黙示録の時は今来たれり (「書庫」)
しおりを挟む

番外編『裏側の物語』
Chapter1『Strange night』


 これは、表に語られる事は無い物語。
 裏側で起こった小さな物語だ。
 つまりは番外編という奴だよ、諸君。



 日は沈み、月は登る。

 

 ■ ■

 

 雨だ、冷たい雨が俺の体を濡らす。

 体温が奪われていく感覚がする。

 起き上がる。屋根のあるところへ行こう。

 

「…あー…痛いねぇ」

 

 思い出す。木場という奴にエクスカリバーごと右腕を持っていかれたあの日のことを。何とか逃げ出せはしたが、…行き場が無かった。教会からすれば俺は不要だし、堕天使はレイナード?レイヤーレ?…まぁとにかくそいつの事もある。悪魔のとこへ行くなんてのは真っ平御免だった。

 

 医者なんてのは頼れなかった。こちとら由緒正しき試験管ベビー、言うなればホムンクルス、作られた命だ。当然戸籍なんてものは存在しないし保険証なんてのは尚更だ。

 

 パシャ、パシャ、パシャと俺の靴が水溜りを跳ねさせた。…つい最近見た見知らぬガキを思い出す。びしょ濡れになりながらも楽しそうに雨水で遊んで、母親にしかられているガキのことを。

 

「…馬鹿みてえ」

 

 乾いた笑い声が出た。ああ、俺もまだこんな声が出せたんだな。なんて思っていたら、足から力が全部抜けた。

 

 ばしゃん!

 

 一際大きく水が跳ねた。辺りを見渡す。暗い、汚い路地裏であることに変わりはなかった。跳ねた水が壁を汚す。薄い赤色だった。…ああ、そうか、止血は出来てなかったのか。どうりでさっきから寒い訳だ。

 

 乱雑に巻いた右肩口の包帯の隙間からだらだらと血が水溜りへ落ちていた。これはもう助からないなと嫌になるくらい納得できた。殺して殺して、最後に殺される運命か。

 

「…クカカッ……」

 

 思えば、本当に空っぽな人生でしかなかった。この身体は『ツクリモノ』でしか無く、その人生も何もかも『ツクリモノ』でしか無かった。仲間なんていない。家族なんていない。心の底からやりたい事なんて無い。

 

 ───俺には、本当に何も無かった。

 

 結局はその一点に尽きた。それしか無かった。それほどまでに俺という存在の人生は、フリード・セルゼンという男が送ってきた人生は空虚で虚ろで空っぽで張りぼてで、虚しいものだったのだ。

 

 壁に身を預け、ゆっくりと安息を待つ。俺の人生はここでおしまいにしよう。だって、もうそこにしか逃げ場が、拠り所が、ゴールが無いんだから。今更何をしようと遅いのだ。それほどまでに俺は空虚の中に居すぎた。

 

 パシャリ、と水の跳ねた音。

 まだ微かに見える目を音の元へ運ぶ。

 青だ、青い髪が特徴の女だ。

 

「…ああ、…そうかよ…」

 

 つくづく俺にお似合いの最後だ。

 だが最高で最優な終わりだ。

 なんせ美女に殺されたとあの世で自慢できる。

 

「お前が、…俺の死神か…

 ───ゼノヴィアちゃん」

「…変わり果てたな、フリード」

 

 憐れみとも、侮蔑とも分からないその眼は鏡かの様に俺をその中に映し出した。そこに居るのは血染めの赤黒いカソックを纏い、壁にもたれ死を待つだけの木偶人形がいた。それだけの話。

 

「…首を取るならさっさとしてくれよ?俺様ちゃんもう全部に疲れちゃったのよ。だからさっさと終わりにしてよん、ほら、剣かノコギリかなんかでスパッとさ」

「……」

 

 もう疲れたのだ。何もかも、何もかも。

 …だというのに、この女は馬鹿なことをした。

 

「…なにやってんの?頭に蛆虫でも湧いたの?」

「……黙っていろ、決断が鈍る」

 

 何故この女は俺を担いでいる?

 聖剣は霧散した。俺の価値は無くなった。

 だから、俺を助けても旨味なんて無いのに。

 

「…俺は何も知らないぜ?信じてもらえないだろうけど」

「……ああ、私もお前なんて信じたく無い。

 …だが、言っておく。私は教会を抜けるよ」

「─────は?」

 

 この女は、今、なんと?

 

「コカビエルは言った。神は死んだと。…分からなくなったのだ。 …神はいなかった。既にいない神の為に捧げて来た私の人生は…何の為の人生だったのだろうな……」

 

 …成る程、自暴自棄になりやがったか、この女は。このことを見るにミカエルの野郎は間に合わなかったのだろう。あーあ、聖剣を使える信徒を逃しちゃいましたねぇ。

 …何の為の人生だったか、ねぇ…そう思えるならだいぶ恵まれてんじゃねーか、クソ。贅沢な悩みだなぁ!

 

「……俺よかマシだろうに」

「…なんだ、慰めているのか?お前が?」

「ハッ、バカ言え。天下のフリードさまが誰かをいたわるなんてのは御免だっつーの。死んでもしてやるか」

「…それを聞いて、私は安心したよ」

 

 雨は振り続ける。意識の薄れが強まった。だがどうしてか、ここで死ぬとは思えなかった。不思議な事だ。存外、俺はしぶといのかもしれない。…いや、それも作られた体質か、どうせ。

 

「…なんでなんだ?」

「なにがだ?」

「なんでテメェは俺を担いでんだ?」

「…さぁ?…私にも分からない。ただ───」

 

 

 …人は基本裏切るものだ。口で信じてるなんて言葉は簡単に言えるし人はそれを簡単に信じる。そして人はそれをさも当然かの様に踏み躙るのだ。だけど──。

 

「どうせ何もかも無くしたんだ。

 なら、一つは良い事でもしておこうと思った。

 …ただそれだけだよ、それだけなんだ」

 

 だけど、ソレは時に誤りを犯す。裏切りが根本にある者達は時たまに、何かの間違いで善いものを残す。それは文化であったり、命であったり様々だ。

 

「……どこに行くんだ?」

「先ずはお前の治療だ。幸いにも薬と包帯は替えがある。このまま廃協会に向かうぞ。…その後は…そうだな…」

 

 馬鹿な話だ。本当に本当に馬鹿な話だ。こんな事は何の意味もない。だと言うのに、なぜ俺は期待を抱いている?お前は何に期待しているというのだ?何も無いと言うのに、空っぽなくせに作り物の癖して…何を…。

 

 

「そうだ、フランスにでも行くか。…手段は…まぁどうとでもなるだろう。 お前はこれからどうする?フリード」

「…俺は…」

 

 

 ……俺は。

 

 ■ ■

 

 

 月は沈み、日は登る。

 




 本編では無いのです(謝罪)
 ただこれはこれで大事な物語なので…
 本編の進行具合に従って此方も進行して行きます。
 あ、感想の返信は次回の更新が終えた時に。

 さて、奇妙に道が狂い始めたフリード。
 彼の選択は如何に。その果てに応えはあるのか。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2『dirty work』

ソロモンが駒王町に来る前にやってたこと。





 ゼノヴィア・クァルタは教会を抜けた。…あの発言は本気だったのかと驚くと同時にアホらしいと思った。このご時世、どこでも良いから組織には入っておくべきだとは思うがね。あー、でも、教会を抜けたのは正解だったかもしんねー。

 

 

 

 フランスのどっかの街。馬鹿でかい噴水が中央にある広場にあったベンチに俺様ちゃんことフリード・セルゼンは寝っ転がって日向ぼっこと洒落込んでいた。以前の生活と比べれば想像もつかないほどに穏やかすぎる。

 

 

 

 …俺があの女に拾われて、もう何日か経った。結局俺は治療を受けて、行く当てもないので同行する事とした。

 

 

 

「しっかし、意外とチャッカリしてるよなぁ、ゼノヴィアちゃんも」

 

 

 

 あの女、まさかデュランダルをそのままかっぱらって来るとは思わなんだ。おまけに俺の光剣の柄と銃まで…。

 

 

「私がなんだって?」

「ぐぇ」

 

 

 

 腹にかかる重量感に思わず呻き声が出る。胡乱げな瞼を開けば目に映んのは無駄に凛々しい青女ゼノヴィア。

 顔にはいつの間にか浮かべるようになった苦笑い。いつも険しい顔してた岩女にはただあだだだだ。

 

 

 

「買い物袋で人様の腹抉ってんじゃねぇよ。中身が潰れたらどうすんだよガキどもの飯が消えて俺達の飯も消えんぞおら」

「む…すまない。何やら失礼な事を考えられていると思ってな」

 

 

 

 何がおかしいのかケラケラと笑いやがる。…下手すりゃ教会にいる頃よりも生き生きして楽しんでんじゃねぇの?こいつ。

 

 

 

「…で?ちゃーんとお目当てのものは買えましたかぁ?ゼノヴィアちゃん。またプロテインとか余計に買ってねーだろうな?あれガキに食わしていーもんじゃねぇから」

「お前の目に私がどんな風に映ってるかよくわかった。取り敢えずそこに立て。デュランダルのサビにしてくれる」

「オーケーオーケー、落ち着こうか。街中でマジの聖剣チャンバラはやめようぜ?パフォーマンスと勘違いされて鴉金が貰えんのが関の山だ」

 

 …ゼノヴィア・クァルタは教会を抜けた。その後の俺達は当然根無し草となる。それが道理なのだが…一人の物好きな司祭がいた。確か名前を『スライマーン』とか言ったか。そいつがある孤児院の従業員という職を斡旋してくれたのだ。

 

 

 

 そこは外観こそ教会だというのにキリストの教えなぞ皆無な所。経営者、出資者、支援者、全てにおいて一切不明。おまけに従業員はアーシア・アルジェントというかつて教会に追放された女一人のみというキナ臭さマックスの孤児院だ。

 

 

 

 けどまぁ、蓋を開けてみたら何処にも可笑しな事なんてない。何処にでもありふれてる孤児院だった。そこにいる奴等の殆どが『元転生悪魔』だという事を除けばだが。

 

 

 

 どうやらあの孤児院。何処ぞの組織が建てたものらしく、支援者も出資者もその組織だという話だ。そもそもその院は『悪魔や堕天使、天使達の被害者を匿うために』作った物だという事。

 

 

 

「…んじゃ、買い出しも終わったし帰ると…」

「どうした?フリード?」

 

 

 まぁ、そうともなれば。耳ざとい悪魔さんどもは当然、逃げた元眷属ちゃんを追ってくるわけで。

 

 

「おい、本当にこんなトコにいるのか?」

「ああ、間違いない。確かに私の眷属を見たという情報があった。…あの孤児院だ。さっさと取り戻すとしよう。ついでだ、何人か新しい眷属も…」

 

 

 

 

 

 それを掃除すんのが、俺達の仕事である。

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 アーシア・アルジェントという女がいる。彼女はかつて教会のシスターであった。

 深い信仰心とあらゆる傷を癒す『神器』を使い、多くの人々の負傷を癒していたことから「聖女」とされ敬われていた。

 しかし、傷を負って倒れていた悪魔を治癒した日を境に一転して「魔女」呼ばわりされ異端として教会から追放される事となる。

 

 

 

 彼女は孤児となった。行き場も身寄りもない。途方に暮れていた「魔女」を拾ったのは二人の男だった。

 

 

 

『貴女には恩がある。それを返しに来た』

『……ハジメマシテ』

 

 

 

 一人は己のことを曹操と名乗り、もう一人はレオナルドと名乗った。彼は語った。貴女のような人を探していたと。彼は語った。どうか身寄りのない子達の拠り所となって欲しいと。

 

 

 

 そうして迎えられたのがこの孤児院だ。

 

 

 

「なぁーせんせー、これよんでー」

「ええ、いいですよ。でもその前に、お昼にしましょうか。後少しもすれば、ゼノヴィアさんとフリードさんが帰って来ますからね」

「えー…たいくつー…」

「まぁまぁ、待つ事も大事だよ?」

 

 

 

 へらへらと笑いながら退屈と拗ねた幼子の髪を撫でる奇妙な法衣を着こなした男。この男の名は『スライマーン』。元々この孤児院にいた男であり、アーシアが来た事もあり、近々此処を離れてしまう従業員だ。

 

 

 

「帰ったぞ」

「呼ばれてなくてもじゃんジャーン」

 

 

 

 とまぁ、そんなこんなでほのぼの暮らしていればいつの間にやら二人が帰宅して来た。青髪が特徴的なゼノヴィアと白髪に隻腕の男フリード。最初こそなかなか馴染めなかったが、今となっては気の置けない者どうしだ。

 

 

 

 さて、買出し係の二人も帰って来たので、後はアーシアの領分。すなわち昼食作りだ。トタトタと軽い足音ともに台所へと向かう。

 それを見届けたスライーマンはフリードの方をがっしりと掴んだ。

 

 

 

「済まないね、ゼノヴィア。少しフリードを借りていくよ」

「えー、俺様ちゃんつかれた…」

「ああ、別に構わないが…何故私に詫びる?」

「あっ…いや、なんとなくだヨ?」

 

 

 

 

 ■ ■

 

 スライーマンに連れられ、野郎の自室に入る。まぁ、なんも可笑しなことはない。ただ特筆する事があるというのならば、本が異常に多いというところだけか。

 

「いきなり呼びつけて悪かった」

「別に構わないよん。あ、でもでもーつまんねぇ事ならすぐ帰るんでそこんとこ宜しくぅー」

「ははは、手厳しい」

 

 貼り付けた笑みを浮かべたまんま、本棚をゴトゴトと崩し始めた。すると次第に裏側にあるナニカ、が露わになっていく。

 

汚れ仕事(dirty work)お疲れ様。

 なかなかに悪くないだろう?」

「まぁな、悪魔ちゃん殺せるわ

 金も手に入るわ言うことなし」

 

 掃除だけが俺たちの仕事では無い。その際に手に入る金品をちょっと売りさばい大して金を得て、貯める。勿論、支援金はちゃんとでている。だか万が一のことを考えて、こうして貯蓄を蓄えておくのだ。

 

「しかしまぁ、それで目をつけてくるやつも増えてしまうだろう。こればかりはどうしようもない。そういう事だから、僕から君へ武器を送ることにした。いやぁ、一から物を作るって大変だね」

 

 ごとり、と床に巨大な機械が置かれる。

 

 はっきり言って異質過ぎる武器だ。チェーンソーが連続して六本がニ列に分けて取り付けられた装着型の武装。にしたってサイズがでか過ぎる。まともに食らえばミンチ確定だろう、こんなもの。

 

「…えっ」

「じゃあ、これの使い方を説明するよ」

「待て」

「先ず腕に装着して起動させるとブレードが一回展開され、そのままブレードが円状に並ぶ」

「待てって」

「すると豪炎を撒き散らしながらドリルのように大回転を始める」

「頼む待て」

「そして全てを磨り潰す一撃を相手に向かって打ち込めるという事だ」

「馬鹿だろ、お前馬鹿だろ」

「でもカッコいいだろ?」

「頭痛くなってきた…」

 

 

 頭を抱えた。装着武器初心者に渡す武器じゃねーよこんなもん。普通パイルバンカーとか暗器とかそういう扱いやすいものからだろ。

 

「近いうち、僕も此処から居なくなるからね」

「…大いなる都の徒(バビロニア)か?」

「おや、そこまで辿り着いたか」

「一度勧誘された事があるからな。ま! 俺様ちゃんの性に合わねーから蹴ったんだけど!」

 




ソロモンは地域によってスライマーンと呼ばれます。…つまりそういうことです。

感想いつもいつもありがとうございます!
返信は次回の更新後にちゃんと行いますので!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

chapter2.5『Lucky monster』


 不慣れな日常があった。
 あるはずの時間があった。
 微かなひと時に味わった夢。
 これはただの一枚の写真だ。
 ああ、このロクでもない世界に祝福を。




 俺ことフリード・セルゼンの人生は奇妙奇天烈というかなんというか、波乱万丈?いや違ぇな。まぁなんにせよ、まともな人生ではないことだけは確かだ。

 

「なー、あそぼーぜー、なー」

「ドッジボールしようぜ!な!」

 

 シグルド機関という奴がある。俺が生まれる事となるきっかけだ。確かあれだ、とある英雄の血を引く者の中から、魔帝剣グラムを扱える「真の英雄の末裔」を生み出すことが目的だっつう機関。そこの試験管ベビーとして俺は生まれた。

 

「隻腕野郎にドッジボールのお誘いとか将来有望ですねぇ、やるわきゃねーだろ。俺様ちゃん今から買い出し行くのよ」

「またゼノヴィアねぇちゃんとデート?」

「お前なんで真顔でそんな残酷な事言えんの?」

 

 まぁ、悪魔やら悪魔と契約した奴を殺したこと殺したこと。途中から『問題行動多すぎ、死ね』みたいなノリで教会から追放されちゃったり非合法組織に身を置いたり、聖剣ゲットしたり聖剣ごと片腕バッサリされたりとだ。

 

「私がなんだって?」

「今日もお見事なアイアンクローですね」

「それが辞世の句か?」

「うわ、凄い字余りじゃん」

 

 で、そんな俺だが、今現在進行系で俺の頭蓋骨をアイアンクローで爆砕しようとするゼノヴィアに拾われ、何のこっちゃ孤児院務めという始末だ。序盤ハードで現在のほほんである。

 

「…まったく、相変わらずだな」

 

 呆れたのか頭蓋から五指がようやっと外れる。立ちくらみがえげつない。つーかさっきまでいたガキどもがいねぇ。逃げやがったなあの野郎、帰ってきたら覚えていやがれ。

 

「まったく…ほら、さっさと行くぞ。明日にはまた新しい子達が来るんだからな」

「はぁ?何?まだ増えんのかよ。…俺達みたいな奴ら増やしたほうがいいっすよねぇ…気付かれんだろ。つーか気づかれない方がおかしい。おかしくない?おかしいよな?」

「丁寧声のトーンを変えて三度も言うな、嫌に耳に残る。向こうも人手不足なんだ。仕方がないだろう」

 

 勿論と言えば勿論だが、俺達の様な元エクソシストは当然ただの孤児院務めの優しいおにーさんおねーさんって訳でも無い。まぁ、元の職業もきっちりやるというワケだ。

 

「最近、冥界に大規模な襲撃があったらしくてな。首都が陥落したらしい。ここに来る悪魔の量も幾分減るだろう」

 

 やる事が派手だねぇ「大いなる都の徒(バビロニア)」も。こりゃあ勧誘を蹴ったのは失敗だったか?まぁいいか。

 どちらにせよ過ぎた事だ。後からウジウジ悩んでも仕方ねぇので今を存分に楽しんでおく事にする。

 

「にゃるほろ、そりゃ良かった。んじゃま、さっさと今日の分の買い出し行っちまおーぜー、帰ったらサッカーであのガキども相手にまた33ー4にしてやる」

「やめろ、慰めるのに一苦労だ。また私に慣れないことをさせる気かお前は。というかそれ以前に少しでいいから加減ぐらいしろ。年上だろうお前」

 

 やなこった、何事も全力で取り組んでやらぁ。と言いたいところだが人力頭蓋マッシャーを朝っぱらから二度も喰らいたくねぇので言葉に出さず、生返事で返していれば、背後っつーか院の勝手口から出てきた気配が一個。よく知ってる奴だ。

 

「おはようございます。ゼノヴィアさん、フリードさん」

「ああ、おはよう。アーシア」

「はいおはよん。寝癖ついてんぞアッシアちゃん」

 

 大慌てで寝癖を探し出すのはここの最古参であるアーシア。俺達の先輩にあたるが悪魔払いはやってない。まぁ、人格も神器も見事に戦闘向きじゃねえしなぁー。

 

「朝食は食べていかないのですか?」

「ああ、市場で適当に済ませるさ」

「お、またトルコアイスに挑戦すんの?」

「ああ、今度こそリベンジだ…!」

 

 近所にある市場の近くにトルコアイスの屋台がある。そこの店主である好々爺がいるのだが、この年寄り、何者なのか自分から渡すまで未だ一度もゼノヴィアからアイスを奪われていない。マジで何者だあの野郎。

 

「…あの、フリードさん……」

 

 唐突に耳打ちは勘弁。びっくりして俺の心臓が除夜の鐘(108倍速)になるから。困り笑顔のアーシアちゃん、何度か言いづらそうにしてるがちゃんと言ってくれて何より。

 

「遅くなりそうならゼノヴィアさん置いて帰って来ちゃっても大丈夫ですから」

「アーシアちゃん見た目とのギャップ凄いよね」

 

 軽く頬を引きつらせながらも準備を始める。財布やら銃やらエコバッグやらメモ帳やらバッチリ持った。

 黒いカソックを着れば準備は終わり。ゼノヴィアはもう少し時間がかかりそうなので暫く外で待つ事とした。

 

 ■

 

 しかし長い。換金できる物品を集めるだけだっつーのにこんな時間がかかるものか?確かに俺の部屋は散らかってるが、そこまででは無いと思う。

 そんなことをぼんやり考えながら庭のベンチにて時間潰しの日向ぼっこと洒落込む。

 

 …で、何が面白いのかそんな俺を眺める女のガキが一人。孤児院じゃ見たことない奴だ。けど悪魔ってわけでもなさそうだし、大方遊びに来た奴なんだろうなー、と適当にあたりをつける。

 

「ねぇ、神父様。何処にいくの?」

 

 ……そんなこと聞いてどうするつもりなんだろうか?

 まぁ、秘密にする理由もねぇので話しておこう。無視とかしたら変に駄々をこねられそうだ。それだけは勘弁願いたい。

 

「買い物と飯食いに行く。そんだけですよん。

 そんでもって今は女待ちー」

 

 悪態をつきながら舌を出す。すげー意外そうな目で見られてんだけど何でですかね、俺がそんな敬虔なクリスチャンにでも見えたの?でも残念違うんだわ、寧ろその逆なんだわ。

 

「…その、腕は、どうしたんですか…?」

 

 あら、気づいちゃいましたか。面倒くさい事聞かれちったなぁ。も少し袖膨らませた方が良かったんですかねぇ。ま、どちらにせよバレてもなんの支障はないので別に構わないのだが。

 

「あーこれか。切られちゃったのよね」

「切らっ…⁉︎」

「悪い事するとこうなっちゃうぜ?」

 

 おーおー、怖がってる怖がってる。心当たりが無いわけでも無いのか、仕切りに腕を確認しちまう始末。そんなこわがる姿があまりにも愉快なもんだから笑っちまうのはご愛嬌ってね。

 とまぁ、そんな一幕もあったが、やがて女はこう聞いて来た。恐る恐ると慎重にだ。

 

「ねぇ、神父様。その傷は、痛くないの?」

「どうだかな───…?」

 

 少し返答に困る。

 傷はふさがっている。

 だが痛く無いと言えばそれも少し違う。

 理由や理屈も分からんが雨の日にゃ偶に疼くし痛む。悪魔を見たときなんかもそうだ。特に若い奴相手じゃ必ずそうなると言っていい。

 でもまぁ、それを正直に言うのもなんか馬鹿馬鹿しい。

 

「ま、やっぱり……痛くねぇかなぁ」

「…本当?だって、切られちゃったんでしょ?」

「笑えば紛れんだよ、そんなもん」

 

 ちょっと眠くなって来たのでごろりとベンチに寝転がる。その間ずっとお子様が疑惑の念を発してくるのが少しどころかかなりイラっと来ちまうよちくしょう。

 大方「痛いのに笑えるの?」とかそんな疑問だろう。聞かれてから答えんのも面倒だから会話を先回りする。

 

「化物は痛くても笑うしかねぇーんですよ」

「それは……かわいそう」

 

 かわいそう。かわいそうねぇ。危険物に同情してどうすんだか。飢えたサーベルタイガーが襲って来たら誰だって殺すだろうに。

 なんて心の中で嗤ってたら見知った顔がようやくお見えになった。しっかしなんでゼノヴィアちゃんはこんなに準備が遅いんだか。

 

「さってと、そろそろ行きますか」

「あっ…その、呼び止めてごめんなさい…」

「細かい事気にしてっとハゲるぞ」

「…えっと、それはイヤです」

 

 あくび交じりにベンチから起き上がり、合流に向かうこととする。初対面同士の会話はここにてお開きとしましょう。

 ひらひらと後ろに手を振る。まぁなんだかんだ暇つぶしにはなったな。ちょっと背後を見てみると小さな手が小さく揺れているのが見えた。

 

「知り合いか?」

「っ…ぁ。…いいや、初対面」

「?」

 

 …「化物は笑うしかない」というのは、誤答だったかもしれない。俺はあれだな、笑い種が幸運にも周りにあり過ぎるだけだ。

 多分孤児達の悪戯で付けられたであろう、ゼノヴィアの頭についた犬耳を眺めながら笑いを必死に噛み殺した。

 

 この後滅茶苦茶怒られた。

 

 

 




孤児達とフリードのイメージソングは
・エルの楽園【→side:→E】だったりします。
ねぇ、神父様(パパ)。身体はもう痛くないの?

感想返信は次回投稿の時やりまね。
そんじゃ、ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣の胎動
黙示録の時は今来たれり


(´書`)<トライヘキサを主人公にしてみたかっただけなんや…


 ───どうして。

 

 とある幼い獣の話をしよう。

 彼は長い間、幸福の中に居た。

 誰にも知られ無い地で世界を眺め続けていた。

 側から見ればそれは実につまらない物なのかもしれないが、彼にとってはそれが唯一の娯楽であり、楽しみであり、癒しであった。

 

 時に人の世に降りた事もあった。

 多くの人と関わりを持った事もあった。

 その時は、『災厄を振りまく皇獣』としてでは無く、『一匹の少し珍しい形をした獣』として。

 

 

 彼は余りにも多くの歴史と命を見た。

 

 

 無から悠久の時を経て宇宙が生まれ、

 数え切れないほどの星が形を成し、

 無限にも等しい数の神が構築され、

 余りにも幼い生命が産声をあげた。

 健やかな繁栄、順調な進化、人の誕生。

 生を賭した争い、加速する繁栄、代償として来たる衰退、絶える事のないその繰り返しを生命を愛する故に憂う神。

 

 無限を体現する蛇も生まれた。

 次元を泳ぐ赤龍とも出会った。

 太陽の神と友となった事があった。

 友の勧めで人の里に降りた事もあった。

 己に怯える事なく笑みをくれた人がいた。

 永い孤独の果て、無数の生命と関わりを結んだ。

 

 農耕を手伝ってみた事もあった。

 力持ちだね、と村の老婆が魚をくれた。

 おかげで助かる、と村の人が頭を撫でてくれた。

 寒さに震えた童が暖を取りに来た時もあった。

 その時は、共に眠り朝を迎えた覚えもある。

 

 人に憧れ、その姿を真似た事もある。

 角が残ってしまったが、よく真似出来たと思う。

 事実村や旅人は「めんこい」だとか、「息子にそっくり」だとか、髪を撫でながら褒めてくれて、受け入れてくれて、寝食をまた共にした。

 

 

 …小さな獣は、この世界が大好きだった。

 混沌でありながら秩序が存在し、

 自由でありながらも節度を持ち、

 不幸でありながらも幸福であったこの世界が。

 裕福で無くとも幸せな事もあった。

 富があろうとも不幸な事もあった。

 言うなれば、『中庸』の世界だ。

 

 やがて、瞬きの間に時は過ぎ神も地に降りた。

 今の世界を守りたいと言った。

 人の子を良き道へ導きたいと願った。

 少しだけ成長した獣はそれを喜んだ。

 もっとみんながしあわせになるとおもったから。

 …今でも、その誤認が悔しい。

 何故あの時気づけなかったのか、

 いち早く気づけたのなら、少しでも早くこの狂いを止めることができたのに。

 こんな事をしなくても良かったのに。

 こんなにも多くの血を流さなくて良かったのに。

 

 ───時が過ぎ、獣は吠えた。

 

 誰も救わなかったではないか。多くの命を見捨てたではないか。それで救いをもたらす存在などと宣うのなら笑わせる。

 天使は救いなど落とさなかったではないか。無辜の人々へ唯一神への隷属を強要したじゃないか。貴様らの測る天秤に押し留めた。果てには信仰を阻む者を悪と決めつけ排除した。この事実を間違いなどとは言わせない。我が友を悪魔へと落とした貴様を、(ぼく)はこの命が尽きても許さない。

 

 こんなものが「正しい人の形」であるものか!

 こんなものが「平穏な国」であるものか!

 こんなものが「最優な世界」であるものか!

 

 辛いことばかりだ!お前は何の為に。お前は誰の為に!こんな、───こんなにも残酷な鳥籠を作り出したというのだ! 人の手に超常の力なんて物は要らない!そんな物が無くとも、今日という日まで逞しくこの荒野を生きて生きて生き抜いた!…頼む、頼むよ…お願いだから、もう皆の墓標から尊厳を奪わないでくれ!…いやだ、いやだよ…やめてよ……、みんなを、とじこめないで…。

 

 ───おお、神よ。愚かなる偶像よ。その空想と虚構に満ち足りた先の無い救いに滅びあれ。

 貴様の救済(こたえ)は、誤りと証明された。

 

 獣は憎しみだけで生きていた。

 獣は悲しみだけで生きていた。

 獣は怒りだけで生きていた。

 

 聖書を殺す。その一念で鼓動を続けた。

 人に化け、十の角を隠し、命に紛れ彷徨った。

 力を求めた。聖書を焼き尽くせる力を。

 ……ああ、どれほど放浪を続けたのだろう?

 悪魔や堕天使が生まれた。

 天界という世界が生まれた。

 冥界という世界が生まれた。

 総じてヒトの世界に不要なものが生まれ過ぎた。

 

 …硬い岩地に倒れ伏す。

 息が薄い。鼓動の音が遠のいていく。

 視界が黒い。陽に照らされているのに寒い。

 感覚が無い。口の中だけが鉄臭い。

 命の限界にたどり着いた。

 

 永い、永い放浪を続けた。

 多くの『龍』や『竜』と出会った。

 多くの良き人々にも出会えた、伝えた。

 だけど我慢はできなかった。

 全てを知った。全てを知ってしまった。

 この事実をまだ伝えなければならない。

 この記憶をまだ残さねばならない。

 

 ■ ■

 

 多くの天使や悪魔や堕天使を殺し、彷徨い続けた。

 朝起きては人里を求め歩き、昼には動物を殺し血肉を貪り、それが無ければ草や木の皮を齧り、砂で空腹を埋めた事もあった。そんな日を過ごして、夜には眠った。疲れを癒した。けど、この日は真夜中に起こされた。

 サタナエルと、(■く)を起こした者は名乗った。

 

 彼は捲し立てる様に語った、私は故障している。彼は語った、私は今から君に全てを話すだろう。彼は語った、禁を破ってでも伝えなければならない。彼は語った、ここではないどこかにきっと神に不信を抱く民がまだ存在する地があるはずだ。探せ。そして伝えて下さい。きっとすべてが元通りになる。

 

 

 『神聖四文字(テトラグラマトン)天使ら(私達)が語る「安寧」という誘惑の対極として、わざと反逆者ルシファーと悪魔を生み出し「自由」という誘惑を用意し、人の子に悩みの中で他人と寄り添う道を歩ませました。』

 

 彼は語った、いまや私が可能なことは、一人の異分子に全てを託すことだ。■■■■の影響を受けない、外側の観察者を。

 私は藁をつかんだ。私はあなたを選んだのだ。

 

 『神が最初から意識していたのは人間だけであり、悪魔も天使も堕天使も単なる駒に過ぎませんでした。天使の掲げる安寧の楽園も、それを目指す過程が重要なのであって、秩序に従って黙々と生きる世界は別に望んでなどいなかった』

 

 天使の故障を放置し、数多の天使を屠った事も気に留めないなど、天使については多分心底どうでもいいと思っている。

 そして、ルシファーを始めとする堕天使が「我が父よ、神よ、なぜ応えてくれないのです!我々を認めてくれないのです!」と神の存在を求めもがく姿を、当の神は「そうだ、それで良い」と言って見ていたのだ。

 

 ■ ■

 

 それでも、獣の灯火は薄い。

 もう彼も疲れたのだ。

 磨耗しきって、擦り果てて。

 それでも頑張って、頑張って。

 

 ひとのために。がんばってきたのだ。

 いしをなげられても、いたんといわれても。

 あきらめないで、まえをむいてがんばった。

 

 人に化ける事も、もう出来なかった。

 狼の様な、熊の様な、龍の様な仔獣がいた。

 全身傷まみれで、体毛は血が乾いて黒色で。

 真新しい傷はじくじくと傷は喘いでいた。

 

 ひゅー、ひゅー、と喉笛はおもちゃみたいで。

 今日に限って空はこの上無い程に晴れていて。

 周りには砂を含んだ風だけが吹いていたんだ。

 

 瞼がゆっくりと、本当にゆっくり閉じる。

 視界が真黒に染まっていく。

 命の火が消える感覚と無念を抱いて。

 この空の下、獣は息絶えたのだ。

 

 否、絶えるはずだった。

 

「ああ、そうか」

 

 後に悪魔と数えられる天使は再び禁を破り、数多の光槍に身を貫かれながらも、血を吐きながらも息絶え絶えで、それでも楽園から一つだけ林檎を手に取り、死に絶えた獣に寄り添う様に地上へと降り立つ。

 

「私の『故障』は、正しかったんだ」

 

 その実は、死した獣の口へ運ばれた。

 獣は今ここに、第二の生を手に入れた。

 獣としてでは無く、人として。

 

 獣であった少年は眼を覚ます。

 静かに涙を流した。

 己の側に在る白い羽と齧りかけの林檎。

 それが全てを語っていた。

 

 何体もの天使が槍を構え降りてきた。

 拳を握る。戦う決意を抱いた。すると、十の角が生えた。更に、身体が白く輝き始め、鳥や竜、蝙蝠など、あらゆる獣の翼が六枚程背の肌とボロ布の衣服を引き裂き、飛び出した。

 

「──────、行こう」

 

 声が出た。人としての声だ。

 喜びはした。でも、それは最後に置こう。

 世界を元に戻さねばならない。

 神の意志に翻弄されない中庸に。

 ほんのひと時の後、白い羽は散った。

 

「───まだだ、

 まだ、終われない。

 終わってたまるものか」

 

 歩を進める。林檎を齧る。

 放浪を続ける。全てを伝える。

 少しでも多くの人に伝える。

 そう、思って、生きてきたのに。

 …どうして、こんな事になったのだろう。

 天からせせら笑う声が聞こえた。

 赤黒色の、塊が、落ちて、来た。

 

「お前もこうなりたくなければ大人しくしていろ」

 

 そんな声も、今は不鮮明に聞こえた。

 

 どちゃり、と重い水音?血だ。血の雨が降った。小さく覗いたのは肌色か?十字架。悲鳴。人類の生贄は杭へと釘打たれ、光の槍で見事なまでに貫かれている。死だ。死の山が其処にある。声が聞こえた聞こえたく無い声の塊耳に響くないやだそうだ僕のせいだ「お前のせいだ。」「余計なことをしたから。」「神を信じていればよかったのに。」「憐れだな。」「お前のせいで死んだ?死んだよ。そう死んだ。」「俺は可哀想、私は可哀想。」「僕らとても可哀想。お前が死ねばよかったのに。」「お前さえいなければ、またあの頃に。」「死ね、死ね、死ね、死ね。」「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。」

 

 「──────ァアアアアアアア!!!!!」

 

 それを見た小さな人の子は吠えた。

 ドグン、と気持ちの悪い鼓動音。

 白く輝き始める身体。数多の翼を生やす。

 転がる赤黒の血肉が形を持って固まり始める。

 其れは巨大な獣の形を取り、人の子の殻となる。

 

 その獣の姿は冒涜的で、破滅的。

 獅子、熊、豹、龍に似た7本の首と10本の角。

 あらゆる生物の特徴を有する体を持つ真なる獣。

 立ち姿は霊長類のような前のめりの姿勢。

 極太の腕を4本生やし、2本の足は腕以上に太い。

 その異形の体表は黒い毛が覆っており。

 ところどころ血のような赤色をした鱗状に硬質化している部分も覗かせ、全身のあらゆるところから赤い角のが生えていた。

 臀部からは長く太い、それぞれ形状の違うあらゆる獣、例えるなら浜蠍や龍と竜の特徴を有する7本の尾を生やす。

 

 

「殺す」「天使を殺す。神の駒を殺す」「殺す」「堕天使を殺す。神の駒を殺す」「殺す」「悪魔を殺す。神の駒を殺す」「殺す」「神を殺す。そして(オレ)はこの間違えた世界を殺す!!」

 

 

 今ここに生まれたる獣の名は『666(トライヘキサ)』。

 この後、聖書の三大勢力は彼によって深刻な出血を強いられる事となる。

 後に『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)』と呼ばれる。史上で最も多くの命どころか、間接的に聖書の神の命すら奪った災害といっても過言では無い個人である。

 

 

 ■ ■

 

 瞼が、開いた。目が、覚めた。

 長い、時間だった。とても、長かった。

 あの空想が施した封印を揺らす。

 いささか眠りすぎた様だ。

 …人の世もだいぶ変わってしまった。

 …ああ、嬉しい。本当に嬉しい。

 神の意志に踊らされる命が、こんなにも減った。

 故意では無い理不尽な死。故意では無い祝福される産声。発展と衰退を繰り返す。くだらない諍い。平穏と戦争の同居。紛れも無い、混沌と秩序の混ざり合い。即ち『中庸』。

 

 だけど、まだ奴等は世に蔓延っている。

 ならば、微睡みから覚めた(オレ)がやる事は単純だ。

 殻を動かし、忌々しい鎖を千切る。

 久しく上げた咆哮。ただの欠伸と変わらない。

 殻を突き破り、日の目を浴びる。

 次元に亀裂を開き、先ずは天界へ道を作る。

 翼と角を生やす。この身に走らせたのは焔。

 慰めに笑みを浮かべてその地を発つ。

 

 

 僕は地獄から戻ってきた!

 見つけてみろ、食らいついてみせろ!

 僕はたった一人でお前までたどり着く!

 立ってみろ、叩き潰してやる!

 僕は地獄から此処に来た!噛み殺してやる!

 僕はまだやれる。

 始めよう、お前が食われる番だ。

 

let's start,now.apocalypsis.(さぁ、黙示録の始まりだ)

 

 

 

 

 

 ───こんなことになったんだろう?




〜裏話〜

(´友`)<イヤなんでトライヘキサにしたの?
(´書`)<ちょっと質問の意味がわからない…
    しちゃダメなのかな?
〜完〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天は堕つ、一の扉


知性を持った巨大な力ほど怖いものはない。


 “また、わたしが見ていると、小羊が七つの封印の一つを開いた。すると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「出て来い」と言うのを、わたしは聞いた。そして見ていると、見よ、白い馬が現れ、乗っている者は、弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上に更に勝利を得ようと出て行った。”

 

 ■ ■

 

 白い亀裂が、空に走る。

 ガラスの砕けた音だけがした。

 穴だ、巨大な黒い穴が開いている。

 手だ、まるで少年のような細腕が飛び出した。

 

「……やっぱ一気に七までは行けないか…弾かれちゃった…」

 

 子供じみた声色に吐かれた感想とともに、陶磁器のように滑らかで、柔く白い素足が天の地へと踏みだされる。一枚の絵にすらなりそうな、その光景。然し、後に続く異形の姿には誰もが驚愕を隠せないであろう。

 

 白く輝く肉の体。

 天に刃向かう十の角。

 背から溢るる六枚の異種の翼。

 竜、蝙蝠、孔雀、蝿、鷹、不死鳥。

 …ある書物に曰く、七つの大罪にはそれに比肩する悪魔と動物がいるとされている。

 

 第1の大罪、傲慢。

 対応する動物は鷹馬(グリフォン)、獅子、孔雀、蝙蝠。

 第2の大罪、憤怒。

 対応する動物は一角獣(ユニコーン)、竜、狼、猿。

 第3の大罪、嫉妬。

 対応する動物は人魚、蛇、犬、土竜。

 第4の大罪、怠惰。

 対応する動物は不死鳥、熊、牛、驢馬(ロバ)

 第5の大罪、強欲。

 対応する動物は悪精霊(ゴブリン)、狐、針鼠、猫。

 第6の大罪、暴食。

 対応する動物はケルベロス、豚、虎、蝿。

 第7の大罪、色欲。

 対応する動物はサキュバス、山羊、蠍、兎。

 

 この少年、『666(トライヘキサ)』は外殻の獣と己姿を合わせれば、殆どの動物の特徴を持っていた。

 まさに冒涜の化身に相応しい姿という訳だ。

 

 閑話休題(話が逸れたが)

 

 彼が降り立った地は天界の第六天「ゼブル」。

 ミカエルを始めとする熾天使が座す天界の中枢。

 黙示録の獣は手始めに、それを、

 

「………邪魔だな」

 

 手に燃ゆる盛大な篝火で焼き払わんとしていた。

 この焔の名は、かつて獣の友であった太古の神。

 エジプトの最高神、『再臨する太陽(アメン・ラー)』。

 かつては聖書に比類する影響を持ってしまったが故に、『アモン』という72悪魔の内一つに落とされた者。

 

 それを以って(地に落とされた友の名で)、天を焼く。

 中々に人間らしいというか、余程の恨みがある故だろう。

 

 しかし、天使たちはそれを許すはずもない。

 4の光が神殿より前に。残りの2光は後方へ飛び出した。

 神の如き者(ミカエル)神の左に座す者(ガブリエル)神の熱(ラファエル)神の炎(ウリエル)

 

 四人の内一人が一歩少年に向けて歩み出す。

 それと同時に、他の三名がそれぞれの武具を手に構えをとった。当然、この事態を前にして警戒心は過去類を見ないほどに高い。

 少年に歩み寄った天使は口を開く。

 

「……何者ですか?」

 

 少年の返答は簡素だ。

 まぁ、それ故に絶望的であるのだが。

 

「トライヘキサ、君の父はそう呼んでいた」

 

 ひゅ、とガブリエルの喉から笛が鳴る。

 冗談だろう、冗談であってくれ。幾ら何でもそれは無いだろう。そんな顔色が天使全員の中に広がっていく。

 然しこれは事実であり、聖書に記された中でもとびきり最悪の伝説が彼等の眼前に君臨している。

 

「…にわかには信じがたいものですね」

「だろうね、神聖四文字(テトラグラマトン)(ell)?ゼバオト?まぁ、聖書の神は君に僕のことなんて伝えてないと思うし。…本当に──────ッ⁉︎」

 

 

 ズグンッッッ!と。神々しさを感じさせる程の良質な高音が少年の胸に激痛が突き刺さる。

 驚愕の顔色を浮かべたのは()()

 そう、天使でさえも驚きに顔の色を変えた。

 少年の胸元には、光り輝く水晶が生えていたのだ。そしてそこを起点として幾条もの鎖が走り、翼や手足を封じにかかる。

 

「なぜ、神の力が…⁉︎」

 

 その呟きは天使の一人から。

 怨に顔を歪める少年は天を見る。

 そして吠えた、()()()()()()()()()()()()

 咆哮。何処までも悲痛な声。慟哭と遜色のない声だ。

 

「またか…ッ!またお前なのか!Y()H()V()H()

 お前はいつまでその座にしがみつく⁉︎貴様の時代は終わりを告げたと分かる筈だ!貴様の見たいものはもう見る事は叶わないと理解した筈! 目をそらすな!目を閉じるな!人の世を見ろ!神に縋る人類など握られた程の数しかいない。 (オレ)も貴様も最早世界に必要とすらされていない無用の長物だ!要らないんだ!」

 

 その慟哭と悲鳴と咆哮に誰もが一度は躊躇する。しかしというか、やはりというべきか、それもほんの瞬きの間だけ。

 雨季に降り注ぐ自然に恵みをもたらす甘露の如く光の槍が降る。鎖と水晶の杭に身を封じられている少年に当然、避けるすべはない。

 

 腹部、翼、喉、腕、足。

 血が湯水の如くに吹き出し、赤く糸の様に細い血管や白く小さく硬く木の枝と身構える骨、柔らかでぷるりとした内臓すら飛び出した。

 勢いに逆らう事は無く、小さな体躯は地に倒れ伏す。

 

「ぁ……」

 

 その体躯の背からバキン、と重たいガラスが砕けるかの様な音が天界の空に響く。白い亀裂の奥に黒く溟い穴が開いていた。

 お前の主張など知った事ではないと言う様に、少年は天から落とされた。その行方など誰にも知らず、少年は落ちていく。

 少年の体は、何処までも何処までも落ちていく。

 

 

 ■ ■

 

 …あの獣()()か。

 汝らは未だ揺り籠から人の解放を望むか。

 ならば私は滅びを置こう。

 私の始まりとお前達の始まりに。

 私の末とお前達の末に。

 それで終わりだ。

 私も、お前達も用済みだ。

 

 ■ ■

 

 本来、トライヘキサには例えその身が微塵に細切れになろうとかけらでも残っていれば元の形に戻るという驚異的なまでの再生能力がある。

 だがその治癒能力は封じられていた。

 聖書の神の封印よって。

 

 彼は黙示録の獣を封ずる際一つの懸念を抱いた。

 獣が息を返した時、対応出来うる存在はいるのか?

