メツブレイド2 ~小僧と俺の楽園への旅~ (亀ちゃん)
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第一話:出会い
メツブレイド自体は結構ネタにはされていますが、いざ小説にすると意外と難しいですね。
人というのは、とあることが原因で、人生が180度変わってしまうことがある。何かの拍子に、とんでもない出会いを起こし、そして世界規模の騒動に巻き込まれていくことだってある。
その最もたる例を体現した少年がいる。
名前はレックス。15歳にして雲海へ潜り物資を引き上げる行為を専門とするサルベージャーになり、生計を立てている。いつものように、雲海で物資を引き上げ、アヴァリティア商会で物資を売却してお金を手に入れ、生活をする。そのサイクルは終わらないものだと、少年は無意識に思っていた。
だが、それは知らないうちに終わりを告げることとなる。
ある日、少ない収入を得て溜息をつくレックスの前に、プニンというノポン族が現れた。語尾に「も」をつける特殊なしゃべりをしながら、アヴァリティア商会の長であるバーン会長が呼んでいると伝えられた。自分は有名人でもなく、ただの一介のサルベージャーだ。なのになぜ呼ばれたのだろう。そう思いながらもレックスは、バーン会長の部屋のドアを叩いた。入っていいもといわれたが、普段は会わない類の人間なものだから、緊張してしまう。
だがその緊張はすぐに解けた。バーン会長自らがレックスに仕事の依頼をし、そして報酬20万ゴールドと設定してからは。興奮のあまり仕事内容を聞くのを忘れてしまったくらいには、もうレックスは舞い上がっていた。
呆れた会長に促され、仕事内容を聞くと会長は召使に依頼主を呼んでくるように伝えた。レックスはわくわくする気持ちを抑えきれず、依頼主を待った。
だが、この時レックスは思いもしなかった。
この先の自分の人生が、波乱に満ちたことになることを。それをこの20万ゴールドという大金が意味することだとも、知らなかった。
「連れてまいりました、バーン様」
「うむ」
機嫌のよいバーン会長が頷くと、召使の後にぞろぞろと人が入ってきた。恐らくあれが依頼主の集団だろう。そう思ってレックスはちらりと見る。入ってきたのは、背の小さな少女に逞しい虎、背が高くすらっとした赤い髪の少女とその横に立つ黒いトカゲのようなもの、そして一番奥に、仮面をかぶった白髪の男がいた。
人と獣と異形の者が混じった何とも異様な集団だ。だが、レックスは人が持つ武器を見て気付いた。これはただの奇妙な連中じゃない。きちんとカテゴライズされている。その名は――
「ドライバーにブレイドじゃないか! すっげぇ、俺初めて見た!」
ドライバーとブレイド。それが彼らをカテゴライズする言葉である。
ドライバーとは、戦士である。だが、ただの戦士ではない。普遍的な戦士というのは、己が持つ武器の物理的攻撃力のみを攻撃手段とする。しかし、ドライバーは違う。ドライバーは確かに武器を持って戦うのだが、武器の攻撃力ではなく、大気中に存在するエーテルと呼ばれる物質を使って戦う。そしてその大気中のエーテルエネルギーを変換し、ドライバーの武器に力を送り込む役目を持つのがブレイドなのである。ブレイドによって強化されたドライバーの武器は、普遍的な兵士のそれとは比べ物にならず、戦闘ではドライバーにかなう者はいない。
しかしそんなドライバーが何の依頼をひっさげたのだろうか。そう思った矢先、それに応えるように奥に立つ仮面の男が口を開いた。
「依頼内容は、ある物資の引き揚げだ」
男は物静かに依頼を説明する。レックスは初ドライバーとの遭遇の興奮が冷めたのを感じるが、仕事ゆえ仕方がない。
だが、なんだろう、この静かすぎる雰囲気は。尋常なものではない。
「最近の海流変動で発見された、未探査海域のかなり深いところに沈んでいる」
「へぇー、それは腕が鳴るねぇ!」
未探査海域の調査を任せてくれるとは、有難い話だ。
「ベテランのチームを紹介するって言ったけど、リベラリタスの出身で少数精鋭の人材を希望と言ってたも。それで白羽の矢がたったのが、お前なんだも」
バーン会長がやや困った顔をする。だがレックスにしてみたらありがたい話だ。そんな理由で自分を選んでくれたのだから。しかも、精鋭に入っている。レックスはにっと笑い、後頭部をワシワシと掻く。
「へへ――悪い気はしないな」
ただ、それにしてもなんでリベラリタス出身と限定したのだろう。そう微かに疑問に思っていると、隣から笑い声が聞こえてきた。振り向くとそこは、頭部に耳を生やした、緑色の髪をした少女だった。
「プッ……アッハッハッハ……子供のサルベージャー? シン、今回の仕事って、遠足も兼ねてるんだっけ?」
そのセリフにムッとしたレックスは思わず言い返していた。
「何だよ! 見た目が子供っぽいのはアンタも同じだろ?」
「アタシはこんくらいの額でそんな馬鹿みたいに喜んだりしないよ」
「バカみたいってなんだよ」
ヒートアップしてきて詰め寄ろうとレックスが歩を進める。しかし、少女の傍にいた虎がずんずんと低く音を立てながらこちらに歩み寄った。本物の虎がこちらに来たようで想わず後ずさってしまう。ご主人様を庇うためだろうか。そう思い、レックスは身構えた。
だが――虎は穏やかな口調で話しかけてきた。
「レックス様でしたな? この度はお嬢様が大変失礼なことを。何卒ご容赦を」
そういって丁寧に頭を下げてきた。礼儀正しい虎なんていないだろうし、恐らくレックスをからかった少女のブレイドなのだろう。
「ビャッコ、アンタまた余計な口出しを――」
「よしなさいニア。気持ちはわからなくは、ないんですけどね」
言い争いを看過できないと判断したのか、赤い髪の少女がニアと呼ばれた緑色の少女を制した。
「そして、確かめるのも――」
少女はレックスに満面の笑みを浮かべる。少女は背が高く顔は柔和で優しそうだ。さっきの言い争っていた奴とは全然違う。特に胸のふくらみなんかそうだ。そんなくだらない思索にふけっていた。
だが――少女の体が突如光に包まれた。
「え?」
レックスが驚いて声を出した時にはもうすでに光の繭は解き放たれ、赤い髪をした少女は別の姿になっていた。スタイルは同じだが、髪の色が金になっており、そして露出も多くなっている。思春期の少年らしく、思わず胸部へと目線が行ってしまった。
だが――それがいけなかった。
「――簡単なんだけどね」
そういうと、少女は勢いよくレックスへと踏み込んだ。そして手に持つ大剣がいつの間にかレックスを狙っていた。レックスは、突如何が起きたかわからなかった。だが、剣がこちらに来ると確信するとレックスは間一髪で避ける。だが、それで終わりではない。少女は剣を振り回し、次々にレックスを襲う。レックスの逃げ道を執拗につぶすような太刀筋に苦戦するもなんとかレックスは床を転がって距離を取り、背にある護身用の剣を握り、少女の剣を受けた。
レックスはきっと彼女を睨み、少女もまたレックスと視線を合わせた。その少女の視線は、どういったものかはわからない。だが、しばらくすると少女は剣の力を抜いて、つば競り合いを解いた。レックスは少々驚きつつも、いきなり攻撃された怒りを我慢せずにぶつけた。
「いきなり何するんだ!」
警戒の色を解かずに武器を握りしめた。それに対し、金髪の少女は不敵に笑った。
「ホムラ、子供相手に何やってんだよ!」
「私はヒカリよ、いい加減覚えて頂戴。それにこの子供じゃ不安だって言ったのはあなたでしょ?」
「アタシはそんなこと言ってないよ」
「言わずとも、思っていたでしょ?」
じとっとにらみながらヒカリと名乗る少女が反論する。そして彼女の体が再び光った。すると、最初に出会った赤い髪の少女へと戻った。
少女はレックスへと歩み寄り、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい……レックスさん。ヒカリちゃんったらいきなりあなたに攻撃して……けがはなかったですか?」
少女が申し訳なさそうに近づくと、レックスは武器をしまった。きっとこの人は襲わないだろう。
「え、あ、ああ俺は大丈夫だけど……君は二重人格なの?」
「ええ、似たようなものですね。あ、私はホムラって言います。ちなみにさっきレックスさんを攻撃したのがヒカリです」
そう言ってにこりと笑う。先ほどの金髪の少女と違い、攻撃的ではない。
「ヒカリちゃんはあなたをテストしたかったんです。そして結果は――合格ですね。見たところドライバーではなさそうですが、どうやって?」
「じっちゃんに教わったんだよ。小さいころから遊びといえばこればっかりだった」
ここでいう"じっちゃん"というのは人間の老人を差しているわけではない。齢500を超える巨神獣であり、レックスを見守り続けてくれている存在だ。
「――腕も申し分ないですし、度胸もあります。では、仕事お願いしますね?」
そういうとホムラはぺこりと頭を下げてすたすたとレックスの前から去っていった。仮面の男も、恐らくホムラのブレイドであるトカゲ男も後に続いた。
そして緑色の髪をしたニアと呼ばれる少女は大きくため息をついた後、むすっとした顔でレックスを睨みながら去っていく。そして彼女のブレイドである、ビャッコという名の虎は非礼を詫びるようにそっと頭を下げるや、あとに続いた。
「もも、何と喧しい連中だも――」
バーン会長はため息をついた。目の前で騒動が起こっているのだからそれは疲れるものだ。しかし、流石は仕事人だろうか、バーン会長は大きな袋を手に持ち、机へと置いた。
「手付金10万ゴールドも。これで必要な装備を買いそろえてから右舷の桟橋へいけも。そこで俺の用意した素晴らしい船が待っているも」
