私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い! (みかづき)
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ようこそ絶望学園(前編)

喪女(もじょ、もおんな)は、ネット用語のうちの1つであり、要するにもてない女性のことを指す。

とりあえずの定義としては、男性との交際経験が皆無であり、周りからモテないと認められた女性というものらしい。

 

―――非常に屈辱だ…。

 

自分がそのジャンルにおいては“超高校級”なんて…。

 

なぜ、こんなことになったというと、全ては3ヶ月前に受けたあのテストから始まる。

放課後、ある教室に呼ばれた私は、なぜか「性格診断テスト」なるものを受ける羽目になった。その場には、クラスメートの姿はなかった。

このテストを受けるのは、私のクラスでは、私だけであった。理由は知らない。

先生に聞いても理由は教えてくれなかった。

ただ、少し気になったのは、私以外の生徒達だ。まず、全員が女子であること。

そして、顔見知りがいないので、あくまで私見なのだが、なんとなく“モテない”

そんなオーラをもった子達だった。

私も含めそんな人達のみで集まったその教室の雰囲気はこの上なく重く、暗かったことを鮮明に覚えている。

テストの内容は、交友関係・趣味・好きな動物などありきたりなものであった。

時間も30分ほど終了し、私は、まっすぐ帰宅した。

 

だが、テストはそれだけでは終わらなかった。

3日後、私はまたテストを受ける羽目になった。

しかも、平日に授業免除でだ。その時は、正直、授業をサボれてウキウキしていた。

遠足気分で、向かった他校の教室にいたのはやはり、女子だけだった。

その制服から、県内の各高校から集められたと推測できる。

そして、やはりあのオーラを感じた。その…“モテない”というあの残念なオーラを。

今度の性格診断テストは、かなりマニアックなもので占められていた。ゲーム・アニメの

内容の記述。好きな男性に関しての作文など。時間は2時間くらいかな。

 

「昨今の女子学生の意識調査です。アンケートみたいなものなので好きに書いてください」

 

イケメン試験官の爽やかな笑顔に触発された私は、オタ知識の全てを発揮し、答案を埋めていった。どうせ、ただのアンケートだとタカを括りながら。

 

だが、テストは終わらなかった。

一週間後、校門で私を待っていたのは、黒塗りのリムジン。

それに乗せられて私が向かった先は、東京都庁だった。

その中の一室に足を踏み入れた私は、正直、うッ…!と呻いた。

 

あのオーラだ…!

 

その教室にいたのは、やはり女子だけだった。後の席に座ることになったので

テストが始まるまで暇なので数を数えてみると私を入れて47人いた。

彼女達から発せられる強烈な“モテない”オーラ。

正直、このまま教室に鍵をかけて永久に開けないほうがいいんじゃね?と思うほどの。

(もちろん、私を除いての話ではあるが)

傾向を見ると、その大半が強烈なほどの残念な外見であり、一発で彼氏はいないと判断できた。

(もちろん、私を除く)

その中で、まともというか、一般的にはキレイに属する子がちょうど私の隣に座っていたので、ちょっと挨拶してみた。

 

「きひひひ…」

 

ああ…性格が残念なのか。

 

敢えて言えば、それがもう一つの傾向らしい。

 

そんな異常空間の中で、最終テストが開始された。

問題用紙を見て私は絶句した。

 

ほとんど乙女ゲー問題じゃねーか!文部省は何やってんだよ!?

 

その他にも、好きな男との恋愛展開の記述。好きな身体の部位などおおよそ学業とは

ほど遠く、一般人から見れば“キモい”の一言で切り捨てられる問題が並んでいた。

ゆとり教育の失敗から文部省は何も学んでいないようだ。

いや、最近は“クール・ジャパン”などと言って海外にアニメやゲームのコンテンツを

売り込もうと政府が画策してるみたいだから、そっちの線かもしれない。

何はともあれ、完全に私の好物、私のジャンルだ。

すらすらとペンが動く。実際の大学入試にも、これを導入してくれねーかなと思うほどに。

その日は、リムジンでそのまま家まで送ってもらった。

リムジンから降り、なぜか勝ち誇る私を2階から弟の智貴がドン引きして見ていたのを今でもよく覚えている。

 

それからというもの私は、普段の生活の中で誰かの視線を感じるようになった。

本屋にいる時も、ゲーム屋で乙女ゲーを買う時も、誰かに見られているように感じる。

まあ、私はカワイイから、他校の男子がストーカー化したのかも?と当時はそんな

ことを妄想して一人、ウヒヒと笑っていた。今思えば、何と愚かなことだろう。

 

あの視線は監視であり、調査であった。

 

そして私の元に一通の招待状が届く。

 

宛名は―――私立希望ヶ峰学園。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「バカなのかお前は…?」

 

希望ヶ峰学園に入学する前日、部屋を訪れた私に向かって智貴は開口一番にそう言った。

 

「いや…悪かった。バカなのは姉貴じゃない。希望ヶ峰学園の方か」

 

そう言って、智貴はめんどくさそうに頭を掻いた。

 

「なんだと!てめーは希望ヶ峰学園の何を知ってんだ!」

 

売り言葉に買い言葉。旅立ちの前日、こんな口論をしにきたわけではないのに、

私は、ついカッとなって怒鳴り声を上げた。

 

「“超高校級”の才能をもった現役高校生のみがスカウトで選ばれ、卒業すれば社会的成功が約束される日本最高峰の高校…でよかったか?」

「おお、そうだよ。よくわかってるじゃねーか」

 

智貴の回答に私は全身で大きく頷く。

 

「私はそこに明日、入学する超高校級の高校生なんだよ!それをバカとか言いやがって!」

 

ギギギ、と歯を噛み締める私に、智貴はため息をついた後、尋ねる。

 

「で、姉貴は何の“超高校級”なんだ?」

「え…?」

 

その瞬間、時が止まる。

 

「いや、だから何の“超高校級”なんだって聞いてる」

「いや…その…」

「言って見ろよ」

「わ、私は、ちょ、超高校級の…も…」

「も?」

「超高校級の…“喪女”…です」

 

いつのまにか立場が逆転し、半泣きしながら敬語で話す私に向かって、

智貴は“はぁ~”と大きくため息をついた。

 

私立希望ヶ峰学園の特色は、その在校生にある。

希望ヶ峰学園に入学する高校生は、各ジャンルにおいて“超高校級”とよばれる存在だ。

そのジャンルは幅広い。

学業やスポーツだけでなく、反社会的な不良やギャンブラー、なんと同人作家まで迎え入れる度量の広さだ。

 

「だからって“喪女”はねーだろ…」

「そ、そんなこと私に言うなよ。私だって知らねーし…」

 

智貴の言うことに、私は渋々ながらも同意するしかなかった。

 

“喪女”って何だよ。

いくら幅広いジャンルで選抜されるからといって“喪女”はないだろ希望ヶ峰学園!

 

どうやら、学校で最初に受けたあの「性格診断テスト」がその学校で一番の“喪女”を

決めるための試験だったようだ。

次が県代表選抜試験。そして都庁でうけたのが全国大会みたいなものか。

後日、家に訪問してきた私立希望ヶ峰学園の職員の話では、最終テストの成績上位者数名に対して、日々の生活態度の調査が行われ、それが加算された合計点数により、激しい激戦の末、僅差で私が全国の頂点に君臨することとなったらしい。

職員からその話を聞いた母の顔は泣いているようで、笑っているようで何か左右非対称な、

そんな初めて見る表情だった。

そして、私はその傍らで、真っ白になっていた。

 

全国の頂点――だが、“喪女”だ…!

 

正直、自分は目元のクマさえ取れれば、クラスでもカワイイ方だと自惚れしていたし、

本当は、明るく愉快なキャラだとも思っていた。

だが、現実はいつだって厳しく辛いものだ。

世界が下した私の評価はその真逆。

カワイイや明るいなどとは限りなくかけ離れた存在である“喪女”

それも超高校級の“喪女”だった。

 

「で、何しに来たの?」

「おお、そうだった。なあ、智貴、お姉ちゃんは明日、希望ヶ峰学園に入学する。

 寮生活になるから夏休みまではたぶん、家に帰らない。だから当分お別れだ」

 

そうそう。私は智貴に当面の間のお別れを言いに来たんだっけ。

つい、カッとなって忘れてた。

 

「本当に行くのか…?」

「ああ、寂しいからって泣くんじゃねーぞ」

 

椅子を回し、私に正対する智貴に向かって、私は腕を組みながら、上から目線で答える。

 

なんだ、コイツ。

まさか、寂しいからって引き止める気じゃないよな。

カワイイとこあるじゃねえか。

 

「お前…本当にやってけるのか?」

「え…!?」

 

シスコンの弟の懇願を予期していた私は、その一言で現実に戻された。

 

「基本、“超高校級”なんて奴らは自己顕示欲の塊だぞ。

俺、サッカーやってるからわかるけど、学校で一番上手い程度の奴ですら、それを鼻にかけて威張ってるからな。そんな奴らがクラスメート全員なんて正直、俺は無理だな」

 

「う、うわ…」

 

ぶわッと全身の毛穴から汗が噴出した。

その通りだ。

“超高校級”なんてきっと自己チュー野郎の集まりに違いない。

そんなところに私が入学するのは、まさに野獣の中に子うさぎを入れるようなものだ。

今の学校では、まだ友達はいないが、だからと言って、孤立することもイジメられること

もない。

だが、希望ヶ峰学園ではそんな甘い状況は許されないかもしれない。

だって、私は“喪女”だ。それも“超高校級”の。

イジメて下さいと言っているようなものだ。それ何てプレイ?バカなの?マゾなの?

 

「う、うるせー!それでも、もう行くしかねーんだよ!文句あっか!」

「泣くなよ…」

 

号泣する私に対して、智貴はめんどくさそうに顔をしかめる。

本当は私だって行きたくない。だが、それ以外にもう選択肢が残されていないのだ。

この時期、某掲示板の専用スレッドには、毎年やっかみの新入生情報で沸くことが通例となっていた。

某提示版の「希望ヶ峰学園新入生スレ」。

そこにはすでに多くの“超高校級”のジャンルが明かされていた。

 

正統派としては…

 

超高校級の“アイドル”

超高校級の“プログラマー”

超高校級の“スイマー”

超高校級の“御曹司”

超高校級の“文学少女”

超高校級の“格闘家”

超高校級の“野球選手”

超高校級の“ギャル”

 

変り種としては…

 

超高校級の“ギャンブラー”

超高校級の“占い師”

超高校級の“暴走族”

超高校級の“風紀委員”

超高校級の“同人作家”

 

とりあえず上記が今年入学予定の某提示版をにぎわしている各ジャンルの希望達だ。

すでにお茶の間では知らない人はいない超高校級の“アイドル”「舞園さやか」をはじめ、

ほとんどの超高校級の名前が判明していた。

ああ、そうだ。私と、それともう一人の超高校級の存在のことを忘れていた。

じゃあ、紹介しよう。

 

超高校級の“喪女”

超高校級の“幸運”

 

現在、某提示版の羨望と侮蔑は目下、この二人に集中していた。

 

「“幸運”って抽選で選ばれたんだよな?うらやましい」

「つーか、喪女って何コレw」

「やだなwそんな超高校級とかw」

「喪女を極めてどうするwww」

「喪女とかwwwww」

「希望ヶ峰学園のジャンル広すぎワロタw」

 

超高校級の“幸運”の方には、その幸運に対する羨望と嫉妬が。

超高校級の“喪女”である私に対しては、嘲笑と罵倒が集中した。

 

「そういえば、何の超高校級かわからない奴がいるな」

「なんでも、女らしいぜ」

「超高校級の“腐女子”とか?」

「勘弁してくれw“喪女”だけでおなか一杯ですw」

 

(グギギギ…)

 

深夜、私は、歯軋りしながら、マウスを握り締めた。

 

(クソどもが!好きに言いやがって)

 

ネットの提示版など本来、いいものではない。薄汚い罵詈雑言が日々飛び交っている。

だが、ネラーとしての経歴も長く、もはやネット中毒とも言える私が、PCの電源を止められるわけはなく、特に目的がある訳ではなかったが、提示版に流れる超高校級の“喪女”の情報を追い続けていた。そんな時だった。

 

「朗報!“幸運”の名前が判明したぞ。“苗木誠”残念、男でした」

「なんだ男かよ。なんか女をイメージしてたよ→“幸運”」

 

ふーん、くじ引き野郎の名前は“苗木誠”っていうのか…。

どこにでもいるような平凡な名前だな。ツマンネ。

 

そう言って、私は砂糖がたっぷり入ったミルクコーヒーをすする。

 

何が“誠”だよ。包丁で殺された挙句、首をバックに入れられた某アニメのクズみたいな名前しやがって。きっと運だけの嫌味な奴に違いない。

まあ、名前がバレたらしいから、これで奴は晒し者か…ざまあ。

 

正直、私は、超高校級の“幸運”が…“苗木誠”が嫌いだった。

会ったことも見たこともない相手をこんなに嫌うというのも自分でも変な感じがする。

だが、その理由はシンプルだった。“幸運”ただその一言につきる。

なんだかんだ言っても、他のジャンルの超高校級たちは、持って生まれた才能を努力によって開花させた人達と言える。そのジャンルの頂点に君臨するまでに、多くのライバルと競い、その戦いに勝ってきたのだ。その彼らに苗木誠は、ただ抽選のみで並んでしまったのだ。何の努力もせずに、社会的成功が約束されるのだ。ムカつかないわけがない。

あれ、なんだろう?“お前が言うな”という声が聞こえた気がするけど、空耳かな。

それに、何が一番ムカつくかって言うと、以下の表だよ。

 

これは私見だが、私が集計した超高校級の不人気ランキングである。

 

1 超高校級の“喪女”

2 超高校級の“同人作家”

3 超高校級の“暴走族”

4 超高校級の“ギャンブラー”

5 超高校級の“幸運”

 

(クソが!私がぶっちぎりじゃねえか!)

 

“幸運”に対しては、嫉妬もスゴイが、その反面、その幸運に対する羨望も大きい。

故に、人気、不人気は五分五分となるのは当然といえる。

3、4位は、反社会的だが、そのアウトローな生き方に憧れる人間も多い。

2位は“キモい”という声が圧倒的だが、それでも支えてくれるファンがいるようだ。

そして、堂々の一位、超高校級の“喪女”つまり私であるが、全て嘲笑と罵倒で埋め尽くされていた。

 

「喪女って何の意味があるの?そもそもなんの実績があるの?」

「いや、アレじゃねーの、将来性とか。将来、活躍するんじゃね?」

「想像つかねーんすけどw」

「いや、だから、喪女に需要がある商品を開発したり、喪女に人気のサイト運営とか」

「気持ち悪いな…」

「くさそう」

 

う、うう…私だって抽選みたいなものだったのに、苗木の奴となんでこんなに差が…

 

涙のせいで、PCの画面がぼやけた時だった。

 

 

「そうだ。ついでに“喪女”の方も判明した。黒木智子だってさ」

 

 

「ぶファあッ!」

 

コーヒーを噴き出した私は、急いでPCをふき、食い入るように画面を見た。

そこには、“黒木智子”という文字がはっきりと浮かんでいた。

 

「黒木智子か…人生オワタ」

「このご時勢、名前バレはきついなwしかも喪女だし」

「智子ちゃんの外見どんな感じ?せめて人類だよね」

「だれか画像プリーズ」

 

(あ、あわわわ)

 

恐ろしい速さで進行していくスレに私は耐え切れず、ついに電源を切った。

その翌日から、私は学校に登校することはなかった。

当たり前だ。どの面さげて、授業を受けろというのか。

もう、すでに学校中が超高校級の“喪女”の…私の話題でもちきりだろう。

そんな空間にいるなんて死んだほうがましだ!

この数日、唯一の友達といえる優ちゃんから頻繁に電話やらメールやらが来ている。

その内容から、リアルにおける状況が手にとるようにわかった。

 

つまり、もはや普通の高校生活は不可能―――そういうことだ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「もう、私の人生の責任を希望ヶ峰学園にとってもらうしかねーんだよ!」

「だから、泣くなって…」

 

再び号泣する私に、智貴はこれ以上ないほど面倒くさそうな顔をした。

 

「今の高校に通えないなら、他の高校行けばいいだろ。姉貴は頭だけはいい方だし」

「県内は私の話題で持ちきりだよ。それに県外なら、いろいろお金がかかるし、お母さん達に迷惑がかかるじゃん。希望ヶ峰学園の生活は正直、不安だけど、学費と生活費はタダだし。そこだけは嬉しいなとは思う。ん?どうした智貴?やはり、私と離れたくないのか?

 

号泣から一転攻勢。にやける私に対して智貴はいつになく、いや、いつも以上に真面目な顔でその理由を答えた。

 

「姉貴の人生は姉貴のものだし、好きにすればいい。だけどさあ…何か久しぶりに嫌な予感がするんだよ」

「え…?」

 

その言葉に私は固まった。智貴の“悪い予感”それは黒木家にとって笑い事では済まされないものだったから。

まだ私達が幼い頃、遊園地に出かける寸前に、智貴が“悪い予感”がするといって泣き出し、結局、その日は遊園地は中止になってしまった。だけど、その日の夜、私達が乗る予定だった電車で脱線事故がおきて多くの負傷者を出した。

それから智貴の“悪い予感”は的中し続け、そのおかげで、黒木家は今日までを無事に過ごしてきたと言っていい。だけど、智貴の“悪い予感”は成長するにつれ、回数が減っていき、今、この場で言われるまで私はその存在を忘れていたほどだ。

 

「お、お前…私がただでさえ不安のどん底にいるのに余計な能力復活させやがって…!」

「いや、わからないよ。ただの勘だし。もう昔みたいに当たらないかもしれないしさ。

でも、何か収まらないんだよ嫌な感じが。だから、行けるなら他の高校行けよ」

「ぐ…ッ」

 

真剣な目だった。

正直、私は気圧されていた。出来ることなら私も、智貴の言うように他の高校に行きたい。

だが、すでに希望ヶ峰学園の入学手続きは完了し、後は旅立つだけという状況だ。

いまさら、それを取りやめるのは、お母さん達に多大な迷惑をかける。

それに希望ヶ峰学園を卒業すれば、社会的成功が約束される。今まで迷惑かけた分、

親孝行もできるはずだ。だから、私は、あえて強気を演じることにした。

 

「ふ、ふーん。そうか、お前、アレだろ。私に嫉妬してるだろ。社会的成功が約束されたこの私に嫉妬してるんだろ?」

「はあ?てめーは、バカか?“喪女”なんかに嫉妬するわけないだろ。俺は真剣に…」

「うるせーその手に乗らないぞ!味方の振りをして私に入学を辞退させる作戦だろ?」

「バカすぎる…勝手にしろよ」

 

そう言って、椅子を回し、智貴は私に背を向けて漫画を読み始めた。

その態度にムカついた私は、ベッドに座り、智貴に向かって足を伸ばした。

 

「私は将来の社会的成功者様だぞ。いいのか?そんな態度で。いまから媚を売っておいた方がいいんじゃないのか?ほら、マッサージしろよ。なんなら舐めてもいいんだぞ」

 

無視を決め込む智貴の背中に“ぺしぺし”と軽く蹴りを打ち込む。

それでも、無視しているので、速度を上げて少し力を入れる。

“オラオラオラ”とか“無駄無駄無駄”とかそんな声を心の中で出しながら。

殊の外、楽しくなってきた時だった。

ヌッと私の眼前に智貴の手のひらが広がってきた。

 

「痛ッ!?痛い!痛い!痛い!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」

 

アイアンクロー。

こめかみを掴むプロレス技が私を襲う。

智貴は私の掴んだまま、部屋の入り口まで移動し、そして私をポイッと外に押し出した。

 

「て、てめー智貴!覚えてろよ!後でお前の隠してるエロ本を台所に放置してやるからな!」

 

固く閉ざされたドアの前で、男子高校生には恐怖となるその捨て台詞を残し、私も部屋に帰ることにした。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「体には気をつけるのよ。何かあったら家に帰ってきてもいいからね」

「うん、行ってきます」

 

入学当日、玄関で母に出発の挨拶をする。

お母さんはすごく心配している。当然かな。私も1日後の未来が想像できないもん。

 

「行ってくるぞ弟よ」

「ああ…元気でな」

 

ポケットに手を突っ込むそっぽを向く智貴に声をかける。

私達は毎日のように喧嘩はしているが、本気の喧嘩じゃないから、朝になればまた普通の

関係に戻れる。コイツとの喧嘩も当分できないのは少し寂しいな。

家から出るとそこには、あの黒塗りのリムジンがあった。

どうやら、これは希望ヶ峰学園の所有物らしい。さすが日本最高峰!すごい。

リムジンに乗った私は、そのまま都内某所にある希望ヶ峰学園に連れて行かれた。

 

「うわぁ、すごい」

 

その小学生並みの感想が、希望ヶ峰学園の前に立った私の第一声だった。

それは、まさに“希望”の学園にふさわしい場所だった。

荘厳な外装。そのヨーロッパ調の建物は、歴史と伝統、そしてここから輩出された

栄光により、その前に立つ者にえもいわれぬ重圧を感じさせた。

 

この前に立つまで、希望ヶ峰学園に入学するなんて、何か現実感がなかった。

でも、今は例え“喪女”だとしても、ここに入学できる“幸運”に私は初めて感謝した。

 

(これで、セレブの仲間入りか…)

 

極度の緊張と興奮の中、私はついに学園に足を踏み入れ、集合先の玄関ホールに向かった。

玄関ホールには、まだ誰もきていなかった。集合時間の8時まではまだ少し時間があった。

 

(ちょっと、早かったかな?)

 

緊張でガチガチになりながら、私は玄関ホールを凝視する。

 

(誰もこないなら、ちょっと学内散策でもしようかな…。私は生徒だし、いいよね)

 

あまりの緊張で私はちょっとした過呼吸を始めている。

いかん、いかん、少しでも緊張を解さないと今日もちそうにないや。

 

そんなことを考え、私は第一歩を踏み出した。

それは新しい学園生活の始まりとなる希望に満ちた一歩…となるはずだった。

 

 

グニャ~~~~~~~

 

 

「―――!?」

 

だけど、その一歩目を踏み出したのと同時に私の視界がぐるぐると歪み始めた。

 

(いかん!緊張しすぎて貧血に!?)

 

もはや遅かった。

世界は解けた飴細工のようにドロドロと溶け、混ざり合う…

 

ぐるぐるぐるぐると、ドロドロドロドロドロドロドロになって――

 

次の瞬間には…ただの暗闇。

 

 

 

それが…始まり…そして日常の終わり…

 

 

 

この時点で私は気づいてもよかったかもしれない。

私が希望ヶ峰学園に入学できたのは“幸運”なんかではなく…

 

 

やっぱり、ただの“不運”だったという事に。

 




すいません。本当にクリアの勢いだけで書きました。
連休にふと書いたら、面白くなってしまい8000字も書いたので捨てるのが惜しくなりました。
連載できるなら、作者としても幸運です。


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ようこそ絶望学園(中編)

「う、う~ん」

 

体がだるい。頭がズキズキする。

目を開けるとそこには机があり、顔を上げると黒板があった。

どうやら、机の上でうつ伏せになり、寝てしまっていたようだ。

周りに誰もいないのは、午後の授業で昼寝して、放課後になってしまったようだ。

やべえ…涎がついてる。

ああ、そうか。全て夢だったのか。

 

私が超高校級の“喪女”として希望ヶ峰学園に入学する―――

 

どんな夢を見てるんだよ、私は。

まだ、ゲームのイケ面と付き合う夢の方が嬉しいわ。

ユニークすぎて我ながら呆れる。

 

「さて…じゃあ、帰るか」

 

いつまでも、教室にいても仕方ない。さっさと家に帰ろう。

私は帰宅部だ。こんな時間に学校にいる理由はない。

結構、熟睡した気がする。外が気になるな。

外はもう、日も暮れてい…

 

「―――ッ!?」

 

その瞬間、私は絶句した。

窓には、青い空も、太陽も、夕暮れも、そこにあるべき光景は何もなかった。

全ての窓という窓が鉄板で固く閉ざされていた。

 

「な、何これ…」

 

その異様な光景に後ずさりした私は、天井から私を見つめているものに気づく。

 

「監視…カメラ?」

 

本来、防犯のために付けられているはずの監視カメラは、教室の中に付けられ、

私を見ていた。

 

「どこなの…ここ?」

 

血の気が引いていくと共に、眠気が消え、意識がはっきりしていく。

 

私が超高校級の“喪女”として希望ヶ峰学園に入学する―――

 

そんなふざけた悪夢は、現実だったのだ。

そうだ。

私は、玄関ホールで、貧血を起こし、倒れたのだ。

じゃあ、ここは、希望ヶ峰学園の教室の中…?

 

「ん…?」

 

振り返り、今更、教室の全体を眺めると、後ろの教室の入り口付近の席に

一人の男子高校生が、机にうつ伏せで寝ているのに気がつく。

男子高校生の体型は、一般のそれよりも小柄で、制服の中にパーカーを着込んでいる。

 

在校生かな…?

 

そりゃそうだ。

希望ヶ峰学園は「学園」なのだ。

そこで、学ランを着ているのだから、この学園の生徒に間違いない。

現状がまったく掴めない私は、とりあえず、この人を起こすことにした。

 

「あ、ああの、す、すいません」

「ウ、う…ん」

 

軽く揺すると、すぐ反応があった。

男子高校生は、頭を抑えながら、立ち上がり、辺りを見渡す。

 

「ここは…?君は…?」

「え…?」

 

つい、さっきの私のリアクションをそのまま再現されたことに私は一気に不安になる。

 

「わ、なんだこの鉄板は!?監視カメラ!?」

 

そうだよね。まずそこに驚くよね。

 

「あ、あの…在校生の方ですよね?わ、私は、今日、入学してきた者なんですが…その」

 

わずかな可能性に賭け、私は質問する。

 

「え、ゴメン。実は、僕も今日、この学園に入学したんだ。玄関ホールまでは覚えてるんだけど。その後、確か眩暈を起こして…」

 

だろうね。そう思ってたよ。

その反応見れば、誰だってルーキーだってわかりますぜ旦那。

チッ…使えねーな。

だいたい、男のくせに眩暈くらいで倒れるなよ。

 

そんなことを思っていると、男子高校生は、一枚の紙を手に取っていた。

どうやら、彼の机の上に置かれていたようだ。

 

なになに…入学案内?

 

 

“新しい学期が始まりました。

心機一転、これからは、この学園内がオマイラの新しい世界となります“

 

 

「何…これ?」

 

私達は同時に呟いた。

それは、安っぽいパンフレットに手書きで書きなぐられていた。

 

“オマイラ”て何だよ…書いた奴はネラーかよ。

 

こんな言葉遣いをリアル世界で使われるのを見たのは、初めてだ。

察するに、在校生か誰かのイタズラだろうけど、空気読めと言いたかった。

つまんねーんだよ。

 

「あ…8時!」

 

心の中で私が悪態をついている傍らで男子高校生が声を上げた。

時計を見ると、針は8時10分を示していた。

 

8時…そうだ!集合時間!

 

「マズイ!玄関ホールに行こう!」

「あ、は、はい!」

 

男子高校生は、教室の出口に向かって走りだす。

声をかけられ、ハッと現実に戻った私は、慌てて彼の後についていく。

廊下は、紫やら緑やらと気味の悪い色でライトアップされている。

だが、そんなものに気をとられている訳にも行かず、私達は全力で玄関ホールに向かう。

 

初日から遅刻とは最悪だ…。

 

そんなことを思いながら、私と彼は玄関ホールの扉を開いた。

 

 

―――扉を開けた瞬間、“超高校級”のオーラが私を吹き抜けた。

 

その眩い輝きに私は一瞬、目を覆いそうになった。

そこには、テレビやネットで見たあの“超高校級”の高校生達が集っていた。

 

「おめーらも…ここの新入生か?」

「じゃあ、君達も…!?」

「うん。今日、希望ヶ峰学園に入学する予定の新入生だよ」

「これで16人ですか…キリも…よくないけど、これでそろいですかね」

「ちょっと待ちたまえ、入学初日に遅れるなど言語道断!学校側に報告を…」

「はあ?アンタ、何言ってるの…?しょうがないじゃん。こんな状況なんだからさ…」

 

待機していた彼らは、私達を取り囲むと一斉に喋りだした。

リーゼントに、100KGは超えるデブ。真面目君に、ビッチと個性豊かな面々。

私も彼も、誰にどうしていいか、オロオロしていた。

 

「そうだ!それより、改めて自己紹介しない!?

遅れてきたクラスメイト君たちの為にもさ!」

 

そんな時に赤色のジャージを着ている女の子が提案する。

 

「自己紹介だぁ?んな事やってる場合じゃねーだろ!」

「ですが、問題について話し合う前に、お互いの素性がわかっていた方がよろしいでしょう。なんてお呼びしていいのかわからないままでは、話し合いもできないじゃありませんか…」

「それも、そうだよねぇ…」

 

無駄に吼えるリーゼントに対して、ゴスロリの女の子が反論し、それを小動物みたいなカワイイ女の子が支持する。

いや~そうしてもらえるとマジで助かるわ。状況がまるで掴めないしさ。

 

「じゃあ、まず最初に自己紹介って事でいいですか?話し合いは、その後という事で…」

 

キターーーーーーーーーーーーー

 

私は心の中で叫び声を上げた。

自己紹介を提案した彼女は自己紹介など必要ない存在。

お茶の間では知らぬ者がいない国民的アイドル。超高校級の“アイドル”舞園さやかだった。叫び声をあげたい衝動を私は必死に抑えた。

 

いかん、いかん。今はそんな状況じゃねえや。ミーハー心を抑えろ私!

 

「じゃあ、とりあえず自己紹介ってことで…」

 

そんな私を尻目に男子高校生は一歩前に進み出た。

 

「はじめまして“苗木誠”っていいます。いろいろあっていつの間にか寝ちゃってて…」

 

その瞬間、私は目が点になった。

 

(お、お前が“苗木誠”だったのかよッ!?)

 

なぜはじめに気づかなかったんだ私は!

他の入学生ならば、ネットやテレビで見たことがあるから、一発で気づく。

逆に言えば、知らない入学生ならば、超高校級の“幸運”と謎の超高校級しかいない。

だが、謎の超高校級は女子であり、“幸運”は男だ。

ならば、男子高校生は超高校級の“幸運”の苗木誠ということになる。

クソ、こいつがあの忌々しいくじ引き野郎か…チッ起こすんじゃなかったよ。

 

苗木の傍ら、心中で毒づきながら、私は苗木と他のクラスメートの自己紹介を

モブ化しながら聞いていた。

 

うん、うん、なるほどな。

じゃあ、紹介しよう。これが私のクラスメート達です。

 

 

超高校級の“アイドル”舞園さやか

超高校級の“プログラマー”不二咲千尋

超高校級の“スイマー”朝日奈葵

超高校級の“御曹司”十神白夜

超高校級の“文学少女”腐川冬子

超高校級の“格闘家”大神さくら

超高校級の“野球選手”桑田怜恩

超高校級の“ギャル”江ノ島盾子

超高校級の“ギャンブラー” セレスティア・ルーデンベルク

超高校級の“占い師” 葉隠 康比呂

超高校級の“暴走族” 大和田 紋土

超高校級の“風紀委員” 石丸 清多夏

超高校級の“同人作家” 山田 一二三

超高校級の“幸運”苗木誠

超高校級の“?” 霧切 響子

 

以上が私を含めて16人の超高校級の入学生達。

 

そして自己紹介も終わり、今の話題は主に二つに絞られていた。

 

一つ目は、私と苗木のように全員が一時、意識を失っていたという事実だ。

16人全員が貧血なんてどんな確率だろう。もはや完全な異常現象だ。

正直、気味が悪い。この学園に悪い病原菌が蔓延しているのかな?

 

二つ目は、玄関ホールの入り口についてだ。

玄関ホールは、あの教室の窓のように、いや、それ以上に厳重な鉄の塊で閉ざされていた。

どんなイリュージョンだよ!?さっきまでこんなのなかったはずだぞ!?

だが、現実に巨大な鉄の扉は私達の行く手を阻んでいる。

まるで私達の逃亡を防ぐかのように…。

 

「ところでさ、苗木っち。おめーの横にいる女の子は誰だべ?」

「え…?」

 

そんな中、突然、葉隠君が私を指差し、苗木は驚きの声を上げた。

 

(しまった!苗木だけじゃなく、誰とも自己紹介できていない!?)

 

苗木の隣でモブ化しながら、自己紹介をすませた気になっていた私は今更慌てた。

その声に視線が私に集まっていく。おまえ…誰?そんな視線が。

逃げ場なし。私は意を決した。

 

「あ、あの、その…はじめまして、黒木…智子…です」

「あ、知ってる!“喪女”だべ!超高校級の“喪女”だべ!」

 

(だーーーーうるせーぞ鳥頭!騒ぐな!)

 

何の配慮もなく大声で騒ぐ葉隠に私は心中で罵倒する。

 

とにかく、黙れ!私に注目が集まるだろが!

 

その悪い予想はすぐに現実に変わる。

 

「マジっすか!?君が喪女!?どんな奴かと思ったら意外と普通の子じゃん!」

 

葉隠の声を聞き、茶髪のチャラ男が会話に割って入ってきた。

 

(おお、君は確か桑田君…だったかな。チャラ男のくせによくわかってるじゃないか)

 

「あ、でもあれか、性格が最悪ってことか!マジこえーッス!」

 

(ハイ、死んだ。チャラ男…お前今、死んだからな)

 

一瞬、私の中でストップ高となった桑田の評価は、直後、ストップ安に変わった。

だが、一人騒ぐ桑田のせいで、どんどん私に注目が集まっていく。

15人全員が私に視線を注ぎ始めた。それはまるで珍獣を発見したように。

 

(あ、あわわわ)

 

汗が止まらない。

たかが自己紹介なのに絶体絶命の大ピンチ。

そんな目でこのまま見られていたら、私の心臓は止まってしまう。

 

そんな状況の渦中…突然“それ”は始まった―――

 

 

キーン、コーン…カーン、コーン…

 

 

「あー、あー…!マイクテスッ、マイクテスッ!校内放送、校内放送…!大丈夫?聞こえてるよね?ではでは…」

 

突如、チャイムがなり、モニターが画面に砂嵐が映った。

そして、響き渡る場違いなほど、能天気で明るい声…。

その声に私は強烈な不快感を覚えた。

それは例えるなら事故現場に鳴り響く笑い声のように、思わず眉をしかめたくなるような不快感。

 

「え、新入生のみなさん…今から入学式を執り行いたいと思いますので…

至急、体育館までお集まりくださ~いって事でヨロシク!」

 

それを最後にモニターの砂嵐は消えた。

 

「はあ?なに…?なんなの、今の…?」

 

超高校級のビッ…いや“ギャル”である江ノ島さんは、絶句していた。

それもそのはずだ。わけがわからない。

 

「入学式…なるほど、これは入学式の催し物の一部だったってか」

 

葉隠君が一人、そう呟く。

 

ああ、なるほど、その可能性が一番高いな。やるじゃないかウニみたいな頭してるくせに

 

私はその意見に同意し、うん、うん、と頷く。

だが、周りは納得しないようだ。ざわざわと各自が話し始める。

 

「俺は先に行くぞ…」

 

そんな中、ひとりの男子が体育館に向かって歩いて行く。

おお、あれは十神君か…協調性のない奴だな。まあかっこいいから許すけど。

彼の行動が口火となったようだ。皆が次々と、体育館にむかって歩き始めた。

だが、私はすぐには動けなかった。

頭に浮かんだ嫌な予感がどうしても頭から離れなかったせいだ。

だけど、その考えは私だけではなかったようだ。

 

「本当に…大丈夫なんでしょうか?」

「今の校内放送にしたって、妙に怪しかったしね…」

 

舞園さんは不安そうに俯き、江ノ島さんも動揺していた。

ギャルの分際で意外に臆病だなこの子は。

 

「でも、ここに残ったとしても、危険から逃げられる訳じゃない…それに、あなた達だって気になるでしょ?今、自分達の身に何が起こっているのか」

 

そう言って、彼女は胸元で腕を組んだ。確か名前は霧切 響子…さんか。

クールな子だな。こんな状況なのに落ち着いている。同じ歳とは思えないや。

 

「先に進まぬ限り何もわからぬままか…ならば行くしかあるまい」

 

大神さくらさん、か…同じ歳とは思えないや。

 

「確かにそうだよ…行くしか…ないか」

 

便乗かよ。苗木、お前も残ってたのか。お前はさっさと行けよ。

 

こうして、最後に残っていた私達も体育館に移動することになった。

この時の私は、催しなどさっさと終わらして、早く寮に案内してもらい、

とりあえず、部屋でゆっくりしたいなどと暢気なことを考えていた。

ああ、私は何て甘いのだろう。“奴”が言うところの“デビル甘”だったのだろう。

 

私はほんの少しも気づくことはなかった。

私達の学園生活は…私達の絶望はまだ始まってすらいないことに―――

 

 




うん、15人いると全員と絡ませるなんて絶対無理だな(笑)
ちょっと、喋っただけでこの字数。各章をなんとか前、中、後編で収めたいけど、
実際書いてみないとなんともいえません。
期待せずにお読み下さい。


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ようこそ絶望学園(後編)

あの放送の後、私は苗木達の最後尾につき、体育館に向かう廊下を歩いていた。

廊下には至るところに監視カメラがつけられていた。

この学園は日本最高峰の学園であり、きっと貴重な品々が多いのだろう。

そのための防犯カメラの数々に違いない。まあ、過剰すぎるような気もするけど。

 

“入学式の催し物”

 

葉隠君の推理に私が同意した論拠は、あの放送の“体育館に来い”という指示にあった。考えて見て欲しい。私達はこの学園に今日、入学した新入生だ。

じゃあ、入学式はどこでやる?

それが、小学校であれ、高校であれ、変わらない。“体育館”だ。

そうだ。あの窓も玄関ホールもこの気味の悪いライトアップも入学したばかりの私達を驚かす演出に違いない。

私達が眠ってる間に、たぶん超高校級の“大工”みたいな奴らに命じたのだろう。

あの放送も私達を和ますジョークだったのだ。

 

まあ、効果は最悪だけどね…。

 

私はそう一人、納得しながら皆と一緒に体育館に足を踏み入れた。

 

体育館に着いた私は、再び不安になった。

すでに、先に行った新入生達は、待機しており、遅れて出発した私達を含めて、これで16人全てが集結したことになる。

だが、ここには、その私達の入学を祝福するはずの学園長、職員、そして大勢の在校生の姿はなかった。

私の予想では、私達が体育館に入った瞬間、クラッカーが鳴り、バックミュージックが響く中、「ドッキリ」のプラカードを持った在校生達の熱い歓迎が待っていると思っていた。

ところが、現実はまったく違った。

広い体育館には私達、16人のみ。ぴゅーと風が吹いてきそうだ。

そこには、空しささえ漂ってきた。

 

「なんかヤバげな雰囲気なんですけど…」

「他の生徒さん達はどこに行ったのでしょうか?どうして、私達しかいないのですか?」

 

この異様な雰囲気を前に、江ノ島さんと舞園さんが感想を述べる。

二人とも私と同じことを考えていたようだ。

 

一応、人数分の席も用意されており、見かけだけは間違いなく入学式。

だが、私の不安はどんどん高まっていく。

 

「ほら、俺の言った通りだべ?実際のとこ“普通”の入学式じゃねーか」

 

少しは空気読めよ!とツッコミたくなる葉隠君の言葉の直後だった。

私達が“普通じゃない”光景を目のあたりにしたのは。

 

この異様な雰囲気の中…“奴”は現れた―――

 

 

「オーイ、全員集まった~!?それじゃあ、そろそろ始めよっか!!」

 

 

奴は…いや、奴というより、“それ”はビヨ~ンと壇上の台から飛び出してきた。

擬音ではない。本当にビヨ~ンという効果音と共に真上に飛び出て、台に座ったのだ。

 

それは―――熊のヌイグルミだった。

 

体と顔の右半分は白色の愛らしい微笑。左半分は黒色の邪悪な笑顔。

左右非対称のツーフェイスのクマのヌイグルミ。

その姿に全員の目が釘付けになった。

ここまで何かに視線を奪われたのは、生まれて初めてかもしれない。

そう思うほどに壇上の台に座るクマの姿は、異常だった。

 

「え…?ヌイグルミ…?」

 

泣きそうな顔をしながら不二咲さんが呟いた。

その言葉に、その場にいる全員の気持ちが込められていた。

なぜ、ヌイグルミが、しかもクマのヌイグルミが飛び出てきたのか。

まるで見当が付かない。

しかし、そんな疑問など次の瞬間、全て吹き飛ぶこととなった。

 

「ヌイグルミじゃないよ!ボクは“モノクマ”だよ。キミたちの…この学園の…学園長なのだッ!!」

 

「―――!!?」

 

私を含む全員に衝撃が奔った。

不二咲さんの問いに返答する者がいることを誰も予期していなかった。

それは、そこにあるのは、ヌイグルミだけであり、学園長や職員など、本来、この状況を説明しなければならない人間が誰一人いなかったからだ。

だが、答えは返ってきた。

そこに座るヌイグルミ自ら、返答したのだ。

 

「ヨロシクねッ!!」

 

それは場違いなほど明るい声。

 

「う…うわわわ…ヌイグルミが喋ったぁぁぁ!!」

 

体をのけぞらしながら山田君が絶叫した。

 

「お、落ち着くんだ。ヌイグルミの中にスピーカーが仕込んであるだけだろう…!」

 

そう言いながらも、石丸君は頬に冷や汗が流れていた。

 

「だからさぁ…ヌイグルミじゃなくて…モノクマなんですけど!しかも、学園長なんですけど!」

 

「うわぁぁぁぁ!動いたぁぁぁ!」

 

再び山田君が絶叫した。いや、そこにいる全員が騒然となった。

ヌイグルミは、腕をブンブンふって抗議したのだ。まるで生きてるように。まるで人間のように。それは場違いなほど能天気な振る舞い。

 

「落ち着けっつってんだろ!ラジコンかなんかだ…」

「ラジコンなんて子供のおもちゃと一緒にしないで。ボクにはNASAも真っ青の遠隔操作システムが搭載されていて…って、夢をデストロイするような発言をさせないで欲しいクマー!!」

「クマ…?ベタですわね?」

 

大和田君の指摘に対して、ボケで返す余裕をみせる人外。それをセレスさんが他人事のように見物していた。

 

「じゃあ、進行もおしてるんで、さっさと始めちゃうナリよ!」

 

(キャラ、ぶれてんじゃねーか。日曜日を思い出すから、止めろよその言葉遣い)

 

ふと懐かしい記憶が蘇る。アイツ、コロッケ食うだけで何の役にも立たなかったな。

やっぱり、飼うなら青タヌキか。ん?そういえば、声が似てないか?アイツ。

 

私が、懐かしい思い出に浸っている中で、奴は話し続ける。

 

「ご静粛にご静粛に、えーではでは、起立、礼!オマエラ、おはようございます!」

「おはようございます!」

 

突如、行われたモノクマの挨拶に、一人、石丸君が反応する。

イレギュラーに弱いんだな“風紀委員”て。

 

「では、これより記念すべき入学式を執り行いたいと思います!まず最初に、これから始まるオマエラの学園生活について一言…えー、オマエラのような才能溢れる高校生は、“世界の希望”に他なりません!そんな素晴らしい希望を保護する為、オマエラには…“この学園内だけ”で共同生活を送ってもらいます!みんな、仲良く秩序を守って暮らすようにね!」

 

「は…?」

 

(ん?寮生活の説明かな…?)

 

いきなり始まったモノクマの入学説明に、苗木は間の抜けた声を上げた。本来なら“夢”や“希望”など抽象的なリア充話が基本設定である入学説明において、奴が最初に話したのは、学園における共同生活についてだった。

 

「えー、そしてですね…その共同生活の期限についてなんですが…期限はありませんっ!!一生ここで暮らしていくのです!それがオマエラに課せられた学園生活なのです!」

 

「―――!?」

 

だが、事態は予想外の方向に向かって行った。

 

「何て…言ったの?一生ここで…?」

 

あまりの想定外の状況に人見知りが激しそうな腐川さんですら声をあげた。

 

「あぁ…心配しなくても大丈夫だよ。予算は豊富だから、オマエラには不自由はさせないし!」

「そ、そういう心配じゃなくて…!」

「つーか、何言ってんの…?ここで一生暮らすとか…ウソでしょ?」

 

能天気なモノクマの反応に、舞園さんと江ノ島さんが絶句する。

私も何が起きているのか、イマイチわからない。

学費と寮生活は無料とは聞いている。奴はそれを大げさにいっているだけなのかな?

学園はこれだけ広いから、学園内だけでも生活は可能であり、君達の生活は希望ヶ峰学園が保障する…みたいな感じかな?そう私は強引に解釈した。

 

「ボクはウソつきじゃない!その自信がぼくにはある!あ、ついでに言っておくけど…外の世界とは完全にシャットアウトされてますから!」

「シャットアウトて…じゃあ、教室や廊下にあったあの鉄板は…僕達を閉じ込めるための…!?」

「そうなんだ。だから、いくら叫んだところで、助けなんて来ないんだよ。そういう訳オマエラは思う存分、この学園内だけで生活してくださーいっ!」

 

“シャットアウト”という言葉から連想されるのは、窓の鉄板や玄関ホールだろう。

苗木の問いに対して、奴は平然と“閉じ込めるため”そう語った。

 

(え、何それ…?)

 

「なんだよ…これ…希望ヶ峰学園が用意したにしては、いくらなんでも悪ふざけが過ぎるんじゃあ…」

 

ウザいくらいに元気だったチャラ男の桑田ナントカ君が青ざめる。

 

「そんな…困りますわ…こんな学校でずっと暮らすなんて…」

 

セレスさんも不安そうに俯く。

 

「おやおや、オマエラもおかしな人達だねぇ…だって、オマエラは自ら望んで、この希望ヶ峰学園にやって来たんでしょう?それなのに、入学式の途中で、もう帰りたいとか言い出すなんてさぁ」

 

(私は違うけどなっ!)

 

心の中で私は即答する。

 

超高校級の“喪女”なんて称号をもらってみろ!その瞬間から世界が変わるぞ。ネットでもリアルでも完全に晒し者じゃねーか!全部お前ら希望ヶ峰学園のせいじゃないか!

 

選択肢のなかった当時の状況を思い出すとモノクマが涙で歪んで見えてくる。

ネットに追われ、リアルから逃げ、辿りついた先にいたのが、あのクマもどきだ。

そりゃ泣きたくもなるよ。

 

「まぁ、だけど…ぶっちゃけた話、ない訳じゃないよ。ここから出られる方法…」

 

口を押さえ、笑いを噛み殺しながら唐突に、そうモノクマは切り出した。

 

「ほ、本当に…?」

 

モノクマの言葉に、不安で顔を歪ませた腐川さんが反応する。

 

「学園長であるボクは、学園から出たい人の為に、ある特別ルールを設けたのですっ!それが『卒業』というルール!!では、この特別ルールについて説明していきましょーう。オマエラには、学園内での“秩序”を守った共同生活が義務付けられた訳ですが…もし、その秩序を破った者が現れた場合…その人物だけは、学園から出て行く事になるのです。それが『卒業』のルールなのですっ!」

 

「その“秩序を破る”とは…何を意味するんだ?」

 

わざと抽象的に話すモノクマに、十神君が鋭い口調で問う。その声や表情からは強い怒りが窺えた。

 

「うぷぷ…それはね・……」

 

 

 

 

 

 

―――人が人を殺す事だよ…

 

 

 

 

ゾクリとした。

愛らしい口調のモノクマが発した最後の一言はまるで地の底から響くような低く恐ろしい声だった。

 

「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺…殺し方は問いません。『誰かを殺した生徒だけがここから出られる…』それだけの簡単なルールだよ。最悪の手段で最良の結果が導けるよう、せいぜい努力して下さい」

 

黒い左半身の切り裂かれた口をさらに大きく開きながらモノクマは再び愉快そうに笑う。

 

「うぷぷぷ…こんな脳汁ほとばしるドキドキ感は、鮭や人間を襲う程度じゃ得られませんな…さっきも言った通り、オマエラは言わば“世界の希望”な訳だけど…そんな“希望”同士が殺しあう“絶望”的シチュエーションなんてドキドキする~!」

 

「な、何言ってんだっつーの!殺しあうって…なんなんだよ…!?」

「どうして私達が殺し合わなくちゃいけないの!?」

「そうだ、そうだ!ふざけた事ばっかり言うな!さっさと家に帰せー!!」

 

桑田ナントカ君に、朝日奈さんや山田君が一斉に叫び、場が騒然とする。

皆が一様に不安に顔を歪め、ちょっとしたパニック状態に陥っている。

この場を支配するのは、“不安”と“恐怖”

そんな状況の中で、私はこの学園に来て、はじめて“安心”した。

 

 

 

(ハハ、なんだ…これ“バト・ロワ”のパロディじゃん)

 

 

 

説明しよう。

“バト・ロワ”とは、無人島において、中学生達がたった一つの生存枠をかけて、様々な武器を手にとり、クラスメート同士で殺し合いを行う、という小説を原作とする物語である。この作品は、映画化されたことを機に、大ヒットを記録し、後のアニメ、漫画、小説に多大な影響を与えたB級パニックホラーの傑作である。

私もこの作品が大好きで、よくクラスの中を見渡しながら、もし“バト・ロワ”に巻き込まれたら、最初に殺すべきターゲットはこの中の誰だろう…?と馬鹿なことを真剣に考えたものだ。

 

その“バト・ロワ”の冒頭で、ラスボスである教師のセリフに以下のようなものがある。

 

 

―――今から皆さんに殺し合いを行ってもらいます

 

 

どうだろう…完全にパクリである。

モノクマはセリフと設定をわずかに改変しているが、ベースは完全に“バト・ロワ”をパクっている。いや、これは、パクりというより、パロディなのだ。

そう、モノクマも含めてこれはやはり、私達を驚かすために希望ヶ峰学園が用意した“催し”なのだ。

たぶん筋書きはこんな感じだ。

希望ヶ峰学園は超高校級の“科学者”みたいな在校生が開発した二足歩行遠隔操作ロボットの発表を入学式と同時にやろうと企画した。だが、普通にやってはつまらない。それで考えたのがこの“バト・ロワ”のパロディなのだ。本来、愛らしいクマのぬいぐるみが“殺し合いをしろ”なんて言ったなら、逆に恐怖は100倍になる。私ですら、ちょっとビビッたくらいだ。ならば、たぶん“バト・ロワ”を知らないであろう我がクラスメート達は効果抜群だ。ビビッてるを通り越して完全にパニック状態だ。今のところ、希望ヶ峰学園の目論見は完璧に成功しているといっていいだろう。だから、あと少しだけ待っていれば職員が「ドッキリ」のプラカードをもって現れるはずだ。気楽に待っていよう。

 

 

        『希望ヶ峰学園の入学式で新型ロボットの発表』

 

×月×日、希望ヶ峰学園において在校生である超高校級の“科学者”である○○さんが開発した近未来型二足歩行ロボット“モノクマ”の発表が、新入生の入学式において行われた。まるで人間のように動く“モノクマ”に新入生達は驚きの声を上げた。

 

写真は、モノクマの動きに驚く新入生の黒木智子さん(16歳)

 

 

明日の朝刊には、こんな風に書かれるかもしれないな。

いや、もしかしたら、テレビで放送されるかも!?ヤバイ…寝癖とか大丈夫かな。

 

「いいかい?これからは、この学園が、オマエラの家であり世界なんだよ?

殺りたい放題、殺らして殺るから、殺って殺って殺って殺りまくっちゃえつーの!!」

 

熱い演技を続けるモノクマをよそに、私はテレビ放送に備え、髪の手入れを始める。

恐怖に慄くクラスメートには悪いが完全にお気楽モードである。私は、もはやモノクマなど眼中にはなく、その興味は、何時このパロディが終わるのか、に移っていた。正直なところ早く終わってほしかった。

そんな中、あのバ…いや、葉隠君が余計な事を言ってくれた。

 

「おいおい…いつまで続ける気だって。もう十分ビックリしたからよ、そろそろネタばらしにすんべ?」

 

(なっなに余計なこと言ってんだあの鳥の巣!)

 

空気の読めない葉隠君を見て、私は内心で毒を吐いた。

せっかく、パロディで私達を騙そうと頑張って熱演してるのに、そんなことを指摘しては身も蓋もない。

 

「はあ?ネタばらし…?」

 

葉隠君の指摘にモノクマは首をかしげる。

 

あ~あ、ほら、モノクマさんが意地になってしまわれたではないか。

もしかしたら、もうすぐネタばれだったかもしれないのに、あのウニめ、余計なことを。

 

「…もういい。テメェは、どいてろ!」

 

そんな時、事態はさらに余計な方向に動いていく。

怒りの表情の大和田君が、葉隠君を押しのけてモノクマの前に立つ。

 

「オイコラ、今更謝ってもおせぇぞ!テメェの悪ふざけは度が過ぎたッ!」

 

(あ~あ、だからパロディなのに。なにマジになってんだよあの昔の不良は…)

 

完全に騙された哀れなピエロである大和田君の行動をため息をしながら見物する。

いや、職員の方もこの事態に焦っているはずだ。逆に、あのリーゼントが暴れてくれた方がこのパロディは強制的に終了するかもしれない。

 

「悪ふざけ…?それってキミの髪型の事?」

 

(プッ…)

 

モノクマのツッコミに私が吹いてしまった直後だった―――

 

「がああああぁぁぁあああッッ!!」

 

体育館全体に響くような雄たけびと共に大和田がモノクマに掴みかかった。

 

「捕まえたぞ、コラァ!ラジコンだかヌイグルミだか知らねえが、バキバキに捻り潰してやんよッ!!」

「きゃー!学園長への暴力は校則違反だよ~ッ!?」

 

大和田君に掴み上げられたモノクマは、直後こそジタバタしたものの、そのセリフの後は、

ぐったりと糸の切れた人形のようになった(まあ、人形みたいものなのだが)

私は、いよいよ職員や在校生達の登場かと、モノクマにかまわずに辺りをキョロキョロと見ていた。私が再び、モノクマを見るのは、突如、モノクマから発せられ始めた“ビーッビーッ”という機械音がどんどん大きくなっていくのに気づいた時だ。ん?故障かな。

 

「危ない、投げて…ッ!」

 

意外なことにその声は、霧切さんのものだった。

クールな彼女もこのパロディにどっぷりと嵌ってしまったようだ。

必死になっちゃてカワイイなあの子。

その様子に私は笑いを噛み殺していると、私の周りにいたみんながバッと私から離れた。

 

「え…?」

 

彼女の言葉を真に受けた大和田君がこっちに向けて、モノクマを放り投げたのだ。

回転しながら私の方に向かってくるクマもどき。

 

激しい機械音を発しながら、私の遥か真上で…

 

奴は薄笑いを浮かべながら…“ちゅどーん”と盛大に…

 

 

 

爆発した―――

 

 

 

「…ッ」

 

頭の上で何か光ったと思ったら、激しい突風と黒い煙により視界が遮られた。

その直後、頭の上にと何か破片のようなものが降ってきた。パラパラ、パラパラと。

さっき、手入れしたばかりの髪は、爆風により、寝癖以上にボサボサとなった。

私は、何が起こったのか、しばらく理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「と、智子ちゃん…大丈夫?」

「黒木よ…怪我はないか?」

 

朝日奈さんと大神さんが恐る恐る私の名を呼んだ。

 

「あ、あい…」

 

私は辛うじて返事をした。だが、まだ意識は現実に戻ってはこずに、二人が自分の名前を覚えてくれて、気遣ってくれたことに嬉しい…!なんてちょっと悲しいことを考えていた。

 

 

ああ、そうか。モノクマが爆発したのか。

だから、髪の毛がこんなにボサボサなのか。えへへ、さっきちゃんと手入れしたのに台無しだな。げほげほ、煙が器官に入った。ああ、服に何か墨みたいな汚れがついちゃったよ。

後で洗濯しなきゃ。まあ、でも、私は無事だ。怪我は一つもない。よかった。よかった。

 

 

うん…私は、大丈夫だ。

 

 

そう、大丈夫、大丈…夫…

 

 

 

じゃ…ねぇ~~~~~~~~~~~~~ッ!!

 

 

 

         『希望ヶ峰学園の入学式でロボットが爆発事故』

 

×月×日、希望ヶ峰学園の新入生入学式において試運転された近未来型二足歩行ロボット“モノクマ”が突如、爆発した。この事故により、本日、希望ヶ峰学園に入学する予定だった黒木智子さん(16歳)が巻き込まれ、死亡した。警察は、学園関係者に事情聴取を行っている。

 

 

         [超高校級の]黒木智子スレ95[喪女]

 

 

「入学したと思ったら死んどるw」

「爆死とかw」

「不謹慎だがクソワロタwwww」

「智子ちゃん…なんて人生だ…w」

「おい、もう智子ちゃんのAA出来てるぞw」

「職人、仕事早すぎwっていうか、これヤムチャじゃねえかw」

「ヤムチャのAAと合体しててワロタw不憫すぎるw」

「一 生 ネット の 晒 し 者 」

「いや、死んだからw」

「おい、スレの流れが速すぎるw今日中に100狙えるぞw」

 

 

 

(クソが…!危なく“祭り”になるところだったじゃねーかッツッ!)

 

危ない、危ない。あと少しで、朝刊じゃなくて夕刊の一面を飾るところだった。

クソ!大和田~ぶっこ○すぞ、てめー。お前が智貴だったら、今頃、とび蹴りを喰らわしてやるところだ。

私は、気づかれないように、大和田に殺意を向ける。だが、相手は、超高校級の“暴走族”だ。とび蹴りなんてしたら、本当に殺されてしまいます。

チッ…今回は勘弁してやるよ。命拾いしたなリーゼント野郎。

 

「でも、爆発したって事は…あのヌイグルミも壊れて…」

 

小動物のようなカワイイ不二咲さんが、怯えながら話を切り出す。

 

そうだ。モノクマだ。あの欠陥品のクマ畜生だ。

こんなふざけた催しを企画した学園長や職員に、きっちり事情を説明してもらい、謝罪してもらわないと腹の虫が収まらない。こっちは危なくネットの伝説になるところだったんだぞ。もう「ドッキリ」じゃ済まされない。

 

私は、体育館を見渡すも、誰も出てくる気配がない。

いや“気配”はある。私の真後ろで、何か床が“ウィーン”と開く音がしたと思い、振り向いた瞬間、ビヨ~ンと奴が…モノクマが飛び出してきた。

 

「ヌイグルミじゃなくてモノクマだよーーーー!」

「ぎょえええええぇぇぇえええええ~~~~~ッツ!!」

 

あまりのことに、私は“北斗の拳”に出てくるモヒカンの断末魔並みの声を上げた。

 

「うわ~驚かせるなよ黒木さん。うぷぷ…酷い顔だな。だから、モテないんだよ」

「な…!?」

 

突如現れ、私の名を呼ぶヌイグルミの化け物に私は恐怖で立ちすくむ。

ん?コイツ、最後に何か余計なこと言わなかったか…?

 

「うぉ…!別のが出てきやがった」

 

桑ナントカ君が恐怖の声を上げる。

 

「テ、テメェ…!さっきの…マジで俺を殺そうとしやがったな」

 

(…お前もな!)

 

青い顔をしてモノクマを睨む大和田を私は気づかれないように睨む。

 

「当たり前じゃん。マジで殺そうとしたんだもん。校則違反するのがイケナイんでしょ!今のは、特別に警告だけで許すけど、今後は気をつけてね。校則を破るものを発見した場合はグレートな体罰を発動させちゃうからね!」

 

モノクマは血管を浮き出させながら、爪を立てる。

 

「そ、そんな無茶苦茶だよ!」

 

「ではでは、入学式はこれで以上になります。豊かで陰惨な学園生活をどうぞ楽しんで下さいねッ!」

 

朝日奈さんの声を無視し、モノクマは、壇上の台に立つ。直後、台が開き、モノクマの姿は台の中に消えていった。

 

 

後に、残ったのは私達と静寂だけだった。

誰一人、話そうとはしなかった。目の前で起こった悪夢に、この現実を前に誰もが押し黙っていた。

 

(え…ええ?ほ、本当に…本当に、パロディじゃないの…?)

 

この悪夢に対して、私は現実を受け入れようとせずに、まだ職員が「ドッキリ」のカードを持って現れることを信じていた。今、現れてくれるなら全部許せる。人生史上、最高の

ほっとした笑顔を新聞に載せてあげてもいい。だから…早く…だれか来てよ…!

 

だが、この静寂と沈黙は、その儚い希望を塗りつぶしていく。

黒くドロドロとしたものが、私の心を染めていく。

 

「この中の誰かを殺せば…ここから出られる…わけですね」

 

私達の中で最初に言葉を放ち、私達にとって最悪の事実を口にしたのは、セレスさんだった。

 

「そ、そんな馬鹿げた話が…」

 

いつも気合を入れて赤い顔をしている石丸君の顔が真っ青になる。

 

「ねえ…ウソだよね…?」

 

不二咲さんは、泣き出しそうに…いや、すでに泣き出していた。

 

「本当かウソかが問題なのではない。問題となるのは…」

 

イケメン眼鏡の十神君が吐き捨てる。

 

 

「この中に、その話を本気にする奴がいるかどうかだ」

 

 

その言葉を最後に、再び私達は押し黙った。

その沈黙と静寂の中、私は自分の心臓が高鳴っていくのを感じる。

本物の“バト・ロワ”。本物の殺し合い。私は…その中に、突如、投げ込まれたのだ。

 

「ヒッ…?」

 

私は小さく悲鳴を上げた。

全員が私を見ていた。いや、全員が“全員”を見ていた。

この中で誰かが自分を殺そうとするかもしれない…そんな目で。

互いの胸の内を探ろうとする視線からは、薄っすらとした敵意まで感じ取れた。

 

そして…そこで、私はモノクマが提示したルールの本当の恐ろしさを知った。

 

『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』

 

その言葉は、私達の思考の奥深くに“恐ろしい考え”を植え付けていた。

『誰かが裏切るのでは?』という疑心暗鬼を…。

 

 

こうして、私の新たな学園生活は始まった。

でも、期待に胸を膨らませてやって来たこの学園は…“希望の学園”なんかじゃなかった。

 

ここは…“絶望の学園”だったのだ。

 

 

 

 

 

ようこそ絶望学園(完)

 

 

 

生き残りメンバー残り―――16人

 

 

 




ゲームでは、この後にOPが流れます。
私のイメージでは、もこっちはヘッドフォンを装着して、山田あたりと一緒に紹介されます。
主役のはずなのに、単独で紹介されないモブの鏡!

次回からようやく第一章に入ります。
構成は

自由時間①、②、前編、中編、後編

となりそうです。生暖かい目でよろしくお願いします。


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第1章 イキキル (非)日常/非日常編
第1章・自由時間1時限目


希望の学園生活。それは一転、絶望の学園生活に変わった。

その事実を前に、私達16人は困惑の表情を浮かべ沈黙していた。

“誰かが裏切るかもしれない”その疑心暗鬼により、誰もが口を開くことはできなかった。

場を絡みつくような重苦しい空気が支配する。

それを壊したのは、その場にふさわしくないあの陽気で愉快な声だった。

 

「あ、ゴメン。忘れてた」

 

床が“ウィーン”と音を立てながら開き、再びあのクマ畜生が姿を現した。

 

「ゴメン、ゴメン。これを渡し忘れてた。はい、電・子・生・徒・手・帳~。この学園の生徒手帳です。カッコいいでしょ?電子手帳は学園生活に欠かす事の出来ない必需品だから、絶対なくさないようにしてね!起動時に自分の本名が表示されるから確認しておいてね」

 

モノクマは笑いながら私達に「電子生徒手帳」とかいう生徒手帳のようなものを配り歩く。

みんなは躊躇しながらも、それを受け取る。

こいつに何かしようものなら、いつ爆発するともわからない。

ならば、出来る限り刺激しないのが賢明と判断したのであろう。

実際、私は先ほど、その被害者第一号になりかけた。クソ…大和田め。

 

「ちなみにその電子手帳は完全防水で水に沈めても壊れない優れもの!耐久性も抜群で10トンくらいの重さなら平気だよ!詳しい“校則”もここに書いてあるので、各自、じっくりと読んでおくよーに!ではでは、今度こそサヨナラ」

 

「…」

 

愛らしく手を振りながら再び床下に消えていく人外。

その姿を私達は無言で見つめるしかなかった。どうやら、床のいたるところに奴の出現ポイントが設計されているようだ。

 

本当に希望ヶ峰学園なの…ここは…?

 

遅まきながら私はそれに対する疑念を持つ。

つまりだ。ここは学園ではなく、どこか別の場所ではないのか。

私達が気を失っている間に、あのモノクマを操っている奴が私達を別の場所に拉致したのではないだろうか。

それならば、あの玄関ホールの謎が解ける。

いくら希望ヶ峰学園といってもあんなものが短時間で作れるわけがない。

だが、ここがまったく別の場所であるのなら理屈は通る。

しかし、そうであるならば、私は現在、正体不明の変質者に監禁されているという状況になる。最悪である。ぶるっと悪寒が全身を駆ける。

 

「それで、これからどうする気?」

 

その言葉に私は顔を上げた。

再び場を支配する重苦しい空気。それを打ち破ったのは、彼女の無愛想な一言だった。

 

霧切響子さん。

銀髪のロングヘアーのクールでミステリアスな女の子。その美貌はあの舞園さやかさんと比べても遜色はない。私達の中で唯一才能がわからない“謎”の超高校級。

 

この最悪といえるこの状況の中で、初対面から今に至るまで、変わることなき冷静な表情でその言葉を放った。

 

「このまま…ずっと、にらめっこしている気なの?」

 

棘のある言葉だった。

彼女の棘のある言葉は、その場の全員に向けられていた。

だけど、その棘の痛みは、私達を現実へと引き戻した。

 

「そうだな、確かにそうだ!怖かろうと不安だろうと、歩を進めなければならぬ時がある!

そんな簡単なことを忘れるなんて、僕は自分が情けない…誰かボクを殴ってくれないか!僕は自分が許せないんだ!頼むから誰か僕を殴ってくれッ!」

「騒いでる暇があるなら、さっさと体を動かせや」

「しかし、具体的にどんなミッションを…?」

「バァーカ!逃げ道を探すに決まってんじゃん!」

「ついでに、あのふざけたヌイグルミを操ってるヤツを見つけて、袋叩きっしょ!」

 

堰を切ったというか、現実に戻ったみんなは一気にまくし立てる。

石丸君が涙を流し、マゾみたいなことを言って、それを大和田君が呆れている。

デブの山田君の質問に、桑…君が怒りながら回答し、江ノ島さんが物騒なことを言う。

本来なら、大人しくしていられるような連中ではない。

逆に言えば、やっと本来のペースが戻ってきたということか。

 

「でもさぁ、その前に、電子生徒手帳っていうのをみておこうよぉ…動き回る前に、モノクマが言っていた“校則”を確認しておいた方がいいと思うんだ…」

 

騒ぎ始めたみんなを前に、不二咲さんがオドオドしながら提案する。

本当にカワイイなこの子…身長は私と同じくらいかな。家に置いておきたいな…ウヒヒ。

 

「いいですわね。ルールも知らずに行動して、さっきのように“ドカン”となってしまったら困りますものね」

 

そう同意しながらセレスさんは冷笑する。こちらは、棘というよりも、毒かな。カワイイ外見とは裏腹に、近寄り難い何かを感じる。

 

「チッ…」

 

(チッ…)

 

その張本人である大和田君が舌打ちし、その態度を見て、私は心の中で舌打ちした。

 

「じゃあ、さっそく校則とやらを確認しよか」

 

江ノ島さんの声を合図とするかのように、私達は各自で電子生徒手帳とやらの起動ボタンを押した。

 

「黒木智子」

 

windowsのような起動音が鳴った後に、画面には私の名前が表示された。

モノクマの言った通り、ここには、持ち主本人の名前が表示されるようだ。

 

(…ん?)

 

私はふと顔を上げると、セレスさんが画面を凝視し、不愉快そうに顔をしかめていた。

彼女のだけ起動しないのかな?まあ、いいや、と私は「校則」の項目をクリックする。

 

校則

 

① 生徒達はこの学園だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

② 夜10時から朝7時までを“夜時間”とします。夜時間は立ち入り禁止区域があるので注意しましょう。

③ 就寝は寄宿舎エリアの個室のみで可能です。

④ 希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

⑤ 学園長ことモノクマへの暴力は禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

⑥ 仲間の誰かを殺したクロは“卒業”となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。

⑦ なお、校則は順次増えていく場合があります。

 

「ざけんな、何が校則だ!そんなモンに支配されてたまっかよ!」

 

大和田君の声で私は画面から顔を上げる。見ると、他のみんなも顔を上げ、一様に渋い表情を浮かべている。

 

「あの…ちょっといいですか…」

 

その消え入りそうな声は舞園さんのものだった。

 

「校則の6番の項目なんですけど、これってどういう意味だと思いますか?」

 

私は校則の画面の⑥を凝視する。確かに、私も気になっていた。

 

「後半の『他の生徒に知られてはならない』の部分だよね?」

「…卒業したいのなら、誰にも知られないように殺せという事だろう」

 

苗木の指摘に対して、御曹司の十神君が、恐ろしい事実をさらりと口にする。

 

「な、なんでよ…どうして?」

「そんな事、気にする必要はない。与えられたルールは守るもの。お前らは、それだけ覚えていればいいんだ。愚民め、他人に決めてもらわねば何も出来ないお前らが、偉そうに疑問などを口にするな」

 

怯える腐川さんに、そして私達に向かって十神君は平然とそう言い放った。すごいキャラしてるな、この人。やっぱり、本物のお坊ちゃまだから、私達とは常識が違うのかな。

 

「…グッとくるわね」

 

(グサッと…じゃねーのかよ!?)

 

頬を赤らめ雌の顔になる腐川さんに、私は心の中でツッコミを入れる。

いや、私も乙女ゲーとかでイケメンに罵倒されるのは好きだけど、空気考えようよ。

 

まあ、とりあえずだ。

私達のこれからの行動は以下の3つに絞られることになるだろう。

 

 

① 逃げ道を見つけ出して全員でこの建物から脱出する。

 

私の一押しだ。正直、ここがどこで、一体何者に拉致監禁されているのかわからない今の状況から一秒でも早く抜け出すには、この選択が一番妥当に違いない。相手は、私達を爆殺することに何の躊躇もないサイコ野郎だ。いつ考えが変わるとも限らない。

それに、校則④にあるように、探索は自由なようだ。これを利用しない手はない。

 

② 警察が来るまで大人しくここで生活する。

 

次点といったところか。この建物は至るところが鉄板で塞がれ、監視カメラが目を光らせている。正直、簡単に脱出できるとは考えにくい。校則④は逆に考えれば、脱出させない自信があるが故のものと推測できる。ならば、警察が来るまで大人しく暮らすというのも悪い手ではない。私達が拉致されて、まだ数時間ではあるが、明日には、両親や学園関係者が事態に気づき、警察に連絡するはずだ。そして、3日から長くて1週間以内には、モノクマとそれを操る黒幕?が警察に連行される姿を目の前で見られるかもしれない。

 

③ モノクマのいうように、仲間の誰かを殺して…

 

イヤイヤ…そんな物騒なことを考えるな私!

ただでさえ、みんな不安からナーバスになっているんだ。今、そんなことを考え、暗くなっては危ない奴と思われ警戒されかねない。それこそ、モノクマの思う壺だ。

 

「とりあえずさ、殺人がどうとかバカげた話は置いておいて、これで、校則もわかった事だし、そろそろ学園内を探索してみようよ!」

 

赤いジャージがトレードマークの朝日奈さんが両手を握り、気合を入れる。

 

「ここはどこなのか?脱出口はないのか?食料や生活費はあるのか?僕らには、知らなければならない事が山積みだ!」

「うぉっしゃあ!さっそく、みんな一緒に探索すんぞー!」

 

朝日奈さんに呼応し、みんなが声を上げる。その様子を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。どうやら、みんなは①を選択してくれたようだ。

 

そうだ。ここから脱出するには、みんなが一丸となって――

 

 

「…俺は一人で行くぞ」

 

 

私はズッコケそうになった。

みんな一丸となって脱出する…その流れを、根本からへし折ったのは十神君だった。

 

(ちょ、ふざけんなよメガネ!)

 

私は心の中で毒を吐いた。

ここは、流れ的に乗っておくべきだろ!何、根本から引っくり返してんだコイツは…?

 

「はぁ!?どうしてよ!流れ的におかしくない?」

 

私の心を代弁するかのように、江ノ島さんが十神を睨む。

 

「すでに他人を殺そうと目論んでいるヤツが、この中にいるかもしれないだろ。そんな奴と一緒に行動しろというのか?俺は自分の思った通りに行動させてもらう」

 

誰もが知っていながら口に出そうとしなかった最悪の可能性を平然と述べた後、十神白夜は背を向け歩き始めた。

それを唖然と見つめる私達。その中で一人の生徒が声を上げた。

 

「待てコラ…んな勝手は許さねぇぞ」

 

大和田紋土―――超高校級の“暴走族”

 

日本最大の暴走族の総長であり、私達の中で最も危険な男だ。

つい先ほども、私を爆殺しかけている。

もはや、大和田“ザ・ボマー”紋土といっても差し支えないほど危険な男である。

その大和田君が、拳をボキボキとならしながら、十神君も前に立つ。

 

「…どけよ、プランクトン」

 

だが、十神君は、超高校級の“御曹司”である十神白夜は、この暴力の化身を前にしても、なお、その余裕を崩さない。それどころか、冷笑した後で、そのセリフを吐き捨てた。

 

「ああッ!?どういう意味だッ!?」

「大海に漂う一匹のプランクトン…何をしようが、広い海に影響を及ぼす事のないちっぽけな存在だ」

「…ころがされてぇみてーだな!」

 

事態はあっという間に一触即発に発展してしまった。

二人の様子を私を含め、みんなは固唾を呑んで見ていた。

こんな状況において、私は弟の智貴の言葉が頭に浮かんだ。

 

 

超高校級なんて奴らは基本自己チューの集まりだぞ

 

 

要約するとこうだが、まさにそれが最悪の形で目の前で起こりつつあった。

大和田君が暴力が得意なのは、見ればわかるが、十神君も、御曹司らしく、護身術か何かを習っているのか腕に覚えがあるようだ。どっちも引きそうにない。

この状況を監視カメラのモニター越しにあのモノクマが笑いながら見ているだろう。

 

(何やってるんだよ、これだから男は…)

 

私は、心の中で毒を吐いて強がるのが精一杯だった。

私に彼らを止める力なんてないし、声を出す勇気だってない。

私は面倒に巻き込まれるのが嫌いであり、怖い。

だから、今まで、そういう場面に遭遇した時は、出来る限り関わらない事に終始した。

かっこ悪いのはわかっている。

だけど、他のみんなだって同じじゃないのか…!誰だって、自分が一番かわいい―――

 

「あぁ?なんだオメェ…今、キレイごと言ったな?そいつは説教かぁ?俺に教えを説くっつーのか!?」

 

大和田君の怒鳴り声で、私は事態が変化したことに初めて気がついた。

一人の生徒が仲裁に入り、逆に大和田君の怒りを買ったようだ。

 

「るっせぇっつ!!」

 

その言葉の直後、大和田君は仲裁に入った生徒を殴り飛ばした。

生徒の身体は、漫画のように派手に吹っ飛ばされ、床に叩きつきられた。

 

私は、その生徒を…彼のことをよく知っていた。

もちろん、クラスメート全員のことを私は知っている。

だが、彼に関しては、最も因縁深いといっていい。

彼は私が実際会う前から嫌っていた生徒。そしてこの学園で初めて会った生徒。

仲裁なんて損な役回りを引き受けた不運な生徒。

 

それは―――苗木だった。

 

 

「な、なんで―――!?」

 

私は思わず声を出してしまった。

それは、この事態が私にとって、まったくの想定外だったからに他ならなかった。

私の中のイメージとして凝り固まった苗木誠という人間は決してそのようなことをする人間ではない。自分が持っている“幸運”というスキルに驕り高ぶり、あらゆる手段を講じて、“不運”から逃げようと目論み、有利な方につくコバンザメのような奴だった。

少なくとも、私はそう信じきっていた。

だけど、現実の苗木は、仲裁のような損な役を自ら買って出た挙句、日本一の不良のパンチをまともに喰らい、無様に伸びていた。

その姿は、とても超高校級の“幸運”を体現する人間にはあまりにも遠い姿。

はたして、苗木は本当に“幸運”なのだろうか?

いや、むしろ自分の知らない内に抽選なんかで、人生の進路を決められた挙句、正体不明の変質者に私達と一緒に監禁される現状を考慮すると、幸運の正反対、“不運”という言葉がしっくりくる。

 

もしかして、アイツ、超高校級の“不運”なんじゃね?

 

そう思うと、何かアイツが可哀想になってきた。

よくよく考えたら“誠”なんて包丁に刺されそうな名前からして幸運なわけがないのだ。

お、何か親近感が沸いてきた。

私が、苗木を嫌いなのは、はっきり言えば“幸運”ただ一言に尽きる。

それがなくなったら、苗木のことは別に嫌いではないのだ。

それどころか、少しくらいなら話してやっていい気がしてきた。

 

私が苗木に対して哀れみを通り越して、優越感を感じ始めた時だった。

 

 

「ハアァッ―――ッツ!!」

 

 

気合の一閃ともに、大気が振動する。

これを気というのだろうか、それとも覇気とでもいうのだろうか?

その一声は空気を通して、私達の身体の内部までビリビリと振動した。

みんなは、一斉にその発生源に目を向ける。

そこにいたのは、文字通り“人類最強”。

 

大神さくら――超高校級の“格闘家”だった。

 

「これ以上、続けるならば我が相手になろう」

 

そう言って、大神さんは、大和田と十神の前に立つ。

 

「…き、今日はこのくらいで勘弁してやんよ」

 

捨て台詞を吐いた後、大和田君は、さくらさんから目を背けた。

心なしかリーゼントが萎れている。

本当に、こんな漫画みたいな台詞いう奴がいるんだな…。

 

「…フン」

 

大和田君と同時に十神君も目を背けた。

その表情は相変わらず冷静沈着であるが、胸の前で組んだ腕がかすかに震えている。

2人の超高校級は一瞬にして、生物レベルにおける敗北を喫したのだ。

 

(大神さん…彼女がいるなら、だれも喧嘩を起こせないだろうな)

 

私は、少し上空からそんな事を考えていた。

え…?なんで空に浮かんでるんだ!って?

ああ、それはね…私がさくらちゃんの真横にいたからだよーん☆

あはは、衝撃波もろに喰らっちゃて、エクトプラズム状態になっちゃた。

やべ、早く実体の方に戻らなきゃ。

 

「苗木誠殿が、息してないでござる」

「ほえ~完全に気絶してるね」

 

私が実体に戻るとみんなは苗木の元に集まっていた。

 

「とにかく、彼を安静にさせなければ」

「すまねえ、ついカッとなっちまって…」

 

石丸君が大げさに脈を計り、素に戻った大和田君が申し訳なさそうにしている。

 

「あら、どうやら寄宿エリアがあるようですわ」

 

セレスさんは電子生徒手帳を手に持っていた。私も電子生徒手帳の画面を開くと、どうやら1Fエリアには私達の個室があるようだ。

 

「苗木君をそこに連れて行きます!」

 

そう言って、苗木の腕を肩にかけたのは意外なことに舞園さやかさんだった。

超高校級の“アイドル”はどうやら、性格のよさも超高校級らしい。

だけど、彼女の華奢な身体では、男である苗木を一人で運ぶには無理がある。

そう思っていると、一人の候補者が鼻の下を伸ばしながら立候補してきた。

 

「舞園!俺も手伝っちゃうぜ!」

 

あれは、チャラ男の桑…原君?

 

「ありがとうございます。でもドアを開けるのにもう一人くらい必要ですよね…」

 

キョロキョロ辺りを見回す彼女と私の目が合う。

 

 

「黒木…さん?ですよね。よかったら、手伝ってくれませんか?」

 

 

そう言って、彼女はお茶の間を席巻した超高校級の“アイドル”の笑顔を私に向けた。

 

 





字数が予想以上多くなってしまい、中途半端に区切りました。
まあ、”自由時間”だから、多少は・・・ね。

よって、自由時間は3時限に増えました。あしからず。


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第1章・自由時間2時限目

「舞園ってやっぱりスゲーよな、オーラ感じるぜ!」

「やだぁ…そんな事ないですよ」

「いやいや、マジだって!さすが超高校級の“アイドル”て感じのオーラだよ」

「アハハ、何ですかそれ」

「ハハハ、改めて考えるとなんだろうな、それ。まあ、超絶カワイイってことかな」

 

私達は気絶した苗木を運び、苗木の個室を目指して寄宿エリアに移動していた。

 

さて、ここで質問です。

気絶している苗木を除いて“私達”は何人いるでしょうか?

 

「桑田君もスゴイじゃないですか。この前、新聞に載ってましたよね」

「マジ!アレ見たのか。いや~スゲー恥ずかしいぜ。あんなの忘れてよ。舞園だって、

この前、Mステでグラサンとトークしてたじゃん!何気に口説かれてなかった?アハハ」

「も~冗談は止めて下さい」

 

「…。」

 

答えは3人でーす。

黒木智子ちゃんもいますよーん☆HAHAHAHAHAHAハハハハ…ハハ。

 

チャラ男こと桑ナントカ君は、私に対して一切話しかけず、鼻息を荒くしながら、舞園さんに話し続ける。完全なる無視である。

某学園ホラー人気小説において呪いを回避するために一人の生徒を「いないもの」として、クラス内でその存在を徹底的に無視されるという設定がある。そう、今の私のように。

桑ナントカ君はきっと、あの世界でも完璧に「いないもの」に対処することが出来るに違いない。私が保証しよう。

まあ、実際に私が本当に「いないもの」なら、チャラ男に対しては、執拗に嫌がらせを続けてやるがな…だって、見えないんでしょ?

時折、舞園さんが、チャラ男と話しながら、気の毒そうに私のことをチラチラと見ている。

舞園さんと私が、優ちゃんのような関係(まあ、唯一の友達か)だったら、某伝説の漫画の悪役のように「貴様…見ているな!」とか。

「お前、さっき私のこと、チラチラ見てただろう!」など某動画サイトのマニア向けのネタを提供してあげるところだけど、そんなことはできるはずがない。

相手は超高校級の“アイドル”舞園さやか。

本来なら私が話しかけることなど決してできない存在。

その彼女に、名前を呼んでもらえただけで、一生の思い出となるレベルだ。

ギャグをかますなんて、とんでもない。死んでしまいます。

だから、飢えた野獣のような目でチャラ男が彼女に話し続ける気持ちも正直わからないでもない。端正な顔立ちに均整のとれた体。その白い肌はまるで人形のようだ。

本当に同じ人間だろうか…?そう思ってしまうほど彼女は美しい。

だからこそ、超高校級の“アイドル”と呼ばれているのだろう。

ああ、それに、もはや名前すら完全に失念したこのチャラ男も実は凄い奴らしい。

超高校級の“野球選手”だったかな?

おそらく、5年後くらいにテレビカメラの前で対談番組が組まれてもおかしくない二人の出会いだ。悔しいが、私などが会話に入れるわけがない。

もしかしたら、これがきっかけとなり、この二人はカップルになるかもしれない。

まあ、でもこのチャラ男だとあまり応援する気にならんな…失敗しろ。

 

「でも、俺ぜんぜん野球とか好きじゃないんだよ。練習とかも超嫌いだし。俺様、天才だからそんなもの必要ないしさ。それでも160キロとか投げれるから、高校じゃ敵なし。正直つまらないから野球はもう辞めるつもりなんだよね」

「凄いですね…。じゃあ、次は何を目指すのですか?」

 

チャラ男の自慢話に、舞園さんは苦笑しながらも付き合う。

きっと彼女も私と同じで野球のことをあまり知らないようだ。

とにかく話を合わせようとしているのがよくわかる。

それに気づかないとは本当にアホな男だな…チャラ男は。

 

「次?うーん、そうだな。あ、ミュージシャン!俺、ミュージシャンになるわ!派手だし、華やかだし、俺にピッタリだと思わない?」

 

「え…ええ、そうですね…」

 

(ん…?)

 

ほんの一瞬だった。

おそらく、それをチャラ男は欠片も気づかなかったと思う。

私にしても、もし会話に参加していたなら気づかなかったかもしれない。

しかし、私は現在「いないもの」だ。

ただ、ひたすら彼女達の会話を聞くことに集中できる立場にいた。

そして私は、話すことは苦手だか、聞くことや察することに関しては、短い人生をかけてそのスキルを磨いてきた自負がある。

スキルと立場。全ての条件が揃ったことで私は感じることができた。

 

ほんの一瞬の雰囲気の変化を。

それは明るい彼女からは想像もつかない迸るような冷気。

 

(何か虎の尾を踏んだか、チャラ男…ざまぁ)

 

「きっと、なれますよ。頑張って下さいね」

 

しかし、次の瞬間には、元通りの笑顔をみせる舞園さん。

どうやら女優の素質も抜群のようだ。

 

「おう!舞園に応援されると、ますますやる気でちゃうぜ!どう?ミュージシャン同士、今度お茶でも一緒に…」

「いいですね。食堂でお茶しましょう、みんなと一緒に」

「お、おう…」

 

彼女の変化に気づかずにチャラ男はもはや無駄ともいえる努力を続けている…合掌。

私が、心の中でチャラ男の冥福を祈っていると、いつの間にか私達は寄宿エリアに着いてしまったことに気づく。

 

「ここが個室か…あれ、俺の名前!ここ、俺の部屋じゃね!?」

「私の名前が書かれてますね。ここは私の部屋でしょうか?」

 

(じゃあ、この部屋は私の部屋になるのかな?)

 

どうやら、個室の前には、その部屋の主の名前がプレートで書かれているようだ。

プレートには私のドット絵と共に「クロキ」とカタカナで書いてある。

くそ…ドット絵がちょっとカワイイじゃないか。微妙な気分だ。

 

「苗木君の個室はここのようですね」

 

苗木の部屋は舞園さんの部屋の隣みたいだ。

 

「じゃあ、黒木さん、よろしくお願いします」

 

「は、ふぁい…!」

 

私は頭の中では、江戸時代のヤクザの用心棒さながらの余裕を持ち、だが、現実では、どもりながら舞園さんに返答した後、私は己が使命に取り掛かかった。

 

ギィイ…

 

わずか数秒後。

その小さな音と共に私の役目は終了した。

私の役目は、苗木を運ぶ二人のために、ドアを開くこと…ただそれだけだった。

 

ドアを開けるとそこには雪国が…なんてこともあるはずはなく、そこには相変わらず殺風景なだけの世界が小さくと収まっていた。

 

壁に打ち付けられた鉄板のような物と監視カメラは部屋の中にも健在のようだ。

机とベッドとテーブルとタンスにゴミ箱。他に目を引くものといえば、壁に取り付けたモニターとあちらに見えるドア…おそらく、浴槽か何かだろうか。あと、あちらの方に何やら金ピカの日本刀のようなものが置かれていた。趣味悪いな。

 

「あのベッドに苗木君を寝かせましょう」

 

舞園さん達は部屋の中央に位置するベッドに苗木を寝せる。

苗木は起きる様子こそ見せないが、特に異常はないように見える。

 

「よし、みんなの所に戻ろうぜ、舞園」

 

まあ、確かにこれで私達の任務は終了だ。

 

桑ナントカ君の言葉に内心で頷きながら、私は苗木の部屋から出ようとした時だった。

 

「私は、もうしばらく苗木君を診ています。皆さんは先に戻ってください」

 

「え…!」

 

私とチャラ男は同時に声を上げてしまった。

 

(か、看病…?超高校級の“アイドル”の舞園さんに看病をしてもらえる…?)

 

私は、スヤスヤと眠っている苗木を凝視する。

 

苗木誠―――超高校級の“幸運”

 

ただの抽選のみで希望ヶ峰学園の入学を手に入れた男。くじ引き野郎。ラッキーマン。

とにかく、私とって憎むべき敵だった。それは全て奴のスキル“幸運”が原因であった。

しかし、そのスキル“幸運”は私達がこの事件に巻き込まれたことにより、疑惑を持たれることになる。そして、大和田君に殴られ、ボロ雑巾のように苗木が床に寝そべったことにより、その疑惑は決定的になった。苗木は幸運ではなく、“不運”であったと。

その結果により、私は苗木に対する敵対政策の解除を決定した。

いわゆる冷戦の終結。雪解けというやつだ。それどころか、ちょっと話したいな、とか思ってしまった。クラスメートとして接してやってもいいと思ってしまった。

 

 

だけど…だけど…苗木、お前は…

 

 

(やっぱり、“幸運”じゃないか~~~~~ッ!!)

 

 

騙したな!よくも騙してくれたなアアアアア~~~ッ!

アイドルに看病してもらえるなんて普通の人間は一生ないぞ!

お前、やっぱり“幸運”じゃないか!

この超高校級の集まりの中、同じ凡人が現れたことに喜んだ私に謝れ!手をついて謝れ!

くそ…やっぱり、お前は私の敵だ。

 

さっき、“話してやってもいい”と言ったな…あれは嘘だ。

 

心の中で某コマンドーの敵役のセリフを言いながら、ほんのちょっぴり涙目になりながら、私はチャラ男と一緒に苗木の部屋を出た。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「チッ…!」

 

部屋を出た瞬間、私と桑ナントカ君は同時に舌打ちして、直後、顔を見合わせた。

どうやら、桑ナントカ君も苗木の幸運にイラついたようだ。なにやら二人の間に今、微妙に連帯感みたいなものが生まれている気がする。

みんなのところに戻るまで無言なのもアレなので、ちょっと話してみようかな。

アレ…?ところでこの人のフルネーム、何だっけ?

私は基本、ムカつく奴の名前を覚えないようにしている。というか、話すことがないので忘れてしまうといった方が正解か。

とにかく、私は彼のことをチャラ男と言ったり、桑ナントカ君と言ったりしていた。

桑ナントカ君…日系フランス人みたいな名前だな。

クワ・ナントカ君…おお、東南アジアの人みたいだ。やっべ、遊んでる場合じゃない。

桑…の後の感じがどうしても思い出せない。桑原?桑本?ダメだ…!出てこない。

 

「あ、あの、桑…さんは、ゆ、有名な、そ、そのや、や野球選手なんですよね…?」

 

桑さん…とか結局、親しい職場の同僚みたいな言い方で彼に質問してしまった。

 

「え、マジ!喪女ちゃんも、あの新聞見たの!?いや~恥ずかしいな!」

 

予想外。

桑さんは私の質問にすごい勢いで食いついてきた。

 

「坊主とか超ダサかったでしょ!でも試合だからしょうがないんだよね~」

 

それから、彼は野球の自慢話を始めた。

中学時代においては3年連続全国制覇でエースで四番。

高校おいては、もちろん夏の甲子園で優勝。エースで四番。

球速は高校生でありながら、160キロ超。

すでにプロ野球だけでなくメジャーリーグからもスカウトが来ているという。

予想以上にすごい奴だ。まさに超高校級だ。

 

「だけど、簡単過ぎるんだよね、野球。もう辞めて俺もこれからは、舞園みたいな国民的なミュージシャン目指すからさ、喪女ちゃんも応援してくれよな!」

「う、うん…」

 

これは私の想像だけど、きっと彼にとっては、野球がゲームで言うところのイージーモードなのではないだろうか?野球があまりにも簡単過ぎるのだ。

そんなものに確かに価値や愛着を持つのは難しい。

私だって、簡単なゲームを延々と続けることには耐えられそうにない。

だけど、彼は、野球以外のことも軽く考えてはいないだろうか。

彼の才能は他のスポーツでは発揮できないかもしれない。

音楽では、まったく発揮できないかもしれない。

だけど、彼はそんなことを微塵も考えていない。

ああ、だから舞園さんは怒ったのかもしれない。話してみて彼女の気持ちが少しわかった。

 

「チームメートとは才能が違い過ぎてさ…あんまり上手くいってなかったな。それも野球に見切りをつけようとした理由の1つかな」

 

桁外れの才能が周りとの確執を生む。

彼の傲慢な性格も加わり、チームメートとの不仲は簡単に想像できた。

彼もこの学園に来るまでいろいろあったみたいだな。

 

「でさ、喪女ちゃん。話変わるんだけど、君って霧切さんと話したことある?」

「え…!?」

 

桑さんの唐突な質問に私は声を上げた。

 

「い、いえ…な、ないです」

「そっかあ、残念だな。ほら、彼女すげーカワイイじゃん。ちょっとでも彼女のこと知りたくてさ。この学園の女子で特にカワイイ子といったら、アイドルの舞園に、ギャルの江ノ島、そして、霧切さんじゃね?どんな人か知りたいじゃん!」

 

桑さんは、若干鼻息を荒くしながら話す。

どうやら、彼の中では学園におけるカワイイ子ランキングが作成されており、霧切さんはトップ3に入るようだ。

 

(霧切響子さんか…)

 

銀髪で透き通るような瞳にすらりとした太ももをしたクールな女の子。

確かに、彼女はアイドルグループにいても何ら不思議ではないルックスだ。

でも、言葉少なく、いつも一人でいるような印象を持つ“謎”の超高校級。

彼女は一体何者なのだろう…?

私の経験上、彼女は間違いなくボッチであることは疑う余地はない。

そして、あの手袋…もしや中二病?

しかし、彼女だけは、モノクマが爆発するのを見抜いていた(そのおかげで私は死にかけたのだけど)。考えれば、考えるほど、彼女はミステリアスに見えてくる。

だけど、私はそれ以上の想像を放棄する。

現段階における彼女についての情報はあまりにも少なすぎる。そして私にとって、彼女は友達でもないし、今後、接点があるとは考えづらい。考えるだけ無駄というやつだ。

 

しかし、桑さん…お前、ランキングとかつけてるってことは、“喪女ちゃん”とか明らかに名前を覚える気はない私はそのランキングの中でも下の方ってことだよね…?

死にたいの?私に校則⑥を実行させたいの?

 

(もう、コイツは桑ナントカでいいや…)

 

 

私は、廊下を歩きながら、チャラ男のフルネームを思い出すことを放棄した。

 

 





廊下を歩くだけで丸々1話・・・順調、まったくもって順調だ!
ギャグと伏線作り・・・わかる人にはわかるのです!

朗報!自由時間がまた増えたよ(震え声)


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第1章・自由時間3時限目

苗木を個室まで送った私とチャラ男がみんなの所に戻ると、みんなはすでに次の行動の方針を決めていた。

 

「よし、それでは各自、この建物から脱出できそうな箇所を見つけよう!集合は食堂に7時とする。では、解散!」

 

超高校級の“風紀委員”である石丸君が、すでに仕切り始めているのが、少々ウザイが余計な話し合いが省かれたのは正直、助かる。

 

「じゃあ、私と一緒に探そう!さくらちゃん」

「うむ」

 

朝日奈さんと大神さんが一緒に食堂から出て行き、後は、各自が単独で移動し始める。

食堂にひとり、取り残された私は、とりあえず、どう行動しようか思案する。

 

(…自分の個室にでも行ってみようかな)

 

苗木を運んで行った時に見つけた「クロキ」というネームプレートとドット絵が貼られていた部屋。あれがきっと私の個室に違いない。ちょっと、部屋で休んでから調査に出かけよう。RPGではそれが王道だ。ひとり納得しながら、私は、自分の個室に向かった。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「ふーん、苗木の部屋とあまり変わらないな…」

 

それがドアを開けた時の第一印象だった。

窓の部分はやはり鉄板で塞がれており、部屋の中央にベッドがあるという基本構造は苗木の部屋と相違ない。机の上にはメモ帳が置かれており、テーブルにはこの部屋の専用キーがあった。違いといえば、タンスが大きいくらいかな。中をあけて見ると、下着やらパジャマやら就寝に必要な備え一式が入っており、どうぞ泊まってくださいとアピールしている。

 

「ふう…」

 

私は、とりあえずベッドに座ると、そのまま重力の任せるままに、横に上半身を倒した。

シルクの感触が冷たくて気持ちいい。ここに来るまでまさに、嵐と落雷の中を疾走していたといっても過言ではない。それほどに私の精神は疲弊していた。

だからこそ、訪れたこの一人きりの時間。この静寂は、何物にも代え難かった。

ん?集団の中でも一人だろ?とか呟いた奴、ちょっと表にでようか。

 

「ん?なんだろう、アレは…?」

 

今までのことを考えながら、呆けていると、壁に何かが貼り付いていることに気がつく。疲れて重い身体をベッドから起こし、壁に近づくと、壁には一枚の紙が貼り付いていた。

 

 

「モノクマ学園長からのお知らせ」

 

 

第一文を見て、私は、ウッ…と呻いた。

それは、モノクマからの手紙だった。

この一人きりの空間により現実逃避を行っていた私の精神は、クマ野郎の駄文により、瞬く間に現実に引き戻された。あのクマ野郎…モノクマを操る何者かによって、私は今、監禁状態にあるのだ。再び焦燥感が襲ってくる。私は、イライラしながらもその手紙を読むことにした。何か重要なことが書いてあるかもしれない。最初の下りはシャワーの注意書きだったが、夜時間には水が出ない、ということさえ覚えておけば、あとはどうでもいいものだった。そのまま、読み進めていくと「プレゼント」という単語が目に入ってきた。

 

 

…最後に、ささやかなプレゼントを用意してあります。

女子生徒には女子らしく“裁縫セット”を、男子生徒には男子らしく“工具セット”をご用意しました。裁縫セットには人体急所マップも付いているので、女子のみなさんは、針で一突きするのが効果的です。男子の工具セットを使用する場合は、頭部への殴打が有効かと思われます。

ドントシンクだ!フィールだ!!レッツエンジョイだ!!

 

 

「…フン」

 

最後の一文にムカつき、私は手紙をクシャクシャに丸め、ゴミ箱に捨てた。

とりあえず、さっきの手紙に書かれていた「プレゼント」を確認するため、私は机の引き出しをあけた。そこには、透明のビニールで包装された裁縫セットがあった。

私は包装を破り、裁縫セットをあける。包装は破れば、二度と元に戻すことができない仕様だ。この裁縫セットが何かの限定品なら、これだけでネットオークションでの価値はだだ下がりとなるだろう。まあ、持ち帰りはしないがな。

 

「シュッ!シュッ!ハッ!とりゃ!」

 

針取り出した私は、まるでボクシングのように針を連打する。

裁縫セットの中にあった人体急所マップがあれば、具体的な人体のイメージを構築できる。

とりあえず、チャラ男と大和田、苗木をターゲットとして的確にその急所を突きまくる。

 

「アホらしい…」

 

そのことに気がつくのにおよそ数分を要した。

こんなもので人が殺せるはずもない。まあ、毒でもあれば別だが、そんなものはないし、探す気も起きない。なにより、本気で殺害を考えるなら、こんなものは使わないし、また人を殺すなんて冗談ではない。

つまり、この数分はまったくの無駄だ。まあ、運動したと考えて諦めよう。

ちょうど、汗をかいたこともあり、私はシャワーを浴びることにした。

 

「ここには監視カメラはないみたいだな…」

 

シャワー室の隅々を調べる。

ここには、部屋と違って監視カメラはないみたいだ。

ドアをロックできるようだ。そういえば、あの手紙にそんなことも書いていたな。

私は、水とお湯がでることを確認し、シャワーを浴びることにした。

シャワー室には、シャンプーとボディソープが備えつけられており、とりあえずそれを使うことにした。普段使っているお気に入りではないのが残念だが、贅沢はいってられない。モノクマの爆発に巻き込まれて、煤だらけになった頭を早く洗いたかった。

時間にして、30分ほど入っただろうか、部屋には監視カメラがあるので、シャワー室で着替え、私は部屋に戻った。

 

え、なんでパジャマに着替えてるんだ!?って…それは、その…あれだよ。そう、RPGでいうところの宿屋の休息だよ。いやだな、もちろん、調査に行くよ!でも、まだ、時計は13時を回ったばかり、集合の19時にはまで6時間も余裕がある。ちょっと、小一時間ほど休憩しても大丈夫じゃないかな?うん!大丈夫だ!

 

 

「起きたら本気を出す…!」

 

その言葉を最後に私は、瞼を閉じ、束の間の眠りについた。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

午後7時―――

 

私は食堂に向かって真っ青になりながら、走っていた。

“起きたら本気を出す”そう誓いながら、束の間の休息から目を覚ました私が見たのは

針が6時50分を示した時計だった。私は慌てて飛び起き、制服を取ると、シャワー室に駆け込んだ。部屋では着替えが監視カメラで見られてしまう。着替えるなら、ここしかない。

私は、誓いを果たすように本気で全力で着替え、部屋を飛び出した。

食堂ではすでにみんなが集まり、誰かが見つけた脱出口に、今まさに出かけようとしているかもしれない。こんな所にモノクマを操るサイコ野郎と二人きりなど冗談ではない。

私は、中学校のリレー以来の全力を出し、食堂に滑り込んだ。

 

食堂には、すでに大半の新入生が集まっていた。

気絶していた苗木も目を覚ましてここにいた。なにやら、舞園さんと親しげに話している。

私の後にすぐ、腐川さんと十神君が入ってきた。私が最後ではないらしい。

 

「よし、全員揃ったようだな!では、さっそく会議を始めようと思う!!

お互い、調査の成果を披露し合い、情報を共有化しようではないか!

一刻も早く、ここから脱出する為にッ!!」

 

私達が席につくと待ってましたとばかりに石丸君が仕切りだした。

これも風紀委員としての性なのだろうか。

 

「ちょっと、待って…!」

「何事だッ!?」

 

だが、会議の開始は江ノ島さんの発言によっていきなり頓挫した。

出鼻を挫かれた石丸君は、若干イラつきながら江ノ島さんに理由を尋ねた。

 

 

「彼女がいないんだけど。えーっと、あの…なんていったけ?あの銀髪の彼女…」

 

銀髪の彼女という言葉を聞き、私は周りを見渡す。

確かに、彼女はいなかった。銀髪の彼女―――霧切響子さんが。

 

(フッ…)

 

私は心の中で鼻で笑ってしまった。

彼女もぼっちだとは思っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。

友達と行動すれば、未然に防げるが、一人だと集合時間を忘れてしまう。

ぼっちが陥りやすいパターンの一つだ。

彼女は早くもそのパターンに陥ってしまったようだ。今頃、ひとりで調査を続行しているのだろう。その姿を想像すると、かわいそうだと思う反面、つい笑いが込み上げてしまった。

 

 

「何…ッ!確かにそうだ!霧切君と黒木君がいないぞッ!!」

 

 

ガッ――――

 

私は石丸のその発言に、頬杖を外し、机の上に頭を打ちつけた。

 

「おのれ、霧切君と黒木君め…初日から遅刻か。遅刻しているにも関わらず遅刻の旨を伝えないとは、遅刻者としての根性がなっておらんぞ!」

 

メチャクチャなことをいいながら、石丸は握りこぶしを固める。

 

いや、いるだろ、お前!黒木さんは君の右斜め前にいますよ…!

 

「あの…黒木さんはここにいますけど…」

 

隣の席の舞園さんが、気の毒そうにチラチラ見ながらフォローしてくれた。

 

ありがとう…!チラチラ見てくれて本当にありがとう!

 

「え…?アッ!?」

 

石丸は私を見て驚いた。いや、まさに本気で驚いていた。

いや何と言うかアレだ。景色に溶け込むカメレオンを発見したみたいに本気で驚いていた。

 

「す、すまん、黒木君。全然気づかなかった。いや、本当に申し訳ない」

「は、はい…」

 

石丸はわざわざ立ち上がり、教科書の手本のような完璧なお辞儀を私に示した。

彼が考えた最大の誠意なのだろう。

だが、この場合は嘘でも“冗談だよ!テヘへ”と言ってくれた方がまだ救われる。

これでは、その可能性は完全になくなり、私の存在は完全に無視されていたという

事実だけが残る。全員がそのことを察し、また石丸の謝罪を見て、場になんとも言えない残念な空気がたちこめる。やめて~これ以上、私を晒し者にしないで~。

 

「と、とにかく時間となった。

これより、第1回希望ヶ峰学園定例報告会の開催を宣言する…!」

 

再び席についた石丸君は、改めて報告会の開催を宣言した。心なしかテンションが下がっているのは気のせいではないだろう。

 

「苗木君、じゃあ、まずは手分けして調査したみんなの報告を聞くとしましょうか。ふふ、なんだか今の私って、本当に苗木君の助手みたいですね。頼りない助手ですけど、精一杯頑張るんで、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ、よろしく!」

 

(え、何そのフラグ…!?)

 

報告会の冒頭において、私の傍らで行われたその会話を聞き、私は絶句した。

わずか数時間でなにやら妙なことになっているようだ。

先ほどから気にはなってはいたが、苗木と舞園さんの仲が急激な速さで進展しているみたいだ。すでに普通の友達、いや、それ以上の関係にさえ見えてくる。

先ほどの“助手”という言葉から、どうやら彼女達はペアで行動しているようだ。

アイドルと二人きりで行動って…何その幸運。

それも超高校級の“幸運”のなせる業なのだろうか。苗木誠…恐ろしい子。

私がそんなことを考えている間に報告会は進む。

 

「俺が調べたのは、俺達を閉じ込めた犯人についての手掛かりだ。だが、これといった発見はなかった。以上だ」

 

「僕は寄宿舎エリアを調べていたのだが、世紀の大発見を成し遂げたぞ!寄宿舎には全員分の個室が存在したのだ!!」

 

「あの部屋は完全防音みたいよ。あたしと不二咲とで確認してみたんだけど」

 

「隣の部屋で大声出しても全然聞こえなかったよぉ…」

 

十神君は何の成果も得られなかったことを悪びれることなく堂々と発言した。

石丸君は個室を発見したようだ。直後、全員が“知ってる”とツッコミを入れたのは言うまでもない。江ノ島さんと不二咲さんは、部屋の内部を調査したみたいだ。

 

「私達は学校エリアの方を調べたんだ。どこかに、外との連絡手段はないかなーって!

だけど、何も見つからなかった…ゴメン」

 

「玄関ホールに戻ってあの入り口の鉄の塊をなんとか出来ねぇかと試してみたんだけどよ。

いくら机や椅子をぶっ叩いても駄目だった。まるで鉄みてーな硬さだったぜ」

 

「次は我か。学校と寄宿舎の廊下に2階へと続く階段を見つけた。シャッターが閉じていて入れぬが、現状で入れぬ2階より上の階には、まだ可能性があるということにもなる。

脱出口がある可能性がな」

 

朝日奈さんと大神さんの報告だ。

外への連絡手段はなく。現状では1階しか移動することができない。マジ…?

でも、階段はあるらしい。あとで私の調べてみようかな。

大和田君は、あの入り口の鉄の塊の破壊に挑戦したようだ。彼らしいと言えば彼らしい選択だ。でも破壊できなかったようだ。だって“鉄”そのものだし…

 

「だって、学園内をかけずり回って調査するなんて、わたくしのイメージじゃありませんもの」

 

「だって…誰も誘おうとしなかったでしょ…一緒に行こうって…言ってくれなかったでしょ…!」

 

セレスさんは、本当に何もしなかったようだ。スゴイなもう完全にキャラが立ち始めてる。

腐川さんの言葉は、なぜか胸に響いた。なぜだろう…。

そして、山田君、葉隠君、苗木、舞園さんの順に発言を終え、とうとう私の順番が回ってきた。順番が近づくに従い、私の顔は青くなっていく。

まさか“ずっと、寝てました…!”なんて正直に言えるはずもない。なんとか誤魔化そう。

 

「あ、あああの、その、わ、わわ私は、そ、そその…」

「いいんだ…黒木君。もう…大丈夫だから。では、次、桑田君!」

 

私の発言はジャスト2秒で終わった。誤魔化す必要すらなかった。

何の期待もされていなかった。むしろ、気遣われてしまった。

石丸君の慈愛に満ちた笑みが逆に胸を締め付ける。

やめて~そういう優しさはやめて~

 

「全滅だよ。全滅。どの鉄板もビクともしねーでやんの」

 

桑ナントカ君は、鉄板を調べたようだが、全滅らしい。

本当に使えない奴だ。才能とやらは何処に行った?工具セットで外してこいや。

まあ、冗談はさておき、非常にマズイ状況だ。

 

「ヤバいよ…。有益な情報が何にもないじゃん。

ヤバいヤバいヤバいヤバい…マジでヤバいって…どーすんのよ、みんな!」

「どこにも…逃げ場なんかないよ。この学校…本当に封鎖されているんだよ…!」

 

江ノ島さんが頭を抱え、不二咲さんが涙ぐむ。

そうなのだ。誰も脱出について有益な情報を得ることが出来ていないのだ。

わかったといえば、この建物は私達の移動範囲とこの建物がいかに脱出困難かということくらいだろうか。6時間もかけてなんて様だ。我ながら情けなくなってくる。

痛ッ…!なんだろう?頭の中で誰かに殴られたような…?

 

「おいおい、落ち着けって…!オレまでビビッてくるっつーの」

「いや、その女のいう通りだ…マジで何とかしねーとよ」

 

チャラ男は完全にビビッている。

大和田君も額に血管を浮かべながら、頬に汗を流している。

 

不安が不安を呼び、場が混沌とし始めた中…その声は響いた。

 

 

―――ずいぶん、騒がしいわね。

 

 

「余裕があるの?それとも現実を受け入れていないだけ…?」

 

まるで遅れてきた主人公のように、彼女が…霧切さんが姿を現した。

 

(…ハッ!?)

 

私は、一瞬、彼女に見とれてしまった。

銀髪を靡かせる彼女の美しさにではない。その存在感に圧倒されたのだ。

それは、私以外のみんなも同じようだ。場は一気に落ち着きを取り戻し、

みなは彼女に視線を送る。

私が同じように、登場してもこうはならないだろう。

石丸君に気づいてもらえるかすら怪しい。

だが、彼女には、某ジョジョでいうところの“凄み”がある。

その存在を無視するのは困難であると言える。

くそ…ただの遅れてきたぼっちの分際で…!

 

「霧切君!今まで何をやっていたんだ!とっくに会議は始まっているんだぞ!」

 

普通なら、彼女に話しかける勇気が持てず、不問となるだろうが、そうはならなかった。

超高校級の“風紀委員”の石丸君が彼女を指差しながら糾弾する。

結構、迫力があるな。私も遅れていたら、こうなっていたのか…危ない、危ない。

しかし、霧切さんは、まるでそれを無視するように歩き出し、テーブルの中央に行くと

一枚の紙を置いた。

 

「え…?それは…?」

「希望ヶ峰学園の案内図らしいわよ」

 

その紙について尋ねる苗木に対して霧切さんは、とてつもなく重要なことをさらりと答えた。

 

希望ヶ峰学園の…案内図って…!?

 

彼女の発言に対して、私達は即、テーブルに集まり、その紙を見つめる。

 

「ちょっと、待って…!この紙に何の意味があるわけ?」

「この見取り図を見る限りだと…今、私達がいる建物は、希望ヶ峰学園の構造とまったく同じみたいよ」

 

江ノ島さんの質問に、霧切さんは、簡潔に推論を述べる。

 

「つまり、ここは正真正銘…希望ヶ峰学園って事?」

「構造だけはね…でも、色々と妙な改築は入っているみたいよ」

「改築…?」

「詳しいことはわからないわ。手に入れた見取り図は、1階の分だけだったから」

 

苗木は私達がもっとも気になっていることを口にした。

そうなのだ。

モノクマの登場から、私達は、希望ヶ峰学園の敷地から誘拐されて、別の場所に拉致監禁されているという推理の下で行動を開始した。

だが、この見取り図の発見により、その推理が根底から覆る可能性が生まれた。

彼女は、苗木の質問に対して、断定することは避けた。

この慎重さは彼女の性格の特徴なのかもしれない。

 

「でも、本当に希望ヶ峰学園だったんだ。他の場所に連れ去られた訳じゃなかったんだ」

 

不二咲さんがほっとしたように胸を撫で下ろした。

違う…安心するのはまだ早いよ…!

 

「…んなバカな事あるかよ。こんな所が、国の将来を担うエリートを育てる学園だ?」

 

(お前が言っちゃってるのかよ、それ!?)

 

大和田君の発言に私は驚愕した。

お前、それはギャグで言ってると理解してるよね…?

 

「あんた…何、さっきから笑ってんのよ?」

 

見るとセレスさんが口元を押さえ、さも可笑しそうに笑い、それを腐川さんが怪訝な顔で見ていた。

 

「うふふふ…よかったですわね。みなさんで手分けして調査した甲斐があったようですわ」

「あ、あんた話聞いてた?ど、どこに調査の意味があったのよ…!

逃げ道も見つからず、犯人の正体も…不明のままで…」

 

セレスさんの言葉に腐川さんは、金切り声を上げる。

それに対して、セレスさんは、優雅に微笑した後、次の言葉を放った。

 

「あら、調査したおかげで判明したじゃないですか…」

 

 

――――逃げ場のない密室に閉じ込められたというのがまぎれもない事実だということが

 

 

(ウ…ッ!)

 

私だけではく、全員が沈黙し、彼女を見つめた。

大きな瞳を開き、静かに、だが、響くような彼女の声は場を完全に支配した。

格闘家や野生の獣が発するプレッシャーとはまた質が異なるプレッシャー。

彼女の才能である超高校級の“ギャンブラー”の一端を垣間見た気がする。

 

「…そこで、私から提案があるのですが」

 

そう言って、彼女はニッコリと笑った。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

キーン、コーン…カーン、コーン

 

「えー校内放送でーす。午後10時になりました。ただいまより“夜時間”になります。

間もなく食堂はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりまーす。

ではでは、いい夢を。おやすみなさい」

 

「ヒッ…!」

 

夜10時―――

 

突如、部屋のモニターに映ったクマ野郎に私は驚きの声を上げ、枕にしがみつく。

あとでわかったのだが、これは毎日、放送される録画だった。

クマの分際で片手でワインを回しているのが、なんとも憎らしい。

夜時間という言葉を聞き、私はさきほどのセレスさんの提案を思い出す。

 

「この夜時間に関してなのですが…もう一つルールを追加した方がよろしくありませんか?」

 

そう言って彼女は新しいルールを提案した。そのルールとは…

 

「夜時間の出歩きは禁止…以上です」

 

これをセレス・ルールとでも呼ぶことにしよう。

このルールは賛成多数をもって可決された。

夜になったら、誰かが殺しに来るかもしれない…そんな疑心暗鬼を抱いたまま夜を重ねていけば、すぐに憔悴し切ってしまう。その防止策として、夜時間に行動の制限を加えるというわけだ。彼女の意見には、説得力があった。

唯一の難点といえば、これには校則と違って強制力がないという点か。

他人を信頼できないからこそのルールなのに、それを他人の善意に頼ることしかできないのはなんとも皮肉なことだと思う。

まあ、警察が、はやく黒幕?を捕まえてくれることを祈ろう。

 

「しかし、カメラはなぁ…」

 

私は、ベッドの上で、天井からぶら下がっているカメラを見つめる。

これでは、家にいた時のように、ズボラな生活ができないではないか。

Hなお姉さんがお金を稼ぐために、自分の部屋をネットで公開するというものがある

というが今、まさにその状態だ。

 

(まさか…黒幕の真の狙いはこれなんじゃないだろうな…?)

 

私がいうのもアレだが、私達、新入生女子は、指折りの美人ぞろいだ。

モノクマを操る黒幕の真の狙いは、私達のHな姿を録画することにあり、

殺人だの殺し合いだのというのは、それを隠すためのカモフラージュなのでは?

そうであるならば、まず狙われるのは、舞園さん、江ノ島さん、霧切さんのトップ3。

次に私。その後に、不二咲さん、朝日奈さん、セレスさん達が続き、最下位争いは、大神さんか腐川さんというところか…。

―――痛ッ!!何 !?頭がすごく痛い…!頭の中に、“思い上がるな!”とか“分をわきまえろ!”とか“視ねえええええ”とか何か男達の罵声のようなものが響いてくる。

 

(ウッゥゥ…)

 

私はシーツを頭から被り、耳を塞ぐ。

頭痛と罵声の幻聴は30分ほど続き、その後は部屋を静寂が支配した。

その静寂の中、私は夢の世界に落ちて行く。

 

こうして、やっと、私の短い人生の中でも、指折りとなるであろう最悪の一日は終わりを告げた。

 




8500字超えました。
すごく疲れましたが、このまま投稿しますw
誤字脱字は、後で見つかり次第修正します。

今回もギャグに終始しましたが、字数でご容赦下さい。
話の調整がすでに作者の想定を超えています。
よくも悪くも書いてみなければ分かりません。

次回はシリアス80%で、3000字ちょっとでまとめます(たぶん)
自由時間も残り2時間(たぶん)・・・気長に頑張ります。


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第1章・自由時間4時限目

ガチャ。

 

私は購買部の中にある「モノモノマシーン」とやらに「モノクマメダル」というあのクマ野郎の顔が刻まれたゴールドコインを投入し、レバーを引いた。

 

きっかけは、部屋の中に落ちていた一枚のコインだった。

1Fの調査をだいたい終えてしまった私は、購買部に玩具屋でよく見かける「ガチャガチャ」のような機械があったことを思い出した。

何気なく試しに拾ったコインを入れてみると、大正解!機械は動き出し、カプセルが飛び出してきた。

中に入っていたのは、日○のカップ麺・塩味だった。

それは、食堂の備蓄品の中にはない代物であり、私が日常生活において、買い置きしていたものであった。

たかが、カップ麺。されど、カップ麺。

その味は、ほんのわずかな時間、私をあの平和な日常に戻してくれた。

その感動が源泉となったのだろう。

それからというもの、私は、調査の傍ら、コインを見つけては、購買部に通い、レバーを引くようになっていた。

カップ麺の他には、ローズヒップや赤いマフラー、浮き輪ドーナツ、第二ボタンなどが出てきた。本当にいろいろなものが適当に入れられているようで、何が出てくるかを待つまでの時間がちょっと楽しい。

でも、カプセルをあけた時に、こけしがいきなり飛び出してきたのは正直怖かった。

捨てるのもあれだから、今、部屋に飾ってるけど、時々、動くんだよな…アレ。

夜中に動き出したら、どうしよう…。

 

そんなことを思い返しながら、私はレバーを引いた。

マシーンが鳴り出し、カプセルが出てきた。中に入っていたのは「コカ・コーラ」

炭酸水の王道である。

いや~正直、こういう刺激的な飲み物に飢えていたんだよね。

この建物に備蓄してある飲み物は、ミネラルウォーターがほとんどで、あとはお茶くらいなものか。なんというか、健康的過ぎるんだよね。

たかが、コーラ、されど、コーラ。久々の再会に私は興奮はピークに達した。

 

さて、どうしてくれよう…?このままここで一気に飲んじゃおうかな。

 

「ハッ…?」

 

その時だった。入り口の扉の影から、何者かが、私を覗いていることに気づいた。

 

(モノクマ?いや、まさかクラスメートの誰かが私を狙って…!?)

 

私は、恐る恐るゆっくりと振り返る。

 

するとそこにいたのは―――

 

「ハァハァ、コ、コーラ…!」

 

山田君だった…。

 

超高校級の“同人作家”山田一二三。

高校の文化祭で同人誌を一万部売り上げたというはた迷惑な伝説を持つ売れっ子同人作家。その彼が涎を垂らしながらこちらを見ていた。

 

(ちょ、メチャクチャもの欲しそうにコーラを見てる!?)

 

どうやら、彼の狙いは私ではなく、私がゲットしたコーラにあるようだ…チッ。

山田君は飢えた野獣のように涎を垂らしながら、少しづつ私の方に近づいてくる。

その表情は、まるで麻薬が切れたジャンキーの末期症状のようだ。

どんだけコーラが好きなんだよ、コイツは…。

 

(マ、マズイ…)

 

人気のない廊下。コーラに飢えた野獣。そして…美少女!

事件が起きて当たり前のシチュエーションだ。

 

「あ、コ、コーラ!」

 

一目散に駆け出して行く私の背を見て、山田君が叫んだ。

彼を犯罪者にするわけにはいかない。

私は振り返ることなく、走り続けた。

 

この世には与えられる者とそうでない者がいる。

私は前者で、山田君…君は後者。ただそれだけのこと。

このコーラは、私を選んだのだよ!

 

適当に、漫画のボスキャラっぽい台詞を心中で唱えながら、私は自分の部屋に戻った。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

暇だから、この3日間の出来事でも、このメモ帳にまとめてみようと思う。

私達がモノクマに監禁されてから、およそ3日が経過した。

“およそ”という些か自信のない表現は、一日中、太陽の届かない建物の中で生活を強制されているために、時間経過の判断材料が時計しかないためである。

だから、時計が正確であるならば、およそ3日ほど経過したことになる…はずである。

私も、よく休みの日は一日中、家でゴロゴロしていたものだが、太陽の存在がどれほどに重要なものか、この最悪な環境に身を置いたことで、シミジミと実感する。

やはり、人間は自然の中で生きるべきである。

話題が逸れたようなので、話を戻そう。

うん、そうだ。とりあえず、私達の移動可能範囲である1Fの簡単な説明でもしよう。

1Fは学園エリアと寄宿舎エリアの2つに大きく分けられている。

学園エリアは、体育館方面にあるエリアであり、体育館、保健室、購買部、トイレ、教室、視聴覚室などが配置されている。あの鉄の扉で塞がれた玄関ホールもこちらのエリアだ。その他には、それは赤い扉の部屋があり、そこには入ることができない。何の部屋だろうか?最後に、階段に関しては、大神さんの報告通り、シャッターで閉められていた。

 

寄宿舎エリアの方は、私達の部屋の他に、食堂がある。

この食堂には、石丸君の提案により、毎朝8時に集まり、朝食をとることになった。

食材は食堂の奥にある厨房に野菜、果物、パン、米、肉など食事を作るのに必要な全てが揃っており、餓死する心配はない。

洗濯に関しては、ランドリーがあり、各自、自分で洗濯しているという状況だ。

ゴミに関しては、トラッシュルームがあり、ゴミが溜まれば、そこに持っていけばいい。

夜間はシャッターが下りているが、その前においておけば、山田君が、後日、燃やしてくれる。聞いた話では、自らゴミの担当を買って出て、トラッシュルームを管理しているようだ。山田君…何が目的だ?まさか、私のゴミを狙って!?

他にも大浴場と倉庫と表札が貼られた部屋があったが、使用はできないようだ。

また、寄宿舎エリアにも階段があったが、こちらもシャッターで閉められている。

まあ、1Fの状況に関してはこんなところかな。

 

次に、人間関係について述べてみたい。

現在のところ、私達、クラスメートは、仲は良くはないが、悪くはないといった感じだ。

石丸君の発案した朝の食事においても、現在のところ、とりあえず全員が参加している。

大神さんと朝日奈さんが、早めに出てきて、サラダを作ってくれている。

舞園さんと苗木、そして私は、それを皿に持って席に運ぶ。

あとは、ぞろぞろと集まってきたみんなと話し合い、ご飯にするかパンにするかおかずは何にするかを決め、調理して、だいたい8時15分くらいには食事できる。

すでにこの段階においても、各自の性格が現れている。

 

8時前にくるグループは、大神さん、朝日奈さん、舞園さん、苗木、石丸君、私。

8時ちょうどに来るのが、不二咲さん、山田君、江ノ島さんあたり。

8時過ぎに来るのが、大和田君、セレスさん、腐川さん、チャラ男、葉隠君、霧切さん、十神君。

 

つーか、遅れてくる奴多すぎだろ!

大和田君、セレスさん、十神君あたりは、もう、それが当たり前感が漂い始めてすらある。

石丸君も形だけは注意するが、もはや説教を始める気はないようだ。

十神君に至っては、

 

「そもそも、こんなことに意味があるのか?」

 

そう言って、失笑してすらいた。

 

そうなのだ。実際のところ、この集まりにあまり意味はない。

何か新しい発見があれば、夜中であれ、即座に全員が集まるはずだ。

それを、悠長にこの朝の食事の集まりで発表などするはずはない。

この集まりの本当の目的は、脱出のための一致団結の確認…それに他ならない。

 

よって、そんな状況の中、普通のクラスメートのように仲良くなどなれるはずもない。

調査以外は、みな一人、部屋に篭っていることが多いようだ。

 

ぼっちは私だけではない。

ぼっちは私だけではない…!

 

大事なことなので2回書いておきました。

 

この状況において、それでも友達になった人達がいる。

朝日奈さんと大神さんだ。

 

超高校級の“スイマー”朝日奈葵。

超高校級の“格闘家”大神さくら。

 

彼女達、二人は、まだ出会って間もないというのに、もはや親友のように接しあっている。

それは、二人の会話や、雰囲気から伝わってくる。

世の中には、こういうこともあるのか。正直、羨ましかった。

 

次は、苗木と舞園さんだ。

苗木と舞園さんの仲は、あの苗木失神事件の後、急速に深まっていった。

彼女達の会話を、席の少し離れた場所で聞いてみた。

 

「苗木君、私…今日も超高校級の“助手“として頑張っちゃいます!」

 

…などと、意味不明な供述をしていた。何それ?それ何てプレイ?

苗木は、満更でもないといったご様子で、顔赤らめていた。

席の向こう側では、桑ナントカ君が、まさに“ぐぬぬ”といった表情で苗木を睨んでいた。

なにはともあれ、これも苗木の持つ超高校級の“幸運”の力なのかもしれない。

まあ、私が言ってやれるのは、この一言だけだ。

 

「誠氏ね!」

 

いかん、いかん、熱くなり過ぎてしまった。

ちょっと、脱線していまったが、人間関係については、だいたい説明できたと思う。

 

最後に、黒幕について、話題が出た。

なんと、あの「ジェノサイダー翔」なのではないか?とみんなが話していた。

 

ジェノサイダー翔―――巷を騒がす猟奇殺人鬼。数十人を殺害しているが、性別不明。年齢不明。警察はその足取りを掴むことすらできない。

 

その話を聞き、不二咲さんは半泣きになっており、私も背筋がぞっとしたが、ジェノサイダーは単独の殺人鬼であるらしいので、モノクマを操るような回りくどいことはしないだろう。それに、個人がこれほどの施設を用意できるとは思えない。

 

まあ、現状についてはこれで全て語れたと思う。

要は、狭い世界の中、16人もの生徒が、ギスギスしながら、共同生活を続けているというわけだ。私も、自宅警備員としては、2級を取得できる自信があるほど、密閉空間での生活に長けている方だが、それは、あくまで自分の部屋に限定されることが、今回の件で嫌というほど実感した。

私は、平凡な世界の方が性にあっているということだ。

全ては、希望ヶ峰学園という栄光に目が眩んだことが始まりだった。

だから、私は、今日限りでここを去ろうと思う。

ほんの短い間ではあったが、知り合った彼らには、頑張ってもらいたい。

頑張ってこの試験を乗り越え、立派な希望ヶ峰学園の生徒になってくれ。

 

では、さらばだ諸君。

 

 

「…まあ、こんなところか」

 

私はペンをおいて、しばらくメモ帳を見つめる。

とりあえず、今までのことをまとめるために、書いてはみたが、主観が混じり過ぎていて明らかに頭が悪そうである。記念にこのままにして置いておこうとも思ったが、バカだと思われるのは嫌なので、捨てることにした。

 

「よし…では行ってくるか」

 

私は部屋を出て、厨房に向かって歩き始めた。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「モノクマに会ったの!?」

「はい。厨房を調べていたら、冷蔵庫の影から突然現れました!

食材に関しては、毎日調達してくるらしいです。そういうと、すごい速さで去っていきました。ラジコンとは思えないスピードでした!」

 

昨日の苗木と舞園さんの会話だ。

まあ、たまたま盗み聞きするようなことになってしまったが、確かにそう言っていた。

ならば、あのクマ野郎…いや、学園長とは厨房で会えるかもしれない。

 

厨房に着いた。

辺りを見回すと誰もいない。いつものように、野菜や果物などが大量に調理台の上に置かれていた。

私は、冷蔵庫の前に立つ。

彼女の話だと、昨日、ここでモノクマと会ったというのだ。

 

「モ、モノクマさん、モノクマさ~ん」

 

私は、緊張しながら、とりあえず名前を読んでみることにした。

 

「呼んだ?」

 

約1秒後だった。

冷蔵庫の後から、右半分の白い顔を出したモノクマと目があった。

 

 

 

「ぎょ、ぎょえええええぇぇぇ~~~~~ッ!」

 

 

 

北斗の拳に出てくる雑魚キャラの断末魔のような悲鳴が厨房に響き渡った。

予想したより、あまりにも早過ぎるモノクマの登場により、私は絶叫した。

 

「ねえ何?僕に何の用?」

 

モノクマは冷蔵庫の影から顔を半分出しながらそう尋ねてくる。

私はその姿をマジマジと凝視する。

 

(え、ちょっと、可愛いぞ、コイツ!?)

 

顔を半分出しているというところがポイントだった。

ヌイグルミをもらえるなら部屋に飾っておきたいな。

 

「…何、じろじろ見てるのさ。君は、本当に気持ち悪いな」

「うっせーぞ!このクマ畜生が!!」

 

冷蔵庫の影から左側の邪悪な部分を出して、そう吐き捨てるモノクマに、私は我を忘れて激昂した。いらねー!コイツのヌイグルミなんていらねー!速攻、捨ててやる!

 

「あれ?黒木さん。君、今、普通に喋れてるじゃん。どうしたの、それ?」

「え、あ、うん、そうだね…」

 

モノクマの指摘に私は驚いた。

私は、家族や優ちゃん以外の人と喋る時は、緊張でどうしてもどもってしまう。

しかし、今、この場において、モノクマと話をしている時、私は緊張せず、滑らかに話をすることができるようだ。

モノクマとは、親しいわけはない、むしろ最も警戒すべき相手だ…なぜだろう。

 

突如、沸いた疑問に私が腕組みしながら考えていると、モノクマが口を押さえながら

話し始めてた。

 

「ぷぷ…あれじゃないかな。よく漫画とかアニメである、人間以外には普通に話せる設定というやつ」

 

ああ、なるほど。

確かに、漫画やアニメでは、美少女キャラがそんな設定で男達の萌えポイントを射抜いている。いや、まさか自分にもそんな設定があったとは…美少女とは罪なものだな。

 

「でもさ、それは美少女なら意味が出るのであって、君がその設定でもなんの意味もないんだよね…ぷぷぷ」

「だから、黙れって言ってんだよ!このクマ吉が!」

 

まるで私の頭の中を見抜かれていたようだ。赤面しながら、私は再度激昂する。

 

「さて、コントはこの辺にしておいて、黒木さん、一体何の用?僕、忙しいんだよね」

「あ、そうだ。う、うん」

 

確かに、こんなコントじみたことをするために、ここに来たわけではない。

私には、コイツに言うべきことがある。

私は、落ち着くために一旦、深呼吸をする。

そして、首を傾げるモノクマに向かって、できるだけ大きな声で話した。

 

「モノクマ…いえ、学園長!私は…」

「ん?なんだい、改まって…?」

 

「私は…この希望ヶ峰学園を―――」

 

 

退学します――――

 

 

「…はあ?」

 

私のその言葉に、モノクマはこれ以上ないくらいに首を曲げた。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

なぜ、こういう経緯となったのか説明が必要だろう。

私が、この行為に辿りついたきっかけは、霧切さんが発見したあの希望ヶ峰学園の構造を示した紙だった。

私は、当初、モノクマの存在自体が学園が用意したパロディだと思っていた。

しかし、あのモノクマ爆発事件により、変質者に、どこか別の建物に監禁されたと考えを変えることになった。

私と同じようにこれをパロディだと思っていた葉隠君は、いまだにその説を信じ切っているようだ。コイツは、真正のバカだ…そう思っていたが、それは、あの紙の発見により一変する。彼の推理は正しかったのだ。

あの紙は、ここが希望ヶ峰学園であることを示していた。

私達は、変質者にどこか別の場所に監禁されているのではなく、希望ヶ峰学園内に監禁されているのだ。

そう思った時、いろいろな謎が解けていくような気がした。

そもそも、このような大規模な拉致事件を一介の変質者ができるわけがない。

巷で有名なあの「ジェノサイダー翔」ですら不可能だろう。

私達、超高校級の高校生を連れ去るには、それこそ、国家規模の協力が必要になる。

それができるのは、それを行う理由があるのは、希望ヶ峰学園しかない。

そう、やはり、これは、希望ヶ峰学園が仕掛けたパロディなのだ。

ここからはあくまでただの推測だが、これは、新入生に毎年行われる試験なのだろう。

たぶん、精神力や生存能力を測るための試験だと思う。

少しずつ出される課題やヒントを解けば、階段のシャッターは開けられ、最上階まで上がれば、課題クリアになる…そんな感じだろう。

 

霧切響子さん…彼女は、新入生ではなかったのだ。そう、謎の超高校級である彼女の正体は学園が送り込んできたスパイ。私達の行動を観察し、小出しでヒントを与えていく試験官だったのだ!

思えば、彼女は、怪しいところが多すぎた。モノクマが爆発することを見抜いて、投げろと指示したのも、彼女が試験官だからに他ならない。あの紙を発見したのも、予定調和だ。

これからも、少しずつヒントを与えていくのだろう。今日も、床の一枚、一枚を調べていたが、小憎たらしい演技だ。

 

こんな異常ともいえる試験を実施できる希望ヶ峰学園は、ある意味、本当に凄いと思う。

これに参加できたのは、私の人生におけるいい思い出となったかもしれない。

だが、私は、この体験で、いかに自分が平穏な生活を愛していたのかに気づいてしまった。

正直、もう希望ヶ峰学園に通い続ける気はない。

人生での栄光が約束されるというのは美味しいけれど、やはり、人には、その人に合った環境というのがある。私は、平穏な日常に帰ることにする。

お母さんには迷惑をかけるが、家から通える他県の高校に編入しよう。

朝、早起きしなければならないな…あはは。

 

「…というわけで、私は今日限りで、この学園を退学したいと思います。学園長には迷惑をかけますが、あの…なにとぞよろしくお願いします」

 

「…。」

 

モノクマ…いや、学園長は、私の説明を黙って聞いていた。

私のような可愛くて優秀な生徒が学園を去るというのだ。きっと、ショックで声もでないのだろう。その心中…察します。

 

「それで、とりあえず、両親に電話したいのですが、電話を貸して…」

 

 

―――うぷぷぷ

 

 

私が電話を貸してもらおうと話を続けた直後だった―――

 

 

「ぷぷぷ…アーハッハハハ! 」

 

突然、モノクマが笑い出した。

 

「うっひゃっひゃひゃ!ぶっひょっひょっひょ!」

 

それは、嘲りだった。

 

「ウヒヒヒヒ!アーッハハハハハ!」

 

それは、嘲笑だった。

 

人生において、何度か影で笑われたことはあった。

だが、しかし、これほど、明確に、これほど、堂々と、これほど、無邪気に嗤われたことなどなかった…!

 

「ぷひゃっひゃひゃ!ヒヒヒ…黒木さん…うぷぷぷ…君は…本当に、懲りないんだな…アーッハハハハハ!」

 

「え…?」

 

笑いを必死で堪えながら、何かを話すモノクマの声に私は耳を澄ます。

 

「ウヒヒ…君は、喪女のくせに…ぷぷぷ…いつまでたっても希望を捨てないんだね。

ぷぷぷ…いや、希望を捨てないというか、希望にへばりついているといった感じかな。

ヒヒヒ…変に前向きというか、謎の行動力があるなとは思っていたけどさ…ぷぷぷ…まさか、この状況においても、そんな希望的なことを考えていたなんて…こりゃ、傑作だよ!

いや…君は喪女なんて“絶望”的な存在だからさ…こっち側に誘おうとも考えていたんだよ。残姉も誘え、誘えとうるさかったしさ。

でもさ…こちらに置いてきて正解だったよ!大正解だよ!アーッハハハハハ!」

 

モノクマは嗤い続ける。楽しそうに、本当に楽しそうに。

 

私は、モノクマが何を言っているのか、ただの一言もわからない。

だが、これだけは、わかった。

モノクマを操る黒幕は、本物のマジキチ野郎であることが。

そして、私達は、本当に変質者に監禁されていることが。

 

「じゃ、じゃあ、アンタは本当に…ジェノサイダー翔!?」

 

私は次に最も高い可能性を口にする。

このレベルの変質者なら、もはやジェノサイダー翔くらいしか心当たりがない。

 

「ジェノサイダー翔…?ぶっひょっひょっひょ!アーッハハハハハ!

やめてよ…ぷぷぷ…もこっち…ぷぷぷ…これ以上…笑わせないで…死んじゃう」

 

私の問いにさらに大爆笑するモノクマ。

いや…ちょっと待て!今、絶対に看過できない言葉を吐いたぞコイツ!?

 

「ウヒヒ…どうしたの…もこ…黒木さん?」

 

私の表情が変わったのを察知したモノクマが問いかける。

 

「なんで…なんで、私のあだ名を知ってるの!?」

 

そのあだ名を知っているのは名づけ親である優ちゃんだけだ…!

 

「ああ、君は中学時代、そう呼ばれていたんだよね。確か、優ちゃん…だっけ?君の親友。

僕も、これから、もこっちって呼ぶね。正直、君に“さん”づけするのは何かムカつくんだよね」

「ちょ、ふ、ふざけんなよ、お前…」

 

私は悪態をつくもその声に怯えが混じっているのを実感した。

正直、私は、モノクマが怖かった。

モノクマは、ただの変質者ではない。私の過去や人間関係をなぜか知っている。

それもかなり詳しく。

 

「君は本当にかわいそうだよ。二年間、まったくクラスに溶け込めなかったからね」

「うるせー!まだ、1年の2学期だ!」

 

どうやら、前の学校での私の状況も知られているようだ。

結局、クラスでは誰とも友達になれずに、1学期を終了してしまった。

1学期なんてゲームでいえば、体験版だよ。2学期から本気を出す予定だったんだよ!

 

「まあ、これを機会に、ここで友達の一人でも作ってよ、もこっち」

「え…?」

 

突如、学校の担任のような提案をしてくるモノクマに私は言葉を止めた。

 

「そっちの方が面白いじゃないか。その方が、君の…」

 

 

 

―――絶望した顔が楽しめるから

 

 

 

「ひ…ッ!」

 

私は思わず後ずさりした。

モノクマが突如、襲い掛かってきたからではない。

モノクマは何もしない。動いてすらいない。

ただ、喋っただけだ。

だが、私の本能が、全身の細胞が、ここから逃げるように警戒音を放った。

私にはその理由がわかる。

 

私ははじめて理解した。

本当の“悪意”とは…常人が必死で発する敵意などからではなく、

人の不幸が見たい…それを心の底から望む欲求から生まれるものであることが…。

 

モノクマは、私に背を向け歩いて行く。

ペタペタ、と愛らしい効果音を出しながら。

 

腰を抜かして、動けない私は、モノクマが消えるまで、ただ、呆然とその後姿を見つめていた。

 




何が3000字でまとめる・・・だ。ふざけるな!8500字超えたじゃないか(逆キレ)
例によって、誤字脱字、変な文章は発見次第、後で直します。
モノクマは、限りなくネタバレを言っていますが、この段階では、誰が聞いてもわからないでしょう。

次回で、自由時間終了です。
では、また不定期で!


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第1章・自由時間5時限目

一週間です。

私達が監禁されてから、もう一週間が経ちました。

一週間ですよ!みなさん!

ここは○○県なんですか?

事件が起こらなければ動かない○○県警で有名な○○県なのでしょうか?

○ ○県警のみなさん~事件は今、起きていますよ~。

まさに今、まさに現場で起こってますよ。

 

「ハア…」

 

私はため息を吐きながら、先ほど書いたメモ帳を破り捨てた。

正直、あんなことを書いても憂さ晴らしにもなりはしない。

いや、それどころか、逆にストレスが溜まった気がする。

警察は何をやっているのだろうか?

国の希望とも言うべき私達、超高校級の新入生が誘拐されたとなれば、

それこそ、今年の一大ニュースだ。

連日、ワイドショーで、この話題は持ちきりだろうし、

即日、捜査本部が設置され、警視庁の威信をかけた捜査が開始されるはずだ。

そして、今頃には、モノクマを操る黒幕の部屋に、完全武装した警察の特殊部隊が

雪崩れ込み、奴をボッコボコのグッチャグチャにして、生放送のフラッシュライトの中、

毛布を被った私が救助されている…はずだった。

 

「ぐぬぬ…」

 

だが、現実はどうだ。

救助されているはずの私は、今も監禁されている建物の個室で毛布を被っている。

なんだ、これは!?

警察は何をやっているんだ!

ここは○○県なんですか?

事件が起こらなければ動かない○○県警で有名な○○県なのでしょうか?

ハ、いかん…!

何やらループしているぞ!

落ち着け、私!まだ、慌てる時間じゃない。

いや、慌てろよ、私!頑張れよ、○○県警!

ヤバい…!もう何言ってるか、自分でもよくわからなくなってきた。

仕方がない。

落ち着くために、ここはひとつ、この一週間の出来事を振り返ってみよう。

 

 

◆  ◆  ◆

 

まずは、捜査の現状から話していこうと思う。

すでに知っていると思うけど、私達は、この建物から脱出するための脱出口を

捜査していた。これは、モノクマが作った校則とやらにもおいても、許可されている行動のため、私達は、はじめの数日間を、まさに全力で捜査した。

その結果は―――

 

うん…参りました。お手上げです。

 

いや~予想以上にスゴイね、あの黒幕の奴は。

普通はどんな建物でも、何処かしこに、出られそうな所があるはずなんだけど、

この建物の1Fはまさに完全な密室だ。

私達は、それこそ、洗濯機の裏側から、天井まであらゆる箇所を、押したり引いたりしてみたが、ダメだった。

床には、あのクマ野郎が飛び出して来るであろう排出口のような場所をいくつか見つけたが(大体、部屋に一つ割合で存在している)これを開けるには、何か特殊な器具が必要のようだ。そんなものなど、この1Fには存在しない。また、これをこじ開けたからといって、

外に出られるとは思えない。

その結論を一つの答えとして、私達の大半は、自力での脱出を諦めてしまい、

私のように部屋に篭りがちとなっているようだ。彼女、一人を除いて。

 

彼女…霧切響子さんは、今も一人、黙々と捜査を続けているようだ。

彼女は、よほど早急に外に出たい理由があるのだろうか?

いや、あれは、外に出たいというより、ただ、純粋に捜査している…ように感じられる。

不思議な人だ。

私は、一時期、これは希望ヶ峰学園が仕掛けた試験であると考えており、

彼女は、学園が送り込んできたスパイのような存在だと疑っていたことがある。

それも、彼女のこの不思議な印象がそうさせたのだと、今は思う。

そうか…全部、彼女が悪いのか。

うん、何か、肩の荷が下りた気がしてきた。近況報告もそう悪くないものだな。

 

では、このまま、人間関係について話していこうか。

と、言っても、あれだ。

たかが数日で人間関係が劇的に変わることはそうはない。

相変わらず、全体においては、良くも悪くもないといった状況だ。

ただ、個々のケースで気になることがある。

 

大和田君と石丸君だ。

最近、大和田君と石丸君の喧嘩をよく目にする。

いや、正確には、大和田君と十神君のニアミスを石丸君が止めに入り、

そのまま、今度は、大和田君と石丸君がもめるパターンなのだが、

これはこれで、結構激しい怒鳴りあいに発展し、正直、見ている私が怖いくらいだ。

この前なんて、大神さんが仲裁に入らなければ、殴り合いになりかねなかったほどだ。

このまま、ヒートアップして行ったら、彼らの中から、最初の殺人が起きるのでは

ないかとすら思ってしまう。恐ろしや、恐ろしや。

でも、まあ、結局のところ他人事だから、私の知ったことではないけどね。

 

え?お前の状況はどうなってる?て。

うん…まあ、あれかな。話すのはあまり、気乗りしないから。

正直、碌なことがなかったし…。

え?どうしても聞きたい?

しょうがないな…じゃあ、少しだけ…

 

 

◆  ◆  ◆

 

ケース① 葉隠康比呂

 

 

「よう、智子っち!久しぶりだべ!」

 

それは、私が洗濯物を回収し、ランドリー室から出ようとした時のことだった。

私と入れ違いに入ってきたドレッドヘアーの長身の名は、葉隠康比呂。

超高校級の“占い師”である。

 

(智子っちとか、懐かしいな…オイ)

 

私は、突然、彼に話しかけられたことよりも「智子っち」という言葉に驚いてしまった。

それもそうだ。

「智子っち」とは、私の最初のあだ名なのだから。

親友の優ちゃんが、突如、私をそう呼び始め、時が経つ内に、そのあだ名は、

智子っち → もこっち とポケモン並みの進化を遂げたのだ。

あだ名に関しては、あのクマ野郎の件もあり、過敏になっていたのだろう。

だから、まさかこの状況における原型との再会に私は驚きを隠せなかった。

まさか、コイツも私の過去を…!?

 

「ん?どうしたんだ、智子っち?固まったりして」

 

葉隠君は、満面の笑顔で話し続ける。

ああ、そういえば、この人、苗木のことも「苗木っち」とか呼んだな。

もしかして、名前とか苗字に「っち」をつけて呼ぶのが癖になってるだけじゃないのだろうか。ならば、そこまで警戒することはないかもしれない。

しかし、葉隠君。惜しかったな。あと少しで正解だったのに。

 

「お、おお久しぶりです。じ、じゃあこれで」

 

でも、話すことは特になかったので、私は挨拶して部屋を出ようとした。

 

「ちょっと待つべ、智子っち!」

 

だが、そうはならなかった。葉隠君に呼び止められてしまった。

 

「ここであったのも、何かの縁を感じるな。酒でも酌み交わしながら、レムリア大陸とレムリア文明について熱く語り合うべ!」

 

(何、訳のわかんねーこと言ってんだ、コイツは…)

 

何を言っているのか本当にわからなかった。

コイツの両親は南アメリカの少数部族か何かなのか?

 

「で、でも、あ、あの、お酒はちょっと…」

 

よし、ここは法律を盾にして断ろう。

私達、高校生の年齢では、飲酒は法律で禁止されて―――

 

「ああ、大丈夫だべ。俺、20歳だし」

「3留かよ!?」

 

私は、思わずツッコミを入れてしまった。

ダブりなんてもんじゃねーぞ!?

もはや、完全に大人じゃないか!私の時もそうだが、いい加減にしろ、希望ヶ峰学園!

詐欺じゃん!超高校級の占い師という肩書き、完全に詐欺じゃん!

 

「ん?そうか、智子っちは酒はダメなのか。残念だべ。

ならば、ここは親睦を深めることも兼ねて、俺の占いを披露してやるべ!」

 

驚愕する私を尻目に、葉隠君は、ひとり勝手に話を進めていく。

 

「占い…?」

「おう!俺の占いは3割の確率で当たる!」

 

葉隠君は、自信満々に宣言した。

それに対して、私は何とも言えない渋い表情を浮かべた。

 

(3割かぁ…リアクションしにくいな)

 

「本来なら、1回10万円のところを、今回は、同級生のよしみで、特別価格…9万円で

占ってやるべ」

「高い!明らかに高けーよ!」

 

この件に関しては、何も考えることなく、即座に身体が動いた。

完全にぼったくりじゃねーか!しかも、特別価格が1万しか値引きされてない!?

何、考えているんだ、この鳥頭は!?

 

「何!?超高校級の占い師が占ってやるんだから、これくらいは格安だべ!

天気だろうが、選挙の結果だろうが、3割の確率で当たるんだぞ!」

 

私のリアクションに葉隠君は、憤慨する。

 

「よーし、じゃあ試しに、智子っちの未来を占ってやるべ」

 

話の流れで、なにやら、占ってもらうことになってしまった。

葉隠君は、懐から水晶玉を取り出した。

水晶玉…それは、占い師のマストアイテム。

水晶玉は、青く輝き、その表面に、私の顔が歪んで映る。

 

おお、ちょっと、本格的になってき―――

 

「邪魔だな、これ」

 

そう言って、葉隠君は、水晶玉を洗濯機の上に、無造作に置いた。

 

「使わねーのかよ!?」

「俺の占いは、直感で行う」

 

葉隠君は、額に手を置き、瞼を閉じた。

何なの?マジで、何なのこの人?

ツッコミが追いつかないんですけど…。

 

「むむ、見えたべ!こ…これは!?」

 

その時だった。

額に手を置き、沈黙していた葉隠君がカッと目を開いた。

おお、どうやら、何か見えたようだ。

 

「智子っち…落ち着いて聞くべ」

「う、うん…」

 

突如、雰囲気を変え、真面目な顔で私を見つめる葉隠君。

その雰囲気に呑まれ、私の緊張が急激に高まっていく。

 

「智子っちは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――俺の子供を産むべ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ~~~~~~~ッ!!」

 

ズッコけて、地面に頭から突き刺さるのを寸前で堪えた私は、起き上がる反動を最大限に利用しながら、全力で絶叫した。

 

嫌だ!絶対に嫌だぞ!

私の未来?子供?この鳥頭との?

何でそんな事になった!?

3割の確率で?

いや…嘘だ!絶対に嘘だ!

じゃあ、これは、何?告白?

もしかして、これは葉隠からの告白なの?

それでも嫌だ~~~~~!

ストレート過ぎる!直進過ぎる!もっと、遠まわしで来て下さい!

 

「いや…嫌だろうが、何だろうが、これは3割の確率で現実になることだべ…」

 

葉隠君は、真面目な顔でそう語った。

こ、怖い…!怖すぎるッ!!

 

「それと、智子っちは、苗木っちの子供も産むことになるべ」

「ふざけんなーーー!?」

 

混乱の中、更なる爆弾の投下に、私は再度、絶叫した。

 

なんでそこで、苗木の奴が出てくる!?

100000歩譲って、私が、目の前の鳥頭と将来、結婚して、子供を授かったとしよう。

そこまでは、わかる。

認めたくないが、自由恋愛において、誰もが歩む道だ。

だが、そこで、何で苗木の存在が出てくる!?

何故、私が苗木の子供も産んでいる!?

おかしいだろ!

不倫なのか?

私が、不貞を働いたのか!?

何をしているんだ!3割の確率での私!?

ちょっと悲しそうな顔でこっちを見るな、葉隠!

 

「あ、それと十神っちの子供も産むべ」

「いいかげんにしろーーーーーー!!!」

 

もはや、それ以外に言葉が出ない。

私は、最後の力を振り絞り声を上げた。

 

もはや、ビッチを通り越して完全に製造機じゃねーか!

産む機械と言ってもいいよ!

どんだけ、男に飢えてるんだよ、私は!?

さすがの私でも、これは有り得んは!

こんな占い、当たってたまるか!

こんなのは、全部デタラメだ!

インチキだ!詐欺だ!八百長だ!

 

「バカにすんな!」

 

激怒した私は、洗濯物が入ったかごを乱暴に掴み、ランドリー室から出ようと、

足を前に踏み出した。

 

「あ、待ってくれ、智子っち!」

 

だが、葉隠が、慌てて、その行く手を阻んだ。

なんだ?いまさら、謝っても、もう遅―――

 

「10万円」

「…は?」

 

「お試しだから、割引価格は適用なしだべ」

 

あまりのことに目が点となった私に向かって、葉隠は、満面の笑顔で手を差し出す。

 

「なななな、な何を言って!?あ、ああれは、アンタが勝手に!?」

「振込みは、ここから出た後でいいべ。ああ、念のために、この紙に住所と電話番号を書いて欲しいべ」

「え、な、ちょっと、え、あの、え、でも、そんな!?」

「ほらほら、ゴメンで済んだら、警察はいらないべ。さあ、ここに早く書くべ」

 

激しく困惑する私に、葉隠は、笑顔で紙を押し付けてくる。

顔は、笑っているが、目は笑っていなかった。

こ、怖い…!

 

 

その後、なんやかんやで20分ほど押し問答をした末、

私は、半泣きしながら、偽の住所と電話番号を紙に書くことで

ようやく、葉隠から解放された。

 

「まいどだべ」

 

葉隠は、上機嫌に鼻歌を歌いながら、ランドリー室から出て行った。

あまりにも上機嫌になったためか、当初の目的が洗濯しに来たということを

忘れてしまっているようだ。

洗濯機の上に、あの水晶玉が、置き忘れている。

 

「葉隠…お前は、私の“殺害ターゲットランキング”のトップにランクインしたからな…!」

 

今度ふざけたことをやったら、あの水晶玉を破壊してやる…!

 

そう誓いをたて、私は、涙を拭いながら、ランドリー室を後にした。

 

 






ゲーム購入者のみが知るBAD・ENDネタです。
まあ、もこっちがそうなるかは、作者もわかりませんw

すいません。
自由時間をなんとか、終わらそうと思ったのですが、字数で切りました。

次回は、腐川、十神、残姉 → 本編に入りたいと思います。
明日も書くので、もしかしたら、明日、投稿できるかもしれません。
できなかったら、ごめんなさい。

それと、パソコンの調子がかなりおかしいことになっているので、
修理に出すかもです。

いろいろフラグ立ててしまったので、今のうち言っておきます。

今年はお疲れ様でした。よろしければ来年もよろしくお願いします。


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第1章・自由時間終了

ケース② 腐川冬子

 

「こ、こんにちは」

「え…!?」

 

私は、ありったけの勇気を振り絞って、

食堂で一人、お茶を飲んでいる腐川さんに話しかけた。

 

まず、私が何故、このような行動に出たのかを説明したいと思う。

私には、優ちゃんという親友がいる。

彼女は、中学時代からの付き合いで、現在は、お互い違う高校に通っているが、

今でも、休日を利用して遊んでいる。

今でこそ彼氏持ちで(クソが…)色気がムンムンのお洒落な今時の女子高生の

優ちゃんではあるが、中学時代は、その正反対。お洒落にはまったくの無縁。

メガネに三つ編みなどの地味な格好をしていた。

そう、私の目の前にいる彼女のように。

 

超高校級の“文学少女”である腐川冬子さんは、

中学時代の優ちゃんと、どことなく似ていた。

ただ、それだけで、私は、彼女に話しかけることを決めてしまったのだった。

他に敢えて、理由を挙げるとするならば、私もジャンルこそ違えども、

本を読むことが好きであり、作家である彼女となら、話が合うかもしれないと思って

しまったことだろう。

うん、監禁生活が始まり、1週間が経とうとしており、私も暇を持て余していたのだ。

誰かと話がしたくなったのも、それは当然のことだろう。責められることではない。

なにはともあれ、これらの理由によって、私は彼女に話しかけてしまった。

あわよくば、有名人と友達になれるかも、と期待してしまった。

優ちゃんとの関係のように、主導権を握れる、なんて考えてしまった…。

 

「な、何よ…?私に何の用なのよ!?」

「い、いや…そ、その、暇なので、ちょっとお話したいなあ~と思いまして。

そ、その、あの…私も本とか好きだし…」

 

だが、腐川さんは、そんな私に対して、あからさまに警戒心を露にした。

私は、慌てて手を振りながら、身の潔白を示すかのように、正直な理由を話した。

 

あれ…何かイメージと違うな、この人。

 

私が当初持っていたイメージと現実の違いを感じた直後だった。

 

「アンタ…私のことバカにしてるでしょ…?」

 

腐川さんの口から予想外のセリフが飛び出してきた。

 

「え…!?え、な、え、ええ!?」

「そーよ!アンタ、私のことをバカにしてるのよ!」

 

事態に困惑する私に向かって、腐川さんは、言葉を畳み掛ける。

 

「アンタ…!私が大人しそうだから、近づいてきたんでしょ?

主導権が握れそうだ、なんて思ってたんでしょ!?」

 

ぎくり―――

 

本心を見抜かれ、私は絶句する。

驚いた。さすが、超高校級の“文学少女”。肩書きに恥じぬ慧眼。

ごもっとも、まったく、その通りです。

 

私は、彼女が大人しいキャラだと思っていた。

昔の優ちゃんみたいな人柄だと勝手に思っていた。

 

だけど、実際の彼女は―――

 

「あ~!私は、やっぱりダメなのよ~!生きている価値なんてないのよ~!」

 

腐川冬子は髪を掻き乱しながら、絶叫する。

私は、完全に彼女のことを見誤っていた。

彼女は、優ちゃんみたいな人ではなかった。

 

彼女は誰よりも、猜疑心が強く、

彼女は誰よりも、劣等感の塊で、

そして―――

 

「あ~!こんな“喪女”にまで舐められるなんて!私の人生はもうおしまいよ~!」

 

(オイオイ…)

 

そして、誰よりも、失礼な奴だった―――

 

 

「ふ…腐川さん、そ、そうだ!どう思う!?黒幕の正体とか!?

あの、ジェノサイダー翔だって、みんなが話していたけど…」

 

腐川の錯乱を前に、私は、冷や汗を流しながら、話題を繰り出した。

とにかく、なんでもいいから、話題を変えて、腐川を落ち着かせようとした。

ジェノサイダー翔の件は、黒幕が操るモノクマから、鼻で笑われている。

だが、今は、話題を変えられるならなんでもよかった。

この刺激的な話題なら、腐川も興味を持ってくれるかも、そう思ってしまった。

だが、それは、すぐ裏目となって私に襲い掛かってきた。

 

「ジェノサイダー翔…?」

 

髪を振り乱しながら、錯乱していた腐川がピタリと止まった。

腐川は、その態勢のまま、じっと私を見つめる。

何か、信じがたいものをみるかのように、じっと見つめている。

私も、腐川の瞳を見つめた。

その瞳は、恐怖という色に急速に犯されていく。

そして、次の瞬間、それが外に、私に向かって爆発した―――

 

「な、何で、アンタから、その名前が出てくるのよ~~~~~!?」

「ヒ…!?」

 

次の瞬間、腐川は食堂を切り裂くような叫び声を上げた。

 

「アンタ、何なのよ!?私の何を知ってるのよ!?」

「ヒ…ひぎッ!?」

 

恐怖に顔を引きつらせながら、絶叫する腐川冬子。

その形相はまるで、地獄の悪鬼のようだ。

その顔に、その叫びに、私の精神キャパはもはや、限界を向かえようとしていた。

 

「アンタ、一体何が目的なのよ~!?言いなさいよ!この喪女!も~~じょ!!」

「ヒ、うう…うわああああああああああああああ」

 

私は、耐え切れなくなり、ついに、腐川の前から逃げ出した。

逃走です。ガチ逃げです。まさに、完全敗走です。

話しかけてすいません。

舐めていて本当に申し訳ありませんでした!!

 

腐川の絶叫をBGMに、私は泣きながら、自分の部屋に逃げ込んだ。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

ケース③ 十神白夜

 

 

それは、私が食堂にお茶を飲みに行こうとした時のことだった。

腐川の件で、食堂はちょっとしたトラウマとなってしまったが、

お茶や食料は食堂でしか手に入らない。

最悪、腐川がいるならば、そのまま引き返せばいい。

意を決した私が、個室を出た時だった。

十神君がこちらに向かって歩いてきたのだ。

 

十神白夜―――超高校級の“御曹司”

彼も、食堂でお茶か何かを飲んで、部屋に戻ってくる途中なのだろう。

 

(うわぁ…かっこいい)

 

私は、素直にそう思った。

 

長身で深みが入った金髪のさらさらヘアーは、まるで西洋の王子様のようだ。

白馬に乗っていても、何の違和感もない。

黒を基調とするその服装は、今から社交パーティーに参加しても何ら問題はない。

世界の十指に数えられる十神財閥の御曹司。

生まれながらの勝者が放つそのオーラは、たとえ、廊下を歩くだけでも他を圧倒する。

そのトラブルメーカーな性格さえなければ、間違いなく、希望ヶ峰学園において、

全学年・男子の部人気ランキングのトップクラスに君臨するだろう。

 

そんな十神君が、こちらに近づいてくる。

足を止めて、そんなことを考えてしまった私と彼の距離は、

もう挨拶を交わらせる距離まで縮まっていた。

私の心臓は、彼が近づくに伴い、高まっていった。

 

(ヤバイ…!な、何か話しかけた方がいいかな?)

 

よくよく考えてみたら、十神君とは、入学して以来、一度も口をきいたことがなかった。

ならば、これはいい機会かもしれない。

 

よし…!私から話しかけて―――

 

 

 

「こっちを見るな…芋虫め」

 

 

 

(…へ?)

 

その瞬間、時が止まった。いや、凍りついた。

私が話しかけようとした瞬間、十神白夜は、そう言った。

まさに、吐き捨てるように、確かにそう言った。

冷たい目だった。

本当に、ゴミか何かを見るように。

 

十神は、そのまま歩調を崩さず、

私の存在を本当に無視して、自分の部屋に戻って行った。

私の方は、その場で真っ白になって固まっていた。

 

 

え?何?

何が起きたの?

芋虫、いもむし、イモムシ…て何?あの幼虫の?

春先に葉っぱの上とかにいるあの?

あの芋虫?

え、あれが私なの?私は葉っぱとか食べてるの?

 

真っ白になった私の頭の上を芋虫がグルグルと回っている。

 

 

「キイ~!黒木の分際で何、白夜様に声をかけてもらってんのよ!

ムカつくわ!喪女のくせに生意気よ!この喪女!も~~~じょ!!」

 

どこから見ていたのだろうか。

真っ白になった私を罵倒しながら、腐川は凄いスピードで走り去っていった。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「う、ううう…」

 

思い出しただけで、涙が出てきた。

最悪じゃん。何もいいことないじゃん。

やはり、私は、こんな超非常識な人間が集まる高校にいるべきじゃないのだ。

一刻も早く、別な高校に転校しなければならない。

うう、気分が悪くなってきた。やはり、回想などするべきではなかったかも。

 

え?本当に嫌な出会いしかなかったのか?だって。

うん…いや、そうでもない。

捨てる神があれば、拾う神がいると言いますか。

こんな場所でも友達になれそうな子を見つけました。

正確には、あちらから近づいてきたのだけれども…。

何はともあれ、意外な出会いだった。

この子とは、絶対に話さないだろうと思っていたのだから

 

 

ケース④ 江ノ島盾子

 

 

その時、私は食堂でお茶を飲んでいた。

腐川の件で、食堂はちょっとしたトラウマとなったと話したばかりだが、

その場所でぬけぬけとお茶飲んでいる私は、なかなかに図太い奴だと自分でも思う。

でも、ここで、ひとりお茶を飲むのが何よりの安らぎだ。

疲れきったサラリーマンがタバコを一服するのを想像して頂けると助かる。

まさに、その心境でお茶を飲み干した私は、部屋に戻ろうとした時のことだ―――

 

「―――ッ!?」

 

腹部に何か冷たいものが当たった感触がした瞬間、身体が熱くなった。

この状況において、腹部に冷たいものといえば、即座に刃物を連想した。

この建物から脱出するために、何者かが、いつも間にか私の背後を取り、

無防備な私の横腹にナイフか何かを突き立てたのだ。

なんと言うことだろう。

私は、これがサバイバルゲームだということを失念していた。

新入生のみんながモノクマの口車に乗るはずがないと、勝手に思い込んでいた。

だが、現実は違った。

人は刃物が刺さった瞬間、火で焼かれたような熱さを感じるという。

冷たい感触の後、身体全体が熱くなっていく。

もうダメだ。

私は、最後の叫び声を上げて―――

 

 

「ヒ、ヒヒヒヒ、アひゃ!ひひひひ!アーハハハハハ」

 

 

食堂に私のマヌケな笑い声が響き渡る。

ひんやりとした手が私の横腹を今も巧みにこちょこちょと弄り続ける。

 

「ほ~ら、黒木さん。こちょこちょ、こちょこちょ」

「ちょ…ウヒヒヒ、お願い…ヒヒヒ…やめ…ウヒヒ…て」

 

私は、笑いながら、その手を振りほどいた。

嫌なのに、笑ってるとか、訳がわからないが、それは、私がマゾだからではない。

これは、人体の構造上しかたのないことだ。

誰もが小学生時代に経験したことがあるはずだ。

まさか高校生になって、これを経験することになるとは思わなかった。

それも、初対面の人にやられるとは…。

私は、振り返り、それを行った人物を涙目で見つめる。

そこには、ひとりの女の子が立っていた。

 

「チィース☆黒木さん、元気?」

 

ピンクの髪がトレードマークの彼女は、女子高生なら誰もが知る存在。

江ノ島盾子―――超高校級の“ギャル”だった。

 

「イヒヒ、ゴメン、ゴメン、あまりにも無防備だったので、つい…」

 

頬を紅潮させながら、江ノ島さんは、両手を合わせる。

その溢れんばかりの笑顔には、もちろん反省の文字などなかった。

 

「うん、だ、大丈夫。で、その、何か用でも…?」

 

とりあえず、私は彼女の謝罪を受け入れた。

このクソビッチが私に何の用があるのか、興味が出たからだ。

 

「うん、実は、私、退屈で本当に困っててさ。

私達が閉じ込められて、もう一週間近く経つじゃん。私、この状況に飽きちゃったわけ」

 

そう言って彼女は頭を押さえる。

 

「私、退屈なの!退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で…」

 

(う、ううう…)

 

彼女は、呪文のように、その言葉を唱え続ける。

その様子から、その言葉が真実であることが、よくわかる。

それは、まるで伝染するかのように私の脳に刻み込まれる。

 

「…で、あんまり退屈だから、15人全員と話をしようとしたわけ。

それで、最後の黒木さんと話すためにここに来た、という訳なのだ~☆」

 

「私は最後かよ…」

 

ここで、彼女が話し掛けてきた理由と、悲しい真実が明らかとなった。

そりゃそうだ。この超高校級のギャル様が私などに興味があるはずがない。

私もビッチ女などに興味がないがな。

 

「ブ~ハズレ」

「え!?わ、わわ!?」

 

私の回答に両手で×の字を作った彼女は次の瞬間、私に抱きついてきた。

 

「私、好きなものは最後にとっておくタイプなんだよね☆」

 

彼女は私を後ろから抱きかかえると、そのままグルグルと回り始めた。

 

「ちょ、おま…!怖い!やめて~~~~ッ!!」

「キャハハハ」

 

その後、数分の間、私の絶叫と彼女の笑い声が食堂にこだました。

 

「じゃあ、お話しようよ、黒木さん」

「ゼェゼェ…い、いや、お話と言われても、何を話していいのか…」

 

突如、私を放り投げて、椅子に座った彼女に、私は床から起き上がりながら、そう答えた。

なんて、マイペースな奴だ。行動の予測がつかない…。

 

「いや、なんでもいいよ。さっきは霧切さんと話したけど、特定の話題はなかったかな。

そうだ、も…黒木さん、霧切さんについてどう思う」

 

いきなりの話題に私は戸惑った。

どう思うといわれても、彼女のことですか…。

 

「うん、ちょっと、不思議な人だと思う」

「不思議…?」

「何を考えてるのかわからないというか、彼女が特定の人と話しているの見たことないし」

「ああ、それ、私もないや。

実は、さっき話した時も、必要最低限のことしか話さなかったんだよね、彼女」

「ああ、そんな感じする。

やっぱり、変わってるよね。今も一人で捜査を続けてるの、あの人くらいだし」

 

まさかこのビッチと霧切さんについて語り合うとは予想もつかなかった。

私は、自分が感じたことをありのまま江ノ島さんに話した。

 

「捜査かぁ…彼女の経歴を考えればそれは必然かもね。

やっぱり、人間って奴は、根は変わらないものなのかも」

「え…?」

「ああ、いや、こちらの話」

 

先ほどまで笑顔だった江ノ島さんは、急にトーンを変えた。

まるで、自分に何かを言い聞かせるように呟いたので、よく聞き取れなかった。

 

「まあ、彼女の話はもういいや。彼女の前は、桑田に話しかけたんだけどさあ、聞いてよ黒木さん!」

 

霧切さんの話題は早くも飽きたようだ。

江ノ島さんは次の話題を提示した。

 

「桑田の奴、何勘違いしたのか、鼻の下伸ばしてんだよね、私に色目使ってきてさあ。

携帯の番号教えろとか、しつこくて、いや~失敗だったよ、あれは」

 

桑田…?誰だそれは?

 

一瞬、私は本当に、その名前を忘れていた。

桑という文字で、その存在が桑ナントカさんであることを思い出すのに、数秒かかった。

あの男は、舞園さんだけではなく、江ノ島さんにもちょっかいを出してるのか。

 

「本当に、しょうがないな…あのチャラ男は」

 

私は、反射的にそう呟いた。本当に反射で呟いた。

「チャラ男」なんてあだ名は私がつけたもので、新入生全員に浸透しているわけではない。

だから、この発言は、ふとした呟きに過ぎず、彼女に対しての発言ではなかった。

そのはずだった。

 

だが―――

 

「え…今、チャラ男って言ったの?」

「え、いや、聞こえてたの?いや、これは…」

「それって、もしかして、桑田のこと?桑田にあだ名をつけたの…?」

「いや、ははは、まあ、そんな感じかな…」

 

江ノ島さんは、口元を押さえて絶句した。

その態度に、私は少し慌てた。

 

先ほどのやり取りで、彼女は桑田に好感を持っていなかったと思っていたが、違うのかな?

 

私が、そんなことを不安に思った時だった。

彼女に口が三日月に変わった。

 

「ぷぷぷ…ヒヒヒ、ウヒヒヒ…アーハッハハハハハ」

 

彼女は笑った。

爆笑した。

おなかを押さえながら、本当に可笑しそうに。

 

「うひひひ…あ、アンタ…ヒヒ…また、そのあだ名をつけたのか…ぷぷぷ

ヒヒヒ…人は…やっぱり…ククク…変わらない…なあ…アーハッハハハハハ」

 

彼女は、目に涙を溜めながら、笑った。

本当に嬉しそうに笑った。

 

「いや~気分がいいや。やっぱり、も…黒木さんは面白いな」

(いや、ほぼ初対面ですが…それは)

 

ひとり納得するかのように、彼女は私の肩を叩いた。

 

「うん、決めた。殺し合いゲームに参加しても、アンタと苗木は殺さない!」

 

江ノ島さんは、いきなり物騒なことを宣言した。

お前、参加する気だったのかよ…。何かあまり嬉しくないのですが。

 

「ところで、黒木さんは、気になる男はいないの?苗木以外で」

「いや、特にいないけど…」

 

今度は、好きな男の話題に変わったようだ。

私も女だが、このスピードにはついてゆくのが精一杯だ。

コイツの友達とか、みんな、こんな感じなのか?

 

「うーん、じゃあ、葉隠とかどう?身長差カップルなんて―――」

「嫌だ~~~ッ!!」

「うわ!?びっくりした!」

 

 

―――まいどだべ

 

 

あの笑顔が頭を過ぎり、私は絶叫した。

その態度に、江ノ島さんは、初めて驚きの表情をみせた。

 

「いや、黒木さん、何があったのマジで?話…聞くよ?」

 

意外なことに真剣な表情で優しい言葉をかける江ノ島さん。

 

「え?う、うん、じゃあ…」

 

その優しさに心を許した私は、葉隠の行った悪行を全て彼女に話した。

 

「チッ…そんな面白いことがあったのか…!

どうしてよ!どうして呼んでくれなかったのよ!!」

「呼ぶわけねーだろ!てゆーか、何で逆ギレしてんだよ!?」

 

机を叩き、私に怒りを露にする江ノ島さん。

クソが…!やはり、演技だったか。

どんだけ、私の苦しむ様が見たいんだよ、このアマは!?

 

私は、驚き呆れていると、江ノ島さんは再び笑顔に戻る。

 

「いや~しかし、気が合うね、私ら。初めて会った気がしないな…そう思わない?」

 

(イヤイヤ、アンタが厚かましいだけだと思うが…)

 

「も…黒木さん、あだ名とかある?いや…絶対あるよね?必ずあるって顔だね!

教えてよ!私のことは、これから、盾子ちゃん☆って呼んでいいからさ!」

 

私の内心など、気にも留めずに江ノ島さんは、次なる要求を繰り出した。

しかし、また「あだ名」とは…。

 

(う~ん、どうしようかな…)

 

私は、心の中で、悩む。

いや、もちろん、本来ならば「もこっち」という中学時代からの由緒正しきあだ名を教えることになんら差し支えることはない。

だが、私は、いい加減にこのポケモンみたいなあだ名から卒業したかった。

そう、飽き飽きしていたのだ。

願わくば、高校では「智ちゃん」という普通かつ可愛いあだ名で呼ばれたかった。

だから、ここで本当のあだ名を教えては、そのささやかな願いは叶わない。

よし…ここは、捏造しとくか…。

あっちは「盾子ちゃん」なのだ、かまうことはない。

 

「わ、私のあ、あだ名は、そ、その…智子ちゃん…と呼ばれて―――」

 

 

―――嘘だッ!!

 

 

高速だった。音速だった。まさに光りの速さだった。

江ノ島さんは、アニメ化までした某田舎ホラーのヒロインの名セリフを用いて

私の嘘を看破した。

 

「ヒィ、ヒイ~すいません!もこっちと呼ばれていますぅ~ッ!!

ポケモンみたいなあだ名ですいません!!!」

 

「うん!きっと、デジモンみたいなあだ名だと思ってた!」

 

江ノ島さんは、ニンマリと満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

なぜ、こんな瞬殺でバレたのか、見当がつかない。

江ノ島盾子…恐ろしい子…。

江ノ島さんの笑顔に内心、私は頭を抱える。

クソ~私は、このあだ名から一生、逃げられない運命なのか!?

早くも潰えたささやかな願い。

それを粉砕した相手を目の前にして、私の中で、復讐心が沸いてくる。

ちょっと、困らせてやろう、そんな程度の復讐心が。

 

「ところで、盾子ちゃん…何で苗木なんかのことが好きなの?」

「え…!?」

 

その質問に盾子ちゃんは、固まり、みるみると青ざめていく。

お、クリティカルヒットかな?

 

「ヒ、な、なんで、もっこちがそれを知ってるの!?嫌だ!もしかして、ストーカー!?」

「オメーがさっきから、アピールしてただろーが!?」

 

誤解から、私の信頼がクリティカルヒットになるところだったじゃねーか!?

もうやだ、このビッチ女。

 

「そうだね…なんで、好きになったのかぁ…」

 

江ノ島さんは、何事もなかったように、理由を話し始めた。

この質問は、意地悪も含まれているが、私としては本当に興味をもったことだ。

派手な世界の頂点に君臨するこのカリスマが、なぜに苗木のような地味で運以外に

とりえのない男を好きになったのだろうか?

 

「ほら、私って、ファッション業界いるじゃん。

そこで、多くの男から、アプローチを受けたわけよ。

私、カリスマで可愛いし。でも、どれもダメ。

連中は、私の外見や肩書きにしか興味がないのがバレバレ。

ふざけんなっつーの!私は、貞操は大事にしてるのに!」

 

(え…ビッチの女王が、何言ってるの…?)

 

本気で驚いた。

第64代横綱・曙が、「自分、実は、相撲、苦手なんですよ…」と告白したくらい

に衝撃をうけた。

 

「だから、私は容姿にはあまり拘らないんだよね…。興味があるのは、その中身。

心根の部分だよ。苗木は、他の男とは、そこが違う。

いつも前向きで、決して諦めない。希望を捨てない…ていうのかな。

私にはそういうものがないからさぁ…眩しかったんだよ、苗木が。

だから、ずっと見ていたら、いつの間にか、かな。

うん、あんな奴は、どんな戦場にだっていないよ」

 

顔を赤らめながら、そう告白する盾子ちゃん。

戦場とか、何言ってんだこのビッチは?

そんなところに行ったことがある女子高生がいるか!

それに、苗木とあって、まだ1週間とかだろう。

私との事もそうだが、本当に思い込みが激しい女だな。まあ、悪い奴ではないけど。

 

「まあ、そんなとこかな。しかし、もこっちは好きな男いないのか。

女盛りだというに可哀想な奴だね、君も」

「う、うるさいなぁ…」

 

腕を組み、勝ち誇りながら、見下ろす盾子ちゃんに、私は弱々しく返事する。

たしかに、正論である。そろそろ、彼氏の一人でも欲しいところだ。

 

「うんうん、じゃあ、かわいそうなもこっちにこの盾子様が、モデルの友達でも紹介して

あげようか?」

「お願いします!なんでしますから~ッ!!」

「うわぁ!?ビックリした!!」

 

私の電光石火の快諾に、盾子ちゃんは、再び驚愕した。

いや、モデルの男なんて紹介されるなら、マジ何でもしますから!

 

「ん、いま、何でもするって言ったよね…?」

 

どこかで聞いたような台詞を盾子ちゃんは、興奮しながら言った。

 

「じゃあ…もこっちには私の専属雑誌にモデルとして出演してもらおう!

さあ、いまから、モデルの特訓なのだ~~~ッ!!」

「え、ええええええ!?」

 

とんでもないことになった。

私が、モデルに!?カリスマギャルに!?

 

何がなんだかわからない内に、盾子ちゃんは、モデルの歩き方や立ち片をレクチャーし始める。

真剣な眼差し。どうやら、彼女は本気のようだ。

その熱に当てられ、私の方も徐々に、マジになってきた。彼女を信じてみよう…!

 

「こ、こんな感じでいいかな…?」

「う、うん…い、いい感じだよ、そこで、腰に手を当てて」

 

私にレクチャーしながら、盾子ちゃんは苦しそうに右腹を抑える。

 

「え!?盾子ちゃん、どうしたの!?具合悪いの!?」

「だ、大丈夫。実は、私、持病で、時々、右腹に痛みが走るんだ。

でも、心配しないで!今は、もこっちのモデルの練習の方がずっと大事だから!」

 

なんていい奴だ。

病気の痛みに耐えながら、私のために、ここまで頑張ってくれる。

私は、彼女を信じていいんだ!

 

「ぷぷぷ…いいよ、もこっち、クク…そこで、挑発するかのように、腰を…ヒヒヒ」

 

必死で痛みと戦う盾子ちゃん。

私は、彼女を信じて…いいんだよね…?

 

「今日は、このくらいにしようか。もっこちは疲れたでしょ?私も我慢の限界だし」

 

文末に、ちょっと腑に落ちない言葉を残し、レッスンは終了となった。

個人的には、いい気晴らしになった。

カリスマにマンツーマンでレッスンを受けられたのは、本当にいい思い出になるだろう。

 

しかし、私がモデルデビューかぁ…あの「ファンアン」に。

 

「ファンアン」とは、彼女が専属契約している女子高生向けの雑誌だ。

彼女は、その雑誌の表紙を毎月のように飾っている。

 

「あ、そうだ、盾子ちゃん」

「うん?なんだね、もこっち」

 

私は、ちょっと気になったことを気軽に聞くことにした。

 

 

「盾子ちゃん、ちょっと、雑誌とイメージ違うよね?」

 

 

 

――――ッ!!!

 

 

 

「…え?」

 

その直後だった。

私の身体に電流が走り、動けなくなった。

金縛りというやつだろうか。

本当に動けない。声も出せない。

目の前には、盾子ちゃんが立っている。

目を見開いて、じっと私のことを見ている。

なぜだろう。なぜこんな感覚になるのだろう?

さっきまで一緒に笑っていた彼女を本能が畏怖している。

全力で逃げろと細胞が奏でている。

それはまるで、大蛇に巻きつかれて、今にも首筋に牙を刺されようとしているような恐怖。

 

「ハ、ハハハ、ハハハハハハ、何を言ってるのさ、もこっち」

「え、ええ…!?」

 

彼女の笑い声の直後、金縛りは解け、私の身体は自由になった。

何?何が起きたの、さっき!?

 

「カバーショットのことだよね?あれは、雑誌用に盛ってるんだよ!

だから、雑誌用に加工してるんだよ、画像編集ソフトで!」

「あ、うん、そ、そうなんだ」

 

なるほど、もっともなことだ。今時は、フォットショットでの編集は当たり前だろう。

だが、私は先ほど自分に起きた不可解な感覚を引きずり、上の空だった。

なんだったんだろう、今のは?私は、一体、何を恐怖したんだ?

目の前には、盾子ちゃんしかいない。

確かに、頭のおかしな女ではあるが、命の危険を感じるような相手ではない。

もしかしたら、モノクマの奴に食材に変な薬物でも混ぜられて、

感覚がおかしくなっているかもしれない。

 

「でも、それだと、実物はカリスマ性がないということかな、へコんだぞ、このこの!」

「痛ッ!ちょ、痛い!やめて!」

 

盾子ちゃんは、手刀で私の横腹をズシズシと突いて来る。

いや、マジで痛いんですけど。なんで、そんなに指先が固いの?空手家なの?

 

「私が、カリスマ性が落ちたのはモノクマのせいだ~~~!こら~モノクマ!

出て来い!出てきて、私だけに出口を教えろ~~~~!」

「自分だけかよ!?ちょっと、やめて!マジでアイツ、出てくるから!」

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

その後、小一時間ほど、彼女とバカ話を続け、私は部屋に戻ることにした。

いや、本当に不思議な感覚だ。

確かに、彼女の言うように初めて会った気が今はしない。

その証拠として、私は、彼女とどもることなく会話していたのだから。

 

盾子ちゃん…変な奴ではないが、悪い奴ではない。

もしかしたら、友達になれるかもしれないな。

 

しかし、モデルの男の紹介の件は守ってもらえるのだろうか?

適当な奴だが、これだけは守ってもらわなければ困る。

そう思うと、私も相当に男に飢えているのか…?

まさか、本当に奴の占い通りに進んでいるのでは?

 

 

――――俺の子供を産むべ。

 

 

「ヒッ…!?」

 

突如、葉隠の言葉を思い出し、私は後ろを振り返る。

後ろには、誰もいなかった。

だが、その逆方向、私の前方から一人の…一匹のクマが歩いてきた。

ペタペタと特有の愛らしい音を奏でながら。

 

(ク、クマ野郎…!)

 

モノクマが私に向かって歩いてきた。

いや、それは違う。たぶん、食堂にいる盾子ちゃんに会いに行く途中、私と遭遇したのだ。

思えば、呼べば、すぐに地下から飛び出してくる奴が、まったく反応を見せなかったのは

おかしなことだった。

おそらく奴は、いやらしくも私達の会話を盗み聞きし、楽しんでいたのだ。

それなりに恥ずかしい話題もしたのを思い出し、私は顔を赤らめる。

モノクマの奴は、きっと、私に悪口を言った後、盾子ちゃんのところに行くつもりなのだ。

なんて性格の悪い野郎だ…!

よし…!ならば、こちらが出来ることは一つだけだ。

シカトしてやる…!何を言われても完全無視を決め込んでやる!

ほんの少しのリアクションもくれてやるものか!

 

私は覚悟を決め、廊下を歩く。

モノクマとの距離はどんどん縮まっていく。

 

(さあ、一体、どんな悪口を言ってくるんだ)

 

モノクマはついに私の目の前に迫ってきた。

 

―――ぷッ

 

(え…?)

 

モノクマは何も言わなかった。

ただ、手で口を押さえ、ほんの少し笑った。笑いを堪えた。ただ、それだけだった。

 

だが、それは、嘲り。

私の存在に対する嘲笑。

 

人間が交差する間際で、一番、ムカつき、一番、落ち込ませる行動だった。

 

「調子に乗ってんじゃねーぞッ!このクマキチが~~~~~~~ッ!!」

 

去り行くモノクマに向かって私は絶叫する。

自分の誓いの全てを放り出し、全力で叫ぶ。

 

「青狸の出来損ないのくせしやがってよぉぉぉぉ!!

何がクマだよ、XXXしろオラァァァァ」

 

某定時版で一昔流行った遭難漫画の台詞を改変した罵声を放つ。

モノクマは、振り向きことなく、歩いて行く。

ペタペタと特有の愛らしい音を奏でながら。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「うががァァァ~~~~~ッ!」

 

それを思い出し、私は、監視カメラに枕をぶつけた。

あの野郎が、少しでも驚いたら、ザマミロだ。

 

(復讐してやる…!ここから出たら、裁判であることないこと証言して、必ず豚箱にぶちこんでやるからな…!)

 

モノクマと黒幕への復讐を決意して、私は眠ることにした。

こんな夜はもう、終わればいい…そう願いながら。

 

だが、私は知らなかった。

こんな優しい夜は、もう二度と訪れないということが。

これが、私達が安心して眠れる最後の夜だったことが。

 

 

翌日、私達は、モノクマに食堂に集められた。

 

「学園生活が開始されてもう一週間を過ぎた訳ですが、まだ、誰かを殺すような

奴は現れていないよね!オマエラ、ゆとり世代の割にはガッツあるんだね…。

でも、僕的にはちょっと退屈ですぅ~!」

 

(まだ言ってるのか、このクソクマは…お前の口車に乗る奴などいるわけねーだろ)

 

あいかわらずイカれたことをぬかすモノクマに、私は露骨に舌打ちをした。

常識で考えれば、当たり前である。

 

「あ、わかった!ピコーン、閃いたのだ!」

 

だが、モノクマは、白けきったその空気を読むことなく、手を叩いた。

 

「場所も人も環境も、ミステリー要素も揃ってるのに、どうして殺人が起きないのかと思ったら…そっか、足りないものが一つあったね!!」

 

モノクマは邪悪に笑う。

嫌な予感がする。すごく…嫌な予感が。

 

 

 

 

 

「だから…“動機”を用意しました」

 

 

 

 

 

 




最長の12000字!意地で自由時間を終わらせました。
例によって、誤字脱字、変な文章は後で修正します。

残姉は、無印ゲームの知識の江ノ島に化けた時の印象のみ。ノベルでの性格は知りません。

やっと、自由時間終了・・・まさか、こんな長くなるとは。
そして・・・次回から、いよいよ・・・


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第1章・イキキル 前編①

「あぁ?動機だぁ?何、ふざけたこと言ってんだ、てめーは!?」

「ぷぷぷ、それは、見てからのお楽しみ!視聴覚室にレッツゴー♪」

 

詰め寄ろうとする大和田君を前に、

モノクマは、笑いを堪えながら、床下へと消えていった。

場を静寂が支配する。

私達が監禁されてから、およそ一週間を過ぎた、今日。

とうとう、モノクマ側から、アクションを起こしてきたのだ。

 

一体、何が起きるの…?

 

そんな私の心を共有するかのように、誰もが口を開くことなく、

ただ、その場に立ち尽くしていた。

 

「行きましょう。ここで黙っていても仕方ないじゃない」

 

最初に発言し、動いたのは、霧切さんだった。

視聴覚室に向かって、ひとり歩き始めた。

 

「そ、その通りだ!みんな、視聴覚室に行こう!」

 

霧切さんの声で、我に返ったのか、石丸君が声を上げ、みんなもその声に従う。

こうして、私達、16人、全員が視聴覚室に移動することとなった。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

視聴覚室につくと、ドアはすでに開かれていた。

モノクマか、先に行った霧切さんが、開いたのだろう。

 

「いまさら、こんな所に何があるってんだよ…て、オイ、何かあったぞ!?」

「机の上に、ダンボールがあるな」

「何だろうね、さくらちゃん?」

 

最初に部屋に入った桑ナントカ君が、大げさに自分で自分にツッコミを入れた。

どうやら、何かあったようだ。

それが何であったかは、大神さんと朝日奈さんの発言の後、すぐにそれを目にした。

 

「やっと、来たようね」

 

ダンボールが置かれた机のすぐ側に霧切さんが立っていた。

 

「霧切さん…それは?」

「さあ、何かしらね…?でも、おそらく…」

 

不安そうに問いかえる苗木に対して、彼女は目を合わせることなく、

ダンボールに手を入れた。

 

「これを見れば、分かるかもしれないわね」

 

彼女の手には、DVDが入ったケースが握られていた。

そのケースには「霧切響子様」と書かれた白いラベルが貼られていた。

 

「ククク、どうやら、その中に、モノクマが言うところの『動機』とやらが入っているらしいな」

 

十神白夜が、肩を震わしながら静かに笑った。

 

「何!?そーだったのか!?」

「察しろ…アホ」

 

十神君の発言に石丸君が驚愕し、大和田君が、それを見て汗を流す。

 

「ヌヌヌ…確かに、この視聴覚室なら、そのDVDの中身が見れますな」

 

山田君が汗をながしながら、メガネがをかけ直す。

 

「な、何があるのかなぁ、こわいよぉ…」

 

不二咲さんが、生まれたての子鹿のように震えている。

相変わらずこの子は、可愛いな。

 

「で、では、みんなで一緒に見ましょうか…?それでいいですよね?」

「うふふ、どうやら、それ以外の選択はなさそうですわね」

 

舞園さんの提案に、セレスさんが同意した。

確かに、この流れでは、それ以外の選択はなさそうだ。

モノクマの言う「動機」とやらも、十神君が言うように、そのDVDの中に

入っているはずだ。

ケースに名前がついているということは、DVDはそれぞれ別の内容である可能性が高い。

どんな内容かは、とりあえず見て、後で各自が発表することになるだろう。

 

私達は、ダンボールから、自分の名前が書いてあるDVDを取り出し、

席に座り、その内容を見始めた。いや、正確には、私以外のみんなが…。

 

「あ、あれ、わ、私の分がないんですけど…」

 

最後に並んでいた私は、ダンボールの中が空であることに気づき焦る。

 

(何これ?イジメ…?イジメなの…!?)

 

あのクマ野郎なら、今までのことを考えれば十分その可能性がある。

しかし、この状況では、さすがに、その可能性は薄い。

なにやら、今回は、シリアスモードだった。

多分、本当に、入れ忘れたのだろう。

だから、待っていれば、あのくそクマが、ここにやってきて…

 

そんなことを思って、ふと視線を下にやると、床に白いDVDがケースに入れられず

剥き出しの状態で落ちているのを発見した。うん、イジメでした。

そのDVDには、直接マジックで、

 

「喪子!?チ…!(舌打ち)」

 

と書かれていた。

 

ああ、そうか、「もこっち」を当て字にしたのか…。

何だろうね、これ。ああ、合コンで喪てない女子が来て、驚き、舌打ちした…てことかな?

うん、もう…アイツ、殺していいよね?

 

冷静な殺意を胸に私は、DVDを拾い、席についた。

殺そうにも、ヌイグルミの方を殺っても仕方ない。

もしかしたら、このDVDの中に、奴の正体のヒントがあるかもしれない。

そんなことを考えながら、私は、再生のボタンを押した。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

画面はいきなり砂嵐から始まった。

オイオイ、ここでも嫌がらせかよ・・と思った次の瞬間、

画面には4人の男女を映し出した。

 

「ヤホ~もこっち!」

「智子、元気してる?」

「智子、こっちは、元気だぞ」

「…。」

 

私はその人達を知っていた。

知らないはずはない。間違うはずはない。

 

「優ちゃん…!お父さん…!お母さん…!ついでに…智貴!」

 

そこには、私の友達の成瀬 優が。

そして、家族が…お父さんとお母さんと、ついでに弟の智貴がいた。

 

「みんな…!」

 

私は思わずモニターを触ってしまった。

私達が監禁されてから…家族と離れてから、まだ一週間くらいなはずなのに、

彼らの存在がひどく懐かしく感じられた。

今日まで、とりあえず何もなく、生活は送ることはできたが、

現在、私達は、モノクマを操る犯罪者に自由を奪われていた。

その環境の中、やはり、普通に生活することなどできるわけがなかった。

知らず知らずの内に、不安や恐怖がその身を削っていたのだ。

久しぶりの家族と友達の元気な姿を目の前にして、緊張が緩み、私の瞳に涙が自然と

溢れていた。

 

「智子…あなたが希望ヶ峰学園に選ばれるなんて…夢みたいだわ。頑張ってね」

「自分の娘として誇りに思うぞ。まぁ、でも…無理はしすぎないようにな」

「もこっち~!見てる~!?本当に凄いよ!頑張ってね~!!」

「まぁ…喪女だけどね…」

 

(て、てめ~智貴。余計なことを言うんじゃねえ…!)

 

お母さんとお父さんが私の希望ヶ峰学園の入学を祝い、優ちゃんもそれに同調してくれている中で、弟の智貴が残酷な現実を呟き、微妙な空気が流れたことは、モニターを通して伝わってきた。

その場に私がいたのなら、飛び蹴りなり、何かの報復にでるに違いない。

そんなことを考えると、ふと笑ってしまった。

 

智貴…変わってないな。

 

いつもなら激昂しているところだが、今は嬉しくすら感じられた。

変わらぬ弟の反応は、私の日常そのものだった。

彼らの座っているソファと背景から、そこが自宅のリビングだとわかった。

ほんの一週間ほど前、私は、そこで胡坐をかきながら、テレビを見ていたのだ。

 

「智子、あなたに寮生活なんて無理だと思ってたけど、ちゃんと生活できてるみたいで、

お母さん、嬉しいです」

「ちゃんと、ご飯は食べてるのか?いつでも帰ってこいよ」

 

(イヤイヤ、判断早いって…!まだ一週間かそこらしか経ってねーし)

 

両親の早合点に私は苦笑いした。

おそらく、遅くても3日以内に逃げ帰ってくると予想したのだろう。

まあ、現実には、逃げ帰ることができない状況なんですが…。

 

「もこっち、休みになったら、帰ってきてね!そして、遊ぼうよ!」

 

画面の中の優ちゃんが手を振る。

 

(優ちゃん…)

 

私のただ一人の友達。

中学で出会った彼女は、今も変わらぬ笑顔を私に向けてくれる。

 

優ちゃん。

いつかの優ちゃんの言葉が近頃よく頭に浮かびます。

お前の為に友達があるんじゃねぇ、友達のためにお前がいるんだ。

ここでは、誰も私に言葉をかけてくれません。

 

そんな某バスケ漫画の改変台詞が頭を過ぎった。

うん、早く会いたいよ。

 

「ほら、智貴も何か言いなさい!」

「ハハハ、何を恥ずかしがっているんだ」

「いや、そんなんじゃねーし」

 

両親に促されて、そっぽを向いていた智貴は少し恥ずかしそうに、こちらを見る。

 

「まぁ、元気にやってれば、それでいいんじゃねーの?」

 

(ハハハ…智貴のやつ…)

 

どこまで行っても、智貴は智貴だった。

あの出発の日に見せた表情と何も変わっていない。

 

そう、何も変わって…いや…何かが違う。

 

私は、モニターを食い入るように見つめた。

 

(あれ?コイツ…身長伸びてね?)

 

いや、明らかに、間違いなく、智貴の身長は伸びていた。

それは、中学三年生というより、高校生の大人びた体型に成長していた。

髪も少し伸びていた。これまたモテそうな雰囲気を出していた。

 

(男子の成長期って凄いな…!)

 

いや、マジで絶句しました。

スタンドで言えば、成長AAといった感じかな?

わずかな期間でここまで成長するとは。まさか、私と離れたのがきっかけか?

寂しさがきっかけ?シスコンなの?やっぱりシスコンだったの?

 

それに、優ちゃん…また一段と可愛くなってる。

私の希望ヶ峰学園騒動でしばらく会っていなかったが、彼女も変わっていた。

身長ではなく、女らしさに磨きがかかっていた。

さらに、可愛くなってる。乳袋もあんなに…ぐぎぎぎ。

 

家族と友達の変化と不変。

それを目の当たりにして、感傷に浸っていた私は、あることに気づいた瞬間、絶句した。

 

(え…この映像は、誰が撮ってるの…?)

 

希望ヶ峰学園の職員だろうか?

でも、今は、私達の誘拐騒動でそれどころではないはず。

じゃあ…これを撮っているヤツは…!

 

―――ゾクリ

 

悪寒が走った。

奴だ…モノクマを操っている奴だ!

 

「み、みんな!逃げて―――」

 

私がモニターに向かって叫んだ瞬間、画面は真っ暗になった。

そして、次の瞬間、別の映像がモニターに映しだされた。

 

「ヒ…ッ!」

 

私は、小さい悲鳴を上げた。

そこに映し出されていたのは、無残に破壊された私の家のリビングだった。

窓は破られ、ソファは引きちぎられていた。

そして、また、別の映像が映し出された。

 

「て、天の助…!」

 

それは、私の部屋だった。

それがわかったのは、私の愛用のヌイグルミである「天の助」があったからだ。

ゲーセンにおいて、他人の努力を利用する、所謂「こじきプレイ」で獲得した

巨大な人型人形の天の助。

それが、無残にも、バラバラに引き裂かれた。

それだけではない。

私の命ともいえるパソコンは完全に破壊されていた。

乙女ゲーや秘蔵フォルダは全滅していると思って間違いない。

だが、この状況において、そんなものは少しも気にはなかった。

 

優ちゃんは…お母さんは、お父さんは…智貴はどうなったの?

 

それだけが、唯一の心配だった。

その時、あの声が聞こえてきた。憎たらしいあの声が…!

 

「希望ヶ峰学園に入学した黒木智子さん…そんな彼女を応援していたご家族とご友人のみなさん。どうやら…そのご家族とご友人の身に何かあったようですね?

では、ここで問題です!

このご家族とご友人の身に何があったのでしょうかっ!?」

 

その直後、画面は真っ暗になり、文字が浮かび上がる。

 

 

  

     正解発表は“卒業”の後で!

 

 

(あ、あわわわ…)

 

私は、思わず立ち上がってしまった。

 

(ど、どうして、みんなが…?)

 

恐怖と混乱で頭の中が嵐のようだ。まるで考えが浮かばない。

身体の震えが止まらなかった。

モノクマは…黒幕は、警察に捕まるどころか、その網を掻い潜り、

私の家族にまで手を出したのだ。

 

私は、口を押さえる。

悲鳴を抑えることができそうになかったからだ。

いや、この場においては、それが自然だ。

この映像を前に、悲鳴を上げることは何ら恥ではない。

そうだ。

ここは、逆に思い切り悲鳴を上げよう。

漫画やアニメの“ヒロイン”のように、大声を上げて。

 

私は手を離し、力いっぱい悲鳴を―――

 

 

「い、嫌~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

(え…?)

 

私は、その悲鳴の方向を見た。

そこにいたのは、本物の“ヒロイン”。

超高校級の“アイドル”舞園さやかさんだった。

 

「舞園さん!?」

 

その声に反応し、苗木も立ち上がる。

 

「嫌、なんで!?どうして!早く、出ないと…いや…嫌~~~~~~~ッ!!」

 

舞園さんは、顔を真っ青にして、ガタガタと震えながら、

自分の身体を守るかのように抱きしめながら、走り出し、視聴覚室を出た。

 

「ま、舞園さん、待って!」

 

その後を苗木が追いかける。

何も言わず、全員がその後を追いかける。

 

「どうしてこんなことになっちゃったの…?殺すとか、殺されてるとか…もう耐えられない!出してよ!ここから私を出してよ!」

 

「落ち着くんだ、舞園さん!」

 

廊下に出ると、二人がいた。

舞園さんは、錯乱状態になっており、苗木は彼女の手を掴み、必死で説得している。

 

「嫌、離して!」

「みんなで協力すれば、脱出できるよ!」

「嘘よ!」

「もしかしたら、その前に助けが来るかもしれない」

「助けなんて…来ないじゃないッ!!」

「…僕が君をここから出してみせる!どんなことをしても、絶対に、絶対にだ!!」

「う、うう苗木君…う、うわああああああああ~~~~ん」

 

苗木の説得で、彼女は大粒の涙を流し、苗木に抱きついた。

 

「大丈夫…大丈夫だから」

 

苗木は優しく彼女の肩に手をかけた。

 

(グギギギ…!)

 

その光景を目の当たりにして、完全にモブ化した私は、心の中で血の涙を流した。

悲鳴…ただ当たり前の行動すら、本物のヒロインに奪われてしまった。

その上でこんな光景を見せつけられるなんて…。

本来、同じモブであるはずの苗木は、彼女の心の支えとなっていた。

苗木の分際で、その言葉、その表情は、まるで主人公のように格好よかった。

 

羨ましい…。

 

正直、そう思ってしまった。

私も彼女のように、言葉をかけて貰いたかった。抱きしめられたかった。

だが、現実は厳しい。

私の横には苗木の代わりに…

 

「ねぇねぇ、さっき叫ぼうとしてなかった?ヒロインぶろうとしてなかった?」

 

いつの間にか現れたモノクマが、ツンツンと私の頬をニヤけながら、ついていた。

 

(ク、クソが…)

 

コイツを殴れば、爆発しかねない。

それに、図星だったこともあり、今はこの屈辱に耐えるしかなかった。

 

「え…本当!?本当に、ヒロインぶろうとしてたの!?」

 

それを聞きつけて、盾子ちゃんが顔を紅潮させながら、走ってきた。

本当に嬉しそうに。

 

(なんで、お前はモノクマ側に加担してんだよ!?お前も被害者だろ!?)

 

どんだけ私の失態が嬉しいんだよ、このクソ女は!?

 

「あなたは何者なの…?どうしてこんなことをするの?あなたは私達に何をさせたいの?」

 

霧切さんは、モノクマに向かって射抜くような目をして、問いかける。

モノクマは、私から離れると、笑いを堪えながら、答えた。

 

「オマイラにさせたいこと…ああ、それはね…“絶望”それだけだよ!」

 

その回答に、そして地獄の底から響くようなその声に、私達は絶句した。

私は、以前、厨房でその答えを聞いてはいるが、再び身体が震えた。

 

「てめ~~~俺のチームの仲間に何しやがったんだ!?」

 

モノクマに向かって、大和田君が走り出した。

モノクマは、それを見て、笑いながら、床下へと消えていった。

 

「クソが!クソ!」

 

モノクマが消えた床を何度も蹴りながら、大和田君は叫ぶ。

そして最後に、静寂と恐怖だけがその場に残った。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

結局、その後、各自が何を見たのかを話し合うことはなかった。

 

「…言いたくないわ」

 

霧切さんを筆頭に、誰も自分から話す者はおらず、会議もすぐに解散となった。

私は、その日、碌に眠ることはできなかった。

家族と優ちゃん、そして、破壊された部屋の映像が頭を過ぎり、浅い眠りを繰り返した。

朝食には、なんとか参加したが、午後には、眠気がピークに達し、少しだけ昼寝しようとしたら、このザマだ。時計は、9時を過ぎていた。

 

私は、夜時間の前に、厨房にくだものを取りに行くことにした。

厨房には、果物が豊富にある。

何故に果物かというと、夜中に食べても太らないというダイエット本の基本を信じている

というくらいしか理由がない。

みかんやりんご程度なら、部屋に持ち帰って食べても問題はなさそうだし。

 

「あ、智子ちゃんだ!こんばんは」

「うぬ…黒木か、元気か?」

「ど、どうもです」

 

食堂には、朝日奈さんと大神さんがいた。

二人はどうやら、食後のお茶をしているようだ。

しかし、この二人は本当に仲がいい。完全に親友に見える。

まあ、大神さんの性別を知らなければ、彼氏彼女に見えるが…。

 

彼女達に挨拶をかわし、私は厨房へと足を踏み入れた。

そこには、先客がいた。

綺麗な黒い髪。完璧なプロポーション。

後姿からでも、彼女が絶世の美女だとわかる。

 

そこにいたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――舞園さやかさんだった。

 

 




いよいよ本編へ・・・




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第1章・イキキル 前編②

超高校級の“アイドル”舞園さやかさん。

国民的アイドルグループのセンターマイクを務める時代の超新星。

そんな彼女の活躍を、私はいつもリビングのソファに座って眺めていた。

女性というものは、生まれた瞬間から美の競争に巻き込まれる。

故に、自分の美に敏感であり、他者の美を本能的に妬むものであると私は思う。

だから、私は、親友の優ちゃんがどんどん綺麗になっていくのを嬉しいと思う反面、

激しく嫉妬していたことをここで認めよう。

だけど、彼女には…舞園さやかさんにその感情を持つことはなかった。

それは、彼女が私にとってあまりにも遠い存在だったから。

格闘技を始めたばかりの少年が、

世界最強のロシア人チャンピオンと戦おうなどと考えないように。

将棋を始めたばかりの素人が、

メガネの名人と真剣勝負をするなどと夢にも思わないように。

テレビに映る彼女は、私にとって、

あまりにも美しく、あまりにも遠い存在で、嫉妬の対象になりえなかったのだろう。

それは、美しい人形を眺める時に抱く感情近いような気がする。

だからこそ、この希望ヶ峰学園の厨房において、本物の彼女と二人きりという状況に

私は、何か夢の中にいるような不思議な感覚に囚われた。

あの舞園さやかが、目の前にいる。

あのテレビの中で、華やかに踊っていた彼女が、話しかけられる距離にいる。

そんな状況において、私があまり緊張しないのも、現実感がないというのもあるが、

なによりこの希望ヶ峰学園で起こった奇怪な出来事の連続で

感覚が麻痺しているからかもしれない。

 

舞園さんは、表情こそ見えないが、元気がなさそうだった。

その背からは、あの超高校級のアイドルが放つ独特のオーラが感じられなかった。

やはり、あのDVDの影響なのだろうか。

脳裏に、家族や優ちゃん、そして、破壊された部屋の映像が過ぎる。

あんなものは捏造に決まってる…と信じたい。

だが、あれを見せられて元気な人間などいるはずがない。

彼女が元気がないのは、当然だろう。

見ると、彼女は手に、何かをもっていた。

それは、部屋に備え付けてあったハンドバックだった。

私の部屋にあるものと同じなので、すぐにわかった。

どうやら、女子の部屋の支給品は同じらしい。

 

(舞園さん…ここに何しにきたかな?)

