元・天才魔術師は揺らがない (遠坂しぐれ)
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プロローグ

 人が魔術という超常的な力を扱うようになったことも、同時に魔物という存在が世界に生まれたことも、もう遥か昔の事である。

 通常の野生動物とは一線を画した力を持つ魔物。
 そんな魔物に対し、人類は魔術の力を持って対抗した。

 両勢力はどちらかが潰れきるということはなく、しかし高い知能によって緻密な集団作戦を練ることのできる人類側が優位を取った。
 短くはない魔物との戦いの中で人類は確かに魔物という存在を抑え込むことに成功したのである。

 あくまで人類が大陸を支配して魔物はその中のイレギュラー。
 脅威がないわけではないが日常において大きく憂慮するものでもない。
 そんな風に均衡の保たれた状態がしばらく――およそ二百年以上続いた。

 しかし今から百年前、ある大きな異変が起きた。
 
 魔物の統率を取る存在が現れたのである。
 それは人と同じ姿形をしていて、人と同じように他生物を上回る高度の知性を有し、しかし一個体が普通の人間より遥かに強大な力を持っていた。
 人類はその存在を魔人と呼んだ。

 なぜ魔人という存在が生まれたのか。
 なぜ人類と同等の知能を持ちながら、人類に敵意を向けるのか。
 そういった魔人に関することは現在も何一つとして分かっていない。

 ともかく、魔人によって統率の取られた魔物側の勢いはこれまでの比ではなかった。
 元々、数では人間を上回る魔物である。
 素の身体能力は人間の比ではなく、そこに知性という力が加わったことによって強化された魔物の勢いに、人類は抵抗もむなしく蹂躙された。
 全盛期の十分の一にまで国土を減らし、五つの王国は各地に点在してそれぞれが孤立。
 人類は魔物によって追い詰められていた。

 ――だが当然、人類はそのまま消え果てるのをよしとはしなかった。
 
 魔物へ有効に対抗しうる唯一の武器――魔術を戦闘利用する研究や、魔術を扱う『魔術師』の育成に国家は全精力を捧げた。
 各王国にそれぞれ王立の魔術師育成のための学校を作り、次代の軍部の中心勢力を早いうちに育てようと目論んだのだ。

 勿論、始めてすぐに全てが上手くいったわけではない。
 長い時間をかけることを前提としたこのプランのために、ただでさえひっ迫した国家財政は厳しくなり、また魔物との戦闘で多数の人間たちが犠牲になった。

 しかしその甲斐あって、そこで育てられたいわゆるエリート魔術師たちは人類側の確かな戦力となり、魔物・魔人を含む『魔族』への抗争において大きな貢献を果たすようになった。劣勢一方だった魔物との戦いでは少しずつ勝ちを積むことが出来るようになり、削られる一方だった国土もこれまた少しずつではあるが取り戻すことができるようになったのだった。
 
 魔物と人類の、まさに一進一退の攻防は三百年経った今でも続いている。
 そして今日も国土奪還のために多くの魔術師が死に、国は常に新しい戦力を求めている。

 高い実力を持つ魔術師を一人でも多く!

 そんな風に、魔術学園に対する期待は時と共に高まり続けているのだった。
 
 
         ◇


 大陸に点在した五王国のうちの一つ、アールデルス王国。
 この国が威信をかけて作り上げた『アールデルス王立魔術学園』の校門前に、一人の少年が立っていた。

 この国、というよりこの大陸の人間には例のない青い髪。
 スラリとした体格はパッと見たら細身であるが、その服の中には鍛え上げられたしなやかな筋肉が隠れている。
 加えて背が高く、足も長いというその後ろ姿はなんとも絵になるシルエットだ。

 しかし何よりも周りの視線を集めたのは、その少年の顔の造形であった。

 一言で言うのなら、稀にも見ることのないだろう絶世の美少年。
 実に浮世離れしたその美しさに、少年の横を通り過ぎる人々はみな一様に一度は足を止める。女性の中にはしばし立ち止まって見惚れる人もいるほどだった。
 
 まだ少年から青年へと階段を上がる間際といった幼さを残しつつもほとんど完成されたその美は、少年の持つ雰囲気ゆえか、それとも何故かギラついている目のためか、どこか危うく鋭い剃刀のような印象を与えた。

 そんな風に周りの視線を独り占めにしている少年はといえば、

「……この学園にターゲットの序列一桁がいるのか。
 ちっ、学生の分際で高位魔術師とか調子こきやがって。依頼とか関係なく殺してやりてえな。あー、俺以外の成功者みんな死なないかなー」
 
 周囲の人間に聞こえないくらいの声で何やらとんでもないことを呟いていた。
 
「いやしかし、他にも面白いやつらが盛りだくさんだしな。あの愚妹を筆頭に雑魚王子やカス王女もいるし……なんだか色々と楽しめそうだ。いいねいいねえ」

 くひひっと悪魔のような笑みを浮かべる――のは心の中でだけ。
 表面上は先ほどまでと変わらず儚げな表情で校舎を見つめている。
 どう考えてもずっと同じ場所にとどまっているのは不自然なのだが、少年の持つその神々しいまでの美形オーラはただ立っているその姿すらも引き立たせていた。

 少年はしばし目を閉じたかと思えば、頬を軽くパンパンッと叩いた後校門をくぐるべく歩き始めた。
 足を止めて彼に見とれていた人々も、それと同時に時間が動き出したように歩き出す。


「さあ――――しっかり学園生活、やっていきましょうかねえ」

 そう呟く少年の名は、ルイ。
 
 魔術師を養成するための学園にこれから通うにしては腹に何か黒い物を抱えてそうな彼は、一体ここで何を成すつもりなのか。

 それは神のみぞ知る――いや、彼のみぞ知ることである。

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かつて天才と呼ばれた少年①

 さて、ここで一人の少年の話をしよう。

 その少年は、天才だった。

 国の守護者とも呼ばれる七大公爵家の一つ、『フィーレンス家』の長男として生まれた少年は、物心ついた時、まだほんの幼いころから周囲にそう言われ続けて育った。
 そしていつしか自身もそれを自覚していた。

 少年がそう呼ばれるのは必然であったのだ。
 生まれた瞬間から兼ね備えていた他を圧倒する力。
 時を経て磨きをかけていくと共に他者の追随を許さぬほどの力は、まさしく天与の才と称すべきものだった。

 三歳の時に簡易な術式ではあるが初めて魔術を発動させ、五歳の時には既に魔力の扱いがそこらの魔術師をはるかに上回っており、八歳の時には正規軍に混じって戦線に立っていたという辺り、その異常さがうかがい知れる。
 
 どんな激戦区で戦っても無傷で帰還。
 苦戦することなど欠片もなく、淡々と勝利のみを積み上げる。
 
 そんな少年の向かう戦場に負けはないとまで言われ、事実少年が力を振るえばそこには圧倒的な勝利のみが残った。
 
 そしていつしか少年の名と功績は広まりに広まり、自国に活気を、他国に畏怖を与えた。

 順調に領土の奪還が進んでいた自国内での盛り上がりはそれは凄まじく、少年は、『常勝将軍』に始まり、果てには『神の子』とまで称されるようになっていた。

 幼いころにそうまでちやほやされると、驕りや自尊心の肥大など、多少なりとも人格に問題が出てくるのではとも思われたが少年はそこも完璧。
 賞賛を浴びてなお謙虚であり続け、努力を少しも怠らず、他者への優しさを損なわなかった。
 あまりにも完璧な、ともすれば子供らしくないとまで言われた振る舞いは、民衆の多くが好感を持つだけでなく、軍部へ反感を持っている貴族たちですら粗を見つけることを諦めるほどである。
 
 
 ……さて、ここまで少年の完璧っぷりを列挙しておいてではあるが、果たして本当にそんな人間が存在するのだろうか。いや、きちんとその少年は実在している。だがそれを疑わしく思ってしまうほど、少年が完璧すぎるのだ。

 それでは、きちんとこの世に存在していたとして、一体その彼はどんなことを考えて日々を過ごしているのだろう。
 
 それを知るには、少しだけ少年の『視点』にスポットを当ててみるのが良いだろう。


         ◇


 その地は暗く、閉ざされている。
 
 荒廃しきったその場所には、遥か昔栄えていたのだろう暮らしの面影を見せるかのように、家屋などの建物の残骸が辺り一面に広がっていた。
 ここはかつて『イシュタル』という国があったと言われている場所。
 その首都にあたるこの場所にはもはや往来する人の喧騒などはなく、あるのはただただ純然たる恐怖と、破壊と、そして死のみである。

その地は、暗く閉ざされている。

 物理的にではないが全くの比喩というわけでもなく、本当にこの地は閉ざされているのだ。
 太陽の日差しを拒むかのように灰色に濁った空。
 ただの曇天などではない。
 この地を跋扈する魔物が体表から放出する魔力。それが瘴気となり、空気を淀ませているのである。

 その地は、暗く閉ざされている。

 だからこそ解放しなければならない。
 かつて、はるか昔に失ったこの土地を。
 魔物に蹂躙されて失った人々の営みを。
 
 そして――青く澄んだ美しい青空を。

 ――――――――――

 ぼんやりと空を見上げ、何やら物思いに耽っていたらしい少年は、正面から迫りくる複数の気配を感じてそちらに顔を向けた。
 ……いる。
 常人が視認できる距離ではないそれを、魔力によって強化された少年の視力ははっきりと捉えていた。

 その姿は一見して、赤い毛皮。
 コウモリのような翼に、サソリのような毒針が無数に生えた節のある長い尾。
 獅子を想起させるがっしりとした体躯のその正面には、三列に並ぶ鋭い牙を持つ人の顔が不気味な笑顔を造っていた。
 
 その生物の名はマンティコア。
 かつて人々が御伽噺の中で創った生物にあまりに見た目が合致しているためそのように名づけられた。
 
 そんな異形と称すしかない生き物こそが人類の天敵、魔物であり、今まさに少年へと襲い来る目下の危機でもあった。
 
 が、しかしその姿を見とめた少年の顔に焦りの色はない。
 悠然とその場に立ち、目を細める。
 迫りくるマンティコアたちの数を数えるのは二十を過ぎた辺りでやめた。自分が数えた分の十倍以上いることが把握できていれば、十分だった。
 
「これは……久々に大規模なのを使うか」

 そう一人呟いたかと思えば、高速で腕を動かし指で空を切る。

 魔力を込めた指先は、本来そこには残らないはずの指が通った軌跡を写し出す。少年が手を止めた時には、入り組んだ線や数字などで構成された図形が空中にぼんやりと光っていた。

「火系魔術式第五十一番、『不死鳥』。以下追加式を示す――」

 少年が言葉を紡ぎ始めると、空に描かれた術式が眩い光を放つ。
 淀み、濁った空気が満ちるこの絶望の地において、それはまさしく希望の光。
 少年の周りには光が満ち、周囲を覆う瘴気はその光の前にあっけなく霧散した。
 
「――以上」

 少年が数字の羅列を止めて言葉を切る。
 それが示すのは術式の完成。
 溢れんばかりの光が収まったころ少年の頭上に浮かんでいたのは、先の光を遥かに上回る光量、そして異常なまでの熱量を持った『炎の鳥』であった。
 
『――――――――――――!』
 
 炎で形創られたその鳥はまるで咆哮するかのように天に向かって火を吹き、そのまま大きな翼を広げて、マンティコアの集団へと突進していった。
 
 体長一メートル五十はあるマンティコアが二百以上も集まれば、集団もそれ相応の大きさではあるはずだが、少年の魔術によって創られた炎の鳥はそれを軽々と飲み込む。
灼熱の炎にまかれたマンティコアは不気味に笑っていた顔を苦痛に歪め、もがき苦しむ絶望の声でその喉を震わせていた。数百と集まったそのつんざくような声は距離のある少年の所までも容易に届くほどであった。

 それはまさに、地獄の炎による断罪と言うにふさわしい光景。

『不死鳥』の名を冠する炎の鳥はマンティコアたちを十秒立たずに黒い灰に変え、役割を終えたとばかりにすぐにその姿を消した。

 後に残ったのは、名残のように立ち上る煙と静寂だけ。
 炭化すら通り越した黒い灰はさらさらと風に流されて飛んでいき、そこに先ほどまで魔物がいたという跡すら残さなかった。

 魔物が灰になったのを見た少年の顔には、達成感や疲労、人間が浮かべるであろうそういった諸々の表情は一切なく。ただただ戦闘前と変わらず無表情だった。
 そして、索敵魔術で周辺一キロに魔物の反応がないことを確認したのち、次なる獲物を探しにその場を発った。


 ……とても今更な気がするが、この少年こそ件の天才少年である。
 先の戦いぶりを見るに、天才的な魔術師だということに虚飾などは付いていないようだった。
 ではやはり、少年にまつわる話は全くの真実なのか? 
 いや、その結論を出すのは少し待っていただきたい。

 その話の全貌を知るにはもう少し。
 あともう少しだけ少年の視点を、思考を覗いてみて欲しいのだ。

 そうすれば、全てが分かるはずだから。

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かつて天才と呼ばれた少年②

 荘厳な雰囲気漂う大広間にて。少年はなにやら神妙な様子で頭を下げ、跪いていた。
 
 それもそのはず、今現在少年の目の前に相対しているのは王。
 アールデルス王国の現国王であるその人物の名は、ガリウス・アールデルスである。
 
 王城にあるこの大広間では今、『イシュタル』奪還作戦が成功したことによる領土拡大を祝い、式典が行われていた。
 当然その中心となる人物は彼の地で数百規模の魔物を殲滅し、奪還に大きく貢献した件の少年である。
 
 国王ガリウスは厳粛な声調で一言、「面を上げよ」と告げた。
 そして少年および広間にいる人々の顔が上がったのを確認すると、数秒ほどの沈黙の後徐に口を開いた。

「――此度のイシュタル奪還作戦、誠に大義であった。そなたの活躍無くしてこの戦果はあり得なかっただろう」

 広間がにわかにざわつく。

 ――大義であった。
 それは、国王から贈られる最上級の賛辞。
 
 この国を統べる人物からのその一言は決して軽くなく、だからこそ王は慎重に言葉を選ぶ。それはこういった祝いの場であっても例外ではない。
 今回、ある一個人に対して王が直々にその言葉を発したということの意味を考えるに、やはりそれだけこの少年の挙げた成果が大きいということなのだろう。
 
 王からこんな言葉をかけられたとあっては、国に仕えるものなら……いや、この国の臣民ならば誰しも感涙にむせぶはず。
 だから先ほどから表情の動かないこの少年も、内心では歓喜しているに違いないのだ。
 
「もったいなきお言葉でございます。この国のために尽くすことこそ我が本懐でありますので(うるさいよハゲ。さっさと褒賞の話にうつれ)」
「はっはっはっ! 相も変わらず、国家の忠臣その鑑と言ったところか。その年でこうまで愛国心に溢れた男など中々おるまいな」

 ……今なにかおかしいところがあった。
 うやうやしく頭を下げて謙遜した少年が、心の声で国王をハゲと言っていた、ような。
 
 いや、そんなわけがない。
 この少年は天才魔術師と呼ばれたその実力だけではなく、誰にでも分け隔てなく接する優しさといった人格面を含めて評価されている人物。
 間違ってもこの国のトップを貶すことなんてあるはずが……
 
(ったくこのド腐れハゲ中年オヤジが。散々待たせた挙句、出てきてからも無駄に沈黙しやがって。この俺にずっと頭下げさせておくとかマジ万死だからね? 
 つーかハゲてる時点で威厳もくそもありゃしないんだから王様ぶってんじゃねーよ。 なーにが大義であった、だっつーの! ハゲなんだからもっと申し訳なさそうに生きろよ! ハゲなんだからさあ!)

 …………とてつもなく、貶していた。
 しかもキレてる理由も滅茶苦茶だった。
 
 このハゲている人には人権すらないとでも言うかのようなあまりにも酷い論理。
 それ以前に、この国の象徴であり頂点である国王を敬わないどころかまるで自分より下の下層民とでもみなしているかのような言葉。
 この部分だけ見たとしても少年の人格が知れてしまう。
 
 
 ――――そう。清廉潔白質実剛健を形にしたようだとまで評されていた少年の本性は、『自分こそ至高、その他の人間は全てゴミ』というまさにゴミのような信条を掲げる、とんでもない自己中心男だったのだ。

 世界は自分を中心に回っていると本気で思っていて、主人公が自分、他はわき役どころか路傍の石としかみなしていないナチュラルボーン屑。
 他人の不幸は蜜の味どころか、自分の幸せのためには他人が不幸でないといけないと信じて疑わない性悪っぷり。
 自分よりちょっとでも優れているところを持つ人物には、溢れんばかりの嫉妬と憎悪と殺意を抱くという器の極小さ。

 どこをとっても噂で聞く聖人君子像とは結び付きようもない。

「さて、今回の戦果に対する褒賞の件だが……」
「陛下。私は軍部所属ですので、そちらで毎月きちんと給金を貰っております。生活にも困っておりません。陛下からの労いの言葉一つあればそれで十分でございます」
「いやしかしだな、成果にはそれに相応しい見返りがあって然るべきだろう」
「見返りというのなら陛下からの御言葉で値千金です。国家への奉仕者として他に何を望みましょう。もしお金を渡すつもりでしたなら、孤児院の寄付にでも当てていただけると幸いです(分かってると思うけど、これ建前だからな! しっかり察しろよ!)

 ……あとは、生粋の見栄っ張りだということも忘れてはならない。

 褒賞が欲しいなら建前など言わず素直にもらっておけばいいというのに、この少年は見栄と自尊心の権化のような人間なので、とりあえずカッコいいことを言っておかなければ気が済まないのだ。
 
 だけどまあ、そんなことを言ってしまうから――

「むう、そうか……ならばお主の言うようにしよう。本人が嫌がっていたのでは褒賞にはならんしな」

 こうなってしまう。
 
 ガリウスは流石は神の子と呼ばれるほどの献身っぷりよ、と機嫌よく笑いながら広間を去って行った。
 周りの貴族や軍部関係者も感心したように少年を見ている。
 
が、しかし当の少年の心中は穏やかではなかった。
 
(はあああああああああああああああああああ!? う、嘘だろおい!? 金……俺はただ金が欲しかったのに……。あんの無能クソハゲ国王が! 行間を読むことも出来ないのかよ! そんなんだからお前はいつまでたっても毛が生えないんだ!) 

 すごい勢いで国王を罵倒しているが、ただ少年が余計なことを言わずにいればよかっただけの話なので完全な自業自得である。
 だが自分はこれっぽっちも悪いと思っていないのがいかにもこの少年らしいところだった。

 さて、未だ憤慨しているらしい少年の現状はさておき、なぜ少年がこんなゴミのような性根を持つに至ったのかを説明しよう。
 どちらかと言えば、なぜこんなゴミのような性根を持っていながら、周囲から善性の人間だと思われているかをだ。

 もう以前説明したが、この少年は幼いころからとてつもない天才っぷりを発揮していた。
 五歳の時には既に、同年代どころか大人のしかもエリート魔術師をも上回る魔力操作をすることができ、七歳のころには対人戦では敵なしだったほどだ。
 
 それだけ圧倒的な力を持っていればやはり……増長する。
 そして他人を低く見る。
 ……まあ少年の行き過ぎたほど下衆な見下しっぷりは、生まれ持った本人のポテンシャルかもしれないが。

 さらにそういった実力面だけではなく、少年の容姿も原因の一つだった。
 パッチリとした二重に男にしては長めのまつ毛。すっきりと通っている鼻筋。
 そういった諸々のパーツが、黄金比とも言えるバランスで配置された顔はまさに絶世の美少年と呼ぶにふさわしい相貌であった。さらさらと流れるように美しい金髪もその容姿によく映えている。

 まあ要するに少年はとんでもない美少年で、自身も完全にそれを自覚していたので自分より容姿の劣っている者をとにかく見下しまくっていたということだった。

 ここまで説明して最初の疑問に戻ろう。
 何故少年が周囲から、優しく謙虚な人間だと思われているのか。
 答えは簡単で、その内心を一度のボロも出さずに隠し続けているからだ。

 天才と呼ばれるのは伊達ではなく、当然頭も良い。
 どうにも賢いというか小賢しいというか、この少年は自分を良く見せることが自分にどれだけのメリットを与えるかをよく理解していた。
 そしてそれによって集まる周囲からの好意、尊敬などは実利的な面だけでなく少年の広大なまでの自尊心を満たすのにもうってつけだった。

 全ては自分のため。
 それを原動力にして他者のための自分をとことん演じるのだ。
 欠片もブレず。一つのボロも出さずに。
 そして実際に誰にもその本性がばれることなく、完全に騙し切れているのだから大したものだった。数年単位でそれを成し遂げる根性は賞賛に値するかもしれない。

 というより、誰にもばれていないのなら、他者からの視点という限りで見れば少年は本当に善性の人間である。
 社会の中で生きるにあたって、人は他者からの認識によって個を成り立たせるのだから、周囲が少年に対して抱く認識にはある意味で間違いはないのだ。

 例えそれが、実はどこまでもスカスカな虚像だったとしても。

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かつて天才と呼ばれた少年③

「ふう……」
 
 少し疲れたようなため息をつきながら、少年は扉を開けて廊下へ身を滑らせた。

 散々悪態を付いていた式典はとっくに終わり、現在は夜に行われているパーティーの真っ最中。それをこっそりと抜け出してきたのだ。
 それ自体は決してよいことではない。
 よいことではないのだが……
 
 今回のパーティーの主役であり、公爵家の長男でもある少年は、パーティーが始まってからというものの、自らに群がってくる貴族たちに対して完璧な余所行きモードを発揮し続けていた。
 おべんちゃらにも本心からの賛辞にも優等生な返事を返し、自分からも挨拶に向かい、まともに食事はとれずにしたくもない話をし続ける。
これをパーティーが始まってから、延々三時間である。
 相変わらず相手を内心で罵倒し続けていたとはいえ、精神的に疲れてしまうのは仕方ないことだった。
 
 この辺りで流石にそろそろ思考が精彩を欠いていると感じてきた少年。
 万が一にも自分の内心をポロリと滑らせてしまうことがないよう、休憩を取ることにしたのだった。
 
(はああああああああああ、もー疲れたああああああああああああ! 
 いやほんとまぢしんどいよ、汚いおっさんどもの接待は。捌いても捌いてもウジ虫のように次から次へと湧いてくるし。息はくさいし。
 しかもあいつら、俺に気があるんじゃないかってレベルで距離感近いんだよな。まー、男まで狂わせてしまう俺の美少年っぷりが罪なのか……)

 壁にもたれかかるくらいには疲労していても内心のクズっぷりは絶好調の模様。

 ちなみに勘違いしているようだが、貴族たちが少年に対して距離感が近かったのは彼らがホモだからではない。
 この国の守護者とも呼ばれるほど国防に貢献してきた五大公爵家の一つ、フィーレンス家。その長男で次期当主でもある少年と今のうちにコネクションを強めておこうという算段で近づいているのだ。
 まあ、中には本当に少年自身がお目当ての人もいたかもしれないが。

 ともあれパーティーを抜け出してまで勝ち得た休憩時間である。
 パーティーも中ごろで自分の不在がすぐにばれることはないだろうが、ずっとこうしているわけにもいかないことも少年は分かっているので、少ない時間を有効に使わなくてはならない。

 あまり会場から遠すぎずどこか休める場所を探そうと歩き始め――後ろから聞こえた誰かの声に足を止めた。

「お前は今日の主役だというのに、パーティーをサボって何処へ行くつもりだ?」

 聞き覚えのあるその声に少年はとてつもない程顔を歪めた。
 それはもう、端正な顔の面影が分からくなるほど見事なまでの歪みっぷり。
 ここまで酷い顔になるとは一体どれほど嫌な人物が現れたというのだろうか。
 
 しかしそこは流石の少年なので、邪悪なまでに歪めた顔をすぐさま業務用の笑みに切り替えつつ後ろをゆっくりと振り返る。
 そして相手の姿を見とめるなり内心で大きく舌打ちをした。
 
「ご機嫌用、フェリクス殿下。ご健勝なようで何よりでございます」
「ああ、お前とも久しぶりだな。二か月ぶりか?」
「此度の戦の前、その式典でお話ししたきりですのでそれくらいかと」
 
