チートな能力を使って、世界を救う筈が……!(改訂版) (いんてぐら)
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プロローグ 神のミス

にじふぁんの規制に引っかかって削除した作品です。加筆修正、誤字脱字などをして再投稿していきたいと思います。

更新速度は一週間を目安で考えています。


では、プロローグ。どうぞ~。


大学四年生の春。オレは最後の大学生活を満喫しようとしていた。単位は問題なし、内定も地元の中小企業だがしっかりと確保した。つまり卒業後の備えは無問題。

 

 ならばこの一年、オレは何をすべきか。語るまでもない。遊んで遊んで遊びつくす! そしてあわよくば心底惚れて、惚れられた彼女をゲットする! それがこの一年の目標だ。

 

 時刻は八時半。優雅で気楽な長い春休みが終わり、今日から大学が始まる。オレは講義で使う教科書数冊とノートを鞄に放り込み、家の玄関の扉を開けた瞬間――――世界が一変した。

 

 「はあっ?」

 

 我ながら、なんとも間抜けな声が出たと思う。だが、目の前の状況は、そんな声が出ても仕方ないだろう。一人暮らししているマンションの玄関を開けた。そこには見慣れた廊下がある筈だった。なのに今、自分の目に飛び込んでくる光景は、ただただ真っ白い世界。地平線なんて存在しない。本当にどこまでも白い世界が広がっている。

 

 「はっ? はい?」

 

 あまりの出来事に、眼をぱちくりさせて辺りを見回した。まったく理解できない。一体全体、何が起こったのでしょうか――?

 

 「あー……やっちまったわぃ……」

 

 オレの背後から声がした。振り返ると、そこには見慣れた玄関のドアは当然なく、真っ白い背景に――神様が立っていた。

いや本当に、オレの表現に間違いはない。真っ白い、ゆったりとしたローブ。十分に蓄えた白い髭に眉。右手には樫の杖。「あちゃー」と言うばつの悪そうな顔をしているが、刻まれた皺はある種の貫禄と愛嬌をかもし出している。

「なにこれ……なんてテンプレート……」

色々と突っ込みどころはあるが、今はこの状況が知りたい。

 

 「あー……爺さん。悪いけどがここどこ? それとアンタだれ?」

 

 「う~む……おかしいの。座標は間違っていなかった筈なのじゃが……何故、選ばれた者と違うのじゃ? 誰かのミスか? いや

書類はちゃんとチェックした筈なのじゃが……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、爺さんはローブの裾から取り出したクリップボードを見つめている。ってか、無視ですか?

「お~い、爺さん~」

 

 「んっ、おおすまんすまん。完璧に手違いじゃ。すまんの少年。早く帰して……ん?」

 

 申し訳なさそうな表情から一変、爺さんの顔からだらだらと冷や汗が流れ始めた。何か、良くないものを発見したらしい。

「えっ、と……爺さん。大丈夫か? 何か汗が出ているみたいだけど?」

 「い、いや……その、ちょっ、ちょっと待ってくれぬか?」

爺さんはくるりとその場で反転。再びローブの裾に手を突っ込み、何かを取り出した。携帯電話だ。それもかなり古いデザイン。たぶん、携帯本体より、電池のほうが重い時代の骨董品。へぇ、まだ動くんだ。ってか、持ってる人いたんだ。今の時代、スマートフォンだよ。

「あー、もしもし。どういうことじゃ。何か勝手に起動しておるぞ? ――なぬ? そんなバカな話があるか。それ以前に選定者とはちが――いや、待て、ちゃんと確認――」

何か酷い厄介ごとらしい。オレは一先ず電話が終わるのを待つ事にした。それにしても、ここはどこなのだろうか。空も地面も全て真っ白。こんな空間、地球上にあるんだろうか?

しばらくして、爺さんが携帯電話を閉じた。そしてくるりっとオレに向き合い、とんでもないことを言い出した。

「すまん少年よ。君は死んでしまった」

 「――――はい?」

 

 深刻そうに、それでいて申し訳なさそうに言う爺さん。オレが死んだ? じゃあ、ここにいるオレは何? 何言ってんのこの爺さん。痴呆症か? ボケたか?

 

 「玄関を出た直後に震度三の地震が発生し、落ちてきた玄関灯が頭に直撃。頭蓋骨陥没による脳挫傷で死亡……すまん。完璧にこちらの手違いじゃ……本当に申し訳ない」

 

 頭を下げる爺さん。全然、状況が見えない。と言うか、なに、その死に方? そんなバカな死に方したのオレ? 

 ……何がなんだか本当に分からない。でも、分かった事が一つだけある。

「爺さん……病院行こうか?」

 

 目の前の爺さんがボケていると言う事だ。まぁ、服装がおかしいのはそのせいだろう。オレは警戒心を抱かせないように、自分に出来る最高に優しい笑顔を浮かべた。老人介護の仕事をしている親戚の姉ちゃんから聞いた事がある。痴呆症、呆けているご老人には、まずは笑顔を向ける事が大切なんだってさ。

 

 「……かーっ! 少年、お主は儂をボケ老人と見ておるのか! 不届きな奴じゃ! 儂はボケておらんわ!」

 

 「いやいや爺さん、程良くボケてるよ。訳の分かんない事言ってるし、服装もおかしい。ボケ老人決定。安心してよ、オレの親戚の姉ちゃんが老人ホームの仕事してるから、最悪紹介して―――――」

 

 「ええいっ! 儂をボケ老人扱いするなっ! 儂を誰と思っておる!?」

 

 「神様ルックのコスプレをしている可哀想なボケ老人」

 

 「違うわい! 儂は神じゃ!」

 

 ……痛々しい。何て痛々しいんだ。オレは目に涙が浮かびそうだった。

「あーはいはい。おじいちゃん。掛かり付けのお医者さんから何か貰ってないかな? 電話番号とかお薬とか?」

 

 「かーっ、信じよ。本当にワシは神なんじゃぁー!」

 

 涙目になってるよ自称神様……まぁいいか。ここは頭ごなしに否定せず、まずはお話を聞くんだったよな姉ちゃん。

 

 「あー、分かった分かった。信じるよ神様」

 

 「優しい笑顔で語りかけてくるなぁー! まるっきり信じておらんじゃろ!」

 

 「ううん。おじいさん。僕は信じているよ」

 

 「口調が変わっとるじゃろうがぁ! ええい。もうよいわ! こうなってしまった以上、主に行って貰うしかないな!」

 

 そう言って、クリップボードの上の紙にさらさらと何かを書き込む自称神様。ん? 電話番号かな?

 

 「よいか。主はこれより、多元世界の安定と秩序を守る為に、ある世界に行って貰う。その世界は、人類が宇宙からの外敵によって、滅亡の危機にある。主はこの危機を回避し、滅亡のシナリオを書き換えなければならん」

 

 「うんうん。それで?」

 

 優しい笑顔をキープ。自称神様、半泣き。

 

 「……その世界に行くに当たって、主には幾つかの能力を付与させる事が出来る。これがその能力の一覧じゃ。好きに選べ。ただし最初に付与できるのは二つまでじゃ」

 

 と、自称神様が持っていたクリップボードがふわふわと宙に浮き、オレの手元に舞い降りてきた。――――驚いたよ自称神様。アンタ、ボケる前は手品師だったんだな。

 

 とりあえずオレはクリップボードに書かれている紙に目を通した。そこにはこんな項目が書かれていた。

 

 

 操縦技術:S

 

 機械技術:S

 

設計・開発:S

 肉体強化:S

 

 精神強化:S

 

 高性能専用兵器所有

 

 高性能サポートメカ。

 

 本拠地強化。

 

 初期ポイント一〇〇〇〇〇pt。

 

 なんじゃこりゃ? それが第一の感想。まったくもって意味不明だ。オレはちらりと自称神様に視線を向けると、神様は「はよせい!」と睨んでくる。いや、その前に説明を……まぁとりあえず前の二つにマルを付けた。

 

 「決めたな」

 

 再びクリップボードがふわふわと浮いて、自称神様の手元に。

 

 「むっ……驚いたわ。本拠地やポイントに眼を向けず、自身に還元できるモノを選びおったわ。ふ~む、これは興味深い」

 

 唸る自称神様。何が興味深いんだか……さっぱり分からん。

 

 「よし、では、主の注文どおり、存在情報を書き換えておく。あとは経験を積めばいくらでも強化できるからな。詳しいやり方も主の頭に書き込んでおく。それじゃあ出発じゃ。第一五八四七四三九番多元世界。通称、マブラヴオルタネィテブの世界へと――――」

 

 「――――ストォーーーープ!!」

 

 聞き覚えのある単語に反応し、オレは声と共に、動作でも「ストップ」を促した。

「な、なななんじゃ!? 急に大声を出すな。心臓が止まるかと思ったではないか!?」

 

 「……爺さん。今、何て言った?」

 

 聞いた事のある単語だ。オレは腕を組み、眉を傾げながら尋ねた。

 

 「心臓が……」

 

 「その前。マブラヴとか言わなかったか?」

 

 「言ったの」

 

 「――――オレにどこに行けと言った?」

 

 「マブラヴオルタネイティヴの世界に――――」

 

 「……すまん。全然理解出来ない。マブラヴの世界に行け? あれはゲームだろう。いや、そもそも行けってどういうこと?」

 

 マブラヴオルタネイティヴ。

 

 確か、友人がしつこく勧めてきた18禁のギャルゲーだ。オレはあんまりこういうの興味無かったんだが、あまりにしつこく勧めるんで仕方なくプレイしてみた所――――見事にハマった。コレでもかと言うぐらいにハマッてしまった。元々スーパー○ボット○戦やエースコ○バッ○、アーマー○コ○、天元突破グラ○ラガ○などの熱いゲームが好きなオレは、このマブラヴの壮大なストーリーにハマりにはまった。桜花作戦出撃前のインド人? 司令官の演説なんて胸に手を当てて聞いていたぐらいだ。そしてまりもちゃんの――ぎゃあー、思い出しただけでも鬱になるぅ!

 

 「ゲームじゃと? 誰がソレを決めたんじゃお主? いや、そもそもどうしてソレがゲームであると決め付けるのじゃ?」

 

 「はっ? だってあれはゲームじゃ……」

 

 「お主の世界ではそれがゲームにすぎないだけじゃ。世界は無限、可能性は果てし無い。数多に存在する世界の一つに、そのゲームと同じ世界があってもおかしくはなかろう?」

 

 ……並行世界。パラレルワールドの理論か? 

 「……まぁ百歩譲ってそれが現実の……一つの世界だと認めよう。で、行けってどういうこと? あの世界にオレが行くの? 主人公の白銀 武みたいに?」

我ながら、何て馬鹿なことを口走っていると思う。常識を疑う話だ。誰かに話しても、信じてもらえないだろう。いや、むしろ可哀想な人として見られるだろう。

 

 「……そういえば、その様な異端な存在がおったな……。まぁ、概ねそんな感じじゃ。詳しく言うとなぁ……」

自称神様の話はこうだ。

世界とは、二つの意味がある。大世界と小世界と言う二つの世界だ。小世界とはオレ達が住んでいる世界の事で、大世界は無限に存在する小世界を内包する外枠らしい。分かりやすく例えると、無数の飴玉が入ったガラス瓶。飴玉が小世界で、ガラス瓶が大世界。

それで飴玉、つまり小世界は無限に生まれ続けていて、大世界にも内包できる限界量が存在する。ある程度、小世界は自然消滅するんだけど、時たま、自然消滅せずにそのまま存在し続ける場合がある。その場合、自称神様……いや、神様が直接手を下して、その小世界を消して、大世界の限界量を超えないように調整するそうだ。

しかしそれはあくまでも、初期の段階でしか実行できず、タイミングを逃すと、神様の手でもその不必要な小世界を排除できなくなる。放っておくとその不必要な小世界は肥大を続け、他の小世界を飲み込み、さらに肥大、最後には大世界の貯蔵限界量を超えてしまう。そうなれば、大世界と言う器は割れ、世界は無に帰するそうだ。

大世界の破壊。そして数多の小世界の安定は、全てにおいて優先されなければならない。神様の管理を離れた不必要な小世界を調整する最後の手段、それが「転生者調整システム」だそうだ。他の小世界の人間を、不必要に肥大した小世界に送り込み、調整する。そしてそれを円滑に、確実に行う為に、神様が支援を行うそうだ。

「――つまり、オレはその「転生者調整システム」に間違って選ばれた……と?」

「そうじゃ。何らかの問題が発生して、選ばれたはずの選定者とは別に、少年。君が選ばれてしまった」

なんて途方もない話だ。誰もが一度も思った事があるだろう。ゲーム、アニメ、ドラマの世界に飛び込んで見たいという欲求。それが今、オレの目の前にある。

「マジかよ……」

正直、かなり興奮している。だが、飛び込む先があの滅亡フラグ、欝フラグ、死亡フラグ満載のオルタナティヴ世界とは……どうせならマブラヴのほうがよかったよ。あんな明るい高校生活は羨ましいからな。

 

 「元の世界に戻す方法はないのか? そもそも、間違いなんだから戻せるんじゃないのか?」

 

 「元の小世界に帰してやりたくとも帰してやれないんじゃ。「転生者調整システム」が何故か、起動し、お主のいた小世界の情報は書き換えられてしまった。もしこの状態で戻せば、お主は幽霊と言うことになってしまう。元の小世界に戻すには一度、別の小世界にお主の存在情報を書き加え、改めて、元の小世界に書き加えなければならない」

 

 「……なるほど。じゃあ行った瞬間に書き換えればいいじゃないか」

 

 「無理じゃ。そう直ぐには出来ん。第一、お主は「転生者調整システム」の選定者に選ばれておる。この役目を全うしない限り、転生は行えん」

 

 ……OK。つまりなにか。あの圧倒的兵力を持つBETAを相手にして、絶望的な戦況をひっくり返してようやく元の世界に帰れると?

