元・天才魔術師は揺らがない (遠坂しぐれ)
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序章 プロローグ

 人が魔術という超常的な力を扱うようになったことも、同時に魔物という存在が世界に生まれたことも、もう遥か昔の事である。

 通常の野生動物とは一線を画した力を持つ魔物。
 そんな魔物に対し、人類は魔術の力を持って対抗した。

 両勢力はどちらかが潰れきるということはなく、しかし高い知能によって緻密な集団作戦を練ることのできる人類側が優位を取った。
 短くはない魔物との戦いの中で人類は確かに魔物という存在を抑え込むことに成功したのである。

 あくまで人類が大陸を支配して魔物はその中のイレギュラー。
 脅威がないわけではないが日常において大きく憂慮するものでもない。
 そんな風に均衡の保たれた状態がしばらく――およそ二百年以上続いた。

 しかし今から百年前、ある大きな異変が起きた。
 
 魔物の統率を取る存在が現れたのである。
 それは人と同じ姿形をしていて、人と同じように他生物を上回る高度の知性を有し、しかし一個体が普通の人間より遥かに強大な力を持っていた。
 人類はその存在を魔人と呼んだ。

 なぜ魔人という存在が生まれたのか。
 なぜ人類と同等の知能を持ちながら、人類に敵意を向けるのか。
 そういった魔人に関することは現在も何一つとして分かっていない。

 ともかく、魔人によって統率の取られた魔物側の勢いはこれまでの比ではなかった。
 元々、数では人間を上回る魔物である。
 素の身体能力は人間の比ではなく、そこに知性という力が加わったことによって強化された魔物の勢いに、人類は抵抗もむなしく蹂躙された。
 全盛期の十分の一にまで国土を減らし、五つの王国は各地に点在してそれぞれが孤立。
 人類は魔物によって追い詰められていた。

 ――だが当然、人類はそのまま消え果てるのをよしとはしなかった。
 
 魔物へ有効に対抗しうる唯一の武器――魔術を戦闘利用する研究や、魔術を扱う『魔術師』の育成に国家は全精力を捧げた。
 各王国にそれぞれ王立の魔術師育成のための学校を作り、次代の軍部の中心勢力を早いうちに育てようと目論んだのだ。

 勿論、始めてすぐに全てが上手くいったわけではない。
 長い時間をかけることを前提としたこのプランのために、ただでさえひっ迫した国家財政は厳しくなり、また魔物との戦闘で多数の人間たちが犠牲になった。

 しかしその甲斐あって、そこで育てられたいわゆるエリート魔術師たちは人類側の確かな戦力となり、魔物・魔人を含む『魔族』への抗争において大きな貢献を果たすようになった。劣勢一方だった魔物との戦いでは少しずつ勝ちを積むことが出来るようになり、削られる一方だった国土もこれまた少しずつではあるが取り戻すことができるようになったのだった。
 
 魔物と人類の、まさに一進一退の攻防は三百年経った今でも続いている。
 そして今日も国土奪還のために多くの魔術師が死に、国は常に新しい戦力を求めている。

 高い実力を持つ魔術師を一人でも多く!

 そんな風に、魔術学園に対する期待は時と共に高まり続けているのだった。
 
 
         ◇


 大陸に点在した五王国のうちの一つ、アールデルス王国。
 この国が威信をかけて作り上げた『アールデルス王立魔術学園』の校門前に、一人の少年が立っていた。

 この国、というよりこの大陸の人間には例のない青い髪。
 スラリとした体格はパッと見たら細身であるが、その服の中には鍛え上げられたしなやかな筋肉が隠れている。
 加えて背が高く、足も長いというその後ろ姿はなんとも絵になるシルエットだ。

 しかし何よりも周りの視線を集めたのは、その少年の顔の造形であった。

 一言で言うのなら、稀にも見ることのないだろう絶世の美少年。
 実に浮世離れしたその美しさに、少年の横を通り過ぎる人々はみな一様に一度は足を止める。女性の中にはしばし立ち止まって見惚れる人もいるほどだった。
 
 まだ少年から青年へと階段を上がる間際といった幼さを残しつつもほとんど完成されたその美は、少年の持つ雰囲気ゆえか、それとも何故かギラついている目のためか、どこか危うく鋭い剃刀のような印象を与えた。

 そんな風に周りの視線を独り占めにしている少年はといえば、

「……この学園にターゲットの序列一桁がいるのか。
 ちっ、学生の分際で高位魔術師とか調子こきやがって。依頼とか関係なく殺してやりてえな。あー、俺以外の成功者みんな死なないかなー」
 
 周囲の人間に聞こえないくらいの声で何やらとんでもないことを呟いていた。
 
「いやしかし、他にも面白いやつらが盛りだくさんだしな。あの愚妹を筆頭に雑魚王子やカス王女もいるし……なんだか色々と楽しめそうだ。いいねいいねえ」

 くひひっと悪魔のような笑みを浮かべる――のは心の中でだけ。
 表面上は先ほどまでと変わらず儚げな表情で校舎を見つめている。
 どう考えてもずっと同じ場所にとどまっているのは不自然なのだが、少年の持つその神々しいまでの美形オーラはただ立っているその姿すらも引き立たせていた。

 少年はしばし目を閉じたかと思えば、頬を軽くパンパンッと叩いた後校門をくぐるべく歩き始めた。
 足を止めて彼に見とれていた人々も、それと同時に時間が動き出したように歩き出す。


「さあ――――しっかり学園生活、やっていきましょうかねえ」

 そう呟く少年の名は、ルイ。
 
 魔術師を養成するための学園にこれから通うにしては腹に何か黒い物を抱えてそうな彼は、一体ここで何を成すつもりなのか。

 それは神のみぞ知る――いや、彼のみぞ知ることである。

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かつて天才と呼ばれた少年①

 さて、ここで一人の少年の話をしよう。

 その少年は、天才だった。

 国の守護者とも呼ばれる七大公爵家の一つ、『フィーレンス家』の長男として生まれた少年は、物心ついた時、まだほんの幼いころから周囲にそう言われ続けて育った。
 そしていつしか自身もそれを自覚していた。

 少年がそう呼ばれるのは必然であったのだ。
 生まれた瞬間から兼ね備えていた他を圧倒する力。
 時を経て磨きをかけていくと共に他者の追随を許さぬほどの力は、まさしく天与の才と称すべきものだった。

 三歳の時に簡易な術式ではあるが初めて魔術を発動させ、五歳の時には既に魔力の扱いがそこらの魔術師をはるかに上回っており、八歳の時には正規軍に混じって戦線に立っていたという辺り、その異常さがうかがい知れる。
 
 どんな激戦区で戦っても無傷で帰還。
 苦戦することなど欠片もなく、淡々と勝利のみを積み上げる。
 
 そんな少年の向かう戦場に負けはないとまで言われ、事実少年が力を振るえばそこには圧倒的な勝利のみが残った。
 
 そしていつしか少年の名と功績は広まりに広まり、自国に活気を、他国に畏怖を与えた。

 順調に領土の奪還が進んでいた自国内での盛り上がりはそれは凄まじく、少年は、『常勝将軍』に始まり、果てには『神の子』とまで称されるようになっていた。

 幼いころにそうまでちやほやされると、驕りや自尊心の肥大など、多少なりとも人格に問題が出てくるのではとも思われたが少年はそこも完璧。
 賞賛を浴びてなお謙虚であり続け、努力を少しも怠らず、他者への優しさを損なわなかった。
 あまりにも完璧な、ともすれば子供らしくないとまで言われた振る舞いは、民衆の多くが好感を持つだけでなく、軍部へ反感を持っている貴族たちですら粗を見つけることを諦めるほどである。
 
 
 ……さて、ここまで少年の完璧っぷりを列挙しておいてではあるが、果たして本当にそんな人間が存在するのだろうか。いや、きちんとその少年は実在している。だがそれを疑わしく思ってしまうほど、少年が完璧すぎるのだ。

 それでは、きちんとこの世に存在していたとして、一体その彼はどんなことを考えて日々を過ごしているのだろう。
 
 それを知るには、少しだけ少年の『視点』にスポットを当ててみるのが良いだろう。


         ◇


 その地は暗く、閉ざされている。
 
 荒廃しきったその場所には、遥か昔栄えていたのだろう暮らしの面影を見せるかのように、家屋などの建物の残骸が辺り一面に広がっていた。
 ここはかつて『イシュタル』という国があったと言われている場所。
 その首都にあたるこの場所にはもはや往来する人の喧騒などはなく、あるのはただただ純然たる恐怖と、破壊と、そして死のみである。

その地は、暗く閉ざされている。

 物理的にではないが全くの比喩というわけでもなく、本当にこの地は閉ざされているのだ。
 太陽の日差しを拒むかのように灰色に濁った空。
 ただの曇天などではない。
 この地を跋扈する魔物が体表から放出する魔力。それが瘴気となり、空気を淀ませているのである。

 その地は、暗く閉ざされている。

 だからこそ解放しなければならない。
 かつて、はるか昔に失ったこの土地を。
 魔物に蹂躙されて失った人々の営みを。
 
 そして――青く澄んだ美しい青空を。

 ――――――――――

 ぼんやりと空を見上げ、何やら物思いに耽っていたらしい少年は、正面から迫りくる複数の気配を感じてそちらに顔を向けた。
 ……いる。
 常人が視認できる距離ではないそれを、魔力によって強化された少年の視力ははっきりと捉えていた。

 その姿は一見して、赤い毛皮。
 コウモリのような翼に、サソリのような毒針が無数に生えた節のある長い尾。
 獅子を想起させるがっしりとした体躯のその正面には、三列に並ぶ鋭い牙を持つ人の顔が不気味な笑顔を造っていた。
 
 その生物の名はマンティコア。
 かつて人々が御伽噺の中で創った生物にあまりに見た目が合致しているためそのように名づけられた。
 
 そんな異形と称すしかない生き物こそが人類の天敵、魔物であり、今まさに少年へと襲い来る目下の危機でもあった。
 
 が、しかしその姿を見とめた少年の顔に焦りの色はない。
 悠然とその場に立ち、目を細める。
 迫りくるマンティコアたちの数を数えるのは二十を過ぎた辺りでやめた。自分が数えた分の十倍以上いることが把握できていれば、十分だった。
 
「これは……久々に大規模なのを使うか」

 そう一人呟いたかと思えば、高速で腕を動かし指で空を切る。

 魔力を込めた指先は、本来そこには残らないはずの指が通った軌跡を写し出す。少年が手を止めた時には、入り組んだ線や数字などで構成された図形が空中にぼんやりと光っていた。

「火系魔術式第五十一番、『不死鳥』。以下追加式を示す――」

 少年が言葉を紡ぎ始めると、空に描かれた術式が眩い光を放つ。
 淀み、濁った空気が満ちるこの絶望の地において、それはまさしく希望の光。
 少年の周りには光が満ち、周囲を覆う瘴気はその光の前にあっけなく霧散した。
 
「――以上」

 少年が数字の羅列を止めて言葉を切る。
 それが示すのは術式の完成。
 溢れんばかりの光が収まったころ少年の頭上に浮かんでいたのは、先の光を遥かに上回る光量、そして異常なまでの熱量を持った『炎の鳥』であった。
 
『――――――――――――!』
 
 炎で形創られたその鳥はまるで咆哮するかのように天に向かって火を吹き、そのまま大きな翼を広げて、マンティコアの集団へと突進していった。
 
 体長一メートル五十はあるマンティコアが二百以上も集まれば、集団もそれ相応の大きさではあるはずだが、少年の魔術によって創られた炎の鳥はそれを軽々と飲み込む。
灼熱の炎にまかれたマンティコアは不気味に笑っていた顔を苦痛に歪め、もがき苦しむ絶望の声でその喉を震わせていた。数百と集まったそのつんざくような声は距離のある少年の所までも容易に届くほどであった。

 それはまさに、地獄の炎による断罪と言うにふさわしい光景。

『不死鳥』の名を冠する炎の鳥はマンティコアたちを十秒立たずに黒い灰に変え、役割を終えたとばかりにすぐにその姿を消した。

 後に残ったのは、名残のように立ち上る煙と静寂だけ。
 炭化すら通り越した黒い灰はさらさらと風に流されて飛んでいき、そこに先ほどまで魔物がいたという跡すら残さなかった。

 魔物が灰になったのを見た少年の顔には、達成感や疲労、人間が浮かべるであろうそういった諸々の表情は一切なく。ただただ戦闘前と変わらず無表情だった。
 そして、索敵魔術で周辺一キロに魔物の反応がないことを確認したのち、次なる獲物を探しにその場を発った。


 ……とても今更な気がするが、この少年こそ件の天才少年である。
 先の戦いぶりを見るに、天才的な魔術師だということに虚飾などは付いていないようだった。
 ではやはり、少年にまつわる話は全くの真実なのか? 
 いや、その結論を出すのは少し待っていただきたい。

 その話の全貌を知るにはもう少し。
 あともう少しだけ少年の視点を、思考を覗いてみて欲しいのだ。

 そうすれば、全てが分かるはずだから。

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かつて天才と呼ばれた少年②

 荘厳な雰囲気漂う大広間にて。少年はなにやら神妙な様子で頭を下げ、跪いていた。
 
 それもそのはず、今現在少年の目の前に相対しているのは王。
 アールデルス王国の現国王であるその人物の名は、ガリウス・アールデルスである。
 
 王城にあるこの大広間では今、『イシュタル』奪還作戦が成功したことによる領土拡大を祝い、式典が行われていた。
 当然その中心となる人物は彼の地で数百規模の魔物を殲滅し、奪還に大きく貢献した件の少年である。
 
 国王ガリウスは厳粛な声調で一言、「面を上げよ」と告げた。
 そして少年および広間にいる人々の顔が上がったのを確認すると、数秒ほどの沈黙の後徐に口を開いた。

「――此度のイシュタル奪還作戦、誠に大義であった。そなたの活躍無くしてこの戦果はあり得なかっただろう」

 広間がにわかにざわつく。

 ――大義であった。
 それは、国王から贈られる最上級の賛辞。
 
 この国を統べる人物からのその一言は決して軽くなく、だからこそ王は慎重に言葉を選ぶ。それはこういった祝いの場であっても例外ではない。
 今回、ある一個人に対して王が直々にその言葉を発したということの意味を考えるに、やはりそれだけこの少年の挙げた成果が大きいということなのだろう。
 
 王からこんな言葉をかけられたとあっては、国に仕えるものなら……いや、この国の臣民ならば誰しも感涙にむせぶはず。
 だから先ほどから表情の動かないこの少年も、内心では歓喜しているに違いないのだ。
 
「もったいなきお言葉でございます。この国のために尽くすことこそ我が本懐でありますので(うるさいよハゲ。さっさと褒賞の話にうつれ)」
「はっはっはっ! 相も変わらず、国家の忠臣その鑑と言ったところか。その年でこうまで愛国心に溢れた男など中々おるまいな」

 ……今なにかおかしいところがあった。
 うやうやしく頭を下げて謙遜した少年が、心の声で国王をハゲと言っていた、ような。
 
 いや、そんなわけがない。
 この少年は天才魔術師と呼ばれたその実力だけではなく、誰にでも分け隔てなく接する優しさといった人格面を含めて評価されている人物。
 間違ってもこの国のトップを貶すことなんてあるはずが……
 
(ったくこのド腐れハゲ中年オヤジが。散々待たせた挙句、出てきてからも無駄に沈黙しやがって。この俺にずっと頭下げさせておくとかマジ万死だからね? 
 つーかハゲてる時点で威厳もくそもありゃしないんだから王様ぶってんじゃねーよ。 なーにが大義であった、だっつーの! ハゲなんだからもっと申し訳なさそうに生きろよ! ハゲなんだからさあ!)

 …………とてつもなく、貶していた。
 しかもキレてる理由も滅茶苦茶だった。
 
 このハゲている人には人権すらないとでも言うかのようなあまりにも酷い論理。
 それ以前に、この国の象徴であり頂点である国王を敬わないどころかまるで自分より下の下層民とでもみなしているかのような言葉。
 この部分だけ見たとしても少年の人格が知れてしまう。
 
 
 ――――そう。清廉潔白質実剛健を形にしたようだとまで評されていた少年の本性は、『自分こそ至高、その他の人間は全てゴミ』というまさにゴミのような信条を掲げる、とんでもない自己中心男だったのだ。

 世界は自分を中心に回っていると本気で思っていて、主人公が自分、他はわき役どころか路傍の石としかみなしていないナチュラルボーン屑。
 他人の不幸は蜜の味どころか、自分の幸せのためには他人が不幸でないといけないと信じて疑わない性悪っぷり。
 自分よりちょっとでも優れているところを持つ人物には、溢れんばかりの嫉妬と憎悪と殺意を抱くという器の極小さ。

 どこをとっても噂で聞く聖人君子像とは結び付きようもない。

「さて、今回の戦果に対する褒賞の件だが……」
「陛下。私は軍部所属ですので、そちらで毎月きちんと給金を貰っております。生活にも困っておりません。陛下からの労いの言葉一つあればそれで十分でございます」
「いやしかしだな、成果にはそれに相応しい見返りがあって然るべきだろう」
「見返りというのなら陛下からの御言葉で値千金です。国家への奉仕者として他に何を望みましょう。もしお金を渡すつもりでしたなら、孤児院の寄付にでも当てていただけると幸いです(分かってると思うけど、これ建前だからな! しっかり察しろよ!)

 ……あとは、生粋の見栄っ張りだということも忘れてはならない。

 褒賞が欲しいなら建前など言わず素直にもらっておけばいいというのに、この少年は見栄と自尊心の権化のような人間なので、とりあえずカッコいいことを言っておかなければ気が済まないのだ。
 
 だけどまあ、そんなことを言ってしまうから――

「むう、そうか……ならばお主の言うようにしよう。本人が嫌がっていたのでは褒賞にはならんしな」

 こうなってしまう。
 
 ガリウスは流石は神の子と呼ばれるほどの献身っぷりよ、と機嫌よく笑いながら広間を去って行った。
 周りの貴族や軍部関係者も感心したように少年を見ている。
 
が、しかし当の少年の心中は穏やかではなかった。
 
(はあああああああああああああああああああ!? う、嘘だろおい!? 金……俺はただ金が欲しかったのに……。あんの無能クソハゲ国王が! 行間を読むことも出来ないのかよ! そんなんだからお前はいつまでたっても毛が生えないんだ!) 

 すごい勢いで国王を罵倒しているが、ただ少年が余計なことを言わずにいればよかっただけの話なので完全な自業自得である。
 だが自分はこれっぽっちも悪いと思っていないのがいかにもこの少年らしいところだった。

 さて、未だ憤慨しているらしい少年の現状はさておき、なぜ少年がこんなゴミのような性根を持つに至ったのかを説明しよう。
 どちらかと言えば、なぜこんなゴミのような性根を持っていながら、周囲から善性の人間だと思われているかをだ。

 もう以前説明したが、この少年は幼いころからとてつもない天才っぷりを発揮していた。
 五歳の時には既に、同年代どころか大人のしかもエリート魔術師をも上回る魔力操作をすることができ、七歳のころには対人戦では敵なしだったほどだ。
 
 それだけ圧倒的な力を持っていればやはり……増長する。
 そして他人を低く見る。
 ……まあ少年の行き過ぎたほど下衆な見下しっぷりは、生まれ持った本人のポテンシャルかもしれないが。

 さらにそういった実力面だけではなく、少年の容姿も原因の一つだった。
 パッチリとした二重に男にしては長めのまつ毛。すっきりと通っている鼻筋。
 そういった諸々のパーツが、黄金比とも言えるバランスで配置された顔はまさに絶世の美少年と呼ぶにふさわしい相貌であった。さらさらと流れるように美しい金髪もその容姿によく映えている。

 まあ要するに少年はとんでもない美少年で、自身も完全にそれを自覚していたので自分より容姿の劣っている者をとにかく見下しまくっていたということだった。

 ここまで説明して最初の疑問に戻ろう。
 何故少年が周囲から、優しく謙虚な人間だと思われているのか。
 答えは簡単で、その内心を一度のボロも出さずに隠し続けているからだ。

 天才と呼ばれるのは伊達ではなく、当然頭も良い。
 どうにも賢いというか小賢しいというか、この少年は自分を良く見せることが自分にどれだけのメリットを与えるかをよく理解していた。
 そしてそれによって集まる周囲からの好意、尊敬などは実利的な面だけでなく少年の広大なまでの自尊心を満たすのにもうってつけだった。

 全ては自分のため。
 それを原動力にして他者のための自分をとことん演じるのだ。
 欠片もブレず。一つのボロも出さずに。
 そして実際に誰にもその本性がばれることなく、完全に騙し切れているのだから大したものだった。数年単位でそれを成し遂げる根性は賞賛に値するかもしれない。

 というより、誰にもばれていないのなら、他者からの視点という限りで見れば少年は本当に善性の人間である。
 社会の中で生きるにあたって、人は他者からの認識によって個を成り立たせるのだから、周囲が少年に対して抱く認識にはある意味で間違いはないのだ。

 例えそれが、実はどこまでもスカスカな虚像だったとしても。

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かつて天才と呼ばれた少年③

「ふう……」
 
 少し疲れたようなため息をつきながら、少年は扉を開けて廊下へ身を滑らせた。

 散々悪態を付いていた式典はとっくに終わり、現在は夜に行われているパーティーの真っ最中。それをこっそりと抜け出してきたのだ。
 それ自体は決してよいことではない。
 よいことではないのだが……
 
 今回のパーティーの主役であり、公爵家の長男でもある少年は、パーティーが始まってからというものの、自らに群がってくる貴族たちに対して完璧な余所行きモードを発揮し続けていた。
 おべんちゃらにも本心からの賛辞にも優等生な返事を返し、自分からも挨拶に向かい、まともに食事はとれずにしたくもない話をし続ける。
これをパーティーが始まってから、延々三時間である。
 相変わらず相手を内心で罵倒し続けていたとはいえ、精神的に疲れてしまうのは仕方ないことだった。
 
 この辺りで流石にそろそろ思考が精彩を欠いていると感じてきた少年。
 万が一にも自分の内心をポロリと滑らせてしまうことがないよう、休憩を取ることにしたのだった。
 
(はああああああああああ、もー疲れたああああああああああああ! 
 いやほんとまぢしんどいよ、汚いおっさんどもの接待は。捌いても捌いてもウジ虫のように次から次へと湧いてくるし。息はくさいし。
 しかもあいつら、俺に気があるんじゃないかってレベルで距離感近いんだよな。まー、男まで狂わせてしまう俺の美少年っぷりが罪なのか……)

 壁にもたれかかるくらいには疲労していても内心のクズっぷりは絶好調の模様。

 ちなみに勘違いしているようだが、貴族たちが少年に対して距離感が近かったのは彼らがホモだからではない。
 この国の守護者とも呼ばれるほど国防に貢献してきた五大公爵家の一つ、フィーレンス家。その長男で次期当主でもある少年と今のうちにコネクションを強めておこうという算段で近づいているのだ。
 まあ、中には本当に少年自身がお目当ての人もいたかもしれないが。

 ともあれパーティーを抜け出してまで勝ち得た休憩時間である。
 パーティーも中ごろで自分の不在がすぐにばれることはないだろうが、ずっとこうしているわけにもいかないことも少年は分かっているので、少ない時間を有効に使わなくてはならない。

 あまり会場から遠すぎずどこか休める場所を探そうと歩き始め――後ろから聞こえた誰かの声に足を止めた。

「お前は今日の主役だというのに、パーティーをサボって何処へ行くつもりだ?」

 聞き覚えのあるその声に少年はとてつもない程顔を歪めた。
 それはもう、端正な顔の面影が分からくなるほど見事なまでの歪みっぷり。
 ここまで酷い顔になるとは一体どれほど嫌な人物が現れたというのだろうか。
 
 しかしそこは流石の少年なので、邪悪なまでに歪めた顔をすぐさま業務用の笑みに切り替えつつ後ろをゆっくりと振り返る。
 そして相手の姿を見とめるなり内心で大きく舌打ちをした。
 
「ご機嫌用、フェリクス殿下。ご健勝なようで何よりでございます」
「ああ、お前とも久しぶりだな。二か月ぶりか?」
「此度の戦の前、その式典でお話ししたきりですのでそれくらいかと」
 
 アールデルス王国の第一王子、フェリクス・アールデルス。
 
 少しウェーブがかった金色の髪。深い蒼をたたえた双球。
 パーツ自体はそう珍しいものでもないし、それによって構成されている彼の顔も『端正』と呼べるくらいに整ってはいるが、『絶世』と呼べるような隔絶した美しさはない。

 しかし一度民衆の前に姿を現せばその視線を釘付けにし、見たものが皆「この人は天上の人だ」と思うような、ともすればその身に纏う光を錯覚させるようなそんな彼は、王族の中でも頂点の者が持つある種『覇気』と言うべきものを持っていた。
 
 で、何を隠そう――というか全く隠せていないのだが――少年はこのフェリクス第一王子のことが大嫌いだった。
 理由は当然、上であげた王子の持つその王たる資質である。

 フェリクスの纏う『覇気』はあの捻くれ人間の代表とも呼べる少年が感じられるほどで、つまり本物ということだ。
 初対面でそれをはっきりと感じたときから少年はフェリクスに激しく嫉妬し、自らも身に着けようと試行錯誤した末挫折し、そしてフェリクスを心の中で呪いまくった。そしてそのまま今現在に至る。

 フェリクスが持っているものを自分は持てない。
 自分こそ至高だと考えている少年にとってこれは屈辱的なことだった。
 それこそフェリクスが死んだりすれば一人で祝杯を上げるつもりなくらいには憎悪ゲージも溜まっていた。何とも小さい男である。

 とはいえそういった悪感情を、自分の利にならなければバッサリ切り捨てられるのがこの少年。今も、何もないような平然とした顔でフェリクスと話していた。
 
「それで、殿下こそどうしてこんなところへ? 先ほどまで貴族たちとのお話でとてもお忙しそうでしたが」
「面倒くさい接待地獄はついさっき終わったところだよ。だからお前と少し話そうと思ったというのに、肝心の当人が会場から消えているのだからな……」
「……申し訳ありません、こう言ってはなんですが流石に辟易としてしまいまして。悪いと思いながらもちょっと休憩をいただこうかと」
「ふっ、誰もが国の大英雄と称し魔神とまで呼ばれるほどの天才魔術師も貴族世界にはまだ慣れないか」
「恥ずかしながらあれを軽く乗り切るには未だ精神が未熟なようで……精進します。(くそー、なんで俺が他人にこんなへりくだらなきゃならんのだ。このいけ好かないパツキン野郎、ちょっと俺より生まれが良かったからって調子乗りやがって! 本来俺こそが王族にふさわしいはずなのに……ああ、この世界は間違ってる!)」

 間違っているのは完全に少年の思考の方である。
 
 少年のことはさておき、若干儀礼的ではあるものの(少年の内心以外は)穏やかな雰囲気の会話を、フェリクス自身はとても楽しんでいた。
 幼いころから共に育った大事な友人であり、優秀で忠実な臣下でもあり、弟分とも兄貴分ともつかないような奇妙な関係。
 ただ純粋に仲の良い友人と言うには自分たちの置かれている立場は簡単なものではないが、フェリクスは会う機会の少ない現国王ガレウスよりもむしろ少年の方を家族のように思っていた。
 
 ――ただ、一つ悲しいことがあるとすれば、少年の方は全くそんなことを思っていないということであった。
 いっそ清々しいまでのすれ違いは実に物悲しい。

「せっかくですから殿下も僕と一緒に休憩しませんか? どこか落ち着けるところで(本当は嫌だけど一応誘っとかないとあれだしな)」
「そうだな色々積もる話もあるし――っと、どうやらもう少し足止めされそうだぞ」
「……? それはどういう……」
 
 その言葉を言い終わるか否かというところで少年の背中に衝撃が走る。

 不意をつかれた形の少年は前の方に少しよろめき、一体なにが起こったのかと後ろを確認する前にこれまた聞き覚えのある声が耳を打った。

「アルト様っ! ようやく……ようやくお会いできました!」

 まだ幼さを多く残しつつも、柔らかく可愛らしい響きを持った声。デジャブを感じる嫌な声だ。
 少年はフェリクスの手前、さっきのように顔を歪めることも出来ず困ったように前を向けば、当のフェリクスは苦笑しながら目で「相手をしてやってくれ」と伝えていた。
 
 ようやく名前が登場した少年――アルトは、心の中で盛大にため息をつきながら背中に抱き着いている少女の名を呼んだ。

「……カリン様ですか」
「嫌ですわアルト様、私のことはカリンと呼び捨ててくださいと何度もお願いしているではないですか」

 言いながらくるりと正面に周りこみ、少年に向けてニパーッと大輪の笑顔を咲かせるカリン。
 普通なら十人中十人が天使だと形容するであろうその笑顔は、ことこのアルトという少年の心にはなんのプラス効果も呼び起こさなかった。
 
(パツキン王子の次はクソガキかよ! もーいい加減にしてくれ……お前らは俺を絶対に休ませない会の会員か!?)

 むしろ今現在は中々休憩できない怒りで荒れ狂いかけているほどである。
 だがここが最後の頑張りどころだと少年は自分に言い聞かせ、会話に付き合ってやることにした。

「……いくら本人が良いとおっしゃっていても、王女様を呼び捨てにするのは無理というものですよ」
「あら、体裁を気にしておられるなら別に誰も文句を言う人なんていないと思いますが。
 それに王女と言いますけれど、アルト様だって直王族になりますわよ? なにせ私の婚約者……未来の旦那様なんですから!」
「つまり俺の未来の義弟でもあるな」
「あはは……(げんなりする未来図を思い描かせるんじゃねえ!)」

 とはいえ、アルトは目の前の少女がそこまで嫌いではなかった。
 少なくともフェリクスよりは。
 
 その理由は単純かつゲスなもので、常に自分を持ち上げてくれるからだ。
 自分からアルトとの婚約を強く願っただけあって、妄信的とも言えるほどアルト少年マンセー状態。自尊心をくすぐられるのが大好きな少年にとってそんなカリンはうってつけの人材だった。

「でも、私本当に寂しかったんですよ? 二か月もアルト様のお顔が見れなくて……。それに、大丈夫とは分かっていてもお怪我をされたりしていないか心配で……」
「はははっ、確かに俺も最初のころは心配していたけどな。一度戦っているところを見ればもう心配するのもアホらしくなるぞ」
「私だって一度くらい見たことあります! それでも不安なんですよ! 
 お兄様は楽観的すぎます! 私なんか酷い時には心配すぎて眠れないときもあるのに!」

 ぷんすかといった風に可愛らしく怒るカリン。
 アルトはその肩に手を置いてこちらを向かせ、一撃必殺だと自負している微笑みを浮かべて言った。

「カリン様がそれだけ僕を想ってくださっているのはすごく嬉しいです。ですが、そのせいであなたに余計な心労をおかけしているのは嫌なので……ここで改めて言っておきます。
 どんなことがあっても僕は必ず帰ってきますよ、あなたという待つ人がいる限り」
「あ……ああっアルト様っ!」
 
 上気する頬。潤む瞳。
 間もなく感激に耐え切れず、ひしっとしがみついてきたカリンをアルトは優しく抱きしめた。

 この絵面だけ見れば美少年と美少女の、しかも婚約者同士の愛溢れるシーンにしか見えないが――

(いやホント接待って疲れるわ。自分より年下のガキに敬語使うってだけですでにキツイし……そもそも俺に触れていいなんて一言も言ってないんだけど?)

 実際内心を覗けばこんなものだった。
 
「そういえばアルト」

 ふと、思い出したようにフェリクスが言う。
 カリンはまだアルトとこのままでいたいのか兄を少し恨めし気に見ていたが結局何も言わずに身を離した。

「お前、パーティーが始まる前は何をしていたんだ? 始まるまで時間があったから本当はその時に会いに行ったんだが城のどこにもいなかったんだが」
「ああ、それはあれです、元帥に呼び出しを食らってたんですよ」
「元帥……ロランドに?」
「ええ、序列のことでちょっと」

 序列、と口にした瞬間カリンの目がキランと光る。

「ということはアルト様ついに!」
「はい、今回の戦果で僕は一位になるそうです。まだ本確定ではないけれどまず間違いないだろうとのことでした」
 
 序列とは、五王国の間で定められている『対魔物戦闘における殲滅効率序列』のことで、略して『対魔物序列』とも更に簡単に『序列』とも呼ばれているものだ。

 殲滅効率というだけあって、上位の魔物を大量に殲滅すればそれだけ順位は高くなる。
 しかしもちろん累積殲滅数自体も高く評価されており、それには単純に経験や年数がモノを言うため、幼いうちから戦場に立っていたとはいえ十三歳のアルトは、今日になるまで一位にはなれなかった。
 
「そうか……お前もようやく名実ともに最強の魔術師になるわけか」
「僕としてはそこまでこだわりはないんですがね」

 嘘だ。当然、滅茶苦茶こだわっている。

「ふっ、まあ数年前からお前が実質最強だってことは誰もが知っていたしな」
「い、いえそういうことを言いたかったわけでは……」
「いいじゃないですか、事実なんですから! 
むしろアルト様が一番お強いことは自明の理だったのに、すぐさま一位にしないやつらが信じられませんわ!」
「おいおい、序列はそういうものじゃないんだぞ」
 
 熱くなって力説するカリンを呆れながら諫めるフェリクス。
 
 だが実際のところカリンの言うように、この序列は魔術師としての強さ自体を測る指標にはなっていない。それは七歳の時点で魔術師として敵なしであったアルトが一位にはならなかったことから分かる。
 もちろん高い序列の者は戦闘能力も高いのは当たり前だが、それはそのまま魔術師同士の序列ではなく、対人戦では序列通りならないことが多いのだ。

 では何故この序列を定めているのかというと、それは国としてのアピールに他ならない。
 
 ウチは何位と何位の魔術師がいますよ。
 ウチには序列二桁の魔術師がこれだけ揃っていますよ。
 
 魔術師の強さは国の強さ。
 国はどれだけの序列の魔術師が所属しているのかということで、自分の国防力をアピールするのだ。
 国内への安心のため、または他国への牽制のために。

「まあこの国の王子として言わせてもらえれば、アルトが序列一位になったのはとても良いことだな。お前はこれから色々と大変かもしれんが」
「ええまあ、一位になると色々式典に引っ張り回されますからね……。学校にも出来るだけ通いたいし、これからの忙しさを思うと少し憂鬱になります」
「ご安心ください! そういう時にこそアルト様を支えるのが私の役目ですわ!」
「じゃあ、期待していますね? 僕の未来の奥さん(だから抱き着くんじゃねーよ、金取るぞマジで)」

 そんな風にしていると、アルトの前方に見える扉が突然開いた。
 中からはなにやら急いだような顔をした男が出てきて、三人を視界に入れるなり恭しく膝をつく。

「殿下、それに姫様もいらっしゃったのですね。大変失礼いたしました」
「よい、何かあるなら申せ」
「はっ! アルト様。国王陛下、そして父君がお探しでございます。お戻りになられた方がよろしいかと」

 告げられた言葉に、アルトは愕然とする。
 わざわざ休憩のためにパーティーを抜け出してきて、一分たりとも休めなかった。
 それどころか王子と王女の接待によって逆に体力を削ったと本人は思っている。

 申し訳ないと謝るフェリクスとカリンに本当のことなど言えるはずもなく、お話しできて楽しかったですよとお世辞フォローまでするアルト。
 別に少しくらい不満を言ってもこの二人は気分を害すはずもないが、こういう時ですら完璧に自分を取り繕うのは、それが最早少年のカルマなのだろう。
 
(ああ、パツキン兄妹のせいで……最悪だ……。やっぱ、金髪ってクソだわマジで)

 そうしてアルトはフラフラとパーティー会場に戻っていったのだった。
 


 こんな感じで不満をグダグダ言いながらも、アルトの人生は順風満帆だった。
 公爵家の長男、王女という婚約者、そして国の英雄という立場。
 何もかもが完璧で、そこには一点の曇りも無かった。

 だがそんなアルト少年の栄光に満ちた日々も、突如終わりを迎えることとなる。
 転落の始まりは、アルトが原因不明の病にかかったことだった。



ちなみに奥さんというのは他人の妻を言う際に使うので実際には誤用です。
妻という言い方がちょっとしっくりこなかったので通じればよいかなと


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かつて天才と呼ばれた少年④

一話に収めるつもりが……
次でかつて天才と呼ばれた少年編はラストです。


 最早お手上げ、後は本人の生命力を信じるしかない。
 
 宮廷仕えの医者や生体研究専門の魔術師たちが総力を挙げてアルトの病気を解明しようとした結果、出た結論がこれであった。

 ある日突然、本当に何の前触れもなく倒れたアルト。
 当初は高熱を出していたため細菌が体に入ったのかとも思われたが、薬師が作った薬を 飲んでも、体の治癒力を促進する回復術式を使っても良くはならず。
また、魔力を使った身体の検査においてもどこか特定の部位が悪くなっていることもない。 
 化学的、魔術的療法が効かなかった以上はもう一般療法に頼るしかなかった。
 一般療法、すなわち――安静にして自然治癒に任せるということである。
 
 原因不明とはいえ感染症の可能性もある以上、フェリクスを筆頭とした見舞い人たちもカリンの看病希望も謝絶され、アルトはたった一人で病気と闘った。
 内心では役に立たなかった医者を無能だと罵り、自分を苦しめるこの世界を呪ったりしながらもひたすら高熱を耐え忍んだ。
 そうして三週間もの間戦い続け――

(勝った……! 俺は勝ったんだ!)

 見事、死の淵から生還したのだった。

 いや死の淵とはあながち冗談でもなく、いかに普段から鍛えているアルトと言えども三週間もろくに食物を摂取できず、高熱によってゴリゴリと体力が削られては流石に命も危うい。
 経過観察にきた医者もあと一週間、いや数日このままだったら死んでいたと言っていた。
 なんともしぶとい……というか運のいい男である。

(ふっ、まあ当然だよな……俺が病気なんぞで死ぬなんて世界の方がおかしい)

 と、本人もこのように調子に乗ってはいるが、実際のところ慢性的な栄養不足というか食事不足で頬はゲッソリこけ身体も結構痩せてしまっていて、そんなに余裕があるわけでもなかった。

 熱が下がった後も一日のほとんどを睡眠に費やし、人と会話ができるくらいに体力が回復するのにそれから三日ほどかかり。
 その後は家族を始めとしてカリンやフェリクス、果てには国王ガリウスまでがアルトの下を訪れ、皆がアルトの快復を喜んだ

 もうこのまま何事も無ければ数日の後にはいつも通りの日常に戻り、落ちてしまった筋力を取り戻すためにトレーニングをする。そしてまた学校、若しくは仕事に戻っていく――――そんな風になるはずだった。
 
 だがここで予想外の事態が起こる。
 アルトの体内から一切の魔力が失われていたのだ。
 
 実際にアルトは魔術を扱えず、上位の魔術師の魔力探知にも引っかからなかった。
 
 そもそも魔力とは、魔術を行使する際に使う体内のエネルギーと考えられていて、そのまま生命力の元なのではないかとも言われている物。
 だからアルトの場合、病気との戦いで魔力を消耗したのだろうと、待っていれば自然に回復するだろうと、そう推測が立てられた。無論、本人もそう思っていた。
 
 だが一月、二月と経ってもアルトに魔力が戻る気配は一向に見えなかった。
 
 ここらで流石におや……? となってくる。
 もしかしたらこのまま魔力が回復する見込みはないのでは? と周囲の人々は不安に思い始めた。
 
 なにせ前例のないことだ。
 基本的には全ての生物は大小あれど魔力を持つ。
 先天的に魔力を全く持たない人間はいたとしても、後天的に魔力を失ってしまうなんていう人間はいなかった。
 だからこそ先の病のように誰もが打つ手なしで、様子を見るということしかできないのである。
 
 アルトには軟禁処分が王命として言い渡され、対外的には体力回復のための療養中ということにされた。
 国の最大戦力であるアルトが現在使い物にならないだけでなく、将来もそのままであるかもしれない、などということを国内外どこにも知られるわけにはいかない。当然の処置だ。
 関係者には緘口令が敷かれ、思うことはそれぞれであったが誰もがこの件に関しては口を閉ざし、静観した。

 そうやってどうしようもなく、何の変化もないまま時だけが過ぎていたある日、アルトの父でありフィーレンス家現当主であるスヴェンから呼び出しがかかった。事件の日から数えておよそ三か月が過ぎた頃だった。
 
 (あーダル……。魔力が無くなったことによる精神的負担で弱っている俺を部屋まで呼びつけるとか、はーほんとつっかえ。お前が俺の部屋まで来いっていう話だよ。
 ていうか前々から思ってたけど、俺の立てた功績でイキッてるだけのお飾り当主のくせになんであんなに偉そうなのかねあいつ)

 相変わらずぶつくさと文句を(内心で)言いながら、屋敷内の廊下を歩くアルト。
 
 こんな風に言ってはいるが、実際に今回の魔力喪失の件で誰よりも焦っていたのはアルトなのだ。
 十年近く当然のように使ってきた力を急に失い、一向に戻る気配を見せないのだからさもありなん。フェリクスやカリンから励まされ、それをとんでもなく屈辱的に思いながらもただただ力が戻ることを願っていた。
 結局、そのまま今日に至るわけだが。
 
 ノックをして、返事がした後スヴェンの仕事部屋に入る。部屋に入ると椅子ごと背を向けていたスヴェンはくるりとこちらを向いた。

 父親との久方ぶりの対面。
 軟禁が言い渡されてからは会っていないので三か月ぶりの対面だ。

 儀礼的な挨拶を交わした後、スヴェンはすぐさま本題に入ると言わんばかりに咳ばらいをして机の上で手を組む。
 そしてどこか底冷えのするような低い声音で、告げた。

「単刀直入に言おう。アルト、お前にはこの家を出て行ってもらう」
「……は?」

 その言葉を聞いたアルトは今までにないような間抜けな声を上げた。
 
 上げたのは疑問の声ではあるが、その瞬間には疑問というより、言われた言葉が全くの想定外で完全に意表を突かれていたのだ。
 そしてじわじわと言葉を理解し、まさしく疑問が次々と沸いてくる。
 目の前のこの男は、一体何を言っている?

「ああ、出て行ってもらうというのはこのフィーレンス家から放逐という意味だ。無論この家からも出て行ってもらうが。お前はトーンの町へ行ってそこで一生を過ごす予定だ。
 監視人がいるから幽閉のようなものだがなに、食うに困らぬくらいの金は支給される予定だから安心しろ。で、出立がいつになるかだが――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 
 淡々と述べられる決定事項に耐え切れず大声を出す。
 スヴェンは目でちらりとアルトを見た後、顔を伏せてくぐもった笑いを上げた。

「クックックッ……なんだ人間らしい反応もちゃんと出来るじゃないか。
 いつも同じような行儀良い言動に表情。我が息子ながら可愛げのない、何を考えているのか分からない気味悪い子供だったが……ククッ、俺はお前のそういう顔が見たかったんだよ」

 どこか嘲るように紡がれる言葉。
 そこからは感じられるのはアルトに対する広大な悪意だけだ。
 
(な、なんだこいつ……マジのガチでとち狂ったのか? いや、にしては妙に不敵な顔してるし本当にわけ分からん。こんなの俺の明晰な頭脳でも全く予想していなかったパターンだぞ)
 
 アルトは現在本当に焦っていた。
 先ほどの素を出してしまった失態以降は表情を変えず沈黙しているアルトだが、その実頭の中は混乱で埋め尽くされている。
 
 というのもアルトが浅慮なわけではないのだ。
 中身が腐ってようとも天才と言われただけあって頭も賢いアルトは、今回の呼び出しに関して訝しがりながらもいくつか事前に推測をたてていた。
 しかし、その中で今のケースは全く想定されていなかった。
 
「追い出される理由は、言わずとも分かるよな? 
 お前が魔力無しの役立たずになり、三か月経っても変化のない今、このフィーレンス家にとってお前はお荷物でしかない。
 栄光ある国の守護者の名を汚す人間は不要だ」
「(は? お前マジでいつか殺すからな)い、いやいやそれはおかしいでしょう! 魔術を使えないお荷物だとして、僕が辺境の地に行ったら誰が『アルト・フィーレンス』をやるというんですか!」

 そう、アルトの推測の元になっていたのはこれが理由だった。
 
 序列一位の魔術師がいるかいないかというのは国力誇示の関係上相当重要だ。最大戦力であったアルトがいなくなったとなれば、国内へは不安を与え、国外においての力関係にも影響してくる。
 実際に魔術が使えなくとも、式典等に顔を見せることで存在をアピールできるということを考えると、表では何ら変わりのない状況を見せつつアルトの魔力が戻るのを待つ、または次善の策を練るのが普通のはず。
 とにかく、現在の情勢で『アルト・フィーレンス』がいなくなるのは国にとってプラスになるわけがないのだ。

 そういったことを論理立てて訴える。
 しかし、目の前の男から返ってきたのは驚愕の答えだった。
 
「国王陛下からの許可は既に出ている。これは――国としての判断なんだよ」

 ……今度こそ、アルトは言葉を失った。
 
 何も言い返さなかったのは、最早自分の想定するまともな状況には全く当てはまらな
いことを悟ったから。
  
 つまりどういう思惑かは知らないが、国王とスヴェンは結託して自分を表舞台から消そうとしているらしい。
 それによって生じるだろう不利益をどうカバーするのかは分からないが、この様子を見るにどうやら何かは考えているのだろう。
 ならば――もう何を言っても無駄である。
 
「……殿下やカリン王女にはなんと言うつもりです。まさか馬鹿正直に僻地で幽閉していますとでも言うんですか」

 純粋な疑問としての気持ちが一割、最後の悪あがきのつもりが九割で言葉を投げかけてみる。
 すると――
 
「ああ、フェリクス殿下もカリン王女様も、お前がもはや役立たずの無能として生きるしかないと聞いたらすぐ愛想を尽かせたよ。
 ふむ……確かカリン王女は、魔術を使えなくなったお前なんて何の取柄もない男だと言っていたな。自分にはもう釣り合わないとも」
 


 それを聞いてアルトは黙って部屋を出た。

 後ろから聞こえてくる嘲笑の声をかき消すように強くドアを閉める。
 冷たく激しく鳴り響いた音は、アルトとフィーレンス家のつながりを断ち切るかのように屋敷中に鳴り響いたのだった。
 


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かつて天才と呼ばれた少年⑤

 トーンの町行きの馬車にゴトゴトと揺られながら、アルトは一人不満をぶつくさ垂れていた。

(ありえんわー、王都で優雅な暮らしをしてた俺を泥臭いド田舎に送るとかホントありえんわー。大体生粋のシティーボーイの俺がかっぺ共の集う集落紛いの町に馴染めるわけないんだよ。
 いや、つーか田舎の空気なんか吸ったら拒絶反応で死ぬかもしれんぞマジで……)

 何も知らぬ町に対してとんでもなく失礼な野郎である。
 だが、アルトにとっては王都以外の都市は全て田舎認定なので知ったところで別に変わらないかもしれない。
 ちなみに口に出して言わなかったのは馬車の御者が近くにいるからだ。
 誰もいなければ先の言葉は大声で空に解き放たれていただろう。
 こんな時ですらメッキ貼りに余念はないのがいかにもアルトらしかった。

 
 結局、家の放逐を告げられた日から三日後にアルトは追い出された。
 もうあの時点で更迭する準備は完全に整っていたのだろうということは、その迅速な動きを見るに間違いない。
 何やら不敵そうな顔をしていた父スヴェン、そして(スヴェンの言葉を信じるなら)国王すらアルトの追放を認めたという事実。
 さらに言えば――

(正直あの時はやつの言ってたことがマジだとは思ってなかったが、冷静に考えてみればあいつら、俺が魔術使えなくなった時そこはかとなく馬鹿にして様な気もする。
 気持ち悪いくらい励ましてきたし。あれすっげえ屈辱的だったわ。あ、思い出すとイライラが……。
 うん、確かにあいつら(フェリクスにカリン)ならすぐに掌クルーするだろうな。間違いない)

 と、完全にアルトの中では結論が固まったようだったが、実際にあの二人がアルトを見限ったとすれば最早国内でアルトの後ろ盾になりうる人物は存在しないのである。

 とどのつまり今現在のアルトに出来ることは何もなく、流れるままにトーンの町に行くしかないということだった。

(まあ五年近く滅私奉公してきた訳だし、これを機に休暇を得たと思えばいいか。
 行き先がクソ田舎なのは気に食わんが魔力が戻るまでの辛抱だな。それまでは他人の金で遊び呆けて過ごそう)

 未だ不満は残るもののなんだかんだ切り替えてこれからの生活に思いを馳せる。

 切り替えてしまえばあとは気楽なものだ。
 心地よいくらいの揺れのせいで眠気すら襲ってきたので、アルトはそれに身を任せることにする。
 このまま眠ってしまおう、出来れば起きるころには着いてて欲しいと思いながら目を閉じた。


 ……いやしかし、どうにも図太いというか能天気というか……思考の詰めが甘いというか。


(む、何やら嫌な予感が……もしや田舎に近づいたせいで空気が悪くなってきたか?)

