【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話 (気力♪)
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転生者を襲う倍率300倍の恐怖ッ!
売られてから今まで


倍率300倍とか言う狂気、なんで転生者はみんな雄英に受験しようとするのだろうか、不思議でならないです。


繁華街にあるテナントビルの3階、財前ヒプノセラピーサロン。

そこの経営には、古きから日本を蝕んでいた者たち、ヤクザ者が絡んでいた。

そんなダーティなヒプノセラピーサロンに、年端もいかぬ少年が一人。その少年の名は団扇巡(うちはメグル)、この世界「僕のヒーローアカデミア」を原作とする世界に生まれてきてしまった転生者だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

マジックミラーでセラピーを受けている人を監視している施術所兼待機室にて、8歳の少年と30過ぎのオッサンが駄弁っていた。

 

「なぁオッサン、今良いか?」

「なんだクソガキ、ちゃんと仕事はしたんだろうな?」

「そりゃ当然、あっちのマジックミラー見ればわかるだろ?お客は今アヘ顔さらしてトリップしてるよ。」

「本当だな。あんな情け無い顔を晒すって、一体どんな幻を見ているんだか。」

「オッサンも見てみるか?俺の幻を。案外病みつきになるかも知れないぜ?」

「バーカ、そうして俺がアヘ顔晒している隙に逃げ出そうって算段だろ?何のためにお前みたいなガキを監視してると思っているんだ。お前を逃がさないためだぞ?まぁ、今のところそんな素振りを全く見せないお前は不気味っちゃ不気味なんだがな。」

「...多分だけどさ、俺はここから逃げ出す事なら簡単にできる。そういうの得意な個性だし。でもさ、ここから逃げ出した先が、ここより良い場所だって言う保証はない訳じゃん?なら今のところはここで満足しても良いかなって思ってる訳よ。」

「お前自分の立場わかってるのか?売られたんだぞ、実の親に。」

「オッサンこそわかってんの?俺、戸籍無いから学校行けて無いレベルのド底辺だよ?それがちょっと個性使って仕事するだけで衣食住保証してくれる上にドリル買って貰う程度のもんだけど、勉強だってできる。売られた事で生活レベルがむしろ向上してるんだよ?どうして嫌がれと。」

「コイツ売られた事を欠片も気にしていないッ!どんな育ち方したんだこの8歳は⁉︎」

「ネグレクトとかあったんだよ。まぁ、原因が俺の頭が変だからってのは間違いないけどな。」

「...お前は確かに変な奴だ。だが、俺はお前の頭がおかしいとまでは思っちゃいねぇよ。ちょっと他人より大人になるのが早いだけのガキだよ、お前は。」

「...ありがと。オッサンってヤクザ者の癖に微妙に良い人だよなー。」

「ほっとけクソガキ。そういや何か話しがあるんじゃなかったか?」

「そうでした。でも話し込む前にお客を確認。アヘ顔よーし。」

 

少年はコホンと咳払いをした。

 

「オッサン。俺はここに勤め始めてもう一ヶ月になります。」

「そうだな。お前の個性のお陰でうちのサロンの評判はうなぎのぼりだ。全く、金のなる木だぜお前は。」

「そこで気づいた事があります。」

「気づいた事?なんだ、言ってみろ。」

「俺、禿げ散らかしたオッサンのアヘ顔しか作れていません。美人なOLさんとか来ないんですか?このサロン。美女のアヘ顔作るためならいつもの1.5倍くらい頑張っても良いと思っているのに。」

「はぁ、そんな事か。あのなぁクソガキ、ウチみたいな社会の法を破ってるサロンに女性客が来ると思うか?まともな危機管理能力を持ってる奴ならこんな催眠療法なんて胡散臭いサロンに来るかっての。」

「えー、一度でも無いんですか?女性客来たの。」

「いや、来たことはあるぜ。まぁこんな催眠療法なんぞに頼りに来る程度の女だ。そんなレベルは高くないどころかむしろ低いぜ?ちゃんと化粧してるのか疑うレベルの奴らばっかりだ。」

「それでもオッサンのアヘ顔作るよか大分マシだと思うんですけどねー。正直SAN値チェックものですよ?オッサンのアヘ顔って。しかも個性の関係上どうしても正面から見る羽目になる訳ですし。なんか解決策ないですかねー。」

「そんなものは無い。お前の個性は目を合わせて発動するタイプだ。諦めろ。少なくとも俺の頭じゃ思いつかん。お前はオッサンのアヘ顔を見る運命なんだよ。」

「そんな運命嫌だ...というかオッサン運命とか見れる個性なの?だったら割としっかり見て欲しいんだけど、ちょっと思っただけでも俺の運勢駄目すぎる事が多すぎじゃね?」

「そんな便利な個性な奴がヤクザなんかするかよ。自営業で占い屋でも開くわ。」

「俺、割と便利な個性だけどヤクザの下働きよ?個性で運命は決まらない良い例じゃん。」

「お前...まぁいいや、オッサンがアヘ顔から起きたぞー。オッサンのコースは後30分、しっかりやれよ?」

「まぁいいやって酷いなぁ、割と本気で悩んでるのに。ハイハイお仕事は頑張りますよー。」

 

その後、禿げ散らかしたオッサンはもう30分ほどアヘ顔を晒し、スッキリした表情で帰っていったとか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんな訳で俺、団扇巡はヤクザの経営するヒプノセラピーサロンで下働きをしています。監視付きで。ヒーロー助けて!と思わなくはないが、意外と環境は良いのだ、特に暴力を振るわれることは無いし。自分が個性で違法行為に及んでいる事を除けばだが。そこ、今までが底辺だったから感性狂ってるだけだろとか言わない、考えないようにしているんだから。

 

住めば都という諺がある。どんな劣悪な環境であっても、住んでしまえば割と良いところに思えてくるというアレだ。きっとそういう事なんだろう。

 

ただ、この先の未来はずっとヤクザの下働きであるという事実は変わらない。数多の物語の主人公のように、自分もヒーローになるというのは不可能だろう。

 

...なりたかったな、ヒーロー

 

この世界に生まれ直してから、ずっとテレビばっかり見ていた。

だから、ヒーローがどんなに格好良くて、華やかで、優しい仕事かは分かっている。

そんな優しい仕事に就いて、誰かを助けることができたなら自分の運命を良きものだと受け入れられる気がしたのだ。

 

そんな未来はもう来ない。今、こうして犯罪に手を染めてしまった時点で、ヒーローになる道は閉ざされた。

 

生きるために仕方がなかったと、自分の中の弱さが言う。

生きるために仕方がなかったと、自分の中の理性が言う。

生きるために仕方がなかったと、言い訳ばかりの自分が言う。

 

それでも

 

「なりたかったな、ヒーロー。」

 

その言葉を虚空に飛ばした。未練を振り切れない自分を嘲笑うかのように、その言葉は誰に届くでもなく消えていった。

少なくとも自分からは、そう見えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いつも通りの施術所、今日は珍しくオッサンの方から言葉をかけて来た。

「...なぁ、クソガキ。お前って夢とかあるのか?」

「夢ですか...お腹いっぱいプリンを食べてみたいですねー。」

「お前意外と少女趣味か。そういうのじゃなくて、なりたい職業とかだよ。なんかないのか?」

「今日は珍しくグイグイ来るね。なりたい職業つったら今がそうかも。個性を生かした仕事をしたいなーとは思ってたから。」

「そういうのじゃなくてだな、こう...駄目だ上手く言えねえ。」

 

その時、入り口の方から爆発音が響いた。

まるで、映画やドラマで見る銃声のようだった。

 

「ヤクザ経営のお店にカチコミかー。大ヒーロー時代と思っていたけど今って意外と世紀末?」

「言ってる場合かクソガキ!...俺が様子を見てくる、逃げるんじゃねぇぞ、良いな!」

「そんなに焦らなくても良いじゃん。銃声なんか起こしたんだし、すぐにヒーローがやって来るよ。」

「...酷な事を言うようで悪いが、ヒーローは来ない。いいや、呼べないんだ。呼んだらここの店の個性不法使用がバレちまう。そうなりゃこの店は終わりだ。俺たちは豚箱行きで、お前は施設行きだな。」

「詰まる所この店を守りつつ俺たちの身を守るには、今ここにいる人だけでヤクザにカチコミかけてくる拳銃持ちの強盗団を撃退する必要がある。って事?無理じゃね?オッサン確か没個性だろ、拳銃相手にどうにかできるカラテ持ってるの?」

「カラテって何だよ、言いたいことは文脈でわかるけどよ。...まぁこれでも割と鍛えている方だからな、拳銃を持っているのが一人なら何とかしてみせるさ。」

「そもそも強盗団の人数すら分かっていない件。まぁ、こんな辺鄙なところにあるサロンを襲うくらいだからそんなに人数はいない筈。

こっちも拳銃とか持ち出せば撃退は容易にできるのでは?」

「あのなぁ、こんな辺鄙なところにあるサロンに拳銃なんて高級品が配備してあると思うか?そもそも襲われる事をまだ想定してねぇよ。まだ売り出し中だぞこの店は。」

「防犯意識低いねーヤクザの店の癖に。」

 

その時だった、外からパトカーのサイレン音が鳴り響いて来た。

 

「ヒーローは来ないんじゃ無かったの?オッサン。」

「クソッ、一般人からの通報だろうさ。ほっとけばレジの金だけで満足して帰ったモノをッ!間違いない、籠城事件になるぞ!」

 

その時、ゲストルームの扉を開いた拳銃を持った男がマジックミラー越しに見えた。

 

「強盗団さん達、家探し始めましたね。どうします?この部屋の扉わかりにくいですし、黙ってれば何事も無く終わるかもしれませんよ?この事件。」

「駄目だ。この地区の担当ヒーローはブレイクスルー、壁抜けを個性とするヒーローだ。多分事件と分かればすぐに突入してくるはずだ。

でも、ブレイクスルーはそんなに戦闘力の高いヒーローじゃない。下手したらヒーロー殺害の大事件になりかねないぞ!」

 

その時、この部屋の扉を拳銃を持った男が開けた。

 

「そうならないために必要なんですよ、あなた方の協力が。あなた方には強盗なんていなかったと証言して貰わなければならないんですからね。」

「よく分かりましたねここの扉、お客さんに気づかれないようにカモフラージュされていたんですけど。」

「私の個性は集音、周囲の音を拾えるだけの没個性ですが、壁を隔てても音が聞こえるという優れものでしてね。あなた方の喋り声を頼りにこの扉を見つけさせて貰いました。それにしてもどうして子供が?いや、今はいいでしょう。さぁ、撃たれたくなかったら両手を頭の上に組んで、休憩室までご同行をお願いします。」

 

「その前に一つ良いですか?」

「何ですか?私は子供が嫌いなんで、手短にお願い、し、ま...」

「幻術成功。個性も分からない人の目を見るからそうなるんだよ。

追加で幻術をかけてコイツから情報を引き出します。オッサンは入り口の見張りを頼みます。」

「凄い個性だとは思っていたが、これほどだとはな...そりゃ逃げ出すだけなら簡単に出来ると自信を持つわけだ。」

 

そうして引き出した情報は3つ

1つ、この強盗団は、ヤクザが経営していたり、個性を不法使用している店を襲撃するのをやり口としている対アングラ系強盗団であるということ。ヤクザの力が弱まって以来、被害者の泣き寝入りを狙っているのだそうだ。

2つ、強盗団の人数は3人、拳銃を持っているのはこの男一人らしい。指の骨を弾丸のように飛ばせる指弾という個性を持つ男と、単純に増強型で力自慢な男が残りの2人だ。

3つ、警察は仲間を人質に取られた受付の人が追い返してしまったということ。よって今すぐ突入してくるような事は無いが、ここはヤクザの経営するサロン、警戒して警察は未だエントランスを見張っているという事。

 

以上だ、これらの情報から自分のやるべき事は一つ

「残り2人も幻術にかけて警察に自首させる。それでこの騒動は終わりだ。」

「アホか危険だ!確かにお前の個性は一人を一瞬で無力化できるかもしれないが、相手は2人だ!しかも遠距離系の個性を持っている奴もいる。強力な個性でも、目が合わない限りお前は無力な子供なんだぞ!」

「大丈夫です、策はあります。」

「本当に大丈夫なんだろうなぁ。で、どんな策だ?」

「実は...」

「なるほどな、それなら行けそうだ。でもどうしてだ?お前にこの店を守る義務は無いし、むしろ警察に保護してもらえる可能性がある分放置するのが正解だろうに。」

「簡単な理由ですよ。もし、俺がヒーローだとして、ヤクザ者だとか脛に傷がある人だとかだからと言って、助けを求める人の声を無視したなら、多分俺は俺を許せません。だからです。」

「お前、やっぱり...いや何でもない。作戦を実行しよう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

強盗団は休憩室を占拠し、増強系個性の男が受付にいた男たちを尋問していた。

「何、俺たちは鬼じゃねぇレジの金はもうバッグに詰めたんだ、あんたらに危害を加える予定はもうねぇさ。ただ、ちょっとばかし教えてほしいだけなんだよ、この店の裏口についてよ!あるんだろ?なにせこの店はヤクザが経営しているんだ。当然あるよなぁ緊急脱出用の裏口がよぉ!」

「し、知らない!この店にはそんなものはない!本当だ!」

「チッ、どうやら腕の一本は持っていかないと答える気にならないようだな!」

「オイ、あまりやり過ぎるなよ?悲鳴で警察が来たら事だ。こんな面倒はさっさと終わらせるに限る。」

 

「オイ、来てくれ!裏口が見つかった!」

 

「お、どうやら尋問するまでも無かったみたいだな、つまらん。」

「楽に終わるんだ、それに越した事は無いだろうさ。さぁ行くぞ。」

 

強盗団の2人はドアを開け、男についていった

 

「た、助かったのか?」

「だが、この店には裏口なんて本当に無いぞ。一体何を見つけたんだ?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

強盗団の3人がやって来たのはゲストルームだった。

「二人とも、あの鏡を見てくれ。」

「鏡?一体何があるって...」

「効率的だな、ゲストルームに脱出口があるとは...」

 

2人は、ミラー越しに赤く回る瞳を見た気がした。

そうして、二人は幻術の中に誘い込まれた。

 

少年の声が聞こえた

「どうやら、玄関前の警察が帰ったみたいだ。お金の入ったバッグを置いて、拳銃片手に正面から堂々と行こうか。」

 

3人は声を揃えて言った

 

「ああ、分かった、行こう。」

 

当然玄関前には警察が張り込んでおり、銃刀法違反により3人は逮捕された。強盗団は聞かれてもいない自分たちの余罪をベラベラと喋ったのち、気を失った。正気を取り戻した3人は何故自分たちが捕まっているのかすら分からずパニック状態になったとか。奇妙な事件もあったものである。

 

事件の後、変わった事が一つある。自分に戸籍ができた。自分の有用性を示す事が出来たからか、店を強盗団から救った事に恩を感じたからか、ヤクザの組の本部、財前組が自分に戸籍を作ってくれたのだ。

おかげで自分は中途だが小学校に通える事となった。

まぁ転生者だしドリルとかも解いていたので学力については問題なし、普通の小学3年生として入学に成功した。やったぜ。

 

まぁ、サロンの営業時間である放課後や休日はいつも通り個性の不法使用でお仕事している訳なのだが。ちなみに組とは、俺の売値840万を稼ぎ切ったら自分は自由にしていいとの約束を交わしている。高校受験まであと6年、違法労働故給料は何気にいいのでしっかり返済出来そうだ。

この事を書類上の保護者と化したオッサンに話すと

「まあ、良かったんじゃねぇか?」

と誤魔化していた。

そんな自分は実は知っている、店に強盗団が入った件を解決したのが俺であるという事を組に報告したのはこのオッサンだという事を。だからこそ義に厚い財前組は俺の事をただ買ったガキとしてではなく組の恩人として見てくれたのだという事を。

 

言わないけどね。照れくさいし。

 

「ねぇ、オッサン。名前教えてよせっかく保護者になったんだから。」

「は?いきなり何言ってんだ、最初に名乗っただろ。」

「ごめん、実は最初の頃の事は混乱してて良く覚えていない。だから改めて聞きたいんだよ。父さんって言葉は嫌いだし、オッサンって呼ぶにはなんか深く関わりすぎたし。」

「はぁ、だからずっとオッサンって呼ばれてたのか俺。老け顔なのかと結構不安だったんだぞ。...財前小指だ。これからよろしくなクソガキ。」

「団扇巡、メグルで良いよ小指のオッサン。」

「オッサンはつけるんかい。まぁ良い帰るぞクソガ...メグル。」

「あいよ!小指のオッサン!そういえば晩飯作って良い?小指のオッサン料理作れなさそうだし、作るよ俺が。」

「むしろお前が作れるのか疑問なんだが、メグル。家庭科の授業もまだだろお前。」

「伊達に8年もネグレクトされて無いのさ!炊事洗濯掃除に育児、なんでもござれよ!育児はやった事ないけど。」

「ないんかい!」

 

そんな会話をダラダラしながらオッサンと少年は家路に着いた。

 

残りの借金840万円、組長の好意によって利子は無し。

果たして少年は、ヒーローになるための登竜門、高校のヒーロー科受験までに自身の自由を勝ち取る事が出来るのか。




タイトルの割に1話で受験までに行かないとかw
自分でも予定外です。

団扇巡 うちはメグル
個性 写輪眼
目を合わせる事で相手に幻術をかける事ができるぞ!
また、個性発動中は動体視力がかなり良くなるぞ!
写輪眼の名前の由来は目に浮き出る点が個性発動中に車輪のように回る事から名付けられたぞ!

財前小指 ざいぜんこゆび
個性 硬化(小指のみ)
両手両足の小指を硬化させる事ができるぞ!
硬化能力を組み合わせたチョップはなかなかの威力だ!
でも、小指以外を硬化させる事が出来ないので、切島くんみたいに便利ではないぞ!所詮没個性なのだ!


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日常

作者は筋トレにわかです。
調べたところ小中学生の間はスクワットや腕立てのような自重トレーニングが良いとの事なので、この小説ではそれを取りいれています。
なので、指摘があったらバンバンやって下さいな。


財前小指は自分団扇巡の保護者である。彼は組の名前財前を苗字にしているが組の直系の家系という訳では無い。孤児だった小指のオッサンを拾って養子にしたのが財前組の若頭だったらしい。それ以来小指のオッサンは組の忠実な兵隊として働いていたのだそうだ。

ちなみに、戸籍の手続きを行う際、自分にも財前の姓にならないかと小指のオッサンは尋ねて来なかった。

自分がヤクザ者から足を洗いヒーローになろうとしている事がバレたのだろうかと疑って軽い感じで尋ねてみたら答えは単純、オッサンは独身なので、俺を養子にする事が出来ないのだそうだ。なので自分の苗字は団扇のまま、団扇さんちの巡くんなのだ。

 

昼は学校、夜はヒプノセラピーサロン、深夜にトレーニングの日々が続いて早4年、小学校に入って早々に「団扇は暴力団関係者だ、近寄らない方がいいぜ。」という風潮を作ってしまう事となった。その上自分の個性が催眠系能力であるというダブルパンチ。友達?なにそれ架空の生き物?というレベルで自分には友がいない。話しかけてくるクラスメイトも居ない。

正直めちゃくちゃ寂しい。学校に通いたかった理由の何割かは確実に友達が欲しかったからだと言うのに!どうしてこうなった。

さらに言うなら小学校高学年では教師からもビビられている感すらあった。いや、教師が生徒を特別扱いするなよ。

 

が、そんな事に悩むのは今日までだ!なんと自分、中学校は私立に通う事となった。

これは別に小指のオッサンが金持ちだったとかそう言う話ではない。この世界、優秀な人間が社会に出て来やすくなるように、奨学金や給費生などの制度が発達しているのだ。流石地味に未来世界、社会福祉のレベルが前世とは違うぜ。

そんな訳で自分は金を払って学校に通うどころか、金を貰って勉強し、高い成績を残すことを義務付けられた給費生として私立の名門私立中学に通う事となった。

ちなみにその学校にウチの小学校から通う子は俺だけだ。俺は、風潮による束縛から解放されるのだ!やったぜ。

 

なお、ウチの小学校の奴とピアノ教室が同じ子がいて、自分が暴力団関係者だということは一瞬でバレた。解せぬ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そんな時の人、団扇巡君にインタビューがあります!雄秋中学新聞部の坂井誠です!良いですか?」

「あぁ、別に構わない。ただ一つ言っておきたいんだが、俺が暴力団関係者だって風潮が一瞬で広まったのが学級新聞のせいだよな。どういう面の皮して俺に顔出せたんだよお前ら。」

「真実を最短で、真っ直ぐに、一直線に伝える事が新聞部のモットーですから。それに間違った事は発表していないので、特に問題はありません!」

「凄えコイツ真顔で言い切りやがった。プライバシーの侵害とか考慮しようぜ、お陰で俺の中学生活もお先真っ暗ですよ畜生。別に俺自身は特に悪いことしていないぞ?むしろボランティアとかに積極的に参加する優良市民であると自負するレベルだ。」

「嘘、ですねそれ。」

「?特に嘘はついていないぞ?」

「いいえあなたは嘘を吐きました。私にはわかります!貴方は自分が悪いことをしていないと言いましたがそれは嘘です!」

「...無断で個性を使われたんだ、こっちも使わせて貰って構わないな?」

「へ⁉︎なにを突然にッ!」

 

すると突然、少年の瞳は赤く染まった。

 

「お前の言葉には確信があった。事前情報の殆ど無い俺のインタビューなのにだ。もし、俺が何か悪いことをしてるって事前にわかっていたら一人でインタビューをしにくる訳はない。先生を同伴させるとかもっと大人数で来る筈だ。だから、お前が俺の悪事に確信を抱いたのは俺の言葉を聞いた瞬間だ。つまりお前の個性は。嘘を見抜く個性だな。」

「こんな一言から私の個性を見抜くとは、なんて切れ者。」

「いやあんな反応されたら誰でもわかるわ。」

「いや、あなたの個性は催眠系ッ、さては私に個性を使いましたね!」

「Noだ、あんたに俺の眼はまだ使っていない。」

「嘘を言っていない⁉︎という事は本当に推理だけで私の個性を見抜いたの⁉︎...まるでホームズですね。」

「探偵イコールホームズとか、さっきの反応とかから見るに、お前割と頭悪いだろ。」

「辛辣ですね⁉︎」

「事実だろ。嘘を言っていない事はわかるんだろ?」

「うっ、今だけはこの個性が憎いッ!本心からだとわかってしまう!」

「さて、放課後は用事があるんだ。さっさとインタビューを終わらせてくれ。」

「...意外ですね、私の個性を知った上でインタビューを続けてくれるなんて、普通無いですよ?」

「だって、昼休みに約束したろ?放課後インタビュー受けるって。俺は約束はちゃんと守る男なんだよ。」

「ふふ、団扇君って意外と変な人だったんですね。」

「そこは優しいとかのプラス表現で言ってくれよ。」

「ふふ、そうですね、団扇君は優しい人です。何か悪いことをしている人でもありますけど。」

「さて、誠を見抜く個性で俺の悪事を暴けるかな?」

「やってみせますとも!だって、真実は一つですから!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それではまず直球から!ズバリ、団扇君のご両親はヤクザ屋さんですね?」

「いいや、俺の実の両親は極普通のサラリーマンと専業主婦だよ。大暴投だな、1球目」

「あれれ?いきなり嘘を言っていない。じゃあ叔父さんや叔母さんがヤクザ屋さんなんですか?」

「さぁ、俺の両親は結婚を反対された口らしく、親戚付き合いとかは無かったんだ。わからないな。」

「またしても真実?じゃあヤクザ屋さんの関係者だってのは嘘ですか?」

「実はな...俺がヤクザの構成員なんだ。」

「な、な、なんですとー⁉︎」

「嘘だよ。中学生が構成員とかどんだけ困窮したヤクザだよ。いくらヤクザ屋さんが絶滅危惧種だとしてもそこまで落ちぶれちゃいないだろ。」

「で、ですよねー。いやちゃんと嘘だって分かりましたよ私には、なにせ私にはこの真実を見抜く眼があるのだから!」

「一つわかったんだが、お前の個性目じゃなくて耳だろ。」

「何故に⁉︎どうして気付いたんですか?親かお医者さん以外に個性のこと話したことなかったのに!」

「単純って言っても俺だけに見えるものだがな。俺が嘘をついた時にお前の体内エネルギーが集まったのは耳にだった。それだけの事だよ。」

「へー、催眠眼って意外と色々見えるものなんですねー。」

「まぁ、俺の個性は催眠眼っていうより催眠もできる眼だからな。実は人の体内のエネルギーの流れとか見えたりする。むしろそっちの方がメインだったりするくらいに便利だぞ、この眼。」

「なんと、催眠とエネルギーを見る能力の複合個性だったんですか。良い個性を引き継いだんですね!」

「それには同感、この眼がなかったら一体どうなっていた事やら。少なくともこの中学に入れたかどうかは分からないなー。」

「え、でも団扇君給費生じゃないですか。頭は良いのですし私立中学に入るのはむしろ当然なのでは?」

「いや、俺の生まれって実は大阪なんだよ。」

「なんと関西圏ですか!それが一体どうしてこの千葉県に?」

「個性関係でなー。色々あったんだよ。詳細は話さないって約束だから言えないけど。今は両親と離れて暮らしているわけさ。」

「なんと、意外と苦労してるんですねー団扇君って。」

「ちなみにそんな団扇君は君たち新聞部の書いた記事による風評被害で余計にとっても困っています。何か言うべき事は?」

「ご、ごめんなさ...いいや謝りませんよ!さてはあなた、私に謝らせてあなたが暴力団関係者だという記事を撤回させるつもりですね!」

「チッ、バレたか。」

「おのれ卑劣な...」

「んで、卑劣な団扇くんは質問をします。

1つ、俺の両親は暴力団員ではありません。

2つ、俺の親戚も暴力団員ではありません。

3つ、俺自身も暴力団員ではありません。

さて、俺と暴力団との関係とは一体なんでしょう?」

「そ、それは...そう、個性関係です!」

「例えばどんな?個性関係では範囲が広すぎて何を言っているのか分からんぞ。」

「それは、えっと...催眠系の個性に強い人が暴力団にいて、その人に個性のコントロールを教えて貰っているとか!」

「残念ハズレだ。特に推理とかなく思いつきで言ったろ、お前。」

「せめてヒントを!」

「それではヒントを教えてしんぜよう...とはならないからな。」

「何故に!」

「インタビュー時間、30分の約束だったろ?今何時だ?」

「今、午後4時です...でもでも!確かな記事を書くためにはちょっとばっかしの延長も仕方ないのでは?」

「だから約束したろ?30分なら付き合ってやるけどそれ以降は用事があるから無理だって。俺は約束を守ったぞ?」

「うぐ、わかりました今日は引き下がりましょう!でも、必ず真実を暴いてみせますからね!」

「その真実が捏造されたものでない事を祈るよ。それじゃこれにて、坂井先輩も気をつけて帰れよ。」

「あ、いえ私団扇君と同じ1年ですよ!...そんなに大人の女に見えましたかー?」

「まだ入学して二週間だぞ⁉︎それがもうインタビュー任されるって行動力の化身かお前⁉︎」

「いやー実はまだインタビュー任されてはいなかったりして。でもでも!先輩は特ダネ見つければ私に一面任せてくれるって約束したんですよ!」

「んで、俺へのインタビューから特ダネは見つけられたか?」

「う、見つけられてないです。」

「じゃあこの30分はお互い徒労だったって事で、お疲れ様でしたー。」

「こうなりゃ意地です!家までついて行ってインタビュー続行してやりますからね!」

「はぁ、じゃあちょっとこっち向いてくれ。」

「はい、なんですか...」

 

少女の瞳は、少年の赤い眼にある3つの点が車輪の様に回るのを見た。

 

「幻術成功。5分くらいぼーっとしててくれよ?新米記者さん。」

 

虚を見る少女を置いて少年は教室を去っていった。

その5分後、少女は正気を取り戻した。

 

「え、え、え?何が起こったの?団扇君?何処?...催眠眼の個性!あの男、個性使って逃げたの⁉︎...あんな一瞬見ただけで発動できるなんてなんて強力な個性なの、団扇君の眼って。」

 

強力な個性に驚愕していた少女は気づく。

 

「あ、団扇君の悪事のこと聞くのすっかり忘れてた!まさかそれも催眠眼の仕業⁉︎団扇君、恐るべし...」

 

一応補足しておくが、催眠を使ったのは最後だけである。この少女、嘘を見抜く個性の割にごまかされやすいのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

所変わって財前ヒプノセラピーサロン、Closedとかけられた扉を無視し、少年はサロンの中に入っていった。

 

「ちわーす、遅くなりましたー。」

 

そこでは、筋骨隆々な黒人男性が、くねくね動きながらエントランスの掃除をしていた。

 

「あら、遅かったじゃない。そろそろ連絡入れようかと思ってた所よ?」

「ステファニーさん、ご心配をかけて、すいませんでした。いやちょっと、新聞部の奴からインタビュー受けてて。」

「何?自分は財前組の若衆だーとか言ったの?」

「構成員だーって言いましたけど信じてもらえませんでした。インタビューしてきた奴が嘘を見抜く個性なんてものを持っていて、大変でしたよ。」

「まぁ、巡君って準構成員扱いだものね。そんな個性相手に嘘を言わずに騙すなんて、巡君、あなた詐欺師の才能もあるんじゃない?」

「そもそも眼を合わせるだけで騙すことなくお金ふんだくれますよ、俺。詐欺のテクニックとか要らずに。」

「そうねー。ほんと強個性だわ巡君は。羨ましいわ。」

「俺の境遇を知っていてそれを言いますか...いっぺんステファニーさんも売られてみますか?強個性の子供って高いらしいですよ?」

「そういえば巡君って売られた子だったわね。あんまりにもサロンに馴染みすぎてて忘れてたわ。」

「忘れないで下さい。そんでもって違和感を持って下さい。中学生がこんな怪しげなサロンに入り浸るのはどう考えてもおかしいですよ。」

「それは無理ね。」

「何故にですか?」

「だって巡君、私より長くここに勤めているんだもの。言うなれば先輩よ?巡君のいるサロンが私の見てきたサロンなんだから違和感なんか持てるわけないわ。」

「...俺、予定通りなら高校入る頃にはこのサロンからいなくなるんで、そんなに頼られても困りますよ?」

「頼っている訳ではないの。ただ、巡君の作る空気が、このサロンをこのサロンらしくしているってこと。君は、そこにいるだけでも十分ここに貢献しているのよ?個性の有無じゃなくて。

しっかしあと3年でこのサロンも無くなっちゃうのねー。寂しくなるわ。」

「いや、サロンはなくならないのでは?そのためにステファニーさんみたいな催眠系個性の人が雇われた訳ですし。」

「あぁ、そっか巡君構成員じゃないから噂とかも聞いてないのね。

実は財前組、組をたたむって話なのよ。だからこの店みたいなアングラなのはそれを機に辞めちゃうっていう噂。」

「組をたたむって、穏やかじゃないですね...まぁ、財前組の歴史に幕が降りるって訳ですか、何年の歴史かは知りませんけど。...小指のオッサン大丈夫かなぁ。」

「あら、お父さんのことが心配?」

「親父じゃないです保護者です。まぁ心配っちゃ心配ですね。ずっとヤクザの兵隊やってたオッサンですから、組が無くなったあとちゃんと食べていけるのかなぁって。」

「大丈夫じゃない?大の大人なんだから自分の食い扶持くらい自分で稼ぐわよ。自分の子供がそれをやっているんだから尚更ね。」

「だから子供じゃないです被保護者です。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おーい様子見に来たぞー。って相変わらず筋トレか、お前客がアヘ顔晒しているときずっと筋トレしてるんじゃないか?」

 

スクワットをしながら少年は答えた。

 

「鍛えて、いないと、俺みたいな、催眠系の個性は、殴られて終わりですから。カラテ、無き者に、未来は、無いって、誰かが、言って、ましたしね。ふぃー、1セット終わり、次は腕立てだー。」

「ちゃんと客の状態も確認しろよ?お前この前筋トレに夢中になって客の催眠解くとかいう大ポカやらかしているんだから。」

「いや、あれはステファニーさんからの提案だよ。どうにも個性の不法使用を疑った警察っぽかったから、個性は弱いのを使えって。

んでムード音楽と催眠音声もどきで誤魔化して帰らせようって作戦だよ。なんで店長のオッサンが聞いてないのさ。」

「本当か?あとでステファニーに確認とらねぇとな。」

 

「あ、そうだ。オッサンに聞きたかったことがあったんですけど。」

「なんだ?まーた別の金策の話じゃないだろうな。言っておくがお前はまだウチの組の所有物、勝手は許さんぞ?」

「オッサン。ウチの組たたむって本当?」

「...何処から聞いた。」

「ステファニーさんから、あくまで噂って話でしたけどね。」

「...その話は本当だ。うちは3年後を目処に、組をたたむ。」

「あらら、せっかく親孝行がわりに警察に突き出してやろうと思ってたのに、残念です。」

「お前そんなこと考えていたのか⁉︎」

「当然、財前組が潰れれば俺の経歴は闇に葬られる。そうすれば俺は完全に自由ですからね。過去をネタに脅される心配がなくなるってのは結構なメリットですからねー。」

「アホ、そんな心配しなくてもウチの組がそんな外道な真似をするかよ。ウチは外道じゃなくて極道だ。」

「全員が全員オッサンみたいな良い人なら心配はしてないんだけどね。そんな事はない訳で、警戒しておくべき事なんですよ。俺みたいな後の無い人間にとっては。」

「...後ならあるさ、俺はお前の保護者だ。だから俺はお前を裏切らない。」

「それって、もし俺がヒーローになりたいって言っても?」

「とっくに知ってるよそんな事、だから鍛えているんだろお前は。」

「嘘だろ⁉︎...ちなみに聞くけどいつバレたの?」

「"もし、俺がヒーローだとして、ヤクザ者だとか脛に傷がある人だとかだからと言って、助けを求める人の声を無視したなら、多分俺は俺を許せません。だからです。"だっけか?あの籠城未遂事件の時お前はこう言った。その時のお前は、ヒーローの顔をしていた。だからわかったんだよ。」

「ヤクザの息子が被保護者をヒーローにするとか、単なる自滅じゃねぇかよ。」

「いいや、良いじゃねえか別によ。俺たちを捕まえてくれるくらい凄腕のヒーローになるなんて、それは俺たちへの良い恩返しだ。ま、その前に財前組は無くなっちまうんだけどな!」

「恩返し、したい時には、親は無し。ってことかー。」

「そういう事だな。おい、客が起きそうだぞ?」

「みたいだね。追加で催眠かけとくわ。」

 

ヤクザに引き取られてもう3年、正直ヒーローになりたいという夢は最後の最後まで隠さないといけないと思っていた。だから、応援してくれる人がいるとは思わなくて、驚いた。

 

目指すはヒーロー科最高峰の雄英高校、入学試験の倍率は狂気の300倍。

一人で挑まなくてはならないと思っていたその頂に、応援してくれる人ができた。

正直、物凄く元気が出た。

さぁ、筋トレに勉強に、頑張るぞー!

 




ヤクザの呪縛から離れ、主人公はヒーローになれるのか!
財前組の中に個人情報を売る輩がいたら詰むぞ!どうしよう!
雄英の実技試験に個性はかけらも役に立たないぞ!どうしよう!

正直ロボ相手には写輪眼あってもどうしようもない感はあるので合格させるか不合格で別のヒーロー科行くかは正直書いてる今でも悩んでいます。
あとは、書いている自分の指に全てを任せています。つまり行き当たりバッタリです。


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団扇巡8歳の真実

このタイトルなのにまだ受験に絡まない遅筆
プロット段階だと前後編で終わるはずだったんだぜこの作品。
指の滑りに身を任せてみるとテンポは良くなるけどこういった問題が生まれるとは、始めて知りました。


中学3年の夏、予定通り自分は840万を完済した。

 

これで晴れてヤクザの呪縛から解き放たれた、というわけではない。

まだ、高校の入学金が必要なのだ。雄英高校は取る人数を制限しているためその辺の奨学金関連の制度もしっかりしている。だから雄英に入る分にはもう働かなくても問題はない。だが雄英高校ヒーロー科の倍率は300倍、いつ聞いても狂気の数字である。

雄英一本に絞るなんてことは無茶も無謀もを通り越した何かだ。そんな事が出来るのは二次小説のオリジナル主人公くらいだろう。自分には無理だ、保険がないとか不安すぎるわ。

 

そんな事を考えながら仕事終わりの清掃をしていると、オッサンが俺に話しかけてきた。

 

「おい巡、話がある、良いか?」

「何?小指のオッサン。借金はもう返し終わったから深夜も働けーとかは聞かないよ?」

「受験前の中学生に言うかそんな事を。まぁ、お前の借金絡みではあるんだがな。」

「...実は利子が付いていたとかのオチ?それならもうお先は真っ暗なんだけど。」

「違うわアホ、借金の最後の返済はお前自身でオヤジに渡してくれないか、って言う相談だ。オヤジはずっとお前に会いたがっていたんだよ。でも、機会がなくてな、今になっちまった。お前視点でももう組との関係は切れる訳だし、この際挨拶しといたらどうだ?」

「そうだね、落ち目とあってもヤクザの頭、そんな人に会う機会なんてまずないだろうし、会ってみたいかも。俺を買ってくれたお礼まだ言ってないし。」

「普通買われた事のお礼とか言うもんじゃないが、お前だしなぁ。シフトの無い日は休んでりゃいいのに金にもならんボランティア活動に勤しむ奴とか居ないだろ今日日。まぁ、いい。それじゃ会うって事で良いんだな?」

「良いよー。あと、ボランティア活動は金にはならないけど内申には影響する訳だから得にならない訳では無いよ。俺みたいな内申に傷がつきやすい出自の奴にとっては得にね。」

「わかった、オヤジに連絡入れておくわ。でも思うんだが、言うてもお前勉強だけなら学年一位だろ?そんな内申とか気にしないでいいんじゃないか?」

「甘いぞ小指のオッサン、学年一位程度で安心できる相手じゃないのさ俺の第1志望は。」

「そういや聞いてなかったな、お前どこの高校受けるつもりなんだ?」

「倍率狂気の300倍、選ばれたトップエリートのみが入る事を許されるあの高校だよ。」

「おま、マジか⁉︎ヤクザに足を半分突っ込んでいるような奴の入る高校じゃねえぞ、大丈夫なのか?」

「その為に筋トレも勉強も頑張ってきた訳よ。まぁ一本に絞るのは不安すぎるから今こうして他の高校の入学金稼ぐ為に働いている訳なんだけど。」

「成る程なぁ、道理で驕らず努力を辞めない訳だ。納得したわ。んじゃ、今週の日曜の午前中な、忘れるなよ?」

「オッサンこそ寝坊するとかやめてくれよ?...あ、そうだ、ヤクザの本拠地ってドレスコードとかあるの?俺スーツ持ってないから学ランなんだけどさ。」

「ねぇから安心しろ。死穢八斎會とかの超大手ならともかくウチみたいな弱小にそんなご立派なもんがあったらむしろ驚きだわ。」

「りょーかい。無駄な出費が増えなくてよかったわ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そんな訳でやって来ました財前組の本拠地、そこは巨大な日本家屋であった。

門の前でオッサンと少年は話す。

 

「財前組って、落ち目な割にはでっかい屋敷もっているんだね。」

「今落ち目である事と歴史が古い事はイコールで結べないからな。」

「にしても家からここまで徒歩だとは思わなかったよ、普通迎えの車とかあるんじゃないの?」

「徒歩15分の所に文句言うな、近いんだから歩け、若いの。」

「徒歩15分って歩くか微妙なラインじゃない?」

「徒歩15分とか普通歩くだろ。近いんだし」

「え、遠くね。」

「いや、近いだろ。」

「...これがジェネレーションギャップか...」

「単にお前がものぐさなだけだろ。さぁ入るぞ。」

「待った!インターホンは俺が押します。」

「なんでだ?」

「いや、こんなでかい屋敷のインターホンなんて押す機会もうなさそうですし、記念にと。」

「お前料理の手順といい妙な所で拘るよな...まぁいいさ、早く押しな。」

「それじゃ」

 

少年はインターホンのボタンを押した

ピンポーンという軽快な音は特にならなかった。

 

「あれ?音が無いんですけど、このインターホン壊れてません?」

「外に音が鳴らないタイプの奴なんだよ。ここのインターホン。」

「そういえば今時インターホンにカメラが付いてない、こういう所もレトロですねー。」

「単に金が無いから取り替えてないだけだけどな。」

 

そんな馬鹿話をしていると、屋敷の門が開いた。

 

「どうも、お招きに預かった団扇巡です。ってアレ?誰もいない。」

「さては扉のやつだな、いちいちここまで来るの面倒くさがって個性使いやがったな。」

「個性ですか?長距離のサイコキネシスとか超強個性じゃないですか、なんでこんな落ち目のヤクザに?」

「いや、アイツの個性はマーキングしたドアを自由に開け閉めする個性だ。でも鍵には影響力ないから空き巣にも使えない、俺と同じ没個性だよ。」

「あらら、そんな個性だったのか。何かに使えそうで何にも使えない没個性の定番みたいな人だね、オッサンと同じで。」

「うるせえ。さぁ扉は開いたんだから準備はできているって事だ。入るぞ、巡。」

「了解、小指のオッサン。」

 

門の中に入り、玄関のドアを開けると顔に刀傷のある風格のある老人が立っていた。

 

「よう、遅かったな小指」

「お、オヤジ⁉︎なんでオヤジが出迎えなんかしてんだよ、仮にも組のトップだろ⁉︎」

「なぁに、ちょっとしたサプライズって奴だ。」

「あーびっくりした、オヤジは相変わらず人が悪いぜ。」

「ははは、そう褒めるな。それで、そこのガキが例の?」

「どうも、お招きに預かりました、団扇巡と申します。」

「おう、ガキの癖に礼儀がしっかりしてるじゃねぇか。良いガキに育てたな、小指。」

「...オヤジには嘘をつけねえから言うが、売られた時からこいつはこんな感じだ。俺は特に何も教えちゃいねぇよ。」

「売られた時って事は確か8歳だろ?よっぽど厳しく躾けられた...って訳でもないか、売られるなんて事が起きるんだ、まともな家庭環境で育った訳もない。」

「いえ、俺みたいなのが生まれる事を除いては、普通の家庭環境だったと思いますよ?」

「...まぁ、今はいいか。中に入りな、小指、巡。」

「それでは、お邪魔します。」

「...ただいま、オヤジ。」

「お帰り、小指。それといらっしゃい巡。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

居間に通された自分たちは、座布団にゆるく座って話を始めた。

 

「えっと、オヤジさん。こういうのは最初にしておきます。お金を返しに来ました。」

「お前のオヤジって訳じゃない。財前要だ、好きに呼べ。」

「じゃあ要の爺さん、借金の残りの10万です。お返しします。」

「おうとも、確かに受け取った。これでお前は自分自身を買い戻したってことになる。もうウチの組の仕事をする必要はなくなった。つまり、自由の身だ。」

「まぁ、あと高校の入学金を稼がなきゃならないんでもうちょっと働かないといけないんですけどね。」

「そんなもん小指に出させりゃいいだろうに、謙虚なガキだな、お前。」

「小指のオッサンは確かに良い人です。でも、だからこそ頼りきりになったら手痛いしっぺ返しを喰らうのは目に見えてますよ。もうすぐ潰れるとはいえ、ヤクザの人ですから。」

「...話に聞いていた以上に変なガキだな、お前。お前くらいの年齢ならもっと大人を頼っても良いだろうに。」

「本来頼れるべき親に売られた子にそれを言いますか。まぁ、大人がみんな小指のオッサンみたく良い人なら自分も頼りやすいんですけどねぇ。」

「...一つ聞きてえ事がある。お前さん、どうして売られたんだ?」

「オヤジ!そんな事はガキに聞くもんじゃないだろ!」

「良いですよオッサン。今となっては折り合いのついた事ですから。

 

最初の頃は普通の家庭だったと思います。親が出生登録出し忘れるという大ポカやらかしましたけど。でも、俺が個性を目覚めさせた4歳くらいの時から様子が変わってきまして。俺の個性、両親の個性を継いだものじゃなくて、父方の個性を隔世遺伝したものらしくて、そんな俺をみて父親は俺にビビっちゃって、逃げ出したんです、俺から。

でも、母親は働いたことなんてなくて、パートでの仕事も始めてはみたもののすぐ辞めさせられてしまって、貯金がつきちゃったんですね。

んで、目の前には自分をこんな環境に追いやった子供がいて、ちょうど良く出生登録もしていなくて、お金も無くて。そんなお膳立てがあったんですから売るものといえば子供でしょう。

そんな訳で自分団扇巡はヤクザに売られてしまったのでした。」

「...何か隠してるな、お前。」

「...何か不自然でした?」

「4歳の時に父親が逃げたんだよな。なのに母親とお前だけの4年間の情報が少なすぎる。お前を売った母親への憎しみがなさすぎる。

つまりお前とお前の母親には、お前を売って然るべきだと互いが納得できるような何かがあったはずだ。」

「...話さないとダメですか?」

「いいや、正直どっちでもいい。だが、自分一人で抱え込むよか誰かに話してみた方が楽になれるぜ?お前さんみたいなタイプの奴は。」

「...そうですね、小指のオッサンを育てた要の爺さんになら、話してみるのも良いかもしれませんね。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

父に逃げられてから最初、母は自分だけでも俺を養おうと頑張ってくれた。そんな母を手伝いたくて俺は家事の手伝いを始めた。

始めの頃は良かった。母は俺の手伝いを快く思ってくれて、二人で家事を分担して行っていた。

でも、母はパート先でセクハラを受けるようになり、過剰なストレスを溜めるようになってしまった。

そんな母を助けたいと思って、俺は家事手伝いを頑張った。

頑張りすぎてしまったのだ。

 

自活できない自分と、自活を始めた子供。

ボロボロになって帰ってきた自分を迎えるのは、家事を完璧にこなした子供。

夜帰ってきて、待っていた子供の出した食事を食べて思うのは、味噌汁の味が自分のものと違うこと。

 

限界だった母を最後に追い詰めたのは自分(前世の記憶を持った化け物)だった。

 

「私はこんなこと教えてない!あなたには教えてない!料理も、洗濯も、掃除も!どうしてこんなに完璧にできるの!たった4歳の子供なのに!でもどうして私のやり方とは違うの?一体どこで、誰に、どうやって教わったの⁉︎

...教わっていないって?ネットで調べたって?ネットの使い方なんてまだ教えてなんかいないのに!

あなたは異常よ、異常なのよ、巡!」

 

その日から、母は仕事を辞めた。酒に溺れ、自分の事を無視するようになった。

限界まで追い込まれた、母の必死の抵抗だったのだろう。

 

その日から、俺は母に個性を使い始めた。

 

日に3食しっかり食べるように誘導した。

生活費を無駄に使い込まないように徹底させた。

酒を飲みすぎないように教育した。

一日の家事をちゃんとやる事を習慣付けた。

前向きな気持ちで生きれるように洗脳した。

...自分についての記憶を思い出せないようにした。

そして、母が自分がいなくても生きられるようになった頃、ダークウェブを通じて知り合ったヤクザに、良個性で無戸籍のガキがいるので売りたいと、自分で自分を売った。

それを行ったのは自分だと、母に思い込ませた。

それを行ったことに罪悪感を感じないように、母を洗脳した。

 

そうして、母の全てを洗脳して、自分(化け物)から母を解放した。

 

そのことを後悔はしていない。それが自分のできる精一杯の親孝行だと今でも信じているからだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「...つまりお前さんは、自分で自分を売ったってことなのか...」

「そうなりますね。でも、ヤクザに売られるなんて事は初めてだったので、そこから先どうなるかは完全に運任せでした。オッサンみたいな優しい人と巡り合えたのは、本当に運が良かったと思います。」

「...お前が売られてからすぐに正気を取り戻したのは、自分で自分を売ったからだったのか。」

「そういう事ですね。正直もっと酷い使われ方をするもんだと予想していたので、周囲が優しすぎて逆に戸惑ってました。」

「酷い使われ方か、いくらでも思いつくなお前さんみたいな強個性には。敵対者への尋問や、権力者の洗脳、なんでもありだ。」

「ヤクザから解放された今だから聞きますけど、なんでそういう風に俺を使わなかったんですか?」

 

老人はこう答えた。優しく、されど重い言葉で。

 

「お前さんを組織の道具にしなかったのは、始めは小指のおかげだな。売られた身とはいえ子供は子供、ヤクザのシノギに関わらせるのは危険すぎるとこいつは言ったのさ。魂胆は見え見えだったけどな。

 

んで、そうして腐ってた事務所を使ったサロンを開いて様子を見ているときに起きたのがあの籠城未遂事件だ。

正直、お前は見ているだけで良かったのに、ロクに縁も所縁もねぇサロンの連中を助けるためにお前は立ち上がった、俺たちの組員を助けてくれたのさ。その時から、お前は俺たちの恩人になったんだ。

正直、今の組の状態ではあの事件をお前さんが解決してくれなかったら俺たちは泣き寝入りしていたところだ。...俺たちが組をたたむ事を決意したのはこの事件があってからだな。

そんなヤクザの最後だ、恩人を巻き込むのも何だからな、お前みたいなガキは解放してやろうと思ったのさ。」

「...その割に840万はしっかり回収するんですね。」

「当たり前だ。組をたたむって事はカタギになるって事だ。金はいくらあっても足りねぇんだよ。それに、借金はお前さんがしっかり働いたら返せる額にお前さんの給金を上げたんだ。感謝しても良いくらいだぜ?」

「...妙に実入りが良いのは違法労働だからじゃなかったんですね。」

「そりゃそうだ。違法労働が稼げる時代なんてとっくの昔の話だぜ?落ち目のヤクザの言う言葉だ、説得力あるだろ。」

「その、ありがとうございます。自分で勝ち取った自由だと自惚れていたんですけど、組の皆さんの優しさが巡ってきての自由だったんですね。」

「その通りさ、俺が小指を拾って真っ当に育てたからお前さんには良い待遇が来た。お前さんに良い待遇が来たから籠城未遂のときお前さんは立ち上がってくれた。お前さんが立ち上がってくれたから俺たちはお前さんを助けようと思った。お前の名前の通り、善意って奴は巡るのさ。団扇巡、良い名前じゃねぇか。」

「正直、自分の名前は好きでも嫌いでもなかったんですけど、要の爺さんのお陰で、ちょっと好きになれそうです。」

「そんなお前に言っておかなければならんと思ったことがある。心して聞け。」

 

少年は姿勢を正し、老人を正面からしっかり捉えた。

 

「お前さんが母親を洗脳したのは紛れも無い事実だ。そこは多分いつかお前に降りかかってくる試練になるだろうさ。

だが、お前のその行動は、手段はともかく、確かな善意からの行動だった。そうだな?」

「他人の心を弄ぶ事に善意も悪意もあるものですか。悪行ですよこれは、俺が一生背負うべきね。」

「その言葉が言えるなら間違いない、お前さんは確かな善意から母の心を救おうとしたんだ。洗脳という手段は短絡的すぎだが、それでもその行動が善意からのものであるならば、必ず良い報われ方をされる。」

「報われる事を望んでの行為じゃないですよ。」

「それでも、お前は善意に報われる。70年生きてる俺の目を信じてみな。お前には、絶対に良いことがある。だから、お前はお前の未来を信じて良いんだ。過去に縛られて下向きながら歩くよか、未来を信じて上向いて歩く方がいい事は多いぜ?」

「...ありがとうございます。でも、そう簡単に考え方も生き方も変えられそうにないですよ。俺は。」

「それじゃあ賭けをしようぜ、団扇巡。」

「賭け?一体何のですか。」

「お前が、過去を振り切って幸せを掴めるかどうかの賭けだ。賭けに負けたなら、お前にはウチの組に戻ってきて俺たちの正式な家族になる。どうだ?」

「どうもこうも俺にメリットがないじゃないですか。受けませんよそんな賭け。」

「ちなみに俺は、お前さんが幸せになれない方に賭ける。」

 

老人は、ニヤリと笑みを浮かべてそう言った。

意図に気付いた少年は、驚いたあとはぁ、とため息をついた。

 

「それって要するに、俺が幸せを掴めなくってもこの組が俺の帰る場所になるぞって事ですよね。なんでそんな回りくどい言い方をするんですか。」

「だって、そっちの方が面白いだろ?」

「諦めろ、オヤジはだいたいこんなだ。」

「小指のオッサン...はぁ、わかった、受けるよその賭け。俺は俺が幸せを掴める方に賭ける。」

「お、やっと敬語が抜けたな。小指、賭けは俺の勝ちだな、教えろよ巡がどんなネタで初めて抜いたのか。」

「おい、なんか聞き捨てならないセリフが出てきたような気がするんですがオッサン⁉︎なんで他人の恥部で賭けをしてんだよ悪魔か!」

「ヤクザだよ。オヤジ、こいつの初めてのオカズは"女ヒーロー無残、縛られた女ヒーロー"だぜ。」

「オッサンはオッサンでなんで知ってるんだよ⁉︎」

「知らないのか?無線LANって管理者なら履歴見れるんだよ。これからヒーローやるってんならこう言うところも気をつけておきな。」

「畜生、知らなかった!」

「なんだ、お前さんヒーロー志望か!それなのにヒーロー物で抜くとか意外と業が深いんじゃねぇかお前さん。」

「要の爺さん!一応言っておくがタイトルで決めたんじゃなくてサムネの女優見て決めたんだからな!勘違いすんな!」

「ハハハ、どっちでも一緒さ!んで、どうだ?エロかったか?」

「エロかったよ畜生!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「んで、馬鹿みたいな理由で俺がヒーロー志望だとバレた訳だけど、それについて現ヤクザの組長はなんとお思いですか?」

「良いんじゃねぇか?別に、ウチの直系の息子がヤクザになるとかならともかく小指みたいな傍系が保護しているだけのただのガキだ。どんな未来に行っても良いだろ、別に。」

「良いのかよ...てっきりヤクザとヒーローは犬猿の仲だとばっかり思ってた。」

「良いや、犬猿の仲だぜ?ただウチは知っての通りもうすぐ組をたたむ。カタギになるんだからヒーローの知り合いができたっておかしくないさ。そんな訳で、応援してるぜ、雄英受験!」

「ありがと、要の爺さん。」

 




主人公は自らの母を洗脳するという大罪を犯しました。
その罪が許されて良いものなのかは自分には分かりません。
でも、当時巡君は4歳から8歳、学校にもいってないので頼れる大人もいない。ないない尽くしの状態でそれでも尚母を救おうと努力したのです。その努力を見て執行猶予くらいに思って下さいな。


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受験前日

近所のスーパーで創動をスマホウルフだけ残して買い占めた奴は貴様か⁉︎貴様だな!(ズバット感)
ローグとリモコンブロスとエンジンブロス欲しかったのにそこだけ買い占めるとか悪魔の所業かよ。
ただの愚痴ですすいません。スーパーって創動を発売日に売り出さないので発売日に探しても買えないんですよねー。んで、ちょっとしたら誰かしら特撮オタに買い占められている現状。創動集めは難易度高いです。


小学校の時は、自分がドアを開けて教室に入ると教室内は静まり返った。いつものことだったが正直とっても辛かった。

中学1年のときも、状況はあまり変わらなかった。暴力団関係者のレッテルさんはいつも凄まじい仕事量である。尊敬ものだ。

だが、中学2年になってから少しずつ状況は変わっていった。

自分を暴力団関係者とレッテルを貼ったクソ新聞部の刺客、坂井誠が同じクラスになって、自分に絡み始めたからだ。

真実を見抜く坂井の個性をものともしないとかこいつ実はそんなに怖い奴じゃないのでは、という風潮が流れ出したのだ。

以来、自分の扱いは以前のアンタッチャブルからデンジャーくらいに和らいだ気がした。大して変わらない?いやいや、前は質問したら悲鳴が返ってくるのがデフォだったがこれ以降はきちんと答えが返ってくるようになったのだ。

そんな日々を乗り越えての中学3年生、学生の勝負の年だ。

この頃になると今まであんまり勉強していなかった坂井のような奴らが形振り構わなくなった。暴力団関係者のデンジャーな団扇巡に勉強を教えてもらおうとしたのだ。何せ団扇は3年連続学年一位の勉強がとんでもなくできる奴だ。縋りたくもなるだろう。

それがきっかけとなり、学校で話す連中が増えてきた。

でも、友達と呼べるほど深い仲になれたのは坂井だけだった。

 

だから、この催しが開かれた事には驚きしかなかった。

 

「団扇くん、傑物学園高校B推薦突破おめでとう!

プラス、雄英ヒーロー科受験頑張れ!の会にようこそ!」

 

放課後の多目的教室に集まったのはクラスメイトだったりちょっとした事で知り合った後輩だったりボランティアで知り合った先輩だったりした。

 

「坂井、これは一体?いまいち状況が飲めないんだが。」

「何って壮行会ですよ!団扇君頑張れの会です!」

「いや、何で?」

「だって団扇君この学校で唯一の雄英ヒーロー科受験者じゃないですか。それならばもう皆で応援しないと損ってものです!」

「...いや、損はしないだろ。」

「しますよ!だってこの機会がないと団扇君と友達になれない子がいっぱいいましたから!」

「俺は暴力団関係者なんてレッテルを貼られてる。そんな奴と友達になりたい奴なんて...」

「いっぱい居るからこんな会を開く事ができたのですよ!

だって団扇君、暴力団関係者だって噂が立ってもずっと良い人だったじゃないですか!

休日にボランティア活動やってたり、教室で皆に勉強教えてくれたり、枕ちゃんの無くしたストラップのために学校中探し回ってたり。

団扇君の良い人エピソードは枚挙にいとまがないですよ!そんな人には、友達が沢山いないと変です!なので雄英受験応援会を機に、皆で団扇君と友達になりに来ました!」

 

そうだ!との声が教室に響いた。言ったのは佐竹、藤本、如月のクラスの男子で勉強を教えていた連中だった。

 

「団扇!俺たちはお前に謝らないといけないッ!お前が暴力団関係者だってレッテルにビビって、お前自身を見ていなかった!すまなかった!

でも、お前が良い奴だって事も俺たちはよく知ってる!お前が勉強を教えてくれたお陰で俺たちは志望校にA判定を貰えたんだ!自分の得にもならない事を進んでやれる、お前は俺たちのヒーローだった!ありがとう、団扇!」

 

後輩の少女、枕が言った。

 

「そうです、団扇先輩は私たちの、私のヒーローです!入学初日に遠くに行った友達からのストラップをなくして途方に暮れていた私を助けてくれたのは先輩です!ずっとお礼を言いたかったんですけど、噂に惑わされてしまい、申し訳ありませんでした。でも、先輩が雄英ヒーロー科を受けるって聞いて、ありがとうと頑張れを伝えたくて今、ここに来ました!遅くなりましたが先輩、本当にありがとうございました!」

 

ボランティアで知り合った先輩、丸藤が言った

 

「そう、私も君に頑張れとありがとうを言いに来たんだ。最初君を見たときは暴力団関係者が内申点を稼ぎに来たと見下していた。だが、君はボランティアの最中いつも全力で人助けをしていた。ゴミ拾いの最中迷っている外国人に道案内していたり、老人ホームで階段から落ちそうになった人を軽々持ち上げたり。本当に枚挙にいとまがないな、君の良い人エピソードは。そんな君に私は奉仕の精神とは何かを学んだ。それのおかげで私は今の高校、雄英高校に入れたのだと思う。君と違い、普通科だがね。

君が来るのを待っているよ、君のヒーローアカデミアで。」

 

他にもいろんな人が自分を応援してくれた。

いろんな人の頑張れが、心に響いた気がした。

 

「どうですか団扇君!皆全部私が声かけて集めたんですよ!凄くないですか、団扇君の人望と、私の扇動力は!」

「...確かに、お前は凄いアジテーターだよ。新聞記者よりもそっちで稼いだ方が食えるぜ、きっと。」

「そんな事は無い...ですよね?嘘だと言ってくださいよ!本心からの言葉だと個性のせいでわかってしまいますけれど!」

「嘘を見抜く個性って、便利そうだと常々思っていたが結構不便だったんだな。」

「そうですよー。全然万能な個性なんかじゃあまりません。私の耳は、団扇君みたく玉虫色の回答をする人にはにはうんともすんとも答えてくれませんから。

あ、そうだ思い出した!結局一年の頃団扇君の言っていた悪い事ってなんだったんですか?ずっと気になっていたんですよ。思えば、それを暴くために人脈を広げ始めたんでした。途中から人脈を広げることそのものが目的となってて忘れてたんですけどね。」

「...そうだな、新聞部の引き継ぎももう終わってるだろうし、言っても良いか。実は俺、学費稼ぐために保護者の手伝いをやってたんだよ。中学生のバイトは許可されてないだろ?だから悪い事って言葉に引っかかったんだと思うぜ?」

「あらら、そんな事でしたか。思っていた事より全然普通で逆にびっくりしました。でも、良かったです。団扇君が何か悪いことに加担させられているんじゃないかって不安でしたから。

...さて、お集まりの皆さん!本日は無礼講!先輩後輩関係なく、お菓子とジュースで騒ぎましょう!」

 

「おー!」と皆が答えた。

 

それからは本当にドンチャン騒ぎだった。集まった全員と連絡先を交換したり、何故かあったカラオケセットでのカラオケ大会が始まったり、それが原因で先生がやってきて、何故か先生がカラオケ大会で優勝することとなったり本当にカオスだった。

でも、友達と騒ぐってこういうことだったなと、あまり思い出したくない前世を思い出した。

 

まぁ、そういう楽しい時間というものは早く終わるものであった。

 

「それじゃ、多目的教室借りてる時間はもう終わりなので、皆さん片付け始めましょー。団扇君頑張れの会はこれにてお開きです!

...二次会とか行きます?団扇君。」

「いいや、やめておく。こんなに大勢の人に応援されたんだ、最後の詰めを頑張りたい。それに、この中にもまだ進路決まり切って無い奴もいるだろ?あんまり遊びすぎるのも良くないって。」

「そうですね、まぁ私はもう推薦で決まっているので大丈夫なんですけどね!」

 

3人の男子の中で唯一合格を貰えてない如月が言った。

 

「畜生、俺だって団扇に勉強教わったんだ!県立絶対受かってやる、今に見てろよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

片付け最中に思いついた俺は言った。

 

「そういや。一つ皆に言っておきたかった恨み言がある。良いか?」

「何ですか?今のみんななら何聞いても団扇君を嫌いになる事は無いですよ?」

「いや、友達になりたいってのは十分伝わって来たんだが、何でこんなギリギリのタイミングだったんだ?俺が雄英志望だって事はこの学校では割と早く伝わったんだから、壮行会ももっと早くにできただろ?」

「あはははは、実は傑物高校の推薦もらって滑り止め取ってからじゃないと、全部滑ってお先に真っ暗とかなるの怖いじゃないですか。壮行会なんてしたんですから、どっかしら受かってハッピーエンドで終わって欲しいじゃないですか。だからです。」

「つまり俺が雄英落ちる事を心配していたって訳か。」

「団扇君なら十分合格できると思いますけどね、成績は学年トップで身体能力テストも異形型並みの成績、それにあんな強力な個性を持っているんだから、これで受からなければ嘘ってもんですよ。

でも、受験の世界は何が起きるかわからないのが常なので、一応の保険をかけておきたかったんですよ。」

「成る程な、納得したわ。ありがとう。」

「いえいえ、こちらこそ壮行会が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。」

「謝らなくて良いよ。正直今で良かった。多分このテンションを持続できれば俺は無敵だと思う。それだけ皆の頑張れは俺の心に響いたよ。...要の爺さんの言う通り、善意は巡るって奴だな。」

「その通りです、良い事言いますねそのお爺さん。皆が団扇君に頑張れって言ったのは、団扇君が皆に親切にしていたからです!団扇君の渡した親切ってボールが倍になって、いやそれ以上になって帰ってきたという当たり前の事なんです!

だから、団扇君は、誇りを持って下さい!諦めないで最初に親切のボールを投げた事を!」

「誇りとは大層な言葉だな。でもわかった。今日レッテルを振り切って俺と友達になりにきてくれた皆は、俺の誇りだ。胸を張ってそう言える。だから、俺は高校に入っても、そこから先の人生でも、親切のボールを投げる事を辞めない。約束する。」

「はい、約束は確かに聞きました!嘘ついたら針千本のんで下さいね。」

「それは怖いな、約束を破らないように気をつけるよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おう巡、お帰り。どうした、なんかお前良い顔になってるぞ?」

「ただいま、小指のオッサン。学校で友達ができたんだ。10人も」

「10人も一気にできるとはな、やるじゃねぇか。でもまさかこんなギリギリに友達になるとはな、一体何があったんだ?」

「俺が今までしてきた小さな親切が、大きな波になって帰ってきたんだ。多分そういう事。要の爺さんの言う、善意は巡るって奴だよ。

それで、俺が雄英受験頑張れるように壮行会を開いてくれたんだ。

正直、今のコンディションなら負ける気がしない。」

「言うじゃねえか、巡。そんな巡にオッサンからもプレゼントだ。受け取りな。」

 

包装もされていないそのプレゼントは、明らかに物騒なものだった。

 

「これは、砂鉄入りグローブに長ドス⁉︎なんでこんな物騒なものを。」

「調べてみたところ雄英の受験には得物の持ち込みが自由だったんだよ。だったらヤクザ者としちゃ良い得物を持たせたいって言う親心ってやつさ。」

「...グローブはともかく、長ドスは使えないよ。銃刀法違反で捕まって受験どころじゃなくなるわ。」

「あ、忘れてた、銃刀法とかあったなぁ。」

「忘れてたんかい...そんな訳で長ドスは返します。グローブは有難く貰っておくね。ありがと、オッサン。」

「おう、明日頑張れよ!って言うのはもう聞き飽きたか?」

「良いや、何度聞いても元気になる。昔は無責任な言葉だとか思ってたけど、頑張れっていい言葉だね。」

「そうだな、俺もそう思う。」

「それじゃ、俺はもう部屋にこもって最後の復習するわ。晩飯はなんか適当に買ってきて。」

「おう、カツ丼買ってきてやるよ。勝つってな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日は、いろんな人から頑張れの声をかけられた日で、俺に沢山の友達ができた記念日だった。

小指のオッサンの頑張れ。

要の爺さんの頑張れ。

沢山の友達からの頑張れ。

いろんな頑張れが心の中に響いて混ざり一つの大きな力になった気がした。

敵は狂気の倍率300倍、雄英高校ヒーロー科。

今までは正直受かるか落ちるか半々だと思っていたが友達のお陰で覚悟は決まった。

俺は必ず合格してみせる。そしてなってみせる。いろんな理由で助けての声をあげられない人相手でも、その心の叫ぶ助けての声を聞いて駆けつけてみせる、そんなお節介だと笑われそうなヒーローに、俺が求めた理想のヒーローに、俺はなる。

そう、心に誓った。




善意は巡る。この小説で書きたかったことです。
やったぞ、巡君に友達ができた!暴力団関係者だというとんでもないレッテルを振り切って友達になってくれる人がいるってのはこれから先の巡君の人生の宝となるでしょう。
尚、プロット段階ではこの話は雄英入試の後でした。でもこれから先の展開を考えるとこのタイミングに入れるのが良いかなーと思ったのです。その結果が団扇君無敵モードです。
第1話段階では雄英受けるかどうかすら悩んでたこの作品ですが指の滑りに身を任せて書いた結果がこれです。
よって入試結果はもう決めました。次回、雄英受験、お楽しみに!


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雄英高校受験当日

はじめての戦闘回です。
戦闘描写って難しい。その分遊戯王って楽ですよね。会話だけで全ての状況を説明できるんですから。(自作のステマ)



雄英高校ヒーロー科、倍率は狂気の300倍。だが、胸の内には数多の頑張れの声が響いている。今だけは、誰にも負ける気がしなかった。

 

実際筆記テストの成績は上々だった。自己採点の結果から見るに、合格ライン越えは間違いないだろう。何せ9割以上解けたのだ、流石にこれ以上でないと駄目だとかは無いはずだ。筈だよな?倍率300倍を相手にしているからには、実は満点以外通さないとかありそうで少し怖い。

まぁ、そんな事は無かった訳なのだが。

 

よって、最後の関門は実技試験だけとなった。

実技試験、嫌な響きだ。

 

実の所実技試験の内容はうろ覚えだがわかっている。何せ自分は転生者、ヘドロ事件の一年後であるこの年のこの試験の内容に限って言うならば、受験前に内容を把握する事ができた。今まで自分をロクに救いもしなかった前世知識の有効活用である。

まぁ、その内容は自分の個性が欠片も役に立たないという現実も教えてくれた訳なのだが。

だからこそ、この日の為に自分で自分を虐めぬいてきたのだ。

この試験を想定して。個性抜きの身体能力のみでこの難関を突破する為に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヴォイスヒーロー、プレゼントマイクの説明する実技試験の内容はこうだ。

 

試験時間は10分

ターゲットは1ポイントから3ポイントまでの3種類のロボット

それらを行動不能に陥らせれば得点が得られる。

ただし、ポイントにならない0ポイントのロボットがステージのギミックのような妨害役として現れるという事。

また、当然ながらアンチヒーロー行為はご法度だと言うこと。

 

「俺からは以上だが、最後に我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った。"真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者"と。更に向こうへ!Plus Ultra!それでは、良い受難を!」

 

 

「"真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行くもの"か、良い言葉だな。」

 

指定された試験会場に移動しながら、今世の記憶を思い返してみた。

4歳の時に俺の個性を恐れた父親は逃げ出した。

それから4年間、時間をかけて母を洗脳した。

そして自分をヤクザに売り、千葉県の土を踏んだ。

それから何故かヤクザの恩人になり、6年間ヤクザの元で仕事をしながら生きてきた。

 

良い人生か悪い人生かで言えば悪い人生だと断言できる。

だが、幸運か不幸かで言えば答えはこちらも断言できる。

自分は、幸運だ。何故かと言えば単純、出会いに恵まれたからだ。

 

小指のオッサンに要の爺さんに坂井達

皆の暖かい頑張れが心に響いてる。

だから俺は限界を超えて頑張れる。

「Plus Ultra やってみせるさ!」

 

その時アナウンス音声が聞こえた。

「ハイスタートー!」

 

自分にとって丁度いいタイミングでのスタート開始だった。

だから、迷わず走り出せたのだと思う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

先頭を走る俺の前に立ちはだかるは1pヴィラン。

やる事は単純だ

「よく見て、躱して、ぶん殴るッ!」

1pヴィランの攻撃を余裕を持って回避し、踏み込んで、腰を入れて、ぶん殴った。砂鉄入りのグローブで。

その手によってロボットは中心部をブチ抜かれ、停止した。

 

「成る程、試験用に脆く作られているのか...良し、これならいけるッ!」

 

俺は次のターゲットへ向けて走り出した。1p処理にかかった時間はそう多くない、まだ自分が先頭だ。

走りながらも思考は止めない、カラテの未熟な自分にとって、今使える最大の武器は頭の回転だけだ。

後ろの受験者を確認した、数えるのも馬鹿らしい数の受験者が後ろから追いかけて来た。

 

「受験者の数が多すぎるッ、中央通りは駄目だ、火力の高い個性に根こそぎ持っていかれる。脇道に行くしかないか!」

 

そうして脇道に逸れた自分を待ち構えていたのは4体のロボット

1pが一体、2pが二体、3pが一体

 

「...意外と当たりか?このルート。」

 

4対1だが、冷静に対処すれば問題はない。

まずは先頭の1p、さっきと同じ要領で、避けて、踏み込み、腰を入れて、ぶん殴る。

そうして停止させた仮想ヴィランを持ち上げて2pヴィラン二体に突撃、1pの残骸で2p二体の足を同時に破壊した。

そうして俺の方に倒れてきた勢いを利用して拳を2発、2pヴィランの頭部を破壊した。

 

残り一体

3pヴィランは戦車のようなタイプで、破壊するのに手間がかかりそうだった。

 

周りに使えるものを探した所、2pヴィランの足の破片がいい感じの大きさの鈍器になりそうだった。

その時、3pヴィランは攻撃を開始した。

 

「ブッ殺ス!」

 

二門のミサイルポッドからの砲撃、咄嗟に2pの足の破片を持ち上げ、盾にした。

衝撃はあったが破片が壊れる事は無かった。恐らく仮想ヴィランの攻撃も受験生に怪我をさせないように威力を抑えたものだったのだろう。

 

ならば恐れず前に出れる。3pヴィランが次の攻撃をする前に、破片を持ってジャンプ、空中で勢いを乗せ回転、破片を3pヴィランの中心に縦に真っ直ぐ叩き込んだ。

 

破片は3pヴィランに深く突き刺さった。

ジジジ、と音を立てた後、3pヴィランは停止した。

 

「これで9ポイント、経過時間は1分、この調子でいけるといいんだが、そう簡単にはいかないよなぁ...バールとか持って来れば良かった。」

 

自分には索敵力も攻撃力も足りない、ならば残りの9分でできる事は

 

「打開策は、走りながら考えるのみッ!」

 

まず、全力で走り抜くことからだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

細い路地に配備された仮想ヴィランを主なターゲットとし、走り続けて残り5分、倒したヴィランは16ポイント、最初のペースを維持できていない。だが、体力はまだ残っている。

 

「クソッ、最初の小道が美味すぎただけか。作戦をミスったな...高火力個性の横槍覚悟で大通りに出るか?...いや、この広さだ、まだ細道は多い、大通りに出るのは残り2分からだ。それまでは走る!」

 

そう考えると、2p仮想ヴィランが三体集まっている場面に遭遇した。

何かに集まって「ブッ殺ス!」だの「ザッケンナコラー!」だの言葉を発しているが、攻撃は行なっていない。

 

「不自然でも据え膳!6ポイント頂き!」

 

幸いにも三体の仮想ヴィランは自分を認識していない。

なので当然奇襲である、ビル壁を蹴り三角飛びの応用で3体の上を取った。

2pヴィランは四脚であり、メインカメラと思わしき頭部は長い首の先にある。よって、奴の真上は死角なのだ。

 

2pの上に乗って拳を打ち下ろし、一体破壊。

もう一体の2pの上に飛び移り、拳を打ち下ろしてもう一体破壊。

 

その時点で、目の端に赤い色が入ってきた

 

三体目の2pヴィランは自分を認識したが、何故か動き出さなかった。

 

まずは、優先順位通りの行動だ。三体目の2pの上に飛びつき破壊した。

 

そうして落ち着いた自分が目にしたのは、頭から出血を伴って失神している少年の姿だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「試験とかやってる場合じゃねえ⁉︎こういう時は、まず...止血!」

少年がどういう状況で失神したかは不明だ。が、頭部の傷跡から見るに仮想ヴィランの足が頭部に当たったのだと仮定する。

 

頭部への衝撃は重症の可能性があると、どこかで聞いた記憶がある。

 

少年の体を起こし、傷口である頭部を心臓より上に持っていった。

そして手持ちのハンカチを巻きつけ、簡単な止血を行った。

 

「クソ、応急処置の知識とか仕入れておくんだった!最適な行動が分からないッ!あとは救急車待つくらいしか思いつかない...ぞ...」

 

その時、自分は思いついてしまった。この少年を救急車が来るまで見守ること以外に自分ができる事を。だがそれは、この試験を棒に振る事と同義だった。

 

それは、自分が少年を入り口まで運ぶという事だ。

 

自分のポイントは現在22ポイント。レスキューポイントがあるとは知っているがそれはあくまで審査制。自分の行動がどれほどのポイントになるか不明瞭だ。下手をすれば、この行為によって自分は合格できる試験を棒に振る事になるのかも知れない。

それに、一応だが応急処置はしたのだ、自分にできる事は全てやったと考えても良い筈だ。

 

合格のみを考えるなら自分は少年を置いてヴィランを倒しに走るべきだ。だが、心のどこかが自分の行動を縛っている。

 

そうして、ある約束を思い出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「俺は高校に入っても、そこから先の人生でも、親切のボールを投げる事を辞めない。約束する。」

 

「はい、約束は確かに聞きました!嘘ついたら針千本のんで下さいね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ、畜生もうどうにでもなれ!雄英じゃなくてもヒーローにはなれるんだ、それなら俺は、俺のやり方を通す!

...それに、針千本飲むのはごめんだしな。」

 

俺は少年を背負い、大通りに出た

少年を一刻も早く救護員の元へ連れて行くために。

 

大通りは、まさに戦場であった。ロボたちの射撃に突撃、それを捌きロボを破壊する様々な個性たち。

 

最短で走り抜けるには障害となる流れ弾が多すぎる

でも、ここにいるのは皆ヒーロー志望の受験生だ。その正義感を利用させてもらおう。

 

「皆!ここに気を失った怪我人がいる!一刻も早く救護班に見せたい!俺に道をくれ!」

 

反応は様々だった。この試験で人助けとか馬鹿じゃねえの?という反応が一番多かった気がするが。

だが、自分の存在を主張する事に成功した。

これで、流れ弾が飛んでくる確率はだいぶ低くなっただろう。

ならば最速で最短で、でもなるべく少年を揺らさないように、走り抜けるのみ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

最速で走ってスタート地点までは2分だった。

「すみません、この人をお願いします!気を失っていて、頭部からの出血ありです!リカバリーガールの治癒個性をお願いします!」

白衣を着た小さな老婆が出てきて、少年を触診しながら答えた

「はいはい、私がリカバリーガールだよ、ちょっと待ってねー。血圧、脈拍共に正常、呼吸に異常も無いみたいだね。」

「状況から見るに、頭を打ったみたいなんです。ベッドはどこですか?」

「いや、多分大丈夫よー。この子のバイタルは至って正常、多分頭を切った時に血を見て驚いて気絶しちゃったんじゃないかねぇ。よくある事なんよ、これ。」

「へ?...でもあんなに血が出てて、しかも頭部の傷は命に関わる事があるって。」

「出血量が多くてびっくりしちゃったんだねぇ。この子の頭部の傷跡、そんなに深く無いし、打撲痕も無い。大丈夫、この子は軽症だよ。頭部の傷は傷が浅くても出血は酷くなるから素人目じゃ重症に見えるのも無理はないけどね。」

「つまり放っておいても命に別状は無かったと。」

「そういう事になるねぇ。」

 

俺は、少年を地面に優しく下ろし、市街部に向かって走り出した。

 

「すいません、俺まだ試験の途中なので戻ります!」

「もう残り時間は少ないけど、頑張んな。」

 

畜生、こんなオチか!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

気絶している少年に治癒の個性を使い終わった老婆は言った。

 

「まぁ、試験を投げ打って人助けをする様な子だ、結果は決まったようなもんだろうけどね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「畜生!ヴィランはヴィランは何処だぁ!」

 

「あいつって確かさっき怪我人背負ってた奴だよな?なんであんな荒れてんだ?」

「さぁ、無意味な人助けしてポイント足りなくて焦っているんだろうよ。さ、あとちょっとだ。ラストスパート、頑張ろうぜ。」

 

入り口付近にもうヴィランはいない。ならもっと深い所まで走らないと!時間が無い、時間が無い!

 

そう走っていると、状況に混乱している緑のもじゃもじゃ頭の少年とすれ違った気がした。

 

そう思い全力で走っていると、周りの空気が死んだ気がした。

ビルの陰から、ビルを壊しながらそれは現れた。

周りのビルが霞むほどの巨体、圧倒的脅威

 

ステージギミックと言われたお邪魔虫、そういうには凶悪過ぎる巨大ロボット、0pヴィランが現れた

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

0pを見た受験者達の反応は一様だった。皆背を向け走って逃げ出した。そうで無いものは数人、足がすくんで動けない者、0pが破壊した道路の瓦礫に足を取られ動けない者、そして、その子を助けようと判断した二人の馬鹿野郎(ヒーローの卵)たちだった。

 

二人が走り出したのは同時だった。

だが、目的は異なった。

足を取られた少女を逃すために走り出したのは自分。

足を取られた少女を救けるために飛び出したのは緑髪の少年。

 

走り出す地点は自分の方が近かったが、一瞬のうちに追い抜かれた。

そして、0pヴィランは少年の一撃の元に破壊された。

少年の体の破壊と引き換えに。

 

自分が少女の元へたどり着く頃には、もう少女は自力で抜け出し、落下してきた少年を救わんと動き出していた。

 

少女は3pヴィランのミサイルポッドを自分の個性で浮かし、その上に乗ることで空を飛んだ。そして、空中で少年に手を触れ個性を発動し、少年の落下速度をゼロにした。

 

少女は顔色を悪くしながら

「解除」

と両手の指を重ねた。

 

それがトリガーとなり、浮いていた多数の仮想ヴィランと少年、少女自身は皆地に落ちた。

 

少年は言った。

 

「せめて...!!1ポイントでも...!!」

 

そんな声に絶望を叩きつけるように、

 

「終了〜!!!!」

 

と試験終了の宣告が告げられた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

優先順位通りに動こう、まずは少年からだ。

「おい、大丈夫か?...いや大丈夫じゃ無いな、片手と両足が俺にもわかるほど逝ってる。とりあえず、俺の目を見てくれ。...いや、目を開けるだけで良い。無理に動こうとするな。」

 

少年の顔を掴み、地面から少し浮かせた。

そして、自分の顔を地面につけることで無理矢理少年と赤い目を合わせた。

 

「うぐっ...あれ、痛みが引いた?」

「俺の個性、催眠眼だ。催眠でお前の痛みを誤魔化してる。でも誤魔化してるだけだから腕も足もやばい状態のままだ。」

 

涙を目に溢れさせながら、少年は答えた

 

「あ、ありがとう。」

 

「正直腕も足もとんでもないダメージを負っている程度にしか俺には分からん。だから治療できる個性の人が来るまで体勢はそのままにしておけ。骨の破片が散っていたら事だからな。...向こうにもう一人嘔吐している奴が居たから俺はそっちを見て来る。くれぐれも、動こうとするなよ。」

 

少年は答えなかった。

 

ミサイルポッドの上で嘔吐していた少女は、今は出す物を出し切ったのか落ち着いていた。

 

「おい、大丈夫か?凄い吐いてたみたいだが、緑髪の少年を助ける時に腹でも打ったのか?」

「だ、大丈夫...個性の反動で酔ってるだけですから。」

「酔ってるだけか...それなら、ちょっと俺の眼を見てくれ。」

 

少女は顔を上げ、少年の赤い眼と目を合わせた。

 

「あれ、気持ち悪いのが抜けた?」

「俺の個性だ。お前の平衡感覚を正常だと誤魔化す催眠をかけた。

しばらくは動きにくいだろうが、ちょっと手を貸して貰いたい事が出来た。お前の個性は、物を浮かせる個性だよな?」

「う、うん、そうだよ。」

「なら、大丈夫だろう。お前を助けるために飛び出した緑髪の少年を入り口付近まで運びたい。運ぶのを手伝ってくれないか?お前の個性なら、多分少年の体勢を変えずに運ぶ事ができる。」

 

「そう、さっきの髪もっさもさの人!わかった、今行く!」

 

少女は覚束ない足取りで、だが少年を救うための確かな覚悟で歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

左側で無重力少女に肩を貸し、右側で個性で宙に浮かされている緑髪の少年の唯一無事な左手をゆっくり引っ張っていた自分は、遠くに見覚えのある白衣の老婆を見つけた。

 

「リカバリーガール、怪我人です!」

「あら、またまた怪我人連れかい。そういう星の元に生まれた子なのかねぇ。それで、どっちが怪我人だい?」

「こっちの浮かせている方です。個性の反動だと思うんですが、右腕と両足を酷くやっています。複雑骨折かどうかはわかりませんでしたから、体勢は変えてません。あと、痛みが酷そうだったので、自分の個性で催眠状態にして痛みを誤魔化しています。」

「なるほどねぇ、あんたは知識が足りない割に良い応急処置をしたよ。誇って良い。それにしても...自身の個性でこうも傷が付くかい...まるで体と"個性"が馴染んでないみたいじゃないか。」

 

老婆は、軽く傷の状態を見たあと、唇を伸ばし、少年の腕にチューをした。

老婆の個性、治癒の発動である。

 

「幸いにも骨は綺麗に折れてたから破片の心配はしなくて良いね、筋繊維の断裂も私の個性で充分治せるものだった。もう安心して良いよ。」

 

少女は安心からか、腰を落とした。

「あぁ、良かったぁ。この人もう大丈夫なんだ。」

「ついでに言えばお前の酔いもな、そろそろ平衡感覚が馴染んできた頃じゃないか?」

「あ、ホントだ。もう一人で歩けそう!ありがとね...えっと。」

「俺は団扇...いや、今名乗るのはやめておくよ。多分俺試験落ちたし。」

「ええ⁉︎あんなに落ち着いて私たちの処置をしてくれたのに⁉︎」

「アクシデントがあってヴィランポイントそんな稼げなかったんだよ...ま、自業自得ってやつだ。」

「...そういえば人を背負って全力疾走してた人だ!あの人大丈夫だったの?」

「ヴィランの攻撃で頭を切って、出た血に驚いて気絶しただけだったよ...

側から見たらどう見ても重症だったんだけどなぁ。」

 

少女は乾いた声で

 

「あはははは、ドンマイ!」

 

と言ってくれた。

 

「ありがとさん。それでこっちの少年は...寝てる。まぁ試験ハードだったしあんな凄い事をしたんだ、無理もないか。

もう傷は癒えたんだし個性解除して良いぜ?あとは普通に背負って運んで大丈夫っぽいから。」

 

自分は浮いたままの少年を背負う形に体勢を変えた。

 

「...そうだね、私もやる事が出来たから、その人の事お願いしても良い?」

「乗りかかった舟だ。別に構わんよ。」

「それじゃあ、お願い!解除!」

 

少女は両手の指を重ね、そう言った。

 

「色々ありがとねー、催眠の人!」

「合格を祈ってるぞー、無重力ガール!」

 

少女はそう言い残し、走っていった。

 

「さて、少年起きてるか?...ぐっすり寝とるわ。

試験の事とか聞いてみたかったんだがなぁ。ま、いいか。

にしてもヴィランポイント22点、個性無しでは良くやった方だろ。多分。雄英もその事を考慮してくれれば良いんだけどなぁ。」

 

少年を背負った自分は、そう愚痴を零しながら歩みを進めていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

少年を医務室のベッドに置いて家路につこうとすると、昇降口で無重力ガールとばったり出会った。

「つくづく縁があるな、無重力ガール。」

「あ、催眠の人!もじゃもじゃ君は?」

「医務室のベッドだよ。ぐっすり寝てた。んで、無重力ガールはなんでこんな時間に?」

「いやーちょっと職員室に直談判に行ってまして。」

「へー、試験に何か文句でもあったのか?俺は正直文句しかなかったが。」

「そういや催眠の人って個性ロボに効かないもんね、大変だった?」

「そりゃあもう。砂鉄入りグローブ持ってきてなかったらロクにポイント稼げず終わってた所だよ。」

「へー、用意がいいんだね。」

「それで、無重力ガールは何を文句言いに行ったんだ?」

「ほら、もじゃもじゃ君いるじゃん。あの人、最後にせめて1ポイントでもって言ってたの。多分ロクにポイント稼げてなかったんだと思うんだ。だから、私を助けてくれた分、私のポイント分けてくれないかって頼みに行ったの。」

「それで自分が落ちるかも知れなくてもか?いい根性してるな、無重力ガール。んで、結果は?」

「断られちゃった、当然だよね。でもその時、プレゼントマイクが変な事を言ったんだ。分ける必要も無いって。...どういう事だと思う?」

「...多分だけど、この試験で見ていたのはどれだけヴィランを倒したのかじゃなくて、どんな風にヴィランを倒したのかって事だったんじゃないか?

いかにヒーローらしい行動をしたかでボーナスポイントが貰えるとか。」

「あぁ、成る程!それならもじゃもじゃ君がヴィランポイント0点でも合格できるかもね!」

「ま、これは俺の都合のいい妄想だ。あんまり信用しすぎるなよ?俺の無駄だった行為にポイントが付いたらいいなーってだけなんだから。」

「でも、そうだといいね!良いことした人が報われないなんて、なんか変だもん。」

「ああ、そうだと良いな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして無重力ガールと俺は、筆記試験のことや実技試験のこと、その他他愛もない話をしながら家路についた。

 

「それで、結局自己紹介しないで駅まで着いちゃったけどどうする?」

「やめておこうぜ。何だかんだここまで来たんだ、自己紹介は雄英ヒーロー科でやった方が格好良いしな。お互いに受かるかどうか微妙なラインだけどさ!」

「それは言わないお約束ですよ。それじゃあ催眠の人、またね!」

「おう、またな!」

 

 

自分と少女は別れ、それぞれの家路についた。

 

敵は雄英高校ヒーロー科、倍率は狂気の300倍

戦い抜く事は成功したが、実技ではミスが多すぎた。特にあの気絶した奴、これで落ちたらあいつの事を当分の間許せないだろう。

まぁ、命に別状が無くて良かったとも思っているんだが。

 

さて、運命の一日は終わった。後は、結果を待つのみだ。

 




ヴィランポイント22点、レスキューポイント不明!
ついでに言うなら合格基準最低点も不明!
果たして、主人公は実技試験を突破できるのか!
待て、次回!

4/19 こっそり描写を修正しました。叙述トリックとか自分には無理だったという事です。


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面談

雄英の試験の採点のやり方はオリジナルです。この作品では筆記で足切りラインを作ってそれ以上の受験生をカメラの映像で追っかけて見ているという方法を取っています。
ヒーローに大切なのは学力より身体能力や個性ですから、きっとこんな感じの採点方式だろう思います。


雄英高校ヒーロー科、その最高峰の学校の教師陣は会議室にて、今回の実技試験の採点をしていた。

 

「受験番号0371、ビデオ開始します。」

 

「おー、こいつ覚えてるぜ!C会場で真っ先に走り出したいい身体してる奴だ!この身体能力、増強系か?」

「よく資料見ろマイク、こいつの個性は催眠能力と人間の身体エネルギーを見る能力を兼ね備えた眼の個性だ。つまりこの身体能力は地だよ。」

「なおさら凄えじゃねえか!お、最初の戦闘だ...良いね!ちゃんとパンチに腰が入ってる。ちゃんと鍛えた証拠だな!でも脆いとはいえ仮想ヴィランの体ブチ抜いて手は大丈夫か?」

「...準備が良いなこの受験生、あのグローブおそらく砂鉄入りだ。」

「Wow、ちゃんと武器を用意してくるとか抜け目も無い、これは良い得点行ったんじゃねえか?...あれ、ヴィランポイント22点だ、てっきり40の大台に乗るくらいの動きだと思ったんだが。」

「あー、この子かね。この子は人助けのために試験を投げ出した馬鹿者さね。むしろ22点も良く取れたと言うものさね。」

「何だ婆さん、知ってる受験生か?まぁ、見てればわかるか」

 

「細い路地の方に入って行ったぞ、何でだ?」

「合理的だな、こいつは自分の火力の無さを自覚している。だから確実に横槍の入らないエリアで戦う事を選んだのさ。だが、悪手だな。」

「索敵能力の無さが出たって事じゃない?最初の路地にポイントがあったから次の路地にもポイントがたんまりあるって思うのは何もおかしくないわ。まぁ、ヴィランの配置的に美味しいのは最初だけだったんだけどね。」

「でもやるなこいつ、4体の仮想ヴィランをほぼ瞬殺だぜ?2pの足を武器に使う機転もある。そんな奴が試験を投げ出すなんて、何が起こったんだ?」

「見てればわかる事だ。聞くのは合理的じゃない。」

「それもそうだな。...走り続ける持久力もある。個性に頼らずこの動きって事は相当に努力した奴なのは間違いねぇ。一体何が起きたんだか。」

 

そうしてビデオは進み、2pヴィランが3体集まっている奇妙な場面に遭遇した。

 

「おい、2pヴィランって確かターゲットを見つけたら追いかけ続けるルーチンだよな。それがどうしてあんな固まっている...ちょっと待て、なんかあいつらの足元に血が流れてるぞ!」

「なるほど、これがコイツの遭遇したアクシデントか...受験生はまだ気付いてないみたいだな。だが、不自然に思ってもまずヴィランを破壊する事を選んだか。」

「まぁまだひよっこ以下だ、血にすぐ気付けないのも無理はない。

...しかしココでも瞬殺か、この戦闘力で個性を使っていないのは本当に驚きだな。」

「お、受験生が怪我人に気付いたぞ!一瞬固まったが体を起こしてハンカチで止血、悪くないな。」

「応急処置は及第点だな。訓練を受けていない素人ならこんなものだろう。だが、ここから立ち去る事を迷っているな。」

「でもこの血の出方からいってそんな深い傷じゃないだろ?立ち去って良いんじゃないか?」

「それを言えるのは俺たちがプロだからだ。素人がそこまでの判断を一瞬でするのは無理がある。だから迷って...動き出したぞ。」

 

 

「はぁ、畜生もうどうにでもなれ!雄英じゃなくてもヒーローにはなれるんだ、それなら俺は、俺のやり方を通す!

...それに、針千本飲むのはごめんだしな。」

 

 

「彼は助ける方を選んだか!極限状態での判断はその人物の根を表す。特にこんな人生を決める大舞台だ、プレッシャーもあるだろうに。それでも助ける事を選べる彼は、良いヒーローになるぞ!」

「それは同感です、けど被害者の傷の深さから見るに置いていっても良かった、いや置いておいて周囲のヴィランを先に対処するのがこの状況を実際の事件現場として見る分には合理的だ。高いレスキューポイントはやれませんね。」

「確かに、相澤君の言う事はもっともだね。でも、まだ試験は半分だ!これから先彼がヴィランポイントを取る事はないにしても、レスキューポイントはまだ加点があるかもしれない。有望な学生だ、しっかり最後まで見てあげようじゃないか!

 

 

「成る程、周囲の学生達を利用して大通りを最短で抜ける選択か。背負っているのが本当に要救助者ならこの選択は正しい。実に惜しいな。」

「ただし、周囲の受験生に自らレスキューポイントを配布するような行為でもある。自分の首を絞めることに余念がないな、この受験生は。」

「レスキューポイントは知らされていないんだから仕方がないわ。私は好きよ?誰かを助けるためにライバルの力を借りるのとか、青春っぽくて!」

 

 

 

「人一人背負ったまま2分で入り口まで走りきったぞコイツ!相変わらず凄え身体能力だ!」

「だがこの運び方だと、背負った奴に振動が大きい。振動をなるべく伝えないように努力してるのは見て取れるが、上手くいってないな。...背負ってる奴が本当に重症だったら危険だったかもな。」

「だが、背負っているのは幸いにも軽症者だ。そこは今はいいだろう。む、リカバリーガールと会話を始めたな。」

「ああ、背負ってたのは赤の他人だった癖に、本気で心配している顔だ。多分、根がお人好しなんだろうな。」

 

 

「つまり放っておいても命に別状は無かったと。」

「そういう事になるねぇ。」

 

 

「イレイザー見たか今の顔!すっげえ微妙な顔してたぞ!そりゃ試験投げ出して人命救助したのに別に必要無かったってんだからそりゃ苦笑も出てこねぇわ!」

「あんまり茶化すな山田。災害救助とかでたまにあることだ。急いで助けようとしたら耐火の個性持ちだったとかな。受験生にとってはあれの延長なんだよ。」

「あぁ、あの肩透かし感か。確かに今の受験生と同じ感じだわな。

...あ、負傷者落とした。」

「よく見ろ、ちゃんと衝撃がいかないように下ろしてる。確かにパッと見落としたみたいに見えたがな。」

「それから全力ダッシュ、体力あるわねー。でも、ヴィランポイントがもう頭打ちって事はもう仮想ヴィラン見つけられなかったのかしら。...移動速度、C会場のタイムテーブル、まさかアレにカチ合った?」

「可能性はあるな。」

 

 

「激戦区まで戻って来たか、ちょうど0pが出てくる時間だな。...運が悪いな、コイツ。」

「ま、俺たちとしては良いんじゃねぇか?圧倒的な脅威に対して、この受験生がどう動くか見る絶好の機会だ。...来るぞ。」

 

そうして、会議室の皆は見た

0pの壊した道路の瓦礫に足を取られ、倒れた女の子を助けるために走り出す2人の男子の姿を

走り出すのは同時だったが、先に着弾したのは緑髪の少年で、間に合わなかったのはこの受験生だった。

 

「見たか、イレイザー。」

「ああ、確かに見た。あの一瞬、確かにコイツは倒れた女子を助けるために走り出していた。あの規格外のせいで全くの無駄に終わったけどな。」

「でも、圧倒的脅威に怯える事なく、一瞬で助ける行動に出れたのね。オールマイトさんの言う通り、良いヒーローになるわよこの子。」

 

「ま、走り出しただけなんだけどな。女子は結局自力で脱出したから大幅な加点もできねぇ。個性に全く頼れない状況でもここまで頑張ったというガッツは俺たちも見習うべきレベルだけどな。」

 

「ああ、この子の採点は、試験終了ちょっとあとまで見てからにしてくれないかい?この子の個性が見れるさね。」

「試験の原則により、試験時間外の行動には得点には出来ませんよ?」

「それでも、この子の個性をまるで知らないまま終わるよかマシさね。」

「それでは、もう少しだけビデオを続けますね。」

 

 

「む、少年の顔を少し上げて、自分は地に頭を付けた一体何を...いや、もう終わったのか!催眠眼による鎮痛ッ!目を合わせるだけでこれほどの催眠をかけられるのか!...凄い個性だ。」

 

「無重力ガールの方にもなんかしに行ったぜ?何、こっちも治療したのか⁉︎」

「音声の限りだと、平衡感覚を誤魔化して酔いを収めたらしい。催眠眼も凄いが、それをコントロールするこいつの個性操作能力は相当なものだな。」

「ここまで強力な個性を持ちながらそれに奢らず体を鍛え続ける根性、悪意に晒されがちな洗脳系個性なのに保ち続けた善性、どちらをとっても金の卵ね。試験結果を誤魔化してでも欲しい人財よ、この団扇巡って受験生は。」

「ミッドナイト先生、滅多な事は言うものじゃ無いよ?試験は公平でなければならない。それが原則さ!

それにまだ捨てたものじゃないさ!彼のやった事はやらなくても良い事だったのかもしれない。だが、気絶した少年を助け、0pヴィランに救うために立ち向かった、その勇気はきちんとレスキューポイントに加算される筈さ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

採点結果、受験番号0371番 団扇巡

敵ポイント 22点 救助ポイント 26点

合計得点48点 実技総合成績 37位

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「実技総合成績出ました。」

「レスキューポイント0で一位とはなぁ!!」

「1p、2pは標的を捕捉して近寄ってくる。後半他が鈍っていく中派手な個性で寄せ付け迎撃し続けたタフネスの賜物だ。」

 

「対照的にヴィランポイント0で7位。」

「アレに立ち向かったのは過去にもいたけどブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね。」

「思わずYEAHって言っちゃったからなー。」

 

「しかし自身の衝撃で甚大な負傷...まるで発現したての幼児だ。」

「妙な奴だよ。あそこ以外はずっと典型的な不合格者だった。」

 

「細けえ事はいいんだよ!俺はあいつ気に入ったよ!!」

「YEAHって言っちゃったからなー。」

 

「しっかし残念だったよなー、あの催眠の奴。」

「例年なら受かってた点数だからな、今年が豊作だったのがコイツの運のなさだろうさ。しかも最後の一人がポイント追い抜いた原因ってあいつ自身の配ったレスキューポイントだったからな。もしも助けた生徒が本当に重症だった場合なら、きっとアイツは受かったんだろうなー。惜しい奴だったぜ。

あ、校長が戻ってきた。」

 

「皆、受験番号0371の団扇巡君についてだが、調べてもらったところ怪しい結果が出てきた。もしかすると埃を被っていた()()()()を始めて導入する事になる事態かもしれない!」

「あの制度ってまさか!一体どんな事がわかったんですか!」

「それを確かめるため、彼に会いに行きたいのさ!相澤君、明日は空いているかい?」

「ええ、空いていますよ、校長先生。」

「それなら行こうか!千葉の指定暴力団、財前組の元へ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

高校受験も終わり、あとは結果を待つばかりの自分を呼び出したのは、要の爺さんだった。小指のオッサンと俺に何か話しがあるらしい。

 

「前行った時はもう来る事は無いと思ってた屋敷だけど、意外と機会ってあるものだねー。」

「一度起きた事は、だいたい2回目も起こるのさ。にしても一体どんな要件での呼び出しなんだか。」

「今回は小指のオッサンも知らないんだ。案外サプライズパーティーだったりして、なんかの。」

「なんかってなんだよ。」

「例えば、俺の受験お疲れ様パーティーとか?」

「自分でも疑問形かい。というかそういうのは普通結果が決まってからやるだろ...いやオヤジならやりかねないな。心の準備はしておくか。」

「ヤクザ流の誕生日パーティー...長ドスでケーキ切り分けそう。」

「どんなイメージだ馬鹿。普通にケーキナイフくらいあるわ。」

「ケーキナイフあるんだ。...俺、ヤクザの意外な一面ばっかり知ってる気がする。」

「ヤクザだって普通に生きているんだ、そりゃ料理道具の1つや2つ、普通あるだろ。」

「そういうもんか。」

「そういうもんだ。...着いたぞ。インターホン、今回はどうする?」

「一回押したしもう良いや。」

「適当だなぁ、お前。」

 

そう言いながら、オッサンはインターホンを押した。

すると門は自動的に開いた

 

「また扉の奴か、俺たちじゃなかったらどうするんだか。」

「あ、監視カメラあるじゃん。案外それで俺たちを見分けてたのかもね。」

「え、何処にだ?」

「ほら、後ろの電柱のとこ。」

「後ろ?本当だ、いつの間に監視カメラなんて付けたんだウチの組。そんな金ないだろうに。」

「監視カメラくらいそう高いものでもないんじゃない?」

「最近は安いのもあるんかねぇ。まぁ、いいか。行くぞ、巡。」

「はーい。」

 

玄関の扉を開けると、そこには要の爺さんが待っていた。

 

「またか。オヤジ、二度ネタは面白みにかけるぞ?」

「いや、今日は単に人が出払っていてな、今ウチにいるのは俺と扉と客だけなんだ。」

「客?そういや一体どんな要件で俺たちを呼び出したんだ?」

「そのお客さんが、俺とオッサンを呼び出したって事で良いの?要の爺さん。」

「巡の言う通りだ。さあ、客は居間で待ってる。入りな。」

 

居間に入ると、そこには人型大の白いネズミと着慣れていないスーツを着た男性が座っていた。

 

「どうも、団扇巡です。」

「どうも、コイツの保護者、財前小指です。」

 

「ご丁寧な対応ありがとう!白い毛並み、キュートなお目目、その正体は...校長さ!雄英高校のね!名前は根津さ!」

「同じく、雄英の教師の相澤と申します。」

 

「雄英の先生がた⁉︎一体どうしてウチの組にヒーローが来てるんだよオヤジ!」

「...話してみればわかるさ、取り敢えず二人とも座んな、話はそれからだ。」

「合格を伝えに来たって訳じゃないよね、多分だけど。」

 

二人は、ヒーローと向かい合う形で机を挟んで座った。

 

「それじゃあ俺は部屋にいる。終わったら呼びな。」

 

そう言って、要の爺さんは部屋から去っていった。

 

「それでは始めようか!団扇君、君は当校の受験において実に良い成績を残した!」

「...やったじゃねぇか巡!」

「...いや、ただの合格通知なら先生方が直接来る必要はない。何か提出書類にミスでもあったんですか?」

「なかなか鋭いね!ならもう本題に入らせてもらおう!優秀な成績を残した君だが、いくら筆記試験の結果が良くても実技試験でヴィランポイント22点という全体から見れば低い成績の君をウチの学校に迎える事は出来ない。」

「それじゃあ、やっぱり自分は落ちたんですか。まぁ納得です、試験棒に振って助けようとした人がアレでしたからねー。」

「そう、君は不合格だ...このままならね!

僕達は君を絶望させるためにわざわざやってきた訳じゃない。君が、ウチの高校にある知られざるある制度に適した人物かを見極めに来たのさ!」

「その制度ってのは⁉︎」

「フフフ、まだ秘密さ!」

「...成る程、その制度の名前から自分が先生がた好みの回答を捏造しないためにですか。」

「その通り、流石筆記試験4位の秀才だね!頭の回転も速い。」

「ありがとうございます。筆記そんなに良かったんですか、ちょっと驚きです。それで聞きたいことっていうのは何ですか?」

「単純なこと、君の半生さ!君がどんな境遇にいて、どんな生き方をしたのかを僕達は知りたいのさ!」

「...だから小指のオッサンの家じゃなくてこの財前組の本家に呼び出した訳ですか、もう、ある程度知っているから。」

「君の調査を頼んだヒーローは優秀な子だったからね!君が暴力団関係者だという事はすぐにわかったのさ。芋づる式で君の戸籍が偽造されたものであることもね!

そんな訳でまず君に質問だ、どうして君は財前組なんて指定暴力団に引き取られる事になったんだい?」

「...俺が嘘をつく可能性は考えないんですか?」

「その時は、君が嘘をつく理由を見抜くだけさ!」

 

「わかりました、答えます。

生まれた時に親が出生届出し忘れるとかいう大ポカやらかしましたけど、普通の家庭に生まれたと思います。でも4歳くらいの頃、父親が逃げ出しまして、それから母と二人で頑張ったんですけど色々ありまして、なんだかんだでネットで知り合ったオッサンに引き取られる事になったんです。」

「色々の部分を話してはくれないのかい?」

「これは、俺の背負わなきゃならない傷です。先生がたがいくら信頼できそうな人物だとしても、初対面の人に話したくはないですね。」

「...まぁ確かに僕達は初対面だ。あんまり踏み込んだ話をするには抵抗があるもの頷けるね。でもネットで知り合っただけの人に引き取られる事には抵抗はなかったのかい?」

「当時はそれどころではなかったですからね。自分が長く母と同じ所にいたら二人とも駄目になるってのはわかりきっていたことだったんで。多少信頼出来ない人だとしても頼れる糸はそれしかなかったんです。...まぁ、結果は大当たりだったんですけどね!」

「そうかい、君はヤクザに引き取られて良かったと思っているんだね。」

「ヤクザっていうより、小指のオッサンにですね。このオッサンに引き取られた事は俺の人生最大の幸運です。」

「おい巡、あんま変なこと言うな!これはお前の人生のかかった面談なんだぞ!」

「照れてるの?」

「照れとらんわ!」

「ハハハ、本当に仲が良いんだね!それじゃあ次の質問だ。君が財前組に引き取られてから学校に行き始めるまで一ヶ月ほどかかっているね。その間一体何をしていたんだい?」

「...確かに俺がこの組に引き取られてから学校に行き始めるまで一ヶ月ありました。でも、戸籍を偽造したのも一ヶ月経ったあたりです。でも、この事は簡単な調査だけじゃ分からないはずです。

根津校長、あらかじめ要の爺さんに話聞いてますね?」

「ハハハ、君は本当に頭の回転が速いね。実はその通りなのさ!」

「それなら嘘をつく意味とか無いじゃないですか。」

「嘘は人の本質を表すからね!君がどういう嘘を吐くのかも判断基準だったのさ。まぁバレてしまっては仕方がないけどね!」

「これ、俺が話す意味とかあるんですかね...まぁ、話しますけど。

要の爺さんの話した通り、自分は財前ヒプノセラピーサロンって店で個性の不法使用で働いていました。引き取られてから今までずっと。借金みたいなものの返済のために。

一ヶ月の時に自分に戸籍が作られたのは、店でちょっとしたアクシデントがあって、それを解決した事の報酬みたいなものです。

これを隠せないって致命傷じゃないですか?ヒーロー志望とかもう無理でしょう。」

 

「つまり、君は8歳から今に至るまで、店で個性の使用を強要されていたんだね?」

 

「?いえ、自発的にやっていましたよ。お金を稼ぐために。」

 

オッサンは何かを悟ったような顔で話し始めた。

 

「...いいや、未成年であるお前に責任能力はない。お前がどう言おうが個性の不法使用は店の責任者である俺の責任になる。だから、お前は個性の使用を強要されたと言え。」

 

「⁉︎何言ってんだオッサン、そんな事言ったら捕まるだろ、この二人はヒーローだぞ!」

「いいや、オヤジが話したって事はもう向こうに証言は握られているのと同じ事だ。...いずれ責任を取る日が来るのはわかっていた。お前を店で働かせるって事は紛れもなく法を犯した行為だからな。

だから、それがたまたま今だったってだけだ。」

 

 

「正直に言おうじゃないか。君に適応できるかもしれない制度というのは未成年ヴィラン保護入学制度というものさ。何らかの事情で犯罪に手を染めてしまった未成年の少年少女に、更生のチャンスを与えたいとの思いで作られた制度さ!未成年のヴィランがそもそも少ない上にそんな子は雄英を受験しないから今まで埃を被っていた制度なんだけどね!

でも、この制度を適用するには罪の所在を明らかにしないといけない。未成年である君に罪を問うことはできない。だから、君が、君自身で法律的に罪を背負うべき人物を名指ししないといけないのさ。」

 

 

「それって、俺が夢を追うためにオッサンを生贄にしろって事だろ!言える訳あるか!」

 

「巡!...大丈夫だ、俺は所詮ヤクザ者だ。若い頃の無茶のせいで前科もある。...それに、捕まるっていっても未成年への個性不法使用の強要ってだけだ。なら精々3年って所だろう。大した刑期でもない。

だから、お前が特に悩む事は無い。

それに、組をたたむ際に俺みたいな非合法店を経営していた連中は警察に自首する手筈になっていた。ちょっと警察に捕まるのが早くなるだけだよ。」

「でも!」

 

「巡、俺はお前のオヤジ代わりだ。お前の夢のためにちょっと格好をつけさせてくれ。」

 

「...ずっと、抵抗があって言えなかった...父さんみたく居なくなっちゃうんじゃないかと思ってて。ごめん、でも本当に良いの?」

「おう、良いんだよ。...お前との家族ごっこは正直楽しかった。ヤクザ者の俺でも、真っ当な家庭を得られたみたいでな。

だから、ありがとな馬鹿息子、お前のおかげで俺はカタギになるって決める事が出来た。」

 

少年は、一筋涙を流しながら、こう言った。

 

「こっちこそ、ありがとう、親父。親父が最初に俺を助けてくれたから、俺はヒーローを目指す事が出来た。本当にありがとう親父、俺と、出会ってくれて!」

 

その返答は、頭を撫でる父親の優しい手つきだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「落ち着いたかい?」

「はい、ありがとうございます、根津校長。...言いますね。

俺、団扇巡は8歳から今に至るまで、財前ヒプノセラピーサロンにて個性の使用を...」

 

隣の親父の顔を見た。行ってこいと言われたような気がした。

 

「...個性の使用を強要されていました。俺の親父、財前小指に!」

 

「言質は取れたよ。これで君は未成年ヴィラン保護入学制度の対象になった。よってこれより雄英高校は君の事を保護する事を約束するのさ!」

 

親父は心から嬉しそうに

 

「良かったな、巡。」

 

なんて言ってきた。

自分は、うまく言葉を返せなかった。

 

「さて、相澤先生、資料を。」

「その前にお前に聞いておきたい事がある、団扇。」

「何ですか?相澤先生。」

「お前は、ヒーローを憎いと思ったりしないのか?」

 

少し考えて、自分はこう答えた。

 

「ヒーローを憎んだ事はいっぱいあります。母さんと二人の時にどうしてヒーローは助けてくれなかったんだ!とか、今、どうして親父が捕まらなきゃいけないんだ!とか。でも、憎しみは善意と違って良いボールでは帰ってこないじゃないですか。だから、これは心の奥にしまっておきます。」

 

「...そうか、ならもう一つ。どうしてお前はヒーローになりたいと思ったんだ?」

 

「自分が、ヒーローに助けてもらえなかったからです。

今のヒーロー飽和社会でも、単純に誰に助けを求めて良いかわからないから、とか、脛に傷があるから、とか、いろんな理由で助けてを叫べない人達がいます。俺は、そんな人に手を差し伸べたい。そう思ったから、ヒーローになりたいって思ったんです。」

 

「それは、社会への復讐か?」

 

「いえ、もっと単純です。自分が助けてもらえなかったから皆も地獄に落ちろーってのは悲しいじゃないですか。自分の受けた不遇は、自分を最後の一人にしたい。そんな理由です。」

 

「そうか...無謀だな。だが良い答えだ。」

「プロから見るとやっぱ無謀なんですね。」

「だが、その無謀を実現できるように鍛えるのが俺たちの仕事だ。

来いよ団扇巡、雄英高校がお前のヒーローアカデミアだ。」

 

「ありがとうございます、先生。これから3年間、よろしくお願いします!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

財前組から帰る車の中、相澤と根津はある話をしていた。

「しっかし良い子だったね、団扇巡君は!将来有望な生徒が増えて良かったね!相澤君!」

「ええ、しかも催眠系の個性にも関わらず、俺たちに使うそぶりすら見せなかった。この分だと自分が来た意味はなかったですね。」

「念のための備えは必要さ!もし、僕が一人で行って催眠にかかっていたら、雄英に相応しくない生徒が合格してしまう可能性があった。

互いに信じられない初対面での会話は、いくら保険があっても足りないのさ。特に彼のような危険な個性を持った子相手だとね!」

「...催眠系は本当に危険な個性です。所持者自身にも牙を向きかねないほどの。だからこそ団扇巡は凄い奴ですよ、個性に驕らず、誠実さを忘れなかった。...彼の養父に聞いてみたいですね、どういう教育をしてきたのか。」

「ヤクザの教育メソッドをヒーローが取り入れる、何か不正がありそうな文面だね!」

「そうですね。」

 

 

 




実技試験滑り込みセーフなのは多分青山君。理由は特に無いです。なのでC会場のレスキューポイント配りが主人公にとっての致命傷になりました。無情です。

尚、どっかで書こうと思って書きそびれたのでここで
実技試験で血を流し倒れていた子の個性は跳躍、ビルを飛び越えて真っ直ぐ行ったから脇道をしらみつぶしに見てる主人公より早く気絶した場所にたどり着いたのでした。

-追記-
4/18、教師の会話内容を一部修正しました。プロット書いていてここは書き足しておくべきポイントだと思ったので。プロット作業はあまりはかどってはいませんが、楽しんで書けて、楽しんで読まれる小説を目指して頑張ります。


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倍率300倍を超えられなかった少年の話

難産でした。お陰で1話から続いていた連日更新を途切れさせてしまいました。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。


未成年ヴィラン保護入学制度、その手続きには意外と時間がかかった。

あの面談の後日、自分は財前組の皆と根津校長とともに警察に自首した。

結構な人数が同時に自首したもんだから警察署はちょっとした祭りであったが、要の爺さんが事前に話を通していたらしく、なんとか対応してくれていた。

自分は根津校長立会いの元、警察から取り調べを受けた。なので順当に、根津校長に話した事と同じ事を警察に話した。警察には8歳の時の事を詳しく聞かれるかと思ったが、根津校長のとりなしのお陰で自分で自分を売ったという1番の爆弾を言わないで済んでしまった。

...こういう守られている感じが嫌になる。未成年だからといって取り調べの手を緩めるのはどうなんだろうかと感情の部分は言う。それは、自分がまだ守られるべき子供でしかないからだと理性の部分が言う。

早く大人になりたい、そう思った。ヒーロー以外に何かになりたいと思うのはこれが初めてだったかもしれない。

 

話が終わったあと、色んな書類にサインをさせられ取り調べは終了した。

 

 

そうして、外に出た自分が見たのは、椅子に座って取調室が開くのを待っていた親父の姿だった。

 

「おう、初めての取調室はどうだった?」

「...普通だった。もっとじめじめしてて暗いもんだと思ってたから割と驚いた。」

「そうか普通か、俺の若い頃から人権とかうるさかったからな。そりゃまともな部屋になるか。」

「父さん...部屋空いたからそろそろ呼ばれるんじゃない?話す事とか纏めといたら?」

「何ヶ月、いや何年前から組をたたむ話になってると思っているんだよ、資料も自白する内容もカンペキだぜ。」

「そ、なら良いや。」

 

こうこう話しているうちに親父の取り調べの番が来て、親父は立ち上がり、取調室へと入っていった。

 

根津校長は言った

「君のお父さんの取り調べは長くなりそうだ。先に帰っているかい?もう書くべき書類にサインは終わったから保護入学制度の準備なら大丈夫さ!」

「いえ、待っています。それに疑問に思っている事もあるんで、校長と少し話したいなとも思っていたんです。」

「僕に話?なんだい、何でも言ってみると良いさ!」

「未成年ヴィラン保護入学制度ってのは初めて聞いたんですけど、そんな制度があるなら雄英に入るためにわざとヴィランになる受験生も出てくるんじゃないんですか?」

「その答えは簡単さ!まず、制度の対象になるのは実技、筆記共に100位以内の好成績者でなければならない事、行ってしまったヴィランとしての行為が、自身の責任ではない事、その二つを満たした上で僕ら教師陣との面談で自身の善良さを示すことが必要だったのさ!つまり、君は結構狭き門をくぐり抜けての制度適用者だったということさ!だから君は裏口入学なんじゃないかとか不安に思う事はないのさ!」

「...特に善良さを示した覚えはないんですけどね。」

「それは、君が自然に善良さを示し続けているということさ!」

「そうなんですか。それなら次の質問です。要の爺さんと先に話をして、財前組の悪事の証言を掴んだ訳ですよね。一体どうしてすぐにその悪行を世間に公表しなかったんですか?」

「それも単純、僕達が財前組の組長を信じたからさ!彼の組をあげて自首をするという言葉に嘘はなかったと感じられた。だからさ!」

「そんな理由でヤクザを信じるってどうかしてるんじゃないですか?」

「ヒーローは時にヴィランすら信じて動かなくてはならない時もある。そういうことさ!」

「...ヴィランを信じる事ってヒーローが一番やってはいけない事のような気がするんですが。」

「時と場合によるのさ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

根津校長とはいろんな話をした。入試にはレスキューポイントという制度があったお陰で、実は自分はあと1pで普通に入学できたということ。

雄英高校には今年の4月からオールマイトが新人教師として赴任するということ。自分の保護入学は世間的には37位の生徒が優秀な成績を残したので特例として入学を許可したと発表するということ。...財前組は組をたたむ際、自分に罪がいかないように色々な細工をしていたということ。

 

思い返せば色々な違和感はあったのだ。自分は仕事中ずっとマジックミラー越しに個性をかけるだけで、特に姿を晒してはいなかった。

それに、組をたたむ事を決めた後でサロンに雇われたステファニーさん。おそらく彼が自分の罪をまるごと背負い、自分は晴れて無罪となる。そういう流れだったのだろう。

 

自分が色んな善意に守られている事が辛い、自分が皆を守れる大人でない事が辛い、もっと力が欲しい、そんなことばかり考えていた。

 

根津校長は言った、自分を元気付けるような声色で。

 

「今日君が書いた書類で、君には個性不正使用の前科が付いてしまった。でもその代わり、日本最高のヒーロー養成学校雄英高校への正式な入学が決定したのさ!本来あり得ざる41人目の合格者、僕たちも極力君を守るつもりではいるけどそれに対する誹謗中傷は多いだろう。だが、君の実力ならそれらの声を振り切って立派なヒーローになれると僕は信じている!Plus Ultraさ!これからの君の活躍を期待しているよ!

さて、僕はもうそろそろ学校に戻らないといけない時間だ。お先に失礼させてもらうよ!」

「...ありがとうございます、校長先生。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

取調室の親父を待って3時間、自分は何をするでもなくぼーっとしていた。そんな自分を見かねたのか一人の女刑事さんがコーヒーを入れてくれた。

 

「あったかいもの、どうぞ。」

「あったかいもの、どうも。」

 

女刑事さんは言った。

「君の取り調べは終わったんだから、もう帰っていいのよ?君は確かに犯罪を犯した。けれどそれは大人に強要されての事よ。君に責任は無いの。君はまだ、子供なんだから。」

「...刑事さん、もし俺が今から個性の不法使用は自分の責任だって証言を変えたら、何かを起こせますか?」

「...何も起こせないわ。君はまだ子供、法律的に責任能力を持っていないの。だから、君の言い変えたことが真実だとしても責任を君に取らせることはできないわ。」

「そうですよね、子供には何もできない。どんなに体を鍛えても、どんなに個性が強くても、子供だってだけで何もできなくなる。」

「でもその代わり、子供は次の世代の大人になれる。次の世代の誰かを救える。それは、今の大人にはできない大切な仕事なの。」

 

その言葉に、つい声を荒げてしまった。

 

「俺が救いたかった人は次の世代じゃなくて今の大人なんですよ!次なんてない、次なんてないんです!」

 

女刑事さんは少し考えたあと、優しい声でこう言った。

 

「いつだって、何にだって次なんかないわ。でも、だからこそ次を思う事は大切なの。自分の感じた悔しさを次の世代に引き継がせないために。自分の感じた後悔を、後悔のままで終わらせないために。そして次を、ちょっとでも良いものにするために。

...君はヒーローになるんでしょ?だったらこの心構えは持っていなさい。」

 

その優しさは、自分の熱くなった頭を冷ましてくれた。

 

「すいません、少し感情的になりました。」

「いいのよ、それくらい。そんな感情的になるくらい大切だったんでしょ?財前組の人達は。君が待ってるあのおじさんは。その誰かを大切に思う気持ちを忘れなければ、君は良いヒーローになれるわ。ヒーローをよく見るヴィラン受け取り係の私たちが言うんだから間違いないわ!」

「...自分で言うんですか、ソレ。」

「実は私、ヴィラン受け取り係って名前気に入っているの。ヒーローと助け合ってる感じがして。少数派なのはわかっているけどね。」

「凄いプラス思考だ...」

「覚えておいた方が良いわよ?プラス思考は最強なの。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

女刑事さんと会話をしていると、親父が取調室から出てきた。

 

「親父!」

「なんだお前、待っていたのか。...俺はお前と違って明確に罪を犯したわけだから、これから留置所だぞ?待ってる意味なんかなかったろうに。」

「あ、忘れてた。」

「忘れてたんかい...ま、そんな訳だからお前とはここでしばらくお別れだな。次に会うのは出所した後だな!」

「面会行くよ。行けるようになったら。」

「アホ、来なくて良いわ。お前はお前のためになる事をしとけ。せっかく入れた雄英だ、授業についていけないとかのオチは笑えねぇぞ?」

「でも!」

「良いんだよ、俺たちの事なんか気にしないで、お前はもうヒーローの卵なんだから。」

「...それでも、面会行くよ。親父達に出会えたことは、間違いなんかに思いたくないから。」

「強情だなぁ、誰に似たんだか。」

「多分、ヤクザの癖に優しさを誰かに投げることをやめなかった変なオッサンにだと思うよ。」

「...そうか、それならまぁ仕方ないか。」

 

親父は、そう言って警官に連れられ、去っていった。

何かもっと言うべきことがある気がして、何かもっと伝えるべき思いがある気がして、心のままに叫んだ。

 

「親父!」

 

歩きながら右手を上に上げ、こう返してくれた。

 

「面会来るんだろ!なら話は次にしようや!お前も俺も、まだまだ人生に先はあるんだから!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「次か、そうだよな。親父達が捕まるのは今の俺には止められないけど、生きている限り次はあるもんな...まだ、死んだわけじゃないんだから。」

 

そんなことを一人ごちながら警察署を去り、家路に着いた。

だが、そんな言葉とは裏腹に、顔は上を向くことはなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

歩きながら自分の半生を振り返る

 

4歳の時に親父に逃げられ

それから母の心を作り変えた。

8歳の時自分をヤクザに売った。

...親父が俺を買ってくれた。

それから6年、犯罪を犯し続けた

その結果、自分の罪は暴かれ、親父達を売ることになってしまった。

 

だが、自分は人に恵まれた。自分は出会いに恵まれた。

悪いことばかりの人生だったが、幸せだった。

でも、善行が報われるのと同様に、悪事もまた報われるのだ。

自分が社会のルールを破る行為を犯してしまったために自分は新たに得た家族と離れることになってしまった。

 

因果応報だ。

 

自分は、何を考えていたんだろうか。

犯罪であることから目を逸らし、金のためだと目を曇らせ、親父のためだと思考を止めていた。

でも、社会のルールを破ることは問答無用で悪なのだ。親父のことを本当に思うならば、個性を使ってでも店を辞めさせるべきだったのだ。

 

自分は本当に親父を愛していたんだろうか。

そんな俺は、なりたいヒーローになる事が出来るんだろうか。

 

そんなゴールのない問題をぐるぐる考えながら歩いていると、良く見覚えのある女子が目に入った。

 

自分の友人、坂井誠であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あれ、団扇君じゃないですか!こんな所で奇遇ですね!」

「坂井か、確かに奇遇だな。...凄い荷物だけど、持つか?」

「団扇君、ちょっと暗い顔してますけど平常運転ですねー。それじゃあ、半分荷物お願いしましょうかね!でも、団扇君の用事とかは大丈夫だったんですか?」

「用事は終わって、家に帰る所だよ。だからもう用事は無いんだよ。」

「嘘はないみたいですねー、良かったです。それじゃあ、警察署までお願いしますね!」

「...まあ良いか、こういう事もたまにはあるだろ。」

「どうしたんですか?...まさか用事とは、警察署に行くことだったとか?」

「今日は珍しく冴えてるな。その通りだよ。」

「ええ⁉︎大丈夫なんですか、それって雄英受験に差し支えのあることになりそうじゃないですか!」

「ああ、そういや連絡忘れてた。雄英受かったよ。警察署に行ったのはその手続きがあったからだったり。」

「えええ⁉︎合格通知来たんですか!おめでとうございます!団扇君なら受かるって信じていました!」

「まあ、補欠入学みたいなもんだけどな。」

「それでも凄い事には変わりませんよ!早速皆に伝えないと!」

「歩きスマホは危ないから、信号待ちとかでなー。」

「はーい。」

 

 

「にしても団扇君さっきまで警察署にいたんですかー。ちょっと悪い事しちゃいましたかね。」

「別に良いよ、暇だったし。」

「団扇君の暇は割と信用できないんですけどねー。人助けのためなら5分だろうと時間があれば暇だって言う人ですから。」

「そうか?」

「そうですよ。ま、今回は嘘ではないみたいなので良いですけど。

さて、団扇君に質問です!」

「急にテンション変えるなびっくりするだろ。それで、質問ってのは?」

「団扇君、警察署で何をしていたんですか?手続きとかなら普通市役所に行くはずです。それなのに警察署に行くなんて、何かありそうじゃないですか。団扇君関係はわからないですけど、ヤクザの関係者だって言葉に嘘もなかった訳ですからちょっと心配していますよ?」

「ちょっと前科付いただけだよ。心配するな。」

「ちょっとの内容じゃない⁉︎何ですか前科って、高校受験真っ只中の受験生から出る言葉じゃありませんよ!」

「雄英高校の校長に俺の違法労働がバレちまったってのと、それ関係で俺を保護してくれた人達の違法行為が暴かれてしまったってのがあってさ。いろんな人と一緒に警察に自首してきた所なんだ。」

「衝撃の真実すぎません⁉︎嘘がないのが怖いのとか初めてなんですけど!...団扇君がなんか暗い顔してたのはそのせいですか?」

「暗い顔云々は自分では分からないけど、ちょっと違うな。俺に前科がついたのは正直納得できているんだ、犯罪をしていた訳だからな。

でも、そのせいで俺の親父が余計に罪を被っちまった事があってさ、まるで俺は自分の為だけに親父を売ったんだ、俺は親父を愛してなんかいなかったんだって考えが止まらなくてさ。」

「団扇君のお父さんですか...どんな人だったんですか?」

「生き方を間違えてる優しい人、だな。ヤクザの癖に人に親切のボールを投げる事をやめないから損ばっかりしてる人だよ。...俺に、親切のボールの投げ方を教えてくれた恩人でもあるな。」

「...団扇君、答えがわからないなら私に言ってみてください!

私の個性を知っていますよね、私には嘘がわかるんです!団扇君が自分の気持ちを分からないって言うなら、別の視点から答えを出せば良いんです!さぁ、言ってみてください!」

「...物は試しって言うからな、それじゃあお願いするわ。」

 

正直、藁にも縋る気持ちだった。だから、迷った心の弱い部分をさらけ出してしまったのだと、後から考えると思えた。

 

「質問1、俺は、自分の為だけに親父を売った。」

「嘘です、団扇君は自分の為だけにお父さんを売ったんじゃあありません!」

「質問2、俺は、親父を愛していなかった。」

「それも嘘です!団扇君はお父さんをしっかり愛しています!」

「質問3、俺は、ヒーローになって良い人間じゃない。」

「...嘘です!団扇君は、ヒーローになって良い、いろんなレッテル貼られながらもお人好しをやめなかった優しい人です!」

 

3つの質問への3つの回答は、自分の心のどこかに響いた。

 

「そうか...ありがとな、坂井。」

「いえいえ、今助けられてる私の言うことじゃないかもしれませんけど、友達って、助け合いですから!」

 

友を信じる、そう決めたからもう一度試そうと思った。

だから、深呼吸して、自分に都合のいい考えをまとめ、声に出した。

 

「俺は、親父の想いを思ったからこそ親父をヒーローに売った。でも俺は親父のことをしっかり愛している。だから、俺はまだヒーローを目指しても良い。今の言葉、嘘はあったか?」

 

坂井は、満面の笑みでこう答えた。

 

「今の言葉に、嘘は全くありませんでした!」

 

心が、軽くなった気がした。

親父達を売った罪悪感はまだ胸の内に残っているが、友が教えてくれたのだ、俺はまだヒーローを目指しても良いと。なら、俺は友を信じて夢を追う、それが今の俺のやらなきゃならない事だと思った。

 

「さて、警察署に着きました!もう大丈夫ですよ、団扇君。荷物、ありがとうございました!」

「そういや聞きそびれていたんだが、親父さんでも警察署に勤めているのか?」

「いえ、お母さんが刑事やっているんです!ただ、ちょっと立て込んでて泊まり込みになりそうだから、着替え持ってきてくれって話になったんですよ。なんでも、沢山の人が一斉に自首してきたとか...団扇君、まさか関係してたりします?」

「します。千葉の指定暴力団財前組の最後だよ。」

「へー、団扇君はもう暴力団の影に怯えずにいられるって事ですね。つまり高校では友達作り放題ですね、良かったじゃないですか!」

「でも、こうも思うんだ。俺に暴力団関係者だってレッテルがあったから、お前と俺は友達になれた。お前がきっかけで、俺には沢山の友達ができた。それは、俺に暴力団関係者ってレッテルがなかったらあり得なかった、奇跡みたいな出会いだと思うんだ。

だから今俺は、暴力団関係者で良かったと思えてるよ。坂井、お前と出会えたから。

坂井、俺と友達になってくれてありがとう。」

 

「団扇君...はい!私も、団扇君と友達になれて良かったって思います、断言できます!こちらこそ、ありがとうございました!」

 

そんな言葉と共に、坂井は警察署に入り、俺は再びの家路に着いた。

ただ、今度は少しだけ、上を向いて歩けた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

千葉県の指定暴力団財前組の一斉自首は、ニュースで少しだけ騒がれた。ヒーロー社会がヴィランの元締めを戦わずに倒した!と。だが、その中にヤクザに売られ、個性使用を強要され続けた少年がいたとの報道は無かった。おそらく根津校長や警察の人たちが手を回してくれたのだろう。

親父は未成年への個性使用強要で捕まったが、要の爺さんが事前に準備していた敏腕弁護士の綾里さんのお陰で起訴猶予がつきそうだという話になった。引き取った子供をしっかり学校に行かせていた事が猶予処分の決め手になったのだとか。人生万事塞翁が馬、何が自身を救うものとなるかは分からないものである。

 

まぁヒーロー飽和社会の昨今である、どんなセンセーショナルなニュースでも3日で忘れられるものだ。無情だなー。

 

さて、めでたく前科者となった自分だが、少年院に入る事はしないで済んだ。その代わり俺の保護責任者が雄英の校長となった。保護者として自分を見張ることで再犯を防ぐという意味合いからだろう。

 

だが、根津校長の温情からか住所の変更はしないで済んだ。親父との思い出の詰まったこの家を守ること、それも今の俺のするべきことの一つだということなのだろう。

そんなことを考えていると来客がやってきた。

ステファニーさんと、見たことの無いスウェットの美人さんであった。

 

「やっほー、巡君、お寿司持ってきたけど食べる?」

「どうも、ステファニーさん。それとそちらの女性は?」

「財前扉だ、こうして直に出会うのは初めてだな。」

「扉の個性の!女の人だったんですねー。」

「それと、財前の直系の娘さんでもあるのよ?そのせいで就活失敗して今ニートしている子でもあるけど。」

「ステファニー、滅多な事を言うな。私はちょっと就活を休憩しているだけだ、ニートではない。」

「どういう人かは大体わかりました。とりあえず中へどうぞ、狭いですけど。」

 

3人は、部屋の中へと入っていった。

 

ちゃぶ台を中心に座る3人、初対面の人物がいるから少し空気は固かったが、筋骨隆々な黒人はそんな事を構わず言葉を綴っていった。

 

「さて、それでは財前組居残り組お疲れさま会を始めたいと思います!」

「いまいち流れが読めないのは俺だけですかね。」

「正直私もステファニーに突然連れてこられた側だからなんとも言えんな。」

「あらあら、まぁ予想外のタイミングで財前組がなくなって、微妙に暇してたから騒ぎたかったってだけなんだけどね。」

「そんな理由ですかい。」

 

 

「そういえばステファニーさん、本来ならステファニーさんが俺の罪を被って捕まる予定だったって本当ですか?」

「あら、どこで聞いたのかしら。でも本当よー、私は組をたたむ時に罪を被ってくれって話で、この組に雇われたの。まぁ巡君の事がヒーローにバレちゃったから私は普通に退職になるんだけどね。」

「ついでに言うなら私は組がなくなった後の君の保護者になる事になっていた。まぁこれも君の事がヒーローにバレたお陰でこっちもおじゃんになったわけだがな。こんな所でもお祈りになるとか私呪われているんじゃないか?」

「別に面倒が減ったと思えば良かったんじゃないですか?扉さん、これから就活な訳ですし。」

「君はそんなに手間のかからない良い子だと小指から聞いていたから負担になるとは思っていない。むしろ家事の負担が減るとも聞いていたから期待していたくらいなんだがな。」

「そういや扉さん、あの屋敷で一人暮らしになるんですか?」

「いいや、ステファニーとか家の無い連中に部屋を貸している。集団自首によって、住み込みで働いていた連中の中には住む場所を失った者も多いからな、部屋と次の職が見つかるまで、なるべくウチで世話をしているんだ。組をたたむのは予定されていた事だから、そんなに数は多く無いがな。」

「そういやステファニーさん住み込みでしたねー。」

「そうよー。そのまま捕まる予定だったから転職活動も部屋の確保もしてなくて、結構困っていたのよ。だから扉ちゃんの話は、渡りに船だった訳。」

「へー、そうなんですか。あ、赤身系もうなくなってる。」

「あら本当ね、扉ちゃん、こういうのって普通一人一種一つずつよ?」

「あ...すまん、実家にいた時の癖だ。ウチで寿司が出た時は大体早い者勝ちだったからな、つい急いでしまった。」

「 俺、財前組のヤクザっぽい面初めて聞いた気がします。」

「こんなしょぼい事でヤクザっぽいとか感じなくていいわよ。まぁ、財前組がヤクザっぽくないという点に関しては物凄い同意するけど。」

「いいや、ウチはヤクザだ、なにせそのせいで私はいろんな企業からお祈りメールをもらっているんだからな!」

「それって扉さんの努力が足りないだけだと思うんですが。」

「うぐ...そ、そんなことはないよな?」

「さぁ、私たち扉ちゃんがどんな就活してるとか知らないから何も言えないわね。」

「皆冷たくないか⁉︎寿司代払ったの私だぞ!」

「「ごちそうさま」です」

「それだけか薄情者ども!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、3人でテレビ見ながらとりとめのない話ばかりしていた。

そんな折、ステファニーさんがこう言った。

 

「にしても巡君、思っていたより元気でよかったわ。」

「そうだな、君は小指を実の父親以上に慕っていたと聞いていた。てっきりもっと落ち込んでいるのだとばかり思っていたよ。」

「...友達が、俺を励ましてくれたんです。俺はちゃんと親父を愛していて、俺はヒーローになって良いって言ってくれたんです。

なら、俺はその期待に応えないと嘘ってもんですよ。」

 

ステファニーさんは、優しい顔でこう言った。

 

「そう、良い友達を持ったわね。大切にしなさいよ?」

「ええ、友達は俺の宝物です。」

「そんなに思える良い友達がいるのは良いな、私もヤクザの娘というだけで結構敬遠されていたから、どれだけ友人を作るのは難しいかはわかるつもりだ。そんな中でも友人ができたというのは君が思う以上に凄いことなんだよ。誇りに思いたまえ。」

「はい、わかっているつもりです。」

「なら良し、さぁステファニー、もう良い時間だ、帰るぞ!」

「そうね、ではこれにて財前組居残り組お疲れさま会を終了します!巡君明日卒業式でしょ?私達のどっちも保護者って訳じゃないから出られないけど、ちゃんと背筋伸ばして頑張りなさいな!」

「まぁ、卒業生代表は元生徒会長の奴なんで、気楽に構えて行きますよ。」

「そう、それじゃあね巡君!もうお互いヤクザ者じゃあないから、今後は気楽に付き合ってくれると嬉しいわ!」

「そうだな、次に会う時は恐らく私は社会人だ。人生の先輩として良い経験を積んで、君に良いアドバイスをしてみせよう!」

「ありがとうございます、お二方。ただ一つ言っておきたいんですが、使い捨てだからって食ったものそのままで帰るのは大人の女性としてどうかと思いますよ?」

「あはは、まぁお寿司奢ったんだし良いじゃない。」

「金払ったのは私だがな。」

「まあ、大した手間でもないので別に良いですけどね。」

 

そんなぐだぐだの後、二人は帰っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

卒業式は特に何事も無く終わった。

自分が雄英のヒーロー科に受かったという噂は広まっていたが、それは自分の暴力団関係者だというレッテルを払拭するほどのものではなかったようだ。特に友達が増えたりする事はなかった。まぁ、小学校の時とは違い友人は少しだがいたので、退屈する事はなかったが。

 

「写真撮りましょ写真!皆で!」

 

坂井の声に集まるように沢山の人が集まってきた。自分の元クラスメイトがいた、運動部で頑張っていた連中がいた、文化部の部長達がいた。

友達も、そうでないのも混ぜこぜで撮った謎の集合写真、自分は中央にいる坂井の隣で写った。坂井の顔では満面の笑みであった。その笑みにつられて、自分も笑顔を作れたと思う。

 

この光景を、親父に見せられなかったことが少し後悔ではあるが、写真と共に、思い出話で語ってみよう。きっと親父も笑顔になる筈だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

雄英高校ヒーロー科、倍率は狂気の300倍

自分はその300倍を超えることは出来なかったが、自分の16年間が導いた奇妙な縁から入学を許可された。

だが、あり得ざる41人目の入学者としてのレッテルはこれからの自分を苦しめるだろうという。

また、自分には幸運も不運もある、奇運としか言いようのない人生を送ってきた。これから先の人生でも恐らくそれは変わらないだろうと予測できてしまう。

だが、自分は大丈夫だ。なぜなら自分はもう一人ではない。暴力団関係者というとんでもないレッテルを乗り越えてなってくれた友達ができたのだ。その奇跡を信じてこれから先の人生を頑張っていきたいと思う。

 

あぁそうだ、ずっと言い忘れていた事がある。

この物語は、自分団扇巡が奇妙な運命を乗り越えて、お節介なヒーローになるまでの物語だ。

 




第1部完!
なお、この物語の続きはしっかりプロット練り直した上でやりたいと思ったので当分更新は無しになりそうです。行き当たりばったりでは長編小説は書けないのだという事、自分自身の表現力の足りなさがいろんな場面で現れてしまったという事、自分の様々な課題が見えた小説になりました。
正直一回消して始めから書き直したい感はありますけど、自分への戒めとしてしっかり残しておきたいと思います。

誤字報告をしてくださった方々、感想を書いてくれた方々、このような稚拙な作品をここまで見て下さった皆様方、本当にありがとうございました!


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入学編
入学と個性把握テスト


体育祭編くらいまでのプロットが終わったので、取り敢えず投稿します。投稿速度は落ちますが、プロット作成と並行してのんびり投稿していこうと思います。
なお、新タイトルには300倍を残したいと思った結果こうなりました。一部最終話のタイトルのまんまですねー。


雄英高校ヒーロー科、その狭き門をくぐり損なったのに、自分の行為の報いを受ける事で入学を決めたという数奇な運命の少年、団扇巡

現在16歳、170台の身長と程々に整った顔を持つ少年は、今

 

道に迷っていた

 

「あちゃー広すぎだろ雄英高校、しかも早く来すぎたせいで誰にも会わないし、開幕遅刻ルートか?コレ。早起きしすぎたからって校内散歩とか考えたのが馬鹿だったか...」

 

そんな事をぼやきながら歩いていると、食堂に出てしまった。

食堂なら、誰かしらいるだろうという安直な考えから、ここで誰かに道を聞こうと動き出した。

 

「すいませーん、誰かいますか?」

 

帰ってくる声は無く、見つけたのは一つの張り紙、食堂は、明日からオープンだそうだ。

 

「今日の俺、呪われてるかも。」

 

まぁ、悔やんでも仕方がない、一旦入り口まで戻って人を探そう。

 

そうして歩いていると、身長180くらいの長身を持つメガネの少年が目に入ってきた。

 

「すいません、ちょっと道を尋ねたいんですが。」

「む、すまんが俺は今日雄英に入学してきたばかりで、道は詳しくないのだ。」

「あ、タメだったのか。てっきり先輩かと。一応俺も新入生だ。団扇巡、あおぐ団扇に巡り合わせの巡だ。1-Aに入ることになった。よろしくな。」

「そうか!俺もA組だ。飯田天哉だ、これからよろしく頼む!」

 

飯田は握手を求めてきた。今時の若者は握手するのがトレンドなのだろうかと少し悩みつつ、その手を握り返した。

 

「おう!よろしくな、飯田!」

 

「にしても団扇君、配られたパンフレットに地図があるのだから、それを見れば迷う事はなかったのではないか?」

「え、パンフレットなんて貰ってないんだけど。」

「何?...なにかの不手際だろうか。」

「かもな。そんじゃあ地図を持ってる飯田君、すまんが案内頼むわ。」

「任されよう!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

地図を見ながら歩きはじめて、教室に着くのはすぐであった

「教室に到着っと、にしてもドアでかいなぁ。1-Aが縦にでっかく書かれてるよ。」

「バリアフリーだろうな、異形型個性の者では身長が4メートルを越す者もいると聞く。天下の雄英に入れたのにドアが小さくて入れないというのは冗談にもならないだろうからな。」

「そんなもんか。」

「そんなものだ。」

 

そんな会話をしながらドアを開けると、教室にまだ人は居なかった。

 

「そりゃ、30分前だとこんなものか。」

「だが、団扇君は来た。正直俺も早く来すぎたと思って居たからな、話し相手が出来て嬉しいよ。」

「にしても何で飯田はこんな時間に来たんだ?いや、お陰で助かったんだが。」

「おそらく団扇君と同じだ。緊張で早起きしすぎてしまったのだよ。せっかく早起きしたのだから教室への一番乗りをしようとする気になってな、まぁ団扇君に先を越されてしまった訳なんだが。」

「そうか、どうする?まだドア前だから飯田が先に入るか?」

「...いいや、2人で同時に入ろう!それで2人とも一番乗りだ!」

「飯田ってお固い感じなのに頭は柔らかいんだな。それじゃあ、2人で!」

 

そう言って、2人の少年は同時に教室へと入っていった。

特に意味はないが、2人は笑顔だったので、まぁ良い事なのだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一番右の列のみ6名、あとは5名ずつで4列の席順、自分は一番右の列の一番後ろへと荷物を置いた。

何故か麗日より席が後ろという謎はあったものの、それは後で先生にでも聞けばいいだろう。

そう考えて飯田と駄弁っていると、続々と人が集まって来た。

 

そうして、その中に爆発頭の少年がやってきた。

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか⁉︎」

「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」

 

そんな言い争いを飯田と少年がしていると、扉が開いて見覚えのある緑髪のもじゃもじゃ頭の少年がやってきた。

飯田と少年との言い争いを見て、ドア前で固まったが。

 

「固まるのも無理ないよな、うん。とりあえず席は名前順だからとっとと座った方が良いぜ、そろそろ始業時間だ。」

 

そう声をかけたら、少年は思いがけぬ人に出会えたと驚いたようで。

 

「う、うん...って君はあの時の催眠の人!ずっとありがとうって言いたかったんだ。」

「団扇巡だ。あおぐ団扇に巡り合わせの巡でな。別に大した事はしていない、気にしなくて良いよ。」

「僕は緑谷出久。僕を保健室まで運んでくれたのも君って聞いていたから。本当にありがとうを言いたかったんだ。なのに僕途中で寝ちゃって...」

「本当に大した事じゃない。というかあのダメージなんだから痛みが抜けたら眠るのは普通のことだろ。気にするな。」

「それでも、ありがとう団扇君。」

「なんか断り続けたら無限ループに入りそうだな。それじゃあ、どういたしまして!さ、席に行きな、"み"なら多分一番左の列だろ。」

「それってもしかしてかっちゃんの後ろなんじゃあ...」

「...かっちゃんてのはあの爆発頭の奴で良いんだよな。なら2人が落ち着くまでここに居ようか、触らぬ神になんとやらだ。」

 

そうして扉前で待っていると、言い争いを中断した飯田が何かに気づいたようでこっちにやってきた。

 

「俺は私立聡明中の飯田天哉だ。」

「あ...っと僕は緑谷、よろしく飯田君」

 

少し悔しさを滲ませながら、飯田はこう言葉を始めた。

 

「緑谷くん、君は実技試験のあの構造に気づいていたのだな。

俺は気付けなかった...!!悔しいが君の方が上手だったようだ!」

「おい飯田落ち着け、突然の勢いに緑谷が言葉を返せてないぞー。」

 

そんな会話をしていると、後ろのドアが開いた。

そこには、実技試験で仲良くなった無重力ガールがいた。

 

「あ、そのモサモサ頭は!!地味目の!!それに催眠の人も!」

「よう無重力ガール、同じクラスとは縁があるな。」

「ホントだねー、催眠の人!にしても地味目の人!プレゼントマイクの言う通り受かったんだね!!そりゃそうだ!!パンチ凄かったもん!!」

「そうして話し込むのは良いけどさ、そろそろ席に行こうぜ。もうすぐ始業時間だし、話なら放課後でもできるしさ。ちなみに席は名前順。お名前は?」

「あ、そうだね。私は麗日お茶子!よろしくね!」

「み、緑谷です。」

「団扇巡だ、あおぐ団扇に巡り合わせの巡でな。...覚えがある、麗日は俺の前の席だな。」

「あれ?うちなら私のが後ろなんじゃない?」

「俺もその辺は良く分からん。だけど座席の名前だとそうなってた。なんかの手違いだろ。」

「変なこともあるもんやねー。」

 

そんな話をして席に着くと、入り口のドアが開いた。

そこには、寝袋に入ったまま教室に入ってきた見知った男性がいた。

というか、相澤先生だった。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。」

 

寝袋を脱ぎながら教壇に立ち、相澤先生は寝袋から何かを取り出しながらこう言った。

「担任の相澤消太だ。早速だが体操服(コレ)きてグラウンドに出ろ。」

 

そうして言われるがままに、自分たち新入生はグラウンドに出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「個性把握テストォ⁉︎」

 

驚いた麗日が、相澤に詰め寄る

 

「入学式は、ガイダンスは⁉︎」

 

そんな麗日を、あしらうように相澤先生は言った

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ。

雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは"先生側"もまた然り

中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録をとって平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ。

爆豪、中学の時ソフトボール投げ何メートルだった?」

「67m」

「じゃあ個性使ってやってみろ、円から出なきゃ何しても良い、早よ。思いっきりな。」

 

爆豪は、ボールを受け取り体をほぐしながら円の中心に着いた。

 

「んじゃまあ。」

 

爆豪は、普通のソフトボール投げの投球の構えから、爆発を球威に乗せて放った。

 

「死ねぇ!!!」

 

その時、クラス全員の心の中は一致した。

いや死ねってどうなんだ、と。

 

そんなクラスを特に気にもせず、相澤先生は言った

爆豪の705.2mという記録を見せながら

 

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。」

 

その大記録にクラス中は沸き立った。

 

「何だこれ!!すげー()()()()!」

「705mってマジかよ。」

「個性思いっきり使えるんだ、流石ヒーロー科!!」

 

相澤先生は、その言葉を聞いて、悪意のようなものを振り撒き始めた。

「...面白そうか、ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?

よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう。」

 

「はあああ⁉︎」

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の"自由"、ようこそこれが、雄英高校ヒーロー科だ。」

 

「最下位除籍って...!入学初日ですよ⁉︎いや入学初日じゃなくても...理不尽過ぎる!!」

 

「自然災害...大事故...身勝手な(ヴィラン)たち...いつどこから来るかわからない厄災、日本は理不尽にまみれてる。そういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー。

放課後マックで談笑したかったらお生憎、これから3年間雄英は君達に苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ、全力で乗り越えて来い。

さて、デモンストレーションは終わり、こっからが本番だ。」

 

入学初日の大試練、自分の個性は全ての種目で利用不可能、頼れるのは自分の鍛えた体のみ。改めて思う、今日の俺呪われてるかも。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第1種目 50m走

 

「相澤先生、席順から薄々勘付いてはいたんですが、自分の出席番号って21番なんですね。」

「...制度の都合上そうなった。まぁ、お前が正常な入学者でない事はすぐにわかる事だ。Plus Ultraさ、乗り越えて行け。」

「はい、頑張ります。」

 

 

ぼっちだから寂しいけど、それは爆豪みたいな妨害もないという事。

50mは普通に全力ダッシュだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

第2種目 握力

 

一つ、個性の使用方法で思いついた事がある。なので50mを原付で走るという無茶苦茶をやらかした八百万にちょっと頼んでみた。

 

「えーと、八百万さん、お前の個性って鏡とか作れるか?」

「?ええ、作れますよ。」

「個性関係で試したい事があるんだ。悪いが貸してくれないか?」

 

八百万は、ちょっと困った風で、相澤先生に確認を取った。

 

「相澤先生、よろしいですか?」

「別に鏡程度ならかまわんぞ。」

「それでは。」

 

八百万の腕から、女性用のデザインの手鏡が生み出された。

 

「ありがとな、八百万さん。」

 

必要な道具は出来た、生まれて初めて試す、写輪眼による自己催眠、それによる体のリミッター解除

 

その結果は...

 

握力 120kg

 

その結果が成長に依るものなのか催眠に依るものなのかは不明だが、やらないよりやる方がきっと記録は出るだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後も、立ち幅跳び、反復横跳びと八百万からの手鏡を利用しての自己催眠で記録を出していった。

 

そしてやってきた第5種目、ボール投げ。

出席番号5番の麗日が記録無限という大記録を出すという事件もあったが、他はつつがなく進み、順番は緑谷の番になった

 

 

「緑谷くんはこのままだとまずいぞ...?」

「ったりめーだ、無個性のザコだぞ!」

「無個性⁉︎彼が入試時に何を成したか知らんのか⁉︎」

「は?」

 

自分に大記録が無いからか、この話が聞こえてしまったからか、緑谷は焦りのままに円に入った。

覚悟を決めたその一投、その結果は

 

「46m」

 

その相澤先生の無慈悲な言葉が全てだった。

 

緑谷は混乱しながら

 

「な...今確かに使おうって...」

 

緑谷に絶望を突きつけるように相澤先生は言った。

 

「個性を消した。つくづくあの入試は...合理性に欠くよ、お前みたいな奴も入学できてしまう。」

 

緑谷は何かを思い出したようで

 

「消した...!!あのゴーグル...そうか...!抹消ヒーローイレイザー・ヘッド!!!」

 

「イレイザー?俺知らない。」

「名前だけは見たことある!アングラ系ヒーローだよ!」

 

相澤はさらに畳み掛けるように緑谷に言った。

 

「見たところ...個性を制御できないんだろ?また()()()()になって、誰かに助けてもらうつもりだったか?」

「そっ、そんなつもりじゃ...!」

 

相澤は首に巻いている捕縛布で、緑谷を近くに引き寄せ、小さな声で何かを話し始めた。

 

「彼が心配?僕はね...全っ然。」

「指導を受けていたようだが。」

「除籍勧告だろ。」

 

何かをぶつぶつ呟き続ける緑谷、そんな焦りの顔が見ていられなくて、つい叫んでしまった。

 

「緑谷!頑張れ!」

 

自分はそう言って、サムズアップをした

 

「団扇君...親指...指...そうだ!この手なら、行動不能にならずに行ける!ありがとう、団扇君!」

 

緑谷は覚悟を決めた顔で、自分にサムズアップを返してくれた。

 

そうして投げた緑谷は、人差し指を血で赤く染めながら。

705.3mという大記録を打ち立てた。

 

痛みからの涙を堪えつつ緑谷はこう言った

 

「先生...!まだ...動けます。」

 

その痛みを和らげたくて自分は

 

「緑谷!いま催眠をかける、少し待ってろ!」

 

そんな自分を無視し、緑谷の元へ駆け出した爆豪

 

「どーいうことだこら、ワケを言えデクてめぇ!!」

 

そうして駆け出した2人は、相澤先生の捕縛布で一緒に縛られた。

 

「んぐぇ、邪魔だこのクソ野郎!」

「邪魔はどっちだ爆発野郎!男とくっ付く趣味はねぇんだよ!」

 

そんな自分達に、相澤先生は言った

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく、何度も個性使わせるなよ...俺はドライアイなんだ。

それと団扇、お前の個性、緑谷に使うな。あいつはまだ動けるって言ったんだ。」

 

少し悩んで自分はこう言った。

 

「...個性把握テストが終わるまでは個性を使いません、それで良いですか?」

「まぁ、テストが終わった後なら良いだろう。許可する。」

 

相澤先生は緑谷の大記録の余韻を吹き飛ばすように言った。

 

「時間がもったいない、次準備しろ。」

 

右手の人差し指を抑えた緑谷を慮って麗日と自分は駆け寄った。

「指、大丈夫?」

「テスト終わるまでは我慢してくれ。そしたら俺の個性でお前の痛みを取り除けるから、もう少しの辛抱だ。」

「ありがとう、団扇君、麗日さん。痛いけど、あの時程じゃないから。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自分は八百万から貰った鏡と鍛えていた体により、全体的に好成績を残す事ができた。

対して緑谷は、右手の人差し指の痛みからかボール投げ以降の種目で良い成績を残す事はなかった。

最終科目の持久走が終わった後、自分は緑谷に駆け寄った。

 

「相澤先生!テストは終わりました、良いですよね!」

「...ああ、構わないぞ、団扇。」

 

そうして俺は、緑谷の目を覗き込み個性を発動した。

 

痛みの引いた緑谷は、自分に向き合いこう言った。

「団扇君、ありがとう。また、助けられたね。」

「気にするな、じゃ気にするのがお前だったな。どういたしまして。

あと、痛み無くなっても傷があるのには変わらないんだから右手は基本動かさず、心臓より上で固定しておく事。良いな?」

「うん、ありがとう。」

 

全員整列の後、相澤先生は言った

 

「んじゃパパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ、口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する。」

 

そう言ったあと、少し溜めてからこんな一言を言い放った。

 

「ちなみに除籍はウソな。」

 

人の悪そうな笑みを浮かべ、重ねて言った。

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽。」

 

生徒達の反応はほぼ一色となった。

 

「はーーーーーー!!!!??」

 

冷静さを保っていた八百万はこう言った

 

「あんなのウソに決まってるじゃない...ちょっと考えればわかりますわ...」

 

相澤先生はその言葉に乗る形で

 

「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ。」

 

そして懐から保健室利用書を取り出し、相澤先生は言った。

 

「緑谷、リカバリーガール(ばあさん)のとこ行って治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ。」

 

自分は緑谷が除籍とならなかった嬉しさから、自然とこんな言葉を出していた。

「一応付き添うぜ、緑谷。」

「...本当に何から何までありがとう、団扇君。」

「どういたしまして、まぁ保健室の場所把握しときたいってのもあるんだがな。」

「え、パンフレットに地図あったよ?」

「あ、そうだ。相澤先生にパンフレットのこと聞かないと...ってもういねえし。仕方ない、明日だな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自分の順位は8位だった。個性が直接的に評価に絡まない割には良い成績だったと自分では思う。

最下位だった緑谷はリカバリーガールの治療により体力が持っていかれて今はグロッキーだ。

 

「肩貸すか?緑谷。」

「大丈夫、歩けない程じゃないから。」

 

そんな会話をしつつゆっくり歩く帰り道、後ろからやってきた飯田が緑谷の肩を掴んできた。

 

「指は治ったのかい?」

「わ!飯田君、リカバリーガールのおかげで...」

「因みに俺は始めて知ったんだが、リカバリーガールの治療って実は本人の体力を使うらしい。だからあんまり頼り過ぎないように気を付けないといけないっぽいぜ。」

「なんとそうなのか、情報感謝だ団扇君。しかし団扇君は緑谷君と仲が良いな、中学からの知り合いなのか?」

「いや、入試のとき始めて会ったくらいだな。片腕両足折ったコイツに個性で麻酔かけたのが最初だよ。」

「何だって⁉︎...そうか思い出した、C会場で倒れていた緑谷君を運んでいたのは団扇君だったか!朝会った時から見たことのある顔だと思っていたのだよ。なるほど、あの時の親切な人だったのか、納得だ。」

 

ゆっくり歩きながらそんな会話をしていると、さらに後ろから声がかかってきた。

 

「おーい、お三方ー!駅まで?待ってー!」

 

ソフトボール投げで無限を出した無重力ガールこと麗日お茶子が後ろから走って追いついて来た。

 

飯田が言う

 

「君は、無限女子。」

 

それに麗日は答えた

 

「麗日お茶子です。飯田天哉君、団扇巡君、それに緑谷デク君!だよね!!」

「デク⁉︎」

 

麗日のあまりにも自然な罵倒に、緑谷は思わず反応した。

 

「え、でもテストの時爆豪って人が『デクてめえ』って。」

 

緑谷はおどおどしながらも答えた。

 

「あの...本名は出久で...デクはかっちゃんがバカにして...」

「蔑称か。」

「えー、そうなんだごめん!」

 

麗日は、左手でガッツポーズをとりながらこんなことを言った。

少年のこれからの運命を変えるような一言を

 

「でも『デク』って、『頑張れ!!』って感じで、なんか好きだ私。」

「デクです。」

 

緑谷は、顔を赤くしながら即答した。

 

「緑谷君!!」

「それで良いのかお前...」

 

「浅いぞ、蔑称なんだろう⁉︎」

「コペルニクス的転回...」

「コペ?」

「物事の見方が180度変わるという意味だな。」

 

そんな会話を新しい友人たちとしながら家路につく。

振り返ってみれば良い1日だった。特に呪われてなんかいなかったと、後から考えると思う。

明日からも苦難が待っている。だからといって今新しい友人たちと出会えた奇跡を嬉しいと思っていけない訳はない。

さぁ、明日からも頑張ろう、そう思いながら歩いていった。




プロット帳は誰にも公開出来ない、ヒロアカのプロットをプロット帳に書いている時に見つけた仮面ライダーウィザード×ドラクエ7の話とか何考えてたのか不思議なくらいのメリーバッドエンドです。なんでどの作品も主人公が最後に消えるような話になっていくんだ...
この作品ではもうメリーバッドエンドはやったので素直なハッピーエンドになるように努力します。


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戦闘訓練

オリ主の戦闘訓練の相手といえば轟
そのイメージがついたのはいつからだったでしょうか。
原作屈指の強キャラで、オリ主の戦闘力の高さを見せる初舞台としては最高だったという事なんでしょうかねー。


雄英高校は午前中は意外と普通だ。必修科目、英語などの普通の授業。ヒーローが担任であるなんて事以外は特に何か変な事は無い。せいぜい少し進度が早いくらいだろう。

昼食はクックヒーローランチラッシュによる高品質低価格な学食。雑費節約のためお弁当男子となろうかなんて事を一時でも考えたのが馬鹿らしくなる安さと美味さである。この白米には、勝てないッ!

 

そうして午後の授業、やっとヒーロー科らしくなる時間。ヒーロー基礎学の時間だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒーロー基礎学といえばこの人、画風の違う我らがヒーロー

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」

 

新人教師、オールマイトの授業である。

 

「オールマイトだ...!!すげえや本当に先生やっているんだな...!!!」

銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームだ...!画風違いすぎて鳥肌が...」

 

「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ!!」

 

BATTLEと書かれたカードを取り出しオールマイトは言った

 

「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」

 

「戦闘...」

「訓練...!」

 

「そしてそいつに伴って...こちら!!!」

 

オールマイトは何かを操作した。すると教室左前にあった奇妙な空間から5本のロッカーが引き出されていき、21の箱が露わとなった。

 

「入学前に送ってもらった『個性届け』と『要望』に沿ってあつらえた...戦闘服(コスチューム)!!!」

「おおお!!!!」

 

生徒たちは大興奮であった。

 

「コスチュームか、特に指定していないんだがどうなってるかな。」

 

自分も、ちょっとだけ興奮していた。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

「はーい!!!」

 

「格好から入るってのも大切な事だぜ少年少女!!自覚するのだ!!!!今日から自分は...ヒーローなんだと!!

さぁ!!始めようか有精卵共!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

自分はすぐ着替え終わった。なので同じくすぐ着替え終わった尻尾の少年へと話かけてみた。

 

「尾白だっけか?似合ってるぞその道着姿。」

「ありがとうえっと...団扇!」

「正解!」

「お前は、なんていうかダークヒーローっぽいな。」

「黒コートだからな。特に要望していないのにこれだぜ?俺のイメージそんなに暗いかなぁ」

「さぁな、でもお前も似合ってるぞ!」

「ありがとな。にしても尾白、お前この前のテストといい、今の道着着慣れてる姿といい、相当鍛えてるな?」

「そういうお前こそ。あの指壊した奴を楽にしてたから鎮痛の個性だろ?てことは体は普通な筈なのに俺のすぐ下の成績、かなり鍛えてないとできないことだ。」

「鎮痛もできる個性さ、詳細はまぁ授業後にでも。にしても俺ら着替えるの早かったなー。意外と暇だ。」

「遅くて怒られるより良いだろ。...最後の奴が来たな。」

「それじゃあもうそろそろ始まるな。尾白。訓練頑張ろうぜ!」

「ああ!」

 

いつのまにか周囲に集まって来た多種多様なコスチュームの有精卵たち、最後の1人がやってきたのを見たオールマイトは、話を始めた。

 

「始めようか有精卵共!!!戦闘訓練のお時間だ!!!

良いじゃないか皆、カッコ良いぜ!!ムム⁉︎」

 

オールマイトは緑谷の二本の触角を見て、顔を背けた。ちょっと顔が赤かったので、きっと照れているのだろう。

 

そんなオールマイトを見て、ロボのようなコスチュームを着た少年、飯田が言った。

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか⁉︎」

 

オールマイトは答えた

 

「いいや、もう2歩先に踏み込む!屋内での()()()()訓練さ!!

(ヴィラン)退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ。

監禁・軟禁・裏商売...このヒーロー飽和社会、真に賢しい敵は室内(やみ)に潜む!!

君らには『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!!」

「基礎訓練もなしに?」

 

とカエルの異形型個性の少女、蛙吹梅雨は質問した。

その問いにオールマイトは、ガッツポーズで答えた

 

「その基礎を知るための訓練さ!ただし今度はぶっ壊せばオーケーなロボじゃないのがミソだ。

 

その答えに、クラスの面々は思い思いの質問をぶつけていった。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ブッ飛ばしてもいいんすか。」

「また相澤先生みたく除籍とかあるんですか...?」

「分かれるとは、どのような分かれ方をすればよろしいですか。」

「このマントヤバくない?」

 

「んんん〜聖徳太子ィィ!!!」

 

そう零したオールマイトは、ポケットからカンペを取り出し更なる説明を始めた。

 

「いいかい、状況設定は『敵』がアジトに『核兵器』を隠していて、『ヒーロー』はそれを処理しようとしている!」

 

設定アメリカンだな、と皆が思った

 

「『ヒーロー』は制限時間内に『敵』を捕まえるか『核兵器』を回収する事、『敵』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕まえる事。」

 

オールマイトはどこからともなく箱を取り出しこう言った

 

「コンビおよび対戦相手は、くじだ!」

「適当なのですか!」

 

飯田が思わず叫んだ。

それに緑谷は、なだめるように言葉を紡いだ

 

「プロは他事務所のヒーローと即席チームアップする事が多いし、そういう事じゃないかな...」

「そうか...!先を見据えた計らい、失礼しました!」

「いいよ、早くやろ!!」

 

そんなムードの中、自分はあ、この新人教師このままなら何も言わないな、と思い、質問を投げかけた。

 

「オールマイト先生、このクラス21人なんですけど、余った1人はどうなるんですか?」

 

オールマイトは、本当にうっかりしていたようで一瞬『え?』という顔になった後、カンペを見直してからこう言った

 

「おおっと、すまないうっかりだ!このクジの中にはひとつだけチーム名の書いていない当たりが存在する!それを引いた人はみんなのクジを戻してからもう一度クジを引いて、書いてあるチームへと3人目として加入するのさ!」

 

八百万がそれに反論する

 

「それでは、一つのチームだけ有利になってしまうのでは?」

「なぁに、3人チームには当然ハンデをつける。3人チームはヒーロー側固定で、制限時間が2/3、10分間になる!1分1秒が重要となる現場で時間が5分も短いというのは相当に厳しいぞ!

さぁ今度こそ説明は終わりだ、皆クジの時間だぞ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自分は、何も書かれていない当たりのボールを手に持ち、思わず声に出して言う。

 

「こういうのって言い出しっぺの法則って奴ですかね。」

「なぁに、それをラッキーにするかアンラッキーにするかは次の引き次第さ!」

 

オールマイトの言うことは最もだ。それでは次のドローに賭けてみよう。

 

「それでは...ドロー!Bチームか、Bチームって誰?」

「俺たちだな、よろしく頼む。」

 

そう言ってきたのは、両手に3つの腕を持つマスクの少年、障子目蔵であった。

その隣にいる近寄るなオーラを出しているのは左半身を氷で覆うようなコスチュームの少年、轟焦凍だ。

 

「確か、障子と轟!で合ってるか?」

「ああ、合っている。お前は...」

「団扇巡だ、あおぐ団扇に巡り合わせの巡でな。さ、早速作戦会議と行こうぜ。相澤先生じゃないけど、時間は有限だ。」

 

3人は、それぞれの個性を紹介し合った。

 

障子の個性は『複製腕』触手の先端に自分の身体の一部を複製する事ができる。耳を複製すれば、索敵もできるとは本人の談だ。

 

轟の個性は『半冷半燃』左で燃やし、右で凍らせる。かなりの範囲を一度に攻撃できるらしい。

 

自分の個性は『写輪眼』催眠眼と生命のエネルギーを見る目を兼用する魔眼系個性だ。

 

そんな3人が集まって思う。

「索敵、尋問、殲滅。三拍子揃ったこのチーム、正直負ける気がしないんだが。」

「相手がどのチームになるかはまだわからん、油断は禁物だぞ。」

「そうだな、それに轟の炎も核兵器相手にするんじゃ使うのは避けた方が良いよな。」

 

そんな言葉に少し反応したのか、轟はこんな言葉を零した

 

「戦闘において、(ひだり)は絶対使わねぇ。」

 

自分と障子は、?マークを頭に抱えた。まぁ、物凄いうろ覚えの原作知識からしばらくはそういうキャラだと分かっていたから、自分はこんな事を言った。

 

「まぁ、事情は人それぞれか。それに、個性把握テストの時に見せた氷の方だけでも相当に強いのはわかっているしな。轟が炎を使わないってんなら、使わないで勝つ作戦を練れば良いだけだ。そうだろ、障子。」

 

微妙に納得していない感はあるが、障子も頷いてくれた。

 

「そうか...でも、お前らが策を練る必要はねぇ、俺が一瞬で終わらせる。」

「言ったな轟、一発で決められなかったら俺と障子にジュース奢れよ?一発で決めたら俺が奢ってやる。最近東京に進出してきた千葉のソウルドリンク、MAXコーヒーをな!」

 

轟は、興味なさげに

 

「そうか。」

 

とだけ呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一回戦、というか緑谷と爆豪の勝負は激戦だった。開幕と同時に奇襲してきた爆豪、それを回避し爆豪との1対1に持ち込んだ緑谷。

緑谷は初め爆豪の動きを読み切り投げを決めるなど、個性を使わず渡り合っていた。それに対し爆豪はコスチュームを使った最大火力、個性を活用した空中戦闘などで徐々に戦闘のペースを取り返していった。そんな爆豪を狙ったポイントまで誘導する緑谷の知略、そしてついに使った緑谷の個性による麗日への援護。

勝敗は、ヒーローチームの勝利となった。

 

「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら...」

「試合に負けて、勝負に勝ったというところか。」

「訓練だけど。」

 

負傷した緑谷を搬送ロボに任せ、オールマイトは残りの3人を連れて地下のモニタールームへと帰ってきた。

 

「まぁつっても、今回のベストは飯田少年だけどな!!!」

「なな!!?」

 

驚いた飯田をよそに、蛙吹は素直に疑問を投げかけた。

 

「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

 

オールマイトは勢いよく手をあげながら皆に問いを投げかけた。

 

「何故だろうなあ〜?わかる人!!?」

 

その問いに、八百万は即答した。

 

「ハイ、オールマイト先生。それは、飯田さんが一番状況設定に適応していたから。爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。そして先ほど先生が言っていたように屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも同様の理由ですね。

麗日さんは中盤での気の緩み、そして最後の攻撃が乱暴すぎた事。ハリボテを『核』として扱っていたらあんな危険な行為出来ませんわ。

相手への対策をこなし且つ、『核』の争奪をきちんと想定していたからこそ飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは『訓練』だという甘えから生じた反則のようなものですわ。」

 

そのあまりにも理路整然な答えに、オールマイト先生ですら言葉をなくした。シーンと擬音が聞こえてきそうな一瞬であった。

 

オールマイトは若干震えながら

 

「ま...まぁ飯田少年もまだ固すぎる節はあったりするわけだが...まあ...正解だよ、くぅ...!」

 

と、サムズアップとともに答えた。

 

八百万は胸を張り

 

「常に下学上達!一意専心に励まねば、トップヒーローになど、なれませんので!」

 

と言った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

爆豪と緑谷による建物へのダメージのため、所を変えての第2戦

自分たちBチームと、尾白、葉隠のコンビのIチームの訓練である。

 

「さて、俺たちの番だな。障子、尾白と葉隠の様子はどうだ?」

「4階北側の広間に一人、もう一人は同階のどこか...素足だな...透明の奴が伏兵として捕らえる係か。」

 

轟はごく当たり前の事のように言った

 

「外出てろ、危ねぇから。向こうは防衛戦のつもりだろうが...俺には、関係ない。」

 

その言葉とともに轟はビル全体を一瞬で凍結させた。

 

 

「確か向こうのチームがいるのは4階だったな、行ってくる。」

「それなら俺も付いてくぞ、俺の眼は人のエネルギーを見れる。透明人間葉隠からの奇襲が無いとは限らないしな。」

「それなら俺も行こう、あの規模の凍結とはいえ回避されている可能性はある。俺なら足音で動いている者の有無を感知できる。それに、時間もないしな。」

 

轟は相変わらず無表情のままで

 

「勝手にしろ。」

 

と言った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

心配していた葉隠からの奇襲は俺が見破った。と言っても彼女の足はしっかり凍っていたので轟一人でも注意すれば見極められただろう。

 

念のため確保テープを巻いて北側の広間へ。

 

核を守っていた尾白も、両足が凍っていて身動きが取れない状況にいた。

 

轟は威圧感を込めて

 

「動いてもいいけど、足の皮剥がれちゃ満足に戦えねぇぞ。」

 

と言いながら、核へと歩いていった。

 

尾白の後ろから確保テープを巻き付られるようにと回り込んだ俺は言った。

 

「それに、万が一誰かを確保できてもここにいるのは3人、詰みって奴だよ。」

 

尾白は、悔しそうに歯噛みした。

 

そうして、轟は核へと接触した。

 

「ヒーローチームWIN!!」

 

左の熱で尾白の氷を溶かしながら轟は言った。

 

「悪かったな。レベルが違いすぎた。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

尾白同様に葉隠の氷も溶かした轟

相変わらずの近寄るなオーラだが、そんな轟に思わず自分は声をかけていた。

 

「戦闘以外の人助けになら左の個性を使うんだな、轟は。」

 

声をかけられた事にイラついたのか、若干棘のある声で

 

「なんか文句あるのか?」

 

と、返してきた。

 

「轟が思ったより良い奴で良かった。そう思っただけだ。まぁ16年も生きてるんだ、色々あるだろうから事情は聞かない。だけどそんなに嫌っている個性でも、誰かを助ける為になら使えるお前を、俺は尊敬する。」

 

轟は若干毒気を抜かれたようで

 

「そうか。」

 

とだけ返してきた。

 

「轟、これからもよろしくな!」

 

その言葉に答えは、歩きながら右手を上げるという適当なものであった。

 

「...クールな奴だな、轟は。」

「轟に比べたらアレだが、障子も割とクール系だと思うぞ。」

「そうか?お前も見た目だけならクール系と言えなくはないぞ。」

「実はBチームはなんちゃってクール系トリオだったのか。...あ」

「どうした団扇?」

「今回ってぶっちゃけ障子の索敵と轟の氷結だけで終わったから俺の評価ってどうなるんだろう。」

「さあな、だがお前も何もしていない訳じゃない。それなりの評価はもらえるだろうさ。」

「そうだと良いな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自分たちの訓練は終わった。自分たちのチームの総評は、轟が強すぎただけでなく障子の索敵、自分の葉隠警戒もきちんと評価に入っていた。

相手チームも轟により何もできなかったが基本の作戦は良かったので、そこはきちんと評価されていた。

 

その後もいろんなチームの訓練があり、いろんなチームへの総評があった。

 

そんなこんなで、記念すべき第一回ヒーロー基礎学は終わりを迎えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

皆を集めてオールマイトは言った。

 

「お疲れさん!!緑谷少年以外は大きな怪我もなし!しかし真摯に取り組んだ!!初めての訓練にしちゃみんな上出来だったぜ!」

 

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業...なんか拍子抜けというか...」

 

「真っ当な授業もまた私たちの自由さ!それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!!」

 

オールマイトは超スピードで去っていった。

 

ぶどう頭の少年、峰田はその様に思わず呟いた。

「?急いでいるなオールマイト...かっけえ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

放課後、切島の提案で今回の戦闘訓練の反省会をする事となった。

 

「やっぱ初戦の緑谷と爆豪凄かったよなー。あんな熱いバトルとか、俺たちも全力でやらなきゃってなるよな!」

「凄かったってのは2戦目の轟もだよねー。私、何もできずにカチコチにされちゃったよ!」

「俺が個人的に良いって思ったのはテープの瀬呂、だったか?あいつの個性でのテープの結界だな。あれやられると近接以外に手がない奴は詰みかねないレベルの必殺戦法だろ。」

「ありがとな、団扇、で良いんだよな。そういやお前の個性って何なん?個性把握テストの時緑谷になんかしていたから鎮痛とかか?」

 

皆は自分の個性に恐怖せずにいてくれるだろうか。そんな恐怖が少しだけ頭をよぎった。が、過度の心配は無用の長物だろう。普通を装いいつも通りをイメージして答えた。

 

「俺の個性は『写輪眼』催眠と生命エネルギーを見る個性の複合型の魔眼系個性だ。」

「あー、だから団扇は私のこと見つけられたんだー。近くにきたら不意打ちしよう!って思ってたのに先手取られちゃって何もできなかったよー。」

「へー、団扇は催眠系の個性だったのか。なるほど、それで体壊した緑谷に痛みがいかないように催眠をかけてたって訳か...良い奴だな、お前!」

 

思いの外好評でびっくりした、これがヒーロー科のメンタルか...

そんな中峰田がこんなことを訪ねてきた。

 

「なぁ、催眠って、エロい事できんの?」

「できるけどしねぇよ!こんな個性でもモラルは人並みに保っとるわ!」

 

その言葉を聞いて、女子は一歩自分から後ずさった。まぁ、そりゃ怖がるよな。

 

「おい峰田、お前のせいで女子から微妙に距離取られたんだが。」

「知るかよ、催眠能力なんて超強個性持ってるんだからそれくらい受け入れろイケメン野郎。」

「...俺お前になんかしたか?峰田。」

「オイラよりイケメンの奴はみんな滅べって思ってる。」

「最悪だなお前⁉︎」

 

そんな本来の趣旨から若干ずれた、ただの駄弁りになってきた反省会、そんなタイミングで入ってきたのは、右手に腕つりバンドをつけた緑谷だった。

 

「おお緑谷来た!!!おつかれ!!」

 

切島を筆頭に、爆豪とのバトルに感化された連中がわらわらと集まって来た。

 

「何喋ってっかわかんなかったけど、アツかったぜおめー!!」

「よく避けたよー」

「1戦目であんなのやられたから俺らも力入っちまったぜ」

 

「俺ぁ切島鋭児郎、今みんなで訓練の反省会してたんだ!」

「私芦戸三奈!よく避けたよー!」

「蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで。」

「俺、砂藤!」

 

「わわ...」

 

あまりの勢いに押されて狼狽える緑谷

だが、緑谷に群がらなかった面々も自由に会話を続けていた。

 

「騒々しい。」

「麗日、今度飯行かね?何好きなん?」

「おもち...」

「机は腰掛けじゃないぞ、今すぐやめよう!!」

 

「ブレないな飯田くん!」

「本当にな。」

 

そんな会話をしていた麗日は、緑谷の負傷が残っている事に気がついた。

 

「あれ⁉︎デクくん怪我!治してもらえなかったの⁉︎」

 

周りを見渡しながら、緑谷は答えた。

 

「あ、いや、これは僕の体力のアレで...あの麗日さん...それよりかっちゃんは?」

「みんな止めたんだけど、さっき黙って帰っちゃったよ。」

 

それを聞いた緑谷は、すぐに教室を飛び出していった。

 

「どうしたんだろデクくん。」

「爆豪に話でもあるんじゃないか?訓練の時なんか言い合ってたみたいだし...あ。」

「?どうしたの団扇くん。」

「パンフレットの事、相澤先生に聞くのまた忘れてた。」

 

 

 

 

 




原作描写をコピペする機能が欲しい...
執筆時間の半分以上が原作のコピー描写です。
プロットでは細かい描写とか飛ばしていたので結構苦痛だったりします。けど書きたいシーンはその先にあるから止めることもできない。軽度の作家病って奴ですかねー。
まぁ、体育祭編までは書きたいシーンと書くべきシーンは決まっているので骨子がブレる事はないでしょう。多分。


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委員長決めと...

ダイジェストに肯定派な読者さんが意外と多くてびっくりです。なのでこれからは原作描写はほどほどに、ガンガン話を進めていきたいと思います。とは言ってもプロット作成と並行しているので、のんびり更新ですけどねー。職場見学編が思ったより難産です。


戦闘訓練から数日たった。新聞でオールマイトが教師として勤めているという報道があり、雄英高校の前にはマスコミの山。そんなマスコミの一人が正門を潜ろうとして発動した雄英高校のセキュリティ、通称雄英バリアー。

 

そんな様を報道陣の後ろから見ていた俺は、冷静に相澤先生へと電話をかけた。

 

「相澤先生、ちょっとトラブルがあって遅刻しそうです。」

「...何があった、団扇。」

「正門前の報道陣にセキュリティ踏んじゃった人がいて、正門が閉じました。雄英って裏口とかありましたっけ。」

「...ちょっと待ってろ、今マイクが正門に向かってる。そのうちバリアーは解けるはずだ。遅刻は無しにしてやるからゆっくり来い。」

「了解です。」

 

そんな会話をしていると、報道陣が自分へと矛先を向けてきた。

 

「すいません、インタビュー良いですか?」

「構いませんよ、あなた方のお陰で今暇になりましたから。」

 

インタビューワーはその毒を気にもせず、普通に質問を投げかけてきた。

 

「オールマイトの授業はどんな感じですか?」

「新人教師って感じですね。授業はカンペ見ながらですけどとても丁寧にやってくれています。時々うっかりして言葉を間違えるようなところも新人って感じですね。」

「"平和の象徴"が教壇に立っているという事で、様子など聞かせて!」

「さっき言った通り、教壇ではまだまだ新人のうっかり教師ですから、特に"平和の象徴"だと感じる場面はまだないですね。」

 

そんな会話をしたいるとバリアーが開いた

プレゼントマイクは言った

 

「HEY報道陣!あんまり前に出過ぎないように気を付けてくれよ!」

 

報道陣に向かって自分は一言

「門が開いたので、自分はこれにて。遅刻しちゃってますから。」

 

そう言って自分はするっと報道陣を振り切り、門の中へと入って言った。

すれ違いざまにプレゼントマイクが言った

 

「災難だったな、お前さん。」

「今度からはあと1本は電車早いの乗るようにします。」

 

 

自分が教室に入ると、皆はワイワイと騒ぎながら黒板の前に集まっていた。

「すいません、遅くなりました。...なんの騒ぎですか?コレ。」

 

相澤先生は寝袋を着たまま、こう答えた。

 

「学級委員長決めだ。団扇、お前も投票しろ。」

 

「随分と票が割れてますねー。それじゃあ。」

 

自分は、何故か皆1票の中0票だった飯田に1票を入れた。

 

ちょっと感動しながら飯田は声を上げた。

 

「団扇くん、君って人は!」

 

その声が何でそんなに感動しているのか分からず、普通に答えた。

 

「いや委員長つったら飯田か八百万だろ、真面目さ的に考えると。」

 

そこで、自分の勘違いに気付いた相澤先生は言った。

 

「団扇、この投票は自薦ありだ。だからこんなに票が割れてるんだよ。」

 

「あー、みんな自分で自分に投票しているから1票なんですか。まぁ今更変える気は無いんでいいですけど。」

 

そんな投票の結果、学級委員長は、3票を獲得した緑谷、副委員長は2票を獲得した八百万となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

食堂にて、緑谷、麗日、飯田、そして俺の4人は一緒に食事を取っていた。

 

「人がすごいなぁ...」

「ヒーロー科の他にサポート科や経営科の生徒も一堂に会するからな。」

「お米がうまい!」

「本当にな。俺、かれこれ10年くらい家事してたけど、この味は出せねぇわ。」

「へー、団扇君って意外と家事手伝いとかしてるんやね、意外!」

「オイなんで意外って2回言った麗日。」

 

そうして自分はご飯にとろろをザバーッとかけて一気に食べ終えた。

 

「ご馳走さま!ちょっとトイレ行ってくる!」

「だからそんなに急いで食べてたんだね...食事の前に行ってくれば良かったのに。」

「いや、並んでる最中で催してな。せっかく並んだ列から外れるのに抵抗があったんだよ。あと、ついでに食器も返しちゃうから教室でな。」

「それじゃあねー。」

 

そうして食堂近くのトイレに行った、凄い行列だった。

 

「あー、こりゃ職員室の方に行った方が早いな。」

 

そうと判断した自分は、職員室の方へと足を向けた。

 

職員室の近くのトイレは大体空いている。これはこの雄英高校でも変わらなかったようだ。

 

トイレの個室にすわって一息ついたとき、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 

「セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんはすみやかに屋外に避難してください。」

 

「セキュリティ3ってどのくらいの危険性だ?...取り敢えず逃げるにしても出すもの出してからだな。」

 

少ししてからトイレを出ると、目の前には2人の不審者がいた。

一人は黒い霧を身に纏うバーテン服の男性

もう一人は黒一色の上下に、顔に謎の手をつけている男性

 

手の男は、自分にこう言った。

 

「はぁ、このガキも運が無いな。見られたし、殺すか。」

 

滲み出てくる悪意に呑まれないように、強気を保ってこう言った。

 

「運が無いのはそっちかもしれないぜ?侵入者さん達。」

 

そう言いながら、写輪眼を発動し、腰を落として半身に構え、両手でガードを作った。臨戦態勢である。

 

黒い霧を纏った男はその目の色の変化に

 

「目が...紅くなった?」

 

と一言零した

 

そんな霧の男の警戒など気にせず、手の男は無言で自分に襲いかかって来た。

写輪眼が見せるのは、奴は右手で触ってくるという相手の動き。

相手の個性がわからない今、その手に近づくのは危険と判断し、大きくバックステップ。

躱されるとは思ってなかったのか、顔の手の隙間から自分の目を見る手の男。

 

目線が合った

 

手の男は、目の前の少年の赤い瞳の3つの点が車輪のように回るのを見た。その後の記憶は彼には無い。写輪眼の能力、幻術である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

手の男は意識を朦朧とさせながら、自白を始めた。

「俺の名は死柄木弔、個性は崩壊、この学校に来たのはオールマイトを殺す下準備の為。」

 

死柄木の異変に気付いたのか、霧の男は目の力にあたりをつけた。

 

「まさか、紅くなったのは催眠の魔眼ッ!死柄木弔、撤退します!」

 

目を閉じた黒霧により死柄木は霧の中に引きずり込まれ、消えていった。

自分は奴の霧が毒である可能性を考慮して、追撃はやめておいた。

 

そうして霧が晴れたあと、そこには誰も居なかった。

 

「転送系の個性って、なんでそんな強個性がヴィランなんてやってるんだよ。監視カメラはこの辺りには無いって事は俺の証言だけがヴィランのやってきた証拠か...信じて貰えるか?元ヴィランの俺の言葉を。」

 

念のため職員室の扉を開けて誰かがいるのか確認、セキュリティ3が突破されたというのは結構な大事なのか職員室内部には誰も居なかった。

 

「仕方ない、一旦指示通り外に出て先生を探すか。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察が突入してきて、セキュリティ3が突破された主な原因とされた報道陣は撤退していった。

 

その後の帰りのホームルームで、緑谷がクラス委員を飯田に譲るというハプニングがあった。八百万のなにか言いたげな顔が印象に残っているが、それはいいだろう。

 

帰りのホームルームのあと、自分は相澤先生に職員室近くで不審者を見たと証言した。

「団扇、そいつはどんな風体のやつだった?」

「口で言うより、見せた方が早いですね。個性を使います。良いですか?」

「?おう、やってみろ。」

 

相澤先生に目線を合わせ、写輪眼を発動した。

 

そうして幻術で映像を見せた。自分がトイレを出てから2人のヴィランが消えるまでの一部始終を。

 

相澤先生は正気に戻ったあと、自分を心配して、されどこの情報を広めないように小声会話を始めた

 

「団扇、お前ヴィランと交戦したのか。」

「背を向けたら殺されると思いました。個性の分からないのが2人、なら戦う以外に生きる道は無いかと。」

「そうだな、本来教師としちゃ逃げろと言いたいところだが、良い判断だ。お陰で襲撃者の顔と個性と1人の名前まで分かった。お手柄だよ、お前が生きている事も含めてな。」

 

だが、相澤先生は俺の言葉に疑問を持ったようで、問いを重ねてきた。

 

「しかし、この情報を外で生徒の誘導をしていたヴラドキング先生たちにすぐに渡さなかったのは何でだ?」

「単純に忙しそうだったってのと」

「てのと?」

「自分の、元ヴィランの言葉をどれだけ信じて貰えるか疑問だったからです。相澤先生はともかく、他の先生がどんな人なのかはまだ良く知りませんから。」

 

相澤先生は少し思案したあと、自分を諭すように言葉を発した。

 

「まぁ、確かに交戦したのはお前だけ、勝ち組確定の転送系個性、そして何よりオールマイトを殺すという目的、お前が嘘を吐いていると考える奴も出てくるかも知れないな。

だがな団扇、雄英教師を、ヒーローを舐めるな。お前が元ヴィランだって言う程度でお前の証言を信じないような奴はこの学校には居ない。お前は素直に大人を信じて良いんだ。」

「ありがとうございます、相澤先生...ただ、その言葉は正直寝袋を脱いでから言って欲しかったです。」

「まぁいい、俺はこのことを職員会議に上げる。団扇、お前はもう帰れ。」

「いいえ、帰りません。催眠かけた自分にはわかります、相手の言葉の真意は荒唐無稽なものでも確かな事実です。警戒できるようにオールマイトへも相手の顔と個性を伝えたいと思います。」

 

相澤先生は、ポーカーフェイスのまま、何かを隠していることを悟られないようにしつつ言葉を重ねた。

 

「安心しろ、それは俺から伝えておく。お前の個性のお陰で俺にも顔と個性の情報はしっかり伝わっている。オールマイトは歴戦のプロヒーローだ、言葉だけで十分に伝わる筈だ。」

「でも!」

「でもじゃない。大人を信じて任せておけ、子供のすることは無い。いいから帰れ。」

「...わかりました。オールマイトにこのことをよろしくお願いします。」

 

また、子供扱いだ。自分が守られる側だと自覚はしているが、それでも嫌なものは嫌だ。親父を売ったあの日から、ずっと早く大人になりたいとばかり考えている気がする。

そんな負の考えのループに入ろうとしていたところを、飯田の声が止めてくれた。

 

「団扇くん!君にお礼を言いたい!ありがとう!」

「突然なんだ?特にお礼を貰う理由は無いぞ。」

「いいや、ある!僕は緑谷くんに学級委員長を譲ると言われたとき、一瞬迷ったのだ。だがその時頭をよぎったのは、団扇くんが俺に入れてくれた1票だった!君が応援してくれたから、僕は委員長を引き受ける覚悟ができたのだ!」

「おい、お前そんなこと考えていたのか...本当に真面目な奴だな、飯田って。それなら、どういたしまして!だな。」

「相澤先生との話も終わったのだろう?なら一緒に帰ろうじゃないか!」

「そうだな。緑谷、麗日、帰ろうぜ。」

 

会話をしていた麗日と緑谷はこっちを振り返った。

 

「あれ、相澤先生との話終わったんだ。何話してたの?」

「ちょっとな、避難の時不審者を見つけたって話だ。」

「結構重要な事ッ!団扇くん大丈夫だったの⁉︎」

「不審者は転送系の個性みたいでな、すぐに帰っていったよ。」

「へー、何にせよ怪我無くてよかったよー。」

「本当にな、ヴィランに出くわした経験なんてなかったから結構ビビったわ。」

「無事で何よりだ、団扇くん!」

「あ、そうだ団扇くん、パンフレットのことは相澤先生に聞けた?」

「あ。」

「また忘れてたんだね。どうする?パンフレットの地図の部分だけ写真撮る?」

「...緑谷、その提案は最初の日にして欲しかったわ。もう地図は大体覚えたし、今更パンフレットとかもう良いかなってかんじだな。」

「結構適当だよね、団扇くんって。」

「そういや程々に適当なのが生きるコツだって親父が言ってたわ」

 

そんな会話をしながら4人は家路につく。気付けば心のモヤモヤは気にならなくなっていた。

 

もうすぐやってくるかもしれない悪意を気にし過ぎないように心がけながら。のんびりと家に帰ろう。そう思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

緊急職員会議にて相澤は発言した。

「ウチの生徒が職員室前で2名のヴィランと遭遇しました。その生徒の個性、催眠で聞き出した情報と交戦の結果から導かれた結論を話します。

1人の名前は死柄木弔、個性は崩壊、条件はおそらく触ること。雄英のセキュリティを突破したのはコイツの個性でしょう。

もう1人は名前は不明、個性は身に纏った黒いモヤを利用した転送系の個性。ウチの生徒が魔眼系個性と見抜いて即座に目を閉じる機転のある、厄介なヴィランです。

そしてその2人が雄英にやってきた理由はオールマイトを殺す下準備の為だそうです」

「生徒がヴィランと交戦したのか⁉︎クソ、マスコミめ!奴らに気をとられていなければ職員室近くでの狼藉など見過ごす訳などなかったはずなのに!」

「それよりもその情報の正確性を問うべきじゃない?オールマイトを殺すなんて普通考え付かないわよ。その生徒の個性がかかってなくて、嘘の情報を流されたって可能性は?」

「団扇、交戦した生徒は体育祭にもまだ出ていない一年です。そんな生徒の個性が漏れているとは考えにくい。荒唐無稽ですが、オールマイトを殺すという目的は真実でしょう」

「...私が狙われるのはいつもの事だ、納得はできる。だがそのせいで生徒に危険が及んでしまうとは...」

「大丈夫さ!幸いにも交戦した生徒は無傷、訓練の浅い一年生にも関わらず敵の情報を持ち帰るなんて大金星を挙げたのさ!なら、その頑張りに答えようじゃないか!まずは警察に連絡して死柄木弔という青年とモヤを利用したワープの個性の人間の調査!そしてオールマイトがいつ襲われても対処できるようにカリキュラムの見直し!やれる事をしっかりやろうじゃないか!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「黒霧、どうなってる。なんで俺はアジトに戻ってるんだ?」

「死柄木弔、あなたは遭遇した生徒の魔眼系個性によって催眠をかけられました。そのせいでオールマイトを殺すという目的もヒーロー側にバレてしまったようです」

「あー、畜生そんな反則みたいな個性の奴がいるとか聞いてねぇぞ。目が合ったら終わりとか、チートかよ。」

「体育祭にも出ていなかった個性なので、おそらくまだ1年生でしょう。頂いたカリキュラムからオールマイトが教えているのは1年生だとわかりました。本襲撃の際にも邪魔される可能性は高いでしょう。...どうします?死柄木弔、襲撃を中止しますか?」

「中止はしない、だが先生から託されていたもう一体のアレを準備しておこう。集めた雑兵が役に立たなくなっても、アレが2体いればどんな状況でも対応できるだろ」

 




今回はちょっと短め
ちなみにここで死柄木とエンカウントしたのは、主人公の個性を知られていなかったらUSJ事件が一行で終わりかねないという裏事情からです。洗脳系の個性ってやっぱチートだわ。


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USJ事件

コナンの映画見に行ったらヒロアカとアヴェンジャーズコラボCMとかいうちょっと面白いものが見れました。ダリフラ×パシフィックリムとか面白いコラボ考える人はいるんですねー。


午後のヒーロー基礎学の時間

教壇に立った相澤先生が言った。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう1人の3人体制で見ることになった」

 

しょうゆ顔の少年、瀬呂が言った

 

「はーい、何するんですか⁉︎」

 

相澤先生はRESCUEと書かれたカードを手にしながら言った。

 

「災害水難なんでもござれ人命救助(レスキュー)訓練だ!!」

 

「レスキュー、今回も大変そうだな。」

「ねー!」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ⁉︎鳴るぜ!!腕が!!」

「水難なら私の独壇場、ケロケロ。」

 

相澤先生は沸き立つクラスの面々を睨みつけながら言った。

「おい、まだ途中。

今回のコスチューム着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練所は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

飯田がクラス委員として張り切るもバスの形が思っていたのと違うという小さなハプニングはあったものの、特に問題はなく乗車する1-Aの生徒たち

 

雑談のし過ぎで怒られることはあったが、無事目的地に到着した

 

「すっげー! USJかよ!!?」

 

興奮する生徒たちに向けて、宇宙服のヒーロー、13号先生は言った。

 

「水難事故、土砂災害、火事...etc、あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も...ウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)!!」

相澤先生は13号先生に近づいて会話を始めた

 

その時、自分の脳裏を走るうろ覚えな原作知識、あココ襲撃されるやんと。

 

「ちょっと相澤先生に話あるから行ってくる。」

「お、おう。」

 

「相澤先生!」

「団扇か、何だ?」

「あの、ちょっと思ったんですけど、本来のカリキュラムだとここにオールマイトも来るんですよね。」

「ああ、そうだ。」

「学校から離れたこのロケーションといい、ヴィランからの襲撃にもってこいな場所じゃありませんか?」

 

相澤先生は、自分を諭すように言葉を紡いだ。

 

「落ち着け団扇、お前がヴィランにあった事で警戒心が高まっているのは仕方ない。だが、お前の情報で敵に転送系の個性がいることははっきりしている。その対策は当然しているさ。学校全体へのヒーローの配備や定時連絡とかな。もし敵に連絡を妨害するような個性がいたとしても10分おきの定時連絡がなかった場合すぐ応援のヒーローが駆けつける事になっている。だからお前は安心して、1生徒としてこの訓練に励め。」

 

子供扱いに少しイラッときたが、それはそれ。きちんと対策をしているとの言葉に少し安心し、ため息を吐いた

 

「そうですね、ちょっと神経質になってたみたいです。ありがとうございます、相澤先生。」

 

「おう、さっさと列に戻れ。」

 

13号先生が自分が来た事に興味を持ったのかこんな話を始めた。

 

「先程の生徒がヴィランと遭遇したという?」

「ああ、あいつが団扇巡。本物のヴィランから生き延びた、有望な生徒だ。」

 

その言葉が聞こえて、ちょっと嬉しかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

13号先生が、自分たち生徒へと授業前の話を始めた。

 

「えー、始める前に皆さんにお小言を一つ二つ...三つ...四つ...」

 

増える、クラスの皆の思いが一致した。

 

「皆さんご存知かと思いますが、僕の個性はブラックホール、どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます。」

「その個性でどんな災害からも人をすくい上げるんですよね。」

「ええ...しかし簡単に人を殺せる力です、皆の中にもそういう個性がいるでしょう。超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく規制する事で、一見成り立っているように見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないで下さい。

相澤先生の体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。

この授業では...心機一転!人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。

君たちの力は人を傷つける為にあるのではない、救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな。

以上!ご静聴ありがとうございました!」

 

心に来た。自分のように個性で人の人生を狂わせた過去を持つ者にとっては特にそうだろう。人を傷つける為にではなく、人を狂わせる為にでもなく、人を救ける為にこの個性を使う。

ヒーローになるとはそういうことだと教えられた気がした。

 

「ステキー!」

「ブラボー!!ブラーボー!!」

 

相澤先生は何かに気づいたようで。後ろを振り返った。

その後、自分たち生徒に咄嗟の指示を出した

 

「一かたまりになって動くな!13号、生徒を守れ!」

 

「動くな、あれは(ヴィラン)だ!!!!」

 

写輪眼で咄嗟にヴィランたちを見た。この距離で可能かは試した事は無いが、目線が合えば即座に無力化できる。

 

そう思ってヴィランを見たが、手の男、死柄木が自分に気づいたようで、黒い霧の男とともに自分から目を逸らした。

 

そうして見つけてしまった

黒い体、剥き出しの脳みそ

そして、多くの人間が混ぜ合わせられているかのようなチグハグな身体エネルギー。それが洗脳により一つの流れに無理矢理整えられていた。

 

人を人と思わないような非人道的な行為で生まれた怪物、怪人脳無がそこにいた。

 

「相澤先生!あの、黒い脳みそヴィランは人間じゃない!人間を混ぜ合わせられて作られた化け物です!あれが、ヴィランがオールマイトを殺せると考えた原因です!」

 

相澤先生は、首のゴーグルを目にかけながら言った。

 

「情報感謝だ団扇、だがあまり顔を出すな。13号、上鳴、一応通信試せ。センサー対策もあるヴィラン相手だ、恐らく無駄だろうがな。」

 

轟は俺の言葉に疑問を持ったようで自分に尋ねてきた。

 

「おい、オールマイトを殺すってどういう事だ。あいつらのことを知っているのか?」

「この前、セキュリティが突破された時にあの手の男と入り口やってる霧の男に遭遇した。その時得た情報だ。」

 

その言葉に爆豪はいつものように暴言をこぼす。

 

「ならそん時殺しとけクソが。」

「その時はワープの個性だとは思わなかったんだよ。1人を無力化してもう1人っと思ったら逃げられた。一瞬あれば逃げられるあの霧の男の個性は厄介だぞ。」

 

轟は声に出して皆が状況を理解できるように整理した。

 

「...カリキュラムは読まれてた、通信は使えねぇ 、センサーは効いてねぇ、それに団扇曰く多くの人間を使って作られた化け物、馬鹿みたいな話だがこれは本当にオールマイトを殺し得る算段があるってことだ。油断できねぇな。」

 

そんな話をしているうちに相澤先生はヴィランの群れに飛び込む準備を完了させていた。

 

そんな様に緑谷は思わず叫ぶ。

 

「先生は一人で戦うんですか⁉︎あの数じゃいくら個性を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは個性を消してからの捕縛だ、正面戦闘は...」

 

相澤先生は、プロヒーローの強さを誇るように

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号、任せたぞ。」

 

そう言って階段を一気に飛び降りた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ゴーグルで目線を隠し、誰の個性を消しているのかを隠すことで周囲のほぼ全員の個性を無力化した相澤は圧倒的な格闘能力でヴィランを蹴散らしていった。

しかし多勢に無勢、瞬きの一瞬の隙に黒い霧の男に転移され、生徒側に抜けられてしまった。

 

黒い霧を纏いつつ霧の男は言った。

自分の方には目線を向けさえしないで。

 

「多くの方は初めまして、我々は敵連合。ご存知とは思いますが我々がこの度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。」

 

そんな様に苛立った。催眠の個性を見せたのは失敗だった。だが今言うべきは愚痴じゃないッ!

 

「皆!こいつの霧はワープゲート!触れたら終わりだと思え!」

 

そんな言葉が皆に届く前に、爆豪、切島の両名は飛び出していた。

爆発と硬化した手刀による同時攻撃だ。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか⁉︎」

 

だが霧の男はワープゲートの霧で自分を覆うことでその奇襲を回避した。

 

「危ない危ない...いくら生徒とはいえ優秀な金の卵、先日の事といい油断できませんね。」

 

個性の射線を爆豪たちに妨害される形となった13号

 

「ダメだどきなさい2人とも!」

 

 

悪意あるヴィランはその隙を逃さない。霧を包み込むように発生させ、生徒たちを飲み込んだ。

 

「散らして、嬲り、殺す。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

飛ばされたのは土砂ゾーン、今回も轟と一緒だった。

 

「散らして殺す...か、言っちゃ悪いがあんたらどう見ても『個性を持て余した輩』以上には見受けられねぇよ。」

 

「囲まれた時はどうなるかと思ったが、相方がお前で良かったよ。戦闘訓練の時といい、本当に縁があるな。」

 

転移した瞬間、轟は自分を巻き込まない、かつ周囲のヴィランを一瞬で凍らせるという離れ業をやってのけた。

 

「...轟、俺は相澤先生を助けに行く、相澤先生ならチンピラ程度ものの数じゃねえだろうがあの黒い脳みそはヤバイ。...下手したら相澤先生が殺されるかもしれない。」

 

少し考えたあと、轟は言った

 

「...団扇、こいつらから情報を引き出してから行くぞ、通信妨害の奴が近くにいたら倒しておくべきだ。」

「その必要は無い。相澤先生に聞いたんだが、10分おきの定時連絡が繋がらなかったときは応援が来る手筈になっているらしい。

俺たち、というかお前に振られたヴィランがこの程度の奴らなら他の連中にも大したヴィランは行っていない筈だ、10分生き残る程度は余裕だろ。だから今、命の危険があるのは相澤先生だけだ。」

「だが、お前の言う黒い脳みそヴィランがヤバいとして、何か策はあるのか?無策で行って足手まといになるのは逆に相澤先生の首を絞めることになるぞ。」

「策は2つある。あの脳みそヴィランは誰かから洗脳を受けている。身体エネルギーの流れでそれは分かるんだ。だから、その洗脳を俺の目で上書きすればあのヴィランは無力化できる。」

「できるのか?お前に。」

「できる。知り合いに手伝ってもらって試したことがあるが、催眠系の個性って基本後出し有利なんだよ。だから、俺の写輪眼よりよっぽど強力な個性で洗脳されていない限り一瞬でいける。」

「もう一つは?」

「あの脳みそに指示を出してる奴を潰す。洗脳されているアイツには思考能力は無い。指示を貰わなきゃまともに動けない筈だ。だから手の男の方を黙らせれば間接的に脳みそを無力化できる。詰まる所、俺がどっちかと眼を合わせればこの事件を終わりにできるって事だ。」

「目が合えば終わりか...お前の個性目立たないが相当ヤバいな。」

「それほどでもあるな。」

「あるのか。」

 

凍結している周囲のヴィランを放置し、自分と轟は中央広間へと向かって行った。その途中、玄関が超パワーにて吹っ飛ばされた。

"平和の象徴"オールマイトの参戦である。

 

「10分より早く来たな、誰かの通信が届いたか?」

「考察は後でいい、あの黒いのはオールマイトを殺し得る戦力だってヴィランが考えるほどだ。オールマイトでも一人じゃ危険かも知れない。急ぐぞ轟。」

 

そうして中央広間に到着した自分達が見たのは、黒い脳みそヴィランにバックドロップを仕掛けたオールマイトと

それを利用してオールマイトを拘束した霧の男のワープゲートであった。

 

その様を見た緑谷は無策の突貫を仕掛けようとしていた。

俺たちの位置からなら爆豪と切島が仕掛けようとしているのが見える。

なら、それに乗ずるべきだ。

 

「轟、行くぞ!」

 

写輪眼を発動する。

周囲の状況を確認、爆豪が霧の男に、切島が死柄木に飛び出して来ている。

切島の動きに合わせる。オールマイトを救わんとする氷結の範囲に入らないルートでダッシュ、切島の手刀を躱そうとする死柄木の動きを写輪眼で予測、回避ルートにぶち当てるように後頭部に飛び蹴りを放つ。

不意打ちは大成功、手の男は脳みそヴィランの方へと転がって行った。

だが、服装からこっちの正体を見極めたのか死柄木は咄嗟に目を閉じた。ついでに受け身まで取っていた。

蹴りによる昏倒は失敗、目を合わせての催眠も失敗、このチャンスでは決められなかったか。このことが凶とならないと良いのだが。

 

「ナイスフォロー、団扇!」

「スカしてんじゃねぇぞ、モヤモブが!」

「平和の象徴はてめえら如きに殺れねぇよ。」

 

「かっちゃん...!皆...!!」

緑谷が感動している中、自分は見られていないことをいい事に、霧の男を拘束している爆豪の側へと移動した。

 

手の男は、俺の個性を警戒してまともに周囲を見る事が出来ない。

だから、蹴り飛ばされる直前に見た光景から今起きている光景を予測するしかない。

だとすると、まずアイツがやろうとする事は出入り口である霧の男を拘束している爆豪の排除だ。

あの位置なら、脳みそヴィランと目線が合うッ!

 

「脳無、爆発小僧をやっつけろ、出入り口の奪還だ。」

 

その言葉を受けた脳みそヴィランこと脳無は、氷結した体の崩壊を無視して立ち上がる。

すると、脳無の体は急速に再生を始めた。

 

皆が脳無の個性におどろいている間に自分は爆豪の側へと移動を完了した。

 

脳無は、体を爆豪の方に向け、超スピードで走り出した。

だが俺の目は写輪眼、生命エネルギーの流れから未来予知じみた行動予測を可能とする個性!どんな超スピードでも見るだけなら可能ッ!

 

そうして、脳無と自分は目を合わせた。

自分の赤い眼の3つの点が車輪のように回り出す。

命令は単純、『動くな』

 

そうして脳無は超スピードのまま体の動きを止めた。

だが自分は忘れていた、慣性の法則という奴を。

動きを止めた脳無はその超スピードのまま弾丸と化し自分と爆豪を襲った。

 

その弾丸から自分達を救ってくれたのは、オールマイトであった。

 

「ム?何事だ?奴の動きが止まった...団扇少年、まさか⁉︎」

 

助けられた事がちょっと恥ずかしくて、でも作戦が成功した事にホッとして一つため息を吐いた。

 

「すいませんオールマイト、慣性の事頭から抜けてました。

でもこれで、アイツらの切り札は無力化しました!」

 

死柄木はその言葉に自分への怒りを募らせたようで

 

「何、脳無だぞ!対オールマイト用の怪人が、たかがガキなんかに負けるとか...クソチート野郎が。」

 

そんな死柄木が、怒りで自分の顔を見てしまう可能性に賭けて、ちょっと煽ってみた。

 

「あんなの使うお前らにいう事じゃないが、人の心を操るって、結構簡単なんだぜ?まして意思のない人形なんざ、俺の個性からしたらただの案山子だよ。」

 

だが、死柄木はその煽りで逆に冷静になったようだった。

逆効果だったようだ。

 

「畜生、この眼のガキに会ってから運が無い。仕方ない黒霧、撤退だ。」

 

爆豪の拘束から抜け出した黒霧は死柄木の側に移動し、ワープゲートを作った。

 

怒りを込めてオールマイトは言った。

 

「逃すと思うか!ヴィラン!」

 

死柄木は笑いながら言った

 

「いいや逃すさ、切り札は隠しておくものだろう?コイツは正直保険だったが、足止めくらいにはなる。来い、脳無!」

 

そうして現れたのは、先ほどの奴より少し細身の灰色の脳無であった。

 

「何⁉︎」

「もう一体だとか反則だろ!」

「チッ。」

 

「コイツはさっきの脳無より力は弱いが、その分素早い。対オールマイト用脳無のプロトタイプさ。じゃあなオールマイト、その弱った体でせいぜい生徒を守るんだな。」

 

そうして、全員が新たな脳無に気をとられている間に死柄木は黒霧のワープゲートへと潜っていった。

 

だが、奴は肝心な命令を脳無にするのを忘れていたようだ。

 

自分の目と脳無の目が合った。その瞬間、脳無はだらんと両手を下げ、動きを止めた。

 

消える直前の死柄木はその光景を見て言った

 

「コイツも瞬殺かよ...目のガキ、次は必ず殺す。」

 

そうして今回の襲撃を企てた敵連合の幹部二人は帰っていった。

...自分が無力化した1体目の黒い脳無を回収して。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何度かの銃声の後、入り口から、飯田の声が聞こえてきた。

 

「1-Aクラス委員長、飯田天哉!!ただいま戻りました!!」

 

オールマイトはその声に安堵したのかため息をついた。

 

「フゥ、どうやら飯田少年が他の先生方を連れて来てくれたようだね。これで一件落着だ。」

 

「みたいですね。銃声ってことはスナイプ先生かな?さて、俺たち生徒はどうします?ここで待機ですか、それとも入り口まで移動ですか?」

 

「あ、ああ。君たちは入り口の方まで移動してくれ。私は周囲に他のヴィランがいないかどうか軽く警戒してから戻るとしよう。幸い団扇少年のお陰で大きなダメージはないしね!

...君たちには実力がある。だからといって周囲のヴィランを倒そうなどと考えてはいけないぞ!寄り道せずに真っ直ぐ帰るんだ!いいね?」

「はい、わかりました。」

 

帰り道、爆豪が自分に話しかけて来た

 

「おいクソ眼。」

「俺の事か?爆豪。」

「テメェなんでそんな個性を隠してやがった。」

「...特に隠してないぞ?戦闘訓練の日の反省会で皆に教えたくらいだし。あぁ、そういや爆豪反省会にいなかったっけ。」

「チッ、今回活躍出来たからって調子に乗るんじゃねぇぞ、クソ眼野郎。」

「いや、今回は運が良かっただけだろ。ちょっと頭のある奴なら俺の個性わかった時点で目をそらすぞ。あの脳無って奴らが洗脳を受けた改造人間なのが、今回の勝因だな。次はないだろ。」

「チッ、優等生ぶってんじゃねぇぞクソ眼が。」

「...なぁ轟、今の優等生ぽかったか?」

「俺が知るか。」

 

そんな会話をしていると、不意に緑谷が痛がった。

「痛っ。」

「どうした緑谷...ってお前右手の指!ちょっと目を見ろ、催眠かけるから。」

「ありがとう団扇くん...痛みは引いたよ。」

 

緑谷は、暗い顔をしてこう言った

 

「団扇くん、今日は本当にありがとう。」

「...今日はどうしてそんな勿体ぶるんだ?」

「オールマイトの危機に、僕達は...僕は何も出来なかった。団扇くんがいなかったら本当にオールマイトが殺されちゃったかも知れない。だから本当にありがとう。」

 

この会話を聞いて思う所があったのか、切島が会話に混ざって来た。

 

「それを言うなら俺もだぜ緑谷!俺の攻撃は躱されちまうし、爆豪や轟ほどの活躍はしてないし、いいとこなしだったぜ。でも、俺たちは皆無事だったんだ。なら、今はそれを喜ぼうぜ!」

「切島くん...」

「そうだな、切島の言う通りだ。プラス思考は最強だってどっかの刑事さんも言ってた事だしな。今日は大事件だったが俺たちは誰も死なずに済んだ。それで良いだろ、緑谷。」

「団扇くんも...本当にありがとう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

後からこの事件の話を聞いたところ、以下の事がわかった。

 

相澤先生は両腕粉砕骨折に顔面骨折、眼窩底骨が粉々になるなどの重症を負った。

13号先生は背中から上腕にかけての酷い裂傷を負った、が命に別状は無いそうだ。

オールマイトは脳無に握られた脇腹の傷以外に特に傷は無し。

 

生徒で傷を負ったのは自分の個性の反動で右手中指をやった緑谷のみ。

 

オールマイトと緑谷は保健室へ、13号先生と相澤先生は病院へと搬送された。

 

正直、この規模の大事件では異常なまでの負傷者の少なさである。その結果を導いたのは先生たちの献身である事は言うまでもないだろう。

 

相澤先生の安否が心配だが、今は信じよう。

まずは教室に行って警察からの事情聴取を待つ、それからだ。

 

...元ヴィランということで内通者と疑われなければ良いのだが、それは当たる警察官の人柄が良いかどうかの運だろう。気にしないでいこう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とある隠れ家的バーにて

 

「先生、畜生あの脳無って奴欠片の役にも立たなかった。オールマイトどころか生徒のガキに2体とも瞬殺されやがったッ!」

「...弔、その少年はどんな個性で脳無を無力化したんだ?」

「目を合わせた相手を洗脳する個性だ。俺もやられた、あの赤く回る目にッ!」

「赤く回る目...まさかね、あの一族はもう血が途絶えたはずだ。弔、その子の名前はわかるかい?」

「名前は...忘れた。まぁ顔は覚えてる。雄英体育祭でそいつを教えるよ、先生。」

「ありがとう、弔。」

「ふーむ、先生との共作の脳無は必然的に洗脳を受ける。人の元々持っている耐性が無い分洗脳にかかりやすいのかのう。盲点じゃったわ。」

「幸いにも黒い方の脳無の回収には成功しました。」

「ふむ、弔にも黒霧にも特に負傷は無い。脳無も一体は回収できた。今回はそれで良しとしよう。なぁに、生きていれば次がある。いくらでもやり直せば良い。何故って?僕がいるからさ。」

 

 

 

 




どうして脳無を2体同時に出さなかったって?この時の死柄木なら舐めプするよなぁという安直な考えです。
尚、洗脳系個性は後出し有利というのはオリジナル設定です。洗脳に一度かかったなら本来持ってる洗脳耐性みたいなものがなくなるよなぁという考えからです。
まぁ、オリ設定なのでオリジナル設定ありのタグつけときますねー。


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体育祭編
体育祭前の日々


感想欄からインスピレーションを受けた話をプロットから追加しました。良い展開の案だったからね、仕方ないね!
展開がおかしくならないか確かめてから挿入したのできっと大丈夫。



USJ事件の翌日は臨時休校となった。

思わぬ休日だが、喜べるものではなかった。

その翌日、授業は通常通り行われた。相澤先生も包帯ぐるぐるという格好であったが、重症からの即日復帰というトンデモを果たした。流石雄英、何でもありだ。

生徒の皆が心配する中、先生は復帰早々こんな言葉を皆に告げた

 

「俺の安否はどうでも良い、何よりまだ戦いは終わってねぇ...雄英体育祭が迫ってる!」

「クソ学校っぽいの来たああああ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

年に1度、一生に3度の大チャンスである体育祭、それに対してテンションを上げる生徒たち。

だがその流れに反して自分と緑谷はテンションを上げきれずにいた。

 

「ノリノリだね、皆。」

「本当にな、危機感が無いのを嘆けば良いのか、楽観視を見習えば良いのかよくわからん。」

「何⁉︎君たちは熱くならないのか⁉︎ヒーローを目指すなら避けては通れない一大イベントだぞ!これで熱くならないのは嘘だろう!」

 

そんな会話をぶった切って、麗日は言った

 

「デクくん、飯田くん、団扇くん...頑張ろうね、体育祭。」

 

その顔を羅刹のように強張らせながら。

 

「顔がアレだよ麗日さん!!?」

 

「どうした?全然うららかじゃないよ麗日。」

 

「皆!!私!!頑張る!」

 

「おおー、けどどうした、キャラがふわふわしてんぞ!!」

 

そんなおかしな麗日につられて、1-Aの皆は一様にガッツポーズを決めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

食堂へ向かう道すがら、緑谷がこんな話を切り出した。

 

「麗日さんは、なんでヒーローになりたいって思ったの?」

「それは、うん、お金のため、かな?」

「お金...⁉︎」

 

「お金が欲しいからヒーローに⁉︎」

「究極的に言えば。

なんかごめんね不純で...!!飯田くんとか立派な動機なのに私恥ずかしい。」

「何故⁉︎生活の為に目標を掲げることの何が立派じゃないんだ?」

「うん...でも意外だね...」

 

「...ウチ建設業者やってるんだけど...全然仕事なくってスカンピンなの。こういうのあんまり人に言わんほうが良いんだけど...」

「建設...」

「麗日さんの個性なら許可取ればコストかかんないね。」

「でしょ⁉︎それ昔父に言ったんだよ!でも...父ちゃんは私に夢を叶えてくれた方が何倍も嬉しいって言ってくれたんだ。

だから、私は絶対ヒーローになってお金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ。」

 

麗日のその言葉は、ある種の覚悟を秘めた言葉だった。

 

飯田が感動してブラボーブラボー叫ぶなか、廊下をダッシュしてきたオールマイトがやってきた。

 

「おお!!緑谷少年がいた!!ごはん...一緒に食べよ?」

「乙女や!!!!」

「...ぜひ。」

 

「緑谷くん、行ってしまったな。」

「ううー、私のことばっか話してなんか恥ずかしい!次、団扇くん!何気に謎の多い団扇くんがなんでヒーローになりたいのか私気になる!」

「そういえば僕も団扇くんの話は聞いた事がなかったな、よろしければ聞かせて貰いたいものだ。」

「正直シラフで話す事情じゃねぇから触りだけな、それで良いか?」

「うん、聞きたい!」

 

「...俺、実は個性の出た4歳くらいからネグレクトを喰らってたんだよ。そんで学校にも行かないで家でテレビばっかり見ている時期があってさ、いつか自分を助けにきてくれるヒーローが現れるって心のどっかで信じてて、でも実際に現れることはなくてな。だから、俺がなろうって決めたんだ。知らないとか事情があるとか、いろんな理由で"救けて"を叫べない人を救けられるようなヒーローにな。

以上、あんまし面白い話でもないだろ?」

 

二人は悪い事を聞いてしまったと、顔を俯かせた。

そんな心配は無用だと示すように明るい声で言葉を紡いだ。

 

「そんな気にしなくてもいい。何年前の話だと思ってるんだ、もう折り合いは付いているよ。」

 

その言葉に、自分の言葉に疑問を持った飯田が声を上げた。

 

「団扇くん!君の事情には正直驚いた!そんな環境の中、善性を保ち続けた君には正直敬意すら覚える!だからこそ疑問があるのだ。君の境遇を聞いて思った、そんな状況に置かれれば社会を憎むのが普通だと自分は思う。どうして君はヒーローを目指そうと思えたんだ?」

 

「それは。」

「それは?」

「俺にもわからん。多分何となくだろ。」

「なんとなくで人生の道行きを決めたのか君は⁉︎」

「...ちょっと思ってたけど、団扇くんって意外と適当なトコあるよね。」

「真面目なヴィランがいるくらいだし、適当なヒーローがいても良いんじゃないかと俺は思う。」

「自覚済み⁉︎」

「そんな事よりお金の話をしよう、苦学生の麗日は当然奨学金受けてるよな、アレの返済不安にならね?」

「話題の振り方も適当⁉︎いや確かに利子が無いって言っても借金は借金だから気になってるけど、けれど!この話の流れでする会話じゃ無いよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本当はなんとなくで決めた訳では無い。記憶の定かではないほど昔、テレビで見たとあるヒーローのインタビューでこんな言葉があった。

 

「そうですね、どんなに手を伸ばそうとしてもヒーローとて人間ですから、出来ることには限界があります。でも、知らないとか事情があるとかで救けてを叫べない人達がいます。自分は、たとえ手が届かないとしてもそんな人達に手を差し伸べ続けたいです。それが、ヒーローのするべきお節介だと自分は信じてますから!」

 

そのお節介としか言いようのないヒーローの名前は一体なんだっただろうか、今でもなんとなく顔は覚えている。けれどその恩人の名前は、あの4年間の中で磨耗して消えてしまった。そこだけは、今でも後悔している。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

放課後、1-Aの教室の前にはとんでもない数の人が集まってきた。

敵の襲撃を耐え抜いた連中だと、一目見に来た連中だろう。

 

そんな連中に対して爆豪はいつもの通りに言った

 

「敵情視察か?意味ねぇからどけモブども。」

「知らない人をとりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

そんな言葉に反応してか、人混みの中から長身の少年が前に出てきた。

 

「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ、ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「ああ⁉︎」

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、けっこういるんだ知ってた?」

「?」

「体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ...敵情視察?少なくても普通科(おれ)は調子乗ってると足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり。」

 

大胆不敵なその言葉に思う、コイツに俺が37人目だってバレたら多分面倒になるなーと。

 

その後銀色の髪の少年は人混みに揉まれながら言った

 

「隣のB組のモンだけどよぉ!!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよう!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

そんな2人の不敵な言葉を無視して、爆豪は人混みを掻き分け帰ろうとしていた。

そんな爆豪に切島は思わず一言

 

「待てコラどうしてくれんだ、オメーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!!」

 

「関係ねぇよ...」

「はぁー⁉︎」

「上に上がりゃ関係ねぇ。」

 

爆豪はその言葉と共に人混みの中に消えていった。

 

「爆豪はこういう所でもブレないな...緑谷、あいつ昔からああなのか?」

「ちょっと違う...と思う...かっちゃんは昔から大胆不敵って感じだったけど、今のかっちゃんは上に上がるために自分を追い込んでる感じかな。」

「そうなのか...さて緑谷、俺たちも行くか?上に上がるための特訓って奴に。」

「そうだね、今日はよろしく、団扇くん。」

 

そんな言葉に疑問を持ったのか、麗日が尋ねてきた。

 

「あれ?デクくん、団扇くん、帰らへんの?」

「う、麗日さん...ちょっとね。」

「ああ、秘密の特訓って奴だ。」

「秘密の特訓!良いね!...私も一緒に行って良い?」

「ダメです。」

「何故に⁉︎」

「いや、体育館の使用申請俺と緑谷の分しか出してないんだよ。そういう話になるなら皆に話通してから申請書出すべきだったな。すまん、俺の手落ちだ。」

「なら仕方ないね!デクくん、団扇くん、頑張ってね!」

 

「さて、オールマイトに話は通してくれたか?」

「うん、一応。」

「オールマイトが来なかったら特別特訓は無しで普通に動画見ながら組手な、お前の個性の暴発怖すぎるから監修なしじゃ危ないしな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

体育館γについた自分たちを待っていたのは、金髪でガリガリ、だが目には確かな力のある男だった。

 

「待っていたよ緑谷少年、団扇少年!オールマイトは事情があって来られなかったが、そのマネージャーである私、八木が君たちの特訓の監修を引き受けよう!」

「お、オール...」

「八木だよ!緑谷少年!」

 

その反応でなんとなく察した自分は写輪眼を発動した。

いつも全身に張り巡らされているエネルギーが丹田のあたりに収まっているがあの虹色の身体エネルギー、間違いなく彼がオールマイトだ。

 

「...俺の目は相手の身体エネルギーを色で見ます。だから、変装しようが変身しようが俺の目は見抜けます。」

「...何が言いたいんだね、団扇少年。」

「何やってんすかオールマイト、変装するなら口調くらい変えましょうよ。」

その言葉に反応したのは、オールマイトではなく緑谷の方だった。

「一瞬でバレたー!」

「み、緑谷少年!少しは誤魔化そうとしていた私の努力は⁉︎」

「いや、もうバレてますって。」

 

 

「いやー、まさか一瞬でバレてしまうとは...それなら仕方ない。団扇少年、私がこんな姿をしている事情を話そう。」

「あ、今はいいです。」

「What⁉︎」

「相澤先生曰く、時間は有限ですから。今するべきはオールマイトの事情を根掘り葉掘り聞き出す事じゃなく、オールマイトの個性を参考にして緑谷の個性コントロールを可能にすることです。」

「団扇くん、驚かないの⁉︎あのオールマイトがこんな姿になっているんだよ⁉︎」

「いや、目力は変わってないし、オールマイトも結構な年だろ?何かしらの事情はあるだろうさ。というか俺はお前が知ってる事の方が驚きなんだが。」

「あ、あはは...」

 

 

「さて、オールマイトもいる事だし、特訓を始めるぞ!」

「うん、よろしくね、団扇くん、オールマイト。」

「緑谷少年から特訓するという事は聞いたのだが、どうして私が呼ばれたのだ?団扇少年。」

「それは、オールマイトと緑谷の個性が同じタイプのものだと俺には見えたからです。丹田のあたりに収まってる馬鹿みたいな量の身体エネルギー、それを腕とか指とかに集中させて暴発させてるのが緑谷の個性、全身に張り巡らされているのがオールマイトの個性です。

だから、オールマイトの全身に力を巡らせるイメージを緑谷に見せる事が出来れば、緑谷の個性コントロールの助けになるんじゃないかと。

ちなみにエネルギーを外から見てコントロールの訓練をしたいって言ったのが緑谷で、オールマイトを参考にしようと言い出したのが俺です。先生としてこの訓練法どうですか?」

「なるほど、納得できた。だが、君の見た力のイメージをどうやって緑谷少年に伝える?」

「俺の催眠のちょっとした応用です。映像をイメージとして送りつける事で相手に見せる事が可能なんですよ、俺。」

「成る程、理解したぞ団扇少年!つまり私は極力ゆっくり個性を発動すれば良いのだな!」

「そういうことです。よろしくお願いしますね、オールマイト。」

 

「よし、行くぞ団扇少年、緑谷少年!よく見ていたまえ!」

 

そうして、ガリガリの男はゆっくりと身体エネルギーのコントロールを始めた。

丹田のあたりにあるエネルギーの源から力を徐々に流出させ、身体中に力を漲らせていく。その過程をきっかり5秒、その結果目の前のガリガリの男は筋骨隆々の大男、いつものオールマイトへと変貌を遂げた。

そうして、膨らんだ力を一瞬で丹田へと収束させ、先ほどのガリガリの男へと戻っていった。

 

「どうだ、団扇少年しっかり見えたか?」

「ええ、それじゃあ緑谷、俺の目を見ろ。」

「うん、団扇くん、お願い。」

 

緑谷と目を合わせ、先程見た虹色の力の流れを映像としてみせた。

 

「行けそうか?緑谷。」

「やってみる。」

「まずは力を巡らせる所までだ。動きは力に慣れてからでいい。」

 

緑谷は、見せられたイメージ通りに丹田にある力の源から全身に力を張り巡らされていった。

そう、オールマイトのみせたイメージ通り100%の力を

 

「でき、た!」

「ああ!エネルギーは全身に巡ってる!成功だ!」

 

そんな緑谷は、巡らせた力をゼロに戻し、倒れた。

 

「痛たたたた⁉︎なんで、動いてないのに⁉︎」

「どうした緑谷⁉︎何があった⁉︎」

「足が...痛いッ!」

「もしや...!」

「オールマイト、何か心当たりが?」

 

オールマイトは、緑谷の身体を触り触診をしながらこう尋ねた。

 

「緑谷少年、君は私のイメージ通り100%の力を巡らせたのだね?」

「はい、そうですオールマイト。」

「おそらく、100%の力で強化された足の"地を踏みしめる力"に足の筋肉が耐えられなかったのだ。その結果が足の筋繊維断裂という結果だろう。少年の足の痛みはそれが原因だな。」

「...立ってるだけで足ぶっ壊れるって、スペランカーより酷いぞお前。」

「酷い⁉︎」

 

「さて、オールマイト保健室利用書をお願いします。緑谷を保健室まで運ぶんで。」

「あ。」

「あってなんですか...もしかして忘れたんですか。」

「うん、ごめんね、少年達。」

「ダメダメだなこの新米教師!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

特訓2日目

 

「さて、今日もありがとうございますオールマイト。意外と暇なんですね。」

「団扇少年の毒が強いッ!」

「今日は、この前の反省を活かして、上半身だけにエネルギーを集中させてみます。オールマイト、何か意見は?」

「うむむ、それなら足の筋繊維が壊れる心配は無いな!緑谷少年、イメージは覚えているね!まずはやってみよう!」

「はい!オールマイト、団扇くん、お願いします!」

 

上半身に力を巡らせた緑谷。だが、些細なコントロールミスで力が太もも辺りまで伸びてしまう。

結果、また緑谷は倒れた。

 

「緑谷!」

「緑谷少年!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日の朝のホームルーム相澤先生は言った。

 

「団扇、緑谷、お前ら当分体育館の使用許可なしな。」

「相澤先生⁉︎どうしてですか?」

「いや、常識的に考えろ。2日連続で保健室行きなんてまともじゃないだろ。だから、おまえらだけで体育館を使わせるのは危険だという判断だ。」

「相澤先生!僕達はオールマイトの監修をちゃんと受けてます!」

「申請書類にオールマイトの名前は無い。たとえ本当にオールマイトの監修を受けていたとしても申請時点で責任者になっていない以上、緑谷の怪我はお前たち2人の責任だ。体育祭前の大事な時期だ、心配になる教師側の気持ちも分かれ。」

 

 

「すまん、緑谷。あのポンコツ新米教師をきっちり抱き込んでから申請書出すべきだった。俺の手落ちだ。」

「ううん、いいよ団扇くん。それに、何か後1ピースあればコントロールができそうな気がするんだ。そこまで行けたのは団扇くんのおかげだよ。付き合ってくれてありがとう。...でもポンコツ新米教師は言い過ぎだと思うよ団扇くん...」

「俺の中のオールマイト像はそれで固まった。緑谷の言葉といえどこのイメージは崩せないぞ。」

「あはは...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんな忙しくも楽しい日々はすぐ過ぎるものであり、もう体育祭の前日にまで来てしまった。

 

その日、自分は久し振りに元財前組本拠地である屋敷へと向かっていった。

事あるごとに連絡してくれて、自分を心配してくれているお二人だが、今日はちょっと事情が異なる。

なんでも、ステファニーさんの再就職先が決まったのだそうだ。それはお祝いしなくては!というのが扉さんの話だ。

そんな訳で自分は、スーパーで買ったお寿司を持って、のんびりと歩いていた。

 

インターホンを押す、監視カメラに手を振る、扉が勝手に開く、この辺りの流れはもう慣れたもので、普通に屋敷の中へと入っていった。

 

そこで待っていたのは、パーティ帽子を被ったステファニーさんと扉さん、だった。

この流れはクラッカー来るなと耳を塞いだら、案の定であった。

この二人、何かと祝い事と寿司が好きなのだ。

 

「ステファニーさんの再就職祝いじゃないんですか?」

「それもあるけど、巡くん、明日体育祭じゃない?ならお祝いしないと嘘じゃない!」

「そうだぞ巡、お前の1回目の晴れ舞台、いつ小指が帰ってきても良いように、ちゃんと録画設定済みだ!」

「そういや小指のオッサンっていつ出て来られるんですか?えっと...今なに所でしたっけ。」

「拘置所だな、裁判で刑罰が決まるまで入る所だ。まさかあの敏腕弁護士の綾里さんを負かして起訴まで持っていくとかあの御剣とかいう新人検事、相当な切れ者だぞ。多分出した証拠に改竄の跡がある事を見抜いている。」

「改竄の跡って、ああ、俺の840万ですか。要の爺さんと俺と親父が奇跡のコンビネーションで隠したんですよね。流石にプロ相手じゃ見抜かれる程度のものでしたか。」

「ま、それでも綾里先生なら保釈まで持っていけるわよ。だから心配しないで巡くん、お父さんにはきっとすぐ会えるわ。」

「前科者の親父って保釈可能なんですか?法律関係はまだ習っていないので良く知らないんですが。」

「正直私も良く知らないわ。弁護士の腕次第じゃないかしら。」

「私達は所詮法律関係では素人だからな、今は綾里先生を信じることしかできないさ。そんな話よりステファニーの祝い事だ!確か、松戸のエステサロンに決まったんだよな!」

「今度はカタギのエステサロンよ!入ったらサービス券貰うから扉ちゃんも巡くんも来てね、待ってるわよ!」

「扉さんはともかく男の俺がエステサロンって、行きませんよ、ただでさえ奨学金と貯金でやりくりしてる貧乏人なんですから。」

「貧乏人で思い出した、巡くん、寿司代だ。」

「お釣りは...」

「釣りはいらんさ、小遣いとして取っておけ。体育祭の前祝いだ。」

「それなら有り難く貰っておきます。でも、ニートの扉さんはどっからそんなお金出してるんですか?」

「二、ニートちゃうわ!ちょっと就活に難航しているだけだ!」

「ああ、お金なら殆ど組長のお金よ。扉ちゃんが今管理しているのよ。」

「ああ、親の脛齧ってるんですか。」

「うぐ、事実なだけに言い返せないッ!」

「ならさっさと就職先見つけて自立すればいいじゃない。」

「それができたら苦労はしないッ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんなぐだぐだな前祝いを終えて、自分は家路についた。

今度の敵は体育祭、年1度、人生3度の大チャンス、自分の個性でどこまでいけるかわからないが、今回も全力でぶつかるのみだ。

拘置所の中にいる親父の事を思いながら、徒歩15分の帰り道を歩いていった。

 

 

 

 




新人ポンコツ教師オールマイト
実際オールマイトはいろいろ抜けているので間違ってはいないはず。一応言っておきますが、オールマイトが嫌いだからこんな渾名をつけたわけではありません。むしろオールマイトは好きなキャラな方です。
...好きなキャラって、弄りたくなるやん。


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第1種目 障害物競走

ちょっと短いですがここ以外に切るポイントなかったので投稿します。何気に難産な話でした。この小説は1話平均7000文字をめどに書いていたのですが、書いて消してを繰り返すせいでなかなか埋まらない文字数、何かしらの展開を書き足すべきかと迷う心。本当に難産でした。結果5000文字以下での投稿です。今回は繋ぎ回として諦めました。


雄英体育祭本番当日

 

時計を確認した飯田が皆に声をかけた。

 

「皆、準備は出来ているか⁉︎もうすぐ入場だ!!」

 

「コスチューム着たかったなー。」

「公平を期す為着用不可なんだよ。」

 

そんな微妙に緩い緊張の中、緑谷に轟が声をかけていた。

 

「緑谷。」

「轟くん...何?」

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う。」

「へ⁉︎うっうん。」

「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが...お前には勝つぞ。」

 

そんな轟の不敵な宣戦布告に対して、緑谷は言葉を返した。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか...はわかんないけど...そりゃ君の方が実力は上だよ...実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても。

でも...!!皆...他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって遅れを取るわけにはいかないんだ。

僕も本気で獲りに行く!」

 

その、緑谷の強い言葉に、何となく乗り気でなかった自分も目が覚めた。ヴィランの襲撃があるかもしれない。だが今の自分たちは"守られる子供"である前に同時に"戦うべき選手"なのだ。

 

気付けのために力を込めて、自分の両頬を叩いた。

パン!と良い音がした。

 

「団扇くん、何事⁉︎」

「緑谷の言葉で俺もやる気が出た。俺も本気でやらないと失礼ってもんだって気付いた。それだけだ。」

 

ただ、力を入れすぎて、頬がちょっぴり赤くなってしまった。本番までに治るだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プレゼントマイクの実況が響く。

 

「雄英体育祭!ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!どうせテメーらアレだろ、こいつらだろ!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!

ヒーロー科!!1年!!!A組だろぉぉ!!?」

 

緑谷が人の多さに萎縮してこう零した。

 

「わあああ...人がすんごい...」

「さっきの格好いい啖呵はどうしたお前、緊張しすぎだろいくらなんでも。」

「大人数に見られている中で最大のパフォーマンスを発揮できるか...!これもまたヒーローとしての素養を身に付ける一環なんだな。」

 

壇上に上がったのは18禁ヒーローミッドナイト、1年主審として開幕の宣言を始めた。鞭でピシャンと音を立てながら。

 

「選手宣誓!!選手代表!!1-A、爆豪勝己!!」

 

ポケットに手を入れながら大胆不敵に壇上へと上がり、宣誓を始めた。

 

「せんせー、俺が一位になる。」

 

当然の大ブーイング、それに対して「せいぜい跳ねの良い踏み台になってくれ。」などとさらに煽る爆豪。

 

その様に微妙な違和感を感じた自分は、何か変だなと隣の緑谷に聞こうと思ったら、緑谷も深刻な表情をしていた。

 

「緑谷、爆豪のアレ何か変じゃなかったか?」

「いいや、変じゃない。かっちゃんは多分、自分を追い込むためにあんなパフォーマンスをやったんだ。絶対に勝つために。」

「爆豪も本気の本気って訳か。轟といい爆豪といい油断ならないな本当に。」

 

 

「さーて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう。いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目!今年は...障害物競走(コレ)!!!」

 

その言葉と共に、後ろの閉じられていたゲートが開いた

その時点で、意図を察した。入試のとき同様の位置取り勝負がもう始まってるッ!

 

「緑谷、俺は動く!この競技、最初の位置取りの時点で相当に差がつくやつかもしれん!」

 

そう言葉を残し、ミッドナイトの説明から目を背け、スタート地点の最前列へ向けてこっそりと走り出した。

 

 

「こんなとこでも隣とか、本当に縁があるな轟。」

「うるせえ。」

「...目を見ちゃくれないか、やっぱ流石だわ、お前。」

 

ゲート上の3つのランプが消え始めた。

 

隣にいるのは轟、氷結を喰らったら即死だ。対策として、写輪眼を発動させておく。これなら体内エネルギーの変遷から氷結の予兆を見ることができる。

 

最後のランプは消えた瞬間、ミッドナイトの声が響いた

 

「スターート!!」

 

雄英体育祭、その多くの参加者の運命を決める1種目目の開始である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

スタートダッシュは同時、だが常に轟を目の端で捉えておくためスピードは轟に合わせて少し左後ろを走る。

 

ゲートを抜けた辺りで、轟の右側に身体エネルギーが集中していくのが見えた。それが外に発せられる瞬間に左側に強くステップ、轟の大氷結を回避する。(おまえ)ならこの辺りで仕掛けると信じてたッ!

 

回避した事で轟と少し距離が開いてしまった。被害状況を見ようと後ろを振り返ると、A組の面々は問題なく回避していたが他の普通科などの連中は氷結に引っかかって行動不能になっていた。

その中で、宣戦布告しに来てた少年が見えた。何人かの生徒に持ち上げられている状態の。

下の生徒たちは身体エネルギーが乱れている、洗脳にかかっている事から考えるにあの少年は洗脳系の個性だろう。警戒すべきだと覚えておく。

 

前を振り返り走り続ける。目の前にはロボの大群が見えてきた。

 

実況のプレゼントマイクの声が聞こえる。

 

「さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め...第一関門、ロボ・インフェルノ!!」

 

その余りにもな数に、皆は足を止めた。

自分に仮想ヴィランの相手は不利だ。0pをやり過ごす方法は自分には無い。順位を下げて周りが0pをどかしてくれるのを待とう。...とは思わない。0pヴィランは鈍重だ。自分のスピードなら道を選べば行けると信じる。

ルートは右側大回りに行く。一度に二体以上の0pヴィランに挟まれないように気をつけて走る。

 

中央では、轟により0pヴィランが氷漬けとなっていた。しかも自分が通ったあとに倒れるように0pを使うとは、本当に切れ者だ。

 

突出している自分にターゲットを決めたのか、1pヴィランが迫ってきた。

体育祭に向けて用意していたちょっとした小細工の見せ所だ。

 

1pの攻撃をしっかり回避、左足を踏み込んで軸足とし、カウンターの要領で右足による蹴りを叩き込む。

...破壊成功。

足にダメージは特になし。

多機能軽量安全靴さまさまである。

相澤先生に聞いたところ、靴に特に指定はなかったので問題はないだろう。来年から禁止になるかも知れないが、今年は有効だ。

 

進行方向0pからの攻撃が来る。当たれば大ダメージ確定だが、思った以上に0pの動きが遅い。余裕を持って外に広がり攻撃を回避、こちらから0pへの反撃手段はないので逃げの一択だ。全速のスピードで攻撃範囲から退避する。

これで、第一関門ロボ・インフェルノを突破。

 

0pヴィランの上を抜けた爆豪たちに順位を抜かされたが、上位勢をキープしたまま第一関門突破だ。

 

...自分が関門を突破した瞬間に後ろから聞こえた砲撃音から考えるに、待ってても大して順位変わらなかったんじゃないかとの考えは一先ず置いておこう。

 

第二関門に到着、プレゼントマイクの実況が再び聞こえる。

 

「オイオイ、第一関門チョロイってよ!!んじゃ第二はどうさ⁉︎落ちればアウト、それが嫌なら這いずりな!!

ザ・フォーール!!!」

 

ロープはそう太くない、スピードは出ないが上を走るよりぶら下がって進むのがベターだろう。安全に、かつ急いで行こう。

 

ロープの上を渡れる個性の連中に抜かされながらもそれでもまだいい順位、だいたい10位くらいだろうか。

 

第二関門の3/4を超えた辺りで再びプレゼントマイクの実況が聞こえてきた。

 

「先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずにつき進め!!

そして早くも最終関門!!かくしてその実態はー...一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!

地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!

ちなみに地雷!威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから失禁必死だぜ!」

 

第二関門を抜けた自分の目に付いたのは、先頭で足を引っ張り合う轟と爆豪の姿。その他には地雷を無視してスピードで突っ走る飯田、頭からのツルで地雷を探知する少女、そのあたりの個性がこの関門向けの連中だろう。

 

再びプレゼントマイクの声が聞こえる。

 

「ここで先頭がかわったー!!喜べマスメディア!!お前ら好みの展開だああ!!後続もスパートかけてきた!!!だが、引っ張り合いながらも...先頭2人がリードかあ!!!?」

 

...作戦は決まった。飯田は地雷を無視しているが故に爆発させまくっている。つまり、飯田の後ろをついていけば比較的地雷の少ないルートを走ることができる。

そう考えたのは自分だけではなく、尾白もだった。

 

「どうする?道の取り合いでもするか?」

「...いいや団扇、お前が先に行け、お前の方が足は速い。」

「んで、より安全な道をお前が行く訳か...乗ったぜ尾白、先行かせてもらう!」

「ああ、頼むぞ地雷探査役!」

 

地雷が残ってないか確認しつつ走る。後ろに付いてくる尾白からの妨害を警戒しつつ。

 

そうして、その時はやってきた。

 

背後からの大爆発。

その衝撃を利用して飛翔する者。

足の引っ張り合いをしていた2人を一気に抜き去り、その先へと飛び去るその姿。

緑谷出久が一瞬のうちに過ぎて行った。

 

正直その無茶苦茶に、内心笑いが止まらなかった。

 

「常々思っていたが、やっぱクレイジーだわあいつ。」

「喋りながらもこのスピードを落とさないってお前も何かと凄いと思うぞ。」

 

プレゼントマイクの実況が聞こえてくる。

 

「さァさァ序盤の展開から誰が予想できた⁉︎今一番にスタジアムへ還ってきたその男ー...緑谷出久の存在を!!」

 

「あいつ一位取りやがった...負けてられないな!さぁ、俺たちもスパートといきますか!」

「ああ、そうだな!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結果は11位、トップ10入りは不可能だったがまぁ個性の使えなかった身としては上々だろう。

 

第1種目も終わり、今回のMVP間違いなしである緑谷の元へ飯田、麗日と共に話を聞きに行った。

 

 

「デクくん...!すごいねぇ!」

「緑谷、お前頭おかしいだろ!走りながら腹抱えて笑いそうになったぞお前!」

「この個性で遅れをとるとは...やはりまだまだだ僕...俺は...!」

「一位すごいね!悔しいよちくしょー!」

「いやあ...てか団扇くんさりげなく頭おかしいとか酷くない?」

「あんなクレイジーやらかしといて言われない訳ないだろ。」

 

そうして人が集まっていく中、門の辺りで青山とメカニカルな女子が揉めているのが見えた。

 

「ん、なんか揉めてるな。」

「なんだろ、青山くんとサポート科の女の人だねぇ。」

 

審議が終わり壇上へと上がったミッドナイトの声がする。

 

「えー、第1種目の突破者は本来42名の筈でしたが1000分の1秒単位でも差が見られなかった為、42位を2名とし、予選突破者を43名とします!」

 

その言葉に驚いて思わず声を出してしまった。

 

「...青山だって天下の雄英ヒーロー科だ、そんなに遅い訳がない。それに追いすがるとはあのサポート科の女子なかなか凄いな。」

「せやね、第二関門もサポートアイテムでギュインって行ってて凄かったよあの子。」

 

ミッドナイトが続けて言う

 

「さて!上位42名が予選通過者ですが、残念ながら落ちちゃった人も安心なさい!まだ見せ場は用意されているわ!!

そして次からいよいよ本戦よ!!ここからは取材陣も白熱してくるよ!キバりなさい!!!

さーて第二種目よ!!私はもう知ってるけど〜...何かしら!!?言ってるそばから、コレよ!!!!」

 

そう言って、スクリーンに映し出された"騎馬戦"の文字をバーンと示した。

 

「参加者は2〜4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!基本は騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが...先程の結果にしたがい各自にポイントが振り当てられること!」

 

「入試みたいなポイント稼ぎ方式か、わかりやすいぜ。」

「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくると!」

 

「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うね!!!

ええそうよ!!そして与えられるポイントは下から5ずつ!42位が5ポイント、41位が10ポイント...といった具合よ。そして...1位に与えられるポイントは1000万!!!!

上位の奴ほど狙われちゃう、下克上サバイバルよ!!!」

 

その言葉に、緑谷は目を見開いたまま固まった。

全員の視線が緑谷に集中する様は、ちょっとしたホラーであった。

 

波乱の第二種目、その始まりであった。

 

 

 

 

 

 




青山くんはギリギリセーフの男のイメージ。そのイメージがついたのは多分体育祭の順位から。
というか原作発目さんヒーロー科で訓練受けてる青山抜かすとか開発者なのに何気に凄まじい結果を残してますよねー。


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第2種目 騎馬戦

不定期更新とか言いながら連日投稿している作者がいるらしい。こんなに更新スピードが速いのは職場体験編のプロットが全然進まない腹いせです。エンデヴァー事務所に行かせたいけど2人の指名って1年に2人とは誰も言ってないから大手事務所なら3年に唾つけるよなぁという思いが止まらないのです。
公安の犬やってるという設定のオリ事務所に行かせるか未だに悩んでるのでそもそもプロットの初期段階から先に進めないのです。
なので職場体験編で今決まったのヒーローネームくらいしかないのです。


制限時間は15分、その間に2人から4人のチームを作らなくてはならない。

騎馬戦自体は個性発動アリの残虐ファイト。騎馬を崩してもアウトにはならず、どんなことをしても最後に首から上にポイントのハチマキを巻いている者が勝者だ。ただ、一応騎馬戦なので悪質な騎馬狙いの攻撃は一発退場らしい。

 

そんなルールを聞いた緑谷は、自分、麗日、飯田のいつものメンツを集めこう作戦を切り出した。

 

「飯田くんを前騎馬に僕、麗日さんで馬を作る!そんで麗日さんの個性で僕と飯田くん、団扇くんを軽くすれば機動性は抜群!騎手はフィジカルの強い団扇くんで行く、団扇くん相手だと敵は目を合わせられないから接近された時の防御力も抜群!逃げ切りを可能とする策はこんくらい、どう?」

 

少し悩んだ後、飯田は言った

 

「...さすがだ緑谷くん。だがすまない、断る。」

 

飯田は罪悪感からか、顔に手を当てた

 

「入試の時から...君には負けてばかり。素晴らしい友人だが、だからこそ君についていくだけでは未熟者のままだ。」

 

踵を返し、歩きながら飯田は言った

 

「君をライバルとして見るのは爆豪くんや轟くんだけじゃない。俺は君に挑戦する!」

 

そう言って、飯田は轟のチームへと入っていった。

 

その行動に自分が考えるのを辞めていたことを気付かされた。

勝つためには、勝ち馬に乗るためには何が必要なのか。

そう考えた時、1人の少年が頭に浮かんだ。

自分の弱点である目を逸らされたらただの案山子であるという点、それを補うことのできるかもしれない個性を持つ少年が。

 

「緑谷、要の飯田が居なくなった今お前の策はパーだ。だから、俺は別のチームに行く。仲良い奴で固めたいってのはわからないでもないが、それだけじゃ視野を狭めるだけだ。...俺は勝ち抜けたい。お前にも勝ち抜けててほしい。だから、俺たちは今一緒にいては駄目だ。

...俺は、俺の勝つ為の策で戦う。」

「団扇くん...そうだね、友達ごっこじゃいられない。飯田くんが駄目なら、他の策を考えるべき。その中で、フィジカルの強い以外に移動系、防御系個性を持たない団扇くんがチームにいると策の幅が狭まる。そういうことだね。」

「そういうことだ。ちと悔しいがな。

麗日、お前の個性は緑谷の逃げ切り作戦に向いてる機動性を上げられる個性だ。お前が緑谷に付くのは間違っていない。緑谷のこと、頼むぜ。」

 

そう言い残し、緑谷の元から去って行く。

目指す先はあの少年の元だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

前騎馬に俺、後ろ馬に尾白とB組の庄田二連撃とかいう奴。

そして騎手にはA組に宣戦布告しに来た普通科の少年、心操人使。

 

「さて、気分はどうだ心操。正直なところ俺は今でも後ろ騎馬の2人を起こした方が動けるとの考えを捨ててないぞ。」

「正直なところを言うなら俺はお前だって信用できねぇよ。でも、俺の個性が効かないお前が敵に回るよりマシだ。あと、後ろ2人はそのままで行く。造反されたら終わるのは俺たちだ。」

「だからこそ、準備時間の間にしっかり説得すべきだったと思うんだがな。」

「15分程度で人を信用できるかよ。」

「十分できると思うんだけどなぁ...見解の相違って奴だな。」

「お前...俺たちみたいな偏見持たれがちな個性の癖になんでそんな簡単に人を信じられるんだよ。」

「育ちが良いからじゃないか?知らんけど。」

「...無駄口を叩き過ぎたな、始まるぞ。」

「それじゃ、頑張りますか!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プレゼントマイクの実況が聞こえる。

 

「よォーし組み終わったな!!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!