 

 ……ふざけんな。

 

 「ふざけんなぁージジイ! オレの明るいキャンパスライフを返しやがれぇーー!!」

 

 「ぬぉおお!? 胸ぐらを掴むな。血が、毛細血管が!? 動脈瘤が破裂するぅう!?」

 

 「無茶でもやれ無理でもやれ何が何でやれ! 神様ぁぁぁあああ!!!」

 

 「ぬっはぁああああああ!?」

 

 怒りに任せて、神様をがくがくと振り続ける事十分。

幾分かすっきりしたオレは、最後に残った怒りを大きなため息とともに吐き出し、改めてぐったりとしている自称神様に向き直った。

 

 「――――改めて確認するけど、それしか元の世界に戻る方法はないんだよな?」

 

 「う、うむ。ないの……」

 

 「――分かった。行こう。まぁ、何とかなるだろう」

 

 こういう時は前向きに考えよう。と言うか、それしかない。とりあえず目標と手段は分かったんだ。何とかなるさ……うん、ほんと……たぶん何とかなるよな……?

 

 「おおっ、行ってくれるのか?! 感謝するぞ。それと間違ってしまって本当に申し訳なかったの」

 

 「もういいさ。やってしまったものは仕方ない。次からは気を付けてくれよ――――ところで本来行く筈だった奴ってどんな奴だ?」

 

 間違ってオレが選ばれたなら、本当に選ばれた人間がいる筈だ。あんな絶望的な世界を救うんだ。何かすっげぇ屈強で意志の固い奴なんだよなたぶん。

 

 「見るか。こいつじゃ」

 

 そう言って、写真を一枚見せてくれた。その写真に移った人物を見た瞬間、オレは思いっきり口元を引きつらせ、戦慄した。

 

 「……正気か?」

 

 「正気じゃが何故じゃ? なかなか生命力がありそうな子じゃと思ったんだが……」

 

 「ふざけんな! こんな奴がオルタナティヴの世界に行ったら、一週間と待たずに人類が滅びるわ!」

 

 写真に写っていたのはでっぷり肥った中年だった。明らかに不衛生な姿でぴちぴちに張り裂けそうなアニメキャラTシャツがあまりにも醜い。神様。アンタ、本当に正気か? 頭のネジが十本ほど吹っ飛んでいないか? いや、やっぱりボケてるなこのジジイ!

 

 「……もういい。さっさと送ってくれ」

 

 「う、うむ。それじゃあ行くぞ。主が行くのは横浜基地周辺じゃ。ゲームを知っているようじゃから、最初に何をすればいいのか言わずともよいだろう?」

 

 「ああ」

 

 と言う事は主人公の白銀武と同じ行動を取るのか。あの超絶美人の香月夕呼に合えばいいのか。どうやって会おうか。まぁその辺も白銀を参考にさせてもらうか。

 

 「じゃあ頼む。世界を救うのだ」

 

 「まるで救世主だな」

 

 「その通り、主は救世主の役目を背負ったのだ。では、行って来い!」

 

 神様がこつんっと杖で地面を叩いた。その瞬間、真っ白い世界が漆黒の世界へと変わる。それと同時にオレの意識も薄れ、闇に同化した。

 

 

 

 

 

 

 

 それはまるで深い海から海面へと浮き上がるような感覚だった。徐々に全身の感覚――何か妙な違和感を感じるけど――が戻り、漆黒に支配されていた視界に光が差し、オレは目の前の状況に絶叫した。 

 

 「あうあうー(な、なんじゃこりゃあああ!!!)」

 

 「元気な子だな」

 

 「あなたに似たんですよ」

 

 見知らぬ男性と女性が、オレの顔を覗き込んでいた。二人の顔は至福に満ち溢れ、誕生した一つの命を慈しんでいる。

 

 そう――――白陵基地に行く筈が何故かオレは赤ん坊になっていた。

 

 神……じゃねぇくそじじいーーーーーーーー! さっそく一発目からミスりやがったなぁぁあ!!!

 



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第一話 始動 子ども時代編

一週間更新の予定が、少し遅れました。申し訳ありません。

ここ最近、日差しが強く、皆様、私のように熱中病で倒れぬようにお気をつけください。

では、第一話 どうぞ~。


――一九七七年六月一日 日本帝国 帝都京都 第一帝都病院――

時刻は明け方近く。一台の乗用車が猛スピードで第一帝都病院の敷地内に進入し、猛烈なブレーキ音と焼けたゴムの匂いを撒き散らしながら、正面玄関前へと滑り込んで来た。

 「車を任せたぞ!」

色鮮やかな赤い斯衛服を纏った男が蹴飛ばすようにドアを開き、正面玄関へと飛び込んでいく。

「ちょっ……た、た……大尉ぃぃ……うぷっ……おぇぇえええ!」

助手席に座っていた若い青年がよろよろと車から這い出た直後、彼の胃がついに決壊した。猛烈、と言っていいほどの吐瀉物をアスファルトに撒き散らした。

 彼はよく持ったほうだった。元々、乗り物に酔いやすい体質な上、ここまで来るまでに体験した常軌を逸脱したドライビング――信号無視、時速一〇〇キロを超えてのドリフトなどなど――の最中に吐かなかったのは、褒め称えるべきだろう。

広い玄関ホールを抜け、静まり返った病院の廊下を駆け抜ける男の名は有栖川 和正。数多ある武家の代表格である[五摂家]の一つ、[九條家]の流れを汲む有力武家、[有栖川家]の現当主であり、斯衛軍の大尉でもある。

一分、一秒でも速く、妻に会いたい。今の和正を支配しているのはその感情だけだった。エレベーターを使わずに、階段で一気に七階まで駆け上がり、『廊下は走ってはいけません』と言う張り紙をこれ見よがしに無視して、妻の病室へと向かう。

「京子!」

病室のドアを勢いよく開けるなり、和正はドアに寄りかかり、笑みを浮かべた。小さな病室。白いベッドの上にはまだ生まれて間もない赤子を優しく抱く妻の姿があった。

「大和。父上が来ましたよ」

産後の疲れが見えるが、それ以上に慈しみに溢れた妻の顔は、何より美しく、脳裏にしっかりと焼きついた。

「お……おおっ……」

よろよろとおぼつかない足取りでベッドに近づく和正。大きく鼓動を繰り返す心臓。待ち望んだ息子。この時を、この瞬間をどれ程待ち焦がれていた事か。そっと息子の顔を覗く。小さな手、小さな体、小さな顔。口元は自然と緩み、微笑んだ。

「元気な子だな……」

「あなたに似たんですよ」

それは至福に満ち溢れた光景だった。おそらく誰もが惜しみない祝福の声と拍手を上げるだろう。

しかし――。

(クソジジイぃぃぃぃ! 一体全体どういうことだぁぁぁ!)

有栖川家の嫡子、有栖川 大和の内では、そんな怒りの声が渦巻いていた。

 

 

 

 

 ――一九八〇年八月二十五日 日本帝国 帝都京都 有栖川家私設道場――

――兎にも角にも、このクソジジイには言いたい事が腐るほどある。

噴火寸前の活火山の如く、煮え滾る怒りを抑え込みながら、有栖川 大和は胸中で呟いた。彼の前には、白髪、白髭の老人が立っており、その顔は非常に気まずそうで、大和に視線を合わそうとしていなかった。

「さて……弁明を聞きましょうか。神様」

 

 精神年齢は二十代前半だが、身体年齢は三歳であるから、見上げる形で睨むわけだが、その顔はとても三歳児とは思えぬ、素敵な笑顔であった。口元が引きつり、こめかみにはこれでもかと言うぐらいの血管が浮いているが。

「う、む……その……いや、本当に申し訳ない」

頭を下げ、ぱんっと手を合わせて謝罪する神様。妙にその仕草が板についているのは気のせいだろうか。

「謝罪は結構です。どうしてこんな事になったのか、理由をお聞かせ願えますか。神様?」

「――怒っとるのか?」

その言葉に大和はにこりと笑った。

「怒っていないとお思いですか? あぁ、なるほど。神様。あなたはその程度の心も機微も、心遣いも理解できないのですか? そりゃあそうですよね。何て言ったってあなたは神様だ。有象無象に存在するちっぽけな人間の心情なんて理解する必要は無いわけですからねぇーーー……」

腕を組み、痛烈な皮肉を口にする大和に対し、神様は「むぅ……」と苦しそうに唸った。

それもその筈である。本来のスタートは二〇〇〇年の横浜基地周辺。さらには様々な兵器やチート技能を使う為の[拠点]があるはずなのに、何故か赤ん坊から始まり、[拠点]は使えず、チート技能も大和自身に直接反映する[アビリティ強化]しか使えない始末。

神様のミスで死んで、世界の救済というとんでもない役目を背負わされた挙句、様々なところで不始末、不手際を連発している相手に、怒るなと言うほうが無理な話である。

「い、いや、あの、その……本当に申し訳ない。こっちでも何故、こうなったのか原因を究明しておるところなのじゃ。どうやら[外部]からの干渉があったようなのじゃが、それがよく分からん代物で……」

「言い訳も結構。やり直しを要求します」

「……無茶言わんでくれ。そんな事、出来るならとっくにしておるわい。こっちにして見ても、この[世界]は重要じゃからな」

「……じゃあ、せめて[拠点]を使えるようにしてください。このステータス画面に並ぶ魅力的な項目を使わせてください」

大和が指をぱちんっと鳴らすと、彼の直ぐ傍でRPGでよく見かけるキャラクターのステータス画面が現れた。

左側には大和の詳細なデータ。右側には[アビリティ強化]、[拠点強化]、[兵器開発]、[素材開発]などなど、実に興味をそそる項目が並んでいる。

「もちろんじゃ……と言ってやりたいところなんじゃが、それもシステムの誤作動のせいで、どうにもならんのじゃ。いや……本当にこんな事は初めての事なのじゃ。今までこんな事は一度も無かった。ましてや[外部]からアクセスして、干渉できる存在などいる筈がないのに……」

「……なるほど。つまり、サポートすると言っても、そのサポートできるのは自身の能力強化のみ、と言う事ですか……あーほんと、オレが元の体なら即刻、有無を言わさず、なんの躊躇いもなく、ボコボコにしていますねぇ……あっははは……」

ほとんど無表情で渇いた笑い声を漏らす。なるほど。つまり目の前のご大層で上品そうな神様はサポートをするといっても、サポートせず、不手際、不始末、邪魔しかしていない敵だったというわけだ。

「そ、そう怒らんでくれ……と、言うのは無理な話じゃな。うむ……その……お詫びになるとは思っておらんが、いくつかの技能をお主の存在情報に書き加えておいた。見てみるがよい」

大和は展開しっぱなしのステータス画面に視線を落とし、自分が取得しているアビリティを確認した。

操縦技術:C、機械技術:Cに続き、肉体強化:D、設計・開発:D、直感:Aが付与されていた。

「……能力を付与してくれた事には感謝します。ですが、質問がまだあります。確か[操縦技術]、[機械技術]、共にS判定を貰ったはずなのに、どうしてC判定まで落ちているのでしょう?」

「……」

神様が視線を横にずらした。OK、つまりここにも不具合が生じていると言う事か。大和は数回頷いた。

「あっははは、神様。今日から名前を改ざんして、駄神様って名乗ったらどうですか? いやいや、もう神じゃなくて、駄×様とかもでいいんじゃないですかね?」

「お主……容赦ないのぉ……」

神様も怒るに怒れなかった。完全にこちら側の不手際であるため、反論の余地がないのだ。

しかし、本当に謎だ。と神様は心の中で呟いた。どうしてこうなったのか、まったく見当が付かない。幾度も幾度も繰り返し、調整を行ってきた。一度も不具合は発生しなかった。なのに何故、今、彼の場合だけこうなったのか。

「と、とにかく原因が分かり次第、今回の不始末分も合わせて主をサポートさせてもらう。それまでは何とか頑張ってくれぬか?」

じっと神様の目を睨む事数秒、大和は大きなため息を吐いた。そのため息の中に様々な感情があったのは言うまでもない。

「……了解。何とか頑張ってみます。ああ、本当! まったく! 仕方なく! この状態で頑張ってみます。ええ。もう恨み言やら何やら、言いたい事が腐るほどありますが、今更何を言っても仕方ないですからね。はい、本当、もう全然気にしていませんから。神様も気にしないでくださいね。ああ。失礼しました。駄×様のごゆっくり、自分の不始末が今後の歴史にどれほどの影響を与えて、どれほど遠回りさせる事か、じっくりお空の上から見ていてくださいね」

「……その……本当、すまんの。では、な」

神様の姿が空間に溶け込んでいき、その姿、気配は完全に掻き消えた。

夏の風物詩である蝉時雨が鳴いている。格子状の窓から見える空は、気持ち良いぐらいの快晴。

大和は軽く肩をすくめた後――。

「クソッタレぇぇぇええええええ!」

ぐつぐつと煮えたぎっていた怒りのマグマを吐き出した。

こうなってしまっては仕方がない。状況に文句を言っても何も変わらないし、時間の無駄だ。状況が最悪なら、その状況を変える行動を起こそう。

大和はどちらかと言えば、行動的なほうだった。もちろん、思案もするし、考察もするが、思考の迷路に一歩でも突入すると「まぁ、当たって砕けろだ」と言って、行動を起こして迷路を突破しようとする。