 

彼女の後ろ姿を眺めながら、そんなことを思っていた時だった。

 

「あとは…え!?」

「へ…?」

 

何かを呟いた次の瞬間、舞園さんは、急に振り向き、私と目を合わせた。

 

「え…どうして?いつから!?い、嫌…ッ!?」

「え…!?ち、ちょっと」

 

視線を合わせた彼女は、呆然と私を見た後、激しく狼狽し始めた。

彼女の美しい瞳が、恐怖で濁っていく。

何か恐ろしいものを見たように。

その表情は、まるで、夜、部屋に帰ってきた時に、部屋の中に

何度も被害届を出したストーカーを見たような…そんな感じだった。

 

「見てたんですね?ずっとそこで見てたんですね?そうなんですね!?」

 

決定的だった。

彼女は、私がストーカーのように後をつけてきたと勘違いしたのだ。

 

「ご、誤解です~ッ!!果物をとりに、さっきここに来ました~ッ!偶然ですッ!!」

「嘘よ!ずっとここにいたんですね?私が気づかないのをいいことに、ずっと私のことを見てたんですね!?」

「違います~ッ!!1秒前にここに来ました~ッ!信じてください~ッ!!」

 

疑う彼女に対して、私は、身の潔白を死に物狂いで説明する。

本来ならば、同じ歳の女の子に、

ここまでの必死さを見せるのも変な話ではあるが、彼女が相手ならば仕方がない。

彼女は、超高校級の“アイドル”

きっと、ストーカーのような犯罪に巻き込まれたことがあったに違いない。

だから、そのことを思い出して神経過敏になっているのだ。

 

「ほ、本当ですか…?本当にさっき、ここに来たばかりなんですか…?」

「は、はい!神に誓って本当でありますッ!!」

 

私の必死のアピールに彼女も落ち着きを取り戻し始めた。

 

「そう…よかった」

「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

 

誤解が解けたようだ。

彼女はいつもの笑顔を私に向けてくれた。

私は、それに対して、感謝の言葉を連呼する。

嬉しかった。

だが、それと同時に、自分が何か酷く惨めな存在に思えたのは気のせいかな…?

 

「ウフフ…」

「ウヘヘ…」

 

彼女と私は、お互い、微笑を浮かべながら黙り込む。

あたりを静寂が包むこんだ。

すでに、第二の試練は始まっていた。

 

そう、“話題”が出ない。

 

こ、これは私がコミ障だからでは断じてない!

ほぼ初対面の人と気軽にコミュニケーションできる人間が

この日本でどれほどの数いるというのだろうか?

そもそも、そんな能力が私にあるのなら、

私は他校で今頃、リア充ライフを満喫しているはずだ。

なにはともあれ、何か話しかける必要がある。よし…やってやる!

 

「あ、明日の天気はどんな感じかな…?」

「え…!?え、えーと、晴れかもしれませんね…。

外に出られないからよくわかりませんけど…うん、晴れだといいですね!」

「ハ、ハハハ、そうですね…」

 

(うがががあああああああああああああああああぁぁぁぁ~~~~~~~~~ッ!!)

 

私は心の中で絶叫した。

天気の話をしてどうする!?

たとえ会話の基本だとしても、緊張して訳がわからなくなっていたとしても、

監禁されて外が見えねーのに、天気の話題をしてどうするよ、私!?

しかも、舞園さん、気遣ってくれたよ!どうする私!?

 

「え、えーと、黒木…智子さんですよね?ここへは何をしにきたのですか?

さっき、果物がどうとか…言ってましたよね?」

 

私が心の中で頭を抱えている中、気を使ってくれたのか、

舞園さんから話題をふってくれた。

 

「うんうん!そうそう!く、果物!果物を取りに来たんです!

実は、昼寝してたら、夕食を逃しちゃって…それで、果物でも食べようかな、と」

 

渡りに船とばかりに私はこの話題に飛びついた。

アイドルというのは、私生活では、テレビの中の態度とは正反対で、いつもイラついて

おり、マネージャーを奴隷のように扱うイメージがあるが、彼女は違う。

気を使って、話題をふってくれたことからも、彼女の性格の良さが窺えた。

 

「そうなんですか。なるほど!ここには美味しそうな果物がたくさんありますものね!」

 

彼女の視線の先には、果物が山積みになって置かれている。

果物や食料は、毎日、モノクマの奴が律儀に調達してくる。

ロボットの分際で、

台車ロボットをリモコンで操作しているシュールな光景を見かけたことがある。

自分の目的を伝えることができて、ここで私もようやく、冷静さを取り戻した。

そこで脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

 

(舞園さんは、ここに何しにきたのだろう?まさか、私と同じ様に果物を夜食に…?)

 

ふと、そんなことを考えたが、即座に心の中で否定する。

彼女は、超高校級の“アイドル”。

スタイルの維持には、人一倍の努力をしているはずだ。

夜食など、体重が増えそうなリスクを犯すことなどないはずだ。

 

私がそんなことを思った時だった。

 

「アイドルでもお腹がすいたら、夜食はとりますよ。果物くらいなら、太りませんし」

「へ~そうなんだ!なるほど…え!?」

 

アイドルでも夜食はする、という生の情報に関心した次の瞬間、私は絶句した。

素でノリツッコミをしてしまった。

なぜなら、この会話が成立することなどありえないはずだから。

夜食の話題は、私は話してなどいない。心の中で思っただけなのに。

 

「…エスパーですから」

 

私の心を見透かしたように、微笑を浮かべながら、彼女は呟く。

 

「え…?」

「私…エスパーなんです!」

 

彼女はそう言って力強く両の手を胸の前で握り締めた。

 

(え…ちょっと!?な、何?エスパーってあの超能力の!?)

 

とんでもないカミングアウトに私は狼狽した。

彼女は…舞園さやかさんは、超能力者だったのだ!?

それも、他人の心が読める、というかなりレベルの高い能力の。

 

「ここだけの話なんですが、芸能人の半分は何らかの超能力を持っているんです」

 

さらなる衝撃が私を襲う。

お笑い番組のあの芸能人も、ドラマで活躍するあの芸能人も超能力者!?

いや…言われて見ればそうかもしれない。

芸能人は、一般人とは明らかに違う雰囲気を持っている。

今思えば、それは、彼らが持つ能力から発せられたものかもしれない。

お昼番組の司会者のあのグラサンなんて、超能力持ってない方がおかしい。

 

「…冗談です。ただの勘です」

 

私が、彼女の発言を信じて切ってしまった直後だった。

 

「え…?」

「もちろん、芸能人の話も嘘です。本気にしないでくださいね」

 

唖然とする私に、彼女はニッコリと微笑んだ。

 

(え、嘘だったの…?)

 

完全に騙されてしまった。本気で信じかけてしまった。

彼女に心の中を読まれたことで、私は彼女がエスパーであると本気で思ってしまった。

なんだよ、ただの勘かよ…。

グラサンが超能力を持っていないことが少し残念だった。

しかし、舞園さんめ、私を騙すなんて…。

見ると、彼女は、可笑しそうに口を押さえて笑っている。

 

(クソが…超カワイイじゃねーか)

 

こんなカワイイ生物に騙されたら、怒るに怒れない。

なんだって、許してしまいそうじゃないか。うん、許す。

 

「あ、果物を取りに来たんですよね?ささ、私に構わず、先に選んじゃって下さい!」

「え、あ、ど、どうも」

 

そう言って、舞園さんは、私を促した。

話をまとめると、彼女も夜食として、果物を取りに来たみたいだ。

手に持っているハンドバックは、果物を入れるため、ということかな。

ああ、確かに、あれを持ってくれば、いろいろ入れることができた。

チ…私も持ってくればよかった。

しかし、順番を譲ってくれるなんて、本当にいい子だな、舞園さんは。

私は、彼女に感謝しながら、果物を選び始めた。

 

(う~ん、改めて見ると、本当にいろいろな種類があるな…)

 

ここに来るまでは、りんごやバナナなど、定番品を食べようかと考えていたが、

マンゴーやら、キュウイやら、ブルーベリーやら、いろいろあり目移りする。

なかなかすぐに選ぶことができない。

そして、すぐに動けないのには、もう一つの理由があった。

 

見られている―――

 

先ほどから、明らかに見られていた。

じっと、観察されるように。

彼女は…舞園さやかさんが、私を見つめていた。

その視線は、背中越しからでも、感じることができるほどに。

 

(な、何?私が何を食べるか、そんなに興味が…?それとも私が面白いから!?)

 

彼女とは、気絶した苗木を運ぶ時以来、話したことはなかった。

ほぼ初対面と言っていいだろう。

そんな私に興味を持つのは、考え過ぎだろう。

彼女の冗談に騙されただけだし、そこまでのリアクションはしていなかったはずだ。

ならば、やはり、どの果物を選ぶか、に興味を持っているのかな…?

 

そんなことを考えている間でも、彼女の視線が途絶えることはなかった。

緊張で私の心音がどんどん高まっていく。

私は耐えられずに、後ろを振り向いた。

 

「…。」

「ひ…!?」

 

彼女は…舞園さんは、じっと私のことを見つめていた。ずっと私を見ていた。

監禁生活が一週間を越えて、いろいろなことがあった。

超高校級達の自己中ぶりに振り回されたと日々。

そして、昨日のあのDVD。

 

私は、きっと本当に疲れているのだろう。

 

野に咲く一輪の薔薇。

そう形容されることがふさわしい超高校級の“アイドル”

そんな彼女の瞳から…

 

空から獲物を狙う猛禽類を連想するなんて―――

 

「黒木さん…お願いがあります。今夜…」

「え…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――私の部屋に来てくれませんか?

 

 

 

 

 

 







字数が1万字を超えそうなので、いいところで区切ります。
悪しからず。

舞園さんの現状

殺人に向けて包丁をバックに入れる。
もこっちの存在自体を忘れ、ターゲットは原作通り桑田に。
しかし、この出会いにより、ターゲットの変更を決断。

まあ、普通に考えたら、一番リスクの低い相手には違いないw

もこっちの現状

最悪、被害者。よくて容疑者。
さすがは、ヒロイン(笑)


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第1章・イキキル 前編③

「え…!?い、今、何ておっしゃったのでしょうか?」

 

私は自分の耳を疑った。

それは、彼女の突然の申し出があまりにも私の想像を超えていたからだ。

耳が万が一でも正常である可能性を考慮して、私は恐る恐る舞園さんに問いかけた。

 

「今夜、私の部屋に来てくれませんか…そう言いました」

 

彼女は、ほんの少し微笑を浮かべながら、再度その言葉を口にした。

信じ難いことに、私の耳は正常らしい。

だが、即座に別の考えが頭に浮かぶ。これは、夢ではないか…と、そんな考えが。

この状況下においては、そう思う方が正常であり、その方がまともな思考だろう。

だって考えて見て欲しい。

 

あの超高校級の“アイドル”である舞園さやかの部屋に私が招かれる―――

 

そんな奇跡が私の身の上に起こるわけではないか…!?

 

「突然こんなことを言い出して、黒木さんも驚きますよね…」

 

私の混乱が表情を通して、彼女に伝わったようだ。

彼女は視線を少し視線を逸らして、理由を説明し始めた。

 

「昨日のあのDVD…あの映像を見てから、私…とても不安になって…。

だから、そのことも含めて、いろいろ黒木さんに相談したいと思いまして…。

あの…ダメですか?」

 

彼女の説明を聞きながら、昨日のことを思い出す。

真っ青な顔をして、教室を出て行った舞園さん。

きっと彼女も黒幕に家族を人質にされた映像を見せられたのだ。

だから、あのような大声で悲鳴を上げたのか。

うん、私も同じだからこそ、よくわかる。

チ…あと2秒遅ければ、私が悲鳴を上げていたものを。

まあ、話は戻すが、あのような映像を見せられては、彼女の不安も当然だ。

誰かに話したい。相談したい。その気持ちはよくわかる。

 

でも、これって…もしかして…

 

 

 

(所謂“人生相談”じゃないですか~~~~!?)

 

 

 

人生相談。

それは、友達、いや親友となった相手には欠かす事ができない必須のイベントである。

主な発生条件として、進学や就職を目前に、パロメーターが一定以上の同性、または異性の相手がいることが必要であるこのイベント。

私も中学時代において、親友の優ちゃんを相手にその条件をクリアして、このイベントが発生した。少し自慢となってしまうが、私は頭がいい方だ。成績もまずまずであった。

しかし、優ちゃんは、勉強が苦手なタイプであり、私と同じレベルの高校に進学するのは正直難しかった。そのような状況の中、私は優ちゃんの家に泊まり、夜通し進学する高校について話し合った。結局は、私達は別々の高校に行くことになったが、好きな異性のことや、あれこれ話し合ったあの夜は、私のいい思い出となり、優ちゃんとはより仲がよくなった気がする。

かなり前に放送を終了したライトノベルが原作の某アニメにおいても、主人公の妹であるはずがないと思うほど可愛くて生意気な妹が“人生相談”を通して、少しずつ主人公との仲を深めていった。

そう“人生相談”とは、それほど王道のイベントなのである。

それを私が舞園さんと…あの超高校級の“アイドル”とすることになるなんて…!

あまりのことに身体が震え始めた。即座に返事したい気持ちが湧き上がる。

 

だが、待て私。

そんな簡単にホイホイついていくようでは軽い女と思われ、今後の展開に響く。

ここは慎重に行こう…あ、そうだ!

 

「わ、私なんかでい、いいのでしょうか?あ、あの、苗木の野…いや、苗木君に相談した方がいいのではないでしょうか?」

 

私は、モジモジとしながら、心にもない返事をした。

彼女は、苗木の野郎…あのラッキーマンと仲がいい。

だから、本来ならばこの役割は、苗木の奴が適役ではないのだろうか?

自分で質問しておいてなんだが、改めて考えるとそれが一番自然だろう。

 

(あ、しまった…!)

 

同時に私は事態のマズさに気づく。

ああ、なんということだ。それは非常にマズイ。

 

今の舞園さんを苗木に人生相談させる―――それは、舞園さんという子うさぎを、

苗木誠という解き放たれた野獣の前に出すことに他ならない。

 

背も小さく身体も小さいが、奴も男…!

夜にアイドルと二人きりの空間などに置かれたら、何をしでかすかわからない。

ああ、私は何という質問をしてしまったのだ。

 

「な、苗木君ですか…」

 

心の中で頭を抱える私を前に、彼女は言葉を濁した。

顔に驚愕を浮かべ、私から視線を逸らしす。

 

「え、ええ…そうですね。苗木君とは仲がいいのは本当です。

でも、苗木君は、男の子ですよね。あの、だから、話せない事もあって…。

それで、同性で話しを聞いてくれそうな黒木さんなら、全部お話することができると思いました。あの…今夜、無理そうですか?」

 

「あ、ああ、そうなんだ!そーか、そーか、大丈夫、今夜、全然大丈夫ですよ!」

 

自分がした質問によって、

最悪の展開が起きることを危惧していた私は、光の速さで彼女の誘いを承諾した。

最悪の事態は回避された。もう、格好をつける必要もない。

同じ歳の同性として、彼女の悩みにとことん付き合おうではないか。

 

「ほ、本当ですか?ありがとう、ありがとうございます!黒木さん!」

 

私の承諾に曇りがちだった彼女の顔がぱああーと明るくなった。

彼女は私の手を取り、感謝の言葉を繰り返す。

 

「い、いや、そ、そんな喜ばれても、こ、困るな…アハハ」

「本当にありがとう…私、本当に心細くて…」

 

そう言って彼女は俯いた。

その様子から、想像以上に彼女が追い詰められていたことがわかる。

とにかく、そんな彼女の力になれてよかった。

 

「あの…できれば、深夜、誰にも見られないように来てくれませんか?人に見られて、噂とかになるのは、お互いにとっても、いいことではないので…」

「う、うん!大丈夫!私、人に気づかれないことに関しては自信あるから。任せて!」

 

私は、自信満々に頷く。

アレ…何かとても自虐的な事実を述べたような…?

 

「本当に…ありがとうございます」

「え…?う、うん!こちらこそ!」

 

彼女はそう言って顔を上げた。

その表情にはいつもの笑顔が戻っていた。

だから、気のせいなのだろう。

顔を上げる瞬間、彼女の口が三日月のような形に見えのは。

 

(まあ、何はともあれ、最悪の事態は阻止できた。苗木…ザマ~~~~~~~!!)

 

私は、心の中でガッツポーズをきめた。

私は、初めて苗木誠に、あの超高校級の“幸運”に勝った!…そんな気がしたから。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「ウヒヒ、こ、これとか夜食にどうかな?」

「も~黒木さんたら、こんな大きなもの夜食にしたら、朝食が食べられませんよ」

 

果物の王様(自称)であるドリアンを持ち上げる私を見て、舞園さんは、口元を押さえながら苦笑する。こうしていると本当に、私達は友達みたいだ、と思う。

二人で私の夜食の果物を選ぶことになり、その間いろいろと話すことができた。

 

「舞園さんは、り、料理とかするのかな?」

「時々しますよ。得意料理は“ラー油”です!」

「絶対に嘘だ!?」

「いいえ、これは本当ですよ!自家製ラー油を作れます!」

「う、う~ん、確かに料理といえば、料理なんですが…」

 

料理の話から意外な得意料理を知ることができた。

 

「ほ、本当にスタイルいいよね。さすがはアイドルって感じ」

「こう見えても、それなりに筋肉はあるんですよ。ステージを飛び跳ねたりしちゃうんですから!」

「そう考えると、確かに大変そうだね。体力が必要だから、私では無理かな…」

「ダンスの練習は毎日しますよ。本当にキツくて、時々逃げ出したくなります。

でも、一緒に頑張る仲間がいるから、私も頑張ることができるんです.。

最高の仲間です。彼女達がいると、夢に向かって頑張ることが本当に楽しい」

 

ダイエットの話から、彼女のスタイルの良さに(何か、おっさんのような言い回しをしてしまったが)そして、芸能界の話題へと移った。

舞園さんは語る。

ステージで仲間達と歌うことの喜びと、芸能界の厳しさを。

 

「あ、そーだ。体力なら、野球が得意のあのチャラお…いや、桑・・桑…?」

「桑田君のことですか…?」

「あ、そうそう桑田君!彼とかどうかな?彼も歌手になりたいとか言ってたし…」

 

歌手の話題になり、

ふと、あのチャラ男が歌手を目指したいという戯言を言っていたことを思い出した。

名前の方は、本気で出てこなかったので、ちょっと焦ったが、

舞園さんがフォローしてくれたので助かった。

奴は、野球においては超高校級。

だから、ダンスとかもすぐに慣れることができそうだ。

私はそんな暢気なことを考えてた。

 

だが…

 

「絶対に無理です。私、命賭けてもいいです!」

 

彼女は、胸の前で両の手を固めて、力強く宣言した。

 

「え…?」

「彼が、歌手として成功することは、絶対に無理です」

 

彼女の予期せぬ言葉に驚愕する私に、舞園さんは、再びはっきりと答えた。

正直、意外だった。

彼女のような気を使うタイプの人間は、心では否定していても、建前で桑田の成功を

応援すると思っていた。

だが、彼女は否定した。それも、全力で、命を賭けて。

 

「そんなに、甘い世界ではないんですよ…」

 

彼女は氷のような笑みを浮かべ、その理由を語りだした。

 

「彼は、きっと野球で失敗したことがないから、歌手というものも甘く考えているんです。

でもね、黒木さん。

芸能界というところは、そんな考えで生きていけるほど甘くないんです。

この世界では、毎日のように新しいグループがデビューして、そして半年も保つことなく

消えていきます。才能だけでも、運だけあっても、それだけでは足りない世界。

全てを兼ね備えた上で、常に全力を尽くさなければ生きていけないんです。

だから、覚悟のない彼が生きていけるはずがないんです」

 

(ゴ、ゴクリ…)

 

彼女の雰囲気に私は完全に気圧された。

そこに立っているのは、先ほどまでの希望ヶ峰学園の同級生である舞園さんではなかった。

そこにいるのは、紛れもなく、“アイドル”舞園さやか、その人であった。

 

「あの世界では、気を抜いていたらすぐに追い抜かれてしまう…。

息継ぎなしで水中を全力で泳がなくちゃならない…本当にそんな感じです。

その世界で夢を叶えるためには、ずっと夢を見続けていなくちゃならないんです。

たとえそれが、悪夢であろうが、起きていようと、寝ていようとも…。

夢を見続けなくちゃならないんです。

だから、私はいつも必死でした。夢を叶えるためなら、なんでもしてきました。

嫌なことも含めて、本当に何でも…」

 

(ん?今…)

 

一瞬、中年のディレクターに肩を抱かれ、ホテル街に消えていく舞園さんが頭を過ぎった。

だが、待ってほしい。

彼女は、“超高校級”のアイドルだ。

その肩書きは、そのような手段を用いて獲得できるほど甘いものではない。

彼女はアイドルの中でも別格の中の別格。

きっと、いろいろ嫌がらせを受けた時の話なのだろう。

 

「…だけど、今は本当に毎日が楽しいです。みんないい友達だし、いいライバルで、

昔からずっと一緒にやってきた大切な仲間たちと、

一緒に夢を叶えて…今はすっごく幸せです。でも…時々怖くなるんです。

いつか世間に飽きられて…そしたら、私達どうなっちゃうのかな?って。

夢を失って、楽しい日々は終わって、みんなバラバラになっちゃうのかな?って…」

 

彼女は、自分を抱きしめるように腕を組み、小さく震えた。

 

「だから私は、希望ヶ峰学園に入学したんです」

「え…?どういう意味?」

「ここを卒業できれば…間違いなく成功を手に出来るんですよね?

そしたら…私は大切なグループの仲間と、ずっと一緒にいられるじゃないですか。

そう…思っていたのに…」

 

彼女はそう言って頭を押さえる。

身体の震えは、もはや隠しようがない。

表情も暗く、その瞳はみるみる“絶望”に犯されていく。

 

「出られない…なんて!仲間達もどうしてあんなことに…!

こうしている間にも、世間は私達を忘れていく…!

私達が世界から…消えていく!

私には…こんな所にいる余裕なんてないにッ!!」

 

そう彼女は叫んだ。

それは、私が初めて聞いた、彼女の心からの叫びだった。

そうか。

舞園さんは恐れているんだ。

苦労して手にいれた最高の夢だからこそ、それを失うことを恐れているんだ。

 

「ご、ごめんなさい。つい興奮して暗い話をしてしまって…」

 

彼女は、ハッとして我に返り、バツの悪そうに私に謝った。

 

「…話題を変えましょう。そうだ、黒木さんは江ノ島さんと仲がいいですよね?」

「う、うん…」

 

新たな話題として、出てきたその名前を聞き、今度は私が微妙な顔になった。

 

(盾子ちゃん、かあ…)

 

私は、今日の朝食のことを思い出した。

 

「もこっち、何か元気ないよね?じゃあ、私、お茶とってきてあげるから!」

 

モノクマのDVDの件があり、朝食では、皆が暗い表情となる中、一人だけ

異分子とでもいうべき彼女は、明るい声を出し、私の席の横にずうずうしく座っていた。

あの食堂で、ちょっと仲良くなってから、ウザイくらいに話しかけてくる。

 

「はい、お茶!もこっちは、お茶にオレンジジュース混ぜるの好きだったよね?」

 

そう言って、彼女は、私の目の前でお茶にオレンジジュースを入れ始めた。

うん、もはや完全なイジメである。

いや、でも本人からは、まったく悪意が感じられない。

だから、正確には、イジメと嫌がらせの真ん中か。

その絶妙な場所に、自信満々に立っている彼女を頭の中で想像して、気が重くなった。

 

「ゴメン、本当に調子悪いから…」

「え…?マジ…」

 

その時は、本当に調子が悪かったので、正直にそう答えた。

(まあ、調子がよくても、こんなことに付き合う気はないが)

すると、彼女はみるみる慌て出した。

 

「ゴメン、ゴメンよ~!そんなに調子が悪いとは思わなかったのだ!本当にゴメン!

あ、コレ、私が飲んじゃうから!」

 

そう言って彼女は、お茶のオレンジジュース割りをゴクゴクと飲み始めた。

 

もう嫌だこの人…訳わかんないや。

 

本当に何なのだろう、このビッチは?

私に対して、厚かましく、図々しく接する反面、

私に本気で嫌われることを恐れている気がする。

いや…そんなはずはない。彼女はあの超高校級の“ギャル”

外に出れば、それこそ、友達100人は固い存在だ。

だから、私に嫌われるのを恐れるはずなどないだろう。

気のせいか。

うん、それにしても、よくわからない奴だな。

私の短い人生の中で、出会ったことがないタイプだ。

何を考えているのか、さっぱりわからない。

 

 

(盾子ちゃん…彼女は私にとって、一体何なのだろうか…?)

 

 

舞園さんの質問から、いろいろ考えてしまったが、

盾子ちゃんとの関係を口で説明できるほど、私は器用な人間ではなかった。

そのため、私も別の話題を振ることにした。

 

ずっと気になっていた二人の関係を。

 

「ま、舞園さんこそ、苗木君と仲がいいよね…どんな関係?」

 

舞園さんは、その質問に少し驚く、そしてその後に“クスリ”と笑い答えた。

 

 

 

「私達…付き合っているんです!」

 

 




皆様のために、いい場面で終わらせました・・・!
冗談です。ただの字数です(ゲス顔)

今回も字数により中途半端で区切ります。悪しからず。
頭の中でイメージできるのは場面だけなので、文字化すると何字くらいになるかは
書いて見なければなりません。
今回は、完全に舞園さん回でしたが、次回で、前編は終了します。
原作を知っている方・・・いよいよです。

舞園さんの現状

誘いに成功して、一安心。接待も兼ねて、もこっちと話すが、何気に盛り上がり本音で話す。

もこっちの現状

苗木に勝った(根拠なし)と勘違い。このままでは被害者不可避w


なぜか、最近週刊になっていますが、この作品は基本は不定期です(強調)
では、また不定期に!


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第1章・イキキル 前編④

「え…何?よく聞こえなかったのですが…もう一度お願いします」

 

あまりの衝撃に記憶が飛んだ私は、再び彼女に返答を頼んだ。

 

「苗木君は、私の恋人なんです。婚約もしてるんです。将来、結婚します!」

「え、ええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!?」

 

聞き間違いではなかった。

苗木と舞園さんは、付き合っていたのだ。

苗木は、舞園さんの恋人であり、婚約者であり、将来の彼女の夫なのだ!?

なんということだろう。

だから、あんなに親しそうだったのか。

彼女が超高校級の“助手”を自称していたのも、そういう意図があったのか。

苗木誠…恐ろしい子。

やはり、超高校級の“幸運”の称号は伊達ではなかった。

まさか、あの舞園さやかと付き合うことができるなんて、なんたる幸運だろう。

うん?でも婚約ということは、苗木の家は名家や資産家なのかな?

もしかして、あの十神白夜並みの金持ちだったりして…。

まあ、それは、現状では推測しかできない。

とりあえず、今はその事実に対して、何かコメントしなければならない。

でも…ああ、何も思いつかない…!

 

「…冗談です」

「え…?」

「冗談ですよ。苗木君と私は中学の同級生なんです」

 

私の狼狽をじっくり観察していた彼女は、笑いを堪えながら、告白した。

なんと、私はまた彼女に騙されてしまったのだ。

 

「ウフフ、ゴメンなさい。そう言った時の黒木さんの反応が見たくて…」

 

そう言って、彼女はさも可笑しそうに笑った。

 

(クソが…超カワイイじゃねーか)

 

こんなカワイイ生物に騙されたら、怒るに怒れない。

なんだって、許してしまいそうじゃないか。うん、許す。

私は彼女を許すことにした(2回目)

 

「私と苗木君は同じ中学出身なんです。もちろん、付き合ってもいません…」

 

彼女は苗木との関係を話し始めた。

彼女と苗木は同じ中学というだけで、恋人関係ではないことがはっきりした。

それを口にした時の彼女の表情が、少し残念そうに見えたのは、気のせいだろう。

 

「私は、彼のことをずっと見て、いつか話したいと思っていました…でも結局、中学校の時、彼に話しかけることはできませんでした。だから、ここで再会した時は、本当に驚いて…本当に嬉しかったです」

「ん…?苗木君が、ずっと舞園さんを見ていて、結局話しかけられなかった…だよね?」

 

彼女の発言内容に不可解な点があったので、私はその部分を脳内修正した。

要は、苗木の奴が準ストーカー行為を行っていたのかな?

 

「うふふ、違いますよ、私が…です。苗木君は私にとって憧れの人だったんです」

「え…どういう意味?」

 

驚愕する私を横に、彼女は思い出すように語り始めた。

 

「中学一年生の時、学校の池に大きな鶴が迷い込んできたことがあったんです。

あまり大きな鳥だから、先生も生徒も驚いてしまって、

みんながどうしていいかわからなくて、ただ困惑しながら見ているだけでした。

そんな時に、彼が…苗木君が、ひとりで暴れる鶴を捕まえて、逃がしてあげたんです。

学校の裏の森まで運んで…」

 

その時のことを思い出したのか、彼女はクスリと笑った。

 

「私はそんなことがあっても、普通にしている彼に本当に感心しました。

同級生にこんな人がいるんだ…て。

その時から、いつか苗木君と一度話してみたいと、ずっと思っていました。

でも、その機会は結局訪れることはなく、私達は中学を卒業して別々の高校に。

だから、こんな場所で再会するなんて思いもしませんでした…」

 

現実を思い出し、舞園さんの表情が曇る。

街中を歩いて偶然の再会であったなら、ドラマチックであろうその願いも

モノクマを操る犯罪者に監禁された場所では、台無しとなったに違いない

 

「…でも話してみて、苗木君はやっぱり、私の思っていた通りの人でした。

こんな状況においても、自分より他の人のことを考えることができる優しい人。

きっと苗木君は自分で思っているより、ずっと強い人だと思います。

私…苗木君からは、不思議な強さを感じるんです。

みんなを導いてくれるような不思議な強さ…苗木君はそれを持っている気がします。

だから、私は期待しているんです。

あの時の鶴みたいに、きっと苗木君が、私を…私達を助けてくれるんだって!

そんな気がするんです。ただの勘ですけど…」

 

そう語る舞園さんの表情は本当に嬉しそうだった。

私は、大和田君と十神君の喧嘩を苗木が止めた時のことを思い出した。

確かに、あの行動には私も驚いた。

ただの「運」だけの男。そう思っていた苗木が自らを省みず動いたからだ。

自分よりも他人のために…あの時の苗木は確かにそうだった。

それは、認めよう。

しかし、苗木め、盾子ちゃんだけでは飽き足らず、舞園さんにも好かれるとは

なかなかに侮れないな。

 

「…信じられませんか?私の勘は本当に良く当たるんですよ」

 

微妙な顔をしているであろう私を見て、舞園さんが同意を求める。

 

「…そ、それは、エスパーだから?」

「…冗談ですけどね」

「いひひ…」

「うふふ…」

 

ただ同意するのもアレだから、ちょっと勇気を出して冗談を言ってみた。

その意図を察知した舞園さんは、その流れに乗ってくれた。

二人は、お互いを見て、吹き出して、しばしその場で笑った。

 

「で、でも、舞園さんも、すごく良い人だよ。苗木君が気絶した時に真っ先に動いたのは

舞園さんだったし…」

 

苗木の話で、彼女がいち早く苗木の救助に動いたのを思い出した。

苗木のことを褒めているが、彼女だって負けないくらい良い人なのだ。

私は彼女にその事実を知ってもらいたかったのだ

だが…

 

「…。」

 

その言葉に彼女は固まった。

その顔は、みるみるうちに曇り、身体は少し震えていた。

 

「ち、違いますよ…私は…良い人…なんかじゃ…ない…です。

私は…本当に…酷い人間…ですよ」

 

彼女は、振り絞るようにそう語ると、顔を伏せた。

 

(え…?わ、私…何かマズイことを言ったのかな?)

 

彼女の態度の急激な変化に私は内心でパニックを起こす。

先ほどまで、笑っていた彼女は消え、今にも泣き出しそう舞園さんが目の前にいる。

明らかに、私の言葉が原因だ。い、一体何を言ったんだ、私は!?

 

「…聞いてしまったら…でも…」

 

(ん…?)

 

私が心の中で、頭を抱える間、俯いたままの彼女が何か呟いた。

しかし、よく聞き取ることはできなかった。

 

「あの…ひとつだけ教えてくれませんか?」

 

彼女は顔を上げ、私を見た。真剣な表情だった。

 

 

「もし…ここから出られたら…黒木さんは、何がしたいですか?」

 

 

真剣な瞳で私を見て、彼女はそう質問した。

 

ここから出たら…それを私は毎晩のように考えていた。

ゲームをしたいし、本屋に行きたい。ネットをしたし、コンビニに行きたい。

学校に行くのも悪くない。部屋にずっといてもいい。

好きなものを好きなだけ食べたい。ネズミーランドとかにも行きたい。

そうだ。私にはやりたいことがいっぱいある。

そう答えよう。それを言おう。

 

私は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――弟と喧嘩したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

「え?え、ええええええええええええええええ~~~~~~~~~!!?」

 

その答えに舞園さんは驚き、それ以上に私自身が驚き、声を上げた。

 

「ど、どういう意味ですか…?」

 

困惑の表情を浮かべながら、舞園さんはその理由を尋ねる。

当然だろう。私だって自分で驚いたくらいだ。

 

「う、う~ん…」

 

少しの間、その理由を考え、その理由を知った時、私は少し恥ずかしくなった。

 

―――――弟と喧嘩したい。

 

なぜ、このような意味不明な回答になったのか、少し考えてわかった。

ああ、なるほど。そういうことか。

我ながら凡人だな~と少し悲しくなる。

しかし、私は、覚悟を決めて、この意味不明な答えの理由を舞園さんに話す。

 

「わ、私には、弟がいるんだ。

一つ下の『智貴』っていう名前で、今中学三年生。

根暗で、愛想がなくて、サッカーがちょっと上手いくらいで、クラスの女子に

少しモテルくらいでいい気になってるムカつく弟なんだけど…。

智貴とは、家にいた時は、いつも喧嘩ばかりしてて…ハハハ」

 

私は、舞園さんに自分の愚弟の話をするという変な状況に焦る。

だが、舞園さんは、その話を真剣な眼差しで聞いている。

 

「だ、だから、私がここから出られて、家に帰ったら、

玄関にお父さんとお母さんと智貴の奴がいて…それで、智貴の奴に話しかけたら

きっと、アイツが何かムカつくことを言い返してきて…そしたら、30秒もしない内に

喧嘩になって、お母さんが怒って、お父さんが呆れて…いつもみたいな展開になって…。

いつもの日常に戻れて…うん、そうなんだ。

私にとっては、それが日常だから…だから、弟と喧嘩したい…なんて言っちゃったんだ」

 

私のその平凡で実にありきたりな話を彼女は黙って聞いていた。

私は、結局のところ、ただ家族と会いたい…それだけなのだ。

モノクマのDVDのせいで、私もいろいろ不安になっていたのだろう。

クソ…だから、こんなことを考えてしまったのか。

 

「ハハハ、ご、ゴメンね。も、もう少し面白い話ならよかったんだけどね…。

ゲームしたい、とか。ネズミーランド行きたいとか…」

 

無言のままの舞園さんに私は弁解がましく言い訳を述べる。

掴みに失敗した新人のお笑い芸人の心境だった。

 

「…あなたにも…あるのですね」

「え…?」

 

 

「あなたにも…『帰る場所』が…あるんですね」

 

 

そう言って、彼女は小さく笑みを浮かべた。

 

「黒木さん、少し私の話を聞いてくれますか…」

 

そう言って彼女は、自分自身のことを私に語り始めた。

 

「私は幼い頃から、ずっとアイドルに憧れていました。

私の家は、父子家庭だったんです。

父は毎日毎日、夜遅くまで働いて、私はいつも一人でお留守番。

まだ、子供だったし、ちょっと寂しかった…。

でも、そんな私の寂しさを紛らわしてくれたのがテレビの中で活躍している

“アイドル”の姿だったんです。

お姫様みたいに可愛くて、歌も上手くて、踊りも上手。

何より…あの笑顔。

あの笑顔を見ていると、私の寂しさなんて、いつの間にか吹っ飛んでいました。

だから…いつか私も、そんな風にみんなを勇気づけられる“アイドル”になりたい!

そう思ってきました」

 

それは、彼女の原点であった。

幼き日、テレビの中のアイドルに憧れた彼女の…“アイドル”としての始まり。

 

「私はそれから、ずっと頑張ってきました。

グループの仲間達と出会って、同じ夢を一緒に追いかけて。

そして、ステージに…子供の頃から夢見続けてきたあの場所に立つことが出来たんです。

本当に嬉しかった。

アイドルになることが出来て。

テレビで見ていたあの光り輝く場所に、立つことが出来て。

だから…私にとって…あのステージが『帰る場所』なんです」

 

そう語る彼女の瞳は濡れていた。

彼女は今きっと、私のことを見てはいないのだろう。

彼女は、私を通り越し、

アイドルとして自分がいたあの光り輝くステージを見ているのだ。

 

「帰りたいな…あの場所に」

 

(うわぁ…綺麗だ)

 

本当にそう思った。

ステージを思い出し、瞳を濡らす彼女の笑顔は、限りなく美しかった。

いつも笑顔を絶やさない舞園さん。

だけど、私はその笑顔を、どこか“仮面”のように感じていた。

芸能界を生きるために。

世間から自分の心を守るために、身につけた仮面。

そう感じることがあった。

だけど、今の彼女は違う。

自分の原点を思い出し、ただ純粋に笑う彼女の笑顔は本当に素敵だった。

 

「か、帰れるよ!」

 

私は思わず彼女の手を握ってしまった。

 

「ぜ、絶対に帰れるよ!舞園さんは、絶対にステージに帰れるから!

け、警察だって、きっともうすぐ私達を見つけてくれる。モノクマの奴だって

逮捕される!だから、舞園さんは、すぐステージで歌うことが出来るんだから!」

「く、黒木さん…」

「だ、だから、私は、ここから出たら最初に舞園さんのコンサート行くね!

わ、私、頑張るから…!

最前列で、ぺ、ペンライトを一生懸命ふって舞園さんを応援するから!

だ、だから…」

 

私は、必死になって話す。

緊張と興奮で自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。

 

でも…

 

「あ、ありがとう…黒木さん。ありがとう…ウウ」

 

彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

舞園さんは、私の手を握りしめ、泣いた。声を殺して、その場で泣き続けた。

 

 

 

 

 

―――それから、どれくらい時間が経ったろう。

 

 

「もう…行きますね」

「あ、う、うん…」

 

涙を拭いた舞園さんは、私に背を向けて歩き出した。

私も貰い泣きしてしまい、彼女の背を見ながら目をこする。

そういえば、彼女は結局、果物を持ち帰らないようだ。

 

「あ、そうだ!舞園さん、待って!」

 

私の言葉に舞園さんは、足を止めた。

 

「ま、舞園さんの部屋には何時くらいに行けばいいのかな?

お、遅ければ、遅いほどいいのかな?私は大丈夫だけど…」

 

彼女の部屋に何時に行くかという具体的なことを決めていなかったことを

直前となって、私は思い出した。

いやいや、うっかりしていた。

あんまり遅くても朝になってしまうじゃないか。

だとすると、大体、深夜2時くらいがいいのではないだろうか?

 

「…。」

 

私のその問いに、舞園さんは、足を止めたまま、沈黙した。

振り返ることなく、ただその場に立っていた。

 

 

私は、あとになってこの時のことを思い出すことがある。

彼女は、この時、一体どんな顔をしていたのだろうと…。

 

 

「…ゴメンなさい、黒木さん」

 

そう言って彼女は振り返った。

 

「今日は自分で考えようと思います。また今度お願いします」

「え…?う、うん、だ、大丈夫」

 

その顔には、またあの仮面のような笑みが戻っていた。

彼女は、そのまま厨房を出て自分の部屋に戻って行った。

その後姿を私は唖然としながら、見つめていた。

 

「な、何かマズイこと言ったのかな、私は…?」

 

もう何がなんだかわからない。

というか、そもそも、アイドルの部屋に招かれること自体が私の妄想だったのではないか?

 

「あれ…?」

 

そんなことを考えながら、厨房を眺めていると、私を違和感が襲った。

以前、ここに来た時と、今では、何かが違う気がする。

それが何かは、私にはわからなかった。

 

「まあ、気のせいか…」

 

そう結論づけた私は、「みかん」という定番の果物を持ち、厨房を後にした。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「た・い・く・つなのだ~!!」

 

そう言って、盾子ちゃんは私の席の横でプリンを食べ始めた。

もはや、私の席の横に座るのが当たり前となってた。

 

時刻は、朝八時を少し過ぎたあたりだ。

朝食の席には、もうほとんどのメンバーが顔を揃えていた。

 

(舞園さん…遅いな)

 

私は、苗木の横の空席を見つめた。

舞園さんは、普段なら八時前に来て、朝食の準備に加わる。

だが、今日に限っては、彼女はまだ姿を現さない。

私は、彼女を待っていた。

彼女に会って言いたいことがあった。

 

―――舞園さん、おはよう!

 

ただ、そう挨拶したかった。

昨日、少し仲良くなれた自信はあった。

それくらいなら許されるはずだ。

 

「十神君、遅いぞ!それと、舞園さんを見なかったか?」

「…俺が知るわけないだろう」

 

石丸君が、いつものように遅れてきた十神君に、質問する。

十神君は、それに何の興味も示さず、自分の席に着く。

 

(舞園さん、どうしたんだろう?)

 

私は少し、心配になってきた。

ふと見ると、舞園さんの席の横に座る苗木の表情が青くなっているのに気づいた。

どことなく落ち着きがなく、その頬には汗が流れる。

 

「何か苗木の様子、おかしくない?もしかして、私のこと好きになっちゃったとか?

きゃーーどうしよう!?あ、プリン食べる?」

「何をどう考えたら、そうなるんだよ!?痛ッ!?ちょっと、スプーンで突っつくな!」

 

苗木の様子を見て、超推理で赤くなる盾子ちゃんに私はツッコミを入れる。

スプーンは本当に止めてください。

 

「ま、まさか―――」

 

そう叫び、苗木は食堂を飛び出して行った。

 

みんなは、唖然とした表情でその後姿を見つめた。

 

(苗木の奴…舞園さんを呼びに行ったのかな?)

 

もしかしたら、舞園さんは具合が悪くて部屋から出られないのかもしれない。

だとしたら、私も様子を見に行きたい。

だがここは、一番仲がいい苗木が行くのがいいかもしれない。

ここは奴に任せよう。

まあ、私はおそらく彼女と二番目に仲がいいだろうし。

いや、同性では一番仲がいいかもしれない…!

 

「苗木は青春真っ只中で楽しそうだな…。私は退屈で退屈で…」

 

私がそんなことを考えていると、隣で盾子ちゃんがぼやく。

まあ、この子は苗木のことが好きだからな…。

苗木をめぐるトライアングル。

私だけが知る人間関係を考察していたまさにその時だった。

 

「あら、退屈でもいいじゃありませんか」

 

突如として放たれた棘のある言葉。

私は、その方向を見る。

そこには、ひとりの女の子が悠然と座っていた。

黒いゴスロリを着た中世ヨーロッパから出てきたような少女。

 

セレスティア・ルーデンベルク。

本名不明の彼女は、ニッコリと笑った。

 

「ハア?なんでよ?」

 

盾子ちゃんは、セレスさんの言葉にムッとする。

 

「…適応ですわ」

「はあ?」

「適応すればいいのですわ」

 

彼女の言葉にふて腐れて横を向いていた盾子ちゃんが正面を向いた。

その顔には、苛立ちが浮かんでいた。

 

「ここで暮らすことを受け入れろ、って言うの?」

「生き残るのは…強い者でも、賢いものでもありません。

変化を遂げられる者だけですわよ…おわかりですか?」

 

彼女は、相変わらずの笑みを浮かべる。だが、その瞳は鋭い光を放っている。

 

「死にますわよ…」

 

彼女は呟いた。

 

「適応力の欠如は生命力の欠如。このままだと、あなた、死にますわよ」

 

大きな瞳を見開いて、彼女は盾子ちゃんにそう言い放った。

 

「アンタ…私に喧嘩売ってるの…?」

 

その瞬間、場の雰囲気が一変した。

私は、これを以前体験したことがあった。

あれはやはり、私の幻覚ではなかったらしい。

 

盾子ちゃの“怖い”モード―――

 

盾子ちゃんは、セレスさんを睨む。その殺気は場を凍り尽くし…

 

「ウヌ…」

 

あの大神さんすら、反応させるほどものだった。

とてもギャルが出せるものとは思えない。

 

「あら、喧嘩なんて怖いですわ」

 

そんな殺気を一身に浴びてもセレスさんは涼しい顔をしていた。

彼女も、さすがは超高校級の“ギャンブラー”

 

「でも…“ギャンブル”ならいつでもお相手しますわ。

何なら賭けてみますか…命でも」

 

そう言って、大きく瞳を見開いた。こちらも…かなり怖い!

 

例えるなら、毒蛇 VS 毒蛇 か。

 

うわぁ~~~絶対に関わりたくないや…。

 

「…上等じゃない!やってやるよ!うちの智子は逝くところまで行くんだから~ッ!!」

「巻き込むな、コラァ!?」

 

 

その時だった―――

 

 

 

 

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

その場の不穏な空気を切り裂くように。

今までの平穏を終わらせるかのように、その叫び声は室内に響き渡った。

 

「苗木!?」

「な、何が起こったというのだ!?」

「…!」

 

その声に、盾子ちゃんが反応し、石丸君が席から立ち、霧切さんが無言で駆け出した。

あっけをとられながらも、私達も彼女のあとを追う。

 

彼女の後を追って宿舎エリアに足を踏み入れた私達は、

ドアが開かれたままになっている部屋の前で足を止めた。

見ると、霧切さんが、立っており、その下に苗木が倒れていた。

霧切さんは、苗木を見ることなく、ただ前だけを見ていた。

その表情は、いつも以上に厳しかった。

 

「苗木、大丈夫か?」

 

大神さんが、部屋に入り、苗木を抱き上げる。

 

「ウム、脈はあるようだ」

 

そう言って、大神さんは、ほっと息をつく。

 

「苗木、だいじょ…きゃぁあああああああああああ」

 

大神さんに駆け寄った朝日奈さんが、直後悲鳴を上げて尻餅をついた。

何が起きたのかわからずに私も部屋に入る。

 

「あ…」

 

霧切さんと朝日奈さんが見ていた方向を見た私は小さな声を上げた。

そこには舞園さんがいた。

 

私は、彼女を初めて見た時、まるで人形のようだと思った。

人形のように綺麗だった。

人形と人間。

両者に違いがあるとすれば、それは魂の有無だと私は考える。

私は、今日、ただ彼女に挨拶したかっただけだった。

彼女におはよう、と言いたかっただけだ。

ただ彼女と話をしたかっただけだった。

だが、その願いはもう永久に叶うことはなかった。

 

彼女は本物の人形になってしまったのだから…。

 

床を赤く染める血の中で彼女は静かに座っていた。

その腹部には、魂の消失を証明するかのように、突き刺さった包丁が

鈍い光を放っていた。

 

 

 

 

 

「キーン、コーン…カーン、コーン♪」

 

 

その時だった。

チャイムを真似たようなアイツの…あの邪悪な声が室内に響き渡った。

 

それは平穏の終わりを告げる鐘。悪夢の始まりの合図

 

 

超高校級の“アイドル”舞園さやかの死。

 

 

そして・・・私達の“絶望”が始まった――――

 

 

 

 

「死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、“学級裁判”を始めます!」

 

 

 

 

 

 





最後の最後まで殺人を迷ったことが、失敗を招き寄せた。
ただ、それでも苗木と、もこっちに善意を残し、超高校級の”アイドル”舞園さやか、ここに退場。

もこっちの現状

ゲームやりたいと言ったら殺されていた。年に1回レベルの善性を発揮。神回避。
主人公補正とスキル超高校級の”悪運”発動。

”絶望”は加速する―――

次回から中編。投稿は遅れます。あしからず。


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第1章・イキキル 中編①

「ぷぷぷぷぷ、やっと始まったね♪殺ればできるじゃないか、オマエラ!

先生はとても嬉しいです。ではではこれから“学級裁判”について説明したいので、

至急体育館に集まってください!待ってるよ~」

 

「な…」

 

その言葉を最後にモノクマの放送は終了した。

石丸君は額に大量の汗を浮かべ、声を上げるも言葉を続けることはなかった。

 

空間を静寂が支配する。

 

モノクマの最後の言葉が示したもの。

それは、舞園さんを殺したのは、この中にいる誰かだ、ということ。

その事実を前に、誰もが顔を青くし、互いを見つめ合う。

 

 

「ククク、フハハハハ」

 

 

―――しかし、この状況を前に笑う者がいた。この事実を嘲り笑う奴がいた。

 

 

超高校級の“御曹司”十神白夜。

この状況下において、彼はその端正な顔を歪め、さも可笑しそうに笑っていた。

 

「ちょ、ちょっと、十神!?」

「てめ~何が可笑しいんだぁ、コラァ!!」

 

十神君の異常な態度に、朝比奈さんが怯えながら声を上げ、大和田君が怒りで顔を歪める。

その様子を見て、十神君はようやく笑うことを止めた。

 

「スマン、つい可笑しくてな。仲間だ、協力だ、と言った傍からこのザマだ。

笑いたくもなるだろう?」

 

だが、その顔からは、自分以外の全てに対する嘲りは消えることはない。

 

「簡単な話だ。以前、俺が言ったように、他人を殺してまで外に出たい奴が出た、と

いうだけのことだ。何を驚くことがある?

ククク、だから、お前たちは群れるだけの凡人なのだ!

いいか!所詮、頼れるものは己のみ!

舞園さやかは、油断したからこのゲームに負けた…ただそれだけだ」

 

“ゲーム”

 

十神白夜は、私達を前に堂々と高らかにそう宣言した。

その表情には、絶対の自信とそして明確な敵意が映し出されていた。

 

「さて、俺は体育館に向かうぞ。モノクマが言う“学級裁判”とやらに興味があるからな。

お前らもこのゲームに参加する気があるなら、来るがいい。

参加者が多ければ多いほど、敵が強ければ強いほどゲームは面白い!

凡人たる貴様らは、せいぜい這い回り、俺を楽しませろ」

 

最後まで傲慢に、そして冷酷な笑みを浮かべ、

十神はさっさと背を向けて、個室から出て行った。

その後姿を私達は唖然として見送るだけだった。

誰も十神の後に続く者はいない。当然だ。

この異常な状況の中で、あのような敵意を真っ向から叩きつけられて

それに従う者などいるはずがなかった。

 

「わ、わわわ私も――」

 

 

いや…

 

 

「私も行きます~待って下さい!白夜様~~ッ!!」

 

 

一人いた…。

 

 

超高校級の“文学少女” 腐川冬子。

ついさっきまで、血を見て失神していた彼女は、

起き上がるなり十神白夜の後を追いかけていった。

 

「では、私も失礼しますわ」

 

 

そして、もう一人。

 

 

「彼の言うことの全てには賛同しかねますが、現状を把握するのはなにより重要です。

おわかりですか?

舞園さんには悪いですが、ただここにいるだけでは、何も変わりませんわ。

私も体育館に向かわせて頂きます。それでは、みなさんごきげんよう」

 

 

超高校級の“ギャンブラー” セレスティア・ルーデンベルク

彼女も私達に会釈して部屋を出て行った。

 

超高校級と言われるクラスメートの中でも、特にあくが強い3人が部屋を出て行った。

部屋を出たメンバーが強調性がなく、勝手に行動するタイプであり、

残ったメンバーが協調性を持ち、周りのために行動するタイプか、といえばそうではない。

 

「…。」

 

残ったメンバー達は、今何をしていいかわからず、ただここに残った、それだけだ。

だって、この私がまさにそうなのだから…。

 

 

 

起きてしまった。

恐れていたことが、ついに起きてしまった。

モノクマを操る犯罪者に監禁されて約10日。

 

 

“校則その⑥”

仲間の誰かを殺したクロは“卒業”となりますが、

自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。

 

 

それを利用する者が現れてしまった。

クラスメートを…仲間を殺してまで外に出ようとする裏切り者がついに現れたのだ。

 

そして、その餌食となったのは…

 

 

「ま、舞園さん…」

 

 

私の前に舞園さんがいた。

浴槽の壁に背を預け、瞼を閉じるその姿は、一見すると疲れて寝ているようにも見える。

だがしかし、その腹部には包丁が深々と突き刺さり、床には血溜まりができていた。

 

「あ、ああ…」

 

今更ながら、身体が震え始めた。

彼女の美しさに麻痺していた感覚が動き出す。

その光景がどんなに幻想的で歪んだ美しさを内包しようとも、

「舞園さんは殺された」その事実は何一つ変わる事はない。

 

 

死んでしまった。

彼女は死んでしまった。

昨日まで生きていたのに。

笑って…お喋りすることができたのに…。

 

 

 

――――帰りたいな…あの場所に

 

 

 

あの時の彼女の顔が頭を過ぎる。

夢の原点を語り、瞳を涙で濡らしながら笑った舞園さん。

彼女は帰りたかっただけだ。

アイドルとして輝くことができるあのステージに戻りたかっただけだ。

ただ、それだけだったのに…。

 

奪われた。

 

彼女の夢も希望もその命も全て奪われてしまった。

彼女はアイドルとして歌うこともできない。踊ることもできない。

もう笑うことさえできやしない。

 

酷いよ…非道すぎるよ!

 

彼女が一体何をしたというんだ!

誰よりも夢を大切にして…誰よりも努力して…。

それなのに、こんな…こんな終わり方ってあるか!

 

一体、誰が…!?

 

誰がこんな非道いことを?

クラスメートを…仲間を殺すなんて。

人殺しに堕ちてまで外に出たいなんて。

 

嘘だ…こんなの現実じゃない。

 

そ、そうだよ…。

き、きっとこれは…も、催しものか何かだ。

希望ヶ峰学園が用意したパロディに決まってる!

 

 

「ちょ、ちょっと、もこっち!?」

 

 

私はフラフラと舞園さんに向かって歩いていく。

後ろで盾子ちゃんの声が聞こえた気がする。

それでも、私は歩みを止めなかった。

確かめるのだ。

これはきっとジョークに違いない。

舞園さんは、アイドルであり、女優だ。

きっと死体の演技をして、私達を騙しているのだ。

うひひ…舞園さんは、本当に演技が上手いな。

完全に騙されてしまったよ、私は。

 

彼女の肩に手をかけたら、きっと…

 

 

「…冗談です。残念☆ばれちゃいました」

 

 

目を開けて、少し意地悪そうに笑いながら、そう言ってくれるに決まってる。

 

(クソが…超カワイイじゃねーか)

 

こんなカワイイ生物に騙されたら、怒るに怒れない。

なんだって、許してしまいそうじゃないか。うん、許す。

私は彼女を許すことにした(3回目)

 

 

…うん、そうだ。

 

何度だって許す。許すから…!だから、舞園さん―――

 

 

 

「やめなさい。もう…手遅れよ」

 

 

その時だった。

舞園さんの肩に触れようとした私の手はその直前で何かに防がれた。

私を止めたのは、誰かの手。

だが、そこからは、本来あるはずの体温が感じられない。

その手には、黒い革の手袋がはめられていた。

黒革の手袋から伝わる独特の冷たい感触は、その所有者を端的に表現していた。

 

 

霧切響子。

唯一能力がわからない謎の超高校級の新入生。

 

「刺さった包丁の深さ。出血量。血の乾きから見た経過時間。もう無理よ。

舞園さんは確実に死んでいるわ。それに…」

 

霧切さんは透き通った冷たい瞳で私を見つめる。

 

「まだ検死が終わってない彼女に…その遺体に触れることは、私が許さない」

「い、遺体って…!」

 

彼女の瞳に映る私の顔は酷く青ざめていた。

 

遺体。

 

その言葉で、私はようやく現実を認識した。

舞園さんは殺された。そして、これはパロディなんかではないのだ。

 

「…あなた達も迂闊に動き回らないで。もう、ここは“殺害現場”なのよ」

 

彼女は振り返り、みんなに向かってそう言い放った。

その声は、低いがよく響き、有無を言わせない迫力があった。

 

「し、しかし霧切君!僕達はどうすればいいのだ!?そ、そうだ!ここは警察に連絡を!」

「馬鹿かてめーは!?警察に連絡できねーから、ここに閉じ込められてんだろーが!!」

 

本来は、みんなを仕切らなければならない超高校級の“風紀委員”である石丸君が

この状況を前にパニックを起こしている。

それを超高校級の“暴走族”である大和田君が、キレながら冷静なツッコミを入れる。

 

「霧切よ…我らはどうすればいい?我は正直、今何をすればいいかわからぬ」

 

その大きな身体で苗木を介抱しながら、大神さくらさんは問いかける。

 

「…全員で体育館に向かいましょう」

 

その問いに対して、霧切さんは、少し考えた後にそう答えた。

 

「今の状況で、舞園さんを殺した犯人を見つけることは難しいわ。

それにモノクマが言った“学級裁判”というのが気になる。

それは恐らく、この事件に関係することだと思う。

行動を決めるのは、それを聞いてからでも遅くはないでしょ?」

 

「承知した。だが、苗木はどうする?我の見立てでは意識が戻るまで当分かかりそうだ。

個室で休ませておくか?」

 

そうだ…苗木だ。

大神さんの言葉で、私は苗木のことを思い出した。

見ると苗木は気を失い、ぐったりと大神さんにその身体を預けている。

 

(苗木…)

 

舞園さんを呼びに行って、最初にこの惨状を目の当たりにしたのは苗木だった。

この希望ヶ峰学園の新入生で舞園さんと最も親しかったのは苗木だった。

 

 

―――私…苗木君からは、不思議な強さを感じるんです。

   みんなを導いてくれるような不思議な強さ…苗木君はそれを持っている気がします。

   だから、私は期待しているんです。

   あの時の鶴みたいに、きっと苗木君が、私を…私達を助けてくれるんだって!

   そんな気がするんです。ただの勘ですけど…

 

 

ああ、なんという皮肉だろう。

彼女が希望と信じた苗木が、彼女の絶望を…その終わりを最初に目撃するなんて。

私は本気で苗木に同情した。心の底から同情した。

前のように、不運だからではない。

この絶望の学園の中で出来た親しい友達を、もしかしたら、思い人を失ったのだ。

その衝撃は、彼女と少し親しくなれただけの私ですらよくわかる。

ならば、苗木は…彼女とあれほど親しかった苗木は…。

超高校級の“助手”の死を目撃した苗木の心はどれほどの絶望だったのか。

 

「悪いけど…苗木君も連れて行くわ。全員で動くのは、お互いのアリバイのため。

お互いを監視するためでもあるの。もし、彼を残して殺害現場が荒らされるようなことがあれば、その疑いは気絶している彼に及ぶわ」

 

だが、苗木は休むことを許されない。

霧切響子の正しく、冷徹な判断により、私達と共に体育館に移動することになった。

 

(チ…ウザイな、中二病のくせに)

 

私は彼女が正しいと認めながら、内心毒づいた。

彼女の判断は、湖南や金田二という推理漫画を読みこんだ私から見ても正しいと思う。

発言から彼女も相当読みこんでいるとわかる。

この状況を前にちょっと格好をつけたくなる気持ちもわからなくもない。

だが、だからと言って

その知識を武器にリーダーぶるのはちょっと調子に乗りすぎではないのだろうか?

 

本物の“探偵”でもないのに…。

 

どうやら、私は彼女が言った“遺体”という言葉にひどく反感を抱いたようだ。

舞園さんを遺体と呼んだ。

私はそのことに筋違いの恨みを持ってしまったようだ。

彼女は正しいだろう。

だが、あまりにも人の気持ちを考えていないのではないだろうか。

 

「ぐっすん、うう…私も手伝うね、さくらちゃん」

「朝日奈…すまぬ」

 

やっと泣き止んだ朝日奈さんが、涙を拭きながら、苗木の腕を肩にかけ歩き出す。

それに続き、みんなも体育館に向かって歩き出す。

 

(舞園さん…)

 

私は振り返り彼女を見つめる。

テレビの中で、あれほど光り輝き、多くのファンに支えられた彼女を

冷たく暗いこの場所に一人置き去りにすることに、ひどく切ない気持ちになった。

 

「もこっち…ほら!行くよ」

「あ…」

 

盾子ちゃんが私の手を握り、歩き出す。それにつられて私も歩き出した。

私と舞園さんの距離はどんどん広がっていく。

 

 

 

「舞園さん…さよなら」

 

 

 

そう呟き、私は部屋を出る。

 

 

 

私がこの学園から出て、最初にやること。

それはどうやら、彼女のお葬式に出ることになりそうだ…。

 

 

 




お久しぶりです。久しぶりに投稿すると緊張しますねw
最近は何故か「うーさーのその日暮らし 覚醒編」を何度も視聴していますw
あの最終回を見た後、総集編を見ると、何気にしっかりと伏線を敷いていたのに驚きます。

今回は残姉の話まで入りたかったのですが、いつもの理由で投稿することにしました。
なんとか、次話は早く書きたいです。
では、また



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第1章・イキキル 中編②

「しかし、どーなってんだよ!?モノクマの奴いねーじゃん!!」

「あのクソ野郎…呼び出しといて人様を待たせるなんざ、人の風上にも置けねえ奴だ!!」

「まあ、どっちかと言えば、熊なんですけどね…」

 

あちらの方でチャラ男と暴走族とラードが何やら喋っている。

彼らの言う通り、体育館に来た私達は、モノクマの奴に待ちぼうけを喰らわされていた。

私は何もすることがないので、とりあえず、体育館の隅に腰掛ける。

スカートを押さえながらの体育座りは女子学生の嗜み。

私は、そこからクラスメート達の様子を眺めていた。

 

(まだ、全員いるな…)

 

舞園さんを除くクラスメートは全員揃っていた。

 

校則⑥

 

あれを実行したクロはまだ脱出できていないようだ。

 

 

    “他の生徒には知られてはいけない”

 

 

それを達成するには、まだ時間が必要なのだろうか?

恐らく、“学級裁判”とやらにその説明があるのだろう。

 

「もこっち~~」

 

そんなことを考えていると、あちらであのバ…いや、あの子が私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「お~い、もこっち~~」

 

江ノ島盾子。

少し仲良くなってから、ウザイくらいに絡んでくる超高校級の“ギャル”

その彼女が、私の名を呼び、ブンブンと手を振っている。

 

(何やってんだ…?あのビッチは)

 

私はよくわからずも、座った状態で半笑いしながら、小さく手を振り返した。

彼女と私との距離は少し離れてはいるが、ちょうど一直線上になっていた。

彼女は“ニンマリ”と笑みを浮かべる。

 

(え…?)

 

何やら悪寒が走った。ひどく嫌な予感がする。

彼女は、床に手をつけると、少し腰を上げる。

 

(クラウチングスタート…?)

 

私は目を疑った。

 

クラウチングスタートとは

陸上競技の400m以下の短距離種目でのスタートで用いられる姿勢だ。

 

いや、でも何故それをこの場で…?

私の嫌な予感はもはや、アラームのレベルまで成長している。

 

「ちょッ…」

 

私が彼女に声をかけようとした瞬間だった―――

 

「――――いッ!?」

 

次の瞬間、彼女は消えた。

本当に瞬間移動したかのように、3mほど前にいきなり現れた。

それはまるでミサイルの発射のように。

肉眼で彼女を追うことができなかった。

いや…それ以上に、私は見た。

スタートする瞬間、顔を上に上げた彼女の表情を。

 

 

あれは…“鬼”!?

 

 

まるで格闘漫画のように、口を三日月に開け、目を白く光らしていた。

私は一体何を見たのだ!?

白昼夢!?幻覚!?え、だって女子高生だよね、アイツ!?

 

だが、その刹那の思考の間にも、私と盾子ちゃんの距離は近づく。

盾子ちゃんは、疾走のエネルギーを利用し、滑りながら片足を上げる。

膝を曲げ、腰を捻り、力の伝達を最大に生かす。

 

それはまるでサッカーボールを蹴るかのように。

 

凶悪な“ローキック”が私の顔面に一直線に向かってくる。

 

 

 

 

 

 

―――――――死!?

 

 

 

刹那、私がそれを意識した瞬間…

 

 

私の

 

 

        “全細胞”が

 

 

反応した――――

 

 

 

「…。」

 

時間がゆっくりと流れている。

盾子ちゃんは、先ほどまさに私の顔があった場所にゆっくりと蹴りを撃ちこんでいく。

まるでスローモーションだ。

それを私は、彼女の頭より2mほど上空でぼんやりと眺めていた。

 

 

何があった!?

 

 

…いやいや、私が知りたいですよ、旦那。

たぶん、一部始終を見た人がいたならば、子猫が驚いて飛び上がった。

バッタがビビッて大ジャンプしたように見えたに違いない。

某バスケ漫画のラスボス戦で、主人公チームの監督が今の私の動きを見たならば、

 

「それだ!」

 

と叫ぶに違いない。

私はあの体育座りの不利な態勢から、一瞬で飛び上がり、

あのビッチのマジ蹴りを回避したのであった。

私の格闘漫画の知識から推測するに、これは恐らく“外し”と呼ばれる現象ではないか?

 

某格闘漫画の暗殺一族の秘儀。

 

本来、人間は身体能力の3割程度にしか発揮できないように枷がかかっている。

強すぎる力により、肉体が耐え切れないために、脳がセーブをしているのだ。

それが極限状態において外れることがある。

所謂「火事場の馬鹿力」がそうだ。

能のリミッターを解除し、潜在能力を解き放ち、鬼神の如き力を得る。

それこそが、“外し”と呼ばれる技法だ。

その某格闘漫画では、トーナメントにおいて、潜在能力を100%解放できる

暗殺一族の代表が、ちょっと前に“最強宣言“をしたばかりである。

今の私をその状態にあると仮定しよう。

もしかしたら、私の潜在能力は70%近く解放されているかもしれない。

私の身体を信じられないほどの万能感と高揚感が包み込む。

 

ああ、何だろうこの感覚は…?今なら誰にも負ける気がしない。

 

ふと下を見ると、蹴りを空振りしたビッチがようやく私の不在に気がつく。

時間にしては、ほんの刹那。それは今の私にとって退屈になるほど長い時間だった。

私は、ビッチを侮蔑と哀れみを兼ねた瞳を持って見下ろす。

 

ああ、なんと哀れで愚かな女なのだろう。

 

たかが、ほんの少し、人より運動神経がいい程度で、思い上がってしまったのだろうか。

所詮、野良犬はどこまで行っても野良犬。

狼に張り合えるはずがないのに。

どうやら、分をわからせなければならないようだ。

 

悪い子には、おしおきが必要だな。

 

私がそんなことを考えていると、

ビッチは、顔を上げ、私の存在に気づき、驚愕を浮かべる。

スローモーションのようにゆっくりと歪んでいく表情。

その瞳に薄っすらと恐怖が浮かんでいた。

 

ククク、そうだ。それでいい。その顔こそが“獲物”にはふさわしい。

 

下に降りたら、たっぷりと可愛がってやるからな!

だが…まだだ。それだけじゃ、足りない。

ビッチをおしおきするだけでは満足できない。今の私の“渇き”を癒せない。

そうだ…アイツがいる。

 

私は、クラスメート達を見る。

この刹那の瞬間、クラスメート達は、互いに話し合いをして、こちらに気づく者はいない。

ただ一人を残して。

大神さくら。彼女のみが私の動きに気づき、驚愕していた。

 

素晴らしい。大神さん…いや、大神さくら!貴女こそ、私の“敵”にふさわしい!

二人で、求め愛!奪い愛!!!殺し愛!!!最高の闘いをしよう!

 

貴女を倒した後は、舞園さんを殺した犯人でも八つ裂きにしておくか。

そして、あのクマ野郎を…モノクマの奴の首を捻じ切ってやる。絶望を見せつけてやる。

 

その首を掲げ、クラスメートの前で宣言しよう。

 

 

この希望ヶ峰学園において、私こそが――――

 

 

 

          “ 最強 ” なのだ!!

 

 

 

「ハア、ハア、ハア…」

 

床に着地した私は、肩を弾ませ息をする。

身体がすごく重い。むりやり10キロほど、全力で走らされたみたいな疲れを感じる。

盾子ちゃんの蹴りが私の顔面に迫った瞬間からの記憶がない。

頭が混乱している。ひどい疲労と変な万能感が身体に同居している。

何か“最強宣言”みたいなことを言ってしまったような気がするのですが、

それは、幻覚か白昼夢か何かでしょうか?

 

「もこっち…」

 

その声を聞き、顔を上げると、盾子ちゃんが口元を抑え、絶句していた。

私はぼんやりと彼女を見つめる。

すると、彼女の瞳から突如涙が溢れていた。

 

「私…信じてた!もこっちなら、ギリギリのところで覚醒してくれるって…信じてた!」

 

そう言って、彼女の頬に涙が流れ落ちた。

 

なんということだろう。

突如、全力ダッシュからの顔面ローキックという暴挙に出た盾子ちゃん。

しかし、それは、全て私の潜在能力を引き出すためだったのだ。

 

「もこっち!おめでとう―――」

 

盾子ちゃんは、涙を流しながら、手を広げ私に抱きついてくる。

 

ああ、そうか。

全ては私のためだったのか。

今の顔面ローキックも、昨日のオレンジジュース入りのお茶も、朝食でスプーンで頬を突いたのも、全部みんな私のためだったのか。

 

 

盾子ちゃん、君はなんて友達思いな―――

 

 

「ってそんなわけねーだろ!!」

 

「ぐえェッ!?」

 

盾子ちゃんが抱きつこうとした瞬間、私はその腹にカウンターの頭突きを喰らわした。

 

全部悪意に決まってるだろ!誰が騙されるか!いいかげんにしろ!

 

「痛たた、ひどいよ、もこっち!そんな攻撃方法、軍隊格闘技でも習わないよ!?」

 

お腹を押さえながら、盾子ちゃんはあいかわらず意味不明なリアクションをとる。

 

 

「殺す気か―――ッ!?わ・た・し・を…殺す気か―――ッ!?」

 

 

全力顔面ローキックの件を思い出して、私は力の限り叫ぶ。

 

「殺す気だな!?お、お前も、私を殺して、ここから脱出する気だったんだな!?」

 

「ち、違うよ、もこっち!落ち着いて、あれは冗談なの!

落ち込んでたから、その…励まそうというか、ショック療法をしようと―――」

 

「全力の顔面ローキックがか!?死ぬぞ…!?私が避けなければ、絶対、死んでたぞ!?」

 

「いや、その…当たる直前で寸止めしようかな…と」

 

「嘘だ!完全に蹴り抜いていたじゃないか―――ッ!?」

 

私の全力の抗議に、盾子ちゃんは、“ちょっと失敗しちゃったぜ☆”みたいな感じで、

頭をかきながら“テヘへ”と少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

 

ダメだ…コイツ。

 

その態度に毒を抜かれ、私の怒りは飛散していく。

このビッチ女はやはり、どこか頭のネジが数本抜けているようだ。

そんなのに怒りを持ち続けていては、こちらの身がもたない。

それに、やり方は、これ以上ないくらいに最悪だったが、

私のことを気遣って、励まそうとしてくれたらしいのは事実だ。

 

しょうがない…許そう。

 

そう最終判断して、私は大きくため息をついた。

 

「もこっち…ため息したら、幸せが逃げていくよ?元気、出しなよ!」

 

“グッ”と親指を突き出し、“テヘペロ”という感じで舌を出す盾子ちゃん

一体、誰のせいなのですかねえ…?という感想しか出てこない。

 

「盾子ちゃん、悪いけど、今は無理だよ…」

 

「舞園さん…残念だったね」

 

私の言葉から、盾子ちゃんは、珍しく状況を悟ったらしい。

そうなのだ。

舞園さんが、あんなことになって…元気で居られるわけがないのだ。

励ましてくれるのは嬉しいが、今はそんな気には到底なれない。

 

「もこっち、私も同じだよ…」

 

「え…?」

 

先ほどまで、笑っていた盾子ちゃんが、急に真面目な顔をする。

声もいつになくシリアスだった。

 

「私…あまり舞園さんと話したことはなかったんだ。

でもね…やっぱり、クラスメートだからかな?同じ時間を過ごしたからかな?

舞園さんが、あんなことになって、私は、嬉しくなかった。

全然…楽しくなんてなかったんだ。

私はこういう感覚にはあまりなれていないけど、

これは、きっと、もこっちと同じように、悲しい…てことなんだと思う。

本当ならこんなときにこそ、楽しいと笑わなければならないのに…。

私…この世界には、向いていなのかもしれないな…」

 

そう言って、盾子ちゃんは俯いた。

 

遠まわしな表現で、最後の方は声が小さすぎて聞き取り難かったが、

とりあえず「悲しい」ということだけはよくわかった。

 

超高校級の“ギャル”として、いつも笑っている盾子ちゃん。

 

そのため、どんな時でも笑っていなければならないと考えてしまっているのかもしれない。

だから、こんな残念な言い方をしたのかもしれないな…。

 

盾子ちゃん…無理しなくてもいいんだよ。

 

そんなことを考えてしまい、私は彼女に少し同情してしまった。

 

「もし…もこっちが死んだら…私はどうなってしまうんだろう?」

 

盾子ちゃんは、顔を上げて、真剣な眼差しで私を見つめる。そして―――

 

「もこっち!ちょっとここで死んでみてよ!死んですぐに生き返ってよ!」

 

「できるわけねーだろッ!?ゾンビか、私は!?」

 

すぐにいつもの彼女に戻った。あーあ、心配して損した、本当に。

 

「だから、そんな冗談を構っている余裕はないんだよ、私は…」

 

私は、クラスメート達の方に視線を向ける。

そこには、私達と舞園さんを除く、全てのメンバーがいた。

つまり…その中には、舞園さんを殺した犯人もいる、ということだ。

 

殺人鬼がいる…!

 

不安そうな顔をするクラスメート達。

その中に、その仮面の下に、確実に笑っている奴がいるのだ。

クラスメートを…仲間を殺して…。

そいつの正体は、殺人をゲームと嗤った邪悪な十神白夜かもしれない。

舞園さんを遺体と呼んだ冷酷な霧切響子かもしれない。

舞園さんの死体を見て、泣いていた朝日奈さんかもしれない。

可憐で身体の弱そうな不二咲さんかもしれない。

ああ見えて山田君は素早く動けるかもしれない。

考えれば、考えるほど、どいつもこいつも怪しく見えてくる。

 

怖い。

 

本物の殺人鬼がこの中にいる。

それは、漫画でもアニメでもない。犯人は目の前なのだ。

 

怖い…。

 

そもそも犯人は本当に脱出が目的なのか?

もしかしたら、快楽殺人が目的な変態殺人鬼かもしれない。

 

怖いよ…。

 

ならば、殺人はまだ続く?今度は、誰が狙われるの?

もしかしたら、次は私が…。

 

そう考えると、急に身体が震えてきて止らなくなった。

寒気がして、背中に冷や汗が流れ落ちる。

目には、涙が勝手に溢れてくる。

 

どうしてこんなことになった…?

私が何をしたというのだ…!

 

 

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 

(怖いよ~助けて、お母さん!お父さん!ついでに…智貴!)

 

 

その時だった――――

 

 

「え…盾子ちゃん?」

 

盾子ちゃんが、後ろからそっと私を抱きしめた。

突然のことに私は狼狽する。

何なのだ、いきなり!?私はそっち系の趣味はないぞ!?

 

「もこっち、心配しないで…」

 

「え…?」

 

 

「もこっちは死なないよ…だから心配しないで。もこっちは…私が守ってあげるから」

 

 

それはいつものようなテンションではなかった。

優しい声で、それに決意を込めながら、彼女は私にそう告げた。

その声を聞き、私の震えが少しずつ収まっていくのを感じた。

背中越しに彼女の心音が響く。

私は自分を抱きしめる彼女の手に触れる。

 

…暖かかった。

 

このように誰かに抱きしめられるのは、いつ以来だろうか?

幼稚園のかけっこで入賞して、お母さんに抱きしめられた時、以来ではないか。

“守る”そう言われたことが、今までの人生であったろうか?

いつか恋に落ちた異性に言われることを夢想することしかできなかった言葉だ。

彼女の手は暖かかった。

 

ああ、何か悔しいな。

 

彼女の温もりが嬉しかった。

彼女の温もりが、その言葉が、今の私には本当に嬉しかった。

触れた手は女子高生にしては無駄に鍛えられており、

抱きしめる力が強いため、少し痛くて、残念な感じがする。

でも、それが、絶望に堕ちた私の心を引き上げてくれた。

涙が出そうだ。

 

ああ、悔しいな。盾子ちゃんなんかに、救われるなんて…。

いつもバカなことしかしないくせに…。

空気なんてまったく読めないお祭り女のくせに…。

こんな時に空気読むなよな…。

 

もしかしたら、これも彼女にとっては、いつもの冗談かもしれない。

ちょっと、雰囲気に流されてこんなことをしてしまっただけかもしれない。

それでも私は、彼女に感謝したい。彼女の暖かさに。彼女の言葉に。

ああ、でも、やっぱり、悔しいな。盾子ちゃんなんかに感動させられるなんて。

 

 

……………

 

 

「…ギブ、ギブ、ギブアップ!!」

 

「フヒヒヒヒ…」

 

私は、自分の首に巻きついた盾子ちゃんの腕に高速でタップを行う。

盾子ちゃんは、感動している私の隙をつき、チョークスリーパーを

決め、タップする私を見下ろしながら、邪悪な笑みを浮かべる。

 

クソ、やっぱり冗談じゃないか!!私の感動を返せ!!

 

堕ちる寸前で、解放され、私は咳き込みながら、盾子ちゃんを見る。

彼女は、すっかりといつもの調子に戻っていた。

 

「うん、うん、いい感じ!そっちの方がもこっちらしいよ!」

 

盾子ちゃんは、ひとり満足そうに頷く。

 

「げほげほ、何を誤魔化そうとしてるんだよ!」

 

「いや、本当だよ、もこっち」

 

まだ咳き込んでいる私を見つめる盾子ちゃんは、何故か顔を赤らめて、モジモジしている。

そして、意を決したように、正対して、その言葉を放った。

 

 

「もこっち、私ね…」

 

 

 

 

―――――もこっちの“絶望している顔”が大好きなんだ!

 

 

 

 

「はあ?ハアああああああああああああああああああああ!?」

 

突如の告白…というか、突如の宣戦布告に私は声を上げる。

 

一体、何を言っているんだ!?このビッチは!?

 

驚愕する私を横に、盾子ちゃんは告白を続ける。

 

「私はもこっちの絶望した顔が好きでたまらないの。

教室で一人ぼっちを自覚した時や、何かやらかした時のあの顔が好きなの。

だから、私は君に近づいたんだ。その顔を出来るだけ近くで見るために」

 

それを思い出したかのように彼女の顔は紅潮する。

 

殴りたい…その顔すごく殴りたい。

 

私は、必死に堪えながら、彼女の告白を聞き続ける。

せめて、最後まで聞いた後、殴ろう…そう決意しながら。

 

「…でも、一緒に過ごすようになって。二人でバカな話をするようになって。

それが当たり前になった時に…気づいたんだ。私はいつの間にか―――」

 

 

  もこっちの絶望した顔より、笑う顔が好きになっていたんだ…て。

 

 

「…だからさ、笑ってよ、もこっち。悲しそうな顔は、君には似合わないよ」

 

そう言って彼女は、恥ずかしそうに笑った。

 

「盾子ちゃん…」

 

完全に品性は捻じ曲がってしまっているが、

どうやら彼女なりに、私を気遣ってくれていることだけはわかった。

 

 

しかし―――

 

 

「結局これまでの嫌がらせの正当化じゃないか!!いい加減にしろ――――ッ!!」

 

何、いい話みたいにまとめてるんだ!?

どう考えても、今までの嫌がらせの正当化と、これからも続行します宣言じゃねーか!?

誰が騙されるか!!

 

「アハハ…バレた?」

 

私の反応に、盾子ちゃんはいつものように笑みを浮かべる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ!」

「アハ、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

 

腕をグルグル振り回し追いかける私に対して、

盾子ちゃんは、何か格闘技的な動きでかわし続ける

その様子を、遠くから、大神さんが興味深そうに眺めている。

 

 

 

 

「うわぁああああああああああああああああああああああああ――――」

 

 

 

体育館に叫び声が響き渡る。

まるで、あの惨劇の開幕を再現するかのように。

手四つで組み合っていた私達も、そして、他のクラスメート達も

一斉にその人物に目を向けた。

 

「苗木…」

 

組み合っている盾子ちゃんが、心配そうに呟く。

 

「ハア、ハア…」

 

気を失っていた苗木は起き上がり、あたりを見渡す。

 

「助けなきゃ…早く、舞園さんを助けないと―――」

 

そう叫び、駆け出そうとした苗木の身体が“ぐらり”と揺れる。

 

「危なねえ、苗木っち!」

「苗木君!まだ無理だ!」

 

倒れそうな苗木の身体を葉隠君と石丸君が支える。

 

「どいてよ、二人とも!早くしないと舞園さんが―――」

 

苗木は半狂乱になりながら、それでも前に進もうともがく。

 

(苗木…)

 

その悲痛な姿に私は声を失う。

今の苗木は、あの時の私のように、まだ舞園さんが生きているかもしれない。

その可能性に縋っているのだ。

私もそう信じたかった。でも…

 

「諦めろ。舞園さやかは、死んだ」

 

その幻想を完全に粉砕するかのように、十神白夜が非情な現実を苗木に告げた。

 

「嘘だ―――ッ!!」

 

その現実を否定するかのように苗木は叫んだ。

 

「何でこんな所にいるんだよ!こんな時に、何で体育館に集まってるんだよ!?」

 

「ぼ、僕らだって本意ではない」

 

「き、決まってるでしょ!あ、アイツに呼ばれたのよ」

 

苗木の問いに、石丸君と腐川さんがうろたえながら答える。

 

「私がみんなに提案したのよ。今は、アイツに従いましょうと」

 

「霧切さん…?」

 

壁に背を預けていた霧切響子が、ゆっくりと歩き出し、会話に割り込んだ。

 

 

「…いい加減に出てきなさい!そこにいるんでしょ?モノクマ!」

 

 

低く、そして強い声を上げて、霧切響子は、壇上を睨む。

 

 

 

「うぷぷぷぷ、うぷぷぷぷ、ぷひゃははははははははははははは」

 

 

 

体育館にあの笑い声が響き渡る。

 

来た――――。

 

壇上の台の扉がゆっくりと開いていく。

 

奴が来た――――。

 

このコロシアイ学園生活の黒幕の傀儡

 

あのクマ野郎が――――

 

 

「モノクマ…!」

 

私は、壇上の台の上で、はちみつのビンに手を入れる怪物の名を呟いた。

 

「やっと、苗木君が目を覚ましたね!

じゃあ、さっそく卒業に関する補足ルールである“学級裁判”について説明します!」

 

はちみつを舐めながら、モノクマははしゃぐ。

その姿は、この展開を心の底から喜んでいることが伝わってくる。

最悪に気分が悪い。

 

全部、コイツのせいで…。

 

そう思っているのは、私だけではないようだ。

他のクラスメイトもモノクマに憎悪の瞳を向けている。

だが、モノクマにとって、それは、まるで真夏のクーラーなのだろう。

その様子にさらなる笑いを堪えていた。

 

「オイ、モノクマ、その前に確認させろ」

「ん?なんだい、十神君」

 

説明を始めようとするモノクマを十神君が止める。

 

「お前の望むとおり殺人が起きたわけだが、その犯人は卒業…つまり外に出られるのだな?」

 

誰もが口にすることを憚るも、知りたがっていたことを平然と十神は口にした。

 

「うぷぷぷぷ、うぷぷぷぷ、ぷひゃははははははははははははは」

 

だが、それ問いに対して、モノクマは盛大な嘲りをもって返答した。

 

「そんなの大甘だよ!デビル甘だよ!地獄甘だよ!むしろ本番はこれからじゃん」

 

そう言ってモノクマは“学級裁判”について話し始めた。

 

 

学級裁判

それは、殺人が起きた後、一定の捜査時間を設けられ、その後、開かれる裁判らしい。

その裁判において、クロ(犯人)が誰かを私達が議論する。

そこで私達が導き出された答えが正解ならば、クロに“おしおき”。

間違っていた場合には、シロ(私達)、全員が“おしおき”される

 

 

“おしおき”とやらがどんなものかは想像できないが、

とにかく、クロの完全犯罪を見抜くことができれば、私達の勝ち…ということだろう。

 

 

「あの~おしおきとは、どんなものなのでしょうか?」

 

ちょうど私が疑問に思っていたことを山田君が額に汗をかきながら質問する。

 

「ん?ああ、処刑だよ。しょ・け・い。電気椅子でビリビリ。

毒ガスでモクモク。ハリケーンなんちゃらで身体はバラバラってやつだよ」

 

「―――ッ!!?」

 

その言葉に私達の間に戦慄が走る。

 

「は、犯人を間違えば、僕ら全員が処刑される?」

 

「いいね、かしこいチンパンジーだね。

さりげなく自分が犯人じゃないとアピール小技もグッド!」

 

「ぐ…ッ!」

 

モノクマは可笑しそうに親指を向ける。

石丸君は、顔を赤くしながら、言葉を止めた。

 

「つまり、裁判員制度ってやつだよ。犯人を決めるのは…オマエ達だ!」

 

「それは…違うよ!」

 

「ん?なんで…?」

 

ポーズを決めたモノクマが反論者を睨む。

その先にいたのは…苗木だった。

 

「何が違うのかな?苗木君」

 

「こんな裁判、やる必要はない。だって犯人はお前しかいないじゃないか。

お前が…お前が舞園さんを殺したんだ!そうに決まっている!!」

 

苗木はモノクマを指差し、力の限り叫んだ。

 

「僕はそんなことしないよ~それだけは信じて。

あのね、僕はこの学園の主旨に反することは決してしません!

僕ってクマ一倍ルールにうるさいってサファリパークで有名だったんだから」

 

モノクマは神に告白するかように、両手を胸の前で組む。

あの世があれば、確実に地獄に行くであろうコイツにとっては、

その行為自体、苗木を挑発するための遊びに過ぎない。

苗木はその姿を見て更なる怒りを燃やす。

 

「嘘だ!殺人が起きないことに焦ったお前が、舞園さんを殺したんだ!!」

 

「苗木君、カッコいいな。まるで自分が犯人じゃないみたいじゃないか」

 

「ふざけるな!当たり前だろ!」

 

「ぷぷぷ、本当かな?ところで、捜査を頑張る皆様に、プレゼントを用意しました。

手元の電子手帳をご覧下さい!」

 

苗木の追求を嘲笑いながら、モノクマは突如、話題を変えた。

 

(プレゼント…?)

 

私達は不審に思いながらも、電子手帳を開ける。

 

「何だべ、これ?ページが増えてる!?」

 

「本当だ!モノクマファイル…?」

 

葉隠君と不二咲さんが声を上げた。

確かに、そこには新しいページが増えていた。

そこには、舞園さんの写真と共に、その死因が克明に書かれていた。

 

「あらあら、大変ですわ。ご覧になってください。

舞園さやかさんの死亡現場…苗木誠の部屋、となっていますわ。

これは一体どういうことなんでしょう?」

 

「な―――ッ!?」

 

「ぷぷぷぷぷ」

 

(え!?嘘ッ!?)

 

セレスさんが冷たい笑みを浮かべ、その事実を指摘する。

私達全員は、食い入るように、その箇所を見つめる。

 

 

 

死体発見現場となったのは、寄宿舎エリアの苗木誠の個室

 

 

 

確かにそう書かれていた。

その事実に苗木は驚きの声を上げ、モノクマは嘲り嗤う。

 

「おい・・苗木!てめーそういうことかよ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!ち、違うんだ!」

 

「フン…何が違うというのだ?」

 

大和田君と十神君を先頭に私達、全員が一斉に苗木に疑いの目を向ける。

 

(え、な、苗木が犯人なの…?苗木が…舞園さんを…)

 

私達の疑いの瞳に顔を青くした苗木が必死に弁明を始めた。

 

 

舞園さんが、何者かに狙われていると怯えていたこと。

一晩だけ、部屋を交換したことを。

 

 

確かに、彼女はいろいろ不安になっていたようだ。

私に相談を持ちかけてきたし。

 

でも、苗木には…

 

 

―――え、ええ…そうですね。苗木君とは仲がいいのは本当です。

   でも、苗木君は、男の子ですよね。あの、だから、話せない事もあって…。

   それで、同性で話しを聞いてくれそうな黒木さんなら、

   全部お話することができると思いました。あの…今夜、無理そうですか?

 

 

そう言っていたはずだ。

だから、舞園さんは苗木には相談を…

 

「本当かよ、それ。うそくせーな、オイ!」

 

私がそう思考している最中、チャラ男が声を上げる。

その一声により、情勢が一気に決まった。

皆、苗木を疑いの目をもって見つめる。

それは、もはや仲間に対してのものではなかった。

 

それは、仲間を殺した殺人者を見つめる眼差し。

 

「そんな…。みんな…僕を、信じてくれないの?」

 

苗木は絶望した顔で私達を見る。

 

「そうだ。お前を疑うのは当然だろう」

 

十神白夜は冷徹な瞳をもって、その事実を告げる。

 

「ぷぷぷぷ、苦しいな~大ピンチだね、苗木君~」

 

その後ろで、モノクマが嬉しそうに嘲り嗤う。

 

 

「さてと、面白くなってきたところで、始めますか。

それでは、捜査をスタ――――」

 

 

モノクマが壇上に上り、捜査の開始を告げようとする。

 

まさにその時だった。

 

 

 

 

――――――ちょっと、待って!!

 

 

 

誰かが、その合図を止めた。

 

「誰かな?空気の読めない残念な生徒は…?」

 

調子を崩されたモノクマが、額に血管を浮かべ、その生徒を睨む。

 

そこにいたのは、女子高生なら、誰もが知る超高校級の“ギャル”

 

 

「じゅ、盾子ちゃん…!?」

 

 

あのバカ…江ノ島盾子だった――――――

 

 

 

 




こんばんは、勢いで書き終わったので投稿したいと思います。
誤字、脱字、変な表現があった場合は後日、
見つけ次第、修正します(見直したので多分大丈夫かな?)

久しぶりの10000字超えです。結構、頑張りました。
今回は、ギャグにシリアスにいろいろ混じってます。
残姉の回の前編になります。
もこっちとは、あの2年間で親友レベルだったという設定を取り入れています。
そのため、キャラの性格に関しては、賛否も多いかと思いますが、
もし、楽しんで頂けたらなら、二次作家として幸いです。

次回は、いよいよ・・・とにかく実際書いてみないことには作者もどうなるかわかりませんw

ではまた


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第1章・イキキル 中編③

痛い…。

 

痛い。

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 

頭が割れるように痛い―――

 

目の前の光景が“グニャリ”と歪み、

“ブッチ”と音がしたと思ったら、全てが闇に呑まれた。

 

「う…ッ!?」

 

突如、フラッシュライトのような閃光が放たれた。

眩しくなかったのは、それが私の頭の中で起こっているからなのだろう。

光と闇。

それが、交互に繰り返される。

 

ああ、でも、そんなことはどうでもいい。

 

「い、痛い…痛いよ」

 

頭が割れるように痛い。

何か超能力が覚醒しそうなほど痛い。

いつもの私なら、そんなことを考えるだろうが、冗談ではない。

 

痛い…

 

本当に…割れそう…。

 

 

…………

 

・……………

 

・……………………・……………

 

ん…?

 

頭痛が治まった…?

 

一体、何が…?

 

まだ、意識がはっきりしないな…。

 

あ、視界が…

 

え!?何、何なのこれ!?

 

 

頭が爆発するかと思うほどの頭痛はそれをピークに突然治まった。

その余波だろう、意識が朦朧とする。

光と闇の連続は終わり、視界がぼんやりと開けてきた。

 

そこで見た光景に私は声を失った。

 

「ど、どこなのここは…?」

 

私は、体育館にいたはずだ。

舞園さんが殺され、モノクマに呼び出されて、体育館に集まったはずだ。

そこで、奴から“学級裁判”という名の追加ルールを聞き、

舞園さんを殺した犯人を捜すために、まさに捜査が開始されるところだったはずだ。

そこからは記憶にない。

誰かが、それを止めようとしたような気がするのだが…。

 

とにかくだ。

それが直前までの私のいた世界だ。

こんな夕日に照らされた教室などでは断じてない!

 

どこだ、ここは?私は一体どうなったのだ!?

 

(とりあえず、教室から出よう)

 

そう思い、行動に移った次の瞬間、私は絶句した。

 

(う、動けない…!?)

 

足が動かない…のではない。足がない!?腕も、手も!?

驚いたことに、私が所有しているのは、視界のみのようだ。

ここでは、私は幽霊のように、意識のみの存在…ということか?

この異常な状況において、私がパニックを起こさなかったのは、

私の意識が朦朧とした状態にあったのもあるが、

 

こういうことは、大概、夢である。

 

という、私の切り替えの早さが大きな比率を占めているように思う。

どこからが、夢だったのだろうか。

できれば、希望ヶ峰学園関連は全て、夢であって欲しいけど…。

 

そんなことを考えていると、教室の端に一人の生徒を発見した。

 

(ああ…)

 

その姿を見るなり、私は落胆の声を上げた。

 

 

そこにいたのは…私だった。

 

 

何故、落胆の声を上げたのかは、状況を推察してほしい。

 

夕日に照らされた教室。

机にうつ伏せになる私。

 

そう、つまりこれは、最後の授業で居眠りをしたために、下校の時間になっても

そのまま誰にも起こされることなく眠り続けている…ということだ。

 

(ああ…)

 

他に言葉が出なかった。

残酷だ。あまりにも残酷だ。

何故、夢の中まで、このような辱めを受けねばならないのか。

意識が朦朧とした状態で本当に助かった。

もし正常な状態であれば、悔し涙で枕を濡らしていただろう。

 

(ん?でも、あの制服…?)

 

私が着ている服…あれは何だろう。

中学時代の服でもない。高校の制服でもない。でも、どこかで見たことが…。

そんなことを考えていると、さらに視界が広がっていく。

 

それで、私はその存在に気づいた。

 

(え、誰…!?)

 

寝ている私の前に誰かが立っていた。

私と同じ制服。スカート、身長は私より高く、スマートな体型。

女の子だ…!

その子は、ずっと私を見ていた。

時折、覗き込むように私を観察している。

 

「うひひひ…」

 

そんな含み笑いをしながら、楽しそうに。

髪は黒髪でショートだ。

顔は…ダメだ、夕日の逆光で見えない。

 

(しかし…コイツ…)

 

一体、何を考えているのだ!?何故、起こさない!?

 

私は、彼女の行動に困惑した。

黒髪の彼女は、寝ている私を楽しそうに見るばかりで、起こそうとはしない。

夕日の位置を考えると、かなり長い時間、それを続けていたことになる。

寝ている私、見下ろす彼女、二人きりの教室、そして夕暮れ。

 

シュールだ、あまりにもシュール過ぎる。

 

「起こせ、コラァアアーーー!!」

 

「うわぁ!?びっくりした!!」

 

ここで動きがあった。

夢の中の私が、突如起き上がりツッコミを入れたのだ。

黒髪の彼女は、格闘技みたいな構えをとりながら、驚いた。

さすが私。

夢の世界の私といえども、やはり同じことを考えていたか。

 

「ちょっと、なんで起こしてくれないの!?うわぁ、こんなに日が落ちて…」

 

夢の中の私は、立ち上がり、外を見ると、ガックリと肩を落とす。

 

「いや…もこっちが“起こして”と言わなかったので…」

 

「寝てる私が言うわけねーだろ!?」

 

天然か悪意か定かでない彼女の返答に夢の中での私は即座にツッコミを入れる。

どうやら、彼女とは知り合いらしい。

というか、同じクラスメートではないだろうか?

 

「ゴメン。でも…みんなに忘れられて置き去りにされたもこっちを見ているのが、

あまりにも楽しくて、つい…」

 

「少しは、悪意隠せや、オラァアアーーー!!」

 

何故か、恥ずかしそうにする黒髪の彼女。

夢の私は、今の私の気持ちを代弁するかのようにツッコミを入れる。

そのツッコミの早さに躊躇が見られない。

それなりに親しいということなのか?

 

「だいたい、いつまで起こさないつもりだったのさ?結構、長く観察してたよね?」

 

椅子に座りなおして、頬杖をする夢の中の私。

 

「う~ん、起きなければ、次の日まで…かな?私がソマリアにいた時は作戦で3日ほど寝ないで行動するのが当たり前だったし、それくらい余裕で…」

 

「そんなに寝てるわけねーだろ!?確実に具合悪いよね、私!?救急車呼べや!!」

 

だが、黒髪の彼女にツッコミを入れるために再び立ち上がる。

 

「そういえば、君は“軍人”だったね…そんなこと言ってるから未だにクラスに上手く馴染めていないのだよ」

 

「え!?ディスられてる!?この状況のもこっちに…私、ディスられてるの!?」

 

お、ここで反撃があった。

どうやら、彼女もクラスに上手く馴染めていないようだ。

なんだろう、それを知った時の、この嬉しい気持ちは。

え、でも“軍人”って…?何かの中二設定かな?

 

「まあ、でもとりあえず、起こしてくれてありがとね。私は、帰ることにするわ」

 

夢の中の私は、鞄に教科書を入れて、帰宅しようとする。

 

「あ…ま、待って、もこっち!」

 

「ん…?」

 

すると、黒髪の彼女が夢の中の私を呼び止める。

なにやら、恥ずかしそうに、モジモジしながら。

 

「何?私、忙しいのだけれども…」

 

「え、まだそんなこと言うの!?この状況でまだ、そんなこと言っちゃうの!?

暇だよね?たぶん、この高校において、今一番暇な人だよね…!?」

 

「え、何?別れ際に喧嘩売るの?べ、別に買ってもいいけど」

 

半切れしながら振り返る夢の中の私に対して、黒髪の彼女は手を前に出して、

ブンブンと首を振る。

 

「ち、違うの…。もこっちが暇なら…そ、その…一緒に“マックド”行けたらな…と」

 

「ハア?“マックド”?どこそれ?」

 

私は、夢の中の私とほぼ同時にリアクションをとる。

 

“マックド”って何ですか、それ?

 

「はあ~本当に田舎者なんだよねぇ、もこっちは…」

 

ふう、とため息をつきながら、黒髪の彼女は夢の中の私を見下ろす。

相変わらず、逆光で顔が見えないが、その言葉に優越感が感じられ、

なんだかムカついてくる。

 

「いや、マジで何なの“マックド”って…?」

 

真剣な表情で問いかける夢の中の私。

やはり、夢の中の私もその言葉に心当たりがないらしい。

 

「本当にしょうがないな、世界展開しているバーガーショップのことも知らないなんて。

マクドビルドってお店知らないかな?

ほら、ピエロの化け物がCMで子供達を洗脳している、あのバーガーショップの。

いや~日本だと地域で呼び名が違うみたいじゃない…?

関東では“マック”関西では“マクド”

だから、私はもこっちが確実にわかるように、2つを合わせて“マックド”と…」

 

「余計にわかんねーだろ、それ!?逆に完全にわかんなくなったじゃねーか!!」

 

夢の中の私は、ジェスチャーまでしながら、盛大にリアクションをとる。

 

確かにマクドビルドは、関東と関西で略称が別れている。

これは、私の推測だが、

関西の方は、そのまま略して“マクド”が定着し、

関東の方は、マクドビルドが自称している“マック”を採用してあげた結果ではないか。

まあ、地域の気質の違いということか。

 

だがしかし、それを合体させて“マックド”って…わかるわけねーだろ!

どんだけ残念な奴なんだ、コイツは!?

 

「…でも、何で改まってマックなんかに行きたいのさ、君は」

 

夢の中の私は、問いかける。

しかし、さすがは関東在住。やはり、“マック”を選んだか。

 

「う、うん…」

 

黒髪の彼女は恥ずかしそうに俯く。

 

「ベネズエラの酒場でのことなんだけどさ…」

 

「南米かよ!?」

 

突如、南米ベネズエラの話題に移り、夢の中の私も驚く。

 

「作戦が終わって、疲れて果て、テレビを眺めていた時に、

日本の女子高生の特集をしていたの。

彼女達は、学校帰りに、カフェやマクドビルドに寄って、いろいろな話をしていたな。

好きな男子のこととか、将来の夢とか、何気ない日常のこととか…」

 

だが、彼女が話しているのは、女子高生の何気ない日常風景だった。

 

「ああ、いいな…素直にそう思ったんだ。

だから、、もし、私が日本に帰って、学校に通うことになったら、

いつか行ってみたい…そう思っていたの。

その…ほ、放課後に、あ、あの…と、とととともももももだだだちと、い、一緒に…」

 

黒髪の彼女は信じられないくらい身体を震わしながら、その言葉を放った。

どもりが酷すぎるが、何を言いたいのかはわかった。

それを言うのは、意外に勇気のいることも知っている。

聞いているこっちが恥ずかしくなり、背中に汗が流れるくらいに。

 

「…仕方のない奴だな、君は。さっき言ったよね、私は忙しいのだよ」

 

「あ…」

 

夢の中の私は、鞄を持ち直し、歩き始める。

どうやら、教室から出る気のようだ。

黒髪の彼女は、その後ろ姿を呼び止めようとするも、言葉を止める。

 

「…もう2学期も終わりか。君との付き合いも結構、長くなってきたね」

 

「え…」

 

出口の前で夢の中の私は立ち止まり、そう問いかける。

俯いていた黒髪の彼女は、不思議そうに、顔を上げる。

 

「うん、いいよ!マックくらい、いつでも付き合うよ!

嫌だな、こんなことで、真剣な顔して…こっちが恥ずかしくなっちゃったじゃん」

 

「もこっち…!」

 

振り返り、“グッ”と親指を向ける夢の中の私。

それをみた黒髪の彼女の声に明るさが戻る。

 

やだ…夢の中の私…ちょっと、カッコいい。

 

冷たく断るフリをして、去り際でひっくり返す。

一歩間違えれば、痛すぎる演出だが、上手く決まったので結果オーライだ。

 

「この時期は、“グラタン野郎バーガー”の頃かな。

あれを食べると2学期も終わりと感じることが出来るしね。

駅前のマックでいいよね?あ、マックドだったけ?」

 

「ちょっと、やだ、やめてよ、その言い方。今さらながら、恥ずかしくなってきた…」

 

「うひひひ、いいじゃん、別に。かわいいよ、マックド」

 

「いや、やめて、お願い、お願いしますから…」

 

「うーん、どうしようかな?そうだ、アップルパイ奢ってくれたら考える」

 

「えー私の奢り!?あ、私、もこっちのことを起こしてあげたよね?それでチャラ…」

 

「いや、あれ起こしてないじゃん!?笑ってただけじゃん!?」

 

 

そんなことを笑い合いながら、夢の中の私と彼女は教室を出て行った。

まるで、青春の1ページ。

見ているだけで、胸が暖かくなってくる。

たとえ、これが現実ではないとわかっていても。

ただの夢だとわかっていても。

 

でも…なんだろう、この気持ちは?

締めつけられるようなこの懐かしい気持ちは、何なのだろうか。

 

ああ…

 

次の瞬間、世界が再び“グニャリ”と曲がる。

グルグルと混ざり合い、溶けていく。

 

また…

 

あの時のように。

 

うう…

 

希望ヶ峰学園の入学日のように。

 

・……………………・……………

 

・……………

 

…………

 

 

「…い、痛い」

 

再び、“ズキ”という頭痛と共に、私は意識を戻す。

 

(な、何だったのだろうか、今の出来事は…?)

 

視界にはあの忌まわしい体育館が映る。

どうやら、私は立ちながら、短い夢を見ていたようだ。

こんなことは今まであったことはない。

どうやら、現実世界において、時間は数秒しか経っていないようだ。

だが、私はずいぶんと長い夢を見ていたようだ。

 

あの夕日の教室。

黒髪の彼女。

そして、マックド。

 

どれも記憶にはないものだった。

だがら、きっとあれは夢なのだろう。

なぜ、今このような夢をみたのか…それは私にはわからない。

だが、夢から覚める瞬間、あのグニャグニャと溶けて回る世界は、

この希望ヶ峰学園の入学式前に、玄関で私を襲った感覚と同じだった。

 

一体、何なのだろうか…?

 

私はまだ痛む頭を押さえ、前を見る。

そして、その光景を見て、さらに頭を抱えた。

 

 

「アンタの言ってる事って…無茶苦茶じゃないッ!

何が…学級裁判よッ!あたし、そんなのに参加するの絶対嫌だからねッ!!」

 

 

ピンク色の頭がトレードマーク。

女子高生なら誰もが知る超高校級の“ギャル”

最近、私に絡んでくる非常に厚かましいあの女の子が、

江ノ島盾子が、モノクマの前に立ちはだかっていたのだ。

 

盾子ちゃんは、一歩進み出ると、腰に手を当て、モノクマを威圧する。

 

「はあ?どうして?」

 

その態度にモノクマも語気を荒げながら問いかける。

 

「どうして…じゃねーよ!なんであたし達が犯人当てなんてしなきゃなねーんだよ!」

 

それに対して盾子ちゃんもさらに言葉を強める。

 

 

(な、何をやってるんだ、あのバカは―――ッ!?)

 

 

その光景に私は頭を痛める。

盾子ちゃんは、あのモノクマに、あのサイコ野郎に真っ向から刃向かってしまったのだ。

なんで、なんでそんな無謀なことを!?

 

「なんと!学級裁判に参加しないですとっ!そんな事を言う人に罰が下るよ!!」

 

「は、罰…?」

 

「暗くてコワーイ牢屋に閉じ込めちゃったりしちゃうかもね…」

 

「くッ…」

 

案の定、モノクマは嫌らしい笑みを浮かべ、罰について語り出す。

“牢屋”その言葉を聞き、盾子ちゃんの顔に焦りの色が浮かぶ。

 

「う、うるせーんだよッ!!なんて言われても、あたしは絶対に参加しないからねッ!!」

 

それでも盾子ちゃんは、恐怖を振り払うかのようにモノクマへの反逆を続ける。

 

(盾子ちゃん…どうして?あ、ま、まさか…)

 

彼女の行動を理解できずにいた私は、一つの可能性を思い出し、後ろを振り向いた。

そこには、モノクマと盾子ちゃんとのやり取りを心配そうに見つめる苗木の姿があった。

 

(盾子ちゃん、まさか君は…)

 

考えられる限り、そうとしか思えなかった。

 

このまま捜査が始まり、学級裁判が行われたのなら、犯人は苗木しかありえない。

 

だから、盾子ちゃんは…苗木を…自分の好きな人を守るために、

学級裁判そのものをぶち壊そうとしているのではないのか…?

 

 

「学級裁判なんてお前一人で勝手にやってろ!あたしは関係ないからッ!!」

 

 

モノクマを指差した盾子ちゃんは、そう言い放つ。

その瞳には、剥き出しの闘志が宿っていた。その姿は圧倒的な力で溢れていた。

これが超高校級の“ギャル”のなせる技なのかはわからない。

だが、ここにいる誰もがその迫力に呑まれ、声一つ出せずにいる。

 

「め、目の前の圧倒的な悪の迫力に…正直ブルってるぜ」

 

それは、あのクマ野郎すらも例外ではなかった。

 

しかし――――

 

「だ、だけどなぁ…ボクは悪に屈する気はない…。最後まで戦い抜くのがモノクマ流よ…」

 

モノクマはそう言って、拳から爪のような刃物を突き出した。

 

「どうしても通りたければ…ボクを倒してからにしろーーー」

 

“ガオー”と叫びながら、モノクマは壇上から降り、盾子ちゃんに向かっていく。

あの爪のようなもので、盾子ちゃんを攻撃する気か――!?

 

「…上等」

 

盾子ちゃんが、そう呟いた瞬間、場の空気が凍りつく。

セレスさんと大神さんの表情が変わる。

 

これは…盾子ちゃんの「怖いモード」だッ!!

 

この状態の盾子ちゃんの相手になれるのは、セレスさんか大神さん。

そして、潜在能力を解放した私くらいだ。

でも、相手はあのクマ野郎…しかも、刃物を持っているし…。

 

モノクマはまさに盾子ちゃんの目の前に迫り、爪を振りかざす―――

 

「じゅ、盾子ちゃん―――え!?」

 

彼女の名前を叫んだ瞬間、私は絶句した。

 

「ぐぴぴぇええ!?」

 

一瞬、盾子ちゃんの身体が消えた瞬間、モノクマが変な叫び声を上げて上空に浮き上がる。

盾子ちゃんの姿勢が変わっている。空飛ぶモノクマの短い足が歪な形に曲がっていた。

 

 

足払い…いや、あれは“ローキック”!?

 

 

盾子ちゃんは、ショック療法と称して私に行ったローキックを、

まさに“神速”とも言えるスピードで行ったのだ。

私に対しては、本当に手加減してくれていたのか。

アイツ…本当に、某格闘技トーナメントに出場できるんじゃねーのか!?

私が大企業の社長だったら、出場させてあげたいくらいだ。

 

「ツゥァアアアーーーーーー」

 

盾子ちゃんは、雄たけびを上げながら、その場で高速回転をして足を最大限に上げる。

その姿勢は、まるで“踵落とし”

盾子ちゃんは、落ちてくるモノクマの顔面に向けてその凶器を振り下ろす―――

 

 

 

        “グシャッ”

 

 

 

そんな擬音が体育館に響き渡る。

 

 

「あ、ヤバイ…やっちゃった…」

 

 

シーン、と静まる体育館の中で、モノクマの顔を踏みつけながら、盾子ちゃんは慌てる。

私達の誰もがその光景に息を呑み沈黙する。

 

 

それはきっと、血に飢えたコロシアムの観客すら、黙らせるような圧殺劇。

 

 

うん…。

 

そうだね…。

 

 

 

 

            殺っちゃったね…。

 

 

 

 




15000字近くになったので分けて投稿することにしました。
ギャグとシリアスがはっきり別れました。
シリアスの部分を書いてますが、すごく切ない気持ちになります。
しかし、ギャグとはいえ、残姉を強くし過ぎたかもしれませんw
某、絶命トーナメントに出られるレベルですw
個人的には、もこっちに51億の借金を背負わせて、出場させてみたいですw
軍人繋がりで、ムテバと因縁がある設定で、
1回戦は、ユリウス相手に「かかってこいよ、ハゲ」と言って欲しいw


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第1章・イキキル 中編④

 

盾子ちゃんは、やっちゃったぜ☆みたいな表情で、踏みつけているモノクマを見下ろす。

私達も唖然としながら、その光景を見つめている。

 

やってしまった…。

 

あのバカ…本当にやってしまった――――ッ!?

 

アイツは自分が何をしたのか、わかっていない。

頭に血が上って、私達が何故、モノクマに逆らえないのかを忘れている。

 

「ぐ、グギギギ」

 

盾子ちゃんに、

顔面を踏みつけられているモノクマが不気味な機械音を奏でながら呻く。

 

「あ、壊れてなかったのか、よかった…じゃないや、どーだ、思い知ったか!」

 

モノクマが壊れていないことを知った盾子ちゃんは、勝利宣言する。

 

違う…違うのだ。

モノクマは、壊れていた方がよかったのだ。

 

「ギヒヒヒ、ギュヒヒヒ…ププププ、プヒャヒャヒャ」

 

「なッ?」

 

モノクマは突如、不気味な笑い声を放つ。その声に盾子ちゃんは、表情を歪める。

 

 

「やったね、やっちゃったね…学園長ことモノクマへの暴力を禁ずる。校則違反だね」

 

 

モノクマは歪な笑みを浮かべ、その言葉を口にする。

 

 

校則違反…!ま、まずい―――ッ!!

 

 

その言葉に私に戦慄が奔る。

 

「はあ?だから、何だってのよ?ホラ、ホラ、ホラ、ホラ!」

 

「ぐみゅ…!!」

 

盾子ちゃんは、構わずに今度は、モノクマの顔面を踏みにじり始める。

グリグリと執拗に。

 

「ハァハァ、どう、これで満足?」

 

その顔は興奮で紅潮している。

あれは、私に嫌がらせしている時と同じ顔だ…!

ダメだ、アイツ…何とかしないと。

 

私は後ろを振り返る。

クラスメート達は、相変わらず固まって誰一人動かない。

マズイ…この状況に誰も気づかない。誰も動かない。

 

なぜ、モノクマに逆らってはいけないか…それは―――

 

 

 

  モノクマが“爆発”するからだ。

 

 

 

入学初日の出来事が頭を過ぎる。

モノクマを掴み上げた大和田君に対して、

モノクマの奴は不気味な機械音を奏で…爆発した。

 

だから、私達は、奴に逆らえないで、今日まで来てしまった。

そして今…盾子ちゃんは、奴に暴行を加えてしまった。

 

(早く…なんとかしないと…!)

 

盾子ちゃんは、何も気づかずにモノクマを踏みにじっている。

 

(誰か、なんとかして…)

 

再度、後を振り向くも、誰も動こうとはしない。

 

 

うう…。

 

う、ううううう…。

 

じゅ、盾子ちゃん…。

 

 

う、うわぁああああああああああああああああーーーーーーッ!!

 

 

次の瞬間、私は駆け出していた。

 

「え、もこっち―――ッ!?」

 

私が腕を掴むと、振り返った盾子ちゃんが驚きの声を上げた。

 

「ば、爆発する!は、早く逃げよう!」

 

私は、腕を掴んで、元の場所まで走り出そうとする。

 

だが―――

 

「ちょ、ちょっと、待って!それじゃあ計画が―――」

 

盾子ちゃんは、その場に踏みとどまる。

 

何やってんだ!!?このバカ女は!!

計画…!?ああ、学級裁判をブチ壊そうとしていることか。

 

「な、苗木のことはわかるけど、い、今は私と逃げてよ、早く!」

 

「ちょ、苗木のことって!?」

 

私は全力で、盾子ちゃんの腕を引っ張る。

だが、まるで“大岩”のイメージだ。全然、動こうとしない。

 

「離して、もこっち!この…バカ!バカ、バカ、バカ!!」

 

「バカはお前だろ!?このバカ、バカ、大バカ!!」

 

「…。」

 

私達が“ギャー、ギャー”と醜い争いを続けている下で、

モノクマは、爆発のカウントダウン開始することなく、じっと私達を見ていた。

 

 

―――ゾクリ。

 

 

その時だった。

私の背筋に悪寒が奔り抜けていった。

その瞬間、私は感じた。

 

 

 

 

          “悪意”

 

 

 

圧倒的な悪意を。

それはまるで、黒い衣を纏った白骨の巨大な死神に抱き締められるような。

漆黒の闇から這い上がってきたような邪悪な。

 

私は、モノクマに視線を向ける。

この感覚はあの厨房の時と同じ感覚だ。

 

それは、モノクマを通して発せられた黒幕の悪意。

 

「…召喚魔法を発動する」

 

「え…?」

 

 

 

 

          助けて!“グングニルの槍”

 

 

 

 

ガタッと音がした。

床に穴が開き、何か光るものが見えた。

 

 

(うぐッ――――ッ!?)

 

 

突如、胸に痛みが走る。

何かが凄いスピードでぶつかってきた。

衝撃が身体全体に響く。

次の瞬間、私の身体から重力が消える。

 

(空中…に?)

 

視界に映る光景からそれを判断した次の瞬間、

ガッ!!と強い衝撃が頭に流れる。

その衝撃と痛みがまともに床に頭をぶつけたことを私に知らせた。

 

(う、うぐぐ…)

 

胸と頭を同時に押さえ、私は呻き声を漏らす。

何がなんだか、わからない。

おそらく突如、何かに吹き飛ばされた。

頭をもろに打ったようだ。ちょっと記憶が飛んでしまっている。

胸も痛い。

くそ…痛い。まな板だから、まともにダメージを受けている。

巨乳であれば、ダメージは半減したかもしれない。

ああ、ゆうちゃんは…元気だろうか…。

朦朧とした意識でそんなことを思う。

 

「い、いやああああああああ」

「あ、ああ…」

「オ、オイ…嘘だろ…!」

 

 

クラスメート達の声が聞こえる…。悲鳴…?なんで?

 

私はまだボヤける視界の中で、みんなを見る。

誰もが真っ青な顔をしているみたいだ。

朝日奈さんは、口を手で押さえている。

不二咲さんは、半分泣き出している。

 

一体…何が?

 

私は、ゆっくりと振り返る。

 

 

……………

 

……………………

 

 

―――――――――――――――ッ!!

 

 

そこには…彼女が…盾子ちゃんが立っていた。

 

「…。」

 

いつも煩いほど元気な彼女は無言で立っていた。

だが、輝く宝石のようなその瞳は色を失っていた。

マシンガンのように絶え間なく動くその口は閉じられ、

代わりに、真っ赤な口紅のような鮮血が流れていた。

 

 

そして、その身体は…何本もの槍によって貫かれて…。

 

 

あ…。

 

あああ

 

ああああああああああああああ

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

 

 

「うぁあああああああああああああアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!」

 

 

 

 

体育館に私の声が響き渡った。

 

 

 

――――ドサッ!!

 

その直後、盾子ちゃんは、仰向けに倒れた。

槍が刺さった箇所からは、血がまるで湧き水みたいに溢れてくる。

床は彼女を中心に、瞬く間に赤色に塗られていく。

 

 

な…なんで、なんでこんな事に―――――ッ!?

 

どうしてこんな!?どうしよう、どうしよう!!

な、なんで槍なんかが!?

あ、アイツか、も、モノクマの奴か!!

 

見ると、モノクマは立ち上がり、口を押さえて笑っている。

 

(ううぅ…)

 

だが、原因がわかったからと言ってそれが何になるというのだ!

私はどうすればいい!?今、何をしたらいいのだ!?

 

そ、そうだ、きゅ、救急車だ!きゅ、救急車を呼べばまだ―――!!

 

「うげッ!!」

 

私は走り出そうとして最初の一歩でいきなり転ぶ。

 

だ、ダメだ。こ、腰が抜けて…あ、足も震えて。

 

これじゃ、救急車が呼べ…るわけねーだろ!救急車なんて最初から呼べるわけねーだろ!

救急車を呼べるなら、こんなところにまだ閉じ込められているはずないではないか。

何を言っているんだ私は!?何を考えているんだ私は!

ああ、冷静になれ、私…だめだ~~~パニックになって、もう何が何やら…

 

その時だった―――

 

 

「げは…う、ああ…」

 

「じゅ、盾子ちゃん…!」

 

盾子ちゃんの声が聞こえた――――

 

私は急いで彼女の方を見る。

すると、彼女は、苦しそうに息をしながら、天に向けてゆっくりと右手を伸ばしていく。

 

「ああ…盾子ちゃん…」

 

まだ、彼女は生きている…でも、でも…!!

 

助からない。

 

それは誰の目から見ても明らかだった。

決して変えることのできない現実だった。

彼女のその行動は、蝋燭が燃え尽きる前の最後の輝き…ただ、それだけだった。

 

その姿が涙で歪んでよく見えない。

 

私はいま…彼女に何ができるのだろうか?

死を前にした盾子ちゃんに…一体何ができるのだろうか…。

 

一体…何が…。

 

そうだ…苗木だ…!苗木がいる。

 

私は振り返り、苗木を見る。

苗木は青い顔をして、唖然としながら盾子ちゃんを見つめていた。

私は、知っている。

私だけが知っている。

盾子ちゃんの…好きな相手が誰なのか。

死に逝く彼女に、私だけが会わせてあげることができる。

せめて死に際に、苗木を盾子ちゃんに会わせて…

 

震える足に力を入れて私は立ち上がる。

 

もう時間がない。早く、苗木に―――

 

「も、もこっち…」

 

その時だった。

 

 

「もこっち…ゴメンね」

 

 

盾子ちゃんの声が聞こえた―――

 

私の名を…呼ぶ声が聞こえた。

 

彼女の瞳は空ろだった。

ただ虚空を見上げ、私の名を呼んでいる。

もしかしたら、盾子ちゃんは、もう…目が見えていないのかもしれない。

複数の矢で貫かれたショックで、あまりにも血を流しすぎたために。

だから、もう私のことが見えていなくて…。

私も同じように槍に刺されて、死んでしまったと思って…。

 

 

「守って…あげられないで…ゴ、ゴメンね」

 

 

あ…

 

 

―――もこっち、心配しないで…

 

 

ああ・…

 

 

―――もこっちは死なないよ…だから心配しないで。

 

 

あああああ…

 

 

 

     もこっちは…私が守ってあげるから

 

 

 

モノクマが訳のわからない呪文を放った直後、

床や天井に穴が開き、何が光るものを見た。

 

 

その直後、盾子ちゃんが、私のことを突き飛ばしたのだ。

 

 

本当に、必死な顔で。

いつもふざけているくせに、あんなに真剣な表情で…。

 

 

 

 

う、うああああああああああああああああああああああああああ――――――――ッ

 

 

 

「盾子ちゃん、盾子ちゃん、盾子ちゃん、盾子ちゃん、盾子ちゃ~~ん――――ッ!!」

 

 

私は無我夢中で盾子ちゃんの傍に駆け寄った。

 

「わ、私…生きてるよ!大丈夫、大丈夫だから!」

 

私は彼女の手を握り締める。力の限り握り締める。

私の存在を知らせるために。私が…生きていることを伝えるために。

 

「盾子ちゃんが助けてくれたから、私、無事だよ…!どこも怪我してないよ!

盾子ちゃんが…私のことを守ってくれたから!!だから、だから――――」

 

 

「もう…守って…あげられない…本当に、ゴメン」

 

 

「何言ってるんだよ!?守ってくれたじゃないか!君が守ってくれたから、

私はこうして生きているんだぞ!だから、だから…盾子ちゃんも死なないでよ~」

 

うわ言のようにその言葉を繰り返す盾子ちゃんの耳元で、私は力の限り声を張り上げる。

大声を出すなんて、私のキャラじゃないし、身体的にもきつい。

だが、そうでもしないと、私の言葉は彼女に届かない、そう思った。

彼女の瞳の色は次第に、失われていく。

血も止らない。手の力が…もう。

ああ、瞼がゆっくり閉じて…。

もう…その最後が近づいていることが否応なしに感じられた。

 

でも…でも…私は、彼女に生きて欲しかった。

 

まだ、話したいことが山ほどある。一緒にしたいことも海ほどある。

私は盾子ちゃんと高校生活を送りたい。

放課後、一緒にマックに寄り道したい。

 

だから…だから―――――

 

 

「死なないで盾子ちゃん!!私をこんなところに一人にしないでよ~~ッ!!

目を開けてよ!!いつもみたいに笑ってよ!

私を困らせてよ!!どんな嫌がらせをしてもいいから~~~~~~~~ッ!!」

 

 

涙でグチャグチャの顔になりながら、私は祈るように叫んだ。

 

 

「え…ほんと…に」

 

 

その時だった。

 

「本当に…どんな嫌がらせをしても…いいの?」

 

閉じる寸前で、盾子ちゃんは、瞼を開き、私を見つめる。

その瞳には、宝石のような輝きが、その顔にはいつもの笑みが戻っていた。

 

「じゅ、盾子ちゃん…?」

 

私は、あっけを取られて彼女を見る。

 

 

「アハ、もこっち…変な顔」

 

 

盾子ちゃんは私の顔を見て微笑む。

その指摘で、私は、自分の顔が涙や鼻水で酷いことになっていることに気づき、

慌てて、袖の部分で顔を拭く。

盾子ちゃんの意識が戻った。まだ…まだ望みはある!

 

「こ、こうなったのも全部、盾子ちゃんが―――」

 

 

 

「…。」

 

 

 

突如、握っていた手が軽くなる。

 

「え…?」

 

私は盾子ちゃんを見る。

その瞳から色が失われていた。

 

「だって…さっき…」

 

 

「…。」

 

 

彼女の瞳は黒に染まり、瞳孔がゆっくりと開いていく。

 

「あ、ああ…」

 

死んだ…?

 

「え、だって…あんな冗談が…」

 

死んでしまった…盾子ちゃんが…死んでしまった。

 

「最後の…言葉が…あんのって…」

 

私の全身から力が抜けていく。

 

 

 

―――アハ、もこっち…変な顔

 

 

 

それが…彼女の最後の言葉となった。

 

本当に…何なのだ、コイツは…。

それが…最後の言葉なんて…君は、どんだけ残念な奴なんだよ。

 

 

「…ブツブツ…ボロ出しすぎなんだよ…ブツブツ…でも、さすが軍人…ブツブツ

グングニルに反応…ブツブツ…でも…そんな奴かばって…ププ…プププ」

 

 

モノクマが…盾子ちゃんの遺体を見下ろしながら、なにやらブツブツ言っている。

私の耳にはよく聞こえない。

私は今…それどころではなかった。

 

私は―――

 

 

 

 

 

 

 

      “女子力”を開放してしまった――――

 

 

 

 

 

 

え…?“女子力”って何ですか?だって。

 

ああ、それを知りたいなら、漫画かDVDを買って欲しい。

私の弟の智貴に聞きに行くという方法もある。

女子力の程度なんだけど…半分くらいかな?

なんとか、下着が防壁となって崩壊を防いでくれている。

仕方なかったのだ。

そもそも、私は凡人だぞ。

夜中に怖い映画を見ただけで、トイレに行けなくなるほどのか弱い女の子だ。

目の前で…こんなことがあって。

親しい人間が…あんな最後を迎えて…。

私が…私が耐えられるわけないではないか!

 

“女子力”開放のショックで、今の私の頭は妙に冷静だ。

ショックとショックが衝突した余波なのだろうか。

彼女は…江ノ島盾子は死んでしまった。

ルールを破り、モノクマに“罰”として殺されたのだ。

握っている彼女の手からだんだんとその暖かさが消えていく。

先ほどまで、笑っていたその顔は、今はただ、虚空を見つめる。

 

江ノ島盾子は…盾子ちゃんは、死んでしまったのだ。

 

「いや~やっぱりこうなったね!」

 

「ヒッ!!」

 

突如、私の視界一杯にモノクマが映る。

奴はいつの間にか、私の傍に近寄っていたのだ。

 

「君達があまりにも面白いからボタンを押し間違えちゃったじゃん。

まあ、別にいいけど…いずれにしても、見せしめは必要だったし」

 

“見せしめ”

 

顔をヌッと近づけたモノクマはそう囁く。

 

「でもさ~もこっち。君は本当に悪運が強いね~~~。

“喪女”なんてわけのわからない肩書きでこの学園に入学したのもそう。

舞園さんの時もそう。そして、今回だって…。

何だかんだで君は助かってる。実験としてついでに試してみたけどさ。

え、君って、もしかして、そういう才能なの?」

 

「な、何を言って…?」

 

「まあ、面白いから何でもいいけどね!」

 

モノクマは、わけのわからないことを好きなだけほざくと私から離れていった。

 

「さあ!これで、わかってくれたよね?ボクが本気だって!!

“学級裁判”に参加しなかった場合、こんな風になってしまいます!

江ノ島さんが命を賭けてチャレンジしてくれました。

関係ないところでは、出来るだけ死人は出したくなかったけど、

やっぱり、見せしめは、必要だったんだね!」

 

 

――――――――ッ!!

 

 

壇上に立つモノクマの発言に私達、全員に衝撃が奔る。

 

私達も…殺される?

モノクマに逆らったら…裁判に参加しなかったなら…私達も殺される!!

 

 

「さぁ、舞園さんを殺したクロを見つけないと、

みんな、江ノ島さんみたいになっちゃうよ。こんなとこに居ていいのかな~~?

もう、捜査時間は始まっているよ!!レッツラ・ゴ~~~~~~~~ッ!!

ではでは、“学級裁判”でまたお会いしましょう」

 

「クッ…!」

 

モノクマが消え、場の空気が動き出す。

 

「フハハハ、面白い!面白いぞ!この緊張感は、十神家の後継者争い以来だ!!」

 

十神白夜が不敵に笑う。

 

「江ノ島さんには悪いけど…捜査するしかないようね」

 

霧切響子が、冷徹な瞳を光らせる。

 

「クソ…やるしかないのか!」

 

石丸君が、顔を赤くする。

 

「やるしかないんですか~~~~~~~ッ!?」

 

山田君が、暑苦しく叫ぶ。

 

「ボク…死にたくないよぅ」

 

不二咲さんが、泣き出す。

 

「どのみち、我らは逃げられない…やるしかあるまい」

「やるしか…ない」

 

大神さんが決意し、それに朝日奈さんが、呼応する。

 

捜査のために、皆は体育館を出て行く。

 

「ああ…」

 

私は、その姿をただ見つめるだけだった。

 

始まってしまう。

盾子ちゃんが…命を賭けて阻止しようとした…

 

 

 

 

 

“学級裁判”が始まってしまう―――

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、ですわ」

 

「え…?」

 

その声に私は顔を上げる。

そこには、一人の女の子が立っていた。

黒いゴスロリを来た中世ヨーロッパから出てきたような少女。

 

セレスティア・ルーデンベルク。

 

超高校級の“ギャンブラー”が冷たい瞳で私達を見下ろしていた。

 

「江ノ島さん、私は以前忠告しましたよね。

適応しろ…と。適応力の欠如は生命力の欠如。

それができないなら、死ぬしかない…と。だから、この結果は…」

 

彼女は小さくため息をつく。そして、その言葉を放った。

 

 

 

「自業自得…ですわ」

 

 

 

私と同じ歳でありながら、

生き馬の目を抜くほど苛烈なギャンブルの世界を生き抜いてきたセレスさん。

故に、それが彼女の教訓であり、処世術なのかもしれない。

彼女から見たら、適応できなかった盾子ちゃんの死は必然なのだろう。

 

だけど、だけど―――

 

「あら、あなた…。確か…黒…木さん、でしたか?

嫌ですわ。そんな怖い顔をして。

ウフフ、どうやらここに居るのは無粋のようですし、私も捜査に行ってきますわ」

 

そう言って、彼女は背を向け、体育館から出て行った。

私はその姿を見えなくなるまで見つめていた。

そして、彼女の言葉を思い出して、ようやく気づいた。

 

 

私があのセレスさんを…睨みつけていたことを――――

 

 

「おう、チビ女」

 

「え…?」

 

その声に私は振り返る。そこには意外な人物がいた。

 

超高校級の“暴走族” 大和田紋土。

 

もう捜査に行ってしまったと思われた彼が何故かここにいる。

私が不審な顔で彼のことを見ていると、

大和田君は突然、学ランを脱ぎ始めた。

普段の私なら

 

まさか…ここで“ヤらないか”!?

 

みたいなネタを提供できるが、今はそんな元気はない。

ただ、彼の行為を眺めていた。

彼は、学ランを持つと、盾子ちゃんの真上に立つ。

そこでようやく私は、大和田君が何をしようとしているか気づいた。

大和田君は、その長ランを盾子ちゃんの上に優しく被せた。

 

「モノクマの野郎…酷いことしやがるぜ」

 

大和田君は、盾子ちゃんの死を悼んでくれたのだ。

盾子ちゃんを殺したモノクマに怒りを持ってくれたのだ。

 

 

「可哀想にな…お前のダチ」

 

 

―――――――ッ!

 

 

そう言って、大和田君は立ち上がり、歩き出す。

タンクトップ姿で。

私は、暴走族の世界を知らない。

どんな美学で、あんな迷惑なことをやってるのかまるでわからない。

だけど、私は、金色の刺繍で「暮威慈畏大亜紋土」と書かれたこの

学ランが、彼にとって、とても大切なものであることくらいわかる。

だから、私にはわかる。

 

大和田君は、見かけと違って、とても優しい人であることが。

 

 

「お、大和田君!あ、ありがとう!ほ、本当に…ありがとう―――」

 

 

去り行く彼の背中にありったけの感謝の言葉を叫ぶ。

大和田君は、振り返ることなく、ただ右手を上げ、体育館を出て行った。

 

 

体育館には、私と盾子ちゃんだけが残った。

 

「ダチ…かぁ…」

 

私は先ほど大和田君に言われた言葉を呟く。

その言葉で、私はようやく、

この胸の中にぽっかりと空いたような感覚の正体に気づくことができた。

 

 

そうか。私は…失ってしまったのだ。

 

 

「盾子ちゃん…正直に言うね。私は…君が苦手だったんだ」

 

 

学ランで顔を隠された彼女に私は語りかける。

 

「私は…君みたいなタイプの人間に初めて会ったから、

どうしていいかわからなかったんだ。どう接していいか、よくわからなかったんだ。

私は…怖かったんだよ。

君と仲良くなることが、嬉しくて…でも、とても怖かったんだ。

君は、明るくて、誰よりも輝く人気者で、、私なんかとは違う世界の人間で…。

そんな君が私なんかと仲良くしてくれるのは、この閉ざされた世界だからなんだって。

もし、黒幕が捕まって、私達が外に出たら…君は、私なんか忘れてしまう。

元の眩しい世界に戻って、そこで多くの友達と笑い合って、それが当たり前になって。

だんだん、電話もしなくなって…メールも途絶えて…。

廊下ですれ違っても、お互い目も合わせないようになって…。

ただの他人同士に戻って…。そうなることが怖かったんだ。

だから、私は…心の中で、どこか君と距離を置こうとしていたんだ。

そうなった時に備えて…自分の心を守るために。だけど…だけど」

 

私は盾子ちゃんの手を強く握る。もうその手は冷たくなっていた。

 

「だけど、君はしつこく私に付きまとってきて…。

方法は完全に間違っていたけど、いつも私のことを気遣ってくれて…。

それなのに、それなのに…私は――――――ッ」

 

 

私達は、きっと…友達になれたんだ。

私に勇気があれば、その瞬間に、私達は友達になったのだ。

 

そんなことに…今さら気づくなんて。

 

 

 

もこっち、私ね…

 

――――もこっちの“絶望している顔”が大好きなんだ!

 

 

うるせーよ!見たけりゃ見せてやるよ!今が…その顔だよ…さっさと生き返れ!

 

 

――――もこっちの絶望した顔より、笑う顔が好きになっていたんだ…て。

 

 

うるせーよ…君がいないのに…私が笑えるわけないだろ、バカァ…。

 

 

「うぐううぅぅ、バカ…盾子ちゃんのバカァ…うわぁあああああ~ん」

 

 

 

 

私は泣いた。

大きな声で。

誰もいない体育館で。

一杯泣いた。

声が枯れるまで。

 

…………

 

・……………

 

・……………………・……………

 

 

かなりの時間が経った後…私は泣くことを止めた。

 

「盾子ちゃん…私、行くね」

 

冷たくなった彼女の手をゆっくりと床に置く。

 

このままではダメだ。ここで泣いていてはダメだ。

舞園さんを殺したクロを見つけなければ、みんな殺されてしまう。

それじゃ、ダメだ。

それでは、あのモノクマを操る黒幕の思う壺だ。

 

私はクロを見つけたい。

 

最後まで夢を見続けた舞園さんのために。

 

私は黒幕に然るべき報いを与えたい。

 

私を守って死んでしまった盾子ちゃんのために。

 

 

「だから…行って来るね、盾子ちゃん」

 

 

私は体育館の出口に向かって歩き始める。

 

クロを見つけるために。

外に脱出して、モノクマを操る黒幕を捕まえるために。

 

 

下を向いてはいけない。

また、泣き出してしまうから。

 

振り返ってはいけない。

歩みを止めてしまうから。

 

 

 

 

さようなら、盾子ちゃん。

 

 

 

高校で最初の…

 

 

 

 

 

            

                私の友達。

 

 

 

 

 




こんばんは。
今回の話は、第9話の段階で、だいたい固まっていたのですが、
実際書いてみると、想像以上にキツイ気持ちになりました。
私自体、友情ものにここまで焦点を当てたのは初めてだったのもあると思います。

原作では、一時的に退場して暗躍する予定が、妹様に騙されて殺されました。
この話でも、基本同じですが、暗躍しながらも、もこっちは助けようと残姉は
考えていました。だから計画前に「守ってあげる」と言っておいたという経緯になります。
そのために死際で「もう守ってあげられない」と発言しています。
もこっちはそれを知らないから、「守ってくれたじゃないか!」と勘違いしてます。

この作品の残姉に関しては、強さや性格に作者の捏造というか魔改造しているために
当初は賛否の否の方が多いとも思っていましたが、
感想欄の読者様から、その退場を惜しんでくれる声が多くあり、
作者としては、本当に嬉しく思います。

本当にありがとうございました。

原作と同じ死に方ですが、友達を守れたこと。その友達が自分のために泣いてくれること。
それに対する嬉しさを残姉の最後の言葉に込めることができたと思います。

絶望の運命に翻弄されながらも、最後は号泣する親友の傍らで・・・。
超高校級の”軍人”戦刃むくろ・・・ここに退場。



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第1章・イキキル 中編⑤

「やっぱり、包丁がない…」

 

厨房の中において、私は、舞園さん殺害の凶器となった包丁の不在を確認した。

体育館を出た私は、とりあえず、自分の個室に戻り、シャワーを浴びて服を着替えた。

服には返り血が所々についており、また下着も諸事情により、

残念なことになっていたので、全て着替えることにした。

モノクマの支給品の中に、どこかの高校の制服があったので、今、それを着ている。

この制服はもしかしたら、希望ヶ峰学園のものかもしれない。

こんなことがなければ、これを着て、今頃は、楽しい学園生活が始まっていたかと

思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 

しかし、現実は奇妙にして非情である。

 

私達は、モノクマを操る変質者に監禁され、コロシアイ学園生活を強制されている。

そして、今日、ついに被害者が出た。

 

一人は、超高校級の“アイドル”舞園さやかさん。

説明不要のトップアイドル。

彼女は、交換した苗木の個室にて、何者かに刺殺された。

殺される前の夜、初めて話した彼女は、優しかった。

もしかしたら、友達になることができたかもしれないと思うと胸が痛い。

 

もう一人は、超高校級の“ギャル”江ノ島盾子ちゃん。

女子高生なら知らない者がいないカリスマ。

彼女は、“学級裁判”に反対して、モノクマに処刑された。

初めて会った時から、ずっと厚かましかった彼女は、本当に面倒な奴だった。

だけど、私の高校生になって初めての友達。彼女を思うと今も涙がこぼれそうだ。

 

だが、2人もの犠牲者を出したコロシアイ学園生活は、まだ序盤に過ぎなかった。

本番は、まさに今から。

 

“学級裁判”

 

それにより、舞園さんを殺したクロを当てなければ、

私達、全員がモノクマに処刑されてしまう―――――!!。

 

(ウプッ…)

 

盾子ちゃんが、モノクマが放った複数の槍に貫かれるシーンが頭を過ぎり、

胃液が逆流するのを堪える。

 

もし、犯人を外せば、私もモノクマに処刑されてしまう。

その現実が、否応なく私のか弱い胃腸を締め付けてくる。

 

だが―――

 

もし、犯人を当てることができれば、モノクマの企てを阻止することができる。

それは、この閉ざされた状況を変える突破口となるはずだ。

 

今回の“学級裁判”は、絶望を希望に変えるチャンスになる…かもしれない。

 

それに…私は決めたのだ。

舞園さんと盾子ちゃんの仇を取る…と。

 

そのためにも、なんとしても犯人であるクロは、私が見つけないといけない。

 

そう決心した私は、部屋を出て、

最初に捜査したのが、最後の夜、舞園さんと会ったこの厨房だった。

厨房の包丁のケースからは、1本の包丁が紛失していることを確認した。

あの夜のことを思い出す。

 

 

「まあ、気のせいか…」

 

 

あの時は、そう結論づけたが、違和感の正体はこれだったのだ。

そうか、すでにあの時には、包丁はクロによって持ち出されていたのか。

 

(次は、あの部屋か…)

 

凶器の不在を確認した私は、厨房を出ようと歩き出す。

その足取りは酷く重い。

次に、向かう部屋は、事件の現場。

舞園さんの死体が放置されているあの部屋だ。

足が震えるのを感じる。

胃液が再び、逆流してくる。

それでも私は行かなければならない。

 

クソ…何をやってるんだ、私は。

 

こんなの私のキャラじゃない。

私は、気さくで明るいキャラだが、こんな血なまぐさいことには向いていない。

いつもの私なら、こういうことは、首を突っ込まず、誰かに任せるだろう。

だが、今は違う。

逃げたい気持ちと同時に、逃げたくないという気持ちが沸いてくる。

 

舞園さんと盾子ちゃんの笑顔が頭を過ぎる。

 

舞園さんには夢があり、盾子ちゃんはずっと笑っていたかったはずだ。

彼女達と関わった私には、それがわかる。痛いほどわかる。

 

だから、きっと私は…

 

(漫画の主人公なら、ここで覚醒するのに…)

 

現実は甘くない。

複雑な気持ちを抱えながら、私は苗木の個室に向かった。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

個室エリアに私は足を踏み入れた。

見ると一つの部屋だけ、ドアが開かれていた。

人が通りやすいように、常時、開けるようにしたようだ。

 

「ということは、あれが、苗木の部屋か」

 

それがわかると再び、私の足に震えが奔る。

今こそ、あの体育館での潜在能力開放時の万能感が欲しいところだ。

まあ、もう、私に顔面ローキックをしてくれる相方はいないけど…。

 

(盾子ちゃん…私に力を!)

 

亡き友の名前を心の中で呼び、意を決して私は、苗木の個室に向かう。

 

「あれ…!?」

 

部屋に入る直後、私は素っ頓狂な声を上げた。

私の視界に明らかにおかしなものが映ったためだ。

 

「なんで…?」

 

私はそれを見つめた。

そこには、部屋の持ち主を示すプレートがかかっていた。

プレートには、モノクマの趣向なのか、

その人物の苗字をカタカナで、そして、かわいいドッド絵が描かれていた。

だが、私の視界の先には、部屋を交換したはずの「ナエギ」ではなく、

「マイゾノ」の名前とともに、舞園さんのかわいいドット絵があった。

 

おかしい―――

 

私の全身を違和感が駆け抜けた。

これは、明らかにおかしいではないか。

苗木は言っていた。

何者かに狙われ、怯えていた舞園さんと部屋を交換した…と。

だが、表札まで交換しては、そもそも部屋の交換の意味がなくなるではないか。

 

 

「おう、チビ女!オメーも来たのか」

 

 

威勢のいい大声に思考の海を漂っていた私は、突如引き上げられた。

そこには、下はダボダボの制服。上はランニング。

そしてその頭は、もはや絶滅危惧種のリーゼント頭の生徒。

 

超高校級の“暴走族”である大和田紋土君がいた。

 

「さ、さっきはあ、ありがとうございます」

 

個室に足を踏み入れて、私は慌て会釈する。

大和田君とは、先ほど体育館で別れたばかりだ。

彼は、自慢の制服を盾子ちゃんの死を悼むために、使ってくれた。

 

「いいってことよ。ああ、アレはやらねーぞ!大事な一張羅だしな。

今は、お前のダチに貸しといてやるだけだ。

このクソったれな“学級裁判”とやらが終わるまでな!」

 

彼は、そう言った直後、くしゃみをした。

ランニング一枚ではやはり、寒いようだ。

 

「優しいね…大和田君は」

 

その姿に、ふとありのままの感想を呟いてしまった。

まるで雨の中、不良が子猫に餌をやっているシーンを目撃してしまったような気持ち。

 

「なッ…!?」

 

私のその言葉を大和田君は、聞き逃さなかった。

 

「て、てめ~何言ってんだ!?例え女だからって舐めてると容赦しねーぞ!!」

 

「ヒッ!?ちょ、なんで!?ご、ゴメンなさい!!」

 

なんだかわからないが、彼の虎の尾を踏んでしまったようだ。

とりあえず、私は謝罪の言葉を述べ、ひたすら頭を下げる。

 

「わ、わかりゃあいいんだよ、俺は優しくなんかねーんだ。俺は強えだけだ…!」

 

そういいながら、腕組みしながら、顔を横に向ける。

そのせいでよく見えないが、顔が少し赤いようだ。まだ、怒っているのかな?

 

「黒木よ、ここに捜査に来たのは、お前が最後のようだな」

 

私はその声の方に視線を向ける。

そこには、2m近くの巨大な筋肉の鎧がそびえ立っていた。

その身体は男性のものではない。彼女は紛れもなく女性である。

 

超高校級の“格闘家”である大神さくらさんが私を見下ろしていた。

 

「み、みんなは…?」

 

「先ほどまで、お前以外のメンバーはここで、事件の捜査をしていたが、

お前と入れ違う形で、自分の個室に戻るなり、他の場所を捜査しに行った」

 

「そ、そうですか…」

 

私は、周囲を見渡す。

確かに、この場には、大神さんと大和田君の二人しかいない。

 

「我らがここに残っているのは、この場所がクロに荒らされないように監視するためだ」

 

「まあ、俺らは推理って柄じゃねーしな。だが、喧嘩なら負けねーぜ!」

 

私が疑問に思ったことを察し、大神さんが説明してくれて、大和田君も会話に参加した。

 

「霧切に頼まれてな。確かに闘いならともかく、推理は我の専門外だ」

 

大神さんの口から突如出てきたその名前を聞き、私の表情が曇る。

 

(また、アイツか…)

 

霧切響子。

 

どうやら彼女が、またやらかしているようだ。

恐らく再び漫画かアニメの知識を悪用し、今回のことを企てたようだ。

なによりムカつくのが、それが効果的な作戦であるのが、否めないことだ。

確かに、この最強コンビが守っていては、クロが現場を荒らすのは困難といえる。

この二人には悪いが、“脳筋組”であろう二人が捜査で役に立つ可能性は限りなく低い。

ならば、監視に専念してくれた方が、全体の役に立つかもしれない。

そうなのだ。

この事件は、“知性派”と思われる十神君、霧切さん、そして私が解くしかないのだ。

 

決意を新たにして、私は捜査を開始する。

 

「舞園さん…」

 

彼女の遺体を再び目のあたりにして、胃液が這い上がってくる。

恐らく、一時間ほど前に、“さよなら”と言って、今この場にいるのは、

たとえ、相手が死体であろうともバツが悪い。

そして、彼女が“ウフフ、本当ですね”そう笑ってくれることは、二度とない。

電子生徒手帳を取り出し、“モノクマファイル”を読んでみる。

 

 

>>被害者は舞園さやか。

死亡時刻は午前1時半頃。

死体発見現場となったのは、寄宿舎エリアにある苗木誠の個室。

被害者はそのシャワールームで死亡していた。

致命傷は刃物で刺された腹部の傷。

その他、手首には打撃痕あり。

打撃痕のある右手首は、骨折している模様。

 

 

なるほど…。

なかなかに詳しく書いてあるので、少し感心してしまった。

特に手首の骨折など、ここで書かれていなければ気づかなかっただろう。

つまり、彼女は、手首が骨折するほど、激しく格闘していたことになる。

いきなり襲われて、即死したのではなかった。

その最後の瞬間まで、彼女は足掻いていたのだろう。

彼女の右手首を見てみる。

彼女の右手首は、打撃痕で薄紫色に腫れ上がっているのが酷く痛々しい。

 

「ん?何かついている…?」

 

彼女の手首と制服の袖に、黄金色の粉のようなものが付着しているのを発見した。

 

(なんだろ…これ?)

 

よくわからないが、とりあえずメモをしておく。

次に死因となった凶器の包丁を見る。

 

(ウげェ…)

 

もう吐きそうだ。

耐え切れなく、視線を逸らした時に、私は初めて“それ”に気づいた。

 

(え…!?壁に、何か文字が書かれている!?)

 

 

 

         “11037”

 

 

 

それは、彼女の血によって記されていた――――

 

 

(これは、まさか…ダイイング・メッセージというやつでは…)

 

 

漫画やアニメ、またはドラマや映画で何度もこの展開を見てきた。

被害者が自分の血を使って犯人の手がかりを書き残す。

恐らく彼女も、最後の力を振り絞って、

その血で染まった指で、後ろの壁にこの文字を残したのだ。

これは重大な手がかりだ。

アニメや漫画の展開が正しいなら、これを解くだけで犯人がわかるほどに。

 

しかし―――

 

 

 

 

(まったくわからん…!)

 

 

 

私には、さっぱりわからなかった。

 

マジでなんですか…コレは?

やはり、犯人の名前か苗字を表わしているんだよね?

とりあえず、解いてみようか。

 

①“イチイチゼロサンナナ”  ②“イイオサンシチ”

 

う~ん、②の方が苗字っぽいかな…そんな奴いないけど。

では、逆の73011でやってみよう。

 

①“ナナサンゼロイチイチ ②”シチサンオイイ“

 

おいおい、余計にわからなくなってしまったよ。

“ナナサン”“シチサン”とか女子っぽいかも…そんな人いないけど。

う~ん、“893”とか“114514”みたいにすぐにわかる当て数字ではないようだ。

これは難しいぞ…。“ハガクレヤスヒロ”にはどうやってもならない。

 

 

(犯人の名前じゃなかったら、金庫か何かの暗証番号とか…?)

 

 

髪を掻きながら、ダイイングメッセージの前で悩む私。

そのシチュエーションに知らず知らずの内にテンションが上がってきた。

まるで、本物の女子高生探偵のようだ。

そんな時、ふと思ってしまった。

 

 

“これを機会に、今から本物の探偵を目指してみようかな…と”

 

 

少し話しを聞いて欲しい。

昔、ネットか何かで聞いたことがあるのだ。

日本には、代々探偵業を生業とする“探偵の一族”がいるという噂を。

その継承者は、なんと私と同じ女子高生でありながら、迷宮入り寸前の

難事件をいとも簡単に解いてしまうらしい。

未だにメディアにその姿を現していないが、噂によると凄い美人のようだ。

 

“知性的で美人で女子高生”…どうだろう、ピンとこないか?

 

オイ…なんで

 

“え?何が言いたいんですか?”

 

みたいな顔をしているんだ…!?

 

知性的で美人で女子高生”…まるで、私のようではないだろうか。

女子高生で美人な私が、この難事件を解き、クロを捕まえれば、その瞬間より、

“女子高生探偵”の誕生だ。

そしてそれが、モノクマを操る黒幕を捕まえることに繋がれば、

私は、間違いなく先輩女子高生探偵の彼女を超える存在になる。

 

そうだ…超高校級の“喪女”などという

わけのわからない不名誉な称号は私には似合わない。

 

 

超高校級の“探偵”

その称号こそ、私にふさわしい…!

 

 

そして、それを目指すことに何らデメリットはない。

結果として、舞園さんと盾子ちゃんの仇を討つことにも繋がる。

まさに、一石二鳥…三鳥だ。まさにいいことずくめ。

ヤベえ…テンションが上がってきた。

 

(とりあえず、これは後回しにしておくか)

 

私は、ダイイングメッセージをメモして、部屋の捜査に移った。

 

シャワー室を出ると、ドアノブが何かで外されているのを発見した。

どうやら、クロは、シャワー室に逃げ込んで、ドアをロックした舞園さんを

殺害するために、何かの道具で、ドアノブを壊し、シャワー室に侵入したようだ。

 

(これは“アレ”を使えば、できそうだな…)

 

脳裏にあの道具を浮かべ、私は部屋の中央に向かう。

 

部屋は酷く荒らされていた。

壁の所々に、無数の刀傷がくっきりと刻まれていた。

 

(舞園さん…結構、強くね?)

 

彼女は、侵入してきたクロに突如襲われたはずだ。

だが、この部屋の荒れ具合を見ると、何気に一進一退だったのがわかる。

 

(犯人はまさか、女性陣の中にいる?)

 

同じ女性なら、この互角の戦闘状況が頷ける。

私はクラスメートの女子達の顔を思い浮かべる。

運動神経がよさそうな朝日奈さんや霧切さんが奇襲をしかけたなら、

ここまでの激戦にならなかったはずだ。

逆に、可愛くてか弱そうな不二咲さんなら、奇襲に失敗したなら、それで終わりだろう。

 

次は、腐川さんとセレスさん。この二人は正直、怪しい。

腐川は、猜疑心の塊である。

いつまでもこない警察に絶望し、ついに凶行に及んだ可能性がある。

セレス・ルーデンベルク。

彼女の性格なら、ここで適応するために、モノクマの企てに乗ったかもしれない。

そもそも、本名すらわからない怪しい奴だ。

セレス・ルーデンベルクって何スか?

 

最後に…私は後ろをチラリと見る。

そこには、大神さくらさんが、腕を組んで立っている。

 

(凶器の必要ないだろ…)

 

ないない。

彼女に殴られたら、舞園さんの顔は原型を留めていない。

 

とりあえず、床に落ちている模造刀と鞘を見てみる。

模造刀は所々、金箔が剥がれ、それの周囲に金の粉が散布されていた。

刀の鞘には、まるで刃物か何かを受けたような傷があった。

 

(この鞘で包丁を受けた…ということかな?)

 

これもとりあえずメモしておくことにした。

 

最後に締めとして、床を隅々まで見てみることにした。

これこそ、捜査の基本中の基本。

ここで、だいたい発見した何かが事件の解決に繋がるものだ。

 

だが…

 

(なんで…!?髪の毛一本すら落ちていない?)

 

違和感が私を襲う。

おかしいではないか。

これほど、荒らされている部屋なのに、髪の毛すら落ちていないなんて。

本来なら、苗木と舞園さんの髪毛を複数発見できるはずだ。

それが一本もない。

 

私は、部屋の隅に置かれていたテープクリーナーを手に取る。

テープクリーナーの紙はもうほとんど残っていない。

 

(苗木はもの凄い潔癖症なのかな…?)

 

私は、ゴミ箱を見ようと歩き出す。

そこには、使われて大量の紙があるはずだ。

 

しかし――――

 

 

(ない。ゴミ箱はからっぽだ…!)

 

総毛立つ。

全身の毛穴がぶわっと開いたような感覚に襲われた。

 

部屋の状態から見て、テープクリーナーが使用されたのは、

犯行の後で間違いない。だが、使用された紙はどこにもない。

 

そして、それを処分できるのは―――

 

 

(クロが犯行後に、処分した…!)

 

 

次に雷に打たれたように、私の頭にあの映像が駆け抜ける。

私は、急いで、部屋を出て、部屋の前のプレートを見る。

 

        「マイゾノ」

 

かわいいドット絵と共にその名前が書かれていた。

 

 

「だから“アイツ”はこんなことをしたのか…」

 

 

まさか、漫画の読者であった私が、

この台詞をリアルの殺人現場でいう日がくるとは夢にも思わなかった。

だが、敢えて言わしてもらおう。

今ほど、この台詞がふさわしい瞬間はないのだから…

 

 

 

 

         謎は…すべて解けた!!

 

 

 

 




―――――迷推理開幕!!



19話 進行状況 3700字 6/29




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第1章・イキキル 後編①

チャラチャラララ~♪

チャラチャラララ~♪

チャラチャラララ~♪

チャラチャーチャーチャラチャーチャーチャチャー♪

 

希望ヶ峰学園に入学した私達、超高校級の才能達。

だが、その入学式の直前、モノクマを操る黒幕に誘拐され監禁される。

“コロシアイ学園生活”を宣言するモノクマ。

そんな中、仲良くなった超高校級の“アイドル”舞園さやかが何者かに殺された。

そして、“学級裁判”に反対した私の親友

超高校級の“ギャル”江ノ島盾子もモノクマに殺されてしまう。

 

迫り来る学級裁判!

 

「だから、アイツはあんなことをしたのか…」

 

ダイイングメッセージの意味とは…!?

 

 

「真実はいつも一つ!」

 

 

智子はこの完全犯罪を暴くことができるのか!?

 

 

 

次回、“名探偵”黒木智子 

 

 

 

      「希望ヶ峰学園殺人事件 後編」

 

 

 

NEXT智子ズヒント「ネームプレート」

 

 

 

 

(ふう…まあこんなところかな)

 

頭に湖南の軽快なBGMが流れ、つい次回予告を作ってしまった。

それだけ私もノリノリということだろうか。

一昔前のBGMを使用してしまったのはご愛嬌だ。

私も全てのアニメをチェックしているわけではない。

湖南は久しくみていないな。

まだ黒色の組織との決着はついていないのだろうか。

アイツら、もう十年近く膠着状態になってないか…?

まあ、話を戻そう。

 

 

あの~犯人、わかっちゃいました。

 

 

ウハ、いいよ、いいよ!これだよ!

このゾクリとする感覚だよ!ああ、なんて気持ちがいいのだ。

それはもう麻薬のような快楽。

今なら、某人気歌手のようにお縄となってしまうかもしれない、とそう思うほどに。

ああ、いかん、いかん。

快楽にヨガってる場合じゃねーや。

こうしている間にも、捜査のタイムリミットは刻々と近づいている。

そろそろ、シリアスに戻らなねば。

 

私は、部屋の中に戻り、舞園さんの前に立つ。

大和田君と大神さんは、怪訝な表情で私を見つめるが、今はそれを気にしないことにする。

私がここに来た理由は一つだけだ。

 

舞園さんにこの事件の真実を最初に教えてあげたい。

 

私の初めての推理を…この事件の真実を、被害者である彼女にこそ捧げたい。

私は、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

真実は…今、ここに!

 

 

 

 

―――――これが事件の真相だ!!

 

 

 

 

突如、場面は裁判所のような場所に変わる。

私は、犯人の前に立っていた。

 

 

 

“ちょ、おまw誰だよ、この美人は!?”

“ん?突然の新キャラの登場か何かかな?”

“美化しすぎだろ!完全に別人じゃねーか!”

“巨乳美人になっててワロタwww”

 

 

また何処からともなく小うるさい幻聴が聞こえてくる。

うるさい奴らだな…どう見ても私ですが、何か?

幻聴を無視して、推理を続けよう。

 

私は、犯人と思われる人物の前に立っている。

犯人と思われる人物は、全身を黒塗りにして、まるで影のようであった。

不敵な笑みと敵意をもった目だけが怪しく光っている。

どうやら、推理で犯人を当てることで、正体がわかる仕様のようだ。

 

「笑っているのも今の内よ…“クロ”!

私が今からあなたの犯罪を解いてあげるわ…ジッチャンの名にかけて!」

 

私はクロに向かって宣戦を布告する。

勢いで名台詞をパクってしまったが、私の祖父はもちろん探偵ではない。

千葉の田舎に住んでいるただの農家であり、現在は鶏を増やそうかと計画中である。

久しぶりに祖父の顔を思い浮かべていると、

突如、私の頭上に、いくつかの映像がカードのように並べられていく。

なるほど…どうやら、これをジグゾーパズルのように当てはめていくことで

事件の真相がわかる仕様になっているようだ。

よし、では、さっさくやってみよう。

 

最初に選んだカードは、舞園さんが、クロを招き入れている場面だった。

 

何者かの襲撃の怯え、部屋の交換までした舞園さん。

だが、そのカードの舞園さんは、笑顔で犯人を招き入れている。

 

「彼女に信頼されているあなたなら、簡単に彼女の部屋に入ることができる。

“忘れ物をした”とかなんとか理由をつけてね」

 

「…。」

 

私の指摘にクロは黙り込む。どうやら、図星のようだ。

私は、次のカードを手に取る。

そこには、恐怖に顔を歪めた舞園さんと、

口から涎を垂らして襲い掛かるクロが映っていた。

それはまるで獣のように。

クロは、舞園さんの信頼を踏みにじり、その欲望を解き放ったのだ。

それが全ての引き金。この犯罪の発端。原始的欲求。

 

「そう、クロ…あなたは―――」

 

 

 

舞園さんを、無理やり“ビィーーー”しようとしたのよ!

 

 

 

あれ?何だ、発言が突如、異音に妨害された。

いや、だから、クロはアイドルである舞園さんと密室にいることに

理性が限界を超え、ついにその魅惑的な身体をむりやり“ビィーーー”しようと。

あれ、やっぱり上手くいかない。

だから、奴は彼女の服に手をかけて“ビィーーー” “ビィーーー”

チ…どうやら、ここではこの発言は放送コードに引っかかるようだ。

仕方がない、諦めよう。

 

気を取り直して私は、次のカードを手に取る。

そこには、ナイフと模擬刀の二刀流で舞園さんに襲い掛かるクロが映っている。

 

“ブゥ~~~~~”

 

不快な音響が私の選択の失敗を告げてる。

頭上のライフポイントが一つ減ってしまった。

 

くそ、失敗か…確かに、なんで二刀流になる必要があるんですかねぇ…。

小学生のチャンバラじゃないんだから。

私は気を取り直し、次のカードを手に取る。

ナイフを手にするクロに舞園さんは、慌てて模擬刀を取ろうとしていた。

 

“ブゥ~~~~~”

 

再び、不正解の音が響く。

あれ、なんで!?なんで、これが不正解なのだ?

ナイフを持って襲ってきたクロに、舞園さんが、とっさに模擬刀で応戦した…はずだ。

ライフもまた一つ減ってしまった。

これ以上は失敗できない。よく考えろ、私!

 

(ハ…そうだ!舞園さんの手首についていたもの…あれがヒントだ!)

 

舞園さんの骨折して右手首の袖口には、模擬刀の金箔がついていた。

そして、彼女の手のひらには、何も付着していない。

つまりそれは、クロが模擬刀を使って、そこに打撃を加えたことを意味する。

 

(うん?でも待てよ…だったら、犯人は包丁をどうしたのだろう?)

 

わざわざ包丁をどこかに置いた後で、模擬刀で舞園さんを襲った…?

いや…そんなことはありえない。

この部屋の惨状を見れば、クロと舞園さんは激しく争ったのがわかる。

クロが模擬刀を持っていたことは確定した。

 

ならば、包丁は…

 

 

(あの時のハンドバックの中か…!)

 

 

電流が奔った。

彼女は、ハンドバックを持っていた。あれは果物を入れるためなんかじゃなかった。

あれは、包丁を入れるために持ってきたのだ。

 

包丁を持ち出した人物…それは被害者である舞園さん自身だったのだ。

 

(そうか…舞園さんは、護身用に包丁を持ち出したのか)

 

全てはつながる。

部屋を交換するほど怯えていた舞園さんが包丁を護身用に所持しても何ら不思議ではない。

だが、模擬刀で右手首を殴打された時に、

包丁を落としてしまい、クロにそれを奪われてしまった。

 

その時の彼女の恐怖を想像しながら、私は次のカードを手に取る。

舞園さんは、シャワールームに逃げ込み、ロックをかけた。

しかし、包丁を手に取ったクロは、シャワールームの前に迫る。

 

まさに性欲の権化だ。

 

いや、逆上して頭がおかしくなってしまったのだろう。

私が手にとった次のカードには、

“ある物”を使ってドアノブを壊したクロが舞園さんに再び襲い掛かる映像だった。

掴み合いをしている時に包丁が彼女の腹部に刺さってしまった。

慌てるクロ。

舞園さんは、壁に背を当てズルズルとしゃがみこんでいく。

虚空を見つめる瞳。彼女は震える左指で、後ろの壁にダイイングメッセージを書き込む。

 

いよいよ事件も終わりに近づいてきた。

私が手にとった次のカードには、

クロがテープクリーナーを使って証拠隠滅に取り掛かっていた。

これが、髪の毛が一本もない謎の答えだ。

 

そして、最後のカード。

そこには、ネームプレートを入れ替え、薄笑いを浮かべるクロがいた。

 

「そう、これは計画殺人ではなく、突発的な殺人だったのよ。

誤って舞園さんを殺してしまったあなたは、焦った。

死体を処分しようにも、現在、私達が移動できるのは、この1Fのみ。

朝になれば、朝食において、舞園さんの不在はすぐ知られてしまう。

だから、あなたは、とっさにこのトリックを思いついたのよ。

舞園さんと部屋の交換という状況そのものを利用することを」

 

「…。」

 

クロは無言を通す。

だが、その黒塗りの顔には、明らかな動揺と大粒の汗が浮かんでいた。

ついに私は、クロを追い詰めたのだ。

 

「そう、あなたは、テープクリーナーで、証拠を隠滅し、

ネームプレートを交換することによって、その部屋を舞園さんの個室に仕立て上げ、

部屋を交換した事実を隠そうとしたのよ!

最初から部屋の交換などはしていない。

舞園さんは自分の部屋で殺された…そういうことにするためにね。

これは、舞園さんの隣部屋で、部屋の交換を行ったあなたにしかできないトリック。

そしてあなたは、次の日、第一発見者を演じた。

舞園さんは、自分の個室で殺されたことを印象づけようとしてね…そうでしょ?」

 

 

 

 

             苗木…誠君!!

 

 

 

「ぐッ…!!」

 

クロの黒塗りが消えてゆき、その中から苗木が姿を現した。

その顔は、ひどく歪みんでいた。額に大粒の汗をかき、その瞳に恐怖と敵意が映る。

 

「ハ、ハハハ、な、何を言ってるんだよ、黒木さん。冗談は止めてよ」

 

苗木は焦りながらも、両手を振りながら反論を始める。

 

「舞園さんは不審者に狙われて怯えていた。

彼女は、それで僕に部屋の交換を提案してきたんだ。

僕と舞園さんは、同じ中学校出身だったからね。

僕は彼女を助けたかったんだ。

そんな僕が彼女を…舞園さんを殺すわけ…ないじゃないか~~~~~ッ!!」

 

声を震わせながら苗木は叫ぶ。

それは確かに聞いた人間の心を揺さぶるものがあった。

 

(名優だね…苗木君)

 

だが、私は騙されない。

この男がいかに人の皮を被った魔物であるかをここで暴いてやるのだ。

 

「その不審者の正体こそ、あなたよ!苗木君。

そして、不安になっている彼女に部屋の交換を持ちかけたのもね!」

 

「クッ…!」

 

邪な欲望を成就させるために周到に用意された計画。

全ては彼女を“ビィーーー” “ビィーーー” “ビィーーー”

しかし、それが最悪の結果となってしまった。

 

「ま、待ってよ!思い出してよ!僕は、自分から部屋の交換の件を打ち明けたじゃないか!

僕が本当に犯人なら、このことは隠すはずだよね?

犯人なら、自分が不利になるようなことは絶対に言わない!

だから、僕がこの件について

自分から話した事実こそ、僕が犯人ではないという証拠じゃないかな…?」

 

大げさに身振り手振りしながら、苗木は己が無実を語る。

その表情は次第に、落ち着きを取り戻してきた。

だが、それとは裏腹に、その目には強い敵意が宿り、

口元には時折、下卑た笑みが浮かべていた。

少しずつだが、その邪悪な本性が露となってきたようだ。

 

「…モノクマファイル!」

 

「ヒッ…!?」

 

私の言葉がまるで“弾丸”のように発射され、苗木の耳を掠めた。

嘘の核心を撃ち抜かれた苗木は、小さな悲鳴を上げた。

おお、嘘を見破るとこんな演出が起こるのか。

言葉の弾丸か…そうだ、これからは言弾(コトダマ)とでも呼ぶことにしよう。

おっと、話の途中だった。

 

「それは嘘よ。あなたは自分から打ち明けてなどいなかった。

モノクマファイルに“殺害現場は苗木誠の部屋”と記載されていたために、

部屋の交換の件を打ち明けるしかなかったのよ!」

 

「…ッ!」

 

 

そうなのだ。

この部屋の入れ替えトリックは、突発的殺人を隠すために即興で行ったもの。

故にこのトリックには多くの穴が開いていた。

例え隣部屋とはいえ、部屋の位置を記憶している人間がいればすぐにバレてしまう。

このトリックはそう長い時間、真実を隠せるほどの強度を持ち得ないのだ。

恐らく苗木は、そのわずかな時間に校則⑥(仲間の誰かを殺したクロは“卒業”となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません)

が適用される可能性に賭けたのだ。

なんと邪悪で抜け目のない奴だ…まさに人の皮を被った悪魔、人間のクズそのものである。

だが、その目論見も、モノクマファイルの存在により破綻することとなった。

まさかそんなものが出てこようとは、誰も予想できなかったはずだ。

これはモノクマの気まぐれである。

まあ、早い話は、苗木は“幸運”から見放された、ということだ。

 

 

「ヒ、ヒヒヒヒヒ…ヒァハ――――――ッツ!!」

 

「なッ!?」

 

その時だった。

下を向いてなにやら、

ブツブツ呟いていた苗木が突如、パーカーを頭に被り雄たけびを上げた。

 

「へへへ、名探偵さんYO~~~あんた大事なこと忘れてないか?

証拠だYO、しょ・う・こ!証拠がなければ、その推理はただの妄想だYO !

このオレ様を犯人と断じることなんてできないんだYO~~~~~~~~ッ!!」

 

パーカーを被った苗木は、まるでラッパーのような語尾を用いて反論した。

その形相は、あの優男のそれではない。

その顔はまさに、己が欲望のために舞園さんを殺めた殺人鬼のものだった。

 

「ヒャハハハ、オレ様の勝ちだ~~~~~~~~ッ!!」

 

高らかに勝利を宣言し、私に向かって両手でダブルファッ○を決める苗木。

私は奴に心臓に向けて、ゆっくりと右手を銃のように掲げる。

 

 

 

 

          “工具セット”――――ッ!!

 

 

 

 

「ギィヒ~~~~~!?」

 

 

私が放った言弾が苗木の心臓を撃ち抜いた。

 

「あなたは、支給された工具セットでシャワー室のドアノブを壊して侵入したのよ。

だから、あなたの工具セットには、使用した形跡が残っている。

それこそが、あなたが犯人である動かぬ証拠よ!」

 

初日に部屋においてあった張り紙の内容を思い出す。

女子には裁縫セットが、男子には工具セットが配ったと。

裁縫セットは、包装を破らなければ使えない仕様だった。

ならば、工具セットも同じ仕様のはずだ。

脱出口を探すための捜査において、苗木が工具を使用したと

いう話も聞いたことはない。

ならば、苗木の工具セットに使用した形跡があるならば、

それは、シャワー室のドアノブを壊した時しかない。

 

これで、全ての謎は…ああ、ダイイングメッセージが残ってた。

だが諸君、安心して欲しい。

あれは、謎でも何でもなかったのだ。

これを見て欲しい。

 

“11037”

 

最初の3つの数字に注目して欲しい。

“110”つまり、110番(ひゃくとおばん)だ。

盾子ちゃんが串刺しにされた時、私はパニックを起こして救急車を呼ぼうとしたように、

舞園さんも刺されてパニックを起こして“警察を呼んで欲しい”と思い、

とっさに壁に書いてしまったのだ。

いや~考えると単純なことだったんですねぇ~HAHAHAHAHAHAHA。

 

 

「あ、あああ…」

 

苗木は魂が抜けたようにヘナヘナと床に膝を崩した。

それは言葉なき敗北宣言であった。

 

「すごい、すごいよ!智子ちゃん!!一人で事件を解決しちゃった!!」

 

朝日奈さんが、飛び跳ねながら歓声を上げた。

 

「うひょ~~カッコいいでござる黒木智子殿!まるでアニメの名探偵のようですぞ!!」

 

山田君が巨体を揺らしながら、興奮する。

 

「ウフフフ、やりますわね、黒木さん。やはり只者ではないと思っていましたわ」

 

セレスさんが私に、好意の瞳を向ける。

 

「見直したぜチビ女…いや、黒木の姉御!」

 

大和田君が“グッ”と親指を立てる。

 

「凄いぞ、黒木君!宣言しよう!僕は生涯、君のことを尊敬する!」

 

石丸君が暑苦しく感涙する。

 

「黒木さん、凄いなぁ…僕、憧れちゃうよぉ」

 

不二咲さんが、目を輝かせる。

 

「うぬ…さすが黒木よ。我には真似できぬ」

 

大神さんが、目を閉じ頷いた。

 

「フ、黒木智子よ。貴様、我が十神財閥の専属探偵になる気はないか?」

 

十神君も遠まわしであるが、私のことを認めてくれたみたいだ。

 

「キィイイイ~~~黒木のくせに生意気よ!でも、悔しい…尊敬しちゃう!」

 

腐川さんはハンカチを噛みながら、背反した感情を吐露する。

 

「凄すぎるべ!智子っち!後でサインくれ!オークションに出すから!」

 

葉隠君が、私に尊敬の眼差しを向け…てるよね?

 

「カッコいいぜ、黒木智子ちゃん!俺、ファンになっちゃったよ!」

 

桑なんとかさんも、ようやく私のフルネームを覚えてくれたようだ。

 

「黒木さん…」

 

霧切さんが私の前に進み出る。

 

「ごめんなさい…!調子乗ってリーダーぶってあなたの捜査の邪魔をして。

全部、漫画やアニメの名探偵の真似をしていただけなの。

ああ、私はなんて迷惑な中二病だったのかしら…うう」

 

霧切さんは、床に膝を崩し、シクシクと泣き出した。

ようやく、自分のレベルを理解したようだ。うん、いろいろあったが、彼女を許そう。

 

「やったじゃん☆もこっち!」

 

「うぉ!?」

 

突如、床の扉が“ガチャリ”と開いて、飛び出てきた人物を見て、私は驚きの声を上げた。

 

「もこっち、久しぶり~~」

 

「じゅ、盾子ちゃん…!?」

 

そこには、串刺しになって死んだはずの盾子ちゃんがいた。

 

「天国から見てたよ。いや~凄いじゃん、もこっち!」

 

どうやら彼女は天国から私の活躍を見てくれていたようだ。

言われてみると、彼女の頭の上に死んだ証明?となる天使の輪が浮いていた。

 

「私もみていましたよ!黒木さん!」

 

「うわぁ!?舞園さんも!?」

 

盾子ちゃんの隣の床の扉が開き、そこから被害者である舞園さんが出てきた。

その頭には、盾子ちゃんと同じように天使の輪が浮いていた。

 

「事件の真実を解いてくれて、本当に…ありがとうございます!」

 

「ま、舞園さん…」

 

彼女の笑顔に胸が熱くなり、私は声を詰まらせる。

私の推理によって、彼女の魂を救うことができたみたいだ。

 

(でも、盾子ちゃんに、舞園さん…天国って地下にあるんですかねぇ…?)

 

そんな些細な疑問が胸の奥に残った。

しかし、今はそんなことに気にしている場合ではない。

 

 

 

「まだ、コロシアイ学園生活を続ける気なの?モノクマ!」

 

「ヒッ!?」

 

私は端に隠れて様子を窺っていたモノクマを睨む。

今回の件で、知性における格の違いがわかったはずだ。

これからいくら殺人事件が起きようとも、

私がいるからには、それは事件にも裁判にもなりえない。

これからコイツが仕掛けること全てがまったくの無駄になるのだ。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ」

 

状況を理解し、モノクマは歯軋りをする。

また何か仕掛けを使って、私達を脅迫するのだろうか?

だが、そんなことは、ただ恥の上塗りとなるだけだ。

モノクマにできることは、もはや何もなかった。

 

「…ボクの負けです。皆さんを解放して自首します…」

 

ショボーン。

そんな感じでうな垂れながら、モノクマは敗北を認めた。

 

 

――――ゴゴゴゴゴ

 

 

モノクマの敗北宣言と共に、玄関の鉄の扉が轟音と共に開き始めた。

 

(眩しいな…)

 

光りが…十日ぶりに見る太陽が私達を照らす。

 

「おかえり!智子!」

 

「お母さん!」

 

外には、お母さんが待っていた。いや、それだけじゃない!

 

「お父さん!智貴!ゆうちゃん!」

 

みんなが…みんなが私を待っていてくれた!

 

「おめでとう」

 

智貴がそう言って拍手する。

 

「おめでとう」

 

ゆうちゃんもそれに続く。

 

「おめでとう」

 

お父さんとお母さんも拍手する。

 

「おめでとう」

 

朝日奈さんも山田君もセレスさんも。

 

「おめでとう」

 

大和田君も石丸君も不二咲さんも。

 

「おめでとう」

 

葉隠れ君も十神君も腐川さんも。

 

「おめでとう」

 

霧切さんも桑なんとかさんも。

 

「おめでとう」

 

盾子ちゃんも舞園さんも。

 

「おめでとう」

 

苗木もモノクマも。

 

みんなが私の周りに輪となって集まり、私のことを祝福してくれる。

 

「みんな…」

 

その気持ちに応えられるのはこの言葉だけだ。

万感の思いを胸に、私はその言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       “ありがとう”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへへへ」

 

「おい…オイ!」

 

「うひひ、ありがとう…みんな、ありがとう」

 

「オイコラ!チビ女!ヤクでもキメてんのか、てめーは!?オイ!!」

 

「え、ハッ…!?」

 

耳元で騒がしく響く大和田君の声で私は現実の世界に戻ってきた。

どうやら、自分の推理に酔いしれるあまり妄想の世界に足を踏み入れてしまったようだ。

見ると目の前には、大和田君と大神さんがいた。

だが、その様子は先ほどとは違う。

大和田君は、真っ青になり、顔に汗をかき、

大神さんは、険しい顔をさらに険しくして、私から距離をとる。

それはまるで敵に対して戦闘態勢に入るかのように。

 

(え、何で…?)

 

状況がわからずに困惑する私。

だが、大和田君の次の言葉で、全てを理解することになった。

 

 

 

「てめーチビ女、こんな所で何、ニヤニヤ笑ってんだ!?」

 

 

(え…こんな所って…)

 

私は顔を上げて、部屋を見渡す。

そう、ここは苗木の部屋であり、殺害現場。

私の目の前には、被害者である舞園さんの遺体が…

 

 

(ぎゃぁああああああああああああああああああ~~~~~~~)

 

 

私は心の中で絶叫した。

 

舞園さんの遺体。そして、その前でニヤニヤと妄想しながら笑う私。

 

ハイ、完全にサイコパスです。

 

「てめ~何、笑ってたんだ!?ハッ!まさか、舞園はお前が…」

 

「黒木、お主は…」

 

彼らの発言により、状況が最悪の方向に向かっているのは疑いようがなかった。

大和田君と大神さんから見れば、私は現場に戻って遺体を確認して嗤う殺人鬼

にしかみえない。

 

「ち、ちちちちち違うんです!誤解です!ちょっと、思い出し笑いをして―――」

 

「あん?こんなところでかよ?てめーは頭、湧いてるんのか!?」

 

私の言い訳に大和田君は、血管を浮き立たせて激昂する。

だめだ。今は言い訳を聞いてくれる精神状態じゃない。

 

(あ、そ、そうだ!)

 

私は部屋の机に目を向ける。

あれには、動かぬ証拠となる“工具セット”が入っているはずだ。

私の勘が確かなら、工具セットはまだ机の引き出しにあるはず。

あれを大和田君と大神さんに見せて、先ほどの推理を話そう。

そうすれば、ついでに私の疑いも晴れるはずだ。

 

「オイ、チビ女、どこ行く気だ」

 

私は、大和田君の声を振り切るように机に向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

その時だった――――

 

 

「大和田君、何かあったの?」

 

誰かが、部屋に入ってきた。

その声を聞いた瞬間、私は歩みを止めた。

クラスメートの声を知っているのは当たり前だろう。

だが、その人物は、私にとってただのクラスメートではなかった。

そいつは、敵。舞園さんを殺した殺人鬼。

 

「おう、また来たのか、苗木」

 

苗木誠。

犯人であるこの男は再び殺人現場に戻ってきたのだ。

 

(な、なんで、こいつがここに…?)

 

背中に冷たい汗が流れる。

私は恐怖のあまり振り返ることなく、その場で固まってしまった。

 

「苗木、まさかてめー、この現場を荒らしにきたのか!?そうはさせねーぞ、コラ!」

 

「ち、違うよ、落ち着いてよ、大和田君」

 

大和田君は、相変わらずの早とちりで短気を起こした。

だが、今はそんな彼がとても頼もしい。

苗木が何かしよとしても、彼と大神さんがいる。

私は僅かな安心感を取り戻し、このまま彼らの会話を盗み聞きすることにした。

 

「大和田君、僕は舞園さんを殺してなんかいない!」

 

「ああん?ここはお前の部屋だろ!どう考えても犯人はお前しかいねーじゃねーか!」

 

「今は、まだ証明できない。だけど、学級裁判で、必ず僕の無実を証明してみせる!

殺された舞園さんのためにもね!」

 

(フ、名優だね、苗木君)

 

彼らのやりとりに私は推理の時の台詞を思わず呟いてしまった。

現実の苗木も、推理の時の苗木と変わらぬ名優ぶりである。

だが、そんな演技に騙される人など…

 

「チッ…その目、どうやら本気みてーだな。おめーの言葉、とりあえず信じるぜ!」

 

(だぁ~~~信じるのかよ、お前は!?)

 

大和田君は、あっさり信じてしまい、私は心の中で頭を抱えた。

 

「それで苗木よ、お主は再び、ここに何しにきたのだ?」

 

二人のやりとりを聞いていた大神さんが口を挟む。

そうだ、コイツ…何しにきたんだ?何か嫌な予感がする。

 

 

 

「うん、実は殺された夜の舞園さんの行動を調べていた時に、朝日奈さんに聞いたんだ。

厨房に向かう彼女を見た、と。だから、話を聞きにきたんだ…黒木さんに」

 

 

 

電流が奔った。

苗木が…殺人鬼が私と話を…?

恐怖に震えながら、ゆっくりと振り返る。

そこには、私に向かって歩いてくる小さな悪鬼の姿があった。

 

(なんで、なんで私に!?)

 

わけがわからない。

私は事件とは何の関係もない。

その私に何を聞きたいというのだ!?

 

(ハッ…まさか)

 

私は最悪の可能性に気づく。

苗木は、この殺人鬼は、野獣の感により、

私が事件の真実を知ったことに気づいたのではないか?

だから、私に話を聞きたいなどと嘘をつき、

どこか人気のない場所に連れ出して、口封じのために私を殺し…

 

(う、うあ…)

 

どっと毛穴から汗が吹き出る感覚に襲われる。

視界には、迫る苗木とシャワー室が映る。

あのシャワー室の中には、舞園さんの遺体が…

 

 

(わ、私も、舞園さんのように、こ、殺される…!?)

 

 

次の瞬間、世界が揺れだす。

いや、揺れているのは私だ。震えているのは私だ。

このままドリルのように穴を掘れるのでは?思うほど私は震えている。

その様子に、苗木は焦りの表情を浮かべる。

 

「あ、あの黒木さん、聞きたいことがあるんだけど…」

 

「こ、この…ごろ、し」

 

「え?何を言って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ”この…人殺し”~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…ッ」

 

苗木の横をすり抜けて私は走り出す。

苗木の瞳には、真っ青な顔した私が映っていた。

 

「な、なんだ!?」

 

驚く大和田君の横を駆け抜け私は部屋を出る。

食堂の方に向かって私は走っていた。

顔を下に向けながら全力で、無我夢中に。

 

言ってしまった。

言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。

言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。言ってしまった。

 

人殺しに“人殺し”と言ってしまった!

 

隠れなきゃ。

どこかに隠れなければ。早くどこかに。

学級裁判までどこかに隠れるのだ。

早くしなければ、アイツが追ってくる。アイツが…苗木が私を殺しに来る。

だから、早くどこかに…

 

私は全力で走りながら、苗木の顔を思い出していた。

“人殺し”私がそう言った瞬間のアイツの顔を。

 

 

アイツは…絶望していた。

私の言葉に確かに絶望していたんだ。

 

 

それはまるで無実の人間が冤罪により、死刑判決を受けた時のように。

愛する人間に誤解され恨まれた時に見せるような表情で。

苗木は、私の言葉に深く傷ついていた。

なんで、何でよ!?

舞園さんを殺したのは、お前だろ!?

そのお前が、何であんな顔をするんだ!?

名優?名優だからなのか!?

 

 

(うう、何なんだ、この気持ちは…?)

 

 

それはまるで人を傷つけてしまったことによる罪悪感のように、

私の心を掻き毟った。

 

 

 

 

「うげッ―――ッ!?」

 

全力疾走のままに食堂に入ろうとした瞬間、

“柔らかい壁”にぶつかり、私は、モヒカンの雑魚キャラのような悲鳴を上げる。

そのままお約束のように頭を床に打ちつける私。

 

「大丈夫…?」

 

「は、はい…」

 

ぶつかった誰かの声に私は応える。

頭を打ったために、視界がグラグラと揺れている。

思考も鈍く、誰の声かよくわからない。

 

「手を貸すわ」

 

「す、すいません」

 

私の様子を窺っていたその人は、私に向かって手を差し出した。

私は好意に甘え、その手を掴んだ。

 

 

 

―――ヒヤリ。

 

 

(え…?)

 

その感触により、私の思考は急速に戻ってきた。

私はこの感触を知っている

差し出されたその手には本来あるはずの体温が感じられない。

その手には、黒い革の手袋がはめられていた。

 

黒革の手袋から伝わる独特の冷たい感触は、その所有者を端的に表現していた。

 

 

 

 

「ちょうどよかったわ。黒木さん…あなたに聞きたいことがあったの」

 

 

 

 

 

そこにいたのは…霧切響子だった――――

 

 

 

 

 




もこっちがやらかさずに何が私モテの2次作品だ!
次回はVS霧切さんと学級裁判開始。

すいません。
マジ、仕事が忙しくて平日書けません。
ギアスと同時連載してますので、あまり早く更新はできません。
もし更新を待っている方がいましたら、大変申し訳ありません。


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第1章・イキキル 後編②

霧切響子。“謎”の超高校級。

その容姿は端麗にして優美。

輝く銀色の髪と透き通った瞳は新雪を連想させ、

あの超高校級の“アイドル”舞園さやかさんと比肩すると言っても過言ではない。

だが、その性格は、傲慢にして冷酷。

まるで全てを凍らすブリザードのようだ。

普段は他者との関わりを最小限に留めているくせに、事件が起きてからは、一転。

いきなりリーダーぶるという厚かましさを発揮した。

それに留まらず挙句の果てには、

悲しむ私の前で、舞園さんを“遺体”と呼ぶ冷酷さを披露してみせた。

その無神経さには、私は正直、嫌悪感を抱いた。

 

怪しくて傲慢で冷酷でムカつく女。

 

それが私の霧切さんに対する現時点における偽りなき評価である。

彼女がそんな性格であるからこそ、私は以前に彼女を

モノクマが送り込んできた“スパイ”と疑ったのかもしれない。

 

出来れば話をしたくない。

 

そう思っていた。

まあ、そもそも彼女とは、何の接点もないのだ。

よって話す機会などそうそう来だろう。まして一対一でなんて。

そんなことを思っていた。

 

なのに…

 

 

「あの事件が起きた夜、朝日奈さんが舞園さんとあなたが厨房に入っていくのを

目撃しているの。その件について詳しく教えてくれないかしら?」

 

「は、はい…」

 

私はぎこちない返事をした。

そう、今は学級裁判における捜査の真っ最中。

好む好まずに関係なく、事件に関することを問われたならば、それに答える義務がある。

私は目の前の霧切さんを見る。

ああ、そういえばこの人も不相応にも探偵の真似事をしていたな。

ならば、この展開は必然なのかもしれない。

彼女は相変わらず何を考えているか読めない無表情さで私のことを見ている。

その透き通った瞳に私が映る。

食堂の入り口で、2人きりで私達は、お互いを見つめる。

 

(うう…どうやら、これは簡単に解放してくれそうにないな)

 

決して軽くない雰囲気がそれを教えてくれる。

もはや正直に話すしかないか…意を決して私は彼女に聞く。

 

「え~と、で、でも…何から話せば?」

 

「そうね…当日の舞園さんの様子はどうだったのかしら。

あなたから見て何か気になるところはなかった?」

 

「気になるところ…いえ、特には」

 

霧切さんの質問に私は言葉を濁す。

それは彼女に嫌がらせをしようという意図からではない。

本当に思い当たることがなかったのだ。

 

うん、彼女の様子は普通だった…はずだ。

 

「あなたが厨房に入ったきた時に、彼女…慌てていなかった?」

 

「え…?」

 

彼女のその言葉により、あの時の舞園さんの狼狽した顔が頭を過ぎった。

あの時…確かに彼女はひどく慌てていた。

 

何故だろう…?

 

「何か都合が悪いものを見られた…そんな顔じゃなかったかしら?」

 

「あ…!」

 

そうか…!あの時だったのか!

彼女が護身用の包丁をハンドバックにしまったのは、

私が厨房に入ったまさにあの瞬間だったのだ。

そうか…だから、舞園さんはあんなに焦っていたのか。

この状況下において、たとえ護身用にといえど、包丁という凶器を持ち出そうとした

瞬間を私に目撃されたと勘違いして彼女はあれほど取り乱したのか。

なるほど…彼女は、人の目を気にする方だった。

私が人生相談において、彼女の部屋に行くところを目撃されるのすら嫌がったくらいだし。

 

「その様子だと、彼女が包丁を持ち出そうとしたところを、あなた…見ていたのね」

 

「い、いえ…実際は見ていないけど、私も包丁は舞園さんが…」

 

まるで私の思考を読んでいるかのような霧切さんの質問に、

私は途中まで自然に回答してしまい、ハッと気づき言葉を止めた。

いつの間にかペースは完全に霧切さんに握られていた。

 

(こ、この人も舞園さんが包丁を持ち出したことに気づいたの…?)

 

私は霧切さんの透き通った瞳を見つめる。

ぼっちの中二病女と目されていた彼女が、

まさか私しか気づかないと思われていた真実の一つに辿りついた…?

 

「どうしたの…?」

 

「あ、い、いえ…その」

 

彼女の瞳を見入ってしまったようだ。

彼女の瞳はまるで妖しく光る宝石のように感じられた。

マズイな…ここらで主導権を取り戻さないと…!

 

“お前がいつ、どの瞬間に主導権を持っていたんだ!?”

 

そんな幻聴が聞こえてきたが、無視だ。

 

「うん、た、たぶん舞園さんが包丁を持ち出した思います。

ハンドバックを持ってたし、ほ、包丁はきっとそこに入れて持ち出した…のかと。

き、きっと舞園さんは、何かあった時のために護身用に包丁を持ち出したんだよ!」

 

 

舞園さんは、護身用に包丁を持ち出した―――

 

 

この点に関しては、私と霧切さんの推理は完全に一致するだろう。

私も彼女がどこまで真実に近づくことができたか気になってきた。

この部分の推理の一致を皮切りにちょっと探りを入れてみるか。

 

それは主導権を取り戻すだけでなく、相手の手札を読むための最初の一手。

 

だが、それが次に繋がることはなかった。

 

 

 

「護身用…それはどうかしら」

 

 

 

「え…?」

 

霧切さんの言葉は同意ではなく、否定だった―――

 

 

(え、な、なんでそこを否定するの!?)

 

 

私は心の中で小さなパニックを起こした。

ここで同意を得た後に、いろいろ探りを入れようかと計画していた矢先だった。

そこに突如、奇襲をかけられたのだ。

狼狽えないわけがない。

 

霧切さんは相変わらず何を考えているのかまるで読めない表情で私を見ている。

その透き通った瞳に映る私の表情は不安の霧に包まれていた。

徐々に鼓動が高まっていくのを感じる。

 

舞園さんが包丁を持ち出した理由。

 

それは護身用以外にありえない。

それ以外の用法があるとしたらそれは“殺人”のための凶器である。

だが、彼女は被害者である。

凶器として使用された包丁に命を奪われたのが、彼女だ。

だから、舞園さんが護身用以外に包丁を持ち出すことは絶対にない。

 

それを否定すること…それは、彼女以外の誰かが包丁を持ち出した、と主張するに等しい。

 

(じゃあ、一体誰が包丁を持ち出して…あ)

 

まさに“察し”だった。

舞園さん以外に包丁を持ち出せた人物…それは一人しかいない。

この、私だ。

途端、心臓が爆音を奏で始めた。

嫌な汗が私の頬や背中をタラタラと流れ落ちていく。

 

 

霧切響子は、この女は私のことを…“犯人”だと疑っている―――!?

 

 

全ては繋がった。

霧切響子が、私に話しかけてきたのは、捜査のためなどではなかった。

 

 

彼女は私を犯人だと誤解し、直接対決を挑みにきたのだ―――

 

 

なんという中二病!

なんという探偵漫画のテンプレート通りの行動。

名探偵の孫やメガネをかけた蝶ネクタイの子供の姿が頭を過ぎる。

 

呆れて言葉が出ない。

どこまで残念なんだこの女は。

まさか我が親友・江ノ島盾子(故人)に匹敵する残念さを持った人物が

まだクラスにいるとは思わなかった。

天使の輪をした盾子ちゃんが手を振って笑う姿が頭に浮かぶ。

元気にしてるかな、あいつは…。

 

目の前の霧切さんに視線を戻す。

彼女はほんの少しの冷静さも崩していなかった。

だが、きっとその心の中では、犯人との直接対決による興奮の絶頂にいるに違いない。

苗木もそうだったが、霧切さんも、なかなかの演技派である。

いやいや、感心している場合ではない。

私は、この人に現在進行形で犯人だと誤解されているのだ。

これはマズイ。

彼女はぼっちの中二病のくせに、この学級裁判の捜査において、

なぜかリーダー的立場に居座っている。

そんな彼女に騒がれては、私の華麗な推理劇を台無しにされかねない。

早いとこ、誤解を解いておかねばならない。

 

 

「ち、違います!包丁を持ち出したのは、私じゃないです!

私は舞園さんを殺した犯人なんかじゃない!」

 

霧切さんの得たいの知れないプレッシャーを跳ね除けるかのように

私は精一杯の声を張り上げた。

 

言ってやった。

 

小賢しい駆け引きなどしない。

彼女のくだらない企てを真正面から粉砕してやるのだ。

私はさながら決闘場で対戦相手を待つ剣闘士の心境になった。

 

「…何のことかしら。よくわからないわ」

 

「ウッ…」

 

だが、彼女は決闘場に降りてくることはなかった。

その表情は読めないが、まだくだらない駆け引きを続けるつもりのようだ。

 

(くそ、しつこいな。どうすれば…あ、そうだ!)

 

いきなり打つ手がなくなって焦ったが、直後、名案を思いついたのは流石、私だ。

 

「わ、私…舞園さんと仲が良かったんだから!

そう、もう少しで友達になれる…というレベルで!」

 

これだ!

私が舞園さんと仲がよかった事実を教えてあげることで、私の無実を証明してやるのだ。

 

「具体的にどう仲が良かったのかしら?

あなたが江ノ島さんと仲が良かったことは知っているけど、

舞園さんと仲が良かったのは初耳ね」

 

目の奥で射抜くような光を放ち、彼女は問い返してきた。

 

「て、天気の話をしたり、料理の話とか…あ、あとアイドルの仕事ことを

話してくれたよ!」

 

その瞳に若干、怯んだ私は、舞園さんとの会話の内容を慌てて話した。

 

「それは、ただの一般会話ではないかしら?

残念だけど、あなた達の仲の良さの証明にはならないと思うわ」

 

「うぐッ」

 

グサリときた。

確かに、客観的に考えれば、彼女の言うとおりただの一般会話である。

いくら私が楽しかった、と力説しても、それは個人の感想であり、

無実の証明と舞園さんとの仲の証明にまったく役に立たないものだろう。

 

 

「…そもそも、あの会話もあなたが無理やり話しかけて、

舞園さんも嫌々、相手にしたのではないのかしら?

舞園さんは超高校級の“アイドル”!

あなたなんかが相手にされるはずがないわ!

仲が良かった…なんて全てあなたの妄想よ。

黒木さん、身の程を知りなさい!

あなたは隅の方でダンゴ虫とでも遊んでいる方がお似合いよ!

オホホ…オーホッホッホッホ!」

 

 

(…と、すました顔して心の中ではそんなこと思ってるんでしょ!

わかってるんだから!)

 

某婦人のように満面の笑みを浮かべ高笑いする霧切さんを妄想して、

私は屈辱に震えた。

 

自分だってぼっちのくせに…!

くそ、なんとかギャフンと言わせたい!

 

もう完全に優先順位が変わってしまったが、

なんとしても彼女をギャフンと言わせた上で、私の無実をを証明したい。

 

(何か方法は…あ)

 

それは“察し”ではない。それは“閃き”だった。

あるではないか。

その二つを同時に達成する方法が。

 

「フフフ」

 

「…?」

 

私の不敵な笑みに、霧切さんは怪訝な表情を浮かべた。

 

「いきなり笑い出して…一体、どうしたの?」

 

「いや~すごいこと思い出しちゃった。話してもいいけど~どうしようかなぁ。

でも自慢話みたいになっちゃうし~どうしようかなぁ」

 

私はニタリ顔で霧切さんをチラ見する。

 

「…何かしら?すごく興味があるわ。黒木さん、どうか教えてください」

 

察したのか、霧切さんは瞼を閉じて、若干棒読みではあるが、そう私に懇願する。

 

「え、聞きたいの?本当にいいの?

いや~仕方がないなぁ。そんなに頼まれたら断れないよね。

じゃあ、教えちゃおうかな」

 

「…。」

 

霧切さんの苛立つ空気を肌で感じることで、私は有頂天となる。

さて、では驚愕の事実を教えてあげようか。

 

「実はね、私…」

 

 

 

舞園さんから“人生相談”を受けてたんだ―――

 

 

 

「…それは、本当なの?」

 

瞼を開いた彼女の瞳は真剣そのものだった。

その透き通った瞳がまるで研ぎ澄まされた刀のような輝きを放つ。

 

「本当に本当だよ。舞園さんがどうしても私に相談したいことがあるらしくて…

しかも、誰にも知られたくないから、自分の部屋に来て欲しいって。

深夜に彼女の部屋に行くことになってたんだよねぇ~でも…」

 

途中で言葉を止めて、私は霧切さんに視線を向ける。

彼女に別段の変化はない。

だが、その心の中は違うはずだ。

 

 

「キ~~~黒木さんのくせにナマイキよぉ~~~~!

あの舞園さんから、人生相談を受けるなんて…なんて羨ましいの~~~」

 

 

(…と、心の中ではそんなこと思ってるんでしょ!

わかってるんだから!)

 

先ほどとは真逆の結果に私は大満足する。

これで霧切さんも私と舞園さんがいかに仲がよかったか、理解してくれたはずだ。

私の容疑も晴れたことだろう。

よし、では彼女に続きを話してあげることにしよう。

 

そう、私は舞園さんの人生相談を聞くために、

深夜、彼女の部屋に行くはずだった。

 

 

でも…

 

 

「…でも、その約束は果たされなかった。

なぜなら、彼女が直前になって、約束の延期を申し出たから…違う?」

 

 

 

――――――――ッ!?

 

 

私は驚いて顔を上げ、霧切さんを見つめた。

 

ゾクリとした。

彼女は私の言葉の続きを言い当てたのだ。

まるであの場での私達のやりとりを見ていたかのように。

 

「なんで、なんでそのことを…!?」

 

なぜ彼女がそのことを知っているのか、私は聞かずにはいられなかった。

 

「…単純な理由よ」

 

霧切さんは、そう言って私を見つめる。

 

「だって…」

 

その透き通った瞳に私の姿が映る。

 

 

 

――――あなたは今、ここにいるじゃない。

 

 

 

「…はい?」

 

「あなたが今、こうして私と話していることこそ、

舞園さんがあなたとの約束を果たさなかった証明に他ならないわ。

乗り気なあなたの様子を見ると、約束をキャンセルしたのは、

舞園さんの方ということになる。

彼女の性格を考察すると、断る理由に延期を選ぶ可能性が高い…簡単な推理よ」

 

「え?ええ?」

 

彼女の意味不明な返答に私は狼狽えた。

 

何を言っているんだ???

 

「…奇妙な話だけど、この場合、あなたは舞園さんに感謝するべきね」

 

「え、ええ?な、なんで?」

 

私を見つめながら霧切さんは奇妙な話を続ける。

 

え?何を舞園さんに感謝しろと?

断ってくれてありがとうございます…というのか?完全に嫌味じゃねーか??

 

「でも黒木さん、これは有益な情報だったわ。

そうか…だから彼女はあの“メモ”を書いたのか…」

 

「???メモ…?」

 

そうわけのわからないことを言って、

霧切さんはぶつぶつと自分の世界に閉じこもってしまった。

 

(何を言ってるんだ、この人…。もう話が全然、噛み合わないや)

 

彼女が何を言っているのか、私には本当にわからなかった。

 

彼女は重度の中二病である。

よって、意味もなく何かカッコイイ台詞を言っているだけだ。

うん…そうに違いない。

先ほどの推理もマグレか何かだ。そうに決まってる。

ていうか、もう、そういうことにしておこう…。

 

そう結論づけることにした私はこの場から、霧切さんから離れることにした。

私は十分、協力したはずだ。

もうこれ以上、霧切さんの推理ごっこに付き合う義理はない。

 

「待って、最後にもう一つ教えて」

 

だが、彼女は解放してはくれない。

私の動きを恐ろしいスピードで察して、新たな質問を投げかけてきた。

 

 

「あなた、なぜ苗木君から逃げているの?」

 

「イッ!?」

 

まただ。また当てられた。

霧切さんは、またまるで見ていたかのように私の行動を言い当てた。

 

「ど、どうして、それを!?」

 

「これは別に推理という訳ではないわ」

 

微かに震える私を前に、霧切さんは肩を竦めた。

 

「私と話した後に、苗木君が舞園さんの件についてあなたに聞きに行く、と

言っていたからよ。その直後のあなたのあの全力疾走。

推理の必要はないわ」

 

(な、なるほど)

 

ありきたりな理由に私はほっと息をついた。

霧切さんに私の全てを知られているかのような…そんな感覚に包まれていた

矢先だったので、この常識的な回答に私は安堵した。

 

「で、なぜ…?」

 

「ウッ…!」

 

「なぜ、苗木君から逃げたの?」

 

だが、霧切さんは私に安堵する時間を与えてはくれない。

その瞳の前に、嘘やごまかしは無意味であることを

私の本能が教えてくれる。

 

「な、苗木が犯人だから…だよ。

あ、あいつが舞園さんを殺したクロだったんだ!

あ、あいつは今度は真実を知った私もこ、殺そうと―――」

 

そう叫ぶ最中、私は思い出した。

そうだ!

私は、苗木誠から…あの殺人鬼から逃げている途中だったのだ。

こ、こうしてはいられない。

こんなところにいる場合じゃない。は、早くどこかに逃げなくては。

 

「そう…ならば聞かせて。あなたの“推理”を」

 

(う、ううう…)

 

でも、霧切さんが私の前に立ち塞がり、逃げることができない。

私は恐る恐る後ろを振り返る。

そこに人影はなかった。

どうやら、苗木の奴は私を追ってきてはいないようだ。

 

「犯人に襲われることを恐れているなら安心しなさい。

その可能性は限りなく0よ。モノクマが保障してくれるわ」

 

「え!?」

 

その名を聞き、私はギョッとする。

 

モノクマ…この学級裁判を主催する殺人鬼。

 

なぜ、彼女が奴の名を…まさか

 

 

霧切さんは、本当にモノクマの“スパイ”…!?

 

 

「この建物中に設置された監視カメラで、アイツは私達を監視している。

奴の目的は学級裁判の開催。

そのために、アイツは捜査の間、私達を守らなければならないの。

全員を無傷で学級裁判に参加させるためにね」

 

そう言って霧切さんは、天井の監視カメラを睨む。

 

なるほど…その通りだ。

捜査中に犯人に襲われたなんてことになったら、裁判どころではなくなる。

おかしな話だが、あのクマ野郎が、

現在において私達の最強のボディーガードとなっているのだ。

 

「これで何も心配はなくなったわね。

さあ、あなたの推理を私に見せてくれないかしら」

 

(ぐうッ…!)

 

完全に外堀を埋められてしまった。

もはや、断る理由がどこにもなかった。

くそ、裁判で初披露するはずが…仕方がない。

私の容疑も完全に晴らすことも含め、霧切さんに教えてあげよう。

 

本物の女子高校生探偵の実力を!!

 

 

 

―――――これが事件の真相だ!!

 

 

 

 

……

………………

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「…というわけで、犯人は苗木の奴しかいないんだよ」

 

ゼエゼエ、と息を切らせながら、私は自分の推理を語り切った。

 

「…。」

 

私が推理を語っている間、

そして今も彼女は目を閉じて私の話に耳を傾けていた。

話を聞くことに集中したいためだろうか。

それとも、己が浅ましさを恥じているのだろうか。

 

「…なるほど、よくわかったわ」

 

私がそんなことを思っていた矢先、彼女は目を開けた。

 

「黒木さん…私はあなたに2つ謝らなければならないことがあるわ」

 

その言葉とは裏腹に彼女の眼光は鋭く光る。

 

「1つは、あなたを過小評価していたことに対して、よ。

よくテープクリーナーとネームプレート気づいたわね。

あなたがあれに気づくとは夢にも思わなかったわ。

これはあなたを見かけで判断した私の落ち度。

自分の未熟さが恨めしいわ。

黒木さん、本当にごめんなさい」

 

そう言って、彼女は私に頭を下げた。

 

「え!?う、うん。だ、大丈夫。わかってくれれば」

 

彼女の突然の謝罪に私は慌てた。

意外だった。

彼女がまさか、こんなに素直な人だったなんて。

 

(でも、これって褒めてるんですかね?それとも馬鹿にしてるんですかねぇ…?)

 

彼女があまりにも正直にその心情を告白したので、

私は判断をつけられずにいた。

 

「あなたは、私が知っているクラスメートの中で最も真実に近づいた人間だと思う。

もしかしたら、あなたには推理の才能があるかもしれないわね」

 

「え、そ、そうなの?いや~~~照れるなぁ」

 

今度は間違いなく賞賛の言葉であった。

彼女は重度の中二病ではあるが、見かけだけは知的な美人だ。

そんな彼女から褒められ、私は有頂天になった。

いや~~気分がいいな。

謝ってくれたことだし、私も霧切さんの数々の無礼を許してあげることにしよう。

 

あ、そうだ…ついでに聞いておくか。

 

「ふ、2つ目は何かな?」

 

彼女は謝る理由が2つあると言っていた。

もうすでに謝ってもらったので、あまり興味はないが、

暇つぶしに聞いてあげることにしよう。

状況は謝罪を受ける私が圧倒的に有利であった。

だから、私はちょっと調子に乗りすぎてしまったのだ。

 

「そう…そんなに聞きたいの。わかったわ」

 

彼女はほんの少し微笑を浮かべた。

その顔は私が初めて目にした彼女の笑顔。

銀色の髪を靡かせて微笑む彼女はまるで、女神か菩薩の化身のようだった。

 

だが、何だろう。

彼女の笑顔がどこか作り笑いのような感じを受けるのは。

そして何だろう。この嵐の前の静けさは。

 

すごく…嫌な予感がする。

 

「二つ目の理由、それは…」

 

 

 

今から私の怒りをあなたにぶつけることよ―――――

 

 

 

瞬間、凍てつくような冷気が食堂を駆け抜けた。

目の前に菩薩に代わって、銀髪の鬼が悠然と立っていた。

 

「ヒッ!?」

 

私は思わず後退りした。

怒っている。

あの無表情な霧切さんが本気で怒っている!?

私は腰を抜かして倒れそうになるのを必死で堪える。

 

理由がまったくわからなかった。

なぜ彼女はこんなに怒っているのだ!?