 彼の予想は否、それは正しかった。

 故に、封印の中に封印を重ねた。

 もし仮に、私が死した後にこの獣が目を覚ましたのならば、その身の癒しと心の臓を穿ち四肢と翼を封ずる。

 死に瀕したのならば、獣を天より落とす。

 何処に堕ちるかは分からない。

 だが死にかけの獣だ、気にするものではないだろう。

 

 残酷なまでに清々しい青空に白い亀裂が走る。

 黒く、溟い穴が開いていた。

 トサ、と血を滝の様に撒き散らしながら無残な傷だらけの体躯は柔らかな地に堕ちる。

 それを、狐の耳と尾を持つ少女は見ていた。

 その背後に控える従者も、同じく見てしまった。

 

 蒼白の面、咄嗟に抑えられた口元。

 それでも倒れはしなかった。

 少女は震える手で従者に促す。

 

「…助けよ、この者を。

 確かに京の者ではない。

 だが見捨てるわけにもいかぬ…」

 

 その無残な身は運ばれていく。

 少年の心臓は確かに動いていた。

 喉から笛がなる。

 息もしていた。

 その事実に、皆戦慄した。

 

 ■ ■

 

 

「…この気配…あの仔獣が目覚めたか」

「如何にする?姉上。…討つか?」

「焦るな『須佐男』。…先ずは観察だな。ああ、それと…八咫烏、ハーデスの側近とオーディンの側女を呼べ。『ネロの瞼が開いた』この伝言も忘れずにな」

 




用意周到型のかみさま。
そして早々オリキャラ謝罪。
でもぶっちゃけ日本神話かなり切れてると思うの。

女神の奴隷さん 神威0501さん 梨花様卍さん リョウ23さん 天上天下唯我独尊さん Kuroちゃんちゃんさん セラ部長さん なー ノリスタさん zん(N)さん、お気に入り登録ありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地に放つ、二の扉

獣ってなかなか死なないのよね。
感想が…本当に嬉しい…筆が…進む(感涙を拭いながら)


 

 さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔。つまりは赤い竜と呼ばれるもの、即ち全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

 ████の黙示録 共同訳12:7−9より。

 

 黙示録の獣が落ちた後の天界は慌ただしい事この上なかったであろう。最悪の伝説の実在、神の力の再臨、黙示録の獣の崩壊。皆それぞれ起きた事象を頭で噛み砕きながら仕事に当たる。

 

 皆、獣が存命とは考えなかった。

 何故なら神の力をその一身に彼は浴びたのだ。

 生きている、と言われたら信じる方が難しい。

 彼らの間で持ちきりなのは獣についてではなく神の力ばかりであった。やはり神は偉大な存在、我々は神に変わりこの世界を救う、などなど…奢りとも取れる物ばかり。

 

 その中で一人、異分子が存在した。

 異分子の名はガブリエル。

 天界一の美貌を持つ天使。

 彼女の中には幾つも疑問があった。

 

 第1の疑問。

 私達は正しいのか?

 彼女には聞こえていた。

 落ちる前の獣が囁いた言葉を。

 

「命の自由を想う…それを愚かと下すのか…

 歪んでいるよ、神も、貴様らも、この世界も…ぁ」

 

 この言葉が、彼女の中でしこりと残る。

 天使長や他の熾天使に相談をした。

 もちろん返答は「正しい」の一点張り。

 

 第2の疑問。

 何故神は獣の存在を我々に知らせなかった?

 これが後に生まれた最大の疑問。

 他の熾天使の回答はこうだ。

「神にも考えがあったのでしょう」「あの封印を見るに万全を期していたのは明白だ、それ故だろう」「悪魔や堕天使との交戦でそれどころではなかっただろう」

 誰も彼女の中では解答にならなかった。

 

 そして、第3の疑問。

 これはまだ、誰にも打ち明けていない。

 誰もいない空、彼女は小さくこぼす。

 

「今にして思えば───。

 何故、神は■■■■の乱心に、

 ───()()()()()()()()()()のでしょうか?」

 

 地よりその孤独な問いかけを嗤う者がいた。距離的にも決して聞こえない筈なのに、問いを嗤う者がいた。

 それはスーツを粋に着こなし、さらに無精髭に目元までを乱雑にを覆う程よい長さの髪を持つ男。

 

「変わらないねぇ…いつも」

 

 ■ ■

 柔らかな日差しが瞼の裏を刺激する。

 意識は鉛の海から上がる様にゆっくりと浮き上がり始めた。

 しかし身体は動かない。否、動かせない。

 まるで何かに固められているかの様に。

 

 瞼も開かない。どうやらこの体はまだ休息を必要としているらしいが、それどころではない。このままでは天使共に消されかねない。だから起きなければならない。

 

 動け、動け、動いてくれ。

 

 そんな願いも虚しく一つの気配が入ってきた。歯をくいしばる。悔しさが心を満たした。終われない、このままでは終われな──()()()()

 

 そこで僕を包む感覚に気づいた。

 まるで子羊の様に柔らかく、暖かなもの。

 貫かれた箇所には布?を巻かれている。

 

 …誰かに拾ってもらったのか?

 ……違うな、多分あいつらが僕を拾った。

 尋問か、見せしめの処刑か、両方か。

 耳が聞こえるのは幸運と呼ぶべきか、不幸と呼ぶべきか。

 

「…まだ目は覚めぬか…のどと腹の傷は癒えたし、そろそろ目覚めても良いと思うのじゃが…」

 

 聞こえてくる声は幼い、鈴音の様に可愛らしい。普段なら少しはやさぐれた心が癒されるだろうが、今の僕の気分では一切合切全くなまでに癒されない。ただただ自分の無力さに死にたくなるばかりだ。

 

 ちゃぽ、と水に肥えた布地が桶から立つ音。

 そのまま水が滴り落ちる音。

 額に柔らかながらも冷たい感触。

 

 …再思考だ。

 …と言っても判断材料が少なすぎて明確な決定が出せない。この錆びた瞼が開ければ、確実とは言えないけれど、でも見てもいない判断よりはずっと優れているはず…。

 

 意地で瞼を開こう。気合いだ、気合い。元々住んでいたあの集落の人たちも病とか骨折とかしてても大概のことは気合いでなんとかしてたし、僕でもなんとかなるだろう。

 

「…魘されておるのか……」

 

 だから頼む、開け、開いてくれ僕の瞼。

 ひ、ら、け!

 

 ぽふ、と柔らかな感覚が頭を走った。

 不意に懐かしさがこみ上げる。思い出す。否、知っている。この髪を撫ぜる手のひらの温かみを僕は知っている。…この手の平を持つ人に悪い人がいないことも知っている。

 なんでか、無性に泣きたくなる。

 理由なんてわからない。胸を走る温かみに鼻と目の奥がくしゃくしゃになって、…何、これ。

 

「おお! 目が覚めた…か、…?」

 

 そこまで思い出して、視界がはっきりしているけどぼやけていてよくわからない。油断しちゃいけない状況が変わっていないことなんてわかってる。だけど、だけど今は、今だけは。

 

「…泣いて、おるのか?」

 

 

 この懐かしさに(残っていた思い出が)溺れていたかったんだ(本当に嬉しかったんだ)

 

 ■ ■

 

 さて、少年の落ちた地は裏京都。言うなれば有名観光地京都の影、例えればコインの裏側であろうか。

 ここ裏京都には多種多様な妖が暮らしており、それらを収める総大将もいる。総大将の名は『八坂』その正体は恐らく妖の中でも最もポピュラーな『九尾の狐』である。

 

 現在人間の姿に化けている彼女の眼光は己の娘『九重』が撫ぜる少年『666(トライヘキサ)』へと向けられていた。距離は離れているが、完全に彼女の持つ尾の射程距離内である所、九重の背後にいる事からして、警戒しているのは明らかだった。

 トライヘキサは現在心臓の位置に水晶の杭が立ち、そこから伸びる光の鎖と枷が手足や翼にはめられ封じられてはいるが、それでも油断はできない。確かに彼は万全では無いが、確かな強さがあると直感的に彼女は察知していた。

 

 ただ───。

 

「ま、まだ傷が痛むのか?大丈夫なのか?」

「ごめん…もうちょっと撫でてくれないかな…だめ?」

 

 眼に映る幼子の戯れに、毒気を抜かれたのかそれと多少は信を置いたのか、世を嗤うかの如くカラカラと笑声を小さく零せば一言だけ、母に相応しい声色でただ一言。

 

 

「なんじゃ、ただの仔狼ではないか」

 

 少なくとも彼女の眼にはそう見えた。

 『母として』の彼女には。

 では『妖の元締め』としての彼女には?

 

「……油断は出来んがの」

 

 それは問うまでもない事だ。

 …トライヘキサが裏京都に落ちてから既に約半年が経過してしまっている。

 彼のことが裏京都中に知れ渡るには十分過ぎた時間であり、事実彼に関することはほとんど漏れている。いや、そもそも『妖の前では』彼の事を隠してなどいなかったのだが。

 杭や鎖の力からして『聖書』が加わっていることは明らかであり、彼らがこの地に赴くのもそう遠い話でも無いだろう。

 それを確かに高天原へ告げた。

 

 …天津神、ひいては国津神の決定は。

 『要観察』、それのみであった。

 

 ■ ■

 

「では、オーディン殿もハーデス殿も、会談の日程は次の満月の刻で宜しいか?」

《ああ、問題ない》

「予定も特にないしのぉ」

「有難うございます。 では最後に不遜ながら繰り返させていただきますが、この会談は極秘です。御二方には出来るだけ身を隠しこの高天原へ来て頂きたく存じます」

「相変わらず腰が低いのぅ、『月詠』」

《ファファファ、まぁ、それ故に厄介だがな。食えん奴よ》

「いえいえ、御二方に比べれば私など…ね?」




現状
獣「助けられた…」
京都の妖「なんだこいつヤバそう。でも八坂さまが特に何もしてないから安全なのかなー?でも警戒はしておこう」
日本神話「取り敢えず極秘会談終わるまで獣は要観察でいいよね、今弱ってるから八坂と京都の妖怪でなんとかなるし」

ちなみにスーツの男の正体は皆様の思い浮かべる人物とは違うんじゃないかなーとか思ってたり。彼の正体は六話あたりで明かそうかと。

あ、声のイメージは藤原啓治さんだったり。
トライヘキサ?…中田譲治さん(冗談)(多分朴璐美さん辺り)

The Foolさん G3さん ふにさん karuma00さん 暴風さん ぞずんさん 竜胆3594さん @そらさん マジカル紙袋さん stukaさん バンシィさん ランス提督さん 黒白の暗殺者さん 荒マックスさん えれえもんさん みきすけさん Sutanbaiさん 冥想塵製さん EVE12さん やかあらさん 橋本剛さん  十八代目山の翁 愛終さん ベルソルさん Maoken117さん 水銀ニートさん  アルカディア1230さん ドラゴン・タトゥーのオカマさん キュウカチュウさん、お気に入り登録有難うございます!

そして今作に☆9を下さった方の
マジカル紙袋さん えれえもんさん 十八代目山の翁 愛終さん ドラゴン・タトゥーのオカマさんに深い感謝を!誠に感謝致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗に潜む、三の扉

お前は弱くなったか。
なら俺が強くしてやる。
俺が天を落とすその日まで

なぁ、トライヘキサ。


 わたしはまた、もう一匹の獣が地中から上って来るのを見た。この獣は、子羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていた。この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。

 ████の黙示録 共同訳13:11-12

 

 次元の狭間を悠々と泳ぐ赤龍がいる。その名はグレートレッド。『真なる赤龍神帝』『真龍』『D×D』の異名を持ち、『無限の龍神』オーフィス、『黙示録の皇獣』トライヘキサと並び得るほどの実力を持った最強の一角。

 

 そして彼自身、黙示録に記された獣である。

 

「──────!」

 

 第二の獣は、吠えた。

 夢幻の幻想より生まれ出でた龍は、実相世界には興味を抱くことは殆ど無いと言っても良い。だが、この日彼の眼には、一人の獣と蛇の姿が確かにあった。

 

「──────!」

 

 それは、同格の存在の復活への歓喜か。

 陥れられた獣への怒りの言の葉か。

 分かる者は居ないだろう。

 

 何故ならば、この次元の狭間において唯一存在できる彼は未来永劫、孤独でしか無いのだから。

 

 ■ ■

 

 『禍の団(カオス・ブリゲード)

 三大陣営の和平・協調路線をよく思わず、破壊と混乱を起こそうとするテロリスト集団。各勢力の過激派が集まっているが一枚岩ではなく、複数の派閥が生じている。オーフィスをトップとしている。

 

 現在、表に立ち活動しているのはこの組織の根幹となる旨を持つ『旧魔王派』である。

 

 人の限界への挑戦、不遇への復讐を主とした『英雄派』はめっきりその姿を見せなくなり、団内でリーダーである『曹操』が死んだのでは?ないし内乱が起きたのでは?と噂されている。

 

 そして『ニルレム』。彼等は冥界の現魔王のうち一人()()()()セラフォルーの『魔法少女』の格好を『世間に魔法使いという存在の間違った認識を与えかねない』として嫌悪する魔法師の集団。

 

 

 

 さて、今回はこの『英雄派』に視点を当てよう。

 そしてそのリーダーである曹操に…。

 

 

 

「───ああ、そうだ。俺達は俺達だ。純然たる人間だ。決して邪竜を撃ち落とした騎士でも無く、勝利を導いた聖女でも無く、ましてや試練の末に神へと至った半神半人でも無い。

 英雄の魂、血、『神器』を受け継いだ。…だからなんだと言うんだ。過去は過去でしか無く、未来は未来でしかない。…そんな事、もっと早くに気付くべきだったのにな」

 

 どことも知れぬ神社にて、最強の『神滅具(ロンギヌス)』である『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』を砕かんばかりに敷石に突き立て、自らを嘲るような笑みを浮かべて曹操はその場に居る同胞へと言葉を綴る。

 

「過ちは変えられ無い。過去に手を伸ばす事は出来ないし、やってはならない事だ。 逃げてるだけと言われても否定はできないがな。だが俺はこの道を選びたい。償いではない。ましてや、人の為と言う自己破綻的な渇望でも無い。

 俺は、人としての矜持をとる。誇りを取る。人で在れることを、何よりも幸運であったと夢を見る。

 この旅の果てには何も成果は無いだろう。賛美も称賛も、与えられ事は無いし歴史に刻まれる事もない。だが、だが俺達に───」

 

 一つの出会いがあった。

 死の側にあった時、一人の聖女とであう。

 その名を知る事はなく、由もなかった。

 ただ、助けられた、その事実が彼を苛む。

 英雄の血を継ぐ己が助けられた。謎の怒りがこみ上げる。否、果たしてそれは本当に怒りであるか? 理解が出来ない。理解を拒んでいる。己のこの燃ゆる様な意思はなんだと言うのか。

 

 ミーム、という言葉がある。

 人類の文化を進化させる遺伝子以外の遺伝情報。

 彼は一つのミームに汚染された。

 それはもっとも優しくて、何よりも強くて、恐らくは人類史が始まって以来ずっとずっと受け継がれ続けている情報。

 

 誰かに助けられた者は、誰かを助けたくなる。

 

 そんなあまりにも単純な摂理。

 だが彼は、それで答えを得た。

 

「だが俺達に、人界(ここ)以上の居場所があるか?天にも冥にも、俺達の、人間の居場所はない。

 この地こそが、俺達人間の、唯一無二の家。家屋を壊し屋から守るのはごく当然の摂理であり帰結なんだ。故に称賛も賛美も不要であり、求めてはならない事だ。

 俺は()()()の元へ行くよ。神の意に逆らい、殺し。天を堕とし冥を埋める。付いて来る来ないは自由だ…以上」

 

 

 その場は静まり返る。

 曹操の側に居たゲオルグ、ジャンヌ、ヘラクレス、ジークフリート、果てにはレオナルドさえ言葉を失い目を見開き曹操を見つめて居た。

 

 ひと時の静寂。

 

「変わったなぁ、君も…私も」

「…いつの間にそんな立派になりやがって」

「私達に他に行き場なんてないわよ()()()()

「目標変更か、…ま、それもいい」

「……一緒に行く」

 

 ミームは、受け継がれて行く。

 

 

 

 そしてそんな彼らを屋根から見守る一人の男がいた。それはまるで父の様な眼差しで、何処までも彼らを優しく見守っていた。

 それはスーツを粋に着こなし、さらに無精髭に目元までを乱雑にを覆う程の長さの髪を持つ男。

 

「これだから面白いんだ、人間って奴は」

 

 

 ■ ■

 

 裏京都、八坂邸。

 

「…その、僕は、…やっぱり表に行こうと思う。

 この世界を見たいのもあるけど…今、あいつらがどうなっているのかも確かめたい」

 

 暖かな光が降り注ぐ朝。

 障子を透かして降り注ぐ柔らかな陽だまりに照らされながら『666(トライヘキサ)』は鎖と枷を揺らし、静かに八坂へと告げた。だが、妖の元締めはそれを鋭い眼光で睨む。

 

「ならん、許さぬ。そのような手負いと姿で表へ出てみよ、白羽共にあっという間に屠られるのがオチじゃ」

「うぐ……」

 

 九重が眠りについてる中、このような交渉合戦がもう何週間も何週間も続いていた。

 トライヘキサの目的は『今この世界はどうなっているのか、聖書の三大勢力の現状、それが知りたいからこの裏京都から世界に出たい』という物。大して八坂は『怪我も満足に治ってないままに外に出すわけには行か無い』というもの。

 さらに彼女には高天原から命じられた獣の要観察という役目がある。それ故においそれと外に出すことを許してはならない。

 

 ぺしょ、と獣は頭を机に投げ出す。彼自身、自分の実力が落ちに落ちている事は理解している。おそらくこのままでは魔王や天使長には敵わないどころか虫のように潰されるだろうと。

 …実際の所苦戦はするものの魔王一人は葬れる実力はあるのだが、これは少年自身も知らない。

 

「ここに永住する、とは考えぬか?」

「…ちょっとはね、でもやっぱり許せなくて」

 

 本当に、少しだけそれは考えた。この陽だまりの中で移ろう時を見ながら過ごして行く。それは確かに幸福だとは思う。だがしかし、少年の本質は人にあらず獣である。

 

「…あの林檎を食べた時から、本能が増えた気がするんだ」

「──────ほう?」

 

 正直に少年は打ち明ける。既に彼らへ信頼を置いている少年は隠す事などしなかった。過去にサタナエルというただ一人『本当の意味で』聖書に逆らい確かに消されたもの。

 彼が死の間際、死した己に与えた、あの林檎。それを食してからこの身と命を得た事を話す。

 そして新たに加わった本能は。

 

「…天使を見たときに、頭で声がした」

 

 即ち、『この種を絶やせ』という単一命令。

 これが少し、少年の中に引っかかる。

 …実際の所、これは本能に非ず。人として持つ当たり前の感情の一つ、怒りである。少年の過半生は獣であったが故に、感情という仕組みを知らないのだ。

 故に内に湧いた感情を本能と呼んだ。

 

「…青い、青いのぉ」

「?…わわ…っ」

 

 それを長き時を生きる狐は見抜いたのか。目の前の少年を「青い」と笑い、少年よ髪をゆっくりと撫でた。…共に時を過ごすうちに、着実に情は湧いているのだ。

 

 ■ ■

 

 スーツの男の情報は確かだった。

 確かに獣は実在していた。

 ならば、やる事は一つ。

 

 今代の白龍皇は、凄絶に笑う。

 

「お手並み拝見といこうか、伝説」

 

 




トライ君はまだ『悪魔の駒』のことを知りません。神が死んでいる事も知りません。堕天使が神器使いをあれこれしている事も知りません。…全部知ったらどうなるか…。

日刊ランキング26位!
皆様には感謝してもしきれません!
評価をくださった
AZAZERUさん、スケアクロウさん、黯戯 狂嘩さん、アリストテレスさん、8周目さん、そうではないさん、佐藤さんだぞさん、ドラゴン・タトゥーのオカマさん、マイペース系さん、ねこかおすさん、ユマサアさんに重ねて感謝を!
そしてお気に入り登録をしてくださった166名の皆様にも盛大な感謝を!これからも今作をよろしくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白牙を穿つ、四の扉

神話において、『竜』とは争いを成す。
神話において、『龍』とは恵みを成す。
では、白き竜(アルビオン・■■■■■)は、何を成す?


 “子羊が第二の封印を開いたとき、第二の生き物が「来たれ」と言うのを、わたしは聞いた。すると、火のように赤い別の馬が現れた。その馬に乗っている者には、地上から平和を奪い取って、殺し合いをさせる力が与えられた。また、この者には大きな剣が与えられた”

 

 ■ ■

 

 うららかな日差しが降り注ぐ真昼。

 十の角を生やした獣じみた少年『666(トライヘキサ)』は居ても立っても居られない程の胸騒ぎを確かに覚えている。そして彼はそれに従うかのようにがむしゃらに裏京都を走っていた。

 

 ───早く、早く、早く!

 

 この胸騒ぎの正体を少年は知っている。これは、『何か大切なものを失う前の胸先』だと。この胸騒ぎを消したくてたまらない。

 向かう先は八坂邸から離れた、裏京都末端。

 九重との投扇興を中断してまで其処へ向かう。

 

 ■ ■

 

「…………むぅ……」

 

「おい九重さま拗ねてるぞ」

「そりゃ誰だって拗ねるだろ」

「しっかし…なんだこの殺気…」

「分からん、準備はしておけ」

「なんで今日に限って八坂さまは出雲に呼ばれるのだ…」

「まぁ、万が一があった時は……」

 

「………………この気配、まだまだひよっこか」

 

「須佐男様だけが頼りだな…」

 

 ■ ■

 

 あの場にちょうどよく手練れが来てくれて助かったと少年は胸内でささやかな幸運に感謝する。恐ろしく化け物じみた男だった。あの男ならば過去に出会った邪竜をいとも簡単に屠れるだろう。

 

 ずざ、と地に跡を残しながら立ち止まる。

 見慣れぬものがそこに存在していた。

 少年は不快だという感情を隠さない。嫌だ、嫌いだ。顔も見たく無い合わせたく無い。心の底から目の前の存在の片割れを嫌悪する。

 然し、少年は目の前の存在が『混ざり物』であるから嫌悪しているわけでない。少しの戸惑いはあるがそれはそれと受け入れるだけの度量はあるつもりだ。…それで何らかの悲劇が生まれ、人外に非があるのならば比喩も誇張もなく其の者を焼き尽くす気はあるのだが。

 

 少年が目の前の存在を嫌悪する理由。

 『混ざりすぎている』。

 自然の存在からすればそれは恐怖するもの。

 即ち今代の白龍皇ヴァーリ・ルシファー。

 その証である全身を覆う白い鎧に光翼。

 人と悪魔と竜の混ざり物。

 自然に身を置く命からすれば恐怖を覚えるには十分すぎるほどに混ざり、形を成していた。

 

 

 相対する白の少年。

 おそらく破顔するのは皇。

 うんざりした顔を隠そうとしない獣。

 獣と皇は今、ここに揃う。

 

「君は何?」

「俺はヴァーリ。ヴァーリ・ルシファー」

「ルシファー…」

 

 ぐらり、と少年の中で天秤が平行を崩す。

 意図せずして鋭くなる眼光。

 それに破顔する皇。

 

「何の用?観光ならこの『チリチリする嫌なの』を抑えてからきてよ。みんな恐がってる」

「…獣だからこその索敵方法か…ふむ、少し羨ましいな」

「話聞いてる?」

「ああ、すまない。だが安心してくれ。ここに来るのは多分今回が最後だろうからな」

 

 少年は皇の言葉に眉をひそめる。少年の言う『チリチリする嫌なの』はさらに強まっていく。咄嗟に身構える。

 

「俺は君と戦いにきた。そちらから来るとは思ってはいなかったがな。それは君に戦意があると見ても良いのか?」

「無い、無いよ、無いですよ、勘弁してよ。そんな理由で来たんなら帰って。八つ橋でも買って帰って」

 

 溜息を吐く。やっぱりかと。勘弁してくれと。

 しゃら、と鎖を揺らしながらぐいぐいと白龍皇を裏京都から押し出そうとするトライヘキサ。ヴァーリ・ルシファーの分類には一応人間も含まれている。だからこそ少年は争うのを避けたかった。彼の中ではヴァーリは『まだ人間』にカテゴライズされている。

 

 

 恐らくは導火線に火をつけない限りは、この二人の関係はここで打ち切られていたのだと思う。

 この後に白龍皇は赤龍帝と出会い、一度は敵として争い、後に友として和解し、力を合わせ新たな敵へと立ち向かうのだろう。けど、そうはならなかった。少なくともこの道筋ではそうなれなかった。

 

「なら、あの狐の幼子を殺してみるかな。そうすれば君も戦おうとするだろうしね」

 

 この一言、これさえ無ければ、その未来に行けたのに。

 

「……は?」

 

 その声は、紛れも無い少年のもの。

 彼は疑問を抱いた。九重を殺す。そう宣言された後、少年の内側から黒くドロドロとした感情が生まれた理由がわからなかった。『こいつを殺さなきゃ駄目だ』という命令が心と脳から降る理由がわからなかった。

 

「そっか」

 

 答えはすでに知っていた。

 だってこの感覚は一度体験しているから。

 短い時間かもしれないけれど、一緒に食事をしたのは楽しかった。短い時間かもしれないけれど、一緒に遊んだのは楽しかった。短い時間かもしれないけれど、温かな時だったのは確かだ。

 とっくに大切だったのだ。かつて共に暮らした旧き集落の人達と同じで、共に暮らす内に少年の中では八坂と九重、その従者達は何よりも守りたい存在に分類されていた。

 

「ん?やる気になってくれたか?」

「うん、殺る気になった」

 

 様子見の顔面一撃。

 ストレートがヴァーリの面に突き刺さ…っていない。一歩だ、ただ一歩後ろに下がられ拳は届かなかった。おかしい、と少年は胸内で疑問を巡らせる。確かに当たると思っていた。もしや自分の想像以上に力が落ちているのか?

 

 答えは否。

 

『divide』

「…そうか、アルビオン」

「その通りだ」

 

 白龍皇を白龍皇たらしめている『神滅具(ロンギヌス)』である『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』。

 その力は『半減』と『吸収』であり、十秒の時を得るごとに対象の力を半減し吸収し己のものとする。

 

 そして今ヴァーリはその『先』の段階にいる。

 『禁手(バランス・ブレイク)』である『白龍皇(ディバイン・ディバイディング)の鎧(・スケイルメイル)』。その本懐は半減の力の一斉使用。対象やその攻撃を急速に弱体化させる事が可能だ。()()()()()()()()

 

「Half Dimension」

「─────っ、危なっい!」

 

 本能の察知。獣ならば誰にも備わっている危機察知能力。後方へ飛び退くトライヘキサは辺りの変化に目をわずかに細める。

 展開される領域。『半減』される物体と空間。成る程と即座に理解をすれば地を蹴り、白龍の前へと飛ぶ。

 

「っ!」

 

 しゃらん、と鎖が揺れる音。鞭のようにしなる白い素足は皇の頭蓋へと落とされんとする。白龍皇は音によりその前兆を感知していた。だがこの速さでは間に合わない。先程は様子見だからこそ避けられた。だが今は違う。トライヘキサは本気で『取りに来ている』。

 

『Divide divide divide divide divide!』

 

 半減の多重使用。だがそれでも間に合わない。咄嗟に頭蓋を守るように腕を交差させ、踵を受ける。

 

「がっ、ぁあ…⁉︎」

 

 

 予想を遥かに上回る衝撃に喉奥から声が溢るる。

 白龍皇を起点に一斉に陥没する地面。

 空を打つ音が響いて広がる。

 ゆっくりと激痛が、腕から脳に登る。

 

「首、がら空き」

 

 第二撃、横殴りの一線。

 直撃すれば黒ひげ危機一発よろしく頭が胴体からグッバイさよならというやつだ。だが回避は間に合わない。弱体化?ノーだ。首の骨が持っていかれるだけだ。ならどうするべきか?

 

「───!」

 

 ()()()()

 

 半減、吸収、放出。

 放つ力の流れはトライヘキサの脚へ。

 反動に従いヴァーリの身体は後方へ飛ぶ。

 脚に衝撃を受けたことにより弾かれたように飛ぶトライヘキサ。だが体勢がどう考えてもおかしかった。脚の手前には腕が伸びている。

 

 ()()()()

 

 ヴァーリは予想する。狙いには気づいた。だがそれはあり得るものなのか?と内心で訝しむ。

 鎖を揺らしながら更に迫るトライヘキサ。白龍皇の眼前に来たのは丸い膝。当然、先と同じ方法で迎撃し距離を取る。

 

 

 ()()()()

 

 まただ。また体勢がおかしい。

 手首が膝をかばうかのような体勢。

 だが明確な異変があった。

 重厚なプラスチックの板にひびの走る音。

 ぴしり、ぱき、ぺきぱき。

 それはトライヘキサの手首にある枷から。

 

『予定変更だ、ヴァーリ。撤退するぞ』

「…分かっている。だがアルビオン、今日の俺は運に見放されているみたいだ」

 

 かしゃん、とグラスが割れたような音。

 獣の枷が、二つ外された。

 内の力と外の力によって、だ。

 元々、この封印は死に瀕した神が施したもの。

 解くのはそれなりの実力が有れば良かった。

 空間が軋むほどの力の流れが吹き荒れた。

 

「………」

 

 そこから先にはもう加減も何もなかった。かつての一部を取り戻した命ある災厄は、蹂躙を開始する。呼吸の暇など与えない。完膚無きまでに終わらせる。続かせるつもりなど毛頭ない。『あなたは今此処で終わりなさい』。それが獣でありながら人である存在の出した最終決議である。

 

‪ 震脚、比喩では無く本当に、ヴァーリが、周辺の家屋が、()()()()。当然その間彼は無防備だ。獣は豪速で彼我の距離をあっという間に詰める。鎧を指で貫き砕き掴み、手繰り寄せる。歪に笑う。唇は確かにこう動いた。『つかまえた』と。

 

 パチンコで言うボーナス・チャンス。

 極炎が?拳が?否、理不尽が降り注ぐ。

 一発一発が致命傷。半減など意味が無い。

 腕2本の開放でこのクラス。

 では足と胸が開放されたら?

 想像を拒むほどの力。

 こんなもの、どうすればいいというのか。

 抵抗など欠片程度しかできない。

 

 否、否、否。

 ()()()()()()()()()()のだ。

 そこは流石白龍皇と言うべきだろう。

 

「ごっ、ぶっばぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!??!」

 

 予想外の力に笑みを作るも防御が間に合わず頬に拳を食らう。勢いに逆らうことなどできずそのまま吹っ飛んでいく。血反吐を大量に吐きながらすぐさま体勢を立て直す。息は荒い。視界も真っ赤に染まりきっている。命が遠のく感覚。

 

「…成る程…虎の尾を千切るどころか…俺は竜の逆鱗を剥がしたというわけか…」

『言ってる場合かヴァーリ!逃げる算段を取れ!すぐに第二波が来るぞ!』

 

 笑みを浮かべたまま零す。

 己の判断に後悔はしない。

 高みが、この上ない高みが眼前に座す。

 死ぬかもしれないでは無い、死ぬ。

 だか楽しい。戦いは楽しい。

 

 …そう思えたら、どんなに良かったか。

 

 恐怖だ。今、恐ろしい。

 彼は全てを知った。

 今それ故に恐ろしい!

 …恐怖だ、これこそ明確な恐怖。

 感情のタガは壊れ、笑みを浮かべる。

 

「………だが、やはり心踊るものだな…!」

 

 破壊の痕跡を見渡してはそう零す。

 止まらない血を吐く。

 気づけば足を後ろに引いていた。

 ()()()()()()()()

 

 ぴしり、と亀裂が走る。どこに?空間そのものにだ。

 ガラスの砕けた音。黒く、溟い穴が其処には開いていた。スーツの腕が見える。白龍皇の腕を掴んでは引き摺り込む。勿論、それを見逃す獣では無い。地面に巨大なくぼみを作り出し、その穴へと向かうが。

 

 獣は失速する。

 目がかつて無いほどに開く。

 

「──────嘘、だろう」

 

 視界の端に映るのは、十二枚の翼。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()男。

 無精髭に、目元を隠す乱雑な髪。

 髪の隙間から獣を見る眼光。

 ゆっくりと唇が動く。

 

「ま、ちょうどいい腕かな?」

 

 それだけ零せば静かに穴は塞がる。

 その後を獣は追えなかった。

 その場にへたり込む。

 

「…笑えない、笑えないよ、それは…」

 

 夕暮れに照らされた小さな少年は、遊びの輪に入れなかった孤独な幼子のような声色で小さく、誰にも聞こえない声色で呟く。

 その声は、当然、誰の耳にも通らない。

 

 ■ ■

 

《しかし、何年振りだ、極東に足を運ぶのは》

「久しぶりじゃの、天照」

「ご足労感謝するよ、北の主神に冥府の神」

《…会う度に思うのだがな、姉弟にしても性格が違い過ぎるのでは無いか?極東の神は》

「方や神界一の荒れすさぶ蒼き鬼神、

 方や神界一謎に包まれれた白月の夜神、

 そして神界一の強かさを持つ日輪の主神、

 ……いやぁ、壮観じゃのう」

《そして中々に表に出て来ず、いつも被害が最小限なのだからタチが悪い。弱みも強みも今も昔もわからなんだ。…神殺しが当然かの様に行われると言うのも恐ろしいな》

「燃やすぞじじいども、うちは天地開闢からこういうスタイルだ。文句やら何やらが有れば別天津神に通したらどうだ?」

「「ワシ(私)に永遠を彷徨えと?」」

 

 別天津神とは、神の中の神である。全五柱まで存在が確認されており、そのうちの一柱天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は宇宙の根源たる存在である事からその存在の異質さと巨大さは伝わるだろう。だが、彼或いは彼女はそれ以降姿を消している。

 

 余談だが、日本神話以外にもそんな神はいる。

 ギリシャであればカオス。

 インドであればヴァルナ。

 聖書であれば神聖四文字。

 そして根源仏、大日如来。

 彼等は天地創造以降、姿を見せていない。

 …聖書の神を除いて。

 

「さて、余談はこれまでだな。

 汝らを呼んだのは言伝から分かっているはず」

《「黙示録の獣」の復活であろう?確かに捨て置けぬ問題だ。奴は下手をすればこの世界を壊しにかかるぞ。…奴等が余計な事をしなければその心配はなかったのだがな》

「アゼ坊やサーゼクスの若造にも困ったもんじゃよ、種の再興など時を待てばどうとでもなるというのに、焦りを張り合って」

「仕方なかろう、そういう風に作られたのだからな」

《…頭が痛くなるな。さて、話が逸れそうになったがどうする?やはり弱り切っている今のうちに消すのが最優だと思うのだが?》

「私も最初にそれを考えた。だが、一つ思うのだよ。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…地母神の側面か。だからワシらを呼んだな?」

《確かにその面の貴様では公正な判断は下せまい》

「そうでなくとも、だ。…いや、本当はそうなのかもしれんがな。でなければ要観察などという判断は出さない」

「…本当に、甘いのぉ」

《…極東らしく、お優しい事だ》

「とはいえ、主神としての私は殺す気満々だがな」

「「前言撤回」」

「だがまぁ、そうやすやすと殺せるとは思っていない。こちらも重度の痛手を負うのは避けたい。それはそちらも同じだろう?」

「まぁの、…なるほど、だからこそのロスヴァイセとハデスの死神か」

《…堅実とは言えんな。賭けの要素がやや強い》

「…ふむ、矢張り破壊神(シヴァ)帝釈天(インドラ)も必要か…」

 

『あー、あー、ええっと⁉︎そこでこそこそ話している御三方様聞こえてるかなー?』

 

 「「「──────⁉︎」」」

 

『聞こえてんのかなコレ。ま、いいや。取り敢えず要件だけね。その獣についてはちょーっとこっちに任せてもらいたいんだけど?いやというかさせてもらうね?中々に成長が早くってさぁ!』

 

「…何者だ?、(なれ)は」

『あ、聞こえてるんだ。悪いけどその質問には答えられ無いなぁ、いずれ明かすつもりだから』

《…成る程、空間伝播で音声だけを送っている。こうともなれば逆探知も不可能だな》

「ロスヴァイセの魔術でもかたなしじゃなこれは。それで?貴様は一体何が目的だ?」

『せっかちだねぇ…それじゃまぁ、

 お前達の要望通りに本題といこうじゃないか』

 

 




しれっと遊郭遊びをする幼い獣達である。
最後の三人、実は結構仲よかったりします。
(ヒント 兄弟のやらかし)

そして最後の『』はスーツ男。
次回はスーツの正体かなぁ、なる早でいけるかな?…皆様の予想が気になる。結構大きいヒントは出したし、辿り着いた人はいそう。「いや、それはないだろう」ってなってそうだけど。

お気に入りしてくださった方の名前を書きたいけど収まらない!悔しい…ちくせう…登録してくださった436名の皆様、投票してくださった32名の方々に感謝を!誠にありがとうございます!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

だれのせいかな?
おまえのせいだ


黙示録に記された獣『666(トライヘキサ)
「無邪気なる怨嗟の幼子」
呼吸の如き憎悪、中庸を願う愛。
彼の生涯の果てに安らぎはあるのか?