行くぜ、残虐バトルロイヤルカウントダウン!!

3!!!

2!!

1...!

START!」

 

「作戦通り、残り1分までは待ちだ。ポイントの散り具合を見極めるぞ。」

「了解だ。でも、下手な演技で作戦バレたりすんなよ?」

「...とりあえずエリア端行って全体を見るぞ。」

「あ、演技に自信ありって訳じゃないのか。」

 

道中B組の奴にハチマキを奪われるも計算のうち。エリア端へとたどり着いた。

 

「障子と青山の騎馬、あれ青山何もしてないけど良いのか?」

「反則とられていないんだから良いんじゃないか?どいつの事言ってるのか分からないが。」

 

プレゼントマイクの実況が聞こえる。

「さぁ残り時間半分切ったぞ!!B組隆盛の中、1000万ポイントは誰に頭を垂れるのか!!!」

 

「さて、そろそろ轟が仕掛けてくる頃だ。あいつなら緑谷と1対1のフィールドを氷で作ることができる。巻き込まれないように気をつけておくぞ。」

 

「...ポイントの散り具合はわかった。鉄哲チームを狙うぞ。」

「B組の銀髪の奴だな、3位狙いか...了解だ。まずはお前の射程距離に近づくぞ。」

「頼む。」

 

 

そんな言葉を交わしている中、客席のどこかから懐かしい『頑張れ』の声が聞こえた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

残り1分

 

「おい、お前らちょっと良いか?」

「あん?...」

前騎馬の自分を指差して心操は言った。

「コイツの目を見ろ。」

「...4人全員完全停止だ。ついでに周囲に敵影無し、勝ったな。」

 

ニヤリと笑いながら心操は答えた。

 

「ああ、そうだな。」

 

心操は残り時間10秒まで待ってから鉄哲チームのハチマキを奪った。これで完全勝利だ。

 

鉄哲チームからハチマキを取るとき、後ろ騎馬の尾白が騎馬と衝突した。

その瞬間、尾白の意識は戻った。

 

「?団扇?コレどうなってるんだ?」

「尾白が目を醒ました?まさかさっきの衝突でか⁉︎...あのレベルの衝撃で目が醒めるのは考えものだな、心操。」

「...そうだな。」

「話を聞いてくれ団扇、どうなってるんだ今⁉︎...まさかお前の催眠で⁉︎」

 

プレゼントマイクの声が響く。

 

「TIME UP!」

 

「状況は、ちょうど今、俺たちの決勝進出が決まったところだな。3位で突破だよ。あと、洗脳したのは俺じゃない。上にいる若干人間不信な普通科の心操だ。というか俺の催眠ならあんな程度の衝撃で解けるものかよ。」

「そ、そうか、ってそうじゃない!お前ら洗脳なんて卑怯な真似をして、恥ずかしくないのか⁉︎」

 

その言葉に痛みを感じなかった訳ではない。だが、言うべきことは決まっている。

 

「勝つためにやった判断だ。恥ずべき事はしていない。まぁ、若干悪いとは思ってるがな。」

「お前...もういい、競技は終わった。俺は控え室に戻るよ。...なぁ団扇、お前らの作戦、俺である必要はあったか?」

「...いや、正直心操と俺がいれば成り立った作戦だ。尾白と庄田が必要だったとは言い難いな。」

 

「そうか...正直に言ってくれてありがとう。」

 

尾白は内心を隠して控え室へと戻っていった。何かを決意した顔で。

 

「どうしたんだ、あいつ。」

「尾白は誠実な奴だからな、自分の力で勝利を掴みたかったんだろうさ。俺たちの卑怯な勝ち方に文句があったんだろ...多分だが、自分みたいな奴が出ないようにお前の個性の情報A組にばら撒くぞ、あいつ。」

「...そうか、注意しておく。」

「だから言ったんだよ俺は、余計な洗脳は自分の首を絞めるだけだって。」

「...二つ聞きたい事がある。」

「なんだ?」

「一つ目、どうしてお前には俺の個性が効かなかったんだ?お前の目は幻術を見抜くって言っても、それはお前自身を保護するってことにはならないだろ。」

「ああ、それは単純だよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

チーム決めの15分間、緑谷たちから離れた自分はあの普通科の少年へと近づいていく。

念のため、写輪眼を発動しながら。

 

近づいている自分を認識したのか、少年は自分へと声をかけてきた。

...身体エネルギーを喉へと集中させ、声により俺に向けて発しながら。

向こうがそう出るなら自分も個性を躊躇わない。効果があるか分からないが、耳を塞ぎながら目を少年と合わせ、催眠を仕掛ける。

内容は二つ、『自分を洗脳するな』と『個性の情報を吐け』

そうして、その少年が吐いたのは、自分の声かけへの返事によって相手を洗脳する個性だと言う事だ。

写輪眼により催眠をかけられたことを忘れさせ、自分はこう言った。

 

「俺の写輪眼は幻術を見抜く。お前の個性は俺に通用しない。」

「な⁉︎俺は確かに個性を使ったぞ⁉︎」

「...お前の個性は声による洗脳であっているな?」

「...ああ、そうだよ。クソ、洗脳が効かない奴がいるなんて聞いてないッ!」

「その洗脳が効かない俺からお前への取引だ。チームを組まないか?」

「...は?」

「お前のメリットは単純、個性の効かない唯一の存在である俺を敵に回さずに済む。俺のメリットも単純、お前の個性でならこの騎馬戦を余裕で勝ち上がれる。どうだ?...ちなみに断った場合お前の個性の情報を周囲のチームにばら撒く。」

「実質脅迫じゃねぇか...わかった、受ける。だがその代わり、お前の個性の詳細を教えろ。」

「俺の写輪眼は目を合わせる事による催眠と身体エネルギーを見る目の複合個性だ。お前の相互互換だな。俺は目で、お前は声で洗脳を仕掛けられる。洗脳の深度はお前のものより深い自信はあるぜ。」

「俺の個性の天敵である答えない奴への対策にもなる。...改めて受けるぞこの話、お前とならこの騎馬戦、勝てる!」

 

 

「んで、残りの2人はここで棒立ちしてる奴らで良いのか?作戦は何か考えてるだろ、お前。」

「残り1分でポイントを総取りする。俺の個性を使ってな。だから、残り2人は適当に選んである。」

「それが尾白とB組の庄田か...なぁ、こいつらの洗脳解かないか?洗脳による木偶の坊にするより、自意識を持って勝ちにいかせる方が強いと思うぞ?それに、不用意な洗脳は自分の首を絞めるだけだ。」

「それは、コイツらが俺たちに協力してくれるって言う前提があればこそだ。初対面でしかも普通科の奴の話だ、乗ると思うか?俺は思わない。」

「人間不信だなぁ、まぁ気持ちはわかるが。わかった、その2人はそのままで行こう。」

 

そんな会話が準備時間にあった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「答えは単純、あらかじめお前を洗脳していたのさ、『俺を洗脳するな』ってな。だから写輪眼は幻術を見抜くってのは半分ハッタリだよ。」

「お前...俺なんかよりよっぽど悪どい奴だなお前。」

「初手洗脳とか鬼みたいな戦法とるお前も大概だと思うぞ。...もう一つは?」

「お前、ヒーロー科一般受験だよな。」

「ああ、そうだよ。」

「お前の個性は強い、それは一緒に戦った俺だからわかる。けど、あの入試のロボ相手だとお前の個性は無力な筈だ。一体どうやって入試を突破したんだ?」

 

「鍛えた体と、武器を使った。だいたい個性なんてただの力だ。それ一本で絞ってるとどっかでしっぺ返しがくるのは自明なんだよ。だから想定すべきなんだ、俺らみたいな一発芸を個性に持つなら、個性だけじゃない戦い方を。」

「...そうか、あの日の俺に足りなかったのは、個性を使う努力じゃなくて、個性に呑まれない為の努力だったのかもしれないな。」

「お前、あの日の宣戦布告から考えるに、今はヒーロー科編入の為に頑張ってるんだろ?なら、今は過去を見るより次のトーナメントでどうするかを考えるべきだぜ?心操、お前担いだからわかるけど筋肉そんなないだろ。そんなガタイじゃ初見殺し破られたら終わりだぜ?」

「そうだな...お前みたいに個性の効かない奴もいるかもしれないし、何か策でも考えてみるよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

競技を終え、食堂へと向かう自分たち。そんな自分たちの目の前に道に迷ってしまったのかオロオロしている8歳くらいの少年が見えた。

 

「ム、迷子だろうか。」

「ちょっと行ってくるわ、食堂の席お願いして良いか?」

「構わないとも!それにしても団扇くん、君は何というか、ヒーロー志望って感じだな!」

「お人好しで構わない、言われ慣れてる。」

 

「大丈夫か?お母さん達と逸れたのか?...俺の目を見てくれ。」

写輪眼発動、軽い催眠状態にして少年を落ち着かせた。

「君の名前は?」

「うずまきヒカル」

「両親の名前は?」

「うずまきメグルとうずまき善子」

 

自分と同じ名前の父親と、実の母を思い出させる母の名前、何か奇縁じみたものを感じた。

 

「それだけ言えれば大丈夫だな、迷子センターに行くぞ、ヒカル。」

 

自分は少年を連れて、迷子センターへと歩き始めた。

 

「ヒカル、お父さんは、どんな人なんだ?」

「ヒーローをやってる、スクリューって名前で。格好良くはないけど。」

「そこは格好いいって言ってやれよ。お母さんの方はどうなんだ?」

「...お母さんは本当のお母さんじゃないんだ。本当のお母さんは僕を産んだ時に死んじゃったんだって。」

「そこはどうでも良い事だ。君を愛してくれるかどうかに血の繋がりは関係無い。実際俺は親父と血は繋がって無いしな。」

「お兄ちゃんも、フクザツな家庭で生まれたの?」

「ま、そんな所だよ。それで、今のお母さんはどんな人なんだ?」

「綺麗な人、でもご飯をちゃんと3食食べること!とか家事はちゃんとすること!とかちゃんとしてる。」

「そうか、良い人なんだな、今のお母さんは。」

「うん、でも僕お兄ちゃんになるみたいなんだ。それをお父さんもお母さんも喜んでいて、でも自分が要らない子になったみたいになって。」

「そんなモヤモヤを振り切るために歩いてたら、ご両親と逸れて迷子になった訳か。」

「ねぇ、お兄ちゃんはお父さんと血が繋がって無いんだよね。不安じゃなかったの?」

「...その人が誰かを愛するかどうかは、血の繋がりによるものじゃない、心の繋がりによるものだ。俺はそう信じている。...ちょっと難しかったか?」

「ううん、ちょっとわかる。お母さんが僕を愛してくれるのは、僕との心の繋がりのおかげって事で良いんだよね。」

「そういう事だ。賢いな、ヒカルは。だから、お前に兄弟ができたとしても、お前の両親がお前を愛さなくなるなんて事は無いよ。」

「どうして言い切れるの?」

「俺と親父が血が繋がってなくても家族になれたからだ。心が繋がっていれば人は誰とでも家族になれる。そういう事だよ。だからお前は両親の事も新しく生まれる兄弟の事も愛してやれ。それで、お前の家族はちゃんと繋がるはずだよ。」

「...うん、頑張ってみる。」

「よし、良い子だ!」

そうして、自分たちは迷子センターへとたどり着いた。そこでは、ヒーロースーツを着た中年の男性と、...とても見覚えのある女性の後ろ姿があった。

 

あの時と比べて少し太っただろうか、そんなことを考えながら女性を見た。

 

もう2度と会うことは無いと思っていた彼女、旧姓団扇善子は、自分の母はそこにいた。お腹に新しい命を宿しながら。

 

 




毎回7000字のペースをどうやって保っていたのか自分でも不思議です。そんな今回は約6000字、でもあと1000字を書き足すよりかはこのまま投稿する方が区切りが良いのでこんな形に。
平均文字数が...短くなってる!(クウガ感)


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死闘、そして

プロットは投げ捨てるもの。そう思っている作者はどのくらいいるのでしょうねー。結構気になっています。
書いてる途中に起きた閃きを優先してしまうのは自分の悪い癖ですが、直る気がありません。直そうと思ってしっかりプロット書いてるつもりなんですけどねー。
そんな訳で、一応守られてたプロットからガバガバプロットモードへと移行しました。展開に違和感があったらそのせいです。
こんな事ばっかしてるから低評価爆撃くらうハメになるんですよ...


母の出現に驚いて、咄嗟にポケットから手鏡を取りだし、自分に平常心を保てと催眠をかけた。自分が彼女の息子だと決してバレてはいけない。

 

こちらを見かけるなり、ヒーロースーツの男性はヒカルに抱きついてきた。

「ヒカル、心配したんだぞ!」

「ごめん、お父さん。でも、このお兄ちゃんが助けてくれたんだ!...どうしたのお兄ちゃん、顔真っ青だよ?」

「大丈夫、なんでもない、ちょっと疲れただけだよ。」

こちらは良く知っている、けれど向こうは何も知らない、そんな彼女は自分の困惑に構わず声をかけてきた。

「そうですか...わざわざ息子を連れて着てくださってありがとうございます。1年A組の団扇君。」

「1年の、見てくれていたんですか。」

「ええ、何故だか君の事が気になってしまって、騎馬戦の時なんか年甲斐にも無く頑張れ!なんて叫んじゃって。」

「ハハハ、多分その声聞こえてました。レディの声に応えるのはヒーローの条件ですからね。」

「あらお上手こんなおばさんを捕まえてレディなんて...でも、本当に顔色が悪いわよ?控え室に戻った方が良いんじゃない?」

困惑を隠し、それでもこの少年の未来のためにこの質問を投げかけた。

「..,ヒカル君から、あなたの中に子供がいると聞きました。ヒカルくんが実の子でもない事も。それでもあなたは、これからもヒカル君をちゃんと愛せますか?家族として。」

「...愛せるわ。だって家族だもの。血の繋がりなんて些細な事よ。」

「それを聞いて安心しました。」

自分を捨てた母親が、自分を捨てさせた母親が、新しい地で新しい幸せを掴んでいる。

複雑ながら、それでも思う。あのときの選択はきっと正しくはなかったけれど、間違いでもなかったのだと。

「それでは、うずまきさん方、あなた方に幸せな未来があることを祈っています!」

そう言い残し、自分はこの場から走り去っていった。

 

母だった人は、その言葉に何かを感じたようで、咄嗟に叫んだ

「メグル!」

その言葉に、自分は写輪眼を発動しながら、振り返り小声でこう答えた。

「幸せでいてくれてありがとう、母さん。」

その瞳に車輪の回る赤い眼を見せて、団扇巡が自分の子だと忘れるように洗脳をかけた。

何度もかけた洗脳だから、簡単だった。

その事が、今は少し苦しい。

 

「どうして俺の名前を呼んだんだ?善子。」

「え、なんでだったかしら...忘れちゃったわ!」

「善子って意外とそういうところ適当だよな。」

 

「あら、あそこに落ちている携帯ってもしかして団扇くんのじゃないかしら。」

「そうみたいだな、俺が届けに行くよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

走った。

走った。

走った。

 

正直、自己催眠がなかったらボロを出していた自信はある。

でも、しっかり乗り切れた。

自分が壊した母は、幸せを掴んだ。

それでハッピーエンドではないか。

それなのに、一体何が自分をこうさせるのかわからない。

 

だが、走った。

とにかく走った。

遮二無二走った。

 

その途中で、悲鳴のような声が聞こえた気がした。

 

踵を返す、行き先は悲鳴のした方だ。自分の精神状態が良く分からないのは今は置いておいて、ひとまず助けを求める人の元へ向かうべきだと理性が言う。

本能が何を言っているのか良く分からない今、従うべきは理性の方だろう。

 

この胸を焦がす思いがどこから来ているのかわからない。

そんな思いを振り切りたくて走った。

...人助けをすれば、いつもの自分に戻れる気がして。

 

途中、警備のヒーローに呼び止められた。

「君、ここで止まるんだ!この先を見ちゃいけない!」

「悲鳴が聞こえました!何かあったなら助けに行かないと!」

「ヴィランが出たんだ!でもこの先にいるのはプロヒーローとヴィランだけ、君が行く必要は無い!俺と一緒に逃げるんだ!」

「悲鳴が、助けてって声が聞こえたんです!」

「それを子供の君がどうこうする必要なんてどこにもない!いいから俺と逃げるぞ!」

 

引き止める警備のヒーローを振り切って奥を見た。

そこには、暴虐があった。

 

人気の少ないスタジアム裏の雑木林。

黒い巨体に剥き出しの脳みそ。

怪人脳無がそこにいた。

倒れている6人のヒーロー達。

その内の1人を踏みつけているのは顔面を手で覆った男、死柄木弔だ。

 

「ああ、またこのガキだ。脳無、目を閉じろ。」

 

そのあんまりにも唐突な展開に、自分は軽くパニックに陥っていた。

 

「え、は、え、死柄木?何でお前がこんな所にいる⁉︎一体何の目的でこの警備の厳重な体育祭にやってきたッ!」

 

死柄木は悪意を煮詰めたような顔で答えて来た。

 

「理由?簡単だよ、お前たちへの嫌がらせ。」

「は?」

「だってせっかく作った対平和の象徴の怪人脳無だ、ヒーローを誰も殺せないまま腐らせるってのも勿体ないだろ?そんな訳でだから10人くらいは殺しておいて雄英の信頼を地に落とそうって算段さ。だってよ、5倍の警備でも被害者が出たなんて事になったらさぞ面白い事になるだろ?」

「そんな理由で...ふざけてる。」

 

死柄木は懐からゴーグルのようなものを取り出して脳無の目へと装着した。

「さぁ目を開けろ脳無、この前のお返しの始まりだ!」

 

写輪眼を発動し脳無と目を合わせる。

 

「そんなゴーグル程度で...ッ!鏡だと⁉︎」

「そうさ、お前対策のマジックミラーゴーグルだ。この狭い学校じゃお前と会う可能性はあったからな、今度は瞬殺できないぜ?さぁ行け脳無!あのガキを殺せ!」

 

警備のヒーローが増強型と思われる個性を発動しながら言う

 

「俺がいる事を忘れるな!」

「何言ってんですか!逃げてたんでしょうに!」

「子供を置いて逃げた奴が、二度とヒーローを名乗れるか!うおおおおおお!」

 

「じゃあお前から死ね、筋肉バカ。」

 

脳無のスピードに、警備のヒーローは反応できなかった。一撃で後ろの林に叩きつけられて気を失ったようだ。生体エネルギーから、生きているのはわかる。

 

「...相変わらず頭おかしいスピードしてやがる...でもおかしいな、そいつのパワーなら一撃で頭を粉砕できる筈だ、なのに手加減して殺してない。腹いせに10人くらい殺すんじゃなかったのか?」

 

死柄木は相変わらず悪意しかない言葉を紡ぐ。

 

「だって俺たちの仕業だって言いふらすキャラが必要だろ?...そうだいい事思いついた、目のガキ、お前に選ばせてやるよ。」

「何をだ?」

「生かしておく1人をだよ。ほら、ここに倒れている7人のヒーロー達の中から1人だけ生かしてやるって言ってるんだよ。それもお前が選んだ1人をな。お前が選ばなかったら全員殺す、どうだ?」

 

その邪悪な提案に、答える言葉は一つだ。

 

「ヒーローならこういう時、全員助けるって言うのが最近のトレンドらしいぜ?」

 

そうして、腰を落とし戦闘体勢をとる。戦闘目的は応援のヒーローが来るまで倒れているヒーロー達を殺させないように俺が囮になる事だ。

 

「そうか、ならまずはお前が死ね。行け、脳無!」

 

 

高速でやってくる黒い巨体のヴィラン。右の大振りのパンチだ。写輪眼のおかげで見えはする。最小の動きで、回避はできた。

 

まあ、パンチによる風圧で吹っ飛ばされてしまう訳だが。

 

「躱した?脳無のスピードだぞ。一体どんな反射神経してやがる。」

 

しっかり受け身をとり衝撃を逃す。距離が空いた。脳無は追撃してこない、おそらく死柄木からの指示待ちだろう。この隙に連絡をと思ったら携帯が無かった、きっと何処かで落としたのだろう。最悪だ。

 

連絡は不可能、あそこで倒れたプロヒーローが連絡してくれている事を祈って時間稼ぎがこの場で唯一出来ることだ。脳無は自分より圧倒的に速い、背を向ければ死ぬのは自分だ。

 

そうして、先の見えない地獄の鬼ごっこが始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

躱す、吹っ飛ばされる、躱す、吹っ飛ばされる、躱す、吹っ飛ばされる。

何度目の交錯だろうか、正直覚えていない。

ただ一つ分かるのは、今自分が生きているのは死柄木の気まぐれのおかげだということ。脳無のスピードなら吹っ飛ばされている自分に追撃を叩き込むなんて簡単なことだ。それをしてこないのは、遊んでいるからだ。一体何度避けられるかのゲームなのだろう、向こうにしてみれば。

 

実際自分はボロボロだった、吹き飛ばされたダメージは少しづつだが、着実に自分へと加わっていった。

それでも、今は悩みとか迷いとかを考えないで済むこの命懸けの瞬間が少しだけありがたかった。

 

「はぁ、もう飽きた。脳無、殴りまくって終わりにしよう。」

 

その言葉を聞いた瞬間、自分の命が終わる音が聞こえた気がした。

 

超スピードの脳無のパンチ。

一発目をギリギリで躱す、風圧で体勢が崩れる

二発目をガードする、メキャリとの音と共に右腕が使い物にならなくなった。

吹っ飛ばされた自分への追撃、脳無の三発めパンチは打ち下ろしだった。意味があるかは分からないが、空中でも左腕でガードした。左腕もバキバキに壊れた。

衝撃は消えないため、当然背中から地面へと叩きつけられた。口から血を吐くなんて始めての経験だった。下がコンクリートだったら流石に死んでいただろう。

 

だが、まだ生きている。

 

死柄木は相変わらずの悪意で、こんな事をのたまった。

 

「すごいなぁこのガキ、まだ生きてるよ。プロヒーローよりよっぽど根性あるんじゃないか?さて脳無、殺す前にせっかくだ、こいつの両目を抉り取ろう。先生への土産になるかも知らない。」

 

そうして、倒れ伏した自分の頭を脳無は鷲掴みにして、もう片方の手で目を抉り取ろうとしてきた。

もう終わりかと思ったその時、螺旋のような力に吹き飛ばされて自分と脳無は離された。

 

...天啓とはこの瞬間のことを言うんだろう、後から考えるとそう思った。力の正体もわからぬまま自分はその勢いに乗り右足で脳無の顔面を、その顔についてるゴーグルを蹴り飛ばした。

 

そうして、回転する中脳無の目と自分の写輪眼を合わせ、『動くな』の命令を刷り込んだ。

 

「大丈夫かい団扇くん!安心しろ、この螺旋ヒーロースクリューがやってきたからにはもう君に指一本触れさせない!」

 

両腕と背中の痛みで正直どうにかなりそうだったが言うべき事は言わねば。

 

「うずまきさん、黒いのは止めました。あの手の男の他に、どこかに転送系個性の霧の男がいます。」

 

「団扇くん!そんなダメージで喋ってはいけない!あとは大人に任せるんだ!」

 

痛みを押して立ち上がる。あとは死柄木の目を見れば終わりだ。

 

そんな死柄木は自分と目を合わせないようにしながら飽きたような声で自分たちに言った。

 

「はぁ、せっかく脳無で暴れられると思ったのに結局またこのガキかよ、まったくついてない。

まぁ、でも次は殺すって言ったし、ちゃんと言った事は守らないとな。脳無、再起動(リブート)

 

その瞬間、脳無の身体エネルギーが自分のコントロールから外れたのが見えた。

 

「な⁉︎トリガーワードによる再洗脳⁉︎そんな事が可能なのか⁉︎」

「可能だよ、だって出来てるんだから。洗脳対策その2さ。さぁ行け脳無、あの死にかけの目のガキは俺が殺す、お前はあのぐるぐる野郎を殺せ!」

「殺されない!俺たちはヒーローだ!ヴィランには屈しな」

 

うずまきさんは、セリフを言い終わる前に超スピードの脳無に殴り飛ばされ、木に叩きつけられてた。

 

「うずまきさん⁉︎」

「さぁ、次はお前が死ぬ番だ。覚悟はいいか?目のガキ。」

「...死ぬ覚悟なんてあるかよクソッタレ、何が何でも生き延びてやる。」

「口の減らないガキだ。」

 

両腕と背中の痛みで正直泣きそうだ。でも目だけは背けない。目線から察するに、こちらの両足から死柄木は俺の位置を逆算している。だから攻撃は大雑把になる、カウンターのチャンスだ。

 

写輪眼による予測で死柄木の右手を躱す、左手は蹴り上げて体勢を崩す、そして蹴り上げた足で脳天に向けてかかと落としを決めようとした。

 

...蹴り上げた時点で背中の傷が痛み、動きを止めてしまった。その結果掴まれた自分の右足は、死柄木の個性により皮膚が崩壊していった。

最後の希望である足が使えなくなった。あとはもう天に祈るしかない。

「さぁ、ゲームオーバーだ目のガキ。...そういえばお前の名前なんだっけ?まぁ、殺した後でニュース見れば良いか。」

 

そう言って死柄木は自分の頭に手を触れようとしてきた。もう回避するための足が無い、どうすることも出来ない。

それでも、あと一瞬でも長く生きようと残された左足で逃げようと試みた、自分の体勢を崩すだけだった。

その一瞬が生死を分けた。

どこからか炎が飛んできて、死柄木の両手のみを正確に焼いた。

 

「フン、雄英のセキュリティも地に落ちたものだな、こんな下賤の輩に侵入されるとは。」

 

そうしてやってきた炎のNO.2ヒーローエンデヴァー、その姿は、とても頼もしいものだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

死柄木は自分から、というかエンデヴァーからバックステップで距離をとりながら言った。

 

「ああ畜生、こんな所でNO.2ヒーローとか聞いてないぞ...まあいい、脳無、エンデヴァーを殺せ。」

 

エンデヴァーへ伝えるべき事がある。倒れたまま痛みを堪え、エンデヴァーへと叫ぶ。

 

「その黒いのは超再生、ショック吸収、超パワーの対オールマイト兵器です!まともにやり合ったら...!」

 

エンデヴァーは鼻を鳴らしてこう答えた。

 

「フン、調書は読んでいる。安心しろ少年、このエンデヴァーに負けはない!」

 

エンデヴァーはその言葉と共に脳無へと炎を放った、脳無はその炎をいとも容易く振り払いエンデヴァーへと目標を定めた。

が、振り払ったはずの炎が渦のように巻き上がり、脳無を閉じ込めた。

脳無はその炎を何度も振り払おうとするが、その度に炎は巻き上がり脳無を閉じ込めていった。

 

「脳無、何ちんたらしてるんだ、早くエンデヴァーを殺せ!」

「フン、状況の分からぬ小物め。教えてやる、もうあの怪物が動き出す事はない。怪物であろうと生き物である以上呼吸という行為からは逃れられん。俺の炎は今あの化け物の吸う酸素を軒並み焼き尽くしている。もう動き出す力すらない筈だ。」

 

「何⁉︎対平和の象徴用怪人だぞ⁉︎それがたかがNO.2相手に⁉︎」

「相性が悪かったな、あれではオールマイトを殺せたかもしれんが俺は殺せん。まぁ、あの様ではオールマイトを殺せるというのも怪しいモノだがな。」

 

そして、エンデヴァーは死柄木へと指を指して宣言した。

 

「さぁ、次は貴様だ。」

 

その言葉に対して死柄木の反応は速かった。

 

「クソ、黒霧!撤収だ!」

 

何処かにいる黒霧は死柄木と脳無の足元にワープゲートを作り出した。

 

その隙だらけの逃走に、エンデヴァーは追撃をしなかった。

 

「...逃すんですね、エンデヴァー。」

「今日は非番だ。故にあまり無茶はできんのだ。プライベートで下手に攻撃して殺しでもしたらヒーロー資格が剥奪されかねん。それより貴様、傷は大丈夫か。」

「正直クソ痛いです。けど、ちょっと前にやった平常心を保つ自己催眠のお陰で多少はなんとかなってます。」

 

首を回して周囲の倒れているヒーローを見る、身体エネルギーの流れから見るに、すぐ死ぬような深手を負った者はいなさそうだ。

 

うずまきさんを見る、何故俺の元に来てくれたのかは分からないがその傷は浅そうだ。

あの時の螺旋がなければ自分は両目を失っていただろう。そうじゃなくても母親の再婚相手だ、生きていてもらわねば困る。

 

そういえば気になる事が一つある。なぜ、こんな辺鄙な場所にNO.2ヒーローがやって来たのだろうか。頭に浮かんだのはここ以外にもヴィランが出てるという最悪の可能性。

 

「そういえばこんな所でNO.2ヒーローが何してたんですか...もしかして他にもヴィランが⁉︎」

 

気絶しているヒーロー達の触診をしながらエンデヴァーは答えた。

 

「フン、答えは簡単だ。あそこに倒れているヒーロースーツの男が向かった先に忌々しいオールマイトのパンチ音のようなものが聞こえてきてな、てっきり奴が暴漢とやりあっているのかと思い見物しに来たのだ。結果は敵連合の襲撃だったがな。...あぁ安心しろ、他にヴィランはいないし、本部の方に連絡は入れてある。じきに救助のヒーローが来る筈だ。お前はもう疲れた頭を回す必要はない、眠っていろ。」

 

「...有難い申し出ですが、正直痛みのせいで寝れません。」

 

「フン、軽く調べた所どうやら貴様が一番の重症のようだ。まったく、プロヒーローが情けない。とりあえず右足を出せ、消毒液を少量だが持っている、化膿したら事だ。」

 

エンデヴァーの手つきは意外にも優しかった、これが救助に慣れたプロヒーローの手つきなのだろう。

 

「ありがとうございます。...体育祭、中止になりますかね。」

「さぁな、被害者がヒーローとその卵だけな以上、敵連合絡みの大事だとは隠そうと思えば隠せる筈だ。暴漢による負傷者が出たので警備の関係上今日は一時終了、そして残りは予備日にやるというのが用意される筋書きだろうな。」

「...生徒が被害者になっててもその日に続けるって事はないと信じたいですね、一応本戦まで残った参加者なので。」

「そうか...貴様名は何という?」

「団扇巡です、あおぐ団扇に巡り合わせの巡で。」

「そうか、覚えておく。貴様はあのオールマイト殺し相手にして救助が来るまで持ちこたえた有能な生徒だ。貴様がいなければあそこに倒れているヒーローの何人かは死んでいただろう。...体育祭のあと、覚えておくと良い。」

 

そんな話をしていると、9台の搬送ロボを連れたスナイプ先生と13号先生が警備のヒーローを引き連れてやって来た。

 

「エンデヴァー!救助者は⁉︎」

 

「連絡した通りあそこの林で倒れている8名とこの生徒だけだ、幸いにもすぐに命に別状のある負傷者はいない。早くリカバリーガールの元へ連れて行くと良い。」

 

「生徒...⁉︎団扇くん!大丈夫ですか!」

「なんとか生きてますよ、13号先生。」

 

そうして、自分を含めた9人は搬送ロボによりリカバリーガールの元へと連れていかれ治療を受けた。

自分の傷はリカバリーガールの個性では全てを一気に直すには体力が足りないという理由で、うずまきさんは単純に目が覚めないというの理由で、2人して近くの病院に入院する事となった。

 

尚、体育祭はエンデヴァーの言った通り暴漢による負傷者が出たため残りの競技は予備日の明日へと延期されるというシナリオで事が運ぶこととなった。

 

そうして、病室が同室となった団扇巡とうずまきメグル、奇妙な縁の2人の夜が始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜の10時、見舞いに来ていたうずまきさん一家はホテルへと帰り、病室を静寂が支配していた。

 

そんな病室の中、なんとなく寝ていなかった自分が見たのは遅い目覚めをした恩人の姿だった。

 

「ううん、ここは?」

「うずまきさん、起きたんですか。ならナースコールどうぞ。」

「ナースコール...⁉︎そうだ、あの黒いヴィランは⁉︎」

「エンデヴァーが丸焼きにしてくれました。凄いですねNO.2ヒーローって。あと、うずまきさんを追いかけたお陰で現場に辿り着けたらしいですよ?」

「そうか、エンデヴァーがやってくれたのか...何かお礼の品でも送らないとな。」

「そんな事は後でいいので、意識が戻ったならナースコールですよ、脳無の攻撃で多分頭打ってるんですからちゃんと検査してもらわないと。」

「...そうだな、...とその前に、君への落し物だ。」

 

うずまきさんは、ポケットから自分が落とした携帯電話を取り出し、自分に渡してきた。画面は割れていたが、特に壊れているとかはないようだ。

 

「...うずまきさんが俺の元に来てくれたのは落とした携帯届けに来てくれてたからだったんですね。納得しました。」

「君が携帯を落としたから僕は君の危機に間に合った。君は運が良いな、団扇くん。」

「それを言うならうずまきさんの運が悪いのでは?」

「いいや、僕は運が良い。ヒーローが誰かの危機に間に合わないというのは絶対にしてはいけないことだからな!」

「一瞬でノされてましたけどね。」

 

その言葉にちょっと傷ついたのか、うずまきさんは目を逸らしながら

 

「あんな超スピードであの巨体が動くとは思わなかった。が、次は無い!次はきちんと対処してみせるさ!」

「あんな化け物とまた戦う気でいるんですかうずまきさんは。」

「必要とあればね!ヒーローとはそういう仕事さ!」

 

そんな言葉を交わしながら、うずまきさんはナースコールを押した。

当直の先生方に簡単な検査をされたあと、今日は遅いので細かな手続きは明日にしましょうと言われていた。

 

「どうやら大した異常はないようだ、やはり僕は運が良い!」

「普通なら入院している人が運が良いとか言わないと思いますけどね。」

 

そんな軽口を叩き合っていると、不意にうずまきさんが真剣な声で聞いて来た。

 

「なぁ団扇くん、君はあの時...いや、善子を見てから明らかに動揺していた。その理由は聞いても良いかい?」

「どうしてそんな事を聞くんですか?」

「病院で見てもらったところ、善子には何者かの洗脳を受けた痕跡があったんだ。そして、そのキーワードとなるのは息子とメグルという名前という事。

団扇くん、偶然としか思えないが君もメグルという名前だ。もし君が何かを知っているなら教えて欲しい。」

 

「その質問には答えるには一つ条件があります。」

「なんだい?僕にできる事ならなんでもしよう。」

「母を、うずまき善子さんを嫌わないでください。悪いのは、母の心を捻じ曲げた奴なんです。」

「...約束する、善子は私の妻だ。どんな事を聞こうが嫌いになどなる訳がない。」

「わかりました、それでは話しましょう、自分こと団扇巡の真実って奴を。」

自分の悲しみを誤魔化すように、ちょっと茶化して言葉を始めた。

 

話す内容は以前親父と要の爺さんに話した事と同じだ。

団扇巡4歳から8歳にかけての拭えない罪の話。

実の母の心を捻じ曲げた、とある悪鬼がいたという事だ。

 

「そんな...事が...」

「ええ、だからうずまきさんの探している母の心を捻じ曲げた洗脳を行った人物は、ここにいる俺です。」

「...正直そんな事は予想してはいなかった。てっきり善子の前の夫が善子を洗脳したとばかり思っていた。」

「父は無個性ですよ、母と同じくね。だから8年前母に洗脳を行えたのは自分だけです。ああ、黒幕とかもいませんよ。全部自分一人でやった事です。

どうです?軽蔑しますか?」

 

正直口汚く罵られる覚悟はしていた。が、帰ってきたのは自分の予想だにしていない言葉だった。

 

「そうか...辛かっただろうに。だから善子を見たときあんな迷子みたいな顔をしていたんだな、君は。」

「え?」

 

その予想だにしていなかった言葉に、自分は一瞬我を忘れた。

 

「俺が辛いとか冗談はよして下さいよ、俺は母の心を捻じ曲げた悪鬼ですよ?辛いなんて思っていません。」

「いいや、君の目を見ればわかる。善子への洗脳は善子の事を思えばこそできた善行だ。君は個性で人ひとりの運命を救ったんだ。君は善子のヒーローなんだ。」

「人の心を捻じ曲げるヒーローなんかいるものかよッ!」

「君は人の心を、善子の心を正しい方へと導いたんだ!そこに嘘はありえない!君は一つ勘違いをしているようだから言っておく、僕が善子を洗脳した人物を探していたのは、お礼を言う為だ!善子の心を守ってくれてありがとうと!

...少し大声で話しすぎたね、一旦落ち着こう。」

「...そうですね、わかりました。」

 

そうして落ち着いたあと、うずまきさんが言った言葉は信じがたい言葉だった。その表情から嘘が無いとわかるあたりも本当に。

 

「なぁ団扇くん、色々すっ飛ばして君に聞きたい。うずまき巡になる気はないか?」

 

 

 




死柄木は原作と違い、スナイプ先生に両手両足撃ち抜かれていません。しかも脳無というおもちゃも強いのが一体生きている。なら遊びに来ない訳無いだろうとの閃きが、プロット死亡の原因です。
その後の展開が御都合主義?言わないでください、知ってます。


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最終種目 ガチバトル

やってみたかった時系列のごちゃごちゃ描写
やってみたかっただけです。


リカバリーガールは、自分が体育祭に出られるように朝早くに病室に来て自分を治療してくれた。

「入学からこの短期間に3度もヴィランと会敵するなんて、運がないねぇあんた。」

「生きてるんですから運はありますよ。今回は流石に死んだと思いましたからなおさらに。」

「...ヒーロー8人の負傷に生徒一人の重症、こんな大事なんだ、正直体育祭なんて中止しても良いと私は思うんだがねぇ。」

「お金かかってますし仕方ないのでは?幸いにも死者は出なかった訳ですし。」

「...ハイ、治療終わったよ両腕の具合はどうだい?」

「痛みは完全に引きました。治ったと思います。」

「しかし、随分と良い顔してるねぇ。病室で何か良いことでもあったのかい?」

「...ハイ、ちょっと昔のことに決着がついた感じです。まぁ本番はこれからなんですけどね。」

「それはそれは、頑張んな。ハリボー食べるかい?」

「いただきます。実は割と好きなんです、ハリボー。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

トーナメントのくじ引きのとき、騎馬戦で同じチームだった尾白と庄田が出場辞退するというハプニングは起きたものの、それ以外の事件、恐れていた敵の襲撃などは無く、平和な体育祭が続いていた。

 

そうして、自分の出番

 

体育祭本戦、ガチバトル。その一回戦第5試合、芦戸と俺の試合だ。

レクリエーション時間をほとんど休息に費やした自分は万全ではないが体力に余裕はある。

 

「団扇!私、負けないからね!」

「芦戸、俺も負けるつもりは無い!」

 

 

プレゼントマイクの実況が聞こえる

「一回戦第5試合!ピンクでキュートなアシッドガール、芦戸三奈!(バーサス)個性を見せずに身体能力で勝ち上がってきたタフガイ、団扇巡!

ルールのおさらいだ!相手を場外に落とすか行動不能にする、あるいは『まいった』とか言わせても勝ちだ!

ただし、何度も言うがヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!命に関わるようなことは無しで頼むぜ!

 

レディィィィィィイ、START!!」

 

スタートと同時に写輪眼を発動する。

 

「団扇対策!目を見ないで、足の動きで位置を把握する!ってこっち来たぁ⁉︎」

「個性が通るとは思ってない!なら殴って終わらせるのみ!」

「うう〜、やり辛い!けどこれなら当たるでしょ!酸の広範囲噴射!」

 

当然避ける、酸が出るタイミングは写輪眼で見切れるため、そのタイミングでスライディング、山なりで飛んでくる酸を下から潜って回避する。

 

「そう躱してくる⁉︎って⁉︎」

「足を見てるってことは俺の位置が下に来ると目線が合うよな。という訳で終わりだ芦戸。」

 

芦戸は、自分の赤い瞳の車輪が回る様を見た。

意識を朦朧とさせた芦戸は、自分で場外へと歩いて行った。

 

主審であるミッドナイトの声がした。

 

「芦戸さん、場外!!団扇くん、二回戦進出!!」

 

プレゼントマイクの実況が聞こえた。

 

「ウォー!個性被りだな、イレイザー!まさかの洗脳系二人目だぜ!リスナー諸君にお知らせするが、団扇巡の個性は催眠の魔眼だ!

芦戸の酸攻撃を華麗にかわし華麗に催眠を決めた団扇!二回戦進出だぁ!!」

 

催眠の解けた芦戸は周囲を見回して状況を把握した。

「うう、負けたー!あんな一瞬目が合うだけで終わりとかズルい!個性使わないって言ったじゃん!」

「ズルいはないだろズルいは、あと正直に言うなら通るとは思っていなかったぞ俺は。芦戸の警戒心が緩いんだよ。」

「悔しい!くそー、次は負けないからねー!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なぁ団扇くん、色々すっ飛ばして君に聞きたい。うずまき巡になる気はないか?」

 

夜の病室、同室には自分とうずまきさん以外には誰もいない。

そんな中で語る唐突な言葉に、思わず声を荒げてしまった。

 

「はぁ⁉︎うずまき巡⁉︎うずまきさんと丸かぶりじゃないですか!」

「あ、確かにそうだね。忘れてたよ。」

 

あっけらかんとした態度で、うずまきさんはそんなセリフをのたまった。

 

「...いや自分の名前を忘れないで下さいよ...まぁ悪意は無いと伝わりましたけど、言ってる意味がわかりません、すっ飛ばしたいろいろをちゃんと話してくださいよ。」

 

うずまきさんは優しげな表情で、まるで息子を見るかのような顔で言葉を紡いできた。

 

「そう難しく考えないでほしい。僕は単純に、君と善子を家族に戻してあげたいと思ったんだ。」

「俺と、母さんを?...無理ですよ、俺と母はもう完全に終わってます。」

「いいや、終わってなんかいない!何故なら、君も、善子も、まだ生きているからだ!生きている限り人は何度でも話し合える、何度でもやり直せる!僕はそう信じている!」

 

その言葉は、表面から出たもので無く、うずまきさんの根の深いところから出た言葉だと感じられた。

だから、嫌われる事を覚悟して、少し深い話をしてみようと思った。

 

「うずまきさんは、やり直せなかったことがあるんですか?」

「ああ、あるよ。」

 

うずまきさんは昔を懐かしむように語り始めた。うずまきさんの消えない傷を。

 

「僕の父は僕がヒーローになる事をずっと反対していたんだ、中小だが堅実に経営していた会社の後継にするとずっと言われていてね、そんな決められたレールに乗る人生は嫌だと家を飛び出して全寮制のヒーロー科に入ったんだ。それ以来父とは会話していない。いいや、出来なくなったんだ。」

「出来なくなった...何か不幸でもあったんですか?」

「その通りさ。ヒーロー科の卒業をして独立した僕に届いたのは父の訃報だった。交通事故でポックリ逝ってしまったらしい。最初はちょっとだけザマァ見ろと思った。これで自由になれるんだって思った。でも、違ったんだ。」

「違った?」

「ああ、違った。ヒーロー科の入学金、僕の学費、仕送り、いろんな所で父は僕を助けてくれていたんだ、応援してくれていたんだ僕を。それに気付かないで自分の力だけでヒーローになれたと錯覚していたのさ。結局僕は、父にありがとうを言えずに終わってしまった。二度と仲直りする機会をなくしてしまったんだ。」

「だから、俺にはそんな思いをして欲しく無いと?」

「...その通りさ、君も、善子もまだ生きている。だからやり直す事ができる。やり直せなくなってから後悔しては駄目なんだ。」

 

うずまきさんは病室の天井を見つめた、自分もなんとなくそうした。

なんとなく顔を見て話をするのが恥ずかしくなったのだろう。自分もそうだ。

 

「だから、俺に自分の養子になれなんて言ったんですか。無理矢理にでも母と俺にやり直させる機会を作るために。」

「接触する機会さえあれば君と善子は家族に戻れる。僕はそう思った。本当は養子縁組なんかしなくても良い、ただ君と善子が深く接する機会を作るには養子縁組が一番な気がしただけさ。」

 

「うずまきさん...その話の答えは明日の朝で良いですか?正直眠くなってきました。」

「唐突に⁉︎その唐突な感じといい適当な所といい間違いなく善子の息子だな君は⁉︎」

「そんな訳で、おやすみなさい。」

「なんか釈然としない...でもおやすみ団扇くん、明日も体育祭だ、しっかり英気を養いたまえ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

プレゼントマイクの実況が聞こえる。

 

「二回戦第3試合!目が合えばその瞬間で終わりだ!一回戦瞬殺!激強魔眼の男、団扇巡!(バーサス)黒影(ダークシャドウ)は伊達じゃない!同じく一回戦を瞬殺で終わらせた男、常闇踏影!

さぁ激戦の始まりだ!

 

レディィィィィィイ、START!!」

 

「団扇、お前の目は確かに脅威だ。だが、これなら貴様の催眠は受けん!」

「目を閉じた⁉︎だが、そんなんで俺を倒せるのはよっぽどの達人のみ、隙だらけだ!」

 

写輪眼を発動し、ガードを作って殴りに走る。この隙、逃すのは愚策ッ!

 

「フ、そうだな。だが俺には黒影(ダークシャドウ)がいる!」

 

体内エネルギーの動きから召喚動作が見えた、高速で黒影(ダークシャドウ)が飛んでくる。

黒影(ダークシャドウ)は身体エネルギーの塊、左爪の攻撃をギリギリで躱しカウンターパンチを決めた。吹っ飛びはしたがダメージは見られない。

 

常闇は相変わらず目を開けない隙だらけだ。だが黒影(ダークシャドウ)のスピードを掻い潜って常闇を殴りに行くのは至難の技だ。

 

何か隙が見つかるかと会話を投げかけてみた。

 

「常闇、お前個性に全て負んぶに抱っこか?」

「信じて任せているのだ、唯一無二の相棒にな。あと、そんな見え透いた挑発には乗らんぞ団扇。貴様の人柄は十二分に分かっている、似合わぬ挑発などやめておけ。」

 

逆に諭されてしまった。怒りに任せて目を開けさせる作戦はなし、なら後は単純明快。

 

黒影(ダークシャドウ)を攻略して常闇!お前をぶん殴る!」

 

黒影(ダークシャドウ)の攻撃は大きく分けて3つ、右手のかぎ爪、左手のかぎ爪、噛みつきだ。厄介なのはそれが伸縮自在であるという事だろう。写輪眼でなければ見切れない。が、写輪眼なら見切れるのだ。身体エネルギーの流れからどこを伸ばしどこで攻撃してくるかは読める。昨日戦った脳無ほどのスピードもパワーもない。十分回避できる。

 

それに、耐え忍ぶだけでも勝機はある。黒影(ダークシャドウ)は動くたび構成する身体エネルギーを徐々にだが減らしている。それがゼロになる前に常闇は黒影(ダークシャドウ)を一旦引き戻す筈だ、そこを突くッ!

 

「くっ、黒影(ダークシャドウ)の攻撃をここまで躱し続けるとは...化け物かッ!」

「マッタクナ!」

 

その会話で頭をよぎったのは同じような化け物である脳無を洗脳できたという事実だった。

 

「...待て、会話できるってことは黒影(ダークシャドウ)って意思があるのか?」

「その通りだが何を...まさか!目を閉じろ黒影(ダークシャドウ)!」

「もう遅い!」

 

相対している時からずっと黒影(ダークシャドウ)と目は合わせていたのだ。抜き打ち催眠には一瞬もかからない!

 

「さぁ黒影(ダークシャドウ)、常闇を場外に連れ出せ!」

「アイヨ!」

黒影(ダークシャドウ)、裏切ったかッ!クッ、戻れ黒影(ダークシャドウ)。」

 

常闇は場外に出される前に咄嗟に黒影(ダークシャドウ)を自分の影へと戻した。

が、過程は違うが結果は狙い通り!もう常闇を殴れる距離だ。

目を閉じている常闇を正面に捉える。左足で踏み込み、腰を入れ、体の捻りを加えて拳を真っ直ぐに突き出すッ!

必要なのはダメージではなく吹っ飛ばす推進力、なので拳を引かず殴り抜けた。

 

常闇は吹っ飛ばされ、一回転した後場外へと足がついた。

 

主審のミッドナイトの声がした。

 

「常闇くん、場外!団扇くん、3回戦進出!」

 

プレゼントマイクの実況が聞こえた。

 

「うおおおお!超激戦!常闇の黒影(ダークシャドウ)の高速攻撃に耐え抜いて一発逆転のパンチ!個性に頼らずに戦える鍛えた体、機転を利かせて使った個性!実に良いね!」

「あいつの個性は催眠眼と身体エネルギーを見る目の複合型だ。おそらくそれでエネルギーの塊である黒影(ダークシャドウ)の動きを見切り続けたんだろう。無論、鍛えた体あっての事だがな。」

「成る程な!それで変幻自在の黒影(ダークシャドウ)に対抗できたって訳か!良い個性じゃねえか団扇の奴!さて、ベスト4は残り一人、爆豪と切島一体どっちが勝ち上がるのか!」

 

試合の終えた自分は常闇の元へと向かった、

 

「大丈夫か?常闇。」

「ああ、なんとかな。だが黒影(ダークシャドウ)が催眠を受けるとは思わなかったぞ。」

「正直俺も通るとは思わなかった、お互い次は無い感じの試合だな。」

「...俺と黒影(ダークシャドウ)は一心同体だとばかり思っていた。今回は弱点として現れた二心同体である事、それを活かすための次の手を考えてみようと思う。今回は負けたが、次は負けん。」

「俺だって負けるつもりは無いさ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ちょっと早い朝5時の病室、野郎2人は相変わらずベッドに倒れたままで会話を始めた。

「さて、朝になった!答えを聞かせてもらおうじゃあないか!」

「まさかこんな早くに起こされるとは思いませんでしたよ...考えた結果ですが、今回の養子縁組のお話はお断りさせていただきます。」

「何故にそんな丁寧語で⁉︎」

「あのー、大変魅力的な提案ではあったのですが実の所そんな話を受けられない理由があったりする訳なので、ちょっと申し訳なくて。」

「...理由を聞いても良いかい?」

「...実は自分、今未成年ヴィラン保護入学制度なんてものを適用されている前科者でして、今の保護責任者は雄英の校長の根津先生だったりします。そんな理由から冷静に考えるとそもそもこの話を受ける権利自体がなかったりします。」

「予想の斜め上な理由⁉︎...そうか、今年の雄英の入学者が一人多いのはそのカモフラージュのためか!」

「そうなんです。まぁあと2つほど理由はあったりするんですけどね。」

「あと2つ?なんだい?」

「まず1つ、団扇巡って名前が気に入っているからです。あおぐ団扇をみんなで巡らせるって感じで。」

「あーわかるかも、俺もうずまきメグルって名前割と好きだし。善意がうずまいて巡るみたいで。」

 

もう1つの理由は自分でも咀嚼しきれていないので、ちょっと躊躇った。

 

「もう1つは...俺は俺を育ててくれた人以外を親父と呼ぶつもりは無いという事です。正直、まだ父親って奴を信じられないんで。」

「...君達を捨てていった父親への恨みかい。」

「ええ、そんな所です。だから今の親父を親父って呼べるようになるまでも結構かかったんですよ。言い方はアレですけれど、ぽっと出のうずまきさんを親父とは呼べないです。」

 

その言葉に納得できなかったうずまきさんは声を荒げた

 

「なら、善子の事を諦めるのか、君は!善子と君は血の繋がった親子なんだぞ!」

「...正直今でも悩んでます。うずまきさんがなんて言おうと、結局俺と母の問題ですから。母が俺のいない所で幸せに過ごしているならそれで良いと、俺は思っていました。」

 

うずまきさんは、自分の言葉に荒げた声を一旦鎮め、純粋な疑問をぶつけてきた。

 

「...いました?過去形なのかい?」

「はい、過去形です。昨日幸せだった母を見て、俺の感じたモヤモヤの事をずっと考えてたんです、一晩中。いっぺん死に掛けたこともあって結構フラットに考えられました。そうして見つけた答えがあります。」

「その答えを聞いても?」

「簡単な事だったんです俺の、8歳の俺の出した答えも半分くらいは正解でしたと思える事でした。

俺は、『俺が』母さんを幸せにしてあげたかったんです。

で、8歳の俺はその『俺が』って部分を見なかった事にして、楽な自己犠牲で逃げたんです。それが、団扇巡8歳の本当の真実です。

俺は半分間違えたんだと思います。母の幸せだけじゃなく、自分の幸せまで一緒に考えて、その上でどんな事をしても一緒に生きていく覚悟を決めるべきだったんです。」

 

うずまきさんは自分を労わり、自分の事を慮って言葉を紡いでくれた。

 

「...君は背負い過ぎだ、そんな苦難の道をたった8歳の少年が選べる訳がない、それに君が選んだ道、君自身が親元から離れるという選択だって十二分に苦難の道だ。それを選んだ時の君の勇気までも否定してはいけない。

こんな言葉を知っているかい?人生万事塞翁が馬ってね。」

「知ってます。最終的に何が得になるのかわからないって意味ですよね。自分の人生を一言で言うならこの諺なので割と気に入ってる言葉です。」

「君が半分正解な道を選んでくれたお陰で僕は善子と出会う事が出来た。善子がいたから、僕ら家族は体育祭に行こうという話になった。僕らが体育祭に行ったから、君と善子は再び出会えた。それに動揺した君は携帯を落として僕がそれを届けに行くことになった。そんな自分を見かけたからエンデヴァーは僕たちを助けに来てくれた。

昨日1日だけでも充分塞翁が馬だろう?君があの日あの選択をしたから僕らは今生きているんだ。それを忘れてはいけない。

大事なのは過去の選択じゃない、その選択が今どうなっているかなんだ。」

 

その言葉に、この人がいるなら母は大丈夫だと安心できた。だから自分のこの考えを口にすることに迷いはなかった。

 

「はい。だから決めました。俺は、母の洗脳を解きます。そしてもう一度、親子として向き合いたいと思います。その結果がどうなろうとも。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プレゼントマイクの実況が聞こえる。

 

「準決勝第2試合!高い運動性能!一瞬で決まる催眠眼!2つ揃えたこの男!団扇巡!(バーサス)顔は怖いが実力は確か!爆発するのは頭か掌か!俺一回戦の事まだ根に持ってるぞ!爆豪勝己!」

 

「...試合前でも目を合わせちゃくれないか。」

「当たり前だろクソ目、テメェの目なんざ誰が見るかクソが。」

「ま、警戒するのは当然か...俺本当に試合前に催眠とかするつもりはないんだけどなぁ...」

「うるせぇ死ねカス。」

 

爆豪は前傾姿勢を取った、おそらく先手を取り片付ける算段だろう。対策として写輪眼を発動しておき、腰を落としてすぐ動けるようにしておく。

 

「さぁ、激動の準決勝!

レディィィィィィイ、START!!」

 

「死ねクソ目野郎!」

 

そう言って爆速ターボで飛びかかってきた爆豪は、目線から見るに自分の足で位置を判断していた。だが相手は才能マンの爆豪だ。対処は芦戸の時と同じでは痛い目に合うのは自分だろう。

まぁ射程距離は向こうの方が爆発により長い、近づかないと何もできないだろう。よって取るべき策は接近だ。

手に集まる体内エネルギーから爆発範囲を予測、ギリギリで回避してカウンターを狙う。だが、爆豪は攻撃ではなく爆発で後ろに回ることを選択した。

 

「テメェの武器はその目の催眠と反射神経だッ!後ろに回れば関係ねぇよなどっちもよぉ!」

 

その言葉と共に後ろから本命の爆発が飛んできた。範囲がわからない以上、前に転がり大きく回避する。その際後ろの爆豪と目が合わないかと期待したが、しっかり目を逸らされていた。抜け目のない奴め。

 

転がることで距離が離れた、が一瞬で詰められた。またしても爆速ターボだ。向こうの狙いは2択、もう一度後ろを取るかそれをフェイントとして正面から爆発させにくるかだ。

 

爆豪はスロースターター、時間を与えると掌の汗腺が広がり爆発が強力になっていく。だから長期戦は愚策、ダメージ覚悟のカウンターで行くしかない。

 

そう思い狙った無理目のカウンターは、爆豪の2つ目の策により迎撃された。

 

閃光弾(スタングレネード)!!」

「目眩しッ!」

「効果てきめんだろテメェみたいな目を酷使する奴にはよぉ!」

 

強い光から目が開けられない。

咄嗟にガードを構えたが、爆豪は自分の足を掴んできた。勘で殴り返すもガードされた。自分の拳の勢い、残った手の爆発による勢い、それにより生まれた回転の勢い、その全てを使った投げで自分は体勢を崩された。最悪なことにうつ伏せで。

 

後から考えるとその瞬間に勝負は決まったのだろう。うつ伏せ状態から咄嗟に顔を上げるも爆豪は予想以上の上空にいたため眼の見える範囲に捉える事は出来なかった。

上空からのニードロップを察知出来なかった自分は爆豪に背を取られ、両手と足で両腕と頭を押さえつけられた。

 

「動けば爆破する、言うべき事は分かっているよな?」

「畜生、完敗だ...『まいった』」

 

主審のミッドナイトの声が聞こえる。

 

「団扇くん降参!爆豪くんの勝利!!」

 

プレゼントマイクの実況が聞こえる。

「決着ゥ!!よって決勝は、轟対爆豪に決定だあ!!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

レクリエーションの間の休息時間、念のため人気の少ない所に移動してくれたうずまきさん一家の元へ自分は赴いた。

 

「本当にいいんだね、団扇くん。」

「ええ、どんな結果になっても受け止める覚悟はできています。」

「あ、この前のお兄ちゃん!」

「団扇くん?どうしたのあなた、一緒の病室で仲良くなったの?」

 

覚悟を決めて自分は言った。

 

「うずまき善子さん、貴方にお話があります。」

「ええ、何かしら?」

「自分の目を見てくれませんか?」

「その...目は...⁉︎」

「貴方を俺のかけた戒めから解き放ちます。それがきっと、また始めるためのするべき事だから。」

 

「...巡。」

 

自分の言葉への返答は一発のビンタと暖かい抱擁であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

爆豪対轟の決勝戦は爆豪の勝利によって終了した。

それにより体育祭の全種目は終了した。

そうして向かう表彰式への道を歩いてる途中、珍しい事に轟に声をかけられた。

 

「なぁ団扇、お前って家族仲良い方なのか?」

「いいや全然、って訳じゃもうないな。うん、ちょっとしてないきっかけがあって家族仲は良くなったよ。」

「ちょっとしてないのか...そのきっかけってヤツ、教えてもらって良いか?」

「まぁいいけど、あんま面白くはないぞ。」

「知りたいんだ、家族の仲直りの仕方ってヤツを。」

「...俺はいろいろあって母と8年くらい離れていたんだ。しかも俺を忘れろって催眠をつけた上でな、最悪だろ?

でも母は俺の事をどこかで覚えていてくれていたんだ。俺の催眠はそう簡単には解けない筈なのにだ。

親ってのは子供が思う以上に子供のことを愛してくれているみたいだぜ。きっかけといえばそのことに気づけた事だな。

ちなみに俺はこんなことは二度とするなって一発叩かれた。」

「知ってる、見てたからな。」

「やっぱ見てたんかい。」

 

そんな会話だったが、轟の顔も自分の顔も、どこか柔らかいものだった。




省いたエピソードは大体原作通りです。違う事といえば飯田の兄の負傷の連絡を兄の意向で伝えるのを遅らせたくらいです。
デクの解説付きで全試合実況も考えたんですが、コレただの原作通りだし省けるんじゃね?と魔が差したのが体育祭本線ダイジェストモードの理由です。
にしても連日投稿2連続失敗です。
読者を掴むための3要素、面白い文章、速い投稿速度、別アカでの裏工作のうち自分で満たせる投稿速度はなるべく保っていたかったんですがうまくいきませんねー。
あ、体育祭編終わったので職場見学編、期末試験編のプロットが終わるまで投稿はお休みします。ご了承下さいな。


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職場体験編
ヒーローネームとフルカウル


大まかなプロットは神野編まで終わりました。ですがまだまだ荒は多いので矛盾潰ししながらの投稿となります。なので投稿ペースは結構落ちそうです。
まぁこれからリアルが忙しくなりそうとか、オリジナル短編を思いついたとか他にも理由はいろいろあるんですけどねー。

なので投稿ペースは週一を目指して書いていきたいと思います。


雄英体育祭は終わり、その翌日は生憎の雨だった。

中学の友人からの大量のメッセージやら電車の中で声かけられたりとか、誘惑を受けたりとかした辺りでもしかして自分結構な有名人になったのでは?とか思いながら登校していた朝8時、話を聞く限りでは教室にいた皆も同様の体験をしたらしい。

 

「超声かけられたよ来る途中!!」

「それな!体育祭1日目終わってからすっげえ有名人になった気分だぜ。」

「おはよう。皆も、声かけられた感じなのか?俺初めてだったからかなり驚いているんだが。」

「おっす団扇!そういやお前2日目は病院から直接学校だったっけか。」

「そうだよ。だから雄英の購買に下着とか売ってなかったらやばかったわ。最悪八百万に土下座コースかなぁと思ってたレベルで。」

「大変だったよなぁ体育祭中に暴漢に襲われるとか、しかも犯人捕まってないんだろ?どんな奴だったんだ?」

「それは禁則事項だ、いやネタじゃなくな。捜査上のなんやかんやで暴漢の容姿は話すなって言われてるんだよ。よく知らんが。」

「へー、警察も大変なんだな。」

「ホントだなー。さて、話を戻すが皆どんな声をかけられた?ちなみに俺は付き合わないかと言われたぜ!」

「おお!流石体育祭ベスト3!凄えネタが来たぞ!受けたのか?」

「どんな子だったの⁉︎知りたーい!」

「180くらいタッパのある白人男性にな!この世界やっぱどっか俺に対して厳しすぎると思うんだが、気のせいかな。」

「逆に凄え!」

「なぁ、芦戸に切島、俺ってそんなホモホモしいか?男と付き合ってるように見えているのかなぁ!」

「団扇、ショックなのはわかったから落ち着け!朝から微妙にテンションおかしいぞお前!」

「さぁお前らも話せ!お前らにも変な奴は寄って来たよなぁ!俺だけじゃないよなぁ!」

「ねぇよそんなトンデモエピソード!普通にカッコ良かったとか男らしかったとかの褒め言葉だよ!」

「私も団扇ほどの面白エピソードはないかなー。切島みたく褒め言葉くらいしかかけられてないや。」

「嘘だと言え、切島、芦戸!畜生、俺は体育祭で結構な活躍した筈なのになんで男からなんだよ!普通に美人のパツキンのチャンネーから弄ばれるくらいで良いだろうが!」

「あ、団扇って金髪好きなんだ。」

「しかも弄ばれる側でいいのかお前。」

「そりゃあな、まだ純情ボーイだし美人のお姉さんに突然のアタック仕掛けられてもどうして良いかわからねぇって。」

「意外かも、団扇って顔は良いし中学でモテてそうだなーって思ってたから。」

「友人曰く、俺は顔は良いのに謎の3枚目オーラが女子に恋愛感情を抱かせないんだそうだ。」

「「あ、わかるわ。」」

「付き合いそんな長くない連中に同意された⁉︎」

 

そんな他愛の無い会話をしていると瀬呂が入ってきた。

 

「おはよー。朝からなんて会話をしてるんだお前ら。」

「瀬呂!お前今日の朝どうだった?なんか変な奴に出くわしたよなぁ!」

「あ〜、うん。小学生にいきなりドンマイコールされたわ。」

「普通じゃねぇか畜生!」

 

「なぁ、団扇の奴どうしたんだ?朝っぱらから凄い変なテンションしてるぞアイツ。」

「白人の男の人に付き合わないかって言われたんだって、有名税?って奴だよ多分。」

「逆に凄えな団扇、ベスト3になるとそんな変な奴らが寄ってくるのか...」

「多分団扇だけだと思うよー。」

 

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チャイムが鳴ると同時にピタリと話し声は止んだ。

相澤先生の指導の賜物である。

 

包帯が取れてミイラ男を卒業した相澤先生は言った。

 

「今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ。

『コードネーム』ヒーロー名の考案だ。」

 

生徒のテンション爆上がりである。

 

「胸ふくらむヤツきたああああ!!」

 

騒いだ生徒たちを相澤先生はひと睨み。静かになってから話を続けた。

 

「というのも先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2、3年から...つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い。

卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある。」

 

その言葉に憤った峰田が言った。

 

「大人は勝手だ!」

 

対して葉隠はどちらかといえば好意的に捉えたようだった。

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ、でその指名の集計結果がこうだ。例年はもっとバラけるんだが、二人に注目が偏った。」

 

黒板へと指名件数が映された。

上位二人は轟に爆豪、指名件数は3500件越えに4000件越えの圧倒的2トップである。

自分はというと狙ったかのように300件ちょうど、飯田の301件を下回る指名件数4位となった。

 

麗日は興奮して前の席の飯田をゆさゆさ揺らしていた。

 

「わあああ。」

「うむ。」

 

なんか妙なテンションだなぁと朝の事を脇に置いて思った。

 

生徒たちの興奮冷めやらぬ中、相澤先生は話を続けた。

 

「これを踏まえ...指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった。」

 

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

 

「まぁ、仮にではあるが適当なもんは...」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

相澤先生の話をぶった切って、ミッドナイト先生が教室に入ってきた。

 

「この時の名が!世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」

「そういう事だ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。将来自分がどうなるのか、名を付ける事でイメージが固まりそこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。オールマイトとかな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

青山が短文形式で発表したことにより一時的に大喜利の空気になりかけたが、良い意味で空気を読まなかった蛙井の発言により元の空気へと戻った。

そんなハプニングもありながら色々なヒーロー名が出ていく中、自分のヒーローネームは決まっていた。

 

「あら、それで良いの?」

「好きなんですよ、善意が巡るって感じがしてて。催眠ヒーローとか魔眼ヒーローとか前につけようかと思いましたが、基本はコレでいきます。」

 

自分のボードに書かれたヒーロー名は『メグル』、どシンプルな自分の名前である。

 

「なんとなくじゃなくって確かな気持ちで決めた名前なら言うことないわ!採用!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヒーロー情報学の時間が終わった後、相澤先生は皆にリストを配った。

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあったものは個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。

指名のなかった者は予めこちらがオファーした全国の受け入れ可な事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ。」

 

自分に渡された300件の指名、その1ページ目に気になる名前を見つけたので、関係者に話を聞いてみようとそいつの席に行ってみた。

 

「轟、お前親父さんの事務所って行ったことあるか?」

「...ねぇな。」

「ありゃ当てが外れたか。ヒーロー博士の緑谷も今はブツブツモードだしどうするかねぇ。」

「...なぁ、団扇、お前なんで親父の事を聞いてきた?」

「あぁ、コレよ。」

 

そう言って自分のリストのその部分を指し示した。

エンデヴァーヒーロー事務所からの指名を。

 

「お前もだったのか、団扇。」

「轟もか?...コレもしかしてどっちかというか俺の方が誤載とかいうオチな気がするわ今日の運勢的に、ちょっと相澤先生に聞いてみる。」

「おう。」

 

そう言って相澤先生へとメールした。

返信は割とすぐに返ってきた。たまたま携帯見ていたのだろうか。

 

「お、返信来たわ。何々?プロからのドラフト指名は2名まで可能なので、轟もお前もどちらも誤載ではない、とさ。この2名って一年につき2名なのか全体で2名なのかで大分意味変わるよな。轟はどっちだと思う?」

「さあな...なぁ団扇、お前は親父の事務所に決めたのか?」

「まだ仮だけどな。他にどんなヒーローからの指名来てるのかしっかり見てないけど、エンデヴァーの元でヒーローを学ぶより有益な所は無いと思うからほぼ確定。」

「...それは親父がNO.2ヒーローだからか?」

「エンデヴァーの捕物を一度見たことがあるんだが、個性のコントロールも状況判断も、どっちも一朝一夕の努力で出来る事じゃなかった。NO.2の実力は本物だと俺は感じたんだ。だからだな。」

「そうか...ありがとな、参考になった。」

 

ありがとうを言った時の轟の表情は、どこか柔らかく感じられた。

 

「...なぁ轟、お前なんか変わったな。」

「そうか?」

「ああ、どっか表情が柔らかくなった気がする。なんかいい事でもあったのか?」

「そうだな...体育祭2日目終わった後、久しぶりに母さんと話をした。それくらいだな。」

「あぁ、だからお前表彰式の前に家族が云々を聞いて来たのか。納得だわ。」

「お前の話を聞いて、お前の抱きしめられた所を見て、勇気が出た。そのこともありがとな。」

「それは...どういたしまして!だな。お前の事情は知らんけどお前の勇気になれたことが結構嬉しいわ。さて、休み時間も終わりそうだし俺は席に戻るなー。」

「おう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時は過ぎ、放課後

 

「緑谷、体育館の申請したのって今日だったよな。」

「あ、団扇くん。ちゃんと監督責任者にオールマイトのサインも貰ったから今回は大丈夫。」

 

そんな会話をしてると麗日が寄ってきた。

「何々?また秘密の特訓?」

「その通り。まぁ申請自体は体育祭前にやってたんだけどな。緑谷が体育祭の時に思い付いても使えなかった新技を試したいって話になってな、元々緑谷の個性特訓のために取ってた体育館でやろうって話になったんだ。」

「え〜私も誘ってくれたらよかったのに。」

「秘密特訓故致し方なし、まぁ特訓後の緑谷の成長をしかと見よ!って感じで緑谷のハードルを上げてみる。」

「そこで僕に振るの⁉︎...でも、うん、今日のは自信がある。これが上手くいけば皆に追いつけるかもしれないくらいには。」

「だとさ、上げたハードルをさらに上げてくるとは緑谷お前意外とエンターテイナー?」

「...なんか良いね、青春っぽくて!それじゃあ頑張ってねデクくん!」

 

麗日はそう言って去っていった。

 

「さて、行きますか。」

「そうだね、行こう!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

体育館γ、そこにはトゥルーフォームのオールマイトが待っていた。

なんかガチガチだったが。

「や、やぁ、緑谷少年、団扇少年。特訓を始める前に緑谷少年に伝えなくてはならない事がある。緑谷少年に指名が来たのだ。」

 

「僕に指名ですか!」

「やったな緑谷!ボロボロになってたやり方でもちゃんと見てくれる人は居たんだな、まさに拾う神ありだ。」

 

オールマイトはなんでかガタガタ震えながら言った。

 

「その方の名はグラントリノ、かつて雄英で一年だけ教師をしていた...私の担任だった方だ。」

 

その言葉の後でオールマイトは何かを緑谷に耳打ちした。

 

「まぁ、私の指導不足を見かねての指名か...あえてかつての名を出して指名してきたということは...怖えよ怖えよ...とにかく...君を育てるのは本来私の責務なのだが......せっかくのご指名だ...存分にしごかれてくるくく...るといィいィ。」

 

そんなオールマイトのマイナスオーラを吹っ切るためにあえて大声で言った。

 

「さぁ、特訓だ!緑谷の実力不足が指名された理由ならこの特訓で力をつけて度肝を抜いてやろうや!そのグラントリノってヒーローの!」

「そ、そうだね。取り敢えず今は特訓に集中しないと...」

「ム、確かにそうだ。邪魔をしてしまってすまなかったね団扇少年!さぁ特訓を始めよう!」

 

「まずは緑谷の考えた新技を話せ、勿体ぶったんだから凄えの期待してるぞ?」

「うん。...体育祭のときオールマイトに言われたんだ僕の力を100とすると今の僕に耐えられる力は5くらいだって。

僕の体を壊してしまう100の力じゃなくて、95を体に残したまま5の血力を身体中に循環させる事が出来ればッ!」

「5%のオールマイトって訳か!成る程、100の力全てを使い切る必要は無いってことだな。考えたな緑谷!」

「それが少年の考えた力の使い方ということか!これは期待できそうだぞ!少年達!」

 

「さぁ、習うより慣れろだ。5の力のイメージは出来てるか?」

「うん、轟くんとの試合で力の調整はだいぶ出来るようになったから。」

「まぁ一応俺が写輪眼で力が行き過ぎないように見ておくから安心しろ。」

「ありがとう、それじゃあ始めるね!」

 

緑谷の体の中心から全身に向けて虹色の身体エネルギーが流れていく。丹田に残ったエネルギーから見れば微弱な量だが、緑谷は虹色の身体のエネルギーを確かに身に纏った。

その瞬間、緑谷の体の表面に緑色の電気のようなものが走り始めた。

 

「5のエネルギーが全身に張り巡らされている。どうだ、これで動けないとか言ったら笑うぞ?」

「動、ける!」

「よし!取り敢えず基本は足だ!そのエネルギーを保ったまま体育館の端から端までシャトルラン!」

 

緑谷は体育館の端までかなりのスピードで走り抜けた。恐らくクラス1の速度を持つ飯田に引けを取らない速度で。

 

「これでまだ5の力とは、末恐ろしいですねオールマイト。」

「いいやこの程度は当然だよ、緑谷少年ならもっと上に行くさ。それこそ私以上にね。」

「買ってますね緑谷を。まぁ、気持ちはなんとなく分かりますけどね。」

 

そんな会話をしていると、緑谷が突然足を止めた。

 

「どうした緑谷、へばったか?」

「そう、じゃ、なくて...力のコントロールに集中を割くせいで思ったより体が動かしづらい。」

 

「フム、緑谷少年の5%の力はわかった、それが有効な事も。ここからは実戦形式でやってみるのはどうだい?団扇少年なら緑谷少年と打ち合えるだろう?」

「ですね。」

「ちょっと待って下さいオールマイト、団扇くんの個性は催眠眼と身体エネルギーを見る目の複合型の魔眼です。今の僕と打ち合えるとは...」

「増長が早いな緑谷、目が良いって事が格闘戦でどれだけの強さを誇るか教えてやる。かかってこい!」

「団扇少年もそう言っている。少年、やりなさい。」

「...はい、団扇くん、怪我させたらごめん!」

 

緑谷は不承不承に了承した。

 

お互い構えて合図もなく始める。

緑谷の先制パンチ。踏み込み、腰入れて、殴る。基本は出来ているが単調だ。ギリギリでパンチをかわして頭にデコピンを当てる。

 

「速いし強いが次が無い!思考は3つに分けろ!体動かすのと個性のコントロールと策を練るのの3つにだ!」

 

緑谷は額を抑えながら言った

 

「...何を勘違いしていたんだ僕は!団扇くんは体育祭3位の格上だ!寧ろ僕は胸を借りるつもりで挑むべきだったんだ!それなのに個性をちょっと使えただけで何様だ僕は!」

 

「新しい力に酔いしれるのは分からんでもない。でも安心しろ、その増長をへし折っていつもの緑谷に戻るまでボコボコにしてやる。

さぁ力を漲らせろ!続きだ!」

「うん!」

「...青春だなぁ少年達。」

 

緑谷のジャブ、重心が前に乗りすぎてるジャブに返しの掌底を合わせて顔面を叩く。痛みで緑谷の力が解ける。

 

「一発貰った程度でコントロールを乱すな!」

 

返答は再び力を漲らせての突撃、スピードで判断を鈍らせようとする算段だろう。だが写輪眼には無駄な事だ。前に一歩出てガードの下がった顔面に掌底を当てる。緑谷は体勢を崩すがエネルギーは漲らせたままだった。

 

それならばと緑谷はスピードで翻弄しようと動き回る、がそれも見えている。体勢を低くして脇を抜けて後ろに回ろうとした瞬間に緑谷の背中を押して地面に押し付けた。

 

「さぁ立て!次だ!」

「うん!」

 

その特訓は、体育館を借りた時間いっぱい続いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

駅まで向かう帰り道

 

「しかし見違えたぞ緑谷、特訓の最後の方ほとんど意識しないで個性をコントロールできてなかったか?」

「正直無我夢中だったからよく覚えてないや。でも大分5%に慣れてきたと思う。ありがとう団扇くん。」

「お前の発想とお前の努力だよ。でも次の課題は見えたな。」

「うん、結局最後まで団扇くんに一発も入れられなかった...」

「次の特訓は尾白とか呼びたいな。俺は動画とか見て学んだだけの我流だから技の繋がりとかあんまり良いアドバイスできないし、オールマイトはあの体だから技術の実演とかはさせられないしな。」

「そうだね。尾白くんの格闘技術は多分クラス1〜2を争うレベルだから、その技術を学べたら得られるものは大きいと思う。」

「だな。」

 

そんな会話の最中唐突にあることを思いついたのでちょっと勿体ぶって話を変えてみた。

 

「さて緑谷、話は変わるが俺は重要な事に気付いた。」

「何?団扇くん。」

「いつまでも5%とか5の力とかだと特訓の成果だ!と格好がつかないし、なんか技名決めようぜー。」

「...団扇くんの言う重要な事ってだいたいどうでも良いよね。」

「そうか?」

「そうだよ...それと、技名は決めてあるんだ。今日の特訓でイメージついたから。」

「へぇ、どんな名前だ?」

「フルカウルって言うんだけどどうかな?」

「全身を鎧みたくエネルギーで覆うからフルカウルか、良いな!」

 

緑谷はちょっと照れたようで、

 

「そうかな...ありがとう。」

 

とだけ返してきた。

 

そんな会話をしながら、二人はそれぞれの家路についたとさ。

 

 

 




体育祭編でのプロット崩壊のお陰で職場体験先はエンデヴァーヒーロー事務所に決定しました。
公安の犬の元でオリ事件を追っかけるのとか面白そうだったと今でも思うんですけど矛盾のないオリジナル事件がなかなか思いつかなかったのであえなく没です。


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パトロール

オリジナル短編のプロットめちゃくちゃ難しいです。自分がどれほど原作に甘えているかが分かります。
書きたいシーンはあるんですがそこまでにどうやって辿り着くかが難産です。オリジナルって難しい。


職場体験当日

 

駅に集合した1-Aの面々に相澤先生は言った。

 

「コスチューム持ったな。本来なら公共の場では着用厳禁の身だ、落としたりするなよ。」

「はーい」

「伸ばすな『はい』だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け。」

 

そんな中、どこか思い詰めた顔の飯田を心配して緑谷は言った。

 

「飯田くん...本当にどうしようもなくなったら、言ってね。友だちだろ。」

 

頷く自分と麗日、それに対して飯田はこちらを向いて

 

「ああ。」

 

とだけ返してきた、どこか思い詰めた表情は変わらぬままに。

 

「さて、俺たちも出発するか!緑谷じゃないんだし飯田も馬鹿な真似はしないだろ。」

「...それ酷くない?団扇くん。ちょっと自覚はあるけど。」

「自覚あるんだデクくん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

微妙に先に行っていた轟と合流しての電車の中

 

「轟、お前行くとこ一緒なんだからちょっとは待てよ。振り返ったら歩き出しててびっくりしたぞ。」

「すまん、思い至らなかった。」

「忘れてた訳ではないのかよ...余計に重症な気がするなぁオイ。」

 

エンデヴァーヒーロー事務所は都内なので移動には2時間ほどかかった。

いざヒーロー事務所の門の前に来て、微妙に緊張する自分と異なり轟は平常心を保っていた。

 

「なぁ轟、俺のネクタイ曲がってたりしてないよな、大丈夫だよな?」

「大丈夫だろ。」

「その大丈夫って曲がってないって意味なのか曲がってても大丈夫って意味なのかどっちだ?」

「曲がってないって意味の方だ。」

「そうかい、ありがとな。さて、どっちが受付行く?お前もヒーロー事務所は初めてなんだろ?」

「どっちでもいいだろそんなもん、行くぞ。」

 

そう言って先に行った轟は、自動ドアの寸前で止まった。

 

「どうした?なんか問題でもあったか?」

「焦凍だ。」

「?すまん、どういう意味?」

「名前、轟だと親父と被る。」

 

前に行ったせいで轟の顔は見えないが、きっといつもの澄まし顔だろう。それくらい平常心からの言葉だと伝わってきた。

 

「なんでこの直前で言い出した、電車内とかもっと言える場所はあっただろ。」

「いや、今思いついた。」

「自由か...なんかお前、体育祭で世界を憎んでますオーラが消えてから天然インストールされてないか?」

「そうか?」

「そうだよ。でも焦凍ってのは了解だ。こっちも巡でいいぜ?」

「ああ、わかった。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

話は通っていたのかスムーズに受付は進み、サイドキックのバブルビームさん案内のもと、自分と焦凍は更衣室でヒーロースーツに着替えた後会議室へと集まる事となった。

 

「あれ、焦凍お前コスチューム変わった?」

「ああ、左も使うようにしたからな。パワーローダー先生のとこ行って作り変えて貰った。」

「そんな事できんのか、初めて知ったわ。それはそれとして新コスチューム似合ってるぞ。前半分氷マンよりこっちの方が好きだわ。」

「おう。」

 

そんな会話をしつつ会議室に移動する。

自分たちの案内のバブルビームさん曰く、特別会議があるのだとか。

 

「え、俺たちの職場体験ってそんなに大事なんですか⁉︎」

「いいや、違う違う。元々別件で会議を開くことになってたんだよ、ただどうせ職場体験の学生が来るんならその辺も体験させてあげようって親心じゃないかな。」

「それはありがたいですね。焦凍と一緒のここ選んで良かったですよ。」

「まぁ会議と言っても君たちが特に何かする必要は無いんだけどね。やる事は自己紹介くらいかな?」

「自己紹介やるんですね。承知しました、バブルビームさん。」

「...目立とうとして変な事言わないように。」

「あはは、そっちも承知しました。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

会議が始まった。

最初に自分と焦凍の自己紹介はあったもののその辺はさらっと流された。ヒーローの世界ってこんな感じなのだろうか。

 

会議の議題は飯田の兄、インゲニウムこと飯田天晴を襲った大量殺人犯、通称"ヒーロー殺し"についてだった。

 

ヒーロー殺しはこれまでに17人を殺害・23人を再起不能に追い込んでいる『オールフォーワン』以後最多殺人を行った個人である。

 

その犯行の特徴として同じ土地で少なくとも4名のヒーローに危害を加えてから姿を眩ますというものがあった。

 

「前例通りなら保須に再びヒーロー殺しが現れる。しばし保須に出張し活動する!!市に連絡しろ!!」

 

その言葉に疑問に思った自分は小声でちょっと聞いてみた。

 

「バブルビームさん、市に連絡ってのは?」

「ああ、ヒーローは活動の区域を行政に報告してるんだよ。んで、今回みたく出張する時はこの地区から一時的に離れますって事とその地区に向かいますってこと、その二つをしないといけないって事。」

「なんとなくわかりました。保須に出張しているのに名古屋からヘルプの要請が来たら困るってことですね。」

「そういうこと。」

 

「そこ!私語は慎め!」

 

「「すみません、エンデヴァーさん。」」

 

「フン、それでは移動の準備に取りかかる。現地には俺、バブルビーム、職場体験の2人の4人で行く。他は通常通りの業務に当たれ。以上だ、何か質問は?」

 

その配置に疑問があったため、自分は手を挙げた。

エンデヴァーさんは微妙に機嫌を悪くしながら言った。

 

「貴様...まぁいい言ってみろ。」

「はい、職場体験の学生という足手まといを2人も抱えているのにプロヒーロー2名だけで良いんですか?ヒーロー殺しは凶悪犯です、もっと人手があった方が捕まえやすいと思うんですが。」

「フン、単純な事だ。ヒーロー殺しは凶悪犯とはいえ所詮は個人、保須の他のヒーローが厳戒体制を取っている今この事務所から他に人手を割く必要は無い。増援はこのエンデヴァー1人で事足りるとの判断だ。つまりバブルビームは有事の際の貴様の保護役だ。理解したか?」

「理解しました。ありがとうございます。」

 

バブルビームさんは小声で話しかけてきた。

 

「君、エンデヴァーさんに意見するとか肝が据わってるね。」

「そうですか?普通ですよこれくらい。というか意見しにくい環境ってヒーロー事務所として駄目な気がするんですけれど。」

「あはは、事件前はエンデヴァーさん気が立っちゃうんだよ。それ以外の時はビジネスライクな良い上司なんだけどね。」

 

「他に質問は無いようだな。ではこれにて会議を終了する。バブルビーム、車を回せ!」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

保須に向かう車の中で、自分と焦凍はヒーロー活動の簡単な説明を受けていた。

 

国からお給金を頂いているので一応公務員だが、ヒーローの役目はいくつかある。基本は犯罪の取り締まり。事件発生時には警察から応援要請がくるらしく。それに対して逮捕協力や人命救助などの貢献度を申告する。それを専門機関の調査のうえでお給金が払われるのだそうだ。基本歩合制らしい。

あと、一応副業が許されているが、ここエンデヴァー事務所はバリバリの実践派なので副業に関しては専門外とのことだ。

 

「基本はこんなところだ、分かったかショート、メグル。」

「わかりました、エンデヴァーさん。」

「わかった。」

「...一応職場体験なんだから親子でも敬語使っとけ、焦凍。」

「フン、そんな些細なことはどうでもいい、ヒーローのことは大体把握したな。なら今は向かっている保須市のことを考えろ。お前たち二人には本物の捕物というものを見せてやる。心しておけ。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

「わかった、親父。」

 

「さぁ、パトロールと行くぞ、ヒーロー殺しの犯行現場は路地裏などの人気の無い町の死角が多い。お前たちもその辺は十分に注意しておけ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

スマホ片手におろおろしている人がいた。おそらく道に迷っているのだろう。

自分は今コスチュームを着ている。ならやるべきは一つだ。

 

「お困りですか?」

「ヒーローの方ですか...ええ、実は保須総合病院までの道がわからなくて。」

「それならあっちへ行って3つ目の角を左に曲がると見えてきますよ。」

「ありがとうございます!えっと...」

「メグルです。まだヒーローの卵なんですけどね。それでは自分はこれにて、まだパトロールの続きがありますので!」

 

良い事したなーとエンデヴァー達の元へ戻る。

焦凍はいつもの無表情。

バブルビームさんは苦笑い。

エンデヴァーは怒りを堪えたような表情をしていた。

 

「おいメグル、貴様何をしている?」

「ちょっと道案内を。」

「...今はパトロール中だ、隊列を崩すときは一言俺に言ってからにしろ。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

 

通りの先に、転んで膝を擦りむいてる少年がいた。

 

「エンデヴァーさん、ちょっと行ってきます!」

「おいメグル!」

 

少年の元へ駆けつける。

 

「大丈夫か、ちょっと見せてみろ...」

「うん、ヒーローのお兄ちゃん。」

「大丈夫、ただの擦り傷だ。消毒と絆創膏がある。ちょっと待ってろ...はい終わり!消毒で染みたのに声を出さなかったな、偉いぞ!」

「そんなの平気だよ!だって僕、男の子だもん!」

「それが言えるなら上等さ!さて、パトロールの続きがあるから俺はこれで。段差には注意しろよ?」

「ありがとう、えっと...」

「メグルだ、まだヒーローの卵だけどな。」

 

良い事したなーとエンデヴァーさん達の元へ戻る。

焦凍はいつもの無表情。

バブルビームさんは苦笑い。

エンデヴァーさんは怒りを堪えたような表情をしていた。

 

「おいメグル、貴様何をしている?」

「転んだ子がいたので様子見に行ってました。擦り傷だったので特に問題はありませんでした。」

「隊列を離れる時は一言俺に言えと言った筈だが?」

「言いましたよ?」

「...言い方を変えよう。お節介は、俺の返答を待ってからにしろ。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

 

通りの向こう側に、地面をくまなく見ながら歩く女性がいた。

少し観察する。ある程度進んだあと、同じ道を引き返し始めた。その動きのパターンには覚えがある。おそらく何か落し物をしたのだろう。

 

「エンデヴァーさん、向こうの通りに落し物をしたっぽい女の人がいます。ちょっと行ってきて良いですか?」

「...何故そんな事が分かる?」

「いえ、下を見ながら同じ道を歩き回ってたんで多分落し物かと。」

「もしそうだとして、貴様が行く意味はあるのか?」

「コスチュームを着てる今、困ってる人を見過ごすのは駄目じゃ無いですか?。」

「フン、パトロールの途中だ、5分以内なら許してやる。」

「承知しましたエンデヴァー!」

 

女性の元へ走って向かい、声をかける。

 

「何かお困りですか?」

「ヒーローの方ですか...実は家の鍵を無くしてしまったんです。」

「どこで無くしたか記憶はありますか?」

「いえ、多分この辺りだと思うんですが...」

「それならまずしっかり思い出しましょう!俺の目を見てくれませんか。」

「?ええ。わかりました。」

 

写輪眼を使う。幻術で他人の記憶に干渉して鍵をなくした瞬間を思い出させた。

 

「あ、わかりました!」

「どこで落としたんですか?」

「...カバンの外ポケットに入れてました。」

「...うっかりさんって言われません?」

「実はよく言われます。」

「それでは、自分はまだパトロールの続きなので。」

「ありがとうございました!えっと...」

「メグルです。まだ卵ですけどね。それでは!」

 

良い事したなーとエンデヴァーさん達の元へ戻る。

焦凍はいつもの無表情。

バブルビームさんは苦笑い。

エンデヴァーさんは怒りを堪えたような表情をしていた。

 

「おいメグル、貴様何をしている?」

「...5分以内に戻ってこれましたよね?」

「4分40秒だ、ギリギリだがまぁそれはいい。貴様、個性を使ったな?」

「はい、物なくした場所を忘れたって言っていたので、ちょっと個性を使いました。」

 

エンデヴァーさんは無言で自分に近づき、拳骨一発放とうとしてきた。

なんとなく躱した。

 

「躱すなど阿呆!」

「すいません、つい。」

 

改めてエンデヴァーさんは殴ってきた

今度は躱さなかった。痛かった。

 

「何故貴様が殴られたか分かるか?」

 

頭を抑えながら言う。

 

「すみません、全くさっぱりわかりません。」

 

もう一発殴られた。痛い。

 

「貴様、念のために言っておくが、許可のない個性の使用は厳禁だと分かっているよな。」

「あ。」

 

無言でもう一発殴られた。痛みでバカになりそうだ

 

「まったく、雄英ではどんな教育をしているのやら。まぁ幸いにもコスチュームを着ている身だ、警察にとやかく言われる事はないだろうがな。だが次は許さん。いいなメグル、まだ貴様はヒーローではないのだ。それを自覚して自重しろ。」

「...はい、ちょっとコスチューム着てテンション上がってたみたいです。以後気をつけます。」

 

そう言った矢先に、目の前で買い物袋が破れ中身が落ちた老婆がいた。

咄嗟に体が動く。落ちた物を拾い集め老婆に渡す。

 

「はい、どうぞ。」

「おやおや、ありがとうねぇヒーローさん。でもこの袋は駄目になっちゃったし、どうしようかねぇ。」

「ビニール袋ならありますけど使いますか?」

「おや、ありがとうねぇ。それじゃあ貰おうかね、ヒーローさん。」

「どうぞどうぞ。」

 

渡したビニール袋に物を入れ替えて老婆は去っていった。

 

良い事したなーとエンデヴァー達の元へと振り返る。

焦凍はいつもの無表情。

バブルビームさんは苦笑い。

エンデヴァーはどこか呆れたような表情をしていた。

 

「貴様、今何をした?」

「見てましたよね?お婆さんのお手伝いしてました。」

「その際、貴様はビニール袋を渡したな?」

「はい。」

「贈賄に当たりかねん。渡してしまったものをどうこう言う気は無いが以後気を付けろ。」

「...マジですか⁉︎ビニール袋一つですよ⁉︎」

「渡した物の価値ではなく、渡したという事実そのものが罰せられるに当たるという事だ。ビニール袋で捕まった前例は無いが法律的にはアウトだと言うことを理解しておけ。」

「...承知しました、エンデヴァーさん。以後気をつけます。」

「貴様の了解は信用ならんことは分かった。バブルビーム、しっかり見ておけ。」

 

 

「すいません、バブルビームさん。いつもの癖でやってました。今の自分は職場体験中のプロ見習いでしたね。」

 

バブルビームさんは自分に軽くチョップ一発打ったあとこう言った。

 

「まぁ怒るところはエンデヴァーさんがしっかり怒ってくれたから俺からはこれで。勝手な行動だけど君の行動は確かに善意のものだった。それは間違いじゃないんだ。だから次からは怒られないように色々注意すること、良いね?」

「承知しました、バブルビームさん。」

 

隊列の後ろに戻ると、焦凍から声をかけられた。

 

「言われたな。」

「ただ怒られるよりずっと効くわ。次はしっかり気をつけないと。」

「次行かないとは思わないんだな。やっぱお前変わってるわ。」

「いや、それは変わり者のお前には言われたくないわ。」

「そうか?」

「そうだよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後は特に何か起こる事はなく、1日目の職場体験は終わった。

自分と焦凍はエンデヴァーヒーロー事務所の仮眠室にて泊まらせてもらう事となった。

 

「本物の捕物を見せてやるって格好付けられたけど、特に収穫なかったな。」

「そりゃそうだ。どんなに親父が優秀だったとしても1日パトロールした程度で捕まるならヒーロー殺しなんて呼ばれないだろ。」

「それもそうか。でも今日のは時間が無いのは良い事だって喜ぶべきなのかねぇ。」

 

焦凍は今日を懐かしむように言った。

 

「今日のお前、正直凄かった。いつもあんな風に人助けしてるのか?」

「コスチューム着てるからいつもより若干張り切った感はあるけどな、だいたいあんな感じだ。しっかり周りを見てたら困ってる人って案外多いんだよ。」

「それを見つけるお前が凄いって事は分かった。助ける気ゼロの親父と違って普通のヒーローやってたバブルビームさんより見つけるの早かったんじゃないか?」

「それは買い被りすぎだろ。バブルビームさんは俺たちのお守りのせいで周囲に気を配れてなかっただけだよ。多分。」

「そんなもんか。」

「そんなもんだ。明日も早いし早く寝るか。」

「ああ、そうだな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

職場体験2日目、今日も今日とて保須市へとやってきた。

 

「今日からは早朝パトロールに行ってお昼に事務所戻って夜にもう一度パトロールで良いんですよね?」

「その通りだ。ついでに言うなら昨日のパトロールは貴様らに基礎を教えるための演習であり、今日からが本番だ。心しておけ。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

「わかった、親父。」

「それからメグル、貴様のお節介はもう止めん。その代わり人助けついでにこいつを見せろ。」

 

そう言って、エンデヴァーさんは自分の端末に写真データを送ってきた。

 

「これがヒーロー殺しの容姿ですか?」

「その通りだ。まぁ顔をマスクで隠しているからそこまで有効な情報では無いがな。だが住民への注意喚起くらいにはなるだろう。」

「承知しました、エンデヴァーさん。...でも意外です。てっきりお節介など辞めてパトロールに専念しろ!とか言われそうだと思ってたんですが。」

「貴様はそう言われて止まるような奴だとは思えなかった、苛立たしい事だがな。ならその行動に次の意味を持たせる方が合理的というものだろう。」

「...ありがとうございます。」

「礼はいい、結果で示せ。」

 

パトロール開始である。

 

駅前にて早速困ってる男性を確認。焦った顔でカバンの中を漁っている、おそらく定期か何かを落としたか忘れたかしたのだろう。

 

「エンデヴァー、早速ですが個性の使用許可をお願いします。あそこの男性が落し物か忘れ物かをしているみたいです。」

「フン、許可する。行ってこいメグル。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日は、さまざまな人助けこそあったものの、大きな事件は起きなかった。ヒーロー殺しのせいで市が厳戒態勢にあるのだから当然といえば当然だった。

 

だが、ヒーロー殺しはまだ見つかっていない。この街の恐怖の根源を取り除けるかは自分たち頑張り次第だと思うと、次の日も頑張ろうとの気持ちが湧くというものだ。

そんな事を考えながら次の日に向けて自分たちは睡眠をとるのであった。

 




設定だけは出してた巡の人助け。いまいち機会が無くて描写できませんでしたけどやっと書けました。
巡くんは、暴力団関係者だとか言われつつもこんな事を続けてました。転生者ゆえの強靭なメンタルの賜物です。


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激動の3日目

いつの間にやら評価者数が100名超えてました。それに驚いて小説情報をしっかり眺めてみるとUA13万越えとかいうとんでもないことになっていました。ヒロアカ効果って凄いですねー。
評価して下さった方々、この小説を読んで下さった方々、本当にありがとうございました!

今回の更新はその事を報告する為に割と無茶したので、これからは本当に目指せ週一更新なペースになります。


職場体験3日目、今日の朝のパトロールは何事もなく終わった。自分たちは一時的にエンデヴァーヒーロー事務所に戻り簡単な事務作業を体験させてもらっていた。

 

「バブルビームさん、パトロール報告書終わりましたー。」

「チェックするね...うん、特に問題はないよ。書くのに時間かけ過ぎだーってくらいかな。」

「いや、出来事一つ一つを思い出してたら結構時間食っちゃって。」

「まぁその辺の力の抜き方は実際にウチに来てくれたら教えるよ。お仕事ってのは適度に力を抜くのが大切だからね。ただし、今君たちは職場体験中だ。何事にも全力で取り組むのが正解だよ。」

「承知しました、バブルビームさん。」

 

そんな会話をしていると、ふと思いついた事があった。

 

「報告書書いてて思ったんですが、パトロール中は常にボイスレコーダーとかつけておくとかした方が良いかもしれませんね。思い出すって一手間をかけずに済みますし。」

「そうだね。ボイスレコーダーはパトロール中に限らずヒーロー活動中はずっとつけておく人もいるよ。うちの事務所だと、サンドウィッチさんが使ってるね。」

 

「サンドウィッチさん...ああ、あの赤めの魔女っぽいコスチュームの人ですか?」

「まぁウチ女性少ないからわかっちゃうか。消火にも捕縛にも使える砂を操る個性を持ってる人で、この事務所には5年くらい勤めてるベテランさんなんだ。ちなみに、僕を指導してくれた先輩でもあるね。」

「そんな人に指導されたバブルビームさんはボイスレコーダー持ってないんですか?」

「いや、僕記憶力は自信がある方だから。」

「それがさらっと言えるあたりこの事務所ってエリート揃いですよね。」

 

バブルビームさんは「ハハハ」とアメリカンな笑いで誤魔化してきた。否定しないという事はエリート意識はあるのだろう。流石NO.2の事務所に勤めているだけのことはある。

 

「さて、メグルの報告書も終わった事だし君たちは休憩に入ってて良いよー。」

「承知しました。休憩室行くか、焦凍。」

「ああ、そうだな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

休憩は終わり、再び夜のパトロールへと向かう午後6時

保須市に向かう車内でエンデヴァーは言ってきた。

 

「今日からはパトロールを二手に分ける。俺と焦凍の組とバブルビームとメグルの組だ。」

 

ただでさえ少ない人数をさらに分ける理由が分からなかったため、自分は質問投げかけた。

 

「理由を聞いても良いですか?」

 

「フン、この2日間で俺を餌としてヒーロー殺しを誘い出すという策が上手く機能しなかった事が理由だ。その原因はヒーロー殺しが俺たちを2人のヒーローと2人の子供としてではなく4人のヒーローとしてカウントしていた事にあると考えた。」

「だからヒーロー殺しが更に狙いやすいように人手を分ける訳ですか...危険じゃないですか?」

「焦凍もバブルビームも犯罪者程度に遅れをとるような鍛え方はしていない。問題があるとすれば貴様だけだ、怖気付いたか?」

 

正直怖いという気持ちはある。この数ヶ月の間に何度もヴィランに襲われた経験が警鐘を鳴らしているのだろう。だが、ヒーローになるにはそれを乗り越えていかなくてはならない。Plus Ultraだ。

 

「まさか、燃えてきましたよ。」

「フン、それが虚勢でないと良いのだがな。そういう訳だから今日からは個性の使用許可は俺にではなくバブルビームにしろ。良いな。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バブルビームさんと2人でのパトロール。

周囲にはヒーローコスチュームの者がやけに多かった。

 

「今日はヒーローが多いですね。」

「多分だけどヒーロー殺し狙いで一旗揚げようってヒーローが集まってきたんだと思うよ。実力は不安だけど数がいるのは良い事だ。囲んで棒で叩くのがこの世界での最強戦法だからね。」

「数は力ってやつですね。でもこんなに数が多いとヒーロー殺しも萎縮して犯行に及ばないなんて事になりませんかね。」

「いいや、こういったヒーロー殺し包囲網は以前にも行われてる。その中でもヒーロー殺しは確実に犯行を重ねているんだ。油断してはいけないよ。」

「承知しました、バブルビームさん。」

 

そんな会話をしている最中であった。

 

その巨体は空からやってきた。

見覚えのあるその黒色の肌に剥き出しの脳みそ。

USJと体育祭を襲った怪物、怪人脳無がそこにいた。

 

...二度あることは三度あると言うが、こんな奴と三回も会いたくは無かったとは思った。

 

その襲来に即座に反応したのは自分とバブルビームさん。

 

「バブルビームさん、個性の使用許可をお願いします!」

 

許可を待たず写輪眼を発動する。

バブルビームさんは両手に泡を溜めながら答えた。

 

「許可する!あの黒いのは何だ!」

「雄英を襲ったオールマイト殺しです!化け物レベルのパワーとスピードを持っている上にショック吸収と超再生の個性を持っています。

...でも、あのクソゴーグルかけてない以上俺のカモです!奴の目線を俺に!」

「心得た!」

 

脳無は手近にいた市民に殴りかかろうとした。

 

バブルビームさんはそれを止めるために手のひらからの泡を射出した。

バブルビームさんの代名詞、バブル光線である。

 

脳無はバブル光線に足を取られてつるんと体勢を崩した。

 

その体勢を崩した一瞬で周囲にいたヒーローが殴られそうになった人を救出していた。流石プロだ。

 

脳無は体勢を崩した原因であるバブルビームさんの方へと向きを変えた。だが、つまりそれは俺の方へと目を向けたという事。

 

写輪眼発動である。

 

命令は『動くな』まずは動きを止める。

 

「バブルビームさん、エンデヴァーさんに連絡を!今暴れているのは敵連合の奴ら!それがこのタイミングで暴れ始めたってことはヒーロー殺しと敵連合に繋がりがあるかもしれないって事を!」

「わかった、連絡する!」

「自分はこの脳無が再起動しないように催眠を深くかけてみます!

周りのヒーローの方々!手錠などの拘束具がある方は使用をお願いします!」

 

周囲にいるヒーローの1人が声をあげた。

 

「手錠はないが俺の個性は接着だ!そいつの両手両足を接着で固めてやる!」

「ありがとうございます!」

 

そう言って脳無へと深く幻術をかけた。

 

体育祭を襲った脳無の再起動。あれの原因はソフト側、洗脳方法にあるとあたりをつけている。なので再起動を行わせない為には洗脳そのものを一度解除する必要があるだろう。

 

接着のヒーローが両手両足をくっつけたのを確認してから洗脳の解除を試みる。

この脳無にある身体エネルギーは5色、無理やり整えられている流れを正常な流れに戻すイメージで相手の体内エネルギーをコントロールする。

そして、一度正常に戻した後再び『動くな』の洗脳をかける。

これで今できる再起動対策は完了だ。

かかった時間は洗脳解除から再命令まで含めて約5秒。要領は掴んだので次は3秒程度でいけるだろう。

 

「催眠終わりました!接着の方、こいつを回収しようと敵連合が来るかもしれません!周囲の警戒をお願いします!」

 

目線の先は黒煙の上がっている方へと向ける。

 

「エンデヴァーさんへの連絡は終わった!メグル、次行くよ!江向通り4-2-10の細道にショートが一人で向かったらしい。状況から察するに恐らくヒーロー殺しだ!」

「道すがらに黒煙が上がってます!恐らくそこにも敵連合側のヴィランがいます、どうしますか⁉︎」

「...臨機応変に!」

「行き当たりばったりは得意です!」

 

そう言って2人は駆け出した。

 

走ってすぐに黄色い肌の翼の脳無と黒い肌の目なしの脳無が暴れている地点へと着いた。

周囲への避難誘導は済んだようだが周囲のヒーローは皆負傷している。

 

焦凍は心配だが、今は目の前の惨状をなんとかするべきだ。

 

バブルビームさんとアイコンタクト、行けるか?行けますとの以心伝心。

俺が前衛でバブルビームさんが後衛の2対2で対処する。

 

バブルビームさんは両手に泡を溜めながら周囲のヒーローへと言った。

 

「自分たちが時間を稼ぐ!負傷者は退避しろ!」

「片方はまだ子供だぞ、大丈夫なのか?」

「なんとかします!これでも...」

 

目なしの脳無が自分にパンチを放ってくる。だがあのオールマイト殺しほどのスピードもパワーも無い。カウンターは容易だ。...比較対象がおかしいだけなような気がするが気のせいだろう

目なしのパンチは技も何も無いテレフォンパンチだ。ダッキングで懐に潜り込み顔面に向けて前にスライドしながらカウンターを打ち込む。

カウンターを受けた目なしの脳無は後ろに少し吹っ飛んだ。

 

「鍛えてますから!」

 

「あの巨体吹っ飛ばした⁉︎」

「我流とは思えないほど上手いカウンターだ、な!」

 

バブルビームさんは両手からバブル光線を放った。が、狙われた翼の脳無は上昇する事でその光線をあっさり回避してしまった。

 

「メグル、翼の奴に催眠かけられるか⁉︎」

「今は無理です、こいつから目を離せません!あのカウンターで立ち上がってくるとか凄いタフネスですよコイツ!バブルビームさんは翼に横槍を入れさせないように泡溜めといて下さい!」

「クソ、他に翼を狙える個性の者はいるか⁉︎」

 

周囲のヒーローたちから返答は無かった。

 

「依然2対2のままか!メグル、さっさと目なしを倒すんだ!」

「なんでこいつ目が無いんですかねぇ!」

「愚痴は後で聞いてやる!今は今できる最善をするんだ!」

「了解、です!」

 

目なしの左フック、それをスウェーで回避し顔面にワンツーを当てる。

目なしはダメージを無視して掴みかかろうとするのでしゃがんで回避、立ち上がる勢いでアッパーを打ち込む。

 

クリティカルを顔面に叩き込み続けている感触がある、が目なしは倒れない。本当に何てタフネスだ。

 

一旦息を整えるために距離を取る。

追撃してこないという事はダメージが効いているのだろうと楽観的に見る。

 

「バブルビームさん、増援にオールマイトとか来てないですか?」

「冗談言うくらいならちゃんと息整えろ!」

「...側から見てて、あの目なしにダメージ入ってます?」

「多分ね!ボコボコにし続ければそのうち倒れるだ、ろ!」

 

バブルビームさんはバブル光線を放ち、自分に飛びかかって来た翼の脳無を迎撃した。バブル光線は飛び出ている翼の左目に当たったが、そのまま脳を貫くほどの威力は出なかった。光線の威力は距離により減衰してしまったようだ。

 

翼の脳無は降下を中止し、再び空へと舞い上がった。

それと同時に目なしは自分へと向かって突進して来た。低空タックルの動きだ。

ジャンプして回避するついでに目なしの頭を踏みつける。目なしはついに地に伏した。

チャンス到来だ。脳無の背中に着地し、脳へ向かって踏みつけを放つ。地面のアスファルトを武器にするこの攻撃は相当なダメージになるとの話を聞いたことがある。

そんな訳で踏みつけ、踏みつけ、踏みつけまくって動きを封じながらダメージを重ねる。その時、顔面に目なしの身体エネルギーが集まって行くのが見えた。

 

バブルビームさんの声が聞こえた。

 

「メグル!そいつの個性がわかった、再生だ!潰れた顔面が再生を始めている!」

「こいつ個性を複数持ってるっぽいので全然安心できません!」

 

踏みつけを続けながら答える。そろそろ気絶してくれないだろうか。そう思っていると目なしは体を起こそうとする動きを止めた。

一発蹴っ飛ばしてからちょっと離れる。動きは無かった。

 

「ようやく一体ダウンですかね、ちょっと時間かけ過ぎましたか?」

「いいや、倒しただけで大金星だよ!さぁ、次は翼の奴だ!」

 

そんな最中、エンデヴァーはやってきた。

 

「貴様ら、焦凍の元へ向かえと言った筈だが何をしている?」

「エンデヴァー、足元と上見てください!脳無が、雄英襲撃犯みたいな化け物がいっぱい来てます!」

「知っている、先程一体倒したところだ。足元のそいつは倒したのか?」

「ええ、後は上の翼の奴だけです。って逃げ出した⁉︎」

 

翼の脳無は自分たちから背を向けて飛び去っていった。

 

「何⁉︎バブルビーム、追うぞ!メグルは焦凍の言ったアドレスへと向かえ!周囲で見ている連中、この黒いのを監視しておけ!」

「「承知しました、エンデヴァーさん!」」

「わ、わかった。」

 

走る3人、方向は一緒だった。

 

走りながらエンデヴァーが尋ねてくる。

 

「奴が逃げ出す前にしていた事は何だ!」

「空飛び回ってたまに襲いかかってきました。逃げ出したのは目なしが倒されたからだと。」

「チッ、面倒なルーチンを組まれたものだ。」

 

大通りに出た翼の脳無は高度を下げていった。

その先には6人の人影があった。

ヒーロースーツの老人、ヒーローコスチュームの男性、彼に背負われている緑谷、片腕から血を出している飯田、縛った誰かを引っ張った焦凍、そして縛られている特徴的なマスクの男、ヒーロー殺しステイン、その6名だ。

 

狙いは彼らのうちの誰かに間違いないだろう。

そう判断した自分は咄嗟に叫んだ。

 

「エンデヴァーさん、狙えますか⁉︎翼を!」

 

エンデヴァーさんは右手を炎の槍を作り上げながら言った。

 

「誰にものを言っている!」

 

エンデヴァーさんの射線を遮らないようにバブルビームさんと自分は左に広がりつつ駆ける。

 

翼の脳無は背負われている緑谷を掴み飛び去った。

 

その瞬間有効な動きをできたのは2名だった。

 

緑谷を掴んだ脳無の翼を炎の槍で正確に貫くエンデヴァーと

拘束を抜け出して、翼の脳無に掴みかかったヒーロー殺しステイン、その2名だ。

 

翼の脳無は翼を焼かれた事と予定外の重量が加わった事でバランス崩した。その一瞬の隙にステインがリストバンドに隠し持っていたナイフに脳を貫かれ、翼の脳無は絶命した。

 

翼の脳無の落下地点は他の5人の位置から約5メートル、自分とバブルビームさんの位置からは15メートル程度だろう。バブルビームさんの射程距離内だ。

バブルビームさんは両手に泡を溜めて、バブル光線を放つ準備を終えている。

だがまだ放たない。放てない。

何故なら、ヒーロー殺しステインの足元には緑谷がいる。それは人質と同義だからだ。

 

「偽物が蔓延るこの社会も、徒に力を振りまく犯罪者も、粛清対象だ...」

 

ハァ、ハァと息を整えながらステインは呟く、されどその信念のこもった声は強く響いた。

 

「全ては、正しき、社会の為に。」

 

エンデヴァーは叫ぶ。

 

「あの男はヒーロー殺しか⁉︎何故自由にさせている!」

 

状況を把握した自分はバブルビームさんに小声で言う

 

「人質を取られています。気を引いて下さい、こっちに目線が来れば自分の個性で行けます。」

 

バブルビームさんは小声で

 

「了解だよ、メグル。」

 

と言い、気を引くためのバブル光線をヒーロー殺しへと放とうとした。しかし、その光線が放たれる事はなかった。

 

ヒーロー殺しはこちらへと向かい歩き始めたからだ。

 

ヒーロー殺しは身体エネルギーの流れから相当に負傷していることが分かる。なのに何故立ち上がる。その理由がわからない。

わかることはただ一つ、この場にいる全員がその覚悟に気圧されたということだ。

 

「エンデヴァー、贋物、正さねば...誰かが...血に染まらねば...!

英雄(ヒーロー)を取り戻さねば!!

来い、来てみろ贋物ども。俺を殺していいのは、本物の英雄(オールマイト)だけだ!!」

 

その言葉と共にステインは動きを止めた、自分の個性が効いた訳ではない。彼と自分は目が合わなかった。

 

「気を、失ってる...」

 

 

後から聞いた話になるが、ステインはこの時折れた肋骨が肺に刺さっていたそうだ。

だがしかしあの一瞬、ヒーロー殺しはその場の全てを支配していた。個性も何も使わず、己の強い意思だけで。

 

ヒーロー殺しが気を失ってからしばらくの間、ヒーローたちは誰も動き出す事が出来なかった。NO.2ヒーローのエンデヴァーでさえも。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヒーロー殺しの護送、負傷した焦凍たちの搬送、拘束した脳無達の回収、その他諸々が終わる頃にはもう深夜となっていた。

 

脳無達は自分とバブルビームさんで瞬殺したオールマイト殺し以外はすべて警察に回収された。オールマイト殺しを見張ってた接着のヒーロー"アラビック"さん曰く脳無は黒いモヤモヤに急に包まれて、気付いたらその場から居なくなっていたらしい。敵連合の黒霧の仕業だろう。

奴との因縁はまだ続くようだ。二度あることは三度あるというが、逃げられるところまで三度無くてもいいだろうに。

 

そんな事を考えながら自分とバブルビームさんは車でエンデヴァーの元へと向かっていた。だが、その車内の空気は暗かった。

 

そんな空気をぶった切るように、バブルビームさんは明るい声で言った。

 

「さて、今日のヒーロー殺し騒動は終わりだ!どうだった?本物の敵との遭遇は。」

 

気遣ってくれているのだろうなーと気付けたため、こちらもあえて明るい声で返した。

 

「正直もうお腹いっぱいですね。まだ仮免とってすらいないのに今年で4回目の敵との遭遇ですから。」

「それはちょっとお祓い行った方がいいレベルだと思うよ。」

「即答ですか、同感ですけれど。」

 

バブルビームさんはその声色に安心したのか、本音を話し始めてくれた。

 

「...良かった、敵と遭遇した上に前衛任せるなんてとんでもない事をしたんだ。恐怖が心に残っていないか心配だったんだ。」

「あの状況であの目なしと翼のコンビをどうにかするには俺が前衛張るしかないってことは分かっていましたから、気に病む必要は無いですよ。」

「それでも僕はプロで君は職場体験中の学生だ。僕が前を張るべきだったと、今考えると思うんだ。僕はあの時、君が子供だと忘れていた。本当に済まなかった。」

「...それを気に病むなら、今度MAXコーヒーでも奢って下さいな、どうしても気に病むってんならそれでチャラって事で。」

 

「え、君あのダル甘飲料好きなの?馬鹿じゃない?」

「馬鹿って言われた⁉︎いいじゃないですか、好きなものは好きなんですから!」

 

エンデヴァーの元へと着いた頃。そこにはもう暗い空気は無かった。

 

「フン、遅かったな。だが帰って報告書をまとめるまでは眠らせんぞメグル、バブルビーム。」

「「承知しました、エンデヴァーさん。」」

 

激動の職場体験3日目は終わった。

 

その車内でようやく、緑谷からの位置情報メッセージがクラス全員に送られている事に気付いた。焦凍が気付いていてくれて本当に良かった、今は本当にそう思った。

 

 




バブルビーム 本名 泡吹光流
個性:泡
手のひらから泡を作り出せるぞ!材料は体内の水分だ!
射出速度を鍛えに鍛えたその泡の水流はまさに光線だ!バブルビームの名はこのバブル光線から付けられたぞ!
因みにこの泡は汚れをとても良く吸着する、洗濯機要らずだ!

エンデヴァーヒーロー事務所って消火系個性多そうだなとのイメージから生まれたキャラクター。バブル光線なのはただの趣味です。


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大人の姿と"ヴィラン潰し"

昨日近所にあるいつもは寄っていない方の本屋に寄ってみたらウルトラアーカイブにヴィジランテに雄英白書にすまっしゅとかいうヒロアカセットが確認できました。なので早速買おうと思ったら財布を忘れていたというオチ、suicaでなんでも済んでしまう便利な環境がここに来て響いてくるとは思わなんだ...



職場体験4日目

その幕開けは昨夜のパトロール、及び戦闘の報告書を提出した後の徹夜明けの会議であった。

 

「ヒーロー殺しステインは確保された、だが模倣犯の可能性を考慮し、今週いっぱいまでバブルビーム、メグルの2人はパトロール先を保須市のままとする。

俺がいない間に起こった大きな事件は無いのは報告書で分かっているが、なにか気になった点があるものはいるか?

...いないようだな、それでは会議を終了する。各自持ち場へと向かえ。

ああ、あと1つ。警察から正式に情報がでるまでヒーロー殺し確保の件は外に漏らさないよう注意しておけ。今度こそ以上だ、解散。」

 

会議を取り仕切るエンデヴァーは、昨日までと比べると、覇気が感じられなかった。

保須へと向かう車内でその事をバブルビームさんに突っ込むと。

 

「いや、いつもはあんな感じだよ。職場体験でショートが来てて張り切っていたのが切れたんじゃないかな。」

「それでいいのかNO.2ヒーロー。まだ職場体験の学生いるんですけど。」

「いいんじゃない?前にも言ったけど力を適度に抜くのも仕事だよ。」

「なんか俺はオマケだって言われてるようで釈然としないんですけれど。」

「そりゃ実の息子とただ唾つけただけの学生なら感情的にはそうでしょ。エンデヴァーさんだって人間なんだから。」

「そんなもんですか。」

「そんなもんだよ。」

 

そんなものだと言われても納得がいかないのは俺だけだろうか。

 

そんな自分の考えを読んだのか、バブルビームさんは空気を変えるように少し声を張り上げて言った。

 

「さて、徹夜明けでのパトロールだけど大丈夫かい?こういうバッドコンディションでもいつも通りのパフォーマンスを求められるのがプロだけど、君はまだ学生だ。無理ならちゃんと無理って言うように。」

 

ここは強がる所だろう。コンディション悪い日のプロの動きなど見たくても見れないのだから。

 

「正直眠いですけどまだなんとでもなります。MAXコーヒー飲みたい気分ですけどね。」

「あの糖分を飲みたくなる気分とか想像できないんだけど。」

「...MAXコーヒーに辛辣すぎません?」

「だって僕辛党だし。」

「別に辛党と甘党は敵対してないでしょうに。...してないですよね?」

「...さぁパトロールを始めようか!」

「え、そこ誤魔化す所なんですか⁉︎」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午前中のパトロールは、昨夜の事件の事など感じられないほど穏やかなものだった。大きな事案といえるのはせいぜい道路が割れたことでいつもの道が使えない人に回り道を教えた程度だろう。

バブルビームさんは徹夜の疲れを感じさせない様子で、背筋を伸ばして歩いていた。

何かコツでもあるのかと聞いた所その答えは単純だった。

 

「いいや、コツとかじゃなくてただの空元気。でもヒーローが背筋伸ばしていないと犯罪抑止にならないからね、ちょっとの無理で仕事が減るなら安いものっていう計算もあるかな。」

「市民の安全のためなら背筋伸ばすくらい訳ないってことですか。」

「格好いい言い方するとそうなるね。ちなみにそれを言われないで行えてる君には結構驚いてるよ、そのプロ根性どこで培ったのさ。」

「中学の時色々なボランティアに参加してたんで、その辺で学んだんだと思います。」

「流石雄英生徒、中学のボランティアとか普通参加しないでしょうに...んで、どんなのやってたの?」

「ゴミ拾いとか、老人ホームの手伝いとか、保育園の手伝いとかですね。変わり種だとチャリティのヒーローショーの手伝いもやってました。」

「うわ、この子思った以上に凄い子かも。ナチュラルボーン人助けマン?」

「人助けマンって何ですか、変な造語作らないでくださいよ。」

「意味は伝わるしいいでしょ別に。」

 

そんな会話をしながらパトロールをしていると、バブルビームさんのスマホのアラームが鳴った。

 

「さて、午前10時半、お仕事タイム終了っと。だけど事務所に戻るまでかパトロールだからまだ気を抜かないように。とは言いつつも今日は寄り道して行くんだけどね。」

「どこにですか?」

「保須総合病院にだよ。ヒーロー殺しに襲われた友達が心配だろ?短期入院とは聞いてるけど僕もショートが心配だし。一緒に行くよ。」

「バブルビームさん...ありがとうございます!それじゃあ入院してる奴らに欲しいものあるかメッセするんでちょっと待ってて下さい。」

 

焦凍、緑谷、飯田へとメッセージ、パトロール終わったからこれからお見舞い行くけど、何か欲しいものあるかと。

 

緑谷からの返信が来た。

飯田が両腕を負傷しているので、果物とかより飲み物の方が嬉しいとの事だ。

そんな時たまたま目に入った自動販売機にMAXコーヒーが売ってあった。これは布教のチャンスだろう。

 

バブルビームさんからは

「君、正気?それは飲み物じゃないって。」

と言われたが気にしない。

道中の100均でストロー1袋とウエットティッシュ1箱を買い、保須総合病院に赴いた。

 

受付に行って確認した病室に行くと、ちょうど誰かが来客中だったようだ。ドアが半開きとなっており知らない誰かの後ろ姿が見えた。

ドアをノックして言った。

 

「焦凍、緑谷、飯田、今入って大丈夫かー。」

 

「団扇くん?」

「巡か。」

 

聞き覚えの無いダンディな声が自分たちを招き入れた。

 

「もう話は終わったよ、入って構わないワン。」

「ワン?」

 

病室の中に入ると、そこにはベッドの上の焦凍、緑谷、飯田の他にヒーロースーツの老人が1人、魚を模したヘルメットの男性が1人、顔が犬のスーツの男性が1人いた。

 

「千客万来ですね。どういう状況だったか聞いても良いですか?」

 

スーツの犬の人が答えた。

 

「昨日の事件のお小言だよ。エンデヴァーヒーロー事務所に職場体験に来ているメグルだね?」

「はい、そうです。」

「君も昨日はよく頑張ってくれた。目なしの敵による被害があれほど軽微で済んだのは君のお陰だろう。ありがとう。」

「それは...どういたしまして。でもバブルビームさんが居なければ翼の脳無にやられて何もできずに自分は死んでいたと思います。だからそのありがとうの半分はバブルビームさんにお願いします。」

「だ、そうだバブルビームくん。いい子達をエンデヴァー事務所は指名したな。」

「同感です。面構署長。」

 

「...署長?」

「この人は面構犬嗣さん。保須警察所の署長さんだよ。」

「署長⁉︎...焦凍、なんでそんなお偉いさんが来てるんだよ、何かやらかしたのか?」

「ああ、ちょっとな。」

「やらかしたのかよ⁉︎」

 

面構署長はそんな自分の混乱を見かねたのか、簡潔に事情を説明してくれた。

焦凍、緑谷、飯田の三名は保護管理者の指示なくヒーロー殺しに個性を使ってしまったため、それを揉み消すために面構署長たちがこれから尽力して下さるのだそうだ。

 

その一見ハッピーエンドへと向かう話にどこか納得がいかないのは、自分が前科者だからだろうか。そのモヤモヤからついキツイ言い方で文句を言ってしまった。

 

「焦凍たちが無罪放免になるのは嬉しいです。けれど警察として、法の番人としてそれでいいんですか?どんな理由があろうと罪は罪でしょう。それは罰せられるべきではないんですか?」

 

そのモヤモヤからの言いがかりに対して、面構署長は大人として真摯に対応してくれた。

 

「それは...時と場合によるのだワン。彼らが悪意から罪を犯したのなら法の番人は決して許しはしなかったが、今回の件は善意でルールから外れてしまった"偉大なる誤ち"だワン。故に彼らの未来を守るべきだと、1人の大人として判断した、それが今回のズルの理由だワン。」

 

その大人の姿に、以前受けた警察からの取り調べを思い出した。

長きに渡って罪を犯していた自分の事でさえ子供だというだけで大人達は守ろうとしてくれていた。親父達も、根津校長も、そして警察の人達も。

 

年齢の差だけではない何かが暖かくも大きな差が自分と大人達との間にはある。そう感じられた。

 

子供扱いを嫌がるだけでは駄目だ、大人になるにはその暖かいものを1つずつ自分の中に積み重ねていかなくてはならない。

その先にいるのが面構署長であり、これまで会ってきた大人達であり、親父なのだ。

そう考えると、大人に対する見方が少し変わった気がした。

 

「...大人って、凄いですね。」

「君たちより少しばかり経験を積んでいるだけのことさ、子供と大人の違いなどそれだけの事なのだワン。

さて、彼らを庇うためのカバーストーリーを広報部に通達せねばならないので、私はこれにて失礼させてもらうワン。」

 

そう言って面構署長は病室から去っていった。良い大人の手本だと、掛け値なしにそう思った。

 

その背中を見ていると、いつのまにかモヤモヤは晴れていた。モヤモヤの正体はきっとズルを許容する大人への不信によるものだったのだろう。

 

その会話の中で時計で時間を確認していたバブルビームさんは言った。

 

「メグル、時間が押してるからちゃちゃっとお見舞い済ませちゃってね。見たところショートも大事なさそうだし僕は車取ってくる。それじゃあショートにお2人さん、お大事に!」

「それじゃ用も済んだ事だし、儂も帰るかの!」

「じゃあ俺も帰って事務所の電話待ちでもするかな。天哉くん達、お大事ね。」

 

そう言ってバブルビームさんたちは病室から去っていった。

 

その後ろ姿を見た緑谷は言った。

 

「団扇くん、今の人ってもしかしてバブルビーム?」

「流石ヒーロー博士、正解だ。...有名なのか?」

「うん、バブルビームはエンデヴァーヒーロー事務所の若手サイドキックだよ。必殺技バブル光線が格好いいから印象に残ってたんだ。まだこれ!といった活躍はまだ無いけど堅実な仕事ぶりで地元からの評価も良いみたいだよ。」

「へぇー。」

 

本当に流石のヒーロー博士っぷりである。もっと聞きたい所ではあるが、今はお見舞いを先にしなくては。時間はあまり無いのだ。

 

「っとそれはそれで気になるけど今はお見舞いが先だ!お三方にプレゼントだ。」

 

そう言って、3人にMAXコーヒーを手渡した。3人とも腕を怪我しているため蓋を開けて、ついでに飯田の分にはストローを通す事を忘れないで。

 

「これは、団扇くんの愛飲している謎のコーヒーではないか!」

「そういえば僕も初めて飲むかも。売ってないんだよね、地元にも雄英にも。」

「押し付けられて一回飲んだ事があるが、ある意味凄えぞこのコーヒー擬き。」

「さぁさ皆さん御賞味あれ!」

 

3人は同時に飲んだ。

リアクションも同時だった。

 

「「甘い!」」

「相変わらず甘すぎだろ、コレ」

 

「団扇くんからの贈り物にケチをつけるようで悪いが、物凄く甘い、甘すぎるくらいだ。が、決して飲めないという訳では無い。不思議なコーヒーだ。」

「でも、僕この味割と好きかもしれない。」

「蕎麦には合わなかったが、単品で飲む分には悪くは無いかもな。」

「オイ焦凍、蕎麦とマッ缶合わせるとか勇者かお前。...まぁ、意外と好評で何よりだ。でもお見舞いの本命はこっちのウエットティッシュとストローだから実は無理そうだってなら引き取るぞ。」

 

3人は首を横に振った。どうやら本当に受けが悪いという事ではなかったようだ。

 

「そうか、じゃ、ストローは飯田の所の棚に入れとくから好きに使えよ。ウェットティッシュは緑谷のとこ置いとくな。短期入院だろ?なら多分これで足りるはずだ。」

「ありがとう、団扇くん。」

 

携帯が振動した、内容を確認すると、どうやらバブルビームさんが病院近くまで来たらしい。

 

「それじゃあバブルビームさんもうすぐ来るみたいだから俺はこの辺で。3人とも、お大事にな!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

病院の近くでバブルビームさんに拾ってもらい事務所まで戻る帰り道。エンデヴァーさんからメールが来た。

自分とバブルビームさんにヒーロー殺しの件で話があるとのことだ。おそらく焦凍たちの件だろう。

 

その事をバブルビームさんに話すと

 

「アハハ、多分エンデヴァーさん超不機嫌だよ、普段ならそういう大事な連絡は電話でするもん。これはもう一徹コースかな?」

「怖い事言わないで下さいよ...冗談ですよね?」

「ごめん、エンデヴァーさんたまに滅茶苦茶子供みたいな事するから無いとは言い切れないや。」

「ビジネスライクはどこいったんですか⁉︎」

「ビジネスライクはエンデヴァーさんが通常運転のときだけなのさ...」

「哀愁漂わせないで下さいよ...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エンデヴァーヒーロー事務所の所長室へと、徹夜明けなのか顔が怖く見えるエンデヴァーから呼び出された。

 

「バブルビーム、メグル、先日の戦闘報告書は読ませて貰った。雄英襲撃犯の対処、目なしの確保と翼への応戦、どれも見事だった。」

「「ありがとうございます、エンデヴァーさん。」

 

褒められても内心ビックビクである。

 

「フン、焦凍の病室で警察から聞いたらしいが改めて説明しておく。今回の事件においてヒーロー殺しを確保したのは俺という事になった。今後マスコミが押し寄せるだろうがそういう事にしておけ。

詳しいカバーストーリーはこの書面に書いてある通りだ。明日からのパトロール中にもマスコミが来る可能性はある。熟読しておけ。」

 

その、普通の言動に混乱したのはバブルビームさんと自分である。

思わず小声でバブルビームに言ってしまった。

 

「ちょっと、なんか何事も無いように終わりそうなんですけど⁉︎もう一徹コースって何ですかビビらせるだけの嘘ですか⁉︎」

「僕だって想定外だよ⁉︎」

 

「聞こえているぞ馬鹿ども、本当にもう一徹させてやろうか。」

「「すみません、エンデヴァーさん。」」

 

「フン、すっかり息が合ったようで何よりだ。それでは次の伝達事項を伝える。喜べメグル、貴様には明日から朝のパトロールのあと特殊訓練に参加してもらう。」

「特殊訓練?」

「そうだ、ウチで教えてる近接格闘術の基礎の基礎くらいは教えてやる。貴様の戦闘報告書を読ませて貰った。敵の体勢を崩した後のストンプは確かに有効だがヒーローのやる事では無い。再生の個性の奴でなかったら殺していたレベルの行為だろうが。」

 

その言葉で、自分がどれだけ残虐ファイトをしていたか気付かされた。動画とか撮られてないだろうか...

 

「でもあの状況で他に手ってあります?他いるのは負傷者だらけで手錠も無し。ついでに言うなら上空におかわりの敵がいる。ノックアウト狙い以外手はなかったと思うんですが。」

「上空の敵はバブルビームが迎撃できる以上無視できる。ならそのうちに絞め落とせば良いだろうが。」

「絞め技ですか...」

「そうだ。雄英からの資料によるとお前は我流だそうだな。どうやって学んだ?」

「格闘技の動画とかを見て見様見真似でです。」

「なるほど、単独で学んだが故に使える絞め技や投げ技を持っていないのか。なら良い機会と思って精進しろ。通達事項はこれで全てだ。持ち場に戻れ。」

「「承知しました、エンデヴァーさん。」」

 

戻る前に1つ思い出した。エンデヴァーとて人間だというバブルビームさんの言葉を。

 

「...あと1つだけ良いですか?」

「何だ?メグル。」

「パトロール帰りに見舞いに行ったんですが、焦凍は大丈夫そうでした。傷も大した事ありませんし、ヒーロー殺しとの戦いがトラウマになっていたりは特にしてなさそうです。」

「...フン、当然だ。貴様が思っているような柔な鍛え方はしていない。」

「それだけです。失礼しました。」

 

エンデヴァーの顔は入った時より少しだけ穏やかなものになっているように見えた。

 

「さて、思ってたよりお小言は少なかった訳だし、ちゃちゃっと報告書書き上げて仮眠といこうか。」

「そうですね。明日からの訓練は怖いですけど、その前に夜のパトロールの分の体力回復させないとヤバイですからね。」

 

そんな会話をしながら事務室へと向かうと、何だかサイドキックの皆さんの視線が自分に集まってきていた。若干引かれてる感じの視線だった。

 

「バブルビームさん、俺なんかやっちゃいました?」

「さぁ、知らないよ。」

 

その注目の答えは、クラスの連中からのメッセージが教えてくれた。

 

「"ヴィラン潰し"?」

「何それ、新手の自警団?」

「なんかクラスメイトからネットニュースとか動画とかのアドレスが山のように送られて来たんですけど、そのタイトルがどれもヴィラン潰しとかいう奴についてらしいんです、けど...」

「思い当たる節はあるね、物凄く。誰かに動画でも撮られていたかな?」

「いやいやまさか、いたいけな少年にそんな残虐ファイターみたいな渾名がつく訳ないじゃないですかー。」

「ならネットニュース見てみなよ。僕は君がヴィラン潰しだって方に暴君ハバネロ賭けるけど。」

「学生に賭けを持ち込まないで下さいよ、貯金と奨学金で暮らしてるんであんまり余裕があるって訳じゃないんですよ?」

「へー、意外と苦学生なんだメグルって。なら当たりなら僕が奢るよ、ハバネロ。」

「それじゃあ見ますね。」

 

ネットニュースの内容はこうだ。

先日のヒーロー殺し一派の確保騒動の際、NO.2ヒーローエンデヴァー事務所に職場体験学習中の学生がヴィランと格闘を行い勝利するという事件があった。

その生徒の名前は団扇巡、ヒーロー名はメグル。雄英体育祭1年の部3位の好成績を残す有望なヒーローの卵である。

その捕物の様子が動画として添付されていた。

 

ヴィランに対し執拗に顔面を攻める戦闘スタイル、体勢を崩した相手へのストンプ連打で顔面を潰すという容赦のなさ、そしてヒーロー殺しとの対比から誰が呼んだかヴィラン潰しと呼ばれ始めたのだそうだ。

 

「マジで俺でした...まだ16のガキにそんな悪名つけるとかちょっとマスコミさんがたアレ過ぎやしませんかね。」

「悪名は無名に勝る、そう思うと気が楽だよ。さて、賭けは賭けだし外のコンビニでハバネロ買ってくるねー。」

「ゴチになりまーす。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

報告書を書き終えた自分とバブルビームさんは仮眠を終え、夜のパトロールの準備を始めていたところ、テレビでエンデヴァーさんのヒーロー殺し確保についての記者会見が始まった。

 

「そういやまだカバーストーリー読んでないんですけど、どんな内容だったんですか?」

「ああ、エンデヴァーさんの戦った順番がヒーロー殺し、灰色の肌の敵、翼の奴の順番になったくらいかな。僕らの戦いには何も影響はないからマスコミ対応は自分の知らないところは知らないでオーケーだよ。」

「ありがとうございます。さて、記者会見どうなりますかねー。」

「ま、僕らは見てる時間は無いんだけどね、夜のパトロール行くよー。」

「はーい。」

 

車の中でSNSを確認する。トレンドはエンデヴァー、ヒーロー殺し、ステインなどの順当な言葉の中に入り込んでいるヴィラン潰しの文字。何故だ。

「やったねメグル、時の人だ!」

「コイツ、楽しんでやがる...!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜のパトロールも大事は無く終了した。ヒーロー殺しが出た地域は犯罪率が低下するというネットニュースで見かけた内容が頭をよぎった。

まぁヒーローの仕事がないのは良いことだ、そうプラス思考で行きたいところだがパトロールの途中から自分達が、というか自分が地味に避けられている感じがしてきた。

 

「ヒッ、ヴィラン潰し⁉︎」

 

とか露骨にビビった人もいたくらいである。

 

「時の人は辛いね、メグル。」

「畜生、職場体験でこんな貴重な体験をするとは思いませんでしたよ!ありがとうございました!」

 

そんなふざけた会話ができる程度には、今日の保須の夜は平和であった。

 

 




オリジナルのプロット進まないからついついヒロアカに逃げて来てしまうという甘え。思いついた時はいける!という感じだったのにうまくいかないものですねー。


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格闘術と"インサート"

ウルトラアーカイブにてエンデヴァーの戦闘スタイルが近接格闘型とかいう面白い設定が書かれてたのでつい文量が膨らみました。
とはいえ1万文字の大台には届かなかったのでそのまま投稿します。

ちなみに作者は格闘技にわかなので特訓シーン、戦闘シーンともに不自然な点があるかもしれません。気付いた方はビシバシご指摘下さい、可能な限り直します。


職場体験5日目。特訓とかエンデヴァーに言われたものの、とりあえずはパトロールである。

ヒーロー殺しの確保が伝わり、本名赤黒血染の来歴なとが報道された今、ヒーロー殺しに影響を受けた奴らにとって保須はある意味聖地である。模倣犯が出てくる可能性がある。

 

しっかり睡眠をとって体力を回復させた自分とバブルビームさんはヒーロー殺しの犯行が主に行われていた町の死角となる路地裏を注視しながら、ヒーロー殺しの影響は関係なく『ヒーローは健在である』という事を知らしめるために堂々とパトロールを行なっていた。

 

「とはいってもヒーロー殺しの思想に当てられた連中は模倣犯として活動するのではなく、脳無の供給元である敵連合に吸収されるっぽい流れですよね。」

「そだね、僕は敵連合について詳しく知らないけれど、ヒーロー殺しには信者ができるレベルのカリスマ性があったからね。ネットを見る限りだとその信者を敵連合が受け入れる流れが作られてる感じがしてるよ。雄英襲ったときに敵連合のトップが来てるんだよね?頭は相当切れる感じだった?」

「正直、わからないです。敵連合のトップとは3回ほど会ったことはあるんですがどの時も修羅場だったんで。」

「なんでただの学生が敵組織のトップに3回も会ったことがあるのさ。」

「知らないですよそんなこと、死柄木に聞いてください。」

「それもそうだね。」

 

人混みに飲まれて転んで荷物を道路にぶちまけてしまった女性がいた。

怪我がない事を確認した後、荷物を拾うのを手伝ってあげた。

 

「ありがとうございます、ヒーローさ...ヴィラン潰し⁉︎」

「どういたしまして!ですけど自分はメグルです!自分はパトロールの続きがあるのでこれにて、転ばないように気をつけて下さいね!」

「は、はい。」

 

若干ヤケになってるのは気にしてはいけない。昨日の夜からこんなのばっかりだよ畜生。

 

「流石時の人、顔が知られてきたねぇ。」

「この流れ割と傷つくんですけどいつまで続くんですか?」

「悪名の覆し方は2つ、悪名よりデカイ功績を挙げるか時が過ぎるのを待つかだよ。」

「地道にイメージを変えていくとかは無いんですか?」

「無いよ、どんなにまともに仕事してても良いイメージなんて全然広がらないから。皆他人を褒めるより他人を貶める方が好きなんだよ。」

「世知辛いですねー。」

 

路地裏を見ると顔を伏せてうずくまっている男性を見つけた。

急病かと思い駆け寄ったところ。

 

「すいません、二日酔いがきついだけです。」

「それならちょっと待ってて下さい。バブルビームさん、個性使用許可下さい。」

「時間がある時は個性を何に使うかを端折らない事。」

「すいません、バブルビームさん。この人に二日酔いの頭痛を誤魔化す催眠をかけてあげたいと思います。良いですか?」

「そんな事出来るの?なら許可するよ。二日酔いの辛さは分かるからねー。」

「それでは、ちょっと自分の目を見て下さいな。」

 

男性に個性を使う。

 

「凄い、頭痛が消えた嘘みたいな解放感だよ!」

「個性はあくまで頭痛を一時的に誤魔化しているだけなので、楽になってるうちにウコンの力飲むとかビニール袋用意するとか対策をして下さいね。」

「ありがとうヴィラン潰し...これで今日のプレゼンは何とかなりそうだ!」

 

男はルンルンと擬音がつきそうな足取りで去っていった。

 

「いや、プレゼンの前日に酒飲むなよ大人...」

「正直気持ちは分かる。プレゼン前日の緊張感で眠れなかったんだろうね。それで飲み始めたら止まらないとかよくあるもん。」

「それがよくあるって人としてちょっと駄目じゃないですかねぇ。

...そしてあんな呑んだくれにもヴィラン潰しで通るとかちょっと悪名轟き過ぎてません?」

「気にしない気にしない、この業界ではよくある事さ。」

 

そんな言葉を言うバブルビームさんは、自分から数歩離れた所に居た。

 

「そういえば思ったんですが、バブルビームさんだけじゃなく1、2日目のエンデヴァーさんとかもなんですけど、俺が人助けしている間離れて周囲を見渡してますよね、あれって何でですか?」

「んー、ヒーロー業界のローカルルールって奴かな。イメージアップに直結する人助けは、始めに声をかけた人が助けを求めるまで他のヒーローが手出ししてはいけないっていう暗黙の了解があるのさ。よっぽどの大事なら話は別だけどね。」

「へぇ、初めて知りました。」

「あと、ヒーローが人助けしている間はその人だけしか見てないでしょ?その隙に悪さしようって輩が出てもいけないから、ヒーローが2人以上いるときは1人は人助け、それ以外は周囲の見張りって役割分担をするってのもあるね。」

 

そんな会話をしているとバブルビームさんのスマホのアラームが鳴った。

 

「あれ、まだ9時半ですよ?」

「今日から特訓だし、早上がりしろってエンデヴァーさんのお達しだよ。さ、車に戻るよ。」

「はーい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

エンデヴァーヒーロー事務所のトレーニングルーム。

 

一面畳のその部屋へとやってきた自分を待っていたのはトレーニングウェアのエンデヴァーさんとバブルビームさんに赤い魔女のようなヒーローコスチュームに砂でできた箒を持った女性ヒーロー"サンドウィッチ"さんの3人だった。

 

「さぁ、貴様の特訓を始める。準備はいいな?メグル。」

「準備万端です!エンデヴァーさん!」

「ちなみにエンデヴァーさんが特訓に来てるのは、本来の予定だと焦凍くんの相手もする筈だったからよ。」

「余計な事は言うなサンドウィッチ。さて、まずは軽くスパーリングだ。催眠無しでどの程度使えるか見せてみろ。」

「それじゃあ...行きます!」

 

写輪眼を発動し、ガードを作って腰を落とす。

 

エンデヴァーへと向けて様子見の左ジャブを放つ。エンデヴァーはその拳を左手で掴む動きが見えた。

体格差がある以上掴まれるのは危険だと、そう判断した自分は拳を引いてエンデヴァーの掴みをギリギリで回避する。そして拳を引いた勢いで右ストレートを放った。が、エンデヴァーの右肘でブロックされた。

 

そこからは流れるような動きだった。

手首、肘、肩と関節を極められ、気付けば腕を後ろに極められたまま地面へと頭を向けられていた。

 

「今のは"Lock Flow"という技術だ。今の技ではなく関節技を連続で繋げる技術のことを指す言葉だがな。まぁこの特訓でこの技を習得しろとは言わん、いくつもの技を複合的に使う相当な難易度の技だからな。だが有用な技でもある。職場体験終了後も練習しておけ。さぁ、お前の攻撃の腕は分かった、次はこちらから攻撃する、防げ。」

 

エンデヴァーの右ストレートが写輪眼で見えた。

その攻撃に対する最適解はさっき見せて貰った。意趣返しと行かせて貰おう。

 

エンデヴァーの拳を右肘でブロックする。そこから手首、肘、肩の順に関節を極め顔を地に向けて拘束する先程のLock Flowをやり返した。

エンデヴァーは驚愕からか、自分の関節技になされるがままとなっていた。

 

「...貴様、一度で盗み取ったな?」

「ええ、目が良いので。」

「フン、レクチャーのしがいのあるガキだ。」

 

写輪眼でエンデヴァーの背中に身体エネルギーが集まるのが見えた。炎で拘束を外すつもりだろうと見抜けたため拘束を解除しバックステップで距離を取る。

離れた瞬間、エンデヴァーの炎が自分が先程いた位置を焼いた。

 

「...身体エネルギーを見る目か、催眠眼が目立っているが、そちらの個性も予想以上に使えるな。」

「エンデヴァーさん⁉︎あの、さっきの炎って人に向けて良い感じのヤツじゃないと思うんですが!」

「虚仮威しの低温だ、当たった所で大した事にはならん。さてメグル、先程の炎で何が言いたいかは伝わったか?」

「...個性によって有効な拘束方法は異なる、ですかね。エンデヴァーさんを拘束するには俺を拘束する時のやり方では個性で返されてしまうって事ですか?」

「フン、頭も回るようで何よりだ。さて、それでは個性別に有効な拘束方法を実地で教えてやる。貴様にはこちらの方が為になるだろうよ。」

「ありがとうございます!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

特訓に励む巡とエンデヴァーを見て、サンドウィッチとバブルビームは巡の才能に驚愕していた。

 

「ねぇ、バブルビーム。あの子凄すぎない?一度見た技をすぐ自分のものにしてる。もう殆どの個性に対する拘束技を身につけているんじゃない?」

「元々鍛えているってのと目が良いってのの相乗効果だろうね。...ああ、目が良いってのはそのままの意味もあるけど観察力が良いって方もね。身体エネルギーを見れるって事がここまで武術とマッチするとはいい誤算だよ。」

「もうアンタより格闘上手かったりして。」

「ありそうですね、メグルはこの特訓始める前ですら自分より体格の勝る敵をボコボコにしてたくらいの技のあるファイターですから。」

「そういう所で競争心を持たないから2年目なのにまだ目立った功績がないのよ。」

「事実は事実として認めてるだけですよ、まぁそれ以外ではまだ負けるつもりは無いですけどね。」

 

そんな会話をしていると巡とエンデヴァーは投げを絡めた拘束技のレクチャーを終了していた。

 

「バブルビーム、こいつの絞め技の練習を始める。来い!」

「あ、僕が呼ばれた意味ってそういう事だったんですね。」

「人を殺さない落とし方は実地で慣れていくしかないからね。がんばんなさい被害担当。」

「はぁ...まあ前途ある若者のためだと思えば安いものですね。逝ってきまーす。」

 

バブルビームは微妙に顔を引きつらせながら特訓中の巡とエンデヴァーの元へと赴いた。

 

「さぁ、来い!ちなみに僕はそんなに素の格闘強くないから簡単に締め落ちるぞ!」

「なんかヤケになってません?バブルビームさん。」

「フン、特訓を続けるぞ。」

 

バブルビームさんが絞め落とされ、活を入れられ、また落とされの技の練習台と化したのは言うまでもないだろう。

 

「しっかり訓練開始から1時間、エンデヴァーさんはともかくバテないわねーあの子。鍛えてるって公言するだけのことはあるわね。

...しかしこの分だと私を使った自分の個性のコントロールトレーニングを見せるとか頭からすっぽ抜けてんでしょうねーエンデヴァーさん。」

 

そう呟いたサンドウィッチは特訓に熱中する男2人とそれに巻き込まれる犠牲者1人を見て、自分だけは巻き込まれないようにこっそりと部屋の隅へと移動したのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「バブルビームさん、大丈夫ですか?結局トータルで3回くらい落としちゃいましたけど。」

「まぁちょっときついかな、なので今夜のパトロールは君に前を頼むよ。僕に楽にさせてくれたまえ。」

「バッドコンディションでもいつも通りのパフォーマンスを出すのがプロじゃなかったんですか?まぁ良いですけど。」

「良いんだ...まぁ予定通りなんだけどね。行けそうだったら君か焦凍くんにパトロールの先導任せてみようってのは。」

「って事は行けそうと判断してくれたって事ですか...信頼してくれてありがとうございます。パトロールのルートはいつも通りでいいんですか?」

「大丈夫だよ。さ、行こうか。」

「わかりました、バブルビームさん。あ、1つだけ良いですか?」

「何?」

「個性の使用許可お願いします。今日特訓してるときにエンデヴァーさんに言われたんですが、個性の長時間使用を続けるの試した事がなかったんですよ。デメリットも特にないですし試してみて良いですか?」

「いいよー、ただし何か危ない兆候を感じられたらすぐ止めること。まぁそんな事言い出すって事は大丈夫って感覚はあるんだろうけどね。」

「はーい。」

 

夜の保須市をパトロールする自分とバブルビームさん。

 

今日も保須は平和であった。

自分が、ある1つの違和感に気付くまではであるが。

 

「...バブルビームさん、あの赤髪の女性を見てくれませんか?」

「どうしたのさ、何か困りごと?」

「身体エネルギーの流れが乱されています。誰かから個性を受けてる可能性があります。」

「...とりあえず軽く話し聞いてみようか、案外医者からそういう処方を受けているだけかも知れないし。」

「ですね。」

 

「すみません、ちょっとよろしいですか?」

 

赤髪の女性は憔悴しきった顔と声で

 

「ヒーロー、さん?」

 

と答えた。バブルビームさんと目配せ、事件性ありと仮定する。

 

「ええ、ちょっとお話しを聞きたいんですがよろしいですか?」

「よろしく、ありません。行かないといけないんです。」

「何処へですか?」

「すみません、行かないといけないんです。」

「捜査の一環なんです、教えてはくれませんか?」

「すみません、行かないといけないんです。」

 

バブルビームさんは『コイツ話しても無駄だ』と判断したようで。

 

「メグル、個性ゴー。『質問に答えろ』で。」

「わかりました。」

 

女性と自分の目を合わせ写輪眼を発動する。

 

「さて、改めて質問です。貴方は何処に行かないといけないんですか?」

「どこか高いところに。」

「...それは何故ですか?」

「9時までに私が死なないと妹が殺されてしまうんです。」

 

バブルビームさんと目配せ、バブルビームさんは即座に携帯を取り出し連絡準備を済ませていた。

 

「殺されるとはどういう事ですか⁉︎警察に連絡はしたんですか⁉︎」

「警察には言うなと言われました。私の生命保険で借金を返済できなければ妹は殺されてしまうんです。」

 

その言葉に激怒し、声を荒げようとした自分を止めたのはバブルビームさんだった。

 

「なんで止めるんですかバブルビームさん、たかだか金の為に命を粗末になんかさせちゃ駄目ですよ!」

「優先順位を考えるんだ、メグル。まずは彼女から話を聞いて、その情報を元に彼女の妹を殺そうとしている人物の情報を集めること。それが最優先だ。君の感情を彼女にぶつけるのは後でいい。」

「...すみません。」

「いいよ、君はまだ学生なんだからこういう心構えはこれから学んでいけばいい。さて、質問役変わるね。」

 

バブルビームさんは彼女と向かい合い質問を始めた。

ある意味でこの事件の始まりを告げる質問を。

 

「質問の順番が前後してしまい申し訳ありません。まず貴方と貴方の妹さんのお名前を教えては頂けませんか?」

「私は北風読子、妹の名前は、名前は、名前は?」

「北風さん?」

「妹の名前は、名前は!名前は⁉︎どうして、なんで、わからない、わからない!わからない⁉︎嫌、嫌!嫌ァァァァア!!!」

 

そう言って北風さんは風の個性を暴走させて暴れ始めた。

 

ヴィランかと周囲の人間たちはこぞって集まってきた。面倒な野次馬である。バブルビームさんに目配せすると、バブルビームさんは両手に泡を溜め風により飛んでくるかもしれない飛来物の迎撃に当たるようだった。

 

「メグル、止められる⁉︎」

「余裕です!」

 

北風さんの作り出す風はせいぜい強風というくらいだろう。人1人吹っ飛ばすことすら難しい強さだ。

鍛えているヒーローにとってこと程度の風は障害にはならない。

 

エンデヴァーとの特訓を思い出す。

 

「思念発動タイプの個性を拘束するのは至難の技だ。何せどこからでも個性が飛んでくる訳だからな。」

「つまり絞め落とせって事ですか。」

「個性を使えない場面ではそうだな。だが貴様には催眠眼という便利なものがある。ならば...」

 

北風さんの正面まで辿り着く、目線は安定しない狂乱状態だ。つまり目線を合わせるには痛みというショックで目線を一点に絞らせる必要がある。

 

頭を抑えていた右手で空を払い更なる風を放つ北風さん。

だがその風とてこの近距離でも十分耐えられる程度のただの風だ。なら前に出れる。

空を払った右手を掴む。その手を起点に合気道の投げ技、"小手返し"を仕掛ける。

 

相手の手首を回して手首と腕と肩でコの字を作り、その状態で前に一歩前にでる。すると手首の関節を守るため体が自然と崩れてしまうのだ。その体の反応を利用したのが小手返しという投げ技である。

 

女性からの抵抗は特に無かったため、投げ技は綺麗に決まった。

 

彼女は背中を打った痛みで目を見開いた。その目線は手首を掴んでる俺の目へと自然に向く。

 

写輪眼発動である。『個性を使うな、落ち着け』と。

その瞬間、どこかから僅かな身体エネルギーが飛んできて、彼女にかかっていた自分と異なる色による身体エネルギーの乱れが戻った。

 

「野次馬が集まってきた、場所を移そうメグル。」

「待ってください、彼女への洗脳が消えました!犯人の意図的にです!」

「まさか、野次馬の中に犯人がいる⁉︎」

 

携帯を取り出し周囲の野次馬を撮影しながら周囲の野次馬全ての身体エネルギーの色を確認する。

カッコよかったぞヴィラン潰し!という声援がいまは鬱陶しい。

 

「メグル、犯人はいた?」

「いいえ、飛んできたのと身体エネルギーの色が同じ人は見当たりません。もう逃げた臭いです。」

「まぁ今は彼女という証人を守る事を優先しよう。君の目だけじゃあ証拠能力に乏しいからね。」

「ですね。生命保険の受取人の線から犯人の特定は余裕でしょう。」

 

野次馬の誰かが通報したのか警察はすぐにやってきた。

 

正気を取り戻した北風さんは混乱したものの

 

「大丈夫です。あなたは誰も傷つけてはいませんし、貴方が正常な状態でなかったことは自分が証明できます。大丈夫。」

 

という自分の言葉を信じてくれたのか落ち着いて自分とバブルビームさんと共にパトカーへと乗り込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察署内にて、警察からの取り調べを終わらせた自分はバブルビームさんと北風さんに合流した。

そこでの会話は、信じられない事実の連続だった。

 

「北風さんは生命保険に入っていない⁉︎」

「うん、ついでに言うなら戸籍上妹は無し、妹のように慕っていた子がいるとかも無し、なので当然借金も無し。捜査は手詰まりだ。」

「待ってください、それじゃあ犯人は何のために北風さんを死に追いやろうとしたんですか⁉︎金目的じゃないなら...ッ!」

「愉快犯だろうね。妹という発言を信じるなら...洗脳系の個性を持て余した子供の遊びだろう。」

「...狂ってる。」

「同感だ。多分だけど、発覚していなかっただけでこれが初犯じゃない。」

「...そうだ、個性届け!あれで犯行可能な子供を割り出せないんですか⁉︎」

「それは警察がもうやった。もうやった上で手詰まりなんだ。」

「個性届け、あるいは出生届が出ていない裏関係の子供...」

 

俯きながらも北風さんは言った。

 

「ごめんなさい、私が犯人を思い出せていれば済んだ話なんですけれど、思い出せなくて。」

 

そんな北風さんの心情を慮ってか、あるいは単に意見が欲しかったのかバブルビームさんは北風さんに言った。

 

「北風さん、もう一度警察に言った事を自分たちに話してくれませんか?こちらのメグルは催眠系の個性を持っています。なにか新しい意見が得られるかも知れません。」

「お願いします、北風さん。何でもいいから情報が欲しいんです。」

「わかりました。とは言っても言える事なんて殆ど何もないんですけどね。仕事帰りに子供に声をかけられたと思ったら3日も経っていたって感じなんです。ごめんなさい。」

「3日間も休んだって事は仕事関係の人から何か聞けませんかね。」

「警察の方もそう思って確認したそうなんですが、私が体調悪いので有給使うと言ったそうなんです。」

「...待ってください、3日も仕事を休ませて犯人は何がしたかったんでしょう。」

「わかりません、何も覚えていないんです。」

「...個性による催眠を試してみて良いですか?」

「ええ、それが犯人逮捕に繋がるのなら。」

 

北風さんに目を合わせ写輪眼を発動する。『思い出せ』と。

 

「催眠はかかりました、どうですか?」

「...いいえ、さっき言った以上の事は何も思い出せません。」

「こっちでも手詰まりだね...一旦気分転換だ、コーヒーでも買ってくるよ。」

 

バブルビームさんの買ってきたコーヒーで一旦休憩を挟む。

 

こういう時の基本は犯人の気持ちを考えることだ。自分は幸いにも同じ洗脳系の個性であり子供だ。思考は高い精度でトレースできるだろう。

何が欲しくて犯罪を犯したのかそれを考えるとある考えが浮かんできた。

 

「...バブルビームさん、家宅捜索って警察に頼めます?」

「人死にとかは出てないから理由次第だね。何か思いついたの?」

「俺が犯人で、身寄りの無い子供なら何が欲しいか考えてみたんです。欲しいものといえば着るもの、食うもの、寝る所の3つです。となると...」

「犯人が3日間一緒に住んでいたという可能性か!それなら家宅捜索すれば犯人の毛髪あたりが採れるかも知れない!それに監視カメラあたりから犯人の顔が撮れるかもだよ!」

「とはいえ可能性でしかありません、それにこの考えだと北風さんを殺そうとする理由がわからなくなるんです。個性の時間制限とかも考えたんですが、洗脳解いた時に完全に記憶が無くなる訳ですから普通に逃げればちょっと奇妙な出来事くらいで済むと思うんです。」

「...メグル、ヴィランの思考をトレースしようとするのは良いけれどまだ自分のまともな価値観が混ざってるよ。本物のヴィランってのは理解も納得もできない連中なんだから細かい事は考えるだけ無駄無駄。徒労でしかないよ。」

 

そう言ってバブルビームさんは自分たちに移動を促した。

 

「さぁ、家宅捜索を頼みに行こうか。北風さんには悪いけどね。」

「いいえ、犯人逮捕のためなら協力は惜しみません。家宅捜索、お願いします。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

保須市から帰る車の中で、バブルビームさんは自分に言った。

 

「家宅捜索の結果、出てきたらしいよ謎の人物の毛髪が。それも北風さんのパジャマとベッドから。同じベッドで抱きしめさせて眠っていたんだろうね、そんな北風さんを死なせようとするとかマジで意味が分からない。こんなヴィランは久しぶりだよ。

...(ヴィラン)名は決まった。"インサート"だってさ。」

 

インサート、挿入という意味だ。存在しない家族を挿入するという手口から取られた名前だろう。

 

「ヴィラン名が決まったって事は初犯じゃなかったって事ですか?」

「各地での不審な自殺事件で念のため行われていた家宅捜索で出てきた不審人物のDNAと今回北風さんの家から出てきた毛髪のDNAが合致したらしい。発覚しているのは少なくとも4件、連続殺人犯確定だ。」

「...俺たちで捕まえられますかね、インサートを。」

「多分無理、インサートはまず間違いなく保須から離れている。保須を担当している今の僕たちには追いかける権限が無い。」

「でも、追いかけないと次の犠牲者が出るかも知れないんですよ⁉︎」

「それは次の現場の警察やヒーローに任せるしかないんだよ。なんたって僕等は今、犯人がどんな顔で何処へ向かったかも何も知らないんだから。」

「でも...ッ!」

「これ以上今の僕達に出来ることは無いよ。僕達は職業ヒーローとその卵であって神様じゃないんだから。」

 

その一見淡々としたその態度の中にバブルビームさんの強い憤りが含まれているのが分かる。バブルビームさんとて狂気の連続殺人犯を放置などしておきたくはないのだろう。

 

「すいません、生意気言いました。」

「別に構わないよ。ただ1つだけ覚えておいてほしい。

僕達は優先順位を決めて、それを上からどうにかしていく事でしか人を救えない。だから、1人じゃ絶対に救けられない人が出てくる。」

 

その言葉にはバブルビームさんの後悔の詰まった重みがあった。

一人ではどんなに頑張っても助けられない人が出てきてしまう。頑張れば誰でも自分で助けられるというヒーローにありがちで、自分が気付かぬうちに取り憑かれていた万能感を叩き潰す言葉を、バブルビームさんは言葉に紡いでくれたのだ。

その自分の傷を晒しても自分に道を示してくれた姿にバブルビームさんはやはり自分より大人で、ヒーローなんだと思い知らされた。

 

そんなバブルビームさんの言葉だからこそ次の言葉は自分の心の深い所に響いたのだろう。この社会に生きる一人のヒーローとして心に置くべき答えは。

 

「だから、ヒーローは1人じゃないんだ。その事を決して忘れないで。」

 

一人で救けられないなら皆で救けに行けばいい。答えはそれだけの単純なことなのだ。

 

 

「まぁ、この持論は他力本願って言い換えられちゃうから、僕が言ったって言いふらさないでね!」

「台無しですよ!」

 

シリアスのままでは決して終わらせない。バブルビームさんはそういう人である。




誰得な情報ですが、プロット書いてたオリジナル小説はあえなく没となりました。理由は「あ、これCaligulaの影響受けすぎだわ。」と気づいてしまった為です。アニメしか見てないのにここまで侵食してくるとは流石サトミタダシ作品です。

オリジナル書くのって難しいですねー。


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職場体験終了

職場体験編もこれにて終了
思ったより長くなったのは間違いなくバブルビームさんのせい。このキャラ思った以上に書きやすかったです。そんなキャラともインターン編までしばらくお別れ。今まで通りのペースを保てるだろうか...



職場体験6日目

 

念のため写輪眼を発動したままのパトロールを行なったが、インサートにより体内エネルギーを乱された人は発見できなかった。

やはり保須市からもう離れたのだろうか。まだ見ぬ狂気の殺人犯を思うと心が沈んでいくのが自覚できる。それはバブルビームさんも同じだろう。だからこそ今日も背筋は伸ばしてパトロールを行う。今日も街に「ヒーローはいる」と示し続る事が大切なのだ。

 

まぁたまに「ヴィラン潰し、パトロール頑張れよ!」とか声かけられるようになったのはきっとプラスである。そう思わないとやってられるか。

 

「しっかし、もうすぐ職場体験終わりかー...なんかメグルとは長年コンビを組んできたような気がするよ。」

「濃かったですもんねー、この一週間。ヒーロー殺し確保にインサート事件の発見とか。ヒーローの一週間ってこんな感じなんですか?」

「んー、ガチに忙しいときはこのくらいらしいよ。凶悪犯の捕物の日時が3日連続で続いちゃった事件とか昔はあったらしいし。」

「ええ...もしかしてこの事務所ってブラックなのでは?」

「超ホワイトだよ、今は。」

「今がホワイトなら何も問題は無いですね、働く側の俺たちからしたら。」

 

バブルビームさんのスマホのアラームが鳴った。パトロール終了の時間である。

 

「さぁ、車戻るよー。」

「はーい。」

 

もはや見慣れた保須市内をゆっくりと歩いていく。

些細なトラブルすら見つからない、今日の保須市は平和である。

 

「そういや焦凍くんたちの退院って今日だっけ?」

「はい、雄英からリカバリーガールが来て傷を塞いでくれたみたいです。あとは念のための精密検査とからしいのでもう実質治ってるって話ですよ。」

「へぇ、って事は明日の朝のパトロールくらいは参加できるかな?」

「まぁ保須に来るかはエンデヴァーさんの匙加減一つですけどね。」

「来ないだろうね。エンデヴァーさん焦凍くんを手元から離したくないだろうし。クールに見えて結構危なっかしいからね焦凍くん。」

「ですね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エンデヴァーヒーロー事務所の事務室。

すっかり定位置と化した空きデスクにて報告書を書き終えた。今日は大事も小事もなかったのでスパッと終わったのだ。やったぜ。

まぁ人助けとかはパトロール中だと全て記録に残さないといけないので、今日はその分が無かった故に早く終わったのだろう。

 

「バブルビームさん、報告書のチェックお願いします。」

「珍しく早かったね。どれどれ...うん、問題ないね。今日の特訓まで時間あるし休憩室行ってて良いよー。」

 

そう言ったバブルビームさんは、パソコンとにらめっこを再開した。

 

「何か調べ物ですか?手伝いますよ、暇ですし。」

「んー、気持ちは嬉しいんだけどこれHNだからプロ以外には手伝えないのさ。」

「HN?」

「うん、ヒーローネットワークっていうプロ免許所有者専用の情報サービス。全国のヒーローの活動報告が見れたりとか便利な個性のヒーローに協力を求めたりできる結構便利なヤツだよ。」

「便利そうですね、気になるんで後ろで見てて良いですか?」

「駄目です。」

「即答⁉︎」

「そりゃそうだよ。何のためにプロ免許所有者専用にしてると思ってるのさ、情報漏洩を防ぐためだよ?つまり君みたいな卵が見て良いものじゃありません。さ、行った行った。」

 

帰り間際にちらっとだけPC画面を覗き見る。

そこで行われていたのは各地での不審な自殺の報告書の検索であった。何が理由でそんなものを調べていたかは言うまでもないだろう。

バブルビームさんは、自分に可能な範囲でインサートを追いかけているのだ。

 

そんな姿を見せられたら、手助けしたくなるのが人情というものである。プロでない身としては出来る事などネットニュースを詳しく読むくらいしかできないが。それでも不審自殺の起きた地点と地図を照らし合わせれば何かしらの役には立つだろう。

 

「コーヒーでも持ってきます?俺もちょっとパソコンで調べたい事が出来たのでしばらく事務室にいますから。」

「そう?それじゃあお願い。あ、当然ブラックでね。」

「はーい。」

 

尚、自分の行ったインサートの犯行現場と時期の照らし合わせは全く役に立たなかった。どこか目的地へと移動している訳ではなく、無秩序に動き回っているという事だけがわかった。が、それは要するに次の犯行現場の特定が不可能だという事である。

 

バブルビームさんにそれとなく地図を見せて見たものの、プロの視点でも地図から何かを読み取ることはできなかったようだ。

 

ちなみに、この地図を見せた事で自分が画面を盗み見た事がバレた故にバブルビームさんから一発チョップを貰った。割と痛かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2日目の特訓を終えた感想は一つ。

 

集団戦は無理、それに尽きる。

 

特訓であのヴィラン潰し凄えらしいぞ!との情報がどこかから拡散したらしく、今日は見物人が多かった。

彼らに対して「見物するくらいなら役に立て。」とエンデヴァーさんが言った結果ノリの良い方々が自分の特訓に付き合ってくれる事となった。

そして始まる集団戦。一対一では十分な技量を持つに至った自分だが、経験がモノを言う集団戦の立ち回りは酷いものであった。

というか視界外から襲ってくるのは普通反応出来ないでしょう!とエンデヴァーさんに言ってみたところあの人は余裕で対応していた。流石NO.2ヒーローである。

 

「貴様は目が良い。が、逆にそれが足枷となって視界外からの情報を無意識に軽視する事になっているのだろうな。」

 

とはエンデヴァーさんの談である。

 

それからはひたすら集団戦の稽古である。お陰で2対1程度なら一人を瞬殺して一対一に持ち込むという戦術が取れるようにはなった。相手が格下の場合に限るが。

3人以上が相手?無理無理。

 

尚、催眠アリならなんとかなるのでは?と試してみたところ、特に関係はなかった。正面の一人には目を逸らされその隙に後ろから襲いかかられて結局催眠なしの時と同じやられ方である。

 

このままでは埒があかないと意見を募ったところ全会一致で「慣れろ」の一言である。この脳筋どもめ。

 

まぁ理屈は正しいのだ。敵の行動の把握は集団戦の基本なのだから。基本を疎かにしたヒーローの末路は明らかである。死あるのみだ。

 

故に自分の取るべき選択としては一つだ。「慣れるまで殴られ続けろ」である。己も脳筋だったのか。

 

そんな訳で今日の特訓は殴られ続ける事で終わった。

自身の弱点を知れた良い機会だったとあとで考えると思うのだが、特訓してる当時は痛みから思考が鈍化していき最終的には「全員ぶん殴る」くらいしか考えていなかった気がする。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

特訓も終わり、保須市の夜のパトロール。

保須の夜とはこれでお別れかと思うと感慨深いものがある。とはいえ、身体中の痛みでそれどころではないのだが。

 

「どうする、車で休んでても文句は言わないよ?流石にやり過ぎたってエンデヴァーさんの顔にも書いてあったくらいだし。」

「いいえ、休みはしません。万が一にでもインサートみたいな個性の奴が暴れてた場合俺でないと発見はできませんから。多少の無理はしますよ。」

「ヒーロー根性が根付いているねー。流石雄英生、格好いいじゃん。でも、ガチで無理って時はちゃんと言う事。良いね?」

「はい。承知しました、バブルビームさん。」

「それじゃあ、行こうか。」

「はい。」

 

そう言ってプロと卵、二人のヒーローは保須の街へと繰り出していった。

 

ちなみに今夜のパトロールの結果としては酔っ払いの喧嘩の仲裁が一件あった程度だった。保須の夜は平和である。

 

帰り道にて

 

「あ、やっぱ車で休んでおけば良かったって思ってる顔だね。」

「自分の運の無さを信じるなら何か起こると踏んだんですけどね、こうも何も無いとは思いませんでした。まぁ平和が一番なのは分かってるんですけど。」

 

そんな会話があったとか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エンデヴァーヒーロー事務所の仮眠室。

そこを占有していた筈のもう一人、轟焦凍が帰ってきていた。

 

「ただいま、ついでにお帰り、焦凍。腕の調子はどうだ?」

「おう。もう傷は塞がった、問題ねぇ。」

「そうか、何よりだ。」

 

「...ニュース見たぞ、ヴィラン潰し。」

「ありがとよ、影の英雄さん。」

「...何かこそばゆいな。」

「俺もだよ畜生。でも本当にお疲れさん。ヒーロー殺しとっ捕まえるとか大金星じゃん。」

「無かった事になったけどな。」

「それでも大金星だよ。なんたってお前ら全員生きているんだから。しかも保須警察署の署長さんとかいうでっかいコネも得た訳だろ?収支はプラスだって絶対。」

「そんなもんか。」

「そうそう、プラス思考プラス思考。そうでないとヒーローなんてやってられるかって気付いた一週間だったわ。」

 

思い返すのはパトロール中にもらった数多の声援の事だ。ただしその中でメグルと呼ばれた声は無い。

 

「何かあったのか?」

「ヴィラン潰しの名前が広がりすぎてヤバい。誰からもヴィラン潰しとしてしか呼ばれない上にちょっと引かれる。割とめげそう。」

「...まぁお前のやった事がやった事だしな、正直俺たちも若干引いた。」

「待て、お前らなら分かるだろあの黒いののヤバさは。」

「だから一方的にボコりまくった上に足蹴にしたお前がヤバイって思えんだよ。」

「マジか。戦ってる時は何も感じなかったんだけどなー。」

「それはそれでヤバイぞお前。」

「でもあの時はああするしかなかったんだって。」

「いやそれでもあの絵面はやべえだろ。ヴィランの顔面が潰れていく所とか特に。」

 

動画を見直してみた所、ガチで目なしの顔面?は潰れ血が周囲に飛び散っていたのがわかった。あれ?改めて見るとヤバくね?と聞いたところ。だからやべえって言ったろと返された。

これはヴィラン潰しの名が通る訳だわ。

 

「...そういやお前に言ってなかった事がある。」

「ん、何だ?」

「...ありがとな。お前が親父を連れてきてくれなかったら緑谷は羽の奴に連れ去られちまったかもしれねぇ。」

「それなら俺も、ありがとな。お前が緑谷のSOSに気付いてくれたお陰でみんな生きて終わる事ができた。...俺は緑谷のSOSに気付けなかったから。」

「...そこは結果オーライで良いんじゃねえか?」

「...そっか、結果オーライか。ありがとな、焦凍。」

「おう。」

 

「さて、過ぎた事はこれまで!お前、インサートってヴィランについてニュースか何かで見たか?」

「ああ、個性使って1人を自殺未遂、4人自殺に追い込んだっていうヴィランだよな?それがどうした?」

「それ関連の話だ。エンデヴァーとペアだった3日のパトロールの日、この人を見なかったか?」

 

そう言って北風読子さん、インサート事件により自殺未遂に追い込まれた彼女の写真を見せた。

 

「いいや、心当たりはねぇな。この人は?」

「インサート事件の自殺未遂の人だ。犯人の個性で3日ほど記憶が無くなってるから少しでも情報が欲しかったんだがまぁ外れだよなぁ...」

「そういやインサート事件を発覚させたのはエンデヴァー事務所ってなってたな、お前か?」

「ああ、俺とバブルビームさんの2人だ。この件に関しては本当に運が良かったとしか言いようがないけどな。さて次だ、コレを見てくれ。」

 

そう言って焦凍に今朝作った地図を見せた。

 

「インサート事件の起きた時間と場所をプロットした地図なんだが何か気付いた点とかあるか?直感でいい、意見が欲しい。」

「...いや、すまん。バラバラの時間でバラバラの場所だって事しか分からねぇ、法則性とかは見えねぇな。」

「バブルビームさんも俺も同感だ、畜生。

...犯人はさっきの北風さんの話からすると年齢は24歳以下で女。下手したら俺ら世代くらいの可能性すらある。だからまだ子供の俺たちの視点からなら何か違うものが見えてくる筈だと踏んだんだが...空振りか。」

「他の連中にも当たってみるか?緑谷とか八百万とかに。」

「そうだな...ダメ元でクラス全員に流してみるか。」

「スケール広がったな。」

「知恵は多い方が良いってな。」

 

インサートの犯行現場の情報をクラスのSNSに投げてみた。「何か気付いた事があればコメントくれ、情報が欲しい。」とメッセージを添えて。

 

「コレでよし、まぁ学生に分かる事なら警察やヒーローが気付いてるだろうけどな。」

「...いや今更それ言うのかよ。」

「だって事実だし。」

 

ちなみに結果は空振りだった。たった5件の事例では流石の八百万とてお手上げだったようで、「申し訳ありません、団扇さん。」とメッセージが返ってきた。「得にもならないのに、考えてくれてありがとう。」と返した。「当然ですわ、クラスメイトですもの!」と返ってきた。八百万はいい奴すぎると思う。

 

「ヤオモモ大先生でもお手上げだとさ...あー畜生、手詰まりだ。」

「まぁ仕方ねぇだろ、俺らはまだ卵なんだから。」

「...そうだな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、職場体験学習最終日だ。

 

「おはようメグル、ショート。昨日はよく眠れたかい?」

「ええ、バッチリです。」

 

隣の焦凍は無言で頷いた。

 

「それじゃあ今日の予定の確認だ。早朝パトロールは僕とメグルは変わらず保須に、ショートはエンデヴァーさん達と一緒に地元に行く事。それが終わったら昼食食べて君たちは解散だね、昨日のうちにちゃんと帰り仕度は済ませたかい?」

「はい、後は東京土産を買うくらいです。」

「土産なら東京ばな奈がおススメだよー、定番だし、量もあるからクラスの皆に配れるし。」

「ただそれだと他に東京に来てる連中の土産と被りそうで怖いんですよねー。」

「気にしない気にしない、高校生の食欲なら二箱買っても一瞬で溶けるから。さ、メグル行くよ。ショートはここでちょっと待ってて、エンデヴァーさんがすぐ来る筈だから。」

「わかりました、バブルビームさん。んじゃ焦凍、先行ってるなー。」

「おう。」

 

焦凍を置いてバブルビームさんと2人で保須へと向かう。

これで保須へと訪れる機会は当分ないだろう。

 

「最後の保須市のパトロールだよ、何かやりたい事はあるかい?」

「特にありません。普通が一番ですよ。」

「そだね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おかしい、トラブルランナーどころかダイバーなメグルがいるのに本当に普通のパトロールで終わっちゃった。」

「人のことどういう目で見てるんですか、ランもダイブもそもそもトラブルがないんですから...バブルビームさん。」

 

見えたのは一台のバイク。二人乗りで歩道よりに停めているが視線の動きが妙だ。まるで道行く人に狙いを定めているかのようだった。

 

「あのバイクだね、凄い典型的なひったくりだ...実行に移したらタイヤを撃ち抜くから拘束お願い。」

「まぁヒーローの見てる中白昼堂々とはやらないでしょうけどね。」

「...バイクが動いた、このコース間違いない!メグル、走って!」

「馬鹿じゃねぇの⁉︎」

 

道行く女性のハンドバッグをひったくったその二人乗りバイクは、走り去ろうとする前に後輪をバブルビームさんの代名詞"バブル光線"で撃ち抜かれ転倒した。

 

「大丈夫ですか!」

 

と駆け寄るついでに声をかける。

 

「ヒーロー⁉︎」

「嘘だろ、見られてたのか、よ...」

 

2人のひったくり犯は素直に駆けつけた自分の目を見てくれた。

写輪眼発動である。

そういえばこんなに簡単に写輪眼ひっかけられたの久しぶりかもしれないと思ったのは秘密だ。

 

「終わりましたー。」

「やっぱ目が合うだけで瞬殺って良いわ、楽で。」

 

ひったくりの被害者となってしまったと思ったら一瞬で解決していたという珍しい体験をした女性は混乱して。

 

「あの、一体どういう事なんでしょうか?」

 

と尋ねて来た。

なので落ちていたハンドバッグを拾い女性に渡してから

 

「貴方のバッグは無事戻ってきた、そういう事ですよ。」

 

そう返した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

事務所へと戻る車の中

 

「いやー、最後の最後でひったくり犯捕まえるとかやっぱ持ってるわメグルって。」

「ほとんどバブルビームさんの手柄でしょうに、何言っているんだか。」

「僕だけだと2人の拘束までは少し手間取っただろうからね、君がいてくれて助かった。そう思っているのは確かだよ。...しっかし最後までトラブルに突っ込んで行ったねー、メグル。」

「行けって行ったの誰ですか。」

「先に気付いたのどっちだっけ?」

「...バブルビームさんも気付いてた癖に。」

「ハハハ。」

 

相変わらず誤魔化す時は変な笑い方をする人だ。

 

「でもこのコンビも終わりかー、楽しかったよメグル。」

「自分もいい経験させて貰ったと思ってます。それに、楽しかったです。」

「ハハハ、それが一番だよ。さて、雄英って仮免取るの2年だよね。」

「?カリキュラムではそうなってますね。それがどうしたんですか?」

「仮免とった子にはインターンっていう制度があるのさ。職場体験の一歩先、ほぼプロヒーローとしての雇用って感じだね。」

「それってつまり、内々定って事ですか!」

「その通り!君がこの一週間で積み上げた実績ならまず間違いなくウチの事務所は君を受け入れる。来年の体育祭で大ポカしない限りはだけどね。」

「来年の体育祭にかかるプレッシャー!まぁ雄英的にはいつもの事ですけれども。」

「頑張ってPlus Ultraしたまえ、若人よ。」

「何様ですかバブルビームさん。」

「ヒーロー様だよメグルくん。」

「あ、その返し好きかも知れません。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼食は、自分と焦凍、エンデヴァーにバブルビームさんと一緒に何故か出された高そうな蕎麦をつついていた。

 

「なぁ蕎麦マイスター焦凍、この蕎麦って高いヤツか?」

「なんだその称号...まぁいい、この蕎麦は雪村蕎麦っつう蕎麦粉8割小麦粉2割の本格派生蕎麦だ。生蕎麦ってのは蕎麦粉が3割入ってれば生蕎麦って言っていいんだが、この雪村蕎麦はその法律をガン無視してひたすら美味い比率に仕上げた事が特徴だな。」

「なるほどなー、つまり高い蕎麦か。いいんですかエンデヴァーさん、俺みたいなのに食わせて。」

「フン、別に構わん。貴様はこの一週間で十二分にこの事務所に貢献した。その労いのようなものだ。」

「だってさメグル。トップからのお達しだよ、存分に食べるといいさ。」

「それじゃあ遠慮なく頂きます。」

 

蕎麦は美味かった。

 

「それでエンデヴァーさん、なんだって俺たちと食事なんてしてるんです?何か俺たちに言いたい事でもあるんですか?」

「...いいや、単にこの職場体験の総括を伝えようと思っただけだ。」

「聞くのがちょっと怖いな、焦凍。」

「別に大した事言われないだろ。」

「まず焦凍、お前は良くやった。ヒーロー殺し確保の件もそうだが、どこぞの馬鹿と違い普段のパトロールではきちんと指示を守り、市民に安全を示した。及第点だ。」

 

焦凍はその言葉に舌打ちで返した。お前...

 

「そしてメグル、お前は...馬鹿だな。」

「いや、否定できませんけどもう少し言い方って奴を...」

「だがその観察力と行動力には目を見張るものがある。そして保須事件の時に見せた戦闘力の高さも合わせて考えると2流のプロとしてなら今すぐにでもやっていけるだろう。」

「よかったじゃんメグル、褒められてるよ!」

「これ褒められてるんですか⁉︎」

「フン、あとは訓練の時に露呈した集団戦に弱いという弱点をどう克服するかだ。精々精進しろ。」

「承知しました、エンデヴァーさん。」

 

ヒーロー殺しステインの影響やインサート事件など、まだ見ぬヴィランの脅威はあるもののひとまず職場体験学習はこれにて終了である。

 

「さて、帰るか焦凍。」

「ああ、そうだな。」

 




エンデヴァーはもっと面白く書きたかったですねー。蕎麦屋の貸し切り予約したのに焦凍ににべもなく断られる様とか、焦凍の前だとサイドキックの皆に一目瞭然なほど張り切る様とか。
挿入できる場面を無理に作るとなると今以上に無理矢理な展開になるのでスパッとカットしてしまいましたけどねー。


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期末テスト編
コスチュームβ慣熟訓練


主人公のコスチュームに装備が少なかったのは要所要所でパワーアップをしていくためです。
というわけでコスチューム強化編第1弾です。


職場体験を終えたその翌日

生徒たちは一週間の職場体験の話で持ちきりだった。

 

まぁ爆豪が8:2になっていたり、麗日が格闘に目覚めていたり、峰田がMt.レディの所でトラウマを得ていたりが大きな変化だったが注目を集めたのはある1人であった。誰だって?言わせんな畜生。

 

「よ、ヴィラン潰し!」

「畜生、やっぱり教室でもそう呼ばれるのかい。」

「動画見たよー!凄い動きだったよー、最後はアレだったけど。」

「最後アレ言うな、アレしかなかったんだよ。」

「でも凄かったぜ団扇!戦ってたのUSJに来てた奴の仲間だろ?そんな奴を倒すとか大金星じゃねぇか!」

「切島...ありがとう。なんか初めてヴィラン潰しとか嫌な枕言葉つけられずに褒められた気がする。」

「まぁ最後グロかったのは同意だけどな。」

「上げて落とすタイプかこの野郎。」

「まぁ団扇が妙な目に合うのはいつもの事だし。」

「畜生、言い返せねぇ。」

 

そんな会話をしながら自分の席に荷物を置き、皆に宣言する。

 

「さて...東京土産だ!東京ばな奈持ってきたぞー!」

 

「ウェーイ!」

「私好きなんだよねー。ありがとー!」

「メルシィ☆ま、僕のキラメキにはちょっと似合わないけどね☆」

 

「俺と轟に感謝しろよー、これ轟と割り勘だから。」

 

「ありがとー轟!」

「感謝する。」

「ありがとよ、轟!」

「おう。」

 

「そう轟!お前ら大変だったよなヒーロー殺しの件!」

「命があって何よりだぜマジでさ。」

「エンデヴァーが救けてくれたんだってな!流石NO.2だぜ!」

「...そうだな、救けられた。」

「うん。」

 

尾白は言った。ヒーロー殺しへの恐怖を押し殺しながら。

 

「俺ニュースとかで見たけどさ。ヒーロー殺し敵連合ともつながってたんだろ?もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ。」

 

そんな尾白に上鳴は軽率に言ってしまった。

 

「でもさあ、確かに怖えけどさ尾白動画見た?アレ見ると一本気っつーか信念っつーか、かっこよくね?とか思っちゃわね?」

「上鳴くん...!」

 

緑谷の声で自分が軽率な事を言ったと自覚した上鳴は

 

「あっ...飯...ワリ!」

 

と素直に謝った。

それに対して飯田は、傷の残った左腕を眺めながら言った。

 

「いや...いいさ。確かに信念の男ではあった...クールだと思う人がいるのも、わかる。

ただ奴は信念の果てに"粛清"という手段を選んだ。どんな考えを持とうともそこだけは間違いなんだ。」

 

飯田は掲げた右手をビシッと伸ばすいつもの動きをしながら宣言した。まるで暗いものを吹っ切るかのように。

 

「俺のような者をもうこれ以上出さぬためにも!!改めてヒーローへの道を俺は歩む!!!

さぁそろそろ始業だ、席につきたまえ!!」

 

その姿は格好いいと素直に思えるものだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一週間ぶりのヒーロー基礎学の時間、ヒーローコスチュームへと着替えた自分達は運動場γへと集められていた。

今日の訓練は救助訓練レースだ。この迷路のような訓練場のどこかにいるオールマイトが出した救難信号を辿って助けに行く順位を競う遊びの要素を含んだ訓練である。

 

自分は1組目の緑谷、尾白、飯田、芦戸、瀬呂との組み合わせであった。

個性の強さだけを考えると瀬呂、緑谷、飯田の3人に勝つのは難しいだろうがこの会場は迷路となっている。ならば救難信号から最適なルートを選択できれば勝機はあるだろう。

まぁ、この運動場の地図など把握している訳もないので机上の空論な訳だが。

さて、ほぼ負け確のレースだとしても頑張らない理由にはならない。こういう時の校訓、Plus Ultraだ。

 

「START!」

 

とりあえずダッシュで救難信号の元へ駆ける。上空を飛ぶように動く緑谷と瀬呂は羨ましいが無視だ。

前を走る飯田からどんどん離されていく、上への機動力を持つ尾白や芦戸にも離されていく。

どうするべきかと焦りを感じ始めた時、上から緑谷が落ちて来た。

受け止めようと咄嗟に体が動くも緑谷とはかなり距離が離されているため手は届かなかった。

 

「大丈夫か?緑谷。」

「大、丈夫ッ!」

 

緑谷は痛みを無視して再び立ち上がり、救難信号へ向けて跳んで行った。

 

ちなみに大幅にタイムロスした緑谷にさえ離された結果、自分の順位は当然の最下位であった。

 

 

「フィニーッシュ!」

 

地面にうつ伏せに倒れる俺と緑谷。緑谷は落下のダメージから、自分は体力を出し切った疲労からだが。

 

「一番は瀬呂少年だったが、皆入学時に比べて個性の使い方に幅が出てきたぞ!!個性がこのレースに向かなかった団扇少年は...ドンマイ!」

「...課題と思って精進します。ドントマインドなんて言ってられる結果じゃないので。」

「タイムだけ見れば結構良かったから気にする必要は本当にないんだぜ?だがその考え方はグッドだ!団扇少年に限らずその調子で期末テストへ向けて準備を始めてくれ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

更衣室にて。

 

「なぁ焦凍、お前コスチュームの改良ってパワーローダー先生のとこ行ったんだよな?」

「ああ、そうだ。なんかコスチューム変えんのか?」

「身につけられる鏡が欲しかったってのと、今回の件で身に染みた機動力を確保できるサポートアイテムがないかを相談してみる感じだわ。」

「お前タイムは悪くなかったんだからそんなに気にする必要はねぇと思うぞ?マジで。」

「んー、そうなんだけどさ。」

 

思い出すのは二つの事。

今日の訓練で目に見えるところに落ちて来た緑谷を助ける事ができなかった事。

もう一つは、入試の時麗日を救けるために走り出しても結局何も出来なかったという事。

どちらも原因は明らかだ。自分にはスピードが足りないのだ。

 

「助けを求める誰かの元へ駆けつけようとして"間に合いませんでした"じゃすまないだろ。」

「...確かにそうだな。」

「そういう訳でアイテムでなんとかなりそうならなんとかしたいと思う訳よ。」

「そうか、頑張れよ。」

「おう。」

 

そんなしんみりムードをぶち壊したのはクラス1の性欲魔人、峰田実の悲鳴だった。

 

「あああ!!!!目から爆音がああああ」

「ちょっと目を離した隙に妙な事になってるッ!」

「自業自得だ、言わんこっちゃない!」

 

「ちなみにどんな状況?」

「峰田が女子更衣室への覗き穴を見つけたのだが、そこに耳郎のイヤホンジャックが飛んで来たようだ。」

「容赦ねぇな耳郎の奴、なるべく怒らせないようにしよう。」

「同感だ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

帰りのホームルームで林間合宿が告知されるも、期末テストで赤点取ったものは学校で補習地獄という通告がなされた。

 

とはいえ期末試験までにはまだまだ時間がある訳なので、今のうちにからしっかり勉強していれば筆記で赤点を取ることはないだろう。

ちなみに実技試験は、ボランティア仲間だった中学の先輩で今は雄英の普通科に通っている丸藤先輩に聞いてみたところ、ロボ相手の実践演習だとのことである。大問題だよ畜生。

クラスの皆にその情報を拡散したところ喜び10割だった。皆あの入試を突破している訳だしそらそうよね。

 

そんな訳で対ロボ用の装備も必要かなーなどと思いながら鉄の扉の前に立つ。パワーローダー先生の工房だ。ノックしてみたところ「やめろ、今は入るな!」と言われた。え?

 

ドンジャララ、ズゴーン、ドギャーン、バキバキバキ、ドジャーン

 

多種多様な物が壊れる音がした。これ中に入って止めるの手伝うべきだろう。そう思いもう一度ノックをしてみたところ

 

ドアが、こちらに倒れて来た。

 

とはいえ自分はヒーロー科、この程度のアクシデントはいつもの事である。ドアを支えるように力を入れ、声をかける。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

「おう、なんとか収まった。この馬鹿、また妙な失敗作を作りやがって。」

「フフフフフ、失敗は発明の母ですよパワーローダー先生。」

「とりあえずこの扉戻して良いですか?」

「おう、頼むわ。」

 

扉を戻し、ぐちゃぐちゃに散らばっている様々なアイテムを棚とかに戻してから名乗る。

 

「ヒーロー科の団扇巡です。コスチューム改良の相談があって来ました。」

「もうコスチューム改良か、随分と性急だな。」

「そうなんですか?友達にもう改良した奴がいるのでそう早くはないと思うんですが。」

「ああ、轟くんだね。成る程、彼からここの事を聞いたのか。」

「はい、それで改良の件なんですけど、相談しても良いですか?」

「ああ、かけてくれ。」

 

そうして差し出された椅子に座る自分。自分の椅子に座るパワーローダー先生、そしてデスク近くの机にかける発目。

 

「おい発目、何しれっと参加してる。」

「フフフフフ、コスチューム改良気になりますので!」

「良いですよ自分は、三人寄れば文殊の知恵って言いますし。」

「君が良いなら良いんだけどね。それじゃあコスチュームの説明書だして、細かい点ならちゃちゃっと修正できちゃうから。」

「どうぞ。あ、それなら砂鉄入りのグローブに鏡をつけたものとか追加出来ますか?とりあえず期末試験には必要な装備なんでこっちは急ぎでお願いします。」

「そのくらいなら大丈夫。でも鏡ってのは何のために?」

「自己催眠で脳のリミッター解除って技を持っているんで、その発動のためですね。」

「成る程、ならそんなに大きく無くて良いのね。」

「お願いします。とはいえこっちは前座みたいなものなんですけどね。」

「前座?」

「お、ようやく本題ですか、待ちくたびれましたよ!」

 

こほんと一度咳払いを挟む。

 

「機動力を得るためのサポートアイテムが欲しいんです。自分の個性だと機動力はどう頑張っても鍛えられない訳なんで。でもサポートアイテムでどんな事が出来るのかはわからないのでこっちは相談レベルなんですけどね。」

「成る程機動力か、よくある話だね。」

「あ、やっぱ先輩がたにも悩んでる人はいるんですね。」

「そらそうよ、ヒーローの永遠の課題だもの。」

「それならば!良いベイビーがありますよ!」

「ベイビー?」

「コイツは発明の事をそう呼ぶのさ。」

「ええ、体育祭で使ったベイビーを改良したものに、ピッタリなものがあります!ザ・ワイヤーアロウです!」

「お、格好いい名前だ!」

「はぁ、それかぁ。」

「ええ、体育祭の時よりも巻き取り速度やコントロール性能を強化してホバーソールの補助なしでも目的地まで行けるように改良したのです!」

「おお!」

「ただ、巻き取り速度を速くしすぎて並みの反射神経では扱いきれないじゃじゃ馬とかしてしまったんですけどね!」

「...ちょっと試してみたいな。反射神経には自信があるんだ。」

「おお、流石ヒーロー科!是非ともテストをお願いします!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やってきたのはサポート科が試験の為に使っている森である。

 

「さあ、私のドッ可愛いベイビーを使いこなして見せて下さいな!」

「とりあえずそこの木を的にして、発射!」

 

ワイヤーアロウは問題なく木に刺さった。

 

「さあ次は巻き取りです!」

「おうとも!」

 

肩についてる巻き取りスイッチをオンにする。すると結構なGとともに自分は木に向けて高速で近づいていった。とはいえまだ対応圏内のスピードだ。

木にぶつかる寸前に巻き取りスイッチをオフにして足でクッションを作る。着地成功。

振り返ると10メートル近くを一瞬で移動していた、凄まじいぞこのワイヤーアロウ。

 

「凄え、思った以上のスピードだった。これを使いこなせれば俺は一段上に行ける気がする!」

「私も私のベイビーを初見で完璧に使いこなされるとは思いませんでした!やりますねヒーロー科の人!」

「団扇巡だよ!まぁ俺の名前はどうでも良い、このワイヤーアロウについてだ!操作系統を腰に纏めるとか出来ないか?射出したワイヤーアロウを引っ掛けてから肩の巻き取りスイッチに触るってのは咄嗟の操作では難しそうだ。」

「射出と巻き取りを同じコントローラで行いたいという事ですね!分かりました!」

「とりあえず俺はもうちょいこのワイヤーアロウのGに慣れるために数こなしてみる。なんか気になる点が出てきたらすぐ止めてくれ。」

「分かりました!」

 

2人だけの特訓の世界に入り始めた巡と発目。パワーローダー先生は思わず

 

「団扇巡...あの発目のピーキーな発明をあそこまで使いこなすとは...流石ヴィラン潰しと呼ばれるだけはある実力者だということかな。」

 

と呟いたとか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから3日後

 

「完成しましたよ!新コスチュームが!」

 

との発目からのメッセージを受けて向かったのは運動場γ。

新コスチュームのテストにはうってつけの試験場である。パワーローダー先生に立ち会いをお願いしたのでコスチューム着用も問題なし。

 

新コスチュームの装備を確認する。

いつも通りの黒コート。

砂鉄入りグローブ、手の甲に丸く鏡が付いている。

肘、膝、脛を守るプロテクター

そして新コスチュームの目玉ワイヤーアロウ。

 

前の黒コート以外殆ど何もないコスチュームと比べたら雲泥の差である。要望って大事だわ。

 

「さあさあさあ!我がベイビーを内蔵したその新コスチュームの力を!見せてください私に!」

「ああ!つってもその位置からじゃ見えなくねぇか?」

「安心してください、監視用のドローンを配置してますからここからでもきちんと見れますよ!」

「それなら安心だ、始めるぞ!」

 

先日の訓練の時と同じスタート地点に着く。

目的地も同じビルの屋上だ。

 

腕時計のストップウォッチ機能を起動させ計測をスタートする。

訓練の個人的リベンジを始めよう。

 

地上からビルの屋上へとワイヤーアロウを打ち込み全速で巻き取る。

壁に足がついた時点で巻き取りを停止させ、その慣性を使って上へと駆け上った。

ビルの登頂までかかった時間は5秒、良いタイムだ。

 

次の目的地のビルまでは距離がある。このワイヤーアロウの射程距離25メートルでは単発では届かないと踏んだので某蜘蛛男的な移動を試してみる。

 

右のワイヤーアロウを右前方に打ち付けてビルから飛ぶ。

振り子運動で大きく距離を稼いでから左のワイヤーアロウを射出し右のアロウを回収。再び振り子運動で距離を稼いだのち右アロウを射出しビルの屋上へと登る。

 

タイムは合わせて20秒、地べたを走っていた時とは比べ物にならない。

 

オールマイトがいたビルまではあとひとっ飛びだ。

 

なので試していなかった両方のワイヤーアロウの同時射出をやってみる。

速度は変わらないが力が両側に分散するので負担は軽くなった。が、片側射出でも大して負担はなかったので使う事はあまりないだろう。

 

着地成功。タイムは合計で25秒、瀬呂の出した35秒というタイムを余裕で超えた大記録だ。

 

ちょっと感動してたら発目から電話がかかってきた。

 

「ヒーロー科の人、ナイスでした!私のドッ可愛いベイビーの使用感はどうでしたか⁉︎」

「今のところは問題なし、腰にまとめた操作系も扱いやすくてグッドだ。ただ耐久性が心配だな。初使用だから機械に負担をかけない飛び方がイマイチ分からん。」

「そのベイビーに使われてる素材は強化炭素繊維です、人1人の重さ程度ではどんな使い方してもビクともしませんよ!」

「いやワイヤー自体は丈夫なのはわかるんだけどアロウの引っ掛かりの部分とかワイヤーの巻き上げする部分とか荷重かかるだろ、その辺がちょっと不安でさ。」

「そのベイビーは人を抱えた状態での試験も4時間連続稼働可能という結果を示しました!本体部分、ウィンチ部分、アンカー部分ともに耐久性に問題はノーですよ!」

「そうか、それは心強いな。とりあえず慣らし運転感覚でもうちょい試してみる。なんかテストのオーダーはあるか?」

「それなら両方のワイヤーアロウの巻き上げ速度を調整しての空中機動をお願いします。理論上可能だってのはわかっているんですがテスターの方が匙を投げた難しさだそうで。」

「了解だ、発目。」

「お願いしますね、ヒーロー科の人!」

 

屈伸とアキレス腱伸ばしで軽くストレッチ。

 

「さて、行きますか!」

 

次の目的地は決めていない。時間制限ギリギリまでこの運動場γを自由に飛び回ってみよう。

 

差し当たっては発目から依頼されていた両方のワイヤーアロウの巻き上げスピードを変更しての立体機動だ。

 

できれば相当格好良いぞ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「正直もっとバカスカ落ちるだろうなと予測していたんですがなかなかやりますねヒーロー科の人、一度も落ちていませんよ。...おや、空中機動を若干ですが行えてますね、」

「物凄く器用なんだね、あの子は。サポートアイテムのテスターとして見ても相当優秀だよ。...発目、これからの3年間でお前の作ったアイテムを一段上に上げてくれるのはああいう子だ。仲良くしておけ。」

「ええ、分かりましたパワーローダー先生!あの...団扇マグロさんとはしっかり仲良くさせてもらいますとも!」

 

左のワイヤーアロウを使った振り子の要領で発目たちの元へと着地する。

そして文句を一言。

 

「巡だよ!誰がマグロだ!死ぬまで泳ぎ続けたりはしねぇよ!」

「おや、マグロさん。お早いお帰りですね。」

「...あれ、これもうマグロで定着した奴ですか?」

「...諦めろ、コイツはそういう奴だ。んでどうしたんだ?」

「右のから異音がし始めました。立体機動試してからです。チェック頼みます。」

「おや、本当に良いテスターだね。ちょっと見せてみな。」

「お願いします、パワーローダー先生。」

「私も見ます、ベイビーの問題は私の問題でもありますので!」

 

まずは異音の確認。射出したワイヤーアロウを巻き取るときに何かが削れるような音がしたのだ。

 

「うん、何かがウィンチ部分に入り込んじゃったのかな。分解清掃で直る程度のモノだと思うから心配はしなくて良いよ。」

「その状態で稼働させ続けるとどうなります?」

「うーん、ウィンチ部分に入り込んだモノの大きさや硬さによるね。小石とかなら巻いてるうちに擦り潰れるから大丈夫、でも金属みたいな硬いモノだったらウィンチ部分に深刻なダメージになるかもって感じ。」

「つまり異音がし始めたら緊急使用以外は使わない方がベターってかんじですか。」

「そうだね。んじゃ、パパッとやっちゃうから一旦本体外してね。」

「はい。」

 

取り出した本体に飛びついたのは当然ように発目であった。

 

「さぁ、私の可愛いベイビー、故障箇所を見せて下さいね!」

「凄い手際の良さ⁉︎」

「サポート科をコイツ基準で考えないでくれよ?コイツはある種のアレだから。」

「そこ素直に褒めて良いんじゃないですか?」

「いやだってコイツ調子乗るし。」

「...見つかりましたよマグロさん!この服のボタンが異音の原因だったようです!」

「メグルな、てかこのボタンって...コートのボタンが一個取れてたわ。」

「巻き取りの際に引っかかってしまったのですかね?とはいえボタン程度でどうにかなるベイビーではありません。同じ異音でも今度は無視して大丈夫ですよ!さあさあさあ!テストを再開して下さいな!」

「了解だ。」

 

再び始めるコスチューム慣熟訓練

運動場γを借りている訓練時間はあと30分だ、1秒たりとも無駄にはできない。

 

そう思い、再び飛ぶ。周囲の景色が凄いスピードで後ろに流れていく。自分が風になったかのような気さえする。

瀬呂っていつもこんな風景を見ていたんだろうか、ちょっと気になったので明日にでも聞いてみよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

帰り際、携帯に扉さんから連絡が入った。

なんでも、起訴中に別件起訴を食らって裁判が長引いていた我が親父の判決が下ったのだそうだ。

判決は禁固3年、前科があるので執行猶予はなし。予定していた最良の結果である。流石敏腕弁護士の綾里さんだ、当分足を向けて寝れそうにない。

禁固3年ということは仮釈放は2年で済む筈なので高3の時には一緒に暮らせるだろう。

そう思うとかなり嬉しくなって、思わずガッツポーズをしてしまった。

 

 

 




裁判フェイズはカットです。何故って?司法関係の設定が本編でまだ出てないからです。独自設定で裁判ネタやるのは危険すぎるとの判断です。日和ってすみません。

それだけではアレなのでウルトラアーカイブ的設定

団扇巡
HERO NAME メグル

数奇な運命の果てに雄英に入学した倍率300を超えられなかった少年。
成績も良く運動もできる優等生の筈なのだがとにかく運が悪い。この短期間でヴィランに遭遇しまくる様は何か持ってるとは職場体験で一緒だったヒーローの談。お祓いに行くべきか真剣に悩んでいる。

個性 写輪眼

目を合わせた相手への催眠と身体エネルギーの流れを見る能力の複合個性。8年もの間磨き続けた催眠の腕は超一流だ!

PERSONAL DATA

所属:雄英高等学校ヒーロー科1年A組
出身:私立落花生中学
Birthday:4月2日
Height:172cm
血液型:AB型
出身地:千葉県
好きなもの:MAXコーヒー、チョコレート
戦闘スタイル:近接格闘

HERO’S STATUS

パワー C
スピード B(コスチューム装着時A)
テクニック A
知力 B
協調性 A

ウルトラアーカイブ特有のガバガバステータスなので信用はしないように。

団扇巡のヒーロー適正

過剰にすらなりがちな人助け精神
職場体験学習という学校行事の中でさえも困った人を見ると体が自然と動くタイプ。だがその人助けがあまり報われる事はない。

ヴィラン潰しという異名
敵に対して全く容赦をしない残虐ファイトっぷりから付けられた異名、本人的には気にしまくってるが残虐ファイト癖はおそらく直す気はない。だって手加減とかできるほど強くないし...

知人の声 発目明
私のドッ可愛いベイビーを十二分に使いこなしてくれる良いテスターさんです!実はマグロさんに試してほしいベイビーがあるので後でご連絡しますね!

プロヒーローの声 エンデヴァー
フン、馬鹿なガキだが見所はある。広い視野と観察力で助けを求める人を見つけ駆けつける様はどこぞのヒーローを思い出すので不快だがな。だが焦凍の成長を促すにはああいったタイプの人間との付き合いも必要だろう。期待しているぞメグル。


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授業参観

雄英白書1、授業参観編。

雄英白書はなかなか面白かったのでヒロアカ好きなら是非買うべき。という露骨なダイレクトマーケティングを挟んでみる


職場体験が終わり、やってくる期末テストにそれぞれが備えはじめた春と夏の間の穏やかに晴れたとある日

 

今日の授業は垂直式救助袋やヘリなどの救助器具を使った避難訓練の授業であった。

 

「ヘリに吊られる経験ってなかなか無いよな。」

「うん、でも風を切る感覚がちょっと気持ち良かったかも!」

「麗日は個性の関係上凄くお世話になりそうだよな、ヘリって。」

「うん、だから今日の授業は為になった!ちゃんと復習せんと!」

 

そんな話をしていると相澤先生が教室に入ってきた。瞬間皆が席に戻り背を伸ばす。その様を一番後ろの席からみると、「調教されてきたなー」と感じた。

 

「はい、おつかれ。早速だが再来週、授業参観を行います。」

 

どこからか「授業参観ー⁉︎」と声があがる。

 

「プリントは必ず保護者に渡すように。で、授業内容だが保護者への感謝の手紙だ。書いてくるように。」

 

その発表に教室は一瞬静まり、それからドッと笑い声が響いた。

 

「まっさかー、小学生じゃあるまいし!」

 

明るい調子で上鳴が言った皆の総意を、相澤先生がぶった切る。

 

「俺が冗談を言うと思うか?」

 

相澤先生の静かな威嚇に瞬時に静まり返る教室。

 

「いつもお世話になっている保護者への感謝の手紙を朗読してもらう。」

 

どうやら本気だと悟った皆は困惑を隠せないようで

 

「マジでー⁉︎冗談だろ!」

「流石に恥ずいよねぇ...」

 

と零した。

そんなざわつく中、飯田がさっと立ち上がり叫んだ。いつも通り腕をブンブン回しながら。

 

「静かにするんだ、みんな!静かに!静かにー!」

 

「飯田ちゃんの声が一番大きいわ。」

「ム、それは失礼。しかし先生、みんなの動揺ももっともです。授業参観とはいつも受けている授業を保護者に観てもらうもの。それを感謝の手紙の朗読とは、納得がいきません!もっとヒーロー科らしい授業を観てもらうのが本来の目的ではないのでしょうか⁉︎」

 

鼻息荒く話した飯田に、相澤先生が答えた。

 

「ヒーロー科だからだよ。」

「それはどういう...」

 

相澤先生がクラスを見回し、話し出す。

 

「お前たちが目指しているヒーローは、救けてもらった人から感謝されることが多い。だからこそ、誰かに感謝するという気持ちを改めて考えろって事だ。ま、プロになれるかどうかまだわからないけどな。」

「...なるほど!ヒーローとしての心構えを再確認する、そしてヒーローたる者、常に感謝の気持ちを忘れず謙虚であれ、という事を考える授業だったのですね!納得しました!!」

「納得はやっ」

 

飯田の変わり身の早さに苦笑しながらも、クラスはあきらめ承認ムードだ。

なんでもありなヒーロー科、いちいち動揺して立ち止まってはいられない。

 

「ま、その前に施設案内で軽く演習は披露してもらう予定だが。」

「むしろそっちが本命じゃねえ⁉︎」

 

相澤先生の言葉に、上鳴が全員の心の声を代表して叫んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「団扇、お前に少し話がある。付いて来い。」

「?分かりました、聞きたい事もあるので。」

 

「質問なんですが、授業参観って血縁とか繋がってない人呼んでも大丈夫ですか?お世話になってる人がよく考えなくても他人なんで。」

「ああ、事前に言う分にはその辺は考慮してやる。お前は妙な人生を歩んでる訳だからな。」

「ありがとうございます。でも妙な人生って酷くないですか?」

「事実だろうが、さぁ入れ。」

 

ノックを2回、「失礼します」と声をかけて入るのは職員室。

「オーウヴィラン潰しじゃあねぇか!説教か?」というプレゼントマイクの声は相澤先生のひと睨みで収まった。というかヴィラン潰しって教師陣にも広まってることに少し絶望を感じる今日この頃である。

 

「さて、話ってなんですか相澤先生。」

「授業参観の話なんだが、その前に確認だ。お前の身体エネルギーを見る目だが、それは俺たち教師が変装した場合でも見抜けるのか?」

「ええ、変装しようが変身しまいが人固有の身体エネルギーの色ってのは変わりませんから。日頃見ている先生がたやクラスの連中くらいは特殊メイクされようが見抜ける自信はあります。」

「なるほど、なら仕方ない。お前には先にネタばらしだ。」

「...嫌な予感がするんで聞かなかったことにしてもよろしいでしょうか。」

「駄目だ。」

 

「授業参観の日だが、お前たち生徒には保護者を人質に取られた状態での訓練を受けて貰う。ただしその事は訓練が終わるまで他言無用だ。」

「つまり訓練中に犯人が先生の誰かだって気付いても言わずに成り行きに任せろって事ですか?」

「いいや、訓練の筋書き通りに全力で対処しろ。訓練だとわかってるからって手を抜いたり、人質を軽視した行為を見つけたらマイナス評価を付ける。いいな?」

「...分かりました、つまり知らないふりをしながら全力で訓練に挑めと。」

「そういう事だ。さて、戻る前にお前が授業参観に呼びたい方の連絡先書いてけ、保護者方には俺が電話で訓練の事を伝える。」

「...この事を聞いたら途端に呼びたくなくなってきたんですが。」

「呼べ。保護者代わりの人なんだろ、なら成長した姿ってやつをしっかり見せてやれ。」

「...はい、わかりました。」

「ならいい、さっさと帰れ。」

 

この話を纏めると、自分だけドッキリ内容を知らされてしまったのに知らないふりしてドッキリにかかれという無茶振りをされたという事で間違ってないだろう。なんで俺にだけこんな試練が訪れるのか...

 

自分の演技力でクラスの皆を騙し切れるだろうか...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんな訳でやってきました授業参観当日、時間になっても相澤先生が現れない、ナンデカナー。

 

もういい時間なのに保護者の人達も誰も来ないナンデカナー。

 

相澤先生からメッセージが来た。「模擬市街地に来い」とのこと、ナンデカナー。

 

正直だいたいのことに想像がつく。時間になっても相澤先生や保護者の方々がやって来ないのは模擬市街地にて人質の打ち合わせをしているからだろう。そしてその準備ができたからこそ自分たちを呼んだのだと。

 

気が、重いッ!

 

バスの中で轟に「大丈夫かお前?」と聞かれた。コイツ天然の癖に鋭いんだよなぁ。「いやちょっと扉さんが何かやらかしてないか心配で。」と誤魔化す。

 

「扉さんってのはお前の保護者か?」

「そ、現在就活中の24歳。今一人暮らしになってる俺の事を心配して色々世話を焼いてくれる良い人だよ。ただちょっとイタズラ好きな所があるから何かしでかしそうで怖いのさ。」

「そうか...お前のお袋さんは来れなかったのか?」

「ああ、再婚相手の連れ子さんの授業参観が被ってな、そっちを優先させた。」

「お前んちって複雑な家庭だったなそういや。」

「複雑なだけで、産んでくれた母さんも育ててくれた親父も悪い人じゃ無いから何も問題はないさ。」

「そうか。」

「そうだよ。さて、そろそろ着きそうだ。準備は大丈夫か?」

「ああ、ちゃんと手紙は持ってる。問題はねぇ。」

「それなら安心だ。」

 

誤魔化しきった。

 

この辺で"別に普段通りでも大丈夫じゃね?"と気付いた。何せ隠し事の多い人生故にナチュラルに嘘を付くのは慣れたものなのである。

考えてて悲しくなってきた。

 

そんな陽気に考えられていたのはこれまでである。

 

ビルを破壊して作られた空き地。

そこに見えるのは大きな穴、半径数十メートルはある。

そしてその穴の中央にポツンと取り残された大きなサイコロの様な檻。浮いているように見えるのは丸かじりして残されたリンゴの芯のように削り残された塔のような地面の上に檻が置かれているからだ。

 

この時点で既に思う、どういうシチュエーションやねん。

 

檻の中から聞こえる悲鳴につられて穴の淵までたどり着いたクラスメイト達が気づくのは、穴の深さが8〜9メートルありその底にはガソリンと思われる淀んだ液体が浮いているという事。

 

「なんだよ、これ?なんで親があんなとこ...」

「つーか相澤先生は⁉︎」

「アイザワセンセイハ、イマゴロネムッテイルヨ。クライツチノナカデ。」

 

機械で無機質に変えられた声が響く

 

「暗い土の中って...?」

「相澤先生、やられちゃったってこと...?」

「嘘だよ!なんかの冗談だろ⁉︎もうエイプリルフールは過ぎてんだぞ!つーかお前誰だよ⁉︎姿を見せろ!」

「サワグナ。ジョウダントオモイタイナラ、オモエバイイ。ダガ、ヒトジチガイルコトヲワスレルナ。」

 

 

そして檻の中から現れるフード付きの黒マントに黒いフルマスクをつけた人物。

 

丹田に溜まってる虹色のエネルギーを見間違える訳もない。アレはオールマイトのガリガリフォームである。

 

「サキニイッテオクガ、ガイブヘモ、ガッコウヘモレンラクハデキナイノデアシカラズ。」

 

今すぐぶっちゃけたい。あのガリガリマンはオールマイトの変装で相澤先生は建物の影辺りで俺らを採点してます!とかぶっちゃけたい。

 

だって茶番過ぎるのだ。ビルなぎ倒して広間を作って保護者を集めて檻の中に入れて謎の穴を開けてガソリン流し込んで...とかどう考えてもヴィラン1人の個性で行える仕事量じゃねぇ。おそらくパワーローダー先生あたりの協力あっての事だろう。

 

なのでさらっと終わらせよう。

 

クラスの集団から2歩程外に離れてから思いっきりパンと両手で叩く。

全員の視線が突然の異音に驚いてこちらに向く、それが当然の反応だろう。根が単純なオールマイトも当然こちらを向いた。

 

写輪眼発動である。

 

ヘルメットはこちらを向いた。目線は確かに合った。が、手応えがない。

 

何故だと疑問に思っているとオールマイトがわざわざ説明してくれた。

 

「メグルクン、キミノコセイハシッテイル。トウゼンタイサクズミダ。コノヘルメットハサイシンシキノARシステムヲナイゾウシテイル。シュウイノケシキヲデジタルニヘンカンシテウチガワノガメンニトウエイシテイルノサ。」

「...デジタルを一度挟まれると俺の個性は通らない。そういうことか。」

「ソノトオリサ。サテ、ボクニキガイヲクワエヨウトシタキミニハペナルティヲアタエナクテハネ。キミノカゾクハ、コノジョセイダネ。」

 

そう言ってオールマイトは人質の中から扉さんを引き寄せた。

 

...俺の力を過信しすぎた結果がこれだ。もし本当に犯人であったなら、扉さんの命運は決まっていただろう。

 

その考えをしたときに気づいた。この状況を自分が本当に実際の事件だと思いきれていない事を。その結果があのスタンドプレイだ、笑えない。

 

だが、まだ終わりではない。

 

一旦深呼吸。俺の個性が通じず、俺の身体能力ではあの檻へ干渉することはできない。俺1人では詰みだ。

しからば俺のやるべき事は犯人の気をそらす事だ。

打開は、緑谷達がやってくれると信じる。この場にヒーローは1人ではないのだから。

 

「...お願いします。扉さんに、その人に手を出さないで下さい。大切な、家族なんです。」

 

声を震わせて言う。自分が心底ショックを受けているのだと。

 

今この瞬間からこれが訓練なんて甘えはやめだ。今の自分の全力を持って犯人の気をそらす。さしあたっては。

 

膝をつき、絶望を演出する。

 

「お願いします、本当に大切な人なんです。」

「巡...」

「フン、ヴィランアイテ二ヒザヲツクカ。コンナナンジャクモノガユウエイセイダナンテワラエルネ。」

 

そう言って犯人は扉さんから手を離した。

 

人質の中に母の姿を見つけた緑谷は、血の気を引かせながらも、犯人の目的を探るために声を発した。

 

「なんで...なんでこんなこと...⁉︎」

 

心配そうに自分を見る緑谷と目線が合った。

写輪眼を発動し、メッセージを伝える。

 

「気を引く役は任せろ。お前はこの状況を打開してくれ。俺はお前を信じてる。」

 

緑谷の目が変わったのが見えた。覚悟を決めたヒーローの目に。

後はしっかり気を引こう。

 

 

「ボクハ、ユウエイニオチタ。ユウエイニハイッテ、ヒーローニナルノガボクノスベテダッタノニ。ユウシュウナボクガオチルナンテ、ヨノナカマチガッテイル。セケンデハ、ボクハタダノオチコボレ。ナノニ、キミタチニハ、アカルイミライシカマッテイナイ。ダカラボクハケツイシタンダ。カガヤカシイキミタチノ、アカルイミライヲコワソウト。ソノタメニダイジナカゾクヲ、キミタチノメノマエデ、コワシテシマオウトオモッテネ。」

 

「...それだけのためにかっ?」

「俺たちが憎いなら、俺たちに来いよ!家族巻き込むんじゃねぇ!」

 

尾白と切島が怒りとともに叫ぶ。

だが、そう言う切島たちをあざ笑うかのように犯人が言う。

 

「ボクガコワシタイノハ、キミタチノカラダジャナイ。ジブンヲキズツケラレルヨリ、ジブンノセイデ、ダイジナダレカガキズツケラレルホウガ、キミタチハイタイハズダ。ヒーローシボウノキミタチナラネ。」

 

「...あなたもヒーロー志望だったのなら、こんなバカなこと、今すぐやめなさい!」

「そうだよ!こんなことしてもすぐ捕まるんだからね!」

 

八百万と芦戸が叫ぶ。だが狂ったヴィランたる犯人には届かない。

 

「ニゲルツモリハナイ。ボクニハ、モウウシナウモノハナインダ。ダカラ、キミタチノクルシムカオヲ、サイゴニミテオコウトオモッタンダ。キミタチモ、ダイジナカゾクノサイゴノカオヲ、ヨクミテオクンダナ。ーーサァ、ダレカラニシヨウカ...?」

 

切り返すならここだと俺の心が判断した。

 

「そんな悲しいだけの事言わないでくれ。お前にはまだ、未来を選ぶ権利があるんだから。」

 

顔を上げて犯人の目を見る。写輪眼発動のためではなく、説得を始めるために。

そして一雫目から涙を流す。顔を伏せていた時から貯めていた涙である。

 

「ナニ?イマナントイッタ?」

「お前にはまだ未来を選ぶ権利がある。そう言ったんだ。」

「コノジョウキョウガワカラナイノカ!モウアトモドリナンテデキルジョウキョウジャナイ!」

「それでもだ。生きていれば、生きていれば未来を選び取れるんだよ。」

 

空気が淀む。俺の反論の意図は今は誰も理解できないだろうから当然だ。だから俺は、言葉を重ねる。

 

「俺の、俺の話をしよう。俺は生まれは大阪で、働き者の父親と優しい母さんの元で生まれた。」

「ミノウエバナシカ?クダラナイ!」

「でも、俺の父親は、俺の写輪眼が発現してすぐ、この眼を恐れて逃げ出した。」

「⁉︎」

 

周囲の皆の息を飲む声が聞こえた。犯人はともかく、場の空気の掌握には成功したと判断して言葉を重ねる。

緑谷が、反撃の手立てを整えるまでゆっくりと。

 

「それからの4年間は最悪だった。最初の頃はな、母さんと2人の暮らしになって子供心になんとかしないとって思ってネットで色んなことを調べてやったんだよ。掃除や洗濯、料理なんかをな。でも、それがかえって母さんを追い詰めてしまった。」

「...ソレデ?」

「母さんは酒に溺れて何もしなくなった。でも、そんな母さんをなんとかしたくて俺は俺の個性を母さんに使った。でも発現したての個性なんてたかが知れてるだろ?催眠はすぐ不安定になった。だから俺はその度に催眠をかけ直した。催眠をかけるたび心は凄く痛かった。ヒーローに助けてほしいと何度も思ってた。でも誰も、俺を助けてはくれなかった。」

 

犯人の男もすっかり俺の語りに飲まれたようで

 

「ソンナコトガ...」

 

と呟いていた。まぁ純度100%の実話故の説得力だろう。そう何度も使える手ではないが、今はこれが頼りになる。

チラリと横を見ると、緑谷達は動き出していた。葉隠が何かを持って麗日の個性で飛んでいっているのが見える。

 

想定していたより早い、流石緑谷だ。

葉隠が手に持っているものをスタンガンのような短射程武器と仮定、苛立たせて檻の方へと歩かせる語りを組み立てよう。

 

「でも、そんな地獄みたいな日々の先にも、光はあった!一時は生きる事を諦めかけた俺だけど、俺を育ててくれた親父に会えた!だから!...畜生、上手くまとまらねぇ!」

「...サッキカラグチグチト!メグルクンノミノウエバナシナド、ソレハメグマレタイマダカライエルコトダ!ボクハイマキミミタイニメグマレテイルワケジャナイ!」

「恵まれてるよお前は十分に!」

「ダマレ!モウボクニハウシナウモノナンテナイ!ダカラ...!」

「だって、お前は今生きているんだから!」

 

犯人はその言葉に一瞬飲まれ、その後に檻の中をウロウロと歩き始めた。

しかし、葉隠の射程圏内に入った途端、その動きは一変した。

 

葉隠に持たされた武器を蹴り飛ばしたのだ。

 

「ドウヤラ、ミエナイコバエガ、マギレコンデイタナ...!...アノコトバトテ、ボクヲマドワスタメノウソダッタンダナ!」

 

男が怒りに肩を震わせ、乱暴に鍵を開けて檻の外に出る。そしてマントの中からライターを取り出した。

 

ガソリンの中にライターを落とすつもりだろう。

 

「ヒトリヒトリ、ジックリクルシメタカッタガ、ヤメタ。ミンナ、ナカヨク、ジゴクニイコウ。」

 

咄嗟に声が出た。

 

「瀬呂!止めろ!」

「責任重大だ、ね!」

 

瀬呂は腕からテープを射出し、空中でライターを巻き取った。

 

「お見事!」

「ナニ⁉︎」

 

その動きから先は速かった。

 

「何止まってやがるクソデクが!今が、チャンスだろうが!丸顔、俺を浮かせろ!」

「え、あ!そうだよ!今犯人は檻から出てる!轟くん!」

「わかってる!」

 

爆豪が飛び出すのと焦凍が犯人目がけて氷結で橋を作るのは同時だった。

氷が犯人の足元を凍結させ、動けなくなった犯人に爆豪が馬乗りになり掌の上で爆発を起こして威嚇していた。

 

氷で道ができたので保護者達の救出も容易だろう。ついでに言うなら緑谷、飯田、常闇と焦凍が氷の橋を渡った。これで犯人が暴れ出しても問題はなし。一件落着かと気を抜いた瞬間、爆音が響いた。

 

りんごの芯のようになっていた地面の部分が爆発により崩されるのが見えた。

 

「爆豪のヤツ、犯人の拘束しくじりやがった!」

「言ってる場合か、何とかしないと!」

「...いいや、幸いにも爆発はガソリンに引火はしてない。それなら焦凍が何とかできるさ。俺や尾白の個性でできる事は無いよ、悔しいけどな。」

 

その直後、轟は大氷結で穴全てを塞ぎ、人質となっていた保護者達を救出していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後は消化試合である。

穴の中心から氷の橋を伝って人質にされていた保護者達は救出され、犯人は瀬呂のテープにより拘束されてひと段落。

 

「オメデトウ、コレデ、ジュギョウハオシマイダ。」

 

そのタイミングで倒れたビルの影にいた相澤先生がやってきた。

 

「みなさん、お疲れ様でした。なかなか真に迫っていましたよ。」

とさっきまで恐怖におののいていた保護者の皆様と和気藹々と話を始めた。

 

「すいません相澤先生、皆困惑しているので説明をお願いします。」

「はぁ、まだわからねぇか?わかりやすく言うとドッキリってヤツだな。」

 

「はー⁉︎」という皆の声が響く。そうだよな、納得いかないよな。だって聞かされてた俺もそうなんだもん。

 

「は、犯人も...⁉︎」

「えー...この人は劇団の人です。頼んできてもらいました。」

「エ...ア、ハイ。オドロカセテゴメンネ?」

 

黒ヘルメット黒マント姿で可愛らしく首をかしげる犯人に、「マジかよ〜っ」と上鳴が脱力する。

てっきりマントを取って「ハハハ!実は私はオールマイトだったのさ!」とかやるのでは?と思っていたので少し驚いた。

 

え、これ中身オールマイトだって隠す感じですか?とオールマイトに目配せ。

ハハハ、ごめん知らない。とアイコンタクトで返ってきた。使えねぇなこのポンコツ新米教師め。

 

そんな馬鹿をしているうちに八百万と相澤先生の行っていた口論が終わり相澤先生のまとめが始まっていた。

 

「身近な家族の大切さは、口で言ってもわからない。無くしそうになって初めて気づくことができるんだ。今回はそれを実感して欲しかった。

いいか、人を救けるには力、技術、知識、そして判断力が不可欠だ。しかし、判断力は感情に左右される。お前達が将来ヒーローになれたとして、自分の大切な家族が危険な目にあっても変に取り乱さず救けることができるか。それを学ぶ授業だったんだよ。授業参観にかこつけた、な。わかったか、八百万。」

「...はい。」

「それともう1つ。冷静なだけじゃヒーローは務まらない。救けようとする誰かは、ただの命じゃない。大切な家族が待っている誰かなんだ。それも肝に銘じておけ。」

 

クラスの皆は、「はい」と神妙に頷いた。

 

「で、結果的に全員救けることができたが、もうちょいやりようあったろ。」

「は?」

「犯人は1人だぞ。わらわらしすぎだ。無駄な時間が多い。それにスタンガン?もっと合理的なもんがあるだろ。それから犯人の注意を引きつける役を団扇1人に押し付けたのも芸がない。犯人に無視されたらどうすんだって話だ。他にも色々言いたい事はあるが...まぁギリギリ合格点だ。今日の反省点を纏めて、明日提出な。」

 

ギリギリ合格点を貰えた。とはいえ払った代償は大きい、さっきからなんか同情の目でみられているようだ。

 

「ねぇ、団扇くん。」

「どうした?緑谷。」

「さっきの犯人に言ったアレって、どこまで本当なの?」

「...嘘にあんだけの説得力を持たせれるような詐欺師スキルは持ち合わせてないよ。今回の件で必要だなぁと思ったけどさ。」

「じ、じゃあ!団扇くんは...!」

 

緑谷のその声をぶった切るつもりで声を出す。今となってはもう、折り合いのついた事なのだ。

 

「昔の事だよ。それに、4歳からの大やらかしがあったから俺は親父と出会えた。それは本当に奇跡だと思ってる。それになんだかんだで母親とも和解はできてるしな。だからもう昔の事で、終わった事なんだ。」

「...そう言うなら、とりあえず納得しておくね。でも、辛かったり、辛くなったら言って欲しい。友達でしょ?」

「...おう。ありがとな緑谷。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

訓練が終わった後自分は相澤先生に呼び出された。

 

「団扇、なぜお前が呼び出されたか分かるか?」

「オールマイト絡みですか?あのガリガリモードの。」

「...団扇、お前知ってるのか?」

「体育祭前の訓練の時にちょっと。理由は聞いてないですけどね。」

「はぁ、あの人はまったく...団扇、オールマイトの理由を聞きたいか?」

「いいえ、オールマイトはオールマイトですから。」

「それなら良い。まぁその話は本題ではないんだがな。」

 

嫌な予感がした。自分の息を飲む音が聞こえる。

 

「団扇、お前が財前組に引き取られた経緯を話せ。」

「嫌です。」

「即答か、理由を聞いてもいいか?」

「...親父は、禁固3年で決着がついたんです。下手な事を言ってそれを伸ばす結果になるのも嫌なので。」

「安心しろ、これを聞くのはお前を守るためだ。それに一度刑罰が決まった事件ならよっぽどの事じゃなきゃひっくり返ったりはしない。

...今回の件でお前の過去はスキャンダル性が強すぎると改めて分かった。だから話せ。お前の人生は奇妙すぎてどんな爆弾が飛び出てくるか分からん。そんなんじゃお前の事を十分に守る事が出来ないかもしれん。」

「...わかりました、話します。」

「ああ。」

 

「俺は、俺を売りました。それで買ったのが財前組だった。それが経緯です。」

「...まぁ想定内だな。」

「ちなみに売値は840万で、完済済みです。」

「そこは聞いてねぇよ、ていうか完済したのかよ。」

「そこはちょっとした自慢です。」

「違法労働で稼いだ事を自慢するな馬鹿野郎。さて、聞きたいことは聞けた。あとは信頼できるヒーローに情報を回して情報が外に出回らないように根回ししておく。お前はもう帰れ。...いやもう1つ聞きたい事があった。」

「何ですか?相澤先生。」

 

相澤先生は真っ直ぐ俺の目を見てきた。

 

「お前だけは今回のが訓練だって知っていた筈だ。なのにどうして自分の傷を開くような真似をした?他にいくらでも方法はあったろうに。」

「...訓練だって事を忘れたら、犯人役の人にちょっと同情してしまって...だから自分の全身全霊で声は届けたいと思ったんです。」

「...その同情心はヒーローとしての弱点になる。過剰に囚われすぎるなよ。」

「はい。わかっているつもりです。」

「それならいい。さぁ帰れ、家族を待たせてるだろ?」

「そうですね。それじゃあ、失礼しました。」

「おう。」

 

職員室を出て校門前で待ってる扉さんの元へと急ぐ。

授業参観は終わりだ。家に帰ろう。

 




何気に難産な話でした。プロットにない話を差し込んだ時はだいたい難産なんですけどねー。雄英白書が面白いのが悪い。



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筆記試験まで

プロットにない事を書こうとして投稿ペース保てなくなる馬鹿作者がいるらしい。
というわけで中6日での投稿です。遅くなって申し訳ない。


先日の授業参観が終わってのクラスのSNSでは大変だった。

何せクラスメイトの1人がとんでもない過去を秘めていたのだとわかったのである。それもヘビィ級の。

上鳴のような賑やかしでさえ口をつぐんだその時、1つの動画がクラスSNSに投げられた。

 

ヴィラン潰しにジョ◯カビラの実況をつけてみた

 

再生数3万回を突破した名作である。迷作でもある。エゴサーチしたら見つけてしまった。

 

「俺の過去なんてどうでもいい、この投稿者をどうするべきかを教えてくれ!自分の事ネタにされてるのに笑っちまったんだ!」

 

帰ってきたのは爆笑の嵐だった。

 

「おまえシリアスやってた中にこれは卑怯だって!」

 

とは上鳴の談である。

だが仕方あるまい、職場体験で学んだのだ。シリアスなんぞ続けても一文の得にもならないと。

 

ただし、八百万からは「肖像権の侵害で訴えるなら弁護士を紹介しますわ」とガチ目の返答が来た。

「マジかよコイツ」と誰もが思った。

蛙吹が「これは団扇ちゃんの冗談よ、百ちゃん」とフォローが入れてくれなかったらどうなっていた事やら。

 

さて、これでクラス内の空気をどうにかできた。あとは上鳴や切島あたりがどうにかしてくれるだろう。

そう思い携帯をしまう。さて、試験勉強を再開しよう。継続は力なりだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時は流れ六月最終週、期末テストまで残すところ一週間を切っていた。

 

「全く勉強してねー!!」

 

上鳴が叫ぶ。

 

「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー!!」

「確かに。」

 

上鳴の言葉に常闇は同意する。ちなみに中間テストの成績は上鳴は21位で常闇は15位だ。

 

「中間はまー入学したてで範囲狭いし、特に苦労はなかったんだけどなー...行事が重なったのもあるけど、やっぱ期末は中間と違って...」

「演習試験があるのが辛れぇとこだよなぁ。」

 

砂藤の口田への愚痴を、峰田が引き継ぐ。

とはいえ峰田は全く辛そうにはしていない。何故なら峰田の中間テストの順位は10位。驚くべきことにそこそこ勉強できるのだこの性欲魔人は。

 

「まぁ演習試験はロボ戦だから余裕なのは唯一の救いだよなぁ。」

「筆記さえ突破できればあとは大丈夫!」

 

その余裕が羨ましい。自分は対ロボだと決まった時点でコスチューム変更するくらいの念を入れたはいいものの、コスチュームなしとか言われたらどうしようと戦々恐々している身なのだ。

 

「んで、お前らどうやって筆記突破する気なんだ?」

「「助けて、団扇。」」

「コイツら本当に何も勉強してねぇ!」

「団扇!中間のときはあんなにしっかり教えてくれたじゃねえか!だから期末も頼む!」

「そうだよ団扇!同じ千葉県民のよしみでさ!教えて、ね?」

「じゃあ取り敢えずどこがわからないか教えてくれ。」

「「全部。」」

 

その言葉で、一人の力でどうにかするのを諦めた。この馬鹿どもは...!

 

「...八百万ヘルプ!俺一人じゃ無理だ!」

「ええ、私でお力になれるのであれば。」

「すまん八百万、頼らせてもらう。授業ある日は最終下校時刻まで勉強させるつもりだが一人で何も分からん二人を指導しきるのは無理だ。助けてくれ。」

「ええ、任せてください!」

 

八百万のやる気スイッチがオンになったのを感じた。

 

「それならウチもいい?二次関数応用でつまずいちゃってて」

「わりぃ、俺も。古文分かる?」

「おれも。」

 

耳郎、瀬呂、尾白がつられてきた。八百万へと集まった人の多さに、八百万はじーんと感じているようだった。

 

「良いデストモ!」

 

八百万が嬉しそうでなによりだ。

 

なんだかんだと予定を合わせてみたところ、居残り勉強会に参加するのは結構な大所帯になってしまった。まぁ居残りするのは教室なので問題はないのだが。

 

「7限終わってからの約3時間があと3回、土曜の6限終わりからの約4時間1回、あとは日曜でどれだけ努力するかだな。」

「それならば、日曜に勉強会などはいかがでしょう!私の家の講堂が使えるかお母様に尋ねてみますわ!」

「おー!勉強会、良いね!ヤオモモの家いきたーい!」

「芦戸、遊びに行く訳じゃないんだからもうちょい落ち着け。...それと悪い、俺は日曜の勉強会には行けないわ。先約があるんだ。」

「先約?」

「ああ、サポート科の発目っているだろ?あいつのサポートアイテムのテストに付き合うって約束しちまったんだ。」

 

体育祭で見たであろう発目の容姿を思い浮かべた上鳴が叫んだ。

 

「...団扇お前!クラスメイトより他クラスの女を優先するのか!見損なったぞ!」

「いや、そんな事で見損なうなよ上鳴。それに先に約束したのは発目とだ、破る訳にもいかない。てな訳で日曜は八百万に任せた。」

「あ、ウチもその日は行けへんわ、水道の点検がくるんよ。」

「すまぬ、俺もだ。その日は先約がある。」

 

麗日と常闇が勉強会を辞退した。他にも日曜来れるか微妙な顔がちらほらと見えた。こういう時はさっと決めるに限る。

 

「それなら、八百万の勉強会行ける人手挙げてくれ。」

 

手を挙げたのは尾白、瀬呂、耳郎、上鳴、芦戸の5名だった。

 

「5人か...八百万一人で大丈夫か?上鳴と芦戸のサポートはする気ではいるが。」

「いいえ、団扇さんはサポート科の方とのお約束に集中して下さいな。上鳴さんも芦戸さんも私がしっかりとご指導致しますわ!」

「そうか、それなら頼む。」

「頼まれましたわ!」

 

「「ありがとー!」」

 

 

「この人徳の差よ。」

「俺もあるわ、てめェ教え殺したろか。」

「おお、頼む!」

 

ちなみに切島は本当に爆豪に勉強を教わったとか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昼休み、食堂にて。

 

「にしても気になったんだけどさ、サポート科のテストって何するの?団扇くん。」

「んー、発目の奴が作ったは良いものの使いこなせないピーキーなアイテムの使用感のテストだったりが基本だな。あとたまに的。」

「的⁉︎大丈夫なんそれ、危険そうやけど。」

「まぁ、今の所は無事だ。」

「今の所ってとこに発目くんの怖さを感じるな...」

「まぁパワーローダー先生の監修が一度は必ず入ってるから命に関わる事故にはならないよ。多分。」

「断言はできないんだね。」

 

そんな話をしていると、角に座ってる自分の頭にお盆が当たった。というか当てられた。

 

「ああごめん、頭大きいから当たってしまった。」

 

下手人はB組の物間、意図的な攻撃であった。

 

「いや別に構わんが、謝るならちゃんと謝れよ。かえって事を荒立てるぞ?」

 

そんな自分の忠告を利用して、物間は話し始めやがった。

 

「うわ、ヴィラン潰しみたいな残虐非道な奴に言われたよ。」

「残虐非道言うな、自覚してるのと傷つかないのとは別なんだぞオイ。」

「えー、あんな事しておいて傷つく傷つかないとか話が違うでしょ。ヴィランの個性が再生だったから良いもののあれ普通に考えたら後遺症ものだよ?そんな攻撃を躊躇いもなく行うとかちょっとどころじゃなく引いたよ、血が氷でできてるんじゃない?」

「...凄え、ここまで流れるように他人を罵倒できるとか爆豪とは別の意味でクソ野郎だコイツ⁉︎」

「うわー心外だなぁ、あんなのと一緒にされるなんて!」

 

一呼吸つき、これまでは準備運動だと言わんばかりに罵倒を重ねようとする物間。それを手刀一発で止めたのはB組の拳藤だった。

 

「はいはいその辺にしときな、あんたに慣れてないA組相手だと暴力沙汰になりかねないから。」

「...命拾いしたなA組。拳藤に感謝しろよ?」

「本当に何を言おうとしていたんだ物間、逆に気になるぞ。」

 

そのまま去っていくと思われた拳藤と物間であるが、ふと拳藤が足を止めた。

 

「ねぇ、団扇って落花生中学出身であってる?」

「あってるぞ。...どっかで会ったか?」

「いや、有名だったからさ。落中の団扇って。」

 

中学の時の噂とか嫌な予感しかしない。が話を切るのも不自然だ。どうしよう。まぁ深いところまで調べれば俺の小中学時代のヤクザ関係者だという噂は出てきてしまうので遠からぬうちに話さねばならぬ事なんだが。

 

さて、とりあえずはすっとぼけよう。言われない事を祈って。

 

「...あー、どの噂?」

「得にもならないボランティアをやりまくってる変な給費生がいるって噂。私植蘭中だからボランティア一緒になった奴とかいたんだよ。」

 

以外な高評価だった。まぁ悪評の方を知らないとは思えないので気を使ってくれたのだろう。

 

「植蘭つったら、ご近所さんだな。」

「そだね、風林(かぜばやし)は知ってる?」

「知ってる知ってる。風林火山(かぜばやしかざん)だろ?名乗られた時はびっくりしたよ、案外普通の奴だったけどさ。」

「あいつ高校でもボランティア続けるってさ。あんたに影響を受けたらしいよ?」

「マジか、それはちょっと嬉しいな。」

「それだけ言っときたかったんだ、団扇に。」

 

「それじゃ」と言って今度こそ拳藤は物間を連れて去っていった。

 

「団扇くん中学でボランティアとかやってたんだ。」

「ああ、内申点目当てで始めたら案外楽しくてな。」

「中学の時から社会貢献を積極的に行うとは流石団扇くんだ!尊敬に値する!」

「ありがとよ。でも恥ずかしいから声は小さめで頼む。」

「ム、これは失礼した。」

「でもちょっと気になるわ。団扇ちゃんどんなボランティアしてたの?」

「んーと...街の清掃、老人ホームの手伝い、保育園の手伝い、あとヒーローショーの手伝いとか、そんな感じだな。」

 

ヒーローショーの手伝いと聞いた瞬間、隣でカツ丼食ってる緑谷の目の色が変わるのを感じた。

 

「ヒーローショーの手伝い⁉︎どんなヒーロー?」

「やっぱ食い付くか緑谷。ピアシップっていうローカルヒーローのチャリティショーの裏方だよ。」

「ピアシップ!千葉県船橋市を拠点とするヒーローだよね!歌って踊れる梨ヒーロー!」

「ああ、昔いたっていう着ぐるみ着ながら船橋市の治安を守りきった伝説の自警団にあやかってヒーロー活動をしてるらしいぞ。ちなみに個性の水流になんで梨の味が付いているのはまだ解明されてないとか。」

「うんうん!それにピアシップの特筆すべきはダンスで鍛えられた身体能力の高さだよ!下手なヴィラン相手だと個性を使わず素手で逮捕しちゃうんだ!個性のみがヒーローにあらずってのを体現してる凄いヒーローなんだよ。」

 

「へぇ〜」と皆が思った。

 

「やはり緑谷くんのヒーローに対する知識の深さには感服せざるを得ないな、そのようなローカルヒーローの事は今初めて知ったよ。」

「そうね、緑谷ちゃんは凄いわ。」

「うん!デクくんは凄い!」

「あ、あ、ありがとう皆。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

放課後

 

「さて、相澤先生に許可とったし勉強会始めるぞー。とりあえず要点まとめたプリント配るから熟読して分からんところあったら言え。特に芦戸と上鳴はちょっとでも「ん?」ってなったら言え。」

 

「はーい」と声が揃う。

 

「しかし団扇くん、中間の時も思ったがいつの間にこんなプリントを作ったのだ?」

「スマホでちょちょいとね。得意なんだ、こういう資料を作るのは。」

「団扇、早速だけど質問!ここなんだけど。」

「どれどれ...ここは素直に解の公式当てはめれば解は出るよ。上に公式書いてあるだろ?それ使ってやり直せ。」

「団扇、こっちも頼む!」

「あいよー。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「クァー、勉強したわー。」

「これが毎日続けば確かに赤点回避出来るかもだね、めっちゃ疲れるけど。」

「お前ら何休んでんだ、折角要点まとめたんだから電車の中でもちゃんと読め。単語とかまとめた所あるからな?」

「「えー」」

「えーじゃない、やれ。」

 

期末テストまであと4日、この二人の赤点回避は可能だろうか。この追い詰められた状況なのにイマイチ緊張感がないぞコイツら。

 

「団扇ってたまにスパルタだよねー。」

「そうだそうだ、俺たちは今日頑張ったんだぞ!」

「あのな、この程度は頑張ったに入らん。これで頑張ったってんなら俺は中間で八百万に負けてないっての。」

「そーいや団扇って中間テスト2位だったねー。やっぱ八百万に勝つために猛勉強とかしてるの?」

「いつも通りの勉強量だよ、だいたい勉強で勝負とか性に合わん。勉強は自分の為にする事だろうが。」

 

「「なんか八百万に負けた言い訳っぽい。」」

「お前ら覚悟はできてるんだろうな...!」

「わー、団扇が怒った!」

 

怒りは芦戸と上鳴にチョップをかますくらいで収まった。

「馬鹿になる〜」とか言われたが知るか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「てなことがあった訳、よ!」

 

最後の一本をターゲットに投げつけながら愚痴る。あの二人八百万に迷惑かけてないだろうか...

 

「へー、マグロさんって意外と面倒見の良い人なんですね。次、Cタイプお願いします。」

「はいよー。」

日曜日の昼下がり、サポート科の所有している試験場にてアイテムのテストを発目と自分の二人で行っていた。

 

今回は新開発のアイテム"スタンダート"のテストだ。

スタンダートは細いダーツのような形をした遠距離攻撃用のアイテムで、ターゲットに先端が当たると同時に高圧電流が流れるというアイテムだ。

 

「CタイプはABより少し重いな。」

「ええ、そのベイビーは最高出力に特化したタイプです。出力は50万ボルト!異形型だってイチコロですよ!」

「おっかねーもん作るなぁ...それじゃあ投げるぞ。」

「お願いします!」

 

人型ターゲットへとダートを投げる。外れた。

 

「すまん、重心の位置変わってるか?コレ」

「あ、言い忘れてました。Cタイプは小型大容量バッテリーを搭載してるのでA、Bタイプに比べて重心が1センチ程後ろにズレてます。」

「それじゃあ、こう!」

 

持ち方をちょっと変更。ターゲットの端に当たった。

 

「んー、これも数こなして慣れるしかないか。」

「...やはりこのベイビーはお蔵入りですかねぇ、命中性が使用者に依存しすぎてます。」

「いや、コンセプトは悪くないと思うぞ?俺は。増強型個性ならテイザーガンの射程とか軽々と超えられるだろうし、何より携行性が良い。2、3本持って帰りたいくらいだ。

というかこのスタンダートの命中性を向上させるために俺が呼ばれたんだろうが。とっととデータを取って改良してくれ。割とガチに使いたいサポートアイテムなんだよコレ。」

「...フフフフフ!そう言われてしまったのなら仕方ありませんね!さぁ続けて下さい!」

「はい、よ!」

 

ターゲットにダートを投げる。今度はターゲットの中心寄りに当たった。

 

大体慣れてきたので投げるペースを上げる。

 

投げる、左肩に命中。

投げる、右胸に命中。

投げる、右手に命中。

 

投げたダートを拾う

 

投げる、右肩に命中。

投げる、左胸に命中。

投げる、中心に命中。

投げる、中心に命中。

投げる、中心に命中。

 

「よし、慣れた。」

「さらっと凄いことしますよねマグロさんって。」

「メグルだよ。それでデータの方はどうだ?」

「...ええ、バッチリです!それでは高圧電流のスイッチ入れて5投お願いします!」

「任された!」

 

ダートの底部にあるスイッチを全てオンにする。

 

ダートを5連投、全て中心に命中、電流が流れターゲットに少し焦げ目がついた。

 

「お見事!これにてテスト終了です!さて、次のテストに移りましょう!」

「次は何だ?」

「こちらの、多機能刺又です!さぁマグロさん、そこで的になって下さいな!」

「電流とか流れないだろうな...」

「フフフフフ、さぁ行きますよマグロさん!」

「流れないだろうな!」

 

サポートアイテムのテストは何だかんだと最終下校時刻まで続いた。

正直テスト前日に何やってんだとは思わなくはないが、まぁちょっぴり楽しかったので良しとしよう。

 

「さて、肝心なものを渡してもらおうか、発目。」

「フフフフフ、悪い顔してますねマグロさん!ご安心を、例の資料はちゃんと写真に撮っておきました!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その翌日、筆記試験当日である。

 

自分の手応えは上々だった。

この分なら教えた側の自分が筆記で赤点を取って林間合宿に行けないという笑えないオチはなさそうだ。

 

肝心の上鳴と芦戸はというと...