手付金は10万。これだけあれば何でも買えそうだ。さっきまでの事が吹っ飛び、分かりましたと叫ぶやすぐに部屋を出ていった。
その後、巨神獣である"じっちゃん"に出かける旨を伝えた。じっちゃんからは嫌な予感がするだの胡散臭いだの言われたが報酬に目がくらんだレックスは一方的に言い放つと、商会の市場へと駆けだしていってしまった。新品のベストやその他のサルベージャーに必須な道具を買い終えて、残りは故郷の村へと送り終えると、バーン会長に言われた右舷の桟橋に向かった。
そこには、レックスにはあまり縁のないような大きな船が待ち構えていた。レックスは驚きの声を出し、ますます気分を高揚させていると、それに水を差すような言葉が飛んできた。
「この程度の船で何感動してんのさ。本当に子供なんだから」
レックスはむっと顔をしかめると振り向いて反論した。
「子どもとか大人とか関係ないだろ。この船のすごさがわっかんないのかよ」
「世間知らずは面倒臭いっていってんの」
「同い年くらいのくせに偉そうに――ん?」
レックスは少女の足元を見る。そこには、停泊した船を固定するためのロープがあった。よし、これで仕返しをしてやろうか。
「あ、そこのロープ。出航するときに踏んづけていると巻き込まれて、足が千切れるぞ」
無論そんなわけはない。精々転んでしまうくらいだろう。だが、少女はそれを本気にしたのか、悲鳴をあげて飛びずさった。それをしっかり確認した後、レックスは嘘だといった。
少女は顔を途端に赤くし、レックスに抗議する。しかし今のレックスは圧倒的に優勢だ。にやにやしながら言い放った。
「世間知らずはお互い知らずじゃないか」
そういうとニアはきーっと睨み付けてきた。
だが、喧嘩の時間は終わりを告げた。仲間のサルベージャーが出航することを伝えに来たのだ。そして夜は見張りをやることも伝えられた。
レックスは了解すると、ニアに軽くじゃあなと別れを告げた。彼女からは不機嫌そうな声が帰ってきたが。
その後船に乗っていき、雲海を進んでいくこと数時間。レックスが見張りを終え、また別の人間に変わった時突如船内放送が流れた。目的の区域についたので準備ができ次第集合してほしいということだ。すぐにレックスは集合場所まで行くと、早速仲間のサルベージャーとともに作業を開始した。
レックスは先陣を切って雲海へと潜り、引き上げる物を見る。するとそこには、大きな船を見つけた。かなりの年代物であり、現代のそれとは大きく違う。ここまで乗ってきた船もでかいが、そいつはそれ以上の規模だろう。
空気の力によって引き上げる装置をいくつも取り付けてどうにか雲海へと引き上げることに成功すると、任務を見守る依頼主たちの元へと報告しにいった。ちなみにホムラはヒカリになっている。
その後仲間のサルベージャーたちが、捜査を開始するように告げた。次々に仲間たちが行く中、依頼主たちもそれに続いた。
レックスは残って船番でもしてようかと思い、そこに立ち尽くしていると、仮面の男シンが立ち止まり、こちらを振り返った。そして、静かに命令した。
「お前も来い」
え? と呆けたレックスだが、それにかまわずシンは進んでいく。
「こいつもつれていくの、シン?」
ニアもまた驚いていたが、シンの代わりにヒカリが振り向き、応えた。
「あなた達だけだと不安だそうよ」
イジワルそうに微笑むとそのままシンの後を追っていった。ニアは何も言わずただ地団太を踏むと、ヒカリの後姿を睨み付けた。
そんな光景を唖然と見ていたレックスだったが、ニアは苛立ちながらレックスを促した。
「なにぼーっとしてんだよ! 言われたろ、ついていくんだよ!」
そう言い放つと、ずんずんと不機嫌そうに歩いていき、レックスも後に続いた。
レックス、ニア、ヒカリ、そしてシンという珍妙なパーティーで古代船を捜索していく。すると奥に大きな扉がそびえる様にあった。長い年月を経ているようで、傷みも激しくみられる。そんな中、ヒカリとシンは意味ありげにそれを見つめた。
「見て、シン。あの紋章、アデルのものね」
ヒカリがそう呟きシンが頷く。その会話が聞こえ、レックスもまた扉を見つめる。すると中央には、彼女が言うように何かの紋章が彫られていた。
「アデルの紋章って――何のことだ?」
レックスは意味が分からずに問う。しかしシンは無視して命令をした。
「――おい、この扉を開けろ。この扉は"お前達"でなくては開かん」
どういうことだ? 言っている意味が解らない。
「俺達じゃなくてっていうのはどういう――」
「いいから早くやって頂戴。こっちは大金払ってるのよ?」
ヒカリが会話を遮るようにきつく言い放つ。
「何だよ、お客だからって偉そうに――」
レックスはむっとしながらもすたすたと扉まで歩いた。しかし、いざ扉を開けようにも、やり方がわからない。どうやってあけるのか、レックスは扉中を探していく。
ふと、先ほどヒカリが紋章について何か言っていたのを思い出す。レックスは、扉にある紋章に触れてみる。すると、ぼうっと淡い光を放った。そして熱く重い扉は開いていった。
扉の先からは霧のようなものがあふれ出し、レックスは導かれるままに進む。その際、レックスが歩くたびに白い電気のようなものが走るのが見えた。
「やっぱりね」
ヒカリがぼそりと呟き、シンもまた頷く。
レックスが進み続けていると、シンは呼び止めた。
「待て。奥にもう一つ扉がある」
レックスはうなずくと、再び、奥の扉にある紋章に手を触れた。すると重々しい扉がゆっくりと開き、またも霧のような何かがあふれ出してくる。
「――行くわよ」
ヒカリが促し、シンとニアは続く。
レックスは前へと進んでいく。すると霧が晴れた先に――大仰な機械が見えた。そしてその機会の透明なガラスの中に、人がいた。
「な、なんだあれは……!?」
レックスは駆けだし、もっと近くで見る。機械の前には一本の片手用の曲刀が床に刺さっている。その前にレックスはとどまり、ガラスの中にいる人間を近くで見る。
「男……だな――」
図体がデカく筋骨隆々とした大男であり、非常に濃い顔をしている。しかしなんだってこんなところに――
「――ん?」
レックスは、床に刺さっている武器を見る。その武器の束の部分の、宝石に似たものが紫色に光っている。それはまるで心臓の鼓動のようで、釘つけになる。
シンたちもまたレックスに続き、その部屋に入っていく。そして、あの大仰な機械を眺め、ヒカリがシンに呼びかけた。
「ねぇ――」
「ああ、間違いない」
シンが確証を持って、つぶやいた。
「――天の聖杯だ」
その言葉を聞き、ニアは目を見開いた。
「天の――聖杯――」
聞いたことがある。全てのブレイドの中でも最も優れ、強大な力を秘めている存在とされ、500年前に多いな活躍をしたという伝承は。
だが、ニアはあくまで伝承だと思っていた。しかしそれが今、目の前に存在しているのだ。
レックスもまた、これは只者じゃないと感じていた。しかし、今まで見たことのないものが目の前に存在している。レックスは自然に腕が動き、光る宝石へと触れ――
「――ッ! レックス、それに触らないで――」
「え?」
突如大声で呼び止められたことで驚き、その拍子でその宝石へと触れてしまう。するとぱっと紫の光が火花のように飛び散り、目を奪われる。キラキラと光の粒子が舞い上がりこの世のものとは思えない景色に、何も考えられなくなる。これはいったい、なんだろうか――
――ザクッ!
突如走る痛みが、夢心地なレックスを現実に引き戻した。胸が灼ける様に熱く、波のように全身い痛みが流動していく。何が起こった。レックスは自身の胸元を眺める。すると、胸から、血に濡れた刃が生えてきていた。それですべてを理解した。自分は、貫かれたのだと。
「あ――な、何で――」
血がたらたらと流れ落ち、視界がぼやけてくる。嘘だろ。俺はここで死ぬのか? まだ15だというのに――
「悪く思うな。せめてもの情けだ。この先の世界を見ずともすむようにな」
何を……言ってるんだ……?
そうシンが言い放つと、剣は勢いよくレックスの体から引き抜かれ、鮮血が噴き出す。もはや立つ力も残されておらず、地面に伏していった。
レックスの体はだんだんと冷たくなり、痛みも引いていく。これが死ぬということなのか。レックスは瞳が重くなるのを感じ、そのまま永遠の闇へと、沈んでいった。
「う、うん――」
意識が戻り始めた。四肢に力が戻り始め、レックスは立ち上がった。すると、見渡す限りの草原があった。空は澄み渡るほどに青く、美しい。緑も豊かで、こんな場所を、レックスは知らない。
あたりを見渡すと、一本の大木が見えた。そしてそこには、一人の人間が立っていた。レックスはそこへ向かっていく。
歩み寄っていくと、そこには大男がいた。レックスに背を向けて、大樹に寄りかかっている。何かを、眺めているように見える。そういえば、あの機械の中に入っていた人間と同じだ。いったいどうしてこんなところにいるのだろう。
「あ、あのーー」
レックスは、不思議に思い、声をかけた。だが、レックスのほうを振り向かない。そしてーー
「ーー止まねぇな」
「へ?」
唐突に出てきた言葉に困惑する。
「止まねぇんだよ。ずっと、ずっと昔から」
それはひょっとしてレックスにいっているのだろうか。戸惑いを隠せなかったが、何も言わないのはあまり良いものではない。
「止まないって、あの鐘のこと? 法王庁でも近くに来ているのかな? ねぇ、ここはどこなんだ?」
「ここは――楽園だ。遥かな昔、人と神が共に暮らしていた場所――そして、俺の故郷だ」
「え――うそ、ここが楽園!?」
今なんといった。ここが、楽園だと?