 

「黒木さん、今から私が言うことはあなたを傷つけることになるでしょう。

だから、私を憎んでも、許さなくてもいい。

あなたには、その権利があるわ。

この感情をあなたにぶつけることが正しいとは私も思っていない。でもね…」

 

彼女の表情は変わらない。

だが、その言葉から静かな、だがとても強い怒りが込められていた。

 

「それでも私は言わずにいられない。

自分でも驚くほど、あなたに対して怒っているから。

黒木さん…私はあなたの推理が許せないのよ」

 

「え…?」

 

私は彼女の言葉に戸惑う。

推理?一体なんで?

 

「黒木さん、あなたの推理は一見、

犯行現場の証拠品から苗木君を犯人であると特定していたかのように見える。

でもそれは違う。

あなたは捜査の前から犯人を苗木君だと決めていた。

だから、この推理は順序が逆転しているの。

あなたは、証拠品から犯人を推理したのではなく、

苗木君を犯人にするために証拠品を見つけ、推理を組み立てたのよ!」

 

ドキッ――――

 

心臓が脈打つのを感じる。

 

「な、何を…何を根拠に…」

 

私は頬に汗を流しながら、まるで犯人のような言葉を述べた。

 

「根拠…それはあなたの行動が証明しているじゃない」

 

「え…?」

 

「あなたは…」

 

 

 

――――殺人現場以外のどの部屋も捜査をしていないじゃない。

 

 

 

「うぎぃいい!?」

 

彼女が放った言弾が私の心臓を撃ち抜いた。

 

「それが、あなたが苗木君が犯人であることを前提に推理をしていた動かぬ証拠。

推理が完成したことに満足して、他の部屋を捜査する必要がなくなったから…

この推理に何か反論はある?」

 

「う、うう…」

 

私はまるで論破された犯人のように沈黙する。

言われて初めて気がついた。

そうだ…私は捜査する前から無意識の内に苗木を犯人だと思っていたのだ。

 

 

“あらあら、大変ですわ。ご覧になってください。

舞園さやかさんの死亡現場…苗木誠の部屋、となっていますわ。

これは一体どういうことなんでしょう?“

 

 

あの体育館でモノクマファイルを読むセレスさんの声が脳裏に蘇る。

あの声を、あの事実を聞くことで、私はいつの間にか苗木を犯人であると

無意識下で決めつけていたのだ。

 

 

「…もっとも苗木君を犯人であると思っているのは、クラスメートのほとんどだし、

私も今さらその点であなたを責めようとは思っていないわ。

私が怒ったのは、そこじゃない。

黒木さん、あなたに推理の才能があるかもしれないと言ったのは嘘ではないわ。

あなたの推理は、少しだけ真実に近づいたのは紛れもない事実。

だからこそよ。だからこそ、私は怒ってる。

私が怒っているのは、もっと本質的なこと。

あなたの推理に対する態度。真実に向かう姿勢についてよ」

 

「え…?」

 

私は顔を上げる。

彼女透き通った目には、強い怒りと共に恐ろしいほどの真剣さがあった。

 

「黒木さん、私は真実と向き合うということは、全ての可能性に向き合うことだと思う。

自分にとって嫌なこと、考えることすら憚られることも含めてね。

だから推理する…ということは、全ての可能性に全力でぶつかることだと思うわ。

でもあなたの推理は、都合のいいものしか見ようとせず、

都合の悪いもの全てから目を逸らした。

私はそんなあなたの推理が…あなたの態度が許せなかったのよ!」

 

低く静かに、それでも力強く彼女は語る。

彼女にとって、推理とは何であるかを。

 

「これがただの推理ゲームなら、私は何も言わなかったかもしれない。

ただのゲームであるなら、あなたの推理が間違いに終わり、

あなたが笑い者になるだけで終わるでしょう。

でもね…これは“殺人”ゲームなのよ!

モノクマという本物の殺人鬼によって、

強制された裁判の形式をとった殺人ゲーム。

そこで私達の命を守る唯一の武器は、推理しかない。

私達は自分の推理に命を賭けるのよ。

黒木さん、あなた本当にいいの?

そんな推理にあなた自身の命を賭けて。

そんな態度で辿りついた真実に、あなた、命を賭けられるの?

本当に…後悔しない?」

 

そう彼女は私に問いかける。

そこには、さきほどあった怒りはない。

その瞳はただ純粋に私の答えを待っていた。

 

だが、私は答えられなかった。

今さらながら、現実の重みに…怖さに震えがきた。

舞園さんと盾子ちゃんの死体が脳裏を過ぎる。

この推理が間違いであるなら、私もあんな最後を…

 

「…それに、賭けるのはあなたの命だけじゃない。

同時に私達、犯人を除いた13人の命も賭けられることになるのよ」

 

「あ、あああ…!」

 

彼女は更なる冷徹な事実を私に告げる。

私が間違えれば、必然的にみんなも死ぬことになるのだ。

私はもはや何も言葉が出なかった。

ただ、震えながら、霧切さんを見る。

 

「そう、あなたは何の覚悟も自覚もなしにこのゲームに参加して、

私達全員の命を危険に晒すところだったのよ。

それだけじゃない。

あなたは、苗木君から逃げることで、彼から推理する機会を奪うことになった。

それは、彼が真実に辿りつく可能性を奪った、と同じことなのよ!あなたは…」

 

 

 

あなたは真実と私達、全員の命を侮辱したのよ―――――

 

 

 

「うう、うぐ、えぐ、ウエエ」

 

私は泣くを必死で堪えた。

というか、もうほとんど泣いていた。

怖かった。

霧切さんが。そして目の前の現実が。

 

「…舞園さんの件は、私から苗木君に伝えておきます。

だから、黒木さん…あなたは捜査に戻りなさい。

時間の許す限り、最後の最後まで出来る限り捜査しなさい。

最後まで真実を追い続けなさい。

それが、この学級裁判に参加するあなたの義務。

黒木さん、責任を果たしなさい!推理するということ…は…」

 

「…?」

 

そうの途中で当然、彼女は言葉を止めた。

 

「痛ッ…うう」

 

次の瞬間、突然彼女は頭を押さえた。

 

「ハァ、ハァ」

 

苦しそうに息をしながら、彼女は顔を上げた。

そして…

 

「そうか…私は、推理を、真実をそうとらえていたのか。

もしかしたら、これが記憶の鍵になるかもしれない」

 

…などと意味不明な供述を始めた。

 

「クッ!!」

 

その隙に私は走り出す。

霧切さんに背を向けて、どこかに向かって駆け出した。

 

(また中二病か。今度は記憶喪失設定か、いい加減にしろ!)

 

彼女を毒づきながら、私は走り続ける。

 

でも、彼女の言っていることは正しかった。

私は何の覚悟もなかった。

今がどんな状況であるか、本当のところ、まるで理解していなかった。

それを見抜かれていた。

撃ち抜かれてしまった。

まるで、弾丸が心臓を通り抜けるかのように。

 

霧切さんは、中二病であるが、真実にだれよりも真摯な人だった。

私は、なぜ彼女を苦手としていたのか、今ごろになってようやくわかった。

 

彼女のあの透き通った瞳。

 

 

その瞳に私の浅ましさが全て見透かされてしまいそうな…そんな気がしたから。

 

 

(う、ううう…)

 

私は走る。

行き先もわからぬまま。

彼女の瞳から…真実から逃げるかのように。

 

 




お久しぶりです。だいたい1万字くらい書きました。

霧切さん、ガチ説教。もこっち、言弾を喰らい、泣く。

こんなどうしようもない関係の2人ですが、
第5部において、もこっちが仲間として対等な立場から霧切さんに説教することになるから
人間の成長なんてものはわからないものですw

ではまた次話で!



9/28 2000字ほど書けました。

10/5 7500字ほど書けました。

学級裁判開始まで行きたかったのですが、
それだと1万5000字を超えそうなので、分けようかと考えています。
話が進まない作家で申し訳ありません。近日中には投下したいです。


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第1章・イキキル 後編③

ガチャ。

 

「…まあ、あるわけないか」

 

洗濯機の中を覗き込みながら、私はそう呟いた。

数台の洗濯機の中は全て空だった。

普段なら、誰かの下着や靴下が取り忘れていることもあるが、

今回に限ってはそれもなかった。

そんな状況であるならば、尚更だろう。

 

犯人が着ていたであろう「返り血がついた服」などあるはずがなかった。

 

犯人がこの証拠品を処分する方法は2パターンある。

1つは、血を洗い流してしまうパターンだ。

その方法として、律儀に手でゴシゴシと洗うこともできるが、

現代人として効率を優先するならば、洗濯機を使用するに決まってる。

洗剤を汚れた部分にかけ、

洗濯機に入れれば30分ほどで、血はすっかり洗い流されるはずだ。

だが、この方法にはいくつかの難点がある。

まずは、それなりの時間を要することだ。

それはつまり、誰かに目撃される可能性が高まることを意味する。

ランドリー室は夜間でも人の出入りが多い。

万が一「セレスルール」を破って、こっそりと洗濯しにきたクラスメートに

血染めの服を洗濯機に入れる瞬間を目撃されてしまっては、全ては終わってしまう。

次に、洗濯した服をどうするか、という問題が出てくる。

服は当然、濡れているために、乾燥させる必要が生じる。

だが、室内での自然乾燥では2日~3日かかり、とても次の日の使用には間に合わない。

その問題を解決する方法として乾燥機がある。

だが、それは、ランドリー室にいる時間をさらに増やすことに他ならず、

目撃者のリスクは跳ね上がる。

 

以上のような理由から、犯人がここを使用する可能性は限りなく薄い…だろう。

万が一使用する可能性を考えてここに来てみたが、やはり無駄骨だったようだ。

犯人が万が一の可能性で、洗濯機を使用しようとしたが、万が一の可能性で、

ボタンを押し忘れ、万が一の可能性で、衣服のことを忘れている可能性を考えてみたが

やっぱりダメみたいでしたね…ハハハHAHAHAHAHA。

 

(はぁ…まあ、いいや)

 

パタリ、と洗濯機の蓋を閉めた。

万が一などそうそうあるはずもない。

それに、今さら血染めの衣服を発見したならば、それは犯人のミスリードを疑ってしまう。

私がここでこんな意味の薄いことをしているのは、全て彼女のせいだ。

彼女…霧切響子の迫力と勢いに負けた私は、

食堂から逃走し、このランドリー室に逃げ込んだ。

ここに着いた直後は、頭の中が真っ白で心臓がバクバクと凄いことになっていたが、

なんとか落ち着いて来た時に、このランドリーが事件に関与している可能性に気づいた。

 

 

「あなたは…」

 

 

 

――――殺人現場以外のどの部屋も捜査をしていないじゃない。

 

 

 

「うぎぃいい!?」

 

 

霧切さんとの会話を思い出す。

私が自分の推理に満足して、他の部屋の捜査を怠っていたことを彼女に見破られ、

私はまるで犯人のような声を上げてしまったことを思い出し、今さら顔が赤くなる。

確かに霧切さんの言うとおりだった。

私は、苗木の部屋以外、

このランドリー室を含む事件に関係しそうな部屋をどこも捜査していなかった。

この点に関しては確かに彼女に分があることは認めよう。

 

だが、反論させて欲しい。

それでも、私はこの舞園さやかさん殺害事件の犯人は苗木誠であると断言したい。

犯人の犯行を証明する証拠は、大きく2つに分類される。

1つは所謂、普通の証拠。

こちらは、主に容疑者を絞る時に効果を上げる。

わかりやすい例としては、犯行時間とか…かな?

まあ、とりあえず、犯人を絞ることができる反面、それに該当する人間が

複数いるために、これだけでは、犯人を特定することができない。

今回の事件でいえば、“テープクリーナー”がそれに該当する。

 

2つ目は、“決定的な”証拠だ。

その人間以外に犯行が不可能であることを示す決定的な証拠。

それだけで事件が終わってしまうほど強力な効果を発揮する。

スタートしていきなりラスボスを倒してしまうようなものだろう。

今回の事件で言えば、それは“ネームプレート”に該当する。

 

“ネームプレート”の入れ替え。

 

それができる人物は、部屋の入れ替えに合意した舞園さんと苗木の2人だけ。

そして、“ネームプレート”の入れ替えることができるのは、ただ一人だ。

苗木しかいない。

苗木だけが、ネームプレートの入れ替えで部屋の交換を隠蔽するというメリットがあった。

舞園さんは、襲撃者に怯えていたのだ。

部屋の交換の意味を無くす、ネームプレートの入れ替えを行うはずかない。

そして、彼女のその襲撃者に殺されてしまった。

動機、メリット、消去法…それらの観点から、

ネームプレートの入れ替えは苗木誠が行ったと断言できる。

 

確かに私は、霧切さんに言い負かされてしまったが、

彼女もこの点に関して反論はできないはずだ。犯人は苗木以外にいない…と私は思う。

だから、彼女の言うことなど聞く必要など私にはないのだ。

他の部屋など調べなくとも大丈夫なのだ。

 

だが…

 

 

 

あなたは真実と私達、全員の命を侮辱したのよ―――――

 

 

 

彼女の透き通った瞳が脳裏を過ぎる。

怒りながらも私をまっすぐに見据えたあの透明な瞳。

そこには何の打算も存在しなかった。

彼女は私の行動に対して、ただ真正面から本気で怒ったのだった。

その怒りはどこか心地よかった…。

いや、勘違いしないで欲しい。

私がドMだからとか、性癖がとか、そういうことじゃないのだ。

ただ純粋に怒りをぶつけてくる人間に

久しぶりに会って驚いてしまったと言った方がよかったかもしれない。

人は成長するに従い、衝突をさけるようになると私は知っている。

衝突して対立するより、馴れ合う方が都合がいいと知っているからだ。

それ故に、人は成長するに従い、純粋に怒ることを忘れてしまう。

怒りは、苛立ちや憎しみや妬みが付着し、歪んだものに形を変え、

ただ他人を罵倒して自分のストレスを発散させるだけの発火点と成り下がる。

私はまだ学生の身分だが、そんな光景を良く見てきたし、

社会にでれば、反吐が出るほど体験することになるだろう。

だからこそ、霧切さんの純粋な怒りは、ムカつく反面、どこか清清しかった。

 

彼女は自分の真実に対する信念のために怒ったのだ。

彼女は、学級裁判に参加する私達クラスメートのために怒ったのだ。

 

霧切さんは、「恨まれても憎まれてもいい」と言った。

彼女は私に嫌われることを覚悟してまで私を怒ったのだ。

そんな存在はこの世界に数えるほどしかいない。

そう、まるで“お母さん”のようだ。

私は、彼女に怒られている時に、その背後にお母さんの幻影を見てしまった。

だからなのかもしれない。

私は以前より、霧切さんを嫌いではなくなっていた。

いや、むしろ好感を持ってしまった。

純粋な怒れること…それは、彼女が不器用であるからに他ならない。

 

真実に真摯であること。

自分に正直であること。

 

それを貫くことは、さぞや生きにくいことだろう。

まあ、長々と話してみたがそんなところだ。

だから私は、霧切さんにほんの僅かな正当性と彼女の言い分の一部を認め、

彼女が言った

 

 

“時間の許す限り、最後の最後まで出来る限り捜査しなさい。

最後まで真実を追い続けなさい“

 

 

というものを実行することにした。

同じ歳ではあるが、精神的には私の方がきっと年上に違いない。

今回の彼女の狼藉も、彼女の不器用な性格を考慮して大目に見ようではないか。

そんなこんなで、証拠が残っている可能性があるこのランドリー室を調べてはみたが、やっぱり何もなかったようだ。

 

「あ、そういえば“アレ”もないな」

 

ランドリー室を出ようとした時に、私はあるものが不在に気づいた。

ランドリー室の腰掛にいつも無造作に置き忘れているアレ。

自称“1億円”の価値があるという疑わしいモノ。

そう、葉隠君の“水晶玉”がないのだ。

あのバ…いや、葉隠君は、洗濯にくると腰掛に水晶玉を置く癖があるようだ。

しかもそれをかなりの確率で置いていく。

そのため、あの水晶玉はこのランドリー室の風景の一つとして定着していた。

今回、珍しくないということは、葉隠君が持ち帰った…ということかな?

ちょっと前に10万円ほど請求された時は、あの水晶玉をブチ壊してやろうと考えて

いたが、結局はチャンスを生かすことができなかった。チ…すっかり忘れていた。

そんなことを考えながら、私はもう一つの可能性を考えランドリー室を出た。

 

 

犯人がこの証拠品を処分する2つ目のパターン。

それは、証拠品そのものをを完全に消してしまうことである。

これならば血の付いた衣服を洗う時間も乾かす時間も全てを省略できる。

今回の殺人は突発的であったことから、犯人である苗木はかなり焦っていたはずだ。

余裕がないならば、やはり衣服を処分してしまうことを選ぶのではないだろうか?

この1Fエリアにはそれを実行するのに適した場所が存在する。

そう…トラッシュルームだ。

あそこの焼却炉に衣服を投げ入れれば証拠は数秒で灰になる。

時間もかからず完璧な証拠隠滅を達成できる。

だが、それを実行するには大きな問題があった。

トラッシュルームの焼却炉の前には巨大な鉄格子で覆われている。

夜中に勝手に焼却炉を使用させないためだろうか。

そのため、焼却炉を勝手に使用することはできないのだ。

普段はゴミが溜まれば鉄格子の前において置いておく。

そうすれば、朝に“掃除当番”が鉄格子を開けて、ゴミを処分することになっている。

よって、犯人が掃除当番でなかったなら、衣服をすぐに処分することはできないのだ。

苗木は掃除当番ではなかったはずだ。

だから奴はトラッシュルームを使用しなかった可能性が高い。

あれ…掃除当番って誰だったかな?

1週間の交代制だったことは覚えているのだけれども…。

可能性は薄そうだが、とにかく、行くだけでも行ってみようか。

 

私は廊下を歩いている途中でふと思い出す。

 

 

(証拠といえば、“アレ”をまだ確認していないな)

 

 

“アレ”の連呼で少し煩いかもしれないが、こちらは本当に重要なのだ。

私はこの事件にもっとも重要な“物証”を確認することを失念していたことを思い出した。

それは舞園さんが逃げこんだシャワー室のドアノブを破壊したモノ。

男子のクラスメート全員に支給されたモノ。

 

そう…“工具セット”だ。

 

苗木の工具セットには、きっと使用された跡が残っているはずだ。

女子に支給された裁縫セットの包装は破らなければ使えない仕様だったように、

きっと工具セットも同じような仕様になっている…はず。

 

(だけど…)

 

私は苗木の部屋で、苗木と対面したことを思い出した。

私の言動から苗木は私が真実に気づいたことを知っている。

ならばもしかしたら、奴はあの部屋で私が来るのを待ち構えている…?

そんなタイミングで私は、苗木の部屋の前にさしかかっていた。

 

まずい…!どうする、どうする、私…!?

 

 

「ぬ…!?」

 

「ん?どうかしたか、大神?」

 

「何か影のようなものが見えた気がしたが…いや気のせいか」

 

 

…とそんな会話が聞こえてきそうだ。

私は瞬間的に潜在能力を全開にして、部屋の前を横切った。

常人には瞬間移動したように見えたかもしれない。

顔面に迫り来るマジ蹴りとあのバカの笑みをイメージすると、

何か脳の中が光るような錯覚が生まれ、力を出すことができる。

亡き親友の迷惑な置き土産だと思ったが、なかなか役に立つではないか。

まあ、これ以降は使うことはもうないんですけどね…。

そんなプチネタバレを独白している最中だった。

 

「いッ…ッ!?」

 

私は、トラッシュルームに入っていく人物の後ろ姿を見て、

慌てて急ブレーキをかけた。

その人物はいつも制服の下にパーカーを着込んでいた。

 

「苗木…なんで!?」

 

その人物は、まだ自分の部屋にいると思っていた苗木誠だった。

唖然とその場に立ち尽くす私。

だが、すぐにある可能性を考え、戦慄した。

 

 

「ま、まさか苗木の奴、証拠を隠滅しようとして…」

 

 

そうなのだ。

確かに犯行時であるならば、トラッシュルームは使用できない。

だが、今は違う…かもしれない。

今は、あの鉄格子は開かれていて、苗木はそれを知ったのかもしれない。

そして今、まさに証拠品を燃やしに行こうと…!

一見すると奴は手ぶらのように見えた。

だが、油断はできない。

もしかしたら、奴はパーカーの下に証拠品を着ているのかもしれない。

なんて恐ろしい奴だ…!

心臓の鼓動が高まっていく。

頬に嫌な汗が流れ始めた。

私は、今まさに決定的な場面に遭遇しているのかもしれない。

ここで奴が証拠品を燃やそうとしている現場を押さえれば、学級裁判前に

この事件の決着をつけることができる。

だが、それは奴と一対一になることに他ならない。

 

(殺人鬼とタイマン…冗談じゃないぞ!)

 

私は足を元の方向に戻そうとしたその瞬間…あの透き通った瞳が脳裏を過ぎった。

 

 

“黒木さん、責任を果たしなさい!”

 

 

(う…ッ!)

 

彼女の言う責任とは、まさに今のような状況をいうのではないか。

今、私が現場を押さえたなら、私はクラスメート全員を救うことに繋がる。

 

そうだ!ここで活躍出来れば…

 

 

「そ、そんな…黒木さんが、本当にこんなすごい活躍をするだなんて…」

 

 

と、オロオロする霧切さんの顔が見れるかもしれない。

お、なんかカワイイじゃないか。

それに彼女も言っていたはずだ。

いざという時はモノクマが守ってくれると。

だから、私が苗木が証拠品を燃やそうとしているのを目撃して、

奴に襲われそうになったら、こう叫べばよいのだ。

 

 

「た、助けてーモノクマ!」

 

「はい!“ロンギヌスの槍”」

 

 

…おいおい、完全に青タヌキのパクリじゃねーか。

著作権的に大丈夫なのだろうか?

それに道具が完全に物理攻撃だけなのですが、それは…。

 

まあ、とにかくやってやろうではないか。

苗木の犯罪を立証して、霧切さんの鼻をあかしてやる!

 

 

「ステルスモード…!」

 

 

そう私が呟くと私の身体は透き通っていく。

通称“ステルスもこ”。

私は気配を極限まで消すことにより、私の存在を他の人に気づかれないようにできるのだ。

 

 

“最初からあまり存在感がないのですが、それは…”

“意味ないだろ、これ”

“無駄な努力だな”

“おい、透けてるぞ!?”

“この世から消える気ですか?”

 

 

そのような空耳が聞こえたような気がした。

とにかく、私は気配を消して、トラッシュルームを覗き込む。

 

そこで私は苗木の犯行を――――

 

 

「お願いだ、山田君。この鉄格子を開けてくれないか」

 

「まあ、いいですけどねぇ…」

 

 

そこには苗木と共にもう一人のクラスメートがいた。

体重100kgを超える巨体の持ち主。

だが、その顔はどこか気弱そうで、いつも汗をかいている。

その肩書きは、私に近い存在。

 

超高校級の“同人作家”山田一二三。

 

見ているだけで暑苦しい彼は、苗木の前でその顔をより暑苦しく歪ませる。

 

 

「あのデ…いや、山田君は一体何を…ハッ!」

 

 

言葉の途中で思い出した。

そうだ!今、トラッシュルームの管理をしているのは、あの山田君だ!

 

 

>>ゴミに関しては、トラッシュルームがあり、ゴミが溜まれば、そこに持っていけばいい。

夜間はシャッターが下りているが、その前においておけば、山田君が、後日、燃やしてくれる。聞いた話では、自らゴミの担当を買って出て、トラッシュルームを管理しているようだ。山田君…何が目的だ?まさか、私のゴミを狙って!?

 

 

…などと、私は自由時間の時に得意げに自分で説明していたではないか。

なんということだ、すっかり忘れていた。

ならば今はどんな状況だろうか?

会話の内容から苗木が鉄格子を開けさせようとしているようだけど…。

 

 

「その前に苗木誠殿…もしかして、証拠品を処分しようとしてます?」

 

「…ッ!」

 

(おお、やるではないか、あのデブ!ごめん…山田君!)

 

 

山田君は私と同じことを考えていたのだ。

苗木が証拠品を処分する可能性を見抜いていたのだ。あやつ、やりおるわ。

さあ、苗木め、どんな言い訳をしてこの状況を打破する気だ?

私はサスペンスドラマを見る心境で二人の様子を窺う。

 

 

「ここだけの話ですけど、やっぱり苗木誠殿が舞園さやか殿を殺した犯人なんでしょ?

誰にも言わないから、言っちゃいなよ!」

 

 

ヒソヒソ話のポーズをとりながら、山田君は核心に触れる。

 

 

「違う…犯人は僕じゃない!」

 

 

それに対して苗木は昂然とした態度で答えた。

 

 

「またまた~状況から考えて、どうみても苗木誠殿が犯人としか…」

 

「みんなが僕を犯人だと思っているのは知ってるよ」

 

 

おちゃらけながらも苗木の様子を注意深く窺う山田君の言葉を苗木は遮った。

 

 

「僕を犯人だと信じて口もきいてくれないクラスメートもいた。

僕を見るなり、一目散に逃げ出したクラスメートすらいた」

 

 

――――ぎくり。

 

そのクラスメート…完全に私なんですが。

苗木の話に完璧に自分に該当する人間が出て本気でドキリとした。

 

 

「だけど…それでも、僕は犯人じゃないと言い続けるよ。

必ずこの事件の真実に辿りついて自分の無実を証明してみせる。

僕は自分が犯人ではないことを知っている。

僕が犯人ではないことは舞園さんが知っている。

殺された彼女のためにも、僕はどんなことがあっても前に進むつもりだよ!

だから、山田君―――」

 

 

「苗木誠殿…わかりました」

 

 

必死に訴える苗木を見つめていた山田君は、静かにそう頷いた。

 

 

(え、ちょ、ちょっと山田君…!?)

 

 

唖然とする私を尻目に山田君は機械を操作し始めた。

するとほどなくして鉄格子が上がり始めた。

 

 

「苗木誠殿、すいませんでござる。正直言いますと、

犯人だと思われるあなたの頼みを聞きたくなかったのです。

だから、あんな嫌味を言って煙に巻こうとしていました。

でも…でも、さきほどのあなたの言葉とあなたの目を見て、少し信じてみたくなりました」

 

 

「山田君…いいんだ、本当にありがとう!」

 

本音をぶつけ合った後の何か清清しい雰囲気の中、鉄格子は頂上で停止した。

 

 

(だ~~~~~~何をやっているんだ、あのラードは!?)

 

 

私は心の中で頭を抱える。

これで苗木が証拠品を処分するようなことがあればどうするつもりなのだ!?

 

だけど…

 

 

(アイツ…何であんな顔ができるんだろう)

 

 

正直言うと、私も苗木の話に引き込まれていた。

その表情の真剣さに、その言葉の熱意に。

何なのだアイツは!?

苗木が言葉を放つ度に、何か光のようなものが放たれる錯覚に囚われる。

それは闇を照らす太陽のような優しさと力強さを兼ね備えて…。

そしてその表情はただ一つも迷いなく、前を向いていた。

誰よりも真剣に、誰よりも必死に、真実を追いかけている…そんな表情。

 

 

(うう…だ、騙されないぞ、わ、私は騙されないからな)

 

 

途端に不安が身体全体を駆け巡る。

苗木は果たして本当に犯人なのだろうか?

人殺しが本当にあんな顔ができるのだろうか?

 

 

(アイツ、本当は超高校級の“俳優”とかじゃないよね?)

 

 

そんなことを考えることしかできないほど、苗木の言葉と表情は私を不安にさせた。

 

 

「山田君、これは…」

 

「なんでござるかね?服の燃え残り…やや、血がついてる!?」

 

 

私がひとり悩んでいる間に、現場で動きがあったようだ。

私は、悩みから逃れるかのように、2人の会話に神経を集中させる。

 

 

「それに、この焼却炉…火がついたままだよ」

 

「やや、そんなハズは!?拙者はちゃんと消したはずなのに!なんで、ナンデ!?

妖精さんですか!?妖精さんの仕業ですか!?」

 

 

苗木の指摘に山田君は頭を抱えた。

どうやら、犯人が着ていた衣服の燃え残りと思われるものが発見されたようだ。

そして山田君…見た目のイメージ通り、やらかしてくれたようだ。

彼は、焼却炉の火を消し忘れていた?ようだ。

 

 

(この場合、どう考えればいいのだろう?)

 

 

二人のやりとりを見ながら、私は考える。

 

パターン①

実は山田君は鉄格子の方も閉めるのを忘れていた。

 

この場合、苗木は昨日のうちに血染めの衣服を焼却炉に投げ入れ処分した。

そして内側のボタンを押して、鉄格子が降りる前に外に出た。

 

ラード…お前、ふざけんなよ、ブチ殺すぞ。それとも君は、共犯か何かかな?

 

 

パターン②

鉄格子の外から衣服を丸めて、投げ入れた。

 

うん、メジャーリーガーかな?

いやいや、有り得ないでしょ、この方法は。

確かに鉄格子の隙間はそれほど狭くないので、そこから衣服を投げ入れることができる。

だが、この距離を考えて欲しい。

 

野球のピッチャーとキャッチャーの距離より離れているんじゃないか?

 

ハハハ、苗木さん、一体いくつ才能をお持ちなのですかねぇ…?

まあ、この案は不可能なので、没ということで。

 

 

私は消去法で、パターン①を採用することにした。

苗木は昨日のうちに、証拠品を処分した。そして、念のためにその確認に来たのだ。

そして、証拠品の一部が燃え残っているのを発見し、まるで自分が証拠品を見つけたかのように演技しているのだ。

 

危ない、危ない、危うくアイツの演技に騙されるところだった。

 

そう自分に言い聞かせることで、私は、胸の中に生まれた不安を打ち消そうとした。

 

 

「苗木誠殿!これ、なんでしょうかね?」

 

「これは…水晶の欠片?」

 

 

結論でたことで、ここから離れようとした私は、その会話により、再び振り返った。

見ると、焼却炉のボタンの下に紫色に光る欠片が散乱していた。

 

 

 

ブハッ――――――――

 

私はそれを見た瞬間、吹き出してしまった。

あの青く輝く欠片…それは、水晶玉の成れの果て。

超高校級の“占い師” 葉隠君の自称“1億円”の水晶玉ではないか。

 

 

 

――――ワロタwww

 

 

 

いかん、いかん。つい某提示版のネットスラングを使ってしまった。

 

しかし、はwwwがwwwくwwwwれwwwwwwどんだけ恨まれてるんだよw。

 

奴は以前、ふざけた占いの料金10万円を私にしつこく請求したことがあった。

だから、いつかあのランドリー室に置き忘れている自称“1億円”の水晶玉を

叩き割ってやろうかと考えてはいたが…それを誰かが実行したようだ。

あの男は、きっと他のクラスメートにも同じようなことをして恨みを買ったのだろう。

そう思うと当然の報いだ。ざまあみろ。

 

 

「ん…?」

 

「どうしたでござる、苗木誠殿」

 

「いや、誰かの声が聞こえたような」

 

 

(ヤバイ…!)

 

 

どうやら、声が漏れていたようだ。

私は、慌てて顔を引っ込めた。

苗木達は、少しこちらを眺めていたが、気のせいだ、と判断し、再び推理に没頭する。

 

 

(危ない、危ない。あまりにも面白くて、ついはしゃいでしまった)

 

 

私は額の汗を拭って一息つく。

これ以上、ここで見張っていても意味はなさそうだ。

最後にオチを見れただけよしということにしよう。

私は、今までのことをメモ帳にまとめるために自分の部屋に戻ることにした。

私は最後に苗木を見る。

焼却炉を見ながら、必死に推理するその横顔は真剣そのものだった。

 

 

 

(苗木…犯人…なんだよね?)

 

 

 

私は心に生まれた不安を消せぬまま、トラッシュルームを後にした。

 

 

 

 

「あ、そういえば、工具セット確認してねーや」

 

 

部屋に戻った私は、かなり重要なことを忘れていたことに気づいた。

まあ、推理をまとめた後、改めて苗木の部屋に行くことにするか。

そこでみんなを集めて、学級裁判前にこの事件の決着をつけてもいいし。

私は、事件をまとめることを優先することにした。

モノクマファイルを土台に、自分自身のファイルを作るのだ。

 

“智ちゃんファイル”というネーミングはどうだろうか?

 

ん、誰だ?“もこっちファイル”とぼそっと呟いた奴は!?

 

私が空耳にツッコミを入れた時だった――――

 

 

「キーン、コーン…カーン、コーン♪」

 

「え…!?」

 

あの不快なチャイムが室内に鳴り響いた。

 

 

「えーボクも待ち疲れたんで…そろそろ始めちゃいますか?お待ちかねの…学級裁判を!」

 

 

あの不快な声を響き渡る。

 

 

「ではでは、集合場所を指定します。

5分以内に学校エリア1Fにある赤い扉にお入り下さい。うぷぷ、じゃあ後でね~~」

 

「ちょッ…!」

 

 

モノクマの放送はそこで終わる。

私は制止しようとして言葉を上げようとするもその無意味さに途中で言葉をとめた。

放送に反論しても意味などない。

 

5分…それじゃ、苗木の部屋を調べている余裕などないぞ!?

 

背中や額に汗が流れ落ちる。

何かやらかしてしまったような気がする。

 

 

「ま、まあ…推理は完璧だし…証拠品を見なくても…まあ、多少はね?」

 

 

私はそう自分に言い聞かせて、メモ帳をポケットにしまった。

 

 

 

        『智ちゃんファイル』

 

○ 厨房の包丁(直接の凶器。舞園さんが持ち出した…と推理)

○ 模擬刀(苗木の部屋にあったもの。犯人が反撃のために使用した…と推理)

○ テープクリーナー(犯人が使用した…と推理)

○ ネームプレート(舞園さんと苗木誠の部屋のものが取替えられていた)

○ 焼却炉の衣服の燃え残り(犯人の所持品で当日着用していた…と推理)

○ 火がついたままの焼却炉(山田君、火事になったらどうするつもりだ!)

○ 割れた水晶玉(いい気味だ)

○ ダイイングメッセージ“11037”(110…だろ常考)

○ 工具セット(見てはいないが、きっと使用済…のはず)

 

 




お久しぶりです。
今回はだいたい1万字近く書いてます。
学級裁判開始まで書きたかったのですが、2万字近くになりそうなので、ここで区切りました。
今回の話を振り返ると、言弾はまあまあ集まっていますが、舞園さんの悪意と
ダイイングメッセージを解かなければ、この事件の解決は不可能だと再確認できますね。
筆者も舞園さんの悪意にまったく気づきませんでしたw
この事件、やっぱり難しいと思います。

また、タイトルの紹介を更新しました。興味があれば読んでください。
投稿のペースを上げたいとは作者も思ってます。
なんとか平日書ける方法を模索したいと思います。

ではまた次話にて


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第1章・イキキル 後編④

「ヤバっ集合時間ギリギリだッ!」

 

私は少し焦りながらドアノブを掴む。

 

5分後に“赤い扉の部屋”の前に集合―――

 

モノクマのアナウンスにより苗木の部屋の捜査を諦めた私は、

その時間を全て身嗜みに費やすことにした。

 

この学級裁判は、私の超高校級の“探偵”としてのデビュー戦でもある。

故にオシャレに気合を入れるのも当然であろう。

だが、オシャレに気合を入れすぎたようだ。

もう時間ギリギリである。

 

私は慌ててドアを開いて――――

 

「えッ!?」

 

ドアを開けると、そこには赤い髪の男子が立っていた。

 

赤い髪の男子と私の視線が刹那、交錯した瞬間――――

 

 

「ひッヒィギィ~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

「う、ウォオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 

私は咄嗟に悲鳴を上げて、男子の方も驚きのあまり叫び声を上げた。

 

 

「ヒィイイイ~~ヒィ!?ヒィイイ~~ヒィ…?」

 

「ウォオオオオオ~~~オオ!?オ?オオ…?」

 

 

驚きのあまり私はその男子の正体がわかってからもまともに言葉を出すことが出来ず、

悲鳴を用いて確認を計った。それは相手も同じようだ。

私の悲鳴に相手も悲鳴をもって応えた。

それはまるで原始人が違う部族と遭遇したような反応。

 

「あ、あはははは…」

 

しばらく見つめ合った後、彼は笑い出した。

 

「いやいや、冗談キツイつーの!」

 

頭を掻きながら屈託のない笑顔を浮かべる彼。

私は彼のことをほんの少しだけ知っている。

彼が“野球”において超高校級の才能を持っていることを。

 

 

「いきなり出てきてマジでビックリしちゃったぜ!!」

 

 

超高校級の“野球選手”桑なんとかさんは、大袈裟なリアクションをとった。

 

「ドアを開けるタイミングが絶妙過ぎてマジでビビッたわ。

いやいや、久しぶりだね、黒木さん!元気してる?」

 

「え!?う、うん…」

 

私は桑なんとかさんのテンションについていけず、ドギマギしながらも頷いた。

 

いや、そんなことよりも…

 

 

「あ、あの、どうして私の名前を…?」

 

 

この野郎は以前、私のことを“喪女ちゃん”などと呼んでいたのだ。

なのにどうして今さら私の本名を…?

私は警戒心を露にする。

 

 

「え、どうして…て?」

 

 

そんな私の警戒心を他所に、桑なんとかさんは、彼独特のペースを崩すことなく話し始めた。

 

「いや、クラスメートの名前くらい覚えるの当たり前じゃん。もう1週間以上も経ってるんだぜ、あの入学式から」

 

「え…!?」

 

あまりの常識的な回答に私は息を詰まらせた。

 

 

「まさかクラスメートの名前をまだ覚えてない奴なんているわけねーつーの!

ね、黒木さん!」

 

「も、もちろんだよ…ハ、ハハハ」

 

 

私はぎこちなく頷きながら、愛想笑いを浮かべた。

その様子に桑なんとかさんは「ん…?」という表情で頬に大粒の汗を浮かべた。

何ともいえない微妙な空気が流れる。

 

 

「ひ、久しぶりだね。くわ、桑…桑…田?君」

 

「お、おう…」

 

 

瞬間的に脳をフル回転させ、候補を「桑田」「桑原」「桑本」まで絞り込んだが、

最後はなんとか運で正解を引き当てることが出来たようだ。

危ない、危ない。もう少しで、常識のない奴になるところだった。

 

「ハ、ハハハ」

 

「ウヒ、ウヒひひひ」

 

お互い見つめ合いながら、微妙な声で笑い合う。

 

“え~と、君、絶対に名前、忘れてたよね?”

“いえいえ、そんなことないですよ”

 

そんな意味を含めながら。

 

 

「ま、まあアレだ。どうせ目的地は同じだしさ…一緒に行こうぜ」

 

「う、うん」

 

彼の言う通りだった。

私達が目指す場所は1つしかない。

また、それほど遠い距離にあるわけでもなく、

断る理由がまったくないので、私はすんなり彼の提案を受け入れた。

 

桑…田君が少し先行する形で私達は歩き出した。

桑田君の赤い髪と後ろ姿を見つめながら廊下を歩く。

いつもは短い廊下が今はとても長く感じる。

 

私は…あの時のことを思い出していた。

 

 

「いや~~黒木さんと話すの久しぶりだわ。あの時のこと、覚えてる?」

 

 

少しの沈黙をも良しとしない性格なのだろう。

桑田君の方から話題を振ってきた。

 

 

「入学式の時にさあ、十神と大和田が喧嘩しそうになって、

それを苗木が止めに入ったら、逆にアイツが大和田にぶっ飛ばされてさあ…」

 

桑田君は懐かしそうに語る。

ほんの10日前ほどの出来事を。

 

 

「それで気絶した苗木をアイツの部屋まで運んだじゃん。

俺と黒木さんと舞…」

 

 

その人の名前を最後まで呼ぶことなく、桑田君は言葉を止めた。

 

 

「うん…よく覚えてるよ」

 

 

私も思い出していたのだ。

あの日、桑田君と私の間には、気絶した苗木と…舞園さんがいたことを。

 

あれほど緊張して廊下を歩いたのは、人生で初めてだった。

あの時は私は会話にまったく入っていけずに拗ねていたが、

今となっては、それは遠い出来事のようだ。

 

だって…もう彼女はいないのだから。

 

「あ、、ああ、そうだ!アレだよ!犯人だよ!

黒木さんは、“クロ”は…犯人は誰だと思う!?

よかったら、教えてよ!スゲー気になるし!」

 

無駄に高いテンションを上げて、

桑田君は話題の変更を計った。

だが、その話題はホイホイと気軽に乗れるものではなかった。

 

 

―――クロは誰か?

 

 

それはこれから行われる学級裁判において明らかにされるのだ。

 

私は少し考える。

ここでネタバレさせていいものか、と。

別にここで話してしまっても、特にデメリットはないように思われる。

むしろ、桑田君が誰がクロだと推理したのかを知ることができるかもしれないので、

メリットの方が大きいかもしれない。

だが、私は少し悩み始めていた。

 

 

苗木が本当に“クロ”であるかどうかを

 

 

苗木の真剣な横顔と霧切さんの透き通った瞳が脳裏を過ぎる。

それだけで私の胸が苦しくなる。

 

不安…になる。

 

 

(よ、弱気になるな、私!推理は完璧…なはずだ!)

 

 

迷いと決別するために、私は意を決した。

 

 

「クロは…苗木君だと思うよ」

 

 

私は自論を変えることなく、桑田君に伝えた。

犯人は苗木誠である、と。

 

 

「そ、そうかぁ~~!や、やっぱり、そうだよなぁ!」

 

 

私の回答に桑田君は安堵の表情を浮かべ、大きく頷いた。

 

 

「実は俺もそうだと思ってたんだよねぇ~~やっぱり、クロは苗木しかいないよねぇ!」

 

 

頷きながら彼もクロは苗木であると考えていたことを告白した。

桑田君の力強い同意に、私はほんの少しだけ安心を取り戻した。

 

 

“多くのクラスメートは苗木君をクロだと思っている”

 

 

霧切さんがそのようなことを言っていたことを思い出した。

 

 

「酷よな…ホント。クラスメートを殺すなんてさ…でも、俺…」

 

 

少し俯きながら、桑田君は立ち止まる。

 

 

「俺…苗木の奴を憎むことができねーんだよねぇ…」

 

「え…?」

 

 

私も驚きのあまり立ち止まる。

その台詞は私が抱いていた桑田君のイメージからは遠いものだった。

 

 

「モノクマが俺達に個別に配ったDVDにさあ。

苗木にとってすごく大切なものが映ってたんじゃねーのかな?

俺の場合は、家族だったけど…きっと、アイツもさあ…」

 

 

モノクマに渡されたDVD

 

 

私が渡されたDVDには私の家族と親友のゆうちゃんが映っていた。

 

「苗木の奴、真面目そうだから、モノクマのハッタリを真に受けちまったんだよ。

それで、どうしても外にでなくちゃ、て思いつめてさ。

どうしようもなくなって…それで…」

 

 

破壊されたリビング・ルームと私の部屋が脳裏を過ぎる。

 

引き裂かれたソファ。

バラバラにされた人形(天ノ助)

 

家族の安否は不明である。

そのことを思い出すと私も不安になってくる。

ハッタリであって欲しい、と本気で思う。

 

「アイツの気持ち、ちょっとだけわかるからさぁ…苗木のことを

本気で憎むことができねーんだよなあ。だから、上手く言えねーんだけど、黒木さん。

苗木のことをあまり憎まないでやって欲しいんだよね…」

 

 

頭を掻きながら、桑田君はそう言った後、力なく笑った。

 

 

「桑田君…」

 

 

彼の言葉により、私は初めてそのことに気づいた。

私は苗木の動機はずっと、舞園さんを“ビィ~~~~”することだと信じていた。

だが、苗木の動機は本当は人質にとられた家族を助けるためだとしたら…

 

 

(いや…それでも)

 

 

それでも許されることではなかった。

 

殺人が許されるはずがなかった。

人殺しを正当化できるはずがなかった。

 

外に出たいのはみんな同じだ。

私は知っている。

 

クラスメートの誰よりも外に出たかった人がいたことを

 

 

 

 

――――帰りたいな…あの場所に

 

 

 

 

そう言って彼女は涙で瞳を濡らしたのだ。

 

 

「舞園さん…外に出たかっただろうな」

 

 

私は昨晩の舞園さんの美しくも寂しそうな笑顔を思い出した。

 

 

「う、うぅ…」

 

 

その時だった。

 

(え…?)

 

 

私が舞園さんの名前を呟いた瞬間、桑田君が顔色を変えて、私から目を背けたのだ。

彼は私に背を向けたまま、無言で立ちつくしている。

その背中は、微かに震えていた。

 

 

(あ…!)

 

 

その姿を見て私は全てを理解した。

桑田君のその態度が何を意味するのか、を完全に理解したのだ。

 

桑田君は―――

 

 

―――好きな女の子の死を…舞園さんの死を受け入れたくないのだ。

 

 

ああ、なんということだろう。

私は、かれが隠していた傷口を開いてしまったのだ。

 

 

“自分の好きな人が自分の前から、永遠に消えてしまう”

 

 

そんなこれからの人生を大きく変えてしまうような出来事が起きた時に、

その事実をすぐに受け入れられることができる人間はこの世界に何人いるだろうか?

私は恋愛経験が豊富というわけではないが、それくらいのことは理解できる。

 

私は目の前で“親友”を殺された。

 

その事実は、頭の中で理解はしていても、心ではまだ、それを受け入れられずにいる。

殺しても死にそうにない奴なのだ。

もしかしたら、本当はどこかそこらへんに潜んでいるのではないのか?と思うことがある。

彼もきっとそのような心境なのだ。

そういえば、顔色がひどく悪い。よほど心労が溜まっているのだろう。

 

うん、ここで話を戻そう。

 

要するに私は、やらかしてしまった…!ということだ。

 

ああ、なんということだ!

クラスで最も“空気を読むことができる女”と呼ばれる私がなんたるミスだ!

まるで霧切さんのようではないか!

ああ、桑田君が酷く落ち込んでいる…!?

 

な、なんとかしなければ…!

 

 

 

「く、桑田君は、そ、外に出たら何がしたいのかな…?」

 

 

気まずい空気が変えるために、俯く桑田君に私はそう問いかけた。

桑田君の背中がピクリと動いた。

 

(お、喰らいついたかな…?)

 

お調子者の彼のことだ。

きっと、以前、舞園さんに話したように

“歌手”になりたい!と、自慢げに話し始めるに違いない。

舞園さんに完全否定された儚い夢ではあるが、まあ悪いのは私だ。

彼の妄想話に付き合ってやろうではないか。

 

 

 

「…野球がしたい」

 

「え…?」

 

 

 

 

 

――――俺…野球がしたい!

 

 

 

 

 

 

最初は呟くように、今度ははっきりと力強く。

“野球がしたい”と桑田君はそう言った。

 

私はあまりにも意外な回答に言葉を失った。

それは彼の才能を知っている者であれば誰もが予想することができる

当たり前の返答。

だが、等身大の彼を知っている私からはとてもかけ離れたものだった。

舞園さんと話していた彼は、

野球のことを“ダサい”と鼻で笑っていた。

もう辞める…とそう言っていたではないか!

なのに…なんで!?

 

 

「あ~~あ、ついに口に出しちまったよ、オイ!」

 

 

私の表情を察したのか、桑田君は頭を掻きながら顔を赤らめる。

 

 

「まあ、でも…これ以上、自分を誤魔化すことはできそうにねーわ」

 

 

そう言って彼は力なく笑った。

だが、その表情はどこか明るく、何か背負っていた重荷が取れた…そんな顔だった。

 

 

「俺達がここに監禁されてから、もう10日くらい経ったと思うんだ」

 

 

桑田君は語る。“野球がしたい”その回答に至った理由を。

 

 

「部屋にいる時にさ、ふと気づくと素振りしてるんだよね…バットなんてねーのにさ。

ありもしねーバッターボックスを意識しながら、何度も、何度も…」

 

 

桑田君はその場で軽く素振りを始めた。

 

それは打順を待つバッターのように。

野球を知らない私にもユニフォームを着て打席を待つ桑田君の姿が

イメージできるほどにその素振りは様になっていた。

 

 

「朝起きるとさ…指がカーブを投げる時の形になってんだよ。

ここにボールなんてねーのにさ。何の夢を見ていたのか、丸わかりだっつーの!」

 

 

カーブというのは、野球の変化球であることは、私でも辛うじてわかる。

 

 

「あんだけ“ダサい”とか思ってたのにさ…ボウズ頭になるのも、

スライディングの度に泥だらけになるのが大嫌いだったのにさ…」

 

 

少し声を震わせながら、桑田君は鉄の壁を軽く蹴った。

 

 

「こんなことになってようやく気づいたよ。

こんな鉄の壁に閉じ込められてやっとわかったんだ。

本当に今さらだけど…本当にバカみてーだけどさ。

 

俺はあの青空とグランドにいるのが好きなんだって―――」

 

 

 

俺は本当に―――

 

 

 

野球のことが好きなんだって――――

 

 

 

 

 

 

 

桑田君は語る。超高校級の“野球選手”は心の底から熱く語る。

野球が好きであることを。自分の才能を…“夢”を思い出したことを。

 

 

「…黒木さん。俺、ここから出たら、希望ヶ峰学園を辞めるわ」

 

「え、う、うん…え、ええええええええええ~~~~~~~ッツ!?」

 

 

話の流れで頷いてしまった私は、直後、叫び声を上げた。

彼のその選択は、私にとって…いや、全国の高校生にとって

決してありえない選択だった。

 

 

希望ヶ峰学園を退学する。

 

それはつまり、自ら人生の成功を手放すと言っているのも同じだった。

卒業すれば人生の成功が約束される…それが希望ヶ峰学園の生徒に与えられる特権。

その特権を得るために、全国の高校生がこの希望ヶ峰学園を目指す。

私も超高校級の“喪女”などというわけのわからん肩書きを甘んじるのも、

全てはその特権を得るためだった。

 

なのに、桑田君は自らその特権を放棄するというのだ。

驚かないわけがないではないか!

 

 

「自分でもバカだってのはわかってるさ。すげーもったいねーてのも」

 

 

私の表情を見て、桑田君は笑う。

 

 

「でもさ…そういうのはもういいんだわ」

 

 

その笑顔には、何か吹っ切れたような清清しさがあった。

 

 

「俺、希望ヶ峰学園を辞めた後、前の高校に戻ろうと思うんだ。」

 

桑田君は退学後のことを語り始めた。

 

 

「もう一度あの学校で、もう一度、野球部に入り直して…“甲子園”を目指すわ」

 

 

甲子園。それは全国の高校野球の頂点を決める大会。

彼は、再びそれを目指すというのだ。

 

 

「あんだけ調子に乗って、あんだけ喧嘩して、悪口言いながら退部した俺を

あいつらが…昔のチームメートが簡単に許してくれるとは思えねーけどさ。

俺、土下座して謝るわ。もう一度、ここで野球をさせてくださいって。

それでもダメなら、ボウズにして、玉拾いからやり直してもいい。

俺は…もう一度、あいつらと野球がしたいんだ。

今度は自分勝手にならずに、本当の“チーム”ってやつになって…

あいつらと一緒に甲子園を目指したいんだ」

 

 

その言葉から彼がチームメートとどんな関係だったか想像することができた。

以前の彼は、自分の才能に溺れ、チームメイトを見下し、野球を舐めていたのだろう。

だが、今の桑田君は違う。

今の彼は、心の底から野球がしたいのだ。それが伝わってくる。

 

 

「そういえば、俺が野球をやろうと思ったきっかけは、甲子園で投げるエースを見て

“スゲーかっけー”とか、そんな理由からだったんだよね。

ハハハ、どうしてこんなダサい奴になっちまったんだよ、

何やってるんだよ、俺は。

でもさ…本当に、本当に今さらだけど。

あいつらともう一度、甲子園を目指せば、戻れかもしれないって思うんだ。

本当に野球が好きだったあの頃に。

なれるかもしれないんだ…俺が憧れた甲子園のエースみたいに。

俺がもう一度、本気で野球に打ち込めば、

誰かに希望を与えることができるかもしれない。

舞園が…アイツがアイドルとしてファンに希望を与えたように。

俺も野球で活躍することで誰かの希望になれるかもしれない…なんてさ。

アイツの代わりに誰かの希望になることができるなら…

 

もし、それができれば…きっと、きっとアイツも俺のことを――――」

 

 

 

突如、ハッとした顔をして桑田君は言葉を止めた。

 

 

「ハ、ハハハ…」

 

 

額に汗を掻きながら、桑田君はぎこちなく笑う。

 

 

「いや~~何言っちゃってんの、俺!?いや、マジ恥ずかしいんだけど…」

 

 

そう言って桑田君は手で顔を隠した。

どうやら、熱く語ったことを恥じているみたいだ。

 

 

「いや…マジ恥ずかしいわ。ダメだ!俺、ちょっと先に行くわ」

 

 

恥ずかしさに耐えかねて、桑田君は走り出した。

 

 

「く、桑田君、待って!!」

 

 

その背中を私は呼び止める。

桑田君はその声に足を止めた。

 

 

 

 

 

「あ、あの、が、頑張って!わ、私、応援するから!」

 

 

 

 

 

「ああ…頑張るぜ!ありがとよ、黒木さん!」

 

 

振り返る瞬間、泣き出しそうな表情を浮かべた彼は、

次の瞬間、いつもの屈託のない笑顔に戻り、力強く応えた。

 

私は、走っていく彼の姿が視界から消えるまで見送った。

勢いで応援してしまったが、泣くほど喜んでもらえて、本当に良かった。

 

桑田君は、夢を取り戻したのだ。いや…それだけではない。

彼は自分の好きな女の子が…舞園さんがアイドルとして

ファンに希望を与えたように、自分も野球を通して希望を与えると決意したのだ。

 

 

 

 

 

(桑田君、君は私の趣味ではまったくないけれど…今の君は本当にカッコイイよ)

 

 

 

 

私はもう、君の名前を忘れることはない。

 

 

 

そう…君は、超高校級の“野球選手”桑田…

 

桑田…れ…ん、えーと桑田…れ、れれれれ!?

 

 

 

 

            うん…ドンマイ!!

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「“赤い扉”の部屋か…」

 

 

私はあの“赤い扉”の部屋の前に立っていた。

この部屋…無茶苦茶、気にはなっていたんだけどな。

どうやら、ここは学級裁判を行う部屋のようだった。

 

「よし…!」

 

意を決して、私は扉を開く。“ギィ”という擬音と共についに扉が開かれて―――

 

 

「…。」

 

「え…!?」

 

 

扉の開いた先には、白と黒の二つの顔が私の目の前いっぱいに広がっていた。

 

 

 

「ヒィイイ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

悲鳴を上げて仰け反った私は、勢いのまま尻餅をつく。

白と黒の顔は、私の滑稽な姿を薄笑いを浮かべながら見下ろしている。

 

 

「コラ~~~~~もこっち、15秒の遅刻だぞーーーーーーー!!」

 

 

モノクマ。

希望ヶ峰学園の学園長を自称する殺人鬼が私に向かって“ガオー”と怒鳴り声を上げる。

 

 

「最後に登場することでヒロインぶろうとしてたんでしょ?ホント君は図太いよね~」

 

モノクマはキシシと口を押さえて笑う。

 

「でもさぁ、あんまり調子に乗ってると“おしおき”しちゃうよ?

君の親友の江ノ島さんみたいにさあ」

 

 

「クッ…」

 

 

怒りと共に槍に貫かれた盾子ちゃんの映像が頭を過ぎり、私は真っ青になる。

 

 

「さあ、早く、みんなの所にいってよ、ホラホラホラ!」

 

 

爪を立てながら、モノクマを私を追い立てる。

私は必死でみんなの所に走りこむ。

 

 

「うぷぷ…みんな揃いましたね。それでは、正面に見えるエレベーターにお乗り下さい。

そいつが、オマエラを裁判場まで連れて行ってくれるよ。

オマエラの運命を決める裁判場にね…ウププ」

 

 

見ると、大型のエレベーターが口を開け、私達を待っている。

どうやら、裁判所は地下にあるようだ。

エレベーターは一見、ただの大型エレベータだ。

だが、開けられたエレベーターの口は、

私にはまるで待ち構える狼の口のように見えた。

 

 

「な、何よ、ア、アンタは乗らないの!?」

 

 

エレベーターに乗り込んだ私達をモノクマはじっと見つめている。

沈黙に耐え切れず、腐川冬子が悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「ああ、大丈夫。ボクいっぱいいるから。別のボクが下で待ってるよ」

 

 

「ヒッ!?」

 

 

モノクマが言い終わらない内に、“ウィ~ン”という擬音と共に床の扉が開いていく。

次の瞬間、腐川は、小さな悲鳴を上げた。

床から複数のモノクマが出現したのだ。

 

 

「逃亡しようなんて考えないでよね。

そんなことしたら、ボクだけじゃなくてアイツラも出動するから」

 

 

そう言って、モノクマは私達が入ってきた扉を指差す。

 

 

「ウぬ…ッ!!」

 

 

その光景を見て、大神さんが低い声で呻いた。

扉からは、人型の大きさのモノクマが出現した。

 

 

「モノクマボクサーに、モノクマ力士。暇だから、いろいろ作ってるんだよね~~」

 

 

モノクマは私達の驚愕を愉快そうに笑う。

 

 

「ホラホラ、見て!見て!

プログラムのタイミングを合わせれば、ボクだけで、こんなこともできるよ!」

 

そういうと、モノクマ達は、体育祭の組体操のようにお互いの上に乗り、

頂上に立った(本体と思われる)モノクマがポーズを取る。

その姿は、ちょっとだけ可愛かった。

 

 

「…。」

 

(え…?)

 

モノクマが喋った後、一瞬、霧切さんの眼が光ったような気がした。

 

 

「それにさあ、ボクは今、記録しているんだよ。

この光景を、ボクの内臓カメラでじっくりとね。だってさあ、これが最後なんだよ」

 

 

「え…さ、最後って…?」

 

 

組体操から降りたモノクマはニヤニヤと忌まわしい笑みを浮かべ、

意味深な台詞を述べる。

それの理由を不二咲さんが泣きそうになりながら問いかける。

 

 

「だってさあ…考えてごらんよ」

 

 

モノクマは私達、全員を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

―――生き残るのは、“クロ”と“シロ”の2つに1つ。

 

 

 

 

オマエラが同じメンバーでエレベーターの乗ることは2度とないんだよぉ~~~~ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

全身を悪寒が、恐怖が、ありとあらゆるおぞましい負のイメージが駆け巡った。

 

ドロリ―――

 

闇の底から黒衣を纏った白骨の死神が姿を現した。

その死神に抱きつかれ、私は動けなくなる。

首に大きな鎌を当てられ、呼吸すらできなくなる。

それは、私だけではなかった。

朝日奈さんも、不二咲さんも、桑田君も、山田君も、石丸くんも、葉隠君も。

いわゆる超高校級の才能において“表”の側に属するクラスメート全員が、

顔を真っ青にして、金縛りにあったように動くことができなかった。

 

モノクマが放ったもの――――

 

 

それは、世界の経済を裏で支配する

あの超高校級の“御曹司”十神白夜のクールな顔が敵意で歪むほどの―――

 

 

それは、裏の世界を生き抜いてきたあの超高校級の“ギャンブラー”

セレスティア・ルーデンベルクが瞳を見開き、髪を逆立てるほどの――――

 

 

それは、武闘派ある超高校級の“暴走族”である大和田 紋土君と

人類最強の超高校級の“格闘家”大神さくらさんが即座に身構えるほどの――――

 

 

それは、あの霧切さんの透き通った瞳が刹那、不安に染まるほどの――――

 

 

 

 

          “絶望”的なほどの黒幕の悪意。

 

 

 

 

(あ…)

 

 

だけど…

 

 

そんな中で…

 

 

苗木は…

 

 

苗木だけは―――――

 

 

 

怯むことなく――――

 

 

まっすぐな瞳で―――――――――――――

 

 

 

 

 

        モノクマを見ていた――――――――

 

 

 

 

 

 

「チッ…!」

 

 

それに気づいたのか、モノクマは機械音交じりの舌打ちをした。

その直後、エレベーターのドアがゆっくりと閉じていく。

 

ゆっくりと地下に向かうエレベーターは、まるで奈落へ落ちていく棺桶のようだ。

その間、誰も言葉を発することはなかった。

全員が互いを不安と恐怖の目で見ていることだけはわかる。

 

思い出していたのだ。モノクマのあの言葉を。

 

 

 

―――生き残るのは、“クロ”と“シロ”の2つに1つ。

 

 

 

それは、私達が再び、このエレベーターに乗るとき、誰かが死んでいるということ。

それが“クロ”なのか“シロ”なのか…全ては学級裁判で決まるのだ。

 

いよいよ始まる。

 

不安と恐怖の中、私は両の手を合わせ、強く握る。

 

 

(舞園さん…盾子ちゃん…私に、力を貸して!)

 

 

亡き親友と友達候補の名を祈るように呟く中で、エレベーターは落ちていく。

 

始まる。

 

 

命がけの裁判…

 

 

命がけの騙しあい…

 

 

命がけの裏切り…

 

 

 

       命がけの謎解き…命がけの言い訳…命がけの信頼…

 

 

 

 

 

         命がけの…学級裁判が始まる…!

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
最近は、仕事が忙しくて1時くらいに帰ってる状況です。
そのため、今日を逃すといつ投稿できるかわからないので、こんな時間帯に
投稿することになりました。お許し下さい。
誤字脱字、変な文章は後で訂正します。

「状況」

桑田・・・夢を取り戻すために、クラスメートを切り捨てることを決断するも、
    もこっちの善意の刃物に後ろから刺されて泣く。
  
桑田は、根はいい奴なので、なんとかいい部分を引き出したいと思い、
今回の話を書きました。
桑田の活躍は神作・「俺新訳~」様の方でご覧下さい。


苗木・・・超高校級の希望の才能の芽生え。

モノクマ・・・苗木の存在に気づく。

もこっち・・・モブ化が進むw


だが、待っていて欲しい。
このモブは5章において、霧切さんすら絶望する中で、
”絶望”の悪意を吹き飛ばし、モノクマに言弾を叩き込むのだから。





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第1回学級裁判 前編

エレベーターが開くとそこには雪国だった…などと文学的な感動などあるはずがなかった。

地下にあったのは、裁判所だった。

いや、裁判所モドキと呼ぶべきだろうか。

そこには、私達が座るであろう席が円形に並べられていた。

 

「ウププ、オマエラ、よくきたね。さあ、自分の席にお座り下さい。

ハリー・アップ!ハリー・アップ!」

 

そして、本来なら裁判長が座る席には、この希望ヶ峰学園の学園長を自称する

殺人鬼・モノクマが不気味な笑顔で私達を見下ろしている。

モノクマは嬉しそうに笑う。

それもそのはずだった。

モノクマが熱望していた学級裁判がついに開かれるのだから。

席の前には各自のネームプレートが置かれていた。

私達は恐る恐る自分の席に座る。

 

そして、気づいたのであった。

 

 

「この悪趣味な演出は何のつもりなの…?」

 

 

霧切さんが射抜くような視線をモノクマに向ける。

 

舞園さんと盾子ちゃん。

 

殺された2人の席の後ろには、彼女達の特大パネルが設置されていた。

だが、その顔の部分には、

その生存を完全に否定するかのように巨大な×がつけられていた。

そのパネルを見ていると、

二人との思い出が全て私の妄想か夢物語だったかのように思えてくる。

いや、違う。

夢などではなかった。

超高校級の“アイドル”である舞園さんと私はあの夜、コロシアイ学園の不安とここを出た後の希望を語りあった。

私にずっとちょっかいを出し続けていた超高校級の“ギャル”である盾子ちゃんは、

不安に震える私を“守ってあげる”と優しく抱きしめてくれた。

彼女達は確かにここにいたのだ。

 

 

「ウププ、死んだからって仲間外れはかわいそうじゃないか。

みんなも二人に会えたみたいで嬉しいよねぇ…?

もこっちもそう思うでしょ?

二人とは仲がよかったみたいだし、プププ」

 

「くっ…!」

 

 

モノクマは私の方を見てさもおかしそうに笑った。

その嘲りから、奴に彼女達の死を悼む心が欠片もないことがムカつくほど伝わってくる。

そうだとも。

私は彼女達と仲が良かったのだ。

舞園さんとは、もう少しで友達になれたかもしれない。

盾子ちゃんは私の親友だったのだ。

そうだとも!

わたしは彼女達の仇をとるために、ここにやってきたのだ。

 

モノクマの挑発で改めて私は目的を思い出して、決意を新たにした。

 

 

「何よ、その目は…?」

 

「えっ?」

 

 

そんな中、たまたま隣の席に座るクラスメイトと目が合う。

その目は誰よりも猜疑心に満ち溢れていた。

 

 

「アンタのドブ川みたいに濁った目を見てわかるのよ、黒木!

アンタ、私の隣の席が嫌なんでしょ!!」

 

 

超高校級の“文学少女”である腐川冬子は私を見るなり発狂した。

 

 

「あ~私はやっぱりダメなのよ~~~~!!

こんな喪女までバカにされるなんで、私はもうオシマイよ~~~~ッ!!」

 

 

腐川は髪をかくむしりながら叫ぶ。

相変わらず私に対して、ものすごく失礼な台詞を。

そういえば、前に話した時もこんな感じだったな。

いくら学級裁判でナーバスになってるからって、被害妄想強すぎだろ。

完全に頭おかしいだろ!?

 

私は即座に腐川を無視して逆方向を向く。

ハイ、私だって嫌ですよ。

そりゃ、出来ることならば別な席が良かったよ。

カワイイ不二咲さんの隣か、人のよさそうな朝日奈さんの横がいい。

だが、今は腐川なんか相手にしている場合ではなかった。

私の視線の先…つまり腐川とは反対側の席には誰も座っていなかった。

机の上にはネームプレートもない。

ただの空席がぽつりとそこにあったのだ。

 

 

(何だろう、この席は…?)

 

 

誰もいないその席は空間においてはひどく不気味に感じる。

私達は全員で16人のはずだ。

 

ならばこの席は…

 

 

「そこの席は、一体誰の席なんですか?」

 

(お…?)

 

ちょうど同じことを考えていた人がいたようだ。

超高校級の“ギャンブラー”のセレスさんが首を傾げながら

モノクマに問いかける。

彼女も同じことを考えていたのか…。

セレスさんとは、話したことはほとんどないからわからなかったけど、

もしかしたら、気が合うかも…

 

 

「そこの空席。えーと、黒…黒ナントカさんの…。

えーと黒、そうですわ!黒林さんの隣の席ですわ」

 

(うぅ…)

 

 

合うはすがない。

それ以前に彼女は私の名前を覚えていなかった。

なんて奴だ。

この状況においてもまだ、クラスメイトの名前を覚えないなんて!

信じられない。常識がないのだろうか。

それに黒木ではなく、黒林と勘違いしてしまっている。

漢字だけ見ると木から林にパワーアップしたみたいで余計悲しい。

 

 

「ああ、その席ね。

えーと、黒森さんの隣の空席について聞きたいとな。

アレ、黒山さんだったかな?」

 

(こ、このクマ畜生が~~~~~)

 

 

明らかに意図的に間違え、モノクマはニヤニヤ笑う。

 

 

「そんな目で睨まないでよ~~もこっち。

いやだなぁ全部冗談に決まってるじゃないか。

そう、君の本名は黒本智…アレ?黒…黒もこ?アレ、アレ???」

 

 

…??何だか雲行きが怪しくなってきた。

モノクマは額に汗を浮かべ、本気で焦っている。

黒もこ…?マスコットか何かかな?

 

 

「オマエが影が薄いから本気で忘れちゃったじゃねーか!

誰なんだよ、オマエは!?

一体何者なんだよぉオオオオオオオオ!?」

 

「黒木だよ!黒木智子さんだよ!!なんで逆ギレしてんだよ、お前は!?」

 

 

私の名前を忘れて逆キレするモノクマに釣られて私も大声でツッコミを入れた。

苗字が黒木で何が悪い!

裸で何が悪い!

おっと、これは某男性アイドルが警官に囲まれた時の台詞だったか。

しかしやめてよね。

私の苗字本当に黒木でよかったんだよね?

なんか、急に自分の存在が不安になってきたじゃないか。

 

 

「よかったね、セレスさん!もこっちの苗字は黒木だってさ」

 

「その方の苗字に関しては何の興味もありませんわ…。

それよりも早く空席の理由を教えてくれませんか?」

 

 

質問の内容を完全に間違えて答えるモノクマにセレスさんはイライラしながら

質問を繰り返した。

うん…きっと悪意はないんだろうけどねぇ。

この件に関して私は何か悪いことをしたのだろうか?

全国の黒木さん、なんか、あの…すいません。

 

 

「ああ、空席についてだったね。偶然だよ。

ここを作った時にとりあえず17席用意しただけ。

どう、本当につまらない理由でしょ?プププププ」

 

 

言葉とは裏腹にモノクマは可笑しそうに口元を押さえる。

 

 

「…まあ、もしかしたら使うことになるかもしれないけどね」

 

(ん…?)

 

 

最後に何か含みを持たせるようなことを言った後、

モノクマは笑いを止めた。

それを霧切さんが、無言で見つめていた。

 

 

「さあ、ボクともこっちの小粋なコントで緊張も解けただろうし、そろそろいいよね。

じゃあ、ルールをおさらいしようか。

学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。

正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。

だけど、もし間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がおしおき。

みんなを欺いたクロだけが晴れて脱出…“卒業”となりまーす!」

 

 

モノクマとそして場の雰囲気が変わった。

奴とコントしたつもりはないが、いよいよ始まるのだ。

 

 

「ほ、本当にこの中に犯人がいるの…?本当に僕達の中に舞園さんを殺した人が」

 

 

瞳を涙で一杯にして不二咲さんが声を上げた。

クラスメイトを信じたい…そんな気持ちが込められていることがよくわかる。

 

「当然でーす!」

 

 

その願いをモノクマは、軽いノリで踏みにじった。

 

 

「うむむ、よし、みんなで目を閉じよう!そして、犯人は挙手したまえ!」

 

「馬鹿か、テメーは!?挙げる訳ねーだろ!!」

 

 

目を閉じ、ひとり挙手する石丸君に対して、大和田君が即座にツッコミをいれる。

風紀委員よりも暴走族の方がまともというのもアレだが、

今回は大和田君が完全に正しかった。

犯人が名乗り出ないからこそ、今、私達はこの場にいるのだ。

犯人は…クロは、自分が助かるために、私達を見捨てた。

だからこそ、名乗りを上げず、学級裁判に参加しようとしているのだ。

 

 

「ウププ、ボクに感謝してよね!

オマエラの安い命を賭けるだけでこんな素敵なゲームに参加できるんだからさ!

クロとシロ。

どちらが希望を掴むのか、どちらが絶望するのか、決めるのは、オマエラ自身です!

ではいってみますか―――」

 

最後まで私達を嘲ったモノクマは、小槌(ガベル)を高くかかげ、そして振り下ろした。

 

 

 

 

 

――――学級裁判“開廷”!!

 

 

 

 

ついに学級裁判が開始された。

だが、動く者はいなかった。

どうしていいかわからずに誰かが動くのを待っている…そんな感じだった。

 

 

「どうしたのオマイラ?はやく議論してちょーだいな!」

 

 

重苦しい雰囲気の中、

場違いなモノクマのハイテンションな声が響き渡る。

 

 

「議論と言われましても…」

 

「どう話していいかわからないよぉ…」

 

 

山田君と不二咲さんが戸惑う。

私も同じ気持ちだ。今どうしていいかわからない。

いや、本当はわかっている。

 

○ みんなをまとめて議論を開始する。

○ リーダーシップを発揮する。

 

まあ、それができるなら苦労してないんですがねぇ…。

それができるなら友達100人できてるつーの!

それができねーからこんな性格…いやいや、自己否定してる場合じゃないぞ、私!

議論が始まらなければ、私の華麗な推理が披露できないではないか!?

 

私が内心でそんなことを考えていた時だった―――

 

 

「…もう、投票でいいんじゃねーの?」

 

 

沈黙を切り裂くように、突如発言した桑田君は、頭を掻きながら言葉を続けた。

 

 

「だってさぁ~犯人は苗木の奴しかいねーじゃん」

 

 

全員に電流が奔った。

 

“言っちゃった”

 

語らずとも全員の顔が雄弁に語っていた。

桑田君は、いきなり議論の核心を言及してしまったのだ。

 

 

「桑田君!僕は舞園さんを殺してなんかいないよ!」

 

「うるせーぞ、苗木!見苦しいんだよ!」

 

 

反論しようとする苗木の言葉を桑田君の怒号が遮った。

 

 

「状況からして、お前以外に犯人はいねーんだよ!そうだよな、みんな!」

 

 

チラリと私の方を見た後に、桑田君はそう言って、皆に賛同を求めた。

 

 

「彼女が殺されたのは、苗木君の個室…ですわよね」

 

 

最初に賛同したのはセレスさんだった。

 

 

「まあ、やっぱりそれが決定的というか…決まり、ですかねぇ」

 

「じゃ、じゃあ、やっぱり…」

 

「苗木が犯人なの!?」

 

「ウヌ…」

 

 

それをきっかけに次々とみんなが同調していく。

 

 

「オイコラ、苗木!やっぱり、テメーが犯人だったのか、コラァ!?」

 

「苗木君!君はなんてことを…」

 

「そ~よ!犯人はアンタしかいないのよ~~ッ!」

 

「苗木っち、男なら潔く罪を認めるべ」

 

「フン…」

 

 

まるでダムが決壊したかのように、情勢は一気に決まった。

犯人は苗木である、それがもはや議論の余地もないほどに。

 

 

(こ、これは、マズイぞ…!)

 

 

状況を目の前にして、私は内心焦っていた。

確かに私も苗木が犯人だと思う。

だけど、このまま投票になってしまえば、私の推理が…私の活躍の場が消えてしまう。

このままでは、私が超高校級の“探偵”としてデビューする計画が破綻してしまう。

 

 

「じゃあ、投票にしようぜ」

 

「ちょと待ってよ!本当に僕は―――」

 

 

事態は一刻の猶予もなかった。

桑田君は投票を提案し、みんなもそれに従おうとしている。

 

 

「ちょ、ちょっと待――――」

 

 

意を決して、私が声を上げた瞬間だった。

 

 

 

 

――――議論の前に、1つ質問していいかしら?

 

 

 

 

それはこの状況を考えれば、あまりにも空気の読めない発言だった。

皆は一斉にその声の主を見る。

私もその方向を向いて直後、納得した。

 

そこには空気の読めない人がいた。

その透き通った瞳は、相変わらず何を考えているかわからない。

そこには、彼女が…霧切響子がいた。

 

 

「モノクマ、議論を始める前に、あなたに確認したいことがあるの」

 

「はにゃ?議論するの?もう投票タイムかと思ってたよ」

 

 

高い席から彼女を見下ろし、モノクマはクスクスと笑う。

 

 

「愚問ね。この裁判は自分の命だけじゃなく、みんなの命もかかっているのよ。

たとえどんな結果になろうとも、議論だけは最後までやり遂げるわ」

 

「うッ…ぐ」

 

 

その言葉と瞳には揺るがぬ意志が存在した。

霧切さんの言葉に桑田君は小さな呻き声を上げた。

 

 

「ふ~ん、で、何が知りたいのさ?」

 

「私達に与えられる時間。この学級裁判の正確な終了時間についてよ」

 

「…どうしてそんなことを気にするのかなぁ?」

 

 

霧切さんの質問にモノクマは興味深そうに席から身を乗り出した。

 

 

「…あなたのことが信用できないからよ」

 

 

低い声で、だがはっきりと、霧切さんは言い放った。

 

 

「私達の議論が真実に近づいた時に

あなたが邪魔するかもしれない…私はそれを恐れているのよ」

 

 

確かにモノクマの奴ならやりかねない。

奴は好きな時に裁判を終了させることができる立場にいるのだ。

そこに気づくとは、霧切さん…なかなかやりおるわ。

 

 

「なるほどねぇ~そのために、予め議論の終了時間を知りたいのかぁ~プギィヒヒ」

 

 

モノクマは、ウンウンと頷きながら、厭らしい笑みを浮かべる。

 

 

「聡いね~さすがは霧切さん。他のチンパンジーとは考えることが違う!

やっぱり、腐っても鯛ということかな。

人間ってさぁいろいろ忘れてしまっても本質は変わらないのかなぁ。ねえ、霧切さん?」

 

「…何が言いたいの?」

 

「いやいや、こっちの話。気にしないで!グヒ、グヒュフフフ」

 

「なら、早く質問に答えてくれないかしら」

 

 

なにやら含みを持った言い方をするモノクマに、霧切さんはイラついているようだ。

その声に少しだけ怒気が混じっていた。

 

 

「ぶっちゃけ、そういう細かいことは考えていなかったんだよねぇ~~。

うん、わかりました。

議論を途中で中断するようなことはしません。山の神様に誓います!」

 

 

宣誓のポーズをとり、モノクマはそう宣言した。

山の神様…シシ神様か何かかな?

 

「でも…1つだけ注意しておくよ。

ボクってさぁ~“退屈”がだいっ嫌いなんだよね。

だから、グダグダしたり、議論が止ってしまうようなことがあったら、

その時は容赦なく終了して、投票タイムにしちゃうからね!

そこんとこ、よろしくね!」

 

「…つまり、与えられた時間はそれほどない…ということね。

わかったわ。ならば、はやく議論を始めましょう」

 

 

霧切さんは、振り返り私達全員をその透き通った瞳で見つめる。

 

そして―――

 

「苗木君の無実を証明した後に、真実を解き明かすための本当の議論をね!」

 

 

 

―――――――――――!?

 

 

そう言い放ったのだ。

全員に衝撃が奔る。誰もが驚いていた。

当たり前だ。

彼女の発言は、これまでの流れの全てをひっくり返すのだから。

 

 

「まず、現場である苗木君の個室についてだけど…」

 

「ちょ、ちょっと待てよ、霧切さん!何を今さら――――」

 

 

ざわつきの中、我関せずといった感じで自論を述べ始める霧切さんを

桑田君が制止しようと声を上げる。

 

 

「部屋の中は、乱闘のためにかなり荒れていたわよね」

 

「――って無視かよ、オイ!?」

 

 

だが止らない。

霧切さんは、桑田君を無視して話し始める。

相変わらず空気の読めない…いや、読まない女である。

 

 

(…でも、これは私にとってはいい流れかもしれない)

 

 

そうとも。

議論が始まるならば、それは私達にとって都合のいい展開である。

議論が始まれば、あとはタイミングを見て、私の推理を展開すればいいのだ。

 

 

「なのに床だけはきれいにそうじされていたことに気づいた人はいたかしら?

そう、それこそ“髪の毛”1本もないほどに」

 

「え、そうなの!?」

 

「それには気づかなかったでござる…!」

 

 

床の件について不二咲さんと山田君が驚きの声を上げた。

その反応からどうやら、彼らは気づくことができなかったようだ。

まあ、彼ら程度の推理力なら仕方がないだろう。

あの床は“ある道具”を使用したのだよ。

 

それは…

 

 

「テープクリーナーよ。犯人はそれを使って自分の髪を処分したの。

証拠を隠滅するためにね」

 

 

予想通り、霧切さんは証拠品の1つである“テープクリーナー”について言及した。

どうやら、これが彼女の“苗木無罪説”の論拠のようだ。

 

 

(…がっかりだよ、霧切さん)

 

 

 

私は小さくため息をついた。

本当にがっかりした。

食堂においてこの私に上から目線で説教した人の推理力がまさかこの程度とは。

 

恐らく彼女はこう言いたいのだ。

 

“苗木の部屋に苗木の髪の毛が落ちているのは当たり前である。

よって、テープクリーナーを使用する意味はない。

だから、テープクリーナーを使用したのは、苗木以外の人物である“と。

 

 

(…笑止。ああ!なんという貧弱な推理だろう!)

 

 

そんなもの苗木の偽装工作に決まっているではないか!

狙いは恐らく下記の2つだろう。

 

 

① クロが他のクラスメイトであると思い込ませるため

② 部屋の入れ替えを隠蔽するために自分の髪の毛が邪魔だった。

 

 

苗木は部屋の入れ替えを隠すつもりだったから、たぶん②が正解かな?

でも、この程度で無実の証明などにはなりはしない。

所詮、霧切さんは、迫力があるだけのただの廚二病女だったということだ。

彼女の説教に耳を傾けた自分が今は恥ずかしい。

 

…仕方がない。これも何かの縁だ。

私自ら、彼女に引導を渡してやろうではないか!

 

私は瞼を閉じる。

するとそこは極寒のロシア、首都モスクワだった。

屋根の上に潜み、静かに銃を構えるスナイパーの私がいる。

そのスコープの捉えた先には、コサック帽を被り、街頭に立つ霧切さんがいた。

彼女の美しい銀髪は、その景色と混ざり輝くように美しかった。

 

 

(へへへ、今からその白い綺麗な肌を傷物にしてやるよ)

 

 

舌なめずりをしながら私は、引き金に指をかける。

台詞だけ見れば、完全に変質者のそれであるが、内容は間違っていないはずだ。

そうとも!

私は今から彼女に言弾をぶち込んで…うん、別に下ネタを狙ってるわけじゃないからね!

ヤダなあ、ハハハ、なんですかその“ヨゴレキャラ”を見るような目は?

くそ…これも全部、霧切さんが悪いのだ。

見てろよ、今から大恥をかかせてあげるんだから。

 

さよなら、霧切さん。そして、はじめまして超高校級の“探偵”の私。

 

 

(喰らえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!)

 

 

 

 

―――――もちろん、この程度では、苗木君の無実を証明できるとは思わないわ。

 

 

 

私が引き金を引く直前、スコープの中の彼女は、こちらを見つめながらそう言った。

 

 

(ヒッ!?)

 

 

スコープ越しながら、彼女と目が合い、私は悲鳴を上げ、現実に帰還した。

 

 

「これは苗木君が部屋の入れ替えを隠そうとしたためかもしれない。

他の生徒の犯行にするための偽装工作かもしれない。

この程度の証拠で彼の無実を証明することはできないわ」

 

「霧切さん、そんな…」

 

彼女は私を一瞥した後、自分で苗木の無実の論拠を潰した。

それを聞き、苗木が情けない声を出した。

 

 

「うむむ、僕もその点について指摘しようと考えていたが…まさか自分で否定するとは。

霧切君、君は一体、何がしたいのだ…!?」

 

 

石丸君が額に汗をながし、暑苦しい視線を彼女に向ける。

 

 

「単純な話よ。今後の推理の展開のために、先にこの事実を述べただけよ」

 

 

それに対し、霧切さんはそっけなく答えた。

私も石丸君と同じ気持ちだ。

彼女は何を考えているのかが、まるで読めなくなってしまった。

 

 

「事件を振り返りましょう。

犯人と乱闘になった彼女は、模擬刀の打撃によって、右手首を骨折。

その後、犯人に包丁で刺殺された…でいいわね?」

 

 

「おう!あの女は、ナイフで…じゃねーや、包丁で腹をブッ刺されたんだ!」

 

 

事件を振り返る彼女の問いかけに大和田君が大きな声で同意する。

刃物といえば、“ナイフ”を連想するのが、実に暴走族らしかった。

 

 

「ここで確認したいのだけれでも…彼女、すんなり殺されたのかしら?

舞園さんは、何の抵抗もしなかったのかしら?」

 

 

声の抑揚を変え、霧切さんは私達、全員に語りかける。

まるで、謎解きをさせるかのように。

 

 

「いや、違うぞ!舞園君は、シャワー室に逃げこんで、立てこもったのだ。

犯人から身を守るために、シャワー室の鍵をロックして」

 

 

模範生のように、手を上げながら、石丸君が発言した。

その内容は、正しい。

舞園さんは、シャワー室に立てこもったのは間違いない。

 

 

「…へーそうなの」

 

 

だが、霧切さんは、その回答に○をつけることはなかった。

瞼を閉じ、腕を前に組みながら、そう呟くだけだった。

その挙動に、彼女の雰囲気に全員が釘づけになる。

この場がまるで彼女の舞台であるかのように。

まるで主役を演じる彼女の次の台詞を待つかのように。

 

そして彼女は言い放つ。

この学級裁判の流れを変える一言を。

 

 

 

――――“男子”である苗木君の個室のシャワー室の鍵をロックしたのね?

 

 

 

「???一体それの何がおかしいというのだね?」

 

 

石丸君は憮然とした表情をする。

それもそのはずだ。わたしも彼女が何を言いたいのかさっぱりわからない。

表情には出さないが、明らかにドヤ顔で語っているが、

彼女は当たり前のことを言っているだけではないか。

 

 

「あっ…!」

 

 

小さな悲鳴が聞こえた。

その声の方向を見ると、そこには、口を押さえたセレスさんがいた。

彼女の瞳は大きく見開いていた。

どうやら、彼女は怒ったり、集中したり、驚いたりするとああいう顔になるみたいだ。

じゃあ、一体何に驚いているのだろうか?

 

 

「私とあろう者が迂闊でしたわ。霧切さん…あなたの言いたいことがわかりましたわ」

 

 

彼女は悔しそうに唇を噛む。

 

 

「セレス君!一体、何がどうしたというのだね!?」

 

 

私と同じように状況についていけない石丸君が暑苦しい声をあげる。

 

 

「あなたも風紀委員なら、私達の個室に置いてあったモノクマさんの手紙の内容くらい

覚えていますわよね?」

 

 

彼の声が耳障りだったのか、耳を押さえながらセレスさんは答える。

手紙…?

 

 

「ああ、もちろん覚えているとも!正確には“モノクマ学園長からのお知らせ”だ。

確か内容はこうだったはずだ。

“部屋の鍵にはピッキング防止加工が施されています。

鍵の複製は困難な為、紛失しないようにしてください。

部屋には、シャワールームが完備されていますが、

夜時間は水がでないので注意してください。

また、女子の部屋のみ、シャワールームが施錠できるようになっています。

最後に、ささやかなプレゼントが…」

 

得意げに暗記した“お知らせ”の内容を朗読していた石丸君が、何かに気づいた。

 

 

「な、なんということだ…し、しかし」

 

「やっと気づいたようですわね」

 

 

大粒の汗をかく石丸君を見つめながらセレスさんは苦々しくため息をついた。

 

 

「そうですわ。“男子”である苗木君の個室に鍵をかけられるわけないのですわ」

 

 

 

――――――!?

 

 

 

その事実は一瞬、全員が沈黙した。

それは、“苗木犯人説”を根底から覆すもの。

 

 

(ん、んん…?)

 

 

たらりと背中に大粒の汗が流れるのを感じる。

鼓動が高まっていくのを感じる。

私の推理の根底がガタリと抜けたような感覚がする。

例えるなら、そう。

屋根の上で狙撃しようとしていたところ、屋根の一部が崩れて、

敵の集団のど真ん中に落下したような…そんな致命的なミス。

 

 

「アアン!?よくわからねーぞ、コラァアア!鍵がロックされたから

ドアノブぶっ壊したんだろーが!?」

 

「そ、そうなのだ。そこが僕もわからないのだ…」

 

 

状況がわからず激昂する大和田君の問いに、石丸君が同意する。

そうなのだ。

鍵がロックされていたからこそ、ドアノブを外す必要があったはずだ。

 

 

「あ、あれじゃねーの。舞園が手で押さえてた…とか」

 

「…右手首を骨折していたのに?」

 

「ウ…」

 

 

桑田君の自信のなさそうに答えるも、それを霧切さんが一刀両断した。

確かに、某格闘漫画の医者ならともかく、片手でドアを押さえることは無理だ。

そんなことできるのは、大神さんくらいだろう。

片手でドアを押さえる舞園さんと焦るクロの映像が映る。

舞園さん…強い(確信)だが、もちろんこれは×だ。

 

 

「じゃ、じゃあ、苗木君の部屋のシャワールームはどうして開かなかったのぉ…?」

 

「そうだよ!アレは確かに…いや、ドアがロックされてたんだろ!?」

 

 

疑問は再び同じ場所に戻ってきた。

不二咲さんが、困惑し、桑田君も狼狽しながらそれに同調する。

私も同じだ。一体何がどうなっているのだ…!?

 

 

「…建付けが悪かったんだ」

 

「ハア…!?」

 

「僕のシャワールームだけドアの建付けが悪かったんだ」

 

 

苗木の言葉に全員が耳を疑った。

それは、言った苗木本人の声にも、どこか自信のなさが漂っていた。

 

 

「ふ、ふざけんじゃねーぞ!そ、そんな理由があるかよ!?

嘘ついてんじゃねーよ!それを証明できるのかよ、お前は!?」

 

 

桑田君が机を叩いて激昂する。

当然だろう。私だって同じだ。なんだその理由は!?

 

 

「証人ならいるよ」

 

 

苗木は忌々しそうにその方向を睨む。

 

 

「お前が証明してくれるだろ、モノクマ!」

 

「はい、そのとーりでございます!!

でも、“超高校級の幸運”であるはずの苗木君の部屋だけ、建付けが悪いなんて…

何が“幸運”だよ!!超高校級の“不運”じゃねーか!オラオラオラオラァアア――ッ!!」

 

 

逆ギレしたモノクマはどこからか取り出した鮭に向かって空手チョップを連打する。

 

 

「シャワールームのドアが開かなかったのは、建付けのせいだった。

でも犯人はそれをドアに鍵がかかっていると勘違いしたのよ。

犯人は現場についての重要なことを知らなかったから」

 

 

モノクマのリアクションを無視し、霧切さんは推理を続ける。

もう…私にも彼女が何を言おうとしているのかわかってしまった。

 

 

「犯人は苗木君と舞園さんが部屋を交換していることを知らなかったのよ。

そのせいで犯人は勘違いしてしまったのよ。

舞園さんがいた部屋を、彼女の部屋だとね…ね」

 

「だから、シャワールームには鍵があると思い込み、鍵を壊しにかかったのだな…」

 

「それが無意味な行動とも知らずに、か…」

 

 

霧切さんの推理に石丸君が額の汗を拭きながら頷いた。

大神さんは、静かに目閉じながら同意する。

 

 

○ 犯人は苗木の個室を舞園さんの部屋と思い込む

○ シャワー室が開かない→女子の部屋だから鍵がロックされていると思った。

○ だからドアノブを破壊した。

 

 

「最終的には力ずくであけたのかはわからないけど、犯人は相当混乱したはずよ。

結局、ドアが開いた理由もわからず終いでしょうし…」

 

「ドアが開かない理由を知っていた僕なら、そんな事するはずがないよね…?」

 

 

苗木の言葉にその事実に反論できる者はいなかった。

裁判の流れが大きく変わったことを誰もが肌で実感していた。

 

「じゃあ、犯人って、部屋の交換を知らなかった人なの…?」

 

「そうよ。だからこそ、テープクリーナーを使って証拠となる髪の毛の隠滅を図ったのよ。

部屋の持ち主ではないから。

“ドアノブの破壊”と“テープクリーナー”

この行動こそ、犯人が部屋の持ち主ではない証拠なのよ!」

 

 

「じゃ、じゃあ、苗木は当てはまらないじゃない。犯人じゃないじゃない!!」

 

 

不二咲さんの質問に、霧切さんは、推理の結論を述べた。

 

 

―――犯人は部屋の持ち主以外の人物=苗木以外の人物。

 

 

その真実に腐川が頭をかかえながら絶叫した。

 

 

「プププププ、プギィヒヒヒッヒヒャヒャヒャヒャヒャ~~~~」

 

 

不気味な笑い声が裁判所に響き渡る。

こんな笑いをする奴は一人しかいない。

全員がその方向を見る。

そこには、モノクマが私達を見下ろして盛大に笑っていた。

 

 

「そうで~す。その通りです!プププ、めんどくさいから言っちゃうけど、

苗木君は犯人じゃありませ~ん。残念でした、オマイラ」

 

 

犯人を知っているであろうモノクマのその宣言により、

苗木が…いや、苗木君が犯人である可能性は完全に0になった。

 

 

ガタガタ、ガタガタガタガタ

 

 

「へ?揺れてる?地震なの…なッ!?」

 

 

不可解な揺れを感じた腐川が直後、絶句した。

その揺れは地震ではない。

その揺れは人間の振動…震えであった。

そして、それを発していたのは…私だ。

私は壮絶に震えていた。

それはまるで“人間ドリル”のように激しく振動していた。

 

「なんなのよ、アンタ!?一体何が狙いなのよ、黒木~~!

ハッ!わかったわ!アンタ、携帯電話のバイブレーションのモノマネをしてるのね!

私が友達がいないからって携帯のマネをすることで馬鹿にしてるのね!!

キィイイ忌々しいわ!このバイブ!バ○ブ女!」

 

 

腐川が何か放送禁止用語を叫んでいるような気がするが、今はそれどころではなかった。

 

 

(え…?ちょ、ちょっと待って、な、何これ…?)

 

 

私は思い出していた。

記憶は舞園さんの遺体の前でドヤ顔で推理を完成させた時に戻る。

そこに、苗木君が…いや苗木さんが入室なされた。

そこで、私は、彼に…いやあの御方に何を言ってしまったのだろうか?

 

 

 ”この…人殺し”~~~~~~~~~~~~~~

 

 

言ってしまった。確かにそう言ってしまったのだ。

え…?ということはなんですか。

私は、舞園さんの仇をとろうと絶望の中で必死にもがく苗木君を

その言葉によってさらなる絶望に叩き落とした…と?

あの時の彼の顔が頭を過ぎる。

絶句した彼の顔は悲しそうで、その瞳には確かに絶望があったのだ。

 

 

「プププ、ねえ、どんな気分?無実の仲間を犯人扱いするのってどんな気分?

特に、もこっちなんかはワザワザ推理まで作ってくれたんだから、是非聞きたいなぁ♪」

 

 

ぎくり―――

 

 

ハチミツをかき回して興奮するモノクマの突然の指名に、心臓が飛び出すかと思った。

 

 

「あ…」

 

 

顔を上げた時、苗木君と目が合った。

その顔は少し悲しそうだった。

 

 

(あわわわ)

 

 

耐え切れず、私は視線を外し、下を向く。

やってしまった。とんでもないことをやらかしてしまった。

私は苗木君に取り返しのつかない心の傷をつけてしまったのだ。

ああ、どうしよう…なんとか謝罪して…でも、まだ裁判中だし。

 

 

「黒木さん、あなたはまだ聞きたいことがあるはずよね?」

 

「へ…?」

 

 

パニック状態の私に意外な方向から指名が飛んできた。

 

 

「私は、あの後も推理を続けたのは知っているわ。あなたなりに頑張っていたこともね。

だから、あなたは自分の推理に誇りを持ちなさい。たとえ間違いだったとしてもね。

さあ、何でも聞きなさい」

 

「え?ええ~~~!?」

 

 

霧切さんの言葉に私はすっとんきょんな声を上げた。

どうやら、彼女はどこかからの情報で、

私があの後も推理を続けていたことを知ったようだ。

その行為に敬意を表して、私に発言の機会を与える、ということだろうか。

いやいや、勘弁してくださいよ。

間違っているのがわかりきっている以上、私の発言は何を言ってもピエロにしかならない。

クラスメイト全員が私を見つめる。

苗木君が悲しそうな顔で私を見る。

霧切さんは、空気が読めないを通り越して、完全に天然である。

どこまで生真面目なんだこの人は。

へへへ、逆に嬉しくなってきちゃったよ。

これでは、リンチどこらか、完全に虐殺だよ~~。

 

「え、えーと、そ、その、こ、“工具セット”はどうだったでしょうか?」

 

 

十数秒後、消え入りそうな声で私は工具セットについて質問した。

 

 

「…もちろん、未使用だったわ。大和田君と大神さんが証人よ」

 

「ああ、確かに未使用だったぜ」

 

「ウム…」

 

 

結末はわかりきっていた。

苗木君が犯人でない以上、工具セットが使われるはずがないのだ。

 

 

「あい…ありがとうございました」

 

 

完全なるマヌケがそこにいた。

呆然自失で真っ白になる私を苗木君が少し悲しそうな目をしながら見ていた。

 

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 

ドレッドヘアーが特徴の葉隠君が額に汗を流す。

 

 

「苗木っちが犯人じゃねーなら、容疑者がいないってことだべな。

リアルな話、この状況、まずくねーか」

 

「犯人はだれだっつーんだ!!出て来い、ぶっ飛ばすぞ!!」

 

「スマンが拙者はお手上げでござる」

 

「このまま犯人が決まらなかったら、どうなるのぉ…?」

 

 

皆が騒ぎ出す。

苗木君の無実は証明された。

しかし、それは犯人が特定されたということではない。

犯人は苗木君以外の誰か、というだけだ。

事件は完全に振り出しに戻ってしまった。

 

 

「真実は、昨日の夜の彼女の行動にあるわ」

 

 

その発言により、再び一同の注目は霧切さんに移る。

この裁判における推理は確実に霧切さんによってリードされていた。

 

 

(霧切さん…この人はいったい?)

 

 

本当に何者なのだろうか?

普通でないことはもはや明白だった。

それになんだろうか?

推理が始まってから彼女から感じるこの“カリスマ性”のようなものは?

彼女が言葉を発する度に、彼女の周りに青いオーラが帯びているような

錯覚に囚われる。

 

 

「朝日奈さん、大神さん。証言してもらっていいかしら」

 

「う、うん」

 

「ウム」

 

 

霧切さんに指名され、朝日奈さんと大神さんに視線が集まる。

 

 

「昨日の夜、私達が紅茶を飲もうとして、

厨房に入った時は、確かに包丁が揃っていたよ。

だけど、食堂で紅茶を飲んで、その紅茶を片づけようと厨房に入った時には…。

だから、包丁はその時になくなったんだと思う」

 

「ちょっと、待ちなさいよ!!その証言、信用できるの!?その水泳バカと大神が

共犯かもしれないでしょ!!」

 

「水泳バカ!?」

 

 

朝日奈さんの証言に突如、腐川が異を唱えた。

どうやら、共犯関係を疑っているようだ。

それに対し、朝日奈さんは“水泳バカ”という罵倒の方に食いついた。

 

 

「おい、モノクマ。そういえば、共犯も脱出できるかについては聞いていなかったが?」

 

「共犯するのはかまいませんが、脱出できるのは、実行犯だけで~す。

めんどくさいから言っちゃうけど、今回は共犯はおりません。

あ、あと、死体発見アナウンスは目撃者が3人以上の時に起こるからね。

親切な僕はキメ顔でそう言った…!」

 

 

十神君の問いに、モノクマはキメ顔?で答えた。

死体発見時のアナウンスもそんな細かいルールがあるのか…知らなかった。

 

 

「では、食堂にいたあなた方のどちらかが包丁を持ち出したのでは…?」

 

 

セレスさんは微笑を浮かべながらも、その目の奥に冷たい光があった。

 

 

「違う、違う!私とさくらちゃんは包丁を持ち出してないよ!」

 

「あの~~さくらちゃんというのは、誰だべ?」

 

「我だ」

 

「失礼しました!」

 

 

葉隠君は即座に深々と頭を下げた。

大神さんの本名って意外にかわいいんだよねぇ。

いやいや、そんなこと気にしてる場合ではない。

 

 

「我と朝日奈が紅茶を飲んで談笑していた時、時間にすれば小1時間ほど。

その間に、厨房を訪れた人物が2名いる」

 

「…1人は舞園さんだよ」

 

「舞園さやかか。で、もう1人は誰だ」

 

「もう1人は…」

 

 

十神君の問いに、朝日奈さんは悲しそうにこちらを見た。

 

―――ドキン

 

鼓動が再び高鳴っていくことを感じる。

 

 

(え?ちょ、ちょっと待って…こ、この流れって―――)

 

 

「智子ちゃん。もう1人は智子ちゃんだよ」

 

「我らは舞園の後に黒木が厨房に入っていくのを見ている」

 

 

「なッ!?」

 

確かに、私は舞園さんに続いて厨房に入ったのだろう。

食堂でも彼女達と挨拶もしている。

でも、こ、この流れってもしかして…。

 

 

「あ―――――ッ!!そういうことか!!」

 

 

その時、突如、大和田君が大きな声を上げた。

そして、

 

 

「犯人はお前だったのか、チビ女――――ッ!!」

 

「え、ええ!?」

 

私を指さしてそう叫んだのであった。

 

 

「そういうことだったのか、やっと納得したぜ!!」

 

 

大和田君は、腕組をして満足そうに頷いた。

一方、私は、口を開け、絶句していた。

た、確かに、私は、包丁を持ち出しに関する容疑者であることに間違いはない。

でも、それで犯人というわけには…。

 

 

「だから、お前は舞園の遺体の前でニヤニヤしてたんだな!!」

 

「それかよ~~~~~~~~ッ!!」

 

 

大和田君の論拠に私は絶叫した。

確かに、私は推理を完成させて妄想にふけりニヤニヤしていた。

それが、運悪く舞園さんの遺体の前で、しかも目撃されてしまった。

だけど、それが、今さら…こんな形で返ってきた!?

 

 

「ち、違うんです!あれは思い出し笑いというか、その楽しいことを妄想してしまい、

つい笑ってしまいました。本当に申し訳ッッありませんでしたァアアアア――――ッ!!」

 

 

ドカッ!と音が響くほど、机に額を叩きつけ、私はありのままの事実を告白した。

 

 

「ハア!?死体の前でか?お前、頭がおかしいんじゃねーのか!?」

 

「頭がおかしいんです!!本当にゴメンなさい~~~~ッ!!」

 

「気持ち悪いんだよッ!!」

 

「気持ち悪いんです!本当にすいません~~~~~ッ!!」

 

 

みんなは“うわぁ~”といった目で私を見ている。

苗木君も悲しそうな顔で私を見ている。

 

ああ、私は一体、何をやっているんだ。

 

 

「そういうことだったのか、やっとわかったぜ」

 

「え…!?」

 

 

その中で、明確な敵意の眼差しで私を睨む者がいた。

 

 

「犯人はお前だったのか、黒木さん。いいや、黒木!!」

 

 

舞園さんのことが好きだった桑田君が、憎しみを込めて私の名を呼んだ。

 

 

「舞園が被害者である以上、包丁を持ち出して舞園を殺せるのは、黒木…お前だけだ。

だから、今回の殺人事件の“クロ”はお前だ!」

 

 

桑田君は、そう言って私を指差した。

朝日奈さんの口から私の名前が出た時に恐れていたことが現実になった。

そうなのだ。

苗木君が犯人でなくなった以上、容疑者は私だけになるのだ。

 

 

「ち、違います!私じゃない!包丁を持ち出したのは、舞園さんです!

た、たぶん、護身用に持ち出したんだと思います」

 

 

「ほーなるほど、で…?」

 

 

舞園さんが護身用に包丁を持ち出したのは間違いない。

その事実を述べても、桑田君は興味すら持たず、私に次の発言を促す。

え、えーと、次に何を言えば…そ、そうだ!

 

 

「わ、私、舞園さんに人生相談の依頼を受けたんだよ!

私の部屋に来て欲しいって舞園さんにお願いされてね。

でも、直前で断られちゃって…あ、アレ?」

 

悲しいことを言ってるのに途中で気づいてしまった。

これでは、私の無実を証明することはできない。

 

 

「ハア?なんだそりゃ?お前が江ノ島と仲がよかったのはみんな知ってるけど、

舞園と仲がいいなんて話は初めて聞いたぞ。おい、そーだろ、みんな!?」

 

皆はそれぞれ探す。

黒木智子と舞園さやかが仲が良かった事実を知る者を。

だが、それを知るものは誰もいなかった。

 

 

「だよな~~誰も知らねえよな。つまりは黒木の嘘ってことだ。

そうだよ、全部嘘なんだよ!舞園が護身用に包丁を持ち出したってことも!

包丁を持ち出したのは、お前だ、黒木。

お前が、舞園を殺すために包丁を持ち出したんだよ!!」

 

「そ、そんなぁ」

 

 

私と舞園さんが仲がよかった事実だけでなく、舞園さんが護身用に包丁を持ち出した

事実さえ否定されてしまった。

それどころではない。彼の中では、私は完全に殺人鬼と化していた。

 

 

 

――――真相はこうだ!!

 

 

目を血走らせた桑田君がクライマックス推理を展開する。

 

 

「お前は、舞園の目を盗み、包丁を盗み出した」

 

 

私が包丁を服の中に隠す映像が映される。

 

 

「そして、お前は舞園に相談したいことがあると持ちかける。

嫌がる舞園に何度も何度もしつこく頼んで、とうとう舞園の部屋

で相談を聞いてもらえる約束をしたんだ」

 

 

ヘコへコとゴマをする私に頬に汗をかき迷惑そうな舞園さんの映像が映る。

 

 

「そして、部屋に入ったお前は隙を見て、舞園に襲い掛かった」

 

 

凶悪な顔に変貌した私が舞園さんに襲い掛かっていく映像が映る。

 

 

「どーだ、これで完璧じゃねーか!?お前以外に舞園を殺せる奴はいねーんだよ!

お前がこの事件の唯一の容疑者なんだよ!!」

 

「あ、あうう…」

 

 

桑田君はまるで勝ち誇ったかのように両手を広げる。

きっと、彼は舞園さんを殺した犯人に復讐を遂げた気になっているのだ。

確かに私は唯一の容疑者だろう。

だが、違うのだ!

 

 

(霧切さん…)

 

 

私は彼女を見る。

彼女は相変わらず透き通った瞳で私を見ている。

その彼女の姿が、涙でぼやけていく。

 

ああ、彼女は…霧切さんは――――

 

 

 

私のことを犯人だと思っていたのだ―――――

 

 

 

「ち、違うんです!!私は犯人なんかじゃないんです~~~ッ!!」

 

 

泣きながら私は無実を叫ぶ。

 

 

「お願い!信じて~~~~ッ!!」

 

 

腐川の手にしがみつきながら、私は潔白を叫ぶ。

 

だが…

 

 

「ヒィ~~~~ッ!!触らないでよ、この人殺し!!」

 

 

腐川は私の手を振り払うと十神君の後ろに逃げていった。

 

 

「無駄だ。もう終わりだよ、“クロ”さんよぉ~~~」

 

 

桑田君が憎悪の眼差しで私を見る。

 

 

「これは…決まりですわね」

 

「意外な人物が犯人なのは、探偵物の鉄則ですからね。犯人は…お前だ!!」

 

「じゃあ、やっぱり智子ちゃんが…」

 

「ウぬ」

 

「そーよ!黒木よ!犯人は黒木なのよ!!」

 

「フン…」

 

「そ、そんな…黒木さんが…こ、怖いよぉ」

 

「チビ女!オメーみたいな悪党は初めて見たぜ!!とんでもねー外道だな、オイコラ!」

 

「まさか黒木君が犯人だったとは…」

 

「智子っち…女なら潔く罪を認めるべ」

 

 

憤怒、恐怖、嘲笑、哀れみ、敵意。

様々な瞳が私を見つめる。

 

誰も…誰も私を信じてくれる人はいなかった。

 

“人殺し”

 

「え…?」

 

 

“人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し”

“人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し”

“人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し”

 

 

それはきっと幻聴だろう。

だが、私にははっきりと聞こえる。

かつて私が言った言葉が。

苗木君に言った言葉が。

因果は巡り巡り、そしてその言葉は私に返ってきたのだ。

 

 

「ち、違う。わ、私は犯人なんかじゃない!舞園さんを殺してなんかいない!」

 

 

それでも…それでも私は叫ぶ。

私は知っている。

 

私が舞園さんを殺していないのは私が知っている。

私が舞園さんを殺していないのは舞園さんが知っている。

 

殺された彼女のためにも、私は叫ぶ。叫び続ける。

 

 

「プププププ、プギィヒヒヒッヒヒャヒャヒャヒャヒャ~~~~」

 

 

私の姿を見てモノクマは笑い、嗤う。

本当におかしそうに。本当に楽しそうに。

 

 

 

「わ、私は――――」

 

 

その時だった。

 

 

グニャ~~~~~~~

 

「―――!?」

 

 

意識を失う前のあの感覚だった。

目の前の景色がグルグルと廻っていく。

 

 

(だ、ダメだ…!ここで意識を失っては)

 

それでは、クロが勝ってしまう。

私だけではなく、クラスメイトみんなが殺されてしまう。

だ、だから、私が…

 

その間にも世界は溶けた飴細工のようにドロドロと溶け、混ざり合う…。

ぐるぐるぐるぐると、ドロドロドロドロドロドロドロと――

 

 

(ま、舞園さん…盾子ちゃん)

 

二人の笑顔を溶けた世界に映り、すぐに消えた。

 

 

(ゴメンね。二人の仇、取れそうにないや…)

 

 

いよいよ意識が消えていくのを感じる。

きっとこれが最後になるであろう映像が溶けた世界に映し出される。

それは、彼の…苗木君の悲しそうな顔だった。

 

(ゴメンね、苗木君。私はバカだから…同じ立場になってやっとわかったよ。

君はどんなに苦しかったのか、悔しかったのか、ようやく…わかったよ)

 

 

舞園さんを殺されただけではなく、犯人扱いされて、彼はどんなに苦しかったのだろうか。

私はその彼にどんな酷いことを言ってしまったのか、ようやくわかった。

本当は直接謝りたかったなぁ…でも、もう意識が…。

だから、ゴメン…今、ここで…言わせて…下さい。

 

 

 

 

――――ゴメンなさい。苗木君、本当に…ゴメンなさい。

 

 

 

 




お久しぶりです。
やっと裁判に突入しましたね。
今回は、前編、中編、後編でまとめたいと考えています。
その結果が、作品史上、最長の1万7000字越えになるとは・・・。
5000字の作品なら3作できてしまうことになります。

うん、投稿が遅い言い訳には苦しいでしょうか。
実は今回、風邪を引きまして、会社を休んだのですが、それで完成できました。
ずっと寝てるばかりでは暇ですしね。


もこっち 虫の息
桑田 必死
霧切さん 原作とは展開を変えた推理


今年の風邪は腹にきます。みなさんも気をつけてください。


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第1回学級裁判 中編①

「やった~これで事件解決ダァ~~~ッ!!」

 

 

ガッツポーズで雄たけびを上げなげる桑田君の前に、

半ば意識を失いかけ、今にも倒れそうな私がいた。

 

クラスメイトのみんなの目には、

きっと今の私の姿は、犯行を論破されて泡を吹いている犯人の姿そのものに見えるだろう。

 

ああ、あと十数秒で意識が消えるのがわかる。

そしたら私は二度と目を開けることはないだろう。

 

私はモノクマに殺される。

クラスメイトのみんなも殺されてしまう。

 

「一時はどうなるかと思ったぜ!!」

 

薄れいく意識の中で桑田君の甲高い声が脳裏に響き渡る。

彼はきっと、舞園さんの仇をとれたと思って有頂天になっているのだろう。

 

だが、それは間違いだ。

私は犯人なんかじゃない。

 

(それは…違うよ!)

 

そう言いたかった。そう叫びたかった。

私は犯人ではない。

真犯人は別にいるのだと。

 

だけ…ど、もう…意識…が。

 

「しかし、さすがは霧切さんだぜ!

あのまま苗木に投票したら、俺達全員死ぬところだったぜ!」

 

 

桑田君はハシャギ気味に霧切さんに話しかける。

これまで議論の流れを作ってきた霧切さん。

彼女も私のことを犯人だと誤解している。

この状況を覆せる論拠は今の私にはなかった。

もう考える気力がない。

もはや、状況は決した。

彼女達の姿が私のこの世で見る最後の光景となるのだろう。

 

「つまり霧切さんは苗木ではなく、黒木が犯人だと言いたかったんだよな!?」

 

「違うわ」

 

「だよね!よっしゃ、さっそく投票に――――ってオイ!?」

 

 

(…え?)

 

その流れはあまりにも自然だった。

それはまるで2人が予め示し合わせたかのように。

霧切さんと桑田君が派手な蝶ネクタイとキラキラのスーツを着ていても不思議でないほどの。

 

そんなコントのような完全な桑田君のノリツッコミだった――――

 

「な、何言い出すんだよ!?何言っちゃってんだよ、霧切さん!?」

 

困惑に顔を歪め、桑田君は叫ぶ。

驚いているのは彼だけではない。クラスメイトみんなが驚いている。

当たり前だ。

その一言でこれまでの全ての流れがひっくり返ろうとしているのだから。

それは、気絶寸前だった私の意識を再び呼び戻すほどの衝撃。

全員が驚きの表情を浮かべる中で、ただ一人、

霧切さんは相変わらずの表情で桑田君を見つめている。

 

「あら?何を驚いているの、桑田君」

 

「え、いや、だって、霧切さん、犯人は…その…黒木ってことだよね?」

 

霧切さんの落ち着いた態度に、逆に桑田君がシドロモドロに質問する。

霧切さんが威風堂々としているためか、

それは何かとても後ろめたいことを聞くかのような態度であった。

 

「…いつ、私が黒木さんを犯人だと言及したのかしら?

いつ、どこで、何時、何分、何秒に私がそれを言ったのかしら?是非、教えて欲しいわ」

 

「ちょっ!?そ、そんな小学生みたいなことを!?」

 

またもコントのような流れとなった。

小学生のようなことを聞く霧切さんに桑田君が的確にツッコミをいれる。

ここが学級裁判の場でさえなければ、それは微笑ましい風景となったかもしれない。

だが、クラスメイトの皆は、誰一人、笑うことなく霧切さんの言葉を真剣な眼差しで聞いている。

 

「あなたもなぜ目を回しているの、黒木さん。

起きなさい。あなたがいなければ議論が再開できないじゃない」

 

霧切さんは私の方を向くと、パン、パン、パンと三回ほど手を叩いた。

 

(え…何それ!?)

 

それはまるで池の鯉に餌をやるために合図するかのように。

それはまるで眠りこけている飼っているバカ犬を起こすかのように。

およそ気絶しかけている人間に対するケアとはかけ離れたものだった。

だが、この非人権的なふざけた行動が逆に私の意識を呼び戻した。

意識が少しづつはっきりとしてきた。

彼女は…霧切さんは、何を考えているのだろうか…?

 

「…ごめんなさいね、黒木さん。こうなることは予想がついていたの」

 

霧切さんは、相変わらずの透き通った瞳で私を見つめながら、謝罪の言葉を口にする。

その表情からまったく申し訳なさを感じることができない。

だが、それ以上に彼女が何を言おうとしているのかが、私にはまるでわからなかった。

 

「でも、必要なことだった」

 

霧切さんは、言葉を続ける。

 

 

 

「全ては、この事件の真実に辿り着くため。

そして…ついでにあなたの無罪を証明するために――――!!」

 

 

 

その台詞により、私は完全に覚醒した。

巨大な爆弾が再びこの学級裁判において炸裂した。

凍りついていた刻は再び彼女を中心に動き出した。

 

(え、い、一体どうなって…?)

 

意識は完全に復活したが、何が何やらよくわからない。

霧切さんは私を犯人だと思っていなかった…?

それどころか、私の無罪を証明?え、ついでに?ついでにってちょっと酷くない!?

彼女の台詞に一部文句はあるが、それ以上にその内容に私は驚愕した。

 

霧切さんは私を無実だと思っている――――!?

 

 

「え、黒木さんが犯人じゃないのぉ…?」

 

「一体全体なんですかぁ~~~~~!?」

 

「ちょっといきなり何なのよ、これは!?」

 

驚いているのは私だけではない。

クラスメイトのみんなも一斉に騒ぎ始めた。

不二咲さんも、山田君も、腐川も頭を抱えて困惑する。

 

「話は厨房の場面に戻るけど…」

 

そんな中、霧切さんは語り出す。私の無実を証明するための推理を。

 

 

「ちょっと、待てよ、コラァアアア――――ッ!!」

 

 

だが、彼女の推理を阻む者がいた。

 

「霧切…てめーいい加減にしろよ!!」

 

超高校級の”野球選手”である桑田君が、額に血管を浮き出させながら霧切さんを睨む。

 

「苗木の無実を証明したのは、確かにお前の手柄だよ。

だけど、お前今度は一体何がしたいんだよ!?犯人はどー考えても黒木しかいねーだろ!!

もうそれで終了だよ!投票でいいんだよ!!

それなのに、今更、黒木が犯人じゃねーだと!?

ふざけてんじゃーぞ、霧切!いつまでも”探偵”ぶってんじゃねーぞ!!」

 

怒りに身を任せながら、桑田君はマシンガンのように話し出す。

彼女を”霧切”と呼びつけにして。

彼女の言動を”探偵”ぶっていると罵倒して。

もし、普段の私がこの桑田君の罵倒を聞いていたなら、

「プッ」と吹き出して、心の中で腹を抱えて大笑いしたことだろう。

だが、今は違う。

彼女が…霧切さんだけが、私の無実を信じてくれているのだ。

彼女の推理の才能だけが、今の私とクラスメイトの命を救うことができるのだ。

苗木君の無実を証明した霧切さんの推理の才能は本物だ。

だから、重度の厨二病だろうが、探偵ぶっていようが、今は彼女の才能に賭けるしかなかった。

 

「…改めて、厨房の場面に話を戻すけど」

 

「だから、いい加減にしろって言ってんだよ!!お前、喧嘩売ってんのかよ!?」

 

霧切さんは、当たり前のように桑田君を無視して、推理を再開させる。

その態度にさすがに桑田君もキレたようだ。

机から身を乗り出して、絶叫する。

 

「桑田君、ここであなたの推理を確認したいの」

 

「無視してんじゃねーぞ!!いい加え?…」

 

突如、桑田君の方に視線を移した霧切さんは、質問というボールを桑田君に投げた。

桑田君は驚きながらも、目の前に迫るボールを慌ててキャッチした。

 

「あなたの推理では、嫌がる舞園さんを黒木さんが、しつこく何度も頼み込んで、

彼女の部屋で人生相談する約束を取り付けたのよね?」

 

「え…あ、ああ!そうだぜ」

 

彼女の問いに桑田君は戸惑いながらも大きく頷く。

 

「大神の話じゃ、2人は厨房に小1時間近く一緒にいたそうじゃねーか。

その間中、黒木の奴がしつこく、しつこく嫌がる舞園に迫ったんだろーよ。

ついに根負けした舞園はその場で約束をしてしまった。

黒木が自分を殺そうと目論んでいることも知らずにな。それがどーしたよ?」

 

(う、うう…)

 

完全に”嫌がる舞園さん”の映像が定着していて涙が出そうになった。

私が舞園さんと仲がいいというのは、そんなにいけないことなのでしょうか?

私は彼女と普通におしゃべりできる関係を望んでいたのに、

どうしてこんなことになっているのだろうか?

 

「ここで確認したいのだけど…」

 

私が舞園さんの笑顔を思い出している間にも推理は続く。

霧切さんは、桑田君にさらに質問をするみたいだ。

 

 

「彼女が黒木さんと約束をした時に何も残さなかったのかしら?

ただの口約束で済ませたのかしら?」

 

 

「あ?何だよ、その質問は…?」

 

(…へ?)

 

彼女の質問の意図が分からず、桑田君は、そして私も困惑の表情を浮かべる。

彼女は一体何を言おうとしているのだろうか?

たかが、人生相談の約束にわざわざ証明書のようなものを作成するはずないではないか。

実際、約束はご破算になったが、私達がそんなものを書くことはなかった。

 

(葉隠君じゃないんだからさぁ…)

 

チラリと問題の詐欺師野郎を見る。

あの野郎は、インチキ占いで私から十万円を巻き上げようと念書を書かせた。

あの時の恨みは一生忘れないだろう。

だが、それは今は関係ない。

 

「まあ、普通に考えたら、その場で口約束だろうな。

葉隠じゃねーんだからさぁ。わざわざ舞園が約束の念書を書くことはねーんじゃねーの」

 

桑田君は頭を掻きながら迷惑そうに答える。

その言葉から、葉隠の野郎は、他の生徒にもあの迷惑行為を行っていたことを知った。

マジでコイツが真犯人だったらいいのになぁ。

 

「ああ、でも、もしかしたら黒木が舞園を逃がさないように確約書を作って、

舞園に一筆入れさせたかもしれないな。約束を確実にして、舞園を殺すためにな」

 

そう言うなり、桑田君はキッと私を睨んだ。

ああ、どんどん私が彼の中でとんでもない凶悪犯に成長していく。

しかし、たかが人生相談の約束に念書をかかせるって…コミュ障ってレベルじゃねーぞ!?

一体、私はこれからどんな悪党に変貌を遂げていくのだろうか。

 

「なるほどね。話をまとめると、

もし人生相談とやらの約束を保障する念書か確約書が存在した場合、

それを書くメリットがあるのは黒木さんであり、舞園さんにはない…ということね。

彼女がそのようなものを書くはずがない…それでいいかしら」

 

「さっきから、何が言いたいのか、よくわかねーぞ、霧切!

ああ、そうだよ!舞園がそんなもん書く必要があるわけねーだろ!

結局は、黒木のしつこさに根負けして、その場で口約束したんだろ、それが何だよ!」

 

それは奇妙な問答だった。

それは奇怪な会話だった。

不可解で奇天烈で珍妙なまるで霧がかかったような言葉のやりとりだった。

私達は、霧切さんの真意がまるで読むことができなかった。

だからなのだろう。

私達の頭には桑田君の常識的で具体的な言葉のみが記憶された。

 

つまりは、被害者である舞園さんが何も残すはずがない、と。

 

だが、それは全て霧切さんの描くシナリオ通りの展開だった。

後になって、この裁判のことを振り返ると、

ここに至るまでの全ては彼女の手の平の中から一度でも出たことはなかった。

彼女はシナリオライターであり、舞台設計者であり、この劇の主役だった。

そう、私達はまるで観客のように彼女の演技に釘付けとなった。

 

「そう・・・ならば」

 

彼女はゆっくりと後ろで隠していたものを掲げる。

劇の主役のように。私達、観客に見せつけるように。

 

 

 

「なぜ、彼女はこの”メモ”を残したのかしら」

 

 

 

学級裁判という偶像劇は、今再び大きく動き出す。

彼女の手には私達の部屋の置かれているメモ帳が握られていた。

その最初のメモは、鉛筆で黒塗りにされていた。

筆圧によって浮かび上がった白い部分は文字となる。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

 

”2人きりで話したいことがあります。5分後に私の部屋にきてください。

部屋を間違えないようにちゃんと部屋のネームプレートを確認してくださいね”

 

                             舞園さやか

 

 

 

―――――――――――!!?

 

 

その署名に全員が衝撃を受けた。

そこには殺された彼女の名前が…舞園さやかさんの名前があった。

 

 

 

「なんだよ、それは!?な、なんでそんなもんがあるんだぉおおおお!?」

 

 

 

恐怖に顔を歪め、桑田君は絶叫した。

彼の驚きは当然だ。私も口を開けて絶句した。何がなんだかわからない。

なんだ、それは?なぜ、舞園さんの名前が…!?

 

「これは苗木君の部屋から持ち出したメモ帳を鉛筆を使って

筆圧を浮かび上がらせたものよ。このことは、大和田君と大神さんが証明してくれるわ」

 

「うむ、それは確かに苗木の部屋のメモ帳だ。

霧切はこの裁判の直前に、我ら2人に持ち出しの承認をとったのだ」

 

「ああ、間違いねーぜ。その時はよくわかんなかったけどな。

というか、ぶっちゃけ、今も何がなんだかわかんねーぞ、コラァアア!?」

 

先手を打つかのように、霧切さんは、メモ帳について説明を始めた。

そのメモ帳は、苗木君の部屋…つまり舞園さんが殺害された部屋のメモ帳らしい。

部屋の監視をしていた大神さんは、

霧切さんの言葉に頷き、大和田君も逆キレしながらも同意する。

 

「一応、確認しておきたいのだけれども、

これはあなたが書いたものではないわね?苗木君」

 

「…うん、僕じゃない」

 

「でしょうね。ならば、消去法により、このメモは署名通り、舞園さんが書いたことになるわね」

 

苗木君の証言により、そのメモは舞園さんが書いたものであることが確定した。

まるで外堀を埋めるかのように、

霧切さんは必要最小限の質問だけでその事実を証明したのだった。

部屋の持ち主である苗木君が書いていない以上、

それを書いたのは部屋を交換した人物以外にいない。

そう、これは舞園さんが書いたメモ。

それに対してもはや反論できる者はいなかった。

まるで劇を見るように、私達はただ彼女の推理を見入っていた。

 

「苗木君と舞園さんが部屋を交換したのは、昨夜の18時頃。

大神さんと朝日奈さんが彼女が厨房に入るのを見たのが、21時頃。

18時から21時の間に、このメモを書き、誰かと会ったとは考え難いわ」

 

「ククク、だろうな。それでは部屋の交換の意味はなくなるからな」

 

「そうだよ!彼女は、舞園さんは、怯えていたんだ!だから…」

 

苦笑しながら、十神君が霧切さんの考えを補足しながら同意する。

苗木君は、当時の舞園さんのことを思い出しながら発言し、言葉を濁した。

 

 

だから…そんなメモを書いて誰かに会うはずはない!

 

 

そう言いたかったのだろうか。

 

 

「つまり彼女がこのメモを書いたのは、厨房を出て部屋に戻ってから…ということになるわ」

 

推理は核心に近づく。

霧切さんが発言する度にまるで青いオーラのようなものが見える。

勿論、これは目の錯覚に違いない。

だが、そう感じるほど今の彼女の迫力は常軌を逸していた。

それはまるで狼が獲物を刈るかのように。

桑田君も私と同じようなものを感じたのか、頬に大粒の汗を浮かべている。

 

 

「ならば、あなたの推理はおかしいわね、桑田君。

あなたの推理は舞園さんがその場で黒木さんと”口約束”したのよね?

これはどういうことかしら?」

 

「ウゥ…」

 

(おおおおおおおおおおおおおおッ!!)

 

 

舞園さんの問いに桑田君を呻き声を上げ、私は心の中で喝采を叫んだ。

メモの存在により、桑田君の推理が根底から崩れたのだ。

それは、私の犯人説の否定。

私の無実が証明された…ということなのだ!

 

「あ、ああ!わかった!アレだよ!さっき黒木の奴が言ってたじゃん」

 

「え…!?」

 

「人生相談の約束を直前で舞園に断られたってさぁ。

つまりだ。後から考え直した舞園が、メモを書き、黒木を呼び出した…ってことだよ。

これだったら、メモの件の整合性がつくじゃん!」

 

「なッ―――!?」

 

だが、喜びのほんの束の間だった。

何かを思いついたように手をポンと叩いた桑田君は驚愕の推理を作り出した。

なんと舞園さんは断った後に、再び考え直した…というのだ。

それは私の発言と真実を利用し、都合よく作り上げた推理。

その悪辣さに私は絶句した。

このチャラ男はどこまで私を犯人にしたいのだ!?

 

「…なるほどね。ならば、なぜ舞園さんはわざわざメモで黒木さんを呼び出したの?

そんなことをするよりも直接、黒木さんの部屋で話せばいいじゃない。

殺人をしようとして、人目につくのを避けたいのは黒木さんの方よね。

舞園さんは、なぜわざわざ自分の部屋に呼び出したのかしら?」

 

「そ、それは…そ、そうだ!アレだよ!」

 

霧切さんの質問により、私をメモで呼び出す必然性に焦点が当たる。

そうなのだ!

私と話したいなら、直接、私の部屋を訪問すればいいのだ。

私が犯人で、人目を避けるために彼女をメモを使って呼び出すなら話はわかるが、

彼女がその行動とるのは完全におかしい。

だが、霧切さんの問いに対し、何か閃いた桑田君が顔に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

「嫌だったんだよ!

黒木みたいな根暗で気持ち悪い奴と話しているのをクラスメイトに知られるのがさぁ!」

 

 

 

(うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~ん)

 

 

桑田君の放った言弾に、私はついに心の中で号泣した。

酷い、酷すぎる!あまりにも酷すぎるよ~~~~~!!

私は確かに超高校級の”喪女”かもしれない。

だけど、これはあんまりだ。

犯人扱いされただけなら、まだしも、この扱いはないよぉおおおおおお!!

 

「…なるほどね。そういう考えもあるのか」

 

(え、えぇえええええええ~~~~ッ!?)

 

だが、霧切さんはその答えに少し驚きの表情を浮かべ、納得したように頷いた。

ちょ、ちょっと、霧切さん、アンタなんで納得して!?

 

「それでも、あなたの推理には致命的におかしな点があるのよ、桑田君」

 

「な、何がおかしいってんだよ!?」

 

本当にこのまま推理が終わってしまうのかと一瞬、危惧したが大丈夫なようだ。

霧切さんは、再び推理を展開する。

 

「みんなももう一度、メモの内容を見てくれないかしら。

今度は、舞園さんの立場になったと仮定して、そのメモにおかしな点はないかしら」

 

「え、何ですと!?舞園さんの立場で、とな!?」

 

「黒木さんのお願いを断った直後ってことだよねぇ…?」

 

「一体、何がなんだかさっぱりだべ」

 

彼女の問いかけに、クラスメイトのみんなは首を傾げながら、メモ帳を見つめる。

私もわけがわからずもメモ帳を見つめる。

彼女は一体、何を言いたいのだろうか。

このメモの内容のどこに私の無罪を証明してくれるものがあるのだろうか?

 

それから1分ほど経過した時だった。

 

「ああ、なんかおかしいですね、これ」

 

山田君が、メガネを掛けなおしながら、そう呟いた。

 

「うん、おかしいよねぇ」

 

それに不二咲さんが同意する。

 

 

「確かに言われりゃおかしいかもしれねーな」

 

「うん、ちょっとこれはね…」

 

「ウム…」

 

「確かにこれはおかしいぞ!」

 

 

それを皮切りとして続々と他のクラスメイト達も同意する。

 

 

(え、ええ!?)

 

 

その状況を前に、一人取り残されてしまった私はただ動揺するだけだった。

 

「な、なんだよ、お前ら!一体、何がおかしいってんだよ!?」

 

どうやら、取り残されたのは私だけではなかったようだ。

桑田君は額に大粒の汗をかき、みんなに問いかける。

 

「いや、なんていいますか、舞園さんらしくないなぁ~~と思いまして」

 

「はあ!?舞園らしく!?」

 

「いや、だからですね。彼女みたいな礼儀正しそうな人が、謝罪の一つも書かないのは

やっぱりおかしいって思ったんですよ。断ったのに、呼び出すとか自分勝手過ぎますし」

 

(あ…!)

 

山田君の言葉に私は食い入るようにメモを見つめる。

確かにそうだ。

舞園さんは、このクラスの中で誰よりも礼儀と常識を兼ね備えた人だ。

その彼女が私の頼みを断った後に、考え直してメモを書いたならば、

まず書くことは何だろうか。

 

 

 

それは、断ったことに対する”謝罪の言葉”ではないだろうか―――――――

 

 

 

「桑田君の推理だと、黒木さんが一時間近くお願いしたのに断ったんだよねぇ?

ボクがこのメモを書くなら、まずそのことを謝りたいと思うんだよねぇ・・・」

 

「うむ、その通りだ!それこそ、人間関係の基本だ!」

 

「まあ、悪かったの一言くらい書けってんだよな」

 

不二咲さんの言葉に石丸君と大和田君が同意する。

 

「まあ、私は黒木さんのような取るに足らない愚物相手には何があっても謝罪はしませんが…」

 

(なッ…!?)

 

「それでも、小一時間もしつこく迫ったという驚異的な迷惑行為に敬意を称してこう書きますわ」

 

 

 

――――――私”も”話したいことがあります、と

 

 

 

私を罵倒しながら説明を始めたセレスさんの最後の言葉に皆が沈黙した。

 

「そうよ。このメモの内容にはその直前の黒木さんとのやり取りがすっぽり抜け落ちているのよ。

彼女が礼儀正しい人物であることは、クラスメイト全員が認めている事実。

ならば彼女が黒木さんに

長時間お願いされて断ったことに関して、何も言及しないのは明らかにおかしい」

 

 

皆が頬に汗を流す中、霧切さんは涼しい顔でまとめに入った。

それは私が犯人扱いされて10分ほどの出来事。

だが、私にはまるで何時間にも感じられるほどの長い時間だった。

先の見えない長い長いトンネルの先にほんのわずかな光が見えたように。

その瞬間がついに訪れた。

 

「舞園さんのメモの存在とその内容は、直前で会った人物以外を示している。

それは、黒木さん以外の人物をメモで呼び出した…ということを意味する。

恐らく、その人物が舞園さんを殺した人物で間違いない。

ならば、黒木さんは無実ということになる」

 

そう…

 

 

黒木さんは―――――――

 

 

 

               ”シロ”よ―――――――

 

 

 

 

「き、霧切さん」

 

彼女の姿が再び、涙でぼやけてきた。

彼女は、霧切さんは私を犯人だと思っていなかったのだ。

 

「う、うぅ…」

 

黒木犯人説を唱えた桑田君ことチャラ男は小さく呻きながら、下を見つめている。

なんと無様な男だろうか。

人を犯人扱いしやがって…お前が犯人じゃねーのか?

それに引き換え、霧切さん。

私はあなたを誤解していました。

よくよく考えたら、空気が読めない重度の厨二病患者というだけで別に悪い人ではないのだ。

ああ、私には今の彼女が、ギリシャ神話の女神そのものに見える。コミュ障だけど。

私の妄想の中の霧切さんは、ギリシャ神話の布の衣服を着て茨の冠を被り、

 

「褒めているのかしら、それとも馬鹿にしているのかしら?」

 

と呟いている。

 

 

「チッなんだよ、最高に面白い展開だったのにさぁ~~そいつ犯人だって!投票しようよ!!」

 

(うるせー死にさらせクマ畜生が!!)

 

バンバンと鮭を叩くモノクマを私は心の中で罵倒しながら睨む。

あ、それどころではない。

こんな奴を相手にしている場合ではなかった。

 

 

「あ、ありがとう、霧切さん!」

 

 

精一杯声を張り上げ、私は霧切さんに感謝の言葉を述べた。

 

「…別に感謝する必要はないわ。

たとえあなたでない別の誰かであろうと、私は同じ行動をとったはずだろうから」

 

ほんの一瞬、小さく笑った後、霧切さんはいつもの無表情に戻った。

 

 

「私は真実を知りたいだけよ。

私は死にたくない。何も知らずに…死にたくないだけよ」

 

「…?」

 

「プギュヒヒヒ」

 

何か意味深なことを呟いた後、彼女は沈黙した。

それをモノクマが不気味な笑い声を上げながら、見つめていた。

 

 

 




9166字か…。

うぉおおおおお~~~~ん、もこっちの無罪を証明するだけで終わってしまった!!

○もこっちの無罪証明
×舞園さんの真実
×ダイイングメッセージ解読

仕方なかったのだ!
どう考えてもこのままじゃ2万字超え確実だったから。
前回でも1万7千字超えだったのに、もう嫌だ!
うう…全ては私の技量のなさによるものです。
許してください!な(略)

でも…ま、いいか(アカメが斬るの大臣風に)

よくよく考えたら、真面目に書いたからこうなったわけだし。
まあ、不定期のタグがあるから多少はね?

うん、すいませんw
毎度遅く、次数も展開も長いですが、付き合って頂けたら幸いです。




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第1回学級裁判 中編②

学級裁判が開始され浮かび上がった2つの容疑。

苗木犯人説と黒木犯人説はどちらとも霧切さんの活躍によって阻止された。

危うく犯人にされそうになった私は、とりあえず容疑が晴れたことに胸を撫で下ろした。

だが、それも束の間。

すぐに私の心を陰鬱な気分が覆い始めた。

それはそうだ。

私はといえば、苗木君を犯人だと決めつけ、間抜けな推理を作り出して、

大迷惑をかけただけではなく、たまたま舞園さんと厨房で会ってしまったおかげで

一躍犯人候補になり、つい先ほど失神しかけていたのだ。

だが、それは陰鬱な気分の理由の50%にも満たなかった。

その大部分は舞園さんの件にあったのだ。

私の容疑を晴らしたメモの内容は、別の誰かを部屋に呼び出すものだった。

それはつまり、私の人生相談をキャンセルして別の誰かと話した、ということだ。

 

(ああ、ショックだなぁ・・・)

 

厨房で話して少し仲良くなれた、と思っていた。

閉じ込められた不安やここを出た後の希望を話し合い打ち解けた…と思っていたのに。

それは全て私の思い込みだったようだ。

私は結局、舞園さんに信頼されていなかった、ということだ。

だからこそ、彼女は私との人生相談をキャンセルし、別の誰かを呼び出したのだ。

 

(ああ、なんかもうやる気なくなってきたなぁ…)

 

なんとも言えない気だるさが全身を包み込む。

舞園さんの仇を取る、などと息巻いて学級裁判に挑んだことのなんと滑稽なことよ。

もう私…この場にいらなくね?

 

「私の仇討ちは――――ッ!!?」

 

そう叫ぶ、頭の上に天使の輪が乗った盾子ちゃんが見えた気がしたが、まあ多少はね?

そもそも私のできることはもはや何もないのだ。

後は、霧切さんにでも任せておけば、それでよくね?

というか、あの人だけいればそれで十分だと思うのですが。

霧切さんをチラリと見る。

重度の厨二病と疑っていた彼女は、実は推理の才能を持っていた。

そのおかげで私は容疑から免れることができた。

彼女は見かけによらずいい人のようだ。

だが、冗談は通じなそうだな。

もし、私が

 

「気分が悪くなったので、部屋で休みたいのですが」

 

と、まるで学校の保健室に行くかのようなことを言おうものなら、

 

「今の状況をあなたは理解しているのかしら…?」

 

と霧切さんは冷静にキレるだろう。

まあ、彼女の言うとおりだろう。

命がかかっている以上、やる気云々で退場することなど許されない。

役には立たないだろうけど、私は最後までこの場に残ることにしよう。

 

「う~ん、う~ん」

 

そんなことを心の中で思っていると、誰かの悩み声が聞こえてきた。

赤いジャージがトレードマークの朝日奈さんが、腕を組んで何かを考えているみたいだ。

その表情は真剣そのもの。額に汗を浮かべている。

 

「うるさいですわね、朝日奈さん。気が散りますから、早くトイレに行ってくださいな」

 

「ち、違うよ!ちょっと気になることがあって」

 

セレスさんの勘違いに朝日奈さんは顔を赤らめて反論する。

 

「何ですか?脳みそまで筋肉のあなたが知恵を絞ったところで汗しか出てこないはずですが」

 

「ひ、酷い!?」

 

それを聞いても、セレスさんは相変わらず無礼な発言を連発する。

ああ、この人、私以外にもこんな態度なんだ。なんか安心した。

 

「じゃあ、もういいもん…」

 

朝日奈さんはシュンとうなだれる。

体育会系なはずだが、意外に打たれ弱かった。

水泳の天才らしいが、内面は私と変わらないカワイイ女の子なんだな。

 

「朝日奈さん、何か気になることがあるなら話して。ここはそういう場なのだから」

 

躊躇している朝日奈さんに、霧切さんが助け舟を出す。

確かに、私の容疑が晴れた以外、特に進展がない現状を考えれば、

何が突破口になるかわからない。

それが、朝日奈さんの疑問から始まるかもしれない。

 

「え、じゃ、じゃあ…コホン」

 

「頑張るのだ、朝日奈」

 

朝日奈さんは意を決して呼吸を整える。それを横から大神さんが応援する。

この殺伐とした空間の中で微笑ましい光景だった。

 

「えーと、あの…私が気になっていたのは、舞園さんが呼び出した人。

たぶんクロなんだろうけど。その人、本当に舞園さんの部屋に辿りつけたのかな?

だって、舞園さんと苗木は部屋を交換してたんだよね?

だったら、クロは苗木のいる部屋に行ってしまったんじゃないのかな?」

 

――――――――!!

 

 

「た、確かにそうでござる」

 

「うん、そうだよねぇ」

 

「ああ、犯人は舞園君の部屋に行けないぞ!」

 

「オイオイ、どうなってんだ、オラァアア!?」

 

その事実に再び、皆が騒ぎ始める。

確かにその通りだ。

朝日奈さんの言うとおりだ。

舞園さんは苗木君と部屋を交換していた。

だから、犯人は舞園さんの部屋、つまり苗木君がいる部屋に行ってしまう。

 

 

(いや…そうじゃない。そうじゃないんだ!)

 

 

その刹那、私はあの事実を思い出した。

 

「あなたにしてはまともな質問でしたわね、朝日奈さん」

 

「そ、そう?でへへへ」

 

半分馬鹿にしているセレスさんの賞賛に、朝日奈さんは顔を赤くして喜ぶ。

 

「そうね。いい質問だと思うわ」

 

それに霧切さんも同意する。

 

「でもね、犯人は舞園さんの部屋に行くことができたのよ。それは――――」

 

「ネームプレートが交換されていたから、そう言いたいのだろう?霧切響子」

 

霧切さんが、朝日奈さんの質問の答えを言いかけた時にそれを阻む者がいた。

その凛々しい外見と存在感はその人間の圧倒的な財力を連想させた。

 

超高校級の”御曹司”十神白夜が不敵な笑みを浮かべて霧切さんを見つめていた。

 

「ええ、その通りよ、十神君」

 

霧切さんは十神君の挑発めいた口調に静かに同意した。

 

(や、やっぱり…!)

 

私の思った通りだった。

 

部屋のプレートは取り替えられていたのだ。

だから、犯人は部屋を間違えることなく、舞園さんに会うことができたのだ。

 

「な、なんですとーーーー!?」

 

「ええ~そうなのぉ?」

 

「マ、マジかよ!?」

 

「それは本当かね!?」

 

「ほえ~全然、気づかなかったよ!」

 

「うぬ…」

 

その事実にそれに気づかなかった皆は一斉に驚愕の声を上げる。

 

「フン、こんなことにも気づかないから貴様らは凡人なのだ」

 

十神君は皆を蔑んだ目で見下ろす。

それはクラスメイトを見る目ではなかった。

それはまるで支配する対象を見つめる支配者の眼差し。刹那、私はそう感じた。

 

「おい苗木、一応聞いておくが、プレートを取り替えたのはお前か?」

 

「…違う。僕じゃない」

 

「ククク、だろうな。どうだ?脳みそがミジンコ並みのお前らもこれで気づいたろう?」

 

苗木君の返答に、もはや邪悪とも言える笑みを浮かべた十神君は私達を振り返る。

 

彼は一体、何が言いたいのだろうか?舞園さんについてだろか?

予想していた通り、プレートを取り替えたのは、舞園さんだった。

それは、苗木君の無実が判明した瞬間に決まっていたことだった。

 

部屋の入れ替えを知っているのは、苗木君と舞園さんの2人だけ。

 

苗木君がシロならば、プレートの取替えは舞園さんがやったということになる。

呼び出した人のために一時的にプレートを交換したのだろうか。

だが、それはあまりにもリスクが高い。

プレートの交換をしているのを、例の変質者に見られてしまうかもしれない。

その作業の間に変質者に襲われてしまうかもしれない。

そもそも彼女は変質者に怯えていたのだ。

だから、苗木君に部屋の交換を依頼したのだ。

包丁を持ち出して、自衛を考えるほど怯えていた。

それなのに、苗木君との約束を破って部屋にクロを招き入れた。

部屋の交換が無意味になることを承知で、だ。

何だろうこれは…?何かがおかしい。

まるで舞園さんが2人いるかのように。光と影。ジキル&ハイドのように。

先ほどからとてつもない嫌な胸騒ぎがする。

私は懸命に胸を押さえ、それを沈めようとしていた。

後でこの時の心境を考えてみると、私は恐れていたのかもしれない。

この胸騒ぎの理由を考えることを。

いや、きっと恐れていたのだ。それを考えることはまるで希望なきパンドラの箱を開けるように。

きっと、そこには一欠けらの希望もないことを、私は本能レベルで察知していたのだろう。

 

舞園さんはいい人で、舞園さんは礼儀正しくて、舞園さんは優しい人で…。

 

ああ、なんでだろう?彼女のあの本当の笑顔が思い出せない。

夢を語った時の宝石のような笑顔を思い出すことができない。

今思い出せるのは、そう…あの”仮面”のような笑顔。

 

その時だった――――

 

「うふ、うふふふふ」

 

沈黙を切り裂くように不気味な笑い声が場に響く。

驚いて顔を上げると、その先にはセレスさんがいた。

 

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクは

込み上げてくる笑いをひたすら耐えているようだった。

 

「わかりましたわ。わかってしまいましたわ」

 

そういって彼女は目を見開き、口を三日月のように広げた。

それはまるで命掛けのギャンブルでポーカーフェイスを気取る対戦相手の心を

見抜いた時のように。真実を見抜いた、そういう表情だった。

 

 

「あの方、カワイイ顔してなかなかやるじゃないですか」

 

 

三日月のように口を広げたセレスさんは、そう呟いた。

 

(あ、ああ…)

 

その三日月のような口を見て、私は思い出した。

 

 

 

「本当に…ありがとうございます」

 

 

 

昨夜、そう言って顔を上げた刹那、彼女の口はまるで三日月のようだった。

もしも、だ。

あの部屋の死体が彼女でなかったら、どうなっていただろうか?

彼女は果たして、苗木君との部屋の交換を正直に告白したのだろうか。

もし、しないならば、やはり容疑者は部屋の持ち主である苗木君ということになる。

この裁判の場において、必死に弁明する苗木君を前に、彼女はただ涙を流せばいい。

 

「なぜ、そんな嘘をつくのですか?」

 

そう言うだけでいいのだ。

 

超高校級の”幸運”と国民的人気を誇る超高校級の”アイドル”

 

果たして、皆はどちらの声を信じるだろうか。

 

「どうやら、セレスはわかったようだな。貴様らはまだかボンクラども!

ならば、特別に俺が教えてやろう!よく聞け!」

 

 

業を煮やして十神君が声を上げる。

 

 

じゃ、じゃあ、彼女は、舞園さんは――――

 

 

「舞園さやかは殺人を計画していたんだよ。

呼び出した人間を包丁で殺害して、その罪を部屋の持ち主である苗木に被せるためのな!!」

 

 

いや、あの女――――――――

 

 

(私のことを殺そうとしていたのかぁあああああああああ~~~~~~~~~~~ッ!!!?)

 

 

 

黒木さん…お願いがあります。

 

今夜…

 

――――私の部屋に来てくれませんか?

 

 

ゾクリとした。

いや、ゾクリどころではない。全身を悪寒が襲う。

嫌な汗が体中から溢れるような感覚に囚われる。

 

あの時、舞園さやかは、私をターゲットとして狙っていたのだ。

 

この場でなければ、うぉおおおおおおおおおお、と叫び声をあげたいくらい気持ちだった。

 

 

「部屋の交換相手に苗木を選んだのは、

お人よしで中学の同級生の苗木ならばいざと言う時に自分を庇ってくれると計算したのだろうな。

いや、なかなかの女優ぶりじゃないか、なあ苗木?」

 

「…。」

 

肩を震わして笑う十神君に苗木君は肩を落とし、ただ沈黙するだけだった。

 

「だが、奴は獲物の選択を間違えた。結局はノコノコやってきたそのバカに逆に返り討ちに

されたのだからな」

 

そう言って、十神君はチラリと私を見た。

そ、そうだ。

その通りだった。

なぜ、舞園さやかは私をターゲットに選ばなかったのだろう。

私もそのノコノコやってきたバカと同様、直前まで彼女の部屋に行く気満々だったのだ。

それを舞園さやかが直前になってキャンセルしたから、今こうして生きているのだ。

 

一体、なぜ…?

 

 

「ま、舞園さんの部屋には何時くらいに行けばいいのかな?

お、遅ければ、遅いほどいいのかな?私は大丈夫だけど…」

 

「…。」

 

 

そう問いかけた時、彼女は何か考えるように背を向けてその場に立ち尽くした。

彼女はあの時一体何を考えていたのだろうか?

どんな表情を浮かべていたのだろうか?

 

 

「マ、マジかよ、あの女がそんなことを…!?」

 

「舞園さやか殿が殺人を計画ですと~~~!?」

 

「だ、だから包丁を持ち出したんだねぇ…」

 

「うぬぬ…信じられん!」

 

「コイツはびっくりだべ!」

 

「苗木と舞園なら、舞園を信じるに決まってるじゃない!だってアイドルだもん!」

 

「ほえええ、そんな~」

 

「うぬ…」

 

 

この驚愕の真実を知り、皆が騒ぎだす。

そ、そうだ。今はこのことを考えている場合じゃない。

私には、いや、私達にはまだやらなければならないことが残っている。

 

「舞園っちの正体を暴くとはさすが俺達だべ」

 

突如、自信満々に葉隠君が自画自賛を始める。

お前は何もしてねーだろ!?この超高校級の”詐欺師”が!!

 

「で、真犯人は誰だべ?もったいつけないで早く教えてくれ!」

 

 

 

――――――――!!

 

 

「え、真犯人って…」

 

「誰なんでしょうね?」

 

葉隠君の質問に場が一瞬、氷付いた。

舞園さやかの真実を暴き、進展したと思った推理は、再び元の位置に戻ってきた。

だが、前回は苗木君という容疑者がいたのとは違い、今回は容疑者の検討すらつかない。

その事実を、不二咲さんと山田君が声に出した。

 

「え、あの霧切っちと十神っちは?」

 

「…。」

 

「フン…」

 

焦る葉隠君の問いに霧切さんは目を閉じ、十神君は何故か不貞腐れた態度を取る。

いやいや、”フン…”じゃねーよ。ちょっと待って、え、これって…!?

 

「え、ちょっと、この状況はマジでまずくねーか?」

 

葉隠君の顔が急激に青くなっていく。

 

 

「え、犯人が見つからなかったら、ボク達は…」

 

「も、もしかしてこれでオワリですか!?」

 

不二咲さんが泣きそうな声を上げ、山田君が頬を押さえて叫ぶ。

 

「まだだ、まだ今までの手掛かりを洗い直してだな…」

 

「どの手掛かりですか?そんなものあるんですか?」

 

「ぐう、では、やはり挙手だ!みんな目を瞑れ!犯人は挙手を―――」

 

「挙げるわけねーつってんだろ!!やっぱりバカだろ、お前!?」

 

提案をセレスさんに否定された石丸君は、再び挙手を提案する。

それを大和田君にまたツッコミを入れられる。

まるでデジャブを見ているかのようだ。

 

「…て言ってももう新しい手掛かりはないしなぁ」

 

桑田君が頭を掻きながら呟く。

 

 

「それは違うよ!」

 

 

「わぁあ!?びっくりした。なんだよ、苗木!?」

 

「まだ手がかりは残っている。あの”ダイイングメッセージ”だよ」

 

「はぁ?ダイ…なんだ!?」

 

「ダイイングメッセージ。舞園さんの後ろの壁に書かれた血文字のことよ。

”11037”と書かれていたわ」

 

しっかりとした声で苗木君は桑田君の言葉を否定した。

否定された桑田君は慌てて問い返す。

桑田君の問いに、霧切さんが冷静な態度で答えた。

 

 

                 ”11037"

 

 

その数字が最後の手掛かり。

 

(え、これって110番じゃないのでしょうか?)

 

これが最後の手掛かりという事実に私は顔を青くする。

 

「オイ、何がなんだかわからねーぞ!?オイ、そこの女、”チビ女2号”!!」

 

「え、ボ、ボクのこと!?」

 

「ああ、お前だよ!お前、”プログラマー”だよな?こういうの詳しいんだよな!?」

 

大和田君の指摘に、皆は一斉に不二咲さんを見つめる。

 

「そ、それが…全然なんだよね。

どうやってもこの数字列に意味を見いだせなくて…ゴメンナサイ」

 

不二咲さんは、涙を瞳に一杯に浮かべる。

 

「模擬刀の先制攻撃だべ!!」

 

「え、いきなり何言ってるの?」

 

「え、いや、もう一回推理をやり直そうかと思って」

 

「いきなり間違ってんじゃねーか!ふざけてんのか、てめーは!?」

 

突如、葉隠がわけのわからない台詞を言い出す。

朝日奈さんは、驚きの声を上げ、大和田君は本気でキレる。

ま、まずい。皆、焦っておかしくなってきてる。

 

「おや、あれー?おかしいな。推理が止まっているように見えるけど、プププ」

 

裁判長の席でモノクマがさも可笑しそうに笑う。

 

「ヒッ…!!」

 

その声を聞き、私は小さな悲鳴を上げる。

わたしだけではない。

皆、顔を青くしている。想像しているのだ。自分が死刑にされる映像を。

 

「嫌よ、嫌…いや~~~~~~死にたくない、助けて白夜様!!」

 

「ええい、こっちに来るな、気持ち悪い!」

 

「誰でもいいですわ、何か思いつきませんか?」

 

「ちょ、まったく思いつきませんぞ!!」

 

「犯人は今すぐ出て来い、本当にぶっ殺すぞ!!」

 

回る。廻る。学級裁判はまわりだす。

クルクルと、繰る狂ると、奈落に向かってマワリだす。

 

「う~ん、そろそろかなぁ、プヒヒヒ」

 

私達の断末魔の中、モノクマは静かに笑う。

その姿は、本物の死神のようだった。

 

 

(え、本当にこれで終わりなの?私…死ぬの?)

 

 

景色が灰色に見えてくる。

その刹那、あの槍が…盾子ちゃんを貫いた槍が天井から私達に向かって降り注いできた。

苗木君も霧切さんも、桑田君もセレスさんも、不二咲さんも山田君も、大和田君も石丸君も、

大神さんも朝日奈さんも腐川も十神君も、一応葉隠君も。

みんな、みんな死んでしまった。槍で体を貫かれて死んでしまった。

そして…私も。

 

「あ、ああ」

 

一瞬、みんなが殺され、自分の手を貫いた槍の幻影が見えた。

これが現実になるのはもうすぐだった。

 

「ヒ、ヒヒヒ、ウヒヒ、破滅よ、おしまいよ~~みんな死ぬのよ~~!!」

 

腐川がついに発狂した。

 

「あーうるさい!狂うのは後にしてくれませんか!?」

 

あのセレスさんが大きな声を上げて怒鳴った。

そうなのだ。

もうオシマイなのだ。

今さら、こんなダイイングメッセージなどわかるはずがない。

 

「ヒヒヒ、ウヒヒ」

 

「ああ!黒木さんまで!!」

 

「あなたもですか!?」

 

腐川に釣られて私も絶望の笑い声を上げる。

それを見て、不二咲さんは小さい悲鳴を上げ、セレスさんが頭を抱える。

 

「ウヒヒヒ…ヒぐぅ」

 

狂ったフリを止めた途端、涙が出てきた。

下を向いたら止め処なく出てくるので、私はとりあえず上を向いた。

照明の光が嫌に眩しかった。

 

これが人生最後の光景となるかもしれない、そう思った時に

私の中に残った望み…それは

 

 

太陽の中を歩きたい、だった―――――――

 

 

ああ、インドアな人間であり、夏休みの大半を家の中で過ごした私がなんという様だろう。

まあ、人間らしいといえば人間らしい。

太陽の中を生きる。それこそが本来の人のあるべき姿なのだから。

ああ、最近お日様の中にいた記憶…それは前の学校の体育の時間になるかな。

記憶を遡り、私は過去の自分を幽体離脱したように眺める。

人生でも数えることしかない掛替えのない体育の時間。

過去の私はいつものように体調不良を理由に皆がサッカーをやっているのを見学していた。

 

(ぎゃぁああ~~何やってんだ、私は!この限られた貴重な時間を何してんだよ!?)

 

見学に退屈しだしたのか、過去の私は蟻の巣を発見して、巣の入り口に埋め始めた。

 

(止めて~高校生にもなって止めてくれぇえええええい)

 

客観的に見ると、いかにゴミのような人間だったかがよくわかり泣きたくなる。

ああもしかしたら、この蟻の怨念によって今、こうして閉じ込められてしまったのかもしれない。

ごめんなさい!蟻さん、ごめんなさい!

 

(お、また何かし始めたぞ…)

 

こやつ…あまりに暇なのか、地面に絵を書き始めたようだ。

ああ、よくやるよねこれ…ってそんなことやる余裕があるなら今の私と入れ替わって欲しい。

ん、なんだ?今度は文字かな?

ひらがな、漢字、数字、アルファベット。

それらを何も見ないで書くことにチャレンジし始めたようで、後ろ手で書き始めた。

ああ、そうだった。

私は後ろ手で見ずに完璧に文字をかくことができるのだ。それもかなり高速に!

まあ、それだけこんな無駄なことをやっていたことを意味するのだけどね…。

一見、漢字の方が難しそうだけど、意外にアルファベットの方が書きにくいんだよね。

そういえば…舞園さんも後ろ手で壁にあの数字を書いたんだよな。

でもなんで数字だったんだろう?

 

ダイイングメッセージといえば、犯人の名前だよね?なら普通は漢字かひらがなかアルファ…。

 

その時、私に電流が奔った。

後ろ手で書いたなら、あれは「 11037」ではなく「73011」と書きたかったのではないか。

それに…そもそもこれは本当に数字を書いたのだろうか?

 

もしアルファベットを書こうとしたなら…

 

 

   7→L 3→E 0 → O  11はもしかしたらNなのでは?

 

 

「LEON。逆さまにしてアルファベットに直したら…レオン?」

 

 

誰だ…?ハリウッドの俳優の誰かかな?

舞園さんは、ハリウッドにも進出を考えていて、そのマネージャーの名前とか?

 

(え…!?)

 

いつの間にか、私は独り言を口に出していたようだ。

それを皆に聞かれてしまったらしい。

だが、その光景を見て私はぎょっとした。

 

 

全員がじっと私を見ていた。真剣な表情で私のことを見つめていた。

 

 

苗木君も、十神君も、あの霧切さんでさえ、驚きの表情で私を見つめていた。

そして次の瞬間、全員の視線は一人のクラスメイトに集まった。

 

「へ…?」

 

そこにいたのは、桑田君だった。

 

「あ…!」

 

今になって私はようやく彼の名前を思い出した。

 

彼の名前は―――

 

 

           桑田…桑田怜恩(れおん)!!

 

 

 




早いです。
自分でも信じられないくらいに早く書けました。
内容的には今作の方が書きづらいはずでしたが、あっさり書けました。
前作の方がはるかに書きにくかったです。

今回嬉しかったのは、全員がそれなりに動いてくれるようになったことです。
2話のNPCぶりと比べて見てくださいw

もこっち ぼっち体験からまぐれで正解も状況がよくわかっていない。

桑田 1話ごとにジワジワ追い詰められるもとうとう。

苗木 覚醒は次話か!?

誤字脱字は見つけ次第修正します。変な文章は書き直します。
では、また次話にて


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第1回学級裁判 後編①

クラスメイト全員の視線の先には、額に汗を浮かべる桑田君がいた。

その光景を目の当たりにして私も頬にタラリと汗を流した。

 

ん…?え、えーと。この状況は一体…?

 

私は現状を理解するために、このまでの流れを整理することにした。

 

ダイイング・メッセージを反転させてアルファベットにしたら…

LEONになって…それで桑田君の名前が怜恩で…

 

 

えーと、ということは…

 

 

 

(桑田君が”クロ”だったのかぁああああ~~~~~~~~~~ッ!!?)

 

 

 

ようやく理解が追いついた私は心の中で驚愕の声を上げた。

彼が、桑田君が…犯人!

そ、そういえば、改めてこれまでの流れを振り返ってみると、

いろいろ思い当たる点が多かった。

桑田君はこの議論の間、執拗とも言えるほど投票を急いでいた。

それはつまり、彼が犯人で、議論を間違った答えに導こうとして…

 

「ハ、ハハハ、す、スゲェ~偶然だよな。ビックリしちゃったぜ、俺」

 

みんなの針のような視線の中、桑田君は精一杯陽気な声を上げる。

だが、その声とは裏腹にその額の汗の量はさらに増えていた。

 

「な、なんだよみんな、その目は…?

ただの偶然じゃねーかよ。たまたまそう読めただけじゃん。

冗談じゃねーぞ…ただの偶然だ!そうだよな!?黒木!!」

 

「ふぇええ!?」

 

突然の指名に私は素っ頓狂な声を上げた。

 

「”ふぇええ!?”じゃねーぞ、コラ!

お前が変なこと言い出したからこんなことになってんだろ!説明しろよ!」

 

血管を浮かせて桑田君は怒りの表情で私を睨む。

 

「ハッ!?お前、さては仕返しだな!?

犯人扱いした仕返しにこんなことを言い出したんだな!?」

 

 

「――――ッ!?」

 

 

どうやら桑田君は私が犯人扱いした仕返しにあのような発言をしたと勘違いしたようだ。

 

「ち、ちが――――」

 

もちろんそんなはずはなかった。

LEONと読んだのはまったくの偶然で、桑田君に復讐しようとする気持ちなど一切ない。

そりゃまあ、恨んでいないというのは嘘にはなるけれども、私は空気が読める女。

こんなところで、復讐を果たそうなどするはずがない。

うん、確かに彼の言うとおり、LEONと読めるのはまったくの偶然の可能性が非常に高い。

確かにこれで犯人と決めつけられるのは嫌だろう。

そうだとも!こういうことはあらゆる可能性を考えて熟考の上に結論を…

 

「ちが―――うぇえ!?」

 

違う!と否定しようと手を前に伸ばした瞬間だった。

変な挙動による体重移動のためか、片足をズルリと滑らした。

ぐらりと視界が揺れ、机が私の顔に迫ってきた。

 

「わぁ!?」

 

慌てて、片腕を机に置き、顔面への衝突を寸前で避けることができた。

 

(ふ~アブね、アブね)

 

大事に至らず、私が心の中で安堵の息をついた時だった―――

 

 

「く、黒木智子殿…そのポーズはまさか…?」

 

「へ…?」

 

漫画アニメが大好きな超高校級の”同人作家”である山田君が

体を小刻みに震わし私の姿に魅入っていた。

 

その瞬間、何かとても嫌な予感がした。

 

私は、改めて自分の今の状態を確認する。

右腕は顔面衝突を防ぐために、机に置いている。

左腕の方はバランスを取るために前方に伸ばして…

 

「あ…」

 

その伸ばした指先には汗を流す桑田君がいた。

 

 

 

「あれはまさに…漫画アニメで定番の”犯人はお前だ!!”のポ~~~~~ズ!!」

 

 

 

興奮した山田君がガッツポーズしながら叫び声を上げた。

 

 

「おおお!!?つまりは喧嘩上等ってことだな!!」

 

「黒木君がこの推理で勝負に出たということか!!」

 

「それも堂々と真っ向勝負とは…ウフフ、やりますわね黒木さん」

 

「うぬ、黒木…見かけによらず恐るべき女よ」

 

 

 

(ノォ、NOォオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~ッ!!?)

 

 

 

山田君の盛大な勘違いに、他のクラスメイト達も歓声を上げ、私は心の中で絶叫を上げた。

 

「クッて、てめ~黒木!」

 

大粒の汗をかく桑田君。

だが、私もそのポーズで固まりながら彼以上の汗を流していた。

 

(え、こ、これから一体どうすれば…いや、一体どうなるの!?)

 

とりあえずポーズを解いてはみたが、それから何をしていいか分からない。

もはや完全なる殺気を纏って私を睨む桑田君を前に、ただ青くなるしかなかった。

 

 

「言ってくれるじゃねーか、黒木!

だがな…まだお前の容疑だって完全に晴れたわけじゃねーんだぞ!!」

 

「へ…ッ!?」

 

桑田君のその発言に私だけでなく、霧切さんも反応する。

そうなのだ。

私の無実は先ほど霧切さんが解いてくれて…

 

「そもそもこのダイイングメッセージだって、お前が舞園を殺した後、舞園の死体を使って

書かせればいいだけじゃねーか。俺を犯人に仕立てあげるためにな!!」

 

確かに、あのメッセージが舞園さんが書いたものだと証明することはできない。

逆に言えば、犯人が彼女の死体を使って書いた可能性もある、というわけだ。

 

「それにあのメモ帳だって、霧切の推理を先読みしたお前が仕掛けたんじゃねーのかよ!」

 

「え、ええええええ~~~~~~~ッ!?」

 

桑田君の推理に、霧切さんも一瞬「え!?」と表情を崩した。

桑田君の推理の中の私は、舞園さんのダイイングメッセージを細工しただけでなく、

なんと霧切さんの推理すら利用する犯罪者に成長したのだった。

 

霧切さんを手のひらに乗せて、ニヤニヤ笑う巨大な私の姿が頭を過ぎった。

 

ついに私は彼の頭の中で、霧切さんすら手玉にとる超高校級の”犯罪者”に成長したのだった。

 

「そもそもなんだよ”喪女”って。なんでお前みたいのが希望ヶ峰学園にいるんだよ!?」

 

「い、いや、いまさらそんな…」

 

いまさらそんなこと言われても、そんなの私が知りたいくらいだ。

なんでこんなとこにいるんだ!?なにやってんだ、私は!?うぉぉおおおお~~~~ん!!

 

 

 

「そうだ!やっぱり一番怪しいのはてめーだ、黒木!お前が犯人なんだよ!」

 

 

 

――――――この喪女!

 

 

「喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!」

 

 

 

「ひぃ、ひぃぃいいいいいい~~~~~~~~ッ!!」

 

 

怒りのあまり白目を剥き出しにした桑田君は、私に対する罵声を連呼した。

その言葉攻めはさながらボクシングのラッシュのように。

私は反論を許されず一方的に打たれ、どんどんコーナーに追い詰められていく。

せっかく霧切さんが助けてくれたのに情勢は再び私の不利へと傾いていく。

クラスメイトもみんなもただ私たちの様子を眺めているだけだ。

このまま投票に入ってしまっては、票は分裂してしまい、結果としてクロが勝ってしまう。

 

このままでは駄目だ!な、 なんとか反撃しないと…!で、でも…。

 

 

「喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!」

 

桑田君はまるで暴風のようであった。

とても反撃する隙などなかった。私の心はまるで暗雲に飲み込まれたように闇へと落ちていく。

 

(た、助けて・・・誰か助けて)

 

私は桑田君の悪意の前にただ震えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

――――――それは違うよ!

 

 

 

その時だった。

それは雷鳴のようだった。

それは暗雲を切り裂く疾風のようだった。

その声の方に振り返った瞬間、私は”太陽の光”を連想した。

 

そこにいたのは…苗木君だった。

 

 

「桑田君!黒木さんは犯人なんかじゃない!」

 

「な、なんだと、苗木!!?」

 

突然の苗木君の否定に桑田君は驚愕の声を上げる。

 

(な、苗木君・・・?)

 

私は呆然としながら、彼を見つめた。

舞園さやかに陥れられ、被害者であった苗木君。

そのためだろう。この裁判中、彼はいつも辛そうな顔で俯いていた。

だが、今の彼は違った。

私が一瞬、彼だと判別できなかったほど、その声は覇気が宿り、その目には輝きが戻っていた。

なによりも彼の身体から、まるで太陽の光のようなオーラが見え隠れしている。

苗木君…彼は一体?

 

「黒木が犯人じゃねーだと!?なら、苗木!お前がそれを証明できるのかよッ!?」

 

苗木君に向かって桑田君は叫ぶ。

ハッそうだ!ま、まさか苗木君が私の無実を証明してくれる!?

 

「いや…僕は黒木さんの無実を証明することはできない!」

 

(ですよね~~~~~)

 

一瞬期待した瞬間、瞬殺された。当たり前である。

苗木君を見張っていたのは私であって、苗木君が私を見張っていたわけではないのだから。

 

「でも、僕は桑田君…君の犯行を証明することはできるよ!」

 

「な、何ぃいいいいいいいい~~~~~ッ!?」

 

苗木君の桑田君を指さす。

それはまさに挑戦状だった。

その指先にいる桑田君は怒りで顔を歪ませる。

 

 

 

「苗木君、どうやら見えてきたみたいね。全ての謎の答えが」

 

 

 

霧切さんが、腕を前に組んで苗木君に語りかけた。

 

「あなたが言おうとしているのは、

例の焼却炉の前に落ちていたワイシャツの燃えカスのことよね?」

 

「うん…!」

 

霧切さんの言葉に苗木君が同意する。

 

「おそらく、犯人は舞園さんを刺し殺した際に返り血を浴びたんでしょうね。

その返り血を浴びたワイシャツを処分するためにそれを焼却炉に放り投げたのよ。

だけど、その際に燃えカスが残ってしまった。

でも犯人はそれを知らなかった。知っていたらもっと慌てたはずよ、ねえ桑田君?」

 

「な、な…!?」

 

霧切さんの刀のような鋭い視線に桑田君は後ずさりする。

 

(ああ、あの時のワイシャツの燃えカスのことか)

 

苗木君を尾行していた時、偶然その現場を見てしまった。

あれは桑田君が証拠隠滅のために行ったのかぁ…でも、どうやってやったのだろうか?

トラッシュルームの焼却炉前の鉄格子は完璧に閉まっていたはずだ。

あの時は深く考えず掃除当番の山田が忘れたと思っていたけど…。

 

「ふ、ふざけるんじゃねーぞ!ワイシャツだけで犯人にされてたまるかよ!

ワイシャツを着てる奴なんて、俺以外にもたくさんいるだろーが!」

 

桑田君は白目を剥いて吼える。

だが、その言葉は確かに説得力があった。

 

「いや…その処分した方法こそが犯人を示しているんだ」

 

しかし、苗木君は即座にそれを否定した。

処分の方法…?

 

「そ、そうか、なるほど。俺にはわかったぞ」

 

苗木君の言葉に桑田君はニヤリと笑った。

 

「トラッシュルームの鉄格子を開けなきゃ、焼却炉には近づけねーし。

あの焼却炉のスイッチ押せねーはずだよなぁ。

そんで、そのトラッシュルームの鍵は”掃除当番”がもってるんだよなぁ。

つまり…犯人は掃除当番ってことになるよな!!」

 

「はははは…ブヒィ!?」

 

桑田君に指さされた山田君は一笑した後に盛大に仰け反った。

確かに消去法では、山田君が犯人ということになる。

でも、果たして彼が犯人ならば、こんミスをするだろうか?

 

 

「それは違うよ!」

 

「なッ!?」

 

苗木君は即座に桑田君の推理を否定した。

 

「もし掃除当番である山田君が犯人ならば、燃えカスを残すようなミスをするだろうか。

いや、決してそんなことはしないはずだ。

燃えカスが残ったこの状況こそ、犯人がある”トリック”使った証明に他ならないんだ」

 

「な、苗木誠殿ぉおおおおおおおおおお~~~~~~~!!」

 

「な、何ぃいいい~~~~ッ!?」

 

山田君は感涙の中、雄たけびを上げた。

対する桑田君は”トリック”という言葉に動揺した。

ト、トリックって一体…!?

 

「みんなは焼却炉の前に葉隠君のガラス玉が割れていたのを覚えているかな?」

 

「ああ、あの安物のガラス玉のことですか」

 

「へ、なんのことだべ?それより、俺の水晶玉、誰か見なかったか?」

 

セレスさんの言葉に葉隠君が動揺する。

ああ、それですよ。その安物のガラス玉があなたの水晶ですよ。

焼却炉の前で粉々になったガラス玉を思い出す。

一体、あれがを何だというのだろうか。

 

 

 

――――――これが事件の全貌だよ!

 

 

 

そう言って苗木君はクライマックス推理を展開した。

 

 

「この事件の犯人は、舞園さんを殺した後、慌てて証拠隠滅に取り掛かった。

だけど焼却炉の前には鉄格子があり近づくことができなかったんだ。

そこで犯人が使ったのが葉隠君のガラス玉。

犯人はそれを鉄格子の隙間から投げて、焼却炉のスイッチにぶつけた。

次に犯人はワイシャツを丸めて、やはり隙間から焼却炉に投げ入れたんだ。

そして犯人は安心してトラッシュルームを後にした。

だけどそこには誤算があったんだ。

ワイシャツの一部が焼却炉から燃え落ちて証拠として残ってしまった。

それに犯人は気づくことができなかったんだ」

 

苗木君とクロが正対する。クロは汗を流し追い詰められた目で苗木君を睨む。

 

「そうだよね?桑田怜恩君」

 

「ぐッ…!」

 

その瞬間、クロの中から桑田君の姿が浮かび上がる。

 

「そ、そんなトリック、誰でもできるじゃねーかよ!!」

 

桑田君はこの後に及んでも最後の抵抗を続けるつもりだ。

 

「どうやって…やるのかな?」

 

「ああ!?こうだよ、こう!よく見とけ!!」

 

桑田君はそういうと、投げる真似を始めた。

 

「いいか!ガラス玉はオーバースローで投げるんだよ!

だいたい、このくらいの角度で、8割くらいの力で投げれば100%当たるからな!

ワイシャツはサイドスローで”ホイ”って感じで投げ入れるんだ!」

 

(う、う~ん)

 

何を言ってるんだ、コイツは?

何言ってるのかさっぱりわからない。

超一流の選手は感覚で理解しているというが、まさにそれだろう。

桑田君も感覚で理解しているため、他人に説明できないのだ。

”ん~どうでしょう?”が口癖の某巨人族軍団のミスターの後姿が頭を過ぎった。

 

「無理なんだ。僕達にはできないんだよ、桑田君」

 

「な、何でだよ、誰でもできるって!」

 

まるで犯行の再現を熱演する桑田君を前に苗木君は静かに首をふった。

 

 

 

「だって…僕達の中に野球経験者は君しかいないんだ」

 

「なッ~~~~~ッ!?」

 

 

 

苗木君の言葉に桑田君はまるで雷が落ちたかのように大きく口を開けた。

 

「裁判前に苗木誠殿に聞かれました。

インナーな僕が野球なんてやるわけないじゃないですかって答えましたけどね」

 

「俺も聞かれたぜ!不良の俺が野球なんてやるわけねーだろ!」

 

「残念ながら僕は剣道一筋だ!」

 

「野球って賭け事するためのもんだべ?」

 

「そういうことだったのか。

俺はクリケットの経験はあるが、野球のような庶民のスポーツなどするわけないだろ」

 

山田君を始めとして次々と男子達が非野球経験を語り始めた。

 

「僕も小学校の休み時間の遊びでしか、野球をやったことはないんだ。

他のみんなは野球経験自体がない。

だから、無理なんだ。10メートル以上離れたスイッチにガラス玉を当てるなんて」

 

「そもそも、私にはガラス玉のような重いものを持ち上げるなんて無理ですわ」

 

「そう、セレスさんの言う通り、女子ではあのガラス玉を投げることはできない」

 

 

「ちょ、ちょっと待て~~~~~~~~ッ!!」

 

苗木君の推理にセレスさんも加わり、桑田君の逃げ道を塞ぐ。

その様子に桑田君は慌てて声を上げた。

 

「お、大神がいるじゃねーか!大神のパワーなら簡単じゃねーか!!」

 

「く、桑田…アンタ何言ってんのよ!?」

 

桑田君の言葉に大神さんではなく、朝日奈さんが反応し、桑田君を睨む。

 

「朝日奈、落ち着くのだ」

 

「さ、さくらちゃん」

 

「桑田よ…我がそのトリックを使ったというのだな」

 

「お、おうよ」

 

朝日奈さんを落ち着かせた大神さんは、桑田君に質問する。

桑田君は青い顔で震えながら、頷く。

やはり、怖いようだ。いや、さすがは”人類最強”

すると大神さんは、左手を前に出して構えた。

 

「フンッ!」

 

 

 

――――――!!?

 

 

全員が絶句した。

大神さんの腕が一瞬完全に消えたのだ。

 

「これは”ジャブ”という技だ」

 

何事もなかったように大神さんは語る。

これはボクシングの”ジャブ”という技らしい。

 

(完全に消えたのですが、それは…)

 

ジャブというのは人類最速の技であるというのは、よく格闘漫画で語られている。

今の格闘技界においても

あの4大団体統一ヘビー級王者・ガオラン・ウォンサワットの得意技に

ひと呼吸で13連打のジャブを放つ”フラッシュ”という有名な技があるが、

そのフラッシュがフラッシュ(笑)に思えるほど、大神さんのそれは速かった。

 

「我がこの高みに上るまで、何百億、何千億と放ち、ようやく技として完成させた。

それほどまでして、ようやく我の命を預けるに足りる”技”となるのだ。

このトリックには、

ガラス玉とワイシャツという質量がまるで違うものを2度とも成功させる必要がある。

確かに、届くだけなら今の我にも可能であろう。

だが、何の練習もせず、ぶっつけ本番で質量が違うこれらを2度連続で成功させることは無理だ。

なにより、失敗すれば犯行がバレてしまう、そのような人生をかけた圧倒的なプレッシャーの中で

それを成功させる度胸は我は持ちえていない」

 

超高校級の”格闘家”である大神さんは、自分の経験と哲学を持って、己が無実を語った。

その通りだと思う。

この犯行を実現するには2つのものが必要なのだ。

 

「この犯行を行うには、必要なものが2つあるんだ。

それは、ガラス玉とワイシャツという

まったく違うものを連続で当てることができる圧倒的な技量。

そして、このトリックを思いついて、すぐに躊躇なく実行できる圧倒的な自信。」

 

そう言って苗木君はゆっくりと桑田君に向けて銃口を向けた。

 

「この犯行を実行し、成功できるのは、この学園で一人しかいない。

いや、全国の高校生の中でも、これができるのは一人しかいないんだ!

名門校でエースで四番を張るほどの圧倒的な実力を持ち、

自他共に認めるほど圧倒的な自信を持つ超高校級の”野球選手”である君しかいないんだ!」

 

 

「う、うぐぁあああ!!」

 

 

苗木君の言弾が桑田君の肩を撃ち抜いた。

その光景に私達は息を殺し、ただ見つめていた。

いや、圧倒されていたのだ。

苗木君の迫力に。その身体から発せられる太陽のような輝きに。

彼が話す度に、光が増していくような錯覚に囚われる。

それはまるでこの場に太陽が現れたように。

小柄な苗木君は誰よりも大きく見えて、頼もしかった。

 

 

(き、希望…!)

 

 

ああ、そうだ。

きっと、これを…この感情を言葉にするなら、きっとそれしかなかった。

 

「…。」

 

その苗木君の姿を、モノクマはじっと見ていた。

いつものように嘲笑することもせず、ただじっと見ていた。

モノクマから黒幕の息遣いが聞こえてくるかのようだった。

それは、まるで”宿敵”を見つめるような、そんな不気味な視線だった。

 

 

「犯人は君だ!桑田君!!」

 

ついに苗木君は犯人を明言する。

それはこの裁判の終結を意味する言葉だった。

絶望から始まったこの裁判が終わりを迎えるのだ。

苗木君は、襲い来る絶望を跳ね除け、ついに真実に辿り着いたのだ。

 

 

舞園さん…。

 

 

…中学一年生の時、学校の池に大きな鶴が迷い込んできたことがあったんです。

あまり大きな鳥だから、先生も生徒も驚いてしまって、

みんながどうしていいかわからなくて、ただ困惑しながら見ているだけでした。

そんな時に、彼が…苗木君が、ひとりで暴れる鶴を捕まえて、逃がしてあげたんです。

学校の裏の森まで運んで…

 

 

ああ、舞園さん…!

 

 

…私、苗木君からは、不思議な強さを感じるんです。

みんなを導いてくれるような不思議な強さ…苗木君はそれを持っている気がします。

だから、私は期待しているんです。

あの時の鶴みたいに、きっと苗木君が、私を…私達を助けてくれるんだって!

そんな気がするんです。ただの勘ですけど…

 

 

(もしかしたら、本当に…苗木君が私達のことを…)

 

 

苗木君の昔話と、それを語った彼女の笑顔を思い出して目頭が熱くなった。

もしかしたら…もしかしたら、苗木君は本当に私達の希望になるかもしれない。

それはただの予感だった。

でも…もしかしたら、本当に…!

 

「どうなの、桑田君。まだ反論はあるのかしら?」

 

下を見つめて震える桑田君に霧切さんが自白を促す。

その言葉に桑田君がピクリと反応した。

 

「反論…が…あるかって…?」

 

そう言って顔を上げた桑田君はもはや正気の表情ではなかった。

 

「あるよ!あるよ!あるあるある!あるに決まってんだろ!」

 

 

 

――――――このアホ

 

 

「アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ

アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホ~ッ!!」

 

桑田君は再び、白目を剥き出しにして罵声を連呼し始めたのだった。

それはまさに最後の抵抗。

それはまるで襲い来る死の運命に対するせめての抵抗のようで。

言葉とは裏腹に哀愁すら感じさせた。

 

「てめーら全員アホだ!このアホアホアホアホ~~ぜってーに認めねえぞ、アホ!」

 

桑田君は私達全員に敵意を向ける。

もはや正気とは思えない。

どうすれば、彼を止めることができるのだろうか?

どうすれば決着をつけることができるのだろうか?

 

「お前らの推理なんて全部間違ってるんだよ、このクソボケウンコタレ!アホアホ…ん?」

 

「え…?」

 

考えている最中、桑田君と目が合ってしまった。

 

「この喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!

喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!喪女!」

 

 

「うわぁあああ!?またきたぁああ!!?」

 

桑田君は、ターゲットを私に変えて、再び罵声を連呼してきた。

 

(く、くそ~いい加減にしろよ、お前…!)

 

さすがの私もムカついてきた。

なぜ、これほどまで罵倒されなければならないのだ。

私が一体、何をしたというのだ!?

 

「つーか、今のって全部推論だろ?

証拠がねーじゃねーか、証拠がよッ!?

証拠がなけりゃ、ただのデッチ上げだ!そんもん認めねーぞ!!」

 

桑田君は吼える。自分の最後の居城の中で。

”証拠”それが桑田君の最後の拠り所なのだ。

 

 

(え、証拠って…?)

 

 

このシチュエーションをどこかで見た気がする。

そうだ、あれだ!あのクソ推理だ!

 

 

―――へへへ、名探偵さんYO~~~あんた大事なこと忘れてないか?

証拠だYO、しょ・う・こ!証拠がなければ、その推理はただの妄想だYO !

このオレ様を犯人と断じることなんてできないんだYO~~~~~~~~ッ!!

 

 

これは苗木君を犯人に仕立て上げたクソ推理の一幕である。

もはや思い出すだけで恥ずかしい黒歴史ともいえるあのクソ推理の中で、

犯人役である苗木君を私はどうやって追い詰めたのだろうか?

何を使って論破したのだろうか?

 

思い出せ、思い出せ!私!

 

盾子ちゃんの笑顔、舞園さんの涙。

様々な思い出が頭を過ぎる中で、それは浮かび上がった。

 

 

そうだ!私はあの時、こう言ったのだ――――――

 

 

 

 

    こ、”工具セット”だよ!!

 

 

                  ”工具セット”だ―――!!

 

 

 

 

刹那、私と苗木君の視線が交差する。

 

 

「ぎょええええええええええええええええええええええええ~~~~~ッ!!」

 

 

私達の放った言弾は同時に桑田君の心臓を貫いた。

 

 

「そうだ!黒木さんの言う通り、工具セットが証拠だよ!」

 

(えぇええ!?譲ってくれた!?大手柄を…譲ってくれたよぉおおおおお!?)

 

何の躊躇もなく大手柄を私に譲ってくれた苗木君。

本当に…すごくいい人です。

 

「犯人は舞園さんの部屋と勘違いしていたから、自分の工具セットを使用したはず。

ならば、工具セットには使用した痕跡があるはずよ」

 

「もし、別の用途で使ったというのなら、

どこで、どんな使い方をしたのかを説明してもらおうか」

 

「先に言っておくけど…なくした、なんて言い訳はなしよ」

 

霧切さんと十神君が即座に桑田君の逃げ道を塞ぐ。

霧切さんは当然として、十神君もこの事件の真相に辿りついていたようだ。

 

「あ、ああ…あああ…ああ」

 

桑田君はもはや悲鳴すら出せずにいた。

もし、彼にまだ余力があるならば、工具セットは学園の捜査に使った、と言えば、

もしかしたら、まだ裁判を戦えていたかもしれない。

だが、ダイイング・メッセージ。証拠隠滅のトリック。

そして証拠の工具セットと追い詰められ、満身創痍の彼にもはやその余力はなく。

 

 

「も…もじょ?」

 

 

真っ白になった彼は、そう呟いた後に、ヘナヘナと地に膝を屈した。

 

 




10035字です。久しぶりの1万字超えです。
やっぱり、1万字超えると疲れますね。7時間くらいかかってしまいまいした。
やっと第1章の終わりが見えてきました。

基本的にあと2話で第1章は終わります。
舞園さんと桑田の「心中独白(仮タイトル)」を入れれば3話で終わりになります。


もこっち 1つだけ当たっていたクソ推理により、ダンガンロンパ。
     苗木君に手柄を譲ってもらったことで、傍目には事件を解いた一人となる。
     だが、それが2章の伏線となっていく。


桑田 おそらくダンガンロンパ2次至上、もっとも抵抗するも、奮戦虚しくここに尽きる


誤字脱字は見つけ次第修正します。変な文章は書き直します。
では、また次話にて


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第1回学級裁判 後編② 判決

「うぷぷぷ…どうやら議論の結論が出たみたいですね!」

 

 

私達の議論の結末を見ていたモノクマは裁判長席の上からさも嬉しそうに笑った。

 

 

「では、そろそろ投票タイムといきましょうか!お手元のパネルを押して投票してくださ~い!」

 

 

机の左上には、私達の名前が書かれているタッチパネルがある。

ここからクロの名前を選ぶ、ということだろう。

私は息を殺しながら、「桑田怜恩」の名前を押した。

他に選択肢などない。だが、私の心の中を投影したように指先の震えは止まることはなかった。

 

桑田君は…まだ膝を屈して床を見つめていた。

彼を除く、私達13人が投票を終えると、スロットが回り始める。

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰か!?

 その結果は正解なのか、不正解なのか―ーーー!?さあ、どうなんでしょう!?」

 

 

回る。廻る。

私達の運命はスロットともにまわる。

回転する私達の顔の絵の一つの枠に桑田君の顔の絵が止まると、

立て続けに残りの枠に桑田君の絵が止まった。

 

「おめでとうございます!正解でーす!!」

 

桑田君の顔の絵が3枚並び光り輝く。

スロットでいうところの”777"のつもりなのだろうか。

その場違いな点滅が眩しい。

 

とても…奇妙な感覚だった。

それを見た時の安堵感とへばりつくような罪悪感。

相反した感情の奇妙な混ざり合いの中で、私達の”最初”の学級裁判が終わりを迎えた。

 

 

「そう!舞園さやかさんを殺した”クロ”は桑田怜恩君です!」

 

 

クラクションを鳴らしながらモノクマははしゃぐ。

 

 

「この裁判で一番活躍した生徒は、やっぱり霧切さんかな。

君、最初から犯人わかってたでしょ?さすがだね!」

 

「…。」

 

モノクマの賞賛を霧切さんは無視する。

やっぱり、彼女は最初からこの事件の全てがわかっていたのだと改めて思う。

 

 

「次は苗木君かな。君、この事件の間でずいぶん成長したみたいだよね。

いろいろ傷ついてさぁ、グヒヒ」

 

 

「モノクマ…!」

 

 

その賞賛と嘲りに苗木君は怒りもってモノクマを睨む。

 

 

「あと最後はもこっちかな…君みたいなガチモブが活躍するなんて本当に意外でした。以上」

 

 

本当の棒読みというのをはじめて聞いた。

というか、ガチモブとか地味に傷つくから止めてください。

 

 

「いや~第一回の裁判くらいクリアしてもらいたかったから、先生は嬉しいです。

みんなも嬉しかったよね?正解してさぁ、自分は生き残ることが確定して。

”ほっ”としたでしょ?その感覚を大事にしてね!

この学園で一番必要なのはその感覚だから!」

 

 

(う…ッ)

 

 

モノクマのその言葉に私は心の中で呻いた。

 

図星をつかれた。

 

私の心の醜い部分を引きずりだされたような感覚に陥る。

それは私だけではなかった。

他のみんなも気まずそうな顔をしてうな垂れる。

 

助かったことを喜んでしまった。

安堵してしまった。

 

ああ、そうだ。

だから、だからこそ私はモノクマのことが大嫌いなのだ。

 

この殺人鬼は、人の心の弱い部分を、隠しておきたい醜い部分を的確についてくる。

それこそ、憎たらしいほどに。

 

 

「では、ご褒美に正解のVTRでもみんなで鑑賞しましょうか!」

 

 

どこからか取り出したリモコンをモノクマが押すと、スクリーンに映像がゆっくりと映し出された。

 

そこには…舞園さんがいた。そこはあの事件の部屋だった。

 

思いつめた表情でベッドに座っていた彼女は、何かの物音に気づき、ドアの方に歩いていく。

 

 

「チース!今晩わんこ!!

 

 

寒いギャグを発して満面の笑顔の桑田君が部屋に入ってきた。

 

これって…まさか!?

 

 

「舞園、話したいことってなんだよ?部屋に二人っきりって俺、緊張しちゃうぜ!」

 

 

鼻の下を伸ばし、緊張で顔を赤くする桑田君。

それに対して、舞園さんは微笑を浮かべる。

あの仮面のような微笑だった。

 

 

「…お茶を用意しますね」

 

「お、おう!」

 

 

舞園さんが背を向け部屋の奥へと歩いていく。

桑田君もその後に続く。

桑田君が部屋の光景に目を奪われ、舞園さんから目を離した瞬間だった――――――

 

 

「うわぁッ!?」

 

 

踵を返した舞園さんが桑田君に突進した。

桑田君は持ち前の反射神経でとっさに身を翻した。

勢いそのままに舞園さんは壁に激突する。

 

「ま、舞園!大丈夫…え!?」

 

「ハァハァハァ」

 

肩で大きく息を弾ませる舞園さんを心配した桑田君が絶句した。

壁には…包丁が突き刺さっていたのだ。

 

「うぁあああああああああああーーーーーッ!!」

 

「うぉおおおおおおおお~~~~!!!???」

 

包丁を引き抜いた舞園さんは、桑田君に向かって包丁を振り回した。

桑田君は絶叫しながら、包丁を避ける。

床やベッドに包丁の傷がついていく。

 

 

「ひぃひぃいいいいいい~~~ッ!!」

 

 

桑田君は悲鳴を上げて、ベッドに飛び乗ると、あの”模擬刀”に飛びつく。

そして引き抜こうとした時だった。

舞園さんが桑田君に乗りかかり、顔に向かって包丁を振り下ろした。

 

 

「ひぎぃいい~~~ッ!!」

 

 

その凶刃を桑田君はなんとか鞘で受け止めた。

 

 

「桑田君…お願いします。どうかお願いします!」

 

 

まるで懇願するかのような言葉を言いながら、舞園さんは包丁を持つ手に力をいれる。

 

 

「な、なんでだよ?なんでだよ!?舞園~~~!!

なんでモノクマの口車になんか乗っちまったんだよーーーーッ!!?」

 

 

桑田君は、鞘でなんとか凶刃を止めながら、声を振り絞る。

カメラからよく見えないが、その表情はまるで泣いているかのようだった。

 

 

「桑田君は…歌手を目指してるんですよね?

だったら…私の気持ちを理解してくれますよね!?

私は、グループの仲間を助けなければいけないんです!

もう一度…もう一度”あの場所”に帰らなければならないんです!

だから…だからーーーーーーーッ!!」

 

 

それは偽りなき彼女の本音だった。

彼女は帰りたかったのだ。小さい頃から憧れた光り輝くステージに。

 

 

「ふ、ふざけんじゃねーーーーーーーーーッ!!」

 

「きゃぁあああ!!」

 

 

桑田君は、上にのしかかった舞園さんの腹部を不利な体勢から蹴り飛ばした。

舞園さんは悲鳴を上げて、ベッドから転げ落ちる。

 

 

「殺されて…たまるかよッ!!」

 

 

決意したように叫んだ桑田君は、模擬刀をゆっくりと引き抜いた。

舞園さんも立ち上がり、包丁を低く構えた。

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

「うぁあああああああああああああああああああーーーーーーーツ!!!」

 

 

 

 

雄たけびをあげながら、二人は互いの武器を振り抜いた。

 

 

 

 

ああ…。

 

なんて…。

 

なんて…”絶望的”な光景なのだろうか。

 

 

仲のよかったクラスメイト同士が、あの廊下で笑っていた舞園さんと桑田君が、

憎しみに顔を歪めて殺しあっている。

 

 

「プププ、プヒヒヒ」

 

 

モノクマが声を殺して笑っていた。

きっと、コイツはリアルタイムで見ていた時も同じように笑っていたのであろう。

 

二人の殺し合いは数分に及んだ。

その間、誰も声を上げることはなかった。

みんな…みんな、絶句していた。クラスメイトのリアルな殺し合いを前に声を出せずにいた。

部屋の中が事件現場と同様になった頃、ついに決着が訪れた。

 

 

「きゃぁあああああああ~~~~~!!」

 

 

模擬刀と包丁のリーチの差が出たのだ。

桑田君が振り下ろした模擬刀が舞園さんの右手にヒットした。

彼女の右手はだらりと下に垂れ、包丁を床に落とした。

 

「あ、あぅ…」

 

彼女は右手を押さえて、シャワールームへと走り出した。

 

「舞園、待てよッ!!」

 

追いすがる桑田君がドアに手をかける寸前で、舞園さんはドアを閉めた。

 

 

「開けろよ!舞園!ク、クソッ!開かねえ!そうか!ドアをロックしたのか!!」

 

 

ドアを拳で叩きながら、ドアノブを回す桑田君はそう叫んだ。

彼は知らなかったのだ。

そのドアはロックなどされていないことに。

ただ、建付けが悪いだけだということに。

この部屋は舞園さんの部屋ではなく、苗木君の部屋であることに。

 

 

「畜生!なんでだよぉおおお~~~~~~~ッ!!」

 

 

桑田君は模擬刀を床に叩きつけて、部屋を飛び出して行った。

それから2分ほど経過した頃だろうか。

桑田君は再び、部屋に足を踏み入れた。

その手に…”工具セット”を持って。

 

シャワー室に向かう彼の足が止まる。

その目の前には、舞園さんが落とした包丁があった。

十数秒間。

それを見つめていた桑田君は、包丁を開いている方の手で拾い、シャワー室に歩いて行った。

直後、モニターは暗くなった。

 

 

「う~ん、この後の最高のシーンを是非、お見せしたかったけど、

シャワー室にカメラはないからねぇ~残念!」

 

 

モノクマのその言葉で、

逆に私は、あの部屋に横たわる彼女の死体を思い出し、込み上げる嗚咽を堪えた。

 

 

「ぐすっ…ひどいよ…なんで…ウゥ」

 

「不二咲千尋殿…」

 

 

不二咲さんの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

それを山田君が声を震わせ、見つめる。

泣きはしなかったが、誰もが皆、彼女と同じ気持ちだった。

私だって、一人でこんな悲しいものを見たら、泣いてしまっていただろう。

それほどまでに、この映像は、この事実は、私達クラスメイトの心を深く抉り取ったのだ。

 

 

「あ、あの…あのさぁ…」

 

 

その声の方向に刹那、全員の視線が向いた。

桑田君が、先ほどまで、抜け殻のようになって

床に膝を屈していた桑田君がヨロヨロと立ち上がっていた。

真っ青な顔だった。

血の気が完全になくなり、反面、目の充血が目立つ。

身も心もボロボロなのは誰が見ても明白だった。

そんな状態でも、彼は無理に笑顔を浮かべる。

苦しそうな…引きつった笑顔だった。

 

「あの…なんていうか…その…」

 

消え入りそうな声で、何かを訴えようとしていた。

その言動に、皆はただ沈黙とクラスメイトを殺した殺人鬼に対する冷たい視線を向ける。

 

そんな中での彼の一言だった。

 

 

 

――――――これって”正当防衛”じゃね…?

 

 

 

「お、俺…いきなり舞園の奴に刺し殺されそうになって、

それで無我夢中になって…お、お前らも、さっきの映像で見たろ!?」

 

 

正当防衛。

 

それが桑田君に残された最後の希望だった。

 

刑法37条に「緊急避難」というものがあるらしい。

通称”カルネアデスの板”

海難事故が起きたとき、一枚の板に対して2人の人間が掴もうとした時に、

その板が沈まないように、相手を突き放して、結果、その相手は水死した。

後に裁判にかけられたその被告は、

殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかった。

これは某人気推理漫画でも題材となったので、よく覚えている。

彼も、それを主張しようというのだ。

 

 

でも…。

 

 

 

「いいえ、それは違いますわ」

 

 

 

 

微笑を浮かべながら、きっぱりと、はっきりと

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクは桑田君に向かって言い放った。

 

 

「な、何でだよ…?じゃあ、俺は…黙って舞園に殺されればよかったってのかよ…!?」

 

 

声を震わせながら、桑田君は反論する。

 

 

「ああ!違いますわ!違いますわ、桑田君!」

 

 

芝居がかった口調で、両手を前に組み、セレスさんは顔を伏せる。

 

 

「あの時までは、確かにあなたの主張は通りました。

ええ、あなたの正当防衛は成立しましたとも。

舞園さんがシャワールームに逃げこんだ後に、”工具セット”を持って戻ってくるまでは」

 

そう言って、セレスさんはゆっくりと顔を上げた。

 

「彼女が、シャワー室に逃げこんだ時、

なぜあなたは、襲われたことを誰かに知らせなかったのですか?

苗木君でもいい、石丸君でもいい、大和田君でも、十神君でもいい。

男子が嫌なら、霧切さんでも、大神さんでも、朝日奈さんでもいい。

非常に迷惑ですが、私でもいい。

大声を上げて、誰かに知らせればいいじゃありませんか。違いますか…?」

 

 

「うッ…」

 

 

セレスさんの問いに、桑田君は大粒の汗をかき、声を詰まらせる。

 

 

「…でも、あなたはそれをしなかった。

それはあなたに明確な”殺意”があった証拠ではないでしょうか?」

 

 

まるで、言弾を放つように、セレスさんの言葉は、真実を撃ち抜いていく。

 

 

「そうこれは完全な”過剰防衛”ですわ。

工具セットを持って戻って来た時から…あの包丁を手にとった時から…

あなたは被害者から加害者になったのです。

私達クラスメイトを犠牲にして、裁判を勝ち抜こうと決めた時に、あなたはこの私の敵となった。

いいえ…私達の敵である”クロ”になったのですわ」

 

 

微笑を浮かべながら、セレスさんはそう言い放った。

その瞳の奥には凍てつくような冷たい光があった。

命を懸けたギャンブルで敵を前にした時、きっと彼女はこの微笑を浮かべるのだろう。

クラスメイトの皆も声にこそ出さないが、彼女の言葉に同意するかのように、

あの時のように、私に向けた時のように”人殺し”そんな目を桑田君に向け続けた。

 

「こ、怖かったんだよ…あんなに優しかった舞園が、振り返ったら鬼みてーな顔で俺を…。

殺さなきゃ、俺が殺されるって思ったんだ。あの落ちてる包丁を見ていたらさぁ。

本気で好きになりかけてたのに…畜生、な、なんでだよ、

なんでこんなことになっちまったんだよ…」

 

 

 

 一歩間違えれば、お前らがこうなってたかもしれないんだぞ~~~~~~ッ!!

 

 

 

涙を流しそう叫んだ後、桑田君は、”ワァアア”と床に泣き崩れた。

 

その声に耳を傾けるクラスメイトはいなかった。

恐怖、侮蔑、憤怒、それぞれの思いが映し出された瞳で彼を見つめるだけだった。

誰も…誰も、クラスメイトを殺したクロの言葉に同情するものはいなかった。

 

 

だが、私は…私だけは違った。

 

 

あの部屋で舞園さんの代わりに死体となって転がっていたのは私だったかもしれない。

桑田君の代わりに、今この場で泣き叫んでいたのは私だったかもしれない。

 

 

私だけは、彼の言葉が…気持ちがわかってしまったのだ。

 

 

「う~ん、三文芝居もすんだみたいし、さくっと逝ってみようか!」

 

 

その声に全員が振り返った。

裁判長の席には、モノクマが退屈そうに頬杖をついていた。

 

「へ…?」

 

桑田君も顔を上げ、モノクマを見る。

その絶望に塗り潰された瞳にモノクマの笑みが映る。

 

 

「”へ…?”じゃないよ、桑田君。おしおきだよ!お・し・お・き」

 

 

その言葉を放つモノクマの左半身の黒い笑顔がより邪悪に栄える。

盾子ちゃんを貫いた槍が脳裏を過ぎる。

 

おしおき…つまりは、処刑…。

 

裁判長席から降りたモノクマは、桑田君の前に立ち、彼を見下ろす。

 

「君のくだらない演劇で進行が遅れてるんだよ。”みんな”が待ってるのにさ。

なにより、僕は退屈がだいっ嫌いなんだ!さっさとやるよ!

それに、秩序を乱したら罰を受ける!それが社会のルールでしょ!」

 

 

「イヤだ…嫌だぁあああああああああああ~~~~~」

 

 

桑田君は立ち上がり、走り出す。

奥にある扉に向かって、走っていく。

 

「開けろ、開けろよ!頼むから開けてくれよぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 

桑田君は半狂乱になりながら、ありったけの力で扉を叩く。

必死に、扉を押し、全力で引く。

 

 

「やっと、やっとわかったんだ!俺は野球のことが…。

か、帰るんだ!俺はもう一度、”あの場所”に帰るんだ!だから…だから~~~~ッ」

 

 

 

「く、桑田…」

 

「馬鹿野郎が…」

 

 

その姿に、朝日奈さんは声を震わせ、大和田君が声を詰まらせた。

たとえ、犯人であろうとも、私達の敵であるクロであろうとも、

クラスメイトのそんな姿に胸を痛めない者はいない。

だが、奴はそんな気持ちなど持ち合わせてはいなかった。

モノクマは、裁判長席に戻り、ゆっくりと小槌を振り上げた。

 

 

 

「今回は超高校級の"野球選手”である

桑田怜恩君のためにスペシャルなおしおきを用意させて頂きました」

 

 

 

「嫌だ…イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ」

 

 

 

「では張り切っていきましょう!”おしおき”ターイム!」

 

 

 

 

 

 

 

 

      イヤだぁぁぁああああああああああああああああ~~~~ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                GAMEOVER

 

 

 

           クワタくんがクロにきまりました。

             おしおきをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぎぃッ!?」

 

 

バッと扉が開いたと思ったら、何かが桑田君の首に絡みついた。

 

 

 

「ぎゃぁああああああ~~~ッ!?」

 

 

 

まるで私達に助けを求めるように手を伸ばした桑田君の身体は直後、

すごい勢いで扉の中へと引きずられて行った。

あまりの出来事に直後、私達は呆然と立ち尽くした。

だが、我に返ると全員が扉に向かって駆け出した。

考える前に身体が動く、ではない。

この状況に考える余裕などないのだ。

扉の奥には、広い空間があった。

そこには野球のフェンスがあり、、まるで私達の行く手を阻む鉄格子のように見えた。

 

 

「やめろ!!離せーーーーッ!!」

 

 

フェンスの先には、桑田君がいた。

彼は野球のマウンドのような場所に立たされ、

数匹のモノクマ達によって、鎖を巻きつけられていた。

 

 

「まあ、あえて題名をつけるなら”千本ノック”かな」

 

 

いつの間にか、私達の横に出現したモノクマが、笑いを堪えながら、そう言った。

グラウンドには、数台のバッティングマシーンがあった。

それは、バッティングマシーンと呼ぶにはあまりにも禍々しく、

マシンガンといった方がふさわしかった。

そして、本来、ピッチャーの代わりに使用するそれは、

逆にピッチャーマウンド…すなわち桑田君のいる場所に向けられていた。

私は…何が起こるかわかってしまった。

 

 

(嘘…でしょ…?)

 

 

そう思いたかった。

だって…だってこんな恐ろしいことがあっていいはずないではないか…!

 

 

 

「千本ノックスタート!」

 

 

 

 

私の想像は次の瞬間、現実になった。

モノクマの号令と共に、バッティングマシーンから野球のボールが発射された。

 

 

「うげぇ!!」

 

 

最初の1発は彼の腹部にヒットした。

苦痛に顔を浮かべ、口から胃液を吐き出す桑田君。

 

 

「ぎぇえッ!!」

 

 

次はその顔に直撃した。鼻血を流し、苦しそうに呻く。

 

 

「ガァッ!!」

 

 

口にヒットした。歯が吹き飛ぶのが見えた。

 

 

「も、もうやめ…グハッ!!」

 

 

それから、何度も何発もボールは桑田君の身体に直撃した。

その度、彼は悲鳴を上げ、泣き出し、許しを請うた。

だが、"ノック”は続く。まるで本当に千本を数えるまで終わらないかのように。

きっと、"ノック”は続くだろう。彼の命が尽きるまで。

 

ああ、あまりに酷すぎる。

確かに彼は舞園さんを殺し、私達を裏切った。

でも、こんな結末を望んでなどいない。

舞園さんのように桑田君もきっと、帰りたかっただけだ。

青い空と観客が一体となった野球場に。

 

桑田君が帰りたかったのは、こんな…こんな場所じゃないのに…!

 

ピッチャーマウンドに縛られ、大好きな野球ボールで打たれる桑田君を

前に、私はただそう思うことしかできなかった。

 

それから、発射された球が100を超えた頃だろうか。

 

 

「うァ…」

 

桑田君の反応が明らかに鈍くなっていた。

目も空ろになっている。

 

 

 

(ああ、神様、どうか…どうか早く――――)

 

 

 

彼を気絶させて下さい…。

 

 

 

そう強く願った。

これ以上の苦痛に一体何の意味があるのだろうか?

ただ苦痛のみが続くならば。

死が免れぬのならば。

気絶することがせめてもの救済となるはずだ。

 

 

だが…

 

 

「がはッーーーッ!!?」

 

 

額に球がクリーンヒットした直後、彼は叫んだ。

 

 

 

「お、思い出したぞーーーーッ!!」

 

 

 

ああ、なんて…なんて運が悪いのだ…!

桑田君は、再び意識を戻してしまった。

その目には、再び光が戻っていた。

 

彼は、桑田君は私達を見る。そして、叫んだ。

 

 

 

「みんな騙されるな―ーー!!グアァ!!こ…これはガハッ!!”戦刃”の罠だーーーッ!!」

 

 

 

桑田君は、何かを伝えようとしていた。

その発言の最中、顔に何発も球が直撃しようと、血を吐きながら、言葉を続ける。

 

 

「グハッ!!や、奴はグエッ!!ぜ…”絶望”の…」

 

 

(戦刃…?絶望って…?)