 むかしむかし、ななじゅうにのあくまをおさめるいだいなおうさまがまだこどもだったころ。

 

 かれがおとなになるまでであってきたにんげんはそれはそれはみにくいものばかりでした。

 みんなみんな、うわっつらばかりよくて、おなかのなかではわるいことばっかりかんがえています。

 おうさまは、そんなにんげんをさばくこともせずにあいするかみさまをたいしたことがないんだなとおもうようになりました。

 

 「ならぼくが、このせかいをよりよいものにしよう。だれもがこうふくで、だれもがわらえるしあわせなくにをつくろう。そこでならきっと、わるいひともいいひとになれるはずだ」

 

 これがかれのおさめるくに『えるされむ』のほうかいへのすたーとちてんです。かれはさまざまなくにと『ぼうえき』をおこない、くにをゆたかにしていきます。だけどおうさまはちっともわらいません。

 

 おうさまがいくらがんばってもがんばっても、くにはいっこうにいいものになりません。いつもいつもかれをじゃまするものがいるのです。かれがくのうしなきさけぶさまを()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それでも、

 それでも、おうさまはがんばります。

 『やくそく』をまもるため、

 『おうとしてのぎむ』をはたすために、

 えがおをなくしても、かれはがんばります。

 

 だけど、

 

 あるひ、おうさまはわらうようになったのです。

 すべてをみとおす『め』でおうさまはみたのです。

 

 ──ヒトが、ヒトの手によって滅びる未来を。

 この日、王は数年ぶりに笑みを見せたのだ。

 王はとうに狂っていたのだ、手遅れまでに。

 

 だがその笑みも流れる時の内に失せた。

 別の未来が見えたのだ。

 或いは、ヒトが宇宙という新たなフロンティアを手に入れ更に発展を得る未来。或いは、空より降り注ぐ数多の星に文明が焼き尽くされる未来。或いは、()()()()()()()()()()()()()

 

「…下らない」

 

 誰もいない玉座の間、一人王は怨嗟を込めて言葉を吐く。頬杖をつき、キリキリと歯を擦る音を立てては溜息を吐く。

 見るからに不機嫌であった。

 

 ───王の持つ『眼』は未来が見えた。

 それも一つではなく、いくつかの"あり得る未来"。実現の可能性が高い未来ならば年単位で。逆に不確定な未来は、近い将来までが見えた。

 

 

 その中で、最も『先』が見えたのは、『聖書の神による千年王国の完成』。他ならぬ神から人界への干渉であった。

 

「…神様は間違えてる……」

 

 その未来では多くの人と神仏修羅が死に、一握りの善性を持った人のみが生き残る。それは王の望む未来ではない。それでは意味が無い、意義すらもなく、価値もない未来。ヒトはヒトの手によって滅びなければならないのだから。

 

「またですか、ソロモン?」

「盗み聞きとは感心しないね、『告発の天使』としての名が泣くよ?サタナエル。あと、敬語やめてくれないかな?君のそれは寒気がする」

()()()()()()()()()()()()()(オレ)()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なら、無精髭ぐらい剃ったら?あとそのぼさぼさの髪も減点、天使というかもう堕天使だよね。やーい、堕落天使」

 

 サタナエル、という天使がいる。

 其の名の意味は『敵対と御使い』。

 其の者は真の神の二人の息子の内の長男であり、弟はイエスであったと云う。 天に於いて、最も美しく、最も偉大な存在。

 人類の敵対者にして告発の天使。

 裁く者にして試す者。

 悪魔にして天使。

 混沌にして秩序の存在である。

 

「…で?今日は何かな?またいつものみたいに小言?それともエルサレムの完成を急げって催促?なんでも構わないよ、全部無視するから」

「いやいやいや!そうじゃねぇよ、…ま、(オレ)(オレ)で『仕事』が出来ないもんでね、暇だから」

 

 彼の役割は『告発』と『裁定』。

 そこに加えて『試練』と『敵対』。

 彼は、唯一神をも『告発』しようとしていた。

 だがそれが許される筈も無く、神は告発を逃れる為に彼の存在を断片的なものとした。それ故に、彼の名は一部の書では記され、一部の書では名前すらも出てこないという現実が未来に起こっている。

 だが彼は折れなどしない。

 今もなお彼は神を裁こうとしている。

 彼は神を嫌い、神は彼を嫌う。

 

「………危険だよね、カミサマっていうのは」

「そうだねぇ、危険だよ、ああいうのは…。

 それだけの力があるが故に、だけど……」

 

 その聖書の神は病的なまでに『人間』を愛していた。それ故に彼等からの唯一無二の信仰を求めた。多神話の神を悪魔へと貶めてまでも、だ。それはあまりにも危険すぎる屈折した愛。否、狂気とすら決めつけてもいい。

 そしてソロモンは、そんな神が愛している『人間』が嫌いでたまらなかった。幼少の頃より彼等がどんなに醜いものか嫌というほど教え込まれたからだ。

 

 騙し、欺き、裏切り、陥れ、嗤う。

 奪い、争い、殺し、また奪う。

 罵倒し、企み、甚振り、愉悦に浸る。

 

 幼い頃は義憤にかられ、この世界を、人間を少しでもより良いものにしようと尽力した。それこそ、脳を限界まで酷使して口や鼻から血を吐いて倒れるまでに。

 だが彼の眼に映る景色は変わらない。どこまでいっても愚かな歴史と繰り返しが絶えない。涙と血が流れて固まり、その上にまた発展と衰退が繰り替えされる。

 

 悪夢のようなサイクル。

 彼は全てを知った。

 人の本質は変わらないという事が。

 だから、この結末は当然だった。

 この発露には十分だった。

 故に人が人により滅びる未来を歓迎し、

 故に神の千年王国の完成を嫌悪した。

 

 人は、人の手によって滅びなければならない。

 

「ぼくは人間が嫌いだ」

「ああ、知っている」

「そして君は『神が嫌いだ』」

「ああ、その通りだ」

「君は神の被造物だから、

 神の掌からは逃げられない。

 けど、()()()()()話は違ってくる」

「ほう?」

 

 歪な笑みが二つ。王は指を鳴らす。

 石床から棺桶が立ち、ゆっくりと石の扉が開く。そこから現れたのは、サタナエルと瓜二つの容姿を持った肉体。そして、その背には黒と白と蝙蝠の羽が四枚ずつ、総じて十二枚。

 

「こいつは…」

「君は他ならない神を告発できて、

 僕はヒトの未来を破滅へ変更できる」

「話が長くなりそうだ。ではまとめよう」

 

「君は神が嫌いで、僕は人間が嫌いだ。

 その意思で、僕達の思惑は一致している。

 なら、三大勢力だろうがなんだろうが、

 一緒に滅茶苦茶にしようじゃないか!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最高だ…最高に危険(イレギュラー)だお前は…。

 ……面白い。お前の口車に乗ろう。

 話せよ、貴様の企みを…」

 

 

 ◼️ ◼️

 

《…つまり、貴様は…》

『そう、サタナエル。この姿じゃあサタンの方が妥当とも言われそうだけど。ま、あいつの作った器がなかなか馴染んできたし、状況も既に手遅れで緩慢だしね、晴れて表に進出できたって訳だ』

「…お主の言う、計画…正気か?」

『正気も正気ですよ!オーディン殿!

 神話が一個潰れて世は全てこともなし。

 うーん、その先が楽しみだ。

 で、その件に貴様らには御協力を賜りたい』

 

 

 敵対者は語った。獣には知性がある。理性がある。敵対者は語った。それは私が与えたものだ。未来へ投じた小さな一手だ。敵対者は語った。獣に聖書の全てを教え込む。敵対者は語った。彼にやりすぎた聖書を全て潰してもらうと。

 場には沈黙が広がる。静かに己の髪を撫でる天照。顎に手をやり思案するオーディン。そして口元を隠すハデス。

 

《貴様の求める協力、というのは?》

『傍観だ。ただ眺めててほしいってだけ。

 あとはあいつの身柄を全面的にこちらに

 預けてもらうぐらいか』

「余計な事はするな、というわけじゃな」

「…一つの神話を犠牲にしたとして、

 それであの獣は止まるのか?」

()()()()()()()()()()()。其方にはまだ分からんかもしれんが、あの「人間」は…まだ赤子だからね、いくらでも矯正のしがいはある』

 

 その物言いに顔をしかめる天照。

 不意に二羽のカラスが肩に止まる。

 一羽の眼は金、もう一羽の眼は蒼。

 口々に異なる声色で言の葉が紡がれた。

 

 

『姉上か、須佐男だ。悪い報告と良い報告がある。

 悪い方は獣の封が一つ外れたこと。

 良い方は獣には知性がある事がわかった事だ。

 それと、「神の子を見張る者(グリゴリ)」の白龍皇の(わっぱ)がつい先程裏京都に攻めてきたが、トライヘキサはこれを撃退。被害は甚大だが、犠牲者は出なかった』

『姉君でしょうか?出雲の月詠です。先ほど八坂の報告の限りでは、獣には知性があり、理性がある事は確定と見て良いでしょう。…彼の精神性が子どもだということも含めてね』

 

 目を静かに閉じる日輪の女神。

 口元を隠したまま微動だにしない冥界の神。

 老獪な笑みを見せる北の大神。

 敵対者は言葉を続ける。

 

『さぁ、───どうする?日輪の主神。

 どうやら災厄の獣が『神の子を見張る者(グリゴリ)』から京都を守ってくれたみたいらしいけどねぇ?』

 

 ゆっくりと、日輪の唇が開いた。

 

 

 ■ ■

 

 『こちら、初見となる。曹操…いや、その名を借りている者だ。近々俺達は、聖書の三大勢力に対して大規模な反逆行為を起こそうと思っている。これは言うまでもなく、明確なテロ行為だ。

 

 だが、先ずはこの事実を知って貰いたい。

 聖書の神は古の大戦で、既に死亡している。

 これを理解した上で、俺の話を聞いてくれ。

 

 天界は数多の非人道的行為を黙認してながら神の死を隠蔽し、信仰を阻むものを異端と蔑み、遠方へ追い遣り、果てには殺害する。堕天使は『神器』使いを不当に殺害し興味のまま弄び尽くし、悪魔は『駒』により他者を物珍しさや強さに目をつけ理不尽に悪魔へと転生させ、おまけに主に歯向かえば問答無用で粛清される。

 

 …この先も、三大勢力は今と変わらず。或いは、今よりも人界に理不尽な不幸を無辜の人々に無自覚に振り撒き散らし続けるだろう。これは扇動だが、それと同時に、認めざるを得ない事実だ。

 

 もし君がそれを良しとしないのであれば。それを許せないという人の志が、まだその内にかけらでもあるのであれば。

 ───俺達「大いなる都の徒(バビロニア)」と共に、革命を起こしてはみないか?君の返事を、期待して待つ。』

 

 最強のエクソシストの青年は立つ。

 悲恋に運命を呪う一人の少年は立つ。

 悪魔殺しに酔う白髪の神父は立つ。

 暴力とまで呼ばれた枢機卿が立つ。

 仙道を手繰る黒猫は立つ。

 女は、男は、老人は、立つ。

 

 反動が始まる。

 取り返しの無い反動が。

 だが問題は無いだろう?聖書よ。

 君達は人類より優れているのだろう?

 

 何故?と君達きっと問うだろう。

 その時きっと、彼等はこう答える。

 

 ───『おまえのせいだ』、とな。

 

 ■ ■

 

 怠惰なる者、浅はかな情愛に酔う者、務めを娯楽に投じる者、虚なる姿を取る者、臆病な者、信じない者、忌むべき者、人を殺す者、姦淫を行う者、存在を曲げる者、すべて偽りを言う者には、彼らが忌むべき獣に焼かれ須らく塵となる。それが、彼らの受くべき報いであり、これが彼等の死であった。

 語られぬ黙示録 第二十一章断片の八節




古代に記された王『ソロモン』。
「巨大な力を持った幼子」
狂いたる慈悲、破滅を願う愛。
その秘めたる本心はいったい?



難産である(´・ω・`)
はい、という事でスーツ男の正体はサタン(サタナエル)でしたーってやめて待って!石を投げないで!だって後の展開(最終局面)的にこれしか手はなかったんだ!

さて、今回登場したソロモンの人格はアレです、コンセプトになった『JUSTITIA』って曲を聴いてもらえればだいたい分かってもらえるかなー?と思います。(彼出番少ないですけど)

お気に入り登録して下さった495名の皆様と評価を下さった38名の方々にこの上ない感謝を!誠に有難うございます!
では今回はこの辺りで、尊敬している方にお気に入りを受けてにやけが止まらない「書庫」でした、まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Hello World!

 ──貴方が世の均衡を保つなら
   その方法は過ちでしかなかったよ。
 ──貴方が平和を謳うなら、
   その政策は間違いでしかなかったよ。
 ──貴方が真に人を想うなら、
   その事実を隠すべきではなかったよ。

 貴方は世を思うべきではなかった。
 貴方は王になるべきではなかった。
 貴方は存在するべきではなかった。




 『神の子を見張る者(グリゴリ)』所属の『白龍皇』ヴァーリ・ルシファーが裏京都から撃退されてから三日ほど過ぎた。倒壊した住宅街の復興はそれなりに進んでおり、未だ慌ただしさはあるが、多くの妖が普段通りの日常に戻りつつある。

 今回の騒動は入りこそ混乱を招くほど衝撃的なものであったが、事態の収束は冗談な程に早かった。

 

 事態収束の要となっていたのは裏京都にて匿われていた黙示録の獣、命持つ災害、人呼んで『666(トライヘキサ)』である。

 今回の一件で、日本神話自体が大きく揺れた。彼らの最初の決定としては『要観察』後に『処分』である。故に主神、天照大神はギリシャ神話からハデスを、北欧神話からはオーディンを召喚。

 

 極秘裏に行われた会談でもその決定は覆らなかった。しかしトライヘキサに告げられたのは『裏京都からの追放』のみであり、『処分』こそ降ることはなかった。

 それはなぜか?彼等の会談にとある天使が乱入したからである。その天使の名は『叛く御使い(サタナエル)』。トライヘキサ誕生の発端であり、聖書の滅亡を目論む存在。ギリシャ、北欧、日本はそれを知りながらも彼の要求───つまりは、トライヘキサの受け渡しを了承した。

 

 

 そしてとある新幹線のグリーン車。

 座椅子に腰を掛けるのは1組の男性。一人は心臓に水晶の杭を生やし、足首を枷と鎖に繋がれた線の細い少年、一人はくたびれたスーツを粋に着こなす無精髭の男。

 少年の目と表情には疲労と困惑が縫い混ぜとなっており、それを表に出しているのか頭を抱えながら呻き声を漏らしていた。

 

「あらら、もう酔っちゃったぁ?」

「…情報の整理が追いつかない…何この速い箱…進化って怖い…馬を捕まえる必要がないなんて…」

 

 …青い顔もセットで。

 

 さて、獣の視点から今回の件をまとめよう。先ずいきなり仮住まいから立ち退き、そこに加え(表向きは)ある人物の元その身柄を拘束するとのお達しが来た。

 

 ここまではまだいい。トライヘキサ自身、心の何処かでこうなる事は予想していた。だが、そこから続く事態は彼の予想をぶっちぎりで裏切ったのである。

 己の身柄を拘束する人物は過去に一度邂逅し、死に別れた恩人『サタナエル』であった。これが第一の驚き。

 

 

「久しぶりだねぇ!うーん、元気そうで何よりだ。ちょーっと、厄介な封印が打たれちゃってるけどねぇ」

 

 

 第二の驚きとして、口調が崩壊していた。その時少年は目の前の存在を贋作と認知し、比喩も誇張もなく真剣に焼きはらおうとした。が、彼の嗅覚と勘や本能、その他諸々がサタナエルを本物と認めているため益々少年の混乱が強まっていたが。

 

 

「あ、貴方にはこちらの口調でしか話した事がありませんでしたね。いや失敬。では気を取り直して…お久しぶりです。いやぁ、林檎の配達が間に合って良かった。666(トライヘキサ)

 

 

 認めざるを得なかった。完全に過去に見た者と一致してしまっている上に、匂い、気配、声色、その他諸々が完全に完璧に一致していたのだから。

 その後八坂や九重に別れを告げ、(特に九重に)惜しまれながらも、足を止めたいと願いながらも少年は裏京都を離れた。

 

 “また、帰ってきますから。その時はどうか、

 おかえりって言ってください”

 

 そんな他愛も無い約束をして。

 

 

 

「一つ思ったんだけどさ、どうして空飛ばないの?」

「空か異空通ったら俺の存在がバレちゃうからな」

「…やっぱりあの羽って死体偽装?」

「いやいや、俺はあの時死んださ、完全に」

 

 ならなんで、と声を僅かに荒げ獣は問いを投げかける。然し男の顔に張り付いたニヒルな笑みは腹が立つほどに崩れない。それどころか余裕綽々と道中購入した駅弁に舌鼓を打つ始末だ。

 

 

「…ま、ヒントを言うとしたら。カップを満たす水を水筒に移し替えただけだ。それ以外は何もない。じゃ、俺は寝るから着いたら起こし───ぐぶぇあ⁉︎」

 

 

 サタナエルの腹に容赦無くストレートが突き刺さる。勿論犯人はトライヘキサであり、その眼には『良いから教えろ』と訴えていた。

 溜息を吐く男。ガリガリと仕事で失敗し、憂鬱に気を沈ませたサラリーマンの様に髪を乱暴にかきむしる。服装がスーツのせいかやけにそれがリアルに見える。

 

 

「…万が一に聞かれてる可能性がある。

 話したくても話せないんだよ」

「……あ」

 

 

 失念していたという表情を隠さない。然しどちらにせよサタナエルは質問には答えなかったであろうが。

 

 

 そのまま二人は揺られ、微睡みに堕ちる。

 その姿は、まるで親子のようで、

 

 

 ───いいや、違いますね。

    幾ら何でも、それは彼らに失礼ですか。

 

 

 ■ ■

 

 そして、それなりに長い時間をかけた、夕暮れが地を指す頃に彼等はとある街へとたどり着いた。その街の名前は『駒王町』。

 現四大魔王が一人サーゼクス・ルシファーの実妹であるリアス・グレモリーの管理する土地。

 獣は足を踏み入れた瞬間に顔をしかめた。気配と嗅覚でわかるのだろう。この街に悪魔と堕天使が巣食っていることが。

 

 それを意に介さず歩を進めたサタナエル。その足取りの先は何の変哲もないただの高層ビル。だがその内装が明らかにおかしかった。先ず外見と内部の広さが一致しておらず、階層も存在していない。つまりは縦に長いただの箱。

 中にあるものも生活に必要な物が最低限だけ置かれており、後は医療設備しかない。

 

「俺達だけで聖書を滅ぼしても構わなかった。

 だが事情が変わった。貴様の封印と、

 神聖四文字の施した最悪の予定調和、

 『ヨハネの黙示録』の存在」

 

「俺達には『例外』が必要となった。

 俺達には『異分子』が必要となった。

 ───それが『人間』だ」

 

 神の意志に縛られない知性体。

 例外たる存在、神が羨み畏怖した命。

 神にとっての薬であり毒。

 

「…君が首魁の勢力、その拠点」

「…概ねその通りだ」

 

 多種多様な存在がそこにはいた。

 或いは英傑の魂を継ぐ人間。

 或いは英雄の血を継ぐ人間。

 或いは最強と謳われた人間。

 或いは暴力と謳われた人間。

 或いは殺戮に酔いしれた人間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その存在を見た瞬間、トライヘキサは牙を剥きかけるが寸前で抑え、深呼吸を一つ。落ち着いたのを見計らえばサタナエルは言葉を続けた。

 

「組織名『大いなる都の徒(バビロニア)』。

 かつて一神教を弾圧した都市の名前だ。

 そして聖書に対する最悪の反動勢力」

 

 何の為に?勿論、人類の為だ。

 それ以外何があるというのだ?

 

 

「俺は見たいんだ。神の手も悪魔の誘惑にも左右されず、当たり前のことに喜び、当たり前のことに泣く。そんな平凡な人間の世界が」

 

 ……見れないだろうが。

 …叶わないだろうが。

 それでも、俺を含めて聖書(キサマら)には、

 この世界から消えてもらわなきゃいけない。

 神の残骸を打倒しその先にある夜明けで、

 無垢なる命を照らす為に。

 

「さて、そんじゃ一つ話すとしますか。

 お前が今一番知りたがってる事。

 過去から今にかけての三大勢力の動きについて」

 

 

 だから、この選択は妥当だろう?

 この結果に辿り着くのは必然だ。

 悪魔よ、堕天使よ、天使よ。

 引き金は貴様らが引いた。

 何もかもお前のせいだ。

 

 ああ、笑えるねぇ笑えるねぇ。

 救いも慈悲も何も無い。

 お前達の生存を世界は許さない。

 

 絶望しながら死に果てろ。

 慟哭を上げ燃え尽きろ。

 狂いながら消えるがいい。

 

 それが貴様らのできる唯一の償いだ。

 

 

 

 

 




トライヘキサにこれまでの聖書の所業がインプットされたの巻き。次回から本格的に動きまーす。つまり…こ こ ま で 全 部 プ ロ ロ ー グ だ よ ぉ !
ジャンジャ〜ァン、今明かされる衝撃の真実ゥ!(土下座)

お気に入りに登録、評価付与、感想を送ってくださった方々に未だ止まない感謝を!誠にありがとうございます!自分の能力の無さに割と死にたいと思った「書庫」でした。かしこ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取り返しはつかない


タグ
ACネタ→フロム要素へ…
(原因、主にレオナルドとジャンヌ)



「離せ!こんなとこに居られるか!ふざけんな! あいつら絶対ぶっ殺してやる! 邪魔すんな、貴様も焼かれたいか! その手を離せ。離せよ!」

「落ち着け!気持ちはわかるが落ち着け!」

「おい誰かジャンヌ呼んでこい!聖剣で縫い止めろ!このままじゃ曹操の腕が引きちぎれて死ぬぞ!」

「ハッハァー! 最高だぜお前!」

「いーいじゃん、盛り上がってきたねぇ!」

「言ってる場合かこの馬鹿共! おいレオナルドはまだなのか!レオナルドは!」

 

 「大いなる都の徒(バビロニア)」は大混乱だった。ほぼ全ての人員は怒りに我を見事に忘れている666(トライヘキサ)の鎮静に当たっていた。曹操が背後から羽合い締め、ヘラクレスが歓喜の声を上げ獣の足首に繋がれた枷を引き、抑えているという状態だ。因みにジークフリートは吹っ飛んだ。

 

 ちなみにサタナエルは現在進行形で爆笑している。

 

 この騒動の元凶は言うまでもなく彼だ。彼自身、トライヘキサがここまでぶち切れる事は想定の範囲外であったわけだが。

 彼は全てを語ったのだ。冥界の政権交代。二天龍と聖書の争いの果て。『悪魔の駒』の発足。それによる眷属の悲劇。『神器』を持つ人間を危険だと一方的に決めつけ狩る堕天使。神の死を隠し、人体実験を繰り返す天使。

 

 それを全て聴き終えて、数秒の沈黙の後。

 

「───、」

 

 ほんの数刻の理性の沈黙。顔を俯かせる少年。

 側にいた偃月青龍刀を背負いボロボロの制服を纏った男『曹操』は優しく労わるようにトライヘキサの肩をぽん、と何も言わずに叩く。

 で、彼の理性はここで終了。

 

「今から全部焼いてくる。その方が早いよね?」

 

 きちきちきちぎちぎちきち!と少年の背から生えた羽が音を立て一纏まりの塊となって行く。その身からほとばしるのはやはり炎。少年の真上には亀裂が走り、暗い溟い穴が開いている。

 ───そこに、天使(サタナエル)から非情な命令が下された。

 

「あ、ヤバい。ちょっと全員でこいつ抑えて」

「えっ」

「は?」

「お、おい!マジかよ!夢なら覚め───」

「残念ながら現実だ。逃げられんよ」

 

 三者様々な悲鳴を上げながらも必死にトライヘキサを拘束した。そして冒頭の通りというわけだ。

 息を荒げて目を血走らせて、天を睨み牙を尖らせる。ぎりぎりぎちぎちとはを食いしばらせる。それを必死で押さえ込んでいる曹操たちだが、もはや時間の問題だろう。

 

「避けろ、曹操」

「聖剣、複製、射出準備」

「鎮めて、白の黒龍」

 

 だがそこでパチン、と指を鳴らす音が立つ。

 すると、無数の聖剣が獣の四肢へ降り注ぎ、

 更にそこへ霧がかかり、その上を白竜が抑える。

 

「…鈍ったものだな、ジークフリート」

「…いや、面目ない」

 

 それは、宝石の如く煌めく金の髪を靡かせる女。『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の使い手であり、過去に存在した聖女の魂を受け継いだ者、『ジャンヌ』。

 

大いなる都の徒(バビロニア)へようこそ。歓迎しよう、盛大にな」

 それは眼鏡を掛け、黒い執事服を粋に着こなす青年。『神滅具(ロンギヌス)』の一つである『絶霧(ディメンション・ロスト)』の使用者であり、大いなる都の徒(バビロニア)の幹部の一人である『ゲオルク』。

 

「…ねぇー、早くどうにかしてよ、サタナエル。持たないよ?ほら、もう聖剣が全部ボロボロだし霧から手が出てるし。…シースの腕が壊れて来た…」

 

 それは、プルオーバーパーカーを見に纏い、シースと呼ばれた鱗の無い巨大なる白竜の肩に乗った少年。これまた『神滅具』の一つである『魔獣創造(アナイアレイション・メイカー)』の使用者である『レオナルド』。

 

「ハイハイ!じゃ、おじさん頑張っちゃうぞ!」

 

 その三人により動きを微かな間その足と翼を止められた獣。その隙をサタナエルは見逃すはずもない。

 彼の周囲に展開されているのは総じて十二の黒塗りされたマスケット銃。その銃口は全て獣の頭蓋へと向けられる。それを見た曹操は溜息を吐きながら気楽に尋ねた。

 

「…毎回思うのだが…わざわざマスケット銃を介して槍を打つ必要はあるものなのか?」

「分かってないなぁ、あった方がかっこいいじゃん」

 

 そんなふざけた返答と共に、ゴバッ!!!!!と爆音が鳴り響き、太陽と見紛うほどの閃光が辺りを包んだ。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 無限とは、直感的には「限界を持たない」というだけの単純に理解できそうな概念である。一方で、直感的には有限な世界しか知りえないと思われる我々人間にとって、無限というものが一体どういうことであるのかを厳密に理解することは非常に難しい問題を含んでいる。

 このことから、哲学や論理学そして、自然科学などの一部の分野において考察の対象として無限という概念が取り上げられ、そして深い考察が得られている

 

 

 そんな人の理解の範疇を超えた概念。

 それを体現した一匹の龍がいる。

 

 

 名を『オーフィス』。

 外見こそゴシックロリータ長の服を身に纏う少女だが、その正体は無限とされる「無」から生じた存在で、混沌・無限・虚無を象徴する。最強の龍の座に君臨する『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』。

 

 

 彼或いは彼女こそが禍の団(カオス・ブリゲード)の首魁である…というのは表向きの話。元々は『次元の狭間』を泳ぐグレートレッドを打倒し、静寂に帰るため禍の団(カオス・ブリゲード)に『蛇』を提供していただけに過ぎない。お飾りのトップというものだ。

 

 

 そんな龍神は、今深い思考の中にいた。

 

 

「…666(トライヘキサ)、目覚めた?でも、弱くなった…?そこからまた、強くなってる…?」

 

 

 実の所、己と同格であった存在『黙示録の皇獣』トライヘキサの復活にいち早く気づいていたのはオーフィスだった。

 オーフィスはいち早く彼とコンタクトを取ろうとしたが、急遽弱体化した気配に首を傾げ、足を止めたせいで見失う。

 そして近日中、爆発的に肥大化した圧力にオーフィスはトライヘキサが復活したことを確信。

 

 

 

 少女の姿を象った神は困惑の中にいる。

 皇獣と龍神が相見える日は、そう遠くないだろう。

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

「頭は冷えたかな?ま、落ち着いて聞けよ」

「…ゔー……」

 

 トライヘキサを沈静化させたサタナエルは目覚めた少年に説明を続けた。酷く落ち込んだ姿に目もくれずに。

 

 

「ま、お前の実力があれば聖書の殆どを終わらせる事は簡単だ。厄介そうな『超越者』の足止めには俺や人間達(コイツら)が出張ればいいしネ!けど……それじゃあ、駄目なんだよぉ…」

 

 

 ぎちゃり、と悪辣な笑みを浮かべるサタナエル。…この姿では寧ろサタンの方がふさわしいのかもしれない。

 その笑みの前に居合わせた元英雄派の面々は背中に伝う冷ややかなものに固唾を飲み込み、身を震わせる。

 

「あいつらには苦しんで貰わなきゃいけない。人間に手を出したんだからそれぐらいの事は請け負って貰う。…そうだねぇ、冥界から落とそうか」

「…手段は?」

「先ずは魔王の方から面目を潰す。権威の失墜ってやつだよ。反乱まで行けば御の字かな?あ、『逃げ所』を無くす為にも大王には一足早く御退場を願わなきゃなぁー」

「…流れはどう作るの?」

「近々三大勢力の間で会談が起こる。冥界からの出席者は現レヴィアタンとルシファー。残存する魔王はアスモデウスとベルゼブブだったか。勿論その分隙ができる。小さいけどな」

 

 役者がかった身振り手振りでつらつらと語り出す悪辣なる存在。笑みは変わらず凶悪かつ無類なもの。誰も彼の話に口を挟むことなどしないだろう。出来ないだろう。この場の空気を掌握しているのは他の誰でもない、サタナエルだ。

 

「壊すんだよ…何もかも、ね」

 

 街も、そこに住む悪魔も、何もかも。

 ただ───それだけには止まらない。

 

「信頼を疑念と義憤に変えるんだよ、お前達さえちゃんとしていればって言う状況を作り出す。作り出せる奴がいる。さて、足止めには数と質で押すレオナルド、通信切断にゲオルク、その護衛に曹操とヘラクレスだ」

 

 唐突だが話をしよう。

 過去に一つの悲劇があった。

 悪魔の女と、人間の男。

 二人の存在は恋に落ちた。

 

「該当されない奴等は混乱に紛れて転生悪魔をパパッと救ってこーい。悪魔の駒に関しちゃアザゼルのとこの技術を発展させりゃなんとかなる」

 

 だがそれを教会と悪魔は許さなかった。

 最初こそ言葉の争いだった。だが最後には、どちらが先に手を出したかは定かではないものの、最終的に二人は粛清され命を落とした。

 それだけで終われば、まだ良かったのに。

 どうしようもない程の醜さに、悪魔の少女は消されたのだ。冥界の魔王では無く、大王達にとって都合の悪い事実を知ってしまった女は、消された。

 

 

 

「さて破壊活動の方だが、これは俺とトライヘキサ、それと…」

 

 

 

 お前達がしっかりしていれば良かったのに。

 

 

 八つ当たりかもしれない逆恨みかもしれない。だがそれがなんだというのだ。くだらない『王』の駒の秘密を隠すために、たったそれだけのために殺された我が従妹の復讐を私は完遂させてみせるぞ。

 

 

 ああ、笑えない笑えない。

 従姉妹が殺されたあの日から。

 私は心の底から笑えない。

 さぁ、復讐劇の幕開けだ。

 浅ましさの中で狂え。

 後悔に溺れ朽ち果てろ。

 慟哭を上げ絶望せよ。

 それこそが、───。

 

 

 

「勿論お前にも出て貰う。

 ディハウザー・ベリアル」

「……言われなくとも」

 

 

 私の提供する、復讐(すくい)だ。

 

 




活動報告の方でアンケートやってます。暇や興味があればのぞいてみてください。今回は断章みたいなものですかね。さてさて、冥界はどうなることやら。

あ、因みにアーシアですがレオナルドと曹操が救済済みだったりします。今彼女はフランスの田舎辺りに居るんじゃないんですかね。(被害者の治療中)

さて、お気に入り登録をして下さった534名の皆様!評価をして下さった40名の方々に重ねて感謝を!では今回はここまで。次回の更新が遅れそうな事にヒヤヒヤしている書庫でした。かしこ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

へぇ、言ったね?

よぉ、読者の皆様。「書庫(オールドバンク)」だ。イかれたパソコンを襲撃する。付き合わないか?故障に穏便な方々…温すぎる。吹っ飛んだデータなど、結局は諦めるしかないのさ。(泣)
心が折れるかと思いましたよ、ええ。バックアップって大事。(しかし当時は焦ってて取っていたことを忘れてパニクってた。)




 三勢力会談とは、聖書の三大勢力。つまり天使、悪魔、堕天使によって執り行われた会談のことを指す。この内容は和平と同盟というあり得難いというものであった。

 

「この緊張状態は、世界の害になる」

 

 それもまた一つの事実だ。彼等の諍いで何人もの無辜の人々が巻き込まれた、あるいは巻き込まれる寸前まで追い込まれた。それは正しく違わず害以外の何でもない。で、あるならばそれは一刻も早く解消せねばならない。

 

「それでだ。いつの世も世界にでけえ影響を及ぼしてきた二天龍二人の意見を聞いてみようと思う。白龍皇ヴァーリ、赤龍帝兵藤一誠。お前らはどう思う?」

 

 先に答えたのは未だ獣との戦いの傷が癒えていないのか、あちこちに包帯を巻いた白銀の髪に碧眼を持つ少年。現在過去未来において恐らく最強の皇とアザゼルに言わしめた男、ヴァーリ・ルシファーは逡巡も迷いもなく答える。

 

「俺は、強い奴と戦えればそれでいいさ」

 

 それが白き龍の答え。体は闘争を求める。恐怖を知り、埋めようがないのではないかと錯覚するほどの実力差を知りながらも、ヴァーリという男はそれを求めた。いや、或いは、()()()()()()のかもしれないが。

 

「ハッ、お前らしいな。

 で、お前はどうだ?赤龍帝」

 

 続く回答者は、兵藤一誠。ここで彼の経緯を説明しよう。元来、彼は悪魔などでは無くただの人間だった。彼には一人の彼女がいた。だが彼女は堕天使で、兵藤一誠は『その身に宿した神器が危険だから』ただそれだけの理由で殺された。

 

「俺は…そんなこと言われても…」

 

 だが彼は生きている。それは一重に『領地である』駒王町を『管理している』リアス・グレモリーの『おかげ』だろう。彼女が彼に『悪魔の駒』を埋め込んだ事でかれは悪魔としての第二の生を獲得した。 悪魔の駒はそういった性質がある。死者の蘇生、呪いからの解放といったりとだ。

 

「…分かりやすく言ってやろうか。このままじゃお前、リアス・グレモリーを抱けねぇよ?」

『ぶふぅッ⁉︎』

「戦争ないし冷戦状態じゃあんな事にかまけてる訳にも行かねぇからな。だが和平を組むなら話は変わるぜ?悪魔側からしたら種を絶やさねぇように尽力しなきゃだからな」

「───ッ⁉︎」

 

 赤龍帝の顔色が一瞬にして色欲に変わる。

 そしてこの間約三秒である。

 

「和平がいいです!ええ!平和が一番ですよね!部長と子作りしたいです!」

「……イッセー君…」

 

 欲望全開でそう宣言する赤龍帝。それを気まずいとも呆れたとも取れる苦笑を浮かべる同眷属の一人である木場裕斗。

 そんな事もあったが、この会談により意外にも三勢力の和平は成立し、同盟は何事も無く締結。そして「神の子を見張る者(グリゴリ)」トップ、堕天使総督であるアザゼルから全ての事情が語られた。

 

 それは『禍の団(カオス・ブリゲード)』という組織の存在だ。組織の首魁は最強の座の一角に君臨するオーフィス。

 堕天使達は長い間、この組織への対策として戦力を備えていた。白龍皇を『神の子を見張る者(グリゴリ)』に入れたのも対策の一環としてとの事だ。

 

「一つ、気になることがある」

「どうした、サーゼクス」

 

 アザゼルの説明が終わり、現冥界の四大魔王が一人である『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』の異名を持つサーゼクス・ルシファー。その顔は沈痛に歪んでいるといってもいい。

 

「…ここ最近、上級悪魔に限らず、眷属の失踪が相次いでいる。アザゼル、何か目撃情報は入っていないだろうか?」

 

 たった今語られた事実に目を見開くサーゼクスの実妹、リアス・グレモリーとその眷属達。しかし堕天使と悪魔の頭目、彼等の語らいに言葉は挟まない。

 

 かつて神の如き強者とまで呼ばれた鴉は語る。

 

「いや、悪りぃが何も入って来てねぇな。…そうなると奴等に消された可能性もある。もしそうだとしたら意図が不明だがな」

「なっ……」

「最悪、ただの当てつけっつう可能性もある」

 

 だが堪らず声を零す悪魔の女。グレモリー一族、情愛を持つとされる悪魔の女にとってそれは許し難いものであり、驚愕的なものであった。今にも歯をくいしばる音が聞こえそうだ。

 

「まぁ、なんにせよ───⁉︎」

 

 瞬間、世界が止まる。

 『禍の団(カオス・ブリゲード)』の襲来である。

 

 さらにリアス・グレモリーの『僧侶』であるギャスパー・ヴラディの神器『停止世界の邪眼』を暴走させ、利用し、会談の出席者達を文字通り停止。

 時間停止に抵抗できたのは高い地力を持つ各陣営の頂点と龍をその身に宿す今代の二天龍、聖剣のオーラに守られた木場とそして今代赤龍帝である兵藤一誠に接触していたリアスだった。

 

「来やがったか。まぁそりゃこんな好機を逃すわけねぇよな」

「これは…!?」

「大方、お前んとこのヴァンパイアの神器を強制的に暴走させて、禁手状態にさせたんだろうよ」

「っ、ギャスパーを助けに行くわ!」

「俺も行きます、部長!」

 

 リアスと兵藤一誠は強制的に禁手を行使させられているギャスパーの救出へと向かう。

 そして駒王学園の校庭には大勢の魔法使い達が陣取り、会議室には旧レヴィアタンの血族カテレア・レヴィアタンが乱入。

 

「どういうつもりだ、カテレア」

「この会談の、正に逆の考えに至っただけです。神も魔王も居ないのなら、この腐敗し切った世界を私達の手で再構し、正しき指導者の下で変革するべきだと」

「腐敗? 変革? 陳腐だな、おい。そういうセリフを吐く敵役は漫画やアニメじゃ一番最初に死ぬってのが相場だぜ?」

「愚弄するか、鴉風情がッ…!」

 

 ここに一つの対立が始まる。旧と新。維持と変革。相容れぬ対立軸。この戦いの果てに相応しい報酬はあるのか?今はまだ誰にもわからない。ただ一つだけ言うのならば、彼らはもっと気づくべき事があったのだ。

 

 ■ ■

 

『アザゼルの言い分では私達が最初に死ぬらしいな』

『ああ、それは嫌だなぁ。まだやりたい事がある』

『…あれ、サタナエルは?』

『まだ話しているな。久しぶりの再会だ。積もる話もあるのだろう。…首尾はどうだ?ゲオルグ』

禍の団(カオス・ブリゲード)と三大勢力は交戦を開始。魔王ルシファー、レヴィアタンは会談に出席。ベルゼブブは「ゲーム」として人界へ進出中。冥界に残留しているのはアスモデウスのみ。そして死神達は取引に応じたよ。後は、壊すだけ壊せばいいだけの事』

『割り当てはどうする?実力者を放置するわけにもいかないだろう。それだけでは無い。幻想の頂点、龍もいる』

『それは僕が行くよ。竜殺しの魔物ならまだ何体かストックがある』

『では、サイラオーグは俺が』

『曹操が?勝てるものか、相手はネメアの獅子を手繰る猛者だぞ?』

『ああ、そうだろうな。…勝つつもりはないさ。ゲオルグとレオナルドを守れればそれでいい。…そろそろ頃合いか?』

『ああ、すでに終わっている。これで冥界から人界への通信は謝絶される。だが時間も少ない。丁重に、素早く頼むぞ』

『上出来だ、ゲオルグ。…じゃ、行こうか。

 最悪の反動勢力。大いなる都の徒(バビロニア)のお披露目だ。

 ───諸君、派手に行こう』

 

Let it go(ああ、行こう) around the sky (人類の為に) over the pain(痛みすら超えて)!》

 

 

 ■ ■

 

 

「ありえません。認める訳にはいけません」

「だがこれが終わりのない茶番だとしたら。

 俺達が終止符を打たなきゃぁいけない」

「たかが予定調和なのですよ?」

「それを施したのは神聖四文字だ」

「…私は今の人間の価値を、認められません」

「…俺はそうは思わん」

「貴方はいつも、そうですね、サタナエル」

「俺はこういう奴さ、()()()()

 

 

 人を救う、道を照らす。その意味で、

 本当の天使は、あの『二人』以外いなかったよ。

 神の御手から人間の解放の為、

 獣へ知恵を授けた天使がいた。

 たった二人の人間に道を示す為、

 禁じられた叡智を捧げた蛇がいた。




Q&A
Q.トライヘキサの見た目はどんな感じ?
A.宝石の国の『ゴーストクォーツ』
 みたいなイメージ?
Q.トライヘキサはどれくらい弱体化してるの?
A.超再生と外殻構成と瘴気が使用不可。
 実力は聖書の神に殺されるくらい。
Q.AC要素満載じゃねぇーか!
A.光の黒竜と『竜狩り』が次回か次次回に出る予定だからセフセフ。え?ダクソじゃねぇかって?タグを見よう。そこに答えがある。

さて、お気に入り登録をして下さった656名の皆様!評価をして下さった47名の方々に止まらぬ感謝を!では今回はここまで。最近暑さのせいで寝付きの悪い「書庫」でした。かしこ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暁の都は墜つ



最近誤字や名前違いが多いですが大体誤変換のせいです。
僕は悪くない。(クマー感)
いや本当すみません…




『そんな事でいいのかい?』
『構わない。自ら下さねば意味が無い』
『…立派に育ったね、快楽主義者の子孫も。
 承ったよ。かつての白翼を君に。
 ベリアルは元が天使だから成立する』
『…感謝する』
『そういう契約だからね。
 じゃあ、その指輪をここに』



 冥界に惨劇は起きた。地の底より業火が大海の如く押し寄せ、鱗のない白龍が悠然と降り立ち、水晶の刃を地から生やし、幾千もの極光を吐き出す。数多に上がる火の手、連れ去られる転生悪魔。殺されていく純正の悪魔。

 

 もちろん冥界も黙っていない。竜が飛び立つ。タンニーン、ファーブニルを始めとする龍は事態の収束に動いた。否、動こうとした。彼等『竜種』の道はある騎士達の手によって阻まれた。

 

『何だこれは!何なのだ一体⁉︎」

「…………」

 