 そんなアルトの田舎ディスりの一瞬後――――白い光とつんざくような爆音と共にアルトの馬車は吹き飛んだ。

 すさまじいまでの衝撃。
 少しの浮遊感を覚えたかと思えばすぐに地面へ激突する。
 そのまま二転三転とし、木に叩きつけられてようやく馬車は動きを止めた。

 当然馬車の中はグルグルに回っていたのだが、すぐさま掴まって体勢を整えていたアルトは幸いどこにも怪我をしていなかった。
 流石は腐っても軍人である。

 まだ少し揺れる頭のまま外に出る。
 横転した馬車の数メートル先には投げ出されたのだろう御者の姿が見えた。ピクリとも動いていないが、この距離からでは死んでいるのか気を失っているだけかは分からない。

 そしてそのさらに前方。
 恐らく衝撃を受けたと思われる場所は、大きく地面がえぐれており、周りの木々は燃え盛っていた。

「……なるほどね」

 そしてあるモノを視界に収めてそう呟く。



 そう、とかくこの少年は思考にしても行動にしても詰めが甘い。

 何故、唐突に不可解な放逐を言い渡した奴らが、素直にアルトを町に行かせるだけだと思ってしまうのか。
 何故、自分の命は無条件に保障されていると思ってしまうのか。

 それは異常なまでの自己愛のせいだったり、単純にこいつの思慮が浅かったせいだったりするのだが……。
 ただ事実として、アルトの見ている方向には恐らくこの爆撃を起こしたのだろう三人の男が立っていて。
 そして間違いなくその男たちはアルトを狙っていた。

 ただそれだけが、アルトに突き付けられている冷たい事実であった。

(俺をド田舎送りだけじゃ飽き足らず殺そうとするとか、もうあいつらは将来ぶっ殺確定ですわ。まあその前にまずはこの状況をどうにかしないといけないわけだが)

 焦りは、ある。
 だが同時に冷静な思考もちゃんとある。
 それは八歳の時から今まで戦場で死を感じ続けて来たからこその心の余裕だった。

 その冷静な思考は、隙を見てこの場を逃走し追っ手をまくべきだと告げる。
 とてつもなく屈辱的なことだが今の魔術を使えない自分では、魔術師三人を相手取ることは出来ない。ここは逃げるしかないのだ。

「やあどうも、アルト・フィーレンス君。いや、もう家を放逐されたからただのアルト君かな?」

 そんな風に逃走の算段をたてていると、三人の中でリーダーなのだろう中央の男がこちらに歩み寄ってくる。

「俺のことは知ってるかな?」
「(知るわけねえだろボケ。有名人気取りも大概にしろよ)いいえ」
「ふっ、まあそうだよね。これでも三桁魔術師なんだけど、一位からしたら眼中にも入らないか……」
(そりゃそうだろ。だって一桁以外とかゴミじゃん)

 少し悔しそうな顔を滲ませる男に対して辛辣な感想のアルト。
 その論でいくと、魔力を失ったことで実質序列一位どころか順位すら付かないアルトもゴミになってしまうのだが当然そんなことに気づいてはいない。

 後ろにいたもう二人が中央の男と並び、三人が一列になったところでまた中央の男が大仰に手を上げて言う。

「聡明な君ならもう分かると思うけど、俺たちは君を殺しに来たんだ。
 なんの抵抗もしなければサクッと殺してあげるんだけども……序列一位だった君が座して死を待ったりはしないよねえ、うん分かってる」
「(なんも喋ってないのに何勝手に納得してんだこいつ)……で? じゃあ、あなたはどうするんです?」
「そうだね……こうするかな」

 男が掌を目の前にかざしたかと思えば、瞬間――アルトの頬を何かが掠めた。
 じんわりと熱を持ったそこからは血が流れ出す。

(こ、ここここここ、こいつ! 俺の顔に傷つけがったああああああああああ!
 生まれてからただの一度も傷なんかついたことない国宝級の俺の顔を! 
 ゆ、許すまじいいいいいいいいいいいいいいい! 死すら生ぬるい苦しみを与えてやるぞこのクソカスが!)

 実際は頬が少し切れただけなのだが、アルト君大発狂である。
 怒りのあまりすぐさま携帯していた愛用のナイフを構える。
 逃げるという考えはその時点で完全に頭から飛んでいた。天才とはいったい何だったのか。

「今のはただ魔力弾を放っただけなんだけど、わざと反応しなかったのか、それとも反応できなかったのか……果たしてどっちかな。
 確かめるために、もう一発いこうか」

 男がそう言った次の瞬間には、先ほどと同じナニカがアルトの肩をえぐっていた。

「ぐっ……!(いってええええええええええええ! クソが! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころ……いやちょっと待て、一体何がどうなってやがる。
 さっきのも含めて、俺は()()()()()()()()
 魔力弾って言ったのが嘘じゃなければ確実にこっちにソレが飛んで来ているはずなのに、俺はそれを視認できなかった)」

 先ほどとは違って明確に感じた痛みにより、アルトの頭が急速に冷えていく。
 そしてようやく気付いた、この状況はヤバいかもしれないと。

「どうやら本当に反応出来てないみたいだね。じゃあ次は――これでどうかなっ!」

 一瞬だ。一瞬のことだった。
 目の前に男がいた。
 十メートルはあった距離が突然ゼロになったかのように、男はそこに立っていた。

 何か反応しようとする前に、相手の蹴りがガラ空きの腹に深々と突き刺さり、アルトは遥か後方に吹き飛ばされた。

「ぐっ、がはっ……お、う……」

 嗚咽すらできない、呼吸ができない。
 人生で体験したことのない苦しみにアルトは悶え苦しむ。

 そんな中、頭で回り続けるのは同じ言葉ばかり。
 痛い、苦しい、ふざけんな、殺してやる。


「まだ終わりじゃないよ」

 いつの間に側に来ていたのか、男がアルトの頭を掴み無理やり起き上がらせる。

「最初は様子を見ろと言われていたけど本当に弱体化しているようだから、しばらく遊んでから殺すことにするよ。
 ああ、まさか俺が序列一位を嬲り殺せる日がくるなんて思わなかった……って、ははははっ! そんな怖い目しちゃってどうしたんだ? 
 そういう目で見られるともっと虐めたくなるんだよねえっ!」

 突き出された拳は成す術もなく顔面に突き刺さり、アルトはまたしても後ろに倒れ込んだ。
 そして男は楽しそうに笑い声を上げる。
 嘲笑、悦楽、悪意しか感じられない高笑い。

 構図だけを見ればまさしく勝者と敗者ははっきりしていた。
 どちらがどちらかは言わずもがなである。

(こんな……こんなにも、差があるのか……? 
 魔力を使えないと俺はこんなやつに手も足も出ないっていうのか?)

 地に付して痛みに呻くアルトは、自らの体で感じたその事実にショックを受ける

 この世界の魔術師は戦闘時、魔力を使って身体能力の底上げをする。
 身体強化をした時としていない時とでは、まさに大人と子供との差、そんなものを遥かに上回るくらいの差があると言われている。
 だから、これまでの攻撃をアルトが避けられなかったのは当然である。
 そもそも動体視力すら通常のままだから、強化された相手の攻撃が見えるはずがないのだ。

 頭ではそれを理解している。理解はしているが――

(ふざけんじゃねえぞ……この俺が、生まれた時から天才で最強の俺が、どこの誰とも知らないカスに負けるってのか? そんなの認めるわけにはいかねえんだよ!  
 
 俺は、魔術なんぞなくたって天才で、最強で、至高だ!)

 腕に力を込め、ふらつきながらも立ち上がる。

 大丈夫だ。
 ダメージは残っているが、動けないほどじゃない。
 自分に言い聞かせ、ナイフを強く握る。

 アルトの姿を見た男は楽しそうに、しかしそれ以上に馬鹿にするように笑った。

「うーん、頑張るねえ。まあ立ってくれないと遊びがいが無いから俺的には嬉しいんだけど」
「……舐めるなっっっ!」

 戦場でなんども魔物を狩った動き。
 懐に飛び込み相手の首筋を狙うその動きは、しかしアルトがナイフを振るう前に中断された。

 いつの間にか宙を舞っている自分。
 何が起きたのか分からない。
 何をされたのか分からぬまま気が付けば自分は吹き飛ばされていて、確かに分かるのは自分の攻撃は全く通じなかったということだけだった。

 だが、無様に倒れるわけにはいかないとアルトは空中で体勢を立て直し、両足で着地する。
 顎を打たれた後吹き飛ばされたのだろう、確実にダメージは足にきていたが、自らのプライドが崩れ落ちるのを許さなかった。

「……ホント頑張るねえ。じゃ、お次は遠距離からにしようか。三人でやろう。
 じゃ、アルト君は死なないように頑張ってねー」

 その言葉と同時に魔力弾が三方向から飛んでくる。

 いや、三方向なんていうものではない。
 ある程度の魔術師なら難なく作れる魔力弾。ましてやここにいるのは序列三桁が一人、そして三桁に届こうという二人で、やろうと思えば一度に複数作れるのだ。
 そうして発射された魔力弾はアルトを囲む弾幕のようであった。

 当然、元々反応出来ないのに加えてダメージが蓄積している今のアルトが回避行動をとれるわけもなく……

 数分後には、血にまみれて地面に倒れ伏すアルトの姿があった。

「く、くくくくっ、はーはっはっはっはっは! もう傑作だよ!
 戦場では敵なし、対人戦でも無敗。人類史上最強の魔術師なんて持て囃されたお前も今じゃこんな雑魚になっちゃってさあ!
 かーわいそうに、魔力が無くなったばっかりに今まで歯牙にもかけてなかったような俺に手も足もでないんだもな! 今のお前……最っ高にみじめだよ!」
「だ……ま、れ」

 呟きながら四肢に力を込める。
 最早血は致死量に迫るほど流れ出ており、手足に力は入らず何度も崩れ落ち、それでもアルトは立ちあがった。

「まだ立つのかきっもちわりい、化け物かよ。
 あーあ、もう飽きたからそろそろ殺そうかなー。ね、アルト君もそれがいいでしょ? 今とっても苦しいだろうし、すっごく惨めな気持ちだもんね」
「黙れよこの不細工野郎」
「…………は?」
「俺は……天才で、最強で、至高なんだよ。
 そんな俺様を見下してんじゃねーぞ、この……下等生物が」

 尚も言葉を続けようとしたアルトだったがそれは出来なかった。
 言葉を言い切った瞬間に、男の腕が自分の腹を貫いていたから。

 右手でアルトを貫いたまま、男は苛立たし気に顔を歪めながらがなり立てる。

「下等生物ってのはさあ! こうやって今まさに殺されようとしてるお前のことだろうが! 悔しかったら一撃でも俺に入れてみろよこの勘違い野郎!」

 その言葉にアルトは、最後の力を振り絞り拳を振りぬこうとして――――最早腕がピクリとも動かないことに気が付いた。
 腕どころではない。
 指先も、体のどの部分も、アルトの意志ではもう動かなかった。

「……終わりだな。
 このまま死ぬのを待っててもいいんだけど、一応最後に空のお散歩をさせてあげるよ」

 そう言って男はアルトを担ぎあげる。
 そのまま横の茂みをかけ分け歩いて行き、ほどなく木々が開けるとそこには深い、深い闇が広がっていた。

 「ここってものすごい深い谷になってるんだよ。誰も調べたことないらしいから底がどこにあるか分からないけど、きっとしばらくは快適な空の旅が楽しめると思うよ」

 そう言ってアルトを崖の近くの地面にドサリ落とす。

「じゃ、最後に聞いておこうか。何か言い残すことはあるかい?」
「……こ、ろ、して、や……る」
「死ぬのはてめえだよ。じゃあな」

 ガッと一度アルトを蹴る、それだけでアルトの身体は空中に放り出される。
 そして重力に従って暗闇の中へと堕ちていった。

 風を切る体。
 男の笑い声が遠ざかる。
 最早、意識を保っておくのも難しい。

 だけれど、そんな状況でも心の中で繰り返す言葉は一つ――





(こ    ろ    し    て    や    る)



 意識が途切れる最後の最後まで怨嗟の言葉に包まれて、やがてアルトは闇の中へ溶け、消えていった。

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第一章 入学①

前話からいきなり場面転換。
プロローグからの続きです。


 入学式が始まる三十分前ということもあり、だだっ広い講堂の中には既に大勢の人が集まっていた。新入生が座るための座席もほとんどが埋まっている。
 人数が人数なだけに室内は人のざわめきで満ちており、これからの生活に胸躍らせている新入生たちの浮ついた雰囲気がルイにも感じられるほどだった。

 講堂に足を踏み入れた瞬間に感じたソレに、ルイは少しだけ眉根を寄せる。
 何故かは分からないが不機嫌になってしまったようだ。

(そろいもそろって希望に満ちた面しやがって……鼻につくったらありゃしませんなあ。
 あーあ、今すぐ天井落ちてきて皆死なないかなぁ。落雷でも可)

 ……どうやら新入生たちが楽しそうにしているのが気に食わなかったらしい。

 ここまで一切表情を崩さずにいたルイが初めて表情を変化させたのはそんなことが理由だった。
 いや、というより希望に満ちた顔をしているだけでその人の死を望むというのは最早器が小さいとかいうレベルではないだろう。
 ただただぶっ飛んで性格が悪いとしか言いようがない

 しかしそれこそがこの男なのだ。
 人の幸せを何よりも嫌い、自分が幸せになるためには他人の不幸が必須条件。
 そんなお猪口の裏よりも器が小さいと思われる人間。
 それがルイという人間だった。

 そんなわけで、入学式が始まる前から気勢がそがれたらしいルイ。その内心のだるさを示すかのようにのーっそりと講堂を歩いていた。

 勿論歩みは遅くとも、周囲にはそれを感じさせないどころか、背筋をしゃんと伸ばし凛とした雰囲気を纏っているため、実際にはどこからどう見ても余裕をもって悠然と歩いているだけの美少年である。
 見栄だけは張りたがりのこの男はそういう所は抜かりないのだった。

 わざわざ空いている席を探して歩くのもバカバカしい。どこかなるべく近くに空いている所はないかとルイはキョロキョロと辺りを見渡す。
 すると、今の地点からほど近い右斜め前方に、一つだけぽっかりと空いている席を見つけた。

 階段になっている通路の右側、そこから二番目の席。
 ほとんどが埋まっているとは言えまだ席を探している人もちらほらといるというのにどうして空いているのか。
 ルイはそれをすぐに理解した。

 左右が女子なのだ。
 左端に一人の女子、右には友人同士なのだろう二人組の女子。そして今ルイの周りで席を探してうろついているのは男子だけ。
 つまりは……そういうことである。

(まあ、左右だけじゃなく周りも女子だし、そりゃ入っていけねーよな)

 そんなことを思いながら、ルイは迷わずその一つ空いた席に向かって行く。

「(――お前らのような有象無象モブ男じゃあな!)すいません。隣、いいでしょうか」
「えっ!? あっ、はい! どどどどどど、どうぞ!」
「ありがとうございます」

 左端の席に腰かけていた地味目な女子は、声をかけられて顔を上げたかと思えば一瞬にして頬を真っ赤に染め、とんでもなくテンパりながら返事をした。

 まあこの反応は致し方ない。
 ルイはそれはもうとてつもない絶世の美少年であり、その(かんばせ)の美しさはここへ来るまでに集めてきた視線の数が証明している。
 そんな浮世離れした美が自分の眼前にいきなり現れては、そりゃあテンパってしまおうというものだ。

 そうして空いている席に悠然と腰を下ろしたルイは、一応右隣にも許可を得る意味でこちらを見ている二人組に向かって微かにほほ笑んだ。
 すると、先ほどの地味っ娘と全く同じ表情、同じ反応が返って来る。

(くくくくくっ! イケメン……それも並大抵じゃないスーパーイケメンのみに許されるこの行為! そこらにいる三秒で忘れられそうな平々凡々顔の男じゃ絶対にできなくとも俺ならできる! 見ろよこの左右の女子たちの真っ赤な顔にこのキョドり具合!)

 自分の容姿の良さを十二分に自覚しているルイは女子たちのこの反応に大層ご満悦だった。外に出す表情は全く変えていないが、心の中にあるアナザーフェイスの口角は上がりに上がっていた。

 左の地味っ娘からはチラチラと覗き見るような視線を感じるし、右の女子二人組は何やら小声で騒いでいるが、「ヤバすぎるイケメン!」だの「笑顔が神々しすぎる……」だの色々聞こえまくりで、ルイはもう大満足である。

(俺がイケメン過ぎたばかりにここまで心を乱させちゃってごめんな!)

 もう一度言うが、大満足である。

「あ、あの……」
「ん?」

 左から聞こえたその声に、絶賛悦に浸り中だったルイはそちらを向く。
 そこには未だ赤い顔の地味っ娘が何か言いたげにしていた。

(はああああああ!? お前みたいな地味の権化のようなモブ女子は高嶺の花である俺を遠目に見るのが精々の立場だろうが! なに厚かましく話しかけてんだよ!)

 ちょっと話しかけただけでこの言いようである。
 いくら顔が良いとはいえナチュラルに人を見下しているこの男は一体何様だというのだろうか。

 だがそんな内心など微塵も表に出さず、ルイは地味っ娘へ向けて穏やかに問いかける。

「どうかしましたか?」
「あ、あの……その……あぅ……」
「ゆっくりでいいですよ、僕は急かしたりしませんから。あなたの伝えたいことを自分のペースで伝えてください(はーほんといらつくわー、見た目通りのコミュ障女かよ。さっさと言えっつの! 俺の過ごす一秒とお前の過ごす一秒が同価値だと思うなよ!)」

 内心と表出している言葉との乖離が余りにも酷すぎる。もはや内と外とで別の生き物かと思うほどだ。

 まあしかし当然、その落差を目の前の少女は知らないわけなので――

「あ……はい、ありがとうございます……!」

 ルイの言葉に勇気づけられた様子の地味っ娘は決意したように一つ息を吐き、そしてルイと目を合わせた。

「あのっ……同じ新入生ですよね。お名前を聞いてもいいですか?」
「名前、ですか」
「あっ、ごめんなさい! 人に名前を聞くならまず自分から名乗らなきゃですよね。私はコスモスって言います」

 そう言ってニコニコとルイの方を見る地味っ娘――コスモス。
 さっきまでどもっていたのが嘘のようにはきはきとした喋りだが、熱に浮かされたように紅潮した頬や、少し震えている声から未だ緊張していることが分かった。

 なぜ言葉を切ってルイを見たのかというと、言わずもがな、ルイが名前を教えてくれるのを待っているのだろう。
 自己紹介の流れなのだから当然次はルイが名乗る番だ。

 が、しかしこの男はと言えば、

(えぇぇぇー、俺の名前をこんなモブに教えなきゃいけないのかよ。俺が一声かけたら急に張り切りだしやがって……こいつ、さては俺に惚れたな? まあ想像を絶する美少年である俺に惚れないことが無理だとは分かっているが、立場はちゃんとわきまえてもらわないとなあ……。
 いやつーか、まずコスモスってなんだって話だよ。普通花の名前をそのまま人に付けるか? 親のセンスのなさが透けて見えるぜ全く)

 口に出すのも憚られるような最低最悪なことを考えていた。
 いや、実際口には出していないのだが。

 しかし、よく知りもしない人の名前にまで難癖をつけられるその性根は間違いなく腐りきっていると言えるだろう。

「あ、あの……」

 自分が言葉を切ったっきり沈黙が降りてしまったのを不審がったのだろう、コスモスは不安げな顔でルイの表情を窺う。

 たかが数秒程度の沈黙だが、会話の中で数秒はかなり不自然だ。
 だからこそ少女は不安に思った。気づかないうちに自分は何か失礼なことをしてしまっただろうか、と。

 その言葉でハッと我に返ったルイは一瞬にして思考を余所行きモードに切り替える。
 と、同時に脳をフル回転させて一番良い言い訳を作り始めた。

「……ああ、すいません。コスモスという名前はあなたにぴったりな名だなと、そんなことを考えていました。『少女の純真』という花言葉、清らかな雰囲気を持ったあなたにはまさにふさわしいと思います。こんな素敵な名前を付けてくれるなんて、ご両親もさぞ素敵な方なんでしょうね」
「へっ!? あ、あの……ええと……あ、あり、がとうございます……」
「いえ、思ったことを言っただけですよ。僕はルイと申します。これからよろしくお願いしますね、コスモスさん」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 コスモスは元気よく声を上げ、その後自身の声が大きすぎたことに気付いて恥ずかしそうに縮こまる。
 しかし、名前を褒められたのが余程嬉しかったのだろう、「えへへ……」と嬉しそうにほほ笑みながら紅潮した頬に手を当てていた。

 そんな様子を横目で見ながらルイは内心でつぶやく。

(ふう、一丁上がりっと。男に免疫なさそうな女はチョロすぎて笑いがでてくるぜ)

 思ったことを言っただけとかいうその大嘘の内容は、ともすれば女性からしたら気持ち悪い口説き文句ともなりそうなものだが、そこは流石憎たらしいほどの美少年ルイである。
 これほどの美形が口に出せば見事女子のハートを動かす甘い言葉になってしまうのだった。事実としてこのコスモスという少女にはそうなっている。

 こうやって自分の顔の良さを実感できる瞬間が、ルイはたまらなく好きなのだった。
 相手が自分を見て頬を赤らめる度にルイは内心でほくそ笑むのである。
 だから今回のことも、相手から話しかけてきたということを除けば概ねルイの自尊心を満たすには十分だった。

 付け加えるなら、コスモスの容姿が少し地味目なのもポイントだ。
 ちゃんと見れば可愛らしい顔の造形をしてはいるものの、本人の持つ雰囲気故かどうしてもパッとしない地味な女の子といった印象のあるコスモス。
 そんな風に自分の容姿と比べて差が大きくあると実感できる人間を見て、ルイは愉悦に浸るのである。
 なんともはや、最低な男だった。

「(それよりまだ入学式始まらねえのかよ。しゃーない、この地味女使って時間潰しでもするか。おら泣いて喜べや)あの、コスモスさんは平民ですよね。家名を名乗ったりしなかったので」
「はい、そうですけど……あっ! も、もしかして、貴族様だったり……?」
「ああいえ、そういうことじゃないんです。僕も平民ですよ(実質貴族だけどな! 俺の身体を流れているのは尊い血なんだぞこの下民が!)」

 確かにルイの身体を流れているのは貴族系譜の血かもしれないが、こんな奴の身体を巡る血が尊いものでないことは間違いない。

「だけど、意外と家名を名乗らない貴族もいるんですよ。故意に伏せておいて、後でそれをネタに平民を責め立てるような貴族がね。コスモスさんがそうだとは思いませんが、もし貴族だったら少し接し方が変わってくるので」
「そ、そういうことですか……。あれ、でもこの魔術学園では原則、貴族特権は禁止なんじゃ?」
「暴力を振るったりは表立って行われないでしょう。だけど、一度底意地の悪い貴族に目を付けられたら学園外……例えば家族なんかがどんな目に遭わされるか……。
 勿論、まともな人がいることも分かってはいますが、概ね貴族はろくでもないものですよ」

 当然のごとく、貴族はろくでもない(自分は除く)である。

 それはさておき、貴族への批判を憎々し気に、吐き捨てるように言ったルイを、コスモスは心配そうな顔で見つめていた。

 過去に貴族に酷い目にあわされたのだろうか。それとも本人が言っていたように家族が……? と、そんな風にルイの過去に思いを馳せるコスモス。 
 まあこれは普通の反応だ。
 あからさまに貴族憎いですよという論調で話したのだから、普通過去に何かあったのではと考えてしまうものだろう。
 実際には何もないどころか、このルイ本人が貴族だったりしたわけだが。

 ちなみにこのミスリードを引き起こすような話し方をしたのはただの気まぐれである。いっちょ悲劇の美少年な感じを匂わせとくか! とかいう浅はかな考えの下の発言でしかない。

「でもよかったです、コスモスさんが貴族じゃなくて。せっかく出来た友人と距離が出来るのは嫌ですからね」
「へ……?」
「あ、あれ……僕はもうコスモスさんと友達のつもりだったんですけど……嫌でしたか?」

 そう言ってルイは少し恥ずかしそうに、そして少し不安げな顔でコスモスと目を合わせる。無論、純度百パーセントの演技である。

 だがそんな男の演技にまんまと騙された哀れな少女コスモスは、バッと勢いよくルイの方へ体ごと向き、その手を強く握った。

「そ、そんなことありませんっ! 私もルイさんのこと……と、ともだちだと……思ってますので、はい。
 その、お嫌でなければこれからも仲良くして欲しい……です」
「(ぎゃーばっちい! こ、こいつ不敬にも無断で俺に触れやがったな!)はい、こちらこそよろしくお願いします。この学園で初めて出来た友人がこんなに優しくて、可愛らしい人でとても嬉しいです」
「そんな、可愛らしいなんて……。私なんてもう全っ然ブスだし、鈍くさいし何をやってもダメダメだしで……ルイさんみたいなキラキラした人と釣り合い、取れてないですよ」

(知 っ て る。
 ま、自己評価がきちんとできてるのだけは褒めてやってもいいかな。これで調子づくようだったらすぐ縁切ってたけど、これなら俺の引き立て役として仲良くできそうだぜ)

 自分で言った言葉でへこんでいるコスモスをこの学園における舎弟一号に(勝手に)決定したルイ。
 面倒くさいが一応フォローの一つでもしておくかと口を開きかけ――そしてそれは、ある声に遮られた。

『これよりアールデルス王立魔術学園、入学式を始めます。講堂にお集まりいただいている新入生、そしてその保護者の方々はお席に着かれますようお願いいたします』

 術式を組んだことにより声を増幅することのできる拡声器を通して、凛とした声が講堂内に響きわたる。

 入学式がようやく、始まるようだった。



一応これからは0時投稿を目指したいと思います。前後する可能性は多分にありますが。

投稿頻度は基本毎日か隔日、それ以上間を空けるときは活動報告欄にてお知らせいたします。
これからも本作品をよろしくお願いいたします。


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入学②

『――魔術は素晴らしい力です。私たちの暮らしの様々なところにその技術は応用され、人類の天敵である魔物との戦いでも無くてはならぬものになっています』

 式は緩やかに進行していき、今は高等部の新入生代表挨拶の時間。

 ルイはボーっと喋っている人物を見ているようで実際は焦点を合わせておらず、ただただ考えていた。
 帰りたい……、と。

『ですが同時に魔術とはとても謎が多く、そして危険なものです。未だ解明されていないことの方がほとんどで、簡単に人を、自分を傷つける可能性があります』

 そもそも、学園長の話がちょっと長かったくらいで殺意を抱くような、忍耐力幼児レベルのルイがなぜ入学式に出席しているかというと、この後クラス分けの発表および簡単な顔合わせが控えているからなのだ。
 まあ本来ならば入学式にはもう一つ、ある『目的』のための情報収集という意味合いも兼ねてはいたのだが――

『だからこそ私たち魔術師は自分の力に関して、十分な知識、経験、そして責任を持たなくてはなりません。私は初等部、中等部と六年間魔術を学んでいますがまだまだ未熟です。
 これからの三年間で多くのことを学び、そして人類に貢献できる魔術師になれるよう全力で励んでいきたいと思います。
 新入生総代、ミルシェ・ハーゼルゼット』

(うわー相変わらずつまらん優等生っぷりだな。思っても無いことばっか言いやがって。
 そんな良い子ちゃんやってて楽しいか? こうやって外面を取り繕ってるやるほど中身はクソだったりするんだよなあ)

 この新入生総代とルイは顔見知りであった。昔の、が頭に付きはするが。だから、とりたてて新たな情報を得ることもなかった。

 それより自分の言葉が完全なブーメランであることに、果たしてこの男は気付いているのだろうか。
 思ってもいないことを言うことに関してこいつの右に出る者はいないだろう。

「ほえぇぇ、すっごく綺麗な人ですねえ……。ハーゼルゼットって言ったら七大公爵家の一つですよね。魔術師の実力もあって頭も良くって、しかもあんなに美人だなんてすごいなあ」

 ステージの上から降りていく総代――ミルシェを見ながらコスモスは惚けたように呟いた。

 肩口にかからないほどのウェーブがかった栗色の髪、どこか眠そうな印象を与えながらも可愛らしい二重、そして同じ年頃にしては発育の良さがはっきりと分かるほどの胸部。
 なるほど確かにミルシェには美少女という評価が正しかった。それも、男ウケのしそうな美少女である。

「そうですかね? 僕はコスモスさんの方が可愛いと思いますけど」
「へっ!? い、いやいやいやいや! それはないです! 絶対にないですよ!
 いくら騙されやすい私でもそれは信じられないですよ!」
「じゃあ、コスモスさんの方が僕の好みです。これならどうですかね?」
「え、あ、えーっと……そ、それならはい……いいと思います。あ、ありがとうございます……」
「いえ、全然お礼を言われるようなことじゃないですよ。本当に思っていることなので(全然思ってないけどな。こんな面倒くさいヨイショ俺にさせんなよ全く!)」

 誰も頼んでないことを勝手に言って勝手に面倒くさがっている、完全にアホである。

 まあルイはミルシェを嫌っているので、とりあえず下げときたいという気持ちからの発言でもあった。それに、言われたコスモス自身も喜んでいるので別にこれで問題はないのだろう。

 そうしているうちにミルシェはもう席に戻っており、式は次の目録に移っていた。

『続きまして、中等部在校生代表からの言葉です。中等部生徒会長、ミスカ・フィーレンス』
「はい」

 凛とした声が拡声器なしで会場に響く。そう張り上げたわけではないが会場の隅まで聞こえる、透き通った声。

 ルイはその名前にピクリと反応し目線を前にやった。
 「わー、またすごい美人さんですねえ」と暢気なコスモスはさておき、ステージの方へと歩いて行く後ろ姿をじっと見つめる。

 記憶にあるかつてのソレと現在とを照合しようとするも……正直、確信が持てない。やがて壇上に立ち、こちらに向けた顔を見てようやく、

(ん? んんんー? あいつあんな顔だったけか。あれ、ていうかそもそもどんな顔してたっけ……。興味がないのプラス昔もほとんど会ってなかったからマジで忘却の彼方だぞ)

 全くピンと来ていなかった。

「……コスモスさん」
「は、はい。なんでしょう?」
「あの子って……あのフィーレンスですよね」
「はい、そうですね。七大公爵家筆頭フィーレンス家の長女で、『氷姫』と名高いミスカさんです」
「そうなんですね、教えてくださってありがとうございます」

 小声での質問を終え、また前を向く。
 心の中ではようやく納得がいったようだった。

(うん、ならやっぱりあの愚妹で間違いないな。なるほどなるほど……そうと分かれば確かにあんな顔をしていたような気もする。美形度は完全に俺のが上だが。
 ていうか今初めて聞いたんだけど『氷姫』って何そのクソダサいあだ名。氷以外まともに使えないだけじゃん。あー恥ずかし、聞いてるこっちが赤面ものだわ)

 別に本人が名乗ったわけではないだろう呼び名で勝手に恥ずかしがられても困るだろう。
 本当に呼吸するごとく人を貶すやつである。
 ひょっとしたら止めると本当に死んでしまうのかもしれない。

「あ、あの……」
「はい? どうしましたコスモスさん」
「その、さっきからミスカさんのことじっと見てるからどうしたのかな、と……思いまして」

 少し頬を赤くしながらそう言うコスモス。

「(は? まさかいっちょ前に嫉妬とかしちゃってるんですか? ちょっと優しくしただけで彼女面とかまじ勘弁)ああいえ、僕の家族によく似ていたもので」
「家族……妹さんとかです?」
「そうですね。ただ僕の記憶にある妹の顔は結構昔のなので朧気で、ついあの子を熱心に見つめちゃいました」
「昔の? あ、えっと……」

 何かを察したような顔になるコスモス。
 そしてそれに対してルイは寂しそうに微笑んだ。
 妹、完全に故人扱いである。

 未だ存命で、そもそも自分の視界の中で今まさに喋っているというのに、勝手に死んだことにされる妹。自分の悲劇の主人公っぽさを出すためならばデマで人も殺すのがこの男なのだ。

「その、私、なんて言ったらいいか……」
「別に気にしないでください。もう三年は一人で生きていますし、今更どうということもないですから」

 そんなルイの言葉を聞いて、コスモスは驚きに目を見張った。

 『一人で』と言った。
 つまりそれは妹どころではなく家族がもういないということ。
 今さらどうということもないという言葉も、さっきの寂しそうな笑みを見てしまえば無理をしているようにしか思えずコスモスは胸がぎゅっと締め付けられた。
 自分なんかでは、とも思うがなんとかルイの力にはなれないか……と強く思う。

 ……これが全部勘違いじゃなければとても良い場面である。
 哀れコスモス。勘違いというより、勘違いをさせる方向にもっていくルイが完全に悪いのだが。

 いつの間にか壇上での言葉も終わっており、席に戻るミスカに拍手が送られていた。そんな中、コスモスは覚悟を決めたような顔でルイに向かって声をかけた。

「あのっルイさん! わ、私に何かできることはありませんか!」
「えっと、急にどうしたんですか?」
「ミスカさんに似ている妹さんだったらきっと私なんかよりずっと綺麗で、あの、私なんかじゃ全然、代わりにはならないかもしれないですけど……ああいや、そういうことを言いたいんじゃなくて、えっと……私は友達としてルイさんの……あの……」

(こいつ急に何言ってんの? いや、ホントに何言ってんのか全然分からんのだが?)

 ルイは珍しく困惑しながらも、言っていることを理解しようと頑張った。
 が、結局よく分からなかったのでコスモスが次に喋るのを待つ。

「あの、つまり……ですね」
「はい」
「その……」
「(はよ言えや。はっ倒すぞ)」
「あ、うぅ…………わ、私がっ!」

 最早何をどう言ったらいいのか分からなくなったのだろう、目をグルグル回しながら言葉を考えていたコスモスはもう勢いのまま言葉を紡ぐことにした。



「私が、ルイさんの妹になりますっ!」


「え?」
「……あ、あれ?」

 言ってから一秒も満たずに、自分の発言を理解したのだろう。コスモスは今までにないほど顔を真っ赤にして顔を膝の上に伏せてしまった。
 拍手も止み割と静かだった会場において、そこそこ周りの人に聞こえるくらいの大声を出していたのだが、もうそっちのことは気にならないようだった。

(ええ……なにこいつ、マジでやばいやつじゃん。普通に気持ち悪いぞ。地味女子をこじらせると人はこうなってしまうのか)

 ルイもドン引きしていた。
 まあこれに関しては少し分からないでもないが。

 さて、これをどうフォローしたものかと悩むルイ。
 もう縁を切ろうかなという考えも一瞬頭にちらつきはしたものの、これまでかけた労力が全部無駄になるのが嫌だったのでなんとか上手いこと収めようと頭を回す。

 そしてふと、古い記憶の彼方にあった断片を思い出した。
 それは本当に幼いころの妹との記憶。

(そう言えばあの愚妹、昔はいつも俺に引っ付いてたな。俺の言うことには何事にも従順だったし。……ふむ、いっそこの方向性でいくか? かなりリスキーだし俺の精神もゴリゴリ削られる気もするが……)

「……ああ、死にたい死にたい、なんで私はこう……もう駄目だおしまいだぁ……」
「コスモスさん」
「は、はいっ!?」

 バッと顔を上げるコスモス。
 ルイの反応を探るかのように怯えた目をしている

「ちょっと呼んでみてくれませんか」
「へ? な、何をですか」
「僕のことを」
「え、あ、はい。ルイ、さん?」
「いやそうじゃなくて」

 不思議そうな顔をするコスモスにルイは言う。

「妹ってさっき言ってましたよね。妹として僕を呼んでみてください」
「ええっ!」

 落ち着きかけていた顔がまた朱に染まる。
 視線を落ち着かないように泳がせ、体もそわそわさせ、またじっとルイの方を見る。そこでルイがなんでもないような顔をしているのを見て、これは言わなくちゃいけないのだと覚悟を決めた。

 口をパクパクさせながら、なんども息を吸ったり吐いたりしてようやく……その言葉を口にした。

「お、お兄……ちゃん」

 羞恥のあまりもう半分泣き目のコスモスはそれでも頑張ってルイに視線を合わせた。

(うーん……やっぱ精神衛生上よくないかもしれん。なんだって今日知り合ったばかりのやつにお兄ちゃんだなんて呼ばれなきゃならんのだ)

 自分で言わせておいてこれだ。
 まさに下衆の極み。

(ま、でも――)

 ルイの反応を窺い続けるコスモスの頭にポンと手を置く。
 そして優しく、髪を梳かすように撫でた。

「懐かしいですね。妹もすごく内気な子で、いつもそんな風に恥ずかしそうに僕の名前を呼んでました」
「そうなん、ですか?」
「ええ」

 嘘である。
 内気かどうかも、呼び方がお兄ちゃんだったかもよく覚えていないので適当ぶっこいているだけだ。妹に対する記憶だけ、なぜこんな揮発性ではないかというレベルで飛んでいるのだろうか。

「僕の妹に、なってくれるんですか?」
「えっ! だって、その……嫌じゃないんですか? 私なんかに『お兄ちゃん』だなんて呼ばれて」
「(嫌に決まってんだろボケナス)いえ、全然。むしろ一瞬あの頃に戻ったようですごく嬉しかったです」
「そう、ですか……。そ、それじゃあっ! 私、ルイさんの……いえ、お兄ちゃん、の……妹でいて、いいの?」
「うん。これからよろしくね、コスモス」

 ここでルイの敬語崩し、名前呼び捨ての連続コンボによって少女コスモスは完全にノックアウトされた。目の潤みには熱を帯び、恍惚とした表情で熱い吐息を漏らしている。
 どう見ても兄を見る妹のそれではないが、まあ本人たちが納得済みならそれでいいのだろう。

 一応、こんな茶番じみたやり取りをルイがしたのには理由があって、それは当初コスモスを舎弟ポジションに据えようとしていたことに起因する。

 妹云々のことは正直予定にない展開だったが、その時思い出した記憶の中の自分に引っ付いて来る従順な妹に舎弟の影を見たのだ。
 そして、どうせならこの流れでいくか――とこういう具合である。

 まあルイが浅慮なのは今に始まったことではないので別にいいのだが……
 こんな訳の分からん関係性を作ってしまったことによってルイが今後どんな面倒くさい事態に陥ろうがそれは自業自得。

 その時になってきっとこいつは大後悔して悪態をつくのだろう。

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入学③

 今年の学園への新入生の数は百人。
 それを三十人ずつに分け、三組のクラスで一学年が構成されている。例年五十人前後で二クラスなので、今年の新入生は相当に多いと言える。

 急にこれだけの数が増えた理由は二つある。

 一つは、当時大戦果を残していた国の英雄『アルト・フィーレンス』の影響が国全体に広がっていたということ。
 序列一位として半ば魔術師代表の広告塔と化しており、その姿が幼い子供たちに夢、憧れを抱かせたのだ。

 二つ目は、単純に魔術師を欲していたということ。
 領土奪還と襲撃防衛を繰り返し、常に慢性的な魔術師不足に悩まされていたアールデルスはこれを解消すべく、成人前の平民全員に魔力量測定を行った。
 そして、才能アリと見なした者には年齢に応じてではあるが、中等部から入学する権利を与えたのだ。

 無論、強制ではない。
 成人前に限定しているのも、成人した後は既に定職に付いている者が多く、急に学園に通うという選択も取りづらいだろうという考えからである。
 だが、入学試験が免除である上に一定の補助金も支給されるため、今迄学園生活における諸費用が原因で断念していた平民家庭にとっては断るべくもない話だった。

 そんな大規模魔力測定が行われたのが一年前。
 丁度今期がそれで選ばれた人たちであった。

 そして一年一組の教室では今、新入生の自己紹介が行われていた。

「ミルシェ・ハーゼルゼットです。
 公爵家の娘ではありますが、そういうのは関係なくみんなと仲良くできたらいいと思います。
 それと……あんまり偉そうにするつもりはないけど、六年間魔術を学んできた分それなりに魔術にも覚えはあるので、何か分からないこと、困ったことがあれば気軽に私のところに来てください」

 そう言って柔らかく微笑みながら教室の面々を見渡すミルシェ。
 貴族として洗練された所作がそうさせるのか、それとも彼女の持つ独特のふわりとした雰囲気故か、男女問わず彼女への印象は悪くないようだった。まあ特に男子は、その美貌に色めき立っているようだったが。

 しかしそんな全体的に温かいムードの中、

(気軽に私のところに来てとか、男漁りに余念がなさすぎだろ。ただのクソビッチじゃねえか。あーやだやだ、俺の清楚さを見習ってほしいよ全く)

 我関せずとばかりに一人悪態を付いているのが、相変わらずのルイであった。

 あの程度でビッチ認定されてはたまったものではないとか、お前のどこに清楚さがあるのだとかツッコミ所は多々あるが、もうそんなのも相変わらずのことだろう。

 拍手と共にミルシェが座り、続いて赤髪の男子生徒が立ち上がった。

「ジェフリー・ローガンだ。俺もここでは基本的に貴族、平民の垣根など不要なものだと思っている。重要なのは強者かどうか。力を持つ者には敬意を払い、力のない者は排斥される。それが、魔術師の世界でのルールだ。
 一年間、共に切磋琢磨していけることを期待している。以上」

 淡々と言い放ったジェフリーという男子生徒を、ルイは驚愕の思いで見つめる。

(い、痛たたたたた! こいつぁー痛え! 
 え、マジ? クールな俺、カッコいいです的なやつをこの歳でやっちゃうの? 
 おいおい流石にもう卒業しておけよ、聞いてて恥ずかしいったらないわ。周りも完全に失笑ものだろこんなん……)

 そう思って周りを見渡すとルイの想像通りの光景が広がって――いなかった。
 男子生徒は神妙な顔で真面目に拍手をしており、女子生徒の中には頬を染めて熱っぽい視線を向けてるものもいる。

(えぇ……なんでだよ。これじゃまるで俺が場違いな奴みたいじゃん)

 その通りだ。

 まあこんな感じで、ルイは誰かが自己紹介する度に何かしら貶していたが、いつしかそれにも飽きたのかボーっと時間すぎるのを待った。

 そして遂に、ルイの番がやってきた。

 が、しかし……ルイは立ち上がらない。
 自分の番であることは分かっている。理解していて立たないのだ。
 担任にお前の番だぞと見つめられても尚ルイは動かなかった。

 訝し気に思ったのかとうとうクラス中の人が後ろを振り向く。
 そこでようやく、ルイは立ち上がった。

「僕はルイと申します」

 教室にいる全員の視線を集め、狙い通りと内心ほくそ笑む。

 こんなことをしなくとも大体の人は喋り始めたらそっちを見るだろうが、ルイの狙いはとにかくどんな部分でもインパクトを残すことだった。
 これはその手始めといったところだ。

「僕は――」

 そこでまた一呼吸あけ、

「――魔力を一切持たない無能者です。つまり、魔術師になることはできません」

 そう、言い切った。
 そして周りの反応を窺う。

 ほとんどの人は訳が分からない、といった表情をしていた。
 それはそうだ。魔術師になるため、魔術という力を学ぶための学園なのに、なぜ魔力の持たない者がここにいるのか。
 単純に理解が追い付かないのだろう。

 他にはルイの言葉を聞いた瞬間、あからさまに嫌そうな顔、下に見るような目をしていたのがジェフリーを筆頭に数名。
 そして、ミルシェだけは何か含むような視線を寄こしていた。

 とにかく当然その全てが好意的なものではないことは確かだった。
 だが、ここまで予想通りのルイは欠片も表情を揺らがせず淡々と言葉を続ける。

「恐らくみなさんは、なんでそんなやつがこの魔術学園にいるのだと思っているでしょう。
 様々な言葉を省いてまず端的に理由を言うなら……『ギルド』からの特別推薦です」

 その言葉にまた全員が驚愕の表情を浮かべた。
 『ギルド』という単語にはそうさせるだけの力があったようだった。

「僕は生まれたときから魔力を持っていませんでした。きっと昔から魔力があるのが当然で、日常の何気ない場面で魔力を使っているみなさんにはどういう感覚か想像もつかないと思います。
 はっきり言います、それは地獄のような人生です。
 魔力を持たないというだけで差別され、嘲笑を受け、実際に魔術を使えないとどうしようもない状況に何度も陥りました」

 そこでルイは少し唇を湿らせ、心なしか強い口調で言った。

「ですが――僕はその全てを乗り越えてきました」

 今や誰もがルイの言葉に耳を傾けていた。

 自分たちの想像もつかない状況、魔力を持たず魔術を一切使えないという人間がどのように生きてきたのかに興味を抱いているのだ。

「壁の外で何体もの魔物と一人で戦い、時には悪意ある人間……当然魔術師である人間とも戦い、傷だらけになって何度も死にかけながらも全て打ち倒しました。
 そうやって今まで生きてきた、だからこそ言います。僕は――強い。
 魔物にも負けない。魔術師にも負けない。
 それだけの強さを付けた自信が、僕にはあります」

 そこまで言ってふう、と一息つく。

 目を閉じ顔を下げ、数秒ほどの沈黙の後また顔を上げて話し出す。
 その顔には、笑顔が浮かんでいた。

「ただ、常に僕は一人でした。一人でも生きていけると言い聞かせていたけどやっぱり寂しさは消えません。競い合う友が欲しかった、共に闘う仲間が欲しかった。
 きっとみなさんは僕の力を信じられないと思います。それは当然です。
 だから、これから示していきます。そして、あなたたち魔術師に僕も並び立てるのだと証明します。

 そうしたらその時は……僕と友達になってください。
 このクラスの人たち全員と友人になりたいと僕は思っていますので」

 最後は少し照れたように言う。
 そして席に着いた、その瞬間――

 ワッと拍手が響いた。
 それは、今日一番の拍手だった。

(ふっ、まあ当然だよな。これも俺のイケメンパワーのなせる業か)

 これはあながち冗談でもなく、未だどういう感情を抱いたらいいのか分からないクラスメイトたちであったが、単純にルイのすさまじい美貌に浮ついて真っ先に拍手を送った女子が少なからずいたのだ。

 まあそのおかげで場は上手く収まったともいえるから結果オーライ。
 恐るべしイケメン、である。

 こうして、最後の友達になりたいという大嘘以外は珍しく本音を言ったルイの自己紹介は、恐らく成功という形に落ち着いたのだった。

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入学④

これで入学編終わりです。
冗長に会話させていたせいで少し長くなってしまいました。


「授業は明日からだ。もう既に準備は出来ていると思うが、足りない物は明日中に用意しておくように。以上、解散。もう帰っていいぞ」

 ダルそうに担任の教師がそう言って、放課後になった。

(さて、学校は終わったわけだがどうするか……。
 今日は夜にやることがあるけど、それまでは暇なんだよな。何か時間潰せるようなことないかね)

 この男、クラスが別になって落ち込んでいたコスモスに、ホームルームが終わったら一緒に帰ろうと自分で言っていたことなど完全に忘れている。流石の揮発性メモリーである。

(あ、そうだ! 久々にスラム街に行って乞食共を見下しに行くか!)