と、言っても今回の件に関しては、考える予知はない。自身に還元できる[アビリティ強化]しか使えないのだから、これを強化していくしかない。[アビリティ強化]は元より、チート能力全般を利用するにはpt(キャピタル)が必要である。このptは、大和が何かしらの経験や知識を蓄える事で増えていくので、大和はとにかく行動した。母親のお手伝いをしたときでも、ptが増えたときは、一体、何を基準にしているのか心底知りたくなったが。

と、言ってもまだ三歳の身。親がまだ過保護の状況で出来る事は少なく、せいぜい遊びと言う名の運動と、本を読むのが関の山であった。

運良く、有栖川家には書庫の類があった。これは母親である京子が、読書家であったのが起因であるが、理由は他にもある。この時代、と言うかこの世界ではBETAと言う強大な敵がいる為に、科学技術などが軍事方面に傾向し、また経済的な余裕もない為に、大和の前の世界と比べて、娯楽品が少ないのだ。その為、思いの他、自宅に書庫があるのは珍しい事ではない。

「まるでちょっとした図書館だな」

最初に書庫へと入室した時、大和は口笛混じりにそう言った。壁に這うように本棚が置かれ、真ん中には読書用と思われるテーブル一式が置かれている。蔵書の数は五百冊以上は軽くあるだろう。

「源氏物語、白痴、沈黙……文学系が多いけど……おっ、これは斯衛軍の軍事教練本か?」

手にとって見る。分厚い為か、重い。大和はテーブルまで運んで、開いて見た。

「――OK。さっぱりくっきりかっきり分からん……」

どうやら戦術や指揮関係の本らしい。大和は肩をすくめて、本を本棚に戻し、自分でも理解出来そうな本を探した。

「夏目さん、太宰さん、ドストエフスキーさん……うーん。こちら側に来なければ一生、縁が無かったな……おっ!」

大和の目がある本に止まる。タイトルは[太平洋戦争の兵器]。これには興味がそそられた。厚みはそれほどなく、ぱらっとその場で開いて見ると、絵もあって、文章もそれほど難しくない。どうやら一般大衆向けに刊行されたものらしい。

「ん……あれ?」

妙な違和感を感じた。内容がするっと頭の中に入ってきて、瞬時に理解できる。絵を見ただけで、その構造を瞬時に理解できるのだ。おかしい。自分はこんなに兵器に詳しかっただろうか。

「ああ……なるほどね」

しばらく虚空を見上げた後、合点がいった。おそらくはこれはチート能力の一つ、[機械技術]が作用しているのだろう。

「ふ~ん……なるほどね。こうなってくると、指揮やら何やらも早急に上げておいたほうがいいなぁ」

チート能力を体感できて、ご満悦の大和。分からない勉強は面白くないが、分かる勉強はこんなに面白いとは。

とりあえず速読の勢いでそれを読み終えた後、また別の本を物色し始め――大和の手が自然とある一冊を引き抜いた。

「BETA概論……」

この世界における人類の最大の敵にして、大和の目的を達する為の最大の障害。

「[敵を知り、己を知れば、百戦危うからず]ってか……まぁ、知っておいて損は無いな」

テーブルに座り、表紙を捲り、文章を追っていく。少々回りくどい、と言うか難解な文章で書かれている部分があったが、それでも大和はその本の世界に埋没していく。

BETA。

正式名称は[Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race(人類に敵対的な地球外起源種)]である。

人類が、BETAと邂逅、否、接敵したのは、一九六七年の国際恒久月面基地[プラトー1]の地質探査チームが始まりである。BETAの存在自体は、この九年前の一九五八年、火星探査衛星[ヴァイキング1]にて確認されていた。発見当時こそは、誰もが地球外生命体の存在に驚き、新しい可能性に夢を広げていたが、それも長くは続かなかった。ある意味では、その発見こそこれより長く続く、BETA戦争の開幕でもあったからだ。

人類とBETAの壮絶な戦いが始まる。地質探査チームとBETAの接敵、[サクロボスコ事件]を始まりとして、以後、一九七三年ごろまで月面での戦闘が開始される。これを後世、[第一次月面戦争]と命名される。

そして一九七三年四月十九日。BETAの地球侵攻、それに伴う[第一次月面戦争]の敗走。当時の月面総軍司令官キャンベル大将が戦中に残した言葉がある。

「月は地獄だ」

それは月面での戦争が、地球上で行われたあらゆる戦争よりはるかに苛烈で、過酷で、凄惨なものであったのか示す言葉であった。

改めて見ると、すごい歴史と言うか、世界だよな、と大和は胸中で呟き、ページを捲る。BETAの最大の武器は、宇宙空間でも適応出来る能力でも、驚異的な生命力でもない。数である。圧倒的な数。質を無視する物量。際限なく投入される軍団。無限の持久力を持つ相手と戦うと言うのは、どれほど肉体的、精神的に疲弊させるものか。大和には想像も付かなかった。

「……」

と、入り口から、そんな大和の姿を見つめる影がある。母親の京子である。

(何を読んでいるのかしら……)

声を掛ければよいのだが、背中からでも本に集中しているのが分かるので、邪魔するのは気が引ける。

初めての子ども。初めての育児。その大変さは死んだ両親からも、友人からも聞いて覚悟していたが、大和はその大変さがまったくない。つまり、手が掛からなかった。見た目は三歳だが、中身の二十代の青年であるのが理由だが、京子がそんな真実を知る術は無い。

有栖川家の使用人達は、そんな大和を「大人しい子」と評し、また「武家の嫡子としては少し不安ですね」とも言う。そして京子には「手が掛からない子でよかったですね」と告げるが、当の本人は――。

「ちょっと寂しいわ……」

と、答えるのである。

京子にしてみれば、待望の第一子。手が掛かるぐらいがちょうどよいし、何より息子の事を心底、愛している。もっと甘えてきてほしいと思うが、大和はあまり甘えてこない。それが彼女の呟きの原点であった。

 しかし、そんな寂しさから開放される日がやってくる。この一年後、京子は第二子を生み、本当の意味での子育てに奔走するのだ。

第二子は女。有栖川 朝陽と名付けられたこの娘は、大和と言う兄を持った為に、数奇な運命を辿る事になる。

また、[有栖川家の乱]と呼ばれる事件の中心人物となり、数多の英傑を生み出す切欠となるのであった。

――一九八六年 四月十日 日本帝国 帝都京都 有栖川家中庭――

中庭に植えられた樹齢三十年以上の桜の木が、文字通り、我が世の春を謳歌していた。

日本の国花、桜。大和にはそれを愛でるだけの感情を持っていたが、自分に向かってくる黒髪の天使の存在が、その感情を消失させていた。

「にいさまぁー」

てててっと、腰まで伸びた髪を揺らしながら、愛らしく走って来る妹を抱きとめる。その瞬間、大和の顔がこれでもかと言うぐらいの歪んだ。恍惚。その顔を表現するなら、この二文字に限る。

「にいさま、にいさま」

「ん、どうした朝陽?」

「よんでみただけです!」

ぱぁあと花も恥らう笑顔で、元気良く答える朝陽の顔を直視してしまったが為に、大和は慌ててにやける口元と、吹き出そうな鼻血を抑える為に顔を背けなければいけなかった。

我が妹に、自分のだらしない顔を見せるわけにはいかない。いや、それ以前に嫌われたら洒落にならなし、自分は自殺してしまうだろう。

朝陽は実に愛らしい少女だった。今年で五歳になる朝陽には、既に多くの男達を虜にする要素が見え始めていた。

艶やかな黒髪に白磁のような白い肌は、舞い散る桜によってさらに際立っていた。目が大きく、にこにこと屈託無く笑い、また人懐っこい性格は、大人達に問答無用の保護欲を掻き立たせる。

現に大和は完璧に朝陽の虜になっており、「朝陽の為ならばー!」と言って、色んな無茶を起こしている。また父親の和正の熱心ぶりは大和以上で、朝陽が熱を出した時など、斯衛軍基地から戦術機で駆けつけようとして、大騒ぎになったぐらいだ。

「私の社会的地位など、娘の前ではゴミ以下だ!」

と、豪語したときもあった。

また、父と息子でこんな会話が交わされていたりする。

『父上。朝陽は母上に似て美人になるでしょうね』

『うむ。将来が楽しみだな』

『将来……』

『将来……』

『……父上』

『言うな息子よ。悲しいが、避けては通れぬ道だ。いずれはそうなってしまう。そう……非常に残念で憎らしく、この世の全てを恨んでしまいそうだが、仕方が無い事だ。故に、私とお前がしっかりとそれを見極めようではないか』

『そうですね。口に出すのも嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないですが、朝陽のおっt……となるべき殺意の対象には、慎重に定めなければいけません』

『ああ。そうだな。まったくそうだ……最低でも、私とお前を倒せるぐらいでないと、な……くっくっくっ……』

『ええ。本当に最低でも、ですがね……けっけっけっ……』

この誓いは、武家の間で約束を違えぬ時に行われる金打(きんちょう)を持って、誓い合った。金打とは、刀の刃や鍔で互いを打ち合わせ、その証とした行為の事である。

「大和。父上が呼んでいますよ」

縁側から母親の呼ぶ声がする。

「にいさま。どこにいくんですか?」

 

 「ん、ちょっと見学にね。三時間ぐらいで帰ってくるから、帰ってきたらまた遊ぼうな。それまで朝陽は良い子でいられるよな?」

「はい。あさひはよいこでいます」

また花も恥らう笑顔。あふんっと大和は喜悦に満ちた呟きを漏らし、非常に名残惜しく感じながら、玄関へと向かった。

(うぉぉおおおおおおおおお!)

その空間に入った瞬間、大和のテンションは一気に頂点へと達した。様々な機械音がハーモニーを奏でる広い空間。鼻腔には嗅ぎ慣れないオイルの匂い。左右の壁にはずらりとハンガーが並び、色取り取りの戦術機が並んでいる。帝国斯衛軍専用戦術機 TSF-TYPE82/F-4J改[瑞鶴]である。

「どうだ大和。念願が叶った感想は?」

「最高です父上!」

そう答えて、大和は改めて格納庫を見渡し、人類の刃とされる戦術機に注目した。

戦術機。

正式名称は戦術歩行戦闘機と呼び、対BETA用として開発された人型兵器である。航空支援がない状況下での戦闘を前提としており、市街地や山岳地帯、そしてBETAの巣であるハイヴの中での三次元機動を可能としている。

そして、帝国斯衛軍が運用している[瑞鶴]は、世界初の戦術機である米国マグダエル社のF-4[ファントム]をライセンス生産したTSF-TYPE77[撃震]の強化改修型である。

近接格闘性能を中心に強化されており、世代的には一・五世代に分類され、搭乗者の地位によって、色分けがされている。最上位が紫、次に青、赤、黄、白、黒の順である。

大和は父親の和正に連れられて、和正が乗っている赤の[瑞鶴]の前に来た。十人近くの整備兵が機体に取り付き、メンテナンスハッチを空けて、整備を行っていた。

「川鷺」

整備兵達に指示を飛ばしていた男が振り返った。

「少佐。っと、この子が……」

「ああ。私の息子の大和だ」

「有栖川 大和です。よろしくお願いします」

頭を下げ、一礼する。

「はじめまして。父上の機付長をしている川鷺だ。大和君。君には一度会って見たいと思っていたよ」

 

 川鷺は人の良さそうな笑顔を浮かべた。大和は知る由はないが、大和が生まれた日に車を回して、和正の常軌を逸したドライビングの被害者になった人物でもあった。

 

 「君の自慢話はよく聞いているよ。やれ息子は天才だ、息子は私以上の衛士になるだの……特に酒が入った時なんかは、そればっかりしか話さなくてうんざりした事もあったよ」

 

 「おい、川鷺。余計な事を言うな」

 

 若干、照れ気味の和正。川鷺はくくっと笑い声を漏らした。

 

 「これはこれは大変失礼致しました少佐殿。整備のほうはあらかた終わりましたので、どうぞご自由に見学してもらって構いませんよ」

 

 「すまんな。大和。自由に見学していろ。私は川鷺と少し話がある」

 

 「はい!」

 

 大和は[瑞鶴]の足元まで歩き、その装甲に手を触れてみた。冷たい。そして言い様の無い高揚感がぞくぞくと全身を駆け巡ってくる。

(お台場のガン○ムを見た時も興奮したけど、こいつはまったく違う。本当に……迫力が違う!)

ごくりっと喉が鳴る。目の前にあるのは、見世物でも飾り物でもない。本物の兵器として存在している。

今度は後ろのほうへと回りこみ、戦術機の機動性を支える最も重要な部分である、跳躍ユニットに注目した。

(確か、戦術機のエンジンは、ジェットエンジンとロケットエンジンのハイブリットだったよな……いや、なまじ知識があると、これがいかに凄い構造なのかが分かるから……ってか、最初のこの構造を考えた人は本当、天才だよなぁ……)

まぁ、知識と言っても、反則技みたいなものなんだけど、と心の中で付け加える。

(どの道、BETAを相手にする以上、戦術機の強化は必須条件だからな。ソフトにハード両面から改良して……その為のいくつか使える技術やら素材やらも考えておかないとな……でも、しかし……)

今はこの高揚感に身を任せていたい。大和は口元に笑みを浮かべて、[瑞鶴]の勇姿を見つめた。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

もし、誤字脱字を発見された方はご一報ください。

後、一言でも良いのでご感想をお待ちしております。

では、皆様。夏本番、水分補給をこまめに取ってください。

それでは次の更新で。いんてぐらでした。


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第二話 可動 大陸派兵部隊編

およそ二ヵ月半の更新です。

遅れに遅れに遅れまくって、本当に申し訳ありません。

お待ちしていただいた皆様、本当にお待たせしてすみません!