 その騎士の纏う黄金獅子の鎧兜は雷の力を帯び、その手に掲げられた十字槍は竜の体深く抉り穿つ。逃げ惑う悪魔などは彼方へと吹き飛ばす。その騎士の総数は十四名。それが各地に点在する竜達の行く手を阻んでいた。

 

 ある都市に降り立った竜の顎門が開く。そこに十字槍が叩き込まれる。竜の爪が振り下ろされる。鎧には傷がつくものの致命傷には至らない。そもそもこの騎士達に『命』というものが宿っているのかどうかは定かではない。

 

 彼等は作られた命だからだ。『神滅具』が一つ『魔獣創造』によって生み出された竜殺しの魔獣。レオナルドはこれを『竜狩り(オーンスタイン)』と名付けた。

 

「よし、14体稼働に問題なし。竜の足止めは成功。…ヘラクレス、飛龍からアグレアスに降下を開始して。ペルセウスとジークフリートはもう行動を開始してる」

 

 冥界の空を一線に凪ぐ黒い飛龍。これもまた、生み出された命。その背に搭乗するのは筋骨隆々な大男。その手に『聖剣創造』より作られた美麗なる大剣が一振り。それは青白く輝いている。言ってしまえば青ざめた月光とでも言おうか。

 

「いや!正面から行かせてもらうぜぇ!」

「…了解、このまま突っ込ませる。幸運を」

「ハッハー! 任しときやがれ!」

 

 兎にも角にも、その飛龍は浮遊する都市に突っ込んだ。それを見届けたレオナルドは白龍の肩に乗る。それなりの高さだ。見晴らしはいいだろう。その双眸は二人の男の戦いを写していた。

 

「っ、…危ないな」

「…なるほど、強い」

 

 轟々と燃え盛る廃墟の街並みの中、二人の男がぶつかり合っていた。そのうち一人は人間で、一人は悪魔であった。状況は人間が僅かながら優勢。普通ならば全くもってありえない事ではあるが、これは明確に事実である事を、悪魔サイラオーグ・バアルは受け入れなければならないだろう。

 

「火力と速度だけでは勝てんよ」

「な、⁉︎」

 

 『強い』のでは無い。ただひたすらに『巧い』。その腕前にサイラオーグは嘘偽りなく舌を巻く。彼の戦闘スタイルは鍛え上げた肉体に任せた無類のパワーと神速とも言えるスピードで繰り出す近接打撃格闘戦のみ。だがその威力は凄まじいの一言だ。

 

 それら全てを、人間は目を閉じたままで須らくいなしていた。馬鹿にしている訳ではない。余裕の証明というものでもない。 その証拠に彼の頬には冷や汗がいくつも浮かび上がっており、拳をかすめた事により出来た傷は身体中に形成されている。だが致命傷だけは避けている。つまりはこれが今の彼の戦闘スタイル。回避を重きに置き、時間を稼ぐことに特化させた攻め。

 

 青龍偃月刀『冷艶鋸』をその手に踊らせる人間の名は曹操。だがそれは遠い過去の名に過ぎず。故にこれは借り物である。本来の名前など、等の過去に忘れてしまった。

 

「単騎とは無謀だったな。サイラオーグ。

 ただの人間と侮ったか? 世界は俺達(にんげん)が変える」

 

 だから、その名に恥じない男になろうと思った。荒唐無稽と笑われてもいい、名を汚せまいと強く決意した。 …己は英雄などにはなれはしない。そんな事は分かっている。だから、これはただの罪滅ぼし。

 

「…惜しいな、…実に良い戦士だ」

 

 それは悪魔の送る心からの賛辞。それを述べたサイラオーグは、凄絶に笑う。そして、その賛辞に報いるべく、最後の手段。切り札をその手へ取るべく自らの戦いを遠くより見る仮面の少年の名を呼んだ。

 

「故に、だ。…全力で行かせて貰う。レグルス!」

 

 曹操は苦しげに顔を歪める。だが引かない。ここで逃げれば確実に仲間であるレオナルドが狙われ、死ぬ。彼の産み出す魔獣は確かに強力なものばかりだ。だから大丈夫。()()()()()()()()。曹操の直感が告げていた。この男を通せばレオナルドは死ぬぞ、と。

 

「…良いだろう、来い」

 

 そんな事は許されない。そんな事は許容しない。彼は貴重な戦力だがそれとともに仲間だ。明確に仲間なのだ。だから、彼は虚勢をはる。死にたく無いなどとは言わない。逃げたいなどとは言わない。人の生み出した武器を手に、純然たる人間は今『獅子』と相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

「被害にあってる街を全部洗い出して、残っている戦力を細分化したリストを送るから各地区に割り当てて、早く!」

「全速でやっておりますが駄目です!どう足掻いても間に合いません!奴らの進行が早過ぎます!ファルビウム様!」

「中央に新種の白龍かよ!?まだ増えます!なんて数だ!いかれてやがる!何なんだよこれはよ!」

「サーゼクス様、セラフォルー様、アジュカ様への連絡、いずれも繋がりません!全て例外なく通信がロストしています!訳がわかりません!」

「サーゼクス様とセラフォルー様はわかるがなぜアジュカ様は居ないんだ!あの人は会談に赴いて居ないだろう!?」

「『ゲーム』だよ『ゲーム』!何だってこんな時に…!間が悪いにも程があるぞクソッタレが!」

「アグレアスに侵入者多数!」

「リリスにて火災発生!爆発します!」

「フェニクス領が嵐で包まれました!恐らくは神器によるものかと!思われます!それも『神滅具』クラスのものが!」

「恐らくは天使と思われる光の槍がベリアル領に!」

「タンニーン様も謎の騎士に足止めを食らっています!」

「冥府に下る事も不可能です!」

 

 ■ ■

 

 

 

 冥界の首都リリス。そこには燃え盛る廃墟が広がっていた。パチパチと火が爆ぜる音。まるで巨大な爆発が起こったかの様だ。だが実際はそうではなく、そこに君臨したのは理不尽なまでの暴力であった。ただ一度の炎で辺りはこの惨事だ。もはや悪夢の域をゆうに越えており、誰もが空想に逃避する。

 

 その中で、一人の少年がいた。その少年の頭には十の角を天に叛くが如く生やし、異種の翼を六枚生やし、その触れれば折れてしまいそうな華奢な身体は白く薄く輝いている。その心臓に突き立つのは水晶の杭、足にはめられた枷と翼を縛る鎖を鳴らしながら、少年は素足を踏み出す。

 

 ぺたり、ぺたり、ぺたり。その子供らしい足音はさながら死神の行進の様に。或いは太古に語られた尋常ならざる者たちが列を成し、行進し全てに災いをもたらす『嵐の軍勢(ワイルド・ハント)』。

 

「くそ!なんだ!なんなんだアイツは!」

「サイラオーグ様はまだなのか!」

「クソが…!俺たちをゴミの様に…!」

 

 背を向け逃げ惑う悪魔達。黙示録に記された少年は、否。黙示録に()()()()()()()()破滅を体現する皇獣666(トライヘキサ)は逃げ惑う蝙蝠に向けて炎の顎門を現出させ、走らせる。それは寸分狂い無く悪魔達を飲み込み灰燼とした。…彼らが連れていた一人の転生悪魔である少女を除いて。

 

 それは余りにも痛ましい姿。靴では無く素足。そのせいか足裏は血に濡れている。ほぼ裸体に近い薄布の服の下には鬱血痕や殴打の痕。そして入り混ざる異種の匂い。恐らくはその純潔はとうの昔に食い物とされ散らかされたのだろう。少年は歯を食いしばりながらその少女の側に歩み寄る。

 

 少女の揺れる瞳から伝わるのは怯えた困惑、そして諦め。少年はその瞳から逃げず、そっと目線を合わせた。そして、次の瞬間には少年はボロボロと幼子の様に涙を流し、地に身を伏せた。ガリガリと爪を大地に突き立て、抉る。爪がめくれ肉が裂け血が垂れる。

 そして、上げたのは、

 

「───うォァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 喉を裂かんばかりの、世を呪う慟哭だった。

 

 

 バリバリバリ!と己の頭を、皮膚を血が流れるまで五指で掻き毟る。喉から血を流す程に叫ぶ。血の涙を流す。少年の身体には何処にも傷は無いのに、少年は血濡れた姿となった。

 

 愛したものの自由や尊厳そして『人』生が、何もかもが、悪魔という存在に何もかもが文字通り奪われ貪られた。その事実は、どんな魔法や武器よりも何処までも深く少年の心を抉り切り込みすり潰しぐちゃぐちゃにしたのだ。

 

「そこまでだ、暴獣」

「こいつはまた、派手な奴だな」

 

 二人の男の声。一人は終末の巨人の複製体。一人は天才の剣客。余裕の無い表情で少年はそれを眼に収める。剣客を見ながら再び滂沱する。それは今にも脆く崩れ去りそうな精神。だが───

 

「……君に聞く。君は人間か?」

 

 折れなどはしない。折れてたまるか。その気概で立ち上がる。無理をする幼子の様だ。事実その認識でも誤りはない。獣の問いにかつての人間の口は開く。

 

「俺は昔は人間だった。今は悪魔だよ。

 ルシファー眷属が騎士、沖田総司だ」

「…分かった、それで良いんだな…!

 その選択で君は良いんだな…!」

 

 では開幕と行こうか。即ち終わりの序章。

 いつだってそうだ。いつだって変わらない。

 お前達こそが、この破滅の道を選ぶのだ。

 

 逃げる事など許されない。

 お前達にその権利はない。

 お前達は、存在そのものが罪だ。

 

「なら君を悪魔と認識する。君を悪魔として扱う。

 そこに並べ、今ここで貴様を灰にしてやる…!」

 

 血の涙を流し、口端から血をこぼすその姿が、彼等にはどう写るものか。変わらずにただの獣として写るか、それとも狂った命か、或いは、泣き叫ぶ幼子か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻の別地点。血の海と骸の山の上には、端正な顔立ちに灰色の髪と瞳をした一人の男が数多の魔獣。悪魔に対するアンチ・モンスターをその背に率いて君臨していた。その顔には虚しさと、深い哀れみが内包されている。今にも脆く壊れそうなその男は、ただある男を耐えるように待っている。

 

「何故…です、か…何故、あなた、が……」

 

 骸の中、一人の悪魔がそれを問うた。掠れた声で、今もなお死に向かうその悪魔は最後に何故あなたが、と回答を知りたかった。それもそのはずだ。

 

 ディハウザー・ベリアル。それは「元72柱」ベリアル家出身の最上級悪魔であり、ベリアル家現当主の息子であり、レーティングゲームのランキングは1位の座に君臨し、「皇帝(エンペラー)」の異名まで持ち、現魔王にも匹敵する力を持つ1000年に1人の逸材の存在の事を指す。

 

 それほどの存在が、何故?

 

 それを語る上で、クレーリアという女の存在は欠かせないであろう。彼は従妹であるその女の事を実の妹のようにかわいがっていたのだから、そしてそれを理不尽にも奪われたのだから。即ち、これは彼の復讐である。ごく当然の摂理だ。何らおかしい話では無い。

 

 堕ちた『皇帝』では無い。

 ただ一人の家族を想う男は答えた。

 

「許しは請わない、恨んでくれ」

 

 断末寸前の悪魔の疑問には答えない。

 ただ、恨んでくれと、それだけを告げるベリアルの背には、()使()()()()()()()()()()()()()。そして、その手には天使と堕天使のみが持ち得る光の槍が当然かの様に握られていた。

 

 ある書物によると、ベリアルという存在は序列68番の強大にして強力な王であり、80の軍団を率いる王である。

 ルシファーに次いで創造された天使であり、天上にあってはミカエルよりも尊き位階にあったと自ら語る。

 また、ベレト、アスモダイ、ガープと並んで72人の悪魔達を率いていたとされた。その姿は燃え上がる戦車に乗り、美しい天使の姿で現れる。

 

 

『──帰還を歓迎しよう。序列第68位ベリアル。

 初代からの契約は、今ここに果たすよ』

 

 

 その出会いは偶然では無かった。クレーリアが殺されたあの日、絶望する悪魔の前に彼は密に現れた。大いなる王『ソロモン』。その残滓と言ってもいい。悪魔との契約に縛られていた破片。その存在はベリアルを受け継ぐものを待っていた。

 

 古の契約。それは再びの隷属。

 対価は叶う範囲での願望の成就を二度。

 死者の蘇生など、叶う道理は無い。

 ならば、願う事はただ一つ。

 その為に彼は生まれ変わった。

 

 彼は待つ。「悪魔の駒」開発者を。

 いつまでもいつまでも、待っている。

 




ベリアル(初代)
存在、理念、思考、その全てが漏れなくペテン。主張が十秒後に180度変わる事などザラである。ただ面白そうだからという理由で『救世主』を告発し、その傲慢故に堕天し、神の怒りに触れその身は悪魔へと変貌された。ソロモンとの契約から見るに血縁者に対する愛情はちゃんとあった模様(尚前述)


謀ったなソロモン()さて、今回は大破壊回でした。お気に入り登録をして下さった689名の皆様!評価をして下さった52名の方々に留まることのない感謝を!では今回はここまで。最近多忙で胃が死にそうな「書庫」でした。かしこ。






『じゃあ、僕もそろそろ行こうかな』





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の心の奥深くから。

次回は間が開くと言ったな?あれは嘘だ。

予定では沖田VSトライくんにするつもりだったんだけどこっちの話の方が早くできたのでこっちを先に。沖田VSトライくんは次回にまわしますぜ。





 現四大魔のが一人にして『超越者』にその一人に名を刻むアスタロトの末裔アジュカ・ベルゼブブは人間界にいた。

 

 彼は人間界にて、とある『ゲーム』を運営している。勿論、ただのゲームなどではない。彼はこのゲームを利用して未発見の2つの神滅具「蒼き革新の箱庭」と「究極の羯磨」を捕捉している。

 それを操る『バグ』こと神崎光也とアジュカは対立関係にあるとされているが、それはここで語るべき物語ではない。

 

 とにかく、人界にいた筈の彼は不意に冥界へと飛ばされた。誰に?『絶霧』に包まれた冥界へ『超越者』を気取られぬ様に転移させるほどの芸当を持つ存在は誰か?

 

「これで契約は完全に、完璧に履行した。

 あとは君次第だよ、ベリアルの末裔」

 

 その存在は当の古い昔に蘇っていた。

 

 即ち、古代列王記に記された者。

 即ち、72の悪魔を支配下に置いた者。

 即ち、世界の破滅を願う者。

 そう、それは言うまでもなくあの男だ。

 

「しかしまぁ極東も随分と発展した。叶うならあの()()()()の子達と一緒に京都の『テラ』とか言うのも見たかったかな。 …あ、()()()()()()()()()()()()()んだっけ?」

 

 ソロモン王。彼以外にあり得ない。

 

「さて、そろそろ着くかな、駒王町」

「ごめんねそこのコスプレしているお兄さん。ちょっと時間いいかな?」

「あっはい」

 

 それはそれとして、この現代社会において古代の服装を着た人はやはり不審な眼で見られるし、警察のご厄介になるのも当然のことである。このあと彼は魔術で警察署から脱走するのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 

「…あ、……?」

 

 放心。緑の髪が特徴的な青年、アジュカ・ベルゼブブの現状態を語るにはそれが一番相応しいものだろう。

 

 彼はしっかりと冥界の土に二本の足を立て、体の重心を固定している筈だ。 

 それでも、眼前に広がる凄惨にしてあり得がたい。或いは、あり得てはならない悪夢の様な事実には目眩と立ちくらみを覚えた。

 

「…いったい、何が…」

 

 地獄に広がる地獄。その言葉が表現に最も相応しい。冥界の空を見たことも無い龍が舞い、地に向けて光を幾千条も落とす。浮遊する都市アグアレスには火の手が上がる。首都リリスがあるであろう方角には数多の炎の柱と爆発が起こっていた。

 

 ファルビウムは? セラフォルーは?

 サーゼクスは、何をしている?

 

 彼は友であり、同じ超越者であるサーゼクス・グレモリーを信じていた。信頼していた。だからこそ、この事実が噛み砕けず、飲み込めなかった。

 

 そんな彼の前に、一人男が立つ。

 

「遅かったですね」

「ッ、ディハウザー、いったい何があっ…⁉︎」

「本当に本当に遅かった」

 

 灰色の眼に灰色の髪。そして整った顔立ち。

 

 その男の容姿は間違い無く「皇帝(エンペラー)」の異名を持つ悪魔、ディハウザー・ベリアルだ。だが姿が違う。ディハウザーは悪魔だ、悪魔の筈だ。だというのに。

 

「何だ…その白い羽は?」

「そしてこれからも、貴方達魔王は遅い。…すでに大王派の化石どもは死んだよ。ゼクラム・バアルは最後まで世迷言をほざいていた。ともなれば、次はお前達だ」

 

 その背からは天使の象徴たる白い羽が広がっており、その手には天使のみが用いる光の槍が握られていたのだ。

 

 目を殺意に染め上げて魔王を睨むその悪魔。否、悪魔だった存在は現在の蝿の王の質問には答えない。

 

「これは、八つ当たりでもあり逆恨みだ。きっとそうだ。だが、これだけは言わせてもらうぞ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『悪魔の駒』開発者アジュカ・アスタロト」

 

「貴様は、王になってはいけなかったんだ。

 私達は、貴方を選ぶべきでは無かったんだ」

 

 アジュカはその言葉に目を細める。そして距離を取る。どういうことだ?、と魔王は悪魔に向けて問いを投げかけた。それに対して悪魔は冷ややかな眼差しで魔王を見る。

 

 ベリアルは懐から一つの悪魔の駒を取り出した。それも『王の駒』。

 ベリアルはそれを地面に落とし、踏みにじる。 

 

「起源は従妹の死とその理由だ。『王の駒』、いやそれ以前に『王の駒』が生まれる理由である『悪魔の駒』なぞ無ければクレーリアが死ぬ可能性はまだ低かったのかもしれない。……これが彼女の死を確定的なものとした。それは確かだ」

 

 始まる。取り返しのつかない反動が始まる。棚上げにしていた問題が、重さを増してのしかかる。

 初代より失われていた白翼を取り戻したベリアルの血を継ぐ者は、その手に握る光の槍の切っ先を王へと向けた。

 

「そもそも、悪魔の駒は全てにおいてふざけている。材料から何から何までな。根幹からして、今頃同胞が襲撃しているアグアレスが破壊ないし転移されたらこの再興策は破綻する。…何故、私は、こんな簡単なことに気づいていなかった?」

 

 止まらない。止まる道理も理屈も無い。とうに限界は過ぎている。誤魔化せないところまで来てしまったのだから。

 

「そして何故悪魔に悪魔の駒が使える様になっている?貴方が種の再興として開発した希望は最早ただの『隷属を生む玩具』だ。 混血に使えるのであれば飲み込めた。だが、何故純血の悪魔に使える?明らかに種の復興に無関係だろう。 答えろよ、アジュカ・アスタロト。貴様はまさか『レーティング・ゲームを実用化する為にこれを作ったんです。種の再興はついでです』とでも言いたかったのか⁉︎」

 

 ベリアルの口調が崩れ、荒れていく。憤怒に飲まれていく精神。それに逆らうことなく悪魔は、魔王に対する憤りを示すかの様に王の駒を足で踏み砕いた。

 

「…『王の駒』の件については謝罪する。アレは全面的に此方側の問題だ。だが『悪魔の駒』についてだが、手段はそれしかなかったからだ。知らないわけじゃ無いだろう。悪魔という種は子が出来にくい事実を。だからこそ、多種族を悪魔へと変えることのできる悪魔の駒だ」

 

 魔王の諭す様な声色と目。それがディハウザーの神経を逆なでする。

 

「………ああ、そうか。何故こんな手段を私達は受け入れたのだろうな、不思議でならないよ。 子が出来にくい?だからなんだ。 ああ!ああ!そんな事がなんだというのだ!それは『三大勢力の存続自体を危うい物とする問題を生む手段』を取る理由にはならないだろう!愛で子供を成した方が確実で安全かつ最優なのは自明の理だ!」

 

「その手段は現実的では無い」

「それを現実的にするのが研究者じゃないのか⁉︎」

 

 至極真っ当すぎる言葉が誰もいない荒地に響き渡る。肩を怒らせ息を荒げ、悪魔は憤怒を撒き散らし続ける。

 

「もういい、言葉など既に意味を成さない」

 

 間違いを認めないのであれば語るべき言葉は放棄しよう。どうせもう貴方に何を言っても無駄なのだから。

 

 であればこそ、私は私の償いを今ここに。

 

 私は気付くのが遅すぎた。私には止めることができなかった。ああ、クレーリア、そして八重垣という顔も声も知れぬ人間よ。

 許してくれとは言わない。攻めは其方で聞こう。でも、どうか、このひと時の間だけは。

 

「───沈め、詐欺師が」

 

 私の身勝手な復讐を、見過ごしてくれないか?

 

 

「……残念だよ、ディハウザー・ベリアル」

 

 

 冥界にて莫大な力が衝突する。

 白き鳥の翼と黒き蝙蝠の翼。

 それは、決められていた対立だった。

 

 

 

 

 ■ ■

 

「はぁー…ダメ?」

『ダメです』

 

 コキュートス。それは地の最下層に位置する氷獄。最も重い罪と裏切りを行った者を永遠に縛り付ける場所。地獄の中でも極めて過酷な最果て。ここには「龍喰者」サマエルやコカビエルが投獄されている。

 

『理解しかねます。どうしてそこまで今の人類に()肩入れするのです?彼等は自分の事しか顧みず、他者を貶め、愉悦に浸る生き物。自らを滅ぼすと知りながら、それでも争う事をやめられない。卑小で、愚かな存在』

 

 サマエルとは『毒ありし光輝なる者』という背反の意味の名を持つ、謎多き天使。 その昔は『エデンの蛇』として、原初の人間であるアダムとイブに知恵の実を口にさせた存在。

 

「否定的だねぇ。今もこうして逆境に立ち向かう人間もいるっていうのにさぁ。もう少し見解を変えてもいいんじゃない?それとも何?まだモーセに(カマエル)を潰された事根に持ってる?」

『どうせそれも変わらないもの。いずれ遠くない未来、『停滞』に揺蕩うであろう彼等には、それが妥当な評価です。あとモーセは関係ありません。許せないのは確かですが』

 

 その行為は神の怒りに触れ、結果として蛇とドラゴンに対する本来存在しないはずの神の悪意・毒・呪いを一身に受けることとなり、強力な「龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)」の力をその身に宿す事となる。つまりサマエルは龍の属性を持つ者たちの天敵となった。

 

「サマエルさぁ、本当は人間なんて見てないんじゃない?」

『……それはどういう意味です、サタナエル?』

 

 かの者は「聖書の神」が死んでからも原初の罪を生み出した科により十字架に磔にされ、太い釘を身体中に打ち付けられ拘束具で全身を封じられている…筈だった。

 

「歴史を見ていないんだよ。多分お前、その時代はその時代の人間で断定して終わらせてるじゃない?だから紡がれる意図が見えてないって事。要するにさ、頭固いだろ、サマエル」

 

 舌に油を注したのかと思うほどに饒舌な『告発者』サタナエル。それを耳にするのは何重もの拘束具に身を繋がれ、猿轡を嵌められた長い赤髪と光ない瞳を持つの女。そう、この存在こそ『サマエル』。

 そしてそんな二人を幾人もの死神が取り囲んでいた。

 

『この話は無かったことに』

「ありゃりゃ、もしかして怒っちゃった?」

『怒ってません。怒ってませんよ』

 

 本当に今更だが、現在彼女は猿轡を嵌められている為、念話でサタナエルに話をしている。

 

『…どうしてもというならば、証明を求めます。

 貴方が言う、人間の可能性。

 興味深い物ですが、仮説にしか過ぎません』

「へぇ、サマりんがこうもあっさりとは珍しいねぇ。もっと粘るかと思ってたんだけどなぁ?…ま、いずれ嫌でも見る様になる。その時が今生の別れなのが惜しいけど…」

 

 告発者はその場からゆっくりと離れていく。

 

『それは… どういう意味です?』

「いずれ分かる」

 

 そう言って、彼は冥界へと消えた。

 それと同時に、サマエルの頭に拘束具が取り付けられ、死神に再び氷の牢獄。その最奥部へと運ばれていく。

 

 

 

『……困った方』

 

 

 

 

 最後の思念は、誰にも届かない。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 さて、結論から語ろう。ディハウザー・ベリアルは敗北した。いかに魔王へ届き得る資質の持ち主と言えども『超越者』を相手には不足では無かった。だがそれでも、届かなかったのだ。

 

 だが、しかし、だ。

 

 地に倒れ、天井を見上げる白翼を持つ悪魔はそれでも笑っていた。確かに笑っていたのだ。それは達成感故に浮かべた笑みでは無い。そう、例えるというのならば───。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それに背を震わせながらも片腕と左目を捥がれた勝者、アジュカ・ベルゼブブは腹と胸を穿たれた敗北者ディハウザー・ベリアルへ沈痛な面持ちで語りかけた。

 

「…何故、こんな手段に訴えた?何故、裏切った?言葉ならまだやり直せた筈だ「黙れ」───…」

 

 中断。敗北者の浮かべる顔は憎悪と憤怒に染まりきった物。

 ぐちゃぐちゃと水音を立てながらも立ち上がり、ベリアルは最後の最後に怨嗟にまみれた声色で呪詛を残す。

 

「認めない…この世界の生存など、私は認めない。私の家族を、クレーリアを奪ったこの汚れた世界を、許す事などない…!」

 

 最後の決意表明。『私は冥界を許さない』。それはどこまでもシンプルで、まっすぐだからこそ、誰にもそれを止めることができなかったし、元に戻す事も出来なかった。

 

 そして、復讐者は、最後に爆弾を落とす。

 

「……既にソロモンは蘇った。私達三大勢力にとって最悪の存在は、この世に再び命の根を下ろしている。…私がここで消えても、止まることはない。王は、全ての破滅まで進む…!」

 

 『ソロモン』過去に実在した王の名が出た途端、アジュカの顔色は衝撃と驚愕に一転してすり替わり、勝者だというのに余裕のない顔色を見せ、ディハウザーへ問い詰めた。

 

「どういう事だディハウザー・ベリアル!」

 

 帰って来たのは諦観に満ちた笑みだった。

 

「どうもこうも最初からだ」

 

 初代と王の契約。

 

 ベリアルはソロモン王の復活に手を貸す。

 ベリアルは再び王の名の下に隷属する。

 ソロモンは代償としてベリアルの願いを先に二つ叶えるものとする。

 

 子孫は初代の契約を果たすつもりなぞ無かった。あの男の再臨は即ち冥界と天界の終わり。三大勢力の『終了』に直結してしまうからだ。

 だから、誰もその契約に手を出さなかった。そう、そう決めた筈だった。

 

「『お前達がしっかりしていれば』初代ベリアルとソロモンの契約が履行することはなかった。

 この為に初代が隠した指輪だった。この為にバビロンへ落とした指輪だった。この為に果たした契約だった。覚悟していろ、アジュカ。───お前達の自業が、自らに帰ってくる時は来た」

 

 

 さぁ、指輪はバビロンの穴へと落とされた。

 かくして玉座は王による冒涜で満たされる。

 ここに万来の喝采を。███の時は今来たれり。

 

 




信じられないかもしれませんがサマエルがモーセさんに目を潰された話はマジであります(真顔)
というかモーセさんその上サマエルの事杖で殴ってるんですよね。……サマエルが何をした。
( ※寿命が来たからお迎えに来ただけです)
因みに、モーセは死の天使カマエルを天界に入る際に殺害していると云う伝承もあります。
……カマエルが何をした。
( ※重ねて言いますがお迎えに来ただけです)


ハーデス「傍観に徹する」(サマエルをコキュートスから解放しながら)

サマエル
神により生み出された███。それ故に█████の外に在る。過去に████。現人類の価値を一切認めていない。なんならこのまま理不尽に滅べばいいと思ってる。サタナエルがなぜ今の人類に味方するのかわからない。杖が密やかなトラウマ。

カマエル
コキュートスにいるサマエルが暇潰しに作った天使。『原材料と役割はサマエルの眼』モーセに殺されたのでサマエルは一時期だけだが失明した。これ以降サマエルは横着せず自らの眼で世界を見る様になる。

ベリアル(初代)
存在、理念、思考、その全てが漏れなくペテン。主張が十秒後に180度変わる事などザラである。だが王の前では誠実であり続けた。彼はソロモン72柱の中で唯一最後に封印されず、地上へと残された魔神である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チケット完売

キャベツ狩り用の事故ナギ作ってたら遅れました。許してん。






 『新撰組』───それは、江戸時代末期から明治初頭にかけて、京都の治安を維持するため設立された警察・軍事組織である。

 彼等は日本で最も有名な剣客集団と言っても過言ではないだろう。

 

 彼等は反幕府勢力が主な取り締まり対象であり、攘夷浪士だけでなく、「局中法度」と呼ばれる鉄の掟によって隊内の人間も厳しく律されていた。

 

 その中で、一人の天才がいた。

 

 天才の名は、沖田総司。

 

 新撰組一番隊隊長という大役を若輩ながらも任された男。偏にその男はそれほどまでの実力を持っていた。その力たるや今も昔も変わらずに新撰組最強の名が語られる程であった。

 

 だが彼は最後まで戦い抜くことは出来ず、前線から身を引く事となる。 彼は当時難病であった『結核』を患ってしまったからだ。その後、彼は時代の節目となった新撰組最後の戦い───。

 

 『鳥羽・伏見の戦い』の参戦は叶わなかった、その上、恩師であり、兄弟同然の親友である近藤勇が斬首の刑に処された事実を知ることも無く、…この世を去った。

 

 …と、言うのが()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 彼の地の名は『冥界』。悪魔が巣食い、栄えし地の底。だが、今この地は火の海と破壊の嵐に蹂躙されていた。

 家々は破壊し尽くされ、純血の悪魔は殺しに殺され、転生し悪魔へと変生させられた者達は連れ去られ、被害を食い止めようと立つ盲目の『ヒーロー』達は現実を見据えた『悪党』にその足を止められていた。

 

「デタラメにもほどがあんだろうが…!」

「ッ! 下がれ!スルト!」

「紛い物の巨人は退けぇ!!邪魔だあぁ!!」

 

 冥界の首都『リリス』。そこは、たった一人の少年により陥落した。少年の名は『トライヘキサ』。神秘学、民俗学、宗教学に知識のあるものなら誰もが一度はその名を聞いたことがあるであろう『黙示録の獣』その人である。

 

「ガッ ァあ⁉︎」

「スルト…!クソッ…!貴ッ様ァ!」

「お前は(オレ)だ!」

 

 彼は終末の巨人を遠方へ飛ばし、背に転生悪魔の少女をかばいながら一人の悪魔と相対する。悪魔の名は、『沖田総司』。

 そう、沖田総司だ。同姓同名の悪魔などではない。…彼は死ななかった。死ねなかったのだ。

 

 彼は死を回避しようと幾何度も生前に度重なる魔の儀式を行った。そしてその影響で、体内には鵺をはじめ数多くの妖怪が巣くっており、「一人百鬼夜行」が可能となっている。

 

「何を言って…」

「自ら異種に落ちた愚か者だ!」

 

 少年の身から迸る炎の群れ。それは彼が率いる百鬼をものの数秒とかからず灰燼へと変貌させた。

 少年はそのまま拳をデタラメに振るう。大地の欠片と瓦礫が舞う。それは質量の弾となって悪魔へと襲いかかる。悪魔はそれを恐るべき速さ、目視すら出来ない神速で切り刻み小さな欠片へと変える。

 

「何なんだ…」

 

 脱兎の如く悪魔へと駆ける少年。そして躊躇なく悪魔の頭蓋へと拳を縦に振り下ろす。悪魔はすんでのところでそれを避けた。しかし降ろされた力の余波が襲う。それは暴風と砂塵を形成し、沖田を吹き飛ばす。

 

「ッ…っ、本当にデタラメだな…」

 

 刹那、砂塵の中から白く柔らかな手が伸びる。息を飲む。背に氷が突き刺さったかの様な悪寒を体験する。余りにもリアルな死の実感。

 

 

「ッ…うぅつあ!」

 

 何かに駆られた様に、何かから逃げるかの様に半ば必死に剣を振るう。それは確かに獣の手の平を串刺しにした。人肌のように温い赤い血が冷たい刃の上を走る。

 ぐぢゃり、と肉を割きながらも少年の細い指は確かに刃を掴んだ。自らの手を潰すことも厭わず、少年は確かに刃をその手に掴み拘束した。

 

「なんだよ…何なんだよ…!」

 

 ずるり、ずるり、己の手の平に深く突き刺さる劔など気にもとめず沖田に獣は詰め寄る。恐怖がその場を支配する。後ろにヘタリ込む転生悪魔の少女ですらその姿に身を震わせる。

 

「何なんだよお前は!!」

 

 ただ、沖田総司という男が感じたのは恐怖に非ず、どこから来るものなのか分からない焦燥であった。

 少年の右の手の平がとうとう刀の鍔を掴む。今、ここで沖田総司の剣は完全に、完璧に止まった。

 

再臨する太陽(アメン・ラー)…!」

 

 だが、少年の唇は確かな音節を持って囁く。掲げられた左の手の上には轟々と燃え盛る炎球。それは名前の如く太陽のように赤く、どこまでも赤く燃えている。

 

 

 

 

 あの時と同じ、避けられない死が迫る。

 

 

「嫌だ、…だって、俺は…俺はまだ───!」

 

 ──まだ、何だ?

 

 固まる。死の直前に騎士の腕は止まる。

 

 

 そして、思い出す。自分はまだ戦えると、そう親友に豪語した直後に病に倒れ、前線から引かされたあの夜を。思い出す。仲間が死にものぐるいになっている時だというのに戦う事も出来ず、ただのうのうと布団の中で空を眺め続けたあの朝を。黒猫すら切れなくなってしまった己の身を。

 

 自分が何と成り果ててしまったのか。己はすでに新撰組として戦っていないことに、今更ながら気づいてしまった。

 

 錦の羽織を着る資格などもう今の自分には無い。延命はあくまでも最後の戦地に赴くための、仲間と最後を共にする為の希望だったというのに、今の自分は何をしている?戦地に行く事もせず、何をしている?誰と戦っている?何の為に戦っている?

 

 近藤勇は死んだ。土方歳三も死んだ。永倉新八も居ない。斎藤一も居ない。 松原忠司も居ない。井上源三郎も居ない。谷三十郎も居ない。藤堂平助も居ない。鈴木三樹三郎も居ない。原田左之助も居ない。沖田総司は沖田総司と呼べるものでは無くなった。

 

 新撰組など、もう何処にもいない。

 

 では、ここにいるのは誰だ?

 

「あ、…ああ……そう、だ…もう、いないんだった…みんな…」

 

 炎球に飲み込まれた。熱くもない。痛くもない。それ以前に、心が限界だった。十二分過ぎるほどに叩きのめされた。事実を思いださせられた。そうともなれば、この炎が、最後の逃げ場所だった。

 

「…ごめんなさい…近藤さん……」

 

 ルシファー眷属『騎士』■■■■──死亡。

 余りにも長すぎたその生に、漸く死は訪れた。

 

 

 ■ ■

 

 人界、駒王学園。

 

 

 『禍の団(カオス・ブリゲード)』による襲撃騒動は終息へと向かっていた。会談に乱入したカテレア・レヴィアタンは堕天使総督アザゼル、天使長ミカエル、魔王ルシファーの三名により鎮圧。外に控えていた大隊もリアスやその眷属により鎮圧された。

 

 だが予定外の事象が発生。

 白龍皇ヴァーリ・ルシファーの裏切りである。

 

 堕天使総督アザゼルは片腕を切断されるという事態が起きた。そして白龍皇は赤龍帝と衝突することとなる。

 戦況は言うまでも無く白龍皇の優勢。赤龍帝と違いヴァーリは研鑽と努力をそれなりには積んでいた。

 

 だが軍配は意外にも赤龍帝に上がる。

 

 白龍皇の持つ神器『白龍皇の光翼』の亜種『白龍皇の鎧』の待つ能力の一つに「Half dimension」という物がある。それはあらゆるものを『半分』にする領域を展開するというもの。 赤龍帝はそれを知ると同時に一つの思考にたどり着く。『その技は部長のおっぱいすらも半減させる』という思考に。

 

 途端、怒りのあまり覚醒した。いや、何を言ってるかわからないと思うが事実なのだから仕方がない。兎にも角にも赤龍帝も『禁手』を解放。『赤龍帝の鎧』を顕現させる事に成功し、ヴァーリ・ルシファーを撃退する事に成功した。

 

 騒動も収まり、『禍の団(カオス・ブリゲード)』という敵達の正体も掴んだ。であるならば、後は戦うだけだ。そして世界に平和をもたらそう。そう、方針が定まった時だった。

 

 パン パン パン。

 

 ゆっくりとした拍手の音。誰もがその後の方向へ耳だけではなく目も傾けられた。音源は散らかっていた椅子の上から。何処にでもありふれている会議室の椅子に座る黒髪の男の姿は現代においては妙なものだった。

 

 法衣のような服。其処彼処に付けられた装飾はそれを纏うものの高貴さを示しているかのよう。そしてその男の頭にはシクラメンの花で編み込まれて作られて冠が。

 

「いやはや、まさに馬鹿げた喜劇だった。文字に起こして場末の出版社にでも持ち込めば二束三文にはなるんじゃないかな?」

 

 その姿に神の如き強者という意味の名を持つ黒羽と神の如き者の名を持つ白羽は目を見開く。その反応を見て、遅れて魔王も理解する。そして共通の逃避が生まれる。『そんな事は無いはずだ』『あり得てならない』『悪い冗談にも程がある』。

 

「…しかしまぁ、流石は神聖四文字(テトラグラマトン)の見込んだ『天才』だ。これくらいはお手の物…か。つまらない」

 

 頬をひきつらせる天使と堕天使のトップ。その理由は目の前の『人間』の恐ろしさを知っているからだ。嫌という程に。だがそれを知らない若い悪魔は無謀というか、無知故の行動を起こしてしまう。

 

「っ新手ね。性懲りも無く…!?」

「これで最後…っ!?」

 

 一人はリアス・グレモリー『滅び魔力』を展開し、矛先を男に向けてしまう。一人は木場裕斗『双覇の聖魔剣』により聖魔剣を創造。その剣先を男に向けてしまう。

 

 言うまでも無く、いきなり現れた男は敵だ。それが分かる迄は良い。だが矛先を向けたのは不味い。その人間に不用意に手を出す事なかれ。何故ならば───。

 

「今すぐ手を引け若造どもが!!!」

「リアス!今すぐ引くんだ!」

 

 魔王と堕天使総督が必死の形相で場を収める。

 だが、遅かった。遅れてしまった。

 

「『忌むべき王冠(ケテル・カルマ)』」

「カッ…ハ…⁉︎」

「───っ⁉︎」

 

 一度の音節。それだけでリアスと木場は地に伏せた。それはさながら隷属を強いられた奴隷が王の前で跪くかのように。

 

「…やはり指輪一つではこの程度か。十も揃っていればミカエル以外は地に伏せていたはずなんだけどね」

「てめぇ!部長と木場に何を…っ⁉︎」

「頭を冷やしやがれ馬鹿野郎!!」

 

 兵藤一誠が想い人と友人の異変に駆け出すもアザゼルに殴られ、止められた。吹っ飛ばされ壁に埋まる一誠。この判断をサーゼクスは責めない。寧ろ助かったと礼を言う。

 

「んなもん後にしやがれ…それよりも、だ…!なんでテメエがいやがんだよ…()()()()…!死んだ筈だろうが、テメエは!」

 

 必死なまでの叫び。その叫びを王は嘲笑に付す。

 

「…君達はまさか僕という案件を『終わった者』として片付けていたのかな?」

 

 王の浮かべる悪辣なる笑みと吐き出されていく言葉。それを目の当たりにしてしまう者達。ぞわり、と気味の悪い悪寒にミカエルは支配される。

 

「始まるよ」

 

 意に介さず王は告げる。

 人間は無機質に、それでいて運命に抗う叛徒の様に。

 

「本日を以って始まった。何が?と今は戸惑うかもしれない。だが嫌でも分かる様になる。君達が見過ごして来た、棚上げにして来た問題は重さを増してのしかかる」

 

 笑って、微笑って、嗤って告げる。

 

「貴方は…何が、したいのですか?」

 

 歯を食いしばりミカエルは尋ねた。王はその表情を一時のみ崩す。貼り付けたかの様な笑みではない。後に待ち受けるそれが楽しみで楽しみでたまらないと言った凄絶な笑み。

 

「神の予定調和に挑戦する…!神様は間違えてる、世界を破滅させるのは、人間自身であるべきだ!それを証明してみせる!」

「…イかれてるよ、お前」

「知っている。だがそれの何が悪い?」

 

 唐突に、魔王の焦燥に駆られた声がした。

 

「…ッ…冥界が…リリスが…陥落した…⁉︎」

 

 漸く届いた通信術式。その知らせに、誰もが目を剥いた。リリスとは冥界の首都。それが陥落したという知らせ。顔を蒼白色に染めた赤髪の魔王は不安と焦りから躙り寄る吐き気に口元を抑える。

 

「ァハ」

 

 破顔。その顔が見たかったと言わんばかりの笑み。

 

「ァハハ! ハァハハ、アハァッ!」

 

 王は、ソロモンはどこまでも嗤っていた。冥界に四人いる内の魔王を一人だけ残すという采配を行ったサーゼクス・ルシファーを、何処までも嗤っていた。楽しそうに、愉快極まりないという程に。

 

 役者は揃った。 舞台は整えられた。

 終末論は三千年前より書かれている。

 であるならば、ここに開幕を再現する。

 

「さぁ、先ずは第一幕だ。精々耐えてくれよ?