 そんな最低最悪な予定を立てていたルイの所へ、一人の女生徒が近づいてきた。
 先の自己紹介でルイにビッチ認定を食らったミルシェだ。

「えっと、ルイ君だよね? ちょっといいかな」
「あなたは……ハーゼルゼットさんですか。僕に、何か?(ちっ、なんちゃって清楚系クソビッチが話しかけて来んじゃねーよ。俺の清純さが損なわれたらどうしてくれんだ)」
「あ、私のことはミルシェでいいよ」
「……ではミルシェさんと」

 足止めをされた時点で既にイライラしているというのに、その相手が自分の嫌いな人物であることでルイはもう今すぐにでもミルシェを無視して帰りたかった。
 というかこいつは嫌いじゃない人のほうが少ないのではなかろうか。

「で、僕に何の御用でしょう」
「あーうん、何の用って言われると何かってほどのことでもないんだけど……ちょっと君のことが気になったんだよね」
「(は? 何の用もないのに俺に話しかけるとかこいつ死刑だろ)それは、僕が魔力無しだからですか?」
「うん、その話とかあの『ギルド』に入ってた話とかも気になってはいるよ。
 でも私が話しかけたのは、単純にルイ君が私の友人にすっごく似ていたからなの。もうびっくりするくらいに」

 いや似ているも何も……という感じである。
 だが、全てを察したルイは平然とその話に乗っかった。

「どんなところが似てるんです?」
「髪色以外はほとんどそっくりかなあ。顔のパーツはもうホントに同じ。ね、その髪って地毛?」
「そうです、珍しいでしょう。何故か生まれた時からこうなんですよ」
「へー、魔力とかと関係あったりするのかな」
「ど、どうですかね……僕は研究者じゃないので何とも(えぇ……さっき魔力持ってない苦しさをあれだけ訴えたのにしれっと魔力の話題出してくるとか、こいつヤバくない? 対人コミュニケーションに難ありすぎだろ)」

 ルイはミルシェに対しての心の距離をさらに広げながらも、とりあえず聞きたいことを聞くことにした。

「その僕に似ている人って言うのは誰なんです?
 これだけ言われると是非一度会ってみたくなったんですが」

 そう言うと、あからさまにミルシェの顔が曇った。

「あー……その人は、その……あんまり気軽に会える人じゃないというか。
 トップシークレットというかなんというか」
「名前すらも?」
「……ごめんねー、正直ここからは貴族、っていうか上層部のあれこれが絡んでくるから聞かない方がいいかも」

 なるほど、とルイは引き下がる。
 もうミルシェがこれ以上何も話さなさそうなのは明らかだった。

(俺の貴重な時間を奪っておいて聞きたいことは何も教えてくれず、マジでただの足止めだったな。
 ひょっとしてこいつはもう生きる価値ないのでは……?)

 内心で毒を吐きながら、挨拶と共にその場を離れようとしたルイ。
 しかし、ミルシェに腕を掴んで引き留められる。

「えーまだお話ししようよ。私ルイ君ともっと仲良くなりたいなー。
 ほら、ルイ君も友達欲しいって言ってたでしょ? だから私がこの学校での友達第一号になってあげる!」
「えっと……(こ、このアマしれっと俺の腕を! 離せよビッチ菌が付いちゃうだろ!
 つーかまず、友達になってあげるってなんだ? おこがましいかもしれませんが私をあなたの友達にしてください、だろうが! どういう教育受けてんだこいつ!)」

 間違いなくルイの内心の方が、教育水準の低さが窺えそうではある。
 とはいえ掴まれているその手を振り払う訳にも行かず、ぴしゃりと跳ねのけるわけにもいかない。
 仕方なく話に付き合う覚悟を決めたルイは、このままあとどれぐらい拘束されるのかとげんなりしていた。

 と、そんなところへ――

「お……ルイさんの友達一号は私ですっ」

 それほど大きくはないが教室に響くくらいの声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に目を向けると、扉の側には若干息を切らし顔を赤くしているコスモスが立っていた。

 その姿を見た瞬間に一緒に帰る約束を思い出したルイにとって、コスモスはまさに救世主。
 これで帰れる! とテンションを爆上げさせる。

「(人前でお兄ちゃんとか呼びそうだったのはこの際許してやろう。今こそお前が人生で一番人の役立てる時だぞ!)あ、コスモスさん! すいません本当は僕の方から行こうと思ってたんですが、クラスメイトの方とちょっとお話ししていて」
「いいんですいいんです! 最初から私がルイさんの所に行こうと思ってて、でもホームルームが少し長めになったから急いで走って来たんですけど、その……」

 言いながらコスモスはミルシェに視線をやる。

「ミルシェさん、あの子は僕の友人のコスモスさんです。コスモスさんの方は……紹介せずとも知ってますよね」
「は、はい……新入生総代ですし。あの、よろしくお願いします」
「うん、よろしくねーコスモスちゃん」
「(よし紹介終わりっ。さあ帰ろう!)じゃあ僕たちはそろそ――」


「ところでさっきルイ君の友達一号って言ってたけど、二人はどこで知り合ったの?」
「えっと、入学式の時席が隣で……ルイさんから話しかけてくれたんです」
「へえ、ルイ君から。なるほどなるほど……ってすごい嬉しそうに話すね。
 まあルイ君カッコいいからねー」
「そ、それは、はい。もう……私なんかじゃ釣り合わないくらい素敵な人です」
「えーコスモスちゃんだって可愛いよー! 前髪ちょっと上げて目を出すようにするだけですごい印象変わると思うよ、ほらこんな感じで」
「へ……? わわっ、は、恥ずかしいですよ」
「ふふふっ、あーやっぱり目もおっきいしまつ毛も長いし。
 うん、やっぱりコスモスちゃんは可愛いよ!」

(……は? いや、こいつら俺を無視して何二人で乳繰り合ってんの? レズごっことか気色悪いんで俺の視界外でやってもらえますかね)

 途中で自分の言葉を遮られ、あまつさえ自分抜きで会話が進められていることにルイは大層ご立腹だった。
 もう一人で帰ってしまおうかと思っていたが、そこでようやく二人がルイの方を向く。

「あっ、ごめんねルイ君。ついコスモスちゃんと喋っちゃてて」
「すいませんルイさん」
「(うるせー死ね、レズビッチに地味モブ女)いえいえ、お二人が仲良くなるのはとてもいいことだと思いますよ」

 子供の癇癪のような暴言しか吐けないのだろうかこいつは。

「そろそろ僕たちは帰りますね。ミルシェさんはどうします?(付いてくんな付いてくんな付いてくんな付いてくんな付いてくんな)」
「二人と一緒に帰りたいところなんだけど、私は家からの迎えがあるから。
 また明日会いましょうねルイ君。
 コスモスちゃんも、下校デート楽しんでね」
「で、デートっ!? そ、そんなんじゃないですよもう……」
「あはは、じゃあさようならミルシェさん、また明日。
 行きましょうかコスモスさん」
「あ、はいっ」

 ようやく帰れる……、その気持ちでいっぱいだった。
 最早夜にある予定までの時間をどう潰そうかなんてことは頭から飛んでおり、とりあえず早々に帰宅したいという思いがルイの足を早まらせる。

 しかし――その歩みをまたしても止める者が、一人。

「ちょっといいか」

 自己紹介でルイが痛い奴認定した、ジェフリー・ローガンだった。

「(なんなんだよホント次から次へと! もうこいつら組んでるだろ! 結託して俺を帰らせまいとしてんだろ!)ローガン……さん、でいいでしょうか」
「ああ、俺を馬鹿にする意図でもない限りは呼び方なんぞどうでもいい。この場は式典でもなんでもないしな」
「そうですか。それで、何の御用でしょう?」

 そうルイが問いかけると、ジェフリーは一寸黙って、その後口を開いた。

「一つだけ、お前に言いたいことがある」

 ルイは、うわうざっ! なんでこいつこんな偉そうなんだよ死ね! みたいないつも通りのことを考えつつ、話の続きを促すように頷く。

「先のお前の話、正直信じられない部分は多々あった。『ギルド』のこともそうだが、魔力無しで魔物と戦う……ましてや魔術師に勝ったなんて話は本当に冗談だとも思った。
 何故なら俺自身、訓練で魔術師と魔力を使わずに戦い、その圧倒的な差を知っているからだ」
「なるほど、経験しているなら確かに余計そう思うかもしれませんね」
「ああ、だがお前の魔術を無しで生きるのが地獄だと言ったその語り方、表情、そして目は、全く嘘を言っているようには見えなかった。
 だからこそ――俺はお前が知りたい。
 魔術が使えないのに、魔術師にも勝てると豪語したお前のことを」

 ジェフリーの目は真剣そのものだ。
 強者を求めると言ったその言葉通り、力への貪欲な探求心がそこからは見て取れる。
 しかしルイはといえば、

(俺が知りたいとか……え、こいつホモなん? き、キモ……近寄らんでおこうかな……)

 こんなくそ失礼なことを考えていた。
 いや本当に失礼すぎる。

「俺は強者以外を差別したりはしないが、強者以外とは馴れ合わない。
 ルイ――俺に、力を示して見ろ。ここではそんな機会、いくらだってある。
 お前は友が欲しいと言っていたな? お前が俺の思うほどの強者であるなら、俺がお前の友になってやる。
 だからルイ、俺にお前の力を見せてくれ」
「は、はあ……(なにこれこのホモ怖いよぉ。なんでこんなグイグイくるの? 肉食系かよ)」
「お前の力を見るその時を、楽しみにしているぞ」

 そう言ってルイの下から去って行くジェフリー。

 その口元にはいつか見れるだろうルイの実力を期待して笑みが浮かんでいたが、ルイの笑顔は引きつっていた。
 割と本気で気持ち悪がっていたのである。
 まあ確かに少しばかり情熱的すぎた感じはあるが、それだけで同性愛認定されてはジェフリーもたまったものではないだろう。

(はあ……このクラスヤバい奴しかいないじゃん。もう全部放り出して学校辞めたいんだけど)

 ため息をつきそうになるのを我慢し、ルイはコスモスの方へと向き直る。

「じゃあ、今度こそ本当に帰りましょうかコスモスさん……コスモスさん?」
「……あの、ルイさん」
「はい?」
「ルイさんが魔力無しって、どういうことですか?」
「…………あ」

 コスモスには説明していなかったことを完全に忘れていたルイは、結局帰る前にもう一度説明タイムを設けることになるのだった。

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序章に過ぎない

 日も完全に沈んだ夜の王都。
 月明り以外には照らすもののない暗闇の中に、一人の男がいた。
 手には一枚の紙を握りしめ、険しい顔で辺りを警戒しながら歩いている。喧騒どころか人の気配もしないその空間には、男の足音がやけに大きく響いていた。

 王都と一口に言っても、その敷地は相当に広い。
 国の中心だけあって、通常の町三つ分以上の大きさの土地が壁に囲い込まれているからだ。
 そのため本当の中心部から離れると人は極端に少なくなり、代わりにそこには囲いまれたままの森林や、スラム街が形成されたりしている。

 今、男が歩いているのはその中心街からはるか離れた森の中だった。

「……さっきから何の反応も無し、か」

 男は人の気配が少なくなってきたあたりからずっと魔力探知をしていた。万が一にでも不意を突かれることのないようにである。
 特に森の中に足を踏み入れてからは広範囲、高精度で探知をしていたが、鳥や小動物以外の……それこそ魔力を持った人間は引っかからなかった。

「少しだけ緩めるか」

 無論警戒自体は怠らないが、ずっと今のまま使っていると自分の魔力をいたずらに消費することになってしまう。
 そして魔力探知を弱めた、その瞬間――


「こんにちわあ」


 ――頭上から、声がした。

 思わず身体をビクッと飛び上がらせ、慌てて声のした方を向く。
 同時に魔力で身体を強化して臨戦態勢を作った。

「いやーちゃんと約束通りに来ていただけて、とても嬉しいです」
「……この紙を渡したのは君かい?」
「いえ、渡したのは僕じゃないですよ。というか渡したっていう感じじゃなかったのでは?」
「そうだね、人ごみの中でぶつかった拍子に入れられていたよ」

 動揺を隠して喋りながらも、男は自らの頭上、木の太い枝に立っている人物をはっきり見ようと目を凝らす。
 だが月明りを背に背負っているためかシルエットにしか見えない。いや、どちらにせよこの暗闇では大差ないだろう。

 分かるのはそれなりに身長はあるということ。
 恐らく十五歳以上……流石に十二、三歳ということはないはず。

「しかし穏やかじゃないね。こんな時間にこんな所に呼び出すなんて」
「そりゃあ、穏やかにことを進めるつもりはありませんから」

 その言葉を聞いてまた体にグッと力を込める。
 もういつ動き出してもいいように準備はしていた。

 だがその前に、男にはどうしても聞かねばならぬことがあった。

「この紙に書いてあったこと……『アルト・フィーレンスの死の真実について知っている』これはどういうことかな」
「どういうことも何もそのまま、僕はソレを知っているというだけです。
 当事者であるあなたなら、こうしてのこのことやって来てくれると思っていました。ねえ、ティベリオ・ラウリートさん」
「……っ!」

 自分のことを知っている。
 名前は調べればすぐにわかる、しかし『あの事』に自分が関わっていたことを、目の前の謎の少年が知っている。その事実に男――ティベリオは顔を歪めた。

 今すぐにでも魔術を使って少年を消し飛ばしてしまいたいが、それをぐっとこらえ、まずは交渉をしようとする。

「何が、目的だい? 仮に君が上層部からの遣いだとしたら現時点で俺が消される理由に全く心辺りがないし、そうじゃないとしたらなおさら気になる。是非とも教えて欲しいんだけど」
「そんなことより、一ついいことを教えてあげます」
「……なにかな」
「アルト・フィーレンスは死んでません」

 自分の質問には答えず、しかし少年が告げたその言葉はティベリオに大きな驚きをもたらした。動揺のあまり思わず声を荒げて叫ぶ。

「――馬鹿なっ! そんなはずはない! あいつは確かに俺が殺した! 体を貫いて谷の底に投げたんだぞ!」
「そうですね。でも、生きています」
「でたらめを言うな! 生きているわけがない!
 …………待てお前今、そうですねって……それじゃあまるで」

 見てきたようじゃないか――、と。
 そう言う前に少年は気の上から飛び降り、地面へと軽やかに着地した。
 そして、

「はい、僕がアルト・フィーレンスです」

 ――瞬間、ティベリオは魔術を行使し目の前の少年に向かって炎を叩きつけた。
 爆音が響き、光と圧倒的な熱量が場を眩いまでに照らす。

 発言の真偽がどうであれ、この少年を生かしておいていいことは何一つない。
 例え実際に相手があのアルト・フィーレンスだとすれば、魔術が使えないただの人間のはず。今の一撃で終わりだ。

 そう思ったティベリオの左頬を何かが掠め、飛んでいった。
 じんわりと熱を持ったそこからは血が流れ出す。

「よし、まずは一発目」
「なっ! いつの間に後ろを!? そもそもどうやって避けた!」
「いやーよくもあの時は僕の高貴な顔を傷つけてくれやがりましたね。ちゃーんとやられたこと全部そのままお返しするのでお楽しみに」

 ティベリオは混乱の真っただ中にいた。
 なぜ避けられた? なぜ後ろを取られた?
 どう考えても魔術の発動を理解してから動き出して、それで非魔術師が間に合うはずがない。事実あの時は全く反応出来ていなかった。

「お前まさか、魔力が戻ったのか……?」
「はあ? なめんのもいい加減にしろよお前。
 俺が魔術使えてれば、そもそもお前はさっきの魔術発動出来てないから」
「ま、魔術を使わずにさっきのを避けられるわけがない。あの時だってお前は――」
「あーはいはい、そういうの良いから。
 次は、肩ですよ? そんな気楽に構えてていいんですか?」

 言い終わるや否やアルトがナイフを握り駆けてくる。

(は、早いっ!)

 その速度は身体強化された魔術師と比べても遜色ない程だった。
 少なくとも絶対に魔力を使わずに出せる速さではない。

 その驚きで一瞬反応が遅れたが、ティベリオはすぐさま正面に炎の弾を打ち込む。

 しかしアルトはそれを軽々と避け、そのまま木の上に飛び移った。
 そしてすぐさま木々の間から次々ナイフが飛んでくる。
 それも移動しながら放っているのか、一瞬後には違う方向からのナイフ攻撃が間断なく飛んで来ていた。

「くっ! なんなんだよ!」

 思わずイラつきの言葉を吐き出しながらアルトの飛んでいった方向の広範囲を一気に焼き払う。
 最早火は周りの木々に燃え移っており、いずれは大火事になるだろうがそんなことに気を遣っている余裕はティベリオにはなかった。

「こっちですよ」
「っ! はあっ!」

 息つく間もなく背後から聞こえた声に、脊髄反射で振り返って衝撃波を放つと弾かれたのは一本のナイフだけ。

「残念。ホントはこっちでした」

 ズブリ、と。
 そんな音がしそうなほど軽々と、その鋭いものはティベリオの右肩に突き刺さった。

「があああああああああっ!」

 痛みに声を上げながら一気に距離を取る。

 何故だ? 
 何故後ろにいる? 
 最初からあそこにいたのならどうやってあの方向からナイフを投擲した?

 次から次へと疑問は浮かぶが何一つとして分かることはない。
 分かるのは右腕がまともに上がらなくなっており、発動短縮のため予め刻んでいた魔術式が使えなくなったということ。
 つまり今から魔術を行使する場合は一から魔術式を構築、もしくは詠唱をしなければならない。

 だが、そんな時間を目の前の人物が与えてくれるのか?
 自分の魔術が未だに一発も当たらない、そんな動きができる人間の前で隙をさせるのか?

 答えは、否だ。

「おっ、何か急に剣とか抜いちゃってやる気満々じゃないですか!
 もーせっかく抵抗しないならさっくり殺してあげようと思ってたのにー。まあ、あの時のお返し全部やってからだけど」
「……君が魔術を使えないということで少しなめていたのは認めよう。
 だけど悪いが、ここからは俺も本気を出させてもらうよ」
「お好きにどうぞ。どうせ俺には勝てないしぃ?」

 ティベリオは魔力を足に込め、爆発的に地面を蹴った。
 一気にアルトとの距離を詰めてそのままの勢いで袈裟切りに振り下ろす――――はずだったが、それよりも早くアルトの蹴りが腹に突き刺さっていた。

「ごふっ……ぐ、うあ……」

 体はクの字に折れ曲がり、剣を取り落とす。
 衝撃で息を吸うのも困難だ。
 ひゅーひゅーと酸素を求めてあえぐ。

「まだ終わりじゃないですよっと」
「あぐっ!」

 頭を掴んで無理やり顔を上げさせられたかと思えば目の前には拳が迫っていて、衝撃と共にティベリオは後ろ向きに吹っ飛ぶ。そしてそのまま仰向けに倒れ込んだ。

「これで顔面パンチまでおしまいね。
 次からは魔力弾で滅多打ちなんだけど、俺は魔術使えないからナイフで滅多切りにしよう。大丈夫、ちゃんとお前が起きるまで待っててやるよ。俺は優しいからね。
 ……まああと十秒起き上がらなかったら勝手に始めるけど」

 その言葉に臆したわけではないがティベリオはグッと立ち上がる。
 こいつに負けるわけにはいかない。
 ティベリオを動かしたのは、魔術師として積み重ねてきた戦績に支えられたプライドだ。

「はあっ!」

 もう一度、地面を蹴って距離を詰める。
 そして今度は心臓を狙って突きを放った。

 それをアルトは――ナイフでいなす。
 何の焦りも無ければ最初から突きが来ることを分かっていた。
 そんないなし方だった。

 次の振り下ろしも綺麗にはじかれ、その隙をつかれて脇腹を切りつけられた。
 その次の横切りも繰り出す前にナイフで勢いを止められて、自身は肘打ちをみぞおちに食らう。

 その次も、またその次も、次も、次も、次も――
 全ての攻撃をアルトは最小限の動きでいなし、弾き、かわし、そしてティベリオの身体に少しずつ攻撃を加えていく。
 それは確実にダメージを蓄積させていき、

 十分も経つ頃には血まみれで体力も尽きて、地に伏せるティベリオがいた。

「あー気持ちいいいいいいいいいいいいいい! 最っ高だぁ!
 今俺は最っ高の気分だよ! 分かるかいそこで虫の息してる下等生物くん!」

 血が足りず、思考もぼんやりとしている。
 楽しそうに狂気の声を上げるアルトの言葉を、ただ聞いていた。

「なんかあの時は君、すっごい調子に乗ってたみたいだけどさあ……分かるぅ? これが本来の立ち位置なんだよ! 
 俺が上! お前が下! こんなん、世界の理レベルの事実だろ?」

 このままでは直に死ぬだろう。
 自分は回復術式が使えず、流れる血を止めることが出来ない。
 だからといって戦いに活路を見出すのも、難しい。
 それはもうここまでの戦闘でティベリオは痛いほどに感じていた。

 悔しいが手も足も出ない。
 それも、魔術の使えないはずの人間に。
 だが今ティベリオが考えているのはそれに対する悔しさではなく、いかにしてこの場を脱出するかだった。

(隙をついて魔力を全力で使い、命をかけてでもこの場を逃げ出す。
 王都の中心まで逃げられれば、こいつはもう追っては来れないはず……。
 なんとかこいつの存在を上に知らせなければ)

 そう考えを巡らせていると、さっきから続いていた声が止んでいることに気付く。
 不審に思い顔を上げると、アルトは黙ってこちらをじっと見ていた。

「…………そう言えば僕、最近学校に入りまして」

 ……一体、こいつは何をしゃべり始めるんだ?
 そう思いながら耳を傾けるティベリオ。

「そこでクラスメイトになった娘がすごーく綺麗な人だったんですよぉ。
 名前は確か……そう、ミルシェ・ハーゼルゼットさんだったっけか」

 その言葉は到底、聞き過ごせるものではなかった。

 ミルシェ・ハーゼルゼット。
 魔術師としても暗部であった自分が護衛に任じられた少女。
 人を殺し、力だけを求め続けた自分に光をくれた恩人。

 そんな大切な存在を口に出されて、黙っていることはティベリオには出来なかった

「――お前っ!」
「お? 死にかけのゴミが何か吠えましたか?
 いやそれより、何故かミルシェさんは僕にとても好意的でしてね。昨日一日話しただけで仲良くなって、僕の友人になってくれたんですよ。
 嬉しいなあ、すっごく嬉しいなあ。
 今、どうやって利用してやろうか考え中なんです。

 馬鹿と女は使いよう。加えて馬鹿な女はとっても使いやすいですから」

 その言葉が限界だった。
 ティベリオは残りわずかな体力を振り絞ってアルトに突撃する。

「お嬢様に何をするつもりだああああああああああああああああ!」

 文字通り命をかけた一撃。 
 恐らくこれまでで一番いい動きだとすら言えるその斬撃すら、目の前の悪魔には通用しなかった。

 気が付けば自分の剣は跳ね飛ばされていて、喉元にはナイフが突き刺さっていた。

「大丈夫、安心しろよ。一番俺の利益になるように上手く使ってやるさ。
 森羅万象、俺以外の一切悉くは俺の踏み台だからな。お前も、あの女も、俺からしたら等しくゴミだよ」

 そう言いきってナイフを振りぬく。
 大動脈を切られた首からは夥しい量の血が噴出し、あたり一帯を汚した。

 そしてティベリオは地面にその体を横たえ、それ以上動くことは決してなかった。

「ちっ、きったねーなおい。
 血の匂いって中々取れねえんだぞ、このクソ迷惑野郎。死の直前まで人に迷惑かけやがって……あいつは絶対地獄行きだな間違いない」

 顔に付着した血を気持ち悪そうに布で拭うアルトーーもとい、ルイ。
 まるで自分は天国行き確定のような言い方である。

「しかしこいつホントに三桁魔術師かね。ちょっと弱すぎないか? 
 いや、俺が強すぎるのか。なるほどなるほど」

 一人呟きながら、歩き出す。
 もう大分木々に火が回っており、流石にこのままここにいては帰り道がなくなってしまう。

 少し足を速めようとして、ふと――何かを思い出したように立ち止まった。

「危ねー、忘れるところだったわ。これを最後にしなくちゃ終われねえよ」

 そう言ってティベリオの死体を仰向けにし、ナイフを腹の真ん中に突き立てる。
 そしてそのまま、グリグリとかき交ぜるように無理やりな動きでナイフを動かし、とうとう背中まで突き破る穴を空けた。

「これでよしっと。ちゃんとやられたことはやり返さなきゃね」

 ナイフを抜き、ルイは満足そうに立ち上がる。
 その顔には気持ち悪いまで清々しい笑みが浮かんでいた。
 今まさに人の死体を弄り回したとは思えない顔だ。

「ホントはきちんと谷に落としたいところなんだけど、流石にここらにはないし……しゃーないからこのままにしてやろう。
 俺って優しいなあ、同じことしないであげるなんて。これマジで天国行けるレベルの徳積んでるだろ」

 そんな狂気じみたことを呟くルイだが、これを全くの本心で言っているというのが一番の狂気である。
 地獄天国があったとして、こんな悪魔が天国に行けるはずがない。

「今日のなんて俺の広大な最終目標からしたらカスみたいなもんだしな。
 まだまだこれから、こんなのは序章に過ぎないよ」

 くひひひっと声に出して笑う。

 そう、これはまだ始まりに過ぎない。
 自らの強さ、それを証明するためだけにルイは突き進むのだ。

 果たしてこの男が最後まで好き勝手やり切るか、どこかで手痛いしっぺ返しをくらうか、それはもうそれこそ――神のみぞ知ることである。

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アリエス①

 戦い、というより一方的な蹂躙を終えたルイがその足で向かったのは一軒の店だった。

 入り組んだ路地の奥にポツンとある建物。
 窓からは店内の明かりが漏れている。
 外の看板によるともうこの時間は営業していないはずだが、ルイは何の迷いもなく扉を開けて店に入った。

 店内はその外観に反してそれなりの広さがあった。
 目の前にはテーブルがいくつか並んでおり、その上ではランプが怪しげな灯りを放っている。
 そしてその奥、バーカウンターである場所のカウンター席に誰かが座っていた。

 その人物はドアの開いた音に振り返り、ルイの姿を見とめると笑顔を浮かべた。

「あっ、いらっしゃーい!
 ふむふむ……その様子だとちゃんと成功したみたいだね。お疲れ様!」

 白髪のような灰色ではない、雪のような真っ白い髪。どこか薄暗い空間によく映える金色の瞳。
 御伽噺から出てきた妖精のようなその少女は、実際にとても小柄だった。
 恐らく身長はつばなれをしていない子供ほど。
 声にも特有の幼さがあった。

 そんな少女の下へ歩いて行き、カウンター席に腰を下ろすルイ。

「とりあえず着替えをくれないか。流石にこのままだと気持ち悪い」
「オッケー。ちょっと待ってて、顔に付いた血を拭える物も持ってくるから」
「悪いな(秒で持って来いよ!)」

 いいっていいって、と言いながら少女はとてとてとカウンターのさらに奥に入っていく。
 少しすると、白いシャツと水に濡れた布を手に戻って来た。

「はい。ルイがウチに置いてたのってこれだよね?」
「ああ。助かったよ、ありがとう」

 ルイは血の付いた外套を脱ぎ捨て、渡されたシャツに着替える。
 そして血の付いた手や顔を水に濡れた布で拭う。

 そんなルイの様子を少女はじっと眺めていた。

「(なに俺様の身体じろじろ見てんだこのマセガキ。金取るぞ金)どうした?」
「その感じだと……無傷で勝ったのかな」
「ああ、まあ。ヒヤリとする局面は何度かあったがなんとかな(嘘でーす! ホントは超余裕でした!)」
「そっか、怪我がないならそれに越したことはないよ」

 少女はニコニコしながらお酒の並ぶガラスケースに近づき、またルイの方を振り返った。

「何飲む?」
「おいおい俺は明日も学校なんだが……(つーか長居するつもりないから。早く帰りたい)」
「大ジョーブだって! 今飲んだって明日までは続かないよ。
 今日はルイの復讐計画の第一歩を祝って、アリエス一番良いお酒奢っちゃうよ!」
「(奢り!? マジかよひゃっほう!)そうか……じゃあせっかくだから頂こうかな」

 一瞬前まで乗り気じゃなかったくせに奢りと聞いた瞬間にこれだ。
 顔にも滅多に浮かべない本心からの笑顔が浮かんでいた。
 やっすいやつである。

 自分をアリエスと言ったその少女は嬉しそうに酒の入った瓶を抱えてルイの隣に座る。
 二人分のコップに中身を注ぎ、そして片一方をルイに手渡した。

(え、何こいつも飲むつもりなの? 図々しいなおい)

 金を出してない分際で図々しいのはお前の方である。

「じゃあそうだね、ルイの復讐計画始動をお祝いして――――乾杯!」
「乾杯」

 隣り合う二人はチンッとコップを合わせて笑い合った。


         ◇


「ルイがここに来たってことは、もしかしてアレの補充?」
「ああ、しばらく補充してなかったから残り僅かなんだ。昨日も使ったしな」

 言いながらルイは、ポケットから錠剤の入った小さなケースを出す。
 中に入っているのはもう二つほどだった。

 アリエスはそっかー、と言ったかと思えば急にカウンターに顔を伏せて、顔だけをルイの方へ向けた。

「…………それだけ?」
「うん?」
「アリエスのとこに来たのって、それだけ?」

 何やら拗ねたような目をしているアリエス。

 何を言いたいのかを一瞬にして悟ったこの男は、顔を酷く歪めそうになるのを我慢しながら無理くり微笑みを作った。

「もちろん、アリエスと会えるのだって楽しみにしてたさ(くそっ、俺にこんなこと言わせんなよ! 何色気付いてんだこのガキは!)」
「……嘘。なんか言わされてる感あるもん」
「(そりゃ言わされてるからな!)うーん、困ったな……」

 アリエスは唇をわざとらしく尖らせ、不満さをことさらにアピールしている。
 それを見たルイは無性にこの頬に肘落としを決めたくなった。
 発想が非常に鬼畜かつ下衆である。

 とりあえずさっさとこの状況を収めたいので、自らの信じるイケメン力を総動員して事に当たろうと決めたルイ。
 ジト目を向けているアリエスの左頬に肘ではなく掌をそっと乗せ、優しく撫でた。

「あ……」
「ごめんな。前に来てからちょっと間が空いたから……寂しかったんだよな。
 でもアリエスに会いたかったのは本当だよ。今日もたくさんお喋りしたいんだけどな」

 イケメン力を総動員したというだけあって、優し気な声音といいその微笑みというなるほど確かに女性はこれでイチコロだろう。
 見た目が確実に十歳いってないだろう少女には不適切すぎる気もするが。

 とは言えやっぱり目の前のこの少女にも効果は覿面のようで。
 真っ白な頬を赤く染め嬉しそうに笑ったアリエスは、起き上がってそのままルイに抱き着いた。

「えへへ、アリエスはちょーやさしいから今日だけこうやって誤魔化されてあげる!
 でもちゃんとこれからは三日に一回は来てね!」

 そう言ってぐりぐりと頭をルイの胸に押し付ける。
 されるがままのルイはと言えば、本人が自分の顔を見ていないのをいいことに、それはもうひっどい顔をしていた。

(うわーうわー! 明日入念に洗濯しないとなこの服)

 見た目で言えば本当に天使のような美少女に抱き着かれているというのにこんなんである。
 どっちかというならさっきまで森で戦闘をしていた分ルイの方がむしろ汚いはずだ。まあ他人が自分より劣っているというのがデフォのこいつからしたら、無条件で他人は自分より不潔なのだろう。

 しばらくして満足したのか、アリエスはパッと頭を離すと、何やらなにもないはずの空間を漁りどこからともなく小袋を取り出した。
 中には先ほどルイが出したケースに入っていたのと同じ錠剤が入っている。

「はい、ルイのお目当ての品だよ!」
「ありがとう、アリエス(最初からそれだけ出してりゃいいんだよ全く)」
「うん。あのね、ルイ……これは渡すたび何度も言ってることだけど、さ」

 受け取ろうとした手から逃れるように自分の下へ引っ込め、少し暗い顔でアリエスは言う。

「これは、使うたびに物凄くルイの寿命を削ってるんだよ」

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アリエス②


「これは、使うたびに物凄くルイの寿命を削ってるんだよ」

 じゃらじゃらと音をたてるように袋の中身を動かすアリエス。
 確かにその錠剤の見た目は、それはもう見事な群青色で、どう見ても健康を害しそうではあるがアリエスが今言いたいのはそういうことではないのだろう。

「筋力の増強、そして脳の制限の解除。これによってルイは、魔力強化をしている魔術師に肉薄するぐらいに身体能力を上げることが出来る。
 だけど当然これは、ルイの身体、そして脳に大きなダメージを与えてるんだよ。ルイは使ってるから実感してると思うけど……」
「ああ、今もすごく体がだるいな」
「それだけじゃない。たまたま何事もなく使えてるけど、本来なら服用してすぐに過剰反応が起きて死ぬことだってある。それだけ、脳にダメージを与えるのは危険なんだよルイ」

 そう言って真剣な目でルイを見つめる。
 だが、ルイは何でもないような顔でアリエスを撫でて微笑んだ。

「知ってる。でも俺が魔術師に勝つにはこれが必要なんだよ、むしろこれを使ってもまだ足りない。それくらい魔術師と非魔術師の差はあるんだ。
 お前の心配は嬉しいけど、少なくとも目的を達成するまで俺は止まらないよ」
「……それも、知ってる。
 だから止めたりはしないよ。
 でも、こうやってちゃんと定期的に言っておかないとルイはすごい無茶しそうだからさ」

 そしてアリエスは錠剤の入った袋を手渡した。
 ルイは受け取ったソレをケースの中に補充しながら思う、

(定期的って……もう百回以上言われてる気がするんだが。ここまでくると、こいつは俺に頭を撫でさせるために言ってるんじゃないかとすら思えてくるぞ)

 こんな風に言ってはいるが実のところ、アリエスは唯一ルイが本当の意味で頭の上がらない相手でもあった。それは割と現実的な意味で。

 『ギルド』に所属していると、様々な方面から依頼がやってくる。
 受ける当人――ここではルイ――に対して依頼人の正体は常に不透明だが、それら全てを把握、管理して依頼を斡旋しているのがこのアリエスという少女だった。

 見た目の幼さから考えてもただのバー店員ではないと思われるアリエス。しかし、三年の付き合いがありながらも未だに踏み込んで何かを訊いたことはない。
 明らかに見えている地雷だからだ。

 自分に仕事と必要不可欠な物資をくれる謎の店員、という今の距離感を崩すつもりはなかった。
 現実的にこの後者の部分がルイにとっては死活問題で、先の薬だけでなく様々な道具がアリエス頼りなため、この少女の機嫌を万が一にでも損ねることができないという事情もある。

 まあ人の……特に女性の感情の機微を上手く読み取っては小賢しく立ち回るこの男に限って、大失敗を起こすこともなさそうではあるが。

「さて、ルイの目的はこれで達成! かな?」

 これでさっきまでの話は終わり、と言うようにアリエスは軽く手を叩く。
 丁度ケースへの補充を終えたルイも、袋をアリエスに返した。

「ああ。コレも貰えたし、アリエスの顔も見れたし、もう十分目的は果たせたかな(だから俺を早く帰らせてくれ)」
「えへへ、さっすがルイはご機嫌取りが上手ですなあ。
あとアリエスから聞くことっていったら正直、依頼の進捗くらいなんだけど……流石に入学初日じゃなんにもないっしょ?」
「そりゃまあな。一応探ろうかとも思ったが初日に色々やるのは不自然だし、まあのんびりとやるよ。顔の見えない依頼者さんも卒業まででいいって言ってるんだろ?」
「そうだよー、長い目で見るって。
 だからじっくりやっていいよ、序列一桁の暗殺はさ」

 『アールデルス王立学園にいる序列一桁を暗殺せよ』
 ある日突然舞い込んだこの依頼は受ける前からかなり怪しいものだった。

「ターゲットの特定からしないといけないからな。正直骨が折れそうだ」
「まーまーアリエスも手伝うからがんばろ!」

 そう、暗殺任務だというのにそのターゲットが明らかになっていないのだ。

 恐らく一桁は学園生であるだろう。
 そして恐らくはこの人物だろう。
 序列一桁の魔術師は対外的に非公開だとはいえ、こんな曖昧な情報しかない状態。それでもルイがこの依頼を受けたのは、ひとえに自らの目的のためであった。

(ま、所詮学園に入るために利用しただけだしな。じっくりもなにも、誰が真面目にやるかっつーの。だるそうだったら一桁はこの学園にはいなかったとか適当ぶっこけばいいし)

 こいつの内心は相変わらずだが、実際に調査した結果一桁が学園にいないことが判明したならそれはそれでいいと言われているのである。加えて、失敗した場合のペナルティも特にない。
 この謎の寛容さが怪しさを助長している気もするが、ルイは暢気なもので全く気にはしていなかった。この図太さは凄まじい。

「ターゲットに関する情報は何も得られなかったけど、一応得るものはあったぞ」
「なになに?」
「ハーゼルゼット家の一人娘と接触した」
「あー、七大公爵家の。ていうかルイは昔知り合いだったんだっけか」
「知り合いってほどでもないけど、まあ家の関係でな」
「ルイを見てどんな反応だったの?」
「知人に似てるって言われたよ。三年経っても顔はそう変わらないんだな(年を経ても劣化しない俺の美しさってやっぱすごいわ)」

 むしろ十六歳にして劣化が始まっていたらそっちの方が怖い。

「へー、だったら一応髪染めといてよかったね」
「明らかにおかしい髪色だけど、まあ一目を引くのも一つの狙いではあるしな」
「アリエスがやってあげたんだもんね! ふっふっふっー、感謝したまえ!」

 そう言いながらグッと背を伸ばしてルイの髪を撫でるアリエス。
 機嫌良さそうにその青い髪を指で梳かす。

(や、やめっ、やめろー! そんな汚い手で触られたら俺の繊細な髪の毛が痛むだろうが!)

 で、当然この人は大激怒である。心の中で。
 それでも実際に跳ね除けたりしないのは鉄壁の取り繕い力というかなんというか……。

「あとは、入学式でコスモスっていう娘に話しかけて知り合いになったな。貴族じゃなくて平民で入ったみたいだけど一応――」
「……それって、女?」
「(俺の言葉を遮るんじゃねえ!)そうだけど」

 そう言うと急にアリエスの目の色が暗くなる。

「ふーん、そっか。ルイから話しかけたってことはよっぽど可愛い子だったんだね。……まあ別にいいけど」
「(め、めんどくせぇー! なんだこいつ!)うーん、可愛さでいうならアリエスの方がずっと俺の好みのタイプかな。この真っ白い肌も髪も、金色の瞳も、物語の中の天使って言われたら信じちゃいそうなくらい綺麗だ」
「ふ、ふーん! まあ別にいいけど!」

(なんだって俺がガキにこんなことを言わなくちゃいけないんだよ……今日は厄日か?)

 なんかぶつくさ文句を垂れてるが、こんな状況になっているのもルイがその場その場で調子のいいことばかり言っているからである。

 今だってそれこそ見事な二枚舌を駆使し、コスモスとアリエスそれぞれに好みのタイプだとかホラを吹いたわけで。 
 この二人が出会うかは果たして不明だが、万が一このことが知れたらどうするのだろうかとかは……きっとこいつは何も考えていないのだろう。



今日の19時頃にもう一話あげます。
あがらないかもしれませんが。


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一夜明け

19時に投稿するとか言った大嘘つきがいたようです。


 早朝、まだ人気もそこまで多くない通学路を、ルイは心底だるそうに歩いていた。
 この男、見事に二日酔いである。

(くそーあの白髪ロリめ、明日までは残らないから大丈夫と何杯も飲ませてきやがって……。最後の方とか絶対俺の事酔い潰すつもりだっただろあれ。何とか逃げてきたからいいものの、想像するだに恐ろしいな)

 一気飲みする度アリエスに一々おだてられて、それにまんまと乗せられたやつが言うセリフではない。

 ともあれ頭は痛いし、足は重い。
 加えて昨日薬を使った身体のダルさもまだ抜けていない。
 ぶっちゃけた話、ルイは学校を休みたくて仕方が無かった。

 しかし、いくらなんでも授業初日からすっぽかすというのは、優等生キャラの確立を狙っているルイにとっては許されないことなのだ。
 酒が残ったまま学校に行くのはいいのかという話もあるが。

 まあ一応、法律では定められていないが、十五歳の誕生日に初めて酒を飲ませるという慣習に従って、十五歳から酒が飲めるというのは暗黙の了解ではある。
 ただ、学生の身分で二日酔いのまま学校に行くのがオーケーかどうかはもう良識の範囲内だろう。

(もうこれいっそ迎え酒をした方がいいんじゃ……?)

 とりあえず、こんなこと言っているやつに良識がないことは明らかだ。

 そんな風にダラダラと歩いていたルイだったが、道程半ばといったところで突然横から声をかけられた。

「あの、ルイさん……おはようございます」
「えっ? あ、コスモスさんですか」

 声のした方に目を向けるとそこにはコスモスがいた。

「え、あの、なんでそんなところにいるんですか?」

 ルイの困惑の声もさもありなん、何故かコスモスは建物と建物の間の路地に立っていた。
 路地と言ってもそんなに奥ではないため、顔が見えるくらいではあるがやはり薄暗い。
 一体なんでこんなところに立っているのだろうか。

「あの、私、ルイさんを待って一緒に学校に行こうと思ったんですけど、その……ずっと同じところに立っていると、周りに変な人だと思われそうで……ここに隠れてました」
「そ、そうなんですか(いや路地に潜んでる方がよっぽどキモいわ)」
「はい。あの……い、一緒に学校行ってくれますか?」
「(ていうか、こいつ俺を待ち伏せしてたの? もうホントやめてくれよ朝っぱらからさあ)全然構いませんよ、じゃあ一緒に行きましょうか」

 ちょっとどころではなく引きながらも、とりあえず学校に向けて歩き出す。
 コスモスは嬉しそうにぴったりとルイの右隣につけていた。

「そう言えば、王都郊外の森で昨日火事があったみたいですよ。深夜だったから気が付くのに遅れて結構燃えてしまったとか」

 ふと出されたのはルイにとって非常にタイムリーな話題だ。

「へえ、自然発火ですかね? でも今は冬じゃないですし」
「それがですね……どうやら人為的なものらしいんですよ。
 又聞きの話なので信憑性は薄いんですが、森のどこかで殺人があってその戦いの余波で燃えたとかなんとか」
「殺人ですか。物騒ですね、犯人は早く捕まって欲しいものです」

 平然とした顔でそんな返答をかますルイ。
 町のみなさん、ここにその殺人犯がいますよ。

 やがて学校に着いた二人は教室の前で別れ、教室に入ったルイは真っ先にある人物を探す。
 そしてお目当ての人物を見つけると電光石火の勢いでその席に近づいて声をかけた。

「(見つけたぜ今日の玩具!)おはようございます、ミルシェさん」
「……あ、おはようルイ君」
「元気がないようですが、どうかしました?」
「え……そ、そうかな?」
「はい、ちょっと雰囲気が暗く見えたので」

 全部知っていてなおかつその張本人であるくせにぬけぬけとよく言うものである。
 自分でミルシェの従者を殺して、翌日真っ先に本人の様子を窺いに行くというとてつもない野次馬根性。
 浮かべている微笑が悪魔の笑みにしか見えない。

「まあちょっと昨日色々あったの。面白くない話だから聞かない方が良いよ」
「(は? お前の口で聞くから面白いんだよ。絶対話してもらうぞ)いえ、もし聞かせられない話でないなら話してくれませんか? 僕にも何か出来ることはあるかもしれません。僕の友人になってくれると言ったミルシェさんの力になりたいんですよ」
「ルイ君……」

 ギュッとミルシェの手を握って語り掛ける。
 この真剣な目も声も、欠片も本音ではなく出せるのだから大したものだ。
 哀れな少女ミルシェは、そんな演技に絆され頬を赤らめていた。

「うん、じゃあ話すよ。といっても込み入ったこともあるから全部言えるわけじゃないんだけど」
「構いません、誰かに話すだけでミルシェさんが少し楽になるかもしれませんし(だから早く話せよ! ほら早くぅ!)」
「ありがと。あのね……昨日の火事のことって聞いてる?」
「はい、今朝聞きました。又聞きの又聞きになりますが、殺人の可能性もあるとかなんとか」
「そっか、そこまで知ってるんだね。
 実は、そこで殺されたって私の身内なんだ」
「え……」

 ルイはそこで如何にも驚いたような顔をする。
 しかし何度も言うが犯人はこの男。
 なので当然、そんな顔を作りながらも全く違うことを考えていた。

(身内? あいつってこの女の護衛だったんだよな? 従者風情も身内カウントするのかこいつは。いや、待てよ! ひょっとしたらこいつらはただならぬ関係にあったのかもしれんぞ。身分違いの恋か、なるほどなるほど……虫唾が走るぜ)

 勝手に邪推をして勝手に虫唾を走らせていた。
 一体何なのだろうこいつは。

「それは、辛いことをお聞きしました。申し訳ありません(全く思ってないけどな。マジちょー笑えるわ)」
「ううんいいの。話すことを決めたのは私だし、実際家の関係上こういうゴタゴタは慣れてるって言えば慣れてるから。
 でもルイ君にして欲しいことは、そうだね……一つあるかな」
「(え、図々しいなこいつ)なんですか?」
「もうちょっとだけ手を握って欲しいの」

 そう言ってルイの右手に自分の左手を重ねるミルシェ。
 ルイは鳥肌が立ちそうになるのを全力で堪えていた。
 地味にすごい。

 そのままの状態で一分ほどして、ミルシェは手を離した。
 その顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいる。

「ありがとルイ君。私、ホントはちょっと心細かったんだけど、ルイ君のおかげでそうでもなくなったよ。だって、私が寂しいときはルイ君がこうしてくれるでしょ?」
「(は? こんな破格のサービス今日だけだとしても感涙にむせぶレベルだろ。図々しさ限界値突破してないこの女?)はい、僕なんかでよければいつでも」
「ふふふっ、ありがと!」

 その後は普通の世間話に戻り、ミルシェは昨日聞きたかったことなどを色々と訊いてくる。
 それに嘘八百で答えながらルイは、授業始まんねーかなとずっと考えていた。
 自分のやりたいことが終わればもういいやという身勝手思考は流石だ。

 そうしてあと少しで授業も始まりそうだという頃、ミルシェが思い出したかのように言った。

「そう言えば、ルイ君って指輪つけてたんだね。さっき手握られて気づいたけど」
「ああ、はい。そうですね」
「あとネックレスも付けてるよね。なんか意外だなー。
 あ、いや似合ってないわけじゃないよ? ルイ君カッコいいしさ」
「あはは、ありがとうございます(ったりめーだろアホ。俺に似合わなきゃ誰にも似合わねえよ)」

 実際に面は良いとはいえよくもまあここまで傲岸不遜になれるものである。

「なんか真面目な優等生のイメージだったからこういうのは付けないのかと思ってた」
「僕、金物が好きなんです。身に着けてると落ち着くんですよ。お洒落の意味合いもあるけど、ほとんど外さないので身体の一部みたいなものですね」

 金物が好きだというのは一応本音ではある。
 ただし高級品に限る、と但し書きが付くが。

 しかし実際に身に着けている理由は、とても実利的な面からだ。
 というのもこの右手に付けている指輪もネックレスも、特殊な効果を持ったアイテムなのだ。
 当然その効果とはルイが戦闘を行うにあたって発揮するもので、戦いの際には必要不可欠。身に着けてないと落ち着かないというのも嘘ではない。

 ちなみに二つとも、あの白い髪の少女による提供です。

「じゃあ今度一緒にアクセサリー見に行かない? 私も何か欲しいなって思ってたところだし、ルイ君にも選んで欲しいな」
「(ぜってー嫌だ)そうですね、じゃあ今度――」

 そこで授業を開始十分前を告げる鐘が鳴り、ルイは内心ガッツポーズを決める。
 美少女からの誘いに対して実に失礼な奴である。

 この話はまたお昼にしようと言い合って別れ、ようやく席に着こうとしたところでいきなり教室のドアが勢いよく開いた。

(おいおい、なんつー野蛮な開け方だよ。ここの教師はゴリラかなんかか?)

 そう思ったルイだったがそこに立っていたのは教師ではなかった。

 赤い髪を一本に結わえて腰まで下ろし、堂々と腕組みをして立っている一人の女子生徒。
 制服に付いているリボンの色からするに上級生のようだ。
 その女子生徒はゆっくりと教室内を一度見渡し、それから口を開いた。

「このクラスにいる魔力無しのルイってやつ、出てきなさい!」

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生徒会長の訪問

 突然の上級生の訪問に、教室は困惑に包まれていた。
 言っている内容は理解していても、ルイはこいつだと教えるような行動に移す者は誰もいない。みんな単純にどうしたらいいのか分からないのだろう。
 
 そんな固まった空気の中、最初に動いたのはミルシェだった。

「あの、イリーナさん……なにやってるんですか? もう授業始まりますけど」

 ミルシェの言葉を受けた赤髪の少女――イリーナはその尊大な恰好を崩さずに言う。

「心配ないわ、五分で終わる話よ! 授業までは残り十分で、私の教室まで走って五分弱だから丁度ぴったりね!」
「は、はあ……。いやでも生徒会長が時間ギリギリに動くのはどうなんだろう……」

(え、こいつ生徒会長だったの? こんなアホそうな感じなのに?)