言い訳をしてしまいますと、ちょっとリアルでとんでもないことが起こりまして……ぶっちゃけ書いている場合じゃなかったんです。

まぁ、その後、ようやく一段落しましたので、更新させていただきます。かなり久しぶりなんで、違和感が多いと思いますが、そのあたりはご承知ください。

では、第三話、どうぞ~


一九七三年四月十九日。それは人類がこれまで経験した事のない、絶望と憎悪が織り成す凄惨な戦争の始まりだった。BETAの地球侵攻である。

BETAの最初の着陸ユニットが落着したのは、中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガル地区であった。当時の中国は、東西を象徴する大国と並ぶ為に、何としてでもBETAの持つ異星文明技術を欲し、国連や資本主義者たちの介入を拒んだ。

初戦こそ、中国軍は航空兵器を効率よく運用し、BETAの大軍勢に勝利していたが、光線級の登場により、状況は一変する。制空権が奪われて、陸上兵器のみでBETAの大軍勢に対抗するのは不可能な話であった。敗戦が続き、ついに中ソ連合軍による戦術核を使用した焦土戦術〈紅旗作戦〉を発動するも、効果は薄く、以後、戦線は後退を続け、人類の数もまた激減していった。

一九九〇年初頭。BETAはユーラシア西側の大半を制圧し、ついに緩慢だったカシュガルからの東進が激化する。

ソビエト連邦軍、中国と台湾との間に結ばれた対BETA共闘同盟軍である統一中華戦線、東南アジア各国が東進を食い止めようと戦線を展開するが、やはり制空権を奪われてBETAの圧倒的物量を押し返す事は出来ず、そして後退を余儀なくされた。

一九九一年。後退を続けるBETA戦線を、自国の危機であると判断した日本帝国は、反対する世論を押さえ込み、ついに東アジア戦線へ向けて大規模な戦術機甲部隊の派遣を決定する。日本帝国軍大陸派兵部隊の誕生である。しかし、たかが一国の軍隊が介入したからといって、戦況が好転する事も無く、戦力と資源、そして人命を失いながら、戦線はさらに極東方面へと近づいていく。

翌年の一九九二年。日本帝国は、第二次帝国派兵部隊の投入を決定する。その中に特例措置で十五歳と言う異例の若さで従軍する一人の武家出身の衛士がいたが、この時点での彼は、歴史に存在するが存在しない有象無象の一つでしかなかった。

――一九九三年 二月一日 中華人民共和国 湖北省 武漢市 第二エリア防衛ライン――

後退に次ぐ後退。一向に好転しない戦況。戦う度に死んでゆく仲間。増えていく遺品と戦死告知書。死んだ仲間の思い出を語る時間も、その死を悼み、慰める時間もなく、いつ発せられる警報に怯え、恐怖と疲労と絶望に苛まれながら、整備兵達が死ぬ気で整備してくれた戦術機を駆って、奴らを殺す日々が続く。

いずれは慣れてしまう。と誰かが言った。だが、その慣れが来る前に、終わりはやってきた。

「――あぁ……そうか。ようやく終わり、か……」

日本帝国軍大陸派兵部隊エクレル中隊に所属する本間 聡少尉は自らの運命を悟った。網膜投影を介し投影される外の光景は、まさしく地獄。至る所に散乱するBETAの死骸。だがそれ以上に存在する、生きているBETA共が我が物顔で地上を闊歩し、戦術機や戦車に群がり、無作為に食い散らかしている。外部音声をオンにすれば、阿鼻叫喚の悲鳴と共に、肉を食い散らかす嫌な音がが飛び交っている事だろう。

視界の片隅に表示されている機体ステータス。搭乗機であるTSF-TYPE77[撃震]のコンディションは、軒並みレッドコンディション。突撃砲の弾薬も尽き、残っているのは65式近接戦闘短刀のみ。状態は最悪。機体はまともに動かない。仲間も半数がやられ、残り半数も自衛で精一杯。どうやってこの地獄から逃げ出せると言うのか。

『エクレル5! 本間ぁ! 何をしていやがるっ!? とっとと逃げろ!』

まだ生き残っている仲間の声が通信機から響き渡る。本間少尉はそれに答えず、自嘲気味に笑いを一つ零した。

もう疲れた。もういいだろう。本間少尉は操縦桿から手を離し、シートに体を預けた。

本間少尉の正面から、皺くちゃの顔に歯を食い縛った蠍のようなBETA――要撃級が獲物を見つけたとばかりに迫って来る。もはや死の恐怖は感じない。どうせあの鋏のような一対の前腕で殴られたら、痛みを感じるまもなく死ねるだろう。この地獄に来て、背後に纏わり付いていた死神が、嬉々とした様子で鎌を振り上げた気がする。

(変だな……怖くねぇや)

前線に来て怯えて震えて泣いて、初陣の衛士が最初に経験し、乗り越えなければいけない〈死の八分〉を、体中のありとあらゆる穴から液体を垂れ流して生還して、仲間の死を経験して泣いて疲れて、やっとその苦痛から開放される時がやってきた。今や彼の内にあるのは、生への執着ではなく、死の開放しかなかった。

もうたくさんだった。もういいと思った。死の恐怖は、疲労と諦めで感じない。

「……わりぃな。エクレル7……いや……彩浪、先に……行くわ……」

『ふ、ふざけんじゃねぇ! 絶対生きて帰るって約束しただろうが。お互い夢を叶えようって言ったじゃねぇかよ! てめぇもか……てめぇもオレを置いていくのかよ! あいつらみたいに! ふざけんじゃねぇ! 今、そっちに行く! 何が何でも生き残ってもらうからなこの馬鹿野郎がぁ!』

 ――夢。自分の夢。本間 聡の夢。一体、自分の夢とは何だったのか。この地獄に来て、この世に存在する最悪最大の苦痛を受けて、その苦痛から逃れる日々。その日々を送る前、自分は何を思い描き、何を願っていたのか。

要撃級の前腕が振り上げられる。

ああ、そうか。もうそんなこと考える必要はない。もう終わりだ。何も考えなくていい。

「……ごめんな」

目を閉じる。そしてもう一度、心の中で相棒に謝罪の言葉を口にした。

『本間ぁぁぁぁぁ! ――――なっ?!』

 衝撃、圧壊、そして死。出来れば一撃で殺してもらいたいものだ。じわじわと殺されるのはやっぱりいやだ。

 

 だが、死の鎌が本間少尉に振り下ろされることはなかった。一秒、二秒、三秒と時間が経過していく。何が起こったんだ? 本間少尉は いつまでも自分に死が訪れない事を不審に思い、恐る恐る目を開け、息を呑んだ。

 

 「あっ……?」

 

 一瞬、己の目の前にいる”ソレ”が何なのか、本間少尉は理解出来なかった。

自分の命を奪う筈の要撃級BETAが死んでいる。大きく斬り裂かれた傷口からは壊れた水道管の如く、見飽きた鮮血が噴出し、陰鬱な暗天を彩り、そして重力に従って地に落ちていく。降り注ぐ紅の世界。その世界の中、一匹の真紅の鬼がこちらを見下ろしていた。

何の冗談か、これは現実か。本間少尉は目を瞬かせ、必死で目の前の状況を理解しようとした。鬼などいるはずがない。よくよく見れば、それは当然、鬼ではなかった。戦術機。それも己が乗る重厚な[撃震]とは違い、スマートな姿は第二世代機のTSF-TYPE89[陽炎]だ。だが、ただの[陽炎]ではないのは誰の目から見ても明らかだった。

本間少尉は戦術機に詳しいほうではなかったが、それでも普通の[陽炎]との違いぐらいは判別できた。まずは頭部に装着された通信アンテナらしき一本角。そして全体的に装甲が薄く、一部は邪魔だといわんばかりに取っ払っていて、内部構造がむき出しになっている。主腕底面部にもう一つの腕――補助腕が生えていて、それが主腕とは別に、左右それぞれの74式近接戦闘長刀を保持している。

 

「いや……」

本間少尉は知らず知らずの内に呟いた。いや、確かに戦術機だが、目の前にいるコイツは、地獄を住処とする”鬼”と言ってもいいだろう。

 

 全身の装甲を彩る赤い色彩と無数の疵。それは数多のBETAの体液によって塗装され、危険な戦場を駆け抜けてきたかを語る証。

 

 今も尚、スーパーカーボン製の刀身から滴り落ちる、使い込まれた74式近接戦闘長刀。赤黒い刀身はまるで担い手の凶暴さを現しているようだ。

 

 そして何より、本間少尉の心を捉えるのは視線だ。無機質なスリット上のメインカメラからは、明らかに人の意思のような物を感じる。そしてその意思はこう告げている。更なる血を。この渇きを癒す血を。

 

 ――化け物だ。本間少尉は心の中で呟いた。明らかに目の前の”コレ”は違う。格が違う。次元が違う。これを操る衛士はとんでもない奴だ。戦争と言う地獄に精神が耐え切れず、狂ってしまった衛士でも乗っているのか。こんな機体で、これだけの戦果を言葉も無く、姿だけで物語らせる事が出来るのか。

 

と、血塗れの鬼が突然、背を向けた。釣られるように視線を向けると、無数の死骸の隙間から次々と要撃級が姿を見せる。 

 

 「くそっ……ゴキブリみたいにうじゃうじゃ出やがって……」

 

 心の底から憎しみを込めて呟く。絶望的な状況。しかし、本間少尉を守るように立つ血塗れの鬼の背には、恐怖も怯えも見えなかった。むしろ待ちわびていたようにも見えた。

血塗れの鬼が、左右一振りずつ携える74式近接戦闘長刀を振る。刀身に付着していた体液を飛ばし、ゆらりっと構え――突進した。

優雅な剣閃が舞う。一つ、二つ、三つと、流麗な弧を描き、その度にスーパーカーボン製の刃がBETAの分厚い筋肉を切裂き、岸壁に打ち付けられた波飛沫のように体液が宙を飾る。飛び散る体液。それは赤い桜吹雪のようにも見えた。

 

 殺戮の戦舞。この世で地獄である戦場でしか目にする事は出来ない、究極の芸術。本間少尉は問答無用で魅入られた。

 

 醜く、憎らしく、凶暴なBETAが、この殺戮の戦舞の前では哀れなで矮小な供物にしか見えなかった。四方から振り下ろす要撃級の前腕衝角など振り下ろされる前から見切っているとばかりに、紙一重でかわし、華麗に反撃し、殺していく血塗れの鬼。

本当にこれが戦術機の動きか――武芸に秀でた巨人が戦術機のきぐるみを着ているんじゃないのか。そんなバカな考えが頭を過ぎる。

 

時間にしておよそ二分。びくびくと痙攣する最後の要撃級を踏みつけ、殺戮の戦舞は閉幕した。哀れで矮小な供物は鬼の牙と棍棒を持って、ただの肉塊へと変わり果て、鬼の凶暴性を物語るオブジェへと成り果てた。

『い……一本角の[陽炎]……? ま、まさか……〈血塗れの鬼神〉、か? そんな……実在していたのか?』

 

 救援に駆けつけた彩浪少尉の茫然とした言葉が、本間少尉の耳朶を叩く。

 

 「〈血塗れの、鬼神〉……」

他愛もない、戦場を跋扈する無数の噂の一つだ。現れればそいつは文字通り、鬼神の如き働きを持って、多くの仲間を救う。そしてBETAには一切の容赦もなく、次々と殺戮していく。装甲はその戦果を持って、真紅に、そして赤黒く染め上がっていき、見る者を恐怖に震えさせると同時に歓喜させ、奮起させる戦場の守護者。眉唾物だと思っていたが、本当に実在したのか。

 

 『――エクレル中隊聞こえるか?』

 

 通信用ウィンドウが開く。中年の衛士が視界に入った。

 

 『こちらは第三戦術機大隊所属のソード中隊隊長、新見 恭一少佐だ。ここは俺達が預かる。お前達は後退しろ』

 

 『りょ、了解しました。――本間、助かったぞ! 心配させやがってこのヤロウ! どうやら〈血塗れの鬼神〉が死神を払ってくれたみたいだな! 感謝しとけよ!』  

 

 彩浪少尉の声は、本間少尉の耳には届かなかった。本間少尉の意識は、はるか先、威風堂々と刃を構える〈血塗れの鬼神〉に向けられている。

「お前は……一体……」

 

 その問いかけに答えた言葉はなく、鬼神は再び最前線へと飛翔した。小さくなっていく鬼神の姿。本間少尉にはその姿が見えなくなるまで、じっと鬼神を見つめ続けた。

 

 

 

 

――同年 二月四日 中華人民共和国 江西省 九江市 潯陽区 日本帝国軍大陸派遣部隊第二野営地――

 

 「――とまぁ、以上でデブリーフィングは終了。一先ずお前らお疲れさぁ~ん」

 

 大型仮設テントの中。整然と並べられたパイプ椅子に座る部下を見下ろしながら、何とも気の抜けた声で労ったのは、日本帝国軍大陸派兵部隊第三戦術機大隊第二中隊、通称”ソード中隊”を率いる新見 恭一少佐だった。

 

