監視付きでブラジョフ周辺のみ出歩けることになった。

 今確実にはっきりしている事実は、この世界にはどこにも武偵制度が無いということ。そして、俺こと遠山キンジの名前を誰も知らないということだ。これは国家機関も例外じゃなかった。結社のコネを使って確認したらしいが、政府のどの機関の資料にも俺の名前はなかったとか。

 

 俺のヤンチャ動画のことはベレッタ社まで知ってたから、ルーマニア政府が知らないとは思えないんだが……。このことは喜べばいいのか悲しめばいいのかわからんな。何せ、ここがよく似た別世界である可能性が増してしまったんだから。

 いくら俺が不幸に定評がある遠山だからと言っても、限度があるだろ。異世界転移になんて遭ってたまるかっての。

 

 内心愚痴る俺の後ろには、尋問部屋で会った美少女がついてきている。この子が俺の監視役で、名前をイレアナ・ルナリアというらしい。聞けば、俺に威嚇射撃を行った狙撃手だという。よくよく俺は無口な美少女狙撃手に縁があるな。

 どうせ監視役が付くなら美少女より尋問役のおっさんのほうが気が休まるんだがな。主にヒス的な意味で。今もあの子がつけてるらしいラベンダーの香水のニオイがしてくるし、どんなハプニングでヒスるか気が気じゃない。

 

 ヒスる恐怖に怯えつつも街並みを見て回り、ちょうど街の外周部分にさしかかった時━━━━それは起こった。

 

 近くの森から突然とてつもなく強大な気配が出現し、辺り一帯を揺らしたのだ。

 あまりの事態に専門家であろうイレアナの方を振り返ると、彼女も目を見開いて驚愕している。どうやら相当な大事らしい。

 

「様子を見に行こう。構わないか?」

「私達も放ってはおけない。確認する」

 

 意思を固め、二人で森のなかへと入っていく。森のなかは暗いが、下草は少なくて歩きやすい。これは幸いだな。

 森に入ってから、鳥や動物達が現場と思われる方角から次々と逃げてくる。これだけ強大な気配なら当然だろう。

 漂ってくる気配は俺が今まで感じたことの無いものだ。緋緋神と同等かそれ以上に強大で神々しいが、ブラドや緋鬼達のような禍々しさも同時に感じる。間違いなく人外の存在だろう。

 

 森に入って5分ほど歩き続けたところに、そいつは立っていた。

 紺色の豪奢な貴族服を身に纏い、宝石などで装飾されたサーベルを腰に下げている大柄な男。だが、その肌の色は血が全く通っていないかのように青白く、まるで死人に見える。さらに、人間が持つはずの無い口元の牙と深紅の瞳が、人外であることを物語っている。

 何より、全身から放たれる桁外れのプレッシャー。間近で見ると分かるが、確実に緋緋神を凌ぐ凄まじさだ……!

 理屈抜きで分かる。コイツは神だ。これが、まつろわぬ神━━━━!

 

「ほう、よいときに来てくれたな人の子達よ」

 

 そう言った奴が、俺達を見据えた。それだけで、体に震えが走る。横目で見て確認すると、イレアナも同じ状態のようだ。プロとも言える彼女ですら、こうなっちまうのか……!

 

「顕現したばかりで、喉が渇いておったところよ。そこな乙女よ、余に血を捧げる栄誉に浴することを許す。我が下へ来るがよい」

 

「その前に御身のお名前を聞かせていただきたく存じます」

 

 前に出て跪いたイレアナの言葉を聞いたまつろわぬ神は、思案するような顔をして、

 

「よかろう。幸運にも我が顕現に立ち会った者達に、我が名を知る名誉を授けてやろう。余の名は数多くあれど、この地にて名乗る名はただ一つ。小竜公(ドラクル)のみである」

 

 堂々と名乗りをあげた。

 ドラクル……!姿と顕現した土地から予想していたが、やはり吸血鬼だったか━━━━!

 

「さて、名乗りも終えた。そろそろ血を頂こうか」

 

 そう宣言した奴の深紅の目が、紅く輝いた。すると━━━━

 

 (体が動かない……!これはまさか、ヒルダが使っていた催眠術か!?)

 

 まるで金縛りにあったように、指先ひとつ動かせない状態に陥った。そんな俺をよそに、イレアナはフラフラと吸血鬼に向かって歩いていく。さっきの光で操られているような感じだ。

 まずい。彼女が吸血鬼に血を吸われればどんな目に遭うかなんて、考えるまでもない。イレアナを助けないと!

 

 (動け……!動けよ俺の体━━!)

 

 例え俺を拘束した連中の一員だとしても、彼女にはこれまで営んできた人生があるはずだ。それを、こんな理不尽な形で奪われるなんて━━黙って見ていられるはずがない!

 そう強く思った瞬間、体の縛りが解けたのを感じた俺は、咄嗟に足元の石を拾って吸血鬼に向けて投げる。

 

 投げた石は、確かに顔面に当たった━━はずだったが、石が砕け散っても吸血鬼は何の反応も示さない。回避も防御もしていなかったにも関わらず。

 だが、今ので奴の呪縛は解けたのか、イレアナがその場にへたりこんだ。

 一方、吸血鬼の関心が俺に移ったのか、

 

「よもや、死すべき人の子に余の魔眼が打ち破られるとはな。中々に興味深い」

 と、興味津々な顔でこちらを見てくる。

 見られた俺は、警戒しながら相手の様子を伺うことしかできない。下手に動けば、再び矛先がイレアナに向く可能性もあるからだ。

 息が詰まるような数秒が過ぎ去り、奴の口が遂に動いた。

 

「よし、そこの男よ。貴様を我が狩りの獲物とする」

 

「狩りだと?何のつもりだ?」

 

「何、簡単な話よ。我が呪縛を破るほどにいきのよい人間だ。獲物とするに足ると思ったのだ。狩りは貴人の嗜みでもあるしな」

 

 言っている意味はよく分からないが、奴は俺を追う気になったらしい。ということは俺がここでうまくやれば時間を稼げるし、あの吸血鬼が街へ向かうのも防げるはずだ。

 

「その狩りとやらに乗ってもいいが、代わりに逃げる時間を貰いたいね」

 

「もとよりそのつもりよ。そうさな……半刻が過ぎるまで余はここを動かぬ。どこへなりと逃げるがよい」

 

 やったぞ。吸血鬼の高いプライドのおかげか、予想以上にうまくいった。あとはイレアナを逃がす算段をたてればいい。

 イレアナのほうを見ると、驚いた様子ながらも、俺に向けて掌を突き出す。すると、俺の両手にベレッタとデザートイーグルが収まった。続いてマガジンまでもが俺の所に届く。

 吸血鬼はそれを見ても、何も言わない。まるで脅威に感じていないんだろうが、今はそのほうがこちらに都合がいい。

 

「……ごめんなさい。あのナイフは今は渡せない」

 

「十分だ。お前は先に逃げろ、イレアナ」

 

「まつろわぬ神には、物理攻撃も魔術も通じない。けど、今はあなたに持ちこたえてもらって、時間を稼ぐしかないの。本当にごめんなさい。必ず助けに行くから……!」

 

 死地に向かう者を見るような、悲痛な表情で俺を見てくるイレアナに、俺は銃を持ったままの右手を振る。

 

「大丈夫だ。何とかしてみせる」

 

 俺の言葉を聞いたイレアナは、目を伏せて呪文を唱え、青い光をまとってどこかへ飛んで行った。

 彼女がいなくなると、唐突に吸血鬼が笑いながら拍手し始めた。いったいなんだ?

 

「ははははっ!狩りが始まってもおらぬうちから、面白いものを見せてもらった。無謀な戦いに赴く男と、それを見送る乙女。まるで、歌劇の一幕を見ておるようであったわ」

 

「楽しんだっていうなら、観覧料代わりに手ごごろを加えて欲しいね」

 

「観覧料ならば、さきの拍手で支払っておる。わが称賛を受けたものはめったにおらぬゆえ、光栄に思うがよい」

 

「そうかい」

 

 そういい捨てると、俺は森の奥へ向けて走り出す。やつを人里から引き離すために。

 

 

 

 

 

 

 



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決意と開戦

 夕日で空が紅く染まるなか、俺は森を抜けて山まで走ってきていた。

 あれからそろそろ一時間以上経った。あの吸血鬼も何かしら仕掛けてくる頃合いだ。あの余裕綽々な態度からして、最初から全力で俺を追っては来ないだろうが、どんな手でくるかね。

 狩り、とわざわざ言っている以上、何かしらの遠距離攻撃を見舞ってくる可能性もあるな。むこうからすれば、俺の位置を掴むことも容易いだろうし。

 

 等と思いを巡らせていると、目を深紅に光らせた狼が俺の前に現れた。それも一頭や二頭じゃない。十頭近くいる。目の色からして、近くにいた狼の群れを吸血鬼が操って差し向けてきたんだろう。ブラドも狼を部下にしていたし、あり得そうな話だ。

 俺にむかって唸り声をあげる狼達に俺はベレッタをむける。

 まつろわぬ神に銃は効かないらしいが、元々が野生の動物なら銃弾も効くだろう。

 どうやら奴は、狼を猟犬代わりに使って俺を追いたてて狩るつもりらしいな。人のことを舐めやがって。俺は狐かなにかかよ。

 狼達は俺と少しの間睨み合った後、俺に次々と襲いかかってきた。

 俺は飛び掛かる狼からバックステップして距離をとり、ババババッ!ベレッタをフルオートで発砲し迎撃する。

 何度もマズルフラッシュが閃き、九ミリ弾が狼達にむかって飛んでいく。

 素の状態だったこともあり、半分ほどは銃弾が足や胴体に命中したものの、残りは無傷で凌がれてしまった。

 

 だが、俺の危険性を理解したのか、すぐには襲ってこずにバラバラに散っていった。俺を包囲した上で、安全に接近する気か。

 素の俺では四方から狙ってくる猛獣を相手に無傷とはいかないだろう。どうする。こうなったら木の上にでも登るか?

 厄介な狼達に頭を悩ませていると、何かが俺の頭上をよぎっていった。

 その何かがどこか俺の近くに落ちていくと同時に、ギャヴヴン!という狼の悲鳴が聞こえてくる。それきり何も聞こえてこないことから、どうやら攻撃を受けた狼は即死したらしい。

 これは……!この街へ初めて来たときにも見た、イレアナによる狙撃か!

 突然の援護に俺が驚いている間にも、矢の一撃は次々と夕暮れの空を駆け、俺を襲おうと散開していた狼達を屠っていく。

 やがて掃射が終わると、俺が走って来た森の方から、先程同様に青く光るイレアナが飛んでやって来た。

 

「無事!?」

 

「ああ、お陰さまでな」

 

「よかった……」

 

 そう言ったイレアナは、安心したような顔で地面に座り込んだ。相当俺の安否を気にしていたらしい。

 

「もう死んでいるかと思った……」

 

「大げさだな。そこまで本気で俺を狩りにこないだろうと思ったから乗ったんだが」

 

「だとしても、気まぐれであっさり殺されていてもおかしくなかった」

 

 確かにな。神というのは、人に推し量れるものじゃない。人を歯牙にも掛けず、己の欲望にどこまでも忠実だ。

 だがそれは、欲望を見切れば相手の振る舞いをある程度予測出来るということでもある。俺が出会った連中で言えば、緋緋神は闘争による暇潰し、璃璃神なら平和な眠りが欲望に当たる。

 そして今回の吸血鬼のケースでは、自分を興じさせうる物事を楽しむことが欲望だ。加えて言えば、貴人の嗜みなんて言ってたことから、奴は貴族然とした鷹揚な性格だと分かる。そんな奴が、遥か格下の獲物である俺を、忙しなく自ら狩りにくるなんてあり得ない。どのみち選択肢も無かったし、イレアナを逃がせるだけ損はないと踏んだのだ。

 

「あなたは十分やってくれた。市民の避難も始まっているし、すぐにここから逃げるべき」

 

「そうしたいのはやまやまだが、それはできないな」

 

 もし俺がここから逃げた場合、二通りの事態が起こりうる。奴が俺に執着して追ってくるか、狩りに飽きて別の興味の対象を探すかだ。どのみち余計な被害が発生するだろう。

 それをイレアナに話すと、彼女は首をふって言った。

 

「抗いようのない天災から逃げることには、世界の誰も文句をつけられない。ましてあなたは、命懸けで時間を稼いでくれた。こんな自殺行為を続ける必要はない」

 

 そうかもしれない。いまここで俺が生きているのも奇跡的なことなんだろう。

 だが、それでも。

 俺はここから退かないぞ。退けばあの街の人達がどうなるかわからないんだからな。

 俺の脳裏に、今まで見てきた街の人達の顔がよぎる。

 ブラジョフにいる人達一人一人が、日々を精一杯頑張って生きてきたんだ。その日常を理不尽に奪うなんて絶対に許さないぞ。この世に生きる一人の人間として、そんなことはさせやしない。

 そのためには奴を━━神を、いまここで倒すしかない。

 

「イレアナ、神には銃や魔術は効かないと言ってたな。なら、何なら倒せる?」

 

「まさか、あなた……神と戦うつもりなの!?」

 

 俺の言葉があまりに衝撃的だったせいか、イレアナは口を開けて呆然としている。そんなことを俺が言うとは、考えもしてなかったみたいだな。

 

「神殺しでもない人間が、神と戦って倒すなんて不可能。すぐに逃げるのが賢い選択」

 

 生憎だが、俺は兄弟にすらバカ呼ばわりされた男だ。元々賢く生きるつもりなんてないんでね。

 それより、神殺し……?やっぱり、神でも殺せるってことか……?

 

「神殺しってのがいるんなら、神でも殺せるんだな?」

 

「そう思った人が何人も神に挑んでいったけど、殆ど帰ってこなかった。奇跡に奇跡を重ねて数世紀に一人ぐらいしか、神殺しは生まれない」

 

 それでも、十分だ。他人に出来ることならやってやるまで。只の人には不可能でも━━不可能を、可能にしてみせる。

 

「それでも俺はやる。神にダメージを与える手段を教えてくれ。頼む」

 

 俺が頼み込むと、イレアナはしばらく悩んでいたようだか、意を決したように口を開いた。

 

「極めて強力な魔術か、神具くらいしかない。魔術は修めている人が近くにいないから、あなたが持ってた神具しかないと思う」

 

 ここにきて、ツキが巡ってきたみたいだな。最大の問題を解決できるものを、既にもってたんだから。

 あとは作戦を思いつくかと、俺が()()()かにかかってる。禁じ手に近いが、レヴェリからのアゴニザンテで安定させるか?

 わりと破滅的な方法を考えていると、イレアナがなんと━━俺に抱きついてきた!ちょちょちょ、なんなんですかね!?

 

「あなたを止められないのはよく分かった。けど、これだけは約束して。絶対に、生きて帰るって」

 

 全身に感じる彼女の体の柔らかさ、漂ってくるラベンダーの香り。そのすべてが、俺の血流を強めていく。

 勝利の女神様とやらは、よほど俺に勝ってほしいらしいな。━━これで準備万端整った。あとは彼女に、今思いついた作戦を伝えるだけだ。

 

「ああ、約束する。その代わりに君には━━」

 

 

 

 

 

 

 夕日が地平線に沈みかける中、俺は山裾にある盆地で吸血鬼を待っていた。

 この盆地は地形も平坦で、見晴らしもよいことから決戦の舞台にもってこいだ。あとは奴がやって来るのを待つだけだな。

 できるなら陽が完全に沈む前に来てほしいもんだ。吸血鬼が夜に力を増すのはお約束だからな。もっとも、あの高慢な吸血鬼がそこまで気にするとは思えないが。

 らちもないことを考えつつ周りを見渡していると、あちこちから大量のコウモリが盆地に飛んできた。

 やがてそれらは集まって一塊になり、人型を形作る。

 いよいよお出ましか。

 

「どうした人間?我が猟犬を蹴散らしてから動きがないが。もっと余を楽しませてみせよ」

 

 第一声がそれかよ。相変わらず、この狩りはコイツにとって余興でしかないらしい。

 

「楽しませられずに悪かったな。だが、こっからはそんな心配は不要だ。俺があんたを倒すんだからな」

 

 俺がそう言い返すと、奴は一瞬あっけにとられたような顔をして、

 

「はははははははっ!そなたが、死すべき定めの人の子が、不死者たる余を倒してみせるだと!?ヘルメスの門下(魔術師)ですらない身で!?その極まった蛮勇、もはや痛快ですらあるわ!貴様、もしや一流の道化か何かか?」

 

 と、哄笑した。

 

「御託は結構だ。さっさと()ろうぜ」

 

「くくくっ!そうまで言うなら付き合ってやろうではないか。精々、すぐに死なんようにすることよ!」

 

 言いながら俺が構えをとると、奴も応じるように牙を剥いて笑う。

 ここに、俺と『まつろわぬ神』との戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 



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神殺し

遅くなりました。申し訳ありません。


「先手はいただくぞ!」

 

 その言葉とともに、奴は踏み込みで地面を爆ぜさせながら一直線に突っ込んでくる。

 まるでジェット機が迫ってくるような突進(チャージ)を、俺は構えを維持したまま闘牛士よろしく右にターンして躱した。

 躱された吸血鬼は足で急制動をかけて俺に向き直ると同時に、俺の喉笛を掻っ切ろうと遠心力を乗せた右手の爪撃(クロー)を放ってくる。

 身を屈めて爪撃をやり過ごした俺は、続いて繰り出された左膝蹴りを右手で受け流してはね上げさせた。

 

「おお!?」

 

 バランスを崩して驚愕した吸血鬼が、咄嗟に出現させた翼を羽ばたかせ、転倒を免れようとする。

 俺はその間にやつから距離をとり、今の交錯の手ごたえを分析した。

 近接格闘の技量はヒステリアモードの俺のほうが上だろうが、身体能力が大きく劣っている以上油断はできない。格闘技を修めた人間が野に生きるクマに及ばないように、圧倒的なスペックはそれだけで大きな脅威だ。加えて、奴には先ほど見せた変化能力もある。その能力の幅も見切る必要があるな。

 体勢を整えた吸血鬼は、感心したような顔でこちらをみてくる。

 

「正直に言えば驚いたぞ。まさか、人の身で余を後退させるとは。これならば思ったより楽しめそうだ。重畳重畳」

 

「その賛辞、感謝の極みとでも言えばいいのか?」

 

「感謝は要らぬ。その代わり、余をもっと興じさせよ!」

 

 またしても先手をとられた。奴の右腕が蛇に変化して俺を狙ってくる。右に跳んでかわすが、蛇は誘導型ミサイルのように反転し追尾してきた。

 あれはまつろわぬ神の体の一部だ。おそらく銃弾も通じないだろう。今はあれをどうにかできる武器はないから、新たな動きがあるまで耐えるしかないか。

 俺が蛇の追撃を右に左に動いて凌いでいると、吸血鬼が一向に仕留められない俺に業を煮やしたのか、蛇が一気に十匹ほどに分裂した。

 

 (━━━━今だ!)

 

 俺は分裂した蛇たちの合間を潜林の要領で縫って移動しながら、両腕と胴体まで使って蛇を誘導していく。その結果、俺を襲おうとしていた蛇達はその体を互いに絡ませてしまい、毛糸玉のような塊と化して動けなくなった。

 だが、奴は絡まった腕を意に介さず、鞭のように横なぎにふるって俺を打ち据えようとしてくる。

 俺はその一撃を避けるために姿勢を低く保って走り、自分から距離を詰めに動いていく。

 対する吸血鬼は、俺を迎撃するために今度は左肩から狼の頭を生やしてきた。蛇の次は狼ときたか。

 あの狼は手ではなく、肩が変化したものだ。迂闊に攻めればのこっている左手でその隙をつかれてしまう。

 変化した相手の腕が十分伸び切るのに合わせ、俺は両手を狼の頭に当て、自分の左側━━━━先に蛇に変化していた吸血鬼の左腕に向けて滑らせる。

 グシャリ、という湿っぽい音が鳴り、狼の牙が絡まっていた蛇達に深々と突き立った。

 

「ぐうっ!?」

 

 自分が血を流すとは思わなかったんだろう。吸血鬼は信じられないものを見るような目で、左腕から滴り落ちる血を見ている。奴は負傷に気をとられているせいで、俺のことを見ていない。

 今なら両腕が空いている。()()がやれるだろう。

 そのまま走って吸血鬼とすれ違い、向き直った俺の手には━━━━奴が腰に下げていた、宝剣が握られていた。

 ヰ筒取り。潜林と同じく、遠山家に代々伝わる奥義の一つだ。

 

「ク、クハハハハッ!余に傷を負わせられぬとみるや━━━━余自身の牙を使い、挙げ句の果てにに我が佩刀を掠めとるとは!呆れるほどの貪欲さよな!真っ向から余に挑みながら、まだ勝利を希求するか!」

 

 何が可笑しいのかは解らないが、奴は随分愉快そうに大笑している。

 

「言ってろ。あんたも血を流す以上、その内俺に殺されるかもしれんぞ」

 

「調子に乗るでない。余に血を流させるという偉業は評価に値するが、この程度の傷を百度負わせようと我が命には届かぬ」

 

 その言葉を証明するように、奴の傷が瞬時に完治する。

 やはり吸血鬼だけあって、再生能力も持っていたか。だが、神話の神そのものと言われる『まつろわぬ神』なら、ブラドやヒルダが持っていた魔臓による回復能力じゃないだろう。

 とはいえ、厄介なことに変わりはない。奴を倒すには一撃で致命傷━━━━心臓の破壊を狙うしかないか。吸血鬼の倒し方と言えば、心臓に白木の杭を打つことだからな。

 俺が剣を鞘から抜いて構えると、奴は左肩と右手の変化を解き、虚空から同じ剣を呼び出した。

 

「どれ、貴様がその気ならば、次は剣術比べとしゃれこむとしよう」

 

「随分と余裕だな。剣術でも俺に一本取られるかもしれないぜ?」

 

「かもしれぬが、余はそのことについて拘泥する気はない。武を本領とする軍神ではない故な」

 

 それきり黙った吸血鬼は、仕掛けてこない。今度は先手をこちらに譲るつもりらしい。

 警戒してこちらが動かないでいても動きを見せない。このままいてもらちが明かないし、俺から仕掛けよう。

 間合いを一歩で詰めた俺は、右手の宝剣を振るい首を狙った凪ぎ払いを見舞うが、奴の剣を合わされ上にはねあげられてしまう。

 その隙に吸血鬼が俺を袈裟がけに斬りかかってきた。

 右手首のスナップによって引き戻した剣による防御が間に合い、ギャリリリ!という金属音をたてて剣同士が噛み合う。

 そのまま押し込もうとしてくる相手の力に逆らわず、自分から数メートルほど後ろに跳んで離れる。

 

 慣れていないせいか、剣では俺が押され気味だ。だが、この剣を手放せば()()()使()()()()()()()()唯一奴に通じるものを失うことになる。どうすれば……!

 逡巡していると、奴が離した距離を詰め、俺を両断しようと大上段から打ち下ろしてくる。

 ギロチンめいたそれをどうにか剣の腹で逸らすと━━━━剣を持つ相手の右手が不自然に曲がり、こちらに向かって切り上げてきた。

 

「━━━━ッ!?」

 

 咄嗟に上半身をそらして躱したが……どうやら変化能力を、剣に合わせて使ってき始めたらしい。

 その考えは正しかったようで、その後の追撃は嵐のような凄まじさだった。

 腕を変化させての死角からの不意討ち、分裂させた腕によるジャリングじみた追撃。

 それらを剣を、腕を、ある時は全身まで使ってなんとか凌いでいた俺だったが、流石に無傷ではなかった。

 頬にはザックリと斬撃痕が刻まれ、着てきた服は見るも無残な襤褸切れと化した。当然、全身が血塗れだ。

 それよりもまずいことに、度重なる酷使に耐えかねたのか、奪った剣にヒビが入り始めた。これでは折れるのも時間の問題だぞ━━━━

 

「隙を見せたな?そらっ!」

 

「くっ━━━━!」

 

 剣によるフェイントに続く手刀の一撃を受け、遂に俺の持つ剣がバギン!という甲高い金属音をたてて砕け散った。

 間髪を入れず放たれた突きは、真剣白羽取りで辛うじて防げたものの━━━━ズドンッ!

 

「がはっ!」

 

 心臓を狙った貫手は内臓避け(オーガンスルー)をもってしてもかわしきれず、胸に受けてしまった。

 腕を外そうともがく俺をまるで苦にせず、右手一本で自身に寄せた吸血鬼は微笑みと共に、

 

「余をここまで楽しませてくれるとは思ってもみなかったぞ。その褒美として、我が眷族に加えてやろう」

 

 勝利宣言を行った。

 俺はそれを無視して激痛を堪え、震える手でホルスターからベレッタを抜いて、バスンッ!発砲した。

 当然狙いなど付けられず、弾は地面にめり込んだだけだ。

 

「自決でもするつもりだったか?残念であったな。だがそうは……何?」

 

 奴の得意げな言葉が止まり、その目が訝しげに細められる。

 それはそうだろう。この場に有るはずのない物━━━━()()()()()()()()()()()()()()を見たんだから。

 

 この奇跡の仕掛けは単純なものだ。俺がイレアナに、発砲音を聞くと同時にナイフを転移させるよう頼んだだけだ。

 この策とも言えない策は、イレアナから猛反対を受けた。通じる武器も持たず、神と戦うなど自殺行為だと。

 だが、最初から神具を持っていれば、奴に必ず警戒される。そうなってしまえば、持っていたところで使うチャンスは来ないだろう。

 ならば、出来る限り奴を油断させ、その隙にこれを叩き込むしかない。そう考えたわけだが、予想以上にうまくことが運んでくれたぜ。

 今まで散々いたぶってくれた分の借り、返させて貰うぞ━━━━!

 

「貴様、まさかそれは━━━━!」

 

 一杯喰わされ驚愕する奴の声に心地よさを感じる暇もなく、俺は右手で全力の桜花を━━━━奴の心臓に向かって━━━━繰り出す!

 

「おおおオォォォォ━━━━!」

 

 血を吐きながら、文字通り決死の覚悟で放った俺の一撃は━━━━吸血鬼の体を切り裂き、その心臓を、貫いた。

 

 

 

 

 

 



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転生と衝撃の宣告

「があっ!」

 

 唯一の弱点である心臓を穿たれ、吸血鬼の体が数歩後ずさった。そのまま全身の力が抜け、自らの血でできた血の池に大の字で倒れ込む。

 当然俺もただでは済まなかった。後ずさった時に奴の腕が外れたせいで地面に落ち、ボールよろしく数度バウンドしたきり動けない。

 内臓避け(オーガンスルー)で即死することは避けられたが、致命傷に近い傷を負っては俺も危ない。このまま放置されれば出血多量で死ぬだろう。神相手に相討ちに持ち込めたら上々かもしれんが、俺はこんなところで死ぬなんてゴメンだ。

 どうにか処置しようと苦闘していると、山の方から青い光━━━━イレアナがこちらに向かって飛んできた。

 

「直ぐに処置を始めるから、気を確かに持って!」

 

 どうやら何らかの魔術で決戦を観測し、終結を理解して駆けつけてくれたらしい。よかった、これで死なずに済む……!

 倒れている俺の傍に跪いたイレアナは俺の傷に手を当て、呪文を唱えていく。

 すると、傷の周辺が淡く輝きだし、出血が止まった。全身に響くような激痛もかなり和らいでいる。これが治療魔術の威力ってやつか。現代医療も真っ青だな。

 首だけを持ち上げて、吸血鬼の様子を伺うと、奴は仰向けに倒れ伏したままだった。

 その姿を見て、改めて自分が神に勝ったことを実感する。俺は、勝ったんだ。

 

「もう現れおったか、愚者の母よ。血と死の臭いを嗅ぎ付けることにかけては、余をも凌いでおるなそなたは」

 

「あらあら、あなた様らしくもない言い様ですこと。あたくしはあらゆる災いをもたらした女。当然、禍つ神在るところにも現れますわ」

 

 吸血鬼が呟いた言葉に答えるように、女の声が辺りに響いた。

 この声は……アリアに似ている……?いや別人か。アニメ声ではあるが、ちっこいあいつには無い大人の艶っぽさがある。

 

 首を回して声がした方をみやると、一人の美少女が()()()()()

 ちんまい体にピンクブロンドのツインテールといい、寄せることすらできないまっ平らすぎる胸といい、アリアにそっくりな少女だった。

 だが、その気配の強大さは人間のものじゃない。まさか、新手の神か……!?

 神を倒したと思ったらもう一柱来たという、あんまりな事態に軽く絶望するが、神の側は争うつもりは無いらしい。俺と目が合うと、にっこり笑って近づいてくる。

 

「はじめまして、かしらね。貴方があたし達の新しい息子でしょう?あたしの名前は分かるかしら?」

 

 そう聞かれて、答えをだすべくアゴニザンテが発動した頭を働かせる。

 愚者の母、あらゆる災いをもたらした女とくれば━━━━

 

「━━━━パンドラがあんたの名前か?」

 

「せいかーい!初めての()()()()()()()()が賢くてうれしいわ。あなた達神殺しの義理の母親が、あたしことパンドラよ。これからはお母さんって呼んでね!」

 

 パンドラは俺がきちんとあてたのがよほど嬉しかったのか、目に見えてテンションが上がっている。

 お母さん……?いや、それよりも気になることを言ってませんでしたかね?

 

「異世界……だって……?」

 

「そうよ。あなたはこの世界にやって来た異世界人。この世界で初めての異世界出身の神殺しになったの。長い神殺しの歴史の中でも、史上初よ」

 

 ……マジかよ。薄々そうじゃないかなーって思ってはいたが、神から断言されてしまうと心にくるものがあるな。どうすりゃいいんだこれから。

 現実に打ちのめされている俺をよそに、パンドラが俺に掌を向けてくる。すると━━

 

「がああああッ!?」

 

「大丈夫!?」

 

 突然すさまじい激痛が俺の全身を襲った。

 イレアナが即座に治療しようとするが、その魔術が()()()()()()()

 なんだこれは!?胸の痛みさえ遥かに凌ぐ、骨という骨が鋳とかされるような痛みは一体━━━━!?

 

「痛いのは分かるけど、我慢しなさい。これは、あなたが人を超えた魔王となるための代償なのだから」

 

「代……償……?」

 

 息も絶え絶えに俺がそう聞くと、パンドラは笑顔で、

 

「そう。あなたはこれから転生を遂げることになる。人を超えた魔王━━━神殺しにね。その痛みは体をつくりかえているが故のものなの」

 

 と、爆弾発言をしてくれた。

 人に無断で、なんてことしてくれんだよ。マジでショッカーみたく人体改造されてるってのか。

 パンドラの言葉を裏付けるかのように、俺の胸の穴が盛り上がった肉によって塞がれていき、全身にある無数の傷まで綺麗に消えていく。

 パンドラは万雷の喝采を浴びる歌手であるかのように、両手を広げて謳う。

 

「さあ小竜公(ドラクル)様!異世界人にして、7人目の魔王となるこの子━━━━遠山キンジに、憎悪と祝福の言霊を捧げて頂戴━━━!」

 

「良かろう!遠山キンジよ、余を倒した男よ!貴様は余の血と領土を簒奪した最初の神殺しとなる。何者よりも強く、誇り高く在れ!さすれば、貴様は永遠に夜の覇者として君臨するであろう!そなたの行く手に艱難辛苦と、栄光があらんことを!」

 

 その憎悪(祝福)の言葉を遺して吸血鬼の体は灰と化していき、残った灰も風に吹き散らされて消えてゆく。

 その光景を見届けた俺は立ち上がってパンドラに向き直り、改めて質問する。

 

「で、パンドラはこの世界から元の世界へ帰る方法について、何か知らないかい?」

 

「母さんとつけてちょうだい。詳しくは知らないけれど、旅の神か時空神の権能くらいしかないと思うわ。世界間移動なんて、神にとっても簡単ではないし」

 

 ちょっとむくれた顔をしたものの、パンドラはちゃんと答えてくれた。その顔が唐突に曇る。

 

「ごめんね。新しい息子と色々話したいのはやまやまなんだけど、もう現世にいられる限界が近いの。三途の川一歩手前まで来てくれれば、また会えるんだけど……」

 

「三途の川まではよく行くから大丈夫さ。ありがとう。パンドラ義母(かあ)さん」

 

 俺はパンドラに軽口で応じ、ヒステリアモードだったこともあって━━━━礼代わりに彼女の願いを叶えてやる。

 するとボボボッ、とパンドラは顔を真っ赤に染めてうろたえだした。

 今の急速赤面術、アリアのスピードに近かったな。ホントにあいつにそっくりだよ。

 

「え、ちょっ。こんなに素直に言ってくれる息子、はじめてなんだけど。……コホン。これからあんたも大変だと思うけど、頑張りなさいよ」

 

 慌てぶりをごまかすように咳払いしたパンドラは、激励を残して消えていった。

 やっぱりいいな。母さんと呼べる存在がいるってのは。

 らしくもないノスタルジーに浸りながらも、治療の礼を言おうとイレアナを見ると……二柱もの神を間近で見たせいか、完全にフリーズしていた。

 

「大丈夫かい。イレアナ?」

 

 心配した俺が肩をゆすってやると何度か瞬きして再起動したが━━━━いきなり俺の足元にひざまずいた。

 

「遠山王の御即位はまことに喜ばしく。つきましては、私の身一つでどうかこれまでの無作法をお許しいただきたく」

 

 本当にどうしたんだろう。なんか王族に対する陳謝みたいないわれようなんだが。

 

「今までの扱いなんて気にしていないさ。それより、王様扱いの理由を聞いてもいいかな?ああ、言葉遣いは今までのままでいいよ」

 

 俺の言葉が予想外だったせいか、イレアナは呆気にとられた顔をしたが……気を取り直して説明を始めてくれた。

 

「パンドラ様も仰っていたけど、神を倒した人間は神の権能を簒奪してその力を得る。その偉業を成し遂げた人達を、魔術師達は王として敬うの。まつろわぬ神と唯一戦える力を持つから」

 

 早い話が人類の最終兵器ってところか。神の権能を奪えるなら、確かにそうなるだろうな。

 

「そんな方々を、私達はカンピオーネと呼んでいる。人類代表として戦ってもらう代わりに、他の人間全てから奉仕を受ける権利を持つチャンピオンだから」

 

 ってことは法に縛られない超法規的存在でもある訳か。公安零課みたいなもんかな。俺はそんなとんでもないものになってしまったのか。

 

「俺の同族はどんな連中なんだい?」

 

「当代では他に六人いらっしゃって、ヨーロッパに三人、アメリカと中国、あとはアフリカに一人ずつ居る。いずれもかなり変わった方々」

 

 変わりもんの同族が三人もヨーロッパにいるのかよ。あんまり関わりたくないなぁ。

 ……どうせ関わるんだろうけど。俺の経験上。

 

「聞きたいことは聞いたし、そろそろ帰ろうか。帰りの案内もよろしく頼むよ」

 

「御意に」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺達は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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帰還と確認

 俺達が『深紅の月夜』の拠点である黒の教会に帰還すると、俺を尋問した男━━━━イレアナの叔父であるクリスティアン・ルナリアにはとても驚かれた。

聞けば、イレアナは俺を救出するために彼の反対を無視して単身で出ていったため、彼女が生きて帰れるとは思っていなかったらしい。

 助けられた俺が言うのもなんだが、イレアナには結社の命令違反という、かなり危ない橋を渡らせたみたいだな。彼女が居なきゃ俺は死んでただろうから、後でちゃんと礼をしとかないと。

 

「それで、神の様子はどうだった?こちらは市民の避難誘導で手一杯でな。神の監視まで手が回っていなかったのだ」

 

 これは……俺が奴を殺したのも知らないみたいだな。急な事態ではあったし、仕方がないとは思うが。

 

「吸血鬼なら、俺が殺したぞ」

 

 事実を簡潔に伝えると、クリスティアンは絶句していた。ややあって彼は震える声で、

 

「本当に、殺したのか……?」

 

 と、聞いてきた。

 神を殺したなんて冗談にもならんような話だが、事実は事実だ。納得してもらうしかないだろう。

 

「本当だ。なんなら、試してみるか?」

 

 そう提案すると、クリスティアンは真剣な顔で頷いた。

 

「そうさせていただきたい。事が事だけに、そうですかと認めるわけにはいかないのでね。我が武芸と魔術によって試させてもらう。イレアナ、立会人を頼めるか?」

 

「分かった」

 

 それから俺達は夜の闇に乗じ、町の外で人払いの術を使って場を整えた。

 しかしこの体になってから、夜でもよくみえるな。今までは素では夜目が利かなかったんだが。これも神殺しの体の特徴かね。

 光源が月明かり位しかないのに、前に立つクリスティアンの武器の有無から服の皺まで見えるとは。

 

「武器を持ってないが、準備は出来ているのか?クリスティアン」

 

「問題ない。こちらはいつ始めてもかまわない」

 

 今彼が武器を持っていないのは、恐らく俺に対策をとられにくくするためだろう。決闘が始まれば、召喚の術とやらで取り寄せるはずだ。

 他の魔術師達は距離をとり、俺達を囲むように円形に配置されている。新たな神殺し誕生の真偽がはっきりするとあって、皆緊張した様子だったな。

 

「それでは、始め!」

 

 俺の後方に陣取るイレアナの開始宣言を受け、クリスティアンが武器を召還する。あれは……デザートイーグルか?それに、ロングソードだな。

 デザートイーグルはいろいろな図形や文字が彫り込まれており、まるで観賞用だ。なんらかの魔銃だろう。ロングソードのほうは一見すると普通だが、何かの仕掛けはしてあるだろうな。

 それらを俺に向けて構えたクリスティアンを見た途端、集中力が増すのを感じた。

 神殺しの体はどうやら、戦闘に入ると自動で体調が整うらしい。便利なもんだ。

 

「では参る!」

 

 クリスティアンがそう言い放ち、一直線にこちらに向かってきながら発砲する。

 銃から放たれたのは弾丸ではなく、直径一メートルはあろうかという火球だった。

 だが、そんなすさまじい技を前にしても、俺に危機感は湧かなかった。ヒステリアモードでもない素なのに。それどころか、この程度の魔術などどうとでもなるという気さえする。

 試しに素手で火球を払ってみると、それだけであっけなく消え去ってしまった。

 

「くっ!」

 

 距離を詰めてきたクリスティアンが、歯噛みしながらも剣を振るってくる。その技の冴えはかつて見た白雪やジャンヌにも匹敵するだろう。

 だが、今の俺にはどうすればしのげるかわかる。首を狙う切り上げを体を傾けて躱し、続けざまの心臓を狙った突きを白羽取ることさえできた。

 クリスティアンは即座に剣を捨てて距離をとり、目隠し代わりの火球でこちらを牽制すると同時に新たな武器を召喚する。召喚された何本もの剣は、念力(PK)でも使っているのかのように静かに宙に浮いていた。