 

「よっしゃあ!会心の出来だぜ!」

「ありがとー団扇!ヤオモモ!私何とかなったよー!」

 

叫ぶ上鳴

八百万に抱きつく芦戸

 

肝心要の筆記試験だが、どうやら二人は何とかなったようだ。

 

「芦戸、八百万を離してやれ。多分食いつく耳寄り情報がある。」

 

頭に?マークを抱えつつ八百万を解放する。

 

「八百万以外にも実技試験不安な奴は来てくれ、サポート科の奴に頼んで手に入れたマル秘情報がある!」

 

.「マル秘情報?」「なになにー」と寄ってくるクラスの面々。

こほんと一度咳払い

 

「演習試験で使うであろう仮想ヴィランの設計図を手に入れたッ!しかもサポート科きっての才女発目明による弱点解説付きでな!」

 

「ええ!」と驚く緑谷と飯田を筆頭とする真面目組。

 

「団扇くん!流石にそれはカンニングに当たるのではないか⁉︎」

「事前情報収集だよ飯田。ヴィランにカチコミかけるときはしっかり相手の個性調べてから行くだろ?それと同じだよ。」

「成る程、確かにそうだ!」

「納得はやっ」

 

飯田の変わり身に麗日が吹き出す。

 

「さぁ八百万、上鳴と芦戸の勉強見てくれた礼だ。演習試験不安なんだろ?ならこの情報を使え!」

「団扇さん...ありがとうございます!敵を知り己を知れば百戦危うからずですわ!」

 

さぁ、これで実技試験はバッチリだ!とドヤ顔を決めれたのはここまでだった。

 

「残念!!事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

今回はこういうオチかい...




私事ですが兄のお下がりでPS4が手に入ったので早速カリギュラOD買いました。プレイする時間はあまりないのでノロノロ進行ですけどね!
アニメ終わるまでに1周目終わるだろうか...


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演習試験

一週間に一度の更新を目標としてましたがスマホの不調、モチベーションの出なさ、書く時間の無さなどが重なりついに週一更新失敗しました。お待たせしてしまい申し訳無い...



ヒーローコスチュームを着て集まる1-A生徒たち。

対するは多くの先生がた、ただ何故か服装からエクトプラズム先生と思われる方が見覚えのあるヘルメットを付けている。

嫌な予感がしてきたぞー。

 

「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃみっともねぇヘマはするなよ。」

 

「先生多いな」と耳郎が呟く。集まった先生方は見えてるだけで8人もいた。確かに多い。

 

「諸君なら事前に情報を仕入れて何するか薄々と分かっているだろうが...」

 

「入試みてぇなロボ無双だろ!!」

「花火!カレー!肝試ーー!!」

 

上鳴と芦戸が騒ぎ出す。そんな中

 

「残念!!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

と、相澤先生の捕縛武器の中から校長が現れて宣言した。

上鳴と芦戸が固まった。俺も固まった。八百万に「この情報を使え!(ドヤ顔)」とかやっちゃったよ...

 

「それはね...(ヴィラン)活性化の恐れのある社会情勢故に、これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!

という訳で諸君らにはこれから、チームアップでここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 

「先...生方と...⁉︎」

 

麗日が戦慄し言葉を零す。

 

「尚、ペア、トリオの組と対戦する教師はすでに決定済み。動きの傾向や成績、親密度...諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していく。まず切島と砂藤がチームで、セメントスと。蛙吹、常闇、団扇がチームで、エクトプラズムとだ。尚このチームは3人のため他チームとの格差をなくすためエクトプラズムには追加装備を渡してる。」

「コノヘルメットダ。ミオボエガアルダロウ?」

 

そこにあるのは授業参観のときに使ったAR内蔵高性能ヘルメットである。つまり俺の催眠は通じないという事だ。

 

「俺に対してガンメタすぎて笑えねえ...」

「大丈夫よ団扇ちゃん。私たちは3人、他のチームよりそれだけで有利なのよ。」

「その通りだ。催眠による一撃必殺はできなくなったがそれだけだ。お前の格闘能力なら十分な戦力になる。」

 

蛙吹のしたたかさに常闇の強力な黒影(ダークシャドウ)、確かに総戦力としてはプラスだ。ここはポジティブに考えよう。

 

「ありがとよ、蛙吹、常闇。それじゃあ頼らせて貰うわ。」

「任された。」

「ケロケロ。それと団扇ちゃん、梅雨ちゃんと呼んで?」

「恥ずかしいのでNoだ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

演習試験のルールは単純、誰か一人がステージから脱出するか、渡されたハンドカフスをかける事が出来れば生徒側の勝利。

制限時間は30分。

尚、戦闘を視野に入れさせるため、教師陣には体重の約半分の重りをつけている。

 

「受験者...我々はステージ中央スタートか。」

「逃走成功には指定のゲートを通らなきゃいけないのね。となると...先生はゲート付近で待ち伏せかしら。」

「多分な。エクトプラズム先生の個性ならゲート前からでも俺たちを攻撃する事ができる。とはいえ分身の発現は俺の目で見切れる。不意打ちの心配はしなくて大丈夫だ。」

 

『レディイイーー...ゴォ!』

 

「移動中に話した通りに行くぞ。」

「ええ、エクトプラズム先生は私たちを囲む筈だわ。なら...」

「開幕は...」

 

「「「逃げの一択」」」

 

周囲を囲むようにエクトプラズム先生の身体エネルギーが流れて来た。

「案の定囲みに来た!」

「蛙吹、投げる!」

 

常闇は黒影(ダークシャドウ)を使い蛙吹を投げ、蛙吹は壁に着地した後常闇を舌で巻き、引っ張り移動させる。その引っ張られている間常闇は黒影(ダークシャドウ)で俺のカバーリングをし、俺はワイヤーアロウを使い蛙吹の場所まで一気に移動した。

 

「全員逃亡成功、第1段階はクリアだな。」

「ああ、だが気を抜くなよ!」

 

エクトプラズム先生の作り出した分身を見る。どういう理屈かはわからないが、コスチュームは複製されているが厄介なヘルメットは分身に持たされていないようだった。好都合だ。

 

「団扇!エクトプラズム先生の動きは⁉︎」

「...流石に早い!前2体、後ろ3体来るぞ!」

「前は常闇ちゃんが突破して、後ろは私が牽制するわ。」

「いや、殿は俺がやる!常闇の黒影(ダークシャドウ)に催眠が効くのなら!」

 

振り向いて分身生成のタイミングで中央の一体と目線を合わせる。

写輪眼発動、命令は、『俺たち以外をぶちのめせ』

手応えはあった。

 

「案の定!分身にだって催眠は通る!」

「吉報だな!」

 

後ろからやって来ていた三体の分身の一人が残り2人を蹴り飛ばした。

これで後ろは無視できる。

前では常闇が一体、蛙吹が一体を通路脇に押しやり、道を開いていた。

 

「団扇ちゃん!」

「おう!」

 

3人で5人の囲いを突破した。

最初に囲んで来た分身は6体、今突破したのは5体、これで合計11体。エクトプラズム先生の分身の最大量は約30体なので残りは約20体、1/3クリアだ。

 

「前5体来るぞ!」

「キリがないわね。」

「だがやれる!俺たちならば!」

 

分身が発現する瞬間に写輪眼を合わせようとする。

だが分身たちは生成時点で目線を下に向けていた、対応が早いッ!

 

だがそれが有効なのは自分に対してのみ、蛙吹と常闇がフリーになった。

「全員目線が足元に向いた!蛙吹、常闇、チャンスタイムだ!ボコっちまえ!」

「そこは他力本願なのね団扇ちゃん。」

「無駄口を叩くな、来るぞ!」

 

5人の分身が襲いかかって来る、だがその狙いは大雑把にならざるを得ない。それは隙だ。

常闇の黒影(ダークシャドウ)が瞬く間に5人を倒していた。

 

「流石常闇、だが!」

 

写輪眼で見えていた、常闇の背後に分身が現れようとしているのが。

 

なので発現する瞬間に合わせて顔面を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「多分あのARメットでこっちの動きを把握されてる、油断はするな!」

「感謝だ団扇!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

某日、職員会議にて

 

相澤先生が言った。

 

「蛙吹、常闇、団扇の3人組の相手はエクトプラズム先生にお願いします。また、その際は授業参観で用いたARヘルメットを使い団扇の試験前の催眠を防いで下さい。」

「ウム、了承シタ。ダガ試験前二個性ヲ仕掛ケテクルヨウナ生徒ダッタカ?団扇ハ。」

「やりますよあいつなら。パワーローダー先生に確認したところ、あいつはサポート科のツテを使って例年の試験に使っている仮想ヴィランの設計図を盗み取った痕跡があります。あいつはなんでもアリの状況で本当になんでもする奴です。」

「ナント!ソコマデヤル生徒ダッタカ、気ヲツケルトシヨウ。」

 

「それでは、肝心な試験で突くべき課題です。まずは常闇、常闇は強力無比な黒影(ダークシャドウ)という個性を持っていますがその個性に頼っているが故に個性でカバーしきれないクロスレンジが弱点です。分身による不意打ちなどでそこを突いて下さい。

次に団扇、団扇は職場体験学習の際のエンデヴァーからの報告ですが、対多数を行う際でも自分の目に頼り切るきらいがあります。囲むなどして視界外からの攻撃を加えて下さい。

最後に蛙吹、蛙吹には弱点と言った弱点はありません。なので今回の試験では弱点を突かれ動揺するであろう二人のカバーができるかどうかが課題といえば課題ですね。何か質問はありますか?」

 

「ウム、支給サレルARヘルメットデ出来ルコトハ何ガアル?3人ノハンデトシテノ装備ナラ団扇ノ個性ヲ封殺スルタメダケノ物デハナイダロウ?」

「ええ、ヘルメットは監視カメラとリンクさせて生徒の動向を把握出来るようにしています。不意打ちに役立てて下さい。」

「承知シタ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ステージの三階通路を走る3人、不意打ちは多くあったものの何とか乗り切れていた。

が、少し前から不意打ちも待ち伏せも無くなっていった。

 

「不気味ね。団扇ちゃん、何か見えない?」

「...いや、前も後ろも何も見えん。常闇、警戒しとけ、多分何かの罠だ。」

「ああ...見えたぞ2人とも、ゲートだ!予想通り先生が待ち構えている!」

 

ゲートを見ようと下を見た瞬間、膨大な量の身体エネルギーが巨人を作るかのように集まっているのが見えた。

 

エクトプラズム先生の意図を把握した自分は咄嗟に叫んだ。

 

「常闇!蛙吹!散れ!デカイのが来る!」

 

叫びながら柵を乗り越え通路から落ちる。が、叫んだのとその巨人が発現するのは同時だった。

 

「強制収容ジャイアントバイツ」

 

巨人の発現に反応しきれなかった蛙吹と常闇が食われた。幸いにも自分は何とか回避できた。

落下中に巨人の噛みつき二発目が来たので空中でワイヤーアロウを用いて回避、エクトプラズム先生の頭上に移動した。

 

エクトプラズム先生は開けていたヘルメットのバイザーを下げた。エクトプラズム先生の個性の発動は口から身体エネルギーを流す事で発現する。今出している巨人一体で自分の対処は十分という考えだろう。

三発目の噛みつきが飛んでくる。ワイヤーを外してエクトプラズム先生の元へ落下する事で回避、ついでに落下の勢いを使って踵落としを狙う。

が、相手は流石のプロ。しっかりと体重の乗った蹴りで踵落としはいなされた。

 

着地と同時にエクトプラズム先生の右上段蹴りが飛んで来た。両手を使ってのクロスブロックで衝撃を流す。

だが、蹴りの衝撃で距離が離された。巨人の噛みつきが飛んでくるッ!

 

「団扇!」

 

黒影(ダークシャドウ)が自分を後ろから押す事により噛みつきは回避できた。ナイスフォローだ常闇!

 

「ダガ隙ダラケダ!」

 

エクトプラズム先生の中段蹴りが飛んでくる。が、写輪眼でその動きは見えている!

 

中段蹴りを崩れた体勢を更に崩す両膝スライディングで躱しワイヤーアロウをゲートの両脇に放つ。そして高速で巻き取りをする事でさらに勢いをつける!

 

「ゲート貰った!」

「甘イ!」

 

エクトプラズム先生は蹴りの動きを変え自分を踏みつける事で巻き取り始めの勢いを殺し、自分の動きを封じにきた。

 

詰んだ、その言葉が頭をよぎった。謝罪の意味を込めて巨人の体に拘束されている2人を見ようと顔を向けようとした。だが右手の鏡を通して見えた蛙吹の行動から考えが変わった。あの2人はまだ、諦めていないッ!それならばッ!

 

「まだ、終わるものかッ!」

「マダ足掻クカ!」

 

右のワイヤーアロウを回収し、エクトプラズム先生に向けて発射する。当然エクトプラズム先生は回避する。だがそれは俺の拘束が外れるという事!左のワイヤーを巻き取り移動をしようとする。

 

「ソノアイテムノ動キハ大体把握シタ。止メルナラ、ココダ!」

 

エクトプラズム先生は左のワイヤーアロウを踏む事で自分の初動を止めにきた。そうだ、俺を見ろ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ク、黒影(ダークシャドウ)!団扇の援護を!」

「いいえ常闇ちゃん。私達の事を先生に意識させちゃダメ。この巨人の向きを変えられて黒影(ダークシャドウ)ちゃんが届かなくなったら本当に出来る事はなくなっちゃうわ。...タイミングは団扇ちゃんが完全にやられちゃった瞬間よ、コレを使って。」

「コレ?どれだ?」

「あんまりゲコッ...見ないでね。とっても醜いから。」

 

蛙吹は蛙の個性の一部、胃袋を出し入れできる個性を使ってハンドカフスを取り出した。

それを黒影(ダークシャドウ)に渡し確実に決められる一瞬を待つ戦いを始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

左のワイヤーアロウを踏みつけられているため自力では身体を起こす事は出来ない。なら他から力を持ってくるまで。右のアロウを巻き取り始める。エクトプラズム先生には躱されたが、右のアロウは後ろの壁に刺さっていたのだ。

 

「ム、ソウキタカ。ダガ...」

 

エクトプラズム先生は特に動揺するでもなく一歩下がり、上段蹴りを放ってきた。ワイヤーアロウに動きを依存している自分は躱す事が出来ず、側頭部に強烈な一撃を貰った。

だが巻き取りは止めない。この勢いが俺にできる最後の足掻きだッ!

 

「ム!コノ位置取リハ!」

 

そう、右のアロウが刺さったのはゲートの真上なのだ。この勢いで突っ込めばゲートを通れるッ!

 

「サセヌ!」

 

エクトプラズム先生は腹を蹴り上げる事で俺をゲートを通るルートから無理矢理外させた。その結果自分はゲート上に衝突する事となった。ワイヤーアロウが刺さっているため落下はしないが、側頭部に貰った一発と腹に貰った蹴り上げの二発の蹴りのダメージは大きく自分は動く事が出来なかった。

 

だが俺の仕事は終わりだ。エクトプラズム先生は背後から襲いかかってくる黒影(ダークシャドウ)が見えていないッ!

 

そう思った自分は浅はかだったのだろう。この試験の逆ハンデの意味を正確に理解していなかったのだから。

 

「ソノ不意打チハ見エテイルゾ。」

 

背後の黒影(ダークシャドウ)へ向けて蹴りを放つエクトプラズム先生。だが2人の個性を活かした奇襲は完全に防がれた。黒影(ダークシャドウ)の持つハンドカフスを蹴り飛ばす事によって。

 

「何⁉︎」

「そんな、失敗したの?」

「オマエタチニハ教エテナカッタガ、コノARヘルメットハ生徒3名ヲ追跡スル監視システムニリンクシテイル。オマエ達ノ行動ハ全テ筒抜ケダッタノダ。」

 

蛙吹の策は失敗に終わった。ならこの試験を突破するには俺がゲートを通るしかない。右手の甲を見て自己暗示をかける。『痛みなど無い』と。

 

「クソ、黒影(ダークシャドウ)!せめてお前だけでもゲートを通れ!」

「アト10分弱コレヲ続ケルカ?我ガ欲スハ、逆境ヲ打チ崩スヒーローノ瞬キ。」

 

ワイヤーアロウを両方回収して落下する。

 

エクトプラズム先生は黒影(ダークシャドウ)との戦いに集中している。あの巨人が俺を拘束しようとする前に事を終わらせればまだ可能性はあるッ!

 

着地と同時にダッシュしてゲートを通ろうとする。だがヘルメットで見ていたエクトプラズム先生に当然のように止められる。空中で上段蹴りを当てられて撃ち落とされた。

ここまでかと思ったところ、空中で黒影(ダークシャドウ)が自分を掴み、腕を伸ばした。

それを止めようとしたエクトプラズム先生を迎撃したのは蛙吹の舌だった。

 

「蛙吹、常闇、団扇チーム条件達成!」

 

黒影(ダークシャドウ)に押し出され自分がゲートを越えた事によって試験は終了した。

 

「最後ハゴリ押シカ、ダガ悪クナイ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「団扇、大丈夫か?エクトプラズム先生に何発かいいの貰っていたようだが。」

「頭ぐわんぐわんしてるけど大丈夫だ。多分後遺症とか残らないように手加減してくれたんだと思う。」

「でも心配ね、一応リカバリーガールに見てもらったら?」

「そーする。でもその前に、勝った後つったらコレだろ?」

 

自分は両手をあげた。

 

「確かにそうだ。」

「そうね、私たちは勝ったんだもの。」

 

蛙吹も常闇も合わせて手を上げてくれた。

右手で蛙吹の手を、左手で常闇の手を叩く。ハイタッチだ。

 

「んじゃ、戻るか。」

「そうだな。」

「ケロケロ。」




キリのいい所で区切ると6000文字程度でした。投稿遅れた挙句に分量少ないとか...
そんな訳で期末試験のお相手はエクトプラズム先生です。文中でも書いた通り分身で背後を突けるという点からです。
ブラドキング先生とタイマン貼らせるという案もあったんですが一対一でかつARヘルメット付きとかPlus Ultraでも誤魔化せないレベルの高難易度だったのであえなく没になりました。


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試験終わりと夏休みの始まり

カリギュラのアニメ11話本当に良かったです。そして思いました。
ついに声付きでアニメにも出てきやがったぞデビルマンモー!なんで関俊彦さんボイスなんだよ!

分からない人はエクストリーム帰宅部で検索してみて下さい。ポプテピピックの大川ぶくぶ先生の書くゲーム内容にかすりもしない謎の4コマ漫画です。


期末試験終わってのホームルーム

 

期末試験の実技をクリアできなかった切島、砂藤、上鳴、芦戸の4人は意気消沈していた。芦戸などは涙を流している始末である。

 

「皆...土産話っひぐ、楽しみに...うう、してるっ...がら!」

「まっまだわかんないよ、どんでん返しがあるかもしれないよ...!」

「緑谷、それ口にしたら無くなるパターンだ...」

 

その慰めに怒りを覚えた上鳴がキレた。

 

「試験で赤点とったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだわからんのなら貴様の偏差値は猿以下だ!!」

「落ち着けよ長え。」

 

瀬呂が上鳴たちを慰めるように言う。

 

「わかんねぇのは俺もさ。峰田のお陰でクリアはしたけど寝てただけだ。とにかく採点基準が明かされてない以上は...」

「同情するならなんかもう色々くれ!!」

 

上鳴は更にキレた。まぁお前らの試験はワイヤーアロウみたいな移動用装備がないと無理ゲーだったし、気持ちはわかる。

 

そんな上鳴に飲まれていた空気をぶっ壊すのは我らが担任相澤先生だ。

 

「予鈴が鳴ったら席につけ。」

 

カアンと音を立てて勢いよくドアが開く。と同時に生徒たちは席についてシーンと静まり返る。毎度思うが調教されてるなコイツら。

 

「残念ながら赤点が出た。したがって...」

 

目をクワッ!と見開いて相澤先生は言った。上鳴たちに引きずられて暗かった空気を完全に破壊する言葉を

 

「林間合宿は全員行きます。」

「どんでんがえしだぁ!」

 

感激のあまり芦戸など涙を流していた。

 

「筆記の方はゼロ、実技で切島、上鳴、芦戸、砂藤、あと瀬呂が赤点だ。今回の試験我々(ヴィラン)側は、生徒に勝ち筋を残しつつどう課題と向き合うかを見るように動いた。でなければ課題云々の前に詰む奴ばかりだっただろうからな。」

「本気で叩き潰すと仰っていたのは...」

「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点とった奴ほどここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ。」

 

カッと目を見開いて相澤先生が言う。皆の反応が予測できたので耳を塞いでおく。時々思うが精神年齢が皆と異なるせいで反応がズレるのだ。

 

「ゴーリテキキョギィイーー!!」

 

わぁいと立ち上がり喜ぶ赤点ファイブ、だが相澤先生がそんな優しさだけの行為を行うわけもないので、ご愁傷様と心の中で思っておく。

 

「またしてもやられた...流石雄英だ!しかし、二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

「わぁ、水差す飯田くん。」

「確かにな、省みるよ。ただ全部嘘って訳じゃない。赤点は赤点だ。お前らには別途補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな。」

 

喜んでいた赤点ファイブの顔色が曇った。喜んでいたポーズのまま固まったからなんだかちょっとシュールだ。

 

「じゃあ合宿のしおり配るから後ろに回しておけ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「まぁ何はともあれ、全員で行けて良かったね。」

 

「一週間の強化合宿か!」

「結構な大荷物になるね。」

「洗濯機とか使わせてもらえるんなら荷物は少なくて済むんだがなー、夏だし。」

「家庭的やね団扇くん。」

「暗視ゴーグル。」

「水着とか持ってねーや、色々買わねぇとなぁ。」

 

葉隠が何かを思いついたようでパンと手を?叩いた。

 

「あ、じゃあさ、明日休みだしテスト明けだし...ってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

葉隠のニコっという擬音が聞こえてきそうな提案は、皆に好意的に受け入れられた。

 

「おお良い!!何気にそういうの初じゃね⁉︎」

「爆豪、お前も来い!」

「行ってたまるかかったりィ。」

「轟くんも行かない?」

「休日は見舞いだ。」

 

まぁクラスのトップ2はマイペースに断ったのだが。

 

「ノリが悪いよ空気を読めやKY男共ォ!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「てな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」

 

『腕が6本のあなたにも!ふくらはぎ激ゴツのあなたにも!きっと見つかるオンリーワン!』

 

「そういや服って安価大量生産じゃなくてオーダーメイドが主流なんだっけ。」

「確かにそうやけど、団扇くんいつの時代の話してるん?」

「んー、個性発現前時代の雑学仕入れてると現代の感覚とズレるなーって話。」

「へー、昔との違いって他にどんなのあるん?」

「例えば...昔は携帯のオーダーメイドとかなかったんだってさ、みんな人型個性用の板型使ってたんだとか。」

「へー。」

 

麗日と取り留めのない話をしていたら、切島が仕切り始めた。

 

「目的ばらけてっし、時間決めて自由行動すっか!」

 

「それじゃあ、1階のミリタリーショップ行くやついるか?」

「なぁ団扇、ドリルってミリタリー系か?」

「ドリルはホームセンターじゃねえかなぁ...何に使うかは聞かないが失敗を祈ってるぞ。」

「団扇...畜生!やっぱイケメンは敵だ!」

 

峰田は走り去って行った

 

「ククク、貴様には三枚目イメージのついた俺の苦しみはわかるまい...」

「何を言っている団扇、狂ったか?」

「あれ、常闇もミリタリーショップか?」

「ああ、何があるのか気になってな。」

「護身グッズとか色々あって面白いぜ?このショッピングモールの店は前に来たことあるんだよ。まぁ多少値は張るがな。」

「フム、面白そうだ。幸い俺は特に買うべきものは無いからな、ウィンドウショッピングと洒落込もう。」

「んじゃ行くか。」

 

自分と常闇は集まりから離れて歩き出す。

 

「ところで団扇は何を買うつもりなんだ?」

「んー、最新式のテイザーガン、元々予約してたんだよ。どうせ林間学校にも(ヴィラン)は来るだろうし、護身用にな。」

「いや、その理屈はおかしいぞ。」

「だって俺が行くんだぞ?入学から半年経たずに接敵経験何回あると思ってるんだ、林間合宿にも敵は来るさ。間違いない。」

「恐ろしい負の自信だな。」

「備えあれば憂いなしだよ。来なきゃ来ないで笑い話で済む訳だしな。」

「そういうものか...?」

「そんなもんさ、多分な。」

 

そんな会話をしていると、人混みに紛れて遠くに黒いパーカーを被った青年が通り過ぎるのが見えた。パーカーを被るって逆に目立つと思うんだがなぁと何となく思っただけで過ぎ去ってしまった。

後にして思えば、コレはこれまでの体験で培った敵に対する嗅覚が告げた警告だったのだと思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「入り口からして妙なものが置いてあるなこの店は。」

「ステインのマスクって...どうしよう、俺も欲しいかも。」

「買ってどうする気だお前。」

「いや、こういうネタグッズって欲しくならん?まぁ金ないから買わんけど。」

「そういえばお前の親は今何をしているんだ?たまに奨学金暮らしだと聞くが。」

 

常闇が微妙に答え辛い事を聞いてくる。とはいえこれは予想していた質問なので問題はない。

 

「ああ、お袋は再婚して長野にいるよ。育ててくれた親父は...今お勤めしてるな。」

「お勤め?」

「ああ、職場の図書室みたいな所で管理業務についているんだってさ。」

「それでは親父殿の収入を当てに出来るのではないのか?」

「親父勤め始めたばっかりだから給料低いらしいんだよ。だから今は貯金と奨学金頼りの暮らしって訳。まぁ奨学金に利子は付かないから返済怖くないのが唯一の救いって所だな。」

「ふむ、あまり恵まれた環境ではないという事は分かった。苦労しているんだな。」

「この程度苦労には入らんよ。」

 

ちなみに、嘘っぽい言い方をしたが嘘は言ってない。親父は今刑務所内の図書工場という場所で勤めているのだと扉さんから聞いたのだから。

 

店内に入る。相変わらずのごちゃごちゃ感だ。だがそれが良い。

常闇は入り口の樽に刺さっている剣のレプリカの一本に興味を惹かれたようだった。

 

「ム、この剣は...」

「あー、こういうレプリカって部屋に一本は飾っときたいよなあ。わかる。黒い鞘も常闇のイメージとマッチしてて良い感じだし。ただ、お前午後は集まってどっかで遊ぶって事忘れんなよ?」

「...見ていただけだ。」

「嘘つけめっちゃ欲しがってたろ。」

「見ていた、だけだ!」

「あーはいはい見ていただけな。んじゃウィンドウショッピングがてら中入るぞー。」

「何か釈然とせんぞ...」

「気にするな。」

 

今度こそ店の中に入る。所狭しと並ぶ防犯グッズは圧巻だ。

 

「さて、職場体験で知り合った先輩ヒーロー曰く、こういったミリタリーショップのアイテムを使っての軽犯罪って起こりやすいんだってさ。」

「成る程...アイテムで力を持つことによる高揚感が犯罪を引き起こすのだろうな。」

「らしいぜ、だからできるヒーローはオフの日にこういった店を視察するんだとか。」

「となると、案外この客の中にヒーローが混ざっているかもしれないな。」

「緑谷なら私服でも見抜くな、間違いない。」

「確かにそうだ。」

 

常闇とともに店内を歩く。常闇も護身グッズに興味を持ってくれたようだ。

 

「ム、この閃光手榴弾、1つ5千円か。」

「そういや聞いてなかったんだが、体育祭の時常闇の黒影(ダークシャドウ)がだんだん弱くなってただろ?あれって光が関係してるのか?」

「そうだ、俺の黒影(ダークシャドウ)は光で弱く、制御しやすくなり、闇で強く、制御しづらくなる。」

「となると轟と爆豪みたいなのが鬼門だな。」

「そうだ。あとはこういった閃光手榴弾も辛い所だ。」

「となると八百万もか。」

「ああ、八百万には弱点をまだ知られていないだろうがそれも時間の問題だろう。来年は勝てるか怪しい所だな。」

「珍しくネガティブってる?」

「今のままではと言うだけの話だ。来年までに八百万にも当然おまえにも負けんように鍛えてみせる。こういう時の合言葉だろう?Plus Ultraという校訓は。」

「確かにそうだな。」

 

その後自分は予約していた最新式テイザーガンとカートリッジ3つ(計5万円)を購入し、店から出た。

どこか騒がしくなったショッピングモールに違和感を覚えながら。

 

「団扇!コレを見ろ!」

「...木椰区ショッピングモールにてヴィラン連合首魁、死柄木があらわれて雄英生徒と接触⁉︎集合場所に急ぐぞ常闇!」

「ああ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結局その日は死柄木と接触した緑谷を除いては解散となった。死柄木が現れた為ショッピングモールが一時封鎖となったためである。

 

帰りの電車で切島と芦戸と話した。

 

「心配だな、緑谷の奴。」

「ああ、でも死柄木と相対して無事だったのは本当に運が良かった。死柄木はとりあえずで殺しにくるような奴だからな。」

「団扇はUSJ襲撃の前にヴィランと接敵したんだっけ?」

「ああ、運悪くな。今思うと最初の接敵で捕まえられなかったのは駄目だった。千載一遇の大チャンスだったのにな。」

「言うな団扇、そんな未来の事なんて誰にもわからないんだからよ。」

「そーだよ、生きてて良かったってくらいに思わなきゃ!」

「ありがとよ2人とも。」

 

「それじゃあ俺は次の駅で、お前ら2人とも結田付だっけか。」

「ああ、乗り換えはもうちょい先だ。じゃあまた明日な、団扇。」

「おう、また明日。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「...とまあそんな事があって、敵の動きを警戒し、例年使わせて頂いてる合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった。」

「えー!!」

 

「もう親に言っちゃってるよ。」

「故にですわね...話が誰にどう伝わっているか学校が把握できませんもの。」

「合宿自体をキャンセルしないの英断すぎんだろ!」

 

「てめェ、骨折してでも殺しとけよ。」

 

爆豪が緑谷に顔を向けず言い放つ。それに対して葉隠が反論する。

 

「ちょっと爆豪、緑谷がどんな状況だったか聞いてなかった⁉︎そもそも公共の場で個性は原則使用禁止だし。」

「知るかとりあえず骨が折れろ。」

「かっちゃん...」

 

爆豪はそんな大事件の後であっても平常運転だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後の日々はテストの返却や演習試験の感想戦など忙しくもあったが流れるように過ぎていった。そして待ちに待った夏休み初日、自分は

 

刑務所に来ていた。

 

「面会時間は30分です。」

「ありがとうございます。...久しぶり、親父。ちょっと痩せた?」

「まぁ規則正しい生活してるからな。お前はちょっと太くなったんじゃねえか?」

 

右袖を捲り力こぶを作る。

 

「鍛えてますから。」

「うわめっちゃ触りてぇ。」

「お楽しみは仮出所の後でって事で。」

「出所後の楽しみが1つ増えたな。」

「そんなちゃっちいのを楽しみにすんなよ元ヤクザ。」

「いいんだよ、小さな幸せが大事だって気付いたのさ。」

「刑務所って暇そうだもんな。」

「ああ、娯楽つったら一日4時間のテレビくらいだからな。...そうだ、テレビで思い出した。雄英体育祭三位だったな、お前。」

「自慢の息子と誇っていいぜ?まぁ本当は一位取りたかったんだけどさ。」

「お疲れさん、お前は良く頑張ったよ。」

「ありがと。」

 

体育祭の話となればアレは話さない訳にはいかないだろう。

 

「そだ、体育祭の日に凄いことがあったよ。」

「なんだ?」

「偶然母さんと会って、なんだかんだで和解した。」

「何があったお前⁉︎」

「ついでに言うと明日母さんの再婚相手の家族に蕎麦をご馳走になる事になってる。」

「幸せそうで何よりだなぁ!でも聞きたいのはそういう事じゃねぇよなんだかんだの中身だよ!」

「いや、なんか偶然会った。」

「適当⁉︎」

 

実際ガチに偶然だったので間違ってはいない。捜査上の機密を話さないで伝えるとなるとこうなってしまうだけだ。

 

「んで、母さんが再婚したうずまきさんって人と仲良くなってさ、この人なら母さんを任せられるって思って母さんの催眠を解いた。そしたら母さんは俺の事を許してくれたって感じ。」

「省略された所にもの凄いドラマがあった感じの話し方だなぁオイ。」

「詳しいことは話すの恥ずかしい系の話なんだよ。」

 

その言葉に「あ、コイツマジで詳しく話す気ねぇな」と判断したのか親父はハァと溜息を吐いた。

 

「まぁお前がいつも通りで良かったと思うべきかね。実際俺を売った事気に病んでるんじゃないかと心配してたんだよ。」

「杞憂だったね親父。ヒーロー科って忙しすぎてそんな事考える余裕はなかったよ。」

「そいつは何よりだ。」

「まぁ忙しすぎて親父の面会に来るのも遅くなっちまったんだけどさ!」

「そこは気にしてねぇよ。日曜日に面会受け付けてねぇ刑務所のお役所体制が憎いって言ってたって扉から聞いたぜ?」

「ついでに言うなら平日の受け付け閉まるの早すぎ問題も憎いわ。何、16時受け付け終了ってサービス業舐めてんだろ。平日授業終わんの16時過ぎてんだよ。」

「大変だな雄英生徒は、毎日7限あるんだろ?」

「そー、あと土曜も6限までみっちり授業詰まってるんだよ。驚きじゃね?」

「マジか...遊ぶ時間とかあるのか?」

「無い。放課後は基本トレーニングと勉強だし。通学片道2時間だし。」

「日曜は?」

「自主トレ。」

 

親父の溜息が聞こえた。そりゃこんな灰色の日常を青春真っ盛りの息子が送っているとなると心配にもなるだろうさ。

 

「...もうちょい青春を楽しめよお前。」

「そこは大丈夫。高校では友人に恵まれたから。」

「へぇ、どんな奴らだ?」

「紹介するならまずは緑谷だな。」

「緑谷...聞いた事あるな、体育祭で出てた奴か?」

「そうそう、あの時はまだ個性の調整できてなくて指とか腕とかぶっ壊しながら戦ってたっけ。」

「ああ、あの氷の奴相手にボロボロになりながら戦ってた奴か。凄え根性してるよな。」

「そう。あいつ何気にメンタル強いんだよ、誰かを助けたいって思った時とかは。あの時は炎を使わないっていう焦凍のトラウマぶち壊すために無茶苦茶したって感じ。でも普段は気弱で優しいヒーローオタクってんだから人間って奴は面白いわ。」

「お前何様だよ...」

「ヒーローの卵様だよ。」

 

緑谷の次は焦凍だろうと話を続けようとしたところ、後ろのドア前で立っていた刑務官さんが告げてきた。

 

「面会時間、あと五分です。」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ親父、何か言っておきたい事とかある?」

「あー、改めて考えると特にねぇな。お前が青春楽しんでるってのは物凄く伝わってきたし。せいぜい風邪とかに気をつけろってくらいだな。」

「ありがと。んじゃあ俺からも、しっかりあったかくして寝なよ?」

「ああ、そうする。」

 

「それじゃ、帰るわ。また来る。」

「おう、ヴィランとかに気をつけて帰れよ。」

「それをヴィランの巣窟で聞くとは思わなかったかなぁ。」

「皆しっかり更生中だよ馬鹿たれ、元ヴィランの巣窟だ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

刑務所から出ると、緑谷からメールが届いた。

「プールで体力強化するからみんなも一緒にどう?」と

 

「んー...ここからだと雄英着くのは14時か、プール使用時間は多分17時までだから...よし、行くか。」

 

ちょうど思いっきり動きたい気分だったのだ。さぁ、泳ぐぞー!

 

 

 

 




平日の自由時間が取れなくてなかなかできなかった面会回です。雄英のスケジュール厳しすぎるんよ...
ウルトラアーカイブみて驚いた点です。


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林間合宿編
魔獣の森と入浴


この話で書きたかった点は2つ、一つはなんだかんだで押し付けられる役割とは皆からの信頼度に比例するという事、もう一つは後半の馬鹿っぷりです。
巡くんは健全な男子高校生なのですよ。


時は流れ、林間合宿当日

 

集合場所にて物間がいきなりA組を煽ってきた。

 

「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと⁉︎ええ⁉︎おかしくない⁉︎おかしくない⁉︎A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ⁉︎あれれれれぇ⁉︎」

 

拳藤の無言の手刀、物間は黙らされた。

なお、B組全体がA組を敵視している訳ではないようで、B組女子連中は好意的な声をかけてくれた。

 

そんな女子に反応するのはやはりこの男、A組の性欲魔人峰田実である。

 

「よりどりみどりかよ...」

「おまえダメだぞそろそろ。」

「なぁ峰田。」

「なんだよ団扇、オイラは今忙しいんだ。後にしてくれ。」

「あんまり度が過ぎるとお前のリトルミネタ、勃たなくするぞ?」

「...怖えよ⁉︎」

 

実際に個性で勃たなくする事はできるかは試した事はないが、脅しにはなるだろう。

まぁ、この程度の脅しで屈するような奴だとは思えないのが峰田の凄い所なのだが。

 

「A組のバスはこっちだ。席順に並びたまえ!」

「行こうぜ峰田、視姦はそこまでだ。」

「チッ、良い子ちゃんぶりやがって。オイラ知ってるぞ?お前も結構なエロ野郎だって事を!」

「そりゃエロくない男なんかいないだろ。」

「それもそうか。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バスの中で語られた峰田と官能小説家の感動?話を聞いて、今度機会があったらサイン本読ませてもらおうと決意を固めたころバスはパーキングでない開けた空間に止まった。

 

「よーーうイレイザー!!」

「ご無沙汰しています。」

 

相澤先生が頭を下げた。相手はコスチュームを身に纏った2人の女性。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」

 

決めポーズを決めた2人のヒーローがそこにいた。

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ。」

 

こういう話題のときに頼れるのはヒーロー博士緑谷出久。緑谷は誰に言われるでもなく解説を始めていた。

 

「連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団!山岳救助を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう12年にもなる...」

 

と、金髪の方の女性が緑谷の語りを止めた。

 

「心は18!!」

「へぶ。」

 

女性に年齢の絡む話はするなという事だろう。この辺は前世と同じ価値観なのな。

 

そんな事を考えていると黒髪の女性が何やら不穏な事を言い始めた。

 

「あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね。」

「遠っ!!」

 

ザワつき始める皆。何か来ると判断した自分は写輪眼を発動させた。

 

すると、見えたこの辺り一帯の土砂に干渉する金髪の女性の身体エネルギーが見えた。嫌な予感しかしねぇ!

 

「皆!バス戻れェ!」

「流石ヴィラン潰し、反応が早いわね。」

 

叫ぶとともにバスのドアへと飛び込む。自分はギリギリ間に合った。

 

そして振り返ると、濁流のような土砂によって皆が崖下に投げ出されているのが見えた。ついでに自分を掴む相澤先生も。

 

「もう合宿は始まってる。行ってこい団扇。」

 

その言葉とともに土砂の中へと投げ込まれた。

 

「奇襲回避ボーナスとかないんですかぁ!」

 

黒髪の女性が土砂に飲まれてる皆に叫んだ。

 

「キティ達!12時半までにたどり着けなかったらお昼抜きね!」

 

土砂で優しく崖下に運ばれた辺りで再び黒髪の女性の声が聞こえる。

 

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から3時間、自分の足で施設においでませ!この、"魔獣の森"を抜けて!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

着地とともに状況確認。自分が一番最後のようだ。

 

「全員無事か!」

 

「おー」「なんとか」と声が聞こえる。全員無事なようだ。

 

ならとりあえずこのサバイバルを生き抜くために必要なアイテムは

 

「八百万、コンパス作れるか?」

「いえ、もっと良いものを...できました、GPS受信デバイスです。」

「ありがたいな、迷う心配はなさそうだ。」

 

前を向くと峰田が土塊の獣と相対していた。

 

「「マジュウだー!⁉︎」」

 

上鳴と瀬呂が叫ぶ。

 

口田が咄嗟に個性を使って止めようとした。

 

「静まりなさい獣よ、下がるのです。」

「アレは個性で作られた土塊だ!口田の個性は通じない!」

 

口田の個性が効かないと分かった時点で動き出したのは4人。緑谷、爆豪、飯田、焦凍だ。4人はそれぞれの個性を用いて魔獣を一蹴した。

前衛はあいつらに任せて大丈夫だろう。

 

「障子は目を作って索敵、耳郎もイヤホンで頼む。魔獣が他にもいるはずだ。砂藤、糖分はあるか?」

「ああ、角砂糖は常備してる。少しなら戦えるぜ。」

「とりあえず俺のポケットに入ってたチョコレートだ。持っとけ。」

「ありがとよ団扇。」

 

「団扇、魔獣が5体だ。」

 

「1人では当たるな、近くの連中と連携して囲んでボコれ!」

 

なんか指揮官みたいなポジ押し付けられた気がしないでもない。

ただ視野は広い方なので問題はない。

 

まぁ仕切るのはA組委員長のこの男だろう。

 

「行くぞA組!」

 

飯田の声に「応!」と皆が答えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

魔獣が前足を振り上げ迫ってくる。外に一歩躱して後ろ足を殴り壊す。砂鉄グローブをポケットに入れておいて本当に良かった。

 

「砂藤!」

「任せろ!」

 

体勢を崩した魔獣の顔面を砂藤のシュガードープで強化された筋力で破壊する。あのパワーはやはり強い。今まで目立っていないのが不思議なくらいだ。

写輪眼で魔獣を確認するとエネルギーの流れが途切れているのが分かった。

 

「皆、顔面壊せば魔獣は動かなくなる!火力連中は顔面狙え!」

 

索敵要員の耳郎の警告が響く

 

「2時方向から2体来てる!」

「八百万頼む!時間稼ぎは...葉隠、頼めるか?」

「オッケー、囮だね!任せて!」

「団扇、正面上から魔獣が来る!」

「焦凍足止め!爆豪トドメ!」

「わかった。」「命令してんじゃねぇクソ目がぁ!」

 

焦凍の氷結と爆豪の爆破のコンボ、葉隠を狙う魔獣への八百万の砲撃によりとりあえずの安全を確保できた。

 

「進むぞ!待ち伏せには注意しろ!障子、耳郎、索敵継続して頼む、お前らが頼りだ。」

「任せて、団扇。」

「任された。」

 

「上鳴、砂藤、青山、お前ら弾数は大丈夫か?」

「俺はまだ平気だぜ、流石にウェイって足手まといにはなりたくねぇしな。」

「俺も平気だ。角砂糖はまだ残ってる。」

「メルシィ、まだまだ全然大丈夫さ。」

「お前ら3人は出来るだけ個性を温存しろ、助けてやれる余裕はなさそうだ。まぁそんな事言ってられる状況かは疑問だけどさ。」

 

3人は頷いた。自分の個性のデメリットをよく知っているが故だろう。

 

そんな時、障子の声が響いた。

 

「団扇、待ち伏せだ!囲まれている!」

 

ざっと周囲を見る、魔獣は7体

近くにいる連中だけで対処できないグループは峰田と瀬呂の所くらいだろう。それ以外は自力で対処できる奴がいる。が、破壊できる奴は限られている。頭を回して指示を出さねば!

 

「各自応戦!青山!峰田と瀬呂を援護!砂藤と耳郎は尾白の所向かえ!上鳴、障子の援護行くぞ!」

 

青山のネビルレーザーにより体勢を崩した魔獣は峰田のもぎもぎと瀬呂のテープにより拘束された。これで一体

尾白が格闘で対処していた魔獣を砂藤が抑え、耳郎のイヤホンジャックで顔面を破壊する、これで二体

障子に襲いかかってきた魔獣は振り上げた右前足を障子が6本腕で押さえ込み、左前脚を自分が蹴りで破壊する。これで体勢が崩れた。

 

「上鳴!」

「おうよ!130万ボルト!」

 

体勢が崩れた魔獣の上に上鳴が乗り、障子が手を離すと同時に電撃を放ち魔獣を破壊する。これで3体。

 

麗日のゼログラビティで浮かされ蛙吹の舌で叩きつけられた魔獣、八百万の砲撃で破壊された魔獣が見えた。これで5体。

 

緑谷と飯田、焦凍と爆豪がそれぞれ一体を瞬殺していた。これで7体、包囲突破だ。

 

「障子、耳郎、また索敵頼む!先は長いぞ、体力を使いすぎるな!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

八百万のデバイスで確認したところ、時間は12時半を過ぎてしまった。

与えられた課題をこなせないとかなんちゃってとはいえ指揮官の名折れだ。

 

「すまん皆、時間オーバーだ。今だいたい中間地点過ぎた所だ、どうやったって間に合わん。昼飯は抜きになっちまったな。...ある程度開けた所に出たら一旦休憩入れよう。」

「しゃーねぇよこの魔獣の数だ。むしろ団扇はよくやってくれたさ。」

「そうだよ団扇くん、良い指示だったって。」

「その通りだ、団扇くん!本来なら委員長の僕が指示を出すべき所を押し付けてすまないと思っている!だが見事な指揮っぷりだった!お陰で皆怪我はしていないのだから!」

「...ありがとよ。」

 

爆豪から「死ねクソ目」くらいは飛んで来そうなものだったが、なんと黙っていた。自分の指揮にある程度は納得してくれていたのだろう。

 

歩いていくと開けた場所に出た。幸いにも魔獣は見えない。

 

「ここで20分休憩にする。ただ奇襲が無いとは言い切れないから警戒は抜ききるなよ。」

 

3時間緊張の中歩き続けたのだ、皆の疲労もかなりのものになっているだろう。疲労という見えない敵が一番怖いとはよく言われた言葉だ。

 

「団扇、ちょっと良いか?」

「焦凍か、どした?」

「なんで此処で休憩にしたんだ?無理すりゃもうちょい行けただろ。」

「ああ、単純だよ。ここみたく休憩に適した地形が次もあるかは分からん。だからこの際に隊列とか前線のローテーションとか色々決めておきたかったんだよ。流されたままのなあなあでここまで来ちまったからな。それに、もうタイムオーバーで急ぐ必要は無くなったし。」

「成る程な、納得した。...色々考えてるんだなお前って。」

「気付いたら指揮官になってたからな、投げ出すわけにはいかん。つー訳で八百万、緑谷、飯田、作戦会議開くぞー。」

「ム!承知した!」

「うん、わかったよ団扇くん。」

「ええ...そうですね、ホワイトボードなどは入り用ですか?」

「流石だな八百万、それじゃあ頼むわ。」

「頼まれましたわ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「常闇、突撃!口田はサポート!」

「応!」

「行きなさい、森の徒たちよ!」

 

「右翼!左翼!打ち合わせ通りに!常闇を中心に最小限の戦闘で突破する!」

 

作戦は単純、森の闇で強化されている黒影(ダークシャドウ)で正面をぶち破りつつ両翼に配置した捕縛系個性を持つ峰田、瀬呂で左右から襲いかかる連中を無力化し、真っ直ぐ施設へと向かうという脳筋戦法である。

尚、爆豪、焦凍、緑谷、飯田の対応力の高い連中はあえてフリーにする事で即席連携ゆえの脆弱さをカバーしてもらっている。

弾数に制限のある連中は今のところ隊列の中央部で温存、常闇が黒影(ダークシャドウ)を下げるタイミングや両翼が崩れそうになったタイミングで戦力を投入するつもりだ。まぁ右翼にはクラス随一の格闘能力を持つ尾白と運動性能ピカイチな芦戸が、左翼には職場体験で近接格闘術を学んだ麗日と全体的に優秀な蛙吹のコンビがいるので崩れる事はあまり心配しなくていいだろう。

 

「うー、私仕事なくてちょっと罪悪感だよー。」

「すまん葉隠、この森でお前の特性を活かす策は思いつけなかった。」

「葉隠さん、個性を活かすタイミングはこれから先必ずありますわ。今罪悪感を覚えるのなら未来のその時に活躍して下さいな。」

 

「正面の魔獣を突破した!」

「右、拘束完了だ!」

「左も足止め終わったぜ!」

 

「よし、進むぞ!何度も言うが待ち伏せ不意打ちには注意しろよ!」

 

魔獣の森を進む21人、隊列はおそらく本職の目から見れば拙いものであるだろうが身体も動きの予備動作も大きい魔獣相手になら十分な効力を発揮できた。

 

以降は何度かの休憩を挟みつつであったが、スムーズにこの森を抜ける事ができた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「凄いにゃん君たち。四時台につくなんて。予想よりだいぶ早かったにゃん。」

 

皆疲れながらもなんとか辿り着いた宿泊施設。自分は青山に肩を貸しながらなんとか歩いていく。

 

「12時半までにつけって話じゃなかったんですか?思いっきり失敗しましたけど。」

「ああ、あれは私達なら3時間で着けるってだけの話よ、気にしないで。」

「...畜生、そんな事なら最初っから安全策取っときゃ良かった!最初に隊列組み上げられたならどれだけ楽だったか!」

 

あんまりな事実に膝をつく、始めの頃は時間制限を守るためにギリギリまで皆を酷使したのにそんな必要はなかったとか...前半の無理がなかったら青山とかもっと温存できたぞ畜生。

 

「ねこねこねこ!にしても良かったよ君!皆の個性を活かしたいい指示出しだった!」

「まぁ要所で暴れてくれる緑谷たちありきの指示でしたけどね。」

「うんうん、謙虚な姿勢も良いね、ツバつけちゃお!」

「恥ずかしいのでNoで。」

「つれないねー!」

 

「マンダレイ、あの人あんなでしたっけ。」

「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで。」

 

「適齢期と言えばー...」

「と言えばて!!」

 

緑谷が金髪の女性に口を塞がれる、うん、この時代でも女性の年の話は誤魔化そう。

 

「ずっと気になっていたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

 

緑谷は少し離れた所にいる帽子の少年を指して言った。目立っていなかったが魔獣の森に投げ込まれる前にも見たような気がする。

 

黒髪の、マンダレイと言われていたヒーローが緑谷の問いに答えた。

 

「ああ、違う。この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから...」

 

緑谷は洸汰少年の元へと歩き、手を差し伸べて自己紹介をした。

 

「あ えと僕雄英高校ヒーロー科の緑谷、よろしくね。」

 

返答は少年による股間へのパンチであったが。あれは痛い。

 

倒れた緑谷に駆け寄る飯田。

 

「おのれ従甥!!何故緑谷くんの陰嚢を!!」

 

スタスタと去りながら洸汰少年は言った。

 

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ。」

「つるむ!⁉︎いくつだ君!!」

 

「マセガキ」

「お前に似てねぇか?」

「あ?似てねぇよ。つーかてめェ喋ってんじゃねぇぞ舐めプ野郎。」

「悪い。」

 

緩み始めた空気を相澤先生がぶった切って話を始めた。本当に相澤先生はブレないなぁ。

 

「茶番はいい、バスから荷物下ろせ。部屋に荷物運んだら5時まで休憩の後食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ、さぁ早くしろ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いただきます!!」

 

食堂、目の前には白米、唐揚げ、サラダに肉団子に魚、ローストビーフに餃子とよりどりみどり。だが白米を食えと言わんばかりのメニューだった。

 

「美味いな、白米がこんなに美味く感じられるとか久しぶりだわ。」

「そうやね、空腹は最高のスパイス!」

「うむ、美味しいぞ本当に!雄英の食堂にも引けを取らないな!」

「うん、ランチラッシュの食堂に引けを取らないなんて、流石山岳救助のプロって事なのかな。」

「確かに、誰かを助けた後食わす最初の飯が美味いと心まで救える感じがするしな。」

「うん、災害救助を専門にしてるヒーローのインタビューでよくそう言うのは聞くね。ランチラッシュとかクッキークッカーとか食事の力で人を救おうってヒーローも結構多いしね。」

「へー。」

 

流石のヒーロー博士っぷりは相変わらずだなー。

そんな事を思っていると、

 

「まー色々世話焼くのは今日だけだし、食べれるだけ食べな。」

 

と聞き捨てのならない台詞がマンダレイから飛び出してきやがった。

 

「...うん、食い溜めしておこう。ご飯おかわりお願いします!」

「はーい」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

所変わって風呂場、食後の入浴の時間である。

 

「まァまぁ...飯とかはねぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてんのってそこじゃないんスよ。その辺わかってるんスよオイラぁ...

求められてるのはこの壁の向こうなんスよ...」

「峰田、お前に一応言っておくが、覗きはバレたらアウトだぞ。正面突破はやめとけ。」

「ウルセェイケメンは黙ってろ。オイラのパライソはこの壁の向こうにあるんだよ!」

「浅はかだぞ峰田実!」

「な、何を言ってやがる!」

「今はまだ、B組の連中が来ていない!そんな中で正面突破はチャンスを無駄に使うのと同じことッ!」

「くっ、痛い所を突いて来やがるッ!だが今なんだ、今なんだよ団扇!パライソは今壁の向こうにあるんだ!たとえそこにB組連中がまだ到着していなくてもあるんだよ!八百万のおっぱいが!芦戸の腰つきが!麗日のうららかボディが!蛙吹の意外な大きさが!なら立ち向かうのが男って奴だろうが!」

「くそ、納得できちまう!俺だってできるならこの壁を越えてしまいたい!だが駄目だ、駄目なんだよ峰田!」

「何故だ団扇!お前はイケメンだがかなりのエロパワーを誇る俺たち側の人間の筈!どうして俺の旅路を止めようとするんだ!」

「俺は!湯上り姿もエロいとおもっているんだぁ!」

 

沈黙が周りを支配した。峰田よ、裸体をこよなく愛するお前とは違い、俺は着衣エロも尊いと思っているのだ。

 

「フッ、平行線だな団扇。」

「ああ、平行線だ。そして峰田よ、お前には俺がお前を止めなければならない理由もわかった筈だ。」

「湯上りの無防備な姿を目に焼き付けるために男子を警戒させてはならないって事か...」

「その通りだ。俺は俺の信じるエロのためにお前のエロと戦うッ!」

「お前を見くびっていたかも知れないぜ団扇巡。だがオイラは負けられない!信じたい、エロがあるんだぁ!」

 

峰田は俺の目を見て強く、強く言い放った。

 

「言葉は不要か...なら使わせてもらう!」

 

写輪眼発動、とある命令を峰田の脳に刷り込んだ。

 

「な、なんだこの喪失感は!オイラの大切な何かがえぐり取られてしまったような...ッ!」

「なぁ峰田、お前のパライソを思い浮かべてみろ。それでわかる筈だ。」

 

峰田は少し目を閉じてイメージを膨らませた。だがその瞬間に気付いたのだろう。峰田は膝をついた。

 

「た、勃たねぇ...ッ!」

 

その言葉に戦慄したのは浴室にいる全ての男子たちだった。

 

「団扇!お前は悪魔か!」

 

上鳴からヤジが飛んできた、だが仕方あるまい。

 

「悪魔でいい、俺の望む世界のためならば!」

「ただ湯上り美人を見たいだけだろお前は!そんな事の為に峰田を、峰田のリトルミネタをぉ!」

「外野は黙ってろ!さぁ峰田!その起動しなくなった男の象徴で何をする!何ができる!」

「...ハン、残念だったな団扇!お前の目論見は失敗に終わる!」

「な、何だと⁉︎」

「エロってのはよぉ股間(ココ)じゃなくて、(ココ)で感じるもんだろうがぁ!」

 

そう言って、峰田は一瞬のうちに女子風呂との壁を高速で登って行ってしまった。戦慄しているうちに手の届かない所まで行くとは...

 

「認めるしかないな。峰田は、あいつは本物だ。象徴を失って尚立ち続けられるなんて生半可な覚悟じゃあねぇぜ。」

「団扇くんが真面目な顔ですっごい馬鹿な事言ってる...」

 

緑谷に物凄い辛辣な事言われた気がするが気にしない。

 

「壁とは越えるためにある!!Plus Ultra !

この時のために、この時のためにオイラは!」

 

「ヒーロー以前に人としてのあれこれから学び直せ。」

 

峰田の希望へのクライミングは二枚壁の内側から現れた洸太少年に叩き落とされた事により失敗に終わった。

 

「くそガキィイイィイ!⁉︎」

 

あの高さから落ちたらただでは済むまい。当然キャッチだ。

 

「ありがと洸汰くーん!」

 

その声に振り返った少年は楽園を覗き見てしまい、ショックで後ろに体重を乗せてしまった。結果壁の上から落ちてしまった。

 

まぁ少年程度の体重なら片手で支えられるだろう。右手で峰田を、左手で洸汰少年を掴み落下の衝撃を逃がした。

 

「大丈夫か2人とも。」

「オイラは平気だぜ...畜生、あと一歩だったってのによぉ...」

「洸汰くん?」

 

洸汰少年は鼻血を少し出した状態で意識を失っていた。

 

「大変だ!意識を失ってる!」

「ちゃんと衝撃は逃したから大事はない筈だ。でもとりあえずここじゃあアレだし、緑谷、洸汰少年を頼む。」

「うん、団扇くんは?」

「コイツを捕まえとく。」

 

そう言って右手で掴んだ峰田を見せる。

 

「な、何故オイラが諦めていないと分かった!」

「一度落ちた程度でお前が諦める筈がない。そう思ったからだ。」

「...完敗だぜ湯上りエロ派の団扇巡、今日の所は諦めてやるよ」

 

ちなみに俺と峰田の会話は女子に筒抜けだったため、湯上り姿はチラッとしか見せて貰えなかった。もっとじっくり見たかったッ!

 




峰田と巡は巡がイケメンでさえなければ出会った初日に親友になれたレベルの相性が良いです。なぜなら峰田のエロへの良き理解者となってしまうからです。馬鹿と馬鹿の相乗効果で物凄い馬鹿が生まれるッ!


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個性強化と二日目の夜

三つ巴写輪眼故スタミナへの影響は軽微、されど無いわけではない。
という言い訳フェイズ。特訓内容もっとキツイのか思いつかなかったのです。



翌日、午前5時30分。朝が早いからか昨日の疲れからか皆どこか眠そうだ。

 

相澤先生は普段通りのテンションで言い始めた。

 

「お早う諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ。」

 

相澤先生は懐かしの個性把握テストで用いたハンドボールを爆豪に投げ渡した。

 

「これ...体力テストの...」

「前回の...入学直後の記録は705.2m...どんだけ伸びているかな。」

 

ボールを持った肩をブンブン回す爆豪。

「1キロくらい行くんじゃねぇの?」「いったれバクゴー」とヤジが飛ぶ。

 

「んじゃよっこら...くたばれ!!!」

 

くたばれって...と見ている皆の心が一つになった。入学当初から爆豪はブレないなぁ。

相澤先生の端末にビピっと音がした。どうやら結果が出たようだ。

 

「709.6m」

 

「⁉︎」と皆の驚きの声がする。

 

「この3ヶ月間様々な経験を経て、確かに君らは成長している。だがそれは精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だからーー今日から君らの個性を伸ばす。死ぬ程キツイがくれぐれも...死なないようにーー...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自分に割り当てられた個性強化プランはシンプルだ。鏡を使って自分に催眠、催眠解除を繰り返して当て続けるだけである。要は連射だ。

 

催眠内容はリミッター解除。この個性強化特訓では自身への催眠の精度向上、催眠の速度向上、などを目的としている。

まぁ傍目から見ていると鏡をじーっと見つめているだけなので辛そうと思われないだろうがこれがなかなかキツイのだ。

200回程連射してようやく気付いたのだが催眠の使用には微弱だが身体エネルギーを消費する。塵も積もれば山となる。連射していればかなりの体力が持っていかれるのだ。

 

「これは...キツイなッ!」

「弱音吐かない!ヒーローになりたいならね!」

「承知しました、マンダレイ!」

 

まぁ皆に比べれば自分の特訓など生易しいものだ。常闇など暗所での黒影(ダークシャドウ)制御の特訓だろうがぎゃあああと悲鳴しか聞こえてこない程なのだから。

 

さて、連射だ。今は考えるのをやめてひたすら催眠を撃ちまくるのみだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

PM4:00、今日の訓練終了時間だ。

 

「さぁ昨日言ったね『世話焼くのは今日だけ』って!!」

「己で食う飯くらい己で作れ!!カレー!!」

 

皆は疲れながらも「イエッサ」と返す。グタと擬音が聞こえてきそうだ。

 

「アハハハハ、全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」

 

ハハハハハと楽しそうに笑いながら緑髪のヒーロー、ラグドールは言う。見ている側は楽しそうだな畜生...

 

そんな筋違いな恨みを抱いていると近くにいた飯田がハッと何かに気付く。

 

「確かに...災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環...流石雄英無駄がない!!世界一旨いカレーを作ろう皆!!」

 

「オー」と満身創痍ながら皆で返す。疲れていても飯田はブレない。そこが頼もしくも面白い奴だと思った。

 

「さて、こういった大人数での調理は役割分担が肝だ!幸いにも僕たちはちょうど21人!白米を炊く係に7人、野菜の皮を剥くのが7人、カレーを調理するのが7人としよう!さぁ、作業開始だ!」

 

さっと役割分担を決める。自分は皮むき班へと配属された。

 

「ちゃちゃっと終わらせて調理班の援護に行くぞー。」

 

「オー」と気の無い返事をかけてくるのは皮むき班の連中、料理が得意な奴はあまりいなさそうだ。

 

「上鳴、ジャガイモの芽はちゃんと取るようにな。あと、ピーラーないから手とか切らないように気をつけること。」

「応!...って団扇お前皮むき早いな!」

「家事歴これでも長いんだよ。」

 

さらさらさらっとジャガイモの皮を剥いていく。こういった単純作業は慣れたものだ。まぁ愛用の棒型ピーラーが欲しいところではあるのだが。

 

「第一陣はこんなもんだろ。上鳴、調理班に持って行ってくれ。」

「あいよ!」

 

皮むき作業は順調であった。残る心配は調理班の中に見えていなかった爆弾がいるかどうかであるが、そこは一人暮らしの麗日や地頭の良い八百万に信じて任せよう。

 

思い返すは前世の学生時代、『持ち込みで材料加えてオリジナリティ加えようぜ!』と言い出した馬鹿と、『カレーに果物って合うらしいぜ?』と何処からかドリアンを持ってきた馬鹿が重なって作られたあのカレーの味と匂いは筆舌に尽くし難かった。

だが、それすらも楽しい思い出であったと今思い返すと思える。そんな事を思い出していた。

 

「団扇、なんか面白い事でもあったのか?笑ってるぞ、顔。」

「ちょっと昔の事を思い出した感じだよ。カレーにドリアンはないよなぁって。」

「何だよそのチャレンジ精神は。」

「俺もそう思う。若気の至りって奴だな。」

「いくつだよお前。」

「16歳だよ。さて、皮むき第二陣終わり!尾白、持って行ってくれ。」

「任せろ。にしても半分くらいお前1人で終わらせてないか?」

「慣れてるからな。さて、残り終わったら調理班への加勢に行くぞ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うめー!このカレーいける!普通に美味い!」

「マジか、こっちのカレー正直微妙だわ。ちょっとそっちの鍋のルーくれよ。」

「おう、ちょっとだけな?」

「...うめー!何だコレ、同じ材料のカレーなのに何でこんな味が変わるんだ⁉︎」

「クックック、その答えを教えてやろう。」

「お前は⁉︎途中から調理班に入った団扇!一体何が違うんだ?」

「飴色に炒めた玉ねぎはルーにコクを与える...」

「その一手間がおいしさの秘訣!やね!」

「ええ、食べ比べて驚きました。ここまで変わるものだとは。まだまだ精進が足りませんでしたわ。ですが次はもっと美味しいカレーを作ってみせますわ!」

「まぁこっちのカレーも悪くはない。これから頑張れよ八百万。」

「はい!」

 

「団扇くん、この美味しい方のカレーちょっと貰って行っていい?」

「ん?構わんぞ。」

「ありがとう、ちょっと洸太くんにカレー届けてくるね。」

「おう、行ってらー。」

 

皆の食が進む。最初になくなったのは自分の作った飴色玉葱カレーであった。勝った、と誰と競争していた訳ではないが思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「本当に来たのかB組連中...」

「あからさまに面倒くさそうだね団扇くん。」

「いや、ぶっちゃけ早く寝たい。風呂上がってから疲れがドッと出てきた感じ。」

「あー、それ僕もあるかも。」

 

事の発端は夕食終わりの会話だった。

マンダレイからの「明日の肉じゃがの肉、牛肉か豚肉かどちらかを選んでほしい」という一声があった。皆特に拘りはなかったのでジャンケンで決めようという話になりかけた所で物申してきたのがB組きっての問題児物間である。「憎きA組との勝負の機会を逃すのか。」「肉じゃがは当然牛肉だよなぁ!」などと難癖をつけてきてあれよあれよとAB対抗腕相撲大会が開かれる事となったのだ。

 

周囲をさらっと見渡す。やってきたB組連中に皆夢中になってこの部屋にいるはずのとある人物については気にしていないようだ。

 

気付いているのはおそらく自分だけだろう。頑張れとは言わない。だが生きて帰って来い峰田よ...

 

「あ、始まるみたいだよ団扇くん。」

「そだな、最初は尾白と庄田の試合か...体育祭の時の事を思い出すな。」

「そういや団扇くんって心操くんと同じ騎馬だったよね。」

「ああ、時間なくて庄田と尾白は洗脳しっぱなしで始めちまったんだよ。そこがちょっと心残りだったな。...あ、尾白が負けた。庄田って力強いな。」

「ううん、多分力を入れるまでのトップスピードが早かったんだ。それにあの柔らかい手が力入れるのを悟らせなかったのかも。これはもしかして凄い特性かもしれない。庄田くんのあの優しそうな見た目だ。握手をして隙のできた(ヴィラン)に攻撃をすれば威力は倍増する!」

 

緑谷特有のブツブツが始まった。正直こいつのブツブツは割と為になる事言ってるのでもっと聞きたいところではあるのだが次の試合はもうすぐだ。正気に戻そう。

 

「おーい、次の試合始まるぞ、戻って来い緑谷。」

「あ、うん。ありがと団扇くん。次は障子くんと骨抜くんだね。どっちが勝つと思う?」

「これは障子一択だな。あいつのフィジカルは俺が見習いたいレベルの強者だからな。骨抜の奴が隠れマッチョだとしてもオープンマッチョな障子には敵わないだろ。」

「本当だ、あっさり倒しちゃった。障子くんの勝ちだね。」

「次は口田と宍戸か、口田って何気に俺より腕力あるんだよなぁ...もっと鍛えないと。」

「そこで自分を鍛えようと思える所がお前の強い所なのだろうな、団扇。」

「お疲れ、障子。お前も来たかこの窓際のんびり席に。オレオあるぞ、食べるか?」

「頂こう。さて団扇、お前は今の試合をどう見る?」

「互角ってとこじゃねぇかな。宍戸も口田も筋肉のつきやすそうな異形型だし。お互いの作戦次第だろうさ。」

「始まったよ!口田くんは宍戸くんの攻撃を耐えて返すつもりみたいだ!」

「持久戦か!どう転ぶかだな...」

 

口田のスタミナ切れを狙う戦術はドンピシャだったようで、宍戸は徐々に口田の腕に押されていった。

 

「あ、虫だ。」

 

突如襲来した物間のその一言で虫の苦手な口田は「キャアア⁉︎」と叫んでその場を飛び退いた。その隙を突かれて口田は宍戸に敗北してしまった。

 

「うわ、物間っていつのまに補習から抜けて来たんだ?全く気付かなかった。」

「虫の苦手な口田くんには効果てきめんの口撃だったね...」

「全くだ、どこで情報を仕入れているのやら。」

 

ちなみに物間はその後「えー、僕には本当に虫がいたように見えたんだけどなぁ!」「負けたのをB組の僕のせいにしないでほしいなぁ!」などとある意味見事な口のうまさで「不正だろコラァ!」との声から逃げ切って補習へと帰っていった。

 

「物間って本当に凄え奴だな、ある意味。」

「同感だ。だがその心根はクラスの仲間の事を思えばこその腐りようだ。...B組だけの時に物間がどんな奴か興味が湧いてきた。」

「確かに...案外紳士だったりして。」

「まぁA組の俺らはそれを直接見れないだろうけどな。にしても切島遅いな...これは代役か?」

「行って来い団扇、お前が適任だ。」

「正直に言うとだな、俺肉じゃがには牛肉派だからこの勝負負けてもらいたい。」

「まさかの内患だと⁉︎」

「なので俺はここでぐだぐだしてます。それが俺にできるクラスへの最大の貢献だからな。」

「そういえば団扇くんにしては珍しく頑張れとか言ってなかったね...あ、切島くん来た。」

「これで問題なしだな。」

「釈然とせんがまぁいいか、今は友の勝利を願うのみだ。」

「そうだね障子くん。あ、始まった。」

 

始まった腕相撲。始めは切島の劣勢だったが、爆豪の「負けたら死ね!」との声援?に応えた切島が逆転し勝利した。

 

「あの声援にノータイムで同じ応えられるって切島と爆豪って面白い関係だよなぁ。」

「そうだね、かっちゃんと対等に友達やってる人は切島くんくらいだから。昔付き合ってた友達はどこかかっちゃんに付いて回ってる感じがあったけど切島くんにはそれもない。いい関係だと思うな。」

「昔から爆豪を見ている緑谷がいうのだから間違いはないだろうな。」

「さて、2対2で最終戦の爆豪対鉄哲か、まぁ勝つのは爆豪だろうなぁ...畜生、豚肉で肉じゃがかぁ、今世で初だな。」

「団扇くんってたまに変な言い回しするよね。」

「気にするな、生まれつきだ。」

 

爆豪と鉄哲の腕相撲は、一進一退の激戦だったが、相手の呼吸を読みきった才能マン爆豪により徐々に手首を巻かれた鉄哲は次第に追い込まれていった。だが根性の男鉄哲徹鐵、腕がテーブルにつくギリギリで踏みとどまっていた。

 

「ちょっとトイレ行ってくるわ。」

「このタイミングで⁉︎」

 

そう言って立ち上がり、入り口の近くにいたこっそりと部屋に入って来ていた男の肩を掴む。

 

「流石に二度目の水差しはノーだぜ?」

「何のことかなぁヴィラン潰しさん?言いがかりはよしてくれよ。何?鉄哲がこれから巻き返すからってB組の僕に当たっても仕方なくない?」

「...うん、お前に口では勝てないわ。というわけでちょっと黙ってろ。」

 

こういう時にこの個性は便利だ。目さえ合っていれば無理矢理黙らせる事ができるのだから。

 

妨害のなくなった腕相撲は順当に爆豪の勝利で終わった。あーあ、豚肉の肉じゃがになっちまったぜ。と愚痴ってみる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ちなみにこの場にいなかった漢、峰田実は風呂場に服を着て入るという女子連中の卑劣なる策謀により理想郷を見る前にとっ捕まったらしい。そして合宿所の事務室に囚われるもなんとか脱出し、本命中の本命ワイプシへの覗きを敢行しようとしたものの入浴場を男女で変更するという単純なトラップに引っかかってしまった為に虎の裸しか見られなかったという。二段でオチをつけるあたり奴は笑いの神に愛されている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

妙な時間に起きてしまった、慣れない枕で寝つきが悪かったからだろうか。

なんとなく周りを見渡してみる。どうやら自分以外にも起きている人物がいるようだ。

眼鏡をかけていないので一瞬迷ったが、どうやら飯田のようだ。皆の布団をかけ直しながら何かを探しているようだ。

 

「何やってんだ?飯田。」

「む、起こしてしまったか。すまないな団扇くん。」

「気にするな。眼鏡探してるのか?」

「ああ、その通りだ。誰かに蹴られてしまったのか近くに見つからなくてな。」

「手伝うぞ、なんか目が覚めちまったんだ。」

「ありがとう団扇くん...む。」

 

自分に気を取られてしまったのか足元の尾白の尻尾を踏んでしまったようだ。反射的に尾白は尻尾を動かして飯田を投げ飛ばした。

 

「い、飯田!」

 

皆を起こさないように小声で叫ぶ。投げられた先は障子の真上だった。その結果飯田は寝ぼけた障子の6本腕に拘束されてしまった。

 

「ちょっと待ってろ、今助ける!」

「すまない団扇くん、障子くんの力が強くて動けない!」

 

足元に気をつけつつ飯田の元へと駆け寄る。拘束を外そうとするも寝ぼけてる割には障子の力が強い。さすがオープンマッチョだ。

 

「なぁ飯田、これ障子起こさないか?」

「それは、最終手段にしよう。よく寝ている障子くんを起こすのは忍びない。」

「それなら、本気出しますかね!」

 

ポケットに入れていた鏡を取り出し自身にリミッター解除をかける。

そして小指から順番に拘束を解いていく。痛みからか障子は少し「うーん」とうなされたが無事飯田を助け出すことに成功した。

 

「助かった。ありがとう団扇くん。...君には助けられてばかりだな。」

「好きでやってる事だ、気にするな。それに、お前に助けられた事の方がずっと多い。」

「それは...そうなんだろうか。」

「そうなの、少なくとも俺の中ではな。さて、眼鏡探そうか。」

「そうだな。まずは眼鏡が先か。...む!峰田くんの髪を見てくれ。」

 

言われた通りに布団で簀巻きにされている峰田の髪を見てみる。葡萄のようなもぎもぎにくっ付いて楕円形のものが付いている。あれは眼鏡ケースだ。

 

「なんというか、運が無いな飯田。まぁ片面しかくっ付いてないから眼鏡取ることはできるかね。」

「だが手が峰田くんの髪についてしまえばくっ付いて取れなくなってしまう。危険なミッションだな。」

「なんかイライラ棒みたいだな。」

「イライラ棒?」

「ああ、電流の流れたコースに当たらないように鉄の棒を通すってゲーム。昔はテレビ番組とかで流行ってたらしいぜ。」

「団扇くんはそういう古い話に博識だな。」

「小ネタ収集は趣味なんだ。さて、飯田くんのーちょっといいとこ見てみたーい。」

「飲み会の掛け声ではないか⁉︎」

「気にしない気にしない。さぁ頑張れ飯田負けるな飯田!でももぎもぎくっ付いても美味しいかもだぞ!」

「僕の失敗を望んではいないか君は!」

「面白い事が起きるのを望んでいるな。というわけで飯田、GO!」

「くっ、だが行くしかないのは事実!さぁやるぞ!」

 

意を決して眼鏡ケースに手を伸ばした飯田、上手いことケースを開けることに成功したがその瞬間に峰田が「世界中のおっぱいは全部オイラのもんなんだからよぉ!」と寝言とは思えない奇声をあげるとともに転がり始めた。

この時点で俺はダウンしかけたが面白いことへの嗅覚がまだ何かが起きると目をそらすことをさせなかった。

転がった峰田は切島に衝突した衝撃で眼鏡を中へと飛ばさせた。その眼鏡は空中でツルを展開した。そして隣に寝ている常闇の顔面へと向かっていった。

 

ーースチャ

 

空中ドッキング、その言葉しか思いつかなかった。

 

飯田も自分も大爆笑を堪えて布団に手を叩きつけた。奇跡だ、奇跡としか言いようがない。

 

「写真だ、写真とろう!これは広めるべきだって!」

「だが他人の寝顔を勝手に写真に撮るなど不埒な真似を...ッ!」

 

飯田に何か言われる前にスマホでパシャりと写真を一枚。クールに寝ている常闇に何故か掛かっている眼鏡、会心の一枚だった。

 

散々笑いをこらえた自分と飯田はとりあえず常闇から眼鏡を回収し、「連れション行こうぜー」「いつの時代の人間なんだ君は?」との会話の後ともに部屋を去ることになった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

道中に聞こえた相澤先生たちの会話。

峰田の件で迷惑をかけた事を気に病んでいる飯田には効果てきめんだったようだ。

先生達は自分達を信じてくれている。それはとてもやる気の出てくる事実だろう。

飯田も自分も思ったことは同じだ。Plus Ultra 期待のその上を超えていこうと。

 

「まぁ麻雀しながらってのがちょっとアレだけどな。」

「何⁉︎あのカチカチという音は麻雀の音だったのか⁉︎聖職である教師が賭け事に興じるなど!」

「待て飯田。金賭けてるかどうかはわからんだろうに、早合点で突っ込みに行くな。麻雀自体はちゃんとしたボードゲームだ。」

「む、確かにそうだな。イメージが先行していたようだ。止めてくれてありがとう。」

 




詳しい描写が欲しい?雄英白書2を買うのじゃ
という姑息なダイレクトマーケティング。雄英白書2はいい買い物でしたと胸を張って言えます。


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林間合宿襲撃事件、その始まり

ようやく始まる林間合宿本番、まずは第1戦目です


時は流れ、三日目夜

 

豚肉の肉じゃがも案外いけるものだと認識を新たにしたところで待ちに待った肝試しの時間である。尚、補習連中は日中の訓練が疎かになっていたという理由から肝試しに参加する事を許可されず、あえなく連行された。さらば赤点ファイブ、お前らの事は忘れない...

 

「肝試し楽しみにしてた連中が軒並みいなくなった感じだな。」

「そうだね...ねぇ団扇くん、聞いていいかな。」

「なんだ?」

「なんで腰にホルスター付けてるの?銃っぽいグリップ見えてるけど...」

「ああ、これか?ティザーガン。幽霊には電撃が有効だって聞いたから一応持っとこうかなと。」

「団扇くんなんでそんなトンデモ知識を間に受けるのさ...」

「そっちの方が楽しいからな。まぁ本来の目的は護身用に買ったこれに慣れることなんだけどさ。」

「いや、そっちを先に言ってよ。」

「さて、じゃあ俺マンダレイにちょっと話あるから行くわ。」

「何か用事あったっけ?昼食作ってる時も何か相澤先生と話してたけど。」

「何、大した事じゃねぇよ。この合宿のセキュリティの確認とかだ。」

 

そう言って緑谷たちから離れマンダレイの元へと行く。

マンダレイは俺に気づくとため息を一つ吐いた。

 

「来たわね心配性。イレイザーから聞いてるわセキュリティの確認でしょ?」

「ええ、B組連中が散らばる前に確認しときたくて。」

「この合宿場が決められたのは本当に直前だったから(ヴィラン)に知られてるというのは考え辛いわよ?」

「入学してから(ヴィラン)と会いまくった俺の直感が言ってるんです。来るなら生徒の守りの疎かになる今日みたいな日だって。」

 

マンダレイはもう一つため息を吐いた。いや、自分でも「ちょっと心配し過ぎかなー」とは思うが、うろ覚えの知識が警告を鳴らしているのだ。「ヤバイ」と。

 

「...心配性もここまで来ると一つの個性ね。でも安心して、イレイザーから君の話を聞いた時点で一度肝試しルート周りのパトロールをしてみたけど特に危険はなかった。(ヴィラン)が潜伏している可能性はかなり低いわ。」

「そうですか...杞憂ならそれに越したことはないんですけどね。一応B組が展開し終わったあとのそれぞれの位置情報を先生側で共有しておいて下さいな。」

「それは安心して、ラグドールがいるからそういうのは得意なの。それにピクシーボブの個性なら一度にどんな数の(ヴィラン)が来ても生徒を守り切れるわ。」

「ありがとうございます。つまり...最初に狙われるのはラグドールかピクシーボブって事ですね。」

「...そうね。一応2人には声をかけておくわ。生徒の1人が(ヴィラン)襲来を予見していたって。」

「お願いします。」

「来なかったら君の名前出してネタにするから、恥ずかし悶える覚悟はしておいてね?」

 

予想外の切り返しだ。まぁこっちもヤケだ、来なかったら来なかったで万歳でいいのだから。

 

「...いいでしょう、ビビりと晒すなら晒して下さいな!実際嘘じゃないですし構いませんよ!」

「ヤケにならないの。君のその(ヴィラン)を恐れる感性はとても大事なものだから、大切にしなさい。さ、肝試しの準備が始まってるわよ、クラスのとこに戻りなさい。」

「はい...マンダレイ。」

「何?」

「話を聞いてくれて、ありがとうございました。」

「いいのいいの、気にしないで。」

 

そうしてくじ引きの結果最終組の8組目、緑谷とペアで回ることとなった。

 

「よろしくね団扇くん。」

「ああ、よろしくな緑谷。お前の超パワーと俺の写輪眼、合わせればどんな幽霊も怖くない!」

「幽霊って殴れるのかなぁ。」

「多分オールマイトなら殴る。つまり似た個性の緑谷でも殴れるだろ。」

「...なんかそんな気がして来た。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

12分後 麗日と蛙吹のペアが行ってから少ししてから森から焦げ臭い匂いが漂って来た。

即座に写輪眼を発動ピクシーボブに何かのエネルギーによる干渉が見えた。

 

「ピクシーボブ、攻撃です!狙われてますどこからか!」

「身体が、引っ張られてる!」

 

茂みの方へと身体が引っ張られているピクシーボブ、あのままでは危険と判断した自分は抱きつくことで無理やり引っ張られる速度を落とそうとするも、投げナイフによりその行動を阻止されてしまった。

 

が、武器の提供ありがとう。飛んで来たナイフを掴み茂みの中へと投げ返す。そのナイフは金属に弾かれた音がした。

 

とはいえ対応に一手使わせた、これでピクシーボブは大丈夫だと高をくくったところにそのサングラスの男性は見えた。手には巨大な棒を持って迎撃体制万全の状態の男が。

 

「ピクシーボブ!」

「ダメ、引っ張る力が強くて地面に手が届かない...ッ!」

 

サングラスの男による引っ張られた勢いを十全に使った棒によるカウンター、ピクシーボブは頭から血を流して倒れてしまった。

 

「何で...!万全を期したハズじゃあ...!!何で...(ヴィラン)がいるんだよォ!!!」

 

それは、楽しい筈の林間合宿にやってきた再びの悪意だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!我ら(ヴィラン)連合開闢行動隊!!」

「こんな森林深くまでやって来るとか、随分と暇なんだな連合は。」

 

写輪眼発動、この程度の煽りで目線が合うとは思わないが試すだけはタダだろう。

 

「ヴィラン潰し!貴様には我々と一緒に来てもらう!」

 

ナイフの男は首にかけていた鏡のゴーグルを目に掛けてそう言った。またマジックミラーゴーグルかい。ワンパターンだが対処できない厄介なアイテムである。

 

「悪いね、名前も知らない人にはついて行くなって親父に言われてるんだ、その答えは当然ノーだよ。」

「フン、我はスピナー。ステインの夢を紡ぐものだ。」

「本名を名乗れよトカゲ野郎。それと俺の名前はメグルだ!」

 

足元に転がっていた小石を拾って投げる、狙いはゴーグルだ。

当然のように手に持っていた刃物をツギハギして作られた大剣により防がれた。ナイフを弾いたのはそれか...ッ!

 

「団扇くん、逃げなさい!委員長は引率!広域テレパスで大体の指示は出した!イレイザーたちのいる施設へさっさと行って!」

「承知致しました!さぁ団扇くん、皆、施設へと逃げるぞ!」

 

鏡をポケットから取り出して自己催眠。身体機能のリミッター解除、これで逃走速度は稼げる。あとは逃げれば先生たちがなんとかしてくれるだろう。

そう楽観的に考えていた。緑谷のその一声を聞くまでは。

 

「...飯田くん、先行ってて。」

「何言ってんだ緑谷!ヴィランはあいつらだけじゃないんだぞ!」

 

そう緑谷に言ったが、緑谷は覚悟を決めた顔をしていた。誰かを助けるヒーローの顔を。

 

「マンダレイ!!僕、知ってます!!」

 

そう言って緑谷は走り出した

 

「クソ!緑谷を1人にはしておけない!すまん飯田、俺は緑谷を追いかける!」

「だがヴィランの狙いは君だぞ!単独行動は...ッ!」

 

飯田の声を待たずに走り出す。フルカウルの緑谷のスピードを追えるのは飯田かリミッター外した俺だけだ。飯田は皆を避難させるために動けない。なら自分しかいない!

 

「緑谷!」

 

前を走る緑谷は一度こちらを振り返る。

 

「団扇くん!何で⁉︎」

「1人で行く馬鹿がいるからだよ!スピードは落とさず話せ、どこに行く気だ!」

「洸太くんの秘密基地!洸太くんはあそこで1人なんだ!」

「なら気にせずトップスピードで行け!俺はお前を追跡して行く!」

「...ありがとう!」

 

徐々に先に行っている緑谷に追いすがるべく全力で走る。5%のフルカウルでこれなのだから先が恐ろしい男だ。

完全に離され背中すら見えなくなったところで少しスピードを落とす。ここからは足跡による追跡になる。

 

「緑谷、無茶はするなよ...」

 

そう言うが間違いなく無茶するだろうなぁと思い苦笑する。何せ緑谷の行く先には守るべき者がいるのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

足跡による追跡をしていると、頭上から破壊音が聞こえ始めた。

 

「緑谷の奴、おっ始めやがった!」

 

上の戦闘で崖が崩れて登りやすくなった、とはいえそれは緑谷に匹敵する超パワーの奴が敵だという事だ。崩れた崖をダッシュで駆け上って行くと、筋肉の塊のような奴に押しつぶされている緑谷が見えた。

 

「緑谷!抜けろぉ!」

 

さらば一発3500円、できれば使いたくはなかったッ!

 

筋繊維の薄い背骨部分めがけてテイザーガンを抜き放つ。ちょっと外して筋肉に当たったが、命中は命中だ。

 

「アア?なんだこ...⁉︎」

「ん!団扇くん!」

「よう緑谷、随分格好よくなったな。...あとは俺に任せろ。」

 

筋肉男を挟んで緑谷に言う。緑谷は両腕がボロボロで戦えそうにない。...間に合って良かった。

まぁテイザーガンは大の大人でも電流により動けなくなる高圧電流を流すものなのでもう終わったも同然なのだが。

 

「け、スタンガンかよ、痺れたぜ。だが残念だったなぁ!俺の筋肉は作り直せる!痺れた筋肉は取っ払えばいいだけなんだよ!」

 

そう言って振り返ってきた男の左目に写輪眼を当てる。これで終わりだ。

とは手応えの無さから思えなかった、こいつ、義眼だッ!

 

「ヴィラン潰しか...このダッセェマスクかぶんなきゃダメじゃねぇかよ。」

 

そう言って筋肉男は足元に転がっていたマスクを被った。となるとあのマスクは催眠を無力化するギミックが仕込まれていると言うことか...

 

「さぁ俺はどっちを優先すりゃあいいと思う?ぶっ殺せって言われたそっちの緑髪のガキか、連れてこいって言われたヴィラン潰しか。」

「僕を「俺を優先するべきだろ、連れて帰りたいんだろ?俺はお前が緑谷に向いた瞬間に逃げる。お仕事失敗は(ヴィラン)の恥だぜ?」団扇くん⁉︎」

「は、言いやがる。そんじゃあお前を優先するとしますか、ね!」

 

筋肉男の筋肉がまた盛り上がる。戦闘モードに入ったのだろう。

 

「緑谷、相澤先生連れて来い、時間は俺が稼ぐ!急げ!」

「...わかった、信じるよ団扇くん!さぁ洸太くん、しっかり捕まって!」

 

そう言って緑谷は洸太少年を連れて施設へと去っていった

 

「さて、タイマンだな筋肉男。...メグルだ。お前は?」

「マスキュラーで通ってるぜ、ヴィラン潰し。お前を連れて帰るのがお仕事だ。簡単には倒れてくれるなよ?」

 

そう言ってマスキュラーは高速でパンチを放ってくる。だが写輪眼には見えている、ただ早いだけで筋肉頼りのストレートだ。体を一歩内側に潜り込ませて腕を両手で掴む。そしてパンチの勢いを殺さずにぶん投げる。投げっぱなし一本背負いである。

 

「カハッ⁉︎」

「そんな安っぽいのが当たる雑魚に見えたか?心外だ、な!」

 

倒れたマスキュラーの仮面を蹴り飛ばす、これで催眠を通せば俺の勝ちだ。とはいえマスキュラーも一角の者、筋肉を増やすことで咄嗟にクッションを作ったようだ、そのせいで与えられたダメージはそう大きくない。まぁ少なくもなかったようで立ち上がるまで少し時間がかかった。

 

起き上がるついでに軸足を掴まれそうになったのでバックステップで退避

 

手をクイっと示して挑発する

 

「立てよマスキュラー、大して効いてないんだろ?なら続きと行こうや。」

「ケッ、気に入ったぜテクニシャン!さぁ続きをやろうや!」

「...ああ、上等だ!死ぬんじゃねぇぞ筋肉ダルマぁ!」

 

向こうの攻撃は全て一撃必殺のパワー、こっちの火力は殴る蹴る投げるのみ、締め技はあの筋肉を作る個性により防がれるのでおそらく無理。

ゲームなら投げ出している所だ。だが幸いにも勝機は一つ、奴の右目に催眠を当てること。そのためには奇襲が必要だ。

 

さて、マスクのギミックは蹴り飛ばしたので使えない、となると奴の次の手は...

 

「ヴィラン潰し。お前の驚く面が見れないのが残念だぜ!」

 

マスキュラーは突如地面に拳を刺しめくり上げた

 

意図が読めた時点で崖から飛び降りる。奴の狙いは岩を散弾のようにぶちかます事だッ!

 

「さぁ、死ねぇ!」

 

さっきまで自分がいた場所に石飛礫が滝のように飛んで来ていた。流石にあれは避けきれないだろう。

 

さて、崖から降りるついでに言っておこう。

 

「じゃあなマスキュラー、俺はお前を倒そうと思ったけど別に必要がない事に気付いた、俺は逃げるぜ!」

「ハァ⁉︎」

 

崖の上のマスキュラーが間抜け面晒しているのが想像できる。

 

「嘘だろ、本当に逃げやがった⁉︎あいつ散々俺を倒すとか言ってたのにどんな神経してんだ⁉︎」

「こんな神経をしてるよ。」

「ア?」

 

崖からひょっこりと顔を出した俺の目と、思わぬ状況に顔を向けてしまった間抜けの両目が合う。マスキュラーは赤い目に回る三つ巴を見ると共に、意識を失った。

 

「さて、マスキュラー君。色々と話して貰おうか。敵の配置に人数に個性、全てをな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

全力で施設へと駆け抜ける緑谷、状況を確認しようとマンダレイの元へ向かおうとしていた相澤先生と運良く鉢合わせる事が出来た。

 

「相澤先生!」

「緑谷か⁉︎お前、またやったな?」

「それどころじゃないんです、(ヴィラン)と遭遇して足止めを団扇くんがやっています。でも(ヴィラン)の狙いは団扇くんで...!」

「落ち着け緑谷、要点を話せ。」

「団扇くんを助けて下さい、相澤先生!」

 

その言葉と共に相澤先生の携帯が鳴った。

 

「なんだこんな時に...団扇から⁉︎」

「団扇くんから⁉︎無事なんですか⁉︎」

「アイツ...一斉送信で送られてきた。(ヴィラン)を1人で倒して尋問に成功したんだとさ、敵の目的と人数、集合場所なんかが添付されてる。要するに団扇は無事だ。」

「良かったぁ。じゃあ後はかっちゃんが危ない!相澤先生、洸太くんをお願いします。水の個性です、守って下さい!」

「待て緑谷!!!その怪我、また...やりやがったな?」

「あ...いやっ、でも...」

「だから彼女にこう伝えろ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

体勢を崩したマンダレイに向けてスピナーの大剣が迫る

 

「とっととシュクセーされちまっえぇ⁉︎」

 

その大剣を横から蹴り砕き、緑谷出久は現れた。

 

「マンダレイ、洸太くん無事です!」

「君...」

「相澤先生からの伝言です、テレパスで伝えて!!A組B組総員、プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!」

 

「もう一つ伝言お願いします、マンダレイ。皆の携帯に団扇くんが尋問して得た情報がメールされてるって!敵の狙いはかっちゃんと団扇くん!僕はこれからかっちゃんを助けに行きます!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「やっべ戦闘許可出てねぇのに個性使いまくっちまった。正当防衛通るよなぁ、どう思うマスキュラー。」

「さぁな!法律とかは知らねえわ!」

「脳筋め。」

「褒めるなよ、ご主人。」

「褒めてねぇよ。...さて、爆豪か俺のどっちかをとっ捕まえたら逃亡って流れで良いんだよな?」

「ああ、ついでに言うなら集合場所はガスと煙で死角になるような場所だって話だぜ?地図情報だけでちゃんと伝わったか?」

「だいたい伝われば良いだろ。相澤先生たちもプロだしなんとかなるって」

 

ここが自分の分岐点だと後から考えると思った。

 

自分はこの時点でも役割を十分に果たした。だが欲が出てしまったのだ。襲撃犯は11人、対してプロヒーローはたったの6人、1人倒されているので今は5人。加えて守るべき生徒は41人。明らかに不利だ。

この事件を終わらせるには(ヴィラン)全てを催眠にかけるしかない。そう思えてしまった。

 

強敵を倒した奢りが目を曇らせているとも知らずに。

 

「それじゃあ伝えて貰おうか、『目標Bを確保、これより回収地点に向かう』ってのを自分の言葉でな。」

 

「んで、行くのかい?ご主人。」

「ああ、俺を肩に担いで回収地点まで頼む。この事件を終わらせてみせる。それとマスキュラー、こっち見ろ。」

 

マスキュラーへの保険の催眠をかける。これで万が一の時も大丈夫だ。

ついでにテイザーガンのカートリッジを取り替えておき、いくつか石飛礫に使えそうな石を拾っておく。

 

「さあ、行け怪人マスキュラー!俺を捕まえた的な体でな!」

「了解だぜご主人!」




キリの良いところで一区切り、ちょっと短いですけどねー。
林間合宿編は割と原作の流れとは変わります。ツッコミどころあったならじゃんじゃん行ってください、修正入れます。


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林間合宿襲撃事件

林間合宿編本番その二、調子に乗った結果の地獄のボスラッシュです。


回収地点へとマスキュラーの肩に乗りのんびり移動する俺たち。

暇なのでちょっと気になった事をマスキュラーに聞いてみた。こんな機会でなければ(ヴィラン)と話などできないのだから。

 

「なぁ、マスキュラー。お前なんで(ヴィラン)なんてやってんの?」

「なんだよご主人、藪から棒に。」

「ちょっと気になってな。お前の個性凄え強いのになんで誰かを傷つける側に回ったのかって。」

「単純な話さ、俺はやりてぇ事をやってるだけだ。そしたら世間が俺を(ヴィラン)って呼ぶようになった、それだけさ。」

「なるほどなー、ちなみにやりたい事ってのは?」

「気に食わねえ奴をぶち殺す事だよ。」

「あー、うん。お前生粋の(ヴィラン)だわ。一瞬でも理解できるかもって思った俺の同情を返せ。」

「ははは、そいつは無理だぜご主人、勝手に同情したご主人が悪い。」

「でも、(ヴィラン)だって人間なんだから分かり合えない事はないと思うんだがなぁ。」

「...(ヴィラン)とわかり合うってのは無理だぜご主人。」

「なんでさ。」

「わかり合おうとしてねぇからさ、こっち側が。そんな連中に手を差し伸べての払われるだけだぜ?」

「...そんなもんかね。」

「そんなもんさ。さて、そろそろ回収地点だ。ご主人。」

「初動は任せる。回収地点にいる奴に違和感があったらそれとなく言えよ?」

「おうさ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「オイオイオイ!せっかくお仕事終わらせてやったってのになんだそのゴーグルは、目を見せろやツギハギ野郎。」

「阿呆か、目を見せるわきゃあねぇだろうが。お前みたく馬鹿じゃねぇよ。」

 

気になるワードが出たのでマスキュラーの肩から薄目を開けて回収地点の2人を見る。ツギハギの男と黒タイツの男はそれぞれ鏡のゴーグルを掛けていた。

 

「うん、分かったバレてるわ。」

 

そう言ってマスキュラーの肩から降りる。いきなり計画が破綻したぞオイ。マスキュラーの肩からこっそり全員催眠するというパーフェクトプランが。

 

「なぁ教えてくれないか?なんで作戦がバレたのか。」

「マスキュラーは脳筋だ。」

「そう褒めるなよツギハギ野郎。」

「褒められてねぇよ。」

「仲間に対してもっと優しくしようぜ!マスキュラーはクソ野郎だけどな。」

 

この時点で思った、濃いぞコイツら。(ヴィラン)連合はキャラの濃さとか採用基準にしてるのだらろうか。

 

「んで、なんで脳筋なのが操られてる事に繋がるんだ?」

「マスキュラーなら任務達成しても暴れ足りないとか理由つけて遊ぶだろ。それをしないで素直に任務達成報告をするなんざどう考えてもおかしい。んで回収したのは目標B、写輪眼の団扇巡だ。それなら洗脳されてるって考える方が自然だろ。」

「...うん、信用されてんなマスキュラー。」

「そうか?」

「皮肉だよ畜生。」

「にしてもマスキュラーを洗脳しちまうなんて凄え個性だなこのガキ!ゴミ個性だよ。」

「うん、俺正直黒タイツのお前に物凄いツッコミたい。なんで1人ノリツッコミ連打してくるんだよお前。」

「黒タイツじゃねぇよトゥワイスだ!お前に名乗る名はねぇよ。」

 

そんな会話をしているとツギハギの男がちゃっかりと仲間への連絡を終わらせてしまった。

 

「開闢行動隊総員に連絡、マスキュラーの流した目標B捕獲はデマだ各自行動を続けろ。尚、回収地点はβへと変更する。連絡終わり。」

 

「ちゃっかりしてんなツギハギくん。」

「荼毘だ。さて、やる気はあるのか?」

「回収地点のお前らを制圧すれば爆豪が拐われた場合のケアはできる。予定とは違うが目的は変わらない。荼毘、トゥワイス、お前らをぶちのめす。行くぞマスキュラー!」

「おうさご主人!」

 

返答は荼毘の蒼炎であった。

 

「マスキュラー、トゥワイスを頼む!ただし、殺すなよ!」

「おうよご主人!」

「どうでもいいがマスキュラーがご主人呼びとかキモいな!似合ってるよ。」

 

写輪眼で蒼炎の軌道は見えている。木を背にする形で回避だ。奴もこの山で蒸し焼きにされるつもりは無いだろうしこの位置なら蒼炎は飛ばせない筈だ。

 

「チッ、面倒だな。」

「森の中で炎はさぞ使い辛いだろうさ、殴り合うか?」

「ならトゥワイスの方を援護させて貰うだけ...ッ!」

 

意識が他に向いた瞬間に走り出す。

 

「舐めるな!」

 

荼毘は俺に向けて蒼炎を放ってきた。だがそれは悪手だ。蒼炎によって荼毘自身の視界も塞がれてしまうのだから。

 

急停止して会話の最中取り出して握っておいた石を投げる。当然顔面のゴーグルに向けて。

 

「ッ⁉︎」と荼毘の驚きが蒼炎の向こう側から聞こえてくる。炎を出すのは止まったため投げた勢いを止めずにダッシュで荼毘に近づく。

炎に直に当たらずとも蒼炎の余熱でかなり熱いがそこは無視だ。

 

石の当たった左目を抑えている荼毘を射程圏に入れた、が向こうも名だたる(ヴィラン)、反射で右手から蒼炎を放ってきた。

だが、写輪眼でその動きは見えている。ダッキングで蒼炎を回避してボディに全体重を込めたボディブローを叩き込む。

手ごたえあり、クリーンヒットだ。

 

ダメージから膝をつく荼毘、すかさず顔面を掴み催眠を叩き込もうとするも咄嗟に目を閉じ、全身から炎を出そうと身体エネルギーを回しているのが見えた。

戦力が増えないのは残念だがここは諦めよう。そう思い掴んだ顔を引っ張り顎を膝に叩きつける。

 

蒼炎は止まった。うまく気絶してくれたようだ。

 

「ご主人、無事か?」

「おうマスキュラー、そっちはどうだった?」

「余裕さ、ワンパンで終わっちまった。」

「とりあえず2人は纏めておこう。これで回収地点の制圧完了だ。他に注意すべき個性の奴はいるか?」

「知らねぇ!興味無かったからな!」

「脳筋め...」

「褒めるなよご主人。」

「だから褒めてねぇよ。」

 

マスキュラーは荼毘を運んでトゥワイスの元へと移動し始めた。ふと、何処かから木の枝を踏む音が聞こえた。音の発生源は近かったッ!そう認識した瞬間前に転がり抜けた。後ろを振り返るとシルクハットに仮面の人物が掌に身体エネルギーを集中させて自分を触ろうとしている寸前であった。

 

「マスキュラー、コイツは⁉︎」

「ん?名前は忘れた!」

「忘れんなよ仕事仲間だろ!」

「...私のミスはあれどあの奇襲を躱しますか、中々にやりますね団扇巡。荼毘とトゥワイス、そしてマスキュラーを倒している時点で油断はしていないつもりでいたのですがなかなかどうして。」

「さて、名乗れよマジシャン仮面。マスキュラーけしかけんぞ。」

「ふふふ、良いですねマジシャン仮面とは、気に入りましたよ。ですけど私の名前はMr.コンプレス、コンプレスとお呼びください。」

 

そう言ってコンプレスは礼儀正しくお辞儀してきた。

 

「んで、コンプレス。11人中2人は倒され1人は寝返り2人はプロと戦闘中。残り6人だな。居場所を吐いて貰いたいものなんだが?」

「フフフ、それではまず1人の居場所をお教えしましょう。脳無!」

「⁉︎」

 

地を蹴る音とそいつが着地する音はほぼ同時だった。

黒い巨体、鏡のゴーグル、むき出しの脳みそ。

 

怪人脳無がそこにいた。

 

「何度ネタだよ!事あるごとにそいつと対面してるぞ俺!」

「んー、愉快ですねぇ、一方的に相手が苦しむ状況というのは。」

「マスキュラー、全開で行くぞ!その黒いのはお前より強い!」

「そいつは楽しみだなぁ!ご主人についてきて良かったぜ!」

 

「フフフ、気に入って貰えて何よりです。ですがこちらの方も忘れては困りますねぇ。やりなさい、二号!」

「ご主人!」

 

マスキュラーに抱えられ飛び退いた。何事かとさっきまで自分のいた場所を見るとそこにはチェーンソーやドリルなどの工具を腕から生やした8本腕の脳無が現れた。

 

「オイオイオイちょっと待て、脳無ってそんなポンポンで出てきて良い化け物じゃあないだろうに!」

「ご主人、喋るな舌噛むぞ!」

 

そう言ってマスキュラーは再び8本腕の脳無から距離を取った。

 

「さてさてどうしますヒーローの卵さん。強力無比な怪人脳無二体を相手にして!」

 

「マスキュラー、足の筋肉マックスで動けよ?」

「了解だご主人、どうするつもりだ?」

「決まってんだろ!逃げるんだよぉぉ!」

「マジかご主人⁉︎了解だがな!」

「何と⁉︎ここで逃走を選びますか、ですがマスキュラーのスピードとて一号のスピードには敵わないッ!行きなさい一号!」

 

黒い脳無が迫る。写輪眼が後ろに迫る脳無の動きを見切れば、マスキュラーの最速で回避するくらいは出来る!

 

「右、ダッシュ、左、ジャンプ、木を蹴って、屈んで、ダッシュ!」

「りょう、かい、だ!」

「なんと、一号のスピードを完全に見切っている⁉︎凄まじいですね写輪眼とは!」

 

よし、一号と二号との距離は離れた、これで擬似的に1対2の状況が作り上げられた!

 

「マスキュラー、下ろせ!もう十分だ、脳無のゴーグルを破壊するぞ!」

「待ってたぞその指示を!」

 

マスキュラーは自分を下ろして左右に分かれて挟撃する。脳無の思考ルーチンは単純だ、近い方にいるマスキュラーを狙うだろう。つまり後ろがガラ空きだと言うこと!

 

「筋肉MAX!パワー勝負だぜ黒いの!」

 

マスキュラーはこっちの意図を汲んでくれたのか一号の抑えにかかってくれた。この隙に背後からゴーグルを掠め取り!

 

「動くな、主人は俺だ!脳無!」

 

洗脳解除からの再洗脳、かかった時間は一瞬だった。限界突破訓練様々である。無事に帰れたらこの特訓を考えてくれた先生方にお礼のお菓子でも渡しておこうと心に決めた。

 

「フフフ、洗脳対策はしてあるのですよ!一号、再起動(リブート)!」

「無駄だよ、その洗脳は解除してある。トリガーワードによる再洗脳だろ?それはもう対策済みって事さ!」

「まさか、洗脳を一度解除する事で仕込まれた命令を無力化したのですか⁉︎」

「その通り!さぁ形成逆転だ!行くぞ脳無、マスキュラー!まずは二号を片付ける!」

「ク、ここは引くべきですね!二号、足止めをしなさい!」

 

二号脳無の必死の抵抗虚しく、マスキュラーと一号のダブルパンチによりノックアウトに成功した。顔面のゴーグルを砕いても目が見えなかったのでこの脳無は目が無いタイプなのだろう。仲間は増えなかったか...

 

「ヒュー、逃げてた時も思ったが良いな、この黒いの!ガチでやり合いたいぜ!」

「するなよ、貴重な味方なんだから。」

「しねぇよ、今はな!」

「さて、マスキュラー、回収地点βってのは何処だ?コンプレスを追いかけるぞ。」

「おう、地図出してくれ...ここだな。」

「ありがとよ、取り敢えずこの情報を皆に拡散して、と。...オイ、荼毘とトゥワイスは何処いった?」

「んあ?あれ、いねぇぞ何処いった?」

「お前も知らないって事はコンプレスの個性だな。名前的に触った人を圧縮する個性か?」

「さぁな、俺は知らねえ!」

「もうお前に何かを聞くこと自体が無駄な気がしてきたぞマスキュラー。でもお前以外相談できる奴いないしなぁ...」

「さて、ご主人、回収地点の制圧に行くのか?」

「ああ、俺たち3人ならどんなヴィランも対処できる。戦闘続行だ。」

 

その会話の僅かな時間で回復したのだろう、二号は再び立ち上がりチェーンソーをブンブンと回し始めた。

 

「どうするご主人、多分何度倒しても起き上がってくるぞ。傷が治ってる。」

「んー...一号!二号をボコり続けろ!」

 

その言葉と共に一号は二号を殴り飛ばした。

 

「さて、仕方ないが行くぞマスキュラー。一号は犠牲になったのだ...」

「いや、犠牲にはなってないだろご主人。今も元気に8本腕をボコり続けてるぞ。」

「ハァ、脳無のパワーで後は無双ゲーだと思ったんだがなぁ...」

「そう上手くはいかないって事だ。まぁいいだろ?俺がいるんだから。」

「確かに、頼りにしてるぜ?マスキュラー。」

「了解だぜ、ご主人。」

 

歩いて回収地点βへと向かう。

なんだかマスキュラーと並んで歩くのは妙な気分だ。コイツは(ヴィラン)で俺はヒーローの卵。普通なら相容れない宿敵なれど共に歩く事ができる。催眠とは業の深い個性だとばかり思っていたが、こういう(ヴィラン)更生に使えると考えればなかなか悪くないのではないかと思えてきた。

 

「なあマスキュラー、お前(ヴィラン)辞める気とかあるか?」

「ねぇな!好き勝手に生きれないなんて死んでるのと同じだぜ!」

「あー、うん。コイツはこういう奴だもんな、ノスタルジーに染まった俺が馬鹿だった。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

回収地点βへとたどり着いた。

 

「フ、早かったですねぇヴィラン潰し。ですが来るのは予想通りです。」

「へぇ、捕まる気って事か?」

「いいえ、待ち構えていたという事です!」

「ご主人!」

 

マスキュラーに背中を押されて前に倒れる、するとそこには目の前にいるはずのコンプレスが居た。

 

2人目のコンプレスによりマスキュラーは玉へと圧縮されてしまった。

 

「分身⁉︎...いいや、トゥワイスの個性か!」

「ええ、その通り。」

「幸いにもトゥワイスは目を覚ましてくれたのですよ。」

「そのおかげ厄介なマスキュラーを確保することができた。」

「「さぁ、次はあなたの番です。」」

 

前後から迫って来るコンプレス触られればそこで終わりだ。

 

幸いにもどちらが偽物かは分かっている、身体エネルギーに他人の色が混ざっているマスキュラーを玉にした奴が偽物だ。まずは本体を倒す!

 

触りにくる分身コンプレスの手を掴み背中に倒れながら体を蹴り上げる。巴投げである。

これで邪魔な方との距離は取れた。

 

「ほう、見事な投げ技ですね。ですがそんな体勢を崩す技を使ってもよろしかったので?」

「よろしかったの、さ!」

 

抜き打ちである。切り札のテイザーガン、ここで使わねばいつ使うのか。

 

「が⁉︎」

「大の大人も悶絶して倒れるスタンガンだ、動けねぇだろコンプレス。」

「こんな、もの、を、用意しているとは⁉︎」

「さて、タイマンだなコンプレス分身版。」

「ク、ここまでですか!...なんてね。」

 

森を何かが切り裂いて行く音が後ろから聞こえた、まだなんかあるのかよ⁉︎

 

背後から襲いかかってくる刃を前に飛ぶことで回避だがまだ安全ではない、刃が動いてくるッ⁉︎

 

「肉面〜」

 

もう一歩前に飛ぶことで回避、刃が雨のように降り注いでくるその様は悪夢のようだった。捕まったら殺されるッ!

ダッシュでコンプレス本体の元へとたどり着き、首根っこを掴んで刃の雨の傘にする。頼むから仲間意識とか持っててくれよ⁉︎

 

一瞬の静寂のあと、刃の雨は止まった。

 

「ありがとよ、傘になってくれて。」

 

コンプレスは舌がうまく動かないために俺に対する文句の一つも言えないようだ。

 

「さて、ムーンフィッシュ。歯刃で檻を作りなさい。私の本体は私が取り戻します。」

「仕事〜」

 

歯刃の男ムーンフィッシュは自分の上空に陣取り、刃で自分とコンプレスたちを囲む檻を作り上げた。

 

「絶体絶命ですね、ヴィラン潰し団扇巡。」

「いいや?まだまだこれからさ。」

 

そう言って傘にしていたコンプレスの本体を刃の檻に向けて放り投げる。

 

「な⁉︎」

「その動揺が命取り!」

 

自分の行動を止めようと左右から刃が伸びてくる。だが写輪眼には見えている、刃がどう伸びて来るのかが。

回避しつつ分身コンプレスを蹴り飛ばす、刃の檻に衝突した分身は泥のように消えていった。

 

「ラストォ!」

 

刃を躱しながらテイザーガンのリロード、檻の真上へ向けて放つ。外しようが無くムーンフィッシュへと命中し、その身体を麻痺させた。

 

「にく、めん〜」

 

刃を伸ばす力も麻痺して入らなくなってしまったのかムーンフィッシュは落ちてきた。

 

「終わりだ!」

 

上から落ちて来るムーンフィッシュの頭部に合わせるように蹴りを放つ。ダメージと麻痺でこれでもう動けないだろう。

 

「...ハァ、なんとかなった。」

 

マスキュラー、荼毘、トゥワイス、脳無二体、コンプレス、ムーンフィッシュ、7タテだ。残りの(ヴィラン)はあと4人、話に聞いたガスの個性の奴、広間でワイプシが戦っている2人、あと1人誰かわからない奴がいる。まだ油断はできない。

 

「マスキュラーがいなくなったのが痛いな...さて、トゥワイスを見つけてぶちのめさないと。 」

「その前にいいです?」

 

声をかけてきたのは鏡のゴーグルに刺々しいマスクを被った女子だった。

 

「よくないです(ヴィラン)さん。最後の1人が可愛い子ちゃんとかやり辛いなぁ。」

「トガヒミコです。なんか思ってたより血流してないですね。つまんないです。」

「サイコってるなぁオイ。」

「でもでも!私たち仲良くなれると思うんです!だがら、血見せて?」

「い、や、だ!」

 

ナイフの突きを半身で躱して腹に膝を叩き込む。そして崩れた体勢に追撃を加えるように肘打ちを頭に叩き込む。すると案の定泥となり消えた。身体エネルギーにトゥワイスの色が混ざっていたため分身だと気付けたのだ。

 

とはいえ何故戦闘力の高い荼毘やコンプレスでなく個性不明なトガヒミコを分身させたのかは謎だ。そう思って振り向くとそこにはトガヒミコがいた。一瞬思考が停止した。その一瞬で全ては終わってしまった。

 

「刺せないのが残念です。ですがお仕事なので。」

 

そう言って彼女は自分にスタンガンを当ててきた。

 

「カハッ!」

 

身体が痺れて動かない、こんな敵地でそれは捕まったと同じだ。

 

旗色が変わった途中から覚悟はしていた、自分が捕まることで他の皆への危険は無くなるのだから悪いオチではないとも理解はしている。

だが甘かった。ここから先どうなるかは運次第、最悪だ。

 

「お仕事終わりです。とはいえ皆さん大丈夫でしょうかねー。」

 

トガヒミコのその言葉と共に、現れたものは俺にとって吉報となるものだった。

 

「広間の2人はすでに確保した。あとはその馬鹿を連れて戻れば終わりだ。お前を確保してな。」

「来ちゃいましたかー、プロヒーロー。」

「俺の生徒を返してもらうぞ、(ヴィラン)!」

 

「団扇くん!」

「団扇!」

「クソ目ェ!」

 

「おま、えら⁉︎」

 

やってきたのは緑谷、焦凍、爆豪、障子、常闇の5人だった。

 

「んー、千客万来ですねー。でもごめん、出久くん、またね!」

 

そう言って現れたワープゲートからトガヒミコは去って行った。

自分に向けて走り出す相澤先生、しかしその歩みは止まることとなった。ワープゲートから溢れ出る白い肌の脳無の群れによって。

 

「団扇!」

 

その言葉と共に投げられた捕縛布は白い脳無に阻まれて届かなかった。

 

「先生、白いのは俺らがなんとかします。団扇を!」

「頼むぞ、轟!」

 

轟の大氷結にて白い脳無の大半を無力化し、常闇が闇で強化された黒影(ダークシャドウ)にて取りこぼしを倒す

 

そして走り出した相澤先生が脳無の群れの上を超えて見たのは

 

シルクハットに仮面の男が荷物もなくワープゲートを通る所であった。

 

「さようならプロヒーロー、団扇少年は貰っていきます。彼が自由に個性を使える世界へと。」

 

そう言って手の球体をひけらかすコンプレス、その手を撃ち抜いたのは茂みに隠れていた青山のネビルレーザーであった。

 

「青山、よくやった!」

 

そう言って飛び出した球を掴み取った相澤先生。

 

「ハァ、俺のショーが台無しだよ。せっかく気絶してた奴らを拾い集めて完全大勝利っとなる筈だったのに。ま、」

 

ゲートに入りかけたコンプレスは指を鳴らした

 

相澤先生が掴み取っていた球から現れたのは拘束服の男、ムーンフィッシュであった。

 

俺は、コンプレスの手に首根っこを掴まれていた。

 

「本命は持って帰れたので良しとしましょう。それでは今度こそさようなら、ヒーロー。」

 

「みん、な...」

 

「団扇くん!」

「団扇!」

 

黒い霧の中へとコンプレスと俺は消えて行った。

 

雄英高校の完全敗北で、林間合宿襲撃事件は幕を下ろした。




というわけでこれにて林間合宿編終了。賛否両論あるでしょうけどこれで通します。書きたい神野編の為にッ!


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神野編
ヴィラン連合と新しい力


ヴィランとのコミュニケーションの1ターン目です。先攻は巡くん。後攻はみんな大好きなあの人です。


携帯などを取り上げられ、数度の転移のあと自分はどこかに連れてこられた。目隠しと手枷をつけられたまま。

 

「さて、事ここまで来たらどうしようもないぞ。俺を殺す様を動画にでもする気か?」

「そんな事はしないさ、団扇巡くん。俺たちはお前に話があってこうしてここに連れてきたのさ。」

「この声は死柄木か、話ってなんだ?」

「単純な話さ、俺たちの仲間になれ。」

 

予想だにしてなかった展開である。ヒーローの卵が(ヴィラン)堕ちすると本気で思っているのだろうか。

 

「とりあえずなんで俺を仲間にしたいなんて思ったのか、理由を聞かせてくれないか?死柄木弔。これでもヒーロー志望の品行方正な学生をやってたつもりだぜ?」

「お前の過去を調べた。団扇巡、お前は俺たち側の、社会に押しつぶされて苦しんでいた人間だからだよ。」

 

その言葉に、死柄木の傷が少し見えた気がした。もしかしてこいつの原点(オリジン)は俺と近しいのかもしれない。少しだけそう思った。

 

「...否定はしない。けど肯定することもできないな。なにせ俺は、お前たちのことを知らない。なぁ、まずは会話から始めないか?死柄木弔、俺はお前に興味が湧いた。」

「ああ、いいぜ団扇巡。話を始めよう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「こういうのは言い出しっぺの法則って奴だ、まずは俺の過去から話そう。調べたのと話を聞いたってのとじゃあ受ける印象も違うだろ。」

「...随分と積極的なんだな。」

「考えてもみろよ死柄木、今の俺の命ってお前の命令一つでお陀仏だぜ?この状況で協力的にならない奴なんて爆豪くらいだって。」

「へぇ、パニックにはならないんだな。」

「そりゃあ...鍛えてますから。」

 

内心はバックバクであるが表には出さない。ポーカーフェイスは得意なのだ。

 

「さて、俺の半生のお話だ。合いの手はお好きにどうぞ。誰がいるのかは見えないからわからないけどさ!」

「弔くん、つまんなかったら刺していいです?」

「やめろトガ、今は話し中だ。」

「話一つも命がけかぁ、辛いな!」

 

そうして自分は話した、自分の半生を。

生まれて4年後に個性を発現し、父親に逃げられたこと。

その後4年間母の心を守るために間違った方法を選んでしまったこと。

ヤクザに自分を売り、新天地へと向かったこと。

そこで親父と会い、ヤクザの元で8年間仕事をしながら生きていたということ。

そのヤクザは今は組を畳んだ結果、自分の前科一つと共に無くなったということ。

これが、自分の過ごした半生だ。恥ずべきところも隠したいところもあるが今は死柄木たちに自分を知ってもらうために何も隠さずに言おう。

 

「ざっとこんなもんだな。どうだ?俺の人柄くらいはわかったか?」

「ああ、だいたい調べた通りだ。だが質問がある。」

「なんだ?」

「お前の原点(オリジン)である母親を洗脳していた4年間のことだよ。お前は何を憎んでその時期を乗り越えたんだ?」

「...これ、相澤先生にもぼかしてしか伝えてない事だからあんま言いふらすなよ?」

「ああ、約束する。」

「自分を助けてくれるヒーローが扉をあけてくれるのを願ってて、けどそんな奇跡は現れる事はなかった。だから、俺が変えようと思ったんだ、この社会の糞みたいなシステムを。ヒーローとして先導者となる事で。」

 

いろんな理由で「助けて」を言えない人がいる。そんな人を1人でも多く助けられるようにするために俺はヒーローを目指している。それだけは曲がらない。

 

「そうか、ありがとう団扇巡。お前は半分合格だ。」

 

そう言って死柄木は自分の目隠しを取った。

 

瞬時に状況判断。バーのような風体の隠れ家、周囲には死柄木の他にトガ、黒霧、コンプレス、トゥワイス、スピナー、荼毘、グラサンの男、の7名。手枷は手全てを覆う形で自力での抜け出しは不可能。

 

糞、マスキュラーがいれば一手動けたというのに...とはいえ一手程度でどうこうできる状況でなし、今は流れに身を任せよう。

 

「半分ってのは、俺が社会に対して不満感を持っている人間ってところか?」

「そうさ、お前は俺たちの同志になれる。何故なら俺たちの目的はこの社会をひっくり返す事なんだから。」

 

そう言った死柄木の目は鏡のゴーグルに覆われて見えなかった。

 

「お前だけマジックミラーゴーグル着用とか、以外とちゃっかりしてるんだな。」

「そういうお前は写輪眼を展開していないんだな。」

「警戒されるだけだろ。なら使わないのも一つの手だよ。」

 

「へぇー、団扇くんって黒目だったんだね、綺麗!」

「ありがとさんトガちゃん。...ところでマスキュラーはどこに?」

「別室で待機させています。あなたを主人と誤認させ続けるとは卑劣ですが有効な手ですね。」

「それなら呼び出してくれや、催眠解除するから。」

「...手駒をわざわざ減らすのか?」

「警戒心を解くためには必要だろ。お前たちも仲間が洗脳されてるなんて嫌だろう?」

「コンプレス、マスキュラーをここに呼んで来い。」

「死柄木弔、よろしいので?何かの罠の可能性もありますが。」

「コイツは俺たちの信用を得ようとしている、ならこっちも信用で返すのが礼儀って奴だろ?」

「それにマスキュラー1人なら暴れてもすぐに制圧できる。」

「決まりだな。行って来いコンプレス。」

 

コンプレスは別室へと行き、3分程度で戻ってきた。大人しくしているマスキュラーを連れて

 

「よう、ご主人。無事か?」

「おうマスキュラー、無事だぜ今のところは。ちょっと俺の目を見てくれるか?」

「おう。」

 

写輪眼発動、表層催眠解除だ。これでマスキュラーは俺を主人と認識する事は無くなった。

 

「...あー、糞みてぇな気分になった。このクソガキが!」

 

マスキュラーは大股で自分に向けて歩いてきた、何をする気かは一目瞭然だ、コイツの思考はシンプルなのだから。

 

「マスキュラー止まれ、コイツは大事な客だ。」

「大丈夫だ死柄木、一発くらいなら受ける覚悟はある。来い、マスキュラー。」

 

俺の言葉で手を下ろした死柄木、マスキュラーは自分の胸ぐらを掴み持ち上げた。

 

「何で催眠を解いた!あんな幸せな気分は初めてだったってのによぉ!」

「お前を素に戻すことで信頼を得るためだ。わかってくれ。」

「わかるかよ畜生!」

 

そう言ってマスキュラーは自分に頭突き一発いれてきた。

 

「気は済んだか?」

「とりあえず今はな!バーテン、ビールくれ!」

 

頭から血が垂れてくるのを感じる。マスキュラーの怒りの頭突きで皮を切ったのだろう。

 

「団扇くん、消毒と絆創膏よ。ちょっとしみるけど我慢しなさいな。」

「ありがとうございますグラサンさん。」

「マグネよ、マグ姉で良いわよ?」

「それじゃあ改めて、ありがとうございます、マグ姉さん。」

「素直な子は好きよー。」

 

「さぁ、俺の話はしました。半分ですが味方認定も貰えました。次は皆さんの番です。話してくださいな、あなた達がどんな理由で社会に喧嘩を売ろうって思ったのかを。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「黒霧さん、買い出しお疲れ様です。」

「いえいえ、大した手間ではありませんよ。さて作りましょうか。」

「ええ、作りましょう。冷しゃぶを!」

 

今は俺が連れ去られてから数時間。(ヴィラン)連中の過去話を聞いて回って気付けばもう10時、夕食を食べずに襲いかかって来た(ヴィラン)連合連中の腹の虫が鳴り響く頃であった。

 

半分は味方だと認めて貰えたからか、食事の時とその準備を手伝う今だけは手枷を外して貰えた。

だが今は脱出の機ではない。助けが来るのを待つのだ。

 

決して冷しゃぶの魔力に引き寄せられた訳ではない。

 

酒、塩、ネギを入れたお湯を沸騰させたものにしっかりしゃぶしゃぶした肉を常温の水につけて熱をとる。あとはサラダと一緒に盛り付けてゴマだれをかければ完成である。さっと作れて美味しい冷しゃぶはこういう時間をかけない料理には最適だ。買い出しもワープゲートで楽チンなのだから良い。ちょっとかなり(ヴィラン)連合は良い職場なのではないかと思い始めてきたぞ?

 

「おお、できたか肉!食わせろ!」

「つまみ食いは許さんぞマスキュラー。ささっ皆さんどうぞ。どうぞ、バー席に座って下さいな。」

 

そう言って皆の席に肉とサラダと白米を並べていく。黒霧さんとは今日一日でかなりの親密度を稼げた気がする。なんで(ヴィラン)やってるか不思議なくらい良い人やねん黒霧さん。

 

「なぁ、団扇。」

「なんです?荼毘さん。」

「お前馴染むの早すぎやしないか?」

「ストックホルム症候群って事で納得して下さいな。ささ、荼毘さんの分です。」

「おう、ありがとう。」

「団扇くん、君も席に着きなさい、あとは私がやっておきます。」

「それじゃあお言葉に甘えて、頂きます。」

 

しゅっと締まった肉がゴマだれと絡み合いハーモニーが生まれる。美味い、白米が止まらないぜ。

 

「マスキュラー、サラダもちゃんと食えよ?」

「食うわ!お前は俺のお袋か!」

「仲良いわねー、あんたら。」

 

マスキュラーと会話しながら肉を食う。何をするにもまずは体力だ。腹が減っては死柄木たちに取り入るのもここから逃げ出すのもできないのだから。

 

まぁ逃げ出すには常に誰かが一息で自分を殺れる位置にいるこの現状をなんとかしなければならないのだが。やっぱこいつら場数踏んでるわ。半分くらい受け入れても油断はしないのな。

まぁ、さっきの過去話とてまともに話してくれたのはマグ姉くらいだったのだが。あとはだいたいはぐらかされた。荼毘の過去とか超興味あったのに...

 

「ご馳走様でした。黒霧さん、皿洗い俺がやりますよ。」

「いえいえ、団扇くんはまだゲスト、ここは私が。」

「...そうですか、それならよろしくお願いします。それじゃあコンプレスさん、手枷を。」

「...あの残虐無比な戦い方をした人物とは思えない従順さですね、何を狙っているんです?」

「取り敢えず手枷無くてもいいと信用してくれることを祈ってはいますけどね。」

「無理でしょう。何故なら貴方は光の側の人間だ、その個性も、過去も、闇の側であるはずなのに。その原因がわかるまでは私は貴方を心から信用する気にはなれませんよ。」

「団扇巡の半生は、語った通りなんですけどねぇ。」

 

『ああ、手枷は無くて構わない。彼と話がしたくてね。黒霧、彼をここまで連れて来てくれ。』

 

テレビからそんな声がした。

 

「先生?」

「...先生って事は(ヴィラン)連合の裏ボスさんですか?」

『いいや、僕は死柄木弔の先生なだけさ。』

「じゃあ取り敢えず大先生、お話ってなんです?」

『それは会ってからのお楽しみさ、君と話したいだろうゲストもいるんだ。来てくれないかな?団扇巡くん。』

「ちなみに聞きますけど拒否権ってあります?嫌な予感しかしないんですけれど。」

「あるわけないだろ団扇、行って来い。」

「そりゃそうか。承知しました、死柄木さん。それじゃあ大先生と面会に行って来ますわ。」

 

そう言って黒霧さんの作ったワープゲートを通る。

 

モニターの光だけが照らす暗闇の中、その人物は座って俺を待っていた。

体に伸びる幾本ものチューブ、点滴などが光に照らされて見えた。

そんな病人とも取れる外見なのにその身にあるのは威圧感、オールマイトを彷彿とさせる強靭さが見て取れてしまう。

 

間違いなく、この大先生が(ヴィラン)のボスだ。

 

とはいえ自分は今(ヴィラン)連合の新入社員(予定)としてここに立っている。すぐに殺されるとかはないだろう。そう信じることにする。どうせ今の状況は詰み一歩手前なのだし。

 

「はじめまして団扇巡くん、僕はオール・フォー・ワン。」

「はじめましてオール・フォー・ワン大先生。団扇巡、あおぐ団扇に巡り合わせの巡です。ところでこの部屋暗いですね、電気つけて良いですか?」

「ああ、構わないよ。スイッチは君の後ろにあるはずだ。」

「それじゃあ失礼して、ポチッとな。」

 

そうして振り返った自分を待っていたのは予想外の再会であった。

その顔は忘れもしない、忘れるものかと心に決めていた人物だ。

自分によく似た目元と唇、黒い瞳、整った容姿のその顔は

 

自分の父親、団扇貞信のものだった。

 

「は?」

 

一瞬思考が停止した。

 

「紹介するまでもないかな、団扇巡くん。彼は団扇貞信、君の父親だよ。まぁ今はまともに会話出来るような状態ではないんだけどね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ただいま!巡、良い子にしていたか?」

「父さん、おかえりー。」

「お帰りなさい、貴方。晩御飯にしますね。」

「ありがとう善子。もしかして待っててくれたのかい?」

「巡が待つって聞かないのよ。」

「ご飯はみんな食べた方が良い!そっちのが美味しいし!」

「ハハハ、その通りだ。それじゃあご飯にしようか。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一度深呼吸、落ち着け。相手のペースに乗るな。

 

「へぇ、生きてたんですかそいつ。」

 

返答はこれでいい。興味を示さない事がこちらに出来る唯一の抵抗だ。下手に興味を持っていると思われて人質に使われたら詰みだ。俺は(ヴィラン)の元から離れられなくなる。こんな奴でも人命なのだから。

 

「ああ、12年前君を捨ててから職を転々としていたから探すのに苦労したよ。まぁ、お陰で良いものが手に入ったんだけどね。」

「良いもの?」

「写輪眼の個性さ。」

「...親父は無個性の筈。他に血縁者がいたんですか?」

「いいや、僕の『個性判別』によって君の父親にも写輪眼は宿っていることがわかったのさ。どういうわけか『強制発動』でも発動はしなかったけどね。」

「それで俺を攫おうって死柄木を唆した訳ですか。サンプルを取るために。」

「その通りさ、まぁちょっとした好奇心だよ。さて。」

 

オール・フォー・ワンは自分に手を向けてきた。

警戒して半歩下がった。だがそんなことお構い無しにオール・フォー・ワンは手から棘のようなものを出し、俺に刺してきた。

 

「個性強制発動。さて、君には効くかな?」

 

身体の奥底が無理矢理操られるイメージだ。強烈な気持ち悪さと共に自分の意思でなく写輪眼が勝手に瞳に現れた感覚がある。

 

そして自分が目にしたオール・フォー・ワンの身体エネルギーはドス黒い混色だった。オールマイトや緑谷の綺麗な虹色とは違う。多種多様な色を無理矢理煮詰めたような邪悪で、しかし力強い色だ。

 

その色を見て、自分は思わず後ろに後ずさった。単純な、根源的な恐怖からだ。こんなモノが存在してはいけない。そう思った。

 

「個性の強制発動は通じたようだね。ふむ、となると団扇貞信の写輪眼が発動しなかったのはどうしてだろうか。長いこと生きてきたがこんな事は初めてなんだ。何か思い当たる事はあるかい?団扇巡くん。」

「...俺の写輪眼は開眼し始めたころの紋様は一つ巴だった。でも成長した今は三つ巴になってる。多分だが写輪眼には特別な成長の仕方があるんだと思う。」

「興味深いね。君自身はその特別な成長に心当たりがあるのかい?」

 

心当たりは正直ある。俺が写輪眼を成長させたタイミングはいつだって母に催眠をかけることに抵抗を覚えて死にたくなった時なのだから。今でも忘れる事はできない。

 

「写輪眼を成長させるのは、使用者の心の傷だ。」

「なるほどねぇ。それなら弔にはこの個性は渡せないね。弔向きの良い個性だと思ったんだが。」

「個性を渡す?...まさかオール・フォー・ワン。あんたは個性を操る魔王⁉︎ネットの噂じゃなかったのか⁉︎」

 

最悪だ。こんな奴に勝てる訳が無い。あらゆる個性を奪い、万能の力を超常黎明期から示していた魔王だ。なんでもありって事である。

だから写輪眼に対しても無警戒に顔を晒しているのだと今更ながらに思った。

 

「さて、それじゃあ本題に入ろうか。団扇巡くん。君はまだヒーローを諦めては無いね?」

 

答えられない。嘘探知のような個性を持っていたら隷属を誓ってもそれが嘘だとわかってしまう。かといって諦めていないと口にするのも論外だ。今ここで殺されかねない。

 

「沈黙は肯定とみなそう。だから君には弔と道を同じくできるように道しるべをあげよう。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは再び手をかざしてきた。手に身体エネルギーの球みたいなものを集中させながら。

 

手から出てきた針が俺の腹を貫く。そしてその針を伝って身体エネルギーの球が自分に流れ込んできた。

 

その瞬間から、地獄が始まった。

 

「恐怖という、道しるべをね。」

 

身体が、作り変えられていく。

痛みで、恐怖で、気が狂いそうになる。

俺は、この男に根源的な恐怖を植え付けられて支配されようとしているッ!

 

「さぁ、身体に馴染むまで時間がかかりそうだね。それならその間に君のルーツ、団扇一族について講義をしてあげよう。」

 

気が狂いそうになりながら耳を傾ける。他の何かに集中していないと気が狂いそうだ。

 

「君の一族は元々は幕府に仕えていた隠密の家系でね、なにか大業をなしたとかで今の長野に忍び里をもらうほどのものだったそうでね、そんな血筋の団扇一族は超常黎明期にも当然のようにその隠れ里を牛耳っていた。そして個性の発現により団扇一族の多くが写輪眼に開眼するようになり、その支配は力を持っていた僕でも手を出せないほどの強固なものとなっていた。」

 

そりゃあ写輪眼なんてものを支配層が持てば完全無欠の帝国が出来上がるだろう、気にくわない意見を言う奴は洗脳してしまえば良いのだから。

 

「だが、話が変わり始めたのはちょうど君のお父さんが生まれ始めたあたりからでね。団扇一族内部で意見が分かれ始めたのさ、写輪眼を使って支配圏を広げに行こうとする急進派と今の地域支配だけを盤石にしようとする保守派でね。その争いは日に日に大きくなり、いつしか人死にが出てくるようになった。そして、あの日が来た。君も歴史の授業で習わなかったかい?長野黒炎大災害を。」

 

知識としては知っている。長野黒炎大災害とは未だ原因の明らかとなっていない個性災害であり、その死者は500名を超える。

村一つを巻き込んだ大火災であり、その水でも砂でも消えない黒い炎の性質により被害が大きくなったのだとか

 

「その、黒炎で滅んだ、村が、隠れ里、だってか?」

「ほう、もう喋れるのか。君に与えた個性は『精神をエネルギーとする』という個性だ。案外君と相性が良かったのかもしれないね。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは床に転がる自分に改めて向き合ってきた。

 

「さて、講義の続きと行こう。とはいっても君の言った通りなんだけどね。長野黒炎大災害で滅ぼされた村こそ団扇の隠れ里であり、その里に住む人間は1人残らず焼き殺された。ここにいる団扇貞信を除いてね。君が雄英の体育祭に出てからは下手人は君のお父さんだと思って色々な手段で尋問をしたんだけど結果は白、実に無駄な時間だった。」

 

身体の痛みは引いてきた。が、体を作り変えられた恐怖、体を流れるもう一つのエネルギーの恐怖、そしてこんな狂気の沙汰をいとも容易く行ってしまうこの男への恐怖が、自分の体を縛っていた。

 

「これで僕の知る団扇一族についての講義は終わりだ。あとは自分で調べるといい。さぁ、そろそろ立てるだろう?バーに戻りたまえ。」

「待ってくれ...」

「なんだい?」

「そこにいる、団扇貞信はどうする気だ?」

「ああ、もうだいたい遊び終わってしまったからね、脳無の素材にしようかと思っているよ。とはいえドクターの都合が悪いらしくあと一週間くらいはここで預かることになるね。」

「...わかりました、答えてくれてありがとうございます。」

「構わないよこれくらい。でも一つ忠告だ。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは手から針を出し自分へと刺す寸前で止めた。

 

「君が弔に逆らったら今度は君の個性を奪う。自慢のその写輪眼をね。その時の苦しみは与えられた今とは比べ物にならないほど苦しいよ?」

 

その言葉に軽口を返せなかった時点で、俺の心はもう折れていたのだろう。

 

そうして後ろに現れたワープゲートから部屋を去る、生みの父親を邪悪の手に残して。

 

一週間という示されたタイムリミットについても、自分の脱出方法についても何も考える気にはなれなかった。

 

今はただ眠りたかった、それが逃避だとわかっていても。

 




先攻で制圧できなかったらこうなるのは当然だよなぁ!(決闘者感)
さて、巡くんのパワーアップイベント(デバフ付き)です。それに伴いちょっとタグを変更します。気に入っていたんですが設定は更新されていくもの、致し方なし。


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チャクラ

ヴィランとのコミュニケーションのターンその二、デバフ付きなれど頑張る巡くん。


(ヴィラン)の元へ攫われてから一晩が明けた。

オール・フォー・ワンの言葉があったのか自分の手枷、目隠しは付けられることはなかった。そんなものは無くてももう自分は逃げ出さないという判断からだろう。念のための見張りは途絶えることはなかったが。

 

「随分とシケた面になったなぁ元ご主人!」

「うるせぇよマスキュラー。」

 

バーカウンターからからかってくるマスキュラーに対してもまともな答えが返せない。

 

恐怖が未だ自分を支配しているのがわかる。

 

とはいえ一晩経って楽にはなった、朝飯は食えたのだから。

 

「ねぇ、団扇くん。」

「何ですかマグ姉さん。」

「大丈夫?『先生』って人のとこから戻ってからずっと顔色悪いわよ?」

「そうですか...まぁ強烈だったんですよ、大先生との面会は。まさか体を作り変えられるとは思ってなかったですから。」

「それで、貰った新しい個性の調子はどう?」

「体に新しい感覚が一つ増えた感じでまだ気持ち悪いですね。ただ使い方はわかります。ただこの個性そのまま使うなら凄い微妙な増強型個性ってだけなので工夫がいりますね。」

「そう、精神を力にするって聞くと強そうな個性だと思ったのだけどそう強いものじゃあ無かったのね。」

「ええ、じゃないと俺みたいな信用の薄い奴には渡さないでしょう。」

「確かにそうね。」

 

マグ姉に気遣われているのを感じる。なのでその誠意には誠意で返したいと心は言っている。だから普段と同じような言葉を心がけて言葉を返す。ただ、その平時と変わらぬ言葉とは裏腹に、自分の恐怖心は薄れる事はなかった。

 

「まぁ、無理はしないでね。」

「無理も何も、何も行動できないですけどね。今囚われの身ですし。」

 

する事は何もないのでとりあえず貰った個性の把握をしようと。写輪眼を発動して自分を見ながら個性を使用する。

丹田にある身体エネルギーの源と似た位置に新たなエネルギーの源があった。精神エネルギーというのだから頭が中心かと思ったがそんな事はなかったようだ。

 

イメージは緑谷のフルカウル。精神エネルギーを全身に張り巡らせる。

軽く動いてみるも普段と変わらない、やはり使えない個性を押し付けられたというところなのだろうか。

 

こんな個性ではあの魔王に対する武器にはならない。新しい力を得ても単独での反逆が不可能だと言われているようでどこか悲しかった。

 

ここは(ヴィラン)のアジトだ、助けは期待できないし、助けが来てもあの魔王がいる。オールマイトでも殺されかねない。

 

祈るような形に手を組んでバーカウンターに座る、精神エネルギーをみなぎらせたまま、印を組んだのだ。

 

「ん?」

 

写輪眼の目線の先に見えた現象は綺麗なものだった。自分の丹田で身体エネルギーと精神エネルギーが混ざり合い暖かい力が生まれたのを体全体で感じた。

 

「どうしたんです?団扇くん。」

「いえ、精神のエネルギー化ってゴミ個性だなぁと思っただけですよ。」

 

バーカウンターの向こうでグラスを磨いている黒霧さんに不審に思われた。それをとっさに誤魔化す形の嘘が出たのは何故だろう。

自分の心は、あの魔王相手に折られてしまったのだというのに。

 

それでも自分の理性の部分は、この現象は(ヴィラン)相手には隠し通しておくべきだと叫んでいる。

 

心が折れても、理性は折れていない。

 

なら、俺が従うべきは決まっている。心が折れたままでも、反撃の準備を整えよう。

そう考えて、身体エネルギーと精神エネルギーを混ぜ合わせる現象、チャクラ精製現象を極力動かず心が折れてもう動けない奴だと錯覚させたまま始めよう。

 

いつ来るか分からない戦いの準備だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

所変わって合宿所近くの病院

 

緑谷出久は医者からの治療をうけてその両腕の怪我を治していた。

 

「はいこれでよし。両腕のギブスは取らないでね?あさってにはリカバリーガールが来てくれるからそれまでの辛抱よ。」

「ありがとうございます、先生。痛っ!」

「麻酔効いてても痛むって相当ね。」

「...先生、その、聞きたいんですけど。」

「なんだい?」

「団扇くんは、今どうなっているんです?」

「...警察が捜索中よ。だけど安心して、必ず見つかるわ。」

「そうですか...ありがとうございます、先生。」

 

病室から去っていく先生の後ろ姿を見て緑谷は1人呟いた。

 

「もしも僕が、あの時無傷で勝てていれば団扇くんは...」

 

緑谷は、そう後悔を募らせていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

手で印を結びながら丹田で身体エネルギーと精神エネルギーを混ぜ合わせる。そうして生まれたエネルギー、チャクラを身体中に循環させていく。

 

周囲を歩き回り身体の動作確認、しようとしたら足が地面に張り付いて転んだ。

 

「何やってんだ元ご主人。」

「足がもつれてこけた。見りゃわかんだろ。」

 

チャクラが地面と吸着する性質を持っているのか足の裏が地面から離れなかった。

いや、この感じは少し違う、そう思い掌のチャクラへの力の入れ方を変えてみた。掌から反発する力が生まれ、その勢いで立ち上がった。

 

どうやら、チャクラには吸着する性質と反発する性質があるようだ。これは移動にも攻撃にも応用できる相当に強い性質だ。すでにいくつか技が頭に浮かんできた。こういう時の技のイメージは前世のサブカル知識が役に立つ。うろ覚えだが。

 

「ちょっとトイレ行きたいので誰か付き添いお願いします。」

「ええ、いいわよ?」

「よろしくお願いしますマグ姉さん。でも、お触りはノーでお願いしますね。」

「しないわよ、オカマを舐めないでよね。」

 

そう言ってトイレまでをチャクラを集めた足で歩く。極力普段通りに、でも修行になるように足の反発をうまく利用しながら。

足音が思ったより大きくなったので不審に思われたか?

 

「機嫌悪い?団扇くん。」

「ええ、修行したいストレスが溜まって来てて。一応ニューパワー会得したわけですから。」

「よかった、ちょっとは元気になったみたいね。」

「ええ。心配してくれてありがとうございます。」

(ヴィラン)としてはどうかと思うけど、私は子供は笑ってる方が良いと思うのよね。特に団扇くんみたく辛い生き方してた子には。」

 

その言葉には、マグ姉さんの本音が見えていた。

 

LGBT差別に立ち向かう形で犯罪を犯してから社会の敵になり(ヴィラン)としての生き方を余儀なくされてしまったマグ姉さん。彼女はそれでも一欠片の善性を残していたのだと思うと、少し嬉しくなった。(ヴィラン)にも、話のわかる人はいるのだ。

 

「本当に心配してくれてありがとうございます。貴方が(ヴィラン)連合にいて本当に良かった。」

「なに、お姉さんを口説いてるの?でも残念、年下は好みじゃないの。」

「そりゃあ良かった。」

 

意外な所からの人の善性に触れて少し元気が出てきた。

さて、

 

「マグ姉さん。」

 

そう言って振り返る、マグ姉さんは目線を一瞬たりとも目線を合わせたりはしてこなかった。

 

「何?団扇くん。」

「いいえ、油断はしてないんだなーと。」

「って事はいま催眠かけようとしたの?侮れない子ねー。」

「してませんよ、いま写輪眼使ってないですし。」

「もう。あんまり大人をからかっちゃ駄目よ?」

「はい。」

 

そう言って個室トイレのドアを閉める。

 

状況確認。トイレの個室、窓はなし、手持ちの道具は全て没収されたのでトイレから何かをする事は不可能。

現状を確認する。オール・フォー・ワンはおそらくこの精神をエネルギーとする個性でチャクラを練ることができると知らない。精神エネルギーを利用した微弱な増強系個性としか認識していないはずだ。でなければ信用のおけない奴にこんな無限の可能性を秘めた個性を渡したりはしない。

 

「自己催眠で記憶を掘り起こせたならNARUTOの内容とか思い出せるんだが、鏡が無いんだよなーこのトイレ。」

 

そうごちたとしても仕方ない。ならば覚えているその技を試してみるだけだ。

 

手の印の組み方は一つ、両手の人差し指と中指を伸ばし十字に組む。イメージはエクトプラズム先生のを写輪眼で見た。チャクラを伸ばしもう1人の自分を形作るイメージ!

 

(影分身の術!)

 

実験は成功した。狭苦しいトイレで行ったのでさらに狭苦しくなったのが難点だが。

 

自分自身を見ると言うのは不思議な感覚だ。

 

「なぁ、俺。」

「なんだ?俺。」

「俺は、どうしたいんだ?」

「頭の中ではもう決めているだろ?多分それが答えだよ。」

 

マグ姉の魅せてくれた一欠片の善性が、自分に勇気のエンジンをかけてくれた。邪悪に与えられたこの力が、俺に戦うチャンスをくれた。

 

「父さんとともに、この(ヴィラン)連合から逃げ延びる。」

 

口に出すと覚悟が決まった。障害の数は多く実現は不可能に思える。

だが、そんなときにかけられる言葉はいつだって一つだった。

 

Plus Ultra だ。

 

オール・フォー・ワンは親父がドクターとやらの元へと送られるまで一週間だと言っていた。つまり残り6日。

その間にこの(ヴィラン)連合全員を気付かれずに催眠に落とし黒霧の個性でオール・フォー・ワンの元へ行き父さんを助け出す。

 

最後が無理だ、別のプラン

 

(ヴィラン)連合誰かの携帯電話を奪い雄英へと連絡を入れ、オールマイトをここに呼び出す。

 

とりあえずのプランはこれで良い。6日間の間に隙を見て催眠をかけるのは歴戦の(ヴィラン)相手には不可能に近いが、そこほ影分身を上手く使ってやってみよう。

 

とりあえずトイレに影分身トラップ一体だ。

 

トイレからドアを開けて外に出て、手を洗う。

 

「マグ姉さん、ちょっとトイレ見てもらえますか?」

「?なぁに、巡くん。」

 

そう言ってマグ姉にトイレの中を見せる。当然その中には影分身トラップがある。

 

「「すいません、マグ姉さん。」」

 

そう言って影分身がマグ姉に写輪眼をかける。まず1人目だ。

 

「さぁ、戦いを始めよう。」

 

心は依然折れたまま、それでも戦いを始めようと決めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

マグ姉の手持ちの携帯を使って地図アプリで所在地を確認した後、相澤先生へと電話をかける。

 

「もしもし、誰だ?」

「俺です、団扇巡です。」

「団扇⁉︎今どうなってる⁉︎」

「連合のアジトで捕らえられてます。隙を見て一人目を催眠にかけて携帯を奪っていま電話をかけてるところです。」

「そうか、所在地は?」

「神奈川県横浜市神野区3丁目のどこかです。電波悪くてGPSがうまく効いてくれなくてそこまでしかわかりませんでした。」

 

相澤先生は息を飲んだあと、優しい声で言った。

 

「...よく頑張ったな、団扇。」

 

その優しさに正直、泣きそうになった。でもまず伝えるべきは奴の事だ、時間は限られているのだから。

 

「でも、カチコミかけるなら戦力を整えてからにして下さい。連合の裏ボス、オール・フォー・ワンって奴は化け物です。オールマイト並みの威圧感を感じました。」

「...そいつの個性はわかるか?」

「見せてきたのは個性識別、個性強制発動、個性を与える、個性を奪う、このあたりです。戦闘用の個性はいくつ持ってるか見当が付きません。個性を操る魔王って知ってます?」

「まさか、実在したのか...」

「ええ、なのでオールマイトクラスの戦力を整えてから来てください。幸いにも連合は俺を仲間にしようとしています。まだ、殺されません。」

「団扇、(ヴィラン)に与する形での個性使用も許可する。とにかくヒーローが来るまで生き残れ。いいな?」

「はい。それともう一つ、オール・フォー・ワンの元に人がいます。あと6日でその人は脳無にされるそうです。出来るなら助けたいです。」

「わかった。幸いこれから警察の調書を取るところだ、その情報は必ず伝える。」

「ありがとうございます、相澤先生。あんまりトイレ長いと警戒されるんで切ります。携帯は(ヴィラン)に返すんで折り返しはしないでください。」

「わかった、団扇。何度も言うが無事でなくても良い、生きて帰ってこい。」

「はい、必ず。」

 

そう言って電話を切る。通話履歴を削除した後電話は外で待っているマグ姉のポケットに戻して表層催眠を解く。

 

「さて、マグ姉さん、戻りましょう。」

「ええ、にしても長かったわね。」

「大きかったんですよ、言わせないでください。」

 

まず、これでやるべき事はやれた。後はヒーローが来るのを待ちながらやるべき事をやろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

明けて翌日。死柄木からついに仕事の依頼が来た。

 

「団扇巡、お前の入団テストだ。今から黒霧が連れて行く所に捕らえてる男に(ヴィラン)連合に従うよう催眠をかけろ。」

「ついにって感じですね、ターゲットの詳細は?」

「俺たちのスポンサーになってくれるかもしれない奴さ。」

「じゃあ催眠の内容は連合に従うことに幸福感を覚えるって感じで良いですか?」

「幸福感?そんなもんで人が従うのか?」

 

死柄木のその言葉を遮ったのはその催眠の経験者であるマスキュラーであった。

 

「ボス、そいつの幸福感は麻薬みたいなもんだ。俺も初めての幸福感に抗えなくてこいつの下僕になった訳だからな。」

「そうか、ならオーケーだ。...流石8年間ヤクザの元で働いていただけはあるね。引き出しが多い。」

「それではゲートを開きます。」

 

開かれた黒いゲートをくぐる。後ろについて来るのは荼毘とコンプレス。どちらも催眠にはまだかかっていない。

 

ゲートをくぐった先には拘束から抜け出そうともがいていた中年の男性がいた。

 

周囲を見回す、廃工場のような建物だ。放置したままの材木や機材が埃を被って転がっている。

 

目の前の中年男性はその廃工場の真ん中にポツンと置かれた椅子に巻かれたベルトに体を拘束され、助けを求められないように口に猿轡を巻かれていた。

 

コンプレスが猿轡を外した。仮面で顔が隠れているがおそらく嗜虐的な笑顔をしているだろうと分かる。この短い期間だがその程度はわかる程度には濃い日々だったのだから。

 

「き、貴様ら!私を誰だと思っている、私に何かしたら信者たちが黙っていないぞ!」

 

そんな中年の戯言を無視して、コンプレスが顎でクイっと俺にやれと指示をして来た。

気がすすまないがやるしかない。写輪眼発動だ。

 

「⁉︎、その、その赤い目は!」

 

中年男性と目が合った、催眠発動。催眠内容は死柄木に言った通りのものに時間制限を加えたものだ。ついでに写輪眼でメッセージをイメージで送りつける。少しの辛抱ですと。

 

そして自分は自分の口で催眠のキーワードを言い放つ。

 

「俺たちは(ヴィラン)連合、俺たちに従ってくれますね?」

「はい、はい!はいいいい!私は(ヴィラン)連合の下僕でございます!」

 

その様子の変わりようにコンプレスも荼毘も少し驚き、笑みを浮かべてきた。

 

「団扇、お前の催眠って凄まじいな。」

「そりゃあ、鍛えてますから。」

 

そう言いながら荼毘へと振り返る。目線は合わない。やはり連合の(ヴィラン)は皆歴戦だ。

 

「お前、俺に催眠かけようとしたろ。」

「気のせいですよ荼毘さん。これでもう後戻りできなくなった訳ですよ?ならもう逃げ出そうと動く意味なんてないじゃないですか。」

「それもそうだな。」

 

その返し方に焦凍を思い出して内心少し笑ったのは内緒だ。

 

「団扇巡。」

「はい?」

「ようこそ、俺たち(ヴィラン)の世界へ。」

「...よろしくお願いしますね、荼毘先輩。」

「ふざけているなら手伝ってください、この拘束椅子はまだ使うらしいので持って帰るのですよ?」

「あ、分かりましたコンプレス先輩。」

「ああ、わかった。」

 

そう言ってえっちらおっちらと3人で割と重い拘束椅子を持ってワープゲートを潜る。

 

「その様子だと、催眠は成功したようだな。」

「ええ、余裕ですよこの程度。」

 

そう自分に声をかける死柄木はマジックミラーゴーグルをつけたままだった。

 

そのゴーグルを外しながら死柄木は言った。

 

「ようこそ団扇巡くん、俺たち(ヴィラン)の世界へ!」

「死柄木先輩。」

「なんだ?」

「それ、荼毘先輩からも言われました。」

「...おい荼毘、俺の良いところを取るなよ。」

「すまん。」

 

(ヴィラン)連合はどこかぐだぐだなれど、俺を受け入れ始めていた。傷ついた心にそれはしみる。情に絆されそうだ。だが居処を通報するという裏切り行為を犯してしまった自分には(ヴィラン)連合に居場所はない。退路はないのだ。思考に従って俺は動く、そう決めたのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「緑谷、大丈夫か?」

「おっす緑谷!」

「轟くん、切島くん!」

 

病室で療養していた緑谷の元へとやってきたのは轟と切島だった。

 

「いてもたってもいられなくて、つい来ちまった。」

「ありがと、痛っ!」

「無理すんじゃねぇよ緑谷、お前の腕、まだバキバキなんだろ?」

「でも、大丈夫。麻酔効いてるし。明日にはリカバリーガールが来てくれて治してくれるって話だから。」

「そうか。」

「ねぇ、轟くん。団扇くんはいまどうなってるか聞いてる?」

「いや、聞いてねぇ。」

「心配だよな、あいつは(ヴィラン)側からしたら喉から手が出るほど欲しい個性だろうし。」

「うん。」

 

ひと時静寂が病室を包む。

 

「僕さ、(ヴィラン)と会ってこの両腕を壊されて、どうしようもなくなったときに団扇くんに助けられたんだ。」

「ああ、聞いてる。」

「もし僕が(ヴィラン)に両腕を壊されてなくて、団扇くんと一緒に戦えてれば、こんな事にはならなかったのかな...」

 

そう言った緑谷の目からは、涙が流れていた。

 

轟は無言でハンカチを取り出して、その涙を拭った。

 

「団扇なら、大丈夫だ。(ヴィラン)の狙いは団扇を捕らえる事だった。なら今すぐにあいつが殺される可能性はかなり低い。あいつなら案外その隙に逃げ出してるかもな。」

「そうかもね、団扇くんなんだかんだでしたたかだから。」

「そうだよ、気を落とすな緑谷、団扇なら大丈夫!そう信じよう!」

「ありがとう、轟くん、切島くん。」

 

病室のドアが開き、新たな来訪者が病室に招き入れられた。

緑谷の母親、緑谷引子だ。

 

「出久?お友達来てるの?」

「うん、轟くんと切島くん。心配で来てくれたんだ。」

「んじゃ、俺たちは八百万とか耳郎とかの様子見てくるわ。」

「そうだな、家族水入らずで話しとけ。」

 

そう言って二人はぺこりと礼をしながら病室から出ていった。

 

「緑谷の母ちゃん、優しそうな人だったな。」

「ああ、そうだな。」

 

そう言って近い八百万の病室に行く轟と切島、その病室のドアは開きっぱなしだった。

 

「ん?誰か来てるみたいだな。」

「この声、オールマイトだ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「緑谷!」

「どうしたの切島くん。」

「団扇を、助けに行けるかもしれねぇ!」

 

希望はまだ繋がっているかもしれない、そう緑谷は思った。




デバフそのままで動く巡くん。でも先生の声とかしていないのでまだまだ動ける。先生は恐怖で巡くんが動かなくなるのはそれはそれで面倒だと思って今は黙ってる感じです。前話最後の質問で父さんに人質としての価値があると知られてしまったからね!


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神野事件、その始まり

筆が進んで書き終わってしまった、驚きです。
一日に2度投稿とか普段は無理なのでこのペースで続きが読める!とかは思わないでくださいねー。

そんなわけで本日2本目です、昼に上げたのを読んでいない方は前話からどうぞ。


自分があの中年を催眠にかけた日から一晩が明けた。

 

マグ姉を催眠にかけてから以降連合のメンバーに催眠をかけることに成功する事はなかった。初めての影分身でうまくチャクラの分配ができていなかったため割とすぐに分身が消えてしまったためだ。

トイレをキルゾーンにして催眠を重ねていくというのは良い策だと思ったのだが。そう上手くはいかないという事だろう。

 

「黒霧さん、野菜の皮むき終わりました。」

「ありがとうございます団扇くん。それでは容器に移してレンジで野菜を温めてください。オートでいいですよ。」

「はい。」

 

黒霧先輩に言われた通りに野菜を温める。キッチンになら光を反射するものがあると睨んだのだが外れだった。武器になる包丁はまだ握らせて貰えないしピーラーの金属部分で催眠をかけようと思ったが反射をうまくコントロールできなくて目を合わせることは出来なかった。

 

変化の術があれば影分身をマグ姉に化けさせて催眠をさせるという手が取れるのに...まぁこれは取らぬ狸の皮算用だ。今は出来ることでこの状況を打開する策を練らなければならないのだから。

 

「元ご主人、飯はまだか?」

「ちょっと待ってろマスキュラー、白米が炊けるまではどっちにしろ食えないんだから。」

炊飯器の表示を見る。あと5分だそうだ。

 

レンジからピーという音がなった、温め終わりの合図だ。

 

「黒霧さん。野菜できましたよー。」

「ええ、こちらの肉も焼きあがりました。...少し手際が良すぎたようですね、助手の腕が良いからでしょうか。」

「お褒めに預かり光栄です。ま、ご飯が炊き上がるのはのんびり待ちましょう。」

『どうやら自分のペースを取り戻したようだね、団扇巡くん。』

 

恐怖で体が竦む。だが大丈夫だ、オール・フォー・ワンの個性は見えないところから俺を縛るようなことは出来ない。

 

「ええ、押し付けられた個性が馴染んだんじゃないですかね、大先生。」

『ははは、君は実に強いね。あの苦しみをもう乗り越えかけている。そんな君に朗報だ、君の父親団扇貞信の状態がすこし良くなったよ。』

 

嫌な予感しかしない。今すぐに行動を起こして魔王の凶行を止めに走りたい。だが駄目だ。今の自分の手は父さんの元には届かないのだから。

 

『なので彼には実演してもらおうと思うのだよ、個性が取られると人はどうなるのかを。』

 

SOUND ONLYと書かれていたモニターに映像が映る。

顔に生気がすこし戻ったその顔はこれから何が起こるのか知っているのか恐怖に慄いていた。

 

『さぁ、ショータイムだ。』

 

画面外から棘が父さんに刺さる。その瞬間から父さんの身には地獄が始まったのだろう。椅子から転げ落ち両目を抑えて叫び声を上げた。その悲痛な声は自分の恐怖を連想させるのに十分なものだった。

 

だが、自分で無くだれかの悲鳴という事実が、俺の心に火を入れた。

そうじゃない、そうじゃないだろ団扇巡!お前は何のためにヒーローを目指した!

 

今、父さんは助けを求める事の出来ない場所にいる。そんな悲劇を無くしたいから俺はヒーローを目指したんだろうが!

 

今は俺の手は届かない。だけど必ず助ける、そう心が決めた。

もう、迷わない。

 

炊飯器の炊き終わりの音が鳴るまでオール・フォー・ワンの凶行は続いた。

その場にいるだれもを戦慄させた凶行の終わりは、ひどくあっさりしたものだった。父さんの気絶である。

 

『おや、たった5分で気絶してしまうとは情けないね。まぁデモンストレーションにはなっただろう。団扇巡くん、弔を頼んだよ。』

 

ひと時の静寂の後、マスキュラーの「腹減った」との声によって昼飯の時間となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「チユーーっと、はいこれで良し。両腕はもう大丈夫だよ。ハリボー食べるかい?」

「え、遠慮しておきます。」

 

リカバリーガールの治療により両腕の傷の癒えた緑谷は、居ても立っても居られなかった。

昨日の八百万との会話を思い出す。

 

『行きたい気持ちはわかります。ですがこれはプロに任せるべき案件、今の重傷を負ってる緑谷さんは療養をすべきです。』

 

もう傷は治った、八百万にもう一度頼んでみようと立ち上がったその時、病室のドアが開いた。

 

「緑谷、よっす!」

「上鳴くん?」

 

上鳴の後ろからクラスメイトたちがぞろぞろと集まってきた。

 

「みんなで来てくれたんだ、ありがとう。リカバリーガールのおかげで僕はもう大丈夫。」

「そうか、なら八百万の病室に行こう。緑谷、お前も諦めてないんだろ?」

「うん。手が届くかも知れないってのなら、僕は手を伸ばしたい。団扇くんが僕に手を差し伸べてくれたように。」

「何言ってんだクソデク。」

 

そこにいたのはおおよそお見舞いとはイメージの合わない男、爆豪勝己であった。

 

「てめぇみたいな雑魚一人、しかも戦えねぇ奴が現場行った所で出来ることなんざ無えだろうが。」

「それでも!団扇くんは僕を助けて捕まったんだ!」

 

心に留めていた言葉が止まらない。

 

「それは単にあのクソ目がしくじっただけだろうが!(ヴィラン)一匹倒して調子に乗って?挙句捕まったんだよクソ目は!」

「爆豪くん、ここにいない者を悪く言うのは止めたまえ!」

「ケッ、だから来たくなかったんだよ見舞いなんざ。」

「言うな爆豪。お前もわかってんだろ?団扇があんな無茶したのは俺たちから(ヴィラン)の目をそらすためだって事は。」

「わかってんだよんな事は!」

 

爆豪の怒りの理由もわかる。団扇巡の行った無茶は、ともすればクラスメイトの力を信じていないとも取れる行為だったのだから。

 

「僕は僕を助けてくれた団扇くんを助けに行きたい。だから八百万さんともう一度話しに行く。」

「とりあえず移動しないか?お前たちが無茶を出来るかどうかも全て八百万次第なのだから。」

 

常闇が冷静な判断を返す。団扇を助けに行くかどうかは全て八百万にかかっている。その点だけは絶対に変わらないのだから。

 

「ありがとう、常闇くん。」

「言うな、俺も目の前で団扇を助けられなかった一人だからな、気持ちはわかる。だが俺は助けに行くことには反対だ。この案件はプロに任せるべきだと、俺はそう思ってる。」

「それでもありがとう。行こう、皆。」

 

そう言ってクラスメイトたちと共に八百万の病室へと移動した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「何度でも言います、私は反対ですわ。私達が行くことで状況を好転させられるなら行くことを躊躇いはしません。ですが私たちは未だ卵の身、戦闘になれば足手まといにしかなれないのですよ?」

「それでも、僕は!団扇くんを助けに行きたいんだ!」

「平行線ですわね。私はどうしても緑谷さんたちが行くことを納得できていません。」

 

「隠密行動、それならどうだ?」

 

「轟くん?」

「そうだ、昨日の帰り道で轟と俺で話し合ったんだ。俺たち卵ができる唯一の戦い方を。」

「轟さん、それを本気で仰っているんですの?」

「ああ、本気だ。」

 

八百万は何かを考え込み、轟と切島、そして緑谷の顔をみて言った。

 

「わかりました、折れましょう。(ヴィラン)に取り付けたGPSの受信デバイスは作ります。」

「モモちゃん⁉︎」

「おい、良いのかよ⁉︎」

「私だって本当は止めたいですわ。ですが言葉で止まる方々ではありません。なら、現場を見て自分の言っていることがどれだけ無謀かを理解してもらった方がいい。私はそう判断しました。」

 

「俺は反対だ!」

 

そう叫んだのは飯田だった。

 

「飯田くん...」

「プロの方々に任せるべき案件だ!俺たちはまだ卵だ!隠密行動?無理に決まっているそんな事!必ず何処かで戦わなければならなくなるタイミングは出てくる!戦闘許可が解かれた僕たちはもう戦う事は出来ないんだぞ!」

「飯田...」

「飯田くん。僕はもう決めたんだ団扇くんを助けに行くって。僕の命は、団扇くんに救われた命だから!その命を返したいんだ!」

 

その言葉が飯田の逆鱗に触れたのか、飯田は衝動的に緑谷の頬を事を殴った。

 

「軽々しく命なんて言うな!」

「飯田くん...」

「病床に伏せる君たちを見て、床に伏せる兄の姿を重ねた!君たちが暴走した挙句兄のように取り返しのつかない事態になったら...ッ!」

「大丈夫よ飯田ちゃん。」

 

そう飯田の声を止めたのは蛙吹だった。

 

「私、決めたの。緑谷ちゃん達と一緒に行くわ。みんなの行動を止めるストッパーとして。」

「蛙吹くん⁉︎」

「言っても緑谷ちゃん達は止まらないし止まれない。なら友達として友達を守るにはどうしたらいいかって考えて、そう決めたの。」

「それなら私も協力したいな、団扇には世話になったし!」

 

「俺もだ」と皆が言った。皆大なり小なり団扇巡という人物に世話になっていたのだ。その恩を返したいと皆が思っているのだ。

 

「皆、落ち着け!わかっているのか本当に!」

「わかってない奴なんていないよ、飯田。」

「尾白くん...」

「みんな(ヴィラン)との戦いを経験して、(ヴィラン)の怖さを思い知って、だからこそ(ヴィラン)に囚われている団扇を助けたいってみんなで思ってる。そう言う事だよ。」

 

尾白のその言葉は、団扇巡と普通に接していたクラスメイトの総意だ、だからこそその思いは頑なになっている飯田へと届いたのだった。

 

「...それなら一つ条件を付けよう。」

「何?」

「僕も同行する、ストッパーとして、学級委員長として!」

「飯田くん...!」

「そして、全員で行くのは目立ちすぎて危険だ!メンバーを選抜しよう!」

 

そう言った飯田の金言からの話し合いの結果団扇巡救出隊(仮)は緑谷、切島、轟、飯田、蛙吹、八百万、爆豪の7名となった。

 

「爆豪が行くことになるなんて意外だねー。」

「うっせぇ。馬鹿が暴走したら責任問題になるだろうが。」

「ストッパーが多くて安心だわ。」

「出発は私と緑谷さんの退院と同時、夜7時半にしますわ。よろしいですね皆さん。」

 

「応!」と皆の声が響いた。

 

尚、「ここ、病院だから静かにしてね!」と看護師さんに怒られたのは皆の笑い種となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「行こう、団扇くんを助けに!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夕食を終えてバーの片付けをしていた自分に死柄木が言った、「おい、テレビ見てみろよ」と。

そこには、雄英高校の謝罪記者会見の映像が流れていた。

 

「イレイザーヘッドがスーツ着てる、珍しいな。」

「相澤先生じゃあないんだな。団扇。」

「悲しいことに、俺はもう(ヴィラン)ですから。」

 

謝罪会見の内容は単純であった。たんなるマスゴミの雄英叩きである。

 

「見る価値無くないです?こんなの。」

「そうか?面白いだろ、このクソみたいな社会の縮図みたいで。ちょっとミスしただけのヒーローが責められる。彼らは少しミスをしただけなのに、だ。」

「それ、笑ってるってか嘲笑ってるだけだろ。趣味悪いな。」

(ヴィラン)だからな。」

「そらそうで。」

 

そう話していると記者会見は佳境に入っていった。

 

『団扇巡、攫われた彼についても最悪でないと言い切れますか?

団扇巡は体育祭三位にボランティア活動経験多数と一見将来有望なヒーローに思えます。しかし、彼には前科がありますよね?』

 

「うわ、マスコミってそんな所まで調べられるのかよ...純粋に凄いな。」

 

『千葉の元指定暴力団財前組の系列のサロンで8年間もの長期間にわたって個性の不法使用を含んだ違法労働に着手していたと調べがついています。つまり彼は元々(ヴィラン)なのです。そんな彼が(ヴィラン)連合などという団体に囚われてしまったのなら、過去のように個性を使っての違法行為に手を染めてしまうのではないですか?

そんな彼に未来があると言える根拠をお教え下さい。』

 

相澤先生の顔を見る、歯を食いしばって怒りを堪えているのが見えた。そんな先生は、マスコミに反論するのではなく

 

深く、頭を下げた。

 

『団扇巡、彼が8年もの長い間違法労働に与していたのは紛れも無い事実です。ですが、そんな状況でも彼はヒーローになる事を志し、ボランティアで奉仕の精神を発揮し続けた。彼の犯してしまった罪は前科としてこれから彼を苦しめていくでしょう。ですがそれでも尚、彼は理想を持ち、ヒーローになる為の努力を積み重ねている強い生徒なのです。前科を持っていたという一点だけで彼を(ヴィラン)の仲間にできると思っているのならそれは浅はかな考えだと断言できます。』

 

「ハッ言われてんぞ元ご主人、もう戻れないように俺たちの仕事をした後だってのにな!...おい元ご主人、なんで笑ってんだ?」

「信じてくれているってのは嬉しいなって思っただけさ、それを裏切ってしまった後だとしてもな。」

 

『根拠になっておりませんが?感情の問題ではなく具体策があるのかと伺っております。』

『我々も手をこまねいている訳ではありません。現在、警察と共に捜査を進めております。我が校の生徒は、必ず取り戻します。』

 

ヒーローの来訪はまだ望めない。まだ潜伏する期間だという事だろう。残り時間はあと4日、間に合ってくれよオールマイトッ!

 

そう考えていると、ドアがノックされた音がした。

 

「どーもォ、ピザーラ神野店ですーー。」

 

その声と共に皆がドアに向けて顔を向ける。ここってピザ届くのかーと呑気に考えていると。

 

スピナーの寄りかかっていた壁が、一撃の元に破壊された。

 

No.1ヒーロー、オールマイトの手によって。

 

「黒霧!」

「ゲート...」

「先制必縛ウルシ鎖牢!!」

 

緑谷に見せられて覚えている。あの木のヒーローは若手実力派のシンリンカムイ。自分以外の全ての(ヴィラン)を一瞬で拘束したのは凄まじいの一言だ。

 

「木ィ⁉︎んなもん...」

 

そう言いながら荼毘が蒼炎を纏おうとする、だがその反撃はヒーロースーツの老人、緑谷の職場体験先だったグラントリノによって気絶させられていた。

 

「逸んなよ、大人しくしてた方が身の為だぜ。」

 

「もう逃げられんぞ(ヴィラン)連合!何故って?我々が来た!」

 

平和の象徴の力強さが自分に安堵感を与えて来た。だけどまだ気を抜いては駄目だ、オールマイトの戦える時間内にオール・フォー・ワンとカチ合わせないとッ!

 

「黒霧さん!」

「団扇くん⁉︎」

 

写輪眼発動、命令はオール・フォー・ワンへのゲートを開いてから何もするなと。

 

「オールマイト、付いて来て下さい!」

「団扇少年⁉︎...わかった!」

 

オールマイトと2人でワープゲートを通る。チャクラを練り上げながら。

 

「ほう、心が折れていなかったとは驚きだね、団扇巡くん。」

 

その声に、恐怖で心が折れそうになるのを感じる。だが折れない。決めたからだ、父さんを救うと

 

「お前がくれた力が、俺にチャンスをくれた!立ち上がるチャンスを!」

「そうか、ならそっちの個性の方も奪ってしまおうか。」

 

オール・フォー・ワンの棘が俺に向けて飛んでくる。しかし写輪眼には見えている、その棘の軌道が。練り上げたチャクラが俺にスピードをくれる、躱すためのスピードを。

 

棘を大きく回避して転がっている親父を回収する。廃人寸前だが、生きている、生きているッ!

 

「ほう?」

「私を忘れるなよ!オール・フォー・ワン!」

 

オールマイトの拳がオール・フォー・ワンを捉える。だがオール・フォー・ワンは拳の当たるポイントに身体エネルギーを集中させて言った。

 

「衝撃反転」

 

と一言。オールマイトは拳の衝撃を弾き返されて部屋の壁を突き破り吹き飛ばされた。

 

その隙にオール・フォー・ワンは俺に向き合ってこう言った

 

「さて、君の策はオールマイトを僕にぶつけてその隙に逃げ出そうというものだね?だが良いのかい?君が犯罪を犯した場面はしっかり録画されているのに。(ヴィラン)に与したヒーローなんてレッテルを貼られるより自由な(ヴィラン)のままでいた方が生きやすいと思うけどねぇ。」

「生きにくくても良い、俺がやりたい事はヴィランじゃできない事だから。」

「それはなんだい?」

「いろんな事情で俺みたいな『助けて』を叫べない奴がいる。そんな奴らを1人でも多く助けることだ。それができる世界にする事だ。」

「そうか、確かにそれは(ヴィラン)ではできない事だね。...君なら弔といい友人になってくれると思っていたんだが、夢が理由なら仕方ない。夢は、人の原動力だからね。」

 

一瞬だけ、オール・フォー・ワンの圧迫感が薄れた気がした。

 

「さあ、戦おうかメグル。ここからは君を敵として扱おう。」

 

チャクラを全身に巡らせる。ここからは背を向けたら死ぬ世界だ、オールマイトの邪魔になる自分をオール・フォー・ワンは逃しはしないだろう。

 

「何度も言うが、私を忘れるなよオール・フォー・ワン!お前の相手は団扇少年ではない、私だ!」

「チャクラ、全開!足手まといと侮るな、お前をぶちのめす!」

 

死闘が始まった。

 

 




神野編、本編スタート。オール・フォー・ワンからの脱出!(リアル脱出ゲーム感)


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神野事件

なんか書けてしまった神野編最終話。このペースでの更新は普段の自分では無理なので「このペースで続きが読める!」とは期待しないでください。


身体中から力が溢れてくる。これがチャクラを全開にした状態か。

 

「さあ、まずは小手調べだ。死なないでくれよ?」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは自分に向けて人差し指を向けてきた。腕への身体エネルギーの集中と共に。

 

「遠距離技!」

 

そう叫んで指先の直線上から父さんもろとも回避する。

 

「団扇少年!」

「俺に構わず奴を!自分とコイツの命は自分が守ります!」

「全く、君という子は!」

 

オールマイトはオール・フォー・ワンへと殴りかかる。

 

「DETROIT SMASH!」

「駄目です、見えてる所からの攻撃は『衝撃反転』で返される!」

「その通り、つまり君の攻撃の殆どは無力化できるのさ。オールマイト。」

「それは、どうかな!」

 

オールマイトは反射された衝撃を使って壁に着地し、オール・フォー・ワンへと再び向かう。

 

「タイムラグなしのオート反射って訳じゃあないんだろ?その個性は!」

「身体エネルギーは右腕に集まってます!」

「見えてる!腕をバネみたくする個性だ!」

「なら結果も見えてるね。」

 

オールマイトはバネの腕の空気を押し出す力により入口の方の壁を破り吹き飛ばされた。

 

だが1秒程度でオールマイトは戻ってきた、なんてタフネスだ。

 

「団扇少年!さっき見た!ジーニストたちがすぐに援軍に来てくれる!」

「待ってる一瞬で殺されますよ!」

 

父さんを入口の方へと投げ飛ばして戦闘態勢を取る。

 

「なので先にコイツをぶちのめす!」

 

自慢になるが、この時の自分のスピードは今の手加減しているオールマイトとそう変わらなかっただろうと思う。

 

だが、その程度のスピードではオール・フォー・ワンの裏はかけない。バネの腕の個性で迎撃しようとして来た。

だが、写輪眼には腕がバネになる瞬間から見えている、それで迎撃するという事は衝撃反転のタイムラグはまだあるということ!

 

バネの腕がこちらに向けられる一瞬で、しゃがみこみ、オール・フォー・ワンの足元の地面に向けて全力で足払いを放つ。

 

「ほう、速いね。」

 

だが、オール・フォー・ワンは足に身体エネルギーを集中させ空中に立つ事で足払いを回避してきた。なんでもありだなぁオイ!

まあ回避されるのは読んでいた。足払いの回転の勢いを乗せたまま立ち上がり中段蹴りへと移行、バネの腕の側面に当てる形で腕をそらす。

衝撃反転もない、油断で全力を出していない。つまり今が俺が役に立てる唯一の好機!

両手で十字の印を結ぶ。チャクラを外にながし奴の背中にチャクラの像を結んで作り上げる!

 

「影分身の術!」

 

背中を取った!

 

「む?分身を作る個性?」

 

だが、オール・フォー・ワンは後ろを振り返ることなく空を蹴り移動する事で背後からの急襲を軽々と回避してしまった。

 

「感知タイプの個性まであるのか⁉︎」

「だが!隙が生まれたぞ、オール・フォー・ワン!」

 

オール・フォー・ワンの回避の隙に電光石火の勢いでオールマイトが飛んでくる。風圧で自分と分身は吹き飛ばされたがそれは丁度いい、分身のほうの着地地点は父さんの元だった。

写輪眼を合わせて分身と意思疎通、分身は父さんを連れて退避しろと。

オールマイトの電光石火の奇襲を防いだのは「膂力増強」と呟いたオール・フォー・ワンの左腕だった。空中でオールマイトを受け止めるオール・フォー・ワン。増強系個性まで使えるとか本当になんでもありだな畜生!

 

「さて、そろそろ小手調べは終わりにしよう。隙を突かれてやられてしまったら本末転倒だからね。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは右手をバネにしてオールマイトに向けてきた、ドス黒い色の身体エネルギーが右手に集まっている、不味い!

 

「オールマイト、デカイのが来ます!」

 

チャクラを足に集中して全力ダッシュでオールマイトの背中から、奴の個性の直線上から離れる。

 

「『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』」

 

オールマイトがまるでスーパーボールのように高速で弾き飛ばされた。

 

「さて、オールマイトが戻ってくるまで約10秒ほどだろう。その隙に君を始末させて貰おう。」

「それは出来ない相談だ。」

 

その言葉と共にオール・フォー・ワンの衣服が急速に縮み、オール・フォー・ワンを拘束した。

 

「オールマイトだけがヒーローな訳ではないぞ、(ヴィラン)!」

 

「ふむ、ベストジーニストか、思ったより来るのが早い。だけど残念だったね、君程度では僕を止めることは出来ない。」

「全方位攻撃が来ます!回避を!」

そう言ってバックステップ。チャクラで強化されたこの跳躍はかなりの距離を稼げた。だが、魔王はそんな事は無意味だと、無情な攻撃を仕掛けて来た。

 

「『衝撃波』」

 

その言葉と共に、この建物ごと自分たちは吹き飛ばされた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「二重の意味で驚いた。格納庫にいた連中も纏めて殺すつもりだったのだけれど、それを咄嗟に衣服を操ることで皆を逃したベストジーニストの判断力、そして何より今立っている君だよ、メグル。君に与えた個性は『精神をエネルギーにする』個性。だがその強化は微弱なものでしかなかった筈だ、それをこの短期間で僕の『衝撃波』を防げるほどの強靭な個性に変えるなんて、よっぽど個性の相性が良かったんだね。もっとも。」

 

オール・フォー・ワンは地に膝をついている俺を目を向けて言った。

 

「ダメージは小さくなかったようだけど。」

 

周囲を確認、死屍累々という言葉がぴったりだ。突然の衝撃波にただ倒れ伏したヒーローたち、散乱する脳無たち。敵も味方も関係なく皆が倒れ伏している。

 

「さて、そろそろオールマイトが来ると思ったんだが思ったより弱っているのかな?さて、どうするかな...そうだ、オールマイトが来るまで君で遊ぼう。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンはベストジーニストへと人差し指を向けた。

 

「さぁ、僕を止めないと人が死ぬぞ?いいのかなヒーローの卵。」

「いい、訳、ねぇだろうが!」

 

立ち上がって走り出す。策は無い。だが自分の最速でその指先をそらすために走り出す。

 

「残念、間に合わなかったね。」

 

だが、一歩遅かった。ベストジーニストの腹へと向けて指先から衝撃波が放たれてしまった。

 

「クソッ!」

 

それでも走り出した勢いのまま左足で蹴りを放つ。増強系で強化された右腕で受け止められた。

だが、触れたという事は衝撃反転は今はまだないという事だ、チャンスはまだある。左足にチャクラを集中させ足を奴の右腕に吸着させる。その状態で左足を戻すことでオール・フォー・ワンの体勢を崩す。

 

「吸着する個性?先ほどの分身といい持っていない筈の個性が良く出てくるね、何かトリックがありそうだ。」

「ねぇよんなもん、ただの技術だ!」

 

左足を地面につけて右ストレートを放つ。目標はあのマスクの呼吸器部分だ。体勢が左に大きく崩れているオール・フォー・ワンには回避の術はない。そう思ったのは浅はかだった。

 

「若いね、団扇くん。『エアウォーク』」

 

空中を蹴り崩れた体勢を利用し側転する事でオール・フォー・ワンは拳を回避した。見かけによらずアクロバティックなことしやがるッ!

 

「『脚力増加』×2、食らうといい。」

「残念だが私が来た!」

 

側転の勢いで俺の側頭部へと蹴りを放って来たオール・フォー・ワンの足を超スピードで戻って来たオールマイトが掴む。

 

その瞬間、顔面へと身体エネルギーが集中するのが写輪眼で見えた。

 

「ボディに!」

 

その声を聞いたオールマイトは、狙いを顔面からボディに変更してオール・フォー・ワンを殴り抜いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数秒ダウンしていたオール・フォー・ワン。だがダメージは大きくても奴はまだ死んでいない。警戒して自分とオールマイトは数歩下がった場所で小休止を挟んでいた。

 

「団扇少年、傷は大丈夫か?」

「ベストジーニストが服を操って俺を遠ざけてくれたおかげで耐えられない訳じゃなかったです。でも、守れませんでした。」

「気に病む事はない。団扇少年、君は十二分に頑張ってくれている。君の最後の声がなかったら衝撃反転でせっかくのチャンスを防がれてしまったかもしれないのだから。」

「ありがとうございます、オールマイト...ッ⁉︎奴が動き出しました!」

「何⁉︎」

 

オール・フォー・ワンはボディへのダメージが大きかったのかよろよろとだが、たしかに自分の足で立ち上がって来た。

 

「ククク、やられたよオールマイト、メグル、だが僕はまだ生きている。なので次の手を打たせて貰おう。来い、脳無。」

 

オール・フォー・ワンの周囲から泥のようなものが吹き出して来た。そして泥の内側から黒い巨体の脳無、オールマイト殺しが再び現れた。今度は瞳を閉じた状態で。

 

「転送個性!んでまたコイツか⁉︎でも今の俺ならそんな奴催眠で...⁉︎」

「それをさせない単純な方法は目を閉じる事だ。そして僕には『念話』という個性がある。僕の感知した君たちの位置を脳無に指令として送る事で脳無は目を閉じたまま戦う事が出来るのさ。」

「ラジコンモードって事か...ッ!」

「さぁ、僕はオールマイトに殴られた腹が痛いので少し休んでいるよ。ついでに弔たちを救出するが止められるかい?君達に。」

「オール・フォー・ワン!」

「オールマイト、まずは黒いのを何とかしないと戦いにすらなりません!オール・フォー・ワンのダメージが抜けて戦線に戻ってきたら俺たちは絶対に殺されます!」

「ク、仕方ない!」

「さぁ、脳無。オールマイトを倒せ!」

 

そう言ったオール・フォー・ワンはゆっくり歩いて離れていき、泥のような転送系個性を使って(ヴィラン)連合のメンバーを全員呼び寄せていた。

 

「オールマイト、そいつの個性はショック吸収と超再生です。覚えてますよね!」

「無論だ!そして対策も考えてある!」

 

オールマイトは脳無へと掴みかかり、力比べの体勢を取った。

 

「そう、掴んでくるよなぁ私と同格のパワーなら!だが!」

 

オールマイトはその場から回転を始めた、黒い脳無ごとブンブンと。

 

「私と同格のパワーなら、私が100%以上の力を出せば破れるという事だ!」

 

叫びながら脳無を回転させていくオールマイト、そして脳無の握力でも自分への力を抑えきれなくなった。そして遥か遠くへと脳無は投げ飛ばされた。

 

「変則Giant Swing、Plus Ultra!」

 

「そして次の召喚はさせない!」

 

オールマイトが脳無をぶん回している間にこっそりとオール・フォー・ワンの元へと移動した自分はその背後から奇襲をかける。まぁ感知されているだろうが転送に意識を割く事を止められたら十分だ。

 

衝撃反転を使わせるためにあえてチャクラを込めずに顔面の身体エネルギーを集中させている所を殴る

 

「『衝撃反転』...ほう」

 

反転した勢いをそのままに身体を捻り、左手にチャクラを集中してオール・フォー・ワンの腹へと拳を叩き込む。

バネと化した右手で受け止められたが、これで捕まえた!

チャクラの性質で左手を吸着させる。そして反発するバネの力を軸足を中心に回転の力に変えて右足で蹴りを叩き込むッ!

 

「フフ、『転送』」

 

そうして転送されてきたのは、影分身の自分だった。

 

「まさか⁉︎」

「惜しかったよ、あともう少しで僕の転送範囲から逃げ切れたというのに。そして君の分身を呼べたという事は...分かるね?」

 

蹴りの勢いは止められず自分で自分の影分身を倒してしまった。当然そのダメージフィードバックは自分に来る。それは致命的な隙だった。

なのにオール・フォー・ワンは自分に攻撃を加えるのではなく、最悪な方法で自分の動きを止めに来た。

 

父さんを召喚し人質に取るという悪辣極まりない手で。

 

「さぁ、メグルくん。君の選択の時だよ。実の父親を見捨てて僕と戦うか、この命を守るために僕の手駒となるか。さぁ選ぶんだ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「巡、キャッチボールしよう!」

「いいよー、でも近くの公園ってボール遊び禁止じゃなかったっけ。」

「そうだったのか...それなら車を出して河川敷まで行こう!」

「いいね、ドライブ!」

「夕飯までには帰ってきてくださいね、あなた。」

「当然さ!さぁ巡、行こう!」

「うん!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目の前の親父は12年前に家族を、俺と母さんを捨てて逃げた卑劣な男だ。恨みを晴らせるとは思っていなかったからしまっていたが、憎しみはずっと心にあった。

 

見捨ててしまえと理性は言う。今ここで見捨てるというのは自分に害の行かない最適な父さんの殺し方だからだ。

 

だが、心の何処かがそれを止めてくる。

 

だからこの肝心な時に答えを決めれずに悩んでしまっているのだ。

 

「さぁメグルくん。君は選ぶべきだ、父親を見捨てる事を。だってそうだろう?君はずっと、父親を恨んでいたんだから。」

 

心を見透かしたようなオール・フォー・ワンの声に心が傾く。でも心の何処かはそれを必死に止めているのだ。

 

「そうだよ俺はそいつが憎い!殺してやりたいとだって思ったことはある!でも、だけど、だけど!俺は、俺は!」

 

理性からの言葉が纏まらない。だから心からの声が口に出てきて自分でも驚いた。

 

12年間恨み続けたその答えは、心の底からポロっと転がり落ちてきた。

 

「俺は、父さんに死んで欲しいとまでは思っていないんだ!」

 

母さんに催眠をかけ続けた4年間、俺が助けてくれと心で叫んだ相手はどこかの誰かを助けているヒーローなのか、それとも、ずっと家庭を守り続けてくれた父さん(ヒーロー)だったのか。時間の過ぎた今ではもう分からない。

 

でも、殺したいほど憎んでいても、死んで欲しいとまでは思えない。それがきっと答えなのだろう。

 

「...写輪眼とは心の傷で成長するんだったよね、メグル。」

「その前にお前を止める!オール・フォー・ワン!」

「私の事を忘れてやいないかね!私が、そんな理不尽な二択は破壊する!」

「残念だけど君たちの手は届かないよ、脳無。」

 

オール・フォー・ワンの周りから同じ姿の脳無が6体現れた、これからの処刑を邪魔させないような壁になるような配置で。

 

「さぁ、君の成長を見せてくれ。メグル。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは父さんを上へ放り投げた

 

「『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』 さあ、終わりだ。」

 

そう言って落ちてきた父さんの頭へとオール・フォー・ワンの拳が迫る。落ちてきた父さんは、最後に「めぐる」と呟いたように見えた。

 

その瞬間に奇跡のような横槍は入った。『20mは伸びちゃうわ』と言っていた彼女の舌が父さんを掴み魔王の魔の手から救った。

 

「何?」

 

「ケロケロ、私の舌は遠くの人を救けちゃうの。」

 

妙なトロッコに乗った蛙吹が、蛙吹を支えている切島が、トロッコを作ったであろう八百万が、トロッコを動かそうとしている緑谷と飯田と爆轟が、後方で大氷結の準備をしているであろう轟がそこにいた。

 

「団扇ちゃん後は頑張ってね。」

「頑張って!団扇くん!」

「ここまでしてやったんだ、ちゃんと何匹か殺しとけ、クソ目ェ!」

 

蛙吹の舌が父さんを助けるとともに轟の大氷結でオール・フォー・ワンの視界を塞いだあと、「超爆速ターボ!」「フルカウル!」「レシプロバースト!」との叫び声とともにトロッコは去っていった。

 

「...こんなところにも来るのか、緑谷出久ぅ!」

 

死柄木の叫び声が響いてきた。

全くもって同感である。だが、笑いと元気がこみ上げてきた。

 

チャクラを全身に巡らせて、インパクトの瞬間に拳に集中させる。その拳で脳無の一体をオール・フォー・ワンにぶつける形で倒せた。

残りの五体は、オールマイトが一息のうちに倒していた。

 

「凄いですね、緑谷たち!俺、今本当に、心の底から!あいつらの友達で良かったって思ってます!」

「先生としては叱らなきゃいけない蛮行だけどね!でも、これで!」

「ええ、これで!」

「「後は(ヴィラン)を倒すだけだ!」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「流れが悪いね。」

 

そう言ってオール・フォー・ワンは倒れている黒霧に手から出した棘を刺した。

 

「個性強制発動。さあ弔、仲間を連れて逃げるんだ。」

「何言ってんだ先生、その体じゃあ!」

 

黒いワープゲートの前で、死柄木はオール・フォー・ワンに食い下がっていた。

 

そうだ、逃げなくていい。そう簡単に逃がすものか!

 

「マスキュラー!マグ姉!」

「ん?」

「団扇くん?」

「俺が、お前らのボスだ!従え!」

 

トリガーワードにより深層意識に仕込んでいた催眠の命令を起動させる。

 

「トリガーワードによる再洗脳⁉︎」

「そうさ、お前たちから貰った技だ!」

 

オールマイトなら今のダメージのあるオール・フォー・ワンとタイマン張れることに疑いようはない。

だから今の俺がするべきことは、オール・フォー・ワンに範囲攻撃を打たせないように死柄木たちをここに釘付けにしておくことだッ!

 

「さぁご主人、オーダーはなんだ!」

「ご主人様、命令を頂戴?」

 

「コイツらを潰す!ただし、殺さないように!」

 

「「了解(ラジャー)、ご主人」様」

 

「クソ、マスキュラーだけじゃなくマグネまで...逃げるしか...でも、先生⁉︎」

 

「弔、君は戦いを続けろ。」

 

そう言って、今度はマグ姉に棘を刺したオール・フォー・ワンはその個性を使い、ゲート近くのトガへと洗脳されてない連中を引き寄せ、無理矢理ゲートへと叩き込んだ。

 

「逃したか...よし、オールマイト!」

「団扇少年?」

「俺は逃げます!人命救助しながら!だからその大先生は全力でボコっちゃって下さね!」

「...ああ、任せてくれ!」

 

オールマイトの体内の虹色のエネルギーは時間とともに少なくなっている。オール・フォー・ワンを倒すにはそのエネルギーを一撃に込めるしかないだろう。そんな超パワーを出すには邪魔なのは俺のような部外者だ。

 

後は任せます、オールマイト。

そう内心で思って、この場から逃げる。マスキュラーの肩に乗って後ろを警戒しながら。

うん、チャクラの使いすぎでスタミナがぐでっと来たのだ。死柄木達が逃げて緊張が解けたからだろうか。

でもこうしてマスキュラーの肩に乗ってると思う。

 

「なぁマスキュラー、お前刑期終わったら人力タクシータクキュラーさんになれよ。似合うぜきっと。」

「バーカ、死刑確定だよ俺は。ま、来世って奴があるならそんな事をやってみても良いかもな。」

「あら、来世の話?良いわねーそういうのは希望があって。私は来世ではヘアスタイリストになりたいわねー。」

「似合いそうですよ、マグ姉さん。」

「ありがと、団扇くん。」

 

そう言って崩れた建物の中からマスキュラーとマグ姉の個性をうまく使って人々を助けながら戦場から離れていく。避難誘導しているヒーローに助けた人を引き渡し、メイデンの中にマグ姉とマスキュラーを叩き込んだ。

 

「あばよご主人、人を殺すことよりも幸せな事を体験させてくれてありがとよ。んじゃ、来世で会おうや。」

「ええ、私もちょっとの間だけだけどこの幸せに浸かれて良かったわ。私は、こんな綺麗なものを奪って生きていたのね...大人しく牢屋に入って死刑を待つことにするわ。来世があるなら、また会いましょう。」

「マスキュラー、マグ姉さん。ありがとうございました。」

 

そう言って頭を下げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そのままヒーローたちの誘導のもと、警察の保護下に入ったことで俺の神野事件は終わった。

後から聞いた話では、オールマイトはその後オール・フォー・ワンと激闘を繰り広げ、残る力を全て注ぎ込んだ右腕によりオール・フォー・ワンを下したのだそうだ。

ただしその代償としてオールマイトはガリガリフォームを衆目の元に晒してしまったのだとか。

 

だが、その平和の象徴としての最後の言葉、「次は君だ」という言葉が、まだ見ぬ(ヴィラン)への警鐘となっただろう。そう、警察の塚内という人は言ってくれた。

 

世界が変わった一日の最後、俺は神野区総合病院へと入院する事になった父さんと特別に会わせて貰った。

父さんは死の間際でなぜ俺の名を呼んだのか、今まで何をしていたのか、まだ家族としての絆は残っているのか、聞きたい事は沢山あるが父さんの瞳は俺を映すことはなかった。

 

「また来るよ、父さん。」

 

そう言って病室を後にした。お互いに生きていればいつか話せる日は来ると、そう信じて。




神野編、終わり!
次からは夏休み編となります。寮に入るまで割と時間があるのでその間の出来事ですねー。要するにオリジナルです。


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夏休み編
旧うちは村と壁歩き修行


ヒロアカ劇場版と時系列が被らないように夏休み編の時系列は適当に行きます。詳しい日程とか書かなければ修正とか楽だしね!


「巡くん、ガム取ってくれないか?」

「はい。ブラックの奴で良いんですか?」

「うん。眠くはないんだけど運転するときは常に噛んでるよ。念のためにね。」

「流石うずまきさん、ヒーロー根性座ってますねー。」

「よしてくれよ、僕は所詮君の奪還作戦に呼ばれなかった弱小なんだから。」

「あ、まだ根に持ってるんですか。」

「そりゃそうさ、義理の息子の危機だったんだから。」

 

現在俺は、うずまきさんと一緒の車に乗って長野へと向かっている。

 

これがなぜかというと少しややこしい状況に自分が置かれているからである。

神野事件の後、自分は(ヴィラン)対策のために自宅待機の筈であった。だがしかし今住んでる自宅には自分を守ってくれる保護者がいないという問題があったのだ。親父は今塀の中であるのだから。

なのでセキュリティのしっかりしていてかつ保護者代わりの扉さんの元へと転がり込もうとしたら、扉さんからそれはやめておけと言われてしまった。何故なら今、財前組元本部にはマスコミが群れをなして集まっているのだから。

 

(ヴィラン)に囚われの身から血狂いマスキュラーとマグネ、凶悪ヴィラン2名を捕らえて脱出という英雄譚と、(ヴィラン)連合の脅迫に屈して市民に対して催眠を使ったクズ野郎だという話が今世間を賑わせている。そんなヴィラン潰しと深い関係のある財前組にはネタがあると誰かはわからないが言い始めやがったのだ。

 

なので自分は相澤先生や校長との相談の元、マスコミから逃亡するために実母であるうずまき善子の現在の旦那、長野のご当地ヒーローである螺旋ヒーロースクリューことうずまきメグルさんの元へとしばらく身を寄せよう決めたという次第である。

 

まぁ長野には行きたい所もあったので丁度いいといえば丁度良いのだが。なんか解せない。マスコミが苦手になりそうだ。

 

「さて、うちは村に行きたいんだよね巡くんは。」

「はい。実は俺はあの村の遺族だった!って事実がヴィランの口から明かされてしまった訳なので、献花くらいはしておこうかと。」

「それはありがたい。あの大災害は遺族がほとんどいないからね、年々献花の数は減っていってるんだ。巡くんが献花してくれるようになるなら嬉しいよ。」

「流石長野のご当地ヒーロー、そういう情報に詳しいですね。」

「うん。追悼イベントのスタッフもやってるからね。まぁ追悼イベントに来るのはオカルト好きな若者か個性学者さんかの二択ってのが被害者も浮かばれないなーとは思うよ。」

「来てくれるだけいいじゃないですか。」

「プラス思考だね、巡くんは。」

「プラス思考は最強らしいですから。」

「誰から聞いたの?それ。」

「昔世話になった警察の人からですね。」

「へー、良い出会いがあったんだね。」

「はい。そう思います。」

 

そう言ったあとなんとなく外を見る。森が深くなって来た。忍びの隠れ里だったというのはこういう立地だったからだろう。

 

「そういえば、うずまきさん今日は仕事は良かったんですか?」

「ああ、最近雇ったサイドキックが優秀でね、ちょっとくらいなら抜けても問題はなくなったのさ。」

「へぇ、なんてヒーローです?」

「クリスタルアイってヒーローだよ。」

「クリスタルアイって知ってる?と。今ヒーロー博士に聞いてみました。」

「ヒーロー博士...緑谷くんだよね、あのボロボロの。」

 

緑谷と聞けばボロボロと返ってくるのはそれだけあの体育祭が凄惨だったということだろう。まぁ録画見て俺も思ったわ、こいつヤベーと。

 

「最近はボロボロ克服して超強くなってます。お、返信きた。

『クリスタルアイは東京出身のヒーローだよ。だけど地元でイマイチ活躍できなかったから長野に移動したっていう経歴を持ってる。必殺技はクリスタルビーム、眼から光線を出して敵を切り裂くってモノ。実は光線というより水圧カッターみたいなものの可能性もある。』ですって。」

「凄いな緑谷くんって、全部正解だ。あと付け加えるなら猫が好きだけど猫アレルギーという悲しみを背負ってることくらいかな。」

「悲しい体質ですねー。」

 

そんなヒーロー豆知識を緑谷に返す。緑谷は、ありがとう!とスタンプを使って返してきた。

 

「さて、そろそろ着くよ。...一つだけ、初めてうちは村跡地を見る人は圧倒されると思うけど、それは人として、生き物として当然のことだから気にしないでね。」

「?はい、よくわからないですけどわかりました。」

「わかったと受け取るよ。」

 

そう言ってうずまきさんは車を止めた。

 

助手席のドアを開けて周囲を見渡す。深い森林の中にその村はあった。廃墟という言い方で間違いはない筈だ。だがこの村を眺めるだけで出てくる根源的な恐怖のようなものは何だろうか。

 

オールマイトやオール・フォー・ワンの見せた力による恐怖とは違う、静的な恐怖というワードが浮かんだ。

 

「相変わらずだな、この村は。黒炎の影響なのか知らないけどなんか怖いんだよね。村の跡地に入るのが。」

「ちょっと見てみます。写輪眼で。」

 

そう言って目を閉じ、写輪眼発動する。

そこに見えた光景は幻想的で、狂気的だった。

 

「まだ、燃え続けてる...ッ!」

 

写輪眼には見えた。未だにこの村に人を入れまいと燃え盛っている黒炎が。

 

木の棒を拾って火に近付けてみるもその炎が燃え移ることはなかった。

 

「幻の炎が、村を覆っているのか。一体何のために?」

「君の目には何かが見えたみたいだね。でもここから先は立ち入り禁止だよ。燃えた建物とかがあって崩落の危険性があるんだ。だから献花台はあそこ、村の外に置いてあるの。」

「はい、わかりました。」

 

献花台に花屋で選んでもらった花を置く。花は詳しくないのだ。

その後、ちょっとした好奇心から幻の炎に触れてみた。すると何故だか写輪眼から涙が流れてきた。

 

「炎から、心が伝わってくる...」

 

炎から伝わってきた感情は『悲しみ』だった。誰か大切な人と別れたときのような、そんな悲しみだ。

 

一体誰が、なんの理由でこんな幻の炎を撒いているのかはわからない。だけど無性にその人に会ってみたいと、そう思った。

 

まぁ、その人が故人の可能性もあるので、とりあえずこの炎を放った人がせめて救われている事を祈ろう。事件から18年も経ったあとの祈りなど、だれが聞いているかわからないが。

 

「巡くん、行くよー。」

「はい、今行きます。」

 

そういって旧うちは村から去って行く。未だ幻想の中で燃え続ける奇妙な村から。

 

「ところで巡くん。追悼イベント来週なんだけどなんで今日村に来たかったの?」

「あ...すいません、覚え違いしてました。」

「巡くんって現社苦手だったり?」

「します。近代の事件とか覚えるの苦手なんですよ、事件のスパンが短すぎて。」

「でもそういう歴史があるからヒーローは成り立ってるわけだからしっかり覚えておいた方がいいよ。失言とか怖いし。」

「確かにそうですね、気をつけます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

うちは村から車に揺られて30分、結構大きな一軒家へとたどり着いた。稼いでんなぁローカルヒーロー。

 

「兄ちゃん!いらっしゃい!」

「おう、久しぶりヒカル。元気にしてたか?」

「うん!僕ももうすぐお兄ちゃんだからね!」

「いま何ヶ月でしたっけ。」

「今8ヶ月だよ。高齢出産だしそろそろ入院するべきだと思うんだけど、善子が妊婦とは思えないほど元気にしてるんだよ。」

「2人目ですし、慣れてるって事ですかねー。」

 

「男3人で突っ立ってないで早くお入りなさい。それと、いらっしゃい巡。」

「お邪魔します、母さん。しばらくお世話になります。」

「いいわよそんな堅苦しい挨拶なんて。ご飯の用意は出来てるわよ。」

「今日は母さん特製のオムライス!美味しいよ。」

「知ってる。でもあの味はうまく出せない。母さん、今度レシピ教えてよ。」

「レシピ?無いわよ、全部目分量なんだから。」

「それで美味しい料理作れるのが善子の凄いところだよなぁ。」

「あなた、料理からっきしだものね。」

「父さんの料理は焦げの味しかしなかったよ。」

「さ、さぁ団扇くんは移動で疲れてる訳だし、早くご飯にしよう!」

「「「あ、誤魔化した」」」

「仲良いな君達!」

 

特製オムライスは久しぶりの母の味で、ちょっと涙にきた。

 

「そういや母さん、ちょっと話あるんだけど時間いい?」

「後でね、お皿洗わなきゃだから。」

「そのくらいは俺がやるよ。」

「妊婦と思って気を使ってる?」

「そりゃあね。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

うずまきさんがヒカルを寝かせた後、リビングで母と二人で話をする。こうして向かい合って話すのはいったい何年ぶりだろうか。

 

「さて巡、話って何?」

「母さんはさ、父さんのこと恨んでる?」

 

重い話を唐突に切り出してみた。

 

「今はもう恨んでないわ。お陰で新しい命と幸せをメグルさんから貰えた訳だし。そんなこと聞くって事はやっぱり、貞信さんと会ったの?」

「うん。話はできなかったけど。会えたよ。」

「ニュース見てびっくりしたわよ。巡が(ヴィラン)に捕まったと思ったら貞信さんと一緒に救出されてるんだもの。大変だったわね、巡。」

「本当に大変だったよ。でも、お陰でギリギリ父さんは助かった。奇跡みたいな必然を友達が掴み取ってくれたから。」

「...いい友達を持ったのね。」

「うん。みんな良いやつらだよ。」

「なら、誇りなさい。」

「うん。わかってるつもりだよ。」

「ならよし。んで、なんの話だっけ。」

「父さんの話。父さんはさ、今(ヴィラン)にうけた拷問が原因で廃人みたくなっちゃってて今病院にいるんだ。」

「そう...この子を産んだらお見舞いに行かなくちゃね。文句言いたいし。」

「だから話ができなくて、今俺が父さんをどう思ってるか納得がまだついてないんだ。」

「そんなの付かなくて良いのよ。」

「え?」

 

母さんは、俺の胸の内にある悩みを鋭い言葉でスパッとぶった切ってきた。

 

「愛しいのか憎いのか、そんなの割り切れるものじゃないわ。だから適当で良いのよ、そういう心と向き合うのは。」

「適当って...」

「そ、私はそうしてきた。だって今でもあんたのこと全部許してるわけじゃないもの。」

「...誠に申し訳ありません。」

「でもあんたの事を嫌いだなんて思ってない。そういう事よ。」

 

「んじゃ、あとは一人で考えなさい。私は寝るわ。」と母は去っていった。

 

「割り切れるものじゃない、かぁ。」

 

父さんのことは憎い。けど死んで欲しいとは思っていない。それで良いのだろうか。

 

「納得がしたいんだけどな、このモヤモヤした感情に。」

 

そうごちながら、客間に敷いてもらった布団に入り眠りについた。

寝て起きたら心の整理が付いているという可能性に期待して。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝食の時に「閉じこもってるだけじゃ巡くん暇でしょ?トレーニングルーム自由に使って良いよ。」とのお許しを貰った。

 

なのでやる事は一つ、修行である。

 

持ってきたトレーニングウェアに着替えて準備は万端だ。

 

まずは、魔王に貰ったこの新しい力の把握だ。NARUTOのチャクラがイメージに近いが、厳密にそれが同じものであるとは限らないからだ。影分身とかできたし大体は同じだと思うのだが。

 

「まずは、精神エネルギーの個性。」

 

精神エネルギーだけを身体中に満たした後、軽くシャドーをしてみる。相変わらず特に何かが変わる事はなかった。

精神エネルギーを掌から放出してみるイメージでやってみるも、特にビームが出たりとか光ったりとかはしなかった。本当にそのままだと何も使えないなこの個性!

 

「次は、チャクラを練る個性。」

 

両手で印を結ぶ事で丹田を中心に身体エネルギーと精神エネルギーの融合が始まる。このとき精神エネルギーは全身に巡らせるよりも丹田に集中させた方がより効率よくチャクラを精製できる。ここまでは連合のアジトで訓練できた。

 

チャクラを緑谷のフルカウルのイメージで体全体に纏わせてシャドーをする。踏み込みの強さ、拳の鋭さ、動きの速さ、全てが段違いだ。

 

トレーニングルームにあったスタンド型のサンドバッグを殴ってみる。パンチの勢いでサンドバッグを支えている土台ごと倒れてしまった。

 

「思った以上の強さだな、チャクラって。」

 

取り敢えずサンドバッグを元に戻し、今度は全身にではなく足にのみチャクラを集中させてフットワークをしながら軽くサンドバッグを叩いてみる。

 

思った以上のスピードにうまく細かいステップができない。飛びすぎてしまうのだ。

 

「オール・フォー・ワン戦でこの弱点が露呈しなくて良かった...」

 

あの魔王との戦いは向こうの遊び心とオールマイトの援護と運に強く依存したものだったのだなぁと改めて思った。

 

このフットワークは後々の課題としよう。だが今現在、目下の課題はベタ踏みしか出来ていないこのチャクラコントロールを習得し、最後マスキュラーに運ばれるという醜態を次は晒さないようにすることだろう。

その為の修行は知識の中にある。

 

「木登り修行、影分身モードで!」

 

チャクラを伸ばして形作るイメージで印を結び術を使う。

 

「影分身の術!」

 

多重影分身は作りすぎると死ぬという知識がある上これからチャクラを使った修行をするのだから分身は一体だ。だがこれで修行の経験値は2倍ッ!

 

「やるぞ、俺!」

「おうさ、俺!」

 

二人で部屋の壁を駆け上がる。勢いあまって二人で天井にぶつかった。

 

「なぁ、俺。」

「なんだ?俺」

「これさ、やり方変えね?天井低すぎる問題があるぞ。」

「思った以上に俺のチャクラコントロールが出来てたって事かな。」

「まぁ写輪眼でずっと皆の個性見てたからな。イメージだけは完璧だ。」

「素人童貞?」

「いや、俺たちただの童貞DKだよ。」

「それもそうか。取り敢えず長時間壁に立つ耐久レースをやろう。」

「ああ、良いなそれ。」

 

そう言って二人で壁に立つ。

 

「「腹筋きつくね?」」

 

考えてみればそりゃあそうである。壁を起点に足腰と腹筋で無理矢理体を起こしているのだから当たり前だ。

 

これは新しい筋トレのメニューに入れようと心に決めた次第であった。

 

考えている事はチャクラコントロールの精密性、自分の体重を支えるギリギリになるように足元のチャクラを削っていく。だが、それだけでは少し芸がない。

 

「歩くか。」

「そうだな、吸着のオンオフを切り替えるのも修行になりそうだ。」

 

そう言って壁を歩いていく。最小のチャクラで体を支えていくのと、片足ごとに吸着、反発を繰り返していくのはなかなかに頭を使う。

 

「「あ、」」

 

二人同時に壁から滑り落ちる。影分身ってこういう所まで本人と同じになるのかと戦慄していながらもしっかり受け身を取る。ヒーロー科での訓練は伊達ではないのだ。

 

「うん、一回分身を解いて経験のフィードバックをしてみよう。」

「ああ、やってみる。」

 

そう言って分身の俺は体を構成するチャクラを解いて自分の体をチャクラへと戻した。

影分身に使ったチャクラが戻って来るのと、その経験のフィードバックが起きるのとは同時だった。一瞬で分身が行なっていた経験が頭にくるのはなんだか不思議な感覚だ。

そして思った、1000人とかの大人数で経験の共有とか頭パンクするだろと。NARUTOの主人公うずまきナルトの超人っぷりは参考にするのはやめよう、そう決めた。

 

再び影分身を出して修行再開。これで残りチャクラは半分以下の筈だが、感覚的にはもう少しあるように思える。自然回復でもしたのだろうか。

 

「まだまだチャクラには謎が多いな。」

「でも、俺がヒーローになる為には使いこなさないといけない武器だ。そこだけは大先生に感謝しないとな。」

「確かに。」

 

修行再開、木登り修行改め壁歩き修行だ。

 

最小限のチャクラで壁を歩く、天井にタッチして床までもどりタッチというシャトルラン的な感じで繰り返していく。

 

「この修行、ゴールが見えないんだが。」

「俺も思った。案外簡単にできたからな。取り敢えず今から100往復で。」

「おうさ。」

 

初めはゆっくりと、次第にスピードあげて、最後には走って壁シャトルランとなるまでになった。

だって仕方ないのだ、これは競争になってしまったのだから。自分には、自分自身にだけは負けられない!

 

「「99、100!」」

 

腹筋背筋足腰をかなり駆使して行ったレースだ。疲労はかなりあるがそれよりも気になるのは...

 

「「どっちが勝った⁉︎」」

 

尚、ジャッジはいないので勝敗は迷宮の中である。

 

そうして壁をドタバタと走り回っていたならば文句を言われない訳もなく。

 

「うるさいわよお馬鹿!ドタドタするなら外行きなさい!」

「「はーい。」」

「って巡が増えてる⁉︎」

「影分身の術、解除」

 

影分身を解いてチャクラと経験を還元する。2度目だがこの感覚は慣れない。まぁ意図的に分身を解く分には影分身に使ったチャクラは戻ってくるというのは幸いだ。自分のチャクラ量はおそらくそう多くはないのだから。比較対象は前世の記憶の中にしかいないが。

 

「あ、消えた。あんたの催眠かなんかだったの?」

「新しい個性の応用だよ。」

「新しい個性?」

「そう、影分身の術!」

 

そう言って母に見せつけるように影分身を出す。

 

「へー、便利ね。ならその増えた労力を使って掃除手伝ってくれない?流石にソファの下とか掃除機かけるの辛くなって来てて。」

「「はーい。」」

 

そう言って母とともに家の掃除を手伝う。子ども部屋で遊んでいたヒカルからは「兄ちゃんが増えてる⁉︎」と驚かれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へぇ、巡くん分身なんか出来るようになったんだ。調書には新しい個性を与えられたせいで精神が不安定になっているかもしれないってあったんだけど、そこは大丈夫?」

「今のところは大丈夫です。新しい個性もなんだかんだと受け入れられていますから。」

「それは良かった。」

「でも本当に便利よ?巡が二人に増えるのは。今日なんてお風呂掃除と料理の下ごしらえを同時にしてたんだから。」

「二人に増えたら2倍働かせられるとは思わなかったですよ...」

「ハハハ、お疲れ様。」

 

うずまきさん宅滞在は、なんだかんだと平和であった。




原作で捕まった爆豪同様、警察からなるべく外出はしないようにと言われているために木登りではなく壁歩き修行となりました。この設定割と困る(自縄自縛)


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水面歩行修行と変化の術

修行といえば森だろ!という思いが止まらない。寮に入るまで保護者監視のもと自宅待機だろうなーという理性が邪魔をするッ!


「行ってきまーす!」

「「行ってらっしゃい、ヒカル。」」

 

昼頃、ヒカルは友達と遊ぶ約束があるとかで外に遊びに行った。

 

「それじゃあ、俺はちょっとやりたい事あるから風呂場使っていい?」

「いいわよー。んで、何するの?」

「水面歩行の修行。」

「...あんた忍者にでもなるつもり?分身の術とか水面歩行とか。」

「良いかも、忍者ヒーローメグルとか。祖先が忍者だったらしいし。」

「え、嘘、なにその面白エピソード。」

「父さんが起きたら先祖伝来の忍術とか教えてもらいたいなと思ってる。まぁ無いと思うけど。」

「馬鹿言ってないでしっかり頑張りなさいよ?あと、滑って頭とかぶつけないように。」

「はーい。」

 

そう言って風呂場に向かう。木登り修行もとい壁走り修行は割と簡単にできた、自分にはチャクラコントロールの才能があるのでは?と思えていた伸びた鼻をこの水面歩行修行は見事にへし折ってくれた。

 

チャクラを足から放出して体重を支える。言葉にすれば簡単だがこれがなかなかに難しい。

 

放出が弱ければ当然足は浮かばない。こっちの失敗は予想できたのだが失敗にはもう一つのパターンがある。放出が強すぎれば足が滑ってしまうのだ。これでは水上歩行はできない。水という不確かな足場に対しての放出による丁寧なチャクラの放出。それが出来なければ水上を自由に歩くことはできない。

 

「こう狭いと影分身修行も出来ないしなぁ...」

 

足が滑ったり沈んだりして壁に頭をぶつける事数回、何かいい方法はないかと一度止まって考えてみる。

 

「誰かの個性で手本でも見れたらいいんだが、そんな個性の人はいないしなぁ...」

 

水上を走るという点では焦凍の氷結で足場を作るのを思い出すが、あいつの個性はスケールが違う。そして氷結を司る氷遁は血継限界であり自分には習得が不可能だ。特にヒントにはならないだろう。

 

他のクラスメイトの個性を考える。例えば飯田、あいつはプールの時にエンジンの個性を使って水上を滑っていた。コースロープの上だったが。だが飯田の水上の走り方はスピードで落ちないうちに移動しているだけだ。水上に足の裏を浮かせているわけではない。

 

うんうんと頭を悩ませていると、なんとなく前世の記憶を思い出す。ああ、そういえばアイススケートの練習する時もこんな風に転んでいたなと。

ん?スケート?

 

「そうだ、滑って転ばないように支えの役がいれば放出量の調整でいけるかもしれん。」

 

というわけで影分身の術、分身には足裏をバスタブに吸着させてしっかりと立ってもらう。

 

さて、補助輪付きの水上歩行だ、分身と手を繋いで水中から足を上げる。そしてチャクラの放出を開始、この時点で滑るが分身のお陰で転びはしない。もう片方の足も持ち上げてチャクラ放出開始。両足が逆方向に滑って股が開いた。身体の硬かった前世では致命傷だっただろう。

 

「柔軟サボらなくて良かった...」

「とりあえずちゃんと立て。支えてやるから。」

「ありがとよ、俺。」

 

分身の俺に励まされてバランスを取る。

 

とりあえずつかまり立ちはなんとかなった。あとはチャクラの放出量を徐々に減らして水上に立てるようにするだけだ。

 

「離すなよ、絶対離すなよ⁉︎」

「フリか?」

「本気だよ!」

 

下手な命令を下すと影分身に裏切られるかもしれない。気を付けよう。

 

「んじゃ、離すぞー。」

「待て待て、ちょっと待て!フリじゃなく今足ガックガクなんだよ、産まれたての子鹿なんだよ!」

「ハイ離した。」

「おのれぇ!」

 

「あ、立てた。」

「ぶっちゃけ、写輪眼で見てていけるって思ったから離した。」

「先に言え!」

 

怒りでチャクラコントロールが乱れ、滑って頭を打った。

 

爆笑する分身がちょっとどころでなく憎い...ッ!

 

「畜生、もう一回だ!」

「はいよー。」

 

その後何度も試して見た結果、なんとか集中していれば一人で立てる所までは習得できた。あとは反復練習で慣れるしかないな、とチャクラ切れかけの体で思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ただいまー。」

「お帰り、あなた。さぁ、ご飯にしましょう。」

「ああ、それなんだけど今日はいらない。ちょっと厄介な犯罪があってね、事務所に泊まり込みになりそうなんだ。」

「もう、何度も言いますがそういうことはメッセージで送って下さいよ。それならお弁当用意したのに。」

「ハハハ、ごめんごめん。次からは忘れないようにするよ。」

「お父さん、お仕事?」

「ああ、ごめんねヒカル。でも、困ってる人を放って置けないんだ。巡くん。」

「はい、任せて下さい。ヒカルも、母さんも、お腹の子も俺が守ります。」

「かっこいいね、ヒーローの卵!」

 

そう言ってうずまきさんは寝室へと着替えを取りに行った。

 

「こういう事って多いの?母さん。」

「ええ、メグルさんは皆の暮らしを守る長野のご当地ヒーローだからね。格好いいでしょう。」

「うん、格好いいよ。流石はプロヒーローだなって思う。」

「えー、エンデヴァーの方が格好いいよ。」

「まさかのエンデヴァーファン⁉︎」

「そうなのよ、ヒカルは何でか父さんよりエンデヴァーに夢中になってて。」

「エンデヴァーはね、頑張ってる所が良いんだよ。」

 

ヒカルくんはキメ顔でそう言った。

 

「エンデヴァーファンの子供って初めて見たかも知れません、俺。」

「私なんてエンデヴァーのファンを見たのがヒカルが初めてよ。」

 

「「なんであんな格好いい父親を放っておいてエンデヴァーファンになったんだ...」」

 

うずまき家最大の謎である。

 

「それじゃあ行ってくる。皆、今日は帰ってこないから不用意に扉を開けちゃあダメだよ?」

 

そう言ってうずまきさんは家を出て行った。

 

「ちゃんと戸締りして、と。それじゃあヒカル、巡、ご飯にしましょう。」

「「はーい」」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

事務所の車に戻った螺旋ヒーロースクリュー、それを待っていたのは170センチはある長身の女性ヒーロー、クリスタルアイであった。

 

「ふぅ、車ありがとうね、クリスタルアイ。」

「構わない問題です、ボス。」

「ボスは止めて。」

「いいえ、あなたは私のボスなのです。私を拾ってくれた恩人に対して最大の敬意を払っている問題です。」

「...2人でいるときくらいそのキャラ止めない?」

「いいえ、いつ何時カメラに映るかも知れない問題なので、この語尾は崩さない問題です。」

「そのキャラがズレてるってのが大問題だと思うんだけどなぁ...」

 

2人のヒーローは車に乗って事務所へと向かっていく。

だが、その顔は険しかった。

 

「なんで長野くんだりまで来ちゃったんだろうねぇ、"アンダーウェアーズ"」

「駅で発見した時に捕らえられなかったのが問題でしたね。まさか神野事件の裏で長野に侵入していたとは考えられない問題です。あの事件、合計視聴率98%だという問題ですのに。」

「警察もヒーローも皆オールマイトを見ていたからあの時間だけは空白の時間になっちゃったんだよねぇ...そこを突ける(ヴィラン)がいるとは思わなかったよ。」

「信念に生きている奴らだという問題ですね。」

「なんで女の子のクリスタルアイが奴らの行動原理を納得してるのさ...」

「一生懸命に頑張る姿はどんな形であれ格好いいものなのだという問題です。」

「いや、努力の方向性がアレ過ぎない?だって

 

連中やってる事はただの下着泥棒だよ?」

「いいえ、数多の県で犯行に及びつつも逃げ切り続けている超凄腕の下着泥棒だという問題です。私の下着も取られてしまうかも知れない問題ですね。」

「そうさせないためのヒーローの筈なんだけどなぁ...」

 

どこかぐだぐだとしながらも、2人のヒーローは夜のパトロールへと向かっていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

さて、晩御飯を食べて母さんもヒカルも寝た。

修行再開の時間である。とは言っても大したものではないが。

 

「簡単な術の印はどうにか思い出せたな...でもNARUTOって後期の強力な術ほど印を結ばなくなるのなんなんだろうなぁ...」

 

鏡を使っての自己催眠による記憶のサルベージである。

 

「畜生、強力な術を楽々身につけて最強チート!ってのを期待したのに、水遁水龍弾とか無理ゲー過ぎて笑えねぇ。」

 

水遁水龍弾の術の印は基本である十二支を司る印を

 

丑申卯子亥酉子寅戌寅未子壬申酉辰酉丑午未酉巳子申卯亥辰未子丑申酉壬子亥酉

 

の順で結ばなければならない。無茶を言うなという話である。

 

まあ多分法則性とかあるのだろうとは思う。俺が生きていられる間に見つけられるかは知らないが。

 

「さて、NARUTO忍術修行第一弾、変化の術、やってみますか!」

 

変化の術は未の印一つで行える基本忍術だ。とはいえ体を変化させるなど自分でそのまま試すというのは怖いのでこういう時に便利なあの術を使わせてもらおう。

 

「影分身の術!」

 

イメージとチャクラのコントロールも慣れてきたため、少し分身作りも早くなったと自分では思う。こんどストップウォッチで計ってみよう。

 

「さて、分身の俺、わかってるな?」

「おうさ!未の印を組んで、チャクラを全身に漲らせる!そして違う自分の姿をイメージして...変化の術!」

 

ぼふんと煙が巻き上がった。

 

「なんだこの煙。」

「さぁ、わかんね。」

 

そこには20代後半くらいの青年が立っていた。普通の顔の、でもよく見覚えのある顔の。

 

「お前、何になろうって変化した?」

「...特に考えてなかったわ。」

「自分の事ながらなんて阿呆な事を。しかもそれでそうなるのか...ちょっと背比べしてもいいか?」

「?構わないから俺が何に変化したか教えてくれよ。」

「俺にだよ、昔の、前世の俺に。」

「マジか...俺自身のイメージがまだ前世のままなのか。」

 

そう言った分身を横目に背比べをする。身長はいつしか前世の時よりも大きくなっていたようだ。

 

「変わったんだな、俺。」

「誰もが羨むイケメンフェイス(笑)にな。」

「確かに、でもモテた試しはない。何故だ。」

「やっぱり男は中身って事なんじゃないか?」

「峰田が聞いたらガチギレしそうだな。」

「確かに、でもあいつも期末試験見る限り結構なヒーロー根性据わってると思うんだけどなぁ。」

「A組は女子の絶対数が少ないからその魅力に気付けるやつがいないって事じゃないか?」

「悲しい事だな。」

 

ついつい話し込んでしまったが、今は修行中だ。切り替えよう。

 

「次は話に出た峰田に変化してみよう。」

「オーケー本体、未の印を結んで、イメージを峰田の形にしっかり結んで、チャクラを流す!変化の術!」

 

ぼふんと煙が出た。だからなんなんだこの煙は。

 

そうして煙が晴れたその先には

 

峰田の顔の男がいた。ただし、首から下は俺の筋肉質な体のままの。

 

思わず吹き出した自分は悪くないだろう。鏡を見せた分身も思わず吹き出したくらいなのだから。

 

「写真撮ろう、クラスに回そう!これは拡散すべき奇跡だ!」

 

寝巻きのシャツを脱いでポージングを決める。ここは基本のダブルバイセップスでいいだろう。

 

写真撮って即拡散。夜更かししていた上鳴みたいな連中から即返信が飛んでくる、このコラ画像上手すぎだろうと。ちなみに本人である峰田からは「おい!男の筋肉なんて見せてくれるなよ!せっかくいい所だったのによぉ!」と返信が来た。ナニが良いところだったかは聞かない。でも気持ちはわかるので「すまぬ、魔がさしたのだ」とだけ送っておいた。

 

またもや脇道にそれた変化の術の修行、果たして俺は変化の術を習得できるのか!

 

結論、今日は無理でした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あら巡、寝坊なんて珍しいわね。朝ごはんもう出来てるわよ。」

「ちょっと新技の練習に手間取ってて。」

「兄ちゃん、また分身みたいな変な術練習してるの?」

「おう、今度は変化の術だ。」

「変化!やって見せてー!」

「おうとも!それじゃあ行くぞ、変化の術!」

 

少し慣れてきたチャクラコントロールとイメージの形成、ここまではできるようになった。

 

「凄い、オフモードのエンデヴァーになった!顔だけ!」

「まだ顔までしか変化できてないけどな。体の変化は練習中だ。」

「...写真撮りたいけど、エンデヴァーはオフモードの時に写真は撮らない!僕はどうしたら良いんだ!」

「そこで悩むのがエンデヴァーガチ勢なのか...」

「馬鹿やってないで早く朝ごはん食べなさい。」

「はーい。」

 

変化の術を解除、パンとサラダをさらさらっと食べてしまう。さぁ、修行の続きだ。

 

「ご馳走さま!それじゃあ客間で修行の続きしてくるわ。」

「ああ、それなら布団干しちゃいたいから分身くん助けに頂戴な。」

「...俺の扱いに慣れてきたね母さん。」

「便利なものは使わないと損でしょ?」

 

渋々と影分身の術を発動。分身くんの背中が哀愁漂う感じなのは気のせいだろうか...

 

「兄ちゃんの修行、見て良い?」

「おう、失敗ばっかで面白くはないかもだけどな。」

「失敗は成功の母だよ、兄ちゃん。」

「ありがとよヒカル。それじゃあ、いっちょ頑張りますか!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

変化の術に必要なのは変化先のイメージだ。それが明確であれば前世の自分に変化できたようにきちんと変身する事ができる。

それは逆に言えば明確なイメージがなければ変化の術は成功しないということでもある。

 

変化の術のチャクラコントロールは特に問題なくできている。まぁ若干チャクラを使い過ぎている感覚はあるのできちんと変化できるようになったら使用チャクラを最小限にとどめる修行もしなくてはならないだろうが。

 

「では兄ちゃん、やるのです。」

「何様だよヒカルお前、まあやるんだけどな。」

 

イメージするのはヒカルにちなんでエンデヴァー、身長195センチの巨漢だ。髭からの炎は出せないからそこは事務所で見たオフモードの顔をイメージする。

 

「変化の術!」

 

相変わらず出る謎の煙、その先には若干身長の低く見えるようになったヒカルがいた。自分の身長が伸びたためだろう。これは成功か?と期待したところヒカル先生からダメ出しが入った。

 

「エンデヴァーの腕と足はもっと太い!やり直し!」

「承知!イメージ修正、変化の術!」

 

変化の術で腕と足の筋肉を増量、変化で作った虚仮威しだがこの腕の太さはちょっと嬉しい。細マッチョの自分ではあるが、砂藤やオールマイトマッスルモードのような丸太のような腕には憧れがあったのだ。

 

「腕が窮屈でなんか変!肩幅が違う!」

「さすがヒカル先生、妥協しやがらねぇ。でもわかった。肩幅、てことは骨格か。」

 

イメージを一旦リセット、エンデヴァーのあの巨体を支える骨格からイメージし直してそこに肉を加えていく。時間はかかったがイメージはできた。

 

「変化の術!」

 

謎の煙が晴れるとそこには満足した顔のヒカルがいた。

 

「凄いよ兄ちゃん!エンデヴァーだ、オフモードのエンデヴァーだよ!」

「ありがとうなヒカル、お前のおかげでコツが掴めたかもしれない。」

 

ヒカルの頭を撫でる。ヒカルは嬉しそうに「やめてよー」と言っていた

 

「でも聞いて良い?兄ちゃん。」

「なんだ?」

「なんで裸なの?」

「え?」

 

下を見る、そのには一糸纏わぬ筋肉とマイサンがあった。え?

 

「ヒカル、巡、おやつ出来たわよー...え?」

 

タイミングの悪さの産んだ悪夢だろう。母さんの視点からではヒカルの頭を掴む裸の巨漢という絵面になっている。

 

「へ、変態よー!」

「ち、違うんだ母さん!これは事故で!」

「えっと、110番!もしもしヒーローですか!」

「110番は警察だよ母さん、というか声で気付いて!」

「...巡?何やってるの貴方!まさか、ヒカルに変なこと教えてるの⁉︎」

「ちゃうわ!俺は大人な美人秘書が好みなチェリーボーイだよ!

 

「ねぇ兄ちゃん、取り敢えず言い合うのは変化解いてからにしない?」

「...ありがとうヒカル、お前がいてくれて良かった。」

 

そう言って変化の術を解除。服装は元に戻った。

 

「良かったわ、せっかく結び直した親子の縁を切るような事態にならなくて。」

 

「あ、警察さんすいません、なんでもありませんでした。」と母さんは携帯に向けて話す。冗談でなく警察沙汰になりかけていたッ!

 

そんな一幕ののちに、変化の術は使用可能なレベルへと至った。




変化の術、習得!
なお精神的被害は考えないものとする。


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長野黒炎大災害追悼イベント

初の一万文字オーバーです。やらかした。
でも前後編に分けられるほどには微妙に文章量が足りないのでこのまま投げます。


変化の術や水面歩行修行の修行を継続して早数日、気付けば長野黒炎大災害追悼イベントの行われる日となっていた。

 

「うずまきさん、雄英ってブレザーなんですけど追悼イベントってブレザーで大丈夫ですか?」

「普通の服で大丈夫だ...ってそういえば巡くんも遺族になるんだっけ、それなら一応ブレザーで来た方がいいかも。」

「わかりました。それなら制服でいきます。」

 

「それじゃあヒカル、善子を頼んだよ?」

「任せて!父さんと兄ちゃんの分も僕が守るよ!」

「頼もしいな。それじゃあ」

「「行ってきます」」

「「行ってらっしゃい」」

 

うずまきさんと自分はこれから車で追悼イベントへと向かう。

 

「ヒーローコスチュームでいるときはヒーロー名のスクリューで頼むよ巡くん。」

「わかりました、スクリューさん。」

「よし、それじゃあ出発だ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

スクリューさんに連れられて運営本部へと向かう。

 

「巡くん遺族側なんだから手伝うなんて言わなくて良いんだよ?」

「やりたいって言ってるんです。ボランティアは趣味みたいなもんですから。ヒーロー科忙しすぎて最近行けてないですけど。」

「雄英ヒーロー科って忙しいのが有名だからねー。」

 

そんなたわいもない会話をしながら腕章を受け取る。これで一端のスタッフだ。

 

「それじゃあ巡くんにはクリスタルアイと一緒に参加する皆さんの誘導を頼むよ。」

「はい。よろしくお願いしますクリスタルアイさん。」

「ええ、よろしくお願いします巡くん。あなたが有能な問題であることを期待します。」

「は、はい?」

「彼女のキャラ付けなんだ。そのうち慣れるよ。」

「見た目は美人なのになんでそんなキャラ付けを...」

「東京のヒーロー事情は弱肉強食な問題です。単なる美人など受けない問題なのです。」

「長野に移動したんだからそこまで拘らんでもいいんじゃないですか?」

「いいえ、マスコミは何処にでもいる問題なのです。よってこの拘りは捨てられない問題です。」

 

話は平行線のようだ。まぁ彼女も大人だ、色々あるのだろう。そう無理矢理納得しておく。

 

「それでは会場で誘導を始める問題です。」

「はい。承知しました。」

 

とはいえもう18年も前の事件の追悼イベントなど大して人は来ないだろうと思っていたところ、そんな予想は簡単に覆された。

 

人が、というかオタクっぽい人が微妙に多いッ!

 

まぁオタクはDQNと違いマナーを守る人種なので特に問題は起こらなかったが。

 

興味本位から人の良さような男性に聞いてみた。

 

「今日の追悼イベントってだれか有名人でも来るんですか?」

「はい、SNSの噂なんですけど、人気声優兼歌手の穂村つむじちゃんがこのイベントに参加してるって話なんです。だからこのイベントに参加したらもしかしたら見れるかもって。」

「イベントスケジュールには歌手兼ヒーローのソングアーツさんの歌しか載ってないですけど、そんなサプライズあったら楽しそうですね。」

「ええ、つむじちゃんはサプライズ好きで有名ですから。」

「引き止めてすいませんでした、イベント楽しんで下さいね。」

「ええ、ありがとうございます。」

 

とはいえ団扇村入り口に作られた仮設ステージだ、そうキャパシティは多くない、そろそろ立ち見になる人が出てきてしまいそうだなあと思っていると

 

サイドカーのついた一台のバイクが暴走して会場の入り口を掠めて通ったのち、うちは村へのバリケードを突っ切って行った。

 

「何事⁉︎」

「.,.やられた問題です、奴らはアンダーウェアーズ。超高速下着泥棒な問題です。」

「はぁ⁉︎今の一瞬で下着を取る⁉︎どんな個性ですか⁉︎」

「過去の犯罪歴から、1人は遠くの物を手に転移させるアポートの個性、もう1人は未来予知のような個性だと思われている問題です。」

「無駄な強個性の使い方⁉︎」

「それでは私はバリケード前で待ち伏せするので、何処かで隠れて奴らがパーティを始めていたら驚かして動かす役をやって下さいませんか?」

「わかりました、とはいえこの村でそんな昂ぶれるとは思えませんけどね。」

「ああ、それと私の黒のレースのショーツを行為に使っていたら殺しても構わない問題です。というか殺します。」

 

クリスタルアイさんの目はマジだった。水圧カッターのような個性と性犯罪者、嫌な予感しかしねぇ!

 

(ヴィラン)の命のために行ってきます!」

 

そう言って壊されたバリケードを横目に見ながら、チャクラを集中させた足でタイヤ痕を追って走り始めた。

 

幻の黒炎の燃え続けるこの村の中へと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

待ち伏せの可能性を考えて写輪眼を発動しながらタイヤ痕を追っていく。全力で走って5分程で形を保った民家の前に止まったバイクを発見することができた。

 

「このバイク、ダブルチェイサーの一般流通モデルだ。海外製のバイク買うとか金持ってんなこのスーパー下着泥棒。」

 

民家の中へと入る。中からは

 

「やったぜ兄貴!まさかあの穂村つむじのパンツを盗れるとは今日はラッキーデイだ!」

「いいや兄弟、ソングアーツのノーパン姿も捨てがたい。訳も分からずポカンとしている表情とか最高だ!あとはガールサイトがノーパンを恥ずかしがる様を撮ってくれれば完璧だ。」

 

「「でもなんか今日は勃たない、あと鳥肌がする。」」

 

とか会話してる声が聞こえる。お前らパンツじゃなくてパンツ取られて恥ずかしがる姿を見たいが為に行動してるとかレベル高すぎて尊敬しかねないぞ。

 

こっそりと中を覗く。互いにもうすでに自分たちの元へたどり着いた奴がいるとは思ってもいないようで、丁寧にパンツをおりたたんで無事だった机の上に置いていた。

 

その机の近くには、幻の炎に焼かれ続ける男性が見えた。この村の大災害の犠牲者だろうと何となく思う。見えないとはいえ死んだ場所にパンツが供えられるのはどうかと思うので声をかけて止めにかかる。

 

「それはきっとお前たちのいるこの家で黒炎に焼かれて死んだ人がいたからだろうさ。」

「「何奴⁉︎」」

「ボランティアスタッフ団扇巡!この村での狼藉を許さない者だ!」

 

腕章をピシッと見せつけそう名乗る。

その名乗りを聞いた瞬間からその2人の動きは俊敏だった。

 

「兄弟!」

「おうさ!」

 

写輪眼には小太りの男からの身体エネルギーの流れが見える。エネルギーを対象に当ててそれを転送させる個性のようだ。それも相当に速いためよく鍛えられている事がわかる。

が、躱せない速度ではない。射線上から足をずらして回避する。

 

だがその隙に2人の男はダッシュで外へと出て行った。畜生、ぶん殴りたいけど手を出す事は法律違反だ。なので自分に出来ることは

 

「待てやこらぁぁぁぁぁ!」

 

とにかく追いかけて村の入り口まで追い回す事だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「兄貴、なんだあのガキ!スペックダウンしてるとは言ってもダブルチェイサーだぞ⁉︎ヒーロー御用達のバイクだぞ⁉︎それを追いかけ続けるとかなんてタフネスだ!」

「畜生、メインディッシュはこの村の中だってのに...!」

 

その言葉を出したと共にある考えが兄貴と呼ばれた男の中に浮かんだ。

 

「兄弟、次の分かれ道でアレを使おう。奴は1人、どちらかは目的地へと向かえる!生き残った奴が写真に撮るんだ、俺たちの理想の女性、ノーパン着物美少女を!」

「どっちが生で見ても恨みっこなしだぜ兄貴!」

 

「「ダブルチェイサー、分離!」」

 

アンダーウェアーズは自分たちの目的を果たすために、切り札を切ってきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「は、分離⁉︎何処を目指してるんだコイツらは⁉︎」

 

ダブルチェイサーとはアメリカのとあるコンビヒーローが愛用しているバイクだ。基本形態はサイドカーを付けた状態だが、サイドカーを分離させバイク形態に変形させることができるという機能を持っている。厄介な...!

 

幻の炎に触れるたびに悲しみが止まらない。だがそれを無視してひた走る。この村で眠る人たちの安寧を守るためにこのノーパン主義者たちをクリスタルアイさんの待つ村の入り口へと追い立てないとならないのだから。

 

あいつらの目的地が不明だが何かロクでもなく馬鹿馬鹿しい話なのはもうわかってる。こうなりゃヤケだ。

 

「影分身の術!」

 

とにかく追いかけて追い立てて追い詰めてやる!

 

「「ふ、増えた⁉︎」」

「「さぁ、神妙にお縄に付け!」」

「「断る!俺たちには、見たい景色があるんだぁぁ!」」

「「ノーパンの誰かを見たいだけだろうがぁぁぁ!」」

 

追走劇はまだ続いていくようだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

分身と別れて5分ほど走っただろうか、細身の男は明らかに焦燥していた。

 

「なんでだ、なんで俺に道を示してくれない!俺の欲視(グリードヴィジョン)!」

 

向こうの未来予知の個性に何か不都合でも起きているようだ。まあこちらはバイクより小回りが利く走りだ、おおかた俺を巻く手段を予知しようとして失敗しているとかだろう。

 

そうこうしていると、もう1人の小太りの男と影分身が合流してきた。

 

「兄貴、すいません巻けませんでした!」

「兄弟!コイツがおかしいだけだ、気にするな!」

「「おかしいのはお前らの頭だよ!死者を悼め!」」

 

「「こうなったら一目でも理想の彼女を見てやる!」」

 

小太りの男と細身の男は階段の前に丁寧にバイクを止めて駆け上り始めた。上を見上げると鳥居が見える。どうやら2人の目的はここの神社へ来ることだったようだ。

 

2人の男の階段を登るスピードは遅い。なのでその隙にうずまきさんへ電話をかける。

 

「あ、スクリューさんですか?スーパー下着泥棒を追い詰めました。」

「巡くん⁉︎まさか(ヴィラン)と交戦したのかい⁉︎」

「してません。個性は使いましたけどひたすら追いかけただけです。お陰で村中を走り回る羽目になりましたけどね。」

「なら良かった。それで、奴らの位置は?」

「うちは村にある神社です。えっと、南賀ノ神社です。」

「わかった、これから車で向かうよ。」

「ただ、この神社に人がいるっぽいことを連中は言ったので一応様子だけは見てみます。」

「君はまだヒーローの卵だ、くれぐれも無理はしないでね。」

「わかってますよ、身に染みて。」

 

階段を登る2人の男を見る。階段の中頃に達していた。だが、その足取りは登り始めと比べてかなり遅くなっていた。おそらくスタミナ切れだろう。ほっといてもいいんじゃないかなー。

影分身を解除してチャクラを回復、そこそこ急いで階段を登り始める。自分が登り終わるのと、2人が神社の扉を開けるのとは同時だった。

 

神社の扉を開けたその先には、黒い着物に赤いマフラー、長い髪に青白い肌、そして真っ赤な写輪眼を持った人形のような少女だった。

 

「「これが、欲視(グリードヴィジョン)の見せた至高の着物ノーパン美少女!」」

 

幻影だってオチが一番良かったのに、実際にいるとなると写輪眼使いはやばいってレベルじゃねぇんだよ!

 

「目を閉じろ!殺されるぞ!」

 

「「こんなノーパン美少女相手に目を閉じれるわけあるか!」」

「なんでそこでそんなに息が合ってるんだよお前ら!」

 

着物の女はアンダーウェアーズを一瞥した。その一瞬で2人は気を失ったようだ。間違いない、写輪眼の催眠眼の仕業だ。

 

こんな山奥の神社に1人いる奴がまともなわけがない、どうするべきか思案していると、向こうが写輪眼を合わせてきたッ!幻術ッ!

 

写輪眼に力を込めて幻術をレジストする。そして逆に幻術をかけ返そうとするも手ごたえがない。まるで幻に視線を合わせているようだ。

 

向こうだけが一方的に幻術をかけてくるこの状況を打破するために影分身を出す。向こうの視線は影分身に目もくれない、ならそれは隙だ!

 

そう思った影分身が少女へ蹴りかかるもその蹴りは案の定すり抜けた。見えるし、向こうから干渉できるが幻なのか?あるいはNARUTOに出てきた万華鏡写輪眼の瞳術『神威』の使い手なのか?