 新見 恭一は今年で三十一歳。短い髪に焼けた肌、無精髭、常に外国製の高価な煙草を愛用し、その匂いを漂わせている男で、町で見れば居酒屋に入り浸る駄目中年のように見える。しかし彼は、衛士としても戦術指揮官としても卓越した能力の持ち主で、一時期は日本帝国陸軍の最精鋭部隊である富士教導団に所属していた経歴を持っている。加えて実戦経験も豊富で、本来なら衛士のエリートである開発衛士や、大隊長、連隊長になっていてもおかしくない人物だが、非常に頭が切れるのと自由奔放な性格からか、上層部から批判を買う事も多く、少佐と言う地位に留まっている。本人は自らを「万年少佐」と呼び、思いの他、気にした様子はない。

 

 

「しかしいつ召集が掛かってもいいようにしとけよ。俺達が相手にしているのは、こっちの都合は考えない、時間を考えない、非常識の塊の地球外生命体なんていう訳の分からんくそったれな生物だからな。ったく、あんな奴らがいなければ、俺は日がな一日、煙草を吸って、悠々自適な生活を送っているはずなのに……」

「……新見少佐。何度も言っていますけど、軍務中はきちんとしてくださいって……テント内は禁煙です!」

 

 新見少佐の隣、ため息混じりに苦言を呈したのは、前線では珍しい女性衛士。上島 伊代中尉である。  

 

 上島 伊代中尉は小柄で線が細く、髪は肩口で切り揃えていて、トレードマークは黒縁の眼鏡。ぱっと見れば温和な女学者にも見える。事実、事務処理能力は高く、書類仕事が苦手な新見を陰から支えている。また気配りが出来て、何かと世話焼き。家庭料理の域を出ないが、ソード中隊の男共を胃袋の面から支配している。

 

 「硬い事を言うなよ~。やっとクソ面倒臭い戦争が終わったんだ。仕事はちゃんとやった。今から休憩の時間だ。一服させてくれよ」

 

 しゅぼっと煙草に火をつけて一服。ああ、至福の時。と言わんばかりに顔をにやけさせる新見。

 

 「駄目です! 自由時間は、少佐が女性の部屋に夜這いに行こうが覗きに行こうが補給課の人間を脅して物資を横流しをしようが私の関知するところではありません。ですが、軍務中はしっかりとしてもらいます。はい。煙草はここに入れてください。ポイ捨ては禁止です」

 

 「うっわぁ……俺の行動全部ばれてら……ってか、お前は俺の母ちゃんか」 

 

 上島中尉がポケットから取り出した携帯灰皿に、しぶしぶ火を付けたばかりの煙草を放り込む。ちなみに上島中尉は煙草は吸わない。

 

 「あーあ、もったいねぇ。残り少なぇのにな。おい、霧口。お前、煙草まだあるか?」

 

 「多少はありますが?」

 

 最前列に座っていた男性衛士が答える。

「よし上官命令。お前の所有している煙草を全部寄越せ。即刻だ。でなければ、お前の部隊評価は限りなく低くなるだろう。それが嫌なら速やかに俺様に提出しろ」

 

 「……職権乱用に加えて堂々と脅してくる上官って一体……」

 

 「少佐。冗談ですよね? 冗談ではなく本気で霧口少尉に言っておられるなら、大隊長に報告させていただきますが?」

 

 上島中尉がにこやかに微笑む。言うまでも無くそれは警告だった。だがそんな小娘の脅しに屈する新見ではない。

 

 「くくくっ、大隊長に報告か。副官が上官を売るなんて世も末だな。これもそれもBETAと言うかクソッタレ野郎と、最低で最悪な戦争を真面目にしているからだな。ああ、荒んでる荒んでる嫌だねぇ……伊代。その手はもう通じんぞ」

 

 「あら隊長。また弱みを握って脅したんですか?」

 

 反応したのは、ソード中隊最後の女性衛士である武中 千秋中尉であった。

 

 女性らしい上島中尉とは対称的に、武中中尉は背が高く、体格も良く、運動神経抜群。幼い頃から空手を学んでおり、いざとなれば、大の男と拳を交えても打ち勝つだけの実力を持っている。またどうにも細かい事が苦手で、何事に関しても大雑把。特に金に関しては非常に雑で、月末となればいつも苦しんで、上島中尉から金を借りている姿をよく見かけられる。

 

 「おいおい千秋。言い方が悪いな。仮にも相手は大隊長。オレは敬意と誠意を持ってお話しただけだぜ?」

 

 「その裏側にはどす黒いものがたんまりとあるんだよなぁーウチの隊長は……」「さっすが隊長。しびれるぜ!」「また、ウチの風当たりが強くなるなぁー」「光線級吶喊とかまたさせられんのかなぁ……あーあ、死なないように気をつけないと」と合いの手と笑い声、そしてため息が木霊する。 

 

 「どの口が言うのよどの口が」

武中中尉が呆れ顔で言った。彼女と新見は付き合いがそれなりに長く、古参の部下の一人であるが故、新見の事をよく知っていた。

 

 「この口がだよ千秋。とまぁ、俺の事はそれぐらいにしておいて、実はお前らにちょっとしたサプライズがある。実は先ほどのちょろまかしてきた補給物資の中に郵便があってな。事務課の人間と話し合って、先にウチの分だけ確保してきた。伊代。渡してやれ」

 

 手紙と言う言葉に、ソード中隊の全員が顔をほころばせ、歓声を上げた。

 

 生と死が複雑に交じり合う最前線。娯楽も少なく、各地を転戦として戦う日々。その中で兵士達の荒み、乾き切った心を必要以上に潤してくれるのが、家族から手紙である。

 

 大陸での戦いは常に激戦の連続で、補給物資が届かない事もしばしばある。特にソード中隊は、新見の指揮と秘蔵っ子のお陰で他に追随を許さない戦果を上げている為、各地を激しく動き回り、中々手紙が届かないのである。

 

 「――霧口少尉、天谷少尉、藤崎少尉、それと大和君」

 

 「はい」

 

 「大和君には二通来ていたわ」

 

 唯一名前で呼ばれた衛士が椅子から立ち上がり、上島中尉から手紙を受け取った。ソード中隊のほとんど衛士が二十歳を超えているのに対し、唯一の十代、それも僅か十五歳の衛士である有栖川 大和少尉は受け取った手紙の差出人を見て、目を丸くした。

 

 「ん……何だ何だ、うぉっ! 十代のケツの青いガキの癖に女からの手紙だと! 生意気な……もしかして許婚って奴か? かぁー、流石は<赤>。一般ぺーぺーの俺らとは一味違うなぁ!」

面白いネタを見つけたと言わんばかりに、ばしばしと可愛い秘蔵っ子の背中を叩く新見。

 

 「……少佐。盗み見はよくないですよ。それに、よく見て下さいよ。どこをどう考えれば、そういう発想になるんですか?」

 

 大和が二通目の手紙。差出人の名前を新見に見せた。

 

 「んー何々……九條 巴? ……ん、九條って……あの<五摂家>のか?」

 

 時を遡る事、一八六七年。日本で成立した大政奉還の際、皇帝の執政を補佐する摂政職が機関化され、〈元枢府〉と言う組織が誕生した。そしてその〈元枢府〉を構成するのが煌武院、斑鳩、嵩宰、九條、宰御司と言う五つの武家であり、これを〈五摂家〉と呼ぶ。現在でもこの五つの武家は断絶することなく、日本帝国の中心を担っている。大和の生家である有栖川家はこの〈五摂家〉に次ぐ〈赤〉であるため、どうしても〈五摂家〉と繋がりが強いのだ。

 

 「正解です。あんまり馬鹿な事言っちゃうと、九條家から睨まれますよ」

 

 その言葉に、新見が不快そうに眉を歪めた。

「……けっ、武家が怖くてBETAと戦えるかっつの。第一、俺は武家が嫌いだ。何事にもがちがちに拘束されていて、見ているだけ息苦しくてたまらん。それに威張っているのも気に入らん」

「それは一部の人間でしょ?」

特権は人間を腐らせる最高の毒である。大和も上位の家格である〈赤〉であるから、家の威光を武器に威張っている武家の人間を見たことがある。

「どうだろうな。半々ぐらいじゃないか? ……あぁ、安心しろ。お前は気に入っている武家の人間に入っているかな。ってか、お前は武家の人間にしちゃ軽すぎる気もするがな」

「新見少佐に認められて光栄です。それじゃあオレはこれで失礼しますよ」

大和が敬礼する。新見がけだるそうに答礼した。

「んー、ゆっくり休めよー。あっ……人肌が恋しいなら、伊予か千秋を持ってけ。ヤるのは、双方合意なら許す。避妊はしっかり……しなくていいぞ。寿除隊ならマッハで書類を書いてやる」

「遠慮しときます」

まったく、軽口が好きな上司だ。しかし妙に憎めない。大和は肩をすくめて言った。

 「遠慮するなよ大和ぉー。お姉さんはいつでも準備OKよ」

「もっと自分を大事にしてください。武中中尉」

 「大和は大事にしてくれないの?」

 

 「……そういう切り返しは反則ですよ」

 

「千秋。これ使うか?」

新見がどこからか、じゃらっと鎖の音がするものを取り出した。

「うーん……アブノーマルなプレイは……燃えるわ♪」

「上島中尉。このバカ二人をシメといてください」

「……任されたくないけど、任されたわ。大和君お疲れ様」

 毎度の事なので、上島中尉はやれやれと言った感じで答えた。

 

「あぁ、そうだ大和。後で機体の調整に付き合ってくれ。どうも機体に違和感を感じてな」

「了解です。霧口少尉。後で伺います」

大和が大型テントから出て行く。それを見送った新見は、自然な動作でまた煙草に火を付けた。

「伊予ー。今日の大和のスコアは?」

「断トツでトップです。ここ一ヶ月近くは出撃の度にスコアを伸ばしています。正直、驚異的な数字です」

「ぶっちゃけて、私でも付いていけないときがありますからね。隊長の目から見て、最近の大和、どー思います?」

パイプ椅子に背中を預ける武中中尉。

「麒麟児現る……じゃねぇがここ最近は、確かに操縦技量が桁違いに上がってきていやがる。オレもぶっちゃけるが、一対一で勝てるかどうか分からん」

「……ご謙遜を」

「伊予。その間が答えさ。お前だって、もう一年近く、俺の副官やっているなら俺と大和の技量の判断ぐらい出来るだろう? 最初からとんでもないモノ持ってんなぁーとは思っていたが、まさかここまで化けるとは……」

 うちの部隊にやって来たときは、気持ちだけが一人前の半人前だと思っていたが……と心の中でそんな言葉を漏らす。

 

「それに大和の奴、戦術機の知識も半端ないですよ。おやっさんが言っていました。整備兵じゃなくて、開発技師としても十分にやっていけるって」

霧口少尉が手紙に視線を落としながら、口を挟む。周りにいた数名の衛士もうんうんと同意するように頷いた。事実ソード中隊が運用している戦術機のOS関連は、大和がテコ入れして、それぞれの衛士にあわせてきっちり調整されている。その手腕は、専門家であるはずの電子整備兵が教えを請うほどだった。

 

 「[陽炎・改]の改修案もあいつが考えて、設計図もひいたからなぁー。うん。あいつは間違いなく大物になるなぁ……数年もすれば俺の上官になるかもな」

「あぁ、それはないない。斯衛軍を蹴っていると言っても、〈赤〉の家で、〈五摂家〉とも繋がりが深いんでしょ? 女引っ掛けて、脅して、好き勝手している不良な〈万年少佐〉の上官になるなんてないない」

けらけらと笑って答える武中中尉。

「……あぁ、真実って耳が痛いなぁ千秋」

「現実を直視する事は大切ですよね」

「まったくだ。まぁ、現場を知っていて、気の良くて、有能な奴が上にいてくれるなら、それはそれでありがたい。現場はその分、苦労が減る。頭が馬鹿なら、苦労するのは手足だからな」

「ですよねぇ……ところで霧口。アンタ、何さっきからニヤニヤしているの? 気色悪っ……」

「してしまうんです。まぁ、恋人のいない中尉にはこの顔は絶対に出来ないと思います」

「……霧口。お前、それ、恋人からの手紙か?」

「はい。この戦いが終わったら、彼女の結婚する予定で……って、中尉。何でそんな悲しそうな顔で僕を拝んでいるんですか?」

「いや……大和風に言うと、立っちゃったなぁーと思って、南無南無……」

「あぁ、立ったな。立ってしまったなぁ……残念だよ霧口。お前の未来の嫁さんは心配するな。俺がきっちりたっぷりねっとりとしておくから、安心して逝け。伊予。大っ変、遺憾だが霧口の書類を用意しておいてくれ。近い内、必要になる可能性が大だ」

「不謹慎な……と、言いたいところですが、思いの他、確率が高いですからね」

続けて新見、上島も悲しそうで、それでいてため息混じりに言った。

「あ、あの……どういうことですか?」

武中中尉が物凄く悲しそーな顔で言い始めた。

「大和が言ってたの。それって死亡フラグなんだって。戦いの前とか、戦場とかで「この戦争が終わったら、俺、あいつと結婚するんだ」とか、「この戦争が終わったら、店を開きたいんだ」とか言うやつは大体そいつは死ぬんだって。何かもう……お約束って奴らしいわ」

「ははっ……そん――「そういや……あいつ、もうすぐ後方に移送されるって決まってからすぐ……」「あっ、俺もある。一年ぐらい前なんだけどさぁ、レストランやりたいって言ってた奴が、あっさりと……」――……」