アルストと名付けられた、この世界の中央に聳え立つ世界樹の頂上には、かつて人と神が暮らしていた場所があったとされている。そしてここでは争いもなく、全ての存在が笑って暮らせる、理想郷だと、伝承として語られてきた。それが今こうして眼前に広がっている。
たしかに豊かな自然や澄み切った空や空気を見るに、ここが楽園だといわれてもなんとも疑いようがない。そして男が立つ丘の上から見下ろすと、小さな町が遠くに見えた。そして、大きな教会も。
少年はいつしか男の横に立っていた。男はこちらを振り向くと、胸にある、紫に光る宝石が点滅を繰り返していた。
「――コアクリスタル。ということは、君はブレイド?」
ブレイドには必ずコアクリスタルが存在する。これはブレイドの心臓ともいうべきものであり、ここからブレイドとしての機能を果たす。
男はコクリと頷き、わずかに口角をあげた。
「俺の名前はメツだ」
「え――あ、俺の名前は――」
「知ってるぜ。レックスっていうんだろ?」
唐突に名前を名乗られてどもってしまったが、自分の名前を呼ばれたことでレックスは目を見開き、落ち着きを取り戻した。心中は穏やかではないけれど。
「どうして、俺の名前を?」
「さっき、俺に触った時にな」
「さっき――」
レックスはさっきの事を思い出す。そして、不意に、いや、ようやく気付く。なぜ自分がここにいるのかを。
「そういえば、俺なんでこんなところにいるんだ?」
「てめぇは死んだんだよ。シンに胸を刺し貫かれてな」
それを聞いたレックスは思い出していく。
皮膚が裂かれる感触。飛び散る鮮血。激しく躍動する痛み、そして力が抜けていく感覚――
全てが生々しくよみがえり、レックスは吐き気に襲われ、口に手を当てる。そして、沸々と怒りが沸き上がり眼を震わせた。
そして、そんな奴が今あの船にまだ残っている。ということはきっと――
「大変だ! 皆が、このままじゃ商会の皆が! 急がないと!!」
そういってレックスはだだだとメツの元を離れて駆けだす。だが、すぐにレックスは膝をついて滑らせ、頭を抱えた。
「だめだー! 俺死んでるんだった!! くっそぉ! 死んでさえいなければあんな奴――」
悔しそうに地面を叩きつけるレックスをみたメツはふぅと息を吐くと、静かに歩み寄った。そして、背後から声をかける。
「小僧。頼みがある」
レックスは地面を叩くのをやめて、振り返る。その表情はどこか、悲しそうだった。
「俺を、楽園に連れて行ってくれ」
「え――でも楽園って、ここじゃないの?」
メツは首を振り、否定した。
「ここは記憶の世界。遠い遠い俺の記憶の世界だ。本当の楽園は、お前たちの世界――アルストの中心に立つ世界樹の上にある」
「記憶――幻みたいなものか」
レックスはぼそりと呟く。だが、彼の願いを受け入れることはできなかった。
「無理だよ。俺死んじゃったんだろ? 君の手助けは、できそうにない」
「だったら俺の命を半分くれてやる。そうすれば小僧は生き返る」
メツは胸のコアクリスタルを見つめながら語った。
「俺の――天の聖杯の、ドライバーとして」
「天の聖杯の――ドライバー!? そ、それって」
「どうする、小僧?」
何とも言えない、悲しそうな表情のままメツは問う。レックスは、彼の目を見ることができず、空を仰ぐ。
「ここは、メツの故郷なんだよな?」
「ああ」
「本当に――ある?」
「小僧。お前の考えていることは解るぜ。お前はずっと前から思っていたんだろ? ここに来れば、アルストの運命――死にゆく大地の呪縛から解き放たれる。もう巨神獣の寿命を気にしなくても済む」
「――未来におびえる必要もなくなるんだ」
レックスはずっと思っていた。巨神獣が死んでいき、いつか人が住めなくなっていくのではと。でも、楽園に行けばもうそんな心配は無くなる。
「――なら答えは決まっている。行こう、楽園へ!」
レックスは駆けだし、メツの目の前へと立つ。メツは僅かに目を見開いた。
「俺がメツを連れて行ってやる!」
そういうとメツは瞳を閉じ、嬉しそうに笑むと、より一層胸のコアクリスタルが輝いた。
「ありがとな、小僧。じゃあ、俺の胸に手を置け」
そういうとメツはにっと口角をあげた。レックスは躊躇なく男の胸に輝くコアクリスタルに触れた。
すると――ドクンと鼓動が響き、コアクリスタルから紫色の奔流があふれ出していく。そしてそれはレックスの胸に集中していく。
エネルギーはますます高騰していき、すさまじい熱と勢いを帯び始める。そしてついには、レックスとメツを、紫の炎が包み込んでいった。
――気が付くと、レックスは殺された場所で眠っていた。そしてレックスの体は、紫色に燃える奔流で起き上がりはじめ、胸にはX型の宝石が埋め込まれていく。そして右手には何かを握らされたような感触が生まれ、ブンと振り払う。そしてレックスは瞳を開け――完全蘇生を果たしたのだった。
――これは、少年が大男と共に楽園を目指す物語。
そして、みんなが知っている物語とは、少しだけ違うもう一つの、物語。
とりあえず、原作のホムラヒカリ、そしてメツの立場が入れ替わったと考えてください。マルベーニさんが最初に同調したブレイドさんを入れ替えただけで。こうも変わるのだから恐ろしいです。
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第二話:聖杯の目覚め
若干黄金の国イーラのネタバレがあります。
一方その頃、古代船のデッキをシンやヒカリ、そしてニアが歩いていた。ヒカリが人間の入った箱を持ち、シンはじっとそれを睨む。ニアはというとずっとうつむいたままだった。
ニアは少年が殺されたところを見てしまった。少年とはそりが合わなかったけれど、なんだかんだ仲良くはしていた。それなのに、彼には何にも罪が無い筈なのに殺されてしまった。それが納得できず、シンに抗議したが聞き入れてもらえず、失望していた。
「――ニア、殺してください」
「え? 何を?」
そんな時、ホムラが声をかけた。いつの間にか姿を変えていたのだろうか。俯いていたニアは何のことかわからず、もう一度聞き返す。
「彼らの命の代金はすでに支払っています。私たちが天の聖杯を手に入れたっていう話、知る人間が少ない方が都合がいいですから」
そう冷たく言い放つホムラに、ニアは困惑した。
「で、できないよ――この人たち関係ないじゃん!」
「おかしなこと言いますね。あなた、自分が何のためにここにいるか忘れちゃいましたか?」
「け、けどさ――」
ニアはそれでも嫌だった。なぜ殺さなければならないのか。
そんなにあの態度に痺れを切らしたホムラはヒカリに変わり、きっと睨み付けた。
「ああもう、めんどくさい女ね! もういい、私がやる!」
そういってヒカリはデッキ端に固まっているサルベージャーたちに歩み寄ろうとした、その時だった。ヒカリの持つ箱が突如、黒く染まり始めていったのだ。それは広がり始め、やがて箱全体が覆われ始めていった。ヒカリはとっさにそれを投げ捨てると、箱の中から、黒い渦が天を穿った。そして屈折し、古代船内部の入り口付近に落ちていく。
衝撃で船が揺れ、土煙が巻き起こる。そしてその中から――メツが姿を現した。
そして――
「――――うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!」
デッキの床から、叫び声が聞こえた。それと同時に、先ほどと同じく黒い奔流が床を突き破り、その中からレックスが、飛び上がって現れた。右手には、紫色の刃を持つ片手用の曲刀が握られている。
レックスは着地の衝撃に耐えつつ、自身の敵であるシン、そしてヒカリを睨んだ。
「――レックス……その剣、まさか――」
「いきなり後ろからとは卑怯じゃないか――それが大人のすることかよぉっ!」
レックスは剣を突きつけながら叫んだ。そして、後ろに控えているメツを見た。
「行くよ、メツ!」
「いいぜ、小僧!」
そういうと、レックスは敵に向かって走り出した。それを視認したシンは、剣の柄を手に取った。
「――いい。私がやるわ」
そういうとヒカリが前に出て、突進するレックスを迎え撃った。ガキンと激しい金属音が響き、レックスは敵意をむき出しにしながら力任せに押し出していく。ヒカリはあざ笑うように払い、レックスを弾き飛ばす。
「悪いわね。彼の力をそう簡単に使わせるわけにはいかないのよ。私が相手をしてあげるわ」
そういって挑発的な笑みを浮かべた。
一方メツはレックスの元へと走り寄る。レックスに力を与えるためだ。だが、それを察知したヒカリのブレイド、ザンテツが襲い掛かり、とっさのところで一撃を避けた。
「お前――どけぇっーー!!」
メツが攻撃されているのを見たレックスは激昂し、ばっとヒカリに飛び掛かった。ヒカリは表情を変えずにレックスの攻撃を防ぎ、返していく。
ニアはこの状況に困惑し、ヒカリに叫ぶ。
「やめなよヒカリ! 相手は子供じゃないか!?」
「子供ですって? 冗談はよしなさい! あいつはね――」
今の言葉は聞き捨てならないとヒカリはニアを睨み、レックスを押し返す。
「――とっくに天の聖杯のドライバーよ!」
そういってヒカリはレックスへと斬りかかり、戦闘は継続される。それをニアは茫然と見つめていた。
そんな中ヒカリは、神々しく光る大剣を振り下ろし、レックスの一撃をはじく。そしてレックスの腹を蹴り飛ばした。
「ぐわっ!」
レックスがひるんだ隙を狙い、ヒカリは上空へと武器を投げ飛ばした。そして、飛び上がってキャッチしたザンテツが受け取り、交差させた風のエネルギーを放つ。しかし――ザンテツの拘束を逃れたメツがレックスの前に立ちふさがり、バリアを張って防いだ。