謎は深まるばかりだ。

 

影分身とアイコンタクト、とりあえず男たちだけでも回収していつでも逃げられるように体勢を立て直す。

 

その時、鈴の音のような声が響いてきた。写輪眼でその音を幻術だと見抜く事はできたがレジストの手段は無い。咄嗟に耳を塞ぐも意味はなくその幻術の声を受け入れてしまった。

 

「そんなに怯えなくて良いわ、泣澤女(なきさわめ)はもう解除したからもうあなたに危害を加える事はできないから。名前を教えてくれない?写輪眼の子。」

 

その声に敵意は無かった。そう信じて耳から手を離す。この声を聞いているとどこか安心できるのだ。分身の写輪眼と目を合わせて催眠状態を確認するもお互いに催眠の兆候はない。

そして目の前で幻術を使い続けていた女の姿はいつのまにか幻になっていた。彼女が泣澤女なのだろうか。

悩む事は多くあれど問われたからにはまず答えよう。

 

「団扇巡、雄英高校ヒーロー科1年だ。」

「巡...良い名前ね。神社の中にいらっしゃい。この神社は天照(あまてらす)の影響を受けずにすんだから建物としてはまだ大丈夫よ。」

 

とりあえず信じて神社の中へと入っていく。影分身を解除してチャクラを補充し、いつでも戦えるように体勢を整えながらも。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さて、何のためにこんな辺鄙な村の神社まで足を運んできたの?」

 

神社の境内で姿勢を正して座っているのは先程の人形のような美少女を少し大人にしたような女性の幻だった。

 

「女性には言いにくい事なんですが、先程あなたの泣澤女(なきさわめ)に気絶させられたのが下着泥棒でして、それを追っかけてたらこんなところにまで来てしまいました。」

「それなら私には関係ないわね。下着は付けない派だし、それに今は幽霊みたいなものだから。」

「ちなみにそいつらノーパン着物美少女がここにいると信じて突っ込んできたみたいです。あなたの事じゃないですか?」

「...まっさかぁ。私なんかを見るためにこんな辺鄙な所に来る?普通」

「普通なら無いですけど、あいつらどう考えても普通じゃないので可能性はあるかと。」

「...世界って広いわねー。」

「本当にですよ。自分も幽霊を見たのは初めてですから。」

 

一瞬沈黙が流れる。お互いにそりゃそうだと納得したのだろう。

 

「さて、私は団扇(かがり)。ねぇ巡、貴方の事を聞かせてくれない?貴方がどんな人間で、どんな理由でヒーローを目指しているのかとても興味があるの。」

「それじゃあ交換条件です。先に貴方の話を聞かせて下さい。貴方は多分、長野黒炎大災害の関係者の筈だ。あの日に何があったのか、それに父さんが関わっているのか、それを教えてほしい」

「そう、私の話が気になるの。それなら場所を変えましょう。付いてきてくれる?」

「...どこへ?」

「付いてくればわかるわ。ま、ただのお気に入りの場所ってだけなんだけどね。」

 

そうして自分が連れられたのは、縁側であった。

 

「あら、今は昼だったのね。ここからだと夜は綺麗に星が見えるのに、勿体ないわ。」

「花壇があったみたいですけど、それも18年ですっかり荒れ果てちゃってますね。」

「風情がないわね、泣澤女。」

 

彼女がそう呟くと、花壇は蘇り綺麗な花々が咲き乱れた。

 

「幻術...じゃない⁉︎これが泣澤女、幻術を実体化させる瞳術ッ!」

「そんなに便利な物じゃないわ。泣澤女は記憶を空間に投影する瞳術よ。一応、力を入れれば実物を作り出す事もできたけどね。」

 

恐ろしい瞳術だ、記憶さえあれば何でもできるという事なのだから。

 

「村の入り口の黒炎も、篝さんが?」

「ええ、この村から誰も逃がさないように、それと弟がこの村に戻ってこないようにね。」

 

そうして篝さんは語り始めた、長野黒炎大災害、いいやうちは村に起こった大虐殺の真相を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私の家系はね、この村を昔から支配している旧家の家系だったの。この村は写輪眼の力で支配されていた。だからその力を失わないために、写輪眼の血を濃くするためにいろいろあくどい事をやってたの。近親相姦の強要だったりね。」

「その事をおかしいとは思わなかったんですか?」

「全く思わなかったわ。なんだかんだで幸せだったし、そんな教育されなかったんだもの。でも、晴信さんは違った。子育ての知識を取り入れるためにインターネットで色んな知識を調べた晴信さんはこの村の風習はおかしいって一人で戦い始めたの。でも、時期が悪かった。ちょうどその時期には村の外にも写輪眼の力で支配を広げようとする急進派との戦いがあって、私の家を中心とした保守派は団結を強いられていたの。だから、不穏分子である晴信さんは投獄された。そして、あの事件が起きた。私が留守にしていた間に、急進派のものと思われる放火によって私たちの息子が殺されたの。」

 

ゴクリと息を飲む。あの泣澤女の黒炎の悲しみは、息子を失った篝さんの声にならない叫びだったのかと、話を聞いて思った。

 

「その悲しみで私と晴信さんは写輪眼を進化させたの。忌まわしき瞳、万華鏡写輪眼に。」

「万華鏡、写輪眼。」

「そう、兄さんと私は目覚めた新しい瞳術を使って急進派を皆殺しにした。でも、急進派の人間全てを尋問してもあの日放火した実行犯は判明する事は無かった。そして判断したの、あの放火の犯人は私たちに万華鏡写輪眼を開眼させるために行った保守派の仕業だと。」

 

「...殺す以外に選択肢はなかったんですか?」

「幽霊みたいになった今だからわかるんだけど、万華鏡写輪眼を持つと精神が不安定になってしまうの。だから殺意という単純なものに引っ張られてしまったんだと思うわ。」

「だから忌まわしき瞳なんですか...」

「ええ。そんなわけだからその次も分かるわよね?今度は保守派の虐殺を私たちは行った。でも、保守派の中にも息子を殺した犯人はいなかったの。」

「...なら一体なにが原因で息子さんは殺されたんですか⁉︎」

「それは今でもわからない。その後悔があるから私はまだ消えていないんだと思う。話を戻すわね。保守派も急進派も皆殺しにしたわけだからもう残りは一人、晴信さんは犯人が私だと思い込んでしまったわ。そして私に天照を打ち込んだ。でも、私は燃え尽きる前に自身を投影する形で泣澤女を発動したの。それが今の幻の私。」

 

不思議な感覚だ。愛情故に全てを殺し尽くしたという悪鬼の所業のはずなのに、悲しみしか伝わってこない。自分は、さっき会ったばかりの篝さんに、その過去に同情している。

 

「晴信さんは私を殺してしまった後悔から天照を暴走させた。眼に映る全てを焼き尽くして、自分に燃え移った消えない黒炎に身を焼かれて命を落とした。これがあなたの言う長野黒炎大災害の真相よ。」

 

「そんな、事が...」

 

うまく言葉にならなかった。

 

500人以上が死んだ大災害の結末が、何を得る事もなくただ自分の炎に焼かれて死ぬだけなどだったとは。

 

「さて、これで私の話はおしまい。あなたの話を聞かせてくれない?巡。」

 

その時、遠くから「巡くん、何処だ!」と自分を探すうずまきさんの声が聞こえた、

 

「あらら、時間切れみたいね。巡、あなたの話は今度でいいわ。行ってあげなさい。」

 

なんとなく、この人を一人にしたくはなかった。だからだろう、この場に影分身を残してチャクラ切れくらいまでは一緒にいてあげようと思ったのは。

 

「影分身の術!篝さん、本体じゃないのは申し訳ないですけど、ここに影分身を置いておきます。俺の話をするのが約束ですから。」

「別に今度でもいいのよ?来年も来てくれるんでしょ?」

「来年も来ます、必ず。でもそれとは別にあなたと話したいと思ったんです。」

「そういう訳なんで俺が消えるまでお話ししましょう、篝さん。」

「そう、分かったわ。巡、また来年ね。」

「はい。」

 

そう言って影分身を置いてうずまきさんの元へと歩いていく。楽しく談笑する分身と篝さんを横目にみながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アンダーウェアーズと会場を撮影していた最後の仲間ガールサイトは無事捕まった。車で帰る道中に民家に綺麗に畳まれているパンツを回収し、被害者皆に配り終わって仕事も無くなったとき、イベントに参加していた老人の一人に話しかけられた。

 

「君は、団扇巡くんかい?」

「はい、団扇巡です。雄英高校ヒーロー科1年の。」

「その顔立ち、瞳、まるで晴信様の生き写しでございます。」

 

そう言ってその老人は自分の手を握ってきた。

 

「あなたは?団扇晴信をご存知のようですが、一体何者なんです?」

「私は団扇の家に代々仕えていた使用人の遺族です。また団扇の家のお方にお会いできて光栄でございます。」

「まぁ団扇の家の教育を受けていたとかそんな事はないですから、そんなに畏まらなくて構いませんよ。今の俺はただの学生です。」

「いいえ、写輪眼こそが団扇の証、あなた様は確かに団扇の後継者なのです。」

「そういう血筋の話はいいですよ、俺は俺の努力でヒーローになります。俺の夢のために。」

「そうですか、あなた様の夢が叶う事を祈らせて貰いますよ、団扇巡様。」

 

そう言ってその老人は去っていった。

 

「あの人と知り合いだったの?巡くん。」

「スクリューさん。なんか団扇晴信って人に俺が似ているらしくて声をかけてくれました。誰なんです?」

「忍者学校の師範代だよ。実践的な忍の体術を護身術として教えているとかでそこそこ有名なの。動画とか見たことない?」

「無いです。ていうか動画出してんのかよ、忍べよ忍者...」

 

追悼イベントはスーパー下着泥棒が現れるというハプニングは起きたものの、それ以外に特に問題は起こらず平和に行われることができた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

篝さんに自分の話をした。

4歳まで幸せに暮らしていたこと。

8歳までひたすらに母に催眠をかけていたこと。

それから自分を売ったこと。

その結果親父に出会えたこと。

学校に通い始めたこと。

中学校3年の時に、初めて友達が出来たこと。

雄英高校に入ってから、様々な事件があったこと。

林間合宿でヘマをして(ヴィラン)に捕まったこと。

そのおかげで父さんと再会できたこと、友達の助けがあって父さんを救出できたこと。

 

そんな事を、なるべく面白おかしく、楽しんで貰えるように話した。

 

篝さんは俺の言葉に一喜一憂してくれて、時に心配して、時に共に笑ってくれた。俺の話が、彼女の悲しみを少しでも和らげてくれる事を祈って言葉を紡いだのだ。

 

「そんな俺を産んでくれた人物こそ、あなたの弟団扇貞信だったんですよ!」

「うん、知ってた。生きている団扇の血筋なんて貞信だけだし。」

 

サプライズ失敗である。悲しみ。

 

「にしても貞信の子供かあ...写輪眼を開眼できなかったあの子の息子がここまで強靭な写輪眼を持つことになるなんてねー、不思議。」

「なんで俺の写輪眼が強靭だってわかるんです?」

「私の泣澤女の催眠を弾いたからよ。この神社には隠したいものがあるから昔の私に警備させていたの。見てみる?ちょっと面白いわよ?」

「面白いと聞いたら見たくなるのが人の性、見ましょう。」

 

神社境内に戻り右奥から七枚目の畳をめくる。するとそこには階段があった。隠し階段とか浪漫だな団扇一族。

 

「この奥よ、写輪眼ならエネルギーの流れで光が見えるはず、それを辿っていくの。」

「地下ダンジョンとかどんだけ浪漫わかってるんですか団扇一族は。」

 

足元のエネルギーの流れを辿って迷宮を歩いていく。そうしてたどり着いた先には、古びた石碑があった。

 

「すごい、エネルギーで文字が書かれてるッ!」

「そう、この石碑には万華鏡写輪眼のことが写輪眼所持者にしか見えないように書かれているの。」

 

文字を読もうと石碑に近づく、そして気付いた。

 

「崩し字⁉︎読めねぇよそんなもん!」

 

篝さんはケタケタとイタズラが成功した悪童のように意地悪く笑っていた。

 

「同じ事を勉強サボってた晴信さんは言ったわ、見た目だけじゃなく中身も似てるのね。顔は格好いいのにどこか三枚目なところとか。」

「会って見たかったですね、晴信さんにも。きっと話は合ったでしょうから、この謎の三枚目オーラの事とか!」

「それじゃあ読むわね、ただの写輪眼で読める範囲の分までを。」

 

写輪眼、悲しき別れにて万華鏡へと至る

されどその力に溺れるべからず、その邪心に飲まれるべからず

平和を祈る心の光によりその力は正道に戻る

我が子たちよ、心の光を忘れることなかれ

 

「昔の人が残してくれた、写輪眼を正しく使うための注意書きなのよ、コレ。私たちは守れなかったけど...」

「繋いで行きます。この言葉を、俺が。俺の次の世代まで心の光の大切さを決して忘れないように。」

 

その言葉を聞いて、篝さんは首のマフラーをほどき、俺へと巻きつけた。

マフラーは自分の首へと吸い込まれていった。

 

「その言葉を守れるようにする為のおまじないよ。幽霊からの赤いマフラーのプレゼント。幻だから体の中に入っちゃうけどね。」

「暖かいです。体温じゃなくて心が。」

「晴信さんが私に送ってくれた初めてのプレゼントなの。大切にしてね?」

「...はい。忘れません、決して。」

 

そんな言葉を聞いた後、篝さんはうーんと手を伸ばした

 

「今日は気分が良いわ、成仏しちゃっても良いくらい。」

「それなら、来世でも晴信さんと出会えると良いですね。」

「来世なんて信じてるの?意外とロマンチストなんだ。」

「だって、俺には前世の記憶がありますから。きっと来世もあります。」

「ふふふ、嘘でも嬉しいわ。そうだと良いわね。巡くん。」

「はい。」

「私のエネルギーが完全に消えるにはそう時間はかからないわ。あと2年程度で完全に成仏してしまうと思う。だから、最後に君に出会えて良かったと思うわ。心から。」

「俺も、篝さんに会えて良かったと思います。心から。」

 

分身のチャクラは残り僅かだ。だが、まだ言う事はある。

 

「最後じゃありません、来年も来ますので。なので今度は父さんの子供の頃の話でも聞かせてくださいね!」

「...そうね、また来年に!」

 

その言葉と共に影分身は消えた。ぼふんと謎の煙を出しながら。

 

「また来年か、良い言葉ね。それじゃあ警備用の泣澤女を作って、あとは省エネモードでいますか!来年まで消えないでいないと!」

 

長野の山中にある元忍びの隠れ里、旧うちは村。そこには1人の幽霊の美女が少年のやってくるのを待っている。

 

そんな、奇妙な話が一つ生まれた。




オリジナル万華鏡の瞳術とかいう古傷を晒していくスタイル

個性:万華鏡写輪眼、泣澤女

記憶にあるのもを焦点の合わせたポイントに投影する瞳術。主に天照の記憶を投影して用いていた。
投影には三段階ある。映像だけを投影する一段階目、映像に実際の性質を持たせる二段階目、投影を止める事で写輪眼保持者のみが見える幻影が残響として残る三段階目。団扇篝本人が死んだことで村の入り口を塞いでいた泣澤女の投影が止まったため、入り口には幻の黒炎が今も残り続けている。


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雄英高校全寮制検討のお知らせ、他二本

連日投稿なんとか成功。このペースでの更新は睡眠時間をリリースすればできると証明できました。でもそろそろ辛いのでいつものペースに戻します。


7月某日、長野へと向かう車内にて

 

「相澤くん、スクリューが団扇少年の義理の父親になってるって知ってた?」

「マスコミ対策に逃げ場はあるか聞いたときに初めて聞きました、とは言っても和解した母親の再婚相手という縁なので関係性がどうかは聞いてないですね。あのスクリューなので関係性が悪いとは考えにくいですが。」

「お、相澤くんもスクリューと会ったことがあるのかい?」

「ええ、長野まで(ヴィラン)を追跡したときに即興でチームアップした事があります。そのあとチャリティイベントに参加しないかと誘われました。用事があったので断りましたが。」

「私はチャリティイベントのスタッフとゲストという出会い方だったが彼の在り方は実に好ましいものだった。奉仕活動に積極的に参加するヒーローは少なくなって来ているからね。そんなスクリューを射止めるとはなかなかの器量良しなのかな?団扇くんのお母さんは。」

「見た目は良い団扇の母親ですから、そう悪い顔ではないでしょうね。」

「確かに。」

 

少しの間静寂が車内を包む。

 

「オール・フォー・ワンに個性を与えられ支配されそうになっても尚立ち向かう覚悟を決めた少年か、団扇少年の事を私は見誤っていたかも知れない。」

「それを言うなら俺もです、悪い意味でですがね。林間合宿の際一戦終えた団扇ならすぐに逃げに転じると思い込んでいました。あいつが囮になる事で爆豪を含めた生徒全体の安全性を高めるなんて愚策を取る奴だったとは思ってもいませんでしたよ。」

「その点も含めて、今日はしっかり彼と話し合おう。今日の持ち回りは彼で終わりだからね。」

「ええ、そうですね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

玄関を開けてやってきた2人を迎え入れる。

 

「いらっしゃいませ、相澤先生、オールマイト。」

「やぁ、団扇少年!その後体調はどうだい?」

「よぉ団扇。家の人は今どうしてる?」

「母はリビングで待ってます。うずまきさん...スクリューさんはまだ仕事です。」

「そうか...スクリューくんにも会いたかったんだが、それは残念だ。」

「それじゃあ上がってください。」

 

玄関を抜けリビングに座る妊婦である母に先生たちは一瞬驚いたようだが、すぐにいつも通りに戻って椅子に着いた。

 

「お茶菓子です。どうぞ。」

「ありがとう団扇少年んんん⁉︎え、増えてる⁉︎」

「それがお前の与えられた新しい個性か?」

「そのちょっとした応用です。精神をエネルギーにするってだけの個性なんですけど、それを丹田で身体エネルギーと混ぜ合わせると面白いエネルギーに変わるんです。エクトプラズム先生の個性みたいに。」

 

プチドッキリ成功だーいえーと分身とハイタッチ。そのついでに分身を回収する。

 

「というかオールマイトはこの影分身の術見てるじゃないですか、オール・フォー・ワンとの戦いで。」

「正直見間違いかと思ってたよ...」

「他にできるようになった事はあるか?」

「身体強化に変化の術、壁や天井への張り付き、水上歩行ってのが今練習中の技です。印を組むことで混ぜ合わせたエネルギー、チャクラの性質が変わる事を写輪眼で見つけまして、基本となりそうなチャクラのコントロールを鍛えつつ色々試している段階ですね。」

「ん〜ん、かなり万能な個性に思えるね。奴は何故そんな個性も君に渡したのか、見当はついているかい?」

「はい。元は精神をエネルギーにするだけの個性で、できるのは微弱な身体強化だけだったんです。写輪眼みたいな身体に流れるエネルギーを見れる個性じゃないと、エネルギーを混ぜ合わせるなんて発想が出なかったのだと思います。」

「そうか。謹慎中も訓練を怠っていないようで何よりだ。それじゃあ本題に入ります。雄英の全寮制導入の話です。」

 

のほほんと話を聞いていた母さんが会話に参加し始めた。

 

「12年間も保護者をしていなかった私です。巡のこれからにあれこれ言うのは筋違いだと分かっています。でも言わせてください。」

「はい。」

「私は、巡が(ヴィラン)に攫われたと聞いてとても心配しました。せっかく結び直すことのできた親子の縁が切れてしまうのではないかと。」

「...はい。」

「だから約束してください。必ず守ると。」

 

相澤先生とオールマイトは、「はい」と深く頷いた。

 

「まぁ俺に関しては正式な保護者は校長になるので拒否権ないんですけどねー。」

「台無しにするね団扇少年!」

 

張り詰めていた空気は今の言葉で緩んだ。シリアスは続けてもいい事ないって。

 

「それじゃあ次の話だ。団扇お前、メンタルに異常があるとかの自覚症状はあるか?」

「今のところないですね、体を作り変えられた時の事とか夢に見るかなーと思ってたんですがそんな事はまだないです。」

(ヴィラン)に監視されていた頃の緊張感などはあるか?」

「それもないです。連合では俺の心に取り入るために割とよくして貰ってましたから。黒霧さんと一緒に料理作ったりしてましたし。」

「調書に書かれていたのは書き間違いじゃなかったのか...お前どんなメンタルしてるんだ、団扇。」

「鈍感なだけですよ。」

「強いな、団扇少年は。個性うんぬんではなく、その心が。」

「だから鈍感なだけですって。強い奴って言うならそれは緑谷たちみたく俺みたいなのの危機に駆けつけてくれた奴らの事ですよ。」

「あれは本当に驚いたよね、10代って感じで。」

「緑谷たちが来てくれなくて父さんが殺されていたらどうなっていた事やら。多分俺が馬鹿みたく突撃してそれをオールマイトが庇って2人で仲良くあの世行きって感じですかねー。」

「平然と怖い事言うね君!同感だけど!」

「まぁ神野の件はその辺でいいでしょう。」

「あ、相澤先生。そういえばなんですけど、月一の通院って本当に必要なんですか?個性はもう完全に馴染んじゃってますよ?」

「個性を与えられたなんて症状は他にないんだ、何か異常が生まれないとも限らん。サボるなよ?」

「はーい。」

 

そんな緩い空気で会話はひと段落。

相澤先生はお茶を少し飲んでから、ギロっと目を光らせて言った

 

「なぁ団扇、お前林間合宿の件について、なにか言い分はあるか?」

「マスキュラーの力と自分の初見殺しがあれば楽勝だと思ってました。マスキュラーが信用されてなさすぎて一瞬でバレて大ピンチになりましたけどね!」

「よし、反省文な。寮入居日に提出しろ。」

「...除籍処分じゃないとかちょっと優しすぎません?相澤先生。何か変なものでも食べたんですか?」

「反省文倍な。」

「殺生な!」

「HAHAHA、いい経験だと思ってしっかり反省すると良いよ、団扇少年!でもその前に恥ずかしがらずにちゃんと理由を言うんだ。それだけの理由で君があんな危険に飛び込む訳はないって事を私たちはちゃんと分かっているんだから。」

 

内心をオールマイトにも見抜かれるとかちょっとショックだ。

 

相澤先生の厳しい目とオールマイトの優しい目に見られて、ハァと思わずため息をついた。

 

「両腕をやった緑谷を見て、一刻も早く時間を終わらせないとクラスの誰かが死にかねないって思ったんです。(ヴィラン)のレベルが高すぎましたから。」

「それで自己犠牲に走った訳か?」

「自分なら勝てると自惚れていたんです。若気の至りですね。」

「自分で言うな。」

「すいません先生方、息子が変な所馬鹿で。」

「いいえ、自分たちの教育が至らなかった結果です。お気になさらず。」

 

「相澤先生、ちょっとディスりすぎてません?」

「気のせいだ。...団扇。」

「はい。」

「こんな馬鹿な事を二度と出来ないようにみっちりシゴいてやる。覚悟しておけよ?」

「はい!」

 

そんな会話の後、相澤先生たちは帰っていった。

 

「あんた、先生たちと仲良いのね。」

「そりゃあ3ヶ月も一緒に勉強してれば仲良くもなるって。」

 

「でもあんた子供の頃全く友達作らなかったじゃない。」

「覚えてない昔を持ち出すのはやめてくださいお願いします。」

 

いつの時代も母は強しである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

保険は大事だという話

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

病院にて

 

採血、レントゲン、MRI、個性因子診断などのちょっとした人間ドックを警察の三茶さん付き添いの元行った。

 

「三茶さん。わざわざありがとうございました。」

「いいえ、今回の事件の場合団扇くんへの報復は十分に考えられる事ですから。気にしないでください。」

「いい人ですね、三茶さんは。」

「...ありがとうございます。」

 

団扇さん、お会計をお願いします。との声が聞こえたので会計に行くと、思いもよらない事態が自分を待っていた。

 

「それでは、お会計は10万2400円となります。」

「...はい⁉︎え、どういう事ですか?マイナンバーカードはちゃんとありますよ?」

「いいえ、お客様のマイナンバーを確認した所、保険に加入していないという事がわかりまして...」

「親父の馬鹿野郎、貯金がぁぁぁ!」

 

叫びを上げて崩れ落ちる俺、今はまだ貯金があるので払えなくはない額だが、毎月10万はちょっとどころでなくキツイ。

まぁ俺の戸籍事態偽造したものなので考慮しておくべき事だったのだが、今までは幸いにも、今では最悪にも病気とは縁のない人生を送ってきたので病院にかかる事はなかったのだ。

 

そんな将来のお金の事で頭を悩ます俺の肩を叩き、打開策をくれたのは、スマホ片手に何かを調べている三茶さんであった。

 

「団扇くん、落ち着いて下さい。国民健康保険という手があります。」

「三茶さん?」

「国民健康保険は加入から遡って保険を適用する事が可能なのです。なので今は料金の全額を一旦支払って後で返金してもらう事が可能です。そうですよね?」

「はい、その通りです。」

「あーびっくりした。つまり申請さえすればギリギリセーフだと。」

「そうなりますね。」

「それじゃあ、カード決済でお願いします。」

「サインをお願いしますね。」

「はい。それじゃあ今日中に返金して貰いに来るんで、覚悟しておいて下さいね!」

 

その言葉を聞いた受付嬢さんはちょっと引きつつも

 

「は、はい。」

 

と答えてくれた。いい人だこの人。

 

「さぁ三茶さん、役所行きましょう!確かマイナンバーカードさえあればどの役所からでも諸々の手続きができるんでしたよね!」

「ですが団扇くん、ちょっと待ってください。」

「はい?」

「団扇くんはまだ未成年です。諸々の手続きには保護者の承認が必要です。」

「...あ、俺まだ16歳だった。」

「それを忘れますか普通...」

 

三茶さんはどこか呆れ顔だ。仕方ないだろう、役所に行くなど久しぶりどころか前世ぶりなのだから。今世の半分をヤクザと共に過ごしたが故に役所に縁はなかったのだ。

 

「と、とりあえず校長に電話しますね...頼むー出てくれよー。」

 

電話に出た!と、思ったら本人録音の留守録メッセージだった。

 

「校長さ!今は電話に出られないのでメッセージをお願いするのさ!」

 

ピーと音がなる。録音の合図だ。

 

「校長先生、団扇です。実は保険に加入していないっていう問題が明らかになりまして、そのご相談をしたいと思いご連絡させて頂きました。都合がつき次第連絡をよろしくお願いします。

 

...メッセージはこれでよし。とりあえず役所行きましょう、三茶さん。書類だけでも貰っておきたいですから。」

「今日中に返金というのは無理そうですね。」

「そうですね。畜生、俺の貯金がぁ...」

「思ったことを言っていいですか?団扇くん。」

「はい、構いませんよー。」

「その程度のお金、根津校長に言えば貰えるのでは無いですか?書類上の保護者なのですから。」

「...最後の手段にしときます。校長先生にたかるのは。一応ですけどプライドはありますので。」

 

その後、役所に行き国民健康保険加入手続きの書類を貰えはしたもののやはり保護者のサインが必要なものだった。

 

その後校長からの電話が来るまで三茶さんの奢りでカフェでお茶をしていたところ、その電話はかかってきた。念願の校長からの電話である。

 

「やぁ、団扇くん。君の保護者、根津校長さ!留守電は聞いたよ、災難だったね!まさか今日日保険に入っていない子がいるとは思ってもみなかったから驚いたよ、ごめんね!気付けなくて!」

「いいえ、校長先生。悪いのは戸籍作った時に保険とか考えてなかった親父なので気にしないで良いですよ。」

 

戸籍を作ったという点で三茶さんの顔がム?となったのが見えた。確かにただの学生から出る言葉じゃ無いな、うん。

 

「それじゃあ団扇くん、今の状況を教えてほしいな!三茶くんと一緒にカフェでお茶をしているのはわかるんだけど君が書類を貰ったかどうかは分からないからね!」

「あ、役所に行って書類は貰ってきました。後は保護者記入のところ以外記入は終わっています。郵送して書いて貰う感じで良いですか?」

「いいや、それには及ばないのさ!団扇くんに代筆を頼むよ!」

「代筆⁉︎」

「そうさ、保護者の許可さえあれば公文書の代筆は可能なのさ!」

 

「「代筆、その手があったか...」」

 

三茶さんと一緒に根津校長のハイスペックは侮れないと思った瞬間である。

 

その後、代筆した書類により無事保険に加入した俺は病院に行き七割の返金をしっかりとして貰った。やったぜ。

 

まぁ、毎月の保険金という出費が増えたのできっとトントンなのは気にしない。

 

「三茶さん、今日は振り回してしまって申し訳ありませんでした。」

「申し訳ないと思うなら、その借りはヒーローになってから返してください。」

「...はい!約束します!」

 

動物顔の警察官はいい人だという偏見が自分の中にできた日の話であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

塀の向こうからの手紙

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「巡、財前さんって人から手紙が届いたわよー。」

「親父から?なんだろ、扉さんからは特に何も聞いてないんだけどなぁ。」

 

内容はこうだ。

 

扉から大体の話は聞いている。(ヴィラン)の巣窟からお前が無事に戻ってくれて本当に安心した。

だが、まだお前は卵だ、変に調子に乗らず母親や先生方、ヒーロー方の言う事をきちんと聞くこと。親父としては色々心配なんだ。

まぁそういう心配とかはするりと乗り越えていくお前の事だから今度も大丈夫だと思うことにする。

初めての手紙なんで作法とかは間違っているかもしれないがその辺は大目に見てくれ。

 

というのを微妙に汚い字で頑張って書かれていた。

 

「そういや親父ってヤクザの兵隊だもんなぁ、そりゃ手紙とかは縁遠いか。」

「巡を育ててくれた人からの手紙よね、見てもいい?」

「いいよー。」

「どれどれ...あ、拝啓の字が間違ってる。」

「あ、本当だ。手紙のネタにしよ。」

「人の間違いを笑うんじゃありません。」

「いいのいいの、親父だし。母さん、封筒と便箋ある?あと切手も。」

「切手はないわね、郵便局で出しなさい。」

「はーい。」

 

母から便箋と封筒を受け取り返事の手紙を書く。

 

拝啓のところに二重線を引いておくのを忘れずに

 

それと、林間合宿で撮った集合写真もプリントアウトして同封しておこう。高校では友人に恵まれてるのだと安心されるために。

 

「影分身の術!それじゃあ配達頼むわ。」

「おうさ、でも道わかんないから財布と携帯プリーズ。」

「はいよ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

刑務所内、巡の養父である財前小指は手紙を受け取ってこう思った。

 

「巡の奴、わざわざ二重線で拝啓を強調しやがって...誰にでも間違いはあるだろうが。」

 

財前小指はコンピュータ機器を使いサイト運営や事務仕事をしたりしたITヤクザである。変換機能に頼った身にはそういった機器の許されていない刑務所内で手紙を書くというのは結構大変な事であったのだ。だから漢字間違いくらい許してくれよと一人思った

 

同封されていた写真を見る。そこには、多くのクラスメイトの中心近くで笑っている巡の姿があった。

 

「どいつもこいつもキャラが濃そうな連中だが、楽しそうで何よりだよ、巡。」

 

財前小指はその手紙と写真をそっと懐にしまった。息子からの手紙を決して無くさないように。




初の短編集回、ネタはあっても分量の足りなかったのを纏めてみました。


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入寮編
お部屋を作ろう!


雄英白書3編突入!久しぶりのトリオでいきます。



時は流れ8月中旬、今日俺は新しい家へと住処を移す。

 

雄英敷地内、校舎から徒歩五分の築三日。ハイツアライアンス。ここが新しい俺たちの家だ。

 

「でけー」

「恵まれし子らのー!」

 

そう驚く砂藤と芦戸、全くもって同感である。

 

「とりあえず1年A組、無事にまた集まれて何よりだ。」

 

「皆許可降りたんだな」

「私は苦戦したよー。」

「フツーそうだよね...」

「二人はガスで直接被害遭ってたもんね。」

 

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときはいなくなってしまうのかと思って悲しかったの。」

「うん」

 

蛙吹の言葉に麗日が同調する。二人の顔は心配気だった。

 

「...俺もびっくりさ。まぁ色々あんだろうよ。」

 

そう言ったあと相澤先生は手を一度叩いた。

 

「さて、これから寮について軽く説明するが、その前に一つ。当面は合宿で取る予定だった仮免取得に向けて動いていく。」

 

「そういやあったなそんな話!!」

「色々起きすぎて頭から抜けてたわ...」

 

「大事な話だ。いいか。轟、切島、緑谷、八百万、飯田、爆豪、蛙吹、この7人はあの日あの場所に、団扇救出に赴いた。」

 

クラスの皆の答えは沈黙だった。あの奇跡の一瞬のためにクラスの皆が動いてくれていたのかと思うと、心が暖かくなった。

 

相澤先生の次の言葉を聞くまではだが。

 

「その様子だと、行く事は皆把握していた訳だな。色々棚上げした上で言わせてもらうが、オールマイトの引退が無ければ耳郎、葉隠、団扇以外全員除籍処分にしてる。」

 

「⁉︎」と、驚きの声が思わず出る。

そんなことを気にせずに畳み掛けるように相澤先生は話してきた。

 

「彼の引退によってしばらくは混乱が続く。(ヴィラン)連合の動きが読めない以上今雄英から人を追い出す訳にはいかないんだ。行った7人はもちろん止めなかった11人も、理由はどうあれ俺たちの信頼を裏切った事には変わりない。正規の手続きを踏み正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。以上!さっ!中に入るぞ元気に行こう。」

 

皆の空気は暗いままだった。

だから言おう。

 

「皆、ありがとう!」

「団扇くん?」

「先生方がなんて言ったとしても、俺はあの日あの場所での皆の行動に救われた!だから何度でも言う!皆、ありがとう!」

「団扇...」

「というわけでこのしみったれた空気を吹き飛ばすために一発ギャグやります!」

「団扇くん⁉︎」

 

正気かコイツという皆の目が一発ギャグのハードルを上げてくるッ!だが負けるか、負けるものかッ!

 

「ででんでんででん、ででんでんででん」

「ター◯ネーターのテーマ⁉︎」

 

音楽を口ずさみながら草陰に体を隠して変化の術を使用、頭の下はエンデヴァー、頭の上は峰田のキメラへと変化する。

 

そうして草陰から体を出して一言。

 

「どうも、ター峰田ーです。」

 

皆の反応は失笑であった。空気的に爆笑はできないものの、ツボに入った人が何人かいたようだ。上鳴とか超笑い堪えてるし。よし、あの空気からこの結果は勝ちだ!

 

変化を解除して思わずガッツポーズ。皆からは「お前、あのコラ画像コラじゃなかったのかよ!」と驚かれた。

 

「ふふふ、新しい個性のちょっとした応用だ。」

「新しい、個性。」

「ああ、土壇場で目覚めたニューパワーだよ。」

 

当然嘘である。が、三茶さんからオール・フォー・ワンの神秘性を高めてしまう恐れがあるので君の個性は突然変異という事にしてほしいと頼まれたのだ。なのでこの個性が奴に与えられた力だと知っているのはヒーローや警察の一部、後は箝口令の敷かれる前に話してしまった母さん含むうずまきさん一家と扉さんだけだ。

まぁ緑谷のような感のいい奴は気付くだろうがそこは気にしない。流石にそこまでは俺の管轄外だろう。

 

「さて、切島。はいよ。」

「ん?なんだ団扇ってコレ⁉︎」

「聞いた。俺を助ける為に高い暗視鏡買ってくれたんだろ?その代金だ。クラスのムードメーカーがそれだと皆が暗いままだぜ。」

「団扇...ッ!細かく49800円で渡してくるとかお前ッ!」

「ハハハ、200円とて過剰に渡したりはしないぞ、俺だって金はないんだ!」

 

ハハハと笑う声が皆に広がっていく。これで暗い空気は吹っ飛ばせただろう。道化に徹した甲斐はあるというものだ。ほとんど素だとかの声は聞かない事にする。

 

「皆!今日はこの金で焼肉だ!団扇が無事に帰還できた事へのパーティだ!」

 

「おー!」と声が揃う。今日の夜が楽しみだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「1棟1クラス、右が女子棟、左が男子棟と別れている。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂、洗濯などはここで。」

 

「広キレー!!そふぁああ!!!」

「中庭もあんじゃん!」

「豪邸やないかい」

 

「聞き間違いかな...風呂と洗濯が共同スペース、夢か?」

「男女別だ。お前いい加減にしとけよ?」

「はい。」

 

一瞬俺も同じ事を思ったのは内緒だ。

 

「部屋は2階から、1フロア男女4部屋の5階建て。一人一部屋、エアコン、トイレ、冷蔵庫、クローゼット付きの贅沢空間だ。」

「ベランダもある。凄い!」

「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですね。」

「豪邸やないかい。」

 

「部屋割りはこちらで決めた通り、各自事前に送って貰った荷物が部屋に入ってるから、とりあえず今日は部屋を作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上解散!」

「ハイ先生!」

 

「あ、先生。反省文と健康診断の結果です。」

「どれどれ...よし、受け取ってやる。ところで病院の領収書はどうした?」

「領収書?」

「お前...まさか貰ってないとか言わないよなぁ。」

「色々あって忘れてました。そうですよね、学校負担ですよね普通!」

「ハァ、まぁ今回は大目に見てやる。幾らだった?」

「30720円でした。個性因子診断って高いですねー。」

「よし、返金の手続きはしておいてやる。行っていいぞ。」

「はい。」

 

自分の部屋は4階の一番奥の部屋だ。お隣さんが爆豪という事でちょっと不安だが夜に馬鹿みたく騒ぐような奴ではないし大丈夫だろう。

 

問題は

 

「このハイツアライアンスって通販の荷物受け取れるのかね?」

 

我が心の癒し、MAXコーヒーが購入できるかどうかである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一階ラウンジにてのんびりテレビを見ていたら、エレベーターの音が聞こえた。振り返ってみるとそこには同じく部屋を作り終わったと思われる障子がいた。

 

「お、障子。早かったな。」

「ああ、荷物は少ない方だったからな。お前もか?」

「俺も多分荷物は少ない方だよ。親父のお古のノートパソコンと服くらいしか持ってきたものはないからな、後MAXコーヒー。」

「MAXコーヒー、お前の愛飲している甘いと噂のコーヒーか。少し興味があるな。」

「お、気になる?それならちょっと部屋から持ってくるぞ...焦凍?」

 

部屋へと戻ろうとエレベーターを見ると焦凍が走って外に出ていくのが見えた。

 

「トラブルの匂いがする、ちょっと手助けに行ってくるわ。」

「それなら俺も行こう。なんちゃってクールトリオの一員としてな。」

「よく覚えてるなそんな昔の事、んじゃ行きますか!」

 

そう言って自分と障子は焦凍の後を追って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「焦凍!」

「団扇に障子?」

「お前が顔色変えて走ってたのを見てな、手助けできるかと思って追ってきた。邪魔だったか?」

「いいや、助かる。母さんの映った写真が風で飛ばされちまってな、今森を探しているところだ。」

「それなら手分けして探そう。だが注意しろ、先程からなにかの機械音が多く聞こえている。」

 

機械音といえば思い浮かぶのは一人の女生徒だ。まさかこんな入居1日目にてアイテムとトラブルを作っているわけないよなー。

という考えはフラグだったのだろう。

 

機械音の時点で展開していた写輪眼で、高速で飛んでくる拳程の大きさの機械を見切りキャッチする。

こんなカッ飛んでいる作品を作る奴は一人しか知らない!

 

「発目ぇ!」

「マグロさん!お久しぶりです!早速ですが私のベイビー達を回収するの手伝って下さい!」

「いきなりトップギアだなお前は!」

「転んだ拍子に運んでいたアイテムのスイッチが入ってしまったようなのです!」

「大惨事になりそうな気配だな、畜生手伝うよ!」

 

いきなりのテンションについていけてないクール系(ガチ)の二人。状況が読めてなさそうなのでちょっと説明する。

 

「こいつはサポート科の発目明、俺のコスチュームに使われてるアイテムの作成者だ。発明をベイビーと呼ぶ変人でもある。」

「さぁ、マグロさん!行きましょう!」

 

発目に腕を引かれる俺。そんな発目の個性を思い出した俺は交換条件を出す。

 

「発目、お前のズームで写真を探してくれ、焦凍の大切な写真を捜索中なんだ。」

「その程度ならお安い御用ですよ!さぁお2人さんもベイビー達を探すのを手伝って下さいな!」

「そっちに飛び火した⁉︎」

 

「ああ、わかった。」

「轟⁉︎いいのか、お前の大切な写真なんだろう?」

「きっと、飯田だったら助ける。」

「...友を尊敬するが故にか...わかった、俺も協力しよう。」

 

そうして発目明他3名は森の中に散るサポートアイテムの回収に勤しむのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

発目の目、障子の耳による索敵、焦凍の氷結による進路妨害、俺の身体能力での回収にてあっという間に飛び散ったアイテムの回収に成功した。そうして発目がアイテムの数を数えていると

 

「マグロさん、一つアイテムが足りません。」

「どんなアイテムだ?流石に動くような奴は全部見つかったと思うぞ?」

「大きさは大きな梅干し程度のもので、とても重いのが特徴です。捕まえた(ヴィラン)に重しをつけてはどうかと思い作ってみたベイビーです!以前マグロさんにテストをお願いしたアイテムでもありますね!」

「...あのクソ重い梅干しか!どうやって運んだんだアレを!」

「頑張りました!」

「頑張ったのか、凄いな!」

 

若干馬鹿な会話をしていると焦凍が唐突に言い出した。

 

「これ全部あんたが作ったのか、すげえな。」

 

その言葉に反応した発目はぬるっと動きだし焦凍に近づいて行った。

 

「おやおやおや⁉︎私の!ベイビー達に!興味が!あるのですか!!」

「あ、馬鹿!コイツにその手の話は!」

「フフフフフ!私のベイビーは全て愛と才能の結晶です!まずはこのベイビー!」

 

発目は山積みにされたアイテム達の中からよいしょとタイヤのついたボックスを取り出した。大きさはダンボールほどであった。

 

「このベイビーは対巨大(ヴィラン)捕獲用のアイテムです。このボタンを押すとですね...小型のクレーンへと変形するのです!この状態で(ヴィラン)を認識するとですね...」

「よし、障子。俺たちは手分けして写真と丸いのを探そう。焦凍は犠牲になったのだ...」

「犠牲にはなってないと思うぞ、団扇。」

 

そして背を向けた瞬間に鳴るピー音、面倒になったからといってアイツから、発目明から目をそらすんじゃあ無かった!

振り返った時には既にクレーンの先端部からネットが放たれていた。

咄嗟にチャクラを足に集中させ全力で跳躍。だがあのネットは巨大(ヴィラン)捕獲用の巨大ネット、範囲が広すぎる!

 

「マグロさん!」

 

まだ終わらん!そう思い十字に印を組む。影分身を足場にして更に高く跳躍!そして、

 

2人纏めて捕まりました。

 

「団扇、お前増えてるな。」

「エクトプラズム先生の個性のようなものか?」

「マグロさんが2人、つまりテスターが増えたという事!実験が捗りますね!」

 

若干一名怖い事言ってるが気にしない。

 

「発目、どうせ無理だろうけど外せるか?」

「無理ですね!コントロールを受け付けません!回路が壊れたのでしょう!分解するしかないですね!」

 

分身を解いてみる。釣り上げられているネットの中のスペースは広くなったが抜け出す事はできそうにない。

 

「あ、そうそうそのネットは動けば動くほど絡まるのでお気を付けて!私は工具を取ってきます!」

「おー、なるはやで頼むわ。」

 

するとクレーンが突如動き出した。

このクレーン動くのかぁと呑気に構えていたところ障子たちが血相を変えて「団扇!」と叫び始めた。

何事かと思い進行方向を見るとそこには謎の大穴が!何で⁉︎

 

「焦凍ヘルプ!このポンコツを凍らせちまえ!」

「いいのか?」

「マグロさんの命には代えられません!止めて下さい!未来のベイビー達のために!」

「...わかった。」

 

そう言って焦凍は小型クレーンを完全に凍結させてくれた。これで安心だ。

 

「俺の事は気にしないで焦凍たちは写真の捜索を続けてくれ。あと、ついでに丸いのも。」

「大丈夫か?一人で。」

「大丈夫大丈夫。どうせ今は動けないんだしのんびりこの吊り上げ式ハンモックを楽しむことにする。何事も経験だしな。」

「行こう轟。だいぶ時間が過ぎている。風で写真が飛ばされていたら事だ。」

「...ああ、そうだな。」

 

そう言って二人は写真捜索という本来の目的へと動き出した。

 

「体勢をうまく崩したらちょっと気持ちいいぞこれ...寝るか。」

 

とか言っている馬鹿を残して。

 

その後、工具を持ってきた発目とパワーローダー先生の手によってクレーンは解体された。

 

パワーローダー先生は、「こんな事になるくらいならもう工房に置いていいよ。」と発目の発明を諦めたのだそうだ。

何故伝聞形かというと、解体が終わり地面に降ろされるまでぐっすりと眠っていたからだ。

 

「団扇くん、君って大物になるよ、うん。」

「お恥ずかしい限りです。」

「ついでに写真なら見つけました!ベイビーは見つかりませんでしたけど!」

 

そこには、白い髪をした美人さんが笑っている写真があった。

 

「...すっげえ美人さん。焦凍の母さんだわこれ。今焦凍に連絡入れてみるわ、案外向こうが梅干し見つけてるかも知れないし。」

「お願いしますね!マグロさん!」

 

携帯で焦凍たちに連絡をとる。

どうやら向こうでは梅干しを見つけていたそうだ。

 

「ベイビーが見つかったのですか!それは良かった!」

「写真も発目が見つけてくれたから万事オーケーだな。」

「発目の馬鹿に捕まった君が言うなら良いんだけどね、うん。」

「それでは、リアカーにベイビー達を積み込みます!手伝って下さいますね、マグロさん!」

「あいよ、任された。」

「...団扇くん、悪い女に騙されないようにね。」

「?はい、気をつけます。まぁ騙されて取られる金なんてないんですけどね。」

 

そうこうしているうちに焦凍たちは戻ってきた。何故かリカバリーガールを引き連れて。

 

「焦凍、お前の母さんの写真見せて貰ったぞー。美人さんだな!」

「ああ、そうかもな。」

「轟、俺にも見せてくれるか?」

「あたしもちょっと気になるねぇ、あのエンデヴァーの奥さんの顔は。」

「ああ、構わねぇ。」

「どれどれ...たしかに美人だ。」

「優しそうな人でもあるねぇ、エンデヴァーも良い人を娶ったもんだよ。」

 

その言葉に、焦凍は無言で返すだけだった。焦凍の父親への感情はまだ割り切れるものではないという事だろう。

 

「それでは私のベイビーをお返し下さい!」

「ああ、構わないが持てるか?俺の筋力でも二本の腕が必要なほどだぞ?」

「大丈夫です!このグローブ型のベイビーにはパワーアシスト機能が付いていますので!」

 

そう言って発目は梅干し型アイテムを受け取り台車へと置いた。

 

「それではマグロさん!また今度アイテムのテストよろしくお願いしますね!」

「ああ、任せとけ。」

 

「「あの事故の後でそう言えるのか...」」

「あの程度なら割とよくあるんだよ、発目の発明は。今回は避けられなかった俺が悪い。」

 

慣れって怖い、ちょっとだけそう思う。

 

「それならいいんだが...そうだ、障子、団扇、この後暇か?」

「「暇だ。」」

 

「ちょっと手伝って欲しい事が出来た。頼む。」

「俺は構わない、障子は?」

「ああ、俺も大丈夫だ。」

 

「ところでリカバリーガールは何故ここに?」

「散歩の途中さね。それじゃあ話は通しておくよ、模様替え頑張んな。」

「ありがとうございます、リカバリーガール。」

 

「模様替え?」

「ああ、写真を探す途中で資源ごみ置き場に新品の畳などが置かれているのを見つけたんだ。轟がそれを部屋に使いたいと言い出してな。」

 

その今の焦凍らしい変な発想に思わず吹き出す。コイツ部屋を和室にする気なのかよ!

 

「よしわかった、なんちゃってクールトリオの次のミッションは焦凍の部屋の大改造だ!」

 

そう言ってリカバリーガールと分かれて資源ごみ置き場へと向かう。

焦凍と障子と他愛もない会話をしながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「終わったー!」

「お前が増えれるようになって助かった。便利だなその個性。」

「だが何故影分身の術なんだ?」

「ノリだ。」

「「ノリか」」

 

そんな会話をしながら、3人で一階へと向かう。そこには部屋を作り終わった連中がたむろしていた。

 

「お疲れー。」

「ああ、お疲れ。3人で協力してたのか?お前ら。」

「ああ、焦凍の部屋の大改造をな。難敵だったぜ...」

「へぇ、どんな部屋だ?」

「それは見てからのお楽しみ!って事で、間違いなく驚くから。」

「ハードル上げてくるな。」

「そういう尾白の部屋はどんな感じ?」

「別に、普通だよ。自分で言ってて悲しくなってきた。」

「別に奇をてらう必要はないだろ、自分が過ごしやすい部屋が一番だよ。」

「...ありがとな、団扇。」

「まぁ俺は雄英の用意してくれた部屋のままっていう手抜きなんだけどさ!」

「インテリアとか興味ないのか?団扇って。」

「興味はあるが金がない。」

「切実だな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あっという間に夕食の時間。切島が予約してくれた焼肉屋に着いた。

 

「さぁ団扇、乾杯の音頭を頼む!」

「えー、まずは皆に感謝を。皆見たと思うが、雄英の記者会見で言われた通り、俺はヤクザの元で働いていた元(ヴィラン)だ。雄英の受験の際にバレて晴れて前科も付いている。」

 

皆の空気が凍った。気を遣って言い出さないでくれた事に自分から踏み込んだのだから当然だ。だけど言葉を重ねる。この胸のありがとうを皆にしっかりと伝えるために。

 

「あの報道があってから皆とはもう普通の関係に戻れないと思っていた。だけど、皆は今まで話題に出さないでくれた。今日も普通に接してくれた。そしてなにより、そんな元(ヴィラン)を助けにあの日あの場所に来てくれた。ありがとう、本当に皆には感謝している。」

「団扇くん...」

 

緑谷の思わず出した声が響く。俺の胸の中のありがとうが、少しでも皆に伝わったなら嬉しい。そう思った。

だが今は飯を食う時、しみったれたテンションでは駄目だ。楽しんでいこう!

 

「という訳で今日は思う存分食ってくれ!切島に渡したので足りない分は俺が持つ!でも貯金がそろそろ尽きそうなんで心持ち控えめで頼む!そういう訳で、乾杯!」

 

「乾杯!」と皆の声が揃う。さぁ焼肉の時間だ!

 

ちなみにお会計は5万円弱、ギリギリ切島に渡した分で足りました。バクバク肉を食べていくクラスの連中にやばいんじゃないかと冷や汗かいたのは内緒だ。

 




後半はお金は大事だけど使うときには思い切って使うのも大事という話です。友情が金で補填できるなら安いものですよ。


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編め必殺技

ヒロアカ映画の公式サイトを見て勘違いに気付く
映画って林間合宿の前かよ!合宿の後入寮前だと思ってその辺のスケジュールを空けていた馬鹿作者がいるらしいですよ?

そんな馬鹿作者の作品が日刊ランキング載ってた奇跡。思わずスクショしました。なんやねん5位って。


焼肉屋から帰っての夜

 

芦戸たちの提案により、お部屋披露大会が開かれる事となったのは昨夜のこと。皆からは「ちょっと待て団扇、これ全部雄英の支給品じゃねぇかよ!」と突っ込まれたのは気にしない。インテリアには金がかかるのだ。

「MAXコーヒー買うのやめたらお金浮くんと違う?」と貧乏仲間の麗日の指摘はグサッと刺さったがMAXコーヒーは心の癒しなのだ、やめられない。

 

ちなみに女子部屋の匂いを全力で嗅いでみたが、まだ生活臭が染み付いてないせいか特に違いは分からなかった。フローラルな香りは何処へ...

 

そんな馬鹿騒ぎの翌日、自分達は教室に集められた。

 

「昨日話した通り、まずは仮免の取得が当面の目標だ。ヒーロー免許ってのは人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然その取得の為の試験はとても厳しい。仮免といえどその取得率は例年5割を切る。」

「仮免でもそんなキツイのかよ。」

 

峰田の呟きが響く。全くもって同感だ。だがヒーロー飽和社会の今だ、新しいヒーローにもそれ相応の実力を求めるという事なのだろう。辛いぜ。

 

「そこで今日から君らには一人最低でも二つ...」

「「「必殺技を、作ってもらう!!」」」

 

ミッドナイト先生、エクトプラズム先生、セメントス先生がドアから現れた。

 

「必殺技!!!学校っぽくてそれでいて、ヒーローっぽいのキタァア!!!」

 

これ、学校っぽいのだろうか。いまいちノリきれない頭でそんな事を考えた。

 

「必殺!コレスナワチ、必勝ノ技・型ノコトナリ!」

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。戦闘とはいかに自分の得意を押し付けるか!」

「技は己を象徴する!今日日必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γに集合だ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「体育館γ、通称トレーニング(T)台所(D)ランド(L)略してTDL!!!」

 

ハハッと陽気に笑う彼のネズミが頭に浮かぶ。そういや千葉県在住なのにランドにもシーにも行ってなかったなぁと今更ながらに後悔。最新の技術で進化したアトラクションとか楽しそうだったのに。

 

「ここは俺考案の施設、生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できる。台所ってのはそういう意味だよ。」

 

そう言いながらセメントス先生は個性で地面のコンクリートを操り、それぞれの修行に用いるステージを構築していった。

 

「なーる」

「質問をお許しください!」

 

飯田がピシッと手を挙げて質問をした。

 

「何故仮免許の取得に必殺技が必要なのか、意図をお聞かせ願います!」

「順を追って話すよ。ヒーローとは事件・事故・天災・人災...あらゆるトラブルから人を救い出すのが仕事だ。仮免試験では当然その適正を見られることになる。情報力、判断力、機動力、戦闘力、他にもコミュニケーション能力、魅力、統率力など、多くの適正を毎年違う試験内容で試される。」

「その中でも戦闘力は、これからのヒーローにとって極めて重視される項目となります。備えあれば憂いなし!技の有無は合否に大きく影響する。」

「状況に左右されることなく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有している事になるんだよ。」

「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハ無イ。例エバ飯田クンノレシプロバースト。一時的ナ超速移動、ソレ自体ガ脅威デアル為必殺技ト呼ぶニ値スル。」

 

「アレ必殺技でいいのか...」と飯田がジーンとしていた。

 

「なる程、『これさえやれば有利・勝てる』って型をつくろうって話か。」

「先日大活躍したシンリンカムイの『ウルシ鎖牢』なんて模範的な必殺技よ、わかりやすいわよね。」

「中断されてしまった合宿での『個性伸ばし』は、この必殺技を作り上げるためのプロセスだった。つまりこれから後期始業まで...残り十日あまりの夏休みは、個性を伸ばしつつ必殺技を編み出す、圧縮訓練となる!

尚、個性の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も並行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

 

「ワクワクしてきたぁ!!」と皆の声が揃う。さぁ、修行の時間だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「団扇クン、君に新タナ個性ガ生マレタノハ聞イテイル。ソチラの個性ハドウ使ウカイメージハ出来テイルカ?」

「ええ、見てください!影分身の術!」

 

印を十字に組み、練りこんだチャクラを使ってもう一人の自分を編み上げる。このプロセスも慣れたものだ。

 

「ホウ、精神ヲエネルギーニスル個性トハソンナコトガ出来ルノカ。」

「他にも色々できますよ、身体強化、壁への張り付き、水面歩行、変化の術なんかが今習得している技です。」

「フム、デハ一戦交エテミルカ。催眠ハ使ワズナ」

「はい!」

 

分身を一旦回収。重り無しの先生相手だ、胸を借りるつもりで行こう!

 

「チャクラ全開、行きます!」

 

写輪眼を発動。チャクラを足に集中、あの日のオールマイトの姿からイメージだけはできていた高速体術で行く!

 

「速イッ!ダガ直線的ダ!」

 

エクトプラズム先生のカウンターが迫る、体全体を使ったその蹴りの速さはまるでムチだ。

 

だが、写輪眼には見えている。エクトプラズム先生の義足をくぐるようにしゃがみ下からエクトプラズム先生の顎を蹴り上げる。そして影分身の術を発動。エクトプラズム先生の上に影分身を生成、上空からチャクラを一点に集中させた拳を叩き込む!

 

叩き込んだ拳により、エクトプラズム先生の分身は地面に叩きつけられ消滅した。

落下地点にセメントにヒビを入れながら。

 

「エクトプラズム先生、もう一体お願いします!」

「ウム、承知シタ。...スピードニ怪力、ソシテ動キヲ見切ル目。オール・フォー・ワントヤラハ馬鹿ナ事ヲシタモノダ、彼ハ良イヒーローニ成ル。」

 

エクトプラズム先生は、そんな事を一人ごちたとか。

 

「サテ、新シイ個性ガ体ニ馴染ンデイルノハワカッタ。想像以上ダ。」

「ありがとうございます。ちょっと自分自身でも火力を制御できていない感はあるんですけどね。」

「イイヤ、先程ノパンチハ良カッタ。アノ破壊力ハ必殺技ニ値スル。名前ハツケテイルカ?」

「そうですね...」

 

チャクラコントロールでの怪力といえば思い出すのはNARUTOの綱手やサクラの使うあの技だ。あれ程の威力にするんだという思いを込めて、こう名付けよう。

 

「桜花衝なんてどうでしょう。」

「桜花衝、良イ名前ダ。デハ、ソノ100%ノチカラヲ一度試シテミヨウ。地面ニ向ケテ打ッテミロ。」

「はい!」

 

分身を回収。チャクラコントロールに集中。丹田で練ったチャクラを拳一点に集中させ、地面に叩きつける。そしてインパクトの瞬間に拳からチャクラを放出!

 

「桜花衝!」

 

その衝撃により、セメントスの作り上げたステージは、砕けて散った。

 

自分のステージの高さが低い所で良かった。でなければ他の皆に破片が当たって大変なことになっていただろうから。

 

「...加減ノ特訓ガ必要ダナ。」

「...頑張ります。このままだと人を殺しかねないので。」

 

全力の桜花衝はただの人に打ってはならない。そう心に誓った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

セメントス先生にステージを作り直してもらい、修行を再開する。

 

今度は火力の調節の特訓だ。セメントス先生に厚めのターゲットをつくってもらいそれを壊し切らないように桜花衝を叩き込もうとする。駄目でした。

横への衝撃で破片が吹き飛び下にいた緑谷の脇を通りすぎる。

 

「大丈夫か、緑谷!」

「え、うん大丈夫!」

 

緑谷は、何か考え事をしていたのか破片に気付いてすらいなかったようだ。命の危機だぞオイ!

 

「ちょっと緑谷と話してきます。なんか悩んでそうなので。」

「ム、ダガ訓練ハドウスル?」

「こうします。影分身の術!行って来い分身一号!」

「おうさ!」

 

そう言って影分身は緑谷の元へと向かった。

 

「さて、セメントス先生!ターゲットよろしくお願いします!」

 

その日、チャクラが切れるまでターゲットに桜花衝を打ち込んだが、手加減は全く身につく感じはしなかった。何が原因なのだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何か悩んでいる緑谷に背後から近付く。こちらに気付いた様子は全くないようだ。

 

「緑谷。」

 

と言いながら肩に手を置く。人差し指を伸ばしながら。

 

「あれ、団扇くん?」

 

振り返る緑谷、肩に手を置かれた方に回ったので人差し指は緑谷の頬へと当たった。ハハハ、イッツ古典的ジョーク。だが緑谷は怒るでもなく苦笑いで返して来た。これは重症だ。

 

「何か悩んでいる感じだったから、話をしに来た。」

「団扇くん...そうだね、何かヒントになるかもしれないし、話すよ。」

「おう、ドンと来い。」

 

そうして緑谷は話し出した、自らの悩みを。

 

「僕さ、病院で言われたんだ。100%の力を下手に使うと靭帯が損傷して一生腕が上がらなくなるかもしれないって。林間合宿の時にアイツ、血狂いマスキュラーと戦って怪我したトコ、これ以上処置が遅くなってたらそうなる可能性もあったんだってさ。」

 

いつも自爆しても何だかんだとリカバリーガールのお陰で命拾いしていた緑谷だ。マスキュラー相手にも同じように無茶をしてしまったのだろう。

 

でも思う、今気付けたことは、取り返しの付かなくなってから気付いたのではなくてラッキーなのだと。言葉には出さないが俺はそう思う。

 

「てことは、今腕は大丈夫なんだろ?何を悩んでるんだ?」

「うん、だから100%の力はもう使わないって約束した、約束したは良いんだけどそうしたらどうしても火力不足になるなって思っちゃって。あの日もマスキュラー相手に100%を打ち込んでも耐えられちゃったから尚のこと。」

「...私に良い考えがある!」

「どうしたの突然⁉︎」

「火力不足を解消する手っ取り早い方法は武器を使う事だ。そして幸いにもそういう問題を解消するのにうってつけの奴を俺は知っている!訓練終わったら一緒に工房に行くぞ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして訓練後、緑谷を連れてパワーローダー先生の工房へと向かう。

 

ドアの前で警戒、ノックして警戒、ドア開けるときに警戒を怠らない。突然爆発してくるのがこの部屋だ。約一名のせいで。

 

まぁ警戒していても避けられるとは限らないんだけどさ!

 

「団扇くん⁉︎」

 

「なんか爆発しとる⁉︎」

「大丈夫か団扇くん⁉︎」

 

後ろから麗日と飯田の声がする。お前らも来たのか、この伏魔殿に。

 

「フフフフフ、ナイスキャッチですよマグロさん!」

「爆発慣れして来たからな、まぁお互い怪我がないようで何よりだ。」

 

爆発の瞬間写輪眼とチャクラによる吸着を発動し、爆風に耐え、飛んできた発目と何かの破片を見切り受け止めたのだ。慣れって怖い。

 

「さて、要件はメッセージで伺ってます!そこのいつぞやの人、武器が欲しいのですね!」

「発目さん僕の事覚えてないんだ...」

 

「というわけで、まずはお身体に触らせてもらいます!んー、良い体してますねぇ!」

「は、発目さん⁉︎」

「な、何やっとるん⁉︎」

「男女7歳にして席を同じうせずと言ってだなぁ⁉︎」

「諦めろ皆、発目はこういう奴だ。それで、何か思いつくか?」

「ええ!とりあえず皆さん、中に入って下さい!」

 

発目の先導のもと久し振りの工房へと入る。

「団扇くん、昨日の今日でまた来るのか...」と戦慄された気がするが気にしない。自分でもそう思うけどさ。

 

「さて、あなたの戦闘スタイルは小回りの利く機動力を生かしたスタイルですよね?それならまずはこのベイビー!スタンフィストです!」

「スタンフィスト?」

「ええ、敵に拳を打ち付けることで高圧電流を流すベイビーです。パワーが足りないならパワー勝負しなければ良いのですよ!」

「そっか、そういう考えもあるのか...」

 

と、緑谷が納得していると、パワーローダー先生が話に割り込んで来た。

 

「君ら、コス変の件だろ?それならまず俺に話を通しなって。発目のペースに飲まれるのも分かるけどさ。」

「コスチューム変更は説明書出してパワーローダー先生に細かい所を話せばオーケーだよ。でも、そこから一歩先に行くには発目みたいな発明馬鹿の手助けが必要だと思ってる。物は試しと思って麗日も飯田もコイツと話してみると良いぜ?」

「もうマグロさん、そんなに褒めないで下さいよー。」

 

そう言って発目が俺の肩を叩いてくる。やめーや、お前地味に力強いから痛いんだよ。

 

「ねぇ発目さん、他にはどんなアイテムがあるの?」

「お、ノって来ましたねいつぞやの人!それならこんなアイテムはどうでしょう!近遠両用型のアイテム、ガンズグローブです!インパクト部分には砂鉄が仕込まれているので近接の格闘能力強化に役立ちます。ですが本命はそこでなく、拳を握りこむ事で発射できるウッドチップ弾です!有効射程は10mほどですが不意打ちには最適です!」

「うーん、銃のトリガーがそこにあるなら人を抱える時に引っかかりそうだね、他にはない?」

「それならこのアイテム、アイアンソールなんてどうでしょう!」

「ソール、足?」

「発目、緑谷はパンチャーだぞ?あのダル重ソール使う感じじゃあないだろ。」

「待って団扇くん。聞きたい詳しく!」

 

そう言った緑谷の顔は、何かを掴みかけているような、良い顔になっていた。

 

「食いつきましたね!それなら詳しく説明しましょう!このソールは爪先部分のインパクトの際に仕掛けが発動し、瞬間的に2撃の衝撃へと変わるのです!」

「ただしその分のギミックで重くなって足上げるの辛くなるっていう割と残念なアイテムでもあった。フルカウル使える緑谷なら使いこなせるか...?」

「その点は改良しました!新素材のお陰で強度はそのままに軽さを得る事ができたのです!」

「マジか⁉︎」

「そのアイテム、欲しい。そうだ、僕は勘違いしていた、オールマイトが拳を使っていたからって、僕が拳に拘る必要はどこにもなかったんだ!5%のフルカウルで最大限のダメージを出せるのは、拳じゃない、腕の4〜5倍の筋力を持つ足なんだ!飯田くん!教えてほしい事があるんだけど!」

 

緑谷は、完全に何かを掴んだ顔になっていた。

飯田なら、そんな緑谷にかける声は一つだろう。

 

「任せてくれ。」

 

友達が立ち直ったのは素直に嬉しいのだから。

 

「さて、緑谷くんのコスチュームの事がひと段落した訳だし、俺のコスチューム変更もお願いしたい。俺はラジエーターの改良をお願いしたいのだが何か案はあるか?発目くん!」

「そうですね、それではこのベイビーなんてどうでしょう!」

「あ、そいつはまずい、ヘルメットつけとけ飯田。」

「ム、何か危険があるのか?」

 

そう言って飯田は脇に抱えたヘルメットをしっかりと被った。

これで事故で飯田が怪我をする事はないだろう。

 

「発熱を極限まで抑えたスーパークーラー電動ブースターです!第36子です、可愛いでしょう!それではスイッチオン!」

 

飯田は腕のブースターにより天井に頭を打ち付けた。

 

「やっぱり嫌いだぁあ君ーー⁉︎」

 

その後、麗日と飯田は発目作のアイテムを取り入れることなく終わった。発目のアイテムはピーキーで面白いんだがなぁ...

 

「さて、パワーローダー先生、俺もコスチューム変更お願いします。」

「マグロさんもコスチュームを変えるのですか?」

「ああ、ちょっとだけな。背中にこのデザインを入れたいんです。」

 

パワーローダー先生に携帯で撮ったうちはの家紋を見せる。

 

「何かの家紋かい?」

「はい。うちの一族の家紋だそうです。」

「その程度なら半日で済むかな、明日の朝取りに来てよ。」

「はい。よろしくお願いします。」

「あ、マグロさん、今日これから時間あります?」

「ああ、あるぞ。」

「それなら新アイテムのテストをお願いします!今回のはマグロさん向きのベイビーですよ!」

「あいよ、任された。」

 

そう言って緑谷たちと別れ、発目とともにサポート科のテスト用の森へと入る。

 

「今日のベイビーはこちら、ミラーダートです!」

 

そう言って取り出されたアイテムは、鏡でできた投げナイフだった。

 

「さぁ、増えて下さいマグロさん!テストの始まりですよ!」

「...増えてって言い方やめない?なんかプラナリアを思い浮かべちまうから。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌日

 

3人のエクトプラズム先生に囲まれている。右前に一人、左前に一人、背後に一人だ。

背後の一人を影分身に任せて戦闘開始。

前の二人が時間差で襲いかかってくる、

 

ミラーダートを近い方のエクトプラズム先生に投げつけて牽制、エクトプラズム先生はサイドステップを挟む事でダートを回避された。だが、ダートは狙った場所に刺さった。トリックプレイと行こう。

下げた手の甲の鏡の反射角を調整してエクトプラズム先生の目へと合わせつつ放ったダートに向けて写輪眼を発動。ミラーダート、手の甲の鏡を経由させてエクトプラズム先生の目へと写輪眼を合わせる。

 

手応えありだ。

 

「写輪眼、鏡面巡りの術。」

 

初見殺しの技であるが、新技は新技である。発目の新アイテムに感謝だ。

催眠したエクトプラズム先生と自分でもう1人を不意打ちし、体勢の崩れたところに必殺の一撃を叩き込む。必勝の型とはよく言ったものだ。この一撃を打ち込めば勝てる技というのは戦闘を大いに組み立てやすくするのだから。

 

「桜花衝!」

 

チャクラを腕に一点集中し、インパクト時にチャクラを拳から放出する。その一撃によりエクトプラズム先生は壁に叩きつけられて消えていった。

続いて対処するべきは最後の一人だ、影分身が足止めに徹したお陰で最後の一人は何もできていない。こちらが3人になったことで一度態勢を立て直すために距離を取ろうとした。その空中にいる隙を突く!

 

「行くぞ!」

「応!」

 

分身がジャンプして俺の手に着地、押し出しつつ桜花衝の応用で思いっきり掌からチャクラを放出する!

 

「分身体技、桜花!」

 

その勢いに乗った分身は超高速でエクトプラズム先生へと飛んで行った。そしてその勢いのまま桜花衝を叩き込む!

 

「翔衝!」

 

分身体技、桜花翔衝。技名をつけてみたがやってる事は分身を飛ばして殴るという脳筋技である。

尚、昨日の寝る前に思いついた技なので完成度は低い。

現に今、飛ばされた分身君が勢いに乗りすぎてステージから転げ落ちている訳なのだから。

 

「分身扱いガ悪クナイカ?」

「いや、俺もこうなるとは思っていませんでした。」

 

そうしてダメージで分身が消えて経験のフィードバックがやってくる。転げ落ちる経験を一瞬で経験するのはなかなかに気持ちが悪い、次にこの技を使うときは気をつけよう。

 

「サテ、新技ハ見セテ貰ッタ。初見殺シと自爆技ダガ、選択肢ニハナル。ソレデハ桜花衝ノ手加減ノ練習トイコウカ。」

「すいません、分身の分のチャクラが消えたんでちょっと休憩させてください。」

 

影分身は自身で解いたときはチャクラは戻ってくるが、ダメージで解けてしまったときはチャクラは霧散してしまうのだ。総チャクラ量がそう多くない自分が気をつけないといけないことだろう。

 

そんな事をエクトプラズム先生に話すと「ナラ、コノヨウナリスクノ高イ技ハ控エル事ダナ。」と至極まっとうな意見を貰えた。

 

その日も、チャクラが切れるまで練習したものの桜花衝の威力調整は出来なかった。チャクラの一点集中まではできるのに何故だろうか。

 

との事を校内でたまたま見かけたオールマイトに聞いてみた。

 

「慣れだね。数打ってればそのうちわかるようになるよ。」

「うわぁ、流石の新米教師っぷりですねオールマイト。」

「いや実際慣れなんだよ。人を殺さない威力ってのは数値で測れるものじゃないからね、この個性社会では。沢山の個性を見て、その個性ならこのくらいの威力なら大丈夫って慣れて行くのが遠回りに見えるかもしれないけど一番の近道なのさ。」

「...ありがとうございます、オールマイト。」

 

元No.1ヒーローの珍しく有難いお言葉だ、しっかりと心に刻んでおこう。

そう思って、日々の修行を重ねていこうと決めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ちなみにその日の夜

 

「団扇くん!水面に立つのはマナー違反ではないだろうか!」

「これも修行だ。許せ飯田。」

「修行なら仕方ないな!」

「団扇くんの個性は精神をエネルギーにするというもの、その応用で水面に立っているんだ。変化、分身、身体強化といった技に加えてこの移動範囲を向上させる技、なんて万能な個性なんだ。僕も負けていられないな。でもエネルギーを使う印なんてものをどうやって思いついたんだろうか、偶然?そうだ写輪眼だ、写輪眼はエネルギーを色で見る。その性質を使って自分のエネルギーの変化を観察したんだ。やっぱり団扇くんは凄い、新しい個性をもう使いこなしている!」

「緑谷、その辺でなー。風呂に浸かって考え事はのぼせるぞ。」

「あ、そうだね。ありがとう団扇くん。」

 

そんな一幕があったとか。




という訳で螺旋丸でも千鳥でもないメインウェポンの登場回です。
写輪眼、高速体術、チャクラコントロールの三本が今のところの巡くんの武器になります。
そして桜花衝を習得できたという事は...当然あの系統の術を習得させます。師匠などはいないので手探りですけどね。


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修行の日々と来訪者

今回も必殺技習得編かつ雄英白書編です。


必殺技習得の日々は続く

 

皆それぞれのペースであるが、順調に必殺技を習得しつつあった。

そんな中自分は、新必殺技の習得に苦戦していた。

 

「自己治癒のイメージはできてるんだがなぁ。」

 

習得しようとしているのは、NARUTOに出てくる医療忍術の基本、掌仙術である。

掌仙術とは自分、または相手にチャクラを流し込み治療するという技だ。対象の治癒能力を促進する事で治療するという点からリカバリーガールの個性と似ているとも言えなくもない。

 

「リカバリーガールの個性をよく見せて貰うか...?」

 

必殺技の訓練は割と激しい。誰かしらの怪我はすぐ出るだろう。その時に一緒に見せてもらおうと決めた。

 

「にしても痛い。景気良く切り過ぎたな。」

 

そう言って掌にカッターでつけた切り傷に対して消毒し、絆創膏を貼る。桜花衝が出来たのだから掌仙術もできると思ったが、流石にそんな上手くはいかないという事だろう。

 

「さて、筋トレ筋トレと。」

 

日々これ鍛錬だ。サボらずにやろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ム、掌ニ怪我デモシタノカ?」

「多分治癒能力も使える!と思って新技試してたんですが、そう上手くはいきませんでした。」

「治癒能力?」

「はい。」

「...ソレガ真実ナラ驚クベキ万能個性ダナ、精神ヲエネルギーニ変エル個性トハ。」

「自分でも薄々この個性やばい奴なんじゃないかなーと思い始めています。まぁもう俺の力なんで好きに使いますけどね!というわけで昨日練習した新必殺技第二弾、行きます!

巳、未、申、亥、午、寅!

火遁、豪火球の術!」

 

印を練る事で変質させたチャクラを胸から吸った息へと流し込み、強化した肺の力で吐き出し炎と成す!

 

「...豪火トイウニハ小サイナ。」

「要練習ですね、ハイ。」

 

発生した火球の大きさはソフトボールが良いところだった。

うちはの家系的に得意な筈の火遁の術でこれだ。どうやらチャクラの性質変化の才能はあまりないらしい。

 

「とはいえ成功は成功!実験は成功です!」

「トコロデ、技ヲ放ツ前ノ印ハ何ナノダ?両手ヲ使ウ故ニ隙ニシカナラヌト思ウノダガ。」

「ああ、体内に流れるエネルギーの性質を変化させる...呪文の詠唱みたいなモノですね。」

「呪文カ...省略ハ出来ルノカ?」

「まだ難しいですね、体内のエネルギーの性質の変え方も、なんで印を結ぶ事でエネルギーの性質が変わるのかも分かっていませんから。」

 

そうなのだ、前世の記憶にある様々な印を結ぶのを影分身の写輪眼で観察したところ、印を結ぶことで体内に流れるチャクラの色が変わるのは観察できた。だがその原理はさっぱりなのだ。

記憶にある千鳥の印を結んで雷遁の性質変化を試してみても、体内のチャクラの色は確かに変わったが手から雷は出たりすることはなかった。それは俺のチャクラ性質が案の定火遁である事を示しているのだろう。

 

「さぁ、とりあえず出来たのなら反復練習で良いですかね。」

「ウム、シカシ炎マデ吐ケルトハ、コノ調子デ技ヲ増ヤシテイケバ技ノデパートニ化ケソウダ。」

「とはいえ今は桜花衝の反復練習ですね。まずは技を一つ仕上げるのが先ですし。」

「ソノ通リダ。サァ訓練ノ開始ダ。」

「はい!」

 

セメントス先生にターゲットを出してもらい桜花衝の訓練に入る。

 

桜花衝はチャクラを一点に集中して、インパクトの瞬間にそれを放出する技だ。だから火力を抑えるには、チャクラの集中を抑えればいい筈なのだ。理論的には。

 

「桜花衝!」

 

ターゲットには、罅しか入らなかった。チャクラを込めて普通に殴ったときと同じ結果だ。

 

「どうしてこう0か100かなんだよ俺は...」

「フム、原因ハ分カルカ?」

「さっぱりです。チャクラコントロールは修行したのでそれなりにできるようにはなった筈なんですがねー。」

 

とりあえず修行あるのみだ。反復練習していればそのうち何か掴めるだろう、とこの時はまだ楽観的に思っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー、詰まった。」

 

訓練時間は終わり、訓練中に開いた掌の傷と拳にできた傷を治して貰う為に保健室へと向かっていた。

 

今日の特訓による桜花衝の制御の成果は無しだ、むしろ威力が向上したまである。殺人拳を求めているわけじゃないんだよ俺は...

 

「ハァ、ままならないなぁ...諦めて別の技練習するか?」

 

技のイメージはいくらでもあるのだ。写輪眼で今までクラスの皆や先生方の個性の使い方を良く見てきたのだから。

 

そんな事を考えているといつのまにか保健室の前に着いていた。

 

「失礼します。」

「おやおや、保健室に怪我を治しにくるのは初めてじゃないかね?」

「そうですね、付き添いでは何度か来たことあるんですけど自分では初めてです。許可書です、治療お願いします。」

「はいよどれどれ?...この掌の傷、何が原因だい?」

「新技の練習のためにちょっと。新しい個性の応用で治癒能力もできると思ったんですが上手くいかなくて。」

「自分で自分を傷つけるのはやめときな、治せるとしてもね。」

 

そう言ったときのリカバリーガールの顔は、人を治す医者の顔になっていた。

多くの人の傷を治し命を救って来たリカバリーガールだからこそ、自傷という行為は許せなかったのだろう。

 

「はい、自分が軽率でした。」

「わかってるなら良いさね。それじゃあ掌出して。」

「あ、個性使うならなるべくゆっくりでお願いします。リカバリーガールの個性をしっかり見たいので、新技のために。」

 

そう言って写輪眼を発動する。リカバリーガールの治療術を見逃さないために。

 

「はいよ、しっかり見ときな。チユ〜〜〜〜〜。はい終わったよ。」

 

リカバリーガールの見せてくれた身体エネルギーの流れは3プロセスに分かれていた。

 

まずは唇の接触による身体エネルギーの調律

次に身体エネルギーの浸透

最後に、細胞ひとつひとつへの治癒能力の活性化だ

 

「ありがとうございます。見えてきた気がします、新技のイメージが!」

 

自分に対して掌仙術を使うには、自分のチャクラそのままでエネルギーを流し込んでもダメなのだ。そのエネルギーを身体エネルギーの色に調律する必要がある。そういう事だろう。

 

「そうかい、ハリボー食べるかい?」

「頂きます。」

 

その後しばらく保健室へと滞在し、やってきた切島と砂藤の治療を見せてもらったが、写輪眼で見たプロセスに間違いはなかった。

だが肝心なエネルギーの調律のコツなどをリカバリーガールに尋ねてみるも調律を行なっている事自体をリカバリーガールは知らなかった。これだから個性って奴は...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

画鋲で指をチクリと刺して小さな傷を作る。掌仙術の特訓マイルドモードだ。最初からカッターでズバーはやり過ぎだと今なら思う。

寅の印を結びチャクラの色を自分の身体エネルギーに合わせる。

そして指にチャクラを集中させて流し込み、細胞ひとつひとつにエネルギーを与えていく。すると指からの出血はすぐに止まり、傷は治った。

 

「成功!これをスケールアップしていけば傷の治癒はいける!」

 

掌仙術の最初の段階はクリアできた。ここからは反復練習あるのみだ。

 

「桜花衝も反復練習、掌仙術も反復練習、豪火球も反復練習。体が3つくらい欲しいな...よし、分身の数を増やす実験をしてみるか!影分身の術!」

 

3人に影分身、体のだるさが少しある。

4人に影分身、体が重くてロクに動かない。

 

「3人が今の俺の限界か...5人くらいは行きたかったがこればっかりは仕方ないか。」

 

分身を戻しチャクラを補充。少しすると体のだるさは取れた。チャクラ不足による疲労にも慣れたものだ。個性を得て始めの頃は疲れていないのに疲れているという奇妙な感覚に慣れなかったものだが今ではもう違和感を感じる事の方が少なくなっているほどだ。

 

そんな事を考えていると、不意に部屋の扉が叩かれた。

 

「どうぞー。」

 

扉を開けて入ってきたのはB組きっての大問題児、物間寧人であった。

 

「えー、ここがあの元(ヴィラン)の部屋?全部雄英の支給品とか手抜きってレベルじゃないよねぇ!」

 

相変わらずいきなりのトップギアである。恐ろしい男だ...

 

「手抜き言うな、インテリアにかける金がないんだよ。んで、なんでお前が来てんの物間、遊びに来た感じか?」

「ハッ、そんな訳でないだろう?視察だよ視察、A組がどこか贔屓されているんじゃないかとおもってねぇ!」

「...その可能性は考えてなかったわ、何か違いはあったか?」

「調査中さ!」

 

その後なんとなく物間のA組視察へとついていく。A組の連中もかなりの数が物間に振り回されているようだ。

 

同じ階の切島の部屋を視察する物間。男らしい部屋に圧倒されるかと思ったら物間は携帯を取り出して何かの画像を切島に見せた。

 

「俺の部屋...?」

「鉄哲の部屋だよ。」

「部屋まで被ってんのかよ...!」

 

切島も鉄哲も同系統の個性だ。個性によって人の嗜好が偏るという例なのだろうか。そんな事を思いつつも、後ろから接近していた拳藤に道を譲る。拳をパキポキと鳴らしながら近づくその様はB組の姉御といっても過言ではないだろう。あ、話題の鉄哲とアメリカからの留学生だとかいう角取がいる。

 

「よく見てごらんよ!鉄哲の部屋のカーテンは金属製の重いヤツだから!B組はねぇ、陰でそういう努力をしているわけ!調子乗っちゃってるA組はどうせ部屋の中で寛ぐことしか考えてないんじゃないのぉ⁉︎そういうとこだよそういうとこ!」

「調子乗ってるのはどっちだ。」

 

拳藤の容赦のない手刀が物間を襲う。手刀を食らった物間は膝から崩れ落ちた。

 

「ごめんな、A組。物間がアレで。」

 

そういった拳藤は物間の首根っこを掴み持ち上げた。力あるな拳藤。

 

その後集まった人数がなんか多くなっていたので、とりあえず談話室に行こうという話になった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

A組の多くと、B組から物間、拳藤、角取、鉄哲が談話室に揃う。

 

一向に謝ろうとしない物間の代わりに拳藤が口を開く。

 

「本当に毎度、物間がごめんな。」

「...ちょっと拳藤、邪魔しないでよ。せっかくどこかにボロが出ないか偵察していたのに。」

「おい、視察じゃなかったのかよ。」

 

物間の物言いに思わず上鳴が突っ込む。偵察っておいお前...

 

「フン、せっかくB組代表として遊びに来たのにお茶も出ないのかなぁ⁉︎まったくこれだからA組は!」

「オイオイ今度は遊びに来た事にしたぜ。」

「鋼のメンタル...」

 

呆れている上鳴と感心している緑谷の声が響く。だが、そんな嫌味を間に受けてしまうピュアセレブが「あぁそうですわね!」とハッとした顔で砂藤を連れて食堂へと向かってしまった。

 

「なぁ物間、お前罪悪感とかないのか?間に受けておもてなしに走ったピュアな奴が出たんだぞ?」

「元(ヴィラン)の君が罪悪感とか言うんだぁ、皆をずっと騙していた詐欺師には罪悪感とか言われなくないんだけどなぁ!」

 

ぐうの音も出ないとはこの事だ。全て事実なのだから。

だが再び振るわれる拳藤の手刀、物間はソファにぐったりと倒された。

 

「正直、全部本当の事だから止めてくれなくても良かったんだぜ?拳藤。」

「いいや、止めるよ。団扇が元(ヴィラン)だとしてもやってきた事と団扇が良い奴だってことは変わらないよ。私は世間で言われている事よりも友達が言った事の方を信じるって決めているから。」

 

拳藤のその顔は、誰かが誰かを傷つける事を許さないヒーローの顔になっていた。

 

「格好いいな、拳藤は。俺が女なら惚れている所だ。」

「普通逆じゃないか?」

 

そんな事を話していると、八百万たちが紅茶とケーキを持ってきた。

 

「砂藤さんのケーキと私がブレンドしたお紅茶ですわ。お口に合うといいのですけれど。」

「今日のケーキはレモンシフォンケーキだぜ。ホイップクリームは蜂蜜入れてみたんだ。みんな授業で疲れているかと思ってよォ。」

 

優しい黄色の柔らかそうなケーキには、ほわっほわのホイップクリームが添えられている。来客用のティーセットに淹れられた紅茶は紅色に透き通って、余計な雑味がないのが見ただけでもわかる。

 

「これ本当に砂藤が作ったのかよ⁉︎」

「とってもオイシソウデース!」

 

と、目を丸くして驚く鉄哲とボニーの横で、拳藤が申し訳なさそうな顔をA組の面々に向けた。

 

 

「なんかごめんな、物間が勝手に言い出したことなのに...」

「いえ、本当に初めてのお客様ですもの、当然ですわ。さ、どうぞ遠慮せず。」

「そう?それじゃあ...いただきます。」

 

八百万に促され、拳藤たちがケーキを口にする。

 

「...うまっ!」

「甘いもんそんなに食わねぇけど、これはうめぇわ!」

「この紅茶もピッタリデス!」

 

砂藤のケーキと八百万の紅茶のコンボは正直金を取れるレベルだ。美味しさの虜になるのもわかる。だが物間は何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「...ちゃんとしたおもてなしをしないでくれる...」

 

嫌味も言えないケーキセットを憎々しげに見つめながらも、物間の手は止まらない。美味しかったようで何よりだ。

 

だが、部屋をけなされたらしい上鳴はお返しとばかりにニヤニヤとしながら言った。

 

「砂藤のケーキの前じゃ、お前も完敗だな!」

「フン、あんな部屋の君に言われても何も悔しくないね。」

「そんなに言うくらいだから、お前の部屋はさぞかしセンスがいいんだろうな⁉︎これでだっせぇ部屋だったら大笑いしてやる!」

「ダサくなかったら何してくれる?」

「電気で茶を沸かしてやる...いいや、B組の風呂を沸かしてやるよ!」

 

あ、フラグが立った。そう思ったのは自分だけではないようで、尾白も「あーあ」と言う感じの顔をしていた。

 

物間はスッと携帯の画面を見せた。

 

「これ、僕の部屋。」

 

「...ッ⁉︎」と上鳴が言葉をなくした。気になってみたので画面をのぞいてみると、そこにはとんでもなく洒落た部屋の画像があった。

 

パステルカラーの壁にしつらえたような趣のある白いアンティーク家具。完璧に調和されていながら、どこか抜け感もある絶妙な配置とカラーコーディネート。フレンチスタイルとはこういう部屋の事を言うのだろうか。その完成度の高さに思わず声が出た。

 

「モデルルーム?」

「なに言ってるのさ元(ヴィラン)さん。れっきとした僕の部屋さ。」

「なにこれ、超オシャレ!!」

「可愛い!」

「まぁこういう部屋もステキですわね。」

 

上鳴が何かいちゃもんを付けようと画像をよく見ているが、文句の付けようの無さに逆に打ちのめされどーんと沈んでいた。そんな上鳴の向かって物間が鼻息を荒くして言う。

 

「で、いつ沸かしてくれるのかなぁ⁉︎でも勢い余って感電なんかさせないでよ⁉︎あぁ怖い怖い!!」

「いい加減にしろ。」

 

再び振るわれる拳藤の手刀。物間に対しては口で言うより物理で攻めるのが有効なのか、よく覚えておこう。

 

その後拳藤や角取のお部屋紹介などが行われ、A組B組の微笑ましい交流で幕を閉じようとしたその時、物間寧人がサッと立ち上がった。

 

「ほらもう帰ろうよ。こんなとこに長居は無用。」

 

そう言う物間のケーキセットは綺麗に空っぽだった。お前敗色濃厚だから食い終わったから帰るのな。

だが、そうすんなりは終わらない。上鳴と尾白の、部屋をけなされたらしい2人が玄関へと向かう物間の前に立ちはだかる。

 

言い合う上鳴たちと物間。A組の方から絡んでくる珍しい状況に、水を得た魚のように物間は弾け始めた。その結果何故かABクラス対抗戦をする事になった。その内容は揉めたものの、焦凍の鶴の一声により俺の部屋に封印しておきたかった発目作のあのアイテムが用いられることとなった!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目の前の樽を前に緊張する物間。物間は選んだ穴に剣を思い切って差し込んだ。すると樽の上部が開き、アームが物間の右手を掴んだ。そして人の手を模したアームが現れて物間の手にしっぺを叩き込んだ。

 

「痛っ⁉︎このアイテム本当に安全なんだろうねぇ!憎きB組の僕らを抹殺する元(ヴィラン)の策謀じゃないのぉ⁉︎」

「だったら選手に立候補なんかするか!リスクは俺もお前も同じだよ!あと、安全かどうかは知らん!すまん!」

 

やっている勝負は単純。黒髭が危機一髪するあのゲーム(発目明作)である。罰ゲーム付きの。

 

先日発目作のアイテムが散らばったのを俺、焦凍、障子の3人でなんとかした際にお礼としてもらった作品だ。物珍しさに部屋で一人でいるときに一本刺してみたところ部屋じゅうに悪臭が漂う羽目になり発目に速攻でクレームを入れた作品でもある。

 

このアイテムは黒髭が危機一髪のゲームに罰ゲームの要素を加えたものだ。その罰ゲームの数は正解以外の穴全ての数と同じだそうだ。なんでそこで頑張ったのか本気で聞きたい。

 

そんな糞ゲーの参加者はA組のからは上鳴、尾白、俺、葉隠の4人。B組からはそのまま物間、鉄哲、角取、拳藤の4人である。ゲームがゲームなので角取と拳藤と葉隠には辞退を勧めたのだがそこは雄英ヒーロー科に受かる程の胆力を持つ女子達だ。恐れずに面白そうだと立ち向かって来てしまった。すまぬ。

 

そんな訳ででただいま8人の男女は血を吐きながら続ける悲しいマラソンの真っ最中なわけだ。一巡した現時点では皆の思いは誰でもいいから早く正解して終わらせて欲しいと言うものに変わっているのは何となくわかる。だが物間と上鳴たちが張り合うものだから途中ギブアップなどできないというのが問題なのだ。

 

「次は俺な。刺すぞ!」

 

思い切って剣を穴に刺す。すると樽の上部が開き、俺の顔に照準を合わせたゴムが伸ばされ、パッチンと放たれて俺のおでこに当たった。かなり痛い。というか血が出てる。

 

「団扇くん⁉︎」と観戦し、撮影している緑谷たちの声が響く。ゴムの先に何かがついていたのかも知れないなぁと思った。とはいえこの程度の傷なら大丈夫だろう。新技の初披露だ。

 

「この程度の傷なら大丈夫大丈夫。」

 

寅の印で自分の体内エネルギーにチャクラを調律し、掌からおでこにチャクラを流し込む。するとエネルギーを与えられた細胞は活性化し、すぐに傷は塞がった。

 

「秘術、掌仙術なり。でも流れた血がなくなる訳じゃないからちょっと顔洗ってくるわ。」

 

「凄い、自己再生なんて事までできるんだ団扇くんの新しい個性は...」と緑谷の声が聞こえる。あらゆるヒーローの個性を研究している個性博士とも言える緑谷なのだからその驚きは相当なものだろう。やってる自分としては頭を悩ませた結果、出来ることが出来るようになっているというだけの事なのだが。

 

「ただいまー。さて、続きと行こう。鉄哲頑張れよ。」

「おうよ!さっさとこんなゲーム終わらせてやる!」

 

そう言って勢い良く剣を刺す鉄哲。鉄哲の個性はスティール。体を鉄にする個性だ。その能力で物理系の罰ゲームなら殆ど無力化できる罰ゲームキラーでもある。1週目では辛子を食わされたが。

 

「うおおおおお⁉︎」

 

鉄哲は剣を刺した瞬間から何かの痛みで体をひくひくとさせた。何があったのか聞いてみたところ。ひくひくした体のまま

「電流は、無理だ...」とだけ呟いた。が、鍛えている雄英ヒーロー科の根性は流石のもので、1分ほどで表面上は回復したようだ。

 

「ナイス根性。」

「応、ありがとよ。」

 

鉄哲とちょっとした友情が芽生えた瞬間であった。

 

「次は俺か...終わらせてやる!行くぞ!」

 

前の手番で尻尾にガムテープを付けられ剥がされるという地獄の苦痛を味わった尾白である。警戒して尻尾は完全に体から隠しながら恐る恐る剣を差し込んだ。

 

すると流れるパァン!!!という乾いた音。海賊の人形と共にカラフルな紙吹雪が舞い散った。

そして流れる発目の「おめでとうございます!」とのハキハキした音声。

 

「よくやった尾白!普通に凄えよ!」

「普通は要らなくないか!上鳴!」

「よくやった、これでこの糞ゲーレビューと動画付けて返品できる!ありがとう尾白!ありがとう尾白!」

「2回言うほど感謝するくらいなら持ち込むなよ団扇!」

「いや、怖いもの見たさってあるじゃん?あれだよ。」

「おメデトウごザイマース!負けちゃいましたネ。」

「ああ、でも犠牲者が出ないうちに終わって良かったぜ!悔しいけどな!」

 

そんな和気藹々とした空気に物申すのが物間寧人という男だ。だが、そんな男を一学期にわたり制御し続けた女傑がここにいる。物間が何かを言う前に手刀で黙らせ、引きずって玄関へと向かった。

 

「それじゃあ、邪魔して悪かったよ。また今度ね。」

「おう、今度は俺たちがB組に遊びに行くかもだけど、その時はB組流のおもてなしを期待するぜ?」

「あはは、八百万たち程のおもてなしはできないだろうけど期待はしててね。」

 

「またねー」と皆からの声が響く。拳藤に話があった自分はもう少し外までついて行く事にする。お隣だからそう大した距離ではないが一言礼を言うくらいなら大丈夫だろう。

 

「ありがとな、拳藤。」

「何さ突然、外までついてきて。」

「鉄哲とか角取とかが、俺を怖がってなかった。多分だけど拳藤が色々言ってくれたんだろ?拳藤は俺を元(ヴィラン)としてじゃなく団扇巡として見てくれた。本当にありがとう。」

「それ、風林に言ってあげて?ヤクザ関係者だとか元(ヴィラン)だとか、そんな程度の事で団扇を色眼鏡で見ないでくれって言い始めたのはアイツだから。私はそれを信じただけ。」

「それでもありがとう。それと、風林にも礼を言いたいから連絡先交換してくれね?」

「いいよ、はいどうぞ。」

「ありがとな。」

 

その日、俺の携帯に連絡先が2つ増えた。拳藤とも風林とも縁はそう深いものではなかったが、これからは大切にしよう。

 

 




独自設定のオンパレードの始まりだぁ!
まずは医療忍者のチャクラの調律について、これは第1部にてネジの重症を治すときに髪の毛を使っていた事からの妄想です。手で触れる事で対象の身体エネルギーを感じ取り、それを元に治療を行っているんだと勝手に解釈しました。


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雄英観光と怪談騒ぎ

雄英白書見る限りだと夏休み中も授業をやっているという狂気の学校雄英高校ヒーロー科。夏休みってなんだっけ?


圧縮訓練4日目、初日にコスチューム変更をしていた連中のコスチュームが改良されてきた頃である。緑谷や上鳴、切島などがそうだ。

 

「あれ、緑谷。足だけじゃなくて腕も変えたのか?」

「うん。腕の動きをサポートしてくれるサポーター。こういうのがあれば多少の無理はできるかなって思って。」

「...一応聞くけど、お前の言う多少の無理って腕ぶっ壊す事じゃあないよな?」

「それはもうしないって...」

「前科がある奴は言われ続けるのさ。前科のある奴が言うブラックジョークだけどさ!」

「...団扇くん意外ときわどい所ネタにしてくるよね。」

「だって事実だしな。変わらない事は笑い事にするスタンスってどう思う?」

「返しに困るからやめて欲しいかな。」

「そっか、鉄板ネタにできると思ったんだがブラック過ぎたか...」

 

そんな事を駄弁りながら体育館γまでを歩いて行く。

 

「じゃ、頑張れよシュートスタイルの習得!」

「団扇くんも、桜花衝の調整頑張ってね!」

 

緑谷と別れて自分のステージへと登る。さぁ、今日も修行だ!

 

「サテ、今日も桜花衝の調整トスルカ?」

「はい、それと怪我をした人が出たら俺に教えて下さい。新技の練習に使いたいので。」

「ム...治癒能力を他人ニ付与デキルト言ウノカ⁉︎」

「リカバリーガールの個性の使い方を見る限り、ほぼ間違いなくいけます。身体エネルギーへのチャクラの調律にどれくらい時間がかかるかは未知数なんですけどね。」

「フム、ソノ調律トヤラハヤハリ印ヲ用イルノカ?」

「はい。昨日の夜のうちに大体の色への変え方は頑張りました。緑谷やオールマイトみたく虹色のエネルギーに対してはどうしていいかまだわかりませんけどね。」

 

それが今の写輪眼で身体エネルギーを見てチャクラをそれに調律するというやり方の問題点だろう。独特な身体エネルギーをしている人に対しては何もできないのだから。

 

「ナニハトモアレマズハ桜花衝ダ。主軸ニシテイク技ナノダロウ?」

「はい、でも今日は実戦形式でお願いできませんか?ちょっと試したい事があるんです。」

「ヨカロウ。催眠ハドウスル?」

「無しで行きます。では!」

「行クゾ!」

 

構えを取るエクトプラズム先生。今回はチャクラを一点ではなく三点に分散して格闘を行うテストだ。両足と右手にチャクラを分散して行く!

 

両足のチャクラを放出して高速接近、カウンターの蹴りよりも速く右拳を叩き込む!

 

「桜花衝!」

 

インパクトの瞬間にチャクラを放出する。チャクラの分配量は3分の1になった。これで威力は小さくなるはず!

 

エクトプラズム先生はダメージで消えたので、新しいエクトプラズム先生を呼んでもらい感想をもらう。

 

「スピードガ増シタ分余計凶悪ニナッタナ。ダガ破壊力ノ減衰ハ見ラレナカッタ。スピードガ拳ニダイレクトニ乗ッタカラデハナイカ?」

「良い考えだと思ったんですが、駄目ですか。」

「ダガアノ高速移動ハソレダケデカナリノ脅威ダ。技名ハ有ルカ?」

 

忍びの高速移動術といえば瞬身の術だろう。だがそこまでのスピードだとは思えない。だが何か他の名前は思いつかないので割と困った。

 

「...すいません、保留で!」

「珍シイナ、マァ技名ハ後デモ構ワヌカ。ダガソノ技、ジャンプニ似タ動キダ。敵ノ前デ身動キノ取レヌ状態ハ避ケタ方ガ良イ。要改善ダナ。」

「確かに、空中だと見えていても躱せないですからね。分かりました。今日はさっきの移動術の練習をしてみます。桜花衝の威力を減らすイメージは正直全く思いつかないので。」

 

そう言って移動術の特訓をする。原理は桜花衝と同じだ。チャクラを足裏に集中して踏み込みと共に爆発的に放出するというだけの技だ。

 

だが、だからこそ難しい。

 

「飛び過ぎたぁ⁉︎」

 

要はコントロール不能である。桜花衝の調整もできないのにチャクラコントロールのより難しい足でのコントロールなどできる訳もないのだ。ベタ踏みは出来るので使えなくないあたりが自分の事ながら呆れてくる。

 

そんな事をステージから落ちながら考えている俺は何なのだろうかと一瞬思った。

 

「団扇⁉︎」

「お前何飛んできたんだよ、驚くだろうが⁉︎」

「悪いな、上鳴、峰田、事故だ。」

 

そう言って再び移動術でステージへと戻ろうとする。今度はチャクラを少し抑え目にしてのジャンプでの移動術だ。

 

まぁ、ジャンプ力が足りないせいでステージの壁へと着地したのだが。

 

「うん、咄嗟に吸着ができて良かった。訓練の賜物だな。」

「大丈夫カ?」

「大丈夫です、今登りますねー。」

 

壁を歩いて登るその様にエクトプラズム先生は少し面食らったようだがすぐに手を差し伸べてくれた。その手を掴んで崖から登りきる。

 

「ありがとうございます。さて、特訓の続きと行きましょうか。」

「ドウスル?桜花衝カソノ移動術カ、ドチラノ技ヲ先ニ習得スルカ決メテイルノカ?」

「この移動術も桜花衝も原理は同じなんです。なので難しいこの移動術の方をしっかりと練習したいと思います。」

「ナルホドナ。シカシ移動術デハ味気ナイナ。」

「良い名前が思い付かないんですよね、なのでしばらくは移動術で通します。」

 

そう言ってエクトプラズム先生とある程度離れる。

とりあえずベタ踏みの移動術のコントロールの仕方は思いついた。要はチャクラの放出の向きなのだ。チャクラ放出のタイミングを足の離れる寸前、爪先から放出するのだ。これで水平方向にのみ勢いを乗せることができる。

 

これで宙に浮く事なく移動できる筈だ。

ブレーキは吸着を使えば大丈夫だろう。そう思ってエクトプラズム先生の前にて吸着を使用した。

 

その結果、足を支点にしてビタンと思いっきり倒れて鼻から地面に激突する羽目になったあたり俺は色々考えが足りない。

 

「...大丈夫カ?」

「...鼻血出ました、今治します。」

 

そう言って寅の印によりチャクラを調律して鼻に手を当てて掌仙術を使用する。チャクラを鼻の内側へと流し込み細胞を活性化させ、切れた鼻の内側を治療した。

 

そしてポケットティッシュを取り出し鼻血を拭いて治療は完了だ。

 

「治しました。特訓の続きといきましょう!」

「...タカガ鼻血トハイエコノ短時間デ治スコトガ出来ルノカ...他人ニ付与出来ルノナラバ頼モシイ個性ダナ。」

「なので早いとこモノにしたいんですよね。モルモットになる奴はまだ出てこないんですか?」

「今日ハマダ負傷者ハ出テナイナ。」

「ま、こればっかりは時の運ですしね。今は移動術の練習の方を頑張りますよ。」

 

エクトプラズム先生から背を向けて、ステージ端へと移動する。

ステージ端から端までのコントロールをとりあえずの目標としよう。

 

「セメントス、コノステージヲ覆ウヨウニ壁ヲ出シテクレ。」

「あいよ、ちょっと待っててね。」

 

セメントス先生の個性により円形に壁が作られた。これでステージから落ちる事はないだろう。

 

「ありがとうございます、エクトプラズム先生、セメントス先生。」

「サア、思ウ存分壁ニブツカルガ良イ。」

「物理的にぶつかりそうですけどね。それじゃあ行きます!」

 

チャクラの量を制限しつつ足に集中。踏み込みのタイミングでチャクラを放出して移動術を使う。

チャクラを集中させすぎた。飛びすぎた勢いで壁に衝突しかねない。体勢を立て直し壁に着地して勢いを殺す。

 

もう一度だ。

 

チャクラをフルカウルの要領で全体に張り巡らせた状態で移動術を試してみる。

放出の勢いが足りず大したスピードにならなかった。これでは必殺技とは呼べない。

 

「んー、難しいです。俺のチャクラ量だと一点集中しないと爆発力に欠けますからね。」

「ウム、ダガ今ノ動キモ悪クハナカッタ。不意ヲ付ク形デノ使イカタナラソノスピードデモ使エル筈ダ。」

「覚えておきます。それじゃあ、次行きます!」

 

次は下半身全体にチャクラを集中させての移動術を行ってみる。

 

「お?」

 

なんか良い位置に着地できた。壁の直前だ。

 

「あれ、出来た。」

「ホウ、距離ノ調整ハ掴メタノカ?」

「チャクラの量は掴めたかもしれません。もう一回行きます。」

 

エクトプラズム先生の前に目標を定める。今度は下半身全体ではなく先ほど放出したチャクラ量のみを足裏に集中させて移動術を使う。

 

エクトプラズム先生の前にきちんと着地できた。

 

「ホウ、モノニシタナ。」

「みたいです。つまりこのチャクラ量を拳に流用したらいける筈!」

 

尚、その後の桜花衝でセメントス先生の用意してくれたターゲットは粉々に砕けて散った。

 

その日は、やはり桜花衝の練習で1日が終わった。桜花衝と違い移動術は割とすんなりモノにできたのに何故だ...

 

そんな事をエクトプラズム先生に相談してみた所、思いもよらない意見を頂けた。

 

「技術面デモ肉体面デモ問題ハ無イ。ナラバアト考ラレルノハ精神的ナ面ダ。拳ヲ放ツ事ニ緊張感ヲ覚エタリシタ事ハアルカ?」

 

思い返すのは戦いの日々。俺が拳を振るってきたのは体育祭や授業以外では大体が命のかかった場面だった。その強烈な経験が自分に根付いているから、強力な力を手に入れた今でも殺さない攻撃なんて生温い事を行う事を心が拒んでいる。そういう事なのだろうか...

 

「...正直思い当たる節はあります。何か改善の手はありますか?」

「近道ハ無イ、慣レロ。」

「...オールマイトにも同じ事言われました。案外良い事言ってたんですね、あの新米教師。」

 

調整を拒む精神的なモノ、戦いの記憶についての事を考えながらその日は寮へと帰った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんな特訓の次の日、入寮から初の休日である。洗面所ですれ違った皆はどこかしら浮き足立っていた。いつも通りなのは焦凍くらいだろう。いや、焦凍も母さんの見舞いに行くとかでちょっと浮かれてるかもしれない。

 

そんな中、自分は移動術を使ったランニングに励んでいた。

移動術により移動距離がかなりのものになっているためちょっとした雄英観光となっている。移動術にはチャクラをそれなりに使うのでそのスタミナコントロールの修練も兼ねている。

 

すると珍しい奴が同じようにランニングしているのを見つけた。なのでペースを合わせて挨拶といこう。

 

「よ、心操。久しぶり。お前もランニングか?」

「...団扇⁉︎」

「そ、団扇巡だよ。体育祭ぶりだな。」

「ああ、そうだな。」

「ぱっと見でもガタイが良くなってるのが分かるぜ。鍛えてるな!」

「まぁな。」

 

そう言った心操は、どこか何かを切り出し辛そうな顔をしていた。

思い当たるのは一つしかない。自分が元(ヴィラン)だという話だろう。同じような洗脳系の個性として、思う所があったのだろう。

 

「さて、俺が元(ヴィラン)だって事は聞いてるか?」

「...ああ、聞いてるよ。ニュースで見た。...大変だったんだなお前。」

「そうでもないぜ?出会った人には恵まれて、その上かけがえのない親父に出会えたからな。」

「そうか...なぁ団扇。お前の立場に俺がいたとして、俺はヒーローを目指せたと思うか?」

「思う。」

 

何を迷っているかと思えばそんな事か。似たような個性故にそんなもしもを考えてしまったのだろう。だが、それなら断言できる。心操という人間の表面しか知らない自分でもそう思えるほど心操の憧れは強いものなのだから。

 

「お前も俺もヒーローを夢に見た。ならきっと辿る道も近しくなるよ。」

 

心操は、少し黙った後「そうか...ありがとな。」と言った。

 

「そんな心操人使くんに提案です。アドレス交換しね?ヒーロー科のこと興味あるだろ?」

「...そうだな、頼むわ。」

「おうさ。」

 

そう言ってSNSのアドレスを交換する。

 

「じゃ、またな心操。」

「ああ、またな。」

 

そう言って心操と別れて雄英観光ツアーへと戻る。移動術を使いながら高速で走り始める俺を見て

 

「鍛えてるって凄えな。」

 

と心操は呟いたとか。ごめん、ちょっとじゃなくズルしてる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

体育祭に使ったスタジアムに着いたくらいでチャクラの残量が不安になってきたので一旦歩きで休憩に入る。するとなんとなくスタジアム裏の人気のない森へと足が向いた。

 

「懐かしいな、ここで死にかけたんだっけ。」

 

そこは、雄英体育祭にて死柄木と怪人脳無がやってきた場所だった。

 

何となく構えをとる。あの黒い怪人脳無とも今のチャクラを扱える自分なら催眠がなくてもそこそこの戦いが出来るだろう。それくらいには、この精神をエネルギーに変える個性は強力なモノになっていた。

 

想像の中の死柄木と脳無と相対してまず使う術は影分身の術とチャクラによる足の吸着だ。上体を逸らして脳無の拳を躱し、その風圧を吸着で耐えて脳無のゴーグルを奪う。そして影分身が即座に催眠解除と催眠をかけるという算段だ。残った死柄木は脳無を使って倒せばいいだろう。

 

「楽観的すぎるな。そろそろ死柄木たちも新しい催眠対策をかけてくるだろうし、なにより死柄木がフリーになってるうちに俺を殺しにくるだろうし。」

 

強くなるというのもある意味考えものだ。あの日俺が生き残れたのは、死柄木が遊ぶほどに俺が弱かったからなのだから。

 

「人生万事塞翁が馬だな。」

 

幾たびも思うその言葉を、口に出して言う。

 

体力とチャクラは回復してきた、そろそろここを後にしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして何となく始めた雄英巡りを終えて寮に戻ろうとすると、発目明とすれ違った。

 

「おや、マグロさんじゃあないですか!」

「おっす発目。なんかの実験の帰りか?」

「いいえ、A組女子の皆さんのご要望に応えまして、覗き対策のセキュリティアイテムを設置させて頂いた帰りです!」

「へー、それは峰田が悔しがりそうだ。」

「ミネタミノルさんとやらが性欲の権化だと聞いていたので、その人にだけは夜間にきちんと部屋にいるか確認する機能もつけさせて頂きました!」

「...うん、峰田にちょっと逆風過ぎないかこの寮生活。あいつにもちょっとくらいは癒しはあっても良いと思うんだがなぁ。」

 

そう思うのは俺が男だからだろうか。被害を受けるかもしれない女子からは峰田のことが恐れられているのだと思うと、峰田の理想郷への道は遠いのだなぁとしみじみ思う。

 

「それでは、コスチューム変更についての諸々が終わったらまたマグロさんにテストを頼むと思います!その時はお願いしますね!」

「お前のアイテムは何だかんだ使ってて楽しいからな、次のも期待してるぞ。」

 

発目はぐわんと俺に近づいて、「ハイ!任せて下さい!」と大声で言った。

 

「近いわ!そして声デカイわ!」

「フフフフフ、これは失礼しました!それではまた!」

「おう、またなー。」

 

発目はどこか楽しそうに校舎の方へと歩いていった。

 

「...工房に行くのを帰るって言ったぞあいつ、大丈夫か?」

 

そんな疑問を俺に残しながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の真夜中、事件は起きた。

ヴィ...とのどこか家鳴りとは違う機械音に似た音が廊下から響いてきたのだ。その異音は廊下を移動し、峰田の部屋をノックしてその名前を呼んだのだ。「ミネタ...ミノル...」と。

ハイツアライアンスに自分たち以外の何かが居る。その異音はそれを告げていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の休み時間の教室はその異音の話題で持ちきりだった。

「ちょっ、何でオイラだけ名前呼ばれたんだよ⁉︎誰か嘘だって言ってくれぇ!」

「ごめん峰田くん、昨日は特訓の疲れでグッスリで...」

「俺は聞いたぞ、その異音。ヴィ...って感じのモーター音みたいな感じの音だよな。」

「あ、実はウチも聞いてたわその音、確かにモーター音みたいな感じの音だった。朝方まで続いてたよ。」

 

俺と耳郎がその音を聞いたという事で、怪談をした事による呪いだという線は消えた。当たり前だと言い切れないのは、篝さんという前例を知っているからだろう。あの人幽霊ってより呪いだしなー。

 

そんな事を考えていると、いくつかの要素が頭に浮かんできた。

 

朝方まで続くモーター音、峰田に対してのみ呼びかけた声、異音が始まったのは昨日からだということ。

 

繋がった。

 

「幽霊の、正体見たり、枯れ尾花。」

「団扇くん?」

「何か気付いたのか?団扇。」

「今日の夜、今回の異音騒ぎの原因を見つけてみせる。恐怖の夜は今日までだ。」

「マジで頼むぞ団扇!オイラだけ眠れぬ夜を過ごすのとか嫌だからな!」

 

そう言って縋り付いてくる峰田。男に抱きつかれる趣味はないが今日は許そう、恐怖体験をして参っているのだろうから。

 

「まぁそうビビるなって。オチを見たら何じゃそりゃってなる話だろうからさ。」

「信じるからな、信じるからな団扇!」

「ああ、信じてくれ。」

 

その後、葉隠による「そういえば常闇の言った怪談ってどんなのだったの?」という軽率な言葉により、常闇により怪談が語られた。

常闇の祖父が話したという百物語と金髪の鬼に関わる奇妙で恐ろしい話が。

それを聞いたクラス一同の中で、爆豪が「妙な話してんじゃねぇぞクソが!」といって教室から離れていったのが印象的だった。怖かったのな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜。自分と「委員長としてクラスの皆の安眠を守る責任がある!」と言った飯田は徹夜で張り込みをしていた。

 

まぁ飯田は生活習慣がきっちりとしているタイプなのか眠そうにしていたが。

 

「飯田、いいんだぞ別に眠っても。」

「いいや、僕には責任が...」

「半分寝てんじゃねぇか。」

 

眠気を覚ますために馬鹿話をするべきか、それとも黙って眠らせてやるべきか割と本気になやんでいると、ヴィーンという音が聞こえ始めた。

 

ハッと起き出す飯田。自分は手の懐中電灯を使って異音の原因に光を当て続けていた。

 

「団扇くん⁉︎」

「ほら、言った通りだろ?ここで張り込んでいれば原因がわかるって。」

「まさか、こんな場所に原因があるとは思わなかった...」

「ま、アイツは相変わらずお騒がせな奴だって事だな。それじゃあこの小さいのを追いかけていくか。」

「ああ、だが今捕まえるのでは駄目なのか?」

「いや、現場を押さえないとコイツが犯人だって言い切れないからな。今日は興味本位で皆起きてるだろうしちょうどいいだろ。」

 

天井を移動していくその黒く小さい物体を追いかけていく。するとその物体は案の定二階へと登っていった。飯田と二人で追いかけて歩いていく。

物体は、廊下をゆっくり動いたのち、峰田の部屋のドアへとアームを伸ばしノックをした。その後声がした。「ミネタ...ミノル...」と。自分と飯田は共に聞き覚えのある女の声で。

 

二階の緑谷、常闇、青山、そして峰田は恐怖から扉を開けて外に出てきた。その後自分と飯田がいることに安心した後、自分が懐中電灯で照らしている先を見て唖然としていた。

 

「コイツが幽霊騒ぎの正体で間違いないな。この、発目明作のセキュリティアイテムがな。本人に聞いたが、夜間に自動で見回りしてくれるサポートアイテムらしいぜ?」

「オイィイ⁉︎オイラの理想郷だけじゃなく安眠まで妨げるのかあのサポート科のナイスおっぱいはぁ!」

「さて、犯人だって確証も取れた訳だしこの小さいのは回収するわ...発目の奴に騒音被害も考えろってクレームつけないとな。」

 

そう言って上空に移動術でジャンプ。片手を使い天井に吸着したのちもう片方の手でアイテムをしっかり捕まえる。そして落下し着地。

携帯でクラスのSNSに「悪霊の原因特定、発目作のアイテムの巡回機能でした。」とパシャりとアイテムの画像を貼り付けて投稿。

これで今日はもう何もしなくていいだろう。寝よ寝よ。

 

「まさかこんな小さいのが原因だったなんて...」

「ちなみにコイツ自動で巡回したあとで充電スタンドに自動で戻るらしい。小さいのにハイテクな奴だよまったく。」

「原因がわかって何よりだ。昨日眠れなかった分しっかりと眠るとしよう。」

「んー、メルシィ。まぁ僕は全然怖くなんかなかったけどね!」

 

そんな一幕のあと、皆の睡眠は守られたのだった。

 

「しかしこのアイテムどうしよう。ずっと握ってる訳にもいかないし。」

「それなら俺の部屋で引き取ろう。委員長としてこの程度はしなくてはな。」

「そうか、じゃあ頼む。」

 

尚、飯田はアイテムの騒音によりよく眠れなかったのか、翌日珍しく眠そうにしていた。

 

 




雄英白書、怪談編終わり!
あともう一つエピソードを挟んで入寮編は終了となります。思ったより長くなってびっくりです。


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8月22日

文字数一万文字オーバー!やっちまったぜ...
とはいえこれでようやく入寮編終わり。次話からようやく仮免試験編です。


決行の前日から、クラスの雰囲気はどこか騒がしかった。それは当然の事だ、なぜなら皆が世話になっている我らが委員長、飯田天哉の誕生日が明日の8月22日に迫っているからだ。

 

クラスの皆でサプライズパーティーをしよう!と誰が言うまでもなく決まった。飯田のいない中でのなかなかまとまらない話し合いの結果、企画立案は何だかんだとお祭り好きな葉隠や上鳴、瀬呂といった連中。ケーキ担当は安定の砂藤力道。飾り付け準備は八百万や麗日などの女子組を筆頭にした残りのメンバー。そして飯田天哉撹乱係にはこの団扇巡が指名された。サプライズのために最悪催眠使ってでもなんとかしろとの企画班の命令であった。友人に催眠を使いたくはないので本気で頑張ろう。

 

だが、そんなクラスの用事とは裏腹に、必殺技習得のための圧縮訓練は佳境に入ってきていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エクトプラズム先生は3人、こちらも影分身の最大数である3人。

多人数対多人数での組手を行う。正直チャクラ不足で体が重いがこれも鍛錬だ。

 

「「「行クゾ!」」」

「「「はい!」」」

 

戦闘開始だ。連携では向こうに分がある、各個撃破が最適解だ。

 

まずは先制の左ジャブでエクトプラズム先生の動きを見る。写輪眼で見るに、エクトプラズム先生はジャブを蹴りで払って、その回転の力でもう一発蹴りを叩き込む算段のようだ。だがそうはさせない。左腕の蹴りの当たる部分にチャクラを集中し、インパクトの瞬間から吸着を発動。足の動きを止めて隙を作ろうとする。

だがエクトプラズム先生も歴戦のヒーロー、吸着ができると知られている以上この動きは奇襲にならない。吸着した足を軸足にして空中に飛び上がり、かかと落としを放ってきた。

 

咄嗟に左腕の吸着を解除してクロスアームブロックでかかと落としを防御。エクトプラズム先生は敵前で空中にいる事の危険性をわかっているため即座に離れようとする。だがブロックした両腕に足を吸着させる事でその離脱を封じ、チャクラコントロールを足、腰、腕と流動させてエクトプラズム先生を力尽くで上に大きく投げる。

 

そして上空へと移動術を使用し、エクトプラズム先生を下からさらに上に蹴り飛ばす。インパクトの瞬間に足からチャクラを放出するのはもはや慣れたものだ。

落下の勢いと蹴りの勢いに挟まれたエクトプラズム先生はダメージにより消滅した。

 

これで1人。かかった時間はそう長くない、足止めに専念していた影分身たちの様子を見る。どうやらエクトプラズム先生の連携に苦戦しているようだ。

 

着地と同時に移動術、エクトプラズム先生に不意打ちをかける。だが、分身と感覚を共有しているエクトプラズム先生は1人が倒され俺がフリーになった事に気付いていた。そのため、2人の分身を1人が足止めし、もう1人が移動術で奇襲への対応としてカウンターを仕掛けてきた。

 

移動術の最中とはいえ写輪眼にはそのカウンターは見えている。首を狙った上段蹴りだ。エクトプラズム先生も移動術のスピードに慣れたという事だろう。流石プロヒーローだ。

 

とはいえ、エクトプラズム先生のアドバイスによりほぼ水平移動を可能としたこの移動術、足を伸ばせば地面に対して足が届く。両足を地につけて吸着、蹴りを寸前で回避する。その後、吸着のチャクラをそのまま利用した弱い移動術で距離を詰めて桜花衝を叩き込む。

チャクラの大量消費で疲れていても、いや疲れているからこそチャクラを無駄なく拳に集中させることができた。

 

「桜花衝!」

 

つまり桜花衝は相変わらずの殺人拳である。相手がエクトプラズム先生で本当に良かった...

 

桜花衝のダメージによりエクトプラズム先生は消滅する。これで残り1人。こちらは3人あとはリンチだ。囲んで叩けば勝てるだろう。

 

だが、少しチャクラを使いすぎた。これまでのようなチャクラをふんだんに使った戦闘は出来ないだろう。だが大丈夫、あとの戦闘は影分身がやってくれるのだから。

 

「あと1人、行くぞ!」

「「応!」」

 

分身たちとアイコンタクト。三方に分かれて囲んでエクトプラズム先生を叩く、同時攻撃だ。

 

「理想的ナ連携ダナ。」

「ありがとうございます!」

 

初撃の俺の攻撃を難なく躱し、追撃の分身による移動術からの桜花衝を蹴りでいなした。だが、3人目の分身によるかかと落としは回避しきれなかったようだ。

 

「痛天脚!」

 

エクトプラズム先生の脳天にかかと落としが決まる。その衝撃が地面へと伝わり、ステージにヒビが入った。足技だろうと相変わらずの殺人拳である。

 

影分身を解除しチャクラを補給。これでチャクラ不足のだるさは治った。エクトプラズム先生の分身が再び現れる、今回の戦闘訓練の講評だ。

 

「ウム、移動術ハ完全二マスターシタナ。見事ダ。」

「ありがとうございます、まぁ桜花衝も新技の痛天脚も相変わらずですけどね。」

「ソコハ要改善ダガ、最悪移動術ノミデの戦イデモ構ワヌ。高速移動カラノ体術ヲ初見デ見切レル者ハソウハイマイ。」

 

見切られるフラグですね、と内心思う。

 

「さて、それじゃあいつも通り桜花衝の調整訓練お願いします!」

「ウム。セメントス、ターゲットヲ頼ム。」

「あいよー。」

 

地面から生えてくるいくつものターゲット。今日こそは桜花衝の調整をモノにしたいものだ。

 

影分身を使って桜花衝を使う自分自身を写輪眼で観察させる。

 

まずは全身にチャクラを巡らせたフルカウル状態からの桜花衝。チャクラの放出量が足りずに大した破壊力にはならない。これは以前試した通りだ。

 

次に上半身にチャクラを集中させての桜花衝。この時点で分身が「ああ、こういう事だったのか」と納得した顔をした。

 

案の定ターゲットは粉々に砕け散った。

 

影分身が解除され、写輪眼で見た経験が流れ込んでくる。

分身の経験は、上半身に留めておいた筈のチャクラが、拳を握るのと同時に流れて拳へと集中し、結果的に一点集中したときと同じチャクラ量が拳に集まっていたという事を俺に教えてくれた。

 

「難しいな...そんなに恐れているつもりはなかったんだけど、本当にチャクラコントロールが乱れてる...いや出来過ぎているのか。」

 

拳を握る事、拳を振るう事に慣れすぎてしまっている。

何かを傷つける事に躊躇いがなくなっている。

 

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。だっけかな。」

 

強大な力を手に入れた俺はいつからか、拳に優しさを込める事を忘れていた。そういう事なのだろうか。

 

握った拳を見ながらそんな事を考えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、飯田が学校に早くに行った後、サプライズパーティーの段取りを決める事となっていた。その会議には影分身での参加となるため、自分は飯田天哉撹乱作戦へと移る。まずは朝食の場だ。

 

「おはよう飯田、朝飯食おうぜー。」

「団扇くん、朝のロードワークは良いのか?」

「ちょっと早起きしちまってな、パパパッと終わらせてきた。」

「ふむ、それならご相伴に預かろう。食事は皆で食べた方が美味いからな!」

 

そう言った飯田と共に、食堂にすでに配膳されているランチラッシュ先生作の朝食をよそう。和食と洋食を選べるが、ランチラッシュの作った米の美味さから実質和食一択なので、ご飯を他人を気にしないでよそえる朝早起きする連中はちょっとだけ得をしている。そんな隠れたシステムがこの朝食にはあった。

今日は飯田と共に一番乗りなので和食を食べる事ができる。やったぜ。

 

味噌汁をよそったあたりで、障子、口田、常闇、八百万、耳郎などがやってくる。女子組は準備で頑張っていた訳なのだから当然といえば当然だが、皆眠そうだ。

 

八百万と耳郎は、俺と飯田の前の席に座った。お前ら自然に座ってきたな、まさか飯田は隠れプレイボーイだったのかッ!と馬鹿な事を考えながらも箸を進める。今日もご飯が美味しい。

すると八百万と耳郎は、二人揃った綺麗なタイミングであくびをした。

 

「どうしたんだ、寝不足か?」

「うん...昨日ちょっとね。」

「昨日?何かあったのか?」

 

朝食の場からいきなりのピンチである。だがそこをフォローするのが撹乱係の役割だ。

 

「飯田、女子のプライベートに土足で踏み込むのは感心しないぜ?男の俺らには分からん秘密が女子にはあるもんさ。」

「む、確かにそうだな。八百万くん、耳郎くん、軽率に話を聞いてしてしまい悪かった。」

 

2人はどこかバツの悪そうな顔をしながら

 

「いいよ全然、団扇の言うような秘密って訳じゃないから。ただ音楽聞いてただけだから。」

「ええ、私も少し読書に熱中してしまっただけです。団扇さんの言うような秘密なんかではありませんわ。」

 

と返してきた。

 

飯田に耳打ちで

 

「こういう誤魔化しに騙されてやるのが男の甲斐性って奴らしいぜ?」

 

と呟くのは忘れない。飯田は、「ム、そういうものなのか。」と納得してくれた。

 

「...そうか、それなら仕方ないな!とはいえ眠そうなままでは授業に支障をきたしかねない、朝食を食べ終わったら仮眠を取るのはどうだろうか!」

「そうですわね...5分程度の睡眠でも眠気は取れるという話ですし、試してみますわ。」

 

と八百万が言ったあたりで話は終わった。

 

その後食事を食べ終わった自分と飯田は一足早く教室へと向かった。

食堂に影分身をこっそり残しておくのは忘れずに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「朝の教室掃除を自主的に毎日やってるとか、お前本当に学級委員長だよな。」

「ム、それは褒めてくれているのか?」

「褒めてるに決まってるだろ、なかなかできる事じゃないよ。」

「とはいえ今日は楽をさせて貰ってるがな、団扇くんのお陰で。」

「ハハハ、褒めてもMAXコーヒーくらいしか出せるものはないぞ?」

「あの甘いコーヒーは出るのか...」

 

教室の掃除をしながら飯田と駄弁る。

今日初めて手伝う事が出来たが、この委員長は毎朝学校に早く来て教室の掃除をし、机と椅子を綺麗に並べ直すという事をやっていたのだ。その真面目さ加減にはほとほと頭が下がる思いである。

 

「さて!団扇くんのお陰で今日の掃除は早く終わった。僕は自習をするが団扇くんはどうする?」

「俺も自習とするわ。分かんない所があったら聞いていいぜ?」

「ああ、そうさせてもらおう。」

 

そうして自習を始める俺と飯田。たまに飯田から質問があったりしたが平和な自習時間だった。

飯田が、皆が誰も来ていない事に気付くまではだが。

 

「団扇くん、皆が遅くはないか?」

「寮生活も慣れて来てちょっと気が緩んだんだろ。でも遅刻はまずいからちょっと影分身に様子見させてくるわ。」

 

影分身を使用し、廊下へと向かわせる。そして飯田の目から外れた瞬間に影分身を解除。これで今寮で作戦会議をしている影分身に情報が届くはずだ。

 

それから少しして影分身の経験が流れ込んでくる。その少し後に廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。時計を見ると時間は始業3分前だ。どうやら皆はギリギリ間に合ったようだ。

 

「朝から全力ダッシュはキツイって...」

「お疲れー。大変だったな、奴が現れるなんて。」

 

そう言って皆に目を合わせ、写輪眼で単語のみをイメージとして伝える。

 

葉隠が咄嗟に話を合わせてくれた。

 

「そう、もうびっくりだったよー。台所でカサカサカサって音がしてなにかなーって見てみたらいたんだもん!怖かったー。」

「葉隠くん、奴とは何だ?もしや(ヴィラン)が⁉︎」

「あー、違う違う。台所とかでカサカサ動く奴つったら黒光りする奴しかいないだろ。GだよG。」

「G...ああ、ゴキぶっ」

 

背後から飯田の口を閉じる。口に出させたら反応でボロが出かねん。

 

「馬鹿おまえ奴の名を口に出すな、思い出させちまうだろ。」

「...ム、確かにそうだ。配慮が足りなかったな、すまない皆!だがそうもうすぐ始業だ、席につきたまえ!」

 

「はーい」と皆の声が揃う。流石の委員長だ。

 

「おはよー」と緑谷と焦凍が挨拶してきた。

 

「おはよう2人とも、朝から大変だったな。」

「へっ、いやあそんなこと...ねっ轟くん!」

「...まあな。」

 

微妙にズレた2人の回答。あれ、またピンチか?

と、思ったが飯田は特に気にする事はなく2人を席に送っていった。

 

そして皆が席に着く。だが俺の前の席の麗日が寝癖がついたままだった。

 

「麗日くん!寝癖がついているぞ。」

「へっ?うわ、ほんと?昨日遅かったからなぁ...」

 

慌てて手櫛で髪を直しながら言う麗日に、飯田はどこか引っかかったようだった。

 

「何をしていたんだ?」

 

さて、言葉に詰まる麗日をサポートするのが撹乱係のお仕事だ。

 

「お前寮生活でたるみ...わかったわかった何も言うな席につけ。」

「団扇くん、何か変な納得してない?」

 

そう言って麗日が席に着いた瞬間に狙ったように相澤先生はやってきた。流石の時間ぴったりだ。皆は瞬時に静まり返り姿勢を正す。

 

一限終わりの休み時間に、飯田がこっそりと自分に耳打ちしてきた。なのでこっそりと耳打ちで返す。

 

「団扇くん、麗日くんの寝癖に納得していたのは何故だ?僕には理由がわからなかったのだが。」

「一番後ろの席だから俺には皆の様子が見える。耳郎と八百万だけでなく今日の一限、女子は皆眠そうにしていた。つまり...これは、女子の秘密のパジャマパーティーが行われていたという証拠かもしれない!」

 

一限の時間を使って麗日と話を合わせた設定をさも自分の推理のように披露する。

だが飯田はなんと⁉︎と驚いていた。

 

「だが、何故僕ら男子に秘密にするのだ?」

「秘密のパーティーってのはそういうもんなんだろ。きっと男子に言えないあんなことやこんな事を言っていたから後ろめたいのさ。だが麗日に言及したりするなよ?良い男ってのは女子の秘密を受け入れてやるものさ。」

「ム、そういうものなのか。わかった。ありがとう団扇くん。」

「...礼を言われる事じゃないさ。」

 

これはガチ。ごめん飯田、俺はお前の純情さを利用している。なのでかなり心が痛い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あっというまに四限も終わり昼食の時間となった。今日の訓練は午後からだ、

飯田、緑谷、焦凍のいつものメンバーで食堂に行く。食堂は今日も大混雑だ。

 

「しかし、寮生活が始まってランチラッシュ先生は大忙しだろうな。」

「ああ、ランチどころじゃねぇな。」

「そうなるとヒーロー名、改名したりするのかな?オールタイムラッシュ先生とか。」

「オールタイムでラッシュとか悪夢だろ。ちゃんと休めているのか不安にしかならないぞ。」

「確かに。」

「まぁ、そもそも簡単に改名できねぇだろうけどな。」

 

そんな会話の後に注文を受け取る。メニューは豊富にあるのだが、皆はなんだかんだと好きな物に落ち着いている。緑谷ならカツ丼、飯田ならビーフシチュー、焦凍ならせいろそばだ。ちなみに俺はとろろ定食ご飯大盛りだ、この食堂の安いメニューをいろいろ食べた結果、もっともコストパフォーマンスが良いと思うメニューであった。大盛り無料はいい文明だ。

 

そうして食堂の席に着く。すると砂藤がやってきた。

「なぁ、俺も一緒にいいか?」

「も...」

「もちろん!ね、飯田くん!」

「ああ...」

 

飯田が答える前に緑谷が食い気味に答えた。そういう所から違和感は持たれるんだがなぁ。

 

皆で話しながら食事を進める。飯田は早起きな上に潔癖な所があるので、脱衣所の散らかりをなんとかしたいと思ったそうだ。

 

それを皆であーでもないこーでもないと話し合っていると、砂藤が改まったように「そ、そういえばよー」と飯田に向かって口を開いた。嘘がつけない奴がまた1人見つかった。このクラスいい奴が多すぎて自分が汚れているんじゃないかと思えてくる。いや、前科的には汚れているんだけどね。

 

「飯田って食べられないものってあんのか...?」

「嫌いな食べ物ということか?いや、好き嫌いは特にないが。」

「...それじゃあアレルギーとかは?」

「いいや、そういうのも特にない。」

「そうか!よかったぜ!」

 

満面の笑みを浮かべた砂藤につられて皆笑顔になる。飯田の次の言葉で嘘のつけない緑谷と砂藤は固まった訳なのだが。

 

「ああ、ありがとう!ところでなんでそんな事を訊くんだい?」

 

さぁ撹乱係のお仕事だ、ボロが出る前に誤魔化そう。

 

「そんなもん決まってるだろ、砂藤だぞ?1-Aの誇る名パティシエの砂藤だぞ?」

「ム、確かにそうだ。砂藤くんの作ったスイーツをアレルギーが原因で食べられないというのはとても残念な事だからな。そんな事が起こらないように事前に調査しているという訳か。成る程、理解したぞ。」

「あ、ああ。その通りだぜ飯田。」

 

その後、特に問題はなく食事を終える事ができた。さぁ午後からは訓練だ、気合い入れていこう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー、ダメだ。詰んだ。」

 

今日の訓練は駄目駄目だった。桜花衝の特訓は言わずもがな、ついに切島が怪我をしたというのでようやく他人に試す事が出来た掌仙術に新たな問題が発生したのだ。

 

「チャクラの調律と放出を両立できねぇ...自分に使うときは何となくで行けたのに何でだ?」

 

写輪眼で切島の身体エネルギーを見る、できる。

印を結んでその身体エネルギーの色にチャクラを調律する、できる。

その調律したエネルギーを患部に流し込もうとする、すると調律した筈のチャクラの色が徐々に元の色に戻ってしまうのだ。その結果、当然のように掌仙術は失敗に終わった。

 

何故だという言葉が止まらない。本気で師匠が欲しいと思ったのは初めてかもしれない。

 

だが、とりあえず切り替えよう。今日は飯田を楽しませる為のサプライズパーティーを成功させる為の撹乱作戦をしっかり行わなくてはならない。最後の役割、飾り付けを終わらせるまでの時間稼ぎを自分が行わなければ皆の頑張りは水泡に帰す訳なのだから。

 

まぁ、決行が迫るにつれて皆が静かになって行く様で何か勘付かれたかも知れないが。なにせ夕食を食べたときのぎこちなさは知っている自分であるからこそ笑いを堪えるので必死だったのだから。皆嘘が苦手だなぁ、としみじみ思う。

 

そんな訳で夕食を終えて少ししたあと、影分身を残して自分は飯田の部屋へと向かった。

 

「飯田ー、今大丈夫か?」

「団扇くん?構わない、入ってくれ。」

 

飯田の部屋へと入る。眼鏡が多くある以外は特におかしい所はない。いつもの飯田の部屋だ。

 

「今暇だったか?」

「ああ、今から黎明期ヒーローの本を読み返そうか迷っていた所だ。特に予定などはないぞ。」

「あーよかった。飯田、ちょっと新技練習の為のモルモットになってくれないか?」

「は?」

 

ポカンと口を開くその顔が少し間抜けで、ついついクスリと笑ってしまった。

 

「俺の新技、掌仙術。つまり治療の技だよ。」

「ああ、今日切島くんに使おうとしていた技だな。構わない、俺でよければ練習台になろう。」

「ありがとよ。それじゃあ腕出してくれ、チクっとさせて貰うわ。」

 

画鋲で飯田の腕に小さな傷を付ける。修行の始まりだ。

 

印を結んでチャクラの調律、飯田の身体エネルギーの色に合わせ、そのままチャクラを傷口の細胞ひとつひとつに流し込む。

イメージはできている。後は集中力の問題だろう。

 

「おお!傷が塞がった、成功だぞ団扇くん!」

「...ふぅ、とりあえず他人の傷を治せないってわけじゃないのはわかったわ。ありがとう。」

「この程度の協力なら構わない。いつでも言ってくれ。」

「おう、それじゃあ今度はもうちょっと深く刺すな。」

「...お手柔らかに頼む。」

 

そう言って再び画鋲で飯田の腕に傷を付ける。今度は気持ちもう少し深く刺した。

 

「このチクっとする痛みは注射を思い出すな。」

「あー、確かに。飯田って注射とか苦手なタイプ?」

「いいや、特に苦手ではないな。」

「それは良かった。」

 

印を結んでチャクラを調律、チャクラを体内に流し込んで細胞を活性化させる。ここまでは良い。が、集中が切れてきたのか傷を治しきるまでに調律がブレてしまった。

 

「痛っ⁉︎」

「すまん!」

 

咄嗟に掌仙術を中断する。調律が乱れたチャクラは傷ついた細胞に対してダメージを与えてしまう。今日切島に対して初めて失敗したことにより気付いた事実である。これがあるから集中が必要なのだ。まさに針の穴を通すようなチャクラコントロールが必要だということである。

 

「大丈夫か?飯田。」

「ああ、予想外の痛みで取り乱してしまっただけだ。今考えると。大した痛みではなかった。」

「...そうか、すまない飯田、集中を切らさないように気を付けていたんだが。」

「構わない、実際傷は殆ど治っている以上、最後の詰めを誤ってしまったということだろう?練習にはこういった失敗もつきものだ。気にはしていない。」

「ありがとな、飯田。」

 

そういって残り少しの傷に対して掌仙術を使う。今度は集中を切らさず治しきる事が出来た。

 

「すまん、集中が持たん。ちょっと休憩入れさせてくれ。」

「ああ、コーヒーでも飲むか?」

「フフフ、持参してるのさ!MAXコーヒーを!コップあるか?」

「ああ...しかしあの甘いコーヒーか、虫歯にならないだろうか。」

「ちゃんと歯磨きすればへーきへーき。」

 

MAXコーヒーで一服、修行の小休止だ。

 

さて、こんな時間は滅多にないのでちょっと深いことを聞いてみよう。生まれつき力を持っていた飯田のような男がどんな事を考えていたのかを。

 

「なぁ、飯田。」

「どうしたんだ?団扇くん。」

「お前さ、生まれつき人を殺せる大きな力を持っていて、そのことについて何か考えた事はあるか?」

「どうしたんだ突然?」

「俺さ、この新しい個性のお陰で色々できるようになった。鍛えた体しかなかったあの頃と違って、今なら飯田のギア低い所とならスピード勝負できるくらいには個性を鍛えた。」

 

飯田は、黙って聞いてくれた。

 

「でもさ、俺は降って湧いたこの力についてのこととかを何も考えていなかったんだ。今までの催眠は人を狂わせる力であっても、殺す力じゃなかったからな。だから聞きたいんだ、他人の考えを。俺がどうこの力と向き合っていくかを決めるために。」

 

少しの間考えたあと、飯田は答えてくれた。飯田の答えを。

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う。コミックの言葉らしいが昔のヒーローたちが良く口にした言葉だ。俺は、個性に対してはその考えが一番適していると思う。」

「責任か...」

 

親愛なる隣人、スパイダーマンに出てくる言葉である。スーパーパワーを持つ事になってしまった主人公にかけられた言葉だ。

 

「そんな事考えたことなかったわ。」

「いいや、団扇くんはしっかりと責任について考えている。でなければ技の威力の調整にこんなに頭を悩ませることはない筈だ。」

「そうかね...」

「僕だって足を振るうときに考えるさ、この蹴りが命を奪ってしまうかもしれないと。だがそれで良いのさ。その躊躇いはヒーローとして無くしてはならない大切なものだと僕は思う。」

 

言葉を返せなかった。その躊躇いを俺はなくしかけていたのだから。

 

「取り戻せるかな、その躊躇いを。」

「取り戻せるさ、皆に優しくあり続けた君なら、力を得てもそれを誰かを助ける為に使おうと努力している君なら、拳を振るう相手にもその優しさを与える事ができる。少なくとも僕はそう信じている。」

 

その言葉の強さに、そうであれたらいいなと、そうありたいなと思った。この真面目な友人の言葉に応えたいと、そう思えた。

 

その時、影分身の経験が流れ込んでくる。準備OKだと。

 

「さて、それじゃあ俺は戻るわ。お前に言われた事をちゃんと考えたいしな。」

「ああ、わかった。おやすみ、団扇くん。」

 

後ろ手に手を振って部屋から出て行く。

 

さて、パーティの仕上げを手伝いに行こう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日のサプライズパーティは実に見事に成功した。

停電を装った後に麗日の悲鳴による飯田の誘導。

そしてライトアップからのクラッカーをパーンしての「お誕生日おめでとう!」。飯田の一瞬ポカンとした顔はしばらく笑い草になるだろう。

尚、ハッピーバースデーの歌と共に現れた砂藤力道渾身のオレンジケーキは皆に大好評だった。

 

そんなパーティも終わり、俺と飯田は一緒に風呂に入っていた。

 

「凄いな皆は、サプライズパーティを計画していたなんて全く気付かなかったよ。」

「そりゃあな、今日は常にお前に張り付いて気付かれないようにしてたからな。それでも思い返すと今日は違和感だらけだっただろ?」

 

「...確かに⁉︎」と驚かれた。こっちでもサプライズ成功である。

 

「まさか今日は団扇くんに欺かれ続けていたのか僕は⁉︎」

「ちなみに嘘は一つも言ってないぞ。」

「確かにそうだ⁉︎...凄い詐術だな団扇くん。」

「いやー、隠し事の多い人生だったからな。物事をバレないようにするってのは慣れたもんなんだよ。ヒーロー志望としては悲しい事だけどさ。」

「いいや、ヒーローとして活動するにあたって(ヴィラン)を欺く詐術は必要になるだろう。団扇くんのそれは長所になりうる美点だと僕は思う。」

「...ありがとよ、飯田。」

「気にするな、友人の長所を言っているだけだからな。」

「それでもありがとう、今日一日の罪悪感が綺麗さっぱり落ちた気分だ。」

「それなら、どういたしまして、だな。」

 

騒がしかったその日はそんな会話とともに終わりを迎えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深夜、飯田に言われた事を考えていた。

大いなる力には大いなる責任が伴う。それを俺はまっとう出来ていない。今のままでは駄目だ。友人が信じてくれたようなヒーローになりたいと思うなら。自分の夢見る「助けて」を叫べない誰かに手を差し伸べられるヒーローになる為には。

(ヴィラン)とて、「助けて」を叫べない誰かの1人なのだから。

そう思い、自分の握った拳を見る。その拳を開くと、足りなかったものが何となく見えた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「桜花衝!」

 

その一撃は、ターゲットに大きなダメージを入れつつも砕ききったりはしなかった。

 

「ヨウヤクモノニシタナ。」

「はい。今までの俺に足りなかったモノは思いだったんです。たとえ凶悪な(ヴィラン)であろうと殺さないで捕まえるという思いが。だからその覚悟を形にしたのが、俺の新しい桜花衝です。」

「トハイエ、一度デハマグレカモシレヌナ。サァ、次ノターゲットダ。」

「はい!」

 

ターゲットを見据える。そして拳を()()()()

これが、俺の見つけた覚悟の形だ。

 

「桜花衝!」

 

開いたその手に殺さない為の技の感覚が残る。

俺はこの日、ついに桜花衝の調整をモノにした。




桜花衝(掌)習得!
残虐ファイター脱却のための第一歩です。


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仮免試験編
ヒーロー仮免許、第一次試験


仮免試験編の開幕です。
楽しいオリジナル展開の時間だぁ!


エクトプラズム先生の足技を躱しつつ、印を結ぶ。

この印を結ぶ動作にも慣れたものだ、圧縮訓練の後半はほとんどこの術の練習をしていたのだから。

 

結ぶ印は、巳未申亥午寅。火を操る団扇一族の代名詞、叫ぶ術名はただ一つ!

 

「火遁、豪火球の術!」

 

燃え盛る火球がエクトプラズム先生を襲う。火球の大きさは人1人を覆うほどのモノだが大したスピードではない。エクトプラズム先生はふらりと容易に回避してしまった。

 

「相変ワラズノ低速ダ。要改善ダナ。」

「でも圧縮訓練のお陰で虚仮威しくらいにはなりましたね。チャクラ消費クソ重いですけど!」

 

そうなのだ。豪火球の術はNARUTOの中忍レベルの術らしくチャクラ消費もそれなりに激しい。今の自分のチャクラ量では連続使用は4〜5発が限界だろう。

正直完成度の低いこの術使うくらいなら移動術からの桜花衝を狙ったほうが良い気すらしている。

 

「マァ試験ハ明日ダ。今日ハコノクライ二シテオコウ。」

「ですね。しっかり休んで明日に備えようと思います。」

 

この圧縮訓練で身に付いた術は、移動術、桜花衝、豪火球(要改善)だ。一つ程怪しいのが混ざっているが必殺技2個習得のノルマは達成できたろう。掌仙術は小さな傷なら治せないことはなくなったが技としては未熟も良いところだ。まだまだ精進あるのみである。

 

あとは新装備の確認だ。とは言ってもバックパックを新しくつけてもらい、ミラーダートを3つと応急処置キットを新しく装備に入れただけなのだが。

 

そうして、最終調整を終えた後その日の訓練は終了となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、仮免試験本番。自分たちは雄英のバスに乗り、試験会場の国立多古場競技場へとたどり着いた。

 

緊張を表に出す耳郎や峰田。

そんな彼らを叱咤激励するのは我らが担任相澤先生だった。

 

「この試験に合格して仮免許を取得できればおまえら志望者(タマゴ)は晴れてヒヨッ子...セミプロへと孵化できる。頑張ってこい。」

 

そんな相澤先生の応援の声に燃えない生徒はいない。当然テンションは上がってきた。

 

「っしゃあなってやろうぜヒョッ子によォ!!」

「いつもの一発決めていこーぜ!」

 

「Plus...」

 

「Ultra!」と叫ぶいつもの決まり文句。だが音頭を取っていた切島の後ろから学生帽を被った大柄の男が混ざってきた。

 

「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ。」

「ああ、しまった!!どうも大変、失礼、致しました!!!」

 

グン、ガン、ガァンとダイナミックにお辞儀をするイナサと呼ばれた少年。地面に頭ぶつけてるけど大丈夫だろうか。

 

「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は⁉︎」

「飯田と切島を足して二乗したような...!」

 

「待ってあの制服!」「あ!マジでか」「アレじゃん!!西の!!!有名な!!」

などの声が聞こえる。

 

「東の雄英、西の士傑。」

「数あるヒーロー科の中でも雄英に匹敵する程の難関校ーー士傑高校!」

 

イナサと呼ばれた少年は大声で話し始める。頭から血を流しながら。大丈夫かアレ。

 

「一度言ってみたかったっス!!プルスウルトラ!!自分雄英高校大好きっス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス、よろしくお願いします!!」

 

勢いに飲まれて「よろしくな」の一言すら返せなかった。不覚だ。

去っていく少年。その姿を見て相澤先生は「夜嵐イナサ」と呟いた。

 

そうして先生は言った。夜嵐イナサとは雄英高校の推薦入試においてトップの成績を取りながら入学を辞退した相当の実力者であると。

 

「雄英大好きとか言ってた割に入学は蹴るとかよくわかんねぇな。」

「変なの。」

「変だが本物だ、マークしとけ。」

 

などと話していると、新たな来客が現れた。

 

「イレイザー⁉︎イレイザーじゃないか!テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直に会うのは久し振りだな!!」

 

頭にバンダナを巻いた女性ヒーローだ。ここにいるという事はどこかの学校の教員なのだろうか。

 

「結婚しようぜ。」

「しない。」

 

「わぁ!!」と突然の色恋沙汰に喜ぶ芦戸。あの相澤先生の態度からしてそんな浮いた話ではないと思うんだがなー。

 

「しないのかよ!!ウケる!」

「相変わらず絡み辛いな、ジョーク。」

「スマイルヒーローMsジョーク!個性は爆笑!近くの人を強制的に笑わせて思考・行動共に鈍らせるんだ!彼女の(ヴィラン)退治は狂気に満ちているよ!」

 

流石のヒーロー博士緑谷出久だ。言われずとも解説を忘れない。いつも助かってます。

 

「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ。」

「その家庭幸せじゃないだろ。」

「ブハ!!」

 

相澤先生とジョークさん仲良いなー。

 

「さ、おいで皆、雄英だよ!」

 

そうしてゾロゾロとやってくる。ジョークさん曰く傑物高校2年2組なのだそうだ。

 

そうして見られる。自分の事をニュースにより広められたレッテルでのみ知っている人たちからの視線で。

 

などと警戒していたところだったが、向けられる視線に敵意のようなものは感じられなかった。

 

「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね!しかし君達はこうしてヒーローを志し続けているんだね!素晴らしいよ!不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

 

皆と握手するために動き回る真堂先輩、爽やかスマイルが眩しいぜ...とは不思議と思わなかった。何故だ?

 

「そして、神野事件の中心にいた団扇くん。僕は君の心が最も強いと思っている。元(ヴィラン)であるという過去にも負けず、奉仕と正義の心を失わなかった。それは本当に素晴らしい事だと思う。」

 

そんな違和感を感じる真堂先輩の言葉だが、今の言葉には嘘はなかった。不思議とそうな風に感じられた。

 

「...ありがとうございます、真堂先輩。」

「本音を言っているだけさ!今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらう!負けないよ?」

「こちらこそ、負けるつもりはありません。」

 

そう言って握手する。この人は言動に違和感はあれど悪い人ではなさそうだ。

 

そうしてワイワイと始まりかけた他校間交流。だが、相澤先生の「コスチューム着替えてから説明会だぞ、時間を無駄にするな」との一声によりその交流は歩きながらする事となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

集まった大勢のヒーロー志望者。1000人は余裕で超えていそうだ。

そんな中で始まる説明会、全く疲れを隠さないヒーロー公安委員会の目良さんという人が説明を担当するようだ。大丈夫かこの人、誰か休ませてあげてと思うのは俺だけだろうか。

 

「えー、ずばりこの場にいる1540名一斉に勝ち抜けの演習を行って貰います。現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降ヒーローのあり方に疑問を呈する向きも少なくありません。」

 

ステインの主張とは「ヒーローとは見返りを求めてはならない、自己犠牲の果てに得うる称号でなくてはならない」というものだ。正直、自分にも納得できる点がある。そんな事が奴のカリスマ性を高めているのだろうとなんとなく思う。

 

「まぁ...一個人としては...動機がどうであれ命懸けで人助けしている人に何も求めるな、は現代社会において無慈悲な話だと思う訳ですが...とにかく対価にしろ義勇にしろ多くのヒーローが救助・(ヴィラン)退治に切磋琢磨してきた結果、事件発生から解決までの時間は今、ヒくくらい迅速になってます。君たちは仮免許を取得しその激流の中に身を投じる。そのスピードについて行けない者はハッキリ言って厳しい。よって試されるはスピード!条件達成者は先着100名とします。」

例年の仮免許取得倍率は約5割と言われている。それを一割未満にするとは思い切った事をする。今年の試験はかなり厳しそうだ。

 

当然受験者からはブーイングが飛ぶが、「社会で色々だったんで...運がアレだったと諦めて下さい」とのありがたい言葉で押さえ込まれた。

 

それからは試験自体の説明が始まった。

ターゲット3つ、ボール6つを配布する。3つのターゲットを体の見えている範囲に貼り付けてそこにボールが当たるとアウト。ターゲットが点灯する仕組みだ。

3つ全てのターゲットが点灯すると失格であり、3つ目のターゲットにボールを当てた人が倒したという事になる。そして、2人を倒すと勝ち抜けとなるのだそうだ。

また、試験の開始はボール、ターゲットの配布が終わってから1分後となるそうだ。列に早く並んで良いポジションを確保しろというスピードも求められているのだろうか。

 

この試験は最後の1つのターゲットを横から奪い取る事を推奨しているルールであり、そんな混乱の中で受験者がどう動くかを見るルールでもあるだろう。

 

自分の取りうる選択肢は二つ、皆とチームアップして安全に勝ちに行くという事。もう一つは、一人でこの混乱の中に立ち向かうということだ。

 

体育祭での大立ち回りにより写輪眼の催眠はバレている。だが、バレているが故にチームアップする際には敵に目線を上げさせないという強力な支援効果が現れる。俺と目線があったら終わりだからだ。

だから、俺は皆とチームアップして勝ちに行く事が最善だと考えられる。

なのに頭をよぎるのは一人で苦難の道を行くべきだという考え。どう考えても悪手だ。なぜ一人で行かなければならないのか、考えても答えは出ない。

 

「ま、気の迷いだろ。」

 

そう一人ごちてターゲットを受け取るための列に並ぶ。弱点となるターゲットは、実戦に感覚を近づけるために心臓を挟んだ胸と背中の両側に、最後の一つはどこにつけようか迷ったが、丹田に貼る事にした。実際腹は急所なので悪くないだろう。

 

「にしても説明会場が展開するとか妙なとこに金かけているなー。」

「ははは、そうだね。団扇くんはターゲットどこに貼るか決めた?」

「ああ、正中線の上の胸と背中に腹にする。急所に貼っておけば普段の訓練と変わらない感じで動けるだろ。手首に貼って死守するってのも考えたけどな。」

「なるほど、そういう考えもあるか...」

「まぁ適当で構わないと思うぞ?このルール的当てじゃあないみたいだし。」

「団扇くん?」

 

そう、このルールは的当てのうまい奴が勝つのではない、的の動きを止めた奴が勝つのだ。おそらく拘束系の個性を持つ連中はその事にもう気付いているだろう。

A組の拘束系個性は俺、瀬呂、峰田、焦凍の4名。使いようによっては麗日と八百万もいけるだろう。

 

「畜生、列に並ぶ瞬間から勝負は始まっていた訳か...急いで並んだから近くに作戦を練れる奴がいない。緑谷、ボールとか貰ったら速攻で皆と合流するぞ。」

「...うん、この試験の勝ち筋はクラスによるチームアップでの戦いだからだよね。」

「それだけじゃない。さっきから色んなところを見ているが、クラスの連中以外誰とも目が合わない。俺はかなり警戒されているみたいだ。」

「なるほど、それなら体育祭で見せた個性は全員に知れ渡ってると考えた方が自然だ。」

 

ここからは聞かれたくないので耳打ちする。

 

「つまり俺の新個性と緑谷のフルカウルはノーマークって訳だから悪いことばかりじゃないってことさ。」

 

緑谷は「⁉︎」っと頷いた。

 

「ま、その辺を活かすための策を練るために皆で集まりたいんだがな。」

「そうだね、となると僕と団扇くんが前線を張るわけだから合宿の時みたいな団扇くんに指揮官を任せるってやり方じゃ駄目だしね。」

「そういう事。すまんな、餌につられた俺が浅慮だった。」

 

目の前の餌に釣られて急いだ結果指揮官適性のある八百万や飯田と別れてしまったのはかなりの痛手だ。

個性を知られていないも同然の俺と緑谷は前線を張る役になってしまうだろうから余計にそう思う。

 

だがこの程度の逆境は雄英ヒーロー科にとっては日常だ。Plus Ultraだ。

 

「頑張るか、緑谷。」

「そうだね、頑張ろう団扇くん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ターゲットとボールをもらいボールをバックパックに4つ、コートの両ポケットに一つずつ入れる。ターゲットを貼り付けて準備完了だ。

クラスの皆と合流して岩山エリアへと移動する。爆豪、切島、上鳴、焦凍はクラスから離れたので、今俺たちは17名。主軸に置くのは瀬呂と峰田の二人だ。二人が敵を固めまくってポイントを重ねようという作戦だ。

まぁ、少し雄英風のやり方になる訳だが。

 

大雑把な作戦は立てられた。ならあとは高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変にだ。

 

予想通りSTARTの合図とともに俺たちは囲まれて、ボールの集中放火を食らう羽目になった。

 

「自らを破壊する程の超パワー、催眠と身体エネルギーを見る目の複合個性、...まァ、杭が出てればそりゃあ打つさ!」

「出過ぎりゃ杭とて打たれまいさ!」

 

そのボールの雨とて、写輪眼なら見切る事ができる。

チャクラにより強化された身体は、その動きについていくことが出来る。

さあ、早速のトリックプレイと行こう。

 

着弾の一番速いボールを掴み取り、肘から先のみを用いたショートモーションでボールを投げ返す。それでボールをいくつか弾き、人一人が通れる程度の隙間をボールの雨の中に作り出した。

 

というわけで、突貫行きます!

 

「消えた⁉︎」

 

移動術で隙間を抜けて走り抜け、手近な者を皆の方に投げ飛ばす。

 

「何⁉︎」

「嘘だろ、コイツは⁉︎...体が動かな...ッ⁉︎」

「馬鹿、コイツの目を見るな!」

 

一人目、写輪眼により金縛り成功。この試験はチーム戦、足手まといを即見捨てるという判断を下せる奴は少ないだろう。

 

「飛び込んでくるとか馬鹿かよ⁉︎」

「飛んで火に入る夏の虫!ボコっちまえ!」

 

そうして俺に投げつけられるボール。だが、まだ戸惑っている者も多いためにボールの数はそう多くなかった。移動術での不意打ちチャンス再びだ。

 

くの字に移動術を使い、小柄な奴の背後を取り関節を決めつつ言う。

 

「雄英潰しだったか?随分と優しいな!この程度の苦難は日常茶飯事なんだよ!雄英舐めんな!」

「うるせぇ、囲まれているのはお前だ!ポイントになっちまえ!」

 

俺に向けて投げられるボールの雨、だが今回は手元に傘がある。

 

「ちょっと痛いかもしれないけど、運が悪かったと諦めてくれ。」

「今関節決められてるのでもうすでに痛いよ!」

 

チャクラを足、腰、腕と流動させて傘を持ち上げる。そしてもう一度足にチャクラを集中して、傘としている奴を自分を中心にぐるぐる回し、飛んでくるボールを全て叩き落とす。

 

「即興必殺、人間芭蕉扇の術。なんつって。」

「...気持ち悪い...」

 

傘にしていた奴は胸と足につけていたターゲットが点灯していた、

 

「悪かったよ、休憩室で休んでてくれ。」

 

そう言ってそいつの背中にあったターゲットにボールを叩きつけてポイントゲット。あと一人で突破だ。

 

「畜生、なんてパワーだ⁉︎あいつ魔眼個性じゃあなかったのか⁉︎」

「まずいぞ、ポイント取りやがった!あと一人で抜けられちまう!」

「ていうか人を人と思わないあの戦法、(ヴィラン)潰しってやばいんじゃないか⁉︎」

 

パフォーマンスを行ったお陰で俺に目線が集中している。だがそれは悪手だ。

 

「俺を見ていていいのか?」

 

そう言った俺の後ろからは緑谷、飯田の高機動組が自分の援護にやってきた。俺に気を取られている二人に不意打ちの蹴りが当たって昏倒する。

 

「「団扇くん!」」

「ああ、暴れるぞ!『雄英潰し潰し』だ!」

 

要するに、雄英を潰そうと集まってくる連中を餌にして勝ち上がってしまおうという脳筋戦法である。

作戦の鍵は現在の個性の割れていない俺と緑谷の機動力と小回りだ。俺の目があれば大体の初見殺しは回避できる。なので俺メインで撹乱しつつ峰田と瀬呂のキルゾーンへと人を集める算段である。

 

個性の詳細を判別する前にこの作戦をするのは少々危険だが、そんな事を考えさせないほどに速戦で終わらせて仕舞えば関係ない。

そう考えた作戦だったが、写輪眼で地に走る身体エネルギーを見た結果、失策だと気付いた。

 

「全員、足元気をつけろ!」

「凄いな、エネルギーを見る目ってのは!だが俺の必殺技は止められない!震伝動地!」

 

突如発生した地震により地面は割れて面子が分断される。暴れ回っていた俺、飯田、緑谷は孤立してしまいそうだ。なので飯田には影分身を、緑谷には自分自身で援護に行こうとする。だが緑谷とは地震の振動により割れた地面により分断されてしまった。影分身は無事に飯田の元にたどり着けたので、飯田は大丈夫だろう。

 

振動が収まった時には、地形は様変わりしていた。

もともとはポツポツあった岩山くらいしか障害物はなかったのに今ではちょっとした迷宮である。そして突出していた俺の近くには味方はほぼ間違いなくいない。

まぁそれは突出していた自分が悪いのだから自業自得な訳だがそれは別にいい。

問題は、さっきからずっと感じている敵意についてだ。そういう感覚に鈍い自分が感じ取れるのだから相当なモノだ。

 

そうしてその敵意の元へと目を向ける。そこには、背中から四本の足を生やしている異形型の蜘蛛男が、()()()()()俺に向かい合っていた。

足音をたてないように少し横に移動してみる、蜘蛛男は体ごと自分に向いてきた。

 

「やばい、目を閉じてるのに全く俺を見失わないぞコイツ。どういうカラクリだ?」

「スパイダーセンスだ。」

「マジで⁉︎」

 

驚愕の真実である。スパイダーセンスは実在したのか...

 

「ヴィラン潰し、お前が先ほど盾にした先輩は俺の恩人なのだ。その仇、討たせてもらう。」

「仇討ちか...まぁそりゃあ怨みも買うか。こんな試験ならな。」

「西岡島高校一年、蜘蛛頭飛糸(くもがしらひいと)。いざ尋常に。」

「雄英高校一年、団扇巡。勝負と行こうか!」

 

勝負の開幕は、両手首から出す蜘蛛の糸だった。そこまでスパイディなのか⁉︎

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

長期戦になればなるほど俺は不利になる。この起伏の大きいフィールドだ、蜘蛛の糸でトラップを張られかねない。

なので速戦あるのみだ。移動術で高速接近し、桜花衝を叩き込もうとする。しかし、背中の四本の足でガードされ、いなされてしまった。衝撃のほとんどは足元へと逃がされてしまったのだろう。

 

異形型の例にもれず、人間以外の部分が強力なパワーを持っているようだ。しかもテクニックもある。強敵だ。

 

手首の射出口が向けられたので迎撃行動に入る。蜘蛛頭の右手の手首を左手で掴み、チャクラで吸着、桜花衝をガードした背中の四本足も右手で吸着し、足をチャクラのこもった蹴りで払う。変則的な背負い投げを行い、投げる瞬間に吸着を解除して、投げっぱなしで大ダメージを狙う。

 

だが、相手もさるもの、しっかりと受け身を取りつつ残った左手で蜘蛛の糸を瓦礫に向けて放ち、投げの勢いそのままに瓦礫を振り回すことで自分に糸を絡みつけようとしてきた。

糸に絡まればおそらく次はないだろう。当然回避だ。ジャンプして糸を回避した瞬間、両手首に身体エネルギーが集中するのが見えた。空中では回避が出来ない、だが向こうの打つ手は読めている、そしてその対策の術もすでに習得している!空中で落ち着いて印を結び、胸にチャクラを貯めてチャクラに燃えるようなイメージの性質を付与する。そして最後の寅の印と共に思いっきり吐き出す!

 

「必殺、マシンガンウェブ!」

「火遁、豪火球の術!」

 

マシンガンのごとく連続で放たれた蜘蛛の糸を、これまでで最高の出来の豪火球で全て焼き尽くす。

 

「何⁉︎」と驚いて斜め後ろに大きくジャンプする事でで火球を回避する蜘蛛頭、だが一瞬でも宙に浮いたが最後だ、豪火球を吐き続けた事により地に足がついたので、俺の必殺技はもう発動が可能なのだ。

 

全チャクラを両足に集中、全力の移動術で距離を詰め、空中で先ほどガードされた分よりも多くのチャクラを掌に込めた一撃を放つ!

 

「桜花衝!」

 

空中では衝撃を流すことが出来ない。全てのダメージを体で受けた蜘蛛頭は、ダメージから目を見開いた。その目は当然俺の目と合う。

写輪眼発動である。金縛りの幻術だ。

 

「...体が動かぬ、これが催眠眼か。」

「ああ、金縛りの催眠だ。お前のポイント、取らせて貰うぞ。」

「構わない。拳を合わせてわかった、お前は強い。力も、心もな。悔いはあるが、負けた事には納得できた。俺のポイントを持って、次の試験に進むといい。」

 

ボールをバックパックから取り出し、右胸、左胸、腹の三点についていたターゲットにボールを投げて当てる。この辺りはダートの投擲で慣れたものだ。

 

その時、放送の目良さんから放送が入る。俺とほぼ同時に合格者が現れたのだそうだ。そいつの撃破数はなんと120人、広域殲滅系の個性だろうか、驚きである。

 

影分身を作り、解除。これで分身を通じて飯田に連絡が行くだろう。

と思ったらすぐに分身解除の経験が伝わってきた。どうやら飯田は皆の所を回って助けに行くらしい。それに付き合えなくてすまないと謝って分身は消えたようだ。

 

「やっべ、自分勝手過ぎたか...?まぁ皆なら大丈夫か。」

 

そう言ってから倒れている蜘蛛頭に目を合わせ幻術を解除、ついでに鎮痛の催眠をかける。

 

「...痛みが消えた?」

「鎮痛だ。傷が消えたわけじゃないから無理はするなよ?」

 

倒れている蜘蛛頭に手を差し伸べる。蜘蛛頭はこちらの手を取ってくれた。

 

「勝負が終わればノーサイド。肩貸すぜ、蜘蛛頭。」

「ああ、頼む、団扇。」

「おうさ!」

 

蜘蛛頭に肩を貸して脱落者の待機場所へと移動する。合格者の待機場所とは違う場所だがそれはおそらく2次、3次試験と試験が続くことを示しているのだろう。これからも油断は禁物だ。

 

「ところで団扇、俺のマシンガンウェブを防いだあの熱いのはなんだったんだ?お前の個性は催眠眼と聞いていたが。」

「ああ、ちょっと前の事件で眠っていた新しい個性に目覚めてな。精神をエネルギーにする個性だ。」

「なるほど、その個性の応用で炎を作り出したということか。いい個性に目覚めたな。」

「本当にそう思うわ。」

 

そんな会話をぐだぐだしながら蜘蛛頭と共に歩いて行く。話してみると聡明だが気のいい面白い奴だった。また今度会うときは携帯のアドレスでも交換しよう。そんな事を思った。




そんな訳でオリジナル展開マシマシの展開でした。アニメオリジナル展開で仮免試験の内容詳しく描写されるとか予想外のタイミングでの追い討ちよ。すっごい楽しみ。


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ヒーロー仮免許、第二次試験

連日投稿だヒャッハー!
なんか書けちゃったので投稿します。

それにしても評価者数が気付けば163人、調整平均が6.7くらい。一時は短い黄色になっていたこの作品もなかなかの評価をされるようになりましたねー。嬉しい限りです。


蜘蛛頭を脱落者待機所に送り、ターゲットの示す合格者の待機所へと向かう。放送によると現在の合格者は30名程度、そろそろ加速度的に合格者が増えていく事だろう。皆が心配だ。

だが、あそこで蜘蛛の糸を操る蜘蛛頭から逃げるのは不可能だった訳なので先に抜けてしまうのは仕方ないだろう。取れるターゲットを放り出して他に行くというのも悪手なのだから。よそに掻っ攫われるのは最悪なのだから。

 

だが、飯田には悪いことをしたと思う。分身による情報の伝達までは飯田のクラス巡りを助ける気満々だったのだから。

 

「後でオレンジジュースでも奢るか。」

 

飯田の事を考えてそんな事を思う。

クラスの皆を助ける為に走り回る飯田は、きっと皆の助けを貰って試験に合格するだろうから。

 

そんな事を考えて歩いているといつのまにか待機場に着いてしまった。

だが、その中にはまだ雄英の仲間は誰もいなかった。

 

「八百万あたりならスパッと合格してそうなもんだと思うんだがなぁ。」

 

そう一人ごちたら、受験前に会ったあの夜嵐イナサに話しかけられた。

 

「おお!雄英一番乗りはあんたか!熱いな!」

「おお、ありがとさん。ちょうど仲間がいなくて暇だと思ってた所なんだ。話し相手になってくれるか?」

「構わないっス!」

 

ところで何故夜嵐は俺の事を熱いと言ったのだろうか。まさか豪火球の情報が漏れているッ⁉︎さすが西の士傑、恐ろしい情報力だ。まぁそんな事はないだろうが。

 

「そういや名乗ってなかったな。知ってると思うけど一応。団扇巡、仰ぐ団扇に巡り合わせの巡だ。」

「知ってるっス!ヴィラン潰しの動画見たっスから。あんなデカイ奴にビビらないで立ち向かえるのはかなり熱かったっスよ!」

「うわ、予想外の好印象。ありがとう。」

「それに神野でのニュースを見たっスから、あの日の活躍も知ってるっスよ!血狂いマスキュラーとマグネなんて凶悪(ヴィラン)を捕まえるなんて熱いっスよ!」

「なんと、こっちでも好印象とか驚きしかないんだが。俺が元(ヴィラン)だって事は知ってるんだろ?」

「それはそれっス!俺は俺が熱いと思った事を言ってるだけっスから!」

 

熱いの意味がわかってきた。コイツの熱いはおそらく好きみたいな意味なのだろう。心が熱くなるから熱いか、いい言葉だ。

 

「...いい奴だなお前は。お前風に言うと熱い奴ってことかな?」

「おお!良く言われるっス!」

 

そうして夜嵐と待機場に置かれていたお菓子を食べつつ会話をする。

 

「このお菓子美味いっスね!」

「ああ、どこで売ってるんだろ。この辺りの名産品かな。...砂藤なら知ってるかね。」

「砂藤?どんな奴っスか?」

「おう、ウチのクラスの誇る名パティシエだ。寮生活になって一番輝いてるやつでもあるぜ?」

「おお、熱い話っスね!」

「ああ、熱い男だ。この前クラスの委員長の誕生日があったんだが、その時にふるったオレンジケーキがもう絶品でな!甘すぎない口触りに口の中でブワッと広がるオレンジの香り、あの味は当分忘れられないぜ。」

「おお、聞いてるだけでお腹が空いてくる話っスね。」

「んで、お前は砂藤をどんな奴だと思った?」

「体育祭で見たっスよ!...え、あの筋肉ムキムキの奴っスか⁉︎」

「そうなのよ、見た目ムキムキなのに細やかな仕事ができる凄い奴なんだよ。訓練で疲れた日にはホイップクリームに蜂蜜を入れるなんて細やかな気配りもできる。本当に熱い男だ。」

「確かにそれは熱いっスね!」

 

個性や必殺技の事は、次の試験の内容を考えると話せないが、砂藤は本当にいい奴なのだ。その事が伝えられて嬉しい限りだ。

 

そんな事を会話していると、自動ドアが開いた。見えてきたのは

 

「お、焦凍!」

「おう」

 

雄英合格者2号目は焦凍だったようだ。右手を上げて焦凍を待つ。焦凍も意図を汲んでくれて右手を上げながら近付いてきた。ハイタッチだ。

 

「そしてコイツはさっき仲良くなった夜嵐...夜嵐?」

「お前は、エンデヴァーの息子だ。」

「...ああ、そうだ。」

「好かん、じゃあな。」

 

そう言って夜嵐は去っていった

 

「...ちょっと夜嵐と話してくる。あの様子は明らかに変だ。」

「いや、いいよ。多分あいつは、エンデヴァーアンチだ。」

「焦凍のアンチじゃないなら仲良くできるかもだろ。てな訳で行ってくるわ。」

 

後ろ手に手を振って焦凍と別れて夜嵐の所へ行く。

 

「夜嵐、ちょっと良いか?」

「団扇?なんだ、あのエンデヴァーの息子と仲良くは出来ないっスよ。」

「別にそこまでは言ってないよ。ただ、新しい友達が俺の友達を嫌う理由が知りたかったってだけだ。それを解決できるかどうかは俺には分からないけどな。」

 

そう言って夜嵐の隣に座る。夜嵐は、少し待ったあとこう切り出した。

 

「俺、昔エンデヴァーを見た事あるんスよ。」

「ああ。」

「それで、ヒーローに憧れてた俺はエンデヴァーにサインを貰おうとした。んで断られた。」

「エンデヴァーさんだしな、『邪魔だ』とか言ってそう。」

「エンデヴァーとも仲良いんスか?」

「職場体験で上司だった、その程度の関係だよ。」

「まぁ当たりっス。その時から俺はあの、エンデヴァーの遠くを見る憎しみの目が苦手になったっス。」

「...そうか、んで推薦入試の時に焦凍に会った訳か。あの、世界全てを憎んでるみたいな頃の焦凍を。」

「そうっス。あの目を見てすぐに気付いたんス、あいつがエンデヴァーの息子だって。んで、声をかけたら『邪魔だ』って返された。」

 

父親と似たような目で、父親と同じ返しをしてしまった訳か...なら夜嵐が焦凍を気に食わなくなるのも仕方ないな。ある意味焦凍の自業自得だわコレ。

 

「ありがとな夜嵐、話してくれて。」

「いいっスよ、団扇はもう友達っスから。」

「やっぱ熱い奴だわお前、じゃあ友達として一つだけ言わせてくれ。」

「何スか?」

「お前、やっぱり雄英蹴ったの失敗だったよ。焦凍は緑谷っていう爆弾みたいな奴のお陰で変わった。それをお前みたいな奴は間近で見るべきだったんだと俺は思った。」

「...確かにアイツの目はちょっと変わってたっス。でもやっぱりあいつはエンデヴァーの息子だ。認めらんないっスよ。」

「それならそれで良いさ。次の試験でまた争うかもしれないからな。でも。」

 

夜嵐のシワになっていた眉間を両手でマッサージする。「何すんスか⁉︎」との声は無視無視。

 

「そんな眉間にシワの寄った顔は似合わないぜ?お前は誰かを熱いと思って、自分の熱いって思う事をやってる時が一番格好いいタイプの奴だ。自分の強みをなくすのは勿体ないぜ?」

 

言いたい事は言えた、雄英、士傑ともに合格者が出揃ってきたので皆のいる所に移動しよう。「またな」と手を振って夜嵐と別れる。夜嵐は、眉間に手を当てて、何かを考えていたようだった。

 

夜嵐と焦凍の問題は根深いものなので、今日会ったばかりの俺にどうにかできる事じゃあないだろう。なので今の俺にできるのは、焦凍に今の話をして、次の試験で問題を起こさないようにする事だろう。

 

その時の俺は、そんな甘い事を考えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後第1次試験終了したが、なんと雄英高校1年A組は全員が突破に成功した。その中で一番の活躍をしたというのはなんと青山優雅であったのだそうだ。乱戦となりぐちゃぐちゃになっていた所を上空へのレーザー照射により目立つという思い切った作戦により皆を集め、尾白たちが咄嗟に組み上げた峰田のもぎもぎを中心とした戦術により連続合格を決めたのだとか。

乱戦の中自身の犠牲を覚悟しての行為、素晴らしいと言わざるを得ない。青山には策士の適正もあったのだろうか...

 

すると、放送から目良さんの声が聞こえてきた。

 

『えー、100人の皆さん。コレをご覧下さい。」

 

画面にはフィールドが映し出された、何かと思って見てみると、突如としてフィールドのいたる所から爆発が発生した。何事⁉︎

 

『次の試験でラストになります!皆さんにはこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行って貰います。』

 

今回の試験もハードになりそうだ。

要約すると、HUC、HELP US COMPANY の皆さんが傷病者としてフィールド全域にスタンバイしているので、彼等に対して仮免許を取得した者としての適切な対処を行えということだ。

 

『尚、今回は皆さんの救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後に始めますので、トイレなどを済ましておいて下さいねー...」

 

10分間、休憩に使う訳にはいかないだろう。

 

机の上に乗って大声で話す。注目を引きつけるには高い所がいい。

 

「俺は雄英の団扇!この10分間を休憩時間に使うのは惜しい!作戦会議をしたい!各校の指揮官や参謀は俺の所に集まってくれ!俺たちはもう敵じゃない!」

 

「団扇くん⁉︎」と戸惑う声が聞こえる。10分で練れる作戦など大したものではないがそれでもやらないのとでは大分変わる。

そう思ったのは俺だけではないようで士傑のフサフサの人、傑物の真堂先輩などが続々と集まってきてくれた。

 

「団扇くん、私は士傑の毛原だ。」

「俺は真堂、また会えたね!」

「ありがとうございます!それでは救助訓練作戦会議を始めます!

まず、シチュエーションはほぼ間違いなくテロによるもの、広域に爆破なんて起きる状況は他にありません。なのでそれを前提に作戦を練ります。」

「承知した。だが作戦といっても我々は急造チーム、連携などその場その場でしかできないと思うのだが。」

「救助はそれで大丈夫です。作戦を練りたいのは救護所、助けた避難民をどこに連れて行くかです。」

「成る程、確かにバックアップは大事な事だ。場所はどうする?」

「取り敢えずこの部屋の前に救護所は作りたいと思っています。俺は催眠眼のお陰で避難民のパニックを抑えられます。なので俺を中心に即興で応急処置チームを組みたいと思います。個性が応急処置に向いている人がいるなら教えて下さい。」

 

すると、「私の個性は布を生み出せる、包帯もガーゼも作り放題だよ!」と元気な女性の声が聞こえた。

 

「ありがたいです。八百万、包帯さん、二人は今のうちに包帯と消毒液の準備を!八百万は救助に出て欲しいから脂質は使いすぎないように!」

「はい!包帯さんこちらへ!」

「うん、でも私は絹川生糸(きぬかわきいと)って名前があるからそっちで呼んで!」

「はい、よろしくお願いします絹川さん!」

「それで、救助の実働部隊はどうする?」

「今のうちに話し合って...畜生、時間がない。実働は臨機応変に!でもトリアージはしっかりと行ってください!時間は?」

「あと1分!」

 

とりあえず救護所の仮設置はできた。あとは皆を鼓舞するだけ!

 

もう一度机の上に上がって大声で言う。

 

「ここにいる全員でヒーローになるぞ!Plus Ultraだ!頑張っていこう!」

 

「応!」と皆の声が揃った。即席チームは出来上がった。後はスタートダッシュの為の準備だ、皆に任せよう。

 

その時、ジリリリリとベルの音とともに放送が始まった。

 

(ヴィラン)による大規模破壊(テロ)が発生!規模は〇〇市全域、建物倒壊により傷病者多数!道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動はその場にいるヒーロー達が指揮を執り行う!一人でも多くの命を救い出す事!START!』

 

建物が開くと共に飛び出す皆、飛び出さず救護班に残る事を決めてくれたのは10人程

 

「ここにいる面子が救護班だ!命を守るヒーローだ!締まって行くぞ!」

 

返事の「応!」は慣れたものだ。

 

「絹川さんの他に応急処置に使える個性はいるか?」

 

反応は無し、どうやら救護は絹川さんの活躍に期待するしかなさそうだ。

とはいえ皆さんは自分たちより一年も多く学んだ先輩方だ、包帯による応急処置も手馴れたものだろう。得点の詳細が語られていないこの試験で救護班を務める事を決めてくれた方々だ。頼りにしていこう。

 

そうして、個性なのかやけに足の速い人が一人目を連れてきた。

 

「トリアージは⁉︎」

「黄色!だが足から出血をしてる!」

「ありがとう!こっちで対処する。現場に戻ってくれ!」

「任せた!」

「任された!」

 

そう言って一人目の救助者に目線を合わせて写輪眼発動。「落ち着いて、ヒーローたちの言うことを聞け。」と催眠をかける。

 

「一人目、黄色!お願いします!」

「あいよ!私に任せて!」

 

絹川さんの作ったガーゼを使って止血したあと消毒をして包帯を巻く。見事な手際だ、相当訓練をしたのだろう。

 

「あなたは?」

「私は渋川真壁(しぶかわまかべ)、個性はバリアー!」

「サブリーダーお願いします!応急処置の人の振り分けを!」

「了解!先輩を頼りたまえ、後輩!皆、後輩に良いとこ取られないように頑張るよ!」

 

すると続々と救護所には、救助者を抱えたヒーロー達が集まってくる。激務の始まりだ。

 

「こっからが本番だ、締まって行くぞ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「包帯切れた!絹川!」

「ガーゼも頼む!」

「はい!お任せを!」

 

救護班の過剰な仕事量を見て救出向きでない個性の人々が続々と応急処置に加わってくれた。それを即座に振り分けたのは渋川さん。本当に経験豊富な人だ。

 

すると遠くから緑谷がフルカウルのスピードで少年を抱えてやってきた。

 

「団扇くん!」

「緑谷!トリアージは!」

「黄色!でも頭部に出血あり!」

 

緑谷の抱えた少年に催眠をかける。「落ち着け、ヒーローの言葉に従え」と、もはや何発打ったか覚えていない。

 

「団扇くん、大丈夫?」

「大丈夫、鍛えてるからな。それに班に良い人が残ってくれた。」

「もっと褒めてもいいんだよ、後輩!」

「ああ、渋川先輩は最高です!」

「本当に褒められた⁉︎」

 

そうな馬鹿話をしながらも手は止めない。本当に一流だ。

この調子なら問題なく皆を救助できる、そう思い始めてきたところ、その爆発は響いた。

 

放送で流れる(ヴィラン)襲来の知らせ。現れたのはシャチのヒーローギャングオルカとその部下と思わしき黒タイツに腕に大仰な武器を抱えた大勢の(ヴィラン)役達。受験者がここを救護所に決めると読んでのその襲撃は、戦闘力の低い者の多い今の救護班にとっては予想外のものだった。

 

だが、このタイミングは最悪ではない。何せ頼れる奴がちょうど来ているところだったのだから。

 

「総員傾聴!黄色以上は手を貸して、緑は歩かせて市街地エリアに避難!以降の指揮は渋川先輩に、殿は俺たちが行く!遠距離持ってる人は止まって援護を!行くぞ緑谷!」

「この少年は任せて!行ってきな後輩たち!」

「うん、行こう団扇くん!」

 

移動術を使ったトップスピードで参上。

 

視線を俺に集める。何名かの黒タイツには催眠を仕掛けられたが肝心のギャングオルカは目を閉じていた。

 

「フン、団扇巡か。」

「シャチのエコーロケーションですね、相性が悪いッ!だが、今の殿は俺!だけじゃあない!」

 

俺の後ろに隠れて地面に手を当てた真堂先輩がいる。

 

「デカイの頼みます!」

「後輩にばっか良いところは渡さねぇよ!震伝動地!」

「起きろ!ギャングオルカを狙え!」

 

真堂先輩の作り出した大地震、そしてトリガーワードによる催眠の起動。そして、回り込んだ緑谷による奇襲。即興で練った三段構えの攻撃だ。

だが、それを覆してのヒーローという事だろう。ギャングオルカは大地震に動じる事なく黒タイツからの攻撃を回避しつつ、緑谷の奇襲を受け止めた。不味い!

 

「緑谷、掴まれ!」

 

そう言って緑谷にワイヤーアロウを射出する。緑谷は即座に意図を理解してアロウを腕で掴みとった。アロウを巻き取り緑谷を引き上げる。ギリギリでギャングオルカの超音波攻撃を回避できたようだ。

 

「ありがとう、団扇くん!」

「流石のプロヒーローだな、あの状況の奇襲が通じないとは。俺は少しの間余震で動けない、頼むぞ二人とも!」

「「はい!」」

 

そう言って緑谷とスピードを合わせて左右に分かれて行く。ギャングオルカは動けない真堂先輩へと狙いを定めたようだ。シャチの高速移動が来る。

だが、写輪眼には見えている。

移動術でスピードは補える!

 

真堂先輩へと襲いかかる途中で桜花衝を叩き込む。高速移動中ではエコーロケーションによる索敵も穴があくというものだろう。

だが、歴戦のヒーローはその一撃を腕につけているプロテクターで防御してきた。プロテクターが壊れる事でダメージは殆ど吸われた。ギャングオルカにダメージは通っていない。

 

「まさか高速移動中を狙われるとは...⁉︎」

 

だが、衝撃で良い位置に飛んだ!アイコンタクトをする。行け緑谷!

 

「セントルイス・スマッシュ!」

 

脚部のアイアンソールを最大限に活かした重い一撃が、ギャングオルカの脳天に叩き込まれた。

 

「まだ意識はある!畳み掛ける...耳塞げ緑谷!」

 

喉に集まる身体エネルギーが見えた。ギャングオルカは、緑谷の全力の一撃をただのフィジカルだけで耐えたのか⁉︎

 

声は届かず、緑谷は超音波によって叩き落とされてしまった。だがその一瞬前に現れたエネルギーがその音波を減殺させたようだった。

あのエネルギーの色は渋川先輩だ、あの人本当に最高過ぎないか?

 

「真堂先輩、行けます?」

「すまん、あと30秒くれ。」

「30秒あったら決着付いてますよ、多分。」

 

つまり孤立無援だ、ダメージはあると信じたいがそれは流石に甘いだろう。

しかも最悪な事に黒タイツの(ヴィラン)たちが真堂先輩の大地震で崩れた地形から続々と現れてきた。

 

さて、他に手は無い。突撃と行くか!

そう思っていた自分が恥ずかしくなるほど、その増援はタイミング良く現れた。

大氷結と、暴風を伴って。

 

「遅くなった。団扇、増援だ。」

「団扇!助けに来たっス!」

「ナイス増援!焦凍、夜嵐!」

 

移動術での突撃をする。ギャングオルカはいまだ目を閉じたまま、自分の桜花衝を素のフィジカルのみで捌いてきた。だが狙いは足元の緑谷の救出だ。左足で緑谷を踏み、吸着。右足のみにチャクラを集中させた移動術で逃亡する。

 

「ありがとう、団扇くん!」

「動けるか?」

「あのバリアーのお陰で、ギリ動ける!」

「吉報過ぎるなオイ!最高だよ!そういう事だ、やっちまえ、焦凍、夜嵐!」

 

2人の個性のコンビネーションならギャングオルカとも戦える。

 

そう思っての声だったが、2人は、というか夜嵐は欠片も協調する様子を見せず、結果として焦凍の炎も夜嵐の暴風も逸れてしまった。

 

「夜嵐、コントじゃねぇんだぞ!真面目にやれ!」

「今のは、エンデヴァーの息子が!」

「お前の風が原因だろうが!」

 

そんな言い争いが始まりかけた所に、黒タイツの武器が焦凍に向けられているのが見えた。

 

「焦凍、防げ!」

「チッ...今は(ヴィラン)対処が先だ。」

 

焦凍の氷結により黒タイツから放たれた射撃は防御された。あれは何が放たれている?

 

「セメントガンだ、当たればすぐ固まって動けなくなる!」

「説明ありがとう黒タイツさん!」

 

そんな話をしつつも緑谷を真堂先輩に預ける。

 

「真堂先輩、30秒は経ちましたよね。動いて下さい。」

「先輩使いが荒いな、後輩!」

 

真堂先輩は地面に手をつけて瓦礫の山を登り始めていた黒タイツに振動を浴びせた。

 

「夜嵐、今の焦凍を見ろ!焦凍、お前のツケだなんとかしろ!お前ら2人のコンビネーションならギャングオルカにも負けはしない!俺と緑谷は黒タイツを片付ける!」

 

移動術で回り込み黒タイツ連中へと襲いかかる。セメントガンの弾は大きい、大きく回避しなければならないのが辛いところだ。

 

なのでこの辺に沢山ある武器を使って戦おう。

 

瓦礫を掴み、チャクラを足、腰、腕と流動させて用いる事で擬似的な怪力を生み出す。そして瓦礫を黒タイツに向けて投げつける!

 

「即興必殺、怪力乱心!」

 

「うおマジか⁉︎」と驚いて回避する黒タイツたち、流石のプロだ。

だが、攻め込むには十分な隙ができた。

 

移動術で踏み込み、桜花衝を一発、1人撃破。

遅れて踏み込んできた緑谷の蹴りによって2人撃破。

小さく移動術を行い踏み込んだ肘打ちを顎に当てて3人撃破

フルカウルの小回りを活かした緑谷の拳で牽制してからの俺の蹴りにより4人撃破

俺の桜花衝を見せ札にして回避させた先に緑谷の蹴りが叩き込まれた、5人撃破

構えられてしまったセメントガンを回避して2人同時に放った拳により顔面と腹にダメージを与えて倒した。

 

真堂先輩の起こしたフィールド割りにより人数が少なくなっている。第一陣はこれで終わりだ。

 

「なぁ緑谷、バンド組まね?」

「突然だね...僕は楽器はできないかな。」

「奇遇だな、俺もだ。ここでも息が合うとかちょっと運命感じちゃわね?」

「また適当なこと言う。まぁ...」

「そうだな...」

 

緑谷と俺、息の合ったダブル回し蹴りにより立ち上がった6人目は、完全に崩れ落ちた。6人撃破。

 

「次の黒タイツに備えるか。」

「そうだね。」

 

何だかんだと緑谷との付き合いは長い。俺が力を得ても、それを勘定に入れて動いてくれる頭の良さもある。いい友人を持った、心からそう思う。

 

ふと、ギャングオルカの方を見る。ギャングオルカは、焦凍と夜嵐のコンビネーションと思われる炎の渦により閉じ込められていた。

だがギャングオルカはプロヒーロー。どうせ破られるだろうから緑谷とともに奇襲に行くかと迷ったところ、他のA組連中がやってきていた。士傑の学帽を被った人たちの姿も見える。夜嵐と焦凍は倒れ伏しているものの傷はない。

 

「どうする緑谷、どっちか行くか?」

「皆が来ている。だから僕たちは僕たちの役割をしよう。」

「そうだな、おかわりも来ちまったし、な!」

 

緑谷と共にセメントガンの射撃を回避、瓦礫を乗り越えて現れた黒タイツは7人。さっきより1人多い。まぁ向こうは個性を使わないなんてハンデをつけてくれているんだ、この程度抜けられないのは雄英生徒の名折れだ。

 

「行くか。」

「うん。」

 

そうして、自分と緑谷が新たな(ヴィラン)へと立ち向かおうとしたその時、ビーというブザー音と共に放送が鳴った。

 

『只今をもちまして、配置された全てのHUCが救出されました。まことに勝手ではございますが、これにて仮免試験全工程終了となります。』

 

「終わったな、手ごたえはどうよ?」

「うん、途中からは悪くないかな。」

「ぶっちゃけ俺はてんやわんやしてただけだわ。」

「嘘⁉︎」

「いや本当。渋川先輩いなかったらどっかで破綻してたと思う。あの人マジで最高だわ。お前を守ったバリアーの人だから会ったら礼を言っとけよ?」

「てことはすごい遠距離でバリアーを発生させたんだ。凄い個性のコントロールだ。どこの学校にも凄い人っているんだね。」

「本当になー。あの人と協力できた試験で良かったわ本当に。」

 

そんな会話をぐだぐだしながら歩いて行くと、市街地エリアに移された救護所が何か騒がしかった。

 

「様子がおかしい、行くぞ緑谷。」

「うん、誰か怪我でもしたのかもしれない。」

 

そこには頭部から血を流すHUCの人と、大量のガーゼで必死に止血を試みる絹川先輩と渋川先輩がいた。

 

ヒーロー仮免許試験の終わり際に起きたその事故は、卵からヒヨコになろうとしている俺たちには少しばかり荷が重い、命に関する出来事だった。

 




さぁ、本格的なオリジナル展開の始まりです。
評価バーはもはや多少の低評価でも高評価でもビクともしないので自分の妄想を楽しんで書いて行きたいと思っています。


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仮免許取得試験で起きた一つの事故について

評価はビクともしないよね!と言った次の日に40人近くが同時に高評価入れてくれて評価バーが憧れのオレンジになった衝撃。
思わずスクショしてツイッターに上げました。


「駄目、血が止まらない!」

「諦めない!訓練通りやればこの人は助かる!絶対の絶対に!」

 

頭から血を流すHUCの人を必死に応急処置しようとする絹川先輩と渋川先輩。だがガーゼが赤くなるのが止まる事はなかった。

 

周囲で呆然としている奴を捕まえて話を聞く。

 

「状況は⁉︎」

「あ、ああ!脈拍数でトリアージ赤、頭部から出血あり!今止血中!」

「原因は⁉︎」

「試験が終わったと思ったらビルが崩壊して!HUCの人が俺を庇って!」

「原因は高所からの瓦礫か!わかったありがとう!」

「なぁ、あの人。助かるよな!」

「あの人は死ぬような真似はしていない。だから助ける。その為のヒーローだ!」

 

深呼吸一回、集めるべき情報は2つだ。

 

第1に、医務室で脳へのダメージのありそうなこの怪我を治療できるかどうか。

第2に、救急車は呼ばれているのか。

 

「HUCの皆さん、ここの医務室について知ってますか!」

「ああ、ここの医務室にはCTやMRIは無い!だから救急車は呼んである!」

「流石プロ!それじゃあ渋川先輩たちの応急処置はどうですか?」

「文句の付け所がない、理想的な処置だ。それに今倒れている先輩の個性は増血、血が多いから出血多量でどうにかなったりはしない!しないはずさ!」

「ですって先輩方!出血量は気にしないで止血に専念してください!」

 

渋川先輩は、「ナイス情報!いい後輩だね!」と軽口を叩いてきた。応急処置は任せてしまって大丈夫だろう。強い人だ。いや、強がっているのかもしれない。どちらにせよやる事は変わらない。

 

「今のうちに担架作るぞ!」

「それなら私にお任せを!」

 

そう声を上げたのは我らがA組の副委員長だ。来てくれたのか!

その隣にはいつのまにか姿を消していた緑谷がいた。

 

「八百万!ナイスタイミング、」

「必要だと思って連れてきた!」

「ありがとう緑谷!八百万、早速担架頼む。」

「はい!」

 

八百万の創造により台車付きの担架が作られた。これで応急処置が終わると共にすぐスタジアム外に患者を搬送できる。

 

担架を作り終えたあたりでギャングオルカたちがやってきてくれた。

 

「ホウ、良い手際だ。そうとう鍛錬したのが見える。」

「ギャングオルカさん、黒タイツさん達の中に治療系の個性の方はいますか?」

「いいや、すまないが俺のサイドキックにはいない。」

 

という事は最後の手段としての治療行為ができるのは俺だけだという事だ。まだ未熟な掌仙術なれどそれしかないならやるしかない。

 

深呼吸して状況を見る。どうやら止血は終わったようだ。今絹川さんの作ったネット包帯を使ってガーゼを固定している。

 

「処置終わり!とりあえず救急車来るまではこれで良いはず!」

「よし、担架で外に運ぶぞ!」

「準備がいいね後輩!」

 

集まった数人で怪我したHUCの人を担架に乗せる。

その中にはギャングオルカさん、先程HUCの人に庇われたといった少年、緑谷、応急処置を行った渋川先輩に絹川先輩にギャングオルカさんのサイドキックらしい黒タイツの方々がいた。

 

「後は大人に任せて...と言っても聞かないだろうな。引き渡すまでならついてくる事を許す。気張れ卵ども!」

 

ギャングオルカの激に、皆は「はい!」と答えた。

 

集まった皆で走って、しかし振動を与えないように気をつけてHUCの人を運ぶ。後ろから何人かのHUCの人が付いて来ているのが見えた。

きっとこの人は慕われている人なのだろう。そう思うと、身体の底から力が湧いて来る気がして来た。

 

「次を右だ!」

「はい!」

 

今は走る。命を救うために。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

競技場の外に出て救急車を待つ。だが、ギャングオルカさんが無線で連絡を受けたとかで話を始めた。俺たちにとっては最悪な話を。

 

「お前たちはここまでだ。後は俺たちがなんとかする。」

 

そう言ったギャングオルカさんの顔は、付き合いの浅い俺たちにもわかる程苦渋に満ちた顔をしていた。

 

「待ってください納得できないです!救急車に乗せて安全が確認できるまでは俺は離れません。この人は俺を庇って頭に瓦礫を受けたんです!だから!」

「落ち着け!」

 

少年の言葉を遮るように大声をだす。ギャングオルカさんとはいえ好きで俺たちを遠ざけようとしているわけではないのは表情からわかるのだから。

 

「理由を話してください。通報は会場でされた筈、なのにそれなりに時間の経った今でも救急車がまだ来ないって事は何かあったんですね?」

 

ギャングオルカさんは少し黙った後、単刀直入に言った。

 

(ヴィラン)発生により消防署とこの競技場を繋ぐ道路が封鎖された。そのせいで救急車は今、大幅な足止めを食らっている。」

 

「なんですかそれ!脳へのダメージのあるかもしれないんですよ⁉︎治療が遅れる事で後遺症のリスクが跳ね上がるんですよ!」

「だから落ち着け!ギャングオルカさんのせいじゃないだろ!...ドクターヘリや近くの他の場所からの救急車は来れないんですか?」

「ドクターヘリは今別件で使用中で、使えないそうだ。他の消防署からの救急車は先程呼んだ。だが到着はかなり遅くなりそうだ。」

 

沈黙が皆を包む。そんな時担架の上から「うう...」と声がした。

 

担架の最も近くにいた渋川先輩がすぐに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?私の手を握ってください。握れますか?」

 

返答は無かった。「うう...」という声にならない声のみが響く。

だが、その声と共に、頭を抑えていたガーゼが再び赤く染まり始めた。

 

「嘘、出血がまた始まった⁉︎」

「とにかく止血!ガーゼ頼みます絹川先輩!」

「...うん、任せて!」

 

応急処置を始めようとした自分たち。だがギャングオルカさんはその手を一度止めさせた。

 

「待て、傷口を見せろ。」

「...はい。」

 

頭のネット包帯とガーゼを外した先には、傷口が内側からの血により無理矢理こじ開けられている光景が見えた。これは、ただの出血じゃないッ!

 

「この青年の個性は増血だったな?」

 

ギャングオルカは極めて冷静について来たHUCの人に尋ねていた。

 

「はい、先輩の個性は増血です。体外に出た血を増幅させる事ができるって言ってました。」

「やはり、個性の暴走がこの再出血の原因のようだ。」

「個性の...暴走...⁉︎」

 

救命講習でレアケースだが注意しなければならないと言い聞かされていた項目だ。脳にダメージを負った患者が自分の意思によらず個性を暴発させてしまい、多くの負傷者を出した事件が過去にあったからだ。

だが、それなら止めようはある!

 

「催眠で暴走を抑えてみます!」

 

そう言った俺は即座に青年の目を見開かせて自分の写輪眼と合わせ、催眠を行う。

だが、手ごたえはあったにも関わらず出血の暴走が止まる事は無かった。

 

「何で、催眠は成功したのに⁉︎」

「催眠の届かない傷ついた脳の部分が自動的に個性を暴走させているのだろう。それも傷口の付近をこじ開ける形でな。...悔しいがこの青年を助ける術は、個性の暴走が止まることを祈る事しか無い。僅かずつでも体内の血が減っているのだから、いずれ出血多量に陥る。」

「そんな、嘘ですよねギャングオルカ!この人を助ける手段はきっとありますよね!」

「...お前たち卵は会場に戻れ、後の処置は俺たちがやる。」

 

そのギャングオルカの苦渋が分からない人はこの場にはいない。

だが、皆の血が出るのではないかと思うほど強く握りしめられた拳を見て、今尚血を流し続ける青年の姿を見て、そして、誰にも助けを求められずに苦悩し、涙をこらえている少年を見て、覚悟は決まった。

 

「あります、手段なら。」

「団扇くん...まさか、あの技を⁉︎」

「何か手段があるのか⁉︎」

 

皆の視線が俺に集中する。

 

ミラーダートを取り出して自分の指を少し切る。そして掌仙術を使って傷を治すのを皆に見せる。

 

「俺の技、掌仙術です。細胞を活性化させて傷を癒す事ができます。これで脳のダメージを治癒する事で個性の暴走を止めてみせます!」

 

「おお!」と沸き立つ皆。だがギャングオルカさんと緑谷は顔を強張らせたままだった。

 

「その技、完成していないな?」

「今、完成させます。」

 

強がりだ。できる保証などどこにもない。

 

「強がるな。もしその技に自信があるのなら応急処置の段階で使っていたはずだ。そうでないという事は自分でも不可能だとわかっているからだろう?」

 

事実故に、一瞬言葉を返せなかった。

だが、俺がやらなければ人が死ぬ。ここでは強がらなければ駄目だ。

 

「でも、他に手はありません。やらせて下さい。」

「駄目だ。この国には未だ、善きサマリア人の法はない。お前の治療が及ばずにこの青年を死なせてしまったらそれはお前の責任になる。人の死は、重いぞ。」

「...はい、承知の上です。」

 

一度深呼吸。俺の心を伝えよう。

 

「それでも助けたいんです。皆で命を繋ごうとしたこの人を。それが俺のなりたいヒーローの形ですから。」

 

ギャングオルカさんはハァと一度ため息をついたあと言ってくれた。

 

「プロヒーローギャングオルカの名において、個性の使用を許可する。俺が責任を取ってやる。行け、団扇巡。」

「はい!」

 

「団扇くん、待って。」

 

だが、俺の行動に待ったをかけたのは緑谷だった。

 

「どうした緑谷。」

「団扇くん、君の掌仙術の助けになるかと思っていろんなヒーローの個性を調べたんだ。」

「マジか、ありがとう。」

「フィルターだよ、団扇くん。エネルギーを流し込むときに調律が必要なら、エネルギーを変換するフィルターを付ければ良い。僕の想像でしか無いけど。」

 

思い返すのはNARUTO主人公うずまきナルトの螺旋丸修行における一コマ。あれは、右手と左手で役割を分担すれば術の効率は良くなるという例の筈だ。思いがけずに貰う事のできたフィルターという発想のお陰で思考はクリアになった気がした。

 

「ありがとう、緑谷。」

 

手の甲の鏡を見て自己催眠をかける。これで集中力は最大に、イメージは先程の緑谷が補完してくれた新しいイメージで。

 

身体エネルギーの色を印で調律して発動する!

 

「行くぞ!秘術、掌仙術!」

 

皆の祈るような視線を背中に受けて、俺の初めての本格的な治療行為を開始する。

 

手のひらに青年の血の暖かさが感じられる。命の暖かさだ。

この命を、繋いでみせる。必ず。

 

左手を調律のフィルターに、右手で繊細なチャクラコントロールを行うマニピュレータにする。

 

チャクラは血を伝い、脳の細胞一つ一つに身体エネルギーを与えていく。

 

1秒が一時間にも思えるほどの深い集中の中で、チャクラをひたすらに制御する。

 

そうして体感時間数十時間の激闘の先に、手のひらから血が溢れ出る感覚が止まったのを感じられた。まさか、間に合わなかったのか⁉︎

 

「個性の暴走が止まった!バイタルは⁉︎」

「脈速いけど生きてる!個性の暴走が止まったんだ!最高だよ後輩!」

 

渋川先輩のその声によって、張り詰めていた集中が切れてしまった。

ストンと崩れ落ちる俺、立とうと思っても力が入らない。安心で腰が抜けたようだ。そんな俺をギャングオルカさんは片手で持ち上げて青年から離した。

 

「最後まで気を張っていろ、ヒーロー。」

 

そんな言葉と共に俺を下ろすギャングオルカさん。ハッと気付いた渋川先輩と絹川先輩がガーゼで出血を止めようとすぐに動き出した。

そんな時、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。

 

皆の緊張が解けるのを感じる。あとは医療のプロに任せれば大丈夫だ。そう思うと立ち上がろうとしていた力が抜けて、俺は地面に倒れ伏してしまった。

 

「大丈夫?団扇くん。」

「大丈夫じゃない。力抜けて立てないどころか起き上がれないわ。こんな感覚初めてだ。」

「それが、人の命を救った感覚だ。これからお前が幾度も経験するであろう感覚だ。しっかりと味わっておけ。」

 

そうか、命を救えたのか俺は。だが、まだだ。頭部の傷は精密検査を終わらせるまで何が起こるかわからないのだから。

 

「CTとかでちゃんと脳を治せたか精密検査しないと駄目ですけどね。人の脳みそを治すなんて経験初めてなんで油断は出来ませんよ。」

「それを自覚しているなら安心だ。さて、救急車の到着だ。引き渡しは俺がやってやる。お前らはしっかり休んでおけ。」

 

ギャングオルカさんのその言葉に完全に緊張が解ける皆。

今回の功労者である渋川先輩など、俺同様崩れ落ちてしまっていた。

 

「大丈夫?渋川さん。」

「ありがと、絹川ちゃん。」

 

渋川先輩に肩を貸す絹川さん。2人は倒れ伏している俺の元へとやってきて、座り込んだ。

 

「お疲れ後輩。最後に良いとこ持ってかれちゃったね。」

「お疲れ様です先輩。俺はやりたくはなかったですけどね、あんな博打なんか。」

「勝てば良いのよ博打なんか。今日の後輩みたいにね!」

「渋川さん、それ駄目な奴だよ?」

 

皆で救急車へと搬入されるHUCの青年の姿を見届ける。付いてきていたHUCの人が同乗するようだった。

 

「んー、今日は後輩に助けられてばっかりだったねー。先輩として恥ずかしいや。」

「こっちこそ、渋川先輩に助けられてばっかりですよ。今日の試験、渋川先輩がいなかったら間違いなくパンクしてましたから。」

「そう?もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「今日の渋川先輩は最高でした。ありがとうございました。」

「ふふん、褒められるって気持ちいいね!ね!」

「そうだね、渋川さん。今日の渋川さんは格好良かったよ。」

「「予想外の所からの援護射撃⁉︎」」

「仲良いね2人とも。」

 

救急車が去っていくのを見届ける。一抹の不安はあるもののやれる事は全てやった。あとは祈るだけだ。

 

引き継ぎを終えたギャングオルカさん達が戻ってきた。そうして、自分がすっかりと忘れていた事実を告げた。

 

「さぁ、仮免試験の結果発表までそう時間はない。結果発表は着替えてからだ。急げ卵ども。」

 

「あ」という声が響いたあたり忘れていたのは自分だけではなかったようだ。緑谷も忘れていたあたり本当にやばい事態だった。これがプロヒーローとの差だろうか...

 

「忘れるな馬鹿ども。さあ走れ。」

 

「は、はい!」と反射的にに答えて走り出す皆、ちょっと待って!

 

「「待って、腰が抜けて走れない奴がいるのを忘れないで!」」

 

今日の功労者だと思われる2人は、どこか締まらないオチを迎えたのだった。

 

尚、気付いて戻ってきてくれた緑谷とギャングオルカさんのお陰で無事俺と渋川さんは着替えには間に合った。危なかったぜ...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『皆さん、長いことお疲れ様でした。これより発表を行いますが、その前に二言。まず、試験終了直後に起きた不幸な事故のせいで、HUCの1人に重傷者が出ました。』

 

息を飲む声が聞こえる。自分たちの頑張りがどうなったのかがわかる瞬間だ。この日本にはまだ善きサマリア人の法はない。ギャングオルカが責任と取ると言ってくれたが、最後に治療行為をした俺に責任がないわけはない。目良さんの次の言葉は、仮免試験の結果によらず、俺の運命を決める言葉になるだろう。

 

『ですが、居合わせた受験者たちの適切な処置と勇気ある行動によって、青年は目立った後遺症もなく無事に目を覚ましたそうです。その事についてHUCの社長からメールが届いていますので読み上げます。

私たちの仲間を助けてくれて本当にありがとう。助けに走ってくれた方々の勇気を私たちは決して忘れる事はない。私の仲間の未来を守ってくれた皆さんの未来に幸あらん事をここに祈らせていただく。

以上です。私からも助けに走った勇気ある皆さんにお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました。』

 

思わずガッツポーズを取った。すると隣で安堵の溜息を吐いた緑谷の腕に肘が当たってしまった。

「悪い」と小声で言うと、「大丈夫だよ」と返してくれた。

周りを見ると、同じような事を渋川先輩がやっていたのが見えた。本当にあの人と気が合うなーと何となく思う。

 

『さて、それでは二つ目、今回の試験の採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんの二重の減点方式であなた方を見させて貰いました。つまり...危機的状況でどれだけ間違いのない行動を取れたかを審査しています。とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい...』

 

バンとスクリーンに表示される名前たち。かなりの数が合格しているようだ。

 

まず自分の名前を確認する。こういう時に”う”から始まるこの苗字は確認が早くて楽だ。

団扇巡の名前はスクリーンに載っていた。仮免試験は合格だ。やったぜ。

そして次に気になっていた救護所に詰めてくれていたメンバーの名前を確認する。幸いにも覚えてる限りの皆は合格しているようだ。

 

皆の反応を見るに、A組の皆も大体が合格していたようだ。キレ顔の爆豪とどこか暗い顔をしていた焦凍を除いて。

念のため焦凍の名前を確認して見る。やはり名前は載っていなかった。

 

すると、夜嵐が焦凍の元へとやってきて思いっきり頭を下げた。

 

「ごめん、団扇が言ってくれていたのに今のお前じゃなく昔のお前を見てた!俺の見る目のなさがお前を不合格にさせちまった!ごめん!」

「いいよ、元は俺のツケだ。それにお前が直球で言ってくれたから気付けたこともあるからな。」

 

焦凍が落ちた事に気付いた皆がわいのわいのと集まってきた。

皆、うちのクラスのツートップが共に落ちているという事に驚きを隠せないようだった。

 

『えー、全員ご確認頂けたでしょうか?続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されていますのでしっかり目を通しておいて下さい。』

 

貰ったプリントを見る。93点、超高得点だ。思わず二度見するレベルでの驚きの結果だ。これはトップクラスの成績だろう。そう思っていたら耳郎の声が聞こえた。「ヤオモモ94点だ」と。

畜生、こんな所でも俺は八百万に勝てないのか...

 

「団扇くん落ち込んでるね、点数悪かったの?」

「八百万に一点負けたッ!中間といい期末といい、何故俺は八百万に勝てないんだ!」

 

転生というド級のズルをしているにも関わらず尚も勝てない八百万百、やはり天才か...

 

「焦凍はどうだった?」

「ああ、49点、ギリギリ不合格だな。」

「おお轟!お前も49点か、お揃いだな!」

「てことは俺がもっとちゃんと夜嵐に話していれば2人は合格できたかもしれないって事か...」

「気にすんな団扇。」

「そうっス、そんなもしもは後の祭りっスよ。」

「そうか、それなら謝りはしない。次の仮免試験は来年の4月。頑張れよ!」

 

そんな会話をしていると、また目良さんの放送が始まった。

 

『合格した皆さんはこれから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場になります。すなわち(ヴィラン)との戦闘、事件、事故からの救助など...ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは、君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生まれるという事でもあります。皆さんご存知の通り、オールマイトという偉大な(グレイトフル)ヒーローが力尽きました。』

 

神野事件、俺を助けにオールマイトがやってきたあの事件だ。オールマイトが力尽きたのは俺に責任の一端がある。たとえあの魔王に直接の原因があるとしてもだ。

その話題になったとき、周りの目が一瞬俺を見たのはきっと他の受験者たちも俺に責があるとどこかで思っているのだろう。

 

『彼の存在は犯罪の抑止になるほど大きなものでした。心のブレーキが消え去り、増長するものは必ず現れる。均衡が崩れ世の中が大きく変化していく中、いずれ皆さん若者が社会の中心となっていきます。次は皆さんがヒーローとして規範となり抑制できるような存在にならねばなりません。今回はあくまで仮のヒーロー活動認可資格免許、半人前程度に考え、各々の学舎で更なる精進に励んでいただきたい!!

そして...えー、不合格になってしまった方々。君たちにもまだチャンスは残っています。三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行するつもりです。』

 

「⁉︎」と驚く不合格者たち。まさかどんでん返しのパターンか!

 

『今私が述べたこれからに対応するには、より質の高いヒーローがなるべく多く欲しい。一次はいわゆるおとす試験でしたが、選んだ100名はなるべく育てていきたいのです。そういうわけで全員最後まで見ました。結果、決して見込みがないわけでなく、むしろ至らぬ点を修正すれば合格者以上の実力者となるものばかりです。学業との並行でかなり忙しくなるとは思います。次回4月の試験で再挑戦しても構いませんがーー...』

 

「当然、お願いします!」と声が響く。

 

「やったじゃねえか焦凍、夜嵐!再試験のチャンスに特訓のオマケ付きだぜ!」

「特訓!そう考えると講習も熱いっスね!」

「確かに特訓と考えると悪くねぇな。団扇、緑谷、すぐに追いつく。」

 

格好いい事言いやがって、だが言ってる事がちょっと違う。

 

「焦凍、そこは"追い越す"だろ?」

「...そうだな、すぐに追い越す。覚悟してくれ。」

 

そうして、激動の仮免試験は終了した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これが仮免許か...」

 

そこには、MEGURUとヒーロー名の書かれた免許証があった。ローマ字にすると少し間抜けに思えてくるのは何故だろうか...

 

「後輩!」

「お、渋川先輩。合格おめでとうございます。」

「後輩も、おめでとう!ちょっとお礼が言いたくて追っかけてきたのさ。この子がね!」

 

そう言って背中を押されたのはHUCの人に庇われたあの少年だった。

 

「団扇くん、ありがとう。本当に心からそう思う。君がいないとあの人は深刻な後遺症に、いや、下手したら死んでいたかも知れない。俺は、何もできなかった...」

「いいえ、何もできなかった訳じゃありません。あなたの声にならない声が俺に覚悟をくれた。だから俺は踏み切れたんです、あの大博打に。」

「団扇くん...本当にありがとう。この恩は決して忘れない。」

「じゃあ恩返しついでにいいですか?」

「ああ、なんでも言ってくれ。」

「名前教えて下さい。自己紹介もしていませんでしたから!俺は団扇巡、ヒーロー名はメグルです!」

「ああ!俺は塩田剛力、ヒーロー名はソルティマスクだ!」

「そして私は渋川真壁、ヒーロー名はヴァイオレットシェル!」

「なんで渋川先輩まで自己紹介してるんすか」

「ノリよ!」

「ノリなら仕方ないですね!」

「思ってたけど君たち仲いいね。幼馴染とか?」

「「今日初対面です。」」

「凄いな君ら!」

 

そんな会話が行われていたところ、飯田の声が響いてきた。

 

「団扇くん、そろそろバスが出るぞ!」

「応!それじゃあお二方、お元気で!」

「「元気でね、メグル!」」

 

そう言って2人の元から去って行く。ヒーローを続けるのならまたどこかで出会うだろう。

そんな偶然の出会いくらいなら願ってもバチは当たらないだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「にしても、あんな良い子が元(ヴィラン)だなんて信じられる?ソルティくん。」

「られる訳ないよ、メグルの性根は間違いなくヒーローのものだ。自己犠牲を厭わないで、縛りを振り切って誰かを助けるために動く事ができる、そんな格好いい奴だ。元(ヴィラン)ってのはきっと何か深い事情があったんだと思う。」

「まぁ、そーいう事はきっとそのうち自伝とか出すでしょ。気にしない気にしない!さて、私試験場まで電車だけどソルティくんは?」

「俺も電車。地味に交通費かかるよな、ヒーロー科って。」

「なら駅まで一緒に帰りましょうか!二次まで残ったの私だけだったから一緒に帰る人いなくって。」

「それならちょっと待っててくれないか?2次試験見学してる奴らがいるんだよ。同じ学校の奴で。」

「真面目だねー。どんな人?」

「蜘蛛頭と畳って奴らで、うちの高校のエース級だったんだよ。まぁ一次試験では2人ともメグルにやられたんだがな。」

「やっぱメグルくんって強いんだ。催眠眼とエネルギーを見る目に身体強化に治癒能力、まるで個性のデパートだね。」

「うちの教師のウィッチクラフト先生みたくかなり応用性のある個性なんだろうな。羨ましいぜ。」

 

2人はそんな駄弁りをしながらも仮免受かった高揚感を隠さずにいた。

 

「ねぇねぇ飛糸くん、あれってナンパ成功って感じなのかな?」

「...まさか、塩田先輩にあのような特技があるとは驚きですね、畳先輩。」

「気を遣って先に帰るべきかな?」

「どうでしょうね。この辺りの機微は男子校生徒である我らにはわからない事ですから。」

「悩むねー。」

 

そんな嬉しさを隠さない2人を見て、そんな会話をした2人がいたとか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その夜の事だった。

 

明日から普通の授業だねー、とか一生忘れられない夏休みだったよなーとか皆が話す中、自分はちょっと珍しい人物から誘いを受けた。

 

「なぁ、何の用なのか聞いていいか?爆豪。」

「黙ってついて来いクソ目。」

 

「かっちゃんと団扇くん?」

 

深夜の雄英を歩く俺たちを、見ている奴が1人いた。




という訳で掌仙術習得イベントでした。

ちなみに巡くんのいなかった場合の世界線

空から瓦礫が!
気付かない塩田!気付いたHUCの人!
命懸けで未来ある少年を守ろうとするHUCの人!
その時、宙を舞い現れた男!
手首から糸を出して瓦礫を弾き飛ばし、結果皆無傷で終わった。
どうしてあの距離から気付けたんだと尋ねる塩田。その男はこう答えた。
「スパイダーセンスだ。」


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あの日の為に

ヒロアカ映画見てきました。

金曜なのに満員御礼、ヒロアカ効果おそるべし。
アクションシーンが素晴らしすぎて口ポカンとしてた記憶があります。オールマイトとデクの共闘が激熱でした。最後のあのシーンで思わず拳を握りしめたくらいに。

あ、今回キャラ崩壊注意です。内面を描くって難しい。


爆豪とともに深夜の雄英を歩く。

 

辿り着いたのはスタジアム前、そこで爆豪の足は止まった。

 

「体育祭、懐かしいな。お前に完封負けしたの、割とショックだったんだぜ?」

「んで、今のテメェなら勝てるってか?」

「負けるつもりはない。ヒーロー志望なら当然だろ。」

「そりゃあそうだろうなァ。お前、オール・フォー・ワンとかいうゴミから新しく力を貰った訳だからなァ!」

 

驚きはしない。勘のいい爆豪なら気付いていてもおかしくはないとは思っていたからだ。

 

「それが、お前に何の関係がある?」

「テメェは、その力のお陰で仮免に受かった!体育祭で明確に俺より劣っていたお前が!俺よりも上に立ちやがった!」

 

「オールマイトを終わらせて手に入れた力で!」

 

その言葉にこもった思いの強さに、一瞬言葉を返せなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

爆豪勝己にとって団扇巡とは、強力な個性を持つだけのモブでしかなかった。あの日までは。

 

林間合宿においての団扇巡の暴挙、その真に目的を理解したのは、暴走しがちな幼馴染のストッパーとして神野事件の現場へと赴いた時だった。それまで団扇巡はただ調子に乗って捕まったのだと思い込んでいた。

 

あの魔王を見るまでは。

 

オール・フォー・ワンという魔王の暴挙を目の当たりにして、初めて自分がどれ程のリスクに晒されていたかに気付いた。それを防ぐために団扇巡という人物が当たり前のように命を懸けたことに気付いた。

 

自分より弱い筈の団扇巡という人物が強い筈の自分よりもごく当たり前のように戦っているという事実に気付いてしまったのだ。

 

そして、団扇巡は神野事件の時から目覚めたという新しい力で、プレッシャーだけで自分たちを殺しそうな魔王相手に一歩も引かずに立ち向かい、オールマイトと共闘して、結果凶悪(ヴィラン)2名を捕まえたという大戦果を成し遂げてしまった。

 

その時から団扇巡という存在は、爆豪勝己にとって緑谷出久同様に、あるいはそれ以上に目障りな存在となっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ああ、俺はオールマイトを終わらせた。限られた時間の中で父さんを助け出すには奴にオールマイトをぶつけるしかなかったからだ。」

「クソが、否定しろや!テメェのその態度が気に食わねェ!何でも全部受け入れるのが格好いいとでも思ってんのか!」

「事実だって言ってる。」

「だったら、何でそんなヘラヘラしてられる!」

「...さぁな、そこん所は自分でもわからない。」

 

事実だ。俺のせいでオールマイトが終わった。それを理解している筈なのに何故か俺はその事を後悔したりはした事はなかった。

きっと、それ以外に道はなかったと心のどこかで思っているせいだろう。

 

「だけど、あの魔王を倒すには他に道はなかった。そう思う。」

「わかってんだよそんな事は!でもテメェが捕まったりしなかったら、もしかしたらオールマイトが終わらないで済んだかもしれないだろうが!」

 

爆豪がオールマイトにそれほど深く憧れているか、俺は知ろうしなかったという事に今更ながらに気付いた。俺はクラスの仲間の筈なのに爆豪勝己という人物について表面的なことしか知らないのだと。

 

「俺は、そうは思わない。あの魔王を倒せるのはオールマイトだけだった。だから遅いか早いかの違いはあれど結局オールマイトは終わるしかなかった。俺はそう思う。」

「...わかってんだよんな事は!」

 

爆豪は叫ぶ。なにかを振り切るように。

 

「なぁ、爆豪。そろそろ本題に入ってくれないか。俺に文句を言うためにここまで来た訳じゃないんだろ?」

「ああ...クソ目、俺と戦え。」

「...それは、今じゃないと駄目か。」

「ああ、誰かが見てたら本気でやれねぇだろ。」

 

爆豪の目は本気だ。なら、その想いには答えなくてはならないだろう。オールマイトを終わらせた俺にしかその事は出来ないのだから。

 

写輪眼を展開する。爆豪はタイミングを読んでいたようで即座に目を足元に向けた。

 

「やろうか爆豪!お前の言葉にならないその声を、全部吐き出して来い!」

「...行くぞクソ目!」

 

まず放って来たのはスタングレネード、これで目を封じる算段だろう。だが、体育祭でそのエネルギーの流れは見ている。閃光の瞬間目を閉じて回避、小さい移動術で距離を取る。これで爆豪の射程から逃げる事ができただろう。

目を開けると、目の前に広がる爆炎。当たっていてばただでは済まなかっただろう。向こうは初手から倒しにかかっているようだ。

 

だが、いるべき所にいる事に定評のある奴が、今回の俺たちには邪魔をしに来た。

 

「なにやってんだかっちゃん⁉︎」

 

無視して攻撃を放ってくる爆豪。だがその手を払い服の胸の部分を掴み吸着で握力を強化。足、腰、腕とチャクラを流動させての技術怪力で爆豪を力尽くで投げ飛ばす、先ほど声のした緑谷の方へと。

爆豪は空中で爆破を行い体勢を整えて緑谷の近くへと着地した。

 

「クソデク、なんでここに居やがる。」

「それはこっちの台詞だよ!深夜に出て行くのが見えて、心配になって付いて来たんだよ!かっちゃん、なんで団扇くんと喧嘩なんかしてるんだ!」

「止めるな緑谷、俺と爆豪の喧嘩だ。納得できない事があるなら、あとは殴り合うしかないだろ。」

「団扇くん⁉︎」

「そういう事だクソデク、そこで黙って見てろ!爆速ターボ!」

 

緑谷を巻き込む形で爆速ターボを放つ爆豪。その動きは今の俺には隙だ、だがその隙を突こうとは思わない。

この戦いは、俺の心を爆豪に伝える為の戦いだ。その為に何をするべきかは分かっている。

 

「オラァ!」

 

爆速ターボを上手く利用し、遠心力を加えた爆撃を放とうとしているのが見える。その手と同量になるように調整したチャクラで真っ向から掌で迎撃する!

 

「桜花衝!」

榴弾砲(ハウザーバレット)!」

 

お互いに衝撃から弾き飛ばされる。体勢を立て直すのは同時だった。

俺の予想外の迎撃に驚いた爆豪は俺の目を思わず見た。

だが、催眠は使わない。

 

「テメェ...⁉︎」

「俺はこの方法で喧嘩をする。俺の目を見て、正面からかかって来い!」

「ふざけてんじゃねぇぞクソ目!俺を舐めてんのか⁉︎」

「舐めてねぇよ。でもこれは勝負じゃなくて喧嘩だ。ならやり方は自由だろ。」

「ああ、そうかよテメェも舐めプか!んな事言えねぇくらいにボコボコにしてやる!」

「かっちゃん、団扇くん...」

 

「オールマイトを終わらせたお前が許せねぇ!」

 

爆豪の空中回転蹴りをチャクラを込めた蹴りで弾き落とす。

 

「オールマイトを利用したお前が許せねぇ!」

 

着地してからの左右同時爆撃を左右同時に放つ桜花衝で迎撃する。

 

「そうだ、俺はオールマイトを利用した!」

 

爆豪の爆破を利用して独楽のように遠心力を作り出した速い蹴りを、移動術の応用で初速を速くした蹴りで迎撃する。

 

「あの魔王を倒す為に!それしか思いつかなかったからだ!」

 

爆豪の胸を掴んでくる動きをバックステップで回避し、追撃の爆破を桜花衝で叩き返す。衝撃で互いに後退する。目まぐるしく動き回った結果、緑谷を横目に俺と爆豪は睨み合った。

 

「テメェ、俺を倒すチャンスなんざいくらでもあっただろうが。」

「お前を倒す事より大事だと思うことがある。だからだ。」

「ケッ、その舐めプ後悔すんなよ!」

 

走り出す爆豪と俺。だが、緑谷が突然間に入ってきた事により俺と爆豪は一旦止まった。

 

「テメェ、何の用だクソデク!黙って見てろって言ったよなぁ!」

「緑谷、どいてくれ。これは俺と爆豪の喧嘩だ。」

 

「2人とも、なんで殴り合うことが前提なのさ!かっちゃんも、団扇くんも話してよ!」

「デク、てめぇは憎くねぇのか!こいつのせいでオールマイトは終わったんだ!それとも何か?お前はオールマイトから力を貰ったからもうオールマイトは終わっていいとでも思ってたのかァ⁉︎」

「悪いのはあの(ヴィラン)だろ!」

 

緑谷の声に一瞬止まる爆豪。だがそんな事は爆豪とて分かっているのだろう。その声には迷いが混ざっていた。

 

「知ってるよ、分かってんだよんな事!でも収まりがつかねぇんだよコイツがヘラヘラ笑っている事に!オールマイトが命懸けで助けた奴が、オールマイトの犠牲を容認するような奴だって事に!」

「だから止めなくていい、緑谷。爆豪の怒りは正しいものだ。」

「正しいわけないだろ!団扇くんはかっちゃんの怒りが収まるまでひたすら耐えるつもりみたいだけど、その怒りの元は違う!全部悪いのはオール・フォー・ワンだ!団扇くんじゃない!」

 

爆豪はその言葉に一瞬思考が止まったようだった。

 

「クソ目、テメェんな事考えていたのか...」

「...ああ、その通りだ。お前の怒りを受け止める責任が俺にあると思った。」

「そんな責任団扇くんにはない!かっちゃんにも団扇くんに怒りをぶつける権利はない!だから2人がこれ以上戦うってんなら。」

 

「僕が、2人を止める。」

 

緑谷のその覚悟に俺と爆豪は一瞬気圧された。

 

「やってみろやクソデク!クソ目もテメェも纏めてぶちのめしてやる!」

「爆豪、お前の相手は俺だろうが、よそ見してんじゃねぇ!」

「2人とも、いい加減にしろ!」

 

三つ巴の戦いが始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

緑谷出久にとって団扇巡は親しい友人だ。

雄英に入ってからのワン・フォー・オールのコントロールがろくにできなかった頃からずっと助けられてばかりの恩人でもある。

実際彼がいなければフルカウルの習得はもっと遅くなっていた筈だ。もしもそうなっていたらヒーロー殺しに飯田を殺されてしまったかもしれない。あの日は本当にギリギリの結果だったのだから。

 

そんな団扇巡が林間合宿で(ヴィラン)に自分の代わりに立ち向かった時感じたのは恐怖だった。自分の片腕をへし折り100%の力でも倒しきれなかったマスキュラーの狙いは彼だったのだから。

 

もしかしたら巡は(ヴィラン)に捕らえられてしまうのではないかと思い、実際にその通りになった。団扇巡が皆を(ヴィラン)から守ろうとしたが故に。

 

それを増長とは思わない。団扇巡という人物がそれだけ皆を大切に思っていたという証拠なのだから。

 

だから神野に向かう事を躊躇いはしなかった。だが、ストッパーである飯田、八百万、蛙吹、爆豪の4人が引き止めてくれなかったらあの魔王の前に無策で出ていたかもしれない。

 

それほど、緑谷出久という少年は団扇巡という少年を大切に思っていたのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

緑谷の蹴りを躱し、爆豪の爆破に対して桜花衝を合わせる。

緑谷の攻撃の線は単純だ。スピードのついた今の俺なら回避するのはそう難しくない。

だが、視界外から奇襲をされては攻撃を受けてしまうだろうから、早めに戦場からどかしておきたい。そう思っていると自分の足元に潜り込んだ爆豪がかなりの規模の爆破を放とうとしてきた。チャクラを多めに込めた桜花衝で迎撃する。

 

緑谷は戦場からどかしたい。だが爆豪の前に隙を晒すことはできない。今のようにあらゆる方向から爆破が飛んでくる。

 

そして、こういった状況に最適である影分身であるが、今回の喧嘩においては使う事が出来ない。なぜなら爆豪の最大火力、榴弾砲直撃(ハウザーインパクト)は自分の100%の力でないと受け止めることは出来ないからだ。

 

緑谷からも爆豪からも目を切れない。爆豪はうまく爆破の範囲を調整する事で緑谷を牽制している。その攻撃範囲がちょっと羨ましい。

 

緑谷が一旦俺たちから離れた。シュートスタイルの動きだ。

 

「2人とも、止まれ!」

 

高速接近から放たれる飛び蹴りが、今度は爆豪に向けて放たれた。

爆豪は爆破で体勢を崩す事で回避した。緑谷の左足を掴みながら。

爆豪の意図が読めたので緑谷の体を爆豪の側に押して体勢を崩す。

爆豪の爆破の勢いを使った回転投げにより緑谷は遠くへと投げ飛ばされた。これでまたタイマンだ。

 

爆豪は爆速ターボを使った移動にて俺の視線を逸らそうと動いてくる。だがこちらもチャクラを使った小さい移動術にて視線を外さないように動く。

 

その瞬間、背後から地を蹴る音が聞こえた。横に大きく移動術で動く。案の定緑谷が背後から襲いかかって来ていた。復帰が早いッ!

 

緑谷の蹴りを躱して体勢の崩れた俺に放たれる爆発。桜花衝による迎撃は間に合わない。ならチャクラを集中させて身体で受ける!

 

だが、緑谷の横槍によって爆豪は攻撃を中止して、爆発で回避に移行する。距離を取ってきたのはリーチの長い技を持たない俺に取っては不利だ。

 

爆豪は緑谷と俺を直線上に置いて、掌の前に拳を作り出した。

 

徹甲弾 機関銃(APショット オートカノン)!」

 

緑谷を守るために爆豪による徹甲弾(APショット)の乱射をチャクラを放出する手で払って近づこうとするも、緑谷が蹴りの乱舞で爆風を払い、自力で対処していた。今までの速さでは迎撃しきれなかった筈だ、今の緑谷のフルカウルは何かが違う!

 

だが、この喧嘩に緑谷が割って入る必要はない筈だ!

 

「緑谷、お前がそこまでする理由はないだろ。黙って見ていてくれ!」

「黙ってられないから邪魔をしてる!戦う以外に分かり合う道はあるから!」

「知るかんな事!収まりがつかねぇんだよ、コイツをぶっ倒さねぇと!」

 

爆豪の爆速ターボによる緑谷の頭を超えた高速接近。身体があったまってきたのかスピードは最初よりも速くなっていた。それにこの遠心力を乗せた軌道、来る!

 

「2人纏めてくたばれ!榴弾砲直撃(ハウザーインパクト)!」

「受け止めてみせる、お前の思いを!桜花衝!」

 

爆豪の榴弾砲(ハウザー)の掌に合わせて全力の桜花衝を放つ。身体中のチャクラを一点に集めた本当の全力だ。

 

ぶつかり合った衝撃で吹き飛ばされる俺と爆豪

 

腕に伝わる鋭い痛み。これはおそらく右手が折れている。

それは爆豪も同様だったようで右手をだらりと下げている。

 

だが、まだ喧嘩は終わっていない。痛みを堪えて気力で立ち上がる。

爆豪も同様に立ち上がってきた。

 

「もう止めよう!2人とも腕、折れてるだろ!」

「その程度で止まるなら、ハナから喧嘩なんかしてない!」

「同感だクソ目!どっちかがくたばるまで終われるかよ!」

 

「いいや、ここまでにしよう。」

 

そう言って歩いてきたのはオールマイトだった。

 

「君たちは十分気持ちをぶつけ合った筈だ。もう分かっているのだろう?爆豪少年、団扇少年、お互いの気持ちが。」

 

俺には掌を通じて伝わってきていた。爆豪がどれだけ深くオールマイトを敬愛しているのかが。だからこそオールマイトを終わらせた俺を許す事が出来なかったのだと。

 

爆豪には、俺の気持ちは伝わっているのだろうか。

 

「うるせぇよオールマイト!伝わってきてるんだよ、コイツの馬鹿さが!コイツは俺に対して怒りも、憎しみも持たないで、ただ感謝しかしてない大馬鹿野郎だってことは!」

「爆豪少年...」

「だからって止まれるか!あの日のコイツがやった事は許せる事じゃねぇんだよ!」

「いいや違う、君には話そう。私と奴の宿命を。緑谷少年も団扇少年も知っていた事だが、私は元から長く戦える身体では無かったのだよ。5年前に奴に負わされた傷が原因で。」

 

そうしてオールマイトは語り始めた、長きに渡って戦い続けたオール・フォー・ワンとの宿命を。

 

「んで、その責任と力を受け継いだ次の世代がデクって訳か。」

「爆豪少年、やはり気付いていたか、受け継がれる私たちの力、ワン・フォー・オールについて。」

 

爆豪はオールマイトのその言葉の意味を理解した時、自嘲の笑みを浮かべ、そしてダムの決壊のように言葉を吐き出した。

 

「だからデクはあんたの最期の言葉を違う意味で受け取った。...ハッ、なんだそりゃ。俺より弱かったクソ目があんたの隣で戦って、俺の後ろを付いてきていたクソデクがあんたの後継者になって!じゃあ俺はなんだ!俺の憧れは、間違っていたって言うのかよオールマイト!」

 

オールマイトは、その言葉に抱きしめる事で答えた。

 

「君の憧れを嬉しく思う。私は君を強い子だとばかり思い込んでいた。だが、それだけじゃあなかったんだね。私も反省しなくてはならないな。」

「オール、マイト...ッ!」

「君も、少年なのにな。」

 

抱きしめられた爆豪の目から涙が流れ落ちる。どうやら、この喧嘩はようやく終わったようだ。

 

チャクラはほぼ使い切った状態で、しかも腕が折れているというおまけ付きだ。だが、爆豪勝己という恩人の心を救えた事を思えば、安いものだ。

 

「爆豪。」

「なんだよ、クソ目が。」

「ありがとう。あの日、あの場所に来てくれて。俺は、本当にそれが嬉しかった。」

 

爆豪はその言葉に対して、「ケッ」と吐き捨てるだけだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから緑谷と爆豪とオールマイトと、本音で少し語り合った。

緑谷が、爆豪に今でも憧れているという事。

爆豪が、緑谷に対して畏れているという事。

俺が、父さんを助けてくれた皆に本当に感謝しているという事。

オールマイトが、終わるという選択をした事に悔いはないという事。

ワン・フォー・オールの秘密は生徒では自分たちしか知らないという事。

 

応急手当てを終えて、職員寮の相澤先生の部屋に着くまでの短い間だが、ポツリポツリと語りあった。あの日の傷口を塞ぐように。

 

「君たちは、良いヒーローになる。緑谷少年の救ける心、爆豪少年の勝ちたい心、団扇少年の感謝する心、その三つが互いに影響しあい高めあえば、君たちは最高のヒーローになれる。私はそう思う。さぁ、相澤くんはお冠だ。皆でしっかり叱られよう。」

 

結果、緑谷は2日間、俺は3日間、爆豪は4日間の謹慎、その間の寮内共有スペースの清掃と反省文の提出がペナルティーとして課せられた。

 

「ま、3人なら謹慎生活も楽しいだろ!」

「謹慎って楽しむものじゃないと思うんだけど...」

「ケッ、勝手に楽しんでろクソ目。」

「じゃあよろしくな!出久、勝己!」

 

唐突に名前呼びに変えたときの2人の反応が両極端で、ちょっと笑った。




もっと描きようはあったかもしれないですがとりあえずはこんなオチに。三つ巴の戦いが難産過ぎて辛かったです。
今回の話のバトルシーンは後でこっそり修正するかも知れません。


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インターン編、インサート
ビッグ3、通形ミリオ


iPhone新しくしていざデータ移行だーと思ったらパソコンがぶっ壊れたという悪夢。本体下取りとかなくて本当に良かった。
家族用のパソコンで無事データの移行は終わったのでメモ帳にあるプロットはなんとか無事です。小説に影響はありません。


「謹慎トリオ第2号、お勤めから戻ってまいりました!」

 

3日間の謹慎が明け、久しぶりに思える教室にやってきた。勝己はあと一日謹慎なので「死ねやクソ目!」と捨て台詞を吐いていた。お前は完全に自業自得なのであと1日ゆっくりしておくといいさ。

 

「おかえりー」と朝早い連中の声が響く。

 

「団扇くん、謹慎明けおめでとう!というわけで頼まれていた授業のノートだ!」

「ありがとう、飯田。助かる。」

 

朝の時間を使ってノートの写真をパシャパシャと撮る。3日分のノートとなると分量が多くて大変だ。

ノートの写真を撮り終わる頃には授業2分前になっていた。割とギリギリだ。

 

「飯田、ありがとな。」

「ウム、役に立てたなら光栄だ。」

 

さて、幸いにも授業の範囲は予習していた範囲を超える事はなかった。焦らずとも授業についていく事はできそうだ。写真に撮ったノートを実際に写すのは今日の夜で大丈夫だろう。

 

さぁ、少し遅くなったが今日から新学期の始まりだ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「じゃあ団扇も戻ったところで、本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで。」

 

教室のドアが開く。誰かが外で待っていたようだ。

 

「職場体験とどういう違いがあるのか、実際に体験している人間から話してもらう。多忙の中都合を合わせてくれたんだ、心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名ーー...通称ビッグ3の皆だ。」

 

「雄英生のトップ...ビッグ3...!!」

 

戦慄する皆。元気に入ってくる金髪リーゼントの少年、青髪ロングで美人な少女、黒髪で猫背の少年の順に教室へと入ってきた。パッと見だが、あの金髪の人が相当に鍛えているのがわかる。ビッグ3、侮るつもりはないが強者だ。

 

「じゃあ手短に自己紹介よろしいか?天喰から。」

 

ギンっと黒髪の少年の目力が強くなる。これが強者の風格かッ...⁉︎

 

すると天喰と呼ばれた先輩は体をカタカタと震わせながらこう言った。

 

「駄目だ、ミリオ、波動さん。ジャガイモだと思って臨んでも、頭部以外が人間のままで依然人間にしか見えない。どうしたらいい、言葉が...出てこない。頭が真っ白だ...辛い...帰りたい...!」

 

その言葉とともに自分たちから背を向け、頭を黒板に頭を預けた。雄英のトップ3だよな⁉︎

 

たまらず尾白が尋ねる。

 

「雄英...ヒーロー科のトップ...ですよね...」

 

すると、その言葉には青髪の少女が答えた。答えたのか?

 

「あ、聞いて天喰くん、そういうのノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!彼はノミの天喰環、それで私が波動ねじれ。今日は校外活動(インターン)について皆にお話ししてほしいと頼まれて来ました。けどしかしねぇところで、君は何でマスクを?風邪?オシャレ?あらあとあなた轟くんだよね⁉︎ね⁉︎何でそんなところを火傷したの⁉︎」

 

波動先輩の言葉が止まらない。天喰先輩とは違うタイプだがもうすでにわかった。この人たち、濃いぞ!大トリを飾る金髪マッスルのミリオという先輩はどんなキャラなんだ⁉︎

 

その後も波動先輩の興味に従った言葉が紡がれ続け、相澤先生がボソッと「合理性に欠くね?」と呟いた。

 

その言葉に笑顔で返すミリオという先輩。「安心して下さい、大トリは俺なんだよね!」と。

 

「前途ーー⁉︎」

 

「多難?」とぼそりと呟く。返答はこれであっているだろうか。皆が黙っているあたりもしかしたら前途洋洋な気がしてきた。

 

「オーケーありがとう問題児二号の団扇くん!まぁ掴みとしては大失敗だけどね!」

 

ハッハッハッとミリオ先輩の笑い声が響く、この空気でも笑い出せるとは凄い先輩だ。

 

「まぁ何が何やらって顔をしてるよね。必修て訳でもない校外活動(インターン)の説明に、突如現れた3年生だそりゃわけもないよね。...一年から仮免取得だよね、フム...今年の一年生は凄く...元気があるよね...そうだねェ、何やら滑り倒してしまったようだし...君たち纏めて、俺と戦ってみようよ!!」

 

「ええー⁉︎」と驚く皆。

 

「俺たちの経験をその身で経験した方が合理的でしょう⁉︎どうでしょうね、イレイザーヘッド!」とミリオ先輩が言い、「好きにしろ」と相澤先生は言い捨てた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

体育館γ、出久の特訓に使ったり必殺技習得のために使ったりとなにかと縁のある体育館だ。今回はそこで勝己と焦凍を除いた19人対ミリオ先輩1人という超ハンディキャップマッチが行われようとしていた。

 

「ミリオ、やめた方がいい。形式的にこういう具合でとても有意義です。と語るだけで充分だ。皆が皆上昇志向に満ち満ちている訳じゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない。」

「あ、聞いて知ってる。昔挫折しちゃってヒーロー諦めちゃって問題起こしちゃった子がいたんだよ、知ってた⁉︎大変だよねぇ通形、ちゃんと考えないと辛いよ、これは辛いよー。」

 

その、先輩が負ける事を微塵も考えていない言葉に、A組の皆の火がついた。

 

「待ってください、我々はハンデありとはいえプロとも戦っている。」

「そして、(ヴィラン)との戦いも経験しています!そんな心配されるほど、俺らザコに見えますか...?」

 

常闇と切島のその言葉をスルーして、ミリオ先輩は言った。

 

「うん、いつどっから来ても良いよね。一番手は誰だ⁉︎」

「オレ「僕...行きます!」意外な緑谷!!」

 

切島の声を遮って出久が前に出る。

 

「問題児一号!!いいね君やっぱり元気あるなぁ!」

 

写輪眼を発動し、先輩を見る。個性はまだ発動していないようだ。

 

「近接隊は一斉に囲んだろうぜ!!よっしゃ先輩、そいじゃあご指導ぉー、よろしくお願いしまーっす!」

 

開幕の音頭とともに先輩の体じゅうに身体エネルギーが満たされたッ!

 

「個性を使った!気をつけ...⁉︎」

 

体操服が、通形先輩を通り抜けて落ちていった。

 

「何だ、服が落ちた⁉︎」と騒ぐ皆。写輪眼により動体視力が良くなっている自分にはしっかりと立派な一物が見えてしまった。おのれ、精神攻撃か⁉︎

 

「ああ失礼、調整が難しくてね!」

 

そう言って落ちた下のジャージを履くミリオ先輩。その顔面を出久が蹴り抜くが身体エネルギーが通っていたためその蹴りは顔面を通り抜けていった。

 

出久の攻撃により個性がほぼ確定できた!

 

「先輩の個性は透過!エネルギーが通ったとこが通り抜けてる!」

 

「おお、看破が速い!流石エネルギーを見る目だね!」

 

そう言った通形先輩は射撃組の弾が速い青山と瀬呂の個性を出久を見ながら()()()()()()()()()()を透過させることにより回避した。なんだあの絶技は⁉︎

 

「酸の噴射角変更!透過なら体全体に当てればどっかには当たる!」

 

そう言った芦戸の酸の雨はミリオ先輩の体を全て包み込んだ。芦戸の酸のエネルギーに隠れて見え辛かったが、通形先輩は体全体をエネルギーで覆った。そして、その一瞬後目の端から、少し先の地面から高速で飛び出してくるミリオ先輩が見えた。この角度、俺狙い!

 

だが、それなら写輪眼と目が合う筈!そう思って写輪眼を合わせ、催眠眼を発動したが、手ごたえはなかった。その時目にエネルギーが集中していた事から目を透過する事で光を受け取らなかったという事だろう。

写輪眼を使ったせいで一瞬体の反応が遅れた。咄嗟に小さい移動術で距離を取り腹を狙った拳を回避しようとするも、拳のスピードの方が速く腹に一撃を貰ってしまった。

移動術で後ろへのスピードを作ってもこの威力、まともに喰らっていたらやばかった⁉︎

 

「んー、反応された!凄いね写輪眼!でも、一番厄介な君が離れた!これは隙だよ!」

 

それからのミリオ先輩の行動は、まさに神速だった。また体全体にエネルギーを巡らせて落下したと思ったら後衛組の前に現れ、腹を殴り。また落ちる。それを人数の数繰り返すと、後衛組にいた皆は俺が体勢を立て直す数秒のうちに壊滅させられていた。

倒れていても個性が使える耳郎のイヤホンジャックは先輩の早技により上鳴に巻き付けられていた。

そのついでにズボンを履き直したあたり余裕があるのだろう。

 

「おまえら、いい機会だしっかり揉んでもらえ。その人、通形ミリオは俺の知る限り最もNo.1に近い男だ。プロも含めてな。」

 

相澤先生のその言葉に戦慄した。確かに高い壁だ。だがこういう時のPlus Ultraだ。頑張っていこう。

 

「すり抜けるだけで強いのにワープとか、それってもう...無敵じゃないっすか!」

「よせやい!」

 

格好つけてポーズをとる通形先輩。

 

「出久、個性は透過で間違いない!だがカラクリが分からない!とにかく落ちたら高速移動する。気をつけろ!」

「団扇くんの目でも暴ききれないのか...ッ⁉︎」

「だけど絶対に無敵じゃない!先輩の透過は目の光をも透過する!同じように考えるなら肺は酸素を透過するし鼓膜は音を透過する!消えている間は呼吸はできないし俺たちを認識できないはずなんだ!」

「ははっ、本当に凄いね団扇くん!正解だ!なら俺がどうやって皆の位置を把握していると考えているんだい?」

「それが分かれば今こんな叫んだりはしてないですよ、先輩!」

 

正直ワープじみた高速移動は個性の産物だ、どんなトンデモ理論がでてもおかしくはない。だが認識できない筈の俺たちを把握しているのは純然たる技術の筈。何故なら身体エネルギーの動きからそういう感知タイプの個性の発動は見えていないからだ。焦凍のような複合型や俺のような個性の複数持ちの線は完全にない。この異様な技術といい鍛え抜かれた身体といい、どれほどの鍛錬がこの人を作り上げたんだ...ッ⁉︎

 

「さぁ、休憩を挟んだところで再開と行こうか、近接組!」

「皆、とにかくカウンターだ!透過の個性を解かないと僕らに触れない!細かい理屈は置いておいてとにかく今は先輩を倒す事だけを考えよう!」

 

出久のその言葉に、今は頭で考えながらもフィーリングでなんとかするしかないと思った。

 

「沈んだ、来るぞ!」

 

尾白の声が響く。皆から少し離れた俺には先輩の動きが見える。

 

「出久!後ろだ!」

 

叫び声が届く前から出久は背後を振り向いて通形先輩の顔面に向けて蹴りを放っていた。出久の得意な分析と予測だろう。...その瞬間まさかと頭をよぎる可能性。先輩は俺たちを認識してないで、分析と予測だけで位置や反応を読んでいた...ッ⁉︎ありえるのかそんな化け物じみた戦術が⁉︎

 

なら、()()()()なら先輩の分析と予測を上回れる筈、次に沈んだ時がチャンスだ!

 

緑谷が先輩に反撃するもすかされ、透過を使った目潰しの後の一撃により倒れ伏した。そして次の行動に移るために地面へと沈む筈!

 

移動術で近接組皆の中心へと移動し、皆に叫ぶ。拳を握りながら。

 

「全員、対ショック姿勢!トンデモ技術に対応できるのは、力技だけだ!行くぞ、桜花衝!」

 

()()()()()()放つ久し振りの拳を使った桜花衝。その目的はコンクリートで作られた地面を破壊して先輩の予想外の動きを皆にさせるため!ついでに高速移動のカラクリが読めたら儲けもの!

 

さあ、どうなる!

 

「...凄いね!状況を見るにやったのは団扇くんだ。個性は目だけじゃあないみたいだね!でも!」

 

()()()上空へと高速移動したミリオ先輩は天井に半身を透過で埋めた。

 

「俺は、こんな状況にも慣れている!必殺!ファントムメナス!」

 

今の動きで高速移動のタネは割れた。身体の一部、あるいは全身を埋めて個性を解除すると吐き出されるように身体に力が入るのだろう。それを高速移動に応用しているわけだ。これで通形先輩の力の分析は終わった。

 

その代償として、上空からの初撃と高速移動による追撃を回避できた俺以外の皆は皆先輩に倒されてしまった訳なのだが。

 

「ハッハッハッ!全員腹パンで終わらせようと思ったのに何人か頭殴っちゃったよ、大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ多分、皆もヒーロー科、鍛えてますんで。」

「なら良いや!さぁタイマンだね、団扇くん!」

「タイマンですね、先輩。ならタイマンのマナーとして、目を見てくれませんかね?」

「ハッハッハッ!冗談キツイね!」

「まっ、知ってましたけど!」

 

地面に沈み消える通形先輩。出るのは前か後ろかの見えない二択。

その瞬間思いついた二段階の奇襲の手段、この策なら行ける!

 

先輩が地面に消えてから一瞬の緊張が走る。その隙に2つの術の印を結び奇襲の準備をする。

 

ミリオ先輩が現れたのは前からだった。

 

ミリオ先輩は俺の写輪眼を警戒して出現の瞬間以降目を透過させている、それはつまり目を閉じているのと同じ事だ。ならこの術は完全なる奇襲になる筈!

 

バックステップで距離を取り思いっきり息を吸い込み、燃える性質をチャクラに込めて、解き放つ!

 

「火遁、豪火球の術!」

 

人を飲み込むほどの火球を口から放ちミリオ先輩を覆う。これでミリオ先輩が攻撃のために透過を解いたら炎で大ダメージを受けることになる!

 

だが、火球を通り越している間ミリオ先輩は透過を解除しなかった。まさか、ここまで読まれていたのか⁉︎

 

火球を通り過ぎ、自分すらも通り越して背後を取り、背面から拳を放ってきた。

 

俺の、影分身に対して。

 

「消えた⁉︎」

 

桜花衝で砕いた瓦礫に変化していた俺はその一瞬の隙を突きにかかる、これが最後のチャンス!

 

「桜花衝!」

 

背後から襲いかかったその一撃は、完全に隙をついた筈なのに空を切った。桜花衝があたる直前で身体を身体エネルギーで覆い、透過を使ったのだ。そして腕を掴まれ、腕が身体を貫いた状態での変則回し蹴りにて頭を蹴り飛ばされた。

 

咄嗟に腕にチャクラを集中してガードしたが、ガードだけをすり抜けて蹴りは頭へと命中した。腕を掴まれているため吹き飛ばされることができず、威力は頭に集中してしまったため、そのダメージの大きさに俺はその場に崩れ落ちた。

 

「POWER!」

 

勝利のサムズアップポーズを決めるミリオ先輩。

 

A組19人対ミリオ先輩の変則マッチは、ただの一撃すら与えられずにA組の敗北となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ギリギリちんちん見えないように努めたけど!!すみませんね女性陣!!とまァーこんな感じなんだよね!」

「わけもわからず全員ノされただけなんですが...」

「俺の個性、強かった?」

「強すぎっス!」

「ずるいや、私のこと考えて!」

「すり抜けるしワープだし!轟みたいなハイブリッドですか⁉︎」

「ハッハッハッ、その答えは団扇くんよろしく!見抜いてるよね?」

 

唐突に振られて少し困惑する。頭が物理的にまだ痛いのだから休ませて欲しいのだが...

 

「ハァ、先輩の個性は透過の1つ。でも身体の一部や全身を何かに埋めて個性を解除すると弾かれる力が生まれる。それが先輩のワープじみた高速移動の正体です。」

「その通り!地面や天井をすり抜けてそこから力を貰っていた訳なんだよ!まぁ落下中に身体の向きやポーズを調整しないといけないから言葉で言うほど簡単じゃあ無いんだけどね!」

 

芦戸が「...?ゲームのバグみたい」とわからないなりに噛み砕いたところ先輩は「イイエテミョー!!」と笑いながら答えた。地面にめり込むとスピードが増すゲームって何かあっただろうか...

 

「攻撃は全てスカせて、自在に瞬時に動けるのね...やっぱりとっても強い個性。」

 

蛙吹のその声に、先輩は目を閉じて、自分の努力を振り返るように言った。

 

「いいや、強い個性に()()んだよね。団扇くんが分析した通り、発動中は肺が酸素を取り込めないし、鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものがすり抜ける。それは何も感じることができず、ただただ質量を持ったまま落下の感触だけがある...ということなんだ。わかるかな⁉︎そんなだから壁1つ抜けるっていう簡単な工程にもいくつかの工程が要るんだよね。」

「急いでいる時ほどミスるな俺だったら...」

「おまけに何も感じなくなってるんじゃ動けねー。」

「そう、案の定俺は遅れた!!ビリっけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。」

 

服は今でも落ちてないですか?と痛む頭で突っ込む。口には出さないが。

 

そんな俺の目を無視してミリオ先輩はトトトトトと頭を人差し指で叩きながら話の続きを始めた。

 

「この個性で上を行くには遅れだけはとっちゃダメだった!!予測!!周囲よりも早く!!時に欺く!!何より『予測』が必要だった!そして、その予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!長くなったけどコレが手合わせの理由!言葉よりも経験で伝えたかった!インターンにおいて我々は『お客』ではなく一人のサイドキック!同列(プロ)として扱われるんだよね!」

 

同列(プロ)として...」と自分の口から言葉が自然と出てきた。守られる子供としてでなく一人の大人として扱ってくれるのか...ッ!

 

「それはとても恐ろしいよ、時には人の死にも立ち会う...!けれど恐い思いも辛い思いも全てが学校では手に入らない一線級の経験!俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!恐くてもやるべきだと思うよ1年生!!」

 

ブルりとその言葉に震える皆、自然と拍手が巻き起こる。

 

「『お客』か、確かに職場体験はそんな感じだった。」

「危ない事はさせないようにしてたよね。」

 

「そろそろ戻ろう」と相沢先生の一声により、インターンについての説明は終わりを迎えた。だが気になっている事を聞かない事には終われない。

 

「通形先輩、質問いいですか?」

「なんだい?団扇くん。」

「俺の最後の奇襲の事です。豪火球が躱されたのはわかるんです。俺が何かをすると思って背後に来るまで透過を解かなかったってだけなんですから。でも影分身と変化を使った最後の奇襲は予測できる事じゃあなかった筈です。どうして躱すことができたんですか?」

「んー、アレ?予測できた!って言えれば格好いいんだけど、ぶっちゃけ最後のは勘かな!いやー、アレは危なかった!いい奇襲だったよ、団扇くん。」

「勘ってことは経験が導いた無意識の動きって事ですか...まいった、完敗です。」

「ハッハッハッ、よせやい!」

 

通形先輩は何かがおかしかったのか、俺の肩をバシバシと叩いてきた。

 

「ところで君の個性って写輪眼っていう目だけじゃなかったの?」

「あ、はい。精神をエネルギーにする個性があるってわかりまして、さっき吐いた火も、影分身や変化の術もそのエネルギーの応用です。」

「火を吐いて分身して変化する、まるで忍者だね!」

「あ、壁や天井に張り付いたり水に浮いたりもできます。」

「本当にまるで忍者だね!」

 

その日、俺は雄英の誇るNo.1に最も近い努力の男、通形ミリオ先輩とちょっとだけ仲良くなった。




ミリオがやばいのは個性ではなくそれを扱う技術。その事を表現したいが故にちょっとミリオの強さを盛ったかもしれません。ルミリオン復活が待たれるばかりですねー。


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始まりのキス

2日に一回12時に1話のペースが崩れた悲しみ。待たせてしまって申し訳ない。遅ればせながら投稿させて頂きます。
完全オリジナルストーリーのインターン編スタートです!