 重く、静かな沈黙がテントを支配した。

「んー、まぁ……そーいうことでお疲れさん」

「あら、隊長。さっそくサボりですか?」

「少佐……」

「違う違う。睨むな伊予。ちょっとばっかし人と会う約束してんだよ」

「誰と?」

「千秋。どうして俺がそこまで言わなきゃならん? 俺はガキか。男だよ。それも中年。仕事の話さ」

新見がテントの外に出る。背後から霧口少尉が武中中尉に何かを叫んでいる声が聞こえてきたが、新見は一つ笑みを浮かべて、歩き出した。

 

 

 

 

 

『――九條に連なる有栖川の名に恥じぬ戦果と、武運を祈ります。

追伸  約束を忘れちゃ駄目よ。必ず帰ってきなさい。これ決定事項。破ったら許さないから』

九條 巴からの手紙は、そう締めくくられていた。前半部分は武家の女子に相応しい慇懃丁寧な文章で纏められ、最後は完全に彼女本来の性格が出ていた。

「はいはい。あいにくと死ぬつもりはありませんよー」

やれやれ、と言った感じで呟いた大和は、手紙を綺麗に折りたたみ、フライトジャケットのポケットにしまいこんだ。

彼の眼前には、戦術機輸送車両である87式自走整備支援担架が何十台も並び、そのコンテナに固定されている戦術機に整備兵達が群がっている。衛士の戦いは一先ず終わり、次の戦いは、無事に帰還し、傷ついた戦術機を、万全の状態に整える整備兵の戦いである。戦いはいつにも増して激しく、古参の整備兵の怒声と命令と共に、小型の輸送車両が臨時の駐機場を走り抜け、至る所で修理機器の駆動音を奏でさせている。

(今回は連戦に次ぐ連戦だったからな。整備のほうは大変だろう……)

大和を含めて、衛士達は出来る限り機体に無理をかけないように戦っているが、それも時と場合によっては無視せざる終えない。何せ、こちらは命が掛かっているのだから。

整備兵のほうも小言こそ言うが、それ以上は決して言わない。戦術機は時間とパーツ、そして整備兵の努力によって蘇るが、その操縦者たる衛士は蘇る事はないからだ。

「それにしても最前線に来て、ようやく一年ぐらいか……」

聞き慣れた戦いの合間のオーケストラを聴きながら、大和はぼんやりと薄暗い空を眺めた。

十四歳で帝国斯衛軍衛士士官学校に特例措置で入学した。そして十四年間ひたすら強化したチート能力を遺憾なく活用して、僅か一年で卒業。そのまま帝国斯衛軍に配属されようとした時に、大和はそれを蹴飛ばして、大陸派兵部隊に志願した。

(あの時は大変だったなぁ……)

斯衛軍は元より城内省、武家社会の派閥の一つである九條家は度肝を抜かれた。いつの時代も権力争いは存在し、そして有能な人材を確保しておきたいものである。明らかにこの先、伸びていく人材をわざわざ危険な戦地に送り込み、失うのは人材の無駄な浪費に他ならない。

 説得に来るお偉いさんや親戚、九條家の人間に対して、大和は頑として意志を曲げなかった。正直、「世界を救う」、なんて途方もない事をやり遂げようとする以上、BETAと戦うのは避けられないし、実戦は経験しておくべきである。加えて、頼れるのは自分を強化できる能力のみであるから、さらに膨大なキャピタルも必要だった。

長く無駄な説得が続く中、決め手となったのは、次期九條家当主たる九條 巴の口ぞえであった。

『よろしいではありませんか。大和の思うようにしてはいかがでしょうか? 武家に生まれた以上、日本帝国臣民の模範と成るべき宿命を背負っています。彼をそれを示そうとしているのです。そして武家と言う存在は、言葉ではなく、行動で示すもの。彼の望みをかなえてあげるべきではないでしょうか?』

巴の言葉に反対の意見を出したのは、現九條家当主、つまり巴の父であった。

『しかし万が一と言う事もあり得る。有栖川の倅は、お前の付き人にと思っているのだぞ』

巴と同い年と言う事で、大和は巴の遊び相手として九條家に何度か遊びに行っている。そこで巴の父は、明らかに同年代の子どもよりも落ち着いていて、幅広い知識を持っている大和に目をつけていたのだ。

『その時はその時です父上。それで死ねば、大和もそれまでの男だったと言う事です』

 巴はにべも無くそう言い切り、結果として大和は斯衛軍からの出向と言う形で大陸派兵部隊に従軍する事が決まった。

 

 そしてある夜、巴はお忍びで有栖川家を訪ねた。場所は有栖川家の庭。桜の木の下であった。

 

 『まったく……利用して良いとは言ったけど、さっそく私を利用するとは思いもしなかったわ』

 

 開口一番、巴はため息混じりに言った。

 

 『感謝していますよ。巴様』

 

 『ストップ。ここは公の場所じゃないから、敬語は省きなさい』

 

 青と赤。立場的には主従の関係にある二人だが、巴は大和の事を認めて、唯一無二の対等な友人と認めていた。何より自分の考えは素早く理解して、意見して、時には叱ってくれる大和は、かけがえの無い存在だった。

 

 『そうだったな。悪かったな巴。そしてありがとう』

 

 『別に良いわよ。でも、まさか本当に大陸派兵部隊に志願するなんてね。朝陽、泣かなかった?』

 

 大和が実に痛々しく、そして辛そうに顔を歪めた。

 

 『……泣かれた思いっきり。行かないでって言われた……』

 

 『でしょうね。アンタ、朝陽の事心底可愛がっていたもんね。朝陽もアンタの事慕ってるし……で、説得したの?』

 

 『何とかな。しばらくは妹孝行しなくちゃならんが……。それは一先ずおいて、志願する事、冗談だと思っていたのか? 何か、大きな事を成し遂げようとするならば、権力と言うのは非常に便利だ。使い方を誤らず、そして魅了さえされなければ、これほど有効な道具は存在しない。オレはまず、軍で権力を持つ。BETA戦争と言う戦乱がある以上、軍で一定の権力を持っていれば、何かと役に立つからな。後は政治のほうだが、まぁ、政治のほうは後からでも問題ないし、何よりそっちのほうはお前が何とかしてくれるんだろう?』

 

 『まあね。私には生まれ持った特権があるし、せいぜい私の理想の為に利用させてもらうわ』

 

 『利用できるものは何でも利用する、か。はたから見れば悪者っぽい理論だな』

 

 『善人も悪人も、その基準を決めるのは人々の価値観であり、総意よ。時代や状況が変われば、その境も大きく変化する。それに人間の社会なんて綺麗も汚いも無いわよ。とにかくお互い、利用して、協力し合いましょう。私はアンタの事、認めているんだから。だから――』

 

 『だから?』

 

 彼女の活力に満ちた瞳が大和を捉える。 

 

『だから、必ず帰ってきなさい。私の労力を無駄にしないで。アンタは一定の権力だけじゃなくて、軍のトップになって――』

 

 『巴が政威大将軍になる、か? くくっ、お互い、道程は険しいな』

 

 『そうね。でも、人として生を得た以上、目指すべき場所は一番高い場所を目指すべきよ。私はこの国のトップになって何もかも変える。この国を強く、そして豊かな国にしてみせる。他国の思惑に揺らがず騒がず動じず、国民と国家の権利を守る。BETAはおろか、何かと口を出してくるバカ共に負ける訳にはいかないのよ。――それにしても互い、本当、理想家よね』

 

 『理想とか綺麗事と言うが、それを成しとげた時、それはただの”可能な事”になり下がる。理想を語れよ 理想を語れなくなったら人間の進化は止まるぞ。進化が止まれば、人間は人間で無くなる』

 

 大和の言葉に感銘を受けたのか、巴が満足げな笑みを浮かべた。

 

 『あら、良い事言うじゃない。それじゃあ、お互い、進化を続けましょう。大和。最後にもう一度だけ言っておくわ。必ず帰ってきなさい。アンタに私が必要なように、私にもアンタが必要よ』

 

 『約束するよ』

 

 『約束破ったら、ぶっ殺すからね』

 

 『素晴らしく良い笑顔で言う事か? 九條家のご令嬢とは思えぬ口の汚さだな』

 

 そうして二人は別れ、大和は大陸へと向かい、今に至る。

 

 「そういや……キャピタル、どのくらい溜まったかな……」

 

 大和は周囲を見回し、誰もいないことを確認して、自身のステータス画面を開いた。と言ってもステータス画面は大和にしか見えず、見られても特に問題ない。ただ何もない空間を叩いている姿を見られるだけである。

 

 ステータス画面の右上に表示されているキャピタル数は、198231pt。

 

 「ふむ。今回はかなりBETAを倒したからな。しかし、やっぱり実戦での溜まり具合が半端無いな……いやー、予は満足じゃ♪」

 

 むふふっとどこかいやらしい笑いをこぼし、大和はどの能力を上げようかとステータス画面を楽しげに叩き始めた。

 

 

 

――同年 二月四日 中華人民共和国 江西省 九江市 潯陽区 日本帝国軍大陸派遣部隊第二野営地 士官用仮設宿舎――

「やっ、どーもお久しぶりです巌谷大尉……じゃなくて、少佐でしたね失礼しました」

「君こそ息災で何よりだよ新見少佐」

 新見の前に立つ、顔に大きな傷を負った男の名は、巌谷 榮二。帝国斯衛軍で運用されているF-4J改[瑞鶴]の開発衛士であり、当時、米国の最新機にして、第二世代機のF-15[イーグル]を第一世代機の[瑞鶴]で破る快挙を成し遂げた偉大な衛士である。今は、帝国斯衛軍から帝国陸軍へと軍籍を移し、大陸派兵部隊の一員として従軍している。

「それにしても君は未だに少佐なのか。もっと高い地位に付こうとは思わないのか? その能力は十分にあるはずだが?」

 とある事情から、それなりの付き合いを続けてきた巌谷だからこそ、新見の優秀さを理解していた。

 

 「生憎と俺は、『万年少佐』が気に入っていましてね。それに仕事が増えるのは勘弁です。ただでさえ、戦争なんて気狂いな事をしているんですから」

「……確かに。だが、その戦争をしなければ、守りたいものを守れない。それで突然の来訪の用件は何だ?」

「是非とも開発衛士である巌谷少佐に見てもらいたいものがあるんですが」

そう言って、新見は持っていた一冊のB6サイズのノートを手渡した。表紙は程よくくたびれていて、かなり使い込まれている印象だった。

「これは?」

「うちのとある衛士がずっと使ってるノートなんですがね。色々と興味深い事が書いてあるんですよ。まぁ、とりあえず見てください」

巌谷はくたびれた表紙を捲り、ページを捲っていく。そのページの捲る速度は徐々に速くなり、冷静な巌谷の顔は驚愕に染まっていった。

「こ、これは……!?」

巌谷の全神経に、生涯最大級の衝撃と興奮が奔った。ノートに記載されていたのは、既存の技術を応用した、もしくはまったく新しい新技術の理論や設計図の数々であった。開発衛士を務め、戦術機に関する幅広い知識を持っている巌谷だからこそ、このノートに記載されている知識の価値を正確に理解し、感動した。

「凄いでしょ? 俺もまぁ平均的な衛士よりかは戦術機の事を理解しています。だからこそ分かるんですよ。こいつの価値が、こいつが一体どれだけの衛士の命を救えるのかを……」

「新見少佐! 今すぐこのノートを書いた衛士に会わせてくれ! 大至急だ!」

巌谷は居ても立ってもいられなくなった。年甲斐もなく全身が震えるほど興奮している。天才だ。このノートを書いた衛士は間違いなく天才だ。今後の日本の国産戦術機開発に、この人物は間違いなく必要になる!

「いいですよ。それが俺の用件ですからね。――巌谷少佐。やっぱりこのノートに書いてある事はそんなに凄いんですか?」

「凄いというレベルではない! これまでの戦術機史を塗り替えるだけの技術がここにある! 特にこの駆動式内骨格構造と新素材の発泡金属……これだけでも十分に歴史に名を残せるだけの技術だ! 一体誰なんだ? これだけの技術を考え付いた衛士は?! 名前を教えてくれ新見少佐!」

新見は満足げに笑みを浮かべ、誇らしげに言った。

「ウチの秘蔵っ子でね。有栖川 大和って言う奴です。十五のガキで、俺の前で堂々と「世界を救う」なんて誇大妄想を吐いて、実現させそうな気がする衛士です」

小さな歯車は動き出し、大きな歯車が待ちわびたと言わんばかりに回りだした。

 ――後世、BETA戦争における最大の英雄と呼ばれる男の物語は、ここから加速的に進み始める。




いかがだったでしょうか? 僅かな時間でも楽しんでいただけたなら、幸いです。

今更ながら、感想掲示板に返信を書こうとしたんですが、何故か書き込みが出来ません……どうしてでしょう……? 