 アールデルス王国の第一王子、フェリクス・アールデルス。
 
 少しウェーブがかった金色の髪。深い蒼をたたえた双球。
 パーツ自体はそう珍しいものでもないし、それによって構成されている彼の顔も『端正』と呼べるくらいに整ってはいるが、『絶世』と呼べるような隔絶した美しさはない。

 しかし一度民衆の前に姿を現せばその視線を釘付けにし、見たものが皆「この人は天上の人だ」と思うような、ともすればその身に纏う光を錯覚させるようなそんな彼は、王族の中でも頂点の者が持つある種『覇気』と言うべきものを持っていた。
 
 で、何を隠そう――というか全く隠せていないのだが――少年はこのフェリクス第一王子のことが大嫌いだった。
 理由は当然、上であげた王子の持つその王たる資質である。

 フェリクスの纏う『覇気』はあの捻くれ人間の代表とも呼べる少年が感じられるほどで、つまり本物ということだ。
 初対面でそれをはっきりと感じたときから少年はフェリクスに激しく嫉妬し、自らも身に着けようと試行錯誤した末挫折し、そしてフェリクスを心の中で呪いまくった。そしてそのまま今現在に至る。

 フェリクスが持っているものを自分は持てない。
 自分こそ至高だと考えている少年にとってこれは屈辱的なことだった。
 それこそフェリクスが死んだりすれば一人で祝杯を上げるつもりなくらいには憎悪ゲージも溜まっていた。何とも小さい男である。

 とはいえそういった悪感情を、自分の利にならなければバッサリ切り捨てられるのがこの少年。今も、何もないような平然とした顔でフェリクスと話していた。
 
「それで、殿下こそどうしてこんなところへ? 先ほどまで貴族たちとのお話でとてもお忙しそうでしたが」
「面倒くさい接待地獄はついさっき終わったところだよ。だからお前と少し話そうと思ったというのに、肝心の当人が会場から消えているのだからな……」
「……申し訳ありません、こう言ってはなんですが流石に辟易としてしまいまして。悪いと思いながらもちょっと休憩をいただこうかと」
「ふっ、誰もが国の大英雄と称し魔神とまで呼ばれるほどの天才魔術師も貴族世界にはまだ慣れないか」
「恥ずかしながらあれを軽く乗り切るには未だ精神が未熟なようで……精進します。(くそー、なんで俺が他人にこんなへりくだらなきゃならんのだ。このいけ好かないパツキン野郎、ちょっと俺より生まれが良かったからって調子乗りやがって! 本来俺こそが王族にふさわしいはずなのに……ああ、この世界は間違ってる!)」

 間違っているのは完全に少年の思考の方である。
 
 少年のことはさておき、若干儀礼的ではあるものの(少年の内心以外は)穏やかな雰囲気の会話を、フェリクス自身はとても楽しんでいた。
 幼いころから共に育った大事な友人であり、優秀で忠実な臣下でもあり、弟分とも兄貴分ともつかないような奇妙な関係。
 ただ純粋に仲の良い友人と言うには自分たちの置かれている立場は簡単なものではないが、フェリクスは会う機会の少ない現国王ガレウスよりもむしろ少年の方を家族のように思っていた。
 
 ――ただ、一つ悲しいことがあるとすれば、少年の方は全くそんなことを思っていないということであった。
 いっそ清々しいまでのすれ違いは実に物悲しい。

「せっかくですから殿下も僕と一緒に休憩しませんか? どこか落ち着けるところで(本当は嫌だけど一応誘っとかないとあれだしな)」
「そうだな色々積もる話もあるし――っと、どうやらもう少し足止めされそうだぞ」
「……? それはどういう……」
 
 その言葉を言い終わるか否かというところで少年の背中に衝撃が走る。

 不意をつかれた形の少年は前の方に少しよろめき、一体なにが起こったのかと後ろを確認する前にこれまた聞き覚えのある声が耳を打った。

「アルト様っ! ようやく……ようやくお会いできました!」

 まだ幼さを多く残しつつも、柔らかく可愛らしい響きを持った声。デジャブを感じる嫌な声だ。
 少年はフェリクスの手前、さっきのように顔を歪めることも出来ず困ったように前を向けば、当のフェリクスは苦笑しながら目で「相手をしてやってくれ」と伝えていた。
 
 ようやく名前が登場した少年――アルトは、心の中で盛大にため息をつきながら背中に抱き着いている少女の名を呼んだ。

「……カリン様ですか」
「嫌ですわアルト様、私のことはカリンと呼び捨ててくださいと何度もお願いしているではないですか」

 言いながらくるりと正面に周りこみ、少年に向けてニパーッと大輪の笑顔を咲かせるカリン。
 普通なら十人中十人が天使だと形容するであろうその笑顔は、ことこのアルトという少年の心にはなんのプラス効果も呼び起こさなかった。
 
(パツキン王子の次はクソガキかよ! もーいい加減にしてくれ……お前らは俺を絶対に休ませない会の会員か!?)

 むしろ今現在は中々休憩できない怒りで荒れ狂いかけているほどである。
 だがここが最後の頑張りどころだと少年は自分に言い聞かせ、会話に付き合ってやることにした。

「……いくら本人が良いとおっしゃっていても、王女様を呼び捨てにするのは無理というものですよ」
「あら、体裁を気にしておられるなら別に誰も文句を言う人なんていないと思いますが。
 それに王女と言いますけれど、アルト様だって直王族になりますわよ? なにせ私の婚約者……未来の旦那様なんですから!」
「つまり俺の未来の義弟でもあるな」
「あはは……(げんなりする未来図を思い描かせるんじゃねえ!)」

 とはいえ、アルトは目の前の少女がそこまで嫌いではなかった。
 少なくともフェリクスよりは。
 
 その理由は単純かつゲスなもので、常に自分を持ち上げてくれるからだ。
 自分からアルトとの婚約を強く願っただけあって、妄信的とも言えるほどアルト少年マンセー状態。自尊心をくすぐられるのが大好きな少年にとってそんなカリンはうってつけの人材だった。

「でも、私本当に寂しかったんですよ? 二か月もアルト様のお顔が見れなくて……。それに、大丈夫とは分かっていてもお怪我をされたりしていないか心配で……」
「はははっ、確かに俺も最初のころは心配していたけどな。一度戦っているところを見ればもう心配するのもアホらしくなるぞ」
「私だって一度くらい見たことあります! それでも不安なんですよ! 
 お兄様は楽観的すぎます! 私なんか酷い時には心配すぎて眠れないときもあるのに!」

 ぷんすかといった風に可愛らしく怒るカリン。
 アルトはその肩に手を置いてこちらを向かせ、一撃必殺だと自負している微笑みを浮かべて言った。

「カリン様がそれだけ僕を想ってくださっているのはすごく嬉しいです。ですが、そのせいであなたに余計な心労をおかけしているのは嫌なので……ここで改めて言っておきます。
 どんなことがあっても僕は必ず帰ってきますよ、あなたという待つ人がいる限り」
「あ……ああっアルト様っ!」
 
 上気する頬。潤む瞳。
 間もなく感激に耐え切れず、ひしっとしがみついてきたカリンをアルトは優しく抱きしめた。

 この絵面だけ見れば美少年と美少女の、しかも婚約者同士の愛溢れるシーンにしか見えないが――

(いやホント接待って疲れるわ。自分より年下のガキに敬語使うってだけですでにキツイし……そもそも俺に触れていいなんて一言も言ってないんだけど?)

 実際内心を覗けばこんなものだった。
 
「そういえばアルト」

 ふと、思い出したようにフェリクスが言う。
 カリンはまだアルトとこのままでいたいのか兄を少し恨めし気に見ていたが結局何も言わずに身を離した。

「お前、パーティーが始まる前は何をしていたんだ? 始まるまで時間があったから本当はその時に会いに行ったんだが城のどこにもいなかったんだが」
「ああ、それはあれです、元帥に呼び出しを食らってたんですよ」
「元帥……ロランドに?」
「ええ、序列のことでちょっと」

 序列、と口にした瞬間カリンの目がキランと光る。

「ということはアルト様ついに!」
「はい、今回の戦果で僕は一位になるそうです。まだ本確定ではないけれどまず間違いないだろうとのことでした」
 
 序列とは、五王国の間で定められている『対魔物戦闘における殲滅効率序列』のことで、略して『対魔物序列』とも更に簡単に『序列』とも呼ばれているものだ。

 殲滅効率というだけあって、上位の魔物を大量に殲滅すればそれだけ順位は高くなる。
 しかしもちろん累積殲滅数自体も高く評価されており、それには単純に経験や年数がモノを言うため、幼いうちから戦場に立っていたとはいえ十三歳のアルトは、今日になるまで一位にはなれなかった。
 
「そうか……お前もようやく名実ともに最強の魔術師になるわけか」
「僕としてはそこまでこだわりはないんですがね」

 嘘だ。当然、滅茶苦茶こだわっている。

「ふっ、まあ数年前からお前が実質最強だってことは誰もが知っていたしな」
「い、いえそういうことを言いたかったわけでは……」
「いいじゃないですか、事実なんですから! 
むしろアルト様が一番お強いことは自明の理だったのに、すぐさま一位にしないやつらが信じられませんわ!」
「おいおい、序列はそういうものじゃないんだぞ」
 
 熱くなって力説するカリンを呆れながら諫めるフェリクス。
 
 だが実際のところカリンの言うように、この序列は魔術師としての強さ自体を測る指標にはなっていない。それは七歳の時点で魔術師として敵なしであったアルトが一位にはならなかったことから分かる。
 もちろん高い序列の者は戦闘能力も高いのは当たり前だが、それはそのまま魔術師同士の序列ではなく、対人戦では序列通りならないことが多いのだ。

 では何故この序列を定めているのかというと、それは国としてのアピールに他ならない。
 
 ウチは何位と何位の魔術師がいますよ。
 ウチには序列二桁の魔術師がこれだけ揃っていますよ。
 
 魔術師の強さは国の強さ。
 国はどれだけの序列の魔術師が所属しているのかということで、自分の国防力をアピールするのだ。
 国内への安心のため、または他国への牽制のために。

「まあこの国の王子として言わせてもらえれば、アルトが序列一位になったのはとても良いことだな。お前はこれから色々と大変かもしれんが」
「ええまあ、一位になると色々式典に引っ張り回されますからね……。学校にも出来るだけ通いたいし、これからの忙しさを思うと少し憂鬱になります」
「ご安心ください! そういう時にこそアルト様を支えるのが私の役目ですわ!」
「じゃあ、期待していますね? 僕の未来の奥さん(だから抱き着くんじゃねーよ、金取るぞマジで)」

 そんな風にしていると、アルトの前方に見える扉が突然開いた。
 中からはなにやら急いだような顔をした男が出てきて、三人を視界に入れるなり恭しく膝をつく。

「殿下、それに姫様もいらっしゃったのですね。大変失礼いたしました」
「よい、何かあるなら申せ」
「はっ! アルト様。国王陛下、そして父君がお探しでございます。お戻りになられた方がよろしいかと」

 告げられた言葉に、アルトは愕然とする。
 わざわざ休憩のためにパーティーを抜け出してきて、一分たりとも休めなかった。
 それどころか王子と王女の接待によって逆に体力を削ったと本人は思っている。

 申し訳ないと謝るフェリクスとカリンに本当のことなど言えるはずもなく、お話しできて楽しかったですよとお世辞フォローまでするアルト。
 別に少しくらい不満を言ってもこの二人は気分を害すはずもないが、こういう時ですら完璧に自分を取り繕うのは、それが最早少年のカルマなのだろう。
 
(ああ、パツキン兄妹のせいで……最悪だ……。やっぱ、金髪ってクソだわマジで)

 そうしてアルトはフラフラとパーティー会場に戻っていったのだった。
 


 こんな感じで不満をグダグダ言いながらも、アルトの人生は順風満帆だった。
 公爵家の長男、王女という婚約者、そして国の英雄という立場。
 何もかもが完璧で、そこには一点の曇りも無かった。

 だがそんなアルト少年の栄光に満ちた日々も、突如終わりを迎えることとなる。
 転落の始まりは、アルトが原因不明の病にかかったことだった。



ちなみに奥さんというのは他人の妻を言う際に使うので実際には誤用です。
妻という言い方がちょっとしっくりこなかったので通じればよいかなと


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かつて天才と呼ばれた少年④

一話に収めるつもりが……
次でかつて天才と呼ばれた少年編はラストです。


 最早お手上げ、後は本人の生命力を信じるしかない。
 
 宮廷仕えの医者や生体研究専門の魔術師たちが総力を挙げてアルトの病気を解明しようとした結果、出た結論がこれであった。

 ある日突然、本当に何の前触れもなく倒れたアルト。
 当初は高熱を出していたため細菌が体に入ったのかとも思われたが、薬師が作った薬を 飲んでも、体の治癒力を促進する回復術式を使っても良くはならず。
また、魔力を使った身体の検査においてもどこか特定の部位が悪くなっていることもない。 
 化学的、魔術的療法が効かなかった以上はもう一般療法に頼るしかなかった。
 一般療法、すなわち――安静にして自然治癒に任せるということである。
 
 原因不明とはいえ感染症の可能性もある以上、フェリクスを筆頭とした見舞い人たちもカリンの看病希望も謝絶され、アルトはたった一人で病気と闘った。
 内心では役に立たなかった医者を無能だと罵り、自分を苦しめるこの世界を呪ったりしながらもひたすら高熱を耐え忍んだ。
 そうして三週間もの間戦い続け――

(勝った……! 俺は勝ったんだ!)

 見事、死の淵から生還したのだった。

 いや死の淵とはあながち冗談でもなく、いかに普段から鍛えているアルトと言えども三週間もろくに食物を摂取できず、高熱によってゴリゴリと体力が削られては流石に命も危うい。
 経過観察にきた医者もあと一週間、いや数日このままだったら死んでいたと言っていた。
 なんともしぶとい……というか運のいい男である。

(ふっ、まあ当然だよな……俺が病気なんぞで死ぬなんて世界の方がおかしい)

 と、本人もこのように調子に乗ってはいるが、実際のところ慢性的な栄養不足というか食事不足で頬はゲッソリこけ身体も結構痩せてしまっていて、そんなに余裕があるわけでもなかった。

 熱が下がった後も一日のほとんどを睡眠に費やし、人と会話ができるくらいに体力が回復するのにそれから三日ほどかかり。
 その後は家族を始めとしてカリンやフェリクス、果てには国王ガリウスまでがアルトの下を訪れ、皆がアルトの快復を喜んだ

 もうこのまま何事も無ければ数日の後にはいつも通りの日常に戻り、落ちてしまった筋力を取り戻すためにトレーニングをする。そしてまた学校、若しくは仕事に戻っていく――――そんな風になるはずだった。
 
 だがここで予想外の事態が起こる。
 アルトの体内から一切の魔力が失われていたのだ。
 
 実際にアルトは魔術を扱えず、上位の魔術師の魔力探知にも引っかからなかった。
 
 そもそも魔力とは、魔術を行使する際に使う体内のエネルギーと考えられていて、そのまま生命力の元なのではないかとも言われている物。
 だからアルトの場合、病気との戦いで魔力を消耗したのだろうと、待っていれば自然に回復するだろうと、そう推測が立てられた。無論、本人もそう思っていた。
 
 だが一月、二月と経ってもアルトに魔力が戻る気配は一向に見えなかった。
 
 ここらで流石におや……? となってくる。
 もしかしたらこのまま魔力が回復する見込みはないのでは? と周囲の人々は不安に思い始めた。
 
 なにせ前例のないことだ。
 基本的には全ての生物は大小あれど魔力を持つ。
 先天的に魔力を全く持たない人間はいたとしても、後天的に魔力を失ってしまうなんていう人間はいなかった。
 だからこそ先の病のように誰もが打つ手なしで、様子を見るということしかできないのである。
 
 アルトには軟禁処分が王命として言い渡され、対外的には体力回復のための療養中ということにされた。
 国の最大戦力であるアルトが現在使い物にならないだけでなく、将来もそのままであるかもしれない、などということを国内外どこにも知られるわけにはいかない。当然の処置だ。
 関係者には緘口令が敷かれ、思うことはそれぞれであったが誰もがこの件に関しては口を閉ざし、静観した。

 そうやってどうしようもなく、何の変化もないまま時だけが過ぎていたある日、アルトの父でありフィーレンス家現当主であるスヴェンから呼び出しがかかった。事件の日から数えておよそ三か月が過ぎた頃だった。
 
 (あーダル……。魔力が無くなったことによる精神的負担で弱っている俺を部屋まで呼びつけるとか、はーほんとつっかえ。お前が俺の部屋まで来いっていう話だよ。
 ていうか前々から思ってたけど、俺の立てた功績でイキッてるだけのお飾り当主のくせになんであんなに偉そうなのかねあいつ)

 相変わらずぶつくさと文句を(内心で)言いながら、屋敷内の廊下を歩くアルト。
 
 こんな風に言ってはいるが、実際に今回の魔力喪失の件で誰よりも焦っていたのはアルトなのだ。
 十年近く当然のように使ってきた力を急に失い、一向に戻る気配を見せないのだからさもありなん。フェリクスやカリンから励まされ、それをとんでもなく屈辱的に思いながらもただただ力が戻ることを願っていた。
 結局、そのまま今日に至るわけだが。
 
 ノックをして、返事がした後スヴェンの仕事部屋に入る。部屋に入ると椅子ごと背を向けていたスヴェンはくるりとこちらを向いた。

 父親との久方ぶりの対面。
 軟禁が言い渡されてからは会っていないので三か月ぶりの対面だ。

 儀礼的な挨拶を交わした後、スヴェンはすぐさま本題に入ると言わんばかりに咳ばらいをして机の上で手を組む。
 そしてどこか底冷えのするような低い声音で、告げた。

「単刀直入に言おう。アルト、お前にはこの家を出て行ってもらう」
「……は?」

 その言葉を聞いたアルトは今までにないような間抜けな声を上げた。
 
 上げたのは疑問の声ではあるが、その瞬間には疑問というより、言われた言葉が全くの想定外で完全に意表を突かれていたのだ。
 そしてじわじわと言葉を理解し、まさしく疑問が次々と沸いてくる。
 目の前のこの男は、一体何を言っている?

「ああ、出て行ってもらうというのはこのフィーレンス家から放逐という意味だ。無論この家からも出て行ってもらうが。お前はトーンの町へ行ってそこで一生を過ごす予定だ。
 監視人がいるから幽閉のようなものだがなに、食うに困らぬくらいの金は支給される予定だから安心しろ。で、出立がいつになるかだが――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 
 淡々と述べられる決定事項に耐え切れず大声を出す。
 スヴェンは目でちらりとアルトを見た後、顔を伏せてくぐもった笑いを上げた。

「クックックッ……なんだ人間らしい反応もちゃんと出来るじゃないか。
 いつも同じような行儀良い言動に表情。我が息子ながら可愛げのない、何を考えているのか分からない気味悪い子供だったが……ククッ、俺はお前のそういう顔が見たかったんだよ」

 どこか嘲るように紡がれる言葉。
 そこからは感じられるのはアルトに対する広大な悪意だけだ。
 
(な、なんだこいつ……マジのガチでとち狂ったのか? いや、にしては妙に不敵な顔してるし本当にわけ分からん。こんなの俺の明晰な頭脳でも全く予想していなかったパターンだぞ)
 
 アルトは現在本当に焦っていた。
 先ほどの素を出してしまった失態以降は表情を変えず沈黙しているアルトだが、その実頭の中は混乱で埋め尽くされている。
 
 というのもアルトが浅慮なわけではないのだ。
 中身が腐ってようとも天才と言われただけあって頭も賢いアルトは、今回の呼び出しに関して訝しがりながらもいくつか事前に推測をたてていた。
 しかし、その中で今のケースは全く想定されていなかった。
 
「追い出される理由は、言わずとも分かるよな? 
 お前が魔力無しの役立たずになり、三か月経っても変化のない今、このフィーレンス家にとってお前はお荷物でしかない。
 栄光ある国の守護者の名を汚す人間は不要だ」
「(は? お前マジでいつか殺すからな)い、いやいやそれはおかしいでしょう! 魔術を使えないお荷物だとして、僕が辺境の地に行ったら誰が『アルト・フィーレンス』をやるというんですか!」

 そう、アルトの推測の元になっていたのはこれが理由だった。
 
 序列一位の魔術師がいるかいないかというのは国力誇示の関係上相当重要だ。最大戦力であったアルトがいなくなったとなれば、国内へは不安を与え、国外においての力関係にも影響してくる。
 実際に魔術が使えなくとも、式典等に顔を見せることで存在をアピールできるということを考えると、表では何ら変わりのない状況を見せつつアルトの魔力が戻るのを待つ、または次善の策を練るのが普通のはず。
 とにかく、現在の情勢で『アルト・フィーレンス』がいなくなるのは国にとってプラスになるわけがないのだ。

 そういったことを論理立てて訴える。
 しかし、目の前の男から返ってきたのは驚愕の答えだった。
 
「国王陛下からの許可は既に出ている。これは――国としての判断なんだよ」

 ……今度こそ、アルトは言葉を失った。
 
 何も言い返さなかったのは、最早自分の想定するまともな状況には全く当てはまらな
いことを悟ったから。
  
 つまりどういう思惑かは知らないが、国王とスヴェンは結託して自分を表舞台から消そうとしているらしい。
 それによって生じるだろう不利益をどうカバーするのかは分からないが、この様子を見るにどうやら何かは考えているのだろう。
 ならば――もう何を言っても無駄である。
 
「……殿下やカリン王女にはなんと言うつもりです。まさか馬鹿正直に僻地で幽閉していますとでも言うんですか」

 純粋な疑問としての気持ちが一割、最後の悪あがきのつもりが九割で言葉を投げかけてみる。
 すると――
 
「ああ、フェリクス殿下もカリン王女様も、お前がもはや役立たずの無能として生きるしかないと聞いたらすぐ愛想を尽かせたよ。
 ふむ……確かカリン王女は、魔術を使えなくなったお前なんて何の取柄もない男だと言っていたな。自分にはもう釣り合わないとも」
 


 それを聞いてアルトは黙って部屋を出た。

 後ろから聞こえてくる嘲笑の声をかき消すように強くドアを閉める。
 冷たく激しく鳴り響いた音は、アルトとフィーレンス家のつながりを断ち切るかのように屋敷中に鳴り響いたのだった。
 


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かつて天才と呼ばれた少年⑤

 トーンの町行きの馬車にゴトゴトと揺られながら、アルトは一人不満をぶつくさ垂れていた。

(ありえんわー、王都で優雅な暮らしをしてた俺を泥臭いド田舎に送るとかホントありえんわー。大体生粋のシティーボーイの俺がかっぺ共の集う集落紛いの町に馴染めるわけないんだよ。
 いや、つーか田舎の空気なんか吸ったら拒絶反応で死ぬかもしれんぞマジで……)

 何も知らぬ町に対してとんでもなく失礼な野郎である。
 だが、アルトにとっては王都以外の都市は全て田舎認定なので知ったところで別に変わらないかもしれない。
 ちなみに口に出して言わなかったのは馬車の御者が近くにいるからだ。
 誰もいなければ先の言葉は大声で空に解き放たれていただろう。
 こんな時ですらメッキ貼りに余念はないのがいかにもアルトらしかった。

 
 結局、家の放逐を告げられた日から三日後にアルトは追い出された。
 もうあの時点で更迭する準備は完全に整っていたのだろうということは、その迅速な動きを見るに間違いない。
 何やら不敵そうな顔をしていた父スヴェン、そして(スヴェンの言葉を信じるなら)国王すらアルトの追放を認めたという事実。
 さらに言えば――

(正直あの時はやつの言ってたことがマジだとは思ってなかったが、冷静に考えてみればあいつら、俺が魔術使えなくなった時そこはかとなく馬鹿にして様な気もする。
 気持ち悪いくらい励ましてきたし。あれすっげえ屈辱的だったわ。あ、思い出すとイライラが……。
 うん、確かにあいつら(フェリクスにカリン)ならすぐに掌クルーするだろうな。間違いない)

 と、完全にアルトの中では結論が固まったようだったが、実際にあの二人がアルトを見限ったとすれば最早国内でアルトの後ろ盾になりうる人物は存在しないのである。

 とどのつまり今現在のアルトに出来ることは何もなく、流れるままにトーンの町に行くしかないということだった。

(まあ五年近く滅私奉公してきた訳だし、これを機に休暇を得たと思えばいいか。
 行き先がクソ田舎なのは気に食わんが魔力が戻るまでの辛抱だな。それまでは他人の金で遊び呆けて過ごそう)

 未だ不満は残るもののなんだかんだ切り替えてこれからの生活に思いを馳せる。

 切り替えてしまえばあとは気楽なものだ。
 心地よいくらいの揺れのせいで眠気すら襲ってきたので、アルトはそれに身を任せることにする。
 このまま眠ってしまおう、出来れば起きるころには着いてて欲しいと思いながら目を閉じた。


 ……いやしかし、どうにも図太いというか能天気というか……思考の詰めが甘いというか。


(む、何やら嫌な予感が……もしや田舎に近づいたせいで空気が悪くなってきたか?)