 どうやら本気で来るらしいな。あれをすべて同時に操れるとなると、今のままでは少々厳しいか。

 そう状況を分析していると、急に何かがなじんだような感覚とともに、全能感が湧き上がってくる。

 

「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり。我が名において万人に告ぐ。()を歩き、血を喰らう我を恐れよ!我こそは吸血鬼(ヴァンパイア)!死より蘇る者ども━━━━不死者(アンデッド)の王である!」

 

 自然と頭に浮かぶ言葉を唱えると、強い何かが俺の体を覆いながら造り替えていくのがわかった。それを見て、クリスティアンが茫然と呟く。

 

「吸血鬼の権能……。本当に弑逆されたのか……」

 

「今度はこっちの番だ」

 

 俺は数メートルの距離を一歩で踏破し、クリスティアンに軽いジャブを放った━━━━つもりだった。

 

「ぐはあっ!」

 

 クリスティアンは反応することすらできずにまともに受け、数十メートルもきりもみ回転しながら吹っ飛んでいく。

 うわーやっちまったよ……。軽く入れたつもりでこれって、身体能力上がりすぎだろ。人間に本気出したら相手が死ぬなこれは。

 

「そ、そこまで!」

 

 イレアナもさすがにまずいと思ったのか、慌てて終了の宣言をした。そのままクリスティアンのところへ向かって走っていく。治療するつもりだろう。俺も放置するわけにはいかず、彼女についていく。

 彼のところにたどり着くころには、多くの魔術師が集まって治療していた。怪我の度合いを聞くと、命に別状は無いらしい。殺してなくてよかったよ。

 

「王よ。御言葉を疑ってしまった私の不明を、どうかお許し下さい」

 

「それはしょうがないさ。言われたからって信じられる内容でもないしな。それより、こっちもやり過ぎて悪かったな」

 

 上体を起こして謝罪してくるクリスティアンに、俺も謝っておく。その時、俺の袖が引っ張られた。

そちらを向くと、イレアナが鏡を持って立っていた。

 

「この鏡を見て」

 

 そう言われるままに鏡を覗きこんでみると……

 

「うわっ。これが俺なのかよ……」

 

 鏡に映っていたのは、見慣れた俺の顔ではなかった。黒かったはずの髪の毛は透き通るような銀色になり、爬虫類みたいな縦長い瞳孔と真紅の瞳を持っていた。おまけに口元には長い犬歯が覗いている。

 完全に吸血鬼の顔だなこりゃ。散々人から人間やめたとか化け物とか言われてきたが、文字通りの人外になっちまったよ。

 

「それで、これからどうされますか?日本に帰られるのであれば、飛行機を手配いたしますが」

 

「日本に帰るかどうかか……」

 

 クリスティアンの問いは、今の俺には答えられないものだった。ここが異世界である以上、俺には戸籍どころかパスポートすらないということになる。そうなると、必然的に密入国しかないわけだ。どうしたものかな……。

 

「とりあえずは、俺の身の回りの物を揃えておいてくれないか?スマホとかな」

 

「かしこまりました」

 

 先のことは後で考えるとして、俺自身の基盤を整えなければ始まらない。結社のコネでも使ってどうにかできないか聞いてみよう。

 そんなことを考えながら、俺は夜空を見上げるのだった。

 

 

 



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強襲からの出陣

 機上の人となった俺は、ぼんやりと窓から外を眺めていた。

 今俺がいる場所は飛行機のファーストクラス。それも、飛行機自体が貸し切りだ。

 あの決闘の後、俺は公式に新たなカンピオーネとして認知された。魔術師結社『深紅の月夜』により発表された新たな神殺し誕生の情報は瞬く間に世界中に広まり、魔術業界を震撼させた━━━━とイレアナが言っていた。

 何故そこまで恐れられるのか気になって同族の話を聞くと……まあ出るわでるわ。凄まじすぎる逸話が山ほどでてくる。俺と同世代である若い連中でも、魔王の名に恥じない暴れぶりだった。

 

 俺の他に三人いる新世代のうち、最も魔王歴の長いアレクサンドル・ガスコインは欧州において二度の魔術戦争を引き起こし、あちこちの貴重な遺跡を盗掘したりしているらしい。その結果眠っていた魔獣を解き放ったりして大きな被害を出すとか。

 

 二人目の新世代であるジョン・プルートー・スミスはダークヒーロー然としたコスチュームに身を包んで活動する変わり者で、自分の嗜好に合う行動しかしなかったり結果オーライで物事を判断する、周囲の被害に頓着しないといった特徴はあるが、他よりましという評価だった。これでましってどういうことだよ。

 

 最後の一人がほんの数ヶ月前にカンピオーネになったサルバトーレ・ドニ。探し人を見つけるために砦を両断したり、戦う相手欲しさに他の魔王に喧嘩を売ったという。

こいつは要注意だな。俺も喧嘩を売られるかもしれんし。

 

 その喧嘩を売った相手がまた大物で、旧世代でも最古参の魔王ことサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵━━━━最凶の魔王と名高い人物だと聞いた。

 この男は最古参だけあって逸話も別格で、

港町を権能で吹き飛ばした、いくつもの村を眷族に命令して壊滅させた等、枚挙に暇がないほどらしい。

 

 俺が今飛行機に乗って日本に帰っているのは、この男の存在が大きい。

 かの老人はハンガリー付近の出身らしく、本拠地があるのもルーマニアに近いバルカン半島という話だった。さらに、長年君臨してきた実績とその実力から狂信的な信俸者が多くいるらしいこともあり、余計な火種をつくるのは避けるべきだと考えてルーマニアから離れることにしたのだ。

 それを聞いた深紅の月夜の面々には随分惜しまれたが、俺も成り立てで最古参の魔王とぶつかるのは出来るなら避けたい。そう言って日本に帰れるよう手配してもらった。

そして、クリスティアンが航空会社に掛け合ってくれたこともあって、ファーストクラスに座って帰路に着くことができたって訳だ。

 

 一時間ほど飛行機に揺られながら外の風景を楽しみ、最高級の機内食に舌鼓を打っている間に海の上空を飛んでいた。

 日射しを受けてマリンブルーに輝く海を眺めていると、ふと違和感を覚えた。何か点のようなものが突然視界に現れたのだ。しかも、徐々に近づいてくる……。

 

 「────ッ!?」

 

 謎の物体と距離が縮まった時、俺の脳裏にかつてイ・ウーから受けたミサイル攻撃がフラッシュバックした。

 どこの誰かは知らないが、カンピオーネである俺を狙って攻撃してきたってのか!?

 即座に吸血鬼の体に変化し、飛行機の壁をけり破って脱出する。凄まじい暴風が襲い掛かってくるが無視した。続けて翼を展開し、自由落下を避けて滞空しながら隠れるための島を探す。

 カンピオーネになってなかったら、今のは危なかったな。銃弾型エアバックや繊維弾(アンカー)があるとはいえ、素の状態では使いこなせたかはわからないし。

 

 ドオオオオオォン!

 

 後方から聞こえた轟音に振り向くと、一発目のミサイルがエンジンに命中し、火を吹いていた。続けざまに放たれたらしい二発目、三発目も次々に飛行機に襲いかかっている。あれじゃあパイロット達の生存は絶望的だな。

 パイロットたちの救出を断念した俺は、少し南の方角にあった島めがけ一気にスピードを上げて飛翔した。心配していた敵からの狙撃はなく、十秒もしないうちに島に到着する。

 降り立った白い砂浜から、攻撃を避けるために森に移って様子をうかがっていると……機械音のようなものがあたりに響き始めた。拡声器でも使っているらしい。音の方向からして少し北━━━━俺がやってきた方角だな。そこから声が響き始めた。

 

 「矮小なる魔王遠山キンジに告ぐ!汝は尊きヴォバン侯爵閣下の獲物たる神を奪いし罪人である!閣下の無聊を慰める獲物を奪ったその罪、まことに許し難し!よって、閣下に成り代わり我らが誅を下す!」

 

 な、なんて滅茶苦茶な理屈なんだ!俺が神殺しをしたのは、ほかに対抗できる奴がいなかったからだぞ。それを棚に上げて俺を責めるとか、理不尽すぎるだろ!まったく、狂信者ってのは手に負えんな。

 だが、今の言葉ではっきりした。この襲撃は奴らの独断だ。伝え聞く侯爵の性格と、成り代わるというやつらの言葉からして間違いない。

 かの魔王なら、部下任せにしたりせずに直々に俺を狩りに来るだろうからな。暇を持て余していると聞くし、暇つぶしになりそうなことを見逃したりはしないだろう。

 

 「貴様への人質として、深紅の月夜のイレアナ・ルナリアを攫わせてもらった!助けたくば、明日の昼にデプレツェンの廃墟まで一人でこい!」

 

 なっ━━━━!?俺を誘きだすためだけにイレアナをさらったのか!これで深紅の月夜との戦争は不可避だ。それだけでなく魔術結社の名誉も地に落ちたはずだぞ。

 いや、今はそんなことはどうでもいいか。まずはイレアナを助けることを考えないと。吸血鬼の力が使いにくい昼に呼び出したことから十中八九罠だろうが、突破するしかないだろう。

 変化して拡声器を設置したであろう場所へ向かったが、遠隔操作用機材が置いてあるだけだった。さすがに構成員を捕縛させるほど愚かではないか。

 こうなれば誰かから連中について教えてもらうしかない。だが、俺に近隣の魔術師のあてもなければ、魔術師を見分けることもできない。どうすれば……!

 

 ━━━━ドクンッ

 

 焦りに身を焦がしたその時━━━━血流が来た。それも通常のヒステリアモードじゃない。もっと荒々しくどす黒いこれは━━━━ヒステリア・ベルセだ。イレアナをさらわれたことで発動したか。

 それでも今はありがたい。これでブラジョフまでの行きかたを思い出せた。俺の権能をフル活用して深紅の月夜の本拠まで赴き、情報収集と作戦立案を行う。

 やることが見つかれば後は早い。俺は眼下に街が見えるよう雲ギリギリの高度まで上昇し、今出せる最高速度まで加速する。同時に衝撃波(ソニックウェーブ)などに耐えられるよう、体表に竜鱗を生じさせた。

 ジェット機どころか戦闘機の最高速度に匹敵する速さで空を駆けた俺は、行きよりも遥かに短い時間でブラジョフ上空まで到達した。その際見つけた深紅の月夜のメンバーに取り次いでもらうよう頼むと、すぐに会議室に通される。

 中に入ると、すぐにクリスティアンが駆け寄ってきて跪いた。

 

 「王よ!お戻りになられたのですか!」

 

 「ああ。飛行機を撃墜されてな。それより、イレアナがさらわれたのは本当か?」

 

 「お恥ずかしながら、本当にございます。避難させていた市民の帰還、事態の隠蔽などに労力を割いている隙を狙われました。その後の脅迫状に王のみをよこすよう書かれていましたので、対応をどうするかについて協議していたところです」

 

 そう言うクリスティアンの顔は苦渋に満ちたものだった。条件では俺が指定されている上に、相手が侯爵の名前を出していることもあって、迂闊に動けなかったのだろう。

 

 「相手について何か知っていることは?」

 

 「はい。ハンガリーの首都ブダペストを本拠地とする魔術結社『魔狼の咆哮』の者達です。ヴォバン侯爵閣下の狂信者達の集まりでして、非道を働くことも多い連中なのです。数ヶ月前に神の招来を行った際、あちこちから巫女や魔女をさらったこともあります」

 

 もうほとんどテロリストだな。そんな奴らでも、魔王の威光があれば好き勝手できるのか。

 

 「デプレツェンの廃城に来いとあったが、どこにあるか知ってるか。地図があれば助かる」

 

 「地図は有りますが……王が自ら出陣なさるのですか!?」

 

 俺の言葉に驚くクリスティアンに、はっきりと断言する。

 

 「当然、俺が出るつもりだ。イレアナには命を助けられたからな」

 

 「お待ち下さい。あなた様が動かれれば侯爵閣下と戦争になるやも知れません。それでは事が大きくなりすぎます」

 

 確かに俺達の影響力は大きいから、懸念するのも分かるが……今回ばかりは、俺も退く気はないぜ。

 遠山家でも、『借りは忘れるな。貸しは忘れろ』って言われるんでね。命の借りは必ず返させてもらうぞ。

 

 「それでもだ」

 

 俺の意志が変わらないと悟ったのか、クリスティアンは暫く黙り……こちらを見据えて言う。

 

 「分かりました。姪をお願いいたします。それとは別件ですが、恐れながらあなた様に『深紅の月夜』の総帥となっていただき、我々を庇護下に置いていただきたいのです」

 

 なるほど。俺がどうするにせよ、今回のことで深紅の月夜の立場は微妙なものになるだろう。下手をすれば侯爵の配下に手を出したとして、周囲の結社から孤立する可能性もある。それを避けるために俺の配下になるということか。

 この事態の発端は俺だし、それぐらいは俺も便宜を図るべきだろうな。

 

 「分かった。俺で良ければ総帥になろう」

 

 「我らの懇願を受けてくださり、ありがとうございます。深紅の月夜の一同、これより王の手足となって働く所存です」

 

 俺の返答を聞き、クリスティアンを筆頭にその場にいた全員が同時にひれ伏した。……やめてくれないかなあ。正直、動作が大袈裟過ぎて引くんだけど。

 

 「じゃあ総帥としての最初の命令を聞いてくれ」

 

 「何なりと。身命を賭して遂行してご覧にいれます」

 

 「人間の血を集めてくれ。最低でも人間一人分は要る」

 

 「血を……?ああ、そういうことですか。すぐに手配いたします」

 

 俺の命令を聞いて怪訝な顔をしたクリスティアンだったが、すぐに理解したようだ。察しがいいな。

 飛行した時に分かったことだが、俺の吸血鬼の権能は昼間に全力を出そうとすると、大量の生き血を必要とするようなのだ。恐らく、太陽の下では弱体化するという伝承のせいだろう。

 

 人間相手とはいえ、何があるかわからない以上は万全の準備を整えたいからな。今回の救出対象は、恩人のイレアナだ。万にひとつも失敗させるわけにはいかない。

 即座に動いたクリスティアンを頼もしく思いながら、俺は救出への意欲を燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 



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救出と初めての眷属

 時は過ぎ、陽が晴れた空高く昇る正午より少し前。俺は指定された廃城に忍び込もうとしていた。ちなみに供はいない。俺がやろうとしている潜入には大人数は不向きだし、相手に感づかれてイレアナを殺される可能性もあったからだ。

 

 指定された刻限より前に現地入りした俺は、まず相手の布陣を探るため、権能を使って使い魔を作り出した。狼、こうもり、蛇などの動物を創り、周囲の自然に紛れ込ませて相手の様子を見ようと考えたわけだ。どうやら俺の権能は自分の体を変化させることに特化しているらしく、体の一部を分離させれば使い魔の生産は簡単だった。

山に城が飲み込まれたような周囲ゆえか、敵に見つからずに周囲を探れたよ。城自体もあちこちが崩れていて、内部構造の把握も楽だったしな。

 その結果、イレアナが廃城の中心部の柱に縛られていること、相手方が数十人も城をぐるりと取り巻き、RPGを大量に所持していること、索敵を監視カメラなどの機械に頼っていることが分かった。恐らく、カンピオーネの肉体は魔術が通りにくいことを考慮し、あえて物理的な近代兵器や機械を選択したんだろう。RPGなら威力のわりに安価に手に入るし、闇マーケットに多く流れていてもおかしくない。

 この状況と俺の手札である権能を考慮すると、最も避けるべき事態は俺が救出する前に、イレアナを始末されることだ。合流さえできれば、奴らの武器では俺の守りを突破できないからな。

 

 そんな推測を立てつつ、蛇に変身して廃城を目指す。三方向を山に囲まれた地形を利用し、城の背部にあたる山の急斜面の岩肌を伝っていく。蛇の姿なら監視カメラでも容易に俺だと判断はつくまい。赤外線カメラだとしても、捕捉するのは難しいはず。

 その予想は正しかったようで、妨害もなく城の中に入ることができた。そして予め使い魔で調べてあった監視カメラの死角にはいって人型に戻り、持ってきていた輸血パックから血を飲む。

 クリスティアンが手配した血はとっくに飲んだから、権能は問題なく全力で振るえるんだが……血を飲んだ時、変化していればヒステリアモードになれることがわかってしまったのだ。血を飲んだ時に感じる恍惚感が、どうやらトリガーになっているらしい。名づけるなら吸血鬼のヒステリアモード(ヒステリア・ヴァンパイア)ってところか。いつもの血流を感じると同時に血を飲んだことによる興奮が合わさり、少々危険そうな高揚感があるな。

 

 ヒスったのを確認し、今度はコウモリに変化してイレアナが拘束されている中心部へむかう。人間には通れないような隙間や穴を通るルートは既に確保してあったので、労せずして彼女のところにたどり着いた。

 

 「王様!?」

 

 「助けに来たよ。イレアナ!」

 

 俺の姿を見つけてイレアナが驚いているが、俺の存在がばれた今、攻撃がこの城に届くのも時間の問題だ。急がないと。

 変化した爪の一振りで拘束を解き、イレアナを抱えると可能な限り素早く離脱を図る。

 

 「きゃあああっ!」

 

 急加速にイレアナが悲鳴をあげるが、スピードを落とすわけにはいかない。悪いが我慢してもらうしかない。

 

 ドオオォオオオン!ドオオォオオオン!

 

 案の定矢継ぎ早にRPGが着弾し、廃城が崩れだした。次々と豪雨のように降り注いでくる瓦礫をかわし、比較的崩壊が遅い部分をヒステリアモードの洞察力で見切って縫うように飛ぶ。

 最短距離で進んだ結果、数分もしないうちに出口に到達する。そのまま外に飛び出すと、相手が空中の俺達を狙ってきた。

 だがRPGはもともと、対空用じゃない。数は多くても、外れる軌道のものも多かった━━━━はずだった。

 なんと、弾頭がまるでミサイルのように、かわした俺達をホーミングし追跡してきた!

 それを見たイレアナが教えてくれた。

 

 「王様!あれ、魔術が掛かってる!」

 

 なるほど。俺ではなく、他のものに魔術を使って狙ってきたか。少しは頭を使ったようだな。

 だが、イレアナを救出し、広い場所へ出てしまえばこっちのものだ。

 

 「イレアナ。少しの間だけ腕を離すから、しっかりしがみついていてくれないかい?俺から離れることのないように」

 

 イレアナが頷いてくれたので抱えていた腕を解き、DEとベレッタを抜銃する。

 そしてそのまま、四方から向かってきた弾頭をフルオートで迎撃した。

 

 ババババババババッ! ドドドドオンッ!

 

 二丁の銃口で幾度もマズルフラッシュが閃くと、過たず命中した銃弾が弾頭を爆裂させ、爆炎と衝撃波を撒き散らす。

 これだけやれば、一旦は打ち止めだろう。呼び出すにしても、再攻撃までは多少の時間がかかる。

 こっちから反撃するなら今だ。

 呪力を目に集中させて視力を高め、使い魔で調べてあった敵の居場所の知識と照らし合わせて索敵を行う。……見つけたぞ。RPGの軌道から察していたが、やはり移動していなかったか。

 集中させた呪力を目から奴らに向けて放出すると、()()()()()()()()()()()()()のがわかる。

 これは吸血鬼の権能の一部である、呪縛の魔眼だ。かつて吸血鬼が使っていたから俺もできるかと思ったが、案の定だったな。

 全力の魔眼を受けた魔術師たちが微動だにしなくなったのを確認し、その場から飛び去りながらクリスティアンに携帯電話で連絡をとる。

 

 「クリスティアンか?俺だ」

 

 『王よ。あなた様が連絡をくださったということは、我らが出陣すべき時が来たのですか?』

 

 「ああ。イレアナは無事救出できた。あとは奴らを拘束すればけりが付くだろう。尤も、俺の権能で呪縛しておいたから、丸一日は何もできないだろうがな」

 

 『おお……!姪を助けていただいたばかりか、そこまでしてくださったのですか。あの子の叔父として、結社の一員として、心からの感謝を述べさせていただきます』

 

 俺としては当然のことをやっただけなんだが……えらく感激されてるな。魔王の人助けは、よっぽど珍しいらしい。

 

 『私をはじめとする精鋭はそちらに向かいますが、半分ほどの人員はブラジョフに残しておきます。何かあれば、お申し付けください』

 

 「わかった。そちらも万が一がないようにな」

 

 『心得ております。お任せください』

 

 頼もしいクリスティアンの返事を聞いて電話を切ると、イレアナが神妙な顔で俺に礼を言ってきた。

 

 「王様。助けてくれて本当にありがとう」

 

 「気にしなくていいさ。俺は当然のことをやっただけだ。それに、欧州では『男が女の荷物を持つのは義務であり名誉だ』というらしいしね。ルーマニアでは違うのかい?」

 

 そう言われたイレアナは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。レキと同じで、弄り甲斐がありそうな子だね。

 そんなやり取りをしつつそれなりの時間飛行を続け、ブラジョフに到着した。

 俺から降ろされたイレアナは、何か思い詰めているような顔で部屋に入ってしまう。

 無理もないか。荒事に慣れている身だとしても、拐われて敵陣に一人きりだった彼女の心痛と疲労は察するに余りある。今はそっとしておき、元気になるのを待つしかない。

 その間の時間を有効に使おうと、俺は結社のメンバーに神話関連の書籍を持ってきてもらった。

 勉強が苦手な俺が、こんな似合わない物を借りた理由は単純だ。経緯はどうあれ俺がカンピオーネになった以上、神々との戦いは避けられない。その時に備えて知識を蓄え、勝利できるように準備しておく必要があるからだ。敵に関する情報源があるのに使わない手はないしな。

 ……とりあえず近場の神話を集めてもらったが、凄まじい量の本だ。スラヴ神話、ギリシャ神話、北欧神話等々メジャーな分だけでこんなにあるのかよ。土着の民間信仰まで含めたら、どれだけの量になるやら。これは猾経(カッコウ)使わなきゃ覚えられんな。

 

 本の山に辟易しながらもざっと目を通すこと数時間。途中の食事時間を差し引いても相当な時間読み続けていたが、十分の一も減っていない。

 既に夜も更けている時間帯だ。根を詰めすぎたか。

 固まった体を解そうと両腕を伸ばしていると、ノックの音が聞こえてきた。

 

 「王様。起きてる?」

 

 この声はイレアナか。塞ぎこんでいたように見えたが、立ち直ったみたいだな。よかった。

 

 「起きてるぞ。どうした?」

 

 扉を開けて入ってきたイレアナは、何かを固く決意した目で俺を見据えると、とんでもない爆弾発言をしてきた。

 

 「お願いします。私を吸血鬼にしてください」

 

 ……はい?要するに、人間をやめて俺の眷属になるってことか!?

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ!自分の言ってることが解ってるのか!?それをやったら、もう人間には戻れないんだぞ!」

 

 彼女の言う人間の眷属化は、確かに可能だ。吸血と同時に、俺の血液を送り込めばいい。眷属となれば吸血鬼の特性と、何らかの異能が発現することまでは判明している。

 だが、イレアナに告げた通り人間に戻れず、俺に絶対に逆らえなくなる。俺の命令がどんなものであれ、従わざるを得なくなるのだ。

 俺にそんな他人の尊厳を奪うような真似をするつもりは一切ないが、やろうと思えばこの現実でバイオハザードを引き起こせるだろう。それもゾンビなんかではなく、人の知性と人外の能力を兼ね備えた吸血鬼の軍団を使ってな。

 

 「それも承知の上です。どうかお願いします」

 

 その場で土下座までしだしたイレアナに、俺は内心頭を抱えてしまう。

 彼女の意思は固く、ちょっとやそっとでは引き下がりそうにない。かといって、本当に吸血鬼化させるわけにもいかない。

 

 「……どうなるにせよ、それを決めるのはクリスティアンに相談してからだ。俺の一存で決めるわけにはいかん。今日のところは帰って寝てくれ」

 

 「……分かりました」

 

 かなり不満そうだったが、一先ず先送りにはできたみたいだ。イレアナは土下座をやめて部屋を出てくれた。

 よかった。クリスティアンが聞けば反対するだろうし、立ち消えにできるだろう。

 ━━━━そう思っていたのだが。

 次の日の午前中に帰還してきたクリスティアンに相談すると、前もって電話ででも聞いていたのか、なんと問題ないと答えられてしまった。

 

 「あの子は自分が王のアキレス腱となったことを悔いているのです。もっと自分が強ければと。神々との戦いにも供ができるようになりたいといっておりました」

 

 「でも人間じゃなくなるんだぞ。それはあまりに重い十字架だと思うが」

 

 「もとより人の身では神に対抗できません。それだけでなく、あの子はほかの結社や邪術師からも身を守れるようにせねばなりません。先の結社のように王を利用せんとする不届き者が、再び現れないとも限りませんからね。王の価値はそれだけ重いのです」

 

 ……突きつけられた正論に、ぐうの音も出ない。おまけにクリスティアンに頭まで下げられては、無碍に扱うわけにもいかなくなった。

 

 「イレアナ。本当にいいんだな?」

 

 「当然です。これは私が望んだこと」

 

 彼女の部屋に向かい最終確認のつもりで尋ねると、一切の迷いなくそう返された。ここまで言われてしまうと、俺も覚悟を決めなくちゃならないか。

 

 「わかった。お前がそのつもりなら、俺も受け入れよう。━━━━夜を統べる者が命ず。汝は余に血と命を捧げよ。引き換えに余は、汝に力と臣下の座を与えん!」

 

 腹をくくった俺は、変化して眷属化の聖句を唱え始める。

 

 「我が臣下よ、主たる王の祝福を受け入れよ!」

 

 聖句を唱え終わると同時に口を開いて犬歯を伸ばし、それをイレアナの首筋に突き立てた。一拍遅れて、温かい彼女の血がのどを潤す。

 ━━━━甘い。血液パックの血とはまるで違う、高級な果実酒のような豊潤さだ。これが乙女の血か。

 血を味わうのもそこそこに、今度は俺の血を注ぎ入れる。

 

 「あっ……!」

 

 それを感じたイレアナが、妖艶なうめき声をあげて体を震わせた。

 しかし、あまり注ぎ続ける訳にもいかないみたいだな。やりすぎると、しばらくの間権能が使えなくなりそうだ。

 眷属化を終えると、イレアナの姿は一変していた。

 バイオレットだった髪は透き通るような銀髪に、灰色だった瞳は真紅に変わっている。無事に成功したらしい。

 

 「改めて御挨拶申し上げます。このイレアナ・ルナリアは永久(とわ)にあなた様にお仕えいたします。末永く、御寵愛をいただきとうございます」

 

 そう言って俺に礼をする彼女の姿は、まるで雪の精のように美しかった。

 

 




おまけとして、権能の詳細を乗せます。

高貴なる吸血鬼(noble vampire)

遠山キンジがまつろわぬ小竜公(ドラクル)より簒奪した最初の権能。
吸血鬼に変化し、その特性を身につけることができる。特性として挙げられるのは、怪力、再生能力、魔眼、変身、眷属化など。ただし、吸血鬼に縁ある存在にしか変身できず、強力な変身体には使用に関して条件がつくこともある。また、眷属化に力を割きすぎた場合、一か月間は権能自体が使用不能になるリスクがある。
その伝承から、日中は大量の血が行使に必要となるが、曇天であったり、光が差さない場所であれば問題ない。
総括すると非常に汎用性が高い権能である。が、性質上特化した権能相手では地力で劣るという欠点も持つ。(例として挙げれば、力では教主の権能には及ばない)
作者が設定したコンセプトはずばり、『変身』と『不死身』。キンジのヒステリアモードによる変身と、原作でみせる不死身ぶりを要素として取り入れた。


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エネイブルの世界周遊記、及び同族とのいざこざ編 剣バカ襲来

ほとんどの方がタイトルで察したと思いますが、あのカンピオーネの登場です。


 イレアナの救出と眷族化から1ヶ月。俺達は比較的平和に過ごしていた。

 その間に権能を使う練習もしてみたが、まるで成長しないのでやめた。どうやら戦いのような非常時位しか磨かれないらしいな。まったく、厄介なシステムだぜ。

 

 一方眷族となって人間をやめたイレアナは、魔獣や邪術師討伐といった任務に出向いて功績を挙げている。

 彼女は血を集めて形にする異能を手に入れたことで、大きく実力を伸ばした。イレアナは元々狙撃手だったこともあり、血を弓と矢にして扱っている。しかも、矢が当たった者から血や呪力を奪い取ることまでできるおまけつきときた。

 邪術師討伐の際は念のため俺も立ち会ったが、完全に杞憂に終わった。アジトから脱出してきた連中を次々に射抜き、ハリネズミのような有り様にしていたからな。かわしたと思った矢が破裂して蜂の巣一歩手前にされた邪術師には、思わず俺が同情してしまうほどだった。

 そんなに悲惨な目には遭わなくても、一矢当たれば瞬時に呪力欠乏に追い込める一撃は凶悪な威力だったな。イレアナのほうは眷族化で内包呪力量が爆発的に増えた上、俺からの供給もあるからほとんど無尽蔵といえる理不尽ぶりだ。

 先日の戦いで、その戦闘能力を遺憾なく発揮したイレアナは、今や大騎士であるクリスティアンと同等以上の最高戦力として扱われている。

 これ程強ければ、もう狙われることもないだろう。

 ここのところは俺が必要とされる神の顕現もなく、俺は安心して神話の勉強を続けていられるわけだ。

 

 平穏に暮らせる幸せを噛みしめつつ、いつも通り地下室で書籍と向き合っていると━━━━やにわに強大な呪力が迸るのを感じた。

 何だこれは!?人間に扱える呪力の量じゃないぞ。一体何が!?

 俺が驚愕している間にも、事態は進んでいく。何か巨大な物が地面に激突したような音が響き、地震がきたかのように地下室が大きく揺れた。

 

 《王様!()()()の対処は私では無理!直ぐに地上に来て!》

 

 相当焦っているのか、悲鳴のようなイレアナからの念話が届いた。

 人外となった彼女に、こうまで言わせる存在。そんなの神か、魔王以外にはいない。さらに言えば、神が接近した場合に感じるという体の変化は感じない。つまりこの事態を引き起こしたのは━━━━!

 確信を持って地上に急ぐと、地面に横たわる尖塔が目に飛び込んできた。

 結社『深紅の月夜』が根城とする黒の教会は、何本もの尖塔と本館からなっている。そのうちの一本が、真っ二つに両断されていたのだ。

 そのそばには迎撃に出たらしいイレアナと、一人の男が立っていた。

  金色の髪に、人懐っこそうな顔をした二十代ほどの男だった。アロハシャツに短パンの上下に加えて円筒形のケースを肩にかけるという出で立ちで、それだけ見れば観光にでもやって来たように見える。

 だが、その銀色に光る右手には観光客が絶対に持たないもの━━━長剣が握られていた。

 

 「あ、やっと来てくれたんだね。君が新しい同族かな?初めまして!僕はサルバトーレ・ドニ。数ヶ月だけど、君の先輩だよ。これからよろしくね!」

 

 甘い声で、そう呑気に挨拶してくるドニ。

 やっぱりか……!その風貌に銀の腕からして、そうだろうと思ってたがな。

 サルバトーレ・ドニ。俺を除けば最も若い魔王だが、そのはた迷惑さを示す逸話には事欠かない奴だ。今回も、大方俺と戦いに来たんだろう。

 それにしてもこいつの声、不知火によく似ているな。あいつよりはアホそうな感じだが。

 

 「まどろっこしい挨拶は抜きにしようぜ。お前、俺と()るつもりでここまで来たんだろ?」

 

 「おおっ!後輩の察しがよくて嬉しいよ。じゃあ、早速やっちゃう?」

 

 あからさまに喜ぶドニ(アホ)に、俺は待ったをかける。

 

 「今すぐやるわけないだろ。いくつか条件がある」

 

 「条件?何があるんだい?」

 

 「まず、結社(ウチ)の教会をぶったぎったことで起こる損害の補填。簡単に言えば弁償だな。あと、決闘場所はそっちの領土だ。旅費や滞在費用もそっち持ちで」

 

 「何だ、そんなことでいいの?僕のところに友達を招くことに異存は無いし、弁償もアンドレアに任せればいいしね。何も問題ないよ」

 

 おい、今聞き捨てならんことが聞こえてきたぞ。誰が友達だ。誰が。

 

 「何で俺が友達なんだよ。このテロリストが」

 

 「酷いなあ。僕と君は、これから死闘を繰り広げるわけじゃないか。日本では強敵をともと呼ぶんだろ?」

 

 もう嫌だこのマンガ脳。ほっぽりだしたいよ。

 

 「じゃあ話もまとまったことだし、そろそろ中に入れてくれない?僕、まだ昼ごはん食べてないんだよね」

 

 こいつ……!うちでただ飯食っていくつもりか……!

 

 「ふざけんな!とっととイタリアに帰れこの野郎!」

 

 「えーっ!?友達の僕を、すきっ腹を抱えさせて帰すつもりなのかい!?鬼だな君は!ルーマニア料理を楽しみにして来たんだぞ!」

 

 愕然とした顔で叫ぶアホに、俺も負けじと言い返す。

 

 「知るか!なんで加害者に食事をふるまわなきゃならんのだ。あと、都合のいいときだけ友達面するな!」

 

 結局、この不毛極まる言い争いは、駆け付けたクリスティアンが食事の手配をするまで続くのだった。

 

 

 

 

 「いやあ、美味しいなあ。今度また食べに来てもいいかい?キンジ」

 

 「二度と来るな」

 

 イライラしていた俺は満足そうな顔をして腹をさするドニの妄言を切って捨てるが、奴はへらりとした笑みを返すだけだった。

 くそっ。こいつめ、まんまと昼飯をせしめやがった。それも生半可な量じゃない。伝統的な主食であるママリーガに始まり、デザートのクラティテに至るまで二、三人前は食い尽くしてやがる。

 

 「こうも料理がおいしいと、それに合わせたワインが欲しくなるな。僕の故郷のイタリアじゃ、来客にはワインを出して歓待するんだけど━━━」

 

 食事だけでは飽き足らず、酒までせしめる気か……!もう我慢ならん!叩き出してやる!