「あ、ありがとうメツ」
「礼なんか言っている暇なんかねぇよ! 行くぞ!」
「――ああ!」
バリアを解き、レックスとメツは突進していく。ザンテツが阻もうと刃を投げつけるが、全てメツのバリアが防いだ。そしてレックスが再びヒカリに攻撃を仕掛けていく。
「みんな、今のうちに早く!」
レックスが叫ぶと、それまで闘いを見ていたサルベージャーたちが次々と逃げていく。それにヒカリが舌打ちをする。
「ヒカリ、いまだ!」
ザンテツがエーテルエネルギーを送り、ヒカリは武器を握りしめた。目線は逃げるサルベージャーたちへと向けられていった。
「お前の相手は、俺達だー!!」
レックスは叫ぶと、闇の刃をヒカリに放った。ヒカリはそれに気づき、やむを得ず溜めたエネルギーを放ち、相殺させた。その衝撃で爆発を起こし、煙が巻き上がる。そしてそれに隠れるようにレックスとメツは飛び上がった。頭上には、闇のエネルギーを纏った片手剣が見える。
「くらえっ――!!」
喉が枯れるほどに叫び、ヒカリへと叩きつける。ヒカリはしかとレックスを見つめ、つぶやいた。
「――なんでこんな子供が、って思ったけど……その瞳の色、もっと注意しておくべきだったわね」
「何のことだ!」
「――教えないわよっ!!」
ヒカリが開いた左手から光の筋を放ち、レックスを吹き飛ばした。どうにか着地したレックスは、再び剣を構えきっと、同じく着地したヒカリを睨み付けると地を蹴り上げた。
「――やるじゃない。天の聖杯をそこまで扱えるなんて。でもね――」
ヒカリは、口角をそっと上げる。そしてじっとレックスを見据えた。レックスはそのまま剣をヒカリ目がけて振り下ろす。だがそれは、難なくかわされてしまった。
「なにっ!?」
宙を斬ったレックスはヒカリを探すべく目を泳がせる。だが、それがいけなかった。
「はぁっ!!」
「ぐあっ……!」
突如レックスの鳩尾に鋭い蹴りが襲いかかった。何かが込み上げてくるような感覚を味わいながらレックスは甲板の上を転がっていく。武器もまた、レックスの手から離れてしまった。
「小僧! ーーちっ、どけぇっ!」
メツはレックスのもとへと駆けつけようとするも、ザンテツが嗤いながら阻む。
「調子に乗らないでくれるかしら……?」
不機嫌そうにいい放つと、横たわるレックスに止めを刺すべくだっと駆け出した。
だがーーヒカリの横の空間のエーテルエネルギーがとたんに反応が大きくなっていったのを感じ、ヒカリは振り向いた。
「何!?」
すぐさまザンテツを呼び出し、エーテルバリアで防がせる。いったい何事かとヒカリがエーテルバリアの向こうを覗くとそこには、ビャッコとそれにまたがるニアがいた。ビャッコは倒れているレックスの前に庇うように塞がった。
バリアを解くと、ヒカリは憤怒の表情を隠さずにニアに叫んだ。
「何で邪魔するの? あなた頭おかしいんじゃないの?」
「おかしいのはそっちだろ!? 子供相手に……!」
ヒカリは、きっと睨み付けて一歩前へと詰め寄る。
「貴女――自分の立ち位置、理解してる?」
「わかってるよ! けどね――」
「ああもう、めんどくさいわニア!」
ヒカリが怒りを顕わにしている間にも、メツは、レックスが落した武器を拾い上げ、ヒカリへと迫っていく。ヒカリは舌打ちをしながらメツに応じた。金属音が激しくぶつかり、両者一歩とも譲らない。
「――ふぅん、寝起きにしてはいい太刀筋じゃない? 思い出すわね、500年前を」
昔を懐かしむようなセリフを言い、口角をあげるが、目は笑っていない。
「それで、やっぱり目指すの? 楽園を」
「――ああ、それが俺の望みだからな!」
「だったら――させるわけにはいかないわね!!」
そういうと、ヒカリは強く剣を振り、メツを押し払う。メツはよろめきつつも、距離を取り、どうにか構え直す。
一方蹴られて倒れていたレックスは立ち上がり、メツの名前を呼ぼうと口を開く。だが、メツの背後には、一隻の戦艦がいつの間にか現れていた。そして戦艦からは、箱型のミサイル銃が二丁現れた。そしてその重工は、メツに向いている。
「メツ、危ない!!」
レックスが叫んだと同時に、銃弾は放たれた。レックスの声に気づいたのか、メツはすぐさま振り向き、エーテルバリアを張る。しかし、雨のように打ち続けられる銃撃に耐えられず、バリアは破壊されて吹き飛ばされてしまう。レックスはすぐさま駆け寄り倒れ込むメツに触れる。
「大丈夫か、メツ!」
「あぁ、なんとかな」
しかし非情にも、銃口はこちらを向いている。メツを連れ出して逃げるべきだと考え、体を起こそうとする直前、ビャッコの影がレックスたちの前を遮った。
「やめろぉ!」
ニアの声と共に、ビャッコもエーテルバリアを張った。レックスたちはその背後で身をかがめる。
しかしビャッコでも完全に防ぎきることはできず、ドライバーであるニアが、弧を描いて遥か彼方まで飛ばされていった。このままでは雲海の遥か底まで落ちてしまう。レックスはだっと駆け出し、ニアを追いかけていった。
「ニア―ッッ!」
叫びながら全力疾走し、船外へと投げ出されたニアを追ってレックスは飛び降りた。思い切り手を伸ばし、すっかり意識を失ったニアの細い腕をつかむ。その瞬間レックスは身をひるがえし、左腕についているアンカーを船の壁へと打ち付けた。ワイヤーが伸び、みごとに食い込むと、レックスは帰還すべくワイヤー収納を行おうとする。
しかし――敵は悠長に待ってはくれなかった。
「しぶといわね、レックス。でも、それもここまでよ!」
船上から投げかけられた言葉と共に、隣の船の機関銃がレックスへと向く。
「くそっ!」
このままワイヤーを収納し、引き揚げたところでその上にはヒカリもいる。また落とされてしまうだろう。万事休すか。そう思い、レックスは目を閉じる。
だが、その直後爆発音が聞こえた。レックスは目を開けて、音のする方を見る。どうやら隣の船から煙が上がっており、そこから音がしたようだ。まじまじと見つめていると、どこからか風を切る音が聞こえた。そこを見ると見知った巨神獣がこちらへと迫ってきた。
「じっちゃん!!」
レックスの呼びかけに、セイリュウは蒼い瞳を向けて答える。そのまま、ヒカリたちのいる船へと旋回し、その上空を飛んでいく。セイリュウは船上に立つ仮面の男、シンをじっと見つめた。
「シンよ――お前はまだ……」
セイリュウは思い出す。500年前に別れたあの日の事を。あの日のシンは、悲壮な決意を抱きながら背を向けていた。その姿は500年経っても、変わらない。
セイリュウはもう一人の人物に目を向ける。そしてわずかに目を見開いた。
「あれは――ヒカリか」
なぜ此の者が――セイリュウは僅かに思考が混乱しかけた。しかし今すべきことは、昔を懐かしむことではない。セイリュウは船を通り過ぎ、再び旋回すると口に炎をため、船上に放った。圧倒的なエネルギーを秘めた巨神獣の攻撃は床を破壊し、蒸気を上げ、視界が悪化させた。ただ、そこに立つ心は微動だにせず、背に収められた長刀の束に手をかける。そして、セイリュウの火球がシンに迫った瞬間、剣を抜き払った。炎は見事にシンの目の前から二分し、炎はV字の軌跡を床に描く。セイリュウは特に驚きもせず、その隙に壁でぶら下がっているレックスの救出に向かった。
「乗るんじゃ、レックス!!」
セイリュウが叫ぶと、メツはビャッコに跨り、レックスの元へと向かう。船の壁を走り、そのままメツは手を伸ばしてレックスを乗せた。そして、ビャッコはばっとセイリュウに飛び移った。
「行くぞ、落ちるなよ!!」
乗ったことを確認して清流が言うと、速度を上げて船から逃げていく。
「逃がさないで、撃って!!」
ヒカリの指示により、隣の船がセイリュウに射撃を開始した。雨のように撃たれていく銃撃にセイリュウは苦しむが、沈めるほどの威力ではない。ヒカリは苛立ち、主砲の展開を指示しようとする。しかし、シンが手で制した。
「無駄だ、射程範囲外だ。戻るぞ」
シンの見逃すような態度に、ヒカリは腕を組み非難の目線を向ける。
「追わないの?」
「目覚めたのならそれで十分だ。後はヨシツネに探らせる」
そういうとシンは背を向けて船内へと戻った。
ヒカリはシンの背中を見つめながら、先ほどのシンの行動の意味について考えた。そして、シンの考えが分かった時、口端を上げた。
「そういうことね――」
ヒカリはじっとセイリュウが逃げた方向を見つめ、そのまま踵を返してシンの後を追った。
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第三話:メツとセイリュウ
「う、うーん……」
どれくらい眠っていただろうか。レックスは、意識を取り戻し、瞳を開ける。そこには、頬の筋肉が異常に発達している男の顔が映っていた。
「目が醒めたみてぇだな、小僧」
「メツか……うう、頭が痛いな」
レックスは草が生い茂っている地面で寝ていた。決して鍛え上げられた固い膝の上ではない。
「地面でずっと寝てたからな。生憎俺は、野郎に膝枕するなんていう気色悪ぃ真似はできねぇ性質でな」
「別に膝枕してほしいなんて言ってないよ……それはそうと、ここはどこ?」
「さぁな、ただの森としか言えねぇな。大方どこかの巨神獣にでも流れ着いたんだろう」
「巨神獣……ーー!」
その言葉を聞いてレックスは、先程の激闘を脳裏に蘇えらせた。そうだ、あのときじっちゃんは、砲撃を受けて墜落したんだ。
レックスは飛び起きて、ぐるぐると周囲を見回す。しかし、そこにはメツ以外には存在しなかった。まさかじっちゃんもニアももう、死んでしまったのでは……?