では、次の更新で。

いんてぐらでした。


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第三話 開幕 国産戦術機開発と武家、そして少女

……何か気づいたら1/144不知火のプラモを買って、完成させたいんてぐらです。

本作品は言うまでもありませんが、いんてぐらの妄想がたんまりとふんだんに取り入れられています。原作内容を改ざんした内容も多々ありますので、ご了承ください。

では、私の前置きなどこのぐらいにして、第三話、どうぞ~


 ―― 一九九三年三月十五日 日本帝国 光菱重工東京本社 第参会議室 ―― 

 

 

 大陸の戦線から帰国し、前もって決まっていたポスト――帝国陸軍技術廠第一開発局戦術機開発室室長に就任した巌谷 榮二少佐は、机の上に広げられた戦術機の改修案とその設計図に目を奪われていた。

手に取り、隅々まで視線を巡らせる。線を追い、形を捉え、想像する。口元を緩むのが抑えられない。素晴らしい。設計図の段階でこれだ。もはや「見事」としか言い様がない。

やはり間違いではなかった。彼はこの先の戦術機開発に必要な人材だ。

「おい……これを三日で書き上げたってのか? 冗談だろう?」

「はい。それが冗談じゃないそうです……」

「嘘だろ……ここの関節部分の構造なんて……あんなガ……少尉殿が思いついたってのか?」

巌谷の部下に加えて、光菱重工の戦術機開発チームの技師達もその設計図に心奪われ、そして愕然としていた。傍にいた友人や仲間とひそひそと話し合う。彼らは間違いなくそれぞれの分野で一流と評してよい技師ばかりである。しかし、彼らの前に示された設計図は、その一流の技師達を唸らせるだけの革新的で、それでいて完成度の高い理論と新技術が組み込まれていたのだ。

「ふ……ふふっ……こいつは凄ぇ。俺のありとあらゆる場所が滾ってきやがる。どうだい、有栖川中尉。今晩……突き合わないか?」

「字が違う字が違う! と言うか、近づかないで! ネクタイを緩めるな! 何でアンタがいるの?! アンタは違う世界の住人だろう!? あのジジイの嫌がらせかぁぁ!」

その設計図を見事に描ききった一人の少年、有栖川 大和中尉は、酷く怯えた形相で巌谷の腹心の部下である安部 高和整備主任に言い寄られ、部屋の隅まで退避していた。

 

 時は一九九三年三月二日。有栖川 大和は巌谷 榮二と共に日本の大地を踏みしめた。本来なら大和が帰国するのはまだ先の話であったが、大和が長年、思いついた技術や理論を纏めたノート(通称大和ノート)の内容を見た巌谷が、そのあまりにも具体的で現実的、そして革新的な技術の数々を絶賛し、日本帝国の悲願である戦術機開発に参加させようとしたのだ。

 

 上司である新見 恭介少佐、そして大陸派兵部隊司令部に連絡を取り、数日後、大和の帰国が決まったその夜、ソード中隊の面々が盛大な宴を催した。この時の宴を大和は生涯、忘れる事はなかった。それは最高の部隊であるソード中隊メンバーが勢ぞろいした、最後の宴になってしまうからだ。

 

 多くの負傷兵、そして任期が終わった兵士達と共に、大和は京都の舞鶴港に到着した。そして休む間も無く、帝国陸軍舞鶴基地に用意されていた輸送機で東京へ飛び、国防省へと向かった。国防省の会議室には、日本帝国軍次期主力戦術機開発計画(TSF-X計画)に関わっている政府高官、軍の高級将校、そして日本の戦術機開発を進める三大メーカーの富嶽、光菱、河崎の開発班が集まっていた。

居並ぶ高官に一流技師達。不審な視線と奇妙な圧迫感を感じつつ、大和は今回、発表する技術を公表した。

 

 発表した技術は計四つ。

 

一つ目は新素材の発泡金属装甲。現在、戦術機に採用されている装甲材質と同等の性能を持ちながら、非常に軽く、また加工し易く、生産コストも安い。また生成方法を変える事で、さらにその性能を強化することが出来る。

二つ目は戦術機の骨格となる駆動式内部骨格構造(ムーバブルフレーム)。戦術機の基本構造として、関節などの一部分を除いて、基本的にはモノコック構造を採用している。モノコック構造の利点として、堅牢な構造、内部スペースの確保や大量生産に適しているが、デメリットとして、関節部分に多大な負荷がかかり、そして深部のパーツを交換する際に、周辺のパーツを分解しなければならず、整備に手間がかかる。駆動式内部骨格構造を採用すれば、少なくとも現状の戦術機よりもはるかに可動性や運動性、そして整備性の高い戦術機が生み出せる。大和がこれを採用した理由はただ、戦術機のスペックアップだけではなく、根本的な技術力アップを目論んでことである。

三つ目に、原作でも登場した新OS。白銀 武考案、香月 夕呼開発のXM3を元に、大和はさらにその機能を強化した。自己のオリジナルモーションの登録や調整の幅を広くして、個々の衛士により合わせたOSを作り上げた。大和はこのOSをXM4と名づけた。

最後はXM4を完璧に使う為の並列処理能力などを強化した新型CPUとSAS(サポート・AI・システム)。SASは文字通り、OSと連動して、衛士をサポートする機能である。その機能はおいおい説明する事にする。

時間にしておよそ三十分。簡潔かつ分かりやすく説明出来たと大和は思った。会議室に居並ぶお歴々の反応を見ると、予想通りと言うか、微妙な反応であった。

 

 (まぁ、当然だよな……)

表面では真面目な顔をしつつ、内面では肩をすくめていた。発泡金属は直ぐにでも製造可能である事は、船旅の間で確認していたが、他の三つは直ぐに実現できるのか、はっきりと答えられなかった。おそらくは可能であると、大和は思っていたが、こればかりは実際に試して見ない事には分からない。加えて、軍部高官が他の三つの必要性をあまり認めなかった事もある。さらに付け加えて、これらの技術を使用して、戦術機を開発するにしても、その開発資金をどこから捻出するのか……つまりは技術こそは素晴らしいが、それを実現するまでのプロセスに問題が多いのだ。

加えて大和自身の主張もある。もしこれらの技術を利用するならば、是非とも、設計の段階からやり直し、戦術機開発に参加させて欲しいと具申したのだ。軍部やメーカーとしては、これまでの苦労や資金が無駄になる。冗談じゃない話だ。それにいくら武家の嫡子で、優れた知識があるとは言え、日本帝国悲願の戦術機開発に、たかが十代半ばの、ぽっと出てきたガキを参加させるのはどうしても許容できなかった。

結果、審査すると言う事で大和は一度、帰された。

「すまんな大和君」

船旅で交友し、既に一定以上の信頼関係を築き上げたからこそ、巌谷は名前を呼んで、謝罪した。

「巌谷さんが謝る必要はありません。むしろ、この結果は巌谷さんも想像していたでしょう? 全然、気にしていませんよ。――それに捨てる神あれば、拾う神あり、ですよ」

にっと笑った大和の視線の先、そこには会議室で見かけた顔があった。彼の名は石峰小弥太。光菱重工戦術機開発部部長である。

 

 「有栖川少尉。お話があります。お時間、よろしいでしょうか?」

「ええ。喜んで。お互いにとって、良いお話であれば良いですね」

石峰部長に連れられて、光菱重工が管理するとある工場に通された。そこに安置されていたのは、整備ハンガーに固定され、僅かに埃が被った内部構造剥き出しの戦術機――。

「これは……既存の戦術機の構造と違う……?」

巌谷が眉を潜めながら呟き、大和はにっと笑みを浮かべた。

「なるほど。幸か不幸か、光菱重工さんでも同じようなものを考えていたと言うわけですね?」

石峰部長が静かに頷く。

「この機体は、第二次TSF-X……つまり国産戦術機開発計画〈耀光計画〉の技術を流用して、我が社が独自に開発していた戦術機です。偶然にも有栖川少尉が発表した、内部骨格構造に似たモノを採用しています。ただし、開発は頓挫しましたが……」

「頓挫した理由は概ね予想がつきます」

大和が幾つかの問題点を挙げる。石峰部長はお手上げだと言わんばかりに、苦笑混じりに首を振った。

「まさか、一目見ただけで見破られるとは……もはや言葉がありません」

「光菱重工の部長さんからそのようなお言葉をいただけるとは、恐悦至極に存じます。……さて、そろそろ本題に入りましょうか。何事も明瞭に、そして簡潔に進めたいと思います」

 後に、一連の交渉劇を巌谷 榮二は親しい友人にこう語っている。

「大企業の重役達相手に物怖じせず、要点と要求を簡潔に説明し、時には妥協し、そして交渉するその手腕はとても十代半ばの少年とは思えなかった。まるでそれは老獪な政治家のようであった」と。

交渉の結果、いくつかの条件の下、光菱重工に協力を取り付けた大和は次に巌谷に頼んで、戦術機開発の許可を防衛省に具申した。この許可は思いの他、あっさりと下りた。理由はいくつかあるが、最大の理由はこの戦術機開発に掛かる経費を、光菱重工が全て負担するのが大きなポイントであった。

かくして、大和は自らの知識を生かす場を与えられ、水面下ではこれまで主導的な立場を取っていた富嶽重工と二番手に甘んじてきた光菱重工の開発競争が勃発した。

 

―― 一九九三年九月十七日 日本帝国 帝都京都 九條家 離れ座敷――

昼が終わりかけ、夜が始まろうとしている刹那の時。空は茜色に染まり、世界はどこか神秘的で、どこか儚げな世界へと変わっている。後一時間もすれば、空に星が輝きだすだろう。

「ふ~ん……じゃあ一月に行われるトライアルには間に合うわけね」

縁側に腰を下ろし、最高級の京友禅の着物を見事に着こなす気品に満ち溢れた女性は言った。彼女の眼前には、複雑な曲線で描かれた大きな池と奇岩怪石によって、雲上の遠山が表現された見事な日本庭園が広がっている。彼女は時間さえ空けばこの縁側に座り、時の移り変わりによって、様々な表情を見せるこの庭園を楽しんでいた。

 

 女の名は九條 巴。<五摂家>の一つ、九條家の長女であり、次期当主、そして「神童」と呼ばれた才女である。年齢は大和と同じ十六歳だが、その知性は非常に豊かな上、親もその長所を伸ばす為の教育を施したため、さらに磨きをかけている。そして彼女は、外見的にも優れていた。すらりと伸びた長身に、女性として何ら不満のないプロポーション。腰まで流れる黒絹のような髪。鼻梁の整った顔立ち。そして他人の意識下に、強く刻み付ける活力と自信に満ち溢れた目。遠くで見れば、深窓の令嬢。近づいてみれば、野望の女帝。それが九條 巴と言う存在であった。

「間に合わせるさ」

その巴の隣に腰を下ろし、お盆から湯飲みを取ってお茶を啜る男がいた。休暇を取り、東京から京都へと帰ってきた大和である。

光菱重工の協力の元、大和が世に送り出した技術を使った戦術機の開発は、今の所、順調に進んでいる。やはり設計図上では見えなかった問題が幾つも浮上し、対策に追われたこともあったが、そこは大陸派兵部隊で強化したアビリティ能力と巌谷率いる第壱開発局、光菱重工戦術機開発班の奮闘もあって、次々と解決していった。そして光菱重工は元より、その傘下や提携している企業もこちらを優先して仕事をこなしてくれているため、タイムスケジュールに遅れはなかった。現在の予定では、十一月の初旬に試作壱号機が完成する予定となっている。

(それにしても……まさかあのお方がこの世界にいるなんてなぁ……いやはや、信者としては嬉しい限りなんだけどね。……まぁ、阿部さんもいたぐらいだから……)

 大和の言うそのお方と出会った時、大和は思わず拝んでしまった。何故ならその人物はとあるゲームの出演者で、ゲーム中、非常にお世話になった武器を製造していた企業だったからだ。またゲーム中に重宝していた武器の原型もこの世界に存在していた。あれほど広範囲で有効的、そして心くすぐられる武器を利用しない手はない。大和は戦術機開発に精を出す一方、そのお方の元に出向き、色々と技術提供を繰り返していた。

「自信、あるんだ?」

巴が薄く微笑みながら尋ねる。夕陽に浴びたその顔は、普段よりも大人っぽく見えた。

「自信がなくちゃ、お前に光菱重工の株を大量に買っとけとは言わんだろう?」

 

「ふふっ、そうね。せいぜい儲けさせてちょうだい。あって困るものじゃないからね」

「今後の為の買収資金にでもするのか?」

巴の目的は、日本帝国の最高権力者である政威大将軍になること。その為ならば、手段を問わないと普段から豪語している。

「もちろん。金で動く連中はごろごろいるからね。でも、それもまだまだ先の話よ。今の政威大将軍が死ぬなり辞任なりしないとね」

現在、日本帝国国務全権代行者である政威大将軍の職に就いているのは、五摂家の一つ、宰御司家当主、宰御司 時昌と言う三十代前半の男性である。大和も正月などの祝賀行事で拝謁した事があるが、特に美男子と言う訳でもなく、大和の印象としては威厳のない、そして覇気のない人物に見えた。政威大将軍の任命は、皇帝陛下によって五摂家の当主陣から選ばれるのだが、大和は心底どうしてあんな男が政威大将軍に選ばれたのか、不思議に思った。むしろ、この時に印象に残ったのは、次の当主達の姿であった。

 (いや、そういえば……)

思考の片隅で、その時の光景を再生していた大和がぽつりっと呟いた。

そういえば、気になる人物がもう一人いた。青の武家の正装をまとい、心ここにあらず、そして常に視線を下へと向けていた影のある少女。その名は煌武院 悠陽。原作キャラクターの一人であり、政威大将軍になる少女――。

「なぁ、巴。前々から聞きたいことがあったんだが、ゆ……煌武院家のご令嬢は知っているよな?」

「煌武院の……? あぁ、煌武院 悠陽の事? わたし、あの子嫌い。辛気臭いし、何か暗いから」

巴は興味がないと言わんばかりの口調で言って、お茶請けに置かれていた煎餅に手を伸ばす。ばりっとほうばり、ばりばりと豪快に音を立てて食すその姿、先ほどまであった気品ががぐっと下がった。少し前に大和が注意したことがあったのだが、本人は「煎餅は音を立てて食べるのが美味しいのよ」と言って、やめようとしなかった。