 

 「おい、ドニ!これ以上の譲歩はしない。もしまだ駄々をこねる気なら、決闘の約束をチャラにするぞ!」

 

 椅子を蹴立てて立ち上がった俺の言葉にも動じないドニはのほほんと、

 

 「それは困るね。じゃあ、そろそろここらで帰るとするよ。決闘の手配は命じておくから、多分数日もすれば書状が届くはずだよ」

 

 そうのたまって立ち上がった。そしてそのまま、クリスティアンに先導されて部屋から出ていく。

 それを見届けた俺はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じ、近くのソファーに深く体を沈める。傍らでは、イレアナが安堵したように息を吐いていた。いつ俺たちがおっぱじめるか、気が気でなかったんだろう。

 

 「イレアナ、奴の権能を間近で見てどう思った?」

 

 さほど待たずに訪れるであろう、奴との決闘に備えて聞き取りをすると、イレアナはその時のことを思い出したのか、声を震わせながら語りだした。

 

 「……凄まじかった。ちょっと剣先を刺しただけで、尖塔が真っ二つに斬られたの。

それだけじゃなく、落ちてくる尖塔が激突しても、傷ひとつつかなかった……」

 

 マジかよ。それが本当なら、剣に少しでも斬られたら即死しかねんぞ。人類最強クラスの剣士を相手に、全回避が前提とかどんなマゾゲーだよ。

 その上、あれだけの大質量が激突しても傷つけられないということは、ほとんど攻撃が通らないということだ。

 正に無双の剣と盾を持ってるわけか。矛盾の故事じゃあるまいし、とんでもないのに目をつけられちまったな。

 とはいえ、嘆いても仕方ない。何とか対策を考えないと、決闘の日が命日になりかねん。

 

 俺はまだ死ぬわけにはいかない。帰らなくちゃならないんだ。あの世界(アリア達の所)へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決闘前夜

 アホの襲来から数日後、奴の言葉通りに決闘状が送られてきた。

 差出人は『王の執事』として働いているらしいアンドレアという騎士だった。それによると、決闘は明後日にトスカーナ州の島━━━トスカーナ群島の一つであるジリオ島で行うということだった。

 その他にもドニがやらかしたことの弁償についてや、七人目のカンピオーネである俺への凶行に関する謝罪が何行にもわたって書かれており、いかに申し訳なく思っているかが伺えた。

 ドニがやったことの補償は必ずするので、どうか安心してほしいという文面からは、アンドレアがどれほどあのバカのせいで苦労しているのかが痛いほど伝わってきて、涙を禁じ得なかったね。

 

 その翌日に招待を受けた俺を含め、クリスティアンとイレアナの三人でトスカーナへ飛び、ターグ・ムレン・トランシルバニア空港を経由してピサ空港にたどり着いた。

 小さめの空港を歩いていくと、釣り竿ケースを背負った見覚えのある金髪の青年が手を振っているのが見えた。

 

 「おっ、いたいた。おーいキンジ!こっちこっち!」

 

 相変わらず能天気そうな顔のバカは、言わずと知れたドニだ。その横には、銀縁のメガネを身につけ、黒いスーツを纏った実直そうな青年が控えていた。察するに、この男がアンドレアだろう。

 

 「お初にお目にかかります。七人目の王よ。私の名はアンドレア・リベラ。我が王たるサルバトーレ卿の下で仕えておる者です。どうかお見知りおきを」

 

 挨拶と共に、俺に頭を下げてくる。この物言いと動作からして、見た目通り謹厳な人物らしいな。

 

 「もう知っているとは思うが、先日魔王になった遠山キンジだ。こちらの二人のことは知ってるか?」

 

 「はい。存じ上げております。『深紅の月夜』の大騎士であるルナリア卿と、あなた様の眷族であるイレアナ殿ですね」

 

 やっぱり知ってたか。まあ、この真面目そうな感じからして、こっちのことはリサーチ済みだろうとは予想してたが。

 

 「外に車を待たせております。用意させていただいたホテルまでお送りいたしましょう」

 

 この至れり尽くせりぶりよ。考えなしのドニとはえらい違いだな。

 案内されて外に出ると、ばかでかい黒塗りのリムジンが二台停められていた。

 イレアナ達と一旦別れ、それの片割れに乗り込んでホテルに向かう道中で、ドニが話しかけてきた。

 

 「いやー、招待を受けてくれて安心したよ。無視されたりするかもって危惧していたからね」

 

 「無視したりしたら、お前がまたうちに来るだろうが。お見通しなんだよ」

 

 「そこまで僕のことを理解してくれてるなんて……流石は僕の友だね。親愛の証に、トトと呼んでくれてもいいんだよ?」

 

 「誰が呼ぶか」

 

 そんな軽口を叩くうちに、自然と決闘の話になっていく。

 「俺らがやり合うジリオ島は有名な観光地らしいが、周辺住民らの避難は済んでるのか?」

 

 「僕は知らないなあ。なんかアンドレアがいろいろやってたけど」

 

 その言葉にアンドレアの方を見ると、

 

 「その点については抜かりありません。避難勧告を出し、周辺一帯を立ち入り禁止にしております。決闘場所の選定を任せていただけたおかげで、うまくことが運びました」

 

 安心できる答えが返ってきた。これで人的被害は気にせず()れるな。

 

 「決闘は明日だが、泊まる予定のホテルはジリオ島にあるのか?」

 

 「いいえ。当日の朝に島へ向かうまでは、本土で過ごしていただくことになります。もうすぐ到着しますので、少々お待ちください」

 

 その言葉通り、十分と経たないうちに件のホテルに到着した。あからさまに高級そうなホテルだったが、俺たち以外に車もなく、客がいる様子はない。

 ホテル内をしげしげとみる俺に気付いたのか、アンドレアが説明してくれる。

 

 「このホテルはかつて私が所属していた結社が所有しているホテルでして、此度は遠山王の歓待のために貸し切りました」

 

 「へえーそうだったんだ。ここの料理はおいしいからよく来るけど、そのことは今初めて知ったよ」

 

 おいドニ。側近のことぐらい覚えておいてやれよ。

 そんなやり取りをしていると、ホテルマンがやってき手荷物をあずかってくれる。すでに手配されていたせいか、チェックインするまでもなく部屋の鍵を渡してもらえた。

 イレアナ達とも合流し、全員揃ったところでアンドレアが予定を聞いてくる。

 

 「それで、この後はどうなさいますか?お食事ならいつでも手配できるので、先に部屋でお休みになることもできますが」

 

 「いや、もうちょうどいい時間だし、先に━━━━」

 

 「夕御飯(ただ飯)の時間だね、わかるとも。僕もお腹すいちゃったし」

 

 「……だそうだ。お前たちもそれでいいか?」

 

 ドニに言葉をかぶせられた俺がそう尋ねると、二人とも首を縦に振ってくれた。

 

 「よし。話は決まったし、早速行こう!」

 

 そう号令して勝手知ったる様子で歩き出したドニについていき、最上階にあったレストランまでエレベーターで昇る。

 通されたのは窓辺の席、それも沈んで行く夕陽と眼下の街が一望できる大きな窓の側にある特等席だった。

 

 俺達が座って食事の準備を終えると、直ぐに料理が運ばれてきた。

 

 「これこれ。この前菜(アンティパストミスト)がおいしいんだよ。あと、デザートがここの自慢でね。楽しみにしてるといいよ」

 

 そういうドニは、自分のところに配膳されたアンティパストミストを瞬く間に平らげてしまう。続いて出されたパスタも俺達が前菜を食べ終わる頃には空になっていた。

 元々大飯食らいなのは知ってたが、今日はそれに輪をかけて多く食べてるな。おそらくこれは、俺との決闘に備えてだろう。

 なら、俺も遠慮せずに食べるとしよう。こんな高級なフルコースなんて、武偵やってた頃には縁がなかったしな。

 

 久しぶりのイタリア料理に舌鼓を打っていると、ドニがしみじみと言う。

 

 「いやあ、君も落ち着いてるねえ。キンジはこの決闘がカンピオーネとしての初陣なんだろう?なのに、全く気負う様子がないじゃないか」

 

 「このくらいでビビるやつが、神殺しなんてやるわけないだろ」

 

 「それはそうなんだけどさ。君━━━殺し合いに慣れてるよね」

 

 そう断言したドニの瞳は、今までの陽気なそれとは全く違う、どこか薄気味悪い暗い何かを感じさせるものだった。

 

 「さあ、どうだかな」

 

 背筋に走る悪寒を隠しつつそう答えると、ドニは首を振って続ける。

 

 「隠さなくてもわかるよ。でもおかしいなァ。くぐってきてそうな修羅場の数は多いのに、体捌きや身のこなしは人間の域を出ていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいに感じるんだよね」

 

 

 こいつ……半日一緒に過ごしただけで、ヒステリアモードについてほぼ感づいてやがる。厄介なことに、戦闘関連のことには目端が利くようだな。

 

 「この半日で確信したよ。君は僕の同類だと。僕と同じく、平穏の中では生きられない純血の戦士。そんな君とこうして出会えた幸運に、僕は心から感謝しているよ」

 

 「的外れもいいところだ。俺はお前のような戦闘狂じゃない」

 

 そう言い返しながらも、内心では否定しきれなかった。かつて東池袋高校で、そう感じたことがあったから。

 

 「明日の決闘を楽しみにしてるよ」

 

 その言葉を最後に、ドニは食事に戻った。俺も食事に集中し、思い浮かんだ記憶を振り払う。

 その後は何もなく食事は終わり、イレアナ達と別れて一人部屋に戻った。

 

 《王様。食事の時に、サルバトーレ卿が最初に倒した神が視えた》

 

 部屋で明日の決闘について考えていると、イレアナから念話が入った。眷族化によって増強された霊視力が、奴の秘密を暴いたらしい。

 

 《本当か!よくやってくれたな。何の神だった?》

 

 《やっぱり、ヌアダだった》

 

 ヌアダか……。銀の腕の特徴から、そうだろうと思ってたがな。

 ケルト神話において語られるダーナ神族の王であり、銀腕のヌアダ(ヌアダ・アガートラーム)の名でも知られる軍神。かの神は癒しの水を作る権能も持ってたはずだが、ドニの右腕と持っていた剣以外に変化がなかったところをみるに、俺のように倒した相手そのものに顕身するタイプの権能ではないようだから持ってないか。……待てよ、最初に倒した神がヌアダなら、あいつは一切の権能による補助がない状態でケルト神話でも屈指の大軍神を倒したのかよ。流石人類最強の剣士の一人だ。

 その剣士が得た権能は、恐らく手に持った剣を神剣同然に変える権能だ。ヌアダにはケルト神話における秘宝のひとつとされる神剣────一説にはクラウソラスとも言われる────があるが、常に携帯用と思わしきケースを持ち歩いているということは違うだろう。

 神話において、背中の弱点以外は不死身とされたジークフリートを討っている実績から、強化された剣の一撃はほぼ防御不能と考えたほうがいい。竜鱗で防ごうとしても、多分その護りごと斬られる。

 そんでもってジークフリートから簒奪した権能が、あらゆる攻撃を防ぎきる体か。攻守ともにシンプルすぎるせいで、攻略法がバカみたいな火力で防御を抜くぐらいしかない。さてどうするか。ああ、その前に言っとくことがあったな。

 

 《イレアナ。お前は明日の決闘で援護射撃はするな。全貌が見える位置で観測してくれ》

 

 《それは、サルバトーレ卿には矢が効かないから?》

 

 《そうだ。誤射のリスクを負ってまで射っても俺にメリットがないからな。あと、ドニの権能について『賢人議会』とやらにリークしろ。そこの報告書にはまだ情報無かったろ》

 

 《わかった》

 

 そう言って念話を終えた俺はほくそ笑む。これでドニが隠していた権能の詳細は白日の下にさらされるが、俺の権能は既に知られてしまっているため逆のことをされてもさして実害は無い。ただ飯を食っていった分の借りは返してもらうぜ、ドニ。

王というにはあまりにみみっちい嫌がらせをやりつつも、俺は明日の決闘について考えを巡らせるのだった。

 

 

 

 

 




この作品内で、ドニは権能に関する情報を制限していたことになっております。表ざたになっているのはジークフリートを倒したことくらいです。このリークで、詳細が明らかになったという設定です。


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決闘

 遂に決闘の日がやって来た。

 俺達は貸し切ったフェリーに乗り、決戦場となるジリオ島を目指している。

 

 「やっとこの日が来たねぇ。昨日は楽しみすぎて眠れなかったくらいさ。キンジはどうだった?」

 

 余程嬉しいのか満面の笑みを浮かべてそう聞いてくるドニに、俺は溜息をついた。

 

 「遠足前の小学生かお前は。俺は憂鬱過ぎて寝つけなかったよ」

 

 「そんなこと言って、どうせ僕に勝つ方法を考えてたりしたんだろ?君は積極的に自分から戦わないけど、売られた喧嘩は買って相手を殴り倒すタイプだろうし」

 

 「……」

 

 図星を指された俺は思わず黙ってしまった。

 こいつは殆ど他人に興味がないと聞くが、特定の相手に対してはやたら鋭いな。こっちのつかれたくないところをついてくる。

 そうだろうねと言って何度も頷いているドニに腹は立つが、放っておいて景色を見ることにした。

 このバカを真面目に相手すると、疲れるだけだと俺も学んだのだ。

 しっかし、綺麗な海と島々だな。曇天であることが惜しまれるくらい、正にリゾート地って雰囲気が漂ってる。決闘なんかじゃなく、晴れた時にでもバカンスに来たかったぜ。

 

 「バカンスがしたかったなあ……」

 

 「お、それいいね!この決闘が終わったら、二人でバカンスといこうじゃないか!そしたら僕も大手を振って遊べるし」

 

 思わず漏れた本音を聞きつけ、ドニがそう提案してくる。

 

 「その前にどっちかが死んでるかも知れんだろ」

 

 「どうかなあ。カンピオーネ(僕ら)って神様より生き汚いからね。なんだかんだ言って二人とも生きてると思うよ」

 

 確信を持ってそう断言するドニ。これは実体験としてあったのかもな。そんな経験則なんて欲しくもないが。

 そうこうしてる内に島に到着したので、フェリーから降りる。

 そのまま進んでいき、砂地に所々植物の生えた平野に着いた。ここが決闘場所か。

 

 「決闘はこの場で、私達が退避してから行っていただきます。勝敗は相手を戦闘不能に追い込めば判定しますので、なるべく相手の殺害は避けてください」

 

 説明を終えたアンドレアや、イレアナ達は去っていった。ここから先は人間が━━━━イレアナは人外だが━━━━出る幕ではないと悟ったのだろう。

 ドニに向き直ると、奴は肩にかけた釣り竿ケースから剣を取り出していた。一見すると、その剣は真剣であるだけで特別な品ではないように見える。クリスティアンが持っていたもののほうが質はよいだろう。

 だが奴が宿す権能は、駄剣であろうと神剣に変えるもの。今奴が持っている剣は剣であるというだけで、史上最強の剣となるのだ。

 

 「君もそろそろ()()になったらどうだい?斬りつけたりしないで待っててあげるからさ」

 

 言葉だけなら挑発に聞こえるが、おそらくその意図はない。ドニはただ、本気の俺と戦いたいだけなのだ。

 

 「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て夜を統べる者なり」

 

 奴の心意気に応えていつもなら唱えない聖句を唱えて変化し、ポケットに入れておいた丸薬を指先を変化させた蛇の口で飲み込む。飲み込んだ丸薬は、フリーズドライの要領で血液を粉末状にして固めたものだ。変化してこれを飲むと、輸血パックから血を飲まなくてもヒステリアモードになれる。

 

 「これがキンジの本気かあ。身に纏う覇気も、体捌きもさっきまでとはまるで違うねえ」

 

 ヒステリアモードになった俺を見て、感心したようにドニが言う。

 

 「待たせたな。じゃあ始めるか」

 

 「そう来なくっちゃね。━━━━ここに誓おう。僕は、僕に斬れぬ物の存在を許さない。この剣は地上のすべてを斬り裂く刃。即ち無敵の剣━━━━!」

 

 聖句とともにドニの右腕が白銀に輝き、銀を固めて作ったような銀腕と化した。続いて莫大な呪力が、持った剣にまとわりついていく。

 ……なるほど。これは無敵の剣という自称も伊達じゃないと認めざるを得んな。じかに見ればその壮絶さがよくわかる。

 しかも自然体で力を抜いているだけなのに、肌が粟立つような怖気を感じて踏み込めない。不用意に仕掛ければ、こちらが終わる━━━━そんな予感がひしひしと感じられる。

 

 「来ないのかい?なら、こっちから行かせてもらうよ!」

 

 そう言ってドニが放った突きを見てぞっとした。ヒステリアモードに加え人外の反射神経をもってしても、辛うじて捉えるのが精一杯だったのだから。

 全身の筋肉を総動員して横に跳んだおかげで躱せたものの、少しでも遅ければ心臓が串刺しだったぞ。

 

 「流石だね。僕の一撃を躱せた人間なんて片手で足りるほどもいなかったのに、初見で凌ぐなんて」

 

 ドニの言葉を無視し、今の手ごたえを分析する。

 今ので分かったが、反射神経だけに頼って避け続けることは不可能だ。他の情報まで集めて、これを見切らないとまずい。

 殺気を感じさせない軽い踏み込みで、俺との距離を詰めたドニが再び剣を振るってきた。今度は首を刈るための横薙ぎか。容赦ないな。

 体を急いでかがめて何とかやり過ごし、握っている剣を奪いにかかるが━━━即座に手首を返してのカウンターを見舞われて、慌てて後ろに跳びすさる羽目になった。

 だが、危険を冒した甲斐はあったぞ。今の攻撃と確認できた腕の筋肉の動きから、通常の人間と筋肉の位置や構造は変わらないことが判ったからな。これなら、筋肉の動きからある程度先読みができるはず━━━━!

 

 その予想は正しかった。ドニが次々に繰り出す袈裟斬りからの切り上げを後方への跳躍で、さらに踏み込んでの上段からの突き込みを脇を通すよう体を傾けて空振りさせることで予想した通りにかわしきれた。

 問題は、やつがまだ全力ではないということだ。これ以上剣撃が激しくなると、筋肉の動きと剣技との間にあるラグが無くなりかねない。

 

 「たった一合打ち合っただけで、僕の剣を見切ったなんて━━━━君は本当にデタラメだよね!」

 

 「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」

 

 「こうなったら、こっちも奥の手を使わせてもらうよ。━━━剣よ。光り輝き、焔を放て!」

 

 新たな聖句を唱えながらの唐竹割りの一撃は、半身を反らして捌いたが━━━なんと、追撃してくるでもなくドニの剣先が地面にめり込む。今までにない無駄な動きに、逆に危険を感じて距離を取ろうとするが━━━遅かった。

 剣が突き刺さった地面が突如白い閃光を放って爆発し、俺の体を吹き飛ばしたのだ。

 両腕を広げてバランスを取り、どうにか転倒は免れたものの隙を晒してしまう。

 それを見逃すドニではなかった。

 広げていた左手が、いつの間にか近づいていたドニの剣に貫かれる。

 

 「ぐうっ……!」

 

 刺された部分から、神力が侵食してくるのがわかる。こうなったら━━━━!

 

 「こんな手で凌ぐなんて……!」

 

 ()()()()()()()()()()()()俺を見て、驚愕したような声を漏らすドニ。その様子に溜飲が下がるな。

 切り離した左腕は地面に落ちる前に、ヌアダの神力によりバラバラの肉片と化した。

 左腕を再生させつつドニに向かって踏み込み、剣を引き戻そうとしたドニの右手の動きに対して桜花を叩き込む。

 鉄の塊を殴ったような音が響き手が芯まで痺れるが、気にしている余裕はない。

 技の『起こり』をつぶされたドニは剣に固執せず、空いている左手の掌底で俺を迎え撃ってきた。

 心臓を狙ったそれを右手で弾き飛ばし、続いて繰り出された左膝蹴りに右足の裏を合わせて跳ぶ。

 そこから背後に回ってドニの右手を極めようとしたが、スナップを利かせた斬撃に離脱を余儀なくされ、ドニの背中を蹴って離れる。

 仕切り直しか……今ので決めたかったが、仕方がない。

 

 「剣を交えて、キンジのことがよくわかったよ。やっぱり君は、僕の同類であり同士だ」

 

 「同士だと……?」

 

 こちらに向き直り、似合わぬ真剣な顔でそう言ったドニに問い返す。

 

 「そうさ。無念無想────無の境地を極めようとする僕と、技の巧みさを追求する君。アプローチは真逆だけれど、共に武芸の頂きを目指しているのは同じ。だからキンジは僕の同士といえる」

 

 「買い被りだ。俺はそこまでストイックじゃない」

 

 「だとしても、僕は誓うよ。君との死闘を超えて、更なる高みに至ってみせると!」

 

 そう言ったドニは、再びあの『無行の構え』をとった。俺もそれに応じて構えなおす。

 第一ラウンドは引き分け。これからが第二ラウンドの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決着とその後の顛末

 構えてから少しの間、俺もドニも動かなかった。

 今のところ近接格闘ではほぼ互角だが、戦況は俺の方が不利だ。奴は俺を一撃で屠り得るが、俺の権能ではドニの守りを抜けずにいる。

 やはり一点に全ての呪力を懸ける攻撃でダメージを与えるか、何らかの手段でドニを拘束するか……

 

 そう算段を立てていると、ドニがついに動いた。といってもその場から動きもせずに

横に一振りしただけだ。

 だが、その効果は劇的だった。腕の動きと連動した巨大な銀の斬撃が、空を裂いて俺に迫ってくる。

 足による桜花で跳んでそれをいなした俺の視界に、逆光で黒くなった人影が映る。

 ドニが俺よりも上方に跳んでいたらしい。そのまま空中で、俺を真っ二つにすべく斬りかかってきた。

 落下速度まで乗せた大上段からの剣撃をかわそうと、剣を握った腕を咄嗟に蹴り飛ばして距離を離す。

 ━━ガンッ!、と背中から地面に叩き付けられはしたが、奴が落ちてくるより先に間合いを離すことができた。

 俺が移動した直ぐ後に、ドニがズガァン!、と地面が砕ける音を盛大に立てて着地する。一体自重何トンあるんだよ。

 その直後に大地が━━━━ゴゴゴンッ!不気味な音を発して揺れた。何事かと思っていると、イレアナから念話が入る。

 

《王様、土砂崩れが起きてる!早く逃げて!》

 

 その言葉を聞き、ドニが迫るより先に最大速度で空へ逃れた直後、眼下を押し寄せてきた土砂が埋め尽くした。当然、ドニも飲み込まれる。

 だが、あいつがこの程度で戦闘不能になるわけがない。安全を求めた俺はそのまま上昇し、獲物を探す猛禽よろしく旋回する。

 警戒しながら下を眺めていると、横一文字に斬り裂かれた山が目に入る。あれがさっきの原因か。

 山から目を離して決戦場跡地を注視していると━━━もうもうと立ち込める土煙を引き裂き、ビーム染みた白銀の閃光が俺を狙ってきた。それも一度や二度じゃない。何十という数が次々に襲ってくる。その間隙を縫って避けつつ、イレアナに指令を出す。

 

 《イレアナ、弓と矢を俺に!》

 

 《了解!》

 

 転移してきた弓と矢を握り、呪力を込めて━━━━銃弾撃ち(ビリヤード)ならぬ、矢撃ちを狙って射る。放たれた矢は正面から閃光とぶつかり合い、呪力を撒き散らして相殺された。

 使って分かったが、この矢ではドニの防御を突破できないだろう。やはり打撃に呪力を込めなければ、俺の攻撃ではどうしようもない。

 覚悟を決めて降下しつつ、向かい来る攻撃を矢で迎撃する。ものの数秒で地上に着陸し、ドニと再び対峙した。

 

 彼我の距離は約十五メートル。剣の間合いの外とはいえ、ドニには先程見せたような遠距離攻撃もある。それを警戒した俺は、弧を描くように動いて徐々に近づく。

 五メートルほどに距離が縮まった時、ドニが新たに聖句を唱えた。

 

 「ただ一振りであらゆる敵を貫く剣よ。全ての命を刈り取るため、輝きを宿せ!」

 

 その聖句と共に、何と剣が()()()

 液体金属のようなものが長剣にまとわりついて、その刀身を爆発的に伸長させてきたのだ!

 

 「くそっ、そんなのまでできるのか!」

 

 悪態をつきながらも、袈裟斬りに振るわれた大剣を体を反らしてかわし、さらに間合いを詰める。

 大剣はリーチが長くなるが、その分至近距離では取り回しが難しくなる。気休め程度でも、近くにいた方がいい。

 ドニは接近を嫌ってか、俺が仕留められなかったとみるや、続けざまに横凪ぎの一閃を見舞ってきた。

 だが、それは悪手だぞドニ。今までの鬱憤を晴らしてやるよ!

 旋風を纏った大剣の一撃に、俺のアッパーカットが命中し━━━強化されていたために破壊こそできなかったが、俺の全力を受けた大剣は大きくかちあげられた。

 このタネは単純だ。剣が大きくなった分、剣撃が見切り易くなった。さらに言えば、今まで散々見せられた太刀筋だ。いい加減見えるようにもなる。

だが、相手もさるもの。打ち上げられた剣を手首を回して反転させ、そのまま落としてくる。

 大地をも割る大剣を、俺は肩から飛ばした双頭の大蛇を使って二指真剣白羽取り(エッジ・キャッチングピーク)の要領で受け━━━━無論、刹那ほどしか保たずに両断され爆発することにはなったが━━━━背でその爆風を受けた俺は更に速度を増して踏み込み、ドニの鳩尾に呪力を込めた膝蹴りを叩き込んだ。

 ゴギイイイィン!と壮絶な打撃音を発する威力に押されたか、初めてドニがたたらを踏んで後退する。

 だがドニも負けじと左手で俺を掴み━━右手で大剣を放り投げて元に戻しつつ、俺の心臓を落下させた剣で貫こうとしてくる。

 空いた右手まで使って拘束された俺は、初のコウモリ化を選択。無数のコウモリに体を分離し、ドニの背後で再結集させ━━━━ドニが握り直そうとした剣を横から掠め取った。

 

 「あっ!?」

 

 己の半身とも言える剣を奪われ、ドニの注意が俺から逸れる。今だッ!

 俺の下半身を大蛇の体に変化させ、ドニの全身に巻きついて全力で締め上げる。そのついでに、ドニの剣を遠くへと放り投げると━━━━長剣は放物線を描き、地平線の彼方へ飛んでいった。

 

 「ドニ、お前の剣は既に捨てた。その上こうもかんじがらめにされては何もできんだろう。お前の負けだ!」

 

 「いいや、こんな楽しい戦いはまだまだ終わらせないよ。勝負はこれからさ!」

 

 そう言うドニの戦意は全く衰えていない。それを証明するかのように、膝を曲げて地面に倒れこもうとする。

 ズズウン!と地響きを立てて、数十トンはある体が横倒しになり━━━━巻きついている俺の肉体も押し潰された。

メキバキッ!ミシイィ!━━━━そんな肉が潰れ骨が砕ける音と激痛に耐え、俺はひたすらドニを締め続ける。せっかくここまで追い込んだんだ。離してたまるものか……!

 そう気合いを入れて締めていたが、急にカンピオーネの勘が最大限の警鐘を鳴らすのを感じ━━━蛇体部分を分離して急いで離れる。

 一瞬遅れて、遠方から高速で飛来した何かが━━━━ドガァン!と衝突音を立ててドニの体諸とも蛇を串刺しにする。まさか、あれは……!

 飛んできたのは俺が捨てたはずのドニの剣だ。あの権能、対象の遠隔操作までできたのか。

 拘束を解いて立ち上がったドニが自分の体から剣を抜く間に体を再構築し、動きに備える。

 それにしても凄まじい。勢いがついていたとはいえ、鋼鉄体の脇腹を貫通している。もし人間なら、下手すれば致命傷を負っていたぞ。

 

 「僕には魔術の才能はなかったけど、やってみれば意外とできるもんなんだね」

 

 

 「そんなノリで無茶苦茶やるなお前は。下手したら死んでたぞ」

 

 脇腹に風穴が空いているのに能天気に言ってくるドニに、思わず俺は溜息を漏らす。

 

 「それじゃ、第三ラウンドといこうか!」

 

 その言葉を聞いた俺は下がって間合いを離し、再び転移させた弓矢を牽制のためにドニに向かって射ち続ける。

 

 ドニは放たれた矢を最小限の動きで回避、もしくは剣で斬り裂きながらこちらに迫ろうとしてくる。やはり、ただの矢では時間稼ぎにもならない。

 ならばと、今度は呪力を込めた矢を使ってみるのだが━━━━余波どころか、爆発が直撃してもお構い無しだった。

爆発の衝撃で地面が荒れていようと、全く動きに影響がないかのように進んでくる。

 ついに俺の目の前に来たドニが繰り出した一撃を見て━━━━俺は悟った。

 これは紛れもない最大最強の一閃。たとえ後ろに跳ぼうが横に躱そうが避けきれないと。

 なので俺はあえて自分から前に踏み込んで━━━━()()()()()()()()()()()()

 かすった銀剣が霧の体にダメージを与えるものの、致命傷ではない。変身しなおした俺はドニの懐に入り込み━━━━攻撃を終えて無防備となったドニの顎に、渾身の呪力を収束させたアッパーカットを叩き込んだ。

 

 ━━━━ゴッガアアァァァン!!

 

 今までの比ではない炸裂音が辺りに轟き、ドニの鋼鉄体が地面から浮き━━━━仰向けに地響きを立てて地面に倒れ伏した。

 

 「あ、はは……脳震盪でもう動けないや。今回は僕の負けかなあ」

 

 負けてもお気楽に言うドニの敗北宣言を聞き、ようやく勝利を実感した俺は……安心から危うく倒れそうになりながらも、その場を去るのだった。

 

 

 

 

 

 その後、決闘を終えた俺は近くのホテルで一泊し、休息をとった。

 ドニも同じホテルで介抱されたらしく、次の日になって顔を合わせたよ。「次は負けないからね!」と言われてげんなりしたけどな。もう二度と戦いたくないぜ。

 ドニがごねたせいでエルバ島でのバカンスにつき合う羽目にはなるし、事後処理にかかわったりいろいろ大変だった。この時期は海に行ってもあまり楽しめるわけではないから、水着の女が居なかったのは不幸中の幸いだったな。

 そんなこんなで飛行機に乗って帰路につき……ブラジョフまで帰ってきた。部屋で未だに積みあがっている資料の山を見ると、帰ってきた感じがする。

 そのままベッドに倒れこみ、今回の決闘のことを思い返す。

 ドニの我が儘から始まった決闘だったが、得たものは多かった。アンドレアと面識ができたのはドニに関する情報を集めるうえで大きな助けになるし、なにより権能の掌握が進んだのは有り難い。

 俺の権能は体の変化という特性上、使うにつれて呪力の扱いに慣れやすいという特徴があった。最後の攻撃で、呪力を上手く拳に集められたのはそれが要因なんだろう。これからは色々と応用できそうだ。

 将来への構想を練っていると、扉がノックされた。俺の部屋に来たということは、恐らくイレアナか。

 

 「入っていいぞ」

 

 そういうと扉が開き、そこからイレアナが顔をのぞかせた。

 

 「王様。御飯ができた」

 

 「わかった。今行く」

 

 部屋から出て食堂へ向かう途中でイレアナに言っておくことがあったのを思い出し、止まって口を開いた。

 

 「イレアナ。今回の決闘でも、お前には世話になったな。ありがとう。これからもよろしく頼むぞ」

 

 土砂崩れの警告や矢の供給など、援護はできなくともサポートをよくやってくれていた。

 彼女の目を見て礼を言い、激励のつもりで両手をイレアナの肩に乗せると────顔を赤らめて俯いてしまった。どうしたのかね?

 もじもじし始めたイレアナを連れて食堂に入り、席に着く。しばらく待っていると、いつもより豪華な料理が次々に運ばれてきた。

 

 「クリスティアン。これはどうしたんだ?」

 

 「王がサルバトーレ卿に勝利されたので、そのお祝いでございます。此度の勝利で王の権威もますます高まることでしょうし、宴の一つでも催すべきかと思いまして」

 

 いつも通り下座に座っているクリスティアンに聞くと、そう答えが返ってきた。ありがたい心配りだな。なら、遠慮なくいただくとするか。

 久しぶりに食べるルーマニア料理に舌鼓を打ちつつ、俺は今回の騒動が落着したことを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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始動と姫君の我が儘

 ドニとの決闘から少し経ち、俺は世界間移動のために動くことにした。そろそろこちらの世界での生活にも慣れたことだしな。

 クリスティアンとイレアナを呼び出し、知識のありそうな人間について聞いてみる。

 

 「誰かそういった人間に心当たりはあるか?」

 

 そう聞かれたクリスティアンは、腕を組んで考え込んでいた。

 

 「そういわれましても……幽世に赴く術でさえ、魔女術の秘奥義でございます。全くの別世界となると、人に成せる領分を完全に超えておるでしょうな。やはりパンドラ様が仰ったように、神々の権能でもなければ叶いますまい」

 

 「幽世ってのはなんなんだ?」

 

 俺の質問に、今度はイレアナが答える。

 

 「幽世はこの世ならざる土地のこと。神秘が支配する、人では生きることすら難しい世界」

 

 つまり地上とは違うけど、この世界に含まれる領域ってことか。そこに行くだけでも難しいとなると……やはり神を見つけるしかないのかね。

 

 「イレアナはそこに行けるのか?」

 

 「私は世界移動(ブレーン・ウォーキング)の術を知らないから無理。あれは最高位の魔女が口伝で伝えるものだから、師匠も知らなかった。今の私なら、教えてもらえば使えるとは思うけど」

 

 ()()イレアナならってことは、普通の魔女じゃあまず使うことすらできないような術なわけか。習得に時間がかかるかもしれんし、一旦置いておこう。

 

 「じゃあ、謎解きや冒険が得意な奴は知ってるか?帰る方法を探せるようなやつを。そいつと協力したい」

 

 既存の方法がないなら、作るか見つけるかだ。それをやってくれそうな人間を探すべきだろう。

そう思って聞くと、途端に二人の顔が苦いものになった。心当たりはあるが、教えたくはない━━━━そんな感じの顔だ。

 

 「知ってるのか。その様子からしてかなりの問題人物みたいだが、だれだ?」

 

 「……アレクサンドル様」

 

 「マジかよ……。たしか遺跡発掘やってるって話だったが。他になにやったんだよ」

 

 以前に聞いた時はそんなに詳しく聞かなかったので、もう一度説明してもらう。

 

 「あの方は謎と冒険を追い求めるお方でして、その過程で必要とみた神具類をあちこちから強奪することもあるのです。その結果解明された謎も多いのですが、それによってもたらされた被害も多大なものがあります」

 

 現代のリュパンみたいなやつだな。そんな性格なら俺の世界の話には絶対に乗ってくるだろうが━━━━相手もまたカンピオーネの一人だ。一筋縄でいく相手じゃないだろう。超越者ではあるから味方にできればこれ以上はないが、敵対すれば厄介なことこの上ない。ハイリスクハイリターンな選択肢だ。

 

 「アレクにコンタクトをとる以外に代案がない以上、背に腹は代えられんだろう。これがだめなら、それこそ神の召喚でもやるしかないし。それはまずいだろ?」

 

 前に行われた召喚は、あのドニ(アホ)のせいもあったにせよ、凄まじい被害を出したというからな。いくら帰るためとはいえ、そんな真似は出来ない。

 

 「そればかりは、我々としてもご勘弁願いたいところですな。もしやろうとすれば、欧州圏全域から巫女を招聘しなければなりません。数か月前に儀式が行われたばかりですが、その時に参加した巫女たちも大半が発狂しております。新しく必要な人数が集まるかどうか。さらに言えば、儀式に適した条件がそろうのに何年かかるかわかりませぬ」

 

 た、大半が発狂……。そんなことやって帰っても、みんなに合わす顔がないぞ。帰った後に自責の念で自決しかねん。

 

 「とにかく、神の招来はなしだ。何とかしてアレクに渡りをつけよう。連絡方法はあるのか?」

 

 俺の問いに、イレアナの顔が曇った。

 

 「アレクサンドル様が総帥を務めておられる『王立工廠』の本拠地は、イギリスのセントアイブスにあるけれど……あの王様は部下にも告げずに移動するらしいし」

 

 ふむ。冒険好きだからこそあちこち飛び回る生活だろうし、居場所を知ってるかもしれない人間が絞りにくいわけか。

 

 「それでしたら、先に賢人議会に連絡をとってはいかがでしょうか。かの組織はアレクサンドル様の政敵です。会うにせよ、あの方の性格や行動を知っておいたほうが得策でしょうし、知人である方に教えていただくのも手かと」

 

 

 「それはアレクの部下に聞いたほうがよくないか?」

 

 「相手が部下であれば、忌憚のない意見は聞けないでしょう。賢人議会の重鎮━━━━プリンセス・アリス様はアレクサンドル様と十年近く政争を繰り広げてきた方です。かの王については、誰よりもよくご存じのはず。それに姫君は最高位の魔女であられますから、世界移動(ブレーン・ウォーキング)の手解きもしてくださるでしょう」

 

 

 アレクの情報は喉から手が出るほど欲しいし、要人と繋がりができることを考えても良策に思えるな。

 

 「じゃあ、その姫に伝えてくれ。『魔王遠山キンジが、プリンセスと話をしたがっている』とな」

 

 「かしこまりました」

 

 来るべき二人目のカンピオーネとの会談。さて、吉と出るか凶と出るか……。一礼して部屋を出ていくクリスティアンを見送りつつ、俺は言いようのない不安を感じるのだった。

 

 

 

 

 数日後に来た姫からの返事は、俺達を困惑させるものだった。

 なんでも厳しい女官長が家から出してくれないので、家から出られるよう一芝居打って欲しいと言ってきた。しかも、これには脅迫染みた手でも使ってくれていいとお墨付きまで。

 無茶苦茶な要望だが、これを叶えなければ話さないとまで言われては、背に腹は代えられない。急いで件の女官━━━━ミス・エリクソンに連絡し、PC越しではあるが会談を実現させた。

 

 「遠山王。カンピオーネたる御身が何ゆえに、姫様の力を借りたいと仰るのですか?まずはそれをお聞かせください」

 

 緊張した様子で液晶画面に映るのは、30才ほどの眼鏡をかけた厳格そうな女性━━━━ミス・エリクソンだ。

 

 「それは賢人と名高いプリンセスの見識を借りたいのと、アレクサンドルのことでいろいろと聞きたいことがあるからだ。今こちらは少々解決が難しい問題を抱えていて、場合によってはかの黒王子と関わるかもしれんからな。その下準備のためだ」

 

 要請の名を借りた脅迫に、思うところがない訳じゃないが……相手を威圧するため、敢えて重々しい言葉遣いで接する。こういうハッタリは内心をいかに悟らせないかが肝だからな。

 

 「あなた方カンピオーネの謀が、地上に災いをもたらさなかった例はありません。いかなるものであれ、協力することはございません」

 

 案の定断られたか。まあ、賢人議会はカンピオーネの脅威に対抗する目的で作られたともいうし、さもありなんだぜ。

 たとえそうでも、今回ばかりはこっちにも退く気はないがな。

 

 「いいのか?魔術師は王に奉仕を捧げると聞いた。さもなければ、王の勘気を被ることになるからってな。そちらも同じ目に遭うとは思わないのか?」

 

 「そ、そうであっても我々は横暴に屈するつもりはありません!」

 

 暗に要請を蹴れば暴れるぞ、と告げてもなお気丈に振る舞ってはいるが、やはり恐怖は隠しきれないらしい。声が震えている。

 

 「イギリスそのものを攻める訳にはいかんが、敵対組織の要人が一人二人居なくなってもアレクサンドルもとやかくは言うまい。俺の眷族に何人か迎えて、無理矢理従えても構わんのだがな?」

 

 そう言うと、エリクソンの顔が一気に青ざめた。眷族にしたイレアナのことを知っているから、単なるハッタリではないと思ったらしい。

 まあ、実際のところやるつもりはないけどな。

 

 「まあ!そのような非道に他者を巻き込む訳にはいきません!この身ひとつで事が穏便にすむならば、私は己の身を擲ちます!」

 

 勇ましい言葉と共に画面に割り込んできたのは、輝くようなプラチナブロンドの長髪が特徴的な妙齢の美女だった。

 この姫君然とした女性こそ、俺が協力を要請したプリンセス・アリスその人だ。つまり、この事態のそもそもの元凶だな。

 事前に打ち合わせた通りだから驚きはしないが、内心シラケた俺を捨て置いて事態は進んでいく。

 

 「姫様!どのような謀かも分からないのに御自ら行こうとするなど軽率に過ぎます!お考え直しください!」

 

 「けれど、あの方は従わなければ他の人を眷族にすると仰ったのよ。そうなっては取り返しがつかないわ。今すぐにでも私がルーマニアへ向かいます!」

 

 何とかして姫を止めようとするエリクソンと、それを振り切って外に出ようとするアリス。その茶番劇にいい加減嫌気が差してきた俺は、意図的に低い声を出して言う。

 

 「俺の前での言い争いはほどほどにしておくことだ。俺はあまり気が長くないぞ」

 

 俺の言葉を聞いたアリスは目を輝かせ、反対にエリクソンは苦渋に満ちた表情を浮かべた。判断するまでの猶予がないことを悟ったんだろう。

 

 「……わかりました。要請をお受けいたします。くれぐれも姫様を粗略に扱うことのないよう、伏してお願い申し上げます」

 

 俺の脅迫に屈し、エリクソンは俯いて絞り出すように告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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会合

 エリクソンを脅迫した翌日。俺達とアリスは黒の教会の応接室で会っていた。

 

 「この度私の願いをお聞き届けくださったことに、心からの感謝を述べさせていただきますわ」

 

 そう言って上流階級らしい━━━━スカートをつまんでの優雅なしぐさで一礼するプリンセス・アリスを見て、俺は内心げんなりしていた。

この女はこうしていれば非の打ち所のない貴族令嬢だが、とんだ食わせものだ。カンピオーネである俺に対して一歩も引かずに交渉し、自分の知識を楯に条件まで取りつけるようなやつが一筋縄でいくはずもない。俺の立場が上だからとたかをくくっていれば、足元を掬われるだろう。

 

 「喉を潤す紅茶は結構ですから、このまま本題に入っていただいても大丈夫です。何なりとお聞きください」

 

 警戒心を高める俺を他所に、アリスは堂々とソファーに腰かけている。俺の前でこうもリラックスしていたやつは今までいなかったことからして、相当に魔王慣れしている。やはり、何年もアレクと関わってきた経歴は伊達ではないらしいな。

 

 「さて。一息つけたようだし、そろそろアリスに俺達が置かれている状況の説明をしてやってくれ。クリスティアン」

 

 「はっ。では僭越ながら、私が説明させていただきます。これから話すことは我が主の最重要機密ですので、プリンセスにはくれぐれも他言なさらないようお願い申し上げます」

 

 そう告げて、勤勉にも騎士の礼をとってからクリスティアンは説明を始めた。

 

 「信じられないかもしれませぬが、我らが主はこの世界の人間ではありません。所謂異世界人というやつですな」

 

 それを聞いて、流石にアリスも目を見開いて驚いていた。まあ、驚くなというほうが無理な話だが。

 

 「それは……本当なのですか?」

 

 「我が主の名に誓って真実でございます。なにせ、我が姪であるイレアナが神から直接聞いておりますので。そうだな?イレアナよ」

 