ーーいや、まだそう決めるのは早い。レックスは息を吸って、メツへと向き直った。
「まだこの近くにいるはずだ。探そう!」
「そうだな。だが気を付けろ、この辺りにはモンスターたちが生息してるからな」
そういうとメツは己の持つ武器をレックスに渡した。レックスは頷くと、森の奥へと歩みだした。
モンスターたちを倒しつつ歩き続けると、大きな生物が横たわっているのが見えた。もしやとおもいレックスは駆け出すと、果たしてそこにはじっちゃんがいた。じっちゃんの表情は、とても苦しそうだ。
「じっちゃん!」
レックスが駆け寄ると、それは酷い惨状だった。体のあちこちに血が付着しており、木々の枝などが刺さってしまっている。最早動くこともままならないほどの重症に、メツは顔をしかめる。
「ーーっ、待ってて今傷薬だすから!」
「お前の薬なんぞ千人分あっても足りんわい」
「っ、でも!」
「これもまた運命。泣くな、レックス」
優しく諭すようにいうじっちゃんに、レックスは涙を浮かべる。自分があんな仕事を受けなければ、じっちゃんはこんなに傷つかなくてすんだ。後悔がレックスを絶望と失意のどん底へと突き落とし、ぐっと目を閉じる。
「無理なこと、いうなよ……」
「別れは一瞬、エーテルの流れに導かれて、また巡り合える……お前と過ごした時間はとても楽しかったぞ。また会おう、レックス」
そういうと、じっちゃんーーいや、セイリュウの体がだんだんと青い光に包まれていく。消えていってしまうのだろう。レックスは手を伸ばし、じっちゃんと叫ぶ。
だが、レックスの指先は、宙を掠めた。セイリュウは青い粒子となって砕け散り、大気中へと消えていく。レックスは必死に、じっちゃんの欠片を拾おうとしたが全て消え去ってしまった。
じっちゃんが居なくなり、すっかりスペースが空いてしまった。それを見た瞬間、レックスは膝を崩して大粒の涙を流した。
「うわあああーーっ!! じっちゃーーーーん!」
「……」
メツもこのときばかりはレックスに茶々をいれず黙って腕を組んで見つめていた。
「じっちゃん、じっちゃーーん!」
「泣くなというとるじゃろうがレックス」
「うっううっ、ううう……!」
「……あん?」
どこからか聞き覚えのある声がするが、腕を地面に叩きつけながら喚くレックスは気づいていないようだ。
「レックス!」
「うわあああああーー!」
「レックスッ!!」
「じっちゃーーん!!」
「――小僧、顔あげてみな?」
「……え?」
突如投げかけられたメツの言葉にレックスは叫ぶのをやめて、顔をあげてみる。すると――いつの間にか小さな白い竜がいた。何かの間違いかと思い、レックスは腕で涙をぬぐう。しかしそこには確かに、先ほどまでいなかった小さい竜がいた。ということは――
「え、えええええええええーーっっ!? じ、じっちゃん――なのか!?」
「当り前じゃ! 見てわからんのか」
「い、いやわからないよ……」
「ったく、趣味の悪いじじいだな」
「失礼な奴じゃな! わしは全身の代謝を最大限にして身体維持をした結果、幼生体に退行しただけじゃ! 尤もすべての巨神獣ができることでは……ん? レックス、お主怒っておるな?」
セイリュウが問いかけるとレックスはプイッとそっぽを向いてぶっきらぼうに返す。
「別に。なんかただわんわん泣いていた自分が、アホらしくなっただけだよ」
「やっぱり怒っとるではないか」
「んなことより、どうすんだよ。ニアってやつ探さなくて大丈夫なのか?」
「あ、そうだよ! ニアを探さなくちゃ」
「ニアというのはお主と一緒におったドライバーのことかの?」
「ああ。そういえばじっちゃんは行方を知らないの?」
背に乗せていたじっちゃんならなにか知ってると思い尋ねたが、小さい首をふるふると横に振っただけだった。
「何しろあちこちの木々にぶつかったからの、途中で落っこちてしまったんじゃろうな」
「うーん、それだけじゃ探しようがないなー……」
「はぁ? 探しようあるだろうが」
メツがレックスの頭を、軽く手で押す。
「木々にぶつかったってんなら、何か折れた枝とかあんだろ?」
「なるほど、よしいこう!」
そういうとレックスはじっちゃんを両手で抱えて、首の後ろに垂れ下げた、サルベージの時に使うヘルメットに入れた。丁度良くフィットし、セイリュウはおおーと歓喜の声を上げた。
「ほほー、こりゃ楽ちんじゃわい!」
じっちゃんをヘルメットに仕舞い込むと、レックスとメツはまたも森の奥へと進んでいった。
「そういえばレックスよ、一つ聞きたかったんじゃが」
後ろのヘルメットから声が投げかけられる。
「なに、じっちゃん?」
「お主、先ほどから胸に紫色のコアクリスタルがあるじゃろ。あれはいったいなんじゃ?」
「ああ、それは――」
レックスがこれまでの経緯を話そうとしたその直前、突如肩を強くつかまれた。はっと振り向くと、じっと前を見据えているメツがいた。
「どうしたの、メツ?」
「シッ、なんか聞こえねぇか小僧」
レックスは耳を澄ませてみる。すると金属音が小さいが遠くから響いている。
「え……あ――この音、誰か戦っている!」
「それに大気中のエーテルも震えてやがる。こいつは間違いねぇな」
ニアと、そのブレイド・ビャッコがそこにいる。レックスはメツに頷くと、駆け出していった。
すると案の定、ニアとビャッコが一匹の巨大なグロッグに襲われているのが見えた。
「どうやら消耗しているようじゃの、レックス!」
「分かってる!」
レックスはすぐさま武器を抜き払い、メツはエネルギーをレックスの剣に送る。禍々しい闇のエネルギーが凝縮された瞬間、レックスは思い切り武器を振った。剣から放たれたエネルギーはまっすぐグロッグへと向かい、直撃した。
グロッグがよろめいたのを見て、ニアとビャッコはこちらを振り向く。そして、ニアは目を見開いた。
「手を貸すぞ、ニア!」
「レックス――なんでここに!?」
状況の変化についていけないニアだったが、メツがニアの前に立つ。
「話はあとだ嬢ちゃん! 今はこいつをぶっ倒すぞ!」
「おっしゃる通りです。今こそ反撃の好機です!」
「――っ、わかった!」
状況は後で整理すればいい。とにかく、目の前の障害を取り除かない限りは、始まらない。
夜が更けて、レックスたちは火を囲んでいた。温かい焚火を囲みながら、ニアたちと共に状況整理をし始めた。じっちゃんがこんなにも小さくなってしまった経緯や、レックスとメツとの出会いの話も、ここでした。
「――なるほど、そいつと楽園にね」
メツを見ながらニアは呟く。ニアは楽園の存在を完全には信じてはいない。けれど、天の聖杯メツがいるのだからただの想像上の物ではないことも認めつつあり、否定的な言葉は出さなかった。
「ちゃんとお礼言ってなかったね。助けてくれてありがとう。ビャッコから聞いたよ、アンタがここまで運んでくれたって」
「巨神獣様、ありがとうございました」
「例には及ばん。お前さん達もレックスを助けてくれたんじゃからの」
「いいよ、別に――」
そういうとニアは少しだけ視線を逸らした。
「しっかし便利なもんだねえ、巨神獣ってのは」
「全ての巨神獣ができることでは――」
「その話はいいよ、もう」
レックスがぶっきらぼうに吐き捨てるとじっちゃんはじっとレックスを睨んだ。
「いいよもう――じゃないわ! 何じゃその言い草は! そもそもお前がそんなわけのわからん仕事を引き受けたのが原因じゃろがい。じっちゃんはここでのんびりしててよ、といって飛び出していきおって――」
「あーはいはいわかりました。俺が全部悪いんです、すみませんごめんなさい」
「テキトーに謝りおってからに……まったく、反省の色が見えん」
「そりゃできないよ」
「……何でじゃ?」
レックスの返答にじっちゃんは小さな腕を組んで問う。
「だってオレがあの場所にいなけりゃ、メツはあいつらの言いなりに――」
「ふん、言うじゃねえか」
「――そんなの絶対だめだ。あんな奴らにメツは渡せない」
神妙な声で語られた訳に、じっちゃんはただ唸り、言葉は発さなかった。
その後、いろいろあった位置に地であったのですぐに眠気が来てしまい、レックスとニア、そしてビャッコは火の回りで寝てしまった。しかし、メツだけは火の近くの小さな湖で、一人佇んでいた。
「何じゃ、まだ起きていたのか」
セイリュウは、パタパタと小さな羽根を動かして、メツの隣へと飛んでいく。メツはちらりと見やると、ああと答えた。
「なんだか眠れなくてな。困ったもんだぜ」
メツは湖の奥にある樹木を見上げた。
「そういや、挨拶が遅れちまった。久しぶりだな、セイリュウ」
「――うむ。昔に比べて、少しは丸くなったかの」
「ま、いろいろあったしな」
メツは、目を細めて俯いた。
「――レックスに命を分け与えてくれたこと、礼を言おう。そのうえでききたい。レックスにした話、あれは本意か?」
つまり楽園にいくという話だ。メツは瞳を閉じ、何かを堪えるような表情をした後、頷いた。
「――ああ、本意だ」
「そうか――ならば信じよう。ほかの誰でもない、お前さんの言葉を」
「ありがとな。それに、俺にはもう一つ目的ができた」
「シンと――ヒカリか」
「ああ。あいつらをこのままにはできねぇ。というより、あの状況がすでに訳分かんねぇんだ」
「確かにな。500年の時がたったとはいえ、なぜあの二人がともに居るのだろうか」
「――ま、天の聖杯の宿命って奴だ。受け入れるさ」
メツは乾いた笑いを浮かべる。セイリュウは、笑っていない。
「巻き込むのか、レックスを」
「……できれば巻き込みたかぁねえさ」
「尤もあの子はこっちがいくら拒絶しても首を突っ込むだろうがな」
「ふん、厄介なドライバーだよ。きちんと教育しておけよ」
「それは無理な相談じゃ。――お主の胸のコアクリスタル、半分になっとるの。お前さんも背負ったということか」
「そういうこと、かもな」
メツは頭を掻いた。だが、目はいたって真剣だ。
「――レックスを、頼んだぞ」
「ああ」
そういうと、セイリュウは寝床へと去っていく。メツは後姿をただ見送るだけだった。まだまだ、眠気はこないようだ。
「……チッ、むしろ眼が冴えちまったな。ま、ガキばっかだし見張りでもしてるか」
メツは腕を組みながら、目の前に広がる湖を見つめていた。
膝枕させたかったけどホモになっちゃうから……
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第四話:カグツチ
翌朝レックスたちは目が覚めて起床した。簡単に食事を済ませたあと、今後の予定を話し合うことにした。とりあえずレックスたちの目的は楽園にいくことであるが、まずは情報を集めなくてはならない。故に人が多くいそうな所に行くべきだ。しかしーー
「そういえば、ここは結局どこだかわからなかったな……」
レックスは何しろ故郷のリベラリタス及びアヴァリティア以外は行ったことがなく、各国の情報は全て伝聞のみでしか知らないので、地理には疎い。