 信念が塵芥に等しいオガクズ頭ども!」

 

 最後にそう告げて、王は消えた。

 

 

 




次回、『責任追及』

〜お知らせ〜

活動報告にてアンケートを実施しています。
是非ご協力ください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祈りは消え、恐怖だけが残った
責任追及


どうしてくれるんだ?
どう責任をとるんだ?
どう償うんだ?

なぁ、おい。

教えてくれよ。


 冥界に帰還したサーゼクス達が目の当たりにしたのは文字通りの地獄だった。

 かつての冥界の姿なんてものはどこにもなかった。あるのは、ただの廃墟の群れと燃え盛る炎だけ。浮遊都市アグアレスにはいくつもの火の手が今も尚上がっていた。

 何人もの悪魔が殺された。何人もの転生悪魔が連れ去られた。大王達は皆死に果て骸を晒し、元72の頭首達も多くが死に、それを継ぐ若手の多くも死んだ。

 

 リリス陥落の報せの後、堕天使総督は勿論の事リアス・グレモリーやその眷属達も冥界に赴いた。もし陥落の報せが真実だとしたら、戦力はいくつあっても足りないからだ。

 

 そして目の当たりにする光景に誰もが絶望する。

 

 そして彼等は出会ったのだ。出会ってしまったのだ。人を愛するあまり、人に仇なす存在の生存を許せなくなってしまった獣『666(トライヘキサ)』。

 

 魔王すらも足が竦む、その圧力。

 

 

 それを宿す肉体の姿は異質にして歪。天に叛くが如く十の角。背から突き出す六枚の異種の翼。それは心臓から生えた杭から伸びる鎖に絡めたられており、足に嵌められた枷に繋がっていた。

 

 その背に庇うのは転生悪魔の少女。

 燃え盛る大地、地に散る灰、手に取られた刀。

 サーゼクスと木場祐斗の発した、あの掠れた声が、今でもリアス達の耳に残っている。

 

「何故…君が、その刀を持っているんだ…?」

「師匠の剣が…どうして…」

 

 ルシファーの『騎士』は常に刀を履いていた。だから、それを手放す時は湯船に浸かる時か寝に着く時ぐらい。そうで無ければ…それは、彼が死んだ時のみだろう。

 

「…死んだよ。貴様の騎士は、貴様が貶めたあの哀れな悪魔(にんげん)は漸く解放された。だが───その魂は救われない。お前のせいだよ、グレモリーの末裔」

 

 激情に駆られ二人の悪魔が飛び出す。しかしそれは突如として走る炎の柵に絡め取られ阻まれる。

 

 

「死ねよ元凶」

 

 

 恐ろしい程淡々とした言葉。手に取られた篝火。それは放たれるだろう。二人の悪魔を灰とするのだろう。だがそれを。

 

「ドラゴンショットォッ!!」

 

 一条の光線が阻む。少年の体に傷はない。だが、動きは止まった。光線を発した悪魔から漂う匂いに覚えがあったからだ。その竜のことを知っているからだ。

 

「今代は赤龍帝も白龍皇も悪魔…か」

 

 少年の瞳は無関心という言葉を形にして、溶かして、人の目玉のように丸めて固めたかのようだった。

 かぶりを振る。一つのため息。魔王とその実妹の騎士を炎のうちに留まらせたまま少年はゆっくりと赤龍を宿す帝王に歩み寄る。

 

「…オキタしかり、さっきの奴しかり、君しかり。何故そこまで悪魔に親身に成れる?悪魔はいつの世も人間を冒し、侵し、犯すというのに。いつも人から奪い殺し続ける存在だと言うのに」

 

 兵藤一誠は、怯えに震えながらも逃げない。それは無謀と言うべきか。蛮勇と言うべきか。…勇気とでも言うのか。彼にとって譲れない何かなのか。それとも───。

 

「何、言ってやがる。…俺はお前に何があったのか知らない。でも今奪ってるのはお前だろ。殺してるのもお前だろ。何も知らねぇくせに、一部だけ見て全部を決めつけて!一方的に全部を悪にして!碌に分かり合おうともしないで壊したのはお前だろ!」

 

 単に、知らないだけなのか。

 

「その子を離せ…!」

 

 赤龍帝の証である籠手を向ける。その瞳は本気で言っている。

 

「ああ、イッセー君の言う通り、その子を離してもらおうか。総司の仇も、討たせてもらうぞ」

 

 そして、滅びの魔力をまとった拳がトライヘキサの頬に突き刺さる。その勢いに逆らわず少年の体躯は吹っ飛び、廃墟に突っ込んだ。瓦礫の山が、少年に向けて落ちる。

 

「あ…っ…!」

「怖かったでしょう?もう大丈夫よ」

 

 少年に向けて駆け出そうとした転生悪魔の少女を咄嗟にリアス・グレモリーが抱きとめる。そして一つの誤認がまた一つ。

 

 少女の身に刻まれた傷跡に、女はその双眸を憤怒へと歪ませる。

 

「っ、リーア!その子から離れるんだ!」

 

 警告は既に遅く。瓦礫の山を吹き飛ばし獣が滑空する。そして少年はいとも簡単に少女をリアスの腕中から攫い、横に抱えてはそのまま駆けていく。

 

「…やっぱり今の身じゃまだ『超越者』相手は分が悪いか…特にあいつ相手じゃ…不味いな…」

「っ、待ちなさい!」

 

 放たれる滅びの魔力。しかし当然と言うべきか、獣は健在であった。誰もが後を追おうとするが時は既に遅く。

 

 ガラスの砕ける音。宙に開いた暗く昏い穴。

 獣は自らが虚空に作り出した穴へと消えた。

 

 

「…大き過ぎる。修正が必要だ」

 

 

 ■ ■

 

 

 ルシファー眷属『騎士』沖田総司の死亡。同眷属『戦車』スルト・セカンドは重症を負い意識不明。

 『皇帝』ディハウザー ・ベリアルの裏切りと、『悪魔の駒』原材料である結晶体の大損失。

 

 

 それは現四大魔王の権威を失落させるには十分過ぎた。特にバッシングが酷いのはアジュカ・ベルゼブブとサーゼクス・ルシファーだ。

 

 

 冥界にアジュカを召喚しなかった事。

 魔王一人に任せ『ゲーム』の運営をしていた事。

 

 『超越者』の信頼は大いに落ちた。

 

 四大魔王は謝罪会見を開始。

 冥界の一早い復興と、連れ去られた悪魔の奪還を絶対とし、冥界襲撃を行った組織の粛清を宣言した。

 

 

 しかし、それでも不満は治る事はなかった。

 

 

 さて、駒王学園オカルト研究部部室は重苦しい空気に満ちていた。そしてそこにいる全ての悪魔が苦悩や絶望などの表情を顔に浮かべている。

 終始無言。普段の和気藹々とした空気は無い。

 

 

「どうしてこんなことに…」

 

 顔を手の平で覆い、沈痛な声を漏らす赤髪の悪魔。リアス・グレモリー。

 

「なんだって部長や魔王様達がこんな目に合わないといけないんだよ…!」

 

 壁を殴る赤龍帝。部室にいる殆どのメンバーの目は彼を写す。彼等の浮かべる瞳は同じ物。義憤だ。彼等には彼等の怒りがある。だがそれと同時に、人間には人間の怒りがあるのだ。

 

 暫しの沈黙。数度のノック。誰もが警戒し、開けるのを躊躇する。しかし扉は開かれた。

 扉の奥から姿を見せたのは矯正な顔立ちの男。金の髪と顎鬚が特徴といえば特徴だろう。

 

 グレモリー達はその男を知っている。三大勢力会談に顔を合わせているからだ。兵藤一誠に至っては、それ以前に何度か顔を合わせていた。

 

「アザゼル…なぜ、貴方が此処に?」

 

 疑問の声を発したのは『女王』である姫島朱野。彼女の疑問はもっともだ。アザゼルがその身を置く地位は堕天使のトップ。だからこそ、このような事態にこんな所に来るのはおかしいのだ。

 

「お前達の修行監督を務める事になった。正直言って、戦力が不足してるんだよ。つーか、『魔獣創造』と『絶霧』が相手にいる以上、俺達は本気に詰みだからな」

 

 神器の補足は出来た。その正体も分かった。だからこそ打つ手が限られている事を知ってしまった。敵の大部分は『質と量を兼ね備えた魔獣』に加え、という余りにもシンプルで絶望的な解。

 だから、出来る事は本当に限られてしまった。戦力を少しでも増やし、底上げを図る。現状それくらいしか出来ないのだ。

 

「お兄様達が負けるというの⁉︎」

「当たり前だろうが。数の力を甘く見るな。日本のことわざにもあるだろ?質より量って」

「ッ…でも所詮は数じゃない」

「その数の質もデカ過ぎるんだよ。……加えてソロモンとあの正体不明のガキまでいやがる」

 

 ソロモン。その名を口にした途端にアザゼルの顔は苦い色に染まる。この現実が夢であってくれたらどんなに最高だったか。それは口にするまでもなく顔に刻まれている。

 

「あの…少し、宜しいでしょうか」

 

 手が挙がる。その白く細い手の持ち主は『戦車』である塔城小猫。

 

「ソロモン、という名前は聞いた事があります。何をした人かというのも知ってます」

 

 古代イスラエルの王ソロモン。神より知恵と十の指輪を授けられた者。イスラエル神殿の建設者。そして72柱の悪魔を収める魔術に長けた者。そんな彼には真鍮の壺に72柱の悪魔を封印し、「バビロンの穴」がある深い湖に沈めたという逸話が存在する。

 

「何故、彼はそんなにも恐れられているのですか?彼は、それほどのことをしたのですか?」

 

 彼には実力は無い。初見でもそれはすぐに分かった。そして何より、今の彼には権能たる十の指輪も無い。だからあの場で魔王や天使長は動けた筈だ。やろうと思えば消せた筈だ。やろうと思えば止められた筈だ。なのに、何故?

 

「…昔話をしてやろう。神の予測した人間の未来は『破滅』だった。『聖書の神』は人間を救いたかった。だから神は、手を差し伸べる事にした。

 神は未来に『幸福』を置いた。それに繋がる道筋も置いた。あとは人間がそれを辿るだけだった」

 

「神は人間を救いたかった。だから、人間が確りとその道を歩けるように、王に知恵を与えた。使命を与えた」

 

「…それが、あの野郎」

 

「ああ、…そして野郎は『理想の王』となった。人間を『幸福』へと導いた。その証拠にイスラエルの発展は栄華を極めた。誰もがそう思っていた。だがそれは間違いだった」

 

「あの野郎は、ソロモンは、いつからかは知らねえが、人類を裏切っていた。野郎は人類の未来を、『破滅』へと導こうとしていたんだ」

 

 

 

 人類を裏切った者。神の愛に仇で報いた者。彼は人類を航路の無い海へと投げ出そうとしたのだ。目的地なぞ無い。何処までも自由な海に。

 ───人類を破滅に陥れようと神をも欺いた。

    それこそが、あの王の罪と手腕である。

 

 

「だから、容易に手出しが出来なかった」

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

「やぁ、おはよう。お目覚めのようだね。

 クロウクルワッハ。調子はどうかな?」

「良好だ。紀元前より変わりない」

「それは良かった。僕が目の前にいるって事は、分かっているよね?契約を、履行してもらうよ」

「理解している。契約を違えるつもりはない。私の望む闘争の場を用意してくれるというならば、言う事は無い。ソロモン」

「うん、いつもの調子で安心だ。じゃあ、行こうか…先ず抑えるべきは、リゼヴィムだ。彼が最も危険だからね。それに今の三大勢力程度、『大いなる都の徒(バビロニア)』でなんとかなる」

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 第一案『楽園投獄』を実行

 ───『蛇』により失敗。

 

 修正案『████、世界再構』を実行。

 ───成功、『航路』を再設定。

 

 第二案『最短起点/航路固定』を実行。

 ───『告発者』及び『王』の共謀により破棄。

    『航路』を再編、起点を再設定。

 

 第三案『救世主再臨』実行不可。

 

 最終案、実行段階へ移ります。

 『最終航路=黙示録』を実行します。

 

 さぁ、『私』が始まる。

 槍を持て、杯を掲げ、十字架を立てよ。

 羽を広げ、ラッパを吹け。

 それを七度、果てに私は再臨せり。

 

 今代の赤龍よ、悪を穿つ牙となれ。

 




次回『人間側の事情』
ほのぼのと状況整理。
裏側の物語と表舞台。
交わる時は、もう直ぐに。


トライヘキサが助けた少女がいなかったら?サーゼクスを始めとする何名かの悪魔の墓標と銅像が建てられて、英雄として祀られてるでしょう。

〜アンケートについて〜

皆様、アンケートのご協力に誠に感謝致します。矢張りというべきか。[反対]のお声が多かったので、その通りとさせて頂きます。俺はエタるのは御免ですから…マジで。ですが読んでみたいというお声もありましたので、今作が完結すれば執筆に取り掛かろうと思います。とは言っても、まだ折り返しなんですよね、今作は。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間側の事情

人間(に味方する)側の事情。

事故ナギ完成した嬉しさで即書きあがった…
やっぱりモチベって大事。
それでは、本編どうぞ。


 日本にある何処とも知れぬ、それなりに規模がありながらも神聖なる気が全くと言って良いほど無い神社。此処は山奥であり、人が入る事など滅多にない。祭神は不明。もしかしたら人類に忘れられてしまった神が祀られていたのかも知れない。

 

 兎にも角にも、其処に「大いなる都の徒(バビロニア)」は居た。かつて己達を『英雄派』と名乗っていた彼等は、人目のつかない場所を拠点に置いていた。その名残をそのまま利用している。

 

 中には数々の人間が治療を受けていたり、心得がある者は自分で治療を行っていたりしていた。その場は喧騒というか談笑というか、とにかく騒がしいものだった。

 

「いだだだだ!馬っ鹿ジーク!消毒液一回の量が多っあだだだ!染みる…!死ぬ…!」

「我慢しろペルセウス。君の傷は深いんだから」

「おーい、包帯は余っているか?」

「おう、ほら」「っとと…感謝する」

「曹操が逃げたぞ!追え!」

「ハッハァー!待てやリーダーてめぇ!」

「はいはーい!次の奴ゥ〜?」

「…サタナエルさん、白衣似合いませんね」

「えっ」

 

 …とにかく、騒がしかった。その騒ぎから離れたいのか。それともその場に己は関わるべきではないと距離を自ら置きたいのか。神社の外、縁側に座り込むのは少年の容貌を持った化物。『トライヘキサ』である。

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 

「…人間って回復早すぎないかな……」

 

 苦く笑う。本当に元気だ。冥界から撤退した直後は皆治療も忘れて泥のように眠りこけていたというのに、たったの一晩でこの有様だ。治療を一足先に終えたヘラクレスとゲオルグは酒盛りをしだす始末。

 

 こんなのでいいのかとも思ったが、まぁ、慰労はどんな時でも必要で重要だし、あれだけ大規模な戦闘もしたのだ。今だけはいいだろう。時が来ればちゃんと切り替えねばならないが。

 

「…何も知らないくせに、かぁ」

 

 ゴロリ、と縁側に寝転ぶ。繰り返したのは『元人間』に言われた言葉。思いの外、自分にとって今は悪魔といえど人間に言われたのはショックだったらしい。

 

「そんな事言われても、なぁ」

 

 どうしろというのだ。だって事実では無いか。確かに善性をもった悪魔もいるかもしれない。現にディハウザー ・ベリアルは良識を持っていた…と思う。話した事があまり無いのでこの評価が正当かどうかはわからないが。

 

 だが今はどうだろうか?『悪魔の駒』による他勢力及び人界への侵食問題。そして悪魔の言う眷属の扱いだ。犯され嬲られ、飽きたら殺される。そして駒の持つ特性である死からの蘇生と解呪。それを売りとした隷属の強要。まだまだ腐る程ある。

 

 『───何も知らねぇくせに、一部だけ見て全部を決めつけて!一方的に全部を悪にして!碌に分かり合おうともしないで壊したのはお前だろ!』

 

「……気にすることじゃ無いんだろうけど…」

 

 身を起こし柱に寄りかかる。空を見上げた。星のない夜。暗夜の空。単色でありながら鮮やかな紺色が視界を埋め尽くす。

 風が吹く。山奥のせいだからか、サラサラと木の葉が擦れる心地いい音色が耳の中に浸透する。

 

 …少し、休もう。なんだか疲れた。

 

 微睡みに意識を放り込む。水の中に意識だけが沈み込んで行くみたいで、落ち着く。ああ、このまま朝まで眠ってしまおうか。と思ったけど。

 

「…………」

 

 閉じかけていた瞳に二人の女が映る。見覚えは勿論ある。手前にいるのは冥界を焼いていた時に助けた女の子だ。その子から離れた背後に立つのは確か『ジャンヌ』って呼ばれてる人。

 

「見つかったか?」

「…ん……」

「…あと数刻もすれば貴女の駒の摘出が始まる、遅れるなよ」

 

 ジャンヌはそのまま後ろで待っている。名前が分からない少女と二人きりという状況が生まれた。少女はそのまま駆け寄って来る。顔が近い。まじまじと見つめられている。…何の用だろう?

 

「……どうしたの?」

 

 柱から身を離す。しゃらん、と鎖の揺れる音がいやに綺麗に聞こえてなんとも言えない気持ちになる。

 そして、ゆっくり少女の唇が動いた。動いたんだ。

 

「…───ありがとう」

「……ぁー……」

 

 

 何も言えない。ただ分からない。過去に何度も人助けはやったことはある。勿論お礼は毎回しっかり言われていた。でも違う。昔何度も聞いた『ありがとう』とは違う。何だろう。何なんだろうこれは。温かなものなのは変わらないでも、重みがあった。

 

 大きな槌で、頭を殴られたような感覚。

 

 

「……ありがとう」

 

 ああ、ああ、口角が上がる実感が脳に伝わる。なぜ笑う?なぜ笑う?……嬉しいのか?僕は?

 

「…ありがとう……」

 

 …やめろ、嬉しいなんて思うな。それはあの人間にだけ許される。大体、僕があの時聖書の神を、聖書自体を殺せていればこんな事にはならなかった。きっとそうだ。そうなんだ。だから、笑うんじゃない。笑ってはいけない。そんな事は許されない。

 目の前の少女がこんな悲劇に見舞われたのは僕のせいだ。僕がしくじったからこんな事になったんだ。

 

「……、ありがとう……」

 

 だというのに、だというのに、僕は何笑っていやがる。違うだろ。そうじゃないだろう。違う。違うんだよ。僕は喜んじゃいけない筈だ。だってこうなったのは僕のせいだろう?僕のせいだというのに。

 

「───どう、いたしまして」

 

 …嬉しいと思って、ごめんなさい。…僕のこの手は、そのやさしい両手に握ってもらえる資格が無い。

 喜んでしまうから。その温もりを喜んでしまうなら。駄目なんだ。それはきっと駄目なんだ…僕には、勿体ないだろう。

 

 

 その優しい両手は、化物には与えていけない。

 おとぎばなしの化物は、それを喰らうから。

 …だから、僕は、思うんじゃ無い。

 僕は、聖書を殺せなかった。それが今を招いた。

 …だから、僕は、これを喜んじゃいけない。

 ああ、でも。

 

 

 

 

 

 ……あったかいなぁ…。

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

「なぁー、曹操」

「何でしょうか?」

 

 人間達の治療は粗方終わった。あとは駒の摘出だけだ。準備までに時間がある。酒盛りに混ざりたいがここは堪える。…話さなきゃいけないことが、俺にはあるからだ。

 

 …今回の件で決定的に引き金を引いた。俺は最初からだが、このおかげで、こいつらは本当に戻れなくなった。俺が先導した。俺が引き摺り込んだ。

 

「お前、俺の代わりにリーダーやるつもりない?」

「…は?」

 

 呆けた声。瞳孔の開ききった瞳はお前は何を言っているんだとでも言いたげだ。驚きのせいか身体はすっかり固まっている。整備不良の(神様のお人形)みたいだ。

 

「勿論今からって訳じゃない」

 

 落ち着きが戻ったようだ。「そうだよなそうだよな」という雰囲気がありありと滲みきっている。しかしまぁ、勿論解さないだろう。だから、詳細を知ろうとする。

 

「…いつか、継ぐ事になると?」

「…いつか、俺は死ぬからな」

 

 真ん丸に肥えていながら美麗な月を見ながら笑う。曹操は苦笑いを浮かべて俺とは対照的に大地に目を向けている。

 

「…貴方が破れると?冗談はやめてくれ」

「ギャハハ!暖かな信頼どーも。…でも…」

 

 計画は最優の道を外れてしまった。予想通り俺はこの身を捧げなけねばならなくなった。…俺の望みはやはり叶わないようだ。

 

「俺は見たいんだ。神の手も悪魔の誘惑にも左右されず、当たり前のことに喜び、当たり前のことに泣く。そんな平凡な人間の世界が」

 

 …やはり見れなくなってしまった。

 …やはり叶わなくなってしまった。

 

 …ああ、だがこれでいい。俺達は、この世界から消えなきゃいけない。俺達は神の残骸。神が死んだ今、もう、意味なんて無い。ただのお人形だ。だが、だがそれでも、この紛い物の命が───。

 

「知ってますよ。だから、生きてください。今の俺に、この組織の頭は務まらない。もっと色んなことを、貴方から学ばなきゃ、いけないですから」

 

 無垢なる命を照らす為に、役にたつというなら本望というヤツだ。元より俺達はその為に作られた。その為に分かたれた。その為にアイツは『目』を持ち、俺は『告発』を持った。

 

「へぇ、中々言うじゃない、嬉しいねぇ。

 じゃ、もうちょっとだけ…厳しく行くよぉ?」

「…お手柔らかにお願いします…」

 

 …茶番はもう終わりだ。

 俺は、俺達はもう限界なのかもしれん。

 だから、お前が、俺達の終わりになってくれ。

 曹操、お前が俺達を終わらせてくれ。

 そして、この身勝手なバカを嗤ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 王は狂っていた。

 王は人を嫌っていた。

 彼等がどこまでも醜いと、王は憎んだ。

 王は人が人により滅びることを望んでいた。

 

「全ては、キミが死んでから」

 

 だが、王は、人を見捨てなかった。

 飢餓に苦しむ子の腹を満たした。

 愛をねだる孤独な男に愛を教えた。

 裏切られた女に居場所を与えた。

 孤立無援の老人の最後を看取った。

 

「…キミを、愛している時から」

 

 それは神に教えられたからでは無い。

 それだけは断言しよう。彼は、自らの意思で民を見捨てることはなかったし、滅ぼすこともしなかった。彼は王としての責務を、『民を導く』という事を最後まで全うして見せたのだ。

 

 王は狂っていた。

 王は人を嫌っていた。

 彼等がどこまでも醜いと、王は憎んだ。

 王は人が人により滅びることを望んでいた。

 

「もう、随分と時間が経ってしまった」

 

 シバの女王。王が心から愛したたった一人の女。

 

 誰よりも愛して、誰よりも見つめた。

 誰よりも信じて、誰よりも傍にいた。

 

 彼女は、王と違い人を心から愛していた。

 醜さや悲劇の中に美しさや幸福があるのだと。それはまるで、石塊の中にある小さな宝石の欠片のように。

 

 彼女は王と違い全てを見通す眼を持っていなかった。だが彼女は王の見たことないものを見ていた。確かに人は悲しみを繰り返す。だがそれだけではないと彼女は知っていた。

 

 信じ、正し、償い、受け入れ、笑う。

 与え、赦し、救い、また与える。

 認め、企み、驚かせ、喜劇を作る。

 

 王はそれを綺麗事だと鼻で笑った。だが、彼女はこう言ってみせたのだ。臆面も見せずこう言った『綺麗事の何が駄目なのか』。そう、言って見せたのだ。

 

 

「…もう此処には戻らない。振り返らないよ」

 

 

 王は狂っていた。眼から覗く多くの悲劇にその精神は蝕まれ破綻して崩壊し一夜のうちに人を信じる事が出来なくなってしまった。

 王は人を憎んでいた。何処まで行っても争うことしか出来ない人間が許せなかった。側にある幸せがありながらそれを壊す人間が許せなかった。理解できなかった。

 彼等がどこまでも醜いと、王は憎んだ。騙す事、陥れる事、己のみが利益を得る事、それだけを考える人間しか見えなかった王は人は皆そういう生き物なのだと誤認した。

 

「だから、泣かないように見守っていておくれ。 ずっとずっと離れていても、僕は変わらずにキミを想う。キミのぬくもりを、あの優しい両手を、僕は忘れない」

 

 その誤りを正してくれる女がいた。

 王が心から愛した女。人を愛した女王。

 

 王は人が人により滅びる事を望んだ。その理由は単に憎しみだけでは無い。その発露には憎悪以外にもあったのだ。

 

 結局、彼は我慢出来なかったのだ。愛した女が好きだったものの行く末が、在り方が、上にいるだけの存在に決められる事が。

 

 人の未来は、どう足掻こうとも破滅である。

 神はそれを嘆き、人の未来に『幸福』を置いた。

 それは、まさしく楽園だろう。

 全ての悪は裁きにより死ぬ。善のみが生き残る。

 争いは無い。飢えは無い。悲劇は無い。

 幸福のみが有る。その世界が永劫に続く。

 

 もしシバの女王が生きていたら彼女はきっとこう言うだろう『神様は間違えている。こんな未来は受け入れてはならない』と、臆面も見せずにそう宣言して見せるのだろう。

 

 だから、王は人を人の手による破滅に導いた。楽園など認めない。そんな未来は許容しない。彼女が、■■■が愛した命の在り方が、歪められる事など許さない。

 

 だから選んだのだ。人が人により滅びる未来を。

 

 王は人を愛していない。王は人を愛した女を愛したのだ。だから、彼は決めたのだ。愛した女が好きだったものが、最後まで、滅びるまでそう在る事が出来る未来を。

 

 

「…墓前の語らいは済んだか?ソロモン」

「待たせて悪かったね、クロウ、クルゼレイは?」

「旧魔王派の残党狩りだ」

「それはご苦労、それで、リゼヴィムの情報は?」

「一切ナシだ。余程警戒しているのか、痕跡も辿れん。余程深く潜っているのか、あるいは…」

「……急ごうか。僕の切り札を、……トライヘキサを、奪われるわけにはいかないんだ」

 

 

 




人を動かすのはいつだって、愛でした。

さて、フランスの田舎にある孤児院。そこに攫われた筈の転生悪魔が見られたらしい。調査依頼がリアス達の元に下される。裏の物語と表の物語が交わる時は今ようやく。

次回「chapter3『人間舐めんな』」

滅びた邪竜は、金星の残照の元に産声をあげる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter3『人間舐めんな』

今回の話を見るに当たって、番外編である『裏側の物語』の既読を強く、推奨いたします。

モチベがまた下がりつつある…なんとかせねば。
でもP4Gやりたい…(最近買った)






 さて、アザゼルの下で修行に明け暮れるリアス達。彼女らは『赤龍帝の鎧』を安定して発動できる様になった兵藤一誠を筆頭に、めまぐるしい成長を見せていた。

 

 だがまだまだ足りないと、アザゼルは心中の焦りを払拭する事はできない。あの正体不明の少年や『魔獣創造』と戦い勝利を収めるには不足しすぎている。現状三大勢力に残っているカードでは撃退すら怪しいだろう。

 

 せめてヴァーリが裏切らずこちらに着いたままで居てくれれば、と思わずには居られない。どうしたものかと頭を悩ませるアザゼルの元に一通のメールが届く。

 

「あん?…ファルビウムからか」

 

 ファルビウム・アスモデウス。四大魔王の1人であり、冥界の軍事を統括している者。「働いたら負け」が口癖の怠け者であり、仕事のほとんどは自身の眷属に丸投げしている筈だったが、彼は冥界襲撃以降、自ら働く事が多くなった。

 

「……こいつは…なるほど…」

 

 届いた二つメールに目を細める。一つ目のメールは依頼。これぐらいなら今のリアス達に任せても、大丈夫だろう。そう思った堕天使総督はその場を立ち去り、教え子達の元へと向かう。

 

「……あの野郎」

 

 その道すがら、もう一通のメールを見やる。それは、ミカエルからの招集願い。内容は、自分達の見たあの少年の正体について説明したいとのことだった。

 

「…嫌な予感がするな」

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 

 日差しも強くなり行く朝九時。

 仏蘭西のとある片田舎にある孤児院。従業員の一人であるアーシア・アルジェントは目を覚ます。先日は新しく来るとい子供達を迎える準備もあってから寝るのも遅くなってしまい、普段は規則正しく起きている彼女もこの始末だ。

 

 まだはっきりと開いていない瞼で自室を見渡す。準備が終えたら片付けもせずに寝てしまったので酷く散らかったままだ。

 

「…かたづけ、なぃとでふね、へ…」

 

 思わず大きなあくびが出てしまう。パパッと冷水で顔を洗ってしまおう。そう思えば、あっさり起き上がり、ゆか元に気をつけながらひょいひょいと散逸する資材をまたいで行く。 ちらと視界に机上にある紙切れが映る。とっさに手を伸ばしそれを見やった。

 

 『アーシアちゃんへ、

 ちっとゼノヴィアちゃんと近所まで買い出し行ってきますわ。すぐ戻るけどねん。あ、そうそう。朝飯は作ってガキどもに出しといた(脳味噌筋n私が)から安心してくれ。何かあったら直ぐに我々に連絡するように。なんだか、今日は嫌な予感がする。杞憂ならば、良いのだが。

 ゼノヴィア・クァルタより』

 

「……へ?」

 

 時計を見やる。針はきっかり九時を知らせていた。アーシアの中で焦りが走る。ドタドタと身支度を手荒く済ませれば、彼女は自分の仕事を果たしに行くのであった。

 

 自室から出たアーシアが一番に目にしたのはいつもと変わらずに遊んでいる子供達の姿。焦りが急激に安堵に変わったせいか思わずその場にへたり込んでしまった。

 

「あ、先生起きた」

「アーシア先生珍しく遅刻だね」

「せんせー!フリードに勝てる方法教えて!」

「いや無理でしょ、諦めなさいよ」

 

 ドタバタと子供達が駆け寄って来る。いつもと変わらない元気さに思わず笑みが浮かんで行く。ただまぁ、やはり寝過ごしてしまった事に自らの未熟さを痛感したのか幾分バツの悪いものだが。

 

「…皆さん、おはようございます」

 

 おはよう、と声が帰って来る。ここにいる子供達や従業員の数は決して多くはない。だがそれでも、彼女には十分すぎるほどの縁だ。

 何はともあれ、先ずは身だしなみをたとえなければいけない。そう思ったアーシアに、来客が、来る。

 

「先生、お客さん」

「えぇ⁉︎も、もうなんですか…?」

 

 アーシアの中では新たな孤児達がやって来たのだと思っていた。()()()()。そう彼女は認識を改める。理由は簡単、知らせてくれた幼子の表情だ。

 それは恐怖と不安。来たのが新たな孤児達であればそこに恥ずかしさや嬉しさが混ざる、宅配業の人であれば顔馴染みだ。怖がる理由も、不安である理由も無い。

 

「…ジーン君、避難口まで皆をお願いします。

 フランさんは買い出しに向かった二人に連絡を」

「…わかった。皆付いて来て。姉さんも早くね」

「ええ、…何事もなければ、良いのだけど」

 

 いくら子供達の安全を守る為とは言えども、その二人が年長者と言えども、本来守るべきである姉弟に頼ってしまう己は、度し難く、不甲斐ないと思う。だが、今だけは意識を切り替える。

 来た存在がどうか穏便な方、子供にとって害のない者である事を祈る。アーシア・アルジェントは時間を稼ぐ為、己の舌を上手く回さなければと決意する。

 

「…信じています。ゼノヴィアさん、フリードさん」

 

 最後に、残る微かな希望に甘えぬようにと、十字架のネックレスを床へと落とす事にした。カタン、と嫌に軽く尖った音が、少女の鼓膜によく響く。

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 魔王からリアス達へ委託された依頼は過去に行方不明となったはずの眷属が確認されたという孤児院の調査だった。内容は極単純で、ただその眷属が本人かどうか確認して欲しいといこと。それが完了次第、撤収を命じられている。

 

「けどね、私は思うの」

 

 ただ、誤算である。

 

「その眷属達を奪還出来れば、きっとお兄様達の負担も減るわ。こんな状況だもの、少しの無茶ぐらいはやるべきよ」

 

 ファルビウムは致命的なミスを起こした。それは、作戦を遂行する上で使用する駒の性質の不理解である。リアス・グレモリー、彼女の人格や性質の理解を怠った。

 

「それに…あの時連れ去られていった子は…」

 

 誤認。リアスが助けることができなかったと思い込んでいる、獣へと感謝を告げたあの少女。彼女の身体に残る傷は、獣によって負わされたものなのではと誤解した。

 

「連れ去られた子達の扱いは、想像に難くないわ」

 

 その言葉に赤龍を宿す男は怒りに双眸を尖らせる。聖魔剣をその手に手繰る男は目を伏せる。雷光を下すことが出来る堕天使でありながら悪魔の女はその眼を細め、主君殺しの咎を背負った姉を持つ猫の妖であった少女は複雑そうに顔を歪める。

 

「さぁ、あの子達を助けてあげましょう」

 

 それは、正しようの無いすれ違いだった。

 だからこそ、この対立には必至だった。

 かくして本来の道筋なれば仲間同士であった者達は出会う。分かり合え無い者同士、平行線の会話が始まる。

 

 

 

 

 

「それで、一体なんの御用でしょうか?」

 

 子供達の避難準備も終わり、悪魔払いへの連絡も済んだ。そうして漸くリアス達は迎えられる。客室にて金と赤の二人はそれぞれはしっかりと向き合って居た。

 

「ここに居る子達を返しに貰いに来たの」

 

 ほぅ、と長く熱い息がアーシアの口からゆったりと漏れる。恐怖と不安が背筋をゆったりと這い回る。それを悟られまいと、顔に下手な苦笑を貼り付け平然を装う。

 

「…仰っている意味がわからないのですが」

 

 嘘だ。此処が何の為に作られた事ぐらい知っている。身寄りのない子供達の為の最後の居場所。今まで数え切れない程の酷い傷を癒してきた。 その子供達がどういう経緯を持っているかなど、知っているし、思い知らされた。

 

「分からないとは言わせないわよ?」

「ちゃんとした説明を求めます」

「…ちゃんと答えてもらえないかしら」

「ですから、理解が出来ないと…」

 

 一触即発。キリキリと張り詰めた空気が場を支配する。悪魔達は耐える。アーシアの貼り付けた呆れ混じりの苦笑がリアスの神経を煽り逆なでする。満面な笑みで逆鱗を鱗取りで剥ぐようなものだ。

 

 だが耐える。警戒が冷静なれと彼女達の頭に警告する。相手は何をして来るのか、手に持つカードは如何様なものか、それが分からない以上下手に先手を打つなとアザゼルに何度も釘を刺された。その忠告が生きている。

 

 リアスは続ける。襲撃された冥界の事を、自らが憶測した連れ去らた者達の憶測を語る。半ば糾弾にも似た口振りで。そして、転生悪魔のことも勿論語った。さも皆が幸福であるかのように。そして叶うならば穏便で事を済ませたいと最後の一線を引いた。

 

 沈黙。此処で断ればどうなるか、少女の中で思考が始まる。諦観気味であるが故か嫌に鮮明だ。

 此処で断ればどうなるか。拘束か、いや、捕らえられて尋問だろうか。…拷問の方が可能性は高いだろう。だがまぁ、それが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうともなればもう迷わない。覚悟は既に我が胸へ、ともなれば逃げる道理も理由もなし。沈黙を破り口を開き言の葉を舌に乗せ、音節を紡ぎ届ける。

 

 

「此処は、孤児院です」

 

 

 アーシア・アルジェント、彼女は神を信じていた、並々ならぬ信仰を抱いていた。それは打ち砕かれた。拾われたあの日、神は死んだと知らされて、深い絶望に沈んだこともあった。

 

「此処は、あの子達にとっての居場所です」

 

 神は死んだ。信じていた存在はこの世にいない。だが、だがそれでも、そうであろうとも、己の『やるべき』は変わらない。

 生まれながらに人を癒せる力がある。であればこそ、人を一人でも多く助けるべきではないのかと、道を照らしてくれた韓服の男を思い出す。

 

「此処には子供達の笑顔がある。幸せがある。それは、あの子達の傷が治り行く証です」

 

 弱さと甘さを捨てろ。救えない命があろうとも最後まで足掻くのだ。死なない限りは助ける事ができるのだから。

 自分に出来ることは外敵を打ち倒すことではない。命を助ける。ただそれだけだ。ただそれのみだ。ならば、それを果たせ。

 

 私にはその『権利』と、『義務』がある。

 

「お引き取りを、貴女方に返すべき子供など、此処には一人も居ません。重ねて告げます。───お引き取りを」

 

 人として、かくあれかし。

 

「……残念ね」

 

 語るべくして言葉を交えた。だが分かり合える筈も無く、話は交わる事がなかった。ならばこそ、最後の手段がとられる。思わず目を瞑る。だがやるべき事は見失わない。震えた喉であろうとも、大声は出せる。『逃げて下さい』、それを言おうとした瞬間。

 

「部長!伏せて下さい!」

「! これは……⁉︎」

 

 一発の光弾がガラス窓を叩き割り紅の髪を狙う。紙一重、僅かな差でそれは直撃を免れた。皆が窓より外を見やる。けたたましい音が鳴り響く。今度こそガラス窓は完全に割れ尽くし、二人の『人間』が場に揃う。

 

 一人は黒一色のカソックを纏う隻腕の男。それはさながら片翼を捥がれた黒い鳥。健在である手に持つのは一丁の銃。

 一人は青いコートを見に纏う者。恐らくは女。舞乱れる青髪は風に煽られた花のように。その手に持つのは一振りの聖剣。

 

「その予定はキャンセルだ、悪魔」

「オタクで多分28人目。怖がんなよ、

 ちょーっと死ぬ時間が来ただけなんでね」

 

 

 戦場の門を見下ろす。抜け出すことも出来ただろうに。 幼き夢にお別れを、現実は此処にある。太古より繰り返す人と化物の諍いが今の世界の未来を埋める。

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃ! おいおい見てみろよユークリッド君、あのリリスがご覧の有様だ。まさに地獄だ、紛争地域など目ではない。これこそが悪魔が住まうにふさわしいとは思わないか?」

「……にわかには信じがたい光景ですね。未だ夢なのではと、疑ってしまいます」

 

 その悪魔は壊された冥を嗤う。嬉々快笑。その四文字が相応しいぐらいに笑い続ける。其の者の名は『リリン』。つまりは本来の《明けの明星》の血を引く者。正当なる金星の血を引く者。

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。『超越者』に名を刻む者の一人。

 

「やっぱべらぼうに強いな666(トライヘキサ)は!

 存外に強いな!規格外に強いな!強すぎるな!