 驚くルイであるが、この魔術学園での生徒会長とはつまり一番強い魔術師ということ。
 つまり魔術師としての腕が長けているかどうかなので、学力はそれほど関係なかったりする。
 というか生徒会長は入学式で挨拶をしていたから知っていて当然のはずなのだが、この男はそれを全然まともに見てなかった。
 
「で、ルイっていう奴はどいつよ」
「えーっと、それなら――」
「ん? あ、やっぱいい! あたし分かっちゃった」
 
 ミルシェの言葉を途中で遮り、そのまま迷わずルイの方へ歩いて来たイリーナ。顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
 目の前に立つとまた大仰に腕を組んでルイを見つめた。

「あんたがルイ?」
「(ちっ、偉そうにしてんじゃねーぞ)はい、そうですが」
「ふーん……」

 何やらまじまじとルイの顔を見ること数秒、顔を赤くしてフッと目をそらした。

「ふ、ふんっ、結構カッコいいじゃないの」
「(はあ? 俺の凄まじい美貌くらい素直に褒められんのかこのクソ女は)……ありがとうございます。先輩も、とてもお美しいですよ」
「なっ!? な、何言ってんのよあんた!」
「いえ、本当のことです。そのキリッとした目、形の良い鼻、口、そして見ただけで分かるほど艶やかな赤い髪。全てが一級品の美しさかと」
「にゃ、にゃにをいっちぇるのよ……」
「ああ、照れた顔は美人というより可愛らしい感じなのですね。そういうギャップもすごく、好ましいと思います」
「あ、あぅ……」
 
 重なる褒め殺しにイリーナはもう赤くなる部分がないほど顔を真っ赤にして言葉を紡げなくなっていた。
 そんな姿を見たルイは思う、

(俺の……勝ちだ!)

 いや何の勝負だ。

 とまあ、そんな感じで機能停止に陥っていたイリーナだったが、しばらしてようやく平静を取り戻した……というよりかはまともに喋れるくらいにはなったようで、調子を取り戻すかのようにゴホンとわざとらしい咳ばらいをした。

「あ、あんた中々見どころがあるじゃない。
 今ならあたし専属の執事にしてあげてもいいわよ」
「(お断りじゃボケカス)とても魅力的な提案ではありますが、僕にはやらなければならないことがありますので」
「な、なによー! あたしの側仕えより優先するものなんてないでしょ!」
「(い、いや普通にあるだろ……流石にアホすぎないかこいつ)魔力無しでも魔術師と並んで戦えるのだと証明したいんです。そのために僕は学園を卒業して軍属になるつもりです」
「……ん? 魔力無し…………そうよっ! 忘れてたわ!」

 突然大きな声を出したかと思えばルイとの距離を一歩空けるイリーナ。
 そしてビッと指を突きつける。

「あんた、魔力無しなのに魔術師に勝てるとかほざいたらしいじゃない!」
「はい、そうですね」
「ま、全く動揺しないのね……。あのね、普通に考えて大言壮語もいいところよ? まあこの学園に来ているくらいだからただの無能じゃないんだろうけど、それでも非魔術師……それも魔力無しが魔術師に勝つなんて到底信じられることじゃないわ」
「そう思われるのも仕方ありません。ですが僕の自信にはそれなりの実戦の裏付けがあります。今すぐ信じてもらえなくても徐々に知っていただければと思っています」
「……いえ、その必要はないわ」

 訝し気な顔をするルイに、イリーナはニヤリと口の端を釣り上げて言い放った。

「あんた、あたしと勝負しなさい」
「は……?」
「一対一の対人戦闘よ。それであんたの言葉が虚言か本当かを確かめるわ。あんたにとっても手っ取り早くていいんじゃないの?」

 突然すぎる勝負の申し込み。
 ルイはそれにただ呆気に取られているように見えて実は違った。
別のこと……もっと言えばイリーナのことについて考えていたのだ。

(身の程知らずに俺に勝負を挑んてきたこの馬鹿……どこかで見たことがある気がする。というかこの無駄に偉そうなところにも微妙に覚えがあるんだよな。うーむ……ん? そう言えばこいつ、イリーナって言ったっけか。イリーナ、イリーナ、イリーナ………)

「あの、先輩のお名前をお聞かせしてもらってもよろしいでしょうか」
「な、何よ急に。そんなにあたしのことが知りたいわけ? まあいいけど。
 聞いてひれ伏しなさい! あたしの名前はイリーナ・トルスタヤ! 優所正しきあの公爵家トルスタヤ家の次期当主よ!」
「……なるほど」
「な、なるほどってなによーっ! もっと良いリアクションをしなさいよ!」

 ギャーギャー騒ぐイリーナを無視して、遥か奥深くに眠っていた記憶を思い出したルイは、ようやく合点がいって満足していた。

(なるほどなるほど。あのイリーナね、ようやく思い出した。まあ大した付き合いもなかったからホントに忘れかけてんだが……そうか。こいつが勝負を挑んでくるのは、ものすごく()()()()()()

「先輩、その勝負お受けします」
「そう……オーケー、なら訓練場を抑えておくわ! 今日の放課後にやるわよ!」

(え、今日? いや俺二日酔いで体調ヤバいんだけど)

 高らかに宣言するイリーナの言葉を聞いた瞬間そう思ったルイ。
 
だが、彼がそれを言うことは……できなかった。

 今日は体調が悪いのでちょっと別の日にしてもらってもいいですか?
 そんなことを言ってしまっては完全にビビッて逃げた奴だと思われてしまう。それはルイにとって何よりも耐え難いことだった。
 そこだけを見栄張って、実際に勝負に負けたらそっちの方が屈辱なのではないかとも思われるが、ルイは刹那のことしか考えていないので仕方がない。
 
 目的を達成して満足したのか、帰っていこうとするイリーナをルイは引き留めた。

「(これは言っておかないとな)先輩、一つお願いがあります」
「何よ? 手加減して欲しいとかだったらダメよ」
「いえ、もし僕が勝ったら……僕の言うことを何でも一つ聞いていただけないでしょうか」

 その発言に、一瞬にしてまた真っ赤になるイリーナ。
 教室もかなりざわついている。

「なっ! なななななな、何言ってんのよあんたはー!」
「お願いします。真剣なお願いです」
 
 顔を赤くしながらもルイの意志の強い目に気圧されたのか、イリーナはうーん、としばらく考え込む。
 すると何か妙案を思いついたのか、ニヤリと悪い笑みを浮かべてまたルイに指を突きつけた。

「あんたの願いはわかったわ。それは認めてやりましょう。
 ただし! あたしに負けたら……あんたはあたしの奴隷よ! 主人の言うことには絶対服従の奴隷になってもらうわ!」

 その言葉にまたしても、というかさっきよりも教室がざわつく。
 それはまあ、当然だ。
 奴隷なんていう余りにも直接的な表現は、年若い思春期の少年少女たちの興味を惹きつけるのには十分だった。

(は? カースト的にはむしろ俺以外の全人類俺の奴隷みたいなもんなんだが? 
 やっぱこいつにも一度上下関係を教えてやらないとダメだな。はあ……上に立つ者の務めとはいえ、全く苦労するぜ)

 ……全く何を言っているか分からないほどの妄言である。
 いや、本人は本気でこれを信じているから余計性質が悪いのだが。
 
「じゃ、じゃあ放課後だからね! 忘れずに来なさいよ!」
 
 自分で言っておいて恥ずかしがっているイリーナは、ルイの返事を待たずして足早に教室を出て行く。そしてその数秒後に――授業開始の鐘が鳴り響いた。
 廊下からは「なんでよー!」と悲痛な叫び声が聞こえてきた。
 なんとも残念な生徒会長である。


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闘いの前に

 放課後、生徒会長と魔力無しの一年生が勝負するという噂を聞きつけた生徒たちが多く訓練場に押し寄せた。
 どうやら話が中等部にまで広まっていたようで、合わせて六学年分の生徒たちである。

 公式の大会等にも使われるこの訓練場には観覧用のスタンド席があり、そこそこの収容人数もあるため席がないということはなかったが、その様子を見る限り学園のほとんどの生徒たちが集まっているようだった。
 
 それだけ興味を引いたのだろう。 
 魔術師、しかも学園最強を誇る生徒会長イリーナ・トルスタヤと魔力無しの男が戦うというのは。
 とは言え、観客である生徒たちの中で勝敗は間違いなく決まっていて、見たいのは愚かにも魔術師と戦おうとした魔力無しが成す術もなく打ちのめされる姿なのだ。
 あからさまに魔力無しを見下す者は勿論、別に思う所はない者だとしても、そういった残酷な好奇心を持っている。
 つまるところ、ルイが勝つことを本気で望んでいる人など一人くらいしかいないのだった。

 で、そんなルイは現在何をしているのかというと――

「ネックレスは念のためもう一個付けとくか……いや、不自然だしそもそも動きづらいな。じゃあまあこれでいいか。待てよ、指輪は人前じゃ流石に使えないか? ……一応、念のために付けとくか」

 アクセサリーを付けたり外したり、何やら色々と準備をしていた。
 ここは訓練場にある男子更衣室。
 今回の勝負のために貸し切り状態になっているので、この場所には現在ルイしかいない。

(さて、学園最強とか言われて調子に乗ってるあの女をここで叩きのめして序列を吐かせなくちゃな。当たりでも外れでも依頼は一歩前進だろ)
 
 そう、イリーナへのあの発言の真意はその序列を聞くことにあった。
 というのもイリーナは今回の依頼において、恐らく序列一桁だろうと言われていたその人物だったのである。

(俺の知ってる時から軍属だったし、確か最後の記憶ではあいつは二十位かそこらだったような……気がする。だとすればこの三年間で一桁魔術師になっている可能性は十分あるか。まあなってなかったとしたらむしろどんだけ才能ないんだって話だが)
 
 魔術師序列は大っぴらに公開されているものではないが、高位魔術師には一部公開されている。ルイがかつてのイリーナの序列を知っているのもその関係だった。
 
 動きやすい服装に着替え終わったルイは、最後に錠剤の入った小さなケースを手に取る。
 思い出すのはアリエスに耳にタコができるほど言われた注意事項。
 
『薬の効果時間は三十分。と言っても切れかかってきたら効果もどんどん薄くなって、それと共に反動、つまり身体の異常な倦怠感がくるからね。当然、一回効果が切れたらもうまともに動けないよ』

『一度に二個の摂取は絶対にしないこと。まず間違いなく死ぬから。もしかしたら一個の時より効果が強く出るかもしれないけど、絶対にしないように』
 
『体調が悪いときは服用しちゃダメだよ。身体に相当な負荷をかけて増強してるんだから、元の状態が悪かったら服用した瞬間ぽっくり死ぬかもしれないからね』
 
 ルイは別に命を無駄にしたいわけではない。
 とんでもない自己愛の持ち主なので、基本的には自分の強さへの評価が秤にかかる状況じゃない限り、保身を第一に考えている。
 
 だから命に関わるというその注意事項をないがしろにするつもりはないのだが、現在のルイはその三つ目に見事引っかかっていた。

「……正直全く体調良くないんだよな。うわー、大丈夫かなこれ。飲んだ瞬間死んだりしたらマジでシャレにならないぞ」
 
 そんな心配をするルイだが、これを使わずに勝つのはまず不可能だ。
 自分の命を取るか、勝負で恥をかくかという天秤は本当に一瞬の逡巡でプライドの方に傾いた。
そして錠剤を一つ口に放り込む。
 
 十数秒待っても何も起こらず、沸々と身体にみなぎってくる力を確認したルイはニヤリと笑った。

(さっすが神に愛された男! これは今回の勝負も一瞬で片が尽きそうだぜ!)
 
 上機嫌のまま更衣室を出たルイは、訓練場のアリーナへと続く廊下を早足で歩いて行く。
 よもや一対一の戦いで三十分も取られることはないだろうが、時間は無駄にしないに越したことはない。

 そう思って進んでいくと、出口近くに見知った人物が立っているのに気が付いた。
 
 うわぁ……、と小声で呟きながらも無視するわけには行かずルイは声をかける。

「そんなところでどうしたんですか、コスモスさん(もうこいつストーカーだろ。誰かしょっぴけよマジで)」
「ルイさん……」

 コスモスは思いつめたような顔で言う。
 
「この試合、今からでもやめましょう。いくらなんでも危険すぎます」
「……危険は承知しています。でもやめませんよ。それに、フィールド全体には回復術式がありますから命に関わることはありません」
「イリーナ会長は並みの魔術師じゃありません! 回復術式だって絶対の保証がありわけでもないです。お願いします、棄権してください。もしルイさんが死んだりしたら、私……」

 そしてポロポロと泣き出すコスモス。
 それを見たルイは……ただただドン引きしていた。

(や、やばすぎだろこの女! え? だってお前と会ったのってつい昨日じゃん。どういうこと? 確かに俺は超絶イケメンでさらにこいつの好意を誘導したきらいはあるけど、いくらなんでもこれは…………もう最早、怖い!)

 悪態を付くでもなく割とマジでビビっているルイ。
 とても優しい心根を持った子で、だからこそ人一倍ルイを心配している……という解釈も流石に無理がある。
 いくらなんでも本人の前で涙を流すというのは、家族か恋人か、余程長い付き合いの友人くらいなものだろう。
 
 垣間見えたコスモスの闇に恐れおののくルイは、とりあえずあんまり刺激しないようにとっととこの場を去ろうと決めた。

「え、えーっと、心配しなくても僕は絶対に負けないので大丈夫ですよ。では!」
「ダメですっ!」

 そう言ってコスモスを通り過ぎようとしたが、腕をガシッと掴まれる。
 いつもの気弱な少女といったコスモスからは考えられないほどの力。

(ひいいいいい! マジでヤバいよこいつ! くっ、かくなる上は――!)
 
「コスモス」
「え? あ……こ、この手は離しませんよ」
「お兄ちゃんの言うことが聞けないの?」
「ひゅっ!? あ、や、えと……私……」
「コスモスは俺のことを信じて送り出してくれると思ってたんだけどなあ……そうやってずっと駄々こねてたらちょっと嫌いになっちゃうかも」
「えっ、あ、あ……あの、その……」

 入学式以降持ち出していなかった兄妹のくだりを突然ぶち込まれ、加えて嫌いになるというワードを連続コンボでたたき込まれたコスモスは完全に混乱していた。
 そこでルイがとどめとばかりにギュッと抱き寄せ、耳元で囁く。

「(光れ! 俺のイケメンパワーよ!)大丈夫、大切な妹が待っていてくれるんだから俺は必ず勝ってくるよ」
「あっ……あぁ……はうぅぅ……」
「(よし、ここだっ!)

 力が緩んだところでサッと腕を抜き、ダッシュでアリーナの方へ駆けていく。
 後ろから「お兄ちゃん!」と叫ぶ声がしたがもう無視である。

(あー怖、ホントヤバいやつだったなあいつ。入学式で声かけたのは完全に失敗だったか。
 距離置こうにも今更どうしようもない感じになってるし、これはどうにか上手くやっていくしかないな……まあなんとかなるだろ、俺のイケメン力をもってすれば)

 さっきあんなにビビってたくせにどうしてこんなに楽観的になれるのだろうか。
 まさに喉元過ぎればなんとやら、である。

 そうしてコスモスの魔の手を振り切って辿り着いた訓練場アリーナ。
そこには既にイリーナが腕を組んで待っていた。

「ちゃんと逃げずに来たようね! 遅かったからてっきり怖くなって逃げたしたのかと思ってたわ!」
 
 わざとらしい笑い声を上げるイリーナ。
 やっすいやっすい挑発である。
 こんなのでわざわざ腹を立てる人もいないだろう。

(はあああああ!? 怖くなって逃げただと!? てめーの方に一生消えない恐怖刻んだろか? ああん!?)

 ……まあ時にはこういう例外もいる。
 
「じゃあ、さっそく始めましょうか。先手は譲ってあげるわ。この距離であたしが魔術使ったらそれで終わる可能性もあるし」
「……いえいえ、レディファーストですよ。先輩から先にどうぞ。魔術を使われても別に不都合はないので」
「ふーん、ま、どうなっても知らないわよ」
 
 不都合はないというルイの発言にピクリと表情を動かし、顔を戦闘用の真剣なものに変えるイリーナ。
 右手をゆっくりルイに向けてかざす。
 
「避けなきゃ、身体消し飛ぶからね」

 闘いの始まり。
 その合図として、ルイの身体の半分はある大きさの魔力弾が放たれたのだった。



闘い前の準備でこんな長くするつもりはなかったのですが……


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闘争を望む者①

 最初は、ちょっとした興味からだった。

 
 昨晩、イリーナは自室で、生徒会副会長であり友人でもあるエミリエと会話をしていた。
 
 入学初日では特に生徒会の仕事について話す必要もなく、二人で他愛もない話をしていた時、ふと思い出したようにエミリエが口に出したのだ。

「そう言えば、魔力無しで入学して来た一年が高等部にいるらしいぞ」
「はあ? 意味わかんない。魔術学園に魔力無い奴がどうやって入るのよ」
「それがな……『ギルド』からの強い推薦で入ったらしい。今までにない特例だな」

 イリーナはその単語を聞いて眉を顰める。
 
 『ギルド』。
 行商ギルド、農業ギルド、そんな風に分野ごとの組合という意味合いで使われるギルドとは違い、ただ『ギルド』とそう呼ばれる組織。
 
 その実態の全容を把握している者はいないが、一番分かりやすく組員が露出する仕事が『商人の護衛』だ。
 壁から壁間の町の移動をする時は護衛は必要で、かと言って軍に要請するわけにもいかない、そんな時に『ギルド』に依頼して護衛をしてもらうことになる。

 ここまで聞くと単なる傭兵稼業のようにも思われるが、暗殺を請け負ってるという話もある。
噂では元二桁魔術師が組員にいるらしい、との話も。
 また、そもそも本部と言えるような建物が存在しておらず、普通の人が気軽に依頼をできるわけでもない。

 まあとかく謎の多い組織なのだ。
 そんなギルドからの突然の推薦入学。
 どう考えても裏があるようにしか思えなかった。

 考え込むイリーナに、エミリエは笑いながら声をかけた。

「まあ、大きな枠組みのことは私たちが今考えてもしょうがないことさ。
 それより面白いのがその一年生自身のことなんだが……」
「なによ?」
「どうやら自分は魔術師にも勝てると豪語したらしい。実際に勝ってきたとも言っていたと」
「…………はあ?」

 イリーナは目をまん丸くしてエミリエを見つめる。
 
 魔術師に、非魔術師が勝てる?
 それも魔力を持たない人間が?
 そんなことは……

「ありえないわ」
「まあそう思うよな、普通」

 そう、ありえない。
 それはイリーナ自身厳しい訓練を積んできた中で実感していること。
 魔力で身体強化している時とそうでない時では最早天と地ほどの差があるのだ。
 今や学園最強と謳われている自分ですら、魔術を一切使わずに戦えば学園最下位にだって負けてしまうだろうと思う。
 
 馬鹿げた妄想。
 ただの虚言だ。
 そう片づけてしまえば簡単だったのだが、イリーナはいかんせんその一年生に興味が湧いた。
 
 自分以外の全員が魔術師、それを分かった上で魔力無しだと公表し魔術師に勝てると言い放つ。
 少なくとも並大抵の精神ではないだろう。
 虚言にしても中々面白いやつだし、もし本当だとしたら確かめてみたい。
 
 脳筋気質のイリーナはもうその時点で勝負を挑む気満々で、しかし経験則からすると、この厳格な副会長が止めるだろうと思っていた。
 が、意外にもエミリエは後押しをしてくれた。

「むしろお前がやった方がいいんだよ。その発言がただの嘘だった場合のことは除いて考えよう。多分その彼は、今あんまりよくない状況だ。きっと遅からず面倒な貴族に喧嘩を吹っ掛けられる未来が容易に見える。
 もしその一年の実力が本物なのであればそれを示す場を作った方が良い、なるだけ早く、そして対戦相手はなるだけ強く。
 となると生徒会長であるお前が適任だよ、イリーナ」

 なるほど、と素直に思う。
 生徒会の頭脳担当、というより書類担当なだけあって、自分では及ばない思考でもってアイディアをだしてくれるエミリエはやはり自分に必要な人材だ。
 
 で、そうなれば善は急げと言いまして。
 イリーナは翌日の朝、授業が始まる前にルイとの接触を図ることに決めた。
 
 一年一組にいるその人物はすぐに分かった。
 魔力無しだから魔力探知を行えば一発で分かるのだが、そうする必要もなく分かったのだ。
 エミリエの「その一年生、すさまじいほどの美形らしいぞ」という言葉通り、なるほどこれは……カッコいい。
 イリーナもつい当人の前でこぼしてしまうくらいには、そのルイという少年の容姿は恐ろしく整っていた。
 
 さらに実際に言葉を交わしてみて。
 優しそうな声や言葉遣い、恥ずかしげもなくサラリと女性を褒めるところなど、自分より年下だとは思えないほど大人びた人物だとイリーナはそう判断した。
 ……いや、判断とは言ったがそれは後から考えて思ったことで、その場のイリーナはルイの褒め殺しに見事やられてしまっていたわけだが。
 
 まあなんやかんやでイリーナは一対一の勝負を申し込み、ルイはそれを何の気負いもなく受けた。
 相当な自信があるのだ、と思う。
 そこまでのやり取りからルイが理性的な人物だと分かっているイリーナは、ただの虚言であるという線はもう捨てていた。
 
 とはいえ、魔術の使えない相手と戦って自分が苦戦する……あまつさえ負けるなんていう想像は全く付かなかった。
 驕りではなく自分をそこに置き換えても全く魔術師に勝てる道筋が浮かばないのだ。
 
 だから、イリーナは興味を抱く。
 好奇心を抱く。
 知りたい、と思う。

 ルイという少年の力を、知りたい。
 



「避けなきゃ、身体消し飛ぶからね」 
 
 そう言って放った魔力弾。
 
 売り言葉に買い言葉でつい威力を込めてしまった、当たれば自動回復術式をもってしても重傷は防げないそれを――

 ――ルイはただ、ナイフで斬った。

「……は?」

 間の抜けた声が漏れる。
 
 一瞬にしてあの大きさの魔力弾が消えた。
 いや、大きさは関係ない。
 魔力弾が消えた、この消えたという事実がイリーナに衝撃を与えた。

「あんた、今なにやったの……?」
「流石に当たったら危ないので消させていただきました。このナイフ、特別製なんです」

 やはり、ただ斬ったわけじゃない。
 明確に消すという意思を持って斬ったのだ。
 それはつまり、魔力を霧散させる方法を相手が知っているということ。
 確証はないがその可能性がイリーナの頭に浮かぶ。

(これは……ひょっとするとヤバい奴かもしれないわね)


 一気にルイに対する警戒度を引き上げるイリーナ。

「……じゃあ、こういうのはどうかしらっ!」

 そう言って連続で魔力弾を放つ。
 先のモノより大きさはないものの、それを補うかのような圧倒的な分量がルイに向かっていった。
 
 しかしその全てを、ルイは難なく切り裂き消滅させた。
 その場から一歩も動くことなく、だ。
 
「これで、終わりです?」
「舐めんなっての!」
 
 間髪入れず次は火魔術簡略術式を使って炎をルイへと直線で撃ち放った。
 
 それをルイは――避けた。
 ここまで全てナイフで対処してきた男が身を躱した。

(これは避けた……何故? 全てを消せるわけではないっていうこと? それとも……)

 思考を始めようとするイリーナ。
 だがここでルイが初めてまともな構えをとる。
 そして、

「十分、先輩に先手は譲りましたよね。じゃあ次は僕の番ということで」

 地面を蹴ってイリーナの方へ駆けだしてきた。
 
「は、早っ! 嘘でしょ!?」

 爆発的に自分の距離を詰めてくるルイに驚きの声をあげる。
 魔力を使わずにここまでの速さが出せるものなのか。
 
 驚きと感心が半々。
 しかしただで接近させるつもりはないイリーナは、右手で魔力弾を撃ちながら、左腕に刻んだ簡易術式を発動させる。

 土系魔術式十九番『地の掌握』。
 自分で指定した範囲の地面に対して自分の指定したような変化を起こすことが出来るという魔術の、簡略版だ。
 出来ることは狭まるが対人戦闘で長々と術式構築する時間はなく、しかも足止めという意味ならばこれで十分だった。

 イリーナは自分の正面、今ルイが迫ってきている場所に広く座標を指定する。
 地面から複数の柱のような隆起を発生させてルイのバランスを崩させる目論見だった。
 
 
 そして術式を行使する、その寸前で――――ルイは指定範囲から飛びのいた。

「は、はあ!?」

 一秒ほど後、イリーナの魔術によって広くフィールドが隆起する。
 だがそこには既にターゲットはいない。
 
 イリーナは混乱していた。

 ありえないことだ。
 魔術を使う寸前で飛びのいて避けるだなんて、こちらが術式を発動させるタイミングを知っていなければ出来ない。
 早すぎれば術式の発動は止めるし、指定範囲も変えればよかっただけのこと。

 自分の全てを読んでいるかのような行動。
 読心術にでも長けているのか……確かにそういう雰囲気はあったと思い返すイリーナ。
 そうでなければあとは――

(未来が見える、とか)

 バカバカしい、とその考えを振り払う。
 そんな能力があるわけないし、よしんば自分の知らない魔術であったとしても相手は魔力無しの非魔術師なのだ。
 
 だが結果としてルイは見事にイリーナの魔術を避けている。
 悠然と立ちながらこちらに向けニッコリとほほ笑むルイが、なぜか少し怖く見えた。
 
 数秒の硬直の後、先に動いたのはルイだった。

「させないわ!」

 地面から棘のような土の塊を一気に突き出すが、またしても避けられる。
 それを読んでいたイリーナは、ルイが飛んだ方へと魔力弾の追撃を放つ……が、これも全て捌かれた。

 そのまま地面を爆発的に蹴りこちらへ接近しようとしてくるルイを何とか止めようと様々な魔術を発動させるがその全てを回避される。
 このフィールド全てを使うような、それこそイリーナが普段の魔物殲滅で使うような広範囲魔術を行使すれば絶対に逃れられない。
 だがそれには術式構築のための時間が必要であり、そんな時間を与えてしまっては最早一瞬にして懐に来られてしまう。

(くっ! なんで全く当たんないのよむかつく!)
 
 今までに経験のない事態にイリーナは段々と精彩を欠いてきていた。
 間断なく魔術を撃ち続けてこちらに近づけないようにはしているものの、ルイには全く当たらず着実に距離はをめてきている。
 様子を見るにスタミナ切れも期待できそうにない。
 
 そんな焦りがイリーナのミスを呼んだ。
 指定範囲を少し狭く、『地の掌握』を発動してしまった。
 予定ではもっとルイを遠くに飛びのかせるはずであったのに、ルイはかなり近くに着地し、そのまま最短距離で自分に突っ込んできた。

 さらに焦って魔力弾を闇雲に放つもルイの前ではすべてが霧散。そしてとうとう、

「ようやく僕の距離です」
 
 懐に入られてしまった。
 
 間髪入れずに飛んでくる鋭い蹴りを、なんとか身体をひねって躱す。
 だがそれを分かっていたかの如く蹴りは伸ばし切らぬまま引っ込め、そのまま回し蹴りを放ってきた。
 避けるすべのないイリーナは腕でガードして衝撃と共に後ろに飛んで距離を取る。

(もうっ、接近戦はそんな得意じゃないんだってば! っていうかやっぱこいつ……)
 
 思考する暇もない。
 なんとか距離を離そうとするイリーナの思惑などお見通しとばかりに、グンと距離を詰められる。
 そして繰り出される拳を避けようとしたイリーナの――その体勢を待っていたとばかりに腕を掴まれそのまま一本背負いで地面に叩きつけられた。

「いったぁ……」
 
 背中への痛みにうめく間もない、身体に当たるヒヤリとした冷たい感触に意識は向く。
 首元に添えられたのは真っ黒なナイフの刃先だ。

 見上げるとルイが笑顔でイリーナを見下ろしていた。

「僕の勝ちということでいいですかね?」
 
 一瞬の間。
 そしてイリーナもニッコリと笑って答える。
 

「ダメ」
 
 同時に、凄まじいまでの爆風が二人の間に巻き起こった。


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闘争を望む者②

ホントはルイの視点で書こうかとも思ったんですが、まだルイの戦闘の秘密について書いてないのでとりあえずはイリーナ視点で終わらせます。


 会場は、静まり返っていた。
 イリーナが風魔術でルイを吹き飛ばしたその瞬間も歓声が上がるようなことはない。
 生徒会長であるイリーナが魔力を持たぬ生意気な新入生を打ちのめす。そんな光景を描いていた者たちは皆一様に、この状況への反応に困っているようだった。

「こらイリーナ! 今のはもう勝負あっただろう!」

 イリーナが後方へと吹き飛んでいくルイを見送っていると、頭上からエミリエの声が聞こえてきた。

「まだ負けてないわ! だってあたし、参ったも何も言ってないもの! 本当に勝負を決めるつもりだったならあそこでとどめを刺すべきよ」
「……はあ。全くお前ってやつは本当に……」

 呆れたように額に手を当てるエミリエ。
 自分で言っていても滅茶苦茶なのは分かっている。
 この回復術式は基本的に魔術攻撃を想定しているので、ある程度の打撃ならともかくナイフで、しかも首を斬るなんてことをしたら術式発動の前に死ぬかもしれない。
 だからあの場でのルイの寸止めは間違っていないし、イリーナは負けとみなされるのが普通ではある。

 だが、ここで終わらせたくないという思いがイリーナの中には強くあった。

(なんとなくあいつの戦い方が分かって来たところなのに……こんなんで終わりなんて冗談じゃないわ!)

 結局のところイリーナが脳筋で、ただただ純粋に闘争を望んでいるということなのだが、当のルイにとってはたまったものではないだろう。
 勝負ありだと思ったところに魔術をぶちかまされたわけなのだから。

「まあ、派手に飛んだみたいだけど実際はただ強めの風当てただけだし、どうやらあたしが風魔術使うことも分かってたみたいだしね。
 ギリギリで後ろに飛びのこうとしていたのはちゃんと見てたわよ」

 地面に着地したルイに向かってそう言い放つ。
 ここまで涼し気な顔か笑顔しか浮かべていなかったルイだったが、今は流石に不満そうな表情を滲ませていた。

「……今の先輩のやつがありだったら、僕はもう勝てないことになるんですが」
「さっきのは流石に悪いと思ってるわよ。あれはもうしないから、仕切り直しってことでもう一回やり直しましょう!」
「…………分かりました」

 不満はあるが渋々といった感じでルイがまた戦闘の構えを取る。
 それを見てイリーナは笑顔を浮かべた。

(まあこいつの実力を生徒たちに見せるっていう本来の目的は十分以上に果たしてるわけだし、あとはぶっちゃけ自由にやってもいいわよね。ふふふっ、楽しみだわ! 
いつもは魔術を撃ちあうだけの対人戦。だけど、魔術を使えないやつを相手にしてこんなワクワク出来るなんてね)

 ルイとの接近戦を通じて、イリーナは自分の未熟さを痛感していた。
 国家魔術師として魔物と戦う時も、魔術師同士の対人戦闘の時も、結局は遠距離からの魔術攻撃が中心となる。
 だから必然的に近接での格闘経験が浅くなってしまっていたのは事実だ。
 それがまさに、先ほどルイに懐へと入られてから手も足も出なかったことに現れている。

 どうやら相手は何かしらの『先を読む力』を持っているらしいが、しかしそんなのは自分が成す術もなくやられていい理由にはならない。
 投げ技を決められたその時だって、瞬時に魔術を発動させることは出来たはずだった。
 何の反応も出来なかったのは、ひとえに学園最強などという地位に甘んじた怠慢が招いた結果である。

(だからまあ、明日から近接格闘の訓練をしっかりやるのは当然だけどそれはそれ。
 とりあえず今は手持ちのカードであいつと戦わなくちゃいけない。
 つまり遠距離からの魔術、これで勝負する必要がある)

 さしあたってはあのとてつもない先読みと反射神経をどうにかしなければならない。

「じゃあ――行きますね」

 ルイがゆらりと動き出し、その初動からは考えられない爆発力で地面を蹴る。
 そんな相手に対してイリーナは瞬時に魔術を発動させた――地面に向かって。

 瞬間巻き起こる砂塵。
 土埃が空中には舞い、二人の間の視界を煙で覆った。

 そのまま魔術を発動させつつ、イリーナは場所を移動する。
 フィールドに対して円を描くように動くとドンドン空間は土埃で満たされていき、ついには観客からも二人の姿が見えなくなった。

 イリーナが使ったのは土魔術と風魔術。
 粗く砂ぼこりの立ちにくい地面の性質を変えて細かい砂にし、そこに風を起こすことで砂塵を起こした。
 何故こんなことをしたのかというと、イリーナはルイの不可解な先読みについてある推測を立てていたのだ。

(あいつのアレが技術的な先読みか、それとも魔術でもない別の能力なのかは分からない。 
 だけど恐らくあいつは、『見る』ことによってそれを発揮しているはず。だから視界を塞げば……)

 こうすれば魔術を使えないルイは、視界に関係なく使える能力でも持っていない限りはその足でイリーナを探さなければいけない。
 遠距離の攻撃手段を持たないルイにとってこれはよくない状況のはずだ。

 一つ問題があるとすれば、イリーナもルイの位置が確認できないことである。
 本来魔術師同士ならば、お互いの魔力を探知することで位置は把握できる。
 だがルイは魔力を持っていない。
 探知には引っかからず、イリーナも視界が悪いという条件では結局相手を見失っているという点では同じだった。

 だが――

(あたしには、これがある)

 魔術を構築していく。
 腕に刻んでいる簡易のものではなく、一から術式を作り上げる。

 火系魔術式二十番『爆焔』。
 高エネルギーの火球を爆発させて衝撃と熱風を広範囲に至らせる魔術だ。
 これならばこの位置からでもフィールド全体に届く、つまりルイが何処にいても当たるはずである。

「自動回復もあるし死なないとは思うけど……結構痛いから覚悟しなさい」

 そして術式を発動させる。
 手をかざすイリーナの正面に生まれたのはとてつもない熱量と光を持った火の球。

 その圧倒的な熱量に流石にルイも気づいたのか、ものすごい速さで地を駆けてくる音が聞こえた。
 だがイリーナは焦らずに魔術を行使した。

「相当強かったわよ、ルイ。場所が違ったら本気で負けてたかも。じゃあ――これでおしまいっ!」

 そして爆発する高エネルギー弾。
 それは凄まじい熱と光、轟音、そして衝撃をこの訓練場全体にもたらした。

 さっきまで舞っていた土埃も一緒に吹き飛ばしてしまうほどの爆発だ。
 当然、その場所に立っていた人間が無事でいられるわけがない。
 回復術式が発動して、恐らく今は気絶状態になっているだろう。

 土が焼けた後に立ち上る白い煙と名残のように舞う土埃を視界に収めながら、イリーナはそんなことを考えていた。


 

 ――――だからこそ、その煙の中からルイが飛び出てきたのは全く不意打ちだった。




「えっ、ちょ、嘘っ!?」

 見たことのない殺気走った眼をしたルイがナイフを振り上げて飛びかかってくる。

 それへの恐怖と反射が半々で、イリーナはまともに思考する暇もないまま『爆焔』の簡易術式を起動させて目の前のルイにぶつける。
 通常魔術を起動する際に自己を守る防御術式さえ使わぬままに。

 当然、この至近距離で爆発が起こればその被害は両者ともにいき……

 二度目の爆発の後、フィールドの壁に叩きつけられるようにしてイリーナが。
 フィールド中央に大の字になってルイが。
 それぞれ気絶した状態で倒れた。


 こうして、ひょんなことから始まった二人の勝負は、互いの気絶によって引き分けと言う形に終わったのだった。

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過去、そして今①

 目を覚ます。
 
 視界に映るのは空ではなく天井。
 どうやらここは外ではないらしい。
 
 ぼんやりとした頭のまま身体を起こすと、部屋の奥で椅子に座っていた少女がそれに気づき笑顔を浮かべた。
 
「あ、起きた。大丈夫? 意識はしっかりしてるかな?」
「……ここは」
「ここはアリエスのお店兼、お家だよ。
 身体にどでかい穴が空いて死にかけだった君を、アリエスがここまで運んで来たのさ。ちゃんと覚えてる? アルト・フィーレンス君」

 未だ覚醒しきらない頭。
 思考しようにもまとまらない。

 だが、目の前のアリエスと名乗る少女が口に出した名前にはとても馴染みがあった。
 アルト・フィーレンス。
 それは誰の名前だっただろうか。それは――
 
「……俺の、名前」

 それを認識した瞬間、一気にアルトの意識が覚醒した。

(そうだ! あのゴミカスクソドブネズミ野郎はどうした!? こ、殺さないと! あいつを殺さないと! あいつは絶対に酷い殺し方をしないとダメだ! 俺にあれだけのことをしたんだぞ……ぐっちゃぐちゃでみっちゃみちゃの死体にしてやる……!)


「おーい、めちゃくちゃ殺気漏れてるよー」

 苦笑混じりのその声に、アルトはようやくその少女をちゃんと認識した。

「(ん? なんだこのガキ)君は……? そしてこれはどういう状況なんだ?」
「わたしはアリエス! で、さっきも言ったけどここはアリエスのお店兼お家。
 死にかけだったアルトをアリエスが治したんだけど、血流しすぎたのか三日間も目覚まさなくてねー。とりあえず無事で一安心って感じ」
「そうか。未だ全てを把握できたわけではないが、君が俺を助けてくれたのだろうことは分かった。ありがとう、アリエス(うっわ、こいつ自分の事名前で呼んじゃう系のやつかよ……地雷だな地雷)」
「にゃははー、そんな真面目にお礼を言われると照れますなあ。
 ま、気にしないでよ、アリエスも別にお人好しなわけじゃないんだ。たまたまアルトを助けたいと思ったから助けたんだよ」
 
 頭を下げながらクソ失礼なことを考えているアルトに対して、手を振りながら笑うアリエス。
 
 霧がかっていたいた思考はすっかり晴れ、今のアルトは持っている情報でしっかりと今の状況を把握しようとしていた。
 さっきは記憶があの忌まわしき事件と地続きだったために、溢れんばかりの殺意を放出してしまったわけだが、今はむしろ逆。
 どんな感じかというと――

(あの状況から生き残るって、やっぱ俺は世界に生かされてるな! まるで神が俺に死ぬなと言っているかのような……もはやこれは天啓かもしれんぞ)

 こんな感じで、自分の幸運っぷりにすごいウキウキしていた。
 まあ分からぬでもない。
 
 とはいえ冷静な思考のもと考えると一つの疑問が沸いてくる。
 それはアルトの最後の記憶が、谷から蹴り落とされて落下中であったことだ。
 あのままでも放置されれば助かっていたとは言い難い状況だが、谷に落ちたとなれば余程浅かったとしても普通即死である。
 
 その疑問についてはアルトが尋ねる前に、アリエスの方から話し出した。
 
「いやーでも流石にびっくりしたよー、突然上から人が降ってくるんだもん。
 アリエスがちょっと気づくの遅かったら飛び散る肉片を見ることになってたね」
「あの場所にいたのか」
「うん、本っ当にたまたま。ちょーっと素材集めのためにあそこの谷底の川を散策してたら……って感じだったから」
 
 あんな深い谷の底に素材集めって一体なんだとかまあ気になることがないでもないが、アルトはそれを特に尋ねる気も無かった。
 ひとえに自分には何の関係もないからである。
 興味もわかないし、聞く必要性も感じられなかった。
 
 ちなみに、誰にでも敬語のアルトがアリエスには使っていないのは単純に子供だからだ。
 年下……特にガキは無条件で自分より下で、敬語を使う必要もないというのがこいつのルールである。自分より身分が高い場合はその限りではないが。
 
「それで、さ」

 笑顔は浮かべたまま。
 だが表情は引き締まり、どことなく真面目な雰囲気を作ってアリエスが言った。

「アルトはどうしたい?」
「どう、とは」
「復讐してやりたいと思わないかってことだよ。アルトをああいう風にしたやつらにね」

 その言葉にアルトは怪訝な顔をする。
 
「何故――」
「知ってるかって? すぐ分かるよ。アルトは有名人だから当然顔は知ってる。だから一目見て序列一位の魔術師だってことは分かったんだけど……今見た感じだとアルト、魔力全部失ってるでしょ。そんで、ズタボロになって谷に落ちてきたことを考えれば、何があったかは大体予想がつくよ」

 当然アルトの存在を知らせたりはしない、と付け足した後にアリエスは先の言葉をもう一度言った。
 
「復讐……してやりたくない?」
 
 
 ここでアルトは考える。
 本心ではそんなこと聞かれずとも復讐するの決定だ。
 しかし――

(俺が今まで積み重ねてきたイメージ的に、間髪入れず即答するのはどうなんだろうな。
 もっとこう……それでも僕は人を恨みたくない……だけどっ! みたいな感じでやった方がなんかカッコいい気がする)

 と、自分をいかに良く見せるかということに思考を傾けているのだった。
 もう全く持って流石としか言いようがない。

 そんな風に黙っていたアルトを見て、アリエスは何を思ったのかポツリと言った。

「……すごいね、アルトは」
「(急になんだこいつ。まあ確かに俺は超絶美形で天才で最強で至高だけども)すごい? 何がだ?」
「普通はさ、信じてた人たちに裏切られたらまともじゃいられないよ。
 悲しんで、絶望して、それからどんどんと憎しみが沸いてくる。なのにアルトはすごく落ち着いてる。一瞬、ホントに一瞬だけすごい殺意を見せたけどそれだけ」

 そしてアリエスは言葉を続ける。

「でもその殺意が答えだと思うんだ。アルトはすごく理性的だから表には出していないけど、確かに憎しみの気持ちはある。
 だったら、復讐してやりたいという気持ちだってあるはず」

 そうでしょう? と問いかけるような目で見つめる。
 だがアルトはそれにイラっときていた。

(ちっ、言われなくても復讐はするつもりだっつの。見透かしたようなこと言ってんじゃねーぞクソガキ。あーなんか人に言われるとやりたくなくなってくるわー)

 こいつはどんだけ天邪鬼なのだろう。
 今やろうと思ってたのに! という子供の論理まんまである。
 いや確かに十三歳はまだ子供だが。

 というより、アリエスがここまで自分に復讐をさせようとしてくるのが謎だった。
 どうしてそんなにも復讐したいという言質を取りたいのだろうか、とアルトは警戒を強める。
 そもそも、アルトの致命傷を直せる時点でこの少女が普通以上の魔術師であることは間違いないのだ。

 だが、裏を知っている国家魔術師ならば自分を助けた理由もわからない。
 未だ身体もまともに動くとは言えないこの状況では、結局アルトは素直に話すことによって様子をみることしかできないのだった。

 そう決めたアルトは出来る限り重々しい表情、口調を作って話し出す。

「そうだな……俺も正直に話そう。
自慢じゃないが、俺は今まで人を憎んだことなんてなかった。
 人に優しくするのが当然だと思っていたし、そしてそうした人たちからは同じだけ優しさが返ってきた」

 正直に言うと言った側から大嘘である。
 
「……うん。アルトがどれだけ優しい人かっていうのは聞いた話だけでもよく分かるよ」
「でも、それが崩れた。
 俺が魔術を使えなくなった途端に掌を返すやつらばかりだった。
 俺の価値は魔術師である俺にしかないのかと悲しんだ。殺されかけるという理不尽さに怒りを覚えたりもした。
 だけど……こんな風になっても俺はまだ、人を憎みきることが出来ないんだ……!(よし、ここら辺で涙流しとくか)」
 
 アルト君、オンステージ。
 ここまで思っても無いことをペラペラとよく言えるものである。
 というか涙腺を自由自在に操るってこいつはどういう身体の構造をしているのだろう。
 
 だが、そんな大層な演技プラス嘘泣きにまんまと騙されたのか、アリエスは悲痛な表情でアルトを見ている。

「……ごめんね、嫌なことを言わせちゃって。一旦この話はやめよっか、ね?」
「いや、聞いてくれアリエス。
 俺はもうアルト・フィーレンスとして生きることはできない。死に損なった俺はこれから全くの別人として生きて行くしかないんだ。
 だけど、こんなごちゃごちゃした感情や、今まで積み重ねてきたアルトとしての思い出がこれからずっと俺の足を引っ張っていくだろう」

 そしてアルトはベッドから降りる。
 一瞬ふらついてしまいアリエスが駆け寄ろうとするが、なんとか踏ん張り両の足で立ち上がった。

「だから――断ち切らなくちゃならない。
 今までの俺を。思い出を。悲しみも憎しみも、全てを断ち切らなくちゃ俺は新しい俺として生きられない」

 ゆっくりと歩いて、アリエスの下まで行く。
 そして正面から向き合って言った。

「そのために、俺は復讐をするよ。ただの憎しみじゃない、きっちりけじめをつけるために。俺が……俺であるために(うおおおおおお! 俺かっけええええええええええ! こんなんかっこよすぎるだろおい!)」

 内心のせいですべてが台無しだ。
 それでもクソ真面目な顔を保ったままなのはすごい。

「……そっか。うん、なんか言葉を交わしてアルトっていう人がちゃんと分かった気がする。
 本当に、どこまでも真っ白な心を持った人なんだね」

 少女よ、全く分かっていないぞ。
 まあこれだけ外と内が別人な化け物の前では、普通の洞察力など無意味なのは仕方がないだろう。

 一瞬自嘲気味に笑ったアリエスは、しかしどこか晴れ晴れとした表情で言葉を続ける。
 
「ねえ、アルト。アリエスがその復讐、手伝ったげる」
「手伝う?」
「うん、手伝う。復讐に必要なモノはお金、人脈、色々とあるけどやっぱり当人の力だよ。でも魔力を失った今のアルトにはそれが圧倒的に足りてない」
「(上から目線でなんだこのガキ!? クソクソクソクソ! 馬鹿にしやがって!)……そうだな」
 
 事実を言われただけなのに怒り大爆発。
 心が真っ白とか評された人物の中身はこんなゴミみたいなものだった。

「だからね、アリエスがアルトに力をあげるよ。魔術師にも負けないくらいの力を」

(え、マジ? こいつ良い奴じゃん)
 
 掌くるっくるである。
 こんな単純でいいのか。
 
 それはどういうことだ? と問いかけるように向けたアルトの視線に、アリエスはクスッと笑い、そして言った。

「『魔眼』って……知ってる?」


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過去、そして今②

今回長めです。


 『魔眼』。
 全く聞き覚えのない言葉だった。
 魔と言うからには魔力、魔術が深く関わっているだろうことは分かったがそれだけ。
 それなりに魔術関連に見識があると自負しているアルトでも、今までに聞いたことはない。
 
 だからアルトは素直に首を振って知らないと答えた。
 
「まーそうだろうね。だって知ってるのはアリエスとあと数人だけだもん」
「(じゃあ訊くなよ! 嫌がらせか?)言葉から推察するに魔力を帯びた眼、とかそんなものか?」
「そうだなーどう説明したらいいか……魔力を帯びてるっていうより魔力そのものっていう感じなんだ。どんな感じかは見せた方が早いよね」

 言いながらアリエスは椅子の上に立ち上がってアルトと目線を合わせる。
 何をするのかと訝し気なアルトだったが、その眼を見て驚きに目を見張った。
 
 光っていたのだ。
 アリエスの左目、その金色の瞳が暗闇で輝きを放っている。
 それは妖しく、美しい光だった。

「(これあれじゃん、夜に見る猫だ)……その眼が、魔眼というやつなのか?」
「そうだよ。アリエスのこの眼が魔眼。
ザックリ言うと変質して普通じゃなくなった眼、術式なしに魔術的力を行使できる眼ってところかな」

 目を光らせながらアリエスは説明を続ける。

「今行使している方の眼はね、名付けるなら『予見眼』かな。
 自分が視界に入れている範囲の未来が見えるんだよ」
「未来が見える?」
「そ。ルイがこれからどういう動きをするのか、この場で何が起こるのか。そういうのが大体数十分後まで見えるの」

 アルトは、嘘ぶっこいてんじゃねえぞクソガキ、と言いたいのを我慢していた。
 余りにも話が突飛すぎるからである。
 
 魔術的力を行使する眼だとアリエスは言っていた。
 しかし、未來視なんてことを可能にする魔術は存在しない。
 正確に言うなら、現状ではそれを成す術式は発見されていない。
 
 それがこの魔眼で見るだけで未来が見えるというのは、天才魔術師だという自負のあったアルトにはにわかに信じがたいことだった。
 
 その様子を見たアリエスはクスっと笑う。
 
「まあ言われただけじゃ信じらんないよね。だから――実際に試してみて」

 そして光が二人を包む。
 魔力を感じられない今のアルトでも、経験からこれが魔術を行使した光であることは分かった。
 そしてそれがかなり強力な魔術であることも。
 
(こいつ俺に何しやがった!? 攻撃魔術じゃないみたいだが、じゃあ一体……)

 そこでアルトの思考は途切れた。
 途切れた、というより別の要因がアルトに思考を続けさせるのを許さなかったのだ。

「がっ……あ、ぐ……な、なんだ、これ……」

 アルトの右眼に飛び込んできたのは、様々な光景の断片。

 目の前のアリエスがこれからどんな風に動くのか、そこまでの記憶がまるで経験したことのある情報のように脳へと叩きこまれた。
 それに伴って頭も締め付けられるように痛む。
 
「あー、情報量の少なさそうなここでもダメか。まあ初めてだからしかたないね。アルト、目を閉じれば収まると思うよ」

 アリエスに言われた通り右目を閉じると、情報の濁流は収まり頭の痛みも段々と収まってきた。
 
「……なんだ、これ」
「それが『予見眼』の効果だよ。ちゃんと制御出来てないと際限なく発動して、情報がごちゃごちゃになっちゃうんだ。まあ慣れだよ慣れ」

 椅子に座り直し、笑いながらアリエスは言う。

「それはともかく、これで分かったでしょ? 本当だって」
「確かにあの感覚は未来を覗いたような……いや待て、どういうことだ。どうして俺が魔眼を使えてる」
「さっき魔術使ったじゃん。あれでアリエスの左目とアルトの右目を交換しちゃいました!」

 さらりと衝撃的なことを言うアリエス。
 当然アルトも驚く……よりはブチ切れていた。

(こ、こいつ勝手に俺の眼を交換しただと!? てことは今俺の右目にはあのクソガキの目ん玉が入ってるのか? おええええっ! 気持ち悪くなってきた……)

 普通はそんな魔術を使ったことに驚くはずなのだが、そこは元序列一位魔術師のアルトである。
 やったことがなくともやろうと思えば出来るという自信はあった。
 勿論今は無理だが。

 だが、と少し真面目に考える。
 自分なら出来た、だがそれはアリエスの使った魔術が容易なモノであるということではない。
 むしろアルトの知る限りでは、ピンポイントで相手の身体に干渉して転移を行い、何事もなく他者の身体の一部を繋げるなどということを出来る魔術師はいなかった。

 間違いなく普通の魔術師ではない。
 アリエスという少女の如何にも幼い見た目との違和感も相まって、その事実を強くアルトは感じていた。

(まあでも、俺の脅威にはならんな。
 所詮ガキ、そして女。意思の疎通さえ出来りゃあ女なんて、俺の前じゃ皆ちょろっちょろのチョロインよ)
 
 物凄く最低最悪な自信である。

 というか、今まで貴族として品行方正に生きてきたから女性経験豊富というほどでもないくせに、どうしてここまで自信を持てるのだろうか。
 
「その魔眼はアルトにあげるね。
 使いこなせるまでは大変だと思うけど、きっと魔術の使えない今のアルトにはすっごく役立つと思うよ」
「それはありがたいが……いいのか? そんな貴重な魔眼を俺に与えて。実際未来が見えるって相当なことだろう」
「いいよいいよー。アリエスはもう一つすっごーい魔眼を持ってるから!」
 
 そう言ってアリエスは右目を光らせる。

 『未来を視る』目も相当だが、それを渡してもいいと思うくらいすっごーいらしいもう一つの魔眼。
 アルトは少しそれに興味が湧いた。
 
「ちなみに、もう一つの方の能力はなんなんだ?」
「えー知りたい? 教えて欲しい?」
「(ちっ、早く言えよクソガキ)ああ、教えてくれないか」
 
 アリエスは、どうしよっかなーなどと散々もったいぶってアルトをイラつかせた後、

「んー、やっぱりひ・み・つ!」

(……殺すぞ?)