「お久しぶりですバブルビームさん、今大丈夫ですか?」

「今休憩時間だから大丈夫。久しぶり、メグル。色々ニュースは見たよ、大変だったね。」

「...あれから大変な事が多すぎてどれの事を言ってるかわかりません。」

 

バブルビームさんの苦笑が聞こえる。だってしょうがないだろう。職場体験終わってからもトラブルだらけの日々だったのだから。

 

通形先輩にボコられたその日の夜、俺は職場体験でお世話になったエンデヴァーヒーロー事務所のサイドキックであるバブルビームさんに電話をしていた。

 

「それで、何の用?いや、用なんか無くても連絡くれるのは嬉しいんだけどね。」

「あ、校外活動(インターン)の件です。予定と違って今年中に仮免とれちゃったんですがその場合でも内々定って有効なのかなーって不安になって。」

「微妙だねー、焦凍くんが仮免受かったなら制度を変えてでも受け入れると思うけどメグルだし。」

「なんですかメグルだしって。」

「いや、メグルのトラブルダイバーっぷりはHNでもちょっとした話題になってるから。」

「知らないところでも晒されてるんですか俺は⁉︎」

 

衝撃の真実である。まぁヒーローに名前が知られるのは良い事なのだが、良い事なのだが!

 

「まぁ僕個人としてはメグルに手伝って欲しい案件があるから来て欲しいんだけどね。だから本人も来たがってるって感じにエンデヴァーさんに伝えちゃうけど構わない?」

「むしろありがたいです。まぁインターン行けるかどうかは先生のGOサインが必要なのでまだわからないんですけどね。」

「雄英も大変だねー。」

 

「じゃあそろそろ休憩終わるから切るね」とバブルビームさんとの久しぶりの会話は終わった。変わらないようで何よりだ。

 

さて、しっかり筋トレして風呂入って寝よう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「1年生の校外活動(インターン)ですが、昨日協議した結果、校長を始め多くの先生が『やめとけ』という意見でした。」

「えー、あんな説明会までして⁉︎」

「でも全寮制になった経緯から考えたらそうなるか...」

 

皆の空気が落ち込む中、一人だけ「ざまァ!!」と吐き捨てる勝己、おまえと焦凍は行けないもんな...

 

だが、相澤先生は「が」と話を続けた。

 

「今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針として『インターン受け入れの実績が多い事務所に限り1年生の実施を許可する』という結論に至りました。」

 

勝己の「クソが!!」という声が響く。おまえのそういうところが駄目だと思うんだがなぁ...

 

その日の午後、バブルビームさんからメールが届いた。

 

『受け入れOK出たよ!今週末面接やってそれに通ったらインターン開始だ!待ってるよ、メグル!』と。

 

思わずガッツポーズを取ったのは仕方ないだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時は流れて週末、早起きして新幹線で都内に向かう。交通費の支給はあるので安心だ。

 

事務所の受付を通り会議室へと向かう。そこには、赤い魔女風コスチュームに箒を持った女性であるサンドウィッチさんと泡を模した模様のヒーロースーツの男性であるバブルビームさんがコスチューム姿で待っていた。

 

「よろしくお願いします。」

「ハイ、合格ね。」

「面接の意味は⁉︎」

「サンドウィッチさん、流石に省略しすぎですよ。まぁ同意見ですけど。」

「だから面接の意味は⁉︎」

 

早速緩い空気になってきたあたりこの人たち大丈夫なのだろうかと不安になる。ここ現No.1ヒーローの事務所だよな...?

 

「私達は職場体験でメグルの人柄も実力も把握してるからね。その辺はすっとばしても大丈夫だと思うのよ、今差し迫ってる捕物にメグルの写輪眼が必要だから。...最悪雄英に捜査協力頼もうかと思っていたくらいには。」

「差し迫ってる捕物?」

「インサート、覚えているよね。」

 

ゴクリと息を飲む。忘れる訳もない、あの最悪の愉快犯の事を。

 

インサート、存在しない家族の記憶を挿入し自殺に追い込む謎の(ヴィラン)。個性届けが出されていないことから闇の子供だと考えられている。

 

職場体験の時に自分たちが犯行を見つけた(ヴィラン)だ。

 

「警察を通じて各地の不審な自殺事件を洗い出した結果、見つかったんだよ、年の頃は12かそこらの不審自殺の現場に必ず居合わせる少女が。んで、当然警察が確保に行ったんだけど、その結果個性を使われて間違った情報が流れに流れ大混乱。声をかける事が個性の発動条件だとはわかったのは良いんだけど、個性が解除される時に記憶が一緒に消える性質のせいで集団による連携がぐちゃぐちゃにされちゃったのさ。」

「そこで、腕の良いヒーロー達による問答無用の奇襲戦法が警察から提案されたのよ。でも、以前のインサートを取り逃がした時の教訓から個性を受けているかどうか判別できる要員が欲しいの。つまりメグル、あなたがね。」

 

なるほど、と思った。インサートの個性は返答を待たなくて良い心操の個性のようなものだ。どんなに気をつけても引っかかってしまうのだろう。強力な個性だ。

いきなりこんな責任重大な案件を任せてくれるとは、流石エンデヴァーヒーロー事務所だ。Plus Ultraの精神でいこう。

 

「ま、今度の捕物の時は全員に防音ヘッドセットが配られる予定だから、メグルは保険の域を出ないんだけどね。」

 

思わず椅子から転びそうになる。この話を聞いて使命感を燃やしていた自分は何だったのだ。

まぁ、保険とはいえ必要とされているのだ、頑張らせてもらおう。

 

「ハァ、わかりました。存分に保険として頑張らせて貰います。それじゃあ、インターンの書類にハンコお願いします。」

「はいどうぞ。これでメグルはエンデヴァーヒーロー事務所の新米サイドキックよ。存分に励みなさいな。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

そうして、その日はエンデヴァーヒーロー事務所のシステムについて話して貰った後で、早速パトロールに駆り出される事となった。

 

「コスチューム持ってこいってこういう事だったんですね。」

「そ、エンデヴァーヒーロー事務所に無駄な時間はあんまりないのさ。」

「地元のパトロールはこれからずっとする事だから早めに慣れておいた方が良いって事よ。」

「勉強になります。ところで疑問に思ってたんですが、エンデヴァーさんは何処に?」

「今日は福岡。HNで応援を求められてサイドキック何人かと出張してる。実質的なNo.1ヒーローになってからは割と忙しくしてるよ。」

「へー、そうなんですか。」

 

その時、目の前の公園で風船を空に飛ばされたのが見えた。

 

「ちょっと行ってきます。」

「行ってらー。」

 

移動術を二回、距離を詰め、上空へとジャンプをする。

 

うまく風船をキャッチできた。やったぜ。

 

下でぽかんとしている男の子の近くに着地、その手にしっかりと風船を掴ませて言う。

 

「はい、どうぞ。しっかり握ってないとダメだよ?」

「うん、ありがとう!ヒーローのお兄ちゃん!」

「メグルだ、売り出し中の新米ヒーローなんで覚えておいてくれよ、少年!それじゃあまたな!」

 

そう言ってバブルビームさんとサンドウィッチさんの元に戻る。

が、二人もどこかぽかんととしていた。

 

「どうかしましたか?バブルビームさんもサンドウィッチさんもそんな顔をして。」

「いや、何今の高速移動。メグルの個性って目だよね?」

「ああ、ちょっとニューパワーに目覚めてました。精神をエネルギーに変える個性です。」

「凄い精度の増強系じゃない。そんな個性が隠れてたなんてこれはウチの事務所の最強レースに新しい風がやってきたわね!」

「メグルの動体視力に増強系レベルの超スピード、ちょっと先輩の面目が保てないかも。」

「ちなみに分身や変化、火遁の術なんかも使えます。」

「...忍者?」

「はい、リアルニンジャです。壁走りや水面歩行もできますよ?」

「ニンジャ!エッジショットさんが好きそう!」

「ちょっと事務所戻ったら忍者っぽい動きでPV取らない?楽しそう。」

「良いですね、楽しそうです。」

「メグルってクールそうな見た目の割にノリ良いよねー。」

 

だが、その日のパトロールはそんなほんわかした話だけで終わる事はなかった。

 

「こちらサンドウィッチ...了解、現場に急行します。バブルビーム、メグル、◯×銀行で強盗よ。エンデヴァーヒーロー事務所のお膝元で罪を犯す事が何を意味するのかを教えてあげましょう。

「「承知しました、サンドウィッチさん。」」

 

ちょっと怒っているサンドウィッチさんを先頭に、◯×銀行へと急ぐ。

 

「先行しますか?」

「いいわ、ちょうどいいから私達の実力を見せてあげる。これでも私達、強いのよ?」

 

そんな頼もしい言葉を吐かれたのだから、今回は見物といこう。

 

「そんな訳で、頑張るわよ?バブルビーム。」

「そうですね、頑張りますか、サンドウィッチさん!」

 

銀行の前に着く。野次馬をかき分けて警察にご挨拶。そうして、シャッターの前に立つ。警察から話を聞く限り人質は数人の客と従業員。犯人は2人組で拳銃は無し、だが1人が指から空気の弾丸を放てる個性を持っているため突入は慎重になっているようだ。もう1人の個性は見た目から岩石の異形系であると推測されている。

 

事件の流れはこうだ。

弾丸の男が個性を使い強盗を開始、岩石の男がカウンターの男性を脅し現金を奪い取ろうとするも、勇気ある従業員により対(ヴィラン)シャッターを下され、今犯人達は逃げる事も出来ず仕方なく客を人質にした籠城を行なっているのだそうだ。

 

「さて、典型的な成り行き任せの籠城事件ね。バブルビーム、あれやるわよ。」

「了解、穴開けますねー。」

 

そう言ってバブルビームさんはシャッターに向けて個性を発動した。泡を手のひらで高速回転させて作ったカッターでシャッターに穴を開けたのだ。そしてサンドウィッチさんは穴を覗いた後、その穴に箒を突っ込んだ。

 

「OK、犯人達は見えたわ。行くわよ!必殺、サンドバインド!」

 

その言葉とともに穴に入った箒が砂に変わり銀行の中へと入っていった。箒の大きさの小さくなるスピードからかなりのスピードで砂は移動しているのだろう。というかあの箒って妙に身体エネルギーが込められていると思ったら砂で作られていたのか...

 

サンドウィッチさんはすぐに穴を覗き、その後警察に突入の指示を出した。

 

現着から2分の、流れるような(ヴィラン)逮捕劇だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

銀行強盗を警察に引き渡して事務所に帰還する道すがら、3人で今日の事を話す。

 

「どう?先輩ヒーローもなかなかやるでしょ。」

「ええ、見事でした。凄いですねサンドウィッチさんの砂を操る個性は。ほとんど見えていないのに的確に(ヴィラン)を捕まえていた。」

「フフン、経験が違うのよ。」

「ですね。」

「ちょっとお2人さん、僕の事忘れてない?」

「忘れてないですよバブルビームさん。見事な壁抜きでした。泡ってあんな風に使えるんですね。」

「そうなんだよ。ま、訓練したからね。」

「今日の捕物、本当に見事でした。今後の参考にさせてもらいます。」

 

そう言って貴重な経験をさせて貰った礼をしたら、2人は「ああ、こういう子だったなぁ」と生暖かい目を向けてきた。

 

「え、俺何か変な事言いました?」

「いや、メグルだなーって。普段は普通の良い子なのが。」

「普段はって何ですか、常時良い人であろうと努力してますよ俺は。」

「有事にはヴィラン潰しとか言われてる残虐ファイターなのにね。」

「売られた喧嘩は買う方ですよ俺は。」

「喧嘩で謹慎くらうくらいだもんね。」

 

それを言われると痛い。もっとスマートな解決策があったのではないかとはあの日からずっと思っているのだから。

 

「って忘れてた。俺、喧嘩したどころか知っての通り元(ヴィラン)なんですけど採用しちゃって大丈夫だったんですか?」

「エンデヴァーさんがそんな一般論で採用するしないを決めると思う?」

「完全に実力主義って感じですねー、納得しました。」

 

そんな会話をしながら事務所へと戻る。

この時は思いもしなかった、こんな頼りになる先輩方と敵対しなくてはならない未来がやってくるなどとは。

 

「そういえばインサートの件っていつなんですか?」

「ん?明日会議で明後日実行かな。」

「展開が早すぎる⁉︎」

「ヒーローの世界なんてそんなものよ。慣れなさい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして、その日はエンデヴァーヒーロー事務所に泊まり込み、早朝から車で向かうは長野県穂村市の警察署である穂村署、そこで今回の奇襲作戦の打ち合わせをするのだとか。

 

道中、小学生高学年くらいの女の子が道を尋ねに来たのは少し参ったが、サンドウィッチさんとバブルビームさんがこの穂村署に来るのは初めてではなかったため、なんとか無事に案内する事が出来た。

 

「にしても可愛い子でしたね、10年後が楽しみです。」

「確かに、あの子は絶対に美人になる。だけど手は出せないねー。」

「そうね、あの子ここの警察署の署長さんの娘さんだもの。手を出したら貴方達みたいな弱小サイドキックなんか国家権力に潰されちゃうわ。気をつけてねメグル、バブルビーム。」

「「はーい。」」

 

そんな馬鹿話をしながらもインサートの事を考える。奴は他人にありもしない記憶を挿入して操る悪魔だ。決して許す事はできない。

 

何故なら、奴は俺の妹を自殺に追い込んだ悪鬼なのだから。必ず殺す、そう心に決めている。

 

「メグル、殺気が漏れてるよ。確かにインサートは憎むべき悪魔だけど僕達はヒーロー、捕まえるのが仕事だ。気持ちは抑えて仕事をしよう。」

「...はい、理解しています。」

 

だが、そうたしなめたバブルビームさんの顔も、見た事がないくらいに険しい顔であった。バブルビームさんもあの悪鬼の所業に思うところがあるのだろう。

そして先頭を歩くサンドウィッチさんは、無言を貫いていた。

 

悪鬼であろうと殺さずに捕らえなくてはならないヒーローの性が、今は無性に憎かった。

 

会議室に集まる5人のヒーロー。自分、サンドウィッチさん、バブルビームさん、長野のご当地ヒーロー、俺の母さんの再婚相手である螺旋ヒーロースクリューさん、そのサイドキックのクリスタルアイさんの5名、全員知り合いなのが世間の意外な狭さを表しているようで少しおかしかった。

 

まぁ今は、笑う気になど欠片もなれないのだが。

 

「えー、それではインサート捕縛作戦についての話し合いを始めます。私は長野県警の賽ノ目と申します、以後お見知り置きを。ターゲットはこの少女。本名不詳、経歴不詳、(ヴィラン)名インサート。個性は話しかけた人物に架空の設定を挿入するというものだと考えられています。また、正気を取り戻した際に設定を差し込まれてからの記憶が消えるという現象も現れています。まぁそういった細かい事を省くと、話しかけられたら終わりだと考えてください。なので今回集まって頂いたヒーローの皆さんには気休めですが防音ヘッドセットを配布します。ですがあくまで気休めですので過信しすぎないように。」

 

プロジェクターで投影されている写真を見る。長い黒髪がポニーテールで束ねられている活発そうな少女がそこに写っていた。

 

これが俺が殺すべきターゲットだ。絶対に妹の無念は晴らしてみせる。そう心が叫んでいる。

 

「現在、ターゲットはあろうかとかこの穂村署の署長である時遡見抜(ときさかみぬき)氏に家族であるという設定を挿入し、その住居に居座っています。よって明日はこの住居を包囲し、ヒーローによる問答無用の高速制圧により一家まるごと制圧します。インサートの性質上時遡一家の抵抗も予想されますが、幸いにも時遡一家は戦闘向きの個性を持ってはいません。ヒーローの皆様方なら簡単に制圧できるものと考えています。以上です、何か質問は?」

 

返答はなかった。この重苦しい雰囲気に呑まれて発言ができないのだろうか。

皆、インサートの悪行に対して激しい怒りを覚えているのがわかる。もしかしたら殺意を抱いていると言い換えても問題はないかもしれないくらいに。

 

「ないようですね。それでは会議を終了します。決行は明日の正午、それまではターゲットに出くわしても何も行動を起こさないように。」

 

重苦しい雰囲気のまま、その会議は終わった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「スクリューさん、クリスタルアイさん、お久しぶりです。」

「やぁ、メグル。エンデヴァーさんの所のサイドキックになるなんて出世したね。」

「まだ採用されたばかりなのでこれから先どうなるかはわかりませんけどね。」

「そんな問題など実力でどうにでもなる問題です。決してチャンスを逃さないようにすれば問題は無いのです。」

「クリスタルアイさんもお変わりないようでなによりです...」

 

そんな旧交を深める会話のはずが、誰も笑顔にはならなかった。俺の暗い想いが伝わっているからだろうか

 

「スクリューさん、母さんの具合はどうですか?」

「うん、善子は大丈夫。本当に元気にしているよ。僕もこのヤマが終わったら育児休暇を取るつもりだからそれまではヒカルに頑張って貰うよ。ヒカルもお兄ちゃんになる訳だからね。」

「もうすぐですもんね、生まれるの。」

「うん、もうすぐだ。だからそれまでにちゃんと清算しないといけない。」

「...清算?」

「ああ、ごめん。こっちの話。」

「ボス、滅多な事は考えてはいけません。」

「ありがとうクリスタルアイ。でもボスはやめてね。」

「それはできない問題です。」

「このクソ重い空気の中でもクリスタルアイさんは流石ですね。」

「プロヒーローですから。普段通りにできない方が問題なのです。」

 

その言葉にグサリとくる。自分は普段通りにできていないのだから。

はぁ、とため息を1つ。一旦MAXコーヒーでも飲んで頭を冷やそう。

 

「ちょっと外出てきます。」

「うん、今日は僕たちビジネスホテルだから気分転換に穂村市を見て回ると良いよ。そんなに眉間に皺を寄せたままじゃあ土壇場でミスるからね。」

「...ありがとうございます。気分が晴れたら携帯に連絡する感じで良いですか?」

「うん、構わないよ。」

 

警察署を出て1人思う。長野ってMAXコーヒー売ってる所あるのかと。最悪見つからなかったら加糖のコーヒーで我慢しよう。たまにはそんな日もあるさ。

 

そんな事を考えながらぷらぷらと歩いていると、歩道橋の階段から足を踏み外して顔面から転げ落ちそうになっているポニーテールの少女が見えた。

 

落ち込んだ気持ちとは裏腹に、体は助けるために走り出していた。

 

一歩目の移動術で歩道橋下まで辿り着き、二歩目の移動術で少女を抱えて空中に飛ぶ。これで少女が怪我をする事はないだろう。

だが、少女の方はパニックになってしまったようで、体や頭をよじらせた。

その結果、空中で、俺と少女は、始めて唇を合わせた。

 

この瞬間が、俺と彼女の経験するインサート事件、その始まりだった。

 

童貞なりに動揺しつつも着地に成功した自分、そんな俺に、彼女は予想外の言葉をかけてきた。

 

「■■■■さん、付いてきて下さい。」と。

 

俺しか知るはずのない、前世の俺の名前を呼んで。




インターン編はキスから始まるストーリーです。ダリフラは良いアニメだった。


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彼女の巡った日々の事

予定通りの投稿投稿ギリギリアウトです。あと10分早く作業にかかっていれば...ッ!




「■■■■さん、付いてきて下さい。」

 

ポニーテールの少女、インサートがそんな事を言う。何故か俺を信じ切った無防備な背中で。

その無防備な背中を刺し貫きたいと心は叫んでいる

だが、そんな殺気を受けても彼女は動じず路地裏へと俺を誘った。

 

その時点で気付く、何故か俺は今インサートに対して敵意を抱く事ができていると。話しかけた段階で俺は終わっている筈だ。なら、もしかしてと写輪眼を発動する。

 

インサートと警察で提示された彼女の身体エネルギーの色は、あの職場体験の日に見た色とは全く異なる色だった。

 

「まさか、警察が騙されている⁉︎」

「少し違います。穂村警察署にいる全員が、本物のインサートに支配されているんです。私に罪を着せて、それをヒーローに殺させることによってインサートという(ヴィラン)を闇にくらませるために。」

 

つまり、俺のこの怒りがインサートによって作られたものであるという事なのか⁉︎妹が自殺した日に感じたあの無力感も、憎悪も、この今の俺を突き動かす全てが!

 

「■■■■さん、あなたは、妹さんの名前を思い出せますか?」

「そんなものあたり...まえ...ッ⁉︎」

「インサートは名前だけは挿入する事が出来ない。何十回も繰り返してようやく気付けたただ一つの弱点です。」

 

当たり前のように記憶の中にあるはずの妹の名前を、俺は思い出す事が出来なかった。

 

つまり、俺に妹などいなかったという事だ。

 

それに気付くと、慣れない誰かを恨むという行為が酷く馬鹿らしく思えてきた。この身を焦がすような憎しみはひとまず置いておけそうだ。だが、何十回も繰り返した?また気になるワードが増えたぞ。

 

「凄え、何から何までが意味不明だ。そもそもお前は誰だ?なんでその名前を知ってる?」

「私が誰かについては、私にもわかりません。私は、記憶喪失であるという設定を挿入されたインサートの身代わりですから。もっとも、それを挿入されるのはまだ未来のことみたいなんですけど。」

「...まるで、未来からやってきたみたいな事を言うんだな。」

「相変わらず鋭いですね、先輩は。その通りです。私は、未来からタイムリープしてきたんです。先輩とキスしたあの瞬間まで。」

 

恥ずかしい事を真顔で言わないでほしいものだ。こちとらファーストキスを奪われたばかりの童貞ボーイなのだから。というか先輩?

 

「それを信じるに足る証拠は...あるな、うん。大方俺自身が教えたみたいなオチだろ?俺の前世の名前を。」

「そう、先輩が教えてくれた、私だけの宝物。」

 

そう言って目を閉じ、胸に手を当てる彼女。その行為に込められた意味を俺は理解することは出来ないだろう。だが、わかる事が1つある。

 

今、背中から聞こえる泡の音が、彼女の死を告げる音になりかねないという事だッ!

 

移動術で彼女を抱えて跳躍。その直後、彼女のいた場所を泡の光線が貫いた。

 

「何やってんですかバブルビームさん!」

「嘘、来るのがいつもより早い⁉︎」

「...メグル、何やってるの?」

 

バブルビームさんの底冷えするような声が響く。あれは憎しみに囚われた人の声だ。ついさっきまでターゲットを勘違いしていた俺の声だ!

 

「バブルビームさん、彼女はインサートじゃない!俺の目を信じてくれませんか!」

「そんな世迷言を挿入されてしまったんだね。...メグル、君を倒してインサートを殺す。それが僕のするべき事だ。」

「駄目、エピソードまで挿入されてしまった人に説得は通じない!戦って、先輩!」

「やるしかないのか...ッ!」

「邪魔をするなら容赦はしない!僕は、インサートを殺す!」

 

最後の迷いを振り切るように叫ぶバブルビームさん。だが、その声に秘められた声が聞こえたような気がして、俺が闘う覚悟が決まった。

 

「殺させない!今、そう決めた!だからあなたを止めます、バブルビームさん!」

 

その言葉への返答は、放出された無数の泡だった。

 

視線が泡で封じられて写輪眼が通せない、だがバブルビームさんの狙いは分かっている。泡の表面を反射する光により俺の位置を知ることだ。その答えが高速回転する泡を使ったカッターによる近接戦闘!

 

バックステップで一先ず回避、泡が風に流されて周囲から消える事を期待したが、泡は依然俺を取り囲んだままだ。おそらく個性でカッターを作りながらも新しく泡を作り続けている。厄介だ。

 

泡により視界の大半を奪われたままでは不利だ。かといって払うなど泡に対して一手使えばその隙にカッターで持っていかれる。

 

その考えていた一瞬でバブルビームさんは既に泡のチャージを行なっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

チャージの終わったが聞こえた瞬間に、俺は気付いてしまった。

バブルビームさんの狙いは俺でなく彼女なのだと。

 

「や、ら、せるかぁ!」

 

身体中のチャクラを足に集中しての最速の移動術により真後ろの彼女を抱えて射線から晒そうとする。

だが、バブルビームさんの代名詞、本気のバブル光線は文字通り光の如き速さで貫いた。

 

咄嗟に彼女を庇った俺の身体の心の臓を。

 

「先輩?ああ、いや、いや!いやあああああああ!」

 

今際の際に彼女の叫び声が聞こえる。どうか逃げて欲しいと心の中で願いながら、俺は眠りについた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「先輩、光線が来ます!」

 

俺を先輩と呼ぶ彼女の声が聞こえる。

その声に従うのなら回避するべきだ。だが、違う。これはチャンスだ。

バブル光線のチャージを完了させたということは、今バブルビームさんは泡のカッターを展開していないという事!

 

前に、出られる!

 

しゃがみ、低空を駆けるように移動術を使って一瞬で距離を詰める。

だが、バブルビームさんは片手で泡のチャージをしながらもう片方の手でカッターを作り続けていた。

 

「読んでいたよ、そのスピードで突っ込んでくるって!くらえ、バブルカッター!」

 

移動中、脳を限界まで酷使する。このまま直進すればカッターに切り裂かれて終わる。だからそうならないための動きを一瞬で考えて実行に移す!

 

左足を無理矢理地につけて右に向けて直角移動。そしてビル壁を蹴り、三角蹴りをバブルビームさんの顎に向けて放った。

 

...狙い通り蹴りは当たり、無事バブルビームさんを昏倒させることに成功した。無理な動きをしたことで左足を捻ったため物凄い痛いがそれは掌仙術で治せば良いだろう。

 

だが今はバブルビームさんの状態の確認が先だ。

倒れた拍子に頭でも打っていたから大変だ。

 

「...よし、問題なし。取り敢えず大事はないな。」

「急いで足の治療をしてください!バブルビームが来たってことは、サンドウィッチがもうすぐ来ます!逃げましょう!サンドウィッチとだけは戦っちゃいけない!」

 

何かを恐れるように焦る彼女。サンドウィッチさんを何故タイムリーパーがやばいというのかはわからないが、取り敢えずは従っておこう。

 

「秘術、掌仙術なり。...よし、オーケーだ。逃げよう。」

「私を抱えて移動術で移動をお願いします。ルートは指示しますから。」

 

そう言った彼女を背中に抱えて走り出す。背中に抱えているにも関わらず背中に当たる感触がささやかなのは残念だ、というのは黙っておこう。

 

「先輩、今変なこと考えましたね?」

「流石タイムリーパー、そこまでお見通しか。侮れないな。」

「...私だって好きでこんな小さい身体をしているわけではないですよ。」

「ま、その辺は10年後に期待だな。」

 

指示されたルートを移動術で駆ける。そうしてたどり着いた先は、ビルを建設中の工事現場だった。仮囲いに穴が空いているところを知っていたのか迷わずに中に入れた。

 

「ここで夜まで待ちます。今のうちにイレイザーヘッドやエンデヴァーに連絡をしておいてください。」

「その前に聞いていいか?」

「はい、構いません。」

「お前の目的は何だ?タイムリープなんてとんでもない個性を持っているなら一人でも逃げおおせる事は出来る筈だ。どうして俺を巻き込んだ?」

「そんなに、いい個性って訳じゃないんですよ、私のタイムリープは。何十回も暴走させたんですけど未だに自由に発動する事はできなくて、飛べる時間も最初に先輩と出会ったあのキスの瞬間だけですから。」

「...それじゃあ今のインサート包囲網が敷かれてるこの穂村市から逃げ出す事はできないな。」

「だから、私の目的は本物のインサートを捕まえて私の無実を証明する事なんです。それ以外に、私がここから抜け出す方法はありませんから。」

 

彼女のその言葉には不思議な重みがあった。幾たびも時を遡り、駆け抜けて来た経験がそれを形作っているのだろう。

 

インサートを憎む気持ちとは別に、頑張っている彼女に力を貸してあげたいと思えるようになった気がした。

 

「さて、それじゃあ相澤先生とエンデヴァーさんに連絡させて貰うな。」

 

その時、サンドウィッチさんの身体エネルギーの線が目の端に映った。瞬間、彼女を抱えて移動術で針のように鋭く足を狙う二本の砂の槍から退避する。クソ、携帯落とした!

 

「おい、タイムリーパー。夜までここにいられるとか言ってなかったか?」

「...まさか、つけられていた⁉︎」

「どうする、何処に逃げる!」

「サンドウィッチの飛行速度を考えると逃げるのは無理!ここで倒すしか無い!でも、傷ついたら駄目!傷口から砂が入って心臓をやられる!」

「サンドウィッチさん戦術がガチすぎる!」

 

これだけ喚いても軽口の1つも返ってこない。おそらく個人で用意できるインサート対策の耳栓あたりをつけているのだろう。

 

「さて、お姫様抱っこと気合いで背中に張り付くのとどっちが慣れてる?」

「気合いで背中に張り付きます。...ねぇ、先輩。私を守ってくれますか?」

 

背中から自分を先輩と呼ぶ彼女の不安の声が聞こえる。今までの印象から強い心で苦難を乗り越えていくようなイメージを持っていたが、意外な一面もあるようだ。その不安を取り除けるかどうかはわからないが、正直に心の内を話そう。それがきっと誠意だ。

 

「とりあえずさ、先輩方に人殺しなんかさせたくないから、お前を守るよ、後輩。今の理由はそれくらいだ。」

 

一発目の奇襲が躱されてからしばらくしてから、第二波がやってきた。

 

工事現場全体を覆う砂の雨だ。

 

「これ無傷で抜けるって無理がないか⁉︎」

 

そう言って移動術で壁に近づき、桜花衝で仮囲いを破壊して外に出る。

 

ギリギリ回避に成功したようだ。

 

「まだです!横に飛んで!」

 

言われるがままに横に飛ぶ。背後から砂が槍のように襲いかかってきていた。この感じ、まだ来る!

案の定砂の槍が直角に曲がり襲いかかって来た。移動術で手近なビルに飛びつき吸着で駆け上がる。

 

砂の槍の変化が追いついていない事から、ひとまず砂の追撃は振り切れたようだ。

 

「ここにいろ、俺はサンドウィッチさんを倒す。」

「はい。でもお願いします、絶対に傷を負わないで下さい。サンドウィッチだけじゃない。インサートにエピソードまで挿入された人は先輩を殺す事を躊躇いません。憎しみに支配されてしまっているんです。」

「それはさっきのバブルビームさんとの戦闘で身にしみてるよ。...行ってくる。幸運を祈っててくれ、後輩!」

 

そう言って工事現場へと戻る。身体エネルギーの流れを見た限り、サンドウィッチさんは工事現場の中にいる筈だ。

 

「でも、空中にいるとは思わなかったですねー。サンドウイッチさん、そんなとこにいるとパンツ見えますよ?」

「大丈夫よ、下に重ね履き用の付けているから。」

 

そう答えるサンドウィッチさんは、目を閉じたまま足元のみに砂を作って宙に浮いていた。これがサンドウィッチさんの本気という事だろう。

 

「...耳栓は取ったんですね。」

「ええ、メグルが一人で戻ってくるのが見えたもの。インサートは妨害がなければいつでも殺せる。だから私は先に妨害を排除する事に決めたの。インサートは、苦しめて、苦しめて、苦しめて、苦しめて、それから殺すのじゃないとあの子の無念は晴らせない。...お願いメグル。私にあの子の無念を晴らさせて。」

 

ドス黒い感情をそのまま吐き出すようなその言葉に、一瞬気圧された。これがエピソードを挿入されたということなのだろう。本来持っていた

 

「迷いとかは無いんですね、サンドウィッチさんは。」

「当たり前よ。私は、私の全てを使ってでもインサートを殺す。そうじゃないとあの子が浮かばれない!だから、メグルにはここで倒れて貰う。」

「じゃあ教えて下さい。あの子ってサンドウイッチさんが言っている人の名前を。」

「...え?」

 

張り詰めていた意識が途切れた。今が隙だ!

 

移動術で工事現場の鉄骨を跳ねるように移動して意識の外から桜花衝を叩き込む!

 

だが、サンドウィッチさんは鉄骨に隠して仕込んでいた砂を使って盾を作り出し桜花衝の衝撃を受け流した。見てもいないのにどうやって気付いた⁉︎これも経験による予測って奴なのか⁉︎

 

「危ないわね、レディに不意打ちを仕掛けに来るなんて。でも残念、メグルは空中で自由に動けない。終わりよ!」

 

鉄柱に隠されていた全ての砂が俺を貫くためにエネルギーにより起動させられ、俺を貫く槍と化した。

 

この槍一つ一つが必殺の毒を持つ、掠ることすら許されない!

だが逃げ道はある、真下には砂の槍は無い!

 

ワイヤーアロウを真下に向けて放ち無理矢理砂の槍の檻から抜け出す。アロウの巻き取り初速が槍の初速より速かったためなんとか無傷で回避する事ができた。だが、これで降り出しに戻った。いや、唯一の不意打ち策がなくなった以上一歩下がったといったところかもしれない。

 

「それで、大切な人の名前は思い出せましたか?」

「...メグル、私はインサートを殺すわ。絶対に許さない、絶対に!インサートは、あの子の命だけじゃなく名前まで奪った!頭にモヤがかかったようにあの子の名前だけが思い出せない。あの子の笑顔も、温もりも、優しさも記憶の中にあるのに!」

「...なるほど、だから説得は無駄だって言った訳か。」

 

エピソードを挿入される前に警察署から抜け出せた俺以外、後輩の味方はいないのだろう。全く、どうしてこんな役回りばかり自分に回ってくるのか不思議でならない。

 

「サンドウィッチさん、あなたに彼女は殺させません。彼女は、インサートじゃない。」

「そんな世迷言を信じろと?」

「信じてください。って言ってもどうせ信じないでしょうから、今はサンドウィッチさんを倒させて貰います。」

「バブルビームを倒した時のように?」

「ええ、そうです。」

 

後輩を殺させない為にはにはサンドウィッチさんを倒すしかない。サンドウィッチさんが後輩を殺すには俺を殺すしかない。

互いの道は完全に分かたれている。もはや言葉は不要だ。

 

砂の雨を降らせるサンドウィッチさんそれに対する傘を作るために桜花衝で地面を割り、瓦礫をめくり頭の上に掲げる。

 

人間に対して必殺の性質を持つ砂の雨だが、その砂一つ一つの大きさは小さい。瓦礫を貫くには大きさが足りなかったようだ。

そして、サンドウィッチさんは使える殆どの砂を今の雨で使い果した!

 

瓦礫を全力でサンドウィッチさんに投げつける!防ぐための砂はもうない筈だ!

 

「即興必殺、怪力乱心!」

 

だが、サンドウィッチさんはまるで見えているかのようにそれを回避した。そして反撃を試みていた。

 

「必殺、サンドバインド!」

 

エネルギーを砂の雨で地面にまかれた砂に伝わり、俺の体を縛ろうとする。だが、エネルギーが伝わるまでのタイムラグで十分に逃れる事は可能!

 

全力の移動術で回避により慣性のついたサンドウィッチさん目掛けて一直線に飛ぶ!どうやって感知しているか知らないがこのスピードに対応できるならやってみろ!

 

「終わりだ、桜花衝!」

「まだ終わらない!あの子の仇を討つまでは!アーマーパージ!」

 

瞬間、サンドウィッチさんのコスチュームに身体エネルギーが流れ、コスチューム内部に仕込まれていた砂が爆発した。

 

だが、慣性のついた俺の体はもう止まれない。なので桜花衝によるチャクラの放出範囲を広げる即興の防御で砂を防ごうとした。

 

その結果、サンドウィッチさんは桜花衝とアーマーパージの衝撃により鉄骨に背中から衝突して気絶した。

俺の体に、多くの傷を残しながら。

 

サンドウィッチさんをワイヤーアロウによる空中機動により回収して着地。背中を強く打ったようだが、触った感じ背骨が折れているなんて事は無く、とりあえず放置しても大丈夫そうだ。

 

「しかし、このコートが貫かれるって相当な威力だったな最後の爆発。あんな隠し球があるとは、本当にプロってのは侮れない。」

 

コートを脱いでコスチュームの破れたサンドウィッチさんにかける。これで偶然来た人にあられもない姿を見せる事はないだろう。さて、後輩の所に戻ろう。

 

これで終わったと俺が去った後でぴくりと動くサンドウィッチさんのその手に、俺は気付けなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「戻ったぞ、後輩。」

「先輩!...その傷は?」

「サンドウィッチさんの最後の足掻きで良いのを貰っちまった。まぁ防弾防刃性能の高いコートのお陰でなんとか生きているけどな。さ、どっか公衆電話でも探して状況をエンデヴァーに伝えないと。」

「公衆電話なら場所を知っています。監視カメラに気をつけていきましょう、先輩。」

「お...う?」

 

その時、心臓に激しい痛みが走る。咄嗟に写輪眼を発動すると、心の臓にサンドウィッチさんの身体エネルギーが見えた。どうやらサンドウィッチさんの最後の足掻きは、俺を殺しうる絶殺の一撃だったようだ。

 

血を吐きながら薄れる意識のなかで残すべき言葉を考えようとしたが、そんな言葉は決まりきっていた。

 

「後輩、生きろよ?」

「嫌です、先輩がいないと私はもう駄目なんです!死なないで、死なないでください、先輩!」

 

俺を抱きしめる後輩の暖かさがなぜか嬉しくて、痛みよりも安らぎに満ちた心で俺は眠りについた。

 

「いやああああああ!」

 

最後に見るのは後輩の涙より、笑い声の方が良かったなと思いながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「戻ったぞ、後輩。」

「せん...ぱい⁉︎駄目です、今すぐ治療して下さい!サンドウィッチの砂が体内に入ってます!」

 

その余りにもな焦りっぷりからサンドウィッチさんの気絶を確認してから閉じていた写輪眼を再び起動させる。

すると、サンドウィッチさんの倒れたあの位置から俺の体向けて身体エネルギーが伸びているのが見えた。

 

「嘘だろ⁉︎確かに気絶していた筈ッ⁉︎」

「早く治療を!先輩の医療忍術には毒を取り除く技があるんでしょう?だからそれを使って、早く治療して、死なないで下さい、先輩!」

 

被害者の俺より取り乱す後輩を見て、かえって冷静になれた。感謝だ。

確かに医療忍術には毒を取り除く術はある。だが、そんな技術を俺は未だ習得していない。きっといつかの俺がついた安心させるための嘘なのだろうなーと思った。

まぁ、ここで成功しないと死ぬ訳だからやるしかない。自分の命と、未来に見られるであろう彼女の笑顔を守るために。

 

そう思って、初めての解毒治療に挑む事を決めた。




ループ物のお助けキャラの役割で進める物語。書いてみたかった設定でした。
インサート(偽)こと後輩の個性はチートオブチートです。でも発動の仕方がわからなかったから今まで大事にはなっていなかったという設定。AFOに目を付けられなくて良かったね!


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彼女と巡った日々の事

久々の時間通り投稿。ヤッター。



「先輩、タイムリープなんて無茶苦茶をしている私が言うのもなんなんですが、時々頭おかしいって言われません?」

「さあな。でも割とおかしい奴だって自覚はあるよ。」

 

サンドウィッチさんの砂に体を蝕まれた俺は、医療忍術による解毒を一瞬で諦めた。いきなりそんな高度な事をやれと言われても無理があるのだ。なので、ミラーダートでサンドウィッチさんの身体エネルギーの通っている砂のある血管を切り裂き、物理的に砂を取り除いたあとで掌仙術による治療を行うというウルトラCを決めたのだ。やったぜ。まぁ次同じことやれって言われても出血多量で死ぬ自信があるが。

 

「まぁ、先輩が生きていてくれて良かったですけど。ですけど!」

「ああ、今敵襲が来たら完全に終わるわ。パターンから言ってうずまきさん...スクリューさんもクリスタルアイさんも襲いに来る感じだろ?」

「はい。ですがあの2人は穂村署長の家の前で張り込んでいるので、そうそう遭遇する事はありません。あ、先輩、この先の角を右です。」

 

後輩に肩を貸されながら後輩の指示する道を行く。 そろそろ体力が回復してきた。もう大丈夫だろう。

 

「ありがとう、楽になった。」

「構いません。私と先輩は運命共同体ですから。」

「俺は巻き込まれた感じだと思うんだがなぁ...」

「巻き込んでいいって先輩が言ったんですよ?絶対に味方になってやるって。」

「そうなのか、格好いい事言うな未来の俺。同一人物か不安になってきた。」

「転生なんて不思議な現象起こしてるのは先輩しか居ませんって。」

「いや、1人いたら100人いると思うべきだろ。割と探してるんだぜ、俺以外の転生者。」

「そんなゴキブリじゃないんですから...」

 

ぐだぐだと、されど何故か楽しそうに後輩は話してくる。ここまでの好感度を稼ぐとか未来の、あるいは過去の俺は一体何をやったんだ?割と気になってきた。まぁおそらく地雷なので掘り返しはしないが。

 

「さあ、もうすぐ着きます。おそらく唯一私たちを受け入れて貰える所に。」

「本当だろうな?」

「はい、先輩がいれば絶対に受け入れて貰えます。まぁ、辿り着けた事なんか一度しかないんですけど。」

「ループによっていろんな人の行動が異なるからか?」

「...はい。特にバブルビームとサンドウィッチの行動はまだパターン化できなくて。いつも先輩に無理させちゃってます。」

「ま、この程度の無理は雄英生徒にとっちゃ日常さ。Plus Ultraってな。」

「...本当に何の気負いなく言うんですね、死ぬかもしれない目に何度遭っても。」

「それが、ヒーローだからな。」

 

そう格好をつける。まぁタイムリープによって俺よりも俺を見ているかもしれない後輩のことだ、格好をつけたことに気付いてるかも知れないが、クスリとでも笑ってくれたのだから良しとしよう。

 

「ここです。」

「ここって、忍術学校?...ああ、あの時のお爺さん。」

 

思い返すのは団扇村追悼イベントにおいて知り合った老人。自分の叔父にあたる人物、団扇晴信と自分が瓜二つだと言った団扇の家に仕えていたお爺さんだ。

 

「おい、縁がないとは言わないが受け入れて貰えるのか?」

「貰えます。まぁ何にせよインターホンを押して下さいな。」

「はいよ、ポチッとな。」

 

インターホンのカメラに自分の顔を映す。すると少ししてからドタドタドタっとインターホンから音が響く。何だ?

 

「団扇巡様!ようこそお越し下さいました、我が道場に!」

「どうも、お久しぶりです。今良いですか?」

「何を仰いますか。団扇晴信様の血を引くお方のご来訪、何があろうと優先すべき事は決まっております!」

 

あれ、この爺さんこんなテンション高かったっけ?訪ねて来てくれた事がよっぽど嬉しいのか?

 

「ささ、中へ!」

「「お邪魔します。」」

 

そう言って中に入る。結構大きな和風建築の建物だ。だが、なぜか忍者屋敷というイメージが思い浮かぶ。仕掛けでもあるのだろうか。

 

そう言って老人の案内で屋内に入る。

だが、いきなりの行き止まりだ。どうするのかと思えば壁が回転して奥への通路となった。

 

「本当に忍者屋敷⁉︎どうなってるんですこの浪漫建築は!」

 

ワクワクが止まらない、血が足りなくてボーっとしていた頭が一瞬で覚醒したぞ!

 

「先輩、こういうの本当に好きですよね。」

「断言できる。これを好きにならない男子はいない。」

「そういうものなんですかね。」

「おや、そちらのお嬢様はあまり驚かれない様子。どこかで仕掛けについてお知りになったのですかな?」

「ええ、そんな所です。」

 

未来で見たとは流石に言えないよなぁ。そんな事を考えると後輩が「私も嘘のつき方くらいは学んでいます。誰を見てると思ってるんですか。」と小声で囁いてきた。地味に心が痛いッ!

 

「ほほっ、随分と仲がよろしいようで。」

「濃い時間を共に過ごしましたから。」

「本当にな。」

 

出会ってから半日も経っていないのに俺視点で2度、後輩視点では何十度と共に死線を潜り抜けてきているのだ。そりゃあ仲も良くなると言うものだろう。

まぁ向こうからの高い好感度に引っ張られている気がしないでもないがそこは気にしない。少女からとはいえ好意をむけられて嬉しくない訳はないのだから。

 

「ささ、こちらです。」

 

そうして通されたのは寝室と思わしき場所だった。

 

「すいません、どうして俺たちを寝室に?」

「ハハハ、ここからでなければ入れない部屋があるのですよ。」

 

そういってお爺さんは高そうな壺を一回転させた後に掛け軸をめくった。すると掛け軸の裏がドアのように開き地下へと続く階段が現れた!

 

「掛け軸の裏が地下へと続く階段になった⁉︎浪漫だ、浪漫が溢れて止まらない!」

「そうでしょうとも!この私、穂村収納(ほむらしゅうのう)がこの屋敷を建築する際に職人にオーダーメイドした秘密の部屋でございます!この部屋の存在を知る者は何人と居ません!なので今の巡様のようにワケありの状況のお方のかくれる場所としては適切かと愚考しました。」

「...ワケありとわかっていて受け入れるんですね。」

「ええ、晴信様には大恩があります。その恩の一端でもお返しできたらと思っております。」

 

3人で階段を降り地下へと向かう。そこには、旧式のパソコンと古めかしい本の置かれた本棚のあるそこそこ大きな部屋があった。

 

「では、お話し下さい。何故私を頼りにこの屋敷にやってきたのかを。」

「はい。とは言っても状況が状況なので、他言無用でお願いします。」

 

そうして自分は話した。今わかっているインサートの計画を。

 

穂村署にその事実を挿入する個性により入り込み、ヒーローによって自身の身代わりを殺させる事で自身にかかった容疑をなかった事にするという最悪の計画を。

 

「インサートの目的はそれだけじゃないです、先輩。」

 

だが、その説明に待ったをかけたのは後輩だった。

 

「後輩?」

「うん、状況が落ち着くまで言わないって決めてたことがあるんです。聞いたら先輩は迷わず穂村署に戻ろうとする筈ですから。」

「今聞いただけでも十分に恐ろしい計画でしたが、その上があると言うのですか?お嬢さん。」

「インサートの個性は、解除すると個性のかかっていた時の記憶が消えてしまうんです。だからヒーローに私を殺させても警察官の人たちにかけた個性が解けたらインサートの犯行に気付かれてしまう。だから...」

 

ゴクリと息を飲む。一瞬脳裏によぎったその最悪の更に下の想像が、杞憂である事を信じて。

 

「インサートは、自分の個性が解ける前に焼き払おうとしているんです。個性のかかった人達を、穂村署ごと。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

穂村さんから借りた電話でエンデヴァーさんへと連絡をする。俺の携帯?砂の雨の犠牲になったのだ...まぁバックアップはちゃんと取っているので大きな問題ではない。きっと経費で落ちるし。

 

最初の声が「貴様なにやっている!」だったのはバブルビームさんあたりの報告が先に入っていたのだろう。バブルビームさん達と戦闘になった事を謝りつつ現状を報告する。殺意を持たされてしまったヒーローたちがいるという現状を。

後輩のタイムリープという事実を隠しながら。

 

「それが現在の状況です、エンデヴァーさん。」

「そうか...貴様が(ヴィラン)に寝返ったと聞いてインターンを受け入れた事を後悔しかけたが、そういうカラクリだったか。...良くやったメグル。本気のバブルビームとサンドウィッチ相手によく生き延びたものだ。」

 

後輩の反応から考えるに、2人には何度となく殺されていたという事実は黙っておこう。2人の名誉のために。

 

「それでどうしたらいいですか?エンデヴァーさん。後輩...インサートの身代わりにされた彼女は簡単には見つからない場所に隠す事ができました。単身特攻ならかけられます。」

「いいや、今から俺達が行く。幸いこちらの要件は終わった所だ。貴様たちの想像するXデーがいつになるかは分からんが身代わりが殺されるまではインサートは警察の力を借りるはず。その隙に俺たちが叩く。」

「お願いします。...エンデヴァーさん、インサートにやられたりしないで下さいね?そしたら詰みなんですから。俺達の命が。」

「誰にモノを言っている。」

「いや、エンデヴァーさんって焦凍の親父さんなんでどっか抜けてないか不安なんですよ。」

「阿呆め、要件は以上だな?切るぞ。」

「あ、待ってください。インサートの居場所がまだ分かっていません。」

 

エンデヴァーさんは「はぁ」とため息を吐いたあと、こう言った。

 

「インサートの性格は知らん。だが目的を考えるとどこにいるかは想像がつく。」

「インサートの目的?」

「身代わりを殺させた事を確認しなくてはならないのだろう?ならインサートは必ず情報が集まる場所にいる。」

 

情報が集まる場所...まさか⁉︎

 

「自分を捕まえるための捜査本部に居座ってるんですか⁉︎」

「その可能性が最も高い。この程度のロジックは組み立てられるようになっておけ、俺の元でヒーローを学ぶならな。」

「...はい。精進します。」

 

その言葉を最後にエンデヴァーさんは電話を切った。

 

続いて相澤先生への連絡だ。話を通しておくべきだろう。明日からも休まなくてはならないのだから。俺を先輩と呼ぶ彼女のために。

 

「相澤先生、団扇です。今大丈夫ですか?」

「団扇⁉︎...大丈夫なのか?警察から苦情が来た、お前が(ヴィラン)に洗脳されたってな。」

「はい、俺は正常...じゃないかもしれませんけど正気です。」

「どっちだ...まぁ良い、事情を話せ。」

「今インサートという(ヴィラン)を捕まえるために動いている穂村署がそのインサートに乗っ取られていました。個性でヒーローに殺意を持たせて身代わりを殺させるという策が向こうの本筋のようです。実際俺も殺されかけました。」

「...警察署が乗っ取られるか、最悪の状況だな。インサート本人の顔は見たのか?」

「いいえ、顔は見ていません。ですがインサートはおそらく幼い少女、男所帯の警察署内にそんな奴は2人といない...なのでそうなんじゃないかとアタリを付けている奴ならいます。」

「容姿を話せ。雄英生徒の後始末は教師がつけるって事で俺が長野まで行く事になった。」

 

ありがたい増援だ。相澤先生の抹消ならインサートを何をさせるでもなく無力化できる。

 

「容姿は小学校高学年程度の青髪の少女で、顔は整っている方です。署内には署長の娘として潜入していました。」

「そうか、警戒する。お前はこれからどうする?」

「身を隠す場所に恵まれたのでしばらくここで潜伏していようと思います。できればエンデヴァーさんか相澤先生がインサートを捕まえるまで。」

「合理的だな。...よし、お前はそのまま潜伏を続けろ。後は俺たちがなんとかする。」

「ですが気をつけてください。未確認ですが警察署を焼いて個性を当てた人達を皆纏めて焼き殺すっていう策をインサートが練っているという情報があります。」

「そのことはエンデヴァーさんには?」

「話しました。」

「良くやった、ヒヨコとしては十分な成果だ。もう一度言うが、後は俺たちがなんとかする。くれぐれも無理無茶はするなよ?」

「はい。心配してくれてありがとうございます、相澤先生。」

 

そう言って電話が終わった。さて、やるべき事は全て終わった。緊張を解いてしまってもいいだろう。

 

「お疲れ様でした、先輩。」

「ありがとよ、後輩。」

 

後輩も命の危険のない状況にようやくやってこれた事で安堵しているのか、どこか表情が柔らかく見えた。

今なら、聞いてもいいだろう。ずっと疑問に思っていた小さな事を。

 

「なぁ後輩。」

「なんですか?先輩。」

「お前、どうして俺を先輩と呼ぶんだ?確かに俺はお前より歳上だけどさ。多分。」

「簡単な事ですよ。記憶がなくなってから初めて先輩と会ったときに言ってくれたんです。『俺は、お前より早く罪を犯した先輩だから、後輩の命くらいは助けてやるさ。』って。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「記憶喪失にするなんて初めてだからちゃんとできているか不安だけど、まぁ喋れないんじゃあおんなじかな?まぁホケンって奴だから良いんだけど。じゃあね、お姉ちゃん。」

 

そう言って去る青髪の少女。だが、様々な疑問が頭に浮かんで消えていく。それを口にしようとしたが声が出せない。口枷が付いているために声を外に出すことができないのだとすぐに気付いた。

身振り手振りで彼女に待ってと伝えようとするも彼女はこちらを向きさえしない。

ここはどこなのか、私は誰なのか、何故私はこんな場所に閉じ込められているのか、その全てが思い出せない。

 

そのうち彼女はいなくなり、自分は1人になった。寂しいという感情を始めて味わったのはその時だった。

 

そうして、1人の時間をしばらく過ごした後で、煙がこの部屋にも溢れてきた。

 

どこかで火事でもあったのだろう。だが一人で、誰もいないこの牢屋の中からは何もできる事はない。

私の考えを支配したのは、ここで私は死んでしまうのかという事だった。

 

その人が、ドアを突き破ってやって来るまでは。

 

「生きてるか⁉︎生きているなら返事をしろ、インサート!」

 

その声が自分を呼ぶものだと思って、手錠のついた手をひたすらに鉄格子へと叩きつけた。

 

「そこか!待ってろ、今出してやるからな!」

 

沢山の鍵を慣れない手つきで順番に使い、何番目かの鍵でようやく格子のドアを開けてくれた。

 

私を牢屋の中から外の世界に連れ出してくれた唯一の人が彼だった。

 

どうして、と口枷がついた口から声にならない声を出す。

 

「俺は、お前より早く罪を犯した先輩だから、後輩の命くらいは助けてやるさ。」

 

何故だか、涙が止まらなくて、笑顔が止められなくて、私は相当に不細工な顔になっていたと思う。それでも先輩は躊躇わずその手を差し伸べてくれた。

 

先輩とともに火の海を駆ける。時に壁を殴り壊し、時に抱えられて壁や天井を走りながら。

 

でも、完全に火に覆われたフロアを見て、そこで絶望している多くの人々を見て、先輩と私は完全に止まった。ここが私の命の終着駅だと知識だけの頭が言っていたような気すらした。

 

そして、火の海の中を駆け続けた先輩は抱えられていただけの私よりも先に限界がきてしまった。煙を吸いすぎたのだろうと知識だけの頭が言う。でも、そんな先輩を助ける手段は頭に浮かんでこない。

 

助けたいと思った、救けたいと思った。私のために火の海を駆けてくれた先輩の事を、心の底の底にある私の感情の全てがそう思った。

 

その感情の爆発が、私の個性のトリガーだったのだと経験を積んだ今だからわかる。

 

そうして私は、身に覚えのない、でも心が覚えていた初めての瞬間に意識を飛ばす事となったのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うわー、恥ずかしい。助けに走った挙句道半ばで死ぬとか...何のためにヒーロー講習受けているんだよ...」

「格好良かったです、先輩は。それは、先輩にだって否定させません。」

 

恥ずかしい事を言わないでほしい、こちらは後輩の命を守りきれなかった駄目男の末路に頭を抱えたい気分なのだから。

 

「まぁわかったよ、後輩の1周目の事は。何かの原因で後輩をインサートとして捕らえた世界があって。そこで記憶喪失を挿入された後俺に会ったって事だよな。」

「はい、そうです。」

 

殺意のエピソードを挿入された5人のヒーロー達を相手に生き残るとは、後輩には生き残る事に対する天性の才能があったのだろうか。まさか無意識的にタイムリープを発動していたとか?

 

そんな事を後輩に聞いてみると、「なんで自分自身ではわからないんでしょうねこの先輩は」とどこか呆れていた。

 

「まぁそれから色んな事がありました。でも、右も左もわからない状況に投げ出された私を助けてくれたのはいつも先輩でした。私のもう投げ出したいと折れかけてた心を救けてくれたのはいつも先輩でした。先輩には本当に感謝しています。私の心の底の底から。」

 

そう言って後輩は目を閉じた。辛い思い出も、苦しい思い出も、全て受け入れて、前に進む強い思いにしているのだろう。

 

そんな後輩を見て、なんとなくでない本当の覚悟が決まった。

 

「後輩、俺はお前を守るよ、必ず。」

「はい、私を守ってください。ずっと先の未来まで!」

 

どちらが言うでもなく、約束の指切りをした。嘘ついたら針千本飲む事になってしまうと考えると、この約束は破れないなと思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜、穂村のお爺さんは個性の収納を使って様々な物を持ってきてくれた。食事、布団、雑誌に囲碁などだ。ありがたい。

 

「やっぱり初めてきた時と同じレパートリー、タイムリープして変わるものと変わらないものの違いってなんなんでしょう。」

「そういやバブルビームさんやサンドウィッチさんの動きがパターン化できてないとか言ってたな。」

「ええ、そうなんです。何度繰り返してもあの2人は違う動きをするんです。前の周の動きと。」

「事象は収束する!とかのお決まりの理屈は覆している訳だしな。」

「ええ、先輩は前に負けた戦いでも適切なアドバイスをすれば勝ってくれる。生き残ってくれる。」

「あ、ついに零したな俺が死にまくってる事。」

「すいません、不快になると思って口に出さないようにしていたんですけど...」

「こっちこそ申し訳ない。俺の実力不足が何十回とタイムリープを繰り返してる原因みたいだからな。」

「いいえ、そんな事は!」

「あるんだよ、だからもっと精進あるのみだ。Plus Ultraってな!」

 

そう言って夜の習慣の筋トレを始める。まずは腕立てだ。

 

「...先輩は不思議な人です。普通なら、自分が死ぬってわかるともっと取り乱すものだと知識は言っているんですが。」

「それはきっと俺が変って事だよ。自慢じゃないが俺には死んだ記憶があるんだ。きっとそのせいだよ。」

「...本当に不思議な人です、先輩は。」

 

そう言って後輩は何を言うでもなく俺の筋トレを眺める。

何となく無言で筋トレを続ける。若干気まずい状態だが、後輩は何故か楽しそうに笑っていた。

 

「そんなに面白いか?筋トレ。」

「面白いって言うより嬉しいのが強いですね。先輩は私だけじゃなくていつかの誰かを助ける為の訓練を怠らない人なんだなーって。」

 

相変わらず好感度が高いその感想に「うっ」となる。そんな格好良い理由やない、ただの習慣だとは言いだせぬ。

そんな内心すらお見通しのようで後輩はクスリと笑っていた。

 

「そういや、多分だけど俺の写輪眼なら俺たちにかかったインサートの個性を取り除けるぞ?相澤先生もエンデヴァーも来るわけだしもう勝ったも同然だ。解いちまうか?」

「正直に言うなら、しないで欲しいです。」

「何でだ?」

「私はタイムリープの記憶を保っておきたいのでまだ個性の解除はいいです。それと...」

「それと?」

「先輩から初めてのキスの記憶がなくなってしまうのは、少し嫌です。」

 

そう言った彼女の顔は、少しだけ恥ずかしそうに見えた。

そんな顔もできたのかと少しだけ驚いた。彼女が年頃の少女としての表情を残していた事が少し嬉しくて甘い事を言ってしまった。

 

「そっか、ならインサートが捕まるまでお互いに解除は無しにしよう。」

 

そんな話をしながらのんびりと眠りにつこうとする。すると後輩が布団から手を伸ばしてきた。タイムリープによって走り続けていた彼女だ、きっと眠る事に不安があるのだろう。その手をしっかりと握って離さないようにする。

 

か細い声で、後輩の「ありがとうございます」という声が聞こえた。「おう。」と短く返して眠りにつく。

暖かい手の温もりが心地よくて、今日はよく眠れそうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ゆさゆさと体を揺すられる、折角気持ち良く寝ていたのになんだと後輩をにらむと、切羽詰まった表情で自分の顔を覗き込んでいた。

 

「先輩、起きてください!」

「後輩、何があった!」

「この屋敷が包囲されています、警察に!」

 

早朝からこの感じ、今日もハードな一日になりそうだ。

 

「じゃあ、頑張って逃げるか!後輩!」

「...はい、よろしくお願いします、先輩!」




特に理由もなく打ち切り感のある引きにしてみました。でもちゃんと続きます。ご安心を。


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とある少女の旅路の終わり

捜索掲示板にインターン編まで進んでるヒロアカの作品ありますか?とスレ建ててみたところ真っ先に返ってきたのは自分の作品でした。
この作品も有名になったのだなぁとしみじみ思いました。

https://syosetu.org/?mode=seek_view&thread_id=650
インターン編行ってる作品知ってるよ!という方々はこちらにどうぞ


事務所の車にて待機している2人のヒーローは、警戒しつつ話し合っていた。

 

「タクシーのドライブレコーダーと各地の監視カメラ映像を繋ぎ合わせて潜伏場所を見つけるとは、流石ボスですね。」

「ボスはやめて、土地勘あるだけだから。」

 

遠目に道路を封鎖している警官たちを見ると、作業がひと段落したのが見えた。どうやら封鎖を完了させたようだ。

 

「...道路の封鎖も終わったね。これでインサートに逃げ場はない。」

「ええ、まぁ問題なのはバブルビームとサンドウィッチという強力なヒーロー2人を倒したご子息なのですがね。」

「...僕はインサートを許せそうにないよ、巡くんの事があるから余計にね。」

「まぁもう逃げ場などない問題です。増援としてエンデヴァー達とイレイザーヘッドが来たら、即座に襲撃をかけましょう、ボス。」

「だからボスはやめてって。」

 

すると裏口を抑えている警察官から急報が入った。

 

「インサートと巡くんが窓から飛んで逃げた⁉︎どこから包囲の情報がバレたんだ、包囲完了したのついさっきだぞ⁉︎」

「ボス、細かい事は後です。今は追いかけましょう。」

「というか特殊捕獲ネット装備の警察官から逃げ切るってどんな身体能力してるんだ巡くんは!」

 

その瞬間、螺旋ヒーロースクリューの頭に電流が走った。熟練のヒーローを倒すほどの戦闘力を持つ巡に言葉だけでヒーローを手玉に取れるインサート。何故逃げる必要がある?

 

「...クリスタルアイ、2人はどこに逃げたんだと思う?」

「どこ...なるほど、ご子息は分身の術が使えたという話でしたね。囮ですか。」

「多分ね、だから囮は警察に追いかけさせて僕たちはこの屋敷の包囲は続けておくべきだと思う。」

「承知しました。捜査本部にはそのように伝えておきます。」

「こう動かれると単純戦闘力で僕たちを上回るエンデヴァー事務所の2人が先に落とされたのが痛いね。僕たちが別れたら後の祭りだとわかってしまう。」

「エンデヴァーさんのご指示で2人が検査入院終わるまで現場に出てこれないのが問題ですね。」

「...今のあの2人なら勝手に前線に出てきてもおかしくはないけどね。」

 

一時話が途切れる。その時、クリスタルアイは何かを言い出そうとして、でも言い出すべきか迷っていた。この()()()()()のどちらかが偽物などとは考えたくない事だったから。

 

「ボス...」

「何?クリスタルアイ。」

「...いいえ、なんでもありません。おそらく私の記憶違いですから。」

 

そうごちながらも屋敷への警戒を怠らない。戦闘力はトッププロに一歩劣るものの、彼らとて一線級のヒーローなのだから。

 

そんな様子を、屋敷に備わった監視カメラを通して一行は見ていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「駄目ですな巡様、肝心のヒーロー2人は包囲から動きません。」

「流石長野のご当地ヒーロー、この程度のブラフは見抜いてくるか。」

「突入が始まるのはバブルビームとサンドウィッチが合流してからです。なので時間はあと1時間ほど後でした。」

「その前に家宅捜索でもしてくれたら待ち伏せ催眠でハメれるんだが...」

「それはないでしょう。スクリューは経験豊富なヒーローと聞きます。敵の陣地に無策で入ってくることはしないでしょう。...アクシデントが起こらない限りは。」

 

後輩から聞かされたループの記憶。包囲されていたこの屋敷にバブルビームさんとサンドウィッチさんが強行突入してきて、それに呼応する形でスクリューさんとクリスタルアイさんが突入してきたと。

 

その後俺たちはサンドウィッチさんのよくわからない感知能力により隠し部屋を暴かれ、4人の連携により成すすべもなくやられてしまったのだとか。流石に4人同時は死ぬな、うん。

 

尚、後輩のループのセーブポイントが更新された理由については「し、知りません。」と付き合いの短い俺でもわかる誤魔化しをしていた。何かやったのなお前。まぁ、詰みセーブでないといいのだが。

 

「さて、穂村のお爺さん。頼んでいた作戦は行けそうですか?」

「ええ、門下生達や知り合いの警備会社の面々に頼んでみたところ行けそうでした。情報の出所がお嬢様の『予知』なのは疑問に思われましたが、起こった時の万が一を思うとやらない訳にはいかないと納得していただけました。」

「ありがたい増援ですね、本当に。」

 

流石にタイムリープの事を話すのはリスクが高いので予知というカバーストーリーを立てたが、俺を、というか団扇の血を信じてくれた穂村のお爺さんはあえて騙されてくれたようだ。感謝の極みである。これで、インサートの計画をくじく為の作戦は仕込まれた。

 

あとは、俺と後輩が逃げ切ればいいだけだ。

 

その時、影分身の経験のフィードバックが帰ってくる。狙い通りにヒーローを釣れなかった事から一人のチャクラを解除し、変化の術により後輩に化けていた方はオフモードのエンデヴァーさんに化けて病院に向かうというサブプランを実行する。

 

バブルビームさんとサンドウィッチさんの洗脳を解除することで戦わずして無力化する為に。

 

あの2人がこの屋敷に来なければ包囲は続くとしても突入はない。ならエンデヴァーさんと相澤先生がインサートを捕らえるまで引きこもっていればいいのだ。

 

名付けて、引きこもり大作戦なり。

 

その作戦を言った時の後輩の釈然としていない目が忘れられない。いや、命をかけないでいい時はかけないぞ俺は。何故か死にまくってるらしいけど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「バブルビーム、サンドウィッチ、どこに行こうとしている?」

 

その声に反応した2人は、病衣のままその声の元へと振り返った。

 

「エンデヴァー、さん...」

「そんな、福岡にいた筈じゃ...」

 

写輪眼発動。一瞬の隙さえあれば『動くな』の命令を仕込むのは容易い。慣れているからだ。しかし危なかった、あと数分遅かったらこの2人に突入部隊に合流されてしまったかもしれないのだから。

 

「この個性、まさかメグル⁉︎」

「...変化の術ってやつね。やられたわ。」

 

動けず、目を閉じれなくなった2人が最後の抵抗にと声をかけてくる。だが、正義はこちらにある。迷いはしない。

 

「2人にかけられた洗脳を解除させて貰います。この写輪眼の瞳術で!」

 

そう言って格好つけたあと、2人の乱された身体エネルギーを写輪眼で元に戻す。2人は一瞬ぼうっとした後「エンデヴァーさん⁉︎」と驚いて自身の今の状況に戸惑い始めた。2人としてはいつからか記憶が途切れ突然病衣を纏って病院のエントランス前にいるのだから当然だろう。

 

「メグルです、今の状況を説明したいので一旦病院に戻ってくれませんか?2人とも。」

「...インサートの個性にやられたのか、僕達は。」

「はい。」

「..上等よ、エンデヴァーヒーロー事務所に喧嘩を売った事を後悔させてみせる。状況を話して、メグル。」

 

 

幾たびも自分の命を奪ったらしい2人の強力なヒーローが味方に着いた。さぁ、本格的な反撃の開始だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

影分身による情報の伝達が来た。どうやらバブルビームさんとサンドウィッチさんを味方につける事に成功したようだ。

 

その事を後輩に伝えると「先手を取るって凄い事なんですね、先輩」と驚いていた。これで今日の襲撃は無くなるだろう。

 

相澤先生もエンデヴァーももうすぐ長野にやって来る。

真のインサート包囲網は着々と築かれつつあった。

 

だが、まだ安心はできない。

 

「ヘリの音がする。後輩、警察の機動隊がやって来るとかはあったか?」

「すいません、先輩。まだ2度目で...」

「オーケー、来るって思っておく。となると一旦は逃げの一手か?」

「先輩、ここ以上に条件の良い拠点はありません。逃げるといっても何処に行くつもりですか?」

「穂村署。」

「...先輩、それは逃げるとは言いません。」

「ですが良い手ですな。増援に来る方々と歩調を合わせる事ができれば必殺の一手となりますな。それに...」

「ええ、警察署内に(ヴィラン)が入ったとなれば皆が警察署から避難する。いざって時の避難誘導が楽になります。」

 

その時、再び影分身からの情報共有が入る。相澤先生とエンデヴァーさんの穂村署への到着時刻は共に13時、エンデヴァーさんは福岡から飛行機で飛んできてくれたらしい。ありがたい事だ。

 

まぁ現在時刻は10時30、のこり2時間半。2時間半もぶっ続けで逃げ切ることは難しいのでもう少し警察が待っていてくれる事を祈ろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ってのはフラグだったかねぇ...」

「言ってる場合ですか?」

「場合だよ。少なくともこの地下を通らなきゃ入れないこの屋根裏部屋が見つかるまでは待てるからな。しかも天井開くから逃げ道にも困らない。マジで何対策で作ったんだこの忍者屋敷。」

 

現在時刻は11時、10時45分からこの屋敷には機動隊が突入してきて屋敷をくまなく捜索されている。まぁこんな忍者屋敷を想像はしていなかっただろうから進みは遅いようだが。

 

「流石にスタミナが保たないから12時半くらいまでは鳴らないで欲しいんだけどな、この鳴子トラップ。」

「...先輩、レーザー感知式のトラップのはずなのにわざわざ鳴子を動かすギミックになっている事に疑問を感じているのは私が記憶喪失だからですかね?」

「浪漫があるだろ?それが答えだ。」

「男の浪漫は分かりにくいです、先輩。」

 

時間は進む。と、バブルビームさんたちに付いていた影分身がチャクラ切れで消えたと感覚でわかった。バブルビームさんたちはエンデヴァーさんからの検査入院の指示を無視して、自分を助けるために包囲の少し外側で潜んでいるようだ。私服の2人を見るのはそういえば初めてだなぁと感慨に浸る。サンドウィッチさんの大人な女性な感じの私服が個人的にグッときたのは置いておこう。後輩が将来あんな美人になるといいなぁと思いつつ。今は身を潜める。

 

「先輩、変な事考えてますね?」

「...何故分かる後輩。」

「先輩の事ですから。」

 

そんなに顔に出るタイプだっただろうかと不安になる。もしかして峰田とともに風呂上がりの女子を見て「ええなぁ」とか言ってたのも女子組にバレていたのだろうか...やべ、怖くなってきた。

 

「先輩、変な事考えてますね?」

「だから何故分かる後輩。」

「先輩の事ですから。」

 

そんなぐだぐだとした会話の後に、鳴子トラップが鳴り響いた。時刻は11時半、後1時間くらい待ってて欲しかったが仕方ない。

 

「行くぞ後輩!逃避行の時間だ!」

「はい!全力で先輩の背中に引っ付きますね!」

 

天井を開き状況を確認。ヘリは一機、あれに後を付けられると厄介だ。まずはあれを潰す!

移動術をつかった大ジャンプでヘリに取り付く。そして印を結び影分身をヘリの内側に精製する!

 

落下中に影分身のフィードバックが帰ってきて、ヘリの操縦士、副操縦士を催眠に仕掛けることに成功したとあった。影分身で複製できる単純な構造のミラーダートに感謝だ。

 

これでヘリは無力化できた。あとは逃げ回りつつ穂村署へと向かうだけだ。

 

ワイヤーアロウを手近な木に当てて空中機動。一旦森の方へと移動する。

が、下にいるヒーロー達は逃げる奴に対して黙っていたりする無能ではなかった。クリスタルアイの光線がアロウを当てた木を切り倒し、その隙に下向きの螺旋の力が俺たちを捉えた。螺旋ヒーロースクリューの個性、『螺旋』の中心を遠くに放つ事でやった惑星の軌道のような推進力を生み出しているのだと写輪眼では見えた。おそらく竜巻状の力でなく円の形の力に収束する事で力を強くしているのだろう。

 

もう一つのワイヤーアロウを違う木に当てて螺旋の力に対抗する。こんな強力な個性使用はそう長くは続けられないとの判断からだ。

だが、もう1人のヒーロークリスタルアイはその隙を逃がさない。写輪眼で見えた予兆から直撃コースだとわかったためアロウのアンカーを外し螺旋の力に乗ることで森の中へと突入するしかなかった。

 

そして、その落下地点には螺旋の力の軌道が見えていた。ここまで向こうの予定通りなのか⁉︎

 

「螺旋体技、瞬撃!」

 

その螺旋エネルギーの軌道に乗り螺旋ヒーロースクリューは現れた。円軌道に乗った超速打撃を繰り出しながら。

 

チャクラを放出させて無理矢理身体をひねることで回避する。だがスクリューさんの螺旋は止まらない。

 

「螺旋体技、激衝!」

 

体内に回転の中心を作り、その勢いを乗せた拳を放ってくるスクリューさん。その威力は螺旋の力を集約したものだ。まともに喰らったらマズイ!

 

だがその拳が俺を捉えることはなかった。いつのまにか自分に付いていた砂が自分と後輩を拳から逃がしたのだ。こんな事ができる個性を持つ人は1人しか知らない。

 

「サンドウィッチさん!」

「クリスタルアイはバブルビームが見てる!厄介な遠距離は飛んでこないわ!今のうちに倒すわよ、メグル!」

「な⁉︎君がインサートに付くのか⁉︎」

「違うわ、メグルっていう頑張ってる後輩に付くのよ、エンデヴァーヒーロー事務所の先輩としてね!」

 

背中の後輩は少し怯えているようだが、戦った自分だからこそ分かる。この助っ人がどれだけ頼もしいか!

 

「メグル、サンドウィッチ、僕はインサートを捕まえてどうしても聞きたい事がある。退いてくれ。」

「彼女はインサートじゃありません。って言っても聞かないんでしょうけど。」

「彼女の個性により誤った認識を入れられているんだ君たちは!警察の監視カメラシステムが彼女をインサートだと確かに証明している!」

「なら、その映像を持ってきて下さい。断言できます、そんな映像はありません。騙されているのは警察の方です!」

「...平行線だね。」

「ええ、平行線です。だから!」

「「ここで、止める!」」

 

後輩をサンドウィッチさんに預けてスクリューさんに挑む。スクリューさんの動きは個性の螺旋を相手に放つか螺旋を自身の体に当てて動く螺旋体技の二択。どちらでも写輪眼なら予兆を見逃さない。それにうずまきさんの個性では特殊な感知方法を持っていないため足元を見ての判断となる。なら正確無比な攻撃は無い。それに、俺は1人ではない!

 

「螺旋体技、激衝...ッ⁉︎」

 

螺旋の力を身に纏い拳を放とうとするスクリューさんの足を、砂でできた手がしっかりと掴んでいた。螺旋の勢いは止められないため体勢を崩した。そんな大きな隙、突かない訳はない!

 

「桜花衝!」

 

桜花衝の衝撃で吹き飛び、後ろの木にぶつかるスクリューさん。痛みから反射的に俺の目を見てくれた。なので写輪眼によりインサートの個性を解く。

 

うずまきさんは混乱せず、すぐに状況を把握したようだ。流石長野を守るご当地ヒーローだ。

 

「そうか、僕はインサートの個性を喰らったのか...」

「ええ、でも過ちを犯す前に止める事ができました。」

「...君に手を挙げた事も、立派な過ちだと思うんだけどね。」

「一発も貰ってないのでセーフですよ。」

「ハハッ、ボロ負けかぁ...立つ瀬が無いね。」

「ボス、そこは若い世代が強く育っている事を誇るべき問題です。」

 

唐突に会話に混ざるクリスタルアイさん、バブルビームさんを倒して来たのか⁉︎と思い目を向けると、そこにはバツの悪そうな顔をしたバブルビームさんがいた。

 

「どういう状況です?」

「クリスタルアイさんは自分でインサートの洗脳に気付いていたようなんだ。」

「ええ、自分の記憶に矛盾を感じていたのです。その最中ご子息のみならずエンデヴァーヒーロー事務所の方々の離反、おそらく間違っているのはこちらだと判断した問題です。」

 

流石都内で揉まれたヒーローだというところだろう。状況判断が的確だ。

 

「クリスタルアイさん、催眠を解きます。いいですね?」

「よろしくお願いします、ご子息。」

 

目を合わせ、クリスタルアイさんにかけられたインサートの洗脳を解除する。一瞬の混乱の後、クリスタルアイさんは現状を把握したようだった。

 

「...あの青髪の少女がインサートなのですね。」

「最後に声をかけられた記憶がそうなら、間違いありません。」

「スクリュー、クリスタルアイ。私達はインサートを捕らえるために穂村署へ向かう。来るわよね?」

「行きましょう、ボス。」

「ああ、メグルにいいの貰ったから辛いけどね。」

「治療しますよ、スクリューさん。」

 

「治療ができるのか⁉︎」と驚かれる。そういや言ってなかったなと今更ながら思った。

 

掌仙術によりスクリューさんの傷を癒す。威力を抑えていた桜花衝であったため、大した時間はかからなかった。

 

「さあ、行きましょう。機動隊がそろそろ来るわ、だからその前に飛ぶ!」

 

サンドウィッチさんは砂を薄く広めて5人のヒーローと後輩の乗る絨毯を作り上げた。本当に多芸な人だ。

 

「さぁ、目的地は穂村署!エンデヴァーさんが来るのと同時にカタをつけるわ!」

 

砂で作られた絨毯は、自分たちの足を掴む手を作ったあと高速で飛翔し穂村署へと向かっていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

13時ジャストまで上空で待機したあと突入を開始する。

5人のヒーローと1人の少女による正面突破だ。

 

「屋上のドアに鍵がかかってる。ぶち破りますか?」

「旧式のディスクシリンダー錠ね、問題無いわ。」

 

そう言ってサンドウィッチさんは砂を鍵穴に押し込みいとも簡単に鍵を開けてしまった。

 

「...サンドウィッチさんがヒーローで本当に良かったです。」

「そう褒めないでよ、メグル。」

「まぁ、警察の防空システムに見つかってるだろうからもうすぐお客さんはいっぱいくるだろうけどね。」

「まぁその前に、混乱させるだけさせておきましょうか!」

 

そう言って、火災報知器のボタンを強く押す。

だが、ブザーの音が鳴り響いたりはしなかった。

 

「故障?」

「...いいや、違うよメグルくん。インサートはこの警察署ごと焼くつもりなんだよね。」

「...はい、そうです。」

「なら単純だ、防災システムがダウンしてるんだよこの警察署は。」

「うわぁ、えげつないね。」

「それにこの初期対応の遅さを考えると、防犯システムもダウンしているかもしれない。」

「確かに、そろそろ何人か来る筈の時間ですね。かなりの問題です。」

「なら、便乗させて貰いましょうか、その隙に!」

 

6人で待ち伏せを警戒しつつも階段を降りていく。だが、警察官の方々は(ヴィラン)の侵入など無かったかのようにいつも通りの仕事をしていた。

写輪眼で見る限り、全員がインサートの洗脳にかかっている。

 

「これ、俺たちが暴れ出しても何の問題も無い感じで仕事を続けると思います。」

「一見普通に見えるけど、終わってるね。」

 

バブルビームさんのその言葉が、今の穂村署の状態を物語っていた。

 

「...捕まえましょう、インサートを。」

 

予想していた抵抗もなく捜査本部の前へとやってくる。そこでは、少女の声が甲高く響いていた。

 

「どうして⁉︎警察なんでしょ?キドータイまで使ったんでしょ?なんでお姉ちゃん1人殺せないの!」

「敵に回ったヒーロー、メグルが一枚上手だったようです。インサートは現在は完全に行方をくらませています。」

「なんで、なんでうまくいかないの!私の個性を入れている筈なのに、なんでお姉ちゃんの味方になるの!」

 

話を聞く限り奴がインサートで間違いない。

ハンドサインで皆とやりとりする。予定通りサンドウィッチさんの砂で口を塞いでその隙にスクリューさんと俺が突入し意識を刈り取る。

バブルビームさんとクリスタルアイさんはその援護だ。

 

砂が少女の背後から近づいて、甲高く喚いているその口を塞いだ。

 

「今!」

 

スクリューさんの螺旋軌道と俺の移動術で高速接近。スクリューさんは話していた男を、俺はインサートを拘束する。

 

捜査本部の何人かは即座に銃を抜き迎撃しようとしていたがバブルビームさんとクリスタルアイさんの二つの光線によりその手を弾かれていた。

 

「終わりだ、インサート。」

 

写輪眼で『個性を使うな』と命令を刷り込む。これでインサートは無力化できた。

そう安堵していると、俺の背後からエネルギーの線が見えた。クリスタルアイさんの光線の予兆だ。

 

その線は、インサートの心臓へと迷わずに狙いが定まっていた。

咄嗟にインサートの手を引こうとする。だがその時脳裏をよぎってしまった。

 

今なら、インサートをクリスタルアイに殺させる事ができると

 

その一瞬の迷いを振り切り手を引くも、インサートは光線により右胸を切り裂かれてしまった。

 

「何やってるんですか、クリスタルアイさん!」

 

その問いに答える事なく彼女はいつも通りの、あるいはいつも以上の氷のような表情でインサートを見ていた。




『問題です』というワードから生まれたクリスタルアイさん、でもそれだけじゃあないのです。彼女が何故そんな凶行に及んでしまったのかは次回で。


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運命の外側

時間通りに投稿するって難しい。
大遅刻ながらも2日に一度のペースは守れました。今日はあと2時間もないですけどね!


右胸を切り裂かれて血を流し倒れるインサート。

 

凶行に走ったクリスタルアイさんは、氷のようにインサートを見つめていた。

 

「メグル、彼女の治療を。光線は僕が防ぐ。」

「周囲の警官は私に任せて。」

「...彼女は、僕が抑える。」

「よろしくお願いします!バブルビームさん、サンドウィッチさん、スクリューさん!」

 

そう言ってインサートに対して掌仙術による治療を始めようとする。だが俺に挿入された声がその行為の邪魔をする。

だれも他に治療行為をできない今なら、確実にインサートの息の根を止められる。躊躇うな、この悪鬼を殺す事を!

その考えを振り払ってくれたのは、後輩の俺を信じる目だった。

 

「インサート、俺はお前に罪を償わせるために、お前を救ける。ヒーローは命を奪う者じゃないから。」

 

その声に何かを感じたのか、インサートは黙って俺の言うことに従ってくれた。

まずは写輪眼による麻酔だ。動かれると傷の再生に支障が出かねない。幸いにも切り裂かれたのは右胸だ、心臓には達していない。

 

出血多量に陥る前に肺と血管を再生しきってみせる。

今は、それだけを考えよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

クリスタルアイの目から光線が放たれる。それをバブルビームは高速回転する泡で弾いた。

クリスタルアイの個性の実態は目から高速で水晶を飛ばすというもの、実体があるのなら泡の流れで受け流すことは可能だ。

 

その隙にスクリューがクリスタルアイに詰め寄った。

 

「何故だクリスタルアイ!何故インサートを撃った!」

「ボス、どいてください。ご子息を止めなくてはインサートが生き残ってしまう。」

「それの何が問題だと言うんだ!」

「インサートは幼い。捕まえてもせいぜい更生施設行きです。そこを出たら必ず再犯を犯します。なら、次の犠牲者を出さないためにはここで奴を殺すしかないのです。」

 

氷のように冷たいクリスタルアイの声。だが、スクリューはすぐに気がついた。それは建前でしかないのだと。

 

「問題は、付けないんだね。」

「ええ、私はヒーローとしては終わりですから。」

「その覚悟があっての行動だと言うのか。」

「ええ。ですので、ボスにもどいて頂きます。」

 

クリスタルアイは目から光線を出そうとする。だが、その予兆として目が煌めくのだ。それを知っているスクリューはクリスタルアイの顎を打ち上げることで光線を回避しようとした。

 

「どかないし殺させない!」

「殺してみせます。跳弾光(リフレクションレイ)。」

「ッ⁉︎バブルビーム!」

 

バック宙しながら放たれた水晶の光線が天井に当たり、反射して治療に集中しているメグルの背を襲う。

 

だが、反射的に動いたバブルビームがその跳弾を回転する泡で弾き飛ばした。

 

「感触から言って跳弾は威力が低い!急所に当たらないとどうこうはなりません!多分痛いですけど!」

「初見でこれを防ぎますか。現No.1のサイドキックは伊達ではないですね。」

「...僕のサイドキックになってから、ずっと実力を隠していたという訳か。」

「ええ、全てはこの日、インサートを殺すために。」

 

そう言ってクリスタルアイは構えを取った。

 

「理由を話してはくれないのかい?クリスタルアイ。」

「ええ、そんな悠長な事をしてはエンデヴァー達がやってくる。今しかないんです、私には。」

 

そう言ってクリスタルアイは視線を周りに向ける。その動きの意味に勘付いたスクリューが叫ぶ。

 

「全員、頭を下げろぉお!」

「遅いです、水晶乱反射(リフレクションパレード)

 

狭いとは言えない捜査本部、その全てを乱反射する水晶の光線が埋め尽くした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「本当に凄いですね、ボスもエンデヴァーヒーロー事務所の方々も。サンドウィッチさんの砂で全員の体勢を崩しつつ盾を張り、螺旋の力で私の光線の大半を吹き飛ばした。ですが...

皆さん、ひどい状態ですね。」

 

螺旋の力から逃れた水晶の光線は確かにヒーローたちにダメージを与えていた。

螺旋の中心にいたことで跳ね返った光線をモロに食らってしまったスクリュー、メグルとインサートを庇ったバブルビーム、後輩と名乗る少女を庇ったサンドウィッチ。

 

だが、誰一人として倒れている者はいなかった。

 

「確かに、痛かったね。バブルビーム。」

「ええ、ですが思った以上に威力が低い。」

「殺さないように加減してたんじゃない?」

「いいえ、加減はしてませんでした。皆さんを最悪殺してでも押し通るつもりでしたから。」

「怖い事を言うね。でも、似合わないよクリスタルアイ。君は『問題です』なんて変な語尾のままヒーローをしていた時の方が、良い顔をしていた。だから、僕が止めるよ。君の上司として。」

 

構えを取るスクリューとクリスタルアイ。牽制の光線を躱して、中心を遠くに作った螺旋の力でクリスタルアイを引き寄せた。

 

「その程度、予想の範疇です。水晶閃光(クリスタルレイ)...⁉︎」

 

その閃光がスクリューさんの両脇腹を貫いたが、それで止まらずにスクリューは螺旋の一撃を放った。

 

「螺旋体技、激衝...信じていたよ、君が殺す事を前提に置かない優しい人だって事を。」

「普通、こうまでされた相手を信じるなんてできませんよ。本当に凄い...ああ、眩しいなぁ。まるで、天音みたい。」

 

その言葉と共に、クリスタルアイはスクリューに抱きかかえられた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「インサートの治療終わったと思ったら怪我人増えてる⁉︎大丈夫ですかうずまきさん⁉︎」

「先輩、あんな激闘があったのにその反応なんですか。」

「いや、掌仙術って集中力使うんだよ。...うん、まずはうずまきさんからだな。」

「サンドウィッチ、砂でインサートとクリスタルアイの拘束を頼む。メグル、治療お願いね。」

 

軽く触診。スクリューさんを貫いた二本の光線は共に臓器をそれていた。これが、スクリューさんの技量なのかクリスタルアイさんに残っていた優しさだったのかはわからない。だが、後者であれば嬉しいなと思いながら治療をする。

 

「どうやら、終わりのようですねお嬢様。」

 

インサートと話し合っていた男が立ち上がり携帯で何かの操作をする。嫌な予感しかしない!

 

治療を中断し写輪眼でその男に催眠をかける。

 

「何をした、吐け!」

「部下に連絡をしたのです。お嬢様が終わる今、有終の美を飾るには今しかないのだと!」

 

有終の美などという言葉から連想される事実はただ一つ。

 

「火元は何処だ。」

「入り口、裏口、屋上の3点同時放火です、逃げ場はありませんよ。」

「あ、なら大丈夫ですね。バブルビームさん、サンドウィッチさん、屋上の初期消火お願いします。」

「...ヘリの動線を確保するのかい?」

「あ、違います。入り口と裏口の放火は想定できていたんで、対策はしてあるんです。だから、屋上の火が燃え広がらない限り問題はないんですよ。」

「...何をしたのさ、メグル。」

「知り合ったお爺さんを通じて色んな人に声かけしてもらったんですよ。そうしたら答えてくれた。ヒーロー飽和社会も悪いもんじゃあないって事です。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ねぇ飛糸くん。師範の言った事って本当に起こるのかな?」

「あの師範が声を荒げて言ったのです。信頼に足る情報ソースがあるのでしょう。畳先輩。」

 

そんな会話をする二人の門下生たち。周囲には他にも大荷物を抱えている者が多くいた。

 

そんな彼らの目の前で、突然に警察署の入り口から火の手が上がってきた。

 

「来た!」

「行きましょう、先輩!」

 

二人のみならず周囲の荷物を持っていた者達が火の手に一斉に集まる。

何故か動じず仕事を続ける警察官達を尻目に持ってきた荷物を火に向けて投げつける。

ホームセンターで集めた、ありったけの消化弾を。

 

「畳先輩、こういう時は『汚物は消毒だー!』と言うのでしたか?」

「飛糸くん、それ燃やす方。」

 

そんな会話をしている二人を尻目に、他の大人たちは火をつけたと思われる男を捕らえていた。

 

「な、何だお前たちは⁉︎」

「通りすがりの道場門下生だ、覚えておけ。」

「貴様が火をつけた犯人だな?しばらく捕まっていろ。」

「クソッ、こんなはずじゃあなかったのに...申し訳ありません、お嬢様。」

 

本来絶望の始まりとなる筈の穂村署大火災は、こんなにもあっけなく終わりを告げた。

 

その光景を見て驚いていた男が一人いた。まるで、あり得ない光景を目にしたように。

 

「運命が、変わった...⁉︎」

 

その言葉と共に、男は立ち尽くしていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バブルビームさんとサンドウィッチが屋上へと向かい、捜査本部にいた警察官達に『俺の声に従え』と命令を仕込み制圧を完了した段階で、エンデヴァーさんと相澤先生がやってきた。

 

「メグル、どういう状況だ。というか何でお前が警察署にいる。」

「ちょっと隠れ家が機動隊に襲撃されたんで逃げてきました、ここまで。」

「...それは逃げるとは言わん。」

 

相澤先生の呆れ顔が心に刺さる。が、報告を続けよう。

 

「インサートは確保、身代わりの少女は無事、穂村署を焼き払う策は対処済み、ついでにインサートを殺そうとしたクリスタルアイさんも確保。後は皆さんにかかった催眠を解けばインサート事件は終了です。」

「そうか...よくやったメグル。」

「そんな訳で、インサートが目覚め次第洗脳の解きかたを吐かせようと思います。今は治療の疲れから眠っているので。」

 

眠っていればただの美少女なあたりインサートという悪鬼はタチが悪い。ぱっと見で悪人とわかる顔だったのならもっと逮捕もやりやすいというのに。

 

「先輩、いまいち実感が湧かないんですが、勝ったんですか?私たち。」

「そうだな。インサートは捕まえた、しかも死人も出ていない。俺たちの完全勝利だ。」

 

その言葉と共に後輩は座り込んだ。

 

「なんだか、力が抜けちゃいました。」

「その気持ちスゲーわかるわ。」

「貴様は座り込んだりするなよ?仮にも俺のサイドキックなのだから。」

「はーい。」

「伸ばすな馬鹿者。」

 

スクリューさんの治療も終え、やる事がなくなった俺は何となく後輩の隣に行く。

 

「なぁ、どうだった?俺たちの旅路は。」

「...ただただ、大変でした。でも、ずっと先輩が一緒にいてくれたから耐えられました。でも、この記憶もなくなっちゃうんですよね。インサートの個性を解いたら。」

「そうだな。まぁ、俺が死にまくる光景なんか忘れられるなら忘れた方がいいさ。」

「それだけじゃないですよ、私が見たのは。頑張っている姿も、私を安心させようとする姿も、私を守ってくれる姿もちゃんと見てました。だから、この記憶も、この想いもなくなってしまうのは寂しいです。」

 

そう言った後輩の顔は、悲しみを堪えているように見えた。

だから、こんな夢のような約束を持ちかけたのだろう。

 

「なぁ後輩、今度また会えたら一緒にどっか回らないか?今までみたいな命懸けのじゃなくて、普通にさ。」

 

その言葉に一瞬ぽかんとした後、クスリと笑って笑って答えてくれた。

 

「それって、デートのお誘いですか?」

「そんな所だ。で、どうよ?」

「...受けます。いつかきっと、デートをしましょう。先輩と後輩なんて記号じゃなくて、ちゃんと名前を呼び合って!」

 

エンデヴァーと相澤先生の指揮によりインサートの挿入により歪んだ警察署は取り敢えず正された。

その後、インサートは近くの病院に、クリスタルアイさんは留置所に入れられた。

 

住所のわからない後輩は、うずまきさんの家に一晩泊まる事となった。

すぐに洗脳を解いて自分の家に戻らないという事は、俺と同じ事を考えていたのだろう。

 

その手にノートとペンを持って、俺たちの旅路を忘れないように記録する。もうすぐ記憶の無くなる俺たちの、最後の仕事だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、留置所にてスクリューはクリスタルアイと面会をしていた。

 

「クリスタルアイ、君の話を聞かせてほしい。」

「ボス、いいえ、元ボスですね。」

「ボスでいいよ。君の事を解雇するつもりはないから。」

「...まだ私を信じるんですか。頭おかしいですよ、ボス。」

「うん、僕の元を去って行くサイドキックからよく言われるよ、それ。」

 

流れる沈黙、じっと目を見つめるスクリューの瞳に負けて、クリスタルアイは、綺羅星瞳(きらぼしひとみ)はポツポツと話し始めた。

 

「親友がいたんです。」

「うん。」

「名前は歌野天音。私の高校時代からのクラスメイトで、共にヒーローを目指す仲でした。」

「うん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それは、仮免許を取得してインターン活動に励んでいた頃の事だった。

 

「瞳ちゃん、私...助産師さんになる!」

「唐突に何を言ってるんですか、天音。確かにヒーローに副業は認められていますが...」

「昨日のインターンで妊婦さんを病院にまで運んだんだけど、私何もできなかったの。でも、手を握り続けて、産まれるまで立ち会って思ったの、命ってあったかいなって。私も命を産む手助けをしたいって!」

「天音...助産師になるには資格が必要です。大学もその方面に行く事になるのですが、いいんですか?ヒーローを目指さなくても。」

「...多分大丈夫!高校のうちにヒーロー資格を取り切って、それから大学で助産師資格とれば良いんだから!」

「相当厳しいと思いますが、その目を見る限り本気なんですね。」

「うん!」

 

その1年後、本当にヒーロー免許を取り切って専門学校に通い始めるあたり歌野天音という人物は侮れない。

親友だった綺羅星瞳は本当にそう思っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「良い友達だったんだね。」

「ええ、本当に。破天荒な天音に引っ張られて、時々私の暴走に天音を引っ張ったりもして。そんな日々でした。本当に、楽しい日々でしたよ。」

「だから、君は復讐に走ったんだね。」

「ええ、そうです。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから3年後、ヒーロークリスタルアイは都内でヒーローとしての経験を積むもなかなか芽が出ないでいた。そんな彼女に、一通のメールが届いた。

 

親友の、歌野天音の遺書だった。

 

最初読んでいる時は意味がわからなかった。存在しない筈の妹の事、存在しない筈の借金の事、そして、天音しか映っていない写真。その写真に添えられた妹を頼むと添えられたメッセージが、異彩を放っていた。

 

だが、その事を理論立てて考えられるようになったのは、歌野天音の葬式を終えて、雨の中とある占い師の元へと流れついてからだった。

 

「お嬢さん、お風邪を引いてはいけない。お入りなさい。」

 

普通なら断る筈のその誘いを、何故か瞳は断れなかった。その男性の不思議な雰囲気、悟っているともとれる感覚がそうさせたのかもしれない。

 

「雨が上がるまであと30分ほど、それまで黙っているというのも何ですし、1つ占いをして差し上げましょう。」

「...押し売りですか?」

「お代は取りませんよ、占う内容は...そうですね、あなたの親友を殺めた宿命の相手についてでどうでしょう。」

「天音が、殺された⁉︎ふざけた事を言わないで!天音は、自殺したの!意味のわからない遺書を残し...て...」

「その様子ですと、どうやら気が付いたようですね。とある系統の個性を使えば犯行は可能であると。」

「...洗脳ッ!」

 

瞳の中で全てが繋がった。犯人の個性は思い込ませる個性。天音は妹がいると思い込んで、借金があると思い込んで、写真に妹がいると思い込んでいた。

 

「ありがとうございます、占い師さん。やるべき事が見えた気がします。ですがどうして私と天音の関係を見抜けたんですか?」

「単純な事、この付近でヒーローピースソングの葬式があるのは知っていました。なら喪服でいるのはその関係者、そしてその若さとショックの深さを考えるとピースソングと関わりの深いヒーロー、クリスタルアイである事は導き出せます。ヒーローに詳しければ解ける簡単なロジックですよ。」

「...占い師の洞察力とは凄まじいモノですね。」

「ええ、私の個性『直感』と相まって大体の事は予測する事ができます。占い師なんてやっているのはそのお陰ですね。さて、本題に戻しましょう。」

「天音が殺されたという話しですね。」

「今から私の個性を使います。その情報をもとにお話しましょう、あなたの取るべき運命を。」

 

そうして個性を使った占い師は告げた。長野だと。

 

「長野ですか...遠いですね。」

「ですがあなたはまだ身軽な新人、移籍する事は容易の筈です。行けないことはないでしょう。」

「長野のほかに情報はありませんか?」

「私の感によると、語尾に何かを付けるとたどり着ける確率が上がりますね。その程度でしょう。」

「どんな直感ですか、今までのロジックで人を導く占い師さんのイメージが一瞬で崩れましたよ。」

「占いなど当たるも八卦当たらぬも八卦、まぁ信じてみて下さいな。」

「はぁ、問題ですね。」

「良い語尾ですね。その語尾なら行けると感は告げています。」

「...当たる八卦にかけてこの語尾でいかせて貰う問題です。それではお代を...」

「お代は結構。闇に潜む賢しい(ヴィラン)を退治してくれるのならそれがお代になります。」

「ありがとうこざいます、占い師さん。ですがお代は置いておきます。退治で終わらせるべきかは迷っているので。」

 

そうして瞳は、財布の中に入っていた3万円をテーブルに置いて去っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それからの事は語るまでもないですよね、長野に来たは良いものの右も左もわからなかった私にボスが手を差し伸べてくれ、サイドキックとして雇ってもらい、今に至ります。」

 

スクリューは拳を強く握りしめた。インサートの爪痕がずっとクリスタルアイの心を苦しめていた。その事に気付けなかった不甲斐なさからだ。

 

「復讐は許される事じゃあないとかの一般論は置いておくよ、それは多分復讐に走った人にしかわからない事だから。だからクリスタルアイ、最後に君に尋ねたい。楽しかったかい?僕の事務所に来てから。」

「...ええ、楽しかったです。あの日々のようで、夢みたいでした。」

「...なら、僕は待ってるよ、君が罪を償って出てくるのを。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察病院で、バブルビームさんとサンドウィッチさんに連れられて俺はインサートと相対する。

 

「さぁ、話をしようかインサート。お前に個性を解除させる前に聞きたい。何故、俺を呼んだんだ?」

「お兄ちゃんに聞きたかったの、なんで私を殺さなかったのか。なんで私を助けてくれたのか。今でも殺したいんでしょ?インサートを、私を。」

 

そんな事は当たり前だ。今からでもその細い首をへし折ってしまいたいと心は叫んでいる

 

だが、違うのだ。俺の中では。

 

「正直自分でもよくわからない。でも、殺したいと思っていても死んで欲しいとまでは思えていないんだ、俺は。」

「そんな理由で私の挿入を弾いちゃうんだ、変な人。」

「変な人は余計だよ畜生。」

 

「理由もなくて、殺意を抱いている相手にも与えられる感情。やっぱりわからないや、愛って。」

 

その言葉に込められた感情の意味を理解する前に、俺の意識は切り替わった。

 

「...ここは?」

「病院だよ。個性が解けたんだね、メグル。」

「インサートの個性ッ⁉︎まさか、俺が操られたんですか⁉︎」

「違うわ、メグルはインサート逮捕の立役者よ。インサートの個性に負けないでヒーローを貫き通した。」

「メグルの部屋に事件の事をまとめたノートがあるから読むといいよ。...皆の洗脳を解除した。それが君の答えなのかい?インサート。」

「ええ、負けを認めるわ。個性も使えなくされちゃったから何も出来ないし。大人しくシセツってとこに行くとするわ。」

 

こんな小さな少女がインサートだとは、世も末である。ていうか最後の記憶から逆算すると警察署で個性を喰らった事になるぞオイ。

 

「覚えてないですけど、良く生き残れましたね俺。」

「勝利の女神が付いていたんじゃないかな。」

「ええ、あの子のツキは大したものよ。」

「...あの子?」

「メグルが庇い続けていたインサートの身代わりにされそうだった女の子がいたんだよ。」

「将来美人になりそうな子だったし、唾つけといて正解だったんじゃない?」

「光源氏プロジェクト的な意味でない事を祈ります...」

 

「ハハハ」とアメリカンに笑う2人、まさかの正解⁉︎

 

「お姉ちゃん成長が絶望的だけど15歳だよ。」

 

「マジで⁉︎」と驚く2人。つまり俺はロリ体型の女の子に手を出していたという事なのか⁉︎大人な美人秘書で無く⁉︎

 

「いったい何が起こっていたんだ過去の俺...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、公安の人たちがやってきて自分たちは病室から追い出された。

長くかかるのだそうだから、自分たちは病院を出てホテルへと歩いて帰る事となった。

 

「公安が動くか、エンデヴァーさんが手を回してくれたのかな。」

「そりゃそうよ。12歳の少女による警察署占拠なんて前代未聞よ?次に同じ事が起こらないように万全を期すでしょ警察も。」

「どこまで公表するかですね。神野以降ヒーローへの信頼が落ちているのに警察の信頼まで失う訳にもいかないでしょうから。」

「最悪、公表しないまであるかもね...」

 

沈黙が三人を包む。それだけ今回の事件は社会に影響を及ぼしかねない重大なモノとなる可能性を秘めていたと改めて気付かされた為だ。

 

「こんなムードだと気が滅入ってばかりですね、飲み物でも買いに行きますよ。」

「そだね、僕コーヒー。ブラックね。」

「じゃあ私紅茶。」

「はーい。行ってきまーす。」

 

「積極的にパシるって良い後輩よね。」

「素直で扱いやすいってのも追加で。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

心のどこかで、モヤモヤを感じていた。

何かが足りない、そんな気持ちを抱えて街を歩いている。

 

「このノートを本当に私が書いたなら、そういう事なんでしょうね...会ってみたいな、その人と。」

 

少女にはここ一週間近くの記憶がなかった。インサートという(ヴィラン)の仕業らしいが詳しい事はわからない。ただ、それ以上に長い間誰かの背中を見ていた気がするのは何故だろうか。

 

そんな考え事をしていながら歩いているからか、歩道橋の階段で足を滑らせてしまった。

何故か、懐かしいと感じる感覚。

 

そして、遠くから聞こえる足音を聞いた途端に、落下の恐怖が消えた。

 

「大丈夫か!」

 

抱きかかえられて空を飛ぶ懐かしい感覚、脳裏をよぎる言葉にならない感覚に身を任せて身をよじる。

 

そうして、私と彼は再び唇を合わせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

奪われたキスに童貞ハートが揺れるもののしっかりと着地。

 

「...事故だよな?今の事故だからノーカンだよな⁉︎」

「わかりません、なんとなく体が動いてしまって...でも、ノーカウントにはして欲しくないですね。」

「最近の小学生は進んでる、のか?」

 

腹に一発放たれる拳。だが見えているのでガードは可能だ。

 

「ガードしないでください、先輩。」

「まずなんで殴ったかを言え、後輩。」

「私は中学3年です。小学生ではありません。」

「マジで⁉︎」

「...今の言葉は宣戦布告と受け取ってもよろしいですね、先輩。」

「ノーに決まってるだろ後輩。いや、小学生と見間違えてたのは済まないと思ってるけどさ。」

「じゃあパフェでも奢って下さいよ、先輩。」

「今先輩方に飲み物持ってく途中だから、それ終わったらな。」

 

何故か先輩後輩という呼び方がしっくりくる少女だが、ちゃんと自己紹介をしよう。

 

「団扇巡だ。後輩、お前の名前は?」

時遡祈里(ときさかいのり)と申します、団扇先輩。」

「よし、時遡後輩。自販機のある場所教えてくれね?地味に見つからないんだよ。」

「あそこの角にありますよ。100円の奴が。」

「やった、ちょっと得した気分。」

「ちゃっちいですね、先輩。」

「うるせぇ、奨学金暮らしの貧乏学生なんだよ。」

 

そうして彼女を連れてのんびり歩く。

命の危険など滅多にない、この穂村の街を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

男は、SNSで流れている僅かな情報から、先日の穂村署大火未遂事件の全貌をほとんど把握していた。

そして、自分の個性を使って改めて運命を見ていた。

 

「団扇巡、一体何者だ?あれほどの死の因果を抱えていながら、平然と生きている。あれほどの死の詰まった穂村署大火をいとも容易く止めてしまった。まるで運命という枠の外側にいるようだ。」

 

「そんなイレギュラーは、排除しなくては。全ては、正しき運命のために。」




後輩こと時遡祈里ちゃんの個性 タイムリープは本来運命を変える事はできません。なのに何度も運命を変えられたその理由が運命の外側にいる存在、団扇巡という世界そのものに対するイレギュラーがいたから。
という裏設定を公開してみる。


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インターン編、死穢八斎會
次の事件の始まり


投稿遅れまくって申し訳ない。読者さんのメッセージをきっかけにタイムテーブル見直したら、「あ、いけるやん!」と思った次第です。プロット直してたらこんな時間になりました。

270連でBBちゃん引けてハイになってた訳では無い筈、きっと。


翌日、初めてのインターン活動を終えての初登校である。

 

「団扇くん、お疲れ様だ!だが昨日まで連絡が取れなくて心配したんだぞ!」

「悪い悪い、ちょっと携帯がお亡くなりになってな。」

「ム、それは大変だったな!」

「今度は防弾仕様付だから大丈夫。しかも経費で落ちたしな!てな訳で毎度悪いがノート頼む。」

「ああ、ここから...ここまでだな。」

「よし、予習の範囲内。謹慎してて良かったー。」

「団扇くん、それは誇るべきでは無いと思うぞ?

 

すると上鳴と峰田が寄ってきた。

 

「団扇団扇!お前SNSで話題になってるぞ!機動隊から逃げ切ったんだって⁉︎」

「捜査上の機密事項なので話せん。警察の会見を待ってくれ。」

「えー、良いじゃんかちょっとくらい。」

「そんな事はどうでも良いだろ、上鳴!団扇、お前サンドウィッチの裸を見たんだよなぁ!どんな感じだった⁉︎お前のコートとコスチュームがボロボロのサンドウィッチにかかっていたって証言は取れているんだよぉ!どんな感じだった⁉︎」

 

目を血走らせて詰め寄ってくる峰田。だがインサートの卑劣なる策謀によりその記憶は虚空の彼方に消えてしまったのだ。

その部分を記述していたノートの筆圧が妙に強かったのがどれだけ悔しがっていたかの証拠となっていた。

 

だから正直に伝えよう。俺の心の叫びを。

 

「覚えてねぇんだよ、覚えていたかったよ!だが、卑劣なる策謀によって俺はその記憶を奪われた!ただ『エロかった』との書き残しだけを残してな!」

「「な、なんて卑劣な事をする(ヴィラン)なんだ...ッ⁉︎」」

 

上鳴と峰田がそのあまりにもな所業に慄く。女子からの視線が少し痛いが気にしない。だって男の子だもん。

 

そんなIQの低い会話をしていると、出久がやってきた。だが、その微妙に暗い顔からどこか悩みを抱えていそうな気がしてならない。

 

「おはよー、インターンから帰ってきたぞー。」

「団扇くん...おはよう。」

「そっちはどうだった?出久もインターン行ってきたんだろ?」

「...うん、全然だった。」

「...そうか、まぁ話せる事なら話してくれや。俺でも焦凍でも飯田でもさ。」

「ありがとう、団扇くん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の授業を終え、自室で飯田から写真に撮らせてもらったノートを写す。几帳面に纏められたそのノートはとてもわかりやすくてありがたい。

それでもこんな単純作業に時間を割くのも何なので影分身を使って2倍の速度でノートを写し、ささっと終わらせて談話室に行こうとした。その時、エンデヴァーさんからメールが来た。

 

インサート事件に対してのミーティングがあるから事務所に来いと。

 

「これは、情報統制ルートかねぇ...」

 

携帯での情報伝達を避けるなど、大事に違いない。

 

ささっと着替えて寮を出る。皆に行ってきますと告げながら。

 

「団扇の奴、忙しくしてんなぁ...」

「まぁ、現No.1ヒーローの事務所にインターン行ってるんだ、色々あるんだろ。」

「ケッ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

新幹線で2時間、交通費を事前に支給してくれるシステムでなければヤバかったと戦々恐々しながら都内の事務所に着く。そういえば私服で事務所に来るのは初めてだ。

 

受付の人に話を通して会議室に行く。そこには今回の事件に関わったバブルビームさん、サンドウィッチさん、うずまきさん、エンデヴァーさんと一緒に来ていた2人のサイドキック、ティアーズさんとライズアップさんに相澤先生、そしてエンデヴァーさんが呼んでくれていた公安の人たちと見たことの無い警官服の男性がいた。

 

「相澤先生も来てたんですね、声かけて下さいよ。」

「現地集合のが合理的だろ。あと外ではイレイザーヘッドだ。」

 

外ではヒーロー名か、このマナーはしっかりしておかないと間違えそうだ。

 

「公安の牙刀(がとう)です。全員集まったようなので今回起こったインサート事件についての警察の公式見解を述べます。ヒーローの皆さんはそれに則った言動をして頂きますが、よろしいですね?」

 

頷く皆さん。特に動揺もなく受け入れているのはこれがヒーロー業界ではよくある事だからだろうか。新米サイドキックの自分にはわからない。まぁ取り敢えず権力という長いものに巻かれるのが正解だろう。

 

「えー、今回のインサート事件は穂村署に勤務するすべての警官達と確保の為に来たヒーローが洗脳されるという前代未聞の事件でした。ですが神野事件以降ヒーローへの信頼は崩れつつあります。そんな中で警察に対しての信頼まで崩れさりかねないこの事件をそのまま公開する訳にはいきません。よって、今回の事件は穂村署長、時遡見抜(ときさかみぬき)氏のみが洗脳された事として公表します。」

 

深く頷く警官服の男性、彼が署長さんなのだろう。時遡という珍しい苗字から察するに後輩の親父さんだろうか。よくよく見ればどことなく雰囲気が似てる気がする。

 

「質問いいか?」

「どうぞ。」

 

ライズアップさんが牙刀さんに尋ねる。

 

「警察署員の全員が記憶の欠落を経験している。それはどう誤魔化すつもりだ?」

「機密保持のため、公安直属のヒーローの記憶消去個性を使ったという事にしました。」

「...公安の懐刀か、確かニューラライズだったか?」

「ええ。」

 

公安直属のヒーロー、そういう人もいるのか。ヒーローの世界は広いなぁと他人事のように思う。

 

「話を続けます。ヒーローによる偽インサート、時遡祈里氏の殺害の企ては時遡署長の命令による捕獲指令とします。その命令の違和感に気付いたメグルがその捕獲に抵抗し、結果インサートの捕獲に至ったというのが大筋のカバーストーリーです。時遡署長には警察署に(ヴィラン)を招き入れた事とヒーローに誤った命令を与えた責任を取って辞任して頂きます。」

「質問いいですか?」

 

その末路に納得のいかなかった俺は思わず口を挟んでしまった。

 

「...どうぞ。」

「インサートの個性は正直に言って強すぎます。そんな奴の個性にかかって犯罪を犯してしまったのは、罪にならなきゃいけない事なんですか?揉み消したりはできないんですか?」

「それは「それは違う。」...時遡署長?」

 

牙刀さんの言葉を、時遡署長が遮った。

 

「私は、署長として皆の責任を取る立場にいる。権利をもらっていたのだから義務を果たさないといけないんだよ。...それに、私の首1つで操られていた皆の未来が守れるなら惜しくはない。私は、そう考えている。」

「付け加えるなら、警察上層部にはきちんと真実を伝えます。...大人の世界では、誰かが責任を取らないとならないのですよ。」

 

時遡署長はこの沙汰を納得して受け入れている。なら、外野がとやかく言うのは筋違いなのだろう。

 

「すいません、理解しました。」

 

まだ納得はできていないが、ここは下がろう。

 

「メグル、私の為に声を上げてくれてありがとう。娘を守ったヒーローが、君のような優しい子で良かった。」

「...ただ、自分が納得できなかったからですよ。」

「そういう事にしておくよ。」

 

その後、牙刀さんの用意していた書類にサインして、インサート事件の真実は闇に葬られる事となった。

 

「あ、質問いいですか?」

「どうぞ。」

「本物のインサート、彼女ってこれからどうなるんですか?」

「彼女の個性の使用をできないようにする拘束具を現在科警研に開発させました。それをインプラントさせ次第警察病院から未成年ヴィラン保護更生施設へと送る予定です。護送予定は今晩ですね。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 

俺の催眠による個性封印を前提とした対処をされていなくて一安心だ。これでインサートも完全におしまいだろう。あとはきちんと罪を理解して、償ってくれることを祈るだけだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

帰りの電車で授業の予習をしながら考える。インサートという悪鬼は、何故生まれてしまったのかを。

 

「もっと病院でちゃんと話せてれば、ってのは傲慢かねぇ...」

 

洗脳という個性によって生み出されたヒヨッコヒーローと(ヴィラン)、一歩踏み違えれば俺も(ヴィラン)のままだったかもしれないと考えると同情の気持ちが湧いてくる。

 

そんなことを考えていると、バブルビームさんから電話が来た。荷物を纏めてデッキへと移動する。

 

「バブルビームさん、どうしたんですか?」

「落ち着いて聞いてね、メグル。」

 

何か、嫌な予感がする。

 

「護送中のインサートが、自爆テロで殺された。」

 

俺のインターンの第二の事件、その始まりは罪を償うことのできなかった名も無き少女の死からだった。

 

 

「メグル、確認だけどインサートの護送予定を誰かに漏らしたりしてないよね?」

「当たり前です。」

「...ならやっぱり外部犯か、でもどうやって護送計画を知った?僕らにもインサートがどの施設に送られるか知らされていないのに。」

「犯人の身元はわからないんですか?」

「今鑑識が調べてる所。でも正直望み薄いよ、血液のDNAはアーカイブに登録されたものじゃなかった。これが初犯みたいなんだ。...犯人の手口は走行中の護送車にトラックで横から突っ込んで横転させたあと、何らかの個性を使って護送車のドアを開けて体に巻きつけたダイナマイトでインサートもろとも自爆したんだとさ。ああ、護送中だった警察官2名は爆発で重症を負ったけど命に別状はないって。」

 

壮絶な事件だ。だがわからない。この事件はインサートを狙ったものだ。自爆も逃げる気がなかったのならわからなくはない。だが、横から突っ込んだというのならチャンスなどそうはなかった筈。ダイナマイトを用意しているという事から確実に計画的犯行だ。印象がチグハグだ。

 

「これ、公安経由で情報が流れたって線はないですか?」

「天下の公安だよ?それは無いでしょ。まぁ公安も調べてはいると思うけどね。」

「...走行中のトラックに突っ込むなんてとんでもない事をやらかせたってならかなり確度の高い情報が流れていた筈です。公安じゃないなら一体どこから情報を得たんでしょうかね、犯人は。」

「現在調査中だよ。でも、エンデヴァーさんの勘だと情報収集系の個性の使い手が犯罪を教唆したと睨んでる。」

 

オールマイトの対人戦闘訓練で言われた事を思い出す。

 

「闇に潜む、真に賢しい(ヴィラン)...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、新幹線が名古屋に着くまでにネットニュースにインサート事件の偽りの真実と、そのインサートが殺されたというニュースが共に公開されていた。幸いかどうかはわからないが、ヒーロークリスタルアイによるインサート殺害未遂というニュースは殆ど注目されていなかった。あまりにも衝撃的すぎる事件に流されてしまったのだろう。

 

SNSではインサートがたった12歳の少女だという事実など関係なく、その犯行の残虐性から死んで当然だという意見が主となっていた。

洗脳能力を使った自殺教唆の件数、つまりインサートによる殺人の件数は14件、未成年者による殺人数としてトップに躍り出てしまったのだから。

 

名前のなかった彼女は、インサートという悪名を歴史に残してそれを二度と濯ぐ機会を与えられなかった。それをうれしい事だと何故人々は思うのだろうか。

 

「なんで、死んで当然なんて言えるんだろうな...彼女にも未来があって、彼女と繋がる誰かの未来があるのに。」

「そりゃ、他人事だからだろ。」

「...相澤先生。」

「インサートの件はニュースで見た。団扇、お前が気に病むことはない。」

「...俺、インサートの事何も知らないんですよ。会って、話したのに。名前すらも。だから、次に会ったらもっと話そうとか考えていたんですよ。犯罪者の先輩として。」

 

相澤先生は、黙って聞いてくれた。

 

「感傷ですね、忘れてください。」

「...あまり(ヴィラン)に感情移入しすぎるなよ?」

「わかってます。いや、わかってるつもりです。」

「ならいい。」

 

「俺は、インサートを殺させた奴を許せません。だから、必ず捕まえてみせます。」

 

そう、決意を口にする。

 

「...まぁ、無茶はするなよ?」

「はい、わかってます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

寮に戻ると時間は9時を過ぎていた。

 

「おぉ!団扇が帰ってきたぞ!」

「お帰りー!ニュース見たよー!凄いよー!」

「お疲れ様、団扇。」

 

夜更かししていた連中が声をかけてくる。まだ慣れないが、日常に帰ってきた気がする。

心にわだかまりはあるがシャキッとしよう。

 

「ただいま、皆。」

 

「バームクーヘン作ったんだが食うよな?」

「バームクーヘンを作った⁉︎流石砂藤、大した奴だ...」

「よせやい。」

 

砂藤が運んできてくれたバームクーヘンを食べる。滅茶苦茶美味い。絶対店で出せるわコレ。

そろそろ俺たちは砂藤に大明神とか付けて敬うべきかもしれない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

螺旋ヒーロースクリューは東京の町を歩く。

インサートが死亡したという知らせを受けた瞬間に思いついた直感を信じてクリスタルアイから聞いた住所へと向かっていた。

直感と洞察力を備えた凄腕の占い師の元へ。

 

「住所でいえばここなんだけど...」

 

だが、そこは空き物件となっていた。

 

「クリスタルアイと話をした時点でもう畳む寸前だったのか?いや、話に聞いただけでも有能だとわかる占い師だ、リピーターは居ない訳はない。何かあったのか...?」

 

するとスーツ姿の男性がちょうど通りがかったので話を聞いてみることにした。

 

「すいません、ここに腕のいい占い師が居ると聞いてやってきたんですが。何か知りませんか?」

「ああ、先生ですか。懐かしいですね。」

「先生?」

「ええ、実は私は占ってもらった事があるんですよ。本当に腕のいい占い師さんでした。でも残念ですね、なんでも身内に不幸があったらしく3ヶ月前に店を畳んで田舎に帰ってしまったんですよ。」

「そうですか、協力ありがとうございます。」

「いえいえ、袖振り合うも他生の縁と言いますから。」

 

3ヶ月前といえば、クリスタルアイが長野にやってきた時期と一致する。偶然にしては出来過ぎだ。

 

「まぁ、証拠はないし個人で動けるのはここまでだな。HNで占い師による犯罪教唆について調べて、エンデヴァーさんの事務所あたりに引き継いで貰うか。」

 

そう言って去っていくスクリュー。

その姿を見たスーツの男性は携帯を出して連絡を入れた。

 

「先生、言われた通りに伝えました。でもいいんですか?ヒーローに本当の事をわざと伝えても。...成る程、理解しました。全ては、正き運命のために、ですね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、授業を滞りなく終えた後に、バブルビームさんからの電話が来た。

 

「占い師?」

「うん、スクリューさんが産休入ったから僕に引き継ぎ捜査の資料が来たんだ。クリスタルアイに長野に行く事を決めた原因になった人らしいんだけど、どうにも個性使用許可取ってなさげなんだよね。」

「...なんとも自分の事を言われているような気になる(ヴィラン)ですね。」

「そういやメグルの罪状も個性の不法使用だったね。」

「んで、なんでそんな木端(ヴィラン)を天下のエンデヴァーヒーロー事務所が追いかける事になったんですか?」

「エンデヴァーさんの勘。」

 

一瞬言葉が出なかった。勘と一言で言うがそれは事件解決率No.1のエンデヴァーさんの経験により導き出された結論という事だ。侮れる訳がない。

 

「今回の件も、やばい事になる気しかしませんね。」

「だね。頼りにしてるよメグル。」

「こっちこそ、頼りにしてますよバブルビームさん。」

「それじゃあとりあえずSNSとかの当たる占い師をリストアップしてみて。こっちはHNでそれっぽいのを調べてみる。」

「わかりました。有名どころじゃなくてローカル系を探してみます。」

「話が早いねー、お願い。あと、件の占い師の個性は直感だって言う申告だからその線で絞り込んでみて」

「情報ありがとうございます。」

 

電話を切りSNSを調べる。

 

キーワードは占い師、地元、直感

 

ヒットはそこそこ多かった。だが、場所を特定できるような投稿は見つからない。インターネットリテラシー高いなぁ...

 

だが、そんな中で気になる投稿を見つけた。

 

「ペスト医師のマスクのやばそうな人物が最近来た占い師を連れて行った?直感で撮影して投稿するとか凄いなこの人...まさか、死穢八斎會?」

 

気になったのでバブルビームさんに許可を貰った後に投稿者にメッセージを送る。ヒーロー仮免許の画像を載せて捜査協力をお願いしたいと。返信はすぐに来た。

占い師のいた場所は、写輪眼の自己催眠で思い出した記憶にある死穢八斎會の本拠地にほど近い。アタリだ。

 

とはいえこの占い師にのみ絞るのは危険なので他の投稿も流し見する。だが、どいつもこいつも自分から情報を出して客寄せしているエセ占い師(偏見)ばかりだ。リストには加えておくが十中八九外れだろう。

 

パパっと纏め終わった情報をバブルビームさんに送信する。すると程なくして電話が来た。

 

「メグル、君の事件への嗅覚どうなっているのさ。投稿の写真がHNで集めた占い師の情報の中で怪しそうな奴の顔と一致したよ。...死穢八斎會、当たってみる価値はありそうだ。」

「腐ってもヤクザなんで、注意してくださいね?死穢八斎會って結構武闘派らしいんで。」

「なに言ってるのさ、君も行くんだよ?ヤクザ相手に情報引き出すなんて君の個性がうってつけじゃない。」

「...個性によって得られた情報は犯人逮捕の決定的証拠にはなりませんよ?」

「いいのいいの、占い師そのものについての情報を得たいだけなんだから。まだ占い師が(ヴィラン)と決まった訳じゃないから決定的証拠を探す段階じゃないしね。」

「グレーゾーンの捜査ですねー。」

「綺麗事で(ヴィラン)が捕まるならみんなそうしてるよ。」

「バレなきゃ良いですけどねー。」

 

そんな会話から、自分たちは死穢八斎會を巡る大事件に巻き込まれる事となった。

 




というわけでインターン編第二の事件は原作通りの死穢八斎會編(占い師のアドバイス付き)となります。
プロット直しながらの更新となりますので2日に一回更新は目指しますが難しそうですねー。


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鏡の騎士

ドリルマシンさんの
ヒロアカ-悪霊はヒーローの夢を見られるか
を推してみます。インドで悪霊と呼ばれたヴィジランテが何だかんだで雄英に入りオールマイトのようなヒーローを目指す話です。
捜索掲示板で教えて貰った作品です、完結済みなのが良いですねー。


土曜の授業が終わってすぐにコスチュームに着替えてバブルビームさんとの合流場所に行く。

 

「お、コート直ったんだ。」

「はい、特殊なギミックとかはないコートなんで、サポート会社さんたちがパパパっと作ってくれました。プロになったらコスチュームのこういう点も考慮しなきゃダメっぽいですね。」

「そだよ、安くて丈夫で格好いい、それがコスチュームに求められる性能だから。さ、それじゃあ行こうか、ヤクザ屋さんに話を聞きに。」

「門前払いされなきゃいいんですけど。」

「メグルと目さえ合ってくれれば楽勝なんだけどねー。」

「ですねー。つくづくそう思います。」

 

最近写輪眼での瞬殺ができてないなーとなんとなく思う。

 

「カバーストーリーはメッセージで送った通りだけど、頭に入ってる?」

「はい。あの占い師の顧客に捜索中の(ヴィラン)がいたという情報が入ったので安全のために探している、ですよね?」

「オーケー、できる後輩で世話が楽だよ。」

「はいは...バブルビームさん。」

 

嫌な視線を感じる。予知能力の(ヴィラン)の手の者だろうか。

視線を動かさずにバブルビームさんに相談する。

 

「気付いてます?」

「うん、どっち狙いだと思う?」

「別れてみますか?」

「とりあえずパトロールがてら周囲を回って様子を見よう。」

「承知しました。」

 

予定のルートとは異なる道を行く。こういう時ヴィラン発生率の高いホットスポットを表してくれる最新の地図アプリは便利だ。慣れない土地でもパトロールが出来るのだから。

 

「パトロールルートはこんな感じでいいですか?」

 

地図アプリを見せてルートを示す。

 

「...メグルってこういう仕事早いよね。」

「最新アプリとか好きなんですよ。技術は進歩したんだなーって感じがして。」

「そんなもんかな。」

「そんなもんですよ。さ、行きましょ行きましょ。」

 

そう言って慣れない街を2人でパトロールする。個性発動の予兆を見逃さないように写輪眼を起動させながら。

本来の目的とは違うがまぁいいだろう。どうせ急いでも情報が入るという確信はないのだから。

だが、勘違いであって欲しかった視線の主は駅からしっかりついて来ているようだ。手の甲の鏡を利用して見た所、黒い安物のパーカーのフードを被っている人物であることがわかった。体格からしておそらく男性だろう。

 

「...来てますね。」

「パパラッチだと良いんだけどねー。正直、(ヴィラン)の臭いがする。」

「尾行に不慣れな感じなのでそう腕利きって訳じゃあなさそうなのが救いですね。」

「戦闘能力に特化した傭兵タイプの(ヴィラン)かもよ?」

「その時は2人でリンチしましょう。」

「そだね。」

 

2人で街のホットスポットを巡っていく。するとチンピラっぽい雰囲気の若者達がカツアゲしている場面に出くわした。時代が変わってもこういうのは減らないのなー。

 

「おうこらおっちゃんよぉ、いいから金貸してくれねぇかい?」

「ふ、ふふ、ふふふ!生憎だったな!俺はもう金なんか持ってない、会社の金を着服しての一発勝負にさっき負けたばっかりだからなぁ!さぁ、殴れ!殴っても出てくるのは俺の負債しかないぞ!」

「お、おう。」

 

チンピラたちがおっさんの魂の叫びに圧倒される。まさかカツアゲ相手の資金がマイナスだとは思ってもいなかったのだろう。ギャンブルは身を滅ぼすのだなー。

 

「はいはいそこまで、話は聞かせてもらったよ。ヒーローのバブルビームだ。」

「同じくメグルです。」

「お、おう。運が良かったな、おっちゃん。」

「運が良かった?運が良かったらあそこでトウカイテイオー三世がトップに抜けていたはずさ!そしたら借金も会社の金も全部纏めて返せたっていうのに!」

「「「競馬かぁ...」」」

 

思わずチンピラたちと声が揃う。どうしようもないぞこのおっさん。

 

「とりあえず君たちは行っていいよ。幸い手を出す前だったから罪はなし。でもカツアゲなんてする元気があるならバイトした方が身入りはいいよ?」

「チッ、わかったよ。いくぞお前ら。」

「おう。」

 

チンピラ達は去って行った。

 

「さて」

 

バブルビームさんがおじさんの右腕を掴む。

 

「ですね。」

 

すかさず俺がおじさんの左腕を掴む。

 

「「警察、行きましょっか。」」

「...自首するんで勘弁してください。」

 

「信じますか?」「信じよう」との会話の後、両腕を離す。するとそのおじさんはフラフラとした足取りで警察署へと向かっていった。

 

「自首するくらい気に病んでいたのに何故横領してまでギャンブルに走ったんですかねー。」

「さぁ、依存症じゃない?」

「怖いですね。」

「だね、メグルも気をつけなよ?」

「はーい。」

 

視線は自分たちから離れる事はなかったが、とりあえず一件落着だ。

 

パトロールを続ける。ホットスポットにはガラの悪い連中が集まっていた。死穢八斎會は自警活動もしているタイプの歴史あるヤクザだったと昔聞いたが、代替わりでもしたのだろうか。

 

「この街、淀んでますね。」

「うん。パトロールしてるヒーローが少ないのかな...」

「真っ当なヒーローが根付いてくれる事を願いましょうか。」

 

パトロールを続ける。視線の主も付いてくる。だが、バレバレだ。

視線から悪意や敵意に似た感情を感じるが何もしてこない。奇妙だ。

 

「どうします?」

「うーん...メグル、影分身で脅かしてみる?」

「そうですね。やってみます。次の角を曲がった所でいいですか?」

「オーケーだよ。」

 

偽装パトロールも後半に差し掛かり、死穢八斎會の本拠地に近づいてきた頃だった。こちらから仕掛けようとしたのに気付いたのか、ついに男が動き出した。

 

こちらに、鏡を向けるだけという意味深な行動のみだったが、その鏡を通して身体エネルギーだけの何かがこちらに飛んできた。

 

咄嗟に、バブルビームさんを蹴り飛ばす。

 

「バブルビームさん!無事ですか!」

「腕を掠っただけ!何が来た⁉︎」

「エネルギーだけの何かです!出現地点は、あの鏡!」

 

自分たちの目線が向いた所であたふたとして鏡を落とす男。

よくわからないが今がチャンスだろう。

 

移動術で一気に距離を詰め、地面に鏡の面を裏に向けて落ちた鏡を払いつつ男と目を合わせる。

写輪眼、発動だ。

 

「さぁ、話して貰いましょうか。何が目的で俺たちを狙ったのか。」

「知らない!俺はヒーローに鏡を向けたら金を貰えるってバイトを受けただけだ!ムカつくヒーローに嫌がらせ出来ればいいと思ってあんたらをつけていた、でも鏡を向けただけの俺になんの罪があるんだよぉ!」

 

男の叫び声に何事かと騒ぐ周囲の人々。正直今それどころじゃないから黙っていて欲しい。だが、こいつはただ雇われただけ?なら何者が俺たちを狙った?つい先日この街に来ると決めた筈の俺たちを?

 

疑問が止まらない。だがとりあえず鏡だろう。

 

「あの鏡は支給された物ですか?」

「ああ、そうだよ。」

「鏡に何かの個性が仕込まれているのか、それとも鏡の反射を利用した個性か、なんにせよあのスピードは厄介ですね。」

「それに見えないって特性もね。この切れ味と角度、メグルがいなかったら首が飛んでたね。」

「おっかない個性ですね。まぁ鏡に依存する性質上、知ってさえいればどうにでもなりそうですけど。」

 

そんな会話をしていると、鏡がひとりでにひっくり返った。

 

「...ッ⁉︎」

 

まさしく閃光だった。鏡がひっくり返って俺の姿が映る瞬間に突如現れた騎士のような身体エネルギー。鏡の騎士の一閃が俺の首を跳ね飛ばしに来た。

 

だが、写輪眼には見えている。その一瞬の剣線が。

 

真剣白刃取り成功だ。

 

「正体見えたり、鏡の騎士!」

 

そこには、右手を盾に、左手を剣にした鎧の騎士がいた。

身体エネルギーのみであるため写輪眼でしか見えないが確かにそこに存在する。

 

見えないが、触れる。つまり切られてしまう。

なんと恐ろしい特性の個性だろうか。暗殺という一点に関して言えば俺が見てきた中で最強の個性だろう。

 

「うお⁉︎」

 

俺は鏡の騎士に持ち上げられて宙に浮く。いや違う、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その証拠に、鏡の中にのみ銀色の鎧の騎士の姿が見える。鏡の騎士は鏡の中に住む個性に間違いない!

 

「バブルビームさん、鏡を!」

「よくわからないけどわかった!必殺、バブル光線!」

 

バブル光線により貫かれる鏡。だがその着弾の一瞬前に鏡の騎士はもやのような姿へと形を変えた。

 

鏡の騎士の身体エネルギーが空を飛んでどこかへ帰って行く。つまりその先にいるのが本体に違いない!

 

「バブルビームさん!俺はエネルギーを追います!バブルビームさんはその人の確保を!」

「深追いはしないようにね!」

「了解!」

 

普通に走って追いかける。もやのスピードは大した事ないため見失う事は無さそうだ。

だから、犯人特定も容易だろうと思っていたのだが...

 

携帯でバブルビームさんに連絡を取る。

 

「バブルビームさん、犯人見失いました。というか追えない所に逃げ込まれました。」

「となると、犯人が逃げ込んだ場所は...」

 

「「死穢八斎會本拠地」」

 

「ヤクザって、バイトの斡旋もしてたんですね。初耳です。」

「バイトってか使い捨ての鉄砲玉っぽいよ。はした金で雇われてるだけで大した情報は与えられてないし。」

「鏡を与えられた場所はどこだったんですか?」

「多分八斎會系列の事務所。警察にこれから問い合わせる所だけどね。」

「...一旦合流しましょう。思った以上に厄介なヤマになってますよこれ。」

「だね。合流場所はとりあえず駅前の喫茶店で。」

「承知しました。」

 

死穢八斎會の本拠地を見る。自分もバブルビームさんも八斎會に対して敵対行為を取っている訳ではない。なのに凄腕の個性を使って襲いに来た。何かある。そう感じざるを得なかった。

 

そんな事を考えていると、ある事に気がついた

 

あの車の配置、張り込みされてる?

 

「さらに厄ネタドンとかやめてくれよ、占い師について聞きに来ただけなんだぞ俺らは。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「てな事があったんですよ。」

 

パンケーキを食べながらバブルビームさんに報告する。

 

「張り込みねぇ...HNでも特に情報は無し。これ、もう決行寸前で情報統制入ってるね。」

「これ、ヤバくないですか?下手したらその実行部隊さっきの鏡の騎士に全滅させられかねませんよ?」

「だよねぇ、スピード型の見えない騎士とか初見殺しにも程がある。どうにかコンタクトを取らないと。...張り込みしてる人達に直接話しかけてみる?」

「でも鏡の騎士を見たのが俺だけってのが証拠能力に欠けると取られかねませんよね。」

「だよねー。どうしたものか。」

 

「よし、張り込んでる人を洗脳しましょう。」

「最後の手段ねそれは。」

 

そんな馬鹿な会話をしていると、来訪者がやってきた。

 

「失礼、よろしいでしょうか。バブルビーム、メグル。」

「どうぞ、お待ちしていました。」

「HNって凄いですね、まさか30分と待たずに釣れるとは思いませんでしたよ。」

「サー・ナイトアイ事務所のセンチピーダーと申します。お二方に質問があって参りました。」

「どうぞ。座ってください。」

 

ムカデの上半身を持つ紳士的な男性が自分の隣に座る。信頼できそうな人だと何となく思う。

 

この喫茶店で休憩始める前に、バブルビームさんにHNに死穢八斎會関係の情報を流してもらったのだ。張り込みしているヒーローが食い付きそうな餌として。そして釣れたのがセンチピーダーさんという訳だ。ネット社会って凄い。改めてそう思った。

 

「お二方にお尋ねしたいのは、なぜ死穢八斎會について追いかける事になったかです。」

「...エンデヴァーヒーロー事務所はインサート、護送中に自爆テロで殺された少女について調べていたんですが、その捜査線上にとある占い師が上がって来たんです。情報収集系の個性を使った殺人教唆の容疑で。」

「占い師?」

「この画像を見て下さい。その占い師と思わしき人物が八斎會のマスクを付けている人に連れていかれたらしくて。その占い師について情報出たらなぁとダメ元でやってきただけだったんですよ。さっきまでは。」

「それで先程の騒ぎですか。」

 

話が早い。流石熟練のプロヒーローだといった所だろうか。異形型なのでパッと見で年齢わからないから勘だが。

 

「駅前から俺たちが来るのを知っていて、しかも個性で暗殺されかけました。身体エネルギーだけで普通じゃあ見えない鏡の騎士の個性です。」

「実際メグルの対処がなければ僕は今頃首が繋がってなかったと思いますよ。」

「鏡の騎士の個性、死穢八斎會にはそんな個性の者は居なかった筈。」

「外部から雇われたんでしょうね。邪魔なヒーローを始末する為に。」

「...死穢八斎會、やはり侮れませんね。」

「でもいくつかわかった事があります。まず、鏡の騎士の出現可能位置は鏡に依存するという事。鏡には騎士の姿が映るという事。騎士は見えないだけでしっかり触る事が出来るという事。依り代にしている鏡を壊されると困るようでもやみたいになって逃げたという事、こんな所です。まぁ鏡がないと動けないみたいなので注意さえできれば即全滅はないでしょう、」

「...メグルはインターンに来たばかりだと聞いていましたが、良いヒーローを取りましたねエンデヴァー事務所は。」

「同感です。」

 

照れるからそういうのやめて欲しいのだが。

 

「さて、お二方はこれから死穢八斎會に関わることをやめるという選択肢もありますが、どうしますか?」

「俺はバブルビームさんに従います。」

「...行こう。僕らの命が狙われた理由を知らないとこれから先どうなるかわからない。」

「決まりですね。」

「ま、エンデヴァーさんに許可貰わないといけないけどね。」

 

相変わらずのバブルビームさんである。他の事務所の人いるのだから締めるとこ締めましょうよ...

 

「では、サーには私から伝えておきます。明日チームアップ要請のための会議があるので参加してください。」

「滑り込みセーフですね、バブルビームさん。」

「だねー、まぁチームアップで数で攻められるなら楽だよ。あ、連絡はHNからでいいですか?」

「ええ、構いません。では、張り込みの途中だったのでこれにて。」

 

そう言ってセンチピーダーさんは去っていった。

 

「それじゃあ俺たちはどうします?」

「帰ろうか。下手に動いて張り込みしてるセンチピーダーさんたちに迷惑がかかるのもアレだしね。」

「はーい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして翌日。バブルビームさんからエンデヴァーさんの許可とサンドウィッチさんの増援を貰えたという連絡が来た。サー・ナイトアイ事務所に現地集合、コスチュームは必要なしとの事だ。

 

「お、出久もインターンか?」

「うん。団扇くんも?」

「緑谷ァ!!団扇ァ!!おはよ!!お前らも今日行くんだ、キグーだな!」

「あれー⁉︎おはよー!!3人とも今日⁉︎」

 

あれよあれよと言う間に揃ってしまった五人組。ちょっと珍しい光景だ。

 

「あれ、皆こっち⁉︎切島くん関西じゃ...」

「ん、ああ!なんか集合場所がいつもと違くてさァ」

 

「皆同じ駅に⁉︎奇遇だね...!」

「先輩と現地集合なのよ。」

「もしかして、全員同じ場所に向かってたりして。」

「いやいやそりゃないだろ。」

 

「方向も同じ...⁉︎」

 

「曲がる角も同じ......」

 

「ビッグ3もお揃いで...」

「お久しぶりです、お三方。」

「久しぶりだね!問題児クン!ニュース見たよ、大変だったね!」

「ええ、まあ。(ヴィラン)やら公安やらのお陰でよく覚えてはいないんですけどね。」

 

そうしてサー・ナイトアイ事務所の中の大会議室に皆と入って行く。そこには、名うてのヒーローが数多く揃っていた。相澤先生にいつぞやのお爺さんヒーローグラントリノ、センチピーダーさんにファットガムさんにリューキュウさん。ヒーローにさほど詳しくない俺でも名前を挙げられる有名どころが大勢やって来ていた。知らないヒーローもそれなりに多いが、そこはヒーロー博士の緑谷に後で聞くとしよう。

 

そんな事を考えていると、スーツ姿で眼鏡の男性の一声で会議が始まることとなった。

 

死穢八斎會というヤクザが外道に手を染めているという事実に対して、自分たちヒーローがどうするべきかを決める会議が。




ちょっと短いけどここで区切り。
会議シーンは文章が膨らみそうなので後に回します。


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死穢八斎會対策会議

ヒロアカアニメの特別編、いや本編進めろよと思っていたけど以外と面白かった。やっぱデクの強みは力の強さじゃなくて頭の回転の速さだよなぁと改めて思いました。


サー・ナイトアイの事務所二階の大会議室に集まったヒーローたち。

自分はバブルビームさん達の隣に座り会議の開始を待つ。

 

「あれから大丈夫でしたか?バブルビームさん。」

「うん、周囲に気を配りながら帰ってみたけど、鏡を向けてくる奴はいなかったよ。メグルは?」

「自分もです。射程距離か何かの問題でもあるんですかね、パトロール中よりも油断してる移動中や寝込みを襲った方が確実だと思ったんですが。」

「そう考えると、お互い生きててなによりだよね。」

「しれっとおっかない会話してるわよね、あなたたち。」

 

そんな会話をしていると、バブルガールと名乗ったサー・ナイトアイのサイドキックの女性がタブレット片手に会議の開始を告げた。

コスチュームがぴっちりして体のラインが良く出ている、良いスタイルだ。と、煩悩退散煩悩退散。いまは真面目な会議の時間だ。

 

「我々、ナイトアイ事務所は約2週間程前から死穢八斎會という指定(ヴィラン)団体について...独自調査を進めて...います!!」

 

プレゼンに不慣れなのだろう、ちょくちょく言葉が止まりかけている。頑張れと心の中でエールを送らせて貰おう。

 

「キッカケは?」

「レザボアドッグスと名乗る強盗団の事故からです。警察は事故として片付けてしまいましたが、腑に落ちない点が多く追跡を始めました。」

「私、サイドキックのセンチピーダーがナイトアイの指示の下追跡調査を進めておりました。調べたところここ一年以内の間に全国の組外の人間や同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大・金集めを目的に動いているものと見ています。そして調査開始からすぐに...(ヴィラン)連合の一人、分倍河原仁、(ヴィラン)名トゥワイスとの接触。尾行を警戒され追跡は叶いませんでしたが、警察に調査を協力していただき、組織間で何らかの争いがあった事を確認。」

「連合が関わる話なら...という事で俺や塚内にも声がかかったんだ。」

「その塚内さんは?」

「他で目撃情報が入ってな、そっちへ行ってる。」

 

ハードなヤマだと思っていたが、まさか(ヴィラン)連合絡みだったとは。つくづく死柄木とは縁があるなぁ。

となると、あの鏡の騎士は連合経由で死穢八斎會に流れ着いたという可能性もあるか、それなら俺を殺そうと動いたのも納得がいく。

俺は、結果的に彼らを裏切ってしまったのだから。

 

「小僧、まさかこうなるとは思わなんだ...面倒な事に引き入れちまったな...」

「面倒なんて思ってないです!」

 

グラントリノさんの声に答える出久。あれを本心から言えるのが出久の強い所だよなぁと思う。俺なら皮肉の一つでも挟みそうだ。

 

「...続けて。」

 

サー・ナイトアイの声にビクっと反応するバブルガールさん。可愛い。いやだから煩悩退散だっつーの。

 

「えー、このような過程があり!HNで皆さんに協力を求めたわけで。」

「そこ飛ばしていいよ。」

「うん!」

 

可愛い。

 

「HN?」

「ヒーローネットワークだよ。プロ免許を持った人だけが使えるネットサービス。全国のヒーローの活動報告が見れたり便利な個性のヒーローに協力を申請したりできるんだって!」

 

そんな波動先輩の声に出久の隣に座る色黒のヒーローが文句を言った。

 

「雄英生とはいえガキがこの場にいるのはどうなんだ?話が進まねぇや。本題の企みに辿り着く頃にゃ日が暮れてるぜ。」

「ぬかせ、この二人はスーパー重要参考人やぞ。」

 

そんな彼の言葉にファットガムさんが反論する。切島と天喰先輩は「俺...たち?」「ノリがキツイ...」とイマイチ乗りきれていないようだったが。

 

「とりあえず初対面の方も多い思いますんで!ファットガムですよろしくね!」

「「丸くてカワイイ」」

「お!アメやろーな!」

 

ファットガムさん女子受けするのか...たしかに隣にいるトロールモチーフのあの生き物っぽいもんなぁ。親しみやすい性格と相まって人気も出ているのだろう。どっかのヴィラン潰しと違ってな!

 

「八斎會は以前認可されていない薬物の捌きをシノギの一つにしていた疑いがあります。そこでその道に詳しいヒーローに協力を要請しました。」

「昔はゴリゴリにそういうんブッ潰しとりました!そんで先日の烈怒頼雄斗(レッドライオット)デビュー戦!!今まで見たことない種類のモンが環に打ち込まれた!個性を、壊すクスリ。」

 

ファットガムさんは懐から取り出した飴を握りつぶしながら言った。

 

「個性を壊す...⁉︎」とざわつく皆さん。確かに恐ろしいクスリだが驚くべき事なのだろうか、相澤先生という前例がいるのだからクスリで代用できない事はないだろう。そんな事を思って相澤先生を見ると、皆さんも相澤先生を見ていた。

 

「え...⁉︎環、大丈夫なんだろ⁉︎」

「ああ、寝てたら回復していたよ。見てくれこの立派な牛の蹄。」

「朝食は牛丼かな⁉︎」

 

通形先輩の心配を払う為に天喰先輩が個性を発動する。話を聞く限りだと天喰先輩の個性は食べたモノを体に発現させるというものだろうか。流石雄英のBIG3、汎用性の高そうな良い個性だ。

 

「回復すんなら安心だな。致命傷にはならねぇ。」

「いえ...そのあたりはイレイザーヘッドから。」

「俺の抹消とはちょっと違うみたいですね。俺は個性を攻撃しているわけじゃないので。基本となる人体に特別な仕組みが+αされたものが個性。その+αが一括りに個性因子と呼ばれています。俺はあくまで個性因子を一時停止させるだけで、ダメージを与える事は出来ない。」

「環が撃たれた直後病院で診てもらったんやがらその個性因子が傷ついたったんや。幸い今は自然治癒で元どおりやけど。」

 

成る程、相澤先生でも個性そのものを傷つける事は出来ないのか。ようやくプロの皆さんが驚愕した理由がわかってきた。確かに前代未聞のクスリだ。自然治癒で治らないほど深く傷つけられたら個性を殺されてしまうという事なのだから。

 

「その打ち込まれたモノの解析は?」

「それが、環の体は他に異常なし!ただただ個性だけが攻撃された!撃った連中もダンマリ!銃はバラバラ!!弾も撃ったキリしか所持していなかった!ただ...切島くんが身を挺して弾いたおかげで、中身の入った一発が手に入ったっちゅーわけや!!」

 

当の本人は「俺っスか!!びっくりした!!急に来た!!」と驚いていた。そこは分かってるフリでもして格好つけようや。コネ作りのチャンスやで?

 

「切島くんお手柄や」「カッコいいわ」「硬化だよね!知ってるー!うってつけだね!」とリューキュウ事務所の女子組からの声がした。あそこの3人会議なのによく喋るなー。まぁ黙ったままより100倍いいのだが。

 

「そしてその中身を調べた結果、ムッチャ気色悪いモンが出てきた...人の血ィや細胞が入っとった。」

 

...一度深呼吸する。気色が悪かろうが事実は事実だ、受け入れよう。

超人社会だ、やろうと思えばどんな事でもできるのだから、自分の体を弾丸にして売りさばくという捨て身の荒稼ぎもアリなのだろう。俺が子供の頃行っていた違法労働と違いはあまりないのだから。

 

「えええ...⁉︎」

「別世界のお話のよう...」

「つまり...その効果は人由来...個性ってこと?個性による個性破壊...」

 

「うーん、さっきから話が見えてこないんだが、それがどうやって八斎會とつながる?」

「今回切島くんが捕らえた男!そいつが使用した違法薬物な。そういうブツの流通経路は複雑でな、今でこそかなり縮小されたが色んな人間・グループ・組織が何段階にも卸売りを重ねて、ようやっと末端に辿り着くんや。八斎會がブツを捌いとった証拠はないけど、その中間売買組織の一つと八斎會は交流があった。」

「それだけ⁉︎」

「先日リューキュウ達が退治した(ヴィラン)グループ同士の抗争。片方のグループの元締めがその交流のある中間売買組織だった。」

「巨大化した一人は効果の持続が短い粗悪品を打っていたそうよ。」

 

「最近多発している組織的犯行の多くが...八斎會に繋げようと思えば繋がるのか。」

「ちょっとまだわからんな...どうも八斎會をクロにしたくてこじ付けてるような。もっとこう、バシッと繋がらんかね。」

 

「若頭、治崎の個性はオーバーホール。対象の分解・修復が可能という力です。分解...一度壊し、治す個性。そして個性を破壊する弾。治崎には娘がいる...出生届もなく詳細は不明ですが、この二人が遭遇した時は手足に夥しく包帯が巻かれていた。」

 

娘という言葉に、思わず手を強く握る。それは人として違うだろ。極道ってのは、ヤクザってのはッ!義理人情に生きる奴らだろうがッ!

 

そう思う怒りとは裏腹に、理性は冷静に物事を見ていた。怒りが長続きしない事、それが俺の弱点なのだろうと理性は言っている。

 

「まさか、そんなおぞましい事...」

「超人社会だ、やろうと思えば誰もがなんだってできちまう。」

「...ふざけた話ですね。これをまかり通しているなら八斎會は極道じゃありません、ただの外道です。」

「おい団扇、何納得してんだよ!」

「そこのガキみたく分かれよな...つまり娘の身体を銃弾にして捌いてるんじゃね?って事だ。」

 

「実際に売買しているのかはわかりません。現段階では性能としてあまりに半端です。ただ...仮にそれが試作段階にあるとして、プレゼンの為のサンプルを仲間集めに使っていたとしたら...確たる証はありません。しかし、全国に渡る仲間集め、資金集め、もし弾の完成形が個性を完全に破壊するものだとしたら...?悪事のアイデアがいくつでも湧いてくる。」

 

サー・ナイトアイの言う通りだ。個性破壊弾は武器としては勿論、見せ札としてどれほど強力で拘束力のあるものだろうか。また、弾の形以外にも薬として効力を発揮するモノだったなら、ヒーローは日々の食事にも気を付けないといけなくなる。恐ろしい話だ。

 

「想像しただけで腹ワタ煮えくり返る!!今すぐガサ入れじゃ!!」

「こいつらが子供確保してりゃ一発解決だったんじゃねーの⁉︎」

 

怒るファットガムさんにもしもを語る色黒のヒーロー、どちらの意見にも納得はできる。でもそれは今語る言葉じゃないだろうと言いかけた時に出久と通形先輩の怒りを堪えている表情を見て、出し掛けた言葉を引っ込めた。この場で一番辛いのは娘さんと直接会ったであろう二人なのだから。

 

「全て私の責任だ。二人を責めないで頂きたい。知らなかった事とはいえ...二人ともその娘を助けようと行動したのです。今この場で一番悔しいのは、この二人です。」

 

出久と通形先輩が勢いよく立ち上がり言い放った。

 

「「今度こそ必ずエリちゃんを...!!保護する!!」」

「それが私たちの、目的になります。」

 

二人のその顔は、怒りを決意に変えたヒーローの顔になっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ケッ、ガキがイキるのもいいけどよ、推測通りだったとして若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった核なんだろ?それが何らかのトラブルで外に出ちまってだ!あまつさえガキんちょヒーローに見られちまった!素直に本拠地に置いとくか?俺なら置かない。攻め入るにしてもその子がいませんでしたじゃ話にならねぇぞ。どこにいるのか特定できてんのか?」

「確かに、どうなのナイトアイ。」

「問題はそこです。何をどこまで計画しているのか不透明な以上、一度で確実に叩かねば反撃のチャンスを与えかねない。そこで、八斎會と接点のある組織・グループ及び八斎會の持つ土地!可能な限り洗い出しリストアップしました!皆さんには各自その場所を探っていただき、拠点となり得るポイントを絞って貰いたい!!」

 

「なるほど、それで俺たちのようなマイナーヒーローが...」

「?」

「見ろ、ここにいるヒーローの活動地区とリストがリンクしてる!土地勘のあるヒーローが選ばれてんだ。」

 

そう納得する者もいれば、回りくどいやり方に怒りを覚える者もいる。ファットガムさんは優しいが故に1分1秒でも早くエリちゃんを助けたいのだろう。

 

「オールマイトの元サイドキックな割に随分慎重やな回りくどいわ!!こうしてる間にもエリちゃんいう子泣いてるかもしれへんのやぞ!!」

「我々はオールマイトにはなれない!だからこそ分析と予測を重ね救けられる可能性を100%に近づけなければ!」

「焦っちゃあいけねぇ。下手に大きく出て捕らえ損ねた場合火種が更に大きくなりかねん。ステインの逮捕劇が連合のPRになったようにな。むしろ一介のチンピラに個性破壊なんつー武器流したのも、そういう意図があっての事かもしれん。」

「...考えすぎやろ、そないな事ばっか言うとったら身動き取れへんようになるで!!」

 

サー・ナイトアイとグラントリノさんの言葉も熱くなったファットガムさんには届かない。それを筆頭に各々が自分の意見を主張し始めた。

 

だが、そんな合理的でない状況を止めてくれたのは相澤先生だった。

スッと挙手をして周囲の目を自分に向けさせた。

 

「あのー...一つ良いですか。どういう性能かは存じませんがサー・ナイトアイ。未来を予知できるなら俺たちの行く末を見ればいいじゃないですか。このままだと少々...合理性に欠ける。」

 

「それは...出来ない。」

「...?」

「私の予知性能ですが、発動したら24時間のインターバルを要する。つまり一日一時間一人しか見る事が出来ない。そしてフラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される発動してから一時間の間他人の生涯を記録したフィルムを見られる...と考えて頂きたい。ただしそのフィルムは全編人物のすぐ近くからの視点、見えるのはあくまで個人の行動と僅かな周辺環境だ。」

「いや、それだけでも充分すぎるほど色々わかるでしょう。出来ないとはどういうことなんですか?」

 

サー・ナイトアイは手で顔を隠して言った。

 

「例えば、その人物に近い将来、死、ただ無慈悲な死が待っているとしたらどうします?この個性は行動の成功率を最大まで引き上げた後に勝利のダメ押しとして使うものです。不確定要素の多い間は闇雲に見るべきじゃない。」

「つまりそれって、見た未来は変えられないって解釈でいいんですか?」

 

思わず声を上げてしまった。周囲の視線が俺に向く。

 

「...君の言う通りだ。今のところ、見た未来を変えられた前例はない。」

「つまり誰かの死を見た場合、その人は確実に死ぬっていう未来を抱えたまま生きなきゃいけなくなるって事ですか...そりゃ迂闊には見れませんね。」

 

そこでようやく周囲からの視線が自分からサー・ナイトアイに向く。

 

サー・ナイトアイは項垂れていた。

 

「予知の事は置いておいて、とりあえずやりましょう。困ってる子がいる。これが最も重要よ。」

「娘の居場所の特定・保護。可能な限り確度を高め早期解決を目指します。ご協力、よろしくお願いします。」

 

サー・ナイトアイの言葉に頷く一同。話もひと段落ついたところで、俺の仕事をさせてもらおう。

 

「エンデヴァーヒーロー事務所のメグルです。重要な伝達事項が二つあるのでそれを伝えたいと思います。」

 

「エンデヴァーヒーロー事務所?」と困惑する何人か。そりゃ本人今東京だしぽっと出のサイドキックが説明してもピンとは来ないだろうしなぁ。

 

「あ、ヴィラン潰しか。」

「...誠に遺憾ながらそんな呼び方されてます、はい。」

 

プロの中でもそっちの通りが良いとか泣きそう。隣で見てるバブルビームさんとサンドウィッチさんは笑いを堪えていた。おのれ...!

 

「自分と隣のバブルビームさんはつい昨日、死穢八斎會本拠地近くをパトロールしたところ、そこで未認定敵(アンネームドヴィラン)に襲われました。(ヴィラン)の個性は鏡の騎士。見えない騎士を操る個性です。」

「見えない騎士?どうやって見つけたそんな奴。」

「俺の個性には身体エネルギーを見る目があります。見えなくても騎士の身体はエネルギーで構築されていたので俺には見る事ができました。」

「それで、(ヴィラン)はどんな奴だった?」

「不明です。鏡に個性を取り憑かせる事が出来るのか、鏡の反射を利用したのかはわかりませんが、遠距離から攻撃できる特性のせいで本人の顔を見る事は出来ませんでした。ですが、騎士を撃退した際にモヤとなって移動した身体エネルギーの動きから、本体は死穢八斎會本拠地にいる事までは確認できています。」

 

そこで八斎會に繋がったあたり割と最悪な(ヴィラン)である。今まで犯行を隠し通していた賢しさを相まってだ。

 

「質問いいか?」

「どうぞ。」

「そもそもどうしてエンデヴァーヒーロー事務所のサイドキックがあの辺りをパトロールしていたんだ?」

「最初は八斎會に同行していた占い師について調べていたんです。」

「占い師?」

「ええ、とある事件の参考人として話を聞きたかったんです。ですが駅に着いてからすぐに素人の尾行がついて回りまして、様子見のために周辺をパトロールしたんです。」

「その男の名前は倉持霧助。住所不定無職、所謂ホームレスでした。八斎會に前金と鏡を渡されてバイトをしただけの自覚のない鉄砲玉ですね。」

 

バブルビームさんのフォローありがたい。だがその情報前もって俺にも渡して下さいよと内なる俺が愚痴る。まぁ今は置いておこう。情報提供の続きだ。

 

「パトロールについてきたその倉持に話を聞くためにこちらからアクションを起こそうとしたところ鏡を向けられました。そして、俺とバブルビームさんは殺されかけました。」

 

「⁉︎」と驚くプロヒーローたち。エンデヴァーヒーロー事務所のサイドキックという肩書きから俺たちの実力を高くみていたのだろう。そんな二人が殺されかけたというのだから、本当にやばい(ヴィラン)が紛れ込んでいる事は十二分に理解できただろう。

 

「単純に速い個性です。鏡を向けられて一瞬でバブルビームさんは首を落とされかけました。」

「成る程な。見えない、速い、鋭いの三拍子が揃ってるって訳か。よく生きてたなお前ら。」

「過去に突然首を落とされたっちゅー案件はなかったんかいな。」

「ええ、警察に問い合わせてみましたが今回が初犯です。発覚されていない裏の殺し屋って線は消えてないですけどね。」

「その鏡の騎士の狙いが不明瞭です。自分たち狙いなのか、八斎會を調べるヒーローを狙った犯行なのか。なのでパトロールを行う際に鏡を向けられたら死ぬ気で逃げて下さい。これが伝えたかった一つ目の伝達事項です。」

「承知したわ、んで、もう一つの伝達事項ってのはなんなんや?」

 

はぁ、こっちを話すのは気が重い。なにせ完全に未確認情報なのだから。

 

「八斎會に連れていかれた占い師。今朝参考人の元ヒーロークリスタルアイに確認を取ったところ、その個性は自己申告では直感となっていました。ですが、エンデヴァーヒーロー事務所では個性の虚偽申告だと疑ってみています。睨んでる個性は、未来予知。それも移動中の護送車にトラックを横から突っ込ませる事ができる程の超高精度なモノです。」

「インサート襲撃事件かいな⁉︎」

「ええ、未来予知を使った犯罪教唆の疑いです。そんな個性の人間が敵側に居るという事は、どんなに隠してもこの襲撃が敵側に知られてしまうという可能性があります。これが伝達事項その2です。」

「...それ、まだ未確認情報なんだろ?なら気にする事はねぇだろ。ビビりすぎなんだよ。」

 

まぁ正直なところを言うと色黒のヒーローさんの言う通りだ。未来予知など気にしたところで防ぎようなどないのだから、各々の最善を尽くすしかないのだ。

 

「以上の2点を持って伝達事項を終了させて貰います。ご静聴ありがとうございました。」

「おー、若いのにしては頑張ったったで!飴ちゃんやろー!」

「あ、頂きますファットガムさん。」

「ファットさんでええで団扇くん!」

 

その後、バブルガールさんが個別に詳しい資料を渡して会議は終了となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

出久と通形先輩の話を聞く。インターン初日に、救うべき少女エリちゃんと会ったものの、出久はその場で助けようとして、通形先輩は次に確実に助けられるようにして、しかし治崎の卑劣な行為により助けを求めるその手を掴めなかったのだと。

 

「そうか、そんな事が...」

「悔しいな...」

「デクくん...」

「過ぎたことを気にしすぎるなよ、出久。次は俺たちで助けよう。治崎って奴を皆でボコってさ。」

 

そんな気休めも、今の出久には届かなかった。通形先輩も出久も、落ち込んだままだ。

 

そんな時、エレベーターから相澤先生がやってきた。

 

「通夜でもしてんのか。」

「先生!」

「学外ではイレイザーヘッドで通せ。いやァしかし...今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがなァ...」

「ええ⁉︎今更なんで!!」

 

切島が憤る。だが自分も同意見だ。エリちゃんという子は必ず助けなくてはならない。その為の一助に俺たちはなるはずだ。

 

「連合が関わってくる可能性があると聞かされただろ。話は変わってくる。」

 

相澤先生は頭を掻きながら出久と視線を合わせるためにしゃがみ込む。

 

「ただなァ...緑谷。おまえはまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ。残念なことにここで止めたらお前はまた飛び出してしまうと、俺は確信してしまった。俺が見ておく、するなら正規の活躍をしよう、緑谷。」

 

相澤先生は「わかったか問題児」と出久の胸に拳をそっと当てた。

 

「ミリオ...顔を上げてくれ。」

「ねぇ、私知ってるのねぇ通形。後悔して落ち込んでてもね仕方ないんだよ!知ってた⁉︎」

「...ああ」

 

「気休めを言う。掴み損ねたその手はエリちゃんにとって、必ずしも絶望だったとは限らない。前向いていこう。」

「はい!!!!」

 

出久も通形先輩も復活だ。

 

「俺、イレイザーヘッドに一生ついていきます!」

「一生はやめてくれ。」

「すいァっせん!!」

「切島くん声デカイ...!」

 

「とは言ってもだ。プロと同等かそれ以上の実力を持つビッグ3と見えない騎士を見れる団扇はともかくお前たちの役割は薄いと思う。蛙吹、麗日、切島、お前たちは自分の意思でここにいるわけでもない。どうしたい?」

 

その相澤先生の問いに、3人は迷いなく答えた

 

「先...っ イレイザーヘッド!あんな話聞かされてもうやめときましょとはいきません...!!」

「先生が駄目とは言わないのなら...お力添えさせてほしいわ。小さな女の子を傷つけるなんて許せないもの。」

「俺らの力が少しでもその子の為ンなるなら、やるぜイレイザーヘッド!」

 

「意思確認をしたかった。わかっているならいい。今回はあくまでエリちゃんという子の保護が目的、それ以上は踏み込まない。一番の懸念である(ヴィラン)連合の影、警察やナイトアイらの見解では良好な協力関係にはないとして...今回のガサ入れで奴らも同じ場に居る可能性は低いと見ている。だが万が一連合まで目的がおよぶ場合は、そこまでだ。」

 

「了解です!」と皆と息を揃えて返答する。

 

「それから団扇。」

「なんですかイレイザーさん。」

「お前、後で反省文な。暗殺されかかったとかそういう事件は学校側にも報告しろ馬鹿野郎。」

「...すっかり忘れてました。」

 

どうして俺の行動には最後にオチがついてしまうのか、疑問に思いつつも早速スマホで反省文の文面を打ち込む。

何故か反省文は書き慣れてきたのでそう時間はかからないだろう。

そんな事を最後に、この日の会議は終了した。




長かった割に対して原作と大差ない会議でした。でもアニメ勢に状況を伝える為にカットはできなかったのだ。
あと言うことといえば、バブルガールさん可愛い。亜原さんは良きキャラを描いたものです。


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鏡の騎士対エンデヴァーヒーロー事務所

死穢八斎會突入編開始!

なんか思ったより筆が進んだので素直に投稿します。


会議の結果、エリちゃんの居場所が特定できるまで、出久、切島、麗日、蛙吹は待機となっている。

 

俺は念のために死穢八斎會本拠地周辺のパトロールと張り込みに可能な限り同行し、鏡の騎士に備えることとなった。だが...

 

「...不気味なくらい打って出てこないですね。センチピーダーさん。」

「ええ、先日の一件の目的を八斎會を探るヒーローの暗殺と捉えるのならばすぐにでも襲ってきてもおかしくない筈。奇妙です。」

「考えたくない事なんですけど、もしかして...」

「...何ですか?」

「敵の未来予知で、もう俺たちの襲撃が失敗すると確定されちゃったから動く必要がなくなってる...何てことありますかね。」

「...念のためサーに報告をあげておきます。未来予知を知り尽くしてるサーなら何か別の視点からこの状況が見えるかもしれませんから。」

「お願いします、センチピーダーさん。」

 

いやな空気がする。高校入学から無駄に(ヴィラン)と会いまくってきた俺の直感が詰みかけているのだと告げている。

 

警戒は怠れない。

 

「人の出入りはあまりないですね。ヤクザの本拠地ってもっとワイワイしてるイメージだったんですけど。財前組みたく。」

「今、八斎會も組織の拡大を図っている最中。おそらく警戒しているのでしょう。我々のようなヒーローを。ところで財前組とは?」

「俺が違法労働していたヤクザ屋さんです。組長さんが面白い人で死穢八斎會とも昔は交流があったっぽいですね。」

「財前組...思い出しました、集団自首の組ですね。」

「はい。俺を引き取ってくれた親父の組です。そんな過去があったから、最初死穢八斎會に話を聞きに行くってのも素直に受け入れられたんですよね。ヤクザだったとしてもきっと話せば分かるって。...甘かったですけど。」

 

殺されかけたあの騎士の一閃を思い出す。あの一閃には迷いの無い、芸術的とまで言えそうな殺意が籠っていた。人を殺す為に修練をした恐ろしき暗殺者、それが敵にいる。

 

エリちゃんの件を思い出す。話を聞くだけでもおぞましいあの鬼畜の所業をする連中が、今の八斎會の頭を張っている。

 

どちらも、Plus Ultraで片付けるには少し重いハードルだ。

 

「あの騎士は、一体何を思って死穢八斎會なんて外道に与してるんですかねぇ。」

 

その声は虚空に消えていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

結局何も起こらずに2日後、サー・ナイトアイが予知の個性を構成員に使い非認可地下施設の存在を見つけ、エリちゃんの監禁場所を突き止めた事でガサ入れの日取りは決まった。

 

プリユアという日曜朝を支えていたアニメの系譜のおもちゃを買ったことから、その答えを導き出したらしい。恐ろしい推理力だ。流石オールマイトの元サイドキック。あのオールマイトを支えただけはある。

 

ちなみに、プリキュアと名乗れない理由は超常黎明期に発生した権利問題が原因だとか。世知辛いなー。

 

AM8時、警察署前にて集合。警察から八斎會の個性リストをもらい確認する。案の定鏡の騎士も直感の占い師もリストの中にはなかった。やはり連合絡みで流れてきたのか?謎は深まるばかりだ。

 

それ以外に特に脅威となりそうな個性は見当たらなかった。せいぜい入中が何に擬態しているか程度だろう。この分なら俺は鏡の騎士に集中しても問題はない筈だ。

 

「サンドウィッチさん、俺たちの行動方針は?」

「とりあえず鏡の騎士の撃破よ。そこから先は臨機応変に。」

「了解です。影分身の配置は?」

「念のため温存して。影分身って、エネルギーを半分くらい使うんでしょ?ならいざってときの為に備えておきましょう。」

「わかりました。」

 

「あ、メグル。頼まれてたモノホームセンターにあったよ。二個入りで1500円。経費で落としといたから。」

「ありがとうございます。経費ってあたりが素敵ですね。」

「インターンで給料出てるんだからそんな哀愁漂う事言わないの高校生。」

「初任給まだなんで貧乏学生なんですよ。」

 

そんな会話とともに移動を開始して、八斎會本拠地前に辿り着いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時刻はAM8:30

 

「令状読み上げたらダー!!っと行くんで!速やかによろしくお願いします。」

 

そう言ってインターホンを警察の人が押した瞬間、ペストマスクの巨漢、活亀力也がドアをぶち破り先制攻撃をしてきた。

 

ドア前にいた警官3人が吹き飛ばされるものの出久とイレイザーヘッドさんがしっかりとキャッチしたのが見えた。今すぐに治療が必要ではないだろう。

 

「オイオイオイ!マジで予知されていたってのかよ!」

「いいから皆で取り押さえろ!!」

「離れて!」

 

リューキュウさんが警官隊を庇う位置で個性を発動する。2mはくだらない活亀の巨体を上回る大きな姿。No.9、ドラグーンヒーローの頼もしい姿がそこにあった。

 

「とりあえず、ここに人員割くのは違うでしょう。彼はリューキュウ事務所で対処します。皆は引き続き仕事を。」

 

リューキュウの一声で状況が動く。

 

「ようわからん、もう入って行け行け!!」

「梅雨ちゃん、麗日!頑張ろうな!」

「油断だけはするなよ!二人とも!」

「また後で!」

 

写輪眼で上空を警戒。鏡の騎士の奇襲はなし。どこで仕掛けてくる?誰を狙う?思考が止まらない。

 

そんな事を頭の隅で考えているうちに、ケサギリマンたちが玄関前に陣取っていた3人を無力化する。まだ来ない。

 

「でけぇ奴といい...怖くねぇのかよ!」

 

色黒のヒーロー、ロックロックさんがヤクザ者の精神に驚嘆する。

だが、義理人情に生きる彼らならその覚悟は当然なのだろう。あの日、終わる事を選んだ財前組の皆さんと同じような覚悟を感じた。

 

「腐ってもヤクザですか!根性ありますね畜生!」

「敵褒めとる場合か!真っ直ぐ最短で、脇目も振らずに目的まで行くで!」

 

そのファットガムさんの言葉が、俺に直感をくれた。鏡の騎士が攻撃を始めるのは、()()()()だ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

地下施設を通るオーバーホールと3()()()人影、うち一人は気絶しているのか、ペストマスクをつけていない青いスーツの男性に背負われていた。

 

「本当にお前の言った時に来たな、陰我(いんが)。恐ろしい精度の予知だよお前の個性は。」

「いいえ、全ては運命が導いただけのこと。あとは貴方が運命通りの行動をとれば貴方の勝利は確定します。」

「その運命通りの行動について言うつもりはないのにか?」

「ええ、これから貴方の思う行動、それが運命の導くものですから。その勝利の流れを陰らせるような事は言えません。」

「...オーバーホール。やはり此奴らは信用できやせん。ここで始末するべきでは?」

「そう急ぐなクロノ、こいつらはあのオール・フォー・ワンの時代を隠れきった凄腕の潜伏者だ。そんな奴らが表に出るほど俺たちを評価してくれているんだ。しかも無償で手助けしてくれると来た。とりあえずは信用しておけ。」

「...はい。」

 

「それでは我々はこれにて。お先に脱出させて頂きます。」

「ああ、気をつけろよ。」

 

オーバーホール達と陰我達はそこで別れた。オーバーホールは壊理を連れていくために。陰我達はそれより早く警察の目から逃れるために。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

玄関で威嚇して来るヤクザ者をケサギリマンとMr.ブレイブたちが抑えている間に突入する。

 

「火急の用や!土足で失礼するで!!

 

ファットさんの声とともに皆が走る。地上階の間取りは資料にて把握しているので問題はない。

 

「妙やな!予知されてんならもっとスマートに躱す筈や!」

「今のところは普段から意思の統一を図ってると見ておかしくはない。予知の件は保留だな。」

「盃を交わせば親や兄貴分に忠義を尽くす。肩身が狭い分昔ながらの結束を重視しているんだろう。この騒ぎでも治崎や幹部が姿を見せていない。今頃地下で隠蔽や逃走の準備中だろうな。」

「忠義じゃねぇやそんなもん!!子分に責任押し付けて逃げ出そうなんて漢らしくねぇ!!」

 

切島に同意だ。本当に義兄弟の契りを交わした関係ならそこに親も子もない。一丸となって来る筈だ。それをしないという事は治崎にとって時間稼ぎしている連中は使い捨ての駒でしかないという事だろう。

そんなヤクザになぜ人が付いていく?そんな疑問が少し頭をよぎった。

 

少し走ったところでサー・ナイトアイが隠し扉を開けるためのギミックを操作する。花瓶で隠されていた板敷を決まった順番に押すと開くのだそうだ。忍者屋敷か。

 

足の止まったこの瞬間にサンドウィッチさんに仕掛ける罠について説明する。

速攻で同意してくれるあたりこの人は本当に頼りになる。

バブルビームさんの手に泡を溜めて臨戦態勢を取っている。これは何かを言うまでもないだろう。

 

始めよう、鏡の騎士瞬殺作戦を。

 

地下への扉が開くとともに、奇襲を仕掛けて来た3人の男を、センチピーダーさんとバブルガールさんが一瞬で拘束する。

そして、地下への扉を真っ先に潜ろうとするナイトアイを押しのけて「俺が先に行きます!」と前に出る。

 

その瞬間、上に取り付けられていたと思われる鏡から騎士が神速をもって俺の首を取りに来た。

 

サンドウィッチさんの砂で防護されている俺の影分身の首を。

 

「そ、こ、だぁ!」

 

その隙に本体の俺が投げるのは一発750円(経費)の今回の必殺アイテム、防犯用カラーボールである。

 

影分身を解除し体に仕込んでいたサンドウィッチさんの砂で左腕と一体化している剣を拘束され、顔面にカラーボールを当てられた事で視界を失い、隙だらけになった所を逃すこの人では無かった。

 

「そのペイント素敵だね!洗い流してあげるよ!必殺!バブル光線!」

 

狙い違わずその顔面を吹き飛ばすバブルビームさんのバブル光線。そのダメージによってのものか、鏡の騎士は身体エネルギーのもやとなって移動を始めた。

その際ペイントは下に落ちてしまった。もやの状態では実像を持たないのか、厄介な特性だ。

 

「ナイトアイ!私達は厄介な鏡の騎士を捕まえる!先に行っていて!」

「...わかった、行くぞ!!」

「正直オッサンついて行けてないわ!なんで団扇くん消えたのにそこにおるんや!」

「影分身の術です!」

「マジかいな!便利そう!」

「んな事言ってる場合ですか!」

 

地下へ進むナイトアイ達と別れ、どこかへ直進するモヤを追いかけて行く。

 

「メグル、この方向であってる⁉︎」

「ええ、モヤはそう動いています!」

「この先にあるのは組長の部屋と推定された所!普通なら真っ先に抑える場所だよ!なんでそんなところに本体が⁉︎」

「罠ですね!どうしましょう⁉︎」

「...影分身囮に突っ込んで!罠ならつき破ってしまえばいい!私達は、あのエンデヴァーのサイドキックよ!」

「「了解!」」

 

即断即決、鏡の騎士の本体がこの先にいるのは間違いないのだから突撃あるのみだ。

 

影分身が襖を蹴り破る。案の定そこには鏡の騎士は鎧の姿で待ち構えていた。大きな姿見が見える範囲で3つ。しかも人っ子一人いやしない。やはり罠か...

 

しかも、バブル光線直撃で負った跡がない。単に頑丈なだけか、それとも何かトリックがあるのか。なんにせよ厄介だ。

 

影分身に対してなんのアクションも取らないので、警戒して一旦影分身を引っ込める。今はまだ観察の時間だ。

 

鏡の騎士は三つある姿見の真ん中の鏡に映っている。他の2つの鏡には映っていないことからいま奴が取り付いているのは中央の鏡だと仮定できる。だが、あの鏡を破壊するには騎士が邪魔だ。嫌な位置どりをしている。

 

写輪眼による幻術は何度か試しているものの手応えはない。視線は合っている筈なのにこの手応えということは、奴は目でモノを見ていないのだろう。

 

騎士は今のところ自然体に構えている。武を感じられるその佇まいは、達人である事を言外に示しているのだろう。

 

「そんな風に構えて居られると、本当に騎士みたいだな。」

『さて、どうだかな。』

 

返答が返ってくるとは思わなかった。写輪眼が見抜いた幻術の声か?

 

「...聞こえましたか?先輩方。」

「うん、聞こえた。」

「喋るのね、自立起動型の個性?」

『いいや、俺はこの騎士の姿に意識を飛ばしている。いわば遠隔操縦型個性という奴だな。』

 

そんなタイプの個性があるのか...初めて知った。本当に世界は広い。

 

「んで、わざわざ会話なんて始めるのは何のためだ?傷の回復を待ってるって訳でもないんだろ?」

『単純な興味だ。貴様、どうやってあの奇襲を見抜いた?』

「...見えてる所からの斬撃なら俺は躱せる。だから次の奇襲は見えないところから来ると踏んだ。それだけだよ。」

『シンプルな理由だな。だが、良き勘をしている。ここで殺すには惜しい。』

「なら投降してくれ。こっちはあんたみたいなプロの殺し屋とやり合いたいわけじゃあ無いんだよ。」

『いいや、それはできない。貴様は陰我の天啓通りに放った斬撃を二度防いだ。それはつまり運命を変えたという事だ。...貴様は、危険すぎる。』

 

なんか勝手な理由で危険人物認定されたような気がしないでもない。運命を変えた?一体何を言っているんだコイツは。そんな大層な事した覚えは全くないぞ。

 

「それ、お前の教えられた運命とやらが間違っていただけってオチじゃないのか?」

『そうなら良いのだがな...さて、言葉を交わしすぎて情が湧くのもなんだ。始めようか。』

 

そう言って鏡の騎士は盾を構え腰を落とした。臨戦態勢だろう。

 

だが、喋っていたのは騎士から情報を引き出すためでは無い!

 

「「サンドウィッチさん!」」

「ご期待通りよ!必殺、サンドバインド!」

 

俺が話し始めてからサンドウィッチさんがこっそりと地面にまいていた砂を使った捕縛技。流石にこれは躱せまい。

 

まぁ、そんな一筋縄でいくなら3体1の状況で待ち構えるなどという愚行はしないだろうからこれが抜けられるとは予想していた。

 

「砂で掴んでた部分が消えた。メグル、何された?」

「掴まれた部分だけがモヤに一瞬変わりました。思った以上に器用ですよこの騎士。...来ます!」

 

盾を前にした突撃(チャージ)が来る。盾の面積が大きい分躱し辛い。そして回避すれば感知手段のあるサンドウィッチさんはともかくバブルビームさんが危険だ。ここは受け止める。いや!

 

「盾ごと殴り返す!桜花衝!」

 

移動術で小さく強く踏み込み、掌で盾を思いっきり押し出す。

突撃の初速は速かったため警戒したが、大した重さではない。違う、軽すぎる⁉︎

 

「その盾取り外せるのかよ⁉︎」

「でも、鏡越しに見えている!バブル光線!」

 

盾を切り離して上空を取った騎士の腹にバブル光線が命中する。今度こそ間違いなく直撃だ。鎧に傷も付いている。

 

だが、一瞬もやと化した騎士はそんなダメージなどなかったかのごとく全快の状態で立ちはだかった。

取り外した筈の盾さえ手に持って。

 

「...メグル、一応聞くんだけど。当たった?」

「当たって、すぐ元通りです。一瞬もやになっただけでした。」

「...今の、対物用の光線だから最悪殺すかなとか思ってたのにノーダメージとか、ちょっと泣きそう。」

「泣き言言わない!...必ずどこかに隙はあるわ!探して!目を凝らして、メグル!」

「...戦いながら弱点探そうにも俺以外に見えないとかやってられねぇ...ま、やるしかないんですけどね!」

 

鏡の騎士。もとい不死身の騎士との戦いは始まったばかりだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

チャクラを全身に張り巡らせて全ての動作の速度を速めないと一瞬で首が持っていかれかねない高速戦闘。写輪眼とチャクラ、どちらがなくても俺の命はなかっただろう。本当にこういう点だけは運がいい。

 

騎士の袈裟斬りに対して小さい移動術で踏み込み、左手で剣そらして空いたボディに必殺の一撃を叩き込む!

 

「桜花衝!」

 

掌底により騎士を吹き飛ばす。渾身の一撃だったが、耐えられた。一瞬のモヤのあと傷は修復される。だが、この攻撃は1段目!

 

「サンドピラーズ!」

 

2段目の攻撃。砂の槍が何本も騎士に突き刺さる。胴体、両腕、両足、頭といった急所と思われる場所全てを狙った攻撃だったが、一瞬のモヤのあと傷は修復され、騎士は砂の後ろに再出現した。

 

だが、再出現の瞬間は隙だらけ、三段目の攻撃は躱せまい!

 

「バブル光線!」

 

だが、まるで見えていたかのように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、光線が止まった瞬間にモヤとなり盾は修復される。

 

今の行動に違和感を覚える。思えば、この騎士が常に気をつけていたのは姿を見れる俺でなく。砂で多彩な動きをするサンドウィッチさんでもなく、()()()()()()バブルビームさんの動きだった。

 

不死身の耐久力があるなら、盾など捨てて剣一本で戦った方が強い筈だ。なのに盾を持ち続けている理由。それはつまり盾が必要になるからではないだろうか。

 

そして何より、コイツは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが何を意味するかは、これから確かめよう。

 

「バブルビームさん!サンドウィッチさん!」

 

目を合わせ、催眠の応用で作戦を伝達。二人は何も言わずに頷いてくれた。

 

『よそ見とは余裕だな。』

「信じてるんですよ、先輩方を。」

 

騎士から目をそらした一瞬の隙に距離を詰められたが、サンドウィッチさんの砂が剣を絡めとりその斬撃を受け止めた。

 

だが、騎士は当然のようにモヤとして剣を消す事で拘束から逃れる。それは読めていた。

バックステップで距離をとり印を結んで発動する!

 

「影分身の術!」

 

限界人数である3人に分身し、3人で騎士を無視して鏡に突撃する。

 

当然ながら騎士は俺の背中を切ろうとするがその攻撃はサンドウィッチさんの砂によって阻まれた。本当に頼りになる人だ。

 

そして騎士の横を抜けた瞬間に、ようやく隠されていたものが見えた。

 

騎士の背中にむけて伸びている一本のエネルギーの線が。

 

「つまるところ、ラジコン操作って事だよな!写輪眼が効かなかったのも!不意打ちを見ていたように防ぐのも!お前が見ていた目は騎士の頭じゃなく、そこにあったって事だ!」

 

そう言って、騎士の姿の映っていた姿見を桜花衝で破壊する。

 

騎士は、鏡が破られる前にモヤとなって消え、別の鏡に入る事で再び姿を形作ろうと足掻いていた。

 

だが、写輪眼には見えている。そのエネルギーの動きが。

 

「出てくる鏡がなくなるまで鏡を割り続ければ、お前は無力化できる!」

 

騎士の個性は見えた。鏡に取り付くことでそこからイメージの騎士を投影する個性だ。イメージだから殴られようが貫かれようが何度でも蘇る。そんな個性だろう。

 

分身と手分けして、騎士が取り付いた鏡を叩き壊す。姿見、襖の裏に付けられた鏡、天井に付けられていた鏡。どこまで鏡だらけなんだこの部屋は。DIYとか得意そうだな騎士の本体は。

 

そうして鏡が全て破壊された後に、エネルギーのモヤは一瞬人の形を取ったあと、地下へと逃げていった。

 

「地下です!今度こそ本体の元に逃げたはず!」

「なら、突き破って行くよ!サンドウィッチさん、メグル!バブルカッター!」

 

泡の斬撃により床に十字の切れ込みが入る。その中心に向けて全力で桜花衝を放ち地面を殴り砕く。そして、サンドウィッチさんの砂で安全に着地して前を向く。

 

入り組んだ地下施設の一室のようだ。パソコンやら何やらがあるため裏の事務室かなにかだろうか。

 

人型のモヤはドアの方に向けて動いていた。その速度はただのモヤの状態よりも遅い。

 

「今度の動きはやけに遅いです。罠の可能性も考えましょう。」

「...バテてると信じたいね。」

 

人型のモヤはゆっくりと地下施設を進んで行く。それを道しるべにして、自分たちは地下施設を進んでいった。

 

その先に待つであろう占い師を追いかけて。




なんか書けば書くほどやばい奴になってくる鏡の騎士。これワンチャン鏡の騎士だけで突入隊全滅まであったレベルです。なんだコイツ。


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明るい未来を掴む為

遅くなりました。
これからの2ヶ月に入る為のプロット練るのに時間がかかってしまっています。空白期間でもインターン続けられれば楽だったんですけど学校側でインターン中止の号令出しちゃってますからねー、難しいです。


人型を取ったモヤを追いかけて地下施設を歩く。時たま壁をすり抜けて移動するのは腹立つが、そういう時は壁を壊して直進してるので見失う心配はない。

 

まぁ、結構な枚数の壁をぶち壊して進んでいるのでこの地下施設が崩壊する心配が出てきたのは内緒だ。

 

「にしても、罠にしては仕掛けてくるのが遅いですね。休憩できちゃいましたよ。」

「うん、水分補給もできちゃったしね。...罠にしては通る道も妙だ。本当に真っ直ぐ本体に向かってる感じじゃない?これ。冗談のつもりだったけど、バテてるってのは本当かも。個性の時間制限とか。」

「集中しなさい。...角を右に曲がった先、歩いてる音がする。1人...違う、1人が何か重いものを背負ってる。1人がもう1人を背負ってると見ましょう。」

「奇襲は?占い師の個性が予知なら躱されるでしょうけど。それならそれで情報になります。」

「待って、止まった!」

 

咄嗟に腰を落として警戒する。見えてる範囲に鏡はない。

 

「モヤは人の方向に向かってます。...まだ、騎士にはなってません。」

「仕方ない、奇襲かけましょう。メグルの影分身と私の砂で様子見しつつ取り押さえるわ。バブルビームは待機で。」

「「了解」」

 

方針が決まれば後は速いのが良いヒーロー。さっと影分身を発動し角を曲がり移動術で突っ込ませる。

 

だが、少しの時間を置いたのち、ダメージによる経験の共有がやってきた。胸を切られたダメージが幻痛となり俺を襲う。

 

「最悪です!鏡の壁があってそこでガン待ちされてました!」

「壁⁉︎私には感知できなかったわ!」

「多分誰かの個性です!身体エネルギーが見えました!」

「待って、個性の鏡ってことは...ッ⁉︎2人とも、来るよ!鏡が動く!」

 

バブルビームさんのその一言がなかったら反応できなかっただろう。鏡が壁の向こうからヴェールのようにするりと鏡が現れた。

その鏡に取り付いている騎士を伴って。

 

閃光のような斬撃。ギリギリ回避が間に合ったサンドウィッチさんの前髪が数本切り飛ばされる。

 

だが、騎士は動じず、切り返しのもう一撃放とうとしてきた。それを放たせないために騎士の剣を蹴り上げる。ギリギリだったが届いた。

 

相変わらず心臓に悪い鋭さだ。だが鏡が大きく、見えているという事は弱点でもある!

 

「バブルビームさん!」

「一切承知!バブル、光線!...ッ⁉︎」

 

バブルビームさんの光線はしっかりと鏡を貫いた。はずだった。

その鏡は割れる事なく、壊れる事なく、光線をすり抜けた。

 

「嘘だろ⁉︎苦労して暴いた弱点を補強してきやがった!」

「触れない鏡とか悪い冗談ですか⁉︎どーすんですこの無敵ナイト!」

「とりあえず逃げ...ちょっと待った、悪い冗談にも程があるだろそれは。」

「一周回ってクールになるくらいヤバイなら、状況教えてください、俺騎士から目を逸らせないんですよ。」

「僕ら、鏡で囲まれた。」

 

騎士の後ろの鏡を見ると、そこには自分たちの姿の後ろに自分たちの背中を映す鏡が見えた。

嫌な予感しかしねぇ!

 

騎士は、鏡から最速で飛び出してサンドウィッチさんの首を取りに来る。当然自分が迎撃するも、騎士は剣を腕ごとパージする事でその迎撃を回避した。

 

そこから先は飛び跳ねるスーパーボールという表現が一番正しかったと思う。

 

スピードを落とさず鏡に突っ込んだ騎士は、全くスピードを落とさずに、それどころかむしろ加速して鏡から現れた。一度目は驚きはあれど写輪眼で見えていた、再構成した剣による斬撃をいなして回避する。

二度目の時点で体勢的に無理が出てきたが、小さな移動術を駆使して体の向きを無理目にコントロールし、バブルビームさんを狙ったその斬撃をチャクラを込めた手で払う。スピードの乗ったその斬撃は重かったが、なんとか払う事ができた。

 

だが、その反射は全て俺に隙を作るための罠だった。

 

三度目の反射にて、最速で、最短で、一直線に俺の首を取りに来た。

 

この一撃は躱せない。腕を持っていかれる覚悟でガードをしようとするも間に合わない。

 

だが、その一瞬でどこかからの閃きが、俺の体を突き動かした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。体が覚えていたいつかの経験が生きたのだろう。

 

まぁ実際には無理な機動の更に無理な機動で体を倒しただけなので、次に反射が来たら実際お陀仏だろう。

 

「やらせはしない!即興必殺、バブルヴェール!」

 

その自分の窮地を救ってくれたのは、バブルビームさんの出した泡のヴェールだった。

 

「バブルビームさん⁉︎そんな泡だけじゃあ...そうか!」

「僕の泡も光を反射する、鏡だ!なら騎士は突っ込めない、鏡に反射されてしまうからだ!」

 

その仮説が正しいかは、騎士の動きを見ればわかるだろう。騎士は泡に突っ込まず、剣を振るって泡を払う事もせず、ただ、立ち止まった。

 

「バブルビームさん、大当たりです!騎士は泡をどうにもできません!」

「でもこの泡の密度を維持するのはそう長くできない。そろそろ水切れだ!だから、その隙に打開策を!」

「大丈夫。あと1分時間を頂戴。この状況を打開してみせる!」

 

サンドウィッチさんの言葉に、無言で頷く俺たち。

 

「1分持ちます?バブルビームさん。」

「両面は無理、だから片面だけに絞る。もう片面はメグル、任せたよ。」

「責任重大ですね。皆で死ぬか、皆で生きるか!任せてください、お二方の命、預かりました!」

 

バブルビームさんの奇策のお陰で体勢は立て直せた。敵の高速反射も泡で防げる。ここからは、純粋な近接勝負だ。奴の剣戟か、俺の格闘か、どちらが強いかの。

 

印を結ぶ隙などないだろう。小細工は不可能だ。

 

「かかってこい!鏡の騎士!」

『フッ、行くぞ団扇巡。』

「唐突に喋るなびっくりするだろうが!」

 

すり足で寄ってくる鏡の騎士。1分で終わらせないといけない筈なのに欠片も焦りやしねぇ。本当に厄介だ。

 

こちらもすり足で近づく。リーチは向こうの方が長い。先手は向こうだ。その先手をどう捌けるかが鍵だ。

 

『お前の存在は世界を滅ぼしかねない。故に切る。』

「世迷言言ってんじゃねえよ、人1人で世界が滅ぶ訳あるか。」

『滅ぶさ、貴様のようなイレギュラーがまかり通ってしまうのならば。』

 

非常に興味深い話だが、そういうのは捕らえた後で聞こう。

もう、奴の攻撃圏内だ。

 

走る横一線、半歩退がり回避。

そのまま一歩踏み込まれ、勢いを乗せたままの回転斬り。首を狙うその一撃をしゃがむ事で回避。

移動術で踏み込み桜花衝、回転の勢いのまま盾を叩きつける事で迎撃された。

衝撃でお互いに吹き飛ぶ。俺はバブルビームさんとサンドウィッチさんの目の前に。騎士は鏡のヴェールの目の前に。

 

再びすり足でお互いに近づく。ここまでで約20秒、あと二度だ。

 

再び奴の攻撃圏内。胴狙いの刺突、左手で逸らす。そのままチャクラの吸着を使い剣を固定。騎士は即座にモヤと化して剣を逃す。

剣に意識が取られているうちに腹に桜花衝を叩き込む。だが、騎士は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。狙っていたのはコレか⁉︎

 

『終わりだ、イレギュラー。』

「まだ、終わりたいほど生きてはいねぇよ!即興必殺、怪力乱心!」

 

腹に腕を絡め取られた自分は、チャクラコントロールを足、腰と流動させてその腕を使って騎士を上に無理矢理投げる。天井咄嗟に放たれた騎士の斬撃により右腕に傷がついたものの深くはない。まだ戦える。

 

天井に叩きつけられかけた騎士は、一瞬モヤとなったのち、天井に着地した体勢へと変化した。天井を蹴り、落下の力を利用した大上段が来る。

 

無理矢理投げた反動で動けない今、その斬撃は致命的だ。だが、もうこんな状況からの回避行動は慣れたものだ。今日だけで何度死にかけたことか。

チャクラを爆発的に放出して体勢を立て直し、両足の小さい移動術で大上段を回避する。そのついでに横腹に向けて桜花衝を放つ。今度はすかされずに直撃し、騎士は壁に激突した。

 

コレで約40秒、おそらくあと一度の交錯で1分だ。

 

「バブルビームさん、泡は?」

「ごめん、そろそろきついかも。ラスト10秒は反射使われると思っておいて。」

 

話しつつハンドサインで示されたやりとりに思わずクスリとする。相変わらず食えない人だ。

 

「さ、ラストよろしくね。」

「嫌ですねガチに。このまま倒れたままでいてくれませんかねーあの無敵ナイト。」

 

案の定一瞬モヤとなった後で無傷となり立ち上がる騎士。実はダメージが蓄積していた!というオチを期待してもバチは当たらないんじゃあないだろうか。

 

まぁ、人の夢と書いて儚いと読むものだ。期待せずにいこう。

 

すり足でお互いに近づく。三度目の交錯だ。

三度目の正直で殺されない事を祈ろう。

 

騎士の攻撃圏内に入る。すると騎士は一体化している盾と剣を外し、剣を両手で持った。

その構え、剣術にそう詳しくない自分でも知っている。

 

「今まで三味線弾いてやがったのかこの無敵ナイト。冗談は能力だけにしてくれよ...ッ!」

 

その天高く剣を構える、一の太刀を信じぬく流派。

 

「示現流...ッ!」

 

一瞬の静寂の後、騎士は叫びとともに斬りかかってきた。

 

『チェストォオオオオオオオオオ!』

 

思考よりも速く身体は動いた。左右に躱すのも後ろに下がって躱すのも無理だ、剣速が速すぎる。捌くのも同様に無理だ。

故に、俺が生き残る道はただ1つ、前だ。両手で剣構えるようになった事で生まれた握りの部分、剣が最高速に達する前にそこを撃ち抜く!

 

「桜花衝!」

 

握りを弾き飛ばされたことで剣を落とす騎士。剣の再構成のためモヤと化して逃げられる。

だが、このタイミングでバブルビームさんの泡が尽きた。またあの超速機動が来る!

 

案の定、騎士は鏡に最高速で突っ込んだ。

 

「という罠を、僕たちは仕掛けていたのでした。」

 

向かいの鏡に騎士が入った瞬間に、貯めていた泡を使って壁全体をバブルヴェールで覆うバブルビームさん。騎士は、鏡と泡で挟まれ、身動きを取れなくなっていた。

 

(ヴィラン)の前で時間制限とか馬鹿正直に言うわけないよねって話。」

「ハンドサイン出された時笑い堪えるのちょっと大変だったんですからね。後でなんか奢ってください。甘いやつ。」

「やだ。」

「後輩サービスが行き届いてない先輩ですね。エンデヴァーさんに訴えたいです。」

「エンデヴァーさんそういうとこ疎いから、訴えるならサンドウィッチさんかライズアップさんに言った方が良いよ。...さて、そろそろ時間だ。」

「ええ、もう1分です。サンドウィッチさんが失敗してたら死にますね俺たち。」

「ま、大丈夫でしょ。」

 

バブルビームさんの泡が途切れて、騎士が再び俺たちの前に現れる。

 

念のため戦う体勢を取るも、鏡のヴェールが消えていき、それに伴い騎士も姿を形作れなくなっていった。俺たちの勝ちだ。

 

「サンドウィッチさん、お疲れ様です。」

「あー、神経使った。バブルビーム、メグル、角曲がって5mの所に2人倒れてるから捕縛しちゃって。」

「了解。」

 

角を曲がった先に、砂で首を絞められて倒れている青いスーツの男と、黒いタンクトップにミリタリーパンツの筋肉質の男性が倒れていた。筋肉質の男性には、騎士のモヤが向かっている。遠隔操縦の個性とは、意識を飛ばして個性を操作するというものだったのだろう。

 

まぁ、こうして寝起きを叩けるのだから無力化は容易だ。

 

「というわけで写輪眼!さぁ、言いなりになってもらうぜ鏡の騎士。とりあえず青スーツを運んでもらおう。」

「...承知した。」

「出た、メグルの鬼畜催眠。味方だと頼りになるねー。」

 

そうして、青いスーツの男性を見る。その顔を見て、自分とバブルビームさんは一瞬言葉が出なかった。

 

「2人とも、どうしたの?」

「サンドウィッチさん、件の占い師の顔って、クリスタルアイさんに見せてあの男ってことになったんですよね。」

「ええ、そうよ。」

「で、鏡が消えたことから考えると、サンドウィッチさんが倒したのは鏡の個性の人物に間違いない。だとすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

占い師を捕らえた事でかえって謎は深まってしまった。個性の複数持ち、あるいは複合型の個性という可能性が頭をよぎる。だがまぁとりあえずはいいだろう。あとは取り調べでわかる事だ。

 

「2人とも、コイツらは重要参考人よ。さっさと上あがって警察に引き渡しましょう。」

「ですね。とりあえずメイデンに入れとけば間違いはないですし。」

 

サンドウィッチさんの方針通り、とりあえずこの2人を引き渡そう。

 

「一応だけど、メグルもバブルビームも周囲の警戒を怠らないで。何かトラップが仕掛けられている可能性はゼロじゃないわ。」

 

その言葉とともに行動を開始しようとすると、地下施設を揺るがすような大きな音が鳴り響いた。

方向的に言って、自分たちが歩いてきた方だ。

 

「影分身を警戒に出します。下手したら地下が崩壊するかもしれないので、移動は急ぎでいきましょう。」

「お願い。」

 

影分身を先に走らせる。直線ルートなので迷う事はない。安心だ。

軽く見たところ崩壊の前兆のようなものは見られない。この違法地下施設って思ったよりもちゃんと作られているのかもしれないと思った。

 

すると、影分身の経験が共有され自身に今の状況を告げてくる。

時間がない。急がねば。

 

説明する時間も惜しいのでサンドウィッチさんに催眠の応用で情報を伝達。戸惑う事なく「行きなさい、メグル!」とゴーサインを出してくれた。ありがたい。

 

今は走る。ただ命を救う為に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

影分身が伝えた位置に辿り着く、そこには力を敵の個性で吸い取られたらしいリューキュウがいた。

 

「リューキュウさん、サー・ナイトアイは⁉︎」

「ウラビティに運ばせて上にいる!急いで!」

「了解!」

 

移動術で上に空いている大穴に向けて飛ぶ。影分身の位置をついでに目視できた。サー・ナイトアイの治療中だ。

 

サー・ナイトアイは、治崎の個性により作られたコンクリートの槍によって腕をもがれて腹を貫かれていた。おそらく主要臓器のいくつかにも傷が付いているだろう。影分身を槍を抜く担当と掌仙術で治療する担当の2人で作業を分担しているが絶対的に治療の手が足りてない。すぐに近寄り印を結んでチャクラを調律する。

 

「遅くなった、出血は!」

「かなりある!捥がれた腕からかなり持っていかれたらしい!でも止血は終わってる!」

「わかった。助けるぞ、この命!」

 

「待て、メグル。君は、君の行動は見えてなかった。もしかしたら、君なら救えるかもしれない。緑谷を...」

「怪我人が喋らないでください、あなたの命は俺が助けます。まずはそれからです。」

 

写輪眼による麻酔で痛みを消しているとはいえ、喋るには相当の力が必要な筈だ。それなのに話すとは、それだけ大事な話なのだろう。

 

だが、出久の事に関してなら、言えることは1つある。

 

「俺は、誰かを救けるために走る緑谷出久は本物のヒーローだって信じてます。だから、大丈夫ですよ。」

 

理由など考えるまでもない。ただ信じられる。それだけの事を緑谷出久という奴はやってのけてくれていたのだから。

まぁ、事が終わるたびにいつもボロボロになっているのでその辺はかなり心配なのだがそれは別の話。

 

治療を進める。チャクラを流し込み徐々に傷ついた臓器を再生させていき、それに伴いコンクリートの槍を引き抜いていく。難しい手術だ。だが、やらなければ間違いなくこの人は死んでしまう。それしかないのだからやるしかない。

 

写輪眼による自己暗示で集中力を高め、どうにか治療を進めていく。

だが、傷が深すぎる。臓器の損傷が大きすぎる。

 

槍が、邪魔だ。

 

そのうちチャクラ切れで治療役の影分身が1人消える。本体の俺もチャクラ切れ寸前だ。だけど、ギリギリまで治療を続ける。

影分身を解除して再展開。槍を抜くチャクラ担当のチャクラ消費は少なかったためまだあと少しだけ治療ができる。

 

槍を少しずつ抜きながら治療を行う。もはや止血は応急処置キットで行うモノと諦めて、臓器の治療にのみ集中して取り掛かる。

 

もう少しで槍が抜ける所まで治療を行った段階で完全にチャクラが切れた。

 

「今の状況で槍を固定して救急車を待ちます。すいませんサー・ナイトアイ、俺が出来る事はここまでです。」

「いいや、大分楽になった。君の手の暖かさが、そう思わせてくれた。君は、よくやってくれたよ。」

「それ、多分催眠で痛みを誤魔化されてるだけなんで過信はしないで下さいね。あと、怪我人が喋らないでください。」

 

バックパックから応急キットを取り出し包帯などを使って止血とコンクリートの槍の固定を行う。コンクリートの槍は治療開始前と比べたらかなり抜けたが、それでも体の中に異物が刺さっている状況、予断は許されない。

 

「サー・ナイトアイ。救急隊員呼んできます。死なないで下さいね。死んだら殺します。」

「それは、怖いな。」

 

そう言葉を残して、サイレンの音の方へと急ぐ。誰かが救急車を呼んでくれたのだろう。ありがたい事だ。

 

「こっちです!重傷者!背中から腹部にかけてコンクリの槍に貫かれてます!」

「わかった、今行く!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして、午前9:15分。突入開始から45分でエリちゃんの救出、負傷者の保護などの諸々が終了した。

 

救急車へとサー・ナイトアイが乗る時に緑谷に告げた言葉が耳に残っている。

 

「緑谷...おまえは未来を、捻じ曲げた。」

 

緑谷が未来を捻じ曲げたこと。それも鏡の騎士の言うイレギュラーなのだろうか。悩みは尽きないが、今はとりあえず緊張が解けて立ち上がれないこの状況をどうにかできるように休息を取ろう。

 

「団扇ちゃん。大丈夫?」

「蛙吹か。チャクラ...体力切れに集中切れが重なって立ち上がれない。ちょっと肩貸してくれ。」

「ケロケロ、梅雨ちゃんでいいのよ?」

「恥ずかしいんだって。察してくれ。」

 

蛙吹の肩を借りて立ち上がる。

かなりあると噂の場所に手が当たりそうになるのを気合いで阻止しながら歩く。

 

「メグル、無事かい⁉︎」

「バブルビームさん...はい、俺は無事です。でも、サー・ナイトアイを治療しきる事はできませんでした。」

「...そっか。」

「はい。」

「団扇ちゃんは立てなくなるくらい本気で頑張ったわ。なら、あとはお医者さん達に任せましょう。」

 

流石蛙吹だ。冷静で、でもどこか暖かい。まさか、これがバブみと言うやつなのか⁉︎

 

「団扇ちゃん、変なこと考えてる?」

「女子とこんな急接近してて変な事を考えない男はいない。これは断言できる。」

「落とすわね。」

「前もって言ってくれるだけ有情だな。」

「ケロケロ。」

 

蛙吹が掴んでいた腕を離す。多少回復した体力でどうにか体勢を立て直す。というかバブルビームさんの方に倒れこむ。

 

「キャッチ成功っと。本当に自力で立てないんだね。」

「すいません、ガチに体力が切れてるんで。」

 

そんな体力がないどうしようもない状況でも可能な事を探すために周囲の警戒をすると、どこか暗い顔している麗日が見えた。

思えば、ナイトアイを地上に運んだのは麗日だ。なにか思うことがあったのだろう。

 

「人事尽くして天命を待つ、とは言うことだけれども、俺は、本当に人事を尽くせたのかねぇ。」

 

もっと出来ることがあったのではないか、そんな事ばかりが頭をよぎる。

 

サー・ナイトアイが死ぬかどうかは、正直五分五分だ。

 

救命講習だけで大した経験のない俺がそう思えるのだから、実際にはもっと生きられる確率は低いかもしれない。

 

その時、携帯に電話がかかる。相澤先生からだ。

 

「サー・ナイトアイが話したい事があるって、俺を呼んでいる見たいです。」

「...そっか、行ってあげて。」

「...はい。」

 

近くにいた警官の1人に事情を説明して、病院までの足になって貰った。

 

正直、嫌な予感しかしない。だけれども行かなくてはならない。俺が、俺の処置がどのような結果を招いたのかをこの目で確と確かめるために。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「メグルです。入りますね。」

 

手術室のドアをノックして入る。部屋にはナイトアイ事務所のバブルガールさんとセンチピーダーさんがいた。

 

「随分いろんなものが腕に刺さってますけど、大丈夫なんですか?サー・ナイトアイ。約束、忘れた訳じゃないですよね。」

 

心配させないように強気の仮面を被って声をかける。少しでもナイトアイの心に生きる気力を与えたいが為に

その言葉に答えたのは、涙を堪えているバブルガールさんだった。

 

「メグルくん。サーは、明日を迎えられるかは五分五分だって。でも、臓器の損傷がほとんど治されていたから、もしかしたら生きられるかもしれないって!今なら、点滴で体力が回復すればリカバリーガールの治癒でなんとかなるかもしれないって!...ありがとう、メグルくん。」

 

強い感情のこもったその言葉に、仮面が外れかける。だがダメだ、命の危機にいるサー・ナイトアイに心配などかけさせられない。強く心を持とう。

 

「団扇巡、君に頼みたい事があって、こうして呼ばせて貰った。」

「はい、聞いてます。でも、下らない要件だったなら催眠で黙らせます。貴重な体力を無駄にしないでください。あなたには、明日があるんですから。」

「フフ、そうだな。」

 

サー・ナイトアイは一度深呼吸をした後、こう告げた。

 

「私の勘違いかもしれない。だが、君の、君にあるかもしれない運命を変える力を信じて頼みたい事がある。」

「...なんですか?」

「オールマイトを助ける、緑谷を助けてくれ。」

 

そこで直接オールマイトを助けてと言わないあたり、サーにとって緑谷も大きな存在になっているのだと思うと、少し嬉しくなった。

 

「頼まれるまでもありません。友人と恩師、どちらが危機に陥っても必ず助けてみせます。俺、そこそこ強いですから。」

 

そう言って力こぶを作る。

 

「そうか、それなら安心だ。」

 

サー・ナイトアイは、笑顔を見せてくれた。こんな風に笑う人だったのかと、ちょっと驚いたのは内緒だ。

 

「言いたい事はそれだけですか?なら自分はこれにて。詳しい話は明日にでも聞きますよ。」

「フッ、そうだな。そうしてくれ。」

 

その言葉とともに、俺は手術室から去っていった。

まぁ、案の定ドアを閉めた瞬間に倒れかけるレベルの体力事情だったのだが。ランニングの距離増やすかなぁ...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

不思議な少年だとサー・ナイトアイは思う。

 

違和感に気付いたのは治崎の未来を見た時だ。自分の救出に駆けつけるヒーローのなかにその少年の姿は見えなかった。

 

なのに現れた。運命など知らぬと言わんばかりに。

そして自分の命を全身全霊で助けてくれた。

 

彼には、いずれ礼をしないといけないな。なんて事を思いながら意識を保つ。

 

運命の内側から未来を変えて見せた緑谷出久。

運命の外側から未来を変えようとする団扇巡。

そして、未来に立派なヒーローになると確信できる通形ミリオ

 

この3人がいるのなら、きっとこの先の未来も大丈夫だろう。

 

ただ、その中の1人にまだ何も教えられていない事が気がかりになって、それが明日を生きる気力に繋がってきた気がした。

 

きっと未来は明るい。だから自分も頑張ろう。




死穢八斎會編、一先ず終了!
次話でエピローグ兼プロローグを投げて空白期間編へと突入ですねー。雄英白書4とかで書かれそうな期間です。コワイ!


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陰我

文字数膨らむ問題。道中にカットしようか悩むシーンは多々あれど「書き直すより投稿早くしないとあかんで?」とゴーストが囁いたので投稿します。

Huluでキャプテンアメリカ全部見てたりして投稿遅くなりました、すいません。(正直)


なんとか手術室前の椅子にたどり着いて座り込む。道中誰にも見られなかったのは良かったのか悪かったのか微妙な所だ。

 

しばらく休みつつ、身体エネルギーと精神エネルギーをゆっくりと練り上げチャクラを作り、それを身体中にゆっくり循環させて丹田に戻す。瞑想のようなものだ。経験則でしかないが、チャクラを使い切った後はコレをすると若干体が楽になるのだ。

 

20分程休んだ所でお腹がぐぅと鳴ったので、立ち上がり購買に行くことにする

 

「とりあえずカロリー欲しい。MAXコーヒーあるかなぁ。」

 

流石に病院のような場所でいかにも健康に悪いあのコーヒー入り練乳が売られているとは思えないが、言うだけならタダだ。

まぁ、案の定なかったので外まで探しに行った訳なのだが。

 

外のコンビニに出て菓子パン3つとコーヒー牛乳を買ってレシートをもらう。経費で落ちないかなーという願望からだ。レシートでも経費で落とせるというのはインターンで初めて知った割と衝撃の事実である。細かい出費だと領収書より事細かに書かれているからレシートの方が良いのだそうだ。

 

そんなどうでもいい事を考えつつ菓子パンを頬張る。やはり銀チョコロールは良い。可能なら家の冷蔵庫で冷やしてから食べたかったがそれはそれ、そのままでも十分に美味しい。

 

「さて、どーすっかね。現場戻るにも足がない。バブルビームさんたちはお仕事中。...お見舞いにでも行くか。」

 

とりあえず病院に戻ろうとすると、横断歩道の向こう側にある病院入り口の段差でお爺さんが転びそうになっているのが見えた。

今のチャクラ量だと移動術でも受け止めるのは間に合わない。怪我をしないといいのだが。

 

そんな事を考えていると、近くにいた男性がまるでそうするのが自然かのようにするりとお爺さんを抱きとめた。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、助かったよ、お兄さん。 最近腰が悪くてねぇ。」

「気をつけて下さいね、誰かが助けてくれるとは限りませんから。」

 

走りかけた足を止めてその光景を目に焼き付ける。神野事件以降社会情勢は混迷して行くばかりだが、人の心の優しさは消えていない。そんな小さな親切を見る事ができて少しほっこりした。

 

だが、その男性は俺を見ると一瞬だけ殺気のようなものを飛ばしてきた。ほんの一瞬だけだったが、確かに感じられるドス黒い殺気を。

 

だが、すぐにその殺気を消して、会釈をしたあと男はそのまま去って行った。

 

咄嗟に携帯で写真を撮る。横顔だが写真に撮れた。これで警察の(ヴィラン)リストに登録のある人物なら見つかる筈だ。まぁ、あんな親切をする人物が(ヴィラン)だとは思えないので、自分の気のせいなのだろう。

 

「なんて、自分すら騙せない嘘なんて誰が得するんだっつーの。」

 

予感があった。あの男は俺の敵になると。

この時点では根拠のない直感でしかなかったが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

病院に戻り切島たちの様子を見に行く。すると治療を終えたらしい相澤先生と合流できた。看護師さんが相澤先生を止めようと追っかけてきているのを無視しているあたりが相澤先生だなーと思う。

 

「別れた後の突入部隊の事詳しく知らないんですけど、イレイザーさん達は大丈夫だったんですか?」

「ああ、俺は10針縫った程度だ。他の連中はこれから見に行く。」

「ご同行します。地味にできる事がなくなって暇してたんですよ。歩き回れる程度には体力は回復しましたし。」

「て事は、ナイトアイにはもう会ったのか?」

「ええ、頼みごとをされました。詳しいことは明日聞く事になってますけどね。」

「...それは、お前なりの励ましか?」

「なんかサー・ナイトアイが燃え尽きて死にそうな空気出してたのでちょっと意地悪しちゃいました。」

 

そうして、相澤先生と共に負傷した皆の様子を見に行く。

 

切島は全身打撲に裂傷が酷いものの、命に別状はない。

天喰先輩は顔面にヒビが入ったものの後遺症はない。

ファットさんは骨折を何箇所かしたが、元気そうだ。

ロックロックさんはナイフで刺されたものの内臓を避けたらしく大事には至らなかった。

そして、出久は腕に妙な痣が浮き上がったもののエリちゃんの個性のお陰で無事だとの事だ。

 

「なにその痣、お前の個性の関係か?」

「さぁ、どうなんだろ。」

「...ボロボロにならなかった今回でも体に何か残るってお前は本当に歴戦のヒーローへの道をひた走ってるよな。」

「いや、傷だらけだけが歴戦の証って訳じゃないからね?団扇くん。」

 

相澤先生が病院の先生に聞いた話によると、エリちゃんはまだ熱も引かずに眠ったままで、今は隔離されているとの事だ。人を巻き戻すというとんでもない個性を調整(コントロール)できない今では、相澤先生以外に止める手段がないからだとの事。

出久のように全身を絶え間なく破壊し続ける事で接触するというクレイジープランを実行できる人間など少ないのだろう。

 

そうして、ナイトアイの病室に出久を伴って再び訪れる。病室前の椅子には、バブルガールさんとセンチピーダーさんの他にオールマイトが座っていた。

 

「オールマイト、来てたんですか。...今ナイトアイはどうなってますか?」

「...ああ、リカバリーガールとこの病院の先生方の合同手術中だよ。癒着してしまったコンクリートの破片を体内から取り除いて治癒を行うという難しい手術らしい。だが、心配は要らない。リカバリーガールが居る。きっと大丈夫だ。」

 

そう言い終わった後で、オールマイトは失言を自覚したのかハッとした。

 

破片の癒着という言葉に心の底から恐怖が湧いて来る。そんな症状が起きる原因など1つしか思い浮かばない。

 

俺の掌仙術だ。

 

寒気がしてきた。もしかしたら、サー・ナイトアイを殺すのは俺かもしれない。そう考えると、目の前が暗くなるのを感じた。

 

そんな恐怖を感じ取ったのか、バブルガールさんとセンチピーダーさんがぎゅっと手を握ってくれた。

 

「君のせいじゃないよ、メグル。もしメグルが治療してくれなかったらサーは間違いなく死んでいたって先生が言ってた。だから、私たちから言う言葉は決まってるの。」

「ええ、そうです。あなたに贈る言葉は変わりません。」

 

「「ありがとう、サーの命を繋いでくれて」」

 

サイドキックの2人の手の暖かさが、俺を恐怖の鎖から解き放ってくれた。

 

「...俺も、この場所でサー・ナイトアイの手術を待たせて貰っていいですか?」

「構いません。一緒に祈りましょう、手術の成功を。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから15分ほどすると、手術の話を聞きつけたのか、通形先輩が病室前にやってきた。看護師さんの制止を聞かないで。

相澤先生といいどの人も看護師さんに迷惑かけっぱなしだなぁと冷静な頭で思う。

 

「バブルガール、サーの容体は⁉︎」

「今手術中。でも、きっと大丈夫。リカバリーガールが雄英からきてくれているから。」

 

リカバリーガールの名前の持つ力は大きい。その名が出た瞬間に通形先輩の顔が少し緩んだのが見えた。雄英に通っている先輩なら幾度となく世話になったのだから当たり前だ。

 

それでもやはり心配なのか、通形先輩もこの手術室前で待つ事となった。

 

それから1時間程経ったころ、手術室の扉が開いた。

 

「サーの!ナイトアイの容体は!」

「落ち着け、ミリオ。」

 

リカバリーガールに詰め寄る通形先輩。それをセンチピーダーさんが優しく止める。

そんな様子を見たリカバリーガールは、ニッコリと笑ってこう言った。

 

「安心しな、手術は成功だよ。かなり体力を使ったから今日はもう起きないとは思うけどね。」

 

その一声で、皆の緊張の糸は解けた。

 

バブルガールさんなどへたり込んで「よかった」と連呼している。俺も正直立ち上がれそうにない。出久が横で「やった、やったね団扇くん!」と手をブンブンと振り回してきた。地道に腕痛い。

 

「さ、こんな所いても良いコトなんてないんだ。さっさとどきな。」

 

そう言ってリカバリーガールは歩き出していった。

だが、俺の目の前に来た時、「ついてきな」と一言言ってきた。

 

病院の廊下を歩きながらリカバリーガールに声をかける。

 

「...リカバリーガール、すいませんでした。」

「...何について謝ってるんだい?」

「サー・ナイトアイへの治療についてです。俺の力だけじゃあ、サーを殺していたかもしれません。」

「助けられなかった、だよ。言葉を間違えちゃあいけないさ。あんたはあんたなりに全力を尽くしたんだ。」

 

歩きながらリカバリーガールの言葉を聞く。俺を励ます言葉ではなく、かといって俺を責める言葉でもなかった。だがその言葉には、不思議な重みがあった。

 

「あんたのやった事はあんたのできる最善だったかもしれない。でも今のままじゃ人1人の命も救えやしないのさ。今回はあたしが間に合った。でも、次はそうじゃないかもしれない...命を救う現場に、次なんてないからね。」

 

次なんてない。その言葉が深く突き刺さる。もし、リカバリーガールが間に合わなかったらナイトアイを助けられなかった。それは事実だ。

 

だから、振り返り、俺の目を見て言うリカバリーガールのその言葉に心底驚いた。

 

「だから、あんたに聞きたい。あんたは、今みたく中途半端にでなく、本当に人の命を救える男になる気はないかい?より多くの命を救うヒーローにさ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そんな事言われたんだ。メグル。」

「はい。」

 

事後処理もひと段落し、車でエンデヴァーヒーロー事務所へと帰還する車中にて、バブルビームさんとそんな会話をしていた。

 

「正直、迷ってます。俺のなりたいヒーローの姿と、リカバリーガールの示してくれた道が微妙にズレていて、そのまま進んでいいのかって考えちゃって...」

「なりたいヒーローの姿って?」

「『助けて』を叫べない誰かに手を差し伸べられる、そんなヒーローです。」

「...そりゃまた難しい夢を持ってるねー。」

「自覚はしてます。」

 

しばらく無言になる。なんとなく窓の外を見るも、特に気が晴れたりはしなかった。

 

「メグルはさ、」

「はい。」

「『助けて』を叫んだ人と叫ばなかった人、どっちかしか助けられない場合、どっちを助ける?」

「...それ、どっちも助けるってお決まりの答えは駄目ですよね。」

「うん。まぁ思考実験だから。」

「自分の意思で『助けて』を叫ばなかったのなら叫んだ人を助けます。でも、なんらかの事情で『助けて』を叫べなかったのなら、叫ばなかった人を助けます。それが、今の俺の答えですね。」

「独善的だね。」

「それも自覚はしてます。まぁ大なり小なりヒーローはそんなもんでしょう。」

「それ言っちゃうかー。でも同意なんだけどね。」

 

同意なのかい。と心の中で突っ込む。なら独善的とか言わないで欲しかったわ。

 

「んで、何が聞きたかったんですか?」

「んー、メグルのなりたいヒーロー像がリカバリーガールの言う命を救うヒーローとどう違うかって事。」

「...結果は?」

「最初に言ったどっちも助けるってのが一番やりたい答えなんだよね?」

「...はい。」

「なら、僕は話を受けてみてもいいと思う。どっちかしか選べなかった時の答えも迷いはなかったから、なりたいヒーローのヴィジョンはしっかりしてるんだよね、メグルは。なら、ちょっとくらい寄り道してスキルアップしてみても良いと思う。」

「寄り道してスキルアップ...なんか転職みたいですね。」

「ヒーローってお仕事じゃん。間違ってない間違ってない。」

「そういやそうでした。」

 

忘れがちだが、ヒーローとは公務員なのだ。安定とは程遠い職業ではあるのだが。

 

「バブルビームさん。」

「何?」

「寄り道のこと、しっかり考えてみます。」

「うん。ま、若いんだから好きに悩むが良いよ。」

 

ここで「適当ですね」と返す。すると「他人事だからね」と返される。そりゃそうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうこうした後にエンデヴァーヒーロー事務所に戻り、報告書を作成し始める。職場体験で体験した事だけにそう難しくはなかった。

だが、突然流れたそのニュースにより事務室は騒然となった。

 

「護送中の治崎が(ヴィラン)連合に襲われた⁉︎」

「オイオイ、護送中の犯人が襲われるのはこれで二度目、どっちもウチの事務所絡んだヤマじゃねぇか!」

 

サイドキックの人々が口々に騒ぎ出す。インサートの時もこんな感じだったのだろうか。

 

「...メグル、何か思い付く?」

「緑谷から連合のトガちゃんとトゥワイスさんが来てたってのは聞きました。多分その関係で裏切りがあったんだと思います。」

「...一応、現場に残ってるサンドウィッチさんにも伝えないと。要警戒だって。」

「ですね。まぁ襲撃場所は高速道路なんで事件現場は大丈夫でしょうけど。」

「そう言う油断が命取り、覚えておいてね。」

「はーい。」

 

インサートに続き治崎まで護送失敗となると警察の恐れていた警察への信頼の失墜が本当に起こりそうだ。果たしてエンデヴァーさんはこの逆風の中でNo.1として立ち続けられるのか。この事務所もこれからが大変そうだとどこか他人事に思った。

 

「バブルビームさん、報告書終わりました。チェックお願いします。」

「相変わらず早い...よし、問題ないね。休憩入っていいよ。」

「何か手伝える事があるならやりますよ、力仕事以外なら。」

「そう?なら資料のまとめ直しお願い。占い師についての奴だけど、調べなおさなきゃいけない事が多そうだから。」

「はーい。」

 

バブルビームさんから資料のアクセス権限を貰い、資料をまとめ始める。

 

今回の討ち入りでわかった修正箇所をいくつか直す。

 

名称:不明 年齢:不明

職業:占い師 個性:直感×→鏡のヴェール

 

クリスタルアイにインサートの居場所を教えた占い師。個性の直感が虚偽報告だったため情報の出所は不明。

 

東京都〇〇区3-2-8にて6月まで占い屋を営んでいた。先生と呼ばれていたことからリピーターも少なくなかったと思われる。

身内の不幸があったため、店を畳んだとの事だが詳細は不明。

 

9月に死穢八斎會本拠地へと招かれている。

 

エリちゃん救出作戦においては地下施設深部にて遭遇。鏡の騎士との連携してサンドウィッチ、バブルビーム、メグルの三名と交戦した末捕縛された。

 

鏡の騎士との関係は不明。(備考:個性の相性から考えて鏡の騎士との共闘は今回が初めてでない可能性が考えられる。余罪について要調査。)

 

名称:不明 年齢:不明

職業:不明 個性:鏡の騎士

 

死穢八斎會周辺をパトロールしていた際にバブルビーム、メグルと初交戦。

エリちゃん救出作戦においてサンドウィッチ、バブルビーム、メグルと交戦

 

交戦結果から個性には3段階あると推定。

鏡に取り付き見えない騎士の姿を形取る戦闘形態。

鏡に取り付く前のモヤのような移動形態(移動速度は時速15キロ程度)

なんらかの原因(時間制限?)により人型のモヤとなる帰還形態(移動速度4キロ程度、本体へと直線的に移動する。)

 

いずれも身体エネルギーのみの形態であり、通常では視認する事は不可能。取り付いた鏡にのみその姿を映す。

 

ただ、存在はしているので視覚以外の感覚で感知すれば戦闘は可能。

 

占い師との関係は不明。

 

言動から、陰我なる人物の指示で動いていたと思われる。

 

「ふぃー、謎だらけ。陰我とやらはなんで八斎會に絡んだんだ?個性破壊弾が目的?それとも他の違法ドラッグ?...違うな。そんな単純な目的なら鏡の騎士の初手がおかしい。あの遭遇がなかったら鏡のトラップで全滅してた可能性すらある。何が目的なんだ?本当に。」

 

そもそもがおかしいのだ。死穢八斎會にとって切り札となり得る鏡の騎士と鏡のヴェールのコンボをあんな場所に置くというのが意味わからない。

 

陰我組(仮)と八斎會が別口で動いていた可能性も考えられなくはないが、それにしては連携が取れていた。

 

「考えれば考えるほどわかんねぇ。俺の経験不足かねぇ。」

 

まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて事はない...よな?

 

「いや、どれだけ自意識過剰だよ。ないない。」

 

そんな思いをしながら、再び資料のまとめに戻る。

わかっている事が少なすぎて謎だらけだが、それでも何かの役には立つだろう。

 

「チェックお願いします。」

「...うん、初めてにしては上出来かな。でもこれ、警察に渡す用の資料だから、メグルが取り調べで聞いてほしい事とか別個で纏めても良いよ。」

「あ、内部用じゃなかったんですか。」

「言ったら怖気付くかなーって。」

「いや、それならもっとしっかり資料作りますよ。内部なら怒られるだけで済みますけど外部に見せるならいつも以上にしっかりしないとですし。」

「つまり手抜きしていたと。」

「いや、手抜きって程じゃあないんですけどね。ほら、気持ち的に。」

「手抜きしてたんだね。」

「...はい。」

「やり直しね。」

「わかりました...」

 

今回の件でわかった、この事務所で働くなら油断大敵だ。

いや、手抜きした自分が悪いのはわかっているのだが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察に無事資料を送り届け、一息ついたところでサンドウィッチさんから連絡が来た。声色からして火急の要件のようだ。

 

「メグル、警察署まで来て!」

「どうしたんです?何か送った資料にミスでもあったんですか?」

「...鏡の騎士が昏倒した。おそらく個性を使用している!」

「ッ⁉︎奴は催眠状態にあった筈⁉︎そう簡単に解けるもんじゃないですよ俺の催眠は⁉︎」

「だからヤバいのよ!とにかく来て!」

「了解です!バブルビームさんも連れて行きますね!」

「お願い!」

 

「つーわけです!バブルビームさん、車お願いします!」

「よくわからないから道中で説明してね!どこまで⁉︎」

「警察署まで!」

 

急ぎバブルビームさんに車を出してもらう。警察署まではおよそ40分、到着する前に犠牲者が出てもおかしくはない。

 

「バブルビームさん、なるはやでお願いします!」

「言われなくてもわかってるよ。くそ、回転灯回したい!でも(ヴィラン)発生じゃないから出せない!規則が恨めしい!」

 

愚痴りながらも運転の手は緩めない。こういったドライビングテクニックもヒーローとして必要なスキルなのだろうか。なんて事をちょっと思う。

 

サンドウィッチさんからの続報はないので、今のところ被害者は出ていないだろう。留置所からの脱走が目的なら奴の個性は最悪の類だ。個性発動時に本体が昏倒するという特性から自力での脱走はほぼ不可能なのだから。だとすると占い師との合流が目的か?

 

実際、あの2人の個性が合わされば警察署制圧などの馬鹿げた事が不可能ではなくなる。それほどに恐ろしい組み合わせなのだから。

 

「これ、警察署ついたらコンボ入ってて皆殺しとかいうオチありますかね。」

「メグル、落ち着いて。占い師は今警察病院だよ。あの組み合わせは起こらない。」

「だとすると誰を狙って個性を発動してるんだ鏡の騎士は...」

「...ねぇ、もしもだけどさ。騎士の狙いがメグルだったとしたら、色々納得いかない?」

 

確かに想像はした事である。だが、他人の口から聞くとどうにも突拍子もない事実だ。

 

「最初の襲撃で、僕たちエンデヴァーヒーロー事務所はエリちゃん救出作戦に釣り上げられた。そこを奴らのキルゾーンと仮定するなら、最初の襲撃にあった矛盾点が解消される。」

「どうして、エネルギーが死穢八斎會本拠地に飛んでいったか...ですか。」

「そう。最初の襲撃において鏡の騎士は()()()()で八斎會の本拠地に飛んでいった。八斎會本拠地のエリちゃん救出作戦で不意打ちしたいだけなら、本体を隠す為に回り道してメグルを撒こうとするだろうしね。」

「...動機がわかりません。ヴィラン潰しって悪評は立ってますけど、誰かの恨みを買うような事はしていませんから。」

「例えば、メグルの写輪眼。その目なら暴かれてしまう大きな不正があったとするならどうよ。将来の不安を最小のペイで解消できるなら、仕掛けてくる人もいるかもしれないよ?」

「それにしたって殺し屋ですよ?それも凄腕の。そんな人を雇えるとしたら大物政治家や社長あたり。そんな社会的責任のある人が馬鹿げたリスクを抱え込みますかね。」

 

自分にはそうは思えない。社会的に力を持てば持つほど、正攻法が最強であるとわかるからだ。目の前の欲に釣られて不正を犯すより、清く正しくルール通りに生きる方が得だ。

なぜなら、社会のルールを作るのはそのルールを利用する側なのだから。

 

「やっぱり俺には理解できません。そんな大層な不正絡みの事件なら尚のこと。」

「僕も確証があって言った事じゃないからそんなに深く気にしないで。あくまで気味が悪い仮説だよ。そんな事を考えつくくらいに意味のわからない事件だから、警戒しておいてね、メグル。」

「...はい。」

 

騎士の狙いが俺だとしたら。それは一体何のために...?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察署に着く。受付の人にヒーローライセンスを提示したらすぐに留置所に通してくれた。

 

「サンドウィッチさん、着きました!」

「まだ犠牲者は出ていないわ。とりあえずこいつの周囲に砂をまいて感知しようとしてるけど姿を見せない。メグル、見える?」

「人型のモヤのままで、本体の近くにいます。」

 

『ようやく来たか、イレギュラー。』

「来たよ、鏡の騎士。」

 

人型のモヤのままで会話をする。鏡は周囲にない。警察によって取り払われているようだ。つまりここで俺の暗殺は不可能だ。一体何が目的なんだ?

 

「メグル、声が聞こえるの?」

「はい。サンドウィッチさん達は聞こえないんですか?」

「ええ...注意して、なにかの罠の可能性もあるわ。」

「分かってます。その時はフォローお願いしますね。」

 

『剣では貴様を切れなかった。故に言葉で貴様を切る。それがプロとしての責任だ。』

「責任とかどうでもいいからとりあえず身体に戻れ。エネルギーが薄くなってきてるぞお前。」

『フッ、この後に及んで敵に情けをかけるのか。...奇妙な男だ。』

 

少しの間黙る人型のモヤ。何かが琴線に触れたのだろうか。

 

『ミラー・ヤマザキだ。』

「知ってると思うけど団扇巡、メグルだよ。ミラーさん。」

 

『貴様に伝えておいてやる、貴様の運命を。貴様の帯びた宿命を。それが、最初の刺客としての俺の最期の役割だろうからな。』

 

そうしてミラーは話し始めた。

これからの自分を苦しめ続ける運命についての話を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『まず言っておく。これは陰我の告げた天啓に基づく話だ。そこに間違いは絶対にない。』

「その時点で信じられないんだがなぁ。なんだよ陰我の天啓って。」

『陰我の個性は因果律予測。森羅万象全てを予知する力を持っている。』

 

またぶっ飛んだ個性が現れたものだ。因果律なんてものを見れる人にはこの世界はどう映るのだろうか。明日の未来は明るいものだと言ってくれるといいのだが。

 

「つまり、風が吹けば桶屋が儲かるってのを予測できる個性って事でいいのか?」

『フッ、そんな生易しいものではない。カタツムリを道に放す事で村1つを滅ぼせるほどの個性だ。』

「...は?」

 

意味がわからなかった。カタツムリがどうして村の崩壊に繋がるのだ。そんな事まで予測できてしまうその個性の強大さに、言葉が出なかった。

 

『その陰我によって、人類は1000年の繁栄が確定されていたのだ。イレギュラー、貴様が現れるまでは。』

「...どうして俺がイレギュラーなんだ?」

『陰我曰く、イレギュラーならそれを生まれた時から自覚しているそうだ。思い当たる節はあるのだろう?』

「...」

 

思い当たる節など生まれた時からある。転生だ。俺が転生者であり、原作という未来の知識を知っているから陰我の言うイレギュラーなのだろう。

俺の介入の結果、原作知識などもはや当てにならない上、そもそも役に立った試しなど思いつかないが。

 

「それで、そのイレギュラーがいるとどう困るんだ?」

『運命が変わってしまう。約束された1000年の繁栄が無に帰すかもしれないのだ。それを恐れない人類などいるものか。』

「なら、排除するんじゃなくて抱き込めよ。流石に俺も未来を滅ぼしたい訳じゃないから協力はするぞ。」

『いいや、貴様は英雄的だ。大のために切り捨てられる小を見捨てる事が出来ない。そんな者に運命が守れる筈がない。』

「...つまりその未来は、『助けて』を叫べない誰かを犠牲にして大多数の命を繋ぐモノって事か。」

『そうだ。大義のために、未来のために多少の犠牲は許容する。それが陰我の方針だ。』

「それなら、俺はやる事は変わらない。お前たちと敵対するし、命は可能な限り救い出す。俺は好きにやらせてもらう。」

『...この現在が、どれ程の犠牲の上で成り立っていると思っている。この未来に、どれ程の命がかかっていると思ってる。それしかないから行っているのだ。好きで誰かの命を天秤にかけるものか。好きで命を奪うものかよ。』

 

その言葉には覚悟を決めて戦い続けてきた漢の重みが感じられた。

この男は陰我とやらの組織の中で足掻き続けてきたのだろう。

 

だが、俺の心は変わらない。

 

「俺は、命を救う事が、1つでも多くの命を未来に繋げる事が間違っているとは思えない。だって、生きている事はそれだけで十二分の奇跡だから。」

 

『団扇、巡...』

 

俺の言葉に何か思うところがあったのか、ミラーは最期に1つだけ助言を残してくれた。

 

『覚えておくといい、イレギュラーは伝播する。貴様が深く関わり、運命を変えたものもまたイレギュラーとなる。陰我は、その命を狙うだろう。運命を守るために。心しておけ、お前に、お前と関わった者に安息は訪れない。自分以外を陰我に殺されたくなかったらせいぜい孤独に生きる事だな。』

「ミラー、お前...ッ⁉︎」

 

瞬間、ミラーの本体の開いた右目に人型が取り憑いた。

その瞳が向く先にいるのはサンドウィッチさんだ。砂を周囲に広くまいているサンドウィッチさんは今騎士の斬撃を防げない。咄嗟に庇いに走ろうとするもその行動は無意味だった。

 

ミラーの右目から出た騎士の剣が貫いたのは、ミラー自身の瞳だった。

 

「何やってんだお前!」

「お前と戦う事で関わった俺もまた、イレギュラーだ。...全ては、正しき運命のため、に。」

 

突如現れた胸を大きく開く傷により、ミラーの心臓は2つに割れた。

 

「訳のわからない事をぐだぐだ言って、その挙句に自殺とかふざけんな!命は、普通1つしかないんだぞ!」

 

印でチャクラを調律した後、傷口から手を突っ込み掌仙術で心臓を修復しながら心臓マッサージを行おうとする。だがしかし、出血が激しすぎて、治療速度が遅すぎて、全てが間に合わずにミラー・ヤマザキという男は絶命した。

 

俺の手の中で。

 

「そんなに大切なモノなのかよ!命を捨てるに足るモノだったのかよ!運命って奴は!イレギュラーって奴は!」

 

何故だか、涙が止まらなかった。

 

「生きてるだけで上等だろうがよ、馬鹿野郎。」

 

ミラーの血に塗れたその手で、俺は初めて救えなかった命を実感した。




救えなかった命の重さと、これから身の回りに降り注ぐ敵意を匂わせつつ死穢八斎會編終了!

次は宣言通りオリジナルとなります。雄英白書4の来そうな2ヶ月間の話ですねー。


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メグル&リカバリーガールの珍道中編
始まる寄り道


心理描写が難しいです。でも直してる時間はあんまり無い!投稿間隔開くと忘れ去られる運命ですからねー。ハーメルン新しい名作多いので。

さて、こんな導入で良いのかはこの話の後の評価が物語ってくれる!


ミラー・ヤマザキの死は、留置所内での死亡事故として処理された。

自分だけに述べられたあの言葉の数々は、正直信じられない。聞いた話をそのまま警察に話してみたところ、タチの悪い個性カルトにハマっていたのだろうと判断されてしまった。

 

ミラー・ヤマザキという名前は渡航記録や就労ビザなどから検索してみた結果、おそらく偽名、あるいは通り名なのだと目されている。

 

「そんな嘘をつくようならそもそも名乗らないと思うんだがなぁ...」

 

警察署での取り調べを終えた自分を待っていたバブルビームさんとサンドウィッチさんは、「所詮(ヴィラン)の言う事だから、あんまり気にしないでね」と自分を気遣ってくれた。

 

だが違うのだ。あの男の言葉は全て真実だった。俺にはそれがわかった。話た事は正直信じられないが、奴の言葉の強さは決して嘘のそれではなかったからだ。

 

敵は、1000年の繁栄の未来だ。

 

思えば、原作知識という未来の事について真剣に考えた事はなかった。それほど、目の前の事件に全力で取り組むしかなかったからだ。

 

だが、もしかしたら自分の行ってきた事により本来の未来より悪い未来に至ってしまった人がいるかもしれない。

 

例えば父さんと母さん。俺が転生者じゃなかったら2人は別れる事なく、幸せに暮らしていたかもしれない。

例えば親父たち財前組。俺が買われなかったら集団自首などせずヤクザとして活動し続け、仁義の元で誰かを助けていたかもしれない。

...例えばミラー。俺のようなイレギュラーが現れなかったら今でも命を繋いでいたのかもしれない。

 

そんな『もしも』が頭を支配する。冷静な部分で、そういう迷いを与える事がミラーの狙いだとわかっているのにだ。

 

「孤独に生きろ...か。」

 

実際その通りにするのが一番いい選択だろう。俺と深く関わればイレギュラーとなり陰我たちに命を狙われてしまう。今ならまだ、友人達は大丈夫かもしれない。

 

中学終わりに出来た友人達、高校に入ってからできた友人達、教えをくれた先生方、頼りになる先輩方、そして、俺の家族。いずれの繋がりも、大切で仕方ない。

 

その繋がりを守る為に俺が何をするべきなのか、その答えは未だ出ない。

 

そんな事を考えながら事務所の仮眠室で横になる。今日は、少し寝つきが悪くなりそうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

携帯のアラームが鳴る10分前にふと目が覚める。二度寝する気にもならないのでそのまま朝のロードワークといこう。

 

「おはようございます...って寝てるか。」

 

二段ベッドの下では、バブルビームさんがすやすやと眠っていた。起こすのも忍びないので静かに出ていこう。

 

当直をしていたライズアップさんに挨拶をしつつトレーニングルームの使用の許可を貰う。「こんな時間からトレーニングとか来たばっかの頃のバブルビームを思い出すぜ!先輩に負けないように頑張れよ!」と激励を貰えたのは少し嬉しかった。

 

だが、この会話でライズアップさんがイレギュラーとされてしまったらと思うと、心のどこかが悲鳴をあげるのが聞こえた。

 

準備体操をした後、値段的に手の出しづらいトレーニング器具をふんだんに使って筋トレを行う。雄英にもトレーニングルームはあるのだが、使用可能になるは午後からなのだ。全寮制になったのだから改善してほしいポイントである。

 

そうして筋肉をいじめた後、個性使用可能タイプのランニングマシンでひたすら走る。

10分ほど走った所でトレーニングルームの扉が開いた。

 

「うわ、ホントにメグルに先使われてる。頑張ってるねー。」

「おはようございます、バブルビームさん。」

「うん、おはよー。」

 

挨拶のあとは無言でトレーニングを続ける。関わった深度でいえば、バブルビームさんはこのエンデヴァーヒーロー事務所で最も深い。陰我にイレギュラーと見なされていてもおかしくはないだろう。

 

隣のランニングマシンを使うバブルビームさんを横目で見る。バブルビームさんは普段の適当な姿は何処へやら、真剣にトレーニングに集中していた。

バブルビームさんがトレーニングするのを見るのは初めてだが、その姿勢に違和感はなかった。この人とて、No.1ヒーローのサイドキックの座を勝ち取った人なのだから。

 

でも、そのあまりにも普通過ぎる姿に少し違和感を覚えた。殺されるかもしれない原因を側に置いておくものだろうか。

 

だから、少し考えなしの質問をしてしまった。

 

「バブルビームさん。」

「ん?何?」

「俺といて、イレギュラーとかいうのになるかもしれない事、怖くないんですか?」

「実を言うと、むしろラッキーだと思ってるくらいだよ。」

 

その返答は、全くの予想外だったが。

 

「...殺されるかもしれないんですよ?」

「それはちょっと怖いけどね。でもその本当の原因は陰我とかいう奴で、メグルじゃない。だから僕は、メグルの味方になれるイレギュラーになっても構わないと思ってる。」

「俺の...味方...?」

「そう。メグルの味方。メグルには何度も命救われちゃったからね、その分くらいは味方になるよ。僕もヒーローだし。」

 

俺の味方、その言葉で、イレギュラーという言葉で惑わされていた事の本質が見え始めてきた気がした。

 

その言葉の持つ暖かさが、俺に少しの勇気をくれた。

 

「バブルビームさん。」

「何?」

「俺は、誰にも死んで欲しくないです。俺が今まで関わってきた皆にも、これから戦う(ヴィラン)にも。」

「じゃあ、頑張らなきゃね。」

「...はい。」

 

俺が頑張る事。まずはそれからだ。

自分の意思を通したいなら、無力であっては駄目なのだから。

 

なのでとりあえず、ランニングして基礎体力を付けるのが一番最初だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察からの捜査協力要請を受けて、エンデヴァーヒーロー事務所の今回の事件に絡んだ面々は警察病院へと向かう。目的は、占い師への尋問だ。

 

「個性を使っての尋問とか、警察も割と手段選んでないですよねー今回のヤマ。」

「そうね、死穢八斎會に押し入ったら(ヴィラン)連合に陰我とかいう謎の集団まで出てくるんだもの、人手も情報も足りてないんでしょ。」

「...陰我って、なんなんでしょうね。」

(ヴィラン)よ。」

「...即答ですか。」

「そりゃそうよ。相手の事情考えるだけ無駄だもの。私たちはヒーロー、実働部隊よ。だから戦う相手と救う市民だけわかっていればいい。考えるのは警察や検察がやってくれるわ。」

 

ちゃんとしてる大人の女性と思っていたサンドウィッチさん、まさかの丸投げである。

 

「...バブルビームさん、ヒーローとしてこの考えって正しいんですか?」

「まぁ僕らって、突き詰めて言うと戦闘関係以外やれる事ないからねー。他の事を考えるのは無駄だったりするのさ。」

 

世知辛い事実を知ってしまった訳である。

 

「まぁ、それだけじゃ勿体ないからヒーローには副業が許されてるのさ。」

「勉強になります。」

「一応言っておくけど、これサイドキックの戯言だからね?経営に関わるエンデヴァーさんだとまた違う意見が出ると思うよ。」

「まぁその辺はおいおい、卒業後即事務所立ち上げる予定は今のところないですから。」

 

ぐだぐだと会話しながら車は進む。もうすぐ警察病院だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

警察病院の入り口で待っていてくれた茶髪の女性警官に挨拶をする。

 

「エンデヴァーヒーロー事務所のサンドウィッチです。」

「バブルビームです。」

「メグルです。」

「警察の里中です。今回の陰我事件の担当をする事になりました。」

 

挨拶はほどほどに、病室に移動しながら状況の説明を受ける。

サンドウィッチさんのサンドバインドにより意識を飛ばされた占い師は、意識を取り戻す事なく警察病院に搬送された。そして検査の結果、何らかの薬物を奥歯に仕込んでいたことがわかり、麻酔をかけて緊急手術を行い取り除いたとの事。

薬物の正体は調査中。何らかの個性により作られた毒物だと推測されている。

 

「奥歯に毒物とかまた古風な事を...」

「仕込んでた量で致死量ならちょっとした特許で左団扇だと思うんですけどね。それを悪事に利用してくるとは、厄介ですよ陰我って連中は。」

 

そんな訳で占い師は警官2名の監視の下、現在ベッドに縛り付けられ猿轡をかけられた状態で拘束されているとの事だ。

 

「着きました。ここです。」

 

病室の扉を開くと、言われた通りに警官2名と占い師がいた。

 

「よろしくお願いします。メグル。」

「承知しました。...陰我に繋がる一本の糸、手繰らせてもらう!」

 

写輪眼を発動し、占い師の身体を見る。

 

だが、その体は、もう既に他人の身体エネルギーに蝕まれていた。

 

「...ッ⁉︎この感じ、毒⁉︎」

「嘘⁉︎薬物は取り除いた筈!」

「あのカプセルはワクチンだったって事かな。...メグル、なんとかできる?」

「無理そうです、毒が完全に身体中に回ってる。」

 

この毒はもう心臓に達している。だがバイタルサインは正常だ、なにかをするにも慎重に行わなくてはならない。

何がこの毒を起動させるトリガーなのだろうか。

 

まぁ何にせよ本人に吐かせるのが手っ取り早いだろう。

ナースコールを押して念のための準備をしつつ、俺の姿を見て目を閉じる占い師の目を無理矢理こじ開けて写輪眼発動だ。

 

「さて、まずは今お前を蝕んでいる毒の正体を教えて貰おうか。」

「...万が一の口封じ用だとは聞いていますが、それ以上は。」

「なんで口封じ用だと聞いて素直に受け入れるかね...奥歯に仕込んでいた薬は?」

「抗精神操作薬、体内に含ませ続ける事で体内のエネルギーを整える物だと聞いています。」

「...それは、ミラー・ヤマザキも服用していたものか?」

「ええ、そうです。」

 

ミラーにかけていた催眠が解けたのはそんな仕込みをしていたからだったのか。だが、それなら薬物に即効性はない。そう警戒するものではないだろう。今のところは。

 

「じゃあ本題だ。お前は、どうやったら生き残れる?」

「その道はありません。イレギュラーに関わった時点で私たちは取り除かれなければなりませんから。」

「...もっと生きたいだろお前だって。」

「何故ですか?人類繁栄の礎になれるのですよ?」

 

...狂ってる、思考停止にそう感じてしまった。今占い師にかけている催眠の内容は俺に従う事に幸福感を覚えるというものだ。

 

つまりこいつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

「これが、本物の洗脳って奴かよ...ッ!」

 

もっと生きたい、そんな当たり前の気持ちがこの男からは取り除かれている。それは、なんて悲しいことなのだろうか。

 

「...お前の名前は?」

幕張十色(まくはりといろ)と申します。思えば、本名を名乗るなどいつぶりだったでしょうかね。」

 

その瞬間、幕張の身を蝕んでいた身体エネルギーがドクンと脈動した。

 

「ああ、これが終わりですか...良い人生では、なかったかもしれませんが、まぁこんなものでしょう。」

「何一人で納得してるんだ!生きろよ!生きる事を諦めるなよ!」

 

バイタルサインはアラートを発している。心拍数の急激な低下、いや停止だ。

流動していた身体エネルギーが停止している。それはつまり、血液の流れが停止しているということで、血が全て固まったということだろう。

 

バブルビームさんたちに目配せして応急処置に入る。心臓マッサージをしようとするも、幕張の体が固くなっていて上手く衝撃が心臓に伝わらない。

 

手が冷たい、人でない何かを触っているかのようだった。

 

すぐに病院の先生たちが駆けつけるも、未知の症状に何もできる事はなく、幕張はあっさりと生き絶えた。

 

「こんなあっさりと人が死ぬのか...ッ!死んで良いのかよ!」

 

写輪眼で息絶えた幕張を見る。その身体を蝕んでいた身体エネルギーは霧散していた。血を固める毒の個性、発動条件、感染条件ともに不明。

 

陰我に対してなんの情報も得られる事なく、幕張十色という人物への尋問は終了した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「すいません里中さん。陰我について何も聞き出せなくて。」

「いえ、私も想定外でした。まさか既に毒が仕込まれていたなんて。奥歯に仕込まれていたものを取り除いた事で安心してしまいました。...ここまで外道の集まりだとはッ!」

 

1000年の繁栄の為なら、命を平然と捨ててくる。そんな狂気の集団が陰我たちだ。

 

命が、軽すぎる。

 

命とは、たったひとつしかなくて。たった一度きりで、かけがえのない物の筈だ。それを何故平然と踏みにじることができるのかわからない。

 

だが、俺の心は二度目だからか人の死に少しだけ慣れていた。

 

だから聞こえたのだろう。俺の心の底からの声が

 

「捕まえましょう、陰我を。」

 

怒りとも悲しみとも違う不思議な感情。この衝動は何なのかは今の俺には分からない。だがこの声がきっと悪いものでは無いと信じて、俺の心からの声を言えた。

 

「うん、安心した。いつものメグルになったね。」

「ええ、人の死って簡単に受け止められるものじゃないから、ちょっと安心したわ。」

「...いつもの俺ですか?」

「そう。優しさや親切心が過ぎて突っ走る、うちの事務所の問題児じゃん。」

「問題児って言うよりトラブルダイバーって言った方が正しいけどね。」

「酷くないですか二人とも。まぁ否定はできないですけど。」

 

ちょっとだけ、ただ悲しんでいた頃より前に進めた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後再び警察からの取り調べを受けた。取り調べをした際の警察官の「何度目だよお前」と零した時の声が忘れられない。思わず「すいません、迷惑おかけして」と謝ってしまったほどだ。

 

そんなこんなが終わった頃にはもう昼過ぎ、今から学校に帰っても7限に間に合うかどうかといった所。地味に学校から遠いこの地が恨めしい限りだ。

 

インサートの件と合わせて二週間近く休んでいるので、補習地獄が怖い。怖くてたまらない。テストで補習免除とかないかなーとは思ってる。無いと思うが。

 

そんな訳で地味に余った時間、病院に寄ってみる。サー・ナイトアイの容態も気になるしちょうど良かっただろう。

 

...未来予知の個性を持つサー・ナイトアイにイレギュラーについて相談したかったというのも少しはある。

俺によって運命が変わった人がイレギュラーになる。その認識は正しいのかどうか。判断できる人物は俺の知る限り陰我とナイトアイしかいない。ナイトアイは言った。()()姿()()()()()()()()()()()()()()と。それがイレギュラーであることなのだろうから。

 

病室のドアをノックする。「はいはーい!」と元気よくドアを開けたのは病衣の通形先輩であった。

 

「サー・ナイトアイのお見舞いに来ました。手ぶらですけど。」

「おお!命の恩人!」

 

通形先輩のハグを頭を抑える事で止める。男に抱きつかれる趣味はないのだ。でも進む力が強い、やばい抑えきれないッ!