 

 

わからなかった。

一体、桑田君は何を伝えようとしているのだろう。

 

 

 

「みんな思い出せーーーーーッ!!外は…外には――――――――」

 

 

 

精一杯の大声を上げて桑田君が叫んだ瞬間だった。

 

 

 

「プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

モノクマの笑い声と共に、バッティングマシーンが轟音を上げる。

何十、何百という球が、四方から桑田君に向かって発射された。

 

 

“ドッドッドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドド――――――“

 

 

その爆音の中、桑田君の最後の言葉はかき消された。

 

 

全ての球を出し尽くしたバッティングマシーンは動きを止める。

処刑場を静寂が支配する。

その中央のピッチャーマウンドには、物言わぬ桑田君の亡骸があった。

桑田君であった”それ”には、もはや目も鼻もなかった。

”それ”はもはやただの肉塊だった。

 

 

 

「エクストリーーーーーーーーーーーーーーム!!

アドレナリンがぁ~~~~染み渡るーーーーーーーーーッ!!

見てるか!”希望”を信じる馬鹿ども!

今からが本当の始まりだ。

”希望”が”絶望”に塗りつぶされるコロシアイ学園生活の真の幕開けだぁーーーッ!!

プププ、プギィヒヒヒ、プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~~!!」

 

 

モノクマは笑い、嗤う。

 

私はどこか違う世界の出来事のように聞いていた。

目の前のことが信じられなかった。

現実感がまるでなかった。

 

だって、だって…桑田君は、ほんの1時間前に廊下で話して…

 

 

 

「ドアを開けるタイミングが絶妙過ぎてマジでビビッたわ。

いやいや、久しぶりだね、黒木さん!元気してる?」

 

 

 

陽気な声で笑って、でも、真剣な顔で…

 

 

 

「まあ、でも…これ以上、自分を誤魔化すことはできそうにねーわ」

 

 

 

前の高校に戻るって…今度こそ、本当の“チーム”になって甲子園目指すって…

 

 

だって、桑田君は…

 

 

 

 

 

俺は本当に―――

 

 

野球のことが好きなんだって――――

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

「う、うップ…ウッウゲェエエエエエエエエエエエエ~~~~~ッ!!」

 

 

 

あの時の桑田君の屈託のない笑顔を思い出して。

その笑顔が遺体となった彼の潰れた顔と重なった瞬間。

 

 

私はついに全てを吐き出した――――

 

 

ピシャァアアアア、と吐瀉物が床に流れ落ちる。

 

 

 

「う、うげぇぇぇぇ、オウェエエエエ」

 

 

もはや、耐えることができなかった。

今朝の朝食の全てが胃から吐き出された。

落ちゆくゲロを見てさらに気持ち悪くなる。

 

 

 

ビチャビィチャビチャ~~~~~

 

 

「ウェエエ…ホゲェェェェエエエエエエ~~~~~~ッ」

 

 

食事中の方がいたら、本当にごめんなさい。

でも…でも、もう本当に無理だったんです。

 

 

「うぉぉぉおおおおおおおお!?きたねぇええええええええええええーーーーーーッ!!」

 

 

私のこの姿を見たモノクマが絶叫を上げる。

 

ああ、もうゲロインです。完全にゲロインです。

クラスメイトのみんなも私を見て蔑んでいることだろう。

超高校級の”喪女”どころか、これでは超高校級の”汚物”と呼ばれてしまう。

 

 

「ハァハァ、え…」

 

 

だが、私の想像は全て杞憂に終わった。

 

 

 

誰も…誰も、私など見てはいなかった。

 

 

 

クラスメイトのみんなは、躯となった桑田君と

この”絶望的”な現実を前に、ただ立ち尽くしているだけだった。

 

 

 




おひさしぶりです。
やっぱり、1万字近くなってしまいましたね。
次回で第1章最終話になります。
祝ってくれると嬉しいですw

桑田・・・記憶を取り戻すが、黒幕の正体を勘違い。

もこっち・・・ゲロイン 原作準拠です。

桑田の最後の台詞は、第一章の後の「イマワノキワ 舞園さやか・桑田レオン」で
書く予定です。

最後はみんなの安否を気遣い、
超高校級の”野球選手”桑田怜恩 ここに退場。

誤字脱字は見つけ次第修正します。変な文章は書き直します。
では、また次話にて


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第1章・イキキル (非)日常/非日常編 終劇

時間は夜の7時を過ぎたくらいだろうか。

廊下を歩いても、クラスメイトの誰一人とも会わない。

皆、自分の部屋に閉じこもっているようだ。

当然だろう。あんなものを見てしまった後なのだから。

あの裁判から3時間後、私は体育館に向かって歩いていた。

本当に、本当に長い1日だった。

きっと今日は、私の人生において最も長い1日だったに違いない。

わずか1日で、3人のクラスメイトが命を落とした。

ここから脱出しようとした舞園さんは、桑田君に殺された。

学級裁判に異を唱えた盾子ちゃんは、モノクマによって粛清された。

桑田君は学級裁判においてクロとして処刑された。

本当に、本当に絶望的な1日だった。

つらくて、悲しくて、惨くて、破滅的で、そんな人間の負の感情を

パッケージにひとまとめにしたような最悪で最低な絶望的な1日。

それが、まだ続くかと思うと、発狂しそうなほどの恐怖と不安が全身を支配していた。

だからこそだろう。

だからこそ、裁判が終わった後に起こったあの出来事は、

これからの私を支えてくれるかけがえのない希望となった。

こんな私でも、誰かの支えとなることができた。

それこそが、私が得た希望なのだと思う。

私はここにきて、何か変わったのだろう。

普段の私なら絶対にできなかった。

ただ、沈黙し、震えるだけだっただろう。

そんな私を変えてくれたのは、やはり君だと私は思う。

 

江ノ島盾子

 

いつも笑顔を絶やさず、嫌がらせをしてくる迷惑な彼女。

だが、どこか憎めなく、最後まで私を心配してくれた私の親友。

短い間だったが、彼女の言葉が・・・彼女の行動が、どれだけ私の心に

大きな影響を与えていたのか、あの時に、改めて実感した。

彼女と出会ったから・・・彼女と友達になれたから、

私は前に進むことができたのだ。

この絶望の世界の中で、希望を掴むことができたのだ。

 

全ては盾子ちゃんのおかげだった。

 

だからこそ、私は彼女に報告をしようと思う。

絶望ではなく、希望を彼女に語るのだ。

どんな絶望的な世界でも、希望はきっとあるのだ。

それを教えてくれたのは、君だよ・・・そう伝えたかったのだ。

 

 

「あ・・・」

 

 

体育館に入り、その光景を目撃し、私は小さな声を上げた。

 

盾子ちゃんの遺体が消えていたのだ。

 

彼女がいた場所には、その事実を証明するかのように、大和田君の学ランがうち捨てられていた。

彼女の遺体は、アイツが回収したのだろう。

 

 

 

 

モノクマは・・・黒幕は、私に友達の死を悲しむ時間すら与えてはくれないのだ・・・。

 

 

 

 

 

やるせない気持ちになり、自分の部屋に帰るためにトボトボと歩く。

その途中に、ほんの少し喉の渇きを覚え、水を飲もうと食堂に足を踏み入れた時だった。

 

 

(苗木君…)

 

 

そこには、彼が、苗木君がいた。

彼は、食堂の隅に座っていた。一人でぽっつりと座っていた。

まだこちらには気づいていないようだった。

ただ、ぼうっとしている、そんな感じだった。

小さな・・・小さな背中だった。

あの学級裁判において、誰よりも大きく見えた苗木君。

まるで太陽のように光輝いていた彼は、

まるで希望の結晶のような彼はここにはいなかった。

そこにいたのは、等身大の苗木君だった。

何の変哲もないただの高校生の苗木君だった。

 

 

「ああ、黒木さんか」

 

 

私の存在に気づき、苗木君は振り向いた。

その表情はどこか疲れているようだった。

その瞳はどこか悲しそうだった。

 

当たり前だ。

 

あんなことがあったのだから。

舞園さんが殺されたのだから。

その犯人と誤解されたのだから。

彼女の仇を取ろうと必死に捜査したのだから。

でも、学級裁判で犯人を暴き、真実を知ってしまって。

舞園さんが、苗木君を裏切り、利用しようとしたのを知ってしまって。

 

 

(傷つかないわけ・・・ないじゃないか・・・!)

 

 

私だったら、きっと泣いてしまっただろう。

そんな悲しいつらい真実を知ってしまったら。

苗木君は、きっと強い人なのだろう。

この裁判を通してそれがよくわかった。

だから、だからこそ、彼は耐えているのだろう。

泣いてしまわないように。

絶望に負けてしまわないように。

 

ああ、苗木君を元気づけるにはどうすればいいだろうか?

どうすれば、彼に希望を与えることができるだろうか?

もし、それができるとしたら、あのことを彼に教えてあげることだと思う。

 

 

 

そう、舞園さんの”もうひとつの真実”を。

 

 

 

 

彼女は・・・

 

 

 

舞園さんは、最後まで・・・

 

 

 

 

 

            悩んでいたんだ―――――

 

 

 

 

 

 

ずっと考えていた。

裁判が終わった後、舞園さやかの選択について、ずっと考えていた。

 

 

”なぜ、彼女は私を殺さなかったのだろうか?”

 

 

不可解だった。

彼女が私をターゲットから外したことが。

身体能力が抜群の超高校級の”野球選手”である桑田君と、単なる女子高生の私。

もしどちらが簡単に殺せるか、と問われたら、間違いなく私だろう。

それこそ、考える必要すらない。

事実、彼女は嗤った。

私が、彼女の部屋に行くことを快諾した時、

あの仮面のような微笑を崩し、三日月のような口をして嗤ったのだ。

あれは、彼女にとって天啓だったのだろう。

それは、まるで探していたパズルの最後の1ピースを見つけたように。

あの瞬間、彼女の犯罪計画は、完成したはずだったのだ。

彼女が、ノコノコと厨房に入ってきた私を見た時、

まるで運命からの贈り物に感じただろう。

全ての条件は、整い、あとは計画を実行するだけだった。

私を殺せばいいだけだった。

 

だが、彼女は直前でその計画を変更した。

 

舞園さんの最後の後ろ姿が脳裏を過ぎる。

結局、私はあの時、彼女がどんな表情をしていたのかを知ることはできなかった。

でも、彼女とここから出た時のことを語り合った時の、あの涙と笑顔を思い出して、

彼女があの時、どんな気持ちだったか、それだけはわかった。

 

彼女は、舞園さんは、私を殺すことに迷っていたのだ。

 

語り合った時に、私という人間のことを知ってしまって。

私に仲の悪い弟がいることを知ってしまって。

それでも、弟に・・・家族に会いたがっていることを知ってしまって。

それだけで・・・もう殺せなくなってしまって。

彼女は優しい人だったから。

だから、ほんの少しでも罪悪感を消すために、

自分の夢を軽く見ていた桑田君をターゲットに選んだ。

不利なのを承知で。

それでも迷いは消えなくて・・・だから、失敗を招き寄せたのだ・・・。

 

そんな彼女が命が終わる刹那、胸に抱いたのは、何だったんだろう。

どんな気持ちで、あのダイイングメッセージを書いたのだろうか。

苦痛と死への恐怖の中、震える指を動かしたのは、

自分を殺した桑田君への黒い復讐心だろうか。

 

それは違う・・・それは違うよ、と私は思う。

 

彼女は、この計画を最後まで悩んでいた。

だから結果として、殺人者にしてしまった桑田君に復讐するために

彼女が最後の力を使ったとは思えない。

彼女が最後に思ったこと・・・それは苗木君のことだったのではないだろうか。

自分のせいで、殺人者の濡れ衣を着せられる彼のために。

その命尽きる最後の瞬間を苗木君を救うために使ったのではないだろうか。

 

霧切さんなら、そう”推理”したと言うだろう。

でも、私は、そうであったと信じたい。

 

 

 

彼女の最後が超高校級の”アイドル”舞園さやかにふさわしい白く美しいものであったことを。

 

 

 

 

・・・そのことを苗木君に伝えるべきではないか。

舞園さんは最後まで迷っていたことを。

苗木君を助けようとしていたことを。

私が生きていることが、彼女が迷っていた証拠であること。

 

 

(う、うう・・・)

 

 

だが、どこから切り出していいかわからない。

そもそも私は、人に話しかけるのが苦手なわけで・・・。

それと、苗木君に対して何か重要なことを忘れている気が・・・

 

 

 

 

  ”この…人殺し”~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

(あ・・・)

 

サァーと血の気が引いていくのを感じる。

苗木君に希望を与える前に、苗木君を絶望させたことを謝っていないことを思い出した。

 

 

「な、苗木君!ちょっと待ってて!」

 

「え・・・?」

 

 

戸惑いの声を上げる苗木君を置き去りにして

私は一目散に自分の部屋に走っていく。

 

 

「ハァ、ハァ、確かここに隠してあったはず」

 

 

引き出しの中には、予想通りアレがあった。

万が一、山田君に盗まれることを想定して、ここに隠していたのだ。

皆さん、お忘れだろうか。

自由時間において、私がモノモノマシーンで「コーラ」を当てたことを。

これは食堂のにせコーラとは違う本物。

飲めば外での生活を思い出すレアもの中のレアものだ。

これを苗木君にあげることであの時の暴言を許してもらうのだ。

 

 

「あの時は悪かったな。これは俺のおごりだ。一杯やってくれ」

 

 

うん。こんな若手刑事同士のミスの謝罪みたいな感じで行こう。

あまり重く謝っても逆に不快を与えるかもしれないし。

 

 

「さっそく、これを苗木君のところへ・・・あ!?」

 

 

指を滑らせ、コーラが床に落ち、コロコロ転がる。

 

「クッ」

 

出鼻を挫かれた感じがするが、すぐさま拾い上げ、食堂に向かって走る。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 

苗木君を待たせてはまずい。

全力だ。全力で食堂に向かうのだ。

 

 

「ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ」

 

「だ、大丈夫、黒木さん・・・?」

 

 

食堂で待っていてくれた苗木君は、

息を整える私を心配そうな表情で見つめる。

呼吸も整ってきた。

よし、例の方法で謝るのだ。

 

「あ・・・あの」

 

「え・・・?」

 

「あの時は・・・え、えーと」

 

 

緊張で言葉が出てこなかった。

心臓がバクバクする。

は、はやくあの言葉を言わねば、

ハッ・・・でもあの言葉って気心が知れた若手刑事同士の謝罪で・・・。

今さらそこに気づいてた。

ほとんど面識のない苗木君にそんなことを言ったら

ただ、喧嘩を売っているようなものだ。

 

 

(あわわわ、ど、どうすれば・・・)

 

 

とても顔を上げていられない。

目が回り始めた。

どうする私!?こ、こうなったら、土下座するしか・・・

 

 

 

「・・・黒木さん、もしかして”人殺し”と言ったことを謝ろうとしてるの?」

 

「え・・・!?」

 

どきりとして顔を上げる。

苗木君は不敵な笑みを浮かべている。

 

 

 

「そのコーラで許してほしい・・・とか?」

 

「ヒッ・・・!?」

 

 

 

当てられてしまった。

まるで心が読めるみたいに。

 

 

「そして、さっき土下座しようとしていた」

 

「ヒィイイ~~なんで、どうして!?」

 

 

全てその通りだった。

なんで、なんで苗木君は私の行動が読めるのだ!?

 

 

ま、まさか彼は―――――

 

 

 

 

 

 

 

          「・・・エスパーだから」

 

 

 

           

           エスパーですから――――

 

 

 

 

 

(あ・・・)

 

 

そう言って、笑う苗木君の笑顔にあの時の舞園さんの笑顔が重なった。

 

 

 

「冗談。ただの勘だよ」

 

 

彼女と同じ言葉を言って、苗木君は小さく笑った。

 

 

「だって黒木さんと僕との接点なんで悲しいけどアレしかないからすぐにピンときたよ。

ものすごく申し訳なさそうな顔してたし、急いでコーラもってくるしさ」

 

「え、そ、そうなの・・・」

 

 

そういえば、苗木君の表情ばかり気にして自分の表情を一切気にしていなかった。

 

「それにその体勢・・・どう見ても土下座しようとしているようにしか・・・」

 

「え・・・!?」

 

自分の体勢を見て絶句する。

腰を低く曲げ、指先をそろえ、前に伸ばしている。

後は頭を下げるだけで、DOGEZAは発動する。

 

 

「フフ、黒木さんって結構面白いよね。なんかイメージと違う」

 

「う、うう・・・」

 

口元を押さえて笑いを殺す苗木君を見て、私は急に恥ずかしくなり、表情を赤くする。

そういえば、同級生の男子とこんなに話したことはなかったな。

 

「黒木さん、僕は・・・」

 

 

 

 

 

  僕は、君と会えてよかった――――――――

 

 

 

 

 

(え、ええええええ~~~~~~ッ!?)

 

 

突如、真剣な顔になった苗木君のその言葉に、

私は、心の中で絶叫した。

こ、これはKOKUHAKU・・・告白ですか!?

確かに今は二人きりで、告白には絶好のタイミング。

私がカワイイので焦る気持ちもわかるけど急すぎるよ~~~~~

 

 

 

「・・・今、君とここで会えてよかった。

今、君が生きていることがきっと舞園さんが最後まで悩んでいた証だから」

 

 

 

「苗木君・・・」

 

 

彼は少し悲しそうに笑った。

そうか・・・。

苗木君はもう気づいていたのか。

 

 

 

「舞園さんも桑田君もただ外に出たかっただけなんだと思う。

ただ自分の夢を守りたかっただけなんだ。

僕は舞園さんの死も桑田君の死を乗り越えることはできない。

きっとずっとずっと引きずっていくと思う。

だから、僕は彼女達の想いを背負って行こうと思う。

たとえ辛くても、どんなに絶望的でも、彼女達の抱いた希望と共に僕は前に進むよ!」

 

 

 

そう言った苗木君の瞳にあの”希望”の光が戻っていた。

きっとそれは、本当につらく大変な道だろう。

でも、彼ならば・・・苗木君なら・・・!

 

 

「苗木君は・・・強いね」

 

 

心で思ったことが口から出てしまった。

その言葉に苗木君は小さく微笑んだ。

 

 

 

「僕は強くなんてないよ。

僕の取柄は”人よりちょっと前向きな事”ただそれだけだよ」

 

 

 

その笑顔に、その言葉に、私は胸が一杯になって何もいえなくなってしまった。

場に沈黙が流れる。

何か言葉を続けるべきだが、何も思いつかなかった。

 

 

「・・・うーん、でもあの時の黒木さんの言葉はやっぱり傷ついたな」

 

「え・・・?」

 

「痛い!うう・・・胸がズキズキする」

 

「え、ええ~~~~~~!?」

 

 

突如、苗木君が胸を抑え、苦しみだす。

どうやらあの時の罵声が原因のようだ!?

ど、どうしよう!?

や、やっぱり土下座して謝るしか―――――

 

 

「でも、そのコーラをくれたらチャラにするけど・・・どうかな?」

 

「え、それって・・・?」

 

 

苗木君は口を押さえて笑う。

その表情をイタズラを仕掛けた少年のようだ。

そうか・・・彼は関係を改善できる状況を作ってくれたのだ。

 

 

「あ、あの時はゴメン!こ、これ、どーぞ!」

 

「ありがとう。改めて、これからよろしくね、黒木さん」

 

「こ、こちらこそ!」

 

 

コーラを受け取った苗木君は、右手を私に差し出した。

その手を私は両手で握る。

許してもらえたのだ。

よかった。本当によかった~~。

 

 

「うわ、コーラとか本当に久しぶりだな。ここで飲んでしまっていいかな?」

 

「う、うん、どーぞ!」

 

私も目の前で飲んで喜んでくれた方が嬉しい。

コーラ派かペプシ派かの話題で盛り上がれそうだし。

 

 

「では・・・」

 

 

彼がコーラのタブに指をかけ、引き抜いた瞬間だった。

 

 

 

 

プシャァアアアア――――――――――

 

 

 

 

容器から黒い液体が泡と共に飛び出し、彼の顔面に直撃した。

 

 

「え・・・!?」

 

 

私の血の気がサァーと引いていくのを感じる。

走馬灯のようにコーラを手に取った映像が流れる。

指を滑らし床に転がす→全力で振りながら走る。

 

 

(う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~ッ!!)

 

 

気づかないうちに、コーラの炭酸を爆発させるコンボを完成させていた。

つまり私の行動は、

謝るフリをして、炭酸の爆発で嫌がらせをするということになって・・・。

サイコパスか何かですか・・・!?

 

 

「な、ななな苗木君!ご、ごめんなさい!こんなつもりは・・・」

 

 

髪まで濡らし、呆然と立ち尽くす苗木君に、私は必死に説明しようとする。

だが、どうやって説明する?

こんなものワザとやったとしか思えないだろ!

も、もうこうなったら・・・せ、誠意を見せるしかない。

土下座だ・・・!

土下座をして許してもらうしかない。

 

私が土下座の体勢に入るまさにその時だった。

 

 

 

 

 

フフフ、アハハハハ―――――――

 

 

 

 

苗木君が声を上げて、笑った。

 

 

「ああ、そうか、コーラってそういうものだよね。忘れてたよ、フフフ。

黒木さん、全力で走ってきたからね、アハハハ。全然気づかなかったよ」

 

 

おなかを押さえて、本当に楽しそうに笑った。

 

 

「ビックリした。子供の頃、よくやったよね、これ、フフフ。

初めてだよ、ここに来てこんなに笑ったのは。あーおかしいフフ、アハハ」

 

 

嬉しそうに笑いながら苗木君は、濡れた顔を服の袖で拭った。

 

 

 

「うわ~髪までベトベトだよ。うわ、目に入った」

 

 

 

目を擦りながら笑う苗木君。

その姿を見て、少し胸が痛くなった。

 

 

 

 

 

その仕草はまるで――――――

 

 

 

      

 

 

 

       泣いているように見えたから――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!

 

 

 

 

       第1章 イキキル 日常/非日常編  終劇  

          

      [死亡] 舞園さやか 江ノ島盾子(戦刃むくろ) 桑田怜恩

 

 

 

          

 

 

 

          生き残りメンバー 残り―――13人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて第1章完結しました。
約2年かかりましたか・・・長いような短いようななんとも言えない感じです。
まあ、筆の遅さから職業作家にはなれそうにありませんがw
物語を描く難しさを改めて実感しています。
それが他人様の作品を使っているなら尚更重く感じます。

2次作品にしかできない原作キャラの救済

2次作家として、それだけはいつも念頭においています。
例え、大幅改悪しようとも、
そのキャラの特色やよい部分だけは引き出したいと思います。

次話は舞園/桑田の「イマワノキワ(仮)」をさらっと書きたいと思います。

そしていよいよ第2章に入ります。
原作既読者こそ、手に汗握る希望と絶望を提供したいと思います。
不定期ですが、気長に付き合って頂けたら幸いです。

誤字脱字、変な文章は見つけ次第修正します。

では次話にて



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イマワノキワ 舞園さやか/桑田怜恩

「お、お前が悪いんだぞ・・・ッ!!」

 

涙声でそう叫んだ彼の足音が次第に遠ざかっていく。

腹部に深々と突き刺さる鉄の異物の存在を感じる。

刺された瞬間に感じた灼熱のような痛みが全身を駆け抜けた。

それがきっかけとなったのだろう。

 

 

私は・・・全てを思い出した――――

 

 

あの日、あの”人類史上最大最悪の絶望的事件”が起こったあの日、

私の世界の全てが終わった。

混乱の中、グループの仲間と離れ離れとなった私は、この希望ヶ峰学園に逃げこんだ。

学園は”希望”である私達、超高校級の才能を外から襲い来る”絶望”達から守るために

学園全体をシェルター化した。

いつか外の世界に”希望”が戻る日まで私達を守るために。

 

そう、私達は閉じ込められたのではない。

私達は、外からの侵入を防ぐために、あらゆる入口を自らの手で塞いだのだ。

 

なぜ・・・忘れてしまったのだろうか?

あんな絶望的な事件のことを。

 

なぜ、クラスメイト全員が忘れているのだろうか?

私達は、誰もが羨む最高のクラスだったのに。

 

 

一体、誰が・・・私達の記憶を・・・。

モノクマを操っている黒幕は一体・・・。

 

・・・戦刃むくろさん。

 

ここにいない唯一のクラスメイト。

超高校級の”軍人”。

江ノ島さんのお姉さん。

 

 

戦刃さんのことを思い出す。

いや、思い出などほとんどない。

 

授業中、ふと見た彼女の横顔はとても綺麗だった。

その瞳はまるで氷のように美しくどこか儚くて。

ここではない別の何かを見ているかのように思えた。

 

 

「おはようございます、戦刃さん!」

 

 

廊下でそう挨拶する私に、彼女は目を合わすことなくただ、

小さく会釈するだけだった。

結局、2年間で彼女と話すことはなかった。

 

 

そうか・・・彼女が黒幕で、彼女は”絶望”の一味だったのだ。

 

 

だから・・・どうだというのだろう。

それがわかったから、何が変わるのだろうか。

 

 

もう・・・私の夢は終わってしまっていたのに。

 

 

そう、私の夢は、アイドルとしての夢はあの日終わってしまったのだ。

世界が壊れたあの日に、平穏な日常が消えたあの日に。

アイドルとしての私は死んだのだ。

仮に、世界を希望が取り戻したとして、

それは一体、何年後なのだろう、それとも何十年後?

その時、私は何歳になっているのだろうか。

もう答えはわかっている。

必死でこの業界を生きてきたからこそわかってしまう。

私が、アイドルとしてあの光り輝くステージに戻ることはない、ということが。

 

 

ああ、私はなんと愚かなのだろう・・・!

もはや、叶うことのない夢のために、苗木君の優しさを利用した。

桑田君を殺そうとして、彼を殺人者にしてしまった。

 

あの時の桑田君の顔。

包丁を持って迫ってきた彼の顔は、本当に恐ろしかった。

まるで・・・鬼のようだった。

 

きっと、私も同じ顔をしていたのだろう。

 

 

アイドルへの執着が、夢への執着が私の心を鬼に変えた。

そのためには何を犠牲にしても構わない怪物になったのだ。

 

だけど・・・その夢はとっくの昔になくなっていた・・・なんて。

 

 

ああ、なんという滑稽だ。

ああ、なんという道化なのだろうか。

 

これは、きっと”絶望”が仕掛けた罠なのだろう。

”希望”同士を殺し合わせる絶望の罠。

 

私は・・・それに乗ってしまった・・・!

私が、コロシアイ学園生活の口火を切ってしまったのだ。

 

 

みんな、ごめんなさい・・・!

桑田君、ごめんなさい!

 

苗木君・・・本当に、ごめんなさい。

 

 

灼熱のような痛みが遠のいていくと同時に、視界を次第に闇が覆ってくる。

全身の力が抜け、気だるさと無力感だけが残る。

もう、死がそこまで来ているのを感じる。

 

私の人生はもうすぐ終わるのだ。

ただ、大切な仲間を裏切った人生。

それがもうすぐ終わる。

 

そんな中、一つの疑問が頭に残った。

いや、あの時からずっと思っていた。

桑田君がくるのを部屋で待っている間、ずっと考えていた。

 

 

 

私は、なぜ彼女を・・・黒木さんを殺さなかったのだろうか――――

 

 

 

彼女を選べば、確実に犯行は成功したはずだ。

身体能力の差は歴然、私を信頼し切っている彼女の隙をつくなど

造作もないことだ。

 

なぜ・・・?

 

なぜ彼女を選ばなかった。なぜ彼女を殺さなかった・・・?

 

彼女に家族がいることに同情した・・・から?

 

・・・いいえ、違う。なら・・・

 

ああ・・・そうか。そういうことだったのか。

 

 

 

私は、彼女に・・・黒木さんに・・・

 

 

 

 

”応援”してる・・・そう言われたんだ。

 

 

 

ただのその言葉で・・・私は彼女を殺すことができなくなった。

私を応援してくれる”ファン”を殺すことができなかった。

 

ああ、そうか・・・。

 

 

私は・・・最後に・・・守ることができたんだ。

 

 

 

 

怪物となった自分の心から、”アイドル”として”ファン”を守ることができたんだ。

 

 

 

 

 

その瞬間、ほんの一筋の光が闇を切り裂き、私の心を照らした。

 

そうだ・・・まだ、私には・・・できることがある。

 

苦痛の中、震える指を動かし、血溜まりに指先をつける。

後ろの壁に、指を押し付け、ゆっくりと文字を書く。

 

私には、まだできることがある。

私は彼を助けたい。

中学時代から憧れた彼を。

鶴を逃がした優しい彼を。

私のために、犯人にされるであろう彼を救いたい。

 

 

ごめんなさい、桑田君。

 

私は、あなたの好意を利用しました。

私は、あなたを殺人者にしてしまいました。

そして、このメッセージはあなたを追い詰めることになるでしょう。

ごめんなさい。

私は、ただあなたにそう謝り続けることしかできません。

 

 

ごめんなさい、苗木君。

 

私は自分の夢のために、あなたを犠牲にしようとしました。

私はあなたの優しさを裏切りました。

きっと、許してはもらえないとわかってます。

 

 

でも、それでも私はあなたを助けたい・・・!

 

 

「LEON」壁にそう書き終えた瞬間、全ての力が抜け落ちた。

 

 

光輝くステージの中で、仲間達と歌う自分の姿が見える。

 

 

 

ごめんなさい、みんな。

 

ごめん・・・な・・・さい。

 

 

鶴を抱いて、走っていく苗木君の後ろ姿が見える。

 

 

ああ、苗木君・・・。

 

 

きっと、許してはもらえない・・・けど。

 

 

それでも・・・それでも・・・。

 

 

 

 

 

黒木さんを・・・殺さなかったことだけは・・・褒めてくれますよね?苗木君・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

………………………………………………………………………………

 

 

………………………………………………………

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

(時速140kmストレート、右肩に0.5秒後に直撃)

 

 

ドカッと鈍い音と共に、右肩に火のような痛みが奔る。

 

 

(時速120Kmカーブか?たぶん左膝あたりにくるな)

 

 

予想の直後、バッティングマシーンから放たれた硬球が左膝に直撃した。

 

こんな予想当たり前だっつーの!この俺を誰だと思ってんだ!?

 

超高校級の”野球選手”桑田怜恩様だぜ!楽勝だっつーの!

 

 

(こんなもん、全部ホームラン余裕だっての!まあ、でも・・・)

 

 

でも・・・それは、手足が自由な場合、だけどな。

視線を下に落とすと、手足は柱に鎖でしっかりと固定されて、身動き一つできない。

モノクマ達に押さえつけられ、鎖で縛られた直後、バッティングマシーンから

自分に向かって硬球が何発も飛んできた。

 

これが”おしおき”とかいうやつらしい。

まあ、早い話、処刑だ。

 

あの時・・・舞園に殺されそうになった俺は、わけがわからなくなっちまった。

 

殺される前に殺す・・・!

 

ただ、それだけが頭を支配して、気が付けば、舞園の腹部に包丁を突き立ていた。

絶望の表情を浮かべる舞園の瞳に映る自分の姿を見て・・・。

鬼みてーな自分の顔を見て我に返った俺は、

 

「お、お前が悪いんだぞ・・・ッ!!」

 

そう叫び、逃げるように舞園の部屋を出た。

それから、証拠を処分して、誰にも相談できねーまま朝を迎えた。

そしたら、学級裁判とかモノクマが話し出して、反対した江ノ島が殺されて、

もう、怖くて、恐ろしくて・・・そして、俺はクラスメイトのみんなを見捨てることを選んだ。

 

俺は・・・”クロ”になったんだ。

 

 

(そして・・・この結果だ)

 

 

ドカッ!バキッ!と鈍い音が続くが、もはや痛みはそれほど感じない。

感覚が麻痺してきたのだろう。

今になって思うことがある。

いや、学級裁判の間、ずっと考えていた。

 

 

 

なぜ、舞園は黒木でなく、俺を選んだのだろうか――――

 

 

 

身体能力を考えれば、俺でなく黒木を選ぶのは明白だ。

実際に、この超高校級の身体能力のおかげで、包丁をかわすことができた。

だが、そんなことは舞園だってわかっていたはずだ。

黒木だって、舞園の部屋に行く気だった。

ならば、なぜ黒木を選ばなかった。

なぜ、反撃されるリスクを承知で俺を選んだんだ・・・?

 

ずっと考えていた。

でも、今・・・やっとわかったわ。

 

舞園、お前優しい奴だもんな。

黒木と話したから・・・それだけでもう、殺すことができなかったんだよな?

 

俺を選んだのは・・・俺が、お前の夢を・・・軽く見ていたから・・・だろ?

お前、あの時、きっと本気でムカついていたんだろ?

女優ばりの演技で、笑っていたけど、本当はすげー怒ってたんだろ。

俺は野球を捨てて、歌手で成功するなんて軽く言ったことに。

歌手を・・・アイドルを・・・自分の夢を馬鹿にされたような気がしてさぁ。

 

ああ、今の俺ならわかるぜ。

今の俺が、野球のことを馬鹿にされたら、ぜってーに許せねーよ!

きっとそいつのことを本気でムカつくと思う。

 

だから・・・悪かったな、舞園。

 

そんなつもりはなかったんだ。ただ、俺って、馬鹿だから、そういうとこ鈍くてさ・・・。

 

本当に俺、何やってんだよ。

 

ごめんな、黒木・・・いや、黒木さん。

 

 

俺のことを・・・”応援”してくれたのにさぁ・・・。

 

 

野球選手が”ファン”を裏切って、どうすんだってんだよ。

一体、誰のためにプレーするんだよ・・・。

 

 

 

だから・・・これはきっと・・・報いなんだわ。

この処刑は、ファンを裏切った野球選手にとっての報い・・・なんだ。

 

 

バッティングマシーンから発射された硬球は100を超えただろうか・・・?

何発も頭に当てられ、思考がぼやける。

視界もぼやけ、もはや何がなにやらわからなくなってきた。

これは夢なのだろうか・・・それとも現実なのだろうか?

 

 

・・・そもそも、俺はなんでこんなとこにいるんだ?

 

今日は、甲子園の決勝戦のはずだ。

はやく、バスに乗らなければならないのに。

 

・・・なんだ、あのクマ野郎は?

 

ニタニタ笑いやがってムカつくな。

クソ!バットがあれば、球を打ち返して、あの野郎の顔面に叩きこめるのに。

 

 

 

「がはッーーーッ!!?」

 

 

150Kmストレートが額に直撃した。

その時だった。

 

 

(な、なんだよ・・・これ?)

 

 

まるでダムの決壊のように、失われた2年間の思い出が溢れ出す。

楽しかった2年間。

誰もが羨む最高のクラス。

 

 

「お、思い出したぞーーーーッ!!」

 

 

 

そうだ・・・あの事件が起きて、俺達は学園に逃げこんで・・・

じゃあ、黒幕は学園の中に・・・?

その時、唯一いないクラスメイトの存在を思い出した。

 

戦刃むくろ

 

氷のような冷たさと美しさを持ったクラスメイト。

あの江ノ島盾子の姉。

 

あいつか・・・あいつが、黒幕で・・・実の妹まで殺して・・・!?

 

 

「みんな騙されるな―ーー!!グアァ!!こ…これはガハッ!!”戦刃”の罠だーーーッ!!」

 

 

あいつは俺達、”希望”同士に殺し合いをさせるつもりなんだ。

 

 

「グハッ!!や、奴はグエッ!!ぜ…”絶望”の…」

 

 

戦刃は”絶望”の一味だったんだ。

俺達、”希望”を殺すために、2年前から学園に潜んでいたんだ・・・!

 

つ、伝えなくては。

戦刃のことを。記憶が奪われていることを。

こ、このままじゃダメだ。

 

みんなが殺されてしまう。舞園が殺されてしまう・・・!

 

 

伝えるんだ!外のことを―――――

 

 

「みんな思い出せーーーーーッ!!外は…外には――――――――」

 

 

 

         

 

 

 

 

          ”希望”なんてないんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
第1章も終わりまして、舞園と桑田のイマワノキワを書いてみました。
舞園の1人称とか難しい、と考えていたのですが、実際書くと案外筆が進みました。

ファンを守るか/見捨てたか、で舞園と桑田は対称的な存在です。
ファンを守ったことでアイドルとしての矜持を取り戻した舞園は、
苦痛の中、思い人である苗木を助けようとしたのに対して、
ファンを見捨てた桑田は、おしおきを報いであると解釈しました。

逆に2年間の記憶は、舞園に絶望を与えたのに対して、
桑田は、記憶の混濁と混乱の中、舞園を殺したことを忘れ、
みんなと舞園を助けようと声を上げます。

うん、対称的だw最初から考えていませんでした。結果的にそうなりました。
ここら辺が物語を書く上で面白いところです。

最後に、残姉、しゃべらなければラスボスの風格w

でも現実は

その瞳はまるで氷のように美しくどこか儚くて。
ここではない別の何かを見ているかのように思えた。

→授業についていけていない。

廊下でそう挨拶する私に、彼女は目を合わすことなくただ、
小さく会釈するだけだった

→舞園さんに突然挨拶され、ビビる。

ああ、残念w


次回からは、第2章!もこっちにとっての希望と絶望の物語の始まりです!

ではまた次話にて



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第2章 週刊少年ゼツボウマガジン (非)日常/非日常編
週刊少年ゼツボウマガジン 前編①


「希望ヶ峰学園は学級裁判を乗り越える度に新しい世界が広がるようになっています!

適度な刺激を与えないとオマエラみたいなしらけ世代はすぐにブーたれるし!

てなわけで、探索はどうぞご自由に!」

 

モノクマのアナウンスと共に2階へ続く階段の前の鉄格子が音を立てて上がっていく。

 

「まさに餌だな。

外への希望を与えることで新たな殺人を誘っているのがみえみえだぞ」

 

「え、で、でも、これ以上はなにも起きないよ!」

 

不敵な笑みを浮かべながら、不穏なことを呟く十神君に、朝日奈さんが反論する。

いつも笑顔の朝日奈さん。だけど、その声はどこか自信のなさを感じた。

 

「ククク、まだそんな甘いことを考えているなら、次死ぬのは貴様だな、朝日奈」

 

彼女の怯えを見抜いたのか、そう言って十神君はより愉快そうに笑う。

 

「舞園さやかが口火を切ったからね。もう誰も信じられるわけないじゃない・・・!」

 

腐川冬子が呻くように呟いた。

その事実を前に反論する者はいなかった。

 

沈黙と不安と不信の中、私達の新たな学園生活が幕を開けた。

 

 

それから3日後―――

 

私は食堂の中いた。

沈黙と不信と不安から始まった新たな学園生活。

そんな中、こんな気持ちでいられる私は、

もしかしたら、この学園で一番幸せな生徒かもしれない。

そう、私は、一人でここお茶をしているわけではない。

ぼっちというわけではないのだ。

 

 

そうとも!私は…ある人をここで待っているのだ!

 

 

「やあ、もこっち」

 

モノクマが手を振りながらトコトコと歩いてくる。

 

そうとも!私はここであのクマ野郎を・・・

 

「”人”だって言ってんだろがぁああああああ!!!

クマはお呼びじゃねーんだよ、クマはよぁおおおおおおお!!!」

 

「うぉおおおおおおおおおお!?びっくりした~~~~~~ッ!?」

 

私のノリツッコミにモノクマは盛大に仰け反った。

 

「開幕からお前と話すなんて縁起悪いだろうがよぉおおおおお~~~ッ!!」

 

メタ発言かもしれないが、まあ、多少はね?

モノクマと待ち合わせるなんてありえない。

度々、話題に上がるスパイじゃあるまいし。

 

「なんだい、そのリアクションは!?

ぼっちでいるから構ってあげようとしただけなのにさ!

うぬぬ、もこっちの分際で少し調子に乗りすぎてないかな・・・?

ボクの恐ろしさをもう忘れたの?」

 

血管を浮き立たせ、鋭利なツメを突き出しながら、モノクマは怒る。

言葉とその武器で恫喝し、私を萎縮させる魂胆のようだ。

ああ、忘れるものか。

お前がどんな奴であるか。

どんな、悪魔じみた殺人鬼であるか。

一瞬、学級裁判の光景が頭を過ぎり、私は表情を曇らせる。

 

だけど・・・だからこそ気づいたことがある。

 

「だ、だから何?今、私は一体何の規則を違反したのかな・・・?」

 

「え・・・?」

 

モノクマがピタリと止まる。

 

 

―――ビンゴだ。

 

「んん~~~あれ~?

まさか規則を守っている生徒に危害を加える気なのかな、”学園長さん”は?」

 

「う、うう・・・そ、それは・・・」

 

モノクマは明らかな狼狽を見せた。

そうなのだ。

こいつは鬼畜じみた殺人鬼ではあるが、なぜが規則を重視している。

それは学園長という肩書きをはじめ、

奴のこれまでの言葉の節々から読み取ることができた。

 

 

つまり、直接暴力でも振るわない限り、

奴に何を言っても”おしおき”されることはないのだ!

 

 

「ぼっちで暇してるのは同情するけどさ・・・帰ってくれない?

正直、邪魔なんだよね。

今、ある人と待ち合わせしてるから。クマじゃなくて、人とさ」

 

「な・・・ぐ、ぐぬぬ」

 

シッシと手で追い払うジャスチャーを見せる私に、モノクマはプルプルと体を震わせる。

何か反論しようとしているが、言葉が見つからないようだ。

もはや奴が何を喚こうとも、

待ち合わせをしている私に絡んでくる可哀相なぼっち、という構図は変わることはない。

 

「もこっちのくせに・・・もこっちのくせに~~!

ちょっと”クラスメイト”と仲がよくなったからって調子に乗るなよ~~~」

 

捨て台詞を吐いてモノクマは逃げるように背を向けて走って行った。

去り際に奴の瞳に見えた液体は、オイルだったのでしょうか?それとも・・・。

まあ、モノクマのことなどどうでもいい。

私は忙しいのだ。

 

 

そうなのだ!私はあるクラスメイトと待ち合わせをしているのだ!

 

 

 

「おう!チビ女!」

 

威勢のいい声の方に振り向く。

そこには漫画のような金髪のリーゼントがトレードマーク。

日本中の不良が憧れる存在。

超高校級の”暴走族”である大和田紋土君がいた。

 

「相変わらず陰気くせー顔してんな、チビ女!」

 

事実かもしれないが、

人に気をつかうというのがまったくないのがさすがは暴走族。

だが、悪気はないのだろう。

”ニカッ”とした裏表のない彼の笑顔がそれを証明している。

 

「お、大和田君、あ、あの・・・あの時はどうも」

 

私は慌ててペコリとおじきする。

私には、彼に盾子ちゃんの死体に

大事な学ランをかけてもらった・・・という恩があるのだ。

 

「よせって!どうってことねーよ、あんなもんはよぉ」

 

大和田君はぶっきら棒に返事しながらも顔を赤らめる。

そうのだ。

大和田君はこう見えて、すごくいい人なのだ!

 

「オメーこそスゲーじゃねーか!あの事件を解いちまうんだからなあ!

まさか”あの女”が桑田を殺そうとしてたとはなぁ・・・」

 

「う・・・うん」

 

もしかして、一部の人にはあの事件は私が解決したことになってる・・・?

本当はあの事件は、苗木君がほとんど解いて・・・それ以前に霧切さんが・・・。

”あの女”というのは、舞園さんのことだよね?

超高校級の”アイドル”である彼女を”あの女”呼ばわりとは

さすがは恐れ知らずの暴走族だ・・・本当は優しい奴だけど。

 

「しっかし、オメーここで一人で茶をシバイてるのか?

似合い過ぎて正直ビビッたぜ・・・さすが超高校級のなんたら?の才能だな」

 

「ち、ちがう・・・!わ、私は待ち合わせをして・・・」

 

なんたらじゃなくて喪女だよ!喪女!などとツッコミを入れても涙が出るだけだ。

私はありのままの真実を告げた。

 

「おおお!?なんだオメーもか!?」

 

驚愕の表情を見せる大和田君。

うん・・・時に正直は美徳ではないからね。

 

「ま、まあね。あ、そ、それと私をチビ女と呼ぶのはちょっと・・・」

 

「ああん?」

 

「いや、いいすっよ!全然、OKっす!!」

 

大和田君が眉間にしわをよせただけで、私は言葉を覆した。

クソ怖ええよ。誰だ?優しいなんて言った奴は!?

 

「まあ、確かにな・・・ここの暮らしも長くなってきたしな。

チビ女の意見ももっともだな。で、オメーの名前なんだっけ?

モノクマが黒森だか黒山だとか言ってたよな」

 

「黒木です・・・黒木智子です。どうぞお見知りおきを」

 

「おう、これからもよろしくな!チビ女!」

 

うん・・・もうなんでもいいや。

 

「しかし、連れはまだこねーみてーだしな。仕方ねーから時間潰しに少し話すか」

 

限りなく面倒くさそうに頭を頭を掻きながらそう切り出す大和田君。

うん、ここまでくると無言でいてくれた方が嬉しいかな。

 

「おう、チビ女!オメー単車は何乗ってんだ?」

 

「乗ってるわけねーだろ!?」

 

開幕を飾る話題じゃねーだろ!?

まだ確認できないが天気の話とかの方がましである。

 

「ああん!?オメー高校生にもなって単車持ってねーのかよ!?どんなシャバ僧だよ!?」

 

「いやシャバ僧とかわかんねーし。女子高生が単車乗るわけないでしょうに」

 

「何!?俺の周りの女どもはレディースで気合が入った奴ばかりだからな。

当たり前のように化けモンじみたマシーンを飼いならしてたぜ」

 

ここら辺の認識のズレはさすがというしかない。

日本一の不良の周りには、それに続く怪物達が集まってくるようだ。

だが、それらと私を一緒にしないで欲しい。

 

「ちなみに単車といったらKAWASAKEしか認めねーからな!

ああ、クソが!3分くらいもつと思ったんだけどな、この話題!」

 

そう言って、大和田君は怒りの表情で、壁に拳を叩きつける。

あの・・・なんか・・・その、申し訳ありません。

 

「じゃあ、次の話題だ。おう、オメー犬と猫どっち派よ?」

 

(う・・・!)

 

ここでいきなりルート分岐が発生した。

犬派と猫派。

長年続く争いの種。

シンプルにして究極の問題。

その血を血で洗う歴史を考えれば、簡単に答えるわけにはいかない。

慎重に考えろ。

彼は不良。不良といえば雨。雨といえばダンボール。

ダンボールの中で鳴いているのは・・・!

 

「ね、猫・・・!」

 

「ああん!?」

 

「なんてニャ!犬だワン!犬しかないワン!」

 

「だよな!犬しかねーよな!」

 

しまった!ダンボールの中で鳴くのは子猫でなく、子犬の可能性もあったか。

優しい不良のテンプレのイメージが強すぎて安易に猫を選んでしまった。

 

「俺はチャックっていうマルチーズ飼ってたんだけどよぉ。

チャックはかわいくて頭が良くて毎朝新聞もってくんだよ」

 

大和田君は語る。愛犬チャックのことを。

この人のイメージからするとドーベルマンかブルドックだと思ったが、

まさかマルチーズとは。

 

「だけどよぉ・・・チャックは9歳の時に・・・うう、チャックゥ~~。

クソが!テメーのせいでチャックのこと思い出しちまったじゃねーか!!

ぶっ殺すぞ!」

 

「なんで!?」

 

愛犬の死を思い出し突然切れる大和田君。

何が発火点になるか、もうわかりません。

 

「ところでよぉ、黒木。マジな話、オメー高校を卒業したらどうするんだ?」

 

急に大和田君の声のトーンが変わる。

チビ女ではなく、初めて黒木と呼んだことから、これはまじめな話のようだ。

 

「わ、私は大学に進学するかな、たぶんだけど」

 

なんだかんだで、私は成績はいいのだ。

1流大学は五分五分だが、2流レベルならまあ大丈夫なレベルだ。

 

「そうか・・・俺はオメーみてーに頭はよくねーからな。大学にはいけねーな」

 

そう言って大和田君は少しうな垂れる。

 

「俺は楽しくてしかたなかったんだ。

”暮威慈畏大亜紋土”の仲間と暴走ってる”瞬間”が楽しくてしょうがねーんだ。

・・・でも最近よく思うんだよ。

この高校生活が終わったら、俺はどーなっちまうんだってな。

全てを捧げた暮威慈畏大亜紋土を卒業したら、俺はどこに向かえばいいのかってな」

 

真剣な話だった。

日本一の不良である彼がまさか将来について考えているなんて。

 

「だから俺はここに”逃げて”きたのかもな。

こえーんだよ。チームがなくなった時のことを考えるのが、将来のことを考えるのが」

 

「大和田君・・・」

 

彼の言葉からあの時の舞園さんを思い出した。

超高校級の”アイドル”である彼女ですら、将来のことについて真剣に悩んでいた。

見えない未来に対する不安に、超高校級も何もないのだ。

この問題に答えなどないのだろう。

答えはきっと自分で見つけるしかないのだ。

 

「まあ、オメーなんかに相談してもしょーがねーけどな。

我ながら何言ってんだよ、お前って感じだぜ」

 

顔を上げ、大和田君は”ニカッ”と笑う。

 

「実は将来なんになるかはもう決めてるんだけどな!

大工になるぜ!

今までぶっ壊してばっかりだったからよぉ!

今度は作る側にまわるのもいーかと思ってよ!」

 

「大工かぁ・・・なんだか似合いそうだね」

 

「おう!世界一の大工になってやんよ!」

 

もう完全にいつもの大和田君に戻っていた。

彼にも一般人と同じ悩みを

抱えているのが分かっただけでも話せてよかった気がする。

なんだかんだで彼はいい人なのだ。

犬好きに・・・動物好きに悪い奴はいない。

 

私と大和田君がちょっとだけ打ち解けた時だった。

 

 

食堂に犬猿の仲の彼が勢いよく入ってきた。

その服は彼の心情を表すように清廉潔白の白。

燃えるような瞳は彼の意思を体現していた。

 

大田君と犬猿の仲である

超高校級の”風紀委員”である石丸清多夏君が

こちらに向かってドシドシと歩いてくる。

 

1Fエリアの時から度々、怒鳴りあいの喧嘩をして、

2F開放直後も、さっそく掴みあいの喧嘩を始めた2人。

大和田君が犬なら、石丸君は猿。まさに犬猿である。

なんということだ。

ここでこの2人が会ってしまうなんて。

 

「石丸ゥ~」

 

大和田君の額に血管が浮き出る。

 

「大和田君!」

 

目を背けることなく、石丸君はまっすぐ大和田君に向かっていく。

あわわ、一体どんな喧嘩が起きてしまうの~?

 

 

 

「遅かったじゃねーか”兄弟”!!」

 

「いやいや時間通りだ!君が時間を間違えたのだよ”兄弟”!!」

 

 

 

 

―――――――!?

 

 

 

これこそまさに!?であった。

なんだ一体何が起きているのだ!?

 

 

「え、何で二人は仲が悪くて・・・」

 

 

「はあ!?何言ってんだよ、オメーは?なあ兄弟!」

 

「ああ、まったくだ兄弟!」

 

 

相槌を打ちながら二人は肩を組み合う。

え、何?なんか気味が悪い。

 

 

「だ、だって、いつも喧嘩して・・・」

 

「そんなもん昔の話だ!なあ兄弟!」

 

「うむ!忘れろ、忘れろ!忘れろビーム!」

 

「ッ!!?」

 

「おお、ナイスだぜ!兄弟!!」

 

わ、訳がわからない。

え、何?何なの”忘れろビーム”って!?

 

「おお、しまった!バスタオルを忘れちまったぜ!

ちと取りに行ってくるぜ兄弟!

例の場所で落ち合おうぜ!!」

 

”バスタオル””例の場所”と意味深な台詞を残し、

大和田君は自分の部屋に戻って行った。

食堂には石丸君と私の2人きりとなる。

 

「大和田君・・・彼は本当に”気持ちのいい男”だよ」

 

「え・・・?」

 

大田君の後ろ姿を見つめ、石丸君はニヤリと笑いながら意味深な台詞を放つ

石丸君に私は驚愕の表情で振り返る。

 

え、何、その台詞・・・?

 

 

「黒木君・・・僕は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――友達がいなかったんだ。

 

 

 

 

 

――――重ッ!?

 

 

 

 

 

大和田君の後ろ姿を見つめながら放った石丸君の衝撃の一言。

あまりの重さに私は返答を窮した。

ちょ、重い!いきなり重過ぎるよ~~ッ!!

 

「君は友達が少ない。または、まったくいない人間だと見込んで

僕のありのままの心境を話したいのだ」

 

フッと笑いながら、石丸君は振り向いた。

フッ・・・じゃねーよ!悪気はないかもしれないけど、すげー失礼だよ!

いるもん!私、友達いるもん!ゆうちゃんとか盾子ちゃんとかいるもん!

 

「僕は皆が等しく努力できる場を提供したいと考えて、その一念から小学生の頃に

風紀委員に立候補したのだ!それから時が経ち、周りから超高校級の”風紀委員”

と呼ばれるようになってもその熱意は変わらなかった。

世界を動かすのは、天才ではなく、努力を続ける凡人なのだ!

それこそが僕の信念だ!だからこそ、僕は風紀委員の仕事にのめりこんだ。

だけど・・・どの学年でもどのクラスでも、

僕と”本音”で語り合ってくれる生徒はいなかったんだ。

僕がいくら真剣に話しても、本音で語っても彼らが返すのは建前だけだった」

 

表情を曇らせ、石丸君は過去を語る。

当時の石丸君の奮闘と周りの落差を簡単に想像することができた。

いくら彼が努力しようとも、本音で語ろうとも、

彼は風紀委員・・・つまり、教師側に属する存在であるのだ。

その彼に、本音を語ることは難しいだろう。

それも、石丸君のように真っ直ぐで真面目な

悪く言えば融通の気かなそうなタイプならなおさら距離を置かれるだろう。

そこに妥協しなかったからこそ、彼は超高校級の”風紀委員”となったのだろうけど。

 

「だからかな・・・彼のような、大和田君のような人間は初めてだったんだ。

逃げることなく、妥協することなく、本音をぶつけてくる・・・こんなにも

本音をぶつけられる人間に出会ったのは初めてだったんだ。

ただの無法者だと思っていた彼らにも、

彼らなりの”流儀”があることを大和田君に教えられた。

自分がいかに小さな世界で生きていたのか、思い知ったよ」

 

いつの間にか和解して友達になった背景には、こんな想いがあったのか。

優等生だからこその苦悩。

それに答えたのが、不良である大和田君という意外性に私は聞き入ってしまった。

 

「フフ、大和田君のことを考えたら”あの時”のように”熱く”なってきだぞ!

彼も”サウナ室”に着いている頃だ。

さあ、”男勝負”と行こうじゃないか!」

 

突如、テンションを上げた石丸君が、そう叫びながら食堂を出ていった。

呆然と彼の後ろ姿を見つめる私。

先ほどから出てくる不穏なキーワードが頭の中を駆け巡る。

 

 

”気持ちのいい男””あの時””熱い””サウナ室””男勝負”

 

 

な、何だこのキーワードは・・・ま、まさか!?

 

刑務所ではよく”それ”が起こると聞いたことがある。

 

この希望ヶ峰学園という監獄の中で憎み合う2人。

だが、本音をぶつけ合い、憎しみはいつしか愛情に変わり、2人はサウナ室で・・・

 

 

 

 

 

        大和田 × 石丸

 

 

 

なんということだ~~~ッ!?

超高校級の”同人作家”山田すら血を吐く事態が今、まさに!?

 

 

 

なんということだ!

私は、ここで”友達”と待ち合わせしていただけなのに!

 

 

 

 

「やあ、黒木さん」

 

「な、苗木君・・・!」

 

声の方を振り返ると

そこには超高校級の”幸運”の持ち主である苗木君が立っていた。

 

「苗木君、大変だ・・・大変だよ~~~ッ!?」

 

「え・・・!?」

 

「大和田君と石丸君がアッー!アッー!ウホッ!ウホッ!」

 

 

私はこの恐るべき事態をありのままに苗木君に告げた。

 

 

「ち、違う・・・それは違うよ!」

 

 

真っ青になりながら、苗木君は学級裁判での名セリフを放つ。

え、私何か間違えたのでしょうか?

 

「黒木さん、落ち着いて!実は昨日、大和田君と石丸君はサウナで・・・」

 

苗木君は昨日の出来事を語る。

喧嘩を始めた二人はサウナの我慢比べで決着をつけることにしたこと。

それの審判を苗木君がしたこと。

決着がつかず、夜時間になったので苗木くんは先に帰ったこと。

そして次の日、あのように仲良くなっていたこと。

 

「・・・だから、黒木さんが心配するようなことないよ、たぶん」

 

苗木君は語る。その瞳に哀れみを浮かべながら。

なんだ・・・勘違いか、え、でも、たぶんて!?

 

「石丸君はきっと嬉しかったんだよ。本音を語れる友達に出会えて」

 

苗木君は石丸君についても教えてくれた。

自分の祖父に対する複雑な感情。

天才というものに対する憎悪に近い感情。

凡人だからこそ、誰よりも努力してきたこと。

 

石丸君は多くのことを苗木君に語ったようだ。

それを語った石丸君の気持ちがよくわかる。

苗木くんには、何か心を開きたくなる・・・そんな不思議な魅力があった。

 

私はあの裁判を通して、彼の強さと優しさの一端を知ることができた。

苗木君は、同い年で私が初めて尊敬することができた人なのだ。

 

その彼を嫉妬から罵倒したネットの馬鹿どもは本当に見る目がない。

 

「いや、アンタも!?」

「お前も散々罵倒してただろ!?」

 

どこからかそんな声が聞こえてきたが、無視だ。

苗木君の横顔を見ると、ちょっとカッコいい。

目が合うと、恥ずかしくて、そらしてしまう。

 

 

苗木君ともっと仲良くなりたい。

 

 

それが嘘偽りなき私の心境だ。

 

「黒木さん・・・これから一緒に2Fの探索に行かない?」

 

「え・・・?」

 

突然の嬉しいお誘い。

まさにサプライズだった。

 

「霧切さんも一緒に探索するんだけど、一緒にどうかな・・・と思って」

 

霧切さん付きかよ・・・。

まあ、でも彼女には助けてもらったし、霧切さんとも話してみたいな・・・。

本当に魅力的なお誘いだ。

 

でも・・・

 

「・・・ごめん。わ、私、今、”友達”を待ってるんだ。だから・・・」

 

「そうか・・・じゃあ、また今度ね」

 

私のその言葉を聞いて、苗木君は嬉しそうに笑いながら、食堂から出て行った。

 

 

そうなのだ!私はここで”親友”と待ち合わせをしているのだ!

 

 

「もこっち~~~」

 

 

どうやら来たようだ。

 

 

「遅れてごめんよぉ~~」

 

 

彼女が遅れたのではない。

私が嬉しくて早く着いただけなのだ。

そう、私の親友は業界で知らぬ者がいない超高校級の”プログラマー”

 

 

 

では、皆さんに私の”親友”を紹介しましょう!

 

 

 

 

私の親友である”ちーちゃん”こと――――

 

 

 

 

          ”不二咲千尋”ちゃんです!!

 

          

 

 

 

 

 




”希望”の物語のはじまり――――




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週刊少年ゼツボウマガジン 前編②

ああ、そうだ。

2Fの部屋についての説明を忘れていたようなのでちょっと紹介しておこう。

今しがた探索を終えたばかりなのだ。ちょうどいいタイミングだし。

 

まず、目を引くのはやはり図書室と書庫だろうか?

様々な文献が揃っており、本当の学校の図書室のようだ。

もしかしたら、文献の中にこの建物の脱出方法が記されているかもしれないと

皆は図書室を中心に探索しているようだ

そんな中、苗木君がある資料を見つけた。

そこには、何と「希望ヶ峰学園に廃校が決定した」ということが書かれていた。

それも学園長の署名付きで、だ。

 

フ、笑止。

お決まりのモノクマの心理攻撃である。

なんとしても私達に不安を与えて次なる学級裁判を始めたいのが丸分かりである。

わざわざ本物の学園長の署名を偽造するとはなんとも小憎たらしい奴だ。

 

次はプールかな。

なんと豪華なことに2Fには室内プールがあるのだ。

正直これには驚いた。

室内プールを常設するなんて、この施設自体がそれなりの規模である証明だ。

私達を監禁している黒幕は、かなりの資産家であることが容易に予想できた。

まあ、モノクマなんてロボットを何台も所有している段階で、

並の犯罪者でないことは分かっていたが、

正直、しょぼい奴であってくれた方が嬉しかった。

ちなみに、プールは現在、朝日奈さんが絶賛使用中だ。

プールを見た時の朝日奈さんの喜びようは凄かった。

「よっしゃー!」とガッツポーズを決めた次の瞬間、

大神さんの手を取り飛び跳ねて喜んだ。

それはまるで水を得た魚のように。

いや、その通りだ。

彼女は超高校級の”スイマー”。

水の中こそ、彼女の本来いるべき場所なのだ。

彼女はすぐさま競技水着に着替えて泳ぎだした。

楽しそうに、そして真剣に。

そのまま何時間も泳ぎ続けた。

まるで今まで泳がなかった時間を取り戻すかのように。

彼女は次のオリンピックのメダルが期待されていた。

そんな彼女にとって、この事件に巻き込まれ、

練習できなかったのはどんなに辛いことだったろう。

私も含めて超高校級のみんなは、それがわかっているために、

彼女が探索そっちのけで泳いでいることを咎めることはしなかった。

 

次は更衣室兼トレーニングルームだ。

更衣室はもちろん男子と女子に分かれている。

トレーニングルールは更衣室の中にあり、

ダンベルやベンチなどが一通り揃っているようだ。

これといった特徴はないのだが、

万が一女子の着替えを覗こうとする不届き者対策として、

女子更衣室の入り口に、マシンガンがセットされている。

 

「マジかよ・・・?」

 

それを見て、葉隠君が息を呑んだ。

お前みたいに、女子の着替え写真を

ネットで売りそうな輩対策としては完璧である。

モノクマはさらに校則に

 

「電子手帳の貸与禁止」

 

を付け加えて、覗き魔対策をより完璧なものとした。

まあ、これに関してはいい仕事をしたな。褒めてつかわす。

 

トレーニングルームは、さっそく大和田君と石丸君が男勝負?として

どちらが重いバーベルを持ち上げられるか勝負を始めたらしい。

仲のよろしいことだ。

人間、変われば変わるものだ。

昔は犬猿だったのに今は、”アッー!”を怪しまれるほど仲がいい。

うん、本当にそういう仲ではないんだよね・・・?

 

女子でトレーニングルームにいるのは、やはり大神さんだ。

先ほども探索で部屋に入った時に、一番重いダンベルを片手に

 

「うぬ・・・軽すぎる」

 

そう呟いていた。いや、さすがは超高校級の”格闘家”です。

 

うん、だいたい2Fの説明はこんなところだろうか。

探索した後に、長々と説明したから、私は少し疲れてしまったようだ。

 

 

だから・・・

 

 

「ねえ、疲れたからちーちゃんの部屋で休憩していいかな?」

 

「え!?」

 

 

突如、両手を彼女の肩に乗せて、そうせがむ私に

ちーちゃんは驚きの声を上げた。

 

「だって疲れた・か・ら~自分の部屋まで歩け・な・い~」

 

「わぁ!」

 

 

そのまま後ろから抱きつき、彼女の肩に顔を乗せる。

顔を近づけると彼女の顔がみるみる赤くなる。

ああ、カワイイ。

 

 

「減るもんじゃないんだしさぁ。ね、ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」

 

「え~で、でもぉ」

 

むりやり家に上がりこもうとする訪問販売業者のような私の口説きに

ちーちゃんは困惑し、顔に汗を流す。

う~ん、あと一押しかな。

 

 

「お願い!”友達”でしょ!」

 

 

私のその言葉にちーちゃんは目を閉じ、考える。

そして、私を見て、にっこり笑った。

 

 

「うん・・・いいよぉ」

 

 

それはまるで夏に咲くひまわりのような笑顔。

 

「よし!やったぁあ!!」

 

私は勢いそのままに、ちーちゃんの頬に自分の頬をつけてスリスリする。

 

「やめてよぉ、もこっち。キャハ、くすぐったいよぉ」

 

ちーちゃんは、顔を赤らめ、恥ずかしそうに笑う。

ああ、なんてカワイイ生物だ。

 

「こちょこちょこちょ」

 

「わぁ!や、やだぁ。ほ、本当にそこはダ、ダメだよぉ。アハ、アハハハ!」

 

脇腹をくすぐってみる。

ちーちゃんは必死に耐えようとしたが、ついに笑い出した。

楽しい。

本当に楽しい。

これだよ、これ!私はこういうのを求めていたのだ!

 

そう・・・美少女同士のスキンシップを!

 

男同士でこれを行えば、ホモぉ・・・と言われかねないが、女の子は違う。

仲のいい女の子なら、それも女子高生ならこれくらいのスキンシップは当然。

そう、私の行為はまさに友達を持つ女子高生の特権なのだよ。

 

さぁ、悔しいかね、全国の男子高校生諸君。

こんなカワイイ女の子とスキンシップがとれなくて。

ねえ・・・どんな気持ち?

男に生まれて、今、どんな気持ちなんですかねぇ・・・?

恨むなら、男に生まれてきた自分を運命を恨みたまえ。

さてと、私は、ちーちゃんの部屋に行くとしようか。

だって、当然ではないか。

 

 

私は、ちーちゃんの”親友”なのだから。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「散らかってて恥ずかしいけどぉ、どうぞゆっくりしてね」

 

 

ちーちゃんの部屋に入る。

散らかっている、などとんでもない。

私の部屋に比べたら、はるかに綺麗だ。

パジャマも脱ぎっぱなしにせずに、しっかりと畳んでいる。

部屋の様子から見ると、毎日掃除を欠かさないのだろう。

物は必要ものだけある、といった感じだ。

それは、まるで彼女の控えめな性格を反映しているかのようだった。

ちーちゃんの部屋は”相変わらず”綺麗だった。

 

私がこの部屋に来るのは今日で2度目となる。

 

「あの時以来だよねぇ」

 

私の様子を察したのか、ちーちゃんが語り始めた。

 

「ボクはねぇ・・・こんなことが起こるなんて夢に思わなかったよぉ」

 

ちーちゃんは私を見つめる。

 

 

「黒木さんを”もこっち”と呼ぶことになるなんて・・・」

 

 

 

そう、全てはあの日に・・・学級裁判の直後から始まった―――

 

 

 

 

 

「ウェエエ…ホゲェェェェエエエエエエ~~~~~~ッ」

 

 

回想の開幕からゲロで申し訳ない。

だが、本当にここから始まるから仕方ないのだ。う、ウゲェェエエエ~~~~ッ!!

 

「ハァハァ…」

 

胃の中のもの全てを吐き出してしまった。

そのためか、変な爽快感が生まれ、頭がスッとした。

顔を上げて、周囲を見る。

クラスメイトのみんなは無言で立ち尽くしていた。

その視線の先は、私ではなかった。

みんなの視線は、そう・・・処刑された桑田君に釘付けとなっていた。

不幸中の幸いとでも言えばいいのだろうか。

おかげで私は”ゲロイン”と指差されることは回避されたのだから。

いや、不幸しかなかった。

彼の処刑を見た結果、私が吐くに至ったのだ。

盛大に吐いたおかげで、今はひどく冷静な気分だ。

恐らく、私は現在、、この場において最も冷静な人間かもしれない。

嬉しくないけどね。

そのためだろう。

 

私は、彼女の異変に気づいた。

 

「あ、ああ・・・」

 

不二咲さんがひどく怯えていた。

変わり果てた桑田君を見つめ、ひどく震えていた。

 

「う、うぁ・・・」

 

いや、それはもはや震えどころではなく、痙攣に近かった。

彼女は桑田君の遺体から目を離さない、のではなかった。

恐怖から、目を離すことができなくなっていたのだ。

不二咲さんの顔は真っ青に染まり、目には涙が溜まっていた。

 

「うぁヒュー、ヒューヒュー」

 

苦しそうに大きく肩で息を吐き始める不二咲さん。

過呼吸が始まった。

目の前の絶望的な現実が不二咲さんを押しつぶそうとしていた。

だが、それに気づく者はいなかった。

みんなは自分のことで精一杯で、

誰も不二咲さんの異変に気づいてはいなかった。

 

そう、私を除いて。

 

(ま、マズイ・・・!)

 

このままここに彼女がいたら危険だ。

それに気づいているのは、私だけだった。

だからなのだろうか。身体がとっさに動いた。

 

「ふ、不二咲さん。こ、ここから出よう」

 

「え、く、黒木さん・・・?」

 

彼女の肩を手を置き、私はエレベーターに向かって歩き出す。

不二咲さんは困惑しながらも、私に身を預ける。

私達はエレベーターに向かう。

 

だが、それを呼び止める者がいた――ー

 

「ちょっと待って、もこっち!」

 

桑田君を処刑した殺人鬼モノクマが私を後ろから呼び止めた。

なんのつもりなのだろうか?

一体どんな理由で私を呼び止めて・・・

 

「帰るなら、この臭くて汚いゲロを掃除してからにしてよ~」

 

モップを片手に持ち、三角巾とマスクで完全防備したモノクマが

私のゲロをさも汚そうに指差した。

 

(うるせーぞ、クマ吉がぁ!誰のせいで吐いたと思ってんだ!テメーが片付けとけや!)

 

心の中でモノクマを罵倒しながら、振り返ることなく、私はエレベーターに乗り込んだ。

私だってこんな場所に一秒だっていたくないのだ。

1Fに戻った私は、とりあえず不二咲さんを彼女の部屋に運んだ。

私の部屋に、とも考えたが、やはり自分の部屋の方が落ち着くだろう。

しかし、うわぁ、初めて不二咲さんの部屋に入ったよ、なんかドキドキするな。

 

 

「・・・ろし・・・た」

 

「・・・?」

 

ベットに座らせた不二咲さんが何か呟いた。

彼女は相変わらず震えていた。

何か声をかけようと私が近づいたときだった。

 

彼女は顔を手で押さえ、立ち上がって叫んだ。

 

 

ボクは・・・桑田君を殺してしまったぁああ――――

 

 

その言葉とともに彼女の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

彼女の言葉を前に、私は立ちすくんだ。

それは紛れもなき、真実だった。

 

そうだ・・・。

私達は・・・私は、桑田君を殺したんだ。

 

モノクマを操る黒幕によって強制された裁判の体裁をとったゼロサムゲーム。

参加する代価は私達の命。

その裁判において、舞園さんを殺した桑田君は、生き残るためにクロとなった。

私達も自分の命を守るために裁判で彼の犯行を論破し、犯人である桑田君に投票した。

 

その結果・・・私達は生き残り、彼は処刑された。

 

結果として彼を殺したのは、私達だ。

それは紛れもない事実。

桑田君のことは・・・このへばりつくような罪悪感は、きっと一生私の心に残るだろう。

だけど、だけど仕方なかったのだ!

投票しなければ、死んでいたのは私達だった。

あれ以外に選択肢はなかった。

そう割り切るしかないのだ。

 

 

だけど―――

 

 

「殺してしまった・・・!ボクは、生き残るために桑田君を殺してしまったぁああ!」

 

 

不二咲さんは、大粒の涙を流し、泣き続けた。

それを見た私の胸が張り裂けそうになるくらい悲しそうな顔で。

きっと、彼女は本当に、本当に優しい人なのだろう。

だから、私のように”割り切る”ことができなかったのだ。

その小さい身体で全て受け止めてしまったのだ。

 

桑田君の死を。私達の罪を。

 

「ち、違う・・・!それは違うよ、不二咲さん!

君は悪くない!私達は・・・悪くないんだ!

だって、仕方なかったから・・・

全部、全部、モノクマが悪いんだ!全部アイツのせいなんだ!」

 

私は咄嗟に反論した。

彼女の様子を見て。彼女の言葉を聞いて。

言わずにはいられなかったのだ。

 

全ては奴のせいだ!

私がここから出られないのはモノクマが悪い!

 

「ボクは弱いから・・・。

どうしようもなく弱虫だから・・・うう・・・ごめんなさい・・・桑田君、ごめんなさい」

 

 

だが、私の言葉は彼女には届かなかった。

瞼を閉じ、身体を震わしながら、不二咲さんは懺悔を続けるだけだった。

届かない。

私の言葉は、ほんの少しも彼女の心を慰めることはできなかった。

 

「・・・まだ、こんなことが・・・続くのぉ?」

 

顔を上げ、私を見つめる彼女の瞳は空ろだった。

私は絶句した。

 

彼女の瞳には”希望”が欠片もなかったから。

 

「もう・・・嫌だ・・・よ。誰かが・・・死ぬのは。

嫌だよ・・・・また、誰かを殺すのは・・・!

うう・・・助けてぇ・・・お願いだから・・・うぅ・・・誰か」

 

彼女の瞳に、みるみると”絶望”が広がっていく。

 

 

「こ、ここから出るには、クラスメイトの誰かを・・・殺さなくてはならない。

ボクは・・・ボクには、そんなことできない・・・!

も、もしかしたら・・・今度殺されるのは・・・ボ、ボクかもしれない・・・うぅ、嫌だよぉ」

 

 

あの時の舞園さんのように不二咲さんの瞳が絶望に犯されていく・・・!

 

「ク、クラスメイトの誰かを殺すくらいなら・・・。

クラスメイトの誰かに・・・殺される・・・くらいなら・・・ボ、ボクは、いっそのこと・・・死ん――」

 

 

死んでしまおう―――

 

そういうつもりだったのかもしれない。

彼女がそう叫ぶ前に。

彼女がその言葉を言ってしまう前に―――

 

 

「だ、大丈夫だよ・・・!大丈夫だよ、不二咲さん!」

 

 

とっさに・・・彼女の手を握り、私は叫んだ。

ああ、分かっているとも。

引っ込み思案な私にこんな行動は向かないことくらい。

だけど・・・だけどもう見てはいられなかったのだ。

 

それは、川で溺れている子供を見た時のように。

たとえ、泳げないのに

無我夢中で子供を助けるために川に飛ぶ込むように。

まるでそんな心境で私は動いていた。

これ以上、見てはいられなかった。

 

彼女の苦痛な姿を。彼女の絶望を。

 

「も、もうこんなことは起きないよ!

クラスのみんなは殺し合いなんてしない!も、もう、誰も死なないよ!」

 

「う、嘘だ・・・!き、きっとまた起きるよぉ・・・

そ、その時は、ま、またボクは誰かのことを・・・もしかしたら・・・・今度はボクが・・・うぅ」

 

「け、警察の人達が、きっともうすぐ助けに来てくれるよ!だから――」

 

「・・・こないよ!だ、誰も助けになんて・・・来ないよぉぉ!」

 

だけど・・・届かない。

私の言葉はほんの少しも不二咲さんの心に届かなかった。

私の言葉に、真実が・・・1つもないから。

ただ都合のいい言葉に過ぎないから。

それはただの希望的観測。偽物の希望。

私の言葉は、不二咲さんの絶望の前にまったくの無力だった。

 

震える不二咲さんの姿は、あの時の私と重なって見えた。

舞園さんが殺されたショックで怯え、泣きそうになっていたあの時と。

 

 

あの時の暖かい感触と

意味不明だが優しかったピンク頭の彼女の笑顔が脳裏を過ぎった瞬間―――

 

 

 

 

   私は不二咲さんを抱きしめていた。

 

 

 

 

「え・・・!く、黒木さん!?」

 

不二咲さんは驚きの声を上げた。

それでも私は彼女を抱きしめ続けた。決して、離すことはなかった。

 

「・・・守るから」

 

「え・・・?」

 

 

   「不二咲さんは・・・私が守るから!!」

 

 

それは偽りの言葉だった。

それは借り物の言葉だった。

だけど、あの時、彼女はそう言ってくれたんだ。

 

盾子ちゃんは・・・私を抱きしめながらそう言ってくれたんだ。

 

 

 もこっち、心配しないで…。

 もこっちは死なないよ…だから心配しないで。もこっちは…私が守ってあげるから。

 

 

盾子ちゃんは・・・私の親友は、震える私にそう言ってくれた。

出会ってからずっと悪ふざけを仕掛けてきたあのピンク頭は

あの時、ほんの一瞬だけ真剣になった。

そのすぐ後に、盾子ちゃんは、その言葉を守るかのように、

私を庇い、モノクマが放った槍に貫かれて死んでしまった。

 

「不二咲さん・・・大丈夫だよ!

警察の人が、もうすぐきっと助けにきてくれるから!

みんな、もう殺し合いなんてしないよ。

君は死なない・・・!

私が死なせはしない!だから・・・だから安心して!」

 

 

あの時、私を抱きしめてくれたあの時。

盾子ちゃんは、たぶん何も考えていなかったのだと思う。

私を守る手段なんて何も考えていなかったと思う。

自分の言葉に何の保障も確証もなかったはずだ。

 

「大丈夫だよ・・・!君は私が守るから!絶対に・・・守るから」

 

でも・・・私は嬉しかった。

その言葉に何の保障がなくとも。

たとえ嘘であっても。

 

盾子ちゃんが私を心配してくれたことに。

私を・・・抱きしめてくれたことに。

 

 

この閉ざされた絶望の世界で、自分を心配してくれる人がいる。

自分を思ってくれる友達がいる。

 

 

それがどんなに嬉しいことか・・・

それがどんなに”希望”となるかを私は知っている。

あの暖かな感触を私は知っている。

 

だから・・・だから―――

 

 

 「君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!」

 

 

届け!私の思い―――

 

 

私は不二咲さんを抱きしめながら、ありったけの声で叫んだ。

 

 

「・・・う、うぅ・・・黒木・・・さん」

 

彼女の震えが和らいでいくのを感じる。

 

 

「あ、あり・・・がとう。うぅ・・・ありがとおぉ」

 

 

彼女の大きな瞳から涙が止め処なく溢れる。

だけどそれはとても綺麗で・・・。

 

彼女の瞳に、本来あるべき美しい光が戻っていた。

 

 

それから彼女はベッドに座り、自分の過去を語り始めた。

病弱で小学校にあまり通えなかったこと。

その時に父親の書斎でプログラムの本を手に取ったことが、

”天才プログラマー”不二咲千尋の始まりとなった。

瞬く間に、既存のプログラム言語を全て習得した彼女の向上心は

留まることをしらなかった。

ついには、父親のやりかけの仕事に手を出して、

一晩で完成させてしまった。それも完璧に。

翌日、怒られると半泣きで身構えていた彼女を待っていたのは、

父からの絶賛だった。

彼女の父親も専門誌に執筆を度々依頼されるほど著名なプログラマーだった。

彼女の才能は、実の父親によって、世に知らされることになった。

彼女の父親は成功へ道を舗装し、彼女は着実に歩み続けた。

中学生にして、プロジェクトマネージャー。

自動応答プログラムに特化した新言語の開発。

ITの専門誌に彼女が載らない号はなかった。

 

だが、その成功は結果として、彼女を学校からさらに遠ざけることになった。

出席日数こそ、特別免除されたものの、

中学生活のほとんどを企業の研究室で過ごすこととなった。

稀に登校することがあっても、クラスメイトにとって

”超中学級”の彼女はあまりにも遠い存在だったのは想像に難くない。

 

「・・・だからね。ボクはとても驚いたんだ。

初めてだったんだぁ・・・こんなこと。クラスメイトの誰かに心配されるなんて」

 

過去を語る彼女の声は、とても落ち着いていた。

だけど、その声はどこか悲しそうで・・・。

 

「ボクは学校で友達を作ることができなかったから・・・だから・・・」

 

寂しい・・・寂しい笑顔だった。

 

「・・・でも、それは全部、昔の話だよね?」

 

私は立ち上がり、”ヤレヤレ”といった感じで手を広げた。

 

「と、友達がいなかったのは、1秒前のことでしょ、不二咲さん?だって・・・」

 

 

 

     だって、私がいるじゃん・・・!

 

 

「え?」

 

グッと親指を立てて、快心の笑みを浮かべる私に対して、

不二咲さんは、キョトンとして顔で首をかしげた。

 

 

(うぅ・・・うぁああああああおおおおおおおおおおおおおお)

 

 

外した・・・!

外してしまった!

な、なんで失敗したんだ!?

完璧な流れだったじゃん!

漫画やアニメだったら、もう間違いなく名シーンだったのに。

ああ、恥ずかしい・・・!恥ずかしすぎる!

テンプレをミスるってこんなに恥ずかしいのか!

ウゥ・・・逃げ出した。

彼女の前から消えてしまいたい。

 

・・・だがダメだ!

私は誓ったのだ。彼女のことを守ると。

守るからには、常に彼女の傍にいなければならない。

いつも一緒にいなければならない。

 

いつも傍にいる・・・

 

 

     

     それって”友達”じゃない?

 

 

 

だから―――

 

 

「あ、あの、そ、その・・・これを機会に・・・あの、その・・・」

 

緊張で顔が真っ赤になっているのを感じる。

心臓が凄い勢いで高鳴っている。

 

自分からこれを言うのは人生ではじめてだ。

 

怖い。

だが、言うのだ。言え!言ってしまえ!

初めてだけど、自分から言うのだ。

 

 

 

 

   「わ、私と、”友達”になってください~~~~ッ!!」

 

 

 

 

私はまるで男性が交際を申し込むかのように、頭を下げて、彼女に向けて手を伸ばした。

 

「え・・・?」

 

彼女の戸惑う声が聞こえる。

当然だろう。こんな展開なのだから。

 

「あ、あの・・・いいの?ボクなんかが友達・・・なんて」

 

いやいや是非!是非お願いします!

むしろ世間からみたら、

 

「立場が逆だろう!?」

 

と一斉にツッコミが入る状況だろう。

 

それから、しばらく彼女は沈黙した。

まるで、まるで数秒が数時間にも感じる。

止まったかのように凍てつく刻。

 

私の手が暖かな感触に包まれた瞬間、刻は再び動き出した。

 

 

「ありがとう・・・黒木さん!」

 

 

恐る恐る顔を上げる私に、彼女はそう言って微笑んだ。

 

 

想いは伝わった―――

 

 

「あ、あの、そ、その・・・これからよろしくね、黒木さん」

 

恥ずかしそうに、はにかむ彼女は最高にカワイイ!

 

「ノンノン!それは違うよ、不二咲さん」

 

嬉しすぎて有頂天になった私は、つい調子に乗ってしまった。

 

「もこっち、とあだ名で呼んでくれたまえ。

私の友達はみんな私をそう呼んでいるから」

 

「え・・・もこっち?」

 

「うん、智子っちの略で、もこっち」

 

驚く不二咲さんに、あだ名の由来を説明する。

本当は、”智子ちゃん”と呼ばれたかったのだが、まあいいや。

ピンク頭のアイツの顔が頭を過ぎる。

 

「じゃ、じゃあ・・・」

 

不二咲さんは、恥ずかしそうにもじもじするも意を決す。

 

「も、もこっち・・・」

 

「え?なんだって?」

 

「もこっち・・・!」

 

「もっと大きな声で!」

 

「もこっち!」

 

「わぁーカ・ワ・イ・イ~~」

 

”ハァハァ”と恥ずかしさで肩で息する不二咲さんは、最高に可愛かった。

まるでメルヘンの国にいる小動物みたいだ。

息を整えた不二咲さんは私を見つめる。

何かを言おうとして、口を開けるも、躊躇して、下を向く。

そして、再び顔を上げ、意を決したように真っ直ぐな瞳で私を見る。

 

「もこっち」

 

「うん?」

 

「あの、その・・・今日は、本当に・・・本当に―――」

 

 

 

     ありがとう!

 

 

 

(あ・・・)

 

違う・・・違うよ、不二咲さん。

彼女の笑顔の前に、その言葉を前に、私は気づいた。気づいてしまった。

違う・・・違うんだ。

逆だよ。本当は逆なんだ。

私なんだ。

お礼を言うのは私の方なんだ。

舞園さんが殺されて・・・桑田君が処刑されて・・・。

怯えていたのは、私なんだ。

震えていたのは、私なんだ。

この最低最悪の今日という日に絶望していたのは私の方だったんだ。

希望を失いかけていたのは、私だよ。

 

だからね・・・ありがとう、不二咲さん。

 

今日という最悪で最低の日の最後に、出会ってくれてありがとう。

 

私と友達になってくれてありがとう。

 

私に笑顔をくれてありがとう。

     

 

 

       私に・・・”希望”をありがとう

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「でさぁ~大学生の彼氏が首筋にキスした後に、

エッチしよう!エッチしよう!としつこくってさあ~

私は”ダーメ。エッチは卒業までお預けだよ”って・・・」

 

「ワーワー!」

 

私の恋愛体験(大嘘)を前に、ちーちゃんは顔を赤らめ、耳を塞ぐ。

その行動から、本当にそういう経験は疎いのだというのがわかる。

 

(ウヒヒ、カワイイ奴め)

 

ちーちゃんの穢れのなさに、従兄弟のきーちゃんとのやりとりを思い出す。

彼女も私の嘘を信じ、子犬のような目で私を慕っていたのだが、

あの”彼氏候補土下座事件”から、汚物を見る目に変貌し、

駄菓子屋で小学生にカードゲームで勝った後に、なぜか捨て犬を見る慈愛の瞳となっていた。

それ以来、二度とできないと思っていた

恋愛自慢をまさかちーちゃんに披露できるとは・・・人生など何が起こるかわからないものである。

 

不二咲さんを”ちーちゃん”と呼ぶのにそう時間はかからなかった。

 

「ボクも黒木さんをもこっちと呼ぶから、おあいこだよねぇ」

 

ちーちゃんはそう言ってにっこり微笑んでくれた。

うん、本当に可愛くていい子だ。

彼女は仕事のために、学校で友達を作ることができなかったそうだ。

ならば、彼氏もまだだと睨んでいたが、この反応を見れば間違いない。

うん・・・女として私の方が経験(ゲーム、漫画、ドラマ、ネット)が上だ。

いろいろ、彼女をリードしていかなくては。

 

「もこっちは、大人なんだね」

 

顔を赤らめ、もじもじするちーちゃん。

ウヒヒ、カワイイな。

うん、久しぶりだな、この”主導権”が握れる関係というのは。

ゆうちゃんとは、完全に対等という感じだ。

盾子ちゃんに至っては、首に縄をつけられて、バイクで引きづられるような関係だった。

だからこんな関係は新鮮だった。

なにかお姉ちゃんになった気分だ。

ふと、智貴の馬鹿のことが頭に浮かんだ。

アイツ、元気にやってるだろうか。

 

「ところで、もこっち、そのバックは何?」

「あ、ああ!これね!」

 

ちーちゃんに言われるまで、私はバックの存在を失念していた。

このバックは1F倉庫室にあったバックだ。

あそこには、他にもジャージなどの日常品が置かれている。

そうそう、これをちーちゃんの渡そうと思っていたのだった。

 

「ジャジャーン!はい!ちーちゃんにプレゼントです!」

「え、そ、それは・・・!」

 

バックから取り出したのは、1台のノートパソコンだった。

 

「実はね・・・これ、私の部屋に備え付けられてたんだ(大嘘)」

 

大嘘である。

実は、これは図書室にあったものだ。

図書室には2台のノートパソコンがあった。

誰よりも早くそれに気づいた私は、”スゥー”とPCをバックに入れた。

 

(まあ、2台あるから・・・ま、多少はね?)

 

正直、PCには何か面白いゲームでも入っていることを期待していた。

だが、入っていたのは、マイン○イーパーのみ。

爆弾が爆発する度に欝になってきて、PCは早くも無用の長物と化した。

つまり、私には不要ということだ。

ならば、超高校級の”プログラマー”であるちーちゃんにあげた方がいい。

そう考え、ここに持ってきたのだ。

OSはVIN7。

少し、古いが、8に比べればずっと使いやすいと私は思う。

 

「うぁ~~スゴイよ・・・このPCかなりハイスペックだよぉ!」

 

PCを起動させて、ちーちゃんは、興奮しながらそう言った。

すごい勢いでいろいろ調べているようだ。

ブラインドタッチが速すぎる・・・さすがは超高校級のプログラマー。

 

「これなら・・・”アレ”が作れるかもしれない・・・」

「ん・・・?」

 

ちーちゃんが何かを呟いたが、上手く聞き取れなかった。

 

「ありがとう、もこっち!ボク、本当に嬉しいよぉ!」

 

ちーちゃんは、私の手を握り、感謝を口にした。

よほど嬉しかったようだ。

その笑顔を見て、私も嬉しくなり、そして我慢できなくなった。

 

「ちーちゃんが喜んでくれて、私も嬉しいよぉおお~~~!!」

 

「え・・・!?」

 

私はちーちゃんの手を引き込み、そのまま抱きついた。

 

「ちょ、ちょっと、もこっち!?わ、わぁ~」

 

スリスリと頬を重ね合わせるとちーちゃんは、顔を真っ赤にして叫んだ。

本当にカワイイな、ただの女の子同士のスキンシップではないか。

何を恥ずかしがることがあるのだろうか?

 

(さてと・・・おしりの方はどんな感触かな?)

 

スゥーと後ろに回っていた手がちーちゃんのおしりに向かって少しずつ下降していく。

昔、ゆうちゃんとお化け屋敷に入った時、

あの巨乳の感触を確かめようとしたが、失敗したのを思い出した。

ちーちゃんは、いわゆる貧乳だから、胸の感触は期待できない。

ならば・・・というわけだ。

 

「おい、そこのおっさん!やめろ!」

「女子高生の思考じゃねーぞ!?」

「氏ね!死ねぇええええええええええいいいい」

 

彼女のファンの男性達の怨嗟の声が聞こえる気がする。

だが、一体何が悪いというのだ。

私達は女の子同士。

軽いスキンシップなのだよHAHAHAHAHAHAHA。

 

「もこっち、やめてよぉ!」

 

「う・・・ッ!」

 

手がおしりに触れる瞬間、ちーちゃんにドンと少し強く押された。

 

「もう・・・もこっちったら」

 

「ウヒヒ、ごめん、ごめん」

 

恥ずかしさで赤くなった顔を手で隠すちーちゃんに私は心無き謝罪を口にする。

 

(まあ、今回は失敗したが、次回は、ね!)

 

チャンスはいくらでもある・・・!そう新たな誓いを立てるのだった。

 

(しかし、慣れはきたが、あの不二咲千尋が私の友達なんだよね)

 

改めて、ちーちゃんを見つめる。

高校生に限定するなら、数多の超高校級達の中でも”不動の3人”がいる。

 

超高校級の”アイドル”舞園さやか

超高校級の”ギャル”江ノ島盾子

 

そして超高校級の”プログラマー”不二咲千尋

 

彼女は、アイドルではなかったが、理工系の男子達にカルトな人気を誇っていた。

そういえば、智貴の野郎も、ちーちゃんの隠れファンだったな。

雑誌の切り抜きを集めているのを見たことがある。

 

(フヒヒ、智貴め、私がちーちゃんの親友だと知ったら、どんな顔をするだろうか?)

 

「え、智貴って・・・?」

 

「え、ああ、私の弟のことだよ」

 

どうやら、独り言がちーちゃんに聞こえてしまったよだ。

 

「もこっちに弟がいたんだ・・・どんな感じなの?」

 

「うーん、そうだね。イケ面(笑)ぶってるよ。あと私と同じように目にくまがあるよ」

 

「え・・・本当!?見てみたい!」

 

「え、じゃあ、うちに来てみる?遊ぼうよ!」

 

智貴の野郎の話からトントン拍子に進み、自然にちーちゃんを家に誘う流れとなってしまった。

 

「え、本当に!?本当にもこっちの家に行っていいの?」

 

ちーちゃんも乗り気のようだ。

瞳を宝石のように輝かせ、私の話に食いついてくる。

まさかこんなことになるとは思わなかった。

ここを脱出した後のことなんか、最近考えもしなかったな。

せいぜい舞園さん達の墓参りくらいしかないと、欝になっていたくらいだ。

ここから出られたら、

 

友達と遊ぶ。

 

ただそんなありふれた日常が待っているんだ。

うん、でも困ったぞ。

ちーちゃんみたいなカワイイ小動物が私の部屋にいることに私は我慢できるだろうか。

このカワイイ生き物を独占したい、という欲望に打ち勝つことができるだろうか。

 

ちーちゃん。

私の家には”レモンティー”しかないけど、いいかな?

 

”サー”とスティックからレモンティーの粉が出る映像が頭を過ぎった。

嫌だな。ただのレモンティーですって。そう・・・ただの、ね。

 

「もこっち、本当に、本当だよぉ!」

 

友達と遊ぶことがよほど嬉しいのだろうか。

何度も念を押してくるちーちゃんに、私は最高の笑顔で答える。

 

 

 

 

  「うん、絶対遊ぼう!約束だよ!」

 

 

 

 

「うん・・・!楽しみにしてるよぉ!」

 

ちーちゃんの笑顔はまるで夏に咲き誇るヒマワリのようだった。

ちーちゃんは友達の中でも、特別な存在だ。

 

なんたって、私がはじめて自分から作った友達なのだ。

 

警察がいつ助けに来てくれるかわからない。

モノクマの奴が今度は何を仕掛けてくるか検討もつかない。

だけど、私は、ちーちゃんの笑顔を・・・。

このヒマワリのような笑顔を親友として守っていきたい!

 

 

   ちーちゃんは私にとっての”希望”なのだから。

 

 

そんなことを考える私は以前と比べて、やはり変わったと思う。

だが、そんな自分を嫌いではなかった。

 

 

(ありがとう・・・盾子ちゃん)

 

 

脳裏の中の青空に、

”テヘペロ”とピースするピンク頭の親友の笑顔が見えた。

 

 

 




残姉の優しさはもこっちを希望の道へ誘い、
ちーちゃんを絶望から救う。

希望の物語は続く―――


<あとがき>

描いている途中でかなり感情的にきつくなりました。



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週刊少年ゼツボウマガジン 前編③

「ちーちゃん、何か見つけた~?」

「ううん、この本には何も書かれてないみたいだよぉ」

「だよね~」

 

 

私達は現在、2Fの図書室にいる。

2Fが開放されてから、大体毎日2時間ほどここで脱出に関する資料を探している。

図書室は広く本や資料はあらゆるジャンルが網羅されているので、なかなか骨が折れる。

ここはまるで本物の希望ヶ峰学園の図書館ではないのか?そう錯覚させるほど本格的だった。

私達が最も欲しい資料は勿論、学園の詳細な図面。

もっと正確にいえば”隠し通路”が載っている図面だ。

モノクマがどこからでも現れるのは、あちらこちらに収納口があるからだ。

ならば、黒幕本人が出入りする秘密の通路の一つや二つあっても不思議ではない。

この推理はあながち間違ってはいないはずだ。

でも、もし私が黒幕ならば、そんな大事な図面をこんな場所に置かないけどね・・・。

半ば、諦めながらも、暇つぶしも兼ねてダラダラと資料を探している時だった。

 

「きゃあ~!」

 

熱心に資料を探していたちーちゃんが突如悲鳴上げた。

 

「え、な、何!?ど、どうしたの、ちーちゃ・・・ヒィッ!?」

 

ちーちゃんの傍に駆け寄った私もそれを見て呻き声を上げた。

彼女の開いたファイルには死体の写真が載っていた。それも複数。

その死体は人目で惨殺されたとわかった。

 

被害者は全員”男性”のようだ。

”ハサミ”で手足を磔にされてた。

壁には、被害者の血で”チミドロフィーバー”と書かれている。

 

「うわぁ・・・」

「こ、怖いよぉ・・・」

 

震えながらもページを進める。

怖さよりもその死体の特異性に心を奪われてしまった。

 

「ジェノサイダー翔だな」

 

突然の声にビクリとして、その声の方を振り向く。

そこには一人のクラスメイトが優雅さを漂わせながら立っていた。

その容姿からは気品と圧倒的な財力を連想させた。

その出自はまさに超高校級。

十神財閥次期後継者。

 

超高校級の”御曹司”十神白夜が私達を見下ろしていた。

 

「悲鳴を聞いて何かときてみれば、

なかなか面白いものを引き当てたじゃないか」

 

そう言って、十神君は、ククク、と肩を揺らす。

彼特有の乾いた笑み。

それは、自分以外の他者全てに対する嘲りのように感じられた。

 

「ジェノサイダー翔・・・?」

 

私はオドオドとしながら、彼の言葉を問い返す。

私はどちらかと言えば、傲慢な彼が苦手だった。

 

「フ、イモ虫ごときが、この俺に問うか・・・まあいい」

 

十神は私を見て鼻で笑った。

嫌いだ!私はコイツが大嫌いだ!

 

「被害者は全員男性。凶器はハサミを使用。ハサミで被害者を磔。

現場には”チミドロフィーバー”の血文字。間違いなく奴の犯行だ」

 

「で、でも、そんなことはテレビでも新聞でも報道されていなかったよぉ」

 

ちーちゃんの言葉に私も頷く。

確かにそうだ。

ジェノサイダー翔が関与されたとされる事件はテレビや新聞で度々報道されているが、

十神の話の内容は聞いたことがない。

 

「報道されていないのは当然だ。これは警視庁の機密事項だからな」

 

だが、十神は私達の困惑を鼻で笑った。

 

「我が十神財閥は世界経済に対して巨大な影響力を持つ。

その権力と特権は経済を超え、政治をはじめあらゆる分野に及ぶ。

もちろん、警察も例外ではない。

俺の部屋のPCから警視庁のデータベースに直接アクセスすることができる。

その時に見た資料と今、あるこの資料は完全に一致している」

 

民主主義国家の根底を揺るがす事実を当たり前のように口にする十神。

これを普通のクラスメイトが言うなら

 

「ハイハイ、そういうギャグいらないから」

 

で済むが、彼ならば話は違う。きっと真実なのだろう。

なぜならば、彼はあの十神白夜なのだから。

 

「ククク、黒幕とやらなかなかに面白いものを集めているではないか。

これなど世間に公表すれば、ブラザーマンショックを超える恐慌が起きるぞ」

 

愉快そうに資料を眺めていた十神の笑みが止まる。

 

「・・・やはり、殺すしかないな。

まあ、この俺をこんなところに閉じ込めた時点で、奴の凄惨な最後は確定事項だがな」

 

ゾクリとした。

それは凍てつくほどに。

冷たい・・・冷たい瞳だった。

 

「ああ、そうだ。いい機会なのでついでに言っておくか」

 

資料を置いた十神は、こちらに向かって歩を進め、ちーちゃんの前で止まる。

 

「十神の名において宣言する。不二咲千尋・・・」

「え・・・?」

 

 

 

 

 

貴様は、俺のものになれ―――

 

 

 

 

 

 

(え、えぇええええ~~~~~~~ッ!!)

 

十神白夜の突然のプロポーズに私は心の中で絶叫した。

な、なんという俺様キャラの告白。

それが様になっているから恐るべし!十神白夜!

さすがは世界十指と称される十神財閥の後継者である。

 

「言っておくが、貴様に拒否権はないぞ。俺は欲しいものは必ず手にいれるからな」

 

お、おお~~これも凄いセリフだ。

こんなセリフは乙女ゲーですら聞いたことがないや。

私の方が顔が赤くなり、頭がクラクラしてきた。

 

「お前が十神財閥と専属契約した暁には、

傘下のIT企業の重役の椅子をはじめ、貴様が望む環境全てを提供することを約束しよう」

 

(そっちかよ~~~~~~ッ!!)

 

私は心の中で盛大にズッこけた。

十神白夜は、ちーちゃんではなく、ちーちゃんの”プログラマー”の才能が欲しかったのか。

なんだよ、驚かせやがって。

 

「え、で、でも・・・」

 

十神のプロポーズ・・・ではなく、スカウトにちーちゃんは困惑しているようだった。

 

「あ、あの・・・ボ、ボクは、今まで応援してくれたスポンサーさんもいるし。

できれば、今の環境で研究を完成させたいんだ。だから・・・ご、ごめんなさい」

 

オドオドしながら、ちーちゃんは十神君から視線を逸らした。

 

「ククク、それは貴様の”意志”か?不二咲千尋。

いや・・・そもそも、貴様に意志など本当にあるのかな」

 

「え・・・!?」

 

十神の挑発めいた言葉にちーちゃんは表情を変える。

 

「貴様の経歴を少しばかり調べさせてもらった。

父親の手に導かれ、着実に才能を開花させ、成功を収めた。

なるほど、なかなかの美談じゃないか。

だが、それのどこに貴様の意志があるのだ?」

 

「う・・・うぁ」

 

十神白夜の冷徹な指摘にちーちゃんは息を詰まらせる。

 

「意志とは、ただ一人、何を敵に回しても成し遂げようとする覚悟の結晶だ。

たとえ、敵が血を分けた親しい者達であろうともだ。

貴様にはそれがあるとでもいうのか?」

 

見下している。

十神白夜は、その意志を持たぬちーちゃんを明確に見下していた。

 

「逆らいたいなら好きにするがいい。意志を見せてみろ。

だが、貴様がどこに行こうとも、その企業ごと買収してやる。

貴様は必ず俺の物にする。十神の名にかけてな!」

 

「・・・。」

 

ちーちゃんは答えることができなかった。

ただ下を向き、小さく震えているだけだった。

 

「ククク、安心しろ。悪いようにはしない。

俺は貴様の才能を高く評価している。

貴様は間違いなく天才だ。

これからのIT産業は貴様を中心に回っていくことになるだろう。

駒に意志は必要ない。

せいぜい、俺の下で励めよ。ククク、クハハハ」

 

ちーちゃんを見下ろし、十神白夜は肩を震わし笑う。

 

「ち、ちーちゃん、だ、大丈夫?」

 

ちーちゃんの顔は青ざめていた。

当たり前だ。

こんな嫌な奴にあんなことを言われたのなら、私だって最悪の気分だ。

ああ、私だって嫌だ。

友達がこんなことを言われ、笑われるのは。

 

十神白夜を見る。

まるで傲慢が服を着て歩いているような奴だ。

どんな教育を受けたのだ。一体何様のつもりだろう

 

 

(お前だって・・・十神家に生まれただけのくせに)

 

 

そんな侮蔑をこめて、一瞬だけ十神を睨んだ。

 

その時だった―――

 

 

「運よく十神家に生まれただけのボンボン。

貴様・・・今、そんなことを思っていただろう?」

 

 

ギクリとした。

そこまで強くは言っていないが、だいたい合ってる。

なぜ、バレたのだ!?

 

「ククク、図星のようだな」

 

十神は驚愕する私を見て、冷笑する。

 

「ちなみに俺は10万の資金を国内株をはじめ、海外株、FXで3年で400億ほどにした。

言うなれば、超高校級の”トレーダー”でもあるわけだ」

 

(4、400億・・・!?)

 

その数字に度肝を抜かされた。

コイツ・・個人の実力でもそんなにスゴイの・・・?

 

「貴様ら平民の考えることなどお見通しだ。

どいつも同じことを考える。

自分も十神家に生まれさえすれば・・・そんな目をしながらな」

 

十神白夜の雰囲気が変わる。

その瞳には明確な怒りの感情があった。

 

 

「もう一度、その目を俺に向けてみろ。

貴様をこの世界から跡形もなく消してやる・・・!」

 

 

その瞬間、私と十神の立ち位置が変わる。

身長差などではなかった。

十神は、遥か高みから私を見下ろしている。

まるで玉座から臣下を見下ろしているかのように。

その冷徹な瞳を見ると、

即座に地に平伏し、許しを請いたい衝動に駆られる。

それは、モノクマの”悪意”に似ていた。

そう、それは支配者となることを宿命づけられた者のみが持つ

冷徹な帝王の眼差し。

 

「い、行こう!ちーちゃん」

 

この場にいることに耐えられなくなった私は、

ちーちゃんの手を引き、図書館を出ようとする。

 

「待て、まだ聞きたいことがある」

 

だが、十神は許してくれない。

一体何だ?何を聞きたいというのだ!?

 

「図書室に2台あったPCの内の1台がなくなっている。貴様ら知らないか?」

 

 

ギクリ―――

 

心臓が止まりそうになった。

犯人知ってます。私です。

 

「え、それって・・・」

「あわ、あわあわわわわ~~」

 

ちーちゃんの口から真実が出るのを手で物理的に防いだ。

十神白夜が疑いの眼差しでこちらを見ている。

 

「えーと、あ、思い出した。確か葉隠君が、

”なかなかいいPCだべ”とかいいながら、この辺りをうろついていたような」

 

「奴か―――」

 

その名を聞いた瞬間、十神は勢いよく、図書室を出ていった。

悪い意味で圧倒的な信頼感である。

十神が戻ってくる前に、私達は図書室を脱出した。

 

この時、私の心の中に、葉隠君に対する罪悪感は欠片もなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の部屋へ戻る帰りの廊下を私達はトボトボと歩く。

十神白夜のインパクトはあまりにも大きかった。

それは呼称が”十神君”から”十神白夜”に変わるほどに。

 

まさかあれほど傲慢な奴だとは・・・。

ショックを受けたのは私だけではない。

ちーちゃんは青ざめたままだった。

あんな奴に自分の未来を決められようとしているのだから、

この落ち込みはむしろ当然と言えよう。

意志がない、と奴にそう言われた時から

ちーちゃんはずっとこの表情を続けている。

 

なんとか私がちーちゃんを元気づけなくては・・・!

 

そう決心し、私が声をかけようとしたまさにその時。

最悪のタイミングでヤツが現れた。

 

 

「ガァォオオオオ~~~!!」

 

 

「ヒ・・・ッ!?」

「きゃあ!?」

 

突如、床が開き、熊が飛び出してきた。

いや、ソイツは熊ではなかった。

確かに熊と言えば熊だか、野生の熊とは明らかに違う。

ソイツは野生の熊には持ち得ない禍々しい感情を。

野生の本能を遥かに凌駕する人間の悪意を持っていた。

 

モノクマが熊のフリをして私達の前に姿を現したのであった。

 

「いやー久しぶり!元気だった!?」

 

親しい相手なら挨拶を返したいが、コイツには無理だ。

コイツこそ、私達をここに閉じ込めている黒幕の化身なのだから。

 

「いつの間にか、みんないい感じで仲良くなってきてるよね、プププ」

 

モノクマは嬉しそうに笑いを堪える。

その笑みを見ていると不快を通り越して、嫌悪感が沸いてくる。

 

「特にもこっちに友達が出来て、先生はとても嬉しいです~~」

 

モノクマはハンカチを目に当てて涙を拭うフリをする。

あ~~腹立つな、コイツは!!

 

「まさか、あの”ミスターぼっち”に友達が・・・!」

「ミスターじゃねーよ!女だからミスだよ・・・って、うぐ」

 

つまらないところを修正してしまった。

違うもん!私はぼっちじゃないもん!

 

「私が不二咲さんを守る・・・!」

 

いつの間にか私の髪型のカツラを被ったモノクマがあの時のセリフを叫ぶ。

 

「や、やめろよ!バカ!」

 

私は耳たぶまで真っ赤になった。

必死だったとはいえ、客観的に見たら、なんて恥ずかしいのだ。

お願いです。やめて下さい!

 

「プププ、成長したね~もこっち。それに比べて・・・」

 

「きゃあ!」

 

ヌッと私達の前に急速接近したモノクマに

ちーちゃんは小さな悲鳴あげて私の後ろに隠れた。

 

「君は本当に情けない奴だね~不二咲”君”」

 

ちーちゃんを見つめながら、モノクマは大げさにため息をついた。

本当に嫌な奴だ。

何が不二咲”君”だ。学園長ぶりやがって。

 

「女の子を盾にしてガタガタブルブル。なんて弱虫なんだ、君は。

あ~情けないったらありゃしない。

ボクなら恥ずかしくて生きていけないよ、プププ」

 

「ウ、ウゥ・・・」

 

モノクマの罵倒にちーちゃんは肩を震わせる。

彼女の怯えが背中を通して伝わってくる。

でも、どこか奇妙な会話だった。

ちーちゃんのようなか弱い女の子が、

モノクマのような凶悪な殺人鬼に怯えるのは当たり前ではないか。

怯え、私の後ろに隠れた・・ただそれだけである。

一体それに対して何が非難されるのだろうか。

私だってルールを守れば危害を加えられないことを知っているから

なんとか冷静でいられるだけなのだ。

 

モノクマは相変わらずの笑みを浮かべている。

ちーちゃんは震えたままだ。

だんだんと怒りが沸いてきた。

 

友達がいじめられている―――

 

それを見ているのは、自分が罵倒されることより、ずっとずっと辛い。

なによりムカつく!

 

「や、やめろよ!ちーちゃんを・・・私の友達をいじめるな!!」

 

内心怯えながらも、それ以上に腹を立て、私はモノクマに向かって声を上げた。

 

「プププ、なんだよもこっち。熱くなっちゃさ~~」

 

私を見て、モノクマはいやらしい笑みを浮かべる。

 

「君の狙いはわかってるよ~。

ここぞとばかりに不二咲君に恩を売るつもりなんだろう?

如才がないというか、さすがはぼっちというべきか、必死だよね~プププ」

 

打算による行動・・・モノクマはそう言っているのだ。

プチッ・・・と私の中で何かが切れる音が聞こえた。

 

「ふざけんな!誰がそんなこと考えるか!!」

 

友達を助けたい、それ以外に理由なんてあるはずないじゃないか。

 

 

「調子に乗るなよ!お、お前なんか

ツキノワグマどころかアライグマにすら相手にされないくせに!」

 

「な・・・ッ!?」

 

「ハチミツくせーんだよ!近寄るな、あっちいけ!」

 

「ぬ、ぐぬぬぬぬ~~~」

 

 

私の怒り罵倒がモノクマにクリーンヒットした。

奴は血管を浮き立たせながら、プルプルと震えている。

 

「猟友会が来る前に洞穴に帰れよ!ほら、シッシ!」

 

「も、もこっちの分際で調子に乗りやがって~~覚えとけよ!」

 

モノクマは熊の癖に負け犬のようなセリフを吐いて去っていった。

勝った!ざまあみろ!

 

 

「私がここから出たら、必ずお前を捕まえて牢屋にぶち込んでやるから!」

 

 

姿が見えなくなったのをいいことにちょっと大きなことを言ってやった。

現状を考えれば、今は実現不可能な願望ではなるが、憂さ晴らしも兼ねて力強く宣言してみた。

 

 

「ちーちゃん、もう大丈夫だよ」

 

「・・・。」

 

「ちーちゃん・・・?」

 

「どうして・・・なの?」

 

「え?」

 

「どうして・・・怖くないの?」

 

 

振り返るとちーちゃんは思いつめた瞳で私を見つめていた。

 

「どうしてもこっちはそんなに勇敢なの・・・?

あんな恐ろしいモノクマと、どうして戦うことができるの?」

 

真剣な表情だった。

彼女の瞳には、私しか映っていなかった。

 

 

「ボクはただ震えることしかできなかった。

今と同じように・・・あの裁判でも。

でも、もこっちは・・・事件の真実を解いてボクやみんなを助けてくれた。

本当にすごいよ。

ボクと同じ高校生なのに・・・女の子なのに・・・。

それに比べてボクは・・・ボクは・・・!」

 

ちーちゃんは震えていた。

それは先ほどのように恐怖からの震えではなかった。

それは悔しさで。

自分に対する不甲斐なさで震えていたのだ。

 

(ああ、なんということだ・・・)

 

彼女の様子から、1つの結論に辿り着き私は心の中で頭を抱えた。

 

 

そう・・・

ちーちゃんは・・・

 

 

完璧すぎる”スーパーヒロイン”の私にコンプレックスを抱いてしまったのだ―――

 

 

 

あの命掛けの学級裁判において、クロの犯行を華麗に論破し、

殺人鬼モノクマ相手に昂然と立ち向かう私の姿は、

まさにスーバーヒロインに映ったのだろう。

逆に、十神白夜ですら天才と認めた彼女の”プログラマー”の才能は

この状況下において、生かすのは正直難しい。

だから、私が活躍すれば、するほどに、私に憧れれば、憧れるほど。

その度、ちーちゃんは、今の自分の無力さと向かい合うことになってしまったのだ。

 

(ああ、違うよ、ちーちゃん。そうじゃないんだ・・・)

 

確かに、私は可愛くて、賢いことは間違いない。

だけど、君が思っているようなスーパーヒロインじゃないんだ。

あの裁判の真実を解いたのは、本当は苗木君と霧切さんなんだ。

モノクマはルールを破らない限り、襲って来ることはないことが

わかっているから、奴にあの態度をとることができるのだ。

う~ん、正直マズイ状況だ。

 

真実の姿がバレた時の落差。

 

それは私は嫌というほど体験している。

従妹のきーちゃんのゴミを見るような目が頭を過ぎる。

この状況下はあの流れと似ている気がする。

なんとか軌道修正しなければならない。

適度な尊敬を保ちつつ、身近な存在。

そんなナイスなポジションに落ち着くには・・・。

正解に辿り着くために、頭脳が高速で回転する。

それは学級裁判以上の速さで。

 

答えが出た。

そしては、私は速やかにそれを実行に移した。

 

「う、うぅぅ・・・」

 

「え?」

 

突如、私は自分の身体を抱き締め、ガタガタと震えだした。

 

「ど、どうしたの、もこっち?具合が悪いの?」

 

心配そうに私を見つめるちーちゃん。

よしよし、いい流れである。

 

「違うよ・・・違うんだ、ちーちゃん」

 

私は俯きながら、少し辛そうな声で返答する。

 

「も、もうこれ以上・・・我慢できないんだ。

怖くて・・・震えるのを堪えていることができなくて。

ただ、それだけだから・・・」

 

チラリとちーちゃんを見る。

心配そうに私を見ている。

いい感じである。だが、ここからが本番だ。

 

「怖いのに・・・そんなに震えているのに。

なら、どうして・・・どうして戦うことができるの?」

 

それは私が待ち望んでいた質問だった。

私はゆっくりと顔を上げて、ちーちゃんを見る。

彼女の瞳に私が映っている。

瞳の中の私は真剣な表情だった。

それが演技だとはわからないほどに。

 

「自分でもよくわからないよ。

でもたぶん、それは、私に守りたい大切な人がいるからだと思う」

 

「大切な・・・人」

 

ちーちゃんの言葉に私は大きく頷く。

 

「私には大事な家族や友達がいる。

でも、もしモノクマが今回の事件で警察に捕まらなかったら・・・

逃げ切ったならば、アイツはきっとまた同じ犯行を繰り返すかもしれない。

その時、次に狙われるのは、私じゃなくて私の家族かもしれない。

私の友達かもしれない。

だから・・・私は戦うんだ。

アイツを逃がしちゃいけない。

みんなを守るために、アイツは捕まえなくちゃダメなんだ。

だから私は、決めたんだ。アイツと戦うって。

たとえ、どんなに怖くても、本当は、泣き出しそうでも。

絶対負けないって。大切な人達を守りたいから。

みんなを守りたいから、私は戦うことができる。

そのために、戦うんだ。

私が今、アイツに反抗していることは無意味かもしれない。

無力で、何の成果もないかもしれない。

だけど・・・それでも私は、今、自分ができることをやるんだ。

それがもしかしたら、希望に繋がるかもしれない・・・そう信じているから」

 

 

私は頭の中の台本を全て言い切った。

ちーちゃんは、目を見開き、私を見ている。

その真剣な表情にドキドキしてきた。すごく後ろめたい気分だ。

即席にしてはなかなかよく言えたと思う。

要約すれば

 

”みんなのために自分ができることを頑張る”

 

うん、漫画やアニメの主人公のテンプレである。

しかし、改めて台本を読み直してみると、セリフの雑さが目立つ。

正直、曖昧過ぎて意味不明である。

戦うなどとカッコいいことを言っているが、

その実は、モノクマの無抵抗をいいことに、散々煽ってるだけである。

これでは、むしろ悪役の行動だ。

それが一体、何の希望に繋がるというのだろう?

モノクマを操る黒幕を捕まえてほしいのは心からの本音である。

だが、それは家族や友達のためより、私自身のためである。

あんなマジキ○が家の周りを徘徊していると考えると安心して眠れない。

不眠症になってしまうではないか。

それに今回の事件で私ができることはもはや何もない。

奴を捕まえるのは、警察の仕事だ。

私ができることなんて、奴が裁判にかけられた時に、

奴の犯罪を出来る限り大げさに証言し、

奴が永久に牢屋から出られなくなるように画策することくらいだ。

 

「守りたいから・・・今、自分ができることを・・・」

 

ちーちゃんは、呟く声が聞こえてきた。

私は心の中で行われている反省会を中断し、現実に帰還する。

そうだ。

結果はどうなっているのだろう。

私の目論見通り、スーパーヒロインであるが、本当は一般人な側面を持つ友人。

そんなポジションに落ち着くことはできたのだろうか?

 

「わかった・・・ボク・・・わかったよぉ!」

 

その時だった。

ちーちゃんは顔を上げ、大きな声で叫んだ。

 

「わかった・・・わかったよ、もこっち!」

 

(え?何がわかったの・・・?)

 

 

ちーちゃんは、私の手を握り、力強く再びその言葉を口にする。

 

「ボクにも・・・できることがあるんだ!

みんなのために、ボクだって戦えるんだ!」

 

彼女の中で何がが解決したようだ。

それが何かはわからない。

だけど、ちーちゃんの表情は今までみたことがないくらい明るかった。

こんなちーちゃんは、初めて見た。

 

「ありがとう、もこっち!ボク、頑張るよ!」

 

「う、うん。が、頑張ってね・・・」

 

何がなんだか正直よくわからないが、

ちーちゃんが元気になってくれたので結果オーライとしよう。

 

「・・・でも、それだけじゃダメだ。

弱虫のままじゃダメだ。ボクは・・・もっと強くならなくちゃダメなんだ」

 

ちーちゃんは、何か別の問題にぶつかったようだ。

話題の推移についていくことができない私は

ただ、ちーちゃんの次の行動を見守ることしかできなかった。

あの~私のポジションの件は・・・。

 

「誰がいいと思う・・・?」

 

「え?」

 

「身体を鍛えるトレーニングのコーチをしてもらうなら、

もこっちは誰がいいと思う?」

 

唐突な質問だった。

話題はいつの間にかスーパーヒロインな私から、

トレーニングパートナーの選択に移っていた。

 

「え、えーと、ちーちゃんはダイエットがしたいのかな?」

 

ちーちゃんの小さな体を見る。

これ以上、どうやって痩せろというのだ。

もし、自分が太っていると思っているなら、

それは全女子高生に対する事実上の宣戦布告である。

 

「ううん、違うよ。ボクは・・・強く、強くなりたいんだ」

 

強くなりたい。

私の問いにちーちゃんははっきりとそう言った。

その答えは私をより困惑させた。

女の子が強くなる必要はあるのだろうか?(一部例外を除く)

友達として今まで接する中で、ちーちゃんについて気づいたことがある。

彼女の趣向はどこか変わっている。

まあ、だからこそ、超高校級になれたのかもしれない。

そして、結構、頑固である。

だから、こうなってしまえば、アドバイスするしかない。

 

「大神さんはどうかな?」

 

”強さ”という言葉にあの頼もしい大きな背中が頭を過ぎった。

彼女は超高校級の”格闘家”であり、

あの総合格闘技UFKのチャンピオン。

トレーニングパートナーには申し分ない。

 

「ごめんよぉ・・・大神さんではダメなんだ」

「え、なんで?」

「・・・だって、女の子だから」

「う、うん・・・」

 

その回答に納得できないもとりあえず頷く。

もはや、彼女は男とか女とかをそういう次元で語る存在ではないと思うけど・・・。

大神さんとちーちゃんのトレーニング風景を想像する。

 

 

「うぬ、不二咲よ。

まずは準備運動として、この50KGのダンベルを1セット100回から・・・」

 

 

うーん、ダメみたいですね、これは・・・。

 

準備運動の段階でちーちゃんが死んでしまう。

最強の格闘家は最良のトレーニングパートナーというわけではないのだ。

しかし、ちーちゃん。

男子にコーチしてもらいたいだなんて、意外にビッチだな。

もしかしたら、私の彼氏の話(大嘘)を聞いて、焦っているのかも。

うーん、責任を感じるな。

 

苗木君を薦めたいけど、運動が得意なようには見えない。

山田君は、むしろお前が運動しろ!だ。

葉隠君は、指導料を請求するのが目に見えている。

十神白夜は冷笑するだけだろう。

 

うーん、ろくなのがいないな。

あ、そうだ!あの真面目な石丸君なら――

 

「頑張るのだ、不二咲君!気合があれば、なんでもできる!

天才どもに努力の尊さを見せつけてやろうではないか!

さあ、まずは腕立て100回から・・・」

 

ダメだ!やっぱり、ちーちゃんが死んでしまう!

 

ああ、一体、誰を薦めれば・・・

 

その時、彼のことが頭に浮かんだ。

彼は誰よりも強く、男らしかった。

外見は怖いが、本当は優しいことを私は知っている。

彼ならば安心して、ちーちゃんを任せることができる。

 

 

「あの人はどうかな?ちーちゃん」

 

 

きっと大丈夫だ。

動物好きに悪い人間はいないのだから。

 

 

 

だから私は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1週間がたった。

平穏で何もない日々。ただ傍らにいる友達と笑いあう日々。

ずっと、傍にいた。いつも一緒にいた。

私の人生で、

これほど長く、濃密に、家族以外の誰かと同じ時間を共にしたのは初めてだった。

この平穏で何もない日々が、私は楽しかったのだ。

この日々がずっと続いていく。

 

ここから、出た後も、この楽しい時間は続いていく――

 

あの時の私はそれを疑うことはなかった。

 

 

「ちーちゃん、はい、あ~ん」

「もこっち、恥ずかしいよ」

 

朝食の席で、隣にいるちーちゃんにスプーンを向ける。

スプーンののせたのは、私が最近ハマッているブッチンプリンだ。

ちーちゃんは恥ずかしそうにそれを口にする。

 

「ほのぼのとしますな~」

「うふふ、仲がよろしいですわね」

 

向かいに座っている山田君とセレスさんが私達について話している。

 

「なんか姉妹みたいですな~」

「まったく似ていませんけどね」

「あれですよ、ジョワちゃんの映画みたいに才能の全てが妹に・・・」

 

 

(私はカスなのか・・・!?)

 

 

 

今はガルフォルニア洲の知事をしている

アーッノルド・ジョワルツェネッガー主演の名作「双子」。

その設定で、実験で全ての才能が弟に。兄は残りカスを集めて作られた真実を

知った時の兄のセリフを心の中で叫んでしまった。

 

あいつら~覚えてろよ。

しかし、姉妹と言われるほど仲良くみられているのは正直嬉しい。

もう、誰にも私をぼっちなどと言わせないぞ。

私はちーちゃんの親・・・

 

「・・・ちーちゃん?」

「・・・え、ごめん、何の話だったけ?」

「具合悪そうだけど、大丈夫?」

 

ここ数日、ちーちゃんはこんな感じだった。

時々、ぼーとしたり、居眠りしてたり、疲れているようだ。

 

「えへへ、昨日も、ちょっと夜更かししちゃって・・・心配させてゴメン」

 

そう言って、ちーちゃんは笑う。

その彼女の目の下には、寝不足を証明するクマができていた。

 

(ちーちゃん、まさか・・・)

 

私に憧れるあまり、意図的に寝不足になり、クマを作ろうとしているのでは・・・?

その可能性は十分ある。

ちーちゃんは、私に憧れているのだ。

だけど、ゴメンね、ちーちゃん。この目の下のクマは生まれつきなのだよ。

 

 

「・・・でも、もう大丈夫だから。完成したんだ。ボクも・・・これでみんなの力になることができる」

 

(・・・?)

 

どうやら私の予想は外れたようだ。

彼女は夜中に何かを作る作業をしていたようだ。それが完成したという。

それが何なのかはわからないけど。

 

「ちょっと、水をとりにいってくるよぉ」

 

ちーちゃんは席を立つ。

予想が外れてちょっと残念ではあるが、まあ、何事もなくてよかった。

悪い病気にかかっていたら、この施設では対処できないかもしれないし。

 

私が一安心した時だった。

 

「きゃあ!」

「オワッ!?」

 

席に戻ろうとしたちーちゃんがふらつき、大和田君にぶつかった。

その時、持っていた水が彼の学ランに全てにかかってしまったのだった。

 

「テメー大事な学ランに何しやがるんだ、チビ女2号!ぶっ殺すぞ!!」

「ヒッ・・・!」

 

瞬間沸騰器とはまさに今の彼のことだ。

大和田君は激昂し、怒鳴り声を上げる。

ちーちゃんは、彼の剣幕に怯え、小さな声を上げる。

 

「あ~あ、こんなに濡れちまったじゃねーか」

「あ、あの・・・ご、ごめんなさい」

「チッ何泣いてるんだよ。泣きてーのはこっちだよ。これだから女は」

 

泣きそうになりながら、謝るちーちゃんに、

大和田君は、気まずそうに悪態をつく。

 

「ご・・・めんなさい。うぅ・・・ごめんなさい」

「だ、だから泣くなって言ってんだよ!あーちくしょう!」

 

彼の外見で怒鳴り声を上げて、怯えない女の子はいない。

大和田君も事態の収拾がつかなくて困っているようだ。

 

「ちょ、ちょっと大和田君。ちーちゃんをあまり怖がらせないでよ」

 

見ていられなくなり、私は仲裁に入る。

 

「ハァ!?怖がらせてねーだろ、チビ女1号!

だいたい2号がぶつかってきて水をこぼしたのが原因じゃねーか!

なんで、俺が悪いみたいな流れになってんだ!?あーこれだから女は!」

 

だが、それは火に油を注ぐことになってしまったようだ。

彼は、意固地になり、よりヒートしてしまった。

それにしても1号って・・・バッタの改造人間かよ。

 

「・・・じゃないです」

 

その時だった。

 

「2号じゃ・・・ないです」

「アン?」

 

ちーちゃんが大和田君に向かって何かを言い始めた。

震えながら、目に涙を溜めながら、それでも大和田君から目をそらさずに。

 

 

「ボクの名前は・・・2号じゃないです・・・。

ボクは・・・ボクは、不二咲千尋・・・です!」

 

一瞬、我が目を疑った。

あのちーちゃんが・・・。

この場にいる中で、誰よりもか弱いちーちゃんが、

あの超高校級の”暴走族”大和田紋土君に向かってはっきりと意見したのだ。

 

「ボクは・・・強く、強くなりたいんだ」

 

あの日の言葉は・・・ちーちゃんの思いは本気だったのだ。

クラスメイトの誰もが、食事を止めて、この成り行きを見守っている。

 

 

「・・・オメーやるじゃねーか」

 

 

大和田君はちーちゃんの視線を真っ向から受け止め語り出した。

 

 

「大の大人ですら、俺にビビッて目も合わせることもできねえ。それが普通だ。

だが、オメーは違う。

目をそらすどころかこの俺に意見しやがった。テメーの信念を貫きやがった。

ビビって震えてやがるくせに。怖くて泣いてやがるくせによ。

女のくせに大した勇気だぜ・・・!」

 

大和田君は、ちーちゃんに近づき、彼女の頭にポンと手を置き、少し乱暴に撫でる。

 

「気にいったぜ、不二咲!

俺はもう二度とオメーを2号なんて呼ばねえ!

だから、もう泣くな。

もう俺はオメーを怒鳴ったりしねーからよ。

漢の約束をしようじゃねーか。

俺はぜってーにお前を怒鳴らないからよ。だから、オメーはもう泣くなって!」

 

「漢の・・・約束」

 

「ああ!男の約束はぜってーだぞ!」

 

「うん・・・わかったよぉ!」

 

 

大和田君の言葉でちーちゃん顔に夏のひまわりのような笑顔が再び戻った。

どうやら一件落着のようだ。

私はほっと胸を撫で下ろした。

見ると、ちーちゃんと大和田君が笑い合っている。

いい雰囲気である。

私もこの流れに便乗させてもらおう。

 

「あ、あの・・・大和田君。わ、私の方も、チビ女という呼び方はちょっと・・・」

「アン?」

 

私の方を振り返った大和田君は露骨に面倒そうな顔をする。

 

 

「オメーは面倒だからチビ女でいーんだよ」

 

 

扱いが雲泥の差である。

食堂にドッと笑いが起きる。

便乗に失敗した私は、恥ずかしさで顔を赤くする。

しかし、今回の本当のオチ担当は私ではなかった。

 

「ハハハ、いい雰囲気ではないか、お二人さん!

”雨降って地固まる”とはまさにこのことだ!!」

 

石丸君が笑いながら、大和田君の肩に手をかける。

 

「なかなかお似合いじゃないか、兄弟!

だが、学内で不純異性行為は禁止だからな!そういうのは卒業後にやりたまえ!」

 

 

その言葉に大和田君とちーちゃんは顔を真っ赤にする。

 

 

「なな、ななななな何言ってんだ、兄弟!ふ、ふふふふざけてんじゃねーぞ!!!」

 

 

大和田君のリアクションにドッと笑いが起きる。

 

 

「ん、何を恥ずかしがっているのだね?

君は、昨日、恋愛十連敗中だと嘆いていたではないか。これをいい機会としてだね・・・」

 

「て、テメー兄弟!!」

 

先ほどより大きな笑いが食堂を包む。

みんな笑っている。

ちーちゃんも石丸君も山田君もセレスさんも葉隠君も朝日奈さんも大神さんも。

そして、苗木君も。あの霧切さんですらほんの少しだけ笑顔を見せた。

こんな光景は初めてだった。

コロシアイ学園生活が始まってから、奪われていたものが戻ってきた、そんな気持ちだった。

もちろん、私も笑っていた。

お腹と口を押さえて、本当に楽しそうに笑った。

暖かい笑いの輪の中に今、自分がいることを感じることができる。

それは、前の学校ですらなかったことだ。

私は、生まれてはじめて”クラス”というものを実感していた。

 

ああ、そうか、クラスとはこんな場所だったのだ。

クラスとは、みんなが共に喜びを分かち合うことができる場所なのだ。

 

会話に混ざろうとしない十神白夜や腐川冬子のような嫌な奴らもいる。

でも、そういうのも含めて、一緒に過ごすのもクラスなのだ。

 

舞園さんや桑田君の事件はずっと引きずっていくと思う。

だけど、それを共有し、共に前に進むことをこのクラスならばできると思う。

 

楽しかった。

私は、今ここにいることがとても楽しかった。

 

前の学校でぼっちだったのが懐かしい思い出だ。

特権に釣られて嫌々、この学園に登校した日が遠い昔に感じる。

今の私にはみんながいる。ちーちゃんがいる。

だから、とても楽しい。

 

みんなと一緒に高校生活を送りたい―――

 

 

それが今の私のささやかな願いだった。

 

 

「ねえ、そこのモノクマ印のハチミツとってよ」

 

「え、うん。でも、これクソ不味い・・・ヒッ!?」

 

「きゃあ!?」

「うわぁ!?」

「うひょ~~~ッ!?」

「うぬ・・・!」

「テ、テメーは・・・!」

 

いつの間にか私達の間に紛れ込んでいたソイツの姿を見て、

みんな口々に悲鳴を上げた。

 

 

「やあ、みんなひさしぶり」

 

モノクマ印のハチミツを片手に、殺人鬼モノクマはテーブルに飛び乗り私達を見下ろした。

 

「プププ、みんないい感じで仲良くなってきたね~~」

 

ゾクリとした。

モノクマを通して黒幕の嘲りが聞こえたような気がする。

コイツは、私達が仲良くなるのを待っていたのだ。

 

 

 

 

――――じゃあ、殺ろうか?

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!

 

 

モノクマが放った一言に全員に衝撃が奔った。

これはまるであの時のようだった。

舞園さんが殺人を決意したあの時の。

 

「わ、私達はもう殺し合いなんてしないよ!」

 

朝日奈さんが、手をふり抗議する。

 

「あーそういうのもういいから。じゃあ、説明するよ」

 

しかし、モノクマの奴はまるで相手にしない。

さっさと自分の話に移ろうとする。

あまりの展開の早さに、誰もついていくことはできず、

モノクマの次の行動を見守っていた。

 

「今回のテーマはオマエラの恥ずかしい思い出や知られたくない過去です」

 

そう言って、モノクマは封筒をみんなに渡し始める。

 

「な、なんだこれは!?」

「うぬ・・・!」

「え、どうして!?」

「これは不味いべ・・・!」

「ちょ、なんですか、これは!?」

「あらあら、これはこれは・・・」

 

封筒を開けたみんなが口々に悲鳴や驚きの声を上げる。

 

「なんでよ~~~なんで、アンタがこのことを知ってるのよぉおおおおおお~~~!!」

 

特に腐川が発狂寸前の絶叫を上げている。

 

例によって、順番は私が最後のようだ。

 

「フン・・・!」

「ペッ・・・ッ」

 

モノクマが私の目の前で封筒を床に叩きつけた瞬間、私は床に唾を吐いた。

最高に険悪な関係である。

 

床に落ちた封筒をとりあえず開けてやることにした。

どうせくだらないことが書いているに決まっている。

予想するとしたら、奴が私の部屋に不法侵入した時に、

いろいろ漁っているなら、ちょっとやばめの乙女ゲーかな。

フ、私を誰だと思っているんだ。

 

超高校級の”喪女”だぞ。

その程度のことが脅しになるわけが・・・

 

 

 

封筒の中の便箋を見た時、私の刻が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声優伊志嶺潤の声を使用したもこっち主演自家製ドラマCD

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は心の中で吐血した―――

 

 

 

 

 

 

 




襲い来る黒歴史。
暗雲、立ち込める―――


[あとがき]
次話でケンガンアシュラのキャラ出します。




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週刊少年ゼツボウマガジン 中編①

ぴギャー!!!!くぁwせdrftgyふじこlp

キュシャァアアアあぼぼぼ簿簿簿ウポポポポポポ歩

ホィヤヤヤヤヤヤ!ヒャァ~ッ!

フィャホーッアビャビャビャびぃしゃしゃシャシャホイサササ

 

ピーポーピーポービィー!ビィー!ビィー!ビィー!ビィー!ビィー!

 

脳内に意味不明な文字の羅列が綴られていく中で、けたたましいエラー音が鳴り響く。

シャットダウン寸前の私の脳内で、

過去”やらかした”忌まわしい記憶達がグルグルと渦を巻く。

渦は巨大な竜巻となり、私を飲み込こんだ。

薄れ行く意識の中で、私が思い出すのは、”あの日”の光景だった。

 

 

夏休み9日目―――

 

 

この日、私は、声優伊志嶺潤のイベント会場にいた。

DVD購入特権であるこのイベントの目玉は、伊志嶺潤さんに握手してもらうだけでなく、

なんと自分の好きな声をアフレコしてもらい、それを録音できるというものだった。

その時の私は

 

「愛してるよ、智子」

 

そう言ってもらおうと、緊張して順番を待っていた。

だが、その予定は直前で狂うこととなった。

 

「お前のことをメチャクチャにしてやる、でお願いします!」

 

(え、なにそれ・・・!?)

 

直前の女の子のリクエストに私は内心驚愕した。

 

公衆の面前でなんとうことをリクエストするのか。

この女・・・恥というものがないのだろうか・・・?

 

私がその女に軽蔑の視線を向ける中、

伊志嶺潤は笑顔で快くそのリクエストに応じえてみせた。

さすがはプロである。

まさか、こんな内容すら応じてくれるなんて・・・ならば、私も・・・。

そんなことを考えている間に、私の番となった。

手汗まみれの私の手をしっかりと握手する伊志嶺潤さん。

 

「では、何かセリフのリクエストがあればお願いします」

「え、えーと」

 

先ほどの無茶なリクエストが脳裏から離れない。

あんな恥知らずな内容でも大丈夫なら、私ももっと大胆なことを言っても・・・。

そんなことを考えている間も現実の時間はどんどん過ぎていく。

は、早く何か言わなければ・・・!

様々なシーンが頭をグルグルと渦巻く。

 

(こ、こうなったら、いっそまとめて―――)

 

 

「このメス豚が臭い体しやがって・・・なーんてね嘘だよ。

本当は智子の髪すごくいいにおいがするよ。

それにほらすごくサラサラ愛してるよ、でお願いします・・・」

 

 

「わかりました」

「あ、すいません」

 

こんなリクエストにも爽やかな笑顔で応えてくれた伊志嶺潤さんはプロの中のプロだと思う。

なお、周りが完全にドン引きしていたのは説明するまでもない。

その夜、興奮さめやらぬ私は、

何を考えたのかゲームの音声とこの録音した声と自分の音声を合わせて自家製のドラマCDの制作を始めた。

 

「やあ、目が覚めたかな?メス豚め、ずっとここに閉じ込めてやる」

「離して、あなたなんか大嫌い~」

「嫌いな男に身体の自由を奪われるのはどんな気分だい?」

「縄をほどいてーどこをさわって、お~」

「智子の髪、すごくいい匂いするよ」

「やめてー匂いかいじゃやだー」

「これでずっと一緒だよ」

「ずっと一緒~」

「なーんてうそだよーん」

「酷い私を騙したのね~」

 

不自然な編集で繋ぎ合わされたプロの声と、素人の棒読みが交差する。

背後で物音がしたので、振り向くと母が立っていた。

見たこともないほど冷たい瞳で私を見つめながら。

ふと、イヤホンの差込口を見る。

イヤホンは別の穴に刺さっていた。

 

「臭い体しやがって」

「やめてー乱暴にしないで~」

 

室内には間抜けな私の声が響く。

 

「ご飯できてるから早く降りてきなさい」

 

それにツッコミを入れることなく、母は下へと降りて行った。

 

まさに黒歴史。

だが、黒歴史の幕はまだ降りてはいなかった。

 

翌日。

黒塗りの高級車が私の家の前に止まった。

 

「おめでとうございます!智子さんの希望ヶ峰学園の入学が決定しました」

 

希望ヶ峰学園の職員を名乗る男性は、名刺を母に渡すと、

私を見ながら、そう言った。

私も母も何が何やらまるで現状が理解できなかった。

その様子を見た職員を名乗る男性はうんうん、と頷きながら、

ここに至るまでの過程を話し始める。

 

”ある才能”を見つけるために、学内試験があったこと。

その試験に勝ち抜いた私は県予選に出場し、それに優勝したこと。

そして都庁において、全国選抜試験が開かれたこと。

記憶がありありと蘇ってきた。

メタ視点で言ってしまえば、まさに第1話のことじゃないですか。

 

「この才能を見極めるのは、ペーパー試験だけでは不可能。

そこで、我々は対象者に対して夏休みの間の素行調査を実施することにしました。

まあ、あの段階において、智子さんが選ばれる可能性は正直、ありませんでした。

全国にはもっとヤバイのがわんさかと・・・」

 

どこか軽薄な職員がぶっちゃけ始める。

ならば、なんで私が選ばれ・・・。

 

「あの日です・・・!」

 

緑茶を飲んでいた職員の目がクワッと開いた。

 

「あの声優イベントに参加した智子さんのリクエストに我々は感銘しました。

あの公衆の面前で、欲望丸出しのあんな恥知らずなリクエストを堂々とする。

もはや、高校生のレベルに留まらない、まさに超高校級です!

その行動を見た我々、審査員に異論を出す者はおりませんでした。

満場一致で可決しました。

そう、智子さんこそ――――超高校級の”喪女”であると!!!」

 

 

職員からその話を聞いた母の顔は泣いているようで、笑っているようで何か左右非対称な、

そんな初めて見る表情だった。

そして、私はその傍らで、真っ白になっていた。

 

職員が帰ってから本当の修羅場が始まった。

母にマジのボディブローを喰らい、呻く私の頭を母は壁に叩きつけた。

泣き出す私は、智貴の部屋に逃げこむ。

 

「え、何?何なの!?」

 

戦場は智貴の部屋に移行した。

テレビを見ていた智樹を母からの攻撃の盾にし、

その夜は、それはもう、ハチャメチャのえらい騒ぎとなりました。

 

まさに黒歴史である。

私の運命を捻じ曲げ、最も封印したい過去。

 

 

 

それが・・・再び私の前に現れたのだ!それも殺人鬼の手に渡って!

 

 

(な、なんで・・・どうして!?)

 

な、なんでアイツがアレを持っているんだ。

アレはもう完全にデリートしたはずなのに。

ま、まさか希望ヶ峰学園は私の部屋に盗聴を・・・!?

 

頭まだパ二くっている。とても冷静ではいられない。

それは私だけではないようだ。

周りを見るとクラスメイトのみんなも紙をみつめながら、

複雑な表情を浮かべている。

 

「ププププ」

 

モノクマは私達の苦悩をさも楽しそうに見つめている。

 

「皆さんの知られたくない過去や秘密は明日の正午に発表します。

勿論、ここだけではありません!

テレビにラジオ、ネットに動画サイト。

あらゆるメディアに公開するから、楽しみにしてね!」

 

 

 

――――――――――ッ!!!

 

 

全員がモノクマを見る。

じょ、冗談ではない。

そ、そんなことされたら、人生が終わってしまう!

 

 

「特に最近調子に乗ってるもこっちの秘密は、この建物でも24時間流し続けるから覚悟してね!」

 

(ノ、NOォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~ッ!!!!!)

 

血管を浮き上がらせて私を睨むモノクマの言葉に、

私は心の中で絶叫を上げる。

し、しまった!調子に乗ってモノクマを煽りすぎた。

 

「秘密の暴露を阻止したいなら・・・何をすればいいか、わかってるよね?

じゃ、そういうことで!」

 

その言葉を置き土産にモノクマはいつものように、床の下に消えて行った。

後にはただ、静寂だけが残った。

それはあの時の光景。

あの最初の裁判の直前の時のようだった。

 

「みんな、聞いてくれ!」

 

静寂を切り裂くように一際大きな声を上げて、

超高校級の”風紀委員”である石丸清多夏君が挙手する。

 

「これはモノクマの罠だ!

奴は知られたくない秘密を餌に、我々に再び殺し合いをさせるつもりだ。

だが、我々はあの裁判での悲劇を二度と繰り返してはならない。

そこで、僕から提案がある!」

 

赤い目を燃やし、私達を全員を見つめ、石丸君はその提案を口にする。

 

 

「各自がそれぞれ自分の秘密や過去を暴露するのだ!

そうすれば、奴の企てを阻止することができる!

さあ、みんな!腹を割って全てを話そうじゃないか!!!」

 

(やめろーーーーッ石丸ゥゥ~~~殺すぞ!お前を殺して私も死ぬぞッ!?)

 

 

私は再び心の中で絶叫する。

黒歴史を自分で暴露するだと!?

死んでしまう!私の人生が終わってしまう~~~~ッ!!

 

「・・・確かにそれがいいかもしれない」

 

(な、苗木君・・・!?)

 

「ちょっと恥ずかしいけど、クラスのみんなを疑いたくないもん」

 

(あ、朝日奈さんまで・・・)

 

「おお、わかってくれるか!苗木君に朝日奈さん!」

 

石丸君の提案に続々と賛同者が現れる。

石丸君や苗木君に朝日奈さん。

みんな誠実そうな人達ばかりである。

ここに人生の明暗がはっきりと分かれる。

私はちょっと恥ずかしい///どころではない。

即死です。

完全に即死級です。

 

(あ、ああ・・・このままじゃ、再びあのドラマCDを実演することに~~~~ッ!!)

 

なんとかこの提案を阻止しようと声を上げようとした、時だった――ー

 

「私は反対よ」

 

銀色の髪を靡かせながら霧切さんがそう言った。

 

「な、霧切君・・・!?」

 

初の反対者に石丸君は狼狽する。

 

「な、何故なんだ!?何の理由で―――!?」

「言いたくない、ただそれだけよ」

 

困惑する石丸君に霧切さんは淡々と理由を述べた。

ある意味、霧切さんらしい。

 

「霧切さん・・・」

 

苗木君が心配そうに彼女を見つめる。

 

「わたしも嫌ですわ」

 

またも反対者が現れた。

全身を黒に染めるゴスロリ。

優雅な立ち振る舞いを見せつけながら

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクが前に進み出た。

 

「私も秘密を話すのは嫌ですわ」

 

そう言って、彼女はにっこりと笑う。

だが、その笑顔には反論を許さないある種の迫力が備わっていた。

 

「えーなんでデスカー!?」

 

だが、空気を読めない男がここにいる。

超高校級の”同人作家”山田一二三君がセレスさんに絡む。

 

「いいじゃん!いいじゃん!言っちゃいなよ!」

「嫌ですわ」

「別にいいじゃん!ぶっちゃけちゃいなよ☆」

「うふふ、嫌ですったら」

「恥ずかしがらずに言っちゃいなよ!」

「だから、嫌だって・・・」

「ハァ、ハァ、いいだろぉお~教えろよぉぉお前の恥ずかしい秘密をよぉおお」

 

 

「だから、嫌だって言ってんだろ!!この豚がぁああ!!丸焼きにすんぞ!!!」

 

 

「ヒィイイ~~~こ、怖い!?」

 

 

山田君のしつこい絡みについにセレスさんがブチキレた。

優雅さから一転、それはまさに豹変だった。

うわぁ・・・マジで怖いや、あの人。

 

「正直、俺も反対だべ。これを知られたら不味いべ」

「フン、別に構わんが、この情報を知った者で生きている者はいないぞ」

「嫌よ~~~~~~~ッ!!私は絶対に嫌よ~~~~~~ッ!!!」

 

霧切さんの反対から始まった流れは一気に加速し、情勢を覆した。

 

「朝日奈よ、すまぬ」

「さ、さくらちゃん?」

 

大神さんが朝日奈さんに謝っている。

 

「・・・兄弟には悪いが、俺も協力することはできねーな」

「きょ、兄弟・・・」

 

大和田君も反対のようだ。

石丸君は驚き、声を詰まらせる。

 

「ご、ごめんよぉ、もこっち。ボ、ボクも言えないよぉ・・・」

 

そう私に向かって語るちーちゃんの目から涙が溢れそうになっていた。

 

「だ、大丈夫だよ。ど、ドンマイケル・・・?」

 

私もまだ冷静になっていないのか、大昔少しだけはやったギャグで応えてしまった。

ちーちゃんの隠したい過去や秘密など、きっと蟻を踏み殺してしまった、くらいだろう。

だが、こっちはガチなのだ。正直、他人のことを心配してやれるほどの余裕は皆無だ。

 

「それに、私もどちらかと言えば、反対だし~」

 

私も便乗して、反対を表明する。

 

賛成者

石丸君、苗木君、山田君、朝日奈さん

 

反対者

霧切さん、セレスさん、大神さん、葉隠君、十神、腐川、大和田君、ちーちゃん、私。

 

 

「うぬぬ、残念だが、民主主義の原則を曲げることはできない・・・」

 

大粒の汗をかきながら、石丸君は項垂れる。

 

(た、助かった・・・)

 

それを見つめながら、私は心の底から安堵した。

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

あれから私は館内を彷徨っていた。

 

「明日の正午前に、ここに集まってろう!そしてもう一度、話し合おうじゃないか!!」

 

石丸君のその提案を受け入れた後、とりあえずの解散となった。

私は自室に戻ったが、座ることすらできず、室内をウロウロする。

あの黒歴史が暴露される。

それもここで24時間放送される。

それを考えただけで、

恥ずかしさで頭がフットーしそうだよおっっ・・・どころではない。

頭が某国の電化製品のように大爆発しそうだ。

 

一体どうすればいい・・・?

どうすれば、黒歴史を封印することができるだろうか?

 

モノクマの笑い声が聞こえてくる。

 

「ププププ、簡単なことじゃないか、もこっち~」

 

もし、尋ねたなら、奴はきっとこんな風にイヤらしく答えるのだろう。

ああ、そうだ。

もう、わかっている。

このコロシアイ学園生活において、願いを叶えたいならば、どうすればいいか、なんて。

 

黒歴史の暴露を阻止するただ1つの方法。

 

だけど、私にそれができるだろうか。

私にそんな恐ろしいことができるだろうか・・・?

 

 

      

         クラスメイトを殺す、なんて――――

         

 

 

「うわぁ!?」

「ぬ・・・?」

 

何かにぶつかり、私は床に尻餅をついた。

その感触からまるで岩にぶつかったとようだ。

 

「痛たたた」

 

少し頭を触りながら、上を向いた瞬間、私は絶句した。

そこにあったのは、女子高校生とは思えぬ大きくて頼もしい背中。

人類最強。

超高校級の”格闘家”大神さくらさんが遥か高みから私を見下ろしていた。

その足元の床にはプロティンの容器とそこからコーヒー色の液体がこぼれていた。

”サァー”と血の気が引いていくのを感じる。

私は考えながら、歩き続けていつの間にか、2Fのトレーニングルームに入ってしまったのだ。

本来は、電子手帳で開かなければ開けられない更衣室兼トレーニングルーム。

ということは、大神さんが扉を開いたまま、トレーニングをしていたのだろう。

いや、そんなことはどうでもいい。

再び、床にこぼれたプロティンを見る。

 

つまり、私はトレーニング中の大神さんに体当たりを・・・。

 

身体がガタガタと震え始めた。

じ、人類最強に喧嘩を売って・・・?

 

大神の表情からその感情を読み取ることはできない。

ただ、私を見つめている。

もし、怒っているならば・・・ほん少しでも力を入れて叩かれたら私は死んでしまう!

彼女が私に手を伸ばした刹那、そう考え、私は目を瞑った。

 

「怪我はないか、黒木よ」

「へ・・・?」

 

大神さんは、私を肩を掴み、立たせた後、優しく頭を撫でてくれた。

 

「うむ、見たところ、怪我はないようだな。よかった」

「あ、ありがとうございます」

「すまぬ、我がぼぅーと立っていたばかりに迷惑をかけた」

「い、いえ、そんなことは・・・」

「うぬ、不味い!カーペットにプロティンコーヒーのシミが・・・早く拭かねば」

「プロティンコーヒーって・・・あ、わ、私も手伝います」

「ありがとう黒木。だが、これは我の未熟故だ。後始末は我がする」

 

そういって、彼女はこぼれたプロティンコーヒーの掃除を始めた。

 

 

彼女は・・・大神さんは・・・優しい人だった!

 

 

うんうん、朝日奈さんとのやりとりを見て、そうじゃないかとは思ってはいたけど、

見かけによらず優しくていい人だ。

格闘家だから、気性の荒い怖い人かと思っていたけど、全然違う。

中身は普通の女の子だ。外見は・・・まあ、多少はね?

 

 

(しかし、本当にあの大神さくらさんが目の前にいるんだな・・・)

 

 

彼女の頼もしい大きな背中を見つめながら、あの番組を思い出す。

 

 

 

「あ、ガレラ、ボルシェ、ガイデン乗りて~」

 

対向車線の車を眺め、大柄の男性がはしゃぐ。

まるでプロレスラーのような肉体。坊主頭にキャップが良く似合っていた。

 

「まあ、ワイ、ベンヅもっとるけどな。赤山に土地買うのってヤバイっすか?」

 

頷くインタビュアー。

 

「うわぁ、頑張ろう、ビックになろう!」

 

男は満足そうに呼応する。

 

「まあ、でも、ワイ、庭園調布に家持ってるけどな。それに海外じゃちょっと有名やねん」

 

ちょっとどころではない。

間違いなく、彼は”元”世界で最も有名な日本人。

 

世界最大の総合格闘技団体UFKの”元”ヘビー級チャンピオン。

 

"格闘王”大久保直也 その人であった。

 

打・投・極・締

全ての技が許されるキングオブマーシャルアーツ

それが総合格闘技。

その頂点に君臨していたのは、”格闘王”と呼ばれる一人の日本人。

 

その打撃は強烈無比。

その投げ技は一撃必殺。

その極め技は回避不可能。

その締め技は蝕即昏倒。

 

全局面において死角なし。

最終ラウンドまで生き延びた者はただ一人のみ!

身長195センチ

体重116キロ

 

 

まさに総合格闘技界の生きる伝説!その生涯成績―――27戦26勝1敗

 

 

この番組は偉大なる格闘王の引退特集番組であった。

 

 

「あの試合のことでっか」

 

インタビュー場所はバーに移り、グラスを片手に大久保はあの試合について語る。

 

「ワイレベルになるとわかるんですわ。あ、こいつヤバイ奴や、て・・・。

アンテナみたいな感じで。

だからあの人を見た時はビンビンきましたわ。こいつはホンマ、ヤバイで~~って。

え、見れば誰でもわかる、と。

いやいや別にギャグやないで!ホンマやねん!

そりゃ、見れば一目で分かるけど、本当にヤバイオーラ感じるねん。

それにあの人はホンマに現役の女子高生やろ!」

 

グラスの酒を飲み干し、大久保は言葉を続ける。

 

「あの人は・・・大神さくらはんは」

 

大神さくらさんのデビューはUFKの日本トーナメントだった。

そのトーナメントを大神さんは全試合秒殺勝利。

チャンピオンに挑戦する権利を獲得するための世界トーナメントを圧勝。

わずか半年でチャンピオン大久保直也への挑戦権を手に入れた。

 

世界の格闘技の頂点を決めるのは、まさかの日本人対決。しかも挑戦者は現役女子高生。

 

ローマのコロッセオを模して作られたスタジアムに集まった観衆は12万。

曇天の下、伝説の試合は幕を上げた。

 

オーソドックスに構える大久保に対して、大神さんはやや重心を前にした打撃重視の構え。

大久保のタックルをフェイントとした右ストレートから火蓋は切られた。

大久保の攻撃を寸前でかわした大神さんは斧のような強烈なローキックを放つ。

それを耐えた大久保はタックルを成功させ、勝負はグランド合戦に移る。

絡み合う2匹の大蛇。

そこには、もはや女も男もなかった。

 

「ワイ、あの時が初めてだったんですわ、本気だしたの。

出し惜しみをしてたわけじゃないんです。出す前に相手が倒れてしまうんですわ。

だから、あの試合がワイにとって初めて本気を出して戦った試合なんですわ」

 

フロントスープレックスを決めた大久保は、

即座に振り返り、以前、対戦相手を殺しかけたために

封印していた顔面へのサッカーボールキックを解禁した。

それも全力で。女子高校生の顔に。

だが、大神さんはその猛撃を片手でガードし、”ニィ”と笑った。

 

女子高生とは一体・・・?

 

その問いに答えが出ぬまま、死闘は続く。

何度となく、殴り合い、蹴りあい、投げあい、極め合った。

それはまるで、親友との語らいよりも、恋人とも抱擁よりも濃密なコミュニケーション。

 

「全力を出しました。ほんの少しも手を抜かず、

殺す気でやりましたわ。いや、本気で殺そうとしてました。

全て出しましたわ。本当にワイが持てる全てを。さくらはんは・・・それを全て受けとめてくれた。

逃げることなく、真正面から全部、受けとめてくれましたわ」

 

大久保は語る。あの死闘の刹那、感じたことを。

 

「ワイはずっと努力してきましたわ。レスリングの鍛錬は一日だって怠ったことはない。

だから、わかるんですわ。わかってしまったんですわ。

そのワイと互角以上に闘うさくらはんが、どれほど努力してきたのか。

桁外れの才能以上に、それは遥かに凌駕する努力を・・・犠牲を払ってきたんだって。

まだ女子高生なのに。女の子なのに。ワイと闘うために・・・この高みに登るために。

正直、惚れてしまいそうになりましたわ。

いや、あの時、血に染まりながら笑うさくらはんに人として惚れましたわ」

 

大久保の視界が涙で一瞬歪む。

 

 

            その刹那――――曇天、傾く

 

 

タックルを仕掛ける大久保のコメカミに、

大神さんは、神速の右フックを・・・いや、空手の鍵突きを放った。

タックルの体勢のまま、気絶した大久保は、大神さんに抱きつく。

 

「大久保よ、お主のおかげで我はまた一つ強くなった」

 

そう言って、大神さんは大久保を優しく抱き締める。それはまるで女神の抱擁。

 

 

 

         ○大神さくら - 大久保直也●

         (17分18秒 K.O 右フック)

         

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

 

家族で観戦していた私は、その光景を見て、雄たけびを上げた。

身体全体が熱い。

アドレナリンが脳から染み出ているのを感じる。

まるであの試合の熱がそのまま身体に乗り移ってきたような感覚だ。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

私だけではない。

普段はクールぶっている智貴も同様の雄たけびを上げる。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 

台所から観戦していたお母さんが包丁を片手に雄たけびを上げた。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~~~~~~~!!!???」

 

その様子をみて、お父さんが悲鳴上げた。

 

瞬間視聴率は90パーセントを超えたらしい。

 

「あれ以上の試合はもうできまへん。もう”オモテ”は引退することにしますわ」

 

どこか意味深なセリフを残して爽やかに笑う大久保の笑顔を最後に番組は終了した。

 

”格闘王”大久保直也という伝説の終わる。

 

だが、大神さくらの伝説は今、まさに始まったばかりである。

伝説は更なる伝説を呼び込む。

 

 

「大神さくら、貴殿は俺が命を賭けた闘うにふさわしい相手だ」

 

 

試合を観戦していたあのボクシング4大団体統一ヘビー級王者・ガオラン・ウォンサワットが

ベルトを返上して、大神さんに挑戦を表明したのだ。

大神さんはその挑戦を快諾。

試合は、来月、タイ国において、ラルマー13世の主催で執り行われる予定だった。

以前、舞園さん、盾子ちゃん、ちーちゃんを別格の3人と言ったが、

それは、あくまで高校生の間で限定した場合だ。

全世界規模で見るなら、世界で一番有名な日本人兼女子高生である大神さんこそ、

別格の中の別格の存在であろう。

そんな彼女が誘拐されているのに、日本政府は一体何をやっているのだ!?

来月の試合に間に合わなければ、国際問題に発展するのに。

 

まあ、少し熱くなってしまったが、

そんな彼女が私の目の前にいて、掃除をしているのは、奇妙な感覚に陥る。

あの大きな背中を無防備にさらしている。

世界最強の背中があんなに無防備に・・・。

 

それを見ていると邪悪な考えが頭の中に生まれる。

 

 

この人類最強を想像の中で殺すことができたならば、現実の殺人などわけがないのではないか?

 

 

よ、よーし、あくまでもシミュレーションだ。ちょ、ちょっとやってみるか。

 

 

(いでよ、我がスタンド!”トモコ13”!!)

 

 

とある人気漫画に”スタンド”という様々な特殊能力を使うバトル漫画がある。

今回、私が使用する”トモコ13は私の完全なオリジナル。

死神のような格好と大鎌をもった外見は私と瓜二つ。

条件発動型のスタンドで、私の危機になると影から浮かび上がってくるという設定である。

能力は、気配の完全遮断。

その姿はスタンド使いにすら見つけることはできない。

ん?何か悲しい能力な気が・・・まあ、いい。暗殺ならば最強の能力に違いない。

 

トモコ13は一直線に大神さんに向かっていく。

大神さんは掃除に集中し、無防備な背中を見せている。

 

(殺った!死ねェえええええええええええ~~~~~~ッ!!)

 

その背中に鎌を振り下ろした瞬間だった。

 

「フンッ!!」

 

ビュンと突風が吹きぬける。

 

(へ・・・?)

 

いつの間にか大神さんの体勢が変わっていた。

それはまるで後方から近づく敵に裏拳を放ったような・・・そんな体勢。

見ると、その拳の下には、トモコ13が立っていた。

首から上はなかった。

その首からはまるで噴水のように血が噴出していた。

壁を見ると、半壊した私の顔が壮絶な表情で壁に突き刺さっていた。

 

ああ・・・条件発動型のスタンドでよかった。

遠隔操作型なら、スタンドとリンクしているから、頭がもげるところだった。

妄想で本当によかった・・・。

 

 

         ○大神さくら - トモコ13●

           (1秒 死亡 裏拳)

 

 

「うぬ、殺気を感じたのだが・・・フ、我もなまっているようだ」

 

 

そう自嘲する人類最強から逃げるように、私はトレーニングルームを後にした。

 

それから私は、あてもなく歩き続けた。

葉隠君の姿を求めて、さまよい歩く。

正直、罪悪感なく殺せそうなのは彼だけだった。

今こそ、あの時の恨みを果たす時ではないのか?

だが、見つからない。

葉隠の姿はどこにもなかった。

 

(野郎・・・まさか、占いで察して隠れやがったのか・・・!)

 

3割当たるという占いがまさかここにきて当たったのか。

それとも多くの人間に恨まれていることを自覚しているのか。

結局、葉隠はみつからず、夜時間を超えてしまった。

私はまるで幽鬼のように食堂前の廊下の壁に背を預け、立っていた。

まさに憔悴しきっていた。

自分の存在がとても気薄に感じる。

「いつもだろ!」というツッコミに反論する気力すらない。

存在が完全に闇と同化している。

それこそ、スタンド使いでもない限り、今の私を見つけることはできないだろう。

 

あの時の・・・桑田君の追い詰められた顔が頭に浮かぶ。

彼もきっとこんな気持ちのまま夜を過ごしたのだろう。

刻一刻と破滅が迫ってくる。

もはや、それにあがらう術は、殺人しか残されていない。

だが、私に殺人などできるはずがない。

たとえ、今、ここで葉隠を見つけたとしても何ができようか?

身長差と体力を考えれば、凶器を持たぬ私ではなにもできない。

それに凶器などもってはいない。

 

 

   どこかにいないだろうか・・・?

   私でも殺すことができるクラスメイトは。

   

 

そんなことを思った時だった。

誰かが倉庫から出てきて、こちらに向かって歩いてくる。

スポーツバックを少し重そうに両手で抱えてくるそのクラスメイトを私は知っている。

私と同じくらいの身長のその女の子を私はよく知っている。

栗色の髪に、パンプキンスカートを履いたその女の子を私は誰よりも知っていた。

 

 

「ちーちゃん・・・」

 

 

 




まさに外道―――!!



[あとがき]
今回は完全なギャグ回です。
まさかの大久保直也登場。
さくらちゃん中心の回とも言えます。
さて物語もいろいろ中盤。
自己保身をとるか友情をとるか、
クズなのか映画版なのか、
もこっちの正念場ですw
12月は本当に忙しく、この話は今日丸一日かけて書きました。
また、来年も見て頂けるなら、作者として嬉しいです。
今年はお疲れ様でした。

では、また来年

PS
この世界の強さランキング(暫定)作ってみました。
こんな感じです↓

SS ケンイチロウ

S 加納アギト、大神さくら、王馬(覚醒)

AAA 桐生、若槻、呉雷庵、初見、御雷

AA ムテバ、坂東、ユリウス、ガオラン



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週刊少年ゼツボウマガジン 中編②

不二咲千尋。超高校級の”プログラマー”

希望ヶ峰学園の新入生。

私のクラスメイト。私の友達。私の親友。

 

親友―――

 

紛れもなきその事実に、その言葉に気恥ずかしさより先に、

まだしっくりとこない違和感を覚えるのは、

やはり、ちーちゃんが私にとって、あまりにも遠い存在だったからに他ならない。

 

私が彼女の存在を知ったのは、中学3年生の時だった。

舞園さんがアイドルの新星として、テレビに出始めた頃、

盾子ちゃんが注目のモデルとして、ギャル雑誌の表紙を飾り始めた同じ頃、

超高校級のみんなの才能が開花し始めたあの頃、

その中で誰よりも注目を集めたのが、

 

”天才IT少女”

 

と呼ばれたちーちゃんだった。

 

彼女の開発した自動応答システムに特化したプログラム言語は、

IT業界だけでなく、人間とロボットが共存する

近未来社会の実現への大きな1歩となったと世界中から絶賛された。

一躍、時の人となったちーちゃんは、テレビをはじめ、

あらゆるマスメディアから特集を組まれた。

彼女の顔を見ない日がないほど熱狂的に。

各テレビ局は、競うかのようにちーちゃんに番組の出演を依頼した。

真面目な番組からお笑いまで、

ジャンルを問わず様々な方向からオファーが舞い込んできたらしい。

だが、なぜかちーちゃんは、出演を全て拒否、

その他メディアへの露出も最小限に控えた。

その慎ましさが、ある種類の男達・・・わかりやすくいえば、

山田君のような奴らのハートに火をつけた。

所謂、オタクと呼ばれる男子達から、ちーちゃんは、

あの舞園さんや盾子ちゃん以上の支持を得たのだった。

恥ずかしながら、我が弟もちーちゃんの隠れファンだったようだ。

暇つぶしに、奴の部屋を捜査しようと、部屋に入った時に、

机の上にあったのはちーちゃんが表紙のIT専門誌。

ちーちゃん目当てに普段読みもしないIT専門誌など買ってきたようだ。

余談だが、この時期のIT専門誌の表紙は、全てちーちゃんで埋め尽くされていた。

ちーちゃんが表紙だった時の号は

前月号と比べて3倍以上売り上げが伸びるらしいので、この事態も頷ける。

ここで、この時期の彼女に対する心情をありのままに告白しよう。

どちらかといえば、苦手・・・いや、はっきり言えば、嫌いな存在だった。

同じ中学3年生にして、片や歴史に残る天才。片や凡人。

しかもその天才は、愛らしい容姿も天から与えられている。

完全な差別である。

嫉妬しないはずがないではないか。

このIT専門誌を台所に放置して、智貴を辱めてやろうと雑誌を手に取る。

表紙には表彰され、花束を貰い、嬉しそうに笑う不二崎千尋の顔があった。

その笑顔は、本当に嬉しそうだった。

そこには、可愛く魅せようとする女特有のあざとさはなく、ただ純粋な笑顔があった。

 

例えるなら、そう・・・それは”ひまわり”のような笑顔。

 

その笑顔を見ていると、醜い嫉妬心が消え、いつの間にか自分も微笑んでしまった。

そのことを今も強く覚えている。

遠い存在だった彼女と友達になり、あのひまわりのような笑顔がいつも傍にある。

それはまるで夢物語のような出来事で、

本当に全て夢なのでは?と不安になることがある。

遠くて近い存在。私のクラスメイト。私の友達。私の親友。

 

そんな彼女がこちらに向かって歩いてくる。

倉庫からもってきたらしい、スポーツバックを両手で持って少し重そうにしながら。

声をかけようとするが、何と言えばいいのか躊躇してしまう。

こんな時間にこんな場所に

まるで潜んでいるかのように立っている理由を聞かれたら、少々困る。

そんなことを考えている間に、ちーちゃんは私の目の前を通り過ぎて行った。

自分の存在感のなさに、額に汗が流れた。

まあ、夜時間を迎え、消灯した暗い中で、

柱の影の闇の中に、クラスメイトが潜んでいるなど、

ちーちゃんは想像すらしていないだろう。

決して、私が存在感がない・・・というのが主な理由ではないのだ!

 

去り行くちーちゃんの後ろ姿を見る。

身長は私と同じくらい。小さい背中と細い首を無防備に晒している。

 

もし・・・も、だ。

もし、ちーちゃんが何者かに殺害されて、ここで倒れていたらどうなるだろう。

犯人である”クロ”に関する情報はまるでなく、ただ死体だけが発見されたとしたら・・・?

そんな状況下では、推理してクロを論破することは不可能なのではないか。

桑田君が論破されのは、使用したトリックが、彼にしかできないものだったからだ。

トリックは諸刃の刃である。

成功すれば、容疑者から外れることができるが、失敗すれば、一気に追い込まれてしまうから。

だけど、クロに関する情報がなければ・・・一切なければどうなるだろう?

推理することはできないのではないだろうか。

 

苗木君も・・・あの霧切さんですら。

 

クロは・・・ただ、泣いていればいい。親友を殺されたと、ただ泣いて同情を引けばいい。

刑法37条に「緊急避難」というものがあるらしい。

通称”カルネアデスの板”

海難事故が起きたとき、一枚の板に対して2人の人間が掴もうとした時に、

その板が沈まないように、相手を突き放して、結果、その相手は水死した。

後に裁判にかけられたその被告は、

殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかった。

 

今回の件も、それに該当するのではないだろうか・・・?

あのことが暴露されたら、私は(社会的)に死ぬ。

某動画サイトに私の音声を使用した大量のMAD動画が誕生するのは不可避。

一生ネットの晒し者となるだろう。

生きながら死ぬとはまさにこのことである。

それを防ぐためならば、許されるのではないだろうか?

クラスメイトのみんなを見捨てることも・・・親友をその手で・・・。

ちーちゃんのか細い首を凝視する。

その首を両の手で絞めるだけでいいのだ。

ただ3分だけでいい。カップラーメンの時間でいいのだ。

あの時の・・・舞園さんの目を思い出す。

まるで空から獲物を狙う猛禽類を連想させるあの目。

彼女もきっと、あの時、こんな気持ちだったのだろう。

私もきっと、今、あの時の舞園さんと同じ目をしているのだろう。

この状況は神が与えた贈り物にすら感じる。

そうだ・・・カルネアデスの板だ。全ては正当化できるのだ。

 

 

闇の中、ぬっと現れた2本の腕がちーちゃんに向かって伸びていく。

 

 

 

「きゃあ!?」

 

 

 

暗い廊下にちーちゃんの小さい悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・だーれだ?」

「・・・もう、びっくりさせないでよぉ、もこっち」

 

私はちーちゃんの顔を両手で覆った。

突然のことに悲鳴を上げたちーちゃんも、私の声に安心して振り返った。

 

「てへへ、ごめんごめん」

 

手を離し、とりあえず謝る。悪気はないが、驚かしてしまったことには変わりないだから。

そう、これでいいのだ。

当たり前じゃないか。

私はちーちゃんの親友だ。そんなことするはずないではないか。

 

 

 ”君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!”

 

 

あの時、誓った言葉に嘘はない。

私には、そんな力はないけれど・・・だから、せめて、私の邪な心からちーちゃんを守りたい。

 

そうとも・・・!

 

ちーちゃんを殺すくらいなら、私が(社会的に)死んだ方がマシだ。

 

 

「ちーちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 

自分の中のくだらない葛藤に終止符を打ち、とりあえずちーちゃんと話すことにした。

そもそもなぜ、ちーちゃんは、こんな時間にここにいるのだろう。

 

「う、うん・・・ちょっとね」

 

ちーちゃんは、返答を濁した。

彼女の両手に持っているスポーツバックから青いジャージのそでが飛び出ていた。

ちーちゃんは私の視線に気づくと、慌てて、ジャージをしまい、バックのチャックを閉めた。

 

「ゴメンよぉ・・・このことについては言えないんだ。”約束”だから」

 

「そ、そうなんだ。うん、気にしないで!」

 

申し訳なさそうにするちーちゃんに、私は手をフリながら気にしてないことをアピールする。

 

(そうか・・・誰かと待ち合わせしているのか・・・)

 

あの日から、ちーちゃんは少しずつ変わって行った。

いつも怯えて不安そうだった彼女の姿はなく、

その笑顔にはどこか強さのようなものを感じさせた。

 

 

 ”ボクは・・・強く、強くなりたいんだ”

 

 

その言葉を叶えるために、彼女は1歩ずつ前に進んでいるようだ。

私以外のクラスメイトとも打ち解け始めた。

きっと、仲良くなったクラスの誰かと待ち合わせをしているのだろう。

 

親友の成長を嬉しく思い、そして、少しだけ寂しい気持ちになった。

 

「もこっちこそ、ここで何をやってるのぉ?」

「う・・・」

 

逆にちーちゃんの方からストレートな質問がきた。

 

「な、なにか眠れなくて・・・ちょっとブラブラとしてた・・・かな?」

 

葉隠を殺そうと探し回ってました、なんていえるわけもなく、一部真実を述べることにした。

 

「明日の正午・・・だよね」

 

ちーちゃんの言葉に私は力なく頷く。

明日の正午、モノクマの奴にみんなの秘密が暴露される。

私も公開処刑されるのだ。

 

「ボク・・・話すから」

「え・・・?」

「ボク、モノクマが秘密を暴露する前に、自分で秘密を話すよ」

 

驚きちーちゃんを見る。

その綺麗な瞳には、揺るがぬ意志があった。

 

「みんなに話すんだ、ボクの秘密を・・・聞いて欲しいんだ、もこっちに」

「ちーちゃん・・・」

 

ちーちゃんは真っ直ぐな瞳で私を見ていた。

私はその瞳に釘付けとなった。

 

 

―――――ありがとう、もこっち。

 

 

ひまわりのような笑顔でちーちゃんは感謝を口にした。

 

「え・・・何が?」

 

その言葉に私はうろたえた。感謝されるようなことをした覚えはまるでない。

 

「ただ震えて泣くことしかできなかったボクを、変えてくれたのはもこっちだよ」

 

ちーちゃんは話し続ける。感謝の理由を。

 

「もこっちと出会えたから、ボクは前に向かって歩き出すことが出来たんだ。

希望を信じて、歩き出すことができたんだよ」

 

ちーちゃんは語り続ける。私を見つめながら。

 

「だからありがとね、もこっち」

 

 

  ボクと友達になってくれて、ありがとう。

  あの時・・・抱き締めてくれて、ありがとう。

 

 

「ボクは・・・僕は、変わるんだ。強くなりたい。

強くなって家族を守りたい。クラスのみんなを守りたい。大切な人を・・・守りたいんだ」

 

だからね・・・今度は―――――

 

 

 

        僕がもこっちを守るよ!!

    

 

 

「ち、ちーちゃん・・・!」

 

胸にジーンときた。

男の子に言われたら恋に落ちてしまいそうになるほどに。

その言葉は、ちーちゃんの友情は、私の心に響いた。

うう・・・ありがとう、ちーちゃん。

ほんの0.00000000000001%でも君に対して殺意を抱いた私を許しておくれ~~。

 

「もこっち・・・明日、秘密を話したら、本当の僕と・・・」

 

ちーちゃんは、言葉を止め、そして笑った。

 

 

 

「ううん、明日!また明日ね!」

 

 

 

元気よく、手を振り、2Fへの階段を上がっていく彼女を手を振り、見送る。

 

明日、私の運命が決まる。

あの音声は、モノクマの手により、世界中に拡散され、

さらにこの建物で24時間放送され続けるだろう。

明日、私は、超高校級の”喪女”から超高校級の”変態”となるだろう。

 

ちーちゃん、こんなどうしようもない私ですが、どうか・・・

 

 

         友達のままでいて下さい・・・。

    

    

 

この時の私は、明日に絶望して、自分のことに精一杯で、

ほんの少しもちーちゃんのことを考えることができなかった。

この時のことを何度も思い出す。何度も、何度も。

どうして・・・どうして、

私は、呼び止めることができなかったんだろう・・・どうして・・・うう、どうして!

あの時、私はあまりにも明日に絶望していて、

ちーちゃんの笑顔があまりにも綺麗で、あのひまわりのような笑顔に逆に励まされてしまって。

だから・・・声をかけることなんてできなかった。

 

私達に明日なんてなかったんだ・・・

 

 

          私に・・・希望なんてなかったんだ。

       

       

      

 




最後まで希望を抱き・・・運命の刻、近づく。


【あとがき】

次話から・・・です。


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週刊少年ゼツボウマガジン 中編③

ピアノ、プルート、バイオリン。

指揮者モノクマの指揮の下、様々な楽器を奏でるモノクマ達。

その様子はさながら「モノクマ合奏団」。

でも奴らが演奏するのは、モーツァルトでもベートーベンでもない。

いや、そもそも奴らは演奏などしていなかった。

ただ、楽器を操るフリをしているのだ。

 

「この雌豚が~~」

 

「いや~やめて~」

 

床に置かれた安物のCDラジカセからは、

大音量で自家製ドラマCDが・・・私の黒歴史が流されていた。

モノクマは私達の恥ずかしい過去の暴露を開始した。

その先陣となったのが私。

 

ついに・・・公開処刑が始まったのだ。

 

みんなは唖然とした表情でドラマCDを聞いている。

私はあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤に・・・どころではなかった。

全身から血の気が引いていくのを感じる。

身体は硬直して石になった気分だ。

直前まで固めた偽りの覚悟など一瞬で吹き飛ばされた。

スキャンダルが発覚した芸能人というのは、こんな心境だったのだろうか?

 

「・・・態、よ」

 

「え・・・?」

 

誰かの呟きが聞こえた。

目をやると腐川冬子がプルプルと身体を震わしていた。

顔を手で隠しているために、その表情は見えない。

まるで何かに耐えるかのように口を閉じている。

その口が突如、三日月のように裂けた。

 

 

 

「変態よ・・・黒木の奴は真性の変態なのよ~~~~~ッ!!」

 

 

「なッ!??」

 

次の瞬間、顔を上げた腐川は、満面の笑みを浮かべ、絶叫を上げた。

 

「変態・・・変態!変態!変態!変態!この変態女~~~~ッ!!」

 

(こ、この女~~~)

 

普段はみんなの後ろでネチネチと自虐を呟くだけの腐川。

だが、今の奴は違う。

私を罵倒し、辱めるためだけにみんなの一歩前に歩みでて、

”変態”という言葉を連呼している。

 

「ハアハア、変態!変態!」

 

腐川は興奮していた。

 

「初めてアンタを見た時から私は確信していたわ!

アンタは、とんでもないド変態女だって!

でも、こんなにいやらしい女だったなんて・・・黒木の変態!変態喪女~~ッ!!」

 

腐川は明らかに楽しんでいた。

顔を紅潮させて、本当に楽しそうに、私を指差し、罵倒し続けた。

みんなはそれを止めることなく、ただ唖然と眺めていた。

 

「・・・そうだぜ。この変態女!」

 

いや、それどころか腐川に追随する者が現れた。

 

「てめーみたいな変態は初めて見たぜ!チビ女!いや・・・変態女が!!」

 

大和田君は額に血管を浮かべ、私を睨む。

 

「すまない黒木君!僕にはどうしても君の性癖を理解することができない!」

 

石丸君は目に涙を浮かべる。

 

「ヒドイよ・・・智子ちゃん!」

 

朝日奈さんが目を背け、身体を震わせる。

 

「黒木・・・やはり、お主は・・・」

 

大神さんが、まるでリングで敵と相対したように低く構えた。

 

「・・・正直ドン引きだべ」

 

いつもヘラヘラしている葉隠君が無機質な目で私を見つめる。

 

「う~ん。え、えーと、ダメだ!痛すぎてネタにすらできねえ!!」

 

山田君がうろたえ、叫び声を上げる。

 

「うわぁ・・・ですわ」

 

セレスさんが完全に引いていた。

 

「フン!汚らわしいクズが!」

 

いつもと変わらぬ十神白夜の態度が逆に救いにすら感じる。

 

「ち、ちがう。み、みんな違うの!

こ、これは、そ、そう!誤解・・・誤解なんです~~~ッ!!!」

 

冷え切った雰囲気と

針のような視線に耐え切れなくなった私は弁明の声を上げた。

 

なんでもいい。

とにかく、この状況から逃れなくては!

そ、そうだ。これを全て、モノクマの捏造にしてしまえば・・・。

 

 

――――それは違うよ!

 

 

全てをモノクマの捏造にしようとした矢先だった。

雷鳴のように、その声はこの部屋全体に、私の中に響いた。

苗木君が・・・苗木君がまるで学級裁判で”クロ”を見るかのような目で私を見つめていた。

 

「ち、違うの!こ、これは全部、モノクマの捏造で・・・」

 

それに対して、私は追い詰められたクロのように苦しい言い訳をする。

 

「それは違うよ!なぜなら・・・」

 

苗木君は、ゆっくりと銃口を向ける。

 

「この声は紛れもなく、黒木さん・・・君の声だ!」

 

「う、うぎぃいいいい~~~~ッ!!」

 

放たれた言弾が、私の右肩を貫いた。

 

「苗木君、どうやら見えてきたみたいね。この汚物の正体が」

 

霧切さんがゴミを見る瞳で私を見下ろしている。

その問いに苗木君は大きく頷いた。

 

「黒木さん・・・君は超高校級の”喪女”なんかじゃない!」

 

そう、君の正体は―――

 

 

        超高校級の”変態”だぁーーーーーッ!!

 

 

 

「うわぁああああああああーーーーーーーッ!!」

 

トドメの言弾が私の心臓を貫いた。

 

「う、うぁ、ああ・・・」

 

私はあの時の桑田君のように、ヘナヘナと地に膝を屈した。

 

もう、ダメだ。

もう、おしまいだ。

私は、超高校級の”変態”となってしまったのだ・・・!

とても生きていくことなどできない。

 

もう・・・この世のどこにも私の居場所はないのだ。

 

 

    ”居場所ならあるよ!”

    

 

「え・・・?」

 

懐かしい声が聞こえた気がした。

その方向を見ると、床がガタガタと動いている。

ガチャリ、床の扉が開き、

天使の輪とピンク頭が飛び出してきた。

 

「久しぶりだね☆もこっち」

 

「盾子ちゃん!?」

 

なんということだろう。

モノクマに殺されたはずの盾子ちゃん。

その彼女が再び私の前に姿を現したのだ!

 

「江ノ島さんだけじゃないですよ、黒木さん!」

「俺達もいるぜ!」

 

「え?ま、舞園さん!?桑田君も・・・!?」

 

驚きは続く。

なんと殺された舞園さんと処刑された桑田君も出てきた!?

彼女達の頭にも盾子ちゃんと同じ天使の輪が浮かんでいた。

 

「ずっと天国から見守っていたんだよ。頑張ったね、もこっち」

 

変わらぬ笑顔に涙が出そうになった。

盾子ちゃんは、天国から私のことを見守ってくれていたのだ。

 

「この世に居場所がないなら、あの世にくればいいんだよ☆

一緒に天国で暮らそう!もこっち」

 

「四季折々の美しい場所ですよ!」

「毎日、野球ができて楽しいぜ~~」

 

それはまさに天使の誘惑だった。

天国に行く・・・が。

うん、それも悪くないかもしれないな・・・。

 

「そもそも、もこっちはこの世が合わなかったんだよ!」

 

変わらぬ笑顔に涙が出そうになった。

私の人生、全否定ですか、そうですか・・・。

ああ、もう!

どうしてコイツはいつも一言多いのだ!

 

しかし・・・以前に妄想推理していた時から気にはなっていたのだけど・・・・。

天国って、普通は下ではなく上の方にあるのでは・・・?

 

「あ、あの、盾子ちゃん」

 

「なんだい?もこっち」

 

「ちょ、ちょっと天国を見てみたいのだけれど・・・」

 

「・・・。」

 

盾子ちゃんは無言の笑顔で道をあけた。

三人とも笑顔で私を見つめる。

でも、それは作ったような笑顔、そう感じられた。

どこか腑に落ちなさを感じながら、

私はついに天国を目の当たりにするためあの床の扉の前に立った。

 

そこを覗くと、そこには天国の光景が―――

 

 

 

グツグツと煮えたぎる赤いマグマのような池からは、

そこに落とされた人間達の絶叫が聞こえてくる。

その熱気と悲鳴に一瞬で全身に汗が浮かぶ。

もし、この場所をに名前をつけるなら、きっと「灼熱地獄」が相応しい。

 

あちらでは氷山がそびえ立ち、ブリザードが吹き荒れている。

落とされた人々は、氷漬けにされ、その姿はまるで天然のオブジェのよう。

名づけるなら「氷雪地獄」かな。

 

「まさに”ザ・四季”といった感じですよね!」

 

いつの間にか横に立っていた舞園さんが同意を求めてくる。

 

「な、夏と冬の主張が激しすぎる気が・・・・」

 

かろうじて返答する。

 

あの場所が夏と冬ならその間の空間は。

道のようになっているところが春と秋に該当するのでしょうか?

二つの地獄の間には道のようになっていた。

そこでは、赤や青の大男達が人々を金棒で追い回し、

灼熱地獄や氷雪地獄に追い落としていた。

その頭には、角が生えていた。

 

「あ、あの方々は・・・?」

 

「ああ、メジャーリーガーだよ。バット持ってるだろ?」

 

隣に立つ桑田君がそっけなく答える。

 

「で、でも、ちょ、ちょっと大きすぎる気が・・・」

 

「ああ、彼は南米出身だからな」

 

「角が生えているのですが、それは・・・」

 

3mはあろうかと思われる青鬼がこちらを見て、”グルル”と唸っている。

 

 

ああ、ここってもしかして・・・

 

 

その時だった。

 

(---ッ!?)

 

後ろから何か強烈な殺気のようなものを感じた。

それが何なのかを考える前に本能が動いた。

私は身体をひねり回転した。

 

「え!?」

 

誰かの驚く声が聞こえた。

顔を上げると盾子ちゃんと目が合う。

彼女の両手はさっき私がいた空間に伸びていた。

まるで突き落とすかのように。

 

「フ、フフフフフフ」

 

「うひ、うひひひひ」

 

私達はお互いを見つめ笑い合う。

その間、私は後ろに少しづつ下がり、距離をとる。

 

「どうしたのかな?もこっち」

 

「いや別に・・・盾子ちゃんこそ、何かな?」

 

「どうして、後ろに下がっているのかな?」

 

「盾子ちゃんこそ、どうして近づいてくるのかな?」

 

後ろに移動しながらも、私はまるで格闘技者のように、一定の間合いを保つ。

盾子ちゃんはそれに気づき、ギリギリの距離を保つ。

 

お互いが笑みを止めた瞬間―――

 

 

「ハァッ!!」

 

「クッ!!」

 

 

盾子ちゃんは高速タックルで突っ込んできた。

それはまるで獲物を狩る狼のような。

攻撃を予期していた私は、全力で腰を後ろに引いて、タックルに耐えた。

一瞬の膠着状態が起きる。

 

だが、それもまさに束の間。

 

「うわぁ!?」

 

両足タックルの失敗を認めた盾子ちゃんは即座に片足タックルに切り替え、

私の右足に絡みついた。

耐えることができなかった。

私は尻餅をつき、展開はグランドに移行する。

盾子ちゃんは私の右足にしがみつき、

私はそのピンク頭を必死に押さえつける。

 

「何でよ!なんで一緒に行ってくれないのよ!?」

 

「ふざけんな!行くわけねーだろ!?」

 

喚き散らす盾子ちゃんの願いを一蹴する。

何が天国だ!?完全に地獄じゃないか!

 

「お願いもこっち!

私が出世するには生きた人間の肝を豪鬼様に献上しなければならないのよ!

だからお願い!私達、親友でしょ!?」

 

「お、お前、親友の私を売るつもりか!?」

 

出世のために鬼に親友を売り渡す。

その心はもはや人間ではなく、鬼そのもの。

 

「うぉおおおーーー放せ!放せぇえええええ!!!」

 

私は脱出しようと全力で暴れる。

 

「放せよオラ!オラオラオラオラオラオラオラァアアアア~~~~ッ!!」

 

目の前のピンク頭にエルボーを連打する。

 

「――痛ッ!?」

 

肘が何か鋭利なものが刺さった。

痛みに驚き、慌ててその場所を見る。

 

その場所には、ピンク頭には――――

 

 

      小さな角が生えていた。

 

 

涙が出た。

コイツ・・・どこまで堕ちれば気が済むのだろうか。

私の親友は、ついに身も心も鬼となってしまったのだ。

 

「グルルルル・・・」

 

盾子ちゃんは牙を見せながら、低く唸る。

 

「グルルル・・・じゃねーよ!」

 

「アイタッ!?」

 

むかついたので頭にゲンコツを叩き込む。

盾子ちゃんは、人間時代のリアクションをとった。

 

「桑田君!私達も江ノ島さんを手伝いましょう!」

「おうよ!」

 

二人も正体を現した。

一本角の舞園さんは、鬼になってもやはりかわいかった。

二本角の桑田君は、雷様みたいで、何故か様になっていた。

 

「ふぎぃいいいい~~~~ッ!!」

 

多勢に無勢。

私は、床にツメを立てて必死に抵抗するも、

ズルズル、と地獄へと引きづりこまれていく。

 

「助けて!お願い!助けて~~」

 

私は目の前の人物に助けを求める。

 

「助けて!助けて・・・ちーちゃ~~ん!!」

 

ちーちゃんは、目に一杯の涙を浮かべ、首をプルプルと振り続けた。

 

 

「助けて!ちーちゃ・・・うわぁああああああ~~~~~」

 

 

断末魔を上げ、私はついに地獄へと堕ちて行った。

 

 

…………

 

・……………………

 

・……………………・……………

 

・……………………・……………・……………・

 

・……………………・……………・……………………・……………・……………………・……………

 

 

 

 

「うわぁあああああ~~~~」

 

ここは・・・?

 

「ハア、ハア、ハア・・・」

 

ここは・・・地獄ではないようだ。

気がづくと私はベッドの上で、上半身だけ起こして宙に手を伸ばしていた。

頬に嫌な汗が流れ落ちる。

まるで全力でマラソンをした後のように、

全身から汗が吹き出していた。

 

(夢か・・・)

 

どうやら先ほどの出来事は夢だったようだ。

まさに悪夢そのものだ。

現実世界の悩みが夢に反映すると聞いたことがあるが、

それならば、私はどれだけ追い詰められているのだろうか?

 

(時間は・・・?)

 

時計の針は、9時を越えていた。

悪夢が現実となるまで、あと3時間を切っていた。

いよいよ覚悟を決める刻がきたようだ。

私が深くため息をついた時だった。

 

「先ほどまで爆睡していたバカがいたので、もう一度放送しま~す!」

 

スピーカーからあの野郎のムカつく声が聞こえてきた。

 

「ただいまの時間を”捜査時間”とします!

各自、自由に捜査しちゃってください!プププ、何か起きたみたいだよ~」

 

”先ほどまで爆睡していたバカ”とはきっと私のことだろう。

だけど、”捜査時間”というのは・・・。

私は急いでシャワーを浴び、着替える。

”何か起きた”

奴の最後の言葉にえもいわれぬ不安と胸騒ぎがした。

 

 

 

食堂に行くと、苗木君と朝日奈さんと大神さんがいた。

 

「な、苗木君、さっきの放送って・・・」

 

「黒木さん。僕も、今、ここにきたばかりだから、まだ何も・・・」

 

私の問いに苗木君は困惑の表情を浮かべた。

彼も状況を把握できていないようだ。

 

「・・・おそらく、また起きてしまったのではないか」

 

「え、で、でも、そんな・・・」

 

”また”という大神さんの言葉に朝日奈さんが狼狽する。

その言葉はあの忌まわしい事件を連想させた。

苗木君と目が合った。

不安そうな表情。

きっと、私も同じ表情をしているのだろう。

 

「ククク、ならば調べてみるしかないな」

 

見下すような笑みを浮かべ十神白夜が姿を現した。

 

「ここは奴の言葉に乗ってやるとしよう。

ククク、ただ立っていても仕方なかろう」

 

なんだろう・・・?

 

十神白夜はいつになく上機嫌だった。

 

「よし・・・捜査するぞ。ついてこい、苗木」

「え・・・!?」

 

十神は、捜査の同行者に苗木君を指名した。

十神と苗木君が話しているのを度々見たことがある。

どうやら、仲はいいようだ。

 

「そうだな・・・もう一人は・・・イモ虫、お前もこい!」

 

「あ、はい・・・え?えぇえええええええ~~~~!!???」

 

流れで承諾した後に、私は驚愕の声を上げた。

十神が!?私を!?

訳が分からなかった。

私は十神とまったく仲がよくない。

むしろ嫌悪し合っている関係である。

それに同行者は苗木君だけでいいではないか?

疑問を口に出す前に十神はさっさと食堂を出て行く。

苗木君と私は慌ててその後を追う。

十神は迷うことなく、2Fへの階段を上がっていく。

そして、更衣室の前で足を止めた。

 

「・・・ここが怪しいな」

 

「あ、そこは・・・!」

 

あろうことか女子更衣室の方へ進む十神を見て、私は慌てる。

女子更衣室の前には侵入者撃退のマシンガンが取り付けられている。

ここに入るには女子の生徒手帳が必要だ。

いくら十神のことが嫌いでも、

奴のミンチなど目の当たりにはしたくない。

私は慌てて、生徒手帳を取り出そうとした。

 

「現在は捜査時間のため、全ての部屋を開放しま~す」

 

監視カメラで私達のことを盗み見ていたのだろう。

モノクマはいやらしい声が頭上から聞こえてきた。

 

「・・・だ、そうだ」

 

ククク、と笑いながら、十神は更衣室の扉を開けた。

 

「十神君、待ってよ!」

 

苗木君が後を追う。

その直後だった。

 

 

「うわぁああああああああ~~~~~~!!!?」

 

 

苗木君が叫び声を上げて、尻餅をついた。

 

「な、苗木君!?どうしたの!?」

 

突然の悲鳴に驚きながらも、苗木君の傍に行こうと、私も部屋に足を踏み入れた。

 

次の瞬間、苗木君と目が合う。

 

 

「黒木さん!見ちゃダメだぁあーーーーーーーッ!!!」

 

「え、一体何があ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ”ザ・ワールド”

               

 

 

 

 

その瞬間、時が止まった。

某人気漫画の中に、”スタンド”という自分の分身を操り戦うバトル漫画がある。

様々な能力がある中で、最強と言われている能力は”時の支配”である。

 

全てが停止する中で、自分だけが動ける。

 

まさに”ザ・ワールド”

世界を支配するに相応しい能力である!

その能力が今、まさに私の中に発動したのだ。

世界は停止している。

 

十神は傲慢な笑みをしたまま固まっている。

苗木君は、悲痛な表情を浮かべている。

 

全てが止まっている。

いや・・・止まってなどいない。

ほんの少しずつ動いている。

そう・・・これは、スタンド能力などではなかった。

 

交通事故で車にはねられた瞬間、

被害者は、飛ばされる最中、全てがスローモーションのように遅くなったように感じた。

そんな話を聞いたことがある。

ある研究者によれば、

それは、生存するために、

ありとあらゆる可能性を検索するために脳がフル稼働している結果だという。

そうであるならば、今の私は何だろう?

命の危険を回避するために、脳がフル稼働している・・・?

いいや、そうではない。

 

 

それはきっと、私の脳が目の前の現実を全力で拒否したからに他ならない。

 

 

だが、それも限界が訪れようとしていた。

凍れる時が急速に溶けていくのを感じる。

時は・・・動き出した。

 

私は最後の抵抗をするかのようにありったけの声を上げ、叫んだ―――――

 

 

 

 

「うわぁあああああああああ~~~~~ちーーーちゃああああああああ――――」

 

 

 

その顔にはあのひまわりのような笑顔はなかった。

その瞳にはあの輝くような希望はなかった。

ただ、うつろに地を見つめ、頭からは血を流している。

まるでキリスト像のようにコードで体を固定され、彼女はそこにいた。

 

壁には地文字で

 

 

 

           ”チミドロフィーバー”

    

 

 

ぞこにあったのは、私の親友の変わり果てた姿だった。

 

 

キーン、コーン…カーン、コーン♪

 

  「死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、“学級裁判”を始めます!」

 

 

 

 




希望なき物語のはじまり―――



【あとがき】
次話から絶望を描けるのか・・・難しいですが、頑張ります。



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週刊少年ゼツボウマガジン 後編①

「ちーちゃん、もっと早く!」

 

「もこっち、も、もうこれ以上は無理だよぉ」

 

「が、頑張って!あと少しだから!」

 

私達は暗い森の中をひたすら走り続ける。

ここがどこなのかまるで検討がつかない。

それでも私達は走り続けた。

転びそうになりながらも。

がむしゃらに、全力で。

今はそうするしかないのだ。

 

「オマエラ、待て~」

「おしおきしてやる~!」

 

私達の後ろには、モノクマ達の群集団が迫っていた。

 

図書室で、ちーちゃんと探索をしていた私は、

本棚から1冊の本を引き抜いた。

その直後、”ゴ、ゴ、ゴ”という音を立てながら、

本棚が回転し、その後ろから扉が姿を現した。

 

私達は、偶然にも黒幕の隠し通路を発見してしまったのだ。

まさか、本当にあるとは思っていなかった。

だが、アレコレ考えている時間はなかった。

この状況は監視カメラを通して黒幕に知られているはず。

みんなを集め、全員で脱出する時間はないのは明白だった。

私は意を決し、扉を開ける。

そして、ちーちゃんの手を取り、走り出したのだった。

 

「待て~~」

 

私達が外に出て、すぐに追手のモノクマ達が姿を現した。

いつものノーマルタイプの他に、まわしをつけた力士のようなモノクマや

グローブをつけたボクサーのようなモノクマが姿が見えた。

おそらくは、近くに配備されていたモノクマを緊急に出動させたのだろう。

黒幕の焦りが伝わってくるかのようだ。

これはまさに千載一遇のチャンスだった。

私達は森に逃げこみ、真っ直ぐに走り続けた。

必死で走る。

余裕などなかった。

だが、私には勝算があった。

日本国内であれば、どんな森でも真っ直ぐに進めば、必ず道に出る、と

どこかで聞いたことがある。

 

そして・・・

 

 

「プギャ~~」

 

後ろで転倒したモノクマの悲鳴が聞こえる。

そうなのだ!

室内仕様のモノクマにとって、

森はまさに天然のトラップなのだ!

モノクマ達は木にぶつかり、茂みにつっこみ転倒していく。

奴らとの距離はどんどん離れていく。

振り返ってその姿が見えなくなる。

 

やった!

 

私達はとうとうモノクマと黒幕の掌から抜け出したのだ。

私達はひたすら走り続けた。

絶望の闇から逃れるために。

希望に向かって走り続けた。

そして、ついに暗い森の終着点へと辿り着いた。

 

「ハア、ハア、ハア・・・」

 

道路の真ん中で大きく肩で息をする。

アスファルトの感触に安堵感を覚える。

 

とうとうここまできた。

ガードレールから身を乗り出す。

その眼下には、街の灯が・・・希望が広がっていた。

助かった・・・助かったんだ!

すぐに警察に駆け込もう。

これで黒幕を捕まえることができる。

みんなを助けることができる!

 

やったんだ。

私達はやり遂げたんだよ!

 

ちーちゃんの手を握る手に力が入る。

ちーちゃんは無言だった。

喜びのあまり声が出ないのだろうか?

でも、その手からは、柔らかさと熱が

ちーちゃんの確かな存在が感じられた。

 

「やったよ!やったよ、ちーちゃん!」

 

私は喜びを分かち合おうと振り返る。

 

「え・・・!?」

 

その瞬間、私は凍りついた。

そこにはちーちゃんがいた。

いや・・・ちーちゃんに似た何かがいた。

ちーちゃんに似せたソイツは、

ちーちゃんのカツラを被っていた。

ちーちゃんの服を着ていた。

ちーちゃんの姿をしたモノクマが

首をかしげながら私を見つめていた。

握った手は、冷たい鉄の感触に変わっていた。

 

 

「うわぁあああ!?」

 

驚きのあまり、私はその場で尻餅をついた。

 

(な、なんでモノクマが・・・!?)

 

狼狽する私をモノクマは笑いを堪えながら見つめている。

 

「ど、どうして?ちーちゃん・・・ちーちゃんは!?」

 

そうだ・・・!本物のちーちゃんはどこに!?

 

「ちーちゃん?ああ、もしかしてアレのこと?」

 

モノクマはゆっくりと指差す。

 

「・・・。」

 

そこには・・・ちーちゃんがいた。

処刑人のマスクを被ったモノクマ達にキリスト像のように

磔にされた彼女は、頭から血を流して・・・・その瞳は空ろに・・・

 

 

「うわぁあああああああああああああああ~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

…………

 

・……………………

 

・……………………・……………

 

・……………………・……………・……………・

 

・……………………・……………・……………………・……………・……………………・……………

 

 

 

 

 

「ハアハア、ハア」

 

ここは・・・?

 

「ハアハアハア・・・」

 

私の・・・部屋?

 

頬につめたい汗が流れ落ちる。

全身が汗でぐっしょりとぬれているのを感じる。

 

ここは・・・私の部屋・・・のようだ。

 

気づくと私はベッドの上で、上半身だけ起こして宙に手を伸ばしていた。

 

「ハア、ハア・・・」

 

まだ息の乱れが収まらない。

この状況に覚えがある。

私は盾子ちゃん達に地獄に引きずりこまれそうになって・・・

ちーちゃんに助けを求めて・・・

それで・・・今みたい目が覚めたんだ。

 

(じゃあ、あれも・・・夢?)

 

脱出して必死に走った夢だから、こんなに汗をかいているのだろうか?

それならばどんだけ夢と現実がリンクしているんだよ!という話だ。

まったく身体が休まらないではないか。

まだイマイチ意識がはっきりしない。

 

(あれ?)

 

汗のことを考えていたらいまさら気づいた。

私・・・パジャマを着ていない?

なぜか私は制服を着たまま寝ていた。

なんでだろう・・・?

昨日は黒歴史の暴露の件でパニック状態になっていた。

きっとそのせいなのだろう。

まったく思い出せないや・・・。

 

というか、黒歴史!

今、何時!?

確かモノクマの奴は正午に発表するって・・・・!

 

 

「よかった・・・気がついて」

 

「え・・・?」

 

少しだけ意識が戻りつつある中で、その声に私は振り向く。

 

「大丈夫・・・?黒木さん」

 

そこには苗木君が立っていた。

心配そうな表情で私を見つめている。

 

(・・・。)

 

一瞬、私は固まる。

この状況はなんだろう?

どうなっているのだろうか?

なぜ苗木君が私の部屋にいる・・・!?

 

どうして・・・・どうして・・・

 

 

……………………・……………・……………………・………

……………………・……………・……………………・………

……………………・……………・……………………・………

……………………・……………・………………

……………………

 

 

(ああ・・・そうか・・・)

 

そういうことだったのか。

私は今までの状況を整理することで1つの回答に辿り着いた。

やっと状況が掴めた。

つまりこういうことだったのだ。

 

昨日、私は黒歴史の件で、パニックになり追い詰められて

夜遅くまであちこちを徘徊していた。

そして、ちーちゃんと会って少し話して

別れた後、そのままベッドで寝てしまったんだ。

うん、だから制服を着ているのだ。

きっと、心労で疲れきっていたのだろう。

私は、今の今まで眠りこけていたのだ。

きっともう正午を過ぎているのだろう。

みんなやモノクマが食堂に集まる中で、

私だけがいない・・・そんあ状況なのだ。

苗木君は・・・心配して迎えに来てくれたのだろう。

たぶん、私がドアのロックをかけ忘れていたのかな?

不安になり、私の安否を確かめるために部屋に入ってきた・・・とか。

そうか・・・だからこんな気まずそうな顔をしているのか。

 

ハハハ・・・なんだ。そうだったのか。

ん?

ということは、苗木君に私の寝顔を見られてしまった・・・?

とたんに顔が熱くなってきた。

恥ずかしかった。

男の子に寝顔を見られるなんて。

変な寝顔じゃなかったかな?

まさかヨダレとか!?

普段なら最悪だ!と心の中で頭を抱えているはずだけど

今はそうではなかった。

恥ずかしさよりも先に安堵感があった。

苗木君の顔を見て安心することができたから。

 

 

ああ、そうか・・・。

 

全部、夢だったんだ・・・。

 

 

「夢を・・・見たんだ」

 

「え・・・?」

 

安心して、ふと声に出てしまった。

苗木君が少し困惑している。

 

「怖い・・・夢を見たんだ」

 

「夢・・・」

 

もうここまで言ったのだから話してしまおう。

これ以上、苗木君に心配をかけるわけにはいかない。

ううん・・・違う。

私が話したいんだ。

私が・・・苗木君に聞いて欲しいんだ。

 

「図書館で隠し扉を見つけて・・・

そこから外に出ることが出来たんだ・・・ちーちゃんと一緒に。

森の中を必死で逃げて・・・

いろいろなモノクマが追いかけてきたんだ」

 

「・・・。」

 

夢の内容を思い出しながらなので

喋る速さも遅く、内容も断片的になってしまった。

それでも苗木君は無言で聞いてくれている。

 

「なんとかモノクマ達から逃げ切って・・・

街が見える場所まで行ったのだけど・・・

振り返ったら、ちーちゃんがモノクマになっていて・・・

本物のちーちゃんは・・・」

 

ああ、口に出してみるとなんとバカらしい夢なのだろう。

きっと苗木君も苦笑するだろう。

 

 

「モノクマに殺されて、磔にされていたんだ。

怖かった・・・夢で・・・夢で本当によかった~~」

 

 

 

 

    ~~~~~~~~~・・・ッ!!

    

    

(え・・・?)

 

その瞬間、苗木君の表情が変わった。

私は、その顔を見て息を呑んだ。

その表情を見て絶句した。

初めてだった。

私は初めてこんな悲しそうな人の顔を見た。

人間とはこれほどまでに悲しい表情をすることができるのか・・・。

そう思うほどに、

その時の苗木君の表情は絶望と悲しみに満ちていた。

 

中学時代からの友人だった舞園さんが殺され、犯人扱いされた時も

悲しみを必死に押し殺して、気丈に捜査を続けた苗木君。

舞園さんに裏切られた真実を知っても、

それでも希望を信じて前に進むことを誓った苗木君。

 

そんな彼がどうしてこれほどまでに

悲しい顔をしたのだろうか・・・。

後になって私は、この時のことを思い出すことがある。

何度も何度もあの時の苗木君の顔を思い出す。

苗木君があんな悲しそうな顔をしたのは・・・。

それはきっと、私のことを思ってくれたからだろう。

彼は優しい人だから・・・。

苗木君は、自分が傷つくより、他の人が・・・

それがたとえ私でも・・・

傷つくのをみるのがつらかったのだと思う。

 

苗木君はつらそうに瞼を閉じている。

その身体は、かすかに震えていた。

 

「違う・・・それは違うよ」

 

苗木君は苦しそうに何か呟いた。

 

「違うんだ・・・黒木さん。

君は倒れたんだ・・・更衣室で・・・。アレを見た後に・・・倒れたんだ」

 

倒れた?更衣室で・・・?

苗木君の言っていることがよくわからなかった。

 

「落ち着いて聞いて、黒木さん」

 

瞼を開いた苗木君の瞳は、

まるで何かを決意したかのようだった。

その真剣な眼差しに私は釘付けとなった。

目を逸らすことができなかった。

 

 

「不二咲さんが殺された。また・・・学級裁判が始まるんだ」

 

 

「・・・」

 

「君は、不二咲さんの死体を見て、気を失ったんだ・・・。

それで・・・僕がここまで運んで・・・その後・・・黒・・・だか・・・」

 

(ん?う、うん・・・?)