 内心ボイスは割とガチトーンで殺意を訴えていた。
 
「ま、教えるのはもうちょっとお互いのことを知ってからってことで。割とアリエスの切り札だから簡単には明かせないのですよ」
「そうか、それは聞いてしまってすまなかったな」
「ぶっちゃけアルトのことは現段階でも大分信用してるんだけどね。だからこそ魔眼をあげたわけだし」

 そう言いながらアリエスはごそごそと何もない空中に手を突っ込んだ。
 アルトはそれが時空系魔術を使っているのだと気づいた。
 国内でも適正があるものは数えるほどしかいなかった時空系魔術。
またしてもこの少女の異常性が垣間見える。

 アリエスはしばらくごそごそとやった後、どこからともなくネックレス、そして指輪を取り出した。

「あとはこれ。アリエス作の超便利アイテムだよ!」
「アクセサリー、か?」
「んーん、魔道具だよ」
「……この大きさで?」

 魔道具とは通常の道具に術式を刻み、魔力をこめることによって魔術的効果を発揮できる道具のことだが、それは本来武器や農具などそれなり以上の大きさのものしかない。
 何故なら小さすぎると術式を刻むことも、魔力を込めることも難しいからだ。
 
 アルトは魔道具研究に関して完全に門外漢なので分からないが、少なくともアクセサリー型の魔道具というのは聞いたことが無い。
 驚くのも仕方のないことだった。

「しかも効果もびっくり仰天ものさ! 
 まずこのネックレスだけど、これはある一定以上の強さの物理・魔術攻撃を食らった場合に一度だけ身代わりになるんだ。軽い怪我をするくらいじゃ発動しないけど、逆にどれほどの強さでも一回だけなら防げるよ」
「それは……」

 すごいな、と素直に口に出しそうになって悔しいから止める。
 それくらい普通に褒められないのか。

 嘘だと割り切れば簡単に言うくせに、本心で認めるのは嫌というのがなんともアルトらしい。

「で、こっちの指輪。これは名付けて『転移の指輪』!」
「転移ってことは、もしかして」
「そう、時空系の転移魔術式を刻んでるんだ。
 自分の周り、最大で半径五メートル以内だったら自由に転移できるよ。接近戦で大活躍だね! ただし、馬鹿みたいに魔力を食うから乱発するとすぐに無くなるよ」
 
 朗らかに説明するアリエス。
 
 だが、この辺りで流石にアルトも真面目に考え出す。
 ……こいつ、一体マジで何者だ? と。
 
(あんなちっこい指輪に転移魔術式を刻むって、あんなクソ面倒な術式をどうやって。
 果たして以前の俺はあれを造れたか……? いや、俺は天才だからやろうと思えばやれる。それは間違いない。だがそれはそれとして……このガキ、マジで色々ヤバそうだな)
 
 そんな疑念が膨らんだ結果、アルトはアリエスにこんな質問を投げかけた。
 
「なあアリエス。どうしてお前は会ったばかりの俺にここまでしてくれるんだ?」
 
 そう訊いた瞬間――アリエスの表情からスッと笑顔が消え、顔は歪み、目には憎悪の灯を光らせる。
 それを見たルイは、あーこれ面倒くさいやつじゃん、と悟った。


「それはね……アリエスも同じ復讐者だからだよ」

 そこには先ほどまでの天真爛漫な少女といった様子はない。
 声は無機質な冷たさを帯び、暗く黒い雰囲気を漂わせている。

「信じてた人に裏切られた。死にたいと思うほどの苦しみを味合わせられた。だから復讐をする。同じって言ったけれどアルトとは違う、アリエスのはただただ憎悪にまみれた復讐なんだ」

 そこで少しだけ表情を和らげる。

「アルトを助けたのは同情もあるけど、やっぱり打算。
 アリエスは自分の復讐のためにアルトを利用する。だからアルトもアリエスを十分に利用してくれていいよ。魔眼含めて、今回のはそれを示したかったんだ」
「そうか……つまり、アリエスに協力する限りは俺を助けてくれるってことだな」
「あ、途中でアルトを投げ出したりはしないよ! 安心して。
 利用とかって言っちゃったけど、アルトの復讐を手伝うことがアリエスの復讐にもつながるから」

 それは果たして、どういうことか。
 自分の復讐がそのままアリエスの復讐にもつながるということは、国絡みである可能性は高い。

 十にも満たないであろう少女。
 自分には及ばないもののかなりの魔術の腕前。
 
 この時点でもう碌な背景が想像できないので、アルトはこの少女のことは深く詮索しないようにしようと心に決めたのだった。
 
 
 まあそんな感じで、この後アリエスから『ギルド』の説明を受けてそこに所属することになったり、名前を変え髪色も変えたり、魔術師に勝つ力を得るために何度も死線をくぐり抜けることになったりするわけだが……それはまた別のお話。
 また別の機会に語られることだろう。

 ほら、本当の目覚めが近づいてくる――


         ◇


 目を覚ます。
 
 正確に言うと意識は覚醒した。
 だが瞼が重すぎて開く気が起きない。
 身体もすさまじくだるかった。

 だが何者かの気配が側にあったため、薄目で窺ってみる。

「……コスモス、さん?」
「お兄ちゃんっ! 気づいたんですね!」
「(……おいおい、起き抜けにロールプレイさせんのかよ)うん、身体はちょっとダルイけど。僕はどれぐらいの時間こうしてた?」
「あ、えっとそんなに経ってないです。一時間くらいじゃないかと」
「一時間か……その間コスモスはずっと側にいてくれたのかな? ありがとう」
「いえもうそんなの全然っ! 私がお兄ちゃんの側にいたくていただけなので!」
「(大声キンキンうるせーし勢いがキモイ)あはは、それでもありがとう」

 一時間か……と部屋を見渡すと窓からは既に夕陽が差し込んできていた。

 視界に映るのは自分がいるものの他にいくつかのベッド。
 ここは医務室のような場所だろうか。

 とすると自分以外の負傷者もここにいるはずである。
 例えば、ルイと一緒に気絶したはずの人物とか。
 
「ところで、イリーナ先輩はどうしてるのかな? あの人も気絶したはずなんだけど」
「あ、会長さんなら――」
「あたしはここにいるわ!」

 説明しようとしたコスモスを遮ってイリーナが現れる。
 その様子やテンションを見ると、本当にルイと一緒に気絶したのかと思うほど元気溌剌だった。
 
「先輩はいつ目覚められたんですか?」
「三十分くらい前よ。あんたがまだ起きなかったからちょっとエミリエ……副会長と話をしててね。そんで今様子を見に来たんだけど、丁度起きていたみたいで良かったわ」
「はい、お互い大事ないようでよかったです(うっかりこいつだけ死んでたりしてたら超面白かったのに)」

 そう言って笑顔を作るルイだったが、今現在は薬が抜けた後の異常な倦怠感に絶賛苛まれ中で、かなりきつかった。
 出来ることならとっとと帰ってもらってもう一度横になりたいところなのだが、聞くべきことは聞かなくてはならない。
 それは、今回戦ったその目的。

「先輩、さっきの勝負ですが――」
「引き分けに終わったわね。まさかあの一撃であんたがまだ動けるとは思わなくてついミスっちゃったわ」
「……いやあの、それなんですけど――」
「でもあんたが相当強いってことは分かったわ。魔術師、しかもあたし相手にあそこまで立ち回れるなんて普通はありえない。それだけであんたの強さはちゃんと皆に証明されたわね」
「あ、はい。で――」
「戦いの中で感じたその強さの秘密、めちゃくちゃ気になるところだけど今は聞かないでおいてあげる! じゃあ今日はありがと、楽しかったわ!」
 
 ルイの言葉を遮りに遮り、言いたいことだけを言ってサッサと帰ろうとするイリーナ。
 当然、ルイはそれを引き留めた。
というか散々言葉を詐欺られて怒り大爆発寸前である。

「僕、勝ちましたよね?」

 その言葉にイリーナはピタリと足を止める。
 
「……ん?」
「いや、ん? じゃなくて。僕の記憶では既に実質一勝してると思うんですが」
「そうだっけ?」
「コスモスさん」
「はい、間違いなくあれはルイさんの勝ちでした」
「むむむ…………あ、あれは無効よっ! だって参ったって言ってないし!
 ……ってそんな目で見ないでよぉ! 分かった、分かりました! じゃあ間を取って、何でも一つ質問できるとかはどう?」
「(何の間を取ったんだよアホが。まあ俺の目的には支障ないから別にいいけど)じゃあそれでいいです」
「え、ほんとに?」

 イリーナはあっさりと承諾されたことに驚いていた。
 流石に自分でも間を取れているとは思っていなかったのだろう。
 実際、ルイの目的は質問することにあるのでこれで何の問題もないのだが。
 
 逆に、それで不満そうにしているのはコスモスだった。

「いいんですか? だって明らかにルイさんの勝ちだったじゃないですか。あんな危ない勝負をしてまで勝ったのに、それをこんな約束を反故される形で……」
「いいんですよ。確かに、男の僕に何でも言うことを一つ聞かせられるなんていうのは、女の子からしたら少し怖いでしょうし。
 でも先輩、そう言うのはちゃんと言葉にして欲しいです。僕は先輩の嫌がるようなことをしようとは思ってないので(うおおおおおお! 女性を思いやれる俺かっけえ! 完全無欠のイケメンだなこりゃ!)」
「う、うぅ……すいません……」

 コスモスからは間接的にディスられ、ルイにはまともに諭されたことでシュンと小さくなるイリーナ。
 だがルイはそもそも約束を変えられても困らないし、加えて悦に浸れて満足しているしで都合の悪いことなど何もないのだった。

「じゃあ早速、先輩に聞きたいことがあるんですが」
「いいわよ! お詫びとしてどんな恥ずかしいことにでも答えちゃうわ!」
「ありがとうございます。で、その前に……コスモスさんはちょっと席を外してもらえますか?」
「な、なんでですか?」
「いえ、ちょっと人に聞かれたくない話なので」

 そう言うとコスモスはショックを受けたような顔をする。
 まるで私じゃダメなんですかとでもいうような、すがるような表情。

(だからそのちょいちょい差し込んでくる彼女気取りやめろや! 言っとくけどお前との繋がりとか薄皮一枚だからな! ギリッギリの状態だっつーの!)

 と、ブチ切れたい気持ちは決して出さず、すまなそうに手を合わせてお願いすると分かりましたと言って部屋を出て行った。
 
 ようやく話が出来ると、イリーナへと顔を戻す。
 すると何故かイリーナは頬を赤くしていた。
 
「あ、あんた本当に恥ずかしい質問をするつもりだったの? い、言えたとしてもスリーサイズまでよ!」
「(んなカスみたいな情報興味ねえよ)違いますよ。機密性の高い話になるだろうと思ったから人払いをしたんです」
「機密性……?」

 ルイはイリーナに目を合わせて言う。

「先輩の魔術師序列を教えてください」

 途端、頬の朱は消え眉根を寄せるイリーナ。
 ルイの言葉を意図を掴もうとしているようだった。
 
 しばらくしてゆっくりと口を開く。

「なんでも答えるって言っちゃってであれなんだけど、なんで……って聞いてもいいかしら」
「知りたいから、としか言えないですね。
勿論、序列は基本的に非公開であることは分かっています。ただ将来は僕も軍所属になるつもりなので、今回戦った先輩が魔術師としてどれぐらいの位置にいるかというのを知りたいと思ったんです」
「……そっかー、うーん…………」

 そんな風に一分ほど顎に手を当てて考え込んだり、じっとルイの目を見つめたりしていたが、
 
「分かったわ、教える。あんたを信用して言うんだから絶っ対に教えちゃダメよ?」
「当然、誰にも言いません」

 イリーナの念押しにルイは力強く頷く。
 だが当然アリエスには教えるつもりだし、予想通り序列一桁であれば機を窺かって殺すつもりである。
 
 そしてイリーナは言う。
 
「あたしはね……序列十九位よ!」
「……は?」
 
 どこか誇らしげに順位を告げるイリーナだったが、ルイの口から出たのは間の抜けた声。
 
 それをイリーナは驚いていると判断したのだろう、益々誇らしげにふんぞり返った。

 確かに、末端まで入れれば万を超える魔術師序列において十九位はとてつもなく誇らしい順位だ。
 なにせ国家という単位で考えて有用だと思う魔術師として、十九番目に名前があがるということである。
 なるほど普通の魔術師志望の学生なら驚いて、ともすれば憧れすら抱くかもしれない。

 だが目の前にいるのは普通の魔術師志望の学生ではないので、

(ぶははははははははははははははっ! じゅ、十九位いいいいいいいいい!? 三年かけても全然上がってねえじゃん! 無能も無能! 無能の極みだな!)
 
 めちゃくちゃ馬鹿にしていたのだった。
 今のルイは順位すらないわけだが、まあそんなものこの男には関係ない。

「どうよ! 驚いたでしょう!」
「え、えぇ……すごい、凄すぎますよ先輩!(くっ、笑うな。笑っちゃいけない!)」
「ふっふーん! でも、いくら興奮したからって絶対に他の人には言っちゃダメよ!」

(こ、滑稽すぎるだろ……最早ピエロだな)

 そうやって馬鹿にしまくっているが、普段自分がやっていることもほぼ道化芝居であることに気が付いたほうがいい。

 と、まあ散々面白おかしく馬鹿にしていたルイだったが、時間が経ってそれが収まると、これは逆に面倒くさいパターンだと気づき始めた。
 
 というのも、イリーナが学園最強の生徒会長ならばそのまま考えればイリーナの序列が一番高くて然るべきである。
 だがそのイリーナが序列十九位。
 それはつまり、

(誰か素性を隠して通ってやがるな……これはクソめんどくさい展開だぞ)
 
 素性どころではなく力も隠して通っているその人物を、手掛かりなしで見つけなければならないということなのだ。
 これから学園生の実力を見る機会は何度かあるとはいえ、それでも一から情報収集をすることになってしまった。

(……面倒くさいからとりあえず放置決定だ)

 そして、出した結論は放置。
 
 実際急ぎの依頼ではないし、元々イリーナを調べるのものんびりじっくりとやるつもりだったのだ。
 ただ、今回上手い具合に話が転がってきたため、これで片付くかと思いきや肩透かしを食らった気分ではあった。
 
「な、なによそんなにあたしのこと見つめて」
「(こいつが序列一桁だったら済んだ話なのに……はーほんと使えねーなあ。無能すぎるって罪だわマジで)いえ、先輩はやっぱり綺麗だなと思いまして」
「はっ!? きゅ、急に何言ってんのよもう!」
 
 恨みを込めて見ていたら何故か照れていたので、流れるように適当なよいしょをしておくルイ。
 適当といっても全く棒読みではなく、必殺だと自信のある微笑みも添えているところは流石だった。

「し、仕方ないわね。そんなにあたしのことが気になるならあたしのことを名前で呼んでもいいわよ?」
「(なんで上から目線なんだよ! 俺のような美少年に名前を呼んで欲しいと素直に言えよ!)じゃあ、イリーナ先輩と呼ばせてもらいますね。僕のこともルイと呼んでください」
「う、うん……えっと、ルイ。何か困ったことがあったら……その、あたしのところに来ていいわよ。一応生徒会長だから色々出来るわ!」
「それはすごく心強いです。ありがとうございます」

 少年は微笑み、少女も照れたように笑う
 光景だけを見れば青春のワンシーンである。
しかし――
 
(馬鹿と女は使いよう。そして馬鹿な女はとても使いやすい。
 こいつだって腐っても序列二桁上位で七大公爵家。いくらでも使いようがあるってもんだよ)
 
 柔らかな微笑の裏で渦巻くのはどす黒い陰謀。
 
 その圧倒的な悪意の前では、他人の善意や好意など容易に飲み込まれる。
 ソレはどんなものにも揺らがず、ただ全てのものを踏み台にしていくのだ。
 
 哀れな生贄たちがそれに気づくのはいつなのだろう。
 いや、もしかしたら最後まで気づかないかもしれない。
 
 虚像を見ながら闇に飲まれるのも、気づいてしまうよりは幸せになり得るのである。


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放課後の勉強会

 とある日の放課後。
 ルイとコスモスは図書室で勉強をしていた。

「えっと、この術式の計算式ってどうすればいいんでしょうか」
「ああそれはですね……」

 二人の眼前に広げられているのは魔術理論における術式演算の教科書だ。

 魔術は術式の構築によって成り立ち、そこには数学的演算を必要とする。
 ルーンを描く場合もあるにはあるが、どちらにせよ術式発動に追加式が必要なので、術式演算は魔術師にとって必須科目なのであった。

 必須科目なのだが――

「る、ルイさーん……ここも分からないですー」
「どれどれ。ああ、ここはこの部分をまるまる代数にしてしまうと楽にできますよ」
「あ、そ、そっか! なんでこんな単純なことに気付かないんだろ……。
 うぅ……こんな馬鹿で本当にすいません……」

 いかんせんコスモスの要領があまり良くないため、さきほどからルイがつきっきりで教えているのだ。

 一つの問題につき何度も何度も質問をしてようやく分かる、といった感じのコスモス。
 この様子にルイの怒りゲージは着実に溜まっている、かと思えばそうでもなかった。

(あー、ホントこいつのダメダメっぷりはいいわあ……。やっぱ自分より下の人間を見下すことこそが明日への原動力になるな! 
 最近若干メンがヘラってる感じあったけど、ようやく真骨頂発揮って感じで上手いこと俺の引き立て役になってるし。これからもその調子で頑張ってくれたまえよ!)

 コスモスは勉強ができない、自分がそれを教える。
 そんな分かりやすい上下関係を実感出来ていることで、逆にルイは物凄くご機嫌だった。

 それこそしつこいくらいの質問に、文句を内心ですらこぼすことなく、丁寧に教えてあげていることからもそれが分かる。

「コスモスさんの適性はなんですか?」
「あ、私は土系統だけです」
「(土系統だけとか! ぷーだっせー! 一属性ってだけでもクソ雑魚なのに、その一個が土って! まあ芋っぽい地味女のこいつにはぴったりだが)土系統でしたらここの追加式はこの方がいいです。座標指定がやりやすいので」

 そう言いながら術式を書き換える。
 コスモスはほへーと言いながらそれを見ていた。

 ルイが今聞いた適正とは、魔術系統の得意不得意のことである。
 火、水、土、風の基本四系統。
 上位系統として氷、雷、時空。
 そして回復術式や身体強化などの無属性と呼ばれるもの。

 これら八系統あるうち、人によってそれぞれ適正というものがある。
 全く使えないということはないが、適正外のものと適正のものとでは大きな差があるため、適正の系統を専門にするのが一般的なのだ。

 ちなみに今コスモスを小ばかにしていたルイは全系統適正。
 一応腐っても元天才魔術師だった。

「じゃあ、次はこの問題やってみましょうか。また分からないことがあれば遠慮せず聞いてください」
「……あ、あの」
「(おおっとノータイム質問! どんだけ頭悪いんだよ全く、しょうがないのお!)どうしました? どこか分かりません?」

 また解説タイムで見下して悦に浸れるぜと、ウキウキしながら問いかける。
 だがコスモスがしたのは質問ではなかった。

「ルイさんって……すごいですよね」
「すごい、ですか?」
「自分は魔術が使えないのに、こんなに魔術への理解は深い。使えないから自分には関係ないと遠ざけるんじゃなく、全く怠らずに勉強をするって普通出来ないと思います」
「(しっかり俺をたてることも忘れない……こいつ中々やるな! 俺の中で株急上昇中だぞ)郷に入っては郷に従え、ですからね。魔術学園にいるならば理論だけでもしっかり出来ないと。それに将来は軍属を目指していますし、魔術師の方との連携が取れなかったらダメでしょう? 魔術を知っていて損はないです」

 偉そうにそれっぽいことを語っているものの、ルイが出来るのは過去を考えれば当然である。
 別に学園に入ってから一生懸命勉強したわけではない。最初から出来たのだ。

 まあコスモスにはそんなことを知りようがないので、一層尊敬の視線を強めているわけだが。

「そういう考えができることが、すごいと思います。自分の目的があってそれに向かって自分の意志で進んでいるんですから。
 私なんて、もう流されてばっかりで……いつも周りに言われた通りに生きて、自分の意志なんて全然ないんです。この学園に入ったのだってほとんど勝手に決められたことだし……」

(おいおい、何か自分語り始めたぞこいつ。俺をただよいしょしてればいいのに、クソつまらん愚痴こぼしやがって……あーめんどくせ)

 暗い顔で悩みを吐露するコスモスに対してくっそ辛辣なルイ。
 自分を上げるための材料にならなければ喋る権利すらないらしい。
 身勝手も極まりすぎである。

 とはいえ内心とは関係なく行動を取れるルイの身体は、流れるようにコスモスの手を握った。驚いたように見つめるコスモスにルイは優しく微笑む。

「自分の意志じゃなかったとして、これだけ一生懸命勉強できるっていうのはそれだけですごいことです。コスモスさんが頑張っているのは他ならぬ僕がちゃんと見ていますから」
「ルイさん……」
「僕はコスモスさんの過去とか、そういった込み入った事情は分かりません。だけどこの学園でコスモスさんに出会えてとても良かったと思っています。
 僕と友達でいてくれるのは……周りに流されてですか?」
「そ、そんなことありませんっ! 絶対に! ルイさんと一緒にいられるだけで私幸せなんです。むしろ私なんかが側にいていいのか不安なくらいで……」
「(うーん、この卑屈さが心地いい)コスモスさんがそうであるように、僕だって自分の意志でコスモスさんと一緒にいるんですよ。だからまあ、それでいいじゃないですか」

 少し照れたような顔でそう締めくくるルイ。
 無論、演技である。
 まあ演技で顔を赤く出来るのは普通に異常だが。

 そしてコスモスはルイ以上に顔を真っ赤にしている。
 さもありなん、何のかんのと言ってもルイは美少年で、その顔が吐息すら聞こえそうな至近距離に近づいているのだから。

「あ、あの、ルイさん、その……ちょ、ちょっと近い、です」
「近い?」
「か、顔が……えと……周りの人もこっち見て……」
「おっと、これは失礼しました」

 図書室というよりかは図書館と言った方がいい大きさのこの場所には、当然二人の他にも勉強や読書に精を出す学生がいる。
 皆自分たちの方に集中している様子を見せながらも、チラチラとこっちを盗み見ているのが分かった。

 耳まで赤くしたコスモスの指摘で距離を離したルイだったが、とっくにその視線には気が付いていた。
気が付いていて、自信の塊のようなこの男は全くそれを気にせず堂々とこんなことをしていたのである。
 非常にムカつくが、イケメンだからこそ織りなせる技だった。

 こんな感じで(周りから見たら)イチャイチャしながら勉強をしていた二人だったが、そんな二人の机に訪問者が現れた。

「やっほーお二人さん。仲良くお勉強?」
「(うわ……来やがったなビッチめ)ミルシェさん。はい、今日の復習を少々」
「わ、私が全然ダメダメで……ルイさんにご迷惑をかけながらなんとかやってました……」
「あールイ君、魔術理論めちゃくちゃ出来るからね。魔術使えないのになんでこんなに理解してるんだってくらい完璧だし」

 そんなことないですよ、と笑顔で謙遜しながらもルイは内心で顔をしかめる。
ミルシェの来訪にそれとなく嫌な予感を感じたからだ。
 というのもミルシェは貴族、それも七大公爵家の一人娘だからか授業が終わると毎日迎えの馬車に乗って帰るので、放課後のこの時間にまだ学園内にいることは今までない。
 わざわざ図書室に来て自分に声をかけたのが偶然だとは思えず、とすると何かしらの要件があると考えるのが普通だった。

「ミルシェさんはどうしてこの時間にまだ学園に? お迎えはまだなんですか?」
「あ、今日の迎えは断ったの」
「そうなんですか(じゃあ早く用事済ませに行けよ! ほらしっしっ!)」

 が、そんな願いも虚しく、ミルシェはルイを見て言う。

「あのさ、今日一緒に街に行かない? ほら、この前アクセサリー見に行こうって話してたじゃん。ルイ君がこの後何も用事ないならどうかなって」
「(いや決まってたみたいに言ってるけど、行く気だったのお前だけだけどね?)そう、ですね。この後は特に何もないんですが……」

 言いながらちらりと隣を見る。
 視線を向けられたコスモスはわたわたとしながら荷物をまとめ始めた。

「あ、お、お約束があったんですね! すいません、ルイさんの時間とっちゃてて……! 私はもう大丈夫なので、行ってきてください!」

 席を立とうとするコスモスだったがそれをミルシェが引き留める。

「え、コスモスちゃんも行こうよ。それとも何か用事ある?」
「わ、私も行っていいんですか? お二人のお邪魔になるんじゃ……」
「ならないってば! コスモスちゃんに似合うモノ私が選んであげるから一緒に行こ!
 ルイ君もいいよね?」
「ええ、全然構いませんよ。元々コスモスさんも誘うつもりでしたし(俺だけが苦しい思いするなんて許すか! こいつも一緒に引きずり込んでやる!)」

 これを苦行だと思っているのはこの場でルイだけである。
 しかし、自分だけが嫌な思いをするのは許せず、出来る限り他人を巻き込こんでやろうというその性根は凄まじい。

「それじゃあ、今日の勉強はここまでにしましょう」
「はい、あの……まだ分からないところが多いので明日も、いいでしょうか……?」
「いいですよ。出来るまで付き合います(時間取られるのはめんどくせえが、こいつのダメっぷりは俺の心の清涼剤だしな)」
「あ、ありがとうございます!」

 コスモスは嬉しそうに笑ってペコリと頭を下げる。
 どれだけルイの本心がゲスくても知られていない以上お互いに損はなく、まさにウィンウィンの関係だった。

「ルイ君に教えてもらえるのは羨ましいなー、私も放課後残ろうかな?」
「(ふざけんな! てめえは普通に勉強出来るじゃねえか! そういうやつは及びじゃねえんだよ!)ミルシェさんは優秀なので、僕が教えられることは特にないと思いますが」
「ふふっ、冗談だよ。私も毎日迎えを断るわけにはいかないし、コスモスちゃんの邪魔をするわけにもいかないしね」

 そう言ってコスモスにウインクをするミルシェ。
 コスモスは分かりやすく狼狽する。

「そ、そんなっ! 邪魔だなんて、別に、私はルイさんに勉強を教えてもらってるだけなので! その……教えてくれてるルイさんに恥をかかせないように、今度のテストで良い成績出せるように頑張りますので、はい!」

 こんな風に健気にもルイに報いようと目標を宣言しているというのに、

(は? 良い成績とか絶対に許さんからな。お前は勉強が出来ないという他、色々と残念なことに存在意義があるんだからそこんところちゃんと弁えろよ!)

 当の本人はこんなんだった。

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ミルシェの思案

ちょっと長めのミルシェ視点?です。


 ミルシェにとって、ルイは未だに少し評価を測りかねる人物だった。

 その出会いは二週間前。
 自己紹介で魔力無しであることを堂々と宣言したこと、そして何より自分の知人によく似ていたことで思わず声をかけた。
 
 印象としては本当にその知人にそっくりだった。
 顔はもちろんだが声も。
 記憶の中の声を少し大人っぽくすればこうなるであろうというそっくり具合。
 
 あの『ギルド』の所属しているということから少し警戒を抱きながらも言葉を交わしてみれば、実に紳士的な男の子といった感じで悪い印象など抱きようもない。
 また、魔術師にも勝てるという、この学園で過ごすでは中々過激とも言える発言をしていて全く臆す様子がないのもミルシェの興味を引いた。

 そういう理由もあって、これから彼のことを知っていきたいなどと考えていた矢先の晩のこと。
思わぬ、そして忌々しき出来事が起きた。
 
 自分の護衛を務めてくれていたティベリオが殺されたというのだ。
 
 それを聞いた時ミルシェは自分の耳を疑った。
 ティベリオは元暗部の人間で実力は折り紙付き。そして序列三桁の魔術師だ。
 ハーゼルゼット家の一人娘として持て囃されている自分などより遥かに上の実力を持っている。
 
 そんな彼を殺害するまでの実力をもつ魔術師、そう考えると何かしら大きな規模での悪意を感じずにはいられなかった。
 可能性の一つは国絡み、そしてもう一つは私怨。
 
 暗部として色々汚れ仕事をやっていたというティベリオである。
 何かしらの上の意向で消される可能性はあるし、人からの恨みだって相応に買っていたに違いない。

 だが、ミルシェにはそんなことは関係なかった。
 
 出会った当初はとにかく淡々と、そして冷徹な印象だったティベリオ。
 けれど時間をかけていく内に次第に心を開いてくれるようになった。
過去に自分がしてきた事を悔い、これからはミルシェに誠心誠意仕えることで少しでもまともな人間になりたいと言っていた。
 家のメイドであるレジーナと恋に落ち、いずれは結婚もする予定だった。
 
 過去のことはあれど、ミルシェにとって決して死んでいい人などではなかった。
 
 だからこそ、許せるものではない。
 真相が知りたい。犯人が知りたい。
 
 恐らくその手掛かりであろうと思っているのが――――
 


「これとかどうですかね」
「えっ! こ、これは私には派手過ぎませんか……?」
「そうですか? 意外とコスモスさんに似合うと思うんですけど」

 ルイはコスモスに何かアクセサリーを見繕ってあげているらしい。
 ミルシェは少し離れたところで物色するふりをしながら二人を盗み見ていた。

 ルイが『ギルド』に所属しているという話。
 疑ってたわけではないが、どうにもピンとくるものではなかった。
 それはルイの持つ柔らかな雰囲気や、魔力無しで魔術師ではないという事実もあったのだろう。
 
 だがそんなミルシェの考えをひっくり返したのが、あのイリーナとの戦いだった。
 
 学園最強とも呼ばれるイリーナを終始翻弄するルイを見て、会場の誰もが思ったはずだ。
 この男は普通じゃないと。
 非魔術師が魔術師に勝つ、そんなバカげた妄想が現実のものになっていた。
 
 あれだけ力を見せればルイに対して迂闊にちょっかいをかける貴族も減るだろう。
 未だ認められずに何かのいかさまだと言っている者もいたが、そういう人間以外は皆一つのことに気付いた。
 
 それはつまり、強ければ良いということ。
 
 魔術師であること、それが国家における重要なポジションとして相応の地位をしめているのは、ひとえに魔術師が魔物に対抗できるほど強いからなのである。
 魔術師ではなくとも魔物に勝てるのであれば、こんなに魔術師が優遇されたりはしない。
 
 強ければいいのだ。
 魔術が使えずとも強いのであれば、魔術師である必要もない。
 その事実を、ルイはこの学園の生徒たちに見せつけたのだった。
 
 そこでミルシェは考える。
 
 ティベリオの死に何かしらの暗部の影響があるのは間違いない。
 それが国かそれとも別の組織かの違いだけである。
 そして国ではないとすれば、真っ先に思い浮かぶのは『ギルド』だった。
 
 そしてその『ギルド』に所属しているというルイ。
 あれだけの力を持っていれば、ルイは『ギルド』でもそれなりに仕事をこなしているはずで、それならばティベリオの死、それに関する事件についても何か知っているかもしれない。
 そう推測したのだ。
 
 だからルイに話を聞きたかった。
 しかし同時に、踏み込んではいけない領域であることもなんとなく分かっている。
 誰も『ギルド』について詳しく知らないのは、それだけ秘匿性が高く、組合員が情報を喋らないからだ。
 
 それを不躾に尋ねたらどうなるだろう。
 ルイは自分と距離を置くのではないだろうか。
 
 せっかくこの学園で出来た友人。優しくて強い、そして何よりめちゃくちゃにカッコいいこの男友達を失ってしまうことがミルシェは嫌だった。……我ながら俗っぽいとは思うが。
 
 本当なら今日この機会に、ルイと話をするつもりだった。
 そして『ギルド』について聞きたいと思っていた。
 だがコスモスも一緒に来ている現状それも厳しそうで、諦めムードのミルシェである。

 しかし、チャンスは思いもよらずあちらからやって来た。

「ミルシェさん、大丈夫ですか? なんかぼんやりとこちらを見ていたので」
「え? あー、そうだねちょっとボーっとしてたかも」
「……具合悪かったら早めに切り上げましょうか?」
「大丈夫大丈夫! コスモスちゃんがルイ君に選んでもらってて羨ましいなって思ってみてたの」

 そう言ってミルシェはルイの反応を見る。
 ルイならば、こう言えば自分にも同じようにしてくれるだろうと思っていたからだ。

「じゃあ僕がミルシェさんに似合うものを選びますね。ミルシェさんにも僕に合いそうなものを何か選んで欲しいです」
「うんっ、じゃあ一緒に見よう。あ、コスモスちゃんは大丈夫?」
「大丈夫だと思います。ミルシェさんの方に行くとは言ってきたので」

 と、まあミルシェの予想通り、ルイと一緒にアクセサリーを見ることになった。
 
 ネックレスやピアスをじっくり見ているルイ。
 恐らく何がミルシェに似合うのかを考えてくれているのだろう。
 ルイも選んで欲しいと言っていたので、ちゃんと見なくてはならない。
 
 だが、ミルシェは考えていたのだ。
 今が一番いいタイミングなのではないか。
 思い切ってここで聞いてしまおうか、と。

「あれ、どうしました?」

 さっきから黙っているミルシェを不審に思ったのか、ルイが振り返って問いかけてくる。
 
 行くべきか、行かぬべきか。
 だけど今聞かずに時間が経って、もっと仲が良くなってからでは絶対に聞けない気がする。
 知り合ってまだ浅い今だからこそではないのか。

 …………行くしか、ない。
 ミルシェは覚悟を決めた。

「あ、あのさ、ルイ君」
「はい?」
「ちょっと、その、聞きたいことがあるんだけどさ」
「なんでしょう、僕に答えられることなら」
 
 笑顔のルイを見ると何とも言えない気持ちになる。
 これから場合によってはこの笑顔がもう自分に向けられないかもしれないと考えると、ミルシェは急に怖くなった。
 
 自分はこの数週間で思ったよりずっとこの少年を気に入っていたらしい。
 そう思って、だけどここで退くわけにはいかない。

「あの……『ギルド』のことなんだけど……」

 そう言うと、スッとルイの眉が顰められた。
 一瞬身をすくめそうになるが、雰囲気からしてどうやら怒っているわけではないらしい。
 単純に、『ギルド』の話題が出たことに疑問を持ったのだろうと言い聞かせてミルシェは話を続ける。

「聞いていい話かどうかは分からないんだけど、その……前に私の身内が殺されたって話をしたでしょ?」
「入学式の時にお聞きしました」
「その人の名前、ティベリオっていうんだけど、『ギルド』だったら何か情報を持ってたりしないかなって思って……ルイ君は何か知ったりしてないかなーって……」

 なるほど、と呟き何やら考え込むルイ。
 
 やはり『ギルド』について聞いたのはまずかっただろうか。
 今更遅いかもしれないが、今からでもなかったことにしてくれと言った方がいいだろうか。

 そんな風に葛藤するミルシェに向かってルイは言う。

「なるほど……つまりその殺害に『ギルド』が関わっていると思っているわけですね?」
「なっ、ち、ちがっ……!」

 違う、とはっきり言いたかった。
 だけど実際その疑いを持っていたのは事実だ。
 それに、これを否定しては本当に聞きたいことも聞けないだろう。
 こうなればあとは野となれ山となれといった気持ちで、ルイの反応を待つミルシェ。
 
 すると、返ってきたのは意外な言葉だった。

「いや、うーん……ぶっちゃけた話、『ギルド』はそういう仕事も引き受けているのは確かなんです。事実僕もやってきましたし」

 ……暗殺依頼の存在を認めた?
 
 確かに、暗黙の内で認識されていたことではあった。
 だが、組合員の口からはっきりと暗殺業を請け負っていると言われるとは思ってもいなかった。
 
 驚くミルシェに、ルイはただ……、と付け足すように言う。

「ギルド内での情報共有とかそういうものはないんですよね。だから基本的には自分以外どんな依頼が斡旋されているのかも知らないし、仕事で一緒になった人じゃなければ組合員の把握も出来てないくらいです。
 正直なところ、僕にとっても未だ謎の多い組織なんですよ」
「そ、そうなんだ……」
「はい。だからさっきの『ギルドが何か知っているんじゃないか』という質問に対しては、分からないとしか答えようがないですね。お役に立てずに申し訳ありません」
「いいよいいよ全然! 私こそ踏み込んだことをずけずけと聞いちゃってごめんなさい!」

 すまなそうに頭を下げるルイに慌てて、逆に謝るミルシェ。
 
 正直な話、今のミルシェは手掛かりがなかったという落胆などより、ルイがここまで『ギルド』について話したことへの驚きの方が勝っていた。
 
 結局、何か詳細が分かったわけではないが、少なくとも組合員ですら実態を掴めていない組織だということは分かった。
 ある意味謎が少し解けたとも言え、ある意味謎が増したとも言える。
 
 どちらにせよ、今までを考えればルイは明らかに『喋りすぎ』であり、むしろそれをミルシェは心配していた。
 
「あ、あの、ルイ君……そんなにギルドについて話しちゃってよかったの?」
「え? あ、これって話してるうちに入るんですかね? まあ、別にいいですよ。大してギルドに愛着を持っているわけでもないですし。
 必要に迫られたから所属しているだけなので」
 
 やるせないような顔でそう呟いたルイを見て、なるほど、と幾ばくかの納得をした。
 
 暗殺などを請け負っていると考えれば、この心優しい少年は積極的にやりたがったとも思えない。
 それでもそのような暗部に入らざるを得なかった理由、それはやはり彼が魔力無しであることに起因するのだろう。
 
 あの強さを手に入れるまで、一体どれほど血の滲む努力をしたのだろう、どれほど裏の仕事でその手を汚したのだろう。
 あの笑顔の裏にはどれほどの悲しみを背負っているのだろう。
 
 そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にかルイの顔が急接近していた。
 驚いて体勢を崩しそうになったところを背中に手をまわして支えられる。

「すいません、驚かせてしまったみたいで」
「あ、ううん。私もボーっとしてたから。それより、どうしたの?」
「これ、ミルシェさんに似合いそうだなーって思ったんです」
「……指輪?」
「はい、ちょっと付けてみてくれませんか?」
 
 付けてみてくれと言いつつも、ルイは自らミルシェの指にそれを嵌める。
 指輪がぴったりとフィットしているその指は、左手の中指。

「えーっと、この指ってどういう意味があるんだっけか」
「良い人間関係を築きたい時、つまり友愛ですね。
 ミルシェさんとこれからもっと仲良くなりたいという願いを込めて、僕から贈らせてもらえませんか」

 屈託のないその笑顔に、少し気後れをしてしまう。
 
 もっと仲良く。
 勿論、ルイと距離を置く理由などないし出来ることならもっと親交を深めたいというのは正直な気持ちだ。
 だけど『ギルド』、この存在とルイとの繋がりが、ミルシェの中に少なからず打算を生んでしまっているのもまた事実だった。

 こんな風に思っている自分でも、ルイと仲良くなんてしていいのだろうか。
 そう思いもするが、彼ならばそれすら分かった上でこうして手を差し伸べてくれているのかもしれない。
 あれだけ謎の存在だった『ギルド』について話してくれたのは、ルイの方から先に信頼を示してくれたのだとも考えられる。
 
 ならば今は、素直にこの手をとろう。

「ふふっ、じゃあ贈られちゃおうかな。ありがとねルイ君」
 
 その後、ルイが会計を行いミルシェに改めて指輪を、コスモスにネックレスをそれぞれプレゼントした。
 
 コスモスが何やら物欲しげな目で指輪を見ていたが、それには気付かないふりをする。
 女の子として指輪に特別な意味を感じてしまうのも分かるが、流石に人から貰ったものを譲るわけにはいかない。
 何よりミルシェ自身手放したくない。

 少し恨めし気なコスモスの視線を感じつつ、そう言えば、とミルシェは思い出す。
 それはあの日、ルイとイリーナが戦った日のこと。
 
 ルイが倒れ、医務室に運び込まれたと聞いてミルシェはそこへ駆けつけた。
 爆発が直撃しては、すぐに回復術式が発動したとしても万が一のことがあると思ったからだ。
 医務室に辿り着くと、そこには先客がいたようで中からは声がした。
 
 別に何かさしたる思惑があったわけではない。
 ただ何となく、本当に何となくでドアの隙間から覗き込んでみた。
 すると――

『えへへへ、人前じゃいつも言えないけど、ここだったらいくらでも自由に言えるよね。
 お兄ちゃん……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、うふふふふふふふっ、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。……ああ、寝顔もすっごくカッコいい。でもいつもよりちょっと気が抜けてて可愛いかも?』
 
 ルイの寝ているベッドの側に立っていたのはコスモスで、恍惚とした様子でひたすら言葉を紡いでいた。
 
 その声や勢いに、少しゾッとしたというのは確かにある。
 だがそれ以上にミルシェの心に残っているのは『お兄ちゃん』という発言だった。
 
 単純に考えればコスモスとルイが兄妹――血縁だということになる。
 
 だから当然、その後両人の身辺は調べさせた。
 ルイは『ギルド』が関係しているのか全く情報が出てこなかったが、コスモスの方はすんなりと洗えた。
 
 ごくごく普通の平民家庭。
 ずっと平凡に暮らし、魔力検査に引っかかったことでここに入ることになった。
 他の平民出身とさして違いがあるわけではない。
 しかし少なくともルイという人間の影はどこにも見えなかった。
 
 だがコスモスは『人前じゃ言えない』、とも言っていた。
 それはつまり、ルイとコスモスは兄妹でありながら、決別をしなければならない何らかの事情があったとも考えられる。
 そしてそれはルイが魔力無しであることに繋がる――とこう考えれば確かに辻褄はあっているような気がする。
 
 いや、というかコスモスとルイが兄妹でなかった場合はコスモスは相当ヤバい奴ということになる。
 まああの光景も中々普通ではないにしろ、兄の怪我を心配する妹と考えれば分からなくもない。

 ……いずれにせよ、謎は余りに多い。多すぎるのだ。
 
 とりあえずは、どちらとももう少し仲良くなって知る必要がある。
 今日一日を過ごしてミルシェが得た結論はこれであった。


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昼休みの一幕

「実戦演習?」
「ああ、そうだ」

 学園内にある食堂。
 お昼休みで人がごった返す空間、そのテーブルの一角にルイともう一人、赤髪の男子が座っていた。
 クラスでの自己紹介で意識高い発言(ルイから見て)をしていたジェフリーである。

「まだ発表はされてないが、俺は中等部三年の時にもやったからな。例年この時期に、中等部と高等部一年と合同でやるんだ」
「実戦というと、まさか魔物と?」
「いや、解放区域でやるから対人戦闘がメインだ。とりあえず壁の外に出て、その場に応じた戦いを学ぶというのが主旨らしいな」
「なるほど……にしても、今年入った新入生はまだ魔術を学んで一月ちょっと。流石に外に出るには早すぎませんかね」
「まあ確かに、そう言われればそうなんだがな。実際毎年少なくない怪我人は出ているそうだ。
 ……だが! 新入生と言ってもお前ほどの強者なら大丈夫だろう! それに演習に当たってパーティーを組むそうだが、当然俺はお前と組む! 俺とお前の力を合わせれば一体誰が敵になろうか!」
「あはは、買いかぶりすぎですよ(馴れ馴れしく肩を組むんじゃねえこのホモ野郎!)」

 親し気な相手に対してのルイの内心罵倒は、相手が女の子であればいつものことだ。
 しかし今回は男、それもジェフリーだ。

 果たして入学式の日から一体何があってこうなったのかというと、割と単純な話で、あのイリーナとの戦いを見た翌日には既にこんなテンションであった。
 魔術を使わずしてイリーナと渡り合ったルイの戦いぶりにいたく感銘を受けたようで、その日ルイが登校してくるや否や、日々の鍛錬方法に始まり様々な質問をぶつけた。
 まさに、自己紹介の時の強者を望むという発言通りとも言える。

 そしてそれからというものの、対人格闘の授業では常にルイと組み、模擬戦闘でも他の生徒を押しのけ何度もルイに挑んでいき、昼食は毎日一緒に取るという執心っぷり。
 クラスの女子生徒たちがここのところ、二人を見て何やら頬を赤らめてしまうのも仕方ない程のひっつき具合であった。

 流石に学校外のプライベートにまで侵食して来ないのは、ルイの『ギルド』の仕事があるという言葉の影響か、それともコスモスの殺意の籠った視線のせいか。
 ちなみにこの場にコスモスがいないのは、今日たまたま前の授業が長引いているためだ。
 いつもは必ず一緒に居て、ジェフリーに睨みをきかせている。

 一応ギリギリで一線は保たれているものの、周りから見たらもはやそっち系カップルであり、ルイがそんな状況をよしとしているわけがなかった。

 で、そんなある日、ジェフリーから出されたこの実戦演習という話。
 ルイにとってはまさに渡りに船のような話だったようで、

(実戦演習か……結構結構!
 まあ、いつの間にかチームメイトが不慮の事故で死んじゃったりするかもしれないけど、それも含めて実戦演習だからしょうがないよなあ? くくくくっ!)