 「叔父様の仰った通り。私は王が転生する場面に立ち会って、パンドラ様にお目にかかりました。その際にパンドラ様がはっきりと王のことを『史上初の異世界出身の神殺し』と仰っていました」

 

 「なんと……」

 

 神殺しの義母ことパンドラの名前まで出され、疑えなくなったらしい。放心したように息をついている。

 

 「まあ、そういうわけで世界間移動のために情報を集めているってことだ。何か心当たりはないか?」

 

 「魔術ではおそらく不可能でしょう。とある権能ならばもしかしたら可能かもしれません。確証はありませんが……」

 

 「何ッ!それは本当か!?」

 

 思いがけず手に入った手がかりに興奮して詰め寄ったが、アリスは相変わらず微笑んだままだ。

 

 「ええ。旧世代のカンピオーネのお一人であるアイーシャ婦人の持つ権能に、異界に通じる穴を開けるというものがありましてね。それならば可能性はあります」

 

 アイーシャ婦人か。たしか謎の多い旧世代の中でも、特に活動が見られないから隠遁していると聞いたが……

 

 「たしかアイーシャ婦人はエジプトのアレキサンドリアに居ると聞いたが、それは本当か?」

 

 「俗説はそうですが、そうとも限りません。兄と慕うヴォバン侯爵を訪れたりもしているようですから。今のところ、いる場所は不明です」

 

 居場所が分かればすぐにでも会いたかったが、そうもいかないか。有力な候補だとはいえ、いつ会えるか分からないなら、保険としてアレクとも会っておくべきか。

 

 「ちなみに、アレクの居場所は分かるか?アイーシャ婦人がだめなら保険がいるからな。会っておきたい」

 

 「分かりますよ。だって、昨日会ったんですもの。遠山様との会談を聞いたせいか突然やって来て、『相変わらず、貴様は野次馬根性故の覗きに余念がないな』なんて嫌味を言っていましたからね。その時に、暫く本拠にいると言い捨てて帰っていきましたわ」

 

 心底忌々しそうに言うアリスに、こちらも不明かと予想していた俺は拍子抜けだったが、気を取り直して言う。

 

 「本拠ってのは『王立工廠』のだよな?」

 

 「ええ。副総帥のサー・アイスマンの連絡先を知っていますから、今からでもアポイントメントをとられますか?」

 

 クリスティアンが連絡先を聞いてからアポ取りのために席を外したのを見送り、改めてアリスに話を聞く。

 

 「アリス、次はアレクについて教えてくれないか?」

 

 「構いませんわ。アレクサンドルは……そうですね、一言で言えば『ひねくれ者の偽悪家』といったところですか」

 

 ひねくれ者ねえ……わざわざ怪盗の真似事をするところといい、的を射ていそうな評ではあるな。

 

 「あの男は自分の好みに合わないことは絶対にしません。その反面━━━━本当に欲するものが現れた時、それを手段を問わずに手にいれようとします。現に、かつて私達との密約を放棄して活動したこともあります。お気をつけを」

 

 なるほど。つまり、俺の提示する情報が興味を持てるものならなんとしてでも一枚噛もうとするが、そうでなければテコでも動かないということか。

 まあ、これは出たとこ勝負になるだろうから、考えても無駄だな。

 

 「あと、他のカンピオーネとちがって体面を気にする、妙なところに神経質といった面がありますね。他の方々ほど豪快でなく繊細とも言えます。これは忌々しいほどキレる頭脳のせいかもしれませんが」

 

 総じて他の連中とは違う、インテリタイプのカンピオーネか。マッシュみたいにプライドが高くて上から目線なやつかもな。

 あまり相性は良くないかもしれんが、そこは我慢してでも付き合うしかないか。なんせ、こっちは手段なんて選べる状況じゃないし。

 

 「性格は良く分かったから、次は権能について聞きたいんだが」

 

 「権能に関する情報はすでに報告書にまとめてありますから、そちらを後程ご覧下さい」

 

 「至れり尽くせりで助かる。その代わりといっちゃなんだが、この会合が終わっても力を借りたいって名目であんたを呼び出せるよう根回ししておくよ。また外に出られるようにな」

 

 そう言うと、アリスは花が咲いたような笑顔を見せた。

 

 「まあ、よろしいのですか!?ありがとうございます。外に出ないと骨が腐りそうな気分になるんですもの。何よりの報酬ですわ」

 

 めっちゃ喜んでるんだけど。仮にも欧州最高の貴婦人って呼ばれる奴が、こんな奔放さでいいのかね。

 

 「遠山様は()が欲しいものを的確に見抜かれるのですね。アレクサンドルとは大違いです」

 

 「アレクはそんなに見る目がないのか?」

 

 「見る目と言うより、デリカシーが無いのですよ。それでいて辛辣ですから女をよく怒らせるのです。そのせいで何度も計画を失敗に追い込まれているので世話ないですが」

 

 女にエラい目に遭わされる、という点は共感できそうだな。ホント女は理不尽な生き物だから、気をつけなきゃいけないというのに━━━━アレクはそれをしないってのか。そりゃ邪魔もされるわな。

 思わぬ共通項に驚いていると、クリスティアンが戻ってきた。先方との連絡が取れたか。

 

 「ご歓談中のところ、失礼いたします。王よ、アレクサンドル様との会談は明後日ならば可能とのことです。いかがなされますか?」

 

 「そうか……!よくやってくれたな。その日時でいいと向こうに伝えてくれ」

 

 「御意に」

 

 俺の返事を聞き、クリスティアンはまた退出していった。良かった。これで懸念事項のひとつは片付いたな。

 

 「アリス、お前にも今回は世話になったな。ありがとう」

 

 「いえいえ。それよりも、また呼び出していただけるという約束のほうをよろしくお願いいたします」

 

 「それはまた後程な。そうだ、お礼にルーマニアの観光案内でもさせるが?数日ぐらいなら、俺との会談という名目で滞在できるだろうしな」

 

 厳格なお付け目役もいないし、羽を伸ばせるだろうと提案すると、

 

 「本当にありがとうございます!ああ、遠山様が話のわかる方で本当に良かったですわ!」

 

 さっきといい、今といい、本当に外にでるのが好きなんだな。まあ、()()()()()()()()()仕方がないかもしれんが。

 

 「イレアナ、誰か信頼のおける護衛の手配をやってくれるか?」

 

 「お任せを」

 

 そう返したイレアナはアリスに向かって膝をつき、貴人に対する騎士の礼をとる。

 

 「姫様がルーマニアを楽しめるよう、手を尽くさせていただきます」

 

 「イレアナさん。あなたの働きに感謝します」

 

 こうしてみると、アリスの姿はまさに姫君だな。中身は強かで我が儘な野次馬なのにさ。イレアナも騎士だから、本当に絵画の一場面みたいだ。

 

 「イレアナ、忘れんうちに頼んでおくが、アリスの土産になる茶葉を見繕っておいてくれ。とっておきのがあるとか言ってたろう。」

 

 「承知しました。今から選びます」

 

 茶葉を見にイレアナが応接室を出たのを確かめてから、アリスに向き直る。

 

 「わざわざお土産まで……そこまでしてくださらなくてもよろしいですのに」

 

 「ルーマニアくんだりまで来て、茶の一杯も飲めんのでは甲斐もないだろう。()()()()()に飲ませてやりな」

 

 俺の言葉に、アリスははっきりと驚愕の表情を浮かべた。精巧な精神体を操っているから、バレるとは思ってなかったか。

 

 「……いつから気づいていたのですか?私が幽体だと」

 

 「俺の権能が吸血鬼由来ってことは知ってるな?その特性上俺は、獲物である人や動物の気配を感じやすい。あんたからは生きた人間の気配がしないのさ」

 

 それだけじゃなく、こんなに近くにいるのに何のニオイもしないことも怪しんだ理由だったが、そこは言わないでおく。

 

 「この事を知るものは少ないので……内密に願えませんか?」

 

 「構わないぜ。こっちにも他人の秘密を言いふらす趣味はないんでね」

 

 「ありがとうございます。代わりに、私も遠山様の秘密は守ることを誓います」

 

 誓いとは、随分重い言葉を使うな。それだけ本気なんだろうが。

 

 互いに秘密を握ったところで、イレアナが帰って来た。

 

 「姫君、こちらが王からの贈り物になります」

 

 「ありがとうございます。せっかくの贈り物ですから、帰ってからゆっくり味あわせていただきますわ」

 

 微笑んで一礼したアリスを客室に案内させて、今回の会談は落着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二人目の同族

 ルーマニアにアリスを残し、俺とイレアナの二人はイギリスのコーンウォールへ空路で向かった。

 いつもと違いクリスティアンはルーマニアにいる。アリスほどの要人を放って俺たち全員が結社を空けるのは流石にまずかったからな。

 人ごみの中を歩きつつ人を探す。今回もイタリアの時と同じく迎えが来るという話だったし、勝手に向かうわけにはいかない。今回の相手は同じカンピオーネ────それも、同世代の中でも古株に入る男だ。それを抜きにしても、交渉が必要な相手に悪印象を与えるのは悪手だし。

 

 十分ほど歩くと、空港のロビーに出たが────人の流れが何かを避けているように動いている。それに呪力の気配もする。なんだ?

 違和感は感じつつも危険はなさそうなのでそのまま進むと、空港を出てすぐのところに一人の男が立っていた。彼の周りだけは人の流れがそれて開けている。どうやら軽い人払いのようなものでもかけているしい。

 黒い背広を着た、彫りの深い端正な顔立ちの男だ。年齢は三十代後半くらいだろうが、しなやかな鋼を思わせる筋肉の付き方は間違いなく戦士のもの。立ち居振る舞いからして、この世界で会った人間の中ではトップクラスの強者だろう。間違いなくクリスティアンより強い。

 

 

 「ルーマニアの王たる遠山様と、その眷属であるイレアナ殿とお見受けします。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。我ら『王立工廠』はあなた様方を歓迎いたします。私は副総帥を務めておりますアイスマンと申します。以後お見知りおきを」

 

 流麗に一礼し、良く響く渋い声でそう言った男━━━伝説とまで言われた騎士サー・アイスマンにこちらも返礼として改めて名乗る。

 

 

 「ルーマニアで魔王をやってる遠山キンジだ」

 

 「我らが王の第一の下僕、イレアナ・ルナリアです。サー・アイスマン、あなたのご高名はかねてより聞き及んでおりました。お会いできて光栄です」

 

 あまり感情を表に出さないイレアナにしては珍しく、興奮で頬を上気させている。行きの飛行機で聞いたことが事実なら、世界でもトップクラスの実力者だというから無理もないが。

 

 「では、我らの本拠にご案内します。我らが主が待っておりますので」

 

 そのまま用意されていた車に乗り、セントアイブスの片田舎へ向かう。車の窓から見えるのは広い平野と木々、そしてゆったりと流れる川。見事な夕焼けで赤く染まっていることもあり、まさに絵本に描かれているような風景だ。前にイギリスに来た時はロンドンしか見てないから、こんな景色は新鮮だな。

 そんな風光明媚な田舎道を走ること数十分。日が暮れて満月が昇り始めたころにアレクの待つ『王立工廠』の博物館に到着した。

 外観は歴史を重ねたイギリスの古民家といった趣の建物だった。瀟洒な外観とあたりの風景が相まって、博物館にふさわしい落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 だが、博物館の中から強い呪力が感じられる。中に入る前からここまで分かるとなると、相当に強力な呪具があるか、よほど数が多いかだ。

 

 「ようこそ、王立工廠へ。このまま正面玄関からお入りください。ああ、もちろん入館料はいただきませんよ」

 

 車を降りたアイスマンに促され、エントランスに入る。そう言えば、カッツェのとこに連れてかれたときは入場料を取られたっけな。今となっては懐かしい記憶だが。

 埒もないことを考えつつ、アイスマンに従って通路を歩く。展示されている物品は刀、鏡、古文書、楽器など様々で、古美術品に関して門外漢である俺ですら価値があると思える品ばかりだった。ジーサードを連れてきたら、この場でヒスってたかもしれん。

 しかも、そのどれもがそれなり以上の呪力、もしくは霊力をまとっている。隣を歩くイレアナが「わぁ……」と感嘆して目を輝かせているから、見る人が見れば垂涎の逸品なんだろう。

 博物館の奥へ進み、『staff only』と書かれた扉を開けると何もない部屋に出る。

 が、床の中心部から呪力が感じられる。黒の教会と同じく、魔術で結社の本拠への道を隠蔽してるんだな。そこを抜けてさらに進み────遂に応接間のドアまで来た。

 

 「この部屋に我らの王がおられます。お入りください」

 

 アイスマンはそう言って、扉のわきによけた。俺自身の手で扉を開けろ、ということだろう。王同士の会談の幕開けは、王自身がすべきってことか。

 俺がノックするとすぐに「入れ」と返事があったので、そのままノブを回して入る。

 

 「ようやく来たか。ああアイスマン、送迎ご苦労だったな」

 

 読んでいたらしい本から顔をあげてそう言った男こそ、アレクサンドル・ガスコイン────四番目に生まれた魔王にして、魔術結社『王立工廠』率いる総帥だ。

 一見すると気品を感じさせる眉目秀麗な青年、所謂優男に見える。神を相手に切った張ったの戦いを演じるより、学者でもしているほうが似合ってるだろう。

 だが、カンピオーネの直感が俺に告げている。この男はとても油断していい相手じゃないと。知的だからこそ、正面から戦うやつより厄介な敵だったりすることも多いし。

 

 「それで、今日は一体何の用だ?俺は忙しい。下らん話ならば、すぐにでもお引き取り願うぞ」

 

 いきなり上から目線の発言だな。王子なんて呼ばれるだけあって、気位が高いらしい。

 俺もそれに負けず、強い言葉で返す。

 

 「その心配は無用だぜ。あんたこそこの話に食いつかなきゃ、後で後悔するだろうよ。

聞いたあんたの性格なら、そうなるはずだが」

 

 いきなり喧嘩腰で話始めた俺たちに、それぞれの主の後ろに控えるイレアナとアイスマンの顔がひきつっていた。特にアイスマンは『あなたという人は……』と言いたげな顔で額に手を当てている。

 

 「あの女狐(プリンセス)から俺のことを聞いたか……あの覗き魔め、余計なことをしてくれたな全く」

 

 忌々しそうに舌打ちをしたアレクは、仕草で俺の話の続きを促してくる。話だけでも聞く気になったか。

 

 「これから話すことは、とても信じられる内容じゃないかも知れないが━━━━全て真実だ。そこを念押ししておく」

 

 「そこまで言うか。なら話してみろ。貴様の取って置きの真実とやらを」

 

 からかうような声音で言うアレクに腹が立つが、話を続ける。

 

 「俺は異世界から来た人間だ。この世界に来る前にはベルリンに居たが、気づいた時にはブラジョフに飛ばされてた。そこでいろいろあって吸血鬼を殺してカンピオーネになったんだ」

 

 この話を聞いたアレクは少しの間驚いたようだったが━━━━すぐに目を細めて問い質してきた。

 

 「確かに、にわかには信じがたい話だ。その根拠はあるのか?」

 

 「転生する際にパンドラから直接聞いたんだ。それに、この世界には俺のついていた職が無かった」

 

 「パンドラの発言は大きいが、何か他の物証になるものがなくてはな」

 

 「生憎、持ってこれたのはこの身一つと武器ぐらいでな。武器のなかでも物証になりそうなのは一つだけだ」

 

 「ならそれを見せろ。証拠になるかは俺が見て決める」

 

 そう言ってきたので、俺はイレアナに目配せしてアレクの手元にマニアゴナイフを召喚させる。

 

 「これは……神具か。それも血の臭いを強く感じさせる魔剣の類い。このナイフのそちらでの由緒はなんだ?」

 

 俺のマニアゴナイフを広げ、しげしげと眺めるアレク。

 

 「英国王室の宝剣である『ラグナレク』だったんだが、あっちの孫悟空に溶かされてな。その残骸を打ち直したのがそのナイフだ。それを使って俺は吸血鬼を殺してカンピオーネになった」

 

 

 「なるほど……それでやけに血なまぐさいのか。だが、俺の知る限り────イギリス王室にその名前の魔剣はなかったはずだ。貴様が根拠として提示したのも頷ける」

 

 「信じてもらえたか?それで俺は元の世界に帰る方法を探しているんだ」

 

 「全面的に信じるかは別として、与太話として笑い飛ばさない程度には信用してやろう。確かに俺の好奇心を刺激する内容ではある。帰還方法の考案に協力してやるのも吝かではないが────一つ条件がある」

 

 「……何だ?」

 

 未知と新たな謎を目の前にしたせいか、アレクの目がギラギラしている。ろくな条件じゃなさそうだ。

 

 「俺もお前の世界に連れていけ。このナイフのような代物がある場所なら、他に興味の湧くものもあるだろうからな」

 

 ……やっぱりそうなるか。こいつの興味の対象になりそうなのは、色金類や向こうの神に関わる物品だろう。

 そういったものは大抵、国や国に委託された超能力者、もしくは力のある地下組織が管理している。かつての緋緋色金や瑠瑠色金がそうだったように。

 そんな世界にこいつを放り込めばどうなるかなんて、考えるまでもない。あちこちで自重なんてせずにほしいものを奪い、混乱を巻き起こすだろう。今、この世界でそうしているようにな。

 だが━━━そうだったとしても、もう賽は投げられた。ここで話した以上、この件にアレクが絡んでくるのは確実と言っていい。

 

 「分かった。どのみちお前の力を借りるからにはそれは飲もう」

 

 「ほう。少しはごねるかと思ったが存外話が分かるじゃないか」

 

 交渉成立と言わんばかりにそう言うアレクに、改めて俺は問いかける。

 

 「アレク、今回の謎はどう解く?俺達では手に負えなくてな」

 

 「それは俺への挑戦ととっていいのか?ふむ、まあ今回の事例は前例が全くないから正確なところは分からんが━━━━この神具の話を聞いて、一つ引っ掛かりがあった。その裏づけの質問をさせてもらう。構わないな?」

 

 許可を出すと顎に手をあて、考える仕草をしたあとに質問してきた。

 

 「貴様は死んで生き返ったことがあるのか?」

 

 いきなりとんでもない質問がきたな。まあ、生き返った俺も大概だけどさ。

 

 「ああ、あるぞ」

 

 「これで不死はクリアか。他には━━━━そうだな、そちらの世界で竜もしくは鬼の類いと戦っているか?」

 

 「戦ったな。鬼とワイバーンを相手取った事がある」

 

 「あとは……戦いにおいて女の助力を受けているか?」

 

 「受けているがそれがどうした?いい加減に質問の意図を教えてくれよ」

 

 痺れを切らした俺がそう言うと、アレクはまるで『まだ分かっていないのか?」と言いたげな不機嫌そうな顔になった。

 

 「『砕けて再生した剣』、『不死』、『竜や鬼』、『女の助力』とこれだけのキーワードが揃っているのに本当に解らんというのか?」

 

 「分からないんだよ。もったいぶらずに種明かしをしてくれよな」

 

 言い合いする俺達に「あの……」という声が聞こえてきた。声のほうを振り返って見ると、イレアナがおずおずと手を挙げている。

 

 「アレクサンドル様、私に心当たりがあるので我が王にご説明して差し上げてもよろしいでしょうか」

 

 「アレクでいいぞ。敬称も要らん。見当がついたというのなら聞かせてもらおうか」

 

 ソファーに座り直したアレクは、腕を組んで目を閉じる。聞き手に徹するつもりのようだ。

 

 「ありがとうございます。我が王よ、先程アレクが仰ったキーワードは《鋼》の軍神に関わるものばかりです。軍神達のなかでも『砕けて再生した剣』で有名なのは北欧神話の英雄━━━━シグルズです。察するにアレクは、かつて招来されたジークフリートと同起源とされるシグルズとの共通点を、王に見いだしたのでしょう」

 

 《鋼》の神々ねえ……確かペルセウス・アンドロメダ型神話を持つ者が多いんだったか。

 

 「正解だ。よくそこまで見抜いたな」

 

 イレアナを素直に称賛するアレクには、俺に対するような陰険さは無い。本人が頭がいいぶん、出来の良いやつが好きなのかもな。

 

 「《鋼》とさっき言ってたが、俺はそのカテゴリーについてよく知らん。説明してくれ」

 

 「そこから話さなければならんのか」

 

 うんざりしたようなアレクだが、律儀にも説明するつもりらしい。後学のためにも黙って聞いとこう。

 

 「《鋼》の軍神は生ける剣とも言われる連中でな。その性通りに大地に突き立った剣を象徴としている。剣を鍛える風や水、鉱石、ひいてはそれらを司る大地母神と縁が深い。奴等は地母神の落魄した竜や蛇といった怪物を倒して不死となり、美しき乙女を妻や恋人に迎えて世界を統べる役目にある。日本で言えば怪物の役回りは鬼になるな。この分類に当てはまる神は日本神話ではヤマタノオロチを倒したスサノオ、タケミナカタを追放したタケミカヅチ、東西に遠征を繰り返したヤマトタケル。他の有名どころはペルセウス、ヘラクレス、ヴァハグン、アキレウス、ランスロット等だな」

 

 

 めっちゃ丁寧に、それも解りやすく説明してくれたんだが。こいつシャーロックと同じで蘊蓄好き、それも面倒見のいいツンデレ族だな。冒険好きなところといい、ジーサードみたいだ。

 それにしても、そんな連中と俺に共通点を見いだしてるとはねえ。それが原因でこの世界に飛ばされたと言いたいわけか。

 

 「なるほど。それで、俺がここに来たのはヴォバン侯爵がやったジークフリート招来が原因だって言いたいのか?」

 

 そう聞くとアレクは頷いて、

 

 「あくまで勘と状況証拠のみによって立てた仮説だがな。世界間移動という大規模な異変が起こるからには、それ相応の切欠があるだろう。ここのところ、それほどの事態は神の招来しかない。恐らくは神の招来と共に呼ばれた神格と共通点の多い貴様まで世界を越えてしまったのだろう」

 

 ……荒唐無稽と言えばそれまでだが、既に異世界転移してる身だしあり得そうだ。しかし、俺が見るからに脳筋な神々と同じだってのは納得できんな。

 

 

 「おい、その《鋼》は血の気が多いんだろう?そんな連中と一緒にしないでくれ」

 

 「多いとも。神殺しを見つけると、脇目も降らずに挑んでくるような奴らだ。俺も何度か戦ったが、そろいもそろってしつこい連中だった。あと、貴様が血の気が多いというのは間違いないと断言できるぞ。なぜなら普通の人間は鬼に挑んだりしないからな」

 

 ぐう……正論すぎて何も反論できん。こんな展開に持ち込むあたり、やっぱりこいつ陰険だ。

 馬鹿馬鹿しいやり取りをしていると、俄かに莫大な呪力が弾けたのを感じた。近くじゃない。ここから数キロほど離れた場所だな。

 

 「「!?」」

 

 俺と同時に立ち上がったアレクは即座に青い火花を身にまとい、俺に向かって言い捨てる。

 

 「貴様らはここにいろ。騒ぎを大きくされてはたまらんからな。アイスマンは念のため周囲に避難勧告を出しておけ!」

 

 そういったアレクはドアを開け、外へ出ていく。異常の原因を調べに行ったんだろう。地元のカンピオーネが動き出したからには、俺がでしゃばるのはまずい。おとなしくソファーに座りなおし、アイスマンの話を聞く。

 

 「遠山様、大した歓待もできず申し訳ありません。事と次第によってはお力を借りなくてはならないかもしれませんので、待機をお願い致します。後ほど客室に案内させますので、それまでお待ちください。では、これで失礼いたします」

 

 説明を終えたアイスマンも足早に去り、応接間に残ったのは俺とイレアナの二人だけとなった。

 

 

 「やれやれ、どうしてこんなことになるかねえ」

 

 「王様、それは仕方ない。カンピオーネが二人揃ったら、何かは起きるもの」

 

 慰めるような答えに、さらにげんなりする。毎度毎度こんな目に遭ってたまるかよ。冗談じゃないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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思わぬ遭遇と体験

リアルが立て込んできたので、次の更新は8月ごろになりそうです。申し訳ありません。


 アイスマンが手配してくれた客室で、俺は持参した資料を読んでいた。

 アレクから聞いた《鋼》のことが気になっていたこともあり、竜殺し系の英雄に関する逸話を読んでいる。俺が魔王である限り出会う可能性はあるし、そうなれば死闘を繰り広げることになる━━━━そんな予感が話をされた時からぬぐえない。

 それで調べてるんだが……《鋼》に属さない軍神もいたりして区別が面倒くさい。中国神話の蚩尤とかは竜に殺されてるくせに、戦と金属の神でもあるためか《鋼》に分類されてたり、怪物じみた見た目で殺しの呪術が得意な大威徳明王(ヴァシュラ・バイラヴァ)もそうだったりする。線引きが曖昧すぎるだろ。

 大味すぎる分類に文句をたれつつも読み進めていると、遠慮がちなノックの音がした。念話がないってことはイレアナじゃないな。誰だ?

 

「入れ」

 

 許可を出すと、開いたドアの先にいた人物が見えた────なんと、真剣な顔のアイスマンだった。

 

「アイスマン?どうしたんだ。何か問題でもあったのか?」

 

 先ほどの異変はアレクが解決に向かったはずだぞ。あいつの手に負えないほどの事態だったとは考えづらいし、呪力の不規則な爆発が感じられないから神との戦闘でもない。一体何があった。

 

「貴重な休憩を邪魔してしまい、真に申し訳ありません。ですが我らの手には負えかねる事態のようですので、不躾であることは承知しておりますが、御身のご助力を賜りたく」

 

「アレクが向かったっていうのに、解決できない?どういうことだよ」

 

「そのことに関してお見せしたいものがあります。こちらへ」

 

 イレアナとも合流し、アイスマンに案内されたのは魔術結社には不似合いなモニタールームだった。そのひとつに、なにやら巨大な────穴らしきものが映っている。これが原因か?

 

 

「我らが王と連絡が途絶えたので、急ぎ調査員を送ったのですが……この穴らしきものが周囲のものを吸い込んでいるらしく、迂闊に近寄れない状況です。王の気ままな行動は多いのですが、場所を探索しても全く結果が出ないというのは初めてでして。この穴に吸い込まれでもしたのではないかというのが現在の仮説ですね。こうなっては我々の手に余ると、この場にご足労願った次第です」

 

 アレクが吸い込まれるほどの謎の穴。確かにこれは、人の手には余る問題だな。しかし、穴ねえ……似たような話を最近聞いたばかり。近くに神が顕現した様子もないし、十中八九クロだろう。

 まさかこんなところで出くわすとは予想外だったが、これはむしろ都合がいいかもしれん。()()()()()()()()()()なんて見ようと思っても見れるもんじゃないだろうし。

 

「アイスマン、俺にはその穴の心当たりがある」

 

「何ですと!?是非ともお聞かせ願えませんか。神々の権能かと思っていたのですが、こちらでは特定できませんでした」

 

「これは神じゃなくてカンピオーネの権能だろう。俺がプリンセス・アリスから聞いた、アイーシャ夫人の権能と特徴が一致しているからな」

 

「あの洞穴の女王と呼ばれる方の……その詳細はご存じですか?」

 

「ああ。なんでも異界に通じる穴を開けると聞いたな。探索の術で結果が出なかったのも、それなら辻褄が合う。あいつのことだから、幽界に飛ばされた程度ならどうにでもなるだろうが────それ以外の場所だったりしたら戻ってくるのに苦労するかもしれんし」

 

 

 俺の言葉を聞いたアイスマンは、腕を組んで考え始めた。

 

「なるほど、異界へ旅立つ権能でしたか。その手の伝承には条件がつきものですし、あの穴は何かが整ったときに開くものかもしれません。おそらく今夜の状況からみて、満月がキーとなるのでしょうな。となると夜が明けるときに消滅するでしょうし、それまでは我々にできることはなさそうです。遠山様、此の度貴重な情報を提供してくださったことに、心からの感謝を述べさせていただきます」

 

 頭を下げて礼を言うアイスマンに、俺はとある提案をした。

 

「アイスマン、俺達があの穴の先へ行って来て、アレクを探すってのはどうだ?」

 

「……どういう理由でそうしようと思ったのか、お聞きしても?」

 

 穏便に事が済みそうなところにこの提案をしたから、アイスマンは不満そうだ。表に出さないのは流石だが、内心では眉をひそめてるだろう。無理もないが。

 

「俺の事情は知ってるな?そのことでアリスにも相談したんだが、アイーシャ夫人の権能なら可能かもと言われたんだ。ただし、夫人の居場所が不明だから試すのは容易ではないとも聞いたから、保留にしていた案だった」

 

「けど、ここで見つかったのならこれを逃す手は無い。新たな情報も手にはいるかもしれんし、見ておく必要がある」

 

 心の内を正直に話す。他にもアレクに借りパクされたマニアゴナイフを返してもらうのもあるが、ここで言っても仕方がないので伏せておく。アイスマンに罪は無いしな。

 

「御身の心づもりは解りました。武運をお祈りします。ここから移動するための足は必要ですか?」

 

 俺の話を聞いて止めようがないことを悟ったのか、そう言ってくれるアイスマンに礼を言いつつ、

 

「心遣いはありがたいが、足は不要だ。『真紅の月夜』には俺が連絡を入れておくし、準備に必要なものもついでに転送してもらうさ。やってもらうことは特に無い」

 

「かしこまりました。私はこのことを結社の人員に周知しておきます」

 

 話し合いが終ったので、部屋に戻った俺はクリスティアンに連絡する。

 

「という訳で、俺達はアイーシャ夫人の権能を体験することになる。何が起こるか分からんから先に言っとくが、俺達に何かあって戻らなかった場合はお前に一任するからな」

 

『承知いたしました。ご武運をお祈りします。そちらにお送りするのは血液と衣類、寝具類だけでよろしいのですか?食料や水も必要かと思われますが』

 

 うーん。イレアナは吸血鬼だから食事も水も本来なら必要ないし、俺も権能を使えば同様だから気にしてなかったが……現地人と接触する場合にはカモフラージュや交渉材料にも使えるな。持っていっとくか。

 

「それも頼む。だが、召喚の術で取り出せる量じゃないと思うが」

 

『小分けにしておけば問題ありません。こちらで処理しておきます』

 

 なら大丈夫か。これについてはクリスティアンに任せておこう。

 

 

 

 一時間ほどで送られて来た荷物を転送して準備もできた。あとは向かうだけだ。

 

 「行くぞ、イレアナ」

 

 「はい。王様」

 

 翼を展開して夜空に飛び立った俺達は一気に雲の下スレスレまで上昇し、莫大な呪力が放出されている方角へ飛ぶ。全速力で飛んだからか、すぐ平原に開いた例の大穴が見えてきた。

 そのまま突っ込むことはせず、少し手前で地面に降りて進んでいく。

改めて間近で見ると、少し不気味だな。煌々と照る満月の光を反射することもなく飲み込む真っ黒の穴。まるで巨大な獣が口を開けてるみたいだ。

 しかも凄まじい吸引力で周りのものを無差別に吸い込んでいる。その風の強さはかつてセーラが使った竜巻地獄(ヘルウィンド)と同等以上ときた。

 俺達がその風に逆らわずに力を抜くと、すぐに足が宙に浮き、穴に吸い込まれていった━━━━のはよかったのだが、ここで問題が起きた。

 

「きゃあ!?」

 

「イレアナ!?」

 

 俺よりも体格が小さいせいか、引っ張られたイレアナが予想以上のスピードで、俺に向かってぶつかって来てしまった。

 

 眷族化で頑丈になってるが、それでも女子だ。そのままぶつかるわけにはいかないと両手で抱き止める。

 丁度そこで穴に入り込むことになってしまい━━━━無重力のような妙な感覚を味わいつつ、内部へともつれこんでしまった。

 

 カンピオーネの目でも見通せない暗闇のなかで、右手に何か……小さいながらもつきたての餅のような、もっちりした感触がある。

 まさかと思いつつイレアナを見ると、顔を逸らされて、消え入るようなか細い声で言われてしまった。

 

「王様……抵抗はしないけど、時と場所は考えて欲しい……」

 

 ってことはこれはやっぱり━━━━イ、イレアナの胸か!?このままにしとくと俺は主としての権限を乱用し、胸を触ろうとした変態ということに━━━━!?

 

「す、すまんイレアナ!」

 

 慌てふためいた俺はイレアナを離し、少し距離をあけた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そのまま二人して気まずい空気を醸していると、前方に星のような光源が在ることに気づいた。

 それは見る間に近くなっていき、俺達を呑み込むほど大きくなっている。あれが出口か。

 そう思った次の瞬間、俺とイレアナは光の輪をくぐり、風の吹きすさぶ熱砂の砂漠に降りたっていたのだった。

 

 

 

 



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古代

リアルがやっと落ち着いたので、更新します。予告より遅くなってしまったことは、お詫びします。


 俺達が立っていたのは、遥か地平線まで続く砂漠だった。

 

 およそ人の痕跡は無く、オアシスのような目印になりそうなものもない。砂漠といっても色々あるし、それによってどうするかも変わってくるから、人の影くらいは見つけておきたいんだが。

 

 探索が長引きそうなので、脱水を防ぐために変化しておく。吸血鬼は本質的に死んだ人間━━━━所謂歩く死体(リビングデッド)なので、脱水や飢餓、低体温症といった砂漠での死因と縁がなくなるから便利だ。

 

「イレアナ、『魔女の目』頼めるか」

 

「任せて」

 

 イレアナは召喚した食器を置いて水を張り、目を閉じてその場に腰掛ける。

 少し経つと、張った水に航空写真のような風景が浮かび上がった。

 

 これは魔女の血を引く者達だけが使えるという『魔女術』の一種で、視覚をあちこちに飛ばして遠隔地の情景を探れる術らしい。当然俺は使えないので、見たものを水面に念写してもらっているのだ。

 

 水面に映る景色はどこまでいっても砂漠のまま。相当な速度で視界を動かしているはずだが、人も建造物もまるで見当たらない。

 

 が、そのまま探索を一時間以上続けると、ついに人里を発見できた。

 ここから数百キロ東に向かった位置に、ほぼ正方形に作られた壁がある。その中に家のようなものが複数見えるな。明らかに人工物だ。

 材質はコンクリートでも石でもない。レンガかなにかか。家らしきものの数からして、数十人ほどの人が住んでるだろう。

 

 まずはここを目指し、この近辺の情報を集めることにしよう。

 

「イレアナ、飛ぶぞ。案内を頼む」

 

「もちろん。こっち」

 

 再び宙を舞った俺達は、東に進路をとり見つけた村を目指した。人の目が無いのをいいことに、かなりの速度で飛行する。

 その甲斐あってか、中天にあった太陽が空を赤く染める頃には、村からさほど離れてない場所にたどり着いた。

 

 それは良かったんだが、その際に気になるもの━━━━人工的な石板を見つけてしまった。

 

 小さかったせいか上空から見えなかったそれは、花崗岩らしき岩で作られた長方形の石板だった。表面に文字 ━━━━ヒエログリフが彫られている。あと、太陽らしき円から多数の手がのびている絵が描いてあるな。

 作られてからさほど時間が経っていないのか、傷は少ない。これなら判読可能なはずだ。

 

「イレアナ、この石板の文章は読めるのか?」

 

「読める。『これより先、アテン神よりアクエンアテンが賜りし土地なり』って書いてある」

 

 アクエンアテンか……確か世界史で習った覚えがあるな。イクナートンの名でも知られる、世界最古の宗教改革者とも言われたエジプトのファラオだ。

 

「ってことはここはエジプト━━━━それも、アクエンアテンが遷都したっていうテル・アル=アマルナ近辺ってことか?」

 

 そう聞くと、博学な魔女であるイレアナは、こくりと頷いて説明してくれる。

 

「古代エジプトの文字はヒエログリフ、ヒエラティク、デモティクの三種類に分けられるの。そのなかでもヒエログリフは国家的に重要なものにしか使われないから、これは間違いなく国が作ったもの。アマルナ付近にある、境界碑の一つで間違いないと思う」

 

「で、一つ気になるんだが……アクエンアテンが王だったのは紀元前のはずだ。そんな頃の遺物が、こうも綺麗に残るもんなのか?」

 

 既に嫌な予想が頭に浮かんできてる。これが当たってたら、相当厄介なことになるんだよなあ……

 

「王様が言った通り、大抵は破損しているはず。だけどこうして綺麗なままということは……」

 

 言い淀むイレアナの様子に、俺は予想が当たっていると確信してしまう。

 その予想とは、俺達は過去のエジプトに足を踏み入れてしまったというもの。荒唐無稽の極みのような仮説だが、魔王の━━━━それも、古参のアイーシャ夫人の権能だ。有り得てもおかしくない。

 

「ちなみに、アクエンアテンの治世はいつか知ってるか? その頃の風習とかも教えてくれ」

 

「アマルナに遷都したのは、紀元前一三六五年ごろ。王が在位していたのがそこから十数年ほどだから、その期間のどこかのはず。あと、古代エジプトでは金銀銅を通貨代わりにしてたけど、物々交換も多かったから、パンとかでものを手に入れられると思う」

 

「それは不幸中の幸いだが、過去の世界のパンと現代のパンじゃ違うだろ? そこは大丈夫なのか」

 

 過去の世界じゃ酵母からしてちがうだろうし、もはや別物だと思うんだが。

 俺の質問に、イレアナは痛いところを突かれたように顔を逸らした。

 

「……この頃のパンには砂や石の欠片が混じってたらしいけど、怪しまれないのはそれぐらいしかない」

 

 い、石や砂……それじゃ俺が昔作ったキンジシリアルのほうがマシなんじゃないか?