 

苗木君の言葉が理解できなかった。

苗木君は言葉を続けるも、それは私の耳に入らなかった。

 

 

”更衣室” ”ちーちゃん” ”死体”

 

 

そのキーワードが私の頭を回っていた。

一体、彼は何を言っているのだろう。

なぜこんな意味のわからない話を続けているのだろうか。

そもそも私は更衣室など言った覚えはない。

私はずっと寝ていたのだ。

そう、私は盾子ちゃん達に

地獄に引きずりこまれる悪夢を見て、悲鳴を上げて、起きたのだ。

それで・・・あれ?

 

起きた?あれ・・・?

 

私はずっと寝ていたはずだ。

なんで、なんでこんな記憶があるのだろうか?

 

(私は起きて・・・食堂で苗木君に・・・)

 

断片的な映像が頭の中に浮かび上がってくる。

それは、夢の映像というにはあまりにもリアルなもので。

 

傲慢な笑みを浮かべ更衣室に入っていく十神白夜。

悲鳴を上げる苗木君。

 

私は苗木君の傍に駆け寄ろうと更衣室に入って・・・

 

「黒木さん!見ちゃダメだぁあーーーーーーーッ!!!」

 

あの時の苗木君の声が脳裏に蘇る。

 

その叫び声の中、私が目にしたのは、ちーちゃんの・・・死体だった。

 

キリスト像のように磔にされ、頭から血を流し・・・その瞳は空ろに・・・。

悪夢の中でちーちゃんが殺され、

磔にされた光景がそれと交差し、ピタリと重なった。

 

 

 

 

その瞬間――

 

私の全身の毛穴から”ブワッ”と冷たい汗が溢れ出た。

 

 

 

 

 

(え・・・?え?え?)

 

なんだこれ・・・?

一体、何だこれは!?

何がなんだかわからない。わからない・・・のに。

全身の毛が逆立つ。

身体の震え止まらない。

胸の動悸が収まらなかった。

 

「黒木さん?黒木さん!」

 

「え?」

 

「だ・・・大丈夫?」

 

「あ・・・」

 

その声に気づくと目の前に苗木君が立っていた。

心配そうに私を見つめている。

 

「黒木さんは

誰よりも不二咲さんと仲が良かったから、とてもつらいと思う」

 

苗木君は言葉を続ける。

 

「こんな事がまた起きるなんて、僕は悲しいよ。不二咲さんが・・・なんでって・・・」

 

ちーちゃんが死んだことをつらそうに語っている。

 

「でも・・・始まってしまったんだ。また学級裁判が。他のみんなも、捜査を始めているよ」

 

すでにちーちゃんの死は過去のものとなり、話題は学級裁判の捜査に移っていく。

 

「つらいかもしれないけど、黒木さんも捜査に・・・

僕も、僕もできるかぎり協力するから!だから・・・」

 

「ねえ、苗木君・・・」

 

「黒木さん・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―――これ”も”夢だよね・・・?

     

     

 

 

 

 

 

 

     

「え・・・?」

 

”ゾッ”と青ざめる苗木君の瞳に

それ以上に真っ青になった私の顔が映る。

 

ハ、ハハ・・・アハハハハ。

な、な~んだ。

そ、そうか。

そういことだったのか。

こ、これも夢なんだ。

私はまだ夢の中にいるんだ。

悪夢を見続けているんだ。

だから・・・だから・・・こんな。

 

「く、黒木さん・・・何を言って―――」

 

「何を言ってるかわからないのは、そっちだよ!」

 

「え!?」

 

私の口調の変化に苗木君は・・・いや、苗木君の”偽者”は戸惑いの声を上げた。

 

そうとも。

ここが悪夢の中なら、この人は・・・

いや、コイツは苗木君なんかじゃない!

悪夢が作り出した紛い物。

私を苦しめるために生み出された偽者なんだ!

だから・・・こんなひどい嘘を・・・。

ちーちゃんが死んだなんて大嘘をついて、私を苦しめようとしているんだ!

そうはいかない。

そんな手に乗ってたまるか!

 

「さっきから何をわからないことを言ってるの?

バカじゃないの。ちーちゃんが殺されるわけないじゃん」

 

ベッドから降りて、立ち上がり

ヤレヤレ、といった感じのポーズをとりながら、

私は偽者に対して流暢に挑発の言葉を投げつけた。

そう、偽者相手なら、緊張する必要などないのだ。

 

「お、落ち着いて黒木さん」

 

普段とは違う私の堂々とした態度に偽者は驚き慌てている。

 

「うるさい!黙れ!」

 

落ち着けだって?

ああ、落ち着いてるとも。

今の私は、これ以上ないくらいに冷静だ。

誰よりも冷静なんだ!

 

「ちーちゃんが殺されたなんてあるわけないんだ!だって・・・」

 

今から証明してやる。

私が冷静であることを。

この偽者を論破して

全てが嘘だって証明してやる!

 

「ちーちゃんはかわいくて・・・誰からも愛されていて・・・」

 

ちーちゃんのひまわりのような笑顔が頭を過ぎる。

 

「道で蟻を踏んでしまっただけで、

泣いてしまうような優しい女の子なんだよ。

そんな優しいあの子が・・・私の大好きな友達が・・・」

 

 

”誰かに恨まれて

殺されるなんてことがあるはずないだろ!ふざけるな~~~~ッ!!”

 

 

自分でも信じられないほど大きな声が出た。

 

「夢の中だからって調子に乗るなよ!この偽者がぁ!」

 

冷静に!冷静にな・・・

 

「お前の言っていることは全部嘘だ!」

 

なれるわけがなかった。

感情が堰を切った。

 

「そんなことあるはずないじゃないか・・・。

そんなひどい話があるはずないじゃないか」

 

怒りの感情が。

 

「世界がそんな残酷なはずないじゃないか。

世界が・・・そんな絶望に満ちているはず・・・ないじゃないか」

 

恐怖と絶望が溢れ出る。

 

「友達になれそうだった舞園さんが殺されて・・・

親友だった盾子ちゃんが目の前で死んで・・・

ちーちゃんまで・・・なんて。そんなはずないじゃないか。

私が仲良くなった人が・・・

私と友達になってくれた人がみんな消えてしまうなんて・・・」

 

堰を切った感情は止まらない。

 

「な・・・なら・・・私の家族やゆうちゃんは、もう・・・」

 

今まで抑えていた全てが流れ出した。

 

「だから・・・夢なんだ・・・!これは・・・全部、夢なんだ!!」

 

「ち、違うよ!これは夢なんかじゃ・・・」

「夢だ!」

「だって、本当に・・・」

「夢だって・・・!」

「黒木さん、不二咲さんはもう・・・」

 

「夢だって・・・言ってるじゃないか~~~~ッ!!」

 

「黒木さん・・・」

 

「ハアハア、ハアハア・・・」

 

肩で息をするほど、私は力の限り叫んだ。

一刻も早くこの悪夢が醒めることを願いながら。

苗木君の偽者は、言葉を止めて私を見ている。

本当に・・・悲しそうな顔で、私を見つめている。

 

(やめてよ・・・)

 

たとえ偽者でも・・・その顔で。

苗木君のそんな悲しそうな顔で見つめられたら・・・。

涙が出そうになるのを必死で堪える。

 

「・・・出てってよ」

 

「え・・・」

 

「ここから出てけよーーーッ!!」

 

たとえ偽者でも、これ以上、苗木君のそんな表情を見ることに耐えられない。

 

「出てけ!」

 

「黒木さん・・・」

 

「私の前から消えろ!苗木君の偽者めーーーッ!」

 

ありったけの力で枕を投げつける。

枕は偽者の顔に直撃した。

偽者は顔を押さえる。

 

「わ、私は・・・待つんだ。

ここで・・・悪夢が醒めるのを・・・待つんだ。

だから・・・出てってよ。

お願いだから・・・ここから出てってよ」

 

「・・・。」

 

最後はもはや懇願だった。

その願いの前に苗木君の偽者は、ただ無言で立ち尽くしていた。

 

沈黙が二人の間に訪れる。

二人の間には、目に見えない大きな溝があった。

 

「・・・。」

 

偽者は私に何か言葉を投げかけようと試みる。

だが、言葉が出てこないようだ。

何度かそれを繰り返し、そして諦めたのだろう。

うなだれながら、ドアの方に歩いていく。

 

苗木君の偽者は私のお願いを聞いてくれたようだ。

私の願い通り、部屋から出ようとしている。

 

「ま、待って・・・」

 

その背中を呼び止める。その声に偽者は振り返る。

 

(どうして・・・私は・・・)

 

どうして、呼び止めてしまったのだろうか。

 

「出て行く前に・・・1つだけ」

 

偽者がお願いを聞いてくれたから・・・

願いを聞いてくれるなら・・・

 

「1つだけ、私の願いを聞いてくれないかな・・・?」

 

1つだけ・・・1つだけでいいから。

これだけは、叶えて欲しい願いがあった。

 

「頷いて・・・くれないかな?」

 

ただそれだけでよかった。

 

「私がこれは夢だよね・・・?

そう聞くから・・・それに対してただ、頷いてくれないかな?」

 

言葉などいらなかった。

ただ、頷いて欲しかった。

ただ、その顔で頷いて欲しかった。

苗木君の顔で頷いて欲しい。

 

「だって・・・こんなの夢に決まってる・・・もん」

 

たとえ夢だとわかっていても、私は安心したかった。

安心が欲しかった。

苗木君が、たとえ偽者だとしても、頷いてさえくれれば・・・。

私は安心することができる。

安心してこの部屋で、悪夢から醒めるのを待つことができる。

 

「だ、だってほら、夢だからサァ・・・」

 

左腕に思い切り爪を立て、一気に引く。

”ガリッ”という音がした。

力を入れて何度も引く。

何度も・・・何度も。

皮膚が破れ、左腕から血が流れ落ちる。

 

「こんなことしても・・・全然、痛くないんだよ」

 

ハハハ、すごいや。

さすが夢だ。なんにも感じない。

そうだ。

これは夢だ!夢なんだ!

 

だから―――

 

 

「お願いだから、苗―――!?」

 

顔を上げた次の瞬間。

私が見たのは、私の願いを叶えるために、頷こうとする苗木君の姿ではなかった。

彼はいつの間にか、私の眼前に立ち、全身を捻る。

まるで反動をつけ、威力をあげるかのように。

 

 

  パァーーーーーーーーーーン!

  

  

苗木君の姿が消えたと思った瞬間、視界が揺れた。

派手な音が部屋全体に響き渡った。

 

(え!?私・・・今)

 

ぶたれた――――!?

 

 

お母さんはともかく

お父さんにだって・・・智貴にさえ・・・

 

男の人にされたことなんて―――――

 

衝撃の直後、右頬に火が走ったような”痛み”を感じ、私は叫んだ。

 

 

「い、痛いじゃないか!何をするんだぁああ~~~!?」

 

 

―――――え・・・?

 

痛・・・い?

 

右頬を押さる。

そこにはあるはずのないものが・・・。

夢のはずなのに。

あるはずのないリアルな痛みがあった。

 

「あ・・・」

 

掻き毟った左腕が視界に入る。

傷口から、血が流れ落ちる度に、

ズキン、ズキンと鋭い痛みを主張する。

 

それは今を生きている痛み。

それは決して否定できぬ現実の痛み。

 

 

「あ・・・ああ・・・」

 

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ

 

 

「黒木さん・・・もう一度言うよ。

不二咲さんは死んだ。また学級裁判が始まるんだ」

 

「うぁあああ~~~~~ッ!!」

 

血に塗れた手で苗木君に掴みかかる。

 

「どうして・・・どうして・・・!どうして~~~ッ!!!」

 

両の手で彼の胸ぐらを掴み叫ぶ。

腹の底から。血を吐く思いで。

 

本当は・・・わかっていた。

わかってしまった。

ちーちゃんの死体を見た記憶と夢の光景がピタリと一致した時に。

あの時、思い出した。

全て思い出してしまった。

 

でも、信じられなくて・・・。信じたくなくて。

 

こんなひどい話が現実なんて認めたくなかった。

苗木君の話を聞いている時・・・。

世界が当たり前のように、

ちーちゃんの死を受け入れていて・・・

ちーちゃんがいないことが、もう当たり前になっていて・・・

 

それが・・・どうしても許せなくて・・・。

 

だから・・・夢だったら・・・いいなって。

こんな残酷な世界が。

こんな絶望的な現実が。

全て夢なら・・・いいなって。

 

私さえ信じなければ・・・。

私さえ認めなければ・・・。

ここで夢から醒めるのを待っていれば・・・。

ずっと・・・ずっと待っていれば・・・。

もしかしたら・・・本当に・・・夢だったって・・・。

 

そう思ってたのに・・・。

なのに、なのに、なのに、なのに、なのに~~~~~

 

どうして、頷いてくれなかったの!

どうして、嘘をついてくれなかった!

こんな現実に、こんな世界に、こんな絶望に私が耐えられるはずないじゃないか!

どうして放っておいてくれなかった・・・!

あのままで・・・よかったのに。

君が頷いてくれたなら、私はずっと待つことができたのに。

私はそれでよかった。

そうして欲しかったのに・・・!

どうして、私の夢を覚ましたんだ!?

 

どうして、どうして・・・!どうして~~~~~ッ!!!

 

 

悪夢も甘い夢も全て醒め、私は現実の世界に帰ってきた。

苗木君は私の慟哭を・・・私の絶望を、真っ直ぐな瞳で見つめている。

決して逸らさずに、私を見ていた。

 

「・・・舞園さんが殺された時に・・・僕も君と同じことを思ったよ」

 

苗木君は私に語りかける。

 

「こんなの現実じゃないって。夢だったら・・・いいなって。

だから、今の黒木さんの気持ちがどんなものか、僕にはわかるよ。

どんなに絶望しているかわかる・・・。

それでも・・・だからこそ・・・僕は君に言うよ!」

 

私の両肩を掴み、苗木君は私の心に言弾を放つかのように

 

その言葉を言い放った。

 

 

 

    ”希望を捨てちゃダメだ!絶望と戦うんだ!黒木さん!”

 

 

希望。

それは、苗木君の願い。

それは、苗木君の心。

苗木君をこれまで支えてきたたった1つの思いだった。

 

「黒木さん、捜査するんだ!真実を知るために」

 

「い・・・嫌だ」

 

「学級裁判に出るんだ!不二咲さんのためにも」

 

「イヤだぁあ~~~」

 

彼の願いを、希望を、私は絶叫に近い声を上げ、拒絶した。

無理・・・だ。

私には無理だよ。

私は苗木君みたいにはなれない。

この絶望の世界で私が希望を持てたのは、ちーちゃんがいたからなんだ。

ちーちゃんが・・・私の希望だったんだ。

だから・・・無理なんだ。

私は戦えない。

絶望と戦うことなんて・・・できないよ。

 

「戦うんだ、黒木さん!」

 

「イヤだ!もうイヤだぁ~~」

 

「君が戦うなら・・・不二咲さんのために

絶望と戦うならば、僕はどんな協力でもする!ああ、なんだってするさ!

だから・・・一緒に戦おう!」

 

「無理・・・だよ」

 

「アイツが・・・モノクマが支配するこの世界は

信じられないほど残酷で。

あまりにも絶望的だから・・・

希望を、見失ってしまうかもしれない。それでも・・・」

 

苗木君は、肩を掴む手に力を入れる。

 

「それでも僕達が希望を捨てちゃダメなんだ!

死んでいったみんなのためにも、

その願いや思いを継いで、僕達は進まなきゃいけないんだ!

僕達が希望を捨ててしまったら・・・

絶望に屈してしまったら・・・

全てが消えてしまう。

舞園さんや桑田君が抱いた未来への夢や、

江ノ島さんや不二咲さんの願いや大切な思いが・・・

みんなの希望が全部、消えてしまう。

全てなかったことになってしまう。

それだけはダメだ。

それだけはさせない・・・!

だから、絶望に負けちゃダメだ、黒木さん!絶望と戦うんだ!」

 

みんなの・・・笑顔が脳裏を過ぎる。

 

 

「この世界が、どんなに歪んでいても・・・」

 

それでも――

 

「この先に残酷な未来が待ち受けていても・・・」

 

それでも――

 

「たとえ、世界中が絶望の闇に覆われていたとしても・・・」

 

 

それでも・・・希望は・・・希望は―――

 

 

 

   ”それでも・・・希望は前に進むんだぁーーーー!”

   

 

苗木君の放った言弾は、彼の思いは・・・私の心を撃ち抜いた。

 

「みんなのためにも・・・僕達が最後まで希望を捨てちゃダメなんだ。

だから・・・だから」

 

「苗木君・・・」

 

「黒木さん・・・?」

 

「肩・・・痛い・・・よ」

 

「あ、ゴメン」

 

苗木君は慌てて肩から手を離した。

 

「苗木君は・・・厳しいね」

 

「・・・ゴメン」

 

「苗木君は、強いね・・・」

 

「・・・ゴメン」

 

「う、うぅうう、うぇえ~~~ん」

 

「ゴメンね・・・」

 

苗木君の胸に顔を埋めて私は、声を殺して、泣いた。

苗木君は、その謝罪の言葉を最後に、

私の頭に手を当てて、私が泣き止むまでずっとそうしていてくれた。

 

 

・・・どれくらい泣いただろう。

・・・どれくらい時間が経ったのだろう。

 

 

「僕は、先に捜査に行くよ」

 

私の左腕のケガに包帯を巻いてくれた後、

苗木君は、そう言って、出口に向かって歩いていく。

 

「・・・待ってるから」

 

ドアノブに手をかけ、苗木君は振り返り、

私にその言葉を投げかけた。

それに対して、私は、小さく頷いた。

 

去り際の彼の顔は、今まで消えていた

彼にふさわしい優しい笑顔があった。

 

(よかった・・・)

 

心の底からそう思う。

私が頷くことで、苗木君に笑顔を戻すことができた。

 

たとえそれが”嘘”だとしても・・・

 

その嘘は、こんな私のために、必死になってくれた彼への。

強く厳しく、それ以上に優しい苗木君へのせめてもの恩返しだった。

 

洗面台の鏡の前に立つ私の顔は、泣きはらして酷い有様だった。

その瞳には希望の光がひと欠片もなかった。

 

「・・・死のう」

 

倉庫には・・・たぶん、ロープか何かあるはずだ。

少し苦しいかもしれないが、仕方ないか・・・。

 

苗木君には・・・本当に申し訳なく思う。

でも私には、これ以上、前に進むことはできない。

苗木君のように希望を捨てず、絶望と戦うことなんてできないんだ。

この絶望の世界で私が、生きてこられたのは、ちーちゃんがいたから。

ちーちゃんが私の希望だった。

でもその希望は消えてしまった。

ちーちゃんは殺されてしまった・・・。

だから・・・もうダメなんだ。

 

私も・・・きっと殺される。

近いうちにモノクマの奴に残酷な方法で処刑されてしまうだろう。

それならば・・・いっそのこと・・・

少しでも安らかな死を選ぼう。

そう、これは逃走だ。

この絶望の世界から逃げる手段なのだ。

もしかしたら、その先でまた会えるかもしれない。

 

みんなに・・・ちーちゃんに会えるかもしれない。

 

この世界にもう未練はない。

苗木君を悲しませたくはないけど・・・。

でも、もう私には何も残っていないのだ。

家族も・・・ゆうちゃんも・・・きっとモノクマに・・・。

 

 

そう、わたしにはもう誰もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいる・・・ッ!

 

 

それに気づいた瞬間、まるで劇薬を飲み込んだように

全身の毛が逆立った。

真っ白なキャンパスに墨をこぼしたように。

私の心の中に黒い人の形をした影が浮かび上がる。

影の顔に目と口が現れ、”ニヤリ”と笑った。

 

そうだ・・・まだ”アイツ”がいる。

ちーちゃんを殺した・・・”クロ”がいるじゃないか!!

 

・・・そもそも、ちーちゃんはなぜ殺された?

恨みを買ったから?

いいや!絶対にありえない!

ちーちゃんが誰かから恨まれるなんて絶対にない!

命を賭けたっていい!

 

じゃあ・・・なぜ・・?

決まっている・・・!

 

 

  殺しやすいから殺したんだ!!

  

 

クロは、きっとあの時いたんだ。

どこかに潜んで私達を見ていたんだ。

そして、私と別れて一人になったちーちゃんを・・・!

 

いつの間にかに固めた拳が震えている。

左腕の包帯に赤色が浮き上がり、広がっていく。

 

私があの時、ちーちゃんを呼び止めてさえしていれば・・・。

もっと、ちーちゃんを気にかけていれば・・・。

 

クロは・・・ちーちゃんを殺し、私達を裏切ったアイツは

今頃、何食わぬ顔で捜査に参加しているのだろう。

 

クロは、ちーちゃんの死を悲しみ、時には涙を流し、

みんなからの同情を買おうと画策する

 

(笑うな・・・今は堪えるんだ)

 

腹の中でそんなことを思いながら。

 

  許せない―――

  

学級裁判に参加したクロは、偽りの推理を展開し、

私達を真実から遠ざけようとする。

自分が勝つために。

私達クラスメイトを生贄に、自分だけ助かるために。

 

許せない・・・!許せない。許せない。許せない。許せないッ!!

 

裁判に勝利したクロは、

モノクマの隣に立ち、

私達が残酷に処刑される様子を笑いながら見物する。

その後で、悠々と外の世界へと帰還するのだ。

 

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せるかよ~~~~~~~ッ!!!

 

そんなことはさせない。

私がさせるものか!

クロ・・・お前を逃がしはしない。

逃がすものか!

 

論破してやる・・・!

学級裁判でお前の正体を論破してやる!!

 

全身の血が沸騰したかのように熱かった。

身体中の血管が脈打ち、今にも破裂しそうだ。

 

ああ・・・そうか。

ようやくわかった。

私は、ようやくこの胸の中に生まれた焔の如き感情が何かを理解した。

 

今までの人生で、つまらないことにイラつき、

腹を立てて、抱いてきた感情の数々はなんと取るに足らないものだったのか。

 

 

地獄の業火より熱く、禍々しいそれを。

どんな汚泥より、ドス黒く濁ったその感情を。

 

私は今、はっきりと理解した。

 

そうか・・・これが本当の”殺意”か。

 

私は生まれて初めて、心から人を呪い、憎み、その死を願った。

 

クロ・・・お前だけは許さない。

お前を逃がしはしない。

ちーちゃんのカタキは私がとるんだ!

 

(処刑してやる・・・!)

 

裁判で論破して

お前をモノクマに処刑させてやる!

おしおきを・・・報いを受けさせてやる!

 

クロ、お前だけは必ず私がーーーーーーーー

 

 

顔を上げ、鏡に映った自分を見て”ゾッ”とした。

 

憎悪に染まった人間の顔はこれほどまでに醜いものか。

復讐に支配された人間はこれほどまでにおぞましいものなのか。

 

 

そこには、一匹の鬼がいた。

 

 

   「殺して・・・やる・・・!」

   

   

 




希望は遥か遠くへ・・・。
苗木の願い虚しく・・・もこっち、闇に堕ちる。


【あとがき】

12000字超えです。
今までで一番難しく感じました。
正と狂の間を揺らめく感情を描くのは本当に難しい。
今回は、1章苗木ともこっちがほぼ同じ立場ですが、
片や超高校級の希望。
片や喪女。
同じようには前に進むことはできません。

これから原作以上に凄惨な話になりますが、
以下のことをお約束します。

・もこっちを含めて主要メンバー全員が株を上げる。
・学級裁判に波乱が起きる。

時間があった時にでも読んで頂いたら幸いです。
ではまた次話で。


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週刊少年ゼツボウマガジン 後編②

私はもう泣かない―――

 

 

包帯を巻き直して、

できりかぎりゆっくりと顔を洗う。

捜査時間がすでに始まっている。

そのタイムリミットが近づいていることもわかっている。

だけど・・・いや、だからこそ、ゆっくりと時間を惜しまず着替える。

なりふり構わず捜査に参加することは容易なことだろう。

だが、それが一体何の意味があるというのだろうか?

無策に彷徨い、泣きながら見当違いな捜査を続ける。

そんな無様な私の姿を見て、アイツはきっと笑うだろう。

学級裁判でパニックになり間違った推理を主張する私をみて

アイツは・・・ちーちゃんを殺したクロはきっと腹の中で嗤うに違いない。

だから・・・私はもう泣かない

 

あれからずっと考えていた。

クロを追い詰めるにはどうすればいいのか、を。

アイツの嗤いを止めるには何をすればいいのか・・・

ただそれだけを考え続けた。

そして辿り着いた答えが、

 

”まず冷静になる”ことだった。

 

私が気絶してどれくらい経ったのかわからない。

あと、捜査時間がどれほど残っているのか見当もつかない。

だからこそ、冷静になる必要があった。

限られた時間の中で真実に辿り着くためには、

常に正しい選択と行動をとる必要がある。

そのためには、泣いていてはダメだ。

冷静になる必要があった。

クラスメイトの誰よりも冷静に。

それこそ、凍てつくほどの冷静さが。

 

鏡を見る。

泣きあかして酷かった顔を時間をかけて洗い、

髪を整えたことで、幾分かマシになった。

でも、瞳の奥の淀んだ闇は消えていない。

胸の中に生まれた憎悪の炎はより激しさを増している。

炎は私の全身を覆い、それはさながら鎧のよう。

憎しみの鎧は、黒い願いを叶えるために私を駆り立て、突き動かす。

今ならば、なんでもできる気がする。

いや、きっとできる。

この願いを叶えることができるならば、

私は何を犠牲にしたっていい!

アイツの嗤いを止めるためならば、私は何だってしてやる!

 

だから・・・私は泣かない。

 

アイツの嗤いを止めるまで

クロの息の根を止めるまで。

 

ドアノブに手をかける。

今から歩むのはきっと、

希望とは正反対の光なき絶望の道。

それがわかっていても私はもう止まる事はできないのだ。

漆黒の意志を固め、

私は復讐への扉を開いた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

外へ出て廊下を歩く。

その光景は数時間前と何ら変わらない。

だが、空気はどこか重く、

何か張り詰めたものを感じた。

それはここにいる者達の今の心の有り様を

語っているように感じた。

歩きながら、現在の状況を整理してみる。

 

第一に決定的なのが、捜査時間に余裕がないことだ。

気を失う瞬間に「死体発見アナウンス」が流れたのを思い出す。

忌々しい声だった。

殺人が起きたことを、

ちーちゃんが殺されたことを

心の底から喜んでいる・・・そんな声だった。

あの瞬間から捜査時間が始まったのだ。

ならば、私は気絶していた分だけ捜査時間をロスしたことになる。

あと、どれくらい時間が残されているか、分からない。

もしかしたら、今、この瞬間にも、

捜査時間の終了を告げる放送が流れるかもしれない。

頬に汗が流れる。

焦ってはいけない。

このことを常に念頭に置きながら冷静に行動しなければならないのだから。

 

次に”容疑者”についてだ。

ちーちゃんと最後に会った時、

ちーちゃんは、誰かと会う約束をしていたようだった。

 

バックからはみ出していた青色のジャージ。

 

もしかしたら、ちーちゃんはトレーニングをしようとしていたのでは・・・?

ならば待ち合わせ場所は殺害現場である女子更衣室か。

そこで約束していた相手に殺されて・・・

約束していた相手がクロ・・・。

それとも、更衣室に向かう途中でクロに襲われたのかな?

 

・・・わからない。

情報が少なすぎる。推測すらできない。

私と”苗木君”を除く10人の容疑者達の姿が頭に浮かぶ。

残り少ない時間の中で、

この多すぎる容疑者達の中から、

クロを論破しなければならないのだ。

 

 

そして最後は・・・

 

 

状況を整理し終える前に目的地の前についてしまった。

私は食堂の入り口前に立っていた。

何も考え無しにとりあえず食堂にきた・・・というわけではない。

私は私なりの論拠をもとに、ここにいるのだ。

捜査において殺害現場を除いてもっとも人が集まる場所はどこだろう?

それは休憩のための椅子や喉の渇きを癒す飲み物が備わっている

ここ、食堂しかない。

クラスメイト全員とまでは言わないが、

タイミングが合えば、かなりのクラスメイトがここに集まり、

情報交換をしているはずだ。

私は”ある決意”を固め、食堂に足を踏み入れた。

 

食堂がいつもより広く感じるのは、

私の予想に反して、

多くのクラスメイトが集まっていなかったためだろうか。

そこにいたクラスメイトは、”彼”ひとりだった。

 

「黒木さん!よかった・・・!」

 

 

彼は・・・私を見ると、椅子から立ち上がり、安堵の表情を浮かべた。

 

「苗木君・・・」

 

苗木君は私に駆け寄ると、嬉しそうに笑った。

 

「その・・・ありがとう!きてくれたんだね」

 

「・・・うん」

 

彼の言葉と笑顔に私は頷き答えた。

今度は嘘ではなかった。

私はここに戻ってきたのだ。

捜査に。学級裁判に。真実に向かい合うために、ここにきたのだ。

たとえ、その目的が苗木君の願いとはかけ離れてしまっていても・・・。

苗木君を見つめる。

 

他の男子に比べて華奢で小柄な彼は・・・

普段はどこか気弱な印象を受ける苗木君は・・・

 

私の人生で出会った誰よりも、

強く、厳しく、そしてそれ以上の優しさを兼ね備えた人だった。

私は苗木君がどれだけスゴイのか知っている。

同じ立場になって初めてわかった。

友達を殺されて・・・それでも絶望に堕ちず、希望の道を進むこと。

それがどれだけ尊いことなのか私にはわかる。

それができなかったからこそ、私にはわかるんだ。

苗木君の”幸運”の才能もきっとそんな彼の心の在り方に

幸運の方が惹かれたからかもしれない。

 

苗木君がいてくれたから・・・

私は今、ここにいることができたのだ。

今回の事件において、

私は容疑者から苗木君を外した。

彼は絶対にクロではないからだ。

論理的に考えるなら、

彼がクロならば、私をあんなに必死になって説得して

立ち直らせようとはしないはずだ。

 

現実から逃げ出した私を無視していればいい。

絶望に屈した私を放置しておけばいい。

 

真実を明らかにする人間がひとりでも減った方が

クロにとって有利になるのだから。

苗木君は、その真逆の行動をとった。

だから、彼はクロではないのだ。

いや・・・違う。

いまさら、自分自身に嘘をつくのはやめよう。

そう、もう理屈ではないのだ。

彼は・・・苗木君は、この閉ざされた絶望の世界で、ただひとり

私が心の底から信じることができる人だ。

だから、彼がクロであるはずがないのだ。

もし、苗木君がクロであったならば・・・

もしそうであるならば、この世界に希望など存在しないに違いない。

その時、私は全てを諦め、

むしろ笑ってこの絶望の世界から去ることができる。

私は苗木君を信じる。

彼は私の味方だ。

それに、”なんでもする”と言ってくれたし。

普段の私なら「ん?」とか言いそうだけど今は素直にその言葉を感謝しよう。

やらなければならないことがいっぱいあるのだ。

それに、今の私は、苗木君の他に会わなければならない人がいるのだから。

 

「ほ、他のみんなはどこに行ったのかな?」

 

「え?」

 

「あ、あの・・・みんなたぶん食堂を休憩場所に選ぶと思ったので・・・」

 

私の返答に苗木君は”ああ、なるほど”といった感じで頷く。

 

「さっきまで、僕の他に山田君と石丸君が休憩に来ていたよ。

少し話した後、すぐに捜査に戻っていったけど」

 

やはり読みどおり、クラスメイトの何人かは

ここを休憩場所に選んだようだ。

ならば、ここで待っていた方がいいのだろうか?

それとも探した方が早く会えるのだろうか・・・。

 

「黒木さんは、誰か探しているの?」

 

私の様子を察して、

苗木君が話を切り出してくれた。

 

「実は・・・」

 

躊躇している暇はなかった。

私は一刻も早く”あの人”に会わなければならないのだ。

 

 

「あら苗木君。あなたも休憩に来ていたのね」

 

 

その声の方に私達は振り向いた。

そこには”彼女”が立っていた。

その銀色の髪は、見るものに新雪を連想させた。

透き通った瞳から放たれる輝きはまるで磨かれた日本刀のよう。

 

そこには彼女が・・・霧切響子さんがいた。

 

「ちょうどよかったわ。あなたにいくつか聞きたいことが・・・」

 

彼女を言葉を止め、

視線を苗木君から私に移した。

 

「気がついたのね、黒木さん。無事でよかったわ」

 

彼女の言葉から察するに

私が倒れたことはクラスメイト全員に伝わっているのだろう。

霧切さんは表情こそ変えないが、

その言葉から彼女なりに私を気遣ってくれているようだ。

 

「・・・。」

 

「・・・黒木さん?」

「・・・?」

 

苗木君が無言で霧切さんに向かって歩いていく私に

何か不穏なものを感じたようだ。

霧切さんも表情こそ崩さぬものの、私の意図を測りかねているようだった。

私は霧切さんの前に立ち、まっすぐに彼女を見つめる。

 

その視線が急落した瞬間―――

 

食堂に”ガッ”という鈍い音が響き渡った。

 

「なッ・・・?」

 

私が突如、襲い掛かってきたと思ったのだろう。

身構えた霧切さんは、私を”見下ろし”ながら

彼女らしからぬ困惑の声を上げた。

それに対して、私は彼女を”見上げる”ことはなかった。

私は床を見つめていた。

勢い余って食堂の床に頭をぶつけた後、

私はそのまま床に額をこすりつけた。

私は霧切さんに・・・

 

 

 

     全身全霊で土下座したのだ―――

     

     

     

 

「お願いします霧切さん!私に力を貸してください!」

 

第一声に私の願いの全てを込めた。

 

「あなたの”推理の才能”が必要なんです!」

 

第二声はよりはっきり願いをかたちにした。

 

私には彼女の協力が必要だった。

私には霧切さんの推理の才能が絶対に必要だった。

 

だって私には・・・

 

 

 

     推理の才能なんてなかったから・・・

     

     

     

 

時間制限に、多すぎる容疑者。

それ以上に深刻な問題は・・・

今の私にもっとも足りないものは、”推理の才能”だった。

私にはその才能がまるでなかったのだ。

あの第1回学級裁判において、

私は妄想を元に馬鹿げた推理を組み立て、

あろうことか苗木君を舞園さん殺害の犯人に仕立て上げてしまったのだ。

裁判の流れの中で、マグレで桑田君のトリックを論破できたものの、

もしあの時、私の推理が採用されていたなら・・・・と考えると背筋が凍る。

もし、そうなっていたなら、

私だけでなく他のクラスメイトも

残酷な方法でモノクマに処刑されていたのだ。

今回も同じことを繰り返すなら・・・

それはクロの勝利に貢献するのを同じことだ。

アイツを嗤わせるだけだ。

それだけは・・・ダメだ。

それだけはさせるものか!

 

なら・・・どうすればいい?

推理の才能のなさをどうすれば補える?

その問題に直面した時、

私の脳裏に”3人”のクラスメイトの姿が浮かんだ。

あの学級裁判において、

真実に辿り着いた3人のクラスメイトが。

 

自分に能力がないのならば、その才能を持つ者から補えばいい。

 

テスト前に頭のいい友達に勉強を教えてもらうように。

企業がそのポジションに必要な人材を採用するように。

 

私に推理の才能がないのなら、

推理の才能を持つクラスメイトの力を借りるしかない!

 

あの事件を解いた3人の中の1人である苗木君は、

私を現実に引き戻し、捜査の協力を約束してくれた。

裁判の流れの中で、1つ1つ真実を解いていく

苗木君の姿を思い出す。

彼の推理の力は、今回の事件においても、必ず必要となるだろう。

そして私の目の前に立つ彼女は・・・

霧切さんは、3人の中でただ1人、

 

”裁判が始まる前に”事件の真実に辿り着いていた人だ。

 

もし、今回の事件において彼女が犯人でないならば・・・

クロの敵であるならば・・・

私の味方になってくれるのならば・・・

 

彼女の推理の才能は

クロの偽りの盾を貫く、最強の矛となりえるはずだ。

だが・・・もし彼女がクロならば、それこそ彼女の思うつぼだ。

私は、クロである彼女に偽りの推理を妄信する道化と成り果てる。

 

霧切さんを信じる―――

 

それはあまりにもリスクの高い賭けに他ならない。

 

だが、それでも私は賭けに出るしかないのだ。

 

残り少ない時間の中で、これだけ多くの容疑者達。

 

彼ら1人1人の無実を証明するのは、

クロの正体を論破する以上に難しい。

いや、はっきり言えば無理だ。

ならば、残された手は1つだけ。

 

賭けに出る・・・しかない。

 

苗木君以外にも私が信じることができる

クラスメイトを味方につけるのだ。

 

賭けに負ければ、それで全てが終わる。

だが、勝つことができたならば、

容疑者を減らすだけでなく、

そのクラスメイトから得られる情報は、

今までの遅れを挽回し、クロ打倒への大きな前進となるはずだ。

 

命を賭けて信じることができるクラスメイト。

 

それは苗木君以外で選ぶなら・・・

たった1人だけ選ぶならば・・・

 

それは彼女しかいない!霧切さんしかいない!

 

私は彼女のことを知らない。

いまだに彼女が何者であるか知らない。

その才能が何であるかわからない。

”モノクマのスパイ”と疑ったことすらある。

でも・・・それでも・・・!これだけは知っている。

 

いい加減な推理をして彼女に本気で怒られたことがあったから。

裁判にクロにされそうになった時、彼女に助けてもらったから。

 

これだけはわかっている!

彼女は・・・霧切さんは、

 

クラスメイトの誰よりも”真実”に対して誠実にあろうとしていることを。

 

それだけが数えるほどしかない

彼女との接点の中で、

学級裁判を通して私が感じた彼女の本質だった。

 

霧切さんは・・・おそらく人を殺すことができる人間だ。

彼女から放たれる抜き身の刀のような視線。

あの輝きに、目的のためなら手段をえらばぬ覚悟と凄みを感じる。

だけど、彼女は人を殺すことができても嘘をつくことができない。

 

彼女の本質が、偽りを拒むから。

真実を追求しようとする彼女の心が

罪を犯した彼女自身に必ず破滅をもたらすから。

 

だから・・霧切さんはクロにはならない。いや、なれないのだ。

それが・・・それだけが論拠。

私が辿り着いた霧切さんを信じるただ1つの証拠だった。

 

 

「私には推理の才能がないから・・・霧切さんのような推理の才能がないから」

 

床を見つめたまま、私は言葉を続ける。

 

「それでも・・・それでもクロを捕まえたい!

私の手で、どうしてもアイツを捕まえたいんです!」

 

私を無言で見下ろしている彼女に向かって続ける。

 

「カタキを・・・とりたいんです。

ちーちゃんの・・・あの子のカタキを討ちたいんです!」

 

吐き出した言葉は全て本心だった。

 

「ちーちゃんと友達になれて嬉しかった・・・。

本当に嬉しくて・・・毎日が、楽しくて。

ちーちゃんがいつも傍にいてくれたから。笑いかけてくれたから」

 

紡ぎ出される言葉に嘘はなかった。

 

「だから・・・信じたくなくて。

ちーちゃんが死んだなんて。殺された・・・なんて!

どうしても信じられなかった。信じたくなかった!!」

 

感情が高ぶる。

悲しみと憎しみで身体が震える。

それでも止めるわけにはいかなかった。

 

「あの子の笑顔を奪ったクロが憎い。

どうしても・・・許せない!

だから・・・だから・・・!

カタキをとりたいんです!ちーちゃんのカタキを!

親友の私が、クロを捕まえたいんです!」

 

伝えるのだ、彼女に。

今の私のありのままの心を。

 

「私が現実から逃げた分だけ捜査に出遅れたことも、

私に推理の才能がないことも知ってます・・・。

でも・・・それでも諦められない・・・!諦めることなんてできない!」

 

交渉しようなどと思わなかった。

もし、そんなこと一瞬でも思ってしまったら、

その瞬間から言葉に嘘が混じる。

彼女はそれを見逃さない。

霧切さんに嘘は通じない。

 

だから―――

 

「だから霧切さん、お願いします!

私に力を貸してください!

クロを見つけるために私の味方になってください!

あなたの推理の才能に賭けさせてください!

どうか私を・・・助けてください」

 

ありったけの声で、

ありったけの思いを込めて

私は自分の思いの全てを彼女にぶつけた。

言葉は全て真実だった。

ただ1つも嘘はなかった。

もし、彼女の心を動かせるとしたなら、

これ以外に方法はなかった。

私にはこれしかできなかった。

 

「・・・。」

 

床に額をこすりつけてから、

どれくらいの時間が経過しただろう。

1秒1秒が異様に長く感じる。

まるで何時間もこうしているようだ。

霧切さんは無言のままだった。

彼女は今、どんな表情をしているのだろうか?

今、何を思っているのだろう。

私は、ただ床を見つめ、彼女の返答を、審判を待つしかなかった。

 

「そこまで・・・するのか・・・」

 

その小さな呟きは、返答ではなかった。

後に続く言葉がないのは、

それがふと漏れた彼女の心の声だったのだろう。

 

客観的に見て、今の私達はどんな風に見えるだろう。

クラスメイトの誰かが食堂に入ってきて

今の私達を目の当たりにしたら、何を思うだろうか?

 

クラスメイトに・・・同じ年の女の子相手に額を床に擦りつけて助けを請う。

 

その姿は例えるならば

 

主人の前に平伏す奴隷。

神に祈りを捧げる信奉者。

 

そんな感じだろうか?

今の私はきっと

 

醜く、惨めで、みっともなくて、見苦しい・・・か・・・ら

 

だから―――それがどうしたというのだ!その程度のことが何だというのだ!

 

私は誓ったはずだ。なんでもすると。

クロを倒すなら、どんな犠牲も厭わないと。

クロの正体に1歩でも近づけるなら・・・

クロを論破する確率が1%でも上がるならば

それがクラスメイトの女の子に土下座することになろうとも

私は迷わない。迷いはしない!

私にはこれしかできない。

今の私にはこんなことでしか霧切さんい報いることができないのだ。

 

霧切さんが私の味方になってくれるのならば、

私は彼女から多くのものを得ることができるだろう。

だが、彼女には何もない。

私が霧切さんに与えられるものは1つもない。

何1つ・・・ないのだ。

 

ならば、私にできることは1つしかない。

 

頭を下げて、誠心誠意お願いすること。

 

嘘偽りなきありのままの心を彼女にぶつける。

それだけが私が霧切さんにしてあげられることだ。

 

もし、彼女が何かを要求してくるならば、私はそれに全て応えよう。

裸になれ、言うのなら、この場で服を脱ごう。

目も眩むような大金が必要ならば、

払いますとも!たとえ一生をかけてでも!

生きてさえいれば、なんだってできる。

あの子はもう・・・何もできない。

泣くことも・・・笑うことも。もう何も・・・できないのだ。

私しかいないのだ。

ちーちゃんの無念を・・・カタキをとれるのは私だけだ。

だから・・・そこに可能性があるなら

霧切さんを味方にできる可能性が1%でもあるならば、

私はなんでもする。ああ、なんだってしてやるさ!

 

この状況を他のクラスメイトに見られなかったのは、

幸運だった・・・とは思わない。むしろ不運だったとさえ思う。

私はこの食堂にくる前に、霧切さんがいることを・・・

クラスメイト全員が集めっていることを期待していたのだ。

 

私はクラスメイト全員の前で、彼女に土下座するつもりだった。

 

―――見せつけてやるつもりだった。

 

腹の中で嗤っているアイツに、私の覚悟を見せてやるつもりだった。

 

 

霧切さんの審判を前に、ここに至るまでの様々な思いが胸中を駆け巡る。

 

「顔を上げなさい、黒木さん」

 

何時間にも感じた沈黙は彼女の声によって破られた。

私は恐る恐る顔を上げる。

 

「正直、私は今、本当に驚いているわ」

 

彼女は私を見つめて語り始めた。

 

「私は、あなたはもっと利己的な人間だと思っていたから。

だから、誰かのために・・・それが友達のためでも

あなたがここまで自分が投げ捨てることでできるなんて夢にも思わなかったわ」

 

彼女はまっすぐ瞳で私を見つめる。

 

 

「私はあなたが倒れたと聞いた時、

もうここへは戻ってこないと考えていた。

残酷な真実から逃げ、甘美な偽りの世界に閉じこもる・・・そう思っていた。

だから、そこまでする・・・なんて。

不二咲君のために、ここまでできるなんて思わなかった。

私は・・・あなたという人間を見誤っていたわ」

 

その瞳に嘘も偽りもなかった。

 

「きっとあなたは、たとえクラスメイト全員を前にしても

なんの躊躇もなく今と同じことをしたでしょう。

だから・・・私はあなたのその覚悟に応えようと思う。

黒木さん・・・あなたの願いに今、この場で答えるわ」

 

彼女の透明な瞳に不安と期待が入り混じる私の顔が映った瞬間―――

 

 

「答えは”NO”よ。」

 

 

審判はあっけなく、そしてはっきり下された。

予想はしていた。

いや、むしろ予想通りだ。

だが、それでも呆然とする私に向かって霧切さんは言葉を続けた。

 

「黒木さん、はっきり言うわ。

今回の事件において、容疑者となるクラスメイトの中で、私が最も疑っている人物。

それは黒木さん、あなたよ」

 

金槌で殴られたような衝撃を受ける。

 

 

「あなたが不二咲君の友達だからこそ、怪しい。

あなたが倒れたからこそ、怪しい。

あなたが戻ってきたからこそ、怪しい。

あなたがこんなにも必死だからこそ、怪しい。

その思いや願いが、本心と思えるからこそ、怪しい。

あなたと不二咲君とのこれまでの関わり全てが

今回の事件において、あなたを疑う理由に変わる」

 

彼女の言葉が、瞳が伝えてくる。

彼女は、私を疑っている。

私をクロだと思っている。

 

「だから、あなたに力を貸すことはできない。

それ以前に、私は誰にも力を貸すことはないわ。

苗木君とは、捜査の情報を共有しているけれど、

それ真実に近づくため。

馴れ合い、推理の答え合わせをするためじゃないわ」

 

苗木君との協力はただ利害の一致から。

霧切さんははっきりとそう口にした。

苗木君もその答えに表情を揺らすことはない。

彼もまたそのことを理解しているのだ。

 

「黒木さん、あなたに以前言ったはずよ。

推理とは可能性の全てに全身全霊でぶつかることだと。

だから、私は全てを疑う。

クラスメイト全員を疑う。

苗木君も。そして自分自身ですら。

私はそういう人間よ。

そして・・・あなたも知っているはずよ。

この学級裁判がそういう戦いであることが」

 

 

彼女の言った言葉全てが真実だった。

今回の事件において、

一番怪しいのは・・・ちーちゃんの傍にいた私だ。私なのだ。

彼女の瞳には、今の私は、

 

頭を下げながら、その実、腹の中で嗤っているクロにしか見えないのだ。

 

だって、もう学級裁判は始まっているから・・・

 

”命がけの騙しあい”はもう始まっているんだ。

 

やはり・・・彼女を選んで正解だったと心から思う。

真実に対してどこまでもストイック。

そんな彼女だからこそ、私は彼女に賭けた。

そして、そんな彼女だからこそ、この結果に至ったのだ。

だれも悪くない。

当然の結果なのだ。

クロだと思われているのは、かなりショックだけど、落ち込んでいる暇はない。

私なんかがこんな大それた行動ができたのは大きな収穫だ。

今回はダメだったが、この覚悟と行動が次に繋がっていくだろう。

頑張れ私!

 

「ついでに言っておくわ。

あなたが捜査のために、”たまたま”私が捜査している場所に現れて、

真実を解明するために、私の周りをウロチョロしようとも、

それに対して、わたしが何か言うことはないわ」

 

 

ハハハ・・・どこまで厳しいのだろう。

霧切さんは、私が推理するために彼女の周りをウロチョロすることを許すというのだ。

 

 

(え・・・?)

 

 

耳を疑った。

それは、彼女と同じ視点から事件を推理することができるということ。

彼女と一緒に推理すると言っても過言でなかった。

 

 

 

「私はこれから殺害現場に戻るけど、あなたはどうするのかしら・・・?」

 

 

そう言って彼女は、食堂の出口へと歩いていく。

 

「黒木さん、行こう!」

 

唖然とする私の肩に手を置いて、苗木君が力強く頷く。

 

「う、うん・・・!」

 

あまりのことに半ばパニックになりながらも、

慌てて彼女の後を追う。

今、起こったことが信じられなかった。

階段の前で彼女に追いつく。

彼女は振り返ることはなかった。

何も言わず階段を上っていく。

 

私の言葉と心が彼女を動かしたのかはわからない。

もしかしたら、

容疑者である私が怪しい行動をとらないように

監視するために側に置こうとしているのかもしれない。

でも・・・あの時、

私に背を向ける瞬間、彼女が笑ったような気がした。

あの無表情な彼女が、ほんの一瞬微笑んだように見えた。

 

だから・・・霧切さんは、きっと・・・優しい人なのだ。

 

(うぅう・・・)

 

冒頭で泣かない!とかカッコよく決めたけど、もう泣きそうだ。

こういう時の優しさは反則だよ。

何か他のことを考えて誤魔化そう。

階段を上がっていく彼女の後ろ姿を見る。

この立ち位置と距離。

普段でも短め彼女のスカートから細く美しい太ももがよりはっきりと目に入る。

 

(しっかし、エロい太ももしてるよな~)

 

女の私が赤くなるほど、それは艶美で官能的だった。

 

(そもそも・・・霧切さんは何の超高校級なのだろう?)

 

舞園さんに比肩する容姿。

そしてこの美しい太もも。

 

まさか、彼女は超高校級の"太もも”!?

 

いやいや、まさか・・・ね。

まあ、でもなにはともあれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―――こりゃホンマ○起もんやで・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒木さん―――ッ!!?」

 

気が緩んで心の声が漏れてしまったようだ。

苗木君が固まり、霧切さんが驚愕の表情で振り返り叫んだ。

 

後にも先にも、こんなに驚いた顔の霧切さんを見たのはこの時だけだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

階段を上がると犯行現場である女子更衣室は目の前だった。

その扉の前には、

彼が着ている学ランより暗く陰鬱な表情を浮かべた大和田君が立っていた。

第1回の裁判の時と同様、

今回も彼は殺害現場が荒らされないように見張り役をしているようだ。

 

「お疲れ様、大和田君。申し訳ないけど今回もお願いね」

 

大和田君に霧切さんが声をかける。

ちゃんと労いの言葉をかける辺り、なかなか心得ていると思う。

 

「・・・。」

 

大和田君は無言だった。

霧切さんの声に気づいていないのではない。

何かを言おうとして、躊躇している・・・そんな感じだった。

 

「霧切・・・あのよぉ・・・そのことだけどよぉ」

 

大和田君は意を決したように重い口を開く。

 

「今回の見張り役・・・今、この場で辞退させてもらうぜ」

 

暗く淀んだ瞳で、霧切さんを見ながら、

大和田君は見張り役の辞退を宣言した。

 

「なぜ・・・?」

 

それに対して、霧切さんは表情を変えることなく

辞退の理由を問う。

 

「前の裁判の時と・・は違うんだ。

あの女が殺された時も・・・桑田の奴が死んだ時も・・・

こんな気持ちには・・・ならなかったんだ。

知り合ってすぐ起きちまったからな・・・。

だけど、今回は違う。

知っちまったからよぉ。アイツの・・・ことを。

だから、今回は自分ひとりで考えてーんだよ」

 

苦しそうに胸のうちを語る大和田君。

彼の苦しみはその言葉から・・・その表情から伝わってくる。

大和田君がどんなに苦しんでいるか、私には痛いほどわかる。

 

(・・・ん?)

 

その時だった。

私は気づいた。

霧切さんが一瞬、何かに気づいたように目を見開いたことを。

私が、自分が喋らない分、

他者の観察に優れていることを自負していることを覚えているだろうか。

霧切さんは、普段、表情を崩すことはない。

だからこそ、ほんの少しの表情の変化に気づくのだ。

 

「了解したわ。今までありがとう」

「すまねえな・・・」

 

苦しそうに背を向け、大和田君を歩き始めた。

 

「1つだけ・・・聞いていいかしら」

「あ・・・?」

 

その背に霧切さんが言葉を投げる。

怪訝そうに大和田君は振り返った。

 

「”舞園さん”の事件と今回の不二咲さんの事件。

何か違ったことはないかしら?気づいたことはあるかしら」

 

(舞園さんの事件・・・?)

 

霧切さんの問いに少しだけ違和感を覚える。

私はどちらかといえば、あの事件は”桑田君”の事件と言うのかと思った。

だけど、霧切さんは事件の発端であるから”舞園さん”の事件と呼んでいるのかな?

 

「舞園の時は・・・あの女の時は、よくわからねえまま終わっちまったからよぉ。

違いとかよくわからねえ。あの女とは話したこともなかったからな。

だけど、不二咲は違う。アイツは・・・違うんだ。

アイツが・・・どんな風に笑うか・・・知っちまったからよぉ。

気づいた・・・ことか。

アイツは・・・もしかしたら、何か悩みがあったのかもしれねえな」

 

(え・・・?)

 

 

ちーちゃんが悩んでいた―――!?

私が最後に見たちーちゃんは、むしろ悩みが消えたような穏やかな顔で笑っていた。

でも、もしかしたら、大和田君にしか話していない別の悩みがあったのか・・・。

 

新しい事実にショックを受けている中で、

大和田君と目が合う。

彼は次の瞬間、私から目を逸らし、床を見つめる。

暗い表情だった。

大切な何かを失ったような・・・そんな表情。

きっと私も同じ表情をしているのだろう。

 

「黒木・・・あのよぉ」

 

大和田君は床を見つめたまま、私に言葉を投げる。

だが、後に続く言葉はなかった。

彼は何か言葉を紡ごうとして、失敗する。

心の内でそれを繰り返しているように見えた。

 

「いや・・・なんでもねぇ」

 

結局、後に続く言葉なかった。

それでも私は嬉しかった。

盾子ちゃんの遺体に大事な学ランをかけて弔ってくれた

大和田君の姿を思い出す。

 

 

 

「可哀想にな…お前のダチ」

 

 

 

彼のあの言葉で、私は大切な存在を失ったことに気づくことができた。

私は知っている。

彼は超高校級の”暴走族”で日本一の不良で、怖くて、凶暴だけど・・・

 

本当はすごく優しい人だということを―――

 

きっと、今回も私を慰めようとしたが、言葉が出なかったのだろう。

その心だけで私は十分すぎるほど嬉しい。

 

「・・・。」

 

だが、一方、霧切さんはというと、大和田君の後ろ姿をじっと見つめていた。

いや、むしろ睨んでいる!?

見張り役を断られたことを根に持っているのだろうか?

だとすると、少し人間が小さすぎるのではなかろうか。

いや、捜査に同行させてもらう私がいう権利はないけど・・・。

 

(え・・・?)

 

その光景に私は目を擦った。

 

去り行く大和田君を見つめる霧切さんから、

一瞬、青いオーラが見えたような気がしたから。

 

「黒木さん・・・私は”推理”についてこう考えることがあるの」

 

「は・・・!?」

 

唐突に彼女は”推理”についての哲学を語り出す。

前回、舐めた推理をしてボコボコにされたことが頭を過ぎる。

また私が何かやらかした!?

い、いや・・・今回はかなり真面目で真剣だった。

落ち度は今のところない・・・はず。

ならば、なぜ!?

彼女は、事件が起きたら推理について語らなければならない

ノルマでもあるというのか!?

 

「真実に辿り着く・・・というのは、

犯人が用意した難解なトリックを華麗に紐解くことなのかしら?私は違うと思う」

 

私はビクビクしながら、彼女の哲学を聞く。

 

「真実とは日常の中にこそあると思うの」

 

 

だから―――

 

 

    ”もしかしたら、真実はどこか身近な場所に落ちているかもしれないわね。”

 

 

 

 

(ん、んん~?)

 

額に汗が流れる。

彼女は何を言っているのだろうか?

何をしたいのだろう。

霧切さんは、表情こそ崩さないものの、

何か重要なヒントを与えた、というドヤァという雰囲気に溢れている。

それに対して、

私は返す言葉が見つからず、ただ汗を流すしかなかった。

 

「コ、コホン」

 

ぎこちなく咳をする霧切さん。

 

「まあ、このことは後で考えておきなさい」

 

どうやら空気を読んでくれたようだ。

 

「それよりも準備はいい?ここから先にあるのは、あなたが逃げ出した真実よ」

 

扉に手をかける彼女は私を見つめる。

私の覚悟を試すように。

私は震えながら頷く。

霧切さんはゆっくりと女子更衣室の扉を開けた。

 

 

「あ・・・」

 

そこには気絶する前に見た光景が、悪夢で見た光景が、

キリスト像のように磔にされたちーちゃんの死体があった。

 

あの時、凍りついた刻は再び音を立てて動き出した。

 

ちーちゃんの死体の前に立つ。

物言わぬ空ろな瞳。

凶器で攻撃を受けたのだろう。

頭から血を流している。

もはや、泣いても叫んでも彼女は帰ってこない。こない・・・んだ。

 

空ろな瞳が語りかけてくる。

 

”どうして・・・どうしてボクを守ってくれなかったの?どうして・・・”

 

私はあの時、ちーちゃんを抱き締めた時、何と言った?

 

 

「君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!」

 

 

守れ・・・なかったじゃないか。守ることなんでできなかったじゃないか!

私はただ彼女を安心させたかっただけだ。

彼女を徒に安心させただけだった。

何が言葉だけでも・・・だ。

何の力もないじゃないか。私の言葉は・・・私は・・・何もできなかったじゃないか。

あの時・・・最後に会った時、

引き止めることができたならば・・・

ぜ、全部・・・私が・・・

 

 

ごめんなさい・・・。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

もう彼女を見ていることができなかった。

私は彼女の瞳から目を背け、視線を床に落とした。

 

 

その時―――

 

 

 

    ”もしかしたら、真実はどこか身近な場所に落ちているかもしれないわね。”

    

    

 

霧切さんの言葉が脳裏に響いた。

 

 

 

そこにはあるはずのものがなかったから―――

 

 

 

 

「黒木さん!?」

 

苗木君の声を背に私は駆け出し、外に出る。

 

ここにないのならあれがあるのは・・・!

 

男子更衣室の扉を開ける。

 

 

そこにそれはあった。

 

 

 

   「クロの正体が・・・わかった!」

   

   

   

 




ああ、そっちじゃない・・・!

【あとがき】

お久しぶりです。
今回、短くまとめられるかと思っていましたが、
結局1万字を超えてしまいました。
土下座に至るまでの心中描写が特に難しかったです。
でも、手を抜くと土下座の意味が薄くなるので
気合をいれるしかありませんでした。

推理トリオ結成。
しかし、これ以降また見られるのは最終章だけですw
何気に貴重です。

もこっちと大和田は書いていてきつくなりました。
どちらもいい奴ですからね・・・。

こりゃホンマ(略)は私モテの原作からです。原作重視です(断言)
まあ、ギャグ&シリアスは継続したいです。
前回がシリアスのみでしたし。

次回で捜査編終了。
一気に「命がけの~」まで行きます。

ではまた



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週刊少年ゼツボウマガジン 後編③

あの感触は今もはっきりと覚えている。

 

黒歴史の暴露の件で苦悩していた私は、

まるで夢遊病患者のように、いつの間にか、

自分の部屋を出て、ここ女子更衣室に足を踏み入れていた。

本来であるならば、生徒手帳がなければ入れないここ女子更衣室。

誰かに便乗し、入ろうものならば、

ドアの上についてあるマシンガンで蜂の巣にされてしまう。

今思えば、ゾッとする。

あの時、もしかしていたら死んでいたかもしれなかったのだ。

開けっ放しのドアから入ったことがルールに該当しなかったのか、

それともあのマシンガンは脅しのためだけの存在だったのか、よくわからない。

なにはともあれ、私は女子更衣室に入り、そして”何か”にぶつかり転倒した。

その瞬間、私の脳裏を過ぎったのは、山頂に鎮座する巨大な岩だった。

 

驚き見上げた私の前にあったのは、人類最強の背中。

 

そう、私は超高校級の”格闘家”大神さくらさんにぶつかってしまったのだ。

トレーニング中でも十分すぎるほど迷惑なのに、

あろうことか彼女は休憩し、ドリンクを飲んでいる最中だった。

私がぶつかった衝撃でドリンクは、彼女の手を離れ、そのまま落下。

カーペットを黒く染めた。

怯える私に大神さんは優しかった。

怒るどころか、逆に私の身を案じ、汚れた床の掃除を始めた。

その時に初めて私は、大神さんの見かけとは正反対の優しい人柄を。

そして、”プロティンコーヒー”なる奇怪なドリンクの存在を知った。

コーヒーとプロティンの粉が混じった黒い液体が、

カーペットに広がっていく様子を思い出す。

 

あの後、”アレ”はどうなったのだろうか?

大神さんがいくら念入りに掃除しても残ってしまったはずだ。

モノクマに専門業者なみの除去技術がない限り、”アレ”はカーペットに残るはずだ。

 

 

―――あの、プロティンコーヒーの”シミ”は。

 

 

今の今まで忘却の彼方へと消えていたこの事実は、

ちーちゃんの瞳から目を背けた時に、

あの霧切さんの言葉が脳裏に響いた時に、はっきりと思い出した。

 

真実とは日常の中にこそある。

そう、真実は身近なところに落ちていたのだ!

 

そこからは頭ではなく、体が動いた。

苗木君の声を背に、私は男子更衣室に走った。

更衣室のドアを開けた私は、食い入るようにカーペットを見渡す。

ここしかなかった。

そして・・・”アレ”はやはりここにあった。

 

あのプロティンコーヒーの”シミ”が。

 

『日常』

霧切さんのアドバイスが全てのきっかけになった。

この言葉を意識しなかったら、気づくことはなかっただろう。

壁のポスターを見る。

そこには、見覚えがある”男子”アイドルグループの写真が載せられていた。

はたして健全な男子の更衣室にこれはふさわしいのだろうか?

モノクマの趣味がアッー!という可能性は捨てよう。

私はこのポスターを以前、女子更衣室で見ている。

だが、さきほど見た時は、女子更衣室には、

返り血を浴びた”グラビアアイドル”のポスターが貼ってあった。

 

カーペットのシミ

ポスターの違和感

 

この2つの証拠が導き出す答えは1つしかない。

 

 

「一体どうしたの!?黒木さん」

「苗木君、霧切さん・・・見つけた!私、見つけたよ!」

「え?」

 

「大神さん!大神さんを呼んでから説明する!」

 

心配そうに声をかける苗木君に私は興奮しながら答える。

証人が必要だった。

私の推理の裏づけとなる証人が。

幸い、大神さんは現場の近くいた。

 

「うぬ、確かにこれは、我のこぼしたプロテインコーヒーのシミだ」

 

状況は掴めず、怪訝な顔をしながら、大神さんは証言した。

その証言だけで十分だった。

 

「殺害現場の入れ替え。そう言いたいのね?黒木さん」

 

腕を組みながら、壁に背を預けていた霧切さんが私に言葉を投げた。

私はその言葉に大きく頷いた。

 

ここ男子更衣室こそ、真の殺害現場だったのだ。

 

クロはここでちーちゃんを殺害し、

血染めのカーペットとポスターを女子更衣室のものと入れ替えたのだ。

舞園さんの部屋の交換とは、また違う発想。

クロは、犯行現場そのものを入れ替えようとしたのだ。

恐ろしいトリックだ。

だが、これを論破したことで、クロの正体に大きく近づくことができた。

犯行現場が男子更衣室ならば、ドアを開けるために”男子”の生徒手帳を必要となる。

 

クロは男子の生徒手帳を所持する者。

 

―――つまり、犯人は男子だ。

 

そして、それ以上に、より残酷で恐ろしい事実が浮かび上がる。

恐怖と怒りのあまり身体が震える。

クロの殺害動機が判明したのだ。

そうか・・・そういうことだったのか。

心の底から納得した。ヤツはそれが狙いだったのだ。

 

クロは――ー

 

 

「クロは・・・ちーちゃんを“ビィーーー”しようとしたんだよ!!」

 

 

「え・・・!?」

 

突如、放った私の言葉に苗木君が絶句する中で、私は”クライマックス推理”を展開する。

 

 

男子更衣室前で合流するちーちゃんとクロの映像が映し出される。

体を鍛える指導してくれるトレーナーをちーちゃんが

探していることを偶然知ったクロは言葉巧みにちーちゃんをかどわかし、

深夜、2人きりでトレーニングする約束を取りつけることに成功した。

クロは男子更衣室を電子生徒手帳で開き、ちーちゃんを招き入れる。

”直接指導してあげるよ”

その言葉の裏で下卑た笑みを浮かべながら。

男子更衣室には、マシンガンは取り付けられていない。

恐らく便乗で入っても特に問題がないのだろう。

部屋に入り、2人はトレーニングを始める。

頬に汗を流し、トレーニングに打ち込むちーちゃん。

その表情をほんのり赤みがさし、実に色っぽい。

クロはその姿をダンペルを上げながら、食い入るように盗み見ていた。

興奮に従い、ダンベルを上げるスピードがどんどん速くなっていく。

その成果なのか体中のあらゆる筋肉が急速に固くなっていく。

そしてちーちゃんの白いうなじを見た瞬間、

人の皮を脱ぎ捨て獣と化したクロは、

その目的を実行しようとちーちゃんに襲い掛かった。

”レスリングの練習かな?”

何が起こったのかわからず

そんなことを思っていたちーちゃんも

ヤツの血走った目を見て、状況に気づき、必死の抵抗を開始する。

予想以上の抵抗。

興奮していたクロは逆上し、近くにあったダンベルを持ち上げ振り下ろす。

殺すつもりはなかった。

あわよくば、気絶させようと目論んだのだろう。

だが、当たり所が悪かった。

予想外の殺人をしてしまったクロは慌てて殺害現場の隠蔽に乗り出す。

ちーちゃんの生徒手帳を奪い、女子更衣室のカーペットとポスターを入れ替える。

 

校則では”貸与”は禁止されている。

 

だが、借りるのは禁止されていない。

死体から奪ったと言い張れば、モノクマは喜んで許可するだろう。

さらにクロはこの殺人を

あの”ジェノサイダー翔”のせいにしようと偽装工作を行う。

笑みを浮かべるクロが

女子更衣室を出る映像を最後に”クライマックス推理”の幕は閉じる。

 

 

「“ビィーーー”だよ!クロの狙いは“ビィーーー”だったんだよ!

あのケダモノはカワイイちーちゃんを“ビィーーー”しようと狙って・・・」

 

「黒木さん・・・」

「黒木、お主は・・・」

 

“ビィーーー”を連呼する私を

苗木君が悲しそうな瞳で見つめ、大神さんが低く構えを取る。

 

いやいや、だってそんなこと言っても、もう“ビィーーー”しかないじゃないか!

あんなカワイイ子と深夜、密室で2人きりなんて

そんなシチュエーションに耐えられる男子高校生なんて存在するはずがないじゃん!

女の私だってドキドキしそうなのに。

もう絶対“ビィーーー”だよ!クロの狙いは“ビィーーー”だ!“ビィーーー”

 

「落ち着きなさい、黒木さん。

あなた舞園さんの時も同じ理由で苗木君を犯人とした推理をしていたわよね。

その発想から離れなさい」

 

「え、何それ!?僕が!?舞園さんに“ビィーーー”!?え、ええ~~!?」

 

興奮する私に霧切さんが諭すように語りかける。

逆に苗木君は霧切さんの言葉を聞き、顔を青くする。

 

「今回に限ってはその可能性はないわ。

いや、たぶん・・・というかあったらいろいろと不味いわね」

 

「えーでも~」

「いいからとりあえず、その発想を捨てなさい」

 

どこか言葉を濁す霧切さんに私は渋々だが従う。

なにがいけないのだろう。

これ以上の動機はないではないか。

 

「でも、殺害現場の入れ替えは・・・あなたの推理は正しいと思う。お手柄よ、黒木さん」

「う、うん。え・・・?」

 

え、今、私・・・

 

  霧切さんに褒められた―――!?

 

 

あまりにも自然な流れだったので、素で答えてしまった。

だが、それは本当に起こったことだった。

私は、あの霧切さんに推理で褒められたのだ。

両手を握り締め、体の震えを必死で押さえる。

その震えは、恐怖でも怒りからでもなかった。

 

嬉しかった。

 

私の人生で今ほど必死になったことはなかった。

これほどまでに真剣になったことはなかった。

だから、彼女の一言が。

たとえ、それが、彼女にとって特に意味を持たないものだとしても。

私には本当に嬉しかったのだ。

 

霧切さんのお墨付きをもらった私の推理は、クロの正体に大きく近づいた。

クロの正体は男子の中の誰か。

これで容疑者を一気に半数に減らすことができた。

 

私の脳裏に”邪悪な男達”のシルエットが浮かび上がる。

 

 

「ブヒヒヒヒ」

 

一際大きな影から超高校級の”同人作家”いや”性獣”山田一二三が姿を現した。

コイツがちーちゃんをいやらしそうな目で見ているのを私は何度も目撃している。

三次元に手を出す度胸もないだろうと放置していたが、あまりにも迂闊だった。

ヤツはアニメや漫画のヒロイン達のエロい絵を描くことのみで成り上がってきた男。

クロの目的がエロ目的ならば、コイツほど犯人にふさわしい人物はいない。

深夜、小動物のようなちーちゃんと二人きりという状況の中、

ヤツが二次元の枠を飛び越えて、三次元に襲い掛かってもなんら不思議ではない。

 

「へへへ」

 

次に姿を現したのは、超高校級の”占い師”いや”亡者”葉隠康比呂。

金の亡者であるコイツは、

エロ目的というより、若くして成功したちーちゃんの資産目当てだろう。

この男なら脅迫するため

ちーちゃんの恥ずかしい写真をとろうと犯行に及んだとしても十分納得できる。

 

そして最後は・・・

 

「探したぞ、苗木。ここにいたのか」

 

クロの正体を考えていた私は、思考を止め、その声の方へ振り向く。

そこにいたのは、私が考えていた最後のクロ候補だった。

 

「ククク、俺の手を煩わすとは、本来ならば極刑ものだぞ」

「十神君・・・。僕に何か用?」

 

物騒なことを言いながら、傲慢な顔で笑う十神白夜。

それに対して苗木君は困惑の表情を浮かべる。

 

「喜べ。今回の捜査においてお前を助手に指名してやる」

「え、助手って・・・」

「貴様に拒否権はない。この栄誉を噛み締め、俺についてこい」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ、十神君」

 

さっさと部屋を出ようとする十神の勝手な行動に、

苗木君はちょっとしたパニックに陥り、私や霧切さんの方を見る。

私もどうしていいかわからない。

何もいえず、ただオロオロとするしかなかった。

その様子を見た十神が私を嘲笑しながらその言葉を放った。

 

「ククク、助手は苗木だけでいい。お前はこなくていいぞイモ虫」

「・・・。」

 

肩を揺らし、愉快そうに笑う十神。

 

私は・・・思い出していた。

十神の言葉を・・・コイツの乾いた笑みを。

 

十神白夜

超高校級の”御曹司”

学級裁判の真相を解いた3人の最後の1人。

アイツは・・・あの時、私に言った。

 

「そうだな・・・もう一人は・・・イモ虫、お前もこい!」

 

ヤツはそう言って、私をあの場所に招き入れたのだ。

一体何のために?

それはヤツを含めて3人の人間が必要だったからではないか・・・?

 

”死体発見アナウンス”に必要な3人の目撃者が。

 

苗木君の悲鳴が脳裏に蘇る。

ちーちゃんの死体を見て、薄れ行く意識の中で、私は見た。

私は・・・今、はっきりと思い出した。

 

 

十神があの乾いた笑みを浮かべながら私を見ていたことを。

 

 

私の脳裏で嗤うクロの笑みとあの時の十神白夜の笑みが重なりピタリと一致する。

自分以外の全てを見下す十神白夜。

コイツにとってクラスメイトの命など道端の小石ほどの価値もないだろう。

確かにコイツはちーちゃんのプログラマーの才能を高く評価していた。

だが、この学級裁判において、助かるのはただ1人だけ。

ならば、ヤツにとって利用価値を無くしたちーちゃんを殺すことに何の躊躇もないだろう。

 

私は今回のクロは、この十神白夜ではないかと思っている。

 

 

「大変!みんな、大変だよ~~!!」

 

 

十神の登場で場にある種の緊張が奔る中、

その雰囲気を壊すかのように騒がしい赤ジャージの女の子が飛び込んできた。

 

このクラスの元気印。

超高校級の”スイマー”である朝日奈葵さん。

彼女の尋常ではない慌てぶりから、何かが起きたことが容易に想像できた。

 

「朝日奈、落ち着くのだ」

「あ、さくらちゃん!」

 

親友である大神さんの姿を見て、

朝日奈さんは落ち着きを少し、落ち着きを取り戻した。

 

「あ、十神もいた!よかった~」

「ん?」

 

十神を指差し喜ぶ朝日奈さん。

それに対して、十神は怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「十神、それにみんなも来て!腐川ちゃんが・・・腐川ちゃんが変なの~~~!!」

 

 

・・・その後、私達は、全員で腐川の部屋に向かって歩き出した。

 

朝日奈さんの話を要約すると

 

腐川が部屋に閉じこもり、十神に会わせろと喚き散らしてる・・・らしい。

 

(・・・なんだ、いつもの腐川じゃん)

 

これ以上ないくらい通常営業。私の知る腐川冬子だ。

 

むしろ”腐川ちゃんが・・・腐川ちゃんが普通なの~~~!!”

 

そう言われた方が遥かに緊急を要する事態に感じる。

それよりずっと変なのはやはり、十神白夜だ。

腐川のそんなしょうもない要求に対して、私の知る十神白夜なら

 

「フン、なぜこの俺が行かねばならんのだ」

 

と腐川の願いを一蹴するはずだ。

だが、ヤツは今回に限って、嬉々して私達に同行している。

今にも鼻歌を歌いそうなほど、上機嫌で。

 

(怪しい・・・!)

 

あまりにも怪しすぎる。

まるで、俺を疑え・・・そういわんばかりである。

この自信はなんなのだ?

完璧なアリバイやトリックを用意しているからなのだろうか?

 

そんなことを考えている内に、腐川の部屋の前に着いた。

 

「腐川ちゃん!開けて!」

 

朝日奈さんがドアをドン、ドンとノックする。

するとほんの少しドアが開き、腐川が顔を覗かせる。

 

「フーッ!フッー!」

 

腐川は追い詰められた子猫のような唸り声を上げる。

その顔は疑心暗鬼に支配されている。

なんだ、やっぱりいつもの腐川じゃん。

ありふれた日常の光景に私は、あっさりと興味を失う。

もう捜査時間がどれほど残されているかわからない中、

腐川など相手にしている暇はないのだ。

 

私が現場に戻ろうと、踵を返した時だった。

 

「と、十神様!ごめんなさい!ごめんなさい~~~ッ!!うぇえええんん~~~!」

 

十神の姿を見た腐川が発狂したような声をあげた。

腐川は今にも・・・というよりもう泣いていた。

私は、汚い泣き顔だなぁ・・・と思いながらその様子を眺めていた。

 

「ご、ゴメンな・・・さい。や、約束守れ・・なかった。で、でも・・・でも大丈夫!」

 

腐川は泣きながら言葉を続ける。

そして次の瞬間、信じられない一言を発した。

 

 

「これ以上、アイツの好きには・・・”ジェノサイダー翔”の好きには、私がさせないから!」

 

 

まるで刻が止まったかのような感覚に陥った。

 

(え、コイツ・・・今、何て言ったの・・・?)

 

ジェノサイダー翔・・・なんで、なんでコイツがその名前を!?

 

「腐川!今、なんて言――」

 

その刹那、頭より先に体が反応した。

私は、腐川に向かって走り出していた。

 

―――バタン!

 

だが、1歩遅かった。

ドアノブを掴む寸前、腐川がドアを閉めて、鍵をかけた。

 

「腐川!コラ!開けろ!オラァア!!」

 

私は無我夢中でドアを乱打する。

聞かねばならなかった。

なぜ、ヤツの口から、あの殺人鬼”ジェノサイダー翔”の名前が出たのかを。

 

「キー!黒木!アンタ、私がこんな状態だからって調子に乗りやがって!!

覚えときなさいよ!この喪女!も~じょ!!」

 

その捨て台詞を最後に、腐川は篭城を決め込んでしまった。

どんなにドアを叩いても何の反応もしない。

 

「ククク、クハハハ」

 

このやり取りを見ていた十神は高笑いしながら、この場から背を向け歩き始めた。

 

「また後で合流しよう」

 

その言葉を私達に残し、苗木君が十神の後を追う。

この後も、私は何度もドアを叩き、腐川を挑発し続けたが、

もはや何の反応もなく、私の声だけが空しく響いた。

 

「諦めなさい、黒木さん。これ以上は時間の無駄よ」

 

霧切さんのその言葉で、私は、後ろ髪を引かれながらも、再び現場に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

「き、霧切さん!ちょ、ちょっと待って!」

 

突如、走り出した彼女の後を私は必死で追いかける。

階段を降り、廊下を彼女の後ろ姿を見ながら、全力で走る。

 

きっかけは先ほどの朝日奈さんとの会話だった。

 

「実は十神を探してる時に、玄関ホールで意外なもの見つけたんだ」

 

廊下を歩きながら、朝日奈さんは私達に話しかける。

 

「さて、ここでクイズです!私は何を見つけたでしょうか?」

 

この緊急事態に何を言ってるのだ!と一瞬思ったが、

少し冷静になると、朝日奈さんらしいな、と考え直した。

元気なだけでなく、意外に気をつかえる人だ。

この緊張状態をほんの少しでも和まそうとしているのだろう。

 

「ウヌ・・・なんだろうな、我にはわからぬ」

 

大神さんが腕を組みながら思案する。

 

「ヒント!私達がいつも身につけているものだよ!」

 

大神さんの様子を楽しそうに眺めてながら、朝比奈さんがヒントを出す。

私達が、普段身につけている?

実は、私もこのクイズにチャレンジ中であるが、やはりわからない。

 

「電子生徒手帳ね。舞園さんと江ノ島さん、そして桑田君の」

「スゴイ!響子ちゃん、正解!」

 

意外な人が参戦してきた。

横でそしらぬ顔で聞いていた霧切さんが、あっさりと正解を持って行った。

そうか~電子生徒手帳か。

 

「玄関ホールの机の上の小さな引き出しを開けたら見つけたんだ!

電源入れたら、舞園ちゃんと江ノ島ちゃんの生徒手帳だとわかって、

なんか悲しくなっちゃって・・・というか、響子ちゃんもあれを見つけてたんだ」

 

「学級裁判の翌日には、あそこに手帳は置かれていたわ。

なぜあそこに置いたのか、よくわからないけど、おそらくは・・・」

 

そこまで言った後、彼女は言葉を止めた。

何を言おうとしたのかは気になるが、さすが霧切さんだ。

日々、熱心に捜査を続けているだけのことはある。

あの後、そんなことが起きていたのかぁ~。

 

「ほえ~響子ちゃんはスゴイな~!」

 

朝日奈さんも彼女の捜査能力に感嘆する。

 

「そっか~最後の1台は桑田のだったのかぁ~。

壊れて動かなくなってたから確認できなかったけど、他に該当する人いな・・・」

 

その瞬間だった。

まさに脱兎のごとく。彼女は走り出した。

一瞬、何が起きたかわからなかった私は、我に返り、急いでその後を追った。

 

「ハア、ハアハア」

 

そして現在、ここ玄関ホール前でようやく霧切さんに追いついたのだった。

 

霧切さんは、机の上の引き出しから3台の電子生徒手帳を取り出し、

次々に、電源を入れていく。

電子生徒手帳の画面には、

その所持者である舞園さんと盾子ちゃんの名前が表示される。

霧切さんは、3台目の・・・桑田君の電子生徒手帳の電源を入れる。何度も何度も。

だが、その画面に何か表示されることはなかった。

どうやら本当に壊れているようだ。

 

「壊れていなかったのよ」

「え・・・?」

 

「私が調べた時、この桑田君の電子手帳は確かに起動していたのよ」

 

霧切さんはそう言って、手帳を見つめる。

彼女の言葉が正しいなら、この手帳はその後、故障したことになる。

 

「た、たぶんだけど・・・あの処刑でのボールの衝撃で、時間差で故障が発生した・・・とか」

 

あの桑田君に向かって発射される何百発ものボールの光景を思い出し、気分が悪くなる。

あれだけのボールが当たれば、生徒手帳が壊れてしまっても仕方ない。

 

「ブブ~~不正解です!」

 

「なッ!?」

 

突如、頭上からあのクマ野郎の声が聞こえてきた。

どうやら私達の会話を盗み聞きし、絡んできやがったようだ。

 

「電子生徒手帳は象が踏んでも傷1つもつきません。

物理的に壊すのは、はっきり言って不可能です。

あ、でも、大神さんがいるか。

まあ、彼女が本気で殴れば、電子生徒手帳は粉々だけどね!プププ」

 

電子生徒手帳の頑丈さを自慢するモノクマ。

 

「そ、そんなこと言っても、壊れてるじゃん!」

 

だが実際に、目の前の電子手帳は壊れている。

 

「プププ、さあ~どうやって壊したんだろうね?プププ、プヒャヒャヒャ」

 

笑うだけ笑うとモノクマは、沈黙した。

あ~腐川といい、このクマ吉といい、自分勝手なヤツばかりである。

余計なストレスが溜まっただけだった。

 

 

「おやおや、意外な組み合わせですな、お二人さん」

 

 

その声に振り返った瞬間、私のストレスは最高潮となった。

 

「拍手あれ!希望ヶ峰学園のワトソンこと山田一二三、ここに参上ですぞ!」

 

容疑者候補”性獣”山田一二三が突如、現れたのだ!

 

「何だお前!何しにきた!?帰れ!!!」

 

「えぇええええええ~~~!?」

 

開口一番の私の怒声に、山田は大きく仰け反った。

 

「ちょ、ぼ、僕が何かしたのですかな!?黒木智子殿、何か怖いぞな」

 

殺気立つ私の様子に、山田はビクビクする。

私からすれば、この態度は当然だ。

 

犯人候補がわざわざ、接触してくる。

 

その目的は、真実から遠ざけるため。

私達の捜査を妨害するために決まっている。

私達が真実に限りなく近づいていることを野生の感で察して、妨害しに来たのだ。

この豚、やってくれる。だが、そうはいくものか!

 

「ワトソンを自称するということは・・・山田君、何か見つけたの?」

 

警戒する私とは反対に、霧切さんはいつもの調子を崩さない。

まあ、この人は平時においても隙などないから問題はないけど。

 

「さすが、霧切響子殿!話が早い!」

 

豚田・・・じゃない山田はガッツポーズを決め、飛び上がる。

 

「実は捜査していたら、こんな物を発見したのですよ!」

 

そう言って、山田はポケットから”ソレ”を取り出した。

 

「ジャジャーン!誰かの電子生徒手帳です!

壊れていますが、おそらくは、不二咲千尋殿の物だと思われ・・・」

 

「やっぱり、お前がクロだったのかぁああああ~~~~~~ッ!!」

 

「うえぇええええええ~~~!?」

 

山田が電子生徒手帳を取り出した瞬間、私の中で血管が切れる音がした。

ちーちゃんの電子手帳を持っている。

それはちーちゃんを殺して奪ったからに他ならない。

この豚!それを親友の私にわざわざ見せつけにきやがって!

このサイコパスが!望みどおり殺してやる!

 

「落ち着きなさい、黒木さん」

 

彼女は、飛び掛ろうとする私の頭を片手でがっしりと掴むと、

胸元に引き寄せ、抱き締める形で拘束する。

 

「ガルルルッ」

「どうどう」

 

興奮する私を、霧切さんは落ち着かせようと、まるで馬をあやすかのように頭を撫でる。

客観的に見ると、見知らぬ人に吠え立てるバカ犬とそれをなだめる飼い主のようだ。

屈辱的だけど・・・ちょっと落ち着いてきました。

 

「それをどこで見つけたの?」

 

「え、えーとサウナ室ですぞ。サウナがつけっぱなしになってたから

不審に思い、調べたら落ちていたのです」

 

山田はどもりながら説明する。

 

壊れたちーちゃんの?電子生徒手帳はサウナ室に落ちていた。

 

(どうだろう?お前が壊した後、サウナにあったことにしたんじゃないか?)

 

「ヒィ!?今日の黒木智子殿、やっぱり怖ええ!」

 

じぃーと睨む私を見て、山田は悲鳴を上げて逃げていった。

 

私達は、手帳が落ちていたというサウナ室に向かった。

たしかにあの豚の言った通り、サウナはかなりの高温でつけっぱなしとなっていた。

 

 

「そうか・・・あの人は”あの時”、この方法を知ったのか・・・」

 

 

意味深なことを呟いた後、霧切さんはサウナ室を出た。

私も、ここにいる意味がないので、彼女の後を追った。

 

その後、私達は、苗木君と合流すべく、現場である女子更衣室に向かった。

 

 

女子更衣室にはまだ苗木君は戻ってきていなかった。

私はちーちゃんの遺体の前で、霧切さんと2人で苗木君を待つことになった。

ここでただ時間が消費されていくのは、苦痛だ。

だが、闇雲に動いてもしかたのないのもまた、事実。

今は、苗木君が有力な情報を持ち帰ってくれることを期待するしかない。

 

「ただ、ここで苗木君を待っているだけでは、時間が惜しいわね」

 

珍しく霧切さんの方か話を切り出してきた。

 

「ねえ、黒木さん。あなた、不二咲君を検死する気はないの?」

「え・・・!?」

 

それは予期せぬ提案だった。

なんと霧切さんは、私にちーちゃんの遺体を検死することを提案してきたのだ。

検死というとあれですか・・・死体を脱がせてあちこち調べるやつ・・・。

 

「不二咲君の真実を知るには必要なことだと私は思うわ」

「う・・・!」

 

ある意味正論だった。

確かに殺人事件であるならば、本来必要不可欠な作業だ。

だが、それはプロの仕事であり、私はただの女子高生だ。

そもそも、そんなことができる霧切さんがおかしいのだ。

舞園さんを検死した時に、そのことに驚く山田に対して

 

「たかがパンツよ、靴下に手を入れた訳じゃないわ」

 

と表情を変えることなく言い放ったと聞いている。

それに・・・さっきからなぜ、ちーちゃんのことを

 

不二咲”君”などと呼んでいるのだろう?

 

石丸君じゃないんだしさあ・・・。

モノクマも学園長ぶって不二咲君と呼び始めたけど、

霧切さんまでかよ・・・。流行っているのかな?

今後そういうキャラでいくつもりとか・・・?

う~ん、霧切さん、なんていうか、こういうとこ残念なんだよな。

まあ、話を検死に戻そう。

正直私は迷っている。

私は、ちーちゃんの瞳を見ることすら耐えることができなかった。

そんな私にちーちゃんの体に触れることなどできるのだろうか?

その瞬間、泣き出してしまうのが怖かった。

今までの覚悟や決意が消えてしまうかもしれないのが恐ろしかった。

霧切さんはじぃーと私を見つめている。

彼女は私のことを怪しいと宣言した。

もしかしたら、彼女は私を試しているのかもしれない。

なら、何が正解でなにが間違いなのか・・・う~ん。

 

「・・・そういうことか」

 

ちーちゃんの遺体の前で悩む私を見ていた霧切さんが、納得したように頷いた。

 

「黒木さん、あなた不二咲君の”秘密”を知っているのね?」

「はぁ?」

 

「だがら、改めて調べる必要がない・・・そう言いたいのね?」

 

(え?何?一体、何の話・・・?)

 

霧切さんが何を言っているのかわからない。

ちーちゃんの秘密?それって一体・・・

 

「あなたは不二君と誰よりも親しかった。ならば知っていて当然か」

 

ちーちゃんの秘密?について聞こうとした矢先に

霧切さんが放ったその言葉は私のプライドを最高に刺激した。

この私を一体、誰だと思っているのだ・・・?

 

THE友達OF友達である”親友”だぞ!

ちーちゃんのことで、霧切さんが知っていて、私が知らないことなどあるはずがない!

 

「うん、もちろんだよ!ちーちゃんのことならなんでも知ってるよ!」

 

親友のプライドに賭けて、私は高らかに宣言した。

 

「そう、ならばこの話はおしまいね」

「う、うん・・・」

 

霧切さんはこの提案をあっさり取り下げた。

それが逆に私を不安にさせた。

 

(なんだろう・・・?もしかして、これってとても重要な話だったのでは・・・?)

 

彼女の真意を聞こうか、私が迷い始めた時だった。

 

「遅くなってゴメン!」

 

十神についていった苗木君が戻ってきた。

私達は苗木君の話を聞くことにした。

 

苗木君は十神に図書室に連れていかれて、

そこでジェノサイダー翔の手口について聞かされたという。

その内容は以前、図書室でちーちゃんと一緒に聞いたものと同じだった。

新しい情報としては、

 

ジェノサイダー翔は解離性人格障害、つまり多重人格者の疑いがあるという。

 

それ以外には、図書室のコードが消えていたらしい。

おそらくは、ちーちゃんを磔にしているあれが、そうなのか。

 

 

 

        『智ちゃんファイル』

 

○シミのついたカーペット(殺害現場の入れ替えトリックの証拠①)

○更衣室に合わないカレンダー(殺害現場の入れ替えトリックの証拠②)

○舞園さんと盾子ちゃんの電子生徒手帳(玄関ホール前の引き出しの中にあった)

○桑田君の電子生徒手帳?(壊れたいるため確認はとれず)

○ちーちゃんの電子手帳?(山田がサウナで発見。壊れていた)

○ジェノサイダー翔は多重人格者(十神からの情報)

○図書室のコード(ちーちゃんを磔にするために使用された)

 

 

私が、今までの証拠をメモ帳にまとめている時だった。

 

「キーン、コーン…カーン、コーン♪」

 

頭上にあのチャイムが鳴り響いた。

 

 

「では、そろそろ始めますか。今回はいろいろあって捜査時間に個人差があるからね。

そうだな・・・30分後にいつもの場所で会いましょう!ではでは」

 

捜査終了を告げるモノクマのアナウンスが流れた。

前回の5分に比べたら、今回は30分の猶予がある。

だが、私は、殺害現場のトリックを暴いて以降、クロの正体に近づくことができなかった。

 

十神白夜の高笑いが脳裏に響く。

 

恐らくクロであろうあの男に何一つ近づくことができなかった。

 

「き、霧切さんは・・・クロの正体がわかったのかな?」

 

恐る恐る霧切さんに尋ねる。

 

「恐らく、今回のクロはあの人だと思う」

 

霧切さんは瞼を閉じ、私の問いに静かに答えた。

 

「でも、私の見つけた証拠だけでは、裁判の時間内でクロを追い詰めるのは難しい。

それに・・・今回の事件は、クロ以外の別の人物の思惑も絡んでいる。

まだ、いくつかの謎は残っているわ

それらに関しては、裁判の流れの中で、突破口を見つけるしかなさそうね」

 

今回の事件は、霧切さんすら解けない謎があるようだ。

だけど・・・

 

(スゴイな・・・霧切さんは)

 

それでも彼女は、クロの正体に辿り着いたのだ。

私は捜査の間、ずっと彼女と一緒にいた。

同じ光景をずっと一緒に見てきた。

 

なのに・・・なのに・・・どうしてこれほどまでの差が生まれるのだ・・・ッ!

 

 

才能―――

 

 

この希望ヶ峰学園において唯一無二の絶対の価値。

私と彼女では、推理の才能に絶望的なほどの差があるのだ。

 

・・・悔しかった。悔しくて情けなかった。

ちーちゃんのカタキは私がとる・・・そう誓ったのに。

 

「あ、あの時、私がちーちゃんを止めていれば・・・。

クロに会いに行こうとするちーちゃんを止めることができていれば・・・私は・・・私は・・・」

 

あの時のことを思い出す。

ちーちゃんの後ろ姿が見える。

 

もし戻れるならあの肩を掴んで・・・

 

「え、ちょ、い、痛!?」

 

突如誰かに肩を強く掴まれ、私は現実へと帰還した。

眼前には、霧切さんがいた。

いつもの変わらぬ表情。

だが、その額にはうっすらと血管が浮かんでいるように見えた。

 

「その話、私は聞いていないのだけど」

「え、言ってなかったかな?痛ッえ!?痛い!痛い!」

「詳しく・・・聞かせてくれるかしら」

「は、はい・・・」

 

それから私は、ちーちゃんと最後に会った時のことについて話した。

 

誰かと約束をしていたこと。

バックから青色のジャージが見えたこと。

 

だが、この話にクロの正体の手掛かりがあるとは私は考えていなかった。

 

「二人とも、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』という話を知っているかしら?」

 

私の話を聞いた後に、霧切さんが唐突にそんな質問をしてきた。

彼女の意図を測りかね、怪訝な顔をする私を見て、霧切さんは笑った。

 

 

「この事件の真実を解くのは、やはりあなたかもしれないわね。

”協力”してもらうわよ黒木さん。そして苗木くんも」

 

 

その時の彼女の笑みは、まるで闘技場に赴く闘士のような・・・そんな凛とした笑みだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

集合時間まで残り5分くらいだろう。

私は、自分の部屋に戻っていた。

直前まで、3人で練習した”アレ”が

クロを追い詰めることができるかは正直なところわからない。

だからこそ、私は”私なりの準備”をするために、ここに戻ってきた。

 

「あった!」

 

部屋の隅に目的のものを見つけた。

そこにあったのは、赤色に汚れたハサミだった。

これは以前、モノモノマシーンのガチャガチャで当てたものだった。

この赤く汚れた不気味なハサミは最初は捨てようと思っていたが、

呪われそうなので、仕方なしに、部屋の隅に放置していたのだ。

まさかこれを使う日がこようとはおもわなかった。

ハサミを見る。

何に使われたのかは知らないが、

普通のハサミより遥かに重く、その刃は鋭利であった。

薄っすらと赤みを帯びている。まるで返り血を何度も浴びたかのように。

このハサミはまさに、今の私の心を投影しているようだった。

今回の事件はあの霧切さんですら、未だその全容を掴めずにいる。

つまりは、現状はクロがリードしているということになる。

ならば、クロが逃げ切る可能性に備え、手を打つ必要があるはずだ。

 

裁判に勝利し、勝ち誇るクロ。

その光景を見て青ざめる私達11人。

 

この後、敗者である私達の”おしおき”が始まるわけだ。

だが、果たして、11人もの人間を即座に処刑できるだろうか?

盾子ちゃんを殺したあの”ロンギヌスの槍”を使う・・・?

いや、モノクマは、アイツは殺人鬼の中でも異常な類に属する。

桑田君の処刑を見る限り、敗者用に何か特別な処刑方法を

ウキウキしながら、作成しているはずだ。

ならば、黒幕は複数のモノクマを作動させ、私達を拘束しようとするはず。

 

つまり、モノクマ達が現れるまで、ほんの数秒、空白の時間が生じる。

 

私が狙うのは、まさにそこだ。

勝利し、油断するクロにこのハサミで一撃を加える。

予期せぬ攻撃をまともに喰らい、悲鳴を上げるクロ。

もし、喉に深く突き刺すことができれば、即死を狙える。

だが、そこまで上手くいくとは思わない。

腕でガードされてしまう可能性が高い。

 

だが、それでもいい。

ヤツに一生残る傷さえ残せれば、最悪それでいい。

ヤツが日常に帰還した後、その傷を見て何度も思い出すはずだ。

 

ちーちゃんや私達を殺した罪を。

私の憎しみを。

 

ヤツに・・・思い知らせてやる!

ハサミを上着の内ポケットに入れ、私は赤い扉に部屋に向かった。

 

 

「コラ~遅いぞ、もこっち!1分30秒の遅刻だぞ!」

 

 

赤い扉はすでに開かれていて、

入口でモノクマが”ガォオ~~”といった感じで待ち構えている。

どうやら、また私が最後のようだ。

 

「前回に続き、またヒロインぶりやがって!君のために30分も延長してあげたのに、

それすら破るなんて・・・!君は本当に平気でルールを破るんだね」

 

今度は”ハァ~”といった様子でモノクマが肩をすくめる。

 

「この前も女子更衣室にフラフラ入ってきやがって!

マシンガンでブチ殺してやろうと思ったけど、

開けっ放しでトレーニングしていた大神さんの責任でもあるし。

何より、死体を掃除するのが面倒だったので、許してあげました。

ボクがこんなに優遇しているのに、君って奴は。あ、次、やったら、即座に殺すからね!」

 

ああ、気にはなってはいたけど、そんな裏事情があったのかぁ。

・・・ていうか、全然優遇してないじゃん!怠けたかっただけじゃん!

まあ、そのおかげで生きていますけど。

 

「早く、こっちにきなよ。なんたって君は今回の”主役”なんだからさぁ~」

 

(主役・・・?)

 

手で口を押さえながら、モノクマはテクテクと私に近づいてきた。

 

 

 

     「不二咲君・・・残念だったね~もこっちぃ~~」

 

 

 

”ニタァア”とモノクマは嗤った。

モノクマを通して、私を嘲り嗤う黒幕の心が伝わってくる。

 

「君は不二咲君の親友だったからね・・・本当にかわいそうだよ。

でもね!だからこそ、今回、君にはアドバンテージがあるんだよ!」

 

「はぁ・・・?」

 

わけのわからないことを言って”グッ”と親指を立てるモノクマ。

アドバンテージ・・・?一体何を言って・・・

 

「だってさぁ~親友である君が今回のクロなわけないじゃん!やったね、もこっち!」

 

モノクマはガッツポーズを決め、その場で飛び跳ねる。

 

「んん~でも待てよ」

 

着地を決めたモノクマはニヤニヤ嗤う。

 

「ミステリー小説やドラマだと、

犯人はだいたい被害者の最も親しい人間なんだよね。というと、あれ?あれ~~~?」

 

困ったフリをしながら、私の方を見るモノクマ。

場がざわつく。

 

「ヒッ!じゃ、じゃあ、黒木が・・・」

 

腐川冬子が小さな悲鳴を上げた。

 

みんなの視線が私に集まる中、私は天井を見上げる。

天井の光景が一瞬、真っ白に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてだった。

 

 

 

 

怒りで・・・気を失いそうになるのは、初めてだった。

 

 

 

 

知っているくせに・・・

 

 

誰がちーちゃんを殺したのか、知ってるくせに。

 

 

 

 

 

 

見ていたくせに・・・

 

 

ちーちゃんが殺されるのを・・・嗤いながら見ていたくせに。

 

 

 

 

 

 

 

私の表情を覗き込もうとするモノクマに対して、逆に”ヌッ”と顔を限界まで近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

          ――――――お前、少し黙れ・・・!

    

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおーー怖えぇえええ~~ッ!!?”リ○グ”の貞子みたいだぁああーーーッ!!」

 

モノクマは大きく仰け反り絶叫する。

場が一瞬で静まる。

自分でも恐ろしく感じるほどの低い声が出た。

それは、近くにいたあの超高校級の”暴走族”である大和田君の表情が青く染まるほどの。

 

「いいねぇ~いい表情するじゃないか!ギヒヒヒ、プギュヒヒヒヒ」

 

そう呟きながら、モノクマは体をプルプルと震わせる。

どうやら私の憎悪に染まった顔を見て喜んでいるようだ。

 

狂人め、好きにするがいい。

お前など、ただの道具だ。

 

クロを・・・処刑するための道具に過ぎないのだから。

 

「もこっちのおかげでテンションが上がってきた!さあ、やろう!今すぐ、殺ろう!」

 

その声に従い、私達は裁判所へのエレベーターに乗り込んだ。。

 

 

ゆっくりと地下に向かうエレベーターは、まるで奈落へ落ちていく棺桶のようだ。

この先には再びあの場所が待っている。

桑田君の最後を思い出す。

クラスメイト同士が殺しあうあの地獄が再び幕を開けようとしている。

 

(早く・・・!早く着け!早く始まれ!)

 

その地獄への帰還を心底喜ぶ私の心は、もはや地獄の鬼と成り果てたのだろうか。

 

 

ちーちゃん・・・

 

 

君はこんなことは望まないだろうけど・・・

 

 

 

            それでも…それでも私は――――――ッ

 

 

 

 

始まる。

 

 

 

命がけの裁判…

 

 

 

命がけの騙しあい…

 

 

 

命がけの裏切り…

 

 

 

 

        命がけの謎解き…命がけの言い訳…命がけの信頼…

 

 

 

 

  

 

 

            命がけの…学級裁判が始まる…!

 

 

 

 

 




おひさしぶりです。
今回は1万5000字超えましたが、前話よりも楽に感じました。
やっぱり心中描写より、実際にキャラ動かす方が書いていて面白いです。

いよいよ、学級裁判に入ります。
長々と書いてきたこの2章の集約となります。
構成として

第2回学級裁判 前編
第2回学級裁判 中編
第2回学級裁判 後編
週刊少年ゼツボウマガジン 終劇

となります。
その後に「イマワノキワ」を書いて完成します。

今回の裁判は波乱が起きます(捏造箇所)
それでも、登場人物(クロも含め)全員が株を上げる内容であると思っています。

ちなみに第2章と第3章の裁判がかなり対比的です。
また、2章と5章のもこっちと霧切さんの関係は正反対です。
絶望と希望を狭間を描きたいですね。


まあ、時間がある時にでもお読みください。では

PS

ダンガンロンパ3の未来編のスタッフの中に絶望の残党が潜り込んでいる・・・!
まだ2話なのに、メチャクチャ面白いです。展開がまるで読めない。
でも、好きなキャラが殺されて手放しで喜ぶことはできねえ・・・!
朝日奈ァ・・・。さくらちゃんの願いに弟・・・希望はないのか・・・。






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第2回学級裁判 前編①

文豪・芥川龍之介の作品に『蜘蛛の糸』という短編がある。

 

ある日、お釈迦様が蓮池の近くを散歩しているところ、

蓮池の下の地獄で大泥棒・カンダタが苦しみもがく姿を目にする。

この男は、生前、殺人や放火をはじめ、あらゆる悪事を働いてきた悪人だった。

その悪人も、ただ1つだけ善行を行ったことがあった。

道端の蜘蛛を踏み殺さずに逃がしたことだ。

その善行に免じ、お釈迦様は、この悪人にチャンスを与えることにした。

天国へと繋がる”蜘蛛の糸”を悪人の頭上に垂らしたのだ。

 

中学も終わりという頃に、

私はこの短編について親友のゆうちゃんと話したことがあった。

 

「この程度の善行で蜘蛛の糸もらえるなら、私なら、エレベーターくらいもらえるよ!」

 

ドヤ顔でそう語る私に対して、ゆうちゃんは

 

「もこっち・・・そもそも地獄に堕ちちゃダメだよ」

 

と困ったように笑ったのを思い出す。

 

・・・話を短編に戻そう。

 

頭上に舞い降りた蜘蛛の糸を見た悪人は喜び、その糸を掴み夢中で昇り始めた。

必死に昇り、疲れきった悪人は休憩を取ることにした。

今いる場所は、ちょうど天国と地獄の真ん中辺りだろうか?

あと少しで、この地獄から脱出できる・・・喜び、ふと下を見た瞬間、悪人は固まった。

なんと他の罪人達も蜘蛛の糸を昇ってきていたのだ。

その数はどんどん増えている。このままではその重さに耐えかね、糸が切れてしまう。

 

悪人は叫んだ!

 

「お前ら、降りろ!この蜘蛛の糸は俺だけのものだ!」

 

その瞬間、蜘蛛の糸はプツリと切れて、悪人は悲鳴を上げて再び地獄へと堕ちて行った。

その姿を見たお釈迦様は悲しみ、蓮池から離れていく。

 

それが『蜘蛛の糸』という作品のだいたいのあらすじである。

 

この話を読み終えた後、私は・・・そして多くの読者は思ったはずだ。

 

 

 

あの時、悪人が余計なことを言わなければどうなっていたのだろうか――――

 

 

 

その答えは、作者とまさに神のみぞ知ることだろう。

 

エレベータから出た私は、ふとそんなことを思いながら、裁判所へと足を踏み入れた。

 

「皆さん、慣れてきたようですね。先生は嬉しいです!」

 

無言で自分の席に座る私達を見て、裁判長の席に座るモノクマは満足そうに頷いた。

どこまでもふざけたヤツだ。

私達は慣れたのではない。諦めたのだ。

もはや泣こうが喚こうが、この裁判を止めることはできない。

それはあの第1回学級裁判で、これ以上ないほど痛感した。

そして・・・なにより、今回の裁判は私が心底望んだものだ。

 

ちーちゃんのカタキを討つのに・・・クロを処刑するのにこれ以上の舞台はない。

 

「では水を刺すのもアレなので、さっそく始めますか!

生き残るのは、シロとクロの二つに一つ。賭けるのはオマエラの命。

どちらが希望を掴むのか、どちらが絶望するのか、心行くまで殺り愛ましょう!」

 

 

 

 

 

――――学級裁判“開廷”!!

 

 

 

 

 

小槌(ガベル)の音が響く中、再び学級裁判が幕を上げた。

 

「・・・・・・・・・。」

 

例によって、皆は沈黙したままだ。

自分の命を賭けた、まるで針地獄のようなプレッシャーもそうだが、

なにより、最初の発言により、この裁判の流れが決まる。

ならば、不用意な発言をすることができない。

皆がそう思っているからこそ、この沈黙が生まれたのだ。

 

ここで動くことができる人間は2種類しかいない。

 

前者は前回の裁判での霧切さんのように、

クロの正体を見破り、論破するためのプロセスの第1歩とする用意周到で理知的な人物。

 

そして後者は・・・

 

 

「わ、私、わかったから・・・!こ、今回のクロが誰かわかったんだから!」

 

 

そう、こんな風に明らかにその場の勢いで発言しようとする不用意な馬鹿しかいない。

その馬鹿・・・腐川冬子は、半ば発狂しながら声を荒げている。

 

(・・・なんだコイツは?)

 

それ以外の感想が出なかった。本当になんなのだ?コイツは。

第1回の裁判では、完全に地蔵と化していた腐川。

いつも日陰でウジウジジメジメとしているコイツが、まさか開幕を飾るなんて・・・。

一体どういう風の吹きまわしだろうか?風邪なのだろうか?

しかし、馬鹿は風邪を引かないはず・・・う~ん。

腐川に対する罵倒はほどほどにして、私は真面目な考察に入る。

 

腐川は一体、どうしたというのだろう・・・?

少し前の朝日奈さんの言葉が頭を過ぎる。

 

「腐川ちゃんが・・・腐川ちゃんが変なの~~~!!」

 

確かに、今日の腐川はちょっと変だ。

普段から明らかに変な腐川がちょっと変というのを他人に伝えるのはなかなか骨が折れるが、

普段のアイツを知る私から見れば、今日のヤツはやはりちょっと変だ。

具体的に言うなら、今の発言がそうだ。

極端ともいえるほど人見知りで注目されることを嫌うアイツならば、

たとえ犯人を知っていても、よほど追い詰められない限り、発言しようとはしないはず。

実際に、腐川は皆の視線を受けて、顔面をピクピクと痙攣させ始めている。

私も注目されるのは苦手だから、今のアイツの気持ちが少しはわかる。

だからこそ、なぜアイツがこんな行動をとったのか理解に苦しむ。

やはりちょっと変だ。

なんと言うか、いつも以上にアイツから猜疑心を・・・そして焦りのようなものを感じる。

私がそんなことを思っていた時だった。

 

 

「こ、今回のクロは・・・ズバリ、黒木、アンタよ!!」

 

 

腐川は私を指差し、高らかに宣言した。

 

うぇええええええ~~~ッ!!?・・・とこれが第1回学級裁判なら

叫んでいたが、今回はそんなリアクションをとってやるわけにもいかない。

 

今の私のテーマは「凍てつくほどの冷静さ」。

 

この程度でその誓いを破るわけにはいかない。

なにより、前回とは違い、

私は自分が今回のクロの最有力候補である、という自覚を持ってここにいるのだ。

 

「霧切が言ってたわよ!アンタがあの夜、不二咲と会っていたって!」

 

鬼の首を獲ったかのようにはしゃぐ腐川を無視し、視線を霧切さんに送る。

霧切さんと目が合う。彼女もこちらを見ていたようだ。

そう、これは私達にとって想定内だった。

 

私がちーちゃんに会った最後の人物であることを

彼女が他のクラスメイトに話すことを私は了承している。

表向きの理由は、みんなの推理のための情報公開。

これで少しでも、クロを追い詰められるなら安いものだ。

だが、本当の目的は別にある。

この情報は、裁判の前半になんとしても出しておきたかったのだ。

 

「キィィ~~喪女のくせに、何シカトこいてんのよ!それとも図星だから!?そうなんでしょ!」

 

ギャーギャーとうるさいので、仕方なく視線を腐川に戻す。

額に大量の汗を浮かべ、ドヤ顔で私を見下ろす隣の馬鹿は果たしてどちらなのか?

 

シロであるならば、まだ女の私をクロだと思っているということは・・・

それは殺人現場の入れ替えトリックを見破れなかったことを意味する。

その程度の推理力なら、これから先、クロを追い詰めることはできないだろう。

もし・・・クロであるならば、あの時の桑田君のように私を犯人に仕立て上げようと画策するはず。

 

後者の可能性を考え、私は身構える。

これから展開される腐川の推理によって、この学級裁判の流れは決まるのだ。

 

 

「これが事件の真相よぉおおお~~~ッ!!」

 

 

変なポーズを決め、腐川がクライマックス推理を展開する。

 

「黒木ィ~そもそもアンタは偶然、不二咲に会った、というのは嘘よ!

あの夜、女子更衣室に不二咲を呼び出した人物こそ、アンタなのよ」

 

女子更衣室にちーちゃんを呼び出す私の絵が映る。

腐川の私に対する偏見が反映されているのか、その顔は恐ろしいほど邪悪だ。

というか、不細工に描きすぎだろ!?誰だよこれ!

 

「そして、アンタは不二咲の隙をついて、ダンベルを振り下ろした」

 

血まみれのダンベルを舐める私の絵が現れる。

完全にホラーなんですが、それは・・・。

 

「アンタはこの犯行をジェノサイダー翔の犯行に見せるべく、偽装工作を行ったのよ!」

 

ちーちゃんを磔にし、壁に『チミドロフィーバー』を描く私が現れる。

あ~絵が気になりすぎて話に集中できない。

ヤツは普段からどんな風に私のことを見ているのだ!?

しかし、本番はここからだ・・・!

クロである私は一体、どんなトリックを使い、犯行を隠蔽するつもりな・・・

 

「以上よ!」

 

なるほど、以上か・・・え?

 

「以上よ!」

「ん、んん~~?」

 

再度、ドヤ顔でクライマックス推理の終結を宣言する腐川に対し、私は頬に汗を流す。

 

(トリックのトも字もなかったのですが、それは・・・)

 

え、まさか本当にこれで終わりなの?

あ、あの・・・これ、学級裁判ですよね?

 

あの登場人物達の思惑が入り乱れ、熾烈を極めた第1回学級裁判を思い出す。

苗木君に罪を着せるべき、部屋の入れ替えを行った舞園さん。

桑田君は超高校級の”野球選手”の才能を生かし、証拠の隠滅を行った。

私も桑田君にクロに仕立て上げられそうになり、霧切さんに助けられ、

様々な偶然の重なりの中、ついに桑田君の犯行を論破した。

 

・・・それと比べて、これは一体何なのだろう?

ただ呼び出して殺しただけじゃねーか!?

よくよく絵を見直すと、私は邪悪な上にさらに馬鹿そうな顔をしている。

ちーちゃんもどこか抜けているような顔をしている。

この事件の登場人物、馬鹿しかいない・・・?

 

私だけでなく、周りにも微妙な空気が立ちこめ始める。

心なしか、トンボが飛んでいるような気がする。

 

「カクン、カクン、ハッ!」

 

裁判長の席では、モノクマが居眠りをして、「あ、ヤバッ」という顔をして起きた。

なんというグダグダ。

裁判開始時の緊張は、腐川によって、完全に破壊された。

 

「どうやら私の完璧な推理に絶句しているみたいね、黒木!そうなんでしょ!?」

 

絶句、というより、空いた口が塞がらない、だ。

あーあ、コイツの推理?なかったことにして、仕切り直せないかな・・・。

 

「この犯行の最大の肝は、不二咲が簡単に呼び出しに応じたことよ!」

 

私の無視を降参と誤解し、腐川はさらに雄弁に言葉を続ける。

 

「モノクマの言葉を聞いて、私は核心したわ!

黒木、アンタは、この時のために不二咲に近づいたのよ!

そ~よ、アンタは、この時のために不二咲と友達の”フリ”をしてたのよォオオ~~!」

 

「はあ?」

 

ヤツのその言葉で、私は顔を上げた。コイツ・・・さっき、何と言った?

 

「アンタと不二咲が友達になったと聞いた時は耳を疑ったわ。

だけど、今なら納得できるわ。全部、演技だったんでしょ!

アンタはずっと、この機会を待っていたのよ!

甘ちゃんの不二咲がアンタを信頼して、二人きりになれるチャンスを。

露骨なくらいイチャイチャラブラブと友達アピールしていたのも、全部このため。

あ~イヤらしい!なんて恐ろしい女なの!」

 

悦に入りながら私を罵倒し続ける腐川を私は見つめていた。

ただ、じぃーと見ていた。

 

「え・・・ヒッ!?ヒィイイ~な、何なのよ、その目は!?」

 

私の視線に気づいた腐川は、悲鳴を上げた。

 

人には、決して触れてはいけない”柔らかい箇所”がある。

 

今の私にとって、それはちーちゃんに関する思い出の全てだ。

それを汚し、侮辱する者はたとえ、誰であっても許すことはできない。

冷静さの鎖はいとも簡単に断ち切れた。

まるで目に火が奔るような感覚に囚われ、私は腐川を憎悪の篭もった瞳で睨んでいた。

”憎しみの鎧”がより重さを増していく。

コイツがあと少し、余計なことを言おうものなら、

次の瞬間に、コイツの鼻先に隠し持ったハサミを突き立てることに何の迷いもなかった。

 

「な、なんて恐ろしい目をするの・・・コイツ、絶対、人を殺してるわ・・・!

やっぱり、黒木が犯人よぉおお!誰か!誰か警察を呼んでェエエエエエエエエエエエエエエ」

 

髪を掻きだしながら、腐川は絶叫した。

警察を呼べないからこそ、こんな裁判をやっていることも忘れて。

 

 

 

――――――それは違うぞ!

 

 

 

そのセリフに一瞬、苗木君の方を見てしまった。

だが、その暑苦しい声は苗木君のものではなかった。

このクラスにおいて、誰よりも暑苦しく、誰よりも真面目な彼が、、

質実剛健を体現する超高校級の”風紀委員”である石丸清多夏君が、

炎を灯したような瞳で、その言葉を放ったのだ。

 

「ヒィ、な、何よ、何なのよ、アンタは!?」

 

突然の乱入者に腐川の声が怯える。

私も石丸君の意図が読めず、ただ彼を見るしかなかった。

 

「会話を中断させて申し訳ない。

だが、君達の会話を聞いていて、どうしても一言いいたくなったのだ」

 

石丸君はその理由を語り始めた。

 

「まず今回の事件において、不二咲君を殺した憎むべきクロの正体・・・

僕も必死で捜査し、推理したのだが、まったくわからなかった!

力及ばず、本当に申し訳ない!」

 

しっかりと90度に頭を下げ、己が無力を謝罪する石丸君。

逆にこちらが居たたまれない気持ちになる。

 

「だから僕はクロがクラスメイトの誰かはわからない。

だが、これだけはわかるのだ。

黒木君が不二咲君を殺すことなど断じてない!黒木君はクロではない!」

 

石丸君は腐川を指差し、ヤツの推理?を完全に否定した。

 

「な、何よ、何を証拠にそんなことが言えるのよぉおお!?」

 

自慢の推理?を面と向かって否定され、腐川は絶叫する。

とても嫌だが、私も腐川と同じ感想だ。

私は、ちーちゃん殺害の最有力候補者。

その私をなぜ、無実と石丸君は断言できるのだろうか?

 

 

「証拠・・・それは、友情だ!黒木君と不二咲君の友情は嘘ではない!間違いなく本物だからだ!」

 

 

それはあまりにもシンプルな答えだった。

場がざわつく中、石丸君は語り始めた。

 

「舞園君が殺され、桑田君が処刑されたあの陰惨な学級裁判の後、僕達の心は荒みきっていた。

今度は誰が殺されるのだろうか?もしかしたら、自分が殺されるかもしれない。

いや、自分が助かるために、クラスメイトを手にかけてしまうかもしれない・・・。

疑念と不信感の中、皆が明日に希望を持つことができない・・・そんな時だった。

朝の食堂で、黒木君と不二咲さんが席を隣にして、笑い合っているのを見たのは。

 

こんな絶望の中でも、人は人を信じることができるものなのか・・・!

 

彼女達の笑顔は、僕の荒んだ心に吹き抜けた春風のようだった。

彼女達の築いた友情はまるで荒野に咲いた一輪の花のように、

クラスのみんなの心を和ませてくれたのは、みんなも覚えているはずだ。

黒木君も不二咲君も、きっと気づいてはいなかったと思う。

だが、君達のおかげで、もう一度、僕もそして、みんなも人を信じることを・・・

もう一度、希望を信じることができるようになったのだ」

 

石丸君は私の方を見て、笑う。

優しい笑顔だった。

私はちーちゃんと一緒にいられるのが嬉しくて、

周りのことなど、気にも留めていなかった。

だから、石丸君の話を聞いて、驚いたと同時に少し嬉しかった。

 

「黒木君と一緒にいた時の不二咲君はいつも笑っていた。

学園に監禁された時からずっと、怯え、

泣きそうな表情を浮かべていた彼女が黒木君といる時はいつも嬉しそうに笑っていた。

本当に、自然に。見ている僕が思わず微笑んでしまうほどに。

黒木君といる彼女の笑顔は本当に素敵な笑顔だった。

あの笑顔を黒木君が与えたものだ。

黒木君に邪な考えがあったなら、あんな素敵な笑顔を与えることはできなかったはずだ。

あの不二咲君の笑顔こそ・・・黒木君と不二咲君の友情が本物である証明なのだぁああ!!!」

 

「ぎぃ、ギィヒヒ~~~~ッ!!」

 

石丸君が放った言弾は、腐川の右肩を打ち抜いた。

 

「い、石丸君・・・」

 

ちーちゃんのあの”ひまわり”のような笑顔が頭を過ぎり、

私は、言葉を詰まらせる。

 

「誰がなんと言おうと、彼女達の友情は本物なのだ!なあ、兄弟!」

 

石丸君は大和田君に賛同を求める。

 

「・・・ああ、不二咲とチビ女の友情は本物だ。俺達が保障するぜ」

 

腕を組み、瞼を閉じながら、大和田君は静かに頷いた。

 

「お、大和田君・・・」

 

その言葉に涙がこぼれそうになった。

石丸君と大和田君。

いつもいがみ合い、喧嘩していた彼らは、ちょうど私達と同じ時期に友達になった。

そのために、私は彼らに親近感を覚え、時折、彼らのことを見ていた。

楽しそうに笑いあう石丸君と大和田君の笑顔に、

ふと和み、微笑ましい気持ちになったのを思い出す。

その彼らが私達のことをそんな風に思ってくれていたことは、心の底から嬉しかった。

イカン・・本当に泣きそうだ。

ダメだ。涙はクロを倒した時にとっておくのだから。

 

 

「腐川君!君は友情を築いたことがないから、そんなこともわからないのだぁ!!」

 

「ギィヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」

 

(あ・・・)

 

石丸君の言弾・・・というか禁句は、腐川の心臓を打ち抜いた。

 

「この熱血馬鹿!よくも私の一番気にしていることを言いやがって~~~ッ!!」

 

図星を突かれて、腐川は金切り声を上げる。

 

「なんでよぉおお~~なんで黒木ばかり友達ができるのよぉおおおおお!!

江ノ島も不二咲もなんで黒木みたいな暗くジメジメしたのと仲良くなるのよぉおおお!

どうして私には誰も・・・一体、何が違うのよぉおおおウビャオオオオオオオオオオンンンン!!」

 

その直後、腐川は机に顔を埋め、泣き始めた。

泣く・・・というより号泣だった。

腐川のその姿を見て、ゆうちゃんと友達になる前の自分を思い出す。

友達を作ったら、人間強度を弱まる・・・などと強がっていたが、

本当は、寂しくて、人恋しくて。

いつも側で笑ってくれる友達ができることを祈っていた。

中学を卒業して、ゆうちゃんと離れて、この学園に閉じ込められて・・・

昔のように乾いてしまった私の心を癒してくれたのは、

やはり、盾子ちゃんやちーちゃんといった友達の存在だった。

彼女達と友達になれたのは、偶然なのか運命なのか私にはわからない。

だけど、彼女達と出会わなければ、

私も今、目の前で泣き伏せる腐川のようになっていたかもしれない。

 

 

腐川はいつかの私なのだ。

 

 

そんなことを思った後、

私は、やはり汚い泣き顔だなぁ・・・と思いながら腐川の醜態を眺めていた。

 

ああ、本当にこの席、嫌だな。

空いているなら隣の席に移動していいですかね?

どうせ、誰の席かもわからないようだし。

 

「え、えーと、あの~事件の話に戻っていいですかな?」

 

いたたまれない空気の中で、山田がシドロモドロに提案する。

私達も、

 

あ、う、うん・・・。

 

という感じで、意識を事件の推理へと戻す。

 

「皆さん、さっきから”ジェノサイダー翔”て言ってますが、

ジェノサイダー翔とは巷で有名なあのジェノサイダー翔ですかな?

確かに不二咲千尋殿の殺害現場には、『チミドロフィーバー』という

意味不明な血文字が描かれていましたが

あれがジェノサイダー翔と何の関係があるのです?

まさか我々の中に、ジェノサイダー翔がいる・・・なんてことはないでしょうな?」

 

山田の言葉はある意味正論であった。

それは、ジェノサイダー翔の情報を知らない者の当然の感想。

私だって、部屋の入れ替えトリックは解いたものの、

未だに、ジェノサイダー翔に関する謎が解けていない。

この謎が事件を解く上での最大の障壁。

この裁判はこの謎に向かって流れていくだろう。

 

 

 

――――――そのまさかだ。

 

 

 

その声に全員が振り返った。

総毛立つように私の全身に緊張と敵意が奔る。

 

そこにいたのは、この事件の真の最有力容疑者。

 

 

超高校級の”御曹司”十神白夜が傲慢な笑みを浮かべていた。

 

 

「なかなかいいことをいうじゃないか豚よ。その通りだ」

「ふぇええ!?な、なんのことですかな?」

 

さらりと山田への罵倒の言葉を口にする十神。

山田もスルーする。驚き、それどころではないようだ。

最有力容疑者の登場により、場がざわつく。

私だけでなく、みんなも十神を不信を込めた瞳で見つめている。

捜査の過程において、いつもどこかイラついていた十神が、

鼻歌を歌いそうなほど上機嫌であったこと・・・その異様さを見ていたようだ。

 

十神は怪しい・・・それはもはや全員の共通認識となっていた。

 

私は息を殺し身構える。

この十神の言葉により、学級裁判の流れは決定するのだ。

 

「現場に被害者を磔にし、『チミドロフィーバー』の血文字。

これはジェノサイダー翔の犯行を示す特徴だ。

ここで重要なのは、この情報は、警視庁の関係者しか知らない極秘事項ということ・・・」

 

そう言って、十神は私達、全員を見渡した後、その一言を放った。

この裁判の流れを決める一言を。

 

 

 

   「そう・・・不二咲千尋を殺したジェノサイダー翔は・・・この中にいる!」

 

 

 

                  !?

 

有名探偵の孫が放つような十神のそのセリフにより、学級裁判は濁流へと飲み込まれた。

 

 







十神は(まだ)強い!


【あとがき】
お久しぶりです。
今回は8000字ほどです。
中途半端なところで前編を区切ることになりますが、
クロの正体を論破するまでに2万字ほどになりそうなので、
個人的には、長すぎるのは好ましくないと判断し、
中途半端なシーンで区切りことになり、結果、金田一になりましたw
最後のシーンは、金田一の絵で脳内再現して頂けると助かります。
あの絵での山田と朝日奈が想像できないw
十神はまさに明智警視そのままだけどw

今回は、腐川と十神の準主役?中心となりましたが、
この裁判は、やはり、もこっち、不二咲、石丸、大和田の4人の物語です。
個人的には、2章で一番成長してくれたのは、石丸です。
構想当時は原作通りのNPCでしかなかった彼が、
ある意味2章の中心となるほどに成長してくれました。
私は基本、遅筆ですが、この裁判に関しては、そのおかげでかけたようなものなので
時にはメリットもある、と本気で思っています。
次回で、前編は終了させ、中編以降は、字数を無視して、描き切ろうと思いますので
時間がありましたら、是非、読んでください。

【残姉こと戦刃むくろについて】
今期放送中のダンガンロンパ3 -The End of 希望ヶ峰学園- 絶望編にて
ついに我らが残姉こと戦刃むくろがシャァベッタァァァァァァァ!!という事態が発生しました。
いちファンとしては、あの残姉が喋るのは、嬉しく感慨深いことですが、
2次作家として、自分が捏造した残姉と本物との乖離をどう埋めるか、という
ある意味深刻な悩みが発生しました。
第5話時点での考察ですが、

本物は江ノ島に対する溺愛と、自分が殺されることに関して恐怖を抱いていません。

私の捏造では、愛と恐怖と姉としてのプライドが複雑に入り混じって、
いつか殺されることを覚悟していた、と、言った感じで、性格以上に本質が違います。

第4章の終わりに描く予定だった
「イマワノキワ/戦刃むくろ」では、奇しくも残姉の帰国のシーンがあり、
空港で命掛けで培った自信を全て江ノ島に打ち砕かれるという話があります(ネタバレ)

まあ、はやい話「イマワノキワ/戦刃むくろ」はお蔵入りとなるかもしれません。
う~ん、とにかく今は書くことはできないw

まあ、原作は全てあり、原作は光の源。2次作品はどこまでいっても影に過ぎません。
それでも、少しでも面白いと感じて頂き、さらに原作を好きになって頂けたら
それこそ、2次作家としての本懐です。

ではまた


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第2回学級裁判 前編② ー読み切りSS『残念な高校生活』付きー

 

 

ジェノサイダー翔。

 

 

今、世間を騒がせている猟奇殺人鬼。その性別年齢本名全て不明。

ただ、誰かがネットでつけたその名がいつしかこの殺人鬼の通り名として定着した。

殺害現場を目撃した人間には、捜査のため守秘義務が課せられるため、

ジェノサイダー翔の手口が報道されることはなかった。

そのため、ネットでは様々な噂が飛び交い、議論は過熱した。

正体不明の連続殺人鬼。

その存在は光に群がる蛾のように、一部の狂信的な信者を生み出すまでになった。

犯行を重ねるごとにジェノサイダー翔の名はカリスマ性を増していく。

噂が噂を呼んだ。

恐怖から幻想が生まれ、その幻想がさらなる恐怖を生む。

その螺旋がジェノサイダー翔の存在をさらに肥大化させ、、

ついには被害者数、数千人規模という都市伝説になるまでに昇華した。

私も時々見る某サイトのジェノサイダー翔の専用スレッドには、

その正体について住民達が好き勝手に話していた。

 

”現役の医学生で研究目的で人を殺しているらしい”

”いろいろな店で食べ歩くのが趣味。実は腕関節も得意とのこと”

”戦ったら誰にも負けないけど、本当は静かに暮らしたい”

 

春休みでやることもなかった私は、暇つぶしのそのスレを眺めていた。

半分ネタとしか思えないものが続く中、ある噂を見て、マウスを動かす手を止めた。

 

 

”ジェノサイダー翔の正体は希望ヶ峰学園に通う高校生である”

 

 

(いやいや、いくら希望ヶ峰学園でも、さすがに殺人鬼まではスカウトしないだろ・・・)

 

そんなことを思い、苦笑した後、少し背筋が寒くなったのを思い出す。

 

 

だって、その噂が本当なら・・・

ジェノサイダー翔はまさしく――――

 

 

 

 

         超高校級の”殺人鬼”に他ならないのだから・・・!

 

 

 

 

 

 

そのジェノサイダー翔がこの中にいる――――!?

 

まるで某有名探偵の孫が主役の探偵漫画のような展開だった。

私も驚く登場人物の1人として見開きに描かれているのだろうか?

それはともかくとして、こんな流れはまるで想定していなかった。

なぜならば、私は今回の事件において、クロがジェノサイダー翔の犯行に

偽装した謎に関して推理を続けていた。

 

なぜ、そんなことをする必要があったのか・・・?

 

その理由、その意味に悩み続けて、ついにその謎に対して納得する回答に辿り着けなかった。

逆に言えば、それは、今回の事件の犯人はジェノサイダー翔ではない。

そう結論づけていたに等しい。

だが、十神白夜の放った一言はそれを根底から覆すものだった。

 

今回のクロはジェノサイダー翔本人。

 

まるでホークやカーブなどあらゆる変化球に対応する練習をしてきたのに、

ど真ん中のストレートを投げられたような心境だった。

私はクラスメイト達を見る。

みんなもそれぞれに視線を送る。

十神の言葉が本当なら、この中にあのジェノサイダー翔が潜んでいるのだ。

一緒に食事し、ちょっとした話で笑い合う・・・そんなささやかな日常を

共に過ごしてきたクラスメイトが実は自分を殺す機会を狙い、密かに笑っていた・・・。

ゾッとしたどころではない。

それは現在も進行中なのだ。

場はまたざわつき始めた。自分以外の全ての者に対する不審の目を伴って。

 

「十神っち!この中にあのジェノサイダー翔がいるって本当かよ!?」

 

葉隠君が真っ青になって、十神に問う。

だが、十神は”ククク”といつものように肩で笑うのみだった。

 

「た、確かジェノサイダー翔は数十人も殺してるような奴だよな?」

 

数千人、というのは悪魔で都市伝説であり、

実際は、葉隠君が言うようにジェノサイダー翔の殺人は数十人らしい(ネット情報)。

まあ、それでも十分過ぎるほど多いとは思うけど。

 

「そ、そんなことができそうなのは・・・」

 

そう言って葉隠君は、恐る恐る大神さんの方を見る。

 

「葉隠!アンタ、何を言ってんの!?」

「で、でもよ、朝日奈っち・・・」

 

葉隠君のその行動に本人以上に、席を隣にしていた朝日奈さんが怒った。

彼女の怒りに葉隠君は怯みながらも、その主張を変えるつもりはないようだ。

 

その時だった―――

 

 

「ジェノサイダー翔は大神さくらではない」

 

その声の主は、この事態の発端である十神白夜だった。

大神さんに助け船を出した・・・なんてこの男がするわけがなかった。

だが、なんだろう?

その言い方だと、まるで十神はジェノサイダー翔の正体を知ってい・・・

 

 

「腐川だ。今回のクロであるジェノサイダー翔の正体は腐川冬子だ」

 

 

 

                !?

 

 

 

 

それはあまりにも唐突だった。

推理のクライマックスにおける華とも言える真犯人への名指し。

難解なトリックを暴き、ようやく発言が許されるこのお約束。

それがこんな冒頭に、あまりにもあっさり行われてしまった。

これこそまさに”!?”である。

 

「え、十、十神さま・・・?」

 

名指しされた腐川は、何を言われたのかわからずポカンとした表情を浮かべている。

いや、私だって何が起こっているのかわからない。

腐川が?あの暗くてジメジメした性格最悪女の腐川冬子が・・・ジェノサイダー翔!?

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

今度も腐川本人ではなく、朝日奈さんが声を上げる。

大神さんの時は友情からだと思うが、

きっと今回は、私と同様に彼女も本当に驚いたのだろう。

 

「腐川ちゃんは、血が苦手なんだよ!血を見たら気絶しちゃうほどに!

だ、だから、腐川ちゃんが犯人なんて・・・ジェノサイダー翔なわけないよ!」

 

朝日奈さんの反論で私もそのことを思い出す。

腐川は生意気にも血を見たら気絶してしまう、という病弱な美少女設定を持っていた。

実際にヤツは、舞園さんの死体を見て、仰向けに気絶して大騒ぎになった。

”言弾”ほどではないが、確かに的確な指摘だった。

だが、十神はそれに対しても冷笑を崩すことはなかった。

 

「・・・ジェノサイダー翔は腐川冬子であり、腐川冬子ではない」

「ハア!?なんですかぁ~!?ナゾナゾか何かですかぁ~!?」

 

わけのわからないことを言い始めた十神に、即座に山田が私と同じ感想のツッコミを入れる。

私は、もはや何がなんだかわからなくなってきた。

 

「・・・解離性人格障害。君はそう言いたいんだよね?十神君」

 

苗木君がその言葉を放ったのはまさにそんな時だった。

 

「図書室のファイルに確かそんなことが書いてあった。

ジェノサイダー翔は多重人格の可能性がある・・・て」

「ククク、その通りだ」

 

苗木君の回答に十神は肩を揺らし笑う。

多重人格・・・確かそれは苗木君が十神に同行した際に、手に入れた情報。

それが本当なら、血が苦手でない人格もいる、ということに・・・

 

「で、でも・・・腐川ちゃんは、ジェノサイダーを怖がって部屋に閉じこもって・・・」

「あれは、閉じこもった、のではない。

これ以上、自分の中の殺人鬼が誰かを殺さないように自らを閉じ込めた、のだ」

 

朝日奈さんの疑問に十神は今度は即座に答えた。

ドアを少しだけ開き、こちらの様子を窺う腐川の表情を思い出す。

 

 

 

「これ以上、アイツの好きには・・・”ジェノサイダー翔”の好きには、私がさせないから!」

 

 

 

腐川のあの言葉の真の意味は・・・自分の内側に巣食う殺人鬼に対する宣戦布告だった・・・?

 

「マ、マジかよ・・・」

 

大和田君が息を呑む。

皆の視線が一斉に腐川に集まる。

腐川は、どこか空ろな目をしながら、引きつった笑みを浮かべている。

 

「ど、どうしてですか・・・?十神さまァ」

 

消え入りそうな声で、腐川は、十神に言葉を投げる。

 

「どうして?・・・というのは、俺がお前の正体をバラしたことか?腐川」

 

その言葉に対して、十神は侮蔑と冷笑をもって答える。

 

「ど、どういうことだ!十神君!?」

 

私と同様に状況についてこれないのだろう。石丸君が声を上げた。

 

「簡単な話だ。モノクマが秘密を暴露すると言った直後、ソイツが俺の部屋に相談に来たのだ。

迷惑この上ないので追い返そうとしたが、なかなかに興味深い話が聞けた。

まさか、ソイツのもう1つの人格があのジェノサイダー翔だとはな。

そして、その直後、この事件が起きた。

ククク、腐川よ。結局、お前は殺人の快楽には勝てなかったようだな」

 

「う、ウウ・・・わ、私は・・・だ、誰も殺したく・・・なかった!

で、でも・・・アイツが!わ、私は止めたのに・・・何度も、何度も!うう・・・」

 

十神の嘲笑に腐川は頭を押さえて苦しそうに呻く。

この状況が未だに現実とは思えなかった。

まるでテレビでサスペンスドラマを見ているような心境だった。

 

「腐川、貴様の役目は終わりだ。そろそろ殺人鬼の人格にご登場願おうか」

 

そしてドラマは一気にクライマックスへと動き出す。

なんと十神は、ジェノサイダー翔の人格を呼び出そうというのだ。

腐川の表情が恐怖で歪む。

 

「や、約束してくれたじゃないですか・・・わ、私を守ってくれるって・・・」

「聞こえなかったのか?貴様はもう用済みだ。さっさとジェノサイダーに代われ」

 

目に涙を一杯に溜めた腐川の言葉を十神は一蹴する。

 

「腐川、お前のことが好きだ・・・十神さまがそう言ってくれた時、わ、私は死ぬほど嬉しくて・・・」

「もちろん、嘘だ。ククク、身の程を知れ」

 

その光景は恋愛ドラマを見ているよりずっと胸が苦しかった。

腐川が十神を好きなのは、もはやクラスメイト全員が知っていた。

いつも十神の後をつけて、顔を赤らめて嬉しそうにニヤニヤと笑っていたのも。

だからこそ、腐川は、十神に悩みを打ち明けたのだろう。

自分の愛する人に悩みを・・・自分の真実を聞いて欲しかったのだろう。

 

「わ、私のことを愛しているって・・・け、結婚しようって・・・」

「この俺がわざわざ貴様如きのために演技してやったのだ。光栄に思うがいい」

 

だが、それは十神にとってまさにどうでもいいことだった。

十神は腐川の恋心を嘲り、騙し、利用したのだ。

内なる殺人鬼の凶行に、怯え、苦しみ、愛する十神に救いを求めた腐川。

それがまさに踏みにじられようとしている。

私がいくら腐川が嫌いでも、今の腐川を罵倒する気にはなれない。

 

「もうお前にビンビンだ!十神Jrを19人作ろう!・・・て言ったじゃないですかァアア~~ッ!!」

「誰が言うか!ええい、ドサクサに紛れて、汚らわしい妄想を混ぜるな!気持ち悪い!」

 

ああ、やっぱり腐川は腐川だ・・・。

少しだけ感傷的になった私が素に戻った直後、ついに決着の時が訪れた

 

「そもそも風呂に入らん女など論外だ!臭いんだよ!俺の前から永遠に消えうせろ、腐川冬子!」

 

「ヒィ、ヒィギャァアアアアアアアアアアア~~~~~~ッ!!」

 

十神の放った言弾?は腐川の心臓を貫いた。

絶叫の中、腐川は仰向けに倒れこんだ。

なんだこれ・・・?

私は一体、何を見ているのだ?

確かジェノサイダー翔の正体がどうとか・・・。

えーと、何がなにやらわからなくなってきた。

それよりも、今回の裁判においてモノクマに主役と太鼓判をされたはずの

私自身の存在感がやたら薄く感じる・・・というか透け始めてる!?

十神と腐川のキャラが濃すぎるだろ!

どうしてこうなった!?

もう、何が何やらわけがわからない。

しかし、本当にわけがわからないことが起こったのは、その直後だった。

 

 

 

――――!?

 

 

腐川はいつの間にか立ち上がっていた。元の場所に立っていた。

腐川がどうやって立ち上がったのか・・・

それがあまりにも自然だったために、私の脳はその異様さを認識することができなかった。

その異様さを認識した瞬間、私の背中に冷たい汗が流れ落ちた。

腐川は”スウゥ”と立ち上がった。

床を手で押すことなく、踵の力だけで。

それはまるでビデオの逆再生を見ているかのようだった。

以前、これと同じものをテレビで見たことがある。

それを実演したのは、体操の金メダルリスト。

彼は、タイミングを計り、背中と踵の筋肉を使い、

瞬発力でなんとか立ち上がることに成功した。

そう、なんとか成功したのだ。体操の金メダルリストが・・・だ!

腐川はそれは遥かに完璧に、しかも容易にやってのけた。

あの腐川が・・・!?

あの文学少女で、運動神経皆無の腐川冬子が!?

信じがたいことだった。

だが、結果として言えることは、

腐川冬子は、体操の金メダルリストを超えるバランス感覚と、

踵のみで起き上がれるほどの類稀なるインナーマッスルを有している、ということ。

 

腐川の雰囲気が一変していた。

普段から根暗でウジウジと暗いオーラを放っていた腐川。

だが、今のヤツから放たれるそれは、もっと禍々しくて・・・

まるでホラー映画で怪物が登場する直前のような・・・何かそんな不吉なものを感じさせた。

それを感じ取ったのは私だけではない。

 

「ヌゥ・・・!」

 

大神さんの表情が変わる。

それは、まるで目の前に戦うべき”敵”が現れたかのように、鋭い眼光を腐川に向けている。

 

「ギャハ・・・ギャハハ、ギャハハハハハハハハハ!!」

 

腐川は笑った。いや、嗤い始めた。

腹を抱えて、大声で、長い舌を出しながら、楽しそうに、本当に愉しそうに。

 

「殺人鬼に代われって・・・それって私のことかしら?」

 

そこにもはや、腐川冬子は存在しなかった。

そこにいたのは、腐川であって腐川ではない別の何か。

言葉ではなく、感覚と本能が訴えてくる。

”危険だ” ”早く逃げろ”そう訴えてくる。

コイツは腐川冬子なんかではない!

 

コイツは・・・コイツの正体は―――

 

 

 

「健全な殺人は健全な魂と肉体に宿る!

私が超高校級の”殺人鬼”ことジェノサイダー翔!本名は腐川冬子ってダセー名前だけど」

 

 

 

殺人鬼はキメ顔でそう言った。

コイツが・・・腐川の内側に巣食う殺人鬼の人格。あのジェノサイダー翔・・・!

場が騒然とする。

だが、目の前の殺人鬼に誰も言葉を投げる者はいない。

私と同様に、他のみんなもこの状況についてこれないのだ。

 

殺人鬼は本当にいた。じゃ、じゃあ、コイツがちーちゃんを・・・?

 

「単純だが、これが事件の真相だ」

 

やはり最初に動いたのはこの男だった。

十神はジェノサイダーを指差し、事件の真相を語る。

 

「モノクマに秘密を暴露されそうになった腐川は、

それを阻止するために、ジェノサイダーに代わり、殺人を行った。

それがこの事件の動機と真相だ。どうだ?実に単純だろ?」

 

十神は、肩を揺らし苦笑する。

 

「おお!スゲーイケメンだ!

あなた様がもしかして、根暗が夢中になってる十神白夜さまですか?」

 

十神を見たジェノサイダーは興奮し、長い舌を伸ばす。

 

「フ、この俺を知っているのか?」

 

十神は一瞬、”ウッ”という顔をするが、すぐ持ち直し、問う。

 

「アタシと根暗は、知識は共有しても、記憶は共有してないからさぁ。

ダセーけど、交換日記やってまして。それで、根暗が、白夜さま、白夜さまってウルセーから

名前だけは知ってたけど、マジでタイプだわ、こりゃ!時間をかけてゆっくり刻みてぇ~~」

 

物騒なことをいいながら、ジェノサイダーはヨダレをたらす。

 

「まあ、それは後の楽しみとして・・・

どうやら、アタシの秘密を知られちゃったってことかしら?」

 

ジェノサイダーが私達の視線を向ける。

蛇が獲物を狙うかのような瞳。

数十人を殺戮した殺人鬼の瞳の中に私達が映る。

 

「1人あたり5秒あればいいから・・・だいたい1分くらいでいいかしら」

 

ジェノサイダーがその言葉を放った直後、

私は、かまいたちに顔を切り裂かれたような錯覚に陥り、思わずその箇所を触った。

モノクマが放つ禍々しいまでの”悪意”から”魔”という言葉を連想するならば、

ジェノサイダーが放つそれは、まさに”殺”そのものだった。

 

 

それは、本物の殺人鬼が放つ、触れれば切り裂かれそうになるほど鋭利な”殺意”

 

 

その殺意の前に、私達は蛇に睨まれたカエルのように一歩も動くことはできなかった。

 

「・・・な~んてね!ギャハハハ、驚いた?今のところはとりあえず、生かしてあげるわ」

 

私達の様子を見て、ジェノサイダーは腹を抱えて爆笑した。

 

「だって、今、アタシ達、ここから出られないんでしょ?

えーと、そこの椅子に座ってるモノタヌキ?に監禁されてるって話じゃない?」

 

ジェノサイダーの視線が裁判長の席に座るモノクマに移る。

 

(おお、殺人鬼と殺人鬼の邂逅だ・・・!)

 

こちらの方がドキドキしてきた。

 

ジェノサイダーVSモノクマ

 

本物のシリアルキラー同士の初対面。

まるでハリウッドの映画のタイトルみたいだ。

 

「タヌキじゃないです。モノクマです。はじめまして!」

「あ、ご丁寧にどうも。ジェノサイダーと申します」

 

ズッコケそうになった。

殺人鬼同士の対決はなごやかな挨拶のみで終了した。

まあ、なんでもいいけど、ちょっと違うんじゃないかなぁ。

なんていうか、これじゃ映画にならないというか・・・。

 

「根暗の日記の情報通りだわ、こりゃ。

アタシも時々、根暗に入れ替わって、

探索してたけど、出口見つかんなくてすぐに諦めたけどね!」

 

(あ・・・!)

 

その場面、私は遭遇したかもしれない。

あれは、夜時間も迫り、図書室を出て、ちーちゃんと廊下を歩いていた時だった。

 

「ギャヒャヒャヒャヒャ~~~~~ッ」

 

だらしなく舌を伸ばした腐川が、スゴイ速さで私達の目の前を駆け抜けて行った。

 

「もこっち、あれって・・・」

「・・・ちーちゃん、私達は何も見なかった。そうだよね?」

 

その当時は、監禁生活が長くなってきたため、腐川の精神がついに・・・。

そう思っていたけど、あれはジェノサイダーだったのか。

今さらながら、ゾッとした。

もしかしたら、私もあの時、ジェノサイダーに始末されていたかもしれないのだ。

 

「外に出たところで、警察はアタシを相手にしてる暇なんてないけどね!

”あんなこと”が起きたら、殺人鬼の存在感が消えちゃうじゃない!キーくやしい!

当分、ここにいた方が安全・安心ってもんよ」

 

(・・・?)

 

ジェノサイダーが何やら外のことについて話している。

警察が動けない?

それほどまでに何か重大な事件が起きている?

いやいや、少なくとも私はそんな”記憶”なんてないし・・・。

 

「1人だけやっかいなのを除けば・・・ここに私の敵はいねーし。好きにさせてもらうわ。

まあ、それと、アタシもアンタ達に言いたいことがあるからね」

 

大神さんとジェノサイダーの視線がぶつかる。

 

史上最強の格闘家と史上最凶の殺人鬼

 

一体、どっちが強いのだろうか・・・?

いやいや、どんどん主題からズレてきているぞ。冷静になれ、私。

今は、学級裁判の真っ最中だ。

そして、ここまでの流れから考えるなら、

やはり十神の推理通り、ジェノサイダーがクロなのか?

 

ジェノサイダーの登場によって、カオスと化した学級裁判。

だが、次にヤツが放った一言は、学級裁判をさらなるカオスに導いたのだった。

 

 

「一体、誰かしら?私の真似をして、私に罪を被せようってふざけた野郎はさぁ~~~!?」

 

 

 

 

                !?

 

 

 

 

クライマックスと思われた学級裁判。

だが、その直後、それを根底から覆す”!?”が私達の頭上に再び出現した。

 

 






主人公不在!
ここにきてまさかの解説役へ!


【あとがき】

お久しぶりです。
だいたい8000字くらいですかね。
まあ、そうです。字数で区切りました。
原作未読の方には、まあ進んでいるかな・・・くらいに感じてくれるかもしれません。
既読の方には、ジェノの登場で終わりじゃねーか!と思うでしょう。
作者としても、前編を終わらしたかったのですが、
ジェノのキャラが濃すぎて、この後の展開(十神の容疑、不二咲の正体、オリジナル要素)が
薄くなりそうなので、やむおえず、ここで区切ることにしました。

お詫びというわけではありませんが、
残姉こと戦刃むくろが動いた記念・・・というか
アニメ『ダンガンロンパ3 未来編/絶望編』を見て、
創作意欲(妄想)が沸き、読み切りSSを書いてみました。
内容的には
『イマワノキワ/絶望の劣等生 戦刃むくろ』(書くかはまだ未定ですが・・・)
の前日譚みたいなものです。
時間があれば、読んでみてください↓

ではまた次話にて



読み切りSS『残念な高校生活』

時刻は午後7時くらいだろうか。
夏であればまだ明るいだろけど、
冬ならばこの時間でもすでに外は真っ暗だった。
冬休みに自宅に戻り、ダラダラ過ごしているうちにもう大晦日。
というか、希望ヶ峰学園に入学して、もう2学期が終わってしまった。
時間の流れが早く感じるのは、成長したためか、それとも徒に年をとったのか・・・。
まあ、なにはともあれ、私は何とか希望ヶ峰学園で学園生活を続けている。
私達、第78期生は、”アイドル””プログラマー””暴走族”など
バラエティに富んだ才能が集結している。
その中で、私が真っ先に思い浮かぶのは、”アイツ”を除けば、意外なことに
当初、その才能を馬鹿にしていた超高校級の”幸運”こと苗木君だろう。
彼がクラスの調整役をしてくれているから、私達はクラスとしてやっていけるのだ。
友達・・・までとはいかないが、苗木君は私にも気をつかって話しかけてくれる。
そのおかげで、私はクラスで浮くことなく、今日までやってこれたのだ。
そしてもう1人は・・・超高校級の”ギャル”江ノ島盾子さん。
彼女のあっけらかんとした裏表のない性格でクラスを引っ張り、
様々なイベントを突如企画する。

「失われた青春を取り戻すのよ~!」

彼女の暴走を苗木君が上手く調整することで、なんだかんだで最後は上手くまとまる。
私は彼女のことが苦手だった(というか、怖い)が、
江ノ島さんと苗木君の2人を中心に、このクラスは機能していた。

私は・・・というと、当初「クラスメイト全員友達計画」を実行に移すべく、
最初のターゲットを物色していた。
その有力候補だった超高校級の”プログラマー”こと不二咲千尋さんは、
なんと大和田君と石丸君と仲良くなり、トリオを結成していた。
(男とあれだけ仲がいいなんて意外にビッチなのかもしれない・・・)
次に、舞園さん・・・と考えていたが、あのオーラを前に消滅しそうになりダメだった。

そんな時だった。
隣に座っている”アイツ”と目が合ったのは。
隣の席で、青い顔をしてカタカタとかすかに震えている超高校級の”軍人”戦刃むくろさん

「まず、このコミュ障から攻略するか・・・」

そんな下心から、私は彼女に近づき、友達申請を行った。
彼女は私の申し出をすんなりと受け入れた。
そんなこんなで私は、高校生で初めての友達をゲットしたのだった。
後日談だが、この時のことをむくろちゃんに話すと、
照れくさそうに笑いながら、

「実は、私もまずは隣の雑魚から狩っておくか、と思ってたんだ」

と言い放ちやがった・・・!

私達はこの現象を”シンクロニシティ”と呼ぶことにした。

その後、私達はどちらが先に友達を作るかの競争したり、
共同作戦で友達作りを行った。

結果はいうまでもなく、無残なものだった。
特にむくろちゃんのコミュ障はすさまじいものがあった。
鼻の下を伸ばし、不用意に近づいてきたチャラ男(桑田君)の喉に
即座に手刀を決め、気絶させた時は、テンヤワンヤの大騒ぎとなった。
この軍事以外からきしダメなこのコミュ障無表情女は、
なぜか私にだけは、馴れ馴れしかった。
それは私が”初めての友達”だから・・・というより、
人間には無愛想な人が、ペットには心を開き溺愛する・・・そちらに近いのではないだろうか?


だから、私はむくろちゃん本気で笑う時、どう笑うか知っている。
それは、クラスメイトの中で私だけが知っていること。
ならば、江ノ島さんは・・・。


まあ、これは私の杞憂だ。
クラスは上手くいっている。何も心配することなどないのだ。

学園の帰り、「マックド」に寄り、むくろちゃんとくだらない話をする。

チャラ男はいつ振られるのか?
山田はどこまで太るのか?

そんな時、姉妹である江ノ島さんの話になった。
気になってはいたけど、彼女達は教室では驚くほど絡みがない。

「この前、デブスの変態貧乳女って盾子ちゃんに言われたんだ~」

そう顔を赤らめるバカ軍人。
どうツッコみを入れるか、私が躊躇していた直後、

「盾子のことを理解してあげられるのは、姉の私だけだから」

シリアスな顔になり、むくろちゃんはそう言った。
それは、そう確信している・・・のではなく、
そうであって欲しい・・・と信じたい。
私にはそんな風に感じた。

思い出の回想を中断し、コーヒーを口にする。
友達作戦は失敗したが、2学期などまだ前半戦!
3学期に巻き返せばいいだけのこと。
今日は、大晦日!朝までネットとテレビ三昧で今年を終えよう!

そんなことを思い、私がふと窓の外を見た時だった。

――――!?

2階の窓に闇の中、"ヌウッ”と無表情の友達の顔が浮かび上がる。

(oh・・・)

生霊か何かな?怖すぎる・・・!
本来であれば、このホラーに悲鳴を上げるところだが、
私にとっては”いつもの”だ。
これで何度目だろう。
この前の夏休みも何度となくこの手口で現れた。

「まず電話しろ!メールしろ!玄関から入れや!」

怒る私に対しむくろちゃんは

「日本では私は呉一族にマークされているから、ダメなの」

・・・などと意味不明な供述を行った。呉一族って何ですか?

コンコン。
窓を叩く音が聞こえる。
私は、無視する。
コンコン、コンコン。
大きくなる音を私は意地でも無視し、コーヒーを飲み込む。
今度は突如、音が止んだ。

(・・・?)

不穏な空気を感じ、私がチラリを窓を見た瞬間、私はコーヒーを吐き出した。
バカが小型のハンマーを窓に向けて今まさに振り下ろそうとしていたのだ。

「やめろ!コラァアアア~~~~」

私は叫び声を上げ、窓を開ける。ヤツは、無音で私の部屋に着地する。

「いや、気づかないみたいだから、もっと大きな音をだそうと思って・・・」
「無視してたんだよ!音が出る前に窓が割れるだろ!殺す気か!破片で私を殺す気か!」

私のツッコミというより、的確な指摘に、
むくろちゃんは、ハンマーを片手に恥ずかしそうに笑う。

「・・・で、何しにきたのさ」

”いつもの”を予感し、私は警戒し、距離をとる。

「もこっち、暇だよね!明日の予定とか絶対ないよね!」

質問ではなく、断言だった。
本当に失礼極まりない女だな・・・。

「私は明日は家族と初詣に・・・」

その瞬間、むくろちゃんの姿が消え、首に鈍い痛みが奔る。

「恐ろしく速い手刀…私じゃなきゃ見逃」

頬を赤く染めて、笑うむくろちゃんの姿を最後に私の意識は途切れた。

ガラガラガラ

(・・・。)

何度目だろうか?
スーツケースの中で目覚めるのは。
このスーツケースが引かれる振動に慣れたのはいつだっただろう。
夏休みもこんな感じだった。
あの時、スーツケースが開いた直後、
私の眼前に広がったのは、青い海。どこかの孤島に拉致されたのだった。

今度はどこに連れて行かれるのだろう?
予め、相談してくれるなら、旅行くらい行ってあげるのに・・・。
きっと、むくろちゃんは満面の笑顔でスーツケースを引いているのだろう。

ああ、なんて残念な女。


ああ、どうしてこうなった!?私の高校生活!





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第2回学級裁判 前編③

あ、ありのままの出来事を話すぜ・・・!

史上最凶の連続殺人鬼が現れたと思ったら、

突如、無実を主張し始めた。

何を言ってるのかわからねーと思うが、

私も何が起こっているのかわからない。

本当に頭がどうにかなりそうだった。

 

ジェノサイダー翔の登場により、

クライマックスを迎えたかに見えた学級裁判は、

そのジェノサイダー本人により、真逆に向かって再び動き始めた。

 

何なのだ、これは・・・?

一体、私は何度同じセリフを言えばいいのだ!?

 

「根暗の日記を読んで、びっくりしちゃったじゃないの!

アタシが不二咲とかゆう”女子”を殺したなんて。

根暗のヤツも私が殺ったと思い込んでるし、失礼しちゃうわ!

一体、誰なのよ、アタシを嵌めようーて野郎は!」

 

軽快ながら、だが怒りを込めて殺人鬼は語る。

模倣犯の存在を。

そして、自分が利用されたことを。

 

「ジェ、ジェノサイダーがクロじゃないの・・・?」

 

私は小さくそう呟いた。

それは、この状況に対する当然の反応。

あまりにも自然な心情の吐露だった。

 

「ん?」

 

(あ・・・!)

 

だが、場所がいけなかった。

私の席は不運にも腐川冬子の隣。

 

つまり、今、私の隣にいるのは・・・

 

「おや?おやおやおや~~?」

 

殺人鬼は、首だけ傾けて私を見つめる。

その瞳に恐怖で青ざめる私が映る。

 

「なんでかな~?チビッ子から魂の共鳴を感じるぞ~」

 

「!?――――」

 

わけのわからないことを言った次の瞬間、ジェノサイダーは私の視界から消えた。

 

「ドント・ム~ブ・・・!」

 

一瞬で背後に回り込まれた。

私の喉に殺人鬼の指先が優しく触れる。

 

「・・・暴れるとどうなっちゃうか、わかるわよねぇ?」

 

耳元で囁かれる悪魔の言葉に私は震えながら小さく頷いた。

ハッタリなどではない。

その言葉に逆らった瞬間、私の命が終わることを本能が告げている。

 

「では、ちょっと失礼しますよ~~っと」

 

(ちょ―――ッ!?)

 

突如、ジェノサイダーは、私の胸元に腕を突っ込み、服の内側をまさぐり始めた。

 

もし、人気漫画でこの状況が描かれるならば、

ああ・・・イ、イヤ~~~と

恥ずかしそうに真っ赤になった私が百合百合しく描写され、

その場面をネタに大量の薄い本が出回るに違いない。

だが、現実はあまりにも違う。

私はまるで漬物石にでもなったかのように、ピクリとも動けず、

その内心では、

 

(や、やめろォオオオオオオオオ~~~~~~~~ウォォオオオオオオオオ~~~)

 

とまるで恐竜に追われる原始人並の悲鳴を上げていた。

 

「お、おお~!やっぱりあったわ!」

 

私の内ポケットから”ソレ”を取り出した殺人鬼は歓声を上げた。

 

「私の”相方”をアンタが持ってるって、はっきりわかったんだよね!

だってぇ、アタシのことを呼んでるんですもの~~!」

 

ジェノサイダーの手の中で鈍く光る”ソレ”を見て、私は絶句した。

なんということだ・・・!

私が、いざという時のために準備していた”ハサミ”が殺人鬼の手に渡ってしまった。

というか・・・あのハサミってジェノの・・・

 

「ねぇ~チビッ子。私の相方、どこで手に入れたのかなぁ~」

「ヒッ・・・!」

 

鋭利なハサミが鈍く光る。

凶器に使えそうだとは思っていたけど、

まさか、実際に凶器として使われていたなんて想像もできなかった。

 

「こ、購買部にモノモノマシーンというガチャガチャがありまして、それを」

 

嘘をついても仕方がなかった。

私は当時の状況を必死で思い出しながら、早口で説明を始めた。

 

「あ、ふ~ん。別に興味ないからもうどうでもいいや」

 

あーぶん殴りたい。

クラスメイト相手なら、頭にチョップの1つくらいしていただろう。

だが、この殺人鬼にそんなことしようものなら、即あの世行きだ。

この一貫性のなさこそ、サイコパスたる所以なのだろう。

コイツの行動がまるで読めない。

前言を撤回して、いつ襲い掛かってくるか、わかったものではない。

 

私がそう危惧している時だった。

 

「相方が戻ってきて、ようやく本調子に戻ったわ!じゃあ・・・さっそく―――」

 

悪い予感は早くも的中した!

さっそく、快楽殺人を始めようというのか!?早く逃げな―――

 

 

「アタシの無実を証明してあげようじゃないの!」

 

 

凶器を高々と掲げ、ジェノサイダー翔は、そう宣言した。

 

「へ・・・?」

 

半ば逃げる体勢に入っていた私は、恐る恐る振り返った。

無実を・・・証明する・・・?

確かにこの殺人鬼はそう言った。

人殺しのコイツがその真逆となる無実を証明するというの?

一体、どうや・・・

 

「ここで突然の、ジェノサイダークイ~ズ!」

 

チャカチャカチャカ♪と謎のBGMを笑顔で口ずさみながら、

ジェノサイダーは軽快に腰を振り始めた。

私だけでなく、周りのみんなもあっけにとられてそれを見ている。

何が起こっているのか、何が起きようとしてるのかわからない。

というか、怖えよ・・・!え、何がしたいのコイツ!?

 

「恒例のジェノサイダークイズ!さっそく第一問目を逝ってみましょう!」

 

私達のことなどお構いなしに殺人鬼はクイズ?を進行させる。

いつの間にか恒例になってるし・・・そもそもどこに逝くというのか。

 

「アタシが凶器として使用し、

磔の際に使うものは何でしょうか!?ハイ!チビッ子!」

「ヒッ!!」

 

お題が出たと思った瞬間、私の鼻先に凶器が突きつけられた。

 

「ハ・・・ハサミ!」

「はい!チビッ子、正解入りました!」

 

「ちょ、ちょっと待・・・あッ・・・!」

 

 

それはもはやクイズの回答などではなく、

ただ目の前にある凶器の名前を反射的に呼ばせただけだった。

だが、そのおかげで私は思い出す。

ちーちゃんと一緒に図書室で震えながら見た恐ろしい殺害写真の数々を。

被害者は全員、”ハサミ”で手足を刺されて、磔にされていた。

 

「そう!アタシはね信念と情熱をもって殺人をやってるの!

だから、アタシの殺しには一流ならではの拘りってのがあるの!

一流ラーメン店がスープや麺に拘るのと一緒!

アタシの殺人芸術にも、超一流ならではの拘りがあるのよ!

それがこの自作のMyハサミ!

殺しも磔も使い慣れたハサミは絶対に外さねーんですけど~~!!」

 

これみよがしにジェノサイダーはハサミを見せびらかす。

その回答に場がざわつき始めた。

みんなも気づいたのだ。

ちーちゃんは、”ダンベル”で殴打され、”コード”で磔にされていたのだ。

だが、それはジェノサイダーの”拘り”とは明らかにかけ離れていた。

 

「やっと気づいたみたいね、お馬鹿ちゃんたち!

さらに大サービス!アタシの殺しにはまだ隠された”法則”があるのよ~~!

それがわかれば、アタシがあの”ロリコン”を殺すわけねーのがわかるはずよ!

さぁ~わかる人はいるかしら?」

 

ジェノサイダーはダンスを舞うように回転した後で、キメ顔で私達にハサミを向ける。

この場は完全にヤツに主導権を握られてしまっている。

だが、気になる・・・!

隠された法則って一体・・・

 

「事件の被害者は全員、男性・・・そうだよね?」

 

その声の主に私は何度、助けられたことだろう。

ジェノサイダーの質問に答えたのは、苗木君だった。

 

「はい!まー君、大正解!」

 

妙に馴れ馴れしいあだ名で苗木君を呼んだのはとりあえず置いておくとして、

苗木君の回答は正解だったようだ。

嫌な気持ちを抑えながら、あの殺害現場の写真を思い出す。

確かに被害者に女性の姿はなかった。

被害者の写真はどれも男性、しかも若い男の人だった。

 

「そう!アタシのターゲットは萌える男性!

何故て・・・?だって、アタシ、腐女子ですもの~!

根暗が大ッ嫌いな腐女子ですもの~貴腐人一直線の腐女子ですもの~!」

 

顔を赤らめながら、殺人鬼は自分の性癖を連呼する。

それが殺人の動機であるならば、被害者は浮かばれないと同情を禁じえない。

まあ、イカレた殺人鬼に道理・道徳を求めても仕方のないことだけど・・・。

 

「そうゆーわけよ!アタシがあの”ロリコン”殺すはずねーってこと、わかってくれたかしら?」

 

ジェノサイダーは、私達に同意を求めてる。

だが、私達はどうリアクションをとればいいのかわからなかった。

 

「フン、キサマの趣向などどうでもいい」

「アン・・・?」

 

そんな中、十神がジェノサイダーに冷笑を向ける。

己が趣向を否定されたことに、ジェノサイダーはピクリと反応する。

 

「今回の殺人は自分の正体を隠蔽するために行う必要があった。

つまりは、自分の命がかかっていたわけだ。

ならば、隠蔽のために、趣向を変えるのは当然だろ?」

 

確かに・・・十神の言うことは一理ある。

今回は快楽のための殺人ではない。

ならば、例外としてその趣向を変えてもおかしくはな・・・。

 

私が十神の意見に同意しようとした時だった―――

 

ガッツ――――

 

「ヒッ・・・!」

 

 

私はそれを見て、小さな悲鳴を上げた。

私の机に、ハサミが突き立てられていたのだ。

 

「誰が・・・命を惜しむって・・・?」

 

ジェノサイダーからあの”殺気”が迸る!

 

 

「ちょっとイケメンだからって、調子に乗ってんじゃねーぞ、この”ド雑魚”がァ~~!!」

 

 

超高校級の”御曹司”・・・あの十神白夜に向かって、ジェノサイダーはそう言い放った。

 

「アタシは殺人を行う時は、いつも死を覚悟してんのよ!

被害者に反撃されて死ぬかもしれない・・・

警察に追われて射殺されるかもしれない・・・

なにより、アタシの快楽のために死んでくれる萌える男子諸君に報いるため、

私はいつも死ぬ覚悟で殺人を行ってるの!

だからこそ、アタシの殺人は芸術に昇華するのよ!」

 

ハサミをグリグリと動かしながら、ジェノサイダーは語る。その狂気の信念を。

 

「そのアタシが命を惜しさに信念を曲げる・・・馬鹿じゃねーの!

周りの状況に流されるのは、二流、三流。

アタシは超一流なの!

自分の信念をいつでもどこでも貫けるから!

だからこそ、私は超高校級の”殺人鬼”!

テメーも同じ超高校級なのに、そんなこともわからねーのか!この負け犬がぁ!!」

 

ジェノサイダーはハサミを引き抜き、十神に向けて叫んだ。

それはメチャクチャな論理だった。

殺人鬼は自分の拘りと信念を語っただけだった。

だが、それに反論する者はいなかった。

 

ここは希望ヶ峰学園。

才能―――

それがこの学園において、唯一にして絶対の価値。

ここに集う者は、己が信念を貫き続け、そのジャンルの頂点に立った高校生。

 

だから・・・だからこそ、誰もジェノサイダーのその言葉に反論するものはいなかった。

その言葉が己が超高校級のプライドを刺激したから。

殺人鬼の言葉は、超高校級の本質を突いていたから。

 

「き・・・キサマッ!!」

 

それがわかっているからこそ、十神は激昂するも、反論することができなかった。

 

 

「百歩譲って、アタシが正体がバレのを防ぐため、渋々殺人を行ったとして、

磔にして”チミドロフィーバー”なんて描くわけねーだろ!

アタシが殺ったてバレちゃうじゃない!このスカタンども!」

 

(あ・・・!)

 

凡人たる私にはこちらの方が説得力を感じる。

確かに、ジェノサイダーの言う通りだ。

 

じゃ、じゃあ、本当にジェサイダーがクロじゃない・・・?

 

「ジェノサイダーがクロじゃないなら・・・でも、この方法はジェノサイダーしか知らないって・・・」

 

朝日奈さんに言葉に場がざわつき始める。

クロ候補が消えたことで、裁判は再びスタートラインに戻ったのだ。

より大きな謎を残して。

 

「君なら・・・可能なんじゃないかな?十神君」

「何・・・?」

 

そんな中、苗木君が十神に言葉を投げる。

 

 

「ジェノサイダーに関する情報は、全て君から始まっているのだから」

 

 

―――――ッ!

 

場に衝撃が奔る。

私は思い出していた。

ジェノサイダーに関する情報・・・その出所は全て十神からだった。

ジェノ犯人説の根拠となる、殺人後の磔にする・・・という情報も・・・。

それが警視庁の捜査関係者しか知りえない極秘事項だというのも・・・。

全て情報は・・・十神白夜から起因する。

 

「それに・・・あの時、君は明らかに怪しい行動を取っていたんだ」

「なんのことだ?いいだろう、聞いてやる。言ってみろ」

 

一瞬、苗木君から”太陽の光”のようなオーラが迸ったように見えた。

こういうのを”才気”とでも表現した方がいいのだろうか?

本来は見えるはずのないそれも、この異常な空間によって、

ほんの一瞬、垣間見ることができても不思議ではないかもしれない。

もちろん、誰にも言うつもりはないのだけど。

あれが見えるということは、今の苗木君はあの時の・・・

クロを論破したあの第1回学級裁判の時の苗木君だということ。

その苗木君を前に、十神は不敵な笑みを崩すことはなかった。

 

「君は、不二咲さんが殺された時になぜ、女子更衣室に向かったの?」

「何を言い出すかと思えば・・・不二咲は女子だ。女子更衣室に向かうのは当然だろう」

 

 

「それは違うよ!」

 

 

”言弾”が十神の頬をかすめる。

 

「あの時、すでに君は、殺されたのが不二咲さんだと知っていたんだ!

だから、男子更衣室を調べず、女子の生徒手帳がなければ開くことができない

女子更衣室にまっすぐに向かうことができたんだ」

 

「ああ・・・ッ!」

 

私は思わず声を上げてしまった。

あの時のことを思い出す。

男子更衣室に向かわずに、女子更衣室に進む十神。

私は、慌てて生徒手帳を出そうとした。

このままでは、十神が不法侵入でマシンガンに撃たれてしまう・・・!

そう思ったから。

その直後に、モノクマの放送が入り、

十神はそれを予想していたかのように笑っていた。

アイツは・・・ちーちゃんが殺されているのを知っていたんだ・・・!

 

「ククク、なるほどな」

 

十神は肩を揺らし笑う。

皆の疑惑の疑惑の視線を一身に受けながら。

容疑は再び、”本命”十神白夜に戻ってきた。

 

「だが、怪しいのは俺だけではないはずだ」

 

十神はその直後、私を指差し、”言弾”を放った。

 

「ジェノサイダーの情報は、そこのイモ虫も知っていたぞ。

気まぐれから図書室でジェノサイダーについて、

コイツと不二咲に話したことがあった。

女子であり、不二咲の友人であるソイツの方が、

俺より、遥かにこの犯行を行うことが容易だろう?」

 

「え・・・!」

 

容疑はまた、私に向かって戻ってきた。

悔しいが確かにそれは事実だった。

私は、自分に向かってくる”言弾”を防ぐ術がなかった。

 

「黒木さんは、腐川さんとジェノサイダーの秘密を知らなかった。

この犯行を発想できるのは、その関係を知っているあなたしかいないわ」

 

十神の”言弾”が私に当たる直前、霧切さんの”言弾”がそれを相殺した。

 

「男子である俺は女子更衣室に入ることはできない。俺に犯行は不可能だ」

 

 

「それは違うよ!」

 

 

今度の”言弾”は十神の右肩を撃ち抜いた。

 

「玄関ホールに、舞園さんと江ノ島さんの電子生徒手帳がある。

君はそれを使って女子更衣室に入ったんだ!」

 

苗霧コンビの華麗な連携。

それは、まるで西部劇を見ているかのような錯覚に陥る。

 

 

ここは悪党が支配する街・サウスタウン。

街の保安官である苗木君と霧切さんは、

ティガロンハットを被り、互いに背を合わせながら、悪党どもを弾丸で打ち抜く。

 

「ククク」

 

その眼前には、この街の市長にして、

悪党どもの元締めである十神が不敵な笑みを浮かべる。

追い詰められたのに、ヤツはまだその余裕を崩さないでいる。

 

 

”クロ”の影の中から、不敵な笑みを浮かべる十神白夜が現れた。

 

 

やはり・・・やはりコイツが―――

 

「テメーが”クロ”だったのか!コラァアアアアアアーーーーッ!!」

 

激昂した大和田君が机に拳を叩きつけた。

その瞬間・・・私の憎悪に火がついた。

 

「やっぱり、お前がちーちゃんを殺したんだな!十神白夜!」

 

私は十神を指差し、叫んだ。

やはり、予想通り、十神白夜がクロだったのだ。

腐川とジェノサイダーの秘密を知った十神は、

己が罪を腐川達に被せるための殺人計画を練り上げた。

被害者は誰でもよかった。

ちーちゃんが選ばれたのも、恐らくは殺しやすかったからに違いない。

どんな手を使ったかは知らないが、

ちーちゃんを深夜、女子更衣室前に呼び出した十神は、

彼女をむりやり、男子更衣室に連れ込んだ。そして、そこでちーちゃんを殺害。

今度は、ちーちゃんの電子生徒手帳を・・・

いや、念のために、

苗木君が言ったように舞園さんか、江ノ島さんの電子生徒手帳を使って、

女子更衣室に入り、ジェノサイダーの犯行に偽装したのだ。

ハサミの代わりに、ヤツが出入りしている図書室の延長コードを使って。

 

「ゆ、許せない・・・!よくも、よくもちーちゃんを!」

「十神君!君はなんてことをしたのだ!」

 

私と石丸君は剥き出しの怒りを十神に向ける。

 

「この犯行ができるのは、コイツだけだよ!

クロは十神だよ!だ、だから、みんな!投票しよう!」

 

私はみんなに向かって、投票を呼びかける。

 

「おう!チビ女!」

「黒木君!僕も君の意見に賛同するぞ!」

 

大和田君と石丸君が即座に賛成してくれた。

嬉しい。

ちーちゃんを思う気持ちは私と一緒だ。

やっと・・・やっとちーちゃんのカタキが討てる。

もうすぐ、私の復讐は成就するのだ。

想定通り、十神がクロだったことに私は”安心”した。

憎悪と安心という相容れぬ感情が複雑に交じり合う中、

私は復讐の成就を確信した。

 

「フン、所詮、愚民はどこまでも愚民。俺の”敵”にはなり得ぬというわけだ」

 

だが、クロである十神はこの状況においても、その冷笑を崩すことはなかった。

その人を心の底から見下す笑みは、私をイラつかせた。

 

「何を・・・笑っているんだ?十神」

「ん・・・?」

 

私と十神の視線がぶつかる。

 

「お、お前が今、取るべき態度は処刑を前に震えることだ。

自分の罪に懺悔することだ。笑うことじゃ・・・ないんだ!」

「・・・ククク」

「処刑される前に・・・謝れ!せめて・・・ちーちゃんに手をついて謝れ、十神!」

「ククク、クハハハ――」

 

十神は私の言葉を笑った。腹を抱えて嗤い出した。

 

「十神、お前~~~~~ッ!!」

 

炎のような憎悪に駆られ、私は叫んだ。

 

「・・・気安く俺の名を呼ぶな!

イモ虫風情が!キサマなどではない。俺の”敵”はキサマなどでないんだ!」

 

「殺す!殺してやる~~~~十神白夜ーーーーーーッ!!」

 

この後に及んでもまだ、皇帝の如き視線で私を威圧する十神白夜。

”憎しみの鎧”はより重さを増していく。

もう1秒たりとも私はコイツが生きていることを許すことはできなかった。

殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!絶対に殺す!

チーちゃんのカタキ!殺す!殺す!私達を裏切ったくせに!殺す!殺す!

殺す!殺す!自分だけ助かろうと・・・!殺す!殺す!モノクマに処刑・・・!

殺す!殺す!この悪党!殺す!殺す!桑田のよう絶望しろ!残酷に死ね!

 

「みんな!投票しよう!もうこれ以上、議論することはないよ!」

 

私は再度、投票を呼びかけた。

山田に、葉隠、そして朝日奈さんと大神さんが、迷いながらも頷いた。

 

「フン、ゴミどもが!その程度か。

キサマらも同じなのか?キサマらもその程度なのか?苗木誠!霧切響子!」

 

十神はまだそのような挑発の言葉を苗木君達に投げる。

勝手にするがいい!キサマはもう終わりだ!

 

「投票しよう!苗木君!」

 

十神を論破したのは、今回も苗木君だった。

ここまでこれたのは、苗木君のおかげだった。

後は、君が投票に賛成してくれれば・・・

 

(え・・・!)

 

その光景に私は動揺した。

苗木君は、下を見つめ、何か考えていた。

それは、投票に賛同しない・・・ということ。

 

「霧切さん!投票しよう!」

 

焦りを覚えながらも私は霧切さんに賛同を求める。

霧切さんも十神を追い詰めたのだ。

きっと私に賛同してくれる。

 

「え・・・!?」

 

今度の驚きは声に出てしまった。

彼女は私を見つめていた。

その瞳は、明確に”待て”・・・とそう言っていたのだ。

何故なのだ!?これ以上何があるというのだ!

 

「十神君、1つ聞いていいかしら」

「・・・なんだ?」

 

霧切さんは視線を十神に移す。

今さら何を問おうというのだろう?

 

「あなたは、不二咲さんは女子更衣室で殺された・・・そう考えているのね?」

「当然だろう。不二咲は女子更衣室で死んでいたのだからな」

 

(え・・・?)

 

私の中に、小波のような違和感が生まれた。

コイツ・・・いまさら何を言っているのだ?

なぜ、いまさら殺害現場入れ替えトリックについて隠すのだ・・・?

コイツの余裕の根拠があのトリックだった・・・?

いや、私でも解いたあのトリックがコイツの切り札のはずがない。

十神は前回の裁判を解いた3人の内の1人だ。そんなはずはない。

それに、もはやこの状況では、あのトリックに何の意味もないはずなのに。

 

 

「それは違うよ!」

 

その最中、苗木君が”言弾”を放つ。

 

「不二咲さんが殺されたのは女子更衣室じゃない。男子更衣室だ!」

 

「な、なんだと~~~~~~~~~~ッ!!」

 

”言弾”が十神の心臓を貫いた直後、十神の不敵な笑みが驚愕に変わった。

 

(え・・・?)

 

ヤツのその顔を見て、私の中に不安が渦を巻く。

なぜ、そんなに驚いている?

クロであるはずのコイツがなぜそんな顔をするの?

まるでそのことを知らなかったように・・・。

 

「馬鹿な・・・!不二咲は男子更衣室で殺されただと。ならばどうやって男子更衣室に入った?」

 

十神は数秒間、考え込むような仕草をした後、裁判長席のモノクマを睨む。

 

「モノクマ。桑田の壊れた電子手帳で、男子更衣室に入れるのか?」

「・・・無理だね。だって壊れてるんでしょ?」

「女子が男子と便乗して入室した場合はどうなる?」

「女子更衣室だと、マシンガンで蜂の巣だけど、男子の場合、特に罰則は設けてないけど。

うん、そうだね・・・ボクが注意しに現れるかな」

「不二咲千尋はどうだったのかと聞いているのだ!」

「プププ、それを教えちゃったら裁判が面白くなくなるじゃん」

「き、キサマ~」

 

ヤツらの会話から、桑田君の電子手帳は壊れているから使えない。

そして、女子も男子に便乗して入ることができないことがわかった。

それは、私の推理を根底から覆す情報だった。

私は、罰則がないことをいいことに

クロが無理矢理、ちーちゃんを男子更衣室に引き込んだ・・・そう思っていた。

だが、それはできないらしい。

 

ならば、ちーちゃんはどうやって男子更衣室に入ったのだ・・・!?

 

「この施設を管理する学園長としてのあなたに”校則違反”の報告を要求するわ。

昨日、女子が男子更衣室に入室するという校則違反は発生したのかしら?」

 

霧切さんはモノクマに問いかける。

上手い!

ヤツは希望ヶ峰学園の学園長という肩書きにやたら拘っている。

彼女はそのプライドを突いたのだ。

 

「プププ、なるほどね~そう聞かれたら、答えるしかないね。だって僕は学園長だし。

十神君、君は、もっとよく考えて聞いた方がいいかもね」

「クッ・・・!」

 

ある意味予想通り、モノクマは学園長の肩書きに執着を見せる。

挑発の言葉に、十神は血管を浮かべて怒る。

 

「昨日、校則違反を行った人物は、もこっちだけです。

女子が男子更衣室に不法入室した校則違反はございません」

 

場がざわつく。

ちーちゃんの姿が脳裏を過ぎる。

私はちーちゃんのことならなんでも知ってると思っていた。

 

でも、ちーちゃん、君は一体・・・

 

「簡単なことよ」

 

その声の主に視線が一斉に集まる。

霧切さんは、皆の顔をゆっくりと見つめた後、その言葉を放つ。

 

「不二咲君は、”自分”の電子手帳で入ったのよ」

 

この裁判を根底から揺るがす一言を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        "不二咲君は・・・彼は・・・男子よ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ええええ~~~~~~~~~ッ!!!?

 

その衝撃の一言に皆は一斉に驚きの声を上げる。

 

「霧切と一緒に死体の検死に同席した我が保証する。不二咲千尋は間違いなく男子だ!」

 

大神さんがそう言って、顔を赤らめる。

 

「僕も霧切さんからそのことを聞いた時には本当に驚いたよ」

 

苗木君が困ったような感じで頭を掻く。

 

「ほ、本当でござるか!?あの不二咲千尋殿が男の娘!?」

「驚きだべ!」

「ほえ~信じられないよ!あんなのカワイイのに!」

「まさか殿方でしたとは・・・」

「な、なんということだ!不二咲君が男だったとは!」

 

皆、口々のその衝撃を語る。

 

(・・・。)

 

私はその光景をまるで別な世界のことのように眺めていた。

彼らの言っていることがまるで理解できない。

それは、まるで、サッカーのゴールキーバーがその役割を忘れ、

ボールがゴールネットに突き刺さるのをボケ~と眺めているような・・・

まるで他人事のような感覚だった。

 

もはや、私は完全に何がなにやらわからなくなっていた。

 

「なぜ、不二咲君が女装していたのか・・・その真実は親友である黒木さんが知っているわ」

 

みんなの視線が一斉に私に向かう。

 

「さあ、黒木さん」

「え・・・?」

「さあ!」

「え、ええ・・・」

 

 

 

 

 

え、ええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエ

エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ

エエエエエエエエエエエエ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!?

 

 

 

「な、何を驚いているの?黒木さん」

 

私の絶叫に霧切さんの表情が変わる。

 

「あなた、私に言ったわよね。不二咲君のことは何でも知ってるって」

「い、言いました!言いました・・・けど。で、でも!でも~~~~ッ!!」

 

それはちーちゃんの親友として誰よりもわかっている・・・という意味で。

まさか男だったなんて・・・

ちーちゃんがいろいろ悩んでいたことは知っていたけど・・・

 

 

"ボク、モノクマが秘密を暴露する前に、自分で秘密を話すよ"

 

(あ・・・!)

 

あの最後に会った時、ちーちゃんが言おうとした秘密とはこのことだったのか!

事情はわかってきたけど、まだ頭の中がグルグルする。

冷静になどなれるわけがなかった。

同性の友達だと思ってイチャイチャラブラブ接してきた相手が実は男だった。

それも、超高校級の中でも3本の指に入るほどの可愛らしさを持っている男子。

じゃあ、アレか?私は、皆の前で男子に抱きついたり、頬をすり寄せて・・・

その瞬間、顔が真っ赤になり、直後、青くなる。

うおォン 今の私ははまるで人間信号だ。

高校生にして、私はなんて性に爛れた生活を。

超高校級の”喪女”から一気に、高校生恋愛カーストの頂点に!

 

「そう!不二咲千尋は”男の娘”だったのです!」

 

モノクマが正解!と書いたプラカードを掲げる。

 

「もこっち、君は男子である不二咲君と公衆の面前でイチャイチャラブラブと。

ボクは学園長として風紀が乱れるのを目にして悲しかったよ~」

「あ、あわわわわわ~~~~ッ」

 

ニヤニヤ嗤うモノクマの言葉に私は顔を真っ赤にして慌てる。

 

「それに満足せず、君は隙を見て、不二咲君のおしりを・・・」

「キュシャァアアアアボボボボボボボビギャァ~~~~~ッ!!」

「あーうるさいな!わかったよ!言わねーよ」

 

本物の黒歴史の暴露を奇声を発し、阻止しようとする私に対して、

モノクマはめんどくさそうに頭を掻いた。

ダメだ。まだ衝撃が収まらない。

 

「運んだ際に、肌の触感が女のそれとは少し違うと思っていたが、そういうことだったのか」

 

十神白夜が何かエロいことをブツブツ言っている。

 

「・・・十神君、やはりあなたはクロではないのね。

不二咲さんの死体を発見したあなたは、偽装工作を思いつき、

ジェノサイダー翔の犯行に見せかけた・・・なぜ、そんなことをしたの?」

 

話題を事件に戻すべく十神に問いかける。

 

「ククク、その通りだ」

 

十神の顔にあの乾いた笑みが戻る。

 

「不二咲の死体を発見した俺は、舞園の電子手帳を使い、

女子更衣室に入り、偽装工作を行った。クロを動揺させるために、そして俺の目的のために」

 

クロを動揺させるため・・・。

たとえ、それが理由だったとしても・・・それに効果があったとしても・・・

 

「お、お前は・・・そんな理由でちーちゃんの遺体を辱めたのか・・・!?」

 

私はそう聞かずにはいられなかった。

 

「・・・不二咲の才能は貴重だった。だが、ヤツは死んだ。

その死体を俺が有効利用してやっただけだ。むしろ光栄に思え」

「お、お前・・・!」

 

あまりのクズさに絶句した。

コイツはどこまで腐っているのだ。

そもそも苗木君と霧切さんがいなかったら、どうするつもりだったのだ?

無実を主張しても、誰がお前なんかを信じるだ?

お前、どこか抜けてるんだよ!

 

「プププ、イイね~十神君」

 

私達の言い合いをニヤニヤながめていたモノクマが口を挟む。

 

「その目的のためには、手段を選ばない傲慢さ・・・君とは気が合いそうな予感がするぞ~」

「フ、言っておくが、俺がここから出た暁には、必ずお前を殺す・・・!

勝利を宿命づけられた十神の名に懸けてな!」

「プププ、いいね~雑魚キャラにしておくにはもったいないな」

「ク・・・キサマ~」

 

モノクマの嘲りに十神は激昂する。

それを見ている私達の視線に気づくと、ヤツは私達は言葉を放った。

 

「何を見ている!さっさと推理を再開しろ!」

 

どこまでも傲慢なヤツめ・・・!

瞳に火が灯ったと錯覚するほどの憎悪の視線を十神に向ける。

だが、憎悪と共に私の心の大きな不安が渦巻き始めていた。

 

クロは十神ではなかった――――

 

ここにきて、その事実はあまりにも重いものだった。

 

「再開しろ・・・と言われましても」

 

山田がシドロモドロになりながら、額に大粒の浮かべる。

そうなのだ。

どう再開していいのか、わからないのだ。

 

「この状況はまずくねーか?第1回の時と同じだべ」

「いいえですわ。あの時は、

まだ舞園さんのダイイングメッセージがありましたが、今回は・・・」

「ほえ~どうしよう!手掛かりがなにもないよ!」

「うぬぬ、もはや犯人の挙手に期待するしかないのか・・・!」

 

そう容疑者候補がいないのだ。

そして、前回とは違い、今回はもはや手掛かりが残っていない・・・。

 

「・・・。」

「プププ」

 

裁判所は水を打ったような静けさとなった。

それはモノクマの嘲りが響き渡るほどに。

負けた方には残虐な処刑が待っている・・・

地獄のようなプレッシャーが再び戻ってきた。

 

「・・・黒木さん、あなたに聞きたいことがあるのだけれども、いいかしら」

「え、あ、わ、私ですか!?は、はい!」

 

静寂の中、霧切さんが動いた。

彼女の問いに私は、慌てて返答する。

だが、それは全て演技。

 

(ここで仕掛けるのか―――)

 

心臓が高鳴る。

確かに仕掛けるなら、容疑者候補が消えた今をおいて他にない。

 

「あなたが最後に不二咲君に会った時のことをもう一度聞かせて」

「は、はィいいい~~~わ、わかりましたぁああ!」

 

演技のアドバイスを霧切さんに求めた時のことを思い出す。

 

「出来る限り慌てなさい。出来る限りどもりなさい。それが黒木さんよ」

 

正直、ムカッとしたが、確かにこの方法は自然でやり易かった。

 

「不二咲君と話した時、何かいつもと変わったことはなかった」

「と、特には、だ、誰かと待ち合わせしてるみたいだったけど、誰かは教えてくれなくて・・・」

「その時、彼は何か持っていなかった?」

「な、何か・・・あ、そ、そうだ。バック!倉庫室にあるバックを持ってました!」

「それだけ?」

「ほ、他には・・・え、えーと、じゃ、ジャージがバックから見えました。

それを見たら、ちーちゃんは慌ててそれをバックにしまって・・・そして・・・あ!」

 

私は考え込むように頭を抱える。

心臓の音が聞こえる。

ドクン、ドクンと大きな音が聞こえる。

私の次の一言に全てが懸かっているのだ。

 

「その時・・・確かにちーちゃんはこう呟きました」

 

私はゆっくり顔を上げ、全員の顔を見渡した後、その一言を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     "お揃いなんだ”・・・て

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーそうか!」

 

直後、苗木君が大きな声を上げ、手を叩いた。

 

「ということは、不二咲さんとクロは同じジャージなんだ!」

「な、なに~~不二咲君と犯人はオソロ!?」

 

苗木君の結論に石丸君が驚きの声を上げる。

 

「僕のジャージの色は青だよ!」

「ああ、なんてことなの。私も青よ」

「ぼ、僕のジャージの色はこの制服と同じ白だ!」

 

苗木君と霧切さんが自分のジャージの色を明かした。

石丸君も慌てて自分のジャージの色を叫ぶ。

場は騒然とする。

 

 

クロ、もしくはクロ候補は不二咲千尋と同じジャージを持つ人物。

 

 

その流れの中、皆は口々に自分のジャージの色を叫び始めた。

 

そう・・・これは、”蜘蛛の糸”。

 

地獄のようなプレッシャーの中で舞い降りた蜘蛛の糸。

クロのみが見える天国への蜘蛛の糸。

 

私は目を閉じる。

全神経を”耳”に集中するために。

 

ちーちゃんを殺し、私達を裏切ったクロの姿を・・・

蜘蛛の糸を昇る悪人の姿を”観る”のは、目ではない。この耳だ!

 

 

 

” ぼ、僕のジャージの色はこの制服と同じ白だ!”

             ”そもそも僕が着れるジャージのサイズがありませんぞ~”

 

”フン、くだらん。俺がジャージなど庶民の服など着るか!”

    ” 私のトレードカラーは黒。だから私は黒のジャージを持っていますわ”

 

”あ、赤いジャージは私の普段着だし、え、どうなるのこの場合!?”

             ”俺は黒のジャージだ。アイツとは違う色だな”

 

”俺は白だべ!聞いてくれ!俺の占いではラッキーカラーは・・・”

 

         ”殺人鬼がジャージなんて着るわけないじゃない~!根暗は知らねーけど!”

 

”我はトレーニングの時は、ジャージではなく、道着を着る”

 

 

 

 

 

―――――――見つけた・・・・!!

 

 




裁判もついにクライマックスへ!


【あとがき】

お久しぶりです。今回は13000字ほどになりました。
ようやく前編を終えることができました。
いよいよ次話は中編になります。
この話は2章の集約となりますので、
字数を無視して、書き上げたいと思います。
かなり気合を入れます。
納得の出来になるまで投稿しないと思います。
というのも、
「中編」~「イマワノキワ」までの絶望と希望の戦いにこそ
この作品自体の集約があると考えているからです。
「ダンガンロンパ3」において、圧倒的な絶望の中、
それでも七海は最後まで希望を抱き、それが、カムクラの中に消えたはずの
日向に届いた奇跡を希望の勝利とするならば、
この2章においても、表面においては絶望の圧勝劇の中、
その実は、希望の勝利であったことがわかります。

特に中編においては、

・もこっちと不二咲の友情の答えが出る。
・原作/アニメが描くことができなかったクロのけじめをつける。
・学級裁判に波乱が起きる(捏造/改変)

上記のものを中心に描くことで、
この作品を読んで下さった読者様達に”希望と絶望の狭間”を魅せたいと思っています。

次話に期待してください!

では



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第2回学級裁判 中編

私はね・・・ずっと君のことが怖かったんだ。

 

君は日本で一番有名な不良だから。

すぐに暴力を振おうとするから。

 

だから・・・出来る限り避けていたんだ。

 

でも、あの日・・・

誰もいなくなった体育館で

盾子ちゃんの遺体に大切な学ランをかけてくれたあの時・・・

 

私は初めて知ったんだ。

 

 

“君は見かけによらず、本当は優しい人なんだって・・・”

 

 

裁判が終わった後、

少しずつ話す機会が増えて・・・

 

私は知ったんだ。

 

君は猫よりも犬が好きだということを。

将来に悩んでいたことを。

卒業したら・・・大工になりたいことを。

壊すんじゃなくて、これからは、作りたいって・・・。

 

私は知っているんだ。

 

日本一の不良が・・・日本最大の暴走族の総長が、

私達と同じように未来に不安とそして、希望を持っていることを。

 

だからね・・・私は嬉しかったんだよ。

 

あれだけ険悪だった石丸君と

君が親友になって肩を組んで笑う姿をを見た時・・・

 

ちーちゃんと打ち解けて笑い合う二人を見た時・・・

 

私は本当に嬉しかったんだよ。

 

その姿があまりにも微笑ましくかったから・・・

まるで自分のことのように本当に嬉しかったんだ。

 

 

本当に、本当に、嬉しくて・・・

嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて・・・なの・・・に、

なのに・・・どうして・・・?どうして・・・!?

どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?

どうして!どうして!どうして!どうして!!どうして!!どうして!!どうして!!

 

どう・・・して・・・ッ!

 

 

どうして君なんだよぉおおお―――

 

 

 

 

 

 

           

   大和田君~~~~~~ッ!!

 

 

 

 

 

 

叫んだ瞬間、視界が・・・世界が“ぐにゃり”と歪んだ。

それは、目の前の現実を拒絶するかのように。

現実によって壊される大切な思い出や幸せだったあの時間を守るかのように。

 

「な、なに大声出してんだよ・・・。ビックリするじゃねーか、チビ女」

 

元に戻った視界の先には、

超高校級の“暴走族”である大和田紋土君が額に汗を浮かべていた。

 

「どう・・・してなの?どうして!どうして、ちーちゃんを殺したの!?」

 

私はそう叫ばずにはいられなかった。

 

「な・・・ッ!?」

 

その言葉に大和田君は大きく動揺した。

 

「お、俺じゃねー!俺は殺してなんかねーぞ!

言ったじゃねーか!俺のジャージの色は黒だ!アイツと同じ青のジャージは苗木と霧ぎ」

「言ってない!」

「あん?」

 

私は―――

 

 

 

 “ちーちゃんのジャージの色なんか言ってない!!”

 

 

 

「あ・・・!」

 

その瞬間、大和田君の表情が変わる。

それはまるで本当に、

蜘蛛の糸が切れて地獄へと堕ちていく悪人がするかのような・・・そんな顔だった。

 

「お、お前、確か・・・言ってなかったか・・・?」

 

視線を逸らしながら大和田君は弁明する。

その声は普段の彼と比べて、小さく弱いものだった。

 

 

 

 「それは違うよ!」

 

 

 

だが、苗木君の言弾が即座にそれを撃ち抜いた。

 

「黒木さんは、不二咲さんのジャージの色を話していない!

それは、僕と霧切さんが保証するよ!」

 

「青のジャージに言及したのは、私と苗木君。

苗木君は自分のジャージの色について話しただけ。

私は、偶然、彼とペアルックになってしまったことに驚いただけよ」

 

霧切さんの最後の言葉に苗木君は一瞬、微妙な顔をした。

 

本当は・・・自分が容疑者から外れようするクロの余計な一言を、

容疑から外れた安堵から漏れるかもしれない迂闊な言葉を、

霧切さんが狙い撃つのが当初の計画だった。

だが、私は叫んでしまった。叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 

「やはり・・・ブラフだったのですね」

 

 

微笑を浮かべながらセレスさんは、霧切さんにその言葉を向けた。

 

「・・・気づいていたの?」

「バレバレですわ」

 

逆に問い返す霧切さんにセレスさんは、即答する。

 

「雰囲気、視線、口調、表情、呼吸、声のトーン、ヒントは至るところにありましたわ。

わたくし、ギャンブラーですので、気づいてしまうのです。そういうことに。

三人とも不合格です。特に、黒なんとかさんは、絶望的ですわ」

 

セレスさんは、ブラフを見抜いた理由として、そのギャンブラーの才能の一端を披露した。

台本以上の出来だっただけに、あっさり見抜かれたことに、正直、かなりショックだった。

いや、さすが超高校級と認めるしかないか。最後の私に対するディスりは余計だけど・・・。

 

「霧切さん、あなたにもう1つだけ聞きたいことがあります」

 

微笑を浮かべていたセレスさんは、直後、大きく目を見開いた。

 

 

 

―――あなた、最初から大和田君がクロだと確信を持っていましたですわね?

 

 

 

全員がギョッとして、霧切さんを見る。

 

「十神君が容疑者として進む議論の最中、

あなただけはずっと大和田君を見ていたから・・・なぜ、彼がクロだと思ったのですか?」

 

また・・・なのか?第1回の裁判において、裁判が始まる前に、桑田君の犯行を見抜いたように・・・

また、今回も裁判が始まる前に、真実に辿り着いたということなのか・・・!?

 

「・・・捜査時間に大和田君と話す機会があったの」

 

みんなの視線が集中する中で、腕を組み、霧切さんは静かに語り始めた。

 

「無意識か意図としているのかはわからないけど、

彼は・・・大和田君は、男性と女性の呼称を変えるのよ。

女性の場合は、“あの女”、男性の場合は“アイツ”。

捜査時間に話した時、大和田君は、不二咲君のことを“アイツ”と呼んだの。

つまり、大和田君は知っていたのよ。不二咲君が男性であることに」

 

 

あの時か・・・あの時なのか―――

 

 

 “もしかしたら、真実はどこか身近な場所に落ちているかもしれないわね。”

 

 

再び、彼女の言葉が脳裏に響く。

霧切さんと大和田君の会話は私も聞いていた。

霧切さんのアドバイスは、その直後だった。

彼女が、大和田君の後姿を見つめている姿を思い出す。

あの透き通った瞳を思い出す。

彼女は、あの時、確信したのだ。

真実は・・・本当に私の目の前に落ちていたのだ。

その才能に一瞬、背筋が寒くなった。

彼女は、本当に何者なのだろう・・・?

 

「そ、そんな些細なことに気づくなんて~~ッ」

「ア~ンタ、ひょっとして魔女?恐ろしい女ね!」

 

山田は驚愕の声を上げ、ジェノサイダーは自分のことを棚に上げ、文字通り舌を巻いた。

 

「恐ろしい・・・?私が?」

 

霧切さんは殺人鬼の言葉にピクリと反応した。

 

「いいえ、恐ろしいのは、わたしなんかじゃない。本当に恐ろしいのは―――」

 

 

 

  自分が助かるために、クラスメイトを・・・

  仲間を殺すことができる人間よ

 

 

 

その言葉を前に、その真実を前に誰も言葉を発することができなかった。

あまりにも・・・あまりにも重い言葉。あまりにも明白な真実だった。

静寂を裁判所を包む。

誰一人、言葉を発する者はいなかった。

ただ、その視線を容疑者となった大和田君に向けるだけだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・!ちょっと待ってくれ!」

 

その空気を壊すかのように、沈黙を破ったのは石丸君だった。

 

「一体、何を言っているのだ!?霧切君。それに苗木君まで!

寄って集って、まるで兄弟を犯人みたいに・・・!

兄弟はただ、聞き間違えただけじゃないか!

呼び方だってただの偶然に違いない!きっとそうに決まってる!」

 

そう主張する石丸君は、まるでそれを自分に言い聞かせているかのようだった。

 

「二人とも冗談が過ぎるぞ!そんなはずないじゃないか!

兄弟が人を殺すはずがないじゃないか!

霧切君!君の推理はどこか決定的に間違ってるぞ!

あるはずがないんだ・・・!

兄弟が・・・不二咲君を殺・・・すなんて!絶対にあるはずがない!

そうだろ・・・?

君は知っているはずだ。君ならわかるはずだ・・・!そうだろ・・・黒木君!」

 

縋るような目で石丸君は私を見る。

 

「い、石丸君・・・」

 

あの朝食の思い出が・・・

みんなで笑いあったあの時のことが脳裏を過ぎり、涙が出そうになった。

 

(わ、私だって・・・信じたい。そんなはず・・・ない・・・て。でも・・・でも・・・!)

 

 

「ああ・・・そうだ。俺は殺ってねー」

 

その最中、顔を伏せ、沈黙していた大和田君が呟いた。

 

「ジャージの色は他の奴らがゴチャゴチャ言うから勘違いしちまっただけだ。

ただそれだけじゃねーか・・・。

呼び方だぁ・・・?それこそ知ったこちゃねーぞ!ただの言いがかりじゃねーか!

そんなことで俺を犯人扱いすんのかよ・・・上等じゃねーか」

 

額に血管を浮かべ、大和田君は私達を睨む。

 

「人を犯人扱いするなら、それ相応の覚悟はしてるんだよな?霧切、苗木・・そして黒木!」

 

“怒”“怒”“怒”“怒”“怒”“怒”

 

まるでそんな擬音が聞こえるような錯覚に囚われる。

肌がビリビリと痺れる。恐怖で体が震える。

 

 

それはまさに日本一の不良が放つ身震いするほどの暴力的な”怒気”

 

 

「ならば・・・この推理で決着をつけましょう」

 

その怒気の暴力の中、霧切さん恐れることなく大和田君にその言葉を放つ。

 

 

 

―――これが事件の真相よ!

 

 

 

霧切さんは“クライマックス推理”を展開した。

 

「昨日の夜、不二咲君は、ある人物と会うために男子更衣室に向かっていた。

その時、偶然、黒木さんと会い、青いジャージを目撃された」

 

私とちーちゃんが会話し、別れる絵が脳裏に映る。

 

「男子更衣室で、不二咲君に会った人物。

その人物こそが今回のクロに間違いない。

クロは、不二咲君をダンベルで殺害。

それは、恐らくは衝動的な殺人だったのよ。

そのためにカーペットやポスターに血痕がついてしまった」

 

ちーちゃんを殺害し、血に濡れたダンベルを持ったクロは汗をかく。

 

「クロは、玄関ホールの舞園さん達の電子生徒手帳を使用し、

不二咲君の死体を女子更衣室に移動。

そして、カーペットとポスターを女子更衣室のものと取り替えたのよ。

その後、不二咲君の死体を発見した十神君が、

ジェノサイダーの犯行に見せるべく偽装工作をした・・・そうよね、大和田紋土君」

 

クロの影の中から“ピキピキ”と血管を浮かべた大和田君の姿が現れる。

 

「それは違うぞ!」

 

石丸君が叫んだ。

 

「その推理では、兄弟をクロと断定することができない!

容疑者は十神君を含む男子全員だ!まだ兄弟が犯人と決まったわけじゃないぞ!」

 

力の限り石丸君は、大和田君を擁護した。

その言葉は確かに真実だった。

霧切さんの今の推理には決定力が確かに欠けていた。

 

「ねえ、石丸君。あなた“今”、電子生徒手帳を持っているかしら?」

「ん、な、なんだね突然?それよりも、兄弟の―――」

「見せてくれないかしら?」

「だから、何故だね!?今はそんなことよりも」

「理由は後で話すわ。みんなも電子生徒手帳を机の上に出して」

「う、うむむ」

 

石丸君は腑に落ちないながらも、渋々、電子生徒手帳を机の上に出す。

私達も、彼女の言葉に従い電子生徒手帳を取り出し、起動させる。

大和田君を除く、全員が机の上に、電子生徒手帳を置いた。

 

「山田君、例のものを」

「アイアイサー!」

 

霧切さんの合図に山田が電子生徒手帳を頭上に掲げる。

 

(あ、あれは・・・!)

 

あれはきっと、山田がサウナ室で見つけたちーちゃんの?電子生徒手帳。

連携のスムーズさから、予め準備されていたのが読み取れる。

私の知らない間に、霧切さんこんな仕込みをしていたのか。

 

「えーと、これはですね、

僕が捜査時間に“サウナ室”で見つけたのですよ!まあ、壊れてますけどね・・・」

 

自慢げに話し出したと思ったら、急にトーンを落とし、

山田は発見場所と手帳の状態を説明する。

そう、あの電子生徒手帳は壊れていたのだ。

 

「玄関ホールにある三人の電子生徒手帳。

そして、私達、全員が電子生徒手帳を持っているならば、

この電子生徒手帳は、不二咲君のものであると考えて間違いない」

 

霧切さんは、再び推理を語り始める。

大和田君は・・・ただ一人、手帳を出すことなく、沈黙を続けている。

 

「ここで2つの謎が残るわ。

1つは、クロはどうやって不二咲君の電子生徒手帳を壊したのか?

モノクマの話では、この電子生徒手帳は、相当頑丈に出来てるらしいけど」

 

「そうです!モノクマ印の電子生徒手帳は完全防水!象が踏んでも壊れません!」

 

裁判長席からモノクマは得意げに語る。

 

「そのヒントは、恐らく手帳が発見された場所にあると私は思うの・・・」

 

霧切さんは、そう言って私達、全員に視線を送る。

まるで、私達を試しているかのように。

そして、それに答えたのは、やはり、彼だった。

 

「サウナ室・・・そうか!サウナの熱で壊れたんだ!」

 

苗木君が、閃き、叫んだ。

 

「ピンポン!正解です!そう!この電子生徒手帳は熱に弱いのです!

長時間、熱に晒されると熱暴走し、故障します。

みんな、真似して壊さないでね!

お願いします!この電子生徒手帳、すごく高いんだから・・・」

 

霧切さんの代わりにモノクマが正解と電子生徒手帳の弱点を説明する。

最後の言葉が切実なのは、きっとこの電子生徒手帳、本当に高いんだな・・・。

 

「・・・だから、不二咲君の電子生徒手帳はサウナ室にあったのよ。

そう、クロは壊し方を知っていたの。

ここで、もう1つの謎が残るわ。

クロは、いつ、電子生徒手帳の壊し方を知ったのかしら・・・?」

 

モノクマを無視して霧切さんは推理を再開する。

壊し方を知っている・・・ということは、どこかでそれを知ったから・・・?

 

「ちなみに、ボクは誰にも方法を話してないからね!」

 

私の視線に気づいたのか、モノクマは血管を浮き立たせて怒鳴る。

ちッコイツじゃなかったか・・・!