 

「ミリオ、少し落ち着け。...歓迎するよ団扇くん。何もない所だがな。」

「何はともあれ、生きていてくれて何よりです。」

「殺される訳にはいかないからな。頑張らせて貰ったよ。」

 

その言葉に苦笑する。そういえばそんな事言ったなと。

まぁ、病室で長々と喋って体力を使わせるものなんだし、ささっと本題に入らせてもらおう。

 

「サー・ナイトアイ、あなたに相談事があって来ました。」

「昨日の、ミラー・ヤマザキからの言葉の件か?」

「...知っているんですか?」

「ああ、HNを通じて調書は読ませて貰った。幸い、片腕は無事だからな。」

 

ベッドの上でナイトアイがスマホを示す。たしかにネットワーク社会だ、やろうと思えばどこでだって仕事はできる。

まぁ、入院中くらいゆっくり休んでいろとは言いたくなるが。

 

「正直警察の妙なカルトにかぶれた男という判断を責められないな、私と君以外は。」

「私と...ッ⁉︎まさか、もうサー・ナイトアイの元にも刺客が⁉︎」

「Noだ。それとナイトアイで構わない。...私の話をする前に確認したい事がある。君に個性を使わせてもらうが、構わないか?」

「はい、別に大丈夫ですけど。」

 

そう言ってナイトアイは俺の肩を触り、目を合わせる。「やはりか...」とナイトアイは呟いた。

 

「連中の言うイレギュラーの定義は分かった。イレギュラーとは、未来予知に映らない人間のことだ。」

「という事は、俺の未来は?」

「ああ、全く見えなかった。そしてミラー・ヤマザキの調書を読んだ際にミリオの未来を見てみたんだが、()()()()()()()()()()()という未来が見えた。これが、連中の言うイレギュラーは伝播するという事だろう。イレギュラーがその人物に干渉した結果行動が変わった人物、これを連中の言葉を借りて準イレギュラーと呼ばせてもらう。」

「つまり!俺は準イレギュラーって事なんだよね!」

「通形先輩が準イレギュラー...待ってください、てことはナイトアイ、あなたは⁉︎」

「ああ、私もイレギュラーだ。おそらく君に命を救われたあの瞬間から。」

 

正直予想はしていた。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったからだ。

そんな人物が生きているのだ、それはイレギュラーになってもおかしくない事実だろう。

 

「...自分が殺されるかもしれないってのに平然としてるんですね、ナイトアイは。」

「ヒーローに危険は付き物だ。その程度の可能性、リスクのうちに入らないさ。それに、イレギュラーとなった事で得をした事もある。」

「得?」

「私が運命に縛られないのなら、誰かの死を見てもその死を覆せるという事だ。」

「つまりこれからのサーは自由に未来を変えられるって事なんだよね!凄くない?」

 

一瞬、ポカンと口が開いてしまった。見た未来を変えられる未来予知、それってつまり、

 

「無敵じゃないですか...」

「そうだ。その無敵の個性が君の味方だ、だから君が陰我とやらに怯える必要は無い。」

 

俺の味方、心があったかくなるその言葉が俺の胸を打つ。

 

「ありがとうございます、ナイトアイ。」

「では、差し当たって君が取るべき行動を提案しよう。」

 

ナイトアイは、少し笑った後で予想外すぎる提案をしてきた。

 

「因果律予測などという恐ろしい個性が敵にいるのだから無策で動くのは問題外だ。そして陰我の組織は恐るべき統率力を持っている。故に後手に回らざるを得ないヒーローである君のする事は一つ。多くの人と関わり、準イレギュラーを増やすのだ。」

「...はい⁉︎何言ってるんですかナイトアイ!なんで被害者になり得る人を増やす必要があるんですか!」

 

こちとらちょっと前まで孤独に生きるかどうか迷っていたレベルだというのに、オールマイトの元サイドキックはその段階を2段くらい飛び越えて俺に奇策を与えてきた。

 

「敵の因果律予測の精度はどの程度かは分からない。だが、イレギュラーの数が多ければ多いほどその精度は低くなるだろう。故に君に釘を刺す言葉をミラー・ヤマザキに残させた。そう考えれば次に陰我が君に行って欲しい事は予測できる。君が孤立する事だ。」

「でも、そんな事をすれば陰我に殺される人が多く出かねません!」

「そうはならない。単純に考えて、エンデヴァーヒーロー事務所にいる君を殺すために八斎會を利用する必要があるときはどんな時だ?」

「...陰我の組織の力単独じゃあ俺を殺しきれない時...ッ⁉︎」

「そうだ、陰我の組織は狂気的な結束力を持っていても強力な手札はそう多くは無いのだろう。だからミラー・ヤマザキという歴戦の(ヴィラン)と幕張十色という最高の相性のコンビを初手で使ってきたのだ。」

 

目から鱗が落ちるとはこの事だ。そんな事実、さっぱり思いつきはしなかった。これが、オールマイトを支えてきたサイドキックの推理力なのかッ!

 

「勝負の鍵は時間だ。緑谷が運命の内側からエリちゃんを巡る運命を壊してみせたお陰で運命は変わった。奴の因果律予測も予測し直さなくてはならないだろう。その隙に私と君、二人で多くの準イレギュラーを作りその予測を狂わせる。そうすれば焦らされた奴の組織は表に出て来ざるを得ない。そこを準イレギュラーとイレギュラーのヒーローたちで捕まえる。どうだ?この提案乗ってみる価値はあるだろう?」

「...はい、乗ります!その提案!」

 

その提案への答えは、思考でなく感情からのものかもしれなかったが問題はきっとない。なにせ元No.1のサイドキックのお墨付きだ。きっとなんとかなるだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ナイトアイの病室を出て、病院のエントランスに差し掛かった所で見覚えのある小さな白衣の老婆が見えた。

 

「リカバリーガール!」

「おや、まだこの街にいたのかい。ハリボー食べるかい?」

「頂きます。ってそうじゃなくて、この前の話の件について話があったんですけど、俺リカバリーガールの連絡先知らなくて。」

「おやおや、それじゃあ携帯を出しな。アドレス交換といこうじゃないかい。」

「はい、お願いします。」

 

慣れた手つきでスマホを操るリカバリーガールの姿にちょっと驚きつつも連絡先を交換する。

 

「その顔を見ると、覚悟は決まったんかいね?」

「はい。でもその前に聞いて欲しい事があります。」

 

駅まで歩く道すがら、自分はリカバリーガールに話した。2人の人間の死を目にしてしまった事。その原因が自分だと言われてしまった事を。

 

「それなら、やめちまうかい?」

 

リカバリーガールが振り返って俺の目を見る。

 

「いいえ、やります。やらせてください。俺は死なせたくない。周りの人も、(ヴィラン)も。だからお願いしますリカバリーガール、俺に人を救う術を身につけさせて下さい。」

 

その目をしっかりと見て、言葉を返す。

ナイトアイの提案があったからだけじゃない。きっと、俺のやりたい事だから。

 

ちょっとだけ寄り道をしようと思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

雄英に戻りいろいろな調査や手続きを終えた所、気付けば深夜になっていた。先に雄英に戻っていた出久たちは8時くらいに帰れたらしい。まぁ俺は2人の死に立ち会ってしまったので、慎重に調査したという所だろう。

 

相澤先生に聞いた所、(ヴィラン)連合の動きがあったため、これから先通常のインターンはひとまず様子見となるそうだ。

懸念事項が一つ減った。相澤先生がわざわざ通常のと言ってくれた事から、リカバリーガールからの話は通っているのだろう。

 

明日から頑張ろう。1人でも多くの人の命を救う為に、1人でも多くの味方を作るために。




あ、今更ですがTwitterで更新報告とかやってみようと思います。プロフィールにアカウントは乗せましたのでお好きにどうぞ。
まぁ、イカのことかFGOの事しか呟いていないアカウントなんですけどね!今後は作品の進捗状況とか呟いてみたいですねー。


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はじめての個性医療

投稿期間空いた上に短い...
久々にイカやったら熱が入ってしまい執筆を忘れていたぜ...(正直)あのゲームあと5分あと5分で気づいたら一日終わってるんだもんなー。


リカバリーガールの元で課外授業をすることになってから、自分にはいくつか課題が与えられた。

 

まずは補習について。今回寮制となった事を存分に生かし、インターン組には0限が追加された。朝弱い麗日に蛙吹よ、すまない...しかも単位の関係上休めないヒーロー基礎学の演習のある日に限って8限9限の追加もすると言うのだから本当にすまないとしか言いようがない。まぁ自分には10限居残りも追加されているため今はどちらかというと同情気味に見られていたが、その視線が怒りに変わるのもそう遠くないだろう。

 

次に小テストについて。月に一度、定期テストとは別に小テストが課された。これは元々はインターン生用の制度だったようで、職員室で話を聞いたときはプレゼントマイク先生が「無駄にならなくて良かったぜー!」と言っていた。

 

その二つの課題を乗り越えた先に、本命のリカバリーガールの課外授業がある。週2日と日曜日に4限が終わってからのリカバリーガールの病院巡りに同行する事を許された。まぁ、俺が陰我の組織に命を狙われる可能性を鑑みて、病院近隣のヒーローが有事の際に直ぐに急行できるように場を整えてくれているらしいが。

 

そんな訳で初めての課外授業、行先は愛知にある国立個性治療研究所病院。リカバリーガールの第2の本拠地だ。

 

「研究所なのに病院なんですね。」

「治療個性は貴重だからね。治療と研究を一緒にやろうって腹さ。ま、とりあえずここで実習しつつあんたの治療技のデータを取るよ。あんたの個性がなんかの薬や医療器具に応用できるかもしれないからね。」

 

個性の科学への転用とは考えつかなかった発想だ。

そういえばNARUTOの続編BORUTOには傷を治療するスプレー状の科学忍具が登場している。それなのに発想がなかったのは俺の落ち度だ。もっと早くこの事に気付いていたら救えた命もあったかもしれない。

 

そんなマイナス思考に陥っていたのに気付いたのかリカバリーガールは注射器状の杖でぽかりと俺の頭を叩いて来た。

 

「過ぎたことをウダウダと悩むんじゃないよ、男だろうに。」

「...ですね。ありがとうございます、リカバリーガール。」

 

さて、過ぎたことは過ぎたことだ。日本の最新医療現場にいるのだから、雄英の名に恥じない振る舞いを見せなければ。

 

「さ、とりあえずここだよ。挨拶しな。」

 

リカバリーガールの顔パスで通されたのは医局だ。ドラマでよく見るお医者さんのデスクのあるあの部屋だ。ちょっと感激である。

 

「凄いところまで顔パスで入りますね。セキュリティとか大丈夫なんですか?」

「そ、こ、は!最新式の市民ID管理セキュリティが搭載されているので全く問題はありません!」

 

黄色のメガネをかけた女性が後ろから声をかけて来た。

 

「リカバリーガール、それとメグルですね!話は聞いてます。どうぞ中に!」

 

その女性はどことなく発目と同じ匂いを感じる。つまり若干どころでない迷惑とともにかなりの利益を与えてくれる人であるということ...か?

いや、いきなり発目と同類扱いはこの女性に失礼だ。心の中で謝っておこう。ごめんなさい。

 

「それでは改めまして、私、白鳥識目(しらとりしきめ)と申します。今日はメグルの個性治療についての諸々の測定を行うサポートスタッフとしてご同行させて頂きます!」

「よろしくお願いします、白鳥さん。メグルです。」

「このお嬢ちゃんは少しそそっかしいけど優秀だよ。」

「そそっかしいは余計ですよ、リカバリーガール。ま、優秀なのは当然ですけど!」

 

医局で細かい書類にサインした後で病室へと案内される。

治験に協力してくれるという患者さんの元へだ。

 

「個性治療の治験って協力してくれる人少ないんですけど、今回は説得が楽だったそうです。メグルには実績がありますからね。」

 

何が身を助けるかわからないものだ。その時その時には全力を尽くしていただけなのだが、その積み重ねが信頼を作る訳なのだなぁ。

 

「それでは、病室にご案内します。個性因子測定機器やらでちょっとごちゃごちゃしてますけど、治療に影響はないですよね?」

「ええ、精神エネルギーと身体エネルギーを混ぜたものを患者の患部に流し込んで自己治癒能力を促進させるって技なので、そんなにスペースは取りません。」

「なら安心です。あと、万が一治療が失敗した時の為にリカバリーガールには待機して貰いますが、よろしいですね?」

「まぁ、それが妥当ってとこさね。わたしゃ構わないよ。」

「それではレッツ計測です!」

「いや、その前に患者の容態教えてくださいよ。」

「...そうでした。」

 

確かにそそっかしい人だ、人のことはあまり言えないと自覚はしているが。

 

患者は手長伸(てながのびる)40代男性。個性は伸縮自在な腕、事故、及び治療との関連はなし。今回は自転車をこいでいる時に自動車に撥ねられて右足の骨折をしてしまったのだとか。とはいえ骨折は単純骨折、そう難しい手術にはならない。

 

尚、ドライブレコーダーによると事故の原因は男性の不注意な飛び出しらしい。そのせいで慰謝料は大して貰えず、治療費を少しでも賄える治験に協力することを決意したのだとか。

 

「着きましたよ!」

 

病室の中に入る。そこには所狭しとなんだかよくわからない機械が置かれていた。

ベッドで寝ている手長さんもどこか困惑気味だ。

 

まぁ、そういった心配を無くすのもヒーローの仕事だ、頑張ろう。

 

「それでは、個性治療の治験を始めたいと思います。こちらが今回の治療を担当する...」

「メグルです。売り出し中のヒーローやってます。今日はよろしくお願いしますね、手長さん。」

「これはどうもご丁寧に...ん、メグル?」

 

誠に遺憾な別名を思い出される前にとっとと治験を済ませてしまおう。

 

「ささ!メグル、手長さん、機材を接続しましょうねー。」

 

そう言って白鳥さんはヘルメット型の機材を俺にかぶせ、電極やらを俺の体と手長さんの体にペタペタと貼り付けた。

こんなんで測定ができるのだろうかちょっと疑問だが、まぁここは未来世界、きっと大丈夫なのだろう。

 

「それじゃあ手長さん、ギブス外しますね。」

 

テキパキと作業を終えた白鳥さんは「あとはMCTの角度を合わせて、準備完了!始めてください、メグル!」とゴーサインを出してくれた。

 

「それじゃあいきますね、手長さん!秘術、掌仙術!」

 

写輪眼で身体エネルギーを観測、印を結んでチャクラを調律、患部である右足に両手を当てて、左手でチャクラ調律フィルターを、右手でチャクラの操作を行い、治癒能力を高めるエネルギーを浸透させる。

 

「おっ、おっ!良いです良いですよメグル!その調子!」

 

外野が若干うるさいが、この程度のガヤでどうにかなってはヒヨッコヒーローの名折れだ。

 

その後、なんとか集中は途切れさせることなく、無事に治療は終了した。

 

「治療は終了しました。どうですか、手長さん。」

「...凄いな個性治療って、足はもう元どおりだ。今すぐにでも走れるくらいだよ!」

「体力の消耗具合はどうですか?他人の治癒能力促進には患者の体力を使うってのが定説なんですが。」

「言われてみれば少し疲れたかもしれないな。でも気になるほどじゃあないよ。」

「なるほど、データ見る限りだとリカバリーガールの個性と同じ現象なんですが、余分なエネルギーを流し込む事で体力の消費を抑えているんですかねー。そのあたりも追加調査が必要かもしれません。」

「これこれ、仕事を忘れちゃあいけないよ。」

「あ、すいません手長さん!治験の協力、ありがとうございました!あとは術後検査をした後退院となります。」

 

そう言って白鳥さんは俺と手長さんの電極を外し、機材を台車に乗せ始めた。

 

「手伝いますよ、白鳥さん。」

「ありがとうございます、メグル。それじゃあMCT台車に乗せちゃって下さいな。」

「MCT?」

「あ、これですこれ。ムーバブルCTスキャナー、個性由来の技術を使った持ち運べるCTです。これから普及が進む救急救命の心強い味方です!」

「確かもう都内のいくつかの区で救急車に搭載が始められてるって話だよ。」

「へー、技術の進歩ってやっぱり凄いですね。」

「本当にねぇ。」

 

CTといえばドーナツ状のでかいやつを思い浮かべるのだが、それはもはや過去のイメージなのだろう。根付いた文化レベルが実はお爺ちゃんだとボロが出ないように気をつけなければ。

 

「さ、次の治験に行きますよ!」

「あれ、手長さんだけじゃあなかったんですか。」

「そんな勿体ないことする訳ないじゃないですか!治療個性は貴重なんです。そのデータを取るためならどんな手段でも使いますよ!主に袖の下とか!」

 

ダーティな話にちょっとびっくり。だが聞かなかった事にしよう。それで救える命があるのなら多少の横紙破りもきっと悪いことではないのだから。

まぁ、

 

「それをヒーローの前で言う根性がちょっと信じられないのは俺だけでしょうか。」

「安心しな、あたしもだよ。」

「あ、今のオフレコでお願いしますね?」

「だったら言わないで下さいよ白鳥さん。」

「あはは...」

 

そんな出来事のあと、次の治験へと移った。

 

次の患者は花野香織(はなのかおり)20代女性、個性は名の通り花の香りを纏うというもの、治療への関係は無し。(ヴィラン)事件の被害者だ。

(ヴィラン)の個性は炎熱系、それにより右腕にⅡ度深層の火傷を負ってしまったようだ。年頃の女性には辛い事である。跡の残らないように治療できれば良いのだが、今の俺にその技量はあるのだろうか...

 

「メグル、落ち着きな。」

「あ、今変な顔してました?」

「妙に気張った顔してたもんだからね、つい口を出しちまったのさ。」

「あー、女性の火傷なんて跡が残りそうなもの自分の力で治しきれるかと不安になりまして。」

「それは無理ってもんですよメグル。見たところメグルの個性はリカバリーガールの個性と同様の治療プロセスなので自己治癒能力を高めるだけです。なので火傷の治療痕は残ってしまいます。ただし!その辺のアフターフォローは病院側でやるのでご心配なく!うちの病院では恒久的に使用可能な人工皮膚移植なんて技術が導入され始めてますからね!」

 

人工皮膚移植か...未来だなー。

 

「あんた、超常発生以後からの医術の変化についてレポート纏めな。その辺の医療技術に疎いんじゃないかい?」

「おっしゃる通りです。病院とは縁遠い生活をしていたもので...」

「本来いい事なんですけどねー。」

 

そんな事を話しているともう病室の前まで付いていた。

 

「では、治験2件目頑張りましょう!」

「おー。」

「...無理に付き合わんでもいいと思うんだがねぇ。」

「あ、病院で大声出す事に抵抗覚えているだけなんで。気合いは十二分にあります。」

「ノってるのかい、これはいらん口出ししたね。」

 

白鳥さんがドアを開けて挨拶をする。同様に自分も挨拶をした、出来るだけ頼れるヒーローの姿に見えるように気を張って。

すると、「あ、ヴィラン潰し」とすぐにバレてしまった。ヘコむわ。

だが、その異名に怯えられてもアレなのでしっかりしよう。

 

「今日は1人の治療ヒーローとして来ていますのでご安心を、現在売り出し中のヒヨッコヒーローメグルです。」

「知ってます、将来有望な若手ヒーローの卵!私、ファンです応援してます!」

「お、予想外の反応です。」

「特にあの(ヴィラン)に対して容赦のかけらもない戦闘スタイル!好きなんですよああいうヒーロー。」

「まさかのバイオレンス⁉︎」

「色々聞いても良いですか?」

「え、ええ。治験の準備が終わるまでならお相手しますよ。」

「準備終わりました!」

「「早ッ⁉︎」」

 

花野さんとは私的な会話することなく治験は始まった。今回はMCTを使わず高精細カメラを使うとの事で、機材準備に大して時間がかからなかっのだそうだ。

 

「会話は、またの機会にですね。」

「はい。期待してますね?」

 

年上女性からのアプローチとは、ちょっとクラっと来そうだ。まぁ顔面偏差値高すぎる1-A女子陣を見慣れてるので今のところは大丈夫なのだが。

 

さて、電極ペタペタと貼られヘルメット装備したので、治療の時間だ。花野さんの右腕に付いている対菌フィルターの上から両手を当てて掌仙術を使用する。フィルターの上からではチャクラの通りが若干悪いが誤差レベルだろう。

 

調律したチャクラにより火傷により傷ついている真皮の自己治癒能力を促進する。花野さんが「暖かい...」と呟いたのが印象的だった。俺の手はそこまで暖かいのだろうか。火遁チャクラの影響か?

 

「はい、終わりました。痛みとかはありますか?」

「いえ、全く。」

「疲れとかはどうですか?」

「言われてみれば、少し疲れたかもしれませんね。」

「その辺は術後検査で詳しく調べましょう。さ、次の治験です!」

 

その後3件ほど患者の治療を行った。それが終わってからはリカバリーガールの治療の見学だ。俺のデータの解析が終わるまで繊細な個性のコントロールを写輪眼で見て学ばせて貰った。

こればかりは自分が数をこなして学ぶしかないと理解したが、それでも得ることができたものはゼロではなかっただろう。特に体力のデッドラインに関しては実際に死者を出す訳にはいかないのでしっかりと見て学んだつもりだ。

 

実際には点滴を打てる施設までの所要時間などを考慮して体力のデッドラインを設定し、優先順位をつけて傷の治療をしていくのだとか。治療系ヒーローへの道は大変だ。

 

この病院にいる負傷者の治療を全て終えたあたりで、リカバリーガールの携帯に連絡が来た。どうやらデータの解析が終わったようだ。

 

医局に戻り白鳥さんから話を伺う。

 

「では!解析結果をお伝えしますね!メグルの掌仙術はリカバリーガールの治癒と概ね同じものでした。ですが違う点がいくつか。まずは熱について。メグルの掌から発せられたエネルギーに微弱な熱エネルギーや電気エネルギーなど、人によって異なるエネルギーを含まれていたという事。心当たりはありますか?」

「...はい。エネルギーの調律が万全でなかったから、そのエネルギーロスが熱や電気として現れてしまったんだと思います。」

「なるほど、つまりメグルがへっぽこだったという事ですね!」

「もうちょっと言い方を考慮しては貰えませんかね!」

「事実だろうに、しっかり受け入れな。」

 

なんか釈然としないが、確かに事実は事実だ。受け入れよう。

 

「次にテロメアの短縮について。細胞の老化に関するものですが、リカバリーガールの治癒と比較してその短縮率が僅かに小さかったという結果が得られました。これはリカバリーガールの治癒とエネルギーの質が異なることが原因だと思われます。まぁ誤差レベルなんですけどね。」

「つまりちょっとだけ体に優しいと。」

「今はそんな認識で構いませんよ。ただ、この現象については追跡調査が必要なので、また今度時間のある時にでもまた病院にいらして下さい。」

「わかりました。」

「そして最後に!」

 

シュバーンと格好付けて勿体ぶる白鳥さん。テキパキした作業からできる女性のイメージが付いていたのだが、厨二治ってないタイプの人だったのか...まぁ仕事ができて受け入れてもらえているのならいいのだろう。きっと。

 

「私の個性、鑑識眼で見た結果、メグルの身体エネルギーと個性エネルギーを混ぜたエネルギー、チャクラはこれまでの科学で観測されたことのない未知のエネルギーであることがわかったのです!個性エネルギーと呼称されていたものの1段階先のエネルギー!しかもこれまでの結果から多種多様に応用可能である事は明白!...ちょっとモルモットになりません?生活は保証しますよ?」

「なりませんよ。なんで苦労して手に入れたヒーローへの特急券を放り出さなきゃいけないんですか。いや、研究にはできる限り協力しますけど。」

「言いましたね!約束ですからね!」

 

手を掴んでぶんぶんと振ってくる白鳥さん。可愛い。けど大人の女性のやる事じゃないな、可愛いからいいけども。

 

「これからも研究協力お願いしますね!メグル!」

 

そんな言葉とともに、初めての実習は終わった。

 

「あ、このデータは個性研究論文誌と個性医療研究ネットワークに上げておきますので、必要な時にはそこからダウンロードして下さい。どっちも無料なので。」

「あ、ありがとうございます。」

 

論文誌が無料なのか。これは初めて知った。便利だなー。

つまりレポートの内容にこれを使えという事か、辛い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

帰りの電車にてリカバリーガールと少し話す。

 

「どうだったかい?個性医療って奴は。」

「今回は治験ばっかりですからなんとも。でも、病院での活動はお医者さん達の十全なサポートあってのことですから、鉄火場での治療とは大分違うなと思いました。」

「そもそも病院で経験を積む前に鉄火場での治療経験がある事自体がおかしいのさ。その経験は大事だけれど、それに囚われちゃあいけないよ。まだあんたには治療の基礎になる経験が足りてないんだから。」

「それに知識もですね。」

「ま、おいおい学ぶがいいさ。あんたはまだ学生で、子供なんだから。」

「...はい。」

 

子供扱いは少しムっとなるが、実際リカバリーガールの経歴から見ると自分は若輩なので今は受け入れよう。

まぁ、そのうち自分の力で子供扱いを払拭してみせるが。

 

そんなちょっとした覚悟を決めたものの、特に問題はなく一日は終わった。

 

さて、影分身勉強法にてレポートと予習と復習を並行して行わなくては。やる事が山積みだがチャクラが続く限り何とかなる!

 

 




出てくる色々はフィクションです。でもフリーの論文サイトは色々あるので知識欲が止まらない人は覗いてみるといいかもしれませんねー。


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発目明と性質変化とレポート

遅くなりました。その上リカバリーガール登場させれないとかいう構成ミス、あかんわコレ。
あ、執筆遅れた理由はやっぱりイカです。射程が欲しい!キルタイム欲しい!塗りたい!そうだ、竹だ!という謎の発想から生まれてしまったS+竹使い。意外な事にそれなりに勝ててます。


「団扇くん、なんかげっそりしてない?」

「いや、ちょっとリカバリーガールに出されたレポートが思った以上に難敵でな。今も部屋で影分身が作業続けているのさ。そのせいでスタミナが半分近く持っていかれててなー。」

「分身できるって便利な個性やと思ったけど、デメリットもあるんやねー。」

「俺に無尽蔵のスタミナがあればいいんだが...やっぱランニングの距離増やすかなー。」

「...団扇くんって毎朝雄英一周とかやってなかったっけ、まだ増やすの?」

「いや、じゃないといざって時動けないし。」

 

0限始まる前のちょっとした会話である。

ヒーロー基礎学演習を乗り切れるか少し不安だが、授業聞きながらチャクラを回復させればきっと大丈夫だろう。

...きっと大丈夫だろう(震え声)

 

そんなことを頭の隅に置きつつプレゼントマイク先生の英語の授業を聞き流す。この世界に生まれ変わって唯一前世の知識がまともに使える科目なので多少集中が途切れても問題はない。プレゼントマイク先生の授業もぶっちゃけ普通なので教科書から大きくずれた問題がテストに出ることはない。つまり教科書および単語帳の英単語をしっかり覚えておけば困る事はないのだ。なぜ単語を覚える必要があるかって?

 

「ヘイ!そこの珍しく眠そうなリスナー!この文を訳してみな!」

「はい。ジュディは個性:感覚鋭敏化を用いて(ヴィラン)の姿を察知しようとしたが、その考えを読まれたのか(ヴィラン)に音響閃光弾を使われ絶体絶命の窮地に陥った。です。」

「オーケー、ちゃんと授業は聞いてるようで安心だぜ!それじゃあ今日はここまで、ジュディがこれからどうなったかについてはきちんと予習しておくんだぜ!シーユーネクストタイム!」

 

使われる英単語が、前世でお目にかからないような物騒なものばかりだからである。いや、フラッシュバンとかはまだいい、たまに当然のように型番で銃の事を書いたりしてるのだこの教科書は。まぁ、確かに海外でヒーロー活動をすると仮定するならば必要な知識であるから文句はないのだが。こういう物騒な会話が日常で必要になる世界だと考えると、少し悲しくなる訳だったりする。

 

そんなことを考えていた0限を終えると、教室の外で待っていた飯田が真っ先に「おはよう皆!」と入ってくる。

0限が始まってから今日まで皆勤賞だ。流石のA組委員長である。それから朝早い連中から遅い連中まで大体決まった順番で入ってきてホームルームの開始だ。

 

それからはいつも通りの授業を2限まで行い3、4限の演習が始まる。今日はヒーロー基礎学の山岳救助訓練、又の名を地獄の崖登り。俺がインターンでいない時に一度行った訓練だそうなので、皆は2度目の訓練なのだそうだ。

遅れをとる訳にはいかないと、念のためこのタイミングでレポート書いてる影分身のチャクラを回収したが、必要なかったかもしれない。

 

「団扇お前どうなってんだ⁉︎崖を垂直に走ってやがる!」

「個性のちょっとした応用だ!」

 

なかなか役に立つ壁走りの術大活躍の瞬間であった。

 

そして体力をいい感じに消費した頃に昼食だ。とろろ定食ご飯大盛り(290円)は貧乏学生の強い味方である。

ステーキ定食(720円)に憧れる気持ちが無いわけではないが、それはインターンの給料が出て、サイフポイントの憂いがなくなってから自分へのご褒美として頂くとしよう。

 

早くインターン再開しないかなー。

 

そして昼が終わってからが本当の勝負だ。残り6限とか考えるだけでも嫌になってくる気持ちはないではないが自分で選んだ道なのだ、頑張ろう。

 

だが、今日の本当の試練は6限終わってすぐの休み時間にやってきた。

 

「マグロさんマグロさんマグロさん!」

 

ドカンとドアを開けずざざーっと俺の元へやってきて肩をぐわんぐわん揺らして来たこの発明ガールの来訪によって。

 

「いきなり何だ発目!まだ6限終わりだぞ!」

「そんな些末な事はどうでも良いのです!実験しましょう研究しましょう解析しましょう!できるのならば解剖しましょう!」

「実験研究はともかく解剖は出来るか!死ぬわ!何をトチ狂った、訳を話せ発明バカ!」

「褒めないで下さいよマグロさん。」

「今に限っちゃ褒めてねぇよ!」

 

そういきなりのスーパーハイテンションに巻き込まれるものの、トチ狂った原因は発目の持つ携帯端末が開いている論文のタイトルを見て納得した。

タイトルは、『身体エネルギーと精神エネルギーの混合による新エネルギー"チャクラ"による治癒能力の付加についての報告』著者は白鳥識目、つまり俺の治験データの報告書だろう。

 

「水臭いじゃないですか!個性エネルギーの一段先のエネルギーを使っていたなんて!技術革命ですよマグロさん!そしてその革命的データを取るチャンス、燃えない訳ないじゃないですか!」

「まぁ待て、ヒーロー科はこれから7限だ。それに補習が3限ついてくる。だからデータ取るのは7時以降になっちまうが構わないか?」

「駄目です、増えて下さい。今すぐやりましょう。」

「...いや、何故に主導権がそっちにあるんだ?」

「もう機材を借りてしまったからです!サーモグラフィーに個性因子測定機器!そしてパワーローダー先生の知り合いが作った個性エネルギー測定機器のプロトタイプ!どうです?燃えて来ませんか!」

 

なんだかよくわからない測定機械たちにプロトタイプという言葉、乗りたくなる気持ちがちょっと湧いてきた。

 

「そう聞くとなんだか興味は出てくるな。」

「でしょう!さぁ増えて下さい!そして偽物を教室に置いて一緒に研究の旅に出ましょう!」

「逆だよな!分身をお前の実験に付き合わせるのにはギリギリ納得できる。けどなんで本体が補習サボってお前に付き合わなくちゃなんないんだよ!」

「本体じゃないと測定に影響が出るかもしれないじゃないですか!ほら、時間がありません、増えて下さい!」

「無茶言うな!」

 

「今度ステーキ定食奢りますので!」

「......すまんが断る。ステーキ定食は食いたいけど、食いたいけど!」

「団扇くん!君はたかだか一食で発目くんの悪の誘いに乗りかけていなかったか⁉︎」

 

様子を見ていた飯田が思わず口を挟んでくる。いや、貧乏学生にとっては一食は大きいのだ。仕方なかろうに。

 

そして7限のエクトプラズム先生がやってきた事で「くっ諦めませんからね!」と一旦引き下がった。

 

そう、一旦だ。ホームルームが終わってから奴は再びやってきた。

 

「マグロさんマグロさんマグロさん!」

「答えはノーだよ馬鹿野郎!」

「野郎ではありません!機材の貸し出し時間はギリギリですが今ならまだ使えます、さぁ増えて下さい!」

「ノーだって言ってるよな⁉︎」

「お願いします、焼肉定食奢ってあげますから!」

「グレード下がってんじゃねぇか!」

「そんな些細なことはどうでもいいじゃないですか!さぁ早く!」

「だからノーだって言ってんだろ!」

 

そして8限で一旦間を開け諦めたのかと思った次の休み時間、9限終わりに発目は再びやってきた

 

「測定装置は駄目でしたけど、個性実験室借りる事に成功しました!時間は7時からです!」

「あれ、当然のように俺が行く事を前提にしてない?お前。」

「マグロさんなら来てくれるでしょう?」

「まぁ補習終わった後でいいなら行くけどさ。」

「団扇くん、行くんやね...リカバリーガールのレポート大丈夫なん?」

「多分な。まぁ明後日提出だから大丈夫だろ。」

「レポート?何か課題出ているんですかマグロさん。」

「ああ、超常発生以後の医術の変化についてだよ。」

「それはなかなかに重い課題ですね。参考文献探し手伝いましょうか?」

「お、頼むわ。超常発生××年までは纏まったからそれ以降な。」

「それ、そこから個性医療が本格化し始める頃じゃないですか。」

「あーそっか、リカバリーガールが活躍し始めるのこの辺りからか。やべ、レポートの本番ここからじゃん。」

「そこに気付かないとかマグロさん地味に抜けてますよねー。」

「うっせ、自覚してるわ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして10限が終わり夜7時、10限を担当してくれたエクトプラズム先生が授業を早く切り上げてくれたお陰で特に時間の遅れと発目の暴走もなく発目と合流することができた。まぁ余った時間であっさりと新アイテムを作っていたというのだから発目明という女は侮れない。

 

「さて、これからどうするんだ?」

「ハイ!個性実験室を借りれましたので、そこで実験となります!」

「個性実験室か、まだ行ったことないな。」

「あの部屋結構便利ですよー、主にサポート科の装備実験場となってますけど。」

「...いや、個性実験はどこ行ったよ。」

「そんな細かいことはいいじゃないですか。」

「細かいか?...まぁいいや、個性実験室ってどんな部屋なんだ?」

「耐火、耐水、耐電、耐衝撃性能が高くて各種センサー機器も揃ってる部屋ですよ。...本当は最新機器をいろいろ搬入する予定でしたのに、マグロさんがすぐに頷いてくれないから...」

「いや、頷けるかあんな提案。先生方はわざわざ時間を割いて俺たちの補習に付き合ってくれてるんだぞ、そこに真剣に向き合わないのは失礼だ。」

「ステーキ定食で迷った癖に。」

「実行はしてないからセーフだ、多分。」

 

そんなこんなで個性実験室にたどり着いた俺と発目、発目は部屋のセンサー類をシュバババっと調整して、窓越しにあるオペレータールームに移動した。

 

「では、測定を始めます!マグロさん、まずは個性を使わない状態で測定装置に映って下さい。」

「場所はここで良いか?」

「...はい!オーケーです!では次に、精神エネルギーを体に纏わせて下さい!チャクラとやらにはしないままで!」

「オーケー。精神エネルギー、展開!」

「うーん、変化は見えませんねー。まぁ予想済みでしたが。それでは、本命の新エネルギーをお願いします!」

「あいよー」

 

深呼吸一回。一度全身に巡らせた精神エネルギーを消し、寅の印を組んで丹田にて身体エネルギーと精神エネルギーを混合させチャクラを生み出す。

 

「マグロさんの体温が約一度上がりました。でも観測できるのはそれだけです。個性エネルギー測定装置があればもっと違うものも見えたと思うんですけどね!マグロさんが授業をサボってくれれば...」

「サボるか馬鹿野郎。一応優等生なんだよ俺は。」

「野郎じゃないですー。」

 

発目が測定できているのはおそらくチャクラの性質変化したものだ。

 

寅の印を結ぶことでチャクラが火遁の性質変化を潜在的に帯び、それが熱エネルギーとして現れたのだろう。他の印なら違う結果が現れるかもしれない。

 

そんな事を発目に伝えると「じゃあ見つけ出した全ての印を使って下さい!」と当然のようにのたまってきた。

 

子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の基本印12個でチャクラを練り上げたときの変化を科学的に観測することで性質変化へのアプローチになれば良いなあという期待から、まぁこのオーダーは受け入れた。水遁と土遁は使って見たい術だらけなのだ。

 

「じゃあ行くぞ!」

「はい!」

 

結果、寅の印での体温上昇以外に、酉の印にて空気の流れが発生し、巳の印にて俺の体重が土がまとわりつくことにより2g程度上昇し、卯の印にて体表面に微弱な電位が発生するということがわかった。あれ、水遁先輩の霊圧はどこいった?

 

「面白いエネルギーですね。火に風に土に電気、関連性のなさそうな4種類のエネルギーに変換可能だなんて。」

「写輪眼で見た色の具合から言って水遁もいけると思うんだが俺には発動できなさそうだわ。体の相性かねー。」

「ま、そういう事は比較対象が現れてから調べましょう。今はマグロさん自身のデータ取りの時間です。...フフ、フフフ!こんなエネルギー変化を起こせる人が使い手ならばあんなベイビーやこんなベイビー!いろんなアイデアが湧いてきますよマグロさん!」

「それのテストするの俺だろうから言っておくけど、安全第一なアイテムで頼むぞ。」

「マグロさんなら多少の問題大丈夫じゃないですか。治せるんですし。」

「そう言って妥協していくと即死レベルの事故が起こりそうで怖いんだよ!」

「そんなもしも、考えるだけ無駄ですよ!さぁ、続きといきましょう!マグロさん、そのエネルギー変化を使った技を使ってください!」

「よしきた、と言ってもそんな術は一つしかないんだがな!」

 

巳未申亥午寅と印を結び、大きく息を吸い込んでそこに火の性質変化を加え、それを全力で吐き出す事で豪火と成す!

 

「火遁、豪火球の術!」

 

チャクラ消費をケチるため、ちょっと抑えめの豪火球を放つ。すると発目は「おお!」っと目を輝かせてきた。嫌な予感がする。

 

「マグロさんマグロさん!予想以上のデータですよ!ただ火を吹く個性とは似ても似つきません!チャクラによって肺から先を擬似的な火炎袋にしたんですかね!そこんところどうなんですかマグロさん!」

「すまん、実は原理は感覚でしかわかってないんだ。」

「じゃあ実験して確かめてみるしかありませんね!もう一回お願いします!センサーの感度を変えてみるので!」

「チャクラ消費大きいからあんま乱発したくないんだがなぁ。」

 

再び印を結んで豪火球を放つ。火を吹き終わった後で発目を見ると凄い良い笑顔をしていた。

 

「凄いですどうなってるんですかマグロさん!体内で炎を作ってるんじゃなくて、口から空気が出た瞬間に炎が出来上がってます!それが新エネルギーの性質なんですか⁉︎」

 

未知の現象に喜んでいたのか...やはり発目は大した奴だ。

 

「すまん、エネルギーの性質うんぬんはまだ分からん。」

「というのはわかっていました!なら実験です!マグロさん新エネルギーを口以外から出せますよね!」

「一応な、じゃなきゃ医療忍術なんて出来ねぇよ。」

「では何か火を使う技をやってみてください!」

「とは言ってもなぁ...」

 

即興で忍術が成功するほどの天才ではないのだが、一応思いついている術はある。せっかくなのでテストといこう。

 

寅の印により火の性質変化を、薄く広く地面にチャクラを形態変化をするイメージで適当にチャクラを流す。

 

「即興忍術、火焔流しの術!」

 

地面についた手から火が広がる。弱火だから戦闘時には脅しにすらならないが、災害救助時などの種火に使う分には十分だろう。

 

「多芸ですねーマグロさん。」

「...正直自分でも成功するとは思わなかった。豪火球で火遁に慣れたからかね。」

「まぁいいじゃないですかそんな事は!センサーは捉えましたよそのプロセスを!手のひらから熱が地面に伝わりそれが床の材質の発火点に達していないのに燃え上がった!間違いなくそこにあります、それが新エネルギー!...何かの容器に保存できませんかね。」

「ちょっとした火炎瓶になりそうだな...うん、使えそうだ。今度やってみるか。」

「流石マグロさん話がわかりますね。とはいえこの結果は新エネルギーを観測できていないという事の裏返し、やっぱりマグロさんがサボってくれれていれば...」

「いや、サボりはしねぇよ。てか何度目だよそれ。」

「さぁ?数えてなんかいませんから。それよか他のエネルギー変化現象でいまの地面に流すの試してくださいよ。発生の前兆を比較する事で新エネルギーの正体に迫れるかもしれません。」

「...期待するなよ?火遁以外はへっぽこなんだから。」

 

とりあえずイメージのしやすい雷遁の流し、千鳥流しを試してみる。組むのは卯の印だ。形態変化のイメージは先程と同様に、性質変化のイメージは上鳴の帯電を意識して行う。ゆっくりとチャクラを練り上げていざ発動する!

 

「即興忍術、千鳥流し!」

 

チャクラはしっかりと床に伝道した。それは写輪眼で見えたから確かな事だ。だが、バチバチと雷が流れる事は無かった。うん、予想通りの結果である。

 

「マグロさん、手を抜いてません?」

「言っただろ火遁以外は苦手だって!」

「まぁ、センサーはしっかりと電気の流れを捉えてるんですけどね、5V程度の電位差ですけれど。」

「うわ、俺の電圧低すぎ...」

「ま、そんな低い電圧でも流れているという事は新エネルギーが伝導体になっているという事ですから、おそらく火の時と同様のプロセスでしょう。次行ってください!」

「よし、次は風遁行くか。」

 

組む印は酉、性質変化のイメージは夜嵐の烈風だ。

 

「即興忍術、烈風流しの術!」

 

手をついた地面から、団扇で一度仰いだ程度の微風が流れ出た。術の名前を微風流しに改名しようか悩む所である。まぁ今後烈風にしてみせるという思いを込めて烈風流しのままにしよう。

 

「うーん、微妙ですね。風は新エネルギーからの変化プロセスが見えませんでした。データとしては残しておきますけど新エネルギーの証明には使えませんね。次行ってください。」

「最後は土遁だな。巳の印組んで、と。」

 

イメージはピクシーボブの土流操作と八百万の創造の合わせ技だ。チャクラをただ流すだけじゃなく、土を創造するようにチャクラを編んでいき、それを手のひらから流しだすイメージで。

 

「即興忍術、土流流しの術!」

 

手をついた地面から土が流れ出ていく。その量はそう多くなかったが、薄く広く広がっていき、周囲1mほどまで広がった。

 

「これはちょっと手応えありだわ。俺は火遁の次に土遁が得意なのかね。」

「マグロさんマグロさん。センサーで見てますけど、体に何か異常はありませんか?」

「いや、特に何も。せいぜいちょっと疲れたくらいだよ。」

「体重変化なし、となるとスタミナを使った土の創造?新エネルギーが土に変化する瞬間を動画で見てもエネルギーを測定できなかった。...新エネルギーには未知の部分が多いです。あ、その土はサンプルなので今から回収します。マグロさん動かないで下さいね。」

「はいよー。」

 

そうして発目が掃除機みたいなアイテムで土を回収した後で、「実験室の使用可能時間は終了だよ」とパワーローダー先生がやってきた。

 

「じゃあ、続きはまた今度に「何言ってるんですかマグロさん。これから外で実験ですよ」...はい?」

「当たり前じゃないですか、まだ私は新エネルギーの理解の入り口にも立っていないのですから!」

「一応聞くが、そろそろ帰らないと晩飯片付けられるんだがどうするんだ?」

「抜けばいいじゃないですか。一食抜いた程度で人は死にません。」

「明日も演習あるんだよ!エネルギー補給サボれるか!」

「...仕方ありませんね、晩御飯食べてきていいですよ。そのかわりご飯食べ終わったらすぐ来てくださいね!」

「...てか、夜間外出は基本禁止だろ。どこで実験する気だ?」

「あ、そんなルールありましたね。でもバレなきゃいいじゃないですか。」

「この学校監視ロボに見張られてない場所なんかねぇよ!」

「じゃあ私の部屋はどうですか?」

 

一瞬頭がフリーズする。何を言っているのかわかっているのだろうかこの女は。

 

「行く訳あるか。なんでわざわざ夜に女子の部屋に踏み込むなんて自殺行為をせにゃならんのだ。バレたら退学モノだぞ。」

「じゃあ私がマグロさんの部屋に行きます?」

「...いや、お前は自分が外見だけを見ると発育よろしい魅力的な女だって事を自覚しろ。」

「あ...マグロさん、エロい事考えてるんですね!」

「そうだよ悪いか!男子高校生なんだよ俺も!」

「なら仕方ありませんね。今回は潔く引き下がりましょう。マグロさんみたいな人、正直異性としては見ていないので。」

 

転生してからこのかた、そこそこイケメンに生まれ変わった筈なのにモテた試しはない。無情だなぁ...いや、よく考えてみたら発目みたいなのに惚れられる自分というのが全くもって想像できなかったから別に構わないのだが。

とはいえ女子に男として見られていないというのは地味に心に刺さる。だがちっぽけなプライドを総動員して虚勢をはることにする。

 

「...うん、まぁいいよ引き下がってくれるなら。」

「その代わり!明日も実験に付き合って貰いますからね!」

「いや、明日はレポートやらなきゃなんないから無理だって。」

「今夜終わらせればいいじゃないですか!そうすれば明日はフリー、つまりまた実験できます!」

「おかしい、俺のスケジュールが勝手にタイトにされていく。」

「なぁに、徹夜すればレポートなんてすぐ終わりますよ!」

「明日演習だって言ったよな⁉︎寝て体力回復させないと死ぬわ!」

「むぅ、わがままですねマグロさん。」

「お前にだけは言われたくないよ発明バカ。」

 

とりあえず自寮に帰って飯を食うところまではお互いに納得できたので一旦寮に戻る。夕食はバイキング形式なので目立ったおかずは全て取られている可能性はあるが最悪白米と味噌汁があればいい。ランチラッシュの米はそれだけで十二分に美味いのだから。

などという微妙に悲壮な覚悟は、いい方向に裏切られた。

 

「あ、団扇くんお帰り。おかず取っておいたよ、チキン南蛮。」

「出久、お前の背中から後光が見えてくる気がするわ。」

「何言ってるのさ。」

「ありがたやー、ありがたやー。」

「拝まれた⁉︎」

 

ありがたい出久大明神のお陰で貴重なおかず、しかも肉を補給することに成功した。これで今晩のレポートも乗り切れる!

 

と、いい方向に意気込んでいられたのは今日ここまで。発目からメッセージアプリの着信が来た。しっかりと味わって食べている途中だというのに。とはいえ無視すると余計に面倒になるのが発目明という女、一応電話には出るとしよう。

 

「もしもし、何だ発目。」

『マグロさんがレポートに取り掛かっているかの監視です。』

「いや、まだ飯食ってる最中なんだが。」

『遅いです、時間は有限なんですよ?早くレポートに取り掛かりましょう!私もお手伝いいたしますので!』

「あー、うん。それじゃあ参考文献くれ。」

『もう纏めてあります!今から送りますね!』

「おう、それじゃあ飯食べながら文献読ませて貰うわ。ありがとなー。」

 

と言ったあたりでメッセージアプリの着信音が届いたので一旦携帯を耳元から離す。添付ファイルとして送られてきたのは文献のpdfファイルのようだ

 

タップして中身を見ると、文献のタイトルは『最新の個性医療分野の変遷』、しかも原著論文ではなく総説論文、これは期待できるな。というかこれだけでいいんじゃないか?と思うレベルに今回の課題とベストマッチである。本当にありがとう発目。

 

「しかし意外だな、発目が医療系の事勉強してるなんて。」

『授業で出た課題です。正直サボりたかったんですがベイビー開発を人質に取られ仕方なく...』

「うん、誰だかわからないがグッジョブだわ。」

 

成る程、教師側としては発目はそう操っているのか。確かにこいつの場合、工房への立ち入りを禁止にすると脅せばイヤイヤながらもそれなりの事はするだろう。

 

そんな事を思いながらレポートを読む。内容はタイトル通りリカバリーガール登場以後からの医療分野について説明しているものだった。よし、これの核になってる部分をコピペして参考文献の欄にこれを入れよう。それでこの課題は8割終わりだ。あとはレポート書いた感想をでっちあげれば完成だろう。やったぜ。

まぁコピペする内容をしっかりと理解していなければこの課題の趣旨に反するのでしっかりと読み込まなくてはならないが。

 

「異形型個性の治療用に細胞や臓器のクローン生産、AIサポートありの手術ロボ、本当に未来だねぇ...」

 

超常が発生していなかったら人類は恒星間宇宙飛行を楽しんでいただろうとはエラ・イヒトの言葉だったか。調べれば調べるほどこの世界が未来なのだと感じる。21世紀に生きていた身としてはちょっとだけ疎外感を感じなくはない。

 

『何言ってるんですか、この技術が現代ですよ。』

「...確かにそうだな。よし!レポートは今日中に終わらせてみせる。明日も補習あるから7時以降になるけれど、それでも良いなら実験にも参加させて貰うわ。良い文献教えてもらったしな。」

『言質取りましたからね!バックれたら怒りますよ!』

「これでも約束は守る方なんだ。安心してくれ。」

『じゃあ明日はよろしくお願いします!』

 

とそんなで発目からの連絡は切れた。

さて、レポートをちゃちゃっと終わらせて睡眠を取らなくては。

 

尚、明日の実験で最新の観測機器というおもちゃを与えられた発目明という少女が大暴走をするという事実は、この時の俺には知るよしもなかった。いや想像するべきだったんだけどね。




というわけでチャクラ感応紙があれば一瞬で片付いたイベントでした。尚、メグルくんの性質変化の才能を10とすると、火遁6、水遁0、土遁2、雷遁1、風遁1くらいの強さです。何故水遁は犠牲になったかって?印のパターンがガチで全くわからないからです。風遁雷遁もかなり怪しいんですが、そこは独自設定とか使用者の体質に依るとかで納得してください。


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新人教育の先の出会い

ヒロアカ4期だヒャッホイ!
WAミリメモシナリオ良いぞヒャッホイ!
ギル祭り高難度さっぱりクリアできないぜヒャッホイ!

と、投稿サボってるうちに色々な事がありましたが投稿遅れた原因はちょっとこの展開で良いのか迷っていた訳だからでした。
でも冷静に考えたらこの作品って自分の作品な訳ですから好きにやればいいじゃない!というわけで個人的に地雷だと思っているタグを追加させていただく事になりました。



「おはよう団扇くん。...なんか凄い眠そうやね。」

「というか補習始まるまで寝る、すまんが起こしてくれ。」

「ええよー。でも何でそんなに疲れとるん?」

「昨日の発目の実験の疲れがドッと来てな。...まさかあれがああなってあんな事になるなんて...俺は発目明って女を侮っていたかも知れない...」

「何が何やらわからんけど大丈夫なん?今日リカバリーガールの課外授業なんやろ?」

「大丈夫、MAXコーヒーキメるから。」

「出た、団扇くんの根拠のないMAXコーヒー信仰。」

「というわけでお休みー。」

 

麗日に目覚ましを頼んで睡眠に入る。今日くらいは朝のロードワークサボっても良かったのではないかと俺の中の甘えが囁くが、ただでさえ体力勝負の個性医療なのだ、スタミナ強化はサボれない。

 

そんな事を考えつつ少しの間眠りにつく。5分程度でも眠らないよりはマシだろう。

 

「団扇くん団扇くん、授業始まるで。」

「んぁ?...あぁもう始まるのか、あと5分寝たかった。」

「あと5分はあかん、ずっと起きれなくなるで。」

「確かにそうだわ。起こしてくれてありがとな麗日。」

「ええよこの程度。てか団扇くん、バックから取り出したそのペットボトルは...」

「本日一本目のMAXコーヒーペットボトルだ。今日は三本体制で行くぜ。」

「...糖尿ならんように気をつけてな。」

「糖尿が怖くて甘いもん食えるかよ。」

 

とりあえず寝起きの眠気を覚ますために一口MAXコーヒーを飲む。口の中に広がる練乳の甘みが心地よい。

 

「さ、今日も一日頑張るか!」

「せやねー。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

無事に4限も終わり保健室へと急ぐ。今日はヒーローコスチュームで来いとの事なので先生に許可をもらいパパッと着替えをした。これでまたヴィラン潰しという風潮との戦いが始まるのか...ッ!

 

「ところで、何で今日はコスチュームなんですか?」

「ヒーローだって説明するのが面倒になるだろうからね、今回からはコスチュームで行くのさ。」

「つまり名刺代わりだと。」

「そういう事さね。」

 

この時点で若干嫌な予感はしていたが、俺はそれを気のせいだと見逃してしまった。

 

リカバリーガールの話では、今回行くのは静岡の病院だとか。

静岡といえば最近話題になった事件がある。8人もの(ヴィラン)が組んで銀行強盗を行った事件だ。だが警察の迅速な対応で逃げ場を塞がれた(ヴィラン)は籠城を決め込みんだ。その際人質に対する扱いが荒く、何人もの負傷者が出てしまったのだそうだ。

ちなみにその事件を解決したのはエッジショットとシンリンカムイとMt(マウント)レディの3人だとか。その縁でチームアップをするのでは?との噂がネットで話題になっていたりする。

 

「今日行く病院は、その事件の負傷者のお陰で病院のベッドが足りなくなりそうだから来て欲しいって話さ。」

「なるほど、今回は純粋な治療だと。」

「そんなわけさ、頑張んな。」

「...はい?」

「今日から私は知識以外の手助けをしない。あんたの手で患者を治すのさ。」

 

その時点で若干気づき始めてきた。最初の治験はあくまで俺の個性に害がないかを確かめるためのものであり、ここからがリカバリーガールのシゴキの本番なのだと。

 

「さ、治療経験を積みまくるよ。」

「...はい!やってやりますよ!」

 

気合いを入れるためにMAXコーヒー(二本目)の残りを一気飲みする。ちょっとだけ元気が出てきた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「息子は、大丈夫なんですよね!」

「大丈夫です、すぐ治しますからね。...秘術、掌仙術。」

 

もう何人目だろうか覚えていない。とにかく激務だった。

治療対象はいずれも重傷者ばかり。複雑骨折をしている患者や神経を切られた患者など様々であり、それをリカバリーガールの指示の元1人ずつしっかりと治療していった。

 

まぁその指示は、同じ事を2度は言ってくれない心折仕様だったため、後半の治療はほとんど自分の考えで行わなくてはならなかったというオチはついたのだが。ただ、自分が間違った時には止めてくれる人が居るというのは俺の心を少し楽にしていた。

 

そんな最中「折寺デパート付近の交差点にて事件発生!重傷者含む4名を受け入れます!」という放送が聞こえてきた。

 

「行くよ、救急救命。」

「俺たちの出番ですね!」

 

搬送されてきたのは4人家族だった。40代の夫婦と14歳の兄に6才の妹。うわ言で皆が皆他の人を助けてと言っていたのが印象的だった。6才の娘さんでさえもだ。

 

これは、全員助けてみせないとヒーローの名が廃るというものだ。

 

「皆傷が深い!リカバリーガールの治癒は誰に使う⁉︎」

「...娘さんからだ!旦那さんは傷が深すぎる、助かる可能性の高い娘さんを優先するべきだ!」

「いいえ、リカバリーガールには旦那さんを治癒させてください。影分身の術!」

 

3人に増えて指揮を取って居るお医者さんに伝える。

 

「「「残りの3人は、俺が診ます!」」」

 

お医者さんは一瞬唖然とした後、すぐに冷静になり答えてくれた。

 

「...頼んだぞ、ヒーロー!」

「増えれるって便利だねぇ。それじゃあ任せたよ。ただし、命を繋ぐだけでいい、無茶はするんじゃあない。」

「はい、リカバリーガール。」

 

3人に分かれて治療を行う。一番傷が重いのは旦那さんだ、(ヴィラン)の起こした爆発の発生した時に咄嗟に変形型の個性、岩石化を使って助手席の奥さんを庇ったらしい。そのせいで背中に大きな裂傷と左腕複雑骨折という大怪我を負ってしまったのだ。背中の傷は脊髄まで傷が届いている場合俺にはどうすればいいのかわからないので、ここはリカバリーガールに任せるしかない。

 

次に傷が重いのは6才の娘さん。事故の瞬間に個性の硬質化を使ったのは同じだったが、後部座席でシートベルトをつけていなかったため爆発の衝撃で座席から飛んでしまったようだ。そのせいで硬質化の上から強く衝撃が入り頭を打って気を失っている。頭部からの出血もかなりあるため、予断を許さない状況である。

それに比べればお兄さんと奥さんは軽症である。奥さんは旦那さんに庇われたお陰で、お兄さんはきちんとシートベルトを付けていたお陰でそれぞれ傷は深くない。とはいえそれは2人と比較したらの話、爆発により吹き飛んだドアの破片が体に多く突き刺さっており、すぐに手術か必要なのは間違いがない。

 

顔を両手でパシンと叩いて気合いを入れる。さぁ、命を救うヒーローの時間だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「MCT終わりました!肺に異物1あり!他の破片は見えている範囲の6箇所です!」

「よし、破片摘出を行う!」

「治癒の必要は⁉︎」

「無い!医者の領分で治療可能だ、娘さんに集中してくれ、ヒーロー!」

「わかりました!影分身、解!」

 

奥さんとお兄さんにつけた影分身からの情報フィードバックが起こる。どうやらどちらも治癒に頼らずとも命を繋ぐことができるようだ。この分なら格好つけて3人に分身する必要は無かったとわかって、少し恥ずかしくなる。

 

という思考は一旦外に置いておいて、娘さんの治療に集中する。

娘さんは岩石化のお陰でドアの破片を防ぐ事が出来たようだが、それはつまり頭部の出血は打撲だけで生まれたという事。傷は相当に深いと見るべきだろう。

 

「MCT結果出ました!出血は側頭骨が割れて皮膚を貫いた事によるものです!脳へのダメージは未知数!」

「全身麻酔入れて!開頭するよ!なんにせよ破片を取り除かないとヒーローが治癒できない!」

 

「はい!」とテキパキ動くお医者さん達、医術の心得を持たない自分には見ている事しか出来ないが、だからこそ被っていよう。恐れを隠す笑顔という、人を救うヒーローの仮面を。

 

「骨折部切除終了!ヒーロー、後は任せた!」

「任されました!」

 

見ている時間は十二分にあったので、印によるチャクラの調律はとっくに終わっている。

 

「秘術、掌仙術!」

 

リカバリーガールに言われた通り、焦ったりはしないで丁寧に患部にエネルギーを与えていく。まずは脳の再生をゆっくりと。

 

相変わらず集中力の必要な作業だが、集中は写輪眼で補強済みだ。今後の事を考えると写輪眼頼りの医療忍術は良くないかもしれないが、今は目の前にある命を救うために全力を尽くすと決めている。

 

「脳の治療完了!バイタルは⁉︎」

「安定してる、脳自体の治療はおそらく成功だ!」

「後は経過を見るしかないわ。脳はデリケートな部位、どんな後遺症が残るか分からない。」

「それでも、ダメージを受けてから短時間で再生できた事はきっと大きい!君の功績だ、誇ってくれヒーロー!」

 

冷静に状況を見る女医さんと希望を見ている助手さん。どちらの見方も正しいのだろう。心にその二つを両立できるようにしなければならないなと頭のどこかで考えていた。

 

そんな事を考えながらも何が起きてもすぐに動けるように構えておく。まだ術野は開いている。しっかりと最後まで集中せねば。

 

「まったく、命を繋ぐだけで良いって言ったのに良くやる子だよ本当に。」

「リカバリーガール...」

「見たところ、頭部の再建ってとこだね。」

「ええ、今はカッターで切り取った側頭部を3Dプリントした人工骨で置換している所です...よね?」

「正解さね。勉強の成果が出ているようで何よりだよ。」

「あー良かった。実際に見るのは初めてなんで当たってるかどうか不安だったんですよ。」

「気を抜くんじゃないよお馬鹿。」

「...ですね、すいません。」

 

などと言いつつは目線は手術中の娘さんから離さない。リカバリーガールがいるから不要かもしれないが、万が一があるかもしれないからだ。

 

だが、気になる事はある。最も傷の深かった旦那さんの事だ。

 

「旦那さんはどうなりました?」

「どうにか間に合ったよ。あんたを連れてきていて良かったって所かね、娘さんを優先していたら多分間に合わなかったよ。」

 

それは、俺の存在で救えた命があると言われているようで、少し誇らしかった。

 

「ヒーロー、術野を閉じる。治癒を頼むよ。」

「承知しました。さぁいきますよ!秘術、掌仙術!」

 

掌を手袋越しに開頭した皮膚に合わせ、治癒能力を活性化させる。皮膚の修復程度なら今日のお仕事を終えた俺にとってはもはや慣れたものだ。

 

「終わりました。」

「ええ...大丈夫そうね。それでは、これにて側頭骨折置換手術および脳治癒個性手術を終わります。お疲れ様でした。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

手術室から出て一息、やはり他人の命を預かる事には慣れられる気がしない。

 

「どうだったかい?今回の手術は。」

「医者の皆さんが頼りになる人たちで本当に良かったです。個性の使いどころも的確で、その指示に随分と助けられました。」

「増長しないんだねぇ、あんたは。」

「どこに増長できる要素があるってんですか、周りに助けられてばっかりの俺に。」

「...ま、叩き直す手間が省けたと思う事にするよ。」

 

リカバリーガールの言葉はイマイチ分からなかったが、まぁ今は考えないでおこう。

 

「さて、リカバリーガール。急患の対処も終わったので、休憩とかしたいんですが...」

「何言ってるんだい、今日だけで3件病院回らなきゃならないんだ。さっさとこの病院の患者治しきるよ。」

「あと2件も回るんですか...スタミナ持ちますかねー。」

「持たせな。」

「無茶苦茶言いやがるぞこの婆さん。」

「無茶苦茶でもやりな。」

 

ムカつく上に無情な一言である。まぁ助けを求めてる人に「疲れたからちょっと待って」とは言えない以上仕方ないであろう。それにしたってペース配分とかあるのだから事前に伝えて欲しくはあったが。

 

そんな事を伝えてみると、「あんたは、現場で何人負傷者がいるかわからない時に個性を使うのを躊躇うのかい?」と返された。ぐぅの音も出ねぇ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんなこんながありつつも、ついにたどり着いた三件目の病院。時々治療に注意を挟まれつつもMAXコーヒー(三本目)のお陰でどうにか切り抜ける事に成功した。...最後の患者以外は。

 

「...リカバリーガール、俺帰っていいですかね。」

「馬鹿言うんじゃないよ。一応仕事なんだ、責任持ってやりな。」

「やっぱり触る気なんですね!この!天っ↑才↓子役の一億円のボディに!下心満載のその両手で!」

「いや、お前みたいなちんちくりんに下心とか抱くかよ、これでも高校生だぞ俺は。」

「ちんちくりんとはなんですか!訴えますよ!」

「やめろ、その脅迫は俺に効く。前科持ちなんだよこちとら。」

 

何があったかはこの会話の時点で分かると思うが、一応説明しておく。この自称天才子役の超濃いいキャラの女の子が治療を拒否しているのである。曰く「あなたのような汚れた男にお仕事以外で触られたくはありません!」との事だ。

 

この少女の名前は神郷数多(かんざとあまた)。なんと本当に子役である。ただし売り出し中の。

撮影中の大道具の事故により右手を骨折してしまったので、撮影所にほど近いこの病院に搬送されてきたのだそうだ。

 

「はぁ、もうとりあえずもうちゃっちゃと治癒するから手を出せ。」

「いーやーでーすー!」

「終いにゃ催眠かけるぞこの野郎。」

「聞きましたかマネージャーさん!催眠なんて言い出しましたよこの下郎!しかもこのプリティキュートな数多ちゃんに向かって野郎だとか!お里が知れますね!」

 

下郎とか凄い言葉知ってるなこの小学生。というかマネージャーさんはずっとオロオロしてるだけで使い物にならない。新人さんかな?ちゃんとこのトンデモガールの舵取りできているのかちょっと心配になってきたぞ。

 

「じゃあもう折衷案だ。リカバリーガール、お願いします。」

「まぁ今回はしょうがないかねぇ...」

「それも嫌です!リカバリーガールの治癒って唇をくっつける訳なんでしょう!そんなの耐えられません!なんでお婆さんとチューしなきゃならないんですか!」

「潔癖で博識だなーこの小学生。」

「...すまんね、あたしも帰っていいんじゃないかと思えて来たよ。」

「こ、困ります!数多ちゃんは明日CMの撮影のお仕事が入っているんです、今日治してもらえなかったらせっかくのチャンスがッ!」

 

入室の際の「よろしくお願いします」以外での、マネージャーさん初の発声であった。綺麗な声の人だ。ちょっと好みのタイプかもしれない。

 

「じゃあマネージャーさん、すいませんが神郷さんの説得をお願いします。邪魔なようなら俺とリカバリーガールは外に出てるんで。」

「こんな数多ちゃんを見捨てないでくれてありがとうございます!5分で説得してみせますから!」

「頑張って下さいねー。」

 

そう言って一旦病室を出て行く俺とリカバリーガール。「いけると思います?」「さぁねぇ。」と会話し始めたすぐ後に、その大声は響いた。

 

「説得なんか聞かない、私は自由への逃走をする!シロ!」

「数多ちゃん⁉︎」

 

なにやら嫌な予感がしたのですぐ後ろのドアを開ける。するとそこには青い光を纏い、どこか神秘的な白猫を背にした神郷が見えた。

 

瞬間頭をよぎった可能性、(ヴィラン)の襲撃という線を考えて即座に写輪眼を発動した。その結果見えたのは、その白猫が神郷の身体エネルギーでできている存在だということだった。常闇の黒影(ダークシャドウ)の亜種だろうか。

 

まぁとりあえず敵ではないと安心した所で「おさらばです!」との声と共に神郷は青い光と共に消えていった。

 

だが、写輪眼には見えている。青い光のエネルギーが辿った道筋が。光は窓を通り抜けて真っ直ぐに病院の中庭へと向かっていき、そこで白猫と神郷は再び姿を現していた。やけにぜーぜー息切れしながら。

 

「あの子の個性、転移系ですか?」

「ええ、そうです!でもまさかたかが治療から逃げるために個性まで使うなんて!」

「...とりあえず聞くんだが、どうするんだい?あの娘。ああも逃げられちゃあ私たちには何もできないよ?」

「あ、なんとかは出来ます、多分。」

「本当ですか⁉︎」

「ええ、あの娘の転移は予備動作でかいですし方向も俺の目なら見えます。それに...」

 

窓の外で未だ息を整えている少女を指差す。

 

「かなりの体力を使うみたいですしあと2、3回追い詰めればダウンするでしょう。そしたらゆっくり追い詰めて治療してしまえばいい。」

「...すいません、数多ちゃんが何から何まで。」

「それもあの子の味なんでしょう。ま、迷惑被る側としては少しムカつきますけどね。」

「ありがとうございます。...数多ちゃんをよろしくお願いしますね、ヒーロー。」

 

その声からは、確かに神郷の事を心配する優しさが伝わってきた。

ならばヒーローとして答える言葉は一つだろう。

 

「任されました!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なんで追って来れるんですか変態さん⁉︎ストーカーですか⁉︎」

「人聞き悪い事言いながら逃げてんじゃねぇよこのバ患者。てか院内を走るな。」

「そんな事言ってる場合ですか⁉︎こうなったらまたシロの力で!」

 

病衣のまま病院内を駆け抜ける神郷。それを早歩きで追いかける俺。

神郷は止まって青い光と白猫を発現させて転移を開始しようとした。

当然ながら立ち止まった上に隙だらけだ。

 

だが、無理矢理捕まえて本気で裁判を起こされても困るので今は放置だ。

 

転移の際のエネルギーの向きから言って上に逃げたのは見えた。そしてここの上は屋上のみ。追い詰めたと言えるだろう。

 

屋上への階段をゆっくり上がりドアを開ける。そこには案の定ぜーぜー息を切らしている神郷と

 

その神郷を無理矢理掴んで離さない小太りの中年の姿があった。

 

「あー、すいません。またその娘が妙な事を言ったんですか?」

「真っ先に私を疑うんですか⁉︎変態です、助けてください変態さん!」

「いや俺変態じゃないし、その人が変態かどうかなんて知らないし。」

「小学生の腕を掴んで離さないおじさんとかその時点で事案でしょうがぁ!」

 

そんな緊張感のかけらもない会話をしつつ中年男性と目が合わないか試してみるが、その目は神郷のことを見つめて離さない。

 

そして、ついに中年男性が口を開く。

 

「...今わかった。この胸を熱くするこの感情、これこそが愛なんだ!」

「「何故そこで愛ッ⁉︎」」

 

まさかの暴走特急2人目である。

 

「落ち着いてください!とりあえず掴んだその手を離して!」

「そうですよおじさま、ちょっと掴んでる手が痛いです!私の事を好きだと言うのなら、まずはその手を離してください!」

「この手は...離さない!離せば君はこの手から逃げてしまう気がするから!」

 

そりゃそうである。逃げる気満々なのは見て取れるのだから。

 

「助けて下さい変態さん!変態でもヒーローなんでしょう⁉︎こっちのガチ変態の魔の手にかかったら私の守り続けてきた初めてがぁ!」

「わかったよ畜生、始末書覚悟だ!仮免許ヒーローの権限において実力を行使する!」

「ヒーローなんかに僕の愛を邪魔されてたまるか!ドラゴナイズ!」

 

その言葉とともに中年男性は巨大な姿、胴の長い中華風の竜の姿へと変身した。変態には勿体ない格好いい個性だなオイ!

 

そしてその手には当然のように神郷を掴んでいる。

 

「僕は彼女と共に逃げる!愛のために!」

「愛を免罪符にしたって何でも許されるわけじゃないぞこの野郎!」

「え、ちょっと待ってください。この感じまさか!」

 

竜は神郷を掴んだその手のまま、空を飛んで逃げ出した。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「女子がぎゃあって子役としてどうなんだバ患者!」

 

その竜を追いかけて、自分もまた宙に向かう。移動術での大ジャンプだ。

 

そして竜の尾を掴もうとするもつかみ損ねてしまった。

 

「まだ、だ!」

 

空中で一回転し、竜の胴体に向けてワイヤーアロウを二本放つ。

一発は外したが右のアロウはしっかりと竜の胴体に突き刺さり、返しをしっかり作動した。

 

「痛い!がこんなもので愛を諦めてなるものか!」

「諦めた方がいいだろそんなの!相手の心を受け入れてこその愛だよ!」

「うるさい!彼女に拒絶されたお前が何かを言うな!」

「その拒絶してる彼女お前の手の中でグロッキーだよ!青い顔してんぞていうか吐くぞ!」

「鬱陶しい!こうなったらお前なんか地面に叩きつけてやる!」

 

そう言った竜は、体をくるんと一回転させてきた。このワイヤーの長さで叩きつけられたら結構なダメージになりそうなのでそこは避けさせて貰おう。ワイヤーを巻き取る事で距離を調整、回転途中で横にあるビルに壁走りの要領で着地する。そしてそこからワイヤーを伸ばす事で回転のエネルギーを逃す。

 

ついでに、ワイヤーを竜の体に絡ませることに成功した。

 

「何⁉︎」

「つ、い、で、に!即興必殺、怪力乱心!」

 

ワイヤーを両手で握り、足、腰、腕とチャクラを流動させる事で擬似的な怪力を作り出す。

 

その力で全力でワイヤーアロウを引っぱるとどうなるかって?さっきと逆回転に回る。ついでにアロウの返しが体を傷つけるおまけ付きだ。

 

「痛ぇ⁉︎」

「あ、駄目ですこれ吐きます。」

「かえってクールになってるよあのバ患者。てかこれでも手を離さないのか...厄介だな。」

 

正直そろそろ神郷を離して貰わないと困る。神郷を取り戻さない事には何も始まらないのだ。

 

それから数分間ワイヤーを使った攻防はあったものの、神郷を掴んだその手はしっかりと握られていた。あれをどう崩すか悩みどころだ。こっちと目を合わせてくれれば催眠で一瞬なんだが、竜の瞳は俺を見ることはなかった。前と手に握る神郷しか見やしない。

 

すると、空を飛ぶ竜の存在を聞きつけたのか、近隣のヒーローが集まってき始めた。そしてその1人が体を紙のように伸ばし、竜とワイヤーで繋がっている自分に情報を聞きにやってきた。No.5ヒーローであり、神野事件でも突入部隊にいたヒーロー、エッジショットが。

 

「状況は?」

「突発的な誘拐事件です。(ヴィラン)は竜化の変形型個性、左手に小学生の女の子を抱えています。」

「少女誘拐か...動機は?」

「愛だそうです。」

 

エッジショットが固まるのが見えた。そりゃ意味分からんよなぁ。

 

「まぁその辺は置いておきましょう。人質を傷つけないであの竜をなんとかする策はあります?」

「ああ、そういったのはアイツの得意とする所だ。Mt.(マウント)レディ!」

「ラジャー!行くわよ!」

 

無線で連絡をつけていた竜の前方に待ち構えていた女性ヒーロー、Mt.(マウント)レディが個性の巨大化を発動させた。そして、まるで蛇を掴むかのようにあっさりと竜を捕まえたのだ。

 

だが、まだ終わってはいない。Mt.(マウント)レディが竜を掴んだ瞬間にその手から少女が零れ落ちていた。

 

Mt.(マウント)レディ!失敗か!?」

「ミスじゃありません!先輩、よろしく!」

「釈然としないが任された!」

 

シンリンカムイはその手を伸ばし、網を作り上げて神郷をキャッチしようと試みた。だが、落ちてきているのはただの少女ではなくあの神郷数多である。

 

「化け物が私を触りにやってくる!助けてシロぉ!」

「この状況でまだそんな事考えるとか馬鹿じゃねぇのアイツ⁉︎」

 

神郷はシンリンカムイのような紳士に触れられるのすら拒み、白猫の力で転移を発動させた。

まぁ自力で助かるならいいかと思い写輪眼で転移先を見たところ、全くそんな事を考えた個性使用ではなかった。

あのバ患者は、シンリンカムイから離れて、さらに離れた上空に飛んだのである。

 

「あーもう世話がやけるなぁ!」

 

竜に刺さっているアロウを操作して返しを閉じ巻き取る。そして移動術で壁を思いっきり蹴り落下点へと回り込む。

 

「変態さん⁉︎」

「変態じゃねぇよバ患者。舌噛むから声出すなよ!」

 

ワイヤーアロウを近くのビルに刺して巻き取る事で鉛直方向への力を弱め、ビルへと着地する。

 

「ま、とりあえずなんとかなったな。大丈夫か?神郷。」

「え、ええ...」

 

神郷がしおらしい。てっきり「触らないで下さい変態!」とか来ると思っていたのだが。

 

まぁとりあえず下ろそう。アロウを操作して返しを外し、チャクラの吸着でビルから降りる。壁走りの術は本当に便利だ。

 

「あ、無理ですこの奇妙な浮遊感。」

「あー、ちょっと待ってろ。今すぐ下ろしてやるから。」

 

その後しっかりと抱え直して急いで降りた結果、この自称天才子役が大衆の面前でリバースするという大惨事に陥ることにはならなかった。

 

それはとどのつまり、人目につかない所で戻したという事なのだが。

 

「ありがとうございます、変態さん。」

「変態じゃねぇよヒーローだよ...メグルでいいさ。」

「じゃあメグルさん。本当にありがとうございました。」

「ま、人助けがお仕事だからな。気にするな。」

「でも...」

「とりあえず、エッジショットさんたちと合流して警察に話通そうぜ。じゃないと病院に戻って治療ができん。」

「そうですね、まずはご挨拶...」

「俺もお世話になった人たちだから一言言っておきたいんだよなー。さっきはドタバタしてて挨拶できなかったし。」

「...まさかそうやって外堀から埋める気ですか⁉︎やっぱり男は狼ですね!」

「あ、平常運転に戻った。」

「なんですかその認識は!」

「いや、そういうキャラなんだなーと。」

「私が...キャラクターで括られたッ⁉︎」

「どこに驚いてんだバ患者、ほら行くぞ。」

「待ってください、バ患者とはなんですか!私には神郷数多って名前があるんですー!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

事件の際、警察から「君の使ったサポートアイテムでビルに幾つか傷がついていたよ。」と嫌味を言われたものの特になんの問題もなく俺と神郷は解放され、病院へと送られて戻る事になった。

その際、リカバリーガールから「切った張ったをするならあたしに連絡くらい入れな」とお小言を貰った訳だが、実際その通りだったので甘んじて受け入れる。

 

その後、病室に戻った神郷から「ま、まぁ助けて貰った訳ですし!私の体に触るくらいなら許してあげなくはないですよ!」と物凄く遠回しにオーケーを貰ったので遠慮なく治療をさせて貰った。今日一日のデスマーチを終えた俺にとって単純骨折など物の数ではなく、問題なく治療する事に成功した。

 

その際に「んんッ!」とか妙な声を出すバ患者がいてマネージャーさんからの目が痛かったけどさ!

 

「終わりましたよ、神郷さん。」

「え、もう終わりなんですか?もっと触っても良いんですよ?」

「なんで治療の終わった患者にまだ触らないといけないんだよ。終わり終わり!」

 

自分とリカバリーガールは去っていこうとする。その際、「あ!」と神郷が何かに気付いた。

 

「どうした?まさか『この私に触ったんだからお金を払うべきですよね!』とか言い出すんじゃあないだろうな。」

「そうじゃありません!その背中のマーク!」

「おう、ウチの家紋。格好いいだろ。」

「うちはの家紋...」

「よく知ってるな。もう滅んだの大分前なのに。」

 

そして、神郷は言った。俺と神郷の関係性をただの患者と治療者から決定的にズラすその言葉を。

 

「NARUTO...?」




酷評だろうとなんでもござれな心持ちで投稿するので、ちょっと感想欄のバッド機能を外させていただきます。


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この世界の外側の人々の話

調子に乗って書いてたら切るところわかんなくなった。どうしよう。
せや、このまま投げよ!
という事で最高文量記録大幅更新です。やらかした感が否めない。



「NARUTO...?」

 

神郷の言ったその言葉は、俺を戦慄させるに十分なモノだった。

 

この世界にはNARUTOやBORUTOという漫画はない。それは俺が転生し、写輪眼を手に入れた時にすぐに調べたのだから間違いはないだろう。

そのほかにも多くの作品が前世と異なるモノとなっていたのは確認できている。

 

だから、この世界の住人が団扇一族の家紋を見てNARUTOという単語を思い浮かべる筈がないのだ。

 

「まさか、お前もなのか?」

「も...という事はメグルさんは⁉︎」

「...お互い、一旦落ち着こう。それはこんな人前でする話じゃない。」

「...確かにそうですね。」

 

その様子を見て、マネージャーさんとリカバリーガールは、「ちょっと外行ってくるよ」と空気を読んでくれた。ありがたいが、あとで話を聞かれるだろうから何かカバーストーリーを考えておかないといけないだろう。

 

「気を使われたな。」

「ええ、マネージャーさんって良い人ですから。ちょっと気弱ですけどね。」

「そりゃお前みたいな大問題児を抱えたんなら相対的に気弱にもなるだろ。」

「何ですか大問題児って。私これでも仕事に関しては真剣にやってるんですよ?」

「いや、真剣にやってる奴が腕の治療から逃げるなよ。」

「治療から逃げてたんじゃありません、仕事以外で男の人から触られるのが嫌で逃げてたんですー。それに腕の治療のアテもありましたから。」

「アテ?」

「私の個性です。見せた方が早いですかね...チェンジ、オヤユビヒメ。」

 

目の前の神郷の雰囲気が変わったのが感じられた。だが、見た目には何が変わったかはよくわからなかったので写輪眼を発動させてみる。すると、神郷の身体エネルギーの色が変わっていた。というよりも、違う色が被さっているという表現の方が正しいかもしれない。

 

「写輪眼!カッコいいですね。」

「そっちの個性もな。常闇の黒影(ダークシャドウ)に似た個性だと思ってたが、2種類の姿を選び取れるのか。」

「いいえ、今のところ使えるペルソナは4種類!ワイルドですよ私は!」

 

ペルソナという単語にうろ覚えの前世知識が引っかかる。ペルソナとは心の内に眠る神や悪魔の姿をした『もう1人の自分』を顕現させることができる能力のことだ。そしてワイルドとは複数のペルソナを付け替える事ができる能力者のこと。主人公の証みたいな能力だなこの自称天才子役は。それにしても...

 

「ペルソナかぁ...懐かしい、階段で反復横跳びしてた記憶があるわ。」

「まさかの初代⁉︎」

「やばい、懐かしの前世トークできそう。」

「ですねー。でも今は時間がないので要点だけ。私のペルソナ、オヤユビヒメには治癒促進の力があるんです。なのでオヤユビヒメを憑けていれば骨折なんて明日には治ってた筈なんですよ。」

「その程度の治癒能力かぁ...」

「なんですか!精神力を使わない貴重な使えるスキルですよ!オヤユビヒメちゃんを馬鹿にしないで下さい!」

「いや、腕切り取られてもすぐに生え変わるくらいの力だったら安心だったんだがって話。命を狙われる身としてはさ。」

「...はい?」

 

おそらく予想外だった言葉に、神郷は固まった。

 

「いやさ、転生者とその関係者を殺して回ってるっぽい陰我って奴がいるんだよ。」

「...なんですかそのテンセイシャ=スレイヤーは。」

「組織化してる分フジキドケンジよりタチ悪いぞ。1000年後の繁栄の為に平然と命を投げ出すカルト組織だから。」

「...現実感がなさ過ぎて受け止められないんですけど。」

「ま、そりゃそうか。とりあえず詳しい話はナイトアイに会ってからだな。」

「ナイトアイ?」

「そ、サー・ナイトアイ。頼れるヒーローだよ、知ってるだろ?」

「いえ全く、ヒーローにはあまり詳しくないので。」

「...待て、一応聞くんだが、僕のヒーローアカデミアって知ってるか?」

「どっかで聞いたことはあるかもしれませんが、思い出せませんね。」

「この世界の原作だよ...あー、成る程。お前が俺を見てすぐに転生者だってわからなかった理由はそれか...」

 

なんか微妙に認識がズレている感じはしたのだ。雄英体育祭であれだけ暴れた俺を見たらすぐに転生者だ!とわかる筈なのだから。

 

「お前年齢一桁に加えて原作知識なしってどれだけハンデ背負ってるんだよ。」

「いいですよ別に、私は!天っ↑才↓子役としてスターダムにのし上がってお母さんを楽にさせてあげるんですから!異能バトルなんてする気はありませんよ。」

「しないと多分死ぬけどなお前。」

「...そんなにヤバい組織なんですか?陰我って人たちは。」

「ヤバイ。マジで自分の命を投げ捨ててくる。イレギュラーは皆殺しだって感じで。」

「...関わり合いたくないですねー。」

「向こうから関わってくるけどな。」

 

その言葉に一瞬愕然とした後、ペルソナチェンジして雰囲気を変えた神郷は目をウルウルさせて言った。

 

「...私を守ってくれますよね?メグルさん。」

「いや俺まだ仮免だし、学生だし。」

「そこは任せろ!って格好つけて下さいよヒーローなら!」

「言えるか。というかそんなあからさまな演技に引っかかりはしねぇよ。そして素に戻るの早ええよ騙す気ゼロか。」

「というか地味にショックです。このプリティフェイスの上目使いウルルン目攻撃が通じないなんてッ⁉︎」

「自分で言うなよ台無しだろうが。いや、もう台無しになってるけども。」

「という冗談は置いておいて。」

 

カチリと再び雰囲気が変わる。この色は元の白猫だろう。あの由来のイマイチわからない白猫が彼女の最初のペルソナなのだろうか。

 

「実際問題私はどうするべきですか?次のお仕事のCM撮影は。」

「...悪い、正直どうしたらいいか思いつかない。ナイトアイに相談してみるが、最悪は考えておいてくれ。命あっての物種だからな。」

「...まぁ!天っ↑才↓子役のこの私の魅力を持ってすれば次のCMなんてすぐ決まりますから問題は何もないですけどね!」

「阿呆。」

 

ドヤ顔決めるバカ娘に軽くチョップを食らわす。

自称天才子役のその大根役者っぷりに、思わず手が出てしまった。

 

「俺みたいな素人騙せないような演技するな天才子役。やりたいんだろ?CM撮影。」

「...やりたいですよそりゃあ!一生懸命頑張ったオーディションを乗り越えて、やっと掴んだチャンスなんです。そんな突然湧いてきた命の危機なんかに邪魔されたくありません!」

「じゃあ、そういう方向で頼んでみるわ。安心しろよ神郷。」

 

「なんとかなるさ。じゃなかったら俺がなんとかする。」

「...なんですかそれ、さっきは無理とか言った癖に。」

「無理とは言ってない。」

「...元詐欺師とかです?メグルさんって。」

「いや、そんな訳でないだろ。」

「怪しい...」

「勘違いで人を怪しんでんじゃねぇよ。」

 

そんな風に会話が馬鹿な方にズレ始めたころ、病室のドアが開いた。

 

「数多!無事なの⁉︎」

 

入ってきたスーツ姿のその女性は、まさしく美人秘書といった風貌だった。目元がよく似ていることから、神郷の身内であることは見て取れる。姉だろうか?

 

何にせよ、俺の好みのどストライクだ。どうにかして口説かねば!

 

「お母さん⁉︎」

 

その言葉でどうやって口説こうかクラス2位の脳細胞を回していた馬鹿な男は思考停止した。なんだよ所帯持ちかよ畜生、人の夢は儚いのだなぁ...

馬鹿なこと考えてないで切り替えよ切り替えよ。

 

「数多さんのお母様でしたか。私は雄英高校に在学している仮免ヒーローのメグルと申します。」

「あ、これはご丁寧に。私は数多の母親の神郷結衣(かんざとゆい)と申します。」

「メグルさん⁉︎私の時と態度違いすぎません⁉︎」

「まぁそれは置いておいて。今回の誘拐未遂事件では、数多さんの救出と腕の治療に当たらせて貰いました。数多さんは幸いにも怪我はなく、PTSDのような症状を発症してもいません。極めて健康な状態です。」

「それはありがとうございます。メグルさん。」

「いえいえ、ヒーローとして当然のことですから。それでは親子で積もる話もあるでしょうし、私は一旦離れさせて貰いますね。」

 

その言葉と共に、神郷の手元に自分の電話番号を書いたメモを渡す。それを受け取る際に、神郷は誤って俺の手に触れてきた。まぁ良くあることだろうと思ってドアの方へと向いたら、なにかとんでもないものを見たかのような顔の結衣さんがいた。

 

思わず神郷の顔を見ると「あ、」といった感じの顔をしていた。え、何かあるの?

 

「あ、数多が、男の人に触ってる⁉︎目を合わせてる⁉︎」

「それが驚かれるってどんな生活してんだバ神郷⁉︎」

「仕方ないじゃないですか!男の人との接し方なんて分からないんですから!」

「学べよ!学校とかで!」

「ずっと女子校なんです!察して下さい!」

「察せるか!俺と話す時は結構普通にできてただろうが!」

「アレは!...その、メグルさんには素の自分を見せても大丈夫だと思えたから喋れてたんです!」

「...いや、それができるなら同じ要領で他の男相手にも飾らず喋れるだろ。」

「ちょっと待って下さいメグルさん。」

 

グイッと首根っこを掴まれて結祈さんの耳元に引っ張られる。近い近い、恋に落ちそう。

 

「今の会話で確信しました。数多は、貴方に恋をしています!」

「いや、まさか。」

「間違いありません!...あの子があんなに男の人に心を開くなんて他に考えられませんから。」

「だからどんな生き方してたんだあのバ神郷は...」

「ですから、メグルさんにはあの子の男性恐怖症を改善するために協力して欲しいんです!」

「いや、無理です。忙しい学生の身なので。」

「そーこーをー何とかー!」

 

ぐわんぐわんと肩を掴んで前後してくる結祈さん。ギャップ萌え狙いまでしてくるとは、俺を恋に落とす気満々ですかこの人は!

 

「お母さん、お母さん。」

「何?数多。」

「聞こえてる。」

「...いつから?」

「最初から。」

「...お母さん、ちょっと暴走しちゃった?」

「うん。」

「あははー...ハァ、またやっちゃった。」

 

落ち込んでる姿も良い。子持ちだとわかっていなかったら求婚していたレベルだこれは。何故こんな美人さんが既婚者なんだッ!考えてみれば当然のことだけれども!

 

「というか私がメグルさんの事好きな訳ないじゃないですか。そんなイベント踏んでませんよ。」

「確かに、好感度も足りてないだろうしな。」

「第一、歳が離れすぎですよ。大人になってからは兎も角、子供にとって7年差は大きいです。それでヒロインを張るにはメグルさんがロリコンじゃないと..,」

「何言ってんだバ神郷。そして俺の好みは大人の美人秘書系のお姉さんだ。お前はストライクゾーンの大外だよ。」

「え、それってお母さん?」

「既婚者に手を出すほど落ちぶれているように見えるか⁉︎これでも一応ヒーローだぞ!仮免だけど!」

 

再び話が逸れ始める。正直さっさとナイトアイに連絡したいのだがこのままでは既婚者に淡い想いを抱いている事がバレてしまう。それは避けたい、男のちっぽけなプライド的に。良し、適当言って逃げよう。

 

「...時間も押しているので自分はこれにて。今後の事がありますので...」

「あ、引き止めてしまってすいません。あの子が活き活きとしていたものですからつい。」

「いえいえ、上への連絡が終わったらまた来ます。お話はその時にでも。」

 

病室から逃げるように去っていく。背後から「その顔、やっぱりメグルさんの事...」「何でも恋愛に持っていかないですくださいお母さん!スイーツですか!」と話し声が聞こえてくるが、無視だ無視。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

病室から出て通話可能エリアに行き、ナイトアイの携帯へと電話をかける。

 

「ナイトアイ、今大丈夫ですか?」

「ああ、問題はない。団扇くんから連絡が来るとは珍しいな。」

「あんまし時間もないので要点だけ。新しいイレギュラーらしき人物を見つけました。」

「何⁉︎」

「名前は神郷数多、まだ9歳の女の子です。」

「...どうやって見つけた?」

「イレギュラー特有の共通点があるんです。正直信じてもらえないでしょうし、頭の回る奴なら隠すでしょうから今回見つけられたのは偶然としか言いようが無いですけれど。」

「信じるかどうかは私が決める。言ってみてくれ。」

 

一旦深呼吸をする。この事を他人に話す日が来るとは正直思ってみなかった。だが、今回神郷数多という二例目を見つけてしまった以上もうこの事を黙っている事にメリットはなくなった。

イレギュラーは自分の事をイレギュラーだと自覚できている理由、それは前世の記憶を持って生まれたという異常さからだろうと断言できる証拠が揃ってしまったのだから。

だから言おう。自分の影響で命を繋ぎ、自分の影響でこの世界の運命から外れてしまったサー・ナイトアイという人物を信頼して。

 

「...イレギュラーの特徴は、前世の記憶を持っている人物です。」

「...確かに荒唐無稽だな、だがとりあえずは信じよう。」

「ありがとうございます。その辺の詳しい話は神郷を見てもらう時にでも。」

「そうだな。では、今回の目的はその娘の警護依頼か?」

「はい。今は静岡の円扉総合病院にいるんですけど、神郷はこのまま病院に一日泊まって、明日早朝から撮影スタジオに入るそうです。」

「撮影スタジオ?...HNに記事があったのを思い出した。今日起きた子役誘拐未遂事件の被害者のイニシャルはたしかAK、神郷数多という少女と知り合ったのはその縁か。」

 

流石オールマイトの元サイドキック、仕事ができるってレベルじゃあない。話が早くてありがたい限りだ。

 

「周辺のヒーローと警察に警戒レベルを上げておくよう進言しておこう。生憎とセンチピーダーたちは出払っているので直接護衛につくことは出来ないがな。...本人の精神状態はどうだ?」

「問題はなさそうです。まぁ精神年齢いってるんできっとそのせいでしょう。問題は、本人が明日のCM撮影に出たいって言ってる事なんですよね。」

「確かに、大衆の目に触れるCM出演は危険を伴うか。」

「その辺のこと、ナイトアイとしてはどう思います?」

「微妙なところだな。まず前提として言えるのは、陰我たちのイレギュラー探知能力はそう高いものじゃあないことだ。」

「それはどうして?」

「君が今生きているからだ。体育祭で君が世間の目に晒された時にイレギュラーとして認識できているならば、私なら雄英が寮制になる前に仕留めにかかる。ミラー・ヤマザキという手駒があった以上不可能な事ではなかったはずだ。」

「...なるほど。」

 

つまり、陰我たちが雄英体育祭であれだけ目立っていた俺をすぐにイレギュラーだと認識できなかった以上、テレビに出た程度では何も問題はないということか。

 

「じゃあCM出演の件はオーケーという事ですか。」

「ああ、特に問題はないだろう。とは言っても今回の事件が陰我たちの手引きという可能性もゼロではない。念のための警戒は必要だろうがな。」

「それなら俺が。明日は幸いにも日曜日です。リカバリーガールの許可さえ貰えれば付きっ切りで護衛に付けます。」

「...君が行く必要はあるか?」

「さぁ、でも行かないといざって時が怖いですから。」

「なるほどな...なら雄英と撮影スタジオの方には私から話を通しておこう。捜索中の(ヴィラン)のターゲット候補に神郷数多が出てきたので念のために護衛を付けるという事で問題はあるか?」

「ありません。ありがとうございます、ナイトアイ。ついでと言っては何なんですけれど、撮影スタジオは都内なんで撮影終わってからすぐにナイトアイの所に神郷を連れていきたいと思います。」

「ああ、待っているよ。君と君の仲間を。」

 

さて、次はリカバリーガールへの連絡だ。こちらから頼んだ課外授業をいきなり休ませて貰うなど、意外とスパルタなリカバリーガールが許すかは少し不安だが、まぁ説得するとしよう。

 

「リカバリーガール、すいません話し込んでしまって。」

「構わないさ、今日はもう患者はいないからね。」

「それで明日の事なんですけど...」

「あんたの好きにすると良いさ。」

「...いいんですか?話も聞かないでそんな事言って。」

「ま、この課外授業は強制じゃあないからね。やりたい事が別に出来たならそっちを優先しても文句は言わないよ。」

「すいません、でも次からはきちんと参加させてもらいます。」

「当たり前さね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

再び神郷の病室に戻る。今度はマネージャーさんもいた。

 

「神郷、明日の撮影お前の護衛につく事になったぞー。」

「あ、どーもです。これで安心ですね、メグルさんがどれくらい強いかは知りませんけど。」

「そこそこ強いから安心していいぜ。これでも現No.1の元でインターンしてた身なんだ。」

「へー、凄いですねメグルさんって。」

「お前、良くわかってないだろ。」

「...バレました?」

「忠告しておくが、社会はしっかり勉強してないと後に響くぞ?特に現代社会。」

「いいんですー、私クイズ系のバラエティにはまだ呼ばれませんから!」

「その時が来てバカを晒さない事を祈るよ。」

 

「数多ちゃんが普通に男の人と会話してるッ⁉︎」

「恋よねあれは絶対!」

「ありませんからそれは!」

 

「あ、数多さんにはもう確認を取ったんですが、明日の撮影に念のため護衛として自分も同行させていただきます。数多さんが捜索中の(ヴィラン)のターゲットの可能性が出てきたもので。」

「それはわざわざ!ありがとうございます。」

「いえいえ。」

 

「...確認して良いですか?」

「はい、何なりと。」

「貴方は、何故数多を守ろうとしてくれるんですか?あなたのそれはヒーローとしてではなく、私的な理由に思えます。」

 

驚いて神郷の顔を見る。その質問に驚いたのは神郷も同じようだった。だが、俺にとってはそう難しい問いではない。しっかりと俺の心を伝えよう。

 

「何ですかメグルさん、やっぱロリコンだったんです?ま、この天っ↑才↓子役の魅力にメロメロになるのは仕方ないですけどね!」

「んなわけあるかバ神郷。...単純な話です、もう関わっちまったんですよこの面白娘と。」

「なんですか面白娘って!」

「仲良くなったんですよ死んで欲しくないって思うくらいには。だから、守ります。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、早朝に病院で合流し、都内の撮影スタジオへと向かう。

 

「メグルさん、変なことしないで下さいよ?」

「まぁ今日はコスチューム着てないしな、自重するさ。」

 

残念ながら自分たちは今インターン活動を止められている身なので、ナイトアイの指示があってもコスチュームを着られないのだ。まぁ、防弾防刃コートが必要になる鉄火場になる時は、警備の皆さんと周辺のヒーローの皆さんで(ヴィラン)をタコ殴りにする予定なので大丈夫だろう。きっと。

 

「さ、着きましたよ。数多ちゃん、メグルさん。ここが今回の撮影スタジオ、スタジオアラヤです。」

「ち、な、み、に!私が初めて出たドラマの撮影もここだったんですよ?」

「へー。頑張ってるんだなお前。」

「ま、その時はセリフは貰えませんでしたけど。」

「ま、最初なんて誰しもそんなもんだろ。」

「はい。それじゃあマネージャーさんと楽屋回りしてきますね。」

「おう、俺は警備の人に挨拶してくるわ。流石にスタジオ内で待ち伏せされるとかは無いと思うけど、注意だけはしておけよ。」

「はい。いつでも逃げる準備はしておきます。白猫ちゃんはトラエストトラフーリトラポート完備のガン逃げペルソナですから!」

「凄え、戦おうとする気持ちが一切感じられねぇ。」

「逃げるが勝ちって奴ですよ。」

 

そう言って神郷と別れる。ナイトアイからこのスタジオのマップなどの警備データは貰っているので、どこの警備が手薄かはわかっている。なので、ウィークポイントとなりうる屋上からの侵入を警戒して影分身を念のため屋上に向かわせておく。

 

「さて、行きますか。」

 

警備の人に挨拶した結果、ナイトアイから話が通っており少しピリピリしている事がわかった。ちゃんと警戒してくれているのなら、正面きっての襲撃に関しては問題はないだろう。

あと警戒するべきは、葉隠のようなスニーク系個性による襲撃だ。まぁこの類は写輪眼で見切れるからこちらも問題はない。万全の警備体制だ。

 

そして影分身からの情報フィードバックが来る。屋上には私服警備員が配備されており、ウィークポイントはしっかりと塞がれているようだ。

 

仕事ができる警備チームが味方で、心強い限りである。

 

そんなこんなでCM撮影のリハーサル。写輪眼でスタジオをくまなく見回してみたが、潜伏系の個性は見えない。壁走りの術の応用で天井まで上がってみてもどこにも(ヴィラン)の影は見られなかった。

 

というのを警備責任者である岩城築久(いわしろきずく)さんに説明したところ「それなら今日のスタジオでの襲撃の線は薄いですね、スタジオへの出入りは我々がしっかりと管理しますので、メグルはエネルギーを見る目で遠隔攻撃の線を警戒してください。」と指令を受けた。

 

そして始まるCM撮影本番。神郷ともう1人の子役の緋乃眼鎖(ひのめくさり)くんが長年続く携帯会社のCMに新たな家族として登場するという物のようだ。この仕事がうまくいけば続き物として次のCMに出ることが可能になる、大チャンスというのはこの事だったのかと今更ながらに納得した。

 

だが、あの神郷である。男性陣とうまくやれるのか物凄く心配になり演技をする神郷を横目に入れる。

 

するとそこには、神郷数多という少女はいなかった。いたのはCMの登場人物である1人の少女だった。

 

思わず声が出そうになる。演技に詳しくない自分ですらわかる。自称ではなかったのだ。神郷数多という少女は、文句なしに天才だった。

 

だが、その天才に周りがついていけるかといえばそうではなく、今回が初めての撮影らしい緋乃眼くんは何度もミスを犯し、その度に撮り直してテイク数が増えていっていた。

 

そしてテイク12も緋乃眼くんがNGを出し、休憩時間に入った頃に事件は起こった。

 

大地が揺れ、セットが揺れ、照明が揺れ始めた。地震かと思ったが、地面の揺れる感覚的に自然のものではない。これは、人為的なもの、もっと言えば巨大な何かが歩いた事で発生するものだッ!

 

「照明やセットから離れて!(ヴィラン)事件です!この振動は続きます!」

「そんな事言われても、振動で立てないッ!」

「まずは机の下に子供達を入れるんだワン!責任ある大人として、這ってでも!」

 

神郷は幸いにも近くに女優さんがいて、その人に引っ張られる形で机の下に隠れる事に成功した。だが、セットの裏で落ち込んでいた緋乃眼くんの側には誰も大人がいない、助けてくれる人がいない!そして何より()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

気合いを入れろヒーロー!今この場で緋乃眼くんの危機を察知できているのは俺しかいない!

 

振動の緩やかなタイミングで移動術を発動、それと同時に照明は揺れにより落下し始める

 

「緋乃眼くん、手を!」

「怖い、怖いよお母さん!助けてよぉ!」

「目を開けて前を見ろ!男だろうが!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

緋乃眼君は俺に手を伸ばしてはくれなかった。移動術のスピードで緋乃眼くんを掻っ攫う事はこれではできない。

だが、緋乃眼くんを救う手はまだこの手にある!空中で体勢を整え影分身を使用、それに自分を投げさせる事で速度を落とさずに無理矢理方向を宙へと変える。

 

落ちてくる照明を空中で迎撃できる位置へ!そしてチャクラの形態変化で桜花衝を新たな形に変化させ、解き放つ!

 

「即興必殺、桜花衝・遠当て!」

 

形態変化させ伸ばしたそのリーチは、桜花衝の威力を大幅に減衰させるのと引き換えに確かに落ちてくる照明をなんとか逸らす事に成功した。

 

「ふぃー、なんとかなった。無事か、緋乃眼くん?」

 

緋乃眼くんは、ようやくこっちに目を向けてくれた。涙にあふれたその瞳で、俺の目をようやく見てくれた。

そんな子供の瞳を見て、今のような事件時にパニックになられても困るので、しっかりと落ち着くように催眠をかけておく。これ結構な卑劣ポイントだよなぁと思うが、まぁ今は仕方ないだろう。

 

「ヴィラン潰し、団扇巡...」

「知っててくれてありがたいね。さぁ掴まって、早く安全な所に行こう。」

 

そっちで知られていても嬉しくはないがな!という心の声は一旦無視して、移動術でスタッフさんたちのいる所へ行き、緋乃眼くんを机の下に押し込む。

 

さぁ、ようやく戦いのスタートラインだ。

想定できる(ヴィラン)の状況は、現在このスタジオに向けて真っ直ぐ直進しているという事。

サイズは大型、目的は不明。重量は怪獣クラスのトンデモスケールで間違いはないだろう。歩く事で地震を発生させる化け物とかプロヒーローでも困るレベルだわ。当然警備員たちの装備では迎撃しきれない為、おそらく素通りのような状況になっているのだろう。

 

地震を起こす関係でスタッフさん達を避難させるのは無理、となると被害を最小にする為には俺が(ヴィラン)を止めるしかない!

 

スタジオのドアをこじ開け、窓を突き破り外に出る。案の定外には超大型の(ヴィラン)がいた。身長は周囲の建物と比較すると約20メートル程、両手は小さく、長い尻尾を持っている。そして三日月を象ったような角を持つ頭。

 

どっからどう見ても怪獣である。

 

「お前はどこのウルトラ怪獣だ⁉︎光の国から僕らのために来てくれる我らのヒーローはいないんだぞこの世界!」

 

怪獣はスタジオの前に到達している。そしてその尾を叩きつければ怪獣の目的と思わしきスタジオ内にいる誰かの殺害、もしくは何かの破壊は可能だろう。だが、怪獣はなぜかそこで動きを止めた。

尾を振り上げる所までは行なっている。なのにそれを叩きつけようとはしない。

 

俺はそこに、あの怪獣の最後の躊躇いを見た気がした。

 

ならばやるべき事はただ一つ!

 

壁走りで屋上に登り、腹の底から声を出す!

 

「聞けぇええええええ!」

 

怪獣はピクリと反応した。これならいける!

 

「その躊躇いは!迷いは!お前が人として捨てちゃあいけない大切なものだ!だから、思い止まってくれ!」

「...うるせぇ!私はアイツのせいで全てを失った!だから私がやるしかないんだよ!私みたいな被害者をもう出さない為には!」

 

そう言って、尾を叩きつけようとしたその怪獣はピタリと動きを止めた。

 

「何を...した⁉︎」

「金縛りの催眠だ。お前を拘束できるヒーローが来るまで、ここで拘束させて貰う。お前に、罪は犯させない。」

「何が思い止まってくれだ!お前は催眠なんて卑劣な手段で私の願いを踏みにじるのか!」

「ああ、踏みにじる。無理矢理にでも止めてやる。あんたが取り返しのつかない所に行ってしまう前に。」

 

「あんたの罪は不法侵入と器物破損だけだ。だからちょっとの間刑務所入って頭冷やせ。そんでもって正しい手段で復讐をしろ。それなら俺たちヒーローはあんたの味方になるから。」

「...復讐するなとは言わないんだな。」

「少しだけだけど、気持ちはわかるから。」

 

その言葉に、怪獣は金縛りに対抗しようと力を入れていたのを止めた。俺の言葉を信じてくれたのか、それとも無駄だと諦めただけなのかはわからないが。

 

とりあえず催眠を深くかけよう。ヒーローや警察達がやってきた。暴れ出して被害者が出たら事だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「メグルさん!大丈夫でしたか⁉︎」

「ああ、なんとかな。神郷、他の人達はどうだった?」

「皆さん無事です。他の階の人たちもちゃんと机の下に隠れたりしてなんとかなったみたいです。...日々の避難訓練って凄いですね。」

「当たり前だ、この世界の人災レベルに合わせた訓練だぞ。無駄になんてなるものかよ。」

「へー。」

「そこでへーとか言ってるとガチで現代社会つまずくから。転生知識とか欠片も役に立たないからな現代社会。」

「うっ、大丈夫ですよ!ていうか現代社会をそんなに怖く言うのってメグルさんが苦手だからってだけでしょう⁉︎」

「そうだ。」

「認めた⁉︎」

「ま、演技だけじゃなく勉強も頑張れって事だ。」

 

そう言って神郷と別れて大道具の片付けを手伝う。警察からの取り調べにはまだ時間があるため、やれる事をやっているのである。

 

今回の怪獣襲来事件により起きた地震により、スタジオのセットの多くは壊れてしまった。そのためCM撮影は延期となった。元々撮影の予備日を取っていたらしいのだが大道具はその日までに直せるのだろうか、ちょっとスタッフさんたちの今後が心配でならない訳である。

 

倒れたり壊れたりした大道具をどかしていくと、後ろから声をかけられた。

 

「あの!」

「どうした?緋乃眼くん。」

 

そこには、母親らしき人を連れた緋乃眼くんがいた。

 

「どうしたら、あなたみたいなヒーローになれますか!」

「君はヒーロー志望なのかい?」

「この子、この前の個性一斉診断まで個性があるってわからなくて、ヒーローになるなんて思ってても言えてなかったんです。」

「そうでしたか...君の個性は?」

「これです。」

 

そう言って、緋乃眼くんは右手に五本の鎖を発現させた。写輪眼で見るに身体エネルギーが強く練りこまれている。おそらくただの鎖ではないだろう。

 

「個性は良いよ、拘束系の個性は需要あるからヒーロー向きだ。けど...」

「けど?」

「君、さっき目を閉じて何も見てなかったよね。」

「...え?」

 

固まる緋乃眼少年。まぁ子供にそんな事を要求するのは酷かもしれないが、出来るやつは生まれつき出来るのだ。鉄火場で考え続けるという事が。

 

「俺は無駄に命をかけたりする経験が多い。だから言えるんだけどさ、命を懸けた場で考えることを止めるとその先に未来は無いんだ。」

「...それって、俺はヒーローになれないって事ですか⁉︎」

「違うよ、ヒーローになるには向いてる人よりも沢山の努力が必要だって言ってるんだ。努力を続ける事は、辛いよ?それでもヒーローを目指すのかい?」

「...目指します!俺はずっと、ずっとヒーローに憧れていたから!」

 

そんな小さな少年の声に応えるのは言葉では不足だろう。

拳を少年の前に出す。

 

「なら、先にヒーローになって待ってるぜ、緋乃眼!」

「ああ!待っててくれヴィラン潰し!」

 

そう言って、俺と緋乃眼は拳を合わせた。

 

「あと、ヴィラン潰しは地味にメンタル来るからやめて。好きで殴る蹴るやってる訳じゃないんだよ俺は。」

「あ、すいません団扇さん。」

「わかってくれれば良いよ、うん。」

 

少年のヒーローになる決意と、どこかグダグダな俺の話をしてその日は緋乃眼とは別れた。

 

 

 

それが緋乃眼との今生の別れになるとは、その時の俺には思いもしなかった事だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察の事情聴取も終わり神郷と共にナイトアイのいる病院へと向かう。すると駅で、「や!来るって聞いて待ち伏せていたんだよね!」と通形先輩が現れた。

 

「お久しぶりって程でもないですね、通形先輩。」

「うん、大して時間は経っていないからね!そっちの娘が噂のイレギュラー?」

「どうも、神郷数多と申します。けどあんまり近寄らないでください。メグルさんの知り合いだとしても男の近くに居たくはありません。」

「ハハッ!嫌われてるねー!そして好かれてるねー団扇くん!」

「すいません、このバカが...」

「謝ったら負けですよメグルさん!」

「とりあえずサーの所に案内するんだよね!」

 

3人になった一行でナイトアイのいる病院へと向かう。ナイトアイは未だリハビリの最中なのだ。だが、義手をサポート会社に依頼しているらしく、日常生活くらいなら送る事が出来るようになるとの事だ。

事務に復活する未来を自在に変えられるナイトアイの活躍が待たれるばかりである。

 

「来たね、団扇くん、神郷数多さん。」

「どうも、ナイトアイ。連れてきましたよ神郷を。早速ですが確認をお願いします、神郷が本当にイレギュラーなのかどうか。」

「ああ。では神郷数多さん、こちらへ。」

「嫌です。」

「こんな時でも平常運転だなお前は!」

「あんなリーマン野郎に近づくなんてゴメンです!絶対童貞ですよドルオタですよあの人!」

「見当違いな第一印象で人を括ってんじゃねぇよバ神郷!」

 

心なしかナイトアイちょっと落ち込んでるぞ!

 

「私の一億円のボディに軽々しく近づけると思わないで下さいね!」

「神郷。」

「なんですかメグルさ...ん⁉︎」

 

写輪眼発動。わがまま言う子はこうするのが手っ取り早いのだ。

 

「催眠成功。さ、やっちまってくださいナイトアイ。」

「メグルさん裏切りましたね!鬼!悪魔!ちひろ!」

「うわ、懐かしいなー。」

「嫌です嫌です!こんな大人になってもプリユア見てそうな人の近くになんか行きたくありません!助けてください!止めてくださいメグルさん!」

「...二つ、言っておく事がある。」

 

ナイトアイが結構怒った声でそんな言葉を言い始めた。

 

「まず、私はアイドルオタクではない。オールマイトオタクだ。」

「もっと酷いですよ!ガチムチ好きのホモ野郎って事じゃないですか!」

「そしてもう一つ、プリユアは大人が見ても楽しめる日本のエンターテイメントだ。プリユアを大人の私が見ている事に恥じる事は一切ない。」

「開き直ったオタクですよこの人!嫌だ嫌だやめてやめて近づきたくないんです触られたくなんかないんです!助けてメグルさん!」

「諦めろ。」

「いやぁああああああああ!!!!」

 

その後、ナイトアイに肩を触られ目を合わせられた神郷は、ナイトアイの予知に一切映る事なく、無事に(?)イレギュラーであると確定した。

 

「...ヴィラン潰しに女としての尊厳を踏みにじられたって拡散してやる。」

「お前それやったらガチで戦争だからな?」

「上等じゃないですか、この一億円のボディを汚した罪は償って貰いますからね!」

「ナイトアイの個性の都合だよ。好き好んでお前みたいなロリの事触る人に見えるか?」

「見えます。」

「お前の目節穴だな本当に!」

「そんな事知ったこっちゃありませんよ!無理矢理肩を触るなんて!...訴えます!」

「受けて立とう。だが、たかだか子役と元オールマイトのサイドキック。どちらの財力が強いかはわかるだろう?」

「うううううう!」

 

完全なる論破である。そりゃいくら神郷が天才でも、9歳ではトップヒーローの財力には敵わないよなぁ...

 

「このオタリーマン!変態貴族!タンスの角に小指ぶつけて入院伸びろ!」

「フッ」

「通形先輩、ナイトアイちょっと楽しんでません?」

「ハハハ!神郷ちゃんが面白いから遊んでるんじゃないかな!」

「いたいけな女の子で遊ぶとか最悪ですオタリーマンさん!」

 

この辺りで「病院ではお静かに!」と看護師さんがやってきた。

謝る俺と通形先輩。ナイトアイと神郷は口では謝りつつも互いに睨み合っていた。子供かあんたらは。あ、神郷は子供だったわ。

 

「話は逸れに逸れましたけど、本来の話に戻りません?」

「本来の話?」

「お前の事だよバ神郷。」

「ああそうだ。神郷数多。お前は(ヴィラン)組織、陰我のターゲットになっているという確証が得られた。」

「...正直メグルさんの勘違いを期待していたんですが、オタリーマンさんの言葉なら信じざるを得ませんね。この人、無駄な嘘をつく人じゃあありませんし。」

「聡明な子で良かったよ。話が早い。」

「見ての通り、天っ↑才↓子役ですから。」

 

意外とメンタルの強い天才子役である。その片鱗はあったけれども。

 

「では話そう。君たちと私、この世界の運命から外れたイレギュラーを狙う陰我について。」

「それから、俺たちが転生なんて妙な事になっている事についてもですね。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ナイトアイとの話もひと段落し、通形先輩がお茶を買ってくると一旦離れた。

 

「しかしおっそろしい話ですね。何が楽しくて自殺覚悟で殺しに来るんでしょうか。」

「それは現在調査中だ。」

「なんか適当な理由付けて別件逮捕とか出来ないんですか?ヒーローって。」

「そもそも逮捕すべきホシが見つかってないんだよ。捜査線上に上がってきた占い師は陰我の身代わりだったみたいだしな。現在は向こうのアクション待ちってとこだ。」

「意外と頼りにならないんですねヒーローや警察って。」

「お前それ頑張ってるヒーローや警察の人達の前で言うなよ?結果は出てないかもしれないけど、出来ることを必死でやってるんだよ皆。」

「はーい。」

「...私の時と随分態度が違うな。転生者同士の仲間意識か?」

「さぁ、なんとなくです。」

「...なるほど、とりあえず理解した。」

「なんか勝手に変な理解をされた気しかしないんですけど。」

「俺も多分サーと同じ事思ったんだよね!助けた人と助けられた人の吊り橋効果!」

 

ふらりとお茶を持って帰ってきた通形先輩。いや、態度が柔らかくなった時に俺も思ったのだが、神郷からの視線にそんな熱はないのだ。恋に必要なときめきとかが欠如している。いや、ときめきの視線とか向けられた経験あんまりないけども。

 

「何言ってんですかムキムキさん。メグルさんにはきっぱりさっぱりときめいていません。恋とかでは絶対にないですよ。」

「あれ、名乗ってなかったっけ?俺の名前は通形ミリオなんだよね!」

「名乗らなくていいですよ、覚える気はありませんから。」

「お前本当に男に対しては辛辣だよな。そんなんで芸能界やっていけてるのか?」

「立場のある人には思ってても口出ししたりはしていないので大丈夫です、まだ。」

「そのうちやらかすだろう自覚はあるのな。」

「その前に芸能界での立場とキャラを確立してみせるので問題はありません。」

 

その言葉にナイトアイがピクリと反応する。神郷数多という人物をあまり知らないナイトアイにとって、予想外の言葉だったからだろうか。

 

「...君は今後も芸能界でやっていくつもりなのか?(ヴィラン)のターゲットになっている可能性が高いというのに。」

「そっちの方が助かるんでしょう?オタリーマンさん達的には。私が餌になっていれば陰我とやらはいずれ食いつくから。」

「...正直に言おう、その通りだ。陰我たちの現状がわからない今、餌は多い方が良い。」

「じゃ、決まりですね。私は芸能界から、オタリーマンさんはヒーロー業界から、メグルさんは医療方面から、3つの餌での(ヴィラン)漁としましょう。私はさっさとこんな血生臭いヒーロー絡みの事件から解放されて、全力全開で芸能界に挑みたいんです。」

「...凄いなお前。」

「当然です。天っ↑才↓子役ですから。」

 

その人並み外れたメンタルの強さは流石自分の心を扱うペルソナ使いといった所だろうか。何にせよ心強い限りだ。

 

「今後は陰我の関係する事件を追うヒーローに(ヴィラン)に見つからないよう影ながら警護させよう。神郷数多、それで構わないか?」

「ええ、構いません。ま、私に食いつくよりオタリーマンさんに食いつく方が早いと思いますけどね。本当は結構動けるのにまだリハビリしてるのはそれが狙いでしょう?」

 

マジで?と通形先輩に目配せする。通形先輩も結構驚いているようだ。敵を騙すにはまず味方からという事だろうか。というかそれに気付くあたり演じる事に通づる事に関しては本当にコイツは天才なのだと改めて思い知った。

 

「...凄まじい洞察力だな。」

「私、天才ですので。」

「ちょっとサー!聞いてないですよそんな事!」

「言っていないからな。さぁ、もう良い時間だ。君たちは帰りなさい。」

「俺は納得していませんからね、サー!また明日話しましょう!」

「ああ、ミリオ、また明日。そして団扇くん、神郷、また。」

「ええ、また。」

「ま、私はオタリーマンさんとはまた会いたくはないのでさようならと言わせてもらいます。」

「お前は本当に...」

 

そんな会話とともに皆で病室から出て行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

駅に着く俺と通形先輩と神郷。そこには神郷のお父さんらしき人が待っていた。

 

「今日はウチの娘がお世話になりました、団扇くん。通形くん」

「ハハハ!面白い娘さんでしたよ!

「ここはいえいえ、と返したいところですが...ええ、お世話しました。」

「何ですかその言い方、お父さんに変なこと言わないでください。」

「...想像以上に数多と距離が近いッ!団扇くんには何としてでもウチに婿に来て貰わなくては!」

「お父さん!そんな未来はノーサンキューです!さっさと車出して下さい!帰りますよ!」

 

そんな一幕の中、俺の携帯に電話がかかってきた。リカバリーガールからだ。嫌な予感がする。

 

「もしもし!」

「まだ都内かい。」

「ええ、西東京の〇〇区です!」

「なら話が早いね、保須駅に向かいな。鉄道事故さね。」

「ハイテク時代な今時にッ!了解!今すぐ向かいます!」

 

神郷と通形先輩先輩に事情を話して別れる。保須駅ならここから移動術を使えば5分で向かえる!

 

「頑張って下さいね、メグルさん。」

「傷を治すのは俺にはできない事だからね!任せるよ後輩!」

「ああ、行ってきます!」

 

そんな言葉を後ろからかけられながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その鉄道事故は奇妙なものだった。昨今の(ヴィラン)発生率向上に伴い鉄道会社も警戒を厳にするための新しいシステムを導入している筈だった。にも関わらず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というレアケースでもなんでもない事態を未然に防ぐことができなかったのだから。

結果電車は横転し、多数の被害者が出た。

幸いだったのは事故の起こった時刻が通勤ラッシュの時間帯からズレていて、乗車率がそこまで高くなかったことだろうか。

 

と、事故の説明を受けながら治療を進める。先頭車両に乗っていた見覚えのある女性の治療だ。その人は横転の際に()()()()()()()()()()()()()()()()()から重症で済むことが出来たのだという。

咄嗟の事故に対して素晴らしい判断力を発揮できた。彼は間違いなくヒーローになれた。なのに。

 

「お前が死んでちゃ意味ないだろうが、緋乃眼...」

 

その少年、緋乃眼鎖は横転のショックで壁に叩きつけられ、即死だったようだ。

 

どこかで、お前が関わったから殺されたんだという声が聞こえたような気がした。




総計、17073文字でございました。馬鹿じゃねえのとは自分でも思います。

さて、なんで切らないでこんなに長くなってしまったかは、感のいい人なら気づいてしまうでしょう。次の話でネタバレする予定なので感想はご自由に。

後悔があるとすれば、この展開を感想くれた人に若干読まれてた臭いという所ですねー。やっぱりありきたりなんでしょうか。


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導く推理

前話の答え合わせ。そして推理フェイズ。上手く書けてるか不安ですが、気に入らなかったらドシドシ感想で意見下さいな。修正していきます。それが出来るのがハーメルンの強みですからねー。


重傷者24名、死傷者1名、近年稀に見る大事故としてこの鉄道事故は大いに報じられた。

...その最中、自分の母親を守る為に個性を使い命を懸けた小さなヒーローがいたという事も含めて。

 

あの事故から何日かが経った後、自分とリカバリーガールは死傷者、緋乃眼鎖の葬式にやってきていた。

...彼の母親たっての懇願があったからだ。

 

「こういう時って、(ヴィラン)相手なら絶対捕まえてやるとか思えるんですけど、事故だとこんなにも虚しいものなんですね、リカバリーガール。」

「悔しいけどよくある事さ。慣れろとは言わない、けどしっかり目を見開いてよく見ておきな。いつだって、取りこぼしてしまう命ってのはあるもんさね。」

「...はい。」

 

お坊さんが念仏を唱える中、よくわからないなりに悲しんで涙を流している緋乃眼の友人達の姿がしっかりと目に焼き付いている。

 

その悲しみや無念さを思うと、握る拳に力が入り過ぎる。爪が肉に食い込んで少し血が流れてしまった。

 

この傷を掌仙術ですぐに治そうとは思わなかった。この痛みが、緋乃眼鎖という少年を己の中に刻み込んでいるかのように思えたからだ。

 

その様を、リカバリーガールは横でただ見ていてくれた。

 

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葬式を終えて緋乃眼のお母さんに挨拶をする。

 

「この度は、お悔やみ申し上げます。」

「挨拶は構いません...お聞きしたい事があるんです、団扇くんに。」

「はい。」

「まずはこれを読んでいただけませんか?」

 

その言葉とともに取り出されたのは、一冊の日記帳だった。

 

「...これは?」

「鎖の日記です。」

 

日記なんて付けていたのか、あいつ。

 

「拝見します。」

「ええ、そして聞かせてください。あの子がずっと隠していた何かを。」

 

その言葉でなんとなく嫌な予感がしたものの表紙をめくる。そこにはこう書かれていた『僕のヒーローアカデミア』と。

 

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このノートに忘れないように覚えている原作知識を書いたが、残りのページを捨て置くのはちょっともったいないのでちょっとした日記をつけることにする。

 

正直物語の世界に転生するなんて思いもしなかったけど起こってしまったのだからとりあえず受け入れようと思う。

だって、この世界にはずっと憧れていたのだから。

4歳の誕生日に記憶を取り戻したが、俺にはまだ個性が目覚めてないという事がわかった。父さんは怒ると目が赤くなり、身体能力が向上する増強系の個性。母さんは鎖を具現化する個性。どっちを受け継いでいるのか今から楽しみだ。もしかしたら轟のようにハイブリッドかもしれない。そうなれば夢に見ていた俺Tueeeが実現できるかも?なんにせよ転生なんてチートをさせて貰ったんだ、しっかりと誇れるような自分にならなくては!

 

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5歳になった。未だ個性は目覚めていない。

 

気付いてしまった。俺は、転生というのが個性として現れたのではないかと。つまり僕は、物語のステージに上がる事のできない無個性なのではないかと。それを突きつけられるのが怖くて、母さんの勧める個性研究病院への検査を断り続けている。個性なんてなくても大丈夫だと強がって。

 

そして気付いた事はもう一つある。僕のヒーローアカデミアの最初のイベント、ヘドロ事件が起こってしまっているという事だ。

 

今までなんとなく主人公と同年代だと思っていた。でもそんな事はなかったのだ。年齢差は10歳、それはつまりあの舞台には絶対に立てないという事を意味している。

 

正直ショックだ。俺は無個性で子供。主人公ではないと言われているようだった。

 

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6歳になった。未だ個性は目覚めていない。

 

最近、母さんが無個性でも利発であればできる子役の仕事をしないかと勧めてきた。お前はヒーローになれないと言外に言われているようだった。だが、無個性でも子役として稼げればここまで育ててくれたお父さんとお母さんに恩返しができる。そう思ってその提案に頷いてしまった。

 

この世界に来てからテレビとかあんまり見てないので、失礼があったらと思うと少し怖いが、そこは子供だからで誤魔化そう。

 

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今日、雄英体育祭を見た。

何故か(ヴィラン)が現れて第二種目までで今日は中止となってしまったが、確かに見た。ネットで調べて名前も確認した。

 

団扇巡、こいつは間違いなく転生者だ。

 

うちはなんて苗字に高い身体能力。そして原作を壊さずにトーナメントに出場できる心操のチームに入るという強かさ。どれをとっても間違いはない。

 

こいつは、俺のいたかった舞台に何の苦労もなく立っている。そう思うと死んでしまえばいいのにという黒い感情が抑えられない。

 

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体育祭二日目を見た。

 

団扇巡の個性は写輪眼。高い身体能力と幻術を使いこなしてトーナメントを突き進んでいっていた。だが、術を使う事なく爆豪に完封されているところをみると、チャクラの素養まではないようだ。

 

体育祭3位で終わったけれど、その姿はどこか清々しく見えた。それと比較して、ただ妬む事しかできない自分が酷く情けなく思えた。

 

あれから団扇巡について色々調べてみた。ネットでは元暴力団関係者だという説が主流になっていた。

順風満帆な人生を送っているオリ主ならばそんな噂は流れないだろう。ムカつくけど奇妙な奴。俺にとって団扇巡はそんな奴になっていった。

 

団扇巡は職場体験でヒーロー殺しと関わるのだろうか...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ヴィラン潰し、そんな異名が轟いていた。

子役スクールの友達に聞いてみて、動画を見せて貰ったところ吹き出してしまった。

 

脳無を技で圧倒し、殴り、躱し、踏みつけたその姿は、間違いなく団扇巡のものだった。だが踏みつけている時の表情の必死さから何故か笑えてくる。

その動画にジョ○カビラの実況が付いているというのだからこれは吹き出さないほうが無理ってものだろう。

 

普通のオリ主ならカッコいい力で無双して世間から称賛の声を浴びるだろうに、この団扇巡はネタにされて世間に広がっている。

 

本当に奇妙な人だ。

 

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林間合宿襲撃事件が起きた。これから神野事件に繋がる原作の一大イベントだ。

だが、攫われた生徒は爆豪ではなかった。

団扇巡は、爆豪の身代わりとなって(ヴィラン)の魔の手に落ちたのだ。

 

正直心配な気持ちは少しある。なのでネットで団扇巡の情報を調べてみると、出てくるのは元暴力団関係者である事と、実際に手を汚していた元(ヴィラン)であるという団扇巡を責め立てる事実ばかり。

 

なのに、時々その社会の声に反論する声が上がるのだ。

 

それは中学の同級生と名乗る人物だったり、職場体験中に助けられたと言う人物だったり、果ては家族同然の仲だと言う人だったりした。

 

団扇巡は、お人好しでお節介で時々阿呆だが、悪い奴では絶対にないのだと。

 

助けた人に助けられている。何故だかそう感じた。

 

気付いたら自分は団扇巡を擁護する少数派の1人としてネットで声を上げていた。

 

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神野事件が終わった。オールマイトは原作通り力の全てを使い果たして引退し、それと引き換えにオール・フォー・ワンという巨悪を倒した。

そんな中、団扇巡は(ヴィラン)の魔の手から脱出しつつ2人の(ヴィラン)を捕らえたのだと言う。

 

流石の主人公だ。人質が爆豪から変わった事で原作通りになるとは限らない筈で、殺されるかもしれない恐怖、個性を奪われるかもしれない恐怖の中でも諦めずに命を繋いで見せた。

 

団扇巡は、きっと良いヒーローになる。いいや今でも良いヒーローだ。

その姿を見ていると何故だか勇気が湧いてくるからだ。

 

二学期の頭に、無償で個性の診断をしてくれる個性一斉診断というのがあるらしい。今までは無個性だとバレてしまうタイムリミットだと思っていたがそれに挑む勇気が湧いてきた。

 

無個性だとしたら、ヒーローを助けられる警察官になろう。

個性があったなら、ヒーローになって団扇巡を助けよう。

そしていつか、自分も転生者ですと打ち明けてみようと思う。あなたは一人でないと伝える為に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

飛び飛びで書かれていた日記はそこで終わっていた。

 

「お前もだったのか、緋乃眼。」

「ということは、やはりあなたもなんですね、団扇くん。」

「ええ、俺と緋乃眼は転生者、前世の記憶を持って生まれてしまった稀人です。」

「ではこのノートに書かれていた事は...」

「正しい歴史、正史ってやつですかね。俺や緋乃眼みたいなイレギュラーが紛れ込まなかった世界で起こった事です。」

「そんな大事な事をあの子はッ!家族だったと思っていたのは...私だけだったの...?」

「それは違います、絶対に。」

「...どうしてですか?」

「見せた方が早いですね。俺の眼を見てください。」

 

写輪眼で緋乃眼のお母さんに映像を見せる。

見せるのはあの瞬間の映像だ。

 

「照明が落ちてくる直前、緋乃眼は確かに助けを求めていました。母親であるあなたに。」

「それは...」

「隠し事の一つや二つあった所で、家族の絆は揺らぎません。黙ってる側としては、そんな事を思ってたりするんですよ。」

「...そんなものなんですかね。」

「ええ、そんなもんなんです。だからあいつは命を懸けてあなたを守ったんですよ。」

「...それでも、私は鎖に生きていて欲しかったです。」

 

黙る俺と緋乃眼のお母さん。

こんな事態に直面したことの無い自分には、緋乃眼のお母さんになんて声をかければいいかわからない。

 

その俺の沈黙が、緋乃眼さんに一つのもしもを零させた。

 

「あの子は、個性がやっと見つかってこれからだったのに...」

「そうですね、個性一斉診断のお陰で。」

 

個性一斉診断とは、超常黎明期から行われている恒例行事だ。小学一年生の時にマイナンバーカードを作るための写真撮りと個性届けの作成を並行して行ってしまおうという行事である。

まぁ、超常黎明期には魔女狩りの意味が多分に含まれていたのは想像に難くないことなのだが。

ちなみに俺は小学校3年から書類を偽造して編入したから実は受けてな...い...

 

瞬間、頭の中に電流が走った。

直感でしかない。だが思いついてしまったのだから確認を取らずにはいられない。

 

神崎にメッセージを送る。帰ってきたのは「その時期はいつも仕事が忙しくてまだ受けられてません。お陰でマイナンバーカードまだ作れてないんですよねー。」という言葉だった。

 

これでどうやってイレギュラーを見つけているのかは仮定できた。

 

「団扇くん?」

「すいません。ちょっとナイトアイ、知り合いのヒーローに確認したい事が出来たのでここで失礼します。」

 

歩きながら思考を進める。ターゲットの取り方は仮定できた。なら次はどのようにしてだ。

 

あの日に起きた事件は2つ、撮影スタジオへの襲撃と鉄道事故。一見無関係に思えるそれを一つの線で繋いでみる。陰我の手口のである犯罪教唆などでそれを可能にするには何が必要か、まだ答えは出ない。

発想を広げる。あの日に命を奪い得る事故がもう一つあった。それは()()()()()()()()()()()

3つ繋がればそれはもう偶然ではない。必然だ。

 

それを可能にするのは犯罪教唆だけでは不可能だ。もっと能動的なものが必要になる。となれば考えられるは2つ、組織の力か、個性のどちらかだ。

組織の力では難しいだろう。何せ起こした事が大きすぎる、照明をいじるにはあらかじめ撮影スタジオに人員を潜り込ませていなければならない。難しいだろうが不可能ではない。怪獣さんの件はお得意の犯罪教唆だろう。だとしても鉄道事故は不可能だ。あの事故は最新鋭セキュリティの穴を奇跡的な偶然ですり抜けてしまった事が原因なのだから。

 

だとすれば個性によるものと仮定する。陰我の個性、因果律予測はどこまでの事が出来るのだろうか...ミラーは言っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

聞いた時から少し違和感があった台詞だ。ナイトアイの個性のように運命が変えられないなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その答えを俺は知っている。つい最近ナイトアイが成ったのだからその領域にッ!

 

あとは逆算だ。陰我の個性がその領域にあるのなら、あらゆる事が可能になる。偶然照明のボルトを緩ませる事も、偶然その日に復讐の怪獣さんが来るように仕組むことも、偶然その日に鉄道事故が起きるようにすることも、全て。

 

式場の外に出て、ナイトアイへと電話をする。

 

「団扇くん、どうした?確か今日は鉄道事故の少年の葬儀に出ているという事だったが。」

「ええ、ひと段落つきました。...ナイトアイ、聞いてください。伝えなくてはならない事と、伝えたい事があります。」

「...聞こう。」

「陰我がどのようにイレギュラーを認識しているかについて見つけました、証拠はありませんけど。」

「本当か⁉︎」

「まず生きている転生者の共通点を、俺も神郷も個性一斉診断を受けていません。なんらかの手段によってそのデータを入手し、それによってイレギュラーを見分けているものと思われます。」

「根拠は?」

「まだ一例しかありませんが、個性一斉診断を受けた転生者が陰我の多段殺人計画によって殺されています。今回の犠牲者、緋乃眼鎖がそうです。」

「今回の犠牲者か...だが確認したい。緋乃眼鎖が転生者であることは驚きだが、それは事故への怒りを誰かに向けたいが為のこじつけではないか?」

「逆に聞きますが、1日で2度殺されかけた後で事故死するなんて事、普通ありえますか?俺はあり得ないと思います。」

「...その線で少し調べてみよう。過去において個性一斉診断後に死亡してしまった少年少女のデータを。今は陰我に関する手がかりなどないのだから。」

「可能であれば今回のような多段殺人計画についても調べて下さい。一見無関係でも同じ人物が死ぬように繋がっている事件事故を。」

「...根拠を聞こう。」

 

一旦深呼吸。考えを纏めたはいいがこれは陰我側から与えられた情報に重きを置いている。決定的な証拠は何一つない。信じてもらえるかは不安だが、腹を括って話をしよう。

 

「陰我の殺人の癖です。陰我は、殺害ターゲットに対して何段階にも及ぶ殺人計画を仕掛けています。俺、インサート、そして緋乃眼。」

「...インサートもイレギュラーだと言うのか?」

「それはわかりません。その事を説明する為にもまずは俺の事を。俺が狙われたのは陰我の手勢によるものでしたが、やはり多段階に殺人計画が練られていました。最初の会敵、釣り出しての死角からの一撃、優位な場所釣り上げての正面戦闘、最後の複数の個性を使ったキルゾーンの作成、そして失敗した時に備えての自決用の個性毒。用意周到すぎます。つまり緋乃眼の件と俺の件、合わせて考えると陰我のやり方は常に多段階殺人計画を敷いているという事が分かります。」

 

ナイトアイは俺の話を黙って聞き始めた。一考の余地があると考えてくれたのだろう。

 

「それを踏まえてインサートの件を考えてみます。まず仮定として、インサートは陰我に殺されたと見ます。陰我の個性、因果律予測がなければあの犯行は不可能なのですから。だから、インサートに対しても多段殺人計画が練られていたと見ます。幕張を操ってクリスタルアイさんをけしかけ、護送中にトラックで突撃を仕掛けた。多分あの日に起きた火災あたりも陰我の殺人計画の一端を担っていたんでしょうね、確証はありませんが。」

 

「でも、それはおかしいんですよ。陰我の個性が因果律予測なら、運命に映るインサート事件に関しては100%成功するタイミングの一本だけで十分な筈なんです。」

 

「だから、イレギュラーの干渉は俺が居なくてもあったんです。」

「まて団扇、話が飛んでいるぞ。」

「すいません、考えながら話しているもんで。つまり何が言いたいのかと言うと。」

 

 

「陰我は、イレギュラーです。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「...団扇巡、お前は何故そこにいる?」

 

青年は、この世界のイレギュラー、団扇巡がリカバリーガールの元で修行をしているという情報を得ていた。その事は腹立たしいが、逆に言えば病院関係を襲わなければ奴の介入はないという事の筈だった。

 

なのに何故か今回の緋乃眼鎖殺害計画の現場に現れ、メインプランだった三日月化流(みかづきばける)によるスタジオ襲撃事件を被害ゼロで防いでしまった。偶然居合わせるには無理がある場所に現れて。

 

お陰で虎の子の鉄道事故の札まで切らされた。これでまた新たに殺害方法を逆算しなくてはならない。これでは来年にもまたイレギュラーが現れた場合、殺せる可能性の高い札が少なくなってしまう。しかもそれをなんらかの手段で察知し妨害する可能性を持っている奴がいるのは大きな問題だ。

 

だから、陰我は決断した。団扇巡という強大なイレギュラーを殺すために用意していたプランを実行に移す事を。その為の情報は既に手に入れている。...このプランでは巻き込まれる可能性のある人間が多くなってしまうのだがそれには目を瞑ろう。

 

「全ては、正しき運命を守る為に必要なことなのだから。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

式場からリカバリーガールと共に近場の病院に向かう最中、ナイトアイから再び連絡が来た。どうやらHNで新たな情報を手に入れたようだ。

 

だが、その情報は俺を戸惑わせるのに十二分なものだった。

 

「多段階殺人事件の被害者と思われる少年少女の最初の犠牲者は、HNで捜査不能⁉︎HNの事件データベースでは追いきれないほど昔から世界規模で行われている⁉︎それってつまり...100年以上前からじゃねぇか...」

 

陰我の個性は因果律予測とその操作。じゃあこれは一体どういう事なんだ...?




果たして陰我の謎とはなんなのか!という引きで今回は終わり!

陰我の個性の制限などの多くの問題を解決できてしまう魔法の言葉があるのでその辺の設定は問題ありません。登場するのは後になってしまいますけどねー。どっかでヒント出したいけど恐らくキーワード一つ出した時点で気付く人は気付く。タグにNARUTOってつけてますし。


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チャクラカートリッジ

投稿するとお気に入り登録者が減る現象は実は割と作者のメンタルに響いてくるのです。他の作品を見てもあまり見つからないこの現象はなんでしょう。

まぁそんなこと気にするなら面白くかつ丁寧な文章を書けという話なんですがねー。


9月も終わりの時期が近づいてきたある日、自分は今日も今日とてリカバリーガールの元で修行であり、それを終えて雄英へと帰っている最中である。

 

陰我のことは気にかかるものの、一学生である自分に出来る事はあまりない。大人しくナイトアイたちプロヒーローに任せよう。今はそう思っている。

 

そんな事を考えていると、隣に座るリカバリーガールから声をかけられた。

 

「今日はどうだったかい?」

 

他愛のない会話に思えるが、今日に限ってはその言葉は棘を持っているように聞こえた。

今日の三件目の病院の病院でのことである。

 

治癒巡りで病室を移動している時、病室から苦しむ声が聞こえたのだ。まさか急変かと思い病室を開けると、そこには(ヴィラン)事件で毒を貰ったらしい猫の異形型の患者さんがいた。後から話を聞くところによると、万能血清が体質的に合わない珍しいタイプの人だったらしい。異形型はこういうのがあるから日々の検査が欠かせないのだとか。

 

そんな患者さんを写輪眼で見てみると、身体中に広がっている別人の身体エネルギーが見えた。これはいけるかもしれないと過信した俺は、その患者さんの治療を行えるかもしれないとこぼしてしまった。

それを聞いた患者さんと看護師さんたちは、是非よろしくお願いしますと強く迫ってきたのだ。

 

それを断れず、漫画で見た描写と自分の掌仙術で培ってきた感覚を信じて治療行為を行った。

静脈の一部を切断した後、毒のエネルギーのみを動かすように調律したチャクラを用いての毒の収束と、傷口側を抑えた側でその毒を引っ張るチャクラコントロール。それが必要だ。

 

理屈は理解できているので、役割は分担できる。なので影分身を用いて施術を行った。

 

その結果、体内に残っている毒の大部分を除去する事が出来た。ぶっつけ本番にしてはよくできた方だと自負できる。

 

だが、問題が起きたのはそこから。取り出した毒の扱いである。

今回の事件での個性毒は、高い揮発性を持っていたのだ。なので取り出したはいいもののそれをポイと捨てられるゴミ箱などあるはずもなく、30分ほどチャクラで毒を包み込む事になってしまったのである。看護師さんが機転をきかせて私物のジップロックを持ってきてくれなければあと一時間は動けなかっただろう。

 

そんな事件があった今となっては思う事はひとつだ。

 

「個性由来の毒ってのがどれだけ面倒かを身に染みてわかりました。今回の患者さんは幸いにも毒の効果は弱いものでしたけど、あれが強い毒だったとした場合は想像したくないですね。」

「ま、個性由来の毒ならあんたが干渉できるってのは言っていた通りだったねぇ。」

「解毒のあとはグダグダでしたけどね...」

「本当だよ、治療の前にちゃんとカルテを読まないからそうなるのさ、今回は別に緊急ってわけじゃあなかったんだから時間はあった筈さね。」

「...はい、以後気を付けます。」

 

耳が痛い話である。反省点ばかりだ。

 

そんな会話をしていると、携帯が振動をした。

ナイトアイから何か連絡があったのかと思い携帯を開くと、発目からメッセージが届いていた。開けないでスルーしようか迷うところだが、もう既読をつけてしまった。なんたる失態である。

 

『マグロさんの新エネルギーに合わせたベイビーが完成しました!ちょっとテストして下さい!工房で待ってますね!』

『今日帰るの9時くらいになるんだが大丈夫なのか?』

『終夜申請通しましたので!』

『まさかの徹夜コースッ⁉︎』

 

正直断りたい気持ちは半分くらいあるのだが、チャクラ対応の装備というのには非常に興味がある。これから陰我達との激戦が予想される今だから特に。

 

『まぁ今回は素材以外そう難しいモノではないのでテストはすぐに終わると思いますのでご安心を!』

『お前の言葉ってことを除けば信頼できるんだがなぁ...』

 

発目明という女と知り合ってから、彼女の『ご安心を!』に安心できたためしはない。なぜなら彼女の発明品は大体において事故と隣り合わせだからだ。今回はどんなゲテモノが来るのかと戦々恐々する次第である。

 

『それで、今回の発明はどんなものなんだ?簡潔に教えてくれ。』

『今回のベイビーはシンプル!新エネルギーの貯蔵を目的としたカートリッジ!マグロさんの言い方を借りるならば、チャクラカートリッジといった所です!』

 

その後チャクラと素材の関係性について長々とメッセージが続いたのは語るまでもないだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

校内に入り工房を目指す、明かりの少ない夜の学校はちょっとホラーであるがそこは気にしない。発目に夜に呼ばれるのは初めてではないのだ。悲しいことに。

だがワイヤーアロウやミラーダートの細かい改良をしてくれていたりするのでこっちにも得はある。一応win-winの関係なのだ。だから止められずにぐだぐだと続いているとも言う。

 

「発目、来たぞー。」

「あ、マグロさん。遅いですよ。まぁちょうど空いた時間で新しいベイビーの図面引けたのでいいですけど。」

「今度はどんなゲテモノ作ったんだ?」

「あいにくと依頼品なので普通のベイビーですよ。手のひらから出る個性の収束をしたいとのことで、手袋型の収束機を作っていたんです。」

「図面見る限りだと、どっかのスイッチ押すと手首に砲身が出てくる感じなのか。使う人の個性に耐えられる強度かが問題だな。」

「マグロさんもだいぶわかる人になってきましたねー。」

「誰かさんが図面見せてあれこれ説明してくるからな。」

「感謝してくださいね。具体的にはチョコの差し入れとかで。」

「その願いは俺の財力(ちから)を超えている...」

 

そんな会話が続くと俺まで発目の終夜に巻き込まれる羽目になりそうなので、さっさと話を切り上げて実験室に移る。

 

発目から渡されたアイテムは、単1電池ほどの大きさの金属で覆われたものだった。これなら複数個携帯できるだろうし、そこそこ頑丈そうだから投擲物としても使えるだろう。第一印象はいい感じだ。

 

「さぁ!この前の測定結果から考えるに新エネルギーを込めることによりこのカートリッジはそれを熱エネルギーに変換して貯蔵できる筈です!エネルギーを込めてくださいマグロさん!」

「おうさ!と言いたいところだが、込めるチャクラはなんの性質が良い?やっぱ火遁か?」

「あ、エネルギーはなるべく無色でお願いします。貯めこんだ熱エネルギーと反応したらまずいですから。」

「具体的にはどうなる?いや、お前が妙に離れていることから考えると嫌な予感はしてきたが。」

「まぁ、エネルギーを使って発火を始める程度でしょう。大丈夫ですよー。」

「うん分かった、爆発するのな。チャクラの性質変化は集中してやるわ。始めるぞー。」

「はーい。」

 

危険性を事前に認識できたところで実験の開始である。

 

物にチャクラを込めるのはちょっと不安なことだったが、そこは割とすんなりできた。発目の選んだこの金属素材がチャクラの通りを良くしているのだろうか...後で聞いてみよう、チャクラ刀とかに応用できるかもしれない。

 

写輪眼で込めたチャクラが結構な量になったところで、発目からストップの声がかかった。

 

「いい感じに熱エネルギーが溜まってます。とりあえず実験の第一段階は成功ですね!次は込めたエネルギーを回収できるか試してみてください。」

「あー...一応やってみる。」

 

そうは言ってもどうしたものか、チャクラを外から取り込むというのが可能であることはNARUTO原作で行われていたが、いざやれとなるとイメージが湧かない。チャクラを込めるときと同様にエネルギーの流れる経路のようなものを作りそこから引っ張るという感じだろうか。

 

とりあえずそのイメージでチャクラをコントロールしてみる。

どうにかチャクラを吸引できはした。だが、

 

「...うん、効率悪すぎて使えそうにないわ。」

「可能なら、後はマグロさんの問題ですね。頑張ってください。さ、次の実験です!」

「ん?まだなんかやるのか?」

「ええ、新エネルギーを過剰に溜め込んだ場合に本当に爆発するのかの実験です。」

 

やっぱり爆発するのか...

 

「ちょっと影分身作るから待っててくれ。実験に巻き込まれて死ぬとか洒落にならん。」

「流石マグロさん。増えれるって便利ですね。それじゃあ増えたマグロさんには爆発実験を。本体のマグロさんにはエネルギーの保存実験のためのカートリッジに新エネルギーを溜めて下さいな。」

「あいよー。」

 

言われた通り発目と共に影分身くんとは離れて、チャクラをカートリッジに溜める。影分身が「俺だって痛いのは嫌なんだぞ」と目で訴えている気がするが、その情報フィードバックは俺も喰らうから諦めてくれ。

 

「新エネルギー貯蔵想定量を超えました!さぁどうなりますかねぇ!爆発するのか、はたまた違う結果が得られるのか!楽しみです!」

「俺はこの程度の距離で大丈夫かが割と不安になってきた訳なんだが。」

「大丈夫ですよ、あのカートリッジに内蔵できるエネルギー量的にそんなに大きな爆発にはならない筈ですから。」

「不安だ...」

 

念のためもうちょっと離れようと提案しようと思ったその時、それは起こった。

 

カートリッジのオーバーロード。チャクラを過剰に溜め込んだ事により生まれた爆発的な炎上が。当然影分身はダメージにより消え去った。

 

「発目!」

 

ヤバイと感じた自分は、咄嗟に発目を庇い、爆発に背を向ける。

その瞬間にカートリッジの破片が背中に当たるのを感じた。面倒だからとコスチュームから着替えないで防弾防刃コートのままだったから衝撃で済んだが、もし制服に着替えてから実験に来ていたらどうなっていたかはあまり想像したくないものである。

 

「何をするんですかマグロさん、貴重な爆発シーンが見れなかったじゃないですか!」

「命を助けられた事に気付け発明バカ!」

 

実験室の一角は焼け焦げていた。当然耐火性のある素材でできているので延撚はしなかったのが救いだ。でなければ消化やら先生への報告やらで徹夜コースだったろう。

 

だがそんな事を考えもしない発明バカは、実験結果に目を輝かせていた。

 

「実験は思った以上のものでしたね!ちょっとした爆弾ですよこれは!」

「その爆弾に殺されかかった事とか忘れてるんだろうなコイツ。」

 

使い方を誤る厄介極まりないアイテムである事が分かった次第である。うん、今回のアイテムの事は折を見てパワーローダー先生に報告しよう。発目が爆弾を作ったと。

 

「まぁ色々と言いたい事はあるが、お互いに無事で良かったよ。」

 

そんな会話と共に爆発実験は終了した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それでは、実験も終わりましたのでマグロさんは帰っていいですよ。」

「あれ、お前はどうするんだ?」

「私は依頼品の作成がありますので、今日は徹夜なんですよ。」

「オイお前、依頼品ほっぽって実験してたのか。」

「いやー、つい実験データを見返していたら閃いてしまって。」

「...お前は本当に発明バカなんだな。」

「褒めないで下さいよマグロさん。」

 

依頼した人にとっては災難この上ない話だが、まぁ発目明という女なら仕上げるだろう。コイツは本当に有能なのだから。

 

まぁ、自分のアイテム作ってたせいで納期に間に合わなかったなんてのは依頼した人に対して申し訳がない。

 

「何か手伝える事はあるか?」

「じゃあ差し入れ下さい。チョコとあの甘いコーヒー擬きを。」

「了解した、友達価格で350円な。」

「...相変わらずみみっちいですねマグロさん。」

「金ないんだよ察しろ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

コスチュームを返却し、寮に戻る頃にはもう10時過ぎになっていた。これは大きなミスだ、主に晩飯的な意味で。バイキング形式の夕食が片付けられるのは9時頃なのだ。これは夕食はカップ麺だなーと諦めつつドアを開ける。談話室には砂藤と障子、上鳴と峰田がテレビを見ながら談笑していた。

 

「ただいまー。」

「お帰り団扇。今日は一段と遅かったな。」

「ちょっと発目に付き合っててな。」

 

その一声に反応するのはA組の性欲大魔神峰田実と普通にエロい上鳴電気である。俺の素はクラスの面々に知れ渡っているので上鳴と峰田は平然と猥談を仕掛けてくるのだ。

 

「サポート科のおっぱい女子と夜の学校でナニしてたオイ団扇!」

「まさか狙ってんのか!あのおっぱい大きい女子を!」

「...いや、あいつと付き合うとか考えたくないわ。身体がどんなにエロくても中身がアレだぞ?付き合った3日後くらいには実験に巻き込まれて死ぬ。間違いない。」

「それほどなのか...」

「障子は発目の世話にはなっていないんだっけか?」

「ああ...だが団扇の話を聞く限りでは関わり合わない事が懸命に思えてくるな。」

「でもあいつはガチで天才だから程々に関わる分には良い奴だぞ。深く関わると地獄を見るけど。」

「そういや俺のポインターもあっさり作っちまってたなぁ。やっぱ凄えのかあのおっぱい女子。」

「待て団扇、おっぱい女子と深く関わるとか羨ましすぎるぞお前!匂いとか嗅いで妄想したりしてたんだろ!」

「いや、発目の匂いは鉄と油の匂いだぞ?流石にそんなんで勃つかよ。」

「「嗅いでんのかよ!」」

「最初の頃は発目の事を女子として見てたからな、そりゃ嗅ぐさ。」

「お前ら女子がいないからってオープンすぎやしないか?俺と障子まで巻き添えで女子から白い目で見られるのは御免だぞ。」

「そうだな。」

 

砂藤と障子がやんわりと止めにかかる。だが知っているぞ、この前峰田が「女子大生の自撮り写真にさくらんぼが映ってる!」と言った時に砂藤も障子もしっかり反応していた事を。

まぁ飛びついた俺と上鳴は峰田の果物の方のさくらんぼが映ってるという巧妙なトラップに引っかかって女子からの好感度を下げられたという話なのだがな。

峰田はたまに俺と上鳴の顔面がそこそこ整っている組の好感度を下げにかかるトラップを仕掛けてくるのだ。でも結構な頻度で本当にエロい画像も見せてくれるので飛びつかざるを得ない、なんたる知略だろうか...

 

「あ、そういや団扇。お前の分もガトーショコラ作っといたぜ。キッチンにあるから食っとけよ。」

「流石パティシエ砂藤。俺はそろそろお前に大明神とか付けないといけない気がするぞ。あと材料費の方は待っていてくれ、インターンの分が出たら必ず払う。」

「毎度言うが別に構わないって。」

「俺が構うんだよ。お前のスイーツは金取れるレベルなんだから。」

 

砂藤の言う通りキッチンに一人分のガトーショコラがラップして置かれていた。なんたるふっくら感か、見た目だけで美味しそうなのは嬉しい限りだ。

 

早速食べようかと思うが、一人で食べるのも味気ない。そんな時に思い出すのは今日徹夜だという彼女のこと。

 

「...ま、たまには半分でもいいか。」

 

そんな考えからお徳用チョコレートの袋とMAXコーヒーを一本、ついでに二つに切り分けたガトーショコラを発目の元へと持っていく事に決めたのだった。

 

尚、その際に聞かされた事なのだが、チャクラの保存可能期間が少なくとも数日以上であり、エネルギーの減り具合から計算すると1ヶ月以上持つ可能性すらあると言うのだ。それを聞いてチャクラカートリッジの危険性を無視してコスチュームに取り入れる事を決めた。いや、チャクラ量は自分の課題だったのだ。それをアイテムで改善できるとか飛びつかない訳ないという話だ。

爆発するのも、脳無みたいなの相手にするなら使えそうだし。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日課のロードワークを終えて朝食を取り分ける。今日は秋刀魚とあさりの味噌汁にサラダとご飯だ。当然ご飯は山盛りだ。

 

朝食時に一緒になった常闇と出久に昨日の話をする。やはりカップ麺一つではランチラッシュに染め上げられた俺の胃袋と舌は満足できず、微妙に寝苦しい夜を過ごしたのである。

 

「てな事が昨日あったわけなんで、今日は腹減りなんだよ。」

「通りでご飯が山盛りなんだね...」

「漫画盛りと言っても良いぜ?...やばい、ランチラッシュの米が美味すぎて箸が止まらん。秋刀魚が余るかもしれん。」

「おかわりすれば良いんじゃないかな。」

「暴食の定めか...」

「いや、この程度で暴食とか言うなよ。一応朝遅い組の為に白米をセーブしてんだぜ?本当ならあともう一杯はご飯行きたいんだから。」

「いや、それは食べすぎだと思うよ?量的にご飯3杯分くらいはあるだろうし。」

「そうか?」

「そうだ。とはいえ団扇の運動量ならば、エネルギー摂取の必要があるのは理解できるがな。」

「今日もやったの?雄英一周。」

「まぁこういうのは習慣だからな。でも調べたら短距離ダッシュ何度もやった方が戦闘用の筋肉がつくって話らしい。ランニングが有効だと思ってた浅い考えの昔の俺を殴りたい気分だよ。」

「あー...そういえばトレーニング方法のビデオとか売ってるヒーローいたなー、ライズアップだったっけ。」

 

予想外のところで予想外の人の名前を聞く事になってちょっと驚きである。

 

「ライズアップさんって今エンデヴァーヒーロー事務所にいるあの?」

「そう、ビデオあんまり売れなかったんで事務所が傾いたんだって。それでサイドキック落ちしたんだとか。」

「世知辛い...いや、エンデヴァーに拾って貰ったんなら栄転か。人生何が起きるか分からんなー。」

「塞翁が馬...」

「ライズアップはシンプルな全身強化タイプの増強系の個性だから最近動画とか探してるんだよね。動きのパターンをもっと増やしたいし。」

「流石ヒーロー博士。引き出しが多いな。」

 

そんなことをぐだぐだと話しながら食べていたら3人纏めて遅刻しかけたのは、きっと只の笑い話だろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の授業及び補修も終わり、さぁ復習とトレーニングだと意気込んだその時、一通のメッセージが届いた。

 

送信者は坂井誠、俺の中学時代の同級生で恩人だ。

文章はかなり乱れていたが、なにやら差し迫った状況である事とその為にヒーローを紹介して欲しいと言う事は読み取れた。

 

そして読み取れた事はもう一つ。最近ネットで噂になっている、というかヒーロー達が情報を求める為に噂にしている陰我の事件、その一端を掴んでしまったのだと。

 

即座に返信する。そういう事ならオールマイトの元サイドキック、サー・ナイトアイを紹介すると。だから安心してくれと。

 

返信と同時にナイトアイにメールをする。送られてきたメールをそのまま添付して、坂井誠には嘘を見抜く個性があると追加で情報を加えて。

 

「これで俺に出来ることは終わったけれど...嫌な予感がする。無事でいろよ坂井。」

 

学校に縛られ、駆けつける事のできない今の俺には、そう祈ることしか出来なかった。




久々に日常回。もっと高校生の猥談をカッ飛ばしたかったですが、R-18ではないのでこのあたりで。


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ある雨の日に

ミリメモの絶刀佳人超面白かったです。WAは3までとXFしかやってない自分にはラクウェルさんがどんなキャラかようやく把握できました。

中古で買おうにもPS2がお釈迦になっているのでWA4、5はプレイするのを諦めていた自分ですが、ようやく少し空気を知れた次第であります。


その日は、あいにくの雨だった。

 

日曜日、リカバリーガールと共に病院巡りをしていた俺は東東京の方まで足を延ばす事となった。

 

病院での治療もスムーズに終わり久々に早く帰れると思ったその時、街に言いようのない違和感を感じた。それはリカバリーガールも同じだったようで自分に「ちょっと見てみな」と言ってくれた。

 

そうして、写輪眼を発動した俺の目に映った街は誰かの身体エネルギーに侵されきっていた。

 

「街が、終わってる...?」

 

第一印象での言葉であるが、的を射た表現だと自分でも思う。

この土地は、何かが終わっている。

 

周りにいる人たちも、何かが変である事を察していたのだろう。キョロキョロしている人がかなりいた。

 

街に個性由来のエネルギーが浸透していると近隣のヒーローと警察にすぐ通報したものの、影響の範囲が広すぎることと、街の監視カメラ網にも現在は何も異変はないとのことで現在は警戒を厳にすることしかできないという話だった。

 

エネルギーの上を歩いている自分及びリカバリーガールに影響はない。街を歩いている人々にも影響はない。今のところ謎の個性だ。

 

だが、これを何かのいたずらだと楽観的に構えられるほど俺もリカバリーガールも場数を踏んでいない訳ではない。

 

「リカバリーガール、どうします?何がやばいのかはさっぱりですけど、何かがヤバイ事は確かです。」

「...あんたはパトロール中のヒーローと合流しな。あんたの目はこの街の異変を調べるのに必要だよ。」

「リカバリーガールは?」

「あいにくと今のあたしには最前線はキツイさね。大人しく病院で待機させてもらうよ。...何かが起こった時、人が集まるのは病院だからね。」

「ありがとうございます。リカバリーガールが後詰にいるなら安心です。」

「感謝するこったないよ。さ、行きな。時間がどれだけ残っているかはわからないんだからね。」

「はい。」

 

近場の高いビルを登り街全体を見渡す。どうやらこの個性の範囲は半径数キロ程の超大規模個性のようだ。

 

こういう時の犯人の探し方は中心を見るのがセオリーだと授業で習った。なのでその方向を向いて見ると、思いもよらない人の組み合わせが見えた。

 

「あれは、センチピーダーさんと...坂井?」

 

 

ワイヤーアロウでビルからビルへ飛び移ってセンチピーダーさんの元へ急ぐ。何やら今回の事件に絡んでいそうだと睨んだからだ。雨が鬱陶しいがまぁそれは今はいいだろう。雨には何かの身体エネルギーは見えない。無視して良いはずだ。

 

センチピーダーさんと坂井が路地裏に入った所でようやく追いつけた。上から驚かせてやろうかと思った所で違和感を見つけた。

 

路地裏に身体エネルギーだけの何かがいる。しかもその色は街を侵している身体エネルギーのものと同じだ。

だが二人を害そうとする気配は感じられない。むしろただ見守っているかのようだった。

 

「一体何が起こってるんだ...?」

 

今はただ、いざという時の為に警戒しつつ耳を澄ませるのみだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕には父親がいない。母さん曰く、妊娠が発覚する前に別れて以来連絡が取れなくなってしまったのだとか。

 

それを理由に小学校中学校といじめを受けていたが、僕の個性“霊化”によりちょくちょく反撃をしていたのでそれほど酷くはならなかった。

だが、それが故に友人というものとはとことん縁がなかった。個性を気味悪がられたからだ。まぁ、欲しいとすら思わなかったのだが。

 

でも、高校に上がってから彼女に出会った。

 

天真爛漫な笑顔、小柄で可愛らしい容姿、そして何よりも「一緒に新聞部やりましょう!」と言い放って僕を振り回す時の楽しそうな姿。

 

彼女と友人になった。それから世界は広がった。彼女をきっかけに友人が増えた。

 

まるで世界に色が付いたかのようだった。彼女と共に笑って、怒って、また笑う。そんな日々は僕の宝物だった。

 

彼女と出会えた事は、僕にとって最高の奇跡だった。

 

でも、それが崩れ去るのはたった一つのアプリからだった。

 

友人に勧められて始めた占いアプリ。当たると評判だが写真と名前を必要とする妙なアプリだった。まぁ占いに必要なのだろうとタカをくくって本名で突撃してみたら、驚く事が起き始めた。

 

運営の占い師さんからメッセージが届き始めたのだ。

 

それは毎日のちょっとした事だったり、テストの内容の予測だったり、或いはいじめ被害者になりそうなクラスメイトの情報だったり。

 

次第に僕はその占い師とのメッセージに夢中になった。彼は未来を見ているのだと思えて、興奮したのを覚えている。

 

そうして十分な信頼を育んでから占い師は言った。

 

言われた通りにしなければ自分は死ぬと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

誰かを害する様子もなく、ただそこにいる何か。センチピーダーさんと坂井は、ただ手に持った花をそこに置いて祈りを捧げていた。どこか周囲を警戒しながら。

 

「...覗き見はやめておくか、降りよう。」

 

屋上から降りながらネットニュースで記事を調べる。キーワードは坂井の通う私立高校。記事はすぐにヒットした。2日前、坂井が俺にメールをくれた日の朝に変死体が発見されたようだ。被害者の名前は霊堂鏡(れいどうかがみ)、死因は不明、登校時間に現場である路地裏にいた理由も不明。唯一あるのは首元にあった針のようなものが刺さった痕だけ。そこからなんらかの個性毒が侵入したのではないかとの考えから、個性登録や過去の(ヴィラン)リストから捜査を進めているのだそうだ。

 

変死体とあの何か。思い浮かぶのは検出不可能だった幕張十色を殺した口封じの毒らしきモノとミラー・ヤマザキの個性だ。

 

陰我に関係があるとの坂井の言葉を信じるならば、幕張十色を殺した手段が霊堂にも用いられた可能性は充分に考えられる。十分に注意しよう。

 

ビルから降りて路地裏に入ると、祈りを終えて何かを話していたのか、坂井とセンチピーダーさんはまだそこにいた。連絡と確認の手間が省けて何よりだ。

 

「センチピーダーさん、坂井、こんばんは。」

「おや、メグルですか。こんな所で何を?」

「...団扇くん、お久しぶりです。」

「ちょっと調べ物をしていたらセンチピーダーさん達を見つけたんで話を聞きに来たんです。今この街に起きている異変について。」

 

坂井とセンチピーダーさんは、今の言葉で俺の要件をなんとなく察したようだ。やはりこの街がおかしいというのはわかっていたのだろう。

 

「俺の目には、そこの路地裏にいる奴の身体エネルギーが街中に広がっているのが見えています。」

「...嘘はないですね。やっぱり居るんですか、霊堂くんは。」

「霊堂鏡かはわからない。でも確かに居るよ、そこに。」

 

路地裏の花が備えられている場所を指差す。これでアクションが無ければただの個性の残り香だ。

 

だが、それは無いと確信していた。

 

『僕が...見えるのかい...⁉︎』

「安心しろ。見えてるし、聞こえてる。」

「...ッ⁉︎話せるんですね、声は届いてるんですね!霊堂くんに!」

「『聞こえている』だってさ。」

「霊堂鏡の個性は霊化、死んだ後でも発動していたようですね。...私たちには観測の手段はありませんが...」

「団扇くんお願いします!霊堂くんの言葉を私たちに届けてください!」

「任せろ。それと霊堂、お前のエネルギーは残り少ない。成仏する前に何を遺すべきかをしっかり考えてから話してくれ。お前の言葉は多分、多くの命を救う事ができるから。」

 

『...わかった』と声がした。それから10分程度経ってから霊堂はゆっくりと話し始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「僕が...死ぬ?」

 

そのメッセージを一瞬見間違いかと思った。だが何度見てもその言葉は書かれている。

次に占い師のからかいかと思った。そんな事をする人ではない。占い師は、未来に関してはとても誠実な人だったからだ。

最後に、これが事実だと理解した。

 

「僕は、何をすれば良い?」

 

『簡単な事だ。君の個性である家の戸締りをしてくれ。それだけでいい。』

『それだけか?』

『ああ、それで君の運命は変わる。』

『...わかった、やってみる。』

 

実際指示は自分には簡単だった。霊化の能力、すり抜けと半実体化を使えばドアや窓の鍵を閉めることくらいは簡単だったからだ。

 

そして次の日、あるニュースが耳に残った。

逃走中だった凶悪(ヴィラン)と目されていた男が、ナイフを使って自殺を行ったのだと。その場所は自分が戸締りをした家のほど近く。

 

何か関係がある。そう直感が告げていた。

 

メッセージで占い師に連絡を取った。『この自殺はなんなのか』と。

占い師は言った。『あの殺人鬼は君と君の家族を殺すはずだった男だ。だがあの日、逃げ込むことの出来た筈だった家が閉まっていた為にその運命は変わった。』と。

 

『あの男は君のクラスメイト達を殺し、逃げ延びる卑劣な男だった。だが君の行為でこれから死ぬ筈だった多くの人は救われた。それは誇るべきことなのだよ。』

『でも、それは人殺しと同じ事だよ!』

『あの男には、本来破滅の因果はなかった。つまりあの男には罰が訪れなかったのだ。それを是とするのか?』

 

その言葉に、少し迷った。

 

『まぁ、どのみち君がした事は罪に問われる事はない。君はただ、鍵を閉めただけなのだから。この事件に犯人がいるとすれば、それは法の裁きから逃げた男であり、君に命令をした私なのだよ。』

 

その言葉を最後に、会話は終わった。

 

自分のやった事で一人の人の命が終わった。でもその実感はなかった。奇妙な感覚だった。でも、心の何処かはしっかりと悲鳴をあげていた。

 

そんな事があったから翌日の学校では上の空で、そんな自分を心配するであろう彼女のことをすっかり忘れていた。

 

「どうしたんですか霊堂くんそんな上の空ではスクープを見逃してしまいますよ?」

「坂井さん...なんでもないよ、なんでも。」

「嘘、ですね。」

 

坂井誠は嘘を見抜く。そしてその嘘に対して真っ直ぐに踏み込んでくる。

 

「話して下さいよ、友達じゃないですか。」

「もし、だけどさ。」

 

友達という言葉、高校からの付き合いだがその言葉は本当に心地が良かった。だからつい、こんな言葉をこぼしてしまったのだと思う。

 

「もし、僕の些細な行動で死んでしまった人がいたとしてさ、でもその事で誰も困ってなんかない。そんなとき僕はどうしたらいいと思う?」

「その仮定ならだんまり決め込んで良いと思いますよ。でも...」

 

「霊堂くんは今、困ってます。」

「...え?」

「中学の友達に面白い人がいて、その縁で私も人が困ってるかそうでないかくらいは見抜けるようになったんです。凄くないです?」

「...僕が、困ってる?」

「はい。私にはそう見えました。」

 

彼女の言葉は、僕の心の自分ですら気付けなかった迷いを見事に撃ち抜いてきた。

そうだ、確かに僕は今困っている。伝えられた現実に戸惑っている。でもその事を誰かに相談するだなんて思いつきもしなかった。

 

「だから、誰も困ってないなんてのは嘘です。」

「そうなのかな...」

「そうなんです。」

 

「だから話して下さい、霊堂くんがどうして困っているのかを、例え話じゃなくて霊堂くんの言葉で。友達として、力になりますよ!」

 

その言葉がきっかけとなり、ポツポツと話した。占いアプリから始まる奇妙な事件の事を。

 

正直、勢いに任せてしまった感はあった。でも後悔はしていない。坂井誠という人物を信じてみようと思ったのだ。

 

僕の世界に色をくれた、かけがえのない友人を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

霊堂からの言葉を伝えた後、自分たちは霊堂の家に向かった。彼の残した最後の言葉を確かめる為に。

 

「それで、坂井たちのあらましを聞いて良いですか?」

「ええ、始まりは坂井さんに位置情報と音声データのメールが来たことがきっかけでした。メールが届いたのは奇妙な事に彼の死から約半日経ってからですが。」

「でも、意味はわかりました。奇妙な占い師と連絡を取り合っているなんて事を言ってましたから。」

「その音声データには何が?」

「くぐもった声でしたけど、誰かと霊堂くんが話しているようでした。聞き取れた言葉は少ないですが、その中にあったんです。陰我というワードが。」

 

それが彼女があのメッセージをよこしたきっかけだったのだろう。

高校でも新聞部をやっている坂井なら、ネットに流れている陰我の情報を持っていてもおかしくはない。

 

「それから団扇くんにサー・ナイトアイを紹介して貰って、センチピーダーさんに護衛して貰いながら事件の事を調べているのがさっきまでの私たちです。」

「音声データを流した事が陰我にバレている可能性を考えると、報復の可能性は高いですからね。」

「ちなみに音声データの解析は?」

「行いましたが、案の定警察のデータベースに登録のない音声でした。現場近くの監視カメラを調べても、おかしな挙動をした人物はいなかった。やはり狡猾ですね陰我たちは。」

「そもそもなんで霊堂くんが陰我と話す事になったのかがわからなかったですけど...」

「ああ、それは間違いなく残ってる。霊堂の家に。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

坂井さんに話をして少しの日々が経ってから、再び占い師から連絡が来た。

 

助けて欲しい事があると。

 

『また僕を利用する気か!』

『協力して欲しい事があるだけさ。これからの1000年の繁栄の為に。君のお父さんのようにね。』

 

その言葉に僕は少し揺らいだ。占い師に会ったことのない父の事を聞きたい気持ちがあったからだ。

 

だが、芯はもう間違わない。彼女に教えてもらったからだ。僕の困っている事と、僕がやりたい事を。

 

『メッセージのやりとりじゃあもうお前を信用できない。会って話がしたい。』

『構わない、今近くにいるからね。だがこんな深夜に学生である君を連れ出すのも忍びない。明日の朝5時にマモーマートから東に二本行った所にある路地裏で君を待とう。』

 

占い師は時間を開けてきた。だからその間に出来る限りの準備をした。

 

確かな証拠である占いアプリのメッセージを全てスクリーンショットして画像としてパソコンに保存した。これで万が一の保険はできた。

後は占い師と直接話そう。全てはそれからだ。

 

朝5時、緊張で眠れなかったが頭は冴えている。大丈夫だ。

携帯端末を録音モードにして胸の隠しポケットに忍ばせてから路地裏に向かう。

 

「やぁ、待っていたよ霊堂鏡くん。」

「あなたが占い師さんですか。」

 

そこにいたのは、二十歳くらいの男の人だった。特に容姿に目につく所はない。平凡な男だ。見た目だけで判断すれば。

 

雰囲気だ。雰囲気がどうしようもなく終わっていた。それ以外の表現は思いつかない。

だが臆してはならない。決めたのだから。

 

「いくつか聞きたいことがあります。」

「構わない、なんでも言ってくれ。」

「まず、どうして僕だったんですか?」

「手の届く所に君がいたからだ。まぁそれが彼の息子だったのは嬉しい誤算だったがね。」

「父さん...」

「気になるかい?」

「いいえ、今はいいです。」

 

一旦深呼吸をする。覚悟はもうとっくに決まっている。

 

「どうして、運命を変えてまで命を守ろうとしたんですか?あなたは未来に対してあんなにも真摯だったのに。」

「...彼は私の守る運命を破壊する可能性を持っていたからだ。彼が殺すかもしれなかった人の中に、死んではならない人がいた。その人が死ねばこの国は割れ、多くの国がそれに干渉する事でこの国を舞台にした大戦が勃発する。」

「その未来を事前に防ぐために、殺人を行なったんですか?」

「そうだ。」

「殺人であることを否定したりもしないんですね。」

「それが私、陰我の取るべき責任だからな。この世界が救われるその日まで我を陰とし守り続ける。それが私が今生きている意味だからだ。」

 

強い言葉、強い意志、それに流されそうになる。

でも、それはダメだと心が叫んでいる。だから言葉にしよう。

 

「たとえそれが世界的に見て正しいのだとしても、僕はそれに賛同できません。」

「...何故だい?」

「友達と話して、気付いたんです。僕が死なせた人にも家族がいて、友人がいて、未来に繋がるだれかがいた事に。それは運命なんかで括れない奇跡なんだって。」

 

「だから僕は、今ここにあなたを説得に来ました。」

「...説得か、それは予想外だ。」

「あなたの今までの罪を公表しろとは言いません。でもあなたがこれから命を奪う事をやめてほしいんです。」

「それは出来ない。」

「あなたの全てを否定する訳ではありません。命を奪う以外の事なら、僕は進んで協力します。他にも友達に声をかけて、多くの人手を集めてみせます。だから、命を奪う事だけはやめて欲しいんです。」

「...わかった、もう良い。」

 

「お前は、どこかで交わったのだろうな。霊堂鏡は友人も無く、会ったことのない父親に依存する筈だった。故に私達の仲間となってくれる筈だったのだが...」

「それはどういう...?」

「私と君の道はもう交わらないという事だ。アプリの会話データはこちらで消しておく。もう金輪際君に干渉することはない。」

「僕が、あなたと会話した証拠を残してるとしたら?」

「...脅すつもりか?」

「ええそうです。ここであなたが逃げるなら、あなたの事をヒーローに公表します。僕を使って一人の人を殺した、未来予知の殺人犯として。」

「そうか、なら仕方がない。」

 

占い師、陰我はその両手を合わせた。

すると、男の体から蓮のような花は産まれた。

 

それがきっかけとなったのか、突然体が痺れて動かなくなった。

 

「何だ...コレ...⁉︎」

「苦しませるつもりはない。眠れ。」

 

チクリと首元になにかが刺さった。

 

そしてそのあとすぐに花と男は視界から消えていった

それが僕、霊堂鏡が生前に見た最後の光景だった。

 

 

それから意識が再浮上するまでにはかなりの時間がかかった。

何故か霊化状態だったが、自分の体はすぐそこに見える。だから僕は体に戻ろうとして。

 

戻れないという事実に戦慄を受けた。外傷は見えない。なのに戻る事が出来ない。それはつまり...

 

『僕は...死んだのか...?』

 

その事実を受け入れるのには暫く時間がかかった。

 

それから出来たことはそう多くない。携帯電話を操作して、最も信頼する彼女に録音データと位置情報を送ることくらいだ。それを終えた時点で、僕の体力は底をついてしまったからだ。

 

それでも消えたくない、そんな思いから何もせずに留まり続けた。

 

警官たちが僕の遺体を調べるのを見た。

母さんが僕を見て泣くのをじっと見た。

彼女が警官と揉めながらも僕の所にやってきたのを見た。

 

そして、彼がやってきた。

赤い瞳で僕を真っ直ぐに見る彼が。

 

『僕が...見えるのかい...⁉︎』

「安心しろ。見えてるし、聞こえてる。」

 

そうして彼は僕にチャンスをくれた。ただ殺されただけの僕に何かを残すチャンスを。

 

彼の提案でじっくり考えて、そして言葉を紡いだ。

僕が

 

「『10000454...パソコン』」

 

それを伝えるだけで消えそうになるくらいに辛かったが、どうにかもう一言だけ伝えたい。だって彼女は僕の恩人だから。僕の人生に色を付けてくれた初めての人だから。

 

『君に...会えて...』

 

よかった、そう伝える前に僕の意識は消えかけて

 

「君に会えてよかった。」

 

でも彼は、最後の言葉を汲み取ってくれた。

それが嬉しくて、僕はもっと彼と話したかったなんて思いながら眠りについた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

写輪眼には見えていた。霊堂の意識が消える瞬間に周囲の土地からエネルギーを集め、彼のいた場所から盛り上がるように現れたボロボロの騎士の姿が。

 

一番近くにいた俺に対して向かってくる。おそらく何も考える事ができないのだろう。その左手の剣は真っ直ぐで、しかし致命的なまでに遅かった。

 

手を添えて剣を逸らす。剣に触った瞬間にエネルギーが吸われたような感覚があったことから、放っておけばこいつはただ消えたくないが為に人を襲い続けるものだったと理解してしまった。

 

「せめて安らかに眠れ、霊堂鏡。」

 

腹に向けて桜花衝を放つ。直撃した騎士は路地を吹っ飛び、崩れ落ちた。桜花衝のダメージを再生するエネルギーもないのだろう。崩れて、溶けて、消えていった。

 

「団扇くん、何を...?」

「成仏させた、それだけだよ。」

「そうですか...ありがとうございます、団扇くん。」

 

見ていた二人は、俺に何も聞かないでいてくれた。

 

「さ、行こう。霊堂の家に。パソコンは多分そこだ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「最低一名の殺害の確定。メッセージを用いた間接的な殺人教唆の証拠。音声サンプルの入手。そして手駒を集めるのに使っていたアプリの情報...よくやったセンチピーダー。これでようやく捜査のスタートラインに立てる。」

「はい。...ですがこれは一人の勇気ある少年の犠牲が導いた結果、喜んでいられるばかりではありません。」

「ナンセンス。そんな時こそ笑うのがヒーローだ。」

「そうですね、ナイトアイ。」

 

ナイトアイは義手を装着し、リハビリを行いながらセンチピーダーと会話をしていた。

 

「だが、今回も団扇が絡むか。恐ろしい偶然...な訳が無いな。」

 

一度二度ならば偶然と割り切れる。だが彼には明らかに事件の方から向かっていっている。

何かの作為を感じざるを得ない。

 

「...オールマイトのようにどこにでも行くのではなく、必然的にそこに居る少年か...一体何が彼をそうさせる?」

「ナイトアイ、それは考えすぎでは?」

「...だといいんだがな。」

 

元オールマイトのサイドキックは、この時点で何かの違和感を感じとっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

霊堂の家から証拠のデータを回収した後、センチピーダーと坂井とは別れて自分は病院で待つリカバリーガールの元へと戻った。

 

「お疲れさん。街の異変も収まったようだね。」

「はい。原因は(ヴィラン)事件の犠牲者の、個性の暴走のようでした。でも最後のエネルギーを使い果たしてきちんと成仏してくれました。」

「そうかい。...終わっていたのは街ではなく、一人の命だったんだねぇ。」

「ええ、俺は街を覆う死を、街自体の死だと勘違いしていたようです。まだまだ目の方も精進が足りませんね。」

「それに気付けただけ上等さね。さ、戻るよ。」

「はい。」

 

その時、携帯から着信音が鳴り響いた。

 

「すいません、電話みたいです。」

 

画面には知らない番号が表示されていた。無視するか一瞬迷うところだが間違い電話だったらコトだ。出よう。

 

「もしもし?」

「あの!先輩の携帯でしょうか!」

「その声、時遡後輩?なんで俺の番号知ってるんだよ。てか声大きいぞ。」

「番号は善子さんに聞きました!それより大変なんです先輩!」

 

 

「善子さん、陣痛が始まりました!」

 

 

その知らせは、俺を驚かせるには十分なものだった。産まれるのだ、俺の血の繋がった家族が!

 

「...よし今すぐ行く!病院はいつものところだよな⁉︎」

「はい!」

 

リカバリーガールは電話が聞こえていたのか、「学校にはあたしが連絡しとくよ。家族の誕生をしっかり祝ってやりな。あと、電話のお嬢さんに落ち着きなともね。」と俺を送り出してくれた。

 

 

現在時刻は夜の10時、出産は明日の10月1日の朝早くになるだろう。

俺の、決して忘れる事の出来ない1日が始まろうとしていた。

 




長くなった珍道中編もこれにて終了。次回からは10月1日編となります。

えー、こんな作品にこれまで付き合ってくれた読者さんには申し訳ないんですが、10月1日編からは作者の腕で描ききれるか心配になるほどの展開となる予定です。要するに超重くなります。
なので合わないと感じた方は素直にブラウザバックアンドお気に入り削除をお勧めいたします。無理して合わない小説を読む必要は無いですからねー。

とかお気に入り削除にいちいちダメージを受けている作者が言ってみます。


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10月1日編
団扇巡の最も長い一日の始まり


10月1日編開始です。前話のあとがきを読んで尚この小説を読んでくれているのだと信じて、書きたいように書かせていただきます。



母さんの陣痛の知らせを聞いた俺は、急ぎ新幹線にのり長野へと向かう。

 

新しい家族の誕生という事実に、心が浮ついて仕方がない。

 

だが、母さんは現在36歳。高齢出産となる。その点を不安視してそろそろ入院させようかという話だったのだが...

そんなタイミングで陣痛が来るとかちょっと運命の神様がいるのなら抗議したいところだ。

 

駄目だ、考えれば考えるほど不安になる。

 

「よし、なんで居るのかわからない後輩に連絡しよう。あいつなら詳しい事しっているだろ。」

 

そう思い、電話番号からメッセージを送る。すると後輩からはSNSのIDが届いた。こっちで連絡しろという事だろう。

 

『今大丈夫か?』

『はい。今は分娩第1期という子宮が広がるのを待つ段階だそうです。私は鍵を貸してもらって、お母さんと一緒に入院の準備をしているところです。』

『そうか、ありがとう。』

『いえ、私はお手伝いしかできていませんから。』

『ところで疑問なんだが、なんで後輩が母さんとそんな親しい感じになってるんだ?』

『いつかのお返しにいろいろお手伝いをさせて貰ってたんです。善子さん妊婦さんですし。』

 

いつかとは、後輩のインサートの洗脳が解けた時だろう。記憶喪失で住所の分からなかった後輩はうずまきさんの家に泊まったのだとか。

 

『うずまきさんの家事スキル的に、辛かったろ。すまんな。』

『...確かに、大人になってもあれほど出来ない人を見るのは初めてでした。ヒカルくんの方がまだ頼りになりましたから。』

『うん、ほんとすまん。』

 

ヒーローとしては満点だが、家庭人としては赤点も良いところなのだうずまきさんは。よく前の奥さんが亡くなってからヒカルを育てられたものだと感心するほどである。

 

『それでは、私はこれから母さんの車で病院に向かいます。』

『わかった。俺が着くまで母さんの事頼む。」

『はい、任せてください。』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

電車を乗り換えて十数分。ようやくたどりついた、長野県立総合医療センター。ここが母さんの通院している病院である。

 

受付をすませて病室へと急ぐ。何処か寒い気がする、冷房が効いているのだろうか。

 

そんな時に、ちょっとした事件は起こった。

 

「痛っ」

 

病室に向かう道中で触ったエレベーターの手すりに何か尖ったモノがくっ付いていたようだ。ガラスの破片か何かだろうか...

 

「こういう時掌仙術できると便利だよな、絆創膏節約的に。」

 

自分の血を目印に、のりか何かでくっ付けられていた破片を慎重に取る。どうやら、割れて小さくなったガラスのようだった。

 

「面倒なイタズラを...」

 

他にも仕掛けられていないかを入念にチェックしてからエレベーターを出る。警備員さんに後で報告しようと、コートの内ポケットに入れてあった証拠保存用ビニール袋に入れておく。

今は警備責任者の業務時間外、そんな時にこんな面倒な話をされてもアレだろう。幸いにも急を要する話ではないのだから。

 

「あ、先輩。こっちです。」

「兄ちゃん!」

「ヒカル、病院では静かにな。後輩、うずまきさんとお前のお袋さんは?」

「今中で陣痛の痛みを抑えるマッサージしています。私とヒカルくんは邪魔にならないように外で待っている感じです。」

「そうか...ヒカルを頼む。俺も中に入ってマッサージ手伝うわ。」

「善子さんをよろしくお願いします。」

「ああ、任された。」

 

そう言って病室の中へと入る。中ではうずまきさんと後輩のお母さんらしき人が交代で足のツボを押していた。日頃ヒーローとして鍛えているうずまきさんも慣れない作業で辛そうだ。

 

そして何より、母の痛みを堪える声が周囲の皆の心を揺さぶっている。その痛みの幾分かでも分けてもらえたらとは皆が思う事だということろう。

 

「代わります。」

「巡くん、来てくれたんだ。」

「あなたが団扇巡くん...あの件では本当に娘がお世話になりました。」

「いえいえ、(ヴィラン)の個性の関係で覚えてないので畏まられても困りますよ。多分大したことはしていませんから。」

 

そうして見る二人には、指に絆創膏が貼られていた。2人して中指に貼っているので少し気になったのだ。

だが今はそれよりも母さんの事だ。掌仙術は傷を治癒能力の活性化で治す技なので陣痛のような体の機能としての痛みを止める術は無い。ここは素直にマッサージをしよう。ツボの場所は先程うずまきさん達がやっているのを見たので問題はない。

 

2人ローテが3人ローテになれば少しは楽になるだろう。今はまだ第一次分娩、妊娠の序盤も序盤なのだから、助産師さん達に全てを任せるその時までしっかりと気合を入れていこう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あれから数時間が経ち、日付は10月1日へと変わっていった。お医者さんの話だと、この子宮の開き具合だと早朝に個性を使った個性分娩が可能であるとの事だ。なんでもこの病院には触れた物を柔らかくする個性を持つ触手柔(さわりてやわい)さんという方がいるらしい。その人が出産予定時刻までには病院に来れるとの事だ。

なんでもあの難関で有名な個性使用資格免許を持つここの産婦人科のエースらしい。頼もしい限りだ。

 

3人でローテーションしてマッサージを回している中、一旦後輩とヒカルには家に帰そうかという話になったが、ヒカルが断固として譲らなかった。出来ることは無くても、側にいる事だけはやめたく無いのだと。

 

それは後輩も同じようで、ヒカルの面倒を見ながらしっかりと見ると言って聞かなかった。

 

最終的には母さんの「しっかり、見て、いて。」という一言で2人は病室で立ち会う事となった。母さんも痛みで心細いのだろう。

それとも、いずれ誰かの子を産むことになる後輩の為に何かを見せたいのだろうか。どちらもありそうだ。

 

「皆さん、不安にならないでください。陣痛のタイミングこそ予想外でしたが、それ以外は順調にお産は進んでいます。もしかしたら自然分娩でも大丈夫かもしれないくらいに。だから...」

 

「もっと笑顔でいていいんです!新しい命の誕生は本来喜ばしいものなんですから!」

 

その言葉に、皆不安で顔が取り繕えていなかった事に気付かされた。

 

「ですね、笑いましょう新しい命の誕生を祈って!」

 

その時の俺たちは、この誕生が喜ばしいものであるとばかり信じていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから数時間経ち、現在時刻は午前5時前となった。徹夜で見ているヒカルは少し眠そうになっている。

 

そんな中、インパクトのありすぎる姿の異形型がドアを開いて現れた。白衣を纏った触手である。なんかうねうねしてる多腕?型の異形だった。スカートを履いているから恐らく女性なのだろう。それでも見た目の赤黒さはR-18ビデオゲームで出てきそうな姿であるのは間違いない。

 

だがその見た目に反し、その声は非常に澄んだ綺麗なものだった。

 

「触手、ただ今到着デース!うずまきさんの容態はどうデスか!」

「安定しているよ、今10センチいったところ。」

「Oh!頑張ってるママさんデスねー!高齢出産の不安はなんのそのデス!でも辛そうなのでちょっと楽になるように処置をしマース。怖くないデスからねー。」

 

そう言って触手さんは何やら一本の腕を細くして、母さんの中へと入れていった。子宮口やその周辺を柔らかくして痛みを和らげる処方なのだそうだ。

だが絵面的にアレなので流石にヒカルの目は隠した。我ながらファインプレイだと思う。

 

「処置完了デス!どうデスか?」

「ハァ、ハァ、大分、楽に、なりました...」

「それなら良かったデース!さ、そろそろ分娩室に移動シマース。御一同、フォロミー!」

 

触手さん達はさらっと母さんをベッドからストレッチャーに載せ替えて移動させていった。

 

丁寧に運ばれていく母さん。その後ろをついていく。

 

先ほどの処置が効いたのか、母さんの声は幾分か楽そうだ。これなら安心して出産を見ていられる。

 

「さぁ、ここからが正念場デース!心の準備はオーケー?」

「は、いッ!」

「善子をお願いします!」

「まっかせてくだサーイ!」

 

そう言って触手さん達は出産の準備に取り掛かった。

自分たちは邪魔にならないように分娩室の隅に行く。

 

「痛っ」

「どうしたヒカル?」

「なんでもない、大丈夫。」

 

その言葉が何故かやけに耳に残った。後にして思えば、それがこの一日を手遅れにする前に行動できた最後のチャンスなのだという俺の思考の最後の警告だったのだろう。

 

そんな事に気付けない俺を尻目に、ゆっくりと、しかし順調に出産は進んでいった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

10月1日、午後5時43分。その命は産まれた!

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 

その声と共に、皆の緊張は一気に解けて消えた。

 

「産まれた...赤ちゃん...ッ!」

「よく頑張った、頑張ったな!善子!」

「これが...命を産むという事...」

「僕の、妹ッ!」

「俺の...新しい家族...ッ!」

 

へその緒を切断し、産湯に付けて洗い流された赤子を見て、皆が笑う。

 

「よく頑張りましたネ!ママさん!御一同!これがあなたたちの新しい家族デース!でもまだ油断は禁物デス、これから胎盤を出す後陣痛が始まるのデスから!」

 

そうして産まれた赤子を、うずまきさんが抱き、それを俺に渡してきた。

 

「僕の娘で、君の妹だ。」

「...はい。」

 

恐る恐るその小さな体を受け取り抱きしめる。暖かい、命の暖かさだ。

 

「こんなに小さいのに、生きてる。...信じられない。」

「巡、だって、産まれた、時は、こうだった、のよ。」

「兄ちゃん、僕も!」

「あの!私もお願いできるでしょうか!」

「こら祈里、興味があるのもわかるけれど、今は家族の時間よ。」

 

そんな和気藹々とした空気の中、違和感を覚えた。

 

先ほどまで暖かかった妹の体温が、僅かに冷たくなっているという事に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「こういう時は、『さぁ、ショータイムだ』って言うのかなー。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「先生!この子の体温が下がってます!」

「ちょっと借りマース。...本当です、とりあえず保育器に入れま...しょう...」

「触手さん?」

「不味いデス、私も寒くなってきてマス。空調何度デスか?」

「27℃です。ですが私も寒気がしてきました。」

「この病室内で寒気を感じていない人は?」

 

手を挙げたのは俺と後輩の2人だけ。ヒカルなどもう既に唇を青くしている。尋常な様子ではない。

 

「何か不味い事が起こってますネ。分娩室での集団感染?...何にせよまずは赤ちゃんとママさん、次に子供さんデス。」

「待ってください。何か個性由来の現象ならば俺の目で!」

 

そうして、写輪眼を起動させる。

 

そして見えたのは、分娩室いっぱいに満たされたあの時の毒の色。幕張十色を殺したあの検出できない毒だった。

 

「致死性の毒です!全員、この部屋から離れろ!」

 

その声に反応したのは助産師さん達とうずまきさん。動けそうにないヒカルをうずまきさんが持ち上げ、助産師さん達が母さんの体を持ち上げ、ストレッチャーに乗せてこの部屋から脱出した。

 

だが、この毒は分娩室の外側にも広がっていた。

 

「メグル!何処に逃げればいい⁉︎」

「待ってください!」

 

周囲を見渡す。左右どちらにも毒は充満している。ならば上下はどうか。窓越しに見ている限りだと、上に行けば行くほどエネルギーの密度は濃くなっている。

 

「下です!毒がまかれてるのは恐らく上から!下に行くほど密度は低くなっています!可能ならば外に!」

「わかった、皆さん下に行きます!毒の影響の少ない方に行って時間を稼ぎましょう!メグル!」

「分かってます!今この場には俺以外行けるヒーローはいないって事は!」

 

「先輩、頑張って下さい!」

「待ってくだサイ。娘さん、このお嬢さんをお願いシマース!」

「え、触手さんは?」

「警備室行って事態を説明シマース。幸いにも私の体は温度変化に強いのデス。それで人手を揃えて他の患者の皆さんを助けるのが私のしなければならない事デス。」

「それなら僕が!」

「ノーですよ、旦那さん。あなたは今家族を守るのがお仕事デース。それじゃあ行動しますヨ!」

「はい!」

 

 

写輪眼で見えるエネルギー密度が濃い場所に向けて走り出す。だが確かめなくてはならない事が一つあるので影分身を置いておく。これで時間をかけずに確認ができる。

 

本体は屋上に向けて走っていく。その間に下へと走る皆をよく見て確認を取る。

 

毒がどうやって体に侵入しているかだ。

 

「毒が体内に侵入しているのはヒカルの左掌、うずまきさんと後輩のお母さんの中指、助産師さんの手袋の内側...後輩、お前はこの病院に来てから何か傷を負ったか?小さな奴でも。」

「いえ、私はありません。でもイタズラのせいでお母さんもうずまきさんも怪我してました。」

「...ヒカルの掌からは血が流れてる...決まりだ、毒の感染ルートは血液から、だから血を流すようにこの病院の至る所に刃が仕込まれていたんだ!」

「...成る程、それが理由かッ!計画的犯行に間違いないね!この規模だと無期懲役クラスだよ!」

「...皆さんを治療します。それで追加の毒は入ってこれない筈ですから。」

 

エレベーターを待つ間にヒカルから順番に傷を治療していった。

だがまだ解せない。母さんと妹が感染している事から狙い撃たれている可能性は高い。なら奴らはどうやって出産の時間を知ったのだ?

 

「まぁ、そのあたりは本人に聞けばいいか。」

 

全員の治療が終わった後で、影分身を解除する。

 

本体は、ちょうど開けっぴろげてある屋上のドアに差し掛かった頃だった。

 

「畜生、罠とわかってても踏み込まざるを得ないッ!」

 

早く(ヴィラン)に催眠をかけて、この個性パンデミックを終わらせなければ死傷者が出かねない。だから行くしか無い!

 

屋上のドアの前に差し掛かった時、何かが上から落ちてきて、自分に矢のような投げナイフを放ってきた。

だが、想定の範囲内だ。写輪眼には見えている。

 

そう思って回避しようとした時に、ぐらりと体の動きが鈍るのを感じた。()()()()()()()()()()

 

回避しきれない。故に取るのは防御だ。コートで投げナイフを全て受ける。防弾防刃コートの頑丈さは伊達ではない。

 

「何故、今になって寒気が?」

「それはデモンストレーションの為だよー。まぁ今の奇襲で終わらせたかったのはあるんだけど。」

 

上から落ちてきた20代程度の女性がそんなのんびりとした声で答えてきた。白衣を着て入館証を持っているので、この病院の勤務医かもしれない。

だが、この身体エネルギーの色は見間違えない。この女がこの病院に毒をまいている元凶だ。

 

「デモンストレーション?」

「そう。」

 

「私の子達は私の命令が無いと無害なの。でも今みたく潜伏させていた子を起動させる事もできる。逆に言えば...ってこれは分かるよね?」

「...起動範囲は?」

「測った事ないや、でも10キロくらい離れても起動はできたよー。」

 

恐ろしい。個性も、それを用いるコイツの精神性も。そして何より

 

「じゃあ本題。ヴィラン潰しくんには直接戦闘では勝てそうにないのでお願いがあります。」

「...何だ?」

 

「今この病院に入院してる患者さん達を殺されたくなかったら、死んで?」

 

純然たる狂気を持つ、コイツの目が。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

触手柔は病院内を疾走していた。数多の触手を壁に引っ掛けて引っ張る事でただ走るよりも数段と速く。この病院を守りたいと思う願いで自身に走る寒気を無視して。

 

だが、彼女には絶望的にまで場数がなかった。こんな早朝の病院にいるその青年を前にしても「危険だから逃げてくだサーイ!」と叫んでしまうまでに。

 

「...全く、これだからあいつの仕事は信用できない。まぁ今回は異形型故の耐性と見るべきか。」

「何言ってるんデス!今病院には毒がまかれてマース!速く逃げてくだサーイ!」

「ああ、逃げるとするよ。目撃者を始末してからゆっくりとね。」

 

触手柔は気付かなかった。この男が何処の部屋から出てきたのかを。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからあっさりと先手を取られてしまった。まぁ最も、一人で警備室に来ると決めた時点で、先手を取って何かをしたとしてもこの結果が変わるとは限らないのだが。

 

男は両手を合わせ、背中から蓮のような花を咲かせた。

 

「ッ⁉︎体が、痺れて、動きま、セーン...」

「君のような良い人はなるべく死なないように誘導したつもりだったんだが、やはり奴らが絡むとうまくいかないな。」

 

そうして、男は触手が完全に動かなくなるまで待ってから消えるように姿を消した。

 

その後には、ただ警備室にたどり着けなかった触手柔という女性の姿だけが残った。




まだジャブです。


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狂気と新技と嘘

Q 万華鏡写輪眼の開眼フラグは誰ですか?


「今この病院に入院してる患者さん達を殺されたくなかったら、死んで?」

 

告げられた言葉は、酷くシンプルだった。俺の死で、この病院の人たちや母さん達が助かるのなら悪い選択ではないのだろう。

 

この言葉が真実ならの話だが。

 

崩れた体勢を整えないまま、移動術でタックルを仕掛ける。体の動きは重くても、まだ動ける。ならばやるべき事はこいつを倒し、このパンデミックを止める事だ。

 

だが、そのタックルはあっさりと避けられた。チャクラの爆発だけで突っ込んだノーモーションタックルだというのにだ。個性だけの奴じゃあない。面倒な手合いだ。

 

屋上にて相対する俺と白衣の女。上を取られるという地の利は脱したがそれでもこちらには体に入れられた毒というディスアドバンテージがある。短期決戦を決めるしかない。だが相手もそれを分かっているのだろう、隙の生まれる攻撃的な行為を取る様子が一切ない。

 

そして何より厄介なのは決してこちらと目を合わせようとしないその目線だ。こちらの手をしっかりと調べているのだろう。

 

「危ないなー、答えはNoだって事?」

「当たり前だ、お前の言葉が信用ならない。」

「あ、それもそっか。初対面だもんね私たち。」

 

「私は火隠血霧(ひかくしちぎり)。よろしくねー、団扇巡くん。」

 

狂った目のこの女はそう言って、本来隠すべき素性をあっさりと吐いてきた。

 

「団扇くん、お話しようよ。お互いが信用できるように。」

「...時間稼ぎには付き合わない。」

「えー、じゃあ...はい!」

 

瞬間、写輪眼に身体エネルギーの波が一瞬見えた。

受けた体に異常はない。何をしたんだコイツは...

 

「今、この病院にいる私の子達を全て起動したよー。」

「...は?」

「病院だからねー、点滴注射してる人とか傷のある人とかいっぱいいるよねー。」

 

その言葉に衝撃が走る。コイツはいま病院にいる数十人の命をいとも簡単に殺したのだ。

 

「お前、何故そんな簡単に命を奪えるんだ!」

「んー、まだ奪ったなんて言って欲しくないなー。」

 

「私の子達は、私の命令で停止させる事も可能なの。だからまだ死んでないの。つまり、選ぶのは君だよ?」

「...」

「今この病院には君の家族もいるんでしょ?お母さんと、新しい家族!弟くんかなー、妹ちゃんかなー?」

「...妹だ。」

「そっか、可愛い子に育つと良いね!」

 

「寛大な私はもう一回チャンスをあげます。団扇巡くん、君の命でこの病院のみんなを救おう!君の大切な家族を救おう!だから、死んで?」

 

コイツは完全に狂ってる。だが解せない。愉快犯のようにも思われるコイツだが、その行動は全て俺を殺すために直結している。

故に問い正そう。なんとなく、奴が絡んでいる事は察しがついているが。

 

「一つ聞きたい。」

「ん?何?」

「何故、俺を殺そうとする?」

「君が居ると、この世界が救われないかも知れないんだって、大変だねー。」

「...やはり陰我かッ!」

「有名になっちゃったよねー、陰我くん。本人はただ個性が凄いだけの根暗クソ野郎なのにネットではちょっとした有名人だもん。」

 

もはや問答は無用だ。コイツはのさばらせておいてはいけない。ここで確実に捕らえて終わらせる。

 

「表情が変わったね。答えを決めたの?」

「ああ、決めた。お前を倒してこの病院を救う。」

「私を倒したら子供達の停止は出来ないよ?」

「できるさ、俺の...写輪眼なら!」

 

その言葉と共に影分身を発動する。3人に分かれて囲むように火隠に近づく。普段と比べると動きは鈍いが、奴の個性は傷から侵入する毒。身体強化系でないのなら3対1は不可能!

 

先行した影分身が桜花衝を放とうとする。その隙を埋める形でもう一人の分身が蹴りかかる。そして本体の俺はバックパックからミラーダートを取り出して回避先を狙い撃たんと構える。

 

だが、その動きは全て読まれていた。火隠は白衣の裏から大型のナイフを取り出し、蹴りを捌き、桜花衝を回避し、その隙を狙ったミラーダート三本を払い落とされた。

 

そして一瞬の交差のうちに、分身達のコートに守られていない部分にナイフを当てて浅い切り傷を付けた。

それだけで分身二人は動けなくなったと判断しチャクラに戻った。

 

経験フィードバックによると、傷が付けられた瞬間から身体の動きが明らかに鈍くなったようだ。本体の俺がまだ動けること、分娩室で発症したばかりの人たちがまだ動けた事などを考えると、恐らく毒の濃度の問題だろう。

 

要するに火隠の射程圏内での傷は致命傷となる。負傷覚悟で一撃を食らわせるのも出来なくなった訳だ。こちらは短期決戦しかないというのになんていう狡猾さだ。

 

だが、まだ動ける。奴がどうやって影分身を感知したかはわからないが全方向を感知する手段があると仮定する。影分身を使った不意打ちは効かないだろう。

 

ならば、正面から不意を打つまでだ。

印を結び相手の想定外の技を放つ!

 

「何、手遊びでも...ッ!」

「そこはまだ俺の射程圏だ!火遁、豪火球の術!」

 

まさか医療個性に応用できる身体エネルギー強化の個性から炎が出てくるとは思うまい。実際俺も前世の知識がなかったら思わなかったと思う。

案の定、火隠は一手遅れた。

 

炎に飲まれる火隠、即死しないように低温にしたがそれでも炎に飲まれたのだ、大ダメージは免れない。これで状況は互角と思い接近戦を仕掛けようとするも、何かヤバイという直感からコートを翻した。

直後、火の中から血まみれになった白衣を着た火隠が飛び出してきた。動きのキレから判断するに、火傷のダメージはなさそうだ。

 

「凄いね、団扇くん。火を吹くなんて思いもしなかったねー。奥の手が無かったらやられてたよー。」

「その血みどろが奥の手か。」

「私自身に使うとは思って無かったよー、子供達のいっぱい入った血液。凄いでしょー。」

 

()()()()()身体エネルギーを見るに、もう役割は終えているのだろう。火隠の被ってる血はただの血だ。だがそこに毒が急速に溜め込まれているのが見える。毒の性質は外に出た血にも集まっていくのか...。

 

なら外に血を出せばそこに毒を誘導できるか?無理だ。毒の濃度の濃いここではそんな事出来る訳がない。

 

相変わらずの八方塞がりだ。だが思考を止めた先にあるのは死だけだ。今はただ、考えろ。

 

「んー、さっきみたいに変なことされても困るしなー。...うん、待ってるだけじゃなく、攻めよっか。」

「さらっとそういう事言わないで欲しいもんなんだが。」

 

火隠は半身に構え、ナイフを前に出す構えを取ってきた。ナイフで傷さえ付ければいいのだから振りかぶる必要もないのだろう。故にその構えには溜めが見当たらなかった。隙が少ない。

 

「いくよー。」

 

火隠の動きはフェンシングを思わせた。前に出した右足をそのままに突っ込んでくる。フェンシング違うところがあるとするなら、それは左手でひっそりと抜いていた小ぶりのナイフの存在だろう。恐らくあれは投擲用。迂闊に離れればアレで手傷を負わされる。

故に俺の取る策は接近だ、リーチは向こうに分があるがそれとてナイフの刀身程度。この身体でも一手で詰めれる距離だ。

 

ここからは技量勝負だ。俺が火隠に切られるか、その前に俺が打開策を思い付けるかの。

 

首を狙う突き。半身になって躱す。そのまま首を切り払いにくる。コートで防護された左腕で受け止める。チャクラでナイフを吸着し、左腕を大きく外に回す事で関節を決める。

 

「痛っ!」

 

そのまま手を掴み、連続関節技へと繋げようとしたところで再び来る身体の重さ。火隠はその動きの1段階鈍るタイミングで右手のナイフを手放し、距離を取りつつ左手の投げナイフを放ってきた。

すんでの所で回避しようとするも体の反応が悪く、致命傷を避けるだけで精一杯だった。

 

その結果が、俺の頰にできたかすり傷である。

 

寒気と共に身体の重さが一気に加速する。咄嗟に治療するも既に充分に毒は体に入ってしまったのだろう。堪えきれず膝をつく。

 

「うん、やっと終わったかなー?」

 

そんな言葉とは裏腹に、火隠は近づいては来なかった。

 

投げナイフで確実に仕留めるのだろう。だが、身体が動かないなりにもまだ足掻きはある。思考はまだ止まっていないのだから。

 

何が必要か?俺の身体の解毒だ。

何が見える?周囲に見える毒のエネルギーだ。

なら、何故あの時()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして()()()()()という言い回し、アレをそのまま捉えるとしたならばこの毒は()()()()に捉える事が出来ないか?

...試してみる価値はある。身体の重さとは別に、まだチャクラは十分に残っているのだから。

 

「火遁、火焔流し!」

「まだ何かあるんですかー。」

 

地面についた手から火を広範囲に広げる。火隠は警戒して火から離れるだろう。だがそれが狙いではない。

狙いは、俺の目で毒がどんな変化をするかを見る事だ。思えば豪火球の後の火隠の見え方は変だったのだ。この濃度の毒の中で血に身体エネルギーがない事が見えたのだから。

その事から逆算すると...ッ!

 

「地面に火を流した後で、何にもなりませんねー。これは最後の足掻きって奴ですかねー?」

「ああ、そうだよ。」

「...何かありますね。」

「ちっとは油断してくれよ。」

 

いや、油断してくれなくていい。むしろ油断するな、警戒して様子を見てくれッ!

 

「手は先程火を放った時と同じ組み方、先程の弱火で油断させた所で強火を放つつもりですかねー?」

 

手を組んで、形態変化のイメージを行う。ロクに動けない今、ナイフを回避する方法は無い。

 

「残りの投げナイフも少ないですし、十分な子供達は体内に入ってる。...待ってても死ぬ以上、無理は禁物ですねー。」

 

その言葉の瞬間にイメージは終わった。初めてかつ微細な術故に成功するかは疑問だが、どうせ出来なければ死ぬだけだ。やらないで死ぬよりはいいだろう。

 

「火遁...」

「来ますかー。」

「流血熱加の術。」

「...え?」

 

戸惑いの声が聞こえる。今の戸惑いで奴の感知の仕方がわかった、奴は毒の、いやこの寄生虫の位置を把握しているのだ。最初の奇襲で位置を把握されたのと、影分身による攻撃が通じなかったのはそのためだ。林間合宿に来た毒霧の少年、マスタードとかいう(ヴィラン)と同系統の感知と見て間違いはないだろう。

 

「何を、したんですか...ッ!」

「流血熱化の術、今作った忍術だよ。効果は身体に流れる血液の温度を上げるだけ。それだけでお前の寄生虫は無力化できる。...体の色んな所から感じる痛み的に、ちょっと火傷してるけどな。」

「...ッ!」

「寄生虫だと判断したのは、まぁ感だ。当たってるみたいだが。」

 

立ち上がり膝を払う。さも自分が完全に回復したかのように見せるために。

ついでに目が合わないかと試してみるが、向こうはこちらの狙いに気付いたのか目を完全に閉じてしまっている。面倒だ。

 

「ついでにお前の奥の手の正体もわかった。血液に寄生虫を過剰に込めた液体で相手の体を冷やして寄生虫の動きを促進させるんだろ?その応用で豪火球の炎を防いだ。機転が利くな、お前。」

 

ついでに話してるあいだにちゃっかりもう一つの新術のイメージを練る。まぁこっちは虚仮威しで構わない。一瞬相手の感知を誤魔化せればいいのだから。

 

「でも、どうしてわかったんですか?私の子達が温度に弱いって。」

「俺の火焔流しはまだ大した温度出ないんだよ。にも関わらず地面近くの寄生虫は消えていった。だから大した耐熱性はないんだと判断した。」

「...エネルギーを見る目かー...」

「その通り、写輪眼には見えてたんだよ。お前の子供達は。」

 

さぁ、会話による時間稼ぎは終わりだ。さっきまでのだるさが抜けた訳ではないから身体は重いままだが、それでも今ここで精神的アドバンテージを取れたのは大きい。

 

「どうする?屋上の出入り口は俺の背中、逃げる道はないぞ?」

「...んー、腹括るかなー。」

 

そう言って火隠は投擲用の小さなナイフを右手に持って、先程のナイフを前に出す構えをとった。

 

「ここで殺すよ、団扇巡。」

「殺されねぇよ、火隠血霧。」

 

火隠の体から身体エネルギーが濃密に出てくる。目に頼らない感知範囲を広げる為だ。

だがそれは俺の想定通りの動きだ。故に対策は出来ている!

 

「火遁、桜花炎掌!」

 

桜花衝で火遁の性質変化を吹き飛ばす新技だ。まぁ技の練りが甘いせいで相変わらずの低温だが、周囲の寄生虫を吹き飛ばすには十分だ。

 

これであいつは、周囲の確認のために目を開けなくてはならない。そしてそここそが俺の狙った瞬間ッ!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「...鏡ッ!」

「もう遅い!写輪眼、鏡面巡りの術!」

 

鏡を介して目と目を結ぶ。これぞ鏡面巡りの術なり。

 

正直今のコンディションだと格闘戦は間違いなく負けるので小技に頼らざるを得なかったのだ。なんにせよ決まって良かった。

 

「さぁ、個性を解除しろ。お前への尋問はそれからだ。」

 

その命令への返答は、狂気的な笑い声だった。

 

「何故笑ってる!」

「笑うしかないよー。だって団扇くん、敵の言う事を真面目に信じちゃうんだもん。可愛いねー。」

「...は?」

 

奴の言葉に嘘があった?何処だ、何を騙した?何のために?

 

「私の個性“吸熱潜虫”は潜ませてからの遠隔起動はできるよー、でもね?」

 

「一度起動させた子達を停止させる事なんて出来ないんだー。」

 

戦う前の交渉を全否定するかのようなその言葉に、一瞬くらりときた。じゃあ何だ?あの分娩室で発症した皆も、この病院で静かに朝を待つ人々も、皆死ぬと言うことか?

 

「ならなんでそんな二択を迫った!」

「動揺してくれるかなーって。交渉に応じてくれるならそれはそれで良いんだし。」

 

つまり俺がコイツに歯向かった時点でもう皆死ぬ事になったというのか...?

 

そんな事があってたまるか。今の俺なら寄生虫を無力化できる。急げばまだ間に合う筈だッ!

 

「お前は寝てろ、俺は行く!」

「はーい。おやすみー。」

 

そう言って火隠は眠りについた。感染順的にまずは分娩室にいた人達の治療からだ。それと並行して影分身で入院してる人達を順次治療していく。そう決めて屋上から降りようとした時に

 

気持ちとは裏腹に動きの鈍い身体が、階段の一歩目を踏み外した。

 

階段から転がり落ちる。身体中か痛いが幸い何処も折れてはいない。だが足を捻ってしまったため、治療が必要だ。

 

「クソ、この忙しい時にッ!」

 

捻った足のまま歩く事と、治療して重い身体でも走る事、どちらが速いかを考え、先に足を治療する事を選んだ。

 

「...良し、これで走れる。」

 

警備室には触手さんが行っている。もうじき応援のヒーローや救急車が来るだろう。俺はそれまでの間に最大限の治療をすれば良い。

 

と思った瞬間に気付く。これが陰我の多段階殺人計画なら、これで終わりの筈がないと。何か伏せてあるカードがある筈だ。それを注意しなくては。

 

「今はとりあえず、治療を...ッ!」

 

見えたのは、ナースセンターで倒れている看護師さんの姿。

重い体を引きずり、駆け寄り治療を試みるがもう既に事切れていた。

 

「...待て、この看護師さんが死んでるって事は...ッ!」

 

影分身を出して周囲の病室を巡らせつつ、本体である自分はエレベーターで下に向かう。...すぐに情報のフィードバックは来た。俺の考えた最悪の結果を伴って。

 

「俺は...間に合わなかった...?」

 

この病院には何人入院していたのだろうか。何人のお医者さんが夜勤に勤めていたのだろうか。

 

今日という日が当たり前にやってくると信じている人は、一体何人いたのだろうか。

 

その命の数が俺の心にのしかかる。

 

「せめて...皆だけでも...」

 

うずまきさん、ヒカル、後輩のお母さん、母さん。そして新しく生まれた俺の妹。せめて皆だけでも生きていて欲しい。

 

そんな思いから一階に降りて、彼女以外動く人のいないロビーを見て悟ってしまった。

 

それでも確認せずにはいられない。もしかしたら俺の勘違いで、まだ大丈夫かもしれないんだから。

 

「...後輩、皆は?」

「せん、ぱい...」

 

後輩は、抱きしめていた妹を俺に渡してきた。青い顔だった。冷たい手足だった。

あの尊くて、幸せだった命の暖かさが、その身体からは消えていた。

 

「皆、間に合いませんでした。」

 

答えられない。

 

「皆、突然動けなくなって。それからすぐに冷たくなって。」

 

答えられない。

 

「うずまきさんは、ヒカルくんを抱きしめて、すぐうずまきさんも動かなくなりました。」

 

答えられない。

 

「助産師さん達は皆で善子さんを治そうとして、何も出来ずに動かなくなりました。」

 

答えられない。

 

「母さんは、最後に私に言葉を残そうとして、それができずに動かなくなりましたッ!」

 

答えられない。

 

「この子は、だんだん冷たくなって!そして、私の腕の中で...死にましたッ!」

 

答えられない。

 

けれど理解だけはした。そうすると身体中から力が抜けていった。

 

それでも冷たくなった妹を抱きしめる、その冷たさが俺を責めているかのように思えてならなかった。

 

だから、母さんの横にそっとその身体を横にした。最期はきっと、母さんの側がいいだろうから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 

俺も後輩も、ただその場に立ち竦んでいた。

 

「駄目です。何度試しても飛べませんでした。」

 

後輩が突然言う。

 

「飛ぶって、何処に?」

「過去にです。」

 

その言葉に縋り付く程に、俺の心は弱り切っていた。

 

「なぁ後輩、どうやったら飛べる?」

「わかりません。ノートにあった私の個性の条件は満たしているはずなのに。」

「条件ってのは?」

「目の前で人が死ぬ事、らしいです。」

「じゃあ、まだ一回チャンスはあるんだな。」

 

後輩のその言葉を信じて、俺はバックパックから最後のミラーダートを取り出した。

 

「頼む、皆を救ってくれ。」

 

火隠の虫にやられたダメージはまだ抜けきっていない。皆が死んだ心のダメージは俺の身体を蝕んでいた。

 

だから、迷わずにそれを行うと決められた。

だが、その手を止めたのは後輩だった。

 

「嫌です。もう、誰かが死ぬのなんて見たくありません!」

「でも、俺が死なないと皆の命を救えないッ!」

「先輩が死んでも意味はありません!私は、私は!」

 

その先の言葉を口にせず、後輩は俺に突然のキスをした。

 

暖かい、命の味がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私は、先輩が好きです。」

 

この言葉は、もっとムードのある時に言いたかった言葉だった。雄英に進学して、先輩との仲を深めて、その上で言おうと決めていた筈だった。

 

「後輩...」

「少しでも私の事を思ってくれるなら、思い止まって下さい。これ以上、私から大好きな人を奪わないで下さい。」

 

その言葉と共に、先輩は鏡のナイフを手から落とした。

 

「じゃあ、どうしろってんだよ...」

「外に出ましょう。」

 

先輩に肩を貸して、倒れている皆さんを踏まないように大きく避けて、病院の玄関から外に出た。

 

そこには、終わった雰囲気の男がいた。

 

「火隠を切り抜けるか...つくづく恐ろしいな、貴様は。」

 

その言葉に先輩は反応して、私の肩から離れた。

 

 

「何故、火隠の事を知っているッ!」

「単純な理由だよ。」

 

「私が陰我だ。」

 

その瞬間、先輩は一瞬で男に詰め寄った。

 

「お前が、いるからぁ!」

「...やはり追い込まれると人は単調になる。」

 

そうして、先輩は男から伸びた木に貫かれ、体内からいくつもの枝を生やして死んだ。

 

「挿し木。体内に入れた木を急速に成長させる技だ。安心しろ、お前には使わない。せめて楽に逝くといい。」

 

大切な先輩が死んだ事で、感情が爆発したのを感じた。どこか遠くの次元へと飛んでいく意識、だがそれを繋ぎとめてくれたのは命が消えていく地獄の中で先輩とキスをしたという記憶だった。

 

そうして、私の二度目の旅が始まった。




A いっぱい


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万華鏡写輪眼

ギリギリ連日投稿セーフ。書きたい展開に近づくと筆が速くなるもんですねー。


意識が戻った瞬間、目の前には先輩の顔があった。

 

さっきの意識が何かを超える感覚を、記憶では無いところが覚えている。

あれが、タイムリープだ。

 

「先輩、逃げましょう!陰我とかいうのが先輩を殺しにやってきます!」

「...キスしたと思ったら突然そんな知らせ...タイムリープに成功したのか。」

「はい、そうみたいです。」

 

「なら、俺は行く。お前は逃げろ。」

「先輩⁉︎」

 

赤い目で真っ直ぐこちらを見る先輩は、どこかが壊れているように見えた。

 

「陰我は何処から来る?」

「...正面玄関からです。」

「広いな...まぁやれない事はないか。」

「何をする気ですか?」

「不意を打つ。」

 

それだけを言って、先輩はゆっくりと身体を玄関の方へと進めていった。

だが、ただその姿を見ているだけなんてできる訳がない。

私は急いで先輩に肩を貸した。

 

「先輩が勝つまで、私も協力します。」

「...そうか。頼む。」

 

そうして、二人で受付カウンター裏へと潜んだ。正面玄関から入ってくるあの終わった男を待ち伏せする為に。

 

先輩が殺されてしまうあの光景の恐怖から逃れる為に、先輩の手を強く握る。どこか壊れた先輩は、それでもしっかりと握り返してくれた。硬くて優しい。先輩らしい手で。

 

こんなに傷ついていても、先輩は先輩だった。その事が嬉しくて少し笑みが溢れた。

 

不意に音楽が鳴り響く。正面玄関の自動ドアが開いた音だ。

 

「行ってくる。」

「はい、見ています。」

 

男の足音だけが響く。それを頼りに先輩は高速移動で奇襲を仕掛けた。

 

だが、その奇襲は男に読み切られていた。

半歩だけ動いて先輩を回避した男は、そのまま先輩を殴り飛ばした。

 

ロビーに転がる先輩。だが男は掌を向けた後、すぐにあの木を伸ばす技を使っては来なかった。

 

「...どうして私が来ることを知っていた?」

 

先輩は答えなかった。もしかしたら答えることができないほどのダメージを負ってしまったのかもしれない。

 

恐怖に身体を縛られるな、時遡祈里。

先輩を救うには、今出て行くしかない!

 

「...まぁ、大方生き残った誰かの個性だろうな。面倒な事だ。」

「先輩!」

「に、げろッ!」

「そいつが鍵か、探す手間が省けたな。」

 

カウンター裏から飛び出して先輩を庇おうとする。

でもそれは致命的に遅かった。

 

「挿し木。」

 

先輩の身体を再び貫く木の槍。生える枝。

団扇巡という先輩は、私の前であっけなく死んだ。

 

走る勢いのまま、先輩に駆け寄る。流れ出る血の生暖かさが先輩の命のように思えてならなかった。

 

「嫌ぁああああああああ!」

 

そうして、私はまた次元を超えて飛んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから何度も先輩は男を奇襲しようとした。だが男はどれだけ手を変えても当然のように回避し、対応し、そして先輩を殺していった。

 

もう、今が何度目かを数えるのは止めてしまった。

気付くのが遅すぎた、今の傷付いた先輩では絶対にあの男に勝てない。

 

だから私は方針を変えた。先輩を必ず生かすことだけを考えようと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「何も言わずに私の言葉を信じて下さい、先輩。」

「後輩?」

「裏口から外に行きましょう。外に出ればプロヒーローがいます。」

 

嘘だ、外にヒーローがいるかはわからない。だが今は正面玄関から先輩を遠ざける事だけを考えて私は先輩に嘘をついた。

 

だが、裏口から出ようとした際に目にした光景が、私の本当の絶望の始まりだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうして⁉︎」

「何を驚いているかは知らんが、まぁいい。」

 

そこからは最初の光景をなぞったようだった。男が陰我と名乗り、それに逆上した先輩が無策で突っ込んで木の槍に殺される。

 

そして再び次元を超えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからの行動はおかしかった。正面口と裏口どちらにも存在する男を躱すため、中庭から逃げようとしたり、窓を割って外に出たり、駐車場から外に出ようとしたり、考えられる様々な方法で外に逃げようとした。

 

だが、絶対にあの男はいた。どこに逃げても、何処から逃げても絶対に。

 

携帯で外部に連絡を取って助けて貰おうとしても、何故か圏外になっていてどこにも繋がらなかった。病院内部の電話も同様だった。

 

病院からは逃げられない。そう運命付けられているのかもしれなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

4階の大部屋の病室のベッドの下、そこに先輩は隠れていた。私は違うベッドの下に。この病室を確認したが、誰も生き残りは居なかった。心が麻痺してきている事がわかる。

 

だが、男は現れた。真っ直ぐと先輩の元へ向かって。

それを見た先輩は潔くベッドの下から抜け出した。ベッドの上にいる人に被害が出ないようにだろう。

 

「どうして隠れているのがわかった?」

「教える馬鹿がいると思うか?」

「...そりゃそうか。」

「逆に聞こう。どうして追っている事がわかった?」

「教える馬鹿がいると思うか?」

「...それもそうか。」

 

そうして先輩は構え、戦い、そして殺された。

死に倒れた先輩の目が私と合った事で、私はまた耐えきれなくなって、そしてまた次元を超えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何処に隠れても、結果は同じだった。男は真っ直ぐに先輩の元へと向かっていった。発信機か何か仕込まれているのではないかと調べてみても、そんなものはなかった。

 

訳がわからなかった。それでも次は隠れられると信じて、気付けば病院全ての部屋を試していた。

 

倒せない、逃げれない、隠れられない。

もう、私の心は限界だった。

先輩の死を見ても、最初ほどの感情の爆発が起こらなくなってしまった。このままではそう遠くないうちに飛べなくなるだろう。

 

だから、最後に最も先輩と長く居られる選択肢を選んだ。

この絶望からの逃避という、最悪で最後の選択肢を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「着きました。」

「ああ。」

 

先輩に肩を貸して屋上に登る。

 

先輩は、何も聞いてこなかった。

私も、何も言う気にはなれなかった。

 

ただ鋭い先輩の事だから、タイムリープの事は感づいているんだと思う。そうじゃなかったら善子さんたちを置いて屋上に行くなんて承諾しない筈だから。

 

二人で、屋上から外の景色を見る。朝日が、とっても綺麗だった。

知らず私の目からは涙が流れて、先輩はそれを拭ってくれた。

 

だから、つい言葉が溢れ出した。

 

「...どうして、先輩は私の言うことを聞いてくれたんですか?」

「お前が、声にならない『助けて』を叫んでいたように見えた。だから、せめて一緒にいようと思ったんだ。」

「先輩自身も辛いのに?」

「俺の傷を理由に、誰かを助けないのは違う。そう思っただけだよ。」

 

その言葉に、遠い記憶を思い出す。いつかどこかで、同じように先輩にそんな事を言われた気がした。どこかは思い出せないけれど、きっとそれが、私のこの思いのオリジンなのだろう。

 

「先輩、私、団扇先輩の事が大好きでした。いえ、今も大好きです。」

「...ありがとう、時遡後輩。」

 

私は先輩を抱きしめて、先輩は私を抱きしめてくれた。この幸せがずっと続けばいい。本当に心の底からそう思った。

 

先輩の中に、張りぼての生きる意味が生まれたのをなんとなく理解できた。それが微かな希望でも、私の事を願ってくれていて本当に嬉しかった。

 

でも、ここは地獄のままだった。

終わった男がやってくる。

 

「屋上にいた理由は何故だ?」

 

答えずに、先輩は私を背中に庇う。

 

「もう一人居るとはな...名前は何と言う?」

「時遡祈里です、陰我。」

「...イレギュラーか、しかも情報系の個性持ち。ここで出会えて良かったよ。」

「...顔と名前か。」

「...鋭いな、本当に厄介な手合いだよ貴様は。」

 

先輩は、手を強く握りしめその後私の目を見た。

先輩の、何かが切り替わる音が聞こえたような気がした。

 

「俺が屋上に居た理由を教えてやる。それは!」

 

先輩は、振り返って私を抱き抱え、屋上から飛び降りた。

 

「逃がす為だ!」

 

そして先輩は腰の機械を操作し、ワイヤーを壁に刺して屋上から一気に降下した。

 

この風を切る感覚は覚えている。先輩と今の私が最初に会った時も、こうして先輩に抱かれて風を切っていたのだから。

 

地面に着地し、私を抱き抱え先輩は走る。屋上に男がいる以上、距離は稼げた筈だった。だが男も屋上から飛び降り、足から木を伸ばして着地した。

 

「やっぱ影武者か。因果律予測なんて個性じゃあ、運命に映らない俺は殺せない。木を操る個性か?」

「さぁな。」

「なんにせよやる事は変わらない!走れ後輩!ヒーローを呼んでくれ!コイツは俺が止める!」

「先輩⁉︎駄目です、正面からじゃあそいつは倒せません!」

「なんとかする!」

 

その根拠のない言葉に一瞬惚けて、でもそれが最適解だと考えられた。私が近くにいる事は、足手まといにしかならない。

 

そうして振り返った先に見えたモノを見て、私は先輩を突き飛ばした。

 

そして、私のお腹に木の槍が刺さった。

 

最後に一回だけでも、先輩を守れた。それが嬉しくて笑みが溢れた。

でも、最後まで祈里と呼んでもらえなかった事、それだけが少し後悔だった。

 

だから、最後に一言だけ声が出たのだと思う。

今の投げやりになってしまっている先輩を正道に戻したい、そんな願いからの一言が。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「後、輩?」

 

突然突き飛ばされた俺の目に映ったのは、木の槍に貫かれながらも笑っていた時遡祈里という少女と、

 

()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

「まだ生き残るか」

「だが次はない」

 

二人の同じ顔の男は、それぞれ違う行動を取った。

一人の男から出てくる木の槍を後輩を持って躱す。まだ治療の可能性があるかもしれない。そう自分を騙せない嘘をつきながら。

 

だが、もう一人の男が蓮の花を咲かせた瞬間に、身体の自由はなくなった。身体が痺れて動かない。

 

もう、打つ手はない。ここで終わりだ。だから最後はせめて俺を好きだと言ってくれた彼女の方へと顔を向けて。彼女の最後の言葉を聞いた。

 

「生きることを、諦めないで。」

 

その言葉と共に彼女の目からは光が消えた。命が終わったのだろう。

 

最後のタガが外れるのを感じた。

 

多くの人が死んだ。父のように慕っていたうずまきさんが死んだ。弟だと思っていたヒカルが死んだ。俺を許さずとも、家族だと認めてくれて母さんが死んだ。暖かな温もりを持つ、未来溢れる筈の妹が死んだ。

そして、俺に愛を囁き、張りぼての生きる意味をくれて、俺に願いを残した彼女は、今目の前で死んだ。

 

「「終わりだ、団扇巡。」」

 

思った事はただ一つ。彼女と共に未来に生きたかったという事だけ。

 

それをきっかけに、右目から流れる血涙とともに自分と後輩は()()()

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「「消えた...」」

 

二本の挿し木が当たる直前に、団扇巡と時遡祈里の姿はかき消えた。

その現象を見た後、転送系の個性が介入してきたのだと判断した。このままでは多くのヒーローや警察に介入されてしまう。それではこれまで隠れて来た意味が無くなる。

 

「団扇巡の位置が探れない。...そういった類の個性か?何にせよ今はもう引き時だ。幸い火隠は自力で始末をつけたのだから私に繋がる線は無い。」

 

そんな言葉と共に、二人の男と、()()()()()()()()()()()3()0()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数時間後、異変を察知した市民からの通報がきっかけとなり長野県立総合医療センター怪死事件は世に出る事となった。

そしてその捜査の最中、少年と木の槍に貫かれた少女は突然に現れた。まるで異空間から現れたかのように。

 

「大丈夫か、君⁉︎何があった⁉︎」

「...どうして...いや、そういう力か、この目は。」

 

少年は立ち上がり、そして警察官と目を合わせ起きた事を幻術で伝えた。

 

「後で捜査本部に案内して下さい、この事件の真相を広げます。」

「わかった。...その娘はどうする?」

「検死に回します。後輩に刺さってる木は個性由来のモノ、何かの証拠になるかもしれませんから。」

「...いいのか?」

「いいんです。もう決めましたから。」

 

「俺は、陰我の全てを否定する。俺の全てを使ってでも。」

 

ヒーローコスチュームを着たその少年の顔は、氷のように冷たくなっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

死傷者412名、生存者1名、それが長野県立総合医療センター怪死事件の被害者総数だそうだ。その生存者1名とは俺の事である。

 

これが深夜から朝方にかけての出来事だった事が救いだ。当直以外の医者や外来の患者のいる時間帯に起きていたら被害者数は跳ね上がっていただろうから。その事は火隠の、或いは陰我の良心だったのだろうか。まぁそんな事はどうでもいい。

 

影分身で事情聴取を行いながら本体の俺は街の監視カメラ網を見せて貰っている。仮免ヒーロー兼目撃者としての捜査協力の許可を貰ったからだ。

 

病院の監視カメラのデータはバックアップも含めて消去されており、警備システムも停止していた。当然指紋は残っていない。どうやって強固な警備システムのセキュリティを抜けたのかも不明だ。

 

だが、確かに顔は見た。今はその記憶を頼りに作ったモンタージュ写真で街を監視しているところだ。

 

歯痒いが、今の俺には休息が必要だった。コンディションを整えなければ陰我、あるいはその影武者は倒せない。

 

「ヒットした!8時24分発の電車で東京方面に向かってる!」

「...他のヒーローに連絡は?」

「都内にある陰我事件対策本部に連絡はやったよ!センチピーダー達と協力して追い詰めるんだ、ヒーロー!」

 

その言葉に応える気にはなれなかった。

 

「待って、同じ顔の人物がヒットし続けてる!電車だけじゃない、タクシー乗り場にも、徒歩もいる!」

「方向はバラバラですよね。」

「⁉︎ええ、そうよ!」

「奴は木を使って分身を作れます。その操作可能距離がどの程度かは知りませんが、監視し続ければいずれ本体の近くにいる奴以外は消えるでしょう。俺は長野県内に当たりをつけて探しに行きます。」

「わかった、監視網を徹底しておく!」

 

情報フィードバックにより事情聴取の内容が伝わってくる。陰我の手勢である火隠血霧は怪死事件の被害者の中にいたようだ。なんとなくそうではないかと思っていた。陰我が何度も同じ手勢を使うとは思えないからだ。もう用済みというところだろう。

 

それを聞いても、心は今では痛まない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

陰我が分身で警察を撒こうとした事で、因果律予測を持つ陰我を正攻法で捕まえるのは不可能だとわかった。なら奇策を使うしかない。

 

占いアプリをインストールする。名前は運命予報。本名と顔写真を必要とする占いアプリだ。

 

その機能の一つを使って、メッセージを送る。

『長野県、旧うちは村跡地、南賀ノ神社にて待つ。』と。

返答はすぐに来た。『必ず行く。』と

 

向こうも今日の襲撃で少なくない犠牲を払った。感知できない寄生虫殺人を行う火隠は向こうにとっても鬼札だった筈だ。だから、今日のうちに終わらせようとするだろう。イレギュラーの拡散を嫌って。

 

久しぶりにやってきたが、相変わらず黒炎は燃えている。だが、触れても何も感じない。心が鈍化してしまったのだろうか。

 

まぁどうでもいいことだ。

 

神社へと歩みを進める。道のりは覚えている為、特に迷う事はなく辿り着けた。

 

門番のように立っている篝さんの泣澤女を無視して、境内の中へと行く。今の俺の目なら、写輪眼の幻術程度わけないからだ。

程なくして篝さんの姿が現れる。挨拶などのおべんちゃらは必要ないだろう、この目を見せれば。

 

「来たの、巡くん。...その目が理由?」

「はい。これから間違う者として、先人の言葉を見にきました。」

「そう...道を決めちゃったのね。」

「ええ。」

「なら死人の私が言う事は何も無いわ。いってらっしゃい。」

「はい。行ってきます。」

 

そうして畳の下の入り口に入り、エネルギーの道案内通りに道を行く。そして見たその石碑に現れた言葉を、スマホの辞書片手になんとか読み解く。

 

写輪眼、悲しき別れにて万華鏡へと至る

されどその力に溺れるべからず、その邪心に飲まれるべからず

平和を祈る心の光によりその力は正道に戻る

我が子たちよ、心の光を忘れることなかれ

 

汝が目覚めしその瞳、祈りを持って開かれし時、真なる汝現れん

それは汝が祈りの形、力のみを見るべからず

 

「祈りの形、か...」

 

この言葉の真の意味は、今の俺にはまだわからない。

だが祈りの形という言葉は、ひどくしっくりきた。

()()()の事を指しているのだろう。

 

この言葉を深く心に刻んで、一礼した後石碑の前を去った。

きっと俺は、自分の祈りと先人の祈りを踏みにじることになると思うから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時刻は午後1時、バイクのエンジン音と共に、その男はやってきた。

相変わらずの終わった雰囲気を纏った男が。

 

「...正直、来るかどうかは半々だった。」

「罠ではないとわかったからな。」

「因果律予測か。」

「ああ、そうだ。」

「お前が、陰我なんだな。」

「ああ、そうだ。」

 

階段を登りきった男と正面から相対する。

聞きたい事は正直山程ある。だが今はそれよりも優先する事がある。

この胸の、黒い想いだ。

 

「「お前を殺す」」

 

瞬間、周囲全方向から陰我が現れる。数は30人程。多重木遁分身の術だろう。

そして周囲から一斉に挿し木の術が放たれる。360度、逃げ場はない。

故に、取るべき行動は防御だ。

今から考えると、神郷数多という似た力を使う少女と出会えた事は幸運だったのだろう。だからこそ初めてにもかかわらず、その精度は完璧な物だった。

 

「何だ、骨の盾ッ⁉︎」

「この術を知らないという事は、その力も誰かから奪ったんだな...お前を殺す理由が一つ増えた。」

 

身体中を走る痛みは、医療忍術で誤魔化す。

この術での戦闘可能時間はそう長くないだろう、だが問題はない。

 

「一つ教えてやる。お前の木分身は杜撰だ。」

 

どんなに外見を似せていても、どんなに空気を似せていても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

「だから俺に見抜かれるッ!天鳥船(アメノトリフネ)!」

 

右目の瞳術で本体を一瞬吹き飛ばし、その瞬間に移動術で急接近する。そして()()()()()拳を戻ってきた本体に叩き込む。

 

「桜花衝!」

 

この凄惨な戦いの初撃は、陰我の顔面へと打ち込まれた俺の拳だった。

 

リンクの絶たれた周囲の木分身は、その姿を木へと変えていった。だが、陰我はまだ生きている。その身体にある()()()()が奴を生かしているのだろう。

 

「柱間細胞...」

 

何処かの転生者から奪ったであろうその力は、健気にも陰我を生かしていた。




ついに本格登場、魔法の言葉柱間細胞。陰我の個性の制限などの問題は全てコレで解決します。



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団扇巡の選択

連日投稿は難しいですねー、やはり自分には執筆だけに集中しても2日に1話が限界のようです。


全力の桜花衝を顔面に直撃させたが、陰我はまだ生きている。柱間細胞の再生能力故だろう。

 

まぁ、殺して死なないのならば殺し続ければ良いだけだ。

 

幸いにも周囲の木遁分身は木へと変化した。木遁分身の強力な性質である常時情報リンクが形成されているが故にそれが切断されると脆いという事だろう。天鳥船で一瞬吹き飛ばしたのは思った以上の効果を発揮したのだ。多重木分身を実質無力化できたのは大きい。数で攻められると須佐能乎を使わざるを得ないからだ。

 

吹き飛んだ陰我の元へ移動術で詰め寄り、痛天脚を叩き込む。

だが陰我は崩れた顔面のまま転がって回避した。感知能力があるのか、戦闘感があるのか...どちらもあると想定しておくのが無難だろう。

 

反撃に挿し木の術が飛んでくる。挿し木は刺さらなければ攻撃範囲は狭い。回避は容易だ。発射のタイミングは写輪眼で見えているのだから。

 

とはいえ距離を取られて大技を使われると面倒だ。木遁忍術には強力な技が多いのだから。

敵には、何もさせない。それが基本だ。

 

故に追撃は躊躇わない。だが転がる陰我に対しての踏みつけは、陰我の背中から生えた木での移動で距離を取られた。印を結ばないでの小技は向こうにもあるようだ。

 

さっきのができるとなると、全身凶器だ。攻め手や防ぎ方は少し考えないといけないだろう。

 

しかし宙に逃げたのは陰我の失策だ。頼りになる飛び道具はこちらにまだあるのだから。

 

陰我の胴へと向けて二本のワイヤーアロウを放つ。コンクリートに食い込むこのアロウは、人体に向けて使えば十分な殺傷力を持つ。

 

その二本のアロウを、陰我は両足を犠牲にして受け止めた。本来なら心臓あたりを貫いて欲しかったが、無い物ねだりは仕方ない。次の手だ。

 

ワイヤーを両手で掴み、チャクラコントロールを流動的に行う事で擬似的な怪力を作り出す。度々使うこの技は、今やかなりの練度になっているため、もはや即興必殺ではない。

 

「怪力、乱心!」

 

ワイヤーを通して、陰我を全力で石畳に叩きつけた。

 

ひび割れる石畳。舞い上がる砂煙で一瞬視界が塞がれる。その瞬間にワイヤーアロウが外された。アロウの返しの部分にある肉から考えて、力尽くで抜いたのだろう。そんな事ができるという事は、今までの連撃は致命傷を与えるには至らなかったという事だろう。

 

「...そこは死んどけよ人として。」

「生憎と、この程度で死ねるほど柔ではない。」

「そうかよ。」

 

瞬間、砂煙の中から陰我は現れた。

 

木で作られた流線型の全身鎧を身に纏った新たな姿で。

 

木鎧(もくがい)。」

 

そこからは、陰我のペースだった。この鎧はかなり厄介だ。

 

まず速さ。こちらの移動術によるスピードとほぼ互角、あるいはそれ以上のスピードで陰我は動いてくる。空気抵抗の少ないフォルムと木を操ることでの身体強化の合わせ技だろう。

 

その速度でこちらに格闘戦を仕掛けてくる。木遁の術は数あれど、こちらの速度を捌きながら使える技の手持ちが挿し木程度しかないのだろうと向こうの手札を想定する。

 

次に攻撃性能。格闘戦をしながら鎧の至る所から挿し木の術が飛んでくる。それによってこちらは防御を強いられる。

 

だがそれも写輪眼で見えているのだからどうにでもなる。最大の問題は。

 

「桜花衝!」

「甘いッ!」

 

その鎧の持つ防御力の高さだ。硬いのもあるが、攻撃が当たる瞬間にその部分が成長する事で衝撃点が外される。それにより致命傷を負わせるには威力が足りなくなるのだ。

 

故に、近接距離でこちらが打てる有効手段は、右目に頼らざるを得なくなる。

 

「天鳥船ッ!」

「ッ!」

 

血涙を流しながら天鳥船で陰我を()()()、その背後に回り込み桜花衝を叩き込む。右目の力のネタが割れるのは避けたいが、それは考えても仕方ないだろう。天鳥船は()()()()()()()()()()()()()()()()()()術だからまだ余裕はあるはずだ。

 

「またそれかッ!」

「通用するうちは使わせてもらうッ!」

 

背中から鎧を砕き背骨を破壊しにかかる。 だが鎧の存在によりそのダメージは減少してしまった。とはいえ鎧に穴は空いた。そこは狙い通りだ。厄介な鎧を剥がさせて貰おう。

 

「火遁、豪火球の術!」

 

空いた鎧の穴へと向けて豪火球を叩き込む。鎧が蓋になるので、内部の温度はえらいことになるだろう。ついでに酸欠で死んでくれれば文句はないのだが...

 

「...流石に冗談だろ?」

「この程度なら耐えられる。経験則だ。」

 

陰我は、炎に包まれた木の鎧のまま反撃をしてきた。

拳打を躱し、爆ぜるように伸びる挿し木を捌く。

 

挿し木を躱す際に少し距離を取られ。それから鎧が剥がれ落ちる。追撃したかったが仕方がない、陰我が予想以上に実戦慣れしているという情報を得れただけこちらに利があると考えよう。

 

鎧が落ちた所から焼け爛れた肌が見えるが、ダメージが応えた様子はない。それどころかもう既に再生している様子すら見える。本当にどうかしてるぞ柱間細胞という奴は。

 

「...何故そんなに戦い慣れている?」

「超常黎明期では、この程度の戦いは日常茶飯事だった。」

「そういや100歳越えのジジイだったな、お前は。」

 

超常黎明期からの戦闘経験。恐ろしい話だ。つまりコイツは黎明期から戦い続けていたということなのだから。1000年の繁栄という狂気の為に。

 

それを踏みにじるのは少し手間だろうが、やると決めたのだ。

 

まぁとりあえず今は目の前のこのゾンビ野郎を仕留める算段をつけるとしよう。

 

移動術で距離を詰めると同時に木鎧の再形成が終わる。再び近接戦闘だ。

 

流線型の鎧とスピード勝負で戦う。だが、その戦いは自分と同スピード帯の敵と戦った経験の差が如実に現れてくる。陰我はこの高速戦闘の中でもこちらを殺す算段をつけているのだとわかる。時々飛んでくる視界外ギリギリからの挿し木が、奴がこちらの限界を測っているのだとわかる。

 

とはいえこちらにも右目がある。いざとなれば須佐能乎もだ。まだ余裕を持って陰我の攻め手を測れる段階だ。

 

写輪眼でカウンターの桜花衝を叩き込んだところ、鎧が弾けて礫と化した。アーマーパージによる反撃か。外にエネルギーが漏れていなかったから気付くのが少し遅れた。

 

数発体に貰ったが、ダメージはそう大きくない。だが衝撃で距離を取られてしまった。

 

これは持久戦になるだろう。

そう考えて気合いを入れ直したところ、再形成した鎧の表面に変化が現れた。先程のような流線型のフォルムではなく、分厚く大きい鎧に。スタイルを切り替えた?

なんにせよ小細工の隙は与えてはならない。

 

「遅くなるなら好都合だッ!桜花衝!」

 

木鎧は、その拳を正面から受けた。だか吹き飛びはしない、足を見れば根が地に伸びていることがわかった。

そして鎧の表面は、拳が突き抜けるほどに脆かった。だが抜けた拳が肉体に当たる感覚はない。罠ッ!