 しかもだ!これでも全力じゃないんだぜ?」

 

 彼には目的がある。 彼や今の人類や人外がいる世界とは違う虚数と実数。つまりは未だ観測されたことのない異なる地。『異世界』その有無を知る事。

 その為には力がいる。最強の一角『赤龍神帝』を下しうるほどの絶大で圧倒的で規格外で特異的で頂上的で理解不能ともなるほどの莫大な力が。それが『黙示録の獣』。

 

「やはり想定通りの人格でしたが、どう致しましょう。拉致、洗脳、扇動、は我々が彼の忌むべき種族である以上不可能でしょう。やはり、グレートレッドをこちら側に呼ぶ方がいいのでは?」

「否! 引く水の無い田園がどこにある? それは得策とはいえないよ、ユーグリット君。今この世界には奴がいる。72柱の王はバビロンの穴より這い出てきた。お世辞にも良策とは言え無いなぁ」

 

 リゼヴィムの手にはワイングラスが揺れている。注がれている美麗に赤く透き通る葡萄酒は見るだけでも十分に楽しめる。

 

「…我が知恵の下に最後の裁きを下す(ギュスターヴ・ドレ)、でしたか。……それはあの龍にも適応されるのですか?」

「勿論だとも。あの赤龍がこの世界の実数を代表する生命だとしたら、そうだろう。そうであるならば、そうだろう」

 

 葡萄酒を飲み干す。ふぅ、と休暇に身を存分に休ませる者のような安らぎの息が大気へと溶けてゆく。

 

「今から俺達が挑むのは大敗を前提にしなければ正気など保てない、最高に、最高に楽しいギャンブルだ。さぁ、爆ぜる直前の風船にメスを入れよう。死にながら笑って準備を整えよう」

 

 狂っている。まともでは無い。人はそういうだろう。だがこの悪魔はそれを一生に付すだろう。狂い無くして何が悪魔だ、と。

 

「グレンデルとアポプスを出せ! 思うように暴れさせよう!先ずは彼を起こそう。先ずは彼を怒らせよう。そして彼が愛した者達を全部壊させよう。そして彼自身を再び、壊そう。その上で仕向けよう。ああ、きっと楽しいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




現在各陣営
三大勢力:冥界を襲った組織の特定中。悪魔はそれに加えて冥界の復興と眷属捜索及び奪還も含める。
大いなる都の都:第二次侵攻準備中
ソロモン:障害となり得るリゼヴィム捜索中
リゼヴィム:行動開始
旧魔王派:ソロモンに組みしているクロウ・クルワッハにより壊滅。
サマエル:静観
日本神話:静観
北欧神話:静観
ギリシャ神話:静観


次回は戦闘だから意外と早く出せるかも?(て言ってるor思ってる時は大体遅いです。ごめんなさい本当に)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イレギュラー

障害に阻まれ、汚名に塗れ、
打ちのめされ、涙を流そうとも。
前へにしか進めない。血に塗れるしかない。
警告は既に昔に、だが賽は投げられた。
差し伸べられた手に縋り付いやるものか。
その手に喰らい付き噛み砕いてやる。
飛び込まずにはいられない。
俺の魂は戦場にしか無い。
なぁ、分かるか?
俺にはそれしかないんだ。




 乱入。二人の悪魔祓いはガラス窓を叩き割り、アーシアとリアス達を二分するように間へ立つ。

 何かを言おうとして口を開いたリアスを歯牙にも掛けず、黒衣隻腕の神父フリードは懐から二枚の紙片を取り出し床へと貼り付ける。

 

 その紙片に記されているのは魔法陣。それもソロモン王の魔法円と言われるもの、今回フリードが使用したのは魔除けや護符を意味とする『土星第四の魔法円』と『土星第五の魔法円』。

 

 障壁が完成する。

 悪魔と人間は隔てられた。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

「いやー、にしてもとうとうばれちったかぁ」

「無理もないさ、…無事か?アーシア」

「私は、大丈夫です…」

 

 めんどくさそうに溜息を吐くフリード。この事態を予測していたのか幾分落ち着きのあるゼノヴィア。恐怖から解放されたばかりが故か息の荒いアーシア。

 

「で、分担はどーしちゃいます?」

「意味無いだろう。どうせ混戦だ」

「…逃げない、んですか?」

「「当たり前だろ」」

 

 息を揃えた返答。好戦的な笑みを見せながら振り返る。障壁を叩く音がする。恐らくは長く持たないだろう。

 

「あー、やっぱ見様見真似じゃダメダメっすわ」

「見様見真似だけでそこまで出来るお前は何なんだ…」

「大英雄シグルズさまのなり損ないちゃん」

 

 いぇい、と。心の底から巫山戯ている様な、己を嗤い嘲り否定する様な、そんな笑みをピースサインとともに。そんな男は銃を持ち直し、それを見た女は呆れた様に笑い剣の柄を握りしめる。

 

「じゃ、さっさと逃げちゃってアーシアちゃん」

「まぁ、三十分ぐらいは稼げるだろうさ」

 

 ここが死に場所。二人はそう悟った。だから足止めの鎖となる。生きて帰ることなど考えない。如何に奴等を腹立たせ、遅らせ、間に合わなくさせるのか、それしか考えていない。

 

 

 だから、こそ───

 

 

「……フリードさんに勝ちたいと言う男の子がいました。…ゼノヴィアさんと話してみたいという女の子がいました」

「あん?」

「……」

 

 この言葉には、多少なりとも。

 意味があったのかもしれない。

 

「だから、どうか、子供達の為に…死なないで」

 

 

 

「無茶な注文しやがる」

「…全くだ。本当に、全くだ」

 

 

 破顔と共にガラスの砕けた音がする。

 それこそが開戦の狼煙である。

 

 戦え、己の為に。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 

 その一方、思わぬ乱入者に悪魔達は驚きを多少なりとも持っていた。悪魔達は彼等を知っている。彼等と刃を交えた事がある。言葉を交えた事がある。

 

「あなたが其方にいるとはね、ゼノヴィア」

 

 戸惑いと驚き。そして落胆。しかしそれはほんの僅か。リアス・グレモリーは二人の乱入者の一人の名前を呼ぶ。青い髪を揺らす女の名前を呼ぶ。

 

「久しぶり、か。…会いたくはなかったがな」

 

 その手に持つ剣を振るう。横に走る大雑把だが豪速の一閃。それはあまりにも暴力的な剣の振るい方。それを避ける小猫、朱野、リアス。

 

「フリード、てめぇ、なんで…⁉︎」

 

 もう一人の乱入者に木場祐斗は驚愕を隠せる筈もない。そして兵藤一誠は表情に違わぬ声色でその男の名前を呼ぶ。はぐれの悪魔祓いフリード・セルゼン。彼等の中での彼の認識は悪魔ならば容赦はなく殺す少年、悪魔に頼る者すらも殺す狂気の産物。

 

「えぇ?もしや俺の事覚えてた?何それ全ッ然嬉しくねぇんだけどですけどぉー。心に重大で深刻で致命的な傷負ったんで死んで詫びてくれませーん?」

 

 支離滅裂な言動。その最中にその手に待つ銃の引き金を何度も引く。乱れ打ち。命が密集するこの部屋の中においてそれは言葉通りに猛威を振るう。

 

 そして悪魔にとって光とは言わずもがな弱点となるもの。故にその場からの撤退は当然のことである。リアスは壁を消し飛ばし、一同は少しでも開けた所に出る。そこは、孤児達の遊び場だった。

 

「……最悪、だな」

「…いくら請求されんだ?これ?」

 

 ガシガシと銃口で己の髪を掻き毟る隻腕の神父。その顔はどこかばつが悪そうだ。苦笑いを零すのはゼノヴィア。やれやれと言った色が顔にありありと。

 

 

「場所移さねぇ?無駄な出費したくね───」

「喋っている余裕があるのかい?」

 

 

 言葉が止まる。フリードの懐に両刃剣の切っ先が、聖魔剣が走っていた。しかしそれをその場で旋回し、何事もなかったかのような顔。その場で後方へステップを踏み、距離を取る。

 

「な…」

「そういうお前がお口にチャックしてなきゃダメだよなぁ、なぁ聖魔剣とか言っちゃう中二病重篤患者の木場ちゃん?喋ってる余裕があるのかにゃーん?」

「がぁっ⁉︎」

 

 タァン! 困惑の顔色を見せる木場の足元へ光の弾丸が直撃する。思わず体勢を崩す騎士の元に、剣戟が走る。これもまた、悪魔にとって弱点となる奇跡の産物『聖剣』、その銘こそデュランダル。

 

「先ず、一人だ」

「ッ させるかよ!」

『Boost』

 

 走る剣戟を阻もうと赤龍帝が襲いかかる。その手に顕現するのは力の象徴たる『赤龍帝の籠手』。そこから放たれんとするは倍加されたドラゴンショット。

 

「はいはーい、ぼさっとしなさんなー」

「うおあ⁉︎」

 

 だが当たらない。フリードは足技で塔城小猫の体術をいなしながらゼノヴィアの襟首を掴んで己の方へと引っ張っていたからだ。赤い光線は頭をスレスレに過ぎ去っていく。

 

「はいドーン」

「ぐうッ…!」

 

 銃声、それは塔城小猫の足で着弾し、響く。

 だが少女は止まらない。

 

「えー…何それ、木場っちより根性あるじゃん…」

『Transfer』

「今だ!」

 

 赤龍帝より塔城小猫へ『倍加の力』が付与される。そしてその拳が黒い神父の元へと走る。

 

「あ、間に合わねー」

 

 拳はたしかに黒い神父に突き刺さり、少年と言うに相応しいそれなりの体躯を遥か後方へと吹っ飛ばし、壁を叩き割り別の部屋へと押し出す。

 姿は見えない。戻ってくることはない。…リタイアだ。

 

「フリード! …このっ!」

 

 聖剣を振るい、塔城小猫を下がらせる。まだだ、まだ皆が逃げ切るまで時間を稼がねばなるまい。倒されてなどやるものか。その一念で剣を振るい続ける。攻撃をいなし続ける。だが間に合わない。

 

「ふんッ!」

「ッ───!」

 

 聖魔剣がゼノヴィアの背に傷を作る。苦痛に顔を歪める。だが倒れない。剣をただ乱雑に、払うように振るう。そんな剣が当たるわけも無い。雷光が降り、負担は蓄積する。

 

「は、ぁ……っ」

 

 拳がゼノヴィアの腹に叩き込まれる。体がくの字に曲がる。比喩では無い誇張もない。だがそれでも、剣を杖にして倒れる事は無い。口から血を吐きながらも、骨が何本と折れようとも倒れない。

 

 だが───現実は残酷である。

 リアスの放った滅びの魔力が眼前へと迫っていた。

 

「…終り、ね」

 

 さて、もういいだろう。結果を語ってしまうと、フリード・セルゼンとゼノヴィア・クァルタは、どの道を辿ろうともグレモリー眷属に勝つ事は出来なかった。

 

「…そうか」

 

 数として不利だった。膂力として不利だった。何から何に至るまで全てから不利だった。まるで出来レース。最初から勝ち負けの決まっているふざけたギャンブル。

 

「……ここまで、なんだな」

 

 このまま死ぬのが定石だ。ここで死ぬのが当たり前の結末だ。そういう舞台なのだから仕方がない。そういう筋書きなのだから仕方がない。そういう運命なのだから仕方がない。

 

「ははッ……」

 

 そう、仕方ない。

 君達は良くやった。君達は逃げなかった。

 君達は諦めなかった。君達はちゃんと挑んだ。

 だから、君達には席がある。

 

「すまないな、アーシア」

 

 敗北を知りながらも勇気を持って立ち向かい、挑み、然しながら末に敗北してしまったという、慰められるべき『敗北者』としての席が用意されている。

 

「結局、駄目だったよ」

 

 相手が悪かった。君達には運がなかった。だから、仕方ない。誰も君達を責めない。君達は良くやった。頑張った。そう、仕方ない。仕方ないんだから───『()()()()()()()()

 

「下らねぇ…」

 

 壁を吹き飛ばし、ゼノヴィアの滅びの魔力の塊の間に一人の男が躍り出る。その男のシルエットははっきり言って奇妙な物だ。その影を見ただけでは人間とは思われないだろう。

 

 そして、その影は吠えた。

 

「つまんねぇんだよクソッタレがァッ!!!」

 

 

 ギュイイイイイイィ! と、幾多もの重厚な金属が規格外の速さで回転し、擦れた様な重たい金切り声が滅びの魔力を食い尽くした。そこに比喩など無い。誇張も無い。鴉の(くちばし)は確かにそれを喰らい尽くした。

 

「…あいつ、まだ立てるのかよ…!」

『いや、それ以前に何だあの武器は…⁉︎』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「フリー…ド?」

 

 血まみれの男は立っている。フリード・セルゼンという人の手により作られし一匹の化物が、息絶え絶えで血を大量に吐き出しながらそれでも尚、立っている。

 彼は片腕を欠損している。している筈だ。だが、今その彼の腕に新たに、規格外兵装という腕が装着されている。

 

「何、なのですか、アレは…⁉︎」

 

 豪速で業火を散らしながら回転する円状に並んだ六本のチェーンソー。その風に煽られて、彼の羽織る黒いカソックが、まるで大空を羽ばたく鴉の翼の様に(なび)いている。

 

「……なら、」

「…木場?」

「裕斗…?」

 

 フリードの眼前へと立つ悪魔。その手に収まる聖魔剣の柄を、木場祐斗は、握り締める。過去にフリードとぶつかり合い、勝利を収めた悪魔は、その瞳に殺気を纏わせる。

 

「もう一度、僕の聖魔剣で斬り伏せてやる」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さぁ、今ここにカードが揃った。勝負は一度きり。そこに運は一切絡むことはない。ただ己の実力のみが賽を投げる。一世一代の大勝負。互いの灯火を掛けた最悪の賭博の始まりだ。

 

 

「───あぁ? やってみやがれ」

 

 

 

 暴食の嘴を携え、鴉は獰猛に笑う。

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 夜だ。真黒な森の夜。星明かりすら枝葉に遮られる暗闇の中で、その男は長いこと微動だにしなかった。

 苔むした岩に腰掛けて目を閉じ、血に染まる大振りの大剣を大地へと突き立て、その柄に両手を置いている。その無骨な手は数々の戦をくぐり抜けてきた傷が刻まれ、黒々とした一つ結びに結われた髪は、未だ彼が力に満ち溢れている証に他ならない。

 

 その男の前に、一人の人間が血の海に沈んでいた。その人間の名は幾瀬 鳶雄。『神滅具』が一つ『黒刃の狗神』の保有者である男。堕天使の勢力に席を置く男。

 

「…なぜ、だ…」

「何度も言った。父君の愛剣を返して貰うと」

 

 大敗。言うならばこの二文字こそ相応しい。これ以上に相応しい言葉が見つからない程の負けだった。歯すらも立たなかった。抵抗なんてさせてくれなかった。たったの一閃で終わった。

 

 勝者である男は岩の席を立ち、鳶雄のすぐそばに横たわる黒い犬の首を切り落とす。パキン、とガラスの枝が折れた様なか細い音が暗闇の中で響く。するとどういうことか、一振りの剣が男の手の平に収まった。

 

「…確かに、この手に」

 

 感慨深い声色で男は囁き、剣を胸に抱く。

 其の剣の銘こそは『天之尾羽張』。

 日本神話に於いて最強の十束剣。伊邪那美大神より生まれし火之迦具土神を斬った伊邪那岐大神が持つ、神殺しの剣。

 それは「聖書の神」によって神器に封印され神滅具「黒刃の狗神」となっていた。

 

「……」

 

 男は意識を失った鳶雄を肩に担ぐ。そしてそのまま森の奥深くへとゆっくりと、ゆっくりと、少しずつ消えていく。

 

「……あまり、良い気分ではないな」

 

 男と鳶雄が消えた先には小さな社があった。それと不釣り合いなぐらいに石畳の広場は広かった。

 そしてそこには幾多もの神々が座していた。それこそまさに八百万。数え切るのが馬鹿馬鹿しいと思えるぐらいに。

 

 まるで一寸法師の様に小さな者から大海や青空を埋め尽くす程に強大な者まで。だがその姿は人の目に移ることはない。

 

 皆が浮かべる嘆きと憂いの眼差しも、人間へ柔らかに差し伸べられた慈愛の手の平も、人の身に刻まれたその傷を癒す新緑の風も、脆く崩れそうな命を守る暖かな山吹色の光も、人の目には決して映ることはないのだ。

 

「……この剣が、もう二度と使われぬ事を祈る」

 

 『天之尾羽張』をその手に握りながら月を眺めてそう零す男の名は、須佐之男命。神界一の荒れすさぶ蒼き貴神である。

 

 

 

 

 

 




Q&A
Q.規格外兵装は何処にあったの?
A.フリードが吹っ飛ばされた先にありました
Q.あの武器によりかかる身体への負担は?
A.下手すりゃ一生寝たきりとかあり得ます
Q.他にも種類があったり?
A.します。誰が持ってるのかはそのうち
Q.なんで日本神話は天之尾羽張を回収したの?
A.ヒント『黄昏の聖槍』には聖書の神の意志が在る
 それ以前にまともな日本神話の所有物だし。
 まぁ、つまり文字通り返しに貰いに来た。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

降りしきる災害

ここ最近難産で吐きそう(白目)
三日に一度じゃなくて四日に一度にしようかな…。




 空気がひりついている。濃密な二つの殺気が衝突している。誰も言葉など口にすることなどできない。誰も間に入ることなど出来ない。

 

「……」

「……」

 

 灼熱を、業火を纏った暴風が吹き荒れる。重厚な金属の刃が幾度も擦れ金切り声を上げている。その起点となる少年神父フリードの腕に装着されている兵装『グラインドブレード』は、はっきり行って異質なものだ。

 

 円状に並ぶ六本のチェーンソー。それが高速で回転している。何もかもを喰らい尽くし、焼き尽くす理不尽な力の集合体。言ってしまえばどうしようもないほどの力の本流と塊。

 

 それに相対するグレモリー眷属の『騎士』木場祐斗が持つのは『双覇の聖魔剣』により生み出された一振りの聖魔剣のみ。はっきり行って無謀だと見たものは思うだろう。が、案外そうでもないのだ。

 

「ッ…ぅ」

「⁉︎ フリード!今すぐその武器を捨てろ!それは…」

「うっせぇよ脳筋女ぁ!ちっとはだあーってろ!」

 

 若白髪の少年の口から赤色の粘液が塊で吐き出される。…無茶をしていない訳がなかったのだ。これ程の兵装を使用していて、体に全く負担がないなんて事は無い。故に、この対決の先手者はフリードである事は必然である。

 

 そう、フリードは『待ち』という手を使えない。そして攻めは威力は絶大でありながらも大振り、隙も大きい一撃。対して木場は『待ち』を使える。攻めは剣が一振り。小回りも利く。優位であると言えば優位であろうとも。だが、それは───フリードを、一撃で仕留められればの話。

 

「…なぁ。一つ聞いときたいんだけどー、オタクらさぁ、自分達が今までやってる事が正しいって声を大にして言えるか?」

「…何を言いだすかと思ったら…当たり前だろう。そうじゃなきゃ、僕はここに立っていない。皆だってそうだ…聞きたかったのは、それだけかい?」

 

 唐突な語らい。その質疑応答にある者は頭に疑問符を浮かべ、または意識を取り戻したのか援護の準備をする者もいた。だがそれを、満身創痍でありながらも聖剣を振るうゼノヴィアが許さない。

 

「……あの馬鹿ッ…!」

 

 やりきれない。そんな顔で必死に援護に加わろうとする悪魔たちを止める。骨を折られようとも、雷光に身を焼かれようとも、それでもゼノヴィア・クァルタという女は立ち塞がる。

 

 だが止められない。『滅びの魔力』と赤い極光がフリードの元へと向かう。逃げろと叫ぶ。だが間に合わない。このままでは着弾は避けられ無い。着弾までおよそ五秒。

 

 だがそれに我関さずと言わんばかりの凄絶な笑みを浮かべるは鴉が如く黒衣を靡かせる神父。構えを取る。この間僅か一秒。

 

「そうだな、それだけだわ」

「…そうかい、それだけか」

 

 突撃。轟音を鳴り響かせながら眼に留まる事ない速さで、大質量と高威力を伴った炎と鋼の塊が、橙色の一閃を描きながらただ一人の悪魔の元へと向かう。この間三秒。つまり、援護射撃は当たらずに終わる。

 

「な⁉︎」

「木場!」

 

 万物を噛み砕かんとする暴食の嘴が迫る。木場は意識を研ぎ澄ます。死が迫るまでの時間は極限的に短い。運命が賽を振るう。勝負は一瞬。そして相手は切り札(ジョーカー)

 

 死が、迫る。眼前に迫る刃の塊。木場祐斗は、それを───左腕と左耳を犠牲にし、紙一重で避けてみせた。言うまでもなく奇跡だ。本当に本当に小さな可能性を、木場祐斗は掴んだ。

 

「終わりだ…!」

 

 グラインドブレードの駆動が止まる。

 その瞬間、剣が、聖魔剣が、フリード・セルゼンの腹の腑の奥深くへと、命へと突き刺さる。

 大量吐き出された血、勝者はここに決まった。

 ───()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだ、良い夢でも…っ、見れたか?」

 

 血を吐きながらも、撒き散らしながらも、フリードは嗤う。化物じみた速さで腕が伸びる。それは確実に木場祐斗の手を掴み、抑えた。文字通り捕まえたのだ。

 グラインドブレードが再び駆動する。鳴り響きだす留めない轟音が死の到来を告げる。逃げられない、それは確定してしまった。

 

「あばよ、勘違いの英雄気取り」

 

 回転する六の刃を伴った大質量が叩きつけられた。轟音と慟哭が辺りに撒き散らされていく。生命にとっての絶望が到来する。避けられない死、諦めることしかできない。

 

「あ、───」

 

 ただ一瞬で終わった。

 

 肉体も、その内に詰まった臓腑も、それを支え守る骨格も、何もかもが一瞬のうちに擦り切られ潰され刃の持つ熱で焼け灰と化す。

 とどのつまり、残る物はなかった。服の端切れすらも残らなかった。それが木場祐斗という悪魔の死だった。

 

「うそ、だろ」

 

 それを言ったのが、誰であったか。

 ただ分かることは一つである。

 怒りによる覚醒は、起こる事はない。

 それよりも早く太古の暴力が、君臨する。

 

 

「───え?」

 

 

 

 

 ヘアルフ・デネの次男、ロースガールがシルディング族の長となり、物語の舞台となる牡鹿館を建造するが、沼地の怪物グレンデルがあらわれ、館を占領するようになる

 グレンデルは夜毎あらわれて、ヘオロットの館からシルディング族の者たちを攫い惨殺する。誰もこの怪物を止めることが出来ないまま、12年の月日が流れた

 ───英雄叙事詩『ベオウルフ』より

 

 

 

 空より振るのは黒の巨人。

 その身は黒鉄の鱗に覆われており、

 その相貌は禍々しく鈍く輝く銀である。

 其の龍の名こそ『グレンデル』。

 大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)、『グレンデル』。

 

『グハハハ! 嬉しいねぇ!久しぶりの殺しだ!』

 

 その巨躯に相応しい程の質量が天から地に降りればどうなるか。答えは単純明快であり、莫大過ぎる衝撃が地に走る。それは最早大地震と言っても過言ではない。

 

 その場に居た全ての者と物が吹き飛ばされた。ある者は壁に埋まり、ある者は瓦礫の海へと消えた。

 

 遥かな太古によりその命を絶たれた筈の邪龍は再びこの世に暴力という名の災害を振るう。殺戮という災害を振り撒く。だがそれを止める龍殺しの英雄は、もうこの世には居ない。何処にも居ない。

 

 

 『英雄』はもう、どこにも居ないのだ。

 居なくなってしまった。もう、居ないのだ。

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 空、魔獣創造により生み出された飛龍の背上。

 其処には三人の男が同乗していた。

 一人は大人、一人は青年、一人は少年である。

 

「あらら、ねぇこれちょっとマズイんじゃない?」

「本気で不味いですよ、…行けるか?レオナルド」

「無理、向かわせた『竜狩り(オーンスタイン)』が今飲み込まれた」

 

 悪魔の駒を摘出し、人へと戻した孤児たちを送り届ける前にサタナエル達は先行し空路を確認していた。そこで飛龍の目に留まったのは二つの災禍。一転、龍は怯えを見せる。

 

 飛龍の異変を感じ取ったレオナルドは鳥型の魔獣を生み出しその腹に携帯を貼り付けて近辺を撮影し、それを見た。

 彼等の直ぐ下、銀の瞳を持つ暗黒の大蛇による侵食。はっきり言って大災害だ。

 

「……だとしたらジークフリートは出せないな…そもそも竜殺しが通じるのか?…いや、どのみち今の俺達では瞬殺か…」

 

 顎に手をやり冷や汗をかきながらも思考を止めることは無い。どうするどうすれば良いと焦りを見せる青年、曹操は次第に親指の爪を噛み始める。

 

 今己達が待っている戦力とその状態を確認する。

 曹操、レオナルド、ジークフリート 、ヘラクレス、以上四名のみが実力派の中では出撃可能。だが誰もあの邪龍の前では実力不足だろう。残る戦力は……。

 

「……トライヘキサ」

「それは悪手だ」

 

 食い気味でサタナエルから制止の声が入る。声色は何時もの様にふざけた物ではない。至って真面目で有無を言わせない物。

 

「奴がこの惨状を見てみろ。暴走は必至だ。

 …これ以上の損害は免れん」

「ッ! ではどうしろと⁉︎このまま黙って蹂躙される都を眺めているだけが最善か⁉︎このまま指を加えて収まるのが最善なのか⁉︎」

 

 声を荒げる曹操。その形相は焦燥から大きく歪んでいる。打って変わりサタナエルの表情には笑みがなく、真面目なもの。

 

「俺が出よう、撃退にまでは追い込める」

 

 いつの間にか彼の周囲には無数の光槍が展開されていた。以前使用した黒塗りのマスケット銃の姿は見られない。つまりはそれだけ本気だという事。

 その言葉に少年と青年は何も言えなかった。そして己の実力不足を何処までも深く悔いた。目の前の男は、あの竜を、目の前の男は一人で相手取ろうと言うのだ。

 

「ホントはガラじゃないんだ。こういうマジな勝負ってのは」

 

 ガシガシと頭を掻き毟る。ニヒルに笑う。それは仕方ねぇと言わんばかりに。男は白と黒、そして蝙蝠の翼を背から広げる。

 

「んじゃ、ちょーっと行って来ちゃうからさぁ!

 少しの間、留守番よろしくね?」

 

 有無を言う暇などなく、その男は龍の背から飛び降りた。取り残された者達はただ見る事しか出来なかった。

 ただその間でも、自らに出来る事を彼等は探す。腐ってなどやるものか、妥協などしてやるものか、その気概でしがみつく。

 

「…『竜狩り(オーンスタイン)』を頭上に落とすとか、どうだ?」

「…悪くはないと思う、でもストックが後12だ」

「一人作るのに大体どれくらいだ?」

「粗製なら二週間、完璧に仕上げるなら一ヶ月」

「…使うのは多くても2体だな、俺の合図と同時に落とせ。タイミングを逃すな」

「了解」

 

 彼等は彼等に出来る援護をする。ただそれだけだ。しかしそれでも、やはり心にはしこりが残る。

 

「…ゲオルグの開発しているあの兵装が有れば…俺でもなんとかなりそうなんだが…」

「ゲオルグが言ってる事が本当ならね。…でもあんなもの、人が使っていい代物じゃないよ、あんな馬鹿でかいガスバーナーみたいなやつ…」

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 日本、廃れた神社。

 

「…………」

 

 晴れて人間へと戻った獣に助けられた少女は縁側で眠る獣の少年『666(トライヘキサ)』を眺めていた。暇だからかだろうか、まじまじと見つめていた。

 

「…(つう)……っ」

 

 興味本位からか、角に手を伸ばす。角の先端に触れたのか、ぷつり、と指先から糸が切れたような音がした。

 指先を見ればぷくりと赤い液の球が浮かび上がる。血だ。少女からしたら何度も見て来た、見慣れてしまった己の血。

 それを舌で舐めとりながら、やはり少女は少年を見る。その視線に気づいたのか、トライヘキサは目を開いた。

 

「………あれ、まだあの三人、帰って来てないの?」

「ん、」

「……そっか」

 

 少年はとっくに目の前の少女が孤児院に移されたと思っていた。少しの驚き、ちょっとだけ目を見開いている。少女は少女でどこか上の空だ。返答もどこか曖昧ではっきりしない。

 

「…眠れない?」

「……」

 

 こくこくと少女は肯定する。それは不安故か、それともまだこの現実を実感出来ずにいるからか。それとも不吉な警鐘を鳴らす胸騒ぎからか、何方にせよ、少女の眠りは深くはならなかった。

 

「……ー」

 

 沈黙。何を話せばいいのか、お互いにわからない。少女からしたら少年は恩人だ。だが獣から少女を見れば自らが犯した『罪の象徴』でもあり、口が上手く回らない。

 少年の中では後悔の念ばかりが溢れ出す。聖書の存続を紀元前から許してしまった。それが今の世の結果を招いた。それが横にいる少女の背負う悲劇を作り出してしまった。

 

「……名前、教えて…」

「…じゃあ、君の名前を先に」

 

 そんな事などつゆ知らず、少女は勇気を出して一歩を心の中で踏み出し、沈黙を破る。

 

「わたしは、…『エアンナ』」

「…良い名前だね」

 

 ただ獣の名前が知りたいと、少女は請うた。それが何故かは分からない。だが一つ言えることは、

 

「…僕は…トライヘキサ、皆そう呼んでる」

「…みんなが、そう呼んでるだけなの?」

「そう、だけど…?」

「じゃあ───」

 

 この少女の出した、たった一つの問いが何よりも重要となる。神の敷いたレールから外れる一手を、獣の眼前にいる少女は、無自覚のうちに打ったのだ。

 

 

「あなたの、ほんとうのなまえじゃないんだ」

 

 

 

 ぐっさりと、ガラスの破片が胸に突き立てられたかのような痛みを少年は錯覚する。

 そして怒涛に疑問符が雪崩れ込む。今まで無意識に避けていた思考が再起動し、展開されていく。

 

 お前は本当は何なのだ、お前は何者なのかと。

 その問いに少年は答えない。否、答えられない。

 自分が何であったか、本来の在り方は?

 それすらも遠い、記憶は霧の中で霞んでいる。

 

「あ、れ?」

 

 喉を掻き切りたい衝動が身を支配する。焦燥と不安が背骨を伝い駆り立てる。ああ、寒い、寒い。血が冷えていく。管の中を通るそれがひどく痛い。そんな不安定な時に限って。

 

 唐突に、何の前触れもなく彼の前に『王』が光と共に現れる。黒い髪、不釣り合いな程に場にそぐわないシクラメンの花冠。人差し指に嵌められた指輪。そんな姿を持つ古代イスラエルの王、ソロモンが。

 

「初めまして、トライヘキサ。君に依頼があって来た。人間の危機だ。君は必ず引き受けてくれると思って僕は此処に来た」

 

 第二の騒乱が始まる。邪なる伝説が再臨し、この世に再び命の根を下ろし、災禍を振りまく。それは獣を狙う、金星の血を継ぐ男の手の上で。運命が捻れ出す。これはきっと夜明け前。

 

 最も暗い、夜明け前だ。

 

 

 

 




さらっと名前が明らかになる系少女エアンナ。彼女を転生悪魔にした者の思考はディオドラと同じ感覚です。単に自らが悦に浸りたいが為に他者の尊厳をあっさりと踏み砕く、それ以上にドス黒く、汚れに満ちた何か。

次回はサタナエル回かなぁ。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

言わなくても知ってるだろ?

獣狩りに行ってました(土下座)
更新ペース落ちとる…なんとかせねば…




「ギャハハハ! 見ーえてるかーい!

 こっちだーい! ギャハハ!」

『鬱陶しい奴だ…!』

 

 天に座す混沌の翼より降り注ぐ光が銀の蛇を焼く。焼かれた蛇の巨躯は天に昇り、その羽を毟らんと顎門が伸びる。羽は回り、踊り、それを済んでのところで躱してみせた。

 

「もしもーし?ちゃんと狙ってくださいよー?」

 

 それは踊る様に、戯れるかの様に振る舞い続ける。光と闇が夜の空に踊る。後に逃げ延びた一人の老人はこう語る。『まるで小さい時に聞いた御伽噺の世界の様だった』とまで。

 総じて三十二の光槍が蛇の銀眼へと向かう。暗黒の大蛇はそれをとぐろを巻くことでやり過ごす。蛇は鎌首をもたげ、開いた顎門からいくつもの闇の球体が吐き出される。

 

『目障りだ、落ちていろ』

 

 それは天を舞う者の行く先を阻む壁となる。直撃は必定であり、避けられない。辛うじて隙間はあるが、それでも掠りはするだろう。

 

「へぇ、…でも、さぁ!」

 

 黒と白、其処に蝙蝠の翼を携えた者。混沌たる姿であろうともある種の秩序を感じさせる者、矛盾を孕んだ者、『敵対者』であり『告発者』なる者、即ち『神の意(エル)』を持つ『叛く者(サタナ)』──サタナエル。

 

 彼は翼を折り畳み、一直線に隙間に向けて飛び込む。だがその隙間は意図して作られたものであり、罠である。

 待っていたのは顎門、その奥に潜むのは闇。

 

『捕らえたぞ』

「あらら、捕まっちゃったかぁ」

 

 竜の息吹(ドラゴン・ブレス)、という言葉がある。ファンタジー作品に触れたものならば恐らく一度は目にする単語だ。

 サタナエルの元へと吐き出されたものはまさしくそれだ。ただの息、されど空想に記された生物として頂点に立つ者の吐く息だ。

 

『悪く思うな、此方にも事情がある』

 

 かくして、その存在は暗夜の色を含むその息に飲み込まれた。空よりその光景を眺めていた者は目を見開き、信じられないという感情をその瞳に溶かし込む。

 

 しかし、

 

「いやぁ、効いたよぉ? いまのさぁ」

 

 その存在は未だ健在なり。サタナエルの前には光槍で組まれた盾があった。しかしそれもボロボロで、ほとんど盾の役割を果たしていない。だがそれは、彼の命を繋ぎ止める程度には役に立っていた。

 

『随分と見え透いた嘘をつくものだ』

 

 その気味の悪い笑顔が憎たらしい。そう言わんばかりに睨み牙を向ける蛇は原始の水より生まれ、闇と混沌を象徴し、太陽にとっての天敵であり、かつて滅んだ筈の原初なる晦冥龍(エクリプス・ドラゴン)、名はアポプス。

 

「……」

『……』

 

 衝突。その余波で空に衝撃が伝播する。

 

「ギャハハハハハハ!」

『……っ!』

 

 天使は光槍を両手に持ち、邪龍は空へ身を伸ばし、衝突し、幾度も曲がりながらも空を登りゆく。

 

『しかし生きていたか、人を愛した敵対者』

「そっちはわざわざ生き返っちゃったみたいだけどねぇ!」

 

 側から見たその戦いは最早災害と遜色ないだろう。

 

『丁度いい。一つ聞かせてもらおう。気になっていた。何故貴様はそこまで人間に与している?何故熾天使の一人でありながら、天界を裏切れた?』

「アハハハッ! さぁー? 一体何でだろうねぇ!なーんか裏切ってたんだよねぇ!気付いてたらいつの間に、考えるより先に体が動いてた。みたいな感じでさぁ!」

 

 この対立において二名の実力派は拮抗ではなく、完全にサタナエルの劣勢だった。彼の腕の骨は軋み、ひび割れて行き、衝撃をまともに食らったおかげで内臓は破け、血を吐き出していく。

 

『少しも真面目に答えないな貴様は』

「俺はもともとこういう奴さ!」

 

 自らのもつ大質量を活かした突進。それに対して巨大な廃材を投げる。廃材は勿論のこと粉砕。それは粉塵となり、蛇と天使の視界を遮り、撹乱する障害物となる。

 

『…』

 

 だが、それも、ほんの一時で、

 でも、その天使はほんの一時で充分だった。

 

「さぁ、ケリをつけようじゃないか…」

 

 払われた粉塵の中から、巨大な砲身が姿を現す。

 多薬室砲、驚異的な加速を砲弾に与えるガスタンクは、見るに十を超えて搭載されているだろう。

 そして円筒状のガスタービンジェネレータ、それは天使の背へと担がれ、それと連結する多薬室砲は天使の右手と接続された。

 

『……なんだ、その馬鹿げた武器は』

 

 ジェネレータが回り、出力が上昇する。それに伴い、熱が辺りに広がっていく。それはまるで初夏のように。冷却装置も尽力はしているが、焼け石に水程度だ。

 が、勿論アポプスも見ているだけでは終わらない。彼は万が一を考えてか小回りが効き、表面積の少ない人間体へと姿を変えて見せては闇の球体を数多に放つ。

 

「…やむを得ない…落とせッ!」

 

 空から声がする。邪龍が小さな存在と、気にも留めなかった小石の号令。

 そして空より降るのは『魔獣創造』より産み出された竜殺しの魔物。黄金獅子の鎧『竜狩り(オーンスタイン)』。

 落とされた二つの鎧がアポプスとサタナエルを遮るように降り立ち、その手にもつ十字の槍を振るい、闇を払わんとする。その身を穿たんとす。

 

『邪魔だ』

 

 だが無意味。処理にかかって一、二秒程度。さしたる問題にもなっていない。言って仕舞えば塵芥。しかし、その僅かな時間が後の命運を明確に分けた。

 人影が目に捉えようとする事自体がおこがましいと、そう思えるほどの速さで疾走する。

 

「…俺は見たいんだ、人間(こいつら)の、本当の生きる(ちから)が」

 

 砲口が向けられる。

 手の平が突き出される。

 

 爆音。衝撃。爆発。

 

 空にいてもその余波を受け取る。

 無人の瓦礫の山が更に崩落する。

 

『───ならば自動人形よ、早急に金星を穿つがいい』

 

 その地に残ったのは、

 何処へと去っていく朧げな闇であった。

 

 『此処』での撃退には成功した。

 だが、災禍に見舞われる地はあと一つ。

 彼等はそれに気づけなかった。

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

「…来てくださり、感謝致します」

 

 魔王ルシファー、堕天使総督アザゼル、天使長ミカエル、これら三大勢力の頂点はとある教会にて再び顔を合わせていた。誰もが深刻、或いは剣呑たる面持ちであり、余裕は感じられない。

 

「前置きはいい、知ってんだろ? ミカエル。俺達が出くわしたあの化物の正体がよ」

 

 切羽の詰まった声色でアザゼルは急ぐ。一刻も早く、あの少年の正体を知らねばならない。そう、彼の直感は告げていた。

 

「ええ、確かに私は。否、()()()知っています。知っている筈なのです。その数字がなんたるかを、その数字が持つ本当の意味を」

「それは…一体どういう事なんだ?」

 

 ミカエルの物言いに違和感を持った魔王は怪訝な面持ちだ。だが天使長は話を意に介さず続ける。その顔は焦燥と不安の大海に沈んでいた。

 

「余りにも絶望的な実態です。私達、天界が招いた致命的な失態です。 …神の力を受けてなお、あの存在はその命を途絶える事なくこの世に在り続けた」

「おい、おい、待て。…神の力だぁ? 唯一神は先の大戦で死んじまった筈だろうが。つうことはだ」

「…神が己が死を予見しており、それ故になんらかの手立てを残した程の、危険極まりない存在だということか?」

 

 無言で頷くミカエル。張り詰めた緊張感が周辺を満たす。ほぅ、と長く長く息を吐く音がいやに鮮明にこだまする。暫くの沈黙の後、天使は重々しくその唇をやっと開いた。

 

「…ここに知恵が必要である。賢き者は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、その数字は───666である」

 

‪ その口より詠まれたのは、恐らくは最も有名な『黙示録』である『ヨハネの黙示録』。その第十三章十八節。

 

 獣の数字『666』。

 

 この数字の意味については、古来より様々に解釈されてきた。例えるならば皇帝ネロ・クラウディウス。例えるならばローマ教皇。例えるならばニーコン総主教。例えるならばエホバの証人。例えるならば創世記。

 

「…本気に言ってんのか?」

「…彼は、自らの口でそう語りました」

 

 それは、聖書にとって最悪の存在。

 それは、赤龍神帝と並ぶかそれ以上の怪物。

 それは、存在してはいけない命。

 

「『黙示録の皇獣 (アポカリプティック・ビースト)』───トライヘキサ」

 

 世界を壊す者、存在自体が災害である者、神を殺し得る者、聖書を灰燼と化し得る者、虚なる者、正真正銘の危険生物。

 

「…世界が終わりかねない問題に、私達は向き合わなければ無くなったという事か」

「笑えねぇ、俺達でどうにかなる範囲を優に超えてんだよ。…策はあんのか、ミカエル」

「…現段階では───二つほど」

 

 二本の指を立て、語る。

 

「一つは、他神話にこの情報を公開し、トライヘキサ討伐の同盟を結ぶ事です。これがもっと堅実で容易な策ではありますが、トライヘキサを確実に討てるかどうかと問われれば間違いなく否でしょう。被害も大団円で済ませられる物でないことも明らかです」

 

 一本の指を折り畳み、語る。

 

「そして、もう一つ。この策は難解で、決して良作とは言えません。何しろ前例がないものですから…ですが、成功こそすればトライヘキサの粛清は、確固たるものとなります。

 …この策の立案者は、メタトロンです。内容は彼が神より授かった、『その手段』を実行する事となります」

 

 メタトロン。契約の天使、万物の創造主、天の宰相、天の律法学者、天の書記、神の顔、神の代理人、炎の柱、小YHWH…等の数々の異称を持つ天使。ミカエル、ガブリエルを凌ぎ得る程の力を持つ者、最も神に近い天使の内一人。

 『神の代理人』たる彼は当初困惑した。

 何しろ彼も知らぬ内に『その手段』が記憶の中にあったのだ。そして彼は、無意識の内にそれを口にしていた。

 全てを理解した天使達の中で、一つの確信が生まれる。

 

 

「それ即ち、──『神の復活』の為の手段です」

 

 

 我等が(ちち)は未だ世に健在なり、と。

 

 

 

 




サタナエルの使った兵装の弾頭は実弾なので大丈夫です。核弾頭にあらず。環境的な問題も無いし連続ブッパしてもへーきへーき(面妖な変態技術者感)(使用者への考慮は清々しい程無い)(作成者ソロモン)


さて、原作では忍者被れなメタトロンですが、書によると彼は『エノク』を前身とした天使であり、自分に背く者たちを串刺しにしたちょっとやんちゃな逸話があります。(白目)
当初、彼は地上生まれだからという理由で他の天使に蔑まれたりしましたが、神は彼を褒め、天使の名を与え、最高天にいる者を集めて彼を小YHVHであると宣言しました。

そんな彼ですが、外見すごいです。
世界の高さに匹敵する背丈
 (神様の所に頭が届く程)
背骨の無事を疑う程の量の翼
 (72または36枚)
昆虫類も引くレベルの数の目
 (数にして36万5千)

 ※元人間です。
 ※目多トロンとか言わない。


では最後に、今後に関わる重要なことを一つ。
「ソロモンの歳入は、金『666』キカルである」





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おせわになりました!