じゃあ、どうやって・・・もしかして、実際に壊したことが・・・

 

「クロは偶然、その方法を知ったのではないかしら・・・

例えば“服を着たまま”サウナ室に入ったとか」

 

霧切さんが突如、わけのわからない冗談を言い始めた。

だが、私にはわかる。

彼女との関わることで私は理解した。

彼女が・・・霧切さんが、意味のないことを言うことなど決してないことを。

この言葉に真実が内包されているのだ。

 

電子生徒手帳が入った服を着たまま・・・サウナ室に・・・

 

「霧切君!冗談はいい加減に止めたまえ!」

 

机を叩き、石丸君が霧切さんに怒りをぶつける。

 

「服を着たままサウナ室に入る人間なんているわけないじゃないか!

一体、どんな機会があれば、

そんなことが起こるというのだ!そんな機会が・・・機会・・・あ・・・ッ!!」

 

何かに気づいたかのように石丸君は振り返り、大和田君を見る。

 

「あ・・・あ、あああ・・・」

 

大粒の汗をかき、震える石丸君を見て、私は彼の言葉と苗木君の話を思い出した。

 

 

  “彼も“サウナ室”に着いている頃だ。さあ、”男勝負”と行こうじゃないか!”

 

 

石丸君のその言葉を勘違いした私に、苗木君は説明してくれた。

石丸君と大和田君がサウナ室での我慢比べで決着をつけることにしたことを

 

 

その際に、大和田君は、ハンデとして、学ランを着てサウナ室に入ったことを・・・。

 

 

「クロが偶然、壊し方を見つけたのなら、クロの電子生徒手帳は壊れていることになる。

ならおかしいわね。クロはどうやって、男子更衣室に入ることができたのかしら?

電子生徒手帳が壊れているなら、男子更衣室にクロは入ることはできないはず。

ならば、どうやって入ったのかしら?」

 

そう言って、霧切さんは私達、全員を見つめる。

私にはわかる。

霧切さんは、次で決着をつける気なのだ。

 

「あの玄関ホールの壊れた電子生徒手帳・・・」

 

そして、彼女は決着の“言弾”を放った。

 

 

―――あれは本当に、桑田君の電子生徒手帳なのかしら?

 

 

全員が大和田君を見る。

入れ替えたのだ・・・!

男子更衣室に入るために、桑田君の電子生徒手帳と壊れた自分の電子生徒手帳を。

モノクマは、処刑での衝撃で電子生徒手帳は壊れないと断言していた。

霧切さんは、以前、壊れていない桑田君の電子生徒手帳を見ている。

 

ならば、あの壊れた電子生徒手帳は―――

 

「兄弟・・・電子生徒手帳を出すんだ」

 

決着を迎えようとする最中、搾り出すような声で石丸君が大和田君に語りかける。

 

「僕は信じている。君がクロではないことを!

僕は知っている。君が不二咲君を殺すはずなどないことを!

だから、兄弟・・・!

電子生徒手帳を出して、みんなにも証明してくれ!

霧切君の推理が間違っていることを!

コイツラの言っていることは全て出鱈目だと・・・!

君が証明してくれ・・・!頼む!頼む兄弟!頼むか・・・ら・・・信じさせてくれ!」

 

それはどこか祈りにも似た・・・魂から出るような悲痛な叫びだった。

 

「・・・その必要はねーぜ、石丸」

「きょ、兄弟・・・?」

「もう・・・ここまでってことだろ」

「な、何を言ってるんだ?兄弟?」

 

大和田君は顔を上げた。

青ざめた表情だった。

彼がその言葉を放ったのは、どこか空ろな瞳に光が戻った直後だった。

 

「・・・ろ・・・した」

「え・・・?」

 

「・・・そうだ。俺が、不二咲を殺した!」

 

「なッ・・・!」

 

 

「俺が・・・“クロ”だ・・・ッ!」

 

 

大和田君は確かにそう言った。

自分がクロだと・・・ちーちゃんを殺したと今、そう言ったのだ・・・!

 

「な、何を言い出すのだ兄弟~~~ッ!!」

「モノクマ、始めてくれよ・・・投票タイムってやつをよ」

「ラジャー!」

「なッ!?」

「では、オマエラ、お手元のパネルから投票をお願いします!」

「待て!待て!待て!」

「嫌です!待ちません!」

「頼む!待ってくれ~~~~ッ!!!」

 

石丸君の叫び声の中、突如、投票タイムが始まった。いや、始まってしまった。

この瞬間を何度も夢見てきた。

このパネルにある「十神白夜」の名前を押すことを何度となく想像した。

だが、私の指の先には、彼の名前があった。

まるで悪夢を見ているかのようだった。

私は震える指で「大和田紋土」・・・彼の名前を押した。押すしかなかった。

 

回る。廻る。運命のスロットはまわる。

一つの枠に大和田君の顔の絵が止まると、立て続けに残りの枠に大和田君の絵が止まった。

 

「おめでとうございます!今回も大正解!」

 

大和田君の顔の絵が3枚並び光り輝く。

 

「そう!不二咲千尋君を殺した“クロ”は大和田紋土君でした!」

 

モノクマは愉快そうにクラッカーを鳴らす。

 

「でも、今回は全員正解とはいきませんでした。

石丸君~~いくら真実を認めたくないからって自分自身に投票するなんて・・・

プププ、面白いギャグだな~投票が多数決で助かったね!」

 

「な・・・ぜだ。なぜだ!なぜだ!なぜだ!なぜだ!なぜだ!なぜだ!なぜだ!なぜだ!」

 

モノクマの嘲りを無視して、石丸君は大和田君に掴みかかる。

 

「なぜ不二咲君を殺した!?君達は打ち解けて、信頼し合って・・・

あれだけ仲良くなったじゃないか!

あんなに楽しそうに笑いあってたじゃないか!なぜだぁああーーー」

 

石丸君は大和田君の襟首を掴み、力の限り揺らす。

それを止めようとする者はいなかった。

誰もいない。

石丸君を止める権利を持つ人間はここには誰もいないから。

最後まで大和田君を信じ、容疑が深まる中、力の限り庇い続けた石丸君だから・・・

もはや決定的となっても、まだ彼を信じて・・・

大和田君がクロと自白した後でさえ・・・自分に投票してまで・・・

本当に、最後の最後まで信じ続けた石丸君だからこそ、その権利はあるはずだ。

何があったのか・・・それを大和田君に問う権利はあるはずだ。

いや・・・もし、石丸君が問わなければ、きっと私も同じことをしていたはずだ。

 

一体・・・どうして・・・なの・・・?

 

「・・・強い」

「え・・・?」

 

石丸君を振り払った大和田君は何かを呟いた。

 

「俺は・・強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!

強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!

強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!」

 

大和田君はそう口ずさみ始めた。

“強い”・・・その言葉を何度も何度も。

自分に言い聞かせるように。

 

「強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!

強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!

強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!

強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!」

 

その叫びは、まるで呪文であり・・・慟哭のようにも聞こえ・・・

そして、どこか祈りに似ていた。

 

「俺は強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!

俺が一番強えんだ!喧嘩だったら誰にも負けね!大神!オメーにだってな!」

 

拳を固め、大和田君は大神さんを睨む。

 

「ああ、そうだ!俺は強い!誰よりも・・・兄貴よりもだぁああああ!!!」

 

力の限り、大和田君は叫んだ。それは魂からの叫びだった。

 

「・・・強く・・・なきゃいけなかったんだ。強くなきゃ・・・兄貴との約束が守れねえ・・・。

だけどよぉ・・・もう、オシマイだ。俺は・・・兄貴との約束を守ることができなかった」

 

それは、先ほどまで、あれほどまでに、強さを誇示した彼とは、思えないほどの・・・

消え入りそうなほど、弱弱しい声だった。

 

「・・・モノクマ、処刑するんだろ?さっさとやってくれ」

「なッ!?兄弟・・・!?」

 

空ろな目で投げやりな口調で処刑を求める大和田君。

その瞳には、普段の力強い光はなかった。

その瞳を私は以前、見たことがある。

処刑が決まった時の桑田君の・・・あの瞳だ。

大和田君は全てに絶望したのだ。

 

「あるところに、全国統一を成し遂げた暴走族を作った兄弟がいました」

「あん・・・?」

 

裁判長席で、大和田君達を見下ろしていたモノクマが突如、何かを語り出した。

 

「兄に憧れ、暴走族の世界に入った弟は、NO.2となり兄を支えました。

ですが、弟は、兄に憧れると同時に、カリスマ溢れる兄に強いコンプレックスを持っていました」

 

それを聞いていた大和田君の表情が見る見る青くなる。

 

「兄が引退を決め、弟が二代目を襲名する引退式の時・・・それは起こりました」

 

「や、やめろコラァアアアア~~~~ッ!!」

「おっと」

 

モノクマは、掴みかかる大和田君をさらりとかわし、回転して地面に着地する。

 

「無駄なことはやめなよ、大和田君」

 

モノクマは嗤いを堪えながら、大和田君を指差す。

 

「君は終わったんだよ。命掛けの裁判で君は負けたんだ。

そう、負けた者には権利なんてないんだよ。

君は犬になったんだ。負け犬は引っ込んでなよ。それとも、ここからは君が話してみる?」

「う・・・ぐッ」

 

躊躇している大和田君を見て、モノクマは口を開いた。

次の瞬間、私達は戦慄で凍りついた。

 

 

―――その日・・・大和田君は、お兄さんを殺したんだよ。

 

 

その事実の・・・その衝撃の中、誰も言葉を発することができなかった。

 

「ああ、そうだ・・・俺が・・・兄貴を殺した」

 

そして大和田君は語る。自分自身で、お兄さんを殺した過去を。

 

「俺には2つ年上の兄貴がいた。

名は大和田大亜。俺と兄貴で“ダイアモンド兄弟”。地元じゃ敵なしだった。

兄貴が族《チーム》を暮威慈畏大亜紋土《クレイジーダイアモンド》を作った時、

俺も族の世界に入った。

カリスマ溢れる兄貴は超高校級の“総長”と呼ばれ、その背中にみんな憧れた。

もちろん、俺もだ。

疾走する兄貴の背中をいつも見ていた。痺れるほど格好よかった。

いつか兄貴と肩を並べられる漢の中の漢になりてえ・・・それが俺の夢だった。

だが、兄貴の偉大さは同時に俺を苦しめた。

誰も俺を認めない。このまま2代目になっても、それは大亜の弟だからだ・・・!

だから、早く兄貴に追いつかなくちゃいけなかった。俺は・・・焦っていたんだ」

 

大和田君は当時の感情を思い返すかのように語る。

政治家とは違い、暴走族は力の世界。

世襲で後をついでも、結局、長くは保てない。保つはずがないのだ。

だから、早く周りに認めさせようという彼の焦りはほんの少しだが、わかる気がした。

 

「・・・そして、俺は、兄貴の引退式で、二代目を襲名する前に兄貴に勝負を挑んだ。

爆走《はしり》で兄貴に勝って、周りに・・・兄貴に認めさせたかった。

俺はやれるんだってな・・・。

だが・・・俺は勝利を焦り、無謀な爆走をした。気づいた時には目前にトラックが迫っていた。

兄貴は・・・俺を助けるために、俺を蹴り飛ばした・・・そして、代わりにトラックに・・・」

 

 

 

“小せえことは気にするな・・・

お前は、仲間を守れる漢になれ・・・約束だぞ”

    

    

 

「それが・・・兄貴の最後の言葉だった。

兄貴は俺に負けそうになり、無謀な爆走《はしり》をして死んだ・・・そう嘘をついた。

真実を闇に葬った俺は、二代目になり、爆走《はしり》続けた。

もう後戻りはできなかった。

兄貴の死を無駄にしないために・・・“漢の約束”を守るために、俺は爆走しかなかった。

俺は必死だった。

仲間を・・・族《チーム》を守るために、俺はいつも必死だった。

そして、ついに念願だった全国制覇を成し遂げたんだ」

 

「お、大和田君・・・君は・・・」

 

石丸君はそれ以上の言葉を出すことができなかった。

大和田君が超高校級の”暴走族”となるまでには、そんな過去があったのだ。

大和田君は爆走するしかなかったのだ。

たとえ、全てが嘘で固められていても・・・

それが偽りの強さだとしても・・・彼は止まることができなかったのだ。

 

「たとえ全国を統一しても、俺は油断することはできなかった。

全国を統一するまで、多くの族を潰し、吸収してきた。

敵は、外だけじゃねー。内にいて、虎視眈々と反逆の機会を窺ってやがる。

もし、俺の秘密ばバレちまったら、きっと族は・・・」

 

そう言って、大和田君は言葉を止めた。

それから先は言われなくとも想像がつく。

大和田君のカリスマが失われ、族《チーム》で内部紛争がおきるだろう。

結果として、族《チーム》の崩壊は避けることができない。

それはお兄さんとの約束を破ることになる。

彼は・・・それを恐れたのだ。

 

「さて、不二咲君に関しては、ボクが語ろうかな」

 

いつの間にか裁判長席に戻っていたモノクマは語り始まる。ちーちゃんの過去を。

 

「あるところに一人の少年がいました。名前は不二咲千尋君」

 

弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。

弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。

弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。

 

ボクは・・・どうしてこんなに弱いんだろう・・・。

 

 

「幼い頃から、体が弱かった彼は、自分の弱さに極度のコンプレックスを持っていました。

”男のくせに”いつもそんな言葉を言われ、苛められた彼は、その弱さを克服できず、

逆にさらなる弱さの中に、自分自身を隠すことにしました。

それが女性になりきること。それが彼の選択した逃げ道だったのです」

 

ズッコケそうになった。

なぜ、そうなった!?そしてなぜ通じた!?

通じてしまった・・・それもあるジャンルでは、舞園さん達を押しのけNo1に・・・。

天使の輪を膝でへし曲げ、激昂する盾子ちゃんが脳裏に浮かぶ。

舞園さんも笑っているが、顔がどこか怖い・・・。

 

「それは、不二咲君にとって絶対に知られたくない秘密。

もし、知られたら、彼は今まで以上に周りから攻め立てられるに違いありません。

彼は激しく絶望するはず・・・でした。

ですが、ウザイことに、彼は秘密が暴かれるのをきっかけに変わろうとしやがったのです。

誰かさんのおかげでね・・・」

 

そう言って、モノクマは私を見て嗤った。

 

「さあ!いい感じで暖まってきたことだし、ここらで鑑賞会を始めようか。

前回は、中途半端だったけど、今回はバッチリ撮れてるからね!」

 

(ま、まさか・・・)

 

そのモノクマの言葉で、あの時の・・・桑田君や舞園さんの声を表情を思い出す。

また見せようというのか・・・?

 

クラスメイトが殺し合うあの絶望を。

 

 

 

 “殺害VTR"スタート~~~ッ!!

 

 

 

スクリーンに男子更衣室が映し出された。

 

「クソがッ!モノクマの野郎!」

 

大和田君は拳をロッカーに叩きつけた。

ガッと鈍い音が響く。

 

「どうすりゃいいんだ・・・このままじゃ兄貴との約束が・・・」

 

額をロッカーに押し付けて、大和田君は深い溜息をついた。

その表情を追い詰められ、疲れていた。

 

「・・・しっかし、トレーニングに付き合って欲しいとか言われてもよぉ。

よくよく考えたら、

男子と女子は部屋が別で一緒にトレーニングなんてできねーじゃねーか。

不二咲も結構、ドジだよな」

 

そう言って、大和田君は、ダンベルを手に持つ。

 

「大和田君、遅れてごめんよぉ~」

「なッ!?」

 

その最中、ちーちゃんが更衣室に入ってきた。

それを見て大和田君は慌てる。

 

「お、お前!?どーやって入ってきたんだよ。確か入るには男子の電子生徒手」

「そのことなんだけど・・・うッ」

 

言葉の途中、ちーちゃんは額を抑え、ふらついた。

 

「大丈夫か、不二咲!?」

 

大和田君はチーちゃんを抱きとめる。

 

「あ、えーとよぉ、こ、これはその・・・」

 

ちーちゃんを片手で抱き締める形になった大和田君は顔を真っ赤にして慌てる。

 

「ごめんねぇ・・・ボク・・・昨日から寝てなくて」

「マジかよ・・・!?だったら、トレーニングは中止した方がいいな。部屋まで送るぜ」

「ううん。今日じゃなきゃ、今じゃなきゃいけないんだ。変わるのは、今しかないんだ」

「不二咲?」

「大和田君に・・・最初に聞いて欲しいんだ。実は・・・ボクは・・・男の子なんだ」

「なるほどな、男だったのか。まあ、とりあえず部屋に・・・男・・・はぁ・・・?」

 

 

はあああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~!?

 

 

その真実を知って、大和田君は私と同様、絶叫に近い悲鳴を上げた。

 

「男ってアレか・・・俺と同じ・・・男!?」

 

混乱し、再度確認する大和田君にちーちゃんは恥ずかしそうに頷く。

そして、ちーちゃんは語る。自分の過去を。

 

「・・・だから、オメーはそんな格好してんのか」

 

大和田君はその話を真剣に聞いた。

集中するあまり、まだ片手にダンベルを持ったままで。

 

「でもよぉ・・・オメー、何でそんな秘密、俺に打ち明けたんだ?」

 

大和田君の表情が暗くなった。

 

「それはオメーがどうしても知られたくなかった秘密だろう?

そんな格好してまで、隠し通してきた秘密なんだろう?なら・・・なんでだよ?

なんで、自分から話すことができんだよ」

 

その瞬間の大和田君の表情はまるで縋るかのようだった。

それはまるで答えを求めているかのような・・・そんな表情だった。

 

「・・・変わりたいんだ。君みたいに・・・大和田君みたいに、ボクは・・・僕は強くなりたいんだ!」

 

まっすぐな瞳でちーちゃんは答えた。

 

「この絶望の中、僕は震えることしかできなかった。

でも、僕を勇気づけてくれたあの子は・・・僕の友達は、それでも前に進むと言ったんだ。

震えるほど怖くても・・・それでも、家族や友達とか、大切な人達を守るため、

希望を信じて進むって・・・そう言っていたんだ。

だから、僕も変わりたい!変わらなくちゃいけないんだ!」

 

きっとその友達とは、私のことだ。

違うんだ・・・違うんだ、ちーちゃん。

全部、嘘だったんだ。

私は、ただ格好をつけたくて、聞こえのいいことを言っただけなんだ・・・。

 

「ずっと君に憧れていたんだ。僕も大和田君のよう強い男になりたいんだ!」

 

スクリーンの中のちーちゃんは言葉を続ける。

それを大和田君は無言で聞いていた。

 

「大切な人を守れる力が欲しい。もうこれ以上・・・嘘をついて生きたくないんだ!」

 

その瞬間、大和田君の表情が変わった。

 

「テメーそれは俺に対する当て付けか・・・?」

「え・・・?」

「俺が弱え・・・て言いてえのかよ」

「ぼ、僕はただ、大和田君に憧れて・・・」

 

大和田君の変化にちーちゃんは動揺する。

 

「ああ、俺は強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!強い!」

 

大和田君はあの言葉を唱え始めた。

その目には狂気が映る。

嫌な予感が奔った。大和田君の手には、あのダンベルがまだ握られていた。

 

「大和田君!僕は・・・うッ」

 

ちーちゃんが再び、ふらついた瞬間だった―――

 

「俺は誰よりも強ええ!兄貴よりもだぁああああああああ~~~ッ!!」

 

大和田君はダンベルを振り上げた。

 

(や、止め―――)

 

 

   “ガッ”!!!

   

 

 

叫び暇すらなかった。鈍い音が響く。

 

「ハア、ハア、俺は・・・俺は何をした・・・?ふ、不二咲!不二咲~~~ッ!!」

 

正気に戻った大和田君は、倒れているちーちゃんを抱き起こした。

 

「しっかりしろ!不二咲!俺は・・・俺はなんてことを・・・うぉおおおおおおおお!!」

 

大和田君が何度呼びかけても

、揺らしても、さすっても、ちーちゃんが反応することはなかった。

即死だった。

大和田君の悲痛な叫びの中、VTRは幕を閉じた。

 

「自分の弱さを乗り越えようとする不二咲の強さに俺は嫉妬した。

まるで自分が否定されたように聞こえたんだ。

それで頭が真っ白になって、気づいた時に俺は不二咲を・・・。

俺はアイツの勇気に嫉妬したんだ。

それもただの嫉妬じゃねー。ぶっ壊れた嫉妬だ」

 

消え入りそうな声で大和田君はその時のことを語った。

 

 

ぶっ壊れた嫉妬か・・・

 

そうか、それでちーちゃんは死んだのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなくだらないもので・・・ッ!

 

 

 

私は大和田君を・・・いや、大和田を見る。

大和田が自白した後も、私はそれを信じることができなかった。

言葉では信じることができなかった。

それを幸せな思い出が妨げたから・・・私は信じたくなかったのだ。

だが、私は見てしまった。

大和田がちーちゃんを殺す瞬間を見てしまった。

その光景をこの目に焼き付けてしまった。

もはや、私の中には、好意をもっていたクラスメイトの大和田君は存在しなかった。

私は目の前の大和田紋土という殺人鬼を見下す。

 

(コイツがちーちゃんを・・・)

 

体が焼けるように熱い。

“憎しみの鎧”はより重さを増し、これ以上、もはや耐えることができない。

私の全神経は、視界の先にいる大和田に注がれる。

かつて経験したことがないほどの集中力を感じると同時に、頭がぼんやりする。

視界が時折、白くなり、気を抜くと意識を失ってしまいそうになる。

 

「ああ、もう全て終わりだ!モノクマ、さっさと俺を殺せ!」

 

そんな中、大和田の声が聞こえてくる。

 

「きょ、兄弟!落ち着くのだ!」

「放せ!もう全部、どうでもいいんだよ!」

 

処刑を前にして、大和田は悪態をつく。

コイツは・・・一体、何を言っているのだ・・・?

頭が酷く重かった。ヤツの声が遠く聞こえた。

 

「俺は兄貴との“漢の約束”を守れなかったんだ!だから、もうどーでもいいんだよ!」

 

オトコノヤクソク・・・?

 

コイツは何を言ってるんだ。

そうじゃない・・・そうじゃないだろ。

 

お前がしなければいけないのは―――

 

 

 

 “ふざけんじゃねーぞ、大和田~~~!!”

 

 

 

誰かの声が聞こえた。

 

「なんてことしたんだよ!てめー、なんてことしてくれたんだよ!!」

 

その声は耳元ではっきり聞こえた。

 

「壊れた嫉妬だぁ!?そんなもん知るかよ!そんなことで殺されてたまるかよ!」

 

クラスメイトの誰かが大和田に罵声を浴びせた。

ぼんやりとした頭の中、その声はよく通っていた。

 

「何が兄貴だ!約束だ!そんなもの理由になるかよ!ふざけんな!」

 

超高校級の“暴走族”相手に・・・日本一の不良を相手に、

その声の主は、恐れることなく罵声を浴びせる。

スゴイ勇気だ・・・。

その怒りの声は心地よく私の中に響いた。

 

「お前が殺した。全部・・・お前が悪い!真実から逃げ続けたお前の弱さが悪いんじゃないか!

言い訳するんじゃねーよ。

そうだ!お前が悪いんだ!全部お前のせいだ!お前は生きてちゃいけないんだ!」

 

その声の主は私の言いたいことを代弁してくれた。

誰だろう・・・この声、どこかで聞いたことが・・・。

 

「あの子は・・・勇気を出したのに・・・真実を話したのに・・・返せ!私の友達を返せ!」

 

ああ・・・

 

違う・・・この声は・・・

 

 

 

「ちーちゃんを・・・私の友達を返せ~~~~~~ッ!!」

 

 

 

この声は・・・私だ。

 

私は叫んでいたのだ。

大和田を憎み、恨み、怒りのあまり気を失いそうになって・・・

その最中、私は無意識に叫んでいたのだ。

泣きながら、鼻水を垂れ流しながら、私は大和田に全ての憎悪をぶつけていたのだ。

 

「せめて・・・謝れ・・・!ちーちゃんに謝れ!」

 

搾り出すようなその最後の言葉が、私が本当に言いたかったことだ。

お前が謝るのは、兄貴じゃない、ちーちゃんだって。

それだけは、どうしてもコイツに言いたかった。

 

大和田は呆然とした表情で私を見ていた。

 

「・・・へ、へへ・・・確かに・・・そうだな」

 

自嘲気味に笑い、大和田はそう呟いた。

 

「そんなことが・・・わからねーなんて・・・俺は、どんだけ焼きが回ってたんだ。

チビ女・・・いや、黒木。オメーの言う通りだ」

 

大和田はふらりと数メートル歩き、何もない場所に膝をついた。

 

「不二咲・・・お前は勇気を出して、俺に真実を告げたのに、俺は逃げちまった。

お前の勇気から・・・真実から俺は逃げた。俺は・・・弱い。誰よりも弱かった。

俺の弱さが・・・お前を殺したんだ」

 

大和田はまるで目の前にちーちゃんがいるかのように語りかけた。

大和田はもう私達が見えていなかった。

きっと大和田は、幻想のちーちゃんに語りかけているのだ。

 

「お前に、許してもらえるなんて・・・思ってねーけどよぉ・・・

ただ、“けじめ”だけは取らさせてもらうぜ!」

 

そう言って、大和田は両手を床につけ、頭を高く持ち上げた。

 

「うぉおおおおおお!すまねえ不二咲~~~~~!!」

 

“ガッ”と鈍い音が室内に響いた。

大和田は土下座する形で、頭を硬い床に叩きつけた。

何度も・・・何度も・・・

床がひび割れるほど、強く・・・強く。

 

「すまねえ不二咲!すまねえ~~~~~ッ!!」

 

懺悔の言葉を叫びながら、大和田は頭を打ち付ける。

その額は割れ、鮮血が顔を染める。

もはや、それは明らかだった。

死ぬ気なのだ。

大和田はこのまま死ぬ気なのだ。

その声を前に、誰もが声を出せずにいた。

その覚悟を前して、誰も大和田を止めることができなかった。

ただ、裁判所に、大和田の叫びと鈍い衝突音が響いていた。

 

 

 

 

 

 

「ヒ・・・ヒヒ」

 

 

 

 

 

―――愉悦が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

私は慌てて口を塞ぎ、涙を拭うふりをして、手で顔を隠した。

苗木君に・・・今の私の表情を見られたくなかったのだ。

手の隙間から大和田の顔を見る。

絶望に染まった大和田の表情を凝視する。

 

ああ・・・なんて愉しいのだろう。なんて爽快なのだろう。

そうだ!これだ!私が見たかったのはこれなのだ!

絶望の中、死んでいくクロの姿・・・これこそ私が見たかったものだ!

私が望んでいた姿だ。

ざまあみろ!この人殺しめ!存分に苦しむがいい!

 

心配そうに私を見つめる苗木君の視線を感じる。

 

ゴメンなさい・・・ゴメンなさい、苗木君。

ずっと、私を励ましてくれた君が・・・

希望を信じる君が・・・今の私の顔を見たらきっと悲しむと思う。

今の私の心は、きっと君が望むものではないから・・・

でも・・・もう・・・ダ・・・メなの。

私は、この愉悦を抑えることができない。

君がいなかったら、私はきっと、腹を抱えて嗤い出していただろう。

 

私を食い入るように見つめる黒幕の視線をモノクマから感じる。

 

ああ・・・そうだ!お前の想像通りだ。

私は、今、とても愉しい!

他人の絶望がこんなに嬉しいなんて・・・こんなにも愉しいなんて知らなかった。

復讐の成就に私はこれまでの人生で経験したことがないほどの達成感を感じる。

大和田が死んだら・・・どうなってしまうのだろう?

予感がする。もう、私は・・・これまでの私ではいられないだろう。

 

そして、その瞬間が訪れようとしていた。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおーーーーーー」

 

大和田は頭を高く掲げた。

次の一撃で頭蓋骨を砕き、死ぬつもりなのだ。

 

復讐の成就は目前だった。

 

(やったよ!ちーちゃん!私はやったんだ!きっと、君もこれを望んで―――)

 

その刹那だった。

 

「やめろーーーッ!!」

「うぉお!?」

 

大和田の頭が床に激突する瞬間、

石丸君が横から、タックルのような形で大和田にぶつかってきた。

二人とも床に投げ出される。

 

「ちッ!」

 

私は露骨に舌打ちした。

 

「石丸!邪魔するんじゃねー!

も・・・もう、これしかねーんだ!俺が不二咲に償うのは、もうこれしかねーんだよ!」

 

錯乱したように大和田は叫ぶ。

ああ、まったくその通りだ。石丸め、余計なことを。

 

先に立ち上がった石丸は、大和田を見つめる。

私は苛立ちながら、石丸を睨む。

コイツはいまさら何のつもりなのだ・・・!?

お前だってソイツに騙されただろ!

裏切られて・・・殺されるところだったはずだ!

なのに、なのに、なぜ、まだ庇おうとするのだ!?

いつまで友情ごっこを続けるつもりだ、馬鹿め!

もう、ソイツは・・・大和田は死ぬしかないのだ。

懺悔して死ぬことが唯一救われる道なのだ。

それとも、お前がソイツを救うというのか?

お前のような優等生のお坊ちゃんが・・・?

 

“どんな時でも希望を信じろ”・・・とでもいうつもりか?

“どんな辛いことがあっても、死んではいけない”とか教科書通りの演説でもする気か。

 

 

そんなもので・・・

そんなものでこの“絶望”を覆すことが出来るかよッ!!

 

 

「兄弟・・・君が死ぬことが正しいなら、僕は止めない」

 

(え・・・?)

 

その言葉は私がまったく想定しなかったものだった。

 

「君が正しいなら・・・ああ、僕は止めない!

君の最後を見守り、親友として立派に喪主を務めてみせるさ。

だけど、君は間違っている。

だから、僕は止めたのだ。

君は再び、不二咲君に対して同じ間違いをしようとしているから・・・

だがらこそ、僕は君を止めたのだ!」

 

その声は、大きくはないが、どこか透き通って・・・

どんな政治家の演説よりも、はっきりと心に響いた。

なによりも、私の心を射止めたのは、ちーちゃんの名前だった。

 

(一体、石丸君は何を・・・)

 

 

石丸君は大和田に向かって語りかける。

 

「僕は・・・君や黒木君ほど不二咲君と親しかったわけじゃない。

だが、僕はいつも君達の側にいた。君達と不二咲君を見ていた。

だからこそ、はっきりわかるのだ。

そんなはずない!・・・そう、はっきりと断言できる。

 

僕は彼の笑顔を知っているから―――

 

思い出せ、兄弟!不二咲君の笑顔を!

 

みんなと笑い合い、あんなに素敵な笑顔ができる不二咲君が・・・

みんなを思い、あんなに優しい笑顔ができる不二咲君が・・・

最後まで希望を信じていた不二咲君が・・・

 

たとえ殺されたって・・・誰かの死なんて・・・望むはずないじゃないか~~~!!」

 

 

 

そうだろ・・・!兄弟!!

 

 

 

 

そうだろ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  黒木君―――!!

        

 

 

 

 

 

 

あ・・・

 

 

 

 

春風が吹き抜けた―――

 

 

 

 

舞い散る花びらにちーちゃんと私が映る。

 

 

“もこっち・・・!?”

 

      “もこっち・・・。”

 

             “もこっち~”

 

 

驚いた顔をしたちーちゃん。

少し怒って膨れ顔のちーちゃん。

廊下で私を見つけ、手を振るちーちゃん。

 

 

 

色とりどりの花びらに、色んな顔のちーちゃんが映る。

かけがえのない思い出が私の中を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

初夏の兆しのような眩しさに、一瞬、目を奪われる。

 

 

 

 

 

気づくと、光の中、目の前にちーちゃんが立っていた。

 

私を見て、ちーちゃんはにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ・・・ああ。

 

 

 

 

 

 

あ・・・ああ・・・そう・・・だ。

 

 

 

 

 

 

あの輝くような時間の中・・・

 

 

 

 

いつも私の側にあったのは・・・

 

 

 

 

 

今も・・・私の心にあるのは・・・

 

 

 

 

 

ちーちゃんの―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ひまわりのような笑顔”

          

          

 

 

 

 

 

ダ・・・メだ。

 

 

 

これだけは・・・ダ・・・メだ。

 

 

 

 

これだけは・・・できない・・・!

 

 

 

 

たとえ、私がどんなに大和田を憎み、恨んでも・・・

 

 

 

 

どんなにその死を願おうとも・・・

 

 

 

 

 

 

 

これだけは・・・ダメだ!

 

 

 

 

たとえ、悪魔に脅されようとも・・・

たとえ、それが神様の命令だとしても・・・

 

 

 

 

これだけは・・・嘘はつけない・・・偽ることはできない・・・!

 

 

 

 

だって・・・

 

 

 

 

だって・・・私は・・・

 

 

 

 

私は・・・ちーちゃんの―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   “友達”だから・・・。

           

           

           

           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん・・・そう・・・だよ。あの子は優しいから・・・

誰かが死ぬことなんて・・・復讐なんて・・・望んで・・・ない・・・よ」

 

 

そんなこと・・・わかっていたはずなのに・・・私は今まで一体、何を・・・

 

“憎しみの鎧”が剥がれ落ちた瞬間、体がスゥと軽くなり、パタンと膝が床に落ちた。

 

「あ・・・あれ?」

 

ぽたぽたと手に何かが零れ落ちた。涙が・・・頬を伝い、止め処なく零れ落ちる。

涙が止まらなかった。

 

 

 

 

そうか・・・終わったんだ。私の復讐は・・・。

 

 

 

 

「うぇ・・・うぇええん、うぇえええええん」

 

私は泣いた。

声を上げて泣いた。

友のために泣いた。

友を失った自分のために・・・ただ悲しくて・・・

 

私は泣いた。

本当の意味で・・・

ようやく・・・泣くことができたのだ。

 

「ありがとう・・・!ありがとう!黒木君・・・!」

 

目に一杯の涙を溜めて、石丸君が微笑んだ。

 

「兄弟!今度は君の番だ」

 

そう言って、石丸君は大和田の前に立つ。

 

「君は不二咲君の死に報いるべきだ。

憎しみと絶望に打ち勝った黒木君の優しい心に応えるべきだ。

ここから出た後、君はしかるべき場所で罪を償わなければいけない。

それにはきっと長い時間がかかるはずだ。

だが、君ならば、きっと戻ってこれるはずだ。

不二咲君が希望を与えるはずだった多くの人々に、君が希望を与えるんだ。

不二咲君の代わりに、君は君なりの方法で・・・君の才能でそれをやるんだ!

けわしい困難な道だけど、君なら出来る。

君が日本一の不良じゃないか!・・・超高校級の“暴走族”じゃないか!

根性だって、超高校級なはずだ!君ならきっとできる!」

 

石丸君は、大和田に向かって手を差し出す。

 

「今度は君の・・・いや、僕達の番だ!

僕は君をずっと待ってる。

君が戻ってくるまでに、君が活躍できる場所を用意して待ってるから。

言ったろ?

根性なら僕は君に負けないって。

僕だってやってやるさ!

僕達ならきっとできる。何度だってやり直せるさ!

ああ、そうとも!

きっと、僕達の才能は、誰かの希望のためにあるのだから!」

 

そう言って、石丸君はニカっと笑った。

 

「い・・・石丸」

 

大和田はその手を掴もうと、手を伸ばす。

 

うん・・・そうだ。これでいいのだ。

きっとちーちゃんもこれを望んでいたはずだ。

あの子が望んだのは・・・きっと“希望”なのだから・・・

 

(終わった・・・終わったよ、ちーちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ねえ、もう終わったの?

 

 

 

 

 

 

それは、ゾクリ・・・などという生易しいものではなかった。

後ろから胸を貫かれ、心臓を抉り出されるかのような衝撃の中、私は振り返る。

 

 

裁判長席には、1匹の怪物が退屈そうに座っていた。

 

 

「いやいや、あまりにも退屈すぎて絶望しちゃったよ」

 

席から飛び降りたモノクマはテクテクとこちらに向かって歩いてくる。

 

「映画の上映前のCMがあまりにも長くて爆睡して起きたら、まだCMだった・・・

どうかな?その説明で少しはボクの絶望がわかってくれた?」

 

モノクマは欠伸をしながら、今までの私達やりとりを評した。

くだらない・・・そう言っているのだ。

憎しみと絶望を乗り越え、希望を選んだ私達を・・・

ヤツは心底そう思っているのだ。

 

「あーテンション下がっちゃったよ。時間も押してるし、さっさと殺るよ!」

「なッ!」

 

モノクマのその言葉に石丸君が絶句した。

殺るって・・・だって、私達はやっと許しあって・・・

 

「待て!待て!待て!待て~~ッ!」

「何だい石丸君?何か用?」

 

石丸君がモノクマの前に立ちはだかる。

 

「もう・・・いいじゃないか。これ以上の悲しみは・・・もうたくさんだ!一体、何の意味が・・・」

「はあ?意味だって?一々意味を求めるなんてそれこそ意味不明なんだけど!

・・・まあ、教えてあげるよ」

 

 

―――これは、全人類に対するおしおきでもあるんだよ。

 

 

「なッ・・・!?」

「うぷぷぷ、それとボクの楽しみというのが大部分を占めるけど」

「き、貴様~~」

 

モノクマが何を言ってるのか私にはわからない。

だが、これだけはわかる。

このままでは、また始まってしまう。

桑田君を殺した・・・あの恐ろしい“おしおき”が。

 

「石丸君~君こそどうしたんだい?

君が一番、ボクに賛成しなければならないはずなのに」

「な、なに・・・」

 

モノクマは石丸君を見て、嗤いを堪える。

 

「そこの殺人鬼も言ってたじゃないか。

超高校級の才能を持つものは、どんな時でも自分を貫く・・・てさ。

君は、超高校級の“風紀委員”だろ?

なぜ、ルール違反した大和田君を処罰しようとするボクの邪魔をするのさ?」

 

「なッ・・・!」

 

その言葉に石丸君は絶句する。

 

「誰よりもルールを守る。たとえそれが仮初のものだとしても。

だからこそ、君は希望ヶ峰学園から選ばれたんだ。

本当なら君が大和田君を処罰するべきだろ?

それとも不正しようというの?

うぷぷぷ、石丸君~君は誰よりも知ってるはずじゃないか。

不正して罪から逃れた男の末路がどんなものかを」

 

「う、うぁああ・・・」

 

石丸君の顔が見る見る青く染まっていく。

モノクマは悪意の塊のような論理で石丸君を追い詰めていく。

 

「へ・・・へへへ」

 

その光景を見て、大和田は観念したように力なく笑った。

 

「石丸・・・どうやらお前の“希望”・・・叶えてやれそうにねーな」

「きょ、兄弟・・・」

 

大和田は石丸君を見つめる。

その瞳にもはや、狂気はなかった。

まっすぐな・・・瞳だった。

 

「石丸・・・お前にまだ言ってなかったな」

 

少し間を置いた後、大和田は静かな・・・それでも心が篭もった声でその言葉を石丸君に言った。

 

「ありがとよ・・・こんな大馬鹿野郎を・・・最後まで庇ってくれて。

こんな俺を最後まで・・・兄弟と呼んでくれて・・・」

 

 

 

 

   ありがとよ・・・・“兄弟”!

      

      

      

      

      

「お、大和田君~~ッ!!」

 

最後の最後まで庇い続けた石丸君に。

ちーちゃんの笑顔を思い出させてくれた石丸君に。

希望の道を示してくれた親友への最後の言葉は・・・感謝だった。

 

「さあ、始めようか!」

 

モノクマが手を広げ、大和田君は静かに目を瞑る。

 

「待て!」

 

「超高校級の“暴走族”である

大和田紋土君のためにスペシャルなおしおきを用意しました!」

 

「やめるのだ!!」

 

「では張り切っていきましょう!”おしおき”ターイム!」

 

 

 

 

 

 

 

 

待て・・・待て!待て!待て!待て!待て!待て!待て!待て!待て!待つんだ~~ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       GAMEOVER

 

 

 

    オオワダくんがクロにきまりました。

    おしおきをかい―――ッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーッ!!!」

「ぴギャァアアアアアアアア~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 

 

 

 

 

―――!!?

 

 

 

 

 

直後、モノクマが床に激突する音が裁判所に響いた。

 

その光景に誰もが絶句した。

その光景を誰も想像できる者はいなかった。

 

それは決してありえない光景だった。

 

誰よりも暴力を嫌う彼が・・・

誰よりもルールを守る彼が・・・

拳を血に染めながら・・・

瞳に“覚悟”を燃やして・・・

 

 

 

あの超高校級の“風紀委員”である石丸君が―――

 

 

 

 

       

 

モノクマをぶっ飛ばした―――ッ!?

 

 

 

 

 

 

 




石丸、覚悟の一撃!学級裁判に波乱起きる・・・!!



【あとがき】

今回はついに2万字を超えました。記録更新です。
それ故に誤字脱字が酷いので、見つけ次第、直していきます。

今回は、2章の集約に位置づけられる話であり、
いつも以上の気合と共に、反面、描くことはできないのでは・・・?
とも考えてしまいました。
正直、書き上がるまで何度も直し、本当に苦労しました。
けれど、今回はどうしても書きたいことがありました。

大和田の不二咲に対する謝罪と、石丸への感謝。

原作・アニメで描写されなかったこの2つの課題をどうしても、
この作品を通して描きたいと思っていました。
原作をプレイして、その描写がないことに強い怒りを覚えたのを思い出します。

「お前が謝るべきは不二咲で、最後まで信じてくれた石丸に感謝するべきだ」

当時、それを強く思いました。

今回、それを実現するに当たって、大和田に憎しみをぶつけることができるキャラが
必要でした。それは、希望の才能を持つ、苗木では、どうしてもできないと感じました。
それは、凡人の感覚を持った親友でなくてはならない。
その役が、主人公であるもこっちでした。
しかし、憎悪は絶望を呼びます。
復讐に快楽を見出し、ある意味、“絶望の使徒”に堕ちようとする中、
それを止めてくれるキャラが必要でした。
それは、石丸しかいなかった。
最後まで友を信じることができる石丸というキャラだからこそ、
不二咲の笑顔と抱いた希望をもこっちに問うことができました。
もこっちと不二咲の友情が真であるからこそ、
その笑顔を思い出し、絶望に打ち勝つことができたと思います。

「今も・・・私の心にあるのは・・・」

このセリフが、もこっちと不二咲の友情の答えだと書いていて感じました。


また作品開始時には、原作の言葉しか話せないNPCのような石丸が、
これほど成長してくれたのが、作者としてはとても嬉しく感じました。

「ありがとう・・・!ありがとう!黒木君・・・!」

もこっちを信じ、報われたこのセリフにこそ、石丸の成長を見た気がします。

そして・・・覚悟の一撃w

調子に乗って、おしおき宣言をする最中、あのクマ野郎の顔面に拳をぶち込み、
阻止するシーンを想像して、いい気分になりました。
あの宣言を途中で止める展開を、新作で見てみたいものですね。

さて、次話ですが・・・絶望注意です。
今度は、ダンガンロンパのもう1つの魅力である
“絶望”を原作以上に表現することにチャレンジします・・・。

そして、それにあがらう希望のカケラも魅せたいと思います。

ではまた次話で



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第2回学級裁判 後編 判決

石丸清多夏 超高校級の“風紀委員”

 

私が彼の名を初めて知ったのは、

希望ヶ峰学園の第78期生が発表された時だった。

きっとその時からだろう。

私が彼に対して”苦手意識”を持っていたのは。

 

“お前は同級生に好意を持つことはないのか!?”

 

・・・とそんな声が聞こえてきそうだが、とりあえず言い訳を聞いて欲しい。

平凡な高校生にとって、

超高校級の才能を持つ彼らは憧れの対象に違いない。

彼らの才能はまさに光。

その光は希望ヶ峰学園に集まり、さらなる輝きを放つ。

それはまるで闇の中に輝く太陽の如く。

日本中・・・いや世界中の人々を魅了する。

事実、希望ヶ峰学園の卒業生は、世界中で活躍し、成功を収めている。

それに比例し、希望ヶ峰学園の名声とブランドはますます高まっていった。

その名声を求める者達は希望ヶ峰学園に集う。

まるで夏の街灯に群がる羽虫のように。

 

たとえ才能がなくてもその名声にあやかりたい・・・!

 

そんな彼らのために“予備科”が設立されたのは

ある意味必然だったのかもしれない。

 

だが、光があれば、闇が生まれる。

光が輝けば、輝くほど、その闇はより濃くなっていく。

 

俺にも才能があれば・・・

なんでアイツだけ才能が・・・

才能だけのくせに・・・!

 

嫉妬。憎悪。

同じ時代に生まれた持たざる者達の焦がれるような黒い感情は確かに存在する。

もちろん、私にも・・・というより、私はより複雑である。

自分で言うものなんだが、間違いなく凡人である私が、

希望ヶ峰学園の酔狂から超高校級の“喪女”などという

わけのわからん肩書きを押しつけられ、

形だけは彼ら超高校級の末席に加えられている・・・屈折しないわけないだろ!

わけわかんねーぞ!!

だから、私が好意を抱いたのは、

以前、回想で述べたようにアイドルとして別格の存在である舞園さんだけであり、

“その他”に関してはどちらかといえば、持たざる者の負の感情を抱いていた。

実際に、親友となるちーちゃんに嫉妬し、

恩人となる苗木君に筋違いのヘイトを抱いた。

・・・まあ、最後は私の愚痴になってしまったが、

つまりは、そんな私にとって

“苦手意識”などまだマシな部類であるということを強調したい。

 

希望ヶ峰学園での新生活が・・・

というよりも、モノクマによる監禁生活が始まり、

石丸君と生活を共にすることで、私の彼に対する“苦手意識”は

消えるどころかますます確信するに至った。

 

石丸君はとにかく規則にうるさかった。

 

朝食の時間に少しで遅れようものなら、生徒としての自覚を刻々と諭された。

お前はお父さんかよ!・・・そう思いながらも、私は反論することができなかった。

 

石丸君はとにかくウザかった。

 

服装の少しの乱れに対して女性としての在り方を刻々と説かれた。

お前はお母さんかよ!・・・そう思いながらも、

私はやはり反論することができず、ただ頷くしかなかった。

 

石丸君はうるさくて、ウザくて、とにかく煩わしくて面倒なヤツであった。

実際に周囲からもウザがられていたようで、

友達がいなかった、と石丸君から過去の告白を聞いた時には、

ああ、やっぱりね、と心の中で頷いた。

 

私は彼に言いたい文句が山ほどあり、

それこそ希望ヶ峰学園女子パジャマ会でもあれば、

朝まで彼に対する文句を語り続ける自身があった。

だが、そんな私でさえも、これだけは同意できる。

 

彼は決して悪い人間ではない。

彼は・・・石丸君はいいヤツである、と。

 

石丸君から注意を受ける時、煩わしさと共に、いつも思うことがある。

 

その真剣な表情。

熱意に溢れる声。

 

それらが嘘偽りなく伝えてくる。

彼は嫌がらせではなく、本当に私のことを思って注意しているのだ、と。

だからこそ、うっとおしいと思いながらも、面倒なヤツだと感じながらも、

それでも私が彼を嫌いにはならず、いまだ苦手意識に留まっているのは、

きっとそれが理由なのだと思う。

 

ある時、私はさらなる考察に踏み込んだ。

 

“そもそもこの苦手意識はどこからくるのだろう?”

 

小一時間ほど考え、私は結論に辿り着いた。

ああ、そういうことだったのか・・・。

 

正しい・・・からだ。石丸君は正しいのだ。

 

そう・・・彼はいつも正しかった。

たとえ嫌われようとも・・・

どんなにウザがられようとも・・・

彼は規則を守ろうとした。

彼はいつだって、どんな場所だって、正しくあろうとしていた。

 

誰よりも正しいから―――

 

いや、正しくあろうとする心を持った彼だからこそ、

超高校級なのだ。

超高校級の“風紀委員”なのだ。

 

私の彼に対する苦手意識は、

きっとその正しさに対する後ろめたさからきているのだろう。

まるで自分の邪な部分を

鏡で見せつけられているかのように感じるから・・・だから苦手なのだ。

 

そう・・・石丸君は正しい。

高校生のだれよりも。

日本・・・いや、世界中の誰よりも。

 

石丸君は正しい。

 

世界がどんなに変わってしまっても、

たとえ絶望に染まってしまったとしても

彼は変わることなく正しく在り続けるはずだ。

 

石丸君は正しい。

 

生まれた瞬間から、そしてその生涯を終えるまで。

 

石丸君は正しい。

 

 

いつだってたとえどこにいたって、

どんな時だって、きっと石丸君はどこまでも正し―――

 

 

・・・だから、それは決してありえない光景だった。

 

私の目の前に石丸君が立っていた。

肩で息をしながら、拳を宙に伸ばし、立ち尽くしていた。

その拳の先には、モノクマがいた。

大の字に倒れて、天井を見つめていた。

石丸君の拳は、血が滲んでいた。

それは、鉄の塊を何の躊躇もなく、全力で殴りつけた証左に他ならない。

 

それは決してありえない光景だった。

 

誰よりも規則を守ってきた彼が・・・

いつだって、正しくあろうとした石丸君が・・・

 

 

 

 

モノクマを・・・ブッ飛ばしたのだ―――!!

 

 

 

 

その光景を前に、口を開く者はいなかった。

この現実を前に、誰もが絶句していた。

それは、クラスメイト全員が、

意識的にせよ、無意識にせよ、石丸石丸清多夏という人間に対して、

私と同じ認識を共有していたことを物語っていた。

 

「ぷぷぷ、プギュフフフフ」

 

静寂の中、邪悪な嗤い声が裁判所に響き渡った。

 

床に倒れたまま、モノクマは愉快そうに嗤い出した。

 

「ぷぷぷ、あの石丸君が、超高校級の“風紀委員”が、

学園長であるボクに“暴力”をふるうなんて・・・ぷぷぷ、プギャハハハ!

予想もしてなかったよ!面白い!面白いな~~!」

 

その嘲りの中、私はあの光景を・・・

無数の槍で貫かれた親友の姿を思い出した。

 

モノクマへの暴力・・・それは“校則違反”を意味する。

 

「石丸君~~“校則違反”決定だよ~!」

 

モノクマは立ち上がりながら、石丸君を指差した。

 

校則違反・・・それはモノクマにより処刑の実行であった。

 

「さぁ!法を破る無法者には、無法者でお相手しようか!

カモン!“モノクマアウトローズ”」

 

モノクマの号令の下、床の扉が開き、様々なモノクマ達が姿を現した。

 

リーゼントで学ランを着たモノクマ。

金髪でスカジャンを着たモノクマ。

モヒカンに肩パッドをつけたモノクマ。

 

手にはバットや鎖、メリケンなどの凶器が握られていた。

それはまさにならず者の集団だった。

おそらく、盾子ちゃんの時とは違い、ジワジワと撲殺する気なのだろう。

 

石丸君は、モノクマの集団を前に、自分に迫り来る死を目前に、

悠然と立っていた。

石丸君は、ゆっくりと振り返り、私達を・・・いや、大和田君を見つめた。

その顔に憂いはなかった。

混乱も、焦りも、狼狽も。

迫り来る絶望に対して、あるべきものが彼の表情にはなかった。

その顔は、いつも以上に、凛々しく、そして、なにより男らしかった。

 

「兄弟は罪を償うべきだ。僕もそう思う」

 

その声は静かだが、不思議とよく響く声だった。

この事態が起きてから初めてとなる石丸君の言葉は、

大和田君に向けられたものだった。

 

「・・・だけど、それはここじゃない!」

 

はっきりと、力強く。

石丸君はそう言い切った。

 

「兄弟、君は罪を償うべきだ。

それに関しては、僕は譲るつもりはない。

僕が兄弟を責任をもって、警察まで送り届ける。

兄弟はしかるべき場所でしかるべき裁きを受けるべきだ。

それは・・・ここじゃないんだ!」

 

石丸君は言葉を続ける。

熱く。

燃えるような熱情を言葉に乗せて。

 

「兄弟は罪を償うべきだ。

外の世界で正しく裁かれるべきだ。

ここじゃない・・・ここじゃないんだ!

兄弟は罪を償うべきだ!

だけど、それはコイツの私刑なんかじゃ断じてない!

そんな法があるものか!

そんな道理があってたまるか・・・!」

 

 

 

 

だから―――

 

 

 

 

 

 

“戦うぞ!兄弟!コイツらを倒して、みんなと外へ出るんだ!”

 

 

 

 

 

瞳に覚悟の炎を燃やし、石丸君はそう宣言した。

 

“モノクマと戦う”とそう言ったのだ・・・!

 

「や、やめてくれ兄弟!」

 

それを唖然として聞いていた大和田君が立ち上がり、石丸君の肩に手をかける。

 

「お前だってわかってるはずだ!だから・・・もういい・・・もういいんだ!」

 

石丸君とは対照的に、大和田君の顔には、焦りが、混乱が、狼狽が浮かんでいた。

 

「俺のためなら・・・もういいんだ!

そ、そうだ!まだ、謝れば間に合うかもしれねえ!兄弟!そうしてくれ!」

 

超高校級の“暴走族”としてクラスメイトの誰よりも

勇ましく、雄々しかった彼の姿はどこにもなかった。

そこにいたのは、親友の行動を憂い、悲しむただの高校生だった。

 

「頼む!石丸・・・!このままじゃお前まで・・・

不二咲だけじゃなく、お前まで俺のせいで・・・なんて・・・・耐えられねーんだ!

だから石丸―――」

 

苦しそうに言葉を紡いでいた大和田君が目を開けた瞬間だった。

 

「ぐわぁああーーー!?」

 

叫び声を上げ、大和田君は床に倒れた。

石丸君に倒されたのだ。

いや・・・石丸君にブッ飛ばされたのだ!

 

何が・・・一体、何が起きて―――

 

 

 

 

「腑抜けたこと言ってじゃねーぞ!紋土!!」

 

 

 

―――!?

 

 

衝撃は続く。

石丸君は髪を逆立てながら、叫んだ。

 

「カラッポの頭でツマンネーことガタガタと考えてんじゃねーよ!」

 

それはまるで石丸君らしからぬ言葉だった。

その言葉はまるで・・・まるで大和田君のような。

 

 

 

「敵が来たなら、ぶっ潰せ!他のことはその後考えろ!それが―――」

 

 

 

石丸君は、言葉を止めて、大和田君を見る。

 

「・・・それが、君が教えてくれた族の“流儀”なんだろ?」

 

そう問う石丸君の表情はいつもの彼に戻っていた。

 

 

 

「大丈夫・・・最後まで付き合うさ。気にするな!僕達、友達だろ!」

 

 

 

親指をを突き出しながら、石丸君はニッと笑った。

 

―――痺れるような笑顔だった。

 

異性を超えて人として惚れてしまうような・・・そんな笑顔。

 

「へ・・・へへへ」

 

顔を押さえながら、大和田君はゆっくりと立ち上がった。

 

「オメーみてーなお坊ちゃんにそんなことを言われるなんてな・・・

どんだけ焼きが回ってたんだよ、俺はよぉ」

 

その顔には、焦りも、混乱も、狼狽もなかった。

大和田君の顔から、“絶望”が消えていた。

 

「そういや忘れていたぜ・・・

モノクマ・・・てめーを一目見た時から、ぶん殴りたくてしょうがなかったんだよ!」

 

自分の血でリーゼントを固め直しながら、大和田君はモノクマを睨む。

 

「魅せてやるぜ!超高校級の“暴走族”の喧嘩ってやつをよ~~ッ!!」

 

「何、わけのわかんないことをゴチャゴチャと・・・

もういい!アウトローズ!殺っちゃえ~~!」

 

「クマ~~」

 

モノクマの指揮の下、モノクマ達は二人目掛けて走り出した。

 

「ダイアモンド兄弟の弟!

暮威慈畏大亜紋土(クレイジーダイアモンド)の二代目!

俺が大和田紋土だ!夜露死苦だ馬鹿野郎!」

 

大和田君は迫り来るモノクマ軍団の真正面へと向かっていった。

 

「プギャアアアアア~~~~~~~~!」

 

両者が激突した瞬間、数匹のモノクマが大和田君の前蹴りで・・・

いや“ケンカキック”で吹き飛んだ。

 

「オラァアアアアーーーーーーーーッ!!」

 

大和田君はモヒカンのモノクマにヘッドバットを叩き込み、

倒した後、その両足を掴み、振り回した。

たぶん、あれはプロレス技の“ジャイアントスイング”だ。

リングではただ相手を振り回して、自分が疲れてしまうだけの

この技も、ケンカなら話は違う。

 

「プギュウウ~~~~」」

 

その場で台風が発生したかのように

大和田君の周りのモノクマ達は次々となぎ倒される。

 

「喰らえ!オラァアアーーーーーーーッ!!」

 

遠心力をそのままに、

大和田君は、モノクマの集団に向かって、掴んでいたモノクマを投げ放った。

 

派手な音を立てながら、

モノクマはまるでボウリングのピンのように吹き飛んだ。

 

(す、凄い・・・!)

 

瞬く間に10匹近くのモノクマが再起不能となり、

床にはモノクマの死体が・・・いや、残骸が重なっていた。

 

これが・・・これが日本一の不良の喧嘩・・・!!

 

一方、石丸君は、モノクマ達から背を向けて、走り出した。

逃げ出した・・・のではなかった。

彼は、モノクマに追われながら、

一直線に、裁判所の隅にあるロッカーを開け、石丸君は何かを取り出した。

次の瞬間、

彼に襲い掛かったモノクマ達は弾き飛ばされた。

石丸君の手には、掃除に使う“モップ”が握られていた。

彼はモップを剣道の竹刀のように構えた。

その姿を見て、私は石丸君が、子供の頃から剣道を続けていることを思い出した。

 

「面!胴!突き~~~ッ!!」

 

そのモップは・・・いや、その剣は彼の性格を反映しているかのように

実直で重いものだった。

大和田君も学ランのモノクマからバットを奪い取り、振り回す。

二人は競うかのようにモノクマ達を倒していく。

 

凄い・・・!本当に凄い!もしかしたら・・・彼らは本当に・・・!

 

「なかなかやるじゃねーか、お坊ちゃん!」

「君こそ、言うだけのことはあるな、不良君!」

 

背を合わせながら二人は互いに檄を飛ばす。

 

(あ、ああ・・・)

 

その光景を前に、胸が締め付けられるような気がした。

それはまるで、普段、いがみ合っている生徒会長と不良の番長が、

他校から乗り込んできた不良達を相手に、学校を守るために共に戦う・・・

 

現役高校生の私がノスタルジーを感じるほどの・・・

 

そんな“青春映画”の1シーンようだった。

 

「ウヌ・・・!」

「さ、さくらちゃん・・・」

 

その声の方を見ると、朝日奈さんが大神さんを心配そうに見つめていた。

大神さんは大和田君達を見つめていた。

前に組んだ腕にありったけの力を込めながら。

それはまるで、

石丸君達を加勢しに行こうとする自分自身を拘束しているかのように・・・。

掴んだ腕は、握力で皮膚が破れ、血が床に流れ落ちていた。

大神さんは正義に厚い人だ。

きっと二人を助けに行きたい気持ちを必死で抑えているのだ。

私だって・・・私だって二人を助けたい!

 

でも・・・でも―――

 

 

ほどなくして・・・その瞬間は訪れた。

 

「うぁあああ~~~~ッ!!」

 

電気ウナギの着ぐるみをきたモノクマに

石丸君が攻撃した瞬間、電流が流れ、石丸君は叫び声を上げ、床に倒れた。

その上からモノクマ達が次々とボディプレスでのしかかっていく。

 

「クソがぁあああああああああ~~~~~~~ッ!!」

 

四方から投げ放たれた鎖が大和田君の体に絡みつき、その自由を奪った。

 

青春映画の終幕はあっけなく訪れた。

 

わかっていたんだ・・・。

こうなることは・・・はじめからわかっていたんだ・・・!

 

黒幕の保有する技術力

 

その前には、たとえ人類最強の大神さんですらあらがうことはできない。

だから・・・こうなることはわかっていたんだ。

それでも・・・大和田君と石丸君の活躍に、

ほんのわずかでも“希望”を見出した私は、

この残酷な現実を前に目を背けずにはいられなかった。

 

「まあ、当然の結果だよね」

 

そう言いながら、いつもの・・・モノクマ達を指揮していた

ノーマルタイプのモノクマがトコトコと石丸君に近づいていく。

 

「ぐぬぅ・・・!」

 

床に押さえつけられ、石丸君は呻く。

 

「もちろん・・・万が一の奇跡が起きて、

ここから出られたら、君は有言実行していただろうね」

 

歩みを止め、モノクマは石丸君の頭上から見下ろした。

 

「でも、なんだかんだで頭のいい君はこうなることはわかっていたはずだ。

ならば、疑問が残る。

“なぜ、そんな無駄なことをしたのだろう?”と」

 

モノクマはさも可笑しそうに嗤いを噛み殺した。

 

「ボクはねぇ~“分析”が得意なんだ!

だから、君の考えてること・・・わかっちゃたよ」

 

モノクマは“ニヤリ”と嗤った。

それはモノクマを通して寒気がするほど明確に伝わってくる黒幕の嘲りだった。

 

「たとえ仮初でもルールを守る超高校級の“風紀委員”である君が・・・

親友を見捨てることができない君が決意したこと・・・それは―――」

 

 

 

ねえ、石丸君・・・キミ―――

 

 

 

 

 

―――最初から死ぬつもりだったんだろ?

 

 

 

 

 

「大和田君と一緒に死ぬことで、

ルールを破った罰を受けた・・・そう自分の中で帳尻あわせするつもりだったんだよね?」

 

その言葉を聞いた石丸君の額から大粒の汗が流れ落ちた。

 

「ぷぷぷ、どうやら図星みたいだねぇ。でもね、石丸君~~」

 

満足そうに頷いた後、モノクマは石丸君にヌゥと顔を近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな“希望”・・・誰が叶えてやるかよ・・・!

 

 

 

 

 

 

 

その声はまるで地の底から湧き出たような邪悪に満ち溢れていた。

 

「あ、ああ・・・!」

 

怯える石丸君にモノクマは静かに語りかける。

 

「気が変わったよ、石丸君。

ボクは君を殺さない。ああ、殺すものか。

ボクはルールを破った君に何もしない。

不正を行った君に何の罰も与えない。

だってそうでしょ?

罰をせがむドMに罰を与えるなんて、それって、ただのご褒美じゃん!

だから、ボクは君に何も与えない。

君は不正を行ったまま、のうのうと生きのびるんだ。“あの男”と同じようにね・・・!」

 

“あの男”・・・その言葉を聞いた瞬間、石丸君は顔は真っ青になった。

その瞳にはもはや希望の光はなかった。

その瞳には絶望の闇が浮かんでいた。

 

「そう・・・君はあの男と同じになるんだ!

親友を助けることもできず、ただ不正を犯した君はあの男と同じなんだよ。

不正を・・・汚職を行いながら、権力を盾にして、逃げのびたあの男に・・・

君が心の底から軽蔑するあの男に・・・

そう、君はあの男になるんだよ~~~~!!」

 

 

 

 

 

 君の祖父・・・元内閣総理大臣・石丸寅之助に―――!!

 

 

 

 

 

元内閣総理大臣・石丸寅之助。

教科書でその名前を見たことがある。

そして、その人と石丸君の確執は、以前、苗木君から聞いたことがあった。

 

「うわぁ、うわぁあああああああ~~~」

 

石丸君はついに耐え切れず、恐怖の声を上げた。

 

その直後だった。

 

「石丸!しっかりしろ!そんなクソ野郎の話を聞くんじゃねー!!俺だ!俺を見ろ!」

 

「きょ、兄弟・・・」

 

その声は石丸君を正気に戻した。

その声は大和田君のものだった。

全身を鎖で巻きつけられ、その結末が絶望であることを誰もが予期していた。

きっと、大和田君も・・・。

だが、その絶望の中において、そこにいたのは、かつての彼だった。

 

誰よりも勇ましく、雄々しい超高校級の“暴走族”である大和田紋土君だった。

 

「兄弟・・・初めてオメーを見た時は、気に入らねーボンボンだ・・・正直そう思ったぜ」

 

大和田君は懐かしそうに語り出した。

 

「だが、そりゃ間違いだった。

兄弟・・・オメーは今まで会った誰よりも、根性を持ったヤツだった。

俺なんかより、ずっと強いヤツだった。優しい・・・ヤツだった。

へへ・・・だからよぉ、

最後にオメーと一緒になって乱舞できて楽しかったぜ!」

 

「きょ、兄弟・・・!」

 

「兄弟・・・1つだけ約束してくれ。

たった1つだけでいい。俺と・・・“漢の約束”をしてくれ」

 

「え・・・?」

 

「石丸・・・お前は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 “生きろ”―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺や・・・不二咲の分まで・・・お前は生きろ!頼む・・・生きて・・・くれ!」

 

「お、大和田君~~ッ!!」

 

親友の最後の願いを前に・・・

大和田君の“希望”を前に・・・

 

石丸君は瞳から大粒の涙を流し、声を震わせた。

 

「じゃあ、そろそろ始めようか!

石丸君・・・君はそこで親友の“絶望の悲鳴”を聞きながら、自分の無力さを噛み締めなよ」

 

「・・・ッ!」

 

二人の友情を引き裂くかのようにモノクマはゆっくりと手を広げた。

 

 

「超高校級の“暴走族”である

大和田紋土君のためにスペシャルなおしおきを用意しました!」

 

「やめろ~~!頼む!何でもする!だから、兄弟を殺さないでくれ~~~~ッ!!!」

 

「では張り切っていきましょう!」

 

「やめてくれ!代わりに僕を殺せ!僕が代わりになる!!

だからお願いします!兄弟を・・・大和田君をどうか助けてください・・・!」

 

 

 

「“おしおき”ターイム!」

 

「やめろ~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!

やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!

やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめてくれ~~~~~~!!

 

 

 

 

 

 

こんなに・・・

こんなに頼んでるじゃないか~~~~~~~~ッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      GAMEOVER

 

    オオワダくんがクロにきまりました。

    おしおきをかいしします。

 

 

 

 

「うわぁあああああああああ~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

石丸君の悲痛な叫びの中、

モノクマは鎖で縛り付けた大和田君を乗せた単車を発車させた。

大和田君は・・・目を逸らすことなく、ただ、まっすく前を見つめていた。

その瞳からは・・・まるでその先に待つ絶望に挑むかのような・・・

そんな強い意志を感じた。

 

単車の先には“ケージ”があった。

 

前回の学級裁判では、その中に野球のグラウンドが設置されていて、

そこで桑田君への凄惨な処刑が執行された。

 

単車はそのままケージに突入した。

必死で後を追った私達は、ようやくケージの前に辿り着き、その全容を目の当たりにした。

 

(これって、遊園地の・・・)

 

それを見て私が最初に連想したのは、ジェットコースターの1回転の場面だった。

単車はケージの輪の中でくるくると縦に回転を繰り返していた。

その装置は、ハムスターの運動器具にも似ていた。

単純ではあるが、延々と廻り続ける。

止めなければ・・・方向を変えなければ、永遠に廻り続ける仕組み。

 

単車は廻る。

くるくる、くるくる、と。

 

大和田君を乗せて廻り続ける。

 

くるくる、クルクルと。

 

その光景はあまりにも異様で、現実から離れすぎていたので、

わたしはどこか夢を見ているかのような錯覚に囚われた。

 

その直後、

何かが爆発するような轟音と共にケージから雷のような光が放たれた。

それは本当に雷が落ちたような衝撃だった。

私は耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。

 

(一体・・・何が・・・)

 

恐る恐る目を開ける。

ケージは黒い煙に包まれていた。

 

「ぷぷぷ」

 

いつの間にか私の横にモノクマが立っていた。

煙に包まれたケージを見つめ、声を殺し嗤っている。

その姿を見て、私は底知れない不吉さを感じ震えた。

 

煙が徐々に消え、ケージの中が見えてきた。

 

“それ”を見た瞬間、その場にいる全員が恐怖で絶句した。

 

ケージの中では、単車が廻り続けていた。

だが、大和田君は・・・大和田君の体は炎に包まれ、激しく燃えていた。

火の勢いはあまりにも強く、

もはや、大和田君の顔を確認することはできなかった。

ただ人影が・・炎に包まれた“黒い人影”を乗せて単車は廻り続ける。

 

クルクル、狂る狂ると。

 

「アレ?あれ~~?」

 

その様子を眺めていたモノクマは首を捻った。

 

「生きながらハンバーグになるように絶妙に火力を調整したはずなのに・・・

どんな絶望の悲鳴を聞かせてくれるかとドキドキワクワクしていたのに・・・

アレ?何で!?何で何も聞こえてこないんだ?

・・・ああ、そうか!あの野郎!気絶しやがったのか!

何が超高校級の“暴走族”だよ!この根性無しが!」

 

その言葉は・・・あまりにも恐ろしくて・・・

とてもこれが現実の出来事であると思えなかった。

 

炎に包まれた大和田君の人影は、

まるで私の想像の中の“クロ”の姿だった。

 

単車はクロを乗せて廻る。

 

狂る狂ると・・・廻り続ける。

 

その光景があまりにも残酷で・・・そして、どこか幻想的で・・・

 

私は・・・悪夢の中にいた。

 

「ち、違う・・・」

 

私は震えながら口ずさむ。

 

「私は・・・望んでいない」

 

後ずさりしながら、弁解の言葉を口ずさむ。

 

 

「私は・・・こんな“絶望”なんか望んでいない・・・!」

 

 

次の瞬間、

再び、激しい雷撃が起きた。直後・・・単車の廻る音が止んだ。

 

煙が少しずつ消えていく。

 

ケージの中には、単車の残骸が倒れていた。

そして、その側には、焼け焦げた彼の学ランが・・・無数の骨が・・・あ、ああ・・・!

 

「絶望の悲鳴が聞けなかったのは残念だけど、まあ、いいや!だって、さぁ・・・」

 

ガタガタと音を立てる何かの装置の前にモノクマは立つ。

 

チーンという音の後、モノクマは装置の扉を開ける。

 

「だって、大和田君・・・こんなに美味しそうになってくれたんだもん!」

 

モノクマが手にした容器には大和田君の写真が貼ってあった。

そして「大和田バター」というプリントが・・・

 

そ、そんな・・・まさか・・・あ、あれは・・・。

 

「きょ、兄弟・・・?」

 

モノクマ達から解放された石丸君が

ふらつきながら、ケージの前に辿りついた。

彼はケージの中を見つめる。

茫然としながら、立ち尽くしていた。

石丸君は・・・何が起きたのか理解できずにいた。

いや・・・理解したくないのだ。

 

「ねえ、石丸君」

 

“ソレ”を手にしたモノクマが石丸君に近づく。

 

「君も食べる?出来立てホヤホヤだよ~」

 

モノクマは容器の中身をパンの上に塗り、石丸君に差し出した。

 

「大和田君、こんなに美味しくなってくれたよ!」

 

血と肉の焦げた嫌な匂いがあたりに立ち込める。

 

血と油の混じりあったその液体は、かつて大和田君であったもの。

 

 

 

「う・・・ウ゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛~~~~~ッ!!」

 

 

 

それを見た瞬間、石丸君は髪を掻き乱し、絶叫する。

 

絶望の悲鳴の中、モノクマは嬉しそうにパンを食べ始めた。

 

ムシャムシャ、ムシャムシャと・・・。

 

私は・・・勘違いしていた。

 

モノクマは、クマなどではなかった。

 

私は・・・間違っていた!

 

黒幕は、人間などではなかった!

 

 

コイツは・・・コイツらは本物の―――

 

 

 

 

 

       

       

  悪魔だ・・・。

            

            

 

 

 

 

 

 

 




悪鬼嗤う中、
親友の心を守るため、
大和田は最後の最後に、
ちーちゃんの憧れた“漢の中の漢”になる。
大和田の“声なき声”は石丸に届く日は来るのか?
・・・次回、絶望は加速する!
もこっちにとって最悪の絶望の中、第2章は幕を閉じる。


【あとがき】

お久しぶりです。
正直、また書けるとは思いませんでした。
仕事の忙しさがピークを終えたのが大きかったです。

今回の話をする前に、手短にダンガンロンパ3の私の感想を述べます。
非常に残念な出来でした。
端的にダメ出しすれば、超高校級の希望である苗木が洗脳に負けたことです。
物語の軸が壊れました。
苗木が勝てないなら、あの世界では洗脳最強だろ!w
正直、物語の完結としては、残念です。

でも、絶望編の七海千秋の最後は物語の本質を体現したものであると、
これだけは、評価しています。

希望と絶望の決着は、その人間の命消える刹那、何を抱いたかで決まる。

私は、希望と絶望の戦いの決着をそう考えています。

ならば、あの絶望の始まりであった七海の処刑において、
敗れたのは黒幕であり、最後まで希望を捨てず、カムクラの心を動かした
七海の勝利であったというのが真実だと思います。

黒幕が初めてその事実に気づくのは、VS苗木の時であり、
だからこそ、圧倒的な絶望の優位の中、徐々に追い詰められていく理由がわからずにいた・・・
と私はそんな妄想をしました。

だから今回も同じです。
圧倒的な絶望の優位の中、それでもなお、勝利したのは希望であり、
黒幕は、また1歩、破滅へと近づいたことを知らずに嗤い続けている。

ダンガンロンパの面白さはそういうところにあると思います。

大和田の処刑に関しては、捏造を加えました。
彼がその最中、何を思ったのかは「イマワノキワ」で描きたいと思います。
100%救済の物語です。是非見てください。

この物語には、圧倒的な主人公の俺ツエーもハーレムもありませんが、
ダンロンの本質である希望と絶望の戦いを描いていくつもりです。
それがわかってくれる方に読んでもらえれば幸いです。

そして・・・すいません。ペースは上げられません。
ですが、質だけは落とさないように頑張ります!

では、また来年!よいお年を!




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第2章 週刊少年ゼツボウマガジン(非)日常/非日常編 終劇  

石丸君の絶叫が裁判所に響き渡る。

その声は、まるで世界の終わりを告げるかのような・・・そんな悲痛と嘆きに満ちていた。

 

「石丸君!」

 

そのままバッタリと倒れた石丸君に苗木君達が駆け寄る。

 

「・・・。」

 

誰も・・・口を開く者はいなかった。

 

石丸君に、何か言葉を・・・なんでもいい・・・何か言葉を。

 

苗木君をはじめ皆はそんな目をしながら、

気を失ったかのように動かない石丸君を見つめていた。

 

だけど・・・いなかった。

 

石丸君に言葉をかけられる者はだれもいなかった。

あの苗木君ですら・・・。

今の彼に、かけられる言葉などなかったのだ。

 

 

奪われてしまった―――

 

彼の信念が。

今まで彼を支えてきた全てが。

幼き頃から抱いてきた夢も。

絶え間なく続けてきた努力も。

築き上げたものが・・・ちーちゃんや大和田君との思い出さえも。

 

石丸君の希望は全て奪われてしまった。

大和田君の命と共に。

 

一切合切、何一つ残らず全て食パンと共に噛み砕かれて消えてしまった。

 

 

「あ~あ、石丸君、壊れちゃったよ。ぷぷぷ、プギュフフ、プギャヒャハハハ!」

 

 

石丸君から全てを奪った悪魔は、彼の姿を見て腹を抱えて嗤っていた。

可笑しそうに。

心の底から愉しそうに。

 

 

悪魔―――

 

 

この地獄のような光景を作り出したモノクマと黒幕を私はそう例えた。

だが、それは間違いだった。

コイツらは悪魔なんかじゃない・・・。

コイツらの禍々しさは、物語に出てくる悪魔などとうに超えている。

ならば地獄の鬼か・・・?

いや、鬼にだって慈悲くらいはある。

コイツらに、そんなものひとかけらだってあるものか!

 

殺人鬼、悪鬼羅刹、化け物、拷問狂、人間のクズ、クマ野郎・・・ダメだ。見つからない。

眼前で嗤う悪意の塊を的確に例える言葉が私の中で何一つ見つからなかった。

コイツらの存在は、私の常識などはるかに超越していた。

 

凍てつくような恐怖に皆が沈黙する中、ただ、モノクマの高嗤いだけが裁判所に鳴り響く。

 

「何者・・・なの?」

「ん?」

 

そんな中、彼女は言葉を発した。

 

霧切さん。

 

第1回に続き、今回の裁判においても真実を解き明かし、私達を救ってくれた。

もはや、苗木君と並ぶ私達の中心となった彼女が、透き通った瞳でモノクマを見つめる。

 

「あなた・・・一体、何者なの?」

 

その問いは、この惨状を前にしても決して諦めはしない・・・

そんな彼女の意志が込められているかのように感じた。

 

「ぷぷぷ、だから言ってるじゃないかぁ~ボクは希望ヶ峰学園の学園長だってさぁ~~」

 

だが、ヤツはそんな彼女を嘲り嗤う。

 

「まあ、でも・・・君が聞きたいのは、もっと本質的なことだよねぇ~~

ぷぷぷ、ボクが気をよくしているから、もしかしたら口を滑らすかもしれない。

この状況を打開するヒントが掴めるかもしれない・・・そう思ってるんでしょ?

お友達があんなことになっているというのに、そんな打算的なことしか考えないなんて、

本当、霧切さんって冷たいよね~~ぷぷぷ」

 

それは真実だろう。

だからこそ、キツイ言葉だった。

真実を誰よりも求める彼女の行動が、結果として、モノクマの指摘どおりで・・・

それを嘲られて・・・くやしくないわけがない。

クラスメイトがあんなことになって、悲しくないわけがないじゃないか!

だけど、霧切さんは、モノクマの嘲りを真っ向から受けながら、

それでも瞳を逸らすことなく、モノクマを見つめ続けた。

 

「・・・わかったよ。答えてあげるよ。

実際にボクは、今、本当に気分がいいしね。いい機会だ。改めて自己紹介するとしようか」

 

冷笑を止めたモノクマは、私達、全員に視線を送る。

 

その瞬間―――

 

あの“悪意”が・・・

渦巻くほどの禍々しいあの悪意が、恐怖と混ざり合いながら、裁判所全体を駆け抜けた。

 

「希望ヶ峰学園の生徒は全世界の“希望”。

そんな君達、希望を黒き絶望に塗り潰すこのボクこそが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ―――超高校級の“絶望”

 

 

 

 

 

 

 

「そう呼ばれるにふさわしいんじゃないかな・・・?」

 

その瞬間、悪意は見たことがないような怪物の姿を形作る。

それは一瞬、視認できるほど禍々しく。

 

私は・・・恐怖した。

本当に、本当に・・・心の底から恐ろしくて震えた。

 

 

絶望―――

 

 

これほど、ピタリと当てはまる言葉はなかった。

これほどまでに、コイツという存在を言い表すにふさわしい言葉はなかった。

この状況を前にこれ以外の言葉などなかった。

 

ケージの中には、大和田君の骨が散乱していた。

あの肉の焦げた嫌な匂いはまだ消えていない。

石丸君は・・・気を失ったまま目を覚まさない。

 

「・・・ひどい」

 

無残だった。

その光景はあまりにも無残だった。

ほんの1日前の・・・あの朝食の光景が頭を過ぎる。

あの時は、みんなが一緒にいた。

ちーちゃんも、大和田君も、石丸君も、私も・・・みんなが笑っていた。

こんな幸せな日常がずっと続けばいいな・・・そう願っていた。

 

だが、その願いは永遠に叶うことはない。

目の前の絶望がそう告げている。

あの時抱いた希望は、絶望の闇の中に消えてしまった。

 

「ひど・・・すぎるよぉ」

 

この現実を前に、そんな言葉しか出てこなかった。

 

(・・・え?)

 

その視線に気づいたのは呟いた直後だった。

 

先ほどまで私達の表情を見渡し、嗤っていたモノクマが私を見ていた。

私だけを見ていた。

無機質な瞳で、ジ―ーと私だけを見つめていた。

 

(え、な、何・・・?)

 

その視線に、今まで経験したことのないほどの何か不吉なものを感じた。

 

「・・・え?“ひどい”・・・て、それ、ボクに言ってるの?

まさか君が・・・このボクに言ってるの?」

 

(・・・?)

 

どこか奇妙な問いだった。

モノクマは、私が思わず漏らした言葉ではなく、

むしろ、私の態度・・・いや、その認識に疑問を投げかけているように感じた。

それはまるで、犯罪者が“共犯者”に事件の認識を問うかのように。

 

「驚いたよ。“ニブい、ニブい”とは思ってはいたけど、まさかここまでとはね・・・。

まさに絶望的だよ」

 

モノクマはため息をつきながら、首をふった。

 

「まあ、だからこそ、この状況を前にしても、

君はのうのうと他人事のような顔をしていられるんだろうね」

 

わからなかった。

モノクマが何を言おうとしているのか・・・私にはまるでわからなかった。

 

「もこっち~~君がボクのことを黒幕などと呼んでいるのは知ってるよ。

ホント、ふざけた話だよ!君こそ、今回の黒幕のくせに!」

 

 

一体・・・何を言って・・・

 

 

「これでもわからないか・・・もういいや!はっきり言ってあげるよ・・・」

 

私の様子を窺っていたモノクマは、

ゆっくりと間を置いた後、その言葉を放った。

 

それは、決して否定できぬ真実の言葉。

 

 

私にとっての・・・絶望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だってさぁ~ぜーんぶ、君のせいじゃん。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…え?

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「第1回の裁判が終わった後、

不二咲君を助けた時のことをもこっちは覚えているかな?」

 

 

もちろん・・・覚えているとも。ああ、忘れるものか。

あの時、私達は友達になったんだ。

勇気を出して、初めて自分から友達を作ることができたんだ。

 

 

“君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!”

 

 

力いっぱい、ちーちゃんを抱き締めて、私はあの時、そう誓ったんだ。

守りたかった・・・。

本当に・・・私は・・・ちーちゃんを守ってあげたかったんだ。

 

 

「震える不二咲君を守ると強く抱き締める・・・まるで物語の主人公だね!

ああ、なんと美しい友情のはじまりなんだ!

きっと祝福すべきことなんだろうね。

ただし・・・それが“女の子同士”ならね」

 

 

でもさぁ・・・不二咲君・・・男なんだよねぇ。

  

 

「・・・。」

 

「多感な男子高校生なんだよ。

自分の弱さに極度のコンプレックスを抱き、大和田君が持つ強さに憧れ、彼のように強くなりたいと願う・・・そんな男の子なんだ」

 

「・・・。」

 

「もこっち~~その足りねー脳みそで少しは想像してごらんよ~。

弱さにコンプレックスを持っていた彼が・・・

強くなりたいと願う不二咲君が・・・

君のような女子高生に、

それも普通の女子より小さくか弱い君なんかに・・・

“守る”なんて言われて、抱き締められて・・・本当に嬉しかったと思っているの?」

 

(そ…れは…え…あ、アレ?…)

 

勇気を出してちーちゃんを抱きしめたかけがえのない思い出の記憶に

影が落ち黒く染まっていく。

抱きしめられた時、ちーちゃんはどんな顔をしていたのだろう?

”男の子”として…どう思っていたのだろう…。

 

 

「不二咲君、本当は恥ずかしかったんじゃないかなぁ~~

男のプライドをズタズタにされてさぁ。

すごく、悔しかったんじゃないかな~~

自分の弱さを自覚させられてさぁ。

惨めでしかたなかったんじゃないかなぁ。

そう・・・彼は変わりたかったんじゃない。

変わるしかなかったんだよ!お前に追い詰められてね!」

 

 

 

 ・・・あ。

  

 

「そんな危うい状態の彼に、君は何と言った・・・?

トレーニングのパートナーに一体、誰を紹介した・・・?

さあ!この悪夢の引き金を引いたのは、一体、誰だったのかなぁ~~!?」

 

 

 

 

“大和田君がいいんじゃないかな?見た目によらず優しいし”

 

 

 

 

 ・・・あ、ああ・・・!

 

 

「そう!お前だよ、黒木智子!全てはお前から始まったんだよ~~ッ!!」

「黒木さん!聞いちゃダメだぁあああああああああーーーーーッ!!!」

 

苗木君の叫ぶ声が聞こえる。

 

 

(ああ・・・ダメだよ・・・苗木君。もう・・・遅・・・い・・・ん・・・だ)

 

私は・・・・わかってしまった。

モノクマが何を言おうとしているのか・・・私には・・・もうわかってしまったんだ。

 

 

 

「大和田君が処刑されたのも、石丸君が壊れたのも、全てお前のせいなんだよ~~!!」

 

 

 

 

 

そう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不二咲千尋を殺したのは

       

 お前なんだよーーーーーーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が・・・ゆっくりと傾いていく。

いや、傾いているのは、私だ。私なんだ。

 

視界は・・・機能している。

音は・・・まだ聞こえる。

だが、体は・・・体は動かせない。

まるで本当に石になってしまったように。

指先すら動かせなかった。

 

全てがスローモーションのように感じる。

 

体は重力に従い、ゆっくりと落ちていく。

苗木君が・・・私に向かって走ってくるのが見える。

手を伸ばし、私を助けようとしてくれている。

だけど・・・間に合いそうになかった。

床は・・・もう眼前に迫っていた。

 

 

ガッ―――

 

 

床に激突した・・・と思った瞬間、柔らかな感触に包まれた

 

「痛ッ・・・」

 

霧切・・・さんが・・・

床に激突する瞬間、滑り込み、私を受け止めたのだ。

彼女は小さな呻き声を漏らした。

滑り込んだ時に、どこか痛めたようだ。

 

「プギャハハハ、面白れーーーーもこっちも壊れちゃったよ~~~」

「モノクマぁあああああ、お前ぇえええええええええええーーーーーッ!!」

 

苗木君は踵を返し、狂喜するモノクマに向かっていく。

振り下ろされた苗木君の拳をモノクマはヒラリとかわし、裁判長の席に着地する。

苗木君は、バランスを崩し、前へと倒れた。

 

「オイオイ、危ないなぁ~~もう少しで校則違反になるところだったじゃないかぁ~~」

 

モノクマは苗木君を見下ろし嗤う。

 

「気をつけておくれよぉ~~

君は最高の獲物なんだ。こんなつまらないことで失いたくないからね・・・ぷぷぷ」

 

モノクマは、込み上げてくる喜びを押さえるかのように嗤いをかみ殺した。

 

「ぷぷぷ・・・プギュフフフ・・・まあ、許してあげるよ」

 

 

 

だってさぁ―――

 

 

 

 

 

ボクは今・・・

最高に気持ちイイんだからぁ~~~ッ!!

  

  

 

  

  

「ぷぷぷ、プギュヒヒヒ!プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~、アーッハハハハ」

 

腹を抱えて嗤いながら、モノクマは床下へと消えていった。

場を静寂が包む。

 

静かだった・・・。

 

私は石のように固まり、天井を見つめていた。

苗木君と霧切さんが・・・心配そうに私を覗き見ている。

 

「ククク・・・」

 

誰かの笑い声が聞こえた。

 

「ククク、クハハハハ」

 

誰かの嘲り嗤う声が聞こえる。

この特有の乾いた笑い声を、私は知っている。

 

十神白夜。

 

これは・・・アイツの声だ。

その姿を私は見ることが出来ない。

だが、きっとアイツは、肩を揺らしながら、愉しそうに嗤っているのだろう。

 

「ククク、なるほど、なかなかに面白い見世物だったぞ!」

 

十神は言葉を続ける。

 

「俺が不二咲の死体を偽装工作したのは、大和田の動揺を誘うためだけではない。

真の目的は、俺の“敵”となりえる者を見定めることだ。

この“ゲーム”に勝つためにな!」

 

十神の決意と敵意は姿を見ずとも声だけで明確に伝わってきた。

 

「結果・・・見つけたぞ!優秀な探偵諸君をな・・・なあ、苗木誠!霧切響子!」

 

十神は苗木君と霧切さんの名を叫ぶ。

 

「・・・そして、見落とすところだったぞ!

キサマという小石を・・・うっかり躓きかねん小石の存在をな・・・!

それは、お前だ、イモムシ!いいや・・・黒木智子!」

 

・・・はじめて、私の本名を呼んだ。

 

「キサマらを敵と認めよう。

十神の名において宣言する!キサマらに勝ち、このゲームで生き残るのはこの俺だ!」

 

十神の宣戦布告を聞きながら、

私の意識はゆっくりと失われていく。闇の中へと落ちていく。

 

その刹那・・・私が最後に見たのは・・・

 

朝食の席で、ちーちゃんと、大和田君と、石丸君と私が・・・

みんなが一緒になって笑ったあの時の光景。

 

幸せで優しい世界。

 

その世界は直後、亀裂が入り、ガラガラと崩れ落ち、闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………

 

 

 

 

………………………………………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

「もこっち・・・」

 

「・・・。」

 

「もこっち?」

 

「・・・。」

 

「おーい、もこっち!」

 

「・・・え?」

 

 

 

・・・ここは・・・私の部屋・・・?

 

 

「ねーもこっち、ぼーとしてどうしたのぉ?」

 

「・・・。」

 

 

 

・・・ちーちゃん・・・?

 

 

 

「どう・・・して・・・?」

 

「え、どうして・・・て。

今日、遊びに行く前にもこっちの家に集まろうって、もこっち、そう言ったよね?」

 

 

 

(・・・。)

  

  

 

 ・・・ああ、そうだった・・・

 私が・・・提案・・・したんだ。

  

 

 

「・・・うん、そうだったね。ハハハ、何、言ってんだろう私ったら」

「も~~もこっちたら、ボクをからかってるのぉ?」

「イヤイヤ、そんなことないったら。

ヤダなぁ~~ハハハ。それよりどうかな?私の部屋は?」

 

 

 そう・・・ここは私の部屋。

 いつもと変わらない・・・何も変わらない私の部屋だ。

  

 

「カワイイと思うよぉ~~。

でも、ちょっと意外かな。もこっち、サバサバしてるイメージがあったから」

「ええ~~そうかなぁ。

私だっていまどきの女の子なのに~~。

たとえば、ぬいぐるみとか!ほら、これ、カワイイでしょ?」

 

ベッドの上の置いてある、巨大な「てんのすけ」人形を抱え、ちーちゃんに見せる。

これはゲーセンで1発でゲットしたもの。

確かに見た目は微妙だが、このところてん特有ののっぺり感に徐々に愛着が・・・

 

「う、うん・・・」

 

(え、不評・・・!?)

 

ちーちゃんは、言葉では拒絶しないが、それが顔に出るのだ。

そうか・・・ダメですか・・・結構カワイイのになぁ・・・。

あ、そうだ!

 

「ゴメン!お茶、出し忘れてたよ!レモンティー以外もあるけど、どうする?」

「え!?なんでレモンティー押しなの?別になんでも大丈夫だけど・・・」

「フフフ、さあ、なんでだろうね」

 

意味深な笑みを浮かべながら、私はドアへと向かう。

まあ、本当に特に意味はないんですけどね。

 

(あ・・・!)

 

その人物の存在に気づいたのは、その時だった。

何者かが、ドアの隙間から私達をチラチラ覗き見ていた。

その人物の正体がわかった瞬間、私は邪悪な笑みを浮かべ、ちーちゃんの方へ振り返る。

 

「ちーちゃんに紹介する約束だったよね。

さっきからドアの隙間から、私達をチラチラ、覗き見ている変質者、

またはイカレたストーカー野郎が残念ながら私の弟の智貴です」

 

「ふ、ふざけたこといってんじゃねーよ!」

 

お茶とお菓子が載ったお盆を片手に、智貴が焦りながら部屋の中に入ってきた。

 

「てめー不二咲先輩に何言ってくれてんだよ!」

「だって、本当にチラチラ見てたじゃん、エロい目でさ」

「入っていくタイミングを窺ってただけだよ!」

「ハアハア、言ってたし」

「言うわけねーだろ!」

 

私達のコントをクスクス笑っているちーちゃんに智貴が気づき、慌てる。

 

「あ、あの、お、俺、黒木智貴っていいます。あ、姉がお世話になってます!」

 

普段クールぶってる分、智貴の緊張が手に取るようにわかる。

というよりも、緊張を通りこしてパニックになってるな、こりゃ。

 

「わー本当に、もこっちと同じで目の下にクマがあるんだねぇ、すごいよぉ」

「え、あ、あの、そ、その、あわわ、こ、光栄です!あ、あのふ、不二咲先輩!」

「なあに?」

「ず、ずっと前からファンでしたぁああ!あ、握手してください!」

 

智貴は真っ赤な顔を下げて、ちーちゃんに手を伸ばす。

 

「これでいいのぉ?」

「あ、ありがとうございましたぁああ!!」

 

すんなり握手に応じるちーちゃんに智貴は歓喜の叫び声を上げた。

 

(うわぁ・・・気持ち悪いなぁ)

 

智貴の満面の笑みを見て、そう思ってしまった。

我が弟ながら、なんて残念な野郎なんだろう。

普段クールぶってるが、一皮むけばこの様か・・・。

というか、今の智貴の顔、調子に乗ってる時の私に似てるのが、余計ムカつく。

血は争えないといったところか・・・

まあ、なにはともあれ、私は、姉としてヤツの幻想を砕き、現実へと戻してあげよう。

ちーちゃんとへらへらと話している智貴の肩を叩く。

 

「おい、智貴、男だぞ」

「ハ?」

「だが、男だ」

「いや、意味わからないんだけど」

「しかし、男だ」

「はあ?俺の性別のこと?」

「でも、男なんだよ」

「てめー、さっきから何わけのわかんないことをいってんだよ?」

「だから・・・ちーちゃんは、男なんだよ」

 

「・・・ハア?」

 

私の言葉が理解できなかった智貴は、ちーちゃんを見る。

ちーちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「てめー何、ツマンネー冗談言ってんだ!不二咲先輩が困ってるじゃねーか!」

 

数秒の沈黙の後、智貴は、私に向かって激昂する。

まあ、確かに信じたくないのはわかる・・・というか信じられないよな、普通。

 

「ふ、不二咲先輩、すいません!あの馬鹿、頭がおかしいんです。許してやって下さい」

「本当・・・です」

「え?」

「ボク・・・男の子なんです」

 

私の冗談だと思っていた智貴に本人から残酷な事実が突きつけられた。

まさに幻想殺し!本人が言うならさすがの智貴も・・・

 

「またまた~~不二咲先輩も冗談言うんですね」

「え、でも・・・」

 

満面の笑みを浮かべる智貴。

どうやらちーちゃんも冗談を言っていると思っているようだ。

 

「で、でも、ボク、本当に・・・」

「いやいや~~ありえないですよ」

「男なんです・・・」

「そんなはずないじゃないですか~~」

 

その後、このコントというか、やり取りは数分続いた。

その間、智貴は満面の笑みを崩すことはなかった。

たとえどんな内容でも、憧れの女の子と話せることが楽しくて仕方ないのだ。

どうしよう・・・まさかここまでとは・・・。

どうすれば、智貴の幻想を殺すことができるのだ・・・!?

私が心の中で頭を抱えていた時だった。

 

「ちょ!?不二咲先輩!何してんすか!?」

 

智貴が驚きの声を上げた。

ちーちゃんの方を見る。

ちーちゃんは、パンプキンスカートを掴み、少しずつ上げていった。

涙目で、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして。

それはまるで、異世界に出てくる下卑た貴族に脅迫されエロい要求に屈指したような・・・

ちーちゃんが男だと知っている私ですら顔を真っ赤にする展開だった。

 

「ボク・・・本当に男なんです」

 

上げたスカートの下には、短パンが履かれていた。

ああ・・・そのスカートの下、そんな風になってたんだね・・・。

 

智貴は・・・ふらりとドアの方に歩いていく。

覚束ない足取りだった。よほどショックだったのだろう。

まさに幻想殺し!

だが、このまま間違いが続くよりは―――

 

「・・・もう、男でもいいや」

 

(智君―――!?)

 

出て行く寸前、智貴の呟きを聞いて、幼い頃の呼び方で叫んでしまった。

いやいや智貴氏、それはマズイですよ。

いくら多感な思春期に、こんな体験したからといって、それは・・・。

 

「そ、そろそろ出ようか」

「う、うん・・・」

 

何とも言えない空気となり、私達は予定より早めに出発することにした。

 

「お待たせ~~」

 

コーディネートするのに少し時間をもらい、ちーちゃんには外で待って貰った。

 

「帽子、似合ってるよぉ!もこっちってセンスいいよね」

「そうかな?うーん、姪にきーちゃんという女の子がいるのだけど、

きーちゃんも“智子お姉ちゃんはファッションセンスだけはあるよね!”って褒めてくれたかな」

「え、もこっち・・・それって」

 

ちーちゃんは顔を曇らす。え、何か変なこと言いましたか?

 

「ボク・・・」

 

ちーちゃんは、何か考えるように顔を下に向けた。

 

「ボク・・・この格好、今日で最後にするよ!」

 

少し間を置いて後、ちーちゃんは私に笑顔を向けた。

 

「・・・うん、じゃあ、行こう!」

 

私はちーちゃんの手を掴み、駆け出した。

 

 

千葉を出た私達は、東京駅を散策し、秋葉原を一巡し、

上野動物園でソフトクリームを食べた。池袋では乙女ロードに、

新宿で美味しいものを食べた後、原宿の服屋を廻り、渋谷のハチ公前で記念写真をとる。

調子に乗った私達は、東京を出て、京都へ向かい、様々なお寺を廻り、限定スイーツを食べる。

大阪に行って、たこ焼きを食べ、大阪城を見学する。

四国では、お遍路を体験した後のうどんは格別だった。

九州では、屋台のラーメンを食べ、ハウステンボスで遊んだ。

沖縄では、離島で泳ぎ、バカンスを楽しんだ。

フランスはパリ、エッフェル塔を。

イギリスはロンドンのビックベンを。

よし!今度はニューヨークのブロードウェイに行ってしまおう。

 

ああ!なんて楽しい・・・

 

 

 

 

 

 

 

夢なんだ・・・。

 

 

 

 

・・・そんなはず・・・ないじゃないか。

一日でこんなに移動できるわけ・・ないじゃないか。

こんなに・・・遊べるわけ・・・ないんだ。

 

それでも・・・それでも私は嬉しかった。

叶わなかった約束を・・・それがたとえ夢であったとしても、叶えることができたのだ。

 

(ありがとう・・・神様)

 

もう一度、ちーちゃんと会わせてくれて。

約束を叶えさせてくれて。

 

本当に・・・ありがとう。

 

 

私達は、海岸で夕焼けを眺める。

もうすぐ日が沈む。

別れが・・・この夢の終わりが近づいていることを感じた。

 

「今日は、すごく楽しかったよぉ」

 

夕焼けの中、私の方を振り返り、ちーちゃんは微笑んだ。

そのひまわりのような笑顔が、夕日に輝き、本当に綺麗だった。

 

「もし・・・もこっちがよかったらだけど・・・」

 

少し、恥ずかしそうにしながら、私を見る。

 

 

「また・・・一緒に遊んでくれないかなぁ?」

 

 

私は空を見上げた。

涙が・・・こぼれてしまいそうになったから。

 

 

(ああ、酷いや・・・神様)

 

 

それは決して叶うことがない願いだった。

 

現実は、ちーちゃんは死んでしまった。

大和田君は処刑された。石丸君は壊れてしまった。

 

希望は全て消えてしまった。

 

全て・・・私が・・・私が・・・ッ!!

 

だから・・・それは決して叶うことがない希望だった。

現実の世界は絶望しかなかった。

確かな予感があった。

目を覚ました時、私はもう今までの私ではなくなってしまうだろう。

 

 

 

でも・・・それでも・・・

 

たとえ、叶うことなき願いだったとしても・・・

現実は絶望しかないとわかっていても・・・

 

それでも・・・

 

たとえ、悪魔に脅されようとも・・・

たとえ、それが神様の命令だとしても・・・

 

どうでもいい・・・そんなものはどうだっていい!

 

それでも――

 

たとえ、心擦り切れ、壊れてしまったとしても・・・

 

私のことはいいんだ!私なんてどうなってもいい!

だけど、私と君は―――

 

それでも――

 

ちーちゃん、君との約束は・・・

 

 

そう・・・いつだってその約束の答えは―――

 

 

 

 

“君との約束の答えはこれしかないじゃないか!”

 

 

 

 

涙を拭い、最高の笑顔で私は答える。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、絶対また遊ぼう!約束だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!

 

 

 

 第2章 週刊少年ゼツボウマガジン 

  (非)日常/非日常編   終劇  

          

   [死亡]   不二咲千尋 大和田紋土

   [再“希”不能] 石丸清多夏 黒木智子

 

 

          

 

 

 

   生き残りメンバー 残り―――11人

 

 

 

 

 

 

 

 




超高校級の絶望が絶頂を迎える中、
もこっちの確かな成長は希望に繋がるのだろうか?


第2章完結しました。
一時期筆を折りそうになりましたが、ここまで書けて素直に嬉しいです。
ありがとうございました。
次話「イマワノキワ 大和田紋土/不二咲千尋」となります。


【あとがき】

■もこっちのせいではない

2章の悪夢はもこっちのせいか、と問われればNOといいます。
不二咲が大和田を選ぶのは必然で、誰でも同じことになりました。
原作のゲームでも、苗木が他のクラスメイトを薦めても断り、
最終的に大和田を薦めることになりますが、それで苗木が事件の元凶だと
責める人はいないと思います。今回もそれと同じだと思ってます。

ですが、本人がどう思うかは、本人だけしかわからない問題です。
心弱っている最悪のタイミングで黒幕に毒を仕込まれ、
全て自分せいだ・・・そう思い込んでしまいました。
この問題が3章のメインテーマとなります。
3章第1話は、半分狂った人間の思考を想像して描かなければならないので、
相当難しそうですが、頑張ります。

■この時期の黒幕はブザマであり哀れ

超高校級の絶望として、4人ものクラスメイトを絶望に堕とし、

「我こそは絶望の王、さあ、世界よ!絶望しろ!」

そう高みから嗤う。
しかし、真実は、世界どころか目の前の4人のクラスメイトの誰一人、
絶望に堕とすことができず、恐らく黒幕の人生初の大惨敗。
哀れなのは、そのことにご自慢の超高校級の“分析力”をもってしても
気づくことはできず、勝ち誇り嗤う・・・これをブザマといわずして何をいうのか。
まあ、七海を絶望させたと勘違いから、全てがはじまっていることを考えれば、
今回の真実に気づけるはずがないのは当然といえば当然でしょう。
この見えない敗北は5章に繋がります。

うーん、黒幕を考察すると、洗脳で楽しちゃったのが悪い影響を与えてるのと、
分析力が逆に足を引っ張ってる気がしますね。
あと、追い詰めた方が、本人が心から喜ぶので、そこからが真骨頂だと思ってます。

■もこっちと黒幕はJOJOの吉良吉影と川尻早人の関係

いろいろ考えましたが、たぶんこれが一番近いです。
こんな状況ですが、安心して読んでください。


ではまた次話にて





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イマワノキワ 大和田紋土/不二咲千尋

 

・・・こんな時になって昔のことを思い出しやがる。

 

ありゃ確か、全国制覇間近となった時に、その地域を支配していた族との決着戦だったか。

乱戦の中、後ろからナイフでブッ刺されたことがあった。

俺はナイフで刺した野郎を裏拳でブッ飛ばし、そのまま喧嘩を続けた。

クソ痛てえの我慢しながらよぉ。

我ながら無茶苦茶だったぜ、あの頃はな・・・。

 

ナイフで刺された時に感じたのは、“痛え”じゃねえ、“熱い”だった。

ああ、まるで、傷口から火が吹き出たみてえな感覚だった。

今は、その逆だ。

まるで全身を無数のナイフで刺され続けてるみてーだ。

 

モノクマに単車に乗せられた俺は、

ケージの中のわけのわからねー装置の中を爆走《はしり》続けた。

まるでハムスターの遊び道具みてーな装置の中、ぐるぐる、グルグルと。

クソが!目が廻って仕方がねー。

だが、あのクソ野郎の“おしおき”とやらが、そんな甘いはずがねーんだ。

そんなことを考えていた時にあの爆発が起こった。

 

(・・・クソ野郎が・・・上等・・・じゃねーか)

 

爆発の直後、俺の全身は炎に包まれた。

クソが・・・!これが今回の処刑かよ。

所謂、“火炙りの刑”ってやつか。やってくれるじゃねーか!

隣の県との喧嘩の時に、

火炎瓶投げられた時があったが、アレが当たってたら、こうなってたわけか。

クソ痛てえ。

ズキズキと全身、ナイフでメッタ刺しにされてるみてーだ。

炎で何も見えやしねえ。

こりゃ、もう無理だな。

今から火を消してたとしても、どんな名医が手術したって助かりゃしねー。

 

確かに・・・“絶望”だ。

 

もう助からなねーなら・・・希望がねーなら、いっそのこと、気絶できればどんなに楽かと思う。

この地獄みてーな痛みから逃れられるなら、全てをかなぐり捨て、泣き叫びたい衝動に駆られる。

 

だけど・・・よぉ・・・

 

 

 

 

(それだけは・・・できねーな・・・!)

 

 

 

 

もし気絶しちまったら・・・無意識の内に俺は叫んじまうかもしれねえ。

情けねー悲鳴をあげちまうかもしれねえ。

それだけは・・・できねえ!

 

あのクソ野郎の・・・モノクマの言葉を思い出す。

 

“絶望の悲鳴”

 

それがヤツの狙いだ。

そのために野郎はこの処刑方法を選んだんだ。

俺に、絶望の悲鳴を上げさせるために・・・それを兄弟に聞かせるために。

 

兄弟のことを思い出す。

最後の最後まで自分を信じてくれた親友《ダチ》の顔を・・・

 

 

“大丈夫・・・最後まで付き合うさ。気にするな!僕達、友達だろ!”

 

 

絶望の中、そう言って笑った石丸清多夏のあの痺れるような笑顔を思い出す。

 

 

兄弟は・・・“強え男”だ。

 

だから、俺が死んで・・・死ぬほど落ち込んだとしても・・・

必ず立ち直り、前に進んでくれる・・・そういう男だ。

 

だけどよぉ・・・もし、俺が悲鳴をあげたら・・・ほんの少しでも声を上げちまったら・・・

それを、兄弟が聞いたなら・・・

きっと、それが兄弟の耳に残っちまって・・・ずっと残って・・・兄弟を生涯苦しめちまう。

 

兄弟は・・・優しいヤツだからな・・・。

 

 

 

 

(だからよぉ・・・それだけは死んでもさせねえ!)

 

 

 

 

地獄の業火に焼かれながら、歯を食いしばり前を睨む。

 

結局・・・モノクマを操る黒幕の正体はわからず終いだった。

野郎が、何者で、何を企んでるのかわからなかった。

 

・・・まあ構いやしねえ。野郎とはすぐ会えるからよ。

地獄でゆっくりとその面の下、拝ましてもらうぜ・・・・!

先に逝って待っててやんよ。

 

ああ、テメーの破滅はすぐそこだ。

テメーなんかが、兄弟に勝てるはずがねーんだ。

 

 

今・・・はっきり確信したぜ・・・!

 

 

黒幕・・・テメーは―――

 

 

 

 

 

 

”大したヤツじゃねーんだよ!!”

 

 

 

 

 

・・・だから、テメー如きが兄弟に・・・アイツらに勝てるはずがねーんだ!

 

へへへ・・・わけがわからねーだろ。

俺が何を言ってるのか・・・まるで理解できねーだろ。

そうさ・・・テメーなんざがわかるわけがねーんだ。

今頃、モニター越しで馬鹿面下げて嗤ってるテメー如きじゃ一生かけてもわかるはずがねえ。

 

・・・最後に大サービスだ・・・教えておいてやるぜ。

 

耳かっぽじってよーく聞け!クソ馬鹿野郎ッ!!

 

 

 

いいか・・・!

 

 

 

俺は今―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”これっぽっちも“絶望”なんかしてねーんだよッ!!”

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・自分でも驚いてるぜ・・・今、こんな気持ちでいられるなんてな。

 

真実を暴露されることに怯えていた俺が・・・

 

裁判中、本当は内心ビビッてガタガタ震えていた俺が・・・

 

全てを諦めて絶望して・・・自暴自棄になっていた俺が、今・・・こんな気持ちでいられるなんてな。

 

 

 

 

 ありがとよ・・・黒木。 

 

 

 

 

お前が剥き出しの憎しみを・・・

ありのままの怒りをぶつけてくれたから、俺はやっと気づくことができた。

 

自分が何をしたのか・・・

どれだけ取り返しのつかねーことをしちまったかをあの時に、腹の底から理解した。

 

もしお前がそうしてくれなかったら、

自暴自棄になっていた俺は今頃、泣きながら、情けねー悲鳴を上げてただろうぜ。

 

だから・・・ありがとな、チビ女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとよ・・・不二咲。

 

 

 

 

お前が俺を“強い”と言ってくれたから・・・

俺に憧れている・・・そう言ってくれたから、俺は絶望《いま》を耐えることができた。

 

なあ、不二咲・・・

お前みてーな“強え男”が憧れた男はきっと、

 

 

親友《ダチ》のためなら、どんな絶望相手だって体を張って立ち向かえる男なんだろ・・・?

 

 

もう二度とお前に会うことはできねえけどよぉ・・・

 

天国《そこ》から見ていてくれよ!

 

 

 

 

俺の・・・最後の爆走《はしり》をよ・・・!

  

  

 

 

のた打ち回る舌を噛み潰し、血を飲み込む。

激痛も絶望も全て気合で押し殺し、ただ死ぬのを待つ。

 

不思議な感覚だった。

何1つ・・・恐ろしくなかった。怖いものなど何もなかった。

 

腹の底から・・・理解できたからだ。

 

 

“希望は・・・絶望なんかに絶対に負けねー!”

 

 

そのことを魂に刻み込むことができたから。

 

 

ああ・・・だからよぉ、この抗いもこの思いも決して無駄じゃねーんだ・・・。

それは、いつの日か兄弟に・・・アイツらに・・・希望へと繋がることがあるかもしれねぇ・・・。

 

それで・・・十分だ。

俺にはそれだけで・・・十分・・・だ。

 

 

いつしか・・・痛みも・・・熱も・・・感じなくなっていた。

もう何も・・・自分の体の存在すら・・・何も感じなかった。

光が・・・見える。

いつの間にか・・・光の道を爆走っていた。

進み続けるうちに、光と自分の意識が少しずつ混ざっていくような感覚に囚われる。

この世界から自分が消えることを実感する。

 

(そうか・・・これが・・・“死”ってやつか・・・)

 

この世界から消える覚悟はとうに出来ていた。

 

だけど・・・もし、“未練”ってやつがあるなら・・・それは・・・

 

(あれ・・・は?)

 

光の道の先に誰かがいた。

単車に乗った誰かが確かにいる。

その背中に、どんどん近づいていく。

 

改造単車に跨ったその男の背中には・・・

気合の入った白い“特攻服”には

 

あの刺繍があった―――

 

 

 

 

  “暮威慈畏大亜紋土”

  

 

 

 

(あ、兄貴・・・)

 

見間違えるはずはなかった。

あれは、兄貴だ。

 

 

超高校級の“総長”大和田大亜

 

 

俺の兄貴だ・・・。

 

光の道の先を爆走っていたのは、死んだ兄貴の大亜だった。

 

兄貴は俺を庇って死んだ。

俺に“漢の約束”を残して・・・。

 

 

 

“お前は仲間を守れる漢になれ・・・約束だぞ”

 

 

 

俺はその約束を守るため、兄貴の死を利用し、今まで爆走ってきた。

 

(だけどよぉ、兄貴・・・やっぱ、ダメだったわ。俺は・・・アンタにはなれなかった)

 

黒幕に真実が暴露され、族《チーム》は近いうちに崩壊するだろう。

 

 

ただ1つ・・・悔いがあるとしたら・・・それだけだ。それだけは悔いが残る。

 

 

(すまねぇな・・・兄貴)

 

 

俺は、アンタの代わりにはなれなかった。

そんな器じゃ・・・なかったんだ。

 

目の前の背中を見つめる。死ぬほど憧れたその背中を。

 

結局・・・俺はその背中に追いつくことはできなかった。

アンタと肩を並べることはできなかった・・・。

 

 

 

 

(“漢の約束”・・・守ることができなかったよ)

 

 

 

 

「・・・馬鹿野郎!紋土」

 

兄貴の声が聞こえた。

 

懐かしい声だった。

 

ああ、いくらでも罵ってくれ。

いくらでも、恨み言は聞いてやる。

 

 

俺は・・・仲間を・・・族《チーム》を守れな・・・

 

 

「俺は言ったよなぁ・・・?」

 

「え・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “小せえことは気にするな・・・!”

 

 

 

 

 

 

 

「俺はそう言ったはずだぜ・・・?」

 

「あ、兄貴・・・」

 

振り向き兄貴は笑った。

懐かしい・・・笑顔だった。

 

 

「でもよぉ・・・兄貴、俺は――」

「それに・・・お前は約束を守ったじゃねーか」

 

「・・・?」

 

「お前は確かに・・・取り返しのつかねーことをしちまった。でもよぉ・・・」

 

 

 

お前・・・最後に・・・なれたじゃねーか。

 

 

最後の最後に・・・なることができたじゃねーか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “仲間を・・・親友《ダチ》を・・・

体を張って守れる漢によぉ・・・!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カッコよかったぜ、紋土。俺が・・・誇りに思うほどにな」

 

「あ、兄貴・・・!」

 

「さあ、逝こうぜ、紋土。希望はきっと・・・お前の親友《ダチ》達が継いでくれるさ」

 

 

光の中を兄貴と一緒に爆走《はし》る。

肩を並べて爆走《はし》る。

 

全てが・・・光と一体になっていく。

 

その最中・・・あの記憶が・・・失われた2年間の思い出が流れ込む。

 

誰もが羨む最高のクラス。

石丸と不二咲と三人で笑い合った2年間

 

 

記憶を失っても・・・

 

たとえ、それが来世だろうが・・・

 

何度だって巡り会い、親友《ダチ》になり、笑い合う。

 

ああ、そうだ・・・ぜ。

 

 

 

「石丸・・・不二咲・・・俺達は・・・きっと・・・」

 

 

 

 

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知らない天井・・・。

 

 

 

 

ここは・・・どこ・・・なの?

 

 

意識がぼんやりする・・・一体ここはどこなのだろう・・・

 

 

 

更衣・・・室・・・?

 

 

 

ああ・・・そうか・・・

 

 

僕は・・・トレーニングのため・・・に・・・ここに・・・きた・・・んだ。

 

 

大・・・和田・・・君と・・・一緒に・・・それで・・・

 

 

 

ああ・・・そう・・・だ

 

 

思い・・・出した・・・

 

 

 

 

 

 

僕はずっと怖かったんだぁ。

小さい頃、“女の子みたい・・・”そういじめられた僕は・・・女の子になった。

女の子ならいじめられないから・・・。

 

僕は・・・逃げ出したんだ。

現実から・・・自分の弱さから逃げたんだ。

 

それからは・・・僕は心のどこかで・・・ずっと怯えていた。

 

いつか・・・真実が暴かれてしまうことを。

昔の自分に戻ってしまうことを。

自分の弱さと・・・向き合うことを。

 

いつか必ず来るその日に・・・ずっと怯えていたんだ。

 

 

僕はプログラムが好きだった。

パパがプログラマーだったから・・・家には勉強できる資料がたくさんあった。

ただ、プログラムを作ることが楽しかった。自分で作るのが楽しかった。

ただ、それだけだったんだ。

でも、ある日、パパにそれが見つかって、パパは僕には才能があるって・・・

周りにいろいろな人が集まってきて・・・僕は与えられた仕事がただ楽しくて・・・

 

それからしばらくして・・・超高校級の“プログラマー”と呼ばれるようになったんだ。

 

僕は・・・嬉しかった。

大好きなプログラムで認められて・・・

こんな僕でも、みんなの役に立つことができるから・・・

もう僕は弱くなんかない・・・!そう思えたから・・・。

 

 

でも・・・

 

僕はまた・・・あの頃に戻ってしまった。

 

コロシアイ学園が始まって・・・舞園さんと江ノ島さんが殺され・・・桑田君が処刑された時・・・

 

僕は・・・戻ってしまった。

 

何もできなかった頃の僕に。

現実から逃げて女の子になった僕に。

いつも真実に怯えていたあの頃の僕に。

 

僕は戻ってしまった・・・弱い自分に。

 

モノクマと黒幕が支配するこの絶望の世界では、僕は何もできない。

ただ、怯えて泣くことしかできなかった。

 

 

 

僕は結局・・・変わることなんかできなかった・・・強くなんか・・・なれないんだ。

 

 

・・・そう絶望し、泣いていた時に・・・僕は君と出会ったんだ。

 

 

入学初日に苗木君と一緒に遅れてきた君に。

ちょっと影が薄く、名前も知らない君に。

その才能が何の役に立つか、イマイチよくわからない君に。

 

 

そんな時に・・・僕は君と出会ったんだ。

 

 

君は、絶望し、泣くことしかできない僕を抱き締めてくれた。

モノクマの前に立ち、僕を守ろうとしてくれた。

 

僕より小さい・・・本物の女の子なのに。

 

 

君は僕に言ったよね・・・?

 

家族や友達や・・・大切な人達を守りたいって・・・

そのために・・・自分の出来ることを頑張るって・・・

 

・・・僕も同じだよ。君と同じだよ・・・!

 

僕も家族を守りたい。

クラスメイトのみんなを・・・君を守りたいんだ・・・!

 

僕なんかと友達になってくれた君を。

絶望の中・・・希望をくれた君を・・・僕は守りたいんだ!

 

 

僕も同じだよ。きっと、僕にできることがあるんだ・・・!

このPCなら・・・僕のプログラムの才能を生かすことができる!

アルターエゴを作ることができる!

それがもしかしたら・・・みんなを助けるきっかけになるかもしれない・・・!

 

 

僕は嬉しかった。

すごく・・・すごく嬉しかったんだ。

こんな僕でも、みんなの役に立つことができる・・・

絶望と・・・戦うことができるんだって・・・希望は・・・あるんだって。

 

 

僕は・・・変わるんだ・・・僕は・・・僕なりに強く・・・なれるんだ。

君が・・・教えてくれたんだよ。

 

 

だからね・・・モノクマが真実を暴露すると言った時・・・少しだけ怖かったけど・・・

それでも・・・もうあの頃の僕はいなかった。

 

 

真実から逃げて・・・泣いているだけの僕は・・・もういなくなっていたんだ。

 

 

 

だからね・・・僕は決めたよ。

 

 

 

 

(モノクマが真実を暴露する前に・・・自分から真実を話すよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ああ、そうだ。

 

・・・そして・・・僕は・・・大和田・・・君を・・・トレーニングに・・・誘った・・・んだ。

 

ずっと、憧れて・・・いたから・・・

 

大和田・・・君みたいに・・・強く・・・なりたい・・・から

 

だから・・・一番最初に・・・僕の・・・真実を聞いてもらおうと・・・思ったんだぁ

 

 

 

 僕も・・・大和田君の持つ強さに・・・ほんの少しでも近づきたい・・・んだ。

 

 

 

そして・・・僕は・・・倒れてしまったんだね・・・。

 

アルターエゴを完成させるために・・・徹夜で頑張っていたから・・・

 

 

 

・・・大和田君が・・・何か言っている。

 

泣きそうな顔で・・・何か叫んでいる。

 

・・・ゴメンね・・・大和田君・・・心配・・・させちゃって・・・

 

大丈夫・・・だから・・・ただ少し・・・眠い・・・だけだから・・・

 

それ・・・だけ・・・なんだ・・・だから・・・そんなに・・・心配しな・・・い・・・で。

 

僕は・・・今、とても・・・嬉しいんだ。

 

勇気を持って・・・大和田君に・・・話すことが・・・できたから。

真実と・・・向き合うことが・・・できたから。

 

 

 

僕は・・・変わることができたんだ。

 

 

 

ありがとう・・もこっち。

 

 

まだ少し怖いけど・・・僕は真実をみんなに話すよ。

みんなに話す前に・・・君に真実を話すよ。

 

あの時、君がくれた言葉を今度は僕が言うよ!

 

 

 

 

 

だからね・・・もこっち。

 

 

 

 

 

 

”本当”の僕ともう一度―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  “友達”になってください!

 

 

 

 

 

 

 







【あとがき】

■2年間描けなかった100%救済の物語

イマワノキワを描くにあたって、
不二咲に関しては、当初からある程度構想できていましたが、大和田は無理でした。
はじめは正直、何を書いていいのかすらわからず、
不二咲のみを書こうかとも思いました。
大和田に関しては、
原作では自分と兄貴とのことだけを考え、
不二咲と石丸のことを考えなかった点に不満があり、
正直、あまり描きたくない気持ちもありました。

ただ、この希望の物語を描くにあたって、なんとか救済したい・・・!

という気持ちもあり、筆が遅い中、何とか救えないかと2年間、思い続けた結果、
ある日、この話を思いつきました。当時の感覚的には降りてきた・・・!感じですw
大亜の話の部分です。そのために“漢の約束”を原作とは違うものに捏造しました。


石丸のため地獄の業火を耐えることができるのは、
誰よりも根性がある超高校級の“暴走族”である大和田しかできないことであり、
それを支えたのが、原作では、殺人のきっかけになった不二咲の言葉だった。
“漢の約束”を果たせなかったことを嘆く大和田に、
兄の大亜は約束は果たされたことを告げ、
最後は憧れていた兄貴と肩を並べて爆走(はし)る。


短い話ですが、私ができる全てを詰め込みました。
恐らく、自分が今後、これを超える救済を描くことはないな・・・と思える内容です。

不二咲に関しても、もこっちとの友情の中、
自分の弱さを克服し、大和田に殺されたことに気づかず、
最後まで希望の中にいました。
特に、最後の言葉は、2章の2話を描いた時から、描こうと思っていました。
こちらもやはり100%救済の物語です。


この話を読んだ後、2章の学級裁判あたりから読み直してみてください。

大和田や不二咲が抱いた希望に比べて
黒幕が「ちっぽけ」な存在に思えてくるのは私だけではないのではないでしょうか?
大和田は、「大したヤツじゃない」といい、セレスは「三下」と断言しますが、
この時期の黒幕に関してはたぶん外れていない指摘だと思います。

苗木が未だ超高校級の“希望”に覚醒していないと同じように、
黒幕も本当の意味で、超高校級の“絶望”になり得ていない・・・というのが現状でしょう。
というか・・・そう描いています。

2章を描いていた時は、絶望嗤う希望なき物語となる・・・考えていましたが、
結果として黒幕にとっての希望なき物語となりました。

描ききることで、そのことに気づくことができたのが、なにより面白かったです。




■今後

2章、完全に完結しました。凄く嬉しいです。
忙しくて、全然、創作の時間がとれないです。
バランスとりたいので転職も考えています。
そんな状況なので、ペースは遅いです。ごめんなさい。

早く書けるのであれば、残姉の「イマワノキワ・絶望の劣等生」を描きたかったです。

妹様との圧倒的な絶望の才能の差の中、苦しみながら、
それでも姉としてほんの少しだけ背伸びして
一緒に歩いていきたい戦刃むくろの戦いと挫折と救済の物語(全3話)

うん・・・今年、終わってしまうw

よって、次話から第3章を描きたいと思います。
ペースは遅いですが、暇なときにでも見て下さい! 

ではまた


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第3章 新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! (非)日常/非日常編
新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 前編①


「う・・・アぐぅ」

 

 

全身を大縄で縛られ、体の自由を奪われてどれくらいの時が経ったのだろう。

とりわけ、胸の縄がきつく絡みつき、私は苦痛で呻き声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 『誰・・・?』

 『え、ここにきて新キャラ!?』

 『盛るのもいい加減にしろよ!!完全に別キャラじゃねーか!』

 『誰だよ、この巨乳美少女は!?せめて面影くらい残せよ!』

 『この期に及んでどんだけ図太いんだよ!!』

 

 

 

 

 

体力の限界に来ているのだろうか?

何やら罵声めいた幻聴が聞こえてくるが、失礼な話だ。

私は私だ。

私以外の何者でもない。

 

 

「ククク、いい様だな、黒木智子」

 

 

私のあられもない姿を見上げながら、私をこのような目に合わせた

張本人である十神白夜は、ヤツ特有の傲慢な笑みを浮かべた。

 

「俺が認めた3人の敵。

苗木誠、霧切響子、黒木智子・・・その中で、最も警戒すべきはやはりキサマだ!」

 

十神は私を指差し、睨みつけた。

 

「ククク、だからキサマは選ばれたのだ、黒木智子よ」

 

十神の表情に再び、余裕が戻る。

 

「障害があるなら、力ずくで排除すればいい。

だからこそ、この犯行の犠牲者にキサマを選んだのだ」

 

「う・・・ぐぅ」

 

なんでもいい。

何か言い返そうと思っても、わずかばかり体を揺らすことしかできない。

それはただ、脱出不可能な状況を確認する行為に終わった。

 

「光栄に思うがいい!キサマの死をもって、俺の完全犯罪は成立する!

トリックは完璧だ!たとえ、苗木誠だろうが、霧切響子だろうが、これを見破れるはずがない!

このゲームに勝利するのはこの俺だ!ククク、クハハハハ―――――」

 

十神は勝ちを確信し、盛大な笑い声を上げた。

なんだかんだで優秀なコイツがここまでの確信を持つなら、

そのトリックは、本当に、苗木君も、霧切さんすら解けないものかもしれない。

このままでは、私だけでなく、みんなも殺されてしまう・・・!

だけど、今の私には何もできない。

勝ち誇る十神をただ恨めしそうに睨む続けた。

 

「・・・しかし、残念だよ、黒木智子よ。キサマのような美しい女を殺さねばならぬとは。

このような状況にならなければ、

キサマを正妻として十神家に迎えていたものを・・・運命とは残酷なものだな」

 

十神は勝手なことをいいながら、額に手を当てる。

 

まったく本当に自分勝手な男だ。

今から殺そうとする相手に、美しいとか・・・妻にしたい・・・とか。

そんな腐川がジェノサイダーになって襲ってきそうなセリフをぬけぬけと・・・

べ、別に、ちょっと嬉しい///なんて少しも思ってないんだからね!

 

「まだ、殺害実行まで時間があるな・・・」

「え・・・?」

 

そう言って、私を見つめる十神の様子が一変する。

その視線はヤツ特有の見下すような視線ではなく、

私の全身を舐めまわすかのようなネットリとイヤらしく・・・

十神は殺害対象ではなく、別の対象として私を見ていた。

 

「ククク、喜べ、黒木智子よ」

「い、嫌!こ、こないで!」

 

これから行われることを察し、私は悲鳴を上げた。

恐怖と緊張と羞恥と・・・様々な感情が混ざり合い、私の胸の鼓動は高まっていく。

顔が熱い。

 

い、嫌・・・殺されるだけじゃなく、そ、そんなことまで・・・!

 

 

「天国に行く前に、この世の天国を味わわせてやろう!」

 

 

満面の笑みを浮かべ、十神はチャックを下ろした――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶはッ―――――」

 

 

チャックが開いた瞬間、そこから光が溢れ出して・・・

そこから記憶が無いのは、その先のことはなかった・・・ということだろう。

 

「ハアハアハア」

 

体が熱い。全身がぐっしょり汗に濡れていた。

我ながらとんでもない夢を見てしまった。

 

「夢・・・そうか・・・夢だったのか」

 

私は薄暗い自室を見渡す。

いつもと変わらぬその光景は、

先ほどのことが夢であったことを実感するには十分だった。

 

ああ、そうか・・・あれは、夢だったのか。

 

「クソ、惜しい!」

 

その現実を前に私は頭を抱える。

 

 

だって・・・

 

 

「あと少しで――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  殺してもらえたのに――――

  

 

 

 

 

 

 

 

時刻は・・・もう夜時間を過ぎただろうか。

 

ほんの少しドアを開け、

廊下に誰もいないことを確認した後、私は足音を殺し、廊下に出る。

 

目指すは厨房。

そこには、水や何か夕食の残りものがあるはずだ。

それを手に入れるために、私は歩を進める。

夜、人目を盗み、食材を貪る・・・まるでゴキブリのそれだ。

いや、ゴキブリそのものだ。

いやいや、それはゴキブリに失礼だ。

もう、私はゴキブリほどの価値もないのだから・・・。

 

「・・・ん?」

 

誰かの足音に振り向く。

 

「チッ!黒木智子!!」

 

見ると、十神白夜がこちらに向かって全力で駆けてくる。

その状況を前に、私はただ茫然と立ち尽くしていた。

 

意外だった。

 

十神がまさかこんな直接的な方法で私を狙ってくるなんて。

手紙か何かで誘い出すとか、いろいろと予想はしていたが、やられた。

まさか、単純に私が部屋から出た直後を狙って襲ってくるなんて・・・

いや、それこそヤツの戦略だったのだ。

こんな馬鹿丸出しの方法をあの十神白夜が選ぶはずがない・・・

そんな心理を十神は逆手にとったのだ。

恐ろしいヤツ・・・完全にやられた。

私にあがらう方法はない。

あの夢は正夢だったのだ。

 

「私の負けだ・・・さあ、好きにするがいい」

 

観念した私は、十神を迎え入れるかのように手を広げて――――

 

 

「キサマ!余計なことを言うんじゃないぞ!」

「へ・・・?」

 

十神は私に目もくれず、2Fの方に走っていった。

私は馬鹿丸出しに手を広げたまま、廊下に立ち尽くしていた。

その直後、別の人物が私の視界に入ってきた。

“ソイツ”を見た瞬間、私は、先ほどの十神のセリフの意味を理解した。

人ならざる速度で走ってきたソイツは、私の眼前で急ブレーキをかけた。

 

「チビッ子、久しぶり~~☆」

 

ジェノサイダー翔。

 

超高校級の“殺人鬼”はキメ顔でそう言った。

 

久しぶり・・・まあ、確かに裁判以来かな。

 

「あれ、十神様、どこ?もしかして見失っちゃたわけ?」

 

ジェノサイダーは盛大に首をかしげた。

 

「十神・・・様?何それ?」

「ん・・・?」

 

私の呟きにジェノサイダーは首をこちらに向けた。

 

真夜中の誰もいない廊下で最凶の殺人鬼と二人きり。

そんな致死率100%の状況の中、

こんな間の抜けたことを口にするとは、

私はやはりどこか感覚的にもおかしくなってるのだろう。

そんな私に対してジェノサイダーがとった行動は、

凶器を持つのではなく、狂喜の笑みだった。

 

「そうよ!十神様!マイダーリンのことよ!」

 

殺人鬼は顔を赤らめながら、よりわけのわからないことを言い始めた。

つーか怖えよ!

何、殺人鬼の分際でモジモジしてんだよ!

 

「そこまで聞きたいなら教えてあげるわ!

アタシがどうしてダーリンを愛してしまったのかを!」

 

聞かれてもいないのに殺人鬼は語り出した。

 

「裁判が終わった後、私の頭の中は、ダーリンのことで一杯だったわ。

勝ち誇ってたのに、まーくんに論破され、うろたえるダーリン。

誰も聞いていないのに宣戦布告して、笑い続けるダーリン」

 

どこもいいとこねーじゃねーか!っていうか、あの宣戦布告、誰も聞いてなかったのか・・・。

 

「気づいた時には、アタシは彼に夢中になっていた。そう・・・殺人の欲求を忘れるほどに!」

 

ジェノサイダーは変なポーズを決めながら、説明を続けた。

よくわからんが、ジェノのヤツは十神に惚れて、結果、殺人をしなくなった・・・でいいのかな?

 

「アタシは悩んだわ、どうしてダーリンのことをここまで愛してしまったのか。

そして理解したの・・・!」

 

いよいよ話は核心へと辿り着いたようだ。

興味はあるか?といえば、まあ微妙だけど、ここまで聞いた以上、

聞かずにはいられないのも事実。一体、どんな理由が・・・

 

「よくよく考えたら、私と根暗の趣味は完全に一致してるのよね。ムカつくけど。

根暗があんだけ惚れてるのなら、そりゃ、私も同じくらい惚れるわけ・・・当たり前よね」

 

余りにも淡々と語る姿にズッコケそうになった。

ま、まあ、言われてみるとそうなんだろうけど、もっとこう・・・なんというかさぁ・・・。

 

「というわけで、私と根暗は手を結ぶことにしたの!

私が休んでいる時は、根暗が。根暗が休んでる時は、私がダーリンを追いかけると」

 

「はあ・・・?」

 

いよいよわけがわからなくなってきた。

交代って・・・それって一体、どういう原理で・・・

 

「チビッ子、アタシのことを心配してるのね、言わなくても顔に書いてあるわ」

 

何を勘違いしたのか、

ジェノサイダーは私の顔の前で人差し指を“チッチ”という感じで振った。

まあ、確かに、別な意味で心配しているのだけれども。

 

「アタシは、根暗とは別な筋肉を使って動いてるの!

だから、2人で交代を続ければ、アタシ達は24時間、動けるのよ!」

 

「うわぁ・・・!」

 

つい声が出てしまった。

何それ、怖い・・・!

腐川とジェノサイダーが手を握り、グルグル廻る姿が脳裏に浮かぶ。

悪夢の永久機関がここに誕生した・・・!

十神がなぜあれほど必死な顔だったのか、今なら理解できる。

 

「ダーリン、凄いのよ!寮の廊下10周した時のタイムが昨日よりも上がってるの!

おかげで見失なっちゃったじゃない!」

 

ストップウォッチを見ながら、ジェノサイダーはハシャぐ。

この狭い廊下で何をやってんだろ・・・このバカどもは。

 

私がため息をつこうとした瞬間だった。

 

「さ~て、チビッ子。ダーリンはどこにいったのかな~?言わなきゃ・・・わかってるわね」

 

いつの間にか背後に回った殺人鬼の指が優しく私の首に触れた。

 

「2Fに逃げましたぁああ~~~恐らく図書室あたりに隠れてますぅうううう!!!」

 

 

 

十神を売る・・・!

 

 

 

それに一瞬の迷いもなかった。

 

「サンキュー☆チビッ子!」

 

ジェノサイダーは意気揚々と2Fへと駆けて行った。

 

その姿を茫然と見送った私は、後になって、己が失敗を理解した。

 

 

 

 

 

あのまま黙っていたら・・・もしかして、殺してもらえたのでは・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

1歩1歩、亀のように歩を進める。

ヨタヨタと体を揺らしながら歩くその姿はさながら幽鬼のようだろう。

この前、外に出たのはいつだったろう。

もう日にちの感覚はなかった。

ただ、飢餓に耐え切れなくなったら、夜時間にゴキブリのごとく這い出す・・・

それを何度繰り返しただろう。

 

・・・どうでもいいや。

 

 

私のことなど・・・どうでもいいのだ。

 

 

 

「・・・ね」

 

声が・・・聞こえてくる。

 

「死ね・・・!死んでしまえ!」

 

憎悪に満ちた声が聞こえてくる。

 

「この期に及んで、まだ生きるつもりなの・・・?」

 

私を嘲る声が。

 

「お願いだから死んでよ!さあ、はやく!」

 

私の死を心の底から願う声が。

 

「この罪人が!死んで地獄に落ちろ!」

 

歩く度、絶え間なく、その声は頭の中で鳴り響く。

 

「お前のせいで、みんな死んだ!全部お前のせいだ!」

 

 

私の声が―――

 

 

「大和田君が処刑されたのも、

石丸君が壊れたのも、ちーちゃんが死んだのも、全部お前のせいだ!」

 

私を呪う私の声が聞こえてくる。

 

 

「お前が殺した。全部・・・お前が悪い!

そうだ!お前が悪いんだ!全部お前のせいだ!お前は生きてちゃいけないんだ!」

 

 

その言葉は・・・あの時、私が大和田君に向かって叫んだ言葉。

それが今、私に戻ってきた。

 

そうです・・・私です。

 

みんなを殺したのは私です。私なんです。

 

あの時、蜘蛛の糸を・・・

 

みんなの希望を断ち切ったのは・・・私。

 

地獄に落ちたのは・・・私だったんだ。

 

 

「死ね!死ね!いつまで生き恥を晒すつもりだ!」

 

 

・・・本当に・・・その通りだ。

 

 

私は・・・なぜ、生きているのだろう・・・。

 

 

 

 

どうして・・・生き延びてしまったんだろう。

 

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

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………………………………………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

「・・・木さん」

 

 

・・・え?

 

 

「黒木さん、気がついたんだね!」

 

「苗・・・木君?」

 

 

淡い夢を見ていた。

ちーちゃんと遊んでいる夢。

果たすことができなかったあの約束を叶えることができた・・・幸せで儚い夢。

 

だが、夢は夢でしかない。夢はいつか醒める。

現実に帰還した私を待っていたのは、

知らない天井と心配そうに私を見つめる苗木君だった。

 

苗木君とは・・・その時、どんな話をしただろうか。

いや、話などしてはいない。

現実に戻ったことを知った私は、すぐに俯き、口を閉ざした。

心配そうな声で、苗木君が話しかけてくる。

 

私が気を失ってしまい、苗木君と霧切さんがこの部屋に私を運んでくれたこと。

私が部屋の鍵をどこにしまっているかわからないため、とりあえず、苗木君の部屋に運んだこと。

 

苗木君は、申し訳なさそうに話してくれた。

 

そうか・・・ここは苗木君の部屋なのか。

私は・・・苗木君のベットで寝ていたのか。

 

普段の私なら慌てて顔を真っ赤にしていただろう。

話を聞きながら、私はそんなことを他人事のように考えていた。

 

苗木君は、私に気をつかい、話を途切れないように懸命に他愛も無いことを話し続けた。

その間、私はひたすら俯いていた。

 

見られたくなかったから・・・。

 

今の私の顔を苗木君が見たら・・・きっと知られてしまう。

私が何を考えているか・・・きっと見透かされてしまう。

だって、苗木君はそういう人だから。

絶望と戦える人だから。

決して希望を諦めない強くて優しい人。

 

だから・・・ダメ・・・だ。

 

「・・・水」

 

「え?」

 

「ごめん・・・喉が渇いて」

「あ、ごめん!ちょっと待ってて」

 

苗木君が私に背を向け、水道に向かった瞬間だった。

 

「えッ!?黒木さん!!」

 

脱兎のごとく。

私はベットから飛び降り、ドアに走った。

完全に虚をつかれた苗木君は、即座に動くことはできない。

 

彼の声を背に、私はドアノブを掴み、開いた―――

 

「・・・え?」

「あ・・・!」

 

目の前には、霧切さんが立っていた。

彼女らしからぬ、唖然とした表情。

その手を宙に伸ばしているのは、ドアノブを掴み、部屋に入ろうとしていたのだろう。

 

私の顔を見た次の瞬間、霧切さんは私に掴みかかろうと手を伸ばした。

その動きに精彩さを欠いたのは、あの裁判所で、私を庇って負傷したからだろうか?

何度、私はこの人に助けてもらっただろう。

第1回の裁判の時、嫌われるのを覚悟で私を叱ったのは、推理へのプライドからだけでなく、

彼女なりの優しさだったと今ではわかる。

第2回の裁判の捜査の時、何のメリットもない私の願いを聞いてくれたのもそうだ。

霧切さんは見かけよりも、ずっと優しい人なのだ。

だから、この行動もきっと私のことを思ってのことなのだろう。

何度助けられたことだろう・・・もう返しきれないほどの恩がある。

 

彼女の手をすり抜け、懐に飛び込む。

 

私はその恩人を・・・掛け替えのないクラスメイトを・・・

 

 

 

何の躊躇もなく、全力で押し飛ばした――――

 

 

「うグッ・・・!」

 

 

勢いよく向かいの壁に激突した霧切さんは、前のめりに倒れた。

私は一瞥することなく、走り出した。

目的地はそう遠くなかった。

私は走りながら、内ポケットから鍵を取り出し、自室の扉を開く。

中に入り、即座にドアを閉め、ロックすると、

数秒後、ドアが激しく叩かれ、何かを叫ぶ苗木君の声が聞こえる。

薄暗い室内と騒音の中、私は、工具セットを床にぶちまけ、目的のものを見つけた。

私は、震える手でカッターを掴み、浴槽へと向かう。

 

「ハアハア」

 

制服のまま、浴槽に入り、栓をし、水を入れる。

 

「ハアハア」

 

準備は整った。

後は・・・実行するだけだ。

 

「ハアハア」

 

ドアを叩く音の質が変わった。

恐らく、体当たりをしているのだろう。

このままでは、ドアを破って入ってくるかもしれない。

いや、必ずそうする。

苗木君はそういう人だ。もう、時間がない。

 

「ハアハアハアハア」

 

自分の息遣いがやけにに気になる。

気がつくと肩全体で息をしていた。

震える手で、カッターの刃を出し、その刃を左手首に置く。

全てが想定通りだった。

苗木君の話を聞きながら、シミュレーションしていた通り。

普段の私では考えられないほど、スマートに、

何のミスもなく、ここまで辿り着くことができた。

 

「う・・・うぅ」

 

・・・なのに、今更ながら、涙が出てきた。

ここまで上手くいったなら、最後まで・・・とはならないのは、所詮、私なのだ。

あとほんの少しだ。

少しだけ、力を入れて引けばいい。

ただ、それだけで全てが終わる。終わらせなければならない・・・のに。

涙が止め処なく溢れてくる。

 

(何をやってるんだ・・・私は!)

 

もう時間が無い。

いつ苗木君達が部屋に踏み込んでくるかわからない。

 

はやく!はやく死――――

 

 

 

「死・・・にたくない」

 

 

本音が・・・こぼれ落ちた。

 

 

 

ふと、淡い誘惑に駆られる。

 

このまま躊躇していると、苗木君がドアを壊して、ここに踏み込んできる。

 

「死んじゃダメだ!黒木さん!」

 

そう言って、苗木君は私を説得してくれる。

あの時のように・・・必死になって。

 

「君は生きていていいんだ!」

 

そう言ってくれる苗木君に抱きつき私は大声で泣いて・・・

 

 

そんな・・・

 

 

そんなことが・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまさら、許されるかよ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

許される・・・はずないじゃないか。

 

3人ものクラスメイトを・・・殺して・・・

 

生きていいはず・・・ないんだ。

 

 

 

モノクマの言う通りだ。

私だ。私だったんだ。全ては私のせいだったんだ。

 

ちーちゃんも、石丸君も、大和田君も・・・全部、私だ。私のせいで死んだ。

 

そんな私が許されるはずがない。

生きていいはずがない。

 

抱え・・・きれない・・・!

こんなもの・・・こんな罪を抱えながら私は生きていくことなどできない。

 

 

だから・・・もう、これしかないのだ。

 

 

震える手に力を込める。

 

これは・・・自殺でないのだ。

 

そう・・・これは・・・逃走だ。

私はこの世界から、逃げるのだ。これはそのための手段。

 

だから・・・怖く・・・なんて・・・ない!

 

 

カッターの刃が皮膚を引き裂く直前で止まる。

 

クソ・・・私はこんな時になってもダメダメなんだ。

自分のダメさに涙が出そうになる。

 

たった一度でいい。

 

たった一度の覚悟

ただ一度の決意。

一生に一度の・・・立ち向かう勇気ではなく、逃げるために。

 

あと少しだけ・・・ほんの少しだけの力を!

 

「ウッ!!」

 

鋭い痛み共に、左手首から血が流れ落ち、水面を赤く染めた。

 

「ハ、ハハ・・・やった!やったよ・・・!」

 

ほん数秒の葛藤は、恐ろしく長く感じ・・・それに打ち勝ったことで、

何か責任を果たせたような奇妙な安堵感を覚えた。

 

「痛・・・い。痛い・・・痛い!」

 

だが、それも束の間。

ズキンズキンと鋭い痛みが私を現実に引き戻した。

 

(い、痛い・・・すごく・・・痛いです)

 

手首から血が流れ出し、水面がもう真っ赤染まっていた。

普段の私なら、

 

(処女を失う時もこれくらい痛いのかな?)

 

などと下らないことを考えることだろう。

 

本当に馬鹿だな、普段の私って。

 

私はただ、この痛みと意識が少しでも早く消えることを願い、目を閉じた。

いつしか、ドアを叩く音が聞こえなくなっていた。

何か道具を取りに行ったのだろうか?

それとも、もう私の意識がなくなってきたのかな。

 

闇・・・が広がっていた。

 

怖かった。

 

これが最後の光景なのだと思うと、大声を上げて叫びそうになる。

 

きっと、みんなだってそうだはずだ。

みんな同じだ。

みんな・・・生きたかったんだ。

 

 

暗闇の中、何かが見える。

 

ちーちゃんと他愛も無いことで笑い合った時の・・・

大和田君と石丸君達が肩を組み合って、笑って・・・

 

ああ、そうか・・・

 

これが走馬灯というやつか・・・

 

霧切さんが怒っている・・・まさか私達が後でこんな関係になるなんてその時は思わなかったな。

 

舞園さんと桑田君と3人で苗木君を運んだんだ。

あんな緊張した廊下はなかったな。

 

盾子ちゃん・・・君ってホントに迷わ・・・

 

横の机で寝ているのは・・・苗木君?

そっか、一番はじめに会ったクラスメイトは苗木君だったね。

君にはずっと、助けられっぱなしだったね・・・ごめんね、最後まで心配させて・・・。

 

ゆうちゃん・・・。

 

私の中学時代からの親友。

どんどん可愛くなっていくのにちょっと嫉妬しちゃった。

私が希望ヶ峰学園に入学するのを知って、

すごく心配してくれたね・・・ごめんね、こんなことになって。

 

智貴・・・。

 

何見てんだよ!調子に乗ってんじゃねーぞ!

 

あ、この映像は・・・幼い時、私と結婚するって言って・・・ごめんね、智君・・・。

 

お母さん、お父さん・・・。

 

ごめんなさい・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、

 

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 

「ごめんなさい・・・」

 

 

薄れ行く意識の中、私は謝罪の言葉を繰り返す。

ただ、ひたすらに。

これまで関わってきた者、全てに対して、

 

 

(みんな・・・ごめん・・・なさい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  生まれてきて・・・ごめんなさい。

…………

 

 

・……………………

 

 

・……………………・……………

 

 

・……………………・……………・……………・

 

 

・……………………・……………・……………………・……………・……………………・……………

 

 

 

「・・・う・・・うう」

 

体が酷く寒い。何か濡れているような感覚がある。

 

(体・・・?感覚・・・?)

 

ハッと目を開ける。

 

地獄・・・を期待していた。

目を開けた先には、三途の川があって、見たこともない恐ろしい風景が・・・

 

だが、眼前にあるのは薄暗い部屋、見慣れた天井。

 

ここは・・・私の部屋だった。

 

私は、いつの間にか、浴槽から出て、部屋の床の上で倒れていた。

服はまだ濡れていた。

手首の傷は・・・血が乾いて固まっていた。

 

失敗・・・した?

 

「わ、私・・・まだ、生きて・・・ウウ」

 

 

 

ウ゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛

ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛

ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛ア゛~~~~~ッ!!

 

 

生きること、そのものが絶望だった。

生き残ったことこそが、地獄だった。

 

髪を掻き毟りながら、私が発した叫びは、もはや人のそれでなく、獣の叫びに近くて。

あの時の石丸君のように、

まるで世界の終わりを告げるかのような・・・そんな悲痛と嘆きに満ちていた。

喉に血がにじみ、声が出なくまで私は叫んだ。

その最中、誰かが嗤う声が聞こえたような気がした。

もはや、私の精神はまともではなくなっているのだろう。

 

もう一度、死ぬ。

 

ただそれだけが頭を支配し、私は再び浴槽向かう。

血の池と化した浴槽の水の中から、カッターを拾い上げ、左手首に当てる。

 

(もう一度・・・もう一度だ!)

 

一度成功したのだ。なら次もでき―――

 

「ッ痛」

 

・・・はずだった。

 

「あ、あれ?」

 

カッターを落とし、慌てて拾おうとするも、震えて上手く拾えない。

なんとか掴み、傷口に当てるも、引くことができない。

引こうとした瞬間、あの時のことを・・・

大和田君が処刑された時のことを。桑田君の最後の顔を思い出す。

舞園さんに盾子ちゃん、ちーちゃんの死体がフラッシュバックのように蘇る。

 

たった一度の覚悟

ただ一度の決意。

一生に一度の・・・それはもう私の中には残っていなかった。

 

残ったのは燃えカス。いつもの私だった。

 

その後、私は何度となく自殺を試みた。

いや、それは嘘だ。正確には自殺の真似事。自殺ごっこだ。

 

リストカッターというのだろうか。

 

何度となくカッターで左手首を切った。

だが、深く傷つけたのは、最初の数回。

その後は、徐々に、浅くなり、ただその行為を繰り返すだけとなった。

手首から血が流れるのを見ている時だけ、

ほんの少しだけ、死に近づけたような、奇妙な満足感があった。

 

もはや、これで死ぬことが出来なくなった私は、餓死することを選んだ。

何も飲まず、何も食べず、そう、一番簡単な方法だ。

部屋の片隅でうずくまり、私はただ死を待っていた。

 

限界が来たのはおそらく7日目くらいだっただろうか。

 

もはや、日付の感覚はなかった。

今が昼か夜かもわからない。

だが、感覚は信じられないほど冴え渡り、浴槽の蛇口から水が時折垂れる音が聞こえた。

喉の渇きが限界に来て、その音を辿り、気づけば、蛇口にしゃぶりつき水を飲んでいた。

今度は空腹が襲ってきた。

一度外れた箍は・・・欲望は抑えることができなかった。

夜時間を見計り、ふらつく足で厨房に辿りつき、

残飯をゴキブリのように貪っている最中、涙が零れ落ちた。

 

私は・・・もう、死ぬことができなくなっていたのだ。

 

私は泣きながら残飯を貪った。

誰に対して泣く?何に対して泣いているのだ?

これほど汚い涙はあるだろうか。

こんなに無価値なものはあるだろうか。

きっとゴキブリにも劣る。

いや、ゴキブリに失礼だ。

 

 

 

私は・・・生きている価値など・・・ないのだから。

 

 

 

 

 

・・・それから、今に至る。

限界まで我慢し、耐えられなくなれば、夜、ゴキブリのように這い出て残飯を漁る。

そんなことを何度か続けた。

おかげで、体重はかなりへった。

髪もボサボサで、ホラー映画の井戸から出てきそうだ。

お風呂は・・・入ってないや。

ずっと入ってない。

服は、同じジャージを着ている。

寝るときも、起きている時も。

足取りがふらつく。

さすがに、限界がきているからね・・・。

まあ、このまま死んでも全然いい・・・というかむしろそうなって欲しい。

ふらつく足取り、揺れる視界の中、

なんとか食堂の前まで、たどり着いた時、“ソイツ”は入り口に立っていた。

 

 

「ヤッホー☆もっこち、ひさしぶり!」

 

 

モノクマが、口元を押さえながら、私の方に歩いてきた。

 

「あ、ああ・・・!」

「裁判以来かな?ホント久しぶりだよね~」

 

テクテクと愛らしく歩いてくる。

 

「何、そのジャージ姿?まさか干物女目指してるとか?ぷぷぷ、まだ女子高生なのに?

髪もボサボサで、ホラー映画で井戸から出てきそうだしさ。

え、ちゃんとお風呂入ってるの?毎日しっかり食べなきゃダメだぞ~☆」

 

モノクマはそんな、まるで小学校の校長先生が言いそうなセリフを吐く。

その中で、私はただガタガタと震えていた。

 

「どうしたの、もこっち~ガタガタ震えてさぁ~風引いたの?」

「ヒッ!!」

 

ヌッと顔を近づけるモノクマに私は、膝を屈し、その場にしゃがみこんでしまった。

 

 

怖かった・・・!

 

モノクマを見るとあの時のことが・・・大和田君が処刑された時のことがフラッシュバックして・・・

 

だ・・から、モノクマが怖くて・・・恐ろしくて・・・

 

「う、うげぇえええ~~~」

「うぉおおおおおおお~~~~~~!?」

 

私はたまらず嘔吐し、モノクマは絶叫しながら、仰け反った。

不幸中の幸い・・・というのだろうか。

胃がカラッポのため、吐き出したのは胃液のみだった。

 

「もう~後で掃除してよね。床がべとべとじゃないか」

 

モノクマはプンスカと怒る。

全然可愛くない。早くどこかに消えてくれ。

 

「本当に調子悪そうだね~風邪と言えば、そう!あの時は大変だったんだよ」

 

俯き黙り込む私の態度を気にも留めず、モノクマは何かを語り始めた。

 

 

「あの裁判の後、大変だったんだから!

苗木君と霧切さんが君の部屋の前で大暴れ!

ドアを叩くわ、体当たりするわの大騒ぎ!

それどころか、工具セットを持ち出してドアを壊そうとしやがってさぁ~」

 

モノクマが語り出したのは、あの時のことだった。

 

「ドア壊したら校則違反じゃん!苗木君、アウトじゃん!」

 

苗木君なら・・・きっとやるだろう。

自分のことは省みず、私を助けるために。

 

「このまま苗木君を処刑しても、

さっき、裁判所で“今回は見逃してやるぜ☆”とライバル宣言したボクの立場がないじゃん。

ボク、大恥じゃん。それは困るな~せっかく、この物語に軸が出来たのにさぁ~。

ようやく、“希望の主人公”と“絶望のヒロイン”の世界の命運を賭けた戦いが始まるところなのに、

こんなショボイ終わり方なんて・・・それって“視聴者”が許さないって!

なにより、ボクが許さない!

ようやく見つけたのにさぁ~“退屈”な日々に逆戻りなんてボクが許さない!」

 

モノクマはわけのわからないこと好き勝手にほざいている。

私は、ヤツの言っていることがまるでわからなかった。

 

「だからさぁ~ボクは、苗木君に約束したんだ。“この件は、ボクが責任を持つ”ってさぁ~」

「ヒッ・・・!」

 

極限までモノクマは私に顔を近づけた後、テクテクとそのまま私の横を通り過ぎていった。

 

「あ、そうだ、もこっち」

 

何か思い出したように、ピタリと止まったモノクマは私の方を振り返った。

 

 

 

「お風呂で寝たら風邪引いちゃうよ~

ぷぷぷ、今度は助けてあげないから、うぷぷ、プギィヒヒヒ」

 

 

 

 

「お・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  お前か―――――

  

 

 

 

 

 

 

あの時、私を助けたのは・・・

私を嘲り嗤ったのは・・・

 

 

お前か・・・お前だったのか・・・!

 

 

 

 

 

「う、ううぅ・・・」

 

 

モノクマのいなくなった後、床に平伏し咽び泣く。

 

モノクマは・・・黒幕は・・・ただ嘲るために私の命を助けたのだ。

ほんの少しだけ、ゲームの妨げになるから・・・。

それだけのために、私を救ったのだ。

アイツにとって、私の命はその程度の価値しかない。

いや・・・いまさらだ。

私の命に価値などない。

むしろ、有害ですらある。

ならば、誰に利用されようとも、もういいのだ。どうでも・・・いい。

 

 

・・・それから、どれくらいその場に座り込んでいただろう。

誰かの足音に気づき、私は振り返った。

 

「石丸・・・君」

 

まるで幽鬼のように。

覚束ない足取りで、彼は1歩1歩、こちらに向かって歩いてきた。

石丸君と会うのは、あの裁判以来だ。

質実剛健。

いつも明るく元気で馬鹿がつくほど真面目な石丸君。

そんな彼しか知らない私は、一瞬、目の前にいるのが誰かわからなかった。

 

石丸君は・・・壊れたままだった。

 

あの日、彼は壊れてしまった。

大和田君が処刑されて・・・彼がバターになった様を見て・・・

今まで積み重ねてきた全てを失い・・・壊れてしまったのだ。

だから、きっと・・・今が、朝か夜か、区別がつかないのだ。

 

全部・・・私のせいで。

 

 

石丸君は私に近づいてくる。

1歩1歩。私に向かって歩いてくる。

 

罵って欲しい。

“全てお前のせいだ”そう言って欲しかった。

 

しゃがみ込んでいる私の顔を思い切り蹴ってほしい。

サッカーボールを蹴るように思い切り。

“全部お前が悪い”そう言って、蹴り飛ばして欲しかった。

 

気を失った私の体を思う存分、踏みつけて欲しい。

その息が止まるまで、何度も、何度も。

「大和田君が殺されたのも、不二咲君が死んだのも全部お前のせいだ!」

そう言って、私を殺して欲しかった。

 

君には・・・君にはその資格があるから。

復讐する権利が。

みんなの仇を討つことが・・・私を殺すことができるのは君だけだ。

 

 

だけど―――

 

 

石丸君は、一瞥することもなく、私の側を通り抜けて行った。

 

「うむ、時間どおり、今日も朝食の準備をはじめようか。

おお、不二咲君、君も時間通りか!感心だな!じゃあ、さっそく始めようか。

むむ、兄弟、そんな欲張らなくても、おかわりはたくさんあるぞ!ハハハハハ」

 

 

ブツブツと、通り過ぎる最中、石丸君はそんなことを呟いていた。

壊れてしまった彼は、まだ・・・あの場所にいるのだ。

あの朝の朝食の・・・みんなで笑いあったあの時に。

 

 

 

そんな彼を見て、私の心に芽生えたものは・・・

 

私が壊してしまった石丸君に向けるただ一つの感情は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  妬ましい――――

  

 

 

 

 

ただ、それだけだった。

 

 

 

 

ずるい・・・!

 

ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!

ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!

ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!

ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!

ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!ズルイよぉおおおおおお~~~~~~ッ!!

 

 

 

どうしてぇ!?どうして君だけそうなのぉおおおおおお~~~~ッ!!

どうして、君だけがまだあそこにいるのぉおおおおおお。

壊れたのに・・・私だって、壊れたのに!

どうして君だけが!ずるい!ズルイよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~ッ!!

 

ど・・・うして・・・う、うう・・・

 

ごめんなさい・・・石丸君。

 

君が壊れたのは、全部私のせいです。君の希望を奪ったのは・・・私なんです。

 

 

ごめんなさい・・・大和田君。

 

ちーちゃんに君を紹介したのは、私です。君を殺したのは私なんです。

 

 

ちーちゃん・・・ちーちゃん!ちーちゃん!ちーちゃん!

 

う、ううう・・・うぁあああああああああああああ~~~~ごめん。ごめんよ~~~~!!

全部、全部・・・私が・・・ううう、うわぁああああああん。

 

 

3人もの・・・命を奪ってしまった。

 

超高校級の才能を・・・希望の灯を消してしまった。

 

彼らは将来・・・どれほど多くの人々を照らす光となったのだろう。

どれほど、多くの人の希望となったのだろうか。

 

何千・・・何万・・いや何億人の・・・希望。

 

それを全て・・・私が消した。私が奪った。

 

ぜ、全部・・・私が。

 

いや・・・それだけじゃない。

 

ちーちゃん達だけ・・・じゃない。

 

舞園さん・・・達だって、私が気づきさえすれば・・・。

 

あの時、厨房で、舞園さんが迷っていることに私が気づいてさえいれば・・・

く、桑田君が後悔していることに気づいてあげれば、もしかしたら・・・

盾子ちゃんなら、かわせた・・・!

私なんて庇わなければ、あの身体能力であんな槍なんか全部。

 

そ、そうだ・・・全部、私だ。私のせいだ。

 

ヒ・・・ヒヒ。

 

こ、こんな、私が・・・何百億の希望の灯を消してしまった。

 

こんなどうしようもない私が。

何の才能もない私が。

ぷぷぷ、喪女の私が・・・そんなことを・・・

 

 

それって・・・さぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逆に凄くね・・・?

 

 

 

ぷぷぷ、だってさぁ~こんな私が・・・平凡な私が・・何の才能もない私が!

何十億の!何百億の希望の灯を消したんだ!こんな私が!

ぷぷぷ、凄い!凄い!私・・・凄いよ~~ッ!!

何が才能だ!何が超高校級だ!

見たか!全部消した!全部潰してやった。

ぷぷぷ、プギャハハハ、私が全部やった!希望を全て!

 

モノクマ・・・お前じゃない!お前なんかじゃない!

私だ・・・!

百億の希望を奪った私こそが、絶望だ。超高校級の“絶望”なんだ!

 

 

ぷぷぷ、プギュヒヒヒ!プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~、

アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハ・・・ハハ。

 

 

う、うぅ・・・

 

 

違う・・・そうじゃない。

 

私は・・・絶望なんかじゃない。

 

希望を黒き絶望に染めようと明確な悪意を持つアイツこそ、超高校級の“絶望”だ。

 

ならば、私はなんだ?

 

無意識に、無自覚に、無邪気に、みんなの希望を奪った私は一体なんだ?

 

 

 

わたしは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     “クズ”だ・・・。

     

     

 

 

 

生まれた瞬間から今日に至るまで、見紛う事なきクズ。

例えることができぬクズ!息が詰まるほどのクズ!

何から何までクズ!このクズ!クズ!クズ!クズ!クズ~~!!

 

私は“喪女”などではない。私はクズ!超高校級の“クズ”だ。

 

クズな私に最初から希望などなかったのだ。

そんな幻想は今、捨ててしまおう。絶望に身を委ねてしまおう。

 

クズはクズらしく生き、クズらしく死ぬのだ。

 

クズらしく誰かに殺されるまでダラダラと生きよう。

モノクマに飽きられ、殺されるまで、飼われてやろう。

 

 

そうとも!だって、私はクズ!超高校級の“クズ”なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3週間後――――

 

 

 

時間は昼をとうに越えているだろう。

そんな時間に起きるなど、まさにクズである。

身体が少し、ヒリヒリする。

昨日、およそ一ヶ月ぶりにお風呂で身体を洗ったせいか。

私としては、必要性は感じなかったのだが、“無理矢理”入れられたのだから仕方ない。

髪も・・・若干、前髪パッツンになっている。

こちらも無理矢理切られた。

ホラー映画みたい、とか失礼な話だ。無造作に伸ばしてただけではないか。

服も・・・一ヶ月ほど着込んだジャージは焼却炉で燃やされてしまった。

そこまで臭かったのか・・・ちょっとショックだ。

まあ、いいや、代わりのジャージはまだある。

私は、ジャージを着ると鏡も見ずに部屋を出る。

身だしなみ?

そんなもの私には必要ない。だって、私はクズなのだから。

私は、けだるい足取りで階段を上がり、3Fのある部屋へと向かう。

 

 

 娯楽室

 

 

プレートにそう書かれている部屋のドアを開く。

 

 

 

「あら、こんな時間に起きるなんて、黒木さん、アナタは本当にどうしようもないクズですわね」

 

「まったく正真正銘のクズですな。まあ、我々もさっき来たばかりですけど」

 

 

 

そこには、希望を捨てた、自堕落でクズな“悪友”達が私を待っていた。

 

 

「君達だけには、言われたくないなぁ」

 

 

 

そう言って、私は、ドアを閉める。

 

締められたドアのプレートの下に、手書きの張り紙が貼られていた。

 

 

 

その張り紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

  

  

  

  

  

  

―――――希望ヶ峰学園”娯楽部”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




それは“再希”の物語。

第3章、“娯楽部編”スタート―――――



【あとがき】

描ききれたことだけで満足です。
誤字脱字、変な文章は後から修正します。

平日に書ける内容ではないため、今日、一杯使って必死に書きました。
今日、書き切れなかったら、あと1ヶ月は延びたと思います。

心理描写は難しかったですね。
ここからはどこか切ないコメディを目指します。

ではまた次話にて



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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 前編②

それはそれとして、もはや、それでいいのではないだろうか。

 

 

今考えれば、それは、あまりにも当たり前のことであり、自明なことであり、明白なことで、

まさに考えるのも馬鹿らしくなるほど当然のことだった。

 

 

私はクズ。

生まれた瞬間から現在に至るまで紛れもなく、一片の淀み無く、空前絶後の完璧なクズ。

 

 

ならば、何を迷うことがあろう。

 

クズはクズとしてクズらしく生き、そしてクズらしく死ねばいい。

ただそれだけでいいではないか。

 

そう・・・はじめから間違っていたのだ。クズである私が、希望を抱くなど。

最初から間違いだったのだ。あの眩い光の中で、私なんかが生きていけるなどと。

 

そんなことを思ってしまって・・・錯覚してしまい・・・いつしかそれが当たり前のようになって・・・

それはまるで7年間、地中に耐えていた蝉が夏の日差しに魅せられ、夢中で飛び回るように。

私も同じだった。

 

みんなと一緒にいられるのが楽しくて・・・

あの希望の輝きに魅せられ、夢中に飛び回り・・・

 

 

 

挙句が・・・この末路だ。

 

 

全て間違いだったのだ。

地上になど出るべきではなかった。

ずっと地中に埋もれて、誰一人、知られることもなく、ひっそりと死ぬべきだったのだ。

 

それが本来の私のあるべき姿。超高校級の“クズ”の最後。

 

 

ふと鏡を見ると、そこには幽鬼のような自分の姿が映る。

ボサボサの髪。痩せた頬。

その瞳は、まるで死んだ魚のように濁っていた。

 

 

それは、希望を失った人間の瞳・・・石丸君と同じ瞳だった。

 

 

この瞳を、この絶望を厭う気はない。

むしろ、今の私には相応しく、どこか誇らしくすらあった。

もしこの瞳に、ほんの少しでも、ほんの一欠けらでも希望の光があったなら、

私は、その光を瞳ごと抉りとっていたかもしれない。

 

私に希望など無い。

私に未来など無い。

 

いや・・・最初からそんなものはなかった。なかったのだ。

全部、間違いであり、全てが手遅れであり、もはやどうすることもできない。

 

ならば、私にできることは、ただ一つだけ。

クズはクズとして、最後までクズらしくあることだ。

 

この希望ヶ峰学園は・・・

殺人鬼・モノクマが支配する、この絶望の世界は、今の私にとって都合のいい場所だった。

誰かを殺さなければ出られないこのデスゲームは、今の私には本当に幸運に他ならない。

 

 

殺してもらえるから・・・。

 

自分では死ぬことができないこのクズを誰かが殺してくれる・・・断罪してくれる・・・。

 

救って・・・もらえるのだ。

 

ああ、なんと素晴らしいのだろう・・・!

私は、その時が来るまで、好きなだけ自堕落なクズライフを楽しめるのだ!

まさにクズ!クズの本懐である・・・!

 

 

私を殺してくれるのは、一体誰だろう・・・?

 

直後、二人の男の影が浮かび上がる。

 

 

「ククク・・・」

 

影から姿を現した一人目の男は、本命・十神白夜。

 

超高校級の“御曹司”

 

その圧倒的な財力と才能に奢り高ぶり、皇帝の如く全てを見下し、

他人の命を駒としか考えない外道。

事実、先の裁判においてこのコロシアイ学園生活への参戦と勝利を宣言している。

まさに私を殺してくれるのにふさわしいクズだ。

 

 

「へへへ」

 

次に姿を現したのは、葉隠康比呂。

 

超高校級の”占い師”

 

「俺の占いは3割当たる!」などと、そのイマイチ「凄い!」と頷きづらい才能を過大に誇り、

入学して右も左もわからない私から、十万を騙し取ろうとした悪党。

臆病者のくせに、金に異様な執着を見せ、自分のためなら最終的に他人の犠牲も厭わないだろう。

まさに私を殺してくれるのにふさわしいクズだ。

 

 

十中八九、コイツらのどちらかが私を殺してくれるだろう。

私はそれまで、テキトーにクズライフを送っていればいいのだ。

 

それが、黒木智子という物語のフィナーレ。

 

いやいや、いまさら何を格好をつけているのだ私は。

私に物語などない。はじめからそんなものは、存在しなかったのだから。

 

 

・・・あ~めんどくさい。

 

そろそろ朝が近づいてきて、眠くなってきた。

自分語りもいい加減に飽きてきた。

そろそろ終わらせて頂こうかな。

だって、クズは朝の日の出と共に寝て、日が沈むと起きてくる。

それこそが、クズにとっての王道。

私はクズの王道を歩むのだよ。

 

え?何?

 

まだ何かあるの・・・?

 

はあ・・・?

 

他に私を殺しそうなクラスメイト?

 

う~ん。誰だろう・・・。

 

あの二人以外、特に考えたことなかったからなぁ。

あ~めんどくさい。考えるのってこんなにめんどくさいのか。

 

ああ・・・そうだ・・・

 

敢えて上げるとするならば・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

どうでもいいや・・・。

 

誰に殺されようとも、その時に私は死んでいるのだから。

私は死ぬことが出来さえすれば、それでいい。

 

それ以外のことは、どうでもいい。

 

 

そう・・・どうでもいいのだ。

 

 

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………

 

 

 

 

………………………………………………………

 

 

 

………………………………………

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

「魔術師のジジイ、こんなところに紛れてやがったのか・・・!」

 

 

時刻は、だいたい夜時間前・・・くらいだろうか。

 

私は、厨房に食料を漁る前に、2Fにある図書館で暇を潰していた。

夜時間前後に、ウロウロすることを日課にしようと考え、実行している。

そうしていれば、いずれは、あの2人のどちらかが私を殺してくれるはずだ。

たとえば、今などは、無防備に本を立ち読みする私の後ろから、

 

刃物で一突きするも良し。

ロープか何かで、首を絞めるのも良し。

 

そのどちらかを期待して待っていたのだけど。

結果、「ドント・ウォーリーを探せ・・・!」の主人公であるニットメガネどころか、

魔術師のジジイまで、全てのページで発見してしまうに至った。

・・・小学生か?私は。

まだ「魔術師の杖」が残っているが、さすがに続ける気にはならず、本を元の場所へと戻す。

 

やれやれ、今日も生き残ってしまった。

 

少し早いが、厨房に向かおうと階段へと向かった時、それが目に入った。

 

「3F・・・かぁ」

 

嘘だ・・・私はずっとその存在を知っていた。

知っていて、意図的に無視してきた。見ないようにしてきた。

3Fへの階段を見ると、身が竦み、震えが奔る。

 

あの時のことが・・・あの裁判のことが脳裏に過ぎる。

 

この階段は私だ。私が開いたのだ。

だから私は、意識的にも、無意識的にも、この3Fへの階段の存在を無視してきたのだ。

 

でも・・・

 

「もうそろそろ・・・いいかな」

 

うん・・・もういいのではないだろうか、そういった人並みの罪悪感は。

 

私はクズ。それも超高校級の。

 

そんな私は、一般人が抱くであろう、普通の罪悪感に絡め取られてどうする?

本当にお前はクズなのか?クズとしての自覚が足りないのではないか?

 

本物のクズはそんなこと気にしない。

ヌケヌケと何も感じることなく、罪の階段を上っていくだろう。

 

クズはクズとしてクズらしく生き、そしてクズらしく死ぬ。

 

そう決めたらなら、何を迷うことがあろう。

私はヌケヌケと階段を上り、はじめて3Fへと足を踏み入れた。

 

 

「へ~3Fってこんな風になってるんだ」

 

少し紹介するとしよう。

 

いわゆる、普通の教室が2つほどある。

それ以外に、他の階と違うのは、まず「物理準備室」。

なにやら、巨大なマシーンが動いている。これで発電しているのだろうか?

 

次に「美術室」と「美術準備室」。

うん、学校らしい。画材や彫刻に必要な道具が一式揃っている。

ハンマーなどは、大小様々なサイズがある本格仕様。

ペンや筆も様々なメーカーのものがあり、環境としては申し分ない。

まあ、78期生に超高校級の“画家”はいないけどね。

 

 

そして私が最後に立ち寄ったのは・・・

 

「娯楽室・・・かぁ」

 

「娯楽室」とネームプレートが張られた扉を開く。

 

「おお・・・!」

 

歓喜の声が洩れてしまった。

 

そこには、ビリヤード台を部屋の真ん中に、壁際にはダーツ。

その反対側には、ルーレット台とカードゲームをやるための複数のテーブル。

他にはスロットや、テレビとゲーム機。

ちょっと古い漫画の棚など様々な遊戯のためのものが存在した。

 

「これは・・・遊べる!」

 

見た瞬間、ピンと来た。ここは私のための部屋だ。

この娯楽室は、まさにクズたる私のためにある部屋だと。

私は部屋の真ん中に立ち、手を広げる。

見渡す遊戯、全ては私のものだ。私だけのものだ。

 

「そうだ!ここをわたしのアジトとしよう!」

 

ダーツもビリヤードも全てわたしもものだ!

全部私が独占して、遊び尽くしてやるのだ!

 

 

アハハハ、アーハッハハハハハハハハ!

 

 

「ん?」

 

いまさらながら、テーブルの上に、何かが置かれているのに気づく。

手にとって見るとそれは、描きかけの漫画?だった。

 

「このキャラ・・・みたことがあるな」

 

確かこのキャラは、プリンセスぶー子・・・?だったかな。

深夜アニメで放送されてたのを何度かみたことがある。

タイトルは『外道天使☆もちもちプリンセスぶー子』とかだったよーな。

白塗りで、描きかけといった感じかな。

枚数はかなりのもので、数十ページに及ぶ。

 

「これは所謂、同人誌・・・?」

 

私も乙女系のものは、通販などで手にいれ何冊か持っているが、

この分野にそんなに詳しいわけではないが、

毎年、夏には某ビックサイトで一大イベントがあり、そこに何十万という人々押し寄せてくる。

私もいずれ行ってみたいと思ってはいたけど・・・

そんなことを考えながら、何気なくその同人誌を開き、次の瞬間、赤面する。

 

「チョッ!これ・・・エロ本じゃねーか!!」

 

忘れていた。

所謂、同人誌とはそういうものだった。

そこには、ぶー子のあられもない姿が載せられていた。それも詳細に、念入りにだ。

本来ならば、こんなエロ本、すぐにページを閉じるところだ。

だが、丹念に書き込まれたぶー子の表情。

原作を生かした独自のストーリーに何か引き込まれてしまい、そのまま読み進めていた。

 

(え・・・もしかして、これ、面白い・・・!?)

 

認めたくないが、そんなことを思ってしまった時だった。

 

ジーと、そんな擬音が合いそうな誰かの視線を感じ、ふと顔を上げる。

入り口のドアから半分顔を出している“ソレ”と視線が合った瞬間、同時に叫び声を上げた。

 

「うぁあああああ!?豚のお化け~~~~~ッ!?」

「ぎゃああああああああ!!井戸から出てくる例のアレ~~~ッ!?」

 

豚のお化けは、私を見て叫び声を上げていた。

ていうか、井戸から出てくるって・・・もしかして私のことか?

 

「なんだ人間じゃねーか。ていうか、もしかして、あなたは黒木智子殿!?」

 

豚のお化けは額の汗を掻きながら、娯楽室に入ってきた。

そして、私は、ようやくコイツのことを思い出す。

 

そう、この男こそ―――

 

 

「飛び出て出てきてジャジャンジャーン!

超高校級の“同人作家”山田一二三!ここに参上であります!」

 

うん・・・そうそう、そんな奴いたなぁ。

 

「なーんて、自己紹介しちゃったよ!入学式かよ!」

 

私が醒めた視線を送る中、山田は自分で自分にツッコミを入れる。

うん、なんというか、明るいオタクというのか・・・

陰湿さは感じないかな、とてもウザいけど。

しかし、なんでコイツはここにいるのだろう?もう夜時間も近いというのに。

 

「やはり、僕の睨んだとおりでしたな!“犯人”は再び現場に戻ってくると!」

「はあ・・・?」

 

犯人・・・?何を言って・・・

 

「犯人はズバリ、アナタだ!黒木智子殿!」

 

山田は変な決めポーズでそう断言した。

私は、奴が何を言っているのかまるでわからなかった。

 

「心から謝罪するならば、許しますぞ。僕は限りなく懐の深い男なので!」

 

山田は、エッヘンといった感じで上から目線でそう言った。

 

「はあ?いきなりそんなこと言われても、何がなにやら」

「何~~~ッ!!人が優しくしてりゃ、このビッチ!調子に乗りやがって~~~ッ!!」

 

状況が掴めず、うろたえる私に、山田は突如、キレ出した。何だよこの豚は!?

 

「この時間にこの部屋にいるのだから、犯人はアンタしかいないじゃないか!」

「いや、だから、犯人ってなんのこと?」

「キ~~しらばっくれやがって!

毎回毎回、僕の執筆セット、部屋の外に放り出してるのはアンタだろ!

一体、僕に何の恨みがあるというのですか!?

何故、僕の創作活動を妨害するのですか!?答えたまえ明智君!!」

 

ようやく全容が見えてきた。

どうやら、私がこの手に持っているのは、山田が書いている同人誌らしい。

それがなにやら、毎回、部屋の外に放り出されていて、その犯人が私・・・ということか?

というか、明智君って・・・いつも間に犯人側になってるんだ、お前は!?

 

「いやいや、そんなの知らねーし。私じゃないぞ、それをやったのは」

「嘘ですぞ!ずっと見張ってましたが、この時間に現れたのは黒木智子殿ただ一人だけ。

ならば、犯人はアンタしかいないじゃないか!

それに、部屋の真ん中で、ヘンなポーズとって笑い始めたし・・・あきらかに怪しいですぞ!」

「み、見てたのかよ!クソが!な、なんでもねーよ、アレは・・・」

 

アレを見られてたのか・・・クソ恥ずかしいじゃーか。

 

「そもそも、私がこの部屋にはじめて来たのは今しがたなんだよ」

「ムムム!ならば、それを証明できますか?」

「それは無理かな・・・でも、私、あの裁判の後、ずっと引きこもってたからさぁ・・・」

「あ・・・」

 

山田は地雷を踏んだような顔をして固まる。

 

「ま、まぁ・・・あんなことがあったらそりゃ・・・」

 

ボソボソとそんな声が聞こえた。

そうとも、私はかわいそうな存在なのだ。だから、少しは気を使うべきだ。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

それから山田は何も言わず、オドオドとしながらこちらの様子を窺っている。

私もどうしていいかわからず、無言で山田を見つめる。

無駄に時が流れていく。

何だ、この豚、一体どうしたというのか・・・それとも何か企んで・・・ハッ!

私は気づいてしまった。

いかに自分が危機的な状況にあるのかを。

 

考えてみて欲しい。

こんな真夜中の人気の無い娯楽室に、私と山田が二人きり。

 

片や、絶世の美少女。

片や、同人を書くほど性欲が旺盛なエロ豚。

 

何も起きないはずはなく・・・

 

 

「・・・お前、私のこと今から“ビィーーー”しようとしてるだろ?」

「はぁ!?はぁああああああああああ~~~!?」

 

私の問いに山田は驚愕の声を上げた。

いまさら何を演技しているのだ、この豚は。

この状況において、可能性があるとすれば、それしかないではないか。

ヤレヤレ、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 

「いいぞ、私の体を好きにしても」

「ひょえ?」

 

どこか投げやりな口調でそう言う私に、山田は額に汗を浮かべる。

まあ、つまり興奮しているということだ。

ヤレヤレ、これだから男子は。

 

「ただし、初めての相手がお前なんて嫌だ。だから、私を殺せ。その後は好きにしろ」

「殺るわけねーだろッ!!そもそも犯る気なんてねーんだよ~~ッ!!」

 

私の提案に山田は怒りの形相でツッコミを入れる。

なぜだ?男なんて、女の体に触れられるのならば、何だっていいのではないのか!?

 

「完全に変態じゃねーか!僕、ジェノサイダー以上の変態殺人鬼になっちゃってるじゃねーか!」

 

どうやら、私の提案は完全に拒否されたようだ。

う~ん、何が間違いなのだろうか?

私は殺してもらえるし、ヤツは私の体を好きにできるし、まさにwin-winではないか。

 

「僕が黙っていたのは、

僕は普通の女の子には緊張して喋れなくなるって設定があったからですよ!

ああ~~もう、アンタのせいで、その設定台無しだよ!どうしてくれるんだよ~~ッ!!」

 

頭を抱えて叫ぶ山田。

う~ん、そんな設定があったのか。まあ、でもそんなこと知らねーし。

 

「あれ?じゃあ、なんで僕は今、喋れているんですか?」

 

山田がピタリと止まった。

そのまま固まったまま、十数秒が経過。

何か霧が晴れたような顔をして、山田は笑顔で、手をポンと叩く。

 

「そうか~黒木智子殿、どうみても普通じゃねーや。だから喋れるのか」

「納得してんじゃねーぞ!失礼だろ、この豚が!」

 

そのオチに今度は私がキレた。

普通じゃねーってどういうことよ?

ま、まあ、確かに、お風呂にも入ってないし、髪もボサボサだけどさぁ。

 

「とにかく話を戻しましょう。黒木智子殿、アナタは本当に犯人ではないのですね?」

「おうよ」

 

山田の問いに私は頷く。

 

「それで、ここに今日、はじめてきて、さきほどまで僕の描いた漫画を読んでいた?」

「ま、まあね」

 

え、何?尋問?う~ん、めんどくさいなぁ。

 

「で・・・その感想は?」

「え・・・?」

 

なにやら話の主題がズレているような・・・

そう感じながらも、私はとりあえず、正直に答えることにした。

 

「な、なかなか面白かったかな・・・まだ途中だったけど」

 

一瞬の沈黙。

直後、山田の顔が笑顔で崩れた。

 

「わかってるじゃないですか~!さすがは黒木智子殿!」

 

何がさすがなのかわかないが、ヤツの態度は一変した。

 

「邪魔してすいませんでしたね~ささ、続きを読んじゃってください!」

 

私を席に座らせると、山田は馴れた手つきで、お茶を用意する。

様子を見ていた限り、”サー”と何か白い粉を入れた様子はない。

まあ、仕方ないので頂くとするか。

 

・・・よくわらかないことになった。

犯人扱いされたと思ったら、作者である山田本人の前で同人誌を読んでいた。

深夜、娯楽室に2人だけの中、私は、山田の描いたエロ本を読み、

その横で、山田が”ハアハア”と荒い息をしながら、私を凝視している。

 

え・・・これって何てプレイ!?

 

仕方がないので最後まで読んでしまった・・・というより、面白いので熱中してしまった。

同人なんて・・・と今まで舐めていた自分の見識のなさが恥ずかしい。

絵は独特で癖があるが、どこか惹きつけられる魅力があった。

ストーリーはオリジナルながら、随所に原作との絡みが見受けられた。

悔しいが面白い・・・!

一流の漫画読みたる私が言うのだから間違いない。

この同人だけではなく、是非、原作の方も読んでみたくなった・・・とそんな内容を山田に告げた。

 

「その感想・・・最高に嬉しいですよ、黒木智子殿!」

 

山田は飛び跳ね、ガッツポーズを決めた。

 

「そうです!僕は、もっと多くの人にぶー子を知ってもらいたくて同人を始めたんですから!」

 

そうして、山田は語り始めた。

超高校級の”同人作家”としての自身のはじまりを。

 

絵を描くことくらいしか趣味が無かった平凡な少年?の山田は、

ある日、たまたま深夜アニメでやっていたぶー子を見たそうだ。

最初は意外なことに巷にありがちなアニメと馬鹿にしていたらしい。

しかし、その日の夜、山田は夢を見た。

ぶー子と楽しくデートする夢を。

 

「あれは・・・楽しかったなぁ」

 

山田は照れくさそうに笑った。

その時の萌えるような気持ちをもう一度味わうため、山田はぶー子の関連商品を買いあさる。

しかし、ここで致命的な問題が山田を襲う。

原作において、ぶー子は一切の恋をしないのだ。

だから、夢で見たぶー子のあの笑顔を原作で見ることができない。

 

「だったら、自分で書くしかないじゃないですか!」

 

それが、伝説のはじまりとなった。

出来上がった複数の作品を自身のHPで発表したところ、大反響。

夏の即売会に参加したところ、大ヒット。

 

「僕は嬉しかったなぁ。僕と同じ思いを抱く同士がこんなにいたなんて・・・」

 

超高校級の”同人作家”山田一二三の誕生である。

そして、これが後に、文化祭で即売会を開催し、1万部販売するという悲劇を生むこととなった。

 

「リア充どもの青春をぶっ潰してやりましたぞ、うひょひょひょ」

 

最悪である。

コイツと同じ高校でなくてよかったと心の底から思う。

 

「同人は本当にいいものです。夢の共有作業とでもいいましょうか。ですが・・・」

 

そう語る山田の雰囲気が変わる。

 

「僕はそれだけではなく、夢を与える事にチャレンジしたいのです!

僕がぶー子に助けられたように・・・僕も自分の作品で誰かを助けられないかな・・・って」

 

恥ずかしそうに山田は夢を語る。

 

「言うならば、同人する側から、される側へ。

アニメは休日の朝しか見ない。漫画は大手少年誌しか知らない

そんなパンピーにも届く作品を僕は作ってみたいのですよ!もちろん同人活動をしながら!」

 

同人からオリジナルへ。

夢をもらう側から与える側に。

それが山田の夢。

 

いつの間にか聞き入ってしまった。

まさか山田がそんなことを考えていたなんて。

性欲まみれのエロ豚野郎・・・そんな風に蔑んでいた自分が恥ずかしい。

コイツは・・・私などより、ずっと立派なヤツだった。

山田は、未来を見ていた。

多くの人に夢を希望を与える・・そんな未来を。

 

 

「まあ・・・それまでは、僕の欲望を全てぶー子にぶつけ、さんざん辱めるつもりですけどね!」

 

 

山田はニヤリと笑った。

私は心の中で、ズッコケた。

騙したなぁ~~やっぱり、ただのエロ豚野郎じゃないか!

 

 

「いや~なんか気分がいいな、黒木智子殿!どうぞゆっくりしていってください。

ここは僕の執筆室みたいなものですから」

 

私の感想がよほど嬉しかったようだ。

山田は浮かれながら、別の作品を持ってくる。

え・・・あれも読むの、私が・・・!?

 

「執筆室?」

「ええ、ここを見た瞬間、ピンときましたよ!ここはまさに僕のための部屋だって!」

 

お前もかよ・・・。

同レベルであったことに若干、ショックを受けながら、別の作品を手に取る。

まあ暇だし、読んでやることにしよう。

 

それからどれくらい経ったかはしらないが、

山田の作品を全て読了した私は、あることに気づいた。

 

「おい、山田」

「はい?なんですか、黒木智子殿」

 

「お前・・・マンネリに陥ってるだろ・・・?」

 

次の瞬間、山田はコーヒーカップを落とした。

プラスチック製で中身を飲み干した後だったので、被害はないが、動揺しすぎだろ。

 

「な、なぜ・・・それを?」

 

カタカタを震えながら、山田は問いかけてきた。

 

「ここなんだけどさぁ・・・」

 

導入までのストーリーの問題はない。

問題はエロへの展開だ。

私は、複数の作品を開き、問題の場面を指摘する。

そこには、捕まったぶー子が、豚の怪人に今まさに襲われようとしていた。

そう、最終的に全てこのパターンである。

それに、どことなくこの豚怪人、山田に似ている・・・?

お前、どんだけぶー子とやりてーんだよ!?

 

「そこに気づくとは・・・黒木智子、恐ろしい子!

う~ん、僕もそれには悩んでいるのですがねぇ・・・」

 

どうやら本人もこのワンパターンぶりには悩んでいたようだ。

なるほど、そうか。

まあ、ここで会ったのも何かの縁。

アドバイスの1つでもしてやろうか。

 

(・・・お、コイツは・・・)

 

気まぐれでそんなことを考えながら、ページをめくるとある人物が目に入ってきた。

それは日常パートでは必ず登場する人物。

 

「例えば・・・だ、山田」

「え?」

 

私は、その人物を指差し、直後、山田にこう告げた。

 

 

 

――この善良そうな八百屋のおじさん、 本当にぶー子に何も邪な感情を抱いていないのか・・・?

 

 

「え・・・?」

 

山田が固まる。

 

「あ、あの・・・その人は初期からぶー子を励まし、見守ってくれた・・・」

「んん~?本当かな~?

その過程で、別の感情が生まれてしまった・・・なんてことは本当にないのかな?」

「ア、アンタ、まさかそんな・・・で、でも・・・」

「新しい展開が欲しいのだろ?んん~?」

 

本職をガチで引かせてしまった。

まあでも、昨今のコンビ二に置かれているレディコミにはもっとエグイのが描かれている。

私の発想など微々たるものだよ。

 

「それにさぁ・・・ぶー子の体、ちょっとおかしいよ」

 

ついでだから、描写についてのダメ出しもしておいてやろう

 

「ぶー子の“ビィーーー”ちょっとおかしくね?」

「え、例えばどんな感じで・・・?」

「いや、本物は多分、こんな感じで」

 

仕方がないので、絵で描いてやる。

 

「マジですか・・・いやいや、こんな感じでしょ?」

「いやいや、何夢見てんだよ。本物はこんな感じだって、これだから童貞は」

「いや、アンタだって、処女だろ!さっき、言ってたじゃねーか!」

「うるさいな、とにかく“ビィーーー”は“ビィーーー”なんだよ」

「なるほど、“ビィーーー”は“ビィーーー”なんですな」

「まあ、そんな感じかな」

「ハアハア、お前の“ビィーーー”もこんな感じなのか?」

「うわぁ、キモい!?本気で鳥肌たっちゃたよ」

 

なんという会話だろう。

“ビィーーー”“ビィーーー”と夏の蝉じゃないんだからさぁ・・・。

私は耐性があるから、辛うじて大丈夫だけど、

普通の女の子相手だったら、完全にアウトである。

 

「おお、インスピレーションが止まれない!

もっと本格的に描きたいなぁ。それに冬コミも近くなってきたのに。

ああ早くここから出たい!僕はこんなところにいる時間なんてないのに!」

 

ふと山田の本音が洩れた。

そうなのだ・・・きっと誰しもが山田と同じことを思っている。

 

ここから出たい・・・。

 

その誘惑に負け、舞園さんは、あの末路を辿った。

そんなことを考えなければ、彼女は死ぬことはなかったのに。

しかし、まあ、そのモチベーションをもってくれないと今の私は困るわけだ。

 

「おい、山田。私を殺せば出られるぞ。ついでに体も好きにできるし」

「だから、やらねーっていってんだろ!」

 

先ほどと同じように山田はツッコミを入れる。

 

「しっかし、黒木智子殿、面白いですな、なんかキャラ、変わりました?」

 

どうやら山田は、私が言っていることを冗談だと思っているようだ。

 

「いや、元からこんなだよ。私、クズだし」

「またまた、何言ってんですか、黒木智子殿、ウケる~」

 

そう言って、Vサインする私を見て、山田は爆笑する。

 

「面白れーし、アドバイスくれるし、

なにより僕と喋れる女の子・・・決めましたぞ、黒木智子殿!」

「ん?」

「僕の専属アシスタントになってください!お願いシャース!」

 

山田は頭を下げて、手を私の方に伸ばしてきた。

 

「あ、アシスタント?」

 

な、何を言っているのだ、コイツは?

 

「いや、難しい話じゃありませんぞ。ただ、僕の作品にアドバイスをくれたり、

ちょっと作画を修正してもらったり、ああ、即売会で売り子もやってもらおうかな!

黒木智子殿でもコスプレすれば、ギリギリ誤魔化せそうだし」

「なんだよギリギリって・・・それに、嫌だよ、めんどくせーし」

「お願いしますぞ!ギャラは弾みます。そうだ!即売会の売り上げ、半分でどうですか?

僕、なんだかんだで、年間、数千万は稼いでますし!」

 

(え・・・マジ・・・?)

 

ギャラの話でピタリと止まった。

そんな稼げるのか・・・さすがは超高校級の同人作家!侮れない。

それに・・・言われてみるとなんだか楽しそうなような・・・

 

山田のアシスタントとなった私の姿を夢想する。

 

 

メガネをかけたインテリ風の私が、

山田と打ち合わせをしたり、出版社と電話でやりとりをしている。

 

即売会では、猫耳のコスプレをした私が、山田の横に立ち、

津波のような行列を巧みにさばいている。

 

即売会の後は、コスプレのまま仲間たちと打ち上げ。

即売会で起こった珍事をネタに談笑したり、未来について語り合う。

 

楽しそうに、笑い合って・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・何を考えてるんだ、私は?

何を考えてしまっているのだ私は・・・!

そんな未来が・・・そんな希望が私に許されるはずないじゃないか!

もういいんだ。

私は、ここで、この閉ざされた世界で死ぬのだ。

そうじゃなければ・・・いけないんだ!

 

 

「・・・ゴメン、やっぱり無理」

「え~そんな~何が不満があるんですかな!?改善しますぞ!」

「いや・・・そういうわけではなくて・・・」

 

「あらあら、珍しい組み合わせですね」

 

 

――――!?

 

その第三者の声に振り返る。

夜時間が近づく中、ゴスロリの訪問者の姿から、中世ヨーロッパの舞踏会を連想した。

 

「皆様、ごきげんよう」

 

 

セレスティア・ルーデンベルク。

超高校級の”ギャンブラー”は、優雅な微笑を浮かべた。

 

「なにやら楽しそうですわね、山田君。それに、黒・・・えーと、黒・・・まあいいや」

 

あっさり私の苗字を思い出すことを放棄したセレスは、山田に視線を移す。

 

「そうですわ、山田君。わたくしはあなたに用があってきたのですから」

「へ?僕?」

「寝る前にここに寄って正解でしたわ。やはり”犯人”は現場に戻ってくるのですわね」

「へ?犯人?」

 

セレスはなにやら山田のようなことを言い出した。

私も、わけがわからないので、とりあえず状況を見守ることにした。

 

「わたくしの別室に同人誌・・・?でしたか、

それを毎回置き散らしているのは、やはり貴方だったのですね」

 

セレスはビシッと山田を指差した。

 

「毎回毎回、かたづけるのにもいい加減、疲れましたわ。私は5KG以上のものは持てませんので」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!何を言ってるんですか、セレス殿!」

 

話を聞いていた山田が反論に出た。

セレス殿て・・・さすがのアイツもフルネームをいうのを諦めたのか。

 

「ここは僕が執筆室として使っていたんですよ。

それに、確かに、僕が占有できる理由はないですけど、

ここで作業してても別にいいじゃないですか?」

 

山田の反論はもっともである。

それに対して、セレスは悪意なき微笑を浮かべながら答える。

 

「山田君・・・この部屋の名前はなんですか?」

「へ?ご、娯楽室ですが、何か?」

「で、わたくしの才能は何でしょうか?」

「え、えーと、確か・・・ギャンブラー?」

「ええ、だから、ここはわたくしの部屋です」

「なるほど、そういうことでしたか!ハハハ・・・って、ええ~~~」

 

信じがたい理由に一瞬、納得した山田は直後、驚愕の声を上げた。

 

「この部屋を見た瞬間、ピンときました。ここは、わたくしの別室であると」

 

お前もかよ・・・。

呼称こそ違えど、似たもの同士だったことを喜ぶべきなのか、いや悲しいだろう・・・。

 

「迷惑ですわ、山田君。よって、貴方方のこの部屋の出入りを禁じます」

「え、えええええ~~~~~~~~ッ!!」

 

まさに傍若無人だった。

勝手にこの部屋の占有を宣言したと思ったら、

直後、山田に出禁を言い渡した。

「貴方方」というのだから、ついでに私も含まれているようだ。

 

「横暴ですぞ!セレス殿!民主主義の原則では、自由と平等とは・・・」

 

山田はパニックに陥り、わけのわからないこと口走る。

 

「はい・・・?何かわたくしに言いました?」

 

場の雰囲気が凍る。

セレスは笑顔を浮かべながら、声のトーンを低くし、威圧する。

 

「いや別に。さあ、今日は遅いし、退散しますかな、ハハハ」

 

山田はあっさり屈した。

なんだかんだでセレスが怖いのだ。

まあ、わからないことはないのだけれども・・・でもさぁ・・・

 

「さ、黒木智子殿、行きましょう。え、黒木智子殿・・・?」

 

山田の声を無視し、1歩前に進む。

 

「あら、どうかしましたか?わたしくは貴方にも命じたつもりですが、黒・・・えーと」

「黒木智子・・・だよ。いまだにクラスメイトの名前も覚えられないのか、お前は?」

 

そんなヤツいねーよと笑う桑田君との会話をふと思い出した。

そう、普通ならいないのだ。この状況下においてそんなヤツは。普通は・・・ね

場が静まる。

山田がおろおろと交互に私とセレスを見ている。

 

「・・・。」

 

セレスは、私を無言で見ている。

「お前」という言い方が気に障ったのだろうか?

もちろん、別に喧嘩を売ったつもりはない。

敢えて理由をつけるとしたら、

礼儀を知らない相手に対して、私も礼儀を放棄しただけだ。

 

「ウフフフ、わたくしとしたことが、軽率でしたわ。

あなたを不快にさせたことをお詫びしますわ。どうか許してくださいまし」

 

意外なことにセレスはそう言って一礼した。

ま、まあ、こちらとしてもそこまで他意があるわけではないし、もう・・・

 

 

 

「わたしく、基本的に、価値の無いものの名前は覚えませんので」

 

 

 

顔を上げたセレスは、躊躇なくそれを言い放った。

変わらぬ微笑で、明らかな嘲笑を込めて。

 

「この際だから、言っておきます。貴方・・・一体なんですか?」

 

セレスは言葉を続ける。

 

「山田君の・・・同人作家ですか?まあ、不快ですが、百歩譲ってその商業的価値を認めます。

ですが、貴方の才能は一体何なのですか?喪女?何デスカそれ?」

 

セレスは、タブーに触れた。

多分、クラスメイト全員が思っていることを。

そして、私自身が一番思っていることを。

 

「別段、商業的価値があるわけでもない。社会的価値があるわけでもない。

喪女・・・それはただの蔑称ですわ。

はっきり言っておきます。そんなもの才能でもなんでもないですわ」

 

何の躊躇もなくセレスはタブーを言弾で貫いた。

 

「おわかりですか?貴方は凡人です。何も才能も無いただの凡人。

だから、貴方は本来、ここにいてはいけない人間なのです。

この才能を唯一の価値とする、この希望ヶ峰学園に、貴方は不要な存在なのです。

だから、わたくしが貴方を覚える必要などない・・・当然のことですわ」

 

そう・・・その通りだった。

喪女。それは才能ではなく、ただの蔑称。

私はとっくの昔からそれを知っていた。

超高校級の”喪女”と任命されたあの日から、

ネットに毎日のようにそう書かかれ続け、

朝起きて、夜寝る前に、必ず1度は自問自答する。

 

喪女って何だよ(哲学)?・・・と

 

全て希望ヶ峰学園の気まぐれだと、今のところ私は結論づけている。

だから、セレスの言ったことを概ね認めるつもりだ。

 

「ここまで言えば納得して頂けましたわね。さあ、帰ってくださいませんか?どこのどなたさん」

 

悪びれることなくセレスは微笑を浮かべる。

その笑顔にはどこか満足感すらあった。

そう、例えるなら、道に迷った外国人に親切に道案内した後のように。

 

ああ、そうだった・・・お前はそういうヤツだった。

奢り、高ぶり、才能のない者を見下すことを当然と考えている・・・そんなヤツだ。

コイツは、あの十神白夜と同じ類の人間だ。

ああ、そうだ。

コイツこそ、

このセレスティア・ルーデンベルクと名乗るこの女こそ、

 

思い上がった超高校級そのものなのだ。

 

私は忘れない。

あの時のことを。

 

冷たくなった盾子ちゃんの遺体の前で泣く私に、

 

「自業自得…ですわ」

 

そう言って見下ろしたお前の瞳を私は忘れていない。

ああ、そうとも。

私は、あの時から、ずっとこの女にムカついていたんだ。

 

「この際だから・・・私も言わせてもらうけどさぁ・・・」

「はい?」

 

尻尾を巻いて帰っていくと考えていたのか、

私の言葉にセレスは意外そうな顔をした。

 

 

「お前のギャンブルの才能って・・・一体何の社会的な価値があるの?」

 

 

山田が汗を流し、“チョッ!?”と呟いた。

セレスの顔から微笑が消えた。

 

「どう考えても無いよね?っていうか社会悪だよね?はっきり言うと害悪じゃん。

お前が見下してる私の才能と同じようなもんなんじゃないかなぁ~~

というか同族嫌悪?アハッ!」

 

嘲笑してやった。

明らかに、セレスの表情は変わった。

 

「それにさぁ~本当にそんな才能、お前にあるの?たまたま、運よく勝ってきただけじゃないの?

まあ、運の才能なら、苗木君がいるから、お前もいらない存在なんじゃないのかな?」

 

場が凍り、山田も凍る。

セレスの目がすぅーと細くなった。

私の背中に冷や汗が流れる。

だが、もう引けない。

危機を感じているからこそ、私は引けない。

“クズの矜持”にかけて私は引かない。引いてはいけない。

だから、私は引きがけを引く。

 

 

 

 

「それにさぁ・・・

日本人のくせに何がセレスティア・ルーデンベルクだよ。プ、馬鹿じゃねーの?」

 

 

 

タブーを撃ち抜いた。

クラスメイトの誰もが思っていたこと。

そして、誰もが敢えて触れなかったこと。

 

直後、”熱風”が部屋を突き抜ける。

室温が上がったように感じた。

それと同時に酷い寒気も。

部屋がやたらせまく、セレスの存在が大きく感じられた。

 

(ヤバイ・・・)

 

それはおおよそ、同じ高校生が、

それも背丈がさほど変わらぬ女の子が出せる威圧ではなかった。

この圧迫感・・・押し付けられるような感覚は、

十神とも、黒幕とも違う異質なものだった。

 

(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ・・・!)

 

出るべきだった。

もはや、極寒のブリザード吹き荒れるこの部屋から。

逃げるべきだ。

命が惜しいなら、いますぐにセレスの前から。

 

(ウッ!)

 

逃げようとして体勢を変えたところ、足がもつれ、私は心の中で躓いた。

それは一面の銀世界。

雪の中から顔を上げると、目の前に1匹の白い狼が座っていた。

狼、それは気高く孤高の存在。

その白い狼の額には「クズ」と張り紙が貼ってあった。

 

狼は私に問う。

 

「俺のことはいい。お前はセレスから逃げるのか?」

 

まるで私の心を見透かしているかのようだった。

狼は言葉を続ける。

 

「怖いから逃げるなんて言わないよな?」

 

そう・・・私はセレスを恐れた。

 

「あれほどのことをして、いまさら命が惜しいなんて言うつもりか?」

 

・・・ッ!

言える訳が・・・なかった。

私は立ち上がり狼を見る。

 

「それでいい。お前はクズとして死ぬべきだ」

 

狼は立ち上がり吼える。

 

 

「クズとして・・・決して言ってはいけない言葉がある!

クズはクズとしてクズらしく生き、クズらしく死ぬために、決してしてはいけないことがある!」

 

 

ああ・・・わかっているとも。

その通りだ。

クズはクズとしてクズらしく生き、クズらしく死ぬ・・・そう決めたなら、

決して言ってはいけない言葉がある。してはいけないことがある!

 

怖い・・・それは命が惜しいから、怖いのだ。

・・・ふざけるな!いまさら命など惜しくあってたまるか!

 

逃げる・・・それは命が惜しいから、逃げるのだ。

・・・ふざけるな!いまさらそんなことが許されるかよ!

 

セレスを恐れること。

セレスから逃げること。

 

それはすなわち、今の私の全てを否定することに他ならない。

クズとしての誓いも、矜持も全て嘘だというのと同じことだった。

それだけは・・・ダメだ!

たとえ、死んでも、惨たらしく殺されようとも、それだけは譲れない。

 

私がクズであるために恐れはいけない!逃げてはいけない!

殺されようともクズを貫け!

 

いつの間にか狼は姿を消し、吹雪は止んでいた。

 

現実に帰還した私は、目の前の怪物を睨む。

 

「だからなんだ!文句があるなら、かかってこい!私を殺してみろ!さあ、殺せ!」

 

私は叫ぶ。狼のように。

 

ああ、そうとも。

 

私は――――

 

 

 

     「命なんてこれっぽっちも惜しくねーんだよッ!!」

 

 

 

言ってやった。

クズとして私は矜持を貫いたのだ。

後はもう、どうにでもなれだ。

 

「ちょ、ちょっと!落ち着いてください!黒木智子殿!」

 

山田が慌てて、仲裁に入り、私の肩を掴む。

 

「離せ山田!クソ女!オラ!かかってこいよ、コラ!タコ!タココラ!」

 

興奮してわけがわからなくなった私は、

まるで試合後のお約束の場外乱闘しながら

マイクパフォーマンスをするプロレスラーのような言葉を喚く。

 

 

――――ウフフフフ

 

 

嘲笑・・・?

最初はそう思った。

鼻っ柱をへし折ってやったつもりだった。

だから、やせ我慢して”効いてない”アピールをしていると思っていた。

 

だけど―――

 

「ウフフフ、いいですわ~その表情」

 

セレスは、両手で自分を抱き締めながら体を震わしていた。

 

「ええ、貴方は嘘をついていません。

ええ、わかりますとも。何度も修羅場を経験してきたわたくしにはわかります。

あなたは本気だと。

本当に命を惜しんではいないということが。命を賭けてそれを言ったことが」

 

セレスの表情には怒りはなかった。

 

「それが信念のためでも、たとえ狂っていても、追い詰められもはや後がなくとも、

ええ、同じです。

命を賭ける人間の瞳はいつだって同じなんですよ。

貴方の瞳には、命を賭ける人間が放つ輝きがありますわ。

ウフフ、一寸の虫にも五分の魂・・・素晴らしいですわ!」

 

そこには確かな喜びがあった。

セレスは喜んでいた・・・!

 

「わかりましたわ。ええ、いいですとも。

黒木智子さん・・・貴方の名を覚えましょう。

貴方は今、わたくしの敵となりました。その資格を得ましたわ!」

 

咲き誇る薔薇のように優雅にセレスは、私に手を向ける。

私はまるでオペラを見ているような錯覚に陥る。

 

「命を賭ける・・・それはすなわち、ギャンブルですわ。

貴方と私の決着は、ギャンブルしかありません!さあ、黒木さん!」

 

 

 

――――賭け狂いましょう!

 

 

 

大きな赤い目を輝かせながら、

セレスティア・ルーデンベルクは妖艶な笑みを浮かべた。

 

 

「なッ!?」

 

何を言っているのか私は理解がついていかなかった。

ギャンブル勝負?この女と!?

 

「それでは何で勝負しましょうか?ウフフ楽しいですわ」

 

鼻歌を歌いながら、セレスは勝負の道具を漁っている。

明らかにご機嫌に。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!セレス殿!」

 

私より先に山田が声を上げる。

 

「無理ですぞ、いくらなんでも!