 だが、他のものはもっとマズイ事態になりそうで怖い。パンは食ってしまえば証拠も残らないが、他のものであればそのまま後世に残りかねない。

 数千年後の物品ともなれば、完全にオーパーツだ。現代まで保存されるだけならまだしも、余計な技術の発展まで起こったりしたら、歴史が乱れるかもしれない。

 俺の思いすぎで済めばいいが、そうでなかった時の危険が大きすぎる。この世界で過去の改変なんてSF染みた実験、やらないに越したことはないからな。

 

「それで、王様。あの村に向かうの? 私も流石に、古代エジプトの言語は話せないから、話せるようになってから接触したほうが良いと思う」

 

「でも『千の言語』だって人と同じところで過ごさなきゃ使えんぞ。閉鎖的な可能性が高くても、村に行かないと始まらんだろう」

 

 『千の言語』とは上級魔術師やカンピオーネがもつ特異体質のような魔術で、未知の言語であっても数日間人と過ごすだけで修得できるという、超絶便利な代物だ。俺はカンピオーネに転生したことで、イレアナは俺の眷族となったことで霊格が上がり身に付いたらしい。

 

 だが、これは人をのんびり眺めてるだけじゃ発動しない。人と交わり、少ないとはいえ時間をかけなければならない。

 その事を指摘すると、イレアナは少し考え……こう提案してきた。

 

「なら使い魔を村に入れて、情報収集と言語の修得を目指すというのはどう?言語は最低限話せたほうが、住民との交流も上手くいくと思う」

 

 使い魔か……! そうか、その手があった。何も俺たち自身が乗り込む必要はなかったんだ。野宿することに目をつぶれば、それだけで言語の習得ができる。今回は寝袋や食料も持ってきているし、近くの崖にいくつか洞窟もあった。野宿は十分に可能だ。

 

「じゃあそれでいこう。言葉を話せたほうが便利なのは間違いないからな」

 

 そして洞窟の一つに野営し、村の様子を探って数日が経った。その調査により、言語の習得以外に次のような情報が得られた。

 

 俺たちが見つけた村はどうやら、墓職人が多く住む村らしい。遷都により王や高官の墓も作る必要が出てきたために、墓職人が集められたのではないか────というのがイレアナの見解だった。

 そのほかに、村にいる子供の間で熱病らしき病気が流行っているらしいことも分かった。正直、並行して行っていた調査で王都らしき大都市が見つかったから、村へ向かう理由はなくなったんだが……流石にこれは放置できない。

 

「イレアナ、霊薬は病気にも効くのか? 効くんだったら分けてやりたいんだが」

 

「霊薬は病気にはあまり効かない。精々体力を回復させるくらい。それに、これから先に何があるのかわからないのに、手持ちの霊薬を使うというのは……」

 

 俺の頼みに、イレアナは難色を示しているな。これは霊薬が惜しいというより、俺の身を案じているかららしい。

 確かに、これから先顕現した神や、当時のカンピオーネと戦う可能性はある。そんな非常時に備えて薬をとっておき、俺を最大限にバックアップしたいってことなんだろう。

 

 俺の眷族としては正しいんだが、俺自身がそれには納得できないな。そのことは念押ししておこう。

 

「気持ちは嬉しいが、俺は助けになるんなら迷い無く分けるつもりだ。その他になにか使えそうなものはあるか?」

 

「薬草を使って薬を煎じることはできる。私も魔女の端くれだから、通常のものより効果は高くなるはず」

 

 イレアナも子供達を放っておくのは気が咎めるのか、そこはすぐに答えてくれた。

 ふうむ。薬を作れるなら今のうちに用意しておいて、村に入るときに役立てるとしようか。ただの旅人ととして村に入るより、薬を持っているほうがウケも良いだろうしな。

 

 というわけで、村に向かうのは少し延期し、必要そうな材料を集めてから入った。

 昼に入ったこともあり、村は閑散としていた。働き手である男たちが外に行き、女性と子供しか残っていないからだ。そのうえ子供たちが病気となれば、自然と人気もなくなる。

 

 しばらく待っていると、家の一つから女性が出てきたので、呼び止めて泊めてもらえないか聞いてみる。

 

「すいません。旅のものなのですが、どうか泊めてもらえないでしょうか」

 

 

「悪いけれど、こっちはそれどころじゃないんだ。子供が病気にかかっちまってね」

 

 やっぱりすげなく断られたか。それにしても、あからさまに外国人の俺達に一歩も引く様子がない。勝気な見た目通りの、肝っ玉母さんなんだろう。

 

「それでしたら、我々のもっている薬をお譲りしましょうか。その代わりといっては何ですが屋根の下で眠らせていただきたいのです」

 

 そうイレアナが言い添えると、相手の目の色が変わった。よっぽど切羽詰まっていたらしい。

 

「それは本当かい!? それだったら、ぜひ手を貸してほしい」

 

 そのまま案内された家に上がらせてもらい、患者らしい男の子の容態を見る。マラリアみたいな感染症だったらやばかったが、イレアナが言うにはそういう類ではなさそうらしい。そこは幸運だったな。

 そのまま薬を飲ませると、親であるエレトさんから護符を作ってくれと頼まれたので、イレアナが製作を買って出たなんて一幕もあった。

 

 そしてその夜、俺達はエレトさん一家と食卓を囲んでいた。

 イレアナが処方した薬が効いたらしく、子供の調子がよくなったので、そのお礼をしたいと言われたのだ。何でも、医者は王都にしかおらず、子供を連れて行くことも出来ずに難儀していたらしい。

 そこへ俺達がやって来て、効く薬をくれただけでなく護符まで作ったものだから、すっかり感激されたって訳だ。

 ……よくよく考えると、俺はこっち来てから何にもしてないな。イレアナにおんぶにだっこだ。いかんな。これじゃまるで、俺がヒモみたいじゃないか。

 

「いやはや、此度は本当に助かりましたわい。このとおり、お礼申し上げますぞ。イレアナ殿、キンジ殿」

 

 そう言って頭を下げたのは、この家の主であるメリラーさんだ。三十歳ほどの髭が目立つ色黒の男性で、墓職人をやっているらしい。

 

「他の子達にも処方するつもりなので、数日ほどご厄介になるかもしれません。構いませんか?」

 

「我が家で良ければ、好きなだけ居てくだされ。何なら、この村に居着いてくださっても構いませんぞ」

 

 イレアナにそう返した、メリラーさんの顔は本気だ。現代とは比較にならないほど衛生観念や医療が未熟な時代だから、腕の良い薬師は貴重なんだろうな。

 

「イレアナ、何か必要なものはあるか? あるなら取ってくるぞ」

 

 なけなしのプライドを守るべく、手伝いを申し出た俺に、イレアナは少し考える仕草をして、

 

「なら、水牛の皮を取ってきて欲しい。護符の材料が足りないから」

 

「分かった、明日狩ってくる。一頭でいいか?」

 

 それを聞いたエレトさんとメリラーさんが、ギョッとした目で俺達を見る。どうしたんだ?

 

「キンジ殿、たった一人で獣を狩られるつもりですかな?それはあまりに危険なような……」

 

 危険……? ああ、確かに()()()にとっては危険か。ここ最近、神やら神殺しといった連中と戦ってばっかりだったから、色々鈍くなってるな。

 

「大丈夫ですよ。これでも旅をしているうちに、腕が立つようになりましたから」

 

 俺の言葉に、二人は呆気にとられている。ホントに今の俺には問題ないんだけどなあ。むしろ、権能のせいで獲物が逃げるんじゃないかと心配なんだが。

 

「そ、そうですか。ところで、お二人は何故この地にこられたのですか?」

 

 やや引き気味の笑顔で、話題を変えたメリラーさん。思った以上に不気味がられたかな。都合がいいから乗るけども。

 

「同郷の者が二人ほど来ていると噂で耳にしまして、その者達に会いに。女性と男性が一人ずつ居るという話なので、何か知っておられるならお教え願いたいんですが」

 

 同郷の者とは勿論、アイーシャ夫人とアレクのことだ。二人ともカンピオーネだから、何かしらの騒ぎは起こしてるだろう。それらしい噂でも教えてもらえれば儲けものという程度だけど、一応訊いとく。

 

「男性については存じ上げないですが、女性ならば心当たりがあります。数ヶ月ほどまえから、採石場や作業現場でパンを配る手伝いをし、怪我人が出れば即座に癒す貴夫人がこの地にいらっしゃったとか」

 

 予想だにしない答えが返って来た。

 怪我を即座に癒すだって? 前に聞いた話じゃ、治癒系の術を使ってもすぐには治らないはず。イレアナのような優れた術者でも、それは変わらない。

 有り得ないことを起こせる━━━━そんな真似ができるのは、神か神殺しの権能くらいだ。女性という情報からしても、アイーシャ夫人の可能性が高いな。

 

「その女性が訪れるという場所を、お聞きしても?」

 

「幾つかある現場を日毎に見て回っているそうです。人足に聞けば教えてくれるでしょう。職業柄その辺りの人間には顔が利くので、お会いするのなら引き合わせますが」

 

「お願いします」

 

 ありがたい申し出だな、これは。こっちに知り合いなんていないから、人から情報を

 得るのは難しいかと思ったんだが……これもまた、一つの因果応報かね。

 

「じゃあ、あたしは食事の提供でもさせてもらおうかねえ。外に出ることも多そうだし、その時の弁当くらいは作るさね」

 

「そんな……そこまでしていただくのは心苦しいです」

 

 エレトさんの剛毅な言葉に、イレアナが待ったをかける。まあ、物々交換が基本の古代エジプトで他人に物をあげれば、それだけ自分達の首を絞めることになるからな。俺達の食料が潤沢である以上、折角助けた人達が貧窮するような事態は俺もイレアナも避けたいし。

 

「そんなに言うなら、家事を手伝ってくれないかい? 看病してたから、溜まっててね。ちょうど人手が欲しかったのさ」

 

「……分かりました」

 

 何でもないように答えたイレアナだが、少し声が硬い。なんかありそうだな。

 

《イレアナ。お前が家事やってるの、見たこと無いんだが。出来るのか?》

 

《料理以外ならできる……はず》

 

 念話で問いただすと、案の定不安な答えが返ってきた。どうしよう。俺の周りには台所で超常現象起こすやつ(アリア)もいたから、めっちゃ不安になってきたぞ。

 

 そんな不安を残しつつ、古代一日目の夜はふけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アイーシャ夫人

ふと見てみた日間ランキングに拙作が載っており、心臓が止まるかと思うほど驚きました。ここまで読んでくださった方々や、評価してくださった皆様に、心からお礼申し上げます。ありがとうございます。


 古代エジプトの村を訪れてから数日。俺達は専ら子供達の治療や護符の提供をやっていた。

 

 俺がイレアナの要求通りに水牛を狩ってくると、久しぶりの肉に村中がお祭り騒ぎになったり、予想以上の患者が王都から噂を聞いてやって来たりと色々あった。そのなかでも一番大きかったのは、この病に神々が関わっているらしいと分かったことだな。

 

 イレアナが作ったポピュラーな病返しの護符があまり効かず、太陽神に由来する護符を新たに作る羽目になったんだが……イレアナが言うには、冥府か大地に関わる神がこの熱病を引き起こしているため、最初に作った護符が効果を発揮しなかった、ということらしい。

 

 それにしては、死者が続出しているわけでもないし、妙に大人しいんだよな……神が関わってるんだとしたら、既に王都ごと壊滅しててもおかしくはないし。

 

 ともあれ、治療を続けていると━━━なんと、アイーシャ夫人の方から俺達に接触してきた。

 

 なんでも、夫人はやはり癒しの権能を持っているらしく、彼女自ら病人を癒していたという。その際に俺達のことを聞いたので、力を貸して欲しいとのことだった。その約束の日が今日だ。

 

「あなた達が遠山さんと、イレアナさんですね? アイーシャと申します~」

 

 朗らかな声でこちらに挨拶してきた、十代に見えるインド人の少女こそ━━━現代に君臨する七魔王のなかでも、最古参の部類に入るアイーシャ夫人その人だ。

 

 それにしても、仰々しい肩書きなのにまるで威圧感がない。そこら辺の女子高生に混じって、ガールズトークとやらをやっていてもおかしくなさそうだ。

 

 だが、そんな外見とは裏腹に、首筋にチリチリと燻るような危機感を感じる。ドニのようなあからさまにヤバイやつというよりも、アレクのような変化球タイプだろう。後ろの親衛隊らしい連中を見れば予想がつく。

 

 アイーシャ夫人の後ろに立つ数十人ほどの一団が、こちらに突き刺すような殺気と視線を放ってきてるんだからな。どう贔屓目にみても、協力者に対する態度じゃない。

 全員がそこらにいそうな素人のはずだが、この殺気と闘気は異常だ。アイーシャ夫人の権能か何かのせいだろう。

 

「お初にお目にかかります、アイーシャ夫人。このようなところで謁見が叶うとは、私にとって望外の喜びでございます」

 

「あらあら。イレアナさん、そんな礼なんて要りませんよ。わたくし達は仲間どころか、もうお友達じゃないですか~」

 

 跪き、騎士として最高の礼を尽くしているイレアナだが━━━━アイーシャ夫人は全く頓着してないな。正真正銘初対面の人間を友達呼ばわりするあたり、この図々しいとも言える人間性が夫人の特徴で間違いないだろう。正直、関わりたくないなあ。

 

()()()()()()の遠山キンジです。よろしくお願いします」

 

 未来から来た現代人であることを言外に告げるため、敢えてカンピオーネと名乗った。

 

「まあまあ、新しい後輩さんだったんですか! 家族が増えたみたいで嬉しいです!」

 

 子供のようにはしゃいでいるアイーシャ夫人はとても()()()そうに見えるんだが……さらりととんでもない発言をしてくれた。

 

「現代に帰ったら()()()()()()()()にお話しなくっちゃ。きっと喜んでくださるわ」

 

「あ、あのう。お兄様やお姉さまというのは、もしかしてヴォバン侯爵と羅濠教主のことですか……?」

 

 イレアナが恐ろしい予想について恐る恐る問いただすと、アイーシャ夫人はあっけらかんと、

 

「あ、そうです。二人とも偏屈で厳しいことばかり普段言うんですけど、本当はいつもわたくしを見守ってくれてる優しい人達なんですよ~」

 

 ……気まぐれで都市一つ吹き飛ばす男と、自分の姿を見ただけで処刑すると聞く魔王をつかまえて、優しい人呼びって……しかもこの様子から察するに、こんな世迷い言を本人達の前で言ってるな。なのに五体満足で無事。

 

 これが意味することは一つ。歴戦の最古参達ですら、アイーシャ夫人を不用意に相手取るのは避けてるってことだ。関わりたくない人間じゃなく、関わっちゃいけない人間だった……!

 

 完全に地雷を踏んだことに気づいた俺が、内心頭を抱えていると、相変わらずアイーシャ夫人がのほほんと宣う。

 

「お兄様なんかは最近退屈してましたから、後輩ができたと聞いたら喜ぶと思いますよ~。何ならお会いします?」

 

「お願いですからやめてください」

 

 それってアレだろ? 狩りの獲物にちょうど良い、って理屈で殺しに来るやつだ! 冗談じゃない! 総帥に就任したときに戦うかもとは思ったけど、こんなアホみたいな理由で戦ってたまるか!

 

「そ、それで、出発は明日ですよね。時間などはどうなさいますか?」

 

 これ以上夫人を好きに喋らせまいと思ったのか、イレアナが合いの手を入れる。よかった。助かった。

 

「そうですね、軍の皆さんが揃うまで待っていただくことになりますから、正午ごろになります」

 

「ぐ、軍とは……?」

 

 聞きたくないという感情を、無理やり押さえつけて訊くと━━━━

 

「ファラオがわたくしのことを『アテンの巫女』と呼んでまして。人々を助けに行くなら我が軍を貸す、と仰ってくれたのです。それでお言葉に甘えて用意してもらったんです」

 

 と、再びの爆弾発言。……なんか、心が死んでいくのを感じるぞ。ああ、ストレスで胃が痛い……!

 

「アイーシャさん。それって普通有り得ないと思うんですけど、なにか権能を使いました?」

 

「ええ。心ならずもイシュタル神を殺めてしまった時に得た権能なんですが、仲良くなろうと思って色々使っちゃいました」

 

 テヘペロ、とでも擬音がつきそうな仕草をしたアイーシャ夫人だが、俺達は全く笑えない。要するに、魅了の権能をファラオに使ったってことなんだからな。

 

 この時代において、ファラオは正に絶対者と言える存在だ。特にこの時代は王の依怙贔屓が酷く、出世も失脚も王の心積もり一つで決まったという。

 

 おまけに、この人はファラオにアテンの巫女として認められている。ということは王自らが、アテンと自身に次ぐ地位に就く者としてアイーシャ夫人を認めてることになる。早い話が、今の彼女は王族に匹敵する権力と地位を持ってるVIPだ。

 

 だが、それ以上に危険なのは━━━━魅了の権能を持つアイーシャ夫人が、本気でアテンの巫女としての活動をすることだ。こうなったが最後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本来の歴史では失敗し、名前までも削り取られたファラオの改革がだ。

 

《イレアナ。アクエンアテンの宗教改革がもし成功したら、どんな影響が出ると思う?》

 

《考えたくもないけど、後代の歴史は大きく変わって、確実にエジプトの他の神々は駆逐される。あと、一神教の原型とも言われてるから、キリスト教、イスラム教の両方に大きな影響が出るかもしれない……》

 

 あまりの事態に、イレアナからの念話の声が震えている。かくいう俺も、似たような状態だが。

 

 世界史の根幹とも言える宗教のうち、大御所も大御所の二つが最低でも大きく変質するか、下手すると消滅しうる。こんな展開、本物のSF小説でもやらんぞ。あまりにも危なすぎて。

 

 だが、これは紛れもない現実だ。なんとかしないと未来の世界そのものが危うい。現実逃避してる場合じゃない。

 

 アイーシャ夫人の暴走をなんとか食い止めつつ、最大限速やかに過去の世界から帰還するんだ。それが俺のやるべきことだ。

 

 ニコニコと微笑むアイーシャ夫人を見つつも、俺は新たな決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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行軍と急転

 アイーシャ夫人と初めて会った翌日。

 

 約束通り昼に軍隊を引き連れて、アイーシャ夫人がやって来たんだが……まあひどい。

貸し出されたのは百人ほど━━━━一個中隊程度だが、士気が恐ろしく高い。全員の目がギラギラと輝いてるせいで、関係の無い村人が怯えてるぞ。

 魅了の権能を使ったせいか、夫人のためなら命も惜しくないって感じだ。このままクーデターを起こせって夫人が言ったら、王宮をマジで襲撃するんじゃないか。

 

 そんな連中を背にして、「皆と仲良くして下さいね~」なんて本気で言ってるアイーシャ夫人には、無邪気以前に空恐ろしいものを感じるぜ。

 

 イレアナも同じ気持ちのようで、夫人を怪物でも見るような目で見てる。実際に怪物(カンピオーネ)なんだけどな。

 

 用意されていた俺達の分の戦車に乗り、村を出発する。気分は正直、最悪だ。こんな気持ちになるのは、脱衣ゲームで覗きがバレてアリア達に捕まった時以来だよ。

 

 

 

 

 歩兵達の速度に合わせてるせいで、移動そのものはそんなに負担がかからない。それはいいんだが……周りの兵がメッチャ俺達を見て来る。アイーシャ夫人に何かするのではないかと警戒されているらしい。居心地悪いなあ……。

 

 針のむしろのような気分をイレアナと二人であじわいつつ戦車に揺られていると、進路上にあったオアシスに着いた。ここで休憩の時間をとるらしい。

 

 木陰に入って敷物を敷き、持って来た食料を広げる。今回持って来たのは、俺が狩って来た水牛や魚を燻製にしたものや、エレトさんが焼いて持たせてくれたパン、薬と交換で貰った野菜を保存食にしたもの等だ。

 なんというか……武偵校に居た頃とかよりも、今の食事の方が豪華だよな。肉が食えてるだけあの頃よりマシだし。……考えてたらなんか鬱になってきたぞ。やめよう。

 

「イレアナ、お前は食わないのか?」

 

「……いい。私にはこれがあるから」

 

 俺の隣に座ったものの、モジモジしていたイレアナに食べ物を分けるか訊くと、イレアナは歪なパンを取り出した。

 

 ところどころ焦げつき、なにか薬草でも入れたせいか緑色のそれは、明らかにエレトさんのものとは違う。

 

「これ、お前が作ってくれたのか?」

 

「…………」

 

 俺の問いに、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯くイレアナ。いつぞやのレキにも通じる、小動物的な可愛さを感じるな。

 

 

「……エレトさんが王様に食べてもらえって、押し込んで来たの。失敗したから嫌ですと言っても……」

 

 絞り出すように、イレアナが答える。

 

 なるほど、世話好きなあの人らしいや。ここで食べなかったら後で何か言われそうだし、食べとくか。

 

「それ、貰うぞ」

 

「あっ!?」

 

 イレアナから取り上げたパンをちぎり、口に運ぶ。

 

 うーん。見た目からわかる通りちょっと焦げてるし、なにかの植物らしく苦いんだが……少なくとも食えないほど不味かったり、無機物の塊だったりはしない。いけるいける。

 

「十分美味いぜ、イレアナ」

 

 前にアリアに脅されたこともあり、まずは褒めておく。実際、店売りとかには及ばないけど、食べるには十分な出来だしな。かつて食わされた、アリアがアルミとチョコとももまんから錬成したとおぼしき『チョコももまん』を褒めるよりずっとイージーですよ。

 

「…………」

 

 俺の言葉を聞いたイレアナは、真っ赤になってまた俯いてしまった。褒め方、間違ったかなあ……。

 

 その後は黙々と二人で昼食をとり、再び戦車に乗って移動する。一晩野宿で明かしてから村の一つに到着し、治療を始めたんだが……それはうまく行った。()()()()()()

 

 その後がむしろ問題で、アイーシャ夫人にとことん振り回されることになった。

 いつの間にか居なくなった夫人を探してみると、お礼の大宴会に勝手に参加していたり、かと思えば「いけません、急がないと!」なんて突然言い出して夜中に一人だけ出発しようと砂漠に向かったりし出すんだよな。

 

 当然、魅了されている軍隊はいちいち蜂の巣をつついたような騒ぎになる上、アイーシャ夫人の動きに同調するどころか、問題を大きくしつつ彼女に従って動く。

 俺達もそれに付き合わされるわけで、そこから十日間はまともに眠れてない。俺達が疲労と縁の無い吸血鬼じゃなけりゃ、確実にブッ倒れてるところだった。

 連れている兵達も疲弊してるハズなんだが……隈を目の下に作っててもぎらついた目は相変わらずで、余計に不気味さを増してる。

 

 そんな惨状のままさらに南へ下り、今はとある村で夜営している。

 

 明日への準備も既に終わり、あとは寝るだけだったので、俺が何をするでもなく空を眺めていると━━━━━空を青い星が駆けた。

 

 今のはもしや、魔女術でいう飛行術か? かつてイレアナが使っていた光と同じだ。

 

「さっきの光をどう思う?」

 

 振り返って専門家に確認すると、イレアナは真剣な顔で言う。

 

「飛行術で間違いない。魔女があれで移動しているということは、何かあったのかもしれない」

 

 やっぱりか……あれを見て、俺も胸騒ぎを覚えてるんだよな。ただでさえ神による疫病が流行ってるんだから、さらに何か起こっててもおかしくないし。

 

「イレアナ。俺はさっきの光を追って調べて来るから、アイーシャ夫人達への説明を頼む。何か分かれば、念話で連絡する」

 

「了解。気をつけてね、王様」

 

 翼を展開した俺は一気に上空へ昇り、先ほどの光を探す。…………見つけた。どうやら北の方角━━━━王都の方へ向かってるな。

 

 俺も同様に北に進路をとり、魔女を尾行しつつ飛行する。そのまま数時間飛び続け、空が白み出した頃に王都に着いた。

 

 王都の門前に降り立った相手の前に俺も翼を仕舞いつつ降り、彼女を通さないようにする。

 

「あなたは何ゆえ、私を追って来たのですか。ことと次第によってはただでは済ませませんよ?」

 

 剣呑な雰囲気で俺を睨んでくるのは、三十才ほどのきつい目付きの女性だ。神官服のような白い衣装を着てるな。

 

「たまたまあんたを見かけて、何か起こったかと思って付いて来ただけさ。状況によっちゃ、俺が助けにもなるかと思ってね」

 

「あなたが何者で、どういうつもりなのかは解りかねますが……もう既に、事態は人間にどうにかできる範疇にありません。さっさと消えなさい」

 

()()では手に負えなくても、俺ならなんとかできるかもしれないぜ? なんせ俺は━━━━神殺しだからな」

 

 不敵にそう言いつつ、俺はわざと呪力を渦巻かせて変化する。これなら何よりの証明になるだろう。

 

 その効果はてきめんで、莫大な呪力を感じた魔女は顔を真っ青にし、地面が砂にも関わらず平伏した。

 

「かっ、神殺しの君とは露知らず、とんだ無礼を働いたことをお許し下さい。どうか私を処分するのは、今しばらくお待ちいただきたく」

 

「あー、処分云々は一旦置いとくとして。まずは顔を上げてから、何が起きてるか教えてくれ」

 

 肩を震わせながら平伏しているのを見ていられず、俺がそう言うと顔を上げてくれた。

 

「ありがとうございます。実は私は、デンデラの神殿にて奉仕する巫女の職分を果たしております。そこではとある神具を奉っておりましたが、それが咋晩━━━━アレクサンドル某と名乗る男に奪われたのです。……どうかされましたか?」

 

「いいや、なんでもない。話を続けてくれ」

 

 話を聞いて思わず額を押さえた俺を、魔女が心配そうに見て来る。俺は頭痛をこらえつつ、先を促した。

 

「その神具は、とある神を封印する術式の中核を担っていたものでして。元々弱まってきていた封印が完全に機能を失ってしまい、神の復活を阻止することが不可能となったのです」

 

 ……アレクの野郎、とんでもないことをやってくれやがったな。神を封印するような神具に心惹かれて、つい盗っちまったわけかよ。あいつはカンピオーネだから自分でなんとかできるかもしれんが、周りがどうなるかちょっとでも考えなかったのか。

 

 とはいえ、今はあいつを糾弾してるヒマはない。

 

「封印されてる神はわかるか? 復活しそうな時間も教えてくれると助かる」

 

「はい。封じられている神はハトホル神、復活は今晩かと思われます」

 

 ハトホルか……たしか、多くの神の妻や母とされ、王座についたホルスとも関わりの深い女神だったか。またビッグネームが来たな。

 

 敵が大物でも、同郷のカンピオーネが引き金を引いた事件だ。無関係ですと知らんぷりはできん。確実に死闘になるだろうが────やるしかない。

 

 得た情報を伝えるべく、俺はイレアナに念話をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 




というわけで、一連の原因はハトホル神でした。

伏線はエジプトという立地、疫病、護符の件の三つです。

疫病と護符はハトホル神の姿のひとつとされるセクメト神からきております。

古代エジプトでは、病よけの御守りにセクメトがよく使われていたので、イレアナも最初はそれを作っていました。

しかし、封印されていたとはいえ、神による病を同じ力を使って退けることは難しかったため、効果がなかったわけです。

そこで、相性がよい太陽系の護符で対抗するという手をとりました


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再会とまつろわぬハトホル

《というわけで、疫病の原因がハトホルであることがわかった。このことの説明も、アイーシャ夫人にしておいてくれ》

 

《了解。……やっぱりというかなんというか、あの方らしい展開》

 

 イレアナに念話で説明をすると、嘆くような溜め息をつかれた。そりゃそうなるよなあ。いかにもアレクらしい行動と、はた迷惑さだもんな。

 

《それで、アレク様やアイーシャ夫人とは協力しないの? 王様だけでハトホル神と戦うのは少々荷が重いと思うし……》

 

 俺の身を案じてか、イレアナは共闘を勧めてくる。無論、俺だって絶対自分だけでなんとかできるなんて自惚れちゃいないからアレクの協力は仰ぐつもりだが……アイーシャ夫人だけはダメだ。

 

《ハトホルが再臨すれば、熱病どころか死病が流行る可能性がある。夫人にはそのフォローに回ってもらってくれ。貴女にしか出来ない仕事です、とか言いくるめてな》

 

 これはもちろん本音だが、それだけが理由じゃない。もし彼女が来た場合、俺やアレクもハトホルと戦うどころじゃなくなるだろうという予測━━━━いや、確信があるからだ。

 

 道中で聞いた時に思ったが、彼女のはた迷惑過ぎる権能群はどんな存在も翻弄し、全く予想外の事態を引き起こし得る。そんなやつに出張られては何が起こるか知れたもんじゃないからな。

 

《それはいいけど、アレク様を説得できるの?》

 

 

《それについては問題ないだろう。奴は『話の分かる神殺し』を自称してるからな》

 

 ドニのような戦闘狂なら、相手を譲ったりはしないだろう。だが、アレクはある程度戦闘を避けようとするか、合理的に進めようとするタイプだ。自分に利があることが確実なら、話に乗ってくる。丁度良く『切り札』もあることだし、十分可能だ。

 

《じゃあ、私は説明の後何をすればいい?》

 

《俺達はこれからデンデラに向かって飛行するから、その間に合流してくれ。お前にはやってもらうことがある》

 

《了解》

 

 念話を切った俺は、今まで待っていた魔女━━━━メヒトに向き直った。

 

「王よ、用事はこれでお済みになりましたか?」

 

「あぁ。これからデンデラに向かう。案内を頼めるか?」

 

「お任せ下さい。最短最速でご案内しましょう」

 

 そのままメヒトの案内に従い、デンデラを目指して飛ぶ。途中でイレアナと合流しつつ飛び続け、昼前にデンデラ付近に着いた……のはいいが、既に事態が動いていた。

 

 

 デンデラを取り巻く砂漠の上空を、異常な速度の何かが飛び回っていたのだ。その速度たるや、吸血鬼化した俺の目でも見切れない。

 

 その何かに心当たりがあった俺は、わざと呪力を込めた矢を頭上に放った。

 

 いきなりの俺の行動に、メヒトは目を白黒させていたが、イレアナは冷静だった。おそらくあれの正体と、矢の意図に気づいてるんだろう。

 

 矢が打ち上げられてすぐに、空を飛んでいたやつがこちらに向かってくる。

 

 飛来した蒼い雷光は、一瞬にして男の姿に変わった。

 

 砂漠に似つかわしくない黒いタキシードを纏い、端正な顔を不機嫌そうに歪めている男は━━━━間違いなくアレクだった。

 

 アレクが放つ呪力から正体を察したらしいメヒトは小さく悲鳴をあげ、イレアナは彼女を連れて後ろに下がる。

 

「どういうつもりだ、遠山キンジ?」

 

「どういうつもりもなにも、お前が神の封印を破壊したってんで、その後始末に呼ばれたんだよ」

 

新米(ルーキー)の助けなんぞ不要だ。ハトホルは俺が始末する」

 

 この言い様、やっぱりこいつもカンピオーネなんだな。

 

「まあそう言うなよ。お前は元々、正面切って戦うのは向いちゃいないだろ。その権能からしてな」

 

 俺の言葉に、アレクはますます忌々しそうに顔を歪めた。

 

「あの女狐め……そこまでペラペラと喋ったか。やってくれたな」

 

 なんか……あの白いご令嬢が、あっかんべーの仕草をアレクにやってる幻影が見える気がするな。もし本人がこの場にいたなら、確実にやってるだろう。

 

「まあとにかく、殴り合いに向かないお前の代わりに俺がハトホルとの戦闘を担当するってわけだ。お前はいつも通りにやって、俺に指示してくれればいい。連絡役と映像の投影はイレアナがやってくれる」

 

「なるほど。要するに、貴様が猟犬役をやってくれるというわけだ。俺に野蛮な殺し合いをやる趣味はないから、それ自体は願ったりだが……こちらから頼むつもりはない」

 

 まったく……相変わらず上から目線で、ひねくれた物言いをするやつだ。だが、ここまでは俺の予想通り。

 

「ちなみに、共闘を受けてくれたらあんたが絶対にしてほしいことを手伝ってやるよ」

 

「ほう? 言ってみろ。聞くだけは聞いてやる」

 

「この時代からすぐに帰れるかもしれない儀式をやる━━━━これでどうだ?」

 

 せせら笑うような顔になったアレクだったが、俺の『切り札』を聞いて表情を変えた。

 

「アイーシャ夫人から俺も聞いたことがあるが━━━━満月の晴れた夜を待つか、高位の魔女や妖精博士(フェアリードクター)を大勢連れてくる他にはないという話だったぞ。貴様にそれ以外の方法がとれるとは、正直信じがたい」

 

「自分で言ったろ。()()の手を借りるってな。俺の眷属が誰か忘れたのかよ?」

 

 そう言うと、アレクはその内容を察したらしく、ハッとした顔を見せた。やっぱり頭は良いんだな。

 

「まさか、その娘に通廊を開かせる気なのか!?」

 

「ご名答。そんなに不利な賭けにはならないと自負してるぜ」

 

 俺の権能━━━━高貴なる吸血鬼(noble vampire)によって、イレアナは魔女としての資質も底上げされてるし、俺からの供給による莫大な呪力の行使も可能だ。成功する可能性はある。

 

「それならば、もしかすれば……。ふうむ、考察のしがいのあるチャレンジだ。その儀式に俺を一枚噛ませるのならば共闘を受けてやってもいいぞ」

 

 決まりだな。何はともあれ、上手くいってよかったよ。

 

「それじゃあ手筈は━━━」

 

 

 

 

 

 アレクとの共同戦線を張ってから数時間が経ち、遂に砂漠に夜の帳が降りた。決戦の時間だ。

 

 身を切るような冷たい風が吹きすさび、神々しい三日月が砂漠を静かに照らしている。

 

 そんな中━━━━莫大な大地の精気が、まるで天を突く巨大な柱のように立ち上ぼり初めた。

それに続いて、間欠泉を思わせる凄まじさで神力が辺り一面に迸り、一帯が砂嵐に包まれる。

 

 一人きりで立っていた俺も当然それに巻きこまれ━━━━全身に叩きつけてくる砂の暴力に思わずしゃがみこみそうになる。

 

 そういえば、アレクから魔術攻撃をやり過ごす方法を聞いていたな。あれをやらなくては目も開けられないか━━━━!

 

「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり!」

 

 聖句を唱え、腹から力を絞り出すようなイメージで呪力を高める。すると、猛威を振るっていたはずの砂嵐が、俺を避けるかのような動きを見せ━━━━そのまま消えていった。

 

「ふむ、流石に神殺し。この程度ではどうにかできんか」

 

 先ほどの光の中心部に目をやると、一人の女が立っていた。

 

 喪服に似た真っ黒の神官服を身に纏っている、切れ長の黒目と長い黒髪の絶世の美女だ。だが、その頭の上にある長い牛の角と、力がみなぎる俺の体の変化が━━━━女が人外であることを雄弁に語っている。

 

「この地にいるからには、妾の名を知っていようが━━━━仇敵(神殺し)への礼儀として名乗ろう。我が名はハトホル。ラーに仕え、死者を見守る女神である!」

 

 三千年の時を越え、出会うはずのなかった女神との戦いが━━━━今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ハトホルとの戦い

大変遅くなってしまったことを謝罪させていただきます。すみませんでした。


「我が子達よ。母の招きに応じて来たれ」

 

 ハトホルが聖句を唱えると、数メートルはあろうかという神牛が顕現した。それも二頭も。

 

 ハトホルの象徴は雌牛とイチジク。特に雌牛は、様々な地母神が聖獣とする。ご多分に漏れずってやつだな。

 あとはセクメトの化身として有名なライオンも候補だが、使う様子はない。威力偵察のつもりか。

 

「それじゃあ、始めようか━━━━と言いたいところだけれど。神と魔王の戦いの場としては、だだっ広いだけの砂漠では些か寂しい。そう思わないかい?」

 

 既にヒステリアモードの俺がそう言うと、ハトホルは頷いて、

 

「確かに。然るべき地位にある妾の聖戦の場としては、不適格と言わざるを得まい。では、貴様に心当たりでもあるのか?」

 

「ああ。()()()なんて良いんじゃないか」

 

 俺がそう言った次の瞬間、ハトホル達と俺の体が沈み始めた。硬いはずの砂の大地が、泥沼のように俺達を呑み込んでいく。

 

「ほう……」

 

 明らかな異常に、ハトホルは感嘆したように眼差しを向けるだけだ。抵抗もせず、まるで動じていない。

 

 そのまま沈みきると、周囲は一変していた。乾いた砂漠から、石造りの闘技場めいたドームの中に。

 

「妾と同じく、牛に深い縁をもつ大地の神の権能か。同族に決闘場を作らせるとは、なかなかに剛毅な話ではないか」

 

 流石に気づかれるか。俺の権能と思ってくれればよかったんだが。

 

 ハトホルが言ったとおり、これはアレクの権能━━━━大迷宮(ザ・ラビリンス)によるものだ。あらかじめ打ち合わせておいて使ってもらった。

 

「剛胆なのは君のほうだよ。俺達が二人がかりで来ると思わないのかい?」

 

「ふん。残りが来る前に貴様を殺し、その頸を引っ提げて戦うまでよ」

 

 ハトホルの言葉を証明するように、纏う神力が高まっていく。仕掛けてくるな。

 

「我が子よ、不埒なる神殺しを蹄にかけよ!」

 

 その命令を聞き、神牛の片割れが俺目掛けて突進してくる。数階建てのビルぐらいなら、粉々にできそうな威力だが━━━━今の俺にとっては脅威ではないな。

 翼を展開して空に逃げた俺は矢をつがえ、丁度真下を通る牛に向けて━━━━呪力を込めた矢を放った。

 閃光と化した矢は左前足ごと牛の脇腹を抉り飛ばし、石の床に蜘蛛の巣状のヒビを入れて漸く止まる。

 

「ブルル……」

 

 横倒しに倒れ、弱々しく呻く牛の命運は明らかに尽きていたが……あまりの手応えの無さに嫌な予感を覚えた俺が、さらに上を目指そうとしたとした途端。

 

ゴガアアアアンッ!

 

 なんと、瀕死だった神牛が爆発し、爆炎と衝撃波を撒き散らしたのだ。それによりヒビが入っていた床が砕け、大穴が空いた。

 俺も躱そうとはしたが、避けきれずに熱波を受けてしまった。傷こそ負わなかったものの、ハトホルの方へ向かって放り出される。

 翼で急制動をかけて踏みとどまろうとも思ったが、ハトホルの跳躍を見て断念した。そのまま重力に任せ、自由落下する。

 

ヒュゴッ!

 

 落下に一瞬遅れて、ハトホルの振るった大鎌が俺のいたところを凪ぎ払う。その動きに連動した漆黒の真空刃が、軌道の前方を切り裂いた。

 

 踏みとどまってたら、あの鎌か真空刃に斬られてたな。弱すぎた神牛もあれのための布石として仕掛けられたものだろう。死の風を纏った鎌といい、えげつない手を使ってくるぜ。

 

 そのまま落下した俺は、走り込んできていたもう一頭のしゃくりあげた角を踏み台にし、再び上に跳ぶ。

 落ちてきたハトホルが上段から打ち下ろした鎌を桜花気味の裏拳で弾き反らし、御返しに右足で踵落としを叩き込んでやった。

 

ガンッッッ!