 こんな感じで殺人計画を立てていたりする。

 いや、なんだかんだ慎重なこの男は、こんなことでわざわざ伯爵家の長男を殺したりはしないと思うが、しかしそうは言ってもこの男のことなのでする可能性も十分ある。

 というかジェフリーの方だって全くソッチの気はなく、単純に初めてしがらみなく付き合える友人が出来たため、まだ少し距離感を測りかねているだけなのだ。
 それなのに当のルイにはホモ認定され、暗殺を目論まれる。なんとも哀れなことである。

「そう言えば、ルイよ」

 実戦演習の話も終わり、食事に戻ろうとすると思い出したようにジェフリーが言う。

「(さっきからペラペラとよく喋るわこいつ。食事の邪魔なんでどっか行ってくれませんかね)なんですか?」
「いや……お前を今度家に招待しようと思っていてな」
「(は? うわ、嫌すぎるんだが……)ジェフリーさんの家に、ですか」
「実はこの間、お前の話をしたら家族が皆会いたがったんだよ。父上や母上もだが、特に姉上が凄かった」
「姉君が? 一体どうして?」

 そう尋ねると、少し困ったような顔を浮かべるジェフリー。

「あー、その、なんだ。俺が強者に敬意を払うという主義であることは知っているだろう?
 それはまあ、家の気風というか一家皆がそうなんだが……姉上はいい年の女性だというのに、父の影響を色濃く受けたせいか圧倒的強者主義で、自分より弱い男となど結婚は出来ないと言って憚らなくてな」
「それは……大変そうですね。ですが、後継ぎはジェフリーさんで決まりだから別にいいのでは?」
「ん、まあ家関係はいいんだ。そもそも姉上は軍人で、既にそこそこの地位に付いているから政略結婚として嫁に出すわけにもいかんし、とすると婿を取ることになるわけだ。
 で、生まれた子はローガン家の子。
 ……つまり単純に、早く自分たちの孫が見たいのに姉に浮いた話の一つも無いことを心配した両親がせっついてるんだよ」
「なるほど(他人の家庭の内部事情ほどクソどうでもいいものはないな。あー教室戻りてえ)」

 自分から話題を広げておいてまるで聞いていない。
 流石のカス野郎である。

「で、なんだが、俺の話を聞いた姉上がお前にいたく興味を持ってな。
 イリーナ会長に勝つなんてとんでもないことだとか、魔術師じゃないのに魔術師に勝てると豪語した胆力もまさしく強者だとか。まあどうやらお前を強者として認めたらしい」
「(……ん? そこはかとなく嫌な予感が)……それで?」
「会ってみて本当に自分にとって強者足る人間なら私の夫にする、と」

 突拍子もないその言葉に、流石の鉄仮面ルイも顔をしかめてしまう。
 それを見たジェフリーは慌てたように言葉を重ねる。

「いや、無理やりそうさせるようなことは俺が止めるから安心してくれ! 
 ただまあ姉上もかなりいい年だし、もしかしたらルイも姉上を気に入ってくれることがあるかもしれないから、一応一度だけでも会って欲しいんだよ」
「…………ちなみに失礼ですが、姉君はおいくつで?」
「今年で二十六だ」

(ババアじゃねえか! いい加減にしろよ! 
 こちとらピッチピチの十六歳学生なの! 若さは既に消え始めてあとは老いの下り坂を進んでいくだけの二十六歳独身地雷になんて興味はないの!)

 世のほとんどの女性に喧嘩を売る凄まじい発言である。

 とはいえ、確かに二十六歳というのは結婚適齢期をとっくにすぎているのも事実ではあるのだ。
 普通、貴族の娘ならば遅くとも十八歳辺りには相手を見繕われるもの。
 二十六で結婚していない女性となると、どこかしらに相応の問題があると思われて仕方ない。そしてそのせいで益々結婚出来ないループである。

 先ほど聞いた軍人という情報もあって、ルイの中でのジェフリーの姉像は完全に筋骨隆々とした雌ゴリラであった。
 勿論顔はめちゃくちゃ不細工だ。

 ルイとしてはそんな人物に会うのは正直かなり気が進まないところだが、ジェフリーの顔を立てる意味でも無下にするのは中々に難しい。
 そしてどうやらジェフリー姉は少将らしいので、軍部に繋がりを持てると考えればまだ前向きに考えようもある。

 仕方がなく承諾の返事を出そうとしたところへ――ミルシェとコスモスの二人がルイのいるテーブルへとやって来た。

「やっほーお二人さん。ここいい?」
「……ハーゼルゼットか。空いてるんだから好きにすればいい」
「えっと、コスモスさんは分かりますが、ミルシェさんも今からお昼ですか?」
「うん、ちょっと先生と色々話しててね」

 そう言いながらミルシェとコスモスは席に着く。
 コスモスが真っ先にルイの正面を取ったので、ミルシェはその隣に座った。

「でさ、いきなりで悪いんだけどルイ君」
「どうしました?」
「実は近々、壁外で実戦演習ってのが行われるんだけど――」
「その話は俺が既にした。ちなみに俺とルイはもうパーティーを組む予定だ」
「ありゃ、そうだったの?」

(てめーが勝手に言ってるだけだけどな! 俺は組むなんて一言も言ってないぞ!)

 否定もせずにあははと笑っていれば、それは最早肯定と同義だ。

 ジェフリーの話を聞いたミルシェは嬉しそうに言う。

「じゃあ話は早いね。そのパーティーに私も入れてくれないかな」
「……お前なら他で引く手数多だろう。わざわざこちらへ来なくてもいいんじゃないか」
「えーだって私ルイ君の友達だもの! それにジェフリーとだって知らない仲じゃないでしょう? 出来れば知っている人とパーティーを組みたいし」

 ルイはジェフリーが嫌そうな、というよりかは気まずそうな顔をしたのに目敏く気が付く。

(おいおいこのジェフリー君、もしかして自分より強くて、貴族位でも負けてるミルシェに対して劣等感意識しまくり系男子じゃない? うわー、マジでちいせえ男だなこいつ)

 それを見てこんなことを思うのはこいつくらいなものだろう。
 というかジェフリーも、小さい男だとかルイだけには言われたくないはずである。

「(丁度いいや、こいつの劣等感を刺激する材料としてぶち込もう)いいんじゃないんですか? ミルシェさんは実力者ですし。ジェフリーさんが言う所の強者ではあると思うんですが」
「む……確かに、そうだな。
 分かった。ルイが言うのならまあ俺も受け入れよう」
「やたっ! ありがとうルイ君!」

 胸の前でグッとガッツポーズを作って笑うミルシェ。
 どう見ても同い年の男子ならばときめく姿だが、ルイはそろそろ教室に戻りてえとしか考えていなかった。

「あ、そうだ! どうせならコスモスちゃんも一緒のパーティー入ろうよ!」

 ミルシェはふと思いついたようにコスモスに話題を振る。
 いきなり水を向けられたコスモスはビクッと身体を震わせた。

「え? あ、え、えっと……」
「ね、ルイ君。いいでしょ? パーティーは確かに四人までだったし」
「(ええ……いやいいでしょって、本人いる前で俺は嫌ですけどって言えんのか? これ実質選択肢一つしか用意されてないだろ)そうですね、僕は構いませんが――」
「い、いえっ! 私は大丈夫ですので、お三方でパーティーは組んじゃってください!」

 ルイが確認のためにジェフリーの方を向こうとすると、コスモスがその前に強い言葉で拒否をした。
 ミルシェが意外そうな、虚を突かれたような顔をする。

「いやいや、遠慮しなくてもいいんだって。せっかくルイ君と一緒にパーティー組めるんだからさ。それとも、まさか誰かともうパーティー組んじゃった?」
「いえいえ全然そんなことはないんです! でも私のことは本当にいいですから、その……勝手に別の所に入りますので、はい」

 少し伏し目がちにそう言うコスモス。

 これにはルイも意外な思いだった。
 それこそここ最近は毎日、放課後は教室の前に待機、朝は通学路の途中で待機してルイと登下校をしている半ストーカーのコスモスである。
 ルイの調子こいた想像では、一緒のパーティーになれると分かった瞬間に涙と鼻水が垂れ流しになるくらいだったのだが。

 どう考えても何かあるのは間違いない。
 だがルイは、ただもうひたすらに教室に帰りたかったのでまるで考えようとはしなかった。
 最悪放課後聞けばいいかくらいに思ってはいたが、この調子ではきっとその頃には忘れているだろう。

 
 ……いやはやつくづく、詰めの甘い男である。

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アリエスの企み

大変遅くなって申し訳ありません。
体調不良のため少しずつ書いておりました。


 夜、それも真夜中と言っていいほどの時間帯。
 ルイはアリエスの下を訪れていた。
 目的は、数日後に迫った実戦演習について伝えることと、必要な物資の補給をすることである。

「なるほどねー」

 ルイから一通りの説明をされたアリエスは一言、そう呟いた。
 その顔に浮かぶのは思案だ。

「実際どう思う?」
「うーん……このアイディアを出したのが軍か学園かで少し変わってくるけど、まあいずれにせよまともじゃないね」

 先週に公開された実戦演習の詳細は、既に経験している内部生たちをして驚かせるものだった。

 例年、演習場所に使われているのは二十年ほど前に解放されたガイ地区。
 まだ壁の建造が完成していないため町にはなっていないが、魔物の掃討はほとんど完了しており、演習中にエンカウントすることはまずなかった。

 しかし今回はその演習場所を、何故か数年前に解放されたばかりのサノア地区に変更したのだ。
 距離で言うならば最前線と王都、その真ん中よりは若干王都よりかというレベル。
 だが実際の現場は壁の建設にも着手しておらず、魔物掃討も完璧とは言い難い。
 精々前線への中継ぎのための駐屯地が出来ている程度であった。

 当然――深く考えるまでもなく演習における危険は増大するに決まっている。

「考えるほど分からないな。仮にも半数以上の生徒が貴族だぞ。うっかり死なせでもしたら面倒くさい事態になることは明らかなはずだが(俺はそっちのが面白いからいいんだけども)」
「対策とかはどうなってんのさ?」
「一応、通常より多く魔術師は派遣されるらしい。後は高等部の中でも精鋭が駆り出されるとも聞いた」
「まあ奪還して時間は経ってるから、高危険レートの魔物はいないだろうしそれで十分……なのかな? それでもわざわざ危険を増やす意味は分からないけど」

 そう、結局のところわざわざ危険を増やす理由はよく分からなかった。

 そも本来の目的は、実戦に近い場面においてチーム戦を行うこと、つまりは対人戦をすることなわけだ。魔物を実際に討伐しましょうという演習ではない。そんなことが新入生に出来るわけがない。

 魔物と生徒たちを戦わせないようにするのであれば、学園側としても軍としても無駄に労力を使うことになる。
 表面上は誰も得をするようには見えない。

 だからこそ、推測できる理由は碌なモノではなかった。

「要人の暗殺、かなあやっぱり」
「国か」
「うん、国がバックで動いてるんだろうね。危険な地区だってことを言い訳にするのか、なんにせよ何かしらのイベントが起こるのは間違いないよ。
 この演習、一筋縄じゃいかないかも」

 アリエスが真剣な目でジッとルイを見つめる。

「ルイの実力を疑う訳じゃないけど……気を付けてね。どんなに薬で強化してたって魔力強化している身体よりは脆いし、回復術式が使えないから一発が致命傷になる。
 命を大事に、だよ。とりあえず生きていればアリエスがなんとかするから。
 だから、絶対に無事で帰って来てね」
「(ったりめーだろ、他の全ての人間を犠牲にしてでも生き残ってやるわ)大丈夫だよ、これでも俺は相当しぶといんだ。安心して待っていてくれ」

 内心の最低な決意はさておき、実際にルイが余裕の笑みを浮かべられるのは積み重ねてきた経験があるからだ。
 『ギルド』としての仕事ではもちろん、それ以外でも何度も無許可で壁の外に出ては魔物と闘ってきた日々。
 それが今のルイの糧となっていた。

「それで、その生存率を上げるための必須アイテムをもらいたいんだが」
「え、薬もう無くなっちゃったの!?」
「……ここのところ授業で模擬戦闘が多くてな。普通の対人戦闘なら眼を使えばなんとかなるんだが、魔術アリだと流石に……」

 ルイが言い訳のように説明するも、アリエスは不満げな顔を浮かべる。

「もー! あれだけ服用が危険だって言ってるのに!」
「(うっせえ! 薬使わず無様に負けろってのか!? 寿命ケチって屈辱を味わうくらいなら死を選ぶね!)生徒会長が後ろ盾にいてくれるとは言え、まだ俺の立場は不安定だ。実力に疑いを差し挟ませるべきじゃない」
「それである日ポックリ死んじゃったら元も子もないでしょ! 
ねえ、体調不良とかで休んでもいいんじゃないの? 出来るだけ避けるに越したことはないでしょ?」
「まあ……確かに、そうだな。一応色々対策は考えてみるよ」

 と、言いはしたが、模擬戦闘をサボる気など今のところはない。

 一度でも休んだことで逃げたんじゃないかと思われるのが嫌なのもあるが、単純に魔術を使う相手を完膚なきまでに打ち負かすのが好きなのだ。
 他人を見下せるその授業は、自らの活力のためにも大切だった。

 まあ、最近はクラスメイトたちもルイには勝てないと諦めの姿勢なので、マンネリ化しているきらいはある。
 ルイが飽きてサボりたくなるのも、そう遠くはないかもしれない。

「指輪の魔力補給は?」
「いや、大丈夫だ。学園ではほとんど使わないからな。複数の目がある模擬戦闘で、いきなり転移を発動するわけにもいかないだろう」
「なるほど。えっと、じゃあ後は……」
「身代わりのネックレスが欲しい。あの会長との戦いで一つ削られたからな」

 ルイのその言葉に、アリエスは待っていましたとばかりのいい笑顔を浮かべた。

「うふふっ、実はね……新しいモノを開発したんだよ!」
「ん? 改良したのか?」
「まあある意味改良かな。とりあえず見てみてよ」

 そう言ってルイに小箱を手渡す。
 この中に件のアイテムが入っているのだろう。

 ルイは何の気なしにそれを開け――――そして、絶句した。

「どしたのルイ?」
「いや、これは……」

 表情を固まらせるルイを不思議そうに見るアリエス。

 箱の中にあったモノは――

「――首輪?」
「あはははっ! 首輪じゃないよ、チョーカーだよ! お洒落アイテムの一つ!」
「そ、そうか……(チョーカー!? 首輪じゃんどう見ても! いや首輪とチョーカーの違いは知らんけど、普通に見たら首輪だろ!)」

 そこにあったのは黒い革で出来たベルト、をそのまま小さくしたようなモノ。
 パッと見では間違いなく犬に付けるような首輪だった。

 しかし、アリエスはこれをチョーカーなるものだと主張している。
 基本的に自分にはなんでも似合うと思っていてファッションに無頓着なルイは、そのチョーカーというものをよく知らなかった。ルイにとってこれはただただ首輪だった。

「ね、付けてみてよ」
「こ、これを?」
「うん! すっごく頑張って作ったんだよ! ルイのためだけに!」

 そう言われては、ルイとしては付けないわけにはいかない。
 顔を若干引きつらせながら恐る恐るそれを首にはめる。

 装着したその姿を見せた瞬間……アリエスはその相好を崩した。

「……はああああぁぁぁ、すっごく似合ってるよルイ」

 恍惚とした表情で、ため息をつきながらつぶやく。
 頬も赤く上気しており、今の言葉もつい漏れ出てしまったという感じだ。

 その姿にルイはゾッと背筋が寒くなった。

(こ、こいつやべえええええええええええええええええ! 
 なんだ? なんなんだ? こいつこんなにヤバかったか?
 今までは構って欲しいだけのクソガキだったはずなのに、なんでいきなり病んでるんだよ!?)

 逃げねばならぬ、と思った。

 もらうものは貰ったし最早この場所に用はない。
 というかこのまま居てはヤバい気すらする。
 アリエスから感じるのはここ最近のコスモスと同じ波動だ。つまりヤバい。

「じゃ、じゃあ今日はちょっと早いけどおいとまするよ。ありがとうアリエス、それじゃあな!」
「あっ、ルイ」

 そう言いながら、返事を待たずにそそくさとルイは店を出た。
 扉の上部に付いている鈴がチリンチリンと音を鳴らし、アリエスがハッと気が付いた時にはもう既にルイはこの場にはいない。
 まさに一瞬の早業
であった。

――――――

 アリエスは、ルイの出て行った方をしばらく眺める。
 やがて――ニヤリと口角を上げて笑みを作った。

「もールイはせっかちさんだなあ。まだ説明してないことがあったのに。
 でも、ルイが聞かずに帰っちゃったからしょうがないよね?」

 そしてアリエスは徐に魔力探知を発動する。
 すると今まさに自分の店から遠ざかっていき、路地を抜けていく一つの何かを捉えた。
 それを確認してより一層笑みを深める。

「ようやく、私だけが探知できる仕組みを作れた。
 これでいつもどんなときも、ルイがどこにいるか分かるからホントよかったよ。ちょっとは心配も減るかな」

 何やら凄まじく恐ろしいことを呟いたかと思えば、今度は一瞬にしてスッと表情を無くす。
 そう、心配と言えば目下一番に心配していることがアリエスにはあるのだ。

「……最近ルイにまとわりついてるあの女共。本当に鬱陶しい」

 ハーゼルゼット家の一人娘。
 トルスタヤ家の跡継ぎにして学園の生徒会長でもある女。
 そして、地味で何の取柄も無い平民女。

 ここのところの動向はしっかり探っていたが、この三人はどう考えてもルイに対して好意と言えるレベルの感情を持っている。

 ハーゼルゼットのクソビッチはまだいい。
 何か腹に一物もっていそうだし、そもそも間接的にルイの復讐相手に関わっていた時点でルイが相手にするとは思えない。

 トルスタヤのドアホの方は論外だ。
 いくら容姿が良くとも、いくらスタイルが良くとも、あんな知性のない戦闘ゴリラではルイの知的な会話に付いて行けはしないだろう。

 ――が、問題はあのコスモスとかいう黒髪の地味女だ。
 毎朝ルイを待ち伏せしていて、放課後も一緒に帰ってくる。
 隙あらばルイの側に居ようとするその姿は実に気持ちが悪い。
 まるでストーカーだ。まともな人間じゃない。

 さらに問題なのは、ルイがなんだかんだこの女を遠ざけようとしないことだ。
 ルイは優しすぎる。
 きっと、ルイが構わなければボッチになるだろうあの陰気な女のことを思っての行動なのだろう。
 けれどその優しさが今は仇になっている。

「アリエスがちゃんとしないと……ルイは優しいから、アリエスがしっかり守ってあげないとダメなんだ」

 言い聞かせるように呟く。

 そうだ、自分は他の有象無象の女たちとは違う。特別なのだ。
 まずもって過ごしてきた時間が段違いだ。
 この三年で築いた関係性はそう簡単に他の人間が越せるものじゃない

 それに、誰にでも敬語で話すルイは自分にだけ素の口調で話してくれる。
 これを特別と言わずしてなんとしよう。
 あのルイを知っているのは自分だけだと思うと、アリエスは自然また口の端を上げてしまうのだった。

「ふふっ…………よーしっ! まずはルイが壁外に出るにあたって、アリエスに出来ることをしないとね!」

 今さっきまでの雰囲気を切り替えるように頬を叩いて真面目な顔を作った。

「ルイの命の絶対保証を作るのは当然として、流石にアリエスが出るわけにはいかないから……そうだなあ……」

 ぶつぶつとした小さな呟き。
 それは次第に沈黙へと変わり、アリエスは思考の海に沈んでいく。

 その思考で練られた計画は、果たして数日後の実戦演習へどのような影響を及ぼすのか。
 今は誰にも分からない。

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密談

「――首尾はどうだね」
「同じパーティーになることには成功しました」
「ならばよし。前に説明した通りに当日もよろしく頼むよ」

 満足げに、しかし神妙な顔つきで頷く老年の男。
 この男こそアールデルス王立魔術学園の長である。
 齢七十を超えているが、かつては第一線で活躍した軍人であり、そのがっしりとした体格、内在する魔力量に衰えは見当たらない。真剣な表情も相まってかどことなく圧を発していた。
 
 それに向かい合っている一人の女生徒――ミルシェ・ハーゼルゼットは、不満げな顔を隠そうともせずに学園長に向かって言う。

「私は……彼にこのような監視が必要だとは思えません。
二月も接していれば大体の人となりは分かります。彼は心優しく、しかし芯の通った強い人間。それ以外に何もやましいことは感じられませんでした」
「ふむ、そうかね」
「そうです」

 どこか気の抜けたような学園長の返事に苛立ったのか、強い言葉で返すミルシェ。

「しかしそういう訳にもいかないのだよ。
 彼が『ギルド』の組合員であるというこの一点だけで監視する理由に足る。彼自身の人柄等は関係ない」

 それは有無を言わせないきっぱりとした口調。
 ミルシェを見る目にも力がこもっていた。

「特に今回は『ギルド』……というより想定外の第三者からの介入は避けたい」
「何故です?」
「……君には話しておかねばならないな。
 昨年の演習に参加した君なら分かると思うが、場所が変更されただろう」
「ええ、わざわざ戦地に近く危険度を高める、謎の多い変更だと思いました」
「実はそれは上からの通達でね」
 
 その言葉にミルシェは眉間にしわを寄せる。
 つまり変更したのは学園長ではないということだ。
 
 変更の意図を聞かせてもらえるのかと思いきや、という話ではあったがそれがミルシェに新たな疑問を抱かせた。
 
 学園長の裁量に干渉することが出来るという時点で、国、それもかなり中枢にかかわっている人物なのは間違いない。
 
 では軍部の者か? 
 それは恐らく違う。
 いくら国の組織の一つと言えどそれなりに独立性はあり、今回のように未来の魔術師を減らす可能性のある危険な選択は決してしないだろうと思っていた。

 ならばやはり――内政に関わる者たちだ。
 
「王宮の方で何かがありましたか」
「やはり聡いな…………実は今、王位継承権を巡って不穏な動きが起きているらしい」
 
 思いもよらぬ単語に目を見開くミルシェ。
 
「は? え、王位継承権って……フェリクス王子以外に争う余地があるのですか?」
「ない、と思われていた。第二王子はまだ五歳。殿下が余程の暗愚であれば別だが、わざわざここで第二王子を擁立する意味はない」
「で、ですよね」
「一体何を考えているのか分からないが、とにかく事実として第二王子派が生まれているのだよ。とすると、この唐突な場所変更にも作為を感じないかね?」

 問うような学園長の視線を受けてミルシェは考える。
 突然の情報に少し頭は混乱していたが、それでも聡明な彼女の頭脳は一つの答えを導き出した。

「つまりフェリクス王子の暗殺が行われると?」
「その可能性もある、ということだよ」

 だが学園長の口ぶりは、ほとんと明言しているようなものだ。

「殿下の近くには私が直接選出した者を派遣するつもりだ。もし誰かの息がかかった魔術師が派遣されてきたとしても問題はないだろう」
「学園長は第一王子を守るために動くのですね」
「当然だろう。今のところ私を懐柔しようという動きもないし、ならば一番国益を考えた行動を取るべきだ。そもそも私を自由にさせている時点で何か別の思惑があるのかもしれない。例えば……第三者的な協力者がいるとかね」

 そこまで聞いてミルシェは理解した。
 つまり暗殺が行われるとして、その下手人が『ギルド』ひいてはルイなのではないかと懸念しているのだ。
 
 そんことはない――と言いたかった。
 だが、ミルシェは聞いてしまっている。
 実際にルイの口から『ギルド』が暗殺を請け負っていると聞いてしまっている。
 
 そうなるとルイを推薦でこの学園に送り込んだのもこの時のためかもしれない、などという邪推も浮かんでしまう。

(ダメよ! 友人である私が信じられないでどうするの!)

 頭の中の嫌な考えを振り払うように一度ギュッと目をつぶる。
 
「だからまあ、頼んだよ。
 彼が何か変な動きをしないように見ていて欲しい。もし『ギルド』が本件と関係なかった場合でも、第三勢力の介入の可能性は潰したいからね」
「は、はい……」

「あと――くれぐれもこの話は他言無用で頼むよ」

 そう締め括って学園長は話を終えた。

 部屋を出たミルシェは憂いを帯びた表情でため息を吐く。
 さて自分はどう立ち回るべきか。
 今回聞かされた情報はあまりにも大きく、それを聞いてしまった以上ミルシェもただの傍観者というわけにもいかない。
 いや、実際に仕事を任されているから間接的にはこの騒動に関わっていると言える。
 
「ルイ君を監視かあ……」

 言葉にすると少し嫌な気にはなる。

 しかし実際のところ、一緒に行動をしていればいいというだけの話だ。
 同じパーティーなのだから基本的には一緒にいるし、万が一ルイが変な動きをしたらその時に動けばいい。
 あまり気負いすぎるとかえって空回りそうだし、ルイにも疑念を抱かせかねない。
 自然に振舞うのが一番だろう。
 
「ま、とりあえず普通に演習をこなしますか」
 
 実戦演習の裏で何が起きるかは分からないが、できれば直接関与するようなことがなければいい。
 そう、ミルシェは思った。



短くてすいません。
次から演習編です。
恐らく終始ルイ視点で進めると思います。


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演習開始

お久しぶりです。
体調不良もだいぶ治ったので、第一章終わるまではまた毎日か隔日でいきます。


 旧サノア地区。

 未だ開拓にまで手が回っていないこの場所には木々が鬱蒼と生い茂っており、ともすれば魔物たちが跋扈していそうな暗い雰囲気を漂わせている。
 そんな中にぽっかりと一か所、湖を起点として円を描くようにスペースが切り開かれていた。

 簡素ながらも魔物の侵入へ対策された防壁、そしてその中には建物があり人がいる。
そう、ここは最前線への中継ぎのため作られた駐屯地だ。
 
 その主な役割は戦線への人員、及び物資の補給。
 
 如何な訓練を積んだ魔術師とは言え、ただの人である限り死ぬときはあっさり死ぬ。
 当然戦線を保つためには戦力の補充は欠かせないため、ここを中継して魔術師たちは戦場へと赴いて行くのである。

 そして、この駐屯地を中継ぎの場所足らしめているのが、中央に描かれた大きな空間転移の魔術式のルーンだった。
 王都にもある同種の魔術式。
 時空系魔術師がそこから補給人員・物資を送り込んでいるのだ。
 ゆうに四千キロは離れているこの場所と王都を繋いでいるコレこそが、人類と魔物との戦いにおいて重要な役割を担っていた。
 
 ――が、実はこの時空系魔術師が、というのがポイントだったりもする。

 というのも、現状時空系の適性を持つものはとてつもなく少ない。
 魔術師五百人に対して一人と言った具合に。
 そのため転移は王都からの一方通行にならざるを得ないのだ。
 つまり行きはよくとも、負傷やらなにやらで帰ってくるときはその気の遠くなる距離を陸路で進まねばならないのであった。
 なんとも切ない話である。
 
 まあそういった欠点はあれど、実際戦争に大きく貢献している転移魔術式。
 そんな魔術式のルーンの横には現在、男女入り混じった百五十人ほどが整然と並んでいた。
 アールデルス魔術学園の制服を身に纏い、緊張で堅くなりながらもどこか興奮した様子の彼ら。
 
 今日は――中・高等部合同壁外実戦演習、その当日だった。


         ◇


「じゃあ、そろそろ作戦通りに動こっか」

 走りながらのミルシェの言葉に、並走してるジェフリーとルイが頷く。
 
 三人が今疾走しているのは駐屯地を出た森の中だ。
 演習は十分ほど前にはもう始まっており、その十分で各パーティーは出来る限り森の中で散開するのだ。

 だが、駐屯地から出ているということは即ち魔物のいる区域にいるということ。
 派遣された魔術師や高等部三年生の中の精鋭たちが探知・殲滅に従事しているとはいえ全てをカバーできるわけではない。
 また、当然だが広大なこの森全てを使うとなれば最早演習の体すらなさなくなってしまう。

 そこで決められたのが――『半径五キロ』。
 駐屯地を中心にしたこの範囲内で生徒たちは今回の演習を行うのである。
 
「北西三百メートル先に四人組パーティーが一つ。あとは南南東五百メートルほどの所にもう一つ。だが、さらに三十メートルほど先にもう一組あるからそれを追っていたのかもしてないな。……どっちへ行く?」
「無論、北西の方で。
 あっちは恐らく潰し合うでしょうし、先にこっちを片付ければあっちも終わっていて丁度良いと思いますよ」
「よし! じゃあ北西の方へ出発! ジェフリー道案内よろしく」
「ふん、そんなこと言われずともやるに決まっているだろうが。
 奴らも移動しているから急ぐぞ、こっちだ」

 少し不機嫌そうにジェフリーが先導して二人がそれに追従する。
 
 さて三人は果たして今から何をしに行くのか。
 というよりそもそも実戦演習とは何をするのか。
 
 実戦での立地を想定した対人戦とは言うが、当然殺人は禁止だ。
 自動回復術式のないこの場所では魔術による攻撃は致命傷になりうるし、そうでなくとも怪我は免れない。
 そのため今回の演習では、魔術を人への攻撃に使うことを禁じられていた。
 
 ならば一体どうするのか。
 その答えは三人の制服の胸ポケットに付けられた大きめのバッジ。
 つまり単純な話で、パーティーごとにこのバッジを取り合うのである。
 
「……そろそろ相手もこっちに気付くぞ。ルイ、視認できないところまで隠れろ」
「(俺に命令すんなカス)分かりました」
 
 魔力強化した身体能力をもってすれば三百メートルなど数秒程度のもの。
 ジェフリーの指示を受けたルイは木々の上へと昇った。
 その姿を確認した後、ミルシェは気合を入れるように言う。

「よし、じゃあやりますか!」
「俺は索敵を継続する。防壁ぐらいしか張れないが……四人ぐらいなら一人で相手にできるだろう?」
「まかせといて、これでも新入生総代ですから」

 やがて目の前に現れたのは四人組のパーティー。
 中等部からの持ち上がり――いわゆる内部生はおらず、新入生だけで集まったパーティーのようだ。

 その顔に浮かべたのは、まずいつの間にかここまでの接近を許していたことに対する驚き、そして学年でも実力者であるミルシェとジェフリーが来たことへの恐怖だった。
 
「あら、でも結構やる気みたい」
「当たり前だ。ここで投げ出す腑抜けならバッジを取る価値もない」

 彼らが恐怖を浮かべたと言ってもそれは一瞬のこと。
 緊張したようなぎこちない動作ながらも、目の前の二人に対抗するために全員が戦闘の体勢を取り始めた。
 
「まあ……手加減はしないけどね」

 ミルシェが前方に手をかざし、先に体勢を取っていた四人よりも早く腕に刻まれた魔術式を発動させる。
 すると、四人のパーティーの横にある木々から蔦が伸びて彼らの手足に絡みつき、彼らの魔術の発動を阻害した。

「で、ついでにっと」

 四人が蔦に気を取られている間にミルシェはまた別の魔術式を構築する。
 発動した魔術は先と同じ土系魔術。
 そして発動と同時に突然、彼らの足元の地面が泥のように柔らかくなり、ずぶずぶと足が沈んでいく。
 そんな状況でも必死に体勢をつくり、魔術をミルシェに放ってくるものもいた。
 だがそれはあっさりとジェフリーの防壁に阻まれる。
 
 彼ら四人にとってはまさに八方塞がり。絶体絶命の状況……と思いきや、実はミルシェたちも決め手には欠けている。
 殺傷性のない魔術、または殺傷性があっても人に直接使わないという拘束の意味合いであれば魔術の仕様自体は認められているものの、攻撃魔術を直接使うことはできないからだ。
 
 魔術を派手には使えないこの現状、ミルシェたちの決め手となるのは――ここにはいないもう一人。

「あ、え……?」
 
 ドサリと何かが地面に倒れ込む音。
 突然気絶してしまった仲間に、今なお拘束に抵抗していた一人は右を振り向く。
 一人ではなかった。
 既にもう二人、地に沈んでいる。

 ならば、と最後の頼みの綱とばかりにもう一人の仲間を確認しようとして――そこで首の後ろに衝撃を感じた。
 フッと薄れていく意識、崩れ落ちる身体。
 目を閉じる間際に彼が見たのは、最後の仲間が同じように地面に倒れる姿だった。

 それを成した人物は四人すべてが起き上がらないことを確認し、ふうと一息つく。

「……これで完了、ですね。後はバッジを回収しましょうか(うおおおおおおおおお! 俺強すぎいいいいいいいいい! これはカッコいい! 首トンで気絶させるのはカッコよさ限界値突破だぞおい! いやー長年練習した甲斐があるってもんよ)」
 
 涼し気な表情、声音とは裏腹に心のテンションは爆上がり。
 首を打って相手の意識を奪うという技を今日実戦で初めて成功させたルイは、それはもう大層ご満悦だった。
 なにせ本当に長年の練習によって完成した技である。
 力加減や部位の細かい調節、その完成に行きつくまでに一体どれほどの実験体が潰れてしまったことか。
 
 まあ、なんで実戦で初めての技を繰り出してんだよという感じではあるが、ルイにとってはこの実戦演習はただの練習場所くらいの意識なのだろう。

「ルイ君ナイスー! すごい綺麗に相手の意識奪ったね」
「首の後ろを叩いていたな。
 そこまで力を入れていないようにも見えたが、それで意識を絶つとは相当精度の高い技のようだ」

 ミルシェは笑顔を浮かべ、ジェフリーは何やら分析しながら、ルイの方へ歩いて来る。

「いえいえ、未だ不慣れな未熟な技ですよ。お二方の協力あってこそです。
 それよりちゃんと作戦通り決まって良かったですね(俺の立てた作戦通りな!)」
 
 ルイが偉そうに誇っているその作戦とは。

 まずは、魔力探知に優れたジェフリーが索敵、及び相手の探知阻害をする。
 ジェフリーが正確に魔力の動きを探知できる範囲は一キロで、大まかに魔力反応を感じるだけならば三キロまで範囲は及ぶ。
 これはもう第一線で戦う魔術師レベルで、通常の生徒……それも新入生たちが数百メートル規模であることを考えると、とてつもない差があるだろう。
 加えて相手からの探知阻害も得意であり、先ほどの彼らが直前まで接近に気が付けなかった理由はこれだった。
 
 そして相対した生徒たちにはミルシェが対応する。
 七大公爵家のエリートらしくその圧倒的な魔術発動スピードで先手を取り、相手の動きを邪魔するのだ。

 で、最後に美味しいとこ取りをするのがルイ。
 魔力を持たないルイは相手の魔力探知には引っかからず、そのため視認できないところにいれば気づかれようが無い。
 それを利用して、完全に相手の意識が二人へいったところで後ろから強襲する、というのが作戦の内容だった。
 
 
 だが元々――ミルシェだけでもなんとかすることは出来なくもなかった。
 直接の魔術攻撃は禁止と言ってもそこは散々訓練を積んだミルシェである。
 いくらでもやりようはあった。ただ、少し荒いやり方になってしまうというだけで。
 だから最初は、三人で真正面から相手を叩き潰すという、割かし脳筋じみた作戦だったのだ。
 
 そこに待ったをかけたのがルイ。
 自分が一番目立ち、かつ一番いいところを見せられる状況を常に思考しているこの男は、『もっとスマートにいこう』『チーム戦だからこそできることをやろう』などという薄っぺらいオブラートでもって、前述の作戦を提案したのだった。
 
 実際三人の特性をうまく生かしたその作戦は理にはかなっているし、ルイも綺麗にいいところを取れて満足しているので、まあこれで別に問題はないのだろう。
 
 
         ◇
 
「よしっ! これで奪ったバッジは十九個目、合計で……ニ十個ちょいくらい?」
「ああ、十五分でこれならかなり上出来だろう。後半分でどれだけ奪えるかだな」

 今しがた倒した四人を尻目にミルシェはバッジを数える。
 
 散開のための十分を除けば、ジェフリーの言葉通り演習が開始してから十五分ほどのの現在。
 合計三十分の演習の折り返しに来たことになる。
 この時点でルイたちパーティーは、五つのグループからバッジを奪っていた。
 
 そのうちの一組が同じ三人パーティーだったため、合計で十九個。
 そして一組がどこかもう一組を倒していたらしくそれを加算して本当の合計は二十三個。
 他のグループの状況を知るすべはないが、ここまで作戦が上手くはまっているのもあってかなり良いペースだとミルシェ、ジェフリーの二人は思っていた。
 
 そんな景気よい空気の中、美味しいところを取り続けてご満悦かと思われたルイは――

(おいおいおい、やべーぞマジで。
 始まって十五分ってことは総計では二十五分。つまり俺が薬使ってから二十五分。効果時間があと……五分! 五分!? 五分ってお前、そりゃヤバいだろ!)

 三十分という薬の効果時間と演習時間とを比較し、薬が先に切れるという事実に今気づいてめちゃくちゃ焦っていた。

 演習の詳細は事前に言われていたというのに、完全に今更である。
 まあ薬を使わないという選択肢はなかっただろうし、知っていたからと言って何かが変わったとも思えない。
 
 が、まさに今発覚したこの事実に大慌てしている当人にとってはそう簡単に流せるものではない。
 
(どうするどうするどうするどうするどうする! 考えろ、考えるんだ俺! 
 薬が切れた後まともに動けるとは思えない。何事もないように同じスピードで走ったりするのは無理だ。絶対こいつらにはバレる。
 どうすれば……そうれば俺のカッコよさを損なわずにいられる? 頭を振り絞れ!)
 
 薬が切れて動けなくなっても、なんとか自分のプライドを守れる方法を必死に模索するルイ。
 十数秒の思案の後……ルイは突然ガクリと膝をついた。

「ど、どうしたのルイ君!?」
「おいルイ! 大丈夫か!」

 驚いたように声を上げる二人。

「……すいません、実は昨晩からあまり体調が良くなくて。今朝は大丈夫だと思っていたんですが、今ちょっとキツイかもです……」

 秘技、仮病。

 薬が切れて動けないという状態を、こいつは体調不良で押し通す作戦に出たのだった。
 顔を苦し気に歪め、はあはあと息も荒くしているというご丁寧っぷり。
 真に迫った演技に関しては流石である。
 
 無論、今はまだ動ける。
 だがあと五分という中途半端な時間で、下手に敵のところまで行った後切れてしまってはそれこそヤバい。
 そう判断して今この作戦に踏み切ることにしたのだ。

「だ、大丈夫ルイ君?」
「ええ、今すぐどうにかなるほどではないですが、さっきみたいな激しい動きをするのは無理かもしれません」
「そっか、どうしよう……とりあえずはここで休もうか。ジェフリー、誰かこっちに来たりはしてないよね」
「今のところ一キロ圏内に二つグループはあるがこっちに来る気配はない。
 ……まあ、体調管理はしっかりしろ、という言葉も今のお前には流石に酷だ。ハーゼルゼットの言う通り少し休息を取ろう」
 
 完全に休む流れになってニヤリと心の中で笑うルイ。
 チームの足を引っ張ってるくせに罪悪感のかけらもない。
 
 心配そうな顔をしたミルシェが近づいてきて、ルイの額に手を当てる。
 そしてすぐさまバッと手を引いた。

「熱っ! ルイ君すっごい熱いよ。これは本格的に体調悪くしちゃってるねー」
「すいません、せっかくの実戦演習なのにこんな……(ふふふ、秘技体温調節)」

 お前は変温動物か何かか?
 
 ルイの(全く心のこもっていない)謝罪にも、ミルシェは笑顔で別にいいよーと言う。
 ジェフリーは少し不満そうではあったが、それを口に出しはしないようだった。
 不本意ながらにも稼いできた好感度の成果と言えるだろう。

「ま、かなりハイペースで動いてきたし成果はかなりあげたからまあいいだろう。
 残り半分動いていたらどれだけ出来たかも気にはなるが、チームとして動けたという確認ができた点ではもう十分ではあるしな。
 後は、ルイの調子が少し戻ったら駐屯地の方に…………なんだ?」

 突然、言葉を切って怪訝な顔を浮かべるジェフリー。
 目を細めて何かを確認するかのように身体から魔力をほとぼしらせる。魔力探知を使っているのだろう。
 やがて信じられないといった風に目を見開いた。

「これは、なんだ? 分からない。分からないが、まともじゃない」
「どうしたんです?(おい、なんか厄介事の予感がするんだが)」
「……物凄い数の何かが探知にひっかかった。こっちにもすごい勢いで来ている」
 
 もう少し近づいて来ないと詳しくは分からないというジェフリーの言葉に、ルイの嫌な予感はどんどんと増大していく。
 そしてその嫌な予感は、見事現実のものになるのだ。
 
「……魔物」
「なに?」
「私、昔戦ったことがあるから分かる。これ、魔物の魔力反応だよ! つまり――」
 
 ――魔物の大集団がこっちに来てるんだよ。
 
 無情な宣告にルイはリアルに頭を抱えた。


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邂逅

 完全に孤立してしまった。
 目の前の魔物をまた一体切り裂きながらルイは思う。
 
 まず襲来してきた魔物の数が多すぎたのだ。
 恐らく百はくだらないだろうと思われる魔物の大集団の、その余りの勢いの前では、三人で固まって行動などということができるはずもなかった。
 
 一撃が致命傷になるルイは当然、その勢いをまともに受け止めるわけにもいかず。
 ミルシェやジェフリーも、周りに仲間がいるからか大規模な魔術を使う訳にも行かず。
 それをいち早く察したルイは、いざ他力本願、ミルシェたちが魔物たちを掃討できるように少し距離を取ろうとした。

 ……したのだが、当然魔物たちもそれを追撃し、対応しているうちに流れ流れていつの間にかルイは二人と完全に離れてしまったわけである。

「さて、どうするかね」

 自分を追っていた最後の一体の喉元を掻っ切り、絶命を見届けてからそう呟く。

 周りには十数を超える同種の魔物の屍。
 巨大な体躯を持つ、一見ただの大きな狼に見えるこの魔物はルー・ガルー。
 言語こそ話さないものの高い知能を持ち、集団行動はもちろん格闘術のようなものを使うものすらいる二足歩行の狼だ。
 そういった面から人狼、と称する者もいる。
 
 しかし、そもそも危険レートBのこの魔物がこの場にいるのがおかしいのだ。
 確かに今回の演習場所変更によって前線に近くなりはしたものの、高レートの魔物の掃討はすでに終えているはず。というより終えてなければ駐屯地など作れない。

 つまりこのルー・ガルーは、この地区のさらに外から来たことになる。

「あー、これマジで他の生徒たちはぼほぼ死んじゃうんじゃね? まともに戦えるやつとかいるのかよ」
 
 どこか他人事なルイのつぶやき通り、今回の演習でレートBの魔物など想定されていない。
 大体はEかD、撃ちもらした残党的なレートCがもしかしたらいるかもしれない、というのが事前の説明であった。
 そしてほとんどの場合は、演習場所の各地にいる軍属魔術師たちが対応するので問題ないともいわれていた。
 
 外で散々戦っており、この魔物との戦闘経験もあるルイだからこそなんなく倒せたものの、普通はこれまでに魔物を見たことも無い生徒たちばかりだ。まともに対応できるはずがない。
 ましてや軍の魔術師でも死ぬ可能性があるレートBの前では、成す術もなく殺されるだろうというルイの予測は非常にもっともなように思えた。

 しかし、ぶっちゃけルイにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
 それこそ離れてしまった二人の安否すらどうでもいい。
 目下、ルイが抱えている一番の問題、それは――

「だるい、だるすぎる……」

 完全に薬の効果が切れて、身体を物凄い倦怠感が襲っていることだった。
 
 腕が重い、足が重い、ついでに言えば瞼も重い。
 とてつもないダルさに苛まれながらも、足を止めるわけにもいかないのでズルズルと足を引きずるように進んでいく。
 
 死体の集まるこの場所にいては、血の匂いをたどって他の魔物が集まってくる危険性があるので、まずここを離れなくてはならない。
 あとは自分の身体にもたっぷりと返り血を浴びてしまっているため、出来ることなら湖のような水場を見つけたいとも思っていた。
 
 とはいえこの広大な森の中だ。
 湖などそう簡単に見つかるわけがない、そう思っていたのだが、歩き始めて十数分でルイはあっさりと見つけてしまった。

「くふふふ……やはり俺は天に愛されたラッキーボーイ……」
 
 いつもの自己賛美の言葉もどこか力ない。
 かなりお疲れの様子である。
 
 湖のほとりまで歩いて行き、周囲に魔物がいないことを確認した後、ルイはその場にどかりと腰を下ろした。
 血を流すよりもなによりも、まずは休みたかったようだ。
 
(クールダウンに必要な時間ってどれぐらいだったけか……)

 手を後ろについて空をボーっと見上げながら考える。
 
 服用した薬が身体から抜けきるのにも三十分かかる、とアリエスがかつて言っていたような記憶が朧気ながらあるような、ないような。
 三十分をフルに使った後に未だ戦いの渦中にいるということはなかったため、正直もうまともに覚えていないのだ。
 
 そしてまさに今ルイは、服用後三十分動きっぱなしで薬が切れた後のリバウンドをひしひしと感じていた。

(ダルい、ダルい、ダルい、ダルい……こんなにつらいの初めてだよ。
 あっ、なんか頭も痛くなってきた! くそーもうホント勘弁してくれ! もう二度と薬使わないから神様頼む! 今すぐ正常な状態に戻してくれ!)

 困った時(のみ)の神頼みではあるが、神にすがりたいくらいにはこの現状が辛かった。

 とりあえず、血を流すついでに湖の中に頭を突っ込んで冷やそうと思い、のっそりと立ち上がる。

 水辺に膝をついて水を掬おうとしたその瞬間――――目の前の水面が凍った。
 
 いや、ルイの目の前だけではない。
 そこを起点にしてどんどん広がっていき、瞬く間に湖全てを埋め尽くした謎の凝固反応を、ルイは訝し気な目で見つめていた。

 そしてルイは『視た』。
 目の前の氷が棘のように突き出されて、自分の身体を貫く光景を。
 それを認識した瞬間、ルイは半ば反射でその場から飛びのいた。
 
 ほぼ同時に自らの左腕を掠っていく氷の棘、というよりかは氷の槍というのが相応しい巨大な氷の塊。
 回避のタイミングには何の問題もなかった。
 普段なら何事もなく避けれていたはずである。
 わずかにでも被弾を許してしまったのは、薬による身体強化がなされていないためであった。
 
「あれ? 今のは流石に反応出来ないと思ったんだけど」

 後方、そして頭上から聞こえてきたその声にルイは振り返る。
 
 明らかな殺意でもって今の魔術を使ったのだろうその人物。
 あまつさえ自分に僅かとは言え傷をつけた人物である。
 
 完全に敵認定して殺す気満々のルイだったが、その人物の顔を見て少し拍子抜けしたような顔になった。
 
「ああ、やっぱり似てる。そっくりなんてもんじゃない。
 本当に、本当に……ムカつくんだよね、その顔を見るだけでさあ」

 そう言ってルイへの憎悪を隠そうともしない木の上に立つ少女。
 
 黒いセミロングの髪を横で一つに結え、どこかルイに似た面影を持つこの少女こそ、いつかのコスモスとの会話で勝手に死んだことにされていた、一歳下で腹違いの妹。
 ミスカ・フィーレンスであった。


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悪意の襲撃

「(なんだってここに愚妹がいる? しかも俺に対する殺意満々ときたもんだ)ふむ……僕はどこかであなたと会ったことがありましたかね?」
 
 かつての自分の妹であると認識していながらも当然何も知らないふりをする。
 実際『ルイ』として関わったことは一度もないし、この状況を理解するためにも相手から情報を得る必要があった。

 そんなルイの質問に対し、ミスカはあっけらかんとした様子で答える。

「あんたと会ったことはないよ。正真正銘の初対面」
「でしたら何故さっきのようなことを? 人の恨みを買うには十分すぎることをやってきた自覚はありますが、少なくともあなたに殺されかけるような覚えはないんですが」
「ある」

 きっぱりとした口調。
 その目に宿るのはやはり純然たる殺意だ。

「あんたが魔力無しのくせに粋がっててムカつくってのが一つ。そして――」

 パキパキと音を立ててミスカの周りの空気が氷へと変わっていく。
 やがてそれは先のものよりは小さいながら氷の槍としての形をとり宙へと浮かんだ。
 
 パキパキ、パキパキと。
 次々に形作られているその殺意の結晶をルイはただ眺めていた。
 余裕を気取っているわけではない。
 ただミスカの次の言葉を待っているのだ。

 やがてその数が十にも達した頃、ミスカは口角を釣り上げて言った。


「――あんたがあのクソ兄貴にそっくりだからだよ!」
 
 言葉と同時に降り注ぐ氷の槍。
 ルイを殺すために作られたその魔術は、このままではルイを貫いてその命を奪うだろう。
 
 しかし、ルイはその数瞬前には既にその場から跳んでいた。
 視えていたからだ。
 ミスカが魔術を撃ち出すタイミングも。
 そしてその氷の槍が降り注ぐ場所も。
 
 身体強化のなされていない、そして疲労の溜まっている現状を踏まえたその回避行動は当然、自分が飛びのいた先が槍の射線上であることも織り込み済みである。
 ルイに届くかと思われたその魔術は、ルイが振るったナイフに当たるとたちまち霧散した。
 ふわりと宙に漂うのは氷の結晶ではなく魔力の残滓。
 物理的に氷が砕けたとかそういうことではない。
 文字通り魔術自体が霧散したのだった。
 
「……なにそれ、意味わかんないんだけど。
 魔力無しのくせに今ので死なないとかホント腹立つなあ」
 
 自らの魔術があっさり回避されたのを見て、不満げに、それでいて忌々しげに吐き捨てるミスカ。
 本当に、ルイのことが気に入らないようだった。
 
 外面完璧人間のルイであるが確かに直接の面識のない者の中には、そのあまりの優等生ぶりが鼻につくのかそれともルイのその容姿を妬んでか、ルイを悪しざまにいう人間もいる。
 だが流石にここまで明確な殺意を持つ者はいない。
 その理由がおそらく先ほどの言葉なのだろうが……。

 魔力無しを見下す、これはミスカに限らずよくあったことだ。
 これまでもルイは何度もそういう人間に会ってきたし、その度にそいつらを叩きのめしてきた。
 だが『クソ兄貴に似ている』、この言葉がルイの理解を妨げていた。
 
 何度も言う通り、ルイは外面完璧人間だ。
 今までの人生で一度もボロを出すことなく『理想』を演じてきたし、それは目の前の妹に対してもそうだった。
 よく触れ合っていたのはそれこそ十年も前の、二人が幼い頃の遠い昔の話。
 ルイが魔術師としての才能を顕すようになってからは距離が出来たものの、それまでは完璧な兄を演じていたという絶対の自信があった。
 
 一緒に遊んでやったり、魔術を教えてやったり、とにかくとても可愛がった。
 無論本心からのものではなかったが、そのおかげか幼いミスカは常にルイの後ろをちょこちょこと付いてくるぐらいには懐いていたはずだったのだ。

(うん、やっぱり俺には何の落ち度もないな。
 どこまでも完璧な兄、理想的な兄。いや、理想的どころの騒ぎじゃないだろ。こんな絶世の美少年で、他に並び立つ者がいないくらいの天才で、しかもめちゃくちゃ優しい超絶紳士とかもう神に感謝するレベルの幸運じゃん! 
 それをクソ兄貴だとこの愚妹がー! 才能ないてめえにどんだけ俺の貴重な時間を使ってやったと思ってんだこの恩知らずめ! 死ね! ここで朽ち果てろ!)