 そんなアルトの田舎ディスりの一瞬後――――白い光とつんざくような爆音と共にアルトの馬車は吹き飛んだ。

 すさまじいまでの衝撃。
 少しの浮遊感を覚えたかと思えばすぐに地面へ激突する。
 そのまま二転三転とし、木に叩きつけられてようやく馬車は動きを止めた。

 当然馬車の中はグルグルに回っていたのだが、すぐさま掴まって体勢を整えていたアルトは幸いどこにも怪我をしていなかった。
 流石は腐っても軍人である。

 まだ少し揺れる頭のまま外に出る。
 横転した馬車の数メートル先には投げ出されたのだろう御者の姿が見えた。ピクリとも動いていないが、この距離からでは死んでいるのか気を失っているだけかは分からない。

 そしてそのさらに前方。
 恐らく衝撃を受けたと思われる場所は、大きく地面がえぐれており、周りの木々は燃え盛っていた。

「……なるほどね」

 そしてあるモノを視界に収めてそう呟く。



 そう、とかくこの少年は思考にしても行動にしても詰めが甘い。

 何故、唐突に不可解な放逐を言い渡した奴らが、素直にアルトを町に行かせるだけだと思ってしまうのか。
 何故、自分の命は無条件に保障されていると思ってしまうのか。

 それは異常なまでの自己愛のせいだったり、単純にこいつの思慮が浅かったせいだったりするのだが……。
 ただ事実として、アルトの見ている方向には恐らくこの爆撃を起こしたのだろう三人の男が立っていて。
 そして間違いなくその男たちはアルトを狙っていた。

 ただそれだけが、アルトに突き付けられている冷たい事実であった。

(俺をド田舎送りだけじゃ飽き足らず殺そうとするとか、もうあいつらは将来ぶっ殺確定ですわ。まあその前にまずはこの状況をどうにかしないといけないわけだが)

 焦りは、ある。
 だが同時に冷静な思考もちゃんとある。
 それは八歳の時から今まで戦場で死を感じ続けて来たからこその心の余裕だった。

 その冷静な思考は、隙を見てこの場を逃走し追っ手をまくべきだと告げる。
 とてつもなく屈辱的なことだが今の魔術を使えない自分では、魔術師三人を相手取ることは出来ない。ここは逃げるしかないのだ。

「やあどうも、アルト・フィーレンス君。いや、もう家を放逐されたからただのアルト君かな?」

 そんな風に逃走の算段をたてていると、三人の中でリーダーなのだろう中央の男がこちらに歩み寄ってくる。

「俺のことは知ってるかな?」
「(知るわけねえだろボケ。有名人気取りも大概にしろよ)いいえ」
「ふっ、まあそうだよね。これでも三桁魔術師なんだけど、一位からしたら眼中にも入らないか……」
(そりゃそうだろ。だって一桁以外とかゴミじゃん)

 少し悔しそうな顔を滲ませる男に対して辛辣な感想のアルト。
 その論でいくと、魔力を失ったことで実質序列一位どころか順位すら付かないアルトもゴミになってしまうのだが当然そんなことに気づいてはいない。

 後ろにいたもう二人が中央の男と並び、三人が一列になったところでまた中央の男が大仰に手を上げて言う。

「聡明な君ならもう分かると思うけど、俺たちは君を殺しに来たんだ。
 なんの抵抗もしなければサクッと殺してあげるんだけども……序列一位だった君が座して死を待ったりはしないよねえ、うん分かってる」
「(なんも喋ってないのに何勝手に納得してんだこいつ)……で? じゃあ、あなたはどうするんです?」
「そうだね……こうするかな」

 男が掌を目の前にかざしたかと思えば、瞬間――アルトの頬を何かが掠めた。
 じんわりと熱を持ったそこからは血が流れ出す。

(こ、ここここここ、こいつ! 俺の顔に傷つけがったああああああああああ!
 生まれてからただの一度も傷なんかついたことない国宝級の俺の顔を! 
 ゆ、許すまじいいいいいいいいいいいいいいい! 死すら生ぬるい苦しみを与えてやるぞこのクソカスが!)

 実際は頬が少し切れただけなのだが、アルト君大発狂である。
 怒りのあまりすぐさま携帯していた愛用のナイフを構える。
 逃げるという考えはその時点で完全に頭から飛んでいた。天才とはいったい何だったのか。

「今のはただ魔力弾を放っただけなんだけど、わざと反応しなかったのか、それとも反応できなかったのか……果たしてどっちかな。
 確かめるために、もう一発いこうか」

 男がそう言った次の瞬間には、先ほどと同じナニカがアルトの肩をえぐっていた。

「ぐっ……!(いってええええええええええええ! クソが! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころ……いやちょっと待て、一体何がどうなってやがる。
 さっきのも含めて、俺は()()()()()()()()
 魔力弾って言ったのが嘘じゃなければ確実にこっちにソレが飛んで来ているはずなのに、俺はそれを視認できなかった)」

 先ほどとは違って明確に感じた痛みにより、アルトの頭が急速に冷えていく。
 そしてようやく気付いた、この状況はヤバいかもしれないと。

「どうやら本当に反応出来てないみたいだね。じゃあ次は――これでどうかなっ!」

 一瞬だ。一瞬のことだった。
 目の前に男がいた。
 十メートルはあった距離が突然ゼロになったかのように、男はそこに立っていた。

 何か反応しようとする前に、相手の蹴りがガラ空きの腹に深々と突き刺さり、アルトは遥か後方に吹き飛ばされた。

「ぐっ、がはっ……お、う……」

 嗚咽すらできない、呼吸ができない。
 人生で体験したことのない苦しみにアルトは悶え苦しむ。

 そんな中、頭で回り続けるのは同じ言葉ばかり。
 痛い、苦しい、ふざけんな、殺してやる。


「まだ終わりじゃないよ」

 いつの間に側に来ていたのか、男がアルトの頭を掴み無理やり起き上がらせる。

「最初は様子を見ろと言われていたけど本当に弱体化しているようだから、しばらく遊んでから殺すことにするよ。
 ああ、まさか俺が序列一位を嬲り殺せる日がくるなんて思わなかった……って、ははははっ! そんな怖い目しちゃってどうしたんだ? 
 そういう目で見られるともっと虐めたくなるんだよねえっ!」

 突き出された拳は成す術もなく顔面に突き刺さり、アルトはまたしても後ろに倒れ込んだ。
 そして男は楽しそうに笑い声を上げる。
 嘲笑、悦楽、悪意しか感じられない高笑い。

 構図だけを見ればまさしく勝者と敗者ははっきりしていた。
 どちらがどちらかは言わずもがなである。

(こんな……こんなにも、差があるのか……? 
 魔力を使えないと俺はこんなやつに手も足も出ないっていうのか?)

 地に付して痛みに呻くアルトは、自らの体で感じたその事実にショックを受ける

 この世界の魔術師は戦闘時、魔力を使って身体能力の底上げをする。
 身体強化をした時としていない時とでは、まさに大人と子供との差、そんなものを遥かに上回るくらいの差があると言われている。
 だから、これまでの攻撃をアルトが避けられなかったのは当然である。
 そもそも動体視力すら通常のままだから、強化された相手の攻撃が見えるはずがないのだ。

 頭ではそれを理解している。理解はしているが――

(ふざけんじゃねえぞ……この俺が、生まれた時から天才で最強の俺が、どこの誰とも知らないカスに負けるってのか? そんなの認めるわけにはいかねえんだよ!  
 
 俺は、魔術なんぞなくたって天才で、最強で、至高だ!)

 腕に力を込め、ふらつきながらも立ち上がる。

 大丈夫だ。
 ダメージは残っているが、動けないほどじゃない。
 自分に言い聞かせ、ナイフを強く握る。

 アルトの姿を見た男は楽しそうに、しかしそれ以上に馬鹿にするように笑った。

「うーん、頑張るねえ。まあ立ってくれないと遊びがいが無いから俺的には嬉しいんだけど」
「……舐めるなっっっ!」

 戦場でなんども魔物を狩った動き。
 懐に飛び込み相手の首筋を狙うその動きは、しかしアルトがナイフを振るう前に中断された。

 いつの間にか宙を舞っている自分。
 何が起きたのか分からない。
 何をされたのか分からぬまま気が付けば自分は吹き飛ばされていて、確かに分かるのは自分の攻撃は全く通じなかったということだけだった。

 だが、無様に倒れるわけにはいかないとアルトは空中で体勢を立て直し、両足で着地する。
 顎を打たれた後吹き飛ばされたのだろう、確実にダメージは足にきていたが、自らのプライドが崩れ落ちるのを許さなかった。

「……ホント頑張るねえ。じゃ、お次は遠距離からにしようか。三人でやろう。
 じゃ、アルト君は死なないように頑張ってねー」

 その言葉と同時に魔力弾が三方向から飛んでくる。

 いや、三方向なんていうものではない。
 ある程度の魔術師なら難なく作れる魔力弾。ましてやここにいるのは序列三桁が一人、そして三桁に届こうという二人で、やろうと思えば一度に複数作れるのだ。
 そうして発射された魔力弾はアルトを囲む弾幕のようであった。

 当然、元々反応出来ないのに加えてダメージが蓄積している今のアルトが回避行動をとれるわけもなく……

 数分後には、血にまみれて地面に倒れ伏すアルトの姿があった。

「く、くくくくっ、はーはっはっはっはっは! もう傑作だよ!
 戦場では敵なし、対人戦でも無敗。人類史上最強の魔術師なんて持て囃されたお前も今じゃこんな雑魚になっちゃってさあ!
 かーわいそうに、魔力が無くなったばっかりに今まで歯牙にもかけてなかったような俺に手も足もでないんだもな! 今のお前……最っ高にみじめだよ!」
「だ……ま、れ」

 呟きながら四肢に力を込める。
 最早血は致死量に迫るほど流れ出ており、手足に力は入らず何度も崩れ落ち、それでもアルトは立ちあがった。

「まだ立つのかきっもちわりい、化け物かよ。
 あーあ、もう飽きたからそろそろ殺そうかなー。ね、アルト君もそれがいいでしょ? 今とっても苦しいだろうし、すっごく惨めな気持ちだもんね」
「黙れよこの不細工野郎」
「…………は?」
「俺は……天才で、最強で、至高なんだよ。
 そんな俺様を見下してんじゃねーぞ、この……下等生物が」

 尚も言葉を続けようとしたアルトだったがそれは出来なかった。
 言葉を言い切った瞬間に、男の腕が自分の腹を貫いていたから。

 右手でアルトを貫いたまま、男は苛立たし気に顔を歪めながらがなり立てる。

「下等生物ってのはさあ! こうやって今まさに殺されようとしてるお前のことだろうが! 悔しかったら一撃でも俺に入れてみろよこの勘違い野郎!」

 その言葉にアルトは、最後の力を振り絞り拳を振りぬこうとして――――最早腕がピクリとも動かないことに気が付いた。
 腕どころではない。
 指先も、体のどの部分も、アルトの意志ではもう動かなかった。

「……終わりだな。
 このまま死ぬのを待っててもいいんだけど、一応最後に空のお散歩をさせてあげるよ」

 そう言って男はアルトを担ぎあげる。
 そのまま横の茂みをかけ分け歩いて行き、ほどなく木々が開けるとそこには深い、深い闇が広がっていた。

 「ここってものすごい深い谷になってるんだよ。誰も調べたことないらしいから底がどこにあるか分からないけど、きっとしばらくは快適な空の旅が楽しめると思うよ」

 そう言ってアルトを崖の近くの地面にドサリ落とす。

「じゃ、最後に聞いておこうか。何か言い残すことはあるかい?」
「……こ、ろ、して、や……る」
「死ぬのはてめえだよ。じゃあな」

 ガッと一度アルトを蹴る、それだけでアルトの身体は空中に放り出される。
 そして重力に従って暗闇の中へと堕ちていった。

 風を切る体。
 男の笑い声が遠ざかる。
 最早、意識を保っておくのも難しい。

 だけれど、そんな状況でも心の中で繰り返す言葉は一つ――





(こ    ろ    し    て    や    る)



 意識が途切れる最後の最後まで怨嗟の言葉に包まれて、やがてアルトは闇の中へ溶け、消えていった。

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入学①

前話からいきなり場面転換。
プロローグからの続きです。


 入学式が始まる三十分前ということもあり、だだっ広い講堂の中には既に大勢の人が集まっていた。新入生が座るための座席もほとんどが埋まっている。
 人数が人数なだけに室内は人のざわめきで満ちており、これからの生活に胸躍らせている新入生たちの浮ついた雰囲気がルイにも感じられるほどだった。

 講堂に足を踏み入れた瞬間に感じたソレに、ルイは少しだけ眉根を寄せる。
 何故かは分からないが不機嫌になってしまったようだ。

(そろいもそろって希望に満ちた面しやがって……鼻につくったらありゃしませんなあ。
 あーあ、今すぐ天井落ちてきて皆死なないかなぁ。落雷でも可)

 ……どうやら新入生たちが楽しそうにしているのが気に食わなかったらしい。

 ここまで一切表情を崩さずにいたルイが初めて表情を変化させたのはそんなことが理由だった。
 いや、というより希望に満ちた顔をしているだけでその人の死を望むというのは最早器が小さいとかいうレベルではないだろう。
 ただただぶっ飛んで性格が悪いとしか言いようがない

 しかしそれこそがこの男なのだ。
 人の幸せを何よりも嫌い、自分が幸せになるためには他人の不幸が必須条件。
 そんなお猪口の裏よりも器が小さいと思われる人間。
 それがルイという人間だった。

 そんなわけで、入学式が始まる前から気勢がそがれたらしいルイ。その内心のだるさを示すかのようにのーっそりと講堂を歩いていた。

 勿論歩みは遅くとも、周囲にはそれを感じさせないどころか、背筋をしゃんと伸ばし凛とした雰囲気を纏っているため、実際にはどこからどう見ても余裕をもって悠然と歩いているだけの美少年である。
 見栄だけは張りたがりのこの男はそういう所は抜かりないのだった。

 わざわざ空いている席を探して歩くのもバカバカしい。どこかなるべく近くに空いている所はないかとルイはキョロキョロと辺りを見渡す。
 すると、今の地点からほど近い右斜め前方に、一つだけぽっかりと空いている席を見つけた。

 階段になっている通路の右側、そこから二番目の席。
 ほとんどが埋まっているとは言えまだ席を探している人もちらほらといるというのにどうして空いているのか。
 ルイはそれをすぐに理解した。

 左右が女子なのだ。
 左端に一人の女子、右には友人同士なのだろう二人組の女子。そして今ルイの周りで席を探してうろついているのは男子だけ。
 つまりは……そういうことである。

(まあ、左右だけじゃなく周りも女子だし、そりゃ入っていけねーよな)

 そんなことを思いながら、ルイは迷わずその一つ空いた席に向かって行く。

「(――お前らのような有象無象モブ男じゃあな!)すいません。隣、いいでしょうか」
「えっ!? あっ、はい! どどどどどど、どうぞ!」
「ありがとうございます」

 左端の席に腰かけていた地味目な女子は、声をかけられて顔を上げたかと思えば一瞬にして頬を真っ赤に染め、とんでもなくテンパりながら返事をした。

 まあこの反応は致し方ない。
 ルイはそれはもうとてつもない絶世の美少年であり、その(かんばせ)の美しさはここへ来るまでに集めてきた視線の数が証明している。
 そんな浮世離れした美が自分の眼前にいきなり現れては、そりゃあテンパってしまおうというものだ。

 そうして空いている席に悠然と腰を下ろしたルイは、一応右隣にも許可を得る意味でこちらを見ている二人組に向かって微かにほほ笑んだ。
 すると、先ほどの地味っ娘と全く同じ表情、同じ反応が返って来る。

(くくくくくっ! イケメン……それも並大抵じゃないスーパーイケメンのみに許されるこの行為! そこらにいる三秒で忘れられそうな平々凡々顔の男じゃ絶対にできなくとも俺ならできる! 見ろよこの左右の女子たちの真っ赤な顔にこのキョドり具合!)

 自分の容姿の良さを十二分に自覚しているルイは女子たちのこの反応に大層ご満悦だった。外に出す表情は全く変えていないが、心の中にあるアナザーフェイスの口角は上がりに上がっていた。

 左の地味っ娘からはチラチラと覗き見るような視線を感じるし、右の女子二人組は何やら小声で騒いでいるが、「ヤバすぎるイケメン!」だの「笑顔が神々しすぎる……」だの色々聞こえまくりで、ルイはもう大満足である。

(俺がイケメン過ぎたばかりにここまで心を乱させちゃってごめんな!)

 もう一度言うが、大満足である。

「あ、あの……」
「ん?」

 左から聞こえたその声に、絶賛悦に浸り中だったルイはそちらを向く。
 そこには未だ赤い顔の地味っ娘が何か言いたげにしていた。

(はああああああ!? お前みたいな地味の権化のようなモブ女子は高嶺の花である俺を遠目に見るのが精々の立場だろうが! なに厚かましく話しかけてんだよ!)

 ちょっと話しかけただけでこの言いようである。
 いくら顔が良いとはいえナチュラルに人を見下しているこの男は一体何様だというのだろうか。

 だがそんな内心など微塵も表に出さず、ルイは地味っ娘へ向けて穏やかに問いかける。

「どうかしましたか?」
「あ、あの……その……あぅ……」
「ゆっくりでいいですよ、僕は急かしたりしませんから。あなたの伝えたいことを自分のペースで伝えてください(はーほんといらつくわー、見た目通りのコミュ障女かよ。さっさと言えっつの! 俺の過ごす一秒とお前の過ごす一秒が同価値だと思うなよ!)」

 内心と表出している言葉との乖離が余りにも酷すぎる。もはや内と外とで別の生き物かと思うほどだ。

 まあしかし当然、その落差を目の前の少女は知らないわけなので――

「あ……はい、ありがとうございます……!」

 ルイの言葉に勇気づけられた様子の地味っ娘は決意したように一つ息を吐き、そしてルイと目を合わせた。

「あのっ……同じ新入生ですよね。お名前を聞いてもいいですか?」
「名前、ですか」
「あっ、ごめんなさい! 人に名前を聞くならまず自分から名乗らなきゃですよね。私はコスモスって言います」

 そう言ってニコニコとルイの方を見る地味っ娘――コスモス。
 さっきまでどもっていたのが嘘のようにはきはきとした喋りだが、熱に浮かされたように紅潮した頬や、少し震えている声から未だ緊張していることが分かった。

 なぜ言葉を切ってルイを見たのかというと、言わずもがな、ルイが名前を教えてくれるのを待っているのだろう。
 自己紹介の流れなのだから当然次はルイが名乗る番だ。

 が、しかしこの男はと言えば、

(えぇぇぇー、俺の名前をこんなモブに教えなきゃいけないのかよ。俺が一声かけたら急に張り切りだしやがって……こいつ、さては俺に惚れたな? まあ想像を絶する美少年である俺に惚れないことが無理だとは分かっているが、立場はちゃんとわきまえてもらわないとなあ……。
 いやつーか、まずコスモスってなんだって話だよ。普通花の名前をそのまま人に付けるか? 親のセンスのなさが透けて見えるぜ全く)

 口に出すのも憚られるような最低最悪なことを考えていた。
 いや、実際口には出していないのだが。

 しかし、よく知りもしない人の名前にまで難癖をつけられるその性根は間違いなく腐りきっていると言えるだろう。

「あ、あの……」

 自分が言葉を切ったっきり沈黙が降りてしまったのを不審がったのだろう、コスモスは不安げな顔でルイの表情を窺う。

 たかが数秒程度の沈黙だが、会話の中で数秒はかなり不自然だ。
 だからこそ少女は不安に思った。気づかないうちに自分は何か失礼なことをしてしまっただろうか、と。

 その言葉でハッと我に返ったルイは一瞬にして思考を余所行きモードに切り替える。
 と、同時に脳をフル回転させて一番良い言い訳を作り始めた。

「……ああ、すいません。コスモスという名前はあなたにぴったりな名だなと、そんなことを考えていました。『少女の純真』という花言葉、清らかな雰囲気を持ったあなたにはまさにふさわしいと思います。こんな素敵な名前を付けてくれるなんて、ご両親もさぞ素敵な方なんでしょうね」
「へっ!? あ、あの……ええと……あ、あり、がとうございます……」
「いえ、思ったことを言っただけですよ。僕はルイと申します。これからよろしくお願いしますね、コスモスさん」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 コスモスは元気よく声を上げ、その後自身の声が大きすぎたことに気付いて恥ずかしそうに縮こまる。
 しかし、名前を褒められたのが余程嬉しかったのだろう、「えへへ……」と嬉しそうにほほ笑みながら紅潮した頬に手を当てていた。

 そんな様子を横目で見ながらルイは内心でつぶやく。

(ふう、一丁上がりっと。男に免疫なさそうな女はチョロすぎて笑いがでてくるぜ)

 思ったことを言っただけとかいうその大嘘の内容は、ともすれば女性からしたら気持ち悪い口説き文句ともなりそうなものだが、そこは流石憎たらしいほどの美少年ルイである。
 これほどの美形が口に出せば見事女子のハートを動かす甘い言葉になってしまうのだった。事実としてこのコスモスという少女にはそうなっている。

 こうやって自分の顔の良さを実感できる瞬間が、ルイはたまらなく好きなのだった。
 相手が自分を見て頬を赤らめる度にルイは内心でほくそ笑むのである。
 だから今回のことも、相手から話しかけてきたということを除けば概ねルイの自尊心を満たすには十分だった。

 付け加えるなら、コスモスの容姿が少し地味目なのもポイントだ。
 ちゃんと見れば可愛らしい顔の造形をしてはいるものの、本人の持つ雰囲気故かどうしてもパッとしない地味な女の子といった印象のあるコスモス。
 そんな風に自分の容姿と比べて差が大きくあると実感できる人間を見て、ルイは愉悦に浸るのである。
 なんともはや、最低な男だった。

「(それよりまだ入学式始まらねえのかよ。しゃーない、この地味女使って時間潰しでもするか。おら泣いて喜べや)あの、コスモスさんは平民ですよね。家名を名乗ったりしなかったので」
「はい、そうですけど……あっ! も、もしかして、貴族様だったり……?」
「ああいえ、そういうことじゃないんです。僕も平民ですよ(実質貴族だけどな! 俺の身体を流れているのは尊い血なんだぞこの下民が!)」

 確かにルイの身体を流れているのは貴族系譜の血かもしれないが、こんな奴の身体を巡る血が尊いものでないことは間違いない。

「だけど、意外と家名を名乗らない貴族もいるんですよ。故意に伏せておいて、後でそれをネタに平民を責め立てるような貴族がね。コスモスさんがそうだとは思いませんが、もし貴族だったら少し接し方が変わってくるので」
「そ、そういうことですか……。あれ、でもこの魔術学園では原則、貴族特権は禁止なんじゃ?」
「暴力を振るったりは表立って行われないでしょう。だけど、一度底意地の悪い貴族に目を付けられたら学園外……例えば家族なんかがどんな目に遭わされるか……。
 勿論、まともな人がいることも分かってはいますが、概ね貴族はろくでもないものですよ」