「グーラだよ。スペルビア帝国領グーラ。ここはそうだな、グーラの巨神獣のちょうどお腹くらいか」
「へぇー、詳しいんだなニア。っていうか、ニアのその耳、もしかしてグーラ人か?」
「……今ごろ気づいたのか。そうだよ」
「グーラはお嬢様の故郷なのです」
ここアルストには、普通の頭髪をした人間に加え、耳を生やした人間もいる。彼らはグーラ人と呼ばれ、主にグーラの地で暮らしている。ただ、外見が違うだけで知能等といった部分は、普通の人間と差がない。
「そりゃあ心強いや。町はあるのかい?」
「あるよ。トリゴの街ってところだけどね。この森を抜けて道なりに上っていけば平原が見える。街はその先」
「よし、いってみよう!」
一同はニアの道案内の元、街を目指すことにした。湿っている地面に途中足を取られながらも森を歩き続けていると、眩い光が差し込んできた。もしやと思い、森の出口を抜けるとそこには、平原が広がっていた。
「うわぁ……すっごいなぁ……」
「ほっほぉ……こりゃまた壮観じゃ」
「本当にすごいよ。じっちゃんの狭い背中とは大違いだ」
「むむっ、一言余計じゃわい!」
軽口をたたきながらも、レックスとじっちゃんは目を見開いて、その光景に感嘆する。じめじめしていて閉塞感があったあの森から解放されたというのもそうだが、無限と思えるほどに広がる台地に、溢れんばかりの緑、あちこちを闊歩する多数の動物、そして透き通っている空気。そのどれもが、緑豊かな地ではないところで生活しているレックスにとって衝撃的だった。
「500年前とあんまり変わらねぇな。いいもんだぜ」
メツもまた腕を組みながらその光景を眺める。
「無効に見えるのがグーラで一番大きな街トリゴだよ」
たしかに、平原の奥には街らしきものが見える。
「とりあえず街までは送ってく。付いたら、そこでアタシたちの役目は終わり」
「えっ、何で?」
ニアの言葉にレックスは驚き、振り向く。
「何でって……アタシはアンタらと一緒にいることはできないからね」
「それって、あいつらのことがあるからか?」
「出会ってから日が浅いとはいえ一応――仲間だからね」
「アイツらが仲間? ニアを殺そうとしたんだぞ?」
レックスの言動を前にして、ニアは目を合わせることができずに背を向けてしまう。
「それでも――アタシの居場所は、あそこにしかないんだ」
「ニア――」
ニアの言葉にレックスは、言葉が出なかった。彼女にはきっと、何か深い事情があるのだろう。
「さ、いくよ」
ニアはそういうとビャッコと共に平原へと進んだ。レックスも考えるのをやめて、あとへと続く。
広い平原を歩いていくと、ようやくトリゴの街の大きなアーチが見えてきた。少々足が張ってきたところであるので安堵の息を吐く。
「ここがトリゴの街か……おっきいな」
レックスが感想を漏らしている横で、ニアは横でぼそりと何かを呟く。
「――ニア?」
メツが不審に思い尋ねるが、ニアは何でもないとはぐらかした。
「宿までは案内するよ。そこでお別れだ」
そういうとニアはすたすたと先に進んでしまった。
トリゴの街は、簡潔に言うと、非常ににぎやかだ。レックスの職場のアヴァリティア商会も大賑わいだが、あちらは市場であるので金に関する話題でしか盛り上がらない。しかしトリゴの街は、生活の場所であるので、様々な話題が飛び交い、それでにぎわっている。
そして今、何もないトリゴの街の広場でも盛り上がっていた。何でも、グーラが属しているスペルビア帝国の兵士が、ドライバーを募集しているのだそうだ。レックスはそこでドライバーとブレイドの、本来の同調に関して始めて学習した。
ドライバーとブレイドは、本来"コアクリスタル"を通じて結びつけられる。コアクリスタルとは、ブレイドの源であり、ドライバーの適性がある人間が触れると、そのドライバーのブレイドになれる。レックスを除くほぼすべてのドライバーは、コアクリスタルを通じて、ブレイドとの絆を結んでいるのである。
スペルビア軍のドライバー募集を見届けた後、レックスたちは再び宿までの道を行く。その道中、レックスはあることを考えていた。
(あの時、初めて出会った時、あいつは悲しそうだった。メツもまた、ほかの誰かによって生まれたんだろうか――)
メツは普通じゃないブレイドだというのは、周囲の反応や言動で何となくは解っている。しかし、どこが普通じゃないのか、そしてメツが天の聖杯と呼ばれる所以が分からない。自分はドライバーのはずなのに、まったくメツを知らない。
「ねぇ、メツ。天の聖杯って――」
思い切って聞いてみよう、そう思い、レックスは口を開く。しかし、突如複数の足音がこちらへと迫ってくるのが分かった。
「――一同、抵抗するな!」
そういわれると同時に、いつの間にか黒い鎧を着用した兵士たちに取り囲まれた。先ほどドライバーを募集していた人にそっくりだ。ということは、スペルビアの兵士か。
「何なんだ、お前たちは!」
「その者、帝国に仇なす、イーラの者であろう」
兵士はニアを見つめた。恐らくニアを捕まえるために来たんだろう。
「イーラ――ニアは違う!」
「そうか? 白き獣のブレイドを連れたグーラ人のドライバー、人相書きにもそっくりではないか」
「人相書き?」
「これだっ!!」
兵士はばっと紙をこちらへとみせつけた。そこには、ニアにそっくりの髪型に、ケモノのような顔をした女が描かれていた。
「あ、似てる――」
「なんだってぇっ!?」
「あ、いや違う! 似てない、全然似てない!」
ニアが爪を立ててレックスを睨み付けてきたので、レックスは慌てて首を横に振る。
「ふん、ところでお前。みたところドライバーのようだが、登録ナンバーは?」
「へ? 登録ナンバー?」
聞いたこともないワードにレックスは困惑する。
「すべからくドライバーになったものは、例外無く法王庁に届け出なければならない。さてはお前、もぐりのドライバーだな」
「違う! 俺はーー」
「お前たちを連行する! 申し開きは領事閣下の前でするがよい!」
「こいつ会話する気ねぇのかよ……」
ダメだ、話にならない。レックスは歯噛みをし、グッと拳を握りしめる。
「……レックス。今からアタシとビャッコで仕掛ける。その隙にアンタ達は逃げな」
ふと、密かな声でニアが言ってきた。しかしそれはニアを見捨てるということ。レックスは、そんな非常な真似ができるほど、大人ではなかった。
「そうはいかないよ」
「これはアタシとビャッコの問題だよ」
「あいつらは"お前達"っていった。ってことは俺やメツも無関係じゃない」
「ったく、相当頑固だね。メツのこれからの苦労と思うと大変だよ」
「全くだ。俺の前の主人様よりひでぇや」
ーー前のご主人?
レックスはわずかに眉を潜めた。しかし、今は考えている余裕はない。すぐに目を細め、グッと腰を屈める。
「じゃあ、いちにのさんで仕掛けるよ。アタシは左、アンタは右を」
「わかった!」
「じゃあいくよ! いーち!!」
ニアがカウントダウンをすると、取り囲んだ兵士達が驚愕した。まさか兵士に囲まれて抵抗しようと思うものがいるとは。
「にーのーー」
「ひ、怯むな! 相手は少数だ! 取り囲め!」
「さんっ!!!!」
ニアの合図と共に、レックスたちは地から足を離し、一斉に飛びかかった。
「つ、強い! たった二人なのにここまでの差があるとはーーやはりドライバーか!」
「そのうち一人は新米だがな!」
「ぐっ……己!」
「一言余計だよメツ!」
レックス達に対して全く歯が立たない兵士達がぜえぜえと喘いでいる。これならばーー
「今だ、レックス! 逃げよう!」
ニアが叫ぶと同時にレックス達も武器を納めて兵士達から逃げるべく全力で駆け出した。だがーー突如目の前に蒼い炎の壁が立ちふさがった。
「うわっ! な、なんだこの炎は!?」
「おい……この炎ーーまさか」
「ーー騒がしいですね。せっかく束の間の休暇を楽しんでいたのに」
メツの記憶にある、蒼の炎の使い手を思い浮かべた瞬間、女性の声が聞こえた。
「か、カグツチ様!」
兵士から名前を呼ばれた瞬間、メツはぼそりと呟く。
「……やっぱりな」
メツは兵士達のもとに立つカグツチを見つめる。すらっとした長身で、青を貴重としたドレスを着ており、非常に妖艶な雰囲気を漂わせている。長く美しい青色の髪をしており、常に蒼色の炎が宿っている。瞳は閉じたままであるが、相手の位置などはすべて把握できるようだ。
「あの炎、ブレイドか? で、でもドライバーは!?」
「私のドライバーは現在ある任務で遠征中です。私は今一人」
「ドライバー無しであんな炎を……」
「ふははは! カグツチ様はなぁ、スペルビア帝国の宝珠とも呼ばれる、帝国最強のブレイド。観念しろ!」
「くっ……!」
レックス達は臨戦態勢を取り、カグツチを睨む。
「カグツチ様。このもの達はイーラの手の者です。是非ともカグツチ様のお力を御貸しください」
「イーラの?」
カグツチはちらりとレックス達を見る。すると、レックスの後方に視線が止まる。
「紺青色のコアクリスタルーーまさかとは思ったけれど……」
ぼそりと呟くと、カグツチは両腰に納めてある二本のサーベルを引き抜いた。
「バクス警備長、殺生は禁じます。生きたまま捕らえなさい」
「はっ。おいっ、例のものを!」
バクスと呼ばれた男が指示を飛ばすと、レックス達へと武器を構えた。今度はただの兵士ではなく、強力なブレイドが相手。レックスとニアは僅かに恐怖を感じつつも構えた。
しかし書いていて思うんですけど、原作のホムラって序盤はマジであんまりしゃべらないんですね。ネタバレ防止ってのもありますけど。
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第五話:特別執権官
レックスとニアの前に立ちふさがった、スペルビア帝国最強と呼ばれるブレイド・カグツチとの戦いは熾烈極まるものだった。天の聖杯・メツの攻撃をいとも簡単にはじき、強力な炎で相手の行動を縛っていく。レックスとニアの連携がおぼつかないというのも差し引いても、彼女の防御能力は高すぎた。
「つ、強い……」
「小僧、いいこと教えてやろうか? 奴は、まだ本気じゃねえぜ」
「えっ!?」
まだ本気でないということと、メツがカグツチの実力について知っていることにレックスは驚いた。
「メツ、あのブレイドの弱点は知ってるの!?」
「ああ、知ってるさ。そしてそれは俺たちが持っている! ニアッ!!」
「―ー任せろ! ビャッコ、頼んだ!」
「了解です! ワイルドロアー!!」
ニアが叫ぶと、ビャッコがエーテルエネルギーを集め、息を大きく吸う。ビャッコは水を扱うブレイドであり、エーテルエネルギーを水へと変換させ、放つことができる。
だが、ビャッコの攻撃が放たれるその直前ーー突如目の前から緑色のネットが飛んできた。狙いはニアとビャッコであり、突然すぎて二人はかわすことが出来ずに捕まってしまう。