 ルイは、それはもう大層ご立腹だった。
 まあ記憶を探っても何の心当たりもないのだから、理不尽な殺意に怒りを覚えるのはもっともかもしれない。

「ま、いいよ別に。幸か不幸か魔物の大量発生が起きて演習はもはや体をなしてない。
 そのおかげでこんなおあえつらえ向きの状況ができたわけだし……ゆっくり、じっくりと殺してあげる」

 そう言いながらミスカは木の上から飛び降りて地面に立つ。
 これでルイとミスカが正面で向かい合う形となった。
 
 見つめ合う二人の表情はそれぞれ全く違って、ミスカは憎悪や殺意を滲ませつつこれから自分が起こすことを想像しているのか、どこか残酷な笑みを浮かべている。
 それに対するルイはそんな悪意など柳に風といった風に、余裕そうな微笑みをたたえていた。
 
 だがどちらかが動くことによって殺し合いが始まる、一触即発の状況であることは間違いない。
 数秒の沈黙の後、ミスカが魔力を腕の魔術式に込めようとしたその寸前にルイが口火をきった。
 
「一つ、聞きたいのですが」
「……なに」
「どうやら、そのクソ兄貴とやらにずいぶん思うところがある様子。いったい何があってそんな風になったんですか?」
「は? なんでそんなことあんたに教えなきゃいけないわけ」
「(ちっっっっっ、こんのクソ生意気なガキが!)いやね、だって僕は今自分の命を狙われてるんですよ? そのクソ兄貴とやらに似ているとかいうめちゃくちゃな理由で。流石にそれくらい教えてくれたっていいでしょう」
 
 ルイがなんとか理由を聞き出そうとするのには訳があった。
 クールダウンのための時間稼ぎである。
 
 現状、手足も重く疲労していて、まともな戦闘は言うに及ばず回避に徹し続けるのも厳しい。
 先の攻撃はなんとか避けられたものの、もう少し規模の大きな魔術を使われてはもうおしまいだ。身代わりの首輪 (アリエス曰くチョーカー)で一度は防げるものの、それが発動した時点でもう逆転できる状況ではないだろう。
 だからこそ少しでも時間を稼いで、あわよくばもう一度薬を使える状態までもっていく必要があるのだ。

 さっきから余裕そうな笑みを浮かべているルイだったが、ぶっちゃけ全然余裕はなかった。
 焦りを表層には決して出さないその鉄仮面は、ひとえにプライドのたまものである。
 
 で、そんなルイの言葉を受けたミスカはうざったそうに溜息をつき、数秒間考えていたが――

「ま、いいか。話してやってもいいわ。どうせ死ぬんだしそれぐらいのサービスはしてあげる」
「それはありがたいですね(なんでこう一々癇に障るんだろうな、あー張っ倒してえ)」

 どんどんイライラゲージをためていくルイとは逆に、ミスカはとりあえず矛を収めたのか少し肩の力を抜いた様子で一つ息を吐いた。
 表情からにじみ出ていた殺意も、少しはなりを潜めたようだった。

 そして、語り始める。
 過去のこと。
 クソ兄貴と称した自分の兄のこと。
 憎しみを募らせるようになった、その理由を。

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独白、そして

次でミスカ云々は終わりです。
あと五話ほどで第一章も終わると思います。




 フィーレンス、って言ったらまず真っ先に思い浮かぶ奴がいるでしょ?
 アルト・フィーレンス。
 それがあたしの一つ上の兄だった。
 
 あいつはずっとあたしの前に立ってた。
 年齢で言えば当然なんだけど、そういうことじゃなくてね。
 
 あたしが物心ついたころにはもうあいつは天才で。
 その才能が歳と共にどんどん磨かれて、実際に結果を出すようになって、そうするとあたしにも相応の期待が寄せられた。
 史上稀にみる天才、その一つ違いの妹って。
 
 だけど――あたしは天才じゃなかった。
 
 不出来だったわけじゃない。
 でも天才じゃあなかった。
 あいつのようには、できなかった。
 
 一生懸命頑張るって言っても、あたしは精々魔術教本を読んで理論を学んで、そして一つずつ魔術を覚えていくしかない。
 あいつみたいに基礎理論だけを学んで、そこから新しい魔術を生み出せたりはしない。
 
 普通じゃないから。
 あいつが異常なだけだから。
 そんな風に割り切るにはあたしは子供すぎたし、何より同年代と接することが少なかったころ、あたしの全ては兄が基準だった。
 どうしてあたしは兄のようにできないんだろう、なんて。
 今だったら考えるだけ無駄なことを昔はずっと考えてた。
 
 周りは……まあ、多分それなりに落胆していたとは思う。
 あたしも普通に優秀な部類ではあるから、とりたてて見下されたりするようなことはなかったけど、ことあるごとに兄と比べられて、あたしのやることが全部兄の下位互換でしかないのはすごく嫌だった。
 だから当然、両親も含めた周りの奴らはすぐに嫌いになった。
 兄に対しても……あたしが放っておかれてただただ褒められ続ける兄に対しても、モヤモヤした感情を抱いたりもした。
 
 でも、当の兄がずっと優しかったから。
 勉強で分からないところはつきっきりで教えてくれたし、魔術がうまく使えないときも根気よく付き合ってくれた。そんな兄だったから、暗い気持ちを持ってしまう自分がダメな人間なんだと思ってた。

 事実、兄の側をずっと付いてまわってるときは良かったんだ。
 何も考えず思考停止して一緒にいれば兄が全てから守ってくれる。
 ダメダメだと思っていたあたしのことを唯一肯定してくれる。
 
 その時は、周りからの比較の言葉が聞こえても不思議と気にならなかった。
 しょうがないじゃんうちのお兄ちゃんがすごすぎるんだからって、逆に開き直れた。
 兄の近くにいることでその才能の大きさに目が眩んじゃってたのかもしれない。
 あと、すごく口が上手い人だったからあの時は半ば洗脳状態だったのかも。

 そんな兄の腰巾着状態が終わったのがあたしが七歳の時。
 兄は八歳で戦場に出るっていう異例の事態を機に、段々こっちに戻ってくることが少なくなった。
 大戦果を挙げて戻ってきてはまたすぐ戦線に行って、今度は新しい区域を解放してくる。
 そんな風に戦いに生きていた兄だ。
 必然あたしとの接触は少なくなっていて、そうなったら突然今まで気にしていなかったことが急にリアルになり始めた。


 アルト君はこれぐらい出来たのに。
 アルトだったらこの魔術も使えるんだけど。
 アルト様ならすぐに理解してくださったんですが。

 アルトだったら――
 アルトだったら――


 誰も、あたしのことなんて見ていなかった。
 アルト・フィーレンスの付属品。フィーレンス家のできない方。
 もはや妹ですらない。
 その価値が発揮されるのは婚約云々という話だけ。
 あたしには女としての価値しか求められていなかった。
 
 ……気づいていなかったわけじゃない。
 あたしはとっくに気づいていたはずだった。
 誰も自分に興味などなくて、あたしはあいつのおまけだってこと。
 何をやろうともあいつより劣ったものとしか見られないことを。
 
 なのに目をそらしていた。
 最終的には仕方ないなんて言葉で自分を納得させていた。

 馬鹿か。
 どれだけ頑張っても誰にも評価されない。
 何をしてもあいつに比べたら大したことじゃないと言われる。
 それを、仕方ないで済ませられるわけがない。
 そんなの――


「――――冗談じゃねえんだよ!
 あたしはあたしだ! ミスカ・フィーレンスだ! あいつのおまけなんかじゃない! あいつがどれだけ凄かろうとあたしはあたしなんだよ!
 あたしの努力を……あたしの人生をただのおまけ扱いされてたまるか!」

 鬼気迫る表情で叫ぶミスカ。
 目は血走り、怒りのこもった拳の中では爪が突き刺さる。
 今にもルイへと飛びかからんとするかのような様子だった。

「(いや、つーか話なげーよ。もっと簡潔にまとめらんねえのか。ホントこういうところで教養の差が出るよなあ)……なるほど。あなたの心情に関しては分かりました。ですが、それではあなたの兄君を殺したいほど憎む理由には弱いのでは?」

 ルイの言葉通り、今までの話でミスカが鬱屈した思いを抱えることになった経緯は知れたが、兄をクソ兄貴とまで呼び殺意を抱く理由は分からなかった。
 
 ルイのその質問にミスカはこう返した。
 
「え、いやだってムカつくじゃん」
「は?」
「あいつのせいで、あいつがいるからあたしがこんな目にあってるんだよ? つまりあいつが存在してなければあたしの人生ハッピーだったわけ。じゃあ死んだ方がいいよね。
 そもそもあたしより優秀って時点で胸糞悪いし、普通に死んでほしい」

 あんまりにもあんまりな返答に、さすがのルイもあんぐりと口を開けてしまう。

(こ、こいつマジでやべえやつじゃん! さんざんお世話になった兄への恩を返すどころか逆恨みの果てに殺そうとするとか救いようねえよ!
 ていうか自分より優秀なやつを妬むとか、その時点でもう人間としての小ささが如実に表れてると言うかなんというか……)

 いや優秀な人間を妬むことに関してお前の右に出る者はいない。
 でも何故かこんなところは兄妹らしくそっくりだったようだ。
 
「で、僕を殺そうとしたのはその兄君に似ているから、と。過去のことを聞いたとはいえ突飛すぎで納得できる理由ではないですがね」
「あー、さっき言ったのももちろんあるよ。でもまあ、ぶっちゃけ……」

 ミスカはニヤリと笑って言い放つ。

「弱い者いじめって楽しいじゃん?」

 こんな腐った性根まで、本当にそっくりすぎる兄妹だった。
 唯一の違いはその内心を表に出しているか否かだろう。
 それが最大の違いでもあるのだが。

 そして、やはり同じ穴のムジナ。
 ルイはミスカの実にクズい言葉に共感していた。
 クズはクズ同士通ずるところもあるようだ。

 だが、同時にブチ切れてもいた。
 それも当然、今のミスカの台詞は、ルイをいたぶるべき弱者とみなしているということなのだから。
 異常なまでに強者であることに執着するルイには、その言葉は禁句だった。
 
 そんなルイの剣呑とした雰囲気を感じ取ったのか、ミスカは笑みを好戦的なものへと変える。

「じゃあ、そろそろ殺ろっか。もうおしゃべりは十分でしょ」
「(え、まだクールダウン終わってないんだが)いや、ちょ、ちょっと、あともう十分くらい待ってもらえませんかね?」
「はあ? なんで?」
「いや、こっちにもいろいろ準備があると言いますか……」

 大分時間は稼げたものの、いまだ三十分は経っていない。
 感覚でまだ薬が体から抜け切っていないことからも分かった。
 
 あと十分程度を適当に誤魔化しながら稼げるだろうか、と無理だと半ば分かっていながらもルイは頭をひねる。
 
 というか冷静になって考えると分かるが、仮に薬を使ったとしてもミスカを殺すのはダメだ。
 フィーレンス家の長女が死んだと分かれば面倒なことになるし、『ギルド』所属の自分に少なくない嫌疑がかかるだろう。
 
 で、それを避けるためには当然、アリエスに隠蔽を頼まねばならないのだが、これ以上アリエスに借りを作ってしまうのがルイはたまらなく嫌だった。
 こういう面倒なことをお願いした日には、いったい見返りに何を要求されることか。
 そろそろ自分の貞操を求めてくるんじゃ……、とルイは身震いした。
 実にナルシストらしい発想である。
 
 だがまあ結局、ここで取るべき作戦というのは、できる限り話術で時間を稼ぎ、ダメになったらクールダウン完了まで逃げ延び、そして薬を使った後鎮圧する、というものだ。
 そのためにルイはペラを回すしかない。
 
「ちょっと僕の家に伝わるジンクスでして、戦いをしようと決めてから十分後に状態が一番いい感じになるそうです。ええまあ、十分はちょっと長いかと思いますが、死にゆくものへの手向けとして何か土産話のつもりでお付き合いしていただければ――――っっ!?」

 その時ルイの『一秒先の』視界にゆらめいたのは、ミスカの周りを囲う魔力の奔流。
 言葉を止めたルイは、ミスカが魔術を使うつもりだと一瞬で理解した。
 
 だが、二秒先、三秒先を視てもミスカから魔術は放たれない。
 逆に変わったのは自分の視界だ。
 揺らぎ、崩れ落ち、地面に伏す未来の――

「――後ろかっ!」

 身をよじったのが功を奏したか。
 ど真ん中を貫くはずだった氷の槍は一応致命傷を避け、ルイの左脇腹を血飛沫と共にえぐるに留まった。
 その衝撃と一緒にはじかれるようにルイは宙を飛び、やがて地面に叩きつけられる。
 衝撃で内臓をやられたのか、咳き込むと口からは血を吐き出してしまった。
 
 それを見たミスカが、その口からこぼすのは嘲笑。
 
「あはははははははははははははっ! ざっっっっっっこ! 魔力が発動してからでも、魔術師だったら反応できるんだけどなあ。身体強化する魔力も持ってないかわいそうな人は、どんなに頑張っても体がついてこないもんね! ホント、かーわいそう!」





「黙っとけよブス」

「…………は?」
「おいおい、一発で聞き取れよこのクソブス。まさか自分が可愛いとか思ってんじゃねーだろうな。この俺様からしたらてめえふくめて全人類ブサイクなんだよ。
だから、そこんところちゃんとわきまえて言葉を選べよこのブサイク女」
 
 右手で薬を口に含みながらもう片方の手で体を起こす。
 
 さっきの作戦など最早どこへやら。
 薬のクールダウンがどうだとか、殺すと後が面倒くさいからどうだとか、そんなものは全部吹っ飛ばして今のルイはミスカをぶち殺すことしか頭になかった。
 言葉を取り繕わず内心をモロ出ししているのは勿論、ここで確実に仕留めるつもりだからだ。
 本当に理性という言葉が欠片も似合わない狂犬っぷりである。
 
 ルイの罵倒に顔を怒りに染めたミスカだったが、そのあまりの変貌っぷりにいぶかしげな顔になる。

「……ふーん、それがあんたの本性ってわけ」
「そうだぞおめでとう。今この世界でこれを知っているのはお前一人だけだ。
 ま、それもまたゼロになるけどな」
「ほざけよ魔力無し風情が」
 
 ミスカから吹き出る魔力の渦。
 すでに周囲には魔力弾や氷の槍を十数個も浮かせ、それと並行して何かしらの魔術を練っている。

 完全に相手にイニシアチブを取られてしまいそうな状況だというのに、ルイはコキコキと首を回しながら不敵な、そして不気味な黒い笑みを浮かべた。
 
「中等部三年生ミスカ・フィーレンスさんは、実践演習中の不幸な事故の結果、魔物に殺されてしまいました。ちゃんちゃん」
「……奇遇だね。あたしも同じこと考えてたんだよ」
 
 血に塗れた兄妹喧嘩が、始まる。



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殺し合いの結果、疎遠だった兄妹が仲直りする確率を求めよ。ただし、妹は兄を兄だと認識しておらず、兄は妹を殺す気満々であるとする

 三年前にアリエスと交換して得たルイの右目、『予見眼』は、未来を見ることができる魔眼である。アリエスもそう説明していた。
 だが、それだけではない。
 
 この魔眼の真価はその目で視た未来、そこから得られる『経験』だ。

 どういうことかというと、まず、ルイは右目で何かを視認した時に一つの確定した未来を見ているわけではない。
 その瞬間に、数秒先(魔力強化した際には最大で十秒先)の範囲内で起こりうるいくつもの未来を見ているのだ。
 そうやって一瞬の内に頭を埋め尽くすその未来たちを、ルイは『経験』することができる。
 
 分かりやすい例としては戦闘の時。
 相手が接近し袈裟切りを放ってきた。
 それに対して体をひねって避けた場合、ナイフで受け止めた場合、一気にその場から飛びのいた場合、はたまた相手より早く蹴りを叩きこんだ場合……。
 そんな風に様々な可能性を視て、それが既に経験ずみの事実として脳に記憶されるのだ。
 そして、その中からルイが最善だと思う行動をとるわけである。
 
 勿論、その中にはあっさりと切られて死ぬ可能性だって存在する。
 この避け方で殺される、この攻撃を出すとカウンターを受けてしまう。
 あらゆる死の未来すら『経験』した上での『選択』なのだ。

 だから、強い。
 こと戦闘において数秒先が見えるというのはすさまじいまでのアドバンテージになる。
 それは今この状況においても当然発揮されていて――


「クソがっ! なんで当たんないんだよ!」
 
 次々とむなしく空を切る魔術にミスカは苛立ちの声を上げる。
 
 どれだけの数の魔力弾を打っても、死角から氷魔術を繰り出しても、その全てが回避されていた。
 それも、回避する未来を視て実際にそれを実行できるだけの身体能力を持つルイにとってはたやすいことである。
 
 さらに言えばもう一つ、ルイは魔術自体を壊すこともできた。
 魔術を形作るのが魔術式なのは当然だが、術者の手を離れた魔術にも式自体は存在しており、術式が崩れれば魔術も霧散してしまう。
 ルイの未来視はその術式の位置すら見つけ出すことができ、そこへアリエス特別製ナイフで直接干渉することで、魔術を無効化できるのだった。
 
 これまでの戦闘で魔弾を霧散させていたタネはこれだ。
 というか、魔眼もナイフもアリエスの力だとするとルイは一体……。
 
 と、まあ、そういうこともあってルイは大層余裕をぶちこいていた。
ミスカは魔術師として弱い方ではないものの、明らかにイリーナには劣る。
 今のところは回避が不可能な範囲に及ぶような大規模魔術を使う気配もない。
 そもそも、水と氷の二適性しかないからか戦いにバリエーションがないので、ほぼ読み切ったも同然だとルイは考えていた。
 
 だからいつでも攻撃をいれる隙はある。
 というより多少無茶に突っ込んでも、この程度であれば相手の魔術を壊しながら進むことだって可能だ。
 
 だが、ルイはそれをしない。
 散々余裕を見せつけて絶望させた上で仕留める。
 それがこいつのやり方だ。
 
「おいおいおい、どうしたどうしたぁ! 威勢だけよくてもそんなゴミみてえな攻撃じゃ百万回やっても当たんねえぞ! クソ雑魚なめくじか?」
「っこんの! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死ねえええええええええええ!」
「あーっはっはっは!」

 避けながらも煽りまくる。
 この男、完全に舐め腐っていた。

「ちょこまかと逃げてばっかいるんじゃねーよ! 来るなら来い!」
「え? ホントに攻撃してよかったの? いやあまりにも隙だらけだからてっきり冗談でやってるのかと」
「てめえ……」

 怒りを膨れ上がらせるミスカ。
 そりゃまあこれだけおちょくられればムカつくだろう。
 
 だがその怒気とは裏腹に、冷静に魔力を練って術式を構築している。
 ばれないように秘密裏に、しかし尚且つ素早く。
 狙うのはルイそのものではなく、その足を止めることだ。
 
「お」
 
 魔術の発動。
 それと同時にルイが初めて動きを止めた。
 その足元は膝下まで地面を巻き込んで凍っており、ガッチリと固まっている。
 
「なるほどぉ」
「ようやく捕まった! これでようやくお前を好きなだけぶちのめせる!」
「ふーん……まあ、確かに下半身の力じゃ壊せそうにないな」
 
 ルイがぐっと力を入れてもびくともしない、そんな様子を見てミスカは喜色を浮かべた。
 ようやく一泡吹かせてやったと思っているのだろう。
 それともこれからルイに攻撃を浴びせる場面を想像しているのかもしれない。
 
 さあ反撃返しだとばかりに攻撃用魔術を展開しようとした、その瞬間――ルイはいつの間にか氷の横に立っていた。
 完全に拘束を抜け、何事もないかのように。
 
「な、なんで……」

 驚きと、そして僅かながらに絶望をにじませた顔で呟く。
 ルイはそれを見てさっきのミスカ以上に喜色満面の笑顔になった。
 
 そして言う。


「ねえもしかして今ので勝てるとか思った? 思っちゃったぁ?
ざーんねんでした! お前がやろうとしてたことなんてお見通し! 最初から避けようと思えば避けれたけどわざと受けたんだよ! お前のその顔が見たかったから! ひゃー無様無様! 
てゆーか足を固めた程度でオレを止められるって思うとか、マジ片腹大激痛なんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 

 煽る煽る。
 悪魔のような笑顔を浮かべて、実に楽しそうだ。
 
 しかし、拘束からの脱出に使ったのは転移の指輪なので、これもルイの純粋な実力かと言うとかなり疑問が残るところではある。
 まあとりもなおさずこの男は、そんなこと気にもせずに偉そうにしているわけだが。

「さーて、そろそろこっちのターンかねえ」
「ひっ……」

 今までの攻撃が全て通じなかったことによるものか、それともルイの悪鬼羅刹のような顔のせいか。
 近づいてくるルイに対して、一歩また一歩と後ずさっていくミスカ。
 
「来るんじゃねえ!」

 とっさに放った魔術も、ルイに顔色一つ変えず無効化され、霧散する。
 避ける必要すらないとばかりに悠々と突き進んでくるその姿に、ミスカはこの時明確に恐怖を抱いた。
 
 心拍は上がり、呼吸が荒くなっていく。
 思考がまわらない。
 この状況を打開する方法が見つからない。
 
 それでもミスカは苦し紛れに魔術を放つ。
 一番簡単に繰り出せる氷魔術を使った最後の抵抗は……しかし、ルイには当たらなかった。
 目の前から一瞬にして消えたからだ。
 避けたというレベルではなく、姿が消えた。
 
 ルイがどこへ行ったのかという答えは、一瞬後に背中に受けた衝撃が示した。
 成す術もなく正面に吹き飛ばされ、地面へうつぶせに倒れこむ。
 痛みに顔をしかめながらも、ミスカはすぐに体勢を整えた。

 視線の先には突き出した足をゆっくり戻すルイがいる。
 ミスカを見るその目は、何故か……ひどくつまらなさそうだった。

「お前さー、なんでそんな情けないの?」

 突然の問いかけ。
 その意味がミスカには理解できない。

「最初の威勢のよさとかは(腐っても俺の妹だと思って)感心したけど、追い詰められたらすぐそんな体たらくだもんな。ホント、根っからの弱者だなお前」
「…………うるさい」
「いや俺もね、お前の話を聞いたときは、俺と同じくプライド第一のやつかと思ったんだよ。自分こそが至高の存在、ってね。
 でも今の姿を見て分かった。お前は負けん気が強いわけでもないし、ましてやプライドが高いわけでもない。自分が弱いことを分かってて、劣等感だけは人一倍感じて、それをどうにか誤魔化そうと必死にイキってるだけのゴミだ」
「…………」
「おいおいおい、図星突かれて黙っちゃったよ! まあ、反論がないならこのディベート勝負も俺の勝ちということで。はい勝利―!」

 はーホントがっかりだよ、と何故か嬉しそうに呟くルイ。

 久方ぶりに本性全開出来て良いストレス発散になっているらしい。
 女子を苛めてストレス発散という字面だけ見ると、相当最悪ではあるが。
 
「……あんたに」
「お?」
「あんたに何が分かるんだよ! 昔から誰にも期待されないで、それでもなんとかあたしを見てほしくて、たくさんたくさん頑張って、頑張って……それでも、ずっっっっっっっっとあたしはあいつの下位互換! いい加減にしろよ! なんであいつばっかり! 
 ……別に魔術じゃなくても良かった。ただ、褒めてほしかった。あたしをあたしとして見て欲しかった。それだけなのに……なんでこんなんなっちゃったんだよ……」
 
 目に涙をにじませ、悲痛に声を絞り出すミスカ。
 ずっと心に秘めていた思い。
 ただ、純粋に自分を見て欲しかったという思い。
 それを涙と共に発露させたミスカには、もはや最初の禍々しい悪意など欠片もなかった。
 
 その様子を見てルイは、
 
(うーん、女のヒスは人聞きだと面白いけど、実際直面するとめちゃくちゃウザいなこれ。
 ていうかマジでクソ雑魚メンタルじゃんこいつ。弱いものいじめが楽しいとか言ってたのはなんだったの? こんな一貫性のないやつが妹とか、兄として恥ずかしいわ)
 
 相変わらずの平常運転だった。

 女子の涙を見ても全く揺らがないクズっぷり。流石である。
 というより一般的に考えて恥ずかしいのは、こんなゴミみたいな兄の方ではなかろうか。
 
「まあ、お前みたいなクソ雑魚の思考なんて分かりたくもないからどうでもいいんだが……この戦い、どうすんの? 続けんの? そんな泣くほどどうしようもない人生だったら、ここらでサクッと終わらせるのをお勧めするぞ。俺は優しいから介錯くらいだったらしてやるよ」
 
 たたみかけるように自殺を促すルイ。
 下種っぷり絶好調である。
 
「ほら、死ぬならはよ死ねや。どーせお前が死んでも悲しむやつなんていないんだからさ。一思いにいけって、ほら! ほらぁ!」
「……………………だ」
「あ?」
「……やだ、嫌だよ、まだ死にたくなんかない。あたしだって好きなように生きたい! 友達だって欲しいもん!」

 ついに決壊した涙腺。
 ポロポロと涙を流すミスカを、ルイは白けた目で見ていた。
 戦いが始まったころの殺意はどこへやら、ただの女の子といった風でしかないミスカの様子にすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
 
(つーかこいつ今、さりげなくボッチ宣言してなかった? どんだけ残念なやつなんだよ。
 えーどうしよ、なんか白けちゃったしもう放置でもいいんだけど、ベラベラ喋っちゃったからそれもできんしなあ。やっぱ殺すしかないか…………ん、そうだ)

 何かを閃いたルイは泣いているミスカの方へ少し歩み寄る。

「おい」
「……なによ」

 それに気付いたのか、ミスカも顔を上げた。
 そしてルイは言う。
 
「俺が……天才で最強で至高なこの俺が、どうにもならないお前をどうにかしてやるよ」
 
 頭に疑問符を浮かべて首をかしげるミスカに、ルイはこう続けた。
 

「お前、オレの下僕になれ」
「は、はあ!? 何言ってんの!?」
「おいおい、流石に無学すぎるぞ。下僕というのはだな」
「下僕の意味が分かんないわけじゃないっつの! その発言の意図を聞いてるの!」
 
 悲壮な雰囲気から一転、あたふたと狼狽する。

 そりゃそうだ。いきなり下僕と言われて、はいわかりましたと言う人間がいたらそいつの方がヤバイ。
 ルイも当然そんなことは分かっているので、一応こいつなりのジョークのつもりだったようだ。

「いいか、現状お前の生殺与奪権を握ってるのは俺だ。お前が生きるも死ぬも俺次第。でも正直、俺はもうどうでもいいと思ってるんだよ。お前みたいなめんどいやつに関わりたくないし」
「だったら――」
「だが! 俺のコレを知ってしまった以上、ただで放置するわけにもいかない」
「あーなるほど。噂では気持ち悪いくらい隙のない優等生って感じだもんね。まさか本性がこんなやつだとは思わなかったけど」
 
 ミスカはニヤリと笑いながらそんなことを言う。
 大分、心の余裕を取り戻したようだった。
 
「黙れ下僕、俺のやってることは崇高なイメージ戦略なんだよ」
「ちょっと、あたしはあんたの下僕じゃないってば!」
「お? じゃあ死ぬか? いや、真面目にどっちかしかないぞ。俺としてはここで口封じしなくちゃいけないし、その方法を『死人に口なし』か『私はご主人様の忠実な下僕です』のどっちにするかを選ばせてやるって言ってんだよ」
「う、うぐぐ……」

 ルイの言葉を聞いて葛藤するミスカ。
 
 実際にこの男は、ミスカを殺すと決めたら少しの躊躇いもなく殺せるだろう。
 それはもうあっさりと。血を分けた兄妹だとしても。
 ルイにとって他人とは、自分に利する他人か、そうでない他人かに過ぎないからだ。
 
 しばし悩んでいたミスカではあるが、さっきの涙ながらの言葉から分かるように、出すべき答えなどとうに決まっていた。

「……分かったわよ。下僕でもなんでもやってやるっての」
「じゃ、まあそういうことで決定だな。ちゃんと俺のために働けよ下僕」
「くっ、仕方ないわね。……でもこれだけで信じられるものなの? ここでだけうまいこと言って、普通にバラすかもしれないよ?」
「俺が他人を信用するわけないだろ。当然、対策はある。こいつだ」

 そう言って懐から一枚の紙を取り出す。

「なにそれ」
「魔術で作られた契約書だ。これに書かれていることにお前が同意して、これを体内に取り込む。そうするとその事項に反する言動はできなくなる」
「う、嘘でしょ? そんなとんでもないモノがあるの!?」
「知り合いに便利な道具屋がいるんだよ。
 それよりほれ、早くこれを体内に入れろ。ちなみに魔力に溶けるから体自体には害はないぞ」

 契約書をぐいぐいとねじこむように押し付けてくるルイに対して、若干混乱気味のミスカは避けるように後ろに下がった。

「ちょっと待ってよ! まず何が書いてあるか知らないんだけど!」
「お前、契約内容にどうこう言える立場じゃないだろうが。ほら、早く同意しろっての」
「もうっ、押し付けんなってばぁ! 別に内容くらい教えてくれたって……はっ! まさか、あんた、下僕とか言ってあたしにエロいことさせるつもりじゃ……!」

 ミスカの言葉にルイは驚愕の顔を浮かべ、ショックを受けたようによろめいた。
 無駄に大げさなやつである。

「おま、お前……冗談でもそういうおぞましいことを言うんじゃねえよ。マジで鳥肌もんだからさぁ。あーキモ。
 つーか、え、なに? お前、俺と自分が釣り合ってるとか思ってるの? それとんでもない勘違いだよ? 万が一いや、億が一そんなことがあったとしたら、お前の方が咽び泣くべきだからね?」
「え、えぇ……」

 その凄まじい理論に、ミスカは引き気味になる。それで正常だ。
 が、しかしこんなルイの言葉に何か思うところがあったようで、ふと顔をうつむかせた。
 
「……なんであんたは、そんな意味不明なくらい自信満々なのよ。魔力無しだったらあたしよりもっと底辺からのスタートでしょ。あたしだったらそんな風には絶対になれない」

 それはミスカの悩みの根源。
 誰からも承認されなかったが故の劣等感。
 そしてそれが自分に自信を持てないことに繋がっている。

「ふむ、俺だって当然たくさん苦労はしてきたぞ」
「どんな苦労?」
「ギルドの依頼の途中、持病の仮病が発症して何度もぶっちしたら生活費が足りなくなったりとか。依頼相手がとんでもなくウザいやつだったからターゲットと一緒に殺したら、裏に付いてた割とデカめな組織ごと相手にしなくちゃならなくなったこととか。舎弟にできるかもと思って、入学式の隣の席にいた女子に思わせぶりなこと言ってたらいつの間にか半ストーカーになってたりとか。もう苦労も苦労、大苦労!」

 語られるルイの苦労話たち。
 ミスカは顔を引き攣らせながら言う。

「い、いやそれ、完全にあんたが悪いんじゃ……」
「俺は悪くない!」
「!?」
「何か失敗があろうが何があろうが俺は絶対に悪くない! 日が悪かったり、運が悪かったり、俺以外の誰かが悪かったり! とにかく俺が悪いなんてことはありえない!

 絶句。
 その余りの暴論にミスカは絶句するしかなかった。

「――と、言う考え方をお前もちっとは見習え。
 自分以外全員クソ。自分が至高で他はゴミ。まーもちろん、俺こそが至高だから下僕のお前は自分を二番目だと思うといい。自分は世界で二番目だって考えれば、お前みたいなクソ雑魚メンタルでも少しは生きやすかろう」
「……そんな、思い込みくらいで」
「別に思い込みでいいだろうが。お前はまずメンタルを鍛えないとな。
とりあえずお前はこれから、自分が失敗したら自分以外の誰かのせいにするところから始めとけ。無論俺のせいにするのはダメだぞ」
 
 ミスカは思う。
 
 目の前の兄にとてもよく似た男。
 でも本性は兄とは似ても似つかない性格だったその男。
 そいつの言っていることはとんでもなくめちゃくちゃだったが、でも何故か今までに出会った誰のどんな言葉よりも心を打った。
 
 それはきっと上辺だけじゃなくて、本気で思ってるからだろう。
 あのめちゃくちゃなスーパー自己中心的理論を。
 
 そう思うと、ミスカは自然と笑いがこみ上げてくるのだった。

「おいどうした、急に笑い出して。ついに壊れたか?」
「ふふふふっ、違うって」

あんたがあほ過ぎて面白くなっただけ――と言おうと思ったが、間違いなく怒るだろうという賢明かつ間違いない判断でその言葉は心に留めた。
代わりに一つ決心をして行動に移す。
 
「はい、その契約書貸して。同意したげるわ」

 ルイの手からその紙を奪い、その内容を確かめることなく体内に入れる。
 僅かな光と共にそれはミスカの体に入り込み、確かに自分の魔力と何かが混ざり合った感覚があった。
 
 もしかしたらとんでもないことが書いてあるかもしれない。
 ホントに確認せず契約してしまって良かったのか、という不安は今になってわいてくるけれど、ミスカはそれをぐっと抑え込む。
 
 まあ、なるようになるだろう。
 もしこれが失敗だと思ったら、誰かのせいにしてやろう。
 そう思いながらミスカは満足げに息を吐いた。
 
 
 
 お互い殺意マックスだった兄妹喧嘩は、仲直り? とは言い難いが、なんとか落ち着くところに落ち着いたようである。
 ただし、未だ妹は兄を兄だと認識しておらず、その兄は妹を下僕にしたわけだが。



心に傷を負った女の子を主人公が救う、感動のシーンでした。
どうしてこんなに長くなってしまったのか……。

すいませんここからはガチで第一章終わるまで毎日投稿でいきます。


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面倒ごとには結局首を突っ込むお約束

「――で、だ。お前に聞きたいことがある」

 森を駆ける二つの影。
 それはついさっきまで殺し合いをしていた兄妹、ルイとミスカだった。
 ルイは併走するミスカに向かって問いかける。

「なに、ですか?」
「……おい、その不自然な敬語をなんとかしろ。お前、貴族関係の式典ではちゃんと敬語使ってるんだろ」

 あの後ルイがミスカに通達したこと、それは下僕としての心得だ。
 
 一つ目は呼称について。
 あんた、とかお前、なんていう呼称はもってのほかなので、これからルイのことは『先輩』と呼ぶこと。
 これも最初は『ご主人様』と言わせようとしたのをミスカが嫌だ嫌だとわめき、実際に二人以外の時に呼ばせたら逆に大変なことになるだろうことは予想がついたので、却下の運びになった。

 二つ目は、ルイに敬語を使うこと。
 今ミスカが、「なによ」と言おうとして無理やり敬語に直したのはこれが理由だった。

「この俺にタメ口とかマジでありえんし、まず年上って時点で普通は敬語だからな?」
「まあ、そうなんだけど、あんたに敬語使うのがなんかしゃくだったというか――きゃっ!」
 
 無言で繰り出された蹴りを間一髪避けるミスカ。
 それを見てルイは大きく舌打ちをした。

「走ってるところにいきなり蹴りかますってどういう神経してんのよ!」
「うっせえ! ちゃんと敬語使えやこのクソ下僕! 次はナイフ飛ばすぞ、ああん?」
「あ、頭おかしいこいつ……」
 
 ミスカはドン引きしながら呟く。
 全くもってその通りだ。
 この頭のおかしさを他の人間には完璧に隠し通しているのだから、実に恐ろしい。

「……あーもう分かった、分かりましたよ。
 これからはちゃんと敬語使いますよ、ルイ先輩。はいこれで満足ですか」
  
 それでも溜息をつきながら、言うとおりにする。
 結局そうする以外に選択肢がないともいえるが、ちゃんとこの滅茶苦茶っぷりに合わせることができるあたり、精神年齢は確実にミスカの方が上だろう。
 
「適当感にあふれてるがまあもういい。それより聞きたいことがいくつかある」
「なん、ですか?」
「今回の演習についてだ。なんか知ってることあったらキリキリ吐け」
「知ってることって言っても、あたしは大した情報知れる立場にないし……。あ、でも確かに今回の魔物大発生は不自然だったと思いました!」

 そう、ミスカの言うとおり不自然なのだ。
 
 いくら他の地区から流れ込んだと言っても、事前になんの情報も掴めなかったわけがない。この地区にだって探知専門の魔術師がいるのだから。
 当然、魔物襲来の情報を掴んで、それを演習を監督する魔術師に伝えていれば今の状況はもう少しましになってだろう。
 
 そもそもの原因として魔物大発生が起こったこと。
 そして何の情報もないままに生徒たちが魔物と接敵する事態になったこと。
 
 このどちらにも、何かしらの作為を感じずにはいられなかった。
 
「で、不自然つながりで聞くが、演習の前にお前の父親が何か不自然な動きをしてたりしなかったか?」
「え、どうしてそんなこと」
「いいからはよ」
「うーん……多分、いつも通りだったと思いますけど」
「……そうか」
 
 あてが外れたルイは、どうしようかと考える。

 ルイの元父親スヴェンへの嫌疑は八割私怨からくるものではあったが、それなりに的外れではないだろうと思っていたのだ。
 それは三年前のあの一件、そしてこの三年間で得た情報たちから来る推測であった。

 実際のところ、スヴェンがこの件に関わっていなければ、ルイはこの騒動に関わるつもりがない。
 依頼があるわけでもないし、アリエスに言われた要人暗殺というそれだけの上層部のゴタゴタであれば、わざわざ関わる必要性を感じないからだ。
 
 だがあの男が関わっているならば話は別。
 もしそうであるなら、それはルイの目的へ続く大事な手掛かりとなる。
 
 かといってルイ自身、二度連続の薬の服用で身体がヤバイのは承知しているし、そのリスクと不確かな利益とを衡量するにはそれなりに情報が必要なのだが……
 
「お前、もしかして何も知らない?」
「まあぶっちゃけそうですね」

 それを聞いてルイはがっくりと肩を落とした。
 
 口封じ以外でミスカを下僕にした理由の一つが、フィーレンス家の娘ということから得られる情報だったというのに、それがあっさりと無に帰してしまった。
 確かにあの感じからして家になじんでいるとも思えないし、仕方なかったのかもしれない。
 
 ちなみにもう一つの理由は普通にパシリとして使うことだ。
 学園でもギルドの依頼でも、小間使いとしてこき使う気満々だった。

「まあ、お前が全くの役立たずのはしょうがないとして、これからどうしようかな」
「普通に駐屯地戻るんじゃダメなんですか?」
「ダメじゃない。むしろ俺も戻って早く休みたい」
「んじゃ、早く戻りましょ。もう実践演習なんてブチ壊れちゃってるし」
「そうなんだけど、うーむ……」

 ここは迷いどころだ、とルイは思う。
 
 ぶっちゃけ、もうこんな辛気臭い森からはおさらばしたいという気持ちで心は溢れている。
 ミスカの言うとおり、もはや実践演習の体をなしていない以上は駐屯地に戻っても問題はないだろう。

 ……まあ、この森に分散した他の生徒たちを助けに行くという発想が兄妹ともに出ないあたり、共通するクズっぷりを感じるがそれは置いておこう。

 ただ、なんとなく。
 ここはこの騒動に参加した方がいいのではないかとルイの勘は訴えているのだ。
 魔力を無くしてから強く感じるようになった五感とはまた違う奇妙な感覚。
 この三年間で何度も経験したもの。
 首筋をちりちりと焦がすようなその感覚は、不吉な騒乱が起こることの予感である。
 決してまともに、平穏には終わらない災厄の予兆だ。

 だが――その中にこそ、自分の求めるものがあるのではないか。
 ここを逃しては、欲する真実は遠ざかってしまうかもしれない。


 そんな葛藤を……数秒間だけして結局面倒くさいからルイは帰ることした。

「よし、やっぱ駐屯地に――」
「あっ!」
「……俺の言葉を遮るんじゃねえ!」
 
 切れるルイをスルーして、ミスカは言葉を重ねる。

「いや、人がいました! 探知全然得意じゃないあたしでも引っかかったからめちゃくちゃ近くですよ」
「一人か?」
「人は一人、でも魔物っぽい魔力がたくさん囲んでますね。これ結構ヤバイ感じかもしれないっすよ。……どうします?」

 足を止め、立ち止まった二人。
 ミスカは伺うような目でルイに問う。
 でもその目は、「どうせ助けないでしょ?」と雄弁に語っていた。
 この短時間でしっかりルイという人間を把握しているようだ。
 
 で、それが……ルイはひじょーに気に食わなかった。
 善人の心なんて欠片もないくせに、お前は善人じゃないとはっきり示されるが嫌いなのである。
 
「行くぞ」
「あ、はい。じゃあ駐屯地に戻りますか」
「は? 俺は助けに行くって意味で言ったんだが? え、君見捨てるつもりだったの?
 おいおいおいおいおい、窮地に陥った人を平気でスル―とかナチュラルボーン屑かよ! そんなんで生きてて恥ずかしくないの?」
「はあああああああああああああああああああああああああああ!?」
「よーし、じゃあ助けに行くぞ」
「ちょっと待って納得がいかなーい! あたしはちゃんとそっちの心理を読んだ上で気を遣って言ったのであって、あたしは至極まっとうな人間です!」
「で、どっちにいるんだよ下僕。はやく道案内しろ」
「聞けよ!」

 叫びながらも律儀に指をさして方向を示すミスカ。
 ちゃんと下僕根性がつちかわれてきているようだった。


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ニセモノ①

 そして二人は道の先へと進んでいく。
 途中で脇の森の中に入り込み、またそこを抜けて奥へと進むと、奥で戦いを繰り広げている集団が遠目に見えてきた。
 
 予想していたよりだいぶ魔物の数が多い。恐らくは三十はいるだろう。
 死骸も周りに多く転がっていて、それなりの時間戦闘をしていたことが推測できた。
 
 未だ戦闘の音は続いており、魔術の光も見えている。
 だがそれも、見た感じ倒すためというよりその場を凌いでいるようだった。
消耗していきているのだろう。このままでは数に押されて潰されてしまうのも時間の問題だ。
 
 早めに助けなければと思って近づいていくと、戦っているその人物の姿がはっきり見えてくる。
 それはルイのよく知る人物だった。

「あ」
「……ル、ルイ君っ!?」
 
 ルイが間の抜けた声を出すのと同時に、戦っていた少女――ミルシェ・ハーゼルゼットも声を上げた。

「知り合いです?」
「……クラスメイトだ。七大公爵家なんだからお前も知ってるだろ」
「まあ一応。話したことはあんまりないけど」
「とりあえず、今は早いとこ助けるか。俺は一気にあいつのところまで突っ込むから、お前は遠くから援護しろ」
「りょーかいっす」

 ルイが駆け出すと、こちらに気が付いた二体ほどの魔物が襲いかかってくる。

 七つの頭にそれぞれ七つの角、そして七つの目。
 鷲のような尻尾を揺らし、鋭い牙をむき出しにしている恐ろしい獣はキリムという魔物だ。
 森に生息している獣竜ともいわれるこの魔物は、危険レートCに指定されている。
 
 その二体のキリムは、いよいよルイと接敵しようというその直前に突如動きを止めた。
 足元には固くガッチリと凍っている氷。
 ミスカの魔術によって足を固められたのだ。

 当然、それを既に『視て』知っていたルイは流れるような動きで、すれ違いざまにキリムの首をすべて飛ばし、駆け抜けていった。

 ミスカの援護を受けながら強引に魔物たちの間を抜けていき、ようやくミルシェのもとへとたどり着く。
 ミルシェはルイを見て気が緩んだのか、へたりと地面に座り込んでしまう。
 そのままでは危険なので、ルイはミルシェを抱き上げて少し魔物と距離を取った。

「大丈夫ですか、ミルシェさん?」
「う、うん」
「どこか怪我をしてたりとかは……」
「傷はそんなに大したことないよ。でも考えなしに魔力を使っちゃってて、正直もうまともな魔術は使えない、と思う」
「(うわー、ほんとに役立たずのお荷物なのかよ)大丈夫です。ここは僕とミスカに任せて休んでいてください。すぐに片づけます」

 ミルシェを背に魔物と向かい合う。
 一斉に襲い来る異形たちを見ても、ルイの心には波風すら立たない。
 殲滅までの道筋は、すでに見えているからだ。


         ◇


 戦いは本当にすぐに片が付いた。
 ルイが淡々とキリムたちを殲滅していく横で、ミスカは時間をかけた魔術式を構築しており、半分ほどに魔物の数が減ったところで残り半分を一気に凍らせたのだ。

 後はその凍った魔物たちをブチ壊して戦闘終了、というわけだった。

「ありがとう、ルイ君。私だけじゃ絶対にどうにもならなかっただろうから」
「いえ、気にしないでください。同じパーティーなのに、はぐれてしまった僕が悪いんです。そういえば、ジェフリーさんはどこに?」
「ジェフリーは駐屯地に報告に行ったよ。大分前だから、流石にもう伝わって増援がきてるんじゃないかな」

 まあ、そもそも気づいてなかったとしたらそれがおかしいんだけど、とミルシェは付け足した。

「ああ、やっぱりミルシェさんも不自然だと思いますよね。明らかに意図的に情報を封鎖していたとしか考えられないんですよ。
 駐屯地に戻って問い詰めてみてもいいんですが、意図的な封鎖ならどうせまともに取り合ってくれないでしょうし、どうしようかと思ってまして」
「うん、えっと……ルイ君」
「はい?」
「後ろ、ミスカちゃん来てるよ」