 当然のごとく、貴族はろくでもない(自分は除く)である。

 それはさておき、貴族への批判を憎々し気に、吐き捨てるように言ったルイを、コスモスは心配そうな顔で見つめていた。

 過去に貴族に酷い目にあわされたのだろうか。それとも本人が言っていたように家族が……? と、そんな風にルイの過去に思いを馳せるコスモス。 
 まあこれは普通の反応だ。
 あからさまに貴族憎いですよという論調で話したのだから、普通過去に何かあったのではと考えてしまうものだろう。
 実際には何もないどころか、このルイ本人が貴族だったりしたわけだが。

 ちなみにこのミスリードを引き起こすような話し方をしたのはただの気まぐれである。いっちょ悲劇の美少年な感じを匂わせとくか! とかいう浅はかな考えの下の発言でしかない。

「でもよかったです、コスモスさんが貴族じゃなくて。せっかく出来た友人と距離が出来るのは嫌ですからね」
「へ……?」
「あ、あれ……僕はもうコスモスさんと友達のつもりだったんですけど……嫌でしたか?」

 そう言ってルイは少し恥ずかしそうに、そして少し不安げな顔でコスモスと目を合わせる。無論、純度百パーセントの演技である。

 だがそんな男の演技にまんまと騙された哀れな少女コスモスは、バッと勢いよくルイの方へ体ごと向き、その手を強く握った。

「そ、そんなことありませんっ! 私もルイさんのこと……と、ともだちだと……思ってますので、はい。
 その、お嫌でなければこれからも仲良くして欲しい……です」
「(ぎゃーばっちい! こ、こいつ不敬にも無断で俺に触れやがったな!)はい、こちらこそよろしくお願いします。この学園で初めて出来た友人がこんなに優しくて、可愛らしい人でとても嬉しいです」
「そんな、可愛らしいなんて……。私なんてもう全っ然ブスだし、鈍くさいし何をやってもダメダメだしで……ルイさんみたいなキラキラした人と釣り合い、取れてないですよ」

(知 っ て る。
 ま、自己評価がきちんとできてるのだけは褒めてやってもいいかな。これで調子づくようだったらすぐ縁切ってたけど、これなら俺の引き立て役として仲良くできそうだぜ)

 自分で言った言葉でへこんでいるコスモスをこの学園における舎弟一号に(勝手に)決定したルイ。
 面倒くさいが一応フォローの一つでもしておくかと口を開きかけ――そしてそれは、ある声に遮られた。

『これよりアールデルス王立魔術学園、入学式を始めます。講堂にお集まりいただいている新入生、そしてその保護者の方々はお席に着かれますようお願いいたします』

 術式を組んだことにより声を増幅することのできる拡声器を通して、凛とした声が講堂内に響きわたる。

 入学式がようやく、始まるようだった。



一応これからは0時投稿を目指したいと思います。前後する可能性は多分にありますが。

投稿頻度は基本毎日か隔日、それ以上間を空けるときは活動報告欄にてお知らせいたします。
これからも本作品をよろしくお願いいたします。


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入学②

『――魔術は素晴らしい力です。私たちの暮らしの様々なところにその技術は応用され、人類の天敵である魔物との戦いでも無くてはならぬものになっています』

 式は緩やかに進行していき、今は高等部の新入生代表挨拶の時間。

 ルイはボーっと喋っている人物を見ているようで実際は焦点を合わせておらず、ただただ考えていた。
 帰りたい……、と。

『ですが同時に魔術とはとても謎が多く、そして危険なものです。未だ解明されていないことの方がほとんどで、簡単に人を、自分を傷つける可能性があります』

 そもそも、学園長の話がちょっと長かったくらいで殺意を抱くような、忍耐力幼児レベルのルイがなぜ入学式に出席しているかというと、この後クラス分けの発表および簡単な顔合わせが控えているからなのだ。
 まあ本来ならば入学式にはもう一つ、ある『目的』のための情報収集という意味合いも兼ねてはいたのだが――

『だからこそ私たち魔術師は自分の力に関して、十分な知識、経験、そして責任を持たなくてはなりません。私は初等部、中等部と六年間魔術を学んでいますがまだまだ未熟です。
 これからの三年間で多くのことを学び、そして人類に貢献できる魔術師になれるよう全力で励んでいきたいと思います。
 新入生総代、ミルシェ・ハーゼルゼット』

(うわー相変わらずつまらん優等生っぷりだな。思っても無いことばっか言いやがって。
 そんな良い子ちゃんやってて楽しいか? こうやって外面を取り繕ってるやるほど中身はクソだったりするんだよなあ)

 この新入生総代とルイは顔見知りであった。昔の、が頭に付きはするが。だから、とりたてて新たな情報を得ることもなかった。

 それより自分の言葉が完全なブーメランであることに、果たしてこの男は気付いているのだろうか。
 思ってもいないことを言うことに関してこいつの右に出る者はいないだろう。

「ほえぇぇ、すっごく綺麗な人ですねえ……。ハーゼルゼットって言ったら七大公爵家の一つですよね。魔術師の実力もあって頭も良くって、しかもあんなに美人だなんてすごいなあ」

 ステージの上から降りていく総代――ミルシェを見ながらコスモスは惚けたように呟いた。

 肩口にかからないほどのウェーブがかった栗色の髪、どこか眠そうな印象を与えながらも可愛らしい二重、そして同じ年頃にしては発育の良さがはっきりと分かるほどの胸部。
 なるほど確かにミルシェには美少女という評価が正しかった。それも、男ウケのしそうな美少女である。

「そうですかね? 僕はコスモスさんの方が可愛いと思いますけど」
「へっ!? い、いやいやいやいや! それはないです! 絶対にないですよ!
 いくら騙されやすい私でもそれは信じられないですよ!」
「じゃあ、コスモスさんの方が僕の好みです。これならどうですかね?」
「え、あ、えーっと……そ、それならはい……いいと思います。あ、ありがとうございます……」
「いえ、全然お礼を言われるようなことじゃないですよ。本当に思っていることなので(全然思ってないけどな。こんな面倒くさいヨイショ俺にさせんなよ全く!)」

 誰も頼んでないことを勝手に言って勝手に面倒くさがっている、完全にアホである。

 まあルイはミルシェを嫌っているので、とりあえず下げときたいという気持ちからの発言でもあった。それに、言われたコスモス自身も喜んでいるので別にこれで問題はないのだろう。

 そうしているうちにミルシェはもう席に戻っており、式は次の目録に移っていた。

『続きまして、中等部在校生代表からの言葉です。中等部生徒会長、ミスカ・フィーレンス』
「はい」

 凛とした声が拡声器なしで会場に響く。そう張り上げたわけではないが会場の隅まで聞こえる、透き通った声。

 ルイはその名前にピクリと反応し目線を前にやった。
 「わー、またすごい美人さんですねえ」と暢気なコスモスはさておき、ステージの方へと歩いて行く後ろ姿をじっと見つめる。

 記憶にあるかつてのソレと現在とを照合しようとするも……正直、確信が持てない。やがて壇上に立ち、こちらに向けた顔を見てようやく、

(ん? んんんー? あいつあんな顔だったけか。あれ、ていうかそもそもどんな顔してたっけ……。興味がないのプラス昔もほとんど会ってなかったからマジで忘却の彼方だぞ)

 全くピンと来ていなかった。

「……コスモスさん」
「は、はい。なんでしょう?」
「あの子って……あのフィーレンスですよね」
「はい、そうですね。七大公爵家筆頭フィーレンス家の長女で、『氷姫』と名高いミスカさんです」
「そうなんですね、教えてくださってありがとうございます」

 小声での質問を終え、また前を向く。
 心の中ではようやく納得がいったようだった。

(うん、ならやっぱりあの愚妹で間違いないな。なるほどなるほど……そうと分かれば確かにあんな顔をしていたような気もする。美形度は完全に俺のが上だが。
 ていうか今初めて聞いたんだけど『氷姫』って何そのクソダサいあだ名。氷以外まともに使えないだけじゃん。あー恥ずかし、聞いてるこっちが赤面ものだわ)

 別に本人が名乗ったわけではないだろう呼び名で勝手に恥ずかしがられても困るだろう。
 本当に呼吸するごとく人を貶すやつである。
 ひょっとしたら止めると本当に死んでしまうのかもしれない。

「あ、あの……」
「はい? どうしましたコスモスさん」
「その、さっきからミスカさんのことじっと見てるからどうしたのかな、と……思いまして」

 少し頬を赤くしながらそう言うコスモス。

「(は? まさかいっちょ前に嫉妬とかしちゃってるんですか? ちょっと優しくしただけで彼女面とかまじ勘弁)ああいえ、僕の家族によく似ていたもので」
「家族……妹さんとかです?」
「そうですね。ただ僕の記憶にある妹の顔は結構昔のなので朧気で、ついあの子を熱心に見つめちゃいました」
「昔の? あ、えっと……」

 何かを察したような顔になるコスモス。
 そしてそれに対してルイは寂しそうに微笑んだ。
 妹、完全に故人扱いである。

 未だ存命で、そもそも自分の視界の中で今まさに喋っているというのに、勝手に死んだことにされる妹。自分の悲劇の主人公っぽさを出すためならばデマで人も殺すのがこの男なのだ。

「その、私、なんて言ったらいいか……」
「別に気にしないでください。もう三年は一人で生きていますし、今更どうということもないですから」

 そんなルイの言葉を聞いて、コスモスは驚きに目を見張った。

 『一人で』と言った。
 つまりそれは妹どころではなく家族がもういないということ。
 今さらどうということもないという言葉も、さっきの寂しそうな笑みを見てしまえば無理をしているようにしか思えずコスモスは胸がぎゅっと締め付けられた。
 自分なんかでは、とも思うがなんとかルイの力にはなれないか……と強く思う。

 ……これが全部勘違いじゃなければとても良い場面である。
 哀れコスモス。勘違いというより、勘違いをさせる方向にもっていくルイが完全に悪いのだが。

 いつの間にか壇上での言葉も終わっており、席に戻るミスカに拍手が送られていた。そんな中、コスモスは覚悟を決めたような顔でルイに向かって声をかけた。

「あのっルイさん! わ、私に何かできることはありませんか!」
「えっと、急にどうしたんですか?」
「ミスカさんに似ている妹さんだったらきっと私なんかよりずっと綺麗で、あの、私なんかじゃ全然、代わりにはならないかもしれないですけど……ああいや、そういうことを言いたいんじゃなくて、えっと……私は友達としてルイさんの……あの……」

(こいつ急に何言ってんの? いや、ホントに何言ってんのか全然分からんのだが?)

 ルイは珍しく困惑しながらも、言っていることを理解しようと頑張った。
 が、結局よく分からなかったのでコスモスが次に喋るのを待つ。

「あの、つまり……ですね」
「はい」
「その……」
「(はよ言えや。はっ倒すぞ)」
「あ、うぅ…………わ、私がっ!」

 最早何をどう言ったらいいのか分からなくなったのだろう、目をグルグル回しながら言葉を考えていたコスモスはもう勢いのまま言葉を紡ぐことにした。



「私が、ルイさんの妹になりますっ!」


「え?」
「……あ、あれ?」

 言ってから一秒も満たずに、自分の発言を理解したのだろう。コスモスは今までにないほど顔を真っ赤にして顔を膝の上に伏せてしまった。
 拍手も止み割と静かだった会場において、そこそこ周りの人に聞こえるくらいの大声を出していたのだが、もうそっちのことは気にならないようだった。

(ええ……なにこいつ、マジでやばいやつじゃん。普通に気持ち悪いぞ。地味女子をこじらせると人はこうなってしまうのか)

 ルイもドン引きしていた。
 まあこれに関しては少し分からないでもないが。

 さて、これをどうフォローしたものかと悩むルイ。
 もう縁を切ろうかなという考えも一瞬頭にちらつきはしたものの、これまでかけた労力が全部無駄になるのが嫌だったのでなんとか上手いこと収めようと頭を回す。

 そしてふと、古い記憶の彼方にあった断片を思い出した。
 それは本当に幼いころの妹との記憶。

(そう言えばあの愚妹、昔はいつも俺に引っ付いてたな。俺の言うことには何事にも従順だったし。……ふむ、いっそこの方向性でいくか? かなりリスキーだし俺の精神もゴリゴリ削られる気もするが……)

「……ああ、死にたい死にたい、なんで私はこう……もう駄目だおしまいだぁ……」
「コスモスさん」
「は、はいっ!?」

 バッと顔を上げるコスモス。
 ルイの反応を探るかのように怯えた目をしている

「ちょっと呼んでみてくれませんか」
「へ? な、何をですか」
「僕のことを」
「え、あ、はい。ルイ、さん?」
「いやそうじゃなくて」

 不思議そうな顔をするコスモスにルイは言う。

「妹ってさっき言ってましたよね。妹として僕を呼んでみてください」
「ええっ!」

 落ち着きかけていた顔がまた朱に染まる。
 視線を落ち着かないように泳がせ、体もそわそわさせ、またじっとルイの方を見る。そこでルイがなんでもないような顔をしているのを見て、これは言わなくちゃいけないのだと覚悟を決めた。

 口をパクパクさせながら、なんども息を吸ったり吐いたりしてようやく……その言葉を口にした。

「お、お兄……ちゃん」

 羞恥のあまりもう半分泣き目のコスモスはそれでも頑張ってルイに視線を合わせた。

(うーん……やっぱ精神衛生上よくないかもしれん。なんだって今日知り合ったばかりのやつにお兄ちゃんだなんて呼ばれなきゃならんのだ)

 自分で言わせておいてこれだ。
 まさに下衆の極み。

(ま、でも――)

 ルイの反応を窺い続けるコスモスの頭にポンと手を置く。
 そして優しく、髪を梳かすように撫でた。

「懐かしいですね。妹もすごく内気な子で、いつもそんな風に恥ずかしそうに僕の名前を呼んでました」
「そうなん、ですか?」
「ええ」

 嘘である。
 内気かどうかも、呼び方がお兄ちゃんだったかもよく覚えていないので適当ぶっこいているだけだ。妹に対する記憶だけ、なぜこんな揮発性ではないかというレベルで飛んでいるのだろうか。

「僕の妹に、なってくれるんですか?」
「えっ! だって、その……嫌じゃないんですか? 私なんかに『お兄ちゃん』だなんて呼ばれて」
「(嫌に決まってんだろボケナス)いえ、全然。むしろ一瞬あの頃に戻ったようですごく嬉しかったです」
「そう、ですか……。そ、それじゃあっ! 私、ルイさんの……いえ、お兄ちゃん、の……妹でいて、いいの?」
「うん。これからよろしくね、コスモス」

 ここでルイの敬語崩し、名前呼び捨ての連続コンボによって少女コスモスは完全にノックアウトされた。目の潤みには熱を帯び、恍惚とした表情で熱い吐息を漏らしている。
 どう見ても兄を見る妹のそれではないが、まあ本人たちが納得済みならそれでいいのだろう。

 一応、こんな茶番じみたやり取りをルイがしたのには理由があって、それは当初コスモスを舎弟ポジションに据えようとしていたことに起因する。

 妹云々のことは正直予定にない展開だったが、その時思い出した記憶の中の自分に引っ付いて来る従順な妹に舎弟の影を見たのだ。
 そして、どうせならこの流れでいくか――とこういう具合である。

 まあルイが浅慮なのは今に始まったことではないので別にいいのだが……
 こんな訳の分からん関係性を作ってしまったことによってルイが今後どんな面倒くさい事態に陥ろうがそれは自業自得。

 その時になってきっとこいつは大後悔して悪態をつくのだろう。

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入学③

 今年の学園への新入生の数は百人。
 それを三十人ずつに分け、三組のクラスで一学年が構成されている。例年五十人前後で二クラスなので、今年の新入生は相当に多いと言える。

 急にこれだけの数が増えた理由は二つある。

 一つは、当時大戦果を残していた国の英雄『アルト・フィーレンス』の影響が国全体に広がっていたということ。
 序列一位として半ば魔術師代表の広告塔と化しており、その姿が幼い子供たちに夢、憧れを抱かせたのだ。

 二つ目は、単純に魔術師を欲していたということ。
 領土奪還と襲撃防衛を繰り返し、常に慢性的な魔術師不足に悩まされていたアールデルスはこれを解消すべく、成人前の平民全員に魔力量測定を行った。
 そして、才能アリと見なした者には年齢に応じてではあるが、中等部から入学する権利を与えたのだ。

 無論、強制ではない。
 成人前に限定しているのも、成人した後は既に定職に付いている者が多く、急に学園に通うという選択も取りづらいだろうという考えからである。
 だが、入学試験が免除である上に一定の補助金も支給されるため、今迄学園生活における諸費用が原因で断念していた平民家庭にとっては断るべくもない話だった。

 そんな大規模魔力測定が行われたのが一年前。
 丁度今期がそれで選ばれた人たちであった。

 そして一年一組の教室では今、新入生の自己紹介が行われていた。

「ミルシェ・ハーゼルゼットです。
 公爵家の娘ではありますが、そういうのは関係なくみんなと仲良くできたらいいと思います。
 それと……あんまり偉そうにするつもりはないけど、六年間魔術を学んできた分それなりに魔術にも覚えはあるので、何か分からないこと、困ったことがあれば気軽に私のところに来てください」

 そう言って柔らかく微笑みながら教室の面々を見渡すミルシェ。
 貴族として洗練された所作がそうさせるのか、それとも彼女の持つ独特のふわりとした雰囲気故か、男女問わず彼女への印象は悪くないようだった。まあ特に男子は、その美貌に色めき立っているようだったが。

 しかしそんな全体的に温かいムードの中、

(気軽に私のところに来てとか、男漁りに余念がなさすぎだろ。ただのクソビッチじゃねえか。あーやだやだ、俺の清楚さを見習ってほしいよ全く)

 我関せずとばかりに一人悪態を付いているのが、相変わらずのルイであった。

 あの程度でビッチ認定されてはたまったものではないとか、お前のどこに清楚さがあるのだとかツッコミ所は多々あるが、もうそんなのも相変わらずのことだろう。

 拍手と共にミルシェが座り、続いて赤髪の男子生徒が立ち上がった。

「ジェフリー・ローガンだ。俺もここでは基本的に貴族、平民の垣根など不要なものだと思っている。重要なのは強者かどうか。力を持つ者には敬意を払い、力のない者は排斥される。それが、魔術師の世界でのルールだ。
 一年間、共に切磋琢磨していけることを期待している。以上」

 淡々と言い放ったジェフリーという男子生徒を、ルイは驚愕の思いで見つめる。

(い、痛たたたたた! こいつぁー痛え! 
 え、マジ? クールな俺、カッコいいです的なやつをこの歳でやっちゃうの? 
 おいおい流石にもう卒業しておけよ、聞いてて恥ずかしいったらないわ。周りも完全に失笑ものだろこんなん……)

 そう思って周りを見渡すとルイの想像通りの光景が広がって――いなかった。
 男子生徒は神妙な顔で真面目に拍手をしており、女子生徒の中には頬を染めて熱っぽい視線を向けてるものもいる。

(えぇ……なんでだよ。これじゃまるで俺が場違いな奴みたいじゃん)

 その通りだ。

 まあこんな感じで、ルイは誰かが自己紹介する度に何かしら貶していたが、いつしかそれにも飽きたのかボーっと時間すぎるのを待った。

 そして遂に、ルイの番がやってきた。

 が、しかし……ルイは立ち上がらない。
 自分の番であることは分かっている。理解していて立たないのだ。
 担任にお前の番だぞと見つめられても尚ルイは動かなかった。

 訝し気に思ったのかとうとうクラス中の人が後ろを振り向く。
 そこでようやく、ルイは立ち上がった。

「僕はルイと申します」

 教室にいる全員の視線を集め、狙い通りと内心ほくそ笑む。

 こんなことをしなくとも大体の人は喋り始めたらそっちを見るだろうが、ルイの狙いはとにかくどんな部分でもインパクトを残すことだった。
 これはその手始めといったところだ。

「僕は――」

 そこでまた一呼吸あけ、

「――魔力を一切持たない無能者です。つまり、魔術師になることはできません」

 そう、言い切った。
 そして周りの反応を窺う。

 ほとんどの人は訳が分からない、といった表情をしていた。
 それはそうだ。魔術師になるため、魔術という力を学ぶための学園なのに、なぜ魔力の持たない者がここにいるのか。
 単純に理解が追い付かないのだろう。

 他にはルイの言葉を聞いた瞬間、あからさまに嫌そうな顔、下に見るような目をしていたのがジェフリーを筆頭に数名。
 そして、ミルシェだけは何か含むような視線を寄こしていた。

 とにかく当然その全てが好意的なものではないことは確かだった。
 だが、ここまで予想通りのルイは欠片も表情を揺らがせず淡々と言葉を続ける。

「恐らくみなさんは、なんでそんなやつがこの魔術学園にいるのだと思っているでしょう。
 様々な言葉を省いてまず端的に理由を言うなら……『ギルド』からの特別推薦です」

 その言葉にまた全員が驚愕の表情を浮かべた。
 『ギルド』という単語にはそうさせるだけの力があったようだった。

「僕は生まれたときから魔力を持っていませんでした。きっと昔から魔力があるのが当然で、日常の何気ない場面で魔力を使っているみなさんにはどういう感覚か想像もつかないと思います。
 はっきり言います、それは地獄のような人生です。
 魔力を持たないというだけで差別され、嘲笑を受け、実際に魔術を使えないとどうしようもない状況に何度も陥りました」

 そこでルイは少し唇を湿らせ、心なしか強い口調で言った。

「ですが――僕はその全てを乗り越えてきました」

 今や誰もがルイの言葉に耳を傾けていた。

 自分たちの想像もつかない状況、魔力を持たず魔術を一切使えないという人間がどのように生きてきたのかに興味を抱いているのだ。

「壁の外で何体もの魔物と一人で戦い、時には悪意ある人間……当然魔術師である人間とも戦い、傷だらけになって何度も死にかけながらも全て打ち倒しました。
 そうやって今まで生きてきた、だからこそ言います。僕は――強い。
 魔物にも負けない。魔術師にも負けない。
 それだけの強さを付けた自信が、僕にはあります」

 そこまで言ってふう、と一息つく。

 目を閉じ顔を下げ、数秒ほどの沈黙の後また顔を上げて話し出す。
 その顔には、笑顔が浮かんでいた。

「ただ、常に僕は一人でした。一人でも生きていけると言い聞かせていたけどやっぱり寂しさは消えません。競い合う友が欲しかった、共に闘う仲間が欲しかった。
 きっとみなさんは僕の力を信じられないと思います。それは当然です。
 だから、これから示していきます。そして、あなたち魔術師に僕も並び立てるのだと証明します。

 そうしたらその時は……僕と友達になってください。
 このクラスの人たち全員と友人になりたいと僕は思っていますので」

 最後は少し照れたように言う。
 そして席に着いた、その瞬間――

 ワッと拍手が響いた。
 それは、今日一番の拍手だった。

(ふっ、まあ当然だよな。これも俺のイケメンパワーのなせる業か)

 これはあながち冗談でもなく、未だどういう感情を抱いたらいいのか分からないクラスメイトたちであったが、単純にルイのすさまじい美貌に浮ついて真っ先に拍手を送った女子が少なからずいたのだ。

 まあそのおかげで場は上手く収まったともいえるから結果オーライ。
 恐るべしイケメン、である。

 こうして、最後の友達になりたいという大嘘以外は珍しく本音を言ったルイの自己紹介は、恐らく成功という形に落ち着いたのだった。

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入学④

これで入学編終わりです。
冗長に会話させていたせいで少し長くなってしまいました。


「授業は明日からだ。もう既に準備は出来ていると思うが、足りない物は明日中に用意しておくように。以上、解散。もう帰っていいぞ」

 ダルそうに担任の教師がそう言って、放課後になった。

(さて、学校は終わったわけだがどうするか……。
 今日は夜にやることがあるけど、それまでは暇なんだよな。何か時間潰せるようなことないかね)

 この男、クラスが別になって落ち込んでいたコスモスに、ホームルームが終わったら一緒に帰ろうと自分で言っていたことなど完全に忘れている。流石の揮発性メモリーである。

(あ、そうだ! 久々にスラム街に行って乞食共を見下しに行くか!)