黒木智子殿は明らかに素人。それなのにプロであるセレス殿とガチ勝負なんて!」

 

当然の物言いだ。

正直、言ってくれて助かった。

さすがに私もギャンブルでセレスに勝てるなどと思っていない。

そもそもギャンブルなんてしたことねーし。

 

「勿論、そんなことわかっていますわ」

 

当然とばかりにセレスは答える。

 

「こんなズブの素人である黒木さん相手に、

このわたくしが対等の勝負をするわけないじゃないですか」

 

事実であるが、明らかにちょっと煽ってやがる。

ここは我慢してセレスの話を聞くことに集中しよう。

 

「ええ、ハンデを差し上げますわ。10戦して1勝でもすれば、黒木さんの勝ちでよろしいですわ」

 

10戦して1勝でも勝てばいいのか・・・ならば可能性はある?

私は思考する。

もしかして、セレスは大したことがない可能性も微妙に存在する。

なにより、命賭けのギャンブル。

勝てば、かなりの無茶な要求を通すことが出来る。

 

(セレスに私を殺させることもできる・・・?)

 

悪くない。

私は死ねるし、この女が後で処刑されても、正直特に罪悪感はない。

もちろん、泣いて拒否するかもしれないが、

その時はこのクソ女の高慢なプライドはボロボロだろう。

正直、わるくない勝負だ。

 

「よし、受けた」

「グッドですわ!」

 

セレスは私に向かって親指を立てた。

え、コイツ、何かカワイイ!?

 

「でも・・・わたくし相手に10戦連続は素人では無理でしょう。そこで提案ですわ」

 

そう言って、セレスは山田の方を向く。

 

「山田君、貴方も参加しなさい」

「ひょ、ひょえ!?」

 

セレスの突然の指名に山田は素っ頓狂な声を上げる。

 

「はじめの5戦を貴方が私と戦うのですわ。勿論、勝った場合は黒木さんの勝ちでいいですわ」

「ちょっと待ってください!話を進めないでくださいよ!」

 

セレスの提案に山田は抗議する。

 

「な、なんで僕まで参加しなくちゃならないのですか?」

「いいじゃないですか。貴方は特に何も賭ける必要はありません。無料でいいですわ」

「いや、だからそういうことではなくて・・・」

「もし、貴方が勝ったら・・・なんでもして差し上げますわ。そう、なんでも」

「やってやるぜ~~~~ッ!!」

 

ン?今・・・という暇もなかった。

山田の参戦が決定した。

 

「うぉおおおお~~絶対に勝ってやる!絶対にやってやるぜ!」

 

燃え上がるエロ豚に私は汗をかく。

もはや止めることは不可能なようだ。

やるって・・・一体何をやるのですかねぇ・・・?

ま、まあ、別にいいか。

山田の勝利は私の勝利。

私に辿りつく前に山田に負ける方がはるかに屈辱だろう。

 

(ククク、この豚の慰みものになってしまえ)

 

私は、山田の同人誌に出てくる女幹部のようなセリフを呟く。

勿論、なんだかんだでセレスは泣いて拒否するだろうけど、

その姿を見るのも十分に面白いだろう。

 

山田よ、もし勝ったなら、私はもう二度とお前のことを豚と呼ばないことを誓おう。

さあ、やっておしまい!

 

「うぉおおお~~~やってやるぜぇ~~~ッ!!」

 

山田の雄叫びを合図に勝負は始まった。

 

 

 

 

十数分後。

 

「てへ☆負けちゃったぜ」

「ふざけてんじゃねーぞ、この豚がぁあああ~~~ッ!!」

 

ポーカー

ババ抜き

オセロ

花札

黒ひげ危機一髪

 

種類の違うゲームでストレート負け。かすりもしなかった。

最後の黒ひげなどは、最初の一刺しで黒ひげが樽から飛び出す始末。

 

「お前他人事だからってテキトーにやってんじゃねーよ!」

 

私は山田に詰め寄る。

こんな結果なら当然だろう。

 

「テキトーですとな・・・?」

 

その言葉に山田はピクリと動く。

 

「そんなわけないでしょうが!僕がどれだけ勝ちたかったか、アンタにわかるか!

セレス殿にあんなことや、こんなことを命令したくて、どんだけ僕が勝ちたかったか!

猫耳のセレス殿に膝枕で耳かきをうぉおおおおおお~~~~うぉおおおおおおんんん!!!」

「わ、わかったよ、ゴメンよ・・・」

 

山田の迫真の嘆きに私の方が謝ってしまった。

 

「まあ、性欲は鬼気迫るものがありましたが、やはりダメですわね。なにも賭けないというのは」

 

セレスはため息をつく。

 

「それではメインディッシュといきましょうか、黒木さん」

「クッ・・・!」

 

いよいよ私の番か。

だけど、私もそうやすやすと食われてなどやるものか!

 

「黒木智子殿、気をつけてください。何かセレス殿おかしいんですよ。具体的に言えませんが」

 

山田は耳元でアドバイスしてきた。

山田の言いたいことがなんとなくわかる。

ギャンブルの時のセレスの雰囲気が・・・空間が何かおかしかった。何かが・・・。

 

「でも、困りましたわ。このままでは山田君と同じ、味気ないギャンブルになってしまいます。

せっかくの命賭けのギャンブル・・・存分に愉しみたいですわ。ああ、そうですわ!」

 

セレスは何か思いついたように遊具が詰まった箱を漁る。

一体、何を・・・?

 

「わたくしたちのギャンブルはこれにしましょう」

 

セレスはそう言って3種類のカードを出した。

 

王様

平民

奴隷

 

え、これってあの某有名ギャンブル漫画の例のアレ!?

 

「そう、例のアレですわ」

 

簡潔に説明すると、

 

5枚のカードが用意される。

プレイヤーは王と奴隷に別れる。

(王側は王1枚、平民4枚。奴隷側は奴隷1枚、平民4枚)

王は平民に勝ち。平民は奴隷に勝ち。奴隷は王に勝つ。

プレイヤーは王と奴隷に別れる。

奴隷での勝利は数倍のポイント

 

まあ、こんなところか。

まさか、これで勝負することになるとは・・・

 

「ええ、ですが、少しルールを変えましょう」

 

セレスはそう言って、奴隷のカードを投げ捨てた。

え・・・?コイツ何を?

茫然とする私を尻目にセレスは黙々と作業を進める。

 

テーブルには十枚のカード。

セレス側には王1枚に他トランプのカードが4枚。

私の方には、平民が1枚、他トランプのカードが4枚。

 

「基本的にルールは変わりません。

今回の場合は、平民がトランプのカードに勝ち、王が平民に勝ちます」

 

わけがわからなかった。

ルールが変わらないならなぜ、こんな無駄な変更を行ったのだろう。

 

「今回に限って、立場の変更はありません。私は王側のみで行います」

 

 

――――ッ!!?

 

 

私と山田は絶句した。

原作のギャンブル漫画においても、奴隷は圧倒的に不利だからこそ、報酬は数倍だったのだ。

つまり、奴隷での勝利は圧倒的に難しい。

確率でいえば、1/5X1/4×・・・ああこれでいいのか?めんどうなので勝手に計算してくれ!

 

「逆に平民側の勝率は圧倒的ですわね」

 

セレスはあっけらかんと口にした。

こ、この女・・・状況を理解しているのか?

王側だけで勝つということが確率論的にどれだけ絶望的なことか。

 

「わかりやすく言えば、平民である貴方は王である私から逃げ切れば勝ち・・・ということです」

 

セレスは微笑を浮かべる。

私には勝機を捨てたとしか思えなかった。とても正気とは思えない。

 

「そう、このギャンブルのテーマは王が思い上がった平民に対する懲罰。

おわかりですか?黒木さん。

これは何の才能もない凡人の貴方に、

ギャンブルの王であるわたくしが誅を下す・・・そのためギャンブルなのですわ」

 

「~~~ッ!!」

 

舐めやがって・・・舐めやがって~~~ッ!!

どれだけ思い上がっていやがるんだ!

絶対に勝つ!必ず後悔させてやるッ!!

 

「では、はじめましょう」

 

いきり立つ私を前に、セレスはすまし顔で席に着く。

 

(殺す・・・!絶対に殺してやる!いや、殺させるのか)

 

先行のセレスがカードをおいた。

次は私の番だ。

奇襲でいきなり開幕から平民を出して・・・

 

「ええ、そうですわ」

 

私が出した後、同時にオープンする。

結果は、どちらもトランプ。

 

「なんだかんだで、考えていても最初には出せないものです」

 

(ちッ・・・!)

 

ブチキレたまま、平民のカードを出すべきだった。

 

だが、ヤツの言葉がいいヒントになった。

そう、序盤ではなかなかだせないものだ。それは王側も同じ・・・いや、それ以上か。

私は平民を出した。

まだ序盤、ならば勝負してみるのも悪くない。

 

「あまり私の言葉を信じない方がいいですわ」

 

セレスは微笑を浮かべながらカードを置き、開いた。

 

「グッ・・・!」

 

絵柄の王と目が合い、私は呻く。

 

「ウフフ、黒木さんて本当に単純ですわね」

 

セレスの嘲笑の中、2ラウンド目が開始された。

先行は私からだ。

まずは様子を見よう。

セレスも迷うことなくカードを置く。結果、ドロー。

次はセレスの番だ。

セレスはあっさりとカードを選択し、置いた。

この女は迷いというものがないのか・・・?

まあ、今度はこちらから仕掛けさせてもらおう。

 

「平民を出しちゃおうかな~~んん~~?」

 

セレスの眼前に平民のカードをチラつかせる。

 

「ウフフ、それは嬉しいですわ。わたくし、王を置きましたので」

 

セレスは微笑を崩さなかった。

さすがは超高校級といったところか。

だが、私は見ていた。

ヤツの瞳の中に一瞬、困惑と恐怖が映るのを。

 

「ククク、死ね!蛇めが!」

 

私は、某中間管理職のようなセリフを吐きながら、平民のカードを叩きつけた。

勝った!第3章完!

 

「わたくしが蛇なら、きっとあなたが蛇なんですわ」

 

セレスが微笑を浮かべたまま、カードを開く。

 

「ヒッ!?」

 

また王と目が合った。私を懲罰しようと睨んでいた。

 

「再び序盤で仕掛ける・・・それは奇策でもなんでもなく、ありきたりなセオリーですわ。

それに瞳は嘘はつかないというのも、嘘ですわ。まあ、さきほど体感して頂けたと思いますが」

 

「クッ・・・!」

 

私は青ざめる。

全部読まれていたのだ。

だが、それ以上に恐ろしいのは、それを実行できたことだ。

結果論として、セレスの予想は正しい。

だが、果たしてそれを実行できるかといえば、NOだ。

もしかしたら・・・とか可能性を考えてしまう。躊躇してしまう。迷ってしまう。

だが、コイツは何の躊躇も迷いもなくそれを実行したのだ。

それこそが真に恐ろしかった。

 

第3ラウンド。

すでに第二勝負までドローとなった。

 

「ハア、ハア」

 

空間がやたら狭く感じる。息が苦しかった。

ここまでの流れは、全てセレスの言葉に、表情に、仕草に、

そういった全てに誘導されているような気がする。

逆に私の全てはセレスに見られているように感じた。

上下左右。東西南北。全ての角度からセレスの視線を感じた。

体力と精神を削られていく。

まずい・・・ならば、これしかない。

 

「おや?」

 

セレスは意外そうな顔をした。

私はカードを集めると手の中で混ぜて、そこから1枚引いて静かに置いた。

何が出たか私にもわからない。

それはセレスも同じこと。

 

(どうだ・・・?お前の掌から抜け出てやったぞッ!!)

 

運を天に任す。それが私の最後のギャンブル。

 

「いいですわ~黒木さん。不確かなものに命を賭ける・・・ギャンブルはそうでなくては!」

 

セレスは赤い目を輝かせる。

ギャンブル狂め!好きにするがいい。今度こそ私の勝ち・・・

 

「ですが・・・私もギャンブルでは強運なんですわ」

 

その言葉とともにカードは同時に開かれた。

平民と王が顔を出した。

”ぐにゃり”と私の輪郭が歪むほどの衝撃が奔る。

 

「おしかったですわね。さあ、続けましょう!」

 

楽しそうにセレスは次のゲームを催促した。

 

「うぅ・・・うぁああああ~~~~」

 

恐怖の声を上げ、私はカードを出した。

 

「ああ、ダメですわ。取り乱しては、何を出したか丸わかりですわ」

 

平民と王が対面する。

 

「・・・ッ!」

 

恐怖で勝負を急いだ・・・いや、投げ出してしまった。

これでは小学生にすら勝てない。

 

「さあ、いよいよ最後ですわね」

 

セレスは名残惜しそうにカードを置いた。

 

「ハア、ハアハアハア」

 

一体、どうすればいい。

 

「ハアハアハア」

 

何をすればいい。どうすれば・・・。

 

「ハア、ハアハア」

 

空間がやたら狭い、い、息が苦しい。

 

私は何をすれば・・・え、私は何をやって・・・?

 

 

私は・・・セレスと・・・

 

 

「・・・子殿!」

「ハアハア、ハア」

「・・・智子殿!」

「ハアハアハア」

 

「しっかりしてください!黒木智子殿!」

 

 

誰かに呼ばれた気がしてた。

 

「終わってます!もう、勝負は終わってますぞ!」

 

気づくと山田が必死で私の肩を揺さぶっていた。

え?山田?あ、あれ?勝負は?

テーブルを見ると、平民と王のカードがあった。

 

(え、私・・・負けたの?)

 

いつの間にか、勝負は終わっていた。

この圧倒的有利な条件で、私は完敗したのだ。

 

「堪能しました。久しぶりにいいギャンブルでしたわ」

 

セレスはうっとりとした表情で余韻にふけている。

 

「黒木さん、礼をいいますわ。

貴方のおかげで、このギャンブルのおかげで、

わたしくしは自分が何者であるかを思い出すことができました」

 

セレスは恭しく一礼した。

それには、本当に心が篭もっているように感じられた。

 

「勝負はわたくしの勝ちですわね。ならば・・・」

 

セレスはドアの方をちらりと見た。

それ以上は、言わずもがなだ。

私は山田に肩を借りながら、よろよろと歩き始める。

恥ずかしながら、本当に疲労困憊だ。

もし、十戦連続で戦っていたなら、私は心身ともに壊れていただろう。

私と山田はゆっくりと出口に向かう。

 

その時・・・それに気づいた。

 

 

見られている・・・観られている?視られている・・・!

 

セレスが私達を見ていた。

あの大きな赤い瞳を輝かせながら。

 

敗者のブザマな姿を見る・・・そういう趣味なのだろうか?

それに抗議する資格は私にはない。

 

勝者が全てを得て、敗者は全てを奪われる・・・ギャンブルとはそういうものだ。

 

私がこの娯楽室に足を踏み入れることは二度とないだろう。

 

「お待ちなさい」

「え?」

 

まさに出ようという時だった。

 

「気が変わりました。山田君と黒木さん、貴方方はこれから毎日、この部屋に顔を出しなさい」

 

 

―――!?

 

 

山田と私は顔を見合わせる。

何が起きているのかわからなかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!な、なんで・・・」

「反論は許しません。ギャンブルの勝者の権利は絶対です」

「うッ・・・」

 

ギャンブル・・・それも命賭けのギャンブルに負けた直後なのでぐうの音も出ない。

セレスは微笑を浮かべながら言葉を続ける。

 

「単なる気まぐれですわ。掃除は面倒なので召使が欲しいと思っていたところでしたし。

ウフフフ、この部屋はわたくしだけでは広すぎます。それに・・・」

 

 

 

 

   ”ギャンブルには相手が必要ですわ”

   

   

   

 

そう言ってセレスティア・ルーデンベルクはにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 




様々な思惑の中、”物語”は再びはじまる。



【あとがき】

久しぶりの2万字超えです。
お待たせしました・・・なんてレベルじゃないですね。

申し訳ありませんでした。

仕事が忙しかった・・・とかいろいろ理由がありますが、
まあ理由になりませんね。
とても、待っていてください・・・なんていえません。

だけど、書けたら投稿する・・・という形でなんとか続けたいと思っています。
もし、読んで頂けたら幸いです。



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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 前編③

どうしてこうなった・・・?

 

どうしてこうなっててしまったのでしょうか?

 

もう昼をとうに過ぎた頃、私は重い足取りで部屋から出る。

 

「はぁ・・・」

 

深い溜息をつく。というか溜息しか出ない。

夢に描いたクズライフが始まろうという時に、まさかこんな事になろうとは。

 

これから毎日、娯楽室に顔を出す。

 

それが、あの命賭けのギャンブルで勝ったセレスが私に課した条件だった。

 

なんで?どうして!?

 

そんな反論を許さないかのようにセレスはあの後、さっさと娯楽室を出て行った。

 

(あの女・・・一体何を考えてんだ?)

 

そう自問したところで答えなど出ないのは明白だった。

あのギャンブルを通して改めて体感した。

あの女・・・いや、超高校級の才能を持った者は明らかに”普通”ではないことが。

故に、普通の具現化とも言える私がいくら考えてもわかるはずなどない。

まあ、せいぜい察するに、友達いそうにねーから、寂しいとか・・・?

いや、まさか・・・HAHAHAHA。

 

(はぁ~)

 

何はともあれ、初日くらいは出るしかない。

その後、どうなるかはしらないが、初日から約束を破るのは気が引ける。

いくら私が超高校級の”クズ”と言えど・・・だ。

 

ク~ン・・・

 

ハッとして振り返る。

一瞬、廊下の端に悲しそうな目でこちらを見つめる狼さんの幻が見えた。

 

(わかっていますとも・・・狼さん)

 

たとえ隷属の身に落ちようとも私は超高校級の”クズ”!

その心までは囚われはしない。

顔を出す・・・とは言った。

ククク、だが、いつまでに来るとは言っていない・・・!

 

こんな遅くに、しかも寝起きバリバリで、娯楽室に現れる・・・まさにクズ!クズの所業!

 

そんな私を見て、セレス達が許すはずがない!

 

 

「黒木智子殿、アンタ、こんな時間に来るなんて非常識すぎますぞ~!」

「信じられません!黒木さん、貴方は本物のクズですわ!それも超高校級の!」

「そうですぞ!このクズ!クズ~~~~~~~!!」

「ええ、召使の件は、当然白紙です!というか、首です!クビ!クビ~~~~!!」

 

 

・・・とそんな展開になるに違いない。ククク、まさに、クズにふさわしい末路だ。

 

(はぁ~)

 

また溜息が出た。

何はともあれ、今日で終わることを祈りながら、私は、重い足取りで娯楽室に向かう。

まるで夏休み明けの学校に行くかのような気持ちで。

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

「クズゥ~~」

 

娯楽室の扉を開けて、最初に発したのがその言葉だった。

誰も・・・誰もいやしねー。だれも来てねーじゃねーか!?

茫然と娯楽室の真ん中に立ち尽くす。

驚いた・・・。

アイツら、まさか超高校級の”クズ”たる私以上にクズだったとは。

 

「おや、黒木智子殿じゃないですか!」

 

もはや、聞き慣れたその声に振り返る。

そこには、ぶ・・・いや、超高校級の”同人作家”山田一二三が巨大な体を揺らし、立っていた。

 

「やっと来ましたか。こんな時間に来るなんて黒木智子殿は本当にクズですな~~」

「あ?」

 

その言葉とケラケラ笑う山田の顔にカチンときた。

 

「何言ってんだよ。私より遅れてきたくせに、クズはお前だよ!このクズ!」

「いやいや、最初に来たのは僕ですよ!このクズ!」

「嘘ついてんじゃねーよ、このクズ!」

「嘘じゃないですよ、このクズ!ク~ズ!」

「証拠出してみろよ!このクズ!クズ!クズ!」

「ホントだってば!さっきからクズクズうるせーな!このクズクズクズ!」

「クズ!クズ!クズ!クズ!クズ!豚!(ボソ)クズ!クズ!クズ!」

「このクズ!クズ!クズ!クズ・・・って途中何か別のが混ざってなかったですかな!?」

 

そんな不毛なやり取りを五分ほど続けた後、

疲れたので、とりあえず山田の言い分を聞くことにした。

 

「いや~アンタ達、待ってても全然こなくて・・・そしたら気づいたんですよ。

この部屋、ちょっと寒くね?って」

 

なるほど、言われてみると少し寒かった。

この娯楽室は結構広い。そのため、ヒーターが部屋全体までは効きにくいようだ。

拉致された時期から考えれば、季節は恐らく冬となっているはずだ。

寒いのも道理だ。

 

「そこで倉庫で見つけたこれを持ってきたのですよ!」

 

そう言って、山田は廊下からあるものを引っ張ってきた。

 

「なッそれは・・・!?」

「フフフ、そう・・・

日本の冬にはなくてはならないもの・・・それこそ、このコタツですぞ~~~!!」

 

野郎・・・!とんでもないものを出してきやがった!

 

コタツ・・・それはまさに日本の冬の象徴。

 

驚く私を尻目に、山田は、鼻歌を歌いながら、コタツを組み立て、あっという間に完成させた。

コードを入れ、スイッチをつけるとコタツに明かりが灯る。

 

「ふう・・・」

 

山田は上掛けをめくり、コタツに入り、一息つく。

 

「クッ・・・!」

 

その至福の表情を見て私は狼狽える。

 

「あれ、黒木智子殿は入らないのですか?暖かくて気持ちいいですぞー」

 

どこか上から目線の山田のその言葉に私は素直に従うのは屈辱だった。

故に心にも無いことを口にした。

 

「マ、マズイんじゃないかな。セレス・・・さんが来たら、きっと怒られる・・・と思うし」

「フ~ン」

 

山田は私の言葉にまったく聞く耳を持たない。

それどころか、どこからか篭一杯に入ったみかんを取り出し、コタツの台の上に置いた。

 

コタツでミカン・・・コイツは犯罪だぜ・・・!

 

「も、もうやめろよ!セレスさんに怒られる・・・ぞ!」

 

誘惑を振り払うかのように私は叫ぶ。

セレスが来たら怒るというのは本当だが、それ以上に、私がこの光景に耐えられない。

 

「へたっぴ」

「え?」

「クズを自称してるのに、息抜きが下手ですな~黒木智子殿。そんなんじゃもたないよ、ん?」

「グ・・・ッ!」

 

そんな私に対して、山田の上から目線はますます強くなる。

ミカンを一房、私に差し出す。

 

「黒木智子殿も食べますか?甘くて美味しいですぞ~」

「うッ・・・」

 

今、あの瑞瑞しいミカンを口に入れたら、どんなに甘美だろうか。

 

「で、でも・・・」

「あ、そう。ムシャムシャ、モグモグ、あ~美味しい!」

「クッ・・・!」

 

この豚が・・・!

クソ!私の欲望を見透かされオモチャにされている。

タイミングを失った。最初から一緒にコタツに入っていれば、こんなことには・・・

 

そんなことを思っている時、ふいに後ろに気配を感じた。

 

「確保!」

「なッ!?」

 

山田がいつの間にか私の後ろに回りこんでいた。

 

「黒木智子殿、意地を張ってないで一緒にコタツに入りましょう」

「や、ヤメロ―!ハナセー!」

「フフフ、口ではそう言っても、体は正直ですぞ」

 

山田が何やらエロいことを言っているが、確かにその通りだった。

悔しいが、言葉とは裏腹に、私の体は大した抵抗を見せず、ゆっくりとコタツに向かっている。

もはや、コタツに入るのは不可避のようだ。

だが、体は屈しても、心まではそうはいかない!

 

(コタツなんかに・・・コタツなんかに負けない!)

 

そう心に誓いながら、私はコタツに足を入れた。

 

「あひぃ~~」

 

負けてしまいました。

瞬殺です。ダブルピースです。

 

 

黒木ダム・・・決壊ッ!!

 

 

その後は、山田に薦められるままにミカンを貪り、駄菓子に手を出す。

 

「最近、新しい駄菓子が入ったんですよ」

「丸い棒に、モノクマ味が出たんだ・・・あ、結構うまい。なぜかカニみたいな味がする」

 

 

豪遊

 

 

「これ、コーラっぽい味がして結構好きなんです」

「へー名前はビールモドキか・・・うわ!?泡が飛び出てきた!」

「ハハハ、何やってるんですか」

 

 

豪遊・・・!

 

 

「やっぱり冬と言えば鍋ですな!今朝はいい豚が入ったんですぞ」

「いいのか?お前の親類が混じってるかもしれないのに」

「こいつ~☆」

「えへへ」

 

 

まさに豪遊・・・!

 

 

・・・1時間後。

 

「そろそろマズイですよ、黒木智子殿」

 

ほろ酔い気分が醒めたのか、山田は狼狽え始める。

見るとコタツの周りは、駄菓子だの鍋だのゴミが散乱していた。

 

「もう少しだけいいじゃねーか。この黒木の酒が飲めねーのか?んん~?」

「いやいや、酒じゃねーし。ていうか、なんで黒木智子殿酔ってんだよ!」

「別に気にすんなって!あははは!」

 

ビールモドキを飲んでる内に、本当に酔った気分になってきた。

セレスさんがいつ来るかとビクビクしていたが、もうどうでもいい。

ああ~いい気分。まさにクズって感じ。

 

「もう、マジでヤバイですよ。早く片付けないと」

「チッわかったよ、うるせーな」

 

せっかく人がいい気分になっていたのに・・・まあ、山田の言うことも一理ある。

あの人がこの状況見たら怒りそうだな。

 

そう・・・きっとこんな風に。

 

「山田君に、黒木さん・・・貴方方は本当にクズですわね」

「お、何か始まった!?」

 

私は立ち上がり腰に手を当てる。

 

「おわかりですか?皆さん」

「お、結構似てますぞ!」

 

口調を真似てポーズをとる私に山田は爆笑する。

 

「まったく信じられませんわ。わたくしの別室にコタツを持ち込むなんて」

 

私は調子に乗ってセレスさんの真似を続ける。

 

「もちろん、却下ですわ!即刻、片付けなさい!」

 

うん、我ながらなかなかの演技だった。本人に見られたら殺されるけど。

 

(・・・ん?)

 

ふと見ると、先ほどまで爆笑していた山田が目を逸らし、顔を青くしていた。

 

え、一体、何があ・・・

 

 

「山田君に、黒木さん・・・貴方方は本当にクズですわね」

 

 

その声にゾッとして振り返った。

視線の先には、いつの間にか、セレスさんが・・・セレスティア・ルーデンベルクが立っていた。

 

「おわかりですか?皆さん」

 

これこそが本物であると言わんばかりの言い方だった。

もう、見られていたのは確実だ。い、一体いつから・・・!?

 

「まったく信じられませんわ。わたくしの別室にコタツを持ち込むなんて」

 

私に当て付けるかのように、同じセリフを言うセレスさん。

もう結末は見えている。

この後、こっぴどく叱られて、コタツの片付けと掃除をさせられるのだろう。

 

だが、その予想は直後、覆された。

 

「まあ・・・あり、ですわ」

 

 

――――!?

 

私と山田は顔を見合わせる。

セレスさんが何を言ったのか一瞬、わからなかった。

 

「わたくしもコタツに入ってよろしいですか?」

「あ、は、はい!どうぞ、どうぞ!」

「では、失礼します」

 

そう言って、コタツに入るとセレスさんは”はぁー”と深い溜息をついた。

 

「一杯・・・頂けませんか?」

「あ、はい!」

 

私は慌てて、コップを用意し、ビールモドキをつぐ。

セレスさんは、それを一気に飲み干した。

 

「ヒック・・・ですわ」

 

ノンアルコールなんだよなぁ・・・。

顔を赤らめてまるで焼け酒を飲むかのようなセレスさん。

心配する私達に、意を決したようにその理由を話し出した。

 

「わたくしは、長考することはあっても、悩むことはありません。

だから、この問題に直面した時に、すでに答えは出ていました。

ですが、なんとかそれを避けることができないのかと夜通し考え、

そして、先ほど目覚めました。

ええ、わたくしは悪くありません。全ては山田君と黒木さんのせいです」

 

開幕から煽ってきやがった・・・!

お、落ち着け私。とりあえず、話を最後まで聞いてみよう。

 

「ええ、知っての通り、わたくしは、容姿端麗、頭脳明晰、絢爛豪華。

気高く、気品に満ち溢れ、舞踏会の殿方全てを魅了する才色兼備の結晶・・・etc。

ええ、だからこそ、このような悲劇が起きてしまったのです!

おわかりですか?皆さん!」

「ヒッ!?」

 

俯きながら自画自賛していたセレスさんが突如、顔を上げた。

うわぁ!?ビックリした!心臓に悪いわ。しかし、悲劇とは一体?

 

「正直・・・わたくしが、貴方方をこの部屋に招いたことには、大した理由はないのです。

”ギャンブル”・・・と少々格好をつけてしまいましたが、

そこのゲームをしたり、お茶を飲んだりと、貴方方と交流を楽しむことで

この変化のない退屈な日常のささやかな潤いになればいい・・・そう考えていたのです」

 

見るとテレビの脇に旧型のゲーム機が置かれていた。

倉庫はなかったので、「モノモノマシーン」のガチャガチャで当てたのだろうか?

 

「ええ・・・ですが、それは無理なのです」

 

セレスさんは悲しそうな表情を浮かべた。

いよいよ悲劇とやらの核心に入るようだ。

 

「ええ、わたくしはあまりにも美しく、あまりにも気高く、あまりにも完璧過ぎます。

それに比べて、山田君と黒木さんは、取るに足りない愚物、いいえ、ただのゲテモノですわ!

例えるなら、月とスッポン。豚に真珠。

ええ、並び立つはずがありません!

貴方方がわたくしに合わせることなどできません。何度転生してきてもありえません!」

 

そう言って苦悶するセレスさん。

スゲェなコイツ・・・全方位、360度から煽ってきやがった・・・!

何が、凄いって、本人は正直に話してるだけで、煽ってる自覚がまるでないことだ。

 

「想像してください!私達がお茶を飲んでいる姿を!」

 

セレスさんは、カードゲームや山田が執筆で使っているテーブルを指差す。

 

「そこで私達は優雅にお茶を飲んでいます。

ええ、もちろん会話などありません。雰囲気に飲まれた貴方方は固まってしまいました。

お地蔵さんのようにカチンカチンに」

 

言われてみるとなんとなくその光景が見えてきた。

 

「緊張に耐えかねた山田君がガマカエルのように大量の汗をかき始めます。

それを見て、黒木さんが持ち芸の過呼吸を開始します。”ハアハア”、”ハアハア”と。

そんな貴方達を見て、わたくしは微笑を続けます。

それが何時間も続きます。毎日、毎日、終わることもなく、繰り返して・・・

嫌ですわ!どうしてギャンブルで勝ったのに、そんな地獄を味わわなければいけないんですか!?

絶対に嫌ですわ!嫌!イヤ・・・!イヤァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

「ヒィイイ~~ッ!!」

 

ムンクの叫びのようなポーズでセレスさんは絶叫する。

私もつられて恐怖の声を上げた。

見えてしまった。セレスさんが見た地獄のイメージが一瞬、明確に。

ありえる・・・!

というか、それこそが私がもっとも懸念していたことだったのだ。

 

「ええ、ですから、わたくしは諦めました」

 

顔芸を止めたセレスさんの表情にはどこか諦観のようなものがあった。

 

「貴方方がわたくしに合わせることができないならば、

わたくしが貴方方に合わせるしかありえません。非常に不愉快ですが、それしかありません。

それに比べたら、このコタツなどなんの問題にもなりません。

いいじゃありませんか。

あのテーブルに比べて会話がしやすい位置取り・・・まさに古き日本の知恵ですわ」

 

言われてみると・・・確かにテーブルよりも落ち着ける。

コタツに入る貴婦人という違和感半端ねー点を除けばだけど・・・。

 

「少し・・・酔ってしまいましたわ。おやすみさないまし」

 

ノンアルコール・・・とツッコミを入れる間もなく、

セレスさんはストンと背を後ろに倒し、スヤスヤと寝始めてしまった。

なんと勝手な女なのだろうか。

山田に同意を求めようとすると、山田もすでにzzと寝ていた。

 

「ふぅ・・・」

 

私もバカらしくなり、大の字に寝そべって天井を見つめる。

ここでどう振舞おうか、などと、考えていた自分が今はバカらしく感じる。

 

(なんだ、全員クズじゃないか・・・)

 

天井がボヤけてきた。

私はそのまま眠りにつくことにした。

 

 

 

 

 

  

    本日より・・・”クズ”事始――――

    

    

    

    

    

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで私は娯楽室通いを続けていた。

基本、メンバーの集まりは遅い。

午前中はまずありえない。

午後過ぎに、各自がぞろぞろと僅差で集まってくる。

クズたる私は、基本寝起きで現れる。

山田あたりは、遅めの昼飯をとった後のパターンが多い。

セレスさんはなにやってるかわからないが、どうやら着こなしに時間をかけているようだ。

一番遅くに来た者に対して「クズ」と罵るのが最近私達の中で通例となっている。

まあ、セレスさんに対して面と向かって言うとブチキレそうで怖いので、

セレスさんが最後の時は、横の山田を「クズ」と罵る。

”なんですと!?”とリアクションをとる山田を見るのが楽しい。

ああ、そうだ。

最近は、メダルを集めてモノモノマシーンのガチャガチャを引いた後に娯楽室にくるのが

ちょっとしたブームとなっている。

私は2回連続で「動くこけし」を引いて山田に爆笑された。

 

それともう1つブームになっていることは・・・

 

 

「フ、どうしてもというなら、貴様らの申し出を検討してやらんでもないぞ」

 

 

壁に寄りかかりながら、山田がキメ顔を浮かべた。

 

「えーと、確か今は山有学園大学に転入した後でしたわね」

「うん、そのために十神のヤツ、ハルバード大学を中退したはずだし」

「フフフ、さあどんな状況か当ててみたまえ、探偵諸君!」

 

 

ことの始まりは、換気のためにドアを開けた時だった。

 

「ハアハア!」

 

十神が凄い速さで娯楽室を横切った。

アイツ・・・まだ逃げてたみたいだ。

それどころか、走法が短距離から長距離に変わっていた。綺麗なフォームだった。

なにやら陸上の本を図書室で読んでいるのを見かけたが、

そこまでして逃げるのを諦めないのも、まあ十神らしい。

そんなことを思っていた時だった。

 

「ハアハア!」

 

山田が突如、その場で走る真似を始めた。

綺麗なフォームだった。先ほどの十神そっくり。

 

爆笑だった。

 

それから山田は十神の物真似に磨きをかけ、

私とセレスさんは独自のストーリーを付け足した。

 

殺人鬼に追われる内にマラソンの魅力に目覚めた十神白夜。

彼は悩んだ。

このままハルバート大学に進学し、十神財閥の総帥を継ぐ。

輝かしい成功の道。

だが・・・はたしてそれでいいのか?

彼の本当に求めているもの・・・それは・・・!

 

そして十神は周りの反対を押し切り、ハルバート大学を中退。

箱根山駅伝の常連である山有学園大学に転入するに至ったのだ。

 

「ヒント!ここは陸上部の部室前ですぞ」

 

そう言って、山田は、体勢をより急な角度に変えた。

 

「なぜ十神君は部室に入らないのでしょうか?難しいですわ」

 

マラソンのために大学まで変えたというのに、

十神のヤツは一体何をやっているのだろう?

さっさと入部すればいいものを・・・いや・・・ヤツは十神白夜だぞ。

そんな常人の行動をとるはずがない!

 

あっわかった・・・!

 

 

「自分から入部するのはプライドが許さず、

勧誘されようと陸上部の部室のドアの寄りかかり、部員達が部室に入るのを妨害する十神白夜!」

 

「正解!」

 

直後、笑いが起きた。

 

「どこまでプライドが高いのでしょう。あなたの才能はマラソンではありませんわ」

「さっさとどけよ。部室に入れねーじゃーか!ていうか、お前誰だよ」

「貴様ら・・・この俺を誰だと思ってるんだ・・・!俺は超高校級の”御曹司”十神・・・」

「マラソンと何も関係ねーじゃん!バカ言ってないで、早く入部届け書けよ」

「それにもう貴方、大学生じゃないですか」

「ウヌッ・・・貴様ら・・・!」

 

十神の真似をする山田相手に私達は好き勝手に罵声を浴びせる。

 

物語はさらに加速する。

舞台はいつの間にか、箱根山駅伝本番。

十神の所属する山有学園は、トップを争っていたが、悲劇は往路の9区で起きた。

山有学園の選手が突如、故障。トップと大きな差がついてしまった。

 

「貴様!何をしている!さっさとこい、クズめが!」

 

最終10区の選手である1年、十神が

足を引きずり必死に走る4年生に対して腕を組み、檄を飛ばす。

 

「貴様のミス程度でこのプロジェクトを失敗させることなど許さん!

足が千切れても構わん!死ぬ気で走れ!」

 

わずかな期間で強豪校のエースとなったのはさすがと言える。

だが、所詮、十神は十神だった。

それは先輩選手に対する叱咤激励というより、ただの罵倒。

まるで、ブラック企業のパワハラ上司が年上の部下に対して行うかのように。

これ・・・正月のお茶の間に流していいのか?

 

「何だその走りは?だから貴様は凡人なのだ!ククク、見ろ、まるでゴミのようだ。クハハ!」

 

ゴミはおめーだよ・・・。

そんなことを思っていると、ついに4年生が十神の前に辿りついた。

ふらふらで襷を手渡そうとする4年生。

ケガをして必死で襷を繋げても、その相手はあの十神白夜。

最悪である。

きっと、戦犯として一生罵倒されるんだろうな・・・。

 

「・・・よく走った。襷は確かに受け取った。

後はこの俺に任せておけ。ククク、安心して休んでいろ。必ず勝つ・・・十神の名に賭けてな!」

 

「おい、どうした!?カッコいいじゃねーか!?」

「よくわかりませんが、成長してますわ!?」

「そのキメ台詞初めてカッコいいと思っちゃたよ!」

 

なんだよ、そのツンデレは!?

十神が颯爽と走りだしたところでCMが流れた。

CM明け。

そこにはトップを独走する十神の姿があった。

 

「ダメじゃん!完全にインチキじゃねーか!」

「区間新記録どころか、人類の新記録出しちゃいましたわ!」

「実況もツッコめよ!何、和やかに語ってんだよ!いくら積まれたんだよ!」

 

先導の車もいつの間にかロール○ロイスに変わっていた。

十神の周りを黒人のSPが取り囲むような形で走っている。

 

「もはや完全にアメ○カ大統領のジョギングになってるじゃねーか!」

「返してください!市民の箱根山駅伝をどうか返してくださいまし!」

 

笑いすぎて腹が痛い。

まさか、十神をネタにしてこんなに笑える日が来るとは思わなかった。

次はどんな展開に・・・ん?

 

「貴様ら~一体、何をしている!?」

 

その声の方を見ると、そこには、箱根白夜・・・じゃなかった。

本物の十神白夜が怒りに満ちた表情で立っていた。

なんという偶然だろう。

たまたま換気のためにドアを開けていて、

たまたま十神をネタにして遊んでいたところを、

たまたま通りかかった十神に目撃されてしまったのだ。

 

「クズどもが・・・!この俺を侮辱するなど絶対に許さん!」

 

ガチ切れだった。

まあ、コイツの人生で同級生にネタにされて笑い者にされたこととかねーだろうしな・・・。

しかし、ネタの後でご本人のキレ芸とか反則だろ。面白すぎる。

私と同じことを思っていたのだろうか。

セレスさんも山田も十神から目をそらし、プルプルと震えている。

 

「貴様ら~~~ッ」

 

十神は血管を浮かべ、いまにも襲い掛かってきそう。

だが、私には対十神用の必殺の呪文があるのだ。

 

「あ、ジェノサイダーだ!」

「何!?クッ・・・!」

 

十神は部屋に入るのを即座に止め、脱兎のごとく駆け出した。

本当に綺麗なフォームで。

その10秒後、本当にジェノサイダーが走ってきた。

 

「頑張れ!ジェノサイダーもしくは、腐川!」

「結婚式には呼んで下さいまし!」

 

私とセレスさんが声援を飛ばし、それにジェノサイダー?が手を振り答える。

まるで箱根山駅伝のように。

 

うん・・・本当にバカだなアイツら。

バカ同士、殺し合って死ねばいいのに。あ、でも、それだと私が困るな・・・。

 

(うーん・・・)

 

特に十神に対してなんとも言えない気持ちとなった。

なんというか、RPGの初期の強敵が後半で雑魚になったような・・・そんな残念な何か。

 

え、もしかして・・・

 

 

(十神って・・・もう安全なのでは・・・?)

 

 

 

    

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

「面白そうなモノを当てましたわ」

「あ、それ!スマッシュ姉妹の最初のやつじゃん!」

 

セレスさんが本日、ガチャガチャで当てたきたのは、64時代の初代スマッシュ姉妹。

CDではなく、カセットという歴史を感じさせる代物だった。

最近引いたものの中では、これは大当たりに該当する。

この前引いたのは16ポンドのボーリングの球だったか。

5キロ以上は持てないとかいう設定とは一体・・・?

”そんなもの何の役に立つの?”そう問う私に対して、セレスさんは

 

「いつか何かの役に立つかもしれないじゃないですか」

 

微笑を浮かべてそう答えた。

 

「まあ、凡人の貴方では勿論、何もありませんが」

 

と勿論、最後に煽りを入れるのも忘れなかった。

しかし、前述の言葉が、

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクを

語る上で意外に重要なものとなってくる。

セレスさんは、勉強熱心・・・いや、違う。本能的に知識欲が旺盛なのだ。

先ほどのボーリングの球をコタツで寝ながら、3時間以上観察していた。

彼女がボーリングの球から、何を感じ取っていたのか知らないが、

そんな行動は凡人は決してとらないだろう。

この前は、「ボクシング入門」という本を引いてきて、ずっと読んでいた。

ボクシングが好きなのだろうか?

問いかけて見ると、まるで興味がないという。

敢えていうならば、やはり”いつか役に立つかもしれない”らしい。

凡人はそんなことは考えない。

そんな凡人たる私が、敢えて彼女の行動理由を推測するならば、

その”いつか”とは、ギャンブルであり、何か発想の転換や逆転のヒントを得ようと

日々、いろいろな情報を収集しようとしているのではないか。それも自然に本能で。

あくまで凡人の推測である。

だが、それが真実を突いていたなら、何と恐ろしい女であろう。

絶対に敵に回したくないわ。

ただ、あれだけは他のものと反応が違ったな。

壁にかけてある城の絵を見る。

あのなんの変哲もない西洋の城の絵。

あれを引いてきた日は、終日彼女の機嫌がよかった。

嬉しそうにずっと、あの絵を見ていた。

まあ、ゴスロリをしている彼女が

中世ヨーロッパの城が好きなのはごく自然なことなんだけどね。

 

・・・話がやや脱線してしまったようだ。

今日は山田が来ていない。本日のクズはアイツのようだし、

そのままの流れで、セレスさんとスマッシュ姉妹を対戦することになった。

このゲームの対戦において、私には勝機があった。

この最新版に関しては、ネット対戦でやり込んでいる。

だから、バージョンが古くてもだいたい動きはわかる。

リアルな友達と対戦・・・?

いやいや、この時代、必要ないでしょHAHAHHAHA・・・。

なにより、何気にセレスさんには、ゲームでただの1度も勝てていないのだ。

 

「わたくし、ウメなんとかさんという方と対戦して勝ち越しましたわ」

 

絶対、嘘だろそれ。

だが、彼女は、確かにゲームが上手かった。

天性の才能もそうだが、私や山田の対戦を見て学習しやがるからタチが悪い。

なんだかんだで、彼女との対戦で勝ったことがない。

だからこそ、このスマッシュ姉妹において、なんとか雪辱を晴らそうと心に決めた。

私はこのゲームに慣れている・・・だけではない。

初代のみに存在する必勝法を知っているのだから。

 

「とりあえず、やってみましょう。まあ、わたくしの勝ちですけど」

 

セレスさんは電気ネズミを選び、私はキャプテンコンドルを選んだ。

序盤は一進一退。いや、私が押され始めた。やはり上手い。

だが、ここからだ。もう少しで時間が来る。

 

「あ!?」

 

セレスさんは声を上げた。

突如床が崩れて、電気ネズミが落下した。

キャプテンコンドルはそれを予期していたかのように華麗にジャンプした。

 

(勝った・・・!)

 

穴から脱出しようとジャンプする電気ネズミを叩き落す。

まるでもぐら叩きのように。

そうこれは初代のみに存在するクソステージ。

1度嵌ったらそこで試合終了のクソ仕様。

私は、この存在を某動画サイトのなつかしゲーム実況で知った。

まさか、その時は私がこれを利用することになるとは思わなかった。

 

「クッ!」

 

状況を即座に理解したセレスさんがコントローラーを連打する。

またしも、負けじと連打する。

 

(無駄だ。もう勝負はついているのだよ!)

 

横で連打するセレスさんを見てなんとも言えない優越感に浸る。

私は今、

あの超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクを手玉に取っているのだ。

 

「セレスさんどうしたのかな~~あれ、出られないの?あれ~~」

 

鼻歌を歌いながら、煽る。

立場逆転である。

 

「今回は私の勝ちだね!イエ―イ!セレスさん、ウェーイ!」

 

セレスさんは顔を伏せ、プルプルと震えていた。

効いてる。効いてる。

どうだ!凡人もやる時はやるのだ!

これにコリたら、今後は私の扱いをもっと丁重に・・・

 

「・・・クソッタレ」

「え?」

 

 

「クソッタレですわ~~~~~ッ!!!」

 

 

「ちょ!?」

 

一瞬耳を疑った。

あのセレスさんの口からそんな言葉が出るはずが・・・。

ブチキレていた。

血管を浮かべ、セレスティア・ルーデンベルクは完全にブチキレていた。

 

「舐めてんじゃねーぞ!ピチグソがぁああああああああ!!」

「なッ!?」

 

彼女は突如、コントローラーを床に固定し、ボタンを中指で連打し始めた。

ちょ、アレってまさか、伝説の16連打!?

 

「オラァアアアアーーーミンチにそんぞコラァアアーーーー」

「ひ、ヒィイイ~~~~」

 

豹変した彼女に怯えながら、プレーを続ける。

電気ネズミが凄い勢いで跳ねている。

これって、まさか、連打に処理が追いついていない!?

 

「オラァアアアアーーーーーッ!!」

「あッ!」

 

ほとんどバグみたいな動きで電気ネズミの化物が穴から這い出てきた。

たじろぐキャプテン・コンドル。

その後、制限時間一杯まで、凄惨な虐殺が行われたことを、敢えて語ることもないだろう。

対戦が終わった後、場を静寂が支配した。

私は、完全に引いていた。

突如、セレスさんが立ち上がり、本体からカセットを抜いた。

無言だった。

一体、どうするつもり・・・

彼女は、カセットを床に静かに置くと、

ボーリングの球を持ち上げた。

 

「ああ、重いですわ」

 

今さら、その設定・・・!?

そうツッコミを入れる間もなく、球はカセットを破壊した。

もはやどうすればいいのかわからねえ。

 

「ね、言ったじゃないですか」

 

そんな空気の中、彼女は微笑む。

 

 

「いつか役に立つ・・・と」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

ゲーム対戦が終わった後も山田はまだこなかった。

 

「喉が渇いてしまいましたわ。お茶を入れてください、召使さん」

 

まあ、あれだけ騒げば、そりゃそうだろな・・・。

そんなことを思い、お茶を用意する。

召使と煽ってきたが、そもそもそういう話でここにいることを思い出し、我慢する。

我儘な彼女はロイヤルミルクティーしか認めないから、結構めんどくさい。

山田もまだこないことなので、

テーブルでお茶しながら、2人きりでいろいろ話すことになった。

女子会みたいで、新鮮だった。

結論から言おう。

 

セレスティア・ルーデンベルクは天性の嘘つきである。

 

彼女自慢話は大体が嘘だった。

 

「ルールは知りませんでしたが、メガネの名人に将棋で勝ったことがありますわ」

 

嘘だ。

余談だが、将棋はラッキーで勝つことはありえないらしい。

 

「ある富豪と自分の血液を賭けて勝負しました。わたくしは一時的に血液を・・・」

 

これも嘘。

それ、20年以上勝負が続いた有名な漫画じゃねーか。

 

だが、彼女の話術は真に迫ってくるものがあり、思わず引き込まれる。

ただ嘘をつくのではない。

嘘の中に真実も混ぜてくる。

その逆に真実の中に嘘を仕込むことも。

元ネタを知らなければ、私はあっさり騙されていただろう。

これも彼女の才能。

相手を欺く、ギャンプラーとしての才能なのだ。

 

私は彼女が何を考えているかなどわからない。

その本心を知ることなどないだろう。

 

まあ、嘘でも面白いから全然OKなんだけどね。

 

そんな彼女に2つの質問をしてみた。

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクにインタビュー!

 

その①「セレスさんのライバルはどんな人?」

 

「ライバル・・・ですか、ええいますわ。彼女のことは片時も忘れません」

 

おお!?いないと答えると思っていた。

彼女・・・ということは女の人のようだ。

 

「彼女の名前はじゃ・・・」

 

そう言って彼女は固まった。

 

「じゃ・・・じゃじゃ?」

「え?じゃ・・・?」

「じゃ・・・ジャジャジャ・・・はい、黒木さん!」

「え!?私!え、じゃ・・・ジャジャジャーーーン!」

「ハァ~貴方は本当につまらないですわね」

「いや、知らねえし。つーか、振ってくんな!」

 

そんなこんなで”宿命のライバル”とやらの名前を思い出すのに15分ほど要した。

わかった。

コイツ、私だけじゃなくて、本当に人の名前を覚えないんだ。

なんとも言えない安堵感の中、会話を再開する。

 

「彼女の名前は・・・蛇喰夢子さんですわ」

 

蛇喰夢子。

 

なんという苗字だろうか。

でも、その奇抜な苗字で思い出した。

当時ネットで話題になっていた超中学級の2人のギャンブラーのことを。

一人はもちろんセレスさん。

そして、もう一人は彼女であった。

どちらも名前が面白いということで話題になっていた。

特に、蛇喰夢子さんの方は本名らしい。

 

「彼女と会ったのは、入学前でしたわ。ここで彼女と会いました」

 

お、なにやら面白そうだ。

 

「わたくし達2人は、超高校級の”ギャンブラー”の座を賭けて勝負するために呼ばれました」

 

その話は、ネットにはなかった。

スゲェ・・・そんなことやってたのか。

まあ、結果はセレスさんの勝ちというのはわかっているけど。

 

「わたくしは彼女を見て、その勝負を辞退しました」

 

 

――――!?

 

意外すぎる事実だった。

あのセレスさんが勝負を降りた!?

 

「その時のコンディションに運。全てを計算して、彼女に勝てないことを悟りました」

 

嘘だろ・・・?セレスさんが敗北を認めた!?

 

「彼女を一目見てわかりましたわ。”あ、コイツ、わたくしに惚れてるって”」

 

当時を思い出したかのうように、セレスさんはクスリと笑った。

 

「わたくしはギャンブルの天才です。まさに比類なき天才。ですが、わたくしは人間です。

彼女は違いますわ。彼女は人間ではありません。

蛇喰夢子・・・彼女はギャンブルそのものです。

ええ、ギャンブルの闇が擬人化した化物・・・そう言って間違いありません。

ねっとりとした視線で見られました。

体のあちこちを嘗め回すように。あんなトコやこんなトコまで。

その精神の奥まで。

彼女は、超高校級の称号が目当てできたのではありません。

わたくしに会いにきたのです。

わたくしと抱き合いながら、ギャンブルの深遠まで堕ちるために来たのです」

 

あのセレスさんをして”化物”と言わしめるなんて・・・

蛇喰夢子・・・恐ろしい子!

しかし、それから一体どうなったのだ!?

 

「そんな彼女とのギャンブルが普通に終わるわけがありません。

青天井までいきます。どちらかの命が尽きるまでギャンブルは続くでしょう。

ですが、わたくしには夢があります。

たかだが、超高校級程度を賭けて、蛇喰さんと死合う気になれませんでした。

そのことを正直に彼女に伝えました。

もし、貴方とやり合うならば、

それこそ、全てを賭けて全身全霊で戦いたい・・・そう告げました。

彼女、残念そうな顔をしていましたわ。

あ、余談ですが、私と彼女が見つめ合っている時、

なにやらレーザーみたいなものが出ていたらしいですわ」

 

ああ、なんか想像できるわ、それ。

そんな場に居合わせたくないけど。

 

「結局、彼女は辞退しました。

そして、わたくしは、予定通り、超高級の称号を手に入れました。

わたくしは、勝負は降りましたが、その権利を手放すとは言っていませんので」

 

(不戦勝かよ・・・)

 

「ずるい・・・そう思っていますわね」

 

私の心を見透かすようにセレスさんは笑った。

 

「ですが、誰が何と言おうとも、わたくしは高らかに宣言します。

わたくしこそが、超高校級の”ギャンブラー”であると

だってわたくしは・・・」

 

 

  ”あの蛇喰夢子相手に生き延び、その称号を勝ち取ったのだから・・・!”

 

 

 

武の勝利・・・!

 

超生物相手に死んだふりで生き残った某海王のセリフが頭を過ぎった。

わずかな判断ミスや意地によって、もしかしたらセレスさんは死んでいたかもしれない。

ならば、当初の目的を達成し、生き延びたセレスさんは、

ギャンブラーとしては、誰が何と言おうとも勝者なのだ。

 

「その後、彼女はギャンブルを最上の価値とする高校に行ったと風の噂で聞きましたわ」

 

ギャンブラーはどこまでもギャンブルを求めるらしい。

”蛇喰さんとまた会いたいか?”と質問したところ

 

「嫌ですわ」

 

とセレスさんは即答した。

命賭けのギャンブルをしなければならないから・・・ではないらしい。

 

「あの方・・・わたくしと完全にキャラが被っているのですわ・・・!」

 

あ、それ知ってる。

どちらもお嬢様キャラだって。

しかも、どちらかと言えば、セレスさんがパクリと・・・

 

「それだけじゃありません!キメ台詞まで同じなんです!瞳の色まで!

ネットではわたくしがパクったと・・・違います!わたくしが最初なんです!

オリジナルはわたくしなんですぅううう!!どうして!?嫌!イヤァアアアアアアアーーー!」

 

地味に深刻な理由だった。

キャラって大切だもんなぁ・・・

 

「お、なにやら面白いことやってますかな?」

「遅せーよ、このクズ!」

「本当ですわ、このブ・・・クズ!」

「え、今・・・」

 

本日のクズも合流し、次の質問に移る。

 

その②「ギャンブルで勝つ秘訣とは?」

 

「悩まないことですわ」

 

セレスさんはあっさり答えた。

 

「わたくしは、基本悩みません。即断即決。常にそれを心掛けています」

 

ギャンブルの秘訣は意外にもシンプルなものだった。

 

「何かに囚われることにより、正常な判断を失い。敗北を招きます。

動かないことは生物として死んでいるのと同じです。

勝負とは常に動き続けます。それに対応するには悩んでる暇はありません。

知っていますか?幸運の神様は前髪しかないのですわ」

「え、モヒカンみたいな?」

「まあ、そんな感じですわ」

 

私は凡人だからこれを真似するのはちょっと無理なようだ。

 

「セレスさんの出身はどこですかな?」

 

山田がいきなり質問を始めた。

 

「栃木県宇都宮市ですわ。ルーデンベルク家は宇都宮の大名でしたわ」

 

即答した。

明らかな嘘を加えて。どこのキリシタン大名だよ。

それが本当なら栃木県ルーデンベルク市になってるじゃねーか。

 

「好きな食べ物は?」

「餃子ですわ。わたくしはあの庶民の下品で臭い餃子が好きなのですわ」

 

これは本当そうだな。

しかし、本当に即断即決だな。迷いがない。

 

「今日のパンツの色は?」

「もちろん、わたくしのトレードカラーのく・・・オラァアアアーーーーッ!!」

「グハァッ!?」

 

直後、セレスさんは華麗なステップで山田の懐に飛び込み、左のボディブローを決めた。

 

「いいパンチだ・・・世界を目指せるぜ・・・!」

 

そう言って、山田はガクリと倒れた。

スゲェな・・・本当にどこで役に立つかわからないや。

 

「まあ、わたくしの真似は貴方には無理ですわ。ですが・・・」

 

セレスさんは私の方を振る向く。

 

「黒木さん、今の貴方は他の方々よりは、ほんの少しですが優秀なのですよ」

「え・・・?」

「貴方はここから出ることを諦めました。

いい心がけですわ。下手に希望を持つよりずっといい。

それはギャンブラーのわたくしが保障しますわ」

 

彼女に言われて・・・改めて思い出した。

そうだ・・・私はここから出ることを諦めたのだ。

 

「下手な希望を持つから出ようとして、あのような事が起きたのですわ。

だったら、はじめから希望など持たなければいい。ここで、助けを待てばいいのですわ」

 

「そうですな~下手に動かず、警察が来てくれるのを待った方がいいかもしれませんな」

 

セレスさんの意見に山田も頷く。

 

「最悪、助けがこなくても、ここで楽しく暮らせばいいじゃないですか。

それをわたくしは以前から、何度も皆さんに訴えていますわ。

あの方々は、なぜ聞き入れないのでしょう。それに何の不都合があるのでしょうか?」

 

セレスさんの言う通りだった。

希望を持ったから・・・私が希望を抱いたから・・・あんなことに・・・。

 

「さあ、全てを諦めなさい、黒木さん」

 

セレスさんが顔近づける。

大きな赤い目で私を見つめる。

 

「絶望するのです。全てを諦め、絶望に身を委ねなさい」

 

その赤い目を見ているとグルグルと目が廻ってくる。

 

「ちょ、洗脳してますぞ!?」

 

山田の声でハッとする。え、私、洗脳されていた・・・!?

 

「話は変わりますが、山田君、貴方さっきから何を作っているのですか?」

 

山田が大きめの紙になにやら書いていた。

 

「ああ、これですか。

いやね、毎日集まってるから、もう部活みたいだなって。

だったら、いっそ、本当に部活にしちゃおうかな・・・と思いまして」

 

その張り紙には「娯楽部」と書かれていた。

 

「希望ヶ峰学園”娯楽部”・・・いい感じじゃないですか。部長はもちろん僕で!」

「却下しますわ」

「ふぁ!?」

 

山田の提案をセレスさんは即座に否定します。

 

「部活動のことでありません。貴方が部長であることを許可しません」

「え、なんでですかな!?」

 

山田の問いにセレスさんは哀れみの表情を浮かべる。

 

「山田君・・・部長は人間しかなれませんわ」

「豚っていいたいんだろ!そうなんだろ!?」

 

山田が即座にツッコミを入れる。

もう伝統芸みたいになってきたな。

 

「なら、セレス殿が部長ということですな?」

「いいえ、違います」

 

またもセレスさんが否定する。

 

「わたくしが、部長などという低俗な役職に就くわけがありません。

わたくしにふさわしいのは、そう・・・名誉顧問ですわ!」

 

セレスさんが胸を張る。

まあ、流れでそう言うと思ってたのだけど。

 

「じゃあ、決まりですな」

「ええ、そういうことですわ」

 

セレスさんと山田が頷く。

え、一体何を・・・?

 

 

「部長は黒木智子殿で決まりですな!」

「まあ、他にいないので仕方ありませんわ」

 

 

「え・・・?」

 

えぇえええええええええええええ~~~~~ッ!?

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、な、なんで私が!?」

「別にいいじゃありませんか。結構似合っているかもですぞ」

「仕方がありませんわ。他に人間がいないのです」

「で、でも・・・」

 

私が部長・・・!?

な、なんだこの展開は!?

 

「じゃあ、部長さん、それをドアに貼っておいてくださいな」

「ついでに部屋の掃除をお願いしますですわ、部長さん」

「あ、ちょ、ちょっと・・・!」

 

そう言って、山田とセレスさんは部屋から出て行った。

しまった。クソ!やられた。

 

部屋に一人取り残された私は、渋々と掃除を始める。

一人だと娯楽室がやたら広く感じた。

 

(私は何をやっているのだろうか・・・これでいいのか?私)

 

確かに、クズらしい生活をしている。悪友と呼べるアイツらと楽しく遊んで。

 

最近・・・あの声が聞こえてこない。

自分を呪う自分の声が。

 

「ふぅ・・・」

 

掃除が終わり、最後はこの張り紙を貼るだけとなった。

ドアの前に立つ。

”娯楽部”そう書かれた張り紙を貼った時、ふと思い出した。

 

あれは、希望ヶ峰学園に転入する前にいた高校の夏休み前だったか。

何をするわけでもないけれど何だか楽しい部活動。

そんな居場所が欲しくてある日、「日常部」という部活の申請書を出してみた。

次の日、それはあっさり否決された。

理由は活動内容不明。

まあ、当然と言えば当然であった。

その日、校庭から日が沈み、あかりが灯る校舎を眺めた。

あのあかりの中で、部活動をしている他の生徒が羨ましかった。

 

私は、ただ仲間とバカなことをして遊び、笑い合える・・・そんな場所が欲しかっただけだ。

 

そんなことをなぜ今、思い出したのだろうか・・・?

 

張り紙に触れる。

 

 

(ああ、そうか・・・)

 

 

 

 

 

       夢が・・・叶ったんだ。

 

 

 

 

 

 





絶望の中、夢叶う。


【あとがき】

ダンガンロンパで言えば、今回は日常回となります。
わたもての方も原作での部活を作ろうとした時のことを使わせて頂きました。
原作だと、2学期だったとは思いますが、
この物語だと夏休み前の出来事にしました。
悪友達とのクズで切ない物語がテーマですので、最後はしんみりしてます。
前編も終わり、もこっちは、目を背けてきたものと向き合うことになります。
まあ・・・なんというか、応援してあげてください。



■「絶対やベー少女」について

わたもての”ヤンキー”こと吉田さんが主役の第2回学級裁判直後の”外”の世界の出来事。

今回、読みきりSSとして描こうと思っていましたが、
ページ数が増えたので、短話として次話で投稿します。
本来は、最終話でナレーションでも使って語ろうとした外の世界の状況の話です。
意外と重要な情報もでてきます。
そのため、読みきりではなく、ちゃんと本編の1つとして扱うことにしました。


■来年のスケジュール

・絶対やベー少女

・中編(2話)

・後編(2話)

・学級裁判(1話)

・終劇(1話)


3章、あと6話。来年には終わるか・・・微妙。


■もこっちの”おしおき”を活動報告で募集(予定)

予定では採用したものを作成者様公認の上、作品にそのままコピペ。
または、規約に触れるかもしれないので、少し改良して載せる。

・・・ようなことを企画しようかと考えています。
時期は後編が終了した後・・・くらいでしょうか(予定)



以上、

今年最後の投稿になります。
ちょっと仕事が忙しくなってきてあまり書けなくなってきています。
来年はもう少しペース上げられるように頑張ります。

読んで下さいましてありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
よいお年を!


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絶対やべー少女

 

「ぷぷぷ、プギュヒヒヒ!プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~、アーッハハハハ」

 

 

不二咲千尋の殺害から始まり、クロである大和田紋土の処刑。

そして、石丸清多夏と黒木智子の絶望で幕を閉じた第二回学級裁判。

勝ち誇り嘲り嗤うは、黒幕である超高校級の”絶望”。

その黒幕が操る分身、

現希望ヶ峰学園の学園長・モノクマの嗤い顔がスクリーン一杯に映し出される。

 

スクリーンに・・・その顔に・・・

 

 

”金属バット”が突き刺さる――――

 

 

 

 

    ”てめー、調子に乗ってんじゃねーぞッ!おら――――!!”

    

 

 

 

「ちっ」

 

ハッとなって我に返る。

手に持っていたバットは、気づいた時にはスクリーンに突き刺さり、そこから煙が出ていた。

我慢の限界だった。

あのクマ野郎の嗤い顔が画面一杯に映った瞬間、気づいた時にはバットを投げていた。

ネズミーランドで”あのパンダきもくね?”と呟いたダチの顔面をぶん殴った時みてえに

手が勝手に動いていた。

 

あのモノクマとかいう野郎は、喧嘩を売ってんだ。“希望”の側にいる全ての人間にな。

 

 

・・・つまり、この私、吉田茉咲に喧嘩を売ったんだ!

 

 

「わかったよ・・・その喧嘩買ってやるよ!」

 

あのクマ野郎、少しだけカワイイからって調子に乗りやがって!

ボコボコにしてあのムカつく口縫い付けた後、

クレーンゲーム機の中に放り込んでやるよ。

 

ついで・・・だからな。

あのバカを助けるのは、クマ野郎をぶち殺すついでだ。

あくまで、ついでだからな!

 

ダチを殺したのはお前だ・・・そうクマ野郎に言われた直後、

ゆっくりと倒れていく黒木智子の姿を思い出す。

 

(てめーのせいじゃねーだろ・・・!)

 

ダチが殺されたのは、てめーのせいじゃねーだろ。

どこまでバカなんだ、あのクソガキは。

あんな野郎のデマカセに簡単に騙されやがって。

ダチが死んだのは、お前のせいじゃない。

それはきっと死んだダチもそう思ってるはずだ。

だから、ぶん殴ってでもそれをアイツにわからせなくちゃいけない。

まあ、間違いなくぶん殴るけどな。

 

(本当・・・どこまでバカなんだアイツは・・・)

 

 

”人類史上最大最悪の絶望的事件”が起きた少し後、

私のいる避難所にあのバカは・・・黒木智子はやってきた。

超高校級の連中のほとんどが希望ヶ峰学園に残る中、

アイツは、家族と一緒にいることを選んだらしい。

 

”あの”超高校級”の高校生がこの避難所にいるらしい・・・。”

 

そんな噂を耳にしていたが、まさか関わることになるとは思わなかった。

避難所生活をおくる上で、様々な作業をする必要があった。

それは学生だろうがなんだろうが関係ない。

そのため、何人かで”作業班”を作って対応することになった。

そこで何の因果かアイツがいやがった。しかも班長で。

超高校級ってのはどんなスゲーもなのかと思っていたら、

 

胸の先っぽはつまむわ、股間に手を突っ込んでくるわ、

 

あのガキ、完全にイカレてやがる。

何が超高校級だよ!ただのバカじゃねーか!

だけど、あの班が縁で私達、”4人”はなんだかんだでツルむようになった。

腐れ縁・・・ってやつだ。

 

まあ、悪くねーな・・・そう思うようになった頃だ。

 

 

あの襲撃が起きたのは。

 

 

私達の避難所が絶望の連中に襲撃された。

避難所のゲートは何者かに開けられ、

それを待っていたかのように絶望の連中が襲ってきやがった。

その混乱の中で、あのバカは行方不明になっちまった。

 

あの頃の絶望の勢いは圧倒的だった。

世界中でテロが起き、多くの人間が死んだ。

希望を失い、絶望に駆逐されていった。

 

私も正直、やべーと思った。

このまま負けちまうかもしれねーってな。

だけど・・・違った。

未来機関の連中と一緒になって、絶望の連中と戦り合う内に、私は気づいた。

 

コイツら・・・何かおかしいってことにな。

 

上手く説明できねーけど、なんつーか体と心が一致してねーんだ。

絶望を口にする割には、

それは誰かに言わされてるみてーで。

まるで、脳みそに何かを刷り込まれたみてーに喚いてるだけだ。

心からそう思ってるわけじゃねーんだ。

だから、いつもギリギリのところで私達に・・・希望に負けるんだ。

 

要は、ニセモノなんだよ、アイツらは!

 

それから、少しずつ希望側は、戦局を挽回していった。

絶望的な状況はついに、五分まで押し戻していた。

勢いは間違いなく希望が上だ。

このまま行けば・・・いや、間違いなく私達が勝つ!

 

ようやく、あのバカを探す余裕ができる・・・そう思っていた時に、あの放送が始まった。

 

学級裁判。

絶望に乗っ取られた希望ヶ峰学園を舞台にした超高校級達のコロシアイ。

 

その映像は、テレビから携帯まであらゆる媒体を通じて、

世界中に放送されていた。

それは、戦局の挽回を狙う絶望が仕掛けた罠。

希望の芽を文字通り摘むことにより、希望を絶望に堕とす絶望の策略。

 

 

その超高校級の連中の中に・・・あのバカがいやがった。

 

(何やってんだ、アイツは!?)

 

第1回の裁判が流された時、それまでの過程がダイジェストで流れた。

アイツを含め、超高校級の連中は、まるで初めて会ったみたいな雰囲気だった。

そこで、あのバカは相変わらずバカで犯人にされていた。

 

バカすぎる・・・クソが!心臓にわりーじゃねーか!

 

犯人は野球部の野郎で、エグイ処刑が行われた。

あんな環境であのバカがもつわけねえ。

早く助ける必要があった。

だが、希望ヶ峰学園は難攻不落の要塞と化していて、

未来機関の連中も攻略できず、手を焼いていた。

そんな焦りの中・・・あの第2回学級裁判の放送が始まった。

 

不二咲とかいうヤツとダチになった時のあのバカの笑顔。

絶望に堕ちた時のあのバカの顔。

 

ちっ・・・!

まるで自分のことのようにムカついた。いや、それ以上だ。

こんなにムカつくのは、はじめてかもしれない。

 

「ちっ」

 

スクリーンのバットを引き抜き、ざわつく避難所の観衆を見る。

 

「あっ!」

「ヒィ!?」

「おっ!」

「ヒエェエ~~」

 

目の前にいる奴、手当たり次第にガンを飛ばす。

そいつらは悲鳴を上げて、道を開ける。

それに釣られて、後ろの奴らも続く。

まるでモーゼが海を割ったみてーに私の前に道が開かれる。

 

決めた。このまま希望ヶ峰学園に乗り込んでやる!

 

 

「ちょっと、待って!吉田さん!」

 

ゲート付近に着いた時、後ろから声が聞こえた。

 

「ど、どこいくつもりなの!?」

 

同じ作業班だった田中真子が肩で息をしながら、走ってきた。

騒ぎを聞きつけて慌ててきたという感じだ。

 

「決まってんだろ。あのクソクマ野郎をぶち殺しにいくんだよ!」

「む、ムチャだよ!未来機関の人達でもダメなのに!」

 

実際、その通りだし、作戦などなかった。

 

「うるせー!気合だ!気合でなんとかすんだよ!」

「絶対、無理だよ!」

 

真子は即座に否定した。

 

「私も黒木さんのことは心配だけど、で、でも・・・」

「ち、ちげーよ!私はあのクマ野郎を――」

 

押し問答をしていると、後ろに気配を感じ振り向く。

 

「お前・・・」

 

そこにいたのは、同じ作業班だった田村ゆりだった。

物静かで、クセなのかいつもポケットに手を突っ込んでいた。

今もポケットに手を入れている。

コイツは・・・事あるごとに、私とあのバカの間をとりもってきた。

あの班にコイツがいなかったら、

私達は、あんな関係にならなかっただろう。

あのバカをフォローしていたのは、いつもコイツだった。

 

「なんだ、お前も邪魔しにきたのか?」

「・・・違う」

 

ゆりは首を振った。

 

「じゃあ、何し」

「私も一緒に行く」

「なッ!?」

 

その回答に私は慌てた。

 

「馬鹿野郎!死ぬかもしれないんだぞ!」

「ちょっと、ゆり!?」

 

驚いたのは私だけではない。

真子も親友の言葉に耳を疑った。

 

 

 

 

  ”黒木さんは・・・私が助ける・・・ッ!”

  

 

 

ポケットから銃を抜き出しながら、ゆりは私に宣言した。

 

(野郎・・・なんて目してやがんだ・・・!)

 

私がガンの張り合いで負けた・・・?

ちっ覚悟完了ってわけかよ。

 

 

「私も一緒に行っていいかな?」

 

 

その声に振り向く。

そこにはアニメみてーな髪型の女がいた。

見覚えがあった。

 

(コイツ・・・・確か、あのバカが”ネモ”とか呼んでたヤツか)

 

時々、あのバカを煽ってるのを見たことがある。

 

 

「クロとはさぁ・・・前の高校からの付き合いなんだよねぇ」

 

 

前の高校ってのは、あのバカが希望ヶ峰学園に入る前の高校のことか。

陽気な笑みを浮かべているが、その瞳の奥に深い闇を見た。

ネモの背負っている天使の羽がついたバックから、ショットガンがはみ出ていた。

 

(あ、コイツ・・・やベーヤツだ)

 

私が若干引いて、後ずさりした時、何かにぶつかった。

 

「黒木、キモい!キモい!キモい!キモい!キモい!キモい!キモい!キモい!」

「うっちー!?」

 

いつの間にか私の後ろに、ランボーの格好で武装した明らかにやべーヤツが立っていた。

それに気づいた真子が驚きの声を上げた。

 

(うわぁ!?何だこの絵文字みてーな顔の野郎は!?知らねーぞ、こんなヤツは)

 

事態が変な方向に向かっているのを感じる。

なんだこれは!?

なんだこの魔王を倒すために、仲間を集めてるみてーな流れは!?

 

「あ、あの・・・私達も一緒に行かせてください!」

「あん?」

 

また知らねーヤツが現れた。一体今度は何だ!?

 

「もこっちとは、中学からの友達の成瀬優です。私も、もこっちを助けたいんです!」

「もこっち?」

 

何だそりゃ?コワリィッチの仲間か何かか?

ネズミーランドにそんなキャラいたか?

 

「あ、すいません。黒木智子さんのことです」

 

オドオドと喋るしぐさと手に持つフライパンにどこかホッとする。

なんというか、ああ、まともなヤツだ・・・と。

それにしても、あのバカ、そんなあだ名だったんだな。

ああ、智子っち→もこっちってことか。

 

「あ、コゾー!」

 

成瀬の後ろに見知った顔を見つけた。

あのバカの弟だ。

 

「ウッス・・・!」

 

コゾーは私に一礼する。

 

”あの・・・なんというか、あのバカが迷惑かけてすいません”

 

そんな無言のメッセージが伝わってきた。

 

(おお、コイツもまともじゃねーか!)

 

やべーヤツが3連続で来て、一時はどうなるかと思ったが、これなら・・・

 

「えへへ・・・智貴君が行くなら、私もイキたいかな」

 

横から変なメガネ女が現れた。

ヨダレを垂らしながら、コゾーを見ている。

なんだ、コイツは!?明らかにド変態じゃねーか!

 

「うふふ・・お姉ちゃんは本当にしょうがないな」

 

今度は中学生みてーなのが現れた。

一見、まともそうだが、私にはわかる。コイツ・・・たぶんサイコパスだ!

 

 

集まったメンツを見て、私はドン引きする。

まともなのは、田中と成瀬とコゾーしかいない・・・!?

あとは、全員やベーヤツじゃねーか!?

 

なんだこの魔王退治にメンバーを募集したら、

魔王よりやべーバケモノどもが集まっちまったようなオチは!?

 

「なんだお前らは!?」

「武器を持っているぞ!」

「まさか、絶望の一味か!?」

 

未来機関の黒服達がこちらに向かって走ってくる。

どうやら、私達を絶望の連中の仲間と勘違いしているらしい。

もう、何がなんだかわからなくなってきた。

ええい、もうどうにでもなれだ!

 

「いくぞ、てめーら!」

 

私は先頭を切って黒服達に向かって走り出した。

 

まるで、仲間を率いて魔王軍へと突撃する勇者のように――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、鎮圧したか」

 

XXX地区避難所で起きた騒乱は、絶望側の勢力が起こしたテロではなく、

超高校級の”喪女”黒木智子を

救出しようとした彼女の友人達の行動だったことがわかった。

 

報告によると、身柄を拘束した彼女達は幸いなことにケガはないとのこと。

鎮圧に当たった超高校級の超高校級の”レスラー”グレート・ゴズが

軽傷を負っただけで済んだようだ。

 

「うむ・・・」

 

ある意味予想通りだった。

あの学級裁判が放送された後、なんらかの騒乱が起こることは予想がついていた。

ゴズに関しては計算外ではあったが・・・

 

「京助、コーヒー入れたわ!少し休憩しましょう」

 

雪染ちさがいつものように元気な声で執務室に入ってきた。

タイミングがいい。

さすがは元超高校級の”家政婦”と言ったところか。

 

「例の件、解決したみたいね」

「ああ」

 

コーヒーを飲みながら、俺は頷く。

 

「で、どうするつもりなの?」

 

ちさは、覗き込むように俺を見つめる。

 

絶望が起こした希望ヶ峰学園での一連のテロ。

 

彼ら超高校級の生徒の救出および、それに伴う諸問題への対応の権限は、

未来機関会長の天願から、この俺、宗方京助に一任されている。

ちさが聞きたいのは、騒乱を起こした黒木智子の友人達の処遇のことだろう。

 

「京助、厳しいようだけど秩序のため、彼女達に厳罰を課すべきだと思うわ」

「・・・ああ、そのつもりだ」

 

ちさの言葉に俺は頷く。

 

「彼女達には、避難所のトイレ掃除、3ヶ月の厳罰に処す」

 

二人の間に数瞬の沈黙とわずかな緊張感が流れる。

 

「そう言うと思ったわ!京助、だーい好き!」

 

ちさは、俺に抱きつき、笑った。

 

「じゃあ、私は仕事の続きがあるから、またね京助!」

 

ちさに手を振り、見送った後、残りのコーヒーを飲み干す。

変わらない味だった。

変わってしまったのは、ちさだけだ。

 

たとえ、嘘でも・・・あんな提案をする人ではなかった。

 

もし、彼女の提案を受け入れ、厳罰を課したなら、

人々の未来機関への信頼は崩れ、不信感が広まるだろう。

未来機関は、

現状においても要塞と化した希望ヶ峰学園の攻略の糸口を見出せずにいる。

不信の芽は見えないところで芽生え始めている。

第1回学級裁判の後、

舞園さやかや桑田怜恩の両親達と彼らのファンの落胆は目に余るものがあった。

そして今回においては、

大和田紋土の仲間達が、希望ヶ峰学園奪還への協力を嘆願してきている。

あの放送は希望側の結束に負の影響を与え始めていた。

もし・・・彼女達への対応を間違えば、それがきっかけで、不信は一気に開花する。

その矛先は、全て未来機関へと向かうだろう。

不信は失望を、失望は絶望を呼び込む。

それこそが、絶望側の狙いなのだ。

 

なにより、俺自身が厳罰を課すことを望まなかった。

彼女達はただ、自分の友達を救いたかっただけだ。

それだけなのだ。

そんな思いこそが、俺達、希望側が絶望と今日まで戦ってこれた原動力ではないのか?

ちさに、それがわからないはずないのに・・・。

厳しい今までの戦いの日々が彼女を変えてしまったのだろうか。

 

憎むべきは、絶望達。

その源たる超高校級の”絶望”・・・あの女だけでいい。

全ては自分のミスから始まったのだ。

 

希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件。

カムクライズルが起こしたとされるこの事件を裏で操っていた

真の首謀者として、2人の女子生徒が浮かび上がった。

 

1人は、超高校級の才能を持った軍人。

そして、もう1人は・・・。

 

親友である逆蔵十三の報告により、俺はシロと判断を下した。

だが、俺は間違っていた。

親友の言葉を否定してでも、ヤツらのマークを外すべきではなかった。

逆蔵から報告を受けたあの日、

校舎の屋上から、”あの女”が下校するのを眺めていた。

まるで俺の視線に気づいたかのように振り返り、あの女は確かに嗤っていた。

 

あれは・・・偶然などではなかったのだ。

俺があの女を・・・超高校級の”絶望”を捕らえてさえいれば、

全ての悲劇は未然に防ぐことができたはずだった。

俺に友人を助けようとしたあの女子高生達を裁く権利などない。

 

そんなことを思い出し、ふとある事実に気づく。

 

世界を絶望に陥れたのは、たった1人の女子高生。

それに挑むのも、また女子高生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   え、最近の女子高生って、やべーヤツらしかいない・・・?

 

 

 

 

 

 





ギャグ回です。


【あとがき】

本来、最終話のナレーションで語るはずだった外の世界の情勢を
わたもての吉田さんに語ってもらいました。
ずっと、もこっちの視点から語ってたのに、
いきなり変なナレーションが流れのは嫌だなwと思っていたので、
今回はいい機会と考え、本来であれば、読みきりSSだったこの話を
正式な1話として組み込みました。

直感で生きる女・吉田茉咲!その直感のみで、だいたいの真実を言い当てる!

ダンガンロンパ3を見た人ならわかる内容です。
後に大きな影響を与える情報としては、

避難所襲撃事件の時の情勢が絶望側の勝利目前だった・・・というところでしょうか。


■わたもてメンバーついて

本来、出演予定はありませんでしたが、最近やたら盛り上がってきてるので、
意を決して、最新話まで購読。

うん・・・採用決定!wという流れでした。


■ダンロン3のキャラについて

宗方京助や雪染ちさを出す予定はありませんでしたが、
救出作戦の指揮を取っているのは、確実なので急遽出演に。
黒幕とのカッコいい因縁のシーンから、まさかのオチ担当に。
雪染先生は、あの時点ではすでに・・・


■8巻以降のわたもての感想

率直に言うと方向が変わりましたね。
もこっちの閉ざされたぼっち生活から、もこっちとやべーヤツらの人間関係ものになりました。
今のもこっちでもう一度、この物語を書けと言われても、浮かんでこないw

私の話の方は映画版もこっちとして頑張ります!w


■絶対絶望少女のわたもて版

・吉田さん(金属バット)
・ゆりちゃん(銃)
・ネモ(ショットガン/拡声器)

吉田さんの初心者推奨キャラ感が・・・。
ダンロンのバトルは、こまるとか77期の非戦闘系でも戦えるので、
吉田さん達なら余裕余裕・・・かな?




■わたもてメンバーだけの学級裁判。

・吉田さん・・・推理/裁判ともに何の役にも立たないが、メンバーの精神的支柱に成長。
      最終学級裁判で、何の迷いもなく希望を宣言してる姿が浮かぶ。
      
・ゆりちゃん・・・基本ビビッているが、いろいろ事件を経て、成長or闇堕ち。
       殺人はしないが、襲ってきたヤツを返り討ちにして犯人になりそう。
      
・真子・・・最初の方で殺されそう。所謂、不二咲系。生き残る確立は限りなく低い。


・うっちー・・・モノクマに”もこっちと君だけは助けてあげる”と騙されて殺人を決意。
      ゆりちゃんに喉をつねられ死亡。
      個人的には一番、おしおきのシーンが似合うキャラ。
     
・ネモ・・・闇落ちか希望か・・・もこっちとの関係次第か。ゆりちゃんとの確執イベントあり。


・加藤さん・・・溢れる強キャラオーラ。
       中盤での殺人を行いそう。複雑難解なトリックでメンバー大ピンチ。

・キバ子・・・最初の犠牲者。もしくは、ゆりちゃんに返り討ちに合うイメージ。

・岡田さん・・・殺人はしなさそう。ただネモとの関係でイベントは不可避。

・小宮山さん・・・このメンバーの中だと部外者に近い。犯人でも生き残っても扱いに困る・・・w


うん・・・描けそーにねーな、これ。
引き続き、「私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!」をよろしくお願いします。



PS:わたもて12巻は2月下旬発売!面白いのでよろしくお願いします!





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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 中編①

平和である・・・。

 

ぼーとこたつで頬杖をつきながらそんなことを考えていた。

あれから殺人は起きていない(まあ、起きていたなら私は生きてはいないのだが)。

部長とやらに無理矢理任命させられたが、

だからと言って何かやるわけでもなくダラダラと数週間が経っていた。

 

   いつ殺されても構わない・・・!

   

などと息巻いていた頃が遠い日のようだ。

最近は、このままクズとしてダラダラと生き続けてもいいのでは・・・?

そう考える自分がいる。

 

セレスさんは・・・こたつに顔を伏せている。寝てるのかな?

山田は・・・寝転んでこたつに半ば顔を入れている。コイツは完全に寝てるな。

 

ああ、今日も平わ・・・

 

 

 「クサイですわぁああああああああ~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」

  

 

「なッ!?」

 

平穏を切り裂くように突如、セレスさんが立ち上がり、絶叫した。

 

「もう無理!もう限界ですわぁアアアアア~~~~~~~~ッ!!!」

 

ムンクのように顔を押されて、セレスさんは半狂乱で叫ぶ。

な、なんだ!?一体、何が起きて・・・!?

 

「ずっと耐えてきましたが、もう無理です!ええ、もう耐えられませんわ!

優雅で華麗で孤高の存在であるわたくしが

このような言葉を吐くのはふさわしくないと思い、今までずっと我慢してきました。

ええ、我慢しましたわ。

おわかりですか?黒木さん!このわたくしが、ですよ!」

 

顔を歪めながら私を指差すセレスさん。

どうやら、私が何かやらかしたようだ。

 

「いつですか?黒木さん!」

「え?」

「貴方がお風呂に入ったのは、いつなのか聞いているのです!」

「お、お風呂・・・?」

 

お風呂という単語を聞いて固まる。

それが何なのか一瞬本当にわからなかった。

 

「お、お風呂というのは、あの、お湯に入ったり、体を洗ったりする、アレのこと?」

「当たり前ですわ!」

 

一般的なお風呂の認識を確認する私にセレスさんは声を荒げる。

う、うーん。すっかり忘れていた。

 

「う、うん、いつか、と言うと、えーと・・・」

 

いつくらいだろうか?

たぶん、あの学級裁判の日から入ってないはずだから・・・

 

 

「・・・1ヶ月くらい前かな」

「ウグワァッ・・・!」

 

私の発言の直後、セレスさんは口を押さえた。

吐くほどって・・・そんなに酷いのだろうか?

改めて自分を見直してみる。

 

まったく手入れしていないボサボサの髪。

ずっと着ていてヨレヨレのジャージ。

 

その姿はもはや花の女子高生ではなく、プロの浮浪者。

全身からはプーンと擬音が出てハエが飛んでそうである。

自覚すると、急に体が痒くなってきた。

 

「え、えへへ、そ、そんなにクサイかなぁ?」

 

ぎこちない笑顔を浮かべてぽりぽりと頭とお尻を掻きながらセレスさんに近づく。

 

「ヒィイイイイ~~~それ以上近づかないでくださいましィイイ~~~ッ!!」

 

セレスさんは恐怖に顔を歪め、絶叫する。

 

「クサイなんてもんじゃありませんわ!

サ○ンです!VXガスです!もはや人間化学兵器ですわ!」

 

鼻をつまみながらセレスさんはまくし立てる。

私の今の匂いを非人道的な毒ガス兵器に例えている。

実物は案外、無臭らしいよ・・・とツッコミを入れてみようかと思ったが、

とてもそんなことを言える雰囲気ではない。

その引きつった顔からガチであることが伝わってくる。

 

「見なさい!

好奇心からコタツに顔を突っ込んで匂いをかいだ山田君の哀れな最期を!」

 

恐る恐る山田を揺すってみると、パタッと仰向けとなったまま動けかない。

死、死んでる・・・!?

火曜サスペンスのBGMが脳裏を過ぎる。

え、私って、そんなにクサイの・・・!?

 

「おわかりですか、黒木さん!それが貴方の現状ですわ!

もはや、貴方は人ではなりません。汚物です!歩く細菌兵器ですわ!」

 

酷い罵倒であるが、山田の最期を見ると、悔しいが間違っていないと思えてくる。

やはり1ヶ月というのは相当なものなのか。

鼻が麻痺しているのか、自分では全然気がつかなかった。

 

「仮にも貴方は私が名誉顧問を務める部の部長!

それがこのような汚物であるなど、私の沽券に関わりますわ!

このまま放置しておくことは、私のプライドが許しません!

起きなさい、山田君!例の計画を実行しますわ!」

 

「アイアイサー!」

 

セレスさんの指打ちを合図に、山田が飛び起きた。

 

「え、なッ!?」

 

山田は私に突進し、そのまま私を肩に担ぎ上げ走りだした。

 

(ちょっ一体何を!?)

 

娯楽室を出て、階段を駆け下りる山田。デブとは思えないスピードだった。

その後ろをマスクを着用したセレスさんが追いかけてくる姿が見える。

 

「グエッ!?」

「ウゲェ~~~ッ!!」

「グッジョブですわ!山田君!」

 

どこの部屋のドアを開き、私を投げ捨てると、山田は力尽きたように倒れた。

 

「痛ててて、山田、お前、一体何を・・・」

 

頭を押さえながら、辺りを見渡す。

 

ピンク色の壁紙、天井にはシャンデリア。

大きな鏡とゴスロリの服や化粧用品の数々が置かれている。

え、この部屋って・・・

 

「ここからは、わたくしの仕事ですわね」

 

ドアが閉じる音が聞こえた。

そこにはこの部屋の主であるセレスさんいた。

どこか下卑た笑みを浮かべながら。

彼女は私に近づき、2つの腕を私に向けて伸ばした。

 

ビリィイイイーーーッ

 

セレスさんはジャージを掴んだ瞬間、力任せに引きずり下ろした。

ジャージのチャックが弾け飛んでいくのが見えた。

私の下着が露になった。

 

「い、嫌ァアアアアア~~~ッ!!」

 

床に倒れた私は叫ぶ。エロ漫画で襲われるヒロインのように。

 

「や、やめて、何をする気なの?」

 

両手で胸を隠しながら、セレスさんを見上げる。

言葉遣いも若干、変わっていた。

エロ漫画で襲われるヒロインのように。

 

「げへへ、大人しくするですわ」

 

セレスさんは、エロ漫画の暴漢の笑い声を出しながら近づいてくる。

もうこれ、完全にレ○プだろ!?

 

「・・・って、これではわたくしがまるで暴漢みたいじゃないですか!」

 

直後、セレスさんは自分にツッコミを入れた。

もう、何がなにやら・・・

 

「いいから、さっさと脱げよ!オラ!」

「グエッ!?」

 

私のお腹にセレスさんのボディブローが突き刺さる。

 

(こ、コイツ・・・いつの間にボクシングをここまでものにして・・・)

 

動けなくなった私にセレスさんが襲い掛かる。

ブラジャーもパンツも引きちぎられて、素っ裸にされた。

 

(いよいよ犯されるのか・・・)

 

レ○プ目になった私は、もはや処女を諦め始めていた。

まさかこんな形で奪われることになるとは思わなかった。

ゆうちゃんにセクハラを続けた罰が当たったのだ。

 

「オラァアア~~~~ッ!!」

 

セレスさんは額に血管を浮かべると雄叫びと共に私を持ち上げた。

それはプロレスでいうとリストアップスラムの体勢。

5kgまでしか持てないという設定とは一体・・・。

え、ここからどんなプレイをする気な・・・

 

「ウりゃァアアアーーーーッ!!」

「グエッ!?」

 

セレスさんはその体勢で浴室まで歩くと、浴槽に向かって私を投げ捨てた。

 

「ブふぁッゲホゲホ」

 

私は水面から咳き込みながら顔を上げる。

 

「泡・・・?」

 

目の前の浮かぶシャボン玉に自分の顔が映る。

お風呂にはすでにお湯が張っており、ほどよい暖かさを感じた。

だが、何ともいえないヌメヌメとした感触を感じる。

おそらく石鹸やらボディソープやらを大量に投入しているのだろう。

 

「さて、汚物は消毒ですわ」

 

セレスさんはブラシを構え邪悪な笑みを浮かべる。

それはまさに、漫画やアニメのいじめシーンのように。

ブラシである。

あの床とかをこするあのブラシである。

いくら私が汚物だからといっても、辛うじてまだ人間。

あんなもので擦られたら、肌がズタズタになってしまう。

 

「ヤメ――うッ!」

 

私の声も空しく、ブラシは無慈悲に私の肌を擦った。

 

(グわ~~~って・・・あれ、痛くない?)

 

確かに痛くなかった。

まるで切れない髭剃りのCMのように。

よく見ると、ブラシの先がボディウォッシュに付け替えられていた。

そう言えば、昨日、山田がモップを手に何やらガチャガチャと怪しげな作業をしていたが、

それはこのためだったのか。

これならば、肌は傷つかない。むしろ気持ち・・・

 

「オラオラ!どうだオラ!!」

 

・・・よくありませんでした。

所詮、道具とは使う人間の心を反映する。

セレスさんは、汚物を消滅させるがごとく全力で擦り上げる。

ゴシゴシ、ゴシゴシと。

 

「痛てえ!クソ痛てえ!!助けて!誰か~~ッ!!」

 

 

30分後・・・。

 

「まあ、こんなものですか」

 

「・・・・・・。」

 

額の汗を拭うセレスさんの後ろで

薄汚れたお湯にプカプカと死体のように浮く私がいた。

 

「あ、髪がまだだったか・・・チッ」

 

舌打ちをしたセレスさんは、

私に風呂から上がることを命じ、浴室から出て行った。

私は風呂椅子に腰を下ろし、一息つく。

壮絶な体験だった。

肌はヒリヒリし、赤くなっていたが、垢は綺麗に落ちていた。

 

「さあ、次は髪ですわ!黒木さん」

 

その姿を見てドキリとした。

セレスさんは髪を束ね、Tシャツにショートパンツに着替えていた。

あのセレスさんが、である。

 

「普段の正装では汚れてしまいますので、まったく忌々しいですわ」

 

私の視線にセレスさんは若干イラついているようだ。

ゴスロリとのギャップに思わず目が釘付けとなってしまった。

厚着で隠された肌が、太ももが露となった。

透き通るような白さ。

本物のフランス人よりも白いかもしれない。

華奢だが均整のとれた身体は女の私から見ても美しいと思う。

普段、大口を叩いているだけのことはある。

セレスさんは、なんだかんだでやはり、美少女だ。

思わず赤くなってしまった。まあ、でも・・・

”女は度胸”と文字が書かれたTシャツでいろいろ台無しとなっているけどね。

そんなことを思っていると、

セレスさんは私に、シャンプーハットを被せた。

直後、暖かい水が頭に降ってきた。

いつ以来の感覚だろう。

シャンプーでワシャワシャするのは、なんともいえない快感がある。

それが他人の手ならなお更である。

まるで美容院にいるような感覚に陥る。

セレスさんは頭を洗うのが上手かった。

 

「うーん、もう少し右かな」

「・・・ここですか?」

 

痒い部分をレクチャーする。セレスさんはその指示に従い動く。

 

「あ~そこ、いいかんじ」

「うふふ、お客さん、ここがいいので・・・って」

 

直後、頭上に電撃が奔る。

 

「グハァ!?」

「違うだろ!違うだろ~~~ッ!!」

 

長い前振りの後に、私の頭に肘が突き刺さる。

 

「なんでわたくしが貴方の召使にみたいになっているのですか?

主人は、わたくし!召使は貴方!おわかりですか?黒木さん!」

 

勿論、途中で気づいていたが、

正直、どこまでいけるか試してみたいという気持ちがあった。

ちっやはり気づかれたか。

 

「調子に乗っていないで、後は自分で洗いなさい!まだ後が控えているのですから!」

 

意味深なセリフを残してセレスさんは浴室から去っていった。

彼女のセリフが気にはなるが、考えていてもしかたないので、

私は、頭を洗い流し、浴室から出た。

浴室の前には、タオルとパジャマ(セレスさんのお古?)が置いてあった。

どうやらこれに着替えろとのことらしい。

パジャマを着て、タオルで頭を拭きながら、浴室を出ると、

その異様な風景に一瞬たじろいだ。

 

部屋の真ん中にシーツが敷かれ、その上に椅子が設置されていた。

 

「さあ、椅子に座りなさい。うふふ、何も怖がることはありませんよ」

 

そう言って笑みを浮かべる彼女の手にはハサミが握られていた。

抵抗する気力はなかった。

蜘蛛の巣にかかった蝶のように私は運命を受け入れた。

 

「このわたくし自ら貴方の髪を整えて差し上げるのですから、その栄誉に感謝しなさい」

 

セレスさんはなんの躊躇もなく、私の髪にハサミを入れていく。

ジョキジョキ、ジョキジョキと。

私はそれこそカマキリに捕獲されたように、固まりガタガタと震えながら、

落ちていく自分の髪を見つめていた。

最悪、髪の毛は諦めよう。下手に動いて耳を切り落とされることだけは避けるのだ。

 

「安心しなさい。わたくしは髪を切ることに関しては、そこらのプロには負けません。

なんせわたくしは普段から自分で髪を切っていますから」

 

意外だった。

美容室で数万かけてあの髪形を維持してると思っていたが、

まさか自分でセットしていたなんて。

言われてみると、手際はいい。確かに慣れているようだ。

セレスさんはゲームに限らず何でもこなす才能がある。

 

これなら、少しは安心して・・・

 

 

「あ、やべ・・・ッ」

 

 

パツンという音が部屋に響いた。

 

 

 

    

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「山田君、もう部屋に入っていいですわよ」

 

セレスさんに招かれ、山田が部屋に入ってきた。

 

「おお~~黒木智子殿、すげーーーッ!うひょ、うひょひょひょ」

 

山田は私を見るなり爆笑した。

 

「う、うるせー山田、殺すぞ!」

 

山田のリアクションに私は顔を赤くした。

山田が笑う理由が自分でもよくわかっていたから。

 

「いやいや、意外にも結構似合ってますぞ、黒木智子殿」

「くっ・・・!」

 

急に褒められて言葉を窮してしまった。

山田が言っているのは、今、私が着ている服のことだ。

 

「せっかくここまでして、またジャージを着せるのも面白くありませんわ」

 

そう言って、セレスさんが私に半ば無理矢理きせたのは、彼女のゴスロリ服だった。

 

「まあ、なんつーか、結構かわいいですぞ」

「なっ・・・!?」

 

冗談を言っているのはわかっているにも関わらず、ついドギマギしてしまう。

だって、ゴスロリ服なんて着たことねーもん。

 

「まあ、若干、前髪パッツンなんだけどね」

「プッ」

 

オチはそこだったか。

山田の指摘にその犯人が口を抑えた。

誰のせいでこんなことになったのですかねぇ~?

 

「もういい!やっぱりジャージに着替え・・・」

 

恥ずかしくなった私がそう言いかけた時だった。

パシャリという音が聞こえた。

 

「いい表情ですぞ~黒木智子殿」

 

見ると山田がアニメの柄が入ったデジカメを構えていた。

というか、撮れられた!?

 

「これ、さっきガチャガチャで取ったんですよ~しかもメチャレアなやつ」

 

どうやらモノモノマシーンのガチャガチャで取ったらしい。

そのアニメは例のブー子の柄だったので、山田のテンションはやたら高い。

 

「何を隠そうこのデジカメ、その場でプリントができるのですぞ」

 

デジカメの表示を指差しながら山田は説明する。

最近のデジカメってスゲーな。

 

「黒木智子殿の変身?記念に、みんなで記念撮影しましょう!せっかくの娯楽部なんですし!」

 

山田はそう言うなり、私をパシャリと撮った。

 

「黒木智子殿、表情が硬いですぞ。さすが陰キャって感じ」

「う、うるせー!お前こそ、どうなんだ!貸せ!」

 

逆にパシャリと山田を撮る。

 

「あれ~山田君~どうしたのかな?こんな表情を固くして」

「クッ・・・!」

 

今度は山田が黙る。

ふん、お前だってやっぱり慣れてねーじゃねーか。

 

「うふふ、これだからコミュ障の方々は嫌ですわ」

 

私達の醜い争いを見てセレスさんが嘲笑する。

 

「わたくしのように普段から舞踏会で一流の殿方達と共に・・・」

 

いつものように自慢話を始めたので、パシャリとセレスさんを撮った。

 

「イッ・・・!?」

 

完全に不意を突かれたようだ。

引きつった表情がデジカメにしっかりと記録された。

 

「これは・・・慣れてませんな」

「うん、慣れてないね」

 

山田と相槌を打つ。

 

「な、慣れていますわ!

当然ですわ!ええ、魅せてあげますわ!本当の自然な笑顔というものを!」

 

セレスさんのその言葉から、

誰が一番自然な笑顔大会が始まってしまった。

勝負となれば、嘘の笑顔でも問題ない。

勝てばいいのだ。

主題から完全にズレているが、全員が同じことを考えていたのか、

様々な怪しい笑顔がデジカメに写る。

30分ほど使い、いかにバカらしいことをしていたか気づいた。

せっかくだからと記念に全員が納まった写真をプリントした。

バカをした後でいい感じに力が抜けたのか、

3人とも主題通りの一番自然な笑顔だったのが、この話のオチだった。

 

「なんかちょっとに部活らしくなってきましたね」

 

山田がコルクボードに写真を貼りつけながらそんなことを言った。

確かに、これがあるだけで”部室”という雰囲気が出てきた。

 

「そうですわね。だからこのまま終わるのは勿体無いですわね」

 

セレスさんが私を見ている。なにやら嫌な予感がする。

 

「せっかくですから、黒木さんには部長として部に貢献してもらいましょうか」

 

邪悪な笑顔だった。もう予感なんてもんじゃない。

 

「黒木さんには、その姿のまま部員の勧誘に行ってもらいましょう!」

「なッ・・・!?」

「おお~~!名案ですぞ、さすがセレス殿!」

 

完全に的中した。

私を指差し、わけのわからない提案をするセレスさん。

山田はそれに同調し、はしゃぐ。

 

「い、いや、いやいやいや!マジ無理!無理だから!」

 

私は拒絶する。

当たり前だ。私が部員の勧誘・・・?できるわけねーだろ!

 

「黒木智子殿、今、メチャクチャおいしいですぞ!ヤッチャいなよ、YOU!」

「ふ、ふざけんなよ!や、ヤダよ、絶対!」

 

完全にオモチャにしてやがる。誰が行くものか!

 

「イメチェンでモテモテになるかも!楽しんでくればいいじゃないですか」

 

「・・・・・・。」

 

その言葉に私は言葉を止めた。

 

「楽しい・・・とか、ダメだろ」

 

「え?」

「私が・・・楽しいとか・・・そんなのダメだろ」

「え、黒木智子殿・・・?」

 

そうだ・・・そんなのダメだ。

何をやってるのだ、私は。

ゴスロリをして、煽てられて・・・何を浮かれているんだ、私は。

 

「山田・・・ダメだよ、私は」

 

空気を察したのだろう。山田は言葉を止める。

 

「知ってるだろ?私のせい・・・なんだ。

私のせいで・・・みんながあんなことになって・・・全部私のせいで」

 

そうだとも。

全部私のせいだ。ちーちゃん達がああなったのは、全部私のせい。

 

「その私が楽しい・・・なんて・・・そんなこと・・・許されるわけないじゃないか」

「く、黒木智子殿・・・」

 

山田は私の言葉に聞き入り、同情の視線を向けた。

その視線が、心の傷に染み込み、少しだけ心地よかった。

 

そうとも。

私は罪人だ。決して許されることは無い。

私以上に罪深い者はここにはいない。

誰もあの絶望はわからない。

わかるはずがない。

ここに私以上に不幸な人間などいない。

この苦しみを、この絶望を理解できる者などいないのだから。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

彼女の視線に気づいたのはその直後だった。

セレスさんは、ジーと私を見つめていた。

赤い目を見開き、私を無言で見つめていた。

 

「え、な、何かな、セレスさん・・・?」

 

得も言われぬプレッシャーを感じた私は思わずセレスさんに聞いた。

 

「え・・・あ、ああ、わたくしとしたことがうっかりしていましたわ」

 

私の問いかけにハッしたセレスさんは、頭を振るしぐさをした。

 

「いえ、黒木さんが余りにも退屈な話をしていたので、目を開けたまま寝てしまいました」

「絶対嘘だろ、それ!」

 

私は即座にツッコミを入れた。

何言ってんだ、この女!シリアスな雰囲気がぶち壊しじゃねーか。

 

「黒木さん、貴方が暗い人間であることは知っています。

陰キャでコミュ障で、ゲスで品性のひん曲がった下劣な、

まさにクズであることは、わたくしも良く存じ上げております。

だから、その性格に関して、貴方を責めるつもりはありません」

 

突如、私の性格を理解していることをアピールするセレスさん。

確かに・・・私は、クズを自称しているが、それでも限度というものがある。

さすがに泣くぞ、それは!

 

「ですが、だからと言って、自らを貶めることの正当化にはなりません。

おわかりですか?黒木さん!」

 

セレスさんは、私を指差す。

その距離が、あまりにも眼前だったので、おもわず後ずさりしてしまった。

 

「仮にも貴方はわたくしが名誉顧問を務める部の部長。

ならば、その役職に相応しい最低限度の品格が求められます。

わたくしの前で、自分を卑下することは止めなさい。

貴方のために、ではなく、このわたくしのために、です。

反論は許しません。これは命令です!」

 

「は・・・はいッ!」

 

一気にまくし立てられて思わず返事をしてしまった。

 

「わかればよろしいですわ」

 

セレスさんは、満足そうに頷き、いつもの微笑を浮かべた。

彼女はまるで傍若無人な暴風雨そのものだった。

私が作ったシリアスな空気は、

彼女に蹂躙され、一切合切吹き飛ばされてしまった。

暴風雨の後には、カラッと晴れて太陽と小鳥の鳴き声が聞こえる。

今の私の心境はまさにそんな感じだ。

 

セレスティア・ルーデンベルク。

彼女は、超高校級の“ギャンブラー”であり、

高飛車で高慢な女帝であり、傍若無人な暴君であり、この娯楽室の絶対君主。

徹頭徹尾、勝手気ままに自分のためだけに動く。

その言動に、私も山田もあの日から今まで振り回され続けている。

本当に迷惑極まりなかった。

だけど、それが不快でなく、

むしろ吹き抜ける夏の風のようにどこか爽快感があるのは、

彼女がその全てにプライドを賭けているからだと思う。

嘘まみれの彼女のただ一つの真実。

十神のように生まれに恵まれず、一般人として生まれた彼女が、

ただギャンブルの才能のみで己が信念を貫いてきた。

決して卑屈になることなく、思うがままに我がままに。

だからこそ、彼女の言葉には力があった。

私の作ったシリアスの空気を鼻で笑い、軽く吹き飛ばしてしまうほどの。

過去などくだらない、と。

それは、私の心を覆う雨雲を吹き飛ばすかのように、

 

どこか清清しく、何か救われたような気がして・・・

 

(・・・ってダメだろ!救われちゃ!)

 

何を言っているんだ、私は!

ダメだ!ダメだ!私は罪人。私は罪人。私は罪人。私は罪人。私は罪・・・

 

「何を一人でブツブツ呟いているのですか?キモいですわよ」

 

セレスさんの罵倒も含めたツッコミで私の意識は現実に帰還する。

 

「さあ、話を戻しましょう。山田君、募集の広告作りに取り掛かってください」

「もう準備できましたですぞ!」

 

山田が”新入部員募集!”と派手に書かれた紙を両手で掲げる。

前言撤回。

全然救われない!ただの性格最悪のクソ女ですよ、コイツは!

 

「ぜ、絶対に嫌だぞ!だ、誰が行くもんか!」

 

私は全力で抗議する。

当たり前だ。

私のようなボッチ属性のコミュ症が、ゴスロリ服のコスプレで部員の勧誘?

恥ずかしくて死ぬわ!完全に公開処刑じゃねーか!いっそ、今ここで殺してくれ!

 

「どうしても嫌・・・というなら、仕方ありませんね」

「どうしても・・・というなら、アレしかありませんな」

 

クズどもがアイコンタクトをとりながら頷く。

ヤツらが何を言おうとしているのか、私にもわかっていた。

この娯楽部におけるただ一つのルール。

押し通したい何かがあるならば、それは力を持って、他者を捻じ伏せるしかない。

 

つまり―――勝負(ギャンブル)だ。

 

「さぁ、勝負ですぞ!黒木智子殿!」

 

両手を組み、ポキポキと音を鳴らしながら(実際できてないが)山田が前にでる。

 

「じゃ、じゃんけん・・・で!」

 

私は運を神に任せた。

セレスさんは、その才能のハンデとして最後に戦うことになっている。

そのため、敗北者が勝者に服従するという条件においては、

山田と私は2回チャンスがあることになる。

だが、それは建前。

ギャンブルでセレスさんに勝てるはずもなく。

実質は、この山田との対戦がラストチャンスだった。

 

「山田君、つまらないオチだったら、殺しますわよ!」

 

セレスさんが、ふざけた檄を飛ばす。

 

「わかってますぞ!こんなおいしい展開、逃す手はありませんよ!」

 

山田はその檄に応える。このクズどもが・・・!

 

私は神に願う。

 

(神様・・・一生のお願いです。私に・・・ただ1度の勝利を」

 

じゃんけーん――

 

瞬間、脳裏に神の啓示が下りた。私はそれに従い、右手を差し出した。

 

「やった~~~笑いの神様、ありがと~~~~!!」

「ぎゃぁあああああああ~~~~~~~ッ!!!!」

 

山田が拳を握りジャンプした。

私は、チョキをしたまま、絶叫する。

 

(しまった~~~ギャンブルでは負けフラグの神に祈ってしまったぁあああ~~~~~)

 

某ギャンブル漫画の主人公のセリフが頭を過ぎる。

 

「うふふ、次はわたくしとですね。結果は見えているので、止めますか?」

 

ラスボス登場。

ギャンブルの魔王が満面の笑みを浮かべている。

 

(う、うう・・・)

 

私は追い詰められる。

このまま戦わなければ罰ゲームは決定してしまう。

窮鼠猫を噛む。

もはや、この最強相手に勝つしか道はなかった。

 

「ゆ、遊戯キングで・・・勝負だ!」

 

私が選んだのは、某漫画から発生した大人気カードゲーム。

何を隠そう、私はこのゲームで”クイーン”と呼ばれた女(駄菓子屋で、小学生に)

魔王に人間の女王の力を見せてやる!

 

「じゃあ、始めましょうか」

 

セレスさんは私の気合を他所に、ゲームの準備を始める。

だが、その目はすでにギャンブル師のそれだった。

ゲームが始まり、十数分後。

 

「また強いモンスターを引いてしまいましたわ」

 

セレスさんのフィールドにはすでに3体のモンスターが召還されていた。

どれも生贄によって強化された怪物達。

次のターンで私に総攻撃をかけて、一気に終わらせるつもりだろう。

さすがに引きが強い。

だが、私も”クイーン”と呼ばれた女(駄菓子屋で、小学生に)

まだ逆転の策があった。

手元のカードには「引きこもった者」のパーツが揃っていた。

あとは「引きこもった者の右腕」さえ引けば、”人生逆転”が発動。

このデュエルは私の勝利となる。

だが、そんな都合よくそのカードを引けるだろうか?

この土壇場で、だ。

それが・・・あるのだ。

私は、そっと袖口に視線を移した。

ここに例のカードが仕込まれていた。

これが無敗のクイーンの必勝法(駄菓子屋で、小学生相手に)!

カードを引くふりをして、袖からカードを引く。

それで、このデュエルは私の勝ちだ!

もちろん、相手はギャンブル魔王。

このような手が通じるとは正直思えない。

だが、万が一はありえる・・・!私はそれに全てを賭ける!

 

私はカードを取るふりをして、袖口に手を・・・

 

「おい」

「え・・・?」

 

ほぼ同時腕を掴まれた。

 

「ん?お前、まさかそんな古典的なイカサマする気じゃないよな?」

「え、えーと・・・」

 

セレスさんは微笑を浮かべているが、目は笑っていなかった。

 

「お前まさか、このわたくしに・・・超高校級の“ギャンブラー”に

万が一でもこんなくだらねー手が通じると思ってないよな・・・?」

「イッ・・・!?」

 

掴まれた腕がギュッと締まる。

 

「ん?おう?」

「ぎゃぁあああああ~~~~~~ッ!!」

 

セレスさんの手から血管が透けて見える。

次の瞬間、”メキリ”という音が聞こえた。

 

 

「すいませんでしたぁあああ~~

勧誘してきまぁあああすぅうううう!何でもやりまぁあああすぅううう~~ッ!!」

 

「ん・・・?」

 

 

 

新入部員勧誘決定―――

 

 

 

 





【あとがき】
本来ならば次話も含めて1話で投稿しようとしましたが、
字数が予想を超えて多くなったために、2話に分けました。
中編に突入し、今回がある意味最後の日常回となります。

個人的に、仕事が忙しくなってきまして、
なかなか書けない日が続いています。
更新できるだけマシと考えて、少しずつでも書いていきたいです。



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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 中編②

「本気で掴みやがってあのメスゴリラめ」

 

ヒリヒリというより

クッキリと赤くなった手の箇所を擦りながら、私は娯楽室を出た。

赤い目を光らせながら腕を掴むとか、どこのホラー映画だよ。

こっちは完全に涙目じゃねーか。

無理だと思ってはいたが、想定以上のオチだった。

あの人、なんでも器用にこなす才能はあるけど、意外に脳筋だよな。

本当は、格闘技とかの方が向いてるんじゃないのかな。

まあでも、その分野ではあの人がいるから無理だろうけど・・・。

 

改めて今の自分の状況を客観的に見直してみる。

舞踏会にでるような中世ヨーロッパを連想させるゴスロリ系の服。

まるでこの時のために整えたような髪形。

手には”部員募集中”の紙。

 

とたんに恥ずかしくなってきた。

いや、ホントマジ無理。

晒し者ってレベルじゃねーぞ!どうしてこうなった!?

ぼっちでコミュ障の私が部員募集とか、どんな罰ゲームだよ!まあ、罰ゲームだけど・・・。

 

(クソ、あのクズどもが・・・!)

 

和やかに今の私の状況を談笑する山田とセレスさんの姿が脳裏の鮮明に映る。

ブザマに勧誘に失敗する私の姿を語り嗤うアイツらの姿が・・・。

クソ!だんだんとムカついてきた。

上等じゃないか!

いっそのこと本当に部員の一人でも勧誘してアイツらの鼻を明かしてやる!

追い詰められ変なテンションになりながら、私は1Fへ向かう階段を降りた。

 

(とりあえず、あの人達にアタックしてみるか・・・)

 

そんなことを思いながら、個室に向かう廊下で、偶然にもまさにそのターゲットに出会った。

 

「あ、智子ちゃんだ!こんにちわ!」

「うぬ、黒木か、久しいな」

 

朝日奈さんと大神さん。

 

高校生体育会の頂点に君臨する2人がこちらに向かって歩いてくる。

片手にバックを持っていることから、恐らく2Fのプールに向かうのだろう。

大神さんはトレーニング室かな?

午前中にいつも練習しているのは知っていたけど、

午後練もしているとは、なんというか・・・本当にさすがとしか言いようがない。

さすがオリンピック候補と世界最強の格闘家である。

いや、彼女達からすれば当たり前のことなんだけどね。

 

「ほえー智子ちゃん、カワイイ!どうしたのその格好!」

「え、あ、そ、その、ちょっとイメチェンしてみようと・・・うへへ」

 

朝日奈さんの言葉に顔を赤らめる。

裏表のない彼女がそう言ってくれたらならば、今の私・・・満更じゃない!?

 

「まるでセレスのようだな」

「まあ・・・ね」

 

大神さんの言葉で現実に戻る。

そうです。あのクソ女に無理矢理着せられました。

イジメです。私、今、イジメを受けてるんです!

そんなことを叫びたい衝動に駆られた。

だが、そんなことを言ってしまった日には、

この人を疑うことを知らない善人の2人は、

私を救出するために動き出すだろう。もう大騒ぎである。

それに、残念ながらイジメではない。

なんだかんだで、あれは正当な勝負であった。

実力差があり過ぎただけだ。

 

「ところでその手にもっている紙は何かな?」

「あ、え、えーとこれは・・・」

 

朝日奈さんの言葉で本業を思い出した。

そうだ。私はこの2人を勧誘にきたのだ。

脳筋とか、格闘家とか、ゴリラとか・・・

べ、別にそんな言葉から連想したんじゃないからね!

人柄を考えれば、まさに彼女達のような善人こそふさわしい人材。

そう思っただけだ。

 

「じ、実は・・・私達、部活やってって、ほ、ほら2Fの娯楽室で、娯楽部というのを」

「あ、最近聞いたよ、それ!確か山田とセレスさん達が何かやってるって!」

 

うん・・・あのクズどもとね。

 

「そ、それで、今、新メンバーを募集してて・・・あ、あの、も、もし、よければだけど・・・」

 

ドギマギしながら私は勧誘の言葉を口にする。

ふさわしい人材などと、何やら上から目線で言ってみたが、

冷静になり、常識をもって考えたならば、十中八九無理な話である。

相手は、あの朝日奈さんと大神さん。

高校生体育会系の頂点だぞ!何を間違えたら、娯楽部などに入ってくれると思ったのだ、私は!?

いくら善人だからと言っても、限度ってものがあるだろ。

 

「も、勿論、無理だとわかってるから・・・あの、その」

「うん、いいよ!」

「だ、だよね!いいよね!アハハハ・・・え!?」

 

あっさり断られたと思って、笑ってしまった直後、絶句した。

 

(え、いいよ・・・って言わなかったこの人?)

 

「さくらちゃんも一緒に入ろう!」

「ウヌ、構わぬぞ」

 

ニコニコ笑う朝日奈さんに大神さんが頷く。

え、何、この展開・・・?

予想外のことに私は絶句した。

1人くらいは・・・とは願ってはいたが、まさか2人も入部してくれることになるとは。

 

「兼部かぁ~中学時代が懐かしいな」

 

そう言って、朝日奈さんは、中学時代のことを語りだした。

すでに水泳部で全国レベルで活躍していた彼女は、その他にも

テニス部、バスケ部、サッカー部、果てはアイスホッケー部に所属していた。

 

「なんか頼まれたら断れなくて・・・」

 

当時のことを思い出し、悪戯っ子のように舌を出した。

どの部においても、助っ人というよりも、もはやエースとして活躍してしまったらしい。

まさに超高校級の彼女らしい逸話だった。

断れなかった・・・というのも、彼女の温厚な人柄を表していた。

今回の件も、そんな気持ちから引き受けてくれたのだろう。

うーん、本当にいい人だな。最初に彼女達を勧誘してよかっ・・・

 

「それになによりも・・・」

「ん?」

 

 

    ――――試合に勝つのって楽しいもん!

    

 

 

そう言って、笑う彼女からぶわっと何か闘魂のようなものを感じた。

 

(あ、あれ・・・?)

 

何か根本的なズレのようなものを感じ、私の背中に冷や汗が流れ落ちた。

 

「で、黒木さん。娯楽部って何をするところなの?教えて!」

「え、あ、そ、そうだね・・・え、えーと・・・」

 

嫌な予感のせいで反応が遅れてしまった。

娯楽部で何をやるか、か・・・。

あのクズどもとの思い出が脳裏を過ぎる。

 

「特になにも・・・部屋の中でだらだら喋ったり、ゲームしたり、お菓子食べるくらい・・・かな」

 

今までを振り返り、嘘偽りなく正直に語った。

そうだ・・・私達は特に何もしてはいない。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

マジマジと私を見つめた後、

一瞬、助けを求めるように大神さんに視線を移した後、再び、朝日奈さんは私を見つめた。

その時の彼女の様子を例えるならば、

朝日奈さんという純粋無垢な妖精が、

茂みに潜むゴブリン族の私を見つけてしまった・・・ような。

 

「え、何これ!?これ、同じ生物なの・・・!?」

 

と、まさにそんな瞳だった。

これだ。悪い予感はこれだったのだ。

超体育会系と底辺文化系の決して埋まることのない溝。

彼女と私とでは、求めるものの根本が違いすぎるのだ。

 

「ゴメン!さくらちゃん!私・・・智子ちゃんが言っていることが本当にわからないの。

何もしないって何!?それでどうして部活なの!?

そもそも、部室は服を着替える場所だよ。その場所でなんでゲームとかしてるの!?」

 

朝日奈さんは、うろたえる、を通り越してもはや怯え始めていた。

よくよく考えたら、朝日奈さんは、常に動き続け、何かしている人だった。

そんな彼女にとって部室とは、ただ着替えるだけの場所なのだ。

残念ながら彼女は、娯楽部には合わないだろう。

ならば・・・大神さんだけでも。

チラリと大神さんを見る。

 

大神さくら。超高校級の“格闘家”

 

見てくれはともかく、なかなかの常識人である。

私がぶつかってプロティンコーヒーを落とした時も許してくれたのがポイントが高い。

 

「落ち着くのだ、朝日奈。我らも部室でできることはあるだろう」

 

そう言って朝日奈さんを落ち着かせる大神さん。

おお、さすが常識人!これならば・・・

 

「筋トレがあるだろう。つまり、黒木達の言うゲームとは筋トレのことなのだ」

「そーか!さすが、さくらちゃん!」

 

腕を組み堂々と言い切る大神さんに朝日奈さんが満面の笑みでガッツポーズをとる。

 

 

「うん・・・あの、その・・・変な部に勧誘して本当に申し訳ありませんでした・・・」

 

 

私は、その場で深々と頭を下げた後、

不思議そうに見つめる二人に背を向け、歩き出した。

うん、カルチャーというか次元が違い過ぎた。

誰も悪くない。

そう・・・誰も悪くないのだ。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「どうしよう・・・さっそく当てがなくなってしまった」

 

通路の壁に背を預けて私は作戦を練り直していた。

最有力候補の2人に断られた、というか断ってしまった。

部室崩壊覚悟で入部させるべきだったのだろうか。

今さらながら、後悔し始める。

というか、あのクズどものニヤケ面が頭にチラつく。

 

(やはり、誰でもいいから入部させて・・・)

 

そんなことを思っていた時に、“ちょうどいいの”が走ってきた。

 

「おう十神!調子はどうだ?」

 

「貴様!なんだその口の利き方はッ!?」

 

まるで近所の小学生にほろ酔い気分のおっさんが声をかけるレベルの気軽さで

声をかけた私に、急ブレーキをかけた十神は、直後、激昂した。

 

「馴れ馴れしいぞ、貴様!この俺を誰だと思っているのだ!」

「誰って・・・陸上部の人だっけ?毎日走ってるし」

「貴様ッ~~~ッ!!」

 

私の軽いジャブに十神はますますヒートアップした。

本当に煽り耐性0だな、コイツ。

 

「それより、今、部員募集してるんだよ。入ってくれ。陸上部と兼部でいいから」

「あくまで陸上部を押し通す気か、貴様は!」

 

おお、若干ツッコミらしいものを返してきた!?

もちろん、偶然だろうけど、あの十神なのだから。

 

「娯楽部だと?ああ、あの娯楽室でたむろしている貴様らクズどものことか?」

 

腕を組み、十神は見下すように笑った。

挑発しているつもりだが、まあ・・・事実なんだよなぁ。

 

「断る!貴様らクズどもと俺がつるむはずなかろう」

 

メガネを指でクイッと調節しながら、十神は答えた。

そのふてぶてしさから、どうやらいつもの調子に戻ったようだ。

 

「あっそ」

 

それに対して、私は限りなくどうでもいい、という感じでそう言った。

十神が娯楽部に入るはずがないことは最初からわかりきっていた。

ちょうどいいタイミングで走ってきたから声をかけただけだ。

 

「もう行っていいぞ。箱根山目指して頑張れよ」

「グッ・・・!」

 

まるで犬をあしらう様に”シッシ”と手を振る私に、十神は血管を浮かべる。

 

「先ほどからおふざけが過ぎるぞ、下民が!この俺の名を言ってみろ!」

 

十神は再び激昂し、北○の拳に出てくるヘルメットを被った奴みたいなことを言い始めた。

部活には入れねーわ。

瞬間湯沸かし器みてーだわ。

ホント、めんどくせーヤツだな、コイツは。

 

「ああ、なんとか財閥だっけ?未だに当主を助けにもこない」

 

なんかしつけーから、ちょっと遊んでやることにした。

 

「当主と同じで使えねー奴らの集まりだよねぇ?来年には潰れてんじゃねーの?

いや、もうないから助けにこれないんだ。ああ、きっとそうだ。アハハハ」

 

敢えて大げさな身振りをして、嘲笑する。

内容としてはかなり辛らつかもしれないが、

実際に、当主を殺人鬼に誘拐されて、何もできないまま今日に至っている。

私の指摘は間違っていない。

だが、十神は今にも血管がブチ切れそうな顔をして、プルプル震えている。

コイツを見ていると、

ふと弟との掛け合いを思い出す。

アイツはクールキャラぶってたから、

なんだかんだで、私が挑発してもほとんどスルーしやがったんだよな。

それに比べて・・・である。

十神に視線を戻す。

私が投げた挑発というボールは、全て十神にストライク。

百発百中。

十神は、今にも襲い掛かりかねない剣幕である。

挑発に乗りやす過ぎだろ、コイツは。

 

「ヌゥ・・・!」

 

このタイミングで十神は例の帝王の眼差し(笑)を発動し、私を威嚇してきた。

 

「・・・ぷッ」

 

私は堪えきれず吹き出した。

当時はビビッてしまったが、

今、この状況においては、ただ面白いだけだ。

つーか、このタイミングでそれはやめろよ。マジ腹が痛い。

 

「貴様ァ~~殺されたいのか!」

 

失笑を浮かべる私に十神は声を荒げた。

あ、コイツ、ついに脅迫を始めましたよ。

 

「え、何?今、殺すって言わなかった?」

 

逆に、私はニヤつきながら、十神に近づいていく。

 

「別にいいぞ、私を殺しても。ほら、殺れよ。ホラホラホラ!」

 

むしろ大歓迎だった。

そもそも、私がこれだけ十神に舐めた態度がとれるのは、

死ぬことをまるで恐れていないからだ。

それどころか、むしろそれを望んでいた。

 

「まあ、私を殺したら、お前もすぐに処刑だけどな。仲良く心中してみるか?」

「ぐッ・・・!」

 

私の指摘に十神は言葉を詰まらす。

外の世界においては、私の命と十神財閥の御曹司様とでは、

命の価値において、それこそ天と地ほどの差がある。

十神からみれば、私の命など虫けら以下だろう。

だが、この閉ざされた世界では違う。

十神と私の命は、まったくの等価。

完全に対等であった。

唯一違いがあるならば、それは十神は私と正反対であること。

死にたくない、のだ。

生きたい。死ぬのなんて絶対に嫌だ!なんとしても助かりたい!

たとえ、クラスメイト全てを犠牲にしてでも!

事実、コイツはそう宣言している。

コイツはそういうヤツだ。

傲慢で冷酷で小ざかしい・・・そんなヤツなのだ。

だからこそ、コイツは下手なことはしない。

感情に任せて暴力を振うことはできない。

計算してしまうから・・・

私が殺されてた時に、疑われてしまうから・・・

だから、コイツは何もできない。だからこそ、私は強気に出れる。

 

「おい!どうした!?プルプルしてねーで、何とか言えよ!」

 

めっちゃウキウキした顔で私は十神を挑発する。

 

「クソ雑魚!かませメガネ!タキシード着て走ってんじゃねーよ!このド変態が!」

 

思いつく限りの言葉を全て使い罵倒してやった。

構うものか。

どうせ私が殺されるとしたら、犯人は十神に間違いない。

ならば、生きている内に出来る限り嫌がらせをしてやる。

 

「き~さ~まァアアアア~~ッ!!」

 

十神はブチキレの針を振り切った。

その表情は、まるで王を殺されたと勘違いしたキ○ラアントの護衛軍みたいな、

決して人類とは分かり合えないことを確信するには十分な貌だった。

というか、

写メとって拡大プリントして玄関に貼れば凄い魔よけになりそうだな、この顔。

 

「・・・チッ覚えていろよ!黒木智子!」

 

突如、何かに気づいたような表情で十神は私に背を向け走り出した。

 

(勝った・・・!)

 

十神を後姿を見送りながら私は内心ガッツポーズをとる。

まさかあの超高校級の“御曹司”十神白夜からマウントを取れる日が

こようとは外の世界にいた時には夢にも思わなかった。

しかし、あの十神が私相手に逃げるだろうか・・・?

いや、あり得ない。

負けを認めるくらいなら、アイツは私を今、殺しているはず。

ならば、逃げた理由は1つしかない。

なんだろう・・・たとえ嫌いなヤツだろうと、

クラスメイトとしての理解が深まっているようだ。

監禁生活も長くなってきたしなぁ・・・。

そんな感慨に浸りながら、私は後ろを振り返る。

 

(さぁ、今日はどっちだ?)

 

その直後、まるで競走馬が最終コーナーを曲がったようにソイツはやってきた。

 

 

  腐川冬子もしくはジェノサイダー翔!

  

 

十神を追い続ける悪夢の永久機関。

今のアイツは一体、どっちの人格なのだろうか?

私は近づいてくるヤツを見るため目を凝らす。

もし腐川ならば、罵倒の言い合いに備える必要があるからだ。

はじめに仕掛けてきたのは腐川からだった。

交差際に

 

「喪女!」

 

そう言って駆け抜けやがった。

次にヤツが走って来た時、今度は私が

 

「根暗・・・!」

 

そう言ってやった。それが今に至る罵倒合戦の成り立ちだった。

私はずっと考えていた。

どうして、腐川冬子に生理的な嫌悪感を持つのか。

ある日、冷静になってヤツの要素を整理してみた

 

「メガネ」「文学少女」「恋に夢中」

 

おいおい、コイツ完全に中学時代にいたコミなんとかさんと一緒じゃねーか!

完全に一致した。

こりゃ好きになれるわけねーわ。

それからの私は何の躊躇もなく腐川を罵倒することにしたのだった。

というわけで、今回も腐川ならば、先手を打って・・・いや

 

「ヒャッハ~~~~ッ」

 

どうやら違ったようだ。

 

「ヘイ!チビッ子!」

 

今回の人格は、殺人を止めた殺人鬼。ジェノサイダー翔のようだ。

私は迫り来るジェノサイダーを前にして、ゆっくりと右手を上げる。

 

「ハッ!」

 

ジェノサイダーが跳躍した直後、ハイタッチの小気味いい音が廊下に響く。

ジェノサイダーは振り返ることなく走り続け、私も振り返ることなく歩き出した。

これはいつから始まったのだろうか?もう覚えていないや。

ジェノサイダー翔は殺人鬼。

たとえ殺人を止めたからといえども、その事実は消せない。

外の世界に帰ったら彼女は捕まるだろう・・・ついでに腐川も。

 

(でも、私は今のジェノサイダーのことが・・・ちょっとだけ・・・好きだ)

 

もし人格の統合が行われるならば、私はきっとジェノを応援するだろう。

頑張れよ!ジェノサイダー!

負けろ!腐川!

 

「お、久しぶりじゃねーか、智子っち!」

 

その声に私の思考は現実に引き戻された。

久しぶりに聞くその馴れ馴れしい声に、忌まわしい記憶が呼び覚まされる。

あのふざけた占いで危なく10万円を騙し取られるところだったのだ。

 

「なんか山田達と面白いことやってるそーじゃねーか!」

 

ヌケヌケとして、さわやかな笑顔で、

超高校級の“占い師”葉隠康比呂が私に声をかけてきた。

 

「確か娯楽部とか・・・おお、それだべ、それ!」

 

葉隠は私の持っている”部員募集中”の紙を指差した。

 

「なかなか面白そうじゃねーか!俺もちょうど暇してたしな」

 

何かを考えながらうんうんと頷く葉隠。まさか、コイツ・・・

 

 

「俺も娯楽部に入れ――」

 

 

その瞬間、私はすぅと紙を回転させた。

 

「ちょ!?え、ええ!?」

 

驚く葉隠の横を私はスタスタと歩いてゆく。

 

「ちょっと待ってくれ!智子っち!俺も娯楽部に」

「え、ああ、ゴメン。今、新入部員は募集してないんだ」

「え、でもその紙は」

「ああ、うん・・・たった今、募集は打ち切ったんだ」

 

葉隠の声を振り切るように私は歩を進め、次第にその声は遠のいていった。

冗談ではない!

お前のような輩を入部させたら最後、乗っ取れられて、

娯楽部がいつの間にか怪しい占い勧誘サークルになってしまうではないか。

私達はクズはクズだが、他人を陥れ、その生き血を啜るようなクズではないのだ。

 

 

 

葉隠を振り切ったのを確認した後、

私はどうしたものかと思案する。

もうほとんどのクラスメイトに声をかけてしまった。

もうここいらでいいのではないか?

娯楽室に戻ろう。

アイツらに結果を報告して、好き勝手に笑われよう。

ムカつくがまあ、仕方がない。

 

そんなことを思いながら、2Fへの階段へと足を踏み入れた時

 

「あ・・・」

 

 

そこに、彼はいた――――

 

 

「苗木・・・君」

 

 

階段の踊り場の壁に手をかけて・・・

 

彼は・・・苗木君はそこにいた。

 

「黒木さん?」

 

私の存在に気づき、苗木君は振り返った。

 

「・・・久しぶり」

 

彼は以前と変わらぬ笑顔を私に向けてくれた。

 

苗木君が踊り場の壁に手をつけている理由を私は知っている。

セレスさんが以前言っていた

“まだ希望を諦めていない愚かな人達”が誰なのか私は知っている。

 

苗木君は決して希望を捨てないから―――

 

きっと今も、壁に抜け道がないかを探していたのだろう。

そういう人なのだ。

どんな時も希望を諦めない・・・私の知る苗木君はそういう人だった。

 

彼にとっては、希望は笑ってしまうほど近くにある当たり前のもので・・・

私にはそれが、眩しくて・・・苦しくて・・・あまりにも遠かった。

 

だから・・・いつも彼から逃げてしまうのだ。

何度となく、話しかけてくれた苗木君を振り切り、その前から逃げた。

 

希望から逃げて、逃げて、逃げ続けてきたのだ。

 

だけど・・・

 

改めて、自分の格好を思い出す。

今さら、どの面下げて逃げ出せというのだ。

それこそ、ピエロだ。

 

もう・・・ここらが限界のようだ。

私は、意を決して、階段上がる。

 

「うん・・・久しぶり」

 

苗木君と向き合って言葉を交える。

本当に久しぶりだ。なんかドキドキしてきた。

 

「な、苗木君は元気そうだね」

「うん、なんとかやってるよ」

 

苗木君と話すのはあの日以来。

無様に自殺に失敗したあの日以来だ。

その時、私は苗木君を騙した。

水を取りに行かせて・・・その隙に逃げた。

その後ろめたさのため、私はあの日のことに触れるつもりはなかった。

苗木くんも・・・たぶんそのことに気づいているのだろう。

当たり障りのない話が続く

 

「でも本当に久しぶりだよね、一瞬別人かと思った。イメチェンしたの?」

「い、いや、これは、その・・・ば、罰ゲームというか・・・」

 

もちろん、この話題に触れないはずはないよね。

もうお恥ずかしい限りで。

 

「なんか、セレスさんみたいだね」

「ですよねぇ~」

 

ゴスロリといったらセレスさんの代名詞。

私なんかが着ても・・・

 

「うん、結構似合ってると思うよ」

「え!?」

 

マジ・・・!?

朝日奈さんに続き、苗木君にまで褒められた!?

もしかして、私、本当にイケてるのかも。

ヤバイ、なんか顔が熱い。

 

「でも、若干前髪パッツンだよね」

「こ、これは、せ、セレスさんのせいで・・・!」

「アハハハ」

 

苗木君は悪戯っ子のように笑った。

オチはそこかぁ~。

山田と同じじゃねーか!

あの女、何が髪を切るのが得意だよ!嘘ばっかじゃねーか!

今さらながら涙目である。

 

「・・・黒木さんが元気そうで安心したよ。今はセレスさん達と?」

「うん・・・なんというか、いろいろあって」

 

本当にいろいろあった。

なんでこんなことになってるか、自分でもよくわからねーや。

 

「そ、そのことなんだけど。

じ、実は私達、今、娯楽部という部活をしていて・・・それで」

 

話題が娯楽部のことになった以上は、このことに触れないわけにはいかない。

私は、手に持っていた募集チラシを苗木君に見せる。

 

「い、今、新しい部員を募集してて・・・その・・・もし・・・よければ、だけど・・・」

 

顔をほのかに汗ばみ、喉に渇きを感じた。

紙を持つ手が少し震えている。

考えもしなかったけど、もし苗木君が娯楽部に入ってくれるならば、私は・・・

 

「・・・ごめん」

 

少しの沈黙の後、苗木君は申し訳なさそうに答えた。

 

「まだ・・・やらなければならないことがあるから」

「そ、そう・・・い、いや、うん大丈夫!ぜ、全然大丈夫!気にしなくていいから」

 

・・・私は何を勘違いしていたのだろう。

久しぶりに苗木君と話して・・・浮かれて・・・馬鹿丸出しだ。

苗木君と私は違う。

私と・・・希望を捨てた私達と苗木君は違うのだ。

そんなこと・・・最初からわかっていたはずじゃないか。

 

「じゃ、じゃあ、私はこれで・・・」

 

いたたまれなくなり私は苗木君から背を向け、階段を下りる。

まるで逃げるかのように。何かを恐れるかのように。

これ以上、彼と話していたら、きっと・・・

 

「黒木さん」

 

呼び止めるその声に振り返る。

 

「・・・君のせいじゃないよ」

 

苗木君は私を見つめてそう言った。

優しい眼差しでその言葉を続けた。

 

 

「不二咲君達のことは、あれは・・・君のせいじゃないよ」

 

 

それは、きっと・・・私が最も聞きたくなかった言葉だった。

恐れていたのは、これだった。この言葉だったのだ。

 

「違・・・うよ」

 

私は言葉を振り絞り、それを否定した。

 

「あ、あれは・・・私・・・だよ。全部・・・私のせいなんだ」

 

声が震えていた。それでも私は言葉を続ける。

それを答えることは、私にとってただ一つの義務だった。

 

「ちーちゃんを・・・殺したのは、私だよ。みんなを絶望に堕したのは、私なんだ」

 

これだけは・・・否定しない。

この事実だけは譲るつもりはなかった。

その罪を受け入れることだけが、

クズに残されたたった一つの誇りだった。

 

そう・・・ちーちゃんを、大和田君を、石丸君の心を・・・殺したのは私なのだ。

 

「全部・・・間違いだったんだ。

私がちーちゃんと出会ったことも。私が希望をもったことも・・・」

 

そう、私がいなければあんなことにはならなかった。

私が・・・希望なんて持たなければ、みんなは・・・

 

 

 

   ―――それは・・・違うよ。

   

 

 

その言葉は・・・学級裁判でクロを撃ち抜く言弾を放つ時の言葉。

絶望の闇を撃つ抜く雷鳴のような彼の言葉は、とても穏やかで・・・優しかった。

 

「黒木さん・・・それは違うよ」

 

苗木君は、もう一度、その言葉を私に向けた。

 

「黒木さんは間違ってる。僕はそれを知っている。だって・・・」

 

彼の瞳にはほんのわずかの揺るぎもなかった。

 

「だって、僕は不二咲君の笑顔を知ってるから」

 

苗木君はその理由を語り始めた。

 

「学級裁判で石丸君が言ったこと。あの時、僕も彼と同じことを思ったんだ」

 

裁判で、私が絶望に堕地かけた時のことを思い出す。

私を引き止めた石丸君の言葉を・・・ちーちゃんの笑顔を。

 

「このコロシアイ学園生活が始まってから・・・不二咲君はいつも怯えていた。

いつも泣きそうな顔で・・・今にも消えてしまいそうなくらい儚く見えた。

そんな彼が、ある日を境に変わった。

その顔に笑顔が戻っていたんだ。

ある日、偶然、食堂で不二咲君と二人きりになったことがあって・・・

その時、ずっと気になっていたことを聞いたんだ。

一体、何があったの?そう聞いたんだ」

 

私は苗木君の言葉に聞き入る。

苗木君とちーちゃんが話す様子が脳裏に浮かんでくる。

 

「不二咲君は笑ってこう言ったよ」

 

 “友達ができたんだ”って

 

「その友達に勇気をもらったって。自分の弱さと絶望と戦う勇気を。

だから、自分のやれることを頑張ると。

それでいつか、その人にもらった恩を返したい・・・そう笑って答えてくれたんだ」

 

ちーちゃんの笑顔が・・・脳裏を過ぎる。

 

「だから・・・僕は君を否定する。

君の言ったことを否定する。君の思っていることを否定する」

 

その否定の言葉は限りなく優しい声だった。

 

「不二咲君にあんな素敵な笑顔を与えた君たちの出会いが・・・

その全てが間違いであるはずがない。

例え、ボタンの掛け違いで、その結末が絶望だったとしても・・・

それでも、僕は断言するよ!

不二咲君の笑顔を知ってるから・・・

だからこそ、僕は言うよ!“それは違うよ!”って。

モノクマが何を言ったって、僕はそれを否定する。

“それは違うよ!”って。

それが例え、黒木さんでも・・・何度だって言い続ける。

君達の出会いが間違いなはずがないって」

 

不二咲君はきっと・・・

 

 

    ――――君と出会えて幸せだったって。

 

 

「・・・・・・。」

 

私は、ただ無言でその言葉を聞いていた。

優しい言弾に撃ち抜かれて・・・

ちーちゃんの笑顔が心に溢れて、何も答えることができなかった。

 

 

「待ってるから・・・君がもう一度、希望に戻ってくるのを・・・僕は信じてるから」

 

 

苗木君は笑顔でそう言った後、階段を下りていった。

私は、その場に立ち尽くしていた。

ちーちゃんの笑顔が何度も脳裏を過ぎり、涙がこぼれ落ちそうだった。

 

 

私が恐れていたこと・・・それは苗木君の優しい言葉・・・じゃなくて。

その優しい言葉を受け入れ、自分を許してしまいそうになること・・・だったんだ。

 

だから私は・・・

 

 

 

その時、何者かの視線に気づき、上を見上げる。

 

「あっ!」

 

2Fの入り口の影から、私を見ていたその人物は、小さな声を上げた。

その人物の驚く顔は、なにより希少な本日のベストショットだろう。

 

「別に盗み聞きするつもりはなかったの。たまたま・・・あ!?」

 

霧切さんはいつものポーカーフェイスに戻り、姿を現した・・・瞬間

 

 

私は背を向けて逃げ出した―――

 

「なんで逃げるの!?待て!待ちなさい!」

 

自分でも何故逃げるのかよくわからなかった。

すごく恥ずかしいところを見られた・・・という感覚があったからだろうか。

 

「ああ!痛いわ!」

 

突如、悲鳴が聞こえ、振り返ると、霧切さんが胸を抑えて踊り場でうずくまっていた。

 

「誰かに突き飛ばされた時の傷が急に痛み出して・・・」

「え・・・!?」

 

例の日に、私を止めようとする霧切さんを盛大に突き飛ばしたことがあった。

 

あの時のことか―――

 

「だ、大丈夫、ご、ゴメンね!わ、私・・・」

 

慌てて彼女の元に駆け寄る・・・その瞬間。

 

「ええ、もう大丈夫」

「は!?」

 

彼女は何事もなかったように、すくっと立ち上がった。

 

「え、でも、き、傷は?」

「治ったわ」

「え、でも・・・」

「治ったのよ」

「え、ええ・・・」

 

こ、この女・・・嵌めやがった。

ぬけぬけと私を罠に嵌めた霧切さんは、

悪びれることなく、相変わらずのポーカーフェイスを続けていた。

 

「なぜ、逃げたの?」

「い、いや・・・なんなく」

 

本当に理由などない。

 

「そ、そっちこそ、なぜ呼び止めたの・・・?」

「特には。敢えて言えば、逃げたから。もし探偵なら謎が呼んだから・・・かしら」

 

そっちもないのかよ。

そして、なぜ例えが探偵なのか。まあ、いいけど。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

場を沈黙が支配する。

正直、話題が思いつかない。

コミュ障が2人きりならある意味必然の展開か。

 

「今日の天気は・・・晴れかしらねぇ?」

 

突如、天気の話題を振ってきた!?

 

「い、いや、どうだろうね。外に行かないとわからないし」

 

これ完全に話題に詰まった時の展開じゃねーか!

というか、私、これと同じ話題を舞園さんに振ったことあるし!

 

「そうね・・・もう正直になりましょう。コミュ障が2人揃ってはどうにもならないわ」

 

私の表情を見て、霧切さんは溜息をついた。

潔く認めたのはある意味すごいけど、私も一緒にコミュ障認定!?

 

「ええ、私には一般的な会話で話を弾ませる能力はまるでないわ。

それも、からっきし、これっぽっちも。

推理の時は、自分でも不思議なほどに頭が冴えて、

いろいろな話題が頭に浮かんでくるけど」

 

推理をしている時の彼女を思い出す。

生き生きと容疑者から情報を引き出すあの時の彼女を。

確かに・・・彼女の言葉は真実だ。

そして、悔しいがコミュ障なのは、私も同じだ。

この展開の責任は私にもあるのだ。

そもそも・・・霧切さんは、私と話して、何かメリットはあるのだろうか?

いや、ないと即答できる。

出会いから今に至るまで、私は彼女にずっと迷惑をかけてきた。

その自覚は私にはある。

彼女にとって、私は煩わしくて迷惑極まりない存在以外の何者でもないのだ。

 

「・・・確かに、私はあなたと話すことで得られるメリットはない・・・そう思うわ」

 

私の表情から私の考えていることを読んだのだろうか・・・?

霧切さんは、私に向かってはっきりとそう言い切った。

 

「私にとって、黒木さん・・・あなたは出会いから今にいたるまで、正直迷惑なことしかない」

 

その瞳に何の偽りもなかった。

故に、かなりへこむ。

いや、まあ、自分でもわかっていたけどさぁ・・・

 

「でも、それでも黒木さん。私は・・・」

 

 

   ――――あなたのことを認めているのよ。

   

 

その意外過ぎる言葉に、私は自分の耳を疑った。

 

「あなたが私に土下座したあの時・・・

私があなたに抱いた感情は何だったのか、黒木さんは推理できるかしら?」

 

あの時のことを思い出す。

勢い余って額をぶつけたのは痛かったな。

あれは私にとってまさに一世一代の土下座だった。

でも、あんなことをされた相手は一体どんな気分だったのだろう。

少なくとも嬉しいなんてことはないだろう。

見下された・・・に違いない。

 

「憐れみや軽蔑・・・そう思っているならその推理は間違っているわ」

 

彼女の気配のようなものが変わるのを感じた。

私が答えるまでもなく、その視線や表情のほんの少しの動きで

私が考えていることを読んだのだろう。

これも才能なのだろうか?

一瞬、セレスさんの笑みが浮かんだ。

 

「・・・妬み、よ。

あの時、私は明確にあなたに嫉妬したのよ。自分でも驚くほどに」

 

嫉妬・・・それはむしろ自分より格上の

何か自分にないものを持っている相手に抱くもので・・・

わけがわからない。

地面に這いつくばる虫みたいなあの時の私に、なぜそんな・・・

 

 

   ――――あなたには・・・大切な人がいるから。

    

 

「同じ年齢の女子の目の前で、人目も憚らずに・・・

あなたは土下座して私に助けを要請した。

プライドも何もかも投げ捨てて・・・私に縋りついてまで

あなたは不二咲君の仇を討とうとした。

大切な人のために・・・あなたはそれをすることができた。

驚いたわ、本当に。

あの瞬間、あなたは私の推理を超えたの。

すごいな・・・って、正直思った。

私にはきっと同じことはできなかったから。

そして、嫉妬したわ・・・そんな大切な人がいるあなたに」

 

霧切さんは語り続ける。

透き通った瞳で私を見つめながら。

それは本心なのだろう。

短い付き合いだけど、私は彼女はどんな人間なのか少しだけ知っている。

霧切さんは、嘘をつける人ではない。

 

「私にはそんな人はいないから・・・

いえ、いたかもしれない。もう・・・忘れてしまったわ」

 

「・・・?」

 

それは私にではなく、自分に言い聞かせるような呟きだった。

友達や両親と不仲になった・・・ということなのだろうか。

それくらいしか私には想像がつかなかった。

 

「少し喋りすぎたみたいね・・・もう行くわ」

 

彼女は階段を戻っていく。そしてふと止まった。

 

「苗木君じゃないけど・・・私も思うの」

 

霧切さんは振り返ることなく私にその言葉を向けた。

 

「あなたと私と苗木君の3人で

また一緒になって何かやれる日がくるかもしれない・・・と。

今度は推理じゃなくて・・・クラスメイトとして。私の勘がそう言っているわ」

 

その言葉を残し、彼女は再び階段を上っていく。

 

「そ、それは・・・す、推理じゃないの?」

 

なぜ・・・呼び止めてしまったのだろうか?

自分でも驚いていた。私は一体何を言って・・・

 

「あら、推理のきっかけには勘はつきものなのよ。それに・・・」

 

霧切さんは振り返り私を見つめる。

 

 

「私の勘って結構当たるのよ」

 

 

ポーカーフェースの彼女はそう言ってほんの少しだけ微笑んだ。

 

霧切さんが去った後も、私はその場に立ち尽くしていた。

 

「う、うう・・・」

 

動けば涙がこぼれてしまうから・・・必死で耐えていたのだ。

私には泣く資格などない。

私はクズ。どうしようもないクズなのだ。

 

それなのに・・

 

 

 

 

 

     「みんな・・・優しい人ばかりだ・・・」

     

     

 




【あとがき】


次話から心を削っていきます



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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 後編①

時間は昼をとうに越えているだろう。

そんな時間に起きるなど、まさにクズである。

身体が少し、ヒリヒリする。

昨日、およそ一ヶ月ぶりにお風呂で身体を洗ったせいか。

服も・・・一ヶ月ほど着込んだジャージは焼却炉で燃やされてしまった。

まあ、いいや、代わりのジャージはまだある。

私は、ジャージを着ると鏡も見ずに部屋を出る。

 

あの後…結局、私は娯楽室に戻ることはなかった。

目を腫らしているのをバカにされるのがウザいのもあるが、

それ以上になんというか戻れなかった、のだ。

 

希望を見てしまったから…

 

苗木君と霧切さんと話して、

彼らの瞳の中にそれを見た。 

私がとっくの昔に無くしたもの。

私達、娯楽部が持っていないものを。

そんなことを、ふと考えてしまい、

なんとなく感傷的になり、結局、自室に引きこもってしまった。

ああ、そういえば私…勧誘とかしてたんだっけ。

思い出したくないことを思い出し、

私はけだるい足取りで階段を上がり、そのドアの前に立つ。

 

 

 娯楽室

 

 

プレートにそう書かれている部屋のドアを開く。

 

 

「あら、こんな時間に起きるなんて、黒木さん、アナタは本当にどうしようもないクズですわね」

 

「まったく正真正銘のクズですな。まあ、我々もさっき来たばかりですけど」

 

そこには、希望を捨てた、自堕落でクズな“悪友”達が私を待っていた。

 

「君達だけには、言われたくないなぁ」

 

そう言って、私は、ドアを閉める。

今日もいつものやりとりから一日が始まる。

 

「それでは早速、結果を報告して頂きましょうか」

「昨日は、あのまま帰ってきませんでしたからね。心配でしたぞ」

 

「う…」

 

日常のはじまりからさっそくの例の話題に私は、言葉を窮する。

セレスさんはすまし顔ではあるがどこか面白がっているのがわかる。

山田は言葉とは裏腹に笑みを隠さない。

 

「え、えーと、そ、その件についてなんだけど…」

 

何か面白いことを言わなければいけない雰囲気に正直、迷っていた。

滑るのを覚悟で一発ギャグでもかましてみようか…?

いや、

 

「ゴメン。頑張ってみたけどダメだった…」

 

やめておこう。

私は、正直に話すことにした。

 

「ま、そんなことじゃないかと思っていましたわ」

 

「我々の予想通りですな」

 

二人は目を合わせて笑った。

意外な反応。

もっと露骨に煽ってくると思っていたのだが。

 

「最初から1ミリも期待しておりませんでしたわ。

こういうものは送り出すまでが面白いものです。結果なんてオマケですわ」

 

「ショックで寝込んじゃったのは結構、予想の斜め上で面白かったですがね」

 

「ぐっ…」

 

前言撤回。

時間差で煽って来ただけじゃねーか!

やっぱり、コイツら正真正銘のクズだよ!

 

「これにはいろいろ理由があって――」

 

「別にいいですぞ、黒木智子殿」

 

言い訳をしようとする私の言葉を山田が遮った。

 

「実はさっきもセレス殿と話していたんですよ」

 

「…?」

 

山田がセレスさんに視線を送る。

 

 

 

  娯楽部は僕達、3人がちょうどいいって―――

 

 

 

その言葉にセレスさんは仕方ない、といった感じで肩を竦めた。

 

「不本意ですが、同意します。

これ以上、人数が増えればわたくしの別室が狭くなってしまうことに気づいてしまいました」

 

山田が少し恥ずかしそうに頭をかく。

 

「なんつーか、この3人だと気楽というか、居心地がいいんですよね。

今のこの空間壊したくないから、新メンバー別にいいやって」

 

 

それ意外な言葉だった。

自分では考えたことがなかったから…

言われて、初めて気づき…

 

「うん…そ、そうだね」

 

そして、同意してしまった。

確かに…嫌いではなかった。

この場所も。

山田もセレスさんも。

娯楽部が満更でもないと…

それが当たり前過ぎて、

私は考えることすらしなかった。

いつの間にか、娯楽部は私にとってそんな場所になっていたのだ。

 

「まあぶっちゃけ今更、真面目な人に来られても、

こんだけ堕落した生活を送ってたら、もうまともな対応とかできませんぞ!うひょひょ」

 

山田は爆笑する。

ち、それが本音か!

ちょっと感傷的になってしまったのがすごく恥ずかしいじゃないか。

 

「そうですわね。ここには最底辺のクズしかおりません。わたくしを除いて」

 

セレスさんが煽り始める。

 

「ちょ!?アンタに言われたくないですぞ!」

 

山田が返す。

そうこれはいつものやりとり。

 

「…私が敢えて誰も勧誘しなかったのは、この部の新たな被害者を増やさないため…」

 

「オイオイ、なんか言い始めましたぞ!」

「言い訳が意外なほど自然な入り方でしたわ!?」

 

いつものように私も加わる。

 

「本当だって。実は朝日奈さん達から…」

 

そう、これが娯楽部の日常。

 

「いや、だからさ…」

 

苗木君達はああ言ってくれたけど、

 

「ウルセーぞ!山田!」

 

私にはここでの暮らしが合っている。

 

「セレスさんこそ――」

 

 

娯楽部。

 

それはきっと今の私にとっての日だまり。

 

私はここでクズとして、ダラダラとクズらしく堕落して生きて行こう。

 

 

 

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

それが起きたのは1週間後のことだった。

 

「なにやら他の皆さん、下に集まってましたぞ」

 

本日のクズである山田がそんなことを言いながら娯楽部室のドアを開けた。

 

「ふーん」

 

私は気の抜けた返事をする

起き抜けでまだ思考がはっきりしなのもあるが、あまり興味がなかった。

どうせリア充同士でゲームでもやるんだろ?とそう山田に尋ねる。

 

「いやいや、結構シリアスな雰囲気でしたぞ」

 

山田が手を振って否定する。

 

(何か起きた…?)

 

ここで起きることでいいことがあったことがない。

殺人…ならもっと大騒ぎになっているはずだから、何か別の…

 

「行って見ましょう」

 

セレスさんが椅子から立ち上がる。

 

「ここでアレコレ考えても仕方ありませんわ。それにちょうど退屈していましたし」

 

セレスさんの後に続き、部屋を出る。確かにその通りだった。

見に行った方が早い。

何より基本的に私達は暇だし。

 

脱衣所の前にはほぼ全員が集まっていた。いないのは…石丸君だけか。

 

「本当だよ!本当に見たの!」

「落ち着くのだ、朝日奈」

 

取り乱す朝日奈さんを大神さんがなだめている。

 

「くだらん。幽霊などいるはずがなかろう」

 

十神がわけのわからないことを言っている。

幽霊…?何の話だ?

 

 

「嘘じゃないもん!本当に見たの!不二咲ちゃんの幽霊!」

 

 

一瞬、時が止まったような錯覚に囚われた。

 

(ちーちゃんの…幽霊?)

 

霧切さんが朝日奈さんから状況を聞き出している。

昨日、落ち込んでいた朝比奈さんは

元気を出すため夜時間にも関わらずドーナツを取りに向った。

その途中、脱衣所から謎の光が出ていた。脱衣所に入るとそこにはちーちゃんが…

 

「確かめましょう」

 

霧切さんは脱衣所に入っていく。

私達も後に続くことなった。

ちーちゃんの名前を聞いたときから思考が定まらない。

幽霊など今まで見たこともないし、もちろんその存在を信じてすらいなかったのだから。

1箇所だけ半開きになっているロッカーがある。

霧切さんは迷わず進む。

 

(もし…本当に、ちーちゃんの幽霊がいるなら…私は何を話せばいい?)

 

霧切さんはロッカーを開けた。

 

(私が聞きたいこと…それは…)

 

そこには、1台のノートPCがあった。見覚えがあるPCだった。

私があげたんだっけ・・・

霧切さんがマウスに触れた。

ディスプレイに映し出されたものを見た瞬間、本当に私の時間は止まった。

 

「ちーちゃん…」

 

そこにあったのは在りし日の親友の顔。

ディスプレイの中からちーちゃんが目をパチクリしながらこちらを見ている。

 

「でっ出た~~!?」

「南無阿弥陀仏!!南無阿弥陀仏!!」

 

山田と葉隠が念仏を唱えだした。

 

「ほ、ほえ…」

 

朝比奈さんが腰を抜かし尻もちをつく。

この状況を前にほぼ全員が何らかのリアクションを示す。霧切さんを除いて。

彼女は相変わらず悠然としていた。

 

「本当に驚いたわ」

 

そういいながら眉一つ動かさないのは何かのギャグか?

 

「皆タマ、誰ですか?」

 

「シャベッタアアアア!!」

 

山田達が…もういいや。

それより、このちーちゃん…何か変だ?

よく見ると顔の下に吹き出しのポップアップがある。

もしかして…文字を打ち込む?

そう考えた直後、霧切さんはキーボードを打ち込み始めた。

 

"あなたは何者なの?"

 

「あ、はじめまして、ボクはご主人タマ…

不二咲千尋タマに作られた学習型人工知能プログラムのアルターエゴです」

 

打ち込まれた文字にちーちゃんは、いやアルターエゴ?は答えた。

いつかのちーちゃんの言葉が頭を過ぎる。

 

 

 

  "完成したんだ。ボクも・・・これでみんなの力になることができる"

 

 

 

あの時、ちーちゃんが徹夜してまで作っていたのはこれだったのか…

今流行りのAI?とかいうのでいいのか?

ちーちゃんはプログラムの中でもその分野のスペシャリストとは知っていたけど、

まさかこんな中古のノートPCでそれを作るなんて…まさに天才という言葉しかでない。

でも、どうして脱衣所なんかに?

 

「…だから不二咲君はこの部屋を選んだのか」

 

そう呟く霧切さんの視線の先を追い、その言葉の意味を知る。

 

(この部屋には監視カメラがないんだ!)

 

監禁生活も長くなってきたのに初めて知った事実と自分の注意の無さに恥ずかしくなってきた。

 

"あなたは何をしているの?"

 

霧切さんは会話…というか調査を再開した

 

「ハードディスクにある膨大なファイルの解析だよ!

ビックリするくらい複雑なロックが掛かっていているから解析には時間が必要なんだ」

 

アルターエゴは、隠すことなく答える。

 

「最近、解析できたファイルからはこんな画像が出てきたよ」

 

その一枚の画像に、全員が釘付けとなった。

そこには、大和田君とちーちゃん、そして桑田君が映っていた。

仲良さそうに…体操着でだ。

ありえるはずはなかった。

そんな瞬間はなかった。

私達は出会った時はどちらかといえば、険悪だった。

それに、仲良くなる前には…

 

「モノクマの悪ふざけと考えるしかないわね」

 

様々な憶測はどれも的を得ず。

とりあえず、霧切さんの結論に落ち着いた。

その間、アルターエゴはちーちゃんと同じ大きな瞳で興味深そうに私達を観察していた。

 

「皆タマはご主人タマのクラスメイトですか?ご主人タマはどこですか?」

 

その言葉に私を含め皆は沈黙した。

アルターエゴはあの惨劇を知らなかったのだ。

 

霧切さんはキーボードを打つのを一瞬躊躇したが、決意したようにその事実を一気に入力した。

 

"不二咲君は大和田君に殺されたわ"

 

「そうかぁ…覚悟はしていたよぉ。

この状況下でご主人タマが生き残る可能性はとても低いから…」

 

涙を浮かべる表情に切り替わるアルターエゴ。

その顔を見ていると、胸が苦しかった。

本当によく似ていたから。

 

"私は霧切響子。そのまま解析の継続をお願いできるかしら"

 

「あなたが霧切タマですか!データ通り冷静なんだね」

 

アルターエゴの表情が喜びに切り替わる。

 

"隣の一見冴えない彼が苗木君よ"

 

「ちょ!?霧切さん!?」

 

それをきっかけにアルターエゴへの自己紹介タイムが始まった。

 

「山田タマとか、萌え~~」

 

山田の気持ちの悪い声が聞こえる。

みんなが盛り上がる中、私はその輪の外に立っていた。

久々に喪女の本領を発揮した…のではない。

敢えて離れている。

意図的にここにいる。

強がりなんかじゃない。

ふさわしくない…のだ。

何を話せばいい?

どのツラを下げて!

私にはそんな資格などないのだ。

 

「一番後ろにいるあなたがもこタマですね」

 

思考の最中、ハッと顔を上げる。

アルターエゴは優しい笑みを浮かべ、私を見ていた。

 

「データ通りだからすぐにわかったよぉ。ずっと会いたかった。何か喋ってほしいです」

 

みんなは何か察したように道を空ける。

私はそれに従うように覚束無い足取りでアルターエゴの所へと歩く。

 

PCの前に立つ。

アルターエゴは本当にちーちゃんそのままだった。

キーボードに触れる指先が震えているのを感じる。

私がちーちゃんに言いたかったことは…聞きたかったことは…

 

 

 

   "ちーちゃんは、私のことを本当はどう思っていたの?"

 

 

 

入力を終えた瞬間、立ちくらみで危うく倒れそうになったのを霧切さんが支えてくれた。

 

(やってしまった…)

 

いまさら激しい後悔が押し寄せる。

罪を受け入れると言っておきながら、私は何をしているのだ!?

アルターエゴに何を期待しているのだ。

 

アルターエゴはただの…

 

 

 

    "大好きだよ!"

 

 

 

夏に咲き誇るひまわりのようにアルターエゴは笑った。

ちーちゃんのように笑ったのだ。

 

「ボクはプログラムです。だから人の心を本当の意味で理解することができません。

でも…それでもこれだけは言うことができます。

もこタマはご主人タマにとってとても大切な存在だって」

 

優しい眼差しを私に向けながら、アルターエゴは語り続けた。

 

「ご主人タマはボクに与えてくれた情報は…話してくれたことはいつももこタマとのことでした。

今朝の朝食のこととか、一緒に図書館に行った日々の出来事。

もこタマがくれた絶望と戦う勇気。

いつか外に出て一緒に学園生活を送りたいという明日への希望。

ボクに話してくれたことはいつだってもこタマとのことでした。

もこタマへの思いで溢れていました。

だから一目でわかりました。

一番後ろに立っているあの女の子がもこタマだって。

そんなご主人タマのもこタマへの思いを言葉にするなら…きっとそれしかないとボクは思います」

 

語り終わったアルターエゴは少し表情を赤くして目を瞑った。

 

「そう…か」

 

大好き…か。

勿論、それは異性としてではなく、友達としてだろうけど…

 

(ちーちゃんは…私のことを…)

 

嬉しそうに私を見る苗木君の視線を感じた。

何か重みが消えたようにふと身体が軽くなったような感覚を覚えた直後だった。

 

「生きて…いたの…か?不二咲君」

 

その声に全員が振り返った。

いつの間にか、石丸君が入口の前に立っていた。

 

「不二咲君!よかった!生きていたんだね!」

 

ヨロヨロと転びそうになりながら石丸君はアルターエゴのもとに走り寄る。

 

「ち、違うんだ。石丸君!」

 

慌てて苗木君が石丸君を静止し状況を説明する。

 

「そう…なのか。やはり…不二咲君は…死んだのか」

 

石丸君はがっくりと肩を落とした。その姿を見るのは辛かった。

 

「僕に…不二咲君と…話をさせてくれないか」

 

彼のその願いを止める権利のある者などここにはいない。

私は石丸君のため、アルターエゴから離れた。

石丸君はキーボードに触れその思いを綴り始めた。

 

「君は…兄弟を…恨んでいるか…?」

 

涙を流しながら、その言葉を口に出しながら、

 

「兄弟を…止められなかった…僕を恨んでいるか?」

 

その思いをキーボードに打ち込んだ。

それを見ていて苦しかった。

その言葉を聞いて辛かった。

私と同じだ。

石丸君は私と同じ気持ちだったのだ。

 

「石丸君は…責任を感じているんだね。ご主人タマならきっと、

僕の分まで生きて下さい…そう言うと思うよ。それと…」

 

悲しそうな顔で石丸君を見つめるアルターエゴ。

突如、映像が切り替わった次の瞬間、私たちは声を失った。

 

「…で、その責任の重さにお前は潰れちまったんじゃねーだろうなぁ?」

 

画面に現れたのは…大和田君だった。

 

「大和田君!」

 

石丸君はPCを掴み叫ぶ。

 

「男の重さってのはよぉ。

その男が背負ってるモンの重さなんだぜ。わかるだろ…兄弟。オメーならわかるはずだぜ」

 

それはまさに大和田君の言葉。

生きていれば本当に大和田君が言いそうな言葉だった。

 

「ご主人タマが入力していた大和田君の情報をもとに、

ボクなりにシミュレーションしてみたんだぁ」

 

アルターエゴは少し申し訳なさそうに説明した後、再び大和田くんに切り替わる。

 

「まぁ、立ち止まるのはしかたねー。せいぜい時間をかけやがれってんだ。

時間かけて落ち込んで…時間かけて後悔して…

そんで、気づいたらいつの間にかに歩き出している…

人間ってのはよぉ、それくらいテキトーに出来てんだよ」

 

その言葉を残し、大和田くんの映像は消えた。

 

「…なんて偉そうに言っちゃたりして」

 

アルターエゴは恥ずかしそうに笑った。

 

「は…ははは」

 

ポロポロと涙をこぼしながら、石丸君は笑った。

石丸君が笑ったのを見たのは、あの日以来だった。

 

「染み…こんだ…ぜ。今の言葉が…魂があぁぁぁ…僕の中にいぃ~~ッ!」

 

皆はギョッとした。

石丸君の髪が逆立ってる!?

 

「うぉおおおぉぉぉ~~~ッ!!」

「い、石丸君!落ち着いて!」

 

雄叫びを上げる石丸くんに苗木君が止めに入る。

 

「石丸ってのはどこのどいつだ!馬鹿野郎!」

 

石丸君の口調が変わっている。まるであの人のように。

 

「俺は…そう!石田だ!俺は俺!俺なんだああぁぁぁうぉおおおぉぉぉ~~~!!」

 

わけのわからないことを言いながら、石丸君は脱衣所を出て行った。

 

「ま、まあ、元気がないよりはいいよね」

 

苗木君の結論にとりあえず頷くしかなかった。

 

振り返るとアルターエゴが嬉しそうにこちらを見ていた。

その表情は本当にちーちゃんにそっくりで…

 

「もこタマ、もっとボクに…」

「え…?」

 

 

 

  "いろんなことを教えてください"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





それは希望の始まりとなり得るのか?


【あとがき】

投稿できただけで嬉しいというのが率直な感想です。
書く体力がちょっと落ちているというのを実感する日々です。
今回は、本来1話の内容を字数のため2話に分けることになりました。
理由としては、やはり書いていてアルターエゴのくだりを軽く扱うことは
できないと判断し、結果として字数が予定より大幅に増えてしまいました。
たぶん今年はあと1話書くことができる・・・はずです。


ダンガンロンパとはかくあるべき・・・と言われる作品を目指して今後とも頑張ります。


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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 後編②

「あなた”も”またアレのところに行くのですね」

 

廊下ですれ違ったセレスさんにそんなイヤミを言われたが気にすることはない。

私は頼まれたからアレのところに向かっている。

”アレ”とはアルターエゴの隠語だ。

隠語とは古来より忍者や武芸者が使う特定の仲間にだけ意味が伝わる言葉。

某格闘漫画なら追い詰められた状況から”屍だ・・・!”と笑みを浮かべたい衝動に駆られるが、

私達はアルターエゴの存在をモノクマの奴から隠すためにこの隠語を実行している。

さて、話を戻そう。

頼まれたのだ。

重ねていう。

私は頼まれたのだ。

 

”いろんなことを教えてください”

 

そう頼まれてしまったから私はアルターエゴと・・・いや、”ちーたん”と話しているだけだ。

それの何が悪いというのだろう。

確かに、毎日話している。

朝に脱衣所を訪問し、気づけば夜時間になっていたこともあった。

だからと言ってそれが何の罪になるというのだ?

いや、寧ろ逆だ。 

そう・・・これは贖罪。

亡き親友の忘れ形見の願いを聞くことこそが罪人たる私の義務!

仕方がない・・・仕方がないのだ!

脳内で弁明めいたことを独白しながら、私は今日も脱衣所へと向かう。

 

「・・・でさぁ~大学生の彼氏が首筋にキスした後に、

エッチしよう!エッチしよう!としつこくってさあ~

私は”ダーメ。エッチは卒業までお預けだよ”って・・・」

 

「ワーワー!」

 

私の恋話(大嘘)にちーたんは顔を真っ赤にして声を上げた。

かわいい奴め。

どうやらちーちゃんは、ちーたんにこの話はしていなかったようだ。

 

「何の成長もしていない・・・?」

「前回と同じじゃねーか!」

「どんだけ図太いんだよ!」

 

例によって幻聴が聞こえてきたが、

無視だ。

だって、仕方がないではないか。

ちーたんの反応が可愛くてついイタズラしたくなってしまう。

 

「もこタマはもう大人なんだね」

 

顔を赤らめるちーたんは私の話を信じてしまったようだ。

カワイイ。

人を疑うことを知らない・・・というより、知識欲が旺盛なのだろう。

私のどんなくだらない話でも本当に楽しそうに聞いてくれる。

だから私も時間を忘れてしまうのだ。

私をもこタマと親しみを込めて読んでくれるのに、

アルターエゴと製品名を呼ぶのは気が引けた・・・いや、嫌だった。

ちーちゃんの顔をしたちーちゃんの忘れ形見に。

だから私は早い段階で二人の時はちーたん、と呼ばせて欲しいとお願いした。

我ながら厚顔無地だと思う。

だが、幸いちーたんはその名前を喜んでくれて今に至っている。

 

「ちーたん」

 

ちーたんを見ているて嬉しくてつい意味もなく呼んでしまう。

 

「なぁに?もこタマ」

 

その答え方がまたカワイイ!

こんなの反則だろ!

異性だったら完全に墜ちてたわ。

まあ、製作者は本当に異性だったのだが。

 

「エヘヘ、なんでもない」

 

名を呼べば呼ぶほどに親しみが込み上げてくる。

まるで脳で麻薬が分泌しているかのように。

麻薬の中には、楽しかった昔の思い出を呼び起こすものがあると聞いたことがある。

ちーたんは、私をあの楽しかった日々に連れて行ってくれる。

ちーちゃんと一緒だったあの時に。

抗えるはずがなかった。

ちーたんとの会話は私にとっての麻薬だった。

その快楽に囚われ私はもう抜け出せそうになかった。

 

「もこタマ、毎日お話をしてくれてありがとう」

 

ちーたんとは少し心配そうな視線を私に向けた。

 

「でも、いいの?ボクの為にこんなに時間を使って。他にやることだってあるはずだし」

 

(え!?やることって・・・)

 

ないんだなぁ~~それが。

ふと県の見どころについてインタビューを受けるヤンキーの笑顔が頭を過ぎった。

ないんだよなあ・・・何も。

こんだけ監禁生活も長くなるとやることなどほとんどなくなる。

ただ娯楽部でクズどもとのクズライフをだらだら続けて一日が終わっていく。

そんな状況だからこそ、ちーたんにどハマりしてるのだ。

 

「う、うん・・・でも、私はちーたんと話すことの方が楽しいから」

 

ぎこちなさを笑顔で押し切る。

だが、その言葉に偽りはなかった。

今の私にとってちーたんと話をすることが一番大事だ。

起きている時間の全てを使いたい。24時間でも足りないくらいだ。

それに最近は”アイツら”のせいでそうすることができない。

その足枷が私の欲求に油を注ぐ。

もっと・・・もっと話したい。

 

「私はちーたんと話している時が一番幸せなんだ。だって・・・」

 

高ぶった感情をそのまま言葉に変える。

 

「まるで本物のちーちゃんと話しているみたいな気がするんだ」

 

私は胸に湧き上がる感謝を恥ずかしげもなくちーたんに伝えた。

 

「ボクも話せて幸せだよぉ」

 

ちーたんも私の思いに答えてくれる。

 

「ちーたん」

「もこタマ」

「ちーたん!」

「もこタマ!」

 

私達は2人きりの世界で互いの名前を呼び合い笑う。

楽しいな・・・またこんな日々がくるなんて思わなかった。

 

「ちーたん!ちーたん!ちッ―――ッ!?」

 

右肩に衝撃を感じた瞬間、ちーたんが視界から消え、代わりに床が見えた。

私は椅子から床にダイブする形で顔を打ちつけた。

なんとか手のガードが間に合ったが、危うく怪我をするところだった。

ついにクロの襲撃が現実に!?

振り返るの前にいたのは”アイツら”の一人だった。

 

「アンタ、いつまでイチャイチャしてんだよ!」

 

超高校級の”同人作家”

山田一二三が血管を浮かべて怒っていた。

 

「山田!?お前何してんだ!」

「何してんのはアンタだろ!」

 

私の抗議を山田は一蹴する。

なんだ!?私が一体何をしたと・・・?

 

「一時間で交代って約束なのに

もう二時間も喋ってますぞ!何やってるんですか、アンタは!」

 

「え・・・?」

 

確かに・・・そんな約束はしたな・・・。

時計を見ると確かに2時間経っていた。お喋りに熱中し過ぎて全然気づかなかった。

 

「だ、だからって突き飛ばすことはないだろ!」

 

「散々呼びかけましたぞ!それなのにアンタは無視して

僕のアルたんとイチャイチャラブラブと・・・もう帰ってください。

こっからは僕とアルたんだけの時間ですぞ。

さあ、アルたん、今日は何から話しましょうか」

 

「ふざけんなよ、お前!」

 

確かに落ち度はあるが、

暴力を振るっていい理由にはならない。

それに何がアルたんだよ。

私とちーたんのひとときを邪魔しやがって!

 

「謝れよ、コラ!」

「・・・うるさいな!」

「うわぁ!?」

 

肩を掴むと山田はうざったそうに力任せに跳ね除ける。

150kgを軽く超える巨体だ。

私は軽々と飛ばされ尻もちをつく。

山田は一瞬”しまった”と顔をしかめるも、

すぐにモニターに顔を戻し会話を始める。

どんだけハマっているんだ。

完全に異常だよ、コイツは!

 

「お前、よくも―――」

 

”なにやってんだ、テメーら!!”

 

その、ヤンキーのような言葉遣いにギクリとする。

再び私の声を遮ったのは、”アイツら”のもう片方。

 

超高校級の”風紀委員”

石丸・・・いや、現在は石田を名乗る

旧石丸清多夏君だった。

 

「テメーら、いつまで兄弟と喋ってんだ!俺が喋れねーだろが、ブッ飛ばすぞ!」

 

その粗暴な口調にかつての石丸君はいなかった。

正気に戻った石丸君は正気を失ったかのように、

あの人のマネをし、モニターであの人と話し続けていた。

まるで私のように・・・。

 

「今日はずっと俺が話すからな!オラ、どけブタ!」

「チョッ!?何言ってんだ、アンタ!今からが僕の番ですぞ!」

「オメーは、昨日の午後あれだけ占領してたじゃねーか」

「アンタだって、今日の午前中占領してたじゃないか!」

「ウルセーぞ!今日はもう帰れ!」

 

醜い争いが目の前で繰り広げられているが、看過するわけにはいかない。

私だってもっとちーたんと喋りたい。

 

「ちょ、ちょっと、お前らいい加減に―――」

 

「ウルセーぞ!チビ女!オメーもだよ!」

「そうですぞ!アンタも話し過ぎですぞ、黒木智子殿!」

 

「うっ・・・!」

 

ちょっと男子~と諌めようとしたら逆にツッコまれてしまった。

 

「お、お前らこそ―――」

 

しかし今更引くわけにはいかない。

私達はそのままギャーギャーと終わりなき罵り合いを繰り広げた。

 

 

「あなた達・・・何をやっているの?」

 

その透き通るような冷静な声にビクリと振り返る。

そこには霧切さんがいた。瞳に怒気を浮かばせて。

そして、他のみんなも集まってきた。

私達の罵り合いはちょっとした騒動になっていた・・・らしい。

 

その後、正座する私達3人を囲む形で反省会が開かれた。

霧切さんは語る。

モノクマがなぜこの脱衣所に監視カメラを設置しなかったのかを。

ヤツも私達が何かを企んでいるのはすでに知っているはず。

それなのに何も対策を取らないのはなぜなのか?

遊んでいるのだ。

私達の無駄な足掻きを楽しんでいる・・・つまり、舐めきっているのだ。

だが逆にそれこそが私達にとってチャンスとなる。

ヤツは私達の企てを・・・アルターエゴの存在を知らない。

ヤツが舐めている間にアルターエゴにフォルダを解析させ、

ここから脱出する突破口を見つける。

 

「・・・そのためには、モノクマにアルターエゴの存在を

絶対に知られてはならない・・・なのに、あなた達は何をやっているの?」

 

「ううぅ・・・」

 

理路整然とした問いにぐうの音も出ない。

確かにその通りだ。でも・・・

 

「黒木さんに、石丸君。あなた達の事情は察しているわ。

あなた達とってアルターエゴがどんな存在なのかも。

だから、あまり厳しいことは言いたくないの。ただもう少し控えなさい」

 

霧切さんはため息をつく。

 

「・・・それに、どうしてもわからないわ。あなたは何なの・・・?山田君」

「へ・・・?」

 

突然の霧切さんの問いかけに山田はギクリとする。

 

「あなたはなぜ、アルターエゴに固執しているの?」

 

霧切さんは純粋に不思議がっていた。

改めて考えると確かにそうだ。一体何なのだ、コイツは!?

 

「そうだ!テメー関係ねーだろ!邪魔なんだよ、ブタが!」

 

石丸・・・いや石田君が罵声を浴びせる。

 

「そうだよ!」

 

私もすかさず便乗する。

 

「まったくですわ」

「本当、そうだべ」

「確かに・・・そうだよね」

「うぬ」

「フン、くだらん」

「白夜様の言う通りよ!」

「え、えーと、まあそうかな?」

 

救援0人。

ある意味、人望というべきか、

誰一人山田を擁護する者はいなかった。

 

「・・・わかった!わかりました!言います。言えばいいんでしょ!」

 

皆の視線に追い詰められた山田は逆ギレしながら叫ぶ。

ついにカミングアウトか!

一体どんな理由が!?

 

 

「だって・・・好きになっちゃったんだもん」

 

 

手をモジモジさせ、顔を赤らめる山田。

直後、私達の頭上に巨大なトンボが通過して行った。

誰も・・・動けなかった。

というか、理解できなかった。

コイツは、一体何を言ってるのだ・・・?

 

「僕に笑いかけるアルたんの優しい笑顔に萌えてしまい、気がついたら・・・」

 

あ・・・アレだよね。

グラフィックの技術に感激したとか、そっちだよね。

ある意味、私は現実逃避し始めていた。心臓の音が聞こえる。

バカだバカだとは思っていたが、

まさかそこまでは・・・

 

「僕は今、アルターエゴたんに猛烈に恋をしているのですぞ!」

 

「いやいやいやいやいやいや」

 

全員が同時に首を振った。

 

「ありえませんわ」

「まじかよ・・・」

「そんな・・・」

「うぬ」

「ふざけてるのか!キサマは!」

「き、気持ち悪いわ~~!」

「推理・・・できなかったわ」

「え、えーと、ハハハ」

「ざけんなよ、ブタが!」

「そうだよ!」

 

賛同0人

私達の罵声を浴びて山田は怒りの表情を浮かべる。

 

「だから言いたくなかったんだよ!これだから3次元は嫌なんだよ!2次元サイコー!!」

 

なんなのだその反論は・・・?

だが、確かにコイツは入学当初からそんなことを言っていた気がする。

 

「山田っち、アレは人間じゃねえ、機械だ。それに元は男だべ」

 

葉隠が珍しくまとまな意見を言った。

 

「問題ナッシング!むしろ元男の娘なんて萌えますぞ!」

 

ダメだ!なんか強いぞ、コイツ!?

 

「山田君、アルターエゴは貴方に興味を持っているのではありませんわ」

 

セレスさんが憐れみと侮蔑の視線を向ける。

 

「アルターエゴはあなたの知識を収集しているの。あなたのそのものには、なんの興味もないわ」

 

いったぁあああ―――!!

霧切さんが言った!

切腹で苦しむ山田を介錯するかのように、なんの躊躇もなく日本刀を振り下ろした!

 

「うぅ・・・ぐすん」

 

山田の目から涙が溢れ落ちた。

 

「僕だって・・・報われない恋だって・・・わかってますよ」

 

その姿を見ると少し可哀想になってきた。

誰にだって変わった趣向の1つや2つあるじゃないか。

 

「だって、初めてだったんです・・・

僕と話してくれる・・・」

 

それに対して少し言い過ぎたかもしれない。

 

 

「”まとも”な女の子に出会ったのは」

 

 

 

 ”オイ、コラ、ブタ!!”

 

 

 

私とセレスさんは同時にツッコミを入れた。

私達がまともじゃねーってどういうことよ!?

まあ、あっちの女は明らかにまともじゃねーけど。

 

チラリとセレスさんを見る。

あちらも私を見ていた。

 

(え、同じことを考えて・・・?)

 

それから・・・約30分ほど山田の独白会が続いた。

幼稚園から始まる非モテライフ。

ありきたりな母親との関係。

くだらねーコンプレックス。

それを理由に過食だ、何だと・・・

どうでもいいことを延々グチグチと語り続いた。

まさに世界一無駄な30分だった。

 

「ファッ○ューですわ」

 

聞き終わった後、セレスさんは中指を掲げ、

私は親指で首を掻っ切る仕草の後にそのまま指を下に落とした。

 

「・・・話を戻すと、

今度また同じことを起こしたら、アルターエゴとの会話を制限することも検討するわ」

 

霧切さんは山田のことをなかったことにし、話を進める。

 

「ちょっと待て!ふざけんじゃねーぞ!

テメーになんの権利があってそんなことほざいてんだ!」

 

「そうですぞ!それは横暴ですぞ!」

 

石田君と山田が抗議する。

 

「そ、そうだよ!」

 

私も便乗する。

冗談ではない!

ちーたんとの会話は、今の私にとっての生き甲斐だぞ!

 

「何か言った・・・?」

「イッ・・・!?」

 

その瞬間、霧切さんの背後に巨大な般若が見えた気がした。

 

 

「あ、アレ・・・急に体調が」

「きょ、今日のところは勘弁してやるぜ」

「そ、そうだよ・・・」

 

私達はそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

夜時間も深まり、人気がないのを確認した後、私は部屋を出て脱衣所に向かう。

霧切さんの言っていることは正しいと私だってわかっている。

ここから出るにはちーたんの能力が必要だって。

そのためには我慢しなければならならないことも。

 

でも・・・

 

(話したい・・・!)

 

話したい。

もっとちーたんと話をしたかった。

内容などなんでもいい。

ただ、話を聞いてもらい、あの笑顔さえ見えさえすればそれでよかった。

その欲求はまるで砂漠でオアシスを求めるように、

末期の麻薬中毒者のように私を支配し突き動かす。

 

(ほんのちょっとだけ・・・だ)

 

ほんの少し話すだけだ。

ただそれだけだ。

それだけのことが何の罪になろうか。

それにこの時間はだれもいなー

 

誰かが脱衣所から出てきたのは

そんな事を思った最中だった。

 

「ヒィッ!?」

 

心臓が止まりそうになった。

 

「うわぁ!?」

 

私の悲鳴に相手も驚きの声を上げた。

互いを認識するまでほんのわずかの静寂が訪れる。

 

「誰かと思ったらオメーかよ」

 

私だと知り、目の前の人物は安堵したようにそう言った。

 

「ビックリさせんじゃねーよ、チビ女!」

 

そのオラついた声はあの時の彼のことが頭を過ぎった。

 

 

「石丸君・・・」

 

脱衣所から出てきたのは石丸君だった。

 

「石丸じゃねえ、石田だ!ぶっ殺すぞ!」

 

髪を逆立て、瞳を燃やしながら声を荒げる彼は乱暴な言葉とは裏腹に笑みを浮かべた。

 

私はチラリと脱衣所の方を見る。

この時間、ここから出ててきた・・・ということは・・・

 

「もしかして・・・アルターエゴと」

 

それ以外、ここにいる理由はなかった。

彼も私と同じことを考えていたのだ。

 

「アン?ああ、まあ兄弟とだべりたくてよ」

 

石丸君は平然と答えた。

 

「で、でも、霧切さんが・・・」

 

「ウルセーな!ちと話しただけじゃねーか」

 

ふてぶてしく、悪びれることなく、

そこには規律を誰よりも重んじる風紀委員の姿はなかった。

 

「だいだいあの女は神経質すぎんだよ。」

 

その口調は本当に暴走族のようだった。

あの女・・・その呼び方を聞いた時、胸の奥に小さな痛みを感じた。

 

「そもそもオメーこそ、こんな時間にここにいるんだよ?」

 

「う・・・」

 

私は口ごもる。

ごもっともな指摘だった。

理由は1つしかなかった。

 

「さてはオメー、不二咲と話しに来やがったな!」

 

石丸君はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「なんだ、優等生みてーなこと言いながら俺と同じことしようとしたのかよ、ハハハ」

 

石丸君はお腹を押さえ笑い出した。なにかとても嬉しそうに。

 

「オメーは相変わらずだな、チビ女!」

 

楽しそうに笑う彼の言葉に、ズキリ、と胸の奥が痛む。

 

「・・・そういや、オメーとサシで話すのは久しぶりだな」

 

薄暗い静寂の中、石丸君と向き合う。

 

「相変わらず、小せえな。ちゃんと飯食ってんのか?」

 

「う、うん・・・」

 

本当に・・・よく似ていた。

 

「まあ、今更オメーがいくら食べても俺みてーにデカくはなれねーけどな、ワハハ」

 

「ハハ・・・」

 

裏表のない笑顔。

いつかの食堂でのやり取りを思い出す。

 

「なんだよ元気ねーな!俺をなめてんのか!」

 

「ご、ゴメン」

 

わけのわからないキレ方。

逆にそれがよく特徴を捉えていて・・・

 

「何、本気でビビってんだよ。冗談だよ、冗談!少しは不二咲の度胸を見習えってんだ」

 

彼が笑う度に、胸の奥の痛みは鋭さを増していく。息ができないほどに。

 

「オメーも知ってるだろ。不二咲はああ見えて頑固だって」

 

「うん、そう・・・だね」

 

「食堂でも、俺から目を逸らさないで・・・」

 

やめて・・・よ。

 

「あの時のオメーの慌てぶりは」

 

頼むから・・・

 

「調子に乗って便乗してきて・・・」

 

やめてくれ・・・

 

「だからオメーはチビ女で十分なんだよ」

 

だから・・・

 

「ん?何黙ってんだ、チビ女」

 

「・・・めてよ」

 

「あん?よく聞こえねーぞ、チビ女」

 

「もう・・・」

 

「具合でもわりーのか?まあ、チビ女はいつもそんな感じだけどな、ハハ」

 

「・・・。」

 

「どうした、チビ女?」

 

 

本当に―――

 

 

「おい、チビおん―――」

 

 

 

 

 

 

       ”おう!チビ女!”

 

 

 

 

 

 

「やめろっ言ってるじゃないかぁああああああああああ~~~~ッ!!!」

 

 

 

限界だった―――

 

「ハア、ハア、ハア・・・」

 

刃物で抉られるような痛みに・・・これ以上、耐えることができなかった。

 

チビ女。

彼は私をいつもそう呼んでいた。

石丸君がその名前をいう度に、

彼の屈託のない笑顔が頭にチラつき、離れなくなった。

 

「おい大丈夫か、チビ女!」

 

「ヒッ」

 

心配して覗き込む石丸君の顔に、あの人の残像が重なった。

 

「やめろ―――!!」

「うわぁ!?」

 

私に突き飛ばされ、石丸君は尻もちをついた。

 

「や、やめて・・・よ。その名前で・・・私を・・・呼ぶのは・・・もうやめてよ!」

 

突き飛ばした石丸君を気遣うことなく見下ろす。

耐え難き黒い感情に支配された私は、

心の中で抑えてきたものを石丸君に向けて全て吐き出した。

 

「その名前で呼ばれると・・・思い出すんだよ・・・大和田君のことを・・・!」

 

あの朝の食堂でちーちゃんと一緒になって笑う大和田君の顔が―――

 

「君がその名前で呼ぶ度に大和田君の顔を思い出すんだよ!!」

 

あの学級裁判でちーちゃんを殺したことを自白した時の顔や―――

 

「大和田君との思い出が蘇って・・・」

 

処刑を前に・・・覚悟を決めた顔が―――

 

「頭から離れなくなって・・・胸が痛くなって・・・」

 

爆炎の中に消えていく黒い人影が―――

 

「苦しくて、苦しくて・・・仕方ないんだよぉおおお!!」

 

「く、黒木・・・」

 

全てを吐き出した私を、石丸君は唖然とした表情で見つめてた。

 

(なんで・・・こんなことに・・・)

 

苦しかった。

苦しくてもうこれ以上、耐えることができなかった。

吐き出さなければ、心がどうにかなってしまいそうだった。

 

(なんで・・・大和田君の真似・・・なんて)

 

行き場のない憤りは憎しみとなりその対象として石丸君に向かって行った。

そもそも、彼が石田などにならなければ、

私がこんなことを言うことはなかった。こんなに・・・苦しむことはなかった。

どうして・・・!?どうしてそんなことを・・・!

 

「わ、わかった・・・ぞ!」

 

追い詰められた私が思いついた答えは・・・

 

 

「わ、わざと・・・だな!」

 

 

普通なら決して思いつかないこと。

 

「お、お前・・・わ、私を苦しめるために・・・わざと大和田君の真似をしているんだろ?」

 

「え・・・?」

 

石丸君という人間を知っているなら決してありえない答えだった。

 

「い、嫌がらせをしてるんだ・・・!私が最近、楽しそうだから・・・それで!」

 

「ち、違―――」

 

山田やセレスさん達と楽しそうにしているのが、妬ましくて仕方がないんだ。だから―――

 

「もういいよ、正直にいいなよ・・・私のことが憎いって!」

 

青ざめる石丸君の言葉を振り切り、私は叫び続ける。

 

「私のことが憎くてしかたがないって・・・絶対に許さないって・・・」

 

それはきっと・・・

 

 

「全部おまえのせいだ!みんなを絶望に墜としたのはお前だって!」

 

 

石丸君が正気に戻った時から、ずっと私の胸にあった思い。

 

 

「ちーちゃんを・・・大和田君を殺したのはお前だって・・・そう言えよ!」

 

 

私が自分自身に抱いていた思いだった。

 

 

「そんなに私が憎いなら・・・いっそ殺してよ・・・」

 

 

その言葉に嘘はなかった。

こんなにも苦しいならば、人思いに殺してもらった方がどれほど楽だろうか。

 

「ち、違う!俺はただ兄弟に―――」

 

石丸君はここに至ってまだそんなことを言っている。

兄弟・・・あんなものが?

 

 

「何が・・・兄弟だよ。なにが大和田君だよ!あんなもの・・・あんなものは――」

 

 

ただの――――

 

 

 

「プログラ―――――」

 

 

 

 

 

”まるで本物のちーちゃんと話しているみたいな気がするんだ”

 

 

 

 

あ・・・

 

 

「あ、ああ・・・」

 

私は・・・あんなことを言っておきながら、

心の片隅では本当はちーたんのことを・・・ただの・・・プログラムだと思って・・・

 

「黒木・・・君」

 

石丸君の声でハッと我に返る。

 

(私は・・・何を言った?石丸君に・・・何を言ってしまったんだ・・・!)

 

自分が言ってしまった言葉に私は青ざめる。

立ち上がった石丸君は顔を伏せていて、その表情が見えない。

だが、握られた拳はかすかに震えていた。

怒って・・・いるのだろうか。

いや・・・違うだろう。

怒るべき、なのだ。

私の言葉に怒り、私に激怒すべきだ。

その怒りを拳に乗せて力のかぎり私にぶつけて欲しい。

女だから・・・とか、そんな容赦はいらない。

男女平等、全力で殴って欲しい。

私はそれだけのことをした。

人として決してしてはいけないことをしたのだ。

君にはその資格がある。

私を罰する資格があの日からずっと。

 

 

 

 

だから――――

 

 

 

 

「すまない・・・黒木君」

 

それが・・・彼の答え。

 

制裁を望む私に、目に涙を一杯に溜めながら石丸くんは絞りだすように放った言葉は・・・

 

私への謝罪だった・・・。

 

「許してくれ・・・君を傷つけるつもりはなかったんだ。そんなつもりはなかったんだ」

 

石丸君は頭を下げた。

風紀委員らしい彼らしい、45度のしっかりとした角度で。

そこには・・・もう石田の姿はなかった。目の前にいるのは、正気に戻った石丸君で、

私は・・・どうしていいかわからず、ただ彼の謝罪を見ているしかなかった。

 

しばしの静寂が流れた時、

 

「・・・声が聞こえなかったんだ」

 

石丸君はポツリと呟いた。

 

「モノクマ達から解放されてケージに向かう時、何かが爆発するような音が聞こえたんだ」

 

あの時のことを・・・語り始めた。

 

「煙の中、ケージに辿りつく寸前に雷が落ちたような光がはしったのを見た。

ケージの中には焼け焦げた兄弟の学ランと無数の骨が散らばっていて・・・

モノクマから渡された容器にはただ血と油だけが詰まっていたよ・・・」

 

あの地獄を思い出す。

あれを見た後、石丸くんは正気を失ったのだ。

 

「わかって・・・いるんだ。大和田君は死んだことを。

兄弟とはもう会えないことを・・・頭では理解しているつもりなんだ・・・でも」 

 

拳を震わせ、声を震わせながら

 

「実感がわかないんだ・・・」

 

石丸君は言葉を紡ぐ。

 

「僕は兄弟の死に様を見届けることも、その最後の叫びすら聞くこともできなかった!

兄弟は・・・いつの間にか・・・僕の前からいなくなってしまった・・・だから・・・」

 

目に一杯の涙をためながら

 

「頭では・・・わかっているんだ。兄弟は死んだんだって。

アルターエゴはただのプログラムに過ぎないことも・・・それでも」

 

剥き出しの心で語り続けた。

 

「それでも、僕は嬉しかったんだ。また兄弟に会えた気がして。

アルターエゴと話していると・・・

石田でいると兄弟と・・・大和田君と一緒にいるような気がして・・・僕は嬉しかったんだ。

たとえそれが嘘だとわかっていても・・・それでも・・・僕は・・・」

 

私に向かって・・・

 

「頼む・・・黒木君!あと少しだけ・・・あともう少しだけ・・・僕に石田を演じさせてくれないか?」

 

そのささやかな願いを告げた。

 

「戻る・・・から。

もう少ししたら・・・僕は・・・元の僕に戻るから・・・

だから、だから、もう少しだけ石田でいることを許して・・・欲しい」

 

「う・・・うぅ」

 

私は石丸君の願いに答えることはできなかった。

ただ涙を流し、嗚咽をもらすことしかできなかった。 

石丸君が去った後も、私はその場で膝を崩し、泣き続けた。

 

(・・・ずるいよ、石丸君・・・)

 

その願いを私が拒否できるわけないじゃないか。

ずっと、戦っていたんだ。

私が希望を捨て、クズとして堕落している間、彼は苦しみ続けていた。

絶望と戦っていたのだ。

そして、もう一度、希望に向かって立ち上がろとしていた。

そんな彼の願いを・・・希望を私が否定できるわけないじゃないか・・・!

 

(何を・・・勘違いしていたのだ、私は)

 

ちーちゃんが私を恨んでいないと知った時・・・ホッとしてしまった。

免罪されたような・・・気になっていた。

そんなわけないのだ。

罪は消えない。消えるわけないじゃないか!

わたしのせいで大和田君は死んだ!

石丸君は今も苦しみ続けている。

 

それなのに・・・私は・・・私は―――

 

暗い廊下に額を打ちつけながら私は泣き続けた。

 

この世界に神様なんていない。

そんなことはわかっている。

でも、それでも・・・

 

それでも私は、闇に紛れて現れたクロが

生きる資格のないこの最低のクズを殺してくれることを・・・強く、強く祈った。

 

 

 

 



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絶対やべー少女②

「だから、こっちに残りなよ、もこっち!」

「いや、だから、残らないってもう何度も言って・・・」

「いやいや、聞いてないな。まだ間に合うから残ろう!な!」

「いやいやいや、何度も言ってんじゃねーか、しつこいぞ!?」

 

出発寸前になってもこんな不毛なコントを続けているとは我ながら頭が痛くなる。

ほんの数日前までノホホンとしていたのに本当にどうしてこうなった!?

 

のちに“人類史上最大最悪の絶望的事件”と呼ばれる日から数日後の今日、

シェルター化を目前に迫った希望ヶ峰学園前で、

私はクラスメイト兼“相方”である“むくろちゃん”こと超高校級の“軍人”戦場むくろと

相も変わらぬコントのような問答を続けていた。

 

「ここに残ろうよ!今まで楽しくやってきたじゃん!」

 

むくろちゃんの言葉に今までの思い出が蘇る。

とりあえず隣のコミュ障にマウントをとってやろうと誓った出会いの日。

超ド級の馬鹿だと発覚し、翻弄され続ける日々。

天才だが変人だらけのクラスメイトは意外といい奴らで

なんだかんだで楽しい日々が続き、いつのまにか最高のクラスとなっていた。

 

(うん・・・そうだね)

 

心の中で同意する。

何年後も誰に聞かれても“楽しかった”そう胸を張って言える。

 

でも・・・

 

「ごめんね、どうしても家族が心配なんだ」

 

少し顔を伏せながら少し悲しそうに私は答えた。

この混乱の中、家族の安否が定かではなかった。

“絶望”と呼ばれるテロリスト達の活動が激化しており、何の罪もない多くの人々が殺されていた。

優しかった先輩達の面々を思い出す。

なぜ彼らはこんな酷いことをしているのかまるでわからない。

ただ、その勢力は同時多発的に世界中で勢いを増しており、

政府は混乱し、全ての社会システムは完全に麻痺していた。

巨大な権限を持ち、もはや小国家といえる希望ヶ峰学園はこの事態に対して、

“希望”達を守るために学園の要塞化を決断。

今日がその決行日であり、もうすぐ学園は内側からシェルター化を開始する。

学園長は私達に希望ヶ峰学園の残留するように要請し、多くはそれに従った・・・私を除いて。

クラスは楽しかった。

確かにここにいたら安全だろう。

だが、家族はどうなるのだろうか?もしかしたら、もう会えないなんてことも・・・。

それに・・・うん、もう正直に言おう。

やはり私にはここにいるのは場違いなのだ。

クラスは楽しかった。

でも、どこか偽者としての自覚。

凡人としての後ろめたさがずっと付き纏っていた。

私にはなんの才能もない。喪女?なんすかそれ?

そんな中、いよいよ“人類の希望”などとさらに大それた話が飛び込んできた。

いつの日かシェルターが開かれ、光輝く希望達の中に喪女が紛れて・・・耐えられるか!

これ以上、私を辱める気か!いっそ殺せ!

そんな後ろめたい本心を隠しながら、私は家族の安否を理由に学園長からの打診を断った。

 

「あ、うん」

 

学園長の了承は軽かった。

なんというかチャレンジ企画で創出した失敗マスコットをようやく処分できるような・・・

いろいろ社会人としての労いと激励の言葉があったが、

まとめると上述の言葉で収まってしまった。

なにはともあれ、私は家族の安否のために学園を去ることになった。

あれ、こうして見るとなんか、今の私・・・ヒロインぽい?

 

 

「もこっちを心配してる人なんて誰もいないよ!」

 

「やめろ!コラァアアアアーーーーッ!!」

 

 

まさかの全否定。

完全に雰囲気ぶち壊しである。

 

「やめろ!思いついてもそれは口にするな!泣くぞ!普通の人は泣くぞ!」

 

まあ、私も涙目なんだけどな。

馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは。

もはや片足くらい人の道踏み外してるじゃねーか!

 

「もこっち、弟とあまり仲良くないって言ってたじゃない!」

「憎まれるほど悪くねーぞ!?心配くらいしてくれるもん!たぶん・・・」

 

そうですよね?期待してますよ、智貴氏。

あちらの方では、引率役の雪染先生がこちらを見ている。

ニコニコしているが、“さっさと決めろ、オラ!”的なオーラを感じる。

もう猶予はないようだ。

 

「もう行くから。落ち着いたら連絡す・・・」

「行かせない」

 

むくろちゃんが私の手を掴んだ。

 

「行っちゃダメだ!お願いだから行かないで!」

「ちょっと、むくろちゃん。う、腕が痛い!」

 

掴まれた腕はピクリとも動かないどころか、メキメキと音を立ていた。

 

「やめろよ!私はもう―――――」

「行くなって・・・言ってんだよ!」

 

一瞬、全身を大蛇に締め付けられたような錯覚に陥った。

目の前にいるのは、私が初めて会うむくろちゃん。

本来の超高校級の“軍人”である戦場むくろであった。

 

「あ、ご、ゴメン!」

 

ハッしてむくろちゃんは手を離す。

私の腕にはゴリラに掴まれた赤い跡がはっきりと残っていた。

 

「どうしてそこまで・・・?」

 

暴力に対するクレームよりも私はその理由が気になり始めていた。

いくら私と離れてボッチに戻るのが嫌だからといっても、

むくろちゃんの態度はあまりにも必死すぎた。

それはまるで私は死地に行くのを止めるかのように。

 

「そ、それはね・・・」

「お姉ちゃん、ここにいたんだ」

 

その声に私達は振り返る。

むくろちゃんは、闇夜に映る月ならば、この人は闇すら焼き尽くす太陽なのだろう。

超高校級の“ギャル”江ノ島盾子が私達の目の前にいた。

 

「まーだそんなことやってたんだ、マジありえねーし、ホント残姉ちゃんだわ」

 

江ノ島さんは“キャハハ”と陽気に笑った。

 

「盾、盾子ちゃん・・・」

 

彼女を前にむくろちゃんは汗を流し、声を震わせた。

戦場と江ノ島。

複雑な家庭の事情により今に至る2人は、双子の姉妹。

同じ身長に同じ顔(まあ、メイクと髪型と胸の大きさは違うが・・・)

だが、決定的に違うのはその才能。

ギャルと軍人。

ギャルのカリスマである江ノ島さんは陽キャの王であり、

残念ながら我が友は陰キャの女王であった。

朝と夜。太陽と闇。陽キャと陰キャ。

必然的に姉であるはずのむくろちゃんが主導権を握れるはずもなく・・・

先ほどまで大蛇だったむくろちゃんは、

今では、蛇に睨まれたカエルのように額に汗を垂らしていた。

 

「えっとなんだ黒・・・クロ?まあ、どうでもいいか」

 

江ノ島さんはなんとなく失礼なことを呟いた後、私を見る。

 

「もこっちにはもこっちの考えがあるんだよ、ねえ、もこっち?」

「う、うん・・・」

 

もこっちの連呼は若干ウザいが、頷いてしまう。

眩しい。白を黒と言ってしまいそうな誘惑に駆られる。そんな雰囲気が彼女にはあった。

やっぱり苦手だな、この人。

 

「で、でも・・・」

 

何か言おうとしたむくろちゃんは、江ノ島さんの視線に言葉を止めたように感じた。

 

「もこっち、今まで一緒にいれて楽しかった。ありがとね」

 

むくろちゃんは私の手を握った。

今度は優しかった。

 

「あっちに行っても元気でね!」

「うん・・・むくろちゃんも」

 

いつもとは違うシリアスなむくろちゃん。

でも、茶化す気にはなれない。

その言葉はきっと本心なのだろうと思えたから。

 

 

    “バイバイ、もこっち”

 

 

江ノ島さんは、私に“あの笑顔”を向けながら小さく手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

XXX地区避難所

 

 

「とりあえず黒木さんには班長をやってもらいましょう!」

 

雪染先生はニコニコ笑いながら死刑宣告を下した。

 

「反論は許しません。希望ヶ峰学園の外でもあなたは希望の一人。

それにふさわしい責務を担ってもらいます!」

 

取り付く島もなかった。

雪染先生は私の抗議を見こし、一気にまくし立てる。

目をクルクル回しながら。

 

「そこまで難しい仕事ではないわ。

数人の高校生の取りまとめをするだけ。お願いね、黒木さん」

 

そう言って雪染先生は他の地区に行ってしまった。

絶望と希望の戦いは激化の一途を辿っており、

個人的な甘えを許されないのは重々承知しているつもりだ。

希望の一人としてその自覚はある。

だが・・・

 

「プッあれが例の・・・」

「マジかよ、あれが希望・・・」

 

完全に珍獣扱いじゃねーか!

絶望に堕ちない方が不思議なくらいだぞ!