ネットは二人を簀巻きにし、身動きがとれなくなってしまう。しかも、ただ動きを封じるだけではない。
「ふははははは! これはエーテル遮断ネットだ。エーテルの流れを封じることができるから、得意のアーツも打てやしない!」
そう、このネットは大気中に流れるエーテルを取り込めなくさせてしまう効果があり、ブレイドとドライバーにとっては致命的になってしまう。
「ニア!」
「来るなレックス! 逃げろ!」
レックスはニアを助けるべく駆け寄る。しかし、ニアがすぐさま大声を出して留まらせた。
「アタシたちにかまわず逃げるんだ!!」
「ッ――そんなこと、できるわけないだろっ!?」
ニアの言葉にレックスは逡巡する。仲間を見捨てたら自分たちは助かるだろう。しかし、見捨ててまで自分を守ってもいいわけがない。非情になれるほどの強さを、レックスは持っていなかった。
「アンタにはアンタの目的があるだろっ!! それを果たせぇっ!!」
――そうだ、オレには楽園に行くという目的がある。ここでニアの想いを無下にしてしまえば、メツの願いも叶わなくなる。それだけは、避けないといけない。レックスは瞳をきつく閉じてニアへと背を向けて走り出す。
だが、レックスの目の前に再び炎の壁が現れた。
「逃がしませんよ?」
「くっ……くっそぉーー!!」
もっと早く決断していればよかった。万事休すか。そう思い、レックスは叫ぶ。
しかし、突如――レックスの耳横を何かが通った。空気の流れがその場所だけ変わり、レックスは気づく。あっという間にそれはレックスの目前へと移動し、はるか遠くへと向かっていく。その軌道の先は、トリゴの街の水道管だ。
水道管にそれが当たった瞬間、一瞬で亀裂が入り、破裂音とともに大量の水が噴き出した。水はたちまちカグツチたちに当たり、酷くカグツチはそれを嫌うように身を庇う。炎を扱うブレイド故、水を喰らってしまうとその勢いが弱まってしまうからだ。それを証拠に、レックスたちを阻んでいた炎の壁が消えている。
「今だ、メツ!!」
「ああ!!」
レックスは、メツと共に剣を握りしめる。ありったけのエネルギーを集中させ、一撃を放った。
「「モナド"バスター"!!!!」」
文字盤に"斬"と映ったその剣は、禍々しいエネルギーを湛えて振り下ろされる。エネルギーは直線状に地面を這い、震わせていく。嵐のごとく迫るエネルギーにカグツチは本能的に危険だと判断し、炎の壁を張って防いだ。しかし、弱った炎では威力を殺しきれず、大きくのけぞってしまった。
「くっ……!!」
カグツチに大きく隙ができたのを確認して、メツはレックスに吠える。
「今のうちに逃げるぞ、小僧!!」
「――くっ、わかった! 必ず助けるからな、ニア!!」
そういうとレックスとメツは背を向けて走り出した。立ち直ったカグツチの指示で、兵士たちはレックスたちを追いかけるが、かなり距離を離されている。上手く撒くことはできなくないだろう。その後ろ姿をニアは見送った。
「――うまく逃げ切れよ。じゃあな……」
そっと呟いて、ニアは瞳を閉じる。自分の命運は尽きたのだ、もう何も見なくてもいいだろう。
「――あの力、エーテルのものじゃない。天の聖杯、やはり本物か」
カグツチもまた呟くと、ニアとビャッコを運ぶよう兵士たちに命じてその場を去った。
レックスとメツはトリゴの街を逃げ回った。地の利はないけれど、とにかく人が少ない道を通っていけば何とかなるし、最悪兵士程度なら倒せなくもない。そう思い、レックスたちはひたすら走っていた。
しかし、その矢先――子供の声が聞こえた。
「おーい」
それに気づき、レックスたちは立ち止まる。そして振り返ると、そこには誰もいなかった。だが、確かに声は聞こえた。
すると、レックスたちの正面の壁がぎぃっと音を立てて開いた。そして、そこからぬっと物陰が現れた。
「こっち、こっちだも! 逃がしてあげるも!」
現れたのは、レックスたちよりはるかに小さいノポンの少年だった。ゴーグルを頭につけ、スパナなどといった工具を全身に取り付けている。一見無害そうな少年に見える。
だがメツは少年を睨み付けてレックスに忠告する。
「――こいつは罠かもしれねぇぞ。小僧、気を付けろ」
「罠じゃないも!! キミたちを助けてあげるんだも!!」
「信用できねぇな。どこの誰かもわからねぇ奴が俺たちを助けるだ?」
「そんなこといってたらスペルビアの兵士に捕まっちゃうも!! 早く入るも!!」
「なんでテメェがそれを知ってるんだ? やっぱりてめぇ奴らと――」
メツと少年が言い争っている間に、足音がこちらへと迫っているのが分かる。レックスはそれに気づき、メツの肩をつかんだ。
「追手が来ている、早く入ろう!」
「だけど小僧、確証もねぇのに――」
「でもこのままじゃ捕まるよ! とにかく急ごう!!」
「ッチ、どうなっても知らねぇぞ」
そういうとメツとレックスは、隠し扉の中に入り、急いで少年は閉めた。扉越しに足音が聞こえ、若干そのあたりでとどまっている様子はあったが、レックスたちの姿が無いことを確信したのか、すぐに去って行ってしまった。
足音が完全に聞こえなくなると、少年はフゥと息を吐いた。レックスとメツは虎へと向き直り、感謝を伝えた。
「ありがとう、たすかったよ。でもどうして俺たちを?」
メツの疑問をレックスが尋ねる。
「何となくも」
「何となく?」
「――っていうのは嘘も。ほんというと、何時もイバりちらしている兵士に、完成したばっかりのロケットカムカムをお見舞いしたかったんだも」
「もしかして、あれはテメェが?」
あれというのは、突如水道管が破裂してカグツチを弱らせたことを指している。少年もそれを理解したようでコクりと頷いた。
「そうだも。狙いは外れちゃったけど、結果オーライも」
「お陰で助かったよ。えっと、君はーー」
「トラだも」
「そっか、トラっていうのか。俺はレックス、こっちはメツ」
「よろしくな、トラ」
「よろしくだも、もふふー」
トラは上機嫌に笑った。どうやら、メツのいう罠という線はなさそうだ。
「実はトラが助けたのにはもひとつ理由があるも」
そんなことを考えていると、トラは少しトーンを落として言ってきた。
「理由? どうして?」
「それはトラのお家についたら話すも。ついてくるも!」
トラはそういうとテクテクと歩き始めた。レックスたちもまたトラに続く。
「……そういえばメツ、なんでトラには小僧って呼ばないんだよ」
「あぁ? なんか文句でもあんのかよ小僧? どうでもいいだろうが?」
「そうだね……」
一方その頃、グーラの港ではちょっとした衝撃が走っていた。グーラを従えているスペルビア本国の、特別執権官が来たというのだ。グーラを統括しているモーフは冷や汗をかきながらも港へと駆けつけた。だが、冷や汗をかいているのはなにも緊張からではない。
(天の聖杯の情報を嗅ぎ付けられるわけにはいかないの……!)
モーフは密かに、アヴァリティア商会のバーン会長から天の聖杯がこちらへと来ているという情報をリークしてもらった。このまま天の聖杯をとらえ、我が物にすれば地位も名誉も格段に上がり、場合によってはスペルビアすら凌駕できる。そのチャンスを逃すわけにはいかないというのに。
(ま、まさか嗅ぎ付けたとでもいうの……? だ、だけどそれにしても早すぎる! と、とにかく自然に振る舞わなくては!)
モーフは震える体を抑えつつ、巨神獣船を待った。やがて、かなり速いスピードでこちらに迫ってくるのが見え、兵士たちは姿勢を正す。
巨神獣船が速度を緩め、港にて停止すると、ハッチが開き始めた。港からかなり遠くでお出迎えしているにも関わらず、執権官のブーツの足音がはっきりと聞こえる。それを聞く度にモーフたちに緊張が走る。
黒い軍服に身を包み、勇ましく、しかし端麗な顔立ちをした執権官は、手を後ろで組んでモーフを見つめた。メレフは一瞬飛びかけたがなんとかこらえて、大袈裟な身ぶりをする。
「い、如何なされましたかメレフ特別執権官、突然のご来訪とは。前もってご連絡くだされば歓迎の催しを開かせていただきましたものを……」
「生憎その手の者は苦手でね。常に辞退させてもらっている」
執権官メレフは落ち着いた口調で断る。それにわずかに困惑するもモーフはまたも身ぶり手振りをして場を繋いでいく。
「何をおっしゃいます。メレフ様ほどの御方、万全の体制をもって遇さねば、ネフェル皇帝陛下に顔向けできません。如何でしょう? これより晩餐の準備をさせます。メレフ様にはそれまでの間ーー」
「ずいぶんとお早いですね。ご到着は明日かと思っていたのに」
モーフの言葉を遮って、カグツチが現れた。心なしかメレフの表情が和らいだように見える。だが、モーフからすれば都合が悪いことこの上ない。
(ちっ、休んでもらっていう間に天の聖杯の始末を済ませようと思っていたのに困っちゃう……)
しかしこのあと、さらに都合の悪い言葉が飛んでくることになる。
「天の聖杯が見つかったとならば急がせもする。お陰でエンジンは整備工場行きだがな」
「ーーて、天の聖杯!? な、なぜそれを!?」
「なにか問題でもあるのかね? モーフ君」
しまった、口を滑らせてしまった。誤魔化さなくては……。
「い、いえ滅相もございません」
メレフはそうかともなんとも呟かずに一瞥すると、口を開いた。
「聞けば、イーラのドライバーを捕らえたという。モーフ君、どこにいけば会えるのかな?」
「えっ? あ、会ってどのようなーー」
メレフの言葉にわずかに驚いて聞き返すと、メレフの目が一瞬だけ細くなった気がした。
「モーフ君。どこにいけば、会えるのかな?」
「は、はい! すぐにご案内を!」
言葉こそ穏やかだが、尋常ではない語気にモーフは気圧されて簡単に崩してしまった。
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第六話:トラと猫耳フード
しばらく歩くと、トラの家についたようで、トラがピョンピョンと跳ねた。レックスとメツを中に招き入れて客間まで案内する。
トラの家は、隠れ家のようになっており、わりと狭い。家具以外はいろんなガラクタが散らかっている。しかしこれだけ散らかっているのは変だ。まだ子供のノポンなのに、母親や父親はいないのだろうか。
「なあトラ。君は一人暮らしなのか?」
「そうだも。父ちゃんいたんだけど今はいなくなっちゃったも」
「え? それはどういうーー」
「それよりトラ、おめぇ俺たちを助けたもうひとつの理由があるっていってたよな? 教えてくれねぇか?」
メツがレックスの言葉を遮ってトラに質問した。その後メツはレックスを軽くどつく。
「――そんなこと聞くんじゃねぇ。言えねぇことだってあるだろうが」
「ごめん……」
密かにメツとやり取りをしてトラの話に耳を傾ける。