 そんな最低最悪な予定を立てていたルイの所へ、一人の女生徒が近づいてきた。
 先の自己紹介でルイにビッチ認定を食らったミルシェだ。

「えっと、ルイ君だよね? ちょっといいかな」
「あなたは……ハーゼルゼットさんですか。僕に、何か?(ちっ、なんちゃって清楚系クソビッチが話しかけて来んじゃねーよ。俺の清純さが損なわれたらどうしてくれんだ)」
「あ、私のことはミルシェでいいよ」
「……ではミルシェさんと」

 足止めをされた時点で既にイライラしているというのに、その相手が自分の嫌いな人物であることでルイはもう今すぐにでもミルシェを無視して帰りたかった。
 というかこいつは嫌いじゃない人のほうが少ないのではなかろうか。

「で、僕に何の御用でしょう」
「あーうん、何の用って言われると何かってほどのことでもないんだけど……ちょっと君のことが気になったんだよね」
「(は? 何の用もないのに俺に話しかけるとかこいつ死刑だろ)それは、僕が魔力無しだからですか?」
「うん、その話とかあの『ギルド』に入ってた話とかも気になってはいるよ。
 でも私が話しかけたのは、単純にルイ君が私の友人にすっごく似ていたからなの。もうびっくりするくらいに」

 いや似ているも何も……という感じである。
 だが、全てを察したルイは平然とその話に乗っかった。

「どんなところが似てるんです?」
「髪色以外はほとんどそっくりかなあ。顔のパーツはもうホントに同じ。ね、その髪って地毛?」
「そうです、珍しいでしょう。何故か生まれた時からこうなんですよ」
「へー、魔力とかと関係あったりするのかな」
「ど、どうですかね……僕は研究者じゃないので何とも(えぇ……さっき魔力持ってない苦しさをあれだけ訴えたのにしれっと魔力の話題出してくるとか、こいつヤバくない? 対人コミュニケーションに難ありすぎだろ)」

 ルイはミルシェに対しての心の距離をさらに広げながらも、とりあえず聞きたいことを聞くことにした。

「その僕に似ている人って言うのは誰なんです?
 これだけ言われると是非一度会ってみたくなったんですが」

 そう言うと、あからさまにミルシェの顔が曇った。

「あー……その人は、その……あんまり気軽に会える人じゃないというか。
 トップシークレットというかなんというか」
「名前すらも?」
「……ごめんねー、正直ここからは貴族、っていうか上層部のあれこれが絡んでくるから聞かない方がいいかも」

 なるほど、とルイは引き下がる。
 もうミルシェがこれ以上何も話さなさそうなのは明らかだった。

(俺の貴重な時間を奪っておいて聞きたいことは何も教えてくれず、マジでただの足止めだったな。
 ひょっとしてこいつはもう生きる価値ないのでは……?)

 内心で毒を吐きながら、挨拶と共にその場を離れようとしたルイ。
 しかし、ミルシェに腕を掴んで引き留められる。

「えーまだお話ししようよ。私ルイ君ともっと仲良くなりたいなー。
 ほら、ルイ君も友達欲しいって言ってたでしょ? だから私がこの学校での友達第一号になってあげる!」
「えっと……(こ、このアマしれっと俺の腕を! 離せよビッチ菌が付いちゃうだろ!
 つーかまず、友達になってあげるってなんだ? おこがましいかもしれませんが私をあなたの友達にしてください、だろうが! どういう教育受けてんだこいつ!)」

 間違いなくルイの内心の方が、教育水準の低さが窺えそうではある。
 とはいえ掴まれているその手を振り払う訳にも行かず、ぴしゃりと跳ねのけるわけにもいかない。
 仕方なく話に付き合う覚悟を決めたルイは、このままあとどれぐらい拘束されるのかとげんなりしていた。

 と、そんなところへ――

「お……ルイさんの友達一号は私ですっ」

 それほど大きくはないが教室に響くくらいの声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に目を向けると、扉の側には若干息を切らし顔を赤くしているコスモスが立っていた。

 その姿を見た瞬間に一緒に帰る約束を思い出したルイにとって、コスモスはまさに救世主。
 これで帰れる! とテンションを爆上げさせる。

「(人前でお兄ちゃんとか呼びそうだったのはこの際許してやろう。今こそお前が人生で一番人の役立てる時だぞ!)あ、コスモスさん! すいません本当は僕の方から行こうと思ってたんですが、クラスメイトの方とちょっとお話ししていて」
「いいんですいいんです! 最初から私がルイさんの所に行こうと思ってて、でもホームルームが少し長めになったから急いで走って来たんですけど、その……」

 言いながらコスモスはミルシェに視線をやる。

「ミルシェさん、あの子は僕の友人のコスモスさんです。コスモスさんの方は……紹介せずとも知ってますよね」
「は、はい……新入生総代ですし。あの、よろしくお願いします」
「うん、よろしくねーコスモスちゃん」
「(よし紹介終わりっ。さあ帰ろう!)じゃあ僕たちはそろそ――」


「ところでさっきルイ君の友達一号って言ってたけど、二人はどこで知り合ったの?」
「えっと、入学式の時席が隣で……ルイさんから話しかけてくれたんです」
「へえ、ルイ君から。なるほどなるほど……ってすごい嬉しそうに話すね。
 まあルイ君カッコいいからねー」
「そ、それは、はい。もう……私なんかじゃ釣り合わないくらい素敵な人です」
「えーコスモスちゃんだって可愛いよー! 前髪ちょっと上げて目を出すようにするだけですごい印象変わると思うよ、ほらこんな感じで」
「へ……? わわっ、は、恥ずかしいですよ」
「ふふふっ、あーやっぱり目もおっきいしまつ毛も長いし。
 うん、やっぱりコスモスちゃんは可愛いよ!」

(……は? いや、こいつら俺を無視して何二人で乳繰り合ってんの? レズごっことか気色悪いんで俺の視界外でやってもらえますかね)

 途中で自分の言葉を遮られ、あまつさえ自分抜きで会話が進められていることにルイは大層ご立腹だった。
 もう一人で帰ってしまおうかと思っていたが、そこでようやく二人がルイの方を向く。

「あっ、ごめんねルイ君。ついコスモスちゃんと喋っちゃてて」
「すいませんルイさん」
「(うるせー死ね、レズビッチに地味モブ女)いえいえ、お二人が仲良くなるのはとてもいいことだと思いますよ」

 子供の癇癪のような暴言しか吐けないのだろうかこいつは。

「そろそろ僕たちは帰りますね。ミルシェさんはどうします?(付いてくんな付いてくんな付いてくんな付いてくんな付いてくんな)」
「二人と一緒に帰りたいところなんだけど、私は家からの迎えがあるから。
 また明日会いましょうねルイ君。
 コスモスちゃんも、下校デート楽しんでね」
「で、デートっ!? そ、そんなんじゃないですよもう……」
「あはは、じゃあさようならミルシェさん、また明日。
 行きましょうかコスモスさん」
「あ、はいっ」

 ようやく帰れる……、その気持ちでいっぱいだった。
 最早夜にある予定までの時間をどう潰そうかなんてことは頭から飛んでおり、とりあえず早々に帰宅したいという思いがルイの足を早まらせる。

 しかし――その歩みをまたしても止める者が、一人。

「ちょっといいか」

 自己紹介でルイが痛い奴認定した、ジェフリー・ローガンだった。

「(なんなんだよホント次から次へと! もうこいつら組んでるだろ! 結託して俺を帰らせまいとしてんだろ!)ローガン……さん、でいいでしょうか」
「ああ、俺を馬鹿にする意図でもない限りは呼び方なんぞどうでもいい。この場は式典でもなんでもないしな」
「そうですか。それで、何の御用でしょう?」

 そうルイが問いかけると、ジェフリーは一寸黙って、その後口を開いた。

「一つだけ、お前に言いたいことがある」

 ルイは、うわうざっ! なんでこいつこんな偉そうなんだよ死ね! みたいないつも通りのことを考えつつ、話の続きを促すように頷く。

「先のお前の話、正直信じられない部分は多々あった。『ギルド』のこともそうだが、魔力無しで魔物と戦う……ましてや魔術師に勝ったなんて話は本当に冗談だとも思った。
 何故なら俺自身、訓練で魔術師と魔力を使わずに戦い、その圧倒的な差を知っているからだ」
「なるほど、経験しているなら確かに余計そう思うかもしれませんね」
「ああ、だがお前の魔術を無しで生きるのが地獄だと言ったその語り方、表情、そして目は、全く嘘を言っているようには見えなかった。
 だからこそ――俺はお前が知りたい。
 魔術が使えないのに、魔術師にも勝てると豪語したお前のことを」

 ジェフリーの目は真剣そのものだ。
 強者を求めると言ったその言葉通り、力への貪欲な探求心がそこからは見て取れる。
 しかしルイはといえば、

(俺が知りたいとか……え、こいつホモなん? き、キモ……近寄らんでおこうかな……)

 こんなくそ失礼なことを考えていた。
 いや本当に失礼すぎる。

「俺は強者以外を差別したりはしないが、強者以外とは馴れ合わない。
 ルイ――俺に、力を示して見ろ。ここではそんな機会、いくらだってある。
 お前は友が欲しいと言っていたな? お前が俺の思うほどの強者であるなら、俺がお前の友になってやる。
 だからルイ、俺にお前の力を見せてくれ」
「は、はあ……(なにこれこのホモ怖いよぉ。なんでこんなグイグイくるの? 肉食系かよ)」
「お前の力を見るその時を、楽しみにしているぞ」

 そう言ってルイの下から去って行くジェフリー。

 その口元にはいつか見れるだろうルイの実力を期待して笑みが浮かんでいたが、ルイの笑顔は引きつっていた。
 割と本気で気持ち悪がっていたのである。
 まあ確かに少しばかり情熱的すぎた感じはあるが、それだけで同性愛認定されてはジェフリーもたまったものではないだろう。

(はあ……このクラスヤバい奴しかいないじゃん。もう全部放り出して学校辞めたいんだけど)

 ため息をつきそうになるのを我慢し、ルイはコスモスの方へと向き直る。

「じゃあ、今度こそ本当に帰りましょうかコスモスさん……コスモスさん?」
「……あの、ルイさん」
「はい?」
「ルイさんが魔力無しって、どういうことですか?」
「…………あ」

 コスモスには説明していなかったことを完全に忘れていたルイは、結局帰る前にもう一度説明タイムを設けることになるのだった。

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序章に過ぎない

 日も完全に沈んだ夜の王都。
 月明り以外には照らすもののない暗闇の中に、一人の男がいた。
 手には一枚の紙を握りしめ、険しい顔で辺りを警戒しながら歩いている。喧騒どころか人の気配もしないその空間には、男の足音がやけに大きく響いていた。

 王都と一口に言っても、その敷地は相当に広い。
 国の中心だけあって、通常の町三つ分以上の大きさの土地が壁に囲い込まれているからだ。
 そのため本当の中心部から離れると人は極端に少なくなり、代わりにそこには囲いまれたままの森林や、スラム街が形成されたりしている。

 今、男が歩いているのはその中心街からはるか離れた森の中だった。

「……さっきから何の反応も無し、か」

 男は人の気配が少なくなってきたあたりからずっと魔力探知をしていた。万が一にでも不意を突かれることのないようにである。
 特に森の中に足を踏み入れてからは広範囲、高精度で探知をしていたが、鳥や小動物以外の……それこそ魔力を持った人間は引っかからなかった。

「少しだけ緩めるか」

 無論警戒自体は怠らないが、ずっと今のまま使っていると自分の魔力をいたずらに消費することになってしまう。
 そして魔力探知を弱めた、その瞬間――


「こんにちわあ」


 ――頭上から、声がした。

 思わず身体をビクッと飛び上がらせ、慌てて声のした方を向く。
 同時に魔力で身体を強化して臨戦態勢を作った。

「いやーちゃんと約束通りに来ていただけて、とても嬉しいです」
「……この紙を渡したのは君かい?」
「いえ、渡したのは僕じゃないですよ。というか渡したっていう感じじゃなかったのでは?」
「そうだね、人ごみの中でぶつかった拍子に入れられていたよ」

 動揺を隠して喋りながらも、男は自らの頭上、木の太い枝に立っている人物をはっきり見ようと目を凝らす。
 だが月明りを背に背負っているためかシルエットにしか見えない。いや、どちらにせよこの暗闇では大差ないだろう。

 分かるのはそれなりに身長はあるということ。
 恐らく十五歳以上……流石に十二、三歳ということはないはず。

「しかし穏やかじゃないね。こんな時間にこんな所に呼び出すなんて」
「そりゃあ、穏やかにことを進めるつもりはありませんから」

 その言葉を聞いてまた体にグッと力を込める。
 もういつ動き出してもいいように準備はしていた。

 だがその前に、男にはどうしても聞かねばならぬことがあった。

「この紙に書いてあったこと……『アルト・フィーレンスの死の真実について知っている』これはどういうことかな」
「どういうことも何もそのまま、僕はソレを知っているというだけです。
 当事者であるあなたなら、こうしてのこのことやって来てくれると思っていました。ねえ、ティベリオ・ラウリートさん」
「……っ!」

 自分のことを知っている。
 名前は調べればすぐにわかる、しかし『あの事』に自分が関わっていたことを、目の前の謎の少年が知っている。その事実に男――ティベリオは顔を歪めた。

 今すぐにでも魔術を使って少年を消し飛ばしてしまいたいが、それをぐっとこらえ、まずは交渉をしようとする。

「何が、目的だい? 仮に君が上層部からの遣いだとしたら現時点で俺が消される理由に全く心辺りがないし、そうじゃないとしたらなおさら気になる。是非とも教えて欲しいんだけど」
「そんなことより、一ついいことを教えてあげます」
「……なにかな」
「アルト・フィーレンスは死んでません」

 自分の質問には答えず、しかし少年が告げたその言葉はティベリオに大きな驚きをもたらした。動揺のあまり思わず声を荒げて叫ぶ。

「――馬鹿なっ! そんなはずはない! あいつは確かに俺が殺した! 体を貫いて谷の底に投げたんだぞ!」
「そうですね。でも、生きています」
「でたらめを言うな! 生きているわけがない!
 …………待てお前今、そうですねって……それじゃあまるで」

 見てきたようじゃないか――、と。
 そう言う前に少年は気の上から飛び降り、地面へと軽やかに着地した。
 そして、

「はい、僕がアルト・フィーレンスです」

 ――瞬間、ティベリオは魔術を行使し目の前の少年に向かって炎を叩きつけた。
 爆音が響き、光と圧倒的な熱量が場を眩いまでに照らす。

 発言の真偽がどうであれ、この少年を生かしておいていいことは何一つない。
 例え実際に相手があのアルト・フィーレンスだとすれば、魔術が使えないただの人間のはず。今の一撃で終わりだ。

 そう思ったティベリオの左頬を何かが掠め、飛んでいった。
 じんわりと熱を持ったそこからは血が流れ出す。

「よし、まずは一発目」
「なっ! いつの間に後ろを!? そもそもどうやって避けた!」
「いやーよくもあの時は僕の高貴な顔を傷つけてくれやがりましたね。ちゃーんとやられたこと全部そのままお返しするのでお楽しみに」

 ティベリオは混乱の真っただ中にいた。
 なぜ避けられた? なぜ後ろを取られた?
 どう考えても魔術の発動を理解してから動き出して、それで非魔術師が間に合うはずがない。事実あの時は全く反応出来ていなかった。

「お前まさか、魔力が戻ったのか……?」
「はあ? なめんのもいい加減にしろよお前。
 俺が魔術使えてれば、そもそもお前はさっきの魔術発動出来てないから」
「ま、魔術を使わずにさっきのを避けられるわけがない。あの時だってお前は――」
「あーはいはい、そういうの良いから。
 次は、肩ですよ? そんな気楽に構えてていいんですか?」

 言い終わるや否やアルトがナイフを握り駆けてくる。

(は、早いっ!)

 その速度は身体強化された魔術師と比べても遜色ない程だった。
 少なくとも絶対に魔力を使わずに出せる速さではない。

 その驚きで一瞬反応が遅れたが、ティベリオはすぐさま正面に炎の弾を打ち込む。

 しかしアルトはそれを軽々と避け、そのまま木の上に飛び移った。
 そしてすぐさま木々の間から次々ナイフが飛んでくる。
 それも移動しながら放っているのか、一瞬後には違う方向からのナイフ攻撃が間断なく飛んで来ていた。

「くっ! なんなんだよ!」

 思わずイラつきの言葉を吐き出しながらアルトの飛んでいった方向の広範囲を一気に焼き払う。
 最早火は周りの木々に燃え移っており、いずれは大火事になるだろうがそんなことに気を遣っている余裕はティベリオにはなかった。

「こっちですよ」
「っ! はあっ!」

 息つく間もなく背後から聞こえた声に、脊髄反射で振り返って衝撃波を放つと弾かれたのは一本のナイフだけ。

「残念。ホントはこっちでした」

 ズブリ、と。
 そんな音がしそうなほど軽々と、その鋭いものはティベリオの右肩に突き刺さった。

「があああああああああっ!」

 痛みに声を上げながら一気に距離を取る。

 何故だ? 
 何故後ろにいる? 
 最初からあそこにいたのならどうやってあの方向からナイフを投擲した?

 次から次へと疑問は浮かぶが何一つとして分かることはない。
 分かるのは右腕がまともに上がらなくなっており、発動短縮のため予め刻んでいた魔術式が使えなくなったということ。
 つまり今から魔術を行使する場合は一から魔術式を構築、もしくは詠唱をしなければならない。

 だが、そんな時間を目の前の人物が与えてくれるのか?
 自分の魔術が未だに一発も当たらない、そんな動きができる人間の前で隙をさせるのか?

 答えは、否だ。

「おっ、何か急に剣とか抜いちゃってやる気満々じゃないですか!
 もーせっかく抵抗しないならさっくり殺してあげようと思ってたのにー。まあ、あの時のお返し全部やってからだけど」
「……君が魔術を使えないということで少しなめていたのは認めよう。
 だけど悪いが、ここからは俺も本気を出させてもらうよ」
「お好きにどうぞ。どうせ俺には勝てないしぃ?」

 ティベリオは魔力を足に込め、爆発的に地面を蹴った。
 一気にアルトとの距離を詰めてそのままの勢いで袈裟切りに振り下ろす――――はずだったが、それよりも早くアルトの蹴りが腹に突き刺さっていた。

「ごふっ……ぐ、うあ……」

 体はクの字に折れ曲がり、剣を取り落とす。
 衝撃で息を吸うのも困難だ。
 ひゅーひゅーと酸素を求めてあえぐ。

「まだ終わりじゃないですよっと」
「あぐっ!」

 頭を掴んで無理やり顔を上げさせられたかと思えば目の前には拳が迫っていて、衝撃と共にティベリオは後ろ向きに吹っ飛ぶ。そしてそのまま仰向けに倒れ込んだ。

「これで顔面パンチまでおしまいね。
 次からは魔力弾で滅多打ちなんだけど、俺は魔術使えないからナイフで滅多切りにしよう。大丈夫、ちゃんとお前が起きるまで待っててやるよ。俺は優しいからね。
 ……まああと十秒起き上がらなかったら勝手に始めるけど」

 その言葉に臆したわけではないがティベリオはグッと立ち上がる。
 こいつに負けるわけにはいかない。
 ティベリオを動かしたのは、魔術師として積み重ねてきた戦績に支えられたプライドだ。

「はあっ!」

 もう一度、地面を蹴って距離を詰める。
 そして今度は心臓を狙って突きを放った。

 それをアルトは――ナイフでいなす。
 何の焦りも無ければ最初から突きが来ることを分かっていた。
 そんないなし方だった。

 次の振り下ろしも綺麗にはじかれ、その隙をつかれて脇腹を切りつけられた。
 その次の横切りも繰り出す前にナイフで勢いを止められて、自身は肘打ちをみぞおちに食らう。

 その次も、またその次も、次も、次も、次も――
 全ての攻撃をアルトは最小限の動きでいなし、弾き、かわし、そしてティベリオの身体に少しずつ攻撃を加えていく。
 それは確実にダメージを蓄積させていき、

 十分も経つ頃には血まみれで体力も尽きて、地に伏せるティベリオがいた。

「あー気持ちいいいいいいいいいいいいいい! 最っ高だぁ!
 今俺は最っ高の気分だよ! 分かるかいそこで虫の息してる下等生物くん!」

 血が足りず、思考もぼんやりとしている。
 楽しそうに狂気の声を上げるアルトの言葉を、ただ聞いていた。

「なんかあの時は君、すっごい調子に乗ってたみたいだけどさあ……分かるぅ? これが本来の立ち位置なんだよ! 
 俺が上! お前が下! こんなん、世界の理レベルの事実だろ?」

 このままでは直に死ぬだろう。
 自分は回復術式が使えず、流れる血を止めることが出来ない。
 だからといって戦いに活路を見出すのも、難しい。
 それはもうここまでの戦闘でティベリオは痛いほどに感じていた。

 悔しいが手も足も出ない。
 それも、魔術の使えないはずの人間に。
 だが今ティベリオが考えているのはそれに対する悔しさではなく、いかにしてこの場を脱出するかだった。

(隙をついて魔力を全力で使い、命をかけてでもこの場を逃げ出す。
 王都の中心まで逃げられれば、こいつはもう追っては来れないはず……。
 なんとかこいつの存在を上に知らせなければ)

 そう考えを巡らせていると、さっきから続いていた声が止んでいることに気付く。
 不審に思い顔を上げると、アルトは黙ってこちらをじっと見ていた。

「…………そう言えば僕、最近学校に入りまして」

 ……一体、こいつは何をしゃべり始めるんだ?
 そう思いながら耳を傾けるティベリオ。

「そこでクラスメイトになった娘がすごーく綺麗な人だったんですよぉ。
 名前は確か……そう、ミルシェ・ハーゼルゼットさんだったっけか」

 その言葉は到底、聞き過ごせるものではなかった。

 ミルシェ・ハーゼルゼット。
 魔術師としても暗部であった自分が護衛に任じられた少女。
 人を殺し、力だけを求め続けた自分に光をくれた恩人。

 そんな大切な存在を口に出されて、黙っていることはティベリオには出来なかった

「――お前っ!」
「お? 死にかけのゴミが何か吠えましたか?
 いやそれより、何故かミルシェさんは僕にとても好意的でしてね。昨日一日話しただけで仲良くなって、僕の友人になってくれたんですよ。
 嬉しいなあ、すっごく嬉しいなあ。
 今、どうやって利用してやろうか考え中なんです。

 馬鹿と女は使いよう。加えて馬鹿な女はとっても使いやすいですから」

 その言葉が限界だった。
 ティベリオは残りわずかな体力を振り絞ってアルトに突撃する。

「お嬢様に何をするつもりだああああああああああああああああ!」

 文字通り命をかけた一撃。 
 恐らくこれまでで一番いい動きだとすら言えるその斬撃すら、目の前の悪魔には通用しなかった。

 気が付けば自分の剣は跳ね飛ばされていて、喉元にはナイフが突き刺さっていた。

「大丈夫、安心しろよ。一番俺の利益になるように上手く使ってやるさ。
 森羅万象、俺以外の一切悉くは俺の踏み台だからな。お前も、あの女も、俺からしたら等しくゴミだよ」

 そう言いきってナイフを振りぬく。
 大動脈を切られた首からは夥しい量の血が噴出し、あたり一帯を汚した。

 そしてティベリオは地面にその体を横たえ、それ以上動くことは決してなかった。

「ちっ、きったねーなおい。
 血の匂いって中々取れねえんだぞ、このクソ迷惑野郎。死の直前まで人に迷惑かけやがって……あいつは絶対地獄行きだな間違いない」

 顔に付着した血を気持ち悪そうに布で拭うアルトーーもとい、ルイ。
 まるで自分は天国行き確定のような言い方である。

「しかしこいつホントに三桁魔術師かね。ちょっと弱すぎないか? 
 いや、俺が強すぎるのか。なるほどなるほど」

 一人呟きながら、歩き出す。
 もう大分木々に火が回っており、流石にこのままここにいては帰り道がなくなってしまう。

 少し足を速めようとして、ふと――何かを思い出したように立ち止まった。

「危ねー、忘れるところだったわ。これを最後にしなくちゃ終われねえよ」

 そう言ってティベリオの死体を仰向けにし、ナイフを腹の真ん中に突き立てる。
 そしてそのまま、グリグリとかき交ぜるように無理やりな動きでナイフを動かし、とうとう背中まで突き破る穴を空けた。