まあ、ようやく周りも私の存在に慣れ(飽きて)きたらしいし・・・

雪染先生の負担を軽減すべく、私はその役を受けることにした。

 

 

 

・吉田 茉咲

・田村 ゆり

・田中 真子 → 内 笑美莉

 

 

結果として、上述が私の班のメンバーだ。

含みを持たしているのは、理由があり、それをおいおい説明していく。

 

XXX地区避難所は現在、街を要塞化しており、

住人、特に大人達が未来機関の指揮の元に絶望の攻撃からの防衛の任についている。

私達、高校生はそのサポート役として食事、洗濯、防壁の見回りなど雑務をこなす。

連携を取るため、班に分かれ、同じ部屋に住んでいる。

緊急時以外、自由時間は確保されており、私もそれを利用し家族と会っている。

そんな状況で、私は班長としてスタートを切った。

なんかバンドみたいだが、メンバーを紹介しよう。

 

吉田 茉咲

一言で言えば、ヤンキーだ。

自由時間は、だいたい不良仲間といる。

きっと盗んだタバコでもすっているのだろう。

性格は極めて凶暴だ。

朝、私が起こしてやった時に、

間違って乳○を摘んだことを根に持っているようだ。

その凶暴さを買われて、なにやら未来機関の戦闘を手伝ったらしい。

 

 

田村 ゆり

一言でいうと地味だ。

だから、私は地味子と呼んでいる(私の中で)

何を勘違いしたのか、

私の世話を焼くことで私にマウントを仕掛けてくる。

どうやら、私をバカか何かだと思っているようだ。

 

 

田中 真子

一言でいうと・・・レズかな。

田村さんの親友で、いつも世話を焼いてる。

彼女の目を見ているとたぶんあっちかな・・・と私が勝手に思っている。

コミュ力が意外に高い。

誰からも好かれていて、あの吉田さんとも仲がいい。

 

 

なんだかんだで私を含め、当初この4人では上手く回っていた。

一番問題がないと思われていた田中さんが別の班に行くまでは。

田村さんは、この件を裏切りと思っているようで、終始機嫌が悪かった。

 

「・・・別に」

 

何か話題を振ってもそんな感じだ。

 

内 笑美莉

代わりに入ってきたのが、コイツ。

一言でいえば、絵文字だ。うん絵文字以外の何者でもない。

 

「喪女、キモい・・・!」

 

そんな奴の呟きを聞いてから、報復してやろうと

寝言で何か言わないかと見張ったり、シャワーを覗こうとしたり、

ある意味ストーカーみたいなことをしてたら、

案の定、距離を置かれて現在に至る。

 

もはや空中分解している我が班ではあるが、私としてはもはやどうしようもないのが現状だ。

 

「あ、黒木さんだ!」

 

あちらでネモ・・・じゃないや、根元さんが手を振っている。

 

 

根元陽菜

一言で言えば陽キャだ。

私は覚えていないが、どうやら希望ヶ峰学園に移る前の高校で同じクラスだったようだ。

当初からよく話しかけてくれて正直すごく助かっている。

時々鋭いこと言ってくる時があるけどね。

 

なにはともあれ、班長は大変である。

今日は防壁の点検の予定・・・だが、絵文字の奴がいない。

しょうがないので3人で行くか。

女子高生3人で、か弱い女子高生で。

何かあっても何もできるはずはないが、今までなにもなかった。

この日もどこかそんな気持ちだった。

 

「この前、黒木さんが作った料理不味かったよね」

「え、そ、そう?」

 

最近、気を使わなくなってきた田村さんとそんな会話をしながら、壁伝いに道中を進む。

雰囲気は漫画の進○の巨人の1話みたいだな。

この緩みきった時に大巨人が現れて壁を・・・

 

  ガッ!

 

(え・・・?)

 

その音の方を見ると壁の一部が崩れ、モノクマの仮面が顔を出していた。

アレは絶望の一味がつけている仮面。

よりにもよってこんな時に襲撃を!?

お、落ち着け、私!

ここは、超高校級である私が仲間を!

 

「オりゃアアアアアアーーーーーーッ!!!」

 

吉田さんが雄叫び共に、まさに這い出ようとするモノクマ仮面にライダーキックを叩き込む。

 

「舐めてんじゃねーぞ、コラァアアアアアアア!!」

 

そのまま踏み付けを連打する吉田さん。

す、すげえ!さすがヤンキー!未来機関に見込まれるだけのことは・・・

見ると私の横の壁が崩れ、モノクマ仮面が田村さんの足を掴んでいる。

 

(NOooooooooooooooooooooo------------ッ!!)

 

このままでは田村さんが危ない。

吉田さんの助力は期待できない。

私が・・・やるしかない!

超高校級の私が・・・!うぉおおおおおおおおおおおおおーーーーッ!!

 

私は落ちている石を掴み、モノクマ仮面にーーー

 

ドン!

 

周囲に異音が響く。

 

(え、私はまだ何も・・・)

 

ドン!

 

それは空手で言えば拳槌という技だった。

 

ドン!

 

引き抜かれた小さな拳の下にはヒビが入ったモノクマ仮面があった。

 

「え、ちょ、ちょっと田村さん!?」

 

ドン!

 

「あ、あの、ゆ・・・」

 

ドン!!

 

「ゆ、ゆ・・・」

 

 

    ゆりドン!!

 

 

マスクが半壊して完全にKOされたモノクマ仮面は

壁の外の仲間が慌てて引っ張り回収していった。

辺りを静寂が包む。

 

「・・・怖かった」

 

無表情で田村さんはそう呟いた。

 

(絶対嘘だろう・・・ッ!?)

 

私は心の中でツッコミを入れる。

 

「おお!お前ら、やるじゃねーか!!」

 

吉田さんが満面の笑顔で走ってきた。

 

え、この人達・・・

 

 

 

 

      強い・・・!?

 

 

   

   




【あとがき】

リハビリ中です。
書かないではなく、書けなかったのですが、
たまたま1話書けたので投稿することにしました。
本来なら(ゆり/ネモ視点)も入れたかったのですが、
いつ書けるか未定のため投稿を優先しました。
まだ読んでくれる方がいましたら、
暇つぶしにでも読んで頂けたら幸いです。



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絶対やべー少女③

 

 

”どうして私は希望側にいるのだろうか?”

 

 

そう問いかける自分の声が時々聞こえ始めたのは、

あの”人類史上最大最悪の絶望的事件”が起きた少し後だったろうか。

世界が壊れたあの日から家族の行方はわかっていない。

私は真子に連れられ、落ち延びるようにこのXXX地区避難所にやってきた。

避難所に着いた当初、まだ混乱は収まっておらず、その生活は悲惨を極めた。

食料の配給が途絶えるのはザラにあり、2、3日何も食べれないことが続いた。

食べ物が無ければ人心は荒む、

食料の強奪は日常と化し、もはやここも外と変わらない状態になってた。

その頃だろうか、あの問いかけが聞こえ始めたのは。

 

”なぜ私はここにいるのだろうか?なんの才能もない私がなぜ希望に縋りつくの・・・?”

 

・・・この問いかけの答えを考えてみたことがあった。

もしその答えがあるなら・・・それはきっと・・・ただの偶然・・・なのだろう。

私が今、希望側にいるのは、ただの偶然に過ぎない。

 

私に希望などない。

私に才能などないのだから。

 

地元の公園に撮影で来ていた舞園さんを・・・

あの超高校級の”アイドル”である舞園さやかを見たことがあった。

遠めではあるが、彼女が放つ存在感は金色のオーラの輝きを錯覚した。

まるで妖精がこの世界に舞い降りたように、本当に美しかった。

同じ高校生として・・・人々を魅了する・・・決して届かない輝き。

あれこそ才能であり・・・希望。

私には持ち得ないものだった。

 

私は何も持ち得ないならば・・・才能がないならば・・・希望がないならば・・・なぜ私はここにいる?

 

そんな問いかけがずっと続いていた。

もし、傍らに真子がいなかれば、私はある日、ふらりと外に出て行ったかもしれない。

 

この問いかけが止んだのは・・・吉田さんに・・・そして彼女に出会った頃だ。

 

「チッこの資料クッソ重いんだけど」

 

横でブツクサと文句を言いながら資料を運ぶ彼女を・・・黒木さんを見る。

 

コレは一体何だろう・・・?

 

出会った当初から生まれたこの問いの答えは未だに出ていない。

希望ヶ峰学園の入学者として彼女の姿をテレビでちらりと見たことを思い出す。

光り輝く才能達の中で、明らかに浮いていて場違いな彼女。

その才能も超高校級の”喪女”という何の役に立つか、私にはわけがわからないものだった。

私がそのことを思い出すのは、

黒木さんが私達の班の”班長”として現れた時だった。

 

「く、黒木・・・と言います。あ、あの・・・よ、よろしくドーゾ」

 

何をよろしくで、何をドーゾすればいいのだろうか?

 

コレは一体何だろう・・・?

 

それが私が黒木さんに抱いた最初の・・・そして今にいたる印象だ。

 

「アイツ、何が超高校級だよ!ただの馬鹿じゃねーか!」

 

吉田さんはいつもそう言ってキレていた。

 

「まあ、黒木さんも悪気があったわけじゃないし」

 

どうやら起こされる時、胸を弄られたらしい・・・なんだろう・・・やっぱりバカなんだろうか?

黒木さんのやらかしをフォローして行く内に、吉田さんと仲良くなれた。

真子は他の班も兼任しているため、

黒木さんは私と吉田さんが面倒を見るしかない。

結構、忙しい。

あの問いかけはいつのまにか止んでいた。

 

「・・・。」

 

再び問いかけが始まったのは・・・真子が班を抜けた直後だった。

たびたび兼任していたのは知ってる。

でも、なぜ今さら・・・?

なぜ、私に相談すらしてくれなかったのだろうか。

私は真子のことを理解しているつもりだった。

だけど、それは全て私の妄想。

以前、真子が感動すると言って貸してくれた本が

私にはなにも感じなかったように・・・なにもわからなかったように・・・

私は真子のことをなにもわかっていなかったんだ・・・!

 

”どうして私は希望側にいるのだろうか?”

 

また、あの声が聞こえてくる。

 

”何の才能もないのになぜここにいる?希望などないのになぜ生きている?”

 

なんで・・・生きているのだろう・・・家族だってもう・・・。

 

「グウェッ!!」

 

黒木さんが盛大にこけて資料をぶちまけた。

 

(黒木さん・・・あなたこんな時に)

 

かなりシリアスだったのに・・・。

 

「大丈夫・・・?」

 

黒木さんを立たせようと手を差し出す。

 

「アハハハ、ウケる!」

 

その声の方に顔を上げる。

アレが・・・南小陽がこちらを見て笑っていた。

 

「てか、超高校級の”喪女”って何?アハハハ」

 

南小陽は倒れている黒木さんを見て

 

「まこっちもあんなヤツの班にいてカワイソー」

 

そして私に視線を移し、笑いながら去っていった。

 

真子は・・・アイツの班に行った。

 

私ではなく、アレを選んだのだ。

また問いかけが始まる。

 

”そもそもなんでアレは希望の側にいるのだ?”

 

いや・・・私もアレと同類だ。

人の心がわからない。

ならば、私は・・・

 

「ぐ・・・」

 

黒木さんが顔を上げる。

また思考が途絶える。本当にタイミングが悪い・・・

 

 

「うるせー、キバ子・・・」

 

 

(え・・・今・・・)

 

 

   ”調子に乗ってるとその歯、矯正すんぞ!!”

   

   

   

――――プッ

 

不意を突かれ、一瞬息が止まった。

 

「え・・・?」

「・・・なんでもないよ」

 

怪訝そうに私を見る黒木さんの視線をかわす。

意外な一面を見た気がする。

バカだけどもっと大人しいイメージがあったから。

 

「それに超高校級の”喪女”が何だって・・・?」

 

黒木さんは怒りが収まらないらしい。

また何か言おうとしている。

 

「わたしだって、未だにわけがわかんねーんだよ!

なんだよ、喪女って!?何の才能なんだよ!ただの辱めじゃねーか!」

 

 

――――ププッ

 

胸が・・・苦しい。

 

 

「みんな簡単に絶望するけどさぁ!

私の方がどう見ても絶望的だろ!なんで私はまだ希望側にいるんだよ!」

 

「フ、フフフ」

 

堪えきれず、声が洩れた。

 

「え、今、笑ってる?」

「・・・笑ってないよ」

「え、でも・・・」

「なんでもないよ!」

 

 

 

 

 

 

・・・もう少し、頑張ってみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

「うぇーい、やったね!」

 

絶望の連中の侵入を防いだ?黒木さんに拳を突き出し祝福する。

それに躊躇しながら拳を合わせる黒木さんは

 

「え、な、何この中学生みたいなノリは?」

 

と怪訝な顔をした。

 

(君がしてたことなんだけどな・・・)

 

これも覚えていなかった。

きっとあの日のことは彼女の中から何もかも綺麗さっぱり消えてしまったのだろう。

あの入試の日のことは―――

 

私が中学の時、仲のよい友達が2人いた。

その友達はいわゆるオタクだった。

彼女達の言っていることはわからないことも多かったが一緒にいて楽しかった。

ある日の放課後、クラスメイト達が彼女達について話していた。

 

「BLってやつを机に広げて騒いでてさ」

「マジで、ヤべーなそれ」

「いやいや、尊いって!」

「すげー似てる!その早口」

「ギャハハハ」

 

「ハハハ・・・」

 

その場にいた私は、ただ愛想笑いをするしかなかった。

 

「一緒になってすげー悪口言ってたわ」

「言われてみると普段から私ら見下してたよね、あの子」

 

階段の踊り場でそう囁く彼女達の姿を見て、

私はただその場を離れることしかできなかった。

 

”そんなつもりはなかった”

”私は何も言っていないのに”

 

そう伝えることもできず、私の中学時代は終わりを迎えた。

 

私はアニメは好き。

みんなでわいわい楽しく暮らす日常系のアニメが好き。

そんな生活がしてみたいとずっと憧れている。

 

だから・・・

 

   今度は・・・

   高校では・・・

   

   

   

   

          上手く演る!

          

 

 

 

「うぇーい、やったね!」

 

そう身構える私に、君はいきなりそんなことをしてきた。

 

「拳合わせて、拳!」

「あ、はぁ・・・」

「私、黒木だから。覚えといて」

 

それはまるで日常アニメの始まりのように・・・

 

「あ、うん・・・私は・・・」

 

私に新しい何かを期待させる出会いだった―――

 

でも・・・

 

 

「黒木さんは転校しました」

 

高校生活が始まって1ヶ月ほど経った頃のことだった。

 

”超高校級の喪女”

 

そんなアニメみたいな才能を見出された黒木さんは

ネットに晒されるとすぐに不登校になり、瞬く間に希望ヶ峰学園に転校して行った。

 

私の日常アニメは始まる前に終わった。

 

それからしばらくしてあの”人類史上最大最悪の絶望的事件”が起き、

世界は私が嫌いな暴力アニメに変わった。

私は家族と共にXXX地区避難所に疎開することになった。

 

そこに・・・黒木さんがいた。

 

信じられなかった。

たくさんの人が死んで、

多くの友達が行方不明になって、

こんな・・・こんな絶望を支配する世界でまた君に会えるなんて。

それはまるで諦めていた日常アニメの2期が始まったような気持ち。

 

「黒木さん、ひさしぶり~」

 

喜びを押さえながら、私はクールなキャラを演じ、彼女に手を振る。

 

「え・・・?あ、あの、その、え、えーと」

 

 

 

   黒木さんは・・・私を覚えていなかった。

   

   

 

 

 

許せない・・・。

 

 

 

許せない・・・許せない!

 

 

 

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!どうして・・・!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!あの時・・・許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!声をかけてくれたのに・・・!

許せない!許せない!許せない!私のことを・・・許せない!許せない!許せない!

許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!忘れるなんて・・・!

 

 

絶対に・・・許さないんだから!

 

 

・・・だから、今度こそ始めよう。

あの日打ち切りになってしまった日常アニメの続きを、

私と黒木さんと・・・みんなと一緒に始めよう。

主役の私の存在をもう一度、黒木さんの中に刻もう。

絶対忘れないようなとびきり楽しい日常アニメをここで始めるんだ!

 

 

「・・・そう思っていたんだけどな」

 

絶望達の襲撃の混乱の中、黒木さんは姿を消してしまった。

 

「本当に、黒木さんは面白いな・・・」

 

つくづく私の予想の斜め上を行く。

こういう冗談は嫌いなんだけどな・・・。

 

(私は・・・諦めないから)

 

始まったばかりの日常アニメを打ち切りなんかにさせない。

きっと君は戻ってくる。

その時、また始めよう。

私と黒木さんがメインキャラの日常アニメの3期を!

 

黒木さんが私のことをこっそり”ネモ”と呼んでいるのは知ってるよ。

だからね、黒木さんが帰ってきたら、私も呼んであげる。

ちょっと恥ずかしいけど、ほんの少しの勇気を持って

 

みんなの前で黒木さんを”クロ”・・・そう呼んであげるね!

 

 

 

 

   ~~~~第1回学級裁判中継中~~~~

 

 

「黒木!お前が”クロ”なんだよぉおおおおお~~~~ッ!!」

 

「ヒィィィィィィィィィィィィ~~~~ッ!!」

 

 

 

 

 

   ―――チョッ!?

 

 

 

 

 





【あとがき】

ゆり&ネモの話。
原作要素を使って書いてみました。
次話から本編再開です。
今後も細々と書き続けたいと思います。
どうぞ宜しくお願いします。


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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 後編③

「た・い・く・つ・ですわ~」

 

モノモノマシーンで引き当てたであろうだるま落としを

セレスさんはコタツの上で退屈そうに小槌で叩く。

気だるそうな声を聞くまでもなく、

もはや退屈が末期なのはこの光景が雄弁に語っている。

 

「あ・・・ッ」

 

彼女が声を発した直後、コツーンという音と共に私の頭に衝撃と鈍い痛みが走る。

 

「・・・。」

 

何が起きたか顔を上げて確認する必要すらない。

大方、小槌の手元が狂い、

だるま落としがコタツの対岸で顔を伏せている私の頭に激突したのだろう。

 

 

「いつまで不貞腐れているのですか?」

 

加害者の分際で苛立つセレスさんの声が聞こえる。

 

「・・・。」

 

反応はない。

ただの死体のようだ。

 

 

 

  "最低・・・なことをしてしまった・・・"

  

  

昨日の・・・石丸君の表情が思い出す。

クラスメイトを2人も殺したクズが被害者の親友を侮辱した。

苦しみの中それでも希望に向かって

再び歩き出そうとした・・・そんな石丸君を私は酷い言葉で罵倒してしまった

最低も最低。

クズなどという言葉が生易しい。

これ以下の存在が見つからないほど何かだ。

だからこそ、クロにすら見捨てられ朝まで廊下で泣き伏せることになったのだ。

その後はというと、

部屋にこもり拒食を繰り返す定番ムーブ。

また死ぬことも出来ず、恥知らずにもホームであるこの娯楽部へと戻ってきた。

娯楽部には山田の姿はなく、セレスさんがひとり退屈そうに暇を持て余していた。

そして話は今に至る。

 

「久々に姿を見せたと思ったとたん、ドヨーンと負のオーラを垂れ流して・・・

貴方が暗くて陰気な性格であることは熟知していますが、それでも限度がありますわ。

おわかりですか、黒木さん!」

 

加害者が被害者にまくし立てる言葉ではないが、ある意味当然だろう。

久しぶりに部屋に来たと思ったら、負のオーラ全開で、こたつの天板に顔を伏せること数時間。

私ですら立場が逆なら"なんだコイツは・・・?"と思うに違いない。

 

「何かあったのでしょうけど・・・前にも言いましたよね。

それ、わたくしの前ではやめて頂けませんかと」

 

確かに・・・そんなことを言われていた気がする。品格がどうのこうの的なことを。

これ以上、無言でいると怒り出しそうなので私は顔を上げる。

 

「よろしい。では話を聞きましょう。お茶を用意してください」

 

"私がかよ・・・!?"とズッコケそうな感覚は久しぶりだった。

そうそう、セレスティア ルーデンベルクとはそういう女だった。

 

「まずいですわ。材料に問題がなければ、やはり作り手に・・・」

 

ブツブツと文句をいうセレスさんを見て、何か懐かしさを感じる。

 

(何か、本当に久しぶりだな・・・娯楽部)

 

部屋を見渡す。

当たり前だが、娯楽部は何も変わってない。山田の不在を除けば。

 

「そういえば、貴方。モノクマの呼び出しの時、居ませんでしたね?」

「え、う、うん・・・」

 

そういえばあの野郎、体育館に呼び出しをかけてたな。無視したが。

 

「行かなくて正解ですわ。クロになり卒業に成功した者に100億円を与えるそうですわ」

「ひゃ、100億・・・」

 

な、なかなかの金額じゃねーか。貧乏人では生涯にその百分の一すら届くか怪しい。

 

「ナンセンス!このセレスティア ルーデンベルクを動かしたいなら桁を間違えていますわ!」

 

なんかポーズを決めてセレスさんは宣言する。

さすが超高校級のギャンブラー。

金は貰うものではなく、賭けるものということか。

 

「十神君は当たり前として、皆、興味を示しませんでしたわ。ある方を除けば」

「え、葉隠?」

「ザッツライト!」

 

セレスさんが指差すジェスチャーをする。

 

「生まれの卑しさというのか、前世の業というのか、

あの方の目は明らかに$になっていましたわ。次のクロは間違いなくあの方ですわ」

 

葉隠れの目が$になるのが簡単に想像できる。

引きこもってる間にそんなことがあったのか。

そうか・・・いよいよか。

身体が僅かに震えるのを感じる。

心では死を願いながらも身体は拒否している・・・という感じなのだろうか?

 

「貴方・・・最近、"アレ"の所に行ってないらしいですわね」

「え、なんで・・・!?」

 

ギクリとした。

変化球が来るかと思ったら、ど真ん中に剛速球がきたような心境だ。

 

「狭い世界ですからね」

 

セレスさんは溜息をつく。

まあ、2Fしか移動スペースがないしね・・・。

 

「脱落したと専らの評判ですわ。哀れな負け犬野郎と」

「いやいや、前半は認めるけど、後半は絶対アンタが付け加えただろ!?」

 

やっぱり噂になってたか。

それにしても久しぶりにツッコミをした気がする。

 

「あら?少しは元気が出てきたじゃないですか」

「ば、馬鹿にされて怒っただけだが?」

「ドヨーンとされてるよりはましですわ」

 

セレスさんはクスリと笑った。

彼女なりに気を使ってくれたのか?いや、まさかね。

 

「貴方はそれとして、問題は豚さんですわ」

「え、山田?」

 

豚で通じるのはある意味可哀想だが、アイツならまあいいや。

セレスさんの表情が曇っている。

一体何があったのだろうか。

 

「簡単な話ですわ。最後に残った豚さんと石丸君。

仲の悪い2人。勝者は1人。争いになるのは必然でしょう。

最初の方は、お互い時間が多い少ないと言い争っていたのですが、

それが日に日にエスカレート。

ついに、昨日は取っ組み合いを始めてしまいてんやわんや。

苗木君達が止めなければ殴り合いを始めたでしょうね」

 

「え・・・?」

 

「本当に馬鹿ですわね、あの豚は。あんなものに熱を上げて、ここに顔も出さない。

これでは、わたくしがあの豚さんを健気に待つ乙女みたいじゃないですか。

このセレスティア ルーデンベルクですよ!」

 

セレスさんが忌々しそうにお茶を口にする間、

私は山田と石丸君とちーちゃん・・・アルターエゴのことを思い浮かべる。

 

(私がいなくなることで・・・そんなことに)

 

居ても居なくても誰かに迷惑をかける・・・まさに疫病神のような存在だと改めて実感する。

 

「またドヨーンとなってきましたわよ」

 

セレスさんの声で顔を上げる。

 

「貴方が落ち込んでいるのもその辺が関係しているのでしょう?」

「う・・・」

 

上手く誘導された気がする。

まあ、どのみち話すつもりだったからいいけど・・・。

 

そして、私は石丸君とのことをセレスさんに話した。

アルターエゴの件で、石丸君に酷いことを言ってしまったことを。

 

「なるほど、そんなことがあったのですか」

 

基本、自分以外に興味がない彼女が珍しく真剣に話を聞いていた。

覗き込むように私を見ていた。

 

「き、傷つけてしまった・・・石丸君の心を。私が・・・」

 

取り返しがつかない。そう全ては――――

 

 

「私が悪いんだ。全部私が・・・」

 

 

 

ちーちゃんも大和田君も私のせいだ。私が悪いんだ。

 

「ふぁああ」

「え・・・?」

 

見ると先ほどまで真剣に聞いていたセレスさんが

あからさまに大きな欠伸をしていた。

下品に、口を開けて。

"お前の話にはまるで興味がない"そう主張するかのように。

 

「失礼すぎるぞ、コラァアアア―――!!」

 

私はコタツから立ち上がり絶叫する。

 

「あら、退屈な話は終わりましたか」

 

セレスさんは、ケロリとしている。

言いやがった・・・本当に退屈と言い放ちやがった。

 

「アンタが話せって言ったんだろがぁああ!!」

「そうですけど、子守唄とは聞いていませんでしたわ。思わず爆睡してしまいましたわ」

「寝てないだろ!」

「まあ、いいじゃないですか、聞きたいことは聞けましたし」

 

全然よくねーよ、なんだよ、この女は。

普通もっと何かあるよね、同情とか共感とかさあ。まあ、普通の女じゃねーけど。

 

 

「・・・言って差し上げてもいいですが。

これに関しては、やはり貴方自身が気づくべきですわ」

「え・・・何が?」

 

何か意味深なことを言ってお茶をすするセレスさんに私は困惑する。

何なのだ、この女は。

同情どころかわけのわかんねーことを言って煙に巻くしさぁ。

中学時代の親友であるゆうちゃんの顔を思い浮かべる。

彼女がここにいたら、泣きながら私を抱き締めてくれるだろうに・・・。

 

「それより・・・貴方は本当にアレを諦めたんですか?」

「え・・・?」

 

気づくと再びセレスさんが私を覗きこむ。

 

 

 

 

「アレを独占したいと思わないんですか?

何を犠牲にしても・・・アレを手に入れたいと思わないのですか?」

 

 

 

覗き込んでくる・・・大きな赤い目で・・・私の心を。

 

「わ、私は・・・」

 

私は・・・どうしたいのだろう。

 

 

アルターエゴを・・・ちーちゃんを・・・

 

 

 

私は・・・

 

 

 

 

  "ただの――プログラ――――"

  

 

ハッとした。

自分の言った言葉に。石丸君を傷つけた・・・私の本心に。

 

「ううん・・・もういいんだ」

 

私に・・・そんな資格はないんだ。

 

「そう・・・ですか」

 

その言葉と同時に心を覗き込まれるような気配が消えた。

 

「ええ、貴方が正しいですわ」

 

ヤレヤレといった感じでセレスさんは手を広げた。

 

「アレはただのプログラム。不二咲君でも何でもないですわ。

黒木さん、貴方は正しい。イカレてるのはあの豚さんですわ」

「そ、そうなの?」

「ええ、そうですわ。私の召使であるという本分を忘れて、

あんなプログラムに入れ込んで、本当に忌々しい豚ですわ」

 

セレスさんは山田をボロクソに貶す。

つい最近まで山田と同じ立場だった私は笑えなかったが。

 

「そして・・・そろそろですわ」

 

セレスさんはコタツから立ち上がる。

 

「そろそろですわ・・・黒木さん」

「そろそろ?」

「ええ、そろそろ、限界ですわ」

 

え、一体何が・・・?

 

「そろそろあの豚さんをここで待つのは限界ですわ!

これじゃわたくしがあの豚さんに放置プレーされてるみたいじゃないですか!

このセレスティア ルーデンベルクが!こんな屈辱ありえませんわ!」

 

セレスさんは絶叫する。

そういえば、さっきもそんなこと言ってたな。

どんだけプライド高けーんだよ!

そんなことは山田本人はおろか誰も思ってねーよ、アンタ以外は!

 

「というわけで、わたくしはしばらくここに来ません。

では黒木さん、ごきげんよう」

 

そう言って、セレスさんはスタスタと娯楽部から出て行った。

シーンと静寂が辺りを包む。

私はもうまた娯楽部を見渡す。

セレスさんが出て行った娯楽部は、さきほどより広く感じた。

山田もセレスさんもいない部屋を見つめる。

 

突如始まった娯楽部は、突如として終わりを告げたのだ。

 

私は最初にこの部屋に来た時のように部屋の真ん中に立ち、手を広げる。

 

 

見渡す遊戯、全ては私のものだ。私だけのものだ。

 

 

「そうだ・・・ここをわたしのアジトとしよう・・・」

 

 

ダーツもビリヤードも全てわたしのものだ!

全部私が独占して、遊び尽くしてやるのだ!

 

 

アハハハ、アーハッハハハハ・・・ハハ・・・ハ・・・ハ

 

 

誰も居なくなった部屋の中で私の笑い声だけが空しく響いた。

 

 

 




【あとがき】

今後とも細々と頑張ります。
暇な時にでも読んでやってください。



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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 後編④

セレスさんと山田が娯楽室に来なくなった後も私は娯楽室通いを続けた。

もう2人が戻ってくることは・・・あの日々が戻ってくることはないことはわかっていたが

なんとなくだらだらとずるずると私は娯楽室に通い続けた。

午前中は部屋に引き篭もり、午後になったら娯楽室に引き篭もる。

それは生活というより終活。

女子高生でありながらこの境地に達するのは我ながらどうかと思うが、

ここに至っては仕方がないと観念し、終わりがくるのを待つだけだ。

みんなの近況に関しては・・・意外だとは思うだろうが、実は結構知っていた。

苗木君が時々、娯楽室に訪問して話してくれるからだ。

 

「アルターエゴが盗まれたの・・・?」

「うん、そうなんだ」

 

疑われていると誤解して慌てて首を振った。

苗木君は”そんなつもりは・・・”と申し訳なさそうに謝ってくれた。

黒幕の”内通者”がいるようだ・・・とみんなの間ではそんな話になっているようだ。

”何か”が動き始めていることはわかったが、きっとそれがわかる前に私は死ぬだろう。

 

そんなことを回想しながら、部屋を出て娯楽室に向かう途中だった―――

 

「よう、智子っち!」

 

 ついに来たな・・・

 

「久しぶりだべ!」

 

 死神め・・・!

 

向こうから私の”死神”が・・・葉隠康比呂が満面の笑みを浮かべて歩いてきた。

 

「こんな時間に会えるなんて偶然だな!」

 

そのセリフに私は失笑を噛み殺した。

 

(この男・・・よく言う)

 

大方、私の行動を監視し、出会うタイミングを計っていたのだろう。

それをよくもまあこんな白々しく言えたものである。

 

「しばらく見なかったけど飯、ちゃんと喰ってるか?アッハハハハ」

 

屈託のない顔で葉隠は笑う。

 

(この・・・サイコパス野郎が・・・!)

 

私は心の中で葉隠に毒づいた。

よくもまあ殺そうとする相手にヌケヌケとそんなことを言えるものだ。

そこまでして金が欲しいか?完全に狂ってる。

近づいてくる葉隠の目がだんだんと$に見えてくる。

ああ、こいつの目にはもはや私はクラスメイトではなく、

100億円を引き出すクレジットカードか何かなのだろう(カードで下ろせるかは知らないが)

いくら守銭奴とはいえ、金とは人とここまで変えるものなのだろうか?

その満面の笑顔の裏は、

いつかの10万円を請求してきたあの無機質な冷たい顔があるに違いない。

まさに金銭欲の怪物よ・・・!

こんなバケモノがいままで人を殺さなかったことの方が奇跡なのだ。

コイツに狙われた以上、もはや私は諦めるしかない。

 

「最近、何してんだ?娯楽室とかにいるって聞いたけど」

 

あまりのセオリー通りの質問に私は肩を竦める。

一般的な世間話を装いながら、

ターゲットの行動パターンを収集するというまさに予想通りの行動。

先ほどの質問も

私が普段何時何分何秒にどこで何をしているのかを教えろ・・・ということだ。

本来はいろいろな駆け引きの中でそれを引き出していくものだが、まったくこの男は・・・。

ここから脱出した後の豪遊を妄想し、そこまで頭が廻らないらしい。

その辺が所詮、葉隠の限界なのだろう。

こんな男がいくらトリックを労したところで、

あっさり苗木君と霧切さんに論破されて処刑されるに決まっている。

結果として私のようなクズと心中する形で終わりを迎えるのだ。

そう思うと目の前の銭ゲバが少し哀れに思えてきた。

 

「私は午前中は部屋にいて、午後は娯楽室にずっといるぞ。好きな時に来い」

「え・・・!?」

 

私はそう言って、怪訝な顔を浮かべる葉隠の横を通り抜ける。

ここに至って下らぬ駆け引きをする気力はない。

どの道私は死ぬつもりなのだ。

ならば、この殺人鬼に情報を自らくれてしまえばいい。

葉隠はキョトンとしている。

本来ならば小悪党らしく”ニチャア”と笑い小躍りをしたいはずなのに、

演技を崩さないのはなかなか大したものである。

 

(いよいよ私は殺されるのか・・・)

 

まだ実感はわかないな・・・。

死ぬってどうなのだろうか。痛いのかな・・・?

 

(あまり痛いのは嫌だな・・・そうだ、予め頼んでおくか)

 

私は足を止め振り返る。

 

「おい、葉隠」

「え?」

 

 

 

  ”私は初めてだからあまり痛くするなよ・・・優しくお願いね”

  

  

 

私は死ぬのは初めてだからあまり痛い殺し方するなよ。

出来る限り痛くない優しい殺し方でお願いね・・・と伝えたかったのだが、

中途半端に言葉を端折ったせいで何か別の意味になってしまった。

 

「え、何!?一体何だべ!?」

 

動揺する葉隠を残し、私は娯楽室に向かった。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

それからまた何日か過ぎた。

私はいつものように部屋を出て娯楽室の向かう。

いつ終わるとも知れないルーチンワーク。

気だるいほど代わり映えのない日々だ。

娯楽室の前で・・・私は足を止め、溜息を1つする。

娯楽室のドアを開けても誰もいない。

 

今日も変わらぬ日常が始ま・・・

 

「え・・・?」

 

誰かが・・・倒れていた

 

「セレス・・・さん?」

 

それがセレスさんだと気づくのに時間はかからなかった。

 

「う、うう・・・」

 

そこにはいつものように優雅に椅子に座り微笑む彼女の姿はなかった。

床に這い蹲り、殴られたような傷や頬から血が流がしながら

セレスさんは苦しそうに呻いていた。

 

「セ、セレスさん!な、何が――」

 

私はセレスさんに駆け寄った。

何かが起きたのは明らかだった。

 

「黒・・・木さん?」

 

私の声に黒木さんは意識を戻したようだ。

 

「黒木さん・・・」

 

セレスさんは私の肩を掴みながら

 

「みんなを・・・みんなを呼んで下さいまし・・・!」

 

絞るような声でそう叫んだ。

私は大慌てで食堂に向かった。

普段引きこもっている私が必死の形相で駆け込んできたのだ。

多くは語らずともみんなは察してくれた。

 

「まだクラクラしますわ・・・」

 

セレスさんの表情には若干生気は戻ったものの、青ざめ、いつも以上に白くなっていた。

 

「セレスさん、一体何があったの?」

 

苗木君は心配そうに声をかける。

私達は椅子に座るセレスさんを囲む形で集まっていた。

私達・・・といっても、全員集まったわけではない。

山田に、石丸君。それと葉隠のヤツもいない。

 

(あれ・・・?霧切さんは)

 

食堂にいたはずの霧切さんの姿がいつの間にか見当たらなくなっていた。

 

「ククク、だいたいの察しはついているがな。さっさと説明しろ」

 

十神がメガネをクイッと掛け直しながら質問を始めた。

相変わらず偉そうな態度である。

 

「ククク、説明しろ」

 

その横でジェノサイダー?もメガネを掛けなおしながら追随する。

それに対して十神も周りのみんなも何も言わない。

 

(ああ、十神のヤツ・・・諦めたのか)

 

しばらく見ない内にそんなことになっていたのか。

何か時の流れを感じるな。

 

「フェックション!あれ?ここは、あ、白夜様!」

 

くしゃみで腐川に戻ったようだ。

あまりにもウザいのでこれ以上、見ないことにしよう。

それよりもセレスさんの方だ。

 

「どこから話せばいいでしょうか・・・そうですわ」

 

傷口を押さえながらセレスさんは語り始めた。

 

「わたくしは山田君を見かけてひさしぶりに二人で話をしました。

アルターエゴの件で、彼は落ち込んでいたようですが、ようやく正気戻ったようでした。

そして話し込んでいるうちに”黒木さんはどうしているかな?”そんな話になりました」

 

(え・・・?)

 

「アルターエゴの件で黒木さんとギクシャクしてしまったことを山田君は反省していました。

謝りたい・・・と言っていました。

ならば・・・と私は、二人で娯楽室に行くことを提案しました。

久しぶりに三人で話をしようと・・・そして私と山田君は娯楽室で黒木さんを待っていました」

 

セレスさんは語りを止め、少し苦しそうに息をつく。

山田とセレスさんがここで私を待っていた。

その情景がありありと浮かんできた。

本来ならば、扉を開けて現れるのは私だったはずだ。でも・・・

 

「現れたのは黒木さんではありませんでしたわ。

”クロ”・・・ですわ。

ある姿に変装したクロが、凶器を持って娯楽室に入ってきました。

わたくし達はもちろん驚きました。

でもそれ以上に、クロの方も驚いていたようでしたわ。

まるでわたくし達がいるのが想定外であるかのように」

 

「え・・・それって私じゃなかったから」

 

それしか考えられなかった。

本来、娯楽室にいるのは私だった。

それはもはや周知の事実だった。

ならばついにクロが私を殺しにきた・・・そう考えるのが自然だ。

だが、実際にいたのは、ひさしぶりに娯楽室を訪れたセレスさんと山田。

想定外の事態に錯乱したクロがセレスさん達に襲い掛かった!?

 

「クロはまず山田君に凶器を振り下ろし、彼を打ち倒しました」

 

私から視線を外し、セレスさんは言葉を続けた。

 

「そのままクロはわたくしに凶器を振るいました。

凶器はわたくしの頬を掠め、わたくしは床へ倒れました。

クロは倒れたわたくしに何度も凶器を振り下ろしました。

わたくしは急所だけは打たれないよう必死でした。

ですがそれも無駄な足掻き。

いよいよ・・・という時に山田君が立ち上がり、クロに組み付きました」

 

「や、山田・・・!」

 

セレスさんを守るため凶悪なクロに果敢に立ち向かう山田の姿を想像し、

胸が熱くなった。

普段は残念でもやはりお前も男の子なんだなぁ・・・。

 

「奮戦する山田君の背後でわたくしは叫びました・・・」

 

お、ここでヒロインのエールが・・・

 

「そいつはどうなっても構いません!

わたくしだけは助けてくださいまし!

なんでもしますからぁ~!

靴を舐めさせて下さい!舐められるところは全部舐めさせてください~~!

・・・とそう言うとクロは山田君を連れて扉から出て行きました」

「プライド捨てすぎだろ!いつものプライドエベレストなアンタはどこにいった!?」

「緊急事態ですわ。わたくし、使えるものは何でも使いますので」

 

キリッとした顔でセレスさんは反論する。

いや、カッコ悪いのだが・・・。

そんなことよりも、床を見てギョッとした。

【ジャスティスハンマー1号】と名前が刻まれた木槌が床に落ちていた。

 

「1号ってどういうことかな・・・」

 

苗木君はハンマーを見つめる。

現段階では何もわからない。

霧切さんがここにいたなら何かわかるかもしれないけど。

 

「それは・・・

もしかしたら、クロが変装したものと関係があるかもしれません」

 

セレスさんは服のどこからかあるものを取り出した。

 

「クロの去り際を隠し撮りしました」

 

それは山田がいつも持っていたデジカメだった。

 

「これがクロですわ!」

 

その画像に全員が釘付けになった。

そこに映っていたのは・・・

山田を連れ去ろうとしているのは・・・

ロボットだった。

正確にはロボットの格好をしたクロだった。

 

「なんだこのふざけたものは!」

 

十神が声を荒げる。

私はこれをどこかで見たことがある。

確かアニメか何かで・・・

 

(そうだ・・・ジャスティスロボだ!)

 

子供向けのアニメの・・・でもどうしてこれが?

 

「山田君が心配ですわ。おそらくあれから1時間は経っています」

 

セレスさんの言葉で我に返った。

そうだ・・・山田だ!山田はどうなったのだ!?

 

「黒木さん!?」

 

苗木君の声を背に私は娯楽室を飛び出した。

クロの狙いは私だっだ。

私を殺害するつもりだったはずだ。

ならば連れ去られた山田は・・・

 

  ”黒木智子殿!”

  

いつかの山田の笑顔が頭を過ぎる!

 

「山田~~!どこだぁあああああ」

 

私は声を上げながら必死で3Fを駆けた。

3Fに山田はいなかった。

我先に2Fに降りる。

全て私の責任だ。私のせいだ。

山田は巻き込まれただけだ。

 

だから・・・お願いだから・・・どうか

 

図書館に入った時、その儚い願いは打ち砕かれた。

 

【ジャスティスハンマー2号】そう刻まれた凶器の横で

山田は頭から血を流し息絶えていた。

 

「遅かったか・・・」

 

背後で大神さんの声が聞こえた。

 

死んで・・・しまった。

 

ちーちゃんの時と同じだ。

私のせいで・・・山田が死んでしまった。

 

山田が・・・

 

 ”その感想・・・最高に嬉しいですよ、黒木智子殿!”

 

あの山田が・・・

 

 ”僕も自分の作品で誰かを助けられないかな”

 

山・・・田・・・

 

 

「山田~~~嫌だよおおおおおおおおおぉぉぉぉ」

 

山田の手を握り、私は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 

「どうしてお前が死ぬんだよ!どうしてお前なんだよ!

お前じゃダメなんだ。お前が死んじゃダメなんだ!

私じゃなきゃダメだ。

死ぬのは・・・私でよかったんだ。

お前じゃなくて・・・私だったんだ。

どうして・・・お前なんだよ!どうして!?どうして~~~~~!?」

 

その言葉に嘘はなかった。

ずっとそう思ってきた。

私はもう終わりにしたかった。

私以外、もう誰も死ぬのを見たくなかった。

 

「お前・・・言ってたじゃないか。

ぶー子に助けられたように・・・今度は自分が誰かを助けたいって。

自分の作品で誰かの希望になりたいって・・・そう言ってたじゃないかぁああ」

 

それができるのはお前だけだ。

私じゃない。私にはできない。

だからこそ、お前は生きなければいけなかった。

生きて・・・いて欲しかった。

 

「なのに・・・どうして死ぬんだよぉおおおおおお~~!!

馬鹿ぁあああ山田のバカァアアアアア~~~~ッ!!

わぁああん!うわぁああああああん!うぁあああああん」

 

号泣。

まさに号泣だった。

涙を流し、鼻水を垂れ流し、私は天地が割れんばかりに泣いた。

 

「あ、あの・・・」

 

「ぎゃああん!ぎゃぁおおおおんん!」

 

「あの・・・すいません」

 

どこからか私を嗜める声が聞こえる。

ギャン泣きをする私を落ち着かせたいのだろうが、

今は放っておいてほしい。

山田が死んだのだ。

とても押さえることはできない。

 

「黒木智子殿・・・生きてます。あの・・・生きてますから」

 

山田は申し訳なさそうにボソボソと喋った。

 

「ぎゃぁああああああああああ~~~~~で、出たぁあああああ~~~!」

 

私は文字通りひっくり返った。

 

「失礼な!生きてます。みなさん!生きてますぞ!」

 

よろけながら、山田は上体を起こした。

 

 

・・・その後、山田を保健室に連れて行った。

朝日奈さんに応急処置をしてもらった山田をここに残し、

後のメンバーは

どこかを徘徊しているであろうジャスティスロボと化したクロの行方を追うこととなった。

 

「あ、あの・・・黒木智子殿」

 

山田が何か話があるらしい。

廊下に皆を待たせて、保健室で山田と2人になった。

ベットで寝ている山田の頭には包帯が巻かれていて痛々しい。

私も泣きはらした目と鼻がグズつき別の意味で痛々しかった。

 

「あ、あの・・・」

 

山田が何か言おうとしているが、歯切れが悪い。

話すのは久しぶりだし、あんなことがあったら当然と言えば当然か。

 

「あの・・・黒木智子殿」

 

なにやら重い雰囲気だ。

予想外の何かとんでもないことを言ってくるのかな?

 

「黒木智子殿は・・・どうして僕の心配なんてしてくれたんですか・・・?」

 

その問いはあまりもあっけないものだった。

あまりにも軽いものであり、ある意味どうでもいいものだった。

そのため、私は警戒を解き、すっかり油断してしまった。

 

 

「そんなの大切な友達だからに決まってるじゃないか。何言ってるんだよ、お前・・・あ」

 

油断・・・だった。

友達だけならセーフだったけど、”大切な”ってつけちゃった。

一生の不覚。

私は、自分の言葉にカァと顔を赤くなった。

山田の顔も心なしか赤くなっている。

何ともいえない気まずい静寂が場を包んだ。

 

「・・・そんなこと言って、本当は違うんでしょう?黒木智子殿」

「え・・・?」

 

山田が突如こちらを向き、なにやらクレームをつけてきた。

一体何を・・・

 

「本当は・・・僕のこと異性として好きなんですよね?」

 

       ”!?”

       

某週間雑誌でよく出で来る”!?”が頭を過ぎった。

よく殺人現場で出てくる”!?”だが、まさに私の心境は”!?”だ。

この豚・・・何言ってんだ・・・!?

 

「いや~黒木智子殿が僕をそんなに思っていてくれていただなんて。

だがら、あんなにギャン泣きしてたんですね。いや~僕は罪な男ですな」

 

山田はニヤニヤしながら挑発してくる。

さっきのギャン泣きが頭を過ぎり私はますます赤くなる。

 

「お前、何言ってんだ!ふざけんな!あ、あれはだな・・・」

「黒木智子殿の涙や鼻水が口に入って、しょっぱいの気持ち悪いの大変でしたぞ」

「ク、クソが!誰のせいだと思ってんだ!死ね!やっぱり死ね!」

「生きる!君のために僕は生きる!」

「やめろ!本気で気持ち悪い!」

「ええ・・・本気でって・・・」

 

そんなこんなでしばらくワチャワチャと山田とやり合った。

今思えば、ムードを変えるため山田が敢えて仕掛けたのだろう。

こんなやり取りは本当に久しぶりだった。

まるであの頃に・・・娯楽部があった頃に戻ったようだ。

 

「黒木さん、まだですか?」

 

廊下の方からセレスさんの呼ぶ声が聞こえた。

そうだ!みんなを待たせていたのだった。

 

「回復したら皆さんを追いますので」

 

そう言って山田は背を向けて布団をかぶった。

 

私は去り際に山田の顔が見えないのをいいことに少しだけ勇気を出してみることにした。

 

「や、山田・・・ケガが直った後、時々でいいからまた娯楽部に来てくれよ。

あの部屋は、私だけじゃなく、セレスさんとお前の部屋でもあるのだから」

 

山田は返事しなかった。

もう眠ってしまったのだろうか。

私は保健室を出ようと扉に手をかけた。

 

 

 

   ”黒木智子殿・・・ゴメンなさい・・・”

   

   

 

山田が何か言ったような気がして振り返る。

山田は背を向け眠ったままだった。

私は聞き違いだと思い、保健室を出た。

 

 

 




【あとがき】
更新できない日々が続き申し訳ありません。
年々書く力を失っていると感じますが、
出来る範囲で投稿を続けたいと思います。
誤字脱字は見つけ次第修正します。
第3章残り3話(イマワノキワ除く)
暇な時にでも読んで頂けたら幸いです。



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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 後編⑤

「それではみなさん、山田君を襲ったクロ・・・通称”ジャスティスロボ”の捜索を開始致します」

 

廊下に集まった私達の前でセレスさんはそう宣言した。

 

「ジャスティスロボを見つけ次第、叫んでください。叫び声は・・・何がよろしいでしょうか?」

 

セレスさんは意外にどうでもいいことに拘っていた。

 

「キャーでもギャァアアアアでもどっひゃー!でも何でもいいよ!」

「ウフフ、どっひゃー!なんてそんなリアクション聞いたことがありませんわ」

 

朝日奈さんの提案にセレスさんは可笑しそうに笑った。

今日はやたらとテンションが高い。

あんなことがあった後だからなのだろうけど。

私は・・・この会話にどこか集中できないでいた。

山田の・・・どこか寂しげな後ろ姿がやたらと脳裏にチラついていた。

捜査が開始されて、すぐにそれは起こった。

 

「どっひゃぁああああああああああ~~~~~~~~~~~」

 

聞いたこともないリアクションが校内に響き渡った。

急いでその声の方に走る。

階段を上がった2Fの踊り場にセレスさんが倒れて・・・というより腰を抜かしていた。

 

「いましたわ!ヤツです。ジャスティスロボですわ!3Fに逃げて行きました!」

 

セレスさんが階段を指差す。

 

「ククク、3Fだな。逃がすか!」

「あ、ま、待って、白夜様!」

 

十神が階段を駆け上がって行く。慌てて腐川がその後を追う。

 

「僕達も行こう!」

 

苗木君がそう叫んだ直後だった。

 

 

    ”ぎゃぁああああああああああああああああ~~~~~~~~ッ!!”

 

 

下の階から叫び声が聞こえた。

 

(や、山田・・・!?)

 

それは紛れもなく先ほど喋っていた山田の声だった。

クロは上に逃げたはずなのに、なんで・・・!?

場に混乱が起きる。

どちらに向かえばいいか、即座に判断がつかないからだ。

 

「・・・仕方ありませんわ。二手に分かれましょう」

 

セレスさんが口を開いた。

 

「クロの確保を優先します!大神さん、十神君の後を追ってください。ついでに黒木さんも」

 

セレスさんは最大戦力の大神さんをクロ確保に向かわせた。

ついでに私も・・・え、私も!?

 

「山田君の方には、私と朝日奈さん、それに苗木君で十分でしょう。それではお願いします」

 

「うむ!」

 

大神さんは3Fに向かって階段を駆け上って行った。

 

「黒木さん・・・?」

 

私は・・・その場に残った。

 

「わ、私は山田の方に行こうかな」

 

山田が気がかりだった。あの後ろ姿が妙に気にかかった。

 

「いや、間に合ってますわ。大神さんを追ってください」

「いや、だから、山田の方に」

「いやいや、だから間に合ってると」

「いやいや、でもやっぱり山田が」

「いやいやいや、ちょっとしつこいですわよ」

「いやいやいや、セレスさんもなんか意地になってない?」

「いやいやいやいや、意地になってませんわ。黒木さんが頑固なだけですわ」

「いやいやいやいや、声が荒くなってない?やっぱりイラついて・・・」

 

お互い合計で何度”いや”と言ったのだろうか・・・?

コントみたいな押し問答がしばらく続いた。

それにしてもなんでこんなに頑ななんだろう?やっぱり意地に・・・

”ぶちッ”という異音が聞こえたような気がした直後だった。

 

「テメーガタガタ言ってねーでさっさと行け!ぶち殺すぞ!」

 

髪を逆なでながらセレスさんがブチ切れた。

 

「は、はぃいいいいい~~~~~」

 

こうなってはどうしようもない。

私は、情けない声を上げながら、3Fへの階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

3Fは思いのほか静かだった。

十神がクロを追い詰め格闘しているなら、

もっと騒がしいはずだから、まだ見つけられていないのかな?

大神さんが見つけて倒してしまったということも考えられる。

人類最強の一撃。

文字通り一撃必殺だろう。

真っ二つになるジャスティスロボが頭に浮かんだ。

その場合、そっちの理由で学級裁判になってしまうな・・・。

そんなことを考えながら物理室の前を通った時だった。

 

「黒木・・・」

 

私を呼ぶ声にぎょっとして振り返った。

物理室の中には大神さんがいた。

 

「こっちだ」

 

そう言って大神さんは奥の物理準備室に歩いていった。

その顔はいつもより怖く、声が張り詰めていた。

ただならぬ雰囲気を感じ、胸が締め付けられるようだった。

大神さんの後を追い、物理準備室に足を踏み入れた瞬間、叫びそうになった。

腐川が倒れていた。

 

(クロに襲われた・・・!?)

 

目立った外傷は見当たらなかった。

 

「ソイツは血を見て気絶しただけだ」

 

壁に寄りかかりながら十神が忌々しそうに説明した。

 

「そこに倒れているヤツを見てな・・・」

 

(あ・・・)

 

十神が指さす先には・・・彼が・・・石丸君がいた。

頭から血を流して・・・石丸君は仰向けに倒れていた。

その傍らに【ジャスティスハンマー4号】そう記された凶器が置かれていた。

 

「あ、あああ・・・・ああ」

 

石丸君が・・・殺されてしまった。

 

「石丸君・・・どうして・・・」

 

私は石丸君の横でがっくりと膝を屈した。

石丸君と最後に会った時のことが脳裏を過ぎる。

あの悲しそうな後ろ姿が。

涙が・・・込み上げてきた。

絶望と戦い続けた彼は・・・結局、最後まで救われることはなかったのだ。

 

石丸君は・・・絶望したまま・・・

 

 

「く・・・黒木・・・君」

 

声が・・・聞こえた。

 

「黒・・・木君・・・」

 

石丸君の声だった。

石丸君はうっすらと目を開け、虚空を見ていた

 

「黒木君・・・そこに・・・いるのか」

 

石丸君は天に向かって手を伸ばした。

 

「いるよ!ここにいるよ!!」

 

無我夢中で私は手を掴んだ。

 

「黒木・・・君」

 

石丸君は私の方を見た。

青ざめた表情。

その表情はろうそくの炎が消える前を連想させた。

それでも私の手を握る力は強かった。

まるでろうそくの炎が消える直前にいっそう激しく燃えるように。

 

「待たせたな・・・黒木君」

 

そして・・・私は確かに見た。

 

 

  ”約束どおり・・・僕は帰ってきたぞ!”

  

 

そこにいたのは紛れもなく彼だった。

いつもその瞳に希望の光を燃やしていた・・・在りし日の彼。

 

そこにいたのは・・・超高校級の”風紀委員”石丸清多夏君だった。

 

「黒木君・・・信じるんだ」

「え・・・?」

 

 

”希望は・・・ここにある。ここに・・・あるんだ!”

    

 

そう言った後で石丸君は言葉を続けたが、聞き取ることはできなかった。

私の手を握る力が抜け落ちてすぐに・・・石丸君は息を引き取った。

 

私は・・・彼が何を言っているのかわからなかった。

彼がなぜこんな満ち足りた笑顔で死ぬことができたのか・・・理解できなかった。

 

「石丸君・・・なんで・・・だよ」

 

君は私と同じはずなのに。

私と同じように絶望していたはずなのに・・・なんでそんな顔で・・・。

 

キーン、コーン…カーン、コーン♪

 

 

 

  「死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、“学級裁判”を始めます!」

 

 

校内にあの忌まわしい放送が鳴り響く。

 

「そんな・・・!石丸君”まで”・・・」

 

その声に振り返る。

そこには苗木君が悲痛な顔をして立っていた。

 

(・・・”まで”・・・?)

 

苗木君の言葉が引っかかった。

 

「黒木さん・・・」

 

何かを伝えようとする苗木君の表情はあの時とそっくりだった。

私は耳を塞ぎそうなった。

 

だって、それはきっと―――

 

 

 

 

    ”山田君が・・・殺された”

    

 

 

 

その後・・・苗木君の後をついて保健室に戻った。

 

「このままでは殺されてしまいます・・・彼らのように殺されてしまいます」

「イヤァアアアア殺されちゃうよ!このままじゃ全員アイツに殺されちゃうよ!」

 

保健室では殺された山田の死体が消えていた。

物理準備室の石丸君の死体もなくなっていた。

朝日奈さんの悲鳴が聞こえる。

霧切さんが合流した。

犯人は葉隠・・・らしい。

周りの声があまり耳に入らなかった。

私は考えていた。

ずっとずっと・・・山田のことを考えていた。

あの後ろ姿が頭から離れなかった。

そんな私を苗木君は気遣ってくれて一緒にいてくれた。

そして私達は山田と石丸君の遺体を捜した。

 

探して・・・探して・・・探した。そして―――

 

「苗木君・・・黒木さん・・・」

 

3Fの階段の前でセレスさんが佇んでいた。

山田と石丸君は美術室にいた。

山田は仰向けに倒れていた。

頭から血を流していた。

私は・・・ようやく山田が死んだことを受け入れた。

膝を屈し、山田に顔を近づける。

青ざめた顔・・・石丸君と同じだった。

 

    ”あの・・・生きてますから”

 

そう言って目を開けてくれるならどんなに嬉しいだろう。

騙されたっていい。笑って許してやる・・・だから

 

「あ・・・ああ」

 

また涙が零れ落ちた。

山田が・・・死んだ。死んでしまった。

 

「だ・・・から・・・しょっぱいって」

「え・・・?」

 

山田が喋った!?生き返った!

 

「また・・・泣いて・・・すか」

 

でも・・・それは神様の気まぐれ。

もう山田は助からないことはわかっていた。

 

「く、黒木智子殿・・・」

「いるぞ!私はここにいるぞ!山田!」

 

石丸君の時のように私は山田の手を握る。

 

「さ、寒い・・・すごく寒い」

「だ、大丈夫だ!もう少しで暖かくなるから!ほら!」

 

必死で手を握る。抱きつくように少しでも山田が温まるように。

 

「黒木智子殿・・・僕達は出会う前から出会ってたんですね・・・」

「うん・・・?そ、そうだ!そうだよ!」

 

山田は意識が混濁してわけがわからないことを言い始めた。

私は必死に叫ぶ。

 

「山田!一体誰にヤられたの!?」

 

合流してきた朝日奈さんが後ろで叫ぶ。

 

「あ、あの人を・・・止めてあげてください」

 

山田は私を見つめた。

 

「や、やすひろ・・・たえ・・・」

 

その直後、山田から力が抜け落ちた。

死んだ。

今度こそ・・・山田は死んでしまった。

私は石丸君を見る。

石丸君は満ち足りた笑みを浮かべたままだった。

 

 

 

”希望は・・・ここにある。ここに・・・あるんだ!”

    

    

 

石丸君・・・君は最後にそう言っていたね・・・でもね・・・

 

キーン、コーン…カーン、コーン♪

 

 

  「死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、“学級裁判”を始めます!」

  

 

再び、あの悪鬼の愉しそうな声が聞こえる。

始まる・・・またあの地獄が。

二人ものクラスメートの・・・仲間の死を引き換えにあの地獄が・・・学級裁判が始まってしまう。

 

 

 

 石丸君・・・ここには“希望”なんてないよ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

ドカ!ドカ!とドアを叩く音が聞こえる。

何か重いものをドアに叩きつけ、その衝撃がこちらまで伝わってくる。

ドアの内側はガムテープで雁字搦めに固められ、

バットやら机やら椅子やら小型冷蔵庫やら考えられる限りのあらゆるものが置かれ

侵入する者を拒む防壁となっていた。

私はその防壁を必死に押して侵入者の・・・モノクマの侵入を防いでいた。

 

(誰が・・・誰が出るものか!)

 

誰が裁判なんて出てやるものか。

もう二度と・・・あんな思いはゴメンだ。

あんな思いをするんだったら、ここで死んだ方がましだ。

私がここに居続ければ裁判は開くことはできない。

ずっとこうしてやる。

餓死するまでここでこうしてやる!

直後、音が止んだ。

何が起きた・・・?と耳を済ませた瞬間、爆発音が響き、衝撃で吹き飛ばされた。

 

「う、うう・・・」

 

頭を押さえながらドアを見る。

見るとドアの一部が焼け落ちていた。

 

「ヒ・・・ッ!」

 

小さい悲鳴を上げてしまった。

焼け落ちたドアの隙間からモノクマの鋭い目がこちらを見ていた。

 

「お前さぁ~~~本当はわかってるんだろ?」

 

そういいながらモノクマはキィ~とドアを開ける。

 

「こんなことしても無駄だって・・・本当はもうわかってるんだろ?」

 

倒れている私に近づきながらモノクマを見透かしたように言う。

 

「ねえ、もこっち」

「ヒィッ!」

 

モノクマはヌゥと顔を近づけた。

 

「ボクは今、怒っているんだ。せっかくの学級裁判を前にキミなんかに無駄な時間を使ってさぁ」

 

モノクマは言葉を続ける。

 

「ねぇ、もこっち。キミはもう用なしなんだ。

お姉ちゃんがウルサイから仕方なく生かしてあげていたんだ。

それがキミだけが生き残るなんて・・・本当に残姉だよ、まったく・・・絶望の風上にもおけない」

 

私は・・・コイツが何をいっているのかまるでわからなかった。

 

「ねぇ、もこっち。別に今、ここでキミを校則違反で殺してあげてもいいんだぜ。

でもそれじゃあ、せっかくの学級裁判に水が差される・・・苗木君が怒っちゃうじゃん」

 

苗木・・・君?

 

「苗木君・・・彼、いいよね。ようやく見つけたんだ。

うぷぷ…ボクがずっと探していたのは彼だったんだ!」

 

モノクマは感極まったように叫ぶ。

 

「ねぇ、もこっち。これは劇なんだ。

”絶望の主人公"と”希望のヒロイン”の世界の命運を賭けたラブストーリー!

キミはその舞台の登場人物じゃない。

モブキャラですらない。例えるならそう、劇場の外に転がっている小石だよ!」

 

モノクマは私を見下す。明確に・・・小石を見るように。

 

「そんなキミがさぁ~劇の進行を止めるなんて・・・許されると思う?」

 

手からシャキリと鋭い爪を出した瞬間、私の目の前の床に爪を突き刺した。

 

「さぁ、行った行った!ボクの気が変わらない内にね!」

「ヒィヒィイイイイイイイイ~~~~~~ッ!!」

 

私は無我夢中で部屋の外へ出た。

 

「ヒィ!?」

 

外には夥しい数のモノクマが犇いていた。

その中を私はひたすら走る。

モノクマの列で出来た道を走る。

ふらつこうものなら列をなすモノクマから蹴られ、どつかれ、

あの赤い扉の部屋に向かって走り続けた。

部屋には私以外の全員が集まっていた。

 

「セレスさん!うぁあああああああああ~~~んッ!!」

 

私はセレスさんにしがみついた。

 

「黒木さん・・・あらあらまあどうしたことでしょう」

 

セレスさんはそんな私を抱き止めてくれた。

 

「それじゃあ、始めようか!」

 

モノクマは私達を眺めながら愉しそうに嗤った。

 

ゆっくりと地下に向かうエレベーターは、まるで奈落へ落ちていく棺桶のようだ。

セレスさんに手を握ってもらいながら、私は震え続ける。

 

(嫌だぁ・・・)

 

あの地獄が・・・再び始まる。

 

 

(もう・・・イヤだぁああああああああああ~~~~~~~~~~~~~)

 

 

 

 

始まる。

 

 

 

 

 

命がけの裁判…

 

 

 

 

 

命がけの騙しあい…

 

 

 

 

 

命がけの裏切り…

 

 

 

 

 

 

 

命がけの謎解き…命がけの言い訳…命がけの信頼…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命がけの…学級裁判が始まる…!

 

 

 

 





【あとがき】
第3章残り2話。
たった1話の学級裁判をお楽しみください。
結果はわかっていてもその過程は予想できない(作者以外)・・・
そんなコンセプトで提供している作品です。
この作品が好きになってくれる読者様が1人でも増えるように超スローペースですが
書き続けていきたいです。



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第3回学級裁判

「うぷぷぷ、では張り切って行ってみようか!」

 

モノクマに促され、いつもの席に座る。

裁判が始まりしばらくすると掻き毟りそうになるほどの震えは少しずつ収まっていった。

それは覚悟を決めた・・・というよりも、それがクロであれ、私であれ、

いずれにせよこの物語がなんらかの終わりを迎えることに対する

安堵に似た諦めによるものだったのかもしれない。

私は願う。

クロの正体が十神白夜であること。

自分が生き残るためならクラスメイトを・・・

仲間を見捨てると平気で言い放ったアイツがクロであったなら私の心は傷つかない。

私は願う。

クロの正体が葉隠康比呂であることを。

たかが金のために私たちを・・・

仲間を平気で売り払うようなアイツがクロであったなら私の心は傷つかない。

 

裁判が進み、クロが十神でないと分かり、

葉隠ではないことが決まった時・・・私は静かに目を閉じた。

 

聞こえてくるのは・・・悪友の声。

 

ジャスティスロボの衣装は設計ミスで腰が曲がらなくてまるで動けないこと。

ジャスティスハンマ―の番号が偽装であること。

山田が騙されてクロに協力していたこと。

 

霧切さんと苗木君により真実か暴かれていく中、彼女の存在に焦点が当たる。

 

「・・・では、わたくしと山田君が組んでいたと、おっしゃるのですね」

 

そう答える彼女はきっと微笑を浮かべているのだろう。

クロの目撃の証言を指摘されても彼女は可笑しそう笑った。

 

「このままだと・・・全員殺されてしまいます。彼らのように殺されてしまいます。」

 

身の潔白を証明するため彼女は事件当時の発言を繰り返す。

 

 

 

              "それは違うよ!"

 

 

 

絶望の闇を切り裂くような苗木くんの言弾が彼女を貫いた。

その衝撃が自分の心臓まで届くような錯覚に襲われたのは、

心のどこかでまだ彼女の無実を信じていたのだろうか。

 

「ふざけてんじゃね―ぞ、このダボッ!!あぁ!?」 

 

不審者の存在を偽装するためのジャスティスロボの仕掛けを見抜かれた時、彼女は豹変した。

 

「た、たまたま・・・ですわ。

その時だけ・・・下の名前を呼んだのでしょう」

 

山田がみんなの名前をフルネ―ムで呼ぶことを指摘されて、彼女は明らかに動揺した。

 

「わたくしが“やすひろ"なんてダセ―苗字の訳が・・・ねーーーだろがッ!!」

 

彼女は金切り声をあげて叫んだ。

その姿は私が知ってる普段の彼女ではなかった。

私の知る彼女は傲慢ではあったが、いつも自信と気品に満ち溢れていた。

取り乱しても優雅さを忘れることはなかった。

 

「ブチ殺すぞ!ピチグソどもがァ―――!!」

 

その彼女が口汚く吠える。 

あらん限りの罵声を浴びせ足掻く。

醜くかった。

信じられないほど無様で、惨めで、みっともなかった。

 

「なら生徒手帳を見せてよ!」

「そんなもの失くしましたわ!」

 

本名が記載されている生徒手帳を見せることを彼女は拒んだ。

その足掻きは結局無駄に終わるだろう。

このまま投票が始まれば、彼女は間違いなく負ける。

彼女は負けを認めることなく、醜態をさらしながらその最期を迎えるだろう。

 

「"負け"なんて認めてたまるかよ!!」

 

それで・・・いいのだろうか?

彼女の最後がそんなものであっていいだろうか?

 

「いいから!耳、かっぽじってよ~く聞きやがれ!」

 

いや・・・そんなことがあってはならない。

彼女の最後がそんなものであっていいはずがない。

彼女の最後は見た目通り美しくあるべきだ。

フランスの貴族のように高貴であるべきだ。

誰よりも優雅であるべきだ。

 

「わたくしの本名は―――」

 

そのためには私は何をしてあげればいい?

仮初の部活の部長として私がしてあげれることは何だ?

 

「セレスティア・ル―デンベルクなんだよぉ―――!!」

 

たった一人の"悪友"として私がセレスさんにしてあげられること・・・

 

それは―――

 

 

「ねぇ、セレスさん。私・・・知ってたんだ。セレスさんがクロだってことを」

 

目を開くと全員が私を見ていた。

 

「貴方も・・・」

 

沈黙の中、セレスさんが口を開く。

 

「貴方まで・・・わたくしを疑うのですか、黒木さん」

 

苦渋に満ちた声だった。

それはきっと演技であり、もしかしたら・・・ほんの少しだけ本音が混じっていたかもしれない。

私はその問いに答えず、言葉を続ける。

 

「クロが十神じゃなかったなら・・・葉隠じゃなかったなら・・・

クロはセレスさんしかいないと・・・思う」

 

あの時の情景を思い出す。

 

「セレスさん・・・言ってたよね。

希望を捨てるって・・・ここでの暮らしを受け入れるって」

 

そう私を諭すセレスさんの瞳を。

 

「その時、私・・・分かっちゃったんだ」

 

その奥底で輝く光を。

 

「セレスさんの目を見て・・・分かっちゃったんだ」

 

それは私や石丸君が失ったもの。

何度鏡を見つめても、もはや私の瞳に存在しないもの

 

「セレスさんが希望を捨てていないことを・・・ここから出ることを諦めていないことを。

だから・・・」

 

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静寂の中、セレスさんは天井を・・・虚空を見つめた。

 

「そう・・・ですか」

 

その静寂はもしかしたら10秒にも満たなかったかもしれない。

 

「貴方なんかに・・・」

 

でも私には何時間にも感じられたその静寂を破りセレスさんは呟くように語る。

 

「凡人の貴方に・・・何の才能もない貴方なんかに」

 

私だけを見つめながら。

 

「わたくしの・・・超高校級の"ギャンブラ―"の本心を見抜かれていた・・・なら」

 

私だけにその言葉を向けて。

 

「ええ、認めますわ。完全にわたくしの"負け"ですわ」

 

憑き物が落ちたように彼女は笑った。

 

「どうやら決まったみたいだね。それでは投票行ってみようか!」

 

状況を伺っていたモノクマが壇上から投票の号令をかける。

運命のスロットは回りだす。くるくる狂る狂ると。私達の運命を乗せて。

そして・・・スロットはクロを示す。

この事件の犯人を。山田と石丸君を殺した人物を。

私達クラスメイトを裏切った者の顔を・・・セレスさんの顔を。

 

「大正解!山田一二三君と石丸清多夏君を殺した真のクロは、

セレスティア・ル―デンベルクこと”安広多恵子”さんでした~!」

 

クラッカ―のけたたましい音とは対照的に場を静寂が支配する。

 

「やはり他人と組むなんて間違いでしたわ」

 

肩を竦めながらセレスさんはいつもの微笑を浮かべる。

これが日常であるならば、私は本名の件でセレスさんこと安広多恵子さんをいじり、

その微笑を大いに歪ませたことだろう。

だが、今は・・・クロと判明した今の状況において彼女のいつもの微笑は・・・

2人の仲間を殺めてなお浮かべるその微笑は、

私以外のみんなには薄気味悪さを超えて狂気にすら感じるだろう。

 

だけど・・・それでも

 

「セ、セレスさん・・・」

 

私には聞かなければならなかった。

 

「あ、あの・・・」

 

全てが終わる前に・・・どうしても聞かなければならなかった。

 

「ほ、本当に・・・」

「ハイハイ!ストップ!ストップ!くだらないお喋りは後にしてよ~!」

 

(・・・ッ!?)

 

問いかけようとした直前にモノクマが横槍を入れてきた。

 

「せっかく盛り上がってきたんだからさぁ~さっそくいつもの”アレ”にいってみようか!」

 

モノクマの意図を理解した瞬間、ドロリと汗が流れ落ちた気がした。

 

やめろ・・・やめてくれ。

それを見せられたら・・・見てしまったら私たちは―――――

 

 

 

 

 

 

  “殺害VTR"スタ―ト~~~ッ!!

 

 

 

 

「アルたん・・・一体どこにいったのですか」

 

寝室でタメ息をつく山田の姿が画面に映し出された。

 

「誰かが僕から奪ったとしか考えられない・・・ウギギ」

 

ストレスから顔を掻き毟る山田。

客観的に見ると、もはや完全に頭がおかしくなってるのがよくわかる。

ち―たんの魔性の魅力というべきか。

私もそうだったから、あまり山田を悪くいえないが。

こんな状態の奴が”アルたん”と意味不明な言葉を口にしても

さほど気にされないのがある意味、救いといえば救いだけど。

 

「犯人は黒木智子殿か!?いや・・・最近あの人、アルたんと話してないみたいだし」

 

私の名前が出た。

ち―たん消失事件は私がち―たんから離れてしばらくして起きたらしい。

 

「てことは、やっぱり石丸の野郎じゃね―か!何が石田だよ!意味わかんね―んだよ!」

 

枕を投げつけ、いまさらながら山田はツッコミを入れる。

 

「でもアイツと僕が近づくとアラ―トが鳴るはずだし・・・じゃあ誰が」

 

直後、“コンコン”とドアを叩く音が聞こえた。

 

「こんな時間に誰ですか・・・あ」

 

ドアを開けた山田が少し驚いた声を上げた。

 

「山田君、こんばんわ」

「セレス殿・・・?」

 

そこにいたのは・・・セレスさんだった。

 

「一体何用ですかな?僕は今、人と話したい気分ではないの・・・え!?」

 

山田の言葉が終わる前にセレスさんは歩を進め、山田の胸に顔を押し付けた。

 

「え!?セレス殿!?え、ええ~?」

 

「山田君、うう・・・うわぁぁああああん。わああああああ」

 

山田の胸の中でセレスさんは泣き出した。

 

「ど、どうしたんですか、セレス殿!?と、とにかく中へ」

 

うろたえた山田はセレスさんを室内に招き入れる。

 

「みっともないところを見せてしまいましたわね」

 

しばらくして泣き止んだセレスさんはハンカチで涙を拭く。

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

山田はドキマキと顔を赤らめていた。

 

「山田君に謝罪しなければならないことがあります」

「へ・・・?」

 

謝罪・・・?あのセレスさんが!?

私と同じように山田も驚きの顔を浮かべていた。

それはセレスさんの口から決して出ないものであり、

だからこそ、何か異常なことが起きていることの証明に他ならなかった。

 

 

「“アレ”を盗み出しのは・・・わたくしですわ」

 

 

「え、ええ~~~~~~!?」

 

山田は驚きの声を上げた。

私も同じだ。なぜ、なぜそんなことを!?

 

「なんで、なんでそんなことをしたのですか、セレス殿!?」

 

直後、山田は私の疑問をそのまま言葉にした。

 

「彼に・・・いえ、あの男に命じられたからです」

 

そう言ってセレスさんはデジカメを取り出した。

そこには誰かの部屋にアルタ―エゴのPCが置かれていた。

あからさまに怪しかった。

 

「アルたん!」

 

だが、今の山田にはそれに気づかない。

視界の先のアルタ―エゴに全てを奪われてしまっていた。

 

「石丸君の部屋ですわ」

 

山田が質問する前にセレスさんは答えた。

 

「やっぱりあの野郎か!!」

 

本当に彼の部屋かはその画像ではわからない。

しかしそれは山田にとって問題ではなかった。

自分が思った通りだった・・・それで十分なのだ。

人は信じたいものを信じる。

私はその事実をまさに目の当たりにしている。

 

「ど、どうしてセレス殿がアイツの言うことを聞くのですか、どうして!?」

 

山田の叫びにセレスさんは顔を逸らす。

 

「・・・仕方がなかったのですわ」

「セレス殿!」

 

何かを隠しているセレスさんに山田が再び声を上げる。

しばらくの沈黙の後に、セレスさんは口を開いた。

 

「わたくし・・・石丸君に無理やり“ビィ―――”されてしまったのですわ!」

 

直後、時が止まる。

は、はあぁぁぁ~~!?と叫びそうになった。

 

「その時恥ずかしい写真をとられて、それをバラ撒かれたくなかったらアレを盗んでこい・・・と。

わたくしは逆らうことはできませんでしたわ」

 

私だけでなく全員が硬直していた。

そんなはずはない。

そんなはずはないではないか!

石丸君がそんなことをするはずないじゃないか!

断言できる!

彼は何があろうとそんなことはしない。

誰よりも不正を嫌う彼が。

それ故に超高校級の"風紀委員"まで上りつめた彼が。

親友を救うためにそれを不正だと信じ込み・・・

壊れてしまった石丸君が・・・そんなことするはずないじゃないか~~~ッ!!

 

「あの野郎・・・僕からアルたんを奪うためにそんなことをやりやがったのか~~ッ!!」

 

だが、そんな当たり前のことを山田は気づかない。

 

「許せねえ!アルたんだけでなく、よくも僕の友達を傷つけやがったな~!」

 

まるで疑うことなく憎しみの炎に身を焦がしていた。

・・・ぶん殴ってやりたかった。

画面の中に入り、それこそバケツ一杯の水をぶっかけて

"正気に戻れ!石丸君がそんなことするわけないだろ!バカ!"そう叫んでやりたい。

でも、いくら願っても時は戻りはしない。

そして山田は口にする。

決して言ってはいけない禁断の言葉を。

 

 

「生まれて初めて言う!殺す!石丸清多夏、ぶっ殺す!!」

 

その言葉を前に・・・

 

「・・・ええ、そうしましょう」

 

セレスさんの瞳の色が変わった―――

 

「え、ええ?」

 

場の空気が変わったことに山田は本能で気づき狼狽える。

 

「貴方の言う通りですわ!屈辱を晴らすにはそれ以外にありませんわ!」

 

まるで舞台の上の様に、セレスさんは感極まった声を上げた。

 

「セ、セレス殿?」

 

急激な流れの変化に山田は戸惑うも後の祭りだった。

私には山田の姿が蜘蛛の巣にかかった哀れな獲物に見えた。

それから・・・セレスさんは計画を語り始めた。

石丸君を殺害した後に偽りのクロを演出し自らも負傷すること。

それを全て葉隠の仕業に見せかけること。

 

「貴方が取り調べを受けている間に、わたくしも誰かを殺しますわ」

 

裁判では語られなかった二人が同時に卒業するための秘策をセレスさんは打ち明ける。

その後もセレスさんは語る。

野望を叶える素晴らしさを。

たとえ他人を犠牲にしても、それがクラスメイトでさえ許される。

熱心に、情熱的にセレスさんは語り続けた。

 

「今思えば・・・娯楽部の一員になり、貴方と親しくなったのは運命ですわ。

全ては二人で脱出するための運命です」

 

「・・・娯楽部、ですか」

 

その言葉を前に、山田は顔を曇らせた。

 

「黒木智子殿は・・・どうなるんですか?

それではあの人まで死んでしまうじゃないですか。

ムカつく時もありますが、悪い人じゃないですし。それに一応部長だし・・・」

 

この時は、アルタ―エゴの件でわだかまりがあった。

それでも山田は私のことを気にかけてくれていたのか・・・。

 

「黒木さんは・・・死を望んでいますわ。それは貴方も知っているはずですわ」

「それは・・・」

「彼女のためにも、この計画は必要ですわ!」

 

私は顔を手で覆った。

見ていられなかった。

セレスさんに利用された・・・などとは思わない。散々吹聴していたことだ。

心の底から願っていたことだ。

だが、それが山田の心を動かしたなら・・・

ほんの少しでも動かしてしまったのなら・・・私はなんて取り返しのつかないことをしたのだ!

 

「さぁ、決断なさい!黒木さんの願いを叶えるために!貴方自身の願いを叶えるために!」

 

セレスさんは畳み掛ける。

山田を・・・仲間を破滅に導くために。

 

「貴方の願いは全てを引き換えにしてでも叶えたいもののはずですわ!」

 

静寂の中、ゴクリと唾を飲み込みこんだ後、山田は小さく頷いた。

 

場面は切り替わり、石丸君の姿が映る。

イライラと時折靴を鳴らし、腕を組みながら、

石田の状態の石丸君が誰かを待っているようだった。

場所は・・・物理準備室だった。

 

「やっと来やがったか、セレス!」

 

セレスさんが扉を開けて入ってきた

 

「"アレ"の話ってのは兄弟のことか!?テメ―何か知ってやがるのか!」

 

その問いの内容から石丸君を呼び出したのはセレスさんだろう。

アルタ―エゴを餌にここに呼び出したのだ。

 

「・・・・・・。」

 

石丸君の問いにセレスさんは答えなかった。

ただ、微笑を浮かべたままだ。

この後の結末は予想できたが、それでも、胃が軋む思いがした。

 

「オイコラ!黙ってないで何か言っ」

「ほあちゃああぁぁぁ~~~ッ!!」

 

石丸君がセレスさんに向かって歩を進めた瞬間、物陰に隠れた山田が飛び出し木槌を振り上げる。

 

「山―――――」

 

振り返った石丸君のこめかみを木槌が打ち抜いた。

ドサッという音と共に石丸君は倒れた。

目を閉じ、ピクリとも動かなかった。

 

「し・・・死んでますよね?」

 

確信が持てない山田がセレスさんに聞いた。

 

「・・・わかりませんわ」

 

石丸君を見つめながらセレスさんは答えた。セレスさんも確信が持てないようだ。

 

「石丸君には確実に死んでもらわなければなりません。

わたくしは他の準備があります。山田君、後のことは頼みましたわ」

 

「チョッ!?あ、アンタ!?」

 

セレスさんは逃げるように物理準備室を出て行った。

どこかコントのような流れの中で取り残された山田は

石丸君にトドメをさすために木槌を振り上げる。

何度も、何度も。

振り上げては躊躇するのを何度も何度も繰り返していた。

木槌が震えていた。

怖いのだ。

当たり前だ。

山田は快楽殺人鬼ではないのだから。

憎かったのは本心だろう。

願いを優先したのは事実だ。

勢いのままに木槌を振り抜いた。

だけど冷静さを取り戻した今、

倒れたクラスメイトにもう一度それを振り下ろすことを山田はついにできなかった。

 

「ぜ、絶対死んでるし…」

 

自分に言い聞かせながら、山田は物理準備室から出て行った。

 

場面は再び切り替わる。

美術室の中で、石丸君の死体の横で佇む山田の姿が映る。

 

「山田君!」

 

扉を開けセレスさんが入ってきた。

 

「今のところ、なんとか計画通りですわね」

「・・・・・・。」

 

文字通り命賭けのギャンブルの最中で興奮を隠せないセレスさんとは対象的に

山田のテンションは低かった。

セレスさんに背を向けたまま、何か思い詰めているように感じた。

 

「セレス殿・・・今さらですが聞きたいことがあります」

「・・・何でしょうか?」

 

山田の変化にセレスさんの声に警戒が混じる

 

「石丸清多夏殿に襲われたという話・・・アレ、本当ですか?」

「当たり前じゃないですか。山田君、一体何を言っ」

「嘘ですよね」

 

セレスさんが答える前に山田は断言した。

 

「あの人がそんなことするはずがないって・・・

そんな当たり前のことに僕はどうして気づけなかったのでしょうか?」

 

山田の大きな身体が震えていた。

 

「石丸清多夏殿を・・・助けることできませんか?

手当すればまだ・・・助けることできるんじゃないですか?」

 

「無理ですわ」

 

「病院に連れて行けばまだ助か」

 

「死んでます。それは貴方が一番よくわかっているはずですわ」

 

山田の言葉を今度はセレスさんが残酷な現実で遮った。

 

「どうしたというのですか、山田君!しっかりしなさい!計画の達成まであと少しですわ!

あと少しで・・・わたくし達は外に出られます・・・願いを叶えることができるのですよ!」

 

セレスさんは山田の欲望に再び訴えた。

 

「外・・・ですか」

 

その言葉に山田が反応した。

 

「なら僕の代わりに・・・」

 

そして山田はセレスさんを振り返り、その言葉を放った。

 

 

「黒木智子殿を外に出してあげることはできませんか?」

 

 

――――――!?

 

山田が何を言ったのかわからなかった。

 

(山田の代わりに私が?え?どうして!?)

 

理解が追いつかなかった。

 

「・・・できません。計画の変更は不可能です」

 

それはセレスさんも同じだった。

真顔でありのままの返答しかできない様子だった。

 

「僕には夢がありました」

「山田君・・・?」

 

突如、夢を語り始める山田にセレスさんは怪訝な表情を浮かべる。

 

「僕が死にそうになった時、好きな女の子が僕のために泣いて悲しんでくれる・・・

それを見ながら眠るように死ねたらいいな、なんて。

何の物語に影響を受けたのか忘れましたが、子供の時からそんなことを漠然と思っていました」

 

「一体何を言っ」

 

「自分でもバカな夢だってわかってます。

僕なんかを好きになってくれるリアル3次元の女の子なんているわけないって。

ましてや泣いてくれる女の子なんて」

 

セレスさんの言葉を遮り、山田は夢の話を続ける。

 

「それに気づいてから、

いつの間にかそんな夢はきれいさっぱり忘れてしまっていました。でも・・・」

 

そして山田の・・・

 

「本当に・・・いたんですね、僕が死んで悲しんでくれる女の子なんて」

 

山田の目から・・・

 

「僕のために泣いてくれる友達が・・・僕にはいたんですね・・・!」

 

大粒の涙が流れ落ちた。

 

「僕は同人作家になってからある目標がありました。

いつかオリジナル作品を書いて世界中の人たちに読んでもらいたい、希望を与えたいと・・・

それは僕の新たな夢といえるかもしれない。

でもここにきてからそんなことすっかり忘れていました。

いつ殺されるか怯え、辛い現実から逃げるためアルたんに依存し続けました」

 

山田は語る。

このコロシアイ学園生活での葛藤を剥き出しの心で。

 

「僕は逃げ出したかった!クラスメイトを・・・仲間を犠牲にしてでも!ですが・・・」

 

そう叫んだ後、

 

「黒木智子殿、覚えていたんですよね」

 

思い出したように山田は笑みを浮かべた。

 

「僕の夢をあの人、覚えていてくれたんですよ。

冗談混じりで話した夢を・・・僕自身が忘れかけていた夢を・・・泣きながら必死で叫んでいました。

女の子なのに、鼻水で顔をグシャグシャにしながら・・・あんなに必死になって」

 

(山田・・・)

 

あの時、私は必死だった。

山田が死んだと思い込み、何か叫ばずにはいられなかったのだ。

 

「アルたんは・・・ブログラムですよね」

 

山田はセレスさんに、自分自身に問いかけた。

 

「ただの・・・ブログラムじゃないですか!」

 

声を震わせて、

 

「僕は・・・何をしてたんでしょうか?」

 

目から大粒の涙を流しながら

 

「石丸清多夏殿を殺してまで・・・」

 

語り続けた。

 

「僕のために泣いてくれる・・・

大切な・・・友達を犠牲にしてまで・・・僕は何を望んでいたんでしょうか?」

 

後悔の言葉を・・・語り続けた。

 

「友達を見捨てるようなヤツが・・・書けるわけないじゃないですか。

そんなヤツに・・・作品が書けるわけない!

こんな気持ちで・・・世界中の人達に希望を与える作品を・・・

書けるはずが・・・ないじゃないですかあぁぁ~~~ああ、ウワァアアンンン!」

 

山田顔を手で覆いは声を上げて泣いた。

山田は悔いていた。

心の底から後悔していたのだ。

 

「・・・・・・。」

 

セレスさんは・・・何を思うのだろう。

山田の言葉を・・・剥き出しの心を前に、何を思っているのだろうか?

後姿からその表情を伺うことはできなかった。

 

「ぼ、僕は自首します。みんなに全て話します。

オシオキは・・・死ぬのはこ、怖いけど・・・

それでもこんな気持ちを抱えたまま・・・みんなを・・・

黒木智子殿を犠牲にしてまで助かりたくない!だからセレス殿――――」

 

涙を拭いセレスさんにそう訴えた山田。

その言葉が終わる前に・・・山田のこめかみに

 

 

ガッ――――――ッ!!

 

 

木槌が振り抜かれた・・・。

 

「もう・・・遅いですわ」

 

セレスさんの呟きの後で、映像は途切れた。

 

「・・・・・・。」

 

誰も、何も言えなかった。

クラスメイトが・・・仲間が仲間を殺す映像を、事実を前に何もいえなかった。

第二回の裁判を思い出す。

大和田君の過ちを言葉では信じることができなかった私に、

モノクマは実際の映像によって、私に真実を突きつけた。

今でもすぐに思い出すことができる。

全身を駆け巡る怒りと憎しみと絶望の渦を。

でも・・・それでも今回、もし救いが・・・ほんの少しの救いがあるとするならば、

それは山田のことだろう。

山田が後悔してくれたこと・・・改心したこと。

それがわかっただけでもこの悪意と絶望しかない真実の中、

それだけは私にとって救いとなった。

だけど・・・私以外のみんなは違う。

殺人を目の当たりにすることにより、

セレスさんへの視線は明確な敵意へと変わっていた。

 

それはまるで私達を破滅に導く魔女を見るかのように。

 

「・・・許せない!」

 

怒りと憎しみと絶望の渦の中、朝日奈さんが声を荒げた。

 

「山田は反省してたのに・・・どうして殺したの!?」

 

朝日奈さんは友情に厚い人だ。

それは大神さんとの関係を見ればわかる。

だからこそ、朝日奈さんは許せないのだろう。

 

「山田君を殺すことも計画の内です。わたくしはただそれを実行しただけですわ」

 

怒りの表情を浮かべる朝日奈さんに、セレスさんは淡々と答える。

 

「山田はあんな泣いて・・・後悔してたのに!可哀想だとは思わなかったの!?」

「あの段階では計画は成功していました。今更、情でそれを変える気はありません」

「どうしてよ!?どうしてそこまでして!」

「黒木さんの言った通りですわ。外に出ること・・・それが私の目的です」

「なんで!わからないよ!」

「当然ですわ。貴方とわたくしでは価値観が違います。それこそ絶望的に。

わたくしは初日に、モノクマさんの話を聞いた時から動いていました。

夜時間を提案したのも、すべてこのためですわ」

「わからない・・・全然わからないよ!人の命をなんだと思ってるの!?」

 

この会話ですでに死語になりつつある“セレスル―ル”・・・夜時間の成り立ちを聞くことができた。

速攻で勝負に動くのはセレスさんらしいと言えるかもしれない。

結局あまり役には立たなかったのは皮肉だが。

激昂する朝日奈さんにセレスさんはいつものペ―スで対応する。

私から見ればようやくいつものセレスさん戻ったように思えた。

だが、その態度は朝日奈さんにとっては挑発以外の何物にも見えなかったのだろう。

朝日奈さんはより大きく声を荒げ、その言葉を放った。

 

「どうして・・・たかが外に出たいだけでそんな酷いことができるのよ!」

 

その瞬間、“ブチリ”という音が聞こえた気がした。

 

「“たかが”・・・だと・・・“だけで”・・・だと」

 

セレスさんを中心に怒気の渦が場を吹き荒れる。

 

「ふざけんじゃねえよ・・・このわたくしに舐めたことを言ってんじゃねえぞ」

 

口調が・・・雰囲気が明らかに変わった。

虎の尾を踏んだ・・・まさにそんな感じだった。

 

「だってそうじゃない!おかしいよ!外に出たいだけで仲間を殺すなんて!」

 

だが、朝日奈さんも引かない。

足に力を入れ、虎の尾を踏み締めた・・次の瞬間、

 

 

 

わたくしはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

セレスさんは叫んだ。

ありったけの声で、上品さも、体裁も全てかなぐり捨てて。

 

 

「舞園さんよりも!桑田君よりも!大和田君よりも!山田君よりも!

誰よりも・・・この中の誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも

ここから出たくてたまらなかったんだよぉおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~ッ!!」

 

 

それは・・・魂からの叫びだった。

 

「・・・全て夢に終わってしまいましたが、うふふ」

 

セレスさんは自嘲気味に笑った。

 

「山田君に夢があったように、わたくしにも夢がありました」

 

そしてセレスさんは夢を語り始めた。

 

「わたくしが裏世界で命を賭けて荒稼ぎしてきたのも全てそのため」

 

その夢とは・・・

 

「西洋の・・・お城に住むことですわ」

 

(お、お城・・・!?)

 

娯楽室の壁にかけてあった城の絵を思い出した。

アレか!アレのことか!

やたら熱心に見ていたとは思っていたけど・・・まさかそんな理由があったなんて。

 

「世界中のイケメン達を執事件護衛として雇い」

 

それから話す彼女の夢の話は・・・

 

「ヴァンパイアの扮装をさせて、身の回りにはべらす」

 

破天荒を通り越し、

 

「こうして完成した耽美で退廃的な世界で・・・」

 

常軌を逸しており、

 

「そこで一生を過ごすことこそ、わたくしの夢であり、目標であり、人生のノルマなのです!」

 

聞いているこっちが馬鹿馬鹿しくなるような・・・そんな夢を彼女は堂々と語ってみせた。

 

「あとモノクマさんからのあの100億があれば、夢に手が届きそうだったのですが・・・残念です」

 

場を極寒が支配する。

 

拒絶、理解不能、恐怖、敵意、憎悪

 

様々な視線が彼女に吹雪のように叩きつけられる・・・そんな中、私は一歩前に進む。

 

「せ、セレスさん」

 

最低最悪の雰囲気の中で・・・私は一世一代の

 

 

 

 

「何、その夢?ギャグ?漫画じゃないんだからさぁ~ナイナイありえないわ~」

 

 

 

 

ツッコミを入れた―――

 

ピュ~と風が吹き抜けた気がした。

ヤレヤレと首を振るポ―ズのまま、体が凍っていくのを感じた。

哀れむような苗木君の視線が痛い。

 

(や、やってしまった・・・)

 

私は完全に失敗した。でも・・・

 

「・・・うふふ」

 

私の醜態を見て、セレスさんが手で口を押さえて笑った。

笑ってくれた。

 

「わたくしなら可能ですわ。もっとも何の才能もない貴方では無理ですが」

 

「ま、まあ、それはそうだけど・・・」

 

ほんの少しだけ・・・場が和んだ気がした。

 

「黒木さん、貴方は何かないのですか?」

 

セレスさんは私に視線を向けた。

 

「わたくしに・・・聞いておきたいことは・・・ないのですか?」

 

その口調はどこか穏やかに感じた。

 

(そ、そうだ・・・!)

 

私がセレスさんに聞きたかったことは・・・

どうしても聞かなければならなかったこと

 

 

それは・・・

 

 

 

「セレスさんは・・・本当に後悔してないんだね?」

 

 

 

 

セレスさんの回答を待つその静寂の刻はたぶん数秒ほどだったと思う。

 

「・・・ええ、ありませんわ。貴方もわたくしがどんな人間なのかよく知っているはずですわ」

 

彼女は微笑を浮かべ、そう答えた。

 

「ひどい・・・!」

 

朝日奈さんが叫んだ。

それはセレスの回答に純粋な怒りを覚えただけかもしれない。

もしかしたら、私を憐れんで怒ったのかもしれない。

 

だけど・・・

 

「・・・そう」

 

私は静かに頷いた。

 

(違うんだ朝日奈さん。そうじゃないんだ)

 

即断即決。

その生き方を貫いてきた彼女が・・・

決して振り返らず前に進み続けたセレスさんが・・・

ほんの僅かな時間、答えることを躊躇した。

あの静寂の刻の中、ほんの数秒のあの静寂の刻の中で私の脳裏を駆け巡ったのは、

 

たとえ偽りだったとしても、怠惰で堕落したどうしようもないクズだったとしても、

それでも・・・楽しかった悪友たちと過ごしたあの娯楽部の日々だった。

 

それはもしかしたらセレスさんも・・・。

 

私が欲しかったのは言葉じゃなかった。

私が本当に欲しかったものは・・・きっとあの静寂の刻の中にあったんだ。

 

「黒木さん、貴方に渡しておくものがあります」

 

セレスさんは私に近づき何かを渡そうとした・・・次の瞬間

 

「ハイハイ、ストップ!ストップ!」

 

私の横にいつの間にか、ヤツが・・・モノクマが立っていた。

 

「お涙頂戴の別れの挨拶をするつもりでしょ?ダメダメ!

そんなくだらね―ことにこれ以上時間を使うことはボクが許さないからね!」

 

突如割って入ってきたモノクマは勝手なことをまくし立てる。

 

「モノクマさん!わたくしにはまだ話さければならないこ」

「許さないって言ったよね?」

「ですが」

「シャラァ―プ!」

「きゃあ!」

 

モノクマはセレスさんを押し飛ばした。

悲鳴を上げ、セレスさんは床の上に膝を屈した。

 

「セレスさん、君はいつまで舞台の上にいるつもりなんだい?君は負けたんだよ。

負け犬の君に出番はもうないんだよ」

 

モノクマはセレスさんを見下しながら罵倒する。

 

「君のためにとっておきの"オシオキ"を用意したんだ。君の最後の舞台はそこさ。

出番がくるまで君は端っこで体育座りでもしていなよ」

「・・・・・・。」

 

モノクマは敗者に向かって言葉の鞭を打ち続けた。

勝負の世界に生きてきたセレスさんは、甘んじてそれを受けているように見えた。

 

「ひ、酷いことはやめろよ!」

 

見ていられなかった。 

私は声を上げた。

 

「ん~?」

 

モノクマは首だけを回して私の方を見た。

 

「君の言うとおりだよ、もこっち~~」

「ヒッ!?」

 

直後、急発進し、私の顔ギリギリで停まった。

 

「負け犬には用はない。ボクが用があるのは君なのだから!」

 

ゾクリと悪寒が全身を駆け巡った。

それはあの時に似ていた。

あの・・・第二回学級裁判の時と。

 

「もこっち、またやったね。またまた殺ってしまったね。

君はクラスメイトを何人殺せば気が済むんだい?君こそ死神だよ!

まさに超高校級の"死神"と呼ぶにふさわしい」

「え・・・?」

「え・・・?じゃないよ!何をとぼけているのさ!こうなったのも全部君のせいなのに!」

 

グニャリと世界が歪む。

 

「君が娯楽部なんて作ったからこんなことが起きたんじゃないか。

それがきっかけで山田君とセレスさんが仲良くなりそして今回の事件に繋がった・・・

ボクの言っていること、間違ってる?」

 

反論できなかった。

できるはずなどなかった。

 

「部長と煽てられ浮かれていたくせに、

部員たちが破滅に向かって進んで行くのを

気づきもしなかった鈍感で冷酷なクズは一体誰なんだろうね?」

 

「う・・・あぁ」

 

「それは君だよ!娯楽部部長の黒木智子さん!」

 

「ひ、ヒギィッ!」

 

モノクマに指さされ、まるで心臓を撃ち抜かれような感覚に陥る。

その傷口から絶望が流れ始めた。

 

「君は一体、何度同じ間違いを繰り返すんだい?不二咲君を殺し、

大和田君を殺して・・・それに飽き足らず今度は石丸君に山田君、そしてセレスさんまで殺した!

狂ってるよ!

ボクが震えるほどにね!

君こそ、本物の殺人鬼だよ!」

 

殺人鬼に殺人鬼と言われた・・・だが、それのどこが間違ってるいるのだろうか?

私は何人のクラスメイト・・・仲間を死に追いやってきたのだ。

 

「全ては君がまだ希望を捨てていないことが原因なんだ。

希望を捨てなかったから、君は死ぬことができずこの惨劇は生まれたんだ!」

 

コイツの言う通りだ・・・。

私があの時ちゃんと死んでいれば・・・もっと深く手首を切れる勇気があればこんなことにならなかった。

石丸君も山田君もセレスさんも死なずにすんだはずだ。

あの時私が死んでさえいれば!私が希望をまだ捨てきれなかったから・・・!

 

「ハッヒュ・・・ヒュウヒュウ」

 

苦しい。

上手く呼吸できない。

過呼吸が起きているのか。

 

「やめろ!モノクマ!」

 

モノクマの群れに行く手を阻まれる苗木君の姿が見えた。

 

「君が生き続ける限り、君が希望を抱き続ける限り、

何度でも惨劇は起き続ける!ボクが保証するよ!」

 

モノクマの言葉は続く。

絶望の言葉が・・・残酷な真実の言葉が私を追い立てる。

コイツの狙いはわかっている・・・また私を絶望させるつもりだ。

遊びでやっているのだ。

私の心を破壊することを。

暇つぶしでやっているだけだ。

そんなことはわかってる・・・のに。

絶望が全身を駆け巡る。

あがらうことができない・・・モノクマの言葉に。

もしこれが他の誰かだったのなら・・・

他の誰かが同じ言葉を言ったとしたら、私はこれほどまでに心を掻き乱されただろうか?

ありえない、と断言できる。

乾ききった私の心には、希望を捨てたと思い込んでいた私には今さらそんなものは届きはしない。

でも、コイツの言葉は違う。

全然違う。

響いてくる。

骨の髄まで・・・などという生易しいものではない。

まるで心臓を引き摺り出され、ナイフを何度も突き立てられ、

細切れにされるかのように錯覚するほどに・・・コイツの言葉は私の全てに響き渡る。

これが・・・コイツの才能。

超高校級の"絶望"の力なのか…。

何か・・・何かないか?

刃物じゃなくていい、ボ―ルペンでも、先が尖っていさえすれば。

それがあれば見なくてすむ。

両目に突き立てればこの絶望をもう見ずにすむ。

喉を掻っ切れば全て終わらすことができるのに。

 

ゴメン・・・なさい。

クズですいません!

生きていてすいません!

あの時、死ねなくてごめんなさい!

私みたいなクズのせいで、また死んでしまった!

才能があるみんなが!

人々の希望になれるみんなが!

石丸君が!山田が!セレスさんが!

私みたいな何の才能もないクズのせいで!

 

「何の才能もないクズは生きてる意味なんてあるの?」

 

グニャグニャした視界の中でグニャグニャに歪むモノクマが囁く。

 

そ、そうだよ・・・生きてる意味なんてない!クズは死なないと!

全部私が原因なんだ!

全部わたしのせいなんだ!

わたしの責任なんだ!

 

「さあ、希望を捨て」

「おい」

「絶望を受けいれ」

「オイ!」

 

 

(・・・・・・?)

 

モノクマの演説の途中で何かの雑音が入り上手く聞き取ることができない。

 

「ぜ、絶望こそ」

「オイ!コラ!」

 

モノクマは演説を再開するも、雑音に出鼻を挫かれる。

何が起きているか確認したくてもグニャグニャの視界では状況がわからなかった。

 

「さっきから何だよ!今、一番いいところな」

 

次の瞬間、グニャグニャのモノクマのこめかみ付近が

 

「オラァアアアア――――――――――ッ!!」

 

誰かの雄叫びの中、明確にはっきりと"グニャリ"と曲がった直後・・・

ダルマ落としが飛んでいくように、私の視界からモノクマは消え去った。

 

 

 

ガッチャーーーーーーーーーーーーン!!

 

 

 

衝撃音が室内に響く。

元に戻った視界で慌ててそちらの方を向く。

視界の先にはモノクマが倒れており、

そのこめかみの部分が物理的にグニャリと陥没していた。

私はその原因を作った私の傍らに立つ人物に目をやる。

 

セレスの手には木槌が握られていた。

見つからなかった凶器。

山田を殺した・・・見つけることができなかった最後の凶器は―――

セレスさんが持っていた!

隠していたのだ。

厚手の服のどこかに!

 

「ム、ムググ」

 

モノクマはなんとか上体を起こしつつあった。

セレスさんはツカツカとモノクマの方に歩いて行き、

 

「ヒッ!?」

 

その眼前に木槌を突きつけた。

 

「お前、さっきから何言ってんだよ?」

 

そしてセレスさん怒りの表情で

 

「わたくしに対して何舐めたこと言ってんだよ・・・!」

 

大きく声を荒げながら

 

「わたくし"たち"の部長に・・・何ふざけたこと言ってんだよ!!」

 

モノクマにそう言い放った。

 

「黙って聞いてりゃこのわたくしの前で安い精神攻撃仕掛けやがって・・・

狙いが見え透いてんだよ!この三下が!」

 

「さ、三下!?」

 

セレスさんの罵倒にモノクマは驚愕する。

 

「さ、三下だって・・・?

学園長であるボクが・・・超高校級の"絶望"であるこのボクが・・・」

 

モノクマは屈辱でプルプルと震える。

効いている。

それもメチャクチャに。

恐らく黒幕はこんな悪口を言われたのは初めてのことなのだろう。

 

「オラァアアア―――――――!!」

 

そのモノクマの頭上に木槌の二撃目が炸裂する。

 

「プギャアアアアアッ!!?」

 

額の辺りが陥没したモノクマが盛大な悲鳴を上げた。

 

「や、止めろ!こ、校則違反決定だぞ!」

「シャアアア――――――!」

「ピギィイイイ―――――!?」

 

モノクマの脅しを無視し、セレスは木槌を打ち下ろす。

 

「や、止めろって言ってんだろ!本当にオシオキを」

「ああん?ならさっさとやってみろよ!」

「なっ!?」

 

セレスさんの手は止まらない。

モノクマのアタマをまるでモグラたたきのように乱打する。

 

「わたくしはもう死ぬことが決まってるんだ!今さらそんなもの怖くねえんだよ!

校則違反だぁ?おう、さっさと殺れよ!

江ノ島さんを殺したあのクソみてえな槍を使ってわたくしを殺してみろよ!

でも、いいのかよ?

わたくしのために用意したんだろ?

とっておきの"おしおき"をよ。

それが使えなくてもいいのかよ、ああん!?」

「な!?」

 

押していた。

処刑される彼女が・・・処刑執行人であるモノクマを・・・超高校級の"絶望"を圧倒していた。

 

「わたくしは悪党だ!みんなを裏切ったクロだ!

そのことに関しては何を言われてもいい!言い訳する気はねえ!」

 

セレスさんは乱打を止め、

モノクマの喉元に木槌を突きつけながら、その場にいる全員に響き渡るような大声で言った。

 

「だけどなあ・・・これだけは好きには言わせねえ!これだけははっきり言っておいてやる!

耳かっぽじって聞け!クソ野郎!」

 

 

 

 

わたくしたちの関係は―――――――――

 

 

 

 

わたくしたち娯楽部の"絆"は―――――――

 

 

 

 

 

テメ―みたいな"クズ"野郎が―――――――――

 

 

 

 

 

嗤って語れるほど安くねえんだよ―――――――――ッ!!

 

 

 

 

 

(セ、セレスさん・・・!)

 

それは私が言いたくても言えなかった言葉。

言ってくれた・・・私の言いたかったことを・・・私の聞きたかった言葉を。

 

「わかったなら、わたくしの話が済むまで、テメ―は壁に向かってスクワットでもしてやがれ!」

「ヒ、ヒィイイイイイイ~~~ッ!!」

 

折れた木槌の柄を叩きつけ、セレスさんは吠える。

物理的にボコボコになったモノクマは慌てて壁の前でぎこちないスクワットを開始したのか。

 

「はあはあ」

 

静寂の中、セレスさんの息遣いのみが、聞こえる。

 

「セ、セレスさん・・・」

 

「黒木さん・・・」

 

私の声にセレスさんは振り向き・・・

 

「わたくしは貴方にもムカついているのですよ!」

 

今度は私に向かってブチ切れた―――

 

(な、なんで?どうして!?)

 

セレスさんが何に怒っているのかわからなかった。

 

「貴方が勘違いをしていることをずっと前から知っていました。

ですが、それを言わずに今日までいました。

わたくしには全く関係のないことですし・・・

何より貴方自身で気づかなければならないことだからです」

 

勘違い・・・?私が?

セレスさんが何を言おうとしているか検討もつかなかった。

 

「ですが、バカで間抜けで鈍い貴方は結局、気づくことはありませんでした。

鈍い鈍いとは思っていましたが、ここまでとは・・・

これ以上勘違いを続けられるのは、本気でムカつきますわ!

だから・・・わたくしが教えて差し上げます!」

 

その視線はまるで私の心臓に向かって狙いを定めているかのように感じた。

 

そして・・・セレスさんは語り始めた―――

 

「黒木さん、不二咲君と大和田君の死のきっかけは貴方かもしれない。

石丸君と山田君、そしてわたくしが死ぬきっかけとなったのはもしかしたら貴方かもしれません。

意図せずきっかけを作った貴方は悲劇の加害者かもしれない。

哀れな被害者なのかもしれない・・・ですが、ただそれだけです。

貴方はただのきっかけに過ぎません」

 

ただの・・・きっかけ?

 

「黒木さん、貴方に才能はありません。

何の才能もないただの凡人です。この学園に入学したのは何かの間違いです。

それは傍らで見ていたこの超高校級の才能を持つわたくしが命を賭けて保証しますわ」

 

私に何の才能がないことは自分がよく知っていた。

でもそれが私の罪と一体と何の関係があるというのだろうか。

 

「貴方と違いわたくしたちは超一流です。

舞園さんも桑田君も不二咲君も大和田君も石丸君も山田君もわたくしも

それぞれの分野の頂点です。

結果が全ての世界。

言い訳など許されない結果のみが求められる世界において

頂点に辿り着いた者達・・・それがわたくし達です。

そこに辿り着いた才能と努力に皆等しく誇りを持っています。

おわかりですか、黒木さん?

凡人の貴方に本当におわかりですか?

そんな才能を持った者達が言うと思いますか?

頂点に君臨した者達がそんな言い訳をすると本当に思っているのですか?

全て・・・貴方のせいだなんて」

 

超高校級としての圧倒的なプライドをセレスさんは語る。

それは凡人に対する見下しからではなく、

遥か高み・・・次元の違いすら感じてむしろ清清しささえ感じるものだった。

 

「たとえ貴方がきっかけであれ、なんであれ、

わたくしたち超高校級が必死で悩み、苦しみ、選んだ答えが・・・

たとえそれが間違っていたとしても・・・夢叶わなかったとしても・・・

それはわたくしたちが選んだ答えです。

結果です!

その全てが貴方のせいだなんて・・・

超高校級を舐めるな、凡人!

黒木さん、思い上がるのもいい加減にしなさい!」

 

 

 

 

貴方がやっていることは―――――――――

 

 

クラスメイトの死を利用し自己憐憫に浸る貴方の行為は―――――――――

 

 

 

 

    死んでいった仲間に対する侮辱に他なりませんわ!

 

 

 

(あ・・・)

 

セレスさんが放った言弾が私の心を撃ち抜いた―――――――

 

(わ、私が今までやってきたことは・・・わ、私は)

 

「誰も貴方が絶望に堕ちることを望んでなどいません。なによりわたくしが許しません!

もし私に同じことをしてみなさい!即、天国から降りてきてブチ殺しますわ!

返事はどうした!?」

 

「は、はぃいいい~~~~ッ!!」

 

セレスさんの怒声で、回想する暇もなく現実に引き戻されてしまった。

 

「わかればよろしい」

 

素っ頓狂な声を上げる私に、セレスさんはおかしそうに笑って頷いた。

 

「勝者には報酬を受ける権利があります。

わたくしに勝った奇跡に敬意を表し、黒木さん・・・貴方にこれを差し上げますわ」

「え・・・」

 

セレスさんはそう言って私の手を取り、“ソレ”を握らせた。

 

「・・・餞別として貴方がこれからするべきことを教えて差し上げましょう。

それをすることに才能など関係ありません」

 

 

 

 

 

黒木さん、前に進みなさい。

 

ノロマで、不器用で、泥臭くて、それでも貴方らしく、まっすぐに、ひたむきに

 

希望を信じて歩きなさい

 

 

 

 

 

「それが生き残った者の責務。わたくしに勝った貴方の義務ですわ」

 

「せ、セレスさん」

 

その時の彼女の眼差しは今まで見たことがないほど優しかった。

 

「・・・そろそろ時間のようですわ」

 

セレスさんが振り返る。

そこには中世のフランスの騎兵隊のコスプレをしたモノクマが馬車を用意して待っていた。

 

「では逝ってきますわ」

 

死に向かって悠々と歩いていくセレスさんの後姿を見て

 

「セレスさんは・・・」

 

自然と口から

 

「強いね・・・」

 

その言葉が漏れてしまった。

 

その言葉に振り返り、一瞬目を丸くしたセレスさんは、

可笑しそうに口を押さえた後、見栄を切るように腰に手を当てポーズをとる。

 

「当たり前じゃないですか、何を今更当然のことを言っているのですか?」

 

 

 

わたしくは、誰よりも優雅で、強く、美しい――――――

 

 

 

     セレスティア・ルーデンベルクなのですから!

 

 

 

 

馬車に乗り込む間に、セレスさん私達に向かってスカ―トを摘み、

小さくお辞儀した。

その姿はまるで、終劇の後に観客に挨拶する舞台俳優のようだった。

 

 

 

 

            「それでは皆様、ごきげんよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                GAMEOVER

 

 

 

           セレスさんがクロにきまりました。

             おしおきをかいしします。

 

 

 

 

 




悪友に希望を託し、セレスティアル―デンベルク、ここに堂々と退場!


■あとがき

思うことがあり一覧から外していましたが、本日元に戻しました。
誤字脱字などは変な表現等は見つけ次第修正します。
今回の話は約2万字。
最長とはいきませんでしたが、仕上げるまでかなり時間がかかりました。
2章から始まる問題の答えが今回の話となりますが、
自分としては描き切れたのではないかと考えています。
次話で第3章終結となります。
もし、応援して頂ければ嬉しいです。
感想とかも待ってます。

ではまた次話で


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11/27

今回の投稿後、状況を鑑み、申し訳ありませんが今回で本作品を完結とさせて頂きます。
今後2次作品を書くつもりがないので、私も引退ということになります。
今回は2章から始まる物語の答えに該当する話で、
私としては描ききれたと思える渾身の出来でしたが、
多くの人の心に刺さる作品になり得なかったのが、結果であると考えています。
率直に申しますと、私のセンスと現実とでは絶望的にズレがあることが
今回はっきりと痛感し、ある意味踏ん切りがつきました。
個人的には自分でもこの作品が好きなので、出来る限りの多くの人に読んでもらいたいという願望があったのですが、

作品投稿→ジャンル的にダンロン好きの人しか読まない→古い作品なので今更読み始める人がほぼいない→お気に入りやUA増えず→ランキングに載るしか読者を増やす方法がない→ランキングに載るには10か9を1週間以内に必要→よほど心に刺さる作品が必要

・・・というように以前から上記のスパイラルに陥っていたのですが、
今回の話で見向きもされないようでは、どの道先はない・・・かなと思いました。
結局は才能がなかったのかなと実感してます。
まあ、それでもこの作品を好きになってくれた人や、感想をくれた人、評価して下さった方に関しては本当に感謝しております。

本当にありがとうございました。

よくよく考えたら自分の妄想で喜ばせられたなんて夢がある話ですね。
他の作家様には頑張って欲しいですね。
また、私モテは原作はまだ連載中なので、もこっちをそちらで応援して上げてください。
原作様には感謝しかありません。

第3章の最終話がおそらく3000字程度で書けるため、
未定ですがそれで完結となります。
描けない場合は、今回で完結とさせて頂きます。

長々と書きましたが、今までありがとうございました。


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第3章 新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て!(非)日常/非日常編 終劇

中世ヨーロッパ。

何も知らない人間にとってその言葉から連想されるのは

華やかなパリのイメージだろうか。

だが、現実のそれはカトリック的因習が支配する暗黒時代であり、数多の闇を孕んでいた。

”魔女狩り”はその闇の最たるものとして挙げられるだろう。

西洋史に疎い私でもその言葉くらいは聞いたことはある。

古くは黒魔術を使った者を処罰することから始まったそれは16世紀に最盛期を迎える。

魔女という概念はそのレッテルを貼られた者を処刑する免罪符に変わった。

無知蒙昧と社会不安が狂気と熱狂を呼び、多くの無実の人々が魔女として断罪され殺された。

貴婦人から農民の男性まで、それに身分や性別は関係なかった。

この狂気は全ヨーロッパに及び、

15世紀から18世紀までに推定4万人から6万人が処刑されそうだ。

百年戦争の最中にイギリス軍によって捕らえられて魔女として殺されたジャンヌ・ダルクのように

魔女の多くは火刑で処刑された。

燃え盛る炎の中で死に行く魔女を見つめる観衆達。

 

彼らの目に映ったのは、こんな風景なのだろうか・・・。

 

燃える、燃える、中世ヨーロッパが燃える。

処刑人の格好をしたモノクマが足元の藁に火をつけ、中世ヨーロッパの城を模った舞台セットの背景に火は瞬く間に燃え広がった。

火は蛇のように彼女の足に絡みつきその身を焦がした。

中世の魔女達が味わった地獄が再び現世に蘇ったのだ。

その地獄の中で・・・彼女は笑った。

セレスティア・ルーデンベルクは笑った。

午後のお茶を飲んだ後のような優雅な微笑を浮かべて。

セレスさんは笑ってみせたのだ。

熱くないはずがなかった。

祈るように握った手が小刻みに震え、彼女の顔は汗で一杯だった。

それでもなお・・・彼女は微笑を崩すことはなかった。

顔一面に汗を垂らしながら彼女が浮かべる微笑。

それは最後の最後まで強く美しくあろとするセレスさんの矜持そのものだった。

 

・・・美しい。

 

素直にそう思えた。

業火の中で笑う彼女の姿はまるで宗教画の人物のように美しかった

 

 

…だから私は、泣かないと決めた―――

 

 

セレスさんは・・・ギャンブラーだ。

超高校級の、誰もが認める本物のギャンブラーだ。

だからこそ、彼女は死ぬ。

本物であるからこそ、彼女は死ぬのだ。

”闇に堕ちた天才”だろうが、”怪物”だろうが、

ギャンブルを続けていればいつか負ける時が来る。

確率的にはそれは必然だ。

勝ち続けることなどできないのだから・・・。

ならば、彼女はいつか死ぬ。

命賭けのギャンブルを続けるセレスさんは、遅かれ早かれ死ぬしかなかったのだ。

ギャンブルによる死が彼女の運命ならば・・・この死に様はむしろ救いだ。

彼女が憧れた中世ヨーロッパの魔女達と同じように死ねるなら、

それはきっと祝福されるべきことなのだ。

 

 

…だから私は、泣かないと決めた―――

 

 

見届ける・・・くらいしか、私には出来ないじゃないか。

自己憐憫に逃げ込み、部員達の葛藤や苦しみにほんの少しも気づくことはなかった

間抜けで愚かな部長ができることは・・・それくらいしかないじゃないか。

それだけ私に出来るただ一つのこと。

だから・・・それだけは譲れない!

たとえ誰に否定されても、そのはじまりが全て嘘だとわかっていても、

仮初だろうが、偽りだろうが、たとえなんであれ、

部員の晴れ舞台を最後まで見届けるのは、部長の役目だ。

希望ヶ峰学園娯楽部の部長だけができることだ。

私にしかできない。

 

 

…だから私は、泣かないと決めた―――

 

 

ここで顔伏せてメソメソ泣いてしまったら今までと何も変わらない。

それこそブチ切れたセレスさんに殴られてしまう。

それじゃダメだ。

それじゃ安心させてやれない。

セレスさんが安心し天国に逝くことができない。

伝えるのだ。

希望を受け取ったことを・・・

 

セレスさんに

 

 

    ”私はもう大丈夫だよ!”

 

 

そう伝えるためにも・・・目を背けるな!

今だけでいい!今だけは強くなれ!

 

 

…だから…だから私は―――

 

 

 

次の瞬間、ふとセレスさんと目が合い、お互いなぜか笑ってしまい・・・

 

「あ・・・」

 

 

涙が・・・零れ落ちた。

 

(いかん!ダメだ!ダメだ!)

 

慌てて涙を拭い、顔を上げる。

直後、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

これが外の世界だったら、それこそ涙を流すほど嬉しかっただろう。

だけどここは希望ヶ峰学園。

悪鬼に支配された絶望の世界。

希望などありはしない。

扉を跳ね除け、一台の消防車が現れた。

モノクマが運転する消防車は処刑場にまっすぐに向かっていく。

消防車は処刑場に近づくにつれ、速度を落とすどころかどんどん増していった。

その結末を予期し、絶望に胸を締め付けられた直後、現実としてそれは起こった。

速度を最高潮に上げた消防車は跳ね上がり、セレスさん目掛けて突っ込んだ。

凄まじい衝撃音と共に舞台セットは崩れ落ちた。

その崩壊により火のほとんどは鎮火した。

瓦礫の中、消防車の下に何かが見えた。

近づいてよく見ると、それは人の腕・・・セレスさんの腕だった。

 

死んでしまった。

セレスさんが死んでしまった。

 

中世ヨーロッパの華やかさに憧れた彼女が。

最後まで、強く美しくあろうとしたセレスさんが。

 

死んだ。

道端のカエルのようにひき潰されて死んだ。

セレスさんは・・・ぐちゃぐちゃに潰れて死んでしまった。

 

セレスさんの亡骸の前に立つ。

腕だけしか見えない彼女の前に私は立ち尽くした。

 

その横を

 

「ギィヒヒ」

 

残り火を消防士の格好をして鎮火したモノクマが嗤いながら通り過ぎていた。

 

 

彼女の最後のささやかな願いすら、黒幕は・・・アイツは踏み躙ったのだ。

 

 

その後ろ姿を私は見つめる。

拳を握り締め、震えながらその姿が消えるまで見つめ続けた。

 

それは恐怖でもなく、たぶん憎悪でも、ましてや絶望でもない。

それはきっとこの学園に来て初めての感情。

 

 

―――悔しかった。

 

 

悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、

悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!

悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しくて!悔しく・・・て

 

 ・・・悲しく…て

 

 

私は血が滲むまで拳を握り締め続けた。

 

 

 

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どれくらい時間が過ぎたのだろうか。

セレスさんの亡骸に別れを告げ、私はエレベーターで上に戻る。

赤い扉の部屋には・・・苗木君と霧切さんがいた。

あれからずっと、わたしのことを待っていてくれたのだ。

 

言わなければならない。

この人達に言わなければならない。

 

「あ、あの・・・」

 

伝えたい言葉がある。

どうしても・・・今だからこそ、君達に聞いて欲しい。

 

「わ、私は・・・も、もう一度」

 

それは外の世界ではきっと鼻で笑われてしまう言葉。

後々思い返したら赤面して足をバタつかせるような恥ずかしいセリフ。

 

それでも・・・それでも言わなければならない。

いや、言いたいのだ。

私自身がもう一度歩き出すために!

 

「な、苗木君!霧切さん!わ、私は!も、もう一度、希―――」

 

 

 

 ”おかえり、黒木さん!”

                

            ”おかえりなさい”

 

 

 

 

 

私はもう一度希望を信じたい―――

 

 

そんな小っ恥ずかしいセリフを言い終える前に、

苗木君に言われてしまった。

霧切さんに先に言われてしまった。

 

私が考えていることなど、彼らはとっくに推理済みだった。

苗木君と霧切さんには全てわかっていたのだ。

 

希望を信じて歩き続ける人達だから。

決して希望を捨てない人達だから。

 

私が言おうとしたことなど・・・お見通しだったのだ。

 

何かいろいろ言い訳を考えてみたが、

ここに至ってはもはや観念するしかない。

 

そう・・・私が言えるのはこの言葉だけだ。

 

 

 

    ”うん・・・ただいま!”

    

 

 

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脱衣場に全員が集まる中で私はセレスさんから渡されたものを取り出す。

それは、ロッカーの鍵だった。

該当のロッカーに鍵を差し入れ回す。

 

「おひさしぶりです!もこタマ!」

 

PCを開くと起動音と共にアルターエゴが・・・ちーたんが声を出した。

 

「あなたをここに隠したのはセレスさんね?」

「はいそうです!言われた通り、ずっとスリープしていました!」

 

霧切さんの問いにちーたんは明るく答えた。

 

「皆タマ、全員集まってどうしたのですか?あれ・・・?」

 

辺りをキョロキョロ見渡した後、

ちーたんは不思議そうに私を見つめ尋ねた。

 

 

 

 

”セレスタマは?山田タマと石丸タマはどこにいるのですか・・・?”

 

 

 

 

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物音ひとつない静まり返った娯楽室の真ん中に立つ。

誰もいない娯楽室の真ん中で私は手を広げる。

 

見渡す遊戯、全ては私の・・・私の・・・もの・・・ではない。

私のものなどはじめからなかった

ここにあるもの全ては誰のものでもなかった。

ダーツもビリヤードも何もかも最初からそこに置かれていただけだ。

ここはただの娯楽室だ。

ただそれだけだ。

でも・・・それでも、ここは私にとっての陽だまりだった。

 

いたんだ・・・”娯楽部(わたしたち)”はここにいたんだ・・・!

 

「・・・これも片付けないとね」

 

娯楽室の後片付けを始める。

山田が持ち込んだコタツを運ぶ。

一人だとこんなに重いものなのだろうか。

それでも私ひとりでやるのだ。

これが部長としての最後の仕事なのだから。

あらかた片付いて、残りは両手で持てるだけの量となった。

コルクボードの写真を外す。

娯楽部の最初で最後の写真。

私もセレスさんも山田も・・・みんなが笑っていた。

この時も二人は様々な葛藤を抱えていたはずだ。

それでも、この時は・・・この瞬間のこの笑顔に嘘はなかった。

それだけは信じることができた。

写真を荷物の上に乗せ、私は部室を出て扉を閉める。

 

「娯楽部」

 

そう書かれた張り紙を見る。

山田が書いたその張り紙を外すことで娯楽部は終わる。

ただの娯楽室に戻るのだ。

 

「あッ・・・」

 

張り紙に手を書けた時、バランスが崩れ、荷物の上に乗せていた写真が宙を舞った

 

 

その時―――

 

 

 

 

 

 

 

    ”黒木さん!”

    

          ”黒木智子殿!"

             

 

 

 

 

 

声が・・・聞こえた―――

 

 

 

 

 娯楽室

 

 

 

 

 

プレートにそう書かれている部屋のドアを開く。

 

 

 

 

 

”あら、こんな時間に起きるなんて、黒木さん、アナタは本当にどうしようもないクズですわね”

 

 

 

”まったく正真正銘のクズですな。まあ、我々もさっき来たばかりですけど”

 

 

 

そこには自堕落でクズな“悪友”達が私を・・・

 

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悪友・・・達が・・・わ、私を・・・

 

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私を・・・うう・・・ま、待って・・・

 

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ううう馬鹿ぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  山田の馬鹿ぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    セレスさんの馬鹿ァあああ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!

 

 

 

 第3章 新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て!(非)日常/非日常編   終劇 

 

          

   [死亡] 石丸清多夏 山田一二三 セレスティア・ルーデンベルク

 

   [“希”還] 黒木智子

 

 

 

 

 

 

 

 

    生き残りメンバー 残り―――8人

 

 

 

 




【あとがき】
第三章の最終話にして最終話?いかがだったでしょうか。
前話と合わせて書くことも考えましたが、長すぎるという理由で断念しましたが、
今回、書き終えてやはり分けて正解だったと思います。
個人的にはいいもの書けたと満足しています笑
再起の物語と位置づけられたこの章ですが、どうだったでしょうか。
私としては2章と3章は対になる物語で2つで1つと思っています。
2章では不二咲と大和田。3章では山田とセレスがいい働きをしてくれました。
どちらの章でも重要人物となる石丸はこの作品における希望をもっとも体現した人物であり、
それはもこっちに引き継がれます(”イマワノキワ”でそれがわかります)


■もこっち”希”還する
再”希”と迷いましたが、
帰ってきたという今回の話を考えればこちらの造語の方がいいかと思いました。
もこっち、何気に卒業を除いてコロシアイ学園生活の最中に
希望に戻った唯一のキャラとなる(私の知識の範囲では)

■もこっちは苗木にとっての希望

苗木は等身大で苦しむもこっちを実の娘を見る心境で見ている節があります。
そのため今回のことは本当に嬉しかったと思います。
それについて江ノ島は分析済みで、それは5章での話になります。

■江ノ島は最後までもこっちを分析できなかった

江ノ島盾子というキャラに関しては解釈は難しいですが、
この作品では、人というより魔人であり、生きることに退屈しきっています。
彼女にとって今までの人生は大人が赤ん坊(その他の人間)とガチバトルを強制されているようなものであり、
どんなに手を抜いても負けることがないため、基本的に全て舐めプです。
超高校級達には一定の敬意を持っていますが、
全員をあっさり倒し、記憶を奪った実績から、やはり舐めています。
超高校級に対してそれなので、もこっちなど本当の意味で眼中にありません。
また本能的にサプライズ(自身が脅かされるような)を求めています。
それに対してもこっちは、誰よりも苗木よりも超高校級の”絶望”がどんな人間か
理解しています。
それが今回のセレスの処刑でよりはっきりしました。
この両者の認識の差が、5章において江ノ島の人生最大の屈辱をもたらすことになります。
それでも最終章において江ノ島はもこっちの才能を分析し、完璧な対策を打ってきます。
それでもなお勝てなかったのは、人間を才能の有無で断定し、
もっと本質的なものを見てなかったのでは・・・と結果論から思います。
でも、それは超高校級達のイマワノキワを分析できるか?と同じことなので
そもそも分析できないことで、江ノ島の性格や実績から気づくはずもなく、
なにより江ノ島自体、勝つ気なんてないので、
うん、考えれば考えるほどやっぱり江ノ島って面白くて難しいキャラですね。


■最後に

前話でいろいろ言ったので、これ以上あまりいうことはありません。
作品に対する熱意は消えてないです。
ただ書く体力とかメンタルとか全て含めいろいろ劣化したと感じています。
そのため連載というかたちは難しくなりました。
だからいったん完結(打ち切り)としたいと思いました。
それでもこの作品を書いてよかったと思います。
この作品を書く中で読者様から
”感動した”とか”二次作品で一番好き”というような言葉を頂き
この作品を書くことができて本当によかったと実感できました。
引退はした・・・つもりですが、
この作品に対する熱意は燻っているのは本当です。
また私の引退の決意はこの世界にとって何の価値もなく
プロレスラーの引退より軽いと理解しています。
そのためもし完結したはずのこの作品がなぜか第4章がスタートしているという
不可解な事象が起きた場合も「ああ、そうですか」程度に思って頂けたら幸いです。

本当に最後ですが、
もしこの作品を原作を知らないで読んだ方がいたら是非、原作をご覧ください。
どちらもすごく面白いです。

それでは今まで本当にありがとうございました。

みかづき




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イマワノキワ 山田一二三 前編

こめかみに、それこそ頭がダルマ落としが吹き飛ぶような衝撃を受け、世界がゆっくりと反転していく。

 

何が起きたのかなんとなくわかりました。

この後どうなるのかも。

 

不思議と怖くありませんでした。

むしろどこかで安堵さえしていました。

 

消え行く意識の中でただ思うことは…

 

 

(石丸清多夏殿…本当に…ごめんなさい)

 

 

自分がしでかしたことの後悔だけでした。

 

 

身体が凄い速さでトンネルのような空間を進んでいく。

指すら動かすことができず

意識だけが曖昧なまま残っている。

空間には時折映像が浮かび上がり消える。

 

それらは思い出の欠片。

 

(ああ、これが走馬灯というやつですか…。)

 

そんなありふれた感想を最後に僕の身体は光に包まれました。

 

 

「…田君」

 

 

ん…

 

 

「山田君!聞いていますか?」

 

 

ん、んん…?

 

誰かが僕を呼ぶ声がする。

 

それはどこかで聞いたような声。

 

いえ、いつも側で聞いていた…

 

 

「オイ!山田!聞いてんのか!ブッ殺すぞ!」

 

「は、ハイィイイイ〜〜〜ッ!!」

 

 

その怒声に本能が反応し思わず声を上げてしまった。

ここは一体?この声の主は…?

 

「全く一体何をボケっとしているのですか、山田君」

 

そう言って隣の席のゴスロリツインの美少女はため息をついた。

 

…どうやら…ここは教室のようだ。

 

しかも隣席は美少女。

うたた寝している僕を起してくれた…?

 

まるで夢のようなシチュエーションじゃないですか!

あれですか、ここは恋愛ゲームか何かの世界ですか?

 

なら、さっきの罵声は誰か別の人が…

 

「さっきからボ〜としてキモいですわよ」

 

…いや間違いじゃねーし。

やっぱりこの娘じゃねーか!

 

目の前の美少女は何の臆面もなくむしろ当たり前と言わんばかり堂々とそう言ってのけた。

 

「本当にどうしたのですか?変ですわよ。まあ、いつも変ですけど」

 

口を開けば煽ってくる美少女。

それを前にしてだんだんと状況を思い出してきましたぞ。

というか、なぜ忘れていたのでしょうか。

 

そうですとも!僕はあの希望ヶ峰学園に入学したのですぞ!

それから3ヶ月経って…ここは希望ヶ峰学園の教室…

 

「本当にどうしようもない人ですわ。人…ですわよね?」

「人に決まってるじゃねーか!」

 

完全に思い出した!

くじ引きで隣の席になった日から

僕はこのクソ女に毎日毎日煽られ続けていたのです。

 

この女に…

 

 

「いい加減にして下さい!セレス殿!」

 

 

セレスティア・ルーデンベルクと自称する頭のイカれた女に!

 

「テヘ」

 

セレス殿は戯けた顔で舌を出した。

一瞬ドキュンとしてしまいました。

クソが!カワイイじゃねーか!

なんだかんだ言ってもやはり美少女!

しかし、カワイイから調子に乗っていいということは…

 

「アホくさですわ」

 

セレス殿は真顔に戻りため息をついた。

 

(クソが!)

 

ドキドキしちゃった僕が馬鹿そのものじゃないですか!

 

「山田君が心ここにあらずだったので

心配してあげただけじゃないですか。何を怒っているのですか?」

 

「うッ…」

 

そう言われるとなんだか申し訳ない気持ちになってきた。

セレス殿は口は悪いが僕を心配してくれたのは事実。

僕も少し怒り過ぎて…

 

「アレですか、同郷のお友達や藁の匂いが恋しくなって…」

「それ絶対中学校じゃないよね!?」

 

何が藁だよ!

明らかに養豚場か何かじゃねーか!

 

「馬の可能性もありますわ!希望を捨てるおよしなさい!」

 

コ、コイツ心を読んで…って論点そこじゃねーだろ!つーか、なんで励まされてるんですか!?

 

「ウォオオオーーーもう嫌ですぞ、こんな席!」

 

発狂したよう立ち上がり僕は大声で叫んだ。

なんだこの席は!?

クソガチャってレベルじゃねーぞ!!

僕の叫びにクラスの皆さんは振り返るも、

いつものアレか、といった感じでまた自分達の会話に戻る。

ええ、いつものアレですとも…

 

その時

 

(あ…)

 

ふっとその光景が目に入ってきた。

 

「ハハハ、そうだとも大和田君!」

 

不二咲千尋殿と大和田紋土と話すあの人を…

 

「不二咲君!君はスゴいぞ!」

 

楽しそうに笑う石丸清多夏殿を見て…

 

 

(あれ…?)

 

 

何故か…涙が出そうになった。

 

「それこそわたくしのセリフですわ」

 

セレス 殿の言葉でハッと我に返る。

 

「本来であるならば わたくしはあの席に」

 

そう 忌々しそうに あちらの席を 見つめる。

 

「ウォ!?」

 

セレス殿の視線の先を見た瞬間、思わず目を覆ってしまった。

その光景が今の僕にはあまりにも眩しすぎたから。

 

「ハハ、そんなことないって」

「さすがは苗木君ね」

「ウフフ、本当ですね!」

「苗木、顔赤くなってんじゃん!マジウケる〜」

 

超高校級の"幸運"の苗木誠殿の周りには

あの超高校級の" アイドル"舞園さやか殿と 超高校級の"ギャル"江ノ島盾子殿が。

そしてその二人に決して引けを取らないほど容姿端麗な超高校級の''探偵"である霧切響子殿が隣に座り楽しそうにお喋りしていました。

な、なんだこのメンツは!?

僕の世代の女子最高メンツが一堂に集まっている!?

ギャルゲーの主人公ってレベルじゃねーぞ!

そこには同世代の男子高校生全てが嫉妬する光景が目の前に広がっていた。

 

ぐぬぬ、苗木誠殿…許すまじ!

 

(でも…なんか憎めないんだよな、苗木誠殿て)

 

苗木誠殿と話していると何か心がポカポカ暖かくなるというか、

前向きになれるというか…なんだか"希望"が持てるんだよなぁ。

だからモテる理由はわかりますよ…悔しいけどね!

華やかなあちらの席からふと視線を戻し直後、その光景に息を飲んだ。

 

「グギギギ」

 

苗木殿達を凝視しながら

セレス殿が血管を浮かべながらハンカチを千切れんばかり噛み締めていました。

 

(なんですか、これは…)

 

お嬢様キャラは何処に行ったんだよ!?

キャラ崩壊ってレベルじゃねーぞ!?

 

「どうしてですか?」

「え?」

 

目の前の現実に絶望している最中、セレス殿が何かを呟いた。

 

「どうして霧切さんの隣は苗木君なのに…」

 

そして、張り裂けんばかりの声で

 

 

「どうしてわたくしの隣は養豚場なのですか!?」

 

 

その胸の内にあるものを解き放った。

い、言いやがった。

コ、コイツ、ついに言ってはいけないことを。

 

「ハッ!?」

 

セレス殿は僕の存在に今気づいたかのような驚きの声を上げた。

 

「ハッ!?…じゃねーよ!絶対にわざとやってるだろう!?」

 

何を今更、偶然、真実を聞かれてしまったみたいに演出してるんだよ、このアマ!

もう許せねえ、久しぶりにキレちまったよ…!

このままでヤラレっぱなしでいられるか!

クスクスと可笑しそうに笑うセレス殿を前に僕は復讐を決意しました。

 

「行けばいいじゃないですか、自分から」

「え」

 

セレス殿を見下ろしながら僕はその言葉を投げました。

 

「自分から話をしに行けばいいじゃないですか。何を迷うことがあるんですか?」

「なッ…」

 

突如始まった僕の反撃にセレス殿の瞳に動揺が疾走った。

 

「な、なぜ高貴で至高な存在であるこのわたくしが、わざわざ苗木君の席に自ら赴かなければならないのですか?ナンセンスですわ!

山田君、無礼ですわよ!立場を弁えなさい!」

 

セレス殿は相変わらずの尊大な態度をとってはいたが、声が明らかに上擦っていた。

効いているのがバレバレである。

ギャンブルじゃないと本当にチョロいよな、この人。

 

「違いますよね…セレス殿。本当は怖いのですよね…?」

 

そう言って僕は一歩前に詰め寄った。

 

「な、何を言っているの…ですか。あ、暑苦しいですわよ、山田君」

 

僕の巨体と言葉に威圧され、あのセレス殿の瞳に刹那、怯えの色が浮かんだ。

普段とのギャップになんとも言えない嗜虐心が沸き起こった。

それは行き止まりに美少女を追い詰めてぐへへと嗤う暴漢…じゃねーや!

震える子ウサギを前にし大きな口を開けるライオンのように。

僕はトドメを刺すべく言葉の牙を一気にセレス殿に突き立てました。

 

「アレですよね!中学時代は周りがチヤホヤして群がってくれたから、

自分から話しかけるなんてどうしたらいいか、わからないのですよね!

もし話しかけに行って万が一にも相手にされなかったと考えてしまったら…

怖くて仕方ないのですよね!

散々調子に乗って作ってきたお嬢様キャラが完全崩壊しちゃいますもんね!

わかります!わかりますぞセレス殿…いえ」

 

自分でもかなり酷いことを言っていることはわかっています。

だけどここで"わからせ"をしておかないとこのアマ、

永遠に僕を煽り続けるに決まってる。

僕は心を鬼にして下を向きプルプル震えるセレス殿の耳元で僕はその言葉を…

たまたま雪染ちさ先生が置き忘れた名簿を見て知った禁断の言葉を口にした。

 

 

 

 

      "安広多恵子殿"

 

 

 

―――――ッ!?

 

 

 

次の瞬間、セレス殿の姿が視界から消え、左脇腹に重い衝撃が…

それこそ世界獲れるんじゃね?と思えるほどの右ボディブローが深々と突き刺さっていた。

ズルズルと倒れゆく僕の巨体から拳を引き抜きセレス殿は歩き出しました。

 

「覚えてなさい!」

 

倒れている僕を一瞥し、そんな捨てゼリフを吐いて教室を出て行きました。

 

(え…涙?)

 

去り際のセレス殿の瞳に光るモノが…というより明らかに泣いてたじゃねーか!

何でだよ!?何で本名で呼ばれたぐらいで泣くんだよ!おかしいだろ!

どうしてだよ!?どうして殴られた僕が加害者みたいになってるんですか!?

理不尽だろ、こんなの!

覚えておかなくちゃいけないのはお前の方だろ!

ええ、こっちこそ願い下げですよ、こんな席!

代われるなら代わりたいですよ!

 

僕だって座りたい席くらいありますよ!

 

その席は―――――

 

 

(…その席は案外、あの人の隣なんですけどね)

 

 

それは自分でも意外過ぎる選択だと思う。

ヨロヨロと立ち上がり、後ろを振り返る。

超高校級のキラキラオーラが充満する教室の片隅。

黒い靄のかかったオーラを纏い彼女はそこにいた。

 

 

彼女が…

 

黒…黒…山?黒林…じゃなくて…黒…木…あ、思い出しました!

 

 

では改めまして!

 

 

 

彼女が…

 

 

 

黒木智子殿が。

 

 

 

 





【あとがき】

完全に仕上げるか迷ったのですが、
コンディション的に年内に出せない可能性を考慮して、
また生存報告の意味も含めて2話構成にすることにしました。
イマワノキワだと初めての過去の学園生活の話かな。
山田視点だと慣れてないから描くのが難しいですね…。
内容はほぼギャグですが、最後しんみり…という感じです。

基本完結してますが、まだ続きが読みたい方向けに更新してみます。
お暇な時にでも読んで頂けたら幸いです。


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イマワノキワ 山田一二三 後編

超高校級ってやつは一目見ればわかるんですよ。

オーラって言えばわかりますかね?

”才気”迸るっていうか、見た瞬間ビビビとくるんですよ。

この学園を遠くから見てもなんか学園全体が光を纏って見えたし、

クラスに入った時は眩しさに目が慣れるまで大変でした。

 

え、クラスで誰が一番才気があるか…ですか?

 

…江ノ島盾子殿ですかねぇ。

才気の量がハンパねぇんですよ。

もはや人間じゃねーつーか、ここまでくるとなんかもう別の生き物ですよね。

逆に量が少ないと言えば、苗木誠殿ですね。

”幸運”の才能だからなんですかねぇ。

それでもここ一番という時は眩しくなるほど才気迸りますから全然気にすることはないです。

皆さん、さすが超高校級ですよ

 

…ただ一人を除いてね。

 

この才気溢れるクラスにおいて、まったく才気のないクラスメイト。

 

今思えば、それに気づいた時があの人の存在を意識した最初の瞬間だったのかもしれません。

 

黒木智子殿。

超高校の"喪女"

この訳のわからねー超高校級の肩書を持つ彼女を僕は最近気になっていました。

…いえいえ、興味はないですよ。

異性としてはまるっきり、これポッチも1ミリもありません。

でも…気になるんですよね。

 

それは何故かというと…

 

答えを言う前に隣の席に座る人物の容姿と行動に視線を奪われてしまいました。

高校の教室で真剣にナイフを磨く残念なその姿に。

それが男であれば重度の厨二病かサイコ野郎。

女であればより一層残念に違いありません。

しかもその顔があの超高校級の”ギャル”と瓜二つとなれば尚更に。

それは全て彼女の才能のせい。

 

戦刃むくろ殿。

あの超高校級の”ギャル”江ノ島盾子殿の双子の姉でもある超高校級の”軍人"はただ黙々とナイフを磨いていました。

 

”喪女”と”軍人”

 

負のオーラ漂うこの2つの才能が隣り合わせになった日には…

高校生活が開始してからの黒木智子殿はいつもビキビキに緊張して白目を剥いており、戦刃むくろ殿は無言で虚空を見つめていました。

そんな二人が普通の女子高生のようにワチャワチャ盛り上がるはずもなく…。

超高校級のキラキラオーラが充満するのこの教室の片隅に突如暗黒大陸が出現した!?

…と2人から放たれる負のオーラ量に当時は絶句したのをよく覚えています。

浮いている、ていうレベルじゃなかったですねえ。

特に戦刃むくろ殿は表情筋がないんじゃね?と思うほどにまるで能面みたいに表情に変化がなく、彼女の才能も合わさり何か得体のしれない怖さを感じました。

 

そんな様子を見た実の妹である江ノ島盾子殿は

 

 

3Z(絶望的に臭い!・絶望的に汚い!・絶望的に気持ち悪い!)コンビ

 

 

と爆笑しながらほとんどただの罵倒に近いあだ名をつける始末。

 

(え、コンビって私も…?)

 

巻き添えを喰った黒木智子殿の絶望の表情からそんな心の声が聞こえてきました。

いやいや、マジでシャレになってねーし。

陽キャで冗談好きの江ノ島盾子殿じゃなかったらただのイジメじゃん。

まあ、もちろん超高校級が集う我がクラスにイジメなんて低俗なする輩などいるはずもありませんがね。

それになんだかんだで苗木誠殿と江ノ島盾子殿が上手くフォローしてくれるので

彼女達が疎外されるようなことはありませんでした。

それから僕もいろいろと忙しくて2人に関してはそれ以上は気にすることはありませんでした。

というか、すっかり存在を忘れていました。

ですが、1ヵ月ほどたったある日、ふと気づいたのです。

いつの間にか2人から発せられている負のオーラが薄くなっている?

っていうか、いつの間にか話すような仲になっている!?

本当になんというか、普通の女子高生のように。

あまりにも意外だったので時々観察しました。

その結果わかったことは、どうやら黒木智子殿が話しかけ、それに戦刃むくろ殿が答えるパターンがほとんどだということでした。

いつもドギマギと怯えたような態度をしている黒木智子殿がその時ばかりはやたら態度がでかいというかふてぶてしいというか

雑魚が自分より雑魚を見つけて粋がっているような…何かイラっとする顔でした。

その黒木智子殿が今まさに話したそうにチラチラと戦刃むくろ殿の様子を伺っています。

 

ついでといってはなんですが、このままちょっと様子を見てみましょうか。

 

「あのさぁ、昨日夜中テレビで見てたんだけどさぁ」

「ヤダ~もこっち、ウケる~」

「――――なにが!?」

 

会話は開始2秒で終了し、黒木智子殿は驚きの声を上げた。

 

「一体何がウケたの?どこにウケる要素があったの!?言ってない!まだ何一つ言ってないから!」

「え、でもテレビで見た日本の女子校生はみんなこう言ってるし…」

「それ、会話の最後に言うセリフだよね!?最初に言ってどうすんだよ!フライングってレベルじゃねーぞ!日本の女子高生に憧れてるからって焦りすぎなんだよ!!」

「え、でも話しかけてきた時のもこっちの顔は面白かったし」

「これが普通の顔なんだよ!そこはウケちゃダメだろ!?お、お前喧嘩売ってんのかよッ!!」

「何よ!最終的にもこっちが面白い話をすればいいだけじゃない!さあ話してよ!」

「なんで逆ギレしてんだよ!?ていうかハードル上げるのやめろよ!そ、そんな面白い話じゃないんだからさぁ…」

 

ドン!と机を叩きプンスカと逆ギレする戦刃むくろ殿にうろたえる黒木智子殿。

なんでキレた方が逆に追い詰められてるんですかねぇ…。

この理不尽さ、なんとなくシンパシー感じますね。

上がったハードルをどう飛び越えるか、僕もちょっと興味が湧いてきましたぞ。

よし!せっかくだから最後まで聞いてみましょうか。

 

「し、深夜の通販番組見てたんだけどさぁ。マットスリーパーって商品知ってるかな?

あ、あのマットみたいな薄っぺらいベッド」

 

ああ、よく深夜宣伝しているアレか。

確かに一度は欲しくなりますが、たぶんすぐ飽きますよね…て、

ん?すでにこの段階でなんか雲行きが…。

 

「そ、それの最新作がさぁ!なんとベッドを丸めて抱き枕にできるんだって!

す、凄くない!ベッドなのに枕になるんだよ!ベッドなのに枕!

これ買えばもう枕いらないじゃん!こ、これ革命じゃね?

それに抱き枕に飽きたら普通の枕として使えばいいし…

あ、で、でも人に見られたら”お前の枕デカすぎじゃね?”って言われちゃうかな、ウヒ」

 

最後に自分で言ったことにウケながら黒木智子殿は話題を終えた。

 

 

(…クッッッッッッッッッッッッッッッッッソくだらね~ッ!!!)

 

 

マジでくだらねえ…!たぶんここ数ヶ月で一番くだらねー話ですよ。

盗み聞きしてなんだけど、マジで時間の無駄だった。

返せよ僕の十数秒!

上がったハードルの地面の下を掘ってきやがって!

アーなんかもういろんなものに怒りが湧いてきましたぞ!

まずなんだよそのベッドは!抱き枕になってどうすんだよ!その間どこに寝ればいいんだよ!?

丸めるなら体育館のマットでもできるわ!

ただメーカーが性能向上の努力を放棄しただけじゃねーか!!

必要なのはベッドで枕じゃねーんだよ!

メーカーもメーカーなら、アンタもアンタだよ!

怪しい集会で壺を騙し売られるじいさんばあさんじゃねえんだからさあ!

そんなあからさまな嘘に騙されてんじゃねーよ!

バッッッッッッッッッッカじゃねーのッ!!

それになんだよそのオチは!?枕がでかいから何だよ!

自分で言って自分でウケてる顔がむかつきポイントが高いですね…!

解説していたら余計にムカついてきました。

許されるなら通り過ぎ際にかち上げ式のラリアット喰らわしたい心境ですよ…!

 

こんなどうしようもない話題、あのクールビューティな戦刃むくろ殿がまともに相手にするわけが…え?

 

「…う~ん」

 

一呼吸置き、戦刃むくろ殿は目を閉じ、顎に手を当てながらこのクソくだらねぇ話題に返答するため考え始めた。

その刹那、息を飲みました。

僕を驚嘆に至らせたのはその行動ではありませんでした。

もちろん表情でもありません。彼女は相変わらず無表情のままです。

驚いたのはその瞳。

はじめは自分で言ったことにウケている黒木智子殿を一瞬、汚らしいゴミを見るような視線で。

そう例えるならば、飼っているバカ犬は誇らしそうにわけのわからねーゴミを咥えて家の入ってきたのを見たような…

”あーあ、なにしてくれてんだよ、このバカ犬は…。”

と、そんな飼い主の落胆の気持ちから

”まあ、叱ってもバカだから理解できねえだろうし、とりあえず適当に相手してやるか”

と、諦めと慈愛への感情の移り変わりを瞳のみで表現したからでした。

 

(あの人、表情ないくせに目の表情はめちゃくちゃ豊かだな…!)

 

もしかして見た目に反して優しい人なのか…?

超高校級の”軍人"の意外な一面を見たような思いがしました。

そんなことを考えている最中、戦刃むくろ殿の返答が始まりました。

 

「ダメだ…」

 

黒木智子殿の存在自体のことか、と思ったが違うらしい。

 

「入らない…」

 

グヒヒ、一体ナニが入らな…ゴホン!ゴホン!何でもありません!

 

「ダメだ…そのベッド、私の寝室に入らないや」

「はい…?」

 

戦刃むくろ殿の意外な返答に黒木智子殿は怪訝な顔を浮かべた。

確かに寝室にベッドが入らないとは一体…?

 

「食料とか武器とかテントの中必要なもので一杯だからこれ以上余計なもの入れる余裕ないんだ」

「えーと、キャンプか何かの話かな。

む、むくろちゃんは軍人だからそういう時もあるか、ソロキャンとか流行ってるし。

ま、まあ、それは置いておいて今話しているのは日常生活の家の中の話で…」

「家…うん、わかってるけど」

「ん、んん?今住んでいる部屋が狭いとか?」

「いや、郊外に一軒家借りてるよ。部屋もかなり広いかな」

「べ、ベッドは置けるよね?」

「家の中には普通に置ける。寝室には無理だけど」

「寝室が狭い、と?」

「100平米くらいかな」

「広!?え、じゃあ…ん、んん?」

「さ、さっきから言ってるじゃん、狭くて寝室には無理だって」

「え、だ、だってそんなはずは…」

 

嚙み合わない。

お二人は頭に”?”を浮かべながら

”何言ってんだ、この馬鹿は?”といった感じで見つめあっている。

”普通”に考えたら頭がおかしいのは戦刃むくろ殿の方ですが、僕はなんとなくわかっちゃいました。

 

会話の前半と彼女の才能を鑑みれば…恐らく彼女は…

 

「なんでわかってくれないかな~!私はテントで寝てるって。それは家の中でも同じだから」

 

その後幾度かのやり取りの後に戦刃むくろ殿は回答を口にした。

これが嚙み合わなかった答え。

何処だろうが彼女はテントで寝る。それがたとえ家の寝室であろうとも。

 

 

「”常識的”に考えてそんなこと”普通”はわかるわけねーだろ!!」

 

 

直後、黒木智子殿は大声でツッコミを入れた。

 

「どうりで話が噛み合わないと思った!バッッッカじゃねーの!」

「え、何で!?なんで私、もこっちに怒られてるの!?」

「いないから!普通、寝室でテントで寝る人いないから!」

「え、そうなの!?みんなテントで寝てるんじゃないの!?」

「ない!あり得ない!」

「そ、そんな…他の人の寝室見たことがなかったから知らなかった」

 

驚愕の事実?を知り、戦刃むくろ殿はワナワナと震えだした。

その光景を見て、僕も自分の体が微かに震えているのを感じた。

あの会話の中にこそ、僕の求めているものがあったから。

 

「で、でもテントって慣れると快適だよ。もこっちもこれを機にテントで寝なよ!」

「や、やだよ。何でこれを機会に私が異常者側に行かなきゃなんねーんだよ」

「そうだ、もこっち!今度部屋に泊めてよ!そのテント持っていくから!ま、枕投げ…というのもやってみたいし」

「やだよ…ま、枕投げてもテントに跳ね返されるイメージしか沸かないし…全然楽しくなさそう」

「だから、もこっちもテントを」

「嫌だ!それ、キャンプじゃん!私の寝室で2人でキャンプしてるだけじゃん!」

「それ、いい!薪とかして語ろうよ!」

「家が燃えるわ!」

 

ワチャワチャと話続けるお二人を見ながら…黒木智子を見ながら僕は”それだ!”と某バスケット漫画の監督のように叫びそうになった。

そう…僕が求めているのはそれですよ、黒木智子殿。

あなたのその”普通”さを、その”常識”に囚われた感性を今の僕は求めているのですぞ!

 

ここは希望ヶ峰学園。

才能のみを絶対の価値とする世界。

そこには常識などない。普通などありはない。

才能…それが全てを決める。

 

だからこそ、僕は戦刃むくろ殿の話を聞いた時、何も思わなかった。何の疑問も起きなかった。

そういうものなのか…と素直に思いました。

舞園さやか殿あたりがこの話を聞いていたなら、

 

「戦刃さん、さすがは軍人ですね!プロ意識が凄いです!」

 

とその行動を絶賛したことでしょう。

才能のみを絶対とするこの場所において、むしろその感性が正常であり、

外の世界の常識だとか、一般人の普通さとか…そんな尺度を持ち込む方がここでは異常なのだ。

 

黒木智子殿…故にあなたは才能がない。

”才気”を見ずとも、貴方の言動でそれこそ一目瞭然ですぞ!

きっと…間違いだったのでしょう。

近年の希望ヶ峰学園は才能の新規開拓に焦っていました。

だからこそ、僕の”同人作家”をはじめ、”暴走族”だの”ギャンブラー”だの”占い師”だのそんなマニアックな才能まで手を伸ばしていました。

黒木智子殿はその過程で起きた悲劇。

そもそも”喪女”とかただの罵倒であって才能じゃねーし。

 

黒木智子殿…貴方はただの凡人です。

この才能のみの世界に紛れ込んだ一般人。

唯一、外の常識と普通さを持ったクラスメイト。

 

だからこそ、貴方に興味があります!

この学園に来て数ヵ月。

才能のみに染まってしまった僕が無くしたものを…感性を貴方が持っている。

その無くしてしまったものが、最近の僕の同人活動の停滞と関係しているはずです!

貴方のツッコミを見てそれを確信しました。

僕は忘れてしまっていたんです!普通さを!常識を!

だからこそ、貴方と話したい!

貴方が傍にいれば、きっと再びインスピレーションが沸き上がるはずです!

 

 

だから黒木智子殿――――

 

 

…なんちゃって。

いろいろ理詰めで全ては作品のため!みたいに語っちゃいましたけど、ぶっちゃけなんだかんだであの人、面白そうなんだよね。

見ていて飽きなそう。イラつくこともあるけど、最終的に笑いに昇華できそうだし。

 

…あの人が隣だったらどんな会話になるのでしょうか。

ちょっとだけ妄想してみましょうか。

 

夕暮れの放課後、教室にいるのは僕と黒木智子殿の二人きりだった。

僕はある相談をするために黒木智子殿に残ってもらったのだった。

 

「黒木智子殿、実は――――ってオイ!」

 

振り向くと隣の席の黒木智子殿はリアルより明らかに美少女になっていた。

 

「アンタ、なにやってくれてんだよッ!!」

「わ!?え、な、なんだよ急に!?」

「人の妄想の中で何やってんだよ!アンタ、どんだけ図々しいんだよ!!」

 

まったく、油断も隙も無いですな。

すぐにビジュアルを元に戻しました。

 

「い、言ってることがよくわからないけど、なんかムカつくな」

 

黒木智子殿は本来のビジュアルに戻り舌打ちした。

 

「は、話ってなんだよ、山田。ハッお前、私のこと今から“ビィーーー”しようとしてるだろ?」

「え?あ、う、う~ん」

 

黒子智子殿の問いを相手にせず、曖昧な笑顔でスルーする。

なぜか既視感があった。

懐かしい、とすら感じる侮辱だった。

それはいつだったのか…・その源泉を辿ろうとするも直後ストップする。

それよりも僕は黒木智子殿の提案しなければならないことがありました。

 

「黒木智子殿はコミケを知っていますか?」

「ん?ま、まあ、名前くらいは。行ったことないけど…それがどうした?」

 

コミケとは世界最大の同人誌即売会だ。

漫画・アニメ好きなら名前くらいは知っているはず。

黒木智子殿もそっち系好きそうな顔しているし。

 

「僕は毎回参加しているのですよ。人気サークルで常連なので」

「す、すごいな…って自慢話かよ!帰っていいかな」

 

そう言って黒木智子殿は席を立とうとする。

ホント、一般ピープルは余裕がないですな。仕方ない。

僕は彼女の背に弾丸を放つように指差し、

 

「黒木智子殿、僕は貴方を”売り子”にスカウトしますぞ!」

 

本題を放ちました。

 

「え、う、売り?売り…子。サセ子?え、売春?」

 

怪訝な顔で振り返る黒木智子殿。

全て下ネタにしか持っていけないこの馬鹿に

僕は用語の説明も含めてことの成り行きを説明しました。

同人に関しては天才である僕はもちろんトップサークルで売り上げは上位。

そりゃあ、毎回毎回凄い行列ですよ。

ですが人見知りの僕は販売を全て一人でやっていました。

忙しくて飯どころかトイレ行く暇もねえ。

もちろん打ち上げに参加する余裕もないから同人仲間に知り合いすらできない…そんな状況です。

それを改善すべく売り子…つまり販売員を雇おうと思いました。

 

「…そこで貴方に売り子をやって貰いたいのですぞ」

 

そして、話は本題に戻りました。

 

「な、なるほど、つまりカワイイ私で集客したい…と?」

「全然違うじゃねーか!話聞いてたのかよぉおおおお!!」

 

黒木智子殿の回答に僕は大声でツッコミを入れた。

コイツ、全然理解してねえ。ていうか、どんだけ自己評価が高いんだよ。

サークルの人気はあり過ぎてるって言ってんだろ!

オメーはバカみてーに突っ立って販売だけしてればいいんだよ!!

 

「な、なんだよ、ムカつくな!こっちだってお断りだよ!じゃあな」

「…山分けでどうですか?」

「え?」

「売り上げの山分けで、どうですか?」

 

再び席を立とうとする黒木智子殿に僕は意味深な言葉を投げる。

その問いかけに黒木智子殿は立ち止まる。

 

「僕のコミケの毎回の売り上げは数千万になります」

「す、スゲー!さ、さすがは超高校級の”同人作家”!」

 

僕の実力の黒木殿は感嘆の声を上げる。

超気持ちいい…!

これだよ!これ!こういうの待ってたんだよ!

超高校級の中では僕の稼ぎなんて低い方でむしろ話題にする方が恥ずかしいですが、黒木智子殿相手では違う。

この一般人丸出しの反応に僕の自尊心が満たされるのを感じます。

 

「その売り上げを山分け…て、え、そんな…マジ!」

 

ようやく理解が追いつき、黒木智子殿は驚愕でガタガタと震える。

もちろん、常識で考えればたかが販売で数千万など破格も破格だ。

でも僕はお金目的で同人作成してるわけじゃないですし。

お金なんてあんまり興味ないんですよね。

それよりこの人のリアクション見てる方が面白いし。

 

「で、でも…わ、私、販売なんてやったことないし。そ、そんな大勢の人の前でとか…無理」

 

ドギマギとしながら顔を赤らめ、黒木智子殿は僕の申し出を断りました。

その仕草はちょっとだけかわいいな。

 

「別にただ販売するだけですよ。僕もできるだけサポートしますし」

「え、で、でも…」

「そうだ!せっかくだからコスプレしてみてはどうですか?」

「こ、コスプレ!?わ、私が!?」

「猫耳とか定番のやつでいいですよ」

「ね、猫耳か…。か、かわいいかな…?」

「いや全然、たぶん何の需要もないと思いますよ」

「テメー!テメーこの野郎!!」

 

そんなこんなでワチャワチャと話して最終的に黒木智子殿からOKを貰いました。

 

「では、今から僕が黒木智子殿の雇用主…ということでいいですね?」

「え、あ、う、うん」

「フン!所詮、金で体を売ったということですか…このビッチめ!」

「ぐ…ッ!お、お前」

 

主となった僕はさっそく下僕に立場の違いを理解させるべく行動を開始する。

 

「ここにおやつのボッキ―があります」

「え、うん?そ、そうだね」

「…食べさせてください」

「は?」

「一本一本、雇用主…いや、”ご主人様”たる僕に食べさせてください」

「な、え、ええ!?」

「さあ、早く!」

「う、うう…」

 

僕は口を開け催促する。

 

(まあ、本来このシチュエーションはもっと美少女で試してみたかったのですが

仕方がありません。100万歩譲って黒木智子殿で我慢しますか)

「テメー、ブッ殺すぞ!」

 

僕の心の声を読んだ…!?ま、まあ、気のせいでしょう。

黒木智子殿は躊躇していたが、恐る恐るボッキ―を摘み、僕の口に近づける。

緊張のせいか、赤らめた顔と微かな吐息が黒木智子殿の分際で微妙にエロい。

 

「ハアハア、さあ早く」

 

僕も興奮して涎をたらしながら大きく口を開ける。

次の瞬間だった。

 

「グハ――――ッ!?」

 

口に入るはずのボッキ―が鼻に入った。

 

「グエェ!!ゲホゲホッ!!」

 

一瞬息が止まり、僕は盛大に咳き込みました。

 

「プププ、フフフ、アハハハ」

 

僕の醜態を見て黒木智子殿は笑いました。

 

「山田のくせに調子に乗るからだよ、ば~か」

 

べーと舌を出し、黒木智子殿は逃げて行った。

 

「やったな!待って~」

 

僕は両手を挙げながら黒木智子殿の後を追う。

 

それはまるで下手なラブコメのワンシーン。

 

 

(デュフフ…黒木智子殿、待つでござる~)

 

 

おっと涎が出てしまいました。

妄想の最後の方はなんかラブコメみたいになってしまいました。

でももし黒木智子殿と隣の席になったら、きっとなにか面白いことが起こりそうな気がするんですよね…デュフフ。

 

 

「ナニを…しているのですか…?」

 

 

突如、耳元でささやくその声に驚き振り返る。

そこにはセレス殿が立っていた。

いつの間にか教室に戻っていたようだ。

 

 

「山田君、ナニをしているのですか…?」

 

 

少し大きな声だった。

周囲にいたクラスメイトは振り返り僕達を見る。

 

「え…セレス殿?」

 

セレス殿はいつもの笑みを浮かべていた。

いつもと変わらぬ笑み。

だからこそ、ゾクリと背筋が凍った。

その笑みはまるでこの世の不吉なもの全てを内包しているように感じたから。

 

 

「山田君、黒なんとかさんを見ながらナニをニヤニヤしているんですか…?」

 

 

教室全体に響くほど大きな声だった。

ザワつきが起きる。

クラスメイト全員が僕達を見つめた。

 

(チョッ!?あ、アンタまさか!?)

 

刹那、頭を過ったのは

 

  ”覚えてなさい!”

 

涙目で捨てゼリフを吐くセレス殿の顔と

 

 

     ”報復”

 

 

その2文字だった。

 

そして…セレス殿は僕を終わらせる最後の言弾を放った――――

 

 

「アレですか?”いつものように”クラスの女子の制服の中を      ”透視”しようと頑張っていたのですね!!」

 

 

刹那、刻が凍り付いた。

 

(や、やりやがった…ッ!こ、コイツ…ありえないことを…本当に言いやがった…ッ!)

 

否定しようと僕は声を上げようとしました。

 

”そんなわけないじゃないですか!””ふざけないで下さい!”

 

だが、その言葉が僕の口から出ることはなかった。

全員が僕を見ていた。

ありえないものを見る目で僕を見ていた。

クラスの男子達の目は…あの苗木誠殿ですら、

”まさかアイツが…”ではなく”やはりアイツが…”

という目で僕を見ていました。

黒木智子殿は…白目を剥いてガタガタと震えて、

戦刃むくろ殿は磨き上げたナイフを手に彼女を守るかのように僕と彼女の間に立った。

不二咲千尋殿は今にも泣きだしそうで。

腐川冬子殿はドン引きして。

朝日奈葵殿は敵意を剝き出しに僕を睨みつけ。

大神さくら殿は低く構えをとり。

舞園さやか殿は顔を下に向け、表情は見えないが針のような拒絶のオーラを。

霧切響子殿は表情こそは変わらないけど、明確にゴミをみるような眼差しを。

江ノ島盾子殿は今までみたことないような笑みを見せ。

 

全員が僕を見ていた。

 

 

一言だけ――――

 

 

許されるのはたった一言だけ。

本能がそう告げていた。

それをミスれば、その後何を言い訳しようとも聞いてもらえることはないだろう。

ミスれば…

 

(お、終わる…終わってしまう…僕の3年間が…)

 

そのプレッシャーは死刑の判決を前にしたような…などという生易しいものではなかった。

それは空腹の蟻の王を前にしたような…絶対の死を前にした最後の刹那。

頭部が禿げ上がり、一気に老化したと錯覚するほどのプレッシャー。

全細胞が生存の可能性を模索し、全力で稼働する。

今までの全ての記憶を遡る。

 

中学時代、小学時代、幼稚園…幼子として母の手に抱かれ…子宮に…そして…宇宙が…神…が。

 

そして僕がたどり着いたのは、本来ならありえない…いや、必然の言葉だった。

 

 

   二次元…?

 

 

なぜ疑問形…?と後に自分でも思った。

だが、その刹那、そこにいた全員の脳裏に清らかな春の光景が描かれた。

 

 

「に、二次元しか興味ねーし、三次元?なにそれおいしいの?ぼ、僕、二次元しか愛せないからッ!!」

 

 

自分でももう何を言っているのかわからなかった。

だけど、その場を支配していた氷は溶けていた。

 

そう、ここは希望ヶ峰学園。

才能のみが全てを決定する。

常識など通じない。普通など意味を為さない。

僕のその言葉は僕の才能により保障された。

 

石丸清多夏殿と大和田紋土殿は肩を組んで、僕に”グッ”と親指を立てた。

不二咲千尋殿は笑顔で胸をなでおろした。

朝日奈葵殿は頭を恥ずかしそうに頭をかき。

大神さくら殿は構えを解いた。

舞園さやか殿は笑顔になり。

霧切響子殿の眼差しは普段通りとなった。

黒木智子殿は…

”私は山田にすら相手にされないのか…”

といった感じで肩をおろし。

戦刃むくろ殿は笑いを堪えながら黒木智子殿を励ましていた。

江ノ島盾子殿は露骨に”チッ”という顔をしていた(ア、アンタ、もしかして性格悪い!?)

 

生き延びた…!

みんなのリアクションで僕はそれを確信しました。

 

一件落着である…ってちょっと待ってください!

 

ということは、

 

僕は休み時間に二次元の美少女を妄想して涎を流す奴だとクラスメイトに認識されている…?

 

完全にキモくてアブねー奴じゃねーか!!

ふざけんじゃねーぞ!

助かったけど、全然嬉しくねーよ!

 

「ぷ、プププ、どうしたのですか、山田君?」

 

僕の心情を見透かしたセレス殿が笑いを堪えていた。

そう、全て…全てこのアマのせいだ…!

 

「…のくせに」

「え、何かいいましたか?」

「…ちゃんの…くせに?」

「え、よく聞こえません。もっと大きな声で言って下さい」

 

負け犬の遠吠えを聞こうと、セレス殿は北斗の〇のモヒ〇ンのような顔で耳を傾ける。

 

 

 

    ”たえちゃんのくせに…!”

 

 

 

そのささやかな反撃の直後、僕の脇腹に”世界を獲れる右”が深々と突き刺さった。

 

(り、理不尽すぎる…)

 

そして僕は記憶の海に落ちていく。

記憶のカケラに様々なセレス殿が映る。

 

怒った顔のセレス殿。

澄まし顔のセレス殿。

慌てるセレス殿。

最高の笑顔で微笑む…セレスティアルーデンベルク。

 

何度も喧嘩したけど、なんだかんだで僕達は…友達になったんですよね。

 

「あ・・・ああ」

 

黒木殿の声が…聞こえる。

 

「いるぞ!私はここにいるぞ!山田!」

 

必死で僕を呼んでいる。

僕なんかのために…また泣いている。

 

「黒木智子殿・・・僕達は出会う前から出会ってたんですね・・・」

 

黒木智子殿…アンタ、思った通りの人…だったよ。

面白くて…一緒にいて楽しかったよ。

 

「あ、あの人を・・・止めてあげてください」

 

セレス殿…きっと泣いちゃうから。

ああ見えて、あの人…そんな強くないから。

大好きなクラスのみんなを殺してまで外に出ても…

そこに絶望しかないことを思い出したら…

 

きっと…泣いちゃうから…だから…。

 

 

 

 

    ”もう…たえちゃん、バカなんだから…”

 

 

 

 





【あとがき】
サクラエディタ壊れるのを初めて体験しました。
いくつかバックアップとってたのは我ながらナイスだったけど
書き直しはちょっと大変だった。

山田の話がここまで長くなるとは当初は予想してませんでした。
またここでの希望ヶ峰学園の定義は5章においてかなり重要になるでしょう。
(書けたら…ですが)

今年はあまり書けなかったけど、
続けることが大事だと思って少しずつ書いていきます。

次話はセレスの話。

では、よいお年を。


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イマワノキワ セレスティア・ルーデンベルク 前編

ええ、謝りません。山田君、石丸君。

わたくしは謝りません。

わたくしは…貴方方を殺したことを決して謝りません。

 

もし今更謝ってしまったら…

それこそわたくしが凡人のように後悔し泣き喚き謝罪をしてしまったら…

 

超高校級の才能がそんな凡人に奪われ消えたことになってしまう。

そんなくだらない奴に殺されたことになる。

貴方方の死が意味のないものになってしまう…から。

ええ、謝りません。

謝ってたまるものですか。

 

超高校級の貴方方を殺したわたくしは超高校級でなければならない。

ギャンブルに生き、ギャンブルに死ぬ…全てをギャンブルに捧げ、そこに後悔など一切ない。

野望のため、己が命と超高校級のクラスメイト全ての命を賭けたギャンブルの狂人。

それがわたくしです。

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクですわ。

だから…わたくしは謝りません。

ええ、謝りません。謝りませんとも。

 

処刑人の格好をしたモノクマが足元の藁に火をつける。

瞬く間に火が燃え広がり足に燃え移る。

 

(ぎぃッ!!)

 

直後、獣に嚙みつかれたような錯覚に囚われた。

 

(熱ッ!!痛い!痛い!痛い!)

 

歯を食いしばり、叫び声を上げそうになるのを必死に堪えた。

一秒がやたら長く感じた。まだ始まってわずか数秒しかたっていないのに。

燃える足先がかたちを変えていくのを感じる。

白く美しい肌はもう二度と戻ることはない。

覚悟はしていた。

いつだってしていた…はずだった。

だがそんなものは目の前の現実の前に脆くも崩れそうになっていた。

恐怖が…絶望が全身を犯していく。

 

死んでいった彼らのために、最後の最後まで気高く美しいギャンブラーであれ

 

…そんな誓いをかなぐり捨て叫び出したい衝動に駆られた。

叫び声をあげたかった。

泣き喚き許しを請いたかった。

恐らくショック死してこの地獄を知らなかったであろう大和田君が羨ましかった。

 

(痛いッ!助けて!助けてくださいまし!なんでもします!なんでもしますからぁ!)

 

モノクマが命じるならばそれこそ裸で全身を嘗め回しても構わなかった。

この苦痛から逃れられるならば、全てを投げ捨てても構わない…と心の底から思った。

 

その光景を見るまでは。

 

(…やれやれ、ですわ)

 

わたくしを見つめる者がいた。

こんなわたくしを信じる者がいた。

ただ捨て駒として利用するつもりだった。

クラスの皆と一緒に犠牲にすると決めた。

名前も知らなかったクラスメイト。

凡人のくせに…

何の才能もないくせに…

ただ一人わたくしの本心を見抜きギャンブルに勝ってみせた。

あの子が…わたくしを見ている。

必死な眼差しで。

凡人と罵倒したあの子がわたくしを見ている。

弱虫のくせに。

わたくしの最後を決して見逃すまいと必死に。

きっと彼女の目にはわたくしは宗教画の人物のように美しく映っているのでしょう。

 

(本当に…迷惑な方ですわ)

 

そんな目で見られたら言えないじゃないですか。

弱音なんて…吐けないじゃないですか。

あれだけ高らかに超高校級の才能を誇っておきながら、凡人のように泣き叫ぶなんて…

 

 

 このセレスティア・ルーデンベルクが…できるわけねーだろーがッ!!

 

 

奥歯が割れるほど強く噛みしめる。

全ての苦痛を噛みしめ笑う。

午後の紅茶を飲みほした後のように。

笑う。

超高校級の誇りのために。

笑う。

こんなわたくしを信じる馬鹿で可愛いあの子のために。

その最後まで笑ってみせる。

わたくしがわたくしであるために。

 

熱と煙で頭がクラクラする。

視界がグニャグニャと歪み、意識が遠のき始めた。

今までの人生の様々なことが頭を過る。

その中にあるはずのないものが通り過ぎた。

それは決してありえない記憶。

クラスメイト達とのコロシアイではない本当の学園生活。

こんなものが見えてくるとは、いよいよか。

周りの音も聞こえなくなってすぐに視界がブラックアウトした。

 

(わたく…し…は)

 

 

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わたくしは…一体、何をしていたのでしょうか?

 

夢見心地の中、わたくしはどこかの廊下を歩いていました。

 

 



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イマワノキワ セレスティア・ルーデンベルク 中編

(…暑いですわ)

 

まだ初夏だというのに茹だるような暑さの中、わたくしは廊下を歩いていました。

熱い...。

昨今、地球温暖化が叫ばれて久しいですが、これはちょっと異常ですわ。

そう、例えるならばまるで地獄の業火で焙られているかのようでした。

あまりの暑さに前後不覚になり何がなにやらわからなくなります。

自分がどこかの廊下を歩いていることだけはかろうじてわかった。

汗が凄い...。

服の中でまるで滝のように流れているのを感じる。

教室に帰ったらお化粧直しをしなければなりません。

…教室…?

ああ、そうですわ。

わたくしは教室に戻る途中だったのでした。

わたくしは…希望ヶ峰学園に…

まだ意識がはっきりしない中、ぼやける視界に人影が映る。

誰かが前から歩いてくる。

近づくに連れ、輪郭が徐々に露わになってくる人影”達”。

 

その正体を認識した瞬間、わたくしははっきりと意識を取り戻しました。

 

 

(3、3Zコンビ――――ッ!!?)

 

 

思わず声を出しそうになってしまいました。

こんなインパクトの強いあだ名をもった方々が近づいてきたらそりゃあ目が覚めますわ。

ああ、そうですわ。

わたくしは希望ヶ峰学園に入学したのでした。

入学し早数ヵ月たつというのに、わたくしは何を言っているのでしょうか。

全てはこの暑さのせいですわ。

内心取り乱していたのを気づかれないように”コホン”と咳をし、すまし顔で歩を進める。

そう、わたくしは優雅で華麗な超高校級の”ギャンブラー”!

取り乱すことなどあってはならない。

特にクラスの方々にそんな姿を見せるわけにはいきませんわ。

前方にチラリと視線を向ける。

3Zコンビはこちらに気にすることなく話しながら歩いてくる。

 

(それにしても3Zコンビって…)

 

確かその由来は”絶望的に臭い!・絶望的に汚い!・絶望的に気持ち悪い!”…でしたか?

そんなあだ名をつけられた日にはその相手をぶっ〇してしまいそうになりますが、

その相手が実の妹の超高校級の”ギャル”であったならば、いっそう救いがない気持ちになります。

3Zコンビの長身の方…戦刃さんに目を向ける。

 

戦刃むくろ…超高校級の”軍人”

 

軍人というわたくしと同じ人の闇に関わる職業。

血と泥に塗れるその才能が3Zの由来だろうか。

だが、その長身でスレンダーな体形と涼やかな顔立ちはモデルと紹介されても違和感がない。

その歩みは一切の無駄がなく、どこか獲物を駆る女豹を想起させた。

なにより顔はそばかすを除けば妹である超高校級の”ギャル”と瓜二つ。

一般的に考えれば、彼女はこの限りなく罵倒に近いあだ名とはかけ離れた存在である。

美人にブスと言うようなものだ。

きっと姉妹のみで通じる悪口のようなものなのかもしれませんね。

 

(…それに臭い・汚い・気持ち悪いのは、どちらかと言えばこちらの方ですわ)

 

3Zコンビの小さい方に視線を移す。

どこかムカつく顔で笑う彼女…

 

(超高校級の”喪女”黒…くろ…えーと何でしたっけ?)

 

マジで思い出せない。

まあ、いいですわ。どうせ深く関わることはないでしょうし。

 

「でさぁ~その後に…」

 

近づくに連れ彼女達の会話が耳に入ってくる。

黒なんとかさんが得意げに何かを話し、それを戦刃さんが聞いていた。

その光景を目の当たりにして、わたくしは微笑を崩すことなく歩き続けた。

 

内心は取り乱しながら。

 

(どうして!?なに普通に話してるんですか、貴方方はッ!?)

 

入学当初の二人のことを思い出す。

捕獲された獣のような表情で周りを警戒する戦刃さんと白目を剥いてプルプル震えていた黒なんとかさん。

この二人のコミュ障ぶりに正直安堵したものだ。

コイツらに友達作りで後れをとることはない…と。

それがどうだろう。

コミュ障のはずの彼女達がまるで普通の女子高生のように語らいながら歩いてくる。

それに比べわたくしは…誰とも…う、うう、ウォオオオオーーーーーーーーッ!!

危ない…声が出そうになりましたわ。

え?隣の席の方?ああ、あれは人外なので。

 

「…ていう話なんだよ。どう?面白かったでしょ?」

「ヤダ~もこっち、ウケる~」

 

黒なんとかさんの問いに戦刃さんはそう応じた。

その様子は本当にそこいらの女子高生のようだった。

あの戦刃さんが、だ。

 

「お、それならバッチリじゃん!タイミングも完璧!もう本物の女子高生だよ!」

「やった!ありがとう!」

 

無表情で誰も寄せ付けないオーラを放っていた彼女が…

研ぎ澄まされたナイフのようだった戦刃さんが嬉しそうに答えた。

 

「でも本音を言うと、話自体はクッソつまらなかったけどね…それも絶望するほどに」

「え、マジ…!?」

「あ、今のその顔は本当に面白い!」

「テメー!!」

「アハハ」

 

(・・・ッ!)

 

彼女達との交差際、わたくしは思わず足を止めてしまいました。

 

「ところでチャラ男のヤツがさぁ~」

「え、チャラ男って?」

「あ、桑田君のこと」

 

何かを話しながら遠ざかっていく彼女達を思わず振り返りそうになりながら、

わたくしはその場にしばらく佇んでいました。

 

(…そうですか)

 

今のわたくしはきっと、目を大きく見開いていることでしょう。

 

 

(貴方は…そんな風に笑うのですね)

 

 

 

 



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イマワノキワ セレスティア・ルーデンベルク 後編

 

ええ、違いますわ、そうじゃないでしょ?

貴方も…わたくしも。

そんな人間ではありませんわ。

そんな風に…無邪気に無警戒に…

笑ってしまうような人間ではないはずじゃないですか。

感情なんてただの道具です。

わたくしにとっては戦術の一つに過ぎない。

敵が油断してくれるならいくらでも笑いましょう。

過信を引き出せるならいくらでも怯え泣き喚いて差し上げますわ。

私にとってそれは武器です。

そうやってわたくしは生き延びてきたから…

だから自然の感情なんて愚の骨頂ですわ。

自らの状態を相手に伝えるなんて…それこそ殺してくれ、そう言っているのと同じです。

それは貴方にとっても同じはずですわ。

軍人の貴方は…

わたくしと違って不器用な貴方は、敵に感情を、自分の心を読ませないため、それを殺した。

そうやって貴方は頂点にたどり着いたはずですわ。

だからダメじゃないですか、戦刃さん。

そんな風に…無邪気に無警戒に…

笑ってしまうなんていけませんわ。

隙だらけじゃないですか。

今ならわたくしですら殺せそうですわ。

孤高の軍人の貴方が…

教室でも研ぎすまされた刃のように目を光らせていた貴方が…

そんな風に笑ってしまうなんて…

それはきっと貴方にとってそういう出会いだったのでしょう。

名前も知らないその方との出会いが…

貴方をそんな風に変えてしまうような…そんな出会いだったのでしょうね。

ズルいですわ、戦刃さん。

わたくしの前で、そんな風に笑うなんて。

 

歩を進め教室に向かいながら思う。

もしかしたらそんな時期なのかもしれない。

高校生活の始まりとは、そういうものなのかもしれない。

あの戦刃むくろを変えてしまう…そんな出会いがあるような。

 

それはもしかしたら、わたくしにも…

 

教室に入り、自分の席に座り、隣の席の現実を目の当たりにして小さく溜め息をつく。

 

「ぶぅ…」

 

(ブゥ)!?」

 

隣に座る超高校級の”同人作家”山田一二三君が素っ頓狂な奇声を上げた。

 

「いきなりなんですか、山田君。そんな声を上げて驚きますわ」

「それはこっちのセリフですぞ!一体何なのですか、アンタは!?」

 

そう言って山田君は逆にわたくしを問い詰めました。

本当に何を言っているのでしょう、この〇〇は?

暑さで頭がおかしくなってしまったのでしょうか?

 

「ア、アンタ、今、明らかに溜め息に見せかけて豚の鳴き声をしましたね」

「はい?何を言っているのですか?たまたま溜め息に濁音が混じっただけですわ」

「溜め息にたまたま濁音が混じることなんてことは人体の構造上ありえねーんだよ!」

 

私の弁明に山田君は聞く耳をもってくれません。

人によって人体の構造上ありえるかもしれないじゃないですか。

なぜ可能性を追求しないのでしょう。

 

「いつもいつも僕を馬鹿にしやがって!覚えておけよ!」

 

わけのわからないことを叫びながら山田君は教室を出ていきました。

本当に何なのでしょうか、彼は。

あれでは難癖をつけて無理やりわたくしと話す機会を作ろうと目論んでいたとしか思えません。

もちろん、それが真実なのでしょうけど。

わたくしのような美少女が隣に座っていたら殿方としては放っておけるはずはありません。

彼のように何としてもわたくしに話しかけようとするに決まっています。

まったく罪な女ですわ。

ですが、山田君が抱えている問題はそんな単純なものではないのでしょう。

彼も一応は超高校級の才能を持つもの。

だからこそなのでしょう。

わたくしという超高校級…いえ、それをはるかに超越したまさに完璧な存在を前にして山田君はコンプレックスを抱いてしまったのでしょう。

決して報われることはないわたくしに対する憧れや恋慕はいつしか嫉妬と憎悪に変わり、日々劣等感に苛まわていたのです。

そしてそれは無意識の被害者意識を生み、わたくしのなにげない所作全てを攻撃されていると錯覚するに至った…ということでしょう。

本当は差別などされていなのに…本人はそれに気づくことはない。

全ては無意識なのだから。

 

無意識とは本当に厄介なものですわ。

 

 

「まったく…少しは人類に近づいてくださいね」

 

 

わたくしは頬杖をつき本当の溜め息をつきました。

なぜわたくしはこんな席になってしまったのでしょう。

隣の山田君とは口を開けば喧嘩ばかり。

あの方とは仲良くなるなんて…まして友達になるなんて永遠にないでしょう。

戦刃さんの笑顔を脳裏を過る。

 

もし巡り合わせが違っていたら…あの方の隣の席だったら、どうなっていたのでしょうか?

 

視線の先で笑う彼を見る。

舞園さん達と楽しそうに話している苗木君を見つめる。

初めて彼に会った時…その輝くようなオーラを見た時からずっと気になっていた。

史上初のBランクになる存在かもしれないと、そう直観しました。

もし隣の席になり、彼がどうしても、と懇願するならわたくしの”ナイト”に加えることも検討して差し上げました。

ですが…結局なんの接点もないまま現在に至り、わたくしは彼を眺めているばかり。

 

(なんですか、これではまるでわたくしが恋する乙女じゃないですか!)

 

心の中で自分で自分にツッコミを入れ、苦笑する。

 

(そう言えば、あの頃はいつもこんな風に苗木君を見ていたような気がします)

 

この光景がやたら懐かしく感じた。

わたくしは…何を言っているのでしょうか?

まだ高校生活は始まったばかりだというのに。

何を懐かしんでいるのでしょう?

始まったばかりじゃないですか。

わたくしたちの青春はまだ始まったばかりじゃありませんか。

 

視界の先に一人の生徒が目に留まる。

誰よりも明るく笑う彼女に向けてわたくしは心の中で銃口を向けた。

超高校級の”ギャル”江ノ島盾子さんに向けてわたくしは引き金を引きました。

 

(…嘘つき)

 

ずっとどこか違和感を感じていました。

わたしの超高校級の第六感が何かを感じていました。

ようやくわかりましたわ。

あなたのお姉さんを…今日、戦刃むくろさんを見てようやく確信が持てました。

江ノ島さん…貴方、嘘つきですわ。それも超高校級の。

 

教室の中心で満面の笑みを浮かべる彼女が…

誰よりも光り輝く彼女の笑顔が…

同じ顔を持つ双子の姉が友との語らいで気が緩み、ふと漏れた本当の笑顔に比べたら…

 

その笑顔がいかに取り繕ったものか、よくわかる。

同じ外見でもその本質はまるで違うものだから。

 

(危うく騙されるところでしたわ)

 

今までの違和感の解決。

自身の超高校級の直観と洞察力にわたくしは満足しました。

 

(…そう…である…ならば)

 

そして作り笑顔を続ける江ノ島さんに

 

(彼女は…江ノ島さんは…)

 

視線を戻した直後…

 

 

今まで一度も本当の笑顔を見せたことがない…?

 

 

その影に潜むもう一つの真実に気づきました。

 

(ありえますの…?そんなことが)

 

背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

いくらわたくしでも数ヵ月も作り笑顔を続けることなどできない。

ふとした瞬間、必ず綻びが生まれてしまうから。

それはあの超高校級の”アイドル”である舞園さやかさんでさえ同じであろう。

数ヵ月の間…ずっと作り笑顔を続けるなんて…本当の笑顔を見せないなんて。

ありえない、そんなことは絶対に。

大きく息を吸い、呼吸を整える。

 

(杞憂ですわ。何を焦っているのでしょうか、わたくしは)

 

わたくしがたまたま見ていないだけで他の誰かには本当の笑顔を見せているかもしれないじゃないですか。

舞園さんが時折、苗木君だけにみせるように。

江ノ島さんの本当の才能が”ギャル”ではなく”俳優”である可能性は?

超高校級の才能ならばそれこそ数ヵ月でも演技し続けれるでしょう。

周囲との関係でそうせざるを得なかったのかもしれない。

彼女には彼女の事情があるのだ。

あの天下の江ノ島盾子が実は人の目を気にして

作り笑顔を続けている、なんて逆にカワイイじゃありませんか。

何も気味悪がることはありませんわ。

それに…もし本当に笑えないならば…いつか笑える日がきますわ。

戦刃さんがそうであったように、きっと。

そういう時期じゃないですか。

高校生活の始まりはきっとそんな希望に溢れた刻じゃないですか。

 

(わたくしたちの青春は始まったば)

 

刹那、江ノ島さんとふと目が合った…

 

 

その瞬間―――

 

 

 

現実には存在しえない巨大な怪物に半身を嚙み砕かれた―――

 

 

 

…それがわたくしが見た幻影(ビジョン)

あの刹那、わたくしの第六感が可視化したプレッシャーだった。

 

「ヒュウヒュウ、ハァハァ」

 

息が上手くできない。過呼吸?このわたくしが…?

 

「ハァ、ヒュウ、ハァ、ハァ」

 

教室の風景はいつもと同じだった。

江ノ島さんは苗木君達と楽しそうに笑っていた。

 

「ハァ、ハァ、ヒュウ、ハァハァ」

 

全身の毛穴から汗が流れ出す。

暑さのせいではない。冷たい、嫌な汗だ。

 

「ヒュウ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

狂った資産家と生き血を賭けたギャンブルでさえ…

エジプトで魂をコインに賭けた時でさえ…

 

こんなプレッシャーは感じたことはなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

生存の可能性がミリ単位も存在しないレベルの即死の幻影(ビジョン)なんて…

 

このありふれた高校の日常の中で…

 

(わ、わたくしは…)

 

 

 

わたくしは”ナニ”を見た―――ッ!?

 

 

 

「ど、どうしたのですか、セレス殿!?」

 

山田君が席に戻ってきたようです。

わたくしの異変に気付いた山田君は慌てて声をかけてくれました。

 

「ヒュウ、ハァ、ハァ、や、山田君…」

「そんなに息を乱して一体何が…あッ!」

 

言葉ではわたくしを気遣いながら、彼の顔はどこかニヤけていました。

 

 

「アレですか!?おめでたですか!?一体誰の!?もしかしてぼ―――」

「オラァアアアア―――ッ!!」

 

 

”世界を獲れる右”を山田君の脇腹に突き刺す。

ゆっくり倒れていく山田君の体がぼやけ、辺りを炎が包み込む。

 

(熱い…ですわ)

 

灼熱と共に…わたくしの意識は現実に帰還しました。

 

(何ですの…あの記憶は?)

 

夢ではない。

あの教室での体験は夢などでは決してない!

山田君の笑顔…決して仲良くなるはずがないと思っていた彼と

ぶつかりながらも少しづつ打ち解けていった思い出は今、確かにわたくしの中にある。

クラスの皆さんとの思い出が、まるで堰を切ったように溢れ出す。

 

(どうして…わたくしは忘れてしまっていたのですか?どうして…)

 

直後、その視線に気づき顔を向ける。

視線の先にはモノクマが笑っていた。

 

炎の中でわたくしを嘲り笑う怪物と目が合う。

 

 

   ”失われた記憶”

        

                  ”最高の二年間” 

         

     ”なぜ忘れて…?”

        

 

     ”人類史上最大最悪の絶望的事件の後に”

         

       

”わたくし達はこの学園に…”         

   

      ”戦刃むくろ”   

             

                 ”彼女はどこに…”

             

        ”あの方の笑顔…どこかで… 

 

  ”双子の姉”

             

                      ”まさか…”

 

         ”同じ顔で”

 

   ”入れ替わって…”

 

                  ”じゃあ死んだのは”

 

    ”モノクマは…黒幕の正体は…” 

 

        

                                 

               ”違う笑顔”

    

     

 

 

 

              

                          

超高校級の”絶望”は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの(”江ノ島盾子”)かッ!!

 

 

 

入れ替わっていたのだ…!

江ノ島盾子と戦刃むくろは入れ替わっていた。

瓜二つの姉妹だから。

最初から入れ替わっていたんだ!

希望ヶ峰学園に立てこもった直後にアイツらに襲われて…

変なカプセルに入れられて…

クソ!これ以上は思い出せない!

アレで記憶を消された…?

じゃあ、外の世界に希望はもう…

 

全ての記憶が戻った。

わたくし達はあの”人類史上最大最悪の絶望的事件”の後、

この希望ヶ峰学園に立てこもったのだ。

人類の最後の希望として。

だから…外からの絶望の侵入に備えて自ら出口を塞いだ。

 

(ウフ、ウフフ、フフフフ、アハハハハ!)

 

なんて滑稽なことでしょう!

自分達で塞いだ出口から出るためにコロシアイをしていた…なんて。

絶望しかない外に出るために、山田君と石丸君を殺し…た。

 

ウフフ…なんて滑稽なのでしょう。なんて間抜けな道化で…

 

ふざけろあのクソ女!よくも!よくもわたくしを謀りやがったな!

嘲り…嗤いやがって!

畜生!畜生!ふざけるな!クソ野郎!

 

 

 

ちく…しょう・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伝え…なければ。

 

 

皆さんに…伝えなければ。

皆さん!騙されてはいけません!

これは江ノ島盾子の…超高校級の”絶望”の罠です!

外の世界に希望なんてありません!

愚かなわたくしのように騙されないでください!

 

 

 

(…そう叫べるキャラなら…よかったですわね)

 

敗者は黙って舞台から去る。

 

それがギャンブラーを志してから今に至るまでの信念。

その誇りを胸に数多の敗者達の背中を見送ってきた。

自分の番となり、たとえ如何なる理由があろうとその信念を覆ることは許されない。

超高校級の”ギャンブラー”の誇りに賭けて。

 

モノクマの視線を…嘲り嗤う江ノ島盾子の視線を感じる。

あのクソ女はわたくしが信念故に皆さんに真実を伝えないことを見切っているのだ。

その上でわたくしの心を嘲り嗤っている。

わたくしの信念も覚悟もその全てを…

クソ野郎が!ふざけんな!ぶっ殺してやる!

八つ裂きにして、滅茶苦茶のメチャクチャにして…やり…ますわ。

 

(…くやしい…ですわ)

 

all or nothing

 

全てか無か。

それがギャンブルの鉄則とはいえど、これはない。

こんなものはギャンブルであろうはずはない。

それでも…自分はもう舞台から降りるしかないのだ。

 

絶望が全身を覆いその身を締め付けようとした…その時、

 

 

ふと目が合い、くすりと笑ってしまった。

 

 

涙を拭い、顔を上げ、強い眼差しで自分を見つめる悪友の姿に思わず頬が緩んでしまった。

 

(少しはマシになったじゃないですか。この勝負の”鍵”を握るのは本当に貴方かもしれませんわ)

 

サイレンの音が近づいてきた。

舞台から降りる刻がきた。

 

舞台を降りた後は…そうですね、

今度は観客として希望のエンディングを信じて見守るのも悪くないかもしれません。

 

 

 

 

ねえ、そうでしょ…?黒木さん。

 

 

 

  

 

 




【あとがき】
今回の話はガリガリ君コーラ味様から挿絵を頂いたことがきっかけで書くことができました。
ガリガリ君コーラ味様の超高校級の”挿絵”はあらすじに貼ってありますので、是非ご覧ください!

超高校級の”挿絵”は今後も永年募集します。
個人的には超高校級の”展覧会”をしたいと思っています。
そんな遊びに付き合ってくれる方をいつまでもお待ちしています。



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イマワノキワ 石丸清多夏

 

「ぜ、絶対に死んでるし…あ、貴方が悪いんですぞ、石丸清多夏殿!」

 

暗い視界の中で山田君の怯えた声と逃げるように遠ざかっていく足音が聞こえた。

兄弟が…アルターエゴが消えてから僕は冷静さを失った。

ありとあらゆる場所を探し、クラスメイト全員を疑いをかけ、特に山田君と何度も衝突した。

山田君も僕を疑い、お互いの感情はもはや憎悪に近かった。

もはや僕は正気を失っていたのだろう。

僕は…壊れてしまったのだ。

 

石田になった時から…いいや、あの時から。

 

そんな時にセレス君に物理準備室に呼び出された。

兄弟がどこにあるか知っている、とそう言われて

僕は何の疑いもなしに彼女の誘いに乗ってしまった。

ここがどこで、今何が起こっているのか、それすらも忘れて。

 

怒声を上げ問い詰める僕。

微笑と憐憫を浮かべるセレス君。

奇声に気づき振り返った僕の瞳に最後に映ったのは、

憎悪に顔を歪め凶器を振りかぶる山田君の顔だった。

 

次の刹那、視界は反転し、僕は真っ暗な闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

ああ…

 

 

 

 

ああ、あああ…僕は…

 

 

 

(僕は…何をしていたのだろう…)

 

 

 

大和田君…君がいなくなってから、僕はもう何もわからなくなってしまったよ。

 

あの日…モノクマと共に単車で爆走りだした君を僕は追いかけた。

少しでも早く追いつこうと足に力を入れたが上手くいかなかった。

何度も躓き転んだ。

まるで酔っているかのような…悪い夢の中にいるかのような、

そんな感覚を今でも覚えている。

僕は怖かったんだ。

目の前で起きている現実が…これから起きる絶望が。

直後、耳を塞ぐような爆音が鳴り響きた。

顔を上げた僕の目に映ったのは、単車と共に燃え上がり

ジェットコースターの輪を回る君の姿だった。

僕は全力で走った。

泣きながら、声にならない叫び声を上げながら。

何度も転んでも立ち上がり走り続けた。

何もできなくても、それでも最後に君の傍にいたかったから。

だけど最後の轟音の後、辿り着いた僕が見たのは

焼け焦げた学ランと骨…そして瓶詰にされた血と油だった。

 

それはあまりにも残酷で、あまりにも絶望的で、あまりにも非現実的だった。

 

だから…実感が湧かないんだ。

君がいなくなってしまったことに…君が死んでしまったことに。

あの時から僕の時間は止まったままなんだ。

 

もし…あの時、声が聞けたなら…それがたとえ絶望の叫びであっても…

最後に君の声を聞くことができたなら僕は受け入れることができたかもしれない。

前に向かって…歩き出すことができたかもしれない。

 

だけど、ダメなんだ…兄弟。

今も振り返ると君がいるような気がして…笑顔の大和田君がいるような気がして…

僕は…もうダメになってしまったんだ。

 

だから生き返った不二咲君に…アルターエゴに出会った時、僕は依存した。

石田になって辛い現実から逃げ続けた。

 

それが黒木君を傷つけることになっても…山田君に憎まれるとわかっていても。

 

僕は絶望から逃げ続けたんだ。

 

 

(その…報いが…この様なのだ…)

 

 

暗闇の中をゆっくりと僕の体は落ちていく。

こんなことならやっぱりあの時兄弟と一緒に死ぬべきだった。

人生において初めての喧嘩。

この世で一番信じることができる親友と背中を合わせて戦った。

この先に絶望しかないとわかっていても。

楽しかった。

本当に…楽しかったなぁ。

 

体が冷たくなっていくのを感じる。

 

 

(僕は…このまま死ぬのか?)

 

 

僕は…どこに行くのだろう?

最後に…何を残せるのだろう?

 

 

…ダイイングメッセージ…?

 

 

クラスメイトを…仲間達を救うために山田君がクロであることを伝えること。

それが僕にできること。

それが僕に残された最後の役目…なのか…?

 

 

…れ…違う…

 

 

声が…聞こえた気がした。

山田君とはアルターエゴを巡って何度も衝突した。

山田君はきっと僕が憎かったに違いない。

それは間違いない。

だけど…僕は知っている。

凶器を手に振りかぶる山田君の瞳には憎悪と共に怯えと絶望に染まっていたのを僕は見ている。

そんな彼がクロであるとみんなに伝えることが…

山田君を”おしおき”で死なすことが…僕の…最後の役目…なのか?

 

 

―――それは違う

 

 

誰かの声が聞こえた。

…そうだ。山田君は絶望していた。

怖くて…何かに縋りたくて…アルターエゴに依存したのだ。

この辛い現実から逃げるために。

同じ…じゃないか。

山田君は僕と同じじゃないか!

そんな山田君のことを慮ることができず、追い詰めたのは誰だ?

山田君を追い詰めたのは…僕…じゃないか…!

クラスメイトの心を慮らないで何が風紀委員だ!

全部…僕のせいじゃないか!

そんな哀れな山田君を…仲間である彼がこのままでは”おしおき”で殺されてしまう。

本当にそれでいいのか?

 

 

―――それは違うぞ!

 

 

 

声が聞こえた。

それは誰かの声じゃない。

僕の内なる声。

心からの…魂から発した叫びだ!

 

(そうだ…!このまま死んではダメだ!山田君を死なせはしない!)

 

心臓を中心に体に熱が奔った。

腕に少しだけ力が戻り、僕は天に向かって手を伸ばす。

そうだ!立ち上がれ!立ち上がるのだ!

山田君を…仲間を救うためにも僕はここで死ぬわけにはいかない!

みんなのためにも絶対に死んではいけない。

 

そうだ…!最後に伝えるのは絶望なんかじゃない!

 

 

 

最後に伝えるもの…それはきっと…!

 

 

 

「石丸・・・お前は―――」

 

 

 

      “生きろ”―――!!

 

 

 

 

声が聞こえた。

兄弟の…大和田君の声が、最後の言葉が聞こえた気がした。

 

(ああ、そうだとも兄弟)

 

僕は生きなければならない。

最後に伝えたいもののために…僕は生きるんだ!

 

だから―――

 

闇の中、眩いばかりの光が現れた。

その光に僕は手を伸ばししっかりと掴む。

ぬくもりと共に優しい光は僕の全身を覆った。

その瞬間、僕は思い出した。

 

失われた2年間の記憶を。

 

あ、ああ…思い…出した。

思い出したぞ!

 

クラスメイトのみんなとの思い出。

不二咲君と大和田君と僕と3人で笑い合った日々。

大和田君とは…兄弟とは、はじめはいがみ合って何度も喧嘩して、

そして最後に最高の親友になった。

 

 

ハ、ハハ…ハハハハハ。

 

ああ。

 

ああ…そうだな。

 

そうだな、兄弟…。

 

僕達はまた同じように喧嘩して、そして友達になったんだね。

 

記憶を失っても…また同じように。

 

 

あの時から僕はずっと立ち止まったままだった。

君の声を聞くことができなかった…

それを免罪符にして僕はずっと逃げていたんだ。

君が死んだことを…認めたくなかったから。

僕は絶望に屈し、前に歩き出すことができなくなっていたんだ。

でも君は違ったんだね、兄弟。

やっと…わかった。

やっとわかったよ、兄弟。

 

大和田君…君はあの時、ずっと叫んでいたんだね。

僕に向かって…”前に進め”とそう言っていたんだね。

 

君の声が聞こえなかったのは…

あの絶望と苦痛の中、君が叫び声一つ上げなかったのは…

 

 

全部、僕のため…だったんだね。

 

 

僕の心を気遣って…負い目にならないように…

僕が再び希望を信じて…前に進めるように…ただそれだけのために君は…!

 

 

 

 

(兄弟…確かに受け取ったぞ、君の熱い魂を…!)

 

 

 

 

 

 

大和田君…

 

 

あの時の君の”想い”(こえ)が…

 

 

今…ようやく…ようやく僕に届いたぞ…!

 

 

 

 

 

声が…聞こえる。

誰かが僕の手を握っている。

 

誰かが…黒木君が僕を呼んでいる声が聞こえる!

 

 

「黒木君!そこにいるのか!?」

 

 

姿が見えない。

だが、声は聞こえる。僕の手をしっかり握る温もりを感じる。

 

 

 

「待たせたな・・・黒木君!」

 

 

 

 

  約束どおり・・・僕は帰ってきたぞ!”

 

 

 

 

全て思い出したんだ!

クラスのみんなとの思い出を。

楽しかった時間を。

不二咲君と大和田君と僕と三人で笑い合ったことを。

全て…全て思い出したんだ!

 

二人はもういないけど…

でも、それは決して色褪せはしない!絶望に塗り潰されたりはしない!

 

 

「黒木君・・・信じるんだ!」

 

 

みんなとの思い出や不二咲君や大和田君が残した想いは今もこの胸の中にある!

希望はここにあるんだ…!いつだって僕達の心の中に輝き続けているんだ!

 

 

 

 

 

”希望は・・・ここにある。ここに・・・あるんだ!”

 

 

 

    

 

さあ、行こう!黒木君!

江ノ島君と戦刃君を止めるのだ!

彼女達に伝えよう!

 

希望は絶望なんかに絶対に負けないことを!

 

外には絶望しかなくて、

誰も希望を持てなくなってしまったのなら、僕達の中にある希望をみんなに伝えるのだ!

 

不二咲君や大和田君から受け取った希望の灯は今も僕達の中で輝いている。

その灯は僕達から誰かに…誰かから別の誰かにきっと受け継がれていく。

傷つき倒れた誰かがその光を見て、再び希望を信じて前に進んでくれるさ。

 

 

だから、たとえ世界中が絶望の闇に覆われてしまっても、

時には傷つき立ち止まってしまったとしても、

 

 

 

きっと…

 

 

 

  それでも―――

 

 

 

 

 

   それでも希望は、前に進むのだ!

 

 

 

 

 

 





希望の灯はもこっちの手に。


■あとがき

<本当の意味での2章の完結>

お久しぶりです。だいたい1年ぶりくらいの投稿でしょうか。
この話をもって3章の完結ですが、やはり2章の完結となる話でもあります。
大和田の想い(こえ)が石丸に届き、石丸が希望に帰ってきた…。
短い話ですが、石丸の強さと優しさ。大和田との絆。そしてこの物語が最も伝えたいことを伝えることができたと思っています。
最後の石丸は苗木とはまた違う、才能がなくとも誰しもが辿り着ける超高校級の”希望”になったと考えています。
石丸から希望の灯を無自覚にも受け取ったもこっちの話が今後の物語のテーマの1つとなります。

まあ、ちょっと体力的に書くのは厳しいですが...。
でも次話を書くなら元気に復活して舐めた態度に戻っているもこっちを描きたいですねw

<今後について>
もし順調に書ける能力があるなら以下のようなスケジュールでした。

・完全オリジナルの第4章
・イマワノキワ 戦刃むくろ(フェンリル時代の戦闘あり)
・イマワノユメ 黒幕(VSカムクライズル)
・覚醒の5章
・最終章
・イマワノキワ 江ノ島盾子
・最終話


頭にあるのと実際書くのとではかなり違うな…と今回も含めて毎回思っています。
上述のものも、実際に書けば全然違うものになっているかもです。
多分書けない…とは思っていますが、
スケジュールとしてはこんな感じでした、というのを記念に書いておきます。

ではもし機会があれば!

みかづき



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