「実はトラ、ドライバーと仲良くなりたかったんだも」
「へぇ、トラドライバーに興味あるんだ」
「当然だも! ドライバーと一心同体になって戦うドライバーはすんごいんだも! レックスのアニキの、オトモになりたんだも!」
「あ、アニキ!?」
いきなりトラからアニキという言葉が飛び出してレックスはおったまげた。はじめてであって間もないのにアニキ呼ばわりとはなかなかない経験だ。
「アニキはアニキも! トラより偉いからそう呼んでいるだけも!」
つまりドライバーじゃないから偉くないってことか。何ともおかしな上下関係だ。レックスは呆れながら反論した。
「いやぁ、でもオレ新米だしそもそもドライバーだろうが何だろうが関係ないだろ。第一オレはアニキって言われるほど年は離れて――」
「いいじゃねぇか、小僧。呼ばせてやりゃあ。お前みてぇなガキを慕ってくれてんだ、ならそれを受け入れてやればいい」
メツがぽんとごつい手を置いてにっと笑って見せた。レックスは呆れ気味にため息をついてメツの手を払った。
「……わかったよ。好きに呼べばいいよ」
「やったも! トラは、レックスのアニキの、"オトモ"になるも」
「オトモって……友達でいいじゃんか。オレとトラは、友達だ」
「ももっ!? やったも! トラは、アニキの"オトモ"ダチも! うれしいも!」
「なんだか変わった奴だね……」
「まったくだ。ノポンって生き物は500年前からも変わらねぇな」
レックスは頭を掻きながら跳び跳ねるトラを見つめ続けていた。ただ、いつまでもこうはしていられない。レックスは表情を引き締めてトラに問いかける。
「それでさトラ。トラはこの街のことには詳しい?」
「ん? 詳しいも。トラはずっとここに住んでるも」
「じゃあさ、軍に捕まった人がどこに連れていかれるかは知ってる?」
「小僧、まさかニアを助けるのか?」
メツが尋ねるとレックスは当たり前だろと即座に返す。
「ニアは俺たちのために身代わりになったんだ。だったら助けないとだろ?」
「……まあ予想通りの答えだな。んで、トラはわかるのか?」
「ももー……それはわからないも。トラはあくまで一般市民だから、わからないも。こればかりは聞き込みをするしかないも」
「じゃあとりあえず手当たり次第聞かないとな。じゃあ早速ーー」
「待つも! その前にご飯を食べるも! ご飯を食べなきゃお腹一杯にならないも!」
トラがうきうきとした表情で言う。しかしレックスははぁとため息で答えた。
「あのなぁトラ。俺たちにはそんな暇はないんだよ。ご飯はあと、とにかくニアをーー」
助けないと、という言葉を言おうとした時、レックスのお腹から情けない音が漏れた。場は静寂に包まれ、恥ずかしさにレックスは視線を落とす。
「ほらも、アニキもお腹ペコペコだも」
「……だけどこれくらいなら我慢はできるよ」
「小僧、ここはトラの提案に乗った方がいいぜ。まだ兵士どもは彷徨いているだろうししばらくここで身を隠した方がいい。下手に動いたら面倒なことになりかねねぇ」
「メツ……はぁ、わかったよ。でもご飯っていってるってことはトラが作るのか? 言っておくけど俺はただ焼いたりすることしかできないぞ」
「ん? トラもできないも。いっつもインスタントですませてるも。それなら人数分あるも」
「えぇ、インスタントか……まあそれでもいいけどさ」
「待ちな小僧、トラ。俺は多少は料理に自信があるんだぜ?」
メツがニヤリと笑いながらレックスとトラを見る。
「え、そうなの? なんか意外だね」
「なにも料理ってのは女だけがするもんじゃねえからな。トラ、キッチン借りるぜ」
「使ってくれて構わないも! メツの料理楽しみだも!」
「ま、待てメツ! お主本当に作るつもりか!?」
レックスのヘルメットからふわふわとじっちゃんが飛んで現れた。トラは後ろに飛び下がって驚く。
「な、なんだもこの生き物は!?」
「ああ、紹介するの忘れてたよ。じっちゃんだ。セイリュウっていうんだよ」
「わ、忘れてたとはなんじゃ! この愚か者が!」
「ももー……こんなちっこいのがアニキのおじいちゃんとは驚いたも……」
「ちっこいとはなんじゃまったく! ーーまあそれは良いとして、メツよ、本当に料理を振る舞うつもりか?」
「あぁ? 当たり前だろ? 俺の料理は"ヤミツキ"になるって評判なんだぜ」
「へぇ……ヤミツキか! それは楽しみだな! 早くつくってくれよメツ!」
うきうきとした表情を浮かべるレックスにメツは親指をたててキッチンへと立つ。トラの家には何故か人間用のピンク色のエプロンが置いてあったので、それを着用して早速調理を始めた。
「セイリュウのじじいはいるか?」
「死んでもいらんわい! トラ、ワシにはインスタントを頼む!」
「もったいないも! じっちゃんも食べるも! ヤミツキになるも!」
「ばかもん! 奴の料理をなめるな! お前たちも今すぐインスタントに変えるんじゃ! さもなくばーー」
「できたぞ、俺手製の料理だ。今日のは自信作なんだ」
「はやっ!?」
セイリュウと話している間にメツの料理は出来上がっていた。メツは全員に料理を配膳し非常に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
だが、メツの表情とは裏腹に、レックスたちの表情は曇った。
「な、なんだこれ……」
「ももー……すんごい匂いも……見た目も、破壊力がすごいも……」
「それみたことか……って、なんでワシの分まであるんじゃ! いらんわい!」
「そういうなよじいさん。500年のブランクはあるが、きっとうまく仕上がってるぜ」
メツは自信たっぷりに言うが、この料理からは食欲を感じさせない。まず見た目はとても直視できるものではない。紫色の液体がどばっとかかっており、形は崩壊している。盛り付けもあったものではなく、あちこちに飛び散ってしまっている。具材も何が入っているのか一見しただけでは全くわからず、何という料理なのかも皆目見当がつかない。
加えて匂いが強烈だ。甘い匂いでも辛い匂いでもなく、ただただ酸っぱそうな匂いだ。しかし、酸っぱいといっても胸が焼けそうな酸っぱさであり、とても口にできそうなものではない。下品な表現になってしまうが、逆流させた胃液の匂いに近い。
「ち、ちなみにメツ。これはなんていう料理なんだ?」
レックスが鼻を抑えながら尋ねる。こんなすごい臭いを放っているというのに、メツは気づいている様子がない。
「ふっ、こいつは"メツスペシャルプレート-天の聖杯仕立て-"だ」
「うむ……うまく的を得ているのがまた……」
「はっはっは、誉めても料理しか出てこねぇぜじじい!」
「誉めてないわい! うぅ……こいつを食べるのか……」
「も、もしかしたら匂いはすんごいけど味はうまいかも知れないも! とにかく食べてみるも!」
「そ、そうだな! 食べてみよう!」
そういって、レックスとトラはいただきますと震えた声でいうと、目を瞑って一口頬張った。
(ん? あれ、思ってたより美味しーーーーんがっ!?」
最初は肉の旨味がわずかに響き渡り、うまいと感じた。だが、その直後ーー甘さ、辛さ、酸っぱさ、塩辛さといった風味が乱暴に混ざりあった味が瞬時に襲いかかり、口の中が蹂躙された。これはもう処理できるものではない。レックスたちはたちまちオーバーヒートを起こし、そのまま意識を失った。
「……酷い目にあったも……」
「まだ胸焼けがするよ……」
「メツの料理は500年前から一切変わってないのじゃ。悪いままな」
トラとレックスとじっちゃんはありったけの水を飲んでどうにか口のなかを浄化させるとため息をついた。
「ったく、俺の料理の真の良さが分からねぇとはな。がっかりだぜ」
「あのなぁ……メツは自覚ないのかよ……」
「あぁ? なんだよ自覚って?」
「ーーもうやめるも料理の話は。思い出すだけでトラ吐き気がするも……」
「そうじゃな……ニアの救出を考えた方がよっぽど建設的だわい」
二人はレックスをじっと見つめ、二度と触れるなと言うような目線を送ってきた。レックスは強く頷き、テーブルに肘をついて考えた。
「さっきトラはいったよね、街の人に聞かないとわからないって。でも、メツって結構目立つんだよね……」
「けっ、悪かったな。だが確かに俺の姿形は明確に知れ渡ってるだろうぜ」
「となれば変装は必須じゃな。なにかよい方法はあるかの?」
「それならトラいい考えがあるも!」
そういうとトラは跳び跳ねながらクローゼットへと向かった。そしてクローゼットからトラが取り出したのは――赤色の猫耳フードパーカーだった。丈は長く、とてもノポン族が着るようなものではない。人間だって切られる人は限られるほどの大きさだ。何故そんなものをトラが持っているのかと一同が疑問に思った矢先、トラはとんでもないことを言い始めた。
「これを被って、メツの変装を行うも!」
「――あぁ?」
メツの声が殺気立つ。だが、無理もない。大男が着るようなものではないからだ。どちらかというと、可憐な少女が着るものだ。
「もっとまともな服はねぇのかよ! 俺はんな趣味はねぇんだよクソッタレ!!」
「ま、まともな服ていってもこういうのしかないも! 人間の男物の服は一着もないも!」
「何でトラはそういうのもってるんだよ……」
レックスは呆れつつも、ほかに代替案が無いことに気づく。メツをこのまま歩かせるのは余りにも危険だから変装はしなくてはいけない。かといってレックスは替えの服装なんて持ってきていない。ここは、メツには悪いがあれを被ってもらうしか方法はないだろう。
「ねぇメツ。でも、それしかないんだったらそれを被るしかないよ……」
「小僧……てめぇまで頭イカレちまってるのか!? こんなもん似合うわけねぇし第一余計目立つだろ!!」
「いや案外さフードを深くかぶれば男だってばれないんじゃないかな? ちょっとガタイはいいけど……」
「取りあえず着てみればわかるじゃろ、メツ。これも天の聖杯の宿命じゃ」
「てめぇら……後で覚えておけよ……!」
メツもまたほかにどうしようもないことに気づき、渋々とフードを被る。メツは若干視線を落とし、恥ずかしさに顔を引きつらせながら、レックスたちを見た。レックスたちがメツを視界に収めた瞬間、思わず笑いがこみ上げた。
「あははははははっ! メツ、ぜんっぜん似合ってないよ!!」
「こりゃ傑作じゃ!!」
「女の子に着せたかったけど、これはこれで面白いも!!」
「笑うんじゃねぇ!! 好きでやってるわけじゃねぇんだよこっちは!!」
メツは怒りを顕わにして吠えるが、眩しい赤色にストライプが何本か入ったデザインのフードを、大男が来ているその絵面で笑わないはずがなかった。メツは暫く生き地獄を体験することを思い知らされ、頭を抱えたのだった。
???「あの料理――切り捨てたくなる」
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