 

「ぬう……!」

 

 ハトホルは鎌の持ち手で俺の一撃を受けたものの━━━━空中だったために踏ん張れず、牛の背中まで叩き落とされた。

 一拍おいて俺が神牛の首に降りたつと同時に、牛が俺をふるい落そうと暴れだしてしまう。

 ハトホルも俺を放っておくわけがなく、足を刈ろうと低い一閃を見舞ってきたので━━━━俺はわざと落とされるついでに、空ぶった鎌に蛇化させた腕を巻き付けて引っ張ってやる。

 落ちる俺に引っ張られた鎌は軌道を変え━━━━神牛の首筋に深々と突き刺さった。

 

「ブモオオオッ!?」

 

 急所を貫かれた神獣は断末魔の叫びをあげて崩れ落ち、砂となって消えてゆく。生命の象徴とはいえ、死の呪詛を纏った鎌を叩き込まれてはひとたまりもないらしいな。

 ハトホルは消える神牛から飛び降り、先に床に降りた俺と再度対峙する。自分の攻撃を利用された屈辱のせいか、俺を強く睨み付けていた。

 

「やってくれたな、神殺し。かくなる上は、妾のもうひとつの力を見せてやろうではないか……!」

 

 牛は使ったし、今度はイチジクか、セクメトとしての相を見せるかもしれない。ハトホルは習合している女神が多すぎるから、どうにも絞りにくい。

 いずれにせよ、今俺が奴に勝っているのは格闘戦での技量だ。なんとか近づいて、叩き伏せる。早い話がいつも通りだ。

 

 呪力を高めつつ構えた俺に対し、遂にハトホルが動いた。

 

「死者を癒す我が眷属よ、新たなる死者を冥府へ送れ!」

 

 とん、とハトホルが鎌の石突きで石畳を突くと、メキメキバキバキッ! と一本の木が床を割りながら伸び上がる。

 天井をつかんばかりに育ったそれは、紛れもなくイチジクの木だ。大きさは熱帯雨林の巨木もかくやというレベルだが。

 

 育ちきったイチジクをハトホルが右手で撫でると、青々と繁っていた葉が勝手に散り始める。

 散った葉は地面に落ちることなく、こちらに左手を向けたハトホルの動きに従って━━━━俺に向かって殺到してきた!

 

 俺は先ほどと同じく弓を引き、銃弾撃ち(ビリヤード)ならぬ葉撃ちで迎撃したものの━━━━葉の群れが空中を泳ぐようにうねった為に、一部を撃ち漏らしてしまう。

 しかも、神力で葉を強化しているらしい。ただの葉であれば、矢の余波で消し飛ばせるだろうからな。

 

 俺の体を斬り裂こうと迫るイチジクの葉に対し、咄嗟に俺は全身を竜鱗で覆い尽くすことで自分の防御力に賭ける。

 

ギャリギャリギャリッ!

 

 四方から俺を削りにかかった葉は、全身の竜鱗と激突し火花と不快な金属音をあげはしたが━━━━傷を負わせることはできず、後方に一旦飛び去っていった。

 

 賭けに勝った俺は戻ってきた葉を竜爪でちぎるように引き裂き、既に放たれようとしていた第二陣に向き直る。

 第二波はイチジクの葉を全てつぎ込んだらしく、まるで大津波を思わせる規模だ。これは流石に受け流せないだろう。

 

 物量には物量をぶつけるしかない。昔イレアナがやっていた()()を試すしかないか。

 

ドオオオオォッ!

 

 物理的な圧力さえ伴うかのような、葉でできた壁が俺の視界を埋め尽くしながら迫って来る。上下左右に俺が抜けられそうな隙間はなく、選択肢は後退しかない。

 

 が、ここは逃げ場のない闘技場。後退したところでいずれ追いつかれるんだ。だったらやるしかない。

 

 覚悟を決めて弓を引き絞り、新たな聖句を唱える。

 

「我が血よ。千の雫となりて、眼前の敵を討て!」

 

 放たれた矢は真っ直ぐに飛び━━━━葉の津波とぶつかる寸前、散弾のように無数の矢に分裂する。それをヒステリアモードの目が捉えた次の瞬間、そのまま無数の矢と葉が正面から喰らい合う。矢を剣山のように突き立てられた葉は見る間に萎れて枯葉と化し、消えていった。

 一矢射ただけでは到底葉の勢いを止められなかったので、さらに三矢ずつまとめて撃って撃って撃ちまくる。十、二十────ついには三十を超えて、漸く壁を後退させられた。

 壁を退けると────お次は暗紫色のイチジクが、俺に向かって雨のように飛来してきた。しかも込められた神力の揺らぎからして、あれも爆弾だ。

 

 こちらの遠距離攻撃が、矢しかないと踏んで封じに来たな。矢を射かけてあれが爆発すれば、矢の破片で殺傷力が増す。それを狙ってるんだろう。ならば━━━━

 

 俺は左手の上に右手を載せて、弓を引くように右頬の後ろまで引く。炸覇の構えだ。

 今回はそれだけじゃなく、ドニとの戦いで学んだように呪力を両手の平に収束させて━━━━呪力の波のイメージを付け足して放つ。炸覇と新技の『縮波』を組み合わせた技だ。

 

バガアアアアアアアアアァァァァァァアアアアンッ!

 

 空爆染みた爆音が轟き、呪力を纏った衝撃波が眼前の全てを凪ぎ払う。降り注いで来たイチジクの実は悉く吹き飛ばされ、残っていた葉を巻き込んで爆発した。

 

「くっ……!」

 

 炎と衝撃波は数十メートル離れたハトホルのもとにまで届き、彼女に壁のような防御壁を作らせる。

 

 あれは木の根か? まさか……!

 

 防壁の正体を見た俺は即座に床を蹴り、上昇しようとするも━━━━床を割って伸びた何かが、俺の左足に巻き付いた。

 見ると、縄のように太い根が巻き付いて締め上げている。これをすぐにほどくのは無理だ。

 左足を分解しつつ上昇すると━━━━それを追うように、雨後の筍よろしく大量の根が伸び上がってくる。巨大なイソギンチャクのような様子から、どうやら広範囲を既に侵食済みらしい。

 

 やられた。さっきまでの攻撃は、これのための時間稼ぎだったんだ。それにまんまとはまってしまった。

 

 試しにさっき射た『千矢』を使って迎撃するが━━━━根に突き刺さった矢が呪力を吸い始めると、即座に根への神力の供給が止まり、砂になって消えてしまう。

 

 もし葉と同じなら、わざわざ神力をカットしなくても吸い尽くせば勝手に消えるはずだ。アクションを起こしてまで、根を消した意図は一体━━━?

 

 鞭のように振るわれる根を避け、槍のように突き出されるものを桜花で砕きながらも、考えを巡らせ続けた俺は一つの結論に行き着いた。これが当たっていて、俺の思い通りにことが運べば━━━━この状況を打開できるだろう。

 だが、そのためにはイレアナの協力が不可欠だ。それも彼女が動いてくれても、確実に成功する策とはとても言えないシロモノ。だとしても、今は賭けるしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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生を謳歌する女神

《━━━━以上が作戦の概要だ。なるべくハトホルにバレないよう頼む》

 

《了解。その作戦には大量の呪力が必要になるけど、王様は大丈夫?》

 

《なんとかするさ》

 

 空中でハトホルの攻撃を掻い潜りつつイレアナに念話することに成功し、彼女の協力を取りつけられた。第一段階は成功だな。

 

 だが、時間がかかればかかるほど戦況はハトホルに有利になる。奴の根が広がりきってしまえば俺に逃げ場はなくなってしまうからな。なるべく早くやってもらわないとまずい。

 

 内心焦りが頭をもたげるなか、背後に回ってきた根を翼の桜花で斬り飛ばし、前方に伸び上がった根を貫手で崩す。さらに千矢で矢を雨のように降らせるが、それでも床に広がった根全てを処理出来なかった。

 

 わかってはいたが、間断なく生えてくる根は際限がない。しかも、攻め手を変えてきた。

 

 俺が躱した根の一部が、天井に突き立って侵食し始めたのだ。当然、床と天井を繋ぐように根が残ったまま。蜘蛛の巣のように網を張り、俺の機動力を削ぐ魂胆か。

 

 俺はそれらを優先的に対処せねばならない上に、上下二面から挟み撃ちにされることになり━━━━何発か翼に喰らってしまった。

 

「ぐうっ……」

 

 再生があるから、痛手にもなっていないが……流れが悪いのは間違いない。イレアナが間に合ってくれることを祈りつつもハトホルの猛攻を縦横無尽に飛び回って凌いでいると、

 

《━━━━王様! 準備は出来たから、手筈通りにお願い!》

 

 遂にきた。あとは俺が体を張るだけだ。

 

 俺は背後を固めるため、さらに翼を展開。神話に語られる堕天使のような姿になると一気に急降下し、ハトホルに突撃を仕掛ける。

 破れかぶれの特攻だとでも思ったのか、ハトホルは俺を嘲るような笑みを浮かべた。

 

 何とでも思いやがれ。今に吠え面かかせてやるよ……!

 

 向かってくる俺を迎え撃つべく、触手めいた根が無数に持ち上がり━━━━鞭のように次々と振るわれる。

 

 俺は最初の一本にまず右拳の桜花を叩き込み、続く二本目に右ローキック、そこからさらに左殴打、左蹴打、両肘両膝、頭突きと繋げていき━━━━まずは玖那由多を放つ。

 だが、これだけでは足りない。空中にいる俺は、文字通り後方を含む四方八方から狙われているのだ。

 そこで俺は三対六枚の翼のうち二本を推進用に残し、四枚を那由多のサイクルに組み込んで━━━━背後の死角をもカバーできるよう、総計什参の那由多を繰り出す。

 

バキバキバキバキバキバキッッッッ! という木が砕け散る乾いた音を絶え間なく奏でながら、暴力を撒き散らす嵐と化した俺はハトホルへ近づいていく。俺の予想外の抵抗に、ハトホルは顔を歪めつつもさらに眷属に力を注ごうとするが━━━━

 

ゴガアアアアァァァァアアンッッッ!!!

 

 突如、ハトホルの後ろにあったイチジクの神樹が轟音と共に爆発した。巨木は瞬く間に火達磨になり、ゆっくりと床に倒れていく。

 

 やったか……! 上手くいくか不安だったが、無事成功したぞ……!

 

 イチジクの木が燃え上がったために、俺に襲いかかっていた根はあっという間に萎れて消える。これこそが俺の狙いだ。

 

 矢を使って根から呪力を吸った時、ハトホルはその根をすぐ枯れさせた。この事から俺は、全ての根は独立せず一つの幹と繋がっているのではないかと予想を立てた。

 これが当たっていれば、地表に出ている部分を破壊すれば全ての根が消えることになる。が、多数の根による防壁に加えて、ハトホルの守護を正面からなぎ倒すのは難しい。

 正面突破を諦めた俺は、イレアナに連絡して矢に大量の呪力を込めてもらい……それをイチジクの木に転送させた後に爆破させることにした。言うなれば爆破解体を試みたわけだ。

 当然、ハトホルが呪力に気づいたら一巻の終わりなので、俺が特攻をかけたように誤認させて注意を引き付ける必要があった。そのために那由多を使って派手に暴れたのだ。

 

 結果として、ハトホルは迫る俺と燃えるイチジクを見比べ、どうすべきか数瞬考えてしまった。

 

 その隙につけこみ、俺は全ての翼を使って加速。百メートル近かった距離を一気に踏破し、ハトホルに肉薄する。

 ハトホルは咄嗟に大鎌を召喚し、辛うじて防御体勢をとろうとはしたものの━━━━俺が放った桜花気味のミドルキックを受け、ガードごと後ろに吹っ飛んだ。

 この手応え……俺から距離をとるために自分から飛んだな。そこまでの威力はなかったはずだし。

 

 稼いだ時間を使い、巨大化させた大鎌を袈裟懸けにふるって反撃しようとしてきたハトホルを前に、俺はバックステップで鎌を空振りさせてやった後━━━━

 

(━━━━八艘跳び(バーストアクセル)ッ!)

 

ゴウウンッッッ!

 

 密かに送らせていた矢を背後で爆発させ、その爆風を翼で受けて先ほど以上の速度を叩きだし━━━━一息で鎌の刃の内側にまで踏み込む。

 

 舌打ちしたハトホルは、俺の側頭部を打ち据えようと鎌の柄を横凪ぎに振るう。俺はそれに合わせ、桜花と縮波を重ねたアッパーカットのカウンターで迎え撃った。

 バキィィィッ! という音をたてて大鎌は真っ二つにへし折れ、それを目の当たりにしたハトホルが驚愕に目を見開く。それを尻目に、俺は顎を狙ったハイキックで追撃をかける。

 

 

ビシィ!

 

「ああっ!」

 

 ハトホルはなんとか体を傾け、俺の蹴りをかわそうとするも叶わず━━━━左肩を削ぎ飛ばされて女性らしい悲鳴をあげた。

 

「ぐうっ……」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、ハトホルは死の風を巻き起こして俺に向けてくる。

 流石にこれは無視できず、俺は下がって距離を離さざるを得なかった。

 

 俺を遠ざけたハトホルが肩に手を当て、何かの言霊を詠唱すると……肩の傷が瞬時にふさがってしまう。

 

 ……やっぱり、一筋縄ではいかないか。ハトホルは神話において、セトと戦って負傷したホルスを癒した神だ。そこから治癒の神ともされる。

 今回は冥府と関わりが強い神格として降臨したとみて、治癒の権能は持ってないかとも思ったが……そうではなかったらしいな。

 

 さあ、ここからハトホルはどうくるか。牛とイチジクは既に破った。厄介なのは死の風を操る冥府神としての権能だが、カンピオーネの特性と吸血鬼という死者の性質から、その手の攻撃は決め手になりにくいのだ。その事には奴も気づいているハズだがな。

 

 習合した神のうち、封印に使われていた神具の種類とアレクの考察からイシスは除外できる。あとは美と豊穣の女神という共通点をもつアフロディーテなんかもあるんだが、戦闘向きの神格ではない。

 

 考察しつつハトホルの動向を伺っていると、彼女は血のように赤い液体を召喚し、自身の周囲で動かし始めた。この立ち込める匂いからして酒の類いか……?

 血のような赤い酒。これはもしかして、あの伝承に登場するものじゃ━━━━!?

 

 俺がその正体に思い当たると同時に、蛇のようにうねった酒が俺に降り注いでくる。俺は割れた床を剥がして雨水簾(うすいだれ)で凌ごうとするが防ぎきれず、一部を頭から被ってしまった。

 

(うぐあッ……これはキツいな……!)

 

 被った次の瞬間に悪酔いを百倍強烈にしたような不快感と頭痛に襲われ、思わず座り込みそうになる。

 

 さらに、謎の歌が聞こえてき始めた。まるで、赤ん坊をあやして寝かせる子守唄のような━━━━

 マズイ。少しでも気を抜けば、このまま意識を失いかねん……耐えろ、耐えるんだ俺の体よッ……!

 

 俺に近づいてくるハトホルの姿がまるで他人事のように見えるなか、俺は必死に呪力を高めて意識を保とうとする。

 

 だが、既に間合いを詰めたハトホルが、死の呪詛を纏った貫手を俺の心臓目掛けて放つまでに動けるようにはならず━━━━

 

(霧化(ザ・ミスト)!)

 

 心臓を突き破られる直前になって、ようやく変化が出来た。標的を失ったハトホルの右手が空をきる。

 

 霧化した俺はそのまま上昇し、空中で人化してから着地し仕切り直す。

 

 あ、危なかった……。あと一瞬でも遅ければ、再生もできずに即死するところだったぞ。

 

 一方俺を仕留め損ねたハトホルは、忌々しそうな顔をしている。やはりあれは、本人としても奥の手の一つだったんだろうな。

 

 こちらも切り札の一つである霧化を使わされたから、戦況はほぼ互角か相手がやや有利ってとこか。俺の霧化は吸血鬼が棺桶を出入りする様に由来するらしく、日が登っている間と、日が沈んでからの時間帯に一度ずつしか使えないからな。

 

「まさか、我が半身を封じた神酒(ラーのビール)を耐えしのぐとはな。驚かされたぞ、神殺し」

 

「俺はその類いに強くてね。さっきの歌もなかなかだったけれど」

 

「歌の神の母たる妾の声を聴けたのだ。光栄に思うがいい」

 

 そういうことか。ハトホルは音楽の神イヒの母親であり、バステトと習合している神だ。そこから歌や祭祀━━━━生きることの喜びである娯楽に関わる神となったんだ。その伝承による歌の幻惑と、そこから派生した酒の神としての神性を使った神酒の召喚をやったんだな。同体をなすはずのセクメトを封じた酒を使ったのはおかしいと思ったが、そういうカラクリか。

 

「貴様にだけ変化させるというのも付き合いが悪いか。妾のもう一つの姿も見せてやろう」

 

 そう言ったハトホルは、その姿を変えてゆく。牛の角をもつ女性から、一頭の雌ライオンへと。ここにきてセクメトの化身になってきたか……! それだけじゃなく、先ほどとは違う歌を歌いだしたな。

 

 勇壮な響きの歌を歌いながら、ライオンとなったハトホルが俺に飛び掛かってくる。

 俺は振り下ろされた両前足を少し伸ばした両手で掴み、反撃の蹴りを叩き込もうとしたが━━━━なんと、ハトホルの前足がこれまでの比ではないパワーで押し込んできた。

 

「我が体に流れる王の血よ、敵を挫く鉄槌となれ!」

 

 聖句を唱えて力を増そうとするが、先ほど受けた神酒のせいでフラついて押しきれん……あっちの準備も出来てるだろうし、一旦退いたほうがいいか……?

 

 迷っている間にも押し込まれ、ついに吐息が俺の顔にかかるほどに近づかれてしまった。俺の喉笛を食い破ろうと、ハトホルが牙を剥く。

 

 なりふり構ってられなくなった俺はコウモリに体を分解して後方に移動し、爆発した神獣があけた大穴まで逃げる。

 

《王様。例の準備が出来たから、今から言うルートで向かって》

 

 そこから下の階に降りたところでイレアナから連絡が来た。やっと切り札が使えるのか。これで奴を倒す目処がたった。

 

 ハトホルも追っては来たものの迷宮の入り組んだ道に翻弄され、ナビゲートがある俺には追い付けず……無事指定された部屋まで逃げ延びたのだった。

 

 

 

 

 

 



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大地母神の最後

「はあっ、はあっ」

 

 なんとかハトホルを撒いた俺は、とある部屋の床にへたりこんでいた。

 浴びせられた神酒の影響に加えて、心臓をぶち抜かれかけた際に受けてしまった死の呪詛のダメージが大きいな。呼吸を整えるついでに丹田に力を込めて、呪力の再生産もやってるんだが……まだ本調子じゃない。パワーで言えば大体八割くらいか。完全回復にはあと十分程度かかるかもしれん。

 

《王様、ハトホル様が近づいてきてる》

 

 が、ハトホルは待ってくれないみたいだな。俺の体も力をみなぎらせ始め、神の到来を告げている。

 思ったよりも遅いから、何かしら仕掛けを施してたんだろうが━━━━ここが最終ラウンドの会場だ。ここで奴を倒す。

 

 俺の決意に呼応するように、ハトホルが部屋の入り口にその姿を見せた。先ほどと同じライオン━━━━セクメトとしての姿だ。

 あれなら俺との近接戦でも当たり負けしないと踏んだんだろうよ。破壊神としての膂力と、ハトホルの戦歌によるバフが両立できるからな。

 

「探したぞ、神殺し」

 

「女性を待たせるのは、本意じゃないんだけどね。こっちにも調子を整える時間が欲しかったのさ」

 

「させると思うか?」

 

 そう言って歌いだしたハトホルは床を蹴り、真っ直ぐ俺に向かって突撃してくる。

 それを闘牛士(マタドール)のように横へ動いてかわし、ハトホルの振り返りにあわせて顔面を狙った蹴りを放つ。

 ハトホルはそれを上に跳んで避け、上空から四肢の爪を俺に振り下ろしてきたので━━━━俺は翼を展開してハトホルの上をとり、呪力を込めた矢を射かけた。

 

 ハトホルはそれをつむじ風を呼び出してふきとばし、直線上にいた俺もまとめて薙ぎ払おうとする。

 

「我は闇夜の貴族。高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり!」

 

 俺は上空に吹き上げられつつも聖句による呪力耐性強化を行い、一メートルほど飛ばされただけで済んだ。

 が、俺が踏みとどまるやいなや、ハトホルは追撃の火炎放射を見舞ってくる。耐火性の高い竜鱗で突破しようかとも思ったが、あの火炎はやけに危険そうだ。

 その感覚は正しかったようで、俺がかわした炎が掠めた壁が、まるで抉られたように消滅している。融解したんでも蒸発したんでもないなこれ。恐らくは、セクメトの権能によるもの━━━━言うなれば『破滅の炎』によって消し去られたんだ。

 

 流石にこれを受ける訳にはいかず、右に左に空中を舞って凌いでいたが━━━━段々炎の威力が高くなってる……?

 

 ハトホルの口元を見ると、莫大な神力が収束し天井知らずに高まっている。そのせいで口元は煌々と輝き、太陽のようにすら見える程だ。大技を使う気か━━━━!

 放っては置けないと判断し、呪力を込めた矢を射かけるが━━━━噴き出す炎によって瞬く間に焼き尽くされ、口元まで届かなかった。

 

 くそっ。遠距離攻撃の貧弱さが恨めしいぜまったく……! 矢は通じず、近接戦を挑むのはあまりに危険。即死すれば使えないから、()()は使わないで済むなら使いたくなかったが……仕方ない。

 

 そう思った俺が、バレルロールのような動きで炎を掻い潜った次の瞬間━━━━突如近くの壁を突き破って出てきたイチジクの根に、翼が絡めとられてしまう。何を仕掛けたかと思えば、これかよ……!

 

 歯噛みしながらも翼をコウモリに分解し逃れようとすると、ハトホルが呼んだ烈風によって分体ごと押し込められ……再度の人化を余儀なくされてしまった。これじゃあ逃げられない。が、ある意味では好都合かもな━━━━!

 

「これで終わりだ、神殺し!」

 

 その言葉を実現すべく、極限まで収束した炎が熱線となって撃ち出されようとしている。直径数メートルはあろうかという、緋緋神を遥かに凌ぐビームで俺を滅ぼすつもりだ。あれに焼かれれば最後、再生も出来ないだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺に飛来する熱線に向け、アレクから教わった聖句を唱え終えた瞬間━━━━俺の頭上と左右に三柱の女神が顕現する。漆黒の翼と蛇の髪を持った、三身一体の女神━━━━アレクに仕込んでもらったエリニュエスだ。

 

 そいつらは俺を焼き尽くそうと迫る極大の熱線をなんと……真っ正面からハトホルへ叩き返した!

 

「なっ!?」

 

 渾身の一撃を跳ね返され、驚愕しつつも逃げようとするハトホル。その足に、イチジクの根が絡み付いた。先ほどの俺のように。おまけに暴風が吹き荒れ、ハトホルの動きを封じこんでしまう。

 

「あああああああぁぁぁ━━━━!」

 

 熱線に呑み込まれ、苦痛に絶叫するハトホル。正直、聞いてられないが……詰めを誤るわけにはいかないので、ハトホルに向けて弓矢を構えた。

 

 熱線が命中する直前、ハトホルが酒で体を覆い尽くしたのが見えたからな。セクメトの権能を封じる酒があるならば、素の魔術耐性と合わせてあの攻撃を凌ぎきるかもしれない。

 その予想は正しかったようで、ライオンの化身が解け全身から黒煙を上げて膝をついている有様でありながらも、ハトホルはまだ生きていた。

 後方には人が通れるほどの大穴が地下に向かってぽっかり空いており、熱線の威力をうかがわせる。

 

 息も絶え絶えといったハトホルに、再び炎が襲いかかる。エリニュエスの権能は、この部屋で行われた全ての攻撃を叩き返すからな。熱線だけじゃなく、俺が散々喰らった分も返すんだ。

 

 ハトホルは神酒を呼び出して炎の波にぶつけている。イチジクの根では焼き尽くされるから、相性の良い神酒で相殺させる気か。そうはいくかよ……!

 俺は酒の蒸気が立ち込める中、敢えて呪力を込めずに矢を放つ。が、ハトホルにはすぐ気づかれ、蒸気ごと風で吹き払われた。

 

 その顔は正に必死の形相で、寿命を削るほどに力を振り絞って迎撃したのがわかる。俺の狙い通りにな。

 

 だから気づけなかった。俺の周囲に居たはずのエリニュエスが、一柱いなくなっていることに。

 

「がはあっ!?」

 

 俺を睨み付けていたハトホルの左胸から、一本の腕が生えた。当然、俺の側を離れていた神━━━━メガイラのものだ。

 

 蓄えていた攻撃のストックは熱線、イチジク、火炎、烈風、そして最後にセクメトの姿で繰り出された爪撃(クロー)だった。烈風とイチジクは足止めに使い、熱線と火炎は凌がれはしたが━━━━最後に一つだけ残っていたのだ。

 それを確実に決めるため、俺からもだめ押しに狙撃したってわけだ。これで仕留められるなら、それでもよかったけども。

 

 胸を貫かれたハトホルは前のめりに倒れ込んだまま、動かない。流石に命運も尽きたらしい。

 

「━━━━俺の勝ちだ」

 

「……ああ。妾の負けだな」

 

 床に降りた俺が勝利を宣言すると、なんと答えが返ってきた。

 

「妾の敗因は、もう一人の神殺しを無視しておったことか……。共闘しておったというのに、片割れだけに注目するとは……度しがたい失態だな」

 

 悔いるようにつぶやくハトホルの体は、徐々に崩壊し始めていた。爪先から砂と化して消えていく。

 

 ……それにしても、ハトホルは強かったな。アレクの協力抜きでは負けていたかもしれない程に。

 やっぱり神を相手にするのに権能一つだけでは厳しい。今回は権能を簒奪出来ないらしいし、早めに他の手段も見つけないとヤバいかもな。

 

()への雪辱を果たせなんだのは無念ではあるが……此度はこれで良しとしよう」

 

「待て、なんだ奴ってのは?」

 

 俺の考えを遮るような言葉に慌てて聞き返すが━━━━時既に遅く、物言わぬ岩と化したハトホルは粉々に砕け散ってしまう。

 くそっ。厄介な置き土産を残していきやがって。ことと次第によっちゃ、もう一柱の神とも関わるのかよ……

 

 憂鬱な気分を味わっていると、床にあった棒状のものがふと目に留まった。思わず、近づいて拾い上げる。

 ローズクオーツのような桃色の、岩の塊だ。この形は……ハトホルの牛角にそっくりだな。

 

「それは『竜骨』と言ってな、死した神の亡骸だ」

 

 突然響いた声に振り向くと、アレクが立っていた。しかも、その視線は俺の持つ竜骨とやらにくぎ付けだ。こいつが目の色を変えるほどに貴重なものらしい。

 

 

「これが欲しいのか?」

 

「ふん。確かに貴重なものではあるが、それは貴様に譲ってやろう。それよりも、早く脱出したほうがいいぞ。ハトホルの熱線によって、迷宮の根幹部分にダメージが入った。遠くないうちに崩壊する」

 

 

 ドヤ顔でそう告げたアレクに、俺は思わず絶句してしまう。

 この野郎、それを最初に言えよ! 一緒にいたはずのイレアナはどうした!

 

「ああ、お前の部下はハトホルとの決着がつく前に外に運び出しておいた」

 

 俺の内心を読んだかのようにそう言ったアレクは、電光と化して飛び去って行く。おい!俺の道案内はどうするんだよ!?

 

ピシッ! パキパキッ!

 

 

 不吉な音につられて壁を見ると、亀裂がどんどん大きくなっていく音だった。これはヤバいぞ……!

 

 

「くそっ、アレクめ! 後で一発ぶんなぐってやるッ!」

 

 そう毒づきつつ、俺は迷宮の外を目指して走り出すのだった。

 

 

 

 



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交渉とこれから

お待たせしてすみません。エタらせるつもりはないので、これからもどうかよろしくお願いします。


ドオオオオオオオオオオオオオンンンッッッッ!!!!

 

 ようやく地上に出た俺の後ろで、氷河が崩落するような轟音をたてて大迷宮が崩れていく。砂漠の地下ごと迷宮が消えたせいで、新しい湖でも出来たかのように巨大なクレーターがその場に現れた。

 それだけでは終わらず、続けてザアアアアアアアアッッッ!!! と、水が流れ込むように砂櫟がクレーターを埋めていく。十数分もすると完全に砂が満ち、見た目は元の砂漠に戻った。

 

 ……デンデラに帰ったら、この辺り一帯を立ち入り禁止にしてもらおう。もどったのは見た目だけで、湖サイズの底無し沼が出来たようなもんだからな。ここに踏み入ったら最後、砂に沈んで窒息死するだろうよ。

 

 はあーやれやれ。やっと休めるぜ。ハトホルを倒して一息つこうとすれば、間髪入れずにインディー・ジョーンズばりの脱出劇をやるはめになったからな。変化を解く暇もなかったよ。

 

 久しぶりに生者に戻った俺は、満天の星空を仰向けに寝ころがって眺める。汚染されてない星空を見るのは、ネモと暮らした無人島以来かもな。

 

「どこで油を売っているかと思えば、まだこんなところにいたのか」

 

 俺の視界を青い稲妻が横切ったと思った瞬間、そんな言葉が投げ掛けられた。

 非難めいた言葉を吐いたのは、勿論化身したアレクだ。

 

「誰かさんに置いてけぼりにされたんでね。今の今まで必死で走ってたのさ」

 

 

「ふん。神殺しともあろうものが、あの程度で死ぬわけがないからな。時間の無駄だと思っただけだ」

 

 無駄ってなあ……崩れ落ちるがれきを蝙蝠に変化して躱したり、道をふさぐ岩を殴り砕いたりして大変だったんだぞ。おまけに道に迷ったりもしたし、俺が体を変化させられる吸血鬼の権能持ちじゃなきゃ、今頃くたばっててもおかしくない目に遭ったってのに。

 

「口答えする元気があるなら、デンデラに自力で帰還出来るだろう。さっさと帰ってこい」

 

 そう言い捨てたアレクは再び閃光となり、空を飛んで行った。

 

 まったく、嫌みな奴だ。わざわざ人を探してまで嫌みを残して帰るとはな。

 

 さて、俺もそろそろ帰りますかね。

 

 そうひとりごちた俺は翼を広げ、デンデラ向かって羽ばたくのだった。

 

 

 

 

 

 

「王様、大丈夫?」

 

「無事のご帰還、何よりの慶事でございます」

 

 逗留していたデンデラの神殿に帰りつくと、待っていてくれたらしいメヒトとイレアナが出迎えてくれた。

 

 神殿の中はあちこちに篝火が焚かれて明るく、奥からは料理のニオイが漂ってくる。こりゃ肉料理か?

 

 そのままイレアナ達に案内されて食堂に着くと、料理する使用人達を尻目に悠々と食事しているアレクが目にはいる。

 あいつ、今作ってる料理と全然違うもの食ってるんだが……どうしたんだ?

 料理人達はガーリックを使った肉料理を作ってるのに、あいつだけ川魚のアクアパッツアみたいなのがメインだ。この時代にあんな料理があったとは思えんが。

 

「おいアレク。その魚料理どうしたんだよ?」

 

「この料理はな、俺自身が魚を捕ってきて作ったものだ。貴様にはやらん」

 

 えっ、お前料理出来たの? しかも捕ってきたっていつの間に?

 

「わざわざ捕ってきたのかよ……」

 

「ああ。貴様があまりにも遅かったのでな。肉料理が今の気分に合わなかったこともあるが」

 

 繊細なくせに自己中━━━━アリスがアレクをそう評していたのは、こういうところがあるからか。他人の手が借りられるのにも関わらず、自ら動いてまで自分のスタイルを貫き通す……確かにアリスの評価は的を射てるな。

 

 そんなことを考えつつ、料理が運ばれてきたので俺も席につく。一仕事終えて腹が減っているし、そのまま食べるとするか。

 

「不死の王よ。ビールとワインを用意しておりますが、どちらをお飲みになりますか?」

 

 暫くは黙々と食べていたが、メヒトがそう言ってくれたので、気になっていたことを訊いてみる。

 

「酒はいい。それよりも、ハトホルの経歴について聞きたい。奴は死ぬ間際に、雪辱を晴らす相手がいると言っていた。心当たりはあるか?」

 

 それを聞いたメヒトの顔が強張る。何か知っているらしい。

 

「詳しくは存じ上げませんが……百年程前にハトホル様はいずこかの神と戦われ、瀕死でこの地に落ち延びたそうです。その隙をついて神具を使い、当時の神官長が命と引き換えに封印されたとか……」

 

「戦ったという相手の神は分かっているか?」

 

「何分長い時間が経っていますので……私共の間には伝わっておりません」

 

 そうか……相手の名前でも分かればよかったんだが。まつろわぬ神の場合、全く伝承と関連がない場所でも訪れることがあるからな。エジプト神話に限らず、あらゆる神話の神が候補になる。

 問題は、その神が未だに地上にいる場合だ。仕留め損ねたハトホルの再臨を察知し、デンデラを強襲してきかねない。そうなれば、全く未知の神格を相手取ることにもなり得る。それはリスクが高い。

 

「貴様はハトホルの竜骨を持っているだろう。あれを使って巫女達に霊視させれば済む話だ」

 

 食べ終わって赤ワインを味わうアレクがそう言ったので、俺は竜骨についてようやく思い出した。 そう言えば、イレアナに念話で連絡して預けたんだったっけ。脱出に必死だったから、すっかり忘れてたな。

 

「イレアナ、竜骨は持ってるな?」

 

 俺の言葉に頷いたイレアナは、竜骨を召喚し自分とメヒトの前に差し出す。霊視が降りないか試してるのか。

 そのまま十分ほど目を閉じていたが、何もわからなかったらしい。どこか落胆した表情になった。

 

「メヒトさん、明日にでも魔女達を集めてもらえない? 私だけじゃ視えなかった」

 

「イレアナ様たっての望みとあらば、デンデラ神殿の総力を挙げて取り組ませていただきます」

 

 そう言いきったメヒトの表情は、やる気に満ちたものだ。俺達がハトホルを倒したことに、余程恩義を感じているらしい。

 俺としては、同郷のアレクが起こした事件だから申し訳なくなるなあ。いくら封印が弱まってて放置できなかったとはいえ、寝た子を起こすような真似をしていいとは思えん。メヒトはさほど気にしてないようだけど。

 

「待て、貴様らは大事なことを忘れているぞ」

 

「何だよアレク」

 

「アイーシャ夫人のことだ」

 

 あっ、そうだった。あの人も居たんだったな。でも見るからに戦闘向きじゃないし、どうしよう……治療してもらってた疫病は恐らく終息するだろうし、かといってほっとくととんでもないことやりそうで怖い。

 

「とりあえず、彼女に連絡してからどうするか決めたほうが良いだろうな。神と戦ったと知っているなら、すぐに向こうから乗り込んで来るだろうし、放置すると引っ掻き回されるぞ」

 

 そう言ったアレクはワインの賞味に戻る。

 

「まずは寝て、明日にでも霊視の準備をしてくれればいい。これからのことは夫人が合流してから決めよう」

 

 俺がそう言うとイレアナとメヒトは揃って頷き、アレクは我関せずとばかりにワインを楽しんでいる。もう疲れたし、今日はここまでにするかね。

 

 食べ終わった皿を下げてもらい、俺は自室に戻るのだった。

 

 




おまけ(台本形式が苦手な人はとばしてください)









キンジ「そう言えば、不死の王って俺のことか?イレアナ」

イレアナ「そう。アレク様もいるから、現代の通称を教えた」

キンジ「……誰だ?俺にそんな中二な名前つけた奴は」

イレアナ「賢人議会。他にも吸血王(ヴァンパイアロード)とか不死の王(ノーライフキング)とも呼ばれてる」

キンジ「今後、そんな名前で呼ぶのは止めてくれ……」


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根回し

 ハトホルを討伐した次の日の昼。俺はアイーシャ夫人と接触するべく、よく晴れた空を飛んでいた。

 

 メヒトの話では、霊視に必要な人数の巫女や魔女達を集めるには2日か3日はかかるという話だった。時代が時代なので、翌日に即集合とはいかないのだ。

 

 それまでの時間を無駄に過ごすのも勿体ないので、俺やアレクも自分達でできることをするべく、それぞれで動くことになった。

 

 俺はアイーシャ夫人に情報を与えた上でどうするかを聞き、アレクは通廊を開く儀式で必要そうな霊薬の材料を集めるという分担になった。アレクはアイーシャ夫人が余程苦手らしく、自分の役割を早々に宣言して朝のうちに出立した。暫くは帰って来ないだろうな。

 

 まあ、アイーシャ夫人の天然さは、俺が見てきた濃い人間の中でもぶっちぎりだからな。ジャンヌなんて目じゃないだろアレは。アレクが逃げ出すのもわかるね。

 

 アイーシャ夫人の居場所については、イレアナが魔術で絞り込んでくれた。別れて俺と合流する前に髪の毛を貰っていたらしく、それを使ったとのことだ。

 

 割り出された場所は、デンデラより少し北のナイル川流域だった。恐らく俺が頼んだ通り、熱病の治療をしていたんだろう。

 

 そうこうしているうちにそれらしき一団が見えてきたので、地面に降り立つと……アイーシャ夫人が俺に向かって駆け寄ってきた。

 

「ああよかった、ご無事だったのですね遠山さん!」

 

「うげっ!?」

 

 全くスピードを落とさなかった夫人のタックルが綺麗に決まり、俺は思わず悶絶してしまう。

 

「ハトホルさんと戦うと言われ、どうなるかと思っていましたが……ご無事で本当によかったです!」

 

 俺の無事を喜ぶアイーシャ夫人は、全身を俺にぐりぐりと押し付けてくる。ひいいっ、戦艦級はあろうかという二つの胸がむんにゅりと形を変えてるう!? これはまずいって! 主にヒス的に!