信頼が崩れるのは一瞬だ。








「───さぁ、大詰めだぜユーグリット君。最初で最後の大仕事だ。勝てば死に、負ければ生きる。敗率はまさかの90%越え、そんな法外極まりないギャンブルだ」

 

 誰もが知り得ぬ、そして知る事も無いであろう地。その地に潜む金星の血を継ぐ男、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーはまるで舞台役者のように両手を広げ、陶酔するかの様に目を閉じている。

 

「アポプスによりあの自動人形の足止めは成功した。グレンデルによる大破壊の再現も完全に、完璧に完了した。そして予想通りのカードは切られた、実に予定通りに事は運んだ。ソロモンは、あの野郎は俺を殺したい気持ちでいっぱいだ。抹消したい気持ちでいっぱいだしね!」

 

 目を見開く。覗く瞳より無常の歓喜が溢れている。ようやくだ。何とかここまであの男以外に気取られず辿り着けた。これだけでも快挙だろう。勿論満足はしないが。

 

「だからこそ、己の切り札が取られる可能性があろうとも、賭けに出ると俺は踏んだぜ?感情の爆発はいつの時代も賢者から冷静な思考を奪う。例えそれが、その状況に対する最善手しか編み出すことのできない化け物じみた奴であってもだ。いやー、やっぱ感情ってすげーよな」

 

 一頻(ひとしき)り語り終えたのか、男は満足そうに、思い残す事は無いと言うように笑顔を見せた。

 その笑顔が向けられた銀の髪を持つ悪魔、ユーグリット・ルキフグスは流れるように一礼を捧げる。

 

「…()()()()、ですか」

「ああ、()()()()()。俺達はようやく俺達のスタートラインに立っている。ご丁寧に失敗したら即死亡コース付きのね」

 

 リゼヴィムは立つ。それと同時に彼の背に無数の眼光が煌々と輝きを伴っていく。その鋭い輝きの全てが、滅ぼされたはずの邪龍。

 それを背に広げる男は両手を広げた。

 

 

「さぁ、獣の勝利を祝いに行こう!」

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 ───ただの災害の衝突だった。

 

 『時間がない、用件だけ言おうか。依頼はごく単純、今フランスでグレンデルが暴れてる。それを片付けて欲しいだけ。止められる人材は君以外戦闘不能だ。現地でもね。なんで最悪もう皆死んでるかもしれないから、そのつもりで』

 

 王が獣へ告げた言葉は、半分が正しく半分が誤りだった。グレンデルを止められる人材はいなかった。だが王の語る最悪の状況は起こっていなかった。

 

 獣と邪龍がぶつかり合うまでは。

 

「████───!!!」

『面白え! これだから戦いは辞められねぇ!』

 

 獣が仏蘭西の片田舎へ到着した時、そこに街並みなどという文明的なものは一切存在せず、ただ瓦礫の山だけが広がっていた。

 

 岩に潰れた幼子の手が見えた。鉄骨に突き刺さった男がいた。半身が潰れ消えた女がいた。そんなのはまだいい方で、男なのか、女なのか。幼子なのか?大人なのか?老人なのか?それすらも分からない、身体の一部や『かけら』が転がっていたりもしていた。

 

 狂わない訳がなかった。思い出したくない過去が再燃を起こすのは当然だった。少年がただの暴力の塊になるのは当然だった。

 

 かくして、未だ微かながら人の命がある地に大質量と業火が、災害の雨が降りしきる。

 

『オラァッ!』

 

 黒鱗の塊が、鎖に縛られた翼を持つ少年に叩き込まれる。その拳は瓦礫の大地に深く深く、食い込んでいる。次の瞬間にはそこから極太の火柱が顕現し、龍の巨碗を焼いた。

 

 堪らず拳を引き抜くグレンデル。大地にぽっかりと空いた穴から少年の体躯が飛び出しては龍の腹へと喰い込み、廃材の地に落とす。何度も起きる小さな地震。

 

 そしてその惨状を、呆然と眺める事しか出来なかった青髪の女がいた。傍に横たわる白髪が特徴的な少年神父は、目を閉じたまま、腹に深く剣を突き立てたまま何も言わない。

 

「…なぁ、お前は、あんなお前が、どうして孤児達のために、ここまで体を張ってくれたんだ?どうせ最後だ、聞かせてくれてもいいだろう?」

 

 青髪の女ゼノヴィアは、白髪の神父フリードに問うた。だが勿論のこと返答はない。

 フリード・セルゼンの心拍は止まっていた。彼の命は最後まで燃え尽きこの世から完全に消えていた。

 腹に突き立てられた剣、そして彼の腕に装着された規格外の兵装によりかかる負荷、彼は死に向かう以外、道はなかった。彼の死は確定されたものだった。

 

「…私も直ぐに逝く、だから待っていろ、絶対に問い詰めてやる」

 

 それは悲観や絶望から来たものではない。ただ目の前におこる災害同士の衝突を目の当たりにして、本能と理性両方が認めた。自分は必ずここで死ぬと。だから、せめてにも笑った。ニッカリと。

 

「…アーシア、皆、どうか息災にな」

 

 そう零せば、どさりと荒廃した地に身を預け、ゆっくりと目を閉じる。ともなれば、あとはただ寝ながらに滅びの時をゆっくりと待つ事にした。

 緩やかな時間が流れていく。ほんとうにゆっくりで、これ程までに無いぐらい緩やかな時間が。場違いな寝息が、静かに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あー…くっだらねぇ…」

 

 

 

 まだ、飛べる。

 

 

「いつから俺様ちゃんは…ッと、

 こんなに壊れちまったんでしょねー」

 

 

 まだ、飛べるから。

 神父の眼光は、黒い巨人へと。

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 ゆっくりと己の死を認め、それを待つ事にした青髪の女がいるところより離れた場所、其処に悪魔達はいた。

 

 紅髪の女はその顔を悲しみと絶望に、赤龍の男はその双眸を悔しさと憤怒に、猫又の女はその顔を諦めと悲観に、黒羽の女はその双眸を嘆きと動揺に染め上げていた。

 

「くそッ…!クソぉ…!」

 

 ギチギチと歯をくいしばる。廃虚の壁に手をつきながらも逃げに徹する。そうする他なかった。それだけしか出来なかった。

 

「何で木場が死ななきゃなんねぇんだよ!あいつが殺されていい理由なんてなかったはずだろ!」

 

 そう吠えるのは赤龍帝。ぼろぼろと落涙ながらに膝をつきそうになるも止まらない。今ここを生き延びなければならない。そうしなければ、散った仲間の仇が討てなくなってしまうから。

 

「…佑斗ッ…佑斗…ッ!」

 

 紅髪の悪魔は流れる涙を隠そうとも、堪えようともしない。ただ信じがたい事実を受け入れるしか無いし、絶望の中に沈み込む以外に、道はない。

 

 骨も、肉の一片も、服の切れ端も、聖魔剣の破片すらも、とどのつまり何も残らなかった。別れを惜しむ時間すらも無かった。ただの一瞬で何もかもが終了していた。

 

 赤龍は一時怒りに支配された。だがそれは中断された。空から迫って来た黒い巨人『グレンデル』に。彼はそれでも場に残ろうとしたが、部長の叱咤によりようやく引いた。

 

 そして、そんな悲しみと喪失感に浸された彼女達の前に、たった一人の人影が立ちふさがった。知っている。リアス・グレモリーは、兵藤一誠は、塔城小猫は、姫島朱野は、その人影の正体を知っている。

 

「やっぱりここに来ましたね。『誰か』が近くにいると怖くて堪らなくなりますから、直ぐに分かりました」

 

 その人影の名前を知っている。『僧侶』である彼の事を知っている。吸血鬼である彼の事を、知っている。()()()()()()()()()という少年を知っている。

 

「ギャスパー⁉︎あなた、なぜ此処に⁉︎」

 

 彼が見に纏うのは何の変哲も無いただ黒い無地のシャツとズボンだけ。以前の様な服装の面影は其処にはない。ただ特筆することと言えば、シャツの一部に小さく『13』と書かれている。

 

「部長、僕気付いたんですよ。大事な人を確実に助ける方法ってヤツです。未熟ですから時間がかかりましたけどね。」

「何を…言っているの?ねぇ、どうしたっていうの?ギャスパー」

 

 不安のつぼみが、ゆっくりと膨らんでいく。最悪の可能性が彼女達の中で共通して芽生えていく。頭では否定出来る。だが理性と本能が警鐘を何度も鳴らすのだ。

 

「助ける為には誰かが負ければいい。

 ───そう、僕達以外の誰かが!」

 

 日緋色の双眸が輝くと同時だった。

 小さな肉体を闇の塊が取り巻き、其処より領域を形成する。そして、その中より出でるのは狗、猫といった獣の類。つまりは闇の魔物であり、それは皆、赤龍帝へと襲いかかった。

 

 

 此処に、一つの裏切りが成立した。

 

 

 『───赤い龍の始末。ああ、情が邪魔して無理なら足止めで構わない。僕が来るまではその仕事に専念していてくれ。せっかく乱した『台本』なんだ。軌道を元に戻されたら溜まったものじゃない』

 『全てが終われば、契約を果たすさ。僕は聖杯さえ抑えられれば良いからね。再開までの道のりは長いけど、見返りは確実だ。だから、その時まで働いてもらうよ?』

 

 王の手は、気づかぬ内に伸びていたのだ。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 最初は嘘だ、と少年は思った。

 だが事実だと王は告げる。見せつける。

 聖杯をその身に宿す少女は連れ去られていた。

 故郷は滅んでいた。生き残りはいないだろう。

 

 少年は助けなければと吠えた。

 ではどうやって? と、王は問う。

 頼りになる人が居ると少年は言った。

 

「無理だ、不可能だ」

 

 あの紅髪の女とその眷属が動いても意味はない。

 それは事実だ。揺るぎのない真実だ。

 彼女は非力で、愚かで、無知で、無能だ、無力だ。

 そして彼女の持つ情愛は彼女にのみ与えられる。

 君は、君達は彼女の下に付くべきではない。

 

「そんなこと…ない、です…」

 

 なら一例としてこの事実を知ると良い。

 領地の管理は杜撰(ずさん)で稚拙で幼稚でお遊びだ。

 君の尊敬する男は、彼女のせいで死んだのだ。

 彼は見捨てられた。だが利用された。再利用された。

 

 見せ付けられる。見せ付けられる。

 見たくもない事実が頭を蹂躙する。

 否定が許されない。拒絶が許されない。

 

 王の言葉が続く。

 

 面白そうだから、ただそんな理由で、

 最後の安息である『死』すらも踏み躙られた。

 これを知っても君は彼女に頼ろうと、思うかい?

 

「ねぇ、知ってるかい?彼女、彼が死んだ時なんて言ったと思う?知りたくないかな?いや、知らなければいけないよ。君に限らず彼女、リアス・グレモリーを慕うものは知る『権利』と《義務》がある」

 

 嫌だ、と。泣き言の様に言葉が出た。それだけは聞いては駄目だ。それを聞いたら最後、きっと自分を縛る最後の鎖が解けてしまう。それだけは駄目だ。きっと駄目だ。何もかもが終わる。終わってしまう。夢が覚めてしまう。

 

 だが、囁く。

 王の唇は確かにうごめく。

 

「『どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ。あなたの命。私のために生きなさい』…いやぁ、慈悲深くて、良い言葉だね。いかに彼女の人格が優れているのかとても良く分かるよ」

 

 覚めた。

 醒めた。

 そして、『冷めた』。

 

 

 お前のせいで『人間』は死んだのに。

 お前のせいで『誰か』は死んだのに。

 お前のせいで、お前のせいで死んだのに。

 何を宣っているんだ、この女は。

 巫山戯るな、冗談じゃない、馬鹿にするな。

 僕もそうなのか?ただ面白そうだったから?

 

「彼女の愛は、彼女にのみ注がれる。それは彼女の兄と同じだ。もう分かるだろう?無理なんだよ、助けられない。可能性はゼロだ。…だが、此処に一つ例外が居る。僕と、契約を結ばないか?」

 

 そうだとしたら。

 いや、そうでなくとも。

 

 僕は貴女に心を許すべきじゃ無かったんだ。

 僕は貴女に信頼を置くべきじゃ無かった。

 

 その理念は結局は傲慢の塊で偽りでしかなく。

 その理想は浅はかな見栄でしかなかった。

 

 もう僕を縛る鎖も恩情もない。

 僕は僕のしたい事をする。

 手段なんて選ばない。

 全ては彼女の為に。

 彼女が助かればそれでいい。

 

 さようなら、『いのちのおんじん』

 

 

 

 

 

 




〜Q&A〜


Q.なぜ神の復活手段があるのに直ぐにしないし(なぜ実行しなかったし)
A.先日急遽メタトロンに降りて来たので(※全話参照)加えて今は悪魔、堕天使と同盟を組んでる手前ですから、神の復活を確固たるものにする為にも天界は揉め事は避けたい。その点で言えばトライヘキサの存在は都合が良かったのかも?

Q.ソロモンさぁ、も少しまともな兵器作らない?
A.ソ「兵器にまともな物なんてないよ」
 フ「まともじゃねぇ中でもまともじゃねぇんだ
 よ、てめーの作る兵装は」(被害者一号)






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大物喰らい



新たな龍殺しの『■■』は誕生した。
彼の名が皆に知られる事は無いだろう。
だが知っているものは確かにいる。
此処に居る。皆が知らずとも。
確かに彼を知る私は生きている。




 暖かい。寝についていたはずのゼノヴィアが感じた感覚はそれだ。火の玉でも降ってきたのだろうか、朧げに目を開く。

 その目に収まったのは太く、短くギュリギュリと廻る橙色の円柱。それを構成するのは六枚のチェーンソー。『グラインドブレード』を腕に取り付けた男。

 

「…フリード?」

 

 ぼろぼろのカソックをはためかせる男は答えない。ごしゃり、と廃材の山を踏み砕きながらゆっくりと進んで歩く。

 青髪の女は追おうとした。だが足が動かない。先の戦いでのダメージが大きすぎたのだ。

 

「なにやってるんだよ、なぁ」

 

 男は歩く。腕に取り付けた機械を唸らせながら、高みへと登る。なにも語らない。ただ歩いた。

 体はボロボロのはずだ、血液だって不足しているはずなのだ。だのに、男はその目を龍へと向ける。

 

「…仕方ねぇよってねー」

 

 此処にきて男はようやく口を開いた。笑っているのか、声は喜色に震えている。

 姿勢を低くする。グラインドブレードの回転がさらに増していく。オーバーヒートを起こしているのか、炎熱がさらに増幅し、一種の火柱の形が形成された。

 

「まぁ、俺様ちゃんも殺してますし、

 殺されもしますよねって話」

 

 空に突きつけるかのように掲げる。さらに回転が増していく。火柱など生温い。言ってしまえば火災旋風。それが人の身より巻き上がり、熱風と強風を混ぜこぜにし、辺りに散らしていく。

 

「…アーシアとの約束を守れるのは、私だけか」

「そうだねぇ、でもさ、これでいいと思うぜ?」

 

「俺はあくまで化け物で、オタクらは人間だ。化物ってのは人間様に殺されちまうのがオチなんだけどねーん、けどさぁ、まさかさぁ」

 

憧れたもの(にんげん)守っておっ死ぬとか、

 俺様ちゃん中々に滑稽じゃない?」

 

 屈託のない笑顔と、火の竜巻が大地に叩きつけられたのは同時、黒い鳥は再び飛翔した。余波が巻き起こり、当然ゼノヴィアは吹き飛ばされ、廃墟に突っ込むが、其の目だけはずっとフリードを捉えていた。

 

 

「……良かったよ、お前とは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛したものを眼前で壊され生まれる感情は何か。

 答えは勿論憎悪と憤怒、そして絶望。

 殆どのケースは個々に収まる。

 

 そしてそれら三つに染まったらどうなるか。

 答えはやはり単純で、暴走へと走る。

 

「■■■■■■■───!」

 

 ……現在のトライヘキサのように。

 

 少年のものというに相応しい細く白い腕と、黒鉄の如く鱗で包まれた巨碗が激突する。爆音が巻き起こる。巨碗には亀裂が入り、細い腕の肘からは骨が突き出した。

 

 ぱきゅり、骨を無理やり元の位置へ渡す。

 

 小さな手の平から焱火が迸り、それは大蛇のように畝る型を伴い、黒い巨人の姿を持つ邪龍グレンデルに巻きつく。じゅうじゅうと肉の焼ける音、鱗の溶ける音、身体が焼き切れる音がする。だが足りない。トドメを刺すには不足だ。

 

 彼は現在聖書の神により残された『置き土産』により、幾つかの能力と膂力の大半が封じられている。だがそれでも邪龍と相対できるほどの実力は失われていなかった。

 

 封じられた物に一例を挙げるとしたら【外殻】だろう。

 

 現在の彼は白い光を放つ少年の姿を取っているが、これはあくまでトライヘキサの意識が集合した形、言ってしまえば(コア)である。彼を包む外殻は存在する。現在使用不可。

 その他にもある。地形を変えるほどの炎、世界を汚染する瘴気、そして土台となる膂力。決定打が封じられているが故に、決着が未だにつかない。

 

 そんな硬直状態を崩したのは、人間『フリード・セルゼン』である。

 

『ん? お、あがぁ⁉︎』

「…にん、げん……⁉︎」

 

 急遽、グレンデルは苦悶の叫びをあげながら屈強な体躯がその重心を崩す。後ろから見ればわかるだろうが、彼の足の腱は削りとられたように焼失していた。

 

戦場(ここ)が!!この、戦場がぁあ!!!」

 

 下敷きにならぬよう、その地から後ろに飛んだトライヘキサは確かに目にしていた。腕に焔色に燃え盛る規格外なナニかを取り付けた人間。それが異常な速さで巨人の足を奪った。

 

『なんだぁ⁉︎誰がいやがんだ⁉︎』

 

 腕で身を起こし、膝で立ち上がる。縦横無尽に己の下を乱打し続ける。だが二撃目が登りあがる。巨人の腿を削り、腹を削ぎ、そのまま右目を潰しそのまま空へと抜ける。

 

「俺の魂の場所だってなぁ!!!」

 

 重力と質量に従い黒い布をはためかせながら高速に速やかに急降下するのはやはり人間であり、新たなる『龍殺しの■■』フリード・セルゼン。

 彼の姿をやっとのこと捉えたのか龍の手が伸びる。その身を握り砕き散らさんとする。だがその手は阻まれた。グレンデルの肘にめり込むのはトライヘキサの拳。

 

 重心が揺れる。巨人の脳天が人間の真下へと。

 

 落ちる。全てを焼き尽くす暴力が確かに頭蓋の天へと落ちた。削られて行く、抉られて行く。血の焼ける匂いがする。肉の焼ける匂いがする。絶叫が長く広く澄み渡るかのように響き渡る。

 

『がぁ、あああァァァァア!?!?」

 

 頭蓋に刺さる物を抜こうと手を必死に動かそうとするも叶わない。そのたくましい両腕は見当違いのところへ投げ出され、次第に動かなくなって行く。

 

 邪龍グレンデルは2度目の死を迎えた。

 

 脳髄を掻き回され、焼き尽くされ、壊され尽くしたのだから当然のことだ……『ソロモンが作った武器』というのも一枚噛んでいるのだろうが。

 

 ぶづり、と肩口と兵装の接続部がちぎれた。そしてフリードの身体はそのまま落ちて行く。それをトライヘキサがとっさに受け止める。その顔は、満足そうな笑顔で、まるで楽しい夢を見た後の子供のようなもの。

 

 そして手に持ったことでわかった。彼はもう2度と目を開くことはないのだと、もう2度と息をする事も、心の臓を動かす事もないのだと。

 

「……ごめん、間に合わなかった」

 

 トライヘキサは確かに悲しんだ。これもまた己のせいなのだと。間に合わなかった。来るのも遅れてしまったし、邪龍を相手に時間をかけ過ぎて、その結果がこれだ。これなのだ。

 美しい街並みはもうない。命の気配ももう微かにしかない。多くの命が死に絶えてしまった。自分は間に合わなかった。ただ、それだけの話。

 

「君は……きっと、凄い人だ」

 

 彼の心の中にあったのは『敬意』と『畏怖』そして───

 

 そっと、『英雄』の遺体を少しでも綺麗な地に安置する。花の一つでも送りたい。しかしこんな荒地となってしまった以上、どこにも花が咲いていないことは当たり前だ。

 

 ───『憧れ』だった。

 

 

 彼は、どこまでも深くに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この場に存在し、人類に仇を成す暴力は、決して一つではなく、()()あった。グレンデルだけではない。我を、理性を保っていられなくなった獣もまた、微かに残っていた命を完全に踏み潰していた。

 

 付近に転がる焼け焦げた骸が、それを証明した。

 

 パン パン パン

 

 ゆっくりとした拍手。

 胡散臭い愛想を振りまく笑み。

 

「お疲れ様! トライヘキサくん!」

 

 金星の手は伸びた。

 彼の生涯最大の博打が今始まる。

 そして獣は新たな己の罪と向き合う時だ。

 

 

 

 

 

 

 ◾️ ◾️

 

 

 一人の少女を救うため、現在の主人の元を去りソロモン王へ隷属した吸血鬼ギャスパー・ヴラディはリアス一行と相対していた。ただ、特筆することと言えば、彼の攻撃全てがかつての主人の元へ向かって居る。

 

 彼は怒っていた。この稚拙な状況を産んだ女に。

 彼は怒っていた。その原因が己だと気付こうともせず、己の欲しい事実だけを貪る強欲で愚鈍な女に。

 

「ギャスパー!どうしてこんなことを⁉︎」

「貴女のせいだ!貴女が、貴女がせめてほんの少しだけでも大人だったら良かったのに!ほんの少しだけでも我儘でなければ良かったんだ!」

 

 日緋色の瞳を怒りにたぎらせ、燃やしながら幼子の吸血鬼は闇の魔物を放ち続ける。果てには己の腕を獣の顎門へと変異させ、紅髪の女悪魔リアスを飲み込まんとする。だがそれを眷属達は許さない。

 

「どうしちまったんだよギャー助⁉︎目を覚ませ!お前さっきから何言ってんだよ⁉︎」

「…そこをどいてくださいイッセー先輩…その女が殺せない…!」

 

 悪寒が、走った。

 

 そこに居る悪魔全員に悪寒がくまなく、背筋から全身へ満遍なく走り上がる。

 瞳が本気だと語っていた、瞳がその動機たる怒りを物語っていた。

 

「あなたに…あなたに何があったというの⁉︎」

 

 かつての吸血鬼の主人が悲痛な声を漏らす。まるで、目の前の眷属がこうなったのは自分は関係無いと宣言する様に。

 そして彼女は一つの真実では無く、誤りに至る。

 

「…! まさか、あなた、ソロモンに⁉︎」

()()()()()()()()()()()()

 

 咆哮にも似た叫び声。余程強く顎に力を入れたのか、ぶちり、と口の端が歯に微かに挟まり千切れた。怒号が怨嗟とも似つかぬ色に染まり、空気に染み渡る。

 

「欲しいものしか受け入れようとしない、嫌なものは全てはねのける。自分の都合の良いことしか受け止めない!都合の悪いことは全部受け流そうとする…! 最低限の義務すら果たさない!いいや!そもそも果たした覚えが貴女にはありますか⁉︎」

 

 糾弾だった。

 

「貴女の我儘にどれだけ皆が振り回されてきたと思ってるんですか!貴女の我儘にどれだけ犠牲が出てきたと思ってるんですか⁉︎貴女のせいで何人死んだと思ってるんですか⁉︎それすらも理解できてないんだったら!貴女は貴族であるべきじゃなかった!貴女は世に出るべきじゃなかったんだ!」

 

 それは本来ならば、彼女の両親や兄が行うべきであった叱責だった。だがあまりにも遅すぎた。しっかりと諌めるものが居なかった。止めるものが居なかった。その結果がこれだ。肥大しすぎた無自覚の自己愛。それを内包する、あまりにも醜く肥え過ぎた女の悪魔。

 

「てめぇ、今のは幾ら何でも許せねぇぞギャスパー!取り消せよ今の言葉!まるで全部が全部、部長のせいみたいに言いやがって!」

「だからそう言ってるんですよイッセー先輩!あなただって本来は死ぬはずはなかったのに!リアス・グレモリーの未熟どころか幼稚に過ぎた管理のおかげで、あなたは死んだんだ!」

 

 赤龍帝の拳と獣の顎門が衝突する。獣へと変生した腕は崩れ、籠手に包まれたはずの腕から血が噴出する。

 吸血鬼の赤龍帝との対立は続く。取っ組みあっては互いに頭突きを食らわせる。二人の額から血が滲み、そのまま混ざり地に堕ちる。

 

「違う!部長は悪くねぇ!悪いのはレイナーレって堕天使だ!」

「じゃあその堕天使の侵入をむざむざ許したのは誰ですか⁉︎堕天使が領地内で好き勝手するのを許したのは誰ですか⁉︎そもそもの原因は誰なんですか⁉︎───考えることから逃げるな!」

 

 面白そうだからという理由で死を踏みにじったのは誰か。そして堕天使が自由に動き回れたのは誰のおかげだったのか。『そもそも』一体誰のせいなのか。本来糾弾すべきなのは堕天使と、それを束ねる者と、領土を守るべき女。

 

「違う!違う違う違う違う!そんなこと……!」

「逃げて何になるんですか! …受け入れないといけない、信じていたいのもわかります。大好きなままで居たい気持ちだってわかります。でも、でも受け入れないと!」

 

 その場にいた全ての魔物が一斉に吠えた。それはまるで嘆くかのように、泣き叫ぶかのように。

 不協和音はじわじわと悪魔達の脳を侵していく。狂いそうになる。頭が割れそうだ。しかしそれは、ギャスパーも例外ではない。

 

 彼もまた苦しんでいた。日緋色の瞳は激しく揺れ動き、血が滴り頬を伝い、小さな顎先から赤い雫が落ちる。ビキビキと痛みの走る頭蓋を手の平で抑えながらもギャスパーは叫ぶ。

 

「貴方の死は踏み躙られたままじゃないか!」

 

 

 

 

 

 




まぁソロモンの元に付いてる以上バロールという特大のネタがナニカサレないわけないよねって。(愉悦顔でダブルピースをするケルト神軍とソロモンの図)次回更新は二週間後かなぁ。チョッチ色々と予定が立て込んでいるので、スマソ。

ところで次々回初登場にして退場予定のクルゼレイくん。その背中に背負ってる歪な武器はなんなのかな?え?それ全部[削除済み]なの?ばーか!(浪漫による歓喜)


『彼』は確かに英雄(ヒーロー)になれた。
私は、そう信じたいなぁ。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「「いやだ」」

外でコーヒー飲んでたら展開を思いつく

ノーパソを出して執筆、熱中する

水分補給を怠り熱中症になる

熱の篭る体は闘争を求める

アーマード・コアの新作が出る

何 故 で な い ん だ !←イマココ


頑張って一週間以内にあげた、ふふん(ドヤ顔)






 荒廃した地、瓦礫の海、死の眠る地。

 その場に居合わせたのは、金星の残滓と獣。

 獣はその悪魔を見て即座に距離をとった。実力を恐れたのではない。眼前の悪魔がもつ、『なにか』に、気味の悪さを覚えた。それも濃密で限りなくどぎついやつだ。

 

 その一瞬、獣の眼前の悪魔『リゼヴィム』は一つ目の地獄の門をやり過ごすことができた。彼は小さな、それでいて今後に繋がる小さな足がかりを得る。

 

「まずは快勝おめでとう、トライヘキサ、名も知れぬ人間。中々に手に汗を握らせてもらった。実に素晴らしい戦いだった。君と、そこの彼は紛れもなく人類のために戦った。うん、うん、そうに違いない」

 

 語る。淀みなく朗々と。油を注した機械のようだ。

 

「だが、だが惜しむらくば、だ。我が盟友となるであろう君に伝えなければならないことがある。それはとても残酷な事実だ。ああ、口にするのも憚られる。だが言わねばなるま───」

 

 手が、伸びた。悪魔の頭蓋を砕かんと言わんばかりに狙いを定め、白い軌跡を残しては伸びていく。

 

「おおっと、辞めてくれ。その攻撃は俺に効く」

 

 必死な顔と声色。獣の腕を拘束する何重にも渡る魔法陣。それも次第にヒビが入り、脆く砕けちろうとしている。

 

「落ち着こうぜ?『人殺し同士』、少しは親睦を深めたほうがいいとは俺は思ってるんだけどなー?」

 

 ピシュリ、とトライヘキサの呼吸が止まった。

 

「…え、?」

「あれ?もしかして気付いてなかったの⁉︎」

 

 嗤う。嘲る。踏み躙る。

 腕が瓦礫の中に、暫くの探索。『あ、あったあった』という、無くしたペットボトルの蓋を見つけたかのような軽い調子の声。五指に掴まれた(くす)み、淀んだ金の髪。

 あらわになってしまう、()()()()()()()()()。どろどろとして、不快な香ばしさを含んだ、肉の焦げた香り。ちらつく白い骨。窪んだ右の瞳。乾いて焼けた左の碧眼は獣を睨む。

 

「あ、あああ」

 

 獣は確信した。あれは己が殺した命だ。

 蟻のように踏み潰してしまった命だ。

 きっと、そうだ。だってあの場で炎を使えるのは自分だけ、巻き込めるのは自分だけ、自分だけなのだ。

 

 ───僕が殺した人間私が殺した人間俺が殺した人間。確かに殺した俺が?僕が?私もなの?ああ、そうだ、殺した。殺したんだ殺しちゃったごめんなさいごめんなさいごめんなさい。いやだ、どうしてこんな、なんで、僕のせいだ僕のせいだ。

 

「……ぁ」

 

 膝をついた。頭を両手で潰そうと言わんばかりに包む。声すらあげる余裕がない。息が荒くなる。その場にうずくまった。

 

「君が人間が大好きなことは知ってるよ」

 

 続く、傷口が広がり続ける。その唇は止まらない。歪んだ笑みは押し殺されて行く。

 

「君は確かに、心から人間の為に憤り戦った。

 でもその手ずから殺してしまったんだ。

 君はもう───そっち側(にんげん)の味方にはなれない」

 

「君は取り返しのつかないことをしたんだ。俺達と君は同じだ。同じ人殺しの化け物となってしまったんだよ…」

 

 憐れんでいる。他ならぬ事の発端が被害者を憐れんでいた。腹のなかで嗤いながら、ここまでは順調だとほくそ笑みながら。賭けに出た。自らの大願の為の賭けに。

 

「でも、ひとつだけ償いの方法がある」

 

 痛みに悶え開いた獣の口に、ほのかに甘い、優しい毒が僅かに微量に試飲として垂れて行く。それは麻酔ではない。麻薬だ。痛み止めではなくただの逃避。無理やりの自慰行為。

 

「君はもう人を守れる立場にはなれない。その資格は自らの手で捨ててしまった。だけど、君はまだ『世界』を守れる立場にいる」

 

 獣の天秤が、揺れた。殺めてしまった命に対する、償いが、贖いが、できるというのか、と。

 大き過ぎる感情は時として冷静さを奪う。そして己の罪を自覚した時、『人は』最も弱く脆くなり、いとも簡単に踊らされてしまう。

 

「『異世界』という物の存在が、まことしやかに囁かれているんだ。これはもしかしたらの話だが、それに備えることは大事だ。それには君の力が必要なんだ!」

 

 だから、気づかない。目の前の男がニタニタと笑っている事に。そして男はそれすらも、獣の幼いというべきか、限りなく無垢に近い精神すらも計算に入れていた。

 

「俺はただの興味本位だが、君にもメリットはあるぜ?もし、『異世界』が此方側への侵攻を画策していたとしたら、それを防げるのは」

 

 タチの悪過ぎる誘惑。悪魔らしいといえば悪魔らしい。それこそが正当なる金星の血を継ぐ男リゼヴィム・リヴァン・ルシファー。悪魔は悪であらねばならない。そうあるべきだと説く男。

 

「世界の味方である、だけだ」

「あ、ぁあぁあああぁあああああああああああああああああ!!!」

 

 獣の慟哭が響き渡る。彼はこの提案に素直にうなずくことはしなかった。勿論、彼の精神は肯定へと傾いた。だが、彼はそれを許さなかった。最後の一線があったのだ。

 

 ───ありがとう。

 

 少女に限らず、助けた元人間達から贈られた感謝の言葉と、優しい両手。それが獣を留めていた。逃げるなと、現実と向き合わねばならないと、留めていた。

 慟哭が響き渡る。何度も何度も瓦礫の床に頭を打ち付ける。違う違う違うと、逃げちゃだめだと、壊れた機械に感情が宿ったかのように繰り返す。

 

「ぁ、あぁあ……」

 

 そして、次第に、獣の姿見が空気へと溶けるかのように、ゆったりと消えていく。ぶつかり合う感情の衝撃に耐えられない。それを体現してみせた。彼の身体が、この世界から消えていく。

 

「ハハ」

 

 獣の身体が完全に消え去って、リゼヴィムは破顔する。

 

「ここまでは計画通りっと、ははは」

 

 獣の意識は消えた。だがそれは消滅と同義ではない。『人は』どうしようもなく辛い時、思い出深い場所へと逃げ去る傾向がある。恐らくは獣も例にぶれないだろう。だとすれば彼の赴く地はあたりがつく。

 本当ならそこに人間の死体でも置いておきたかったものだが、あまり追い込み過ぎても良くない。自殺なんてされたら本末転倒。目的はあくまで『獣の力』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「トライヘキサの精神が崩壊し、知性も理性も消し失せれば君の刷り込みと抉った傷も相まって、彼は次元を渡るだろう。そうともなれば、グレートレッドとの衝突は必然だ。それで君の勝ち。だがトライヘキサが、これを乗り越えれば」

 

 

 天からの声。空に浮かび、リゼヴィムを見下す、意識の無い少女を小脇に抱えた黒髪の男。その頭上にはシクラメンで編まれた花の冠。つまりはソロモン王。彼が悪魔を見下していた。

 

「…………俺の負けだね。 さっくり殺されてゲームオーバーだ。…いや、んなことはどうでもいいんだ。お前さ、()()()()()()()()()()()()()

 

 思わずに冷や汗をかいた悪魔は問うた。だがそれでも王は沈黙したままだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、この近辺にはリゼヴィムに従う邪龍達が人の姿を取り、守りについている筈だ。だが、目の前の男はことも投げに自らの目の前に現れている。

 

「こういう時は、なんて言ったかな」

 

 歪な笑みが向け返された。爆音が鳴り響いた。王の遥か背後から幾条もの緑の雷が空へと飛び散ると同時、ソロモンは言葉を綴る。

 

「確か『随分と派手に暴れてくれたな』か」

 

 指が鳴ると同時に、展開される。空を覆うほどの莫大な数の魔法円が。数えるに総じて七十二。その全てが退魔や破邪、そして討魔の代物。もちろんのこと、逃げ場はなかった。

 

「無理しない方が良いと思うぜ?」

 

 引きつった頬のままリゼヴィムはそう告げる。ソロモンの髪は()()()()()()()()()()()()()()()。そして髪だけではなく彼自身も冷や汗を頬に垂らしながら、右の手で心の臓あたりを服の上から必死に掴んでいる。呼吸だって荒々しい。

 

「寿命削って君が消せるなら大儲けだ」

 

 だが笑う。中指を立て不遜に傲慢に。ざまぁみやがれと言わんばかりの嘲笑が王の顔に現れた。

 

「オイオイオイ。死ぬわ俺」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 赤龍帝と吸血鬼の衝突は続いていた。

 双方に力は無い。もはやただの殴り合い。

 その凄惨な互いの様相に周囲は息を呑むしかなかった。

 

『Boost』

 

 倍加された一撃。少年の体躯は曲がる。だがその腕は、闇の魔物の広げた顎門に抉られていく。殴り合いが続く。

 

 認めた上で、本当に大切なものを選んだ幼子。

 

「…!」

 

 認めたくない上で、真実を誤魔化した少年。

 

『Boost』

 

 その衝突に終わりはようやく訪れた。それは、王の来訪と同時だった。王の到着に気づいたのか、それともあらかじめ知らされていたのか? それは定かではない。ただ一つ言える事実は。

 

「……もう、顔も見たくありません」

 

 さようなら、『おせわ』になりました。その一言だけを残してその場を去っていく。

 

 彼はもう甘い水の中には戻らない。彼はもう『じあいの悪魔』に向けて、愛を与えることはこの先永劫に無い。

 かくして、今日にしてリアス・グレモリーは二名の眷属を失った。一人は『騎士』、一人は『僧侶』。その双方が彼女を前に再び膝をつくことはない。

 

 そして『離れる流れ』は留まらない。まだ、離れるに十分な動機と理由を持つ子達がいるだろう?

 

「…ギャスパー…どうして……」

 

 膝をつく女。ただ顔を伏せる少年。呆然とする黒羽。吸血鬼の消えた先をただ眺める猫。

 

 6ー1、答えは5。まだ()ける。

 5ー1、答えは4。まだ引ける。

 

 三人の女、一人の男、一番不幸なのは誰?

 灰となった剣、残らない鉄屑。改宗する僧侶、聖杯を想う幼子。軋み始める思い出の写真。亀裂を埋める甘い言葉。その裏に潜む切実であまりにも身勝手な願い。

 甘い水に浸る者。自らの欲求を満たすだけの日々。誤魔化したいがために盲信する依存。ただの恩。でもこれは一例。ピースを欲しがる窪みはこれだけには留まらない。でも、ピタリと欠片が当て嵌まる窪みは、どれ?

 

「……見つけたわ」

 

 そして彼等俯瞰するのは不運の象徴。

 最後の最後に残されるのは、誰?

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 僕の望み、それは僕のものじゃないのかな?

 僕の望み、それは叶わないものなのかな?

 僕の望み、それは馬鹿馬鹿しいもなのかな?

 

 僕の望み、それは───。

 

 僕は、人として、生きたかったのかなぁ?