「最初からあんな感じだったのか?」

「さぁ~ね~。私にしてみればあの子は味方はおろか、敵にもなりそうにないから眼中にないし……それにあんまり話したこともないから。まぁ、朝陽みたいに活発で愛らしかったら、別だったけど」

大和は視線を落とし、記憶野に残る彼女の姿を思い出す。やはり今の煌武院 悠陽と、原作で登場する煌武院 悠陽の聡明な姿とは結びつかない。一体どうしたと言うのだろうか。気になるが、確かめる術はない。

「なに、気になるの?」

「……普通は気になるだろう。朝陽とそう年も変わらなそうだし……」

「アンタ……年下が好みなの? ちょっと低すぎない?」

「何で直ぐに好みの話になるんだよ」

はぁ、とため息混じりに言って、お茶を啜った。

原作通りなら彼女が次の政威大将軍だが、どうにも今の印象では、煌武院 悠陽が政威大将軍に選ばれるとは考えられない。話したことはないが、遠目からでも今の彼女には人を惹きつけるカリスマがないし、巴や斑鳩家の次期当主に比べると、どうしても見劣りしてしまう。

(……まぁ、別に煌武院 悠陽が政威大将軍である必要はない。軍部や議会が幅を利かせて、政威大将軍の権限を侵害している今、強いカリスマ性と行動力を持つ人間がなったほうがいい。そうなれば、榊総理は死なず、狭霧 尚哉がクーデターを起こす可能性は低くなる。無駄に戦力を減らさせずに済むしな……)

大和はあくまでも悠陽と言う一人の少女は心配しているが、現状ではそこまでである。大和も言うように、別に煌武院 悠陽が絶対に政威大将軍でなければならない理由はない。むしろ、十分な才能を持ち、明確な目的を見据え、その為の努力を怠らない人物がなったほうがよい。それを大和は幼い頃に見出した。それが隣に座る巴である。

(……そういえば、もう十六年か……)

視線を前に。見事な日本庭園を見つめながら、ポツリと呟いた。

十六年。世界を救うと言う責務を神様から背負わされ、この世界に転生させられてもう十六年と言う月日が流れた。改めて考えて見ても、途方もない話だ。だがこれは現実で、自分は「世界を救う」為の行動を起こしている。しかし――。

 (しかし……今更だが世界を救うってつまり、どうなれば〈世界を救った事〉になるんだろうか?)

子どもの頃は不満だと思いつつも、着実な成果を実感できるチート能力のレベルアップに、いつの間にか夢中になっていた。

大陸派兵部隊従軍時代には、BETAと戦い、多くの悲惨な現場、仲間の死、難民達の悲痛の声を聞いて、生き抜く事が精一杯になっていて、考える暇はなかった。ただ、自分の目と耳で感じて、絶望と悲しみに打ちのめされた人々を見て、何とかしてやりたいという気持ちは強くなった。だから最初は元の世界を戻るために行動していたはずが、今では本気でこの世界を救うために行動している。

そして現在。時間的、精神的余裕が出来た今、大和は目的達成における条件について考える事が多くなった。

世界を救う。その意味は分かる。この世界にはBETAと言う敵がいて、人類を滅ぼそうとしている。この状況において、世界を救うと言う意味は、間違いなくこのBETAを排除する事だろう。だが一体、どこまで排除すれば、世界を救うと言う目的達成になるのか。

地球上にいる全てのBETAか? それとも月や火星、太陽系にいる全てのBETAか? はたまた、宇宙に存在する全てのBETAを排除するのか。それとも、もっと別の条件なのか……一体、どこがゴール地点なのか、見当が付かない。

(……BETAの事だけ考えるとして……何もかも全てうまくいったとしても地球上、奇跡的に月への橋頭堡を築くのが関の山だろうなぁ。と言うか、完全に説明不足だな。あの爺様は……)

大和はため息を禁じえなかった。本当に手抜きと言うか、適当と言うか、今度会ったらこのあたりを言葉と拳を持って、問い詰めてやろうと考えた。

 と、もう一口、茶を啜ろうとしたとき、腕時計が目に入った。時間だ。

「巴。オレはそろそろお暇させてもらうよ」

「あら、夕餉ぐらい食べていきなさいよ」

「悪いな。先約があるんだ。巌谷少佐に誘われているんだ」

「ふぅん……それじゃあ仕方ないわね。また来なさいよ」

「ああ。訓練学校、頑張れよ。後輩」

「アンタこそ、頑張りなさいよ」

大和は九條家を出て、一路、待ち合わせ場所へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

少女は緊張していた。自分の身長よりも高い姿見を見ては、足の先から頭の天辺まで入念に見直して、何度も何度も確認した。髪は乱れていないか。着物はちゃんと着付けてあるのか。帯は? 裾は? 何かおかしいところは無いか。――大丈夫。問題なし。

 

 次は挨拶だ。礼儀を重んじる武家の娘として、恥ずかしい真似は出来ないし、したくない。口の中では挨拶の言葉を反芻した。――よし、これも大丈夫。

 

 少女は大きく息を吸い込み、吐き出した。準備は整った。後は心だけ。着物に隠れてはいるが、盛り上がり始めた胸に手を当てる。心臓が自分でも驚くほど高鳴っている。

 

 何故ならようやく憧れの人に出会えるのだ。興奮を抑えろというのは無理な話だ。 

 

 通っている剣道場で学んだ呼吸法を行い、精神を落ち着かせる。大丈夫。何度も練習した。平常心。平常心……。

「奥様。到着されました」

長年、この家に仕えてくれている使用人のおばさんの声がした。

「――よし!」

いざ、出陣。少女は玄関へと足を運んだ。

「到着したよ。大和君」

巌谷の運転で到着したのは、とある一軒の屋敷だった。九條家の屋敷と比べると小さいが、それでも前の世界の常識からすれば屋敷も庭も十分に広かった。

「ここは?」

「私の死んだ親友の家でね。君に是非、会いたいって子がいるんだ。あぁ、夕食は期待していてくれ。そんじょそこらの料亭と比べても何ら不遜はないよ。私が保証しよう」

「――ようこそ、当屋敷へ」

玄関から清楚な和服姿の女性が姿を見せた。何と言うか、とかく美しい。和の美しさがそのまま具現化した様な女性だった。そしてそことなく漂う上品な色気もある。大和は思わず頬を染めずに入られなかった。そして思う。どうしてこの世界はこんなにも美人が多いのか、と。

「紹介しよう。この人は篁 栴納(せんな)さん。私の親友の奥様だ」

「はじめまして。篁 栴納と申します」

 優雅な動作で頭を下げる栴納。大和も慌てて頭を下げた。

 

 「は、はじめまして。有栖川 大和といいます。今晩はごちそうになります(ん、篁……?)」

「そしてこの娘が栴納さんの娘で――」

 「――あっ……

 

栴納の隣に現れた少女。見間違う事はない。自分はこの娘を知っている。

 

 「は、初めまして。篁 唯依と申します。有栖川中尉。会いできて光栄です!」

母親のしなやかな仕草と比べるとまだまだ粗さが残る動作で、唯依は頭を下げた。

 

 

 

 篁 唯依は、幼い頃から自分の道を見定めていた。それは敬愛し、死んでしまった父と同じ道――すなわち衛士になることであった。

唯依の父親は、衛士から開発技師へと転向した異才で、帝国斯衛軍で運用されているTSF-TYPE82[瑞鶴]の主任開発技師を務め、さらには74式近接戦闘長刀の開発にも携わっていた。多忙を極める仕事内容であったが、唯依の父親は、きちんと「父親」としての義務を放棄せず、時間の許す限り、唯依に愛情を注いだ。唯依もその愛情を素直に受け止め、父を愛し、亡くなった今でも敬愛し、肩身の懐中時計を大切に持っている。

唯依は衛士になる為の準備を既に行っていた。戦術機関連の資料を読んで、巌谷と知り合いだという事で、様々な事を質問して、体を鍛えていた。そんな中、唯依はある人物の話を聞いた。

歴代最高の戦術機適正判定を受け、特例として十四歳で帝国斯衛軍衛士訓練学校に入学した一人の男。それだけでも十分に凄い事だが、この男はそれだけでは終わらなかった。

訓練学校始まって以来の好成績を残し、僅か一年で卒業。そして〈赤〉と言う高位の武家でありながら、斯衛軍に入隊する伝統を真正面から蹴飛ばし、帝国陸軍大陸派兵部隊への従軍を志願したのだ。

 

この行動は、伝統と格式を重んじる武家の人間から非難を被り、さらには良識の軍人ですら、やめさせようと行動した。それは大陸での戦況を誰よりも理解していたからだ。しかし男は希望を変えなかった。両親や斯衛軍上層部が説得に来ても「多くの人を守りたい」、「武家の者として当然の事をしているまでです」と言って、聞く耳を持たなかった。

結果、彼の希望を通され、大陸派兵部隊へと従軍した。多くの者が影で囁いた。

――愚かな真似を。

――生きては帰れぬでしょうな。

――自分の力量を見誤りおって。青二才が。

――誇りだけは一人前と言う事か――

だが、彼らの予想とは裏腹に、男は無事、生還した。しかも、無数のBETAを撃破し、多くの危機的局面を打破し、多くの衛士を救ったと言う実績とぶら下げて帰ってきたのだ。

高位の武家出身と言う事で、過大評価されているのではないかと考えた軍籍の人間がいて、男にちょっかいをかけることがあったが、男はそれを実力を持って、認識を改めさせた。

 男――有栖川 大和の衛士としては実力は、斯衛軍はもとより、城内省ですら認める結果となった。さらに光菱重工で進められている戦術機開発も、情報統制が行われていたが、技術者達の間ではかなりの噂となっていて、大和の技術的才能に注目し始めていると言う。

だからこそ、唯依は大和に憧れを抱いた。自分も何れは衛士として一人前になった後、父と同じ戦術機開発に携わりたい。そして今、自分の理想と描く姿が目の前にいる。これで憧れを抱くなと言うのは無理な話である。

夕食は巌谷の言うとおり、大和の胃袋を大いに堪能させた。特に肉じゃがは絶品で、一流ホテルや料亭に出てきても、何らおかしくないほどの出来であった。

夕食が終わり、食後のデザートに舌鼓を打っていると、食事中、ずっともごもごと口を開いては閉じていた唯依が、ようやく口を開いた。

「あ、あの有栖川中尉……どうすれば、中尉のように立派な衛士になれるでしょうか?」

大和は帰国一ヶ月後に、大陸での戦果が認められ、中尉へと昇進している。

「ん~……それは難しい質問だなぁ……」

憧れの眼差しを向ける唯依に、どこか困ったような表情で応対する大和。それもその筈である。自分の圧倒的操縦技術を支えているのは、神様から貰ったアビリティ能力ですとは、口が裂けても言えない。

「そうだな……その質問には答えられないけど、唯依が衛士になったら、教えてあげる事はできるよ」

「ほう……よかったな唯依ちゃん。大和君の操縦技量はたいしたものだよ。彼から学ぶ事ができれば、凄い衛士になれるかもしれないよ」

「ほ、本当ですか。約束ですよ?」

心から喜びの表情を浮かべる唯依。大和も口元に小さな笑みを浮かべた。

一人の人間に出来る事はたかが知れている。多くの仲間や団結があって、大事を成す事が出来る。故に大和は、この頃から仲間となるべき者達を探していた。そのリストの上位には、唯依の名前は当然、記載されていた。

篁 唯依の有能さは、原作で確認済みだ。戦術機の操縦技術は言うに及ばす、戦術機に関する知識も豊富であると言っていい。出なければ年に数える程度しか生産出来ない、高性能の[武御雷]を与えられず、日米共同開発計画の〈XFJ計画〉の日本側開発主任に選ばれる筈はない。

(ぶっちゃけ、篁 唯依は早めに手元において確保しておきたい人材だしな……それに早い段階で才能を伸ばしてやれば、それだけ戦死する可能性が低くなるし……)

ふと、脳裏に大陸での戦いが蘇った。それも一番、心に刻み込まれた場面。中国を筆頭にアジアの国々の少年少女たち、それも十代中頃、もしくはそれ以下の子ども達が戦術機を操り、銃を握る。そして戦い、戦死していく光景。

(……きつかったよな。あれは……)

戦況は人類に不利である。この戦況を打開しない限り、そんな悲惨な戦場は今も、そしてこれからも続く。その状況を改善する方法がない今、自分に出来るのは少しでも多くの人を生き延びさせる為の行動と結果を出す事だけ。

「約束するよ。ただし、一つだけ条件がある」

「条件……ですか?」

「そう。何、そんな気紛えなくていいよ。簡単なことだよ――」

大和はそこで言葉を切り、どこか照れくさそうに言った。

「オレは多くの人を、そしてこの世界を守りたい。だから唯依……オレを支えてくれ」

――篁 唯依。彼女もまた、大和の妹である有栖川 朝陽同様、運命を大きく変えられた存在である。後世、BETA戦争における最大の英雄の腹心の一人として、多くの歴史家の記憶野に刻まれる事になる。




いかがだったでしょうか。今回も突っ込みどころが満載だと思います。

えーっと、今回、一台詞しか喋っていないイイ男は、第四話で本格的に登場する予定です。

後、唯依の年齢ですが、小説と言うか原作と言うか、そっちのほうを基準で考えて作っています。私の小説内では93年当時で12歳ぐらいを想定しています。あと、唯依パパも原作基準です(いつ死んだのかは分かりませんでした)

……それにしても1/144スケールの不知火、ちっちゃいなぁ……このサイズでラプターとか出してくれないだろうかコトブキヤさん。


では、次の更新で。感想、お待ちしています。いんてぐらでした。




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