 指差す先、後ろを振り向くとミスカが立っていた。
 戦闘が終わったので合流しに来たようだ。

「ああ、お疲れ様ミスカ。おかげでかなり楽に片付いたよ、ありがとう」
 
 そういって白い歯を見せ、イケメンスマイル。
 そんなルイに、ミスカは気持ち悪いモノを見たかのような顔をする。
 いきなり今まで呼ばれなかった名前を呼ばれて、二人だったら間違いなく言わないであろうことを言われたのだからさもありなん。
 だが、ルイがすぐさま「てめえちゃんと俺の言うことに合わせろや!」という意味を込めてガンを付けると、すぐに真顔へと戻した。

「いえいえー、先輩のことを助けるなんて当然のことですよー。先輩のお役に立てて嬉しいです」
「あはは、頼りになるね。こんなに良い子が僕の後輩でとても嬉しいよ」
「それほどでもないですよー、うふふふふふふふ」
「あははははははは」

 なんと気持ちの悪い会話だろう。
 お互いに満面の笑みを浮かべているが、空々しいにもほどがある。
 
 ミスカはルイとの会話を切り上げ、ミルシェの方を見た。
 
「あ、どーもミルシェ先輩。お久しぶりです」
「……ミスカちゃん、ルイ君と知り合いだったの?」
「いえ、ついさっきたまたま出会ったんですよ。色々あって今一緒に行動してます」
「そ、そうなんだ……」

 何か言いたげな顔をするミルシェ。
 
「なにか?」
「あ、いや、二人ともさっき会ったにしてはすごく仲良さそうだなぁって思って」

 そう言いながらチラチラと交互に二人を見る。
 どうやらさっきの茶番のようなやり取りも、ミルシェからは仲が良さそうであったらしい。
 
 それを聞いたミスカは目を丸くして、ルイに小声で話しかける。


(ちょっと、これどーゆーことですか? まさかミルシェ先輩って……)
(ふっ、俺に惚れてるんだろうな。まあ、これも俺がイケメンすぎるが故止む無し、と言ったところか)
(ぐおおおおおおおお! 間違ってる! こんなの間違ってるよ!)
(何が間違ってるんだ。こんだけ美形で、紳士で、強い男がいたらそりゃ好きになりますわ)
(それは偽りの顔でしょうが! ああ、哀れなミルシェ先輩、こんな悪魔に騙されて……)
 
 
「あの、二人とも?」
「あっ、なんでしょうか。すいません、なんかコソコソと話しちゃって」
「あ、ううん。二人ともホントに仲が良いんだね……本当の兄妹みたい」
 
 本当の兄妹です。
 
 腹違いであるからか、面影はあるものの顔立ち自体はそこまで似てないし、髪色も違うのだが、どこかそう思わせる部分があるようだ。
 共通点と言えば……クズなところだろうか。

「それで、ミルシェさんはどうしますか? 動けないようでしたら、僕が駐屯地まで運んで行きますが(ホントは嫌だけど、一応こう言っとかないとな)」
「ううん、動くくらいならできるよ。でも、その……駐屯地に戻るのは、待ってほしいんだ」

 さあミルシェも助けたしもう帰ろう、とルイが提案すると、ミルシェがそれに待ったをかけた。

「なぜです? 何かまだ用事が?(おいおい、面倒ごと持ち込むなよ。もう帰りてえんだよこっちは!)」
「あーその、実はね」
「はい」
「その、うーん……」
「ええ」
「なんて言ったらいいのか……そもそも言っていいことなのか、分からないんだけど……」
「(あああああああああ! イライラする! さっさと言えよこのウスノロ!)どうしても言いたくないことなら、無理にとは言いません。
 でも、何も話してくれなければミルシェさんの力になることもできないです。僕じゃ、力になれませんか?」

 溢れ出そうな苛立ちを抑えて、ミルシェの手をぎゅっと握りしめる。
 この男、こういう時何かとボディータッチで済ませようとしてないだろうか。
 まあ、それでいつもうまくいっているからだろうが。

 そんな紳士(笑)なルイの言葉に、ミルシェはあっさり絆されたようで。
 少し頬を赤らめながら、ルイと目を合わせる。

「……一つ、確認したいんだけど。ルイ君、っていうか『ギルド』は今回のこれに関わってない?」
「前も言いましたが、僕は『ギルド』そのものや他組員の動きに関して把握していません。ですが、僕自身は今回の演習に関する依頼等は受けたりはしてませんよ」
「うん、そっか……じゃあそれを信じる」

 決心したように一つ頷き、ミルシェは話し始めた。


         ◇


「なるほど……(俺を監視だと? あのクソじじいが! この俺に無礼を働いたことのお返しは今度たっぷりしてやるぜ!)」
「黙っててごめんなさい。でも、念を押されてたから」
「大丈夫です、気にしていませんよ。
 それよりも、フェリクス王子の暗殺。これはまずいですね。第二王子派が手を回してこの状況にしてるのは間違いないわけですし、だとすると今はかなり危ない状況です」
「一応、護衛に上位の魔術師が何人か付いているみたいだけど……」
「いや、この魔物の襲撃だけで済むとも思えません。これだけでかいことをしでかした以上、確実にここで仕留められるように策を練っているはず。何かもう一つあるんでしょう」

 ――例えば、確実に殺せるだろう序列の魔術師を持ってくるとか。

 ルイのその言葉に、ミルシェは顔を青ざめさせる。

「ル、ルイ君……」
「はい、急ぎましょう。もしかしたらもう遅いかもしれませんが、それでも行動しないよりはいいです」

 ミスカに魔力探知を任せ、フェリクスを探すべく三人は森中を駆け巡る。
 
 だがミスカの探知範囲が狭いためか、一向にひっかからない。
 加えて、敵側に上位の魔術師がいれば探知阻害を行っているはずで、そうなるとこのままではただ森を走り回るだけになってしまう。
 
 ミルシェは焦燥を顔に浮かべ、ミスカも自分の能力の低さに苛立ち、みんなが焦っていた。
 ……いやルイは違った。
 この男は、別にフェリクスが死んだなら死んだで別にいいやと思っているのだ。
 一応ポーズで一生懸命探しているだけなのである。
 
 ただ無為に時間と労力だけがなくなっていた、そんな時。
 ルイたちの右斜め前方で、一際大きな爆炎が上がった。
 三人は迷わず(ルイは内心舌打ちをして)そこへ駆け出す。
 
 たどり着いたその地点には果たして――今まさに魔術を放とうとしている仮面を被った人物と、木に叩きつけられたのか身動きが取れずに、今まさに殺されようとしているフェリクス・アールデルスの姿があった。

 そしてその場で、誰よりも早く動いたのがルイ。
 足に力を籠め地面を爆発的に蹴り、一瞬でフェリクスの下へ行くと、放たれた魔術が当たるスレスレでなんとか救い出した。

 綺麗に地面へと着地し、未だ呆然としているフェリクスに向かって言う。

「助けに参りました、殿下」



次か、おそらくその次で第一章は終わりです。


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ニセモノ②

「ア、アルトなのか……?」
「いいえ、ルイです」

 微妙にかみ合わないやり取りをした後、ルイはミスカの方を見た。

「ミスカ、殿下を安全な所まで逃がして! 僕はこっちを相手にする!」
「は、はい!」

 ミスカがフェリクスを連れてこの場を去ろうとすると、目の前の仮面の人物がすぐさま、逃がすまいと魔術を放つ。
 その魔術式の位置を右目で見抜き、丁寧に破壊して無効化しながら、ルイは微妙な違和感を覚えていた。

 弱い。
 放たれたのはすべて、水系統や土系統の初級術式など、どう考えても殺傷性に結びつかない魔術ばかり。
 三人が一緒に固まっているのだからまとめて殺せばいい話なのだ。
 焦っていたにしても、すぐに作れる魔力弾を放てばいいはずなのに、わざわざ術式を組んでまで妨害レベルの魔術を放ってくるという謎の行為。
 ルイは目の前の人物の目的を図りかねていた。
 
「ル、ルイ先輩!」

 自分を呼ぶ、というより叫んだようなミスカの声に、ミスカたちが逃げて行った方を見る。

 壁が出来ていた。
 二人の目の前をふさぐように今も形成され続けている土の壁。
 同時に、ルイたちを含めたこのフィールドそのものを囲むように立ち始めたその壁は、ゆうに二十メートルを超えるほどの高さになってようやく止まった。
 魔力を高密度で帯びている壁は、ちょっとやそっとの攻撃では壊れてはくれないだろう。

 どうすればいい、とミスカは視線を向けてくる。
 しかし、ルイはそれどころではなかった。
 
 謎の仮面がまっすぐにフェリクスのところへ向かっていたからだ。
 右手には何らかの術式を組んでいる途中なのか、特有の光を放っている。
 確実な距離で魔術を充てるつもりなのだろう。

 ルイが持てる全力を使って追いつくと、謎の仮面は一転こちらを向き、左手で瞬時に組んだ風魔術を放ってきた。
 初級魔術の一つの衝撃波であることにいささか虚を突かれながらも、ルイは難なくそれを破壊し、突き進む。
 そしていざ届こうかというその瞬間に、その仮面は姿を消した。
 
 右目で視て分かってはいた。が、あの体勢からどうやって避けたのかがまるで分からない。
 まわりをぐるりと見渡すと、さっきまでいた場所にそいつは何事もなかったかのように立っていた。
 
「転移も使うのかよ……」

 つい舌打ちを一つしてしまい、フェリクスに聞かれてしまったかと思って焦るルイ。
 こんな状況でも外面を気にするのは、流石メッキ張りのプロフェッショナル。

(さっきの大規模魔術を一瞬で完成させたことといい、今の転移魔術といい、こいつ相当上位の魔術師だな。ひょっとしなくても一桁かもしれん。
 だが、だとすると何故、大規模魔術で俺たちを一掃しない? 俺に向かって撃ってきたのもただの衝撃波だ。それも、食らったとして少し飛ばされる程度の。
 流石に殺さないようにしてるってのはありえないだろ)

 そう、それはあり得ない。

 実際にルイが到着した時はフェリクスは死ぬ寸前で、ルイが助けた後そこに撃ちこまれたのはそれなりの威力の爆炎だ。
 フェリクスを殺すつもりなのは確実だった。

(じゃあまさか……俺を殺さないようにしてる? え、なんで? 俺がイケメンだから? じゃあこいつ、女なのか?)

 ルイは謎の仮面の人物を観察してみる。
 
 体のラインが隠れるようなローブを着ているため体型に関しては何とも言えないが、確かに身長は低い。
 恐らく女子か、子供。
 背の低い男という可能性もまあ普通にあるわけだが、自分を殺そうとしない理由を考えるとルイの想定では男という可能性が消えていた。

 そうこうしているうちに、またしても仮面の女 (?)は動きだす。

 今度は左手でルイに牽制の魔弾を放ちつつ、右手で極大の炎を作り出してフェリクスたちに向けて撃ちこんだ。
 ルイは大量の魔弾への対応に追われながら隣の様子を見る。
 ミスカが氷で障壁を張っているものの、炎の圧倒的な熱量の前に魔力供給が追い付いていない。
 あと数秒ももたないだろう。
 
 すべて魔弾を捌き終わると、ルイは瞬時にその炎の中に飛び込んだ。
 何故か仮面の女のいる方から叫び声があがるが、ルイの耳には聞こえていない。
 ちょうど中心部にあるその魔術式だけを見つめていた。
 そして高熱にさらされながら魔術式を壊す。同時に、ルイが付けていた身代わりのチョーカーが壊れた。

 炎が消え去った後、体に何の損傷も負っていないルイを、仮面の女は驚いたように見つめる。
 普通の人間なら間違いなく死んでいる威力の魔術だ。
 驚くのも当然だろう。

 しかし、これでもうルイを守る絶対の盾はなくなった。
 ここからは本当の意味で一撃が致命傷になる。
 
「……ミスカ」
「は、はいっ!?」
「なんとかこの壁登れない?」
「いや実は試したんですけど、そもそも傷がつかなくて足場も作れないんですよ。一息にジャンプは流石にできないし」

 やはりこの壁は相当頑丈らしい。
 どうあがいても、フェリクスを守りながら戦わなければならないようだった。

 いや、そもそもフェリクスを逃がしたとしても、目の前の相手なら相当しつこく探知できそうだ。
 一概には言えないが、一桁魔術師ならば少なくとも五キロ以上は探知範囲。
 大規模な転移魔術でも使わない限り、その追ってから逃げるのは厳しいかもしれない。

 ルイはミスカに告げる。

「とりあえず、ミスカにはとにかく殿下を守ってほしい(お前は最悪死んでもいいから、命に代えても守れよ! 俺が何のためにここまでしたのか分からなくなる)」
「りょ、りょーかい!」
「殿下は、ミスカの側から絶対に離れないようにしてください」
「ルイ……だったか。ヤツ相手にお前一人で大丈夫なのか? 俺も援護くらいはできるぞ」
「(はあ? 魔術ド下手くそだった雑魚王子の分際で何言ってんの?)……なりません。殿下が魔術を使うような状況になったとしたら、それはもうもはや負けが確定しているということです。そうならないために僕とミスカがいるのですよ」
 
 言外にお前は戦力外なんだよと言い放ち、ルイは視線を仮面の女に戻す。
 
 ルイがこちらを向くのを待っていたのか、すぐさま無言でまた魔術を放ってきた。
 それに対するルイの対応もさっきと同じ。

 自分への攻撃、とも言えない牽制はすべて捌くか無視して、フェリクスたちの援護に回る。その繰り返しだ。
 どう考えてもルイを排除した方がいいのだが、相手はそれをしようとはしなかった。

 それで段々と焦ってくるのはルイの方である。
 体感でそろそろ薬が切れかかっているのを感じているのだ。
 もし薬の効果が終わったら、その時点でおしまい。
しかも今回は連続二度目の服用である。どうあがいてもろくな状態にならないことは確かだった。
 
(そろそろ、けりをつけないとやべえ。だが相手が転移を使える以上完全にじり貧だ。これは……俺も出し惜しみをしてられんな)

 ここで、ルイは人前では使わなかった転移の指輪を使うことを決める。
 半径五メートルの範囲で転移を可能にするアリエス製の魔道具。
 相手はこの存在を知らないはずなので、うまくやれば一撃でしとめられるはずだと思った。
 

 果たして――――その選択は確かに転機となった。
 ルイに仇となる形で。


「がっ……ごふっ……」

 膝をついたルイは口から血をふき、自らの腹を貫く鋭い槍を見る。
 
 岩で出来た槍。
 土魔術によって形成された槍。
 本来ならフェリクス達に向けられるはずだったそれを、予定外の動きをしたルイが完全に無防備な状態で受けてしまったのだ。

(い、いってえええええええええ! 痛い痛い痛い痛い! めちゃくちゃ痛いし、しかも血が出てるじゃんか! 
 え、これまさか俺、死ぬの……? こ、こんなくだらない戦いで? 死んでもよかったはずのやつをかばって? おいおい、そんなん冗談じゃねえよ!)
 
 それでも闘志は未だ消えない。
 まだいける。
 こんなんで死ぬなどという無様は何より自分が許せないから。

 ナイフを持つ手をぎゅっと握りしめようとして…………そこで違和感。
 なぜか、感覚がない。
 視線を向けると、ルイの右手が肩の先から消失していた。
 後ろの方にナイフを握りしめた右腕が転がっているのが、目に入る。
 

 ……終わり。
 その時ルイは初めて、終わりを意識した。
 
 攻撃の手段を飛ばされてしまって、後は何ができる?

(……逃げる?)

 そうだ、もう体はボロボロだ。
 これではもはやフェリクスを守ることもできない。
 もう暗殺されそうな不運な王子のことは放って自分の命を優先すべき状況だった。

 問題はここから逃げられるかではあるが、幸い足は残っているし、相手が自分を殺そうとしていないのなら、逃げることは出来るはずだった。
 
 もしミルシェやミスカも無事であったら、ミルシェには最後の最後に逃亡する姿を見られてしまうだろうが、しかしそんなちっぽけなこと命には代えられない………………………………なんてことを、この男が思うわけがない。

(ふざけんな! こんなとこで逃げるなんてかっこ悪いマネできるか! 命もプライドあっての物種だっつーの!)

 なんとすさまじい虚栄心だろう。
 自分の命が天秤にかかっていたとしても、この男はプライドを守る方を取るのだ。
 おめおめと逃亡するくらいならかっこよく死んでやろうの精神である。
 
 さあ、めちゃくちゃかっこいいセリフで特攻するぞと意気込むルイだったが、その目は予想外のものを捉えた。





「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああ!」




 傷つき、血を流すルイを見て、発狂したように頭を抱えながら叫ぶ仮面の女。
 よろめきながら一歩、二歩、三歩と後退する。 
 その後も、ルイは勿論フェリクスたちにも襲いかかるようなことはなく、ぶつぶつと何かを呟きながら放心状態になっていた。
 
(……なにこれ。え、いや、ホントなんだこれ)

 全くもって状況を飲み込めないルイのところに、ミルシェが走り寄ってくる。

「ルイ君! 大丈夫!?」
「(ああ、そういえばいましたねこんなお荷物くんも。君ホントに役立たずだけどその辺どう思います?)ミルシェさん……ちょっと、大丈夫とは言い難いですね」
「ごめんねルイ君、ごめんねえ……私が何もできなかったせいでそんな怪我させちゃって」

 ミルシェは泣きながらルイに回復術式をかける。
 それによって、腹や腕断面の傷はある程度癒えたものの、傷ついた臓器等は完全に治せない。
 なにより――

「ルイ君、これ……一応持ってきたんだけど」

 手渡されたのはルイの右腕、そいて愛用のナイフ。

 ミルシェの悲痛な顔はそれをどうにかしてあげることはできないと告げていた。
 そしてそれはルイも知っていた。
 そんなことができるのは上位の魔術師のみだ。
 加えて、すぐに処置を施さなければ、そんな人たちをもってしてもくっつけるのは不可能になるだろう。
 
(ああ、俺のマイアーム。十六年間付き合ってきたお前ともここでさよならか……)

 そんな風に右腕への別れを告げていると、放心状態だった仮面の女に動きがあった。
 じっとこちらを見つめたかと思うと、何かを思い立ったようにゆっくりと近づいてきたのだ。

「ル、ルイ君!」
「……ナイフをください」
 
 ミルシェからナイフを受け取り、慣れない左手で構えるルイ。
 正直なところ、このコンディションでは勝てるはずもないのだが、戦うポーズは取らないといけないのだ。

 と、戦いがいつ始まるかという感じだったが、そこで何故か仮面の女は顔の前で大きく手を振った。
 ついでに首も一緒に横に振る。

「どういうことだろ?」
「……違う、ってことですかね? 何がかは知りませんが」
「もしかして……戦わないって言ってるの?」

 ミルシェの言葉にうんうんと頷く仮面の女。
 そしてミルシェが持っているルイの右腕と、その吹き飛んだ肩先を指さし、それを合わせるジェスチャーをした。
 
「……え、治すってこと?」

 そう言うとまたコクコクと大きく頷いた。
 ルイは眉を顰めながらも考える。

(これは……マジで言ってんのか? 確かにもともと俺を殺さないように立ち回ってはいたが、仮にも敵なわけで。
 それが、たまたま攻撃が当たっちゃったのでその治療をしますって、どう考えてもおかしいだろ。今完全に狙うことができるフェリクスを放っておいてだぞ)

 どう対応したものか、と悩む。

 確かにルイは血を流し過ぎており、そうでなくてもほとんど薬が切れかかっているので、もう大分意識が朦朧としてきていた。
 それを目の前の一桁魔術師と思しき相手に本当に治療をしてもらえるなら、万全の状態に戻れるだろう。
 だが十中八九、何かしらの魔法で、フェリクス暗殺に手出しができないようにされるはずだ。
 
 そんな風に、どうすればよいのか分からず硬直状態が続くかと思われた時、突然仮面の女の雰囲気が変わった。

 急に攻撃をする気になったのかとも思ったがそうではなく、自分の後ろの方をすごい勢いで振り返ったのだ。
 そして数秒間、何か思い悩む様子を見せていたが、仮面の下でくぐもった舌打ちを一つした後で一瞬にしてその場から姿を消してしまった。
 
 後に残ったのは静寂。
 そして大きな謎。
 
「な、なんだったの……」
「さあ……本当に謎ですね。ただ、殿下の暗殺を阻止できたのは確かです」

 自分でその事実を口に出して気が抜けたのか、ルイはその場に倒れこむ。
 どうやら薬は切れかかっていたというレベルではなく、既に切れていたらしい。
 もう手足は勿論、指一本も動かせそうになかった。
 
 視界には、魔力供給者を失って崩れ落ちる土の壁。そして……その先にいる大量の魔物たちが目に入った。

「……おいおい」
 
 力なく絶望の呟きを吐き出す。
 自分たちを取り囲むその魔物たちは、目に見えるだけで数十なんかじゃきかないだろう。
 どうせミスカたちの方にもずらりと並んでいて、何百といるに違いない。
 
 ああ、いっそもう寝てしまうか。
 そう現実逃避に入りだしたルイの耳をある声が打つ。


「もう大丈夫だ」

 それはフェリクスの声だった。
 いやに大きく聞こえるなと思ったら、どうやらルイのすぐ側にきていたらしい。

「あいつが来た。この国最強の男が」

 その言葉に一瞬遅れて、とてつもない轟音、そして光が空間を支配した。
 
 土ぼこりが煙るせいで何も見えていないなか、尚もなり続ける音、光。音、光。音、光。
 目はなんとか咄嗟につぶれたものの、耳をふさぐことができずにルイの頭はぐわんぐわんと揺れる。
 ただでさえ意識が落ちそうだというのに完全にダメ押しだ。

 やがて、爆音と光が静まると今度は突風が吹き、宙に舞っていた土ぼこりたちを吹き飛ばしていく。
 





 そしてその中から。
 


 一人の男が現れた。
 




 黒い髪を揺らしながらこちらに歩いてくるその男の顔には、よく見覚えがあった。
 
 よく見慣れた顔だ。
 百人が見て百人が絶世の美少年だと称するだろうその美しい顔は、自分が毎朝鏡で見ているものと寸分違わず同じ。
 
 男はフェリクスの前まで来ると、恭しく膝をついて言った。

「助けに参りました、殿下」
「ああ! よくぞ来てくれた……アルト!」
 
 嬉しそうなフェリクスの声など、もはや耳に入らない。
 ただただルイは、アルトと呼ばれたその男を暗い瞳で見つめていた。
 
(やっぱり、調査通りだった。本当にいた)

 ともすれば笑いがこみ上げそうになるが、もうそんな力もない。
 
 だが、内心はぐつぐつと煮えたぎる感情に溢れていた。
 それは歓喜であり、一抹の悲しみであり、そしてとてつもない程の怒りだった。

(まさかこんなところで会えると思わなかったよ……()()()()()()

 『アルト・フィーレンスは生きている』
 ティベリオを殺したあの日に告げた言葉。
 
 それは、ルイがあの死の淵から生き延びたという意味ではなかった。
 
 文字通り、アルトは死んでいない。
 未だにフィーレンス家の長男、後継ぎとして。
 第三王女カリン・アールデルスの婚約者として。
 そしてこの国最強の、序列一位の魔術師として、何も変わらず君臨し続けているのだった。
 
 視線に乗せられた激情に気が付いたのか、膝をつき顔を伏せていたアルトはルイの方を見た。
 そして目を丸くし、驚きを露わにする。
 その様子は本当に心の底から驚いているようだった。

 それを見て、ルイはある程度自分の中で仮説を固めながら目をつぶる。
 もう、流石に限界が来たようだ。
 血が流れ過ぎたせいなのか、薬が切れたせいなのか、単純に極度の疲労のせいか。おそらくはその全てのせいで、もう意識はかなり遠くにあった、

 これまた遠くなっている聴覚は、周囲がまた騒然としたり、何やらドンパチしている音を一応聞き取りはしたものの、まあどうでもいいかと放り投げる。
 ここには腐っても序列一位がいるのだから、まあ問題はないだろう。

 代わりに、白い微睡に意識が溶けてしまう前にルイは心に固く誓った。


(待っていろ……俺の席を取って、勝手に俺を演じている紛い物風情が。
 それだけじゃない。その後ろにいるやつら、俺を嵌めた国王、クソ親父、こいつら全員まとめて






―――こ  ろ  し  て  や  る)
 
 

 そして、おやすみなさい。
 
 ルイの意識は闇に溶けた。
 



エピローグを投下して第一章終了です。


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エピローグ

 アリエスは店の中を落ち着きなく歩き回っている。
 自分に出来るは待つことのみだと分かっていても、どうにもそわそわとしてしまうのだ。
 落ち着くためのお酒ももう何杯目だろう。
 それでもなおアリエスの中にある不安を和らげるには至らなかった。
 
 先ほど『念話』を終わらせてからもう二十分は経っていた。
 じれったい。凄まじいまでにじれったい。
 
 もう一度『念話』をしてみようか、なんてアリエスが思い始めたとき、視線の先に魔力の動きを感じた。

 奔流は渦を巻くように揺らめき、そして床下には魔術式が光って浮かび上がる。
 その正体は転移の魔術。
 誰かが、この店に来ようとしているのだ。
 
 やがて光が収まってくると、その魔術式の上には一人の女性が立っていた。
 その腕に一人の少年を抱えて。
 
「ふぅ……こんなに長引くとは思わなかったわ。
 あ、ただいまアリエス。あなたに言われた通り、ちゃんとこの子は回収してき……どうしたの?」
「………………」
「アリエス?」
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああ! ルイ! ルイぃ! ルイが! なんで! なんで、こんな怪我をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 腰かけていた椅子を吹き飛ばし、半狂乱でその女性に迫るアリエス。
 
 待ち望んでいた少年との再会。 
 それは望んでいた形ではなかった。
 
 無事で帰ってきてくれるのが一番、けれどこの人はいっつも無茶をするからきっと傷は作ってきてしまう。
 それでもきっと、「ちょっとミスった」だなんて笑顔で言って、ちゃんと帰ってきてくれるから。だから自分は小言を言いつつも、笑顔で治療してやるのだ。

 今までもずっとそうだったし、今日だってそうだと思っていた。
 なのに……

 女性の腕の中で力なく目をつぶる今の彼は、服はボロボロ、全身は血に塗れて、しかも右腕を失っていた。
 そのあまりに痛ましい姿は、アリエスからまともな思考力を奪い去っていく。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいってば! こら! やめなさい!」
「腕! 腕が取れてる! なんでこんな! ああああああああああああああ、ごめんねルイ! こんなことになるんだったらアリエスが最初から出てればよかったんだ!」
「アリエス! 私の話を聞きなさいって!」
「アリエスがルイより自分のことを優先したから! 危険なことは分かってたのに、自分の都合でルイを見殺しにした! アリエスが側にいればこんなことにはならなかった!」

 そこで掴みかかっていた手を放し、アリエスは暗い瞳で目の前の女性を睨む。

「……ねえリブラ。アリエス、リブラに何度もお願いしたよね。今回はきっと危険だからって。ルイのことはくれぐれもよろしくお願いねって。
 それが、なんでこんなことになってるの? ねえ……アリエス、信じてリブラに任せたんだよ? なんで? まさかこうなるまで、黙って見てたなんてことないよね?」

 ピシリ、と。
 空間にひびが入る。
 
 アリエスから溢れ出る魔力。
 その高密度の魔力が時空を歪ませ、異様な瘴気を発生させていた。
 
 少しの匙加減で今にも目の前の相手を殺してしまいそうな、そんな危険なオーラを漂わせ、じっと目の前の女性――リブラを見つめている。

 リブラはそれを見て溜息を一つ。
 腕を大きく上に振り上げ、そして――――アリエスの頭に思いっきり振り下ろした。

「痛ったーーーーーーーーい!」
「はあ……あなたねえ、その思い込みで突っ走るのをなんとかしなさいな」
「思い込み……」
 
 打たれた頭を押さえながら反芻するアリエス。
 そこでまた溜息をついて、リブラは言った。

「この子は生きてるわ」
「え……?」

 さっきまでの濁りきった目はどこへやら。
 きょとんとした顔で、アリエスはルイの様子を注意深く見る。
 
 血塗れた体。
 腹部に何かが刺さったのか、その傷跡が色濃く見える。
 だが見るべきはそこではない。
 
 胸が……ゆっくりと上下していた。
 それは即ち、呼吸をしてるということ。
 生きているということ。

「ああ……」

 安堵から力が抜けたアリエスはへたりと地面に座り込む。
 同時に、空間に亀裂を作っていた禍々しい魔力も消えてなくなった。

「誰かが血を止めてくれたみたいで、大事にはいたっていないわ。でも危険なのは確か。私は回復魔術が使えないから、あなたが早くやらないといけないのよ。そんなことしてる暇ないでしょ?」
「あ……そ、そうだっ! 早くしないと! う、腕も! 腕もくっつけなきゃ!」

 あたふたと慌てて立ち上がり、そしてルイを見る。

 右目が金色に光った、その一瞬後……ルイは何事もなかったかのような状態になっていた。腹の傷はふさがり、べったり付いていた赤い血もそこにはない。
 勿論、肩から先で切断されていた腕も繋がっている。
 
「相変わらずでたらめな魔術ね。まあ、あとは安静にしてればじきに目を覚ますでしょう」
「うう……よかった……よかったよぉルイ……」

 ボロボロと涙を流す。
 溢れ出る感情が抑えきれない。
 生きていてくれたことが、ただただ嬉しいのだ。

 そんなアリエスの頭を優しく撫でながら、リブラは「それと……」と口を開く。

「私が駆け付けたときにはもうこの子の腕は切れてたわ。理由は後で話すけど、もちろん全速力で助けに行ったわよ」
「あ……その、えっと……」

 さっき自分がしたことを思い出したのだろう。
 きまずそうに言葉を詰まらせる。
 
 リブラは微笑んで、アリエスの額に軽くデコピンをした。
 
「これで許してあげる。けど、暴走する前にちゃんと人の話は聞くこと」
「……ごめんなさい」
「うん、もういいわ。それよりも、伝えなきゃいけないことがそれなりにあるのよ。そこに座って話しましょう。この子をベッドに置いてから、ね」


         ◇


「まず、今回の一連の騒動は第一王子暗殺のためだったみたいね」
 
 グラスを空けて一息ついた後、リブラは語り始めた。

「王子……つまり継承権でゴタゴタが起きてるってことかな?」
「ええ、第二王子派の貴族がいるんでしょう。そして暗殺のための場に実践演習を選び、準備をした。
 だから当然、あの魔物大発生(スタンピード)は自然に起きたものじゃないわ。間違いなく魔物たちの誘導があった」
「……でも、そいつらにそんなことできる訳ない」
「そうね。と、すると――」

 もう答えは分かるでしょう、という顔。

 アリエスは歯をギシリと噛みながら、殺意のこもった暗い声を絞り出す。

「誰かが、裏切った……!」
 
 強い怒りの感情は、再び、魔力の放出という形で発露する。
 空間が歪んだことでグラスが割れ、わずかに残っていた液体がテーブルを濡らした。
 
「一応、言っとくけど――」
「分かってるよ、リブラのことは疑ってない」
「それならいいわ。
 にしても、まさか貴族たちの言うことを聞いちゃう愚か者が私たちの中にいたなんてね。何か事情があったと思いたいけど……」
 
 そう言うリブラの言葉からも少なからず怒りが見え隠れしていた。
 
 だが当然アリエスの怒りはそんなものではない。
 テーブルを叩いて椅子から立ち上がる。
 
「関係ない! この国の貴族たちに利することはしないっていうのは、全員で決めたことでしょ? あれだけのことをされて、あいつらの味方をする理由なんてあるわけがない!
 そもそも! それを、アリエスたちに事前に相談しない時点で論外だよ」
「……そうね」
 
 ふうー、と憤怒のこもった熱い息を吐き出し、アリエスはなんとか心を落ち着ける。
 ゆっくりとした動作で椅子に腰を下ろして、決意を込めた目をリブラに向けた。
 
「一度、集会をしよう」
「誰がやったか問い詰めるってこと? 私たちに黙ってやるんだから、正直に白状するかしら?」
「しないだろうね。でも、警告にはなる。アリエスたちは必要以上に互いの行動を縛らなかったし、アリエス自身もあまり偉ぶって命令とかはしなかった。けど、今回のこれは許せないよ」
「そうね、確かに警告にはなるかも。それに……集会するのも相当久しぶりだし、みんなの近況を聞く良い機会だわ」

 リブラは自由奔放な仲間たちの顔を思い浮かべているのだろうか、少し笑顔を浮かべていた。
 だが、今はその仲間たちの誰かがほぼ間違いなく裏切っているのだ。
 それも一人とは限らない。
 とてもじゃないがアリエスは笑えなかった。
 
 そんなアリエスの様子に気づいたのか、リブラは「そういえば」と話題を変えようとする。

「あの場に序列一位が来てたわよ。だから、あの子を回収するときにちょっとやり合うことになっちゃった」
「一位……ああ、ルイのニセモノね。どうだった?」
「強い、めちゃくちゃ強いわね。本気で一対一でやりあったらちょっと厳しいかも。あの時は、第一王子とか他に人がいたから力をセーブしてたみたいだけど」
「なるほど、リブラだと勝てないか……」
「アリエスだったら恐らく、って感じね。まず魔力量が桁違いなのよ、人間じゃないわ」

 人間じゃない。
 その言葉に、ついアリエスは笑ってしまう。
 ルイと姿形が全くそっくりなガワだけの存在、そんなものが普通の人間なわけがないだろう。

 どうせ自分たちの過去、その延長線にいるようなモノに違いない。
 
「でもそっか。ルイ、ようやくアレと会ったんだね。今回は偶然だったけど、ルイの目的にも少し近づいたのかな」
 
 そう呟いて、アリエスは店の天井、今まさにルイが眠っているだろう部屋を見上げる。

「ごめん、ルイ。もうちょっとだけアリエスのわがままに付き合ってね」
 
 謝罪はすれど、少女にも止まれない理由がある。
 長い永い時間をかけて積み上げてきた計画を、ずっと褪せることなく持ち続けてきた憎しみを、終わらせるにはやはり復讐を遂げるしかない。
 


 歯車は回りだした。
 物語はここから始まっていくのだ。



第一章終了でございます。
設定と丸見えの伏線をたくさん詰めていたら、全然日常回を書く隙がありませんでした。

第二章からは日常回を挟みつつ少しずつ謎を明かしていく形にしたいと思いますが、もうちょっとだけプロットを考えたいので、更新まではしばしお待ちを。

感想、返信できていませんが全て目を通しています。
作品を続ける上で大きなモチベーションの一つです。本当にいつもありがとうございます。

気が向いたら評価やレビューなんかもしてくれるとすごくうれしいです。
これからも本作品を宜しくお願いします。


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第二章 プロローグ

第二章開始です。


 ときに魔術というものは未だ謎が多く、根本的なメカニズムを解明できてはいない、そんな存在だ。
 魔術があるという前提で様々な理論、技術を開発することはできたものの、そもそも何故魔術が『ある』のかを説明できないのである。
 これは有史から続く最大にして最重要の謎であった。

 王立魔術研究所という機関ではそんな魔術の謎を解明し、さらなる人類への発展へ役立てようと研究を続けているわけなのだが、それはいかんせん効率が悪かった。
 何故かと言うと人体実験ができないからだ。

 魔術と切っても切れない関係である魔力。
 その魔力は空気中にもあることにはあるが、大部分が人体の中にある。
 だから当然の帰結として、魔術を研究しようとすれば魔力を、魔力を研究しようとすれば人間の身体を研究するのが効率が良いという結論に達するわけである。

 ――が、勿論それはできない。
 法律で禁止されているから。

 だから王立研究所は、魔物の死体を回収して研究に使ったりしている。
 しかし、死んでしまえばもう新たに魔力は生成されないわけだから、これは実に効率が悪い。かといって生きたまま研究に使うには魔物は危険すぎる。

 そこで出てくるのが、治外法権を形にしたようなとある施設である。

 王都内にひっそりと佇む研究所。
 軍上層部ですらごく少数しか存在を知らぬその場所では、日夜を通してある研究が行われていた。
もはや言葉を濁す必要もないが、人間の身体を使用した魔術の研究である。
 無論、非合法な研究。
 しかし同時に、極秘に国から認められている研究でもあった。
 
「準備の方はどうだね」
「No.9989から10000はもう既に第五実験室に集めています。個々の微細な魔術式調整も既に終わっていますので、後は大元の術式を起動するだけです」
「そうかそうか。ではさっそく向かおうか」
 
 廊下を歩く二人の男性。
 一人二十代半ばほどで細身の青年、もう一人は恰幅の良い中年の男だ。
 連日根を詰めて研究に没頭していたのだろう、両者共に隠しきれない疲労が表情に滲んでいた。
 しかしそれ以上に、どこか機嫌が良さそうでもある。

「いやしかし、今回はずいぶんと時間がかかったなぁ」
「ええ、被験者の選定から今日にいたるまで、細かいところまで相当じっくりと実験しましたからね。だからその分、確かな結果が期待できますよ。なにせ、今回の十二人は魔力量も魔術適性にしても過去最高ですし」
「そもそも十二人を同時実験というのも初めてだ。ここはしっかり結果を出さねばなるまいな」
「ホントそうですよね。記念すべきってのもおかしいですけど、被験者もキリよく一万人。ここのところ数十年停滞している魔術の発展に、一発どかんとぶちかましましょう!」
 
 そんな風に会話を交わしてるうちに、二人は目的地へとたどり着く。

『第五研究室』というプレートのあるドアを開くと、そこには既に十数人の研究者たちがいた。
 魔術式の微調整や、データを紙にまとめたりといった作業をしていたようだが、入ってきた二人に気が付き顔を上げた。
 
「お疲れ様です室長。そろそろ始めるので?」
「ああ、最終準備が終わり次第始めよう」
「了解しました」
 
 そして全員が慌ただしく動き始める。
 
 そんな忙しさを尻目に、室長と呼ばれた男は徐にガラス越しの光景に目を向けた。
 
 鎖に繋がれ、まるで磔にされた囚人のように拘束されている人間がそこにはいた。
 幼い少女から初老の男性まで、男女幅広く集められた十二人。
 この十二人が今回の実験の被験者である。
 
 拘束具である鎖には体内の魔力を阻害する術式があって、それによって魔術を行使できなくさせている。
 それは万が一被験者たちが魔術を使って暴れることがないようにという対策ではあったが、ことここに至っては必要のないモノだった。
 
 ズタボロになった身体。
 回復魔術によって一応は塞がっているその傷も、確かな跡となって今日までの実験の結果を残酷に残している。
 被せられているアイマスクの下に、目がない者もいた。実験でくりぬかれたのだ。何もされてない人もいたが、多くは片目を取られ、両目を失っている者すらいた。
 奪われたのは目だけではなく、見えていない部分……体の中の臓器すらも、全員が何かしら欠けている。
 
 数年を費やしてここまでボロボロにされた彼らにはもはや、反抗してやろうという気持ちすら起こらないだろう。
 いや、もうまともな人間であるかも怪しい。
 事実ここ数か月被験者で言葉を発したものはいなかった。
 
 このように全員が等しく実験でボロボロになっているが、とりわけ酷いのは真ん中にいる少女だった。
 他の被験者と比べても魔力が特に多く、魔術適性も高かったこの少女は恰好の実験体だったのだ。
 魔力が多く通っている部分は容赦なく切除され、手足などは実験が長引いたせいでもう回復魔術で治すのは不可能になった。結果として今の彼女は右手足を失っている。
 両目も無く、臓器も必要最低限以外は全て持っていかれていた。
 
 そして、蹂躙されているのは身体だけではない。
 苦痛を伴う実験の数々は確実に精神にまで影響を及ぼす。
 精神作用の魔術によって発狂をギリギリで留めてはいるものの、数年にわたる実験のストレスから少女の髪は一切の色を失っていた。
 人間の尊厳など微塵も感じられないようなズタボロの姿、その中で白亜の髪だけが異質な輝きを放っていた。
 
 そんな少女含めた十二人の被験者たちの姿を見る男の目には、同情や悲哀などは浮かんでいない。
 ただただその目は冷静に目の前の実験体の状況を見つめていた。
 そして思い出したように、隣の青年に語りかける。

「そういえば、先日待望の孫が誕生してね。これがまあとてつもなく可愛いんだ」
「えっ、それはおめでとうございます! お孫さんですか……失礼ですが室長はおいつくでしたっけ?」
「私は今年で四十七さ。まあこれでも遅いくらいだろう。私が二十五の時にできた娘が、ようやくって感じだからね。娘も、結婚して数年経っても子供ができないことを気にしていたからか、それはもう凄まじい溺愛っぷりなんだよ」
「自分の子はやはり可愛いものでしょうね。結婚すらしていない自分にはいまいちピンとこない話ではあるのですが」
「はっはっはっ! まあそうだろうね、こればかりは自分で経験しないとな。君は結婚する気はないのかい?」
「いやー……する気がないわけじゃないんですが、今は仕事が忙しいですし、それに良い相手もいないので」
「おいおい、仕事を言い訳にしてちゃ一生結婚できないぞ! 私だって君より若い一番忙しい時期に今の妻と一緒になったんだ。
 そうだ、相手がいないのなら私の三人目の娘はどうだい? 私に似たとても愛嬌のある子だよ」
「し、室長に似た子ですか……その、前向きに検討させてもらいます」

 何気ない世間話。
 ごくごく普通の会話。

 だからこそ、彼ら二人が凄惨な被験者たちの姿を目に収めながらこの会話をしているという点が嫌に際立っていた。
 
 実際、彼らもごく普通の人間なのだ。
 家族を愛し、将来に悩み、仕事の大変さに愚痴をこぼす、そんなどこにでもいる人たち。
 理不尽な暴力、殺人等を許容するような異常者などでは断じてない。
だから被験者をいたぶって楽しんだりはしないし、実験に際しては必要以上の苦痛を与えないようにはしている。

とはいえ、そこにはそもそもの『人を実験に使うこと』、『人に苦痛を与えること』自体に対する罪悪感などはなかった。
それは彼らの職務を遂行するにあたって必要なことであり、特段罪の意識を覚えることではないのだ。
被験者たちは実験に使う材料であり、人間ではない。
そんな風に完全に割り切っている。
 
 幼い少女まで容赦なく実験にかけてしまえる彼らは、確かにどこかおかしい人間ではあるのかもしれない。
 だが、事実として彼らの実験のおかげで、魔術ははっきりと進歩している。

 人に直接作用する回復魔術や、身体強化魔術などはめざましい発展を遂げた。
 生体を魔力で解析したことで、人体の身体の仕組み、働きなどが解明され医学自体も大きく進んだ。
 ここ二百年ほどの間に発表された新しい魔術理論の七割はこの研究所発祥のものである。
 
 人類全体を見れば、彼らの残した功績は実験による犠牲を遥かに超えるほど大きなものなのだ。
 公になれば当然大問題になるだろう。倫理的、道義的、なにより法律的に許されることではないと全方位から糾弾されるだろう。
 街行く人に質問したとして、人体実験を許容する意見を言う人はまずいないはずだ。
 しかし――結果が全てを示している。
 
 一万人の犠牲によって数百万の命が救われているというのが純然たる事実であり、どちらが人類のためだったかと問われれば言うまでもない。

 そんな確かな結果の下に、彼ら研究員の盲目的ともいえる非情さは成り立っていた。
 人類の発展のため。
 未来の安寧のため。
 そのために人間を実験に使うことが必要ならば、それは仕方のないことなのである。
 
 
 
 
 ――――――――まあ当然、



(ころす)



 その実験の当事者、その中でも被害者側と言える被験者たちですらそんな風に理解できるかと言えば、



(ころしてやる)

 

 そんなはずはなかった。



(ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる)

 実験No.10000。
 数年前、今よりもっとずっと幼かったときにここへ連れてこられ、元の名前を奪われた少女。
 
 魔術の素養が高かった故、どの被験者よりも多く実験に使われたその少女は、誰よりもボロボロになりながらもしかし、胸の中の殺意だけは少しも損なわなかった。
 
 他の被験者たちが絶望し心を壊していく中、この白い髪の少女だけは、実験で苦痛を与えられる度に、憎悪を一つずつ積み上げていった。
 意識あるうちは常に殺意の言葉を呪詛のように呟く。
 喋れなくなった後はそれを心の中で延々と繰り返した。
 
 名前を奪われ、手足を奪われ、視界を奪われ、一切の自由を奪われ、人間としての尊厳を奪われ。
 それでも、燃えるような憎しみの心だけは奪われなかった。
 
 訪れるはずがないだろう復讐の刻、それだけが少女の生への希望を繋いでいた。
 
「室長、準備が整いました」
「よし、じゃあ早速始めよう」

 しかしそれも今日で終わる。

 今日が実験の最終日。
 成功しようと失敗しようと、少女が今の少女のままでいることはありえない。
 失敗すれば単純に死、成功すれば……

「実験を開始します。魔力を流し始めてください」
 
 術式のルーンに魔力が流し込まれる。
 淡い光を放ったそれは、ガラス向こうにある同様のルーンと共鳴したのか、十二人の下にあるルーンも光始めた。
 
 それと同時に被験者たちにも変化が訪れる。
 
 体をよじり、苦痛に顔を歪めて大口を開ける被験者たち。
 叫びだしたいのだろうが、そのほとんどがもはや声を出せる状態になく、かすれた息だけが虚しく吐き出されていた。
 
「適合度はどうだ?」
「今のところ安定して高数値です。かなり順調に馴染んでます」
「よーし、よし」
 
 室長は真剣な目で被験者を見つめながら、何度も何度も頷く。
 
「じゃあそろそろ」
「はい、もう一段階あげましょう」

 そうして流される魔力の量が大きくなる。
 比例して術式の光も大きくなる。
 
 すると被験者の様子も同様に大きく変化した。
 声もでない口から血を噴出し、悶絶するように頭を激しく振る。
 そうしているうちに、やがて皮膚からも血を出し始めた。

「これは、まずいですかね」
「……適合度は?」
「さっきより高くなってます。この適合度で身体が壊れきっていないのは初めてですね。に、しても流石に限界のようですが。もう止めますか?」

 被験者たちは今も苦しみにのた打ち回っている。
外からみた出血量だけとって考えても、あとどれほどもつかどうかという様子だ。
 
「…………いや、続けよう」
「よろしいので?」
「おそらくここで実験を止めても、彼らの回復は難しいだろう。一応、有用なデータは取れた。このまま彼らが死ぬまで実験は続行だ。ひょっとしたら成功する可能性もある」
「了解しました」

 そして研究員は魔力を流している人たちに二言三言何かを告げた。
 
 流される魔力がさらに大きくなる。
 光は今や目をふさぎたくなるほどの眩さで、その白い光の中、かすかに見える被験者たちは、血を流しながら体を弓なりに反らせてビクンビクンと痙攣をしていた。
 
 やがて光が収まると、ガラス向こうにはぐったりとしたままピクリとも動かない十二人の姿があった。
 生体反応がなくなったため、魔力注入を止めたのだ。

 実験は……失敗に終わった。
 
「ダメ、だったか」
「ですね……今回はうまくいくと思ったんですけどね。一段階目の安定率はすごかったですし」
「ああ、だからやり方自体は間違っていなかったはずだ。この方向性でいい。あとは試行を重ねるしかない」
「はい! 今回のでかなり良いデータも取れましたから、次回こそ必ず成功しますよ!」
「そうだといいな」

 そう言って笑みをこぼし合う二人。
 ガラス向こうの悲惨な光景などには関心すら向かない。
 見慣れたものだからだ。

「これで実験は終わりですが……とりあえず、アレを片づけないといけませんね」
 
 そこで青年がガラスの方を指差した。

 十二人の被験者は皆等しく死んだ。
 彼らのほとんどにとってそれはもはや救いだっただろう。
 永遠かと思われる苦痛の地獄からようやく抜け出せたのだから。

「ああ、そうだったな。実験が終わってようやく少し休みになるなと考えていたが、まだ最後の一仕事が残っていた。……死臭はなかなか取れないから嫌なんだけどな」
「そんなのみんな嫌ですよ。ちゃんと室長にも手伝ってもらいますからね」

 二人は軽口をたたき合いながら実験室を出ていく。
 
 これから専用の服に着替えて、ガラス向こうの部屋に行って死体を回収、廃棄場にそれを置くのだ。
 おおやけに実験体は処分できないため、その後処理班に頼んで内々に処分してもらうことになっている。
 
 いつものこと。
 実験の失敗で死んでしまったモノを廃棄場に捨てる。
 彼らにとって慣れた作業で、この研究所ができてから二百年繰り返されてきたこと。
 
 ただ、いつもとは一つ、決定的に違うことがあった。
 たった一つだけ、しかしこの後百年の人類史に大きな影響を与えたその事実。
 それは熟練の魔術研究者の生体検知でも分からなかったことだった。
 
 
 

 その日、廃棄場から十二の死体が姿を消した。

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