「これでよしっと。ちゃんとやられたことはやり返さなきゃね」

 ナイフを抜き、ルイは満足そうに立ち上がる。
 その顔には気持ち悪いまで清々しい笑みが浮かんでいた。
 今まさに人の死体を弄り回したとは思えない顔だ。

「ホントはきちんと谷に落としたいところなんだけど、流石にここらにはないし……しゃーないからこのままにしてやろう。
 俺って優しいなあ、同じことしないであげるなんて。これマジで天国行けるレベルの徳積んでるだろ」

 そんな狂気じみたことを呟くルイだが、これを全くの本心で言っているというのが一番の狂気である。
 地獄天国があったとして、こんな悪魔が天国に行けるはずがない。

「今日のなんて俺の広大な最終目標からしたらカスみたいなもんだしな。
 まだまだこれから、こんなのは序章に過ぎないよ」

 くひひひっと声に出して笑う。

 そう、これはまだ始まりに過ぎない。
 自らの強さ、それを証明するためだけにルイは突き進むのだ。

 果たしてこの男が最後まで好き勝手やり切るか、どこかで手痛いしっぺ返しをくらうか、それはもうそれこそ――神のみぞ知ることである。

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アリエス①

 戦い、というより一方的な蹂躙を終えたルイがその足で向かったのは一軒の店だった。

 入り組んだ路地の奥にポツンとある建物。
 窓からは店内の明かりが漏れている。
 外の看板によるともうこの時間は営業していないはずだが、ルイは何の迷いもなく扉を開けて店に入った。

 店内はその外観に反してそれなりの広さがあった。
 目の前にはテーブルがいくつか並んでおり、その上ではランプが怪しげな灯りを放っている。
 そしてその奥、バーカウンターである場所のカウンター席に誰かが座っていた。

 その人物はドアの開いた音に振り返り、ルイの姿を見とめると笑顔を浮かべた。

「あっ、いらっしゃーい!
 ふむふむ……その様子だとちゃんと成功したみたいだね。お疲れ様!」

 白髪のような灰色ではない、雪のような真っ白い髪。どこか薄暗い空間によく映える金色の瞳。
 御伽噺から出てきた妖精のようなその少女は、実際にとても小柄だった。
 恐らく身長はつばなれをしていない子供ほど。
 声にも特有の幼さがあった。

 そんな少女の下へ歩いて行き、カウンター席に腰を下ろすルイ。

「とりあえず着替えをくれないか。流石にこのままだと気持ち悪い」
「オッケー。ちょっと待ってて、顔に付いた血を拭える物も持ってくるから」
「悪いな(秒で持って来いよ!)」

 いいっていいって、と言いながら少女はとてとてとカウンターのさらに奥に入っていく。
 少しすると、白いシャツと水に濡れた布を手に戻って来た。

「はい。ルイがウチに置いてたのってこれだよね?」
「ああ。助かったよ、ありがとう」

 ルイは血の付いた外套を脱ぎ捨て、渡されたシャツに着替える。
 そして血の付いた手や顔を水に濡れた布で拭う。

 そんなルイの様子を少女はじっと眺めていた。

「(なに俺様の身体じろじろ見てんだこのマセガキ。金取るぞ金)どうした?」
「その感じだと……無傷で勝ったのかな」
「ああ、まあ。ヒヤリとする局面は何度かあったがなんとかな(嘘でーす! ホントは超余裕でした!)」
「そっか、怪我がないならそれに越したことはないよ」

 少女はニコニコしながらお酒の並ぶガラスケースに近づき、またルイの方を振り返った。

「何飲む?」
「おいおい俺は明日も学校なんだが……(つーか長居するつもりないから。早く帰りたい)」
「大ジョーブだって! 今飲んだって明日までは続かないよ。
 今日はルイの復讐計画の第一歩を祝って、アリエス一番良いお酒奢っちゃうよ!」
「(奢り!? マジかよひゃっほう!)そうか……じゃあせっかくだから頂こうかな」

 一瞬前まで乗り気じゃなかったくせに奢りと聞いた瞬間にこれだ。
 顔にも滅多に浮かべない本心からの笑顔が浮かんでいた。
 やっすいやつである。

 自分をアリエスと言ったその少女は嬉しそうに酒の入った瓶を抱えてルイの隣に座る。
 二人分のコップに中身を注ぎ、そして片一方をルイに手渡した。

(え、何こいつも飲むつもりなの? 図々しいなおい)

 金を出してない分際で図々しいのはお前の方である。

「じゃあそうだね、ルイの復讐計画始動をお祝いして――――乾杯!」
「乾杯」

 隣り合う二人はチンッとコップを合わせて笑い合った。


         ◇


「ルイがここに来たってことは、もしかしてアレの補充?」
「ああ、しばらく補充してなかったから残り僅かなんだ。昨日も使ったしな」

 言いながらルイは、ポケットから錠剤の入った小さなケースを出す。
 中に入っているのはもう二つほどだった。

 アリエスはそっかー、と言ったかと思えば急にカウンターに顔を伏せて、顔だけをルイの方へ向けた。

「…………それだけ?」
「うん?」
「アリエスのとこに来たのって、それだけ?」

 何やら拗ねたような目をしているアリエス。

 何を言いたいのかを一瞬にして悟ったこの男は、顔を酷く歪めそうになるのを我慢しながら無理くり微笑みを作った。

「もちろん、アリエスと会えるのだって楽しみにしてたさ(くそっ、俺にこんなこと言わせんなよ! 何色気付いてんだこのガキは!)」
「……嘘。なんか言わされてる感あるもん」
「(そりゃ言わされてるからな!)うーん、困ったな……」

 アリエスは唇をわざとらしく尖らせ、不満さをことさらにアピールしている。
 それを見たルイは無性にこの頬に肘落としを決めたくなった。
 発想が非常に鬼畜かつ下衆である。

 とりあえずさっさとこの状況を収めたいので、自らの信じるイケメン力を総動員して事に当たろうと決めたルイ。
 ジト目を向けているアリエスの左頬に肘ではなく掌をそっと乗せ、優しく撫でた。

「あ……」
「ごめんな。前に来てからちょっと間が空いたから……寂しかったんだよな。
 でもアリエスに会いたかったのは本当だよ。今日もたくさんお喋りしたいんだけどな」

 イケメン力を総動員したというだけあって、優し気な声音といいその微笑みというなるほど確かに女性はこれでイチコロだろう。
 見た目が確実に十歳いってないだろう少女には不適切すぎる気もするが。

 とは言えやっぱり目の前のこの少女にも効果は覿面のようで。
 真っ白な頬を赤く染め嬉しそうに笑ったアリエスは、起き上がってそのままルイに抱き着いた。

「えへへ、アリエスはちょーやさしいから今日だけこうやって誤魔化されてあげる!
 でもちゃんとこれからは三日に一回は来てね!」

 そう言ってぐりぐりと頭をルイの胸に押し付ける。
 されるがままのルイはと言えば、本人が自分の顔を見ていないのをいいことに、それはもうひっどい顔をしていた。

(うわーうわー! 明日入念に洗濯しないとなこの服)

 見た目で言えば本当に天使のような美少女に抱き着かれているというのにこんなんである。
 どっちかというならさっきまで森で戦闘をしていた分ルイの方がむしろ汚いはずだ。まあ他人が自分より劣っているというのがデフォのこいつからしたら、無条件で他人は自分より不潔なのだろう。

 しばらくして満足したのか、アリエスはパッと頭を離すと、何やらなにもないはずの空間を漁りどこからともなく小袋を取り出した。
 中には先ほどルイが出したケースに入っていたのと同じ錠剤が入っている。

「はい、ルイのお目当ての品だよ!」
「ありがとう、アリエス(最初からそれだけ出してりゃいいんだよ全く)」
「うん。あのね、ルイ……これは渡すたび何度も言ってることだけど、さ」

 受け取ろうとした手から逃れるように自分の下へ引っ込め、少し暗い顔でアリエスは言う。

「これは、使うたびに物凄くルイの寿命を削ってるんだよ」

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アリエス②


「これは、使うたびに物凄くルイの寿命を削ってるんだよ」

 じゃらじゃらと音をたてるように袋の中身を動かすアリエス。
 確かにその錠剤の見た目は、それはもう見事な群青色で、どう見ても健康を害しそうではあるがアリエスが今言いたいのはそういうことではないのだろう。

「筋力の増強、そして脳の制限の解除。これによってルイは、魔力強化をしている魔術師に肉薄するぐらいに身体能力を上げることが出来る。
 だけど当然これは、ルイの身体、そして脳に大きなダメージを与えてるんだよ。ルイは使ってるから実感してると思うけど……」
「ああ、今もすごく体がだるいな」
「それだけじゃない。たまたま何事もなく使えてるけど、本来なら服用してすぐに過剰反応が起きて死ぬことだってある。それだけ、脳にダメージを与えるのは危険なんだよルイ」

 そう言って真剣な目でルイを見つめる。
 だが、ルイは何でもないような顔でアリエスを撫でて微笑んだ。

「知ってる。でも俺が魔術師に勝つにはこれが必要なんだよ、むしろこれを使ってもまだ足りない。それくらい魔術師と非魔術師の差はあるんだ。
 お前の心配は嬉しいけど、少なくとも目的を達成するまで俺は止まらないよ」
「……それも、知ってる。
 だから止めたりはしないよ。
 でも、こうやってちゃんと定期的に言っておかないとルイはすごい無茶しそうだからさ」

 そしてアリエスは錠剤の入った袋を手渡した。
 ルイは受け取ったソレをケースの中に補充しながら思う、

(定期的って……もう百回以上言われてる気がするんだが。ここまでくると、こいつは俺に頭を撫でさせるために言ってるんじゃないかとすら思えてくるぞ)

 こんな風に言ってはいるが実のところ、アリエスは唯一ルイが本当の意味で頭の上がらない相手でもあった。それは割と現実的な意味で。

 『ギルド』に所属していると、様々な方面から依頼がやってくる。
 受ける当人――ここではルイ――に対して依頼人の正体は常に不透明だが、それら全てを把握、管理して依頼を斡旋しているのがこのアリエスという少女だった。

 見た目の幼さから考えてもただのバー店員ではないと思われるアリエス。しかし、三年の付き合いがありながらも未だに踏み込んで何かを訊いたことはない。
 明らかに見えている地雷だからだ。

 自分に仕事と必要不可欠な物資をくれる謎の店員、という今の距離感を崩すつもりはなかった。
 現実的にこの後者の部分がルイにとっては死活問題で、先の薬だけでなく様々な道具がアリエス頼りなため、この少女の機嫌を万が一にでも損ねることができないという事情もある。

 まあ人の……特に女性の感情の機微を上手く読み取っては小賢しく立ち回るこの男に限って、大失敗を起こすこともなさそうではあるが。

「さて、ルイの目的はこれで達成! かな?」

 これでさっきまでの話は終わり、と言うようにアリエスは軽く手を叩く。
 丁度ケースへの補充を終えたルイも、袋をアリエスに返した。

「ああ。コレも貰えたし、アリエスの顔も見れたし、もう十分目的は果たせたかな(だから俺を早く帰らせてくれ)」
「えへへ、さっすがルイはご機嫌取りが上手ですなあ。
あとアリエスから聞くことっていったら正直、依頼の進捗くらいなんだけど……流石に入学初日じゃなんにもないっしょ?」
「そりゃまあな。一応探ろうかとも思ったが初日に色々やるのは不自然だし、まあのんびりとやるよ。顔の見えない依頼者さんも卒業まででいいって言ってるんだろ?」
「そうだよー、長い目で見るって。
 だからじっくりやっていいよ、序列一桁の暗殺はさ」

 『アールデルス王立学園にいる序列一桁を暗殺せよ』
 ある日突然舞い込んだこの依頼は受ける前からかなり怪しいものだった。

「ターゲットの特定からしないといけないからな。正直骨が折れそうだ」
「まーまーアリエスも手伝うからがんばろ!」

 そう、暗殺任務だというのにそのターゲットが明らかになっていないのだ。

 恐らく一桁は学園生であるだろう。
 そして恐らくはこの人物だろう。
 序列一桁の魔術師は対外的に非公開だとはいえ、こんな曖昧な情報しかない状態。それでもルイがこの依頼を受けたのは、ひとえに自らの目的のためであった。

(ま、所詮学園に入るために利用しただけだしな。じっくりもなにも、誰が真面目にやるかっつーの。だるそうだったら一桁はこの学園にはいなかったとか適当ぶっこけばいいし)

 こいつの内心は相変わらずだが、実際に調査した結果一桁が学園にいないことが判明したならそれはそれでいいと言われているのである。加えて、失敗した場合のペナルティも特にない。
 この謎の寛容さが怪しさを助長している気もするが、ルイは暢気なもので全く気にはしていなかった。この図太さは凄まじい。

「ターゲットに関する情報は何も得られなかったけど、一応得るものはあったぞ」
「なになに?」
「ハーゼルゼット家の一人娘と接触した」
「あー、七大公爵家の。ていうかルイは昔知り合いだったんだっけか」
「知り合いってほどでもないけど、まあ家の関係でな」
「ルイを見てどんな反応だったの?」
「知人に似てるって言われたよ。三年経っても顔はそう変わらないんだな(年を経ても劣化しない俺の美しさってやっぱすごいわ)」

 むしろ十六歳にして劣化が始まっていたらそっちの方が怖い。

「へー、だったら一応髪染めといてよかったね」
「明らかにおかしい髪色だけど、まあ一目を引くのも一つの狙いではあるしな」
「アリエスがやってあげたんだもんね! ふっふっふっー、感謝したまえ!」

 そう言いながらグッと背を伸ばしてルイの髪を撫でるアリエス。
 機嫌良さそうにその青い髪を指で梳かす。

(や、やめっ、やめろー! そんな汚い手で触られたら俺の繊細な髪の毛が痛むだろうが!)

 で、当然この人は大激怒である。心の中で。
 それでも実際に跳ね除けたりしないのは鉄壁の取り繕い力というかなんというか……。

「あとは、入学式でコスモスっていう娘に話しかけて知り合いになったな。貴族じゃなくて平民で入ったみたいだけど一応――」
「……それって、女?」
「(俺の言葉を遮るんじゃねえ!)そうだけど」

 そう言うと急にアリエスの目の色が暗くなる。

「ふーん、そっか。ルイから話しかけたってことはよっぽど可愛い子だったんだね。……まあ別にいいけど」
「(め、めんどくせぇー! なんだこいつ!)うーん、可愛さでいうならアリエスの方がずっと俺の好みのタイプかな。この真っ白い肌も髪も、金色の瞳も、物語の中の天使って言われたら信じちゃいそうなくらい綺麗だ」
「ふ、ふーん! まあ別にいいけど!」

(なんだって俺がガキにこんなことを言わなくちゃいけないんだよ……今日は厄日か?)

 なんかぶつくさ文句を垂れてるが、こんな状況になっているのもルイがその場その場で調子のいいことばかり言っているからである。

 今だってそれこそ見事な二枚舌を駆使し、コスモスとアリエスそれぞれに好みのタイプだとかホラを吹いたわけで。 
 この二人が出会うかは果たして不明だが、万が一このことが知れたらどうするのだろうかとかは……きっとこいつは何も考えていないのだろう。



今日の19時頃にもう一話あげます。
あがらないかもしれませんが。


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一夜明け

19時に投稿するとか言った大嘘つきがいたようです。


 早朝、まだ人気もそこまで多くない通学路を、ルイは心底だるそうに歩いていた。
 この男、見事に二日酔いである。

(くそーあの白髪ロリめ、明日までは残らないから大丈夫と何杯も飲ませてきやがって……。最後の方とか絶対俺の事酔い潰すつもりだっただろあれ。何とか逃げてきたからいいものの、想像するだに恐ろしいな)

 一気飲みする度アリエスに一々おだてられて、それにまんまと乗せられたやつが言うセリフではない。

 ともあれ頭は痛いし、足は重い。
 加えて昨日薬を使った身体のダルさもまだ抜けていない。
 ぶっちゃけた話、ルイは学校を休みたくて仕方が無かった。

 しかし、いくらなんでも授業初日からすっぽかすというのは、優等生キャラの確立を狙っているルイにとっては許されないことなのだ。
 酒が残ったまま学校に行くのはいいのかという話もあるが。

 まあ一応、法律では定められていないが、十五歳の誕生日に初めて酒を飲ませるという慣習に従って、十五歳から酒が飲めるというのは暗黙の了解ではある。
 ただ、学生の身分で二日酔いのまま学校に行くのがオーケーかどうかはもう良識の範囲内だろう。

(もうこれいっそ迎え酒をした方がいいんじゃ……?)

 とりあえず、こんなこと言っているやつに良識がないことは明らかだ。

 そんな風にダラダラと歩いていたルイだったが、道程半ばといったところで突然横から声をかけられた。

「あの、ルイさん……おはようございます」
「えっ? あ、コスモスさんですか」

 声のした方に目を向けるとそこにはコスモスがいた。

「え、あの、なんでそんなところにいるんですか?」

 ルイの困惑の声もさもありなん、何故かコスモスは建物と建物の間の路地に立っていた。
 路地と言ってもそんなに奥ではないため、顔が見えるくらいではあるがやはり薄暗い。
 一体なんでこんなところに立っているのだろうか。

「あの、私、ルイさんを待って一緒に学校に行こうと思ったんですけど、その……ずっと同じところに立っていると、周りに変な人だと思われそうで……ここに隠れてました」
「そ、そうなんですか(いや路地に潜んでる方がよっぽどキモいわ)」
「はい。あの……い、一緒に学校行ってくれますか?」
「(ていうか、こいつ俺を待ち伏せしてたの? もうホントやめてくれよ朝っぱらからさあ)全然構いませんよ、じゃあ一緒に行きましょうか」

 ちょっとどころではなく引きながらも、とりあえず学校に向けて歩き出す。
 コスモスは嬉しそうにぴったりとルイの右隣につけていた。

「そう言えば、王都郊外の森で昨日火事があったみたいですよ。深夜だったから気が付くのに遅れて結構燃えてしまったとか」

 ふと出されたのはルイにとって非常にタイムリーな話題だ。

「へえ、自然発火ですかね? でも今は冬じゃないですし」
「それがですね……どうやら人為的なものらしいんですよ。
 又聞きの話なので信憑性は薄いんですが、森のどこかで殺人があってその戦いの余波で燃えたとかなんとか」
「殺人ですか。物騒ですね、犯人は早く捕まって欲しいものです」

 平然とした顔でそんな返答をかますルイ。
 町のみなさん、ここにその殺人犯がいますよ。

 やがて学校に着いた二人は教室の前で別れ、教室に入ったルイは真っ先にある人物を探す。
 そしてお目当ての人物を見つけると電光石火の勢いでその席に近づいて声をかけた。

「(見つけたぜ今日の玩具!)おはようございます、ミルシェさん」
「……あ、おはようルイ君」
「元気がないようですが、どうかしました?」
「え……そ、そうかな?」
「はい、ちょっと雰囲気が暗く見えたので」

 全部知っていてなおかつその張本人であるくせにぬけぬけとよく言うものである。
 自分でミルシェの従者を殺して、翌日真っ先に本人の様子を窺いに行くというとてつもない野次馬根性。
 浮かべている微笑が悪魔の笑みにしか見えない。

「まあちょっと昨日色々あったの。面白くない話だから聞かない方が良いよ」
「(は? お前の口で聞くから面白いんだよ。絶対話してもらうぞ)いえ、もし聞かせられない話でないなら話してくれませんか? 僕にも何か出来ることはあるかもしれません。僕の友人になってくれると言ったミルシェさんの力になりたいんですよ」
「ルイ君……」

 ギュッとミルシェの手を握って語り掛ける。
 この真剣な目も声も、欠片も本音ではなく出せるのだから大したものだ。
 哀れな少女ミルシェは、そんな演技に絆され頬を赤らめていた。

「うん、じゃあ話すよ。といっても込み入ったこともあるから全部言えるわけじゃないんだけど」
「構いません、誰かに話すだけでミルシェさんが少し楽になるかもしれませんし(だから早く話せよ! ほら早くぅ!)」
「ありがと。あのね……昨日の火事のことって聞いてる?」
「はい、今朝聞きました。又聞きの又聞きになりますが、殺人の可能性もあるとかなんとか」
「そっか、そこまで知ってるんだね。
 実は、そこで殺されたって私の身内なんだ」
「え……」

 ルイはそこで如何にも驚いたような顔をする。
 しかし何度も言うが犯人はこの男。
 なので当然、そんな顔を作りながらも全く違うことを考えていた。

(身内? あいつってこの女の護衛だったんだよな? 従者風情も身内カウントするのかこいつは。いや、待てよ! ひょっとしたらこいつらはただならぬ関係にあったのかもしれんぞ。身分違いの恋か、なるほどなるほど……虫唾が走るぜ)

 勝手に邪推をして勝手に虫唾を走らせていた。
 一体何なのだろうこいつは。

「それは、辛いことをお聞きしました。申し訳ありません(全く思ってないけどな。マジちょー笑えるわ)」
「ううんいいの。話すことを決めたのは私だし、実際家の関係上こういうゴタゴタは慣れてるって言えば慣れてるから。
 でもルイ君にして欲しいことは、そうだね……一つあるかな」
「(え、図々しいなこいつ)なんですか?」
「もうちょっとだけ手を握って欲しいの」

 そう言ってルイの右手に自分の左手を重ねるミルシェ。
 ルイは鳥肌が立ちそうになるのを全力で堪えていた。
 地味にすごい。

 そのままの状態で一分ほどして、ミルシェは手を離した。
 その顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいる。

「ありがとルイ君。私、ホントはちょっと心細かったんだけど、ルイ君のおかげでそうでもなくなったよ。だって、私が寂しいときはルイ君がこうしてくれるでしょ?」
「(は? こんな破格のサービス今日だけだとしても感涙にむせぶレベルだろ。図々しさ限界値突破してないこの女?)はい、僕なんかでよければいつでも」
「ふふふっ、ありがと!」

 その後は普通の世間話に戻り、ミルシェは昨日聞きたかったことなどを色々と訊いてくる。
 それに嘘八百で答えながらルイは、授業始まんねーかなとずっと考えていた。
 自分のやりたいことが終わればもういいやという身勝手思考は流石だ。

 そうしてあと少しで授業も始まりそうだという頃、ミルシェが思い出したかのように言った。

「そう言えば、ルイ君って指輪つけてたんだね。さっき手握られて気づいたけど」
「ああ、はい。そうですね」
「あとネックレスも付けてるよね。なんか意外だなー。
 あ、いや似合ってないわけじゃないよ? ルイ君カッコいいしさ」
「あはは、ありがとうございます(ったりめーだろアホ。俺に似合わなきゃ誰にも似合わねえよ)」

 実際に面は良いとはいえよくもまあここまで傲岸不遜になれるものである。

「なんか真面目な優等生のイメージだったからこういうのは付けないのかと思ってた」
「僕、金物が好きなんです。身に着けてると落ち着くんですよ。お洒落の意味合いもあるけど、ほとんど外さないので身体の一部みたいなものですね」

 金物が好きだというのは一応本音ではある。
 ただし高級品に限る、と但し書きが付くが。

 しかし実際に身に着けている理由は、とても実利的な面からだ。
 というのもこの右手に付けている指輪もネックレスも、特殊な効果を持ったアイテムなのだ。
 当然その効果とはルイが戦闘を行うにあたって発揮するもので、戦いの際には必要不可欠。身に着けてないと落ち着かないというのも嘘ではない。

 ちなみに二つとも、あの白い髪の少女による提供です。

「じゃあ今度一緒にアクセサリー見に行かない? 私も何か欲しいなって思ってたところだし、ルイ君にも選んで欲しいな」
「(ぜってー嫌だ)そうですね、じゃあ今度――」

 そこで授業を開始十分前を告げる鐘が鳴り、ルイは内心ガッツポーズを決める。
 美少女からの誘いに対して実に失礼な奴である。

 この話はまたお昼にしようと言い合って別れ、ようやく席に着こうとしたところでいきなり教室のドアが勢いよく開いた。

(おいおい、なんつー野蛮な開け方だよ。ここの教師はゴリラかなんかか?)