 

「お前の目は、木の向こう側のエネルギーを見る事は出来ない。木鎧、纏わせ。」

 

木の鎧は俺の体に纏わり付いてきた。打ち終わった後の隙を狙われ動けないし躱せない。

 

俺の体はあっという間に木の檻に囚われてしまった。だがこれはなんとか目を塞がれるのは防いだため、陰我の大技のチャージをしっかり見るチャンスでもある。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

身体エネルギーだけが陰我の右腕に集まっていく、精神エネルギーがある様子はない。目に隈取りが現れていない事から、自然エネルギーを使っているという線もないだろう。

 

須佐能乎を知らない事、仙術を使わない事、二つの理由から陰我の底は見えた。終わらせにかかろう。

 

木腕(もくわん)、金剛力。」

 

陰我の右腕に形成された巨大な腕、そこに形成する左腕での拳を合わせて放つ。俺の心の姿そのものを。

 

「須佐能乎ォ!」

 

陰我の拳を、骨の拳で相殺する。

 

俺の背に現れたのは須佐能乎第1形態。ボルトで繋がれた歪な肋骨で俺を格納する、骸骨の巨人だ。

 

「...それが挿し木を防いだ力の正体か。」

「ああ、万華鏡写輪眼の最強瞳術、須佐能乎だ。」

 

須佐能乎の右手で木の牢獄を握り壊す。これで俺は自由の身だ。

 

「今の瞬間に俺を殺せなかった事でわかった。お前には仙術は使えない。なら、後はこれで終わらせられる。」

 

須佐能乎を出していると、酷く心が揺さぶられるのを感じる。

 

思い返すのは、俺を守って死んだ彼女の事だった。

 

俺は、彼女の事をほとんど知らない。

俺は、彼女の巡った地獄の旅路を知らない。

俺は、彼女が俺を好きだと言った理由を知らない。

 

もっと彼女の事を知りたかった。もっと彼女と生きたかった。

 

それはもう、叶わない夢だけど。

 

そう心を見つめ直した時、須佐能乎に肉がつき始めた。

 

今の俺の心を表すような黒い色。

首に巻かれた血色のマフラー

狼を思わせる面構え。

そして、剣も盾も弓もない、空虚で寂しいその両手。

 

それが、俺の須佐能乎だった。

 

「陰我、終わりにしよう。」

「いや、終われない。この世界が救われるまで、絶対に。」

 

陰我は、その全身にある身体エネルギーを爆発させ、上半身だけの半身を作り出した。

 

羅刹の面を持つ、無手の巨人を。

 

「「死ね。」」

 

お互いにゆっくりと近づき、殴り合う。それだけで周囲の木々は吹き飛んでいった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

相殺、相殺、相殺、相殺、相殺、相殺

 

互いが互いに拳をぶつけ合う。ただそれだけだった。

力は互角、速さも互角だ。だが技を絡める余裕はない。それは向こうもそうだろう。繰り出す技を考える一瞬があれば拳を打ち付ける事は可能だからだ。

あとは意地の張り合いだ。須佐能乎による細胞へのダメージで俺が死ぬか、陰我の身体エネルギーが尽きて死ぬかの。

 

ひとつ拳を振るうたび、全身に痛みが走る。

ひとつ拳を振るうたび、心が千切れそうになる。

だが、拳を放つ事をやめられない。心を吐き出すのをやめられない。

 

何故だか、痛いからだ。

自分ではなく、拳から伝わってくる奴の心が。

 

長い長い戦いを続け、心などとうに壊れて崩れ、理想は遠くに消えながらもただひとつを守り続けた男の心が。

 

それが、陰我が限界を超えられる理由だと心で感じた。

 

だが、それは俺が拳を止める理由にはならない。奴を殺さねば犠牲者は増え続ける。それを決して許してはいけない。

そう、決めたからだ。あの地獄を生き延びた最後の一人として。

 

拳を放つ、限界だと体が叫ぶ。

拳を放つ、限界だと心が叫ぶ。

拳を放つ、限界だと魂が叫ぶ。

 

だが、彼女の涙が俺にもう一歩を踏み出させる。死んだ皆の顔がもう一歩を踏み出させる。そして、生きている皆の顔が俺にもう一歩を踏み出させる。

きっとそれは、この半年間でずっと言われていたからだろう。

 

さらに向こうへ(PlusUltra)と。

 

そうして全てを吐き出した後、俺と陰我は同時に倒れかけた。

 

「「まだ、だッ!」」

 

陰我と俺は立ち直すのも同時だった。

 

ここでようやく、俺は陰我の瞳を見た。

陰我は終わった雰囲気の中で、それでも尚目の奥に微かな光を残し続けていた。

その事を、今は素直に賞賛できた。

 

催眠眼をかける。金縛りの幻術だ。

だが、それで止まるとは思えなかった。

 

案の定動いた陰我は崩れるような拳を放ってくる。

転がって回避し、バックパックからチャクラカートリッジを取り出し右手に握り込む。

 

カートリッジからチャクラを吸収して最後の一撃を準備する。陰我は、転がった自分のマウントを取った。その顔面にカートリッジを投げつける。それに怯んだ陰我を押しのけて右拳を握る。

 

お互い膝立ちでの最後の交錯、陰我の右拳は俺の胸を抉り、俺の右拳は陰我の胸を貫いた。

 

倒れるのも、互いに同時だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

もう、最後の一滴まで力を使い果たした。なにもできる事はない。

目だけ動かして陰我の方を見ると、陰我の体は木へと変わっていった。柱間細胞を使った者の最後だろう。

 

だが、陰我の目から光は消えていなかった。木に変わる最後の一瞬まで何かを諦めていなかった。

 

何かしている。そう思った。生き残る為の策を。

故に、俺がすることは最後の命を燃やしてこの木を破壊する事だろう。幸いにも残りわずかなチャクラでも、火の性質変化を加えればバックパックにあるカートリッジをオーバーロードさせることはできる。

どうせこの命は須佐能乎の過剰使用で尽きかけているのだから、迷う事はない。

 

この命の、使いどきだ。

 

だが、俺の体を縛る何かが、それを躊躇わせた。

彼女の最後の言葉が、聞こえた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「生きることを、諦めないで。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

思考が加速する。何かあるはずだ、俺が生き残る為の手が。

そして思い出した、俺のワイヤーアロウには、()()が付いているかもしれないという事を。

 

確認すると少しだけこびり付いていた。陰我の肉片、柱間細胞が。

 

それを、自身の胸に混ぜ合わせるように混入させ、柱間細胞を取り込んだ。

 

その移植の際に起きた、体を作り変えるようなショックで俺は気を失った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから俺の目が覚めたのは、夕方近くになってからだった。

 

「...ここは?」

「病院だ。団扇。」

 

横を見る。そこには左腕に銀色の義手を付けたナイトアイがいた。

 

「俺、生きてたんですね。」

「ああ、治療したリカバリーガールの言葉によると、全身の細胞にあり得ない程のダメージを受けていたとの事だ。安静にしていろ。」

 

そんな事はどうでも良かった。今は聞かなければならない事がある。

 

「陰我は、どうなりました?」

「不明だ。携帯のGPSを頼りにお前を助けにいった時には誰もいなかった。」

「人じゃあありません。木です。陰我は、力を使い果たして木になりました。」

「...どういう事だ?」

「そういう個性の細胞を取り込んでいたんです。」

「...救出したヒーローに確認を取ってみる。少し待て。」

 

そう言って携帯を操作するナイトアイ。

 

何も話す気にはなれなかった。俺はあの時、命を捨てて陰我を殺すべきだった。思い返すとそう思わざるを得ない。

 

何故だか予感があったからだ。

 

「確かにお前が見つかった時には周囲のなぎ倒された木々の中に一本の木が生えていたそうだ。それが陰我なのか?」

「ええ、だから行かないと。」

 

付けられていた点滴を外し、かけられていたコートの袖を通す。バックパックにあるチャクラカートリッジからチャクラを吸収し、それを使って体全体に簡単な細胞活性を行う。

 

「これで、まだ動ける。」

「今の貴様はダメージで重体の筈だ。何故今動こうとする?」

「ただの、確認ですよ。」

「...そうか。」

 

ナイトアイは、それ以上何も聞いてこなかった。その気遣いが今はとてもありがたい。

 

病室を抜け出し旧うちは村跡地へと向かう。タクシーを使い、帰りまで村の入り口で待たせる。金の使い方が少し荒くなってしまったなと思う。

 

真っ直ぐに神社へと向かい、戦闘跡を辿る。そうして見つけた木々が吹き飛ばされたその地には生えている木など一本もなかった。

 

つまりそういう事なのだろう。

 

「...殺すべきだった。そういう事かよ。」

 

俺の命の対価は、これからの陰我による犠牲者なのだろう。

それを思うと、俺の万華鏡に現れた十字架の紋様が罪の証のように思えてきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

タクシーに乗って駅まで行き、都内にある陰我事件対策捜査本部へと向かう。奴と交戦したという事、奴の戦闘スタイル、奴の個性、上げるべき情報はいくらでもある。

 

奴の次の犠牲者は必ず防がなければならないのだから。まず頼るべきは組織の力だろう。

 

だが捜査本部は何かに混乱していた。

訪ねてみるとその原因は明らかだった。

 

本部長が、事故死したのだ。そしてそれをただの事故死と捉える馬鹿はここにはいない。

この時、捜査本部には確かに死への恐怖が蔓延していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深夜、ようやく連絡をしてきた団扇からの電話を受け取った相澤は、言葉を抑えるのに必死だった。

怪死事件があったのが団扇の母が入院した病院である事と、生存者が団扇一人だったことから相当の惨劇を目にしたのは容易に予想ができる。

そして旧うちは村での激闘の跡、HNでは台風の跡地のような画像があげられていた。そこに団扇がいたという事もあり、相当に激しい戦闘があったのだろうという事は理解できた。

自分の家族を殺した、憎き(ヴィラン)と。

 

それらの情報を踏まえての団扇の言葉は、今の相澤には逃避にしか聞こえなかった。

 

「念のため聞く。団扇、今何て言った?」

「言った通りです。じゃあ、伝えましたから。」

「...病院の件は聞いている。廃村で馬鹿やった事もだ。...お前の気持ちは分からないわけじゃあない。だが一時の感情で物事を決めるな。そういう時こそ合理的に考えろ。」

「...多分、合理的には考えられてます。」

「だったらなんであんな事を言った?」

 

「今日の夜事故死した警視さんのこと知ってますか?」

「...あぁ、ニュースで見た。」

「その人、陰我事件の対策本部長だったんですよ。気さくな人で、仮免ヒーローでしかない俺にも敬意を払ってくれる本当に素敵な方でした。」

 

「その関連で捜査本部がゴタゴタしてて、今は情報の共有や捜査方針の決定がうまくいってない状況にあるんです。」

「それが...そういう事か。」

「理解が早くて助かります。そういう訳なんですよ。」

 

「今、この世界に陰我を止められる人間は俺しかいない。体質的にも、力量的にも。だから...」

 

「俺は、雄英を辞めます。」




次章、団扇巡迷走編へと続きます。

あ、感想欄でのありがたいお言葉の関係でタグを追加しました。そろそろ犠牲になるタグが出てくるかもしれないですねー。


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団扇巡迷走編
飛田弾柔郎と相葉愛美と団扇巡


団扇巡迷走編、まずはこの出会いから。



「お前達に仕事を頼みたい。」

 

黒く靡くコート、三つ巴の映える紅の瞳、そして氷のようなその表情。目の前の少年は、こんな自分以上に(ヴィラン)らしい姿で、そんな事をのたまってきた。

 

「ジェントル、どうするの!今日はもうアレは使っちゃったわ!」

「ハッハッハッ、何、心配することは無いさ。彼が本気なら私はもう倒されている筈だからね。」

「彼を知っているの?流石ジェントル、博識ね!」

「いや、知らずとも分かるさ。彼は強い。私たちの切り札を使って尚勝てるかどうかといったところだろう。伊達ではないのだね、ヴィラン潰しというのは。」

 

ジェントル・クリミナルとラブラバ。二人の世間を騒がす(ヴィラン)系動画投稿者は、その日、迷いながらも戦い続ける少年と出会った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時は少し遡る。少年にとっては犯行の下準備を終えて休憩を挟もうとした時だった。

そのコンビニには、たまたま彼等がいた。

 

五人のヒーローをいともたやすくあしらった紳士然とした中年と、その相棒のカメラを持った小柄な女性。

 

「そういや、Jストアってこいつらのターゲットだったな...」

 

そう呟いた少年には、閃きが走った。正直彼らのような(ヴィラン)が何をしようが今ではどうでもいいが、これからやる事を考えると彼らのような腕利きの助太刀は欲しい。

 

幸いにも脅すネタは持っている。

 

「...行くか。」

 

少年は、空を飛び華麗に去って行く男を追いかけて、飛んだ。

 

「ジェントル!後ろから追いかけてくる奴がいるわ!多分ヒーローよ!」

「なんと、気概のある者がいるものだね。」

 

そう言って振り返ったジェントルは、驚きを隠せなかった。少年は、ジェントルの個性弾性(エラスティシティ)で作った空気のトランポリンを寸分違わず足場にして飛んできているのだから。

 

「フッ、だが私は動じない。これならどうかね?」

 

ジェントルは空気のトランポリンの他に、空気の膜でトランポリンの前に壁を作った。彼が追いかける事ができている理由は、自分の飛んだ足場を違わずに追っているからだと推測したからだ。

 

だが、少年はいともたやすくその膜を回避した。壁とした空気の膜の端を掴み乗り越えたのだ。

 

「どうするのジェントル。このままじゃ追いつかれちゃう!」

「...仕方ない、優雅ではないがもう一戦闘といこうか。」

 

ジェントルはそう言って近くのビルへと着地した。少年もある程度の距離に離れつつそうした。

 

そうして向かい合うジェントル達と少年。その目を見た瞬間ジェントルは動けなくなった。体の至る所に巨大な杭が刺さるヴィジョンとともにだ。

 

「ジェントル⁉︎」

 

ラブラバが不安げに声をかける。ジェントルの顔から笑顔が消えたからだろう。

これで自分たちの犯罪浪漫も終わりかと諦め、せめてラブラバだけでも逃げろと言おうとした時に、体は自由になった。

 

「ジェントル・クリミナルにラブラバだな?」

「...ああ、そうだ。」

 

問いには素直に答える。金縛りにあった瞬間に感じた感覚は、ヒーローのものでは決してないからだ。

冷たい、(ヴィラン)のものだった。

 

それが、テレビで見た少年の姿と重ならなかったから今まで繋がらなかったが、今ならわかる。黒いコートに紅い催眠眼。

 

彼は、ヴィラン潰しだ。

 

だが解せない。それならば先程の金縛りを解く理由などないはずなのだから。

その疑問は、次の彼の言葉で氷解した。

 

「お前たちに仕事を頼みたい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さて、仕事の依頼とは?私を知っているという事は私が義賊の紳士である事は承知しているだろう。そんな私に頼むのだから、それ相応の相手なのだろう?」

「...運命予報というアプリを知っているか?」

「知っているかねラブラバ。」

「ええ、占いアプリよジェントル。顔写真と実名を必要とするハードルの高いアプリね。なかなか評判には上がらないけど、結構歴史の長いアプリよ。ジェントルといつ会いに行けばいいかを占ってもらったから記憶に残っていたの。」

「なら話が早いな。そのアプリが(ヴィラン)に悪用されている。」

「ほぅ。」

「それが本当なら由々しき事態ね!ジェントル、どうするの?」

「うむ、現代の義賊として見過ごす訳にはいかない。...それが本当ならだがね。」

 

流石に素直に頷いてはくれないか。まぁ当然だな。情報ソースを明かしてはいないのだから。

とはいえ一応(ヴィラン)であるコイツらにあまり警察の内情を知らせるのも気が引ける。脅す方向で行くとしよう。

 

飛田弾柔郎(とびただんじゅうろう)。」

「ッ⁉︎」

「これをもって信じる理由としてくれ。」

「...脅すと言うのかね、我々を。」

「情報ソースの正確さの開示ついでにな。一応言っておくが、受けないって言ったとしてもこの情報を警察にバラすような事はしない。そこは安心してくれ。」

「...奇妙な事だ。君は(ヴィラン)に堕ちている、それでも尚そのように生きるのか。」

「外道に落ちる事で奴を殺せるならそうするが、それができるなら苦労はしない。それだけの事だ。」

「...わかった、受けようその話。」

「ジェントル⁉︎」

「ラブラバ、私は彼の中にある暗くも気高い魂を信じてみようと思うのだ。君はどうする?」

「...行くわ。私はジェントルについて行くって決めているもの。」

「感謝する。決行は今日の夜8時だ。その時にレンタルサーバー会社内部への内通を催眠眼で仕込んでいる。作戦目標はアプリの個人情報を利用しているターゲットの特定、及びその情報の拡散によるアプリの信用の破壊だ。」

「一つ疑問がある。(ヴィラン)はなんの犯罪にそのアプリを利用したのだ?」

「少なくとも1件の殺人教唆。(ヴィラン)の私兵の調達、及び洗脳。」

「...ッ⁉︎」

「その私兵は数多くの人間を殺している。この前の病院怪死事件のようにな。」

 

ジェントルとラブラバはその悪意のスケールの大きさに戸惑ったようだ。まぁ無理もないか。

 

「臆したのなら帰っても構わない。元々は一人でやるつもりだった。」

「待って、そのレベルの案件ならどうして警察に頼らないの?私たちに頼るよりも正確性の高い情報が得られる筈よ?」

「警察に頼れば、奴を殺すチャンスが狭まる。」

 

これは本音だが、それだけではない。本部長が殺された事によってイレギュラー以外は奴に手を出せないとわかってしまったからだ。

...犠牲になる人は、少ない方がいい。

 

「...狂ってるわね。」

「自覚はしている。」

「ラブラバ、それが彼の信念なのだろうさ。レディならばそれを受け入れてやるものだよ。」

「...そうね。」

「じゃあ集合は7時55分に...」

「いや、君を私たちのホームへと招待しよう。」

「ジェントル⁉︎」

「...いいのか?」

「フッ、紳士たる私の犯行には詳細な計画を詰める必要がある。それに...」

 

ジェントルは奇妙な笑みを携えてこう言った。

 

「君は、紅茶を嗜んだ方がいい。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺は、都内にあるジェントルの拠点の安アパートへと招かれた。

それからすぐに作戦会議だ。向こうが何故乗り気なのかはわからないが、そこはどうでもいいことだ。

 

ラブラバが奥のキッチンへと向かい、紅茶を淹れて来てくれた。

出された紅茶の匂いが香ばしい。良い茶葉を使っているのだろう。

 

「ふむ、仕事の後の紅茶と前の紅茶を一緒にしてしまうのは些か勿体ないが、まぁ急な話だったからな。それにこのフォートメイソンはこれからの仕事に見合った紅茶だ。...さぁ、犯罪計画を練るとしよう。」

「じゃあ確認よ。目的はリーフレンタルサーバーのデータセンター。そこからアプリの通信記録を盗み見るって事でいいのね。」

「ああ。」

「でも、ぶっちゃけこの程度のセキュリティ私ならここから抜けるわよ。データセンターまで行く意味あるの?」

「俺が行く事に意味があるんだ。最悪データは取れなくていい。奴らに俺が手段を選ばなくなった事を分からせる事に意味がある。」

「ふむ、なら犯行予告でもするかね?」

「いや、監視カメラに映る程度でいい。俺の背中には目立つ家紋があるからな。それで伝わるだろ。」

「...それでは君が戻れなくなるのではないかね?」

「戻る気はない。俺はこれから、殺しをするんだから。」

「ふむ、やはり君は紅茶を嗜むべきだ。」

「ジェントル、話の繋がりがわからないわ!」

「ハッハッハッ、単純な事さ。」

 

ジェントルはヒゲを撫でながら言った。

 

「紅茶は人生を豊かにする。道が一つだけではないと教えてくれるのさ。君のように凝り固まってしまった人間でもね。」

「...そんなものか。」

 

紅茶を一口飲む。そのおかげなのか、ある事を忘れていた事に気付いた。

遅くなったが、やらないよりは良いだろう。

 

「団扇巡だ。ヴィラン潰しとも呼ばれてる。」

「フッ、私は紳士、ジェントル・クリミナルだ。よろしく頼むよ少年。」

「...ラブラバよ。ジェントルの相棒をしているわ。今回はよろしくね、団扇くん。」

 

この時、奇妙な三人組が出来上がった。

 

「さぁ、作戦会議の続きといこう。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時刻は夜8時。事前に催眠眼で仕掛けておいた社員さんによる内部からの手引きにより俺たちは裏口から楽々と潜入を果たした。ついでに彼のアクセスコードとID、パスワードなどの諸々を拝借させて貰った。

 

そして手慣れている彼女は、すぐに警備システムの無力化を果たした。恐ろしきはラブラバの手腕といったところだろう。

 

ついでにジェントルに向けてカメラを回し始めているのは配信者としてのサガだろうか。

 

「これでサーバールーム前までは障害はないわ。でも注意して、監視カメラに変な奴が映っていたわ。サーバールームの扉の前で陣取ってる。」

「...念のために聞くが、今日の襲撃を誰かに話したか?」

「そんな暇あるわけないじゃない。」

「そうだな。じゃあ待ち伏せか、何らかの要因で会話が漏れていたかだな。」

「団扇くん、運命予報の入ったスマホは持っている?」

「スマホは電源を切ったままだ。盗聴系のウィルスが入っていたのが原因とは考えられないぞ。」

「ハッハッハッ、そんな事は本人に聞いてみればわかることさ。」

「それもそうか。」

 

写輪眼で見る限りでは、個性の攻撃がもう始まっているという事は無いようだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「角を曲がればサーバールームよ。」

「...戦闘開始だな。」

「フッ、優雅でないが待たれているのなら仕方あるまい。」

 

斥候として影分身を放つ。こちらの戦闘員は二人、初見殺しの個性を持たれていたら面倒だからだ。

 

ゆっくりと角を曲がって男と相対する。不意打ち催眠は躱された。俺が来るという事を知っていたのだろう。足元を見てこちらの位置を判断している。

 

「お前は誰だ?」

 

その言葉への返答は、男が背中に隠していたモノによる銃撃だった。発射音からしておそらく短機関銃。

 

分身は、男が構えた瞬間に射線から身体をずらしたが、この通路では躱しきるには狭すぎる。壁走りで上下に揺さぶってもしっかりとこちらに射線を合わせて来たため、分身はあえなく蜂の巣となった。だがチャンス、銃撃が終わった。リロードしているのだろう。

 

「ジェントル、行くぞ。」

「銃とは優雅さの欠片もない。無粋な連中だな。」

「頑張ってね、ジェントル!」

 

ラブラバを残し、ジェントルを連れて角から出る。短機関銃のリロードが終わり、再び銃撃を放とうとしてくる。だが先程とは違い、こちらにはこの男がいる。

 

「フッ、そこの男、怪我をしたくないならしっかりと躱すといい。ジェントリーリバウンド。」

 

弾性を付与された空気によって短機関銃の銃撃は全て受け止められ、その威力のまま跳ね返しされた。それを見た男は、サーバールームに転がり込む事でその反射を回避した。動きに迷いがない。こういった襲撃に慣れているという事だろうか。

 

「チッ、面倒なところに逃げ込んだな。」

「それもあるが...少年、今の男がどんな顔をしていたか覚えているか?」

「それは...なるほど、そういう個性か。」

 

短機関銃の男について、思い出せる事は少ない。顔や装備が靄のかかったかのように記憶の中に残っていないのだ。おそらく常時発動型の認識を阻害する個性だろう。発動型なら写輪眼で見切る事ができるからだ。

 

「ジェントル、団扇くん。これが監視カメラに映っていた男よ。」

 

だが、その手の個性はデジタルに弱いのが常である。そうして見えた装備の中で目を引くのは腰に刺した小刀だ。

 

「近接戦闘タイプだな。短機関銃は見せ札か。」

「となると...先にデータを盗るとしよう。私はラブラバの護衛だ。他に待ち伏せがいないとも限らない故にな。」

「襲撃が予見されていた以上、データは消されてる可能性が高いぞ。」

「デジタルである以上、データを完全に消すことなんてできないわ。データ復旧用のソフトはパソコンにあるから安心して。」

「...流石だなラブラバ。」

「ハッハッハッ、私の自慢の相棒だからね。」

「やだ、ジェントルったら!」

 

軽く打ち合わせも済ませた所でサーバールームへと入る。ドアを開けた瞬間に短機関銃が飛んでくる事を警戒したが、それはなかった。かくれんぼをする訳だろうか。

 

「...トラップの類は見当たらないか。」

「仕掛ける時間がなかったんじゃない?行きましょう。」

 

コンソールへとたどり着くラブラバとジェントル。先程手に入れたアクセスコードを使いデータを抜きにかかる。

 

その間に俺はサーバールームを見回るが、敵の姿は見えない。

なかなかの広さだ。隠れる場所には事欠かない立地といい奴に利する領域だ。こちらの目的がデータである以上サーバーを破壊するような荒い攻撃はできない。なかなかに辛い状況だ。

 

「消えた...?」

 

敵はサーバールームから忽然と姿を消していた。認識阻害の個性を使って隠れているかと思って隅々まで探したのに見つからない。

 

「...戻るか。」

 

そう気を緩めた瞬間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の上からその男は襲いかかって来た。

 

だが、見えてなくても予想はできていた。俺が(ヴィラン)だとしたらこのタイミングで仕掛けるからだ。

 

首を狙う一つの斬撃を紙一重で回避する。そうして反撃に移ろうとした所で、二の太刀が飛んできた。...疾い。

 

小刀故に刃渡りはそう長くないが、それが故に切り返しが速いのだろう。防刃コートで受け止めなかったら深手を負わされていた所だ。

 

とはいえこれで向こうの攻め手は止めた。反撃だ。

 

と拳を握った所で男の事を見失った。

 

「...厄介だな。」

 

原理は分からないが、奴は消えられる。もっと正確に言うなら認識の外に出られるのだろう。見えていた筈の体や装備が認識できなくなるのだ。

 

「周囲にエネルギーの散布は無し、広域発動型の個性ではない。じゃあ何だ?」

 

考えた所でなかなか答えに繋がるヒントは出て来ない。ここは一旦見に回ろう。影分身を背中合わせに作り、ゆっくりとコンソール側へと移動していく。

 

だが男は、サーバーラックの上から再び奇襲を仕掛けて来た。標的となった分身が躱しきれずに首の動脈を切られて消えた。

 

再びサーバーラックの上からの奇襲。男の個性の条件か?あるいはミスリーディング狙い?

 

...コイツとここで戦うにはあまりに不利過ぎる。だがコイツは陰我へと繋がる確かな手がかり。見逃す訳にはいかない。

 

「ハッハッハッ、手こずっているようだね少年!」

「...ジェントル?」

「コンソールから君の戦いが見えたからね。他に待ち伏せもいなさそうなのでこのジェントル・クリミナルが君の助太刀といかせてもらおう。」

「...何か策でもあるのか?」

「あるとも、まぁ見ていたまえ。ジェントリートランポリン!」

 

ジェントルは、トランポリンで室内を高速で跳ね回りながら全てのサーバーラックに弾性(エラスティシティ)により弾性を与えた。

 

「さぁ少年、上に上がるのだ!」

 

意味は分からなかったがジェントルの言う通りにサーバーラックの上に上がる。すると、男の姿は靄がかってはっきりと認識できないものの見ることができた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「昔の学友に似た個性の者がいてね、すぐに気付けたよ。奴の個性は触った物の存在感を薄くする個性の系統。それの応用で存在感を薄くした遮蔽物の裏に隠れると近くにいる少年からは消えたように見える。奴がラックの上からしか攻撃してこなかったのは、今のように、目線が通るのを防ぐ為。そんな所だろうさ。」

「存在感の薄い物でも物は物、その後ろにいる物を見ることはできない、か。」

「だが、その個性は決して透明人間になる個性ではない。故に...」

 

「「居場所を割れば何も問題はない」」

 

その言葉が的を射ていたのか、男は短機関銃で迎撃しようとしてきた。だが一瞬迷ったのだろう。どちらに対して銃撃を加えるべきかを。

 

「クッ!」

 

苦し紛れに俺に向けて短機関銃が向けられる。こうして注視すれば持っているものが短機関銃だと分かるのは、少し不思議な感覚だ。同様に男がフルフェイスのヘルメットを着けていることとミリタリージャケットを着ている事が見て取れた。

 

だが、男の行動はもう遅い。弾性と移動術を組み合わせた高速移動によりもう既に男は俺の射程圏に入っているのだから。

 

火焔鋭槍(かえんえいそう)

 

短機関銃を貫くチャクラの槍。槍状に形態変化させたチャクラに火遁を流し込んだ新術だ。

陰我を殺す為編み出した、術の一つである。

 

短機関銃が使い物にならなくなった事で小刀を抜こうとするも、その手も火焔鋭槍で弾く。そして返す刀で男のヘルメットを弾き飛ばし、目と目をあわせる。

 

写輪眼発動だ。

 

「さぁ、吐いて貰うぞ。陰我の事を、知る限り全て。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

襲ってきた男。現無隼人(げんむはやと)というその男は、あいにくと陰我の占いアプリ運命予報に洗脳されたただの鉄砲玉だった。襲撃に至るまでの経緯は、霊堂のようにメッセージで徐々に洗脳していってから一線を越えさせ、自分に依存させたという所だ。

言い方は悪いが、新しい事実が出てこなかった事を残念に思う。

 

俺が来ることはいつになるかは予想できなかったため、今日から警察のガサ入れが入るまでずっとサーバールームで張り込む予定だったのだとか。

 

「俺の動きが読まれてる。...まぁ今回は当たり前の手を打っただけだから当然か。」

 

些かの違和感は残るものの、まぁいいだろう。

そんな時、コンソールでハッキングをしているラブラバから吉報が届いた。

 

「ちょっと来てジェントル、団扇くん!大当たりよ!最近削除されたデータを修復してみたらメッセージのログだったわ!一人のホストと多くのクライアントの!」

「ホストのIPアドレスは!」

「ジェントル・クリミナルの相棒を舐めないで!抜いてるわ、当然でしょ!」

「ハッハッハッ、有能な相棒で私も鼻が高いよラブラバ!」

「...悪いがこのメッセージログの公表まで頼んでいいか?俺は、IPアドレスを追いかける。」

「男はどうする?」

「催眠眼で自首させる。コイツには抗精神操作薬が入れられていないから問題はない。」

「IPアドレスは団扇くんの携帯に送っておくわ。...でも、その前に一つ思ったことがあるの。聞いて。」

 

ラブラバの言葉を聞いて、しっかりと彼女と目を合わせる。このIPアドレスが手に入ったのは彼女のお陰だ、敬意は払っておいて損はない。

 

「団扇くん、人が生きるのには光が必要よ。私にとってのジェントルがそうであるように。ジェントルにとっての夢がそうであるように。...復讐に取り憑かれるのは悪いとは言えないわ、私たち(ヴィラン)だから。でも復讐を生きる為の光にするのだけはやめて。それは、酷く寂しいから。」

「...頭の隅には入れておく。」

「ええ、是非そうして。...悲しいけど、団扇くんを変えられるのは私たちじゃあないから。いつか団扇くんを変えてくれる誰かが現れた時に今の言葉をちょっとでも思い出してくれたら嬉しいわ。」

「フッ、流石私の相棒。良き事を言う。...私からは言う事は全て言ったよ、紳士は多くを語らないものさ。」

「まぁ、素敵よジェントル!」

 

そんな言葉と共に、ジェントルとラブラバは颯爽と去っていった。

 

「行くぞ。」

 

自分は一人、内応に応じさせた社員さんに諸々の物を返すなどの事後処理をした後、現無を連れて警察署へと向かうのだった。

今日の奇妙な出会いを記憶に残しながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

後日、一つの動画が世間に注目された。迷惑系動画投稿者であるジェントル・クリミナルが匿名のタレコミの元動き、隠された真実を白日のもとに晒したのだ。

 

その動画により、現代の義賊の紳士というお題目が少し世間に浸透していった。しかし当の本人はというと。

 

「少年の手前格好つけてしまったが、腰が抜けた...銃とか相手したくない...」

「ジェントル!ちょっと情けないところも素敵よ!」

 

まぁ、平常運転だった。




この二人好き、原作での再登場が楽しみなキャラですねー。


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お節介な男との出会い

さて、今回からは迷走編の本筋に入っていきます。前回のラブラバ&ジェントル回はぶっちゃけ思い付きだったのだ。


ラブラバから送られたIPアドレスを元に陰我の現在地を割り出す。多くの削除したログデータは最近のモノだ。それをラブラバ謹製の追跡ソフトに入れるだけの簡単な作業である。

 

正直このソフトが彼女のウィルスである事は疑いようはないのだが、彼らに盗られて困る情報は俺のスマートフォンの中にはない。犯罪の中継利用されたら困るという事ももはやなくなっているからそちらの問題もない。

 

スマートフォンを起動させる事は警察、ヒーローからのGPSによる追跡が行われる事が怖いがラブラバ謹製のソフトは俺のスマートフォンにしか入れられていない為仕方がない。

 

...通知の多い留守番電話やメール、SNSの事は今は無視する。どんな言葉を投げかけられても道を違えるつもりなどもはやないのだから。

 

「ここか...」

 

ソフトの示した住所は神奈川県神野区のネットカフェだ。神野事件により半壊した神野区であるが、修復系、建築系の個性の使用などで前世とは比較できないハイペースで進んでいる。このネットカフェもその一つだ。

 

「...ネットカフェからのアクセスか。ハッキング対策か?」

 

ネットカフェは町中にあるフリー無線とは違いセキュリティがほどほどに整っている。拠点を持たない陰我にはうってつけだったのだろう。

 

陰我が拠点を持たないというのは、ほとんど勘だ。だが陰我と戦ったときの感覚からなんとなくそうなのではないかと思えている。

 

奴は自分の欲が無い。それが故に柱間細胞と共生できているのだろう。俺の体にある柱間細胞も基本的に俺の意思に従ってくれるが、越えられない最後の一線がどこかに存在している。それがこの細胞をもたらした者の意思なのだろう。

 

「思考が脇に逸れたな。...とりあえず中に入るか。」

 

今回の目的は、ネットカフェの無線に残っている筈のログと監視カメラ映像の確保だ。最高は中に陰我がいる事だが流石にそこまでは望めまい。最悪はこのネットカフェ自体が罠であるという事。

 

一応どちらも警戒しよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

受付のバイトっぽい子を催眠眼で洗脳して通る。このネットカフェは完全個室型、俺が来店した事を室内にいる人物が察知するのは難しいだろう。火隠のように散布している身体エネルギーはない。フラットな状態だ。

 

とりあえずは今ドリンクバーや漫画を取りに個室の外に出ている人物を把握しておけばいいだろう。

 

軽く見回った所、今個室の外に出ているのは三人。ガタイの良い青いシャツの男、スーツの女性、黄色いパーカーの男だ。三人とも催眠眼で確認したところ特に襲撃、監視などを依頼されている訳ではないようだ。

 

よって店内のクリアリングは一先ず切り上げ、スタッフルームへと入る。

 

「ちょっとお客さん、困る...」

 

店長らしき人が自分から出てきたのはありがたい。楽でいい。

 

「いくつか聞きたい事がある。とりあえず奥に行け。」

 

店長も襲撃、監視の依頼は受けていない。こちらの動きが速すぎたか?

 

「10月2日午後6時頃の監視カメラ映像を見せろ。」

 

言われた通りにパソコンを操作する店長。スタッフルームには他に人はいないようだ。まぁ今は深夜、無理もない。

そうして監視カメラ映像を見せてもらった所、陰我らしき人物がこのネットカフェに入店した証拠は見つからなかった。木遁には木遁変化という術もある。それで誤魔化しているのだろう。

 

「...映像から割り出すのは難しいか。」

 

少し考える。この店の監視カメラは個室内部まではカバーしていないためログデータとデバイスの操作から逆算して陰我を見つけ出すのは不可能だ。ならばどうする?

 

「仕方ない、 この線は警察に投げるか。」

 

ネットカフェのサーバーを洗い、メッセージのログデータがラブラバの抜いたモノと違いがない事を確認した後でそのデータを携帯にコピーし店を出ようとする。

 

その寸前に、ネットカフェにいた人々に身体エネルギーの変化が見られた。何者かの個性攻撃だ。

 

「一応聞くが、何者だ?」

 

返答はなく、ただ拳だけが飛んできた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8人、それが俺に攻撃を仕掛けてきた人数だ。だがいずれも素人、脅威に値しない。

それでも不意を撃てばそれなりになったと思うのだが、それができない理由でもあったのだろうか。

 

そんな事を考えていると、個室のドアが開いた。増援かと警戒して身構える。

 

「ドタバタうっせーんだよ!...なんだこれ?」

「お前は正気のようだな。」

「...一体何が起きた?」

「わからん。だが攻撃を受けた。」

 

声をかけてきた男は最初に見回った時に見た青いシャツの男だった。歩いてる姿を見てわかったが、この男そこそこできる。重心の動かし方が武道経験者のそれだ。鍛えている体といい、コイツが敵方にいたら少し手こずっていただろう。だが倒れている人の中には見回りで見た黄色いパーカーの男もいた。

 

何が原因で攻撃のスイッチが入ったのかは明らかにしなくてはならない。敵は、陰我に繋がる貴重な線なのだから。

 

「とりあえずコイツらから個性を取り除く。身体エネルギーの乱れ方が洗脳系のそれだ、それを外から整えるのはそう難しい事じゃあない。」

「待て、お前みたいなガキが仕切ってんじゃねぇよ。」

「一応まだ仮免ヒーローだ。あんたは?」

「...チッ、ただの予備校生だよ。」

「なら今はじっとしててくれ。いつどんな個性を食らったか聞き出さないと面倒な事になる。もっとも、俺に直接個性を使ってこないってことはそれなりに面倒な条件なんだろうけどな。」

 

男をわざと視界の外に置く。敵の可能性は低いが、コイツがそうなら仕掛けてくるだろう。

 

八人に対して程なくしてエネルギーを整え終わった。その間に仕掛けてくることはしなかった。コイツが本体なら面倒は少なかったものを。

 

だが、その時から男は何故かぜひぜひともだえ苦しみ始めた。呼吸困難だろうか?

 

「薬はあるか?」

「ねぇよ畜生!なぁあんた!」

 

そうして男は何故か変顔を何種類も見せつけてきた。行動の意味がわからない。だが苦しんでいるという事はわかる。

 

「ああもうこの氷みたいなクソガキ!頼むから笑ってくれ!」

 

こんな状況で笑えるか。

だが男を注視する事でその苦しみの原因と思わしきモノは分かった。

 

「あんた、感知タイプの個性か?」

「ああッ!他人の心がなんとなくわかる個性だよ!」

「...じっとしていてくれ、今治す。」

 

この男が苦しんでいる理由はわかった。個性の暴走だろう。それの原因はわからないが、見えている現象は洗脳系個性による身体エネルギーの乱れと同じだ。なら身体エネルギーを整えれば良い。

 

へたり込む男の背中に手を当てて自分のチャクラを流し込む。

 

「...ッ⁉︎呼吸が、出来る!凄え治ったぜ!」

「そうか。」

 

男は何やら感極まったようで俺の手を握りブンブンと振り回した。

 

とはいえ奇襲が狙われている今両手の自由を奪われるのは危険だ、振り払って立ち上がる。

 

「俺は店の中を見回る。あんたは自室でじっとしていてくれ。」

「いや、そうはいかねぇ。俺も行くぜ!お前には聞きたい事があるからな!」

 

面倒な事になった。この様子では来るなと言っても付いてくるだろう。まぁこの男の個性が申告通りのものなら使えなくはない。利用させてもらおう。

 

「じゃあ、このネットカフェの中に焦りや憎しみの感情が感じられたら言ってくれ。」

「おうさ!任せな!...ところでお前の名前なんて言うんだ?」

「団扇巡だ。」

才賀鳴海(さいがなるみ)だ、よろしく頼むぜ巡!」

 

その日、俺はお人好しの予備校生と知り合った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ドアを開ける、誰もいない、閉じる。ドアを開ける、誰もいない、閉じる。ドアを開けようとする、鍵がかかっている。店長からくすねたマスターキーを使い開ける。その中にはスーツ姿の女性が眠っていた。

 

「才賀、どうだ?」

「...寝てるだけだぜ。ぐっすりとな。」

「無視でいいな、この人の裏は取れている。」

 

ドアを閉め、鍵を閉じる。これで全ての個室を見回ってしまった。敵の姿はどこにもない。

 

「襲撃した奴らはまだ目覚めない。さて、襲撃犯はどこに行ったのやら。」

「俺の感知にも引っかからなかったぜ。」

 

それが信用できるのなら良いのだが...

 

「そういやお前の個性について聞いてなかったな。」

「ああ、でも大した事ないぞ?範囲は2m程度、その中にいる連中の心がなんとなく分かる程度だ。交感神経と副交感神経?がどっちが優位か分かるって医者は言ってたな。」

「...なら俺の側は辛いだろ。」

「...まぁな。」

「じゃあ、手っ取り早くこの件を終わらせて別れよう。」

 

そう言って、最後の確認に入る。ドリンクバー下のタンクへの扉の鍵は壊されていた。つまりそういう事だろう。

 

水のタンクを取り出し開けると、そこには身体エネルギーの込められた液体が混ぜ込まれていた。

 

「才賀、お前ドリンクバー飲んだか?」

「いや、今日はまだだ。」

「じゃあ決まりだな。この水に混ぜ込まれてる何かが原因だ。これだけ探して見つからないという事は、犯人はもう逃げてるか...出店記録漁るか。」

「漁るって、どうやって?」

「お前に言う必要はない。」

 

スタッフルームへと足を向ける。襲ってきた連中はまだ目を覚ましていない。洗脳の後遺症だろうか...まぁ死んでないならどうでもいい。

 

「巡、お前はこんな状況でも心が乱れないんだな。」

「どうでもいいだろ、そんな事。」

「...ああ、確かにそうだな!でも俺は許せねぇ!無関係な人たちを使って人を襲うような卑怯者はよぉ!だからお前がこんな事をしてる奴と戦うってんなら手を貸したい!」

「...そうか、じゃあ好きにしろ。」

 

とはいえこいつとの付き合いは長くはならないだろう。監視カメラ映像で顔を見て、出店記録と照らし合わせて情報を抜けば後は警察に投げる案件なのだから。

 

その時はまだ、そう思っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全くよぉ、男と二人でラブホテルなんて行く事になるとは思わなかったぜ畜生。」

「ここまで付いてこいとは言ってない。」

 

ネットカフェで情報を取り終えて通報した後、才賀は俺に付いてきた。家に帰りたくない事情があるらしい。だから深夜のネットカフェにいたのか。

というかここまで付いてくるとは思わなかった。いや、逃亡生活をしている自分の寝ぐらはこう言った身分認証のない場末のラブホくらいしかないのだ。

 

「それで、聞きたい事ってのは何だ?」

「お前のやった俺への治療の事だ。医者に行っても薬の一つも出やしなかったのに、お前はあっさりと治しちまいやがった。だからどうやったのか聞きてぇんだよ、俺の命に関わることだからな。」

「はぁ...お前の個性は、周囲の人間の心の感知とそれに伴った微弱な増強型の複合型だ。んで周囲の緊張が優位になりすぎているとお前の呼吸器官にマイナスの増強が働く。だからお前は発作が起きた時に俺を無理矢理笑わせて緊張をほぐそうとした。ここまでは良いか?」

「...ああ、てか医者に言われた事よりわかりやすいな。どうやって調べたんだ?」

「おれの目はそういうのを見抜く、それだけだ。続けるぞ。...俺が行った治療法は身体エネルギーの調律だ。お前の逆増強は体の外側からの指令による動作の強制、つまり洗脳を受けている状態と同じなんだ。それを解除した事がお前に行った治療法の答えだよ。」

「...てことは俺自身がその洗脳解除、身体エネルギーの調律を自力でやれりゃあ、この体質も何とかできるって訳か!」

「そうだ、話はもういいか?俺は寝る。」

「ああ、ありがとよ。」

 

話は終わり才賀は、外に出ようとした。だが何故か踏み止まった。

 

「...なあ巡。お前の事聞いていいか?」

「寝るっつったろ浪人生。明日もまた戦闘がある。コンディションを整えさせろ。」

「ほんといけすかねぇガキだなお前。...正直今落ち着いてようやく気付いた。お前みたいなガキがこんな逃亡生活みたいな事してるのはどう考えてもおかしい。一体なんなんだ?」

「あんたには関係ない。」

「いいやあるね。お前は俺の恩人だ、恩人がそんな氷みたいな顔をしてるなら、なんとかしたくなるもんだろうが。」

 

押しが強い。こういう奴は下手にあしらったら余計に付いてくるだろう。触りだけ話して帰ってもらおう。

 

「長野病院怪死事件、俺はその生き残りだ。」

「...この前あった病院にいた奴らが全員死んだって奴か。」

「だから、その首謀者を追っている。これで良いか?」

「...ああ、お前に詳しく話す気が無いって事はよく分かった。」

「自分の傷自慢をする趣味はない。それだけだよ。」

 

その言葉と共に会話は途切れた。そうして俺はベッドで横になり、才賀は床で眠りについた。面倒なのに絡まれたものだ。最悪写輪眼であしらうしかないな。

 

そう考えながら、眠りについた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

才賀鳴海は考える。団扇巡は氷みたいな奴だ。それは感じる心からいって間違いはない。だが、こいつは俺を見捨てなかった。俺の体質を真っ直ぐに見て、その原因を突き止めてくれた。

今まで原因不明と言われ続け、対症療法以外何もできなかった自分にとってはまさしく晴天の霹靂だった。

 

こいつの心は氷で覆われたが、本当は暖かいものなのだと鳴海は分かってしまった。

 

この少年を一人にしては置けない。不思議とそう思った。

 

「チッ、大学受験で手一杯の俺が何と考えたんだか。」

 

でも思うのだ。この少年を放っておいたまま平穏に戻ったとして、俺は誰かを笑わせられるのだろうかと。体質を改善できたとして、俺は笑う事ができるのかと。

 

その時声がした。ベッドの上を見ると、そこには苦悶の声を吐き、涙を流しながら何かを必死で耐えている少年の姿があった。

 

その姿を見て、才賀鳴海の覚悟は決まった。

 

「一人にはしておけねぇな、こんな子供をよぉ。」

 

はだけた布団をかけ直し、そんな事を思ったのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日は、昨日より少し良く眠れた。正直不眠症なんてものに対処する余裕はないためそれはありがたかった。

 

だが、この男が自分より先に目覚めているのは少し驚いた。置いておく気だったからだ。

 

「よぉ、起きたか巡。」

「...まだいたのか。」

「ああ...色々考えたんだが、俺はお前についていくことにした。」

「理由は?」

「俺の為さ。」

 

正直言って足手まといなのだが、それでも付いてくる気だろう。頑固な男だ。

 

「お前が次に行く所は覚えてる。俺が付いていく事を認めないと、そいつを警察に言っちまうぜ?」

「...一つ約束してくれるなら、付いてくる事を認めてやる。」

「なんだ?」

「死ぬな。お前を待つ家族の元に必ず生きて帰れ。」

「...ああ、たりめぇだ!」

 

そうして、才賀と共に洗脳犯の住所へと向かう事となった。それが罠だと知りつつも。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

洗脳犯の住所は、同じ神奈川県内にある教会だった。

掲げられている看板は、西神奈川グリーンチャーチ。そこそこ歴史のありそうな教会だ。

陰我は100年の経験を持っている化け物だ。そういったツテもあるのだろう。

 

「じゃあ入るぞ。お前は危ないと思ったら...いや、言っても無駄か。」

「なんだそりゃ。」

「お前の事が少し分かったって事だよ、才賀。」

 

そうして教会のドアを開けようとして、背後から襲いかかってくる人を回し蹴りで迎撃した。

 

「なんだこいつ?」

「洗脳されてるな。まぁ今はいいだろ、向こうはこっちが来るのを知っていたようだ、案の定な。」

 

鍵のかかっていた正面の扉を、桜花衝でぶち破る。

 

「策は単純、正面突破だ。」

「わかりやすい作戦だこって!」

 

中の礼拝堂で棒や工具で武装している洗脳兵が一斉に襲いかかってくる。それを俺と才賀で迎撃する。ドライバーによる突きを躱し顎を打ち、棒による打撃をいなし腹を打つ。そんな事を繰り返して敵を倒しつつ才賀の様子を見る。敵を倒しつつも常に背後を俺に向けている。視界外からの攻撃を警戒しているのだろう。

 

思ったよりも才賀の立ち回りが上手い、どうやら道場拳法だけの男ではないようだ。かなりの実戦経験がある。

 

「お前、自警団(ヴィジランテ)でもしてたのか?」

「ああ!それがバレて決まってた大学蹴っ飛ばされたよ!」

「馬鹿じゃねぇの?」

「うっせぇ!」

 

襲ってきたのは二十人前後、いずれも洗脳兵だった。念のため洗脳を解除しておく。

 

「随分と盛況な教会だな。金には困ってなさそうだ。」

「そんなもんかね?」

 

才賀を後ろに置いて奥に進む。こいつの個性ならば不意打ちはある程度防げる。今はセンサーとして利用させてもらおう。

 

「うぐっ、ぜひっぜひっ、すまん巡!」

「それ戦闘中になったら助けないからな。」

 

こいつの体質という問題はあれど、順調に教会探索は進んでいった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時折襲ってくる洗脳兵をあしらいつつ、鍵開け(物理)を駆使して探索範囲を広げていき、ネットカフェの監視カメラに映っていた洗脳犯を探し続ける。正面口と裏口に置いている影分身から連絡がないという事は、逃げた奴もいないという事だ。つまり迎撃の策があるという事、警戒は怠れない。

 

「しっかしお前さん、躊躇いがねぇな。」

「敵の策が分からない以上、時間の浪費は敵の利に転ぶ。」

「確かにそう..,待て巡、敵だ。左から来る。」

「...個性か、隠し通路か、なんにせよ...」

 

左にあるのは壁だ。エネルギーの異常も見られない。だがそこから来ると分かっているのなら。

 

「ぶっ壊しとけば問題はないだろ。桜花衝。」

 

拳で壁を破壊し、奥に潜む敵をそのまま吹き飛ばす。どうやら隠し通路の方だったようだ。

 

「当たりだな。奥に行くぞ。」

「ああ。」

 

桜花衝で吹き飛ばされた敵は2人、どちらも洗脳兵だ。怪我のチェックと洗脳の解除を行なって奥へと進む。隠し通路は地下へと続く階段のようだった。

 

この教会の図面を事前に取れなかった事が響いてくる。とはいえ今の逃亡者である自分にはそんな物を手に入れる手段はハッキングくらいしかないのだが。

 

そんな事を考えながら地下を進んでいくと、この教会の基礎部分へとたどり着いた。嫌なタイマー表示のある機械と共に。

 

「おいおいおいおい!冗談だろ!あと10分しかねぇぞ!」

 

その正体はすぐにわかった。(ヴィラン)学のテキストでよく見ていた旧型の爆弾だったからだ。

 

考える。普通なら実行犯は逃げ出しているだろうが、これは陰我の関係する事件だ。洗脳犯は奥にいるのだろう。情報はそこにある。

 

「才賀、教会内部に散ってる人達を礼拝堂に集めてくれ。」

「外に逃がさなくて良いのかよ!」

「気絶した30人余りを10分で安全圏まで運べるか?」

「...そうだな、動ける奴が少なすぎるか...うし、信じるぞ巡!」

 

才賀は来た道を戻っていった。言った通りに動いてくれるのだろう。自警団(ヴィジランテ)経験者だけあって動きが良い。あの動きならヒーロー科のある所なら引く手数多だろう。

 

念のため影分身に伝達して、チャクラを回収する。

敵の狙いは見えたが、乗るしかない。悪辣な手だ。

 

だが、まずは洗脳犯を瞬殺して礼拝堂へと連れて行く事からだ。敵の手の考察などは後で良い。

 

そうして入った地下室の奥の部屋には、この教会をモニターしている多くの隠しカメラの映像と、その前の椅子に座っている修道服の女がいた。

女の顔は、ネットカフェで見た洗脳犯と同じものだ。

 

「来たネ、団扇巡。」

「来たさ、お前の目論見通りな。」

「ワタシの直接戦闘能力は大した事ないからネ、言葉で戦わさせて貰うヨ。」

「大方、教会自爆での被害者は俺のせいだとでも言うんだろ?悪いが被害は出させない。お前も含めてな。」

「どうやって?」

「お前に言う必要はない。」

「まぁ関係は無いけどネ!」

 

修道服の女は手に持ったスイッチを押した。すると、上にあるスプリンクラーが起動した。そこから流れ出る水からは、女の身体エネルギーが強く込められていた。

 

「ワタシの個性は洗脳水(ヒプノウォーター)!飲んだ人間を操る悪魔の水ッ!このスプリンクラーにはそれが詰められている!ワタシの水が密閉空間を満たすこの状況は覆せないヨ!」

「そうでもない。」

 

チャクラを練り上げて身体エネルギーの流れを整える。向こうの個性の詳しい理屈は知らないが、洗脳系である以上これで弾く事ができる。要するに、幻術返しである。

 

「何で効かないッ⁉︎」

「お前に言う必要は無い。」

 

移動術で接近し、顔を掴んで無理やり目を合わせ写輪眼を使う。そうして女を担ぎ上げてこの礼拝堂へと向かう。

 

「巡!散ってた連中は全員集めたぜ!」

「感謝する。...ああ、あとは出来るだけ人を一纏めにしておいてくれその方がやりやすい。」

「おう!んで、お前はどうやってこの人数を守る気だ?」

「俺の切り札を使う。最も、それを使うように誘導されていたみたいだけどな。」

 

才賀と共に人を運び終え、才賀に残り時間をカウントさせる。

 

「5、4、3、2、1!」

「須佐能乎。」

 

発動した瞬間から身体中に激痛が走る。だが前回陰我相手に使った時ほどではない、柱間細胞の治癒能力のおかげだろう。この細胞は、俺の事をとりあえずは生かしておいてくれるようだ。

 

「何だぁ⁉︎髑髏の巨人⁉︎」

「騒ぐな、俺の力だ。」

 

須佐能乎で全員を纏めて抱え込む。その瞬間に地下で爆発が起き、この教会が崩れ落ちる。

落ちてくる瓦礫、抜ける床、それらから人々を須佐能乎で守り切る。

須佐能乎の防御能力なら行けると踏んだが、どうやらその想定は正しかったようだ。

 

「凄え、本当に守り切りやがった!」

「...今上の瓦礫を退かす。お前は気絶した人達に瓦礫がいかないように注意してくれ。」

「おう、任せろ!」

 

須佐能乎の態勢を変え、上に乗ってる瓦礫を払いおとす。これならもう大丈夫だろうと思い、須佐能乎を解除する。

 

そのあたりで、洗脳されていた人達は徐々に起き上がり始めてきた。

 

「ここは?一体何があったんだ?何故こんな瓦礫の中に...」

 

混乱しているように見せているが、まぁ想定通りだ。動きが明らかにおかしい。当たって欲しくない想定ばかり当たるのは、一体何故だろうかと少し嫌になる。

 

呑気に「大丈夫か!」とか言いながら近づいていくこの状況を全く分かっていない馬鹿の肩を掴んで距離を取る。

 

「...ってオイ、どうした巡?」

「お前、感知タイプなんだから気付け。」

「いや何を言ってるん...ハァ⁉︎なんでこんな事になってるんだ!」

「見せ札が洗脳兵で、切り札が今この状況って事だろ。」

「ああ、畜生!だったら何で助けたよお前さん!」

「敵は、奴に繋がる糸だ。」

 

とはいえ手荷物チェックくらいはしておくべきだったかもしれない。流石に、策が割れたと気付いて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状況は面倒この上ない。

 

須佐能乎のダメージで十分に動けない今となっては特にだ。

 

「才賀、銃とやりあった経験は?」

「何度かある。だがこんな数とやるのは初めてだよ。」

「構え方から言ってあいつらは素人だ。...すまんが1分任せる。さっきのダメージの治療をする。」

「へっ、やっとまともに俺を頼ったな巡!任せときな!」

 

その言葉と共に、銃声が響き渡った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

瓦礫の隙間に身を隠して自身に対して新たな医療忍術を行う。柱間細胞のエネルギーを与え、それを全身に行き渡らせるというものだ。柱間細胞にエネルギーを与えるのは危険な気がするが、背に腹は変えられない。この治療法の方が早く済むのだから。

 

「...良し、行ける。」

 

そうしてしっかり1分間治療してから瓦礫から身を乗り出した所、そこに見えた光景はちょっと驚きだった。

 

才賀は、銃相手に一歩も引かず戦っていた。自分の方へと敵が向かってこないように立ち回りながら。

 

「...あいつ、絶対ヒーローレベルの実力者だろ。」

 

そう呟いた所で、才賀の視界外から銃を構えている少女が見えた。さて、十分に守ってもらったのだから、ここから先は俺がやらせてもらおう。

 

移動術で少女の前に立ち、銃口を下に逸らして目を合わせる。これで一人。こちらに気付いた何人かが銃を向けるも、それを弱火の火焔鋭槍で纏めて払い落とし連続で催眠をかける。これで10人。

 

「おう、生きた心地しなかったぜ巡!」

「そいつは悪かった。まぁ傷がなくて何よりだよ。」

 

残った連中は俺か才賀かどちらに銃口を向ければいいか迷う事なく、俺に銃口を集中させてきた。それは悪くない。悪くないが。

 

「あいにくと、拳銃程度ならどうにでもなる。」

 

連続的に放たれる銃弾、それをチャクラで作った巨大な団扇で纏めて外に流す。奴の挿し木を払うために作ったこの術は、なかなか使い勝手が良いようだ。名付けるとするならば、

 

「...うちは返しならぬ、うちは流しって所かね。」

 

俺に銃口が向いているその隙に、才賀が残った連中を瞬時に昏倒させていった。自警団(ヴィジランテ)として戦い慣れているのは伊達ではないようだった。

 

「お前で、」「最後だ!」

 

そうして残った最後の一人は、諦めて自分の頭に銃口を向けて、それを才賀に払い落とされ俺の一撃で気絶した。

 

「あー、やってらんねぇぜ!爆弾で死にそうになった癖にこんなに拳銃揃えて殺しにくるなんざまともじゃねぇ!しかも最後にゃ自殺だぁ?命を何だと思ってやがる!」

「それがコイツらだ。...警察が来る前に情報を抜くのは無理そうだな、俺は逃げる。お前はどうする?」

「お前に付いていくさ。」

「...まぁ、手数は欲しかった所だ。お前が良いなら別に良いがな。」

 

いまいち釈然としない所はありつつも、コイツの同行を認める事にする。

 

そんな時、ドリフト音と共に何者かがやってきた。

 

「お坊っちゃま!ご無事ですか!」

「げぇ!フラン!何でこんな所に!」

「GPSで追いかけました!この惨状...またおやりになったのですね!旦那様とあれほど話し合ったというのに!」

「仕方ねぇだろ!成り行きだ!」

「それでご自分の進学をまた棒に振るつもりですか!幸いまだヒーローは現着していません。逃げましょう、お坊っちゃま!」

 

どうにも、この女性は才賀の身内のようだ。お坊っちゃまと呼ばれた事から、才賀はどうやら金持ちの家系らしい。コイツが?という疑問はあるがまぁどうでもいい事だ。

 

この馬鹿の次の一言が飛び出てくるまでは。

 

「仕方ねぇ...巡、一緒に行くぞ!」

「いや、何でだよ。」

「うっせぇ、こうなりゃ一連托生だって事だよ!」

「...まぁ、今すぐ行くあてもない今はいいけどな。」

「そこの少年も早く!ヒーローが来ます!」

 

そんなわけで、流されるままに才賀の家に行くこととなった。

尚、警察の捜査がやりやすいように写輪眼で倒した連中には自白するように催眠をかけた。爆発なんて目立つ真似をした以上ヒーローはすぐにやってくる。始末係がいても実行は難しいだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「でかいな...」

 

たどり着いた家、というか屋敷は豪邸であった。写真で見せて貰った八百万の家とどっこいどっこいだろう。世の中には金がある所にはあるものだ。

 

「さ、ご主人様がお待ちです。お坊っちゃまも少年もどうぞ中へ。」

 

中も豪邸に相応しい高そうなモノばかりだった。だがそれは屋敷の雰囲気にしっかりと調和しており、成金という感じはしなかった。

 

フランさんに連れられて屋敷の一室へと連れられる。どうやらここがこの屋敷の主人の執務室のようだ。

 

「...親父、帰ったぞ。」

「どうも、お邪魔してます。」

 

「待っていたよ鳴海、それに団扇巡くん。私の名前は才賀善一郎(さいがぜんいちろう)という。さぁ、話をしようか。」

 

その顔は、無茶をした子供達を叱る大人の顔をしていた。

 

「まず団扇くん。君に聞きたい。何があったんだい?」

「昨日の深夜のネットカフェにおいて(ヴィラン)による洗脳兵の攻撃を俺が受けました。鳴海さんとはその時に知り合い、洗脳犯を共に追いかける事になりました。そして今日の朝、洗脳犯の拠点を襲撃しました。その戦闘結果がフランさんの報告したであろう事件の事実です。」

「簡潔な説明をありがとう。それで団扇くんはこれからどうするつもりだい?」

「敵の使った短機関銃、大量の拳銃、プラスチック爆弾にその信管。そのあたりの入手経路から黒幕を追いかけるつもりです。ルートには心当たりがありますから。」

「そうか、それなら私の方からも調べてみよう。」

「...やけに協力的ですね。」

「君のことは調べた。あの病院にはウチの社員も入院していたからね。その黒幕を追い詰めるというのならば手を貸すさ。」

 

その言葉を聞いて、心に黒いモノが溢れるのが分かった。

だが、このお節介な大人はその内心を見抜いて言葉をかけてきた。

 

「君のせいだなんて誰も思っていないよ。悪いのは陰我という男だ。」

「...それは違います。」

 

「あの日、俺だけはあの惨劇を止められた。それは変わらない事実です。」

 

あの日、俺がもっと早く事件が起きている事に気付いていれば。

あの日、俺が写輪眼をもっと早く発動していたら。

あの日、俺が病院に向かわなければ。

あの日の惨劇はなかったのだなら。

 

ただ静かに死んでいる人たちがいた。その寝顔のような死に様は忘れられない。

俺が間に合わなかったせいで死んだ人たちがいた。その苦しみもがいた死に様は忘れられない。

俺を守って死んだ後輩がいた。何度も苦難を繰り返した末に見せた、あの死に様は忘れられない。

 

決して忘れない。そう決めている。

 

「それは違うと言っても、聞かないんだろうね。...鳴海。」

「なんだよ親父?」

「私は立場のある人間になってしまったからね、今は好きに動けない。だからお前に頼むよ。お前のやりたいようにやりなさい。私はそれをサポートする。」

「親父...」

「ただし、フランをお付きとしてお前に付けるからね。くれぐれも無理だけはしないように。」

「ああ、わかった。約束する。」

 

「俺の側にいると、ご子息に危険が及びます。なのに止めないんですか?」

「止めて止まる子なら子育てに苦労してないよ。」

「ま、そういうこった。親父からの許可も出たし、俺はお前に付いていくぜ!巡!」

「はぁ、旦那様にも困ったものです。」

 

 

こうして俺は、大財閥サイガの次期党首である才賀鳴海とそのお付きの加藤フランシーヌと共に行動するようになった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

転生者を事故で殺す陰我という(ヴィラン)。その存在を知ったのは偶然だった。だがそのお陰で善一郎は気付いた、妻と息子を失ったあの交通事故は偶然ではないという可能性に。

 

息子の異常な利発さと才能を感じていた自分だからこそ気付けた事だった。

 

故に才賀善一郎は鳴海を認めたのだった。

 

表向きはお節介な馬鹿息子の手助けという名目で陰我を調査することができる。異常でも、それでも愛していた息子の仇討ちの相手を探すという裏の目的を達成するために。

 

もっとも、鳴海に引き継がれたそのお節介さは本当の物なので、団扇巡という少年を助けたい気持ちに嘘はないのだが。




というわけで迷走編では、どっかで見た事のあるキャラをモデルにしたキャラが多くなっていきます。彼らが生きた爪痕は何処かに残っているのです。

ちなみに迷走編のコンセプトは、『人は一人にはなれない』です。全てを捨てて戦うと決めた少年の周りに、何故か人が集まってくるそんな話だったりします。

闇落ち展開を期待していた方は御免ね!


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地下闘技場での出会い

この作品に出てくるパロキャラを選ぶ選出理由は全て趣味です。でもヒロアカ世界観に合わせる形でキャラの設定をいじってるので違和感はあんまりない筈!


才賀家で半日ほど滞在し、警察からの追跡対策をしたところでフランシーヌさんの運転する車に乗って千葉へと向かう。

 

目的は単純、財前組の武器流通ネットワークを借り受ける事だ。そのために財前組元組長の要の爺さんこと財前要と会いに行く。

 

正直フランシーヌさんの同行には否定的だったが、車を使っても良いという才賀の親父さんの言葉で同行を許可する理由はできた。

 

公共交通機関が警察に抑えられると走るしかなかったので、移動手段は必要だったのだ。

 

「しっかしよぉ、なんでお前さんヤクザなんかと繋がりがあるんだよ。」

「俺を育てた親父がヤクザだった。それだけだ。」

「財前組といえば、春に集団自首したという珍しい組でしたね。ニュースでは古きヤクザがヒーローに屈したと言われていたのを覚えています。」

「ああ、んなことあったなぁ。...知れば知るほどお前さんが分からなくなるぜ。ヤクザの息子のヒーローが今は違法捜査で追われる身ってなぁ、どれだけ波乱万丈な人生送ってやがるんだ。」

「あまり気にしないようにしている。気にした所で今は変わらないからな。」

「...確かにそうですね。過去は過去、そう割り切るのが賢いのでしょう。...団扇様がそれをできているとは思えませんが。」

 

フランさんは、結構毒を吐く人のようだ。礼儀正しい面ばかり見ていたから少し驚いた。動じていない才賀の様子を見る限りこれが平常運転なのだろうが。

 

しばらく会話が途切れる。フランさんは運転に集中し、才賀は何かを考え込んでいる。

 

そうして、ついに腹を括ったのか才賀が言葉を発してきた。

 

「...なぁ巡、話しちゃあくれねぇか?お前さんの事情って奴を。」

「それを聞いてどうする?」

「さぁな、聞いてから考える。」

「坊っちゃま、デリカシーがありませんよ。」

「うっせ。気になるんだから仕方ねぇだろ。コイツがこんな目をしてる理由がよぉ。」

 

才賀の追求を躱す理由はない。コイツが納得するくらいまでなら話すとしよう。

 

「...複雑な話じゃない。ただの復讐だ。」

「ただの復讐って...病院怪死事件のか?」

「ああ、あの場には俺を産んだ母親と産まれたばかりの妹がいた。」

「そうか...」

 

あの日の事を思い出すと、黒い後悔ばかりが溢れてくる。だからつい、言葉にしなくても良い事まで話してしまったのだろう。

 

「怪死事件の理由は、俺を殺す為だった。運命を支配する陰我は、運命に映らない俺を殺す事が目的だったんだ。」

「運命を、支配するッ⁉︎」

「まさか、そんな個性がありえるのですか⁉︎」

「あり得て、実際に奴はそれを行なっている。...本当にクソみたいな話だけどな。」

 

前の座席にいる二人と目を合わせたくなくて、何となく窓から外を見る。その瞬間に見えた光景から、陰我を相手にする事はこういう事なのだなと改めて思った。

 

「フランさん、車を停めて下さい。これから事件が起こります。」

「何言って...何してんだお前ッ⁉︎」

 

シートベルトを外し、走行中の車のドアを開けて高速道路に飛び出す。隣にいるバイクの男の上半身に不自然な身体エネルギーの淀みが見えた。何か事件が起こるのは間違いない。それの狙いはまぁ俺たちだろう。

 

陰我によって誘導された人物による事件、それも俺が陰我を殺すのに障害となるものだ。

 

「ヒャッハァ!纏めて燃やしてやるぜ、俺の個性でなぁ!」

 

バイクに乗る男は、何かの容器を放り投げた後に、口から炎を吹き始めた。

 

手当たり次第に周囲の車を燃やすその男の行動には計画性の欠片も見えなかったが、まぁ突発性(ヴィラン)なんてものはそんなものだろう。

 

バイクの後ろに移動術で飛び乗って男からハンドルを奪い、バイクをガードレールへと突撃させる。一応怪我させるのもなんなので男を救出しつつも。

 

そして、今の状況にようやく気が付いた男は、俺に食ってかかろうとしてきた。となれば当然目が合うものだ。写輪眼発動である。

 

「手前何しやが...る...」

「警察来るまで動かずに、素直に自白しろ。」

「はい...」

 

これで事件は終わり。さっさと進むとしよう。

 

移動術で車に戻りドアを閉める。そういえばこれでドアが壊れる可能性とか考えていなかった、反省点だ。

 

「面倒が起こる前に行ってください、フランさん。」

「...ええ、分かりました。...早業でしたよ団扇様。」

「あっという間にケリつけたなお前さん。やっぱヒーローってのは伊達じゃあねぇんだな。」

「多分もうすぐ免許失効するけどな。」

 

風のように現れて風のように去っていく。そんなヒーローの噂を残しつつ、俺たちは要の爺さんのいる刑務所へと向かっていくのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よう、巡。久しぶりだな。」

「久しぶり、要の爺さん。」

 

刑務官たちを催眠眼で誤魔化して面会を取り付けた俺は、2人を車に残して要の爺さんの元へとたどり着いた。現在立ち会っている刑務官さんも催眠眼でここの会話の記憶に違和感を覚えないようにしている。

 

これで、情報を聞き出すのに支障になるものは何もない。

 

「しっかし...随分な目をするようになったな、巡。」

「まぁ、色々あったから。」

 

一度深呼吸をする。真っ直ぐに、誠意で情報を貰うために。

 

「財前組の武器流通ネットワークについて知りたい。」

「それは、どうしてだ?」

「殺してでも止めなきゃならない奴がいる。そいつの手がかりを追う為にだ。」

「その為にヒーローになる夢を捨ててもか?」

「夢だけじゃない。命を捨てる覚悟もできている。」

「...じゃあ、賭けは俺の勝ちって事だな。」

 

その言葉が、懐かしい記憶を思い出させる。要の爺さんとの賭け、俺が幸せになれるかどうか。あの時は自分が幸せになると、なれる方に賭けていた。

 

今ではそれが夢でしかないとわかる。だが、財前組の組員になるという賭けも果たせない。()()()()()()()()()()()()()

 

「ごめん、奴を殺した後でやらなきゃならない事がある。だから俺は約束を守れない。」

「自分が無茶を言う癖にこっちに無茶通せってか?」

「頼む。俺にこの目を使わせないでくれ。」

「じゃあ話せよ、そのやらなきゃいけない事って奴を。」

 

そうして俺は話した。陰我を殺した後の事を。

正直陰我を殺せるかどうかわからない今では絵に描いた餅でしかないが、それでもやると決めたのだ。陰我の全てを否定する為に。

 

「できるのかってのは無粋かね。」

「出来る。俺の万華鏡写輪眼はそういう力だから。」

「だが、それじゃあお前さんはどうなる?」

「どうなるかはやってみないとわからない。でもこの世界から俺が居なくなるのは間違いないよ。」

「はぁ...とんでもねぇ覚悟なんだなお前は。それだけ重かったのか?お前にとっての大事な人の死は。」

「重いし痛い。でも捨てたいとは思わない。そういうもんだよ。」

「...じゃあ財前組に入るって約束の代わりに一つだけ、行く前には絶対に小指の奴と話をしろ。今生の別れになるんだからな。」

「大丈夫、元からそうするつもりだったから。」

「それなら良いさ。じゃあ教えてやるよ、ウチの組に武器を流してたネットワークをな。」

 

そうして俺は要の爺さんから武器商人の連絡先を教えて貰った。財前組の人間しかしらない符丁とともに。

 

これを預けてくれた事は、俺を家族として認めてくれている事の証だからか、少し涙が出そうになった。

 

「それでも、俺は...」

 

優しさに氷の仮面を溶かされかけても、決めた事だけは揺るがない。

それを揺らがせてしまうのなら、俺が生きている意味などどこにもないのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

財前組の符丁を使った連絡は、思った以上にスムーズに行われた。武器商人の藤巻さんが財前組には大恩のあると言っていたのは嘘ではなさそうだ。俺に手を貸す事を即決してくれたのだから。

 

そして、とある埠頭へと呼び出された俺たちは藤巻さんの知り合いで最も顔の広い人を紹介してもらう事となっている。

 

まぁ...

 

「罠だよなぁ。」

「罠ですね。」

「罠だが、まぁ良いだろ。才賀とフランさんは車で待機していてくれ、来るかどうかは才賀の判断に任せる。」

「そいつはどうしてだ?」

「お前には実戦経験がある。ヤバイかどうかはわかるだろ。あとはまぁ、藤巻さんと財前組の信頼関係を信用したいって所だ。」

 

正直願望半分ではあるが、それでも信じるに足る理由なのだ。こちらから裏切る訳にはいかない。

 

「お前さん、氷だけの奴じゃあないんだな。」

「ですね、少し驚きです。」

「どうだって良いだろそんなの。じゃあ任せた。」

 

2人を車に残して指定された倉庫へと向かう。一番端の13番倉庫だ。亀の異形型の大男が番人をしているのが目立っている。

 

「藤巻の紹介で来た。」

「話は聞いている。中に入ったら奥に真っ直ぐ行け。」

 

言われた通りに奥に行くと、そこには不自然に区切られた空間と

 

身体中の至る所に手を付けている天下の(ヴィラン)連合リーダー、死柄木弔がいた。

 

「確かに、お前以上に顔の広い奴は居ないな。死柄木。また会うとは思ってなかった。」

「俺は殺す時に会うつもりだったがな。まぁ、今のお前を殺したいとは思わないが。」

「...それはどうしてだ?」

「お前の目がこっち側になったからだよ。」

 

死柄木が手の向こう側で笑う。その笑みには以前の狂気しか無かったものとは違い、確かなカリスマの片鱗が見えていた。

 

「要件は藤巻さんから伝わってるか?」

「ああ、でも情報を持ってる義爛に取り次ぐには条件がある。」

「...お前の仲間になれってんなら悪いが無理だ。それじゃあ奴を殺すのが遅くなる。」

「俺たちも陰我を殺してくれるってんなら大助かりなのさ。注目していたいくつかの組織が不自然な事故で潰されてる。このままじゃおちおち仲間集めもできない。」

「そっちも大変なんだな。」

「ああ、大変さ。でも今の社会をぶっ壊す為には必要な手だ。」

 

どうやら、死柄木は私情に絆されて俺を殺しに来る幼稚さを捨て去ったようだ。こいつは大物になる。社会の事を思うのならばここで刈り取っておくべきだろうが、今の俺には心底どうでもいい。

 

「それで条件ってのは結局何なんだ?」

「なに、お前がヒーローに戻れないように楔を入れようって算段さ。まあ言葉より見せる方が早い。こっちに来い。」

 

死柄木に導かれるまま不自然に区切られた空間へと足を向ける。その位置に着いた数秒の後、エネルギーが立方体に満たされた。

 

その一瞬で、自分は違う場所へと転移させられた。身体エネルギーの色から見るに、目の前にいるスーツの男の個性だろう。

 

周囲を見回すと、奇妙な熱さで賑わっているのが伝わってくる。仮面を付けた大人たちが金網で包まれたリングに向けて野次を飛ばしているのだった。

 

結構な広さのある空間だ、結構な距離を飛ばされたかも知れない。これは才賀達を連れてくるべきだったかも知れない。

 

「ちゃんと帰れるんだろうな、死柄木。」

「ああ、保証するぜ。お前へのオーダーは単純明快、あの個性使用無制限の闘技場で戦って来い。その目立つコートのままな。それでお前はもう戻れなくなる。」

「...確かに、公開されればヒーローとしては終わりの大スキャンダルだな。...そっちの条件を飲もう。」

「その理由は?」

「大したリスクじゃないからだ。ヒーローじゃなくても、陰我は殺せる。」

「はっ、良いねぇ。いい顔だ。それが見れただけであの日の事は大分許せそうだよ。」

「ま、短い付き合いだがよろしくな。ところで...」

「なんだ?」

「ファイトマネーは出るのか?」

「...聞いてなかったわ。」

「マジか。」

 

ちなみに係の人に確認したところ、ファイトマネーは勝てば出るようだ。 ちょっとやる気が出てきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「レディースアンドジェントルメン!今日一番のショーの始まりだぁ!青コーナー、天下の(ヴィラン)連合推薦!飛び入り参加のこの少年の名は、団扇巡!まさかのヴィラン潰しの参戦だぁ!」

 

沸き立つ観客、飛び交う罵声。ついでに賭けのコール。ヴィラン潰しの名は裏の世界でも随分通りが良いようだ。

 

「赤コーナー、鋭い牙が相手を貫く!闘技場お馴染みの狂乱の狼!シュバルツケルベロス!」

 

現れたのは黒い毛の3つ首の狼の異形型、あれ意識別れているのだろうか。そして目に付けているのは見覚えのあるあのマジックミラーゴーグルだ。何かと縁のあるゴーグルだな本当に。

 

「尚、今回の試合からはサポートアイテムの使用は自由!何でもありの残虐ファイトだぁ!」

 

湧き上がる観客。試合前に終わらせる事が出来なくて残念だ。

 

「どうやらオッズではケルベロスの方が優勢と見られているようだ!流石のヴィラン潰しでも歴戦のケルベロスには勝てないと見られてるぞ!では本人にコメントを貰おうか!」

 

金網越しに向けられるマイク。何か気の利いたコメントでも返せれば良いのだろうがあいにくとそんなユーモアは俺にはない。

 

「路銀の為に、勝たせて貰う。」

「まさかの金の亡者宣言だぁ!対するケルベロスはどうだ⁉︎」

「俺たちの!」「牙が!」「最強だ!」

「強気なコメントサンキューだぜ!さぁ、ベットの締め切りだ!カウントダウン行くぜ!3、2、1!レディー、ファイ!」

 

試合開始とともに四つ足となり突っ込んでくるケルベロス。なかなか速い。それに、異形型の3つの頭はそれだけ視野が広いという事の表れだ。左右や背後に何か仕掛けてもすぐに気づかれるだろう。

 

ならば狙うべきはカウンター。次の対戦相手に情報を与えないという意味でもケリは一瞬でつけるべきだろう。

 

「「「トライデント・ファング!」」」

 

三つの首による噛みつきの同時攻撃、腹と両足を狙った嫌らしい攻めだ。これを躱すには宙に逃げるしかない。

 

「「「馬鹿が!」」」

 

跳んだ俺に向けてケルベロスも回転しながら突撃してきた。その速度は突進時よりも速い。こっちが本命だったのだろう。

 

まぁその程度は予想できていたのだが。

 

足の裏でのチャクラの爆発で空中機動、それにより向こうとのテンポを一拍ズラす。そのズレた一拍で回転するケルベロスを踏みつける。

頭が三つあるので満遍なく、起き上がることの出来ないように。

 

「おお!これはヴィラン潰しの代名詞、連続ストンプだぁ!ケルベロス起き上がれない!」

 

何度か踏みつけた後で、動かないか確認した後で離れる。するとレフリーがケルベロスの目にライトを当てて、目の瞳孔の開き具合を確認した。そして手を振るレフリー。どうやら終わったようだ。

 

「ヴィラン潰しの連続ストンプにケルベロスは散ったぁ!気絶により試合続行不能!勝者、青コーナー!ヴィラン潰し団扇巡!」

 

とりあえず第1戦は勝利だ。手の内もほとんど見せてはいない。十分な結果だろう。

 

「それでは、勝者であるヴィラン潰しは赤コーナーに移動!では次のチャレンジャー行くぜ!青コーナー、アイテムありルールでのNo.2!その軍勢に敵はなすすべなく討ち滅ぼされる!ボーンサモナー!」

 

ケルベロスはリングの外に運び出され、代わりにローブで体を隠した男がリングインする。体を隠す理由といえば仕込み武器、暗器使いか?

軍勢という触れ込みから考えると、操作系個性使用の触媒の可能性も考えられる。警戒しよう。

 

「オッズはヴィラン潰しの若干優勢!先程の連続ストンプで場の空気を一気に持っていったか?それじゃあサモナーからコメント行くぜ!」

「我が新たな戦術(タクティクス)に狂いはない。この試合勝たせて貰う!」

「おおっと!いきなりの勝利宣言だ!強気な言葉に暫定チャンピオンはどう対応する?」

「路銀の為に勝たせて貰う。」

「コメントワンパターンかよ!だが金の為に戦うその姿勢、嫌いじゃないぜ!さぁ、ベットの締め切りだ!カウントダウン行くぜ!3、2、1!レディー、ファイ!」

 

開始と同時に投げられる数多の身体エネルギーのこもった骨。一瞬でそれが空中で成長していき、骸骨の群れが出来上がった。その数20体ほどだ。

 

「いきなりの18番!サモナーのボーンサモンだ!この数にヴィラン潰しはどう立ち向かうのか!」

「これで終わりではない!受け取れ、我が兵士たち!」

 

サモナーが身体中に装着していた銃を骸骨兵に持たせた。4体の前衛を壁とし、6体の銃兵で仕留めるのがサモナーの戦術のようだ。

 

「まさかの拳銃だぁ!サモナーなりふり構ってない!これが()を倒す為に編み出した新たなタクティクスなのか!」

 

とはいえ、たかだか6丁の拳銃にビビっていては奴を殺すには足りない。こいつとの戦闘でモノになるものはないだろう。なので瞬殺させてもらう。

 

「死ね、ヴィラン潰し!」

 

同時に放たれる6つの銃撃、結構狙いが雑だった。粗悪品の銃でも摑まされたのだろうか。

 

まぁ、既に躱したモノを気にしていてもしょうがない。終わらせよう。

 

上に大きく移動術で跳んだのち、天井を蹴り飛ばしてサモナーの後ろ急降下。そしてヘッドロックで意識を落とす。近接を鍛えていなかったのか、サモナーはあっさりと気絶した。

 

静まり返る場内、ド派手な戦闘を期待していたお客さんにはちょっと悪い事をしたかもしれない。

 

ハッと実況のオッサンがマイクを握りなおして職務に戻る。

 

「何が起こったぁ⁉︎銃が放たれた瞬間にヴィラン潰しがサモナーの背を取った!俺たちは幻でも見ていたのかぁ⁉︎」

 

だが、見てる奴は見ているもので、次の対戦相手と思わしき奴は俺のやった事を解説してしまった。

 

「違うぜオッサン。あいつのいたトコをよく見てみな。踏み抜いた跡がある。あいつは跳んだんだよ、一瞬であそこまで。」

「...なんと恐ろしい身体能力だぁ!これがヴィラン潰しの実力だというのか!でもそんな力があるのなら見映えをもっと気にして欲しかったぞ!」

 

解説が入ってようやく湧き上がる場内。ヴィラン潰しが言いにくい為、コールはグダグダだったがそれでも集まった観客は俺に声援を送ってくれた。コイツらが全員違法賭博の犯罪者である事を除けば良いシーンだろう。

 

レフリーがサモナーの目に光を当て、瞳孔の動きを確認する。どうやら決まったようだ。

 

「気絶により試合続行不能!勝者、赤コーナー!ヴィラン潰し団扇巡!」

 

飛び交う歓声と罵倒。ついでに運ばれていくサモナー。サモナーの使った骸骨を運ぼうとしていたスタッフさんは、先程俺の動きを解説した男の一声で骸骨はそのままとなった。銃の暴発とかありそうだから退かしてほしいんだが。

 

「それでは、本日のメインイベントだぁ!ヴィラン潰しは青コーナーに移ってくれ!」

 

通常、この手の興行はチャレンジャーが青コーナーで防衛者が赤コーナーだ。だが、それが逆転するという事はたまにある。チャレンジャーの人気が強すぎる場合だ。それだけ今から来る相手が人気のある奴、つまり強敵だという事。油断はできそうにない。

 

「本日の最終戦!青コーナー、破竹の勢いでのノーダメージ2連勝!勢いに乗ったコイツはどこまで喰らいつけるか!ヴィラン潰し、団扇巡!」

 

歓声半分ブーイング半分くらいだろうか。この二戦でそこそこのファンを獲得したようだ。

 

「赤コーナー、ついに来たぞ我らがチャンピオン!アイテムありなし両ルールでNo.1を守り続けて1カ月!その芸術的なファイトで俺たちに勝利を見せてくれ!ジャンクドッグ!」

 

J!D!J!D!とコールがする。ブーイングは掻き消えた。その圧倒的な歓声の前に。

 

そうしてリングに上がってきたのは、先程解説をした男だった。ガウンを脱いだその男は、マジックミラーゴーグルとボクシングトランクス、それに背中に背負った腕に繋がっているギアだけを装備したボクシングスタイルの男だった。最も、手にはグローブなんて優しいものはないが。

 

「よぉ、今日は随分調子が良いみたいだな。ヒーロー。」

「ファイトマネーが出るからな。」

「...金の為に落ちてきたのかよお前。」

「いや、情報の為だ。」

「へぇ、じゃあお前とやれるのは今回限りって事か。」

「負けてくれても構わないぜ?」

「いや、八百長は飽きてんだ。やろうぜ、本気の勝負って奴をよぉ!」

 

返答は、ボクシングの構えだけで十分だろう。お互い言葉を交わすよりもこちらの方が早い。

 

「オッズはジャンクドッグの圧倒的優勢!だが今日のチャレンジャー、ヴィラン潰しは動じていない!お互いに言葉を交わすより拳を交わしたくてウズウズしてるみたいだ!...さぁ、ベットの締め切りだ!カウントダウン行くぜ!3、2、1!レディー、ファイ!」

 

合図とともにジャンクドッグの個性が発動される。身体エネルギーの対象はリングに落ちている無数の骨。それが両腕にまとわりついていた。

 

「ジャンクアームズって技だ。」

「その重さが加わっても重心がブレてない。下半身を相当に鍛えてやがる。」

「当たり前だろ、一応チャンピオンだぜ?」

 

腕の大きさは2mほど、狭いリングの中ではあの巨腕のリーチから逃れるのは無理だろう。そして腕を動かすパワーは背中のギアで補っている。厄介だ。

 

「行くぜ?」

「ああ。」

 

巨腕によるワンツー。速く、鋭い。写輪眼がなければ回避する事は出来なかっただろう。とはいえ拳自体の面積が大きいため、回避するのに小さい移動術を使わざるを得ない。だがそんなアウトスタイルをするのにはこのリングは狭すぎて、あっという間にコーナーへと追い詰められてしまった。ジャンクドッグはジャブとワンツーしか打っていないというのに。

 

「仕方ない、力技で行くしかないか。」

「お、ようやくやる気になったか。」

「死ぬなよ、ジャンクドッグ。」

 

コーナーに追い詰めてから放たれたジャンクドッグ渾身のストレートに、拳を握りしめた桜花衝で合わせる。

だがそれを読んでいたジャンクドッグは殴られた腕をパージする事でその衝撃を逃していた。

 

「やっぱ隠し球は増強系か。」

「...ッ⁉︎」

 

全力の桜花衝を放った事で俺の体勢は少し流れている。コイツ相手にそれは致命的な隙だッ!

 

実際、両腕をパージして身軽になったジャンクドッグは高速で詰めて来て、ギアの力をふんだんに使ったアッパーを放ってくる。この一撃は絶対に貰えない。チャクラの爆発を利用した体勢ずらしでアッパーのラインから頭をずらす。だが不自然な引力により引っ張られ、頭が再びアッパーのラインへと引き戻された。コイツの個性の正体は、鎧のように物を纏うモノではなく、引力を操る個性だったようだ。

 

もはや後に出来る事はない。せいぜいが歯を食いしばり食らう前から治療を始めておくくらいだらう。

 

 

目の奥に、火花が走った。

 

 

体が浮き上がり金網にぶつかる。どうやらまだ意識は繋がっているようだ。アッパーのラインから少しズレる事が出来たのが要因だろう。

 

お陰で崩れ落ちる事なく前を向けている。この金網には感謝しよう。

鋭い痛みはある。顎にもう一発食らったら耐えられないだろう。だがまだ動ける。

 

「へぇ、まだやるかい。」

「理由は、ないはずなんだけどな。」

 

何故だか俺は、膝を折ることをしたくなかった。

 

「頑張れ!ヴィラン潰しぃいいい!」

 

響く歓声がそうさせるのだと、気付いたのはこの試合がきっかけだった。俺は未だに、誰かに期待されたいとかそんな甘えを抱いているのだろうか。

 

まぁ、どうでも良い事だ。

 

引力を考慮して戦術を組み立て直す。拳の距離で戦うのは自殺行為だ。かといって遠距離で戦うとなるとあのジャンクアームズが重い。あのスピードを躱しながら印を結ぶのは至難の技だろう。

 

故に、向こうのレンジでの攻防に乗るしかない。だが今のままでは絶対に勝てない。奴の反射神経は俺の写輪眼並みだ。だから正面から不意打ちするしかない。

まぁ幸いにも一瞬の隙を作る技なら割と前から持っている。防御のついでに当てるとしよう。

 

引き寄せる力を隠さなくなったジャンクドッグ。その力に便乗する形で高速で接近する。ジャンクアームズは使わせない。

 

当然カウンターが飛んでくるが、手を添えて逸らすことによりそれを回避する。そして、その時点で俺の技は発動圏内だ。

 

(いづ)ッ⁉︎」

 

身体エネルギーを調()()()()()()流し込む。すると俺の生来の火の性質変化により細胞にダメージが入り、激痛が走るのだ。

 

「掌仙術応用、炎痛掌(えんつうしょう)

 

覚悟していない所からの痛みは本人に与えるショックが大きい。歴戦のプロレスラーとて不意打ちに崩れることがある事がその証明だ。

 

その痛みに囚われている今が接近のチャンスだ。痛みに混乱しながらも反射的にスウェーを行うのはさすがだが、今回に限ればそれは悪手だ。別に俺は致命の一撃を狙っているわけではないのだから。

 

伸ばした手の中指にチャクラの吸着を行い、ギリギリ触れたマジックミラーゴーグルを奪い去る。

 

「まさか⁉︎」

「五分五分の近接戦闘じゃお前には勝てない。だから前提を崩させて貰った。」

 

咄嗟に目を瞑ったジャンクドッグ。流石に催眠眼で瞬殺という訳にはいかないようだ。だが、目を瞑ったことによりジャンクドッグは次の俺の攻めに対処できない。戦闘中ずっと窺っていたのだから、この術の使うタイミングを。

 

「影分身の術!」

 

5()()に分身した俺は移動術を用いてジャンクドッグを一斉に囲み、同時攻撃を仕掛ける。空気の流れや足音での感知など、達人の技をアイツなら容易に行うだろう。故の分身だ。柱間細胞によりチャクラ量が上がった今の俺なら5人の分身を容易に操れる。何が俺の得になるかわからないものだ。

 

ジャンクドッグはその足音に違和感を覚えたのか、目を開けて「嘘だろオイ」と呟いて、2撃を回避し、2撃をギアでガードし、天井からのかかと落としは回避もガードもできず、脳天にモロに受けた。

 

崩れ落ちるジャンクドッグ。カウントを取り始めるレフリー。その隙にちゃっかり顎の治療を進める俺。

 

長い10カウントが始まった。

 

チャンピオンを負けさせたくないのか、1カウントごとの間隔がやけに長いレフリー。

 

そのおかげか、5カウントで意識が戻り立ち上がろうとし始めるジャンクドッグ。

 

這いつくばっても立ち上がろうとするその姿に、ある種の気高さを感じてしまった。これはもう一本やらないといけないようだ。不意を打つ策はだいたい使ってしまった。あとはどちらのダメージが大きいかが勝負を決めるだろう。

 

腹を括ったのが8カウント目。転びながらも立ち上がろうとするジャンクドッグを見つめる皆。

 

9カウントで片膝立ちになったジャンクドッグ、

 

「ヴィラン、潰し。」

「なんだ?ジャンクドッグ。」

「お前の、勝ちだ。」

 

そのか細い言葉と共に、ジャンクドッグは崩れ落ちた。

それを抱きとめたのは、俺の心がそうさせたからだろう。満足したような顔で笑うコイツを、きっと俺は好きになったのだ。

 

「そんな感情、俺にまだ残ってたんだな。」

 

「フィニーッシュ!今日の最終戦の勝者は、ヴィラン潰し団扇巡だ!今日は長らくご無沙汰だったチャンピオン交代だぁ!」

 

湧き上がる観客たち。だがその中にリングに突撃しようとする人達の姿が見えた。仮面がズレるのも気にしないで行く姿には、何かの必死さが感じられた。

 

嫌な予感がする。

 

「それじゃあ恒例行事、チャンピオンキリングだぁ!この闘技場のチャンピオンは、元チャンピオンの血を持って完成するのだ!」

 

この会場のどこかにいる死柄木が、笑ったような気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ジャンクドッグには木でできた枷がはめられ、俺には拳銃が渡された。これでジャンクドッグを撃ち抜けという事なのだろう。

 

「さぁ、チャンピオンキリングだ!カウントダウンは皆さんご一緒に!10!9!8!7!6!5!4!3!2!1!」

 

このことに反旗を翻したら死柄木から情報が貰えないかもしれない。だが情報のアテはもう一つあるのだから、ここは心に従っていいだろう。

 

この気高い男を殺す事は、俺にはできない。

 

そう決めてジャンクドッグを押さえつける黒服2人を倒す算段をつけ始めた所で、ある大声が響いてきた。

 

「サツだ!三番ゲートが制圧された!すぐに逃げるんだぁ!」

 

瞬間、観客たちはとって返すように逃げ出し始めた。仮面をしていることから考えて、保身の事はしっかり考えているのだろう。

そうして生まれた混乱を機に、黒服二人に催眠をかけてジャンクドッグを救出する。

 

「お前、なんで?」

「さぁな、なんとなくだ。...いいから逃げるぞ。」

 

鍵がかけられっぱなしの金網を桜花衝でぶち破り、来た時の道を行く。あの男の個性なら警察に見つからずに脱出できるからだ。そうでなくてもあそこの位置は良い。

 

「一応聞くんだが、お前逃げ道知ってるのか?」

「ああ、とっておきのを知ってる。こういう時は屋上から逃げるのが楽で良い。」

「人一人抱えてか?」

「良いサポートアイテムがあるんだ。安心しろ。」

 

最初にスーツの男に転移させられた場所へと向かう。あの場所は天井への距離が異常に近い。ぶち破るにはあそこがいいだろう。

 

すると、天井が崩れ落ちてきた。黒衣の仮面の人形とともに。

 

「巡、無事か!」

「才賀と、フランさんか?この傀儡は?」

「これは“あるるかん”、才賀の家に伝わるからくり人形を個性に合わせて進化させたモノです。」

「それでコンクリートの床をぶち抜いて来たって事か、凄いパワーだな。」

 

フランさんの個性は糸。両手の指から強靭な糸を出し、操作する物だと聞いている。それをからくり人形の各部に入れる事で糸の強さを何倍にもしているのだろう。金持ちの知恵という奴か。

 

ちなみに才賀の家に伝わる糸の個性をフランさんが持っている事は闇しか感じないので聞かないようにしている。面倒は御免だ。

 

あるるかんの開けた穴から上の階へと移動する。するとそこは、死柄木と会った倉庫だった。スーツの男の個性は、案外転送距離が短かったようだ。あるいは縦方向だけの転送?まぁいいか。

 

「じゃあ逃げるぞ。」

「待て巡、そいつは誰なんだ?」

「ジャンクドッグだ。成り行きで助ける事になった。」

「よし、じゃあ事情は後で聞く。とりあえず逃げるぞ!」

 

あるるかんを先頭に車へと向かう。才賀たちはこの周辺に警察が来た事に勘付いて俺を助けに来てくれたようだ。本当に良い判断をしている。

 

あるるかんをトランクに詰め、車に乗り込んで包囲網を回避して逃走する。この動きに慣れを感じるあたりフランさんは才賀の無茶を幾度も救って来たようだ。

 

「なぁヴィラン潰し、お前らなんなんだ?」

「なんか成り行きで増えた集団だ。目的は陰我というヴィランを殺す事。」

「おい待て!俺は殺す事に賛同してる訳じゃあねぇぞ!」

「私もです。捕まえて終わるならそれに越した事はないでしょう。」

「甘い事言う連中なんだな。まぁコイツの仲間ならそんなもんか。」

「何変な納得してんだ野良犬野郎。」

「他にやる事もねぇし、俺も手伝うぜ。お前の殺しを。どうせあの時死んだ命だしな。」

 

そんな訳で、陰我を追う一行に、ジャンクドッグという誇り高い野良犬が加わる事となった。一人で行くつもりだった旅路の筈なのに、何故か賑やかになってきた。奇妙な事もあるものだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日が開けたころ、藤巻に連絡したアドレスに一通のメールが届いた。藤巻からの転送だったそのメールにはこう書かれていた。

 

武器の搬入先を洗った結果出てきたのは、素晴らしき個性生活の会という半宗教組織だと。

 

次の目的地はどうやら決まったようだ。




ちゃっかりと好きな作品を知らない人に布教するスタイルです。でもアマプラでの無料視聴終わっちゃったんですよねー。悲しみ。


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サイコダイバー

なんか平均7000文字目標にしていたのがこの小説のそもそもの失敗な気がしてきた次第です。やっぱ3000〜4000字で毎日投稿するのがランキング的に良かったんですかねー。この小説を書く前のリサーチ不足でした。

あ、今ではもうそんな事は考えずに、一話1万文字オーバーを平気でするようになったので更新ペースはお察し下さいな。


「野郎3人でラブホテルとかギャグかなんかか?」

「そう思うよなお前も!」

「俺とジャンクドッグの市民IDが使えないんだからラブホは仕方ないだろ。」

「待て、じゃあ俺はどうしてこっちなんだよ!フランみたく普通のホテル泊まるので良いだろうが!」

「...すまん、忘れてた。」

「まぁいいじゃねぇか。金払っちまったんだし。」

「釈然としねぇぜ。ていうかジャンクドッグよぉ、成り行きで連れてきちまったが、お前って何者なんだ?」

「大したもんじゃねぇよ。ただの捨て子で、闘技場のチャンピオンになった奴さ。」

 

ジャンクドッグは、過去を深く語る気にはなっていないようだ。まぁそれはそうだろう。誰だって過去の傷など思い出したくはないのだから。

 

「...じゃあ名前、それくらいは言え。ジャンクドッグが本名って訳じゃねぇんだろ?」

「ねぇよんなもん。必要なかったからな。」

「かぁー、こいつも重いなぁ畜生!」

「才賀のやらかしレベルが最底辺ってこの集団割とおかしいよな。」

「コイツもなんかやった奴なのか?」

自警団(ヴィジランテ)やってたのがばれて大学蹴られたんだとさ。」

「...馬鹿じゃねぇの?」

「うっせぇ、仕方ねぇだろ!目の前でピンチな奴がいたのを見過ごせるかってんだ。」

「損するタイプの奴なんだな、才賀って。」

「いいじゃねぇか。俺は気に入ったぜ才賀のオッサンの事。」

「オッサンじゃねぇ、まだ19だ。」

「「マジで⁉︎」」

「お前ら2人とも俺をどんな目で見てやがった!」

 

そんなちょっと気の抜けた会話を最後に、自分たちは眠りについた。

明日に待つであろう激しい戦闘の事を思いつつ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

眠りにつくやすぐに魘される巡を見て、ジャンクドッグは顔をしかめた。

「なぁ才賀、大将っていつもこんななのか?」

「俺が見たのは二度目くらいだが、こんなんだよ。コイツ、まだ16のガキのくせしてこんな辛そうにしてよ、自分の全部を捨ててでも復讐しようだなんて考えてやがる。...コイツよりちょっと大人な俺としては、ほっとけねぇんだよコイツの事。」

「...なるほどな、どう見てもカタギのお前さんがこいつに着いて行く理由がやっと分かった。嫌いじゃないぜそういうの。」

「男に好かれても嬉しくはねぇよ。」

「それもそうだな。」

 

ジャンクドッグは苦笑しつつも眠りにつく。受けた恩とは別に、この少年についていく理由が心にできた夜だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

早朝、昨晩のうち用意したジャンクドッグの服に着替えさせつつフランさんとの集合場所に向かう。

 

「おはようございます。お坊っちゃま、団扇様、ジャンクドッグ様。」

「よぉフラン。昨日は眠れたか?」

「ええ、ぐっすりと。」

「じゃあ運転よろしくお願いします。目的地は埼玉県名部山中、素晴らしき個性生活の会本拠地です。どんな罠が待ってるかわからない以上、慎重に行きます。」

 

無言で頷く皆。ここにいる全員がかなりの戦闘力を持っている。罠だとしても突破は容易だろう。

 

問題は、罠を用意していなかった時だ。果たして俺は、素晴らしき個性生活の会という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()慈善組織相手にどこまで非情になれるだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

守衛に催眠眼で自分たちがプロヒーローだと誤認させて私有地の中に入る。山中に広大な土地を持っているこの組織から陰我の手掛かりを掴むのは難しいだろうが、やると決めているのだ。

 

「才賀、ジャンクドッグ、騒ぎは極力起こすなよ。」

「わかってるよ、大将。」

「俺としては、お前が騒ぎを起こす気がしてならねぇんだが。」

「ですね。団扇様はなんというか、トラブルの引き金になっているように思えますので。」

「...まぁ良い、行くぞ。」

 

不本意ではあるが、行く先々でトラブルに見舞われているのは確かだ。それの原因が俺であると取られてもおかしくはないだろう。不本意ではあるが。

 

そうして敷地内を車で走って5分程度の所で、その施設はあった。

3階建の大きい建物に、山のスペースをふんだんに使った運動場で遊ぶ子供達が目につく。

 

予想していたような初見で全てを殺しに来るようなトラップはないようだった。

 

「陰我に先んじられた、と今は思っておくか。」

 

なら、子供達を巻き込まない内に手早く済ませてしまおう。

 

「3人は車で待機していてくれ。俺の催眠眼だけで終わらせたい。」

「でもよぉ、中はトラップ地獄ってこともあるかもしれないぜ?」

「それで俺が死んだら、それをネタに警察を引っ張ってくれ。」

 

後の指揮を才賀に任せて俺個人は施設に走り寄り、見られていない事を確認してから壁走りの術で屋上へと駆け上がった。

 

屋上に子供はいなかったが、タバコを吸っている職員がいたのですかさず催眠眼をしかける。手応えありだ。

 

「質問に答えろ。この施設にヴィラン潰し、団扇巡が来るという事は知らされていたか?」

「ああ、知らされてたぜ。」

「なら、何故罠が無い?」

「裏園長があんたに会いたいそうで。」

 

いきなり裏園長とかいう謎ワードを出さないで欲しいのだが、今は良い。携帯で才賀に連絡を取る。

 

「才賀、無事か?」

「何があった、巡?」

「侵入が予見されていた。侵入した事もバレていると見た方がいい。いつでも動けるようにしておいてくれ。」

「...助けは要るか?」

「今のところは大丈夫だ。俺はこれから向こうの誘いに乗ってみる。裏園長とやらが俺を呼んでいるらしくてな。」

「...なんだそのネーミング。」

「知らん、本人に聞け。」

 

通話を切って再びタバコの男と向き合う。

 

「案内してもらうぞ、そいつの所に。」

「へぇ。お任せくださいな。」

 

タバコの男を先導にして、施設の中へと侵入していく。施設の中にも罠の類は見当たらなかった。

 

屋上から入ったこの施設は、学校のようだった。あらゆる個性に対応するためにバリアフリー設計になっているのはこの施設の表の方針通りなのだろう。

 

「ぱっと見は、ただの学校なんだがな。」

「学校てーよりかは、孤児院って方が正確かもしれやせんね。金はかかってやすが。」

 

見れば、清掃用ロボットが稼働してるのが見える。あれを導入できるという事はかなりの資金がこの施設に注ぎ込まれているのだろう。

だが、この施設は大物ブローカー義爛のお墨付きでクロなのだ。どんなに表を綺麗にしても、その事実が変わる事はない。

 

「さ、ここに隠し扉があるんでさ。」

 

タバコの男は慣れた手つきで火災報知器のランプに偽装されていたダイヤルを回した。すると後ろの壁が縦に開いた。この世界からくり屋敷多すぎだろ。

 

「この奥でごぜぇやす。あっしはここで。」

「何故一緒に入ろうとしない?」

「あんまり見たくねぇんですよ。裏園長のあの姿は。」

 

こいつを無理矢理連れて行く事はできる。だがそれに意味あるのだろうか。こいつは明らかに場数を踏んでいる。立ち振る舞いがそれを物語っていた。だがだからこそ解せないのだ。

 

こいつは、明らかに()()()()中に入る事を拒否している。

 

「中に何がある?」

「裏園長が居るだけですよ。あとあるとしたら連絡用のパソコンとかですかね。」

「...わかった。罠ではないと信じさせてもらう。」

 

中に入り階段を降りる。3階分ほど降りた所にもう一つドアがあった。

木製の小さなドアが。

開けるのを少し躊躇ってしまう。なにかこの向こうにはイヤなものがあると感じられたからだ。

 

「なんじゃ、何を恐れておる。早う入らぬか。」

「...ああ。失礼する。」

 

扉越しにかけられた言葉に答える形で扉を開ける。

 

するとそこには、心臓に木の杭が突き刺さって壁に貼り付けられている金髪の美女の姿があった。

 

「あんたが、裏園長か?」

「そうじゃ。妾がこの施設の裏の支配者じゃよ。まぁ、今はこんなナリじゃがな。」

 

写輪眼に見えるのは、木の杭が女の身体エネルギーを留めているという事だった。丁寧に、長い時間をかけて一体化したのだろう。そのエネルギーだけを見ると木の吸い上げるエネルギーと身体エネルギーの区切りが見えないほどだ。

 

相手は無警戒に俺の目を見た。ならとりあえず催眠をかける。

だが、催眠により乱れた身体エネルギーは、すぐに元に戻ってしまった。心臓に刺さった木が身体エネルギーを調律しているのだろうか。あるいは、洗脳が解ける程の強烈な痛みを感じ続けているのか。

 

「今、何かしたかえ?」

「ああ、無駄だったがな。」

 

「それで、話ってのは何だ?俺を殺したいって訳ではないみたいだが。」

「...頼みたい事があるのじゃ。まぁ、それ以外にも見てみたかったという事もあるのじゃがな。あの日の結果を。」

 

「近う寄れ」と囁くように言われる。それを信じて彼女の近くに寄ってみる。

 

頰を触られた。その優しい手つきは、俺がそこにいる事を丁寧に確かめるかのようだった。

 

「もういいか?」

「...ああ、もう十分じゃ。誠に面白きものじゃのう。人の運命という奴は。」

「じゃあ早く頼み事を言ってくれ。ついでにその対価も。」

「頼みというのは他でもない。ある男の事を救って欲しいのじゃ。その対価として、妾の持つ陰我の情報全てを渡そう。これでも奴との付き合いは長い。おそらくこの世界で二番目じゃろうな。」

「...だから陰我はお前を殺していないのか?」

「かっかっかっ!あ奴がそのように迷えるものか。妾が殺されていないのは、単に奴の取り得る手段で妾の事を殺しきれなかったからじゃ。なにしろ妾、吸血鬼じゃからな。」

「なら天日干しにしたらそのうち死ぬだろ。」

「それは試されたが、痛いだけじゃったわ。」

「...不死身か。」

「じゃからこうして縛られておるのじゃよ。」

 

ある程度は納得した。こいつは陰我に何かしらの反逆をして、それで殺される所を死なないという理由で封じられているのだろう。

 

「それで、俺は誰を救えば良いんだ?」

「団扇貞信。汝の産みの父親じゃよ。」

「...どうやって?」

「子飼いの使い手に、サイコダイバーというものが居る。その者は他者を他者の心の中へと送り込む事ができるのじゃ。血縁者である必要があるがな。」

「...流石、なんでもありだな個性って奴は。そいつとの合流地点は?」

「病院でそのまま合流させよう。符丁は必要かえ?」

「俺の目があれば必要はない。じゃあ、俺は行く。」

 

今回の話は終わりだと判断して踵を返す。

 

「聞かんのか?汝の父との関係を。」

「興味がない。必要なのは陰我の情報だけだ。」

「...陰我の情報はサイコダイバーからの報告がありしだいメールで送らせて貰おう。各地に散る陰我のペーパーカンパニーと子飼いと化した者たちのリストだ。」

「陰我本人の居場所は、やはり無いのか。」

「そうじゃ。奴は金にも物にも拘らぬ。一つ所に留まったりはせぬのじゃ。」

「...なんとなくわかっていたが、面倒だな本当に。」

 

だが、子飼いを潰して回れば必ず奴は出てくる。出てこざるを得ない。奴の組織状況とイレギュラーの発覚には因果関係はないのだから。

 

「じゃあ、行ってくる。」

「達者でな。」

「...ああ、一つだけ確認したい。」

「なんじゃ?」

「お前は、生きたいからそうしてるのか?死にたいからそうしてるのか?」

「さてな、忘れてしまったよ。」

「じゃあ、好きなように取らせて貰う。」

 

今度こそ扉を開けて、外に出て行った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

車に戻ると、何故かそこには子供達に絡まれている才賀の姿があった。むしろ子供に絡んでる才賀の姿と言い換えても違和感はないかもしれない。

 

「おう巡、遅かったな。」

「...なんでそんな状況になってるか聞いて良いか?」

「お前の様子を探ろうとしたら、なんか知らんが懐かれた。」

 

「ナルミにーちゃん遊んでー!」と無邪気に笑う子供たち。その笑顔には一切の陰りはなかった。才賀の人徳だろうか。...まぁいいか。

 

「行くぞ。」

「ああ。ガキども、またな!」

 

「えー、ナルミにーちゃん帰っちゃうのー!」と俺を責めるような目で見る子供達。それを痛いと感じるあたり、俺にもまだ良心という奴は残っていたようだ。

 

「ジャンクドッグ、お前止めろよ。」

「うっせぇ。ああいうガキは嫌いなんだよ。」

「それでは行きますよ皆様。団扇様、目的地は?」

「神野区にある病院だ。そこにサイコダイバーという奴が来る。そいつと協力して一人の男を救うのが情報を貰う交換条件だ。」

「今回は催眠でパパッとしなかったんだな。」

「やったが効かなかった。じゃなきゃ取引なんてするか。」

「へぇ、催眠が効かないなんて事あるのか。」

「ああ。個性による催眠ってのは往々にして相手の身体エネルギーを乱す事で意識をコントロールするものだからな。身体エネルギーの調律、外部からの衝撃による意識の覚醒、そのあたりで洗脳は解けるんだ。今回のは多分後者だな。」

「てことは誰か洗脳食らった奴がいたら、ぶん殴るのが一番早い解決策なのか。」

「そうだ。ただ洗脳の深度は個性によって異なるから、やる時は全力でな。それで解けなきゃ別の手を探せ。」

「団扇様、無実の市民に対して全力で殴れとはヒーローとしてどうなのでしょうか。」

「...もうじき免停くらうからセーフだろ、多分。」

「お前ってどっか適当だよな。」

「ま、大将も気が緩んでる時はそんなんでいいだろ。」

「...緩んでたか、俺。」

 

まぁ、時間が経つとはこういう事なんだろう。傷がある状態を自然だと受け入れてしまうのだ。そうじゃないと心が保たないから。

 

俺の心は、鋼だけでできている訳ではないのだから。

 

それを悔しいと今は少し思う。

 

「まぁ、いいか。」

 

自分の心なんて見えないものについて悩んでもしょうがない。やるべき事はあの日に既に決めているのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

神野区の病院に着き、父さんの病室へと向かう。サイコダイバーの個性がどんなものかはわからないが、おそらくダイブ中は無防備になるだろう。なのでその護衛を才賀たちにお願いしている。

もっとも、流石にギアやあるるかんは持ってきてはいないのだが。

 

そうして病室の前についた所で、どこか落ち着きなさげな少女が見つかった。

 

「あの!あなたが団扇巡さんですか⁉︎」

「ああ。お前がサイコダイバーだな。だがここは病院だ、静かにな。」

「...すいません。」

「じゃあ確認させて貰う。」

「...はい。」

 

少女と目を合わせ、写輪眼による催眠を行う。命令は単純に“質問に答えろ”と。

 

「お前はサイコダイバーか?」

「はい。」

「ここに来た理由は?」

「裏園長から指令を受けて、団扇貞信さんの治療を行うためにです。」

「お前は陰我の命令で動いているのか?」

「いいえ、今は裏園長の命令で動いています。」

 

催眠を解除する。どうやら彼女が罠という可能性はないようだ。

 

「確認はできた。段取りはどうなってる?」

「はい。私の個性で巡さんを貞信さんの精神にダイブさせてからは、貞信さんを精神崩壊に至らせた出来事を順次辿って行ってもらいます。」

「それだけでいいのか?」

「はい。そうすれば見つかる筈ですから。貞信さんを精神崩壊に至らせている負の感情の結晶体、夢魔が。」

「んで、見つけた後は?」

「...成り行き任せで大丈夫です。多分。」

「なんでそこに確証がないんだよ。」

「いや、治療を行った方々が何故か言い澱むもので。」

「...まぁわかった。とりあえずノリでなんとかしてみるよ。」

 

いいのかコイツ?という視線を無視して病室内へと入り込む。

父さんは、痩せていた。弱っていた。生きる意志を失っていた。

それが酷く心をざわめかせた。

 

「行きますよ、巡さん。」

「...ああ、任せた。ダイバーさん。」

 

才賀たちに目で任せたとだけ伝えて、父さんの精神へとダイブする。

陰我の情報を得るという、ただそれだけの目的の為に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さぁ、ここからは巡さん自身が頑張って下さい。出入り口は私が守りますから。」

「そうか。なら頼む。俺は行く。」

 

そう背をサイコダイバーに任せて前に進む。奇妙な光景だ。いくつもの泡のような記憶が鎖のように繋がっている。入り口近くの記憶は朧げで小さい。泡に映る光景から察するに父さんの子供の頃の記憶のようだ。

 

「父さんって、晴信さん達と結構年の離れた兄弟だったんだな。」

 

泡の中に映る俺と瓜二つな少年を見て、そう思う。彼が団扇晴信。うちは村を焼き滅ぼした天照の男だ。

 

その優しげな目つきは、いつか俺がしていたものだったのだろう。吐き気がする。殺してやりたい。

 

「今考えても仕方ないな。先行こう。」

 

泡の鎖を辿って、奥へと進んでいく。徐々に泡は大きく、情景は鮮明になっていっている。

 

幸せそうな一族の暮らしがそこにはあった。

 

それが濁り始めるのは父さんが小学校を卒業したくらいからだった。記憶が所々鎖から抜け落ちている。抜け落ちた記憶を見てみると、そこには個性の発現した分家の者の写輪眼で催眠をかけられていたという事がわかった。

 

写輪眼を持てなかった父さんは、時々こうして写輪眼を開眼した子供の実験台にされていたのだろう。

 

写輪眼の力が子供達を狂わせていた。

 

そして流れ出る父さんの無個性疑惑。里を治める写輪眼の一族の中から無個性が生まれ落ちるのはかなりのスキャンダルだったのだろう。父さんはうちは村から孤立していった。

 

そうして、父さんはインターネットを通じてのやりとりに依存した。それがきっかけとなり村の外の高校に進学することになったのが、父さんを変えたきっかけだろう。

 

母さんに出会ったのだ。無個性でどこか適当で、笑顔の素敵な人に。

 

その姿を泡の中に見て、あの日の事を思い出して死にたくなった。

あの日死なせた、もう見えない笑顔の一つだったから。

 

でもまだ死ねない。そう決めている。

 

「先に行こう。」

 

言葉にして、割れそうな心を補強する。

今は陰我の情報を得る為に、前に進むのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからの日々は、見ていて辛くなるばかりだった。

それでも鎖を追う過程で目に入ってしまう。母さんと父さんの馴れ初めが。

 

同じ高校の先輩と後輩。そんな普通の出会いから、普通じゃない大恋愛へと発展していた。ネットでできた友人達のからかい混じりのアドバイスを間に受けた父さんがいたり、それを笑って流す母さんがいたり。本当に幸せそうだった。

 

でもその幸せは、俺にとって傷にしかならない。

 

そうして、父さんを蝕む夢魔の一匹目が現れる。

黒炎を纏った鴉だった。

 

鴉は、俺を見つけるや否や炎の燃える景色の泡の中へと入っていった。付いて来いと目で伝えて来て。

 

「ああ、行くさ。」

 

泡に触れて、中へと侵入する。

自意識が解けないように強く自分を意識しながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その炎の原因は、俺には分からなかった。でも、あの家の中には巡がいる。兄さんは投獄されたとかで今は居ない。姉さんは家の仕事で出かけている。

助けられるのは俺しか居ない。たとえ無個性だと蔑まれても、それで命を見捨てたのだとしたら、善子に笑顔で会えないだろうから。

 

「貞信様、いけませんぜ!火の回りが早い!無個性のあんたに何ができる!」

 

使用人の男に中に入るのを止められる。だが今は行くしかないのだ!

 

「火事に対しては写輪眼も無個性だろうが!巡がまだ中にいる!助けないと!」

「...なら、あっしに命令して下さいな。行けと。」

「何を⁉︎」

「貞信様、あっしは外の人間で個性持ちです。貞信様が無策で突っ込むよりは巡坊ちゃんを助けられる可能性は高い。任せて下さいな。貞信様は他に人を呼んで下さい。」

 

そう言って男は家事の中へと突っ込んでいった。

 

「クソ、信じるからな穂村!」

 

そう言って近くの家に走る貞信のその背中に、鴉は黒炎の翼を広げて貫こうとして

 

それを俺は、火焔鋭槍で刺し貫いた。

 

「どんなに願っても、過去は変わらない。それは絶対の絶対なんだ。」

 

火焔鋭槍を伝ってやってくる黒炎。それに触れないように槍を消し、鴉を見る。鴉は、掠れた鳴き声で父さんを呼び止めようとしていた。

 

その結末を知っているだけに、鴉の気持ちがわかってしまう。

 

もしこの時に火の中に飛び込んでいたら篝さんの子供を助けられたかもしれないという後悔から産まれたのだろう。

 

俺は黒炎の消えた鴉を抱きしめようとして、鴉がそれを拒むように俺を泡の外へと吹き飛ばした。

 

「一先ずは、これで良いのかね。」

 

そうぼやきつつ先に進む。夢魔はまだいる。一匹目を見つけた事で気配がなんとなくわかるようになったのだ。

 

そうして、長野黒炎大火災の当日にも夢魔はいた。今度も黒炎を纏った鴉の姿だ。俺に付いて来いと目で語り、中へと入っていく。

それを追いかけて俺も泡の中へと入る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「貞信、あんたはこの村から逃げなさい。私と兄さんはやらなきゃならない事があるから。」

「姉さん?何言ってん、だ...」

「写輪眼が無いと、抵抗が少なくて楽で良いわね。」

 

篝さんと父さんは二人でゆっくりと村の外へと向かっていった。

 

そして、うちは村で最初に黒炎を見たあの入り口へとたどり着いた。

 

「...姉さん、写輪眼を使ったの?」

「ええ、そしてこれがその先の力。」

 

篝さんと父さんを分かつように、泣澤女で再現された天照が現れる。

 

「今日、この村から誰も逃さない。ただ一人巡を助けようと動いてくれたあんた以外は。」

「...姉さん、それは巡の復讐?」

「ええ、そうよ。あの火を放った奴を探し出して殺す。それが私の兄さんの復讐。」

「...狂ってる。」

「ええ、そうよ。...じゃあね貞信。あんたが兄さんにネットを教えた事、今では少し恨んでるわ。」

 

確かに、子供を殺された親の狂気かもしれない。だが、だが!

 

「納得出来るかぁ!」

 

だから黒炎を避け、山道から無理矢理村へと入ろうとして

 

そこで、美しい金色を見た。

 

「なんじゃ、汝は何故こんな山道におる。迷子か?」

「いや、違う!あんた外の人間だな、今すぐ逃げろ!村で何かやばい事が起こる!」

「ならば何故汝は村に戻ろうとするのじゃ?」

「助ける為だ。命を!」

 

そう言い捨てて彼女の脇を抜けようとして、彼女に蹴り飛ばされ、木に叩きつけられた。

 

「妾は、この村の中から外に出る人間を殺せと命じられている。じゃが汝は外から中に入ろうとしておる。それを殺すのはちと忍びない。」

「...お前の都合なんか知るか!俺は行く!助けたいから、守りたいから!」

「...その目、写輪眼とやらを持たずとも誠に強く眩いな。」

「だったらその目に免じて退いてくれよ。」

「それはできぬ。...じゃが問いの答え如何によっては考えてやらん事はない。」

「なんだ、問いってのは。」

「汝、写輪眼を持っておらぬな?」

「...悪いか!」

「かっかっかつ!妾は決めたぞ、汝を生かすと。」

 

その瞬間、目を合わせた貞信は動きを止められた。

 

「写輪眼ほどでは無いが、妾も魔眼を持っておるのじゃよ。催眠の魔眼をな。さぁ逃げると良い、勇気ある汝の事を、妾は見逃そう。」

 

その瞬間に女に飛びかかろうとする鴉を俺は火焔鋭槍で止める。

 

この鴉の後悔は、屈してしまった後悔だろうか。ここで死ねなかった後悔だろうか。

 

なんにせよ、鴉の火は消えて、俺は再び泡の外へと吹き飛ばされた。

 

「...人生万事塞翁が馬だな。裏園長の気まぐれが無かったら俺産まれてないのかよ。」

 

意外な所で見つかった恩人である。それと裏園長の陰我への反逆の理由も分かった。彼女は父さんを筆頭に人を生かし、その結果として囚われたのだろう。

 

奇怪な女性だ。なぜあんな人が陰我と組んでいたのかが本気でわからない。

 

「まぁ、どうでもいい事だな。」

 

人に歴史あり。その程度の事だろう。

 

次の夢魔へと向かい鎖を辿る。大火災の後、茫然自失とした父さんは、一月ほどゆっくりと時間をかけて立ち直った。いや、立ち直ったように見えるようになった。

 

それを見抜いたであろう母さんは、それでも何も言わないで父さんのそばにいた。それがどれだけ父さんの救いになったのだろうか。

そうして二人は結ばれて、されど無個性の子供を産んでしまう事を危惧しての母さんの父親からの反対に耐えかね、二人は駆け落ち同然に大阪へと旅立った。

 

それから俺が産まれて、4歳の時に俺の写輪眼が目覚めた。

 

案の定そこに夢魔はいた。黒い炎を纏った鴉の夢魔が。

 

夢魔と同時に泡の中へと入る。

 

正直、何を思っていたかが分かってもこの事を許すつもりはないのだが、まぁいいだろう。今は、陰我の情報を得る為に前に進まなくてはならないのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺が写輪眼に目覚めてから、父さんが逃げ出すまでにはそう時が無かった。突発的な逃亡だったのだから当たり前なのだろう。

 

だが、その思いを通じてわかってしまった。同じ血を引く者として、今俺は同じような行動をとっているのだから。

 

父さんは、俺から逃げ出したのではない。自分を襲うであろう災厄から、俺と母さんを逃したのだ。

 

「あの日、俺を逃した女は俺が生きていると知っている。巡の写輪眼が知れ渡れば必ず殺しに来る。」

 

あの日の事を思い出さない日はない。長野黒炎大火災の主犯は兄さん達だろうけど、それを手引きした何者かがいる。そしてあの女の問いの理由。それは、写輪眼が狙いだという事の証明ではないか?

 

だから、俺は俺の子のそばにいてはならない。

だから、俺は善子のそばにいてはならない。

俺には戦う力は無く、敵は途方もなく強大なのだから。

 

「力が無いのは今更だ。出来る事をやろう。今度は、絶対に失わない。」

 

善子にこの話をするかは迷ったが、それはしなかった。善子には巡と一緒に怯える事なく生きていて欲しいから。

 

その独白じみた心の声に反応して、鴉の突撃と俺の拳は同時に放たれた。独善を是としていた父さんの顔面に向かって。

 

「ふざけんな!俺と母さんに生きていて欲しいだ⁉︎だったら守れよ側で!守って欲しかったよ俺も母さんも!待ってたんだよ、お前を!」

 

鴉の黒炎が父さんへと燃え移り、その身を焼き焦がす。

 

それに構わず、父さんの胸ぐらを掴みもう一度殴り飛ばす。

 

「お前が逃げ出してから俺と母さんは苦労した!でもそんな過去もあったなって笑えるくらいにはなってた!だけど、母さんはもう死んだんだよ...」

 

その言葉に、夢魔の炎が止まる。

 

「みんな死んだ。あの日うちは村を焼かせた一党に殺された!うずまきさんも、ヒカルも、母さんも、妹も、後輩も!俺を狙った奴に!」

 

心の黒いものが溢れるのが止まらない。

 

「お前の選択の結果がコレだよ!誰も救われたりなんかしねぇんだよ!ただ、俺が無駄に生き延びているだけなんだよ...」

 

これは、八つ当たりだ。

 

今、俺が生きているのはあの日あの時の選択を誤ったが故なのだから。それを誰かのせいにするのは筋違いだと分かっている。

 

それでも、誰にも見られていない今だからこそ出てしまった本音がある。

 

俺は、あの日を誰かのせいにしたいのだ。他でも無い自分のせいだとわかっているから。

 

鴉は俺の肩に乗り羽ばたいて、俺と鴉はこの記憶の泡の中から飛び出した。

 

それからしばらくは、夢魔のいない日々だった。各地を転々としながらただ生きていくその日々には、彩りというものがなかった。

 

それだけ俺たちを愛していたという事実を突きつけられて、俺はまた拳を握り締めていた。

 

「馬鹿野郎、この時俺はヤクザの下働きだよ。」

 

肩に止まった鴉が、驚いたように俺を見た。その動きでなんとなくこいつの正体がわかってきた。

 

まぁ、これから長い旅路だ。道連れがいても良いだろう。

 

泡の鎖を辿って歩いていく。ここからの半逃亡生活はただひたすらに長かった。イベントの無い道をひたすら歩いていくだけだったからだ。そして、ついに辿り着いた。夢魔の大本命、魔王オール・フォー・ワンに捕まった時の記憶だ。

 

黒く染まった泡の中には、蜘蛛のような異形がひたすらに泡の中の父さんを嬲っていた。

 

「じゃあ、行くぞ父さん。」

 

コクリと頷く鴉、こいつ素直に頷きやがったぞ。

 

泡の中へと入り、蜘蛛の異形をぶん殴る。

こいつが、オール・フォー・ワンの行った拷問の記憶の象徴だ。

 

痛みや苦しみから父さんは拷問の記憶をこんな結晶にしてしまったのだろう。それはきっと当たり前の事だ。過去の記憶を否定しようと飛びまわる鴉のように、人の心の中にはこんな異形がいくつも存在するのだ。

 

「まぁ、お前みたいなのに関してはボコって大丈夫だろ。」

 

蜘蛛の異形は矛先を俺に変え、襲いかかってきた。とはいえそのスピードもパワーも大した事はない。弱者を嬲ることしかできないただのデカイ蜘蛛だ。

 

飛びかかってきた蜘蛛の下に潜り込み、桜花衝にて胴を砕く。

 

再生の様子はなく、他に数がいる様子もない。ただの雑魚だったか。

 

「巡、どうして、俺を助けに?」

 

嬲られていた父さんが掠れた声で俺に問う。

 

「あんたの為じゃない。成り行きだ。」

「...巡。」

「俺はあんたを許さない。それで俺たちの関係は終わりだ。」

 

それ以上、俺は何も話すつもりはないと判断したのか、鴉は羽ばたき、俺は泡の外へと吹き飛ばされた。

 

再び俺の肩に乗る鴉。払いおとす気にはなれなかった。

 

夢魔の気配はもうこいつ以外に無い。これでダイブによる治療は完了だろう。後は帰るだけだ。

 

歩きながらポツリポツリとなんとなく話す。俺の事を。

俺は、父さんが逃げた事を決して許しはしないけれど。父さんが逃げたから出会えた出会いがあった。その事だけは感謝していると。

 

その出会いが大切だったからこそ、俺はもう止まるつもりは無いのだと。

 

「巡さん。その夢魔は?」

「過去の自分を否定したい夢魔だ。ほっといても大丈夫だろ。」

 

肩の鴉はここが出口だとわかったのか、肩から飛び去っていった。

 

「さ、帰ろう。戦いの続きが待っている。」

「...はい。」

 

何かを案じるダイバーさんの目を無視し、現実に戻る。

語るべきはもう何もない。後は進むだけだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目を覚まして始めに目にしたのは、フランさんの糸で雁字搦めに縛られている白衣の男の姿だった。

 

「コイツは?」

「さぁな。いきなり適当な事をぬかしてお前たち以外を追い出そうとしたもんだから、縛った。」

「ポケットからナイフなんかが出てきたから、コイツらも刺客って事だろうぜ。」

「...俺とダイバーさんがダイブするのを知っていた?」

 

その言葉にハッとしたダイバーさんは、携帯で連絡を取ろうとしていた。

 

「駄目!繋がりません!」

「施設とか?」

「はい。まさか子供達になにかあったんじゃッ⁉︎」

 

その不安気な表情と、このままでは情報が貰えないという事実から、次のやるべき事は決まった。

 

「...才賀、フランさん、ジャンクドッグ。次の目的地は決まりでいいな。」

「お前さん、こういう決断は本当に早いのな。」

「ですが、その目は悪くありませんね。」

 

縛られた男に写輪眼で自首の命令を刷り込んでからダイバーさんを連れて車に乗る。

 

目的地は、再び素晴らしき個性生活の会本拠地だ。

 

「それでは、行きますよ皆様方!」

 

5人を乗せた車は、法定速度ギリギリで走っていった。




サイコダイバーで真女神転生を思い浮かべるのは実はにわからしい。元ネタの小説があるのだとか、作者は読んだことないけれど。

正直かなり読みたいが、スマブラ買っちゃったので使えるサイフポイントがあまりないのですよねー。DLC2500円が地味に響く訳ですよ。


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素晴らしき個性生活の会

serial experiments lain というアニメにどハマりして原作ゲームのプレイ動画を見ていたり、ウデマエXに到達した喜びでガチマ熱が再燃したりした結果が、投稿の遅れです。待たせてしまってごめんなさい。なんでもはしません。


「裏園長との連絡は?」

「ダメです。何度試しても繋がりません。園長ともです。」

 

高速道路を走る車の中で状況を把握しようと携帯を操作するダイバーさん。この状況はあの日にもあった。

 

「電波ジャミング系の個性か...」

 

だが、逆に言えばこれはチャンスだ。そんな強個性の奴が何人もいるとは思えない。そいつさえ潰してしまえば陰我の行動力はかなり落ちる筈だ。

 

「...一つ、聞いて良いですか?巡さん。」

「...なんだ?」

「裏園長はあなたにとって敵の筈。なのにどうして助けようとしてくれるんですか?」

「情報をまだ貰っていない。それに...」

 

「一応、父さんの命の恩人だからな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午後6時、ようやくたどり着いた施設は、派手に倒壊していた。あの高そうな施設をぶっ壊した方法はわからないが、そういう事が出来る個性か武器があるというのだろう。

 

...この倒壊で何人死んだのか、考えたくはない。

 

「...倒壊した建物から裏園長を引きずり出す。できれば子供達や職員の遺体も。」

「待て巡。ガキどもの命は多分無事だぜ。」

「...才賀、どういう事だ?」

「ガキども曰く、今日の午後からヒーローショーを見に行く事になったって話だ。これって、報復を予見した奴が子供達を逃したって事じゃないのか?」

「それは吉報だな。あの裏園長が死ぬとは思えない以上、探索は敵を倒してからでいい。...来るぞ。」

 

瞬間、空間を何者かの身体エネルギーが満たし、世界から音が消え去った。

 

同時に放たれるいくつものエネルギーの刃。警戒を促そうとして声を出そうとするも、声は音となり空気を伝わることはなかった。

 

不可視の刃を飛ばす個性と、周囲の空間の音を消す個性。混乱の最中にこちらを全滅させる作戦なのだろう。シンプルに強い策だ。こちらが経験の浅いヒーロー連中だったなら全滅させられる結果となっただろう。

 

だが、あいにくとこの集団は戦闘経験に関しては一級品だった。

 

車のトランクからあるるかんを取り出し、防御に徹するフランさん。

空気の流れから攻撃地点を察知して回避する才賀とジャンクドッグ。

この中で唯一反応できていないダイバーさんを持って上空に逃げる俺。

 

奇襲は完璧に回避できた。ついでに上空から敵の位置の把握もできた。だが、さらに厄介であるという事が分かり頭を悩ませる。

 

刃の男は、空間を満たすエネルギーの奴とは別のエネルギーに包まれて、普通の目には見えなかった。

 

一人目、空間から音を消す個性

二人目、不可視の刃を飛ばす個性

三人目、他人を透明にする個性

 

一人目の存在によりチームワークを封じられ、三人目により目による索敵を封じられる。刃による攻撃だ。強化カーボンで作られているあるるかんに傷をつけているという事実から、人の体であれを受けたらかなり愉快な事になるだろう。

 

何が起こっているのかわかっていないダイバーさんに写輪眼で現状を伝え、着地と同時にフランさんに預ける。

 

言葉が発せない状況に気付いたのか、頷いてダイバーさんを受け取るフランさん。さて、どう動くべきか。

 

相談という手段が奪われたのはかなり痛い。この三人の個性の組み合わせは驚異ではあるが、俺の目なら回避は容易なのだ。

だから俺一人で突っ込んで行って大丈夫、という話にはならない。

 

これは、明らかに誘いの隙だからだ。

 

つまりもう一人以上居ると仮定して動くべきだ。ならどうする?フランさんはダイバーさんを守る為に動かせない。となると索敵能力に優れた才賀を連れて行くべきか?

 

いや、敵の狙いが俺であるとは限らない。才賀にはフランさんを守ってもらうべきか?

 

思考が堂々巡りする。そんな時に刃の第二陣がやってきた。悩む時間はくれないという訳かッ⁉︎

 

危なげなく回避する自分たち。この距離でなら回避は問題は無い。

刃の雨の放たれる時間は2秒、刃のインターバルは3秒ほどだ。奇襲がバレても撃ち続けるということは弾切れの心配のない個性なのだろう。

 

仕方ない、突撃と行こう。

 

才賀とジャンクドッグに目配せし、写輪眼でこちらの命令を伝える。

ジャンクドッグは躊躇いなく。才賀は渋々と頷いてきた。

 

次の刃が飛び始めた瞬間に動き始める。近づきながら標的を俺に絞らせるように飛んでくる刃をギリギリで回避して挑発する。

 

案の定敵は乗ってきた。五人に分散させて飛んできた刃を俺一人に集中させてきたのだ。その密度はちょっと面倒だが、線でなく面での攻撃だと見れば躱せないことはない。大きく回避しつつ、射線と目線を皆から逸らす。そして刃を躱しきったその瞬間にミラーダートを投げつける。

 

ダートは、右足のあたりに刺さった。そしてその反射光はしっかりと見えている。これでいい。

 

次の動きだ。

 

痛みにより動きが鈍り、怒りから俺に目が集中するだろう。これで、敵のメイン攻撃役は潰したも同然。とすれば奇襲はそろそろだろう。周囲を見渡す。

 

...物陰から少し見えた誰かの顔に、身体エネルギーの高まりが見える。おそらく奴が俺を殺す為の策だ。

 

挑発の一つでもして敵の行動を単調にしたいところだが、声が空気に響かない。この個性本当に厄介極まりないな。

 

なので、物陰に向けて手でクイっと「かかってこい」とだけ示す。

 

物陰にいた男は、居場所がバレていると見るやすんなりと物陰から出てきた。

 

そして、空気が爆ぜるのを幻視した。

 

写輪眼の動体視力を上回る超スピード、それによる閃光のようなラッシュ。こいつ、スピードだけなら全盛期のオールマイトとやり合える強者だ。

 

敵が無手だと仮定して、狙いが頭だと仮定して、その二つの仮定が偶然合っていてかつ敵のパンチ力がスピードほどでなかったから俺は生きている。

 

ガードできたのは8発。

ガードが崩れ抜けてきたのが4発。

 

距離2mほどを一瞬で移動して瞬間12発の拳を放ってきた後に余裕を持って離れていった。

 

こいつ、かなりやる。

 

そして離れた理由は言うまでもない。3秒だったからだ。

 

刃の雨が再び放たれる。痛みを堪えて走り出す。ダートの存在はあれど、あの距離を詰めるにはまだ足りないだろう。奴を中心に大きく弧を描くように動いて刃の雨を回避する。

 

2秒、経った瞬間に今度は仕掛けてきた。

 

一撃の軽さから考えて、奴の個性は体を軽くする個性の類。増強系も混ざっているならば、人1人の重さを取っ払えばあれほどのスピードを生み出しても不思議ではないだろう。空に飛ばない事は、訓練で得た歩法だろうか。

 

そんな思考に割ける程に、今回のラッシュの対処は無理難題だった。

 

単純に速すぎる。写輪眼でも影しか捉えることが出来ない。

3秒間、俺は顎をガードしたままただひたすらに殴られているだけだった。ボディに何発か良いのが入ったのが辛い。こういうダメージは後に引いてくるからだ。

 

そして再び離れる敵、そこに俺は今まで温存していた移動術で追い縋る。

 

前進する俺と後退する敵とならスピードの差は埋められる。だがこれは本来なら愚策だ。移動術の停止の瞬間は隙になる。あの密度の刃の雨なら俺に手傷を負わせることは難しくないだろうから。

 

だが、この時からに限って言えば、もうそれは問題にならない。

ダートを目印にしたことで透明化は意味をなさない。目線は俺に向いている。そんな奴を放っておくなら、地下闘技場のチャンピオンも大学蹴られた自警団(ヴィジランテ)も謎のからくり使いもその名を返上しないといけないだろう。

 

つまりこの戦いは俺が2人を相手にしているのではなく、皆で戦うチーム戦だという事だ。

 

まず1人目のメイン攻撃役を全力で潰す。そこから戦術を組み立てるとだけ写輪眼で伝えていたのだ。

 

まぁ、非戦闘員のダイバーさんの防御をフランさん1人に押し付ける事はかなりリスキーだが、それよりも速戦で終わらせる事を優先した。

 

そして刃の敵を才賀とジャンクドッグとフランさんのあるるかんによる即席連携でぶちのめし、刃の雨を封殺する。これで1人。

 

移動術で追いすがりガードした手に触れる。チャクラの吸着でその体を捕まえて、力尽くで地面に叩きつける。体の軽さがあっても、その分スピードを乗せたのでダメージは大きいだろう。少なくとも即時戦線復帰は不可能な程には。

 

これで2人倒した、後は戦闘系でない個性が2人、消化試合だ。

 

そんな甘い考えは、ジャンクドッグの発動した個性と、それにより逸れて、ジャンクドッグの右手に当たった何かが生んだ血飛沫が吹き飛ばした。

 

ジャンクドッグ!と声をかけようとするも声は響かない。

急所からは逸れているため命に別状はないだろうが、それでも心配だ。治療に向かおうとする俺をジャンクドッグは手で制して、施設の方向を指差す。

 

ジャンクドッグが反応できたのはそこに何かを見たからだろう。崩れて影になっている場所の多いその施設が、残り2人の隠れ場所なのだろう。あるいは、頭のどこかで否定したかったもっといる可能性も。

 

こういう時に写輪眼による尋問ができないというのは厳しい。音が消されているため情報が引き出せないのだから。

 

仕方ない、虎穴に入らずんば虎子を得ず。崩れた施設の山へと侵入するとしよう。とはいえまずはジャンクドッグの治療からだ。

 

才賀とフランさんとジャンクドッグに写輪眼で伝達。あるるかんで俺たち全員を守りながら、ジャンクドッグの手を治療する。ジャンクドッグの傷口はそう大きくない。治療は容易だ。

 

敵の攻撃の正体はおそらく狙撃、もしくはそれに準ずる個性だ。音を消す敵か透明にする敵のどちらかが狙撃銃を持っているのだろう。個性については可能性が多すぎて考えるだけ無駄なのでとりあえず置いておく。

 

ジャンクドッグに気付いた理由を尋ねたい所だが、ここでも音が消されているのが大きい。人を見たのか、スコープの反射光を見たのか、それすらも尋ねることができないのだから。

 

治療を終えて、皆に命令を出す。突入は俺の影分身に行かせるが、狙撃を警戒して皆で施設に入る。

 

そして数秒後に、俺は頭をぶち抜かれて影分身は消え去った。

 

かなり厄介な状況だ。瓦礫がいくつもの山となっているために何処から狙撃されているか分からない。無策に影分身を向かわせてもまたぶち抜かれて終わりだろう。

 

...俺一人の頭では有効な策が練りきれない。一体どうしたら...

 

そう頭を悩ませたところで、フランさんからスマートフォンが見せられた。「あるるかんをジャンクドッグ様の個性と合わせて突っ込ませましょう」と。

 

発想が凝り固まっていた事がわかり、頭を殴りたくなる。

言葉を交わす手段は、なにも声だけではないのだ。そんな簡単な事に気付かなかったとかむしろ笑いたくなるレベルだ。

 

ジャンクドッグに目配せする。「任せろ」と返してきた。

 

先頭にあるるかんとそれを操るフランさん、次にあるるかんに攻撃を集中させるジャンクドッグ、次に三人に分身して索敵する俺、殿に才賀とダイバーさんの順で行く。

 

瓦礫の中に入ってからすぐにあるるかんの仮面に銃弾が当たるのが見えた。角待ちという奴だろう。

これで、個性攻撃の線は消えた。銃弾程度なら見れるのだこの目は。

 

あるるかんへの入射角から狙撃手の位置を逆算して目を向ける。瓦礫の山の中に透明化の身体エネルギーが見えた。

 

指を指して進行方向を皆に知らせ、罠を警戒してゆっくりと進む。移動する姿はない事から、待ち構えているものと考えられる。

 

再びの銃撃、今度はダイバーさんか才賀を狙ったものだっただろうが、ジャンクドッグの引力により軌道を逸らされてあるるかんへと当たり、弾かれた。

 

二回目の射撃これで向こうの狙撃の地点はだいたい割り出せた。あとは突撃だ。

 

分身三人で同時に移動術を使い、三方から一気に距離を詰める。

 

ちょうど瓦礫の山という投擲武器に困らない状況なので、使わせてもらおう。そこそこの大きさの瓦礫を拾って投げつける。必殺、怪力乱神である。

 

3つの瓦礫が狙撃点へと投げつけられる。本体の俺から僅かに見えていた透明化の身体エネルギーの持ち主は咄嗟に飛び退いたのか視界から消えたが、問題はない。何故なら、瓦礫の着弾と同時に周囲の空間を満たしていたエネルギーが消えたからだ。

 

どうやら音を消す個性の奴が、狙撃手だったようだ。

 

「音消しは倒した!姿消しを...ッ⁉︎」

「わかってるっての!」

 

俺が警告を発するよりも前に、才賀は動いていた。

才賀は、振り向いた先にいるダイバーさんを狙っていた敵を一蹴したのだ。才賀の個性と実戦経験の前では、不意打ちは通用しない。たとえそれが見えない相手であっても。

 

さて、ひと段落ついた。

人質を取られるなんて面倒な事にならなくて何よりだと思い、ポケットの携帯電話の電源を入れる。圏外は解除されている事から、先程才賀にぶっ飛ばされた男は電波ジャミングの個性の敵だったようだ。

 

というか透明化の奴のせいで敵の正体が分かり辛い。後は透明化の敵がどこにいるのかを探すだけの簡単な仕事だ。

この段階に至るまで出てこないという事は、透明化の敵がなにか厄介なものを持っているなんて事はないだろう。プラスチック爆弾でもあれば別かもしれないが、それはこの瓦礫の山を作るのに使っただろうからカウントはしない。

 

そんな事を考えながら風切り音で気付いた投げられた透明のものを掴み、全力で人のいない方向へと投げつける。俺ならこの状況のようなひと段落ついたところで投げ込むが、まさかそんなものまで用意している訳が...

 

あった。

 

投げた先で耳を貫く爆発音。投げられたものは想像通りの手榴弾だったようだ。どうやって入手したよこんな物騒なもん。ここはヒーロー大国日本だぞ。

 

「おい巡、なんだ今の爆発は!」

「手榴弾かなんかみたいだな。詳しくはそこにいる最後の一人に聞くぞ。」

「...やっこさんは準備が良いねぇ。」

「全くです。ですがこちらの情報はあまり伝わっていなかった様子、伝わっているのであればあるるかんを砕くために重機関銃でも配備するはずですから。」

 

皆で最後の一人、透明化の敵に向かって歩き出す。まだ何か手がある可能性を考慮して、ゆっくりと。

 

瓦礫の山を越えて見つけたその男は、中肉中背のどこにでもいるようなオッサンだった。口から血を吐いている事を除けば。

 

「おい巡⁉︎こいつはどういう事だ⁉︎」

「待て、診てみる。」

 

写輪眼で麻酔をかけて軽く触診をしてみる。どうやら観念して舌を噛み切ったようだ。足元に切れた舌が落ちている。

 

とはいえ、舌を噛み切った程度で死ねるとかいつの時代の常識だというのだ。適切な処置をしなくても舌を噛み切った程度の出血量では死ぬことはできない。このオッサンには残念ながら無駄な努力という奴だ。

 

「自決用の毒も持たされてないとか、お前強個性の割に鉄砲玉だったんだな。」

 

念のため掌仙術で止血をして担いで持っていく。これで今回の戦闘は終わりだろう。

 

もっとも、これから先の作業を考えると頭が痛くなるばかりだが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ただ今、午後8時。作業開始から約一時間半経って尚作業の進展はなかった。

 

しかも時間がかかりすぎて施設の子供たちを乗せたバスが帰ってきてしまった。目撃者ゼロで情報を抜き出す事は失敗したみたいだ。

 

「私たちの家がッ⁉︎」

 

泣き出す子供たち。ここの子供たちは個性により迫害を受けた子供、失う事を経験しているが故に今起きている事が現実だと受け止めてしまうのだろう。

 

「おい巡、どうすんだ?」

「ジャンクドッグとフランさんとダイバーさんは作業継続お願いします。俺と才賀で施設の人たちを説得します。」

 

俺たちの行なっている作業とは、崩れた建物の中から裏園長の部屋へと通じる階段を発掘することである。あるるかんの力と才賀の索敵能力を持ってしても裏園長の部屋を見つける事は出来なかった。

 

これは長期戦になる。そう覚悟してとりあえず施設の子供たちを寝かせられる場所に連れて行って欲しいと説得するつもりだった。

 

悲しみから個性を暴走させる、少年少女を見るまでは。

 

「畜生、何で俺たちの家が!園長先生たちが!」

 

彼は、自身の体を10メートルもある三面の阿修羅へと姿を変えた。

 

「嫌、もうなにも無くならないって言ったのに!」

 

彼女は、身体エネルギーを爆発させて小さな太陽を作り出した。

 

「待って、園長先生と裏園長は生きてる!あの部屋にいるのが見えるよ!」

 

少女は、索敵系の個性により生存者を探りあてた。

 

それらを見て、裏園長の元へと向かう悪魔的プランが頭をよぎった。

施設の人が帰ってきた以上、ヒーローはもうじき駆けつけるだろう。そうなれば俺の目的の情報は得られなくなってしまう。

 

それしかないなら、やるべきだ。

 

瓦礫の山の上に登り、腹の底から声を出す。

 

「聞けぇええええええ!」

 

子供たちの視線が俺に集まる。

 

ショータイムの始まりだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

外部との連絡手段は絶たれ、唯一の扉も瓦礫に埋もれた地下室にて、園長と裏園長はゆったりと時を待っていた。

 

「のう、英良よ。今からでも汝が生き残る算段をつけるつもりはないかえ?」

「...そんなんは今更でさぁ。あっしはあんたを救うと決めてここにきたんですよ。まぁ、まさかここまで大それた埋め方されるとは思わなかったんですけどね。」

「...貴様は、そう妙な所で義理堅いからこんな場所で寂しく最期を迎えるのだ。」

「まぁあっしは満足してやすよ。ガキどもやスタッフ連中は逃せましたし。それに、最期はあんたの側に居られるんですから。」

「その割には、貴様は妾と会うのを避けていたようじゃがな。」

「誰が恩人の心臓が貫かれてる所を見たがるってんですか。」

「そんなものか。」

「そんなもんでやす。」

 

タバコに火を付ける英良、それを嫌そうに払う裏園長。

その子供っぽい仕草を見て、英良はクスリと笑った。

 

「長生きしてるのに、タバコは駄目なんでやんすね。」

「好かんものは好かん。それだけの事じゃ。」

 

そんな二人はのんびりとしていた。事ここに至っては自分たちに出来ることなど何もない。ただ最期の時を待つ。英良にとってはすぐの、裏園長にとってはどれほどの未来になるかわからない最期を。

 

「最期なんで、言っときやす。」

「なんじゃ?」

「あっしは、あんたに拾われて良かったでやんすよ。」

「...ふん、気まぐれじゃよ。」

 

そんな時、大きな音が聞こえ始めた。瓦礫を退かすような音だった。

 

「こりゃ、重機でも持ち出されましたかねぇ。」

「となると、我らの最期は案外早く来る事になるの。」

 

次第に近づいていく音。英良は懐にある拳銃のセーフティを外し、最後まで戦うと決めて

 

次第に聞こえてくる声に毒気を抜かれてその銃をしまった。

 

「あっし、ガキどもの世話は割と適当にやってたんですがねぇ。」

「かっかっかっ!妾も童どもとは画面越しの会話だけじゃぞ!それでこうなるとは予想できなかったわ!ぱないの!」

 

次第に鮮明に聞こえてくる声。

それは、子供たちが個性を使ってこの地下室への道を切り開いていく様子だった。

 

主導しているひとりの声は、自分の元にやってきたあの少年の声。

自分の気まぐれで繋がった一つの小さな命だ。

 

「次はそっちの瓦礫だ!山を崩さないように丁寧に!ライト動かして!あ、異形型以外は前に出るなって危ないから!でも声は出していけ!地下室に俺たちの存在を気付かせろ!」

「「「園長先生!裏園長!今助けに行きます!」」」

 

「あやつ、誠に奇妙じゃの。復讐に取り憑かれておるくせに、こうして声をあげている様はヒーローとしか思えぬ。」

「根が復讐に向いてないんじゃないですかねぇ。」

「かっかっかっ、妾もそう思うの。」

 

そうして、音が聞こえ始めてからそう時間はかからずに、開くはずがないと思っていた扉は開いた。いとも簡単に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

地下室の扉を見つけて中に入る俺、索敵の子の個性により無事なのはわかっているが万が一があると思ったため、子供達は一旦下がらせた。

 

中には、相変わらず張り付けにされている裏園長と屋上にいたタバコの職員さんがいた。

 

「裏園長と...タバコの人?あんたが園長だったのか。」

「ええ、あっしが園長でやすよ。」

「それでは、パソコンを丸ごと持っていくが良い。幸いノートパソコンでロックはかけておらぬ。」

「...いや、俺が持っていくのはそれだけじゃない。」

 

俺は、裏園長へと近づいて右目に神経を集中させる。ターゲットは心の臓を貫いているその木のみだ。

 

「天鳥船」

 

心臓を貫く木を吹き飛ばして裏園長との接続を切り離す。

そして、右目から流れる血涙を無視して裏園長の体を引っ張り出す。

 

自分を縛る木の杭が霞のように消えたのを見て、裏園長はポカンと間抜けな顔をしていた。

 

「小僧、今何をした?」

「切り札の事をペラペラと喋ると思うか?」

「思わぬな。あまりにたやすく妾の封印を解いてしまったので驚いたのだ。許せ。」

「別にそこはどうだっていい。あんたを助けたのにはそれなりの理由がある。」

「申してみよ。」

「どうせあんたも陰我から追われる身だ。なら奴を殺すのを手伝え。」

 

沈黙が走る。直球過ぎたか?

 

「妾は自ら望んでここに封ぜられていたとしてもか?」

「知ってる、あんたが死にたがってる事もな。でも、あんたにはあんたを信じて待っている子供達がいる。俺に呼応して陰我を潰さないと、陰我は子供達を殺すぞ?」

「脅すのか?悠久の時を生きるこの吸血鬼たる妾を。」

「事実を言ってるだけだ。」

「ならば一つ問わせてもらおう。その問の答えによって汝に付いていくかを決めさせてもらう。」

「何だ?」

「汝はどうやって童どもを手懐けた?」

「別に、大した事は言ってない。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「皆!この瓦礫の下に裏園長たちが埋まってる!でも助ける為には俺たちじゃ力が足りない!皆の力を貸してくれ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「要するに、あんたらが慕われてたってだけだろ。」

 

数秒の後、「かっかっかっ」と独特な笑い方で裏園長は何かを納得したようだ。

 

「あやつのように汝の言葉や行動は響くのじゃな、人の心に。」

「...響く?」

「ああ何、大した事ではない。古い友を思い出しただけのことよ。...よかろう!妾は主様に付いて行こう。陰我の奴もいい加減楽になっても良い頃故にな。」

「それじゃあ行くぞ。あんたらを待ってる子供達がいる。」

 

扉を開ける。苦労して掘り当てたその扉から、二人は無事である事を子供達に示す為に。

 

「園長先生!裏園長!」

 

駆け寄ってくる子供達。危ないから止めろよと才賀に目を送るも、「いいじゃねぇかよ別に」と返された。

 

まぁ、この光景は暖かい。才賀の気持ちも分からなくはない。

 

そんな中、集団から離れて索敵の子が俺に駆け寄ってきた。

 

「あの!」

「...どうした?」

「ありがとう。そんな暗い心なのに、裏園長を救けてくれて。」

 

この子は、読心系個性の応用で索敵をしていたようだ。それならこの子には悪いことをしただろう。今の俺の心は、きっと冷たいから。

 

「俺の心は、不快だったか?」

「ううん、何か暖かいものが奥にあったから。」

「...そうか。」

 

高精度の読心個性を持ったこの子の言葉だ。それはきっと俺が非情に徹しきれていないという事だろう。

思えば、雄英を辞めてから覚悟していたはずなのに俺はまだ敵を殺していない。それは、俺の甘さが招いていた事なのだろうか。

 

まぁ、この子を安心させることが出来たのなら甘さも時には役に立つのだろう。

 

「裏園長、そろそろ行くぞ。」

「童ども、達者でな。英良、あとは任せた。」

「へい。ガキどもはあっしが命を懸けて守ります。安心して下さいな。」

 

そこに、フランさんからの援護がやってくる。才賀の親父さんへの連絡を付けているのはフランさんなのだ。

 

「善一郎様へもご報告させてもらいます。腕利きのヒーローを護衛につけてくれるでしょう。」

「お、べっぴんさんのご配慮ありがたいですねぇ。楽でいいや。」

 

「そんな事より今日からの寝床でしょう!」とスタッフさんに怒られる園長さん。まぁ、きっと才賀の親父さんのツテでなんとかなるだろう。

 

襲撃犯たちの警察への引き渡しはダイバーさんが引き受けてくれた。「流石にあの車に6人乗りは厳しいですから」とは本人の談だ。

 

「裏園長」

「うむ」

「ジャンクドッグ」

「ああ」

「フランさん」

「ええ」

「才賀」

「何だ?」

「改めて皆に言う。陰我の狂行を止める為に、皆の力を貸して欲しい。」

 

返答は、満場一致での肯定だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

情報を整理する為に一旦才賀の家へと戻る車内にて、話題になった事が一つあった。

 

「なぁ、裏園長さんよぉ。あんたの名前ってのは何なんだ?いつまでも裏園長じゃあ呼びにくいったらないぜ。」

「そうじゃのう...主様、決めてくりゃんせ。」

「俺にネーミングセンスを求めるのか...」

 

見た目は美人さんで、何故か張り付けにされている時より縮んでる謎の吸血鬼の名前とか、ちょっと俺には荷が重いぞ。

 

「アセロラ、とかどうだ?」

「いやなんで果物なんだよ。」

「うっせぇ、思いつかなかったんだよ。笑えよ畜生。」

「気に入ったぞ、これより妾はアセロラじゃ!」

「こっちは気に入ってるよ...」

 

そんなどこかぐだぐだとした車内であった。




これから時間がちょっと飛びます。アセロラさんのリストから色んな施設を潰しに回ってるだけなので単調になってしまうのだ。なので一部を除いてバッサリカットしちゃいます。


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神郷数多編
再会の前触れ


久しぶりに3dsでスマブラ触ったら腕の衰えにビビりました。ゲームでもちゃんと練習してないとダメになっちゃうんですねー。横スマ暴発のなんと多いことか。


文化祭まであと1週間まで迫ったその日でも、僕たちはどこか集中しきれていなかった。

それもそのはずだ、僕たちの大切な仲間、団扇くんは今なお学校へと戻っていないのだから。

 

「デクくん、今日も団扇くんから連絡ない?」

「うん、今日も既読つかない。」

 

僕は、日課となっていることを談話室で行っていた。日々の練習風景や雄英の雰囲気などを写真に撮って団扇くんに伝えるという事を。

 

正直、意味があるかはわからない。でも団扇くんがこのクラスから完全に切り離されてしまわないように、繋がりを守りたかったんだ。

 

団扇くんがいなくなってから僕たちは当然探しに行こうとした。しかし(ヴィラン)隆盛の世情がそれを許さなかった。

 

それでもなんとかしようと僕たちは足掻いたが、最終的には相澤先生やサー・ナイトアイに任せるしかなかった。

 

こうして団扇くんにメッセージを送っていると飯田くんと轟くんの言葉を思い出す。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「...僕は団扇くんの気持ちが少しわかる。僕も兄さんがステインにやられた時それしか見えなくなってしまったから。」

「あいつの場合は多分、見えすぎてるから戻ってこれねぇんだよ。俺と飯田とは違って。413人も死んで、実の母親まで死んだんだ。あいつの受けた心の傷は、俺と飯田の比じゃねぇ。だからこそ力になってやりてぇってのに...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

飯田くんと轟くんは、復讐に心を囚われる事を知っているから団扇くんに対しての心配も深い。そんな二人でも声の届かない所にいる団扇くんにはどうする事もできないのが見ていて辛い。

 

 

僕たちはまだ仮免ヒーローの学生でしかなくて、団扇くんを探しに行くという事すら出来ないという事が分かってしまうからだ。

 

そんなことを考えている時、談話室に八百万さんの声が響いた。

 

「団扇さんの情報を掴みましたわ!」と

 

「マジかヤオモモ!」

「団扇大丈夫なの⁉︎怪我とかしてない⁉︎」

「あの動画で戦ってたのはやっぱり団扇だったのか⁉︎」

「落ち着いて、三奈ちゃん、上鳴ちゃん。百ちゃんが話せないわ。」

 

興奮冷めやらぬ一同をなだめる蛙吹さん。僕も急いでその輪の中に駆けつけて、耳をすませる。

 

「実はお父様にツテを使って調べて貰っていましたの。ですが分かったことは少ないです。団扇さんは学校に来なくなってから大企業サイガの社長邸宅に何度か訪れているようですわ。その時に同行していたのは才賀の御曹司とその付き人、あとは情報のない二人の男女でしたわ。」

「てことは、団扇は無事って事だよな!」

 

早合点して喜ぶ切島くんたち。だけど僕にはそう思えなかった。身を寄せているのでなく何度かやってきただけなのなら、それはつまり...

 

「団扇さんは、その方々と自警団(ヴィジランテ)をやっていると思われます。最近頻発する各地での企業、施設での不正行為発覚の際の画像に、その方々が映っているそうなんですの。」

 

沈黙が場を支配する。つまり団扇くんはあの日からずっと...

 

「戦い続けてるってのかよ、(ヴィラン)と...」

 

それは、団扇くんの決意の固さを示しているようだった。

 

「...私は、この事を相澤先生に伝えて良いものか迷っていますわ。伝えれば団扇さんは不法なヒーロー行為により仮免許剥奪は最低ライン。最悪は、(ヴィラン)として逮捕という所でしょう。ですが伝えないと団扇さんの安全は確保できません。...皆さんは、どうしたら良いと思いますか?」

 

皆が各々に悩み始める。でも僕の考えは決まっていた。

 

「僕は言うべきだと思う。相澤先生に。」

「緑谷、お前は団扇がヒーローになれなくなっても良いってのか!」

「今止めないと、団扇くんはきっと人殺しをする。」

 

それは、入学してから団扇くんと付き合っていた僕だから言える事だった。団扇くんは優しい、心の底からそう言える。

けれど、それだけじゃないのだ。団扇くんが優しいのは、助けを叫べない誰かの為にいつも全力だったからで。

 

そんな人が、多くの犠牲者の助けてくれという声にならなかった声を無視できる訳がない。

 

「俺は緑谷の意見に同意する。あいつが人手を集めて動いてるってのはそうじゃないと勝てないからだろ。でもその人手の中に実力者のヒーローを入れていない。それってつまり、そういう事だろ。」

「僕も緑谷くんの意見に賛成だ。彼がこっち側に戻ってこれるうちに手を打つべきだと思う。...過ちを犯してからでは遅いんだ。」

「轟くん、飯田くん。」

 

その意見に反対の声はなかった。

 

「わかりました。私から相澤先生には伝えておきます。...緑谷さん、ありがとうございました。」

「...え?なんでお礼言われたの?」

「本当に友人のことを思うのなら、時に非情にならなくてはならない。そんな当たり前のことをわたしは見失いかけていましたから。」

「そっか、それならどういたしましてかな?」

 

その言葉と共に、八百万さんは教員棟へと向かっていった。暗いから送ると言った轟くんに連れられて。

 

「なぁ、デクくん。」

「なに、麗日さん。」

「団扇くんの為に、私たちなにができるんやろね...」

「わからない。でも、出来ることをしっかりやろう。それがきっと最善の道だから。」

 

その言葉には、自分を騙す嘘が少し含まれていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

北海道の山奥に存在する私有地、立花個性訓練合宿場。そこは、個性訓練施設とは名ばかりで陰我の私兵の訓練施設となっていた。

 

「無線の調子はどうだ?」

「問題ねぇぜ。良いもんくれたな才賀の親父さんも。」

「ケッ、なんで親父がこんなもん用意してんだよ。」

「それは、善一郎様がこういった行為に理解があるという事なのでしょう。」

「かっかっかつ、人に歴史ありという所じゃの。」

「良し、全員問題ないな。行くぞ。」

 

合図と共に施設の正面からアセロラが門を破壊して突入し、裏手のフェンスを飛び越えて俺が侵入する。

 

少ししてからアセロラの影からあるるかんを装備したフランさんと才賀とジャンクドッグが現れる。正面からの侵入者の人数を誤魔化すちょっとしたトリックだ。これが結構役に立つとは本人達の談である。

 

門に殺到した警備員たち、各々の個性を使ってアセロラを倒そうとしているようだが、アセロラはどんなダメージも即座に回復する不死身の身体だ。拘束系の個性でも怪力によって無力化するのは難しい。

だが、その怪力を活かした近接戦闘スキルが身についていないので戦力としては若干使い辛い。本人曰く「心臓がないのだから仕方なかろう」との事だった。天鳥船により木のみでなく心臓ごと吹き飛ばしてしまった事が原因のようだ。

 

心臓がないまま動き続けられる化け物っぷりに、コイツはヤバイと感じざるを得なかった。どうやったら死ぬんだコイツは。

 

まぁ、味方として死なないというのは心強い。今はアセロラについて考えるのは置いておいていいだろう。

 

正面口での激闘を横目に、俺は定石通り屋上から侵入する。内部の見取り図からいってこの合宿場の所長がいるのはこの建物で間違いない。所長を洗脳してとっとと終わらせよう。

 

ほどなくして所長室へとたどり着く。屋上の扉は犠牲になったがセーフだろう。

 

ちょっと強めのノックによりドアをこじ開け、中に押し入る。

中では、襲撃に慌てて資料を纏めている最中の所長がいた。

 

「な、なんだお前は!」

「ヴィラン潰し。」

 

唖然として俺と目を合わせる所長。どうやら今回は楽に済みそうだ。

 

「自白と、証拠のデータを用意しろ。お前は(ヴィラン)、陰我に私兵を送るための訓練施設を運営していたな?」

「...そうだ、全ては正しき運命のために。」

「そういうのは聞き飽きた。さっさとパソコンのロックを解除しろ。ああ、後で警察が来てもわかるようにパスワードは付箋に書いとけ。」

 

そうしてPCを操作する所長、しかし画面が奇妙に輝いたと思ったら所長は倒れ臥した。

 

念のため一歩離れる。すると、「こっちにおいでよ」と少女の声がPCから響いた。幻術返しを意識しながら画面を見てみると、そこにはSFチックな装いの少女が描写されていた。

 

「お前、何者だ?」

「わたしはわたしだよ?」

「...目的は?」

「あなたの情報収集。あなたはこれまで私が配置した様々な仲間たちを一蹴した。その原因が知りたくて、わたしは来た。」

「陰我の組織の、指揮官クラスッ!」

 

コイツがここにいるのはチャンスだ。指揮官クラスを潰せばそれだけ向こうの指揮系統は乱れる。

 

殺してでもここで潰す。そう決めた時だった。背後にあるドアがぶち破られたのは。

 

反射的に机を盾にする位置に移動する。さっきまで俺がいた場所を貫くモノがあった。射撃系の個性が一人、飛ばしているのは爪。

次に近接型が入ってくるのが足音でわかる。足音から、おそらく二人。

思考は一瞬。こういう時はいつもの手だ。

 

「影分身の術!」

 

影分身の術のメリットは、いくつかある。単純に人数が増えること、経験をフィードバックできること、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()だ。

 

印を結ぶという一手間を遮蔽物で守っているときには、これはかなり有効なのだ。

 

作った分身は3体、天井と左右の壁に発現させた。移動術を使える体勢で。

 

「「「桜花衝!」」」

 

射撃型の爪の男には迎撃されたが、近接型二人には意識外からの攻撃はクリーンヒットしたようだ。倒れ臥す音が二つ聞こえる。

そして二人の分身は爪の射撃によるダメージで消え去った。爪の男は、かなりやり手のようだ。

だがフィードバックにより情報を得た俺にはわかる。奴の残りの弾数は六発、両手の小指と薬指と親指だ。

奴の個性は爪を即座に再生できるほどのものではないようだ。

 

さて、どうしたものか。

 

六発の射撃を撃ち切らせるのは面倒だ、かといってこの机の裏からただ出るだけでは撃ち抜かれる。

 

そう思考を巡らせた所で、ちょうどいいところに盾になるものがあった。

 

さて、敵は撃ってくるだろうか。

 

「...お前、悪魔か?」

「こんなので撃たないとか、お前聖人かよ。」

 

まさか()()()()()()()程度で撃って来なくなるとは思わなかった。根がいい奴なのだろうか。

 

「クッ!」

 

苦し紛れに撃たれる四発の爪の弾丸を余裕を持って回避、今のは足元を狙ってのものだった。跳弾するかと思って足元を見たが、不審な動きをする事はなかった。単純に爪を飛ばすだけの個性なのだろう。

 

残りは、両手の親指のみ。二発程度なら回避できる、行こう。

 

所長ごと移動術で突っ込んで動きを見る。男は目で反応はできたものの回避は出来ず、所長を全身で受け止めた。

 

これで、互いを遮るものは無くなった。

 

両手の指から俺を狙って放たれる爪の弾丸。一発を回避した後にもう一発を叩き込むつもりなのだろう。左手の親指は俺をしっかりと狙っていた。だが、コイツにはこの術が効くだろう。練習はしていたもののなかなか陽の目を見なかったこの術が。

 

組む印は未巳寅。基本忍術だ。

 

「分身の術!」

 

2人に分身する俺、これで奴はどちらかから本体を見つけなくてはならない。影分身と違い全てマニュアルで動かさなくてはならないのがこの術の難しいところだが、ただ殴りかかるだけならば別段難しい事じゃあない。

 

当然のように回避し、拳で迎撃する男。だが拳は分身にあたる事なくすり抜けた。

 

「...何⁉︎」

「目くらましとしては十二分に使えるな、これ。」

 

分身に目隠しされた男は目以外の感覚だけで俺を狙おうとするも、そんなめくら撃ちにあたってやるほどお人好しではない。

 

最後の一発を回避した、これで

 

「終わりだと、お前は思っているな。」

 

分身に紛れて攻め込もうとする俺の方を、男は見ずに()()()()()

 

「奥の手を持っているのはお前だけではない!ショットガン・タスク!」

 

瞬間、足の爪から放たれる10の爪弾。これは躱せないッ!

 

写輪眼で弾道を予測、急所に当たる四発のみを両腕でガードしあとは身体で受ける。防弾コートを抜いてくるほどの超貫通力。どんな爪してるんだコイツは。

 

だが、覚悟さえしていれば痛みは耐えられる。

急所にさえ当たらなければ治療もできる。

 

痛みで俺が止まると思って距離を詰め、格闘戦を仕掛けてくる男に合わせて、カウンターを叩き込む。

 

奴の攻撃は驚異だ。貫通力もどうかしてる。

だが、着弾してからの破壊力が所詮爪の大きさなのだ、バイタルパートさえ守れば致命傷は避けられる。

 

...腕のガードすら貫通してきたらどうしようもなかったが、そこは俺の鍛えた体がどうにかしてくれたようだ。

 

さて、追撃だ。相手は完全に弾切れ、こちらは10の傷を抱えているとはいえ、それは手を緩める理由にはならない。

 

カウンターにより倒れた男を踏みつける。

 

「ガハッ!」

 

そして見開いたその目、ようやっと写輪眼が通った。

 

「お前たちの他に奇襲要員は?」

「い、ない。」

「...人手不足極まれりだな。」

 

柱間細胞にチャクラを流し込み再生を促す。侵食が進んでいるのがわかるがもはや慣れたものだ。

 

十分に再生を行った所でPCへと向き直る。少女はまだそこにいた。

 

「...やっぱりこんな手じゃ倒せないんだ。それにまた見せてない手札が出てきた、常に想定の範囲外にいる。不思議。」

 

幻術返しを意識しながらPCを操作する。コントロールパネルを開いてみたが、起動しているアプリケーションに不審なものは見当たらなかった。となるとこの少女は個性由来の現象だろう。電子機械にダイブしてそれを操作する類の。

 

となると、証拠データは簡単に消去されてしまうだろう。目的はそれか。

 

さて、とりあえず有線LANを抜いてみたが、どうなるだろうか。

中の少女が欠片も慌てていないことから、無線繋がっているのだろうか。閉じ込めてPCごと殺すという手は使えないようである。

 

「さて、どうするかね。」

「お話しようよ、団扇巡。私、あなたの事もっと知りたい。」

「その情報を元にプロファイリングして俺を殺す戦術を組み立てるためにだろ?だれが話に付き合うかよ。」

「じゃあ、交換条件。お話に付き合ってくれたらこのPCのデータを消さないであげる。」

「...はぁ、仕方ないか。」

 

無線を使って才賀たちに連絡を入れる。一旦逃げ帰っても構わないと言うと、もう来る連中を全滅させたと帰ってきた。訓練施設と聞いて警戒していたが、どうやら腕利きはこっちに回してきたようだ。

 

「じゃあヒーローに警戒しつつ待機していてくれ。何かあったら連絡頼む。」

 

無線を切った後、転がっている近接系と思われる連中と所長を起こして催眠をかけておく。これで会話の最中に不意打ちを喰らうことはないだろう。

 

「さぁ、話といこう。」

「慎重なんだね、知ってたけど。」

「で、なんの話がしたいんだ?」

「あなたの個性が知りたいの。」

「...個性届け見ろよ、できるだろお前なら。」

「うん、見た。更新はあったけど、前は写輪眼というエネルギーを見る目、今はそれと精神エネルギーの操作との複合型って事になってる。」

「ま、どっかの魔王と戦った結果だ。ピンチで眠っていた力が目覚めたんだよ。」

「...嘘つき。」

 

そりゃ、馬鹿正直に全て言う訳はない

 

「...というと?」

「あなた、オール・フォー・ワンに力を貰ったんでしょ?何かの取引と共に。」

「奴を知っているのか...」

「うん、私あいつに殺される筈だったから。」

「...にしては、元気そうだがな。」

「そう見える?ありがと。」

「それで、お前はお前を助けた陰我への恩返しとして協力し続けてるって訳か。」

「うん、だいたいそんなところ。...なんだかわたしばっか話してない?」

「...お前が勝手に喋ってるんだが。」

「そうかな?」

「そうだ。それで個性についての話だったな。」

「そう。君の起こす多くの現象はたった2つの個性で実現できるものじゃない。そのカラクリがどう考えても分からなかったんだ。」

「...具体的には?」

「さっき使ったすり抜ける増える技と、陰我に使った瞬間移動。」

「...すまん、どっちも理屈わかってねぇわ。使えるから使ってるだけだし。」

「...自分の切り札なのに?」

「俺の学力は所詮高校生レベルなんだよ。理屈が知りたきゃ偉い学者さんでも呼んでこい。」

「あ、不貞腐れてる。」

「うっせぇ。」

 

クスクスと無邪気に笑う少女、何がそんなに面白かったのだろうか気になるが、まぁいいだろう。

 

「それで、俺は合格か?」

「うーん、微妙。まぁ次からは個性が4つある化け物として扱う事にするよ。」

「過剰なご期待ありがとよ。」

「まぁ、話してて楽しかったしちょっとだけサービスしてあげる。」

 

そう言って少女はPCを操作し始めた。そうして出てきたのは一つの犯罪計画書。

 

「これはッ!」

「これで君の次の行動は決まったね。ちなみにこの計画はもう動き出してるから、時間はあんまりないよ?」

「...行くしか無い状況に追い込む事が、お前の本来の目的か!」

「どっちでもって感じ。君が気付かないで心に傷を負うのも、それはそれで良かったし。君が見捨てたら、それはそれで行動パターンを絞りやすくなるからね。」

「何故、彼女を巻き込む。」

「君みたいな根が優しい人を殺すのは、やっぱりこういう手が一番なんだよ。それに、警察やナイトアイ事務所のサイドキックが常に彼女を護衛してる。それを理由に陰我に見てもらったら案の定、彼女は外れてた。排除しないと未来が危ない。」

 

「じゃ、他のデータは残ってるから、後始末頑張ってね。」そう言って彼女は去っていった。一瞬身体エネルギーが宙を通るのが見えたが、干渉する事は出来そうになかった。彼女は無線に乗って逃げ出したのだろう。

 

PCを調べてみたところ、犯罪計画書のデータは消されていた。それを理由に警察に動いてもらうという手は使わさせて貰えないないようだ。抜け目のない奴だ。

 

犯罪計画書の詳細は覚えきれていなかった。が、わかっている事はいくつかある。計画本番の日時は6日後、場所は都内にある撮影スタジオ。

 

ターゲットの名前は、神郷数多。

 

「...ナイトアイ、恨みますよ。」

 

所長に警察への自白の命令を再挿入。

無線で撤退開始の連絡を入れつつ携帯電話の電源を入れる。

 

SNSアプリは相変わらずすごい数の通知を放っているが、いまはそれを無視して神郷へと電話をかける。この合宿所から逃亡を始めながら。

 

「神郷、無事か?」

「いきなりなんですかメグルさん!行方不明になってるのに突然連絡してこないで下さい、びっくりするじゃないですか!」

「...無事なら良い。身辺警護の人たちに代わってくれるか?」

「嫌です。」

「...いや、何でだよ。」

「私、あの人たち嫌いです。」

「子供か!」

「子供ですよ!」

 

まずい、向こうのペースに引っ張られてる。一旦深呼吸しよう。現在窓から落下中だけど。

 

着地と同時に衝撃を逃して即座に車へと走り出す。無線からの連絡では、飛行系の個性を持っているヒーローが先行してやってきたようだ。撤退のタイミングとしては丁度いいだろう。

 

「いいか、よく聞け。お前の命が狙われている!本犯行は6日後の撮影時、だが陰我の手口から言ってそれ以前にも襲撃はあるはずだ!俺が着くまで死ぬ気で生き残れ!」

 

「え、ちょっと待って下さいよメグルさん!」という声を無視して通話を切る。無線からの連絡によると、皆車に乗り込めたようだ。後は影分身でヒーローを撹乱しつつ合流地点へと移動術で駆け抜ける。

 

飛行系のヒーローは、その撹乱によって追いかけるのは無理と判断し内部の被害調査を優先したようだ。ありがたい。

 

「団扇様!お乗り下さい!」

「ああ!」

 

フランさんの手慣れたドライビングテクニックによりさっと合流を果たす。そして車内で電話を再びかける。正直逆探知の可能性が高い上、陰我はあの少女という現代社会では無類の情報収集力を誇る手駒を持っている以上デメリットの方が多いが、それでも伝えない訳にはいかない。

 

ナイトアイへと、連絡を入れる。

 

「...団扇か?」

「はい、団扇巡です。」

 

サー・ナイトアイとの、久しぶりの会話が始まった。




出したいと思ってもなかなか出す機会のなかった分身の術のお披露目です。他にもアニメ見返して必死に印をメモした術は結構あります。まぁ、性質変化の関係上まだ出せないんですけどねー。


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サー・ナイトアイと神郷数多と団扇巡

短いですが思った以上にキリがいいので投稿します。たった6000字なので気軽にどうぞ。


「貴様から連絡が来るとは思わなかったぞ、団扇。」

「俺も、もうヒーローであるあなたと関わるとは思いませんでした。でも、伝えなきゃならない事があります。」

「...なんだ?」

「神郷数多がイレギュラーであると陰我にバレました。殺害計画が動き出してます。」

「それは確かな情報か?」

「いいえ、証拠となる犯罪計画のデータは消されました。物的証拠では残っていません。」

「なら、ヒーローとしては動けないな。違法な手段で手に入れた情報に価値がない事はよく知っているだろう?だからお前は、施設の首謀者の自首を催眠で仕込む事で無理矢理証拠を作り出している。」

 

返す言葉はない。全て事実だからだ。

 

「警察としても、洗脳による自白を証拠として認めるかどうかで意見が分かれていると聞く。陰我という凶悪な(ヴィラン)がいて、それに対しての攻撃手段がお前たち無法者達(イリーガルズ)しか現状ない事を鑑みてだ。まったく、警察もヒーローも無能ばかりで嫌になる。」

「そんなに酷いんですか?いまの警察の対陰我本部は。」

「でなければ、貴様らを泳がせておく意味などあるものか。」

「...確かに、警察が本気を出したら俺たちはもう捕まってますか。」

「まぁ、それ以外にも理由はあるのだがな。」

「理由?」

「...失言だ、忘れろ。」

「まぁ、いいです。それで、結局警察やヒーローはどう動くつもりなんですか?」

「現状、動かすための駒が足りん。陰我の襲撃に対してそれ相応の実力を持ちながらイレギュラーである者など、貴様らと私しか居ないのだから。」

 

これが、今の警察たちの現状か。イレギュラーでなければ前本部長のように必然の事故により殺されてしまう。それが今も警察の動きを縛っているのだろう。

 

「つまり、俺たちが行くまで神郷は現状の護衛状態のままって訳ですか。」

「ああ。だが、エンデヴァーヒーロー事務所のバブルビームとサンドウィッチが来週から応援に来る。これでこちら側も幾分か動きやすくなるはずだ。」

「...だから、犯行は今から6日後なのかッ!」

「増援の来る直前、最も危機感が薄くなるタイミングか。その策を練った(ヴィラン)は手練れだな。」

「...多分、デジタルデータによる通信は全て傍受されてると見て間違いありません。陰我の組織の幹部の個性は、電子機器にダイブしてそれを操作する能力。おそらく既存のセキュリティでは個性による侵入を防げませんから。」

「...厄介な個性だな。とすると、この通話も危険か?」

「でしょうね。でも連絡にはこれしか手はなかったものですから。」

「わかった、詳しい事は会って話そう。」

「いえ、それはやめておきます。」

「何故だ?」

「俺のやるべき事は、変わりませんから。」

 

そう言って通話を切る。おそらくナイトアイは俺と会ってからは説得するつもりなのだろう。復讐をやめろと。

だが、そうはいかない。あの日に心に決めたのだから、戦うと。

 

「皆様、もうすぐフェリー乗り場に到着します。念のため偽装を。」

「わかった。」

 

そうして、変化の術で姿を変えた俺と簡単な変装をしたジャンクドッグたち。受付はネットで済ませているため、問題なくフェリーに乗船する事ができた。

念のため、車内確認をした係員には催眠をかけて俺たちの事を気にしないようにしておいたが。

 

そうして一等船室に男女で別れて入る。ちょっとした贅沢だが、大企業サイガのスポンサードを受けている自分たちには特に問題はない。

まぁ、慣れはしないのだが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そしてフェリーが出港してから一時間程経った頃、事件は起こった。

 

鳴り響く悲鳴と銃声。どうやら只事ではないようだ。

 

「おいおいおい!シージャックでも起こったのかよ!」

「まったく、退屈とは無縁だねぇ。」

「才賀、ジャンクドッグ、とりあえずフランさんたちに連絡してから様子を見に行くぞ。少人数なら即制圧、10人以上なら静観だ。行くぞ。」

 

そう言って、無線を皆で装備してフランさんと合流する。フランさん達も無線を装備していたので連絡は早くて助かる。どうやらフランさんとアセロラは銃声を聞いてからすぐに車庫へと向かい、あるるかんを回収したようだ。

 

現在は、船室と車庫に分かれての二小隊。状況はどうであれ即詰みではなさそうだ。

 

「じゃあ男組は銃声のあったエントランスへと向かう。女組は船底か機関室に向かって爆弾の類がないか調べてくれ。」

「わかりました、団扇様。お坊っちゃまの事をよろしくお願いします。」

「了解だ。」

 

ジャンクドッグと才賀と目配せ。今回はこの3人で行く事になりそうだ。

 

エントランスへと向かう。そうすると、柄の悪い男が少女を人質に取って船員たちに色々指示を出していた。拳銃を持っていることから、奴はリーダー格。奴の周囲には一様のコートを着た奇妙な一団がいた。人数を確認したところ、丁度10人。今は静観しようと伝えようとした時に、先走った奴がいた。

 

「ガキを人質に取るなんざ、許せるわけねぇぜ!巡、これで残りは9人だよなぁ!」

 

それを見て爆笑するジャンクドッグと、頭を抱える俺。

 

「確かに、これで残りは9人だな。行くぜ大将。」

「はぁ、多分他にも散ってると思うんだがなぁ...」

 

一撃で主犯格をぶちのめして人質を救い出した才賀。あいつ本当にプロヒーロー顔負けの思い切りの良さしてやがる。

 

「ザッケンナコラー!」と一様に口を揃えて言う他の男たち。ネオサイタマ出身かお前ら。

 

まぁ、なにかをさせるつもりなど毛頭ない。少人数なら即制圧と言ったのは、敵が手練れでも不意を打てば何もさせずに制圧できる実力が俺たちにはあるからだ。

 

才賀に目を向けている連中をジャンクドッグと二手に分かれて落としにかかる。一度に4人の連中が才賀に襲いかかる。だが、目にも止まらぬ連撃により一蹴された。未だに慣れない、才賀の恐ろしき中国武術、形意拳の腕である。

 

そして、才賀が4人を瞬殺した瞬間には俺とジャンクドッグが2人ずつ潰したため、残りは一人になっていた。

 

「...は⁉︎」

 

ようやく状況を理解した三下は個性と思わしき指を刃にする個性の矛先をどこに向ければいいかおろおろしていた。

 

「本当はボスに聞きたかったんだが、まぁいいか。お前吐け。お前たちの目的を。」

 

写輪眼により残った一人を洗脳し、情報を吐かせる。

 

どうやらコイツらはインターネットで集められた三下(ヴィラン)で、この船を制圧するのを手伝うことで報酬を受け取るという傭兵じみたことをやっていたらしい。報酬は前払い3割成功報酬7割とそこそこ気前は良いのだとか。どうでもいいわ。

 

シージャックに使う爆弾は全て主催者によって配布されたものであり、現在機関室にプラスチック爆弾が仕込まれているのだとか。

爆破のコントロールは船内カメラをハッキングして見れるという主催者による遠隔操作らしい。

 

「それで、お前たちの目的はなんだよ。」

「知らねぇ!本当なんだ!交渉は全て主催者側がやるって話だったんだ!」

 

その言葉は本来見苦しい言い訳にしか聞こえないが、こいつが催眠状態であるという事を加味すると...

 

「こいつら、本当にただの鉄砲玉臭いわ。」

「だな、同じコートを着ていたのは、多分同士討ちを防ぐためだろ。」

「てことは、本命は機関室の爆弾か!フランが危ねぇ!」

 

そう言って駆け出そうとする才賀の肩を掴んで止める。

 

「なにすんだ巡!」

「落ち着け才賀。フランさんは今あるるかんを持ってるんだから鉄砲玉程度に負けることはない。それに、あそこにはアセロラがいる。忘れたか?アイツの個性のあの能力を。」

「...そうか、今回の爆弾はリモコン式!てことは!」

「そう言うこと。てな訳でやって良いぞ、アセロラ。」

 

無線越しに「かっかっかっ」と特徴的な笑い声が聞こえる。どうやら、一瞬で事は終わったようだ。

 

「すまない、船長の鰤野だ。つまりどう言う事なんだ?」

「ヒーローのメグルです。俺の仲間には物を影の中に入れる能力を持ってる奴が居ます。そしてその中は電波を通さない。」

「...爆弾を無力化したという事か!」

「そういう事です。ま、シージャック犯も運が悪かったんでしょう。相性最悪の相手が乗り込んでいたんですから。」

 

その後、船室をくまなく巡ったが怪しげな人影はいなかった。まぁシージャックに必要だったのは機関室の爆弾のみ、後はスケープゴートとなる実行犯さえいればよかったのだろう。

 

どうせ、敵は実行犯ごと海に沈めるつもりだったのだから。

 

「にしてもフランさん。どうして部屋を離れていたんですか?」

「妾のちょっとした冒険心じゃよ。船での長旅なんぞ久しぶりじゃったから色々見て回っていたのじゃ。絡繰女はまぁ、財布じゃ。」

「歯に衣着せないなぁお前...」

 

そうして、明日の朝刊の一面を飾りかねなかったシージャック事件は、一瞬のうちに終了した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うーん、なんでこううまくいかないかなー。」

 

電子の海を漂う少女は言う。今回はほとんど即興の作戦だったが、限られた準備期間内でプラスチック爆弾と拳銃一丁を用立て、団扇巡一行が一手間違えればそこで海の藻屑となる筈だった。スケープゴートなど立てずにすぐ爆破してしまうべきだっただろうか。だがそれでは通信ログから自分の存在が露見してしまう可能性がある。

わたしは陰我の計画において中核を担っている存在だ。大きく事を起こすわけにはいかない。

 

わたしの監視網を避けるために、全ての情報をオフラインにするなんて手を取られたら、陰我にかかる負担が増えてしまうのだから。

 

「裏サイトでの賞金首にしようとしても、義爛の手駒が止めちゃう。なんで団扇くんって(ヴィラン)にここまでされてるんだろ、ヴィラン潰しなんて名前なのに。」

 

集めた情報では、神野事件の時に確かに(ヴィラン)連合と彼は敵対している筈だった。なのに今では彼はその連合の手の者にも守られている。

奇妙としか言いようがない。

 

「ま、いいや。本命はもう動き出してるし。この作戦なら命か矜持のどちらかは折れる。矜持が折れた人は脆いからねー。」

 

そう言って少女は再び電子の海に潜る。超常黎明期に止まってしまったインターネットセキュリティの技術では、彼女を止める事は不可能だった。彼女は、文字通り次元違いの行為を行っているのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

催眠で諸々を誤魔化してから港から降りて一路都内を目指す俺たち。ネットニュースは見ても天才子役死亡のニュースは流れていなかったが、万が一の事を考えて再び神郷に連絡をする。

 

「神郷、無事か?」

「ええ、無事っちゃ無事ですよ!気分は最悪ですけど!」

「...そうか、無事ならいい。」

「聞いてくださいよメグルさん!ムカデさんが私を汚したんです!」

「おまえセンチピーダーさんに謝れよ。」

「あのうねうねっとした部分で私を抱き上げたんです!自分の性癖を満たす為だけに!」

「おまえセンチピーダーさんに土下座して謝れよ。」

「あの人は男にしてはわきまえてると思ったんですが、やっぱり獣です!きっと毎夜私の事を想像して自分を慰めているに違いありません!」

「違いしかないと思うぞ。どれだけ風評被害まいてんだバ神郷。助けられたならちゃんとお礼を言え。」

「...バブルガールさんには言いました。」

「それ余計に傷つくやつだろ!センチピーダーさんすっげえ良い人だからたぶん表には出さないけどさ!」

 

思わず大声を出してしまう。馬鹿じゃねぇのこいつ、ガチで。

だが、その大声でどこかツボに入ったのか神郷はクスクスと笑い出した。

 

「...大丈夫そうですね、メグルさん。」

「いや、大丈夫じゃないのはお前の頭だろ。」

「電話越しじゃあんまりわかりませんけど、メグルさんはあんまり変わっていないようで安心しました。」

「...変わったよ、俺は。」

「いいえ、あなたはメグルさんです。誰かのために走って飛んで駆け抜ける。そんな人です。」

「それは...」

「今はそれを死んだ人の為にってばっかり見てるから変わったように見えているだけですよ。あなたは、あなたです。」

「...安否確認は終わったから、切るな。」

「メグルさんもお気をつけて。」

 

通話を切る。なんだか周囲からニヤニヤした目で見られているのが癪だ。

 

「なんか文句でもあるのか?」

「いんやぁ?巡が珍しく感情を出すから驚いただけだぜ?」

「じゃあその目はなんだ。」

「そんなもの決まっておろう。面白いモノを見た目じゃ!」

「確かに、団扇様の今のお声は面白かったです。仲がよろしいんですね、その神郷様という方と。」

「...まぁ、妙に波長の合う奴ではある。」

「そりゃ、会うのが楽しみになってきたな。」

「まぁ、才賀とジャンクドッグは覚悟しろよ。あいつちょっと度が過ぎた男嫌いだから。」

「なんじゃそりゃ。」

 

道中の交通事故を避けながら着実に神郷の家へと近づいていく。事故が陰我の手によるものなのかを考えると心に暗いものが出てくるが、今はいい。どうでも良い事だ。

 

「...まーたいつもの顔に戻りやがったか。」

 

才賀のその呟きが妙に響いた。俺のいつもの顔とは何だろうか。まぁきっと、復讐を心に決めた悪鬼の顔だろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「着きましたね、この家が神郷様の家ですか。」

「ああ、とりあえず俺は護衛している奴に挨拶してくる。」

「...大丈夫なのか?」

「駄目なら目を使う。」

「それなら安心じゃの。早く行くがよい主様よ。」

「それじゃあ私は今日からの宿とこの家の警護の強化の手配をしておきます。」

「フランさん、いつもありがとうございます。」

「いえ、好きでやってる事ですから。」

 

車を出て、こちらを監視している車に近づく。車からは、いつか見た女性警察官、里中さんが出てきた。

 

「どうも、お久しぶりです里中さん。」

「...君が来るのは聞いてた、メグル。一人の警察官として本当はしちゃいけないんだけど、私は君を歓迎するよ。」

「...それじゃあ、とりあえず神郷の警備お願いします。敵の犯罪計画の実行は6日後ですが、それまでに犯行がないとは限りません。」

「任せて。あと一つ言いたいんだけど。」

「何ですか?」

「君のことをよく思っていない人も警察にはいるんだ。だから警察全部が君の味方だとは思わないで。」

「それなら安心してください。逃げ足は速いんで。」

 

そんな会話をしたのち、警察の借りている近隣の物件についてや、警備のローテーションなどの情報を貰い、車に戻る。

 

「団扇様、近隣のホテルの予約が取れました。」

「なら行こう。警備のローテーションとかを決めておかないと6日目まで保たないからな。」

「それなんじゃが、妾は別行動でよいかの?」

「何でだ?」

「護衛対象の神郷といったか?其奴の影に潜り込む。」

「成る程、頼む。」

「それでは4人でのローテーションですね。免許を持っている私と誤魔化せる団扇様は被らないように...」

「あ、それなんだがよぉ、巡のアレなら常時警備いけるんじゃねぇか?」

「アレ?」

「ほら、変身する技あったろ。精神エネルギーの操作でなんで変身できんのかわかんねぇけど。」

「成る程、任せろ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、神郷家の玄関前に一頭の白犬が現れた。

それを不審に思う者はいたが、特に気に留めたりはしなかった。演技に関する事についてはちょっとどころでない才能を発揮するこの少女以外は。

 

「...何やってんですかメグルさん。」

「いや、何で初見で気付くんだよお前。」

「かっかっかっ、面白き童よな!主様も形無しじゃ!」

 

団扇巡(犬)とアセロラ(鬼)と神郷数多(人)の異色のトリオが、ここに結成した。




変化の術を一瞬で見ぬく神郷ちゃんは割と書きたかったシーンだったりします。ホンモノは誤魔化せないのだ。


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犬の一日

ギリギリ連日投稿ひゃっはぁ!
あ、次回くらいからは投稿ちょっと間が空くと思います。虚淵シナリオとかしっかり読み込みたいので。


神郷に一瞬で見抜かれたこの変化の術は、意外にも他の人には見抜かれる事はなかった。やっぱ神郷は演技に関する事だけは頭おかしいわ。

 

「ま、本来の目的の神郷の影にアセロラを仕込む事には成功したんだからいいんだけどさ。」

 

犬の姿のまま一人ごちる。なんか納得いかない。

 

「フランシーヌです。問題はありましたか?」

「今のところは問題ない。ただ学校のセキュリティには問題ありだ。誰も不審な犬に気付かない。動物に変身する個性の(ヴィラン)がいるかもしれないってのにな。フランさんから才賀の親父さん経由で伝えてくれ。」

 

そう言いながらてちてちと四足歩行で校内を歩く。小学校をこうして歩くなんて久しぶりだ。

 

友達作ろうとしてもヤクザ関係者だったため親の命令で避けられていたという割と暗黒の時代だった。まぁイジメには発展しなかったので大きな問題にはならなかったが。

そういえばあの多感な小学校時代になんで俺はイジメに合わなかったのだろうか、同じ小学校の奴にちょっと聞いてみたいものだ。

 

ちなみに、それを中学時代に坂井に聞いてみたら「なんでこの人自分の事となると気付かないんですかねー」と言われた。

 

さて、この小学校の話。

この小学校では新世代の個性が多く集まっているようで、授業中も愉快な音が絶えない。子供は割と好き勝手に個性を使うからだ。

にしてもドジャアン!とかピピルピルピルとか妙な音が聞こえてくるのは何故だろう。擬音の個性?

 

まぁ害がないならいいだろう。学校内の散策を続ける。すると、校舎裏に上履きが落ちているのが見えた。遊んだ結果なのか、あるいはそういう事なのか。

 

まぁどちらにしてもやる事は変わらない、本人の所に持っていこう。と思った所で衝撃の事実に気付く。やばい、俺今犬だと。

 

小学生の上履きを口に咥えて運ぶ野郎とか事案にしかならんわ。

 

作戦変更、暇そうにしてる人を探そう。用務員さんとか。催眠でここの上履きを拾わせるのだ。

 

そうして再び校内散策を始める。すると、体育倉庫裏でまたしても発見してしまった。今度は落書きされた教科書だ。バカとか死ねとかブスとか酷いものだ。この学校風紀荒れてるなーと思いつつこの場所も記憶する。この際生徒でもいい、探さねば。

 

そんな時に見つけたのが、銀色の煌めく髪を持った彼女だった。

 

「犬?こんな所に?」

 

今授業中だぞ、サボってるとかこの歳でロックだなこの女の子。

とはいえようやく見つけた人である事には変わりない。催眠で落し物拾いウーマンになってもらおう。

 

犬となっても写輪眼は健在なのだ。

 

「うん、わかった。拾いに行くよ。多分私のだし。」

 

今の言葉でこの子が心配なのはなんとなくわかった。好き好んでサボってる訳ではないという事も。

 

どうせ神郷が学校内にいるうちは暇なのだ、損はないのだし人助けといこう。

 

校門までついていき靴に履き替えた少女をゆっくりと誘導する。この学校かなりセキュリティガバガバだわ。犬が校舎内に入っても警備員一人飛んでこない。個性があるとはいえ、小学生にとって野犬はかなりの脅威のはずなのにだ。

 

なにか嫌な予感がする。警戒しよう。

 

「あった、私の上履き。」

 

その顔に笑みが浮かばないのが、この少女の傷の深さを物語っているように思えて、無性に腹が立ってきた。

 

だが、本当の問題はそこではない。俺は今に至るまで用務員さんも警備員さんも見ていないのだ。これはいくらなんでも異常だ。

少女に先に体育倉庫裏に行かせて無線でフランさんと連絡を取る。

 

「フランさん、学校周辺に異常はありませんか?」

「異常は見当たりません。何か問題でも?」

「もう一限終わりそうになるまで校内をうろついていますけど、用務員とも警備員とも会いません。嫌な空気です。」

「...学校に電話してみます。」

「ありがとうございます。」

 

さて、これで学校に異常があるかはわかる筈だ。電話が繋がらなければ、行動に移る。

 

「あ、わんちゃん。」

 

彼女は、教科書に書かれた落書きを見ても、諦めているようで特に表情を動かしてはいなかった。

 

だからつい、口を出してしまったのだろう。

 

「話し相手が必要か?」

 

少女はピクリと反応して、こちらを見た。叫ぶ事なく、落ち着いて。

 

「...喋るんだ。」

「犬も喋るさ。こんな社会だしな。」

「そうなんだ...」

「聞き役くらいにはなってやる。話してみろ。他人に言う事で多少は楽になるだろうさ。」

「そんなものなのかな。」

「そんなものだ。」

 

その言葉に納得したのか、少女はゆっくりと話始めた。自分の話を。

 

「私さ、いじめられてるんだ。」

「ああ。」

「原因は多分、私が違うものを見てるから。私の個性って、人の感情みたいなものが見えるんだ。みんなそれを気持ち悪いって言うの。」

「そうか...お前はいじめの解決を望んでるのか?」

「わかんない、私が変なのはわかってるから。仕方ないかなって思う。」

「一つ、戯言だと思って聞いてくれ。」

「なに?」

「この社会で、変じゃない奴はいない。だから変なお前は、ある意味普通だ。」

「...慰めてくれるの?」

「そんなところだ。」

 

そんな会話をしていると、無線から連絡が入った。

 

「団扇様、学校と連絡がつきません。何かあったのだと想定して動いてください。」

「わかった。フランさんは才賀たちに連絡を付けてからあるるかんと来てくれ。俺は警察に連絡してから校舎を巡ってみる。」

 

犬の状態で変化の術を解き、本来の俺の姿へと戻る。

少女は、ぽかんとした顔で俺を見た。

 

「わんちゃん、人だったんだ。」

「騙して悪かったな。...これから校内が騒がしくなるかもしれない。そうなったらしっかり先生達の指示に従って避難するんだ。良いな?」

「...あなたはどうするの?」

「ちょっと人助けをやりに行く。」

「人助け...」

「じゃあ、俺は行く。...ああ、もうちょっとだけ言っておくわ。」

「何?」

「いじめに耐えきれなくなったら、逃げていいんだ。君には戦う自由も、逃げる自由もあるんだし、その事を助けてくれる人は君が思ってるよりもいるからさ。」

「...いないよ、そんな人。」

「いるさ。君は一人じゃあないんだから。」

 

「じゃ、元気でな。」と言って少女から離れる。そういえば少女の名前を聞いていなかったと今気付いた。

 

「まぁ、犬やってればまた会うだろ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とりあえず職員室に突撃する。神郷の護衛をするにあたって学校、事務所、撮影スタジオの図面とその周辺の地図は頭に入れていたのだ。

 

万が一に備えての事が役に立って良かったと思う次第である。

 

職員室の扉は施錠こそされていなかったが中には誰もいなかった。いくら授業中とはいえ、誰かしらはいるものじゃないのか?

 

そのあたりで鳴るチャイムの音。1限は今終わったようだ。

 

「授業してた教師に話を聞くか。その後は事務室か校長室だな。」

 

そう呟いたところで、小さな叫び声がどこかから聞こえた。

 

音の出る方に目を向けると、そこには小人サイズの男性がいた。

 

「おーい、ここだ!助けてくれ!」

「どういう状況だこれ...」

 

とりあえず小人となっている男性に近寄る。写輪眼で見た限り、小人化は本人の個性ではない。誰か別の人物の身体エネルギーが覆っているのが見える。

 

とりあえず安心させるために仮免許(失効間近)を見せつつ話を聞くことにする。

 

「メグルです。事情を聞いても?」

「わからない!気付いたら皆小さくされていた!だが犯人の言葉から察するに、やったのは(ヴィラン)だ!はやく皆に知らせなくてはならないんだ、手を貸してくれヒーロー!」

「了解です。他に人は居ますか?」

「いや、特殊教員で出勤してきているのはまだ私だけだ。」

「じゃあやりやすいですね。手に乗ってください。(ヴィラン)の目的がわかりません、とりあえず事務室に行きましょう。電話しても出られなかったという事は、あなたと同じ状況に陥っている可能性があります。」

「何⁉︎事務室と連絡がつかないのか!」

「ええ、その事を不審に思った人の情報で俺は来ました。...敵の個性は“小さくする”こと。でもそのサイズになったあなたを殺していない事から無差別殺人が目的じゃないみたいです。なにか思い当たることはありますか?」

「...ああ、うちの学校の問題児が一人3年にいるんだ。」

「バ神郷か...」

「知っているのか?」

「知人です。一応。3年3組ですよね。事務室行っても(ヴィラン)が見つからなかったら顔出してみます。」

「頼んだぞヒーロー...ところで君のこと何処かで見た事がある気がするんだが、有名なヒーローなのか?」

「まぁ、それなりには。」

 

廊下に出て個性ぶっ放して遊んでる子供達を見るに、今すぐこの学校がどうなると言う訳ではなさそうだ。それだけは楽で助かる。

 

「着きました、事務室です。」

「ありがとう。...受付にもやはり人はいないか。」

「ですね。鍵かかってるか、仕方ない。」

 

ノックして、「今からこじ開けます!ドアの近くから離れてください!」と声をかける。

念のため先生を床に下ろして、ドアをチャクラを乗せた蹴りで吹き飛ばす。これに慣れたあたり俺の思考はバイオレンスに染まっているなぁ。

 

「誰か居ませんか!」

 

「いるぞー!」

「ドアってあんな漫画みたいに吹っ飛ぶのか...ッ!」

 

なんとか脱出しようともがいていたのか、ドアのあった場所の横に小さくなった用務員さんが二人いた。

 

「状況はわかりますか?」

「わからない!俺たちは窓口から個性を使われてこうなった!」

「犯人の顔は?」

「見た!」

「背の高い筋肉質の若い女性だったぞ!」

「目的の検討はつきますか?」

「...すまんがわからない。」

「いえ、情報感謝です。...敵の目的がわからない以上、生徒をそのままにしておくのは危険です。(ヴィラン)侵入の情報を流しましょう。ここから放送の操作できますか?」

「いや、うちの校舎は古いから放送室でしか放送はできない。」

「なら、すいませんがまたしばらくよろしくお願いします。」

「ハハッ、手乗り先生とでも呼ばれそうだ。」

 

先生を持って放送室に急ぐ。道中不審者がいないかくまなく見たつもりだったが子供としかすれ違わない。教師は何処だ?

 

というか「ヒーローだ!」とか絡んでくる子供達よ、いまちょっと手が離せないのでやめてほしい。

 

「ヴィラン潰し、アレやってー?」

「...青少年の健全なる育成の為に控えさせて貰う。先生、ちょっと壁走ります!」

「壁って...うぉお⁉︎」

 

窓の出っ張りを足場にして子供達を避けて走る。「すげー」という声が響くが、子供達に真似して欲しくはない。

 

そうしてようやくたどり着いた最上階、放送室はこの階にある。

 

鳴り響く授業開始のチャイム。それにしても廊下側から聞こえる騒音が止まない。授業開始すぐくらいはおとなしくするもんだろうに。

それができない理由は一つか。

 

「大人が狙われてる?何のために?」

「僕にもわからない。とにかく子供達を避難させよう!」

 

放送室の鍵なんてものは持っていないので当然鍵開け(物理)を行う。良いとこの学校ならこれで警備会社が気付くんだろうが、あいにくこの校舎ではそうはいかないんだろう。

 

「先生、符丁教えて下さい。」

「ああ、この学校では(ヴィラン)が現れたとき高階先生という架空の先生の呼び出しでそれを伝える。」

(ヴィラン)の現在地が不明の時には?」

「その時は、教頭室という架空の部屋に呼び出すんだ。」

「了解。」

 

放送室の中身はそこそこ新しい型になっている。パソコンで機器を操作する型だ。なのでやり方は何となくでわかる。

 

そうして、放送のスイッチを入れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『高階先生、高階先生、至急教頭室までお越しください。繰り返します。高階先生、高階先生、至急教頭室までお越しください。』

 

今朝きいたばかりの声で、そんな放送が流される。周りの皆は高階先生って誰だっけ?とか呑気に騒いでいる。

それもそうだ。避難訓練での符丁の事など、子供達が気にする訳ないのだから。

 

実際、私も自分の身に危険が迫ってるなんて事態にならなければこんな符丁を覚えておこうとはしなかっただろう。

 

「皆!校庭行くよ!」

 

皆の視線が集まる。男どもに見られるのは正直御免こうむりたいが今は緊急時なので仕方ない。

 

「かっかっかっ」と私の影の中で笑うアセロラさんも今は役に立たない!

 

「委員長!皆を纏めて!」

「いや、待って神郷さん。何で?」

(ヴィラン)が来てるの!避難訓練で言ってたでしょ!」

「でもさー、そんな大変なときなら先生を待った方が良くない?」

 

クラスの無駄にチャラチャラしてる連中が私の声を否定してくる。私だって先生を待つべきだとは思うが、()()()()()()()()()()()1()0()()()()()()()()()()()()()

生き残るには、自分で動くしかないのだ。

 

「もういい、私は行くから!」

「ダメだよ神郷さん。」

 

後ろの席の獣が私の腕を掴んでくる。」

 

「なんでよ!」

「だって、先生から何も言われてないし。」

「...あーもう面倒くさい!シロ!」

 

目の前に現れたカードを握り潰し、ペルソナを発現させる。行き先は今安全が確保されている唯一の場所!

 

「トラポート!」

 

自身を生体磁気(マグネタイト)に分解し、放送室にて再構築する。

そうして現れた瞬間に、私はメグルさんに首を掴まれた。この人、躊躇いがないッ!

 

「なんだ神郷か、(ヴィラン)かと思った。」

「けほっ...人の首絞めるとか正気ですか⁉︎しかもこの100万ドルの美声を持つ私の首を!」

「...すまん。」

「謝ってくれるなら許します。さて、現状分かってます?」

「多少はな。小さくする個性の(ヴィラン)が大人たちを狙ってる。最終目的は不明だが、嫌な予感しかしないな。」

「それじゃ、一芝居打ちますか。安全が確認できるまで校庭に子供達を集めるので良いんですよね。」

「何か策でもあるのか?」

「ええ、(ヴィラン)から子供たちの避難させるなら、シンプルなやり方の方が良いですから。」

 

そうしてマイクの前に立つ。自分の中のスイッチを切り替えるイメージだ。今回演じる役は初めてだが、役作りはできている。

 

「...放送のスイッチ入れるぞ。」

「...ええ。」

 

「この放送を聞いている皆さん、おはようございます。私たちは“チャイルドプレイ”。この学校を襲った(ヴィラン)です。」

 

隣のメグルさんと、小さくなってる湯波先生が息を飲むのが聞こえる。どうやら反応は悪くなさそうだ。

 

「先生方が居ない事で皆さん不安でしょう?ですがご安心下さい。私達の手の者によって丁重に保護されています。」

 

「さて、私たちの目的は単純、この学校の破壊です。この学校に爆弾を仕掛けさせてもらいました。30分後、この学校にいるのなら...」

 

「死にます」

 

「前途ある子供の皆さんは、理性ある行動をしてくれる事を願います。避難訓練をやったでしょう?なら、大丈夫です。」

 

「せいぜい足掻いて、醜く生き延びて下さい。」

 

そう良い放って、放送を終了する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

圧巻の演技力だ。俺は目の前の神郷数多という少女が(ヴィラン)に見えて仕方がない。そんな訳がないと知っているのにだ。

 

「これ、オファーの来てるドラマの役なんですよ。どうでした?(ヴィラン)を見てるメグルさん的に。」

「凄かった。思わず手が出そうになる程だよ。」

「割と命の危機だった⁉︎」

「...神郷、お前何やってるんだ!パニックになるとは考えなかったのか!」

「大丈夫ですよ、パニックの収集役はいますから。頑張ってくださいね、メグルさん。」

「...ハァ、やるしかないか。アセロラ。」

「なんじゃ?」

 

影の中からひょっこりと顔を見せるアセロラ。そのリラックス具合からいって、影の中は割と快適なようだ。

 

「神郷を頼む。しばらく見れそうにない。」

「心得たぞ、主様。」

「じゃ、行きますよ湯波先生。」

「あ、ああ。」

 

神郷は先生を握って転移をするようだ。白猫のペルソナが背に現れる。

 

「トラエスト!」

 

その声と共に、神郷は転移した。便利な個性だよ本当に。

 

「さて、行きますかね!影分身の術!」

 

分身は6人、1学年につき一人の割り当てだ。

 

急ぎ生徒の避難を終わらせるとしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「大丈夫!避難訓練を思い出して!押さず、走らず、喋らず、戻らない!大丈夫だ!」

「ヒーローさん!学校壊れちゃうの?」

「大丈夫!でも危ないのには変わりないからしっかり避難しような!」

「ヴィラン潰し!(ヴィラン)なんてやっつけて!」

「任せとけ!」

 

様々な声援を受ける。話すなってのに。

だが、悪い気分にはならない。皆を安心させるヒーローの仮面を被る事で、心の方も多少影響を受けているのかもしれない。

 

しかし、俺の中で皆を安心させるヒーローの仮面は、出久を思い起こさせるものになってしまっている。郷愁か?これは。

 

そんな事を考えていると、6階の影分身から情報フィードバックが起きる。奇襲で小さくされてからの踏みつけ。避難の終わった後から狙われたようだ。だが、これで顔は見た。

 

背後を取られないように壁を背にして子供達を誘導する。

5年生を階段まで誘導したあたりで視界の端から身体エネルギーが走るのが見えた。反射で回避行動を取る。

 

体のどこかから出す広範囲型の個性、自分の体を小さくする事で奇襲性を高めていると見た。

指先がエネルギーに触れたが小さくなる事はなかった。全身が覆われることが条件か。

 

視界入る、1センチ2センチ程度の大きさの女と向き合う。

 

「念のため聞くが、お前は何者だ?」

「チャイルドプレイという事になっているな。」

「意外と話せる奴か、珍しい。」

「何、軽口が好きなだけの女さ。」

 

小さいが、速い。筋力が落ちていないのか?

だとすれば打撃力は恐ろしい事になる。圧の加わる点が小さければ、その分力は集中するのだから。

 

豪火球で面で殺す。そう判断した時に来訪者はやってきた。

 

「ヒーローさん?」

「戻るな!避難するんだ!」

「おや、丁度いい所に。少年を守れるかい?偽物ヒーロー。」

 

一瞬大きくなりまた小さくなる女、大きくなった始点と小さくなった終点が違う。170センチ程度の体の大きさで距離を一瞬で詰めてきたッ!

 

予想していた攻撃点から大幅にズレた事で少年を守るには、腕を犠牲にするしかない。でなければ、少年の頭蓋が弾けるッ!

 

弾ける衝撃、防弾コートのお陰で貫通はしていないが、右腕が折れた。見えないが恐らく開放骨折。柱間細胞で無理に治すと後で痛い目を見るやつだ。

 

それに、このコンディションじゃ印が結べない。最悪だ。

 

「随分頑丈な服だな。」

「防弾防刃なんでもござれの頑丈コートさ。知ってるだろ。」

「知ってはいたが、貫けると思っていた。鍛えているからな。」

「おっかねぇ女だ。」

「そう褒めるな。」

「...ヒーローさん?」

「大丈夫だ。君は助ける。」

「そう上手くいくかな!」

 

再び飛んでくる弾丸のような突撃。...仕方ない、ここで仕留める事は諦めよう。

 

「あいにくと、直線スピードに関しては俺の方が速い!」

 

左腕でしっかりと少年を抱えて、移動術で階段の窓に突っ込む。右肩で窓を破り、チャクラ放出で体勢を整えて両足でしっかりと着地する。チャクラで強化していなければ骨折コース待ったなしだな。

 

「大丈夫か?少年。」

「う、うん。」

 

影分身の俺がやってくる。それに写輪眼で情報を伝えて、分身を消す事で残りの分身たちに情報共有を起こす。

 

これで残りの子供達の避難も大丈夫なはずだ。

 

「大丈夫!落ち着いて!もうすぐ警察が来る!他のヒーローもだ!」

 

不安な表情をしてる子供達を元気付けるように笑顔で言う。大丈夫だと。

 

神郷はアセロラが守ってくれている。足の速いヒーローは今到着した。後の心配事はないだろう。フランさん達と無線で連絡を取る。

 

「5階です。大きさは170台から1センチ程度まで。潜伏されると発見はほぼ不可能でしょう。追撃は無しで。」

「敵の詳細は?」

「筋肉質の女、戦闘経験は恐らく豊富。踏み込み方から見て恐らく空手系の武術を習得してます。個性は他人に使う分には10センチ程度まで小さくしていました。そこまでしか小さくできないのか、意図的にしているのかは不明です。」

「相変わらずおっかねぇ観察眼だねぇ、大将。でも、大将の目なら追いかけられるんじゃねぇか?」

「...片腕持ってかれた。」

「マジかよ!無事なのか巡!」

「ああ、開放骨折程度で済んだ。」

「程度ってお前...」

「死ななきゃ治る。そういう体だ。」

「敵からの追撃はありそうですか?」

「分かりません。ですが向こうの個性は暗殺向き、警戒しない訳にはいきませんよ。」

 

通話を切り、駆けつけてくれたヒーローに写輪眼で戦闘情報を伝える。ついでに俺たちを見逃すような催眠も。

 

「わかった、後は俺たちに任せてくれ!」

「お願いします。」

 

各階に散っている影分身は、どうにか小さくなっていた先生方を見つけ出して用務員室へと集めていた。死傷者はいない。気を失っているだけのようだ。

その事がますますあの女の手練れっぷりが際立たせる。なんて面倒な敵だ。才賀の金で寝返ってくれないだろうか。

 

「ふぃー...」

 

とはいえ今は自分の事、まず治療をしなくてはならない。

開放骨折である今回は、単純に柱間細胞の再生力に頼る訳にはいかない。骨を抜かなければならないからだ。

 

流石にその手術の様を子供に見せる訳にはいかないため、体育倉庫の裏へと行く。そこには、銀髪少女がまだ残っていた。

 

「...子供達はいま校庭に集まってる。人数確認が始まる筈だから、行くといい。」

「やだ。ここにいる。」

「...まぁいいが、こっちを見るなよ。」

 

鏡で自身に痛覚遮断の催眠をかけ、コートの袖をまくる。右腕は血まみれだった。

 

右腕をチャクラの吸着で足に固定し、左手の先にチャクラの形態変化でピンセットを作り出して砕けた小さな骨を抜き出し、骨の位置を整える。それから柱間細胞のエネルギーを流し込む事によって骨を急速に成長させる。まだ違和感はあるが、取り敢えずはこれでいいだろう。

 

「すごい、もう治った。」

「見るなって言ったろうに。」

「だって、さっきまで痛いの我慢してた。」

「やせ我慢は男の勲章なんだ、見抜いてても言わないでくれ。」

「今度からはそうする。」

「そうしろ。」

 

なんとなくそのまま体育倉庫を背に座る。一息つきたい気分だったのだ。

 

「ねぇ。」

「なんだ?」

「人助け、できたの?」

「取り敢えず、死人は出てない。」

「人の命を助けるのが、人助けなの?」

「...お前の言う通り、本当は心まで救うのが正しいんだよ。でも、今の俺にはやる事がある。だから命しか救えてない。」

「やる事って?」

「戦う事だ。」

「なんのために?」

「...さぁな。」

「復讐のため?」

「お見通しって訳か。」

「...ごめん、嫌だった?」

「いや、事実だよ。俺は復讐の為に戦ってる。」

「でも、それだけじゃないよ。」

「...どうしてそう思う?」

「冷たくても、あったかいから。」

「...悪いな、哲学はさっぱりなんだ。」

「あ、誤魔化した。」

 

前に言われた事がある。お前の心は冷たいが、暖かいと。

その意味は俺にはイマイチわからない。復讐に生きている俺に、それ以外の何かが残っているのだろうか。

 

そんな事を考えながら、事態の収拾がつくのを待っていた。




学校にテロリストが来るとかいう厨二シチュエーション。想像した事のない奴はいない(確信)


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燃え盛る炎の中で

ロストベルトNo.3は流石の虚淵脚本でしたわ。始皇帝とか馬とかキャラが活き活きしてました。

...ピックアップ2をたった100連で乗り切れるのかッ!
ダメそうですねー。


校庭に集まっている生徒に動きがあった。バラバラの纏まりが規則正しい列へと整えられている。

状況が知りたくなったので、無線を使って皆と連絡を取る。

 

「メグルだ、状況はどうなってる?」

「先生方が復帰されてから、状況は落ち着いたようです。今は各クラスの人数確認をしているようですね。」

「てことは小さくなるのの有効時間はざっと2時間か...ほとんど即死攻撃じゃねぇか。なんだあの化け物女。」

 

救いなのは、向こうの戦闘スタイルがその広範囲個性をサブウェポンとしてしか見ていないことだろう。まぁ小さくなっての攻撃が脅威すぎるというのはあるだろうが。

 

「誰と話してるの?」

「仲間とだ。人数確認が始まったみたいだから、お前は行け。」

「...やだ。」

「じゃあ、持っていくしかないな。」

 

銀髪少女を横抱きにして体育倉庫裏から無理矢理列へと持っていく。

 

「放して。」

「いや、人数確認の時にちゃんといないとヒーローも先生も困るんだよ。」

「...わかった、じゃあ自分でいく。」

「それなら良いさ。ま、念のため犬として付いてってやるよ。」

 

変化の術を使い再び白犬の姿となる。現状敵の狙いがまだわからない以上、神郷や子供達から離れる訳にはいかない。

 

「あ、色崎(いろさき)さん!」

 

5年生の列から声がする。

 

俯いていた女子グループがすぐにこちらを見た。その目には、確かな安堵の色があった。

 

「色崎、なに勝手な行動とってんのよ!先生に皆怒られたんだからね!」

「そうよ!しかも犬なんか連れて...なにその犬?」

「変な目の犬だ...」

 

どうやらいじめの根は、俺の想像していたよりかは深くなかったようだ。この子達は自分たちの行動が色崎少女を追い詰め、それが故に命を落としかけた事を理解しているようだ。

 

俺の目を見ている少女たちに、「少し自分の心に素直になれ」と暗示をかけた後、できる限り犬っぽく神郷の元へと向かっていく。

 

その後すぐに、少女たちが泣きながら「心配したんだからね!」という声が聞こえた。人の心を操る卑劣な催眠も、たまには人の役に立つようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「メグルさん、尻尾の動きが奇妙です。注意してください。」

「マジか、気をつける。」

 

その後フランさんが里中さんに聞いたところによると、警察とヒーローが校内を見回った結果、家庭科室のガスの元栓が開けっぱなしだったことと、一階のスプリンクラーが故障していた事が分かったらしい。敵の狙いは火災による混乱か?

 

ちなみに、放送室の演説が神郷数多のものだと証言する生徒は居なかったとか。身近なクラスメイトを演技で騙しきりやがったあたりやっぱこいつ凄いわ。

 

尚、湯波先生の証言があるまでは、“チャイルドプレイ”という(ヴィラン)は実在すると考えられていたのだそうだ。証言できたのが子供達しかいないとはいえ、情報が錯綜しすぎだ。舵取りをするベテランヒーローはこの地区にはいないのだろうか。後で調べてみよう。

 

とはいえ、(ヴィラン)の襲撃があったのは本当の事。学校では先生方主導による集団下校が実施され、その日は昼を待たずに解散となった。

 

「しっかし、お昼ご飯どうしますかねー。」

「気楽だな。」

「だって護衛にアセロラさんとメグルさんいますから。昨日までとは安心度が段違いですよ。いつ護衛のムカデさんに襲われるか気が気じゃありませんでしたから。」

「だからお前センチピーダーさんに謝れよ。」

「メグルさんはどうします?お昼。」

「レストランとかには寄り辛いな。敵の個性が暗殺型だと分かった以上、食うものにも気をつけなきゃならん。奴には毒殺のチャンスなんていくらでもあるからな。」

「じゃあノンカップ麺ですかねー、今日母さん夜まで仕事なんですよ。」

「お前の仕事は?」

「今日はオフです。でも時間出来ちゃいましたし、事務所行って自主トレするつもりです。」

「ハードワークで過労死とかはするなよ?」

「そこは大丈夫です。役者って鍛えてないと出来ないんですよ?」

「だといいがな。」

 

「ところでノンカップ麺ってなんだ?」

「ああ、カップ麺のカップ無しです。便利ですよー。」

「へぇ、エコだな。」

 

そんな会話をしながら集団下校の一団から離れる。殺気の類は感じられない。一先ず安心していいだろう。

...殺気なんてものを感じられるようになってしまったあたり、自分は戦いの中に長く身を置いたのだと改めて思う。それは、こういう日常のなかで異物感として表に出てくる。

 

「メグルさんは、大丈夫ですよ。」

「なんだ突然に。」

「だって、メグルさんあの銀髪の子を助けたじゃないですか。」

「見てたのか。」

「はい。」

「別に、たまたまだ。」

「たまたまでも人を助けられるんだから大丈夫なんですよ。人を助ける人は、人に助けられる人でもありますから。」

「...良い言葉だな。」

「はい、夢があっていいでしょう?」

 

だが、そんなものが夢物語だと言うことは神郷も分かっている筈だ。どんなに良い人だろうと人を助けていようと、悪意は容赦なく襲いかかってくるのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後の日々は、あっけないほど何もなかった。身体を1センチ程度に縮められるとかいう暗殺特化の敵がいるにもかかわらずだ。

 

子役事務所への送迎、ドラマのロケへの同行、万が一のための万能血清の用意など、一部の不良警官達と協力して可能性をきちんと潰していったが、それは不要だったかもしれない。

 

実際、神郷を24時間体制で守り続けたアセロラは、ちょっと休むと影の中に入ったっきり応答がない。肝心な時に寝過ごすとかそんな馬鹿なことないよな?割と抜けているアセロラだからやりそうで困る。

 

さて、思考を戻そう。不可解なあの女の事だ。

あの女の行動には不審な点がいくつもあった。だがそれが線として繋がらない。

 

「同行する俺たちの体力を削る事が目的?だったらゴールである撮影日なんて示さないか...」

「声出てますよ、メグルさん。」

「すまん、だが今日までの敵の動きが解せなくてな。」

「案外、小さい人の独断専行だったりするんじゃないですか?」

「だと良いんだがな。」

 

そして現在は、あの電脳少女の犯行予告の当日だ。

スタジオの控え室にメイクを終えた神郷と、犬の姿の俺が共にいる。

 

「あ、このお煎餅美味しい。」

「お前相変わらず緊張感ねぇなぁ、本体のくせに。」

「人間死ぬときは死にますからねー、警戒するだけエネルギーの無駄ですよ。」

「...確かにそうか。」

 

警察、ヒーロー、俺たち無法者達(イリーガルズ)、総員の警戒度は最大限に高められている。

 

未確認情報であろうと手柄を立てる為に信じて動く若いヒーロー。

違法捜査を黙認してでも陰我に追い縋ろうとする正義の警察官。

そして、俺達。

 

戦力は過剰なまでに集まっている。これをどう切り崩すつもりだ?

 

「数多ちゃん、本番始まるわよ!」

「はーい!」

 

時刻は午後4時、今回は新しく始まる特撮モノの撮影だ。無個性を題材にしたものらしいが、まぁどんな話になるかは見てのお楽しみといったところだろう。個性演出だとかはCGでやるから危険物はスタジオに持ち込まれてはいないらしい。

 

だとすると、なんだ?

照明の落下は事前に調べて貰った結果震度7でも落ちる事はないと太鼓判を押されている。

(ヴィラン)の襲撃はないとは言えないが、この警備過剰スタジオを攻め落とせるA級(ヴィラン)がそんじょそこらにいるとは思えない。

自然災害の類でも、地震は最新の耐震設備のあるこのスタジオは大丈夫だし、土砂崩れ、津波はそもそも届く範囲にない。

 

そんな甘えは、スタジオ全体を襲う停電が吹き飛ばしてくれた。

 

「なんだ⁉︎」と驚く役者さんやスタッフさんたち。即座に警戒状態に移行する。

 

犬の姿から即座に人に戻り、神郷を背に庇う。

 

「気を付けろ!(ヴィラン)の個性は小さくなること!本体は1センチ程度だ!」

「こんな暗闇の中じゃあ気を付けようがねぇだろうが!」

「勘とかでなんとかしろ!」

「無茶な!」

「無茶でもやれ!でないと死人が出る!」

 

周囲を見渡しても身体エネルギーの光は見えない。奴の小さくなる個性は体を強い身体エネルギーで覆う関係上、写輪眼なら暗闇の中でも見つけ出すことができる。

 

まぁそれは、体の一部が視界内に入ればの話だが。

 

「メグルさん、ライト点けます?」

「やめとけ、的にしかならない。」

 

...殺気を感じる。

右、いない。

左、いない。

下、いない。

と来るとッ!

 

「後ろか!」

「残念、上さ!」

「なんて親切にッ!」

 

神郷を抱えて横に大きく飛ぶ。敵の広範囲個性が来たからだ。

だが、無理めの回避のその隙を突くのは当然のこと、女は大きくなり着地をした後あの小さくなる場所と大きくなる場所を変える移動法で距離を詰めてきた。

 

「さぁ、開幕だ!」

 

移動法での速度を乗せた弾丸のような女が神郷の頭部目掛けて飛んでくる。このまま当たれば神郷の頭蓋は砕けて散るだろう。

そのままならば。

 

「トラフーリ!」

 

神郷の短距離転移が発動される。いざって時の逃げの一手は打てるだけの判断力はあるのだコイツは。ただ守られるだけのお姫様ではない。

 

短距離転移に巻き込まれた形で体勢を立て直した俺は、即座に神郷を背に印を結ぶ。奴とのレンジは中距離、うちはの十八番の射程距離だ!

 

「火遁、豪火球の術!」

 

豪火は、確実に女の身体を包み込んだ。

温度調整なしの殺す気で放った豪火球だ、小さくなるという個性の奴では対処できないだろう。

 

「とか、思ってたんだがなぁ。」

「ふん、私を焼き殺したいならもっと火力が必要だったな。」

 

奴の全身から、身体エネルギーが放出されていた。調整なしのぶっぱだろうが、その効果はおそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

仮説でしかないが、豪火球での熱が加えられた空気を小さくする事で、伝熱物のない真空の層を作り出したのだろう。恐ろしい応用力だ。

 

「しかし、私にこんな事が出来るとは思わなかったよ。名付けるなら、耐火断層といったところかな?」

「まさか、ぶっつけ本番か?」

「ああ、これまで私と戦闘になる炎使いとは会ったことなかったからな。」

「...冗談も大概にしろよ。どんな戦闘センスしてやがるッ!」

「幾多の殺し合いを経て生き残っている。それが私の力の証明だ。...とはいえ、本来はここまで饒舌というわけではないんだぞ?」

「じゃあなんでそんな軽口叩いてんだよ。」

「何、これが最後の戦いとなれば、私も敵のことを知ってみたいと思ったまでの事。...さぁ、時間だ。私たちを殺す地獄が始まるぞ。」

 

瞬間、鳴り響く火災報知器の音。放火か⁉︎

だが、火災報知器が鳴っているということはスプリンクラーが問題なく作動しているという事の証拠、それが俺たちの首を取る策だとでもいうのか?

 

「私が小学校で神郷数多を襲ったのは、お前に私の個性を印象付けるためだ。敵は中から攻撃してくるものだと。なぜならお前のエネルギーを見る能力ならば、外からの攻撃を察知されてしまうかもしれないからだ。」

「外からの放火だと⁉︎」

「本人曰く、厳密に言えば放火ではないらしい。見たものの温度を引き上げる結果として、火が出ているのだと。」

「その計画だとお前、ここにいたら死ぬだろ。」

「だから最後の戦いなのさ、これが。」

「それならお前、別に来なくて良かったんじゃないか?」

「それだとお前は外からの攻撃に気付くさ。お前は勘がいいからな。」

「...面倒な信頼ありがとよ!皆さん、避難を!」

「ああ!先導は我々警察がします!スタッフの皆さんは指示に従って下さい!」

「畜生、(ヴィラン)と戦うのがヒーローの仕事だってのに!何が起きてんのかわかんねぇ!」

「無理に出てくるな!足手まといは一人でもう手一杯なんだよ!」

「...クソッ!」

 

そう言ってヒーローと警察は避難誘導を始めた。

 

外にいるフランさんたちとの無線は通じない。

携帯電話は何故か圏外。

 

外にいる炎の原因の敵を潰す手を打たせない為にかなりの策が練られている。

 

「さて、再開といこうか。」

「勝っても負けても結果は変わらないのにか?」

「どうせなら気持ち良く死にたいだろう?」

「ノリで生きてんなぁ畜生。」

「そう褒めるな。」

 

その声と共に、目の前の戦闘に意識を集中させる。

レンジは中距離のまま、今俺と神郷がいるのは特撮用のグリーンスクリーンの上。障害物となるカメラは直線上にはなし。

 

戦場の状況は、こちらに有利でも不利でもない。

 

豪火球が止められた以上、奴にただの火遁は通じない。ならば、火焔鋭槍を抜き打ちで放つのが最適解だ。奴の移動法には大きくなってから小さくなるまでの一瞬の隙がある。身体エネルギーの流れから大きくなるタイミングと位置を予測して鋭槍を置けば当てられるだろう。

 

作戦は決まった。後は俺が見切れる事を信じ抜くのみだ。

 

と、戦闘に集中した時に、正面ドアから爆発音が響き渡った。

 

「バックドラフト⁉︎外は一体どうなってやがる!」

「負傷者を後ろに!他の出入り口は⁉︎」

「非常口はあっちです!早く!」

 

 

「気が逸れたな?」

 

 

その瞬間まで、接近してくる女に気付けなかった。コイツ、これを見越していたのかッ!

 

レンジは近距離まで詰められた。奴の移動法一回で詰められる距離だ。火焔鋭槍は間に合わないッ!

 

「終わりだ。」

「横槍失礼!きんたろう、突撃!」

 

背後にいた神郷は、見たことのないおかっぱ頭で赤い腹掛けを纏ったペルソナを発現させ、女に突撃させた。小さくなっていた女は弾かれて、ダメージを軽減する為に大きくなり受け身を取った。

 

その隙を、見過ごす程俺はお人好しではない。

 

「ブチ抜け、火焔鋭槍!」

「まだ終わりじゃない!耐火断層!」

 

炎の槍は、真空に阻まれて女の身体を貫くには至らなかった。

()()()()()()

 

「ペルソナチェンジ!きたかぜ!ガル!」

 

神郷数多の引き起こした、疑似真空を吹き飛ばし炎に力を与えるその神風が、勝敗を決したのだ。

 

「うぐッ⁉︎」

 

左足に刺さったその炎の槍により、傷口を焼かれ地獄の苦しみを受けた女に移動術で接近し、顔面を掴み無理矢理目を合わせる。

 

写輪眼、発動である。

 

崩れ落ちる女を抱き抱えながら今回の勝利の立役者に一言言う。

 

「神郷、お前案外ヒーロー向いてるかもな。」

「嫌ですよ、命なんて張りたくありません。じゃあ、私たちも避難しましょうか。」

「...避難する先があればだけどな。」

 

バックドラフトで吹き飛んだ正面のドアから燃え広がってきた炎を見て、自分はまた選択を迫られているのだと思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

スタジオの中央に集まる総勢32名の人々。先に避難しようとした連中によると、非常口の先からも炎が燃え広がっており、またしてもバックドラフトが発生したとの事だ。

 

であれば天井からの脱出をと思い上に上がってみたものの、炎はこのスタジオ全体を覆っているという事がわかっただけだった。

 

俺が負傷者の治療をしたのち、酸素を作り出す個性のヒーローを中心に皆で集まっている。少しでも長く、命を繋ぐ為に。

 

「メグルさん、八方塞がりですねー。」

「...嘘つけ、お前なら逃げられるだろうが。白猫のトラポートで。」

「ええ、そうです。...でも、嫌じゃないですか。一人だけ生き残るのって。」

「...そうだな。一人で生き残っても、辛い事ばっかだったよ。」

 

神郷は、自分の命を繋ぐ事をこの状況で最優先にしていない。奇妙な奴だ。死を経験した奴というのは、どこかズレるものなのだろうか。

 

「さて、神郷。一生の頼みがある。」

「...何ですか?」

「俺がこれから言う事が嘘だってわかっても。それを指摘しないでくれ。」

「...一生の頼みなら、仕方ないですね。」

「ありがとう。」

 

立ち上がり、皆に大声で伝える。

 

「聞いてくれ!俺たちは、このままだと死ぬ!」

 

俯く人々、もはや皆諦めているのだろう生きる事を。

 

でも、それじゃあ駄目だ。足掻かなければ、足掻き続けなければ未来を拓く事は出来ないのだから。

 

「だから、俺の策に乗ってくれ!生き残る為の術は、全部なくなったわけじゃない!」

「こんな状況でどうしろってんだよ!」

「今、俺の仲間がこのスタジオ火災の事を知らせに消防署まで走ってる!そう遠くないうちに助けは来る!だから俺たちがするべき事は、耐える事だ!これから落ちてくる天井や、燃え広がってくる炎から!」

 

「その為の個性が、俺にはある!須佐能乎ぉお!」

 

溶けて降ってくる鉄骨を、須佐能乎の身体で受け止める。

 

「この個性で俺が皆の盾になる!俺は、生きるのを諦めない!だから、皆も生きる事を諦めないでくれ!」

 

後輩に言われた最期の言葉は、俺の心に根付いているのだろう。皆への言葉として、自然と俺の心から出てきた。

 

だからだろうか、その言葉を皆は信じてくれた。

長く苦しい、ただ待つだけの戦いが始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あれから30分は経っただろうか。まだ救助は来ない。当たり前だ、あれは皆を安心させるための嘘っぱちなのだから。

 

皆に隠れて血反吐を吐く。全身の細胞へのダメージは、もはや限界に達しているのかもしれない。それでも柱間細胞が混ざっているおかげでまだ須佐能乎を維持することはできている。

 

白猫の力で須佐能乎の内側に入っていた神郷は、小声で俺と話をし始めた。

 

「メグルさん、あとどれくらい持ちます?」

「...わからない。でもチャクラが続くまでは保たせる。」

 

嘘だ、あと5分で限界はくる。それを気合いで超えたとしても10分程度だろう。

 

「嘘が丸わかりですよ。コレ使ってるの、相当辛いんでしょう?」

「お前にはお見通しか。そうだよ、全身の細胞が崩れていく感覚だ。痛いってのとは多分ちょっと違う。終わっていく感覚ってのが正しいかもしれない。」

「それなのに、なんで命を張ると決めたんですか?私たちは、あなたの復讐に関係ないのに。」

「正直、わからない。でも...」

 

「理由を考えるよりも早く、心が動いてた。」

 

その言葉にため息を一つ吐いた神郷は、目の前にペルソナカードを現界させた。

 

「メグルさんって、本当に馬鹿ですね。」

「知ってるから言わんでいい。」

「いいえ、言います。メグルさんは、心が復讐に囚われている癖にその心で誰かの事を助けようと走ってる大馬鹿野郎です。心で決めた目的が定まってません。だからこんな所で死ぬことになるんですよ。」

「返す言葉もないな。」

 

「でも、そんなあなただから、託しても良いって思ってんです。私の命と力を。」

 

「...力?」

「ええ、見ててなんとなくそうなんじゃないかと思って、このメグルさんの心の内側に来て、わかったんです。私のペルソナとメグルさんの今使ってる須佐能乎は根本的には同じものなんだと。それと私の白猫の特性を合わせると、こんな事が出来るんですよ。」

 

「さようなら」と一言呟いてから、神郷はペルソナカードを俺に押し付けて来た。

 

「私の白猫。百万回生きた猫に出てきた猫の伴侶の本来の特性は、生まれ変わった者に対しての干渉能力。その魂を正しき方へと導く祈りの力。」

 

心が、熱くなる。何かが、心の中に生まれようとしているのがわかる。

 

「あなたが転生者だからこそ私の白猫はあなたにとっての伴侶となり得るんです。あなたの、新しいペルソナの核に。」

 

カードが、胸の内側から現れる。それは、割れる事なく、須佐能乎の中に解けて消えていった。

 

「あなたに、私の全部を捧げます。だから!」

 

「あなたの、生きる事を諦めないという嘘を、本当にして下さい。」

 

須佐能乎が変わっていく。黒一色に染まっていた色が、所々赤色に染まっていった。神郷からの光を受け入れたことが俺の心に新たな色を与えてくれたのだろう。

そして、首に巻かれたマフラーは、血の色から鮮やかな紅色に染め直された。あの日巻かれた、篝さんのマフラーのように。

 

今ここに、俺の須佐能乎は至った。

神郷(他者)の心の光を纏った、俺の完成体へと。

 

 




永遠の万華鏡写輪眼の理由を、他者の光を受け取ったからだとこじ付けるスタイルです。まぁ瞳術の方は永遠にはなりませんけどねー。
ちなみにペルソナ能力を出したのは、他人に譲渡できる光ってなんかあったかなーと考えた所でペルソナ2罪を思い出したからだったり。


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巡の須佐能乎

呼符で朕さん引けました。やったぜ。
ついでに虞美人さんと馬も一枚ずつ引けました。やったぜ。

でも項羽を引きに行くべきかクリスマスに備えるべきか超迷います。虞美人と項羽を会わせてあげたいってのに!課金力が足りないッ!

まぁ残りはたった70連、クリスマス待とうが項羽狙おうがそれで星5とか来る訳ないですけどねー。悲しい。


「トリガー使ってブーストすんのは、やっぱ気持ち悪いな...」

 

スタジオから3キロほど離れたビルの屋上から、男は個性を発動し続けていた。指示はないが、あれだけの人数がいるのだから一人くらいは消火に使える個性が居ると踏んでの行動だった。

 

男の個性は、火眼(ひがん)。視界内に捉えたものの温度を上げる事ができる個性だ。それを使って撮影スタジオおよびその周辺を焼け野原にした張本人でもある。

 

長年のパートナーである、小成葵(こなりあおい)を犠牲にしてだ。

 

「...あー、畜生。未来のために必要な事なのに、あいつが生きてたら良いなんて思ってやがる。何人殺したと思ってんだ、あいつだけ特別扱いは違うだろうが。」

 

愚痴りながらも、個性を使う事だけは止めはしない。男はそう訓練されている。正しき運命の為にと。

 

だが、消防車の音が聞こえ始めた辺りで違和感を覚えた。

 

この一帯は、指揮官の個性により基地局を停止されている為電話の類は使えない。通報されるにしては早すぎる。火災報知器の類とて、指揮官がそれぞれのリンクを切断しているため、ベルは鳴ってもスプリンクラーは作動せず消防への通信もできないのにだ。

誰かが直接消防署に駆け込むなんてローテクな真似をしたのだろうか。

 

まぁ、消防車が何かする前に中の奴らは死ぬだろう。最大の難敵である団扇巡とて、人間である以上一酸化炭素中毒になれば死ぬのだから。

 

「さて、俺は退散するとしますか...ッ⁉︎」

 

だが、そんな多くの絶望を作り出す邪悪の企ては、崩れ去ったのだとその瞬間理解した。

 

崩れ落ちていくスタジオの中から現れた、紅のマフラーの巨人を見た瞬間に。

 

「オイオイオイ!なんだありゃあ!聞いてねぇぞあんなもん!」

 

その一瞬、迷った。あれが単なる巨大化の個性ならば、火眼により体温を上げるだけで簡単に殺せる。

あれが精神を実体化させると言われる神郷数多の個性でも、ダメージフィードバックが起きるという情報が確かなら火眼で焼き殺せる。

だが、万が一だ。万が一あれが団扇巡の使う切り札、須佐能乎という足のない巨人を作る個性が進化したものだったのならば、攻撃はこちらの位置を知らせてしまうだけになる。

 

...決断を決めたのは、自分の攻撃を確実に成功させる為に表に出た相棒の存在だった。彼女が命を懸けているのに自分だけ命をかけないのは違う、そう男のプライドが告げたのだ。

 

「焼き殺す!」

 

そう決意したなら後は見て焼くだけ。その判断だったが

視界が焼け消える前に、巨人は轟音と共に消えたのだ。

 

「...は?」

 

その困惑は、現実が想定の斜め上をいったからだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

須佐能乎を神郷の光で強化した後、俺は須佐能乎の中に総勢32名を入れて火の海から脱出しようと試みた。

しかし、スタジオ外から須佐能乎が見えた瞬間に身体エネルギーの流れが見えたものだから、咄嗟に回避したのだ。移動術を使ってのジャンプをして。

 

その結果

 

「いやぁああああああ!高い!速い!死ぬ!」

「お母ぢゃぁああああん!」

「光が...逆流するッ!」

「あはははは!たーのしー!あはははは!死ぬー!」

「メグルさんメグルさんメグルさん!死にますよコレ!ヒロインムーブした後にコレですか!死にますよコレ!」

「一番困惑してんのは俺だよちくしょぉおおおおお!」

 

32名一斉に起きた超高速ジェットコースターである。しかもエネルギーを制御できていない超回転付きの。無事なのは催眠で寝ている女だけだろう。

 

さて、困惑している心を置いておいて、起きている現象を考えるとこれは須佐能乎のジャンプ力が強すぎたという事だろう。雲の上まで飛んでいるのだからそれは相当なものだろう。

まぁ、あの超広範囲攻撃から逃れられた事は違いない。プラス思考かつ冷静に、冷静になれ!

 

「すまん、吐く。」

「俺も無理だわ。」

「おろろろろろろ」

「人の心の中でリバースしてんじゃねぇよ!ゲロの雨を降らす巨人とかなんのコントだ!ゲロスプリンクラージャイアントか!」

「大丈夫ですよ!皆で落ちて死ぬので汚さは変わりません!」

「死なないように色々考えてんだよぉ!」

 

皆で愉快に騒いでいるが、現状ガチでやばい。須佐能乎のスペックを把握できていない以上、着地できるかどうかわからないのだ。

 

飛ぶしかない。飛ぶしかないのだが!

 

「俺の須佐能乎なんで翼すらないんだよ!飛ばせろや!」

「...諦めましょう。ふわっとしました。今から落ちますよ私たち。」

「こんな死に方できるかぁああ!」

 

落下へとエネルギーが変わる瞬間、発想が出てきた。

 

チャクラによる空中機動、あれを応用すれば落下速度を抑えるくらいはできるのではないかと。

 

「よし、やるぞ!」

 

とりあえず調整の効きやすい両手からチャクラを放出し、体勢を整えようとした結果、

 

更に回転が暴走した。

 

この須佐能乎、チャクラ放出が凄まじい。普通の体での空中機動が自動車なら、須佐能乎はジェット機だ。使ってるチャクラ量は大差ない筈なのに出力が違いすぎる。これが須佐能乎ッ!

 

「リバースやめろとか言いながら更にぶん回してどうするんですかぁあああ!」

「あはははは!ごめん私も吐く!あはははは!」

「うるせぇ!俺も吐きそうなの堪えてんだよ!我慢しろ頼むから!」

 

出力を絞り制動をかける。とりあえず回転を止めなくては。

 

「...止まった、俺の心の中は汚れたけどなんとか止まったぞ!」

「...メグルさん三半規管強すぎないですか?後、私もリバースしそうなのでなんか光とか出してください。」

「リアルに謎の光とかはねぇよ!子役としての根性でなんとかしろ頼むから!中でのゲロスプリンクラーで被害者出てんだよもう既に!」

 

チャクラ放出での飛行はだんだん慣れてきた。微量のチャクラでもホバリングできるとか俺の須佐能乎は力のブースターとしてはとんでもなく優秀なようだ。

だが、須佐能乎の体内の臭いは嗅ぎたくない。飛び散る吐瀉物によりいろんな人が被害を受けているのだ。

 

「うん、とりあえず人を下ろそう。なんか知らんが消防車とか来てるし。」

「ですねー、メグルさんの言った嘘が本当になってるあたり運が良いんですかね?」

「だよなー。いや、才賀達ならそう動くと思ったんだけどさ。だから外を任せたんだし。」

「信用してるんですね、お仲間さん達を。」

「ああ、向こうに裏切る理由はないからな。...寝てる一人以外。」

「ああ、アセロラさんが寝てるっての嘘ですよ?なんでメグルさんが知らないんですか。」

「...どーりで今になっても出てこない訳だ。何やってんだあの吸血鬼は。」

「メグルさんの指示だと思ってたんですけど。え、実はやばい感じだったんです?」

「...まぁアセロラなら死なないから大丈夫だ。」

 

アセロラの事は気がかりだが、今はこの人々を下ろす事が先決だ。心の中の換気をしたい、物理的な意味で。

 

「皆さん、降下します。」

「おう、正直欠片も意味わかんないんだが、助かるならなんでもいいさ。」

「だねー!ヒーローくんに感謝だよ!あの超回転も楽しかったし!」

「いや、あれを楽しかったって言えるお前のメンタル凄えよ、お前のゲロ俺にちょっとかかったんだぞ。」

「やっぱテレビ業界って濃い人多いですねー。」

「いや神郷、お前人のこと言えねぇだろ。」

「そりゃあ、天っ↑才↓子役ですから。濃いのは当然です。」

 

ゆっくりと降下していく。チャクラによる飛行も慣れた。とすれば後の問題は...

 

「この、広範囲個性だよな!」

 

チャクラを放出し、横に急速移動。個性の発動点は見えた。おそらくあれが温度を上げる魔眼系個性の(ヴィラン)だろう。あのビルの位置からならば、正面口、非常口を共に焼く事ができる、合理的な狙撃地点だ。

 

まぁ、だからとて見られてやるつもりなどないのだが。

 

「楽屋ビルを壁にしたところまで移動します!敵の攻撃が来てる!」

 

飛行により超速移動し、ビル陰まで隠れる。奴の個性に当たっていないが、コンクリート造りのスタジオを焼けるほどだ、人を殺すのには数秒いらないだろう。

 

まぁ、ようやく足手まといを地面に下ろす事ができた。あとは視界外からの奇襲で敵は落とせるだろう。

なにせ、今の俺は空を飛べるのだから。

 

と、甘く考えられていたのはそこまで。人を下ろしていくに連れて、須佐能乎を維持していくのが辛くなってきた。

 

「なんだ、コレッ⁉︎」

 

あまりの辛さに一旦須佐能乎を解除する。神郷の光で完成体須佐能乎となったが、まだ時限式という事か?

 

いや、細胞が壊死していくような感覚はなくなった。体は須佐能乎を受け入れている筈だ。今でも使おうと思えばすぐに使える感覚はある。

 

「メグルさん、どうしたんです?」

「須佐能乎の負荷が来た。どうにも、使い放題って訳じゃなさそうだ。」

「ま、スーパーパワーなんてそんなもんですよ、多分。初登場補正が切れたんじゃないですか?」

「いや、ゲロスプリンクラーで切れる初登場補正とか嫌すぎるだろ。販促する気ゼロか。」

 

まぁ、男の位置も顔を見た。須佐能乎がなくても倒せるだろう。

 

「ヒーローさん、皆さんを頼みます。」

「エアバスターだ。いつまでもヒーローさんとか言うな、お前もヒーローだろうが。」

「...メグルです。じゃあ改めて任せました、エアバスターさん!」

 

敵が数秒でこちらを殺せるなら、その数秒に至る前に倒してしまえばいい。最速の移動術とワイヤーアロウでの移動で視界外を大回りして倒し切る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、決めたは良いが暇だねぇ。」

「驚いた、逃げてなかったんだな。」

「ああ、相方が命を懸けたからな。俺も懸ける、それだけの事だよ。」

 

こちらを見ずに返答を返す男。なぜこちらを振り向かない?幻術対策か?