 

「お、落ち着いて下さいアイーシャさん。その話には続きがあるんです」

その話には続きがあるんです」

 

 へばりつく夫人を半ば突き飛ばすように引き剥がしつつ、俺は本題を切り出す。

 

「ハトホルは死の間際に、因縁がある神がいると言っていました。もしかしたら、その神がデンデラを襲ってくるかもしれません。そうなった時に、あなたがどうするかをお聞きしたいんです」

 

「まあ、そんなことが……」

 

 俺の話を聞いたアイーシャ夫人は、陽気な性格に似合わない憂いを帯びた顔になった。そのまま暫く考えこむような様子だ。

 

 彼女にこの事を伝えることに、懸念がない訳じゃないが……先に答えを聞いておかないと、ロクでもないことになりそうだからな。交戦中に横槍を入れられたりしたらたまったもんじゃない。

 

「わかりました。わたくしは━━」

 

 ついに沈黙を破ったアイーシャ夫人の言葉を、俺は固唾を飲んで聞く。さて、鬼が出るか蛇が出るか━━━━

 

「その神様を説得してみせます!」

 

「━━━━はい?」

 

 予想の斜め上をカッ飛んでいった返答に、思わず俺はマヌケな声を返してしまう。

 神殺しがまつろわぬ神を説得してみせるって、どんな冗談だ。

 

「わかります。遠山さんやアレクさんも、その神様と戦いたくないのでしょう。だから、わたしくしになんとか出来ないかと話を持ちかけてきた。違いますか?」

 

 ドヤ顔でされた質問に、俺は呆然としてしまう。いったいどういう解釈をしたらそんな発想に至るんだよ。白雪の超理論錬成より意味不明だぞ。

 

「戦いたくないのは事実ですが……」

 

「ハトホルさんは倒すしかありませんでしたが、その神様は今は何も被害を出したりしていません。このことから、友愛の心を以て対話を試みれば穏便に済むかもしれないと考えられたわけですか。ああ、遠山さん達が優しい人で本当に良かったです!」

 

 呆気にとられた俺が絞り出した答えにかぶせるように、アイーシャ夫人がまくし立てる。こちらの話を聞くようすはなく、自分の言葉に酔ってトリップしているみたいな様子だ。

 

「せ、説得するにしても決裂するかも知れませんよ。そうなったらアイーシャさんが危険では?」

 

「わたくしの心配をしてくださるのは嬉しいですが、心配無用です。こう見えても対話には自信がありますし、わたくしも神殺しですから」

 

 俺の反論を一蹴するアイーシャ夫人は、もはや対話が通じるように見えない。彼女のなかでは、俺達が神に対して友愛の心を持っている━━━━と信じて疑っていないんだな。

 

 そもそも、対話には自信があるって……現在進行形で俺と対話ができてないじゃんか。ドニのやつの方が話が通じたぞ。

 

「……それで、デンデラに来ていただけますか?」

 

「勿論伺わせていただきます! わたくしにおまかせください」

 

 自信満々に言い切ったアイーシャ夫人を前にして、俺は考えるのを止めた。デンデラに来てくれると確約してくれたし、今回の件は彼女に丸投げしよう。この分だと、どうせ俺が動いてもぶち壊されるし。

 

「お待ちしてますよ」

 

 それだけ言い残した俺は翼を広げ、デンデラに帰還すべく飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日後。アイーシャ夫人率いる軍団がデンデラに到着したのと時を同じくして、仮想敵の情報を霊視するための儀式が行われることになった。

 

 デンデラのハトホル神殿に揃った巫女や魔女達が竜骨を置いた広間で瞑想し、霊視を試みている。イレアナやメヒト達もそれに参加しているので、俺は部屋で暇をもて余していた。

 

コンコンッ

 

「遠山さん、入ってもよろしいですか?」

 

 寝具に寝そべっていたところ、アイーシャ夫人が訪ねてきた。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 部屋に入ってきた彼女は、俺と向かい合うように近くにあった椅子に腰かけ……そのまま話始めた。

 

「今回はわたくしも暇なので、遠山さんとお喋りしに来ました。神殺し同士、親睦を深めるのも大事だと思うんですっ」

 

 ほわほわした笑みを浮かべて、アイーシャ夫人はそう提案するんだが……部屋で女と二人っきりになるわけだし、俺としては乗りたくないなあ。いまもマンゴーのような、南国の柑橘類めいたニオイが漂ってきてるし。

 

 が、確認しておくこともあるから、ここは合わせとこう。

 

「お喋りより先に1つだけお聞きしたい。もし神との交渉が決裂して戦闘に発展した場合、俺達はどうするべきかを」

 

 この時代に来る時に使った『妖精の通廊』や魅了の権能である『女王の呪縛』については既に知っているが、どちらも戦闘向きの権能じゃない。だから戦闘に使う権能はまた別のはずだし、その種類によっては俺達も手を出せない可能性もある。

 

「権能の詳細については教えてもらえなくても結構なんですが、そこだけは教えて下さい」

 

「気になるんでしたら、詳しくお話しますね」

 

「いいんですか? 権能は秘匿するものでしょうに」

 

 あっけらかんと言われ、俺は思わずアイーシャ夫人に突っ込んでしまう。自分の最大の武器を詳しく他人に教えるなんて、武偵的にはありえんぞ。ドニだって隠してたし。

 

「わたくしと遠山さんは、もうお仲間じゃないですか~~水くさいことはいいっこなしですよ。そうですね、わたくしが戦う時に使うのは、ペルセポネから簒奪した冬と死を司り、氷像と冷気を呼ぶを権能。そしてとある竜殺しから簒奪した、魔神を呼び出すものの2つですね。でもペルセポネの権能は、わたくしの意識によらず勝手に発動するんです。現に、何度か巻き込まれましたし」

 

「……じゃあ、俺達は下手に動かない方が良さそうですね」

 

 何だよ勝手に発動するって。いつ爆発するのかわからない、核爆弾みたいなもんじゃないか。こんなの俺の手には負えんぞ。

 これ以上は聞かない方が、俺の精神衛生上よさそうだ。どうせ彼女は生き延びるだろうしな。

 

「それで、わたくしとしてはですね━━」

 

 そこからはアイーシャ夫人の話をずっと聞くことになった。まあ、ヤバイ内容が出るわ出るわ。なんでこの世界が全うに進んでるのか解らんようなやらかしが、それこそ山ほど出てくる。

 

 死んだ目になりつつ話を聞いてると、ノックの音が響いた。

 

「失礼します、霊視の結果が出ました」

 

 



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新たなるまつろわぬ神

どうもお久しぶりです。ヴリゴラカスです。

二か月ぶりとなりますが投稿させていただきます。神域のカンピオーネスのドラマCDダウンロードコード版と緋弾のアリア30巻が発売されますので、それらと合わせて読んでいただければ幸いです。

久しぶりなので前話までのあらすじを。


アイーシャ夫人の権能により、古代エジプトを訪れたキンジ一行。
アレクサンドルやアイーシャ夫人と合流を果たし、その地で疫病を振りまいていたまつろわぬハトホルを撃破したキンジだったが、こと切れる寸前のハトホルから新たなる神の存在を聞いてしまう。
ハトホルが遺した竜骨から霊視を得て、謎の神の素性に迫ろうとするキンジ達。果たして、かの神の正体とは────















「至高の太陽に仕えし、邪なる簒奪者。忌むべき兄殺しの神━━━━まつろわぬセトか」

 

 霊視の結果が出たために、俺とアイーシャ夫人は儀式の行われていた広間に来ていた。集まった巫女を代表してメヒトから話を聞く。

 

 霊視された神はセト。エジプト神話を代表する悪神であり、神王となる前のホルスと幾度となく戦った神か……。

 

 この神なら、ハトホルを瀕死に追い込むまで戦ったという話も頷けるな。セトの仇敵であるホルスを癒したとされ、一説には母であるイシスと同一視すらされるハトホルは、セトにとっちゃさぞかし邪魔な相手だろうし。

 

「アイーシャさん、どうします? 話が通じる相手じゃ無さそうですよ?」

 

 まつろわぬ神なんてどいつも話がつうじないが、こいつは極めつけだろう。名君とされた兄を殺し、その王座を簒奪した狂暴な神だ。エジプト神話随一の悪役(ヴィラン)と言っていい。

 

 その事を踏まえてもまだ対話する気なのかと、アイーシャ夫人に問い掛けてみると

━━━━

 

「たとえどんな神様が相手でも、わたくしは説得してみせます。セトさんにだって、きっと愛と慈悲の心はあるはずです」

 

 いつものほわほわした雰囲気ではなく、顔を引き締めた凛々しい顔で宣言するアイーシャさん。心意気は見事なんだが……正直、その真面目さを発揮する時と場所を間違えてると思うね。

 

「皆さん、わたくしが必ずセトさんを止めてみせます!」

 

 その言葉を聞いた巫女達の目が一斉にキラキラ輝きだした。今の宣言で魅了が発動したらしい。……つくづくとんでもない人だな。

 

「善行には善果あるべし。悪行には悪果あるべし……」

 

 聖句までここで唱えるのかよ。これはいつぞや言っていた幸運を呼ぶ権能なんだろうが……使い手が使い手だけに不安だなあ。それを抜きにしても、運に関わる魔術はリスクがあるものだし。

 

 俺の世界で言えばメーヤの強化幸運(ヴェントウラ)がこれにあたるんだが、これは戦闘において幸運を招く代わりに味方を一切疑えず、疑ったが最後凶事が降りかかるという代物だったからな。似たようなリスクが有るか聞いとこう。

 

「それ、幸運に何か条件があったりしません?」

 

「よく分かりましたね~実はいいことがあったら、その後に釣り合いをとるためにいろんなことが起こるんです」

 

 やっぱりな。これは共闘の仕方をもっとじっくり考えたほうがよさそうだ。自分で制御できない攻撃用の権能と不運をも呼ぶ権能のコラボレーションとか、悪夢だぞコレ。

 

「分かりました。セトが来たら、対話はアイーシャさんにおまかせしますね」

 

「任せてください!」

 

 アイーシャ夫人の元気な返事を聞いてから、メヒト達と広域結界の敷設や使い魔によるネットワーク構築について話し、俺が自分の部屋に戻ると━━━━机の上に、直径30センチほどの円盤らしきものが置かれていた。

 

 黄金色に輝くそれを見て、嫌な予感にかられて近寄ると……世界史の授業で見た木簡らしきものが添えてあるのがわかった。

 

 古風で小難しい日本語で書かれていた内容は━━━━『必要なくなったので、デンデラ神殿から奪った神具を返す』というアレクからのメッセージだった。あの野郎……状況を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、後始末まで押し付けやがったな……!

 

 だが、これはある意味チャンスだ。霊視された通りセトが相手なら、この神具は切り札になり得る。この都合のよさ、間違いなくアイーシャ夫人の権能のおかげだろうな。

 モノがモノだけに神殿側に話を通しておく必要はあるが、この非常時なら許可が下りるだろう。今から伝えておくか。

 

 部屋の近くにいた若い神官に話しかけ、神殿長に会えるよう掛け合うと……すぐに会って直接許可をもらえた。神との戦いが終わった後に神具が無事ならば、神殿に返還するよう要請はされたがな。

 こちらも持ち帰るわけにはいかないから、二つ返事で承諾したよ。これで大手を振ってこの神具を使える。

 

 尤も、使うのは俺の予定だ。アイーシャ夫人に任せたら、どんな事態になるか知れたもんじゃないし。遊撃役の俺がより柔軟に対応できるということもある。

 そんなふうに準備を整えつつ待つこと数日。ついにセトと思しき報告が入った。

 ジャッカルの頭に人の体という尋常ならざる異形の存在が、北の砂漠からカバに乗ってやってきている……その様子が俺の放った使い魔によって確認されたのだ。

 移動速度からあすにはデンデラ近辺にたどり着くと予想されたので、ハトホルの竜骨を餌代わりに誘導し、俺達神殺しが砂漠にて迎撃することが決まった。

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後────俺は砂漠の遥か上空にて、セトを待ち受けていた。

 竜骨は地上のアイーシャ夫人が持っておき、セトとの対話に臨むことになっている。俺がこうして距離をとっているのは、夫人に相手を刺激しないでほしいと要望されたこともあるが……一番の目的は、俺自身の安全を確保することだ。

 アイーシャ夫人には気の毒だが、この交渉は十中八九失敗する。そうなればセトとの交戦は避けられないだろうし、俺もアイーシャ夫人を援護なりする必要が出てくる。

 だが、夫人の権能はアレクのものと違って広範囲殲滅型だ。俺の白兵戦向きな権能とは相性が悪いうえに、本人にも把握できないから打ち合わせも不可能。結局距離を離し、何が起きても対処できるようにするしかなかった。

 狙撃だけでも牽制にはなるだろうから、何もできないわけじゃないが。

 

 アイーシャ夫人の扱いづらさに内心頭を抱えながらも、北の方角をにらみ続けていると……遂にセトがその姿を現した。

 

 砂漠には不似合いな純白の巨大カバに乗り、黒いジャッカルの頭と人の体を持った神────間違いなくセトだ。

 

 カバから飛び降りたセトとアイーシャ夫人が真っ向から対峙したのを確認し、俺は会話を聞き取るべく集中して耳を澄ます。

 

『あの女の気配をたどってきてみれば……あやつめ、神殺し風情に討たれたか』

 

『ええ、ハトホルさんは既に亡くなっています。因縁の相手がいなくなった今、あなたに戦う理由はないはずですよ。ここで戦えばお互いに傷つくばかりです。セトさん、どうか矛を収めてわたくしたちと仲良くしてくださいませんか?』

 

 事情を察したらしいセトに、夫人が停戦と講和を持ちかけている。声色からすると、真剣に言ってるんだろうがなあ……悪い冗談にしか聞こえないぜ。

 

 

『はっ。オレの獲物を奪った盗人の分際で、なにをほざくかと思えば。そんな妄言でオレを惑わせられるとでも思っているのか? 寝首を掻くにしても、もう少しマシな言葉を選ぶのだな』

 

 やっぱり取り付く島もないか。百年近く経ってもなお気配を追ってきたということは、ハトホルを取り逃がしたことがそれだけ無念だったってことだし、血の気の多い軍神ならそう考えても無理ないよな。

 俺が一人納得している間にも、どんどん雲行きが怪しくなっていく。

 

『そんな、わたくしは真剣に────』

 

『黙れ。貴様が漲らせている冥府の冷気に、オレが気づかんとでも思ったか。それに……もう一匹隠れているようだしな。大方、挟撃でもするつもりだったのだろう?』

 

 そう言って空を仰いだセトの視線は────はっきりと俺をとらえていた。

 

 ……俺の存在にハナから気づいていたうえに、アイーシャ夫人が保険として使っていた権能にまで言及してくるとは。こりゃもう駄目だな。交渉は完全に決裂だ。

 

『戯言はここまでだ。我がしもべよ、神殺しの女を叩き潰せ!』

 

『……ッ! 麗しの乙女よ、恐るべき秘教の門を開け給え!』

 

 セトが傍らの神獣を嗾け、遂に戦いの火蓋が切られた。

 

 




 せっかくのあとがきなので、今後についてお話させて頂きます。


 ここまで読んでくださったことに、まずは感謝を。ありがとうございます。
 時間が空いても読んでくださる読者様方のためにも、以前のように投稿頻度を戻す……と言いたいところですが、私も来年からは今以上に忙しくなりそうなので、今回のように時間がかかる可能性が高いです。
 個人的には、どんなに遅くなっても一ヶ月以内には上げたいところなのですが、確約は致しかねる状況です。申し訳ありません。

何とかエタることだけはないようにしますので、今後もお付き合いいただければ幸いです。


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対セト戦

大変長らくお待たせしました。

前回のあらすじ

神の名が霊視によって暴かれた矢先に、当のセトがデンデラ神殿に接近する。この危機に対処すべくセトと話し合おうとするアイーシャ夫人だったが、和平交渉はあえなく決裂。神殺し二人と軍神の戦いが幕を開ける。


オオオオオオオオオオンッッッ!

 

「麗しの乙女よ、恐るべき秘教の門を開け給え!」

 

 セトの命を聞き、応じるように巨大カバが咆哮をあげた。そのままアイーシャ夫人を轢き潰そうと、地面を揺らして走り出そうとする。

 

 対する夫人は自身の権能を振るい、三匹の氷の大蛇を作り出す。大蛇達はカバの足に牙を突き立て、カバの攻撃が主に届かぬように巻き付き始めた。

 

 出鼻を挫かれたカバは派手に砂煙をあげて横転し、拘束を振りほどこうと特撮怪獣ばりに暴れ始める。が、三匹もの大蛇の怪力と体を凍えさせる冷気によって、その動きが鈍ってきている。

 

 今のうちに仕留めようかと、俺は弓矢を構えてはみたものの……大蛇が全身に絡んでいてカバだけを狙えない。こうなれば先にセトを狙うか。

 

「遠山さーん! お願いします!」

 

 そう叫んだアイーシャ夫人は追撃をかけるでもなく、セトに背を向けて脱兎の如く走り出した。

 

「何……?」

 

 チャンスに追撃もなしに全力逃亡。そのあまりに神殺しらしからぬ行動に、セトがいぶかしむような声を漏らす。

 

 

 だが、俺にとっては好都合だ。あらかじめ呪力を込めた矢を三本、セトに向かって放った。

 光の柱と化した矢が一直線に空を駆け、セトに迫ろうかという瞬間━━セトが俺の方に振り返り、右手に召喚した剣を横一文字に振り抜く。

 その軌道をなぞるように、壁を思わせる神力の波が生じ━━俺の矢を纏めて相殺してしまった。

 

「ちいっ!」

 

 自分の遠距離攻撃の非力さに思わず舌打ちしつつも……相手の実力に、内心舌を巻いていた。

 

 奇襲に近い攻撃でも相手に届かない上、即座に俺の矢を超えるカウンターを叩き返せるのか。これでは、遠距離戦での勝ち目は限りなく薄い。その上、アイーシャ夫人の大蛇は神獣の相手にかかりきり。援護は望めない。

 

 こうなれば、近接戦を挑んだ方がまだマシだ。特撮現場みたいな地上に降りたくはないが、仕方がない。

 

 覚悟して降下を始めると、セトも俺を鬱陶しく思ったのか、夫人から俺にターゲットを変えて攻撃してきた。

 

 飛来する斬撃をわざと落下してかわし、あるいはコウモリへの分化を駆使して掻い潜る。まるでメチャクチャなジェットコースターのような軌道をとりつつ数分ほど飛行し、地上付近まで到達する。

 その時、俺の頭上に影が過った。

 跳躍して俺の頭上を取ったセトが、その勢いを乗せて剣を振り下ろしてきたのだ。咄嗟の二指真剣白羽取り(エッジ・キャッチングピーク)が辛うじて間に合い、額が少し切れただけで刃が止まる。その代わり着地に失敗し、背中から地面に叩きつけられた。

 背中に走る激痛と衝撃を無視し、左手でセトの首を狙った手刀を放つが……ジャッカルの頭で逆に噛みつかれた。だが、これは想定通りだ━━!

 咥えた腕を千切ろうと、セトが頭を降った瞬間━━バツンッッッ! 俺の腕が口の中で手榴弾のような爆発を起こし、セトの頭が跳ね上がった。

 

「━━━━!?」

 

 左手を再生させつつセトを蹴り起こし、一気に跳ね起きる。そのまま間髪入れず、鳩尾にミドルキックを叩き込んだ。

 が、命中寸前で体勢を立て直したセトの左腕で捌かれ、ほんの少し俺の重心がぶれる。

 続けてセトが掴まれていた剣を指からもぎ取り、俺の頭を刈り取るべく横凪ぎに一閃させた。

 弾丸噛み(バイツ)の要領で噛み止め、神剣を噛み砕いてやったものの、お返しとばかりに風の弾丸を撃ち込まれ━━クロスさせた腕でなんとかガードしはしたが、ノーバウンドで十メートルほど吹き飛ばされた。

ズザザザザッ! と、音をたてて足で制動をかけ、砂漠に黒い線を引きながら漸く止まる。

 

 ……さすがはエジプト神話最高峰の軍神だな。得意な接近戦を選んでも、こちらがやや不利になるとは。ドニとの戦いで剣撃に慣れていなければ、最初の一撃をもらっていたところだ。

 

 追撃を警戒してセトを睨み付けるが……奴はこちらを見てすらいない。

 その視線を目だけで追うと━━氷の大蛇に締め上げられ、凍りついて動かなくなったカバが見えた。

 

 嫌な予感がしたのでセトに矢を射かけたが間に合わず……セトから神獣に力が渡ったのを感じた、次の瞬間。

 

 ゴガガガンッッッ! と、突如地面から岩でできた槍がせりあがり、カバに巻き付いた大蛇を貫いた。

 その一撃で拘束が緩んだのをいいことに、そのままカバが身を捩るように暴れて大蛇を振りほどき━━それだけでは飽きたらず、大口を開けて業火を浴びせかける。

 

 これには大蛇達も堪らず、体が融けて消えてしまった。くそっ、やられたっ。

 

 俺の矢を防御しつつもそれを見届けたセトは、満足そうな顔をすると空に舞い上がり、

 

「これよりオレはあの女を追う。貴様よりもあやつの方が厄介そうなのでな! 貴様は我が下僕の相手でもしておれ!」

 

 そう言い捨て、セトはアイーシャ夫人が逃げた方角へ飛翔する。勿論妨害しようとはしたものの……入れ替わりにカバが俺に向かい、岩槍を剣山のように生み出してきた。

 

 俺はそれをかわさずに踏み込み、新たな槍を突き立てられるより早く━━槍の一本を逆上がりのように駆け上がる。そしてそのまま翼を展開し、カバに突撃をかけた。

 

 真っ直ぐに迫る俺を迎撃しようと、カバが業火を口から吐き掛けてくる。

 それに紛れて俺は急上昇し、カバが俺を見失った隙に矢を射かけた。

 首を狙った一撃だったが、寸前で身を捻ったカバには上手く当たらず━━その右前足を吹き飛ばしただけにとどまった。

 

 苦悶の叫びをあげるカバに追撃をかけようと、再び弓を引く俺の目に━━渦を巻く大量の砂が映る。

 集まった砂はすぐに石膏のように固まり、カバの傷口を塞いでしまう。まるで義足だ。

 矢を放ちはしたが……持ち直したカバが作り出した石の壁と炎に阻まれ、今度は届かなかった。あれを抜くのは、普通の矢じゃあ無理そうだな。

 

ガロアアァァアアンッッッ!

 

 怒りに燃える目で俺を睨み付ける神獣が、天に向かって咆哮する。

 それに嫌な予感を覚えた俺が、その場を飛び退くと━━━━

 

ゴウウウンッッッ!

 

 一筋の稲光が俺の居た場所を走り抜けていった。この随獣、自己再生能力に加え雷撃まで使えるのか。思った以上に厄介な奴だ。

 

 それからも次々に降ってくる雷霆をかわしながら、こちらも再び矢を射っていく。対するカバもまた、先ほどと同じく防ぎ、反撃しようとしてくる。

 

 俺の矢とせめぎあった岩壁が砂櫟に帰し、放たれた炎や雷が砂漠を黒く焦がす。空には俺の呪力の残滓が、煌めく雪のように舞っていた。

 

 不毛とも言える射撃戦だが、成果はあった。段々と相手の力量が掴めてきているからだ。

 

 

 ヤツが炎を使って矢を迎撃した場合、こちらに雷撃が降って来なかった。試しにわざと雷霆とタイミングを合わせて矢を射かけてみたが……奴は地面を大きく隆起させることで防いでいた。

 この事から、炎と雷霆は併用出来ないとみていいだろう。実験の際に直撃を受けて右腕が焼け焦げはしたが、元はとれたな。

 

 それと直に喰らって判ったが、あのカバが俺を屠るのはかなり難しい。

 心臓を狙えないヤツが俺を葬るには、一撃で全身を消滅させる威力が必要になるんだが……カンピオーネの魔術耐性を貫いてそれをやるには、恐らく地力が足りないだろう。自身の消滅を覚悟で全力を注ぎ込むにしても、その隙を俺に突かれればおしまいだ。

 

 かなり強力な神獣には違いないが、神殺し(カンピオーネ)やまつろわぬ神にはやはり及ばない。こいつをけしかけたセトの意図は、アイーシャ夫人を自分が倒すまでの時間を稼ぐことだろう。

 

ドンッッッッ!

 

 敵の戦力について考察していると、セトが向かった方角から爆音が響いた。その音を皮切りに、莫大な呪力がぶつかり合っているのも感じられる。

 どうやらアイーシャ夫人にセトが追いつき、本格的に交戦し始めたらしい。彼女の援護に行くためにも━━さっさとケリをつけようか。

 

 俺は右手に握った矢に大量の呪力を流し込み、その形を変えてゆく。今までの比ではない呪力を得た矢は膨れ上がり、丸太を思わせる太さと長さとなった。更にそこから形を整えると━━数メートルはあろうかという、巨大な投擲槍(スピア)が出来あがる。

 

 数百キロはありそうな大きさだが、俺の手に感じる重さは通常の矢と変わらない。これなら十分な速度で投げられそうだ。

 

 スピアを傘がわりにかざして雷撃を凌ぎ、一気に地上へ向かって降下する。そして地面に降り立つと同時に右腕を弓を引くように引き絞り、神獣を狙った投擲の構えをとった。

 

 命の危険を察したカバも一際大きな咆哮をあげ、これまでにない圧倒的な業火を作り出した。まるで津波を思わせる威容で以て、俺を圧殺しにかかる。

 

 ()を呑み込もうと迫る炎の壁に向け━━俺は限界まで力を溜めた右腕を解放した。それと同時に全身の筋肉を稼働させ、桜花によるエネルギーも投擲に乗せる。

 

 

 文字通り渾身の力を込めた一撃を放つと、瞬時に右腕がひしゃげたように圧壊した。だが、保有する権能により、直ぐに巻き戻るように再生する。

 

 衝撃波(ソニックブーム)を撒き散らしながら突き進むスピアは、業火を吹き散らすように引き裂き━━その後ろにあった岩壁をも僅な拮抗すら許さず粉砕する。それでもなお勢いは衰えず、大口を開けていたカバの体を深々と貫いた。

 

━━━━!?

 

 神獣は名状し難い絶叫をあげ、鮮血を振り撒きながらのたうち回る。俺は止めを刺すべく、カバに手を翳した。

 

 ……これやるのは、正直気がすすまないんだが━━今は時間が惜しい。

 

 翳した手と突き刺さった槍の間に繋がりを作り出し、力をカバから引き寄せるようイメージをする。

 すると、スピアが赤黒く染まり始め、俺に莫大な呪力が流れ込みだす。それと反比例するように、神獣の動きが弱々しくなっていき……やがて動かなくなると、砂にその姿を変えていく。

 

 これは吸血鬼の代名詞とも言える吸血能力だ。相手への直接的な接触、もしくは肉体の一部等の遠隔操作によって相手の血と呪力を奪い取る。今回の神獣はセトが相当な神力を注いだためか、人間の魔術師百人分を優に越える呪力を奪えた。

 

 さて、前座は片付いた。アイーシャ夫人もうまくやっているといいが。

 

 

 




今回の神獣は、護堂の猪に再生能力と雷撃を持たせた感じですね。人間ではどうにもならないレベルです。今回は遠距離主体かつかなりの力を込めた一撃だったのであっさり勝てましたが、近接だとそれなりに苦労する相手でした。まあ、神獣の域は出ない程度ですけど。


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最古参の力

お久しぶりです。

前回までのあらすじ

セトとの交渉はあえなく決裂し、戦うことになったキンジ達。差し向けられた神獣を倒し、キンジはアイーシャ夫人を援護しようと行動を起こすのだった。


 セトの神獣が砂となって崩れ去ったのを見届けると、俺はアイーシャ夫人が向かった方角に使い魔を送った。

 

 ヒステリアモードのこともあり、すぐにでも援護に向かいたいところだが……何分場所が神と神殺しの戦場だ。その現場が空爆中の都市よりも悲惨な状況なのは間違いない。

 そんな場所に無策なままに突っ込んだ場合、アイーシャ夫人の足を引っ張るどころか、逆に俺が死亡する可能性すらある。

 

 ……見つけた。セトを氷の大蛇や巨人を使って攻撃し、なんとか互角に渡り合ってるね。

 だが、セトもさるもの。炎に風、雷撃に武芸までふるって氷の従僕達を迎撃し、粉々に砕き割っている。

 それでもなお、破壊されるそばから再構築されるアイーシャ夫人の権能には手を焼いているな。夫人を狙うのに集中出来てない。おまけに、従僕を越えてアイーシャ夫人に当たった筈の攻撃ですら、まるで効いている様子がない。あれは一体……

 

 そうこうしているうちに、使い魔の一体がアイーシャ夫人のもとにたどり着いた。

 

「アイーシャさん、今から――」

 

「遠山さん!? ああ、よかった。ご無事だったんですね!

セトさんが追って来たものですから、てっきり死んでしまわれたのかと――」

 

 援護しますと伝えようとしたとたん、食い気味に叫んだ夫人に抱き締められる使い魔。……勝手に殺さないで欲しいなあ。

 気を取り直してスピアの準備を始めた瞬間――こちらを向いたセトと目が合った。

 奴は俺を見ると口角をあげてにやりと笑い……今までの比ではないほどに強大な神力を膨れ上がらせる。

 

(――霧化(ザ・ミスト)!)

 

 明確な死のヴィジョンに突き動かされた俺が、咄嗟に切り札を切った瞬間――眼前のすべてが白く染まった。

 太陽が落ちてきたのかと錯覚するほどの白い光が、莫大な熱を伴って砂漠を舐め――そのあまりの熱量に、砂漠の砂が液体をすっ飛ばして一瞬で気化する。空には原爆を彷彿とさせるきのこ雲がもくもくと上がり、まるで核兵器の爆心地のようなありさまだ。

 ……初っ端からやってくれるぜ。今の一撃、こちらの数的優位を覆すためのものだろう。俺とアイーシャ夫人のどちらかでも、無力化ないし離脱させられれば上々ってところか。

 

 体を霧から人に戻しつつ、夫人のもとにやった使い魔を探してみると、とりあえず存在は感知できた。おそらくアイーシャさんも、何らかの権能で逃れたか。

 

 完全な体に戻った俺は全身を稼働させ、一気に前方のセトへと接近する。

 一瞬で100メートルを超える距離を踏破した俺を、セトは好戦的な笑みを浮かべて迎えた。

 

「貴様の方が永らえるとはな、若造! 思いの外骨があると認めてやろう!」

 

「そいつはどうもっ!」

 

ゴキイィィインッッッ!

 

 返答と同時に繰り出した桜花の拳は、セトが召喚したウアス杖に受け止められたものの――俺は、那由多はまだまだ止まらない。

 

「おおおオオオォォォッッッ!」

 

バガガガガガガガガガァンッッッ!

 

 ドリルで岩盤を掘削するような音をたて、俺の拳とセトのウアス杖が幾度となく激突を繰り返す。先の剣と違い、いくら打とうと杖が壊れる様子はない。逆に、拳の方が血を吹いている。

 更にセトの卓越した棒捌きにより、殆どが止められ、弾かれ、棒を掻い潜ったものは躱される始末。

 

 だが、拮抗した状態に持っていけている。連戦の消耗か強大な一撃の代償かは知らないが、今の奴を防戦一方に追い込めているのは事実。このまま決着を着けてやるよ……!

 

 そのまま延々と打ち合い続け――交わした拳が500を超えたあたりで杖にヒビが入り始め、丁度600で遂に杖が砕け散った。

 

この隙を逃すまいと俺がセトに打ちかかると――奴は砕けたなかで杭を思わせる杖の破片を掴み、俺の心臓目掛けて投げつけてきた。破片が俺の急所を捉える方が、セトを叩きのめすより早い。それならば――

 

(内臓避け(オーガンスルー)……!)

 

狙いをずらした破片が胸を貫くのを無理矢理無視し、僅かに驚いた様子のセトを呪力を込めた左拳で殴り抜いた。

 

「ちいっ……!」

 

 右肩に俺の拳を受けたセトはその衝撃を利用して後ろに跳びすさり、追撃を阻止する。

 が、確かに注ぎ込まれた呪力が内側から爆ぜ、セトの右腕を肩口から吹き飛ばした。

 

「ぐうおおっ……! よもやオレが、先に深手を負わされようとは……!」

 

 流石のセトも苦痛に声を漏らし、やっと俺への慢心を捨てたらしい。ざまあみやがれ。今まで散々痛い目に遭わせてくれたお返しだ。

 内心で溜飲を下げながら、胸に刺さった杭を引き抜いて投げ捨てる。

 

 再び正面から対峙し、互いに構え直した俺達が踏み込もうとした時……突如として、何かが天に現れた。

 

 予想外の事態に驚き、動きを止めたセトから片目を離さないまま、視線だけを頭上にやると――ボールを思わせるずんぐりとした体躯と煙で出来た下半身から成る、大剣を携えた魔神が顕現していた。

 

 おまけに、セトの後方には――いつのまに帰って来たのか、アイーシャさんまでもが姿を見せている。やっぱり無事だったね。

 

「我らの間に、かような従僕を放り込んでくるとは。無粋な真似をしてくれるものだな、魔女を統べる女よ」

 

 そう吐き捨てたセトが煩わしげに左手をふると、今までのように様々な攻撃が放たれ、魔神を打ちのめしにかかった。

 

GUAAAAAAAA!?

 

 衝撃波に雷霆、無数の槍と立て続けに喰らった魔神は名状し難い悲鳴をあげ、血の代わりに蒸気と大岩やら炎弾やらを周囲にばらまき始めてしまう。

 

 当然ながらセトはおろか、俺やアイーシャ夫人までその攻撃に巻き込まれており、俺達はダッシュでその場を離れざるを得なくなった。

 

 それにしてもこれ、被害範囲と傍迷惑さが尋常じゃないぞ。直径数メートルは下らない岩やら何やらが、豪雨よろしく降り注いで来るなんてな!

 

「つくづく面妖な権能を持つ女よな、まったく……!」

 

 セトもこれには閉口しているらしく、こちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。今のうちに合流しよう。

 

 落ちてくる岩やらに隠れるようにしてセトの横をすり抜け、土石流から逃げてる気分のまま落ちてくる岩を避けたり砕きながら、全力で逃げているアイーシャさんに追い付こうと走っていると……()()()()()()()()()()()()()

 

 さらに悪いことに、彼女に向かって結構大きな岩が落ちてきている。直撃しても死にはしないだろうが、歩く傍迷惑でも女性は女性だ。これは見過ごせない。

 

 走りながら一矢放って岩を粉砕し、アイーシャさんを背に庇いながらセトに向き直る。

 

 奴も魔神から離した視線をこちらに向け、動向を伺ってくる。神殺し側が二人になったことで警戒を強めているらしく、まだ仕掛ける様子はないな。

 

「アイーシャ()()()、今はここから退いてくれないか?俺が姉さんを必ず守ってみせるから、安心してほしい」

 

 あんな危なっかしい眷族がうろついていては、おちおち殴り合いもできない。夫人自身が爆弾染みていることもあり、ヒステリアモードの年下演技で帰ってもらおうとすると……

 

「お、お姉さん!? わたくしにそう言ってくれる人ができるなんて、感激です! よーし、お姉さん頑張っちゃいますよー!」

 

 どうやら琴線に触れすぎてしまったらしく、俄然張り切りだした。完全に逆効果だ。何てこった(マンマミーア)

 

 不穏な気配を察したセトが放ってきた光線を二人して跳び退いてかわし、撤退するようさらに説得しようとするも――

 

「いや姉さん、ここは俺に――」

 

「弟君が戦ってるのに、お姉さんだけが逃げる訳にはいきません! えーい!」

 

 全く聞く耳を持たないどころか、全力で権能を振るいだしてしまう。気合いの声に呼応して地表を覆う冷たく禍々しい神力に、俺の全身が総毛立った。

 

 直感でここも巻き込まれると悟った俺はアイーシャさんをお姫様抱っこで抱えあげ、地を蹴って空に飛び立つ。

 

 同じく飛ぼうとしたセトが魔神に阻まれた瞬間――大地が割れた。

 

 巨人の手で引き裂かれたように巨大な穴が地面にあき、ブラックホールを思わせる強大な引力で周囲のものを吸い込み始めたのだ。

 

「ぬおおおおっ! この力は――」

 

 必死に抗おうとしていたセトも叫びを残して引きずりこまれ、上空にいた俺達まで引き寄せられつつある。

 

 翼に違和感を感じて目をむけると、俺の翼が端から凍りつき始めていた。超強力な魔術耐性を持つ神殺し――それも冥界由来の攻撃に強い俺ですらこのザマか。なんて規格外な……!