 そう思ったルイだったがそこに立っていたのは教師ではなかった。

 赤い髪を一本に結わえて腰まで下ろし、堂々と腕組みをして立っている一人の女子生徒。
 制服に付いているリボンの色からするに上級生のようだ。
 その女子生徒はゆっくりと教室内を一度見渡し、それから口を開いた。

「このクラスにいる魔力無しのルイってやつ、出てきなさい!」

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生徒会長の訪問

 突然の上級生の訪問に、教室は困惑に包まれていた。
 言っている内容は理解していても、ルイはこいつだと教えるような行動に移す者は誰もいない。みんな単純にどうしたらいいのか分からないのだろう。
 
 そんな固まった空気の中、最初に動いたのはミルシェだった。

「あの、イリーナさん……なにやってるんですか? もう授業始まりますけど」

 ミルシェの言葉を受けた赤髪の少女――イリーナはその尊大な恰好を崩さずに言う。

「心配ないわ、五分で終わる話よ! 授業までは残り十分で、私の教室まで走って五分弱だから丁度ぴったりね!」
「は、はあ……。いやでも生徒会長が時間ギリギリに動くのはどうなんだろう……」

(え、こいつ生徒会長だったの? こんなアホそうな感じなのに?)

 驚くルイであるが、この魔術学園での生徒会長とはつまり一番強い魔術師ということ。
 つまり魔術師としての腕が長けているかどうかなので、学力はそれほど関係なかったりする。
 というか生徒会長は入学式で挨拶をしていたから知っていて当然のはずなのだが、この男はそれを全然まともに見てなかった。
 
「で、ルイっていう奴はどいつよ」
「えーっと、それなら――」
「ん? あ、やっぱいい! あたし分かっちゃった」
 
 ミルシェの言葉を途中で遮り、そのまま迷わずルイの方へ歩いて来たイリーナ。顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
 目の前に立つとまた大仰に腕を組んでルイを見つめた。

「あんたがルイ?」
「(ちっ、偉そうにしてんじゃねーぞ)はい、そうですが」
「ふーん……」

 何やらまじまじとルイの顔を見ること数秒、顔を赤くしてフッと目をそらした。

「ふ、ふんっ、結構カッコいいじゃないの」
「(はあ? 俺の凄まじい美貌くらい素直に褒められんのかこのクソ女は)……ありがとうございます。先輩も、とてもお美しいですよ」
「なっ!? な、何言ってんのよあんた!」
「いえ、本当のことです。そのキリッとした目、形の良い鼻、口、そして見ただけで分かるほど艶やかな赤い髪。全てが一級品の美しさかと」
「にゃ、にゃにをいっちぇるのよ……」
「ああ、照れた顔は美人というより可愛らしい感じなのですね。そういうギャップもすごく、好ましいと思います」
「あ、あぅ……」
 
 重なる褒め殺しにイリーナはもう赤くなる部分がないほど顔を真っ赤にして言葉を紡げなくなっていた。
 そんな姿を見たルイは思う、

(俺の……勝ちだ!)

 いや何の勝負だ。

 とまあ、そんな感じで機能停止に陥っていたイリーナだったが、しばらしてようやく平静を取り戻した……というよりかはまともに喋れるくらいにはなったようで、調子を取り戻すかのようにゴホンとわざとらしい咳ばらいをした。

「あ、あんた中々見どころがあるじゃない。
 今ならあたし専属の執事にしてあげてもいいわよ」
「(お断りじゃボケカス)とても魅力的な提案ではありますが、僕にはやらなければならないことがありますので」
「な、なによー! あたしの側仕えより優先するものなんてないでしょ!」
「(い、いや普通にあるだろ……流石にアホすぎないかこいつ)魔力無しでも魔術師と並んで戦えるのだと証明したいんです。そのために僕は学園を卒業して軍属になるつもりです」
「……ん? 魔力無し…………そうよっ! 忘れてたわ!」

 突然大きな声を出したかと思えばルイとの距離を一歩空けるイリーナ。
 そしてビッと指を突きつける。

「あんた、魔力無しなのに魔術師に勝てるとかほざいたらしいじゃない!」
「はい、そうですね」
「ま、全く動揺しないのね……。あのね、普通に考えて大言壮語もいいところよ? まあこの学園に来ているくらいだからただの無能じゃないんだろうけど、それでも非魔術師……それも魔力無しが魔術師に勝つなんて到底信じられることじゃないわ」
「そう思われるのも仕方ありません。ですが僕の自信にはそれなりの実戦の裏付けがあります。今すぐ信じてもらえなくても徐々に知っていただければと思っています」
「……いえ、その必要はないわ」

 訝し気な顔をするルイに、イリーナはニヤリと口の端を釣り上げて言い放った。

「あんた、あたしと勝負しなさい」
「は……?」
「一対一の対人戦闘よ。それであんたの言葉が虚言か本当かを確かめるわ。あんたにとっても手っ取り早くていいんじゃないの?」

 突然すぎる勝負の申し込み。
 ルイはそれにただ呆気に取られているように見えて実は違った。
別のこと……もっと言えばイリーナのことについて考えていたのだ。

(身の程知らずに俺に勝負を挑んてきたこの馬鹿……どこかで見たことがある気がする。というかこの無駄に偉そうなところにも微妙に覚えがあるんだよな。うーむ……ん? そう言えばこいつ、イリーナって言ったっけか。イリーナ、イリーナ、イリーナ………)

「あの、先輩のお名前をお聞かせしてもらってもよろしいでしょうか」
「な、何よ急に。そんなにあたしのことが知りたいわけ? まあいいけど。
 聞いてひれ伏しなさい! あたしの名前はイリーナ・トルスタヤ! 優所正しきあの公爵家トルスタヤ家の次期当主よ!」
「……なるほど」
「な、なるほどってなによーっ! もっと良いリアクションをしなさいよ!」

 ギャーギャー騒ぐイリーナを無視して、遥か奥深くに眠っていた記憶を思い出したルイは、ようやく合点がいって満足していた。

(なるほどなるほど。あのイリーナね、ようやく思い出した。まあ大した付き合いもなかったからホントに忘れかけてんだが……そうか。こいつが勝負を挑んでくるのは、ものすごく()()()()()()

「先輩、その勝負お受けします」
「そう……オーケー、なら訓練場を抑えておくわ! 今日の放課後にやるわよ!」

(え、今日? いや俺二日酔いで体調ヤバいんだけど)

 高らかに宣言するイリーナの言葉を聞いた瞬間そう思ったルイ。
 
だが、彼がそれを言うことは……できなかった。

 今日は体調が悪いのでちょっと別の日にしてもらってもいいですか?
 そんなことを言ってしまっては完全にビビッて逃げた奴だと思われてしまう。それはルイにとって何よりも耐え難いことだった。
 そこだけを見栄張って、実際に勝負に負けたらそっちの方が屈辱なのではないかとも思われるが、ルイは刹那のことしか考えていないので仕方がない。
 
 目的を達成して満足したのか、帰っていこうとするイリーナをルイは引き留めた。

「(これは言っておかないとな)先輩、一つお願いがあります」
「何よ? 手加減して欲しいとかだったらダメよ」
「いえ、もし僕が勝ったら……僕の言うことを何でも一つ聞いていただけないでしょうか」

 その発言に、一瞬にしてまた真っ赤になるイリーナ。
 教室もかなりざわついている。

「なっ! なななななな、何言ってんのよあんたはー!」
「お願いします。真剣なお願いです」
 
 顔を赤くしながらもルイの意志の強い目に気圧されたのか、イリーナはうーん、としばらく考え込む。
 すると何か妙案を思いついたのか、ニヤリと悪い笑みを浮かべてまたルイに指を突きつけた。

「あんたの願いはわかったわ。それは認めてやりましょう。
 ただし! あたしに負けたら……あんたはあたしの奴隷よ! 主人の言うことには絶対服従の奴隷になってもらうわ!」

 その言葉にまたしても、というかさっきよりも教室がざわつく。
 それはまあ、当然だ。
 奴隷なんていう余りにも直接的な表現は、年若い思春期の少年少女たちの興味を惹きつけるのには十分だった。

(は? カースト的にはむしろ俺以外の全人類俺の奴隷みたいなもんなんだが? 
 やっぱこいつにも一度上下関係を教えてやらないとダメだな。はあ……上に立つ者の務めとはいえ、全く苦労するぜ)

 ……全く何を言っているか分からないほどの妄言である。
 いや、本人は本気でこれを信じているから余計性質が悪いのだが。
 
「じゃ、じゃあ放課後だからね! 忘れずに来なさいよ!」
 
 自分で言っておいて恥ずかしがっているイリーナは、ルイの返事を待たずして足早に教室を出て行く。そしてその数秒後に――授業開始の鐘が鳴り響いた。
 廊下からは「なんでよー!」と悲痛な叫び声が聞こえてきた。
 なんとも残念な生徒会長である。


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闘いの前に

 放課後、生徒会長と魔力無しの一年生が勝負するという噂を聞きつけた生徒たちが多く訓練場に押し寄せた。
 どうやら話が中等部にまで広まっていたようで、合わせて六学年分の生徒たちである。

 公式の大会等にも使われるこの訓練場には観覧用のスタンド席があり、そこそこの収容人数もあるため席がないということはなかったが、その様子を見る限り学園のほとんどの生徒たちが集まっているようだった。
 
 それだけ興味を引いたのだろう。 
 魔術師、しかも学園最強を誇る生徒会長イリーナ・トルスタヤと魔力無しの男が戦うというのは。
 とは言え、観客である生徒たちの中で勝敗は間違いなく決まっていて、見たいのは愚かにも魔術師と戦おうとした魔力無しが成す術もなく打ちのめされる姿なのだ。
 あからさまに魔力無しを見下す者は勿論、別に思う所はない者だとしても、そういった残酷な好奇心を持っている。
 つまるところ、ルイが勝つことを本気で望んでいる人など一人くらいしかいないのだった。

 で、そんなルイは現在何をしているのかというと――

「ネックレスは念のためもう一個付けとくか……いや、不自然だしそもそも動きづらいな。じゃあまあこれでいいか。待てよ、指輪は人前じゃ流石に使えないか? ……一応、念のために付けとくか」

 アクセサリーを付けたり外したり、何やら色々と準備をしていた。
 ここは訓練場にある男子更衣室。
 今回の勝負のために貸し切り状態になっているので、この場所には現在ルイしかいない。

(さて、学園最強とか言われて調子に乗ってるあの女をここで叩きのめして序列を吐かせなくちゃな。当たりでも外れでも依頼は一歩前進だろ)
 
 そう、イリーナへのあの発言の真意はその序列を聞くことにあった。
 というのもイリーナは今回の依頼において、恐らく序列一桁だろうと言われていたその人物だったのである。

(俺の知ってる時から軍属だったし、確か最後の記憶ではあいつは二十位かそこらだったような……気がする。だとすればこの三年間で一桁魔術師になっている可能性は十分あるか。まあなってなかったとしたらむしろどんだけ才能ないんだって話だが)
 
 魔術師序列は大っぴらに公開されているものではないが、高位魔術師には一部公開されている。ルイがかつてのイリーナの序列を知っているのもその関係だった。
 
 動きやすい服装に着替え終わったルイは、最後に錠剤の入った小さなケースを手に取る。
 思い出すのはアリエスに耳にタコができるほど言われた注意事項。
 
『薬の効果時間は三十分。と言っても切れかかってきたら効果もどんどん薄くなって、それと共に反動、つまり身体の異常な倦怠感がくるからね。当然、一回効果が切れたらもうまともに動けないよ』

『一度に二個の摂取は絶対にしないこと。まず間違いなく死ぬから。もしかしたら一個の時より効果が強く出るかもしれないけど、絶対にしないように』
 
『体調が悪いときは服用しちゃダメだよ。身体に相当な負荷をかけて増強してるんだから、元の状態が悪かったら服用した瞬間ぽっくり死ぬかもしれないからね』
 
 ルイは別に命を無駄にしたいわけではない。
 とんでもない自己愛の持ち主なので、基本的には自分の強さへの評価が秤にかかる状況じゃない限り、保身を第一に考えている。
 
 だから命に関わるというその注意事項をないがしろにするつもりはないのだが、現在のルイはその三つ目に見事引っかかっていた。

「……正直全く体調良くないんだよな。うわー、大丈夫かなこれ。飲んだ瞬間死んだりしたらマジでシャレにならないぞ」
 
 そんな心配をするルイだが、これを使わずに勝つのはまず不可能だ。
 自分の命を取るか、勝負で恥をかくかという天秤は本当に一瞬の逡巡でプライドの方に傾いた。
そして錠剤を一つ口に放り込む。
 
 十数秒待っても何も起こらず、沸々と身体にみなぎってくる力を確認したルイはニヤリと笑った。

(さっすが神に愛された男! これは今回の勝負も一瞬で片が尽きそうだぜ!)
 
 上機嫌のまま更衣室を出たルイは、訓練場のアリーナへと続く廊下を早足で歩いて行く。
 よもや一対一の戦いで三十分も取られることはないだろうが、時間は無駄にしないに越したことはない。

 そう思って進んでいくと、出口近くに見知った人物が立っているのに気が付いた。
 
 うわぁ……、と小声で呟きながらも無視するわけには行かずルイは声をかける。

「そんなところでどうしたんですか、コスモスさん(もうこいつストーカーだろ。誰かしょっぴけよマジで)」
「ルイさん……」

 コスモスは思いつめたような顔で言う。
 
「この試合、今からでもやめましょう。いくらなんでも危険すぎます」
「……危険は承知しています。でもやめませんよ。それに、フィールド全体には回復術式がありますから命に関わることはありません」
「イリーナ会長は並みの魔術師じゃありません! 回復術式だって絶対の保証がありわけでもないです。お願いします、棄権してください。もしルイさんが死んだりしたら、私……」

 そしてポロポロと泣き出すコスモス。
 それを見たルイは……ただただドン引きしていた。

(や、やばすぎだろこの女! え? だってお前と会ったのってつい昨日じゃん。どういうこと? 確かに俺は超絶イケメンでさらにこいつの好意を誘導したきらいはあるけど、いくらなんでもこれは…………もう最早、怖い!)

 悪態を付くでもなく割とマジでビビっているルイ。
 とても優しい心根を持った子で、だからこそ人一倍ルイを心配している……という解釈も流石に無理がある。
 いくらなんでも本人の前で涙を流すというのは、家族か恋人か、余程長い付き合いの友人くらいなものだろう。
 
 垣間見えたコスモスの闇に恐れおののくルイは、とりあえずあんまり刺激しないようにとっととこの場を去ろうと決めた。

「え、えーっと、心配しなくても僕は絶対に負けないので大丈夫ですよ。では!」
「ダメですっ!」

 そう言ってコスモスを通り過ぎようとしたが、腕をガシッと掴まれる。
 いつもの気弱な少女といったコスモスからは考えられないほどの力。

(ひいいいいい! マジでヤバいよこいつ! くっ、かくなる上は――!)
 
「コスモス」
「え? あ……こ、この手は離しませんよ」
「お兄ちゃんの言うことが聞けないの?」
「ひゅっ!? あ、や、えと……私……」
「コスモスは俺のことを信じて送り出してくれると思ってたんだけどなあ……そうやってずっと駄々こねてたらちょっと嫌いになっちゃうかも」
「えっ、あ、あ……あの、その……」

 入学式以降持ち出していなかった兄妹のくだりを突然ぶち込まれ、加えて嫌いになるというワードを連続コンボでたたき込まれたコスモスは完全に混乱していた。
 そこでルイがとどめとばかりにギュッと抱き寄せ、耳元で囁く。

「(光れ! 俺のイケメンパワーよ!)大丈夫、大切な妹が待っていてくれるんだから俺は必ず勝ってくるよ」
「あっ……あぁ……はうぅぅ……」
「(よし、ここだっ!)

 力が緩んだところでサッと腕を抜き、ダッシュでアリーナの方へ駆けていく。
 後ろから「お兄ちゃん!」と叫ぶ声がしたがもう無視である。

(あー怖、ホントヤバいやつだったなあいつ。入学式で声かけたのは完全に失敗だったか。
 距離置こうにも今更どうしようもない感じになってるし、これはどうにか上手くやっていくしかないな……まあなんとかなるだろ、俺のイケメン力をもってすれば)

 さっきあんなにビビってたくせにどうしてこんなに楽観的になれるのだろうか。
 まさに喉元過ぎればなんとやら、である。

 そうしてコスモスの魔の手を振り切って辿り着いた訓練場アリーナ。
そこには既にイリーナが腕を組んで待っていた。

「ちゃんと逃げずに来たようね! 遅かったからてっきり怖くなって逃げたしたのかと思ってたわ!」
 
 わざとらしい笑い声を上げるイリーナ。
 やっすいやっすい挑発である。
 こんなのでわざわざ腹を立てる人もいないだろう。

(はあああああ!? 怖くなって逃げただと!? てめーの方に一生消えない恐怖刻んだろか? ああん!?)

 ……まあ時にはこういう例外もいる。
 
「じゃあ、さっそく始めましょうか。先手は譲ってあげるわ。この距離であたしが魔術使ったらそれで終わる可能性もあるし」
「……いえいえ、レディファーストですよ。先輩から先にどうぞ。魔術を使われても別に不都合はないので」
「ふーん、ま、どうなっても知らないわよ」
 
 不都合はないというルイの発言にピクリと表情を動かし、顔を戦闘用の真剣なものに変えるイリーナ。
 右手をゆっくりルイに向けてかざす。
 
「避けなきゃ、身体消し飛ぶからね」

 闘いの始まり。
 その合図として、ルイの身体の半分はある大きさの魔力弾が放たれたのだった。



闘い前の準備でこんな長くするつもりはなかったのですが……


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闘争を望む者①

 最初は、ちょっとした興味からだった。

 
 昨晩、イリーナは自室で、生徒会副会長であり友人でもあるエミリエと会話をしていた。
 
 入学初日では特に生徒会の仕事について話す必要もなく、二人で他愛もない話をしていた時、ふと思い出したようにエミリエが口に出したのだ。

「そう言えば、魔力無しで入学して来た一年が高等部にいるらしいぞ」
「はあ? 意味わかんない。魔術学園に魔力無い奴がどうやって入るのよ」
「それがな……『ギルド』からの強い推薦で入ったらしい。今までにない特例だな」

 イリーナはその単語を聞いて眉を顰める。
 
 『ギルド』。
 行商ギルド、農業ギルド、そんな風に分野ごとの組合という意味合いで使われるギルドとは違い、ただ『ギルド』とそう呼ばれる組織。
 
 その実態の全容を把握している者はいないが、一番分かりやすく組員が露出する仕事が『商人の護衛』だ。
 壁から壁間の町の移動をする時は護衛は必要で、かと言って軍に要請するわけにもいかない、そんな時に『ギルド』に依頼して護衛をしてもらうことになる。

 ここまで聞くと単なる傭兵稼業のようにも思われるが、暗殺を請け負ってるという話もある。
噂では元二桁魔術師が組員にいるらしい、との話も。
 また、そもそも本部と言えるような建物が存在しておらず、普通の人が気軽に依頼をできるわけでもない。

 まあとかく謎の多い組織なのだ。
 そんなギルドからの突然の推薦入学。
 どう考えても裏があるようにしか思えなかった。

 考え込むイリーナに、エミリエは笑いながら声をかけた。

「まあ、大きな枠組みのことは私たちが今考えてもしょうがないことさ。
 それより面白いのがその一年生自身のことなんだが……」
「なによ?」
「どうやら自分は魔術師にも勝てると豪語したらしい。実際に勝ってきたとも言っていたと」
「…………はあ?」

 イリーナは目をまん丸くしてエミリエを見つめる。
 
 魔術師に、非魔術師が勝てる?
 それも魔力を持たない人間が?
 そんなことは……

「ありえないわ」
「まあそう思うよな、普通」

 そう、ありえない。
 それはイリーナ自身厳しい訓練を積んできた中で実感していること。
 魔力で身体強化している時とそうでない時では最早天と地ほどの差があるのだ。
 今や学園最強と謳われている自分ですら、魔術を一切使わずに戦えば学園最下位にだって負けてしまうだろうと思う。
 
 馬鹿げた妄想。
 ただの虚言だ。
 そう片づけてしまえば簡単だったのだが、イリーナはいかんせんその一年生に興味が湧いた。
 
 自分以外の全員が魔術師、それを分かった上で魔力無しだと公表し魔術師に勝てると言い放つ。
 少なくとも並大抵の精神ではないだろう。
 虚言にしても中々面白いやつだし、もし本当だとしたら確かめてみたい。
 
 脳筋気質のイリーナはもうその時点で勝負を挑む気満々で、しかし経験則からすると、この厳格な副会長が止めるだろうと思っていた。
 が、意外にもエミリエは後押しをしてくれた。

「むしろお前がやった方がいいんだよ。その発言がただの嘘だった場合のことは除いて考えよう。多分その彼は、今あんまりよくない状況だ。きっと遅からず面倒な貴族に喧嘩を吹っ掛けられる未来が容易に見える。
 もしその一年の実力が本物なのであればそれを示す場を作った方が良い、なるだけ早く、そして対戦相手はなるだけ強く。
 となると生徒会長であるお前が適任だよ、イリーナ」

 なるほど、と素直に思う。
 生徒会の頭脳担当、というより書類担当なだけあって、自分では及ばない思考でもってアイディアをだしてくれるエミリエはやはり自分に必要な人材だ。
 
 で、そうなれば善は急げと言いまして。
 イリーナは翌日の朝、授業が始まる前にルイとの接触を図ることに決めた。
 
 一年一組にいるその人物はすぐに分かった。
 魔力無しだから魔力探知を行えば一発で分かるのだが、そうする必要もなく分かったのだ。
 エミリエの「その一年生、すさまじいほどの美形らしいぞ」という言葉通り、なるほどこれは……カッコいい。
 イリーナもつい当人の前でこぼしてしまうくらいには、そのルイという少年の容姿は恐ろしく整っていた。
 
 さらに実際に言葉を交わしてみて。
 優しそうな声や言葉遣い、恥ずかしげもなくサラリと女性を褒めるところなど、自分より年下だとは思えないほど大人びた人物だとイリーナはそう判断した。
 ……いや、判断とは言ったがそれは後から考えて思ったことで、その場のイリーナはルイの褒め殺しに見事やられてしまっていたわけだが。
 
 まあなんやかんやでイリーナは一対一の勝負を申し込み、ルイはそれを何の気負いもなく受けた。
 相当な自信があるのだ、と思う。
 そこまでのやり取りからルイが理性的な人物だと分かっているイリーナは、ただの虚言であるという線はもう捨てていた。
 
 とはいえ、魔術の使えない相手と戦って自分が苦戦する……あまつさえ負けるなんていう想像は全く付かなかった。
 驕りではなく自分をそこに置き換えても全く魔術師に勝てる道筋が浮かばないのだ。
 
 だから、イリーナは興味を抱く。
 好奇心を抱く。
 知りたい、と思う。

 ルイという少年の力を、知りたい。
 



「避けなきゃ、身体消し飛ぶからね」 
 
 そう言って放った魔力弾。
 
 売り言葉に買い言葉でつい威力を込めてしまった、当たれば自動回復術式をもってしても重傷は防げないそれを――

 ――ルイはただ、ナイフで斬った。

「……は?」

 間の抜けた声が漏れる。
 
 一瞬にしてあの大きさの魔力弾が消えた。
 いや、大きさは関係ない。
 魔力弾が消えた、この消えたという事実がイリーナに衝撃を与えた。

「あんた、今なにやったの……?」
「流石に当たったら危ないので消させていただきました。このナイフ、特別製なんです」

 やはり、ただ斬ったわけじゃない。
 明確に消すという意思を持って斬ったのだ。
 それはつまり、魔力を霧散させる方法を相手が知っているということ。
 確証はないがその可能性がイリーナの頭に浮かぶ。