 

「よし、発火した。俺の仕事は終わり!殺して良いぜ団扇巡。」

「...何をした...ッ⁉︎」

 

男が横に退くと、その先には、炎上する楽屋ビルがあった。

 

「セカンドプランって奴さ。そもそもスタジオに来ない場合も考えて、楽屋ビルを焼く計画を立てていたのさ。まぁ、ポリタンクにガソリン入れて、屋上と入り口に置いとくだけのちゃっちいプランだがな。」

「何のために?」

「お前の心を折る為に。お前が俺を優先した為に死んだ奴が出たら、傷になるだろ?その分次の奴が殺しやすくなる。お兄さん捨て駒だけど、仲間の事も考えてるのよ。」

「そうか...なら俺がやる事は決まった。」

 

男の顔面を掴み、無理やり目を合わせて自首の催眠をかけながら言う。

 

「俺は命を助けきる。その為の光は、俺の中にあるから。」

 

男を置いて一直線にスタジオへと向かう。道中無線での連絡を試したところ、フランさんと繋がった。

 

「才賀は⁉︎」

「楽屋ビルの2階です!今坊っちゃま中心に救助活動中です!」

「了解!探す手間が省けて楽で良い!」

 

須佐能乎を展開し、飛翔する。最小限の発動で、最大限の効率を。指ぶっ壊していた時の緑谷のように考えた時この須佐能乎の使い方が頭に浮かんだのだ。

 

須佐能乎を体に沿って小さく展開する事を。名付けて衣装・須佐能乎。これなら活動時間も多少マシになるだろうという思いつきだ。

だが、これは悪くない。少なくとも3キロを数秒で飛べたのだから。

 

屋上に着地してからすぐに状況を把握する。屋上は火の海だ。須佐能乎の鎧がなければ俺も焼けていただろう。消防車の放水が始まったが即時消火には至っていない。

 

「屋上に着いた!今何階まで救助終わってる⁉︎」

「一階から三階までです。ですが足を怪我した人がいて移動速度が遅くなっています。」

「わかった!俺は六階から救助者を探す!四階か五階で合流するぞ!」

「脱出方法は私の糸によるものを考えています。代案はありますか?」

「ああ、とっておきのがある!何人の救助者でも一気に運び出せるから期待していてくれ!」

「...本当に団扇様ですか?印象が大分変わりましたが。」

「まぁ、いろいろあったんだよ。そっちは?」

「...後で説明いたします。いまは救助に集中を。」

「了解!」

 

無線を切り、「ヒーローです!救助に来ました!」と大声で叫ぶ。

 

「こっちだ!」との声に従うとすぐに人は見つかった。スタッフさんたちは、わからない状況なりに人を集めてヒーロー達がすぐ救助に取りかかれるように動いてくれたようだ。ありがたい。

 

「人数確認できてますか⁉︎」

「わからない!だが白澤さんの娘さんが見つかってない事は確かだ!」

「了解!仲間と連絡取ってみます!その子の特徴は⁉︎」

「5歳でツノのある異形型の女の子だ!」

「説明が楽でありがたいですね!」

 

「フランさん聞こえますか⁉︎」

「聞こえてます、団扇様。」

「そっちで保護してる子に、ツノのある女の子は居ますか⁉︎」

「...いません!楽屋ビルにいる事は確かですか⁉︎」

「不明ですが、居ると見て動きます!才賀はどこまで来てますか⁉︎」

「4階に先行しています!ですがお坊ちゃまとジャンクドッグ様は無線を破壊されているため連絡は取れません!」

「了解です、影分身を向かわせます!」

 

影分身を作り下の階に先行させつつ次の手を考える。煙の回りはまだそこまででもない。時間的猶予はまだある。

 

だが、無線が破壊されているという事は戦闘があったという事。陰我の手の者が紛れ込んでいたのか?今は本当に味方がいて良かったと素直に思う。

 

「皆さん、一旦皆さんだけを救助します!俺の近くに集まってください!」

「だが、どうやって⁉︎」

「俺の個性、手数は多いんです!須佐能乎!」

 

須佐能乎を展開し、この場にいる8名を最小限に発動した須佐能乎の体内に入れる。この大きさでも問題はなさそうだ。むしろ人が入った方が楽まである。どういう事だ?まぁ考察は後だ。

 

「窓から飛びます!舌を噛まないように気を付けて!」

 

窓を突き破って外に出る。こういう時、人を巻き込んで飛べるってのは楽で良い。というか俺の須佐能乎、鎧武者っぽい姿の割に自由に身体の大きさ変わるなー。俺の心がそれだけぐにゃぐにゃなのか?まぁいいや。

 

消防車の裏に着地し、須佐能乎から人を放り出す。

 

「救助者です!8名、怪我なし!後方に誘導お願いします!」

「了解だ!君は⁉︎」

「また救助行ってきます!現在六階救助完了、一階から三階の救助者はまとまってます!ですがツノの女の子が確認できてません!こっちで見てませんか⁉︎」

「...いや、確認できていない!スタジオの方に紛れ込んでいる可能性はどうだ⁉︎」

「無いです!スタジオの32名の中に子供は神郷以外いませんでした!」

「...クソ、やはり中か!消防での突入は入り口の炎が消えるまで待ってくれ!梯子車の応援を要請しようにも、通じないんだ!」

「任せて下さい!これでもヒーローなんで!」

「ああ、任せた!」

 

ワイヤーアロウで距離を稼いでからの壁走りで割った窓へと再突入する。そういや割らないでも普通に開ければ良くないか?と気付いたのはこの瞬間である。やらかしたわ。

 

気を取り直してもう一回だ。

 

「ヒーローです!誰か居ませんか!」

 

反応はない。念のため各部屋の扉を開けて中を見たがツノの子は見当たらない。とりあえず6階はクリアだ。

 

5階に降りる

 

影分身が各部屋を見回っているが、ロビーに集まっている人以外逃げ遅れてる救助者は今のところいないようだ。流石この世界の住人、災害に慣れている。

 

「ここにいるので全員ですか⁉︎」

「ああ!」

「この中に、ツノのある女の子を見た人はいませんか!六階で確認できてませんでした!」

「その子なら、下に行くのを見たわ!」

「情報感謝です!」

 

「フランさん!ツノの子が下にいる可能性が高いです!見落としの可能性がある所はありませんか⁉︎」

「...だとすれば、おそらく一階です!あの戦いに巻き込まれた子がッ!」

「なんにしても、煙の多い下に行くのは危険です!フランさんはそのまま上に!救助者を脱出させてから俺が一階を探します!」

「お願いします!そろそろ煙が黒くなり始めました。急ぎましょう!」

「ええ!」

 

「それじゃあ皆さん、脱出します!舌を噛まないように口を閉じていて下さいね!」

 

再び須佐能乎を最小限の大きさで展開。救助者6名を入れて飛んで行く。

 

「ども!五階クリア!救助者6名、怪我なしです!」

「早いな!」

「皆さん避難訓練しっかりやってるみたいですから!俺は運んでるだけです!じゃ、次行ってきます!」

 

再びワイヤーアロウで窓に突撃、五階の破った窓に突っ込む。

 

いや、人を抱える事での須佐能乎の大きさの変化を考慮すると、どうしても窓をぶち破らなかくてはならないのだ。ごめんなさい、補修会社の人!でも人命優先だから許してね!

 

と、この辺りでようやく気付く、俺の心が軽い。

 

「...神郷のやつ、何かやったか?」

 

まぁ別段困る事ではないから放置しよう。今は人命救助優先だ。

陰我に対する復讐の気持ちが消えた訳ではない。それは黒く俺の心の芯にある。だがそれとは別に、それに支配されない暖かいものが心を纏っている。そんなイメージだ。

 

さて、五階は終わり。次は四階だ。と、影分身からの情報フィードバックがやってくる。四階探索終了、才賀とジャンクドッグと合流できたが、どちらも傷を負っている。二人とも根性で動いてる気がしてならない。さっさと逃して応急処置させよう。

 

だが、ツノの子はまだ見つかっていない。とすると一階か。

 

「皆さん!メグルです!安心して下さい!」

「おせぇぞ巡...お前本当に巡か?」

「確かに、なんか馬鹿っぽくなったぞ大将。」

「確かに変わったけどさ!いや馬鹿にはなってねぇよ多分!」

「あ、わかったわ。メッキが剥げたんだコイツ。」

「ま、俺は今の大将の方がらしくて良いと思うぜ。」

「お前ら後で覚えてろよ...」

 

そんな緊張感の欠片もない会話をしていると、階段からフランさんが糸でぐるぐる巻きにしたオッサンを連れて階段を登ってきた。

 

「皆さん、遅れました!」

「いえ、ジャストタイミングです!さぁ、脱出しましょう!俺の側に!」

 

「...まさか、団扇様の偽物ッ⁉︎」

「その天丼いい加減にせぇや。」

 

須佐能乎で15名のスタッフさんと才賀たちを纏めて取り込み、窓を突き破り、壁をちょっとぶっ壊して外に飛ぶ。すまぬ、人を取り込んだ事で須佐能乎が太ったのだ。

 

まぁ、細かいことは保険に入ってるだろうこのスタジオの経営者さんに任せよう、うん。

 

「救助者15名、および負傷者3名です!」

「早いな本当に!これで全員か⁉︎」

「いえ、ツノの子が一階に取り残されているっぽいです!なんでこれから行ってきます!」

「巡!落ち着いて聞いてくれ!」

「どうした才賀、今急いでんだ。」

「一階には、アセロラの奴がいる。敵との戦いの殿に残ったんだ。」

「またしても自爆特攻かッ!オーケー、救助者2名追加な!行ってくる!」

 

「待て巡!」という声を無視して、業火に燃える入り口に衣装・須佐能乎で突っ込む。

そんで一瞬で戻る。煙これ無理だ。()()()()()

 

「才賀!お前の力が要るから準備してろ!フランさんは才賀に応急処置を!俺はもう一人助っ人連れてくる!」

 

飛翔で楽屋ビルの裏側からこちらにスタッフさん達を先導しているエアバスターさんの首根っこを掴み、再び才賀の元へと戻り、応急処置の終わった才賀の首根っこを逆の手で掴み須佐能乎の中に取り込む。

 

「巡!説明くらいしろ!」

「お前、メグルか⁉︎何すんだテメェ!」

「人命救助にあなたたちの個性が要る!手伝って貰います!」

「「事後承諾か!いや手伝うけどよ!」」

「ならよし!行きますよ!」

 

今の段階での火災での救助に必要なのは、煙を抜く感知能力と、活動と治療の為の酸素、そして障害物を無視する突破力だ。

 

それは、この3人ならクリアできる!

 

「行くぞ!」

「「おう!」」

 

3人での須佐能乎で再び火災の中に突っ込む。今度は、大丈夫だ!

 

「才賀、方向!」

「まだわからん、感知距離外だ!」

「じゃあ適当に飛ぶ!」

 

煙で前は見えないが、なんとなく壁っぽいところを伝って走る。ただ走るだけでも、この須佐能乎はかなりの出力になる。そんな時、何かを感じた。

 

「「「あっちだ!」」」

 

()()()()()()()()()()()()()人の位置に向かって真っ直ぐ進む。壁を何枚かぶち抜いたが、コラテラルダメージだ。多分。

 

そうして、辿り着いたその先には

 

数多の木に串刺しにされている、何故かさらに小さくなったアセロラの姿があった。

 

「...アセロラ、生きてるな?」

「かかっ、なんと厚い信頼じゃ。まぁ妾は死ねんがの。」

「じゃあいい。ツノの生えた女の子がこの階にいるはずだ、どこにいるかわかるか?」

「ああ、その童なら妾の影の中じゃ。無事じゃよ。」

「よし、じゃあお前を連れて脱出する。」

「どうやってじゃ?流石の主様とて、こうまで串刺しにされた妾をどうできるというものでもあるまい。」

「いや、できる。かなり痛いだろうから、催眠で麻酔かけるな。...レジストするなよ?」

「...待て、木は壁深くに根を張っておる。それが13本じゃぞ⁉︎」

「大丈夫だ。」

 

「今の俺は、ちょっとばっかし強い!」

 

須佐能乎で木を掴み、手刀で切断し、アセロラの身体から抜く。これを13回行う。

以前はあまりにも木と身体が一体化しているために危険だと思いやらなかったが、今回はまだただ単に木が刺さってるだけ。じゃあ何も問題はない。

 

「おい!見た目拷問みたくなってるけど大丈夫だよな!」

「うっさいですエアバスターさん。文句があるならこれ以外の冴えた作戦を思いついてから言ってください。」

「...ねぇよ!悪かった!」

 

そうして木の抜けたアセロラを須佐能乎の中に取り込む。アセロラの影の中に救助者がいる以上、これで作戦終了だ。

 

「じゃあ、ずらかるぞ!」

「...しかし主様よ、聞かぬのか?」

「後で聞く。今は脱出が先だ。」

「随分丸くなったの、この短期間で何があったのじゃか。」

「まぁ、何が変わったって訳でもないさ。多分な。」

 

そうして、来た道をそのまま戻り外に出る。

 

そして、アセロラの影から少女を取り出してその体調を確認したのち、心配そうにしている皆に叫ぶ。

 

「救助者2名!救出完了!撮影スタジオ、楽屋ビル、共に被害者ゼロです!」

 

「うぉおおおおお!」と歓声が聞こえた。消防、先に救助された人々、野次馬連中、それぞれが叫んでいる。

 

「60人近くを一人で助けきった!凄えヒーローだよアイツは!」

「あのコスチューム、ヴィラン潰しだ!最近各地で色んな不正を暴いてる奴だよ!」

「こっち向いてー!」

「ありがとー!超回転楽しかったですよー!」

「だからなんであれを楽しめるんだお前は!」

 

歓声の声を求めて行った行為ではないが、まぁ嬉しくない訳ではない。人々のありがとうは、暖かいから。だが...

 

「一人でやった訳じゃないんだがなぁ。」

「いいじゃねぇかヒーロー。お前は誇っていいのさ、こういう時はよ!」

「俺もいるって事忘れられてねぇか?いや、やったことなんて酸素ボンベ代わりになっただけだけどよぉ。」

「いや、エアバスターさん居なかったら皆仲良くお陀仏ですからね?今日のMVPは間違いないですよ。」

「だったらそれを警察に伝えてくれ。その分俺の評価高まるから。」

「あ、警察の取り調べとかは、エアバスターさんよろしくお願いします。」

「...は?」

「俺たち無法者(イリーガル)は、逃げるとこまでが仕事なんですよ!行くぞ才賀!アセロラ!」

「ってオイ!首根っこ掴むな!」

「かかっ!まっこと愉快じゃの!今の、いや本来の主様は!」

 

その後、無線で連絡を取ったフランさんの相変わらずのドラテクにより俺たちは現場から逃亡した。神郷をついでのように持って行って。

 

「これ、子役拉致事件とかになりません?」

「大丈夫、多分な。」

「一旦才賀邸に戻るのでよろしいですね?ジャンクドッグ様とお坊っちゃまの治療、およびあるるかんの修繕を行わなくてはならないので。」

「じゃあ、話してもらうぞ。何があったのかを。いいな?アセロラ。」

「まぁ、つまらぬ話じゃがの。」

「いや、陰我とやり合った話がつまらない訳ないだろ。」

「陰我って...あの死んだ目の男が敵の親玉だってのかよ!」

「そうじゃよ。まぁ単純な話じゃ。我は神郷数多殺人計画に陰我の奴めの出てくる気配を感じ、一人で動いておったのじゃ。」

 

そうしてアセロラは語り始めた。俺の戦いの裏で起きていたもう一つの戦いの事を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

スタジオの裏、楽屋ビルの影。3キロ離れたところからスタジオを狙う火眼の死角となるそこに陰我とアセロラと呼ばれる吸血鬼はいた。

 

「かっかっかっ!やはりここに来たか、陰我よ。」

「吸血鬼、何故私が来るとわかった?」

「勘じゃ。」

「...なるほど、勘か。」

「さて、陰我よ。我は汝に話があって来たのじゃ。」

「話?」

「この世界の、約束の物語についてじゃよ。」

 

陰我とアセロラ。超常黎明期から生きる二人の怪物は、今こうして向かい合っていた。




テンションの戻ってきたメグルくんは、書いててかなり楽しかったです。やっぱコイツにはボケとツッコミがないと!
さて、スマブラ発売前にあともう一本書けますかねー。


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約束の物語

スマブラやってました(言い訳不要)

いや、執筆して消してを繰り返してたらスマブラ発売されちゃいまして、気がついたらこんなに間が空いてしまいました。

感想は、とりあえずローラーと掃除機ナーフされろとしか言えません。まだVIPじゃないので人権ないので。


約束の物語。それは陰我に与する者たちの中でも高位に居る者しか知らないこの世界の秘中の秘。

 

この世界が、何者かによって作られた箱庭であるということ。

 

「今更なんだ、吸血鬼。私たちは彼女の遺言を信じて、約束の物語を成就させる為にイレギュラーを排除する。そこに異存はないはずだろう?黎明期を、あの地獄を経験した私たちならば。」

「いや、ある。否、生まれたというべきかの。」

 

「イレギュラーを排除し、定められた運命に従えば妾たちの世界は救われる。まるで道筋を定められたコミックのようにな。」

「道化と笑うか?吸血鬼。」

「笑えるものか。貴様の選んだ未来で、心を鋼にしながら剪定した命たちのお陰で、この世界が回っておる事は長く貴様を見ていた妾にはわかっておる。じゃがの...」

 

「もう、いいのではないか?」

「...何故だ?」

「約束の物語の主人公と見ていたオールマイトはもう力を失っておる。貴様の見たオール・フォー・ワンと相打つという未来ではなく、真の姿を晒しても尚立ち向かう勇気を持って勝利する事で。」

「...いや、それは団扇巡が運命を捻じ曲げたせいだ。オールマイトはあの場で死ぬ筈で、奴の残した巨悪の種は蔓延る筈だった。真の主人公がオールマイトだとは思えない。」

「貴様、相変わらずニュースなどは嫌っておるのか...」

「未来は全て既知だ。後追いの情報などに興味は持てない。」

「それでイレギュラーを暫く見逃すなど、笑い話でしかないな。」

「全くだ。だがそれも、団扇巡と神郷数多を殺せば収束していく。元の大きな流れの中に。」

「全く、どこまでも堕ちたのぅ。陰我よ。」

 

「御堂柱間ならどうしたかなど、貴様もう忘れておるな?」

 

その言葉への返答は、抜き打ちで放たれた木の槍、挿し木であった。

それを掴み取り愉快に「かっかっかっ!」と笑うアセロラ。

 

「この程度で気を荒立てるな戯け。妾でなければ死んでおったぞ。...いや、技量のおかしいあの連中なら躱すか。」

「何が言いたい、吸血鬼。」

「妾もあやつと会うまでは貴様の側じゃったから大きな声では言えぬが、それでも思うのじゃよ。」

 

「あの日、妾たちが殺す事を選ぶのではなく救う事を選んでおったらどうなっていたかなんて事をな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

御堂柱間、享年16歳

 

超常黎明期に生まれた、ひとりの少女。

 

その性格は一言で言うなら度を過ぎたお人好し。それは関わる皆が思う事だっただろう。何せ私とのファーストコンタクトは

 

「コラー!猫と私を轢いた事への謝罪も無しか轢き逃げ犯!猫は無事だけど私超痛いんだからね!」

 

私が見ていた死の運命に支配されていた猫を身を呈して庇うなんて事をしている場面だったのだから。

 

その猫を救おうとする気にはなれなかった。当時私は両親が/既知の/事故で死に、友人が/既知の/事件に巻き込まれ殺されていた事でわかってしまったからだ。運命は変えられないのだと。自分がどう足掻いても、未来は変わらなかった。

 

だから、猫を救ってみせたその少女は怪物に見えて、化け物に見えて

 

「猫ちゃん怖かったねー、もう大丈夫!私が来た!なんつって。」

 

それらの印象を全て吹き飛ばすあの笑顔から、彼女は絶望を吹き飛ばすヒーローに見えた。自分より一つ年上の、たった9歳の女の子でしかないというのに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからの日々は、まるでジェットコースターのようだった。

 

「運命が分かる君と、運命を変えられる私が組めば天下無敵!一緒にヒーローやらない?いや、やろう!」

「人の死を見るこの目で、人を救えるの?」

「救えるよ!だってこの世界は、ヒーローが主役の世界なんだから!」

 

そんな説得に押し切られてから数年経った。本来の未来では、この近辺だけに絞っても死傷者は1000人以上はいた。それを時に戦い、時に諭し、時に騙し、時に仲間に引き込む事で、その命を救っていった。手が届かない所には、救った誰かの力を借りる事で。

 

そうして気付けば、その時代にそぐわないと迫害されていた異能持ちを受け入れる一つの集団ができていた。

 

「名付けて、ウルトラスーパーファンタスティックヒーロー戦隊軍団!」

「却下だラマ姉!盛りすぎだろ!あと戦隊軍団ってなんだ⁉︎」

「でも、盛らないとこれからの未来では埋没しちゃうよ!」

「とんなカオスを夢見てんだ!」

「えー、でもゆっくんも見れるじゃん、未来。じゃあ分かるでしょ?お姉ちゃんの苦悩が。」

「いや、そんな遠くとか見れねぇよ。世界中の誰がどんな行動をするのかって因果が折り重なって初めて未来って確定するんだぞ?人間の脳みそじゃ見た所だけしかわからねぇって。」

「じゃあ、私を見れば!...って私の未来は見えないんだっけ。」

「あと、最近じゃ吸血鬼さんとか剛鬼さんとかも見えにくくなってる。多分本来の歴史と大きく外れた行動を取ると見えにくくなるんだと思う。」

「うーん、どっちも(ヴィラン)ルートだったからねー、ヒーロー側にいるのは確かにおかしいか。」

「...だから、俺の予知に頼った人助けはあんまり長く続かないと思うよ。」

「大丈夫大丈夫!その時はその時!人海戦術とかでなんとかできるでしょ!皆なら協力してくれるだろうし!」

 

未来を知る今の私だから思う。これは警鐘だったのだと。

今まで子供でしかない私たちが無茶をしても生きてこられたのは私の未来予知でアドバンテージを取っていたからなのに。それなのにその事を深く考えてはいなかった。御堂柱間がいるなら大丈夫。そう思い込んでしまったから。

御堂柱間という太陽は、迫害されていた自分たち異能持ちにはあまりにも強すぎたのだ。

 

そうして、地獄がやってくる。

太陽ばかり見て見ることをやめていた、クソッタレな現実という地獄が。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

かつて助けた人に、石を投げられた。

かつて戦った敵が、徒党を組んで復讐にやってきた。

かつて見ていただけの人が、誰かを害する側に回っていた。

 

異能を持つ第一世代の子供達が、本格的に道を踏み外す時代がやってきたのだ。

これまで迫害されてきた子供達が、牙を剥く時代に。

その化け物を排除し、正しき人類を守ろうと子供への暴力が黙認された時代に。

 

もちろん最初は抗った。御堂柱間という太陽の元に集まった異能者たちは、人を害する事よりも守る事を選べる子供達だったから。

 

だが、そんな小さな抵抗はこの地獄の前ではあまりにも無力で、無意味だった。

 

「死ね、化け物どもが。」

 

何度そう言われたかはわからない。

 

「あんたなんか生まれて来なければよかったのよ!」

 

実の家族にそう言われ、殺されかけた。だから子供達(俺たち)は自立しなくてはならなかった。

 

次第に、後ろ暗い事に手を出すようになった仲間たちがいた。盗み、恐喝、そして殺し。

 

害意に晒された仲間たちは、害意でしかそれに向き合う事が出来なくなっていた。かつて太陽を見て正しくあろうとしていたのに、時代がそれを許さなかった。

 

そんな仲間たちを見捨てられなかったから、ラマ姉は皆を纏め直した。異能愚連隊と呼ばれる事になる集団に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

異能愚連隊の発足から数年、地元のヤクザ者との付き合いを始めた事により、俺たちは家を手に入れた。食事を手に入れた。代わりに、異能を使っての人の殺し方を学ばされた。

 

吸血鬼さんや、剛鬼さん、ラマ姉たちのような力があるとみなされた人達は、抗争に駆り出され、そして成果を上げていた。

でも、力が足りなくて死んでしまう仲間は、大勢いた。家族にすら見捨てられて居場所がなくなって、藁をも掴む思いでやってきた新しい仲間たちもいたけれど。そんな仲間たちは十分な訓練が受けられないまま抗争に放り出され、死んでいった。

 

ラマ姉が昔言っていたようなヒーローなんてどこにもいなかった。

誰も俺たちを助けてなんてくれなくて、力を振るう事でしか存在価値を見出されなかった子供達、それが俺たちだった。

ラマ姉はいつしか、未来の話をする事はなくなっていった。今の世界を見て、それがどれだけ遠いものなのかわかってしまったかのように。

あの日僕らが見上げていた太陽は、すっかり翳ってしまっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「もう大丈夫!何故って?私が来た!」

 

そんな言葉を聞いたのは、どれだけ昔の事だっただろう。

ヤクザの使いっ走りに堕ちた俺たちは、それでも恵まれていた方だと分かる。街では、常にどこかで殺し合いが起きていたから。それに巻き込まれる浮浪児童の数など国が数えるのを放棄する程だ。そんな事なく仮初とはいえ安住を手に入れられていたのは俺たちの救いといえば救いだろう。

 

でも、仲間たちは減り続け、俺たちの中で最強の戦闘力を誇っていた剛鬼さえも死んだ。生き残った吸血鬼さんは、死ねなかった吸血鬼さんはひたすらに「すまぬ」と繰り返していた。

 

これで、仲間たちは残りたったの8人となってしまった。

 

そんな時ラマ姉が言った。「もう、逃げよう」と。

 

ラマ姉に別の組織から裏切りの打診があったのだそうだ。それに乗れば、磨り潰されるだけの今から抜け出せるかも知れないと。

 

ラマ姉の語った、久しぶりの夢の話だった。

 

でも、子供だけのそんな企みは大人にはお見通しで。ラマ姉と吸血鬼さんは張り付けにされて動けず、俺たちも縛られて。見せしめに若い順に拷問されながら殺されていった。

 

自分以外の皆が死んで、あれだけ頼りになった自分の異能ではもはや何も見えず、もうどうしようもないと死ぬのを覚悟したそんな時に、敵組織からの奇襲があった。

 

「財前組の討ち入りだ!御堂と吸血鬼を出せ!」

「なんでこのタイミングでッ⁉︎糞、御堂たちは出せない。逃げるぞ!敵の異能部隊に太刀打ちできる駒はねぇ!」

 

そうして放置される俺たち。

抗争の音を尻目に、ラマ姉たちに這って近づく。そして貼り付けている縄をひたすらに噛み、噛み、噛んだ。ラマ姉を助けたくて、でも意味はなかった。俺の無力さが本当に殺したいほど憎かった。

 

ラマ姉は、「死んだ、皆死んだ、私のせいで」とただひたすらに繰り返していた。ラマ姉は、俺たちの太陽は終わっていた。

 

その後、財前組の若衆に救助されるまで、ひたすらにラマ姉は呟き続けた。壊れたメトロノームのように。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

財前組の人達は、俺たちに優しかった。不器用だが暖かくて、それを味わえずに死んでしまった仲間たちが不憫で仕方なかった。

 

ラマ姉は、塞ぎ込んで動かない。

吸血鬼さんは、財前組の異能部隊に入りあの日の復讐の為に動いていた。

俺は、どっちつかずだった。ラマ姉の側を動けず、復讐の念も捨てきれない。

未来を見る筈の俺の個性は、とっくの昔に俺に真実を伝える事はなくなっている。その未来が見せる俺は、浮浪児童の一人としてただ絶望の中に生きているだけだった。

 

もう、限界はとっくの昔に超えていた。それでも狂わずにいられたのはきっとラマ姉を、御堂柱間という(ヒト)を助けたいという男のちっぽけなプライドからだったのだろう。

 

そんなギリギリの状況の中で、財前組の人と話したこんな会話が記憶に残っている。

 

「坊主、ここでの暮らしはどうだ?」

「あったかくて、居心地が悪い。」

「...ま、そんなもんか。」

「うん。俺たちに良くしすぎてて気持ちが悪いってのもある。」

「...まぁ、俺たちがお前たちに甘いのは単純な理由だよ。組長の息子がな、異能持ちらしいんだよ。触った物を動かなくするって力だ。」

「...それなら安心だよ。姿形が人じゃなくなる異能もあるから。剛鬼さんみたいに。」

「そんな連中は社会にゃ溶け込めねぇってか。世知辛いねぇどぉも。」

「でも、異能持ちかもしれないって疑われたら終わりだ。人は寄ってたかって殺しに来る。化け物は人じゃないから。」

「だから、お前たちはこんなとこにいるって訳か...」

 

「なぁ、提案つーか相談なんだが、俺はこの地域をちょっとでも異能持ちに優しい地域にできねぇかって考えてる。その為にゃあ何が必要だと思う?」

「...それ、小卒の奴に聞く事?」

「だってお前、頭悪くねぇだろ?」

「じゃあ一応言うけど、多分無理だぞ。」

「...言ってみろ。」

「太陽が必要だと思う。皆の心をあっためてくれる太陽が。異能持ちはずっと迫害されてきたから、陽だまりに居たいんだよ。」

「そりゃ、日陰者のヤクザにゃあ無理だわな。しゃーなし、あの提案受けるか。今は治安の安定化が最優先だ。」

「...あんた、偉いのか?」

「おう、そこそこな。」

 

その男が、財前組組長だと知るのは大分後になってからだった。ヤクザにしては優しいこの不思議な場所は、この人が作り上げていたのだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから、しばらくは平穏な時間が過ぎていった。

大きな戦いもなく、安穏とした暮らしがあった。

 

そうしてラマ姉は、少しずつ正気を取り戻していった。

悪夢にうなされる事は毎日で、突発的に取り乱す事もよくあったが、少しずつご飯を食べるようになっていた。

 

長い時間がかかるとしても、ラマ姉はやり直せる。そう思った。

 

そして回復したラマ姉は、ある事を言い出した。

 

「死んだ皆のことを、伝えに行こう。皆の本当の家族に。」

 

ラマ姉はまだ傷を負うつもりで、でもそうしなければラマ姉は前に進めないのだとわかって泣きそうになった。

 

そして、電車に乗って元の街に戻ろうとした時に、出会いがあった。

 

「あら、あなた柱間ちゃん?」

「...あなたは?」

「覚えてないかー、まぁ柱間ちゃんが助けた人っていっぱいいるもんね。」

 

その女性は、隣の椅子に子供を一人乗せた主婦だった。こんな時代でも強い、母の姿だった。

 

「助けてなんてないですよ、全部無駄だったんですから。」

「...無駄じゃないわ。あの日助けてくれなきゃ私はこの子と出会えなかったんだから。」

「...え?」

「この子、私が柱間ちゃんに助けられた時にはもうお腹にいたの。貴女が助けた命は、明日に繋がっていたの。それって、とっても素敵じゃない?」

「...でも!私のやった事は全部間違ってて!私が出しゃばらなきゃ皆はまだ生きてるかも知れなくて!私は、私は!」

「こーら。」

 

取り乱したラマ姉を見て、女の人はラマ姉を優しく抱きしめた。

それがさも当然であるかのように優しく、暖かく。

 

「何があったかなんて聞かないわ。でも、女の涙をそんな簡単に見せちゃダメ。男の子が近くにいるならなおさらね。」

「私は、私は!」

「貴女が私を救ったから、私は貴女を抱きしめられる。この暖かさだけは絶対に間違いじゃないの。それだけは忘れないで。」

「...はい。」

 

そうして、昼時の人の少ない電車の中でラマ姉は一つの転機を迎えた。

俺はそれを、本当に憎む。

 

ラマ姉が助けた事で生まれたその少年は、異能持ちだった。

それを発端に災厄が始まる。この時代ではごく当たり前に起きる災厄が。

 

男がやってきた。ガラの悪い男が。携帯とラマ姉の顔を見比べながら。

 

「おい手前、異能持ちだな?」

「だったら?」

「化け物が人様の電車に乗ってんじゃねぇよ!ここは人間のための電車なんだよ!」

「貴方!異能のあるなしで人を判断するなんて、どれだけ器が小さいの!この子は、異能を人の為に使える優しい子よ!」

「うるせぇ!こいつはリストに載ってるんだよ!人死にを出した異能持ち集団の一員だってな!」

「出鱈目を言わないで!」

「そんなに庇うって事は、お前も異能持ちの仲間だな!」

「ええ!私は柱間ちゃんの味方をする、ただの主婦よ!」

「じゃあお前もだ!」

 

男が懐から何かを取り出し、女の人に突っ込む。

 

「...え?」

「まず一人目だ。次ぃ!」

 

血に濡れたナイフが、ラマ姉に向けられる。

 

だが、それがラマ姉を貫く事はなかった。

 

「...お母さん?」

 

現実を受け止め切れない男の子が、異能のトリガーを引いた。

その想いはなんのかは今となってはわからない。悲しみなのか、怒りなのか。

 

紫煙が、走る電車内に広がる。

 

「...まさかこのガキも、異能持...ち...」

 

車両にいた人が次々と倒れていった。俺も例外ではない。

例外なのは、強靭過ぎる生命力を持つラマ姉だけだった。

 

「毒、ガス!」

 

苦しみを抑えて踏みとどまるラマ姉。電車の非常停止ボタンを押そうか迷って、やめた。この状況を止める方法は一つしかないからだ。

 

「少年!異能を止め...嘘、気絶してる。」

 

薄れ行く意識の中で、それでも今だけは絶対に意識を手放してはならないという覚悟から目だけは閉じない。それが、力を持たなかった自分にできる唯一の戦いだから。

 

「この車両にいるのは20人前後、どれくらいで死ぬのかは不明。どうするか選ばなきゃ。このままじゃ、ゆっくんまで死んじゃうッ!」

 

そうして悩む事数秒、ラマ姉は昔のような暖かい目に戻って俺の目の前にやってきた。

 

「私、やっぱりヒーローには向いてなかったのかなぁ。多くの人より、大切な人を優先しちゃう。ゆっくん、聞いて。」

「なん、だよ。ラマ姉?」

「私、ゆっくんに酷いことする。でも、忘れないで。」

 

「この世界は、とある少年がヒーローになるまでの物語の世界なんだ。だから、きっと世界は救われる。だから希望を捨てないで。」

「...それ、いつの話だよッ!」

「未来の話。まぁ何百年後かはわからないんだけどね。」

 

ラマ姉は、俺の体に手を触れながら何かを流し込んできた。最後に「君に会えて良かった」と言い残しながら。

 

その痛みで、俺は気を失った。

 

そして、眼が覚めると俺の体には彼女の顔が浮かんでいた。

彼女の服だけが、近くに落ちていた。

 

わかってしまった。体に流れるエネルギーと拡張された脳が示す、世界の因果が見えるという事から逆算して。

御堂柱間という少女は、俺なんかを生かすために命を投げ捨てたのだと。

 

心が、凍った。

 

俺の為に命を捨てる意味がわからない。だが、救われたからには何かを残さなくてはならない。

 

紫煙はまだ広がっている。電車は止まっているが、これが毒ガスである事は分かっているのだろう。その毒ガスを止める方法は、俺にはある。

 

「運命が見えない。お前も、俺も、外れている。」

 

少年の首を手をかける。異能を止める方法は他にない。

 

ずっと自分だけ手を汚さないでいる事に引け目を感じていた。ラマ姉たちは、俺が手を汚さないでている事に誇りを感じていたのかもしれないが

 

それも今、終わる。

 

「何百年後かわからないなら、1000年未来を繋いでやる。いつかこの世界が救われるまで。どんなことをしてでも守り抜く。それができる力は、(ここ)にある。だから。」

 

「その礎として死ね、少年。」

 

首を折ったその感触が、俺に覚悟をくれた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これは超常黎明期に、ごく当たりに起きた事件であった。

 

だが、本来の運命ではこの事件は発生しない筈だった。

 

運命の外側にいる者達は、運命を変えることができる。

 

ラマ姉があの女性を救わなくては、あの少年は生まれることはなかった。あの少年がいなければ、ラマ姉が命を捨てるような事は起きなかった。

 

運命から外れ、力を得た俺には分かる。

 

この世界は、外れた者たちの影響が多すぎる。修正しなくてはならない。正しき運命の先に待つ、約束の物語へと至る為に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「汝は、殺す事を選んでしまった。それが柱間の望みとは異なる事を知りながら。妾もそれに同調してしまった、それが柱間のためだと言い訳をして。じゃがの、人を殺して世界を守ったのだと、妾達は誇って言えるのか?守った先にいる子供達に。」

「さぁな。私たちが世界を守ったことなど、世に残す必要はない。」

「残るさ。妾達の投げた小さな波紋が団扇巡という少年を生み出してしまったのだから。...あやつ、妾が気まぐれに逃した子の息子で、妾たちが手心を加えた財前組に買われた事で難を逃れたのじゃぞ?なんたる奇縁かと笑ったものじゃ。」

「...そうか。」

「そうじゃ。」

 

陰我の纏う雰囲気が変わる。戦闘態勢を取ったのだ。

 

「団扇巡は俺たちが産んだモンスター、そう言いたいのか?」

「そう言うには、余りにも甘すぎるがな。」

「まぁ、いいさ。」

 

「殺せば、同じだ。」

「死なせんよ。あやつは妾の恩人じゃからな。」

 

瞬間、アセロラの立つ地面が爆ぜた。ただの脚力による高速接近である。それに対して、陰我は()()()()()()

 

「何を呑気な!」

 

鋭利な爪による斬撃が陰我を襲う。そのままではいくら不死身の柱間細胞を持つ陰我とて、ただでは済まないだろう。

 

()()()()()()()()()()()()

 

爪は、陰我の肌を傷つける事なく、見えない何かに阻まれて止まった。

 

「何ッ⁉︎」

「使えるな、仙術とやらは。」

 

陰我の目には、隈が現れていた。

それを知る者は言うだろう。それは自然エネルギーを体内に入れた事による仙人モードの証であると。

 

「貴様、外法に手を染めたかッ!」

「いや、あいにくとただの技術だ。」

 

陰我は、距離を取ろうとしたアセロラに対して近付き、拳を放った。

それを回避したアセロラは、またしても見えない何かに殴りつけられて吹き飛ばされた、日の当たるビル陰の外へと。

 

「これで終わりだ...ッ⁉︎」

「終わりはせん!物凄く痛いんじゃがな!」

 

本来の吸血鬼性を持つアセロラだったのなら太陽の下に出た時点で動けなくなるほどの激痛が走ったであろう。だが、アセロラは長年に渡る生きた木による拘束により、自然への慣れが生まれたのだ。

 

「一手先んじたぞ、陰我!」

 

そうして、アセロラは自身の影から得物を取り出した。

焼夷手榴弾である。

 

「焼けて爛れて、死に晒せ!」

「...チッ!」

 

爆音が鳴り響く。

 

超常黎明期からの技術革新により、瞬間的に一万度の高温すら出せるほどのものだ。木を使う陰我には効果があるだろう。

 

そう思って、以前から用意していた切り札だった。陰我という化け物を確実に殺す為の、アセロラという吸血鬼の切り札だった。

 

そしてそれは

 

「木鎧」

 

ただの木の鎧によって防ぎ切られた。

 

「...貴様、ちと冗談が過ぎるんじゃないか?」

 

残る策は一つしかない。しかし、それが通用するかどうかすら今のアセロラには分からなかった。

 

陰我(コイツ)はもはや、自分を超えた化け物だ。

 

「アセロラ、来たぞ!」

「なんだこの惨状、敵の個性か?」

 

「才賀!フランシーヌ!ジャンクドッグ!逃げてこの事を主様に伝えろ!陰我は以前と次元が違う!」

 

「であれば、する事は一つではありませんか?」

「だな。」

「全く、お人好しが多いねぇ。」

 

コイツを倒してアセロラを救う。そう決めて戦うことを選ぶ3人の人間。

 

その瞬間、背後の撮影スタジオが炎に包まれた。

 

「たく、今度はなんだ!」

 

そう意識が他所に向いた瞬間、殺せば死ぬ3人に向けて挿し木が放たれた。反射的に躱す才賀とジャンクドッグ。あるるかんで防ぐフランシーヌ。

 

「驚いた。今のを躱すか。...これは、侮っていたな」

「あるるかん!」

 

個性、糸を使いからくり人形あるるかんを操り陰我を襲うフランシーヌ。だが、その攻撃は囮。本命はあるるかんの背に隠れて攻め入る才賀とジャンクドッグだ。

 

「いかぬ!今の奴に近寄るな!」

「あいにくと、近づかねぇと何もできねぇもんでな!」

 

あるるかんの大振りの攻撃を容易く受け止める陰我。左右に分かれて攻め入る才賀とジャンクドッグを木鎧からの挿し木で迎撃する。当然のようにそれを避けようとする二人だが、見えない何かがその動きを阻んだ。

 

だがそれでもどこに障害があるのかを瞬時に判断して二人は回避行動をとった。ジャンクドッグは個性、引力を発動し自身に向かう挿し木を逸らし、才賀は障害となっている見えない何かを使って体勢を崩すことでだ。

 

だが、どちらの行動も意味は無かった。挿し木はその方向を変え、フランシーヌへと襲いかかったのだ。

 

「フラン!」

 

「御安心を!この程度なら!」

 

あるるかんと繋がる糸を切り離し回避行動を取るフランシーヌ。しかし三度挿し木は方向を変え、フランシーヌの持つ無線の親機を破壊した。

 

「これで、奴は現れない。」

「コイツ、何故無線の位置を知っていやがった⁉︎」

「...そういう個性じゃ。因果を逆算してあらゆる事を知る。奴の戦術の基本じゃよ。」

「ついでにこの厄介な人形も、壊させて貰った。」

「何を馬鹿な、あるるかんは強化カーボン製、そうやすやすは...あるるかん⁉︎」

 

あるるかんはその動きを止めていた。見た目には壊れた箇所はない。だが糸の力があるるかんに伝わらないのだ。

 

「内部構造を破壊した。人でないものの中ならば伝わるのがこの力だ。」

「さっきの見えない力か...面倒だねぇ。」

「...仕方ありません、あるるかんを失った私は足手まとい。人を呼びに行ってきます。」

「...確かに、火事が起きてんのにヒーローの到着が遅い、なんかされてんな。...頼むわフラン。流石のあいつも火攻めはどうしようもないだろ。」

「逃げるなら、貴様ら全員にしろと妾は言いたいのじゃがな。」

「そいつは無理だぜアセロラ!」

 

「仲間を見捨てて行けるかって話だよ!」

「...かかっ!黎明期より生きる吸血鬼たる妾を仲間と呼ぶか!誠に面白き者達を集めたものじゃのあやつは!」

 

痛みを堪えて立ち上がるアセロラ。

見えない力は驚異だが、やりようはあるだろう。細かい事は戦いながら考える。それが長きを戦いの中で生きた吸血鬼の戦闘スタイルだ。今更変えようはない。

 

「才賀!ジャンクドッグ!妾が前に出る、隙を見て動け!」

 

日の中より陰我へと高速で攻め入るアセロラ。吸血鬼としての身体能力は心臓を失って尚驚異的であった。

 

まずは一手目、勢いを乗せたただの拳。見えない何かに阻まれ陰我に届かなかった。だが、陰我の足元に力強く踏み止まった跡が出来た。見えない力は陰我と繋がっている。

 

二手目、ただの拳。見えない何かに阻まれ陰我に届く事はなかった。だが力は深く伝わったようだ。陰我の体は少し沈んだ。

 

三手目、ただの拳。陰我の足は地面を割り、木鎧の表面にヒビを入れた。

 

四手目、ただの拳。ようやく、陰我の体へと拳が届いた。

 

五手目、全力の拳。陰我はようやく防御行動を取った。

 

その瞬間に二人の男は動き出した。歩法によって高速接近した二人は、ガードをしようとした陰我の腕を一本ずつ弾き飛ばした。

 

そして、無防備になった所に拳が突き刺さる。陰我は吹き飛び、楽屋ビルの壁へとめり込んだ。

 

そして、そこに踏み込んだ三つの拳が突き刺さる。楽屋ビルの壁を破り、陰我は吹き飛んでいった。

 

反撃の木鎧のパージを合わせてだったが。

 

「チッ、いいの貰っちまった。」

「俺もだ。だが、まだ動けるぜ。」

「かかっ、やせ我慢も大概にせい人間。流石の陰我もあのダメージの修復には時間がかかる。その時間があれば十分殺せ...ッ⁉︎」

「いや、殺すな...ッ⁉︎」

 

3人は見た。まるで逆再生のように瞬時に治っていくその奇妙な身体を。

 

「これで終わりか?なら、次は私の番だな。」

 

かかった時間は1秒すら経っていないだろう。その時間があれば致命傷すら直してしまう。それが今の陰我だった。

 

「奴を殺すって、どうやるつもりだったんだ?アセロラさんよぉ。」

「流石に、あんなのは想定しとらん。生き物として死ぬべきじゃろ今のは。」

「心臓失くして生きてるあんたが言うなよ、それ。」

 

絶望的な戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから30分程、戦いは続いた。

否、戦いとは呼べないだろう。一方はひたすら陰我の攻撃を躱していくので精一杯だったのだから。

 

それでも驚くべき事ではある。陰我自身とて想定していなかっただろう。吸血鬼たるアセロラはともかく、ただの人間である二人の男が30分もの間戦い続けていたなどという事は。

 

もちろん、二人は無傷ではない。陰我の見えない力を使っての打撃でダメージは受けている。

だが、倒れない。強大な者に対して、勝ち目もないのに戦い続ける。それはまさしく英雄の姿だった。

 

だが、体力という人間としての限界が二人を襲い、ジャンクドッグは肩に、才賀は腹に致命の傷を貰ってしまった。

 

それを見て、アセロラという吸血鬼は決めた。

 

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「才賀、ジャンクドッグ、この階に人を近付けるな。これより妾は切り札を使う。」

「んなもん、あるなら、さっさと、使え!」

「妾は、人としての妾を捨てる。見境なく人を襲い始めるじゃろうから、妾から人を逃してくれ。」

 

その目を見て、二人の男は彼女の決意の重さを知った。

 

「行くぞ才賀。覚悟を決めた奴を止めるってのは野暮だ。それに...俺たちはもう戦えねぇ。」

「クソッ!わかったぜアセロラ!思いっきり暴れやがれ!」

 

二人は、アセロラを一度見て、それから振り返らずに階段を上がっていった。

 

「さて、待っていてくれて感謝するぞ陰我よ。それがそなたにとって必要な事だとしてもな。」

「流石に気付くか、吸血鬼。」

「力のチャージ時間じゃろ?短いが、そなたが全く動かぬ時があった。その隙を突けぬように上手く立ち回られたがの。」

「その弱点はあまり知られたくはないな。今度お前を縫い止める時は口も止めることにしよう。」

「かかっ!安心せよ、陰我。語る口など、もはやなくなる。」

 

その瞬間、アセロラは心にしていた大きな鎖を外した。

自己暗示による衝動の抑制を。

 

黎明期、御堂柱間という少女に引き戻された吸血鬼は、今御堂柱間の残り火を殺すためにその力を解き放った。

 

ただ、人から血を吸い殺す鬼としての。封じていた自分の力を。

 

「...来るか、吸血鬼!」

 

返答はなかった。語る口など持ち合わせてはいないかのように。ただ最短最速で目の前の人間の血を吸うために走り出した。

 

その速度は、運命を見るだけの陰我だったなら対処しきれなかっただろう。ただ速い、それだけで数多の技術を凌駕していた。

 

感じて、躱して、殴る。

感じて、躱して、殴る。

感じて、躱して、殴る。

感じて、躱せなくて、防ぎ、殴る。

 

今の一撃で、再展開していた木鎧を砕かれた。

 

肉が露出した、血が流れてる。それは、気合いで抑制していた吸血衝動を解き放った今のアセロラにとってはご馳走だ。当然のように飛びつき、噛み付いた。

 

力が、吸われるのを感じる。

命が、吸われるのを感じる。

 

これが、吸血。超常黎明期にて、2000人以上の人間を吸い殺し、ひとりの勇者によって倒される筈だった化け物の切り札。

 

彼女と交わる事で、踏み止まれた最後の一人の力。

 

「ッ⁉︎」

 

このままでは血を吸い尽くされて殺される。そう判断した陰我は体内に木を生成し噛まれた右腕へと血の流れを止めた。

 

だが、それでも命が吸われる感覚は止まらなかった。

 

彼女の力の由来を知る者なら言うだろう。

 

吸血(エナジードレイン)。それは、命を吸う力なのだから。

 

陰我は、もはやこれまでと残った力で。右腕を切り落とそうとした。

 

だが、それより少し早く命が吸われる感覚は無くなった。

 

吸血鬼の体が、石となっていたからだ。

 

「...どういう、事だ?」

 

少しの間動きを止めた後、吸血鬼の頭を砕いて様子を見る。

 

感覚的にしかその力を扱えていない陰我には知るよしもなかった。

 

自然エネルギーを迂闊に扱うと、石となり朽ち果ててしまうのだという事を。

 

それは、陰我という化け物が自然エネルギーを扱う事に関して1000年に一度の天才である事がもたらした、あっけない幕切れだった。

 

「さて、一仕事終えてから上に行くか。」

 

そうして陰我は吸血鬼への警戒を解いた。因果の逆算により感知した中に、一階に残っている人間がいる事が分かっているからだ。

この戦闘を見られていたら厄介だ。今回の作戦では、自分はあくまでサブなのだから。

 

まぁ、通報もできない今の環境ならば大したことはできないだろうが、念のためだ。

 

近くのロッカーの中でうずくまっていたツノの生えた少女を確認し、その命を奪うために挿し木を放とうとする。

 

だが、アセロラは未だ死んではいなかった。石となり砕かれた分の力を無くしても、残った力で肉体を再構成したのだ。

 

そして吸血鬼の本能として人に襲いかかり

直前に見た少女の泣き顔を見て

張り付けられ、身動きも取れず、しかし暖かかったあの日々を思い出し

 

アセロラは、その身を少女の盾とした。

 

「...今の一瞬、俺を殺せる最後の隙だったというのにそちらを選ぶか。」

「妾も、驚いておるよ。」

 

体の中から爆ぜるように成長する挿し木を無視して、少女に笑いかける。もう大丈夫だと。

 

返答を待たずに自身の影の中に少女を入れる。これで、自分が死なない限り少女は生きていられるだろう。

 

この身体で、吸血鬼としての不死身性がどこまで残っているかは問題だが、まぁそこは気にしてもしょうがない。今アセロラに取れる少女を助ける手段はそれしかなかったのだから。

 

「さて、汝は妾を殺せるか?陰我よ。」

「さぁな、だがやるだけやるさ。」

 

そうして、13本もの命を吸い取る樹木を差し込み、完全に力を失った状態のアセロラを見て止めとなる大木を生み出そうとした時、陰我は、この階に火が回る事を知覚した。

 

それは、作戦失敗の合図でもあった。

団扇巡は、完全に死ぬ筈だったあの状況をひっくり返したのだろう。

またしても。

 

「...別のプランが必要だな。まずはなぜこの作戦が失敗したかの再検討だ。」

 

そうして、どうせもう死ぬのだからとアセロラを放置し、砕かれた壁から外へと出て行った。

 

「かかっ、あやつよほど主様の力を警戒しておるようじゃの。全く意味のない事を。主様が強いのは、ただ強いからだけではない。復讐を心に決めてもなお失われぬ、只人の優しさがあるからじゃというのに。」

 

「じゃから、主様は勝つのじゃよ。妾や貴様のような化け物に、人間として。」

 

そうして痛みに意識を支配されつつも、何故か不安はなくアセロラはただ待った。

 

助けに来るであろう、ひとりのヒーローの事を思って。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ざっとこんな感じじゃ。」

「...仙人モード相手によく生きてたな二人とも。」

「仙人モード?」

「ああ、動かない事で周囲の自然エネルギーを取り込む技術の事だ。目に隈が現れてたろ?それが証だ。」

「あの化け物、仙人だったのかよ。」

「して、主様は何故そんな力を知っておるのじゃ?」

「異世界由来の技術だからな、それ。」

「異世界より生まれ出ずる稀人、それが主様たちイレギュラーということか。」

「まぁ、そんな所だ。」

 

才賀とジャンクドッグの治療をしながらアセロラの話を反芻する。さて、神郷の光で強くなったとはいえ、仙人モードに勝てるだろうか。

陰我は、俺と正面からやり合う気は無いのだろう。恐らく、正面からやり合ったら何が起きるかわからないという事から。

 

俺はあの日の戦い以来陰我に情報が伝わる形で右目の力、天鳥船使っていない。それを警戒しているのだろう。仙人モードであっても殺されるかもしれない。そう考えて。

 

「しっかし、どうしたもんかねぇ。」

「すまぬ、主様よ。主様を惑わせるつもりはなかった。じゃが、伝えなくてはならぬと思ったのじゃ。今の主様を見ておったら。」

「ああ、陰我がただのクソ野郎じゃ無いってことは知ってる。あいつの拳は重かったから。...ま、今まで見ないようにしてたんだが。」

 

心が何故すっきりとしたかは、まぁ考えないようにしておく。膝の上に乗って寝てる馬鹿を見ていると、別にいいかなと思ったからだ。

 

「俺がどうしたもんかって言ったのは、奴の殺し方だよ。いや、死ぬのかあれ。ダメージ負って木になった所を焼くくらいしか思いつかないんだが、多分焼いても生き残るだろうし、そもそも仙人モードじゃあ木になるようなダメージにならないだろうし。」

「主様、それで良いのか?奴を殺せるかもしれぬ千載一遇のチャンスを不意にしたのじゃぞ?」

「いや、今戦ってたら俺死ぬわ。仙人で木遁てことはいざって時にゃアレが出てくる訳だろ?んなもん対処出来るか。」

「アレ?」

「でっかい木の仏像、出されたら問答無用で死ぬ。」

「...どれくらいじゃ?」

「わからん。」

「適当じゃのぉ主様の知識は。」

 

「そういや聞きそびれてたんだが、この世界が物語の世界だってのは本当か?」

「ああ、一応な。まぁ、陰我が世界観ぶっ壊したせいでわりと意味不明になってるけど。一応物語の本筋は変わってない。この世界は、出久がヒーローになる物語だよ。」

「待て!主様、なんと言った⁉︎」

「出久がヒーローになるまでの物語って事か?」

 

アセロラは、何かを思い悩んだ末に一言言い放った。

 

「約束の物語は、始まっておったのか...」

 

ぼんやりとしかなかった陰我たちへの違和感が、形になった瞬間だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フランさんの運転する車に乗って、才賀屋敷に着いたのが午後7時

 

「あー、着いた!畜生、血を流しすぎてぼーっとしてきたぜ。」

「肉食って血作らねぇと戦えないなこれは。」

「妾もじゃ。久々に気疲れしたからドーナツが食べたくて仕方ない。」

「無事なのは、団扇様と私だけのようですね。」

「激戦だったからなー、今回は。でも陰我達に時間を与えたくない、休息は最小限にしないとな。...あれ、これ結構塩梅難しくね?」

 

クスリと皆が笑う。笑うくらいなら意見を出せや者共め。

 

「所で、私についての連絡ってしました?」

「ああ、シャットアウトされてなきゃナイトアイにメールが届いてる筈だ。後は向こうがなんとかしてくれるだろ。」

「じゃなくて、ペルソナを失ったって方の。」

「...いや、傍受されるとまずいからな。それは自分の口で伝えてくれ。」

「めんどくさいですねー。私、いざって時は自力で逃げられるからって警備軽くしてもらってたんですよ?」

「自業自得じゃねぇか。厳重に警備されてろ。」

 

そんな会話をぐだぐだしつつ屋敷の中に入る。そうして通された先では、ナイトアイ事務所の3人が紅茶を飲んでいた。

 

「あれ、ナイトアイどうしたんです?」

「いや何、今日の事件の規模を考えると休息を取るだろうと踏んでな、待ち伏せさせてもらった。」

「なるほど...じゃあ、俺はこれにて。ちょっとアレがアレしてアレなんで。」

「逃げる必要はない。私はお前を捕まえに来た訳ではないからな。」

「...じゃあどうして来たんですか、無法者の溜まり場に。」

 

「雄英に危機が迫っている。手を貸せ、無法者(イリーガル)

 

ナイトアイからその事実が伝えられた事が、俺の最後の分岐点に繋がる事件の始まりだった。




これまでに分岐点は色々ありました。でも全部のifルートとか考えるだけ頭痛いのでご想像にお任せします。


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文化祭編
雄英高校文化祭襲撃計画


ピット君でVIP入りしたは良いがVIPで勝った事はない。そんな実力の作者です。悲しいなぁ!
VIPってマジで魔境です、これを維持できる人は多分ナニカサレテル。


その始まりは、唐突なものだった。

 

神郷数多達のいる撮影スタジオのある都内某所、そこへの連絡が付かなくなった事という事をバブルガールがSNSで発見したのだ。

それは、高度に情報化された社会においてあってはならない事件だ。すぐに現地にいる警察へと連絡を入れるも繋がらない。

 

そうしてすぐに移動をしようと動き始めたナイトアイ事務所の面々は、しかし肩透かしに終わる。

警察からの連絡が入ったのだ。想定されていた殺人計画は起こり、それは既に解決したのだと。

 

倒壊した撮影スタジオと、炎上した楽屋ビル。それにも関わらず死傷者はゼロ。紛れ込んでいたとある無法者達(イリーガルヒーロー)が時に身を挺して、時に電光石火の早業で、命を救い、守りきったのだと。

 

そんな連中の心当たりなど一つしかない。また奴らだ。

ため息をつきつつもとりあえず次に繋がる行動を取ろう。神郷数多を殺そうとする刺客は、未だ絶えた訳ではないのだから、護衛の人手は必要だろう。そう思い指示を出す。

 

「センチピーダー、目的地を変更だ。今回のような大事件を無傷で終えられたとは思えん、治療の為拠点に戻る筈だ。行き先は『才賀屋敷、だよね?』」

 

そして、その指示は自分のスマートフォンから流れ出た声に遮られた。

 

『こんにちわ、サー・ナイトアイ。わたしは今回の襲撃の指揮官だよ。』

「...なるほど、報告にあった電子機器にダイブする個性か。私の端末のジャックしていたのだな。」

『うん、動いてるヒーローの中で一番核心に近いのはあなただから、一応見てたの。で、良いこと思いついたからメッセンジャーになってもらおうかなーって。』

(ヴィラン)の言う良いことか、笑えんな。お前はユーモアを磨くべきだ。」

『うーん、ユーモアなんて考えた事なかったなー。』

 

『まぁいいや。あなたに伝えて欲しい事は単純、これから雄英の文化祭を襲撃する事にしたの。団扇巡の力を正確に測るために。』

「...雄英はヒーローの巣窟、団扇が行くとは思えないが。」

『行くよ。団扇巡は人死にを嫌うから、私の言う事には逆らわない。まぁ、それでも無視される可能性はゼロじゃないから直接言ってないんだけどね。あ、ナイトアイさんが団扇巡一党以外に伝えた場合でも起動させるから、文化祭の日よりも人死には出ないだろうけどそれでもすぐに何人かは殺せるんだよ、わたし。』

「...一体何をする気だ?」

『敵味方識別信号と、安全装置のジャック。』

「貴様、雄英の警備システムで人を殺させるつもりかッ!」

『うん。でも、団扇巡が来てくれるならそれを少し待ってあげようかなーって。見たいのはあくまで団扇巡の本当の実力であって生徒達の死体じゃないから。』

「...それを何故、私に伝えた?」

『団扇巡は、意味がわからないから。』

 

『今回は、確実に殺せる筈だったの。わたしは見てたから、団扇巡の実力を。でも、生き延びた。誰も死なせる事もなく。...団扇巡は、計算では計りきれない。あんなのズルいよ。』

 

その言葉を聞いて、ナイトアイは気付いた。

 

この少女は、恐れているのだ。計算を超えてくる団扇巡の底力を。

Plus Ultra というヒーローの精神を。

 

「いいだろう、伝えてやる。だが、団扇巡の実力を測ったところで無駄かもしれんぞ?」

『かもね。正直後は陰我をぶつけるしか手はないし。国内のほとんどの戦闘員は使い切ったからねー。後は小粒ばっかりだよ。』

「そういう事ではない。」

 

「団扇は、お前が測定した強さよりも強くなる。」

『...そうかもね。団扇巡のソレ、その強くなるの原因を解明しないと、陰我ですら負けるかもしれない。 』

「こんな単純な事がわからないとは、陰我の組織もたかが知れているな。」

『答えがわかってるなら教えてほしいものだけど、まぁいいや。じゃあ、伝えたから。』

 

その言葉を最後に画面から少女の姿は消えた。

 

「どうするんですか、ナイトアイ!雄英になんとかして伝えないと!」

「雄英の警備システムを掌握するような奴相手にか?下手な行動は下策だ。この会話とて聞かれているに違いない。...癪だが、向こうの提案に乗るしかないようだな。」

 

などと言いつつ筆談でバブルガールに合流地点と雄英に偽名で手紙を出せとの命令を伝えるあたり、サー・ナイトアイはただでは転ばない。

 

「「了解です、ナイトアイ。」」

 

そうして少しの寄り道の後、才賀屋敷へと一行は向かったのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「とりあえず、こんな所だ。」

 

筆談を交えての会話はそんな内容だった。いや、伝えるなって言われてからさらっと連絡入れるとかこの人流石だよ本当に。

 

「...雄英の警備システムってアレ相当ですよ?警備用のエグゼキューターとかヤベーの知ってますから。なんでそれを俺が倒せる前提になってるんですか、2割くらいで死にますよ俺。」

「8割勝てるのか...」

「まぁ今の俺なら火力の確保は出来ますからね、どっかの誰かのお陰で。」

「そうですね!どっかの誰かさんには感謝しないといけませんね!メグルさん!」

「ホントニナー。」

「棒読みッ⁉︎」

「貴様ら、唐突に漫才を始めるな。」

「いや、出来る事はもう決まってますしいいんじゃないですか?」

「ほう、言ってみろ。」

「俺とナイトアイ事務所の誰かが雄英に行って、残りは神郷の護衛でしょう?現状俺たちの中で動けるのは俺だけ、戦えるのも俺だけです。護衛は必要でしょう。神郷の近くから護衛を剥ぐのが目的かも知れないんですから。」

「...随分と慣れているな、無法者。」

「いやー、生傷の絶えない旅路だったもので。」

 

無言で頷く才賀とジャンクドッグ。近接担当は無茶したものだ。いや、流れ弾による傷とか多いのよ。

 

「それでは、バブルガールとセンチピーダーを護衛に置いておこう。この家の警備と合わせれば敵襲があっても対処は可能だろう。明日早朝からはエンデヴァー事務所から増援が来る。何も問題はない。」

「じゃあ、雄英に行くのは俺とナイトアイだけって事ですか...大丈夫です?戦力的に。」

「現地で協力を取り付ければ問題はあるまい。雄英のヒーローは優秀だ。」

 

確かにそうだ。なら、急いで行く必要は無い。

とすると、一つ策が思いついた。

 

人の集まる文化祭のパニックに警備ロボが暴れるよりも、格段に安全になる作戦を。

 

「...なら、ちょっと俺は別行動していいですか?」

「ふむ、なにか用事でもあるのか?」

「ちょっと紅茶が恋しくなりまして。」

 

筆談で理由を書けと言うナイトアイ、それに少しダーティな策があるとだけ返す。もっと詳しく言えと目で訴えてくるが、多分ナイトアイでも止めにくるだろうからここは言わないでおく。

 

「...仕方ない、合流はどうする?」

「現地でお願いします。じゃあ、急ぎの策なんで行きましょう。」

「...貴様、休息は取ったのか?」

「新幹線での移動中に十分取れますよ。」

 

そうして、俺とナイトアイは深夜の自由席で新幹線に乗り、雄英へと向かうのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目を閉じながらも周囲を警戒しつつ、体を休める。時々目を開けて広範囲個性の攻撃がないかを確かめる。これを繰り返す。

 

「貴様、休めていないではないか。」

「死なせるよりマシです。ま、これくらいで戦闘に支障が出るような柔な鍛え方はしてないのでご安心を。」

「まったく、厄介なものだ。」

 

しばらくの間沈黙が続く。ナイトアイは、何かを言いあぐねているようだった。

 

「どうかしたんですか?」

「...ああ、どうかしている。少し不正を考えていた。」

「バレなきゃ不正じゃないってのはよく言われる話ですよ?」

「貴様の事だ。」

 

「書類を改竄し、貴様が10月時点で私の事務所のサイドキックである事にする事で、貴様の犯した違法活動をどうにか出来ないかと考えた。」

「...流石に無理ですよ。死柄木の拡散させた動画は、致命傷すぎる。」

「そうだ、だがそれすらもこちらの命令による潜入捜査とする事で誤魔化す事は不可能ではない。」

「代わりに、ナイトアイが首を括る事になる。馬鹿らしい話ですね。」

「本当にな。」

 

「俺は別にいいんですよ。ヒーローにはなれなくても。」

「...団扇?」

「俺の夢と、陰我の存在。その二つを天秤にかけた時、陰我の存在の方が重くなっていたんです。奴を止めないと、これからも幾億もの地獄が作られる。それは、止めなきゃならない。絶対の絶対に。」

「それは、何のためにだ?」

「復讐のためと、あとはなんとなくです。」

「...なんとなくか。そんな理由で人を殺しに行くのか、貴様は。」

「いや、俺もコレがなんなのかは良く分かってないんですよ。理屈をつけて考えるものじゃないって思ってたので。...思い出したのは、ついさっきなんですけど。」

「神郷数多から託された光は、それほど大きかったのか?」

「ええ、心の闇をすっぽり覆ってくれるくらいには。お陰で俺はいつもの俺に逆戻りですよ。」

 

神郷の献身は、俺の光を思い出させてくれた。それは本当に、奇跡のような巡り合わせなのだろう。

 

だから俺は、もう迷わない。

 

「さて、もうすぐ名古屋だ。雄英で待っているぞ、団扇。」

「はい、ナイトアイも気を付けて。」

 

とりあえず時間を潰さなくてはならない、久々のラブホだろう。

 

「はぁ、なんかぼっちラブホに慣れてる高校生とか軽く終わってるだろコレ。」

 

今更ながらに思う事である。畜生。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして午前7時、とある喫茶店に赴く。どちらかといえばコーヒー派の俺だが、まぁたまには紅茶を飲んでみてもいいだろう。

 

「これが、ゴールドティップスインペリアル!何という芳醇な香りだ!」

「違いがわかるジェントルって素敵!好きよ!」

 

「すいませんマスター、俺もそのゴールドティップスインペリアルってのを一杯。あとなんか軽く食えるものを。」

「はいよ。」

 

その声に、ギギギっと振り返る不審者ルックの二人。変装も何もしていない俺は軽く手を上げて挨拶をする。

 

今回の作戦を思いついたきっかけである、ジェントル・クリミナルとラブラバのお二人であった。

 

「ちょっと話があって、ここまで来ました。」

「まさか、私の完璧な計画が漏れていたのかッ⁉︎」

「いや、紅茶好きならこの店に来るだろうなーっていう逆算ですよ。先輩に聞いただけですけど、この店いい店らしいですから。」

 

まぁ半分嘘なのだがいいだろう。実際丸藤先輩に美味い紅茶を出す喫茶店があると聞いたのは本当の事なのだし。

 

この二人がここに来ているのは、原作知識にて知っていた。たまには役に立つあたり思い出しておいて良かったと思う次第である。

 

「はいよ。」

「頂きます。」

 

トーストセットとお高い紅茶が出される。今回は時間があるのでゆっくりと食べることにしよう。

 

「さて、団扇くん。何故私たちに会いに来たのかね?」

 

余裕を取り繕ったジェントルが言う。前会った時は気付かなかったが、この人結構動揺してるわ。声が若干震えてる。

 

「ちょっと手伝いに来たんですよ。まぁ、前の恩返しって事で。」

「軽いな⁉︎」

「ジェントル、この子本当に団扇くん⁉︎前会った時とは別人よ⁉︎」

「まぁまぁ細かいことは気にせずに、せっかくの紅茶が冷めてしまいますから。」

「...確かにそうだ、今はゴールドティップスインペリアルを楽しもう。」

「切り替えが早いジェントル、素敵だわ!」

「相変わらず楽しそうですねー、お二人さん。」

 

そうして95分、だらだらと時間を過ごした。雄英文化祭の開始まで、あと25分。

 

事情を言えない以上、こんな形での協力しかできないがまぁ大丈夫だろう、出る時間を数秒ズラすだけでも計画は成るのだから。

 

「さて、行きましょうジェントル、ラブラバさん。」

「何故君が仕切っているのかわからんが、確かに時間を過ぎている。行くとしよう。」

「ジェントルの怪傑浪漫が幕を開けるのね!」

 

そうして3人で喫茶店を出て

 

運命に修正されるかのように先頭を歩くジェントルが、角を()()()()()緑谷と衝突しかけた。

 

「おっと!」

「あ、すみません...え?」

「...よっ、出久。」

 

瞬間、出久は俺から目を逸らした。写輪眼による幻術を警戒してのことだろう。判断が早い。まさか5分もズラしたのにぶつかるとは思わなかった。

 

そしてその原因が、すぐにわかった。意図せずに閉じられる写輪眼と、出久の後ろから飛んでくる捕縛布の存在によって。

 

反射的に左手で布を掴み取り捕縛されるのを防ぐ。あのコースは一瞬で戦闘不能になるところだった。危ねぇ。

 

「...随分と、やるようになったな団扇。」

「どうもです、相澤先生。引率大変ですね。」

「プロヒーロー、イレイザーヘッドッ⁉︎」

「どうするの⁉︎大物よ⁉︎」

 

「緑谷、とりあえずそこの二人を抑えておけ。恐らく団扇の協力者だ。俺はこの馬鹿を簀巻きにして連れて帰る。」

「あ、そこ説得するとか言わないんですね。」

「説得は捕まえてからすれば良い。」

「合理的ですねッ!」

 

掴んだ半分の捕縛布を使って出久の足を絡め取ろうとする。だが相澤先生にそれは読まれており、布を首から外したわませる事によりその軌道は逸れていった。

 

「ちょっと団扇くん!あなたのせいで見つかったじゃない!」

「すいません、ちょっと予想外でしたね。」

「ハッハッハッ、何、紳士は慌てない。団扇巡くん、イレイザーヘッドは頼んだよ。」

「紳士...ジェントル・クリミナル!雄英に何のようだ!」

「...いや、ボロ出すぎだろ俺ら。」

「そのようだ。だがまだ致命的ではない!ラブラバ、カメラを回せ!」

 

ぶぁさっと羽織っていた不審者コートを放り投げ、威風堂々と名乗りを上げようとするジェントル。

 

その隙に動き出す俺と相澤先生。互いの持った捕縛布を引きながら接近し、膝打ちを合わせる。この動きだけでわかる。相澤先生は、俺より強い。正面からでは負けるだろう。左手を捕縛布から離し、向こうに本来の動きをされたら敗色濃厚だろう。

 

諸君(リスナー)!!これより始まる怪傑浪漫!!目眩からず見届けよ、私は救世たる義賊の紳士!ジェントル・クリミナル!!手短に行こう!今回は『雄英!!入ってみた!!』

「そんな事させない!」

 

そうしてジェントルの張った弾性(エラスティシティ)の空気膜に突っ込んだ出久、ゴーグルで見えなかったが、相澤先生は俺から目を逸らしはしていなかったようだ。写輪眼にもチャクラにも、発動には一瞬のタメがある。瞬きの一瞬でそれを完遂し術を使うなど今の俺には無理だ。つまり、俺ずっと見るのは軽く詰むのでやめてほしい。マジで。

 

幸いなのは、これまで戦い続けた事により数多くの技を盗み取れた事だろう。その技全てが見切られたら俺の勝ち目はなくなる。

 

さて、思考を止めてはいけない。考え続けて、戦おう。

 

「緑谷!」

「大丈夫です!これから奴を追跡します!」

「通報してからだ!」

「...すいません、携帯忘れました!」

「チッ、仕方ない。俺の携帯でッ⁉︎」

 

まずはボクシングスタイル。左手のジャブで牽制し、両手を離させない。通報の時点で伝えられたと判断されるかもしれない以上、止めざるを得ない。

 

「やらせるわけにはいかない、事情があるんですよ!」

「どんな事情か話せ。まずはそれからだ。」

「それが出来たら苦労はしてないんですよ!」

 

捕縛布を握り合い、距離を測り合う俺と相澤先生。ボクシングの距離で居られるのは、この捕縛布が操られるまでだろう。写輪眼が無い今、未来予知じみた先読みで布を操り返すことはできない。先手を取る権利は向こうにある。奇襲された時点で逃げたかったよ本当に。

 

出久は、俺との戦いに加勢するか一瞬迷った後、ジェントルを追いかけていった。

ジェントルを雄英に忍び込ませて文化祭を中止にさせる作戦は、止められてしまうだろう。なにせ、あいつはジェントルより強いからだ。

 

とすれば、文化祭を中止させる為にはどうするべきかは目の前にある。プロヒーローイレイザーヘッドが無法者に倒されたならば、警戒のため中止になる可能性は十分にある。

 

やる理由はこじつけられた。後は戦うだけだ。

 

「悪いんですけど通報はさせません。ここで倒れて貰います。」

「...その理由は言えないのか?」

「命を守る為です。それ以上は。」

「...無法者も大変だな。」

「本当ですよ。でも、それしかないからやるしかない。それだけです。」

 

捕縛布を動かされる。足を搦めとる動きだ。

 

スタイルを変える。右足を前に出し、力を生み出す為に強く踏み込む。八極拳の基本、震脚であり、そこから生まれる力を十全に利用した背中からの体当たり、鉄山靠である。

 

ボクシングスタイルから唐突に出てきた中国拳法に相澤先生は対処が遅れ、背後に跳びのき力を逃すことしか出来ていなかった。

 

それはつまり、捕縛布のコントロールをある程度手放したという事だ。

武器を奪い取るチャンスである。当然左手で布を引っ張り抜く。

 

「これで、こっちが3mくらい。先は長いですねー。」

「いや」

 

相澤先生は掴まれている側とは逆の捕縛布を投げつけ、俺の左手に巻きつけてきた。不味い!

 

当然引っ張られて崩れた体勢に、相澤先生の拳が胸を撃ち抜く。

その鋭い痛みに、左手の握力を維持することを一瞬忘れ、捕縛布は奪い取られた。最悪だ。

 

胸の痛みから思わず膝をつく。肺に刺さってるか?

 

「この手応え、骨だけか。」

「いたいけな少年の骨折っといてそれですか。怖いですね、ヒーローって。」

「黙れ無法者(イリーガル)。教師として、お前には言いたい事が山ほどある。行くぞ。」

「いえ、まだ戦えますよ。俺は。」

 

幸いにも、当たったのは胸。柱間細胞が最も強く侵食しているところだ。そして柱間細胞は異形型の個性なのだろう、相澤先生に見られていても再生は始まった。嬉しい誤算だ。

 

この分なら、気合いで抑えている侵食を早めれば戦いになるかもしれない。

 

足りない経験と技量は、補えばいい。それが地獄への片道切符だとしても。

 

「まだやるか?団扇。」

「ええ、もう治りましたから。」

 

その言葉と共に踏み込み、右ストレートを放つ。張られた捕縛布に防がれ衝撃は伝わらない。それどころか早業で右腕を縛られ、引っ張られ再び胸に膝を貰った。だが、意識していれば耐えられる。そのダメージを無視して頭突きを叩き込む。自爆特攻じみた攻撃だが、それでもダメージは通った。

 

「...正気かお前。」

「さぁ?証明できるものはありませんねー。」

 

軽口を叩きながらも思考は止めない。ボクシングと八極拳を軸にして、攻め入り、才賀の形意拳で虚を突いて打ち崩す。それがか細い可能性だとしても。

 

抹消ヒーローイレイザーヘッド。尊敬すべきヒーローが、その実力のまま高すぎる壁となり目の前に立ち塞がって居た。




新しい力を得たぜ!とは言ってもまだ無双はさせません。タイマンでの相澤先生はどう倒せばいいのかわからないレベルの強キャラですねー。


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雄英高校1年A組

震脚、鉄山靠。その動きから派生させて後ろ回し蹴り。

スタイル変更からの高速接近アッパー。

さらにスタイル変更からの震脚、肘撃。

 

開拳、フェイントからのワンツー、小手返しなどの関節技。

 

手持ちで使える技は形意拳以外だいたい試した。だが、その全てを捕縛布により払いのけられ、返され、あらゆる場所に反撃を貰った。

 

だが、まだ終わらない。柱間細胞は俺を戦う為の体に治し、作り変えてくれる。

 

「随分なタフさだな、団扇。」

「ちょっと改造手術をしたもので。」

「...確かに、いつかの怪人じみた生命力だな。」

「いや、そこは否定してくださいよ。」

「お前には致命傷一歩先までダメージを与えた。なのに動いてくるってのは何かカラクリがある事の証明だ。それが何かは、まだわからんがな。」

「うわー、この人ガチに殺す気ですよ。いいんですか先生として。」

「教師だからだ。」

 

「お前を止めるさ、お前が取り返しのつかない罪を犯す前に。」

 

その言葉は確かに俺を思っての言葉で、その思いは強く優しく、重かった。だからつい、こんな言葉が出てしまったのだろう。

 

「...ありがとうございます、相澤先生。」

 

「でも、俺は戦います。守りたいのは、命だから。」

 

ゴーグルのせいで目が見えないが、相澤先生は俺の目を見ていた。なんとなく、そんな気がした。

 

「さて、続きしましょうか。お互い、会話で隙ができるような柔な生き方してませんし。力で決着つけましょう。」

「...そうだな。その方が合理的だ。」

 

飛んでくる捕縛布。回避する俺。そうして徐々に相澤先生の距離にされつつも、ある場所へと向かう。この状況を打開する為の切り札のある位置に。

 

「これで、どうだ!」

 

地面に落ちていたジェントルの着ていた不審者コートを相澤先生に向けて蹴り上げる。これで、一瞬目が切れる。当然のごとくコートは払いのけられてしまうが、その一瞬があれば良い!

 

「ッ⁉︎」

 

流石の相澤先生とて、視界外からのコレは避けられまい。

俺の持っている唯一の武装、ワイヤーアロウによる攻撃は。

狙いは両腕、捕縛布さえ使えなくさせれば後はどうにでもなる。

 

だが、その判断は間違っていた。狙うなら心臓か頭にするべきだったのかもしれない。まぁ結果は変わらないかもしれないが。

 

相澤先生は、高速で飛んでくるワイヤーアロウをその捕縛布で絡めとり、受け流した。見えてもいないアロウを経験だけで対処したのだ。

 

これが、雄英プロヒーローの壁。ちょっと高すぎて困るんだが。

 

「終わりか?団扇。」

 

アロウをしっかりと捕縛布で確保した相澤先生は、冷たい声で言い放った。

 

「最後の一手なら、今から打ちますよ!」

 

アロウの巻き取り機能を全開にして、その勢いのまま突っ込む。だが、相澤先生はアロウを手放すことはしなかった。そりゃそうだろう。どんなに速くても、来るところがわかっているならばカウンターは容易なのだから。

 

だが、相澤先生を倒す一撃を生む為には、初速が必要だったのだ。見切られて、ガードされてもそれを上から崩す拳打の為に。

 

拳の距離でアロウの巻き取りを止め、構える。そして特殊な歩法により速度を殺さずに力を込めた一撃を放つ。

 

形意拳の技、一定の速度で近づく事で相手の目を誤魔化す奇なる拳、五行拳の一つ、崩拳である。

 

ずっと共に戦ってきた仲間の技は、ボクシングスタイル同様の高い精度を誇る。だが、相澤先生は崩拳を知っていたのか予想していたのか、拳の打ち込まれる胴をしっかりとガードしていた。

 

ならば連撃で落とす。歩法で速度を殺さずに近づき、何度も打つ。相澤先生は、それを完璧に見切ってガードし続けていた。

 

だが、形意拳の拳は重い。しかもこちらには砂鉄付きグローブがある。相澤先生のヒーロースーツがどれだけ頑丈でも、いずれはガードしている腕が折れる。

 

そして、両腕を折ったという手ごたえがあった瞬間だった。

 

ワイヤーアロウの拘束が解除され、俺の首に捕縛布が巻かれたのは。

 

「どんな、奇術ッ⁉︎」

「お前が前に出てくる力を、利用したまでだ。」

「だが、締める腕は折りましたよ!」

「だから、足を使う。」

 

相澤先生は、俺の拳の力を受ける事で拳のレンジから離れ、首を締める力を強くした。

どんなに体が再生しても、コレは防ぎようがない。人である限り。

 

最悪なのは、連撃という無酸素運動中に締められた事だろう。俺の体にある残りの酸素は少ない。

 

だが、一手なら動ける。

 

踏み込み、打ち込む。相澤先生も終わったと思ったのかガードはしていなかった。いや、首を締めるのに動く足を使っているので出来なかったというのが正しいかもしれない。

 

俺の一撃は相澤先生の顎を揺らし、相澤先生の絞め技は俺の意識を落とした。

 

喫茶店前での激闘の結果は、相打ちだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目が覚めたとき、俺は仰向けに倒れていた。どこか懐かしい感じの天井は、朝紅茶を頂いた喫茶店のものだろう。震脚とかで結構な音出してたし、見ていたのだろう。

 

気合いを入れて起き上がろうとするも、力が入らない。コレは、今襲われたら死ぬなとなんとなく思った。

 

「起きたか、団扇。」

「相澤先生、敵は周囲に居ますか?」

「開口一番にそれか。まったく嫌な成長をしたな。」

「いや、相澤先生は腕やってて俺はこのザマとか、襲撃する側から見たらまな板の上の鯉ですよ。なんで死んでないんですか俺たち。」

「さぁな、運がいいんだろう。」

 

相澤先生は、壁もたれかかって動かないでいた。動けないのかもしれない。

 

「今、何時です?」

「9時35分だ。」

「じゃあ、もう文化祭始まってますね。」

「ああ、そうだな。」

 

沈黙が走る。お互いに探りあっているのだろう。ガチの殺し合い一歩手前の事をしていたのだから。

そうして、しばらくしてから相澤先生はポツリと話し始めた。

 

「お前のコートのポケットから、拳銃を見つけた。」

「ああ、すいません。銃刀法違反なのはわかってんですけど切り札は持っておきたいんですよ。とっておきたいとっておきって奴です。」

「何故、俺に使わなかった?」

「相澤先生は、敵じゃありませんから。」

 

その言葉になにかを納得したのか、相澤先生から毒気が抜けた。

 

「なぁ、団扇。お前が文化祭を潰そうとする理由は、話せないのか?」

「はい。どこに耳があるかわかりませんから。今のタイミングで話すと、死人が出ます。」

「ま、話した所で信じられるかは別だがな、無法者。」

「今回の話持ってきたのナイトアイですよ?信じてくださいよ、ナイトアイを。」

「その言葉自体が信じられん。だったら何故ナイトアイから連絡が来ていない。」

「...あー、駄目です言えません。多分言ったら相澤先生なら気付くんで。そしたら起動されます。このネット社会、どこにいても奴の目はありますからね。」

「どんな凄腕ハッカーを相手にしてるんだお前は。」

「ガチにヤベーのがいるんですよ、敵に。」

 

会話をしていたら、体が動くようになってきた。

相澤先生も、そのようだった。

 

両腕折った相澤先生に酸欠で満身創痍の俺。

第2ラウンドが始まるかと思った所で、携帯のバイブ音が鳴り響いた。

 

「俺の携帯みたいです、出て良いですか?」

「ああ、好きにしろ。」

 

着信ディスプレイには、あの少女が笑っている姿があった。

コイツ、やっぱ俺の携帯ハッキングしてやがったか。

 

『余計な事言ったら、分かるよね?』

「わかってるよ、畜生。」

 

そうして、少女の監視のもと通話に出る。

ディスプレイに映っていた名前は、根津校長のものだった。

 

「もしもし?」

『やぁ、団扇くん!久しぶりだね!早速で悪いんだけど、相澤先生に代わってくれるかい?』

「いや、じゃあ何で俺にかけたんですか。」

『相澤先生は今、腕を壊しているんだろう?じゃなかったらすぐに連絡が来るはずだからね!』

「じゃあ、スピーカーにしますね。変な事は言わないようにしてくださいよ?喫茶店のマスターが聞いているんですから。」

 

校長には、これで伝わるだろう。俺に連絡が来たという事は、ある程度の情報を得ているという事。その出所はナイトアイだろう。携帯を使えない状況でよくもまぁ伝えられたものだ。

 

『やぁ、相澤くん。随分とやられたようだね!』

「ええ、不覚をとりました。この一月足らずで、かなり強くなっていました。団扇は。」

『それは、良かったんじゃないかな!団扇くんはまだ、ウチの生徒なんだから!』

「あのー、なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたんですが。」

「あのな団扇、辞めるって電話で伝えただけで学校を辞めれる訳ないだろ。お前みたいなケースは特に。」

「...あ。」

 

すっかり忘れていた。俺は未成年(ヴィラン)保護入学制度なんてものを適用されているとんでもない爆弾だったという事を。

 

『ハハッ!気付いてなかったようだね!それじゃあ、団扇くんの正式な退学手続きの為にウチの文化祭に招待するよ!文化祭を見たら気が変わるかもしれないからね!』

「じゃあホームセンター側の喫茶店に車よこしてくださいな。俺と相澤先生と、あと出久が行くので。」

『わかったのさ!それじゃあ雄英で、待っているよ!』

 

そうして通話は切れた。相澤先生はどこか納得していないようだったが、俺が雄英に行く事には賛成のようだった。

 

「まぁ、思ったより拗れていない今のお前なら大丈夫か?」

「色々あってこんな感じに戻れたんですよ。巡り合わせって奴です。」

 

そんな会話をしていると、喫茶店のドアが開いた。出久とエクトプラズム先生だ。

 

「すいません、店の前に落ちていたビニール袋探しているんですけ...どッ⁉︎団扇くん⁉︎相澤先生⁉︎」

「おーっす出久。さっきぶり。」

「なんか凄いナチュラルにいるね、団扇くん。」

「相澤先生にボコられたけどな。いや捕縛布での首締めは死ぬかと思ったよマジで。」

「...ああ、だから団扇くんそんなぐったりしてるんだ。」

「てな訳で、今襲われたら出久とエクトプラズム先生以外戦えないから、色々頼むわ。」

「...なんか団扇くん、いつも通りすぎてびっくりなんだけど。」

「そりゃ俺は俺だし、変われねぇよ。」

「...なら、安心かな。でも言わせて。」

 

出久は、笑っていた。だが、プレッシャーが凄い。まぁ、怒られる心当たりはあるので黙っていよう。

 

「心配した。凄く。」

「...心配かけて、悪かった。」

「じゃあ皆に連絡する...って携帯忘れてたんだった。」

「ああ、それなら頼みがある。」

「...何?」

「俺が来たって事、黙っててくれ。俺が雄英に来たのは、俺の敵の目論見を挫く為であって、あの場所に戻る為じゃないんだ。文化祭を中止にしようとジェントルに手を貸したのもその一環だな。」

「皆に会う気は無いの?」

「ああ。もう、あの場所には帰れないし、帰るつもりもないから。」

「...わかった、でも条件が一つだけある。」

「...できる範囲で頼むわ。」

「僕たちの、1-Aのステージを見に来て。皆の言いたいことは全部、そこで伝えるから。」

「...わかった。」

 

そうして、プレゼントマイクの車がやってくるまで相澤先生と出久の治療をしつつ、適当な会話をしていた。お互いに積もる話もあるのだろうが、俺と出久はなんとなく大事な話をするよりも、適当な会話をしていたいと思ったのだ。

 

友人としての、適当な会話を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「1-Aのステージまで微妙に時間ないぜ!走れよリスナー!」

「はい、ありがとうございます!プレゼントマイク先生!」

 

出久は、正面口にいた青山とともに走り去っていった。青山は、後部座席にいた俺には気付かなかったようだ。

 

「さて、俺は職員寮に寄って通形とエリちゃんを連れて行く。」

「じゃあ俺はトイレにでも。」

「お前も来い。」

「...いや、縛るのはやめて下さいよ、ちょっとしたジョークですから。」

 

正直いつどこで起動させられるかわかったもんじゃないので、ステージは影分身で見に行くつもりだったのだ。だがその目論見は潰えた。相澤先生の抹消エグすぎるわ。

 

「ハハッ!久々に見ても団扇は大丈夫そうで安心したぜ!じゃあ俺は車置いてくるわ。団扇、いい文化祭を!」

 

相澤先生に胴を捕縛布で縛られながら職員寮に向かう。なんでも、昨今の(ヴィラン)隆盛の世情を鑑みて、昨日のうちにエリちゃんの移動を行なっていたのだと。エリちゃんはこれから雄英に住むとの事なのでその予行練習も兼ねているのだとか。

 

「相澤先生、縛られたまま歩くのめちゃくちゃ目立ってるんですが。」

「縛らないと逃げるだろ、お前。」

「まぁ、そうなんですけど。」

 

そうして「あれって団扇巡?」「自警団(ヴィジランテ)がなんで学校に?」とか色々言われながら通形先輩たちと合流し、ステージに向かう。

 

「ハハッ!団扇くんはヤンチャしたからね!しばらく縛られてなよ!」

「この人、ヤンチャしたの?」

「ああ、たくさん悪いことをしたんだ。だから相澤先生に縛られてるってわけ。エリちゃんも悪い事したらこうなるから気をつけるんだよ。」

「そうなんだ。」

「そうなのさ。」

「エリちゃんは良い子だから大丈夫さ!さぁ行こう!緑谷くん達のステージに!」

 

文化祭でも相変わらずの相澤先生、休学中の通形先輩、捕縛布に縛られている謎の黒コートの俺、可愛い幼女のエリちゃん。なんだこの色物パーティ。遠巻きにめちゃくちゃ見られたぞ。不安だ。SNSとかにアップされていないだろうか。

 

「団扇くん⁉︎」

「あ、丸藤先輩。どもです。」

「君、学校に来ないでなにしているんだ!というか何故縛られているんだ!」

「いやー、ちょっと色々ありましてね。今は逃げられないように連行されてる最中です。」

「...とりあえず、皆に君が無事だと連絡を入れる。良いな?」

「はい。ご心配をおかけしました。」

 

そんな話をしていたら、「丸藤、売り子手伝って!」と声がした。丸藤先輩のクラスは屋台系の出し物のようだ。

 

「...今度からは、きちんとメッセージに返信してくれ。不安だったんだ、皆も、私も。」

「本当に、ご心配をおかけしました。」

「わかっているなら良い。それじゃあ、また。」

「...さようなら、丸藤先輩。」

 

丸藤先輩は、クラスの仲間の元へと向かっていった。

俺の中の“なんとなく”の思いが、俺にそれを見ろと言っている。

 

「団扇くん、さようならなんだね。」

「できない約束は、したくありませんから。」

 

陰我を殺すには、俺の命全てを賭してなお足りるかどうかわからない。そして、陰我を殺せたとしても俺はもう皆に会う事は出来なくなる。

 

勝っても負けても、殺しても殺されても、多分もう結末は変わらないのだ。約束の物語はもう問題なく始まっているのだから。

 

「まったく、心配させる後輩だよね!」

「すいません、通形先輩。でも、決めた事は変えません。」

「...でも団扇さん、苦しそうだよ?」

「ありがとうエリちゃん。でも大丈夫。男には、苦しい道を行かなきゃならない時があるのさ。」

「そうなんだ。」

「そうなのさ。」

 

縛られたままじゃあ格好つかないが、まぁ俺のカッコつけなどそんなものだろう。笑い話くらいになれば丁度いい。

 

「それじゃあ、早く行きましょう。もうすぐステージ始まりますから。」

「そだね!いい場所取らなきゃ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

体育館、特設ステージにて。俺は相澤先生とプレゼントマイク先生と共に後ろの方から見る。エリちゃんと通形先輩は最前列を取れたからそっちにいる。

 

「しかし、ステージで何を伝える気なんでしょうね、出久は。」

「...俺からは何も言わん。だが。」

 

相澤先生は、俺にビデオカメラを渡してきた。

 

「このステージを撮影して、動画を流そうという話だ。誰に向けてかは、言わなくても分かるな?」

「...そんな事、考えてたんですかあいつら。」

「お前の存在は、あいつらにとってどんなものだったのか。ちゃんと見て、答えてやれ。」

 

開幕のブザーが鳴る。拘束は解かれたが、逃げ出す気にはならなかった。

 

そうして、ステージは始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

響く音色、華麗なダンス、煌めく光、自由な演出。

そして、その全てでに伝えられる一つの想い。

 

それは、復讐をやめろとか、ヒーローを貫けとかそんなものではなかった。

 

ただ、自分たちは友達だと。

 

気付けば、涙が一筋流れていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ステージも終わり、後片付けをしている皆を尻目に動き出す。今顔を合わせると、きっと自分の決めた最後の希望すら放り投げて皆の方に走り出してしまう。それでこれから何人死ぬかなど考えないままに。

 

「どうだ、団扇。」

「想われている。ただそれだけの事なのに、本当に嬉しくて、悲しくてもうぐちゃぐちゃですよ。」

 

「でも、だからこそ覚悟は決まりました。俺は、この陽だまりを守る為にも必ず奴に勝ちます。」

『あのステージのどこが良かったの?』

「お前は聞いてて、心が響かなかったのか?」

『わかんない。ただ、わたしの中にもよくわからないものが生まれたのは確か。誰かをただ想う事、それはあんなにも暖かかったんだね。』

「団扇、誰だその女は。」

「敵です。」

「そうか。」

「さて、そっちから声をかけてきたって事は、始めるのか?」

『うん。でも、少し趣向を変えることにする。』

 

『力が見れればいいと思ったけどそれじゃダメなんだね。君の強さの源泉は、あの暖かさ。だからそれを今の私の全力で踏みにじる。でも、君がそれを守り抜いてみせたなら、わたしは君達の暖かさを信じてみる。』

「いいのか?それで。」

『だって、あんなの知らなかったから。信じてみたくなったんだよ。』

 

その言葉と共に、警備ロボたちの暴走が始まった。

 

「...団扇、校長がお前に無線を渡せと。」

「流石ハイスペック。頼りになりますね。...行ってきます、相澤先生。」

 

相澤先生は、個性の使用を解いてくれた。これで、俺を縛るものはなくなった。

 

衣装・須佐能乎を展開する。そして飛び上がり、上空から人を傷つけようとする警備ロボを優先攻撃対象としてターゲッティング。最速で最短で、片付ける。

 

「なんだ⁉︎」

「ロボが突然壊れた?」

「紅い、閃光?俺たちを守ったのか?」

 

この文化祭を守る為には、(ヴィラン)の襲撃の事実はあってはならない。目撃者すら残さない神速で暴走した警備ロボを破壊していく。

 

だが、それにしてもロボと人の間に距離がある。何かあるな?

 

『先生方に指示して、こっそりと避難誘導は進めていたのさ!』

「校長!」

『ナイトアイから話は聞いたよ!思う存分暴れるといいさ!ここから先は、こっそりと君の支援をできるのさ!』

「ありがたいですよ、本当に!」

 

ステージ近くにいたインペリアル4機を排除し終わった後、校長の指示のもと校門前に配備されているヴェネター6機を砕く。そしてエクトプラズム先生たちが迎撃していたヴィクトリー12機を蹴り砕き、校舎を破壊しようとしていたエグゼキューターの懐に潜り込み、須佐能乎状態での桜花衝をぶち込んで破壊する。

 

かかった時間は、合計で1分。まだまだ須佐能乎のタイムリミットは残っている。

 

『校舎内は13号先生に任せて大丈夫さ!次はスタジアムの方に向かうのさ!』

「了解!」

 

スタジアム近くの森に潜伏していたインペリアル8機。インペリアルは上部にミサイルと搭載している関係上、上から叩き潰せば自身の火力で焼かれて砕ける。これを8回。

 

スタジアムへと向かう人を襲おうとしているヴィクトリー7機、ヴィクトリーは一輪だが素早い。しかも警備用のヴィクトリーは装甲が脆いなんて弱点はない。

だが、須佐能乎の身体能力なら正面から打ち砕ける。胴部分を打ち抜いて砕く、これを7回

 

立ち上がったエグゼキューターは2体。警備用のエグゼキューターには動作が遅いなんていう明確な弱点はない。硬く、強く、速いのだ。

だが、それでも須佐能乎によるチャクラブーストで動く俺よりは遅く、小回りも効かない。硬さも、須佐能乎状態での桜花衝なら打ち砕ける。問題はない。

 

桜花衝による破壊を2回。これでスタジアム周辺はクリアだ。

 

移動時間含めてこれで3分。桜花衝にチャクラを割きすぎたからか、チャクラの消費が大きい。だが、まだ休む訳にはいかない。

 

『スタジアム内にはセメントスがいるから大丈夫なのさ!次は展示会場さ!』

 

展示会場といえばサポート科の晴れ舞台。潰させはしない。

 

そこにはエグゼキューターが3機、会場を取り囲むように同時攻撃をしようとしていた。だが、壊させはしない。

エグゼキューター三機の頭を足場にして蹴り飛ばし、会場から吹き飛ばす。そして崩れた所を一機ずつ痛天脚をかまして胴を破壊する。そしてエグゼキューターの影から会場に入ろうとしていたヴェネター12機を、高速移動からの連打で打ち砕く。これで会場周辺はクリア。

 

『最後さ!市街演習場Eに残りの警備ロボ全てが集結してるのさ!ヴィクトリー80機にヴェネター45機、インペリアル30機にエグゼキューター18機!でも、市街演習場には人はいない!時間稼ぎだけで良いのさ!もうすぐ先生方が向かえるからね!』

「了解です!」

 

とはいえ、高速移動ができて警備用のロボを撃破できるのはブラドキング先生くらいしか思いつかない。オールマイトが健康なら全部任せられたかも知れないが、それは無い物ねだりだ。

 

「飛び回る必要がないのなら、足を止めて迎撃あるのみ!さぁ、来い!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

足の速いヴィクトリーが群れをなして襲いかかってくる。それを一機ずつ丁寧に打ち砕いていく。するとヴィクトリーの残骸がちょっとしたバリケードとなり次のヴィクトリーの攻撃の際の小さな隙となる。

どんなに走破性能が高くとも、ヴィクトリーは一輪。無茶はできないのだ。

 

だが、敵の物量は膨大。ヴィクトリーで作ったバリケードは、30機のインペリアルによるミサイルの一斉射により吹き飛ばされた。その衝撃は須佐能乎越しに俺にダメージを与えてくる。やっぱ実弾はきついッ!

 

「校長!増援到着はまだですか!」

『...ブラドキング先生がアクシデントで行けなくなった!しばらく一人で頑張って欲しいのさ!」

「そんなこったろうと思いましたよ!奴の目的は俺の限界を探ること、増援なんて来させないってか⁉︎」

 

その通りだとばかりにインペリアルはミサイルを繰り出してくる。俺じゃなかったら死ぬぞマジで。

 

さて、増援が望めないとすれば、速戦あるのみだ。

 

「まずは面倒なインペリアルから!」

 

ヴィクトリーとヴェネターを無視してインペリアルを攻撃しようとする。だが、それは悪手だった。エグゼキューターによるなぎ払いが俺を襲う。デカすぎて視界の中から外れていたッ!

 

吹き飛ばされ、ビル壁に叩きつけられる。

須佐能乎越しに骨が逝ったぞ畜生。柱間細胞ですぐ治るけども。

 

「後衛の層が厚すぎる。エグゼキューターから先に倒そうにもインペリアルが邪魔過ぎる。コレ、前衛から順繰り潰していく以外に手はない臭いぞ。堅実で重たい。嫌な手だ。」

 

須佐能乎のリミットは今ので縮まった。残りは10分と言った所だろう。神郷のペルソナの力を貰ってこの程度とか、正直泣きたい気分だ。

チャクラ量だけでリミットを測るならもう少し短くなる。チャクラブーストは須佐能乎の力で燃費良くなっているとはいえ、使いまくればそれだけチャクラを使う。どこかで、チャクラを練り直す時間が欲しい。

一度引くか?いや、この集団が敵意を持っていると知れたらパニックになるのは目に見えている。ここで食い止めるしかない。

 

俺の後ろには、守るべき陽だまりがあるのだから。

 

「でも、こういう時って何か不安にならないんだよなぁ。特に、お前とつるんでからは。」

 

俺を襲ってきたヴィクトリーの3体が蹴り飛ばされる。緑色の閃光を身に纏う一人のヒーローの連撃によって。

 

「正直、いまいち状況わかってないんだけど。なんで仮想ヴィランがあんな大挙してるの?」

「じゃあ何でここ来たよ、出久。」

「紅い閃光が団扇くんだと思ったから、追ってきた。」

「そりゃ、ナイスタイミング。ちょうどブラド先生がバックれてどうしたもんかと悩んでいたところだったんだ。」

「それで、とりあえずコイツらを倒せば良いんだよね。」

「ああ。悪の超凄腕ハッカーに操られた悲しき警備ロボたちさ。ぶっ壊さないと皆が危ない。」

「じゃあ、手伝うよ。団扇くん。」

「ありがとよ、出久。」

 

なんとなく右拳を出久に突き出す。

出久は、左拳をコツンと俺に付き合わせた。

 

力が、湧いてきた気がした。

 

「入試の時とは違って、柔く作られてないから気をつけろよ。」

「あはは...うん。わかったよ。」

 

あ、そういやコイツ入試のとき(ヴィラン)ポイント0だったわ。忘れてた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

襲いくるヴィクトリーの集団、 飛んでくるミサイルの雨あられ。

 

上空に飛び上がり、火焔鋭槍によりミサイルを薙ぎ払う。

それだけの時間があれば、今の緑谷出久がヴィクトリーの集団を蹴り砕くのには十分だった。あれが、ワン・フォー・オール。代々受け継がれてきた力であり、今の出久の個性だ。だが、それにしても俺の知る出久よりも強く思える。

 

「なんか凄い成長してないか?お前。」

「団扇くんこそ、なにその変身にレーザーブレード。」

「俺はほら、色々あったんだよ。」

「色々って...僕は普通に鍛えただけだよ。」

「やっぱ基礎トレかー。最近出来てないからなー。」

 

ヴェネターの群れが少し遅れてやってくる。

だが、正直ヴェネターは普通に遅いので物の数ではない。硬さも、他の警備用ロボと大差はない。火力も、そんなにない。索敵能力は高いのだろうが、既に見つかっている俺たちには意味はない。

 

機動力のあるヴィクトリーの方がよっぽど怖かったぞ。

 

「何機いるの?これ。」

「ヴェネターには触ってないから、45機だ。まぁヴェネターは弱いからインペリアルのミサイルにだけ気をつければ大丈夫だよ。」

「信用していいのかなー、その情報。」

「疑うのか?この曇りなき眼を。」

「いや、眼見えてないし。」

「あ、そうなの?」

「うん、光の点みたいな感じ。」

「マジかー。」

 

やってくるヴェネター。相変わらずのミサイルの雨。

 

ミサイルを俺が薙ぎ払い、出久が地上の敵を蹴り砕く。ただそれだけのシンプルな行動で、敵の攻撃のほぼ全てを完封できていた。

 

こんなにうまくいくはずがない、罠だ。

そうして周りを見渡してみると、違和感を覚えた。ビルの配置についてだ。

 

「嘘だろオイ、エグゼキューターってあんな器用に動くのかッ⁉︎」

 

ビル陰に隠れつつ移動を行なっていたエグゼキューターは、警備ロボを倒す為に演習場に深入りしていた俺と出久を包囲する陣形に変わっていた。

 

後ろをみると、2機のエグゼキューターが入り口を固めていた。包囲完了していたかッ!

 

「出久、すまん。囲まれた。」

「...僕が3Pを排除する。ミサイルの援護が無ければ0Pの攻撃はそこまで脅威じゃないから。」

「出久、援護なしでインペリアルを狩れるか?」

「大丈夫。団扇くんこそ、0P倒せるの?」

「火力には自信ある。エグゼキューターは任せとけ。」

 

最後のヴェネターを蹴り砕いた出久を尻目に、インペリアルを護衛するエグゼキューターに接近する。俺を狙ってくるミサイルは、出久の放った空気弾によって爆散させられた。行ける。

 

「須佐能乎・桜花衝!」

 

エグゼキューターの薙ぎ払いを最小限の空中機動で回避して胴を桜花衝で砕き抜く。これで一機。

 

エグゼキューターの残骸を盾にしてミサイルの第2陣を防ぎ、出久を迎撃しようとしているもうエグゼキューターに接近する。腕を上に弾き飛ばし、踏み込み、頭を砕く。

 

瞬間、弾け飛ぶインペリアル達、数は五つ。ミサイルが誘爆したようだ。ミサイルの発射口に空気弾を打ち込んだのだろう。緑谷出久に飛び道具は、まさに鬼に金棒という所だ。味方で良かった。

 

だが、包囲網は狭まっている。残りのエグゼキューターの射程距離は、俺と出久を捉えている。

 

16重の同時攻撃は俺と出久を無慈悲に押しつぶそうとしていた。だが、出久は気付いていてもそれに反応しない。俺を信じているのだ。

 

その気持ちに応えなくては、俺は緑谷出久の友人を名乗れない。

 

「はいだらぁああああ!」

 

衣装・須佐能乎を一部解放、右腕に力を抑えていない全力の須佐能乎を展開し、16重の攻撃を一つの拳で打ち返す。

 

手応えありだ。

 

16機のエグゼキューターは、その腕を吹き飛ばされバランスを崩し倒れた。気分はちょっとしたオールマイトだ。

 

だが、強力な力には反動があるもので。インパクトの瞬間右腕から鋭い痛みが走り始めた。この感じ、ヒビでも入ったのだろう。柱間細胞で治るとはいえ、少しの間右腕は使えない。

 

「団扇くん、はいだらって何?」

「俺にも分からん、口から勝手に出てきた。」

 

まぁ、いつの間にやら空気弾で全てのミサイルポッドをぶっ壊した出久を見ると、もう残りは消化試合だと思い始めてきたのだが。

 

「しっかし強いな。お前の新技。また命を救われたな、出久。」

「まだ終わってないんだからそんな事言わないでよ。」

「それもそうだ。じゃ、残敵掃討といきますか!」

 

残りの警備ロボを倒し終えたのは、そこから5分と経たない後だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『驚いた、倒し切っちゃったね。』

「おうとも。出久は強いだろ。」

「団扇くん、誰その子?」

「今回の黒幕。雄英のセキュリティをハックした悪の天才ハッカーだよ。」

「じゃあなんでそんな親しげなのさ。」

「俺にも分からん。まぁ、なんとなくだよ。」

「出た、団扇くんのなんとなく。」

『仲良いんだね、2人は。」

 

その少女の言葉に、俺と出久は顔を合わせて苦笑する。

 

「友人だからな。」「友達だからね。」

『...そんなのが、あの強さの理由なんだ。本当に、人って不思議。』

 

『うん、決めた。君の側に付くよ、団扇巡くん。』

「そりゃまたどうしてだ?いや、ありがたいんだが。」

『君は、1人では今の陰我の足元には及ばない。でも、だからこそ君達の方が良いって思えたんだ。』

 

『君達は、暖かいから。』

 

その言葉からは、どこか覚悟を決めたような強さがあると思えた。

彼女の言葉は真実だろう。

 

今ここに、陰我の組織は完全に瓦解した。友を想うという気持ちを込めた、只の文化祭のステージによって。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警備ロボを倒し終わり、人心地ついた所で解除しようとした須佐能乎の中から一つの思念が感じられた。

白昼夢のようなものだろう。一瞬しか経っていなかったが、しかし確かに俺は彼女と話をした。

それは、俺に与えられたもう一つの選択肢。俺の希望と、俺の救いを放り捨ててでも行くべき価値はある。そんな願いの話だった。

 




描写をしっかりするべきか、省くべきか悩みに悩んで省く方を選んだ作者がいるらしい。
正直原作の神っぷりを超えられる気はしないのでこれでいいのだと割り切りました。ハイ。


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団扇巡の決断

クリスマス、食べた食事は、ハンバーグ(冷凍)

メリークリスマス!してる人は激しく妬ましいのでSNSはあまり見れない悲しさ。まぁ平ジェネのネタバレ回避のためもあるんですけどねー


相澤先生との戦いと警備ロボとの戦い、その二つで俺は柱間細胞のリミッターを外した。だが、まだなんとかなると思い込んでいた。俺の体が柱間細胞への拒絶反応を起こさなかったため、大丈夫だと思っていたのだ。

 

それは、浅慮だった。

 

「...陰我を殺すまでは、乗っ取られるつもりはなかったんだけどな。」

 

視界の中に映る、見た覚えはないが、されどあの日からずっと感じていた少女の事を見つめる。

 

少女は、どこか達観したかのように笑っていた。

 

「安心して、乗っ取るつもりなんてないから。」

「そりゃまたどうして?」

「私は、あの日死んだから。」

 

視界に、昼下がりの電車のイメージが走る。これが、話に聞いていた陰我の生まれた事件だろう。

 

話を聞いていて、どうしようもなさに腹がたっていた事件だった。

 

「柱間さんも、人を助ける事じゃなくて自分が生き残る事を選べたらもっと楽だったんだろうけどな。」

「...選べないよ。誰かの命を見捨てて生き残るって、凄く辛いんだよ?」

「...愚痴りたいなら聞くぜ?俺は今、柱間さんの温情で生きているんだから。」

「ありがと。じゃあ、ちょっとだけ。」

 

「...私さ、別に本心からヒーローになりたい訳じゃなかったんだ。」

「...自警団作ったりとか、積極的だったのにか?」

「うん。私はただ、他人にちょっとだけ優しくしようって思ってただけ。なのにいつのまにか皆に太陽だーって言われるようになっちゃって。不思議だよね。」

「...そう思える事が、凄かったんだろ。超常黎明期の事は歴史でしか知らないけどさ。酷かったんだろ、個性持ちの扱いは。」

「...うん、私たちは普通に生きたかっただけなのにね。私たちの周りでは、いつも悲劇しか生まれなかった。だから、生き残る為には力を振るうしかなくなっていた。」

 

「いつだって、誰かに助けを求めてた。いつだって、死なせないでって願ってた。いつだって、いつだって。」

 

俺は、その叫びにならない声をただ聞いているしかなかった。慰めの言葉は、その地獄を体験していない俺には無い。だから、ただ見つめていた。

 

「...ごめんね、君には何も関係ないのに。」

「いや、関係はある。俺は、陰我の敵だから。」

「...そっか、ゆっくんの敵だもんね団扇くんは。こんな話を聞いて、戦い辛くなっちゃった?」

「微妙だな。」

「微妙かー。」

「元から奴とは戦い辛くなってるんだよ。不死身の殺し方は思いつかないし、心情的にちょっと同情しちまってるし。いや、殺すけど。」

「セメントだねー。」

「まぁ、伊達に違法自警団はやってないって事で。」

「...ヒーロー街道一直線だったのにね。」

「人生万事塞翁が馬、そう思わないとやってられるか。」

 

そう言ってちょっと不貞腐れる。今日雄英に来てから、未練が残っていることに気付いたのだ。ヒーローになるという夢への未練が。

 

「その言い方、ゆっくんにちょっと似てるかも。」

「最悪の褒め言葉ありがとよ。」

 

クスリと、柱間さんは笑った。だが、その笑い方は全てを諦めた死人の笑いだった。

だから、かなり腹が立った。細胞だけとはいえ、彼女は生きている。それなのに命を諦めていることに。

 

「私の人生は色々あったけど、最後には後悔しか残ってない。人の一生は死に様で決まるって話なら、私は多分落第以下。間違えて、間違えて、間違えた。その結果いろんな人を死に追いやった。今もゆっくんは誰かを死に追いやろうとしてる。だから...「止めるぞ、俺と柱間さんで。」...団扇くん?」

「人の一生が死に様で決まるってんなら、あんたはまだ終わってない。まだ意思があるんだから、生きているって言って良いはずだ。だから、後悔があるなら最後まで戦え。俺がそれに手を貸すから。」

「...どうして、そこまで優しいの?」

「別に優しくしてる訳じゃない。ただ、俺一人じゃ陰我は止められない。それを理解しているだけだよ。」

 

その言葉を聞いて、再び柱間さんは笑った。

 

「嘘つきだね、団扇くんは。」

「...そうですよ、団扇さんは嘘つきだよ畜生。」

 

本当は、理由なんてないのだ。俺が誰かを助けたいと思う事には。

後付けで幾らでも誤魔化してきたが、きっとこれまでにも気付いた人はいたのだろう。神郷とか、後輩とか。

 

「うん、やっぱり君がいい。私の心を託すのは。」

「心を託す?」

「うん。正直こうやって話していられるのは、君の須佐能乎の特性が繋ぐ事だからだと思う。だから、きっとゆっくんの中の私にも届けられる。」

「...そうか、俺の須佐能乎が細胞の中の柱間さんの意思を拾い上げて形にしてるのか。」

「...本来の私、ゆっくんの中の私の細胞は最後の、『人を救いたい』って思いだけで活動してるの。だから、ゆっくんや君を傷つけたりはしない。けど、ゆっくんが人を傷つけて、殺す側に回ってしまったのならきっと私はそれを拒絶できる。たとえ、ゆっくんが死ぬ事になっても。」

 

それは、御堂柱間という少女から出た、陰我を殺してでも止めるという意思だった。

 

「...いいのか?命を懸けて救った相手なんだろ?」

「じゃないと、ゆっくんは止まれないから。もう物語は始まってる。ゆっくんが何かをする必要は、もうないんだよ。」

「...わかった。その策、使わせてもらう。須佐能乎で柱間さんの意思を陰我に叩き込む。それでいいんだな?」

「うん。よろしくね、団扇くん。」

「ああ、任された。」

 

意識が薄れてきた。どうやらここでの会話は終わりのようだ。

 

「もしも、君が私たちの時代にいたら、私たちを助けてくれた?」

「...ああ。それは絶対の絶対だ。」

「...本当に、優しいね。君は。」

 

そんなもしもの言葉が、俺に最後の覚悟を決めさせた。

俺は、行く。俺の願いも、俺の救いも捨ててでも、救けると決めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

白昼夢から目を覚ますと、そこは市街演習場Eだった。

 

須佐能乎を解除して、周りを見渡す。そこには、スマホの中にいる少女と、彼女と何やら会話をしている出久がいた。

 

『あ、起きた。』

「団扇くん、大丈夫?」

「ちょっと体の中の美少女と会話してた。」

「...大丈夫そうだね、うん。」

『これが大丈夫ってあたり、信じられてるね。団扇くん。』

「妄言に慣れられてるってとこだわな。いや、嘘は言ってないんだけど。」

 

ぐだぐだな会話が始まりながらも、ゆっくりと市街演習場から逃れる。緑谷の携帯に皆から連絡が入ったのだそうだ。そりゃ、突然超速で閃光を追いかけたなんてのなら心配にはなるか。

 

出久の携帯に住処を移した少女は、割と好き勝手に動いていた。というかメッセージを代打ちしているようだった。出久も、結構な無茶をしていたようだ。空気弾を放った指が腫れているのが見て取れる。

 

「出久、指出せー。」

「あ、ありがと団扇くん。まだ調整が完璧じゃなくてさ。」

「まぁ、その辺は慣れだろ。...ハイ終わり。次はあんまり無茶すんなよ。」

『慣れてるんだね。』

「付き合いそこそこ長いからな。」

「入試以来だもんね、僕ら。」

 

「んじゃ、俺は校長んとこ行ってくる。退学の書類とか色々あるからな。」

「団扇くん、本当に辞めちゃうの?雄英。」

「俺さ、陰我を倒し終わったら旅に出ようと思うんだ。」

「...唐突だね。」

「だから、まぁそういう事だ。」

「どこ行くの?」

「秘密って事で。言うと多分相澤先生追ってくるからな。あんな気の抜けない戦い二度とゴメンだよ。」

「帰ってくる気は、ないんだ。」

「...ああ。」

「皆、心配してるよ?」

「...本当にすまないと思ってる。」

 

クラスの皆の顔を思い浮かべる。皆と、陽だまりの中でヒーローを目指す事、そこに未練がないとは言わない。

 

「けど、行かなきゃいけないんだ。俺はもう、知っちまったから。」

「何を?」

「助けてって言う、声にならない叫びを。」

 

「だから、俺は行く。」

「...そっか、団扇くんらしいね。でも、その先に団扇くんの幸せはあるの?」

「わからん。けど、行かなかったら俺は俺として終わる。それだけは、したくないんだ。」

「そっか...」

「まぁ、多分大丈夫さ。俺は、どんな環境でも生きていけるから。ヤクザの下働き8年の実績を舐めるなよ?」

「うん、それは絶対に誇っちゃいけない奴だ。」

 

やっぱりぐだぐだな会話に戻る俺と出久。何故かシリアスが持続しないのだ。俺たちは。

 

そんな時、ブラドキング先生がようやく到着した。遅くなったなー。いや、俺と出久の殲滅スピードが速すぎたのだろう。きっと。

 

「すまない、遅くなった。...緑谷?」

「あ、勘でやってきてくれた助っ人です。ブラド先生の代役を務めてくれたんですから感謝してくださいね。」

「いや、団扇くん。その理屈はおかしいから。」

「いや、感謝する、緑谷。無線で状況は聞いていた。お前がいなければどうなっていたかわからん。」

「いや!ブラドキング先生、頭をあげて下さい!僕はそんな大した事してませんから!」

 

真面目なブラド先生がやってきても、やっぱりぐだぐだ感は拭えなかった。不思議だなー。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

出久たちと別れて一路校長室に向かう。ここにやってくるのは実は初めてだ。書類上の保護者とはいえ、あまり接点はなかったから仕方ない所ではある。

 

「やぁ!団扇くん!久しぶりの校長さ!」

「お久しぶりです、根津校長。早速ですが退学書類の方をお願いします。」

「そんなに慌てる必要はないんじゃないかな?」

「いえ、クラスの皆と会うのは気まずいので、さっさと逃げ出したいってのが本音です。」

「ハハッ!正直だね!それじゃあ仕方ない、これが書類さ!あとは名前と判子だけで終わりなのさ!」

「ありがとうございます、校長。」

 

渡されたペンを握って、一度目を瞑る。

思い出すのは、辛く、苦しく、楽しかった日々。

そこから今、俺は旅立つ。

 

「校長先生、本当にお世話になりました。」

「こちらこそ、今日は君がいてくれて良かったよ。君の未来に幸運がある事を祈ってるよ!」

 

あっさりと、根津校長は俺の退学を認めてくれた。だが、それだけではないのだろう。背後のドアから見知った気配が近づいて来るのを感じる。

 

「行くぞ、団扇。」

「はい、相澤先生。」

 

二人で、一歩一歩踏みしめるように歩いていく。

道中、相澤先生は何も語らなかった。

俺からも、何かを語る気になれなかった。

 

だが、第2裏口を目前に捉えたあたりで、相澤先生は一言言った。

 

「団扇、お前は俺の生徒だ。それを忘れるな。」

「...はい。」

 

その不器用な気の使い方は、よく知る相澤先生のもので少し安心した。

 

「短い間でしたが、お世話になりました。本当に、ありがとうございました。」

 

そう一礼をして、雄英から離れていく。

もう二度とこの学校の土を踏むことはすまいと覚悟を持って、一度も振り返らずに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

相澤消太は、その背中を見続けていた。

いつの間にやら自分と相撃つまでに至った有望な生徒の背中を。

 

「俺は、お前なら良いヒーローになるって思ったんだがな...」

 

これから歩んでいく過酷な運命を微塵も気取らせないような強い足取りで、少年は歩んでいった。

 

...もはや彼はヒーローにはなれない。陰我事件が終わり次第、彼は自分の犯してきた多くの違法捜査の槍玉に挙げられるだろう。それを庇ってくれる後ろ盾は、彼自ら捨て去ってしまったのだから結果は見えている。

 

そういう事をしてきた連中を、抹消ヒーローイレイザーヘッドはよく知っているのだから。

 

だが、その罪状の中に今日行った警備ロボ破壊事件は載せられない。監視カメラがハッキングにより狂わされていたのだから証拠がない、事が露呈した場合はそれで押し切るという校長の判断からだ。

 

そんな事でしか彼に助力できない自分が情けないと思う。

だが、全てを捨てて彼に助力すると決めるには、相澤消太には大事なものが増えすぎていた。

 

「これが、大人になるって事かね...」

 

煙草を吸いたい気分とは、こんな時なのだろう。だが、相澤は煙草を持ってはいない。代わりに、ポケットに入っていた飴を一つ食べた。

 

「甘すぎだろ、コレ。」

 

ラベルには練乳コーヒー味と書かれていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ナイトアイと共に新幹線に乗り、才賀屋敷へと戻る。

 

「おう、巡。無事だったか!」

「まぁな。てかニュースになってないんだから無事に決まってるだろ。」

「それもそうですね。とはいえ団扇様なら、何かしらの過ちを犯しているのだろうなとは予想がつきます。」

「なにせ、大将だしな。」

「そこの二人、俺にどういうイメージ持ってるんだよ...」

 

「トラブルダイバーって思ってるんじゃない?いつものメグルみたくさ。」

「そうね。なんか知らないけど核心に突っ込んでいく変なのだし、メグルって。」

「バブルビームさん、サンドウィッチさん!」

 

エンデヴァーヒーロー事務所所属のサイドキック。バブルビームさんとサンドウィッチさん。高い戦闘能力と判断力を持つ有能なヒーローである。

 

「エンデヴァーヒーロー事務所からの助っ人は、やはり君達か。」

「まぁ、順当ですよね。メグル絡みですし。」

「メグルさん、この人たち知り合いなんですか?」

「頼れるヒーローだよ。まぁ、その分俺は逃げるべきか迷ってるんだが。」

「大丈夫大丈夫、事が終わるまではメグルは放置でいいってエンデヴァーさんの指示だから。」

「あ、事が終わったら逃げなきゃいけませんね、コレ。」

「逃がさないからね?」

『随分楽しそうだね、団扇くん。』

「まぁ、再会できて嬉しいとは思ってるからな。」

「知らない声が聞こえたんだが、誰か居るのか?」

「ああ、新しい仲間だ。」

 

そう言って俺はスマホを見せる。スマホの画面の中には少女が一礼をしたようで、皆各々にそれに対応していた。

 

「陰我の組織のネットワーク担当をしていた超凄腕ハッカーの...すまん、名前聞いてなかった。」

『酷いなー、団扇くん。まぁ言ってないんだけど。』

「ないんかい。」

 

思わずツッコミを入れる俺、割と愉快な性格をしているぞこの電脳少女。

 

『私は(ヴィラン)コード、レインだよ。』

「...そのコードを知っているという事は、警視庁のオフラインシステムにすら侵入していたという事か。末恐ろしいな。」

「てか名乗れよお前。」

『名前と本体の位置は秘密、だって多分余罪いっぱいあるし。』

「うん、ナイトアイ。コイツ事が終わったら絶対に捕まえて下さいね。」

「ああ、任せておけ。」

『無理だと思うけどなー。今のネットワーク技術だと、私の犯行の証拠は残らないし。』

「それは逆に研究対象として有望なんじゃないかな。」

 

「それでレイン、陰我を殺すための術は手に入れた。あとはどこに釣り出すかだけなんだ。協力してくれるな?」

『もちろん。でも、一度目で仕留めてね?じゃないと本体が殺されちゃうし。』

「...怖い世界ですねー。」

「いや、安心して神郷ちゃん。怖いのはこの人達だけだから。ヒーローは人を殺さないよー。」

「ヒッ!近寄らないでください!」

「あれー?」

「何か嫌われる事したんじゃないの?バブルビーム。」

 

「皆濃いから話が進まねえ!」

『馬鹿みたいだけど、案外楽しいね。』

 

その日は、十分な休息を取りつつ、あるるかんの修理の終わる2日後に陰我を呼び出そうという案が出るだけで終わった。

 

尚、神郷はしばらくこの才賀屋敷に泊まることとなった。神郷の両親曰く、事件がもうすぐ終わるのならばセキュリティの整った場所に置いておきたいのだと。

流石に共働きの神郷の両親はこちらに泊まる事は出来ないが、それでもこの布陣は彼らにとって安心なのだろう。

 

そして、翌日。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

早朝、型稽古をしている才賀とその近くで個性のトレーニングをしているフランさんに声をかける。

 

「ちょっと出かけてくるわ。」

「おう巡、どこまでだ?」

「ちょっと千葉の刑務所まで。ここへの襲撃はないだろうし、親父に会ってくる。」

「いってらっしゃいませ、団扇様。」

「行ってきます、才賀、フランさん。」

 

そうして電車で揺られること二時間弱、親父のいる刑務所に着いた。

 

「面会手続きにはちょっと早かったか。」

 

やる事もないので、SNSに投稿されていた文化祭の皆の頑張りを記録したものを読んでみることにする。出久の奴、マメだねぇ。

 

『愛されていたんだね、君は。』

「いたのか、レイン。」

『うん、陰我への報告は終わったし、海外との連絡も終わった。やる事はもう無いんだよ。だから着いてきちゃった。』

「プライバシーもクソもないな、まぁいいけど。」

 

レインと共に記録を読んでいく。芦戸のダンス練習の事、演出チームの頑張り、爆豪の『音で殺るぞ!』宣言、様々なハプニングがあったものの、それを乗り越えて一つのクラスとしての発表を完成させたのだと。

 

一人分の役割を残したままで。

 

『演出の欄に、団扇君の名前載ってたね。』

「いつ帰ってきてもいいように、って事だよな。...泣きそうだわちょっと。」

『泣いてもいいんじゃない?他に誰も居ないよ?』

「お前がいる。強がらせろよ少しくらい。俺は男なんだから。」

 

そして、文化祭のステージの動画に一言、『良かったぞ』とコメントして携帯をしまう。何様だと思わなくはないが、まぁ細かい事はいいだろう。

 

さて、敵意はない事は分かっていたが、まさかの人物の登場に少し面食らった。

 

「よぉ、団扇。」

「よ、心操。なんでここにいるんだ?」

 

チャクラコントロールで心操の洗脳を弾けるように準備しながら、そう答える。

 

「...お前に、話があって来た。んだが、もういい気がしてる。」

「そりゃどうしてだ?」

「お前は、なんか変わったから。」

「...まぁ、犯罪者(予定)だしな。」

「そういう事じゃなくて、雰囲気が。」

「雰囲気かー。」

 

「多分、吹っ切れたんだよ。俺はヒーローにはなれない。そんな感じにさ。」

「...俺が、どんなに望んでも掴めなかったチャンスを、お前は棒にふるのか?」

「ああ、棒にふる。」

 

「俺はヒーローになって、俺みたいな境遇の奴を助けたいって思ってた。それができる社会にしたいって思ってた。けど、それより先にやらなきゃならないことがある。」

「それが、復讐だってのか?」

「ちょっと違うな。終わらせてやりたいんだよ、陰我って奴を。もう、あいつが頑張る理由は何もないから。終わらせる誰かが必要なんだ。そして、それが出来る人間はこの世界には俺しかいない。だから、やる。」

 

そう、決めたのだ。復讐を取っ払った先にある俺の意思として。

 

「...団扇、俺はなるよ。ヒーローに。」

「ああ、応援してる。」

「お前みたいな境遇の奴を救えるくらいは、片手間にできるヒーローになってやる。だから、お前はお前の好きにやれ。」

「...ありがとよ、心操。」

 

そう言って、心操は駅の方へと去っていった。微妙に眠そうにしていたのは、おそらく始発でここまで来たからだろう。

そして、そんな情報を伝える奴など、1人しかいない。

 

「レイン、お前やりやがったな?」

『うん、君が刑務所に来るのは予想できたから、ここの行くよって仲の良さそうな心操くんを呼び出してみたの。旅に出るのには、荷物は軽い方が良いでしょ?』

「...まぁ、今回は感謝してやるよ。」

 

レインは、あまり信用できない。だが、多分俺に害しようとしての行動ではないのたろう。

 

お陰で、心残りが一つ減った。

 

「さて、良い時間だし面会行ってくるわ。携帯は預けなきゃなんないからお前は留守番な。」

『監視カメラジャックして覗いてるねー。』

「プライバシーもあったもんじゃねぇな本当に。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よ、親父。」

「よぉ、巡。背伸びたか?」

「測ってないからわかんね。まぁ、多分伸びてるよ。成長期だし。」

「そういや、お前まだ16か。...随分と、辛い事経験した面してるけどよ。」

「まぁ、色々あったから。」

「そっか、色々か。」

 

「巡、実はお前の親父さんに会った。」

「...へぇ、探偵でも雇ったのかな。」

「お前の話をしたよ。ま、俺が話せるのはお前が売られてからの話だったんだが。」

「...懐かしいなー、最初の頃は隙を見せたら殺されるとか思ってたりしたっけ。」

「そこから気を抜くまでにほとんど時間かかってねえけどな。」

「だって、親父たち良い人すぎるんだよ。あんなんで警戒を続けろとかは無理があるわ。」

「にしたって馴染むの早すぎだろうが。」

「んで、父さんはなんだって?」

「...巡の父親があなたのような人で良かった。そう言って帰ってったよ。お前の事を愛してる良い父親じゃねぇかよ。」

 

確かに、方法はアレだったがそれは俺と母さんを思っての事だったのだろう。方法はアレだったが。うちはの血か...

 

「...連絡先とか交換してる?」

「なんだ?話す事でもあるのか?」

「ちょっと余裕ないときに会ったから、酷いこと言ったと思うんだ、多分。だから旅立ちの挨拶くらいはやっとこうかなって。」

「どっか旅に出るのか?お前。」

「...うん。片道で、帰ってこれない所まで。」

「何処だ?それは。」

「刑務官の人に聞かれたくないから、幻術使うね。」

 

そうして、親父の目と俺の目を合わせる。伝えるのは、俺の行く先の事。

 

「...そんな事ができるのかってのは、無粋か?」

「いや、まぁそれが普通の反応だと思うよ。ただ、俺の万華鏡写輪眼ならできる。それは嘘じゃない。」

「じゃあ、お前と会うのはこれが最後か。」

「うん、そうなる。」

「寂しくなるな。」

「...ごめん。」

「謝んなよ。」

 

「男が道を決めたんだ。それを後押ししねぇ親父はいねぇよ。」

「ありがと、親父。」

「ま、そんな力があるんならお前自身の幸せを追求して欲しいってのが親心って奴なんだがな。」

「いや、俺の幸せとか考えなくて大丈夫だよ。俺はどこに行っても大丈夫だから。」

 

その言葉に、「確かにそうだな」と納得した。

8歳でヤクザの元で割と面白おかしく暮らしていた奴が言うのだから、説得力があるのだろう。

 

「頑張れ、巡。俺は、お前のその行為を応援する。」

「...本当にありがとう、親父。俺は、親父の息子になれて本当に良かったって思ってる。」

「お前、最後だからって口軽くなってんじゃねぇか?」

「かもね。ま、本心だから気にしないで。」

「こっぱずかしいっつってんだよ。馬鹿息子。」

 

それから面会時間終了まで、とりとめのない話をした。

多分、俺と親父の別れ方は、こんな感じが一番だと思ったから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから、夜までに俺の友人皆に連絡を入れた。旅に出る、もう連絡は取れない、あとは思い思いの言葉、そんな内容の連絡だ。

そんな事をしたお陰で、皆からの返信でてんてこまいだったのは、まぁ笑い話だろう。

 

そして翌朝。

 

『陰我を呼び出したのは、田等院駅近くの廃ビル。時間は夜の11時。市街地だけど、周囲に人は少ないから安心して。』

「そこなら、アレを使われても最悪須佐能乎で海浜公園辺りまで押し出せば被害は最小限にできるな。」

「まぁ、そうでなくともあやつの不死身性は跳ね上がっておる。主様の術とやらですぐに終わらせるのが唯一の勝機じゃな。」

「一応、基本的な作戦は昨夜言った通りだ。情報を元にやってきた陰我の木分身の相手を私たちヒーローがしながら、本体の位置を()()()()で探る。そして見つけたと同時に団扇達の奇襲で終わらせる。覚悟はいいな?」

「ええ。行きましょう、陰我の妄執を終わらせに。」

 

覚悟を決めて歩き出す。俺の全てを賭けて、戦いに行くために。




この作品も長くなりましたが、次章で最終章となります。
次回作は何書きましょうかねー、ギアスのレジスタンスルートとか、FE暁とかスプラトゥーンとかネタは浮かんでいるんですがどれも書きたくて超迷います。遊戯王もそろそろ書き始められそうですしねー。


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陰我編
羅刹と狼の歩く夜


平ジェネ見ましたぜヒャッハー!
冗談抜きで最高クラスのライダー映画だと思います。まだ公開中なのでネタバレはしませんけれど、かなり電王見返したくなりました。アマプラで視聴期間切れてませんしね!


午後11時、田等院駅近くの廃ビルに、陰我は現れた。

 

「目に隈はなし、仙人モードじゃないですね。でも木分身です。殺す気でやって大丈夫ですよ、皆さん。」

「信じるからね?まぁメグルがそんな事で嘘を吐くとは思わないからいいんだけど。」

 

ヒーロー組と無法者組を分けて作戦を練った。

ヒーロー組みは陽動。ヒーローによる襲撃だと考えれば俺たち無法者は分けて考えられる筈だ。

ならば、陰我は情報の出所を抜き取る為にヒーローを殺さずに捕らえようとする筈だ。陰我は今、世界最強クラスの力を持っているのだから。

だが、用心深い奴の事だ、近隣に潜んでいた本体は逃げ始めるだろう。

 

そこを、ナイトアイが今まで温めていた大作戦で絡め取る。

 

「じゃあ、戦闘開始お願いします。」

「ええ、任せておいてよメグル。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

周囲の雑踏に紛れて陰我は廃ビルから離れるために歩き出す。

 

「罠か、久しく経験していなかったな。」

 

木分身でヒーロー達と戦闘しつつ自分は変化で顔を変え、この場から自然に離れるためだ。

 

だが、視線があった。因果の繋がり方からいって準イレギュラー、団扇巡か神郷数多の関係者だろう。念のため路地裏に入り顔を変える。

 

だが、視線があった。因果の繋がり方からいって準イレギュラー、殺すか?と迷う。だが、人の目が多すぎる。

 

そうして、人の目から逃れるように顔を変え、道を変え、流れていった。

 

だが、視線は途切れなかった。

 

タクシーを探す、見つからない。

レンタカー屋に入ろうとする、臨時休業だった。

駅へと向かおうとする、視線の数が多すぎて力を使わねば振り切れないだろう。

 

何かが、おかしい。陰我はそう感じた。

 

因果律予測を用いて行き交う人々の運命を見る。その結果、見えたのは陰我にとっての地獄のような事実だった。思わず声を出してしまうくらいには。

 

「...この周囲にいる全員が、準イレギュラーだと⁉︎」

 

「あ、気づかれたみたいですね。」

「しゃあねぇ、プランBだ。」

「ですねー。まぁ、そっちの方がやりたかったプランなんですけど。」

 

周囲にいた全員が、懐に手を突っ込む。

 

それを見た陰我は反射的に木鎧を発動した。超常黎明期からの戦闘経験が生んだある種の定石である。

 

だが、そんな事はこの作戦を立案したサー・ナイトアイにはお見通しだった。故に、この作戦に参加した1()4()8()()の準イレギュラーに渡された装備は単純明快なものだ。

 

GPS機能付きの、最新式カラーボールである。

 

「ッ⁉︎」

 

瞬間、木鎧の身体操作でビルの屋上に飛びのく。だが、数多のカラーボールの中にある、自分を追尾する一発を避け切る事はできず着弾した。

 

「...仕方ない、殺すか。」

「そうはさせないのが、俺たちの仕事なんだよ。」

 

瞬間、忌々しい狼が陰我を蹴り飛ばした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ナイトアイの用意していた作戦、準イレギュラーの148人全員に陰我の変装パターン全てを覚えさせての大包囲網。それは、一応の成功に終わった。

 

今、陰我はカラーボールにより位置を丸裸にされている。これで、万が一にも逃す心配はない。

 

「皆、行くぞ!」

 

須佐能乎の中に格納していた皆を吐き出し、戦闘態勢に移行する。

 

「とりあえず挨拶がわりの焼夷手榴弾!」

「今度は金に糸目をつけない連発じゃ!」

「テメェら、親父の金だからって好きにやりやがってッ!」

「いいじゃねぇか、もう買っちまったんだから。」

「ですね、派手に使ってしまいましょう!」

 

そんな訳で開幕金の暴力である。マネーイズパワーだぜ。

 

「んじゃ、あれで死んだか賭けようぜー、俺死んでない方にかけるけど。」

「満場一致で死なぬ方にかけると思うぞ、主様よ。」

「まぁ、あのバケモンだしなー。」

 

5発の最新式焼夷手榴弾により作られた炎の中から、生えてきた木の鎧に本当に嫌になるくらい憂鬱なため息をついた。

 

「貴様ら、本当に油断ならんな..,」

「さらっと防いでんじゃねぇよ、化け物か。」

「多少焦げたが、まぁその程度だ。」

「知ってた、化け物だコイツ。」

「では、こちらの番と行こう...何ッ⁉︎」

 

陰我は、体を動かそうとして違和感に気付いたようだ。

 

体を拘束する、耐火性ワイヤーの存在に。

 

「あるるかんだけが私の個性の使い方では無いのです。中に私の糸を通したこのワイヤー、引きちぎるのは容易ではないですよ?」

「というわけでリンチ第二弾!一発目ェ!」

 

須佐能乎・桜花衝にて木鎧を砕き抜く。

 

「二発目じゃ!」

 

幼女と化してもなお怪力は衰えないアセロラが顔面を。

 

「3発目っなぁ!」

 

ギアを装備したジャンクドッグによる一撃は、左肩に。

 

「4発目ぇ!」

 

形意拳の技術を使った一撃が、陰我の右肩を。

 

それぞれが全力の一撃をかまし、陰我は完全に隙を晒した。

 

「これで、くたばれ!」

 

剥き出しになった胴体に触れ、須佐能乎の繋ぐ力を発揮して俺の中の御堂柱間の意思を陰我の柱間細胞に叩き込む。

 

手応えはあった。これで、終わりの筈だ。

 

「貴様、何をしたッ⁉︎」

「御堂柱間の意思を、お前の柱間細胞に叩き込んだ。お前は、彼女の意思によって裁かれるんだよ。」

「...ククッ、彼女の意思か。」

 

「そんなもの、常に感じてる。だが、それで止まるのならば俺は陰我にはなっていない。」

「...おいちょっと待て、いつのまにか目に隈出来てないか?」

「以前の戦いでタネが割れたからな。練習した。」

「そんなんでできてたまるか仙人モードッ!」

 

即座に須佐能乎を全力で展開する。アレだけは出させてはならない!

 

「皆、中へ!5人羽織だ!」

「何をしようと無駄だ、この力の前では!」

「そうでもない、俺の須佐能乎も進化している!」

 

ビルの屋上に、二つの巨人が現れようとしていた。

だが、タッチの差で俺の須佐能乎の展開の方が早い!

 

「チャージなどさせるものかよ!」

 

巨大な木人の形成途中で、()()()()()()()()()()で引き寄せ、()()()()()()()()()()()で道路へと叩きつける。

 

当然道路は割れるが、今回は大丈夫。なにせ警察が経費で落としてくれるからな!

 

「巡、お前心の声漏れてるってわかってるか?」

「あ、忘れてた。」

「団扇様って、かなり愉快な思考回路していますよね。」

 

須佐能乎・五人羽織。それは俺の須佐能乎の特性、繋ぐ事を最大限に活用した形態。五人全員の個性とエネルギーを十全に扱える俺の須佐能乎の最強形態だ。

人数が多過ぎれば雑多な個性とエネルギーをコントロールしきれずに無駄になり、人数が少な過ぎれば須佐能乎自体のパワーが足りなくなる。故の五人。戦いの日々の中で互いを深く知ったからこその力である。

 

さて、先制パンチの効果は...

 

「素直に驚嘆だ。貴様の個性は出来ることが多すぎる。」

「だったらちょっとは応えろや。」

 

どうやら、()()だけは阻止できた。現れた巨人は羅刹の面を持つ木人。難易度はベリーハードで済んだようだ。

 

「この近辺は、ナイトアイの手の者以外避難させられてる。ついでに言うなら、被害額は国が出してくれる。暴れ放題だぜ?」

「...いらぬ気遣いだな。」

(ヴィラン)は楽でいいなぁ畜生。」

「お前とてそうだろうが無法者。」

「これでも結構被害には気をつけてたんだぜ?」

 

「これからみたく、地図を書き換えるレベルじゃ暴れてないんだからな。」

「フッ、確かにそうか。」

 

地に足をつけた木の羅刹と黒い狼の巨人。これからの戦いは、激闘になる。そんな確信があった。

 

「行くぞ、才賀!」

「おう!」

 

才賀の個性の範囲を、須佐能乎のスケールにブースト。陰我の位置と意思を感知する。...来るッ!

 

「フランさん!」

「ええ!」

 

両手の指から力ある糸を須佐能乎のスケールにブースト。糸の結界で敵の一撃を絡め取る。

 

「力は、私の方が強いようだ。」

「速さは、俺たちの方が速いみたいだな。」

 

糸の結界をものともせずに、突っ込んでくる羅刹。その羅刹の放った一撃は、重く鋭かった。だが、ジャンクドッグの引力を使えば逸らせない事はない。しかし、放ったカウンターは躱された。

 

バックステップで距離をとり、仕切り直す。

 

こちらからの攻撃、ボクシングスタイルでのシンプルなワンツー、それにジャンクドッグの引力とアセロラのパワーを込める。

 

それでも、陰我の木人のガードを崩すには至らなかった。その上木人は再生しやがった。タフネスは向こうが上だ。圧倒的に。

 

「これ、仕留めるには何か手品が必要だな。」

「分身するというのはどうじゃ?」

「すまん、俺のチャクラ量じゃ分身しても弱くなるだけだ。」

「糸で首を絞めようにも、あの木人呼吸していませんからね。」

「やっぱ近接で殴り続けるしかねぇか。マウント取りてぇな。」

「頭が急所って訳じゃねぇと思うぜ、あの巨人。本人の位置からのエネルギーで再生してるタイプだ。」

「余計めんどくせぇな畜生。...頭か丹田の2択、どっちにする?」

「丹田だな。気の流れってのは丹田が中心になるもんだ。人型ならそこに居るのが一番いいと思うぜ。」

「私はお坊っちゃまの意見に賛成です。」

「妾も、才賀の意見に同意じゃ。」

「俺もとりあえず胴殴るのでいいと思うぜ、本体じゃなくても胴を砕けば動きは鈍る。」

「全会一致か。よし、ボディをひたすら狙うぞ!」

 

陰我からの回し蹴り、ビルを砕いて破片を飛ばしてくる。

そこに潜り込んで寸勁を腹に放つ。力の流れを集約したゼロ距離打撃は腹に衝撃を伝え、そこに亀裂を作った。

 

その隙間からは、陰我の姿は見えなかった。だが写輪眼が見せる身体エネルギーの濃さからいって、奴の本体は胴付近だろう。

 

「危ねぇ、巡!」

 

その声に、思考に割いていた脳のリソースを反射につぎ込む。

陰我は、寸勁を受けながらも木人を動かして拳を頭にハンマーのように振り下ろしてきた。当然、寸勁の衝撃の分力は減っているが、質量のある木人の攻撃は、重い。

 

一撃、ただそれだけでこれまで積み上げてきた小さなアドバンテージは吹き飛んだ。

 

「...皆、生きてるか?」

「...ああ、死んだと思ったぜ。」

「カカッ!妾に感謝せい。吸血鬼としての不死性を共有していなければ今ので主様以外お陀仏よ。」

「なんでもいいさ。戦いはまだ終わってねぇ。」

「ですね。幸い身体的ダメージは無いようです。あとは気力でなんとかしましょう。」

「うし、行くぞ!」

 

ダメージを受けた陰我と倒れた俺が戦闘距離に戻るのは同時だった。向こうは再生しているせいでダメージが残らない。インチキも大概にしろと言いたくなる気分だ。

 

「追撃をしてこなかったのは、仙術のチャージ時間か?」

「ダメージが原因とは考え辛いのぅ、あやつ妾より不死身じゃし。」

「じゃあ、プランCは殴り続けて仙術のチャージをさせないだな。」

「プランBは?」

「あ?ねぇよんなもん。」

「なんじゃそりゃ。」

 

周囲のビルを足場に、三次元機動を試みる。だが、陰我は常にこちらを正面に向けるように木人を操作している。仙術の感知能力は須佐能乎をしっかりと捉えているようだ。あるいは因果律予測による因果の逆算によるものか?

まぁ、要するにスピードによる不意打ちは通じないと言う事だ。なんでこんなにも隙がないんだこの化け物は。

 

「しからば!」

「正面突破じゃ!」

 

ビルを足場にして大ジャンプ。空中で一回転し、チャクラブーストによる空中機動により速度を作り、必殺の蹴りの体勢を取る!

 

「ライダーァア!キィイック!」

 

個人的にやってみたかった必殺技不動のナンバーワンを誇る、仮面ライダーの必殺技ライダーキックである。まぁ、チャクラブーストがないとただの隙だらけの飛び蹴りなので今までやれていなかっただけなのだが。

 

陰我の木人は、この見掛け倒しの必殺技に脅威を覚えたのか着弾点となる()を守るべくガードを固めた。

 

「まぁ、嘘なんだけどな。」

 

チャクラブーストで着弾点を陰我の手前に変更、ライダーキックの踏み込みの力そのままにボディに拳を3発連撃。表面を砕き、内部を砕き、丹田から背中までを貫いた。

 

だが、木人は体を貫いた拳を掴み、俺の体を固定した。

 

「あの飛び蹴りが詐術なのは見えていた。だが、これで貴様はどこにも逃げられまい。」

「丹田じゃねぇのかよ!俺たち2択に弱いな畜生!」

「主様!愚痴っとる場合か!」

 

「木人解放、木槍千波(もくそうせんは)

天鳥船(アメノトリフネ)ェ!」

 

瞬間、陰我の形成していた木人は体の大部分を木の槍に形を変え、俺たちを貫こうとしてきた。もう致命傷のコースに飛んでいる槍があるため陰我を飛ばすのでは防ぎきれない。

ネタが割れるのは面倒だが、自分に使うしかない。

 

そうして、自分たちの須佐能乎を飛ばした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

陰我の目前に居たはずの狼の巨人が霞のように消え去り、木の槍の雨を回避した。これは、警戒していた団扇巡の瞬間移動であろう。

 

ならば、背を取る筈だと仙術と個性により感知に努めるが、団扇巡はどこにもいなかった。団扇巡の仲間たちもだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だが、それならば自分に使った時の瞬間移動の説明がつかない。あの一撃に、タイムラグはなかった。

 

異空間に飛ばす力ではない。瞬間移動でもない。とすれば、信じられないがそういう力だろう。

 

陰我は、半ば残った木人の拳を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

黎明期からの戦闘経験が導いたこの答え。かかった時間は1秒にも満たなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

戻ってきた瞬間に、須佐能乎の目の前には、拳を構えた木人が居た。一回くらいは成功してもいいと思うんだがなあ!

 

木人の拳は、引力で逸らし、糸で絡めとる。今の小さくなった木人相手なら、パワー負けはしない筈だ。

 

「チッ、仕損じたか。」

「いや、何でほとんど初見の技を見抜けるんだよお前。やっぱ化け物か。」

「一度食らって、一度見た。ならばそれは既知の技だろう。」

「おっかねぇなぁホント。仙術なんてチート持ってるんだからちょっとは油断してくれ。」

「...タネが割れても連続して使ってこない事を見るに、インターバルが必要だな?お前の()()()()()()()は。」

「...さてな、会話を楽しんでるだけかもしれないぜ?」

「ぬかせ、復讐者が。」

 

陰我の仰る通りである。

 

俺の万華鏡写輪眼の右目の瞳術、それは認識したものを未来に飛ばす能力だ。以前陰我に使った時は、陰我を飛ばす事で擬似的な瞬間移動を実現させた。アセロラを救う時も木の杭を未来に飛ばす事でアセロラから取り除いたのだ。

 

そして今回は、自分に向けての天鳥船。木槍の波が終わる時間、約1秒ほど自分たちを未来に飛ばしたのである。

 

インターバルは、飛ばしたものの重さに比例する。今回飛ばしたのは俺たち5人なので、インターバルはおそらく5分程度だろう。須佐能乎は、重さには含まれない筈だ。須佐能乎はあくまで精神体であるのだから。

 

「さて、勝手に弱ってくれた事だし。リンチさせて貰うぞ。」

「それはどうかな。この程度の損傷の修復、2秒とかかるまい。」

「なら、1秒でボコボコにしてやるだけだ。」

 

木人の拳を絡め取っている糸に火遁を纏わせる。須佐能乎のブーストを入れた火遁は、陰我の木人の表皮を焼き焦がす。

だが陰我は、そんなものは意味をなさないとばかりに超速で木人の再構成を始めた。2秒で確かに再生は終わりそうだ。

 

 

「まぁ、そうはさせないんだけどさ!」

 

須佐能乎のブースト速度をそのままに、形意拳の型を取る。

 

半歩、一撃、半歩、一撃、半歩、一撃。形意拳の基本動作にて、ひたすらに頭を撃ち抜く。そして、羅刹の面を完全に打ち砕いた。だが...

 

「人の手応えが、無いッ⁉︎」

「お前、頭か丹田の2択ってどっちもハズレじゃねぇか!」

「お前らも乗っただろうが!」

 

顔のなくなった木人が須佐能乎の両腕を掴み、握り潰そうとしてくる。瞬間的に腕の発現スケールを縮小化、木人の胸を足場にしてバック宙で距離を取りつつ両腕を再構成。感知と写輪眼の二段構えで再生の様子を観察する。どうにも、なにか化かされている感がある。

 

再生スピードはとんでもない早さだったが、別段どこかを中心にしているかのようには見えない。

 

無線で、ナイトアイと連絡を取ることにする。

 

「ナイトアイ、聞こえますか?」

「団扇か、どうした?」

「陰我の様子が妙です。そっちで何か確認していませんか?」

「いいや、センチピーダー達と交戦していた陰我の分身がお前たちとの交戦と共に消え去ったくらいだ。予想の範疇を出ない。」

「レイン、お前はどうだ?」

「んー、特にないかな。陰我の端末は壊れたから私からのアクションは起こせないってくらい。」

「壊れたのはいつだ?」

「木人形成の時だよ。」

「不自然さはないか...どうなってんだマジで。」

 

再生を完了した木人が、目の前に立ち塞がる。例えるのならあれは不動の構えだ。自然エネルギーを取り込むための不動と、相手の後の先を取るための不動の合わさった隙のない構えだ。

 

構えに、不自然さはない。重点的に守っている点も見当たらない。

 

「こりゃ、色々突っかかって情報集めねぇと戦いにすらならねぇな。」

「全く、面倒じゃの。」

 

戦いは、まだ始まったばかりだった。




まずは前哨戦、木人との戦いです。この時点でどうすんだコレと思わせれればいいなーとは思います。


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閃き

体験版あったのでFitボクシングなんてものに手を出してみました。これいい運動になるわ。と運動不足の作者の新たな日課になりそうです。
ただ6000円はちょっと高かったかなー。


戦闘開始してから約5分、天鳥船使用から3分経ったが状況にさほど変化は現れなかった。

 

せいぜいが、2人の巨人の周りのビルが廃墟と化した程度だろう。

 

「あの無敵超人め、隙くらい見せやがれ。」

「隙があっても突けぬがの。カラクリを解かぬ限りは。」

「どうする巡、奴の本体を叩かねえ限りはジリ貧だぜ?この五人羽織だっていつまで持つかはわからねぇんだから。」

「...よし、こういう時はぶっぱだ。何かしらのアクションは出るだろ。」

「適当ですね、団扇様。まぁ他に手は思いつきませんけれど。」

 

とりあえず安直な考えから技をぶっ放す。膠着状況を打開出来るとは思えないが、まぁ正直このまま持久戦を取られるのが一番の最悪だ。向こうは自然エネルギーという回復手段があるのに、こちらのエネルギーは消費していく一方なのだから。

 

須佐能乎で結ぶ印はうちは一族の代名詞。炎を操るうちはが十八番。

 

「須佐能乎・火遁・豪火球の術!」

 

須佐能乎によるブーストのかかった豪火球は、その色を赤色から白色へと変貌させた。須佐能乎の中でも熱さを感じるくらいなのだから、温度はちょっとした災害クラスだろう。

 

向こうの木人は、その炎を避けずに体で受け止めた。再生能力を過信しての事だろうか。あるいは、白くなった炎でさえ、木人を焼く事は不可能だと認識しているのだろうか。

 

なんにせよ、当たらない事に定評のある豪火球のクリティカルヒットだ。木人も、表面が焼け焦げていった。

 

呼吸をしているなら、今の炎による高温の空気で気道を焼けると思うのだが、まぁ柱間は仙人モード特有の超再生能力でなんとかしているのだろう。

 

さて、表面が焦げたという事は脆くなったという事だ、多分。

ならば、表面が生え変わる前に連打といこう。

 

だが、敵もさるもの。こちらの超スピードの連打を最小限の動きで払っていった。こちらの狙いは正中線上を狙い放ったものだ。向こうの防御に不自然さはない。

 

向こうの反撃のクロスカウンターを済んでのところで躱してバックステップで再び距離を取る。向こうが防御に使った両腕は今ボロボロだ、一手打つなら今だろう。だが、その一手が思い浮かばない。

 

そんな時、何気にこの須佐能乎での貢献度ナンバーワンを誇るフランさんから提案があった。

 

「団扇様、敵の急所が移動しているとは思えません。ここは正中線に急所があると仮定して、私の糸を芯にした炎でぶった切りましょう。」

「それ採用!」

「ノータイムかよ!」

 

だって他に策はないのだから仕方ないだろう。

 

「即興必殺!須佐能乎・火遁・豪火鞭(ごうかべん)の術!」

 

右手からの糸をフランさんのコントロールでより合わせ一本の力あるムチに作り変え、それに白炎を纏わせる。

それを全力で振り下ろす。ムチの先端速度は、相当なものになっただろう。音の壁を破った時の音が産まれたのだから。

 

意外な事に、陰我の木人は真っ二つへと切り裂かれた。もう少しなにかあると思っていたので拍子抜けだ。

 

だが、真っ二つにされたはずの木人が動き出したことで、ある疑惑が産まれた。

 

動き出したのだ、()()()()()()()()()()

 

「おいおい、ちょっと待て...」

 

片方の半身だけが動くというのならわかる。そちらの半身にコアがあるということなのだから。

両半身動かないという事ならもっとわかる。陰我ごとぶった切る事に成功したという事なのだから。

 

だが、両半身動くという事は、それはつまり...

 

「俺たちが追っていた陰我は、木分身?」

 

あの化け物は、リモートコントロールによって動いているという可能性だ。

 

本体は、別の場所にいる。

 

「んで、それがどこかって話なんだけど。探しようなくね?あの不死身マンの身を守る必要とかないだろ。」

「街を絨毯爆撃するのはどうじゃ?」

「すまん、出来そうな技はない。」

「できたらやるのかよお前...」

 

ぶった切れた木人がくっつくのを観察する。写輪眼でも木分身を繋ぐ意思のリンクを見抜く事は出来ない。だからこその観察であるが、あまり意味はなかったかもしれない。

 

「...この中に、あの木人を纏めて消し飛ばせるネタがある奴は言ってくれ。」

「あったらとっくに言ってるっての。」

「人間相手ならひたすらボディ狙うんだが、あいつバケモンだしなぁ...」

「弱点がそもそもないとか、無理ゲー過ぎやしないかの?コレ。」

「泣き言は死んでからにいたしましょう。今は戦う時です。」

 

豪火鞭を使い、とりあえず木人を細切れにしようとする。周囲の建物は軒並みぶっ壊れているので大丈夫。と思ったが、目算ちょっと間違えたのか無事だった建物までぶった切ってしまった。危ねぇ。

 

ムチを縦横無尽に振り回し、白炎の熱で溶断する。チャクラはかなり消費するがそれ相応のリターンは確約できそうだ。

 

実際、木人はムチのスピードに対応し切れずになされるがままになっている。あるいは、もはや木人が囮だと気付かれた物として捨て駒にしているのか?

 

まぁ、なんにせよ効いているのは悪いことではない。あのスケールの木人を再生するには、それ相応のエネルギーが必要な筈だ。それに、奴を黙らせる事には十分なリターンがある。

 

「皆、自分の中のエネルギーに意識を割いてくれ。それを才賀に送るイメージで。あとは俺が調律する。」

「5人分のエネルギーで個性を強化するというというわけじゃの。」

「大役ですね、お坊ちゃま。」

 

「というわけで才賀、行くぞ!」

「おうよ!」

 

須佐能乎で才賀の個性の範囲をブーストする。才賀に意識を集中するが故に豪火鞭は維持し切れず消えてしまうが、まぁ仕方なかろう。5人で分けているエネルギーを才賀一人で使用しているような者なのだから。

 

「...うん、わかっちゃいたが人っ子一人いねぇ。奴の遠隔操作精度高すぎだろ。」

「あるいは、避難の際に群衆に紛れ込んでしまったのかもしれませんね...」

「しゃあねぇ、もっかいバラすぞ。多分対策されてるけど。」

「ちょっと待て...」

 

バラバラになった木人が再生するのを観察するのは中止して、また戦闘に移ろうかと気合いを入れようとした所で、才賀の待ったがかかった。この感知の個性の感覚を一番知っているのは才賀だ。何か掴んだのかもしれない。

 

「...右前方2キロ半、そこにリラックスしてる何かがいる。思考を持ってる!」

「...遠隔操作のタネはそういう事か!でかした才賀!」

 

木人を無視して才賀の示した場所へと飛ぶ。

 

その方向に何があるのか気付いた木人は、再生途中にもかかわらず止めにかかろうとしてくるが、木人よりも俺たちの須佐能乎の方が、速い。

 

「まずは、1()()()!」

 

須佐能乎のスピードで、一見普通の。されど濃密な身体エネルギーを持った街路樹を引っこ抜き、握り砕く。それにより、木人は動きを止めた。

 

この木は陰我の木分身などの操作のためのアンテナのようなものだったのだろう。自分の力が俺たちに割れていると知って、遠隔操作という保険をかけてきたのだ。

だが、それももうネタは割れた。あとは追いかけるだけだ。

 

「才賀、もっぺん行くぞ!他のアンテナか、本人かが見つかるまで!」

「...いや、遅かったみてぇだ。他の、全ての街路樹がアンテナに変わりやがった!木人が動き出すぞ!」

「どこからどこまで⁉︎」

「感知している街路樹全部だ!」

「入念な下準備だな畜生!」

 

才賀に供給していたエネルギーをカット。再び豪火鞭を形成して木人に振り下ろす。

 

今度は、ムチは白炎によって木人を溶断する前に何かに当たり弾かれた。写輪眼で見切れない事から、自然エネルギー由来の技術だろう。

 

恐らく、NARUTOに出てきた蛙組手の応用だ。自然エネルギーを纏わせて力場を作るという。

陰我は、それで見えないエネルギーフィールドを作り出せるほどに自然エネルギーの扱いに習熟しているのだから。

 

さて、見えないのだから確かめるしかない。奴の自然エネルギーフィールドが全身を覆っているのか一部に特化しているのかを。

 

「両手、いきます!エネルギーをフランさんに!」

「任されました!」

 

両手に豪火鞭を形成しての超速乱舞。一部にしか展開していないのならばありとあらゆる方向からの攻撃には対処しきれないはず。

 

だがまぁ、こういう事では悪い方に想像は当たるもので、超速の乱舞の結果は白炎による溶断は起こらずに、ただの鞭打程度のダメージしか与えられていなかった。そして、その傷もすぐに治る。

 

「全身装甲か...厄介極まり無いッ!」

「だが、鞭でのダメージが通ってるぜ。無敵の盾って訳じゃない。」

「...閃いたぞ主様!妾に力を集約せよ!」

「乗った!任せたぞアセロラ!」

「提案を聞きすらしねぇのかよ!」

 

5人全てのエネルギーを、アセロラに集中する。

湧き上がるのは、乾きの衝動と溢れる力。

衝動により互いに殺し合いを始めかねないので長くは使えないが、これなら超身体能力が扱える。

 

「皆の心は5分と持たない!速攻で決めろ!」

「5秒で終わらせるから落ち着いておれ!というかなんで5分もつのじゃ!鋼の心か!」

 

1秒、超身体能力で踏み込み、鞭打の距離を投げの距離まで一瞬で詰める。

2秒、木人に纏わりつく自然エネルギーフィールドを掴み、技も何もないただの力技で上へと投げ飛ばす。

3秒、そうして浮いた木人をアッパーでさらに上に飛ばす。

4秒、超身体能力による跳躍で、浮いた木人をさらに上に持ち上げる。

そして5秒、超上空にてフィニッシュホールドの前段階で止め、チャクラブーストで上空に待機する。

 

街路樹アンテナの有効範囲から抜け出した事により、木人は完全に停止した。これなら、この須佐能乎ドライバーを決めるまでもないだろう。

 

エネルギーの集中化を止め、倍加されていた吸血衝動から解放される。これを気合で止めているアセロラは、本当に凄い奴だと改めて思う次第だった。

 

「どうじゃ!隙を生じさせぬ二段構え!動かずば宙で止め、動けば地面にえぐりこむ。これぞ、アセロラドライバー大作戦!」

「しまった、先に名乗られた!」

「いや、そこどうでも良いだろ。」

 

そうして、無線で木人の無力化をナイトアイに伝え、俺たちの戦いは小休止となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

...上空であの質量を持ち上げ続けるとは、全盛期のオールマイトを彷彿させる無茶苦茶だ。そんなことを指揮所で集めた準イレギュラーの指揮を取っていたナイトアイは思った。

 

だが、団扇はオールマイトではない。全ての(ヴィラン)に絶望を与えてきたオールマイトは、根本的なところが独りだったが、団扇は根本的なところで独りではない。独りにはなれない。そういう男だ。

 

「さて、団扇からの連絡によるとこの街の街路樹全てを破壊しろとのことだったな。街路樹をアンテナにした遠隔行動、奴はどこまで厄介になるのやら。」

 

ただ、それを実行するには少し時間がかかるだろう。集めた準イレギュラー達の中で木を破壊できる個性の持ち主は少ない。

なぜなら、集めた準イレギュラーたちのほとんどは警察官なのだから。

 

10月1日、団扇巡と陰我が戦ったあの日、総勢200名を超える巨大捜査本部となっていた陰我事件対策本部長は事故死した。

キャリアでありながらも気さくで、正義感に熱く、優しさを知っていた本部長を慕っていた者は多かったのだ。

 

それが故の、148人の大動員である。

 

準イレギュラーだからといって完全に安全ではない。だからといって、慕う上司の復讐のために、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思う者たちは多かった。

 

ヒーローではない警察にも、プライドはあるのだ。

 

「バブルビーム、サンドウィッチ、あなた方は別れて街路樹の対処に当たってくれ。戦闘範囲4キロ周辺の街路樹を全て切断する。北はバブルビーム、南はサンドウィッチ、西は数打警部、東は雪平巡査部長の個性を中心に動け。私たち指揮官側は深夜で目撃者がほとんどいない以上、警察の皆さんの個性使用を黙認する。どうせ始末書を書くなら、気持ちよく書こう。...ああそれと、街中で善意の協力者に出会ったときは、身分証の提示をしてもらった後で快く受けるといい。恐らく、彼らは来ているだろうから。」

 

「了解!」と気持ちの良い返事が返ってくる。これで、指示出しは何も問題はない。

 

 

あとは、やってくるであろう来訪者の対応だけだ。

 

 

「...来たか、陰我。」

「貴様が、指揮官か。」

「目に隈がない。舐められたものだな。」

「...そうか、貴様が違和感の正体か。サー・ナイトアイ。いや◾️◾️◾️◾️。」

「そうだ。貴様と同じだよ。イレギュラーと深く関わった事でイレギュラーと成り果てた者。運命の外側に外れた後天的なイレギュラー。貴様が感知できなかった、隙だ。」

「だが、殺せば修正は効く。」

「それが出来ればの話だがな。」

 

ナイトアイは、右肩を一度触り戦闘態勢を取る。

言葉を交わす事を止めずに。

 

「貴様は、私を感知できなかった。それは、貴様のイレギュラー判別方法が世界各国の個性一斉調査結果を盗み見て、その名前と顔からその人物にこの世界の因果が載っているかどうかを判別していたためだ。」

 

かざされた手から挿し木が飛んでくる。それを見る前からの予測により回避してサポートアイテムの超質量印を投げつけて反撃を行う。

 

直撃した、常人なら骨折コースの当たりどころだったが応えた様子はない。この陰我も木分身だろう。

 

「故に、貴様は盲目だ。時遡祈里や私のような後天的イレギュラーの事を見ていない。見ようとしていない。悪いのは外からやってきて運命をかき乱すイレギュラーだけだと思い込んでいる。だから、そいつのせいにして多くの命を葬ることを肯定している。そいつのせいにして自分の心をまもっている。なぁそうだろう?佐伯行道(さえきゆくみち)。お前は、ハリボテの使命感で生きている外道なだけのはずなのにな。」

「...外道と言われようと、俺の守る運命は変わらない。」

「フッ、そういえば良いことを教えてやろう。」

「なんだ?」

「貴様たちが守ろうとしていた約束の物語、僕のヒーローアカデミアにおいて、死穢八斎會は敵だった。この世界の主人公、緑谷出久は私たちの見た敗北という運命を捻じ曲げて一人の少女を救う。それがその章の結末だったんだ。」

「...は?」

「貴様も思うか、私たちの見ていた確定していた未来が、捻じ曲がる事がこの世界の創造者に定められた運命なのだとは思いたくなかろう。私も経験がある。」

「待て、じゃあ私の選択はッ!」

「団扇巡に感謝すると良い。アイツのお陰でお前の約束の物語は守られているのだから。」

 

その言葉で、一瞬陰我は停止した。

 

その一瞬でナイトアイは陰我に詰め寄り、銀色の右腕の一撃を叩き込む。

 

サー・ナイトアイの購入した最新式の義手、Iアイランドにおける最新技術のふんだんに詰め込まれた超戦闘用の銀の腕。

見るものが見たら言うだろう。こんな馬鹿げたギミックに何億払ったのだと。ナイトアイは貯金の2/3だと自信を持って言える。

何故なら、腕を失った事によりナイトアイは人を救う目と敵を砕く腕の二つを手に入れられたのだから。

 

その銀の腕に仕込まれていた唯一のギミックにより陰我の木分身は爆ぜ飛び、木片となり散って行った。

 

「しかし、あの技術者は何故この超電磁式射突拳打システムをとっつきと呼んだのだろうか。実際に使ってみてもわからんな。」

 

そうして、指揮所の位置を変えるとだけ指示を出して予定していた次の指揮所へと移動する。もっとも、名前と顔を知られた以上意味はないかもしれないが、念のための策である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうして、 二人の巨人が宙に飛び30分が経ったころ、ようやく田等院周辺の街路樹の全撤去が完了した。偶然いたらしいモノを作る仮免ヒーローのお陰でチェーンソーが行き渡った事が作業の高速化につながったのだ。

 

それを感じながらも、対処をしようとは思わなかった。

 

自分の戦いは、約束の物語を守るための戦いは、自分の気付かないうちに終わっていた。

 

「...約束の物語はもう始まっていた、そして私はそれを壊そうとしていた、か。道化だな。」

 

海浜公園にて独りの男が佇んでいた。

 

背後の街での喧騒を、世界の外側の事としか捉えられない終わった目の男は、何か考えがあるでもなく、ただ自然のままに体を流していた。

 

その様は、まるで殉教者のようで、見るものが見れば不安に思うものだった。

 

故に、根がお人好しの少年は彼に話しかけたのだった。緑色の髪に、そばかすを持つ少年が。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

その優しさに、嘘をもって答える。男は、正直に受け答えるにはあまりにも重く荷物を背負いすぎていたのだから。

 

「少し考えをまとめていたんだ。ここは潮風が気持ちいいからな。」

「そうですね。僕も休憩の時にここの風を受けていましたから、気持ちはわかります。」

 

そうして、二人で少しの間風を感じる。秋の潮風は少し冷たかったが、それでもどこか爽やかな気持ちになった

 

「この付近で、(ヴィラン)が暴れていたみたいです。まだ戦闘は続いているんだとか。潮風に当たるのもいいですけど、気をつけて帰ってくださいね。もうこんな時間ですから。」

 

そうして、陰我は気付く。この少年に纏わりつく因果の強さに。

この少年は、強い運命に縛られて生きている。だが、運命とは違う何かもまた、少年と共にある。それはちっぽけなものだったが、どこか暖かかった。

 

なんとなく思った。彼が主人公(緑谷出久)だと。

なんとなく思った。この暖かさがあれば、自分や団扇巡の生み出したこの世界の外側の運命にも立ち向かっていけると。

 

いずれ世界を救うであろう、少年を思って一言言った。

 

「少年、頑張れよ。」

「?はい、ありがとうございます。」

 

携帯で連絡を受けたのか、少年は街の方へと走り去っていく。

その背中は、どこか大きいように見えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

周囲に展開していた全ての木分身、アンテナを回収。自分の本当の全力を持って、団扇巡という敵と相対してみたい。そう思った。

自分を殺したいほど憎んでいながらも、その配下の者たちを誰一人として殺す事を、死なせる事を許しはしなかった、優しく甘く、自分の失った強さを持つ一人の少年と。

 

そう思った時、自然エネルギーの使い方を閃いた。この形が、自分の力の最大限だと直感的に分かったのだ。

 

「さぁ、最後の勝負といこうか。」

 

そうして、陰我は自然エネルギーを十全に込めたその巨人を作り出す。

 

今までの、陰我の心の仮面を象る羅刹ではなく、仏。

 

千の手を持つ最強の術。

 

その名を、仙法木遁(せんぽうもくとん)真数千手頂上化物(しんすうせんじゅちょうじょうけぶつ)

 

その力で街を破壊するでもなく、陰我はただ待った。

自分の未来を決める戦いの相手を。




ラスボスとの戦いは間近、な所で区切らせてもらいます。
今年投稿は多分できないのでこの場を借りてこの作品を読んでくれた皆さまに一言。良いお年を!


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真数千手と輪廻写輪眼

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
一月中には完結できると思うので、もう少しお付き合い下さいな。


仙法木遁(せんぽうもくとん)真数千手頂上化物(しんすうせんじゅちょうじょうけぶつ)

 

木遁忍術の極致であり、仙術の極致である。

 

その仏は、千の手のひらを街に向け、海を背負って存在していた。

 

その全長は、約120メートル。実にウルトラマン3人分である。

 

そんな化け物が現れたのを上空で見た俺は、正直一旦逃げようかと思い始めてきた。

 

「なぁ、アレどーするよ。」

「いくらなんでもありゃスケールが違えぞ。どうする?」

「妾にパワーを集中させても、あの大きさじゃあフィニッシュホールドまで持っていけぬぞ。いや、あの千の手を出し抜く技など思いついてはおらぬのだが。」

「とりあえず、俺にエネルギーをくれ。引力で落下速度を加速させてこの木偶の坊を打ち込む。この高さからの質量攻撃なら、何かしらのアクションは拾えるだろ。」

「それで倒せるとは思えませんが、たしかに邪魔ですしね、この木人。利用するだけするとしましょう。」

 

というわけで、慣れてきた五人エネルギー集約の超引力。引力始点を真数千手の真上に設定し、チャクラブーストを組み合わせて超高速で木人の残骸を叩きつける。

 

「颯爽登場!アセロラドライバー・ジャンクドッグスペシャル!」

「貴様!技名を改悪しおったな!」

「どうだっていいだろ。というか人の名前を勝手に使ってんじゃねぇよ。」

「いや、そんな事より効果だろ。どうなんだ?」

「...下見ればわかるだろ。認めたくねぇけどさ。」

 

木人の超高速落下による質量弾は、着弾した仏の頭を僅かに傷つけるだけに終わった。そして、その傷は塞がっていっている。

 

「団扇巡、貴様はなんというか、手段を選ばんな。」

「選んで勝てるなら選ぶわ。というか選ばせろや。強すぎてどうしようもねぇんだよこっち側は。」

「そんなものか?」

「お前、自分の今のスケール考えてみろ。ウルトラマンのラスボスでももちっと自重するぞ。いや、あっちには予算の都合とかあるんだろうけどさ。」

「...そうなのか。」

 

そんな微妙に緊張感のない会話が、勝ち目のない死闘の始まりだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「アセロラ、ブースト!」

「了解じゃ!」

 

アセロラの超身体能力を5人分の力で発現、分身の術でデコイを展開した上で突撃する。

 

だが、奴は自然エネルギーで感知している。当然のように分身の術は無視されて本体にのみ掌底の雨が集中する。左右へのフェイント、疾走コースの選定、スピードを落とさないでできるあらゆる手を打ってようやく真数千手の膝下に手が届く。

 

吸血衝動を無視して超身体能力で腹を打つ。陰我の姿が見えない以上、真数千手の中にいるのだろう。その位置は恐らく丹田。というかそれ以外殴れる位置にない。もはややけっぱちの全賭けだ。

 

現在の須佐能乎のスケールは無理めに展開して30メートルほど、真数千手の1/4程度しかないが、それでもアセロラの吸血鬼パワーを十全に発揮すればダメージは与えられる筈だ。

 

そう信じての特攻だった。

 

「即興必殺!須佐能乎・鬼人桜花衝!」

 

その上、現状出せる最大火力。アセロラの超パワーでの一撃でさえ、大したダメージは与えられない。それどころか、拳を放った分だけ隙になる。

 

「大将!」

「ジャンクドッグ、頼む!」

 

自身の背中に引力場を発生させて掌底の雨から逃れる。それから約300の掌底を躱しつつ射程距離外に後退する。

 

これでまた、振り出しだ。

 

「クソ、冗談じゃなく万策尽きてるぞ!巡!」

「なら、万と一つ目の策を練る!諦めることだけは絶対にしない!」

「しからば、次は何をするつもりじゃ!」

「残りエネルギー全部を込めた、力押しだ!」

「負けフラグビンビンなんじゃが!」

「グミ撃ちよりマシな筈ッ!皆、力を俺に!」

 

俺の須佐能乎の特性、それは繋ぐこと。

チャクラの本来の特性、それは繋ぐこと。

 

チャクラを操る技術の延長線上として、俺は須佐能乎の力で皆の力を繋いでいる。

だから、皆の力を繋ぐ事の延長でも、チャクラを扱う事ができる。そうであると感覚は言っている。

 

当然、チャクラコントロールの難度は桁外れに難しくなるが、そんなものはもはや誤差だ。どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「束ねて、繋いで、ぶっ放す!須佐能乎・火遁!」

「...また、あの火の玉か。だが、火ではこの力場を突破できまい。」

「豪火滅却!」

 

対陰我用に習得した新術。豪火球の応用でただひたすらに火力と範囲を広げた災厄クラスの豪火である。

須佐能乎のブーストと皆のエネルギーの掛け算で、その火色は白を飛び越え紫色と化した。

人間の可視範囲での最高クラスの炎である。

 

その超高温は、自然エネルギーの力場を抜き、真数千手の全身を覆い、豪火により滅却した。

 

少なくとも、俺の目にはそう見えた。

 

「...この程度なのか?団扇巡。」

「いや、まともな生物ならこれで死ぬと思うんだが。」

 

実際、余波で背後の海は蒸発している。威力には申し分ない筈だった。にもかかわらず健在だという事はそれ相応の理由があるはずだ。

 

単に、頑丈だからという理由だけで防がれたのならどうしようもないのだから、そう活路があるのだと思い込んでいるのは自覚している。

 

「皆、バラけてくれ。俺単体で動き回るから皆は回復に努めてくれよ。」

「たわけ、5人分の力でさえこの戦力差じゃぞ。主様一人でなんとする。」

「俺にはエネルギーの回復手段がある。チャクラカートリッジってんだ。科学の力ってすげーのさ。」

「...その言葉、信じるぞ。」

「おう。着地は各自で頼むぞ。」

 

空中で皆をパージし、須佐能乎の展開スケールを縮小する。人間大の形態、衣装・須佐能乎だ。

 

「さて、スケール差はざっと70倍か?...考えるだけ無駄だな。うん。」

 

皆が無事に着地できたことを確認してから、再び真数千手と向き直る。チャクラカートリッジを握りこみながら。

 

「一人になったか。...何故立ち向かう?力の差は歴然だというのに。」

「まぁ、いろいろだ。」

「そうか、話す気はないのか。」

「いや、話す気はあるぜ?だからまずその真数千手を収めてくれよ。ほら、同じ目線で話そうぜ?」

「そうしたら、私は貴様に殺されるだろうが。」

「残念ながら、今のお前を殺す手段はねぇよ。」

「嘘をつくな。何かしら手はあるのだろう?彼女の力も貴様にはあるのだから。」

「...ま、わかるか。」

 

とっておきたいとっておきというやつである。冗談でなく本当に。

成功確率があるかどうかすら疑問な危険な賭けなのだから。

 

「こっからは、俺だけの大博打だ。さぁ行くぞ!」

 

チャクラカートリッジは、呼び水だ。須佐能乎の繋ぐ力でチャクラを柱間細胞に繋いで、その侵食スピードを爆発的に促進する。

この先に、俺の意思が残るかどうかは本当に運だ。細胞に残留している御堂柱間の意思とて、この力を抑え込む事はできないだろう。

 

物言わぬ木となるか、混ざり高まりあの目を手に入れられるか。そしてその目の力は真数千手に対抗できるものなのか。全てが運だ。

それでも、一縷の望みは残っている。

 

「それが切り札となるのなら、当然止めるさ。」

「やってみろ!」

 

宙にいる俺を襲うのは、自然エネルギーのプレッシャー。手を動かさずとも握りつぶされ殺されそうだ。

 

自分の体が作り変わっている感覚を無視して、柱間細胞が生み出す圧倒的な身体エネルギーと16年間鍛えた体の生み出す精神エネルギーでチャクラを練り上げ、飛翔する。

 

飛翔ルートは、まぁ勘だ。自然エネルギーフィールドを感知する手段はないため、目を閉じて飛び回ることにする。

 

自分の今の状況俯瞰で見ると、人の周りを飛び回る小蝿のように思えてきて、ちょっとおかしくなった。そんなこと考える余裕のようなものがあったことに驚きながらも、ひたすらに飛ぶ。

 

力場を躱す。

掌底を躱す。

木槍を躱す。

 

全てが紙一重だ。

 

だが、目を閉じた事で研ぎ澄まされた勘がなければ叩き潰されていた確信があった。だが、それも数十秒のこと。

 

壁に衝突した。衣装の鎧がなければ首が折れていただろう。

嫌な予感から、閉じていた目を開ける。そこには、掌があった。

ならばと周囲を見渡せば、見えたのは絶望の光景だ。

 

360度全て、掌に覆われている。どこにも逃げ場など、ない。

 

「この程度で、死ぬなよ?」

 

掌が狭まり、俺を押しつぶそうとしてくる。このスケール差でパワー勝負などするだけ無駄だろう。

故に、未来に逃げる。

 

天鳥船(アメノトリフネ)!」

 

飛ばす時間は一瞬。それで回避などできるはずがない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「模倣必殺、ファントムメナス!」

 

重なり合ったものは、存在が弾かれる。ゲームのバグのようなこの性質のお陰で、俺の命はまた一瞬繋がった。

 

そして、飛び出した箇所は仏の顔面の前。適当なポーズな割には粋な場所に飛ばしてくれたものだ。

 

「須佐能乎・紅蓮桜花衝!」

 

巨人状態でなく、人のスケールでの桜花衝。ダメージは見込めないが、陰我が俺を警戒しているのなら、防ぐだろう。防ぐはずだ。

 

だが、自然エネルギーフィールドは仏の顔面を守る位置には張られていなかった。つまり、俺の桜花衝は素通り。

 

「羽虫の一撃なんざ、防ぐ必要ないってか?」

 

まぁ、実際その通りなのだが。

 

今の一撃が通った事でいくつかわかったことがある。

 

木人とは違い、陰我は真数千手全体を自然エネルギーのフィールドで覆っているわけではない。故に、今のように不意を打てば攻撃は通る。

 

次に、火焔桜花衝のダメージ結果だ。真数千手全体のスケールとしては微々たるものだが、ダメージは通った。表面を砕き、その余波で表面を焦がしたのだ。

だが、当然のようにその表面は再生している。

 

つまり、俺の豪火滅却が防がれた理由は真数千手が燃えない性質を持っているというわけではなく、過剰なる再生スピードによって真数千手が焼け落ちる前に治し切ったというわけなのだろう。

 

いい加減にしろとなんと叫びたくなることか。諦めて逃げるというのもかなり有用な選択肢の一つとして出てくるレベルで力が足りない。

 

だが、ここで逃げれば二度と陰我と相対することはできない。そんな確信があった。

 

陰我は、逃げることなど容易にできたはずなのに俺と相対することを選んだ。真数千手なんて切り札を切ってでも。

それはつまり、陰我自身がここが命の張りどころと決めたからだろう。あるいは、命の捨て所と決めたのかもしれない。

 

それに答えないわけにはいかない。俺が陰我を宿敵と思っているように、陰我も俺を宿敵と思っているのだろうから。

 

「まだまだこれから!」

 

空元気なのはわかってる。だが、それでも声を出す。自分がやりたい自分であるために。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

チャクラの吸着で真数千手の表面に張り付き、向こうの掌底を誘発する作戦は自然エネルギーフィールドにより頓挫した。木人一人分すっぽり覆うくらいには奴の自然エネルギーフィールドは広いのだから当然だ。

だが、ここから離れたら千の掌底の射程に入る。そうなれば死ぬのは俺だ。だから、真数千手の体表面スレスレを飛行して撹乱する。次の不意打ちのネタを探しながら。

 

そのうち、指先の動きが鈍くなってきたのを感じた。無視して自然エネルギーのプレッシャーを回避して、それが故に真数千手から距離を取らされる。

そのうち、手が動かなくなるのを感じた。無視して千手の雨をかいくぐり仏の顔に再び接近しようとする。

そのうち、足が動かなくなるのを感じた。細かい移動が出来なくなったため、最高速で仏の顔へと動かなくなった足での蹴りを放つ。自然エネルギーフィールドに止められて、仏の顔に足が届く事はなかった。

 

それと、ボキリと両の足が折れた。

 

だが、出血はない。それはそうだろう。その足は、とうに圧倒的な柱間細胞のエネルギーにより木へと変化していたのだから。

 

だが、衣装須佐能乎のお陰でまだ戦える。木化したのは膝から下だけだったため、膝から下を須佐能乎で作り直せばまだ動くからだ。

 

そして、足の分だけ軽くなったため、スピードは上昇する。

 

動かなくなった両手を、須佐能乎で無理矢理動かし十字の印を結ぶ。

影分身の術である。それで実体化した32の小さな須佐能乎が一斉に散る事で、陰我に攻撃のポイントを絞らせない。

 

同時に、体に流れる柱間細胞のエネルギーを分配する事で、侵食を少しでも遅くする。

 

だが、たった32では千の掌を掻い潜り切ることは不可能で、一人また一人とダメージフィードバックとともに消えていった。

 

そして32人全員が消え去った。だが、陰我は警戒を緩めなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そりゃあそうである。本体は、柱間細胞に逆らわないで合一化する事で、真数千手に隠れたのだから。

 

陰我の持つ強大な身体エネルギーは、柱間細胞由来のものである。それが故の奇策。慣れた感知タイプなら無意識的に自分のエネルギーを感知しないからだ。

 

だが、因果律予測を掻い潜る事はできないだろう。故に、この奇策で稼げる時間は数秒程度。

 

その時間をもって、俺は俺に転生する。

それが、か細い勝機に繋がる最初の博打である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

真数千手の頭部にて、俺は走馬灯を見ていた。

それを無視して、加速した思考そのままに自身の身体をコントロールする。

 

今度は、俺を守る御堂柱間の意思は存在しない。あるいは、どこかで柱間細胞を抑えてくれるのかもしれない。

 

ありがとう、そう口にしようとして、しかし声は出なかった。

 

身体が全て、木になってしまっているからだ。

 

とはいえ思考は生きている。なら、あとは気合の問題だ。陰我の奴とてこの状態から復活したのだから。

 

身体を縛る柱間細胞のエネルギーを、感じる。流動する大きすぎる身体エネルギー、それの流れに逆らわずに精神エネルギーを添わせ、交わらせ、チャクラと為す。

 

そうして、自身の全てのチャクラを右目のあった部分に集約させ、その目をこじ開ける。

 

それが、自身の願った目かどうかは感覚が教えてくれた。この目は、違う。ただの万華鏡写輪眼だ。

 

もはや万策尽きた。右目が輪廻眼にならなかったという事は、俺は柱間細胞に選ばれなかったという事。陰我に匹敵する力は、得られなかったという事だった。

 

か細い勝機は、最初の一歩で断ち切れた。

 

しかも、開いた目は見た。陰我が俺を認識し掌底をもって叩き潰そうとしたのを。

 

これが終わりだ。そう思ってしまった。

 

 

 

でも、そう思わなかった奴らはいた。

 

「巡!」

 

才賀の声が聞こえた。才賀は、糸で釣られながら俺をかっさらい、アセロラとジャンクドッグとフランさんのコンビネーションの高速での巻き取りで俺を救出してみせた。

 

反撃に貰った、一つの掌底と引き換えに。

 

馬鹿野郎、そんな言葉が出てこない。口は木となり閉ざされているから。

 

だが、致命の一撃を喰らって尚、才賀は立ち上がった。

 

「へっ、目が開いてるって事は生きてるって事だよな!さっさと起きろ馬鹿野郎!」

 

海浜公園で俺を囲んで4人の戦士が立ち塞がる。真数千手を前にして。

 

「俺たちは回復したぜ?次の策はなんだ?」

「お坊っちゃま、団扇様は今喋れない様子。ひとまずあの大仏から逃げるのが上策かと。」

「逃してもらえるとは思えねぇがな。」

「カカッ!そんなもの、時の運に任せれば良いのじゃ!」

 

などと、割とボロボロで肩で息をしている皆が言う。

お前ら、無茶しすぎだろ。

 

才賀のダメージは明らかに致命傷だ。今すぐ治療をしなくてはならない。

だが、木になっている俺にはどうする事もできない。

 

やめろと言いたい。

逃げろと言いたい。

 

でも、背中を向けている彼らに、右目だけの俺は何もできない。

 

そして、千の掌の暴力により俺を逃がそうとした皆も纏めて吹き飛ばされた。

 

それでも、皆は生き延びた。不死身のアセロラとフランさんの糸が盾となってからのジャンクドッグの最高出力の引力フィールドによる後退というシンプルな手で。

 

だが、奇跡の代償は大きい。アセロラは下半身が千切れ飛び、フランさんは両手の指が折れ、俺と才賀を体でかばったジャンクドッグは背中のギアを破壊され多くの破片が背中に刺さっていた。

もう皆は、戦える状態じゃない。

 

それでも、皆は諦めていなかった。立ち上がろうとしていた。

そんなものを見たら、心に再び火が付かないわけはないだろう。

 

100%の全力で届かなかったなら、120%の力を出せばいい。

 

胸の思いは一つ、Plus Ultra(さらに向こうへ)だ。

 

全力以上の力を込める。全力以上の心を込める。全力以上の思いを込める。

 

カチリと、どこかずれていた歯車が噛み合った音が聞こえた気がした。

 

見えるものが、変わった。そしてその目が導く力を理解した。

 

いつだって、俺には力は微笑んでくれなかった。

いつだって、俺に微笑んでくれたのは光だった。

 

だから、その目はきっとそういう力なのだろう。

 

名付けるのなら、そう。天ノ逆手(アマノサカテ)。俺に宿った新たな力、最強の呪詛返しである。そして、その力を受けた善果を呪いと認識し、それに対しての応報を光として返すという無茶苦茶な使い方で使う。光を、繋ぐために。

 

「皆、俺を信じて受け入れてくれ。俺たちは、これからだ!」

 

木の体が、肉の体に戻っていく。

ちぎれ飛んだ足が、再生していく。

 

それでも、急激な体の変化のフィードバックにより、俺が戦闘可能状態に戻るまでには、5分程度必要だろう。

だから、今度は皆を信じて任せる。

 

だから、使う。

 

輪廻写輪眼(りんねしゃりんがん)天ノ逆手(アマノサカテ)!」

 

善き人に、俺の心の光を付与するという新しい目の力。光を繋ぐ力。

 

輪廻写輪眼・天ノ逆手。

 

皆の心に俺の祈りの光、須佐能乎を纏わせる。

 

そのスケールは、今の俺の光の大きさ。40m級の須佐能乎が4体。

そして、須佐能乎のフィールド内にはそれぞれ用に調律した医療忍術のフィールドが展開した。これで皆の応急処置も間に合うだろう。

 

後は任せる。

 

任せろ。と繋がった心が響いてくる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一体の須佐能乎が糸を自在に操り真数千手の千の腕を絡ませる。糸で腕同士を絡ませる事により5本の腕を一本にまとめて千の腕を200にまで抑え込む。

そうして、迎撃の密度が減った所に3体の須佐能乎が飛び込む。

 

力任せのアセロラの一撃。

引力による速さのジャンクドッグの一撃。

驚異の技量による才賀の一撃。

 

そのどれもが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

出力が足りている。これなら、俺が参戦できれば勝機はある。

 

その原因は、なんとなくわかる。それだけ彼らは俺に善くしてくれていたからだ。

 

力を貸す事で、子供達を守ろうとするアセロラ。彼女の守ろうとする子供達の中にいつのまにか俺が含まれていたのを知っている。

 

成り行き任せで付いてきたジャンクドッグ。命を救った恩とは別に、ただ一人の友として俺に付いてきてくれた。俺の願いを守るために。

 

才賀に付いてきた事がきっかけのフランさん。彼女は一人の大人として、俺をただ見守ってくれた。

 

そして才賀。ただのお節介で付いてきたこの男。コイツとの出会いがなければ、おれはどこかで崩れて死んでいただろう。差し伸ばされたその手の力強い暖かさに、俺は心を許していた。

 

皆の善果は、俺の光が輝く程に報われるべきものだったのだ。

そう、俺の心は言っている。

 

「どこか彼女を感じる急激なパワーアップ。このままならばこの真数千手とて危ういかもしれんな。だが、急所が丸わかりだ。」

「させねぇよ!今の俺たちは、お前と戦える!あいつの光と共に!」

 

200に纏められた腕による剛撃の嵐。その目標は砂浜で倒れている俺だった。

 

それを50ずつ受け止める須佐能乎たち。伝わってくる心はただ一つ、守るとだけ。

 

それを信じて、しかし邪魔にならないように少しでも離れようとして。

一撃、皆が受け止めきれなかった攻撃が俺を襲おうとしたその時。

 

身体を抱えられた、

 

緑色のヒーローコスチュームの、頼れるヒーローに。

 

「お前、このバカみたいなスケールの戦いに突っ込んでくるとか、どうかしてるぞ。」

「いや、そのバカみたいなスケールを作り出してる半分って団扇くんだよね?勘だけど。」

「ああ、その通りだ。ついでに言うなら、そのバカみたいなスケールにお前を巻き込む事に決めた。じゃないと勝てそうにない。」

 

出久が逃げる進行方向を見ると、そこにはクラスの皆と相澤先生がいた。ヒーローコスチュームを着た状態で。

 

「緑谷くん!団扇くんは無事か⁉︎」

「皆、大丈夫、団扇くんは無事だよ!」

「緑谷ぁ!お前度胸ありすぎだろぉ!死ぬかと思ったぞ!」

「でもデクくん、ナイスだよ!」

「クソデク!クソ目!チンタラしてんじゃねぇぞコラァ!」

「いや、あいつらかなりのスピードだと思うぞ?」

 

「まぁ、仮免の癖に指示を待たないで突っ込んだ事は減点対象だ。あとで覚悟しておけよ。」

 

相澤先生の言葉が耳に残る。すまぬ出久、お前を助けられない非力な俺を許してくれ。

 

「それで、どうするの団扇くん。」

「搦め手は試し尽くした。あとは、力押しだ!でも、もちっと休ませて。」

「...締まらないね。」

「しゃーねーだろ、それが俺なんだから。」

 

どうしてここにいるのかはわからない。だが、ここに来てくれた信頼を信じて、皆と光を繋ぐ。

 

最大の障害、真数千手を倒す方法は手に入れた。

故に、勝利の法則は、決まった。




正直、次話でのやりたい事のためのこの作品続けてたりした所はあります。やっぱてんこ盛りは良い文明よ。


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雄英須佐能乎

始まりは、とある電脳少女の悪意なき行いだった。

 

旅に出るという少年が、あの暖かい子達と会わずに行くのは忍びないと思ったのだ。

故に、勝手にクラスメイト全員にメッセージを送った。

 

そこからは、とんとん拍子である。クラス全員が一斉に外出届を提出しようとし、それを相澤先生が却下しかけた所で校長がやってきた。

 

少年たちの細かい所作から目的を読み取った校長は、仮免を持っていない爆豪と轟の二人はイレイザーヘッドの保護下の元動く事を条件として、演習という名目で少年たちを送り出した。

 

それが、臨時開催の深夜パトロール演習という名の団扇巡救援作戦の実態である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

出久に抱えられてヘロヘロの状態で、皆のいる浜辺へとたどり着く。

 

「よ、皆。久しぶり。」

「めっちゃ心配したんやからね!」

「そうだ!何も言わずに行ってしまうなど、あんまりではないか!」

「...言いてえことはめちゃくちゃあるが、今はいい。逃げるぞ。」

「ああ、それなんだが。」

 

背後で、須佐能乎が真数千手から飛ばされてきた木の槍の嵐を捌いているのを感じる。

だが、それでも防ぎきれなかった流れ矢が至近距離に着弾する。砂が飛び散り目に入りそうだ。

 

「ここはまだあの大仏のキルゾーンだから、下手に逃げても死ぬだけだぞ。」

「おま!さらっと死ぬとか言うなよ!」

「しかたないだろ、事実なんだから。」

「あの嵐のような戦闘規模ですと、多少の盾では防げませんね。」

「氷結を壁にするか?」

「いや、もっといい方法がある。相澤先生、お願いします!」

 

相澤先生に右目を向けて、天ノ逆手で光を返す。相澤先生から貰った恩は、この胸の内にある。相澤先生の教えを受けたからこそ、俺はここまで歩いてこれたのだから。

 

「うおぉ!相澤先生が巨人になった!」と驚く皆。相澤先生はそんな声を無視して、身体を軽く動かして何ができるのかを把握していた。

 

「団扇、どうなってんだこれ!お前の個性意味不明すぎるだろ!」

「実際のところ俺にも原理は分からん。ただ、心の光を形にして渡してるんだと思う。」

「...なるほど、だいたいわかった。飯田、引率だ。離れてろ。」

「わかりました!先生!」

 

そうして、俺は出久に抱えられたままクラスの皆と共に戦闘区域から一時離脱した。

 

浜辺で全力疾走したが故に足に来たであろう皆を集めて、最後の作戦を伝える。ここにいる1年A組全員の力を一つにしてあの真数千手に立ち向かうというただの力押しを。

 

「団扇、お前次から次へと意味わからんことを重ねるな。」

「そうだぜ!皆の力を繋ぐって、そんなことできんのかよ!」

「...待て、団扇お前の力で女子と繋がれるのか⁉︎」

「精神的にだよ!お前ビビってる割にブレねぇな!そういうとこ割と好きだよ畜生!」

「野郎に好きって言われても嬉しくねぇよ!」

「峰田、会話脱線させないで。」

「でも、正直気持ちはわかる。」

「上鳴...」

「それはそうとして、ここにいる21人全員の力を合わせたとしてあの巨体を倒すことができるのか?」

「ハッ!できるに決まってんだろ。」

 

「今戦ってる連中は、巨人化に加えてそれぞれの個性を使ってやがる。あの巨人のスケールでな。見た目は全員狼面のせいで分かりにくいがよ。」

「そうか!俺たちの個性をかけ合わせればあの大仏を倒せるって事か!」

「そういうわけだから、皆の力を貸して欲しい。」

 

「団扇、それ今更聞くこと?」

「そうだぜ!俺たちは、初めっからからお前を助けに来たんだからよ!」

「そうよ。じゃないとこんな深夜にこんな所に来るわけないじゃない、団扇ちゃん。」

「...ありがとう、皆。」

 

体調は、戦えるまでに回復した。だが、才賀たちがちょっと不味い状況になっている。天ノ逆手の効果が消えかかっているのだ。

 

「巡!もう動けるな!」

「ああ!後は任せろ!」

 

才賀の心の声に心で叫んで答える。才賀たちは俺に任せ最後の力を温存するようだ。それが、本当に心強い。

 

「見せてやる、これが俺の、俺たちの紡いだ因果!行くぞ!」

「応!」と皆の声が揃う。さぁ始めよう、須佐能乎21人羽織。改め

 

「絆の証、雄英須佐能乎だぁ!」

 

皆の心を束ねて繋ぐ。須佐能乎の中で皆は自然と手を繋ぎ、身体エネルギーを束ねて一つとし、精神エネルギーを束ねて一つとした。

 

その結果が、今の須佐能乎の色に現れた。今まで赤や黒で彩られていた部分が、鮮やかな虹色へと変わったのだ。おそらくは皆の心が一つに繋がった証である。

 

「団扇巡。それが貴様の切り札か。」

「ちょっと違う。俺たちの切り札だ。」

 

才賀たちの須佐能乎が相澤先生を殿に戦闘区域から外れた事を認識してから、ゆっくりと真数千手に近づく。スケールは互角。攻撃可能距離もおそらく互角。

故にこれは、敵の攻撃に対処できる十全のスピードでの接近かつ不意打ちを確実に通すための威嚇行為だ。

 

「初っ端からかますぞ!障子、砂藤!」

「応!」

「任せろ!」

 

障子の個性により、腕を複製。その数は千。そして砂藤のシュガードープの力によりパワーを倍加。そして、二人の力を一気に放出する事で破壊力はさらに倍加!

 

「千の掌底を破るには、千の拳を撃てばいい!」

「「「シュガーラッシュ・サウザンドフィスト」」」

 

射程距離に入った雄英須佐能乎を真数千手はその千の掌で迎撃する。

射程距離に入った真数千手を、雄英須佐能乎の千の拳で迎撃する。

 

瞬間、嵐が吹き荒れた。パワーは、雄英須佐能乎の自力にシュガードープを加え、さらに二人の力のブーストを加えてなお互角。

そして、互いの認識能力も写輪眼と自然エネルギー感知で互角。

 

故に、真数千手と雄英須佐能乎はその千の腕全てを失うという結果に至った。

 

「すまん、団扇。俺の個性を再び使うにはしばらくインターバルが必要そうだ。力が入らん。」

「俺もだ。アクセルベタ踏みし過ぎちまった。」

「結果オーライだ!こっちには、腕によらない攻撃手段がいくらでもある!尾白!飯田!常闇!」

 

尾白の個性により、尻尾を形成。飯田の個性により、ふくらはぎにエンジンを形成。常闇の個性により、雄英須佐能乎の影から巨大な黒影(ダークシャドウ)を形成。

 

「超速で、連撃で、叩き割る!」

「「「「レシプロターボ・シャドーテイルダンス!」」」」

 

飯田の神速で距離を詰め、強靭な尾による一撃と変幻自在の黒影(ダークシャドウ)の爪撃の連打を叩き込む。

 

されど陰我もさるもの。真数千手を立ち上がらせて足技による迎撃を選ぼうとしていた。

まぁ、そんなことは百も承知だ。故に、先程陰我への返答と同時に口田にはアセロラが影から取り出した必殺アイテムに指示を出させたのだ。

 

財力でかき集めたシロアリの群れに、真数千手の足を喰らえと。

 

「...ッ⁉︎」

「驚いたか!俺も驚いてるよ、この馬鹿な作戦を有効にするキーマンが来てくれたことにな!流石口田だぜ!」

 

「ありがとう」と思念で伝わってくる。こんなとこでも照れなくていいと思うのだが、まぁそれも口田の個性だろう。

 

「というわけで、リンチの時間だ!」

 

神速の蹴り、エンジンで体の回転を加速させての尾撃、大技を振った後の隙を埋める黒影(ダークシャドウ)のカバーリング。陰我が体勢を立て直す数瞬の隙に、50もの乱打を叩き込んだ。

 

だが、それでも真数千手は倒れなかった。乱打も、最後の方は治った両手と自然エネルギーフィールドで対処され、致命傷には至らなかった。

 

そして、真数千手には化け物じみた再生能力が存在する。振り出しに戻るだ。

 

「弱の連打は効果がないね。倒すには大技を撃たないと。」

「いいえ、効果はありました。あの大仏は、再生のエネルギーを両手両足に集中させたようですわ。これ以上の連打を喰らわないために。つまり、どこかにあったのです。あの大仏の弱点が。」

「それなら、私に任せてよ!広範囲攻撃なら得意だよ!」

「わかった、行くぞ芦戸!このスピードのまま全力でぶっ放せ!」

 

「「「レシプロターボ・アシッドレイン!」」」

 

陰我は、これまでの戦いの結果から自然エネルギーフィールドを真数千手全体には張ることができないとわかっている。つまり、このアシッドレインに対して自然エネルギーフィールドを張った場所があるのなら、そここそが弱点だ。

 

そうして、陰我が自然エネルギーフィールドで守ったのは、真数千手の胸だった。心臓の位置に奴はいると断定していいだろう。

 

「団扇くん、そろそろ俺は限界だ!エンジンの形成が保たない!」

「すまん団扇!俺の尾もだ。」

黒影(ダークシャドウ)は闇を補充すればまだ動ける。時間は必要だがな。」

「了解、3人とも充電しててくれ。口田!麗日!葉隠!お前らの個性で接近するぞ!タイミングは俺に合わせてくれ!」

 

チャクラブーストで高速接近。陰我は背中の千手を修復しつつもこちらの対応をしようとした。だが、迎撃距離に入ったところで一瞬の天鳥船を使う。

 

そうして、慣性そのままに消えたことで一瞬のペースチェンジが発生し、陰我の迎撃は回避できた。だが、天鳥船にはインターバルが必要だ。それを突かない陰我ではないだろう。当然、再生途中の手の一本を木の槍に変化させて放ってきた。これの回避は不可能だろう。

 

そう、本来なら。

 

「「無重力時空転送(ゼロ・タイム・トランスポート)!」」

 

天鳥船は、飛ばしたものの重さに比例してインターバルが発生する。故に、麗日の個性により重さから解放されたものを飛ばすなら無尽蔵にできるのだ。

柱間細胞に体を明け渡した今となっては視力の喪失も無視できるレベルであるが故の荒技である。

 

そして、須佐能乎の発現スケールを小さくして、口田が呼び寄せた鳥の群れに紛れて接近する。葉隠の個性を使いながら。

 

陰我としてはたまったものではないだろう。因果律予測による感知は、無重力時空転送により断ち切られる。自然エネルギーによる感知は、鳥たちにより遮られる。そして、視界による感知は葉隠により遮られる。

 

完全なる隠形だ。実際、陰我のとれる手は自然エネルギーフィールドによる面攻撃しかなかった。それも、自然と共に生きる鳥たちなら息をするように回避でき、それに追随すれば俺たちの回避も容易である。

 

そうして、陰我の隙を突いて心の臓の前へとたどり着いた。ならば、急所を攻めるのみだ。

 

「耳郎!上鳴!」

 

スケールを戻して踏み込み両腕を掴み、耳郎の個性で耳からイヤホンジャックを作成し真数千手の心の臓へと挿しこみ個性を放つ。

 

「「「ライトニングビート!」」」

 

イヤホンジャックから流れる爆音が真数千手の胸を砕き、雷撃が陰我本体を貫く。そう思っていた。

 

「違う!ここがコアじゃない!腹の方に心音がある!」

「心臓は囮か!」

 

そうして、掴んだ両腕を掴み返されて、真数千手の頭突きが俺たちを襲った。切島の硬化で咄嗟に防御したが、ダメージは大きい。このスケールの須佐能乎でも、パワーは向こうの方が上のようだ。圧倒的に。だが、致命傷ではない。二発目の頭突きを防御する為に黒影(ダークシャドウ)を展開して力点を逸らす。そして、掴まれた手のひらを勝己の爆破で砕いて距離を取る。

 

そして、その一瞬前に自分たちがいた所に修復された千の掌底が飛んできた。向こうの修復は終わってしまったようだ。

 

「お前、素直に倒されとけよ。」

「...どの程度の威力かは分からないが、あれの狙いが俺の居場所を狙ったものだとはわかっていた。なら、罠くらい張るさ。」

「嫌だね、本当に!」

 

遠距離から、峰田のもぎもぎを真数千手に投げつけまくる。狙いは丹田だが、当たりさえすればどこでもいい。とはいえ向こうの再生能力がある以上、くっついた部分を切り離されてしまえばノーダメージである。

まぁ、今回は峰田のもぎもぎには拘束する役割は望んでいない。中に染み込んでいる勝己の個性のニトロのようなものを隠す為のブラフだ。

 

「さぁ、そのでけえ図体でかわしてみろ!」

「できたら当たって固まってくれ!この状況早く終わらせたいんだよ!」

「何かがあるというのに、わざわざ当たるものか。」

 

その瞬間、真数千手は座禅を組んだ状態のまま空を飛んだ。追撃のもぎもぎを投げつけまくるも回避と千腕の防御により丹田には当たらなかった。ほんと面倒くさいぞコイツ。

 

しかし、空を自在に動けるでもなし。形成していた瀬呂の個性でテープを射出して巻きつけ、拘束する。そのテープとて真数千手の腕により阻まれて丹田には届かなかった。

だが、このテープにも爆豪のニトロ付きだ。それによりニトロのラインは形成された。そして、起爆にはうってつけの大火力がある。

 

「勝己、峰田、瀬呂、焦凍!全力ぶっ放せ!」

「「「「「伝導火焔・爆心地!」」」」」

 

瞬間、左半身から放たれた炎による起爆により、勝己のニトロは起爆した。千の腕全てを吹き飛ばす大爆発だ。

 

そして、宙で爆発の衝撃を受け止めた真数千手は海の方へと吹き飛んだ。これはいい。この位置関係はとてもいい。

 

町への被害の考慮もなく、全力全開の一撃を放つことができるのだから。

 

そして、この戦闘の開始からずっと構築を続けていた天才、八百万百の切り札がようやく完成した。

 

「...青山さん、ようやくできましたわ!レーザーのエネルギーを収束、増幅する円形光線増幅器が!」

「フィニッシュには、やっぱり僕のキラメキが必要ってわけだね!」

「準備はいいな皆!決めるぞ!」

 

「応!」と心と耳で声を聞く。皆の残ったエネルギーと、今まで温存してきた出久のワン・フォー・オールの絶大なるエネルギーを繋ぎ束ねる。21の光を束ねたこの一撃、受け止められるなら止めてみろ!

 

U・A(ゆうえい)...バスターぁあああああああ!」

 

真数千手は、その光線の威力を自然エネルギーによる探知か、あるいは因果律予測により知ったのか、本体を生かすために腹を抉り取り空へ投げとばそうとしていた。

 

だが、その動きは封じられた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

まだ、天ノ逆手の効力は残っている。つまり、須佐能乎を介して心は繋がっているのだ。その心が訴えていた。「決めろ!」と。

それに答えるのは、当然のことだろう。

 

「任されました!」

 

ネビルレーザーに全力を込め続ける。真数千手の再生速度を上回り、陰我本体を消しとばす為に。

 

だが、逃走の動きを止められ、防御のための千の腕は弾け飛び、満身創痍のはずのその真数千手は、この土壇場で()()()()()()()()()

 

そして、光線が着弾する前に、自然エネルギーのフィールドが海水を巻き上げてU・Aバスターを減衰させた。

結局の所、この一撃は光だ。故に、光を曲げ散らす水などで減衰してしまう。

 

だが、それがどうした。

 

幾重にも重なる海の壁を貫き陰我を打ち倒す方法はとっておきのものがある。

 

「出久、行くぞ!」

「うん!」

 

絶大なエネルギーの塊であるワン・フォー・オールを繋いだ須佐能乎を介して皆に再配置。エネルギーの出口を増やすことで瞬間的にワン・フォー・オールの総合出力を21倍にする荒技。そう、この名は!

 

「「ワン・フォー・オール!Plus Ultra!」」

 

瞬間、光線の火力が爆発的に上昇する。その色は、ワン・フォー・オールの身体エネルギーと同じ、今の須佐能乎の色と同じ、鮮やかな虹色だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

閃光が走ったその先には、胴の消し飛んだ真数千手があった。

だが、陰我は生きている。どういう理屈かはわからない、だが、海の上に浮かぶ真数千手の頭部の残骸の上に座り込んでいるのだ。

 

「すまん皆、仕損じた。」

「...仕方ないよ、あの一撃でも倒れないなんて誰も思わなかったんだから。」

 

皆は、ワン・フォー・オールを使った影響で息も絶え絶えだ。出久が辛うじて動けているのは、ワン・フォー・オールに慣れているからだろう。

 

柱間細胞がなければ、俺も動けなかった。それを考えると改めてこの緑谷出久という男はとんでもないと思った。

 

「ケッ、クソが。」

「爆豪、心の声聞こえてんぜ。同意だよ。」

「ウチらの残りのエネルギー、全部託すよ団扇に。」

「それができるのが、この須佐能乎という光なのだろう?なら、やってみせるさ!」

 

皆の心から、力が流れ込んでくる。それは量としては微量だったが、その暖かさからはそれ以上の力を感じられた。

 

「行ってくる。皆。」

「待って。麗日さん、団扇くんに個性を。片道だけど、送るよ。」

「うん、行くで団扇くん。」

「...頼む。」

 

そうして、麗日の無重力で重さのなくなった俺を出久が投げ飛ばす。陰我の待つ場所へと。

 

「来たか、団扇巡。」

「来たぞ、陰我。」

 

無言で、構えを取る。木鎧を纏わないという事は、相応にダメージを負っているという事だろう。

須佐能乎は纏わない。今の残りエネルギーでは衣装でも一瞬しか張れないからだ。

 

最後の最後の土壇場で、お互いに個性の弾は切れていた。

それでも、戦う。

だが、その前に言葉を交わすくらいはいいだろう。

 

「なぁ、陰我。どうして逃げなかった?いくらでも逃げる隙はあったはずだぞ。」

「わからん。ただ...」

 

「私の命の答えは、お前との戦いの先にある。そう確信したからだ。お前とて、似たようなものだろう?」

「...ちょっと違うな。俺が戦うのは...」

 

「声にならない助けてって声が、聞こえたからだ。」

「...なるほど、だから貴様は強いのか。」

「お前だって似たようなもんだろ。始まりは、お前だってこっち側だったんだから。」

「そうだな...そうかもしれんな。」

 

一時の静寂が訪れる。

 

どちらが合図した訳でもない、示し合わせた訳でもない。それでも、俺と陰我は同時に走り出し、拳を突き出した。

 

「お前を倒し、その先を守り生きていく!いずれ世界が救われるその日まで!」

「やらせない!それが命を散らし涙を作るものだから!だから今ここで!お前の因果、俺が断ち切る!」

 

拳と拳のぶつかる鈍い音が、海の上に鳴り響いた。




異能バトルものの最終決戦は異能を絞り出しながらの肉弾戦に限る。というのが作者の好みでした。やっぱりNARUTOはいいぞ。


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とある少年の旅立ち

陰我戦、最終章です。あとはエピローグでこの作品は完結となります。活動報告で乗っけてる設定集とかはまとめ直すの面倒なので気が向いたらになりますねー。


真数千手の残骸の上で、拳を交わす。

 

拳を一発当てるたびに、胸の迷いが軽くなる。

拳を一発受けるたびに、思いが伝わり重くなる。

 

今、俺と陰我は言葉を交わす以上に、お互いのことをわかり合ってきた。精神のリンクなんてものは俺たちの間には存在しないにもかかわらずだ。

 

心が、繋がっていく。

 

陰我は、凄惨な過去が原点(オリジン)である。

しかし、いまの陰我を作り上げているのはそれだけではない。

 

長きを生きた事で、見てきた多くの犠牲。作ってきた多くの犠牲。それら全ての呪いを一身に受けて、その上でコイツは立っている。マクロな視点で、より良い未来を作るために。この世界を救うために。

 

それのどれだけ狂気的なことか。その長きに渡り陰我はそれだけを軸に生きてきたのだ。私欲を出さず、我欲を出さず、ただいずれ来る救いの日を守り続けてきたのだ。

 

その行為は、この世界に生きる全ての人にとっては知られていない、知る意味もない、世界を守る行為である。こいつはずっと、守る為に走り続けてきたのだ。

 

その強い心に惹かれるものがないといえば嘘になる。出会い方が違えば戦う以外の方法で陰我とわかり合うこともできたかもしれない。

 

それでも、その心を受け止めて尚、ただ一点だけ譲れない点がある。

 

それは、命の価値だ。

 

コイツは、自分を含めた命の価値をロジカルに計算して、大多数の命を守る為に行動している。世界の根幹を揺るがしかねない俺たちイレギュラーを抹殺するために多くの命を巻き込んだのも、それが必要な犠牲だと判断したからである。

 

コイツ一人の価値観で。

 

俺は、それが認められない。どんな事情ががあろうと、どんな過去があろうと、全ての命は輝いているものだと俺は信じているから。

 

犠牲にしていい命なんてない。犠牲になっていい命なんてない。

 

だから俺は、犠牲になる人々を救いたいなんてことを心に決めたのだ。それが、一度死んでまた生まれた俺の命の意味だと信じて。

だからあの文化祭の日に、御堂柱間と会ってから()()()()()()

 

「貴様、正気か?」

「さぁな。でも、決めちまったんだからしょうがない。」

 

何度目かの交錯の後、自然と距離が離れる。陰我は、俺の心が信じられなかったのだろう。その動きには少しの動揺が見られた。この距離でその隙を突く体力は、今の俺にはないが。

 

「俺はお前が憎いさ。でもそれとは別に、思ったんだよ。俺の左目の力の意味は、そうなんだって。」

「俺は、貴様の家族とあの少女を、殺したのだぞ。」

「...だって、仕方ないだろ。初めて拳を合わせたあの時に心のどっかで思っちまったんだから。お前は、助けてを叫べない奴なんだって。」

 

「だから俺は、お前を救う。今のお前を止めて走り続けなくてはならない今から救う。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「...ただ一度きりしか使えない奇跡なのだろう?」

「でも、お前が生まれる前に殺すことよりもきっと俺らしい。皆は、そういう俺についてきてくれたんだから。それに...」

 

「後輩は、そんな俺を好きだって言ってくれたんだと思うから。」

「...結局のところ、貴様も愛で動くのだな。」

「そりゃそうさ。ヒーローってのは愛と勇気で生きてんだ。多分な。」

 

再び距離を詰め、拳打の応酬を繰り広げる。

陰我の守りは堅く。その拳は重い。そしてなにより、その想いは重い。長年に渡って戦い続けてきた者の強さとは違うもの、そういう巧さがこいつのスタイルにはある。

 

だが、少しずつ。少しずつではあるが俺の拳が陰我の急所に当たり始めてきた。

それは、鍛えた身体のスペック差などではない。柱間細胞に全身を委ねている俺と陰我の身体スペックは互角だ。

想いの強さの強弱なんてものではない。想いの強さは、俺も陰我も同じだから。

 

だから、その原因は、ただ一つ。

 

()()()()()()()()()()

 

自分に向けられた必殺の拳を紙一重で回避してのボディアッパーが決まる。ついに、陰我の動きが止まった。

 

その一瞬の隙に、踏み込み、力の流れを一点に集約し、解き放つ。

 

その渾身の一撃は陰我の顎を砕き、脳を揺らし、膝を付かせた。

 

「俺の勝ちだ、陰我。」

 

だが、フラフラになりながらも陰我は立ち上がってきた。まるで人形が動いているかのような不気味さで。

 

それが向こうの戦いなら、納得するまで付き合ってやる。そうでなければ、こいつの心を救う事など出来ないのだから。

 

七度、陰我は立ち上がってきた。故に七度、俺により打ち倒された。

 

だが、立ち上がるたびに陰我の違和感は強くなってきた。何かがおかしい。そう思い、次の手を打たせない為に最後のエネルギーを振り絞り、桜花衝を放とうとするも。その一撃が放たれることはなかった。

 

背後から忍び寄ってきた何者かによる拳打により、俺は海上ギリギリまで吹き飛ばされたからだ。反射的に防御が間に合っていなかったら、頭蓋が吹き飛んでいただろう。

 

「...ここに来て、伏兵ッ!」

「違う。」

 

そうして俺がダメージから立ち直り真数千手の上を見ると、倒れた体勢から崩れ落ちている木の体の陰我と、こちらを見ている裸の陰我の姿があった。

 

「...俺は、今まで分身を数多く使ってきた。それは俺の本体がアンテナとなり操っていたのだと思っていたが、違うのだな。」

「...じゃあ、どういう理屈でさっきまでボコボコにしていた陰我が木分身にすり替わるんだって?」

「上手く言語化するのは難しい。ただ、魂ががこの世界の外側のステージにある感覚だ。そこから、俺は体を動かしていた。」

「つまりアレか?魂による肉体のラジコン操作ってか?」

「お前は、未知を言語化するのが上手いな。」

「冗談じゃない。不死身だろうが死んだら死ねよ。何だ魂が外側のステージにあるって、シェルドレイクの仮説か。」

「そしてそれは、俺だけではない。それなら、お前たちイレギュラーの因果が見えないことに説明がつく。魂が違う世界にある貴様だから、この世界の魂の因果を見る俺にはお前たちの因果が見えなかったのだろう。つまり、魂の在り処の問題だな。」

 

それは、超常黎明期からこの世界にて論じられてきた問題の一つ。魂の存在証明。脳を持たない異形型の存在により、魂が脳に存在するという超常以前の学説は灰と化した。あらゆる科学的、個性的、哲学的アプローチにより超常黎明期から数百年経った今でもなお議論され続けている。その回答を掴んだのだろう。恐らく悟りのきっかけを掴むことによって。

 

「お前、どうかしてるよ。」

「奇遇だな、俺もそう思う。」

 

そうして真数千手の残骸から生まれ続ける肉の陰我達。真数千手を柱間細胞に変換して肉の体を再構築しているのが輪廻写輪眼には見える。つまり、魂を砕かなくては奴は無限に再構築を繰り返す。だがその為には、魂のあるステージに行かなくてはならない。八方塞がりだ。

 

「団扇巡。俺の答えは見つかった。それは、単純な事だったんだ。今まで、怒りと憎しみで覆われていた俺の心が導き出した命の答え。それは、当たり前の幸せを守る事。明日を当たり前のものにする事。俺の心の根底には、ずっとそれがあった。」

「じゃあお前は、間違いだらけだな。」

「そうだ、俺は道を間違え続けた。」

 

「だから誓おう、団扇巡。これからイレギュラーを排除するにあたり、他の者を巻き込んだりはしない。お前の願う、命の輝きは十分に伝わってきた。」

 

それは、今までの陰我からしたら考えられないほどの大きな譲歩だ。だが、それでも俺と陰我は一線を違えている。

 

「なら、やっぱり止めるよ。俺は、この世界の外側の人間として、この世界の外側の人間にだって生きて輝く未来があってほしいと願うから。」

「なら、平行線だな。」

「ああ、平行線だ。」

「なら、やる事は変わらない。ここで果てろ!団扇巡!」

 

一斉に襲いかかってくる陰我達。今ある手札ではどうあがいても数十人を超える陰我達を打ち倒す事は出来ない。だから、するのは迎撃ではない、思考の加速だ。

 

陰我を殺しうる手段は、魂の破壊、あるいは無力化。そんな事ができる術は俺には持っていない。だから、思考をシフトしろ。

 

魂に影響を与えうる手段。そんなものはない。

そして、肉体は無尽蔵。殺したとしても意味はない。

だから、攻めるべきは肉体でも魂でもないもの。

 

「ったく、最後の最後でコレかよ。まぁ、俺は結局コレが基本だけどさ!」

 

まず、前提として御堂柱間の存在がある。全ての木分身が本体に繋がっているのなら、あの時に御堂柱間の精神を共鳴させたことは本体へと繋がっている。それが陰我に対して効果を見せていないように見えるのは、奴が精神力でそれを抑え込んでいるからだろう。以前、奴に幻術が効かなかったのもその強靭過ぎる精神力が理由だ。そう断定する。それ以外に、勝ち目のある未来はない。だからもう全賭けだ。それ以外の未来など知るか。

 

先頭の一人の拳を身体で受け止めて、その目を無理矢理俺と合わせる。

 

「貴様、何をッ⁉︎」

「これが、俺の最後の一撃だ!幻術・写輪眼!」

 

皆から託された全ての力を、この両目に込める。ただ単純な幻術を。全力で。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

異能愚連隊の雑魚寝部屋で、目が覚めた。

懐かしい、あの日々の匂いがした。

 

「ゆっくん、起きてる?」

「...ラマ姉?」

「うん、私。」

 

彼女には、笑顔が似合う。そんな事も忘れていた。

 

だが、そんな辛くも幸せだった日々は、もはや過去だ。

 

「...団扇巡の催眠だな。ラマ姉は死んだ。もういない。」

「私は、生きてたよ。ゆっくんと一緒に。」

「...なんとなく、感じてはいた。だが、どうでもいい。俺は戦いに戻る。生きていく意味を、俺は見つけたんだ。」

「駄目だよ、ゆっくん。」

 

「その道の先で、ゆっくんは幸せになれるの?」

「どうでもいい。俺の幸せなど払ってきた犠牲に比べれば些事だ。」

「それじゃあ、私は協力できない。私はゆっくんに生きて欲しくて私の命をあげた。でも、生きるって違うんだよ。」

 

「生きる事は、使命を遂げる為に自分を捨てる事じゃない。ただ、自分の幸せを掴み取るために当たり前の中で暮らす事。私は一度死んでそうなんだって思ったの。」

「...なら、ラマ姉の生き方は間違いだらけだな。俺たちの為に自分を犠牲にし続けて、何も得られずにこうして屍を晒している。」

「でも私は、幸せだったよ。」

 

「助けたいから人助けをして、守りたいから皆を守った。結末はアレだったけど、その過程には私の幸せがあった。そこに嘘はないの。」

「...そうか。それを聞けて、少し安心した。」

 

「だが、俺は行く。まだ、戦いは終わっていないし俺の命も尽きていない。守ると、決めたのだ。」

「...ゆっくん、頑固になったね。」

「まぁ、長生きしたからな。」

「でも、それも終わり。私は、ゆっくんにはもう休んで欲しい。」

「それを俺が望まなくてもか?」

「うん。私のわがままで、間違わせてしまった命だから、私のわがままで終わらせる。だから...」

 

「一緒に死のう、ゆっくん。」

 

その声には、悲痛な覚悟が乗っていた。だからこそ、俺は...

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺のやった事は単純だ。一瞬、ほんの一瞬だけ陰我の意識を飛ばしただけ。それが俺の限界であり、全力だった。

 

そして、その効果は十分に発揮されたようだ。

 

肉の陰我達が、物言わぬ木へと変貌していく。

 

ただ一人、動き続けている目の前の陰我を除いて。

 

「効果がない、訳じゃあないな。」

「...ああ、俺の体が言う事を聞かなくなってきている。一つの体をコントロールすることも満足にできはしない。()()()()()()()()()()()()

 

陰我のその目は相変わらず終わっていたが、何か違うものを秘めていた。

 

「命乞いでもするのか?」

「するものか。ただ、最後まで戦う。俺の死を彼女のせいにしない為に。」

「なら、最後まで付き合うよ。」

「地獄への道連れにか?」

「この期に及んで相打ち持っていく気かよコイツ。」

「あいにくと、生き汚く負けず嫌いなタチでな。」

 

お互い、ダメージは致命的。技を使う体力はもはや存在しない。

 

故に、最後はただの拳だけ。

 

同時に一撃を放ち、木と化す体を十全に扱えなかった陰我よりも一瞬早く俺の拳が陰我の胸を打った。

 

その点から木の体はひび割れていき、陰我の体は砕けて散った。

 

残ったのは、生きているただの樹木だけだった。

 

俺の運命を決める戦いは、終わった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「輪廻眼・人間道。」

 

残った木片に向けて、輪廻眼の力の一つである人間道を使用する。触れた者の記憶を読み取るその力は、拙い使い手の技術でもなんとか目的の記憶を読み取る事に成功した。それだけ、陰我はその日の事を心の深いところで覚えていたのだろう。

 

これで、必要なものは揃った。後は左目の力を解放するだけだ。

 

そう思っていると、船がこの真数千手の残骸に近づいて来た。

真数千手の残骸の脇につけたその船からは、出久達がやってきた。

 

「団扇くん、終わったの?」

「ああ、一応な。陰我はこの通り、力のコントロールを失って物言わぬ木片になったよ。でも、一応生きてる。てかどうやったら死ぬんだこの化け物。」

「団扇、殺す事を前提にするな。」

「...相澤先生がいるって事は、全員集合って訳ですか。」

「うん、ナイトアイの指示で動いてるヒーロー達に拾ってもらって、今みんなで来たところ。」

「そうか。...じゃあ、これでお別れだな。」

「...やっぱり行くんだ。」

「ああ、行くよ。そこに助けてを叫べない人がいるから。」

「...一つだけ聞かせて。団扇くん、その道の先に団扇くんの幸せはあるの?繋がりも何もない、遠い昔の仇を助けに行った先に。」

「おいおいおい、繋がりはあるさ。」

 

「たとえ遠く離れていても、たとえ世界が違っても、たとえ時間が違っていても、途切れないで心に残る。絆って奴はそういうもんだろ。」

「...そうだね。」

 

ここにいる皆は、雄英須佐能乎を体験している。その影響か、僅かに心が繋がっているのだ。だから、皆の行かないでくれという思いは伝わってくる。それでも俺は行く。

 

「団扇、一応言っておく。お前が校長に騙されて書かされたあの書類、あれは休学届けだ。お前がいつでも帰ってこれるように色んな人が色んな手を回していた。まぁ、無駄だったみたいだがな。」

「それはすいません。でも、やっぱり帰るつもりはありません。というか多分できません。過去に飛んでからどうなるかは、実験する訳にもいかなかったので。」

「結構無計画なんだね、団扇くん。」

「まぁ、多分旅ってのはそういうもんだ。何があるのか知らないが、男は一人で行くものさってな。」

 

拾い集めた陰我の木片を、出久に託す。

 

「この木片は、間違ったやり方でもこの世界を守ろうとした馬鹿な男の成れの果てだ。どうするのかは、お前たちこの世界に生きる人間に任せる。」

「うん、任せて。ナイトアイなら悪いようにはしないと思うから。」

「それなら安心だ。」

 

「じゃあ、行ってくる。」

 

そんな風に、何気ないような振りをして。左目にチャクラを込める。

 

流れる血涙が、俺自身のまだここにいたい思いを表しているようだった。だから、最後に一言言っておくことにした。

 

「団扇くん!」

「お前たちに会えた事は、俺の誇りだったよ。ありがとう。」

 

瞬間、左目の天鳥船が起動する。

 

体が千切れていくような不快感と、満ち足りている心の満足感のギャップが、少し面白かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時空の狭間、というのだろうか。今の人類には観測できない奇妙な空間を俺は歩いていた。

ただ、陰我の残した一つの思い出だけを頼りに。

 

長い旅の途中、自分が何者かがだんだんと分からなくなってきた。

それはそうだ、こんなところ人間が居るべき場所じゃない。

 

でも、歩みは止めなかった。自分が何者であるかは多分どうでもいい。やるべき事は心の深いところで覚えている。

 

それでも、その光景を目にした時。思わず飛び込んでしまいそうになった。自分を先輩と呼び慕う、彼女の死の瞬間を。

 

「俺は、後輩を!」

 

その時、誰かに手を引かれた。

顔は見えない、だが小柄な少女である事はわかる。

 

そんな彼女に前に進めと、そう言われた気がした。

 

彼女に手を握られてからは、何故か自分の事がはっきりと思い出せてきた。俺は団扇巡。ヒーロー名はメグルだ。

 

俺は復讐の為に時を超える。それがこの、旅路の目的だ。

 

それを思い出させてくれた少女に、「ありがとう」とだけ伝えて先を歩く。

 

もう、歩みは止めない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その瞬間を、私は決して忘れない。

毒ガスの蔓延したこの車内に突如現れたその黒いコートの人の奇妙な暖かさを。

 

「...誰?」

「未来からやってきた、仮免ヒーローだよ。」

 

そうして、その仮免ヒーローはいとも簡単に毒ガスを出す少年の個性を止めた。そして霧を電車の外に放り出して、一人一人に手をかざし始めた。

 

かざされた人の顔色が良くなっていった事から、それは治療だったのだろう。最後に、ゆっくんに近づいていった。

 

「これで俺の復讐は終わりだ、陰我。」

 

そう、ゆっくんに言い残して。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なんとなく登った、高いビルの屋上からこの世界を見渡す。

俺の生きていた時代と、街並みはたいして変わらなかった。過去に来たという実感は、あまりない。

 

陰我を生み出した、超常黎明期にありふれた事件は終わった。

これで、未来で殺される転生者と、その事件に巻き込まれた人々の犠牲はなくなった。

 

だけど多分、団扇巡が生まれる事はない。俺の魂は、今の俺と繋がっているから。陰我の理論が正しいのなら、この前世の記憶を持った俺は生まれる事はないのだ。だから俺は、あの倍率300倍を誇る母校に帰る事は出来ない。結局超えられなかったのだ、団扇巡という少年はその壁を。

 

その事を考えると、そういえば俺は裏口入学みたいなもんだったなぁと思い出す。少し笑えてきた。

 

「さて、これからどうすっかねぇ...」

 

そんな時、大通りで戦闘を始める少年と大人達の声が見えた。どうやら何かのトラブルのようだ。

 

「ま、人助けしてから考えますか!」

 

ビルから飛び降りて、少年と大人達の間に入る。まだ、仮免の期間は残っているのだ。だから、ヒーローをやるとしよう。

 

「お前ら、戻れなくなる前に止まれ!止まらないなら無理矢理止めるぞ!」

「テメェ、何もんだ!」

「未来からやってきた仮免ヒーローだ!」

 

それが、俺の長い長い旅の始まりだった。




次回、二つの世界でのエピローグとなります。

ちなみに、シェルドレイクの仮説こと形態形成場仮説は本来記憶のありかについて、脳の中ではなく種ごとの記憶がサーバーとなるフィールドに存在しており、脳とはその受信端末でしかないという仮説です。とあるゲームで知りました。
9時間9人9の扉はいいぞ、というか極限脱出ADVシリーズはいいぞ(ダイマ)


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エピローグ
倍率300倍を超えられなかった少年は、いかにして世界公認のヒーローになったか


エピローグ!
倍率300倍を超えられなかった少年の話、これにて完結です。


思えば、遠くに来たものだ。御堂柱間はそう思う。

現在私は、公安直属のヒーロー統括司令本部長なんていう重役に付いている。なかなか老いないこの身体であるが、書類上は100歳オーバーなのでそろそろ隠居したいと思っているのだがそうはいかない。

 

この世界は、とある馬鹿のせいでなかなかにカオスと化しているのだからだ。

 

始まりは、あの事件を終えて財前組に戻った数日後だ。

 

自分たちを助けたあの黒いコートのヒーローが、金の無心に来たのである。

 

「いや、ガチで他に手が無かったんだよ。盗みをする訳にもいかないしな。まぁ、未来の通貨が現代で使える訳ないよなー、うん。」とはその馬鹿の談である。

 

それから、財前組の組長と仲良くなったらしいその男は数多くの変化をもたらした。

 

まず、財前組が行おうとしていた各地のヤクザを統べる巨悪、オール・フォー・ワンとの同盟が取りやめになった。というか、オール・フォー・ワンが倒された。

 

その馬鹿に原作どうするんだと物申したところ「いや、個性奪っての進化とかさせてたまるかよ。手がつけられなくなってからじゃ遅いんだぞ。」と最初の街にやってくる魔王のような容赦のなさで暴挙を行なったのである。原作ブレイクにもほどがある。

 

なんだかんだと財前組に引き取られた初代ワン・フォー・オールになるはずだった弟さんは「俺がやるしかないって思ってたんだけどなぁ...」とちょっと引き気味であった。

 

それから、世界は少しの間の混乱はあったものの少しずつ良くなっていった。

 

異能に対しての偏見は強かったが、当時の総理大臣が私の子供も異能持ちだとカミングアウトしてから少しずつそれも和らいでいった。

総理にそれを決意させたのは、やっぱりあの馬鹿が原因だった。

 

あの馬鹿が、財前組と交流を持ってから始めに行なったのは、異能関連事件に対するネットワーク化である。ヤクザのネットワークを使って法が定まってないが故に何もできない警察に代わって文字通り身を分けて各地を飛び回ったのだ。やっぱりあの馬鹿チート野郎だと思う。

 

そしてその馬鹿が行ったことが、人々の心を動かした。

彼は、圧倒的な力を持ちながらそれを人を害する為に使わなかったのだ。ただ、掌と言葉で事件を解決していったのだ。本人曰く、洗脳は使っていたとのことだが、洗脳だけで終わらせているのならあんなに熱く被害者にも加害者にも深く踏み込まないだろう。

 

彼は私のヒーローごっことは違い、本当に心を救おうとしていたのだ。

 

そんな彼の在り方が、異能は恐ろしいが異能を振るうのは人である。その人に良き心があるのなら、それは誰かを傷つけるだけのものではないのだと、そんな世論が生まれ始めたのだ。

 

そして、次第に彼の行動に同調する人々が現れ始めた。異能の有無によらず、過ちを犯した者を裁くのではなく止める。そんな在り方の者たちが。

 

その最初の一人は言った、「俺だけがヒーローなんじゃない。大体まだ仮免だし。俺は俺の勝手でヒーローをやっているんだ。だから胸に誰かの平和や自由を守りたいと願って立ち上がる者たちは、皆ヒーローをやって良いんだ」と。

 

その言葉は、各地で身を潜めていた異能持ちにとって衝撃的だったのだろう。異能持ちの中からもヒーロー活動をやり始める者たちが現れるようになってきた。

 

鍛えた体と正義感で動く者、生まれ持った異能を救う為に使う者、自己肯定感を満たすために偽善を行う者。様々だったが、その者たちは名乗り出したし、群衆は皆言い始めた

 

彼らは、ヒーローだと。

 

それが、この世界の常識として浸透するまで一年とかからなかった。

 

 

「御堂さん、転生者優待教育制度纏まりそうですよ。今官房長官から連絡来ました。フットワーク軽いですね、あの人。」

「ああ、君新人だっけ。びっくりするよね、あの人のフレンドリーさには。」

「はい、僕とは面識なんてないはずなのに、名前で呼んでくれました。」

「多分、血筋じゃないかなー。彼のお父さんもお爺ちゃんも政治家だったけど、すっごいフランクだったし。」

「当時のSNSのログデータ見ましたけど、メグルさんと一緒にラーメン食べてましたよね、重役だったのに。」

「奇妙な縁だよねー。」

 

書類仕事を終わらせながら秘書との雑談をする。この世界に起きている事、それは原作『僕のヒーローアカデミア』のものとはかなり異なっている。

 

まず、超常黎明期からの混乱が世界中でかなり早期に収まったため、技術の停滞がなくなった。それにより人類は宇宙進出を遂げ始めたのだ。国連が作り出した軌道エレベーターによって門戸が開かれてから満を辞して公表された日本主導の農業用コロニー計画は人類の食糧危機を解消して久しい。個性の使用というブレイクスルーがあっての事だが、あれは本当に未来世界にやってきたのだと思った日であった。

 

他にも、個性が早期に認められた事で様々な制度が変わってきているらしい。大きいものとしては、ヒーロー制度の本家本元がアメリカではなく日本になった事だ。そのせいかアメリカで自警団(ヴィジランテ)やってた者たちが皆認められたのだとか。その事には当時アメリカにいたあの馬鹿の方がよく知っている。

 

...そうなのだ、あの馬鹿は日本から飛び出したのだ。

きっかけとなったのは政府がヒーローを公認制度にして、その認定第1号をザ・ビギニング・ヒーローと名高い彼にした事だろう。

 

その事が、彼の大暴露を呼び込んだ。

あろう事か、奴は自分が異世界からの転生者だということを公表したのだ。そしてそれは自分一人ではなく、これからの未来で数多く生まれてくるのだと、そんな事をのたまったのだ。

 

当時こそ、冗談のような口調で言われたことから彼のジョークが滑ったのだと思われて失笑を買ったものだが、この世界に来た転生者たちからしたらとんでもない事である。そういうのは隠すものだろう普通!と転生者達は皆口に出した。まぁ、一例目が一例目なので以降の転生者は軒並み好意的に受け入れられる事となったのは幸いだろう。

尚、その事は当時の政治家達に事前に相談して語ると決めたらしい。異能を認めると決めた総理大臣とあの馬鹿はSNSで繋がってる友達なのだとか。馬鹿じゃねぇのと二重の意味で思う。総理大臣よ、そんな不審人物と仲良くなってどうする。あと、仮にもヒーローなら権力者に擦り寄るな。悪しき慣習となったらどうする。

 

そんなこんなで日本公認のヒーローになって直ぐに彼は行動にうつった。各地のヒーローの組織化である。それは実際には、各地のヤクザネットワークをそのままヒーロー組織にしてしまうという超荒技だったが、当時の日本の治安を守ってきたのが古くから続くヤクザだった事は公然の事実なので市民からの反対はなかった。

もっとも、麻薬や人身売買を生業としている悪徳ヤクザはその人事から外されたのは言うまでもない。そういう善のヤクザの繋がりと悪のヤクザを見極める目を財前組は持っていたのだ。

 

この頃から、私と吸血鬼ちゃんも財前組組員として治安維持活動を行い始めた。そんな大規模な改革に悪しきヤクザが黙っている訳がない、そう思って戦力になりにきたのだがそれは肩透かしと終わった。

 

あの野郎、面倒が起きる前に面倒を起こしかねない連中を洗脳して回ってたらしい。ディストピアでも作る気かと思わずボディを入れたのは間違ってないと信じてる。

 

まぁ当然の報いというか、当時いた転生者の探偵にその事が解き明かされて彼はヒーロー免許を3日で剥奪された。その前日に法整備されたのだ。個性の不法使用は犯罪なのであると。それも他人を害する使い方なら尚のことだ。

 

とはいえ、その程度の事で彼を止められる訳がない。

悪いヤクザの沈静化と良いヤクザを母体とした地域間ネットワーク、ヒーローネットワークの形成。それらを成し遂げ、日本の犯罪率の激減という結果を残してみせた。

 

世紀末に向かいかけていた超常黎明期の日本は、そんな風に変わっていった。その功労者の彼を、人々はやっぱりヒーローと呼んだ。免許を剥奪されて尚である。

 

もっとも、当時の世論としては『ヒーローは政府のものでなく大衆のものである』のような無政府上等の世紀末スタイルだったので免許の有無が彼の評価を変える事はなかったという理由が主なのだが。

 

そして日本の平和を勝ち取った彼は、立ち止まることなくアメリカへと渡った。その時の声明動画は広く世界に転載、拡散されて、現在では累計一億回再生を超えているらしい。

 

それだけ、その声明は衝撃的だった。言っている事はただ「異能の有無によらず、手の届く隣の人を助けよう」というだけだったのにだ。

 

そんな当たり前の事が、この社会では当たり前でなくなっていたのだ。

 

だが、正義を見失った私だからわかる。それは茨の道だと。

でもその道を笑顔で歩いていく変なのに当てられたのか、私はもう一度始めようと思った。

 

ヒーローを。「私が来た!」という仮面をかぶる事を。

それをゆっくんは、笑顔で見送ってくれた。その日の事は、よく覚えている。

 

「ラマ姉は、ラマ姉らしくあればいいんだよ。みんなきっとそれを望んでいるから。」

 

その言葉は、今の私のもう一つのオリジンだ。

 

それから私は、この日本の柱となるべく邁進した。それが今の地位に私がいる理由である。

 

ちなみに世界中を飛び回って『ヒーローの在り方』と『人が隣の人を助けられる制度』を各国で作り上げていった彼は、各国で偉大なるヒーローとして認められるようになった。

 

彼の行った事は、認めるのは癪だが偉業だ。

だってそうだろう、彼は枠組みを作ったという功績が理由で讃えられた訳ではない。

彼が、人並みの優しさで人を救い続けていた事が偉業なのだ。

 

アメリカでも、中国でも、フランスでも、ドイツでも、中東各国でも、紛争地域のど真ん中でも、人を助け続けたのだ。その光景は、動画として今でも語り続けられている。

 

極東に生まれた聖人だと、誰かは言った。

異世界から俺たちを救いに来たヒーローだと、誰かは言った。

でもそれ以上に、彼はこう呼ばれた。『ただのお人好し』と。

 

カッコいい事をしているはずなのにどこかカッコつかない三枚目のアイツだから、助ける側も助けられる側もどこか笑顔になるのだ。

 

そしてそんなお人好しは、明日再び日本に戻ってくる。今までも震災などの大規模災害が起きるたびに戻ってきていたがそれと明日は違う。

 

『超常黎明期におけるメグルのいなかった場合の被害シミュレーション』という論文が発表された事でついに、彼が認められたのだ。超常という大厄災から世界を救ったヒーローとして。

 

そんな訳で、今日ワールドヒーローアワードの特別枠に彼の名が乗る。世界初の無期限国際ヒーロー免許の交付もだ。

 

これで彼はようやく、仮免ヒーローという名前から解放されるのだ。そう思うと、不思議と少し笑えてくる。

 

「御堂さん、もうすぐ時間です。」

「ああ、ありがとう()()()()。さ、あの馬鹿が何かやらかさないように見張ってるとしようか。」

「...何かやるって前提なんですね。」

「そりゃそうだ。何せメグルは、生粋のトラブルダイバーだからな。」

 

尚、その日ヒーローメグルは4時間の大遅刻をかました。「迷子を助けてました!」とは本人の談であり、彼を知る皆は苦笑しながらも私のボディブローを止めなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

自分門矢渡(かどやわたる)は転生者である。だが特異な個性を生まれ持った事で、4歳の時に個性を発現してからずっと研究所で暮らしていた。

 

その個性とは、次元干渉。並行世界への物理的アクセスを可能にする能力だ。だが前世の記憶のある自分は思う、これディケイドの灰色のオーロラやんと。それを科学で再現するために自分はずっとモルモットにされてきた。

 

だが、待遇が悪かった訳ではない。前世の知識を持っている自分としては子供扱いは不要だったし、この世界についての事やこの研究の事を教えてくれる先生たちの話は楽しかった。

 

だが、やっぱり冒険には出たいのだ。特に理由はないが。なんか世界を破壊したい気もするし、苗字的に。

 

そんな訳で、成長した個性を使ってちょっと研究所から脱出してみた。そして即、ヴィラン犯罪に巻き込まれた。

 

「くくく、ハハハ!良いところに来てくれましたね少年!私の超幸運(オーバーラック)はまだ私に未来をくれる!」

「や、やめて!離して!」

「君が人質になってくれれば私が逃げ延びる未来の可能性が僅かに生まれる!そしてその僅かな可能性を私の個性は百とする!完璧だ!」

 

正直、なめていた。俺は前世の知識があるから大人だとか思っていた。それでも俺は、悪意を向けられればこんなにも脆いただの子供でしかなかった。それを今更ながらに理解して震えた。

 

コイツは、俺を逃げるための人質と言った。それは終わった後の命を保証するものではない。もうだめだ、誰か助けて!そう心で叫んでも、口は恐怖で動かなかった。

 

「さて少年、行きましょうか!」

「そうはいかない!」

 

そんな自分の元に駆けつけたそのヒーローは、緑色の電撃を身に纏い堂々と、明るい笑顔でこう言った。

 

「もう大丈夫!」

「な、なんで?」

「何故って?僕が来た!」

「ヒーロー!ですがもう遅い!ジョーカーは私の手の中だ!」

 

身体を片手で持ち上げられて見せつけられる。だが、それでもヒーローは笑顔を崩さなかった。その笑顔は、俺を安心させるのに十分だった。

 

そして始まる(ヴィラン)とヒーローの追走劇。俺は(ヴィラン)に抱えられたままで、不運にも様々な事故がヒーローを邪魔し始めたために距離は離れていく一方だった。

 

そして、車の止めてある路地へと(ヴィラン)はたどり着いた。

 

「これで、これで!」

「残念だけど、ここなら十分に力を使える!ワン・フォー・オール、フルスロットル!!」

 

数多の事故を無視して、力尽くでそのヒーローは加速してきた。

そして、ソニックブームが起きているのかと思うほどの衝撃が自分のそばを通り抜ける。

 

その瞬間、一筋の閃光が目端をよぎった。見覚えのある紅い閃光が。

 

そして、自分はいつのまにかヒーローに抱えられていた。(ヴィラン)は彼に取り押さえられていた。何が起こったのか全く理解できない。だが、一つ分かることは

 

このヒーローは、カッコいいという事だ。

 

「あの!」

「何かな?」

「名前、教えて下さい!」

「...僕はデク!頑張れって感じのデクだよ!」

 

そして俺は、デクさんに連れられてやってきてくれたもう一人と向き合う。

 

そこには、お冠のメグルさんがいた。

 

「渡、お前軽々しく次元移動なんてするなっていつも言ってるだろうが、何が起きるか仮説しか立ってねぇんだぞ。」

「いやー、つい。」

「ついで行方不明にでもなったらたまんねぇよ。凄い心配したんぞ、発目が次元間発信機(ディメンショナル・トレーサー)とゲートの試作機を作ってなかったらどうなってた事か。」

「...ごめんなさい。」

「ま、無事ならいいさ。ありがとうございました、ヒーロー...さんッ⁉︎」

「こちらこそ...ッ⁉︎」

 

語りながら固まる二人、どうやら何かしらの知り合いだったようだ。時間移動なんていうトンデモをやらかしたメグルさんだ、異世界に友人くらいいてもおかしくはない。

 

「いや、団扇くん?なんでいるの?」

「...出久か?でっかくなったなあ」

「え、デクさんってメグルさんの知り合いなんですか?」

 

その言葉に、目を合わせて苦笑する二人。

 

「ああ、友達だ。」「うん、友達だよ。」

 

片方は百年以上、経っているのだと渡少年が知るのは少し先のこと。

 

分岐世界の発目明が次元連結システムを作成し、団扇巡の天鳥船によって分岐した異次元同士の交流が始まってからである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へぇ、耳郎と上鳴が結婚したんだ。」

「うん、でも夫婦別姓のままだってさ。」

「あの二人、友達で終わると思ってたんだけどなー、上鳴的に。」

「何気に酷いよね、団扇くん。」

 

「こっちの世界、人類宇宙進出してるぜ。農業コロニーが稼働して20年ってとこだ。」

「...未来だね。」

「いやー、何が起きてるのか正直俺にもよく分からん。なんか気付いたら世界が凄いことになってた。」

「絶対団扇くんのせいだね、うん。」

 

「そういえば、去年才賀さんがヒーロー免許取ったよ。ジャンクドッグさんとアセロラさんとレインちゃんも証拠不十分で不起訴になって、そこでサイドキックとして働くって話だって。」

「おい待て、あの電脳少女がノーマークで世に蔓延ってるのか、ヤベーだろ。」

「でも、この前の大規模ネットワーク破壊テロ未遂の時に大活躍したんだ。ネットワークの復旧と犯人の逆探知を凄いスピードでやってくれたから、本当に助かった。」

「にしても、詳しいな。あの元無法者連中について。」

「事務所が近いんだ。」

「奇縁だねぇ。」

 

「...あ」

「どうしたの団扇くん。」

「式典あんの忘れてた、ヤベー大遅刻だよ。」

「式典?」

「ああ、ついに俺は仮免ヒーローから脱却するんだよ。仮免の失効間近だったから結構焦ってたぜ。」

「て事は、そっちの世界も今◾️◾️◾️◾️年なんだ。」

「おうよ。並行世界でも時間軸は同じだって仮説は正しかったみたいだな。」

「...ちょっと待って、そしたら団扇くんなんでそんなに若いの?」

「...体を柱間細胞に明け渡した結果、理論上あと2千年生きれるらしい、俺。」

「...なんてスケールッ⁉︎」

 

「んじゃ、またな出久。いつになるかは分からないけど、異世界間交流ができるようになったら遊びに行くよ。」

「それじゃあ、その時までに僕は僕の世界をちょっとでも平和にできるように頑張らないとね。」

「おう、頑張れ。」

 

そんな、奇跡の再会だというのにどこかぐだぐだとした雰囲気で、二人は別れていった。

 

この二人の友情は、こういう形なのだろう。劇的な事はあれど、それが根本にあるのではなくただ気が合うからというだけで友達になった二人には。

 

この二人が次に再開するのは、異世界間食糧支援が決まる今より10年後の事である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

二つの世界は、違う歴史を歩んだ。だがどちらの世界にも個性があり、災害があり、人々に害をなす(ヴィラン)がいる。

 

しかし、その二つの世界に生きる人々は決して下を向く事はなかった。『助けて』を叫んだら、助けに来てくれるヒーローがいるからだ。そして、『助けて』を叫べなくても助けの手を差し伸べてくるお人好しがいるからだ。

 

異世界に再び生まれ落ちたという奇妙な人生を歩んだ団扇巡という男は、二つの世界に種火を持ち込んだのだ。その種火がある限り、希望は消える事はない。

 

その種火の正体を後の世の研究家は言う、それは『ただのありふれた優しさである』と。

 

 




次回作についてのアンケートを活動報告に乗せるので、気が向いた人はご参加下さいな。基本的に自分が書きたいように書くスタンスですが、やっぱり読者の求めているものは気になるのです。


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