 

「我は闇夜の貴族、高貴なる血脈を以て闇を統べる者なり!」

 

 戦慄しながらも聖句を唱えて耐性を強化し、なんとか空中に踏みとどまり続けたところ――俺の翼が半ばまで凍りはしたが、ギリギリで奈落の底行きは免れた。

 

「ふみゅう~」

 

 力を使いすぎたせいか、呑気な声をあげて目を回しているアイーシャさんを地面に置いた上着の上にそっと横たえ、辺りを見回すと……景色は一変していた。

 

 赤銅色の砂漠だった地面は氷に変わり、極地のような氷原となっていた。さらに雲一つ無い青空に太陽が照っているにも関わらず、吹き抜ける風はあまりに冷たい。多分これ、普通の人間が近づいたら凍死するんじゃないか。

 

 文字通りの天変地異とも言うべき有り様だ。これがカンピオーネの中でも最古参に位置する王の実力か……交戦場所を村や都市から離しておいて良かったな。人間が住む場所でもしこれをやったら、一帯が人の住めない不毛の地と化すところだった。

 

 こんな攻撃をまともに受ければ、神や神殺しでも死にかねないはずだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 心中でそう愚痴った時、地の底で神力が爆発した。

 

 こうなることを予測して、できるだけ距離をとってたとはいえ……こんな予想、当たらないで欲しかったぜ。

 

 前方で天蓋を焦がそうかという極大の火柱が氷を貫いて飛び出し、赤々と燃え盛る様を見て――俺はイレアナに命じ、あるものを転送させた。

 

 その重みを懐に感じたのと時を同じくして、火柱に乗り帰還したセトが再び地面に降り立った。

 セトは荒い息ながらこう嘯く。

 

「残念であったな。相手がこのオレでなくば、先の一撃で葬られていたであろうが――オレは大地をも版図とする神でもある。そこは不運だったな神殺しどもよ」

 

 そう。セトはホルスに敗れ足を失った後に、地下に隠遁し神話の表舞台から姿を消した。言わば、地の底は奴の家のようなものだ。

 

 とはいえ、相当に堪える攻撃だったことは間違いないらしい。身体中に重度の凍傷のような傷を負い、俺が吹き飛ばした右腕も治癒している様子がない。呪力も恐らく二割に満たない程度にまで減少しており、当初の強壮さは見る影もなかった。

 

 満身創痍となってもなお闘志が全く衰えないのは流石だが、これで終わりだ。

 

「この世にある者たちよ、秩序と正義を統べる者の言葉を聞け!」

 

 俺は懐から取り出した大きな金色の円盤――すべての始まりとなった、ハトホルを封じていた神具を天に向けて掲げ聖句を唱える。

 すると今まで不敵な態度を崩さなかったセトが、はっきりと焦りの表情を浮かべ――傷ついた体に鞭打ってまで、神力を練り上げようとする。

 が、必死の努力にも関わらず、高まった力は円盤から放たれた光に照らされた瞬間、跡形もなく霧散してしまった。

 

「おのれ! なぜ貴様がその神具を!」

 

「至上の神アモン・ラーの名のもとに命ず! 汝矛を収め、跪くべし!」

 

 悔しげに吠えるセトの言葉を聞き流し、聖句を唱え終わると――円盤の周囲に蟠っていた金色の靄が宙を滑り、避けようとしたセトを包み込むように捕らえてしまう。

 

「がああああああああああ――――ッ!」

 

 生きたまま業火に焼かれているような絶叫をあげるセト。無理もない。実際に体の一部を燃やされているようなものだしな。

 

 この神具は『ラーの天鏡』といい、秩序と正義を司るアメンと習合したラーの持つ、至上の王権を象徴するものだ。ラーの傘下にある神という条件こそあれ、たった一度で大神の神力すら大きく削ぐほどの効果を持つ。

 

 そして、セトは夜に冥府を渡るラーに従い、蛇神アポビスと戦いぬくという功績を挙げている。へリオポリス9神の中でもラーの忠臣といっていい立場にあるため、この神具の効果を殊更強く受けることになる。

 

 その結果――靄が晴れたときにはセトの神力が完全に封じ込められ、元からの重傷もあって立つのもやっとという有り様になってしまった。

 

 こうなっては撤退するかとも思ったが、セトは目を爛々と闘志で輝かせながら……なんと俺にむかって走り出した。

 

 俺も即座に矢を放って止めを刺そうとしたが、万全の時すら超えるセトの軽功の前に悉くがかわされ、氷原を幾度も抉った跡を残しただけになった。

 

 氷を踏み砕きながら肉薄したセトは俺の頭蓋を砕こうと、残った左腕をふるってハンマーパンチを繰り出し――俺はそれを橘花を併用して受け止め、骨まで揺らす衝撃に耐える。

 なおも諦めないセトが、俺の喉笛を食い破ろうと牙を剥いてくるので――ガンッ! と、右膝蹴りを鳩尾目掛けて叩き込んだ。

 怪我のせいか、踏ん張れなかったセトがよろめいた隙に……俺は右腕で渾身の、桜花の貫手を放つ。

 

 散る花びらのようなヴェイパーコーンを伴い、突き進んだ俺の一撃は――精魂尽き果てたセトの左胸に、深々と突き刺さった。

 

「ガハッ……」

 

 腕を引き抜くと、セトは血を吐きながら一歩、二歩と後ずさり……軍神としての意地故か、倒れることもなく静かに立ち尽くしていた。

 

「フ、フフ……。最後に一矢報いんとしたが、それも叶わなんだか。……なあ、神殺しよ。一つ問いに答えてくれぬか」

 

 

「……何だ?」

 

 

「オレは強かったか?」

 

 敗れたことを悔しがるでもなく、どこか清々しい顔でそう尋ねるセトに、

 

「ああ、強かったぜ。お前は」

 

 と、偽りのない本音で答えてやった。

 俺が先に深傷を負わせはしたものの、アイーシャ夫人の乱入無しでやりあっていれば俺が負けていた可能性も十分あった。地力ではセトが明らかに上だったからな。

 

「そうか……」

 

 俺の返答を聞いたセトは薄く微笑んで、

 

「ならば、強敵を下した勇士に対し、軍神として褒美をくれてやらねばな」

 

 などと言い出した。

 

 負けたわりには、随分と上から目線な言い様だなおい。まあ、くれるってんなら貰うけども。

 

「二人がかりだったが、それはいいのか?」

 

「あの粗忽な女ならばともかく、貴様になら構わぬ。二人がかりとはいえオレと真っ向から戦い、打ち倒してみせるなど――ホルス以外には成せなんだ偉業故な」

 

 徐々に体が石に変わっていくなか、セトが最後の力で声を張り上げる。

 

「聞いているな愚者の母(パンドラ)とやら! いつぞやの幽冥界での軽口、今こそやってのけろ。我が魂の片割れ、この男に必ずや届けてみせよ!」

 

 そう叫ぶとセトの体が完全に石と化し、粉々に砕け散った。

 それと時を同じくして、俺の背中に僅かに重みが加わる。

 

 これは……もしかして権能か?アレクの話じゃ、手負いの神を殺しても権能は増えない筈だが。

 もしかすると、セトの口添えがあったから権能を貰えたのかもな。義母さん(パンドラ)も粋なことをしてくれるもんだ。

 

 何はともあれ、これでこの一件も片付いたと言えるだろうな。ここから第三、第四の神がワラワラと出てきても困るし。やっとこの台詞を言えそうだ。

 

――これにて一件落着ってね。




 通廊で緊急回避したのにアイーシャ夫人が冥府落としを使えた理由は、彼女が姉さん呼びされてテンション上がったからです。
 ついでに言えば、セトにガンメタ張れる神具をちょうどよく持ってたのも彼女の幸運の権能によるもんなんで、ぶっちゃけセトがズタボロにされて負けたのは大体夫人のせいです。ヤンナルネ……


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時の番人の憂鬱

筆がノリにノッたので投稿。

今回のエジプト編の裏側である、時の番人の閑話です。基本的に説明ばかりなので、読み飛ばしていただいても問題ありません。

あと、初の三人称形式です。


「あの神殺しの蛮族(バルバロイ)どもがあーっ!」

 

アストラル界の一角――プルタルコスの館と呼ばれる地にて、一人の老人が気炎を吐いていた。

長衣(トーガ)を纏い、青銅の羽ペンを持ったこの老人こそ――この館の主、時の番人と呼ばれる存在である。

プルタルコスの館は世界の秘密と歴史の運航を管理する、アストラル界でも屈指の聖域とされる。

当然ながら、主である番人も尋常な存在ではない。人を越えた霊力と叡智を兼ね備えた、超越者とも呼ぶべき男なのだ。

 

しかしながら、今の彼が纏うのは超越者の威厳などではなく、過労死寸前の社畜めいた哀愁であった。

これは彼の職務にて、あまりにも大きな問題が発生したせいである。

 

彼の仕事は歴史にイレギュラーが発生した際、それを排除、もしくは修正することで歴史をあるべき姿に保つというもの。極めて重要な仕事ではあるが、元々歴史が修正力を有することもあり、彼自身が動くことはまずない――はずだった。

 

今回ばかりは、あまりに規格外なイレギュラーが立て続けに発生してしまったのである。

 

アイーシャ夫人が例によって例のごとく開いた通廊に、アレクサンドル・ガスコインと遠山キンジ――二人ものカンピオーネが便乗し、過去にむかってしまったのだ。

 

アイーシャ夫人単体でも、番人に大変な心労と激務をもたらす存在である。そこに二人もの神殺しが加わった場合、危険度は三倍ではすまない。連鎖爆発よろしく問題を大きくし、凄まじい被害が出る。

 

そう危惧していたところ――案の定であった。

 

彼らがたどり着いた時代は新王国期のエジプト文明。世界最古の宗教改革者として名が挙がるアクエンアテンが統治した時代であった。

さらに間が悪いことに、この地おいて封じられたまつろわぬハトホルが復活しかけていた時期である。どう考えても録な事態にならない。

 

そんなエジプトに到着したアイーシャ夫人はファラオに見初められ、アテンの巫女なる地位に取り立てられて布教活動に勤しんだ。

その結果、彼女の魅了の権能のせいもありアテン神の信者が激増した。

 

この時点で既に由々しき事態である。本来なら全ての名前を削り取られる程の処置を受けたファラオが、希代の名君として残りかねない。後代の歴史は滅茶苦茶だ。

 

しかも、ハトホルによって発生した疫病を癒し始めてしまった。この功績でさらに夫人とファラオの名声が高まったことも問題だが、それだけではなかった。

 

実は本来の歴史において、この疫病で命を落とす子供も多かったのである。古代においては医療が発達していないこと、栄養状態が良くなかったことから、さほど重くない病が原因で死ぬ子供は多かった。

が、夫人によって彼らは命を拾い、程なくして合流した遠山キンジと共にさらに多くを救っていった。

 

こうなっては番人も頭を抱えていたが、さらに追い討ちをかけるかのごとく事態が悪化する。

 

最後にこの地に着いたアレクサンドルが、ハトホルの封印を強引に解いてしまったのだ。

 

ハトホルの封印が解かれるのは半年ほど先の筈だった。その間に死病を振り撒き、多くの人間が病死する運命にあった。

 

ところが、アレクサンドルによってハトホルが再臨しかかると、それを察知した遠山キンジが急行し共闘を提案。ハトホルは人的被害を出す前に討伐されてしまった。

 

こうして死ぬはずの数百人は生き残った。字面だけなら美談ではあるが、時の番人としては頭痛の種以外の何物でもない。

 

かつてハトホルを追い込んだセトもやって来たものの、こちらも誘導されアイーシャ夫人と共闘した遠山キンジにより撃破された。こちらも人的被害は皆無だった。

 

諸々の展開を受け、時の番人は真っ白な灰と化しかけた。あまりに正史からかけ離れ過ぎていたからだ。

 

本来の歴史ではハトホルが多大な犠牲者を出す疫病を振り撒いた末に、セトと再戦し相討ちとなっていた。しかも交戦の過程で被害を撒き散らし、多くの人間が巻き込まれて死ぬという、未曾有の災害となる筈だった。

 

それが蓋を開けてみれば、被害者は殆どいない。アイーシャ夫人がやって来る前に何人か死んだ程度である。合わせて千人を超える人間が生き延びてしまった。

 

人口の少ない古代では、現代よりも個人の影響が大きい。それが一つの都市人口ほども死ななかったとなれば、歴史にあってはならないイレギュラーがそれだけの数存在することになる。

 

もはや、時の番人の手に負えない事態になりかけていた。これほどの人数を不自然にならぬよう死なせるとなると、天変地異でも起こす他ないのだ。

 

セトやハトホルといった死すべき神々が生き延びるという、最悪のイレギュラーが発生しなかったことだけは不幸中の幸いと言えるが――彼の慰めにはならなかった。

 

おまけに、正史ではこれらの災害のせいで揺らぐはすだったアクエンアテンの権威が、未然に防がれたことで逆に磐石のものとなってしまった。

 

「どうすれば良いというのじゃ。こうなっては収拾がつかぬわい……」

 

 

時の番人はさめざめと泣き、世の不条理を呪う他になかった。

 

 




とりあえず言えるのは、時の番人は泣いていい。

アイーシャ夫人とアレクサンドルはもちろん、キンジもかなりやらかしてます。


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新章プロローグ

今話より新章開始。予想より長くなったので、新権能のお披露目は次回となります。

前回までのあらすじ

古代エジプトにてセトと戦うことになったキンジ達。相手の地力の高さに苦戦を強いられたものの、アイーシャ夫人の加勢もあり無事勝利を収めた。その際、セトの口添えもあり新たな権能を得ることとなった。


「やっと帰ってこれたな……長かったぜ」

 

 アイーシャ夫人の通廊を抜けた俺達は、アレクの結社――『王立工厰』の拠点までようやく帰りついた。(ちなみに、アレクは一人で神速移動を駆使して帰り、アイーシャ夫人は眼を離した隙にふらりと居なくなった)

 

「同感。これで枕を高くして眠れる」

 

 俺の隣で疲れたようにそう呟いた、紅眼銀髪の少女――イレアナ・ルナリアは眠そうに、その紅い目を細める。

 

 無理もない。彼女は今回の帰還の功労者だからな。色々と無理をさせちまったし、休息が必要だろう。

 

 ――セトを倒した次の日。アレクが探索から帰還したこともあり、俺達は惜しまれつつもデンデラを去り――アイーシャ夫人の身柄についてファラオと協議することになった。

 

 勿論魅了済みの相手だったので交渉は難航。一触即発の空気になったり、ほだされたアイーシャ夫人がこの時代に残るとか言い出したり色々とあったが、どうにか退去できた。

 

 そこから件の通廊の場所に向かったが、ここでもまた問題が発生した。今度やらかしたのはアレクだ。

 通廊までの道中で、アレクが夫人をまるで米俵のように担いで移動し、彼女から激しい抗議を受ける羽目になったんだよな。

 

 いや、あれは俺から見てもあり得ない選択だったけども。米俵って。素の俺でさえ、せめておんぶくらいしてやれよと思ったね。あんな扱いしたら、アリア達なら即座に銃口が火を吹いてたぞ。

 

 その抗議に対する対応がまた悪くて、「最もやり易い運び方を選択したまでだ」なんて言ったもんだから、アイーシャさんは俺に泣きついてくるし、エライ目に遭ったよ。

 

 すったもんだの騒動をなんとか乗り越え、通廊を開く儀式をイレアナにやってもらったが、流石に苦戦していた。

 呪力は足りたものの技量が追い付かなかったせいか一度目は半分しか開かず、二度目のトライではハトホルの竜骨とアレクが材料を集めてきた霊薬によって魔導力を最大限に高めて、ようやく成功したからな。竜骨あってよかった。

 

 長かった道のりを回想しながら感慨に浸っていると、目の前のドアが開いた。

 姿を見せたのは苦みばしった顔の偉丈夫――『王立工厰』の副総帥にしてアレクの右腕でもあるサー・アイスマンだ。

 

「遠山王、よくお帰りになられました。部屋を用意させましたので、お入り下さい」

 

 気遣いは有り難いが、俺はまだアレクに用があるんだよな。そっちを先に済ませるとするか。

 

「俺よりイレアナを案内してやってくれ。俺はまだアレクに用があるからな。あいつはどうしてる?」

 

「アレクなら部屋で寛いでいますが……会談の場が必要ならば、改めて設けますが?」

 

「いや、そこまではしてくれなくていい。直ぐに済む」

 

 そのままアイスマンの案内に従ってイレアナと別れ、アレクの部屋を尋ねると――神経質さすら感じさせる、シンプルな部屋に通される。

 

「何の用だ?遠山キンジ」

 

 読んでいたらしい本から顔をあげ、アレクが不機嫌そうにいう。

 ……大方分かってるだろうに、よく言うぜ。なら前置きは無しだ。

 

「単刀直入に言うとだな、俺のマニアゴナイフを返してくれ。お前、あのあとどさくさ紛れにパクったろ」

 

 そう。初めて会談した時に異世界渡りの証拠として渡した、俺のマニアゴナイフ。それをまだアレクが持っているのだ。

 エジプトに居たときは話が拗れても困るから、あえて言わずにいたが……もう遠慮する必要は無いだろう。

 

「断る。あれはまだ精査する必要がある証拠だ。まだ返すわけにはいかんな」

 

 人様からパクっといてこの言いぐさとはね。つくづく面の皮の厚いやつだな。

 

 なんて思いながらみていると、アレクが僅かに目線を逸らした。どうやら、少しだけ後ろめたいらしい。

 

 このまま返還を要求しても、アレクが余計に意固地になって平行線を辿るだけだろうな。むこうが折れるだけの理由を作ってやらないと、この手のタイプは交渉に応じない。

 

「なら、こういうのはどうだ?ナイフを返してくれたら、俺がこれからやる『業務』で――他の組織や個人よりお前からの依頼を優先するってのは」

 

 そう告げると、アレクの眉がピクリと動いた。狙い通り食いついてきたな。

 

「詳しく聞かせろ」

 

「俺はこれから、金と引き換えに神獣やまつろわぬ神を相手取るのを仕事にするつもりなんだよ。前の世界でも似たようなことやってたしな」

 

「神殺しともあろう者が、傭兵の真似事とはな」

 

 そう嘲笑するアレクの言葉を無視し、俺は話を続ける。

 

「んで、その依頼を受ける際、お前の利害を汲んでもいいってことだ」

 

「……」

 

 アレクは思案するような目付きになった。自分の興味と結社の利益、そのどちらを優先するか考えてるな。

 

 早い話、正式に同盟を結ぼうってことだ。俺の世界に向かう方法を考えると約束しはしたが、お互いへの配慮を約束したわけではない。俺がこちらの世界で武偵業を始めた場合――俺の依頼主によっては、俺とアレクの利害が衝突する可能性がある。

 

 例えば、依頼主が賢人議会を始めとする王立工厰の政敵であった場合とかな。それらの組織に俺が手を貸すようなことになれば、アレク個人はともかく組織としては少々まずいことになる。

 

 『王立工厰』は魔術結社として見れば歴史が浅く資金力では劣るし、構成員も雑多であるがゆえに平均の質は余り高くない。それでもなお他の魔術結社と渡り合える影響力を持てるのは、総帥であるアレクがカンピオーネだからに他ならない。

 

 もし他の組織がその豊富な資金力でもって俺を雇った場合、アレクと同等の切り札(ジョーカー)が相手に転がり込むことになる。かつて欧州の魔術結社を二分する大騒動を起こし、各地から霊宝を奪ったせいで敵が多いアレクにとっては、できるなら避けたい事態だろう。

 

 それが分かっているだけに、眉間にしわを寄せて考えていたアレクは……溜息をついて返事をした。

 

「いいだろう。その条件を呑んでやる」

 

 そう言うと、俺の目の前にナイフが現れた。転送の術を使ったらしい。

 

「契約成立だな。じゃあ連絡手段をくれ。お前はしょっちゅう音信不通になるからな」

 

「この番号にかければつながる。魔術的処置を施してあるから、アストラル界でも問題ない」

 

 俺に携帯番号を書いた紙を渡すと、アレクは再び本に目を落とした。話はここまでってことか。

 

「それじゃあな。今後ともご贔屓に」

 

「さっさと帰れ」

 

 俺が踵を返して部屋に戻ろうとすると、にべもない返事が返ってきた。つれないねぇ。

 

 

 

 

 

 次の日、イギリスを発った俺達は――今や懐かしさすら感じる、ブラジョフの教会に帰ってきた。

 

「無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます。我らの王よ。イレアナも無事で何よりだ」

 

「叔父様、お久しぶり」

 

「俺がいない間、ご苦労だったな――クリスティアン」

 

 膝をついて礼をとり、俺達を出迎えた強面の壮年騎士は――俺が総帥を務める結社『真紅の月夜』の大騎士、クリスティアン・ルナリアだ。

 

 彼は俺がイギリスに旅立ってから、プリンセス・アリスの接待等といった仕事を一手に引き受けてくれた。丁度いい権能も手にはいったことだし、礼でもしないとな。

 

 嬉しそうに駆け寄ったイレアナを抱き止め、慈しむような優しい目をする姿は微笑ましいな。やっぱり心配だったんだろう。

 

「アリスはあの後、どうしてたんだ?」

 

「プリンセスはちょうど昨日まで滞在されておりました。『お帰りになられたら、遠山様に改めてお礼申し上げますわ』との伝言を残してお帰りになられましたな」

 

 

 あのプリンセス、昨日までいたのかよ。この機会を逃すまいと一週間程も遊び倒したんだな。後でミス・エリクソンに叱られるぞ。

 

 あの奔放姫様に呆れていると、クリスティアンが真剣な顔つきになり……

 

「王よ、実はとある場所より救援要請が来ておりまして……御判断を仰ぎたいのですが」

 

 と、報告してきた。

 

 カンピオーネである俺を救援として呼ぶだと?またぞろ厄介事が湧いてきたのかよ。苦労して帰ってきたそばからこれか。

 

「お疲れでしたら、休養が必要ということで先方にはお断りすることもできます。いかがなさいますか?」

 

 げんなりした内心が漏れていたのか、クリスティアンに心配されてしまった。まあ、話だけでも聞いてみるか。

 

「判断するのは全容を把握してからだ。説明を頼む」

 

「かしこまりました」

 

 それから三人揃ってリビングに移動し、改めて話を聞くと――日本に蛇と蜘蛛の神獣が出現し、互いに争い合っているということだった。なかなか穏やかじゃないな。

 

「それで、その二体はどこで暴れてる?人口密集地とかじゃないだろうな?」

 

「瀬戸内海の無人島らしいのですが、地脈の通る島だそうです。人的被害を出す可能性は低いですが、消滅する迄放置できるわけでもないと」

 

 ……少々引っ掛かるな。それなら俺に頼らずとも、どうにか出来そうな気もするが。

 

「それなら人的被害を気にしなくてもいいし、自分たちで対処できるんじゃないのか?」

 

 そう聞いてみると他二人に呆れた顔で、

 

「お言葉ですが王よ。只人からすれば神獣と戦えというのは、死刑宣告と大差ありませんぞ」

 

「王様は神々やカンピオーネの方々としか戦ってないから、感覚がマヒしてるだけ。普通は国中の魔術結社を挙げての総力戦になる」

 

 等と言われてしまった。

 

 あいつらってそんなに強かったのか。セトが呼んだ神獣以外は、通常攻撃一発で死んでたんだけどな。

 

「互いに疲弊したり、片方が消滅した隙をついて総掛かりで挑めば、討伐はできましょうが……相応の犠牲は覚悟しなければならなくなります。神獣討伐に参加できるほどの手練れは限られますから、むこうとしても取りたくはない手段でしょう」

 

 うーん。俺が出張らなければ、犠牲者が確実に出るのか。それはマズイな。

 

 

「でも王様は過酷な戦いを終えて帰られたばかり。私としては休んで欲しい」

 

 俺が出撃する方向で考えていると、イレアナから待ったがかかった。俺のコンディションを心配してるらしい。

 ていうか、無理をしたのはお前も同じだろうに。

 

「イレアナがここまで言うとは、一体どんな冒険を潜り抜けられたのやら……良ければ聞かせていただけませぬか?」

 

 クリスティアンの求めに応え、事のあらましを話してやると……聞き終わった頃にはクリスティアンは唖然とし、言葉を失っていた。

 

「古代エジプトにタイムスリップし、お二人のカンピオーネと共闘して二柱の神を相手取ったですと……!しかもハトホル神とセト神といえば、エジプト神話を代表する大神ではありませんか。よくご無事で……」

 

 我がことながら、改めて話すとすごい大冒険だよな。事実は小説より奇なりってか。俺的には勘弁して欲しいんだが。

 

 軽く己の運命を呪っていると、イレアナが――

 

「というわけで、王様はお疲れ。安心してお休みいただくためにも――ここは私が日本に行ってくる」

 

 と、宣言してしまった。

 

「なっ……!一体ならばともかく、二体も居るのだぞ。いくらお前でも、単独で挑むには危険過ぎる!」

 

 姪の宣言に顔色を変えるクリスティアン。正直なところ、俺もほぼ同意見だ。

 今のイレアナなら、単独の神獣位には完勝できる。俺から呪力を供給した場合、彼女の火力は『神やカンピオーネの通常攻撃』に匹敵するからな。狙撃手として遠距離戦に徹すればわけなく葬れるはずだ。

 しかし二匹が固まっていたならば、危険度は跳ね上がる。最悪死ぬ……なんてことはなくても危険を犯すことになるし、片割れを討ち漏らす可能性もある。許容できる提案じゃないな。

 

 まつろわぬ神ならともかく、神獣ならそこまで手間取るわけでもない。必要性もないのに女子一人を他国に送って寛ぐより、俺が出た方が気も楽だ。

 

「それは許可できない。心配は有り難いが、俺が始末する。さっさと片付けて、慰安旅行に早変わりさせるぞ」

 

 そろそろ和食や米が恋しくなってきたところだし、ある意味丁度良かったかもな。

 

 俺の命令にイレアナは不満げな顔を見せ、クリスティアンはあからさまにほっとしていた。

 

「それで、今回の依頼の報酬を決めようと思う。俺としては神獣一体につき3000万ぐらいにしようかと思ってるんだが、どうだ?」

 

「……王よ、それでは安すぎますぞ」

 

「王様、ご自分の価値をきちんと把握したほうがいい。その値段はない」

 

 

 わざと違う話題を出して切り替えると、二人もそれに乗ってくれた。のはいいんだが……何でここまで言われてるんだよ。しかもとんでもなく残念な人を見るような目で。

 こっちはちょっと吹っ掛けすぎたかとも思ってたんだぞ。それが逆に安すぎるってどういうことだよ。

 

「よいですか。金を積めば王自らが足を運ぶというだけで、破格極まる条件なのですぞ。しかも魔術関連の家は資産家が多く、数千万ならそれなりの家格を持っていれば払える額です」

 

「それに魔術師にとって王に従うのは義務だから、報酬なんて言わずに全てを奪っても文句は言えない。王様はそんな立場なの。それがわざわざ金で契約をしてくれるなんて、あり得ない待遇」

 

 物わかりの悪い子に、噛んで含めるように説教されてるが……やっぱ実感湧かないなあ。俺が王様扱いなんて。いや、神々と戦ってるし、神殺しになったのは自覚してるけども。

 アリアやベレッタにドレイ呼ばわりされてた俺が、随分と出世したもんだ。別に、それを傘にきて何かする気はないけどさ。

 

 ……まてよ?王様扱いってことはもしかすると――

 

「なあ、二人とも。もしかして日本に行ったら、その……何か理由をつけて女を差し出されたりする可能性ってあるか?」

 

 かつてランパンにされた、忌々しいハニートラップ。未だに続く、俺に男色趣味があるなんて誤解を与えたそれについて聞いてみると……

 

「大いに有り得ます。妻とまで高望みはせずとも、侍女や妾の名目で押しつけることもあるでしょう」

 

 真剣な顔で重々しく肯定されてしまった。勘弁してくれよ。

 

 ただでさえジーサードに「兄貴の女を集めたら、国連みたく連合が出来るんじゃねェのか?」なんて言われてるんだぞ。こっちで女作ったなんて思われたら、異世界代表がその連合に加わっちまう。冗談にもならんわ。

 

 ……ああ、そういやヴァルキュリヤのやつが勝手に婚約者名乗ってたな。既に手遅れじゃん……

 

「同様に、眷属候補として人材を遣わされる可能性もありますな」

 

 暗雲たる気分でいると、そう聞き捨てならないことを忠告された。

 

「どういうことだ?人間を辞めることになる俺の眷属なんて、なりたがるやつはいないと思うが?」

 

 まさかと思って聞き返すが、クリスティアンの表情は真面目なままだ。これは本気で言ってるな。

 

「正妻と違い、眷属は一人とは限りませぬからな。御身と浅からぬ縁を持てる上、人間では太刀打ちできない程の力を得られるのならば……どこの結社も喉から手が出るほど欲しい存在でしょう。イレアナの力は既に知れ渡っておりますし、王の眷属であることは大きなステータスとなりますゆえ」

 

 言ってることは一見筋が通ってるが……一つ前提が誤ってる部分だけは、訂正しないといけないな。

 ――俺自身に、イレアナ以外の眷属をとる気があるってところだけは。

 

「なら先にこう言っておけ。女も新しい眷属も、俺には必要ないってな。ああ、勿論男色家でもないからそこは忘れず伝えろ」

 

 そもそも俺には、眷属を作る気自体が無かった。どう言い繕ったところで、眷属作成ってのはロクでもない力だからな。無理矢理人間ではないものに変え、絶対の服従を誓わせる――こんなもん私利私欲で使っちまった日には、罪悪感でお天道様の下を歩けなくなるぜ。既に吸血鬼の権能もってるけど。

 

 イレアナを眷属にしたのだって、最後まで反対だった。人を捨ててでも尽くそうとする彼女の意志が余りに固くて一歩も退かず、クリスティアンの口添えもあって無視し続ける方が不誠実になってしまうことから、特例として認めたんだ。

 

 その眷属化を、野心や組織からの命令が原因で受け入れるような輩に使ってしまったら、彼女や俺を信じて姪を任せたクリスティアンにも申し訳が立たない。断じて認めないぞ。

 

 そんな決意を込めて宣言したところ、

 

「王様……」

 

「我が姪ながら、騎士冥利に尽きる話ですな。王よりこれ程の寵愛を賜るとは……」

 

 なんか、二人から感動したような視線を向けられてるんですが。特にイレアナなんか、白い頬を赤く染めてるし。

 

「ま、まあ眷属関連の話は一旦置いといてだ。――クリスティアン。お前の忠誠心と今までの功績を称えて、俺から褒美を与えることにした」

 

 咳払いして空気を変え、もう一つの本題を切り出す。さあ、新たな権能の御披露目といこうか。



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聖骸の恩寵

お久しぶりです。今回は皆さんお待ちかね、新権能のお披露目会です。

前回までのあらすじ

古代エジプトより帰還したキンジ一行はアレクと盟約を結んだあと、ルーマニアに帰り着いた。その際、腹心であるクリスティアンから日本に出現した神獣の話を聞かされる。
対処に動くことを決めたキンジは、その前に部下へ権能を用いた褒美を授けることにするのだった。


 疲れていたイレアナを下がらせ、クリスティアンと最近新設してくれたらしい執務室へ移動した。王様らしいことをするわけだし、ちょっとは格好つけたいからな。

 

 俺も入るのは初めてなので、内心ワクワクしながら扉を開けると……とんでもなく洗練された光景が広がっていた。

 極端に広いわけではないが、壁際にある飴色の木で作られた瀟洒な本棚と、一目でアンティークと分かる趣あるデスクが目を引く。他にもゆったりと座れる高級椅子など、一流のものばかりが置かれてる。まるで大貴族の執務室だ。かつて泊まったことのある貴族の家――ホームズ邸でもここまでじゃなかったぞ。

 ……正直なところ、俺の想像を遥かに越えた設備と家具を揃えてくれてる。

 その事に感謝しつつ、左手にあったソファーに座る。その前でクリスティアンが跪いたのを見計らい、権能を使った。

 

「誉れある勇士よ。我が骸より恩寵を授かることを許す」

 

 俺が聖句を唱えると、俺の手の中に5キロほどの鋼のインゴットが現れる。

 

「その鋼から凄まじい力を感じます。これはもしや、先ほど話に出てきたセト神より簒奪された権能ですかな? 金属を錬成する権能とみましたが」

 

 インゴットを見たクリスティアンは、それが放つ力に目を見開きつつ……俺に正体を問いただす。

 

「それじゃ半分正解だな。よく見てろ」

 

俺は指先だけを変化させ、表面を爪で削り取った。すると――瞬く間に金属が盛り上がり、削れた部分を元通りに塞いでしまった。

 

「自己修復の霊力ですと……! それに鋼自体の質も、人の手では産み出せるかどうかわからないほどとは。褒美をとらせると仰っていましたが、まさかこれを私に下賜されると……?」

 

クリスティアンは、信じられないとでもいうような顔で俺を見てくるが……そのまさかだ。

 

「不満か? お前は魔銃や魔剣の使い手だから、インゴットは丁度いいかと思ったんだが。鋼が嫌なら、ダマスカス鋼も用意できるが――」

 

「不満など滅相もない! 私ごときには過ぎた褒美だと思っただけでございます。この鋼で造られた剣ならば伝説の騎士と共に戦場を駆けるか、宝物庫に収められてしかるべきなのですから」

 

ふむ、ならこの権能はアタリだな。働いてる連中にやる褒美をどうするかは、気がかりだった。俺のものじゃない結社の金や、宝物を渡すわけにはいかなかったからな。

 

「お前の尽力を俺は高く評価しているから、権能を用いた褒美を渡すのに不足はない。この権能は金属の種類の他に込められる霊力も選べるから、希望を言ってみろ」

この権能は金属の種類の他に込められる霊力も選べるから、希望を言ってみろ」

 

遠慮されそうだったので、有無を言わさず受け取らせる方向に持っていく。礼もせずに奉仕を受け続けるのは、あまり気分がよくないし。

 

そんな気持ちの言葉を聞いたクリスティアンは目を丸くして、

 

「そこまで配慮していただかなくともよろしいのですが……私にはこの鋼でも十分過ぎますので」

 

と言って譲らない。ならこれでいいか。

 

渡したインゴットをわざわざ跪いたまま、両手で捧げ持つように受けとるクリスティアンに、気になったことを聞いてみる。

 

「これなら、値段はどの程度になるんだ?」

 

「これ程の鋼を錬成できる錬金術師など、片手の指の数ほどもいないでしょう。十倍の金塊であっても釣り合いますまい」

 

大体金一グラムで5000円ほどだから、このインゴットの重量だと……2億数千万円! おいおい嘘だろ!?

 

「そ、そんな値段になるのか!? これ、そんなに力込めて作ったわけじゃないんだぞ!?」

 

「王が権能を用いて、手ずから創られた鋼ですぞ? 品質も宿す力も、人間では手が届かぬ域にあります。それを鍛えた剣――騎士ならば喉から手が出る程に欲するのは当然です」

 

 ってことは、もっと力込めて作ったら値段も上がるのか。やった! これからは他の連中に金欠の金次(キンジ)なんて言われないぞ! 吸血鬼の権能の百倍嬉しいぜ。セトありがとう!

 

「しかし、これを誰に任せるかですな……」

 

 

自分が楽に億万長者になれる姿を想像してテンション爆上がりの俺を他所に、クリスティアンは何か案ずるような顔をしている。

 

「どうした。何か懸念でもあるのか?」

 

「この鋼を剣として鍛えられる刀工が思い浮かばないのです。王より下賜されたものである以上、相応の名工に任せたいのですが……生憎心当たりがなく」

 

 あーなるほどな。希少過ぎるから扱える人間が限られるのか。恐らく鋼の質からして、刀工も人類最高峰レベルが要求されるだろうし。

 

「こういう魔剣の類い、どこが一番有名なんだ?」

 

「イタリアですな。彼の地を代表する、『七姉妹』と呼ばれる結社があるのですが……そこの騎士たちが授かる剣は、欧州中の騎士達の垂涎の的とされます。それらの製作者が、王の金属を扱える可能性が最も高いはずです」

 

 イタリアか。こいつは助かる。あっちにはいくつも貸しがあるし、話の通じる『王の執事』も顔見知りだ。俺が立てていた計画も、お蔵入りにならずに済みそうだぜ。

 

「イタリアなら、俺から連絡して話をつけておくか」

 

「そんな。そのような雑事は私がやりますので……」

 

 そうしてもらってもいいが、何か嫌な予感がするんだよな。イタリアといえばドニの本拠地だし、雲行きが怪しくなる前に俺が出ておいたほうがいいかもしれない。

 

 そのことを話すと、クリスティアンも納得してくれた。彼が去って一人になった執務室で、件の執事――アンドレアに電話をかける。

 

「遠山王、此度は何のご用件でしょうか? 賠償金の振り込みは今月末の筈ですが……」

 

「ああ、弁償の話じゃない。実は相談したいことがあってな――」

 

 1コールで出てくれたアンドレアに、簡単な権能の説明をしてから褒美の用意と……本題でもある俺の計画――俺が作った金属を用いた対神用魔弾と、それに対応した銃の製作について話す。

 

「なるほど、弁償の一部免除と引き換えに、職人と渡りをつけて欲しいということですか。それにしても、銃弾に吸血鬼の血を仕込むことで神に通じるようにするとは……血は魔術において重要な要素ですが、そんな前例は私が知る限りでは皆無です。製作できると断言する職人は、イタリアにも居ないでしょうね」

 

 ま、そうだろうな。血を操る吸血鬼の権能ありきの案だし、前例があるわけがない。

 

「出来れば儲けものくらいに思ってるから、そんなに無理する必要はないぞ」

 

「承りました。本格的なすり合わせは、候補を見繕ってからということで――」

 

 アンドレアがそう言ったところで唐突に言葉が途切れ、どさりという何か重いものが床に落ちた音が聞こえた。これはまさか……

 恐れていた厄介ごとが起きたと確信すると同時に、

 

「やっほーキンジ。久しぶりだねえ」

 

 どこかバカっぽい美声が耳に飛び込んできた。勿論相手は――

 

「やっぱりお前か、ドニ」

 

 イタリア魔術界を統べる盟主にして、かつて剣を交えた相手でもあるサルバトーレ・ドニだ。なかば予想できていたが、やっぱりしゃしゃり出てきたか。

 

「あれ? サプライズのつもりだったのに、随分とリアクションが薄いじゃないか」

 

「顛末が大体予想できるんだよ。大方、通りがかったところで面白そうな話が聞こえてきて、隠れて盗み聞きしたとかだろ。そんで話が終わったところでアンドレアを殴って電話を奪った」

 

「あはは、大正解。まるで見てたみたいに言い当てるなんて、流石は僕の同志キンジだよ!」

 

「人を同志スターリンみたいに呼ぶな」

 

 まったく……このバカの行動が推理できてしまう自分が恨めしいぜ。当たらなくていいときに限って推理が当たりやがる。

 

「ちなみに、どっから聞いてた?」

 

「最初からだよ」

 

 こうなっちゃ、直にコイツに話通すか。権能の詳細についても割れてるし、今更隠しようもない。

 

「部下の剣と俺の魔銃だが、そっちで依頼できるんだな?」

 

「それはアンドレアに任せればいいんだけどさ、僕から条件をつけさせてもらっていい?」

 

 はいきた。どうせまた戦えとか言うんだろ? こっちは相性悪いから、二度と()りたくないってのに。

 

「言うだけ言ってみろよ」

 

「僕用の剣に使う金属を用立てて欲しいんだ」

 

「……どういう風の吹き回しだ? お前、今まで剣の質にこだわってなかったろ」

 

 ドニの権能は駄剣を神剣に変えるシロモノ。それもあってか、ドニが剣そのものに頓着する様子はなかった。そもそも本気で名剣が欲しいなら、幾らでも手に入れる機会はあったはずだ。

 

「確かに、振るう剣に拘る趣味は無いんだけどさ。友人からのプレゼントなら話は別だよ。ほら、デザートは別腹ってやつ?」

 

 コイツらしい言い草だな。まあ戦えって言われるよりはマシだし、呑むか。

 

「プレゼントってわけじゃないが、その条件を呑もう。金属の種類と霊力に関して指定はあるか?」

 

「嫌がってたわりに気を利かせてくれるじゃないか。君ってやつはツンデレだねえ、キンジ」

 

「無いんなら電話切るぞ」

 

「まあまあ、怒らないで待ってよ。金属は鋼で、霊力は頑丈になるような物を適当につけてくれればいいさ。あ、剣は君から直接渡して欲しいな」

 

「おい、受け渡しのためだけにイタリアに出向けって言うのか? そりゃないだろ」

 

 ルーマニアとイタリアは比較的近いが、それでも外国だぞ。

 

「だって、プレゼントは直接渡してもらうのが醍醐味じゃないか! これは何と言われようと外さないよ」

 

……なんとも子供じみた言い分だが、こんなことでゴネられても困るな。しょうがない、必要経費と割りきるか。

 

「分かったよ。インゴットの用意はしておくから、職人の手配はそっちで頼んだぞ」

 

「任せてよ。といっても、動くのはアンドレアだけどね」

 

 こんな主を持ったばかりに、彼も不運なこった。今度会ったときに胃薬渡しとこう。あれはいい薬だからな。

 

 不憫な執事に同情しつつ電話を切り、ポケットにスマホをしまう。これで懸案がひとつ片付いた。とりあえず一安心だ。

 

 あとは、日本に出たっていう神獣二頭か。報告通りならすぐに終わるだろうが……果たしてうまくことが運ぶかどうか。俺が世界間移動してからこっち、穏便に終わったことがないからな。どうなることやら。

 




例によって権能詳細を載せます。

聖骸の恩寵(Communion Grace)

キンジがエジプト神話の悪神セトより簒奪した第二の権能。
金属を錬成し、任意の霊力を付与する権能である。付与できる霊力の強大さは金属の格に比例し、希少な金属ほど強い概念に耐えられる。

一見自由度が高いように見えるが神具クラスのものは作れず、自分で見たことのある金属しか錬成できない、あくまで作れるのはインゴットであり武具として使うなら他者の手を借りる必要があるなど制限が多い。少なくとも、神やカンピオーネとの直接対決では殆ど役に立たない。

この中途半端さはアイーシャ夫人の横槍が入った結果、権能簒奪が不完全になったことによる。

しかし、現時点でもクオレ・ディ・レオーネやイル・マエストロといった魔剣に匹敵する代物を量産できるため、人間から見れば十分凄まじい。
また、魔術と科学を融合させた魔導工学とも言うべき分野があった場合は、世界を牛耳ることすらできるポテンシャルを発揮できる。



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