(これは……ひょっとするとヤバい奴かもしれないわね)


 一気にルイに対する警戒度を引き上げるイリーナ。

「……じゃあ、こういうのはどうかしらっ!」

 そう言って連続で魔力弾を放つ。
 先のモノより大きさはないものの、それを補うかのような圧倒的な分量がルイに向かっていった。
 
 しかしその全てを、ルイは難なく切り裂き消滅させた。
 その場から一歩も動くことなく、だ。
 
「これで、終わりです?」
「舐めんなっての!」
 
 間髪入れず次は火魔術簡略術式を使って炎をルイへと直線で撃ち放った。
 
 それをルイは――避けた。
 ここまで全てナイフで対処してきた男が身を躱した。

(これは避けた……何故? 全てを消せるわけではないっていうこと? それとも……)

 思考を始めようとするイリーナ。
 だがここでルイが初めてまともな構えをとる。
 そして、

「十分、先輩に先手は譲りましたよね。じゃあ次は僕の番ということで」

 地面を蹴ってイリーナの方へ駆けだしてきた。
 
「は、早っ! 嘘でしょ!?」

 爆発的に自分の距離を詰めてくるルイに驚きの声をあげる。
 魔力を使わずにここまでの速さが出せるものなのか。
 
 驚きと感心が半々。
 しかしただで接近させるつもりはないイリーナは、右手で魔力弾を撃ちながら、左腕に刻んだ簡易術式を発動させる。

 土系魔術式十九番『地の掌握』。
 自分で指定した範囲の地面に対して自分の指定したような変化を起こすことが出来るという魔術の、簡略版だ。
 出来ることは狭まるが対人戦闘で長々と術式構築する時間はなく、しかも足止めという意味ならばこれで十分だった。

 イリーナは自分の正面、今ルイが迫ってきている場所に広く座標を指定する。
 地面から複数の柱のような隆起を発生させてルイのバランスを崩させる目論見だった。
 
 
 そして術式を行使する、その寸前で――――ルイは指定範囲から飛びのいた。

「は、はあ!?」

 一秒ほど後、イリーナの魔術によって広くフィールドが隆起する。
 だがそこには既にターゲットはいない。
 
 イリーナは混乱していた。

 ありえないことだ。
 魔術を使う寸前で飛びのいて避けるだなんて、こちらが術式を発動させるタイミングを知っていなければ出来ない。
 早すぎれば術式の発動は止めるし、指定範囲も変えればよかっただけのこと。

 自分の全てを読んでいるかのような行動。
 読心術にでも長けているのか……確かにそういう雰囲気はあったと思い返すイリーナ。
 そうでなければあとは――

(未来が見える、とか)

 バカバカしい、とその考えを振り払う。
 そんな能力があるわけないし、よしんば自分の知らない魔術であったとしても相手は魔力無しの非魔術師なのだ。
 
 だが結果としてルイは見事にイリーナの魔術を避けている。
 悠然と立ちながらこちらに向けニッコリとほほ笑むルイが、なぜか少し怖く見えた。
 
 数秒の硬直の後、先に動いたのはルイだった。

「させないわ!」

 地面から棘のような土の塊を一気に突き出すが、またしても避けられる。
 それを読んでいたイリーナは、ルイが飛んだ方へと魔力弾の追撃を放つ……が、これも全て捌かれた。

 そのまま地面を爆発的に蹴りこちらへ接近しようとしてくるルイを何とか止めようと様々な魔術を発動させるがその全てを回避される。
 このフィールド全てを使うような、それこそイリーナが普段の魔物殲滅で使うような広範囲魔術を行使すれば絶対に逃れられない。
 だがそれには術式構築のための時間が必要であり、そんな時間を与えてしまっては最早一瞬にして懐に来られてしまう。

(くっ! なんで全く当たんないのよむかつく!)
 
 今までに経験のない事態にイリーナは段々と精彩を欠いてきていた。
 間断なく魔術を撃ち続けてこちらに近づけないようにはしているものの、ルイには全く当たらず着実に距離はをめてきている。
 様子を見るにスタミナ切れも期待できそうにない。
 
 そんな焦りがイリーナのミスを呼んだ。
 指定範囲を少し狭く、『地の掌握』を発動してしまった。
 予定ではもっとルイを遠くに飛びのかせるはずであったのに、ルイはかなり近くに着地し、そのまま最短距離で自分に突っ込んできた。

 さらに焦って魔力弾を闇雲に放つもルイの前ではすべてが霧散。そしてとうとう、

「ようやく僕の距離です」
 
 懐に入られてしまった。
 
 間髪入れずに飛んでくる鋭い蹴りを、なんとか身体をひねって躱す。
 だがそれを分かっていたかの如く蹴りは伸ばし切らぬまま引っ込め、そのまま回し蹴りを放ってきた。
 避けるすべのないイリーナは腕でガードして衝撃と共に後ろに飛んで距離を取る。

(もうっ、接近戦はそんな得意じゃないんだってば! っていうかやっぱこいつ……)
 
 思考する暇もない。
 なんとか距離を離そうとするイリーナの思惑などお見通しとばかりに、グンと距離を詰められる。
 そして繰り出される拳を避けようとしたイリーナの――その体勢を待っていたとばかりに腕を掴まれそのまま一本背負いで地面に叩きつけられた。

「いったぁ……」
 
 背中への痛みにうめく間もない、身体に当たるヒヤリとした冷たい感触に意識は向く。
 首元に添えられたのは真っ黒なナイフの刃先だ。

 見上げるとルイが笑顔でイリーナを見下ろしていた。

「僕の勝ちということでいいですかね?」
 
 一瞬の間。
 そしてイリーナもニッコリと笑って答える。
 

「ダメ」
 
 同時に、凄まじいまでの爆風が二人の間に巻き起こった。


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闘争を望む者②

ホントはルイの視点で書こうかとも思ったんですが、まだルイの戦闘の秘密について書いてないのでとりあえずはイリーナ視点で終わらせます。


 会場は、静まり返っていた。
 イリーナが風魔術でルイを吹き飛ばしたその瞬間も歓声が上がるようなことはない。
 生徒会長であるイリーナが魔力を持たぬ生意気な新入生を打ちのめす。そんな光景を描いていた者たちは皆一様に、この状況への反応に困っているようだった。

「こらイリーナ! 今のはもう勝負あっただろう!」

 イリーナが後方へと吹き飛んでいくルイを見送っていると、頭上からエミリエの声が聞こえてきた。

「まだ負けてないわ! だってあたし、参ったも何も言ってないもの! 本当に勝負を決めるつもりだったならあそこでとどめを刺すべきよ」
「……はあ。全くお前ってやつは本当に……」

 呆れたように額に手を当てるエミリエ。
 自分で言っていても滅茶苦茶なのは分かっている。
 この回復術式は基本的に魔術攻撃を想定しているので、ある程度の打撃ならともかくナイフで、しかも首を斬るなんてことをしたら術式発動の前に死ぬかもしれない。
 だからあの場でのルイの寸止めは間違っていないし、イリーナは負けとみなされるのが普通ではある。

 だが、ここで終わらせたくないという思いがイリーナの中には強くあった。

(なんとなくあいつの戦い方が分かって来たところなのに……こんなんで終わりなんて冗談じゃないわ!)

 結局のところイリーナが脳筋で、ただただ純粋に闘争を望んでいるということなのだが、当のルイにとってはたまったものではないだろう。
 勝負ありだと思ったところに魔術をぶちかまされたわけなのだから。

「まあ、派手に飛んだみたいだけど実際はただ強めの風当てただけだし、どうやらあたしが風魔術使うことも分かってたみたいだしね。
 ギリギリで後ろに飛びのこうとしていたのはちゃんと見てたわよ」

 地面に着地したルイに向かってそう言い放つ。
 ここまで涼し気な顔か笑顔しか浮かべていなかったルイだったが、今は流石に不満そうな表情を滲ませていた。

「……今の先輩のやつがありだったら、僕はもう勝てないことになるんですが」
「さっきのは流石に悪いと思ってるわよ。あれはもうしないから、仕切り直しってことでもう一回やり直しましょう!」
「…………分かりました」

 不満はあるが渋々といった感じでルイがまた戦闘の構えを取る。
 それを見てイリーナは笑顔を浮かべた。

(まあこいつの実力を生徒たちに見せるっていう本来の目的は十分以上に果たしてるわけだし、あとはぶっちゃけ自由にやってもいいわよね。ふふふっ、楽しみだわ! 
いつもは魔術を撃ちあうだけの対人戦。だけど、魔術を使えないやつを相手にしてこんなワクワク出来るなんてね)

 ルイとの接近戦を通じて、イリーナは自分の未熟さを痛感していた。
 国家魔術師として魔物と戦う時も、魔術師同士の対人戦闘の時も、結局は遠距離からの魔術攻撃が中心となる。
 だから必然的に近接での格闘経験が浅くなってしまっていたのは事実だ。
 それがまさに、先ほどルイに懐へと入られてから手も足も出なかったことに現れている。

 どうやら相手は何かしらの『先を読む力』を持っているらしいが、しかしそんなのは自分が成す術もなくやられていい理由にはならない。
 投げ技を決められたその時だって、瞬時に魔術を発動させることは出来たはずだった。
 何の反応も出来なかったのは、ひとえに学園最強などという地位に甘んじた怠慢が招いた結果である。

(だからまあ、明日から近接格闘の訓練をしっかりやるのは当然だけどそれはそれ。
 とりあえず今は手持ちのカードであいつと戦わなくちゃいけない。
 つまり遠距離からの魔術、これで勝負する必要がある)

 さしあたってはあのとてつもない先読みと反射神経をどうにかしなければならない。

「じゃあ――行きますね」

 ルイがゆらりと動き出し、その初動からは考えられない爆発力で地面を蹴る。
 そんな相手に対してイリーナは瞬時に魔術を発動させた――地面に向かって。

 瞬間巻き起こる砂塵。
 土埃が空中には舞い、二人の間の視界を煙で覆った。

 そのまま魔術を発動させつつ、イリーナは場所を移動する。
 フィールドに対して円を描くように動くとドンドン空間は土埃で満たされていき、ついには観客からも二人の姿が見えなくなった。

 イリーナが使ったのは土魔術と風魔術。
 粗く砂ぼこりの立ちにくい地面の性質を変えて細かい砂にし、そこに風を起こすことで砂塵を起こした。
 何故こんなことをしたのかというと、イリーナはルイの不可解な先読みについてある推測を立てていたのだ。

(あいつのアレが技術的な先読みか、それとも魔術でもない別の能力なのかは分からない。 
 だけど恐らくあいつは、『見る』ことによってそれを発揮しているはず。だから視界を塞げば……)

 こうすれば魔術を使えないルイは、視界に関係なく使える能力でも持っていない限りはその足でイリーナを探さなければいけない。
 遠距離の攻撃手段を持たないルイにとってこれはよくない状況のはずだ。

 一つ問題があるとすれば、イリーナもルイの位置が確認できないことである。
 本来魔術師同士ならば、お互いの魔力を探知することで位置は把握できる。
 だがルイは魔力を持っていない。
 探知には引っかからず、イリーナも視界が悪いという条件では結局相手を見失っているという点では同じだった。

 だが――

(あたしには、これがある)

 魔術を構築していく。
 腕に刻んでいる簡易のものではなく、一から術式を作り上げる。

 火系魔術式二十番『爆焔』。
 高エネルギーの火球を爆発させて衝撃と熱風を広範囲に至らせる魔術だ。
 これならばこの位置からでもフィールド全体に届く、つまりルイが何処にいても当たるはずである。

「自動回復もあるし死なないとは思うけど……結構痛いから覚悟しなさい」

 そして術式を発動させる。
 手をかざすイリーナの正面に生まれたのはとてつもない熱量と光を持った火の球。

 その圧倒的な熱量に流石にルイも気づいたのか、ものすごい速さで地を駆けてくる音が聞こえた。
 だがイリーナは焦らずに魔術を行使した。

「相当強かったわよ、ルイ。場所が違ったら本気で負けてたかも。じゃあ――これでおしまいっ!」

 そして爆発する高エネルギー弾。
 それは凄まじい熱と光、轟音、そして衝撃をこの訓練場全体にもたらした。

 さっきまで舞っていた土埃も一緒に吹き飛ばしてしまうほどの爆発だ。
 当然、その場所に立っていた人間が無事でいられるわけがない。
 回復術式が発動して、恐らく今は気絶状態になっているだろう。

 土が焼けた後に立ち上る白い煙と名残のように舞う土埃を視界に収めながら、イリーナはそんなことを考えていた。


 

 ――――だからこそ、その煙の中からルイが飛び出てきたのは全く不意打ちだった。




「えっ、ちょ、嘘っ!?」

 見たことのない殺気走った眼をしたルイがナイフを振り上げて飛びかかってくる。

 それへの恐怖と反射が半々で、イリーナはまともに思考する暇もないまま『爆焔』の簡易術式を起動させて目の前のルイにぶつける。
 通常魔術を起動する際に自己を守る防御術式さえ使わぬままに。

 当然、この至近距離で爆発が起こればその被害は両者ともにいき……

 二度目の爆発の後、フィールドの壁に叩きつけられるようにしてイリーナが。
 フィールド中央に大の字になってルイが。
 それぞれ気絶した状態で倒れた。


 こうして、ひょんなことから始まった二人の勝負は、互いの気絶によって引き分けと言う形に終わったのだった。

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過去、そして今①

 目を覚ます。
 
 視界に映るのは空ではなく天井。
 どうやらここは外ではないらしい。
 
 ぼんやりとした頭のまま身体を起こすと、部屋の奥で椅子に座っていた少女がそれに気づき笑顔を浮かべた。
 
「あ、起きた。大丈夫? 意識はしっかりしてるかな?」
「……ここは」
「ここはアリエスのお店兼、お家だよ。
 身体にどでかい穴が空いて死にかけだった君を、アリエスがここまで運んで来たのさ。ちゃんと覚えてる? アルト・フィーレンス君」

 未だ覚醒しきらない頭。
 思考しようにもまとまらない。

 だが、目の前のアリエスと名乗る少女が口に出した名前にはとても馴染みがあった。
 アルト・フィーレンス。
 それは誰の名前だっただろうか。それは――
 
「……俺の、名前」

 それを認識した瞬間、一気にアルトの意識が覚醒した。

(そうだ! あのゴミカスクソドブネズミ野郎はどうした!? こ、殺さないと! あいつを殺さないと! あいつは絶対に酷い殺し方をしないとダメだ! 俺にあれだけのことをしたんだぞ……ぐっちゃぐちゃでみっちゃみちゃの死体にしてやる……!)


「おーい、めちゃくちゃ殺気漏れてるよー」

 苦笑混じりのその声に、アルトはようやくその少女をちゃんと認識した。

「(ん? なんだこのガキ)君は……? そしてこれはどういう状況なんだ?」
「わたしはアリエス! で、さっきも言ったけどここはアリエスのお店兼お家。
 死にかけだったアルトをアリエスが治したんだけど、血流しすぎたのか三日間も目覚まさなくてねー。とりあえず無事で一安心って感じ」
「そうか。未だ全てを把握できたわけではないが、君が俺を助けてくれたのだろうことは分かった。ありがとう、アリエス(うっわ、こいつ自分の事名前で呼んじゃう系のやつかよ……地雷だな地雷)」
「にゃははー、そんな真面目にお礼を言われると照れますなあ。
 ま、気にしないでよ、アリエスも別にお人好しなわけじゃないんだ。たまたまアルトを助けたいと思ったから助けたんだよ」
 
 頭を下げながらクソ失礼なことを考えているアルトに対して、手を振りながら笑うアリエス。
 
 霧がかっていたいた思考はすっかり晴れ、今のアルトは持っている情報でしっかりと今の状況を把握しようとしていた。
 さっきは記憶があの忌まわしき事件と地続きだったために、溢れんばかりの殺意を放出してしまったわけだが、今はむしろ逆。
 どんな感じかというと――

(あの状況から生き残るって、やっぱ俺は世界に生かされてるな! まるで神が俺に死ぬなと言っているかのような……もはやこれは天啓かもしれんぞ)

 こんな感じで、自分の幸運っぷりにすごいウキウキしていた。
 まあ分からぬでもない。
 
 とはいえ冷静な思考のもと考えると一つの疑問が沸いてくる。
 それはアルトの最後の記憶が、谷から蹴り落とされて落下中であったことだ。
 あのままでも放置されれば助かっていたとは言い難い状況だが、谷に落ちたとなれば余程浅かったとしても普通即死である。
 
 その疑問についてはアルトが尋ねる前に、アリエスの方から話し出した。
 
「いやーでも流石にびっくりしたよー、突然上から人が降ってくるんだもん。
 アリエスがちょっと気づくの遅かったら飛び散る肉片を見ることになってたね」
「あの場所にいたのか」
「うん、本っ当にたまたま。ちょーっと素材集めのためにあそこの谷底の川を散策してたら……って感じだったから」
 
 あんな深い谷の底に素材集めって一体なんだとかまあ気になることがないでもないが、アルトはそれを特に尋ねる気も無かった。
 ひとえに自分には何の関係もないからである。
 興味もわかないし、聞く必要性も感じられなかった。
 
 ちなみに、誰にでも敬語のアルトがアリエスには使っていないのは単純に子供だからだ。
 年下……特にガキは無条件で自分より下で、敬語を使う必要もないというのがこいつのルールである。自分より身分が高い場合はその限りではないが。
 
「それで、さ」

 笑顔は浮かべたまま。
 だが表情は引き締まり、どことなく真面目な雰囲気を作ってアリエスが言った。

「アルトはどうしたい?」
「どう、とは」
「復讐してやりたいと思わないかってことだよ。アルトをああいう風にしたやつらにね」

 その言葉にアルトは怪訝な顔をする。
 
「何故――」
「知ってるかって? すぐ分かるよ。アルトは有名人だから当然顔は知ってる。だから一目見て序列一位の魔術師だってことは分かったんだけど……今見た感じだとアルト、魔力全部失ってるでしょ。そんで、ズタボロになって谷に落ちてきたことを考えれば、何があったかは大体予想がつくよ」

 当然アルトの存在を知らせたりはしない、と付け足した後にアリエスは先の言葉をもう一度言った。
 
「復讐……してやりたくない?」
 
 
 ここでアルトは考える。
 本心ではそんなこと聞かれずとも復讐するの決定だ。
 しかし――

(俺が今まで積み重ねてきたイメージ的に、間髪入れず即答するのはどうなんだろうな。
 もっとこう……それでも僕は人を恨みたくない……だけどっ! みたいな感じでやった方がなんかカッコいい気がする)

 と、自分をいかに良く見せるかということに思考を傾けているのだった。
 もう全く持って流石としか言いようがない。

 そんな風に黙っていたアルトを見て、アリエスは何を思ったのかポツリと言った。

「……すごいね、アルトは」
「(急になんだこいつ。まあ確かに俺は超絶美形で天才で最強で至高だけども)すごい? 何がだ?」
「普通はさ、信じてた人たちに裏切られたらまともじゃいられないよ。
 悲しんで、絶望して、それからどんどんと憎しみが沸いてくる。なのにアルトはすごく落ち着いてる。一瞬、ホントに一瞬だけすごい殺意を見せたけどそれだけ」

 そしてアリエスは言葉を続ける。

「でもその殺意が答えだと思うんだ。アルトはすごく理性的だから表には出していないけど、確かに憎しみの気持ちはある。
 だったら、復讐してやりたいという気持ちだってあるはず」

 そうでしょう? と問いかけるような目で見つめる。
 だがアルトはそれにイラっときていた。

(ちっ、言われなくても復讐はするつもりだっつの。見透かしたようなこと言ってんじゃねーぞクソガキ。あーなんか人に言われるとやりたくなくなってくるわー)

 こいつはどんだけ天邪鬼なのだろう。
 今やろうと思ってたのに! という子供の論理まんまである。
 いや確かに十三歳はまだ子供だが。

 というより、アリエスがここまで自分に復讐をさせようとしてくるのが謎だった。
 どうしてそんなにも復讐したいという言質を取りたいのだろうか、とアルトは警戒を強める。
 そもそも、アルトの致命傷を直せる時点でこの少女が普通以上の魔術師であることは間違いないのだ。

 だが、裏を知っている国家魔術師ならば自分を助けた理由もわからない。
 未だ身体もまともに動くとは言えないこの状況では、結局アルトは素直に話すことによって様子をみることしかできないのだった。

 そう決めたアルトは出来る限り重々しい表情、口調を作って話し出す。

「そうだな……俺も正直に話そう。
自慢じゃないが、俺は今まで人を憎んだことなんてなかった。
 人に優しくするのが当然だと思っていたし、そしてそうした人たちからは同じだけ優しさが返ってきた」

 正直に言うと言った側から大嘘である。
 
「……うん。アルトがどれだけ優しい人かっていうのは聞いた話だけでもよく分かるよ」
「でも、それが崩れた。
 俺が魔術を使えなくなった途端に掌を返すやつらばかりだった。
 俺の価値は魔術師である俺にしかないのかと悲しんだ。殺されかけるという理不尽さに怒りを覚えたりもした。
 だけど……こんな風になっても俺はまだ、人を憎みきることが出来ないんだ……!(よし、ここら辺で涙流しとくか)」
 
 アルト君、オンステージ。
 ここまで思っても無いことをペラペラとよく言えるものである。
 というか涙腺を自由自在に操るってこいつはどういう身体の構造をしているのだろう。
 
 だが、そんな大層な演技プラス嘘泣きにまんまと騙されたのか、アリエスは悲痛な表情でアルトを見ている。

「……ごめんね、嫌なことを言わせちゃって。一旦この話はやめよっか、ね?」
「いや、聞いてくれアリエス。
 俺はもうアルト・フィーレンスとして生きることはできない。死に損なった俺はこれから全くの別人として生きて行くしかないんだ。
 だけど、こんなごちゃごちゃした感情や、今まで積み重ねてきたアルトとしての思い出がこれからずっと俺の足を引っ張っていくだろう」

 そしてアルトはベッドから降りる。
 一瞬ふらついてしまいアリエスが駆け寄ろうとするが、なんとか踏ん張り両の足で立ち上がった。

「だから――断ち切らなくちゃならない。
 今までの俺を。思い出を。悲しみも憎しみも、全てを断ち切らなくちゃ俺は新しい俺として生きられない」

 ゆっくりと歩いて、アリエスの下まで行く。
 そして正面から向き合って言った。

「そのために、俺は復讐をするよ。ただの憎しみじゃない、きっちりけじめをつけるために。俺が……俺であるために(うおおおおおお! 俺かっけええええええええええ! こんなんかっこよすぎるだろおい!)」

 内心のせいですべてが台無しだ。
 それでもクソ真面目な顔を保ったままなのはすごい。

「……そっか。うん、なんか言葉を交わしてアルトっていう人がちゃんと分かった気がする。
 本当に、どこまでも真っ白な心を持った人なんだね」

 少女よ、全く分かっていないぞ。
 まあこれだけ外と内が別人な化け物の前では、普通の洞察力など無意味なのは仕方がないだろう。

 一瞬自嘲気味に笑ったアリエスは、しかしどこか晴れ晴れとした表情で言葉を続ける。
 
「ねえ、アルト。アリエスがその復讐、手伝ったげる」
「手伝う?」
「うん、手伝う。復讐に必要なモノはお金、人脈、色々とあるけどやっぱり当人の力だよ。でも魔力を失った今のアルトにはそれが圧倒的に足りてない」
「(上から目線でなんだこのガキ!? クソクソクソクソ! 馬鹿にしやがって!)……そうだな」
 
 事実を言われただけなのに怒り大爆発。
 心が真っ白とか評された人物の中身はこんなゴミみたいなものだった。

「だからね、アリエスがアルトに力をあげるよ。魔術師にも負けないくらいの力を」

(え、マジ? こいつ良い奴じゃん)
 
 掌くるっくるである。
 こんな単純でいいのか。
 
 それはどういうことだ? と問いかけるように向けたアルトの視線に、アリエスはクスッと笑い、そして言った。

「『魔眼』って……知ってる?」


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