 

 

 

 

 失ったものが、戻るはず無いのに。

 

 

 

 

 




彼にとっての正念場。
乗り越えないといけない試練だ。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さな反逆に意味はなく。されど、

 やあ (´・ω・`)

 ようこそ、バーボンハウスへ。
 この前書きはサービスだから、まず読んで落ち着いて欲しい。

 うん、「遅れた」んだ。済まない。
 仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

 でも、この前書きを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
 殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい 。
 そう思って、この前書きを書いたんだ。

 じゃあ、今回の感想を聞こうか。
(※訳:投稿ペースこれからぼちぼち戻していきます)



 仏蘭西、某所。

 

 其処には、一人の悪魔がいた。

 名をクルゼレイ・アスモデウス。

 かつての『旧魔王派』の男である。

 

「…重いな、やはり」

 

 だが、それも過去と虚偽の話。この男は。否、そもそもの根本からしてアスモデウス一族は太古から三大勢力を裏切っていた。

 

 過去の話だ。女に惚れた悪魔がいた。だがその悪魔は、己では女を幸せにできないとわかっていた。だから、せめて良き伴侶と結ばれる様に悪事を働き、己を討ちに来るであろう、天使を利用した。

 

 小心者と笑われようとも、臆病者と貶されようとも、それでも自分が惚れた女が、良き伴侶と結ばれたのならばそれで良い。

 そうして、彼はエジプトへと渡り、其処で出会ったのは、

 

『───やぁ、アスモデウス。早速だが、一つ人類の未来について話さないかい?』

 

 後の主人となる、ソロモン。

 

「…さて、」

 

 そして現代。初代の血を引くアスモデウスは先代と変わらず、ソロモンに隷属していた。だからと言って、服や外見が変わるわけでも無いのだが、強いて言うならば、影が変わった。

 

「…いや本当に重いな」

 

 彼の背にはおびただしい程の近代的なデザインの砲門が、連結して取り付けられた兵装が背負われていた。

 そしてそれは展開される。全ての砲門は全方向へと向けられる。まるで棘が短く、四角い雲丹だ。

 

『アスモデウスの末裔、活躍は聞いている』

「…皮肉か? クロウ・クルワッハ」

『さて、どうだろうな』

「…さっき言った通りだ。後は頼むぞ」

『ああ、お別れだ』

 

 知っての通り、クルゼレイは元々『旧魔王派』だった。 数年前に復活を遂げたソロモンへ隷属していたとしても、彼等と志は同じだった。始まりは同じだった。

 

 仲間が、カテレアが死んだ。

 

 その報せを聞いた時クルゼレイは、頭が槌で潰されたかと思うほどの頭痛を覚えた。其処から先の彼の記憶は途絶というよりも、曖昧だった。

 

 主人が、ソロモンが動いていた。

 

 各神話への交渉。サタナエルとの連携。『楔』となる人間(えいゆう)の選定及び捕捉。『英雄派』の強化及び成長促進に加え新勢力「大いなる都の徒(バビロニア)」の構築。そしてトライヘキサの復活助長。短い時間で三大勢力に気取られぬ様に、『新たな流れ』を作り出した。

 

 その過程で『旧魔王派』は壊滅した。

 クロウ・クルワッハの手により。

 残党はもちろんいた。それも潰された。

 …クルゼレイの手によって。

 

 命令だった。だから仕方ない。などとは言わなかった。これしか無かったのだ。いくらオーフィスがいたとしても現魔王達に勝てるとは思えなかった。勝てるビジョンが見えなかった。

 

 王は願いを聞いてくれた。『責任』を取ることを代償に。だから、最初こそ語らいだった。言葉で同士達が止まってくれればどんなに良かったか。結局は『責任』として自ら手を下さねばならなくなった。

 だが、彼はそれで終わりにはしなかった。彼は確かに同士を殺めた。何人も何人もだ。そしてそれを、()()()()()()

 

「…お前達を芥にはしないさ」

 

 ああ、頭の中で絶叫が聞こえる。何故ですか、どうして、なんでなんだ。そう聞こえる。泣いている。かつての同胞が泣いている。すまないと、ただその一言のみを返せば、一歩踏み出した。

 

「…俺達は最初から詰んでいた。俺達は偽りの魔王や赤龍帝の踏み台となる定めだった。利用され最期を迎える定めだった。…そんな事が許されてたまるか」

 

 クロウ・クルワッハが特大の殺気を放つ。クルゼレイはそれに悪寒を重ねて覚えるが、変わらずに冷静に勤めて前を見据える。

 瞬きの沈黙。その直後、巨大な力がその場に現れる。

 

 或いは、世界樹の根を齧る邪竜。

 或いは、黄金の果実の守護者。

 

 どちらも既にこの世を去ったはずの邪龍。勿論、聖杯の力によってこの世に再び舞い戻った存在だ。恐怖は無い。諦めもまた然りだ。

 

「…非道い話だ」

 

 自嘲する。

 

 夢は叶うはずがないと確定していた。

 自分達はただの踏み台でしかなかった。

 敗北が決まっていた。ゴールのない迷宮にいた。

 そして最後の最後にはこの有様。

 仲間を殺し、喰らい、人に仕える。

 彼はその過程を得て、此処にいる。

 

「全砲門、解錠」

 

 でも、それでも、

 見せられた『あの未来』よりは遥かに良いと、

 彼はずっと誤魔化している。中に響く声すらも押し殺して、押しつぶして、それで誤魔化している。

 

 本当は、やりたいことがあった筈だろう。

 だがそれが叶わないことを知っていた。

 どちらにせよ、終わる。それが決定していた。

 

「充填、完了」

 

 加速する。そして前へと翔ける。二匹の邪龍は怪訝な顔を隠そうともしない。顎門が開かれる。障壁が出来上がる。普通なら、無駄死にとなるだろう。

 

 だが、クルゼレイの持つソロモン作の兵装は例に漏れず『普通』ではない。『規格外』だ。短時間と言えども、この兵装の使用は死亡に直結し、よしんば生き残れたとしても絶大な負荷もあり、まともに生きられる事はないだろう。

 だがその見返りは絶大だ。それはフリード・セルゼンという一人目の『人間(えいゆう)』が既に証明している。

 

「一斉掃射」

 

 全砲門から全方向へ。深緑色の電磁が叩き付けられる。それは確かに邪竜の身を焼き、障壁ごと押し込み、あろうかとか地へとその身を這いつくばらせた。

 

『うおおおおおおおおお⁉︎』

『何だあれは⁉︎あんな物を作って誰が喜ぶ⁉︎』

 

 クルゼレイの全身から血が吹き出た。それこそ血袋を高層ビルの屋上から落としたように広がった。

 がくん、と膝を折る。それでも倒れはしない。第二射の為の充填が始まる。全身が痛む。脳が焼き切れて行く感覚が如実に伝わる。視界が徐々に赤色へ。血が目に入る。痛覚が悲鳴をあげる。

 

「第二射……っ」

 

 間髪を入れない。充分なチャージはできていないが、はっきり言って『足止め』という点ではこれだけでも事足りていた。

 ソロモンを追わせないため。リゼヴィムと合流させ無いため。それが割り当てられた役割。

 

「っらぁぁあ!!!」

 

 再度、莫大な量の新緑の電磁が飛び散る。だが無意味だった。相手は邪龍、長い時を生きた者。個体によるが、賢者でもある。故に奇策珍作をいくら講じても通じるのは一度だけ。

 

 何重もの障壁と結界が二匹の邪龍を守っていた。

 やはりこうなるかと、もう一度自嘲した。

 

 糸が切れた人形の様にあっさりとその身は大地へと倒れ伏した。出血は先刻よりも遥かに多く、恐らくもう目見えていないだろう。だが充分だ。もう、ここで終わろう。これで良い。

 

『…驚かされましたよ』

 

 賞賛か、侮蔑か、それも分からない。

 彼はそれ程までに死が近い。

 

『…さらば、か。アスモデウス』

 

 その一言を聞いてから、ゆっくりと瞼を閉じた。

 後は話した通り、残りは全てあの龍が請け負ってくれるだろう。そんな思考がゆっくりと駆け巡っては泡沫の様に消えて行く。

 

 最初から最後まで、この生は王に捧げられた。聞こえは悪いが、そこに自由はあった。終盤こそろくなものでは無かったが、それでも、多少だがやりごたえはあった、そう思いたい。

 

 ───ああ、俺達は、聖書は終了する。

 悔しくないと言えば嘘になる。

 だが、あんなふざけた未来になるよりは、

 ずっとずっと良いんだ。カテレア、シャルバ。

 

 元旧魔王派、現ソロモンの御使が一柱、

 クルゼレイ・アスモデウス、死亡。

 

 彼の最後は王の御使か、

 それとも、れっきとした悪魔なのか。

 或いは、彼も初代と同じ心根へ至ったか。

 それは誰にも分からない。

 

 

 ■

 

 クルゼレイの居る地より遥かに遠く離れた某所。三つ首の龍『アジ・ダハーカ』は一人の人間の男の前に倒れ伏していた。

 男の名は『クルサースパ』。

 時に彼は黄金の踵を持つ怪物ダルヴァを宇宙の大洋で9日9夜の戦いの果てにそれを打ち倒し。

 時に彼は空を飛べば雨を遮らずほどの大翼を持つ巨鳥カマグをも打ち倒し。

 時に彼は人馬を厭わず貪り食らう角毒竜スルワラを打ち倒した。

 

 ゾロアスターの伝承に曰く、こう記されている。

 

 スラエータオナによって討たれ、ダマーヴァンド山の地下深くへと封じられた悪龍は、終末の時に解き放たれ、人や動物の3分の1を貪るだろう。だが彼の龍は最期、蘇りし英雄クルサースパに殺されることも、すでに決まった。

 

 今ここにそれは成立した。

 

 これは最初から定められていた、絶対だった筈のルール。果たせたのは人間の尽力の賜物だという事ぐらいは示しておく。

 周囲は焦土と化していたが、死人は出なかった。というより、出せなかったの方が正しいだろう。此処は、宇宙の大洋。かつてダルヴァが死に果てた地なのだから。

 

「さらば、我が怨敵(とも)

『…ああ、おさらばだ。…いずれ、また』

 

 邪龍は死んだ。此処にいるのは一人の英雄。彼は一度だけ笑えばゆっくりと帰路に着く。

 

「お断りだ、そんなの」

 

 悪友に吐く様な悪態と共に。

 

 ■

 

 ある所では大和の英雄神が大蛇を再び斬り倒し。

 ある所では太陽神が暗夜示す邪龍の残滓を焼く。

 彼らに漏れず、全ての神話が動き出す。

 

 それはゆっくりと、静かで、穏やかに。

 

 誰もが動いてないと錯覚する。

 それ程までに静かに固まっていく大流。

 これもまた、王の尽力と計画の通り。

 全ては順調、全くもって順調だ。

 

 

 

 ふと、誰かは思ったのだ。『もういい』と。

 ふと、誰かは思ったのだ。『ふざけるな』と。

 ふと、誰かは思ったのだ。『馬鹿にするな』と。

 

 

 皆揃って心の中でこう言った。

 『もうお前達に振り回されるのは御免だ』と。

 

 

 




次はトライヘキサの方に入るかなーん。
ソロモンはリゼヴィムとまだ殴り合ってますしね。
モチベも少しづつ戻って来ました。休養って大事。
今回この辺りで。感想もらえると狂喜乱舞します。
ではノシ

Q&A
Q.ユークリッド君どしたの?
A.万が一の伏兵でしたがソロモンと合流しようと移動中のギャスパーとばったり会っちゃって現在進行形で殴り合ってます。現在ユークリッド君の圧倒的優勢。ギャスパーは必至に食らいついてます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分かってるんだ。



Q.真っ当に頑張った奴に救いは?
A.ないと駄目だろ




 

 

 視界には何も映らない。

 木も草も水も、何一つ映らない。

 獣は自らその目を潰した。

 

 獣の居る地の近辺は地獄と言うに相応しい。

 肉の破片が転がっている。赤い水が点在する。

 白い少年が、トライヘキサは其処にいた。

 少年の肉体は惨いとしか形容できない。

 

 頬肉は削がれ赤い繊維の束がちらつき、腕は引きちぎれ赤い肉の糸を引き、白く割れた枝が姿を露わにし。足は手折られた花の茎の様に転がるばかりで。眼は横一文字に抉り削られていて、右からはコロリとした透明な塊が地に落ちた。

 

 心というものは脆い。一度深く傷つけば癒えるまでに相当の時間を要する。もちろん、個人差はあるが。

 

「…結局、僕も同じだった」

 

 人に仇を成す人外。自らが憎み滅ぼした者共。それと己はなんら変わらない存在。ああ、獣はいくらの命を殺したのだろう?数え切れないほどの数なのかもしれない。もしかしたら、ほんの二、三人なのかも知れない。

 

 だが獣にとってはそれ以前の問題だった。

 

 彼の中では、『人の命を奪った』。この事実だけでもう彼の精神を折り砕くには十分なのだ。彼の中では人の命の価値は重すぎた。大き過ぎた。

 彼の出生は、彼自身理解していない。ただ生まれ時、彼は永劫の孤独の中にいた。とある星に命が生まれるまで。

 

「この通りの様だったんだ…!」

 

 彼は最初こそ、その命を見て理解に苦しんだ。

 なぜ短命と知りながら争うのか?

 なぜ有限と知りながらも無為に過ごすのか?

 なぜ無駄と知りながら足掻き生きるのか?

 故に最初に下した判断こそ『無価値』だった。

 

「…たくさん殺した」

 

 だがその評価は改まるものとなる。

 あまりにも惰弱な命だ。それには変わりない。

 だがある時は己より強大なものを打倒する。

 だがある時は己より他者の命を優先して救う。

 だがある時は己より下にいる者を引き上げる。

 

 勿論、其処に下心が無いと言えば嘘だろう。

 だが真心が完全に無いと言う事ではない。

 勿論、其処に悪意が無いと言えば嘘だろう。

 だが善意が完全に無いと言う事ではない。

 勿論、其処に傲慢が無いと言えば嘘だろう。

 だが慈愛が完全に無いと言う事ではない。

 

「…ああ、殺したんだ」

 

 善と悪の両方を孕む存在。

 悪を知りながらも善を成し、

 善を知りながらも悪を成す。

 なんて、自由な在り方だろうか。

 

 獣は畏敬の念を抱いた、そして焦がれた。

 

 苦楽を共にして形成される『情』

 産声を上げる命を柔らかに抱く『愛』

 過ちや裏切りをを認め許し受け入れる『和』

 人類のみが持つであろう、黒暗と白光の灯。

 

「…結局自分から壊したじゃ無いか…!」

 

 だが、そうだ。獣は自ら憧れを壊した。

 其処に悪意がなくとも、他意が無くとも、

 自ら、自分が手を下してしまった。

 その事実は杭となって彼の胸を穿つばかりだ。

 

 拳が地を叩く。虚しく打つ音のみが木霊した。

 そのまま重力に身を任せ倒れ伏す。

 ああ、もうこのまま朽ち果ててしまおう。

 そうすれば、もう、余計に人が死ぬ事も無い。

 

「で、なんじゃ? そこで果てるつもりか?」

 

 女性特有のたおやかな声色がした。

 独特な紫煙の匂い。知っている。

 獣はこの匂いを、知っている。

 

「して、どうした?童に追われたか?」

 

 この声を聞いたことがある。

 記憶の中でも本当に本当に新しい。

 居場所をくれた、命を繋いでくれた。

 

「まるで、主が去った後の九重の様じゃな」

 

 コロコロとした、笑い声。

 でもそれは、どこか物悲しくて、

 それでもやっぱり、暖かだった。

 

「八坂、…さん……?」

 

 

 

 

 ■

 

 メフィスト・フェレス。

 番外の悪魔(エキストラ・デーモン)にして、魔術協会『灰色の魔術師』理事。

 彼に纏わる資料は非常に少ないものの、ゲーテによる戯曲のキャラクターとして登場したことから人気を博し、後世の研究などで様々な設定を発見・考察されることとなる。

 ある伝説では魔王ルシファーの従者の一人とされ、冷獄で封印される彼の代行として職務をおこなう高位の悪魔とも言われている。

 

『…今日は波乱の日和だった。一刻も速く自体を収めようと躍起になった神話が殆どだろう。或いは、根本を断とうと冥府や地獄に眠る太古の英雄を呼び起こしたものだっているだろう。僕はそんなあなた方に対して、問いかけたい』

 

 『それ』は、そんな彼により各神話勢力へと唐突に送られた一枚の便り。

 こうなることを見計らっていたかの様なタイミングで送りつけられてきた数枚の文書。その内容もまた然り。

 だがその一枚一枚には、印刷の様な無機質さは無い。その全てが懇切丁寧に、それでいて切に力強く綴られた文体。

 

『意図的では無い。或いは、唆され多くの人命を奪った「トライヘキサ」は、本当に暴威と暴力の塊なのか? まぁ、この質問に迷う人なんていないよね。彼は確かに暴走した。ただ一つの災害と化した。ああ、確かに彼は理性なき「獣」だ』

 

 それを、北欧の大神達は静かに眺めていた。

 それを、ギリシャの神は目に焼き付けていた。

 それを、民間伝承の神は厳かに読み上げていた。

 

『…では、質問を変えてみよう。彼がただの「獣」であるならば、彼がただの暴力そのものだとしたら、彼は本当にどうしようも無い存在のか? 彼は生きている事そのものが罪なのか? 彼は生まれてきた事すらも罪なのか?』

 

 メソポタミア神軍は確かに目を細めた。

 ダーナ神族は何も言わずに天を仰ぎ、

 果ては天部や修羅、仏もただ眺めた。

 

『彼の残した爪痕を見たものは、或いはその実害に見舞われたものは、彼を殺せと。彼を罰しろと強く懇願するだろう。その感情的な警戒は、決して間違いなんかでは無い。だけど───』

 

 その異事態は裏京都にて。

 東洋の妖の元締めと、獣の邂逅。

 数多の神話がその眼でそれを見ていた。

 誰もがそれに固唾を無意識に飲んだ。

 

『己が犯した罪を心の奥深く、さらにその奥から末端にまで悔いて、自らの体を傷つけ、苦しみ、自害さえ決めて。それでもなお『償い』と「責任」を求める「咎人」の首を”お前のせいだ,,と責め立てながら断つことが本当に正しいのか?』

 

 文字を何度も反芻しては飲み込む者。

 全てを読み、理解し、そして頭を抱えた者。

 静かに手紙を置き、その場を離れる者。

 

『それで救われる魂は多い。だから、それもきっと正しい。間違いだなんてことは言わない。だが、君達は知っている筈だ。知らなければならない筈だ「罰を与えることが出来る強さ」を』

 

 この瞬間、多くの者が息を飲む。

 

『なるほど、確かに彼は間違えた。だが、それを、「許したくない」だとか「憎い」だとかでその命を散らす事が真に正しいのか。君達の持つ正義に反していないか、それを先入観を捨てた上で見極めて判断してほしい』

 

 ある所では唐突に主神同士の会談が始まっていて、また、ある所で神話同士の交流会が始まっていた。そしてそれよりも離れたところでは、説法を交え、どうするべきかを話し合う者達もいた。

 

『己の罪を悔い、死を求める小さな少年を嘲笑いながら殺す事は善なる行いか?少なくとも、僕はそう思わない。では、あなた方はどうか?』

 

 知れた事。すでに結論は出ている。

 

『トライヘキサという存在を、

 この世に許容するか、しないか』

 

 欠伸が出た。やる事は決まったのだから。

 さっさと行動に起こしてしまおう。

 ああ、早く役割を決めなくっちゃ。

 

『その判断は、聖書を除く全神々に委ねるものとします』

 

 手紙はそう締めくくられた。

 

 そろそろ手紙が読み終えられた頃だろうか、とメフィストはそんな風に独り言を零せばゆっくりと椅子に深く腰掛け、消耗した体力を癒そうとする。

 ソロモン王の要望によって己の書いた手紙を見る。クスリ、と小さく笑えば最後の一文を指で小さく弾き、

 

「ただし三大勢力、僕達は駄目だね、やりすぎた」

 

 そう、独り言をまた一つ吐いた。

 

 

 

 ■

 

 

「お主はそれでいいのか?」

 

 森林の中にて静かに出されたシンプルな問いかけ。血溜まりに浸る凄惨な有様である獣は朦朧とした意識の中、ゆっくりと一条の光が暗夜の隙間を射し照らすかのように、明確な意思を持つ。

 

「………」

 

 『それでいいのか?』

 その問いには数多の意味がつきまとう。

 

 踏み躙られたままでいいのか?

 利用されたままでいいのか?

 途中で投げ出していいのか?

 

 お前には果たすべき事があっただろ?

 なら蹲っている暇はあるのか?

 

「そもそも、一つの命の価値はあくまで一つ分でしかないのだ。お主一つの命が散ったところで何も変わらん。何も救われん。償いにもならん」

 

 余りにも多くの命を見た。それは狐も獣も変わらない。だがその真を捉えていたのは狐であった。それもそうだ。

 獣は長い時の果てに人と関わり、ようやく掴んだ精神の成熟の機会を奪われ、封じられたのだから。

 よって、彼の持つ肉体も心も、まだいくらでも詰め込む余地のある伽藍堂。

 

「………じゃあ、どうすれ───」

「それは自分自身で見つけねばならぬ事だ」

 

 甘えを許さない。ここで何がを与えて仕舞えば、この獣は成長しない。前に進む事ができない。それこそ本当にただの力の塊となってしまう。ただの喋る傀儡と成り果ててしまう。

 

「…………」

 

 黙りこくる肉体。それは物言わぬ骸のように。

 だが、パキリ、と。獣の翼を縛る鎖に罅が入る。

 それは内側からゆっくりと壊す様に。

 

「…背負えるかなぁ…?」

 

 微かな笑い声。それはとても弱々しくて男として情けないもの。まるで童に追われて逃げ惑うた鬼の様相と瓜二つ。

 彼には自信がない。まともに向き合えそうにない。今すぐにでも命を投げ出したくなってしまう。

 

「逃げなければの」

 

 そっと、髪を撫でる暖かな手のひらが有った。血に濡れることを厭わずに差し伸べられた手のひらが確かに有った。

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

 

 暫しの沈黙。ぴしり、ぱしりと薄いプラスチックの板が割れていく様な音が辺りに響き渡り、果てにはガラスが砕け散るけたたましい音響が狐の鼓膜をつんざいた。思わず顔をしかめるがそれも仕方ないだろう。

 

 

 『少年』の持つ六枚の翼が、鎖を砕き広がる。

 それと同時に、莫大な傷も癒えて行く。

 

 

 願ったこと全てが叶う世界ではない。少年はそれをとうの昔に知っている。だが、だからこそ少年は大きく羽ばたける。

 絶望もしよう、希望もしよう。その両方を抱き締めて、逃げずに立ち向かうことで、それでこそ少年は羽ばたけるだろう。

 

「…逃げたかったんだ。耐えれなかったんだ。あんなに大見得切っといて、僕は結局ただの臆病者でしかなかった。逃げずに立ち向かわなかないと行けなかったのに」

 

 もう、どんなに強い風が吹こうとも、

 二度とその翼を折る事は出来ない。

 

「…分からない事は、まだいっぱいある。だから、考え続けるよ。どんなに時間をかけても、どんなに行き詰っても、苦しくなっても辛くなっても、僕はできる事をやり続けてみるよ」

 

 答えなんてまだ分からない。そもそも彼自身理解しているものは少ない。その知恵は未だ幼く、研磨のしがいがある原石だ。

 だが少年は逃げる事をやめた。選択をした。やらなければいけない事を明確に決めた。だから、もう迷わない。

 

「向き合い続けてみる。僕はまだこの時代の人間の『全部』を見たわけじゃない。僕はそれが知りたい。知らなくちゃいけない。色々奪って、僕は今ここにいる。だから、知った上で、人類史が途絶えるまで、向き合いたんだ」

 

 『観測者』。過去から未来に向けて永遠に眺める孤独な者。だが少年はそれで構わない。だって、半生は孤独だったから。もう慣れていると少年は屈託もなく笑うだろう。それに───

 

「僕には時間なんていくらでもあるから」

 

 そこが彼の抱いた決意の強さであり弱さだ。

 何はともあれ、此処にて意思は固まった。

 目標も決まった。やるべき事も分かってる。

 

 だから、もう一度だけ、羽ばたこう。

 

 いってきます。その一言が小さく漏れた。

 暴風が巻き起こる。いつの間にか少年は消えていた。

 

「…いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 




彼だって、まだヒーローになれる。
さ、もう一人で彼は歩けます。
暖かな目で見守ってあげてください。
全部終わった後に待つのが孤独でもね。

これ今回諭しに来たのが八坂さんというか『母親』だったのが一番の幸運だったりします。他の奴が来てたら人形か、獣のままだったんじゃないかなぁと。

さて、あと三、四話したら今章は終わりですかね。そしたら、一回キャラシート挟んで、最終章に入ります。
今後の展開的に「宝条永夢ゥ!」ならぬ「兵藤一誠ィ!」
とかになりそう。(多分ならない)

次回『ケジメ』






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ケジメ

私「カムトラ楽しい!カムトラ楽しい!!カムトラ楽しい!!!」
友「最新話マダー?」
正気に戻る私「ブァァアアアハアハアハアハアハアハ!!!!!(高速で動く指)(部屋に鳴り響く執筆用音楽)(ドデカミン完備)(期待には答えずにはいられない)(そんな言葉に弱い)」
友「お前そのうち過労死しそうだよな」




 空を滑空する飛龍に乗る男は三人。

 一人はボロボロな制服を纏う曹操。

 一人は大きめなパーカーを纏うレオナルド

 一人はスーツを着こなしたサタナエル。

 

 アポプスを撃退した後、彼等が向かったのは仏蘭西だった。発見時刻よりかなり経ってしまったが、それでも向かわねばならないだろう。

 

「…焦げ臭いな」

「ああー、これ手遅れってやつだよ」

 

 ようやく末端へとたどり着く。龍から降りた彼等が見たのは、其処には荒廃しきった大地と、骸の様に倒れ積み上がっている焼き焦げた木々の山だ。

 所々に残る血痕から、先ほどまで誰かが争っていた形跡も見て取れた。というよりもそれ以外考えられ無いのが現状だ。

 

「人の血では…無いか」

「…悪魔と龍が主だね」

 

 ぽそりと神器『魔獣創造』を持つ少年、レオナルドは零す。神器の特性上理解出来るのか、理解せざるを得なかったのか、それを知るのは当人ばかりだ。

 

「…なかなか面白い事になってるじゃない?」

 

 濃密な殺気とでも言おうか。ともかくそれに近い「大変よろしくない感情」を感知したのか、サタナエルの目は茂みの奥へと投げられる。

 時折聞こえる殴打音、塗りつける様な水音、砕ける様な音。当然皆その方向へと向かう。

 

 彼等が最初に見たのはゾンビの様に足元にしがみ付く赤い塊と、それを振りほどこうと何度も足を木に叩きつける銀の男。

 

 銀の男は番外の悪魔、ユーグリット・ルキフグス。現魔王が一人サーゼクスの妻であるグレイフィアの実弟であり、魔王と遜色のない実力を持つ悪魔。

 赤い塊は血と傷にまみれた吸血鬼、ギャスパー・ヴラディ。意識も薄く、命が遠のきながらも必死にしがみついている。

 

 その惨状を目の当たりにすれば曹操は背に背負う青龍偃月刀『冷艶鋸』をその手に取り、回し構えれば流れるように悪魔の心臓を目掛け、躊躇なく突き出す。

 

 銀髪の男は驚きもせず偃月刀の柄を取り、直撃を避けるばかりではなくそのまま投げ出し、大樹へと叩きつけようとする。

 だが曹操は身を翻し、幹を蹴り付ける事で得た速度を持ってルキフグスに踊りかかり、切り倒す勢いで獲物を縦に振るう。

 

 長い切り傷が地に刻まれる。その後で、サン、と軽く乾いた清涼な音が小さくも明確に鮮明に響き渡った。

 それと同時に、無数の魔獣が周囲を囲み、ルキフグスの退路を塞ぐ。

 

「…まったく、今日の俺は運がない」

「日頃の行いのせいとか?」

「心当たりがありすぎるな!」

 

 軽口を叩き会いながら向かう曹操。それを援護する少年。それに相対する銀髪の男ルキフグスは面倒だという悪感情を隠さずに、露骨なまでに顔に出した。

 

 ───それを尻目に。

 

「もしもーし、聞こえてますか?」

「ぅ、ぁ……っ」

 

 サタナエルは赤黒に塗れた少年を連れて、遠くの方へと避難していた。彼はまだアポプスと争った後の傷が癒えていなかった。それに加えて、使用した兵装の反動もあり、完全なお荷物と化していた。

 

 だから彼は今の己にできる事のみをこなしている。

 

「…っ、ぅ、ぁぇ…ぃーを…っ」

「………なんつー厄ネタ拾っちゃってんだあのソロモン(にんげん)。あいつイレギュラー過ぎない?」

 

 血の塊と言っても変わりない。だがそれでも少年は蠢いた。そんな彼を助けるかの様に、闇そのものが少年の体躯を包む。

 そしてその場に居合わせた天使はその力の根幹を知っている。

 

 其はフォモール神族の王。

 彼の者の肉体は凡そ大半の武器を通さぬ盾であり、彼の最大の武器は見たものを殺す、父の儀式を見た事により獲得した邪眼である。

 それがありながらも彼は光神ルーに敗北を喫する。死した神である彼は一体どこへと行くのか。

 

 その答えがギャスパー・ヴラディだ。

 

 彼の中に、断片化したバロールの意識がある。ソロモン王はそれをしってか知らずか、どちらにせよ引き当てた。

 闇が、黒がギャスパーを覆っていく。次第にそれは巨大な狼の形をとる。だがその身体は余りにも痛々しい。

 

「■■■■っ…! ■■■■■■!!」

 

 人ならざる雄叫びをあげ、その獣は確かに発った。茂みの奥へ、より深くへ、駆けて駆けて、駆けて行く。

 

「…これだけ見てもまだ足りないか?サマエル」

 

 空を睨み、サタナエルはそう零す。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ソロモン、否『ただの人間』では『超越者』に勝つ事は難しい。不可能と言っても過言ではない。それ程にまで土台の差が大きすぎる。

 

 五十メートル走で例えるとしよう。ただの人間のスタート地点が正当な場所だとして、『超越者』のスタート地点はゴール間近というもの。どう考えてもフェアではない。

 

 だからこそ、ソロモンがリゼヴィムの前に敗北を喫するのは当然の帰結であり、定めだった。いかに魔術に優れた王だとて、『超越者』の前では不足だったのだ。

 

「…まぁ、よくやった方じゃない?お前?」

「……うるさいな……」

 

 だがただでは終わらせないのが人間の意地という物。

 彼はリゼヴィムに重傷を負わせることが出来た。腹を穿ち、腕を朽ちさせた。

 だがそれでも、それはただの自己満足に過ぎないとソロモンは忌々しげに己を嘲弄する。

 

「なんか言っときたいことあるんじゃない?」

「…そうだねぇ」

 

 廃墟の壁に埋まったまま王は笑う。ぴん、と人差し指を立てては悪魔の胸に向けて指す。

 

「お前が嫌いだ」

「奇遇だね、俺もだ」

 

 どごん!と思い打突音と共に王の手は重力に従い、落ちた。

 瓦礫から引き抜かれた悪魔の腕には濃淡な鉄の香りを伴った赤い粘液がびったりと張り付いている。

 

「あーあ、退屈になっちゃったなぁ…いやいや随分かき回された。おかげさまで計画は見事にジ・エンド目前ってね…け!ど!」

 

 目先の楽しみに思考を奪われ少しどころか、かなり大っぴらに暴れ過ぎた。最初から要注意と特定される様な存在がそんなことをすれば、如何なる手段を使ってでも排除されるだろう。

 ゲームに飽きたかの様な子どもの声色で。彼はそのまま手頃な大きさの石塊に腰掛ける。欠伸をしてはそのまま寝転がる。

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!十分楽しませてもらったぜソロモン。これならインドのやべー奴等に文字通り擦り潰されてもお釣りが来る!お前は俺に最高の娯楽を提供してくれた。三千年前からお前は最高だぜ!今も昔も変わらずに!!!! 」

 

 意識を失った男へ狂気の笑いを捧げるリリン。

 彼は最初から狂っているのかそれとも、彼が表に立つ時代ではこれが正常で、今の悪魔の方が異常と認定されるのか。

 それは当時の悪魔のみぞ知るところ。

 

 まぁ、人間から見ればどちらとも異常なのだが。

 

 瓦礫から腰を下ろし、ソロモンが小脇に抱えていた少女をつかみ、そのまま持ち上げる。

 

 勿論ただの少女では無い。

 

 神滅具、或いは聖遺物が一つ。

 『幽世の聖杯』所持者である少女。

 名をヴァレリー・ツェペシュ。

 

 彼女の持つ聖杯は生命の理を覆しかねないほどの力を秘めており、禁術の領域である「再生」を可能とするが、その莫大な命の情報量を扱う特性上、使うたびに生命のあり方を強制的に見せられることとなり、精神を代償とする。

 

 彼女がいる限り、彼の計画はある程度持ち直しが効いてしまう。聖杯は再び悪辣な演算に使用されてしまう。 彼女の持つ命は代替品として維持され続ける。

 

 ギャスパー・ヴラディはそれが許せない。

 

 悪魔の腕に掴まれている少女が、突如として傷だらけな闇の獣に攫われる。

 それは獰猛に息を吐く大狼。

 狼の四肢は見るも無惨にボロボロで、じくじくと疼く傷は満遍なく刻まれている。

 

 維持が不可能なのか、大狼の闇が晴れる。

 大狼の正体は言うまでもなくギャスパー。

 

 彼はうつ伏せのまま腕中にヴァレリーをかばう様に横たわっており、視線で射殺さんとばかりに悪魔を睨みつける。

 

「ヴァレリーに…触るな…!」

「ごめんねー、今時間ねーの」

 

 だが無意味。矮小な体躯はサッカーボールの様に蹴り飛ばされる。跳ね飛んだ体は無情にも鉄くれの海に落ちる。

 どぽり、と赤い塊が全身の傷という傷。穴という穴から染み出す様に広がっていく。

 

「いやぁあのフリードとかいう野郎も良くやった方だぜ。こんなんだったらあいつ勧誘しとくべきだったかなー。

 ま、どうせだしこのまま此処に来てもらおっかな!丁度此処にソロモンが持って来てくれた聖杯があるからね!うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 少年は霞む視界で大切な存在が食い物にされていくのを見る。奪われるばかりの少女がどうしても網膜に焼き付いてしまう。

 

 いやだ、ふざけるな、やめろ、声だけはいくらでも出せる。だが止める手段がなかった。力がなかった。

 

「こんな…っ!……こんなっ……!」

 

 ああ、聖書(お前達)なんて居なければ良かったのに。

 

「お前がぁ…!お前達がぁ…!」

 

 誰も助けてくれなかった。

 誰も手を伸ばしてくれなかった。

 その中で救ってくれた子がいた。

 

 だから、そんな子が、こんな単純に踏み躙られるのは、どう考えても間違いなんだ。

 

「嫌いだ!!!!」

 

 叫びと共に大地がうねる。否、蠢くのは大地では無い。それほどの規模を持つ莫大にして広大な闇の領域。

 これこそがギャスパー・ヴラディの持つ神器の内包する魔神バロール。その断片と融合し新たに生まれた神滅具『時空を支配する邪眼王』。

 

 それより生まれ出ずる闇は全てを喰らい尽くす。彼はそれを応用し自らの姿を変化させていたが、それを起こす力などもう無い。だから、恐らくはこれが最後の悪あがき。

 

 黒がリゼヴィムを拘束しようと、喰らい尽くそうと、迫る。だがそれは霧散する。何も無い。たった一人の少年があがいてもがいた結果は、何も無い。無駄だった。最初から最後までこの少年の足掻きと

奔走は無駄だったのだ………『本来ならば』。

 

 ガラスの砕ける音が鳴り響く。

 

 リゼヴィムの真正面に穴が開く。それは小さくも位置は確実に心臓を狙う物だった。

 

 咄嗟にその場を離れようとした悪魔の腕を白く脆い、あどけない手が掴み、引き寄せる。

 

 空間が裂ける。開いた穴から身を乗り出したの者は、その場にいる生命全員に巨大なショックを与える。つまりはそれほどの力を内包した存在。

 

 誇らしく広げられた六枚の翼。

 天を指す十の角。白く光る肉体。

 迷いの無い瞳。揺るぎのない芯。

 トライヘキサは、少年は戻って来たのだ。

 その微かな時間を、ギャスパーは勝ち取った!

 

「………おやすみ」

 

 そうして、少年は服を掴む己の左手を巻き込む形で、ためらいも逡巡も見せることなく、悪魔の心臓を貫いた。

 白い光が一つの肉体より突き出す。それは確かに血を纏う。少年の左手首から先は消失している。だがそれも直ぐに治ってしまう。

 

「あー、…ははは…なんだ、つまんないなぁ」

 

 血を垂れ流しながら悪魔は嗤う。遊びに飽きた子供のように。おもちゃを取られてしまった幼子のように目尻を歪ませながらも不遜に笑い続ける。命乞いをしなかったのは最後の意地か。

 

「…………」

 

 その身は大火へと焚べられる。やはりその火は少年の体も諸共に焼き焦がしていく。

 少年の灰は空に舞う。それはきっと、多くの命の眠る地に落ちて行く。

 少年が守れなかった命。少年が殺した命。大きな命がここには眠っている。目には見えていないけれど、多くの死が埋まっている。

 

 少年は瓦礫を掘り起こしていく。

 

 今やれる事を精一杯やり尽くす。一つでも行方が途絶した『死』がない様に、遺体を一人でも多く見つけ、安置する。自分が出来ることはこのくらいだ。

 

 少年は瓦礫を掘り起こす。

 

 獣特有の嗅覚と感は働いている。一人、また一人と見つけていけば周辺の瓦礫をどかし、積み上げ即興の台座を作りそこに安置していく。少年はそれを、ずっと繰り返していた。

 

 そして、長い時間をかけて、全ての遺体は安置された。

 




ソロモン「どっこい生きてる」
リゼヴィム(死)「えっ」
ソロモン「だって死んだとかその命は終わったとかないじゃん」
魔力で命を繋いでる感じです。(減り行く寿命)

曹操の戦闘シーン書いてるときが一番それっぽく書けてるんだよなぁ…なんかこう…書いてて楽しくなる。
さて、トライヘキサは彼なりの出来ることをやりました。人間に憧れていても化物だからこそどうしたらいいか分からない。それでも彼はちゃんと自分でやれる事を見つけた。まずは一歩めです。

次回「離別と出発」
龍殺しフリードの小さな葬式と、バビロニア待機組の話。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離別と出発

グダリ防止の為簡潔にまとめる!

〜ソロモンその後〜
クロウ・クルワッハに回収され療養中。トライヘキサとは顔を合わせてない。一応生きてるけどあと一回マジに戦ったら死ぬ状態。髪の毛は黒から白髪と化した。因みにほっといても寿命がヤベーイ!





槍は解き放たれた。
杯は今再び揃う。
釘は天へと運ばれる。

ああ、もうすぐだ、我が子らよ。
もうすぐお前達を、救ってやれる。

人の子よ、お前達に、
公正な試練を与えることが出来る。
だからどうか、乗り越える美しい
その姿と物語を見せてくれ。






 仏蘭西での騒動は短時間で終息を迎える。

 

 リゼヴィム・リヴァン・ルシファー

 ───トライヘキサの手により殺害。

 

 ユーグリット・ルキフグス

 ───『聖槍』を解放した曹操の手により調伏。

 

 グレンデル

 ───フリード・セルゼンの手により討伐。

 

 ラードゥン、ニーズヘッグ

 ───クロウ・クルワッハ、及びクルゼレイ・アスモデウスの尽力により再度討伐。

 

 アジ・ダハーカ

 ───消息不明。ゾロアスター関与の可能性大。

 

 この事件を代償に世界は仮初めの安定期に入る。それは嵐の前の静けさであり、泣かぬ蝉でもあり、逃げ行く鼠でもある。つまりは、この先訪れるであろう、大波乱の前兆だった。

 

 だが人間にはそれを知る術はない。ただ今までと変わらずに時の中を揺蕩うのみで、また何気ない日常へと少しづつ還っていく。

 だが、この一夜限りの波乱は未来において語り継がれていく。

 

 そして、その真実も…

 

 

 ■

 

 

 人眼の入らぬ丘があった。其処から見える空は澄み渡り、高らかに輝く日輪は確かにその温もりを質素な墓石に照らす。

 その丘には少ないが、確かに何人もの人間が訪れていた。その殆どが年端もいかない子供達だ。

 

 何の変哲も無い、大柄な装飾も無い。

 大仰な碑文も無ければ、賛美の歌も。

 壮大な見送りでは無い、静かな別れ。

 

 碑文には、こうだ。

 

 フリード・セルゼン

 ようやく想う

 

 目元を赤に腫らした子供達はただ祈りを捧げた。未だに泣きじゃくる子供だっている。彼は彼で、慕われていたのだろうか。

 アーシア・アルジェントと孤児達は、無事にゼノヴィアとの合流を果たせた。だが、其処に喜びは出来なかった。

 

 待っていたのは、ひとりの男の死だったから。

 

 ゼノヴィアは彼との思い出を振り返る。

 

 出会いはロクなものじゃなかった。過程だって最悪の一言に尽きるけれども、いつの間にか背中を預けるぐらいには信頼を置いていた。

 

 本音を言って仕舞えば、本当に有意義だった。はじめこそいがみ合いばかりだった。さて、一体いつから〈こう〉だったのだろうか?

 

「…あいつは、変わったのか? …それとも、

 本当は、元々はそういう奴だったのか?」

「…ウチにはわからねーッス。でも、ちょっと意外スね。フリードのアニキが子供達と割とよく遊んでたっていうのは」

「手加減無しで全力だったよ。子供達も勝とうと必死だった。 …皆を慰めるのにどれだけ苦労したか…」

「はは、お疲れ様ッス」

 

 墓石に子供達が一輪ずつ花を贈る。中には未だ呆けている幼子だっている。,,フリードは何処にいるの?”と尋ねる童がいる。

 それを見て複雑そうな顔を隠さないリント・()()()()

 彼女はこう諭す。,,少し遠い所にいるんだよ”と。

 

「…これからどうするんです?」

「……避難先…というか、隠れ蓑は決まっている」

 

 曹操という、アーシアの知己の知り合いから謝罪を交えて推奨された所だ。移動手段も確実しているし、三日後には発つつもりだ。

 信頼はできる。というより、住居に関しての頼る術は現状それしかない。悪魔をはじめとした三大勢力から子供を守ることが先決。ともなれば、多少の藁掴みも仕方の無い事。

 

「…私はな、思うんだ」

 

 聖剣騒動、それ以前の日々。

 邪龍騒動、一つの出会いより後の日々。

 

「天使とは…いや、そもそも神とはなんだ?」

 

 材料は揃っていた。動機も十分だった。

 以前の様な盲信も狂信もない。

 此処にいるのは『真っ当な』人間。

 

「悪魔とは?堕天使とは?神器とは?」

 

 疑いは積もっている。そして疑念は固まる。

 おかしい事ばかりだ。ふざけた事しか無い。

 

 なぜ彼等はさも「私達は平和のために頑張っています」という面の皮を臆面なく張れる?

 なぜ彼等は「お前達が平和を乱している」となんの後ろめたさも無く糾弾の指を指せる?

 

「……私はそれが知りたい」

 

 事の発端はなんだったのか? 聖書の存在は最初から悪意の塊だったのか、それとも神の死を起点に狂ったのか。若しくは…神がその様に作り出したのだろうか?

 いや、そもそも、かつての己の様に自らの行動に何の疑問も抱いていないのか。

 

 ゼノヴィアは思い直す。『狂気は天界に在った』。

 

 ───『聖剣計画』に於いては、数多の犠牲を出した事を糾弾し解体と処罰を下した。()()()()()()()()()()()()

 計画は続いていた。犠牲が出ないというレベルで。まるで「死ななければ何をしてもいい」と言っているようなもの。

 

 ───『シグルド機関』。フリードとリントの生まれた理由。魔帝剣グラムの所有者シグルドの末裔を生み出すことを目的とした。

 フリード曰く、倫理的に問題のある行為も数多く行われた。なおここの機関はリントによると現在『再編成』されているらしい。

 

 『解体』では無く『再編成』だ。

 

 これで分かるだろう?天使は命を弄ぶ事を許容している。例え事実がそうで無くとも、余罪は腐るどころか掃いて捨てるほどあまりに蔓延っている。

 

「それにな、そもそもこの世界はおかしい。『滅びの力』とは何だ?どんな書にもそんな記述は存在しない。『エクスカリバー』はアーサー王の持つ剣だ。本来ならば湖の乙女の手に在る筈だ。まだまだ在るぞ?聞くか?」

 

 疑問は止まらない。記録と現実の乖離。ほんの少しだけなら問題ない。だが前述を少しのものと笑い飛ばせるか?

 否だ。あまりにも違い過ぎては書の意味がない。記録を残した意味がない。

 

 リントは驚きを隠そうともせずに目を見開く。それと同時に、微かな笑みを見せた。まるで、この現実を待っていたと言わんばかりの微笑みを。

 

「…ソロモンの予想通りスね。『綻び』が出来て《解放》が始まる、か…」

「何か、知っているのか?」

「知ってるって言っちゃうと嘘になるッスね。だから、教えられることは、本当に何もありません。最初に言ったでしょ。ウチは、『当て』をお届けに来たんス。…アニキが気になったってのもありますけど」

 

 渡された一枚の羊皮紙。綴られた文字は粘つくインクで記されたのだろう。独特の光沢を伴い、陽の光を浴びて微弱に照り付いている。

 

「『灰色の魔術師』からの招待状…⁉︎」

「色んな奴に渡してますよ。ま、合流をオススメするッス。これリストと連絡先なんで、どーぞお役立てください」

 

 青髪の女へ人名と番号の記されたメモ帳が渡される。そのほとんどが有名な人物だ。中にはゼノヴィアもよく知る名が在った。

 

 静かにその紙を握りしめる。

 

 …『灰色の魔術師』。この世の数多の魔術師はそこに属しており、その理事はメフィスト・フェレスが務めるという。

 この招待にどのような意味が込められているのかはわからない。もしかしたら騙し討ちの類なのかと疑ったが、リストに入っている人名と合流の勧めからしてそのの線は薄いだろう。

 

「…っ行くか」

 

 …此処に、また一つ異分子が誕生する。フリード・セルゼンの様な「大物喰らい」では無く、かと言って曹操のように「革命家」でも無い。答えを求め、「彷徨う者」。

 

 彼女のたどり着く答えは、はたして。

 

 

 

 ■

 

 

 白髪の男、ジークフリート。彼は数ある拠点のうち一つに滞在している。最近まで使っていた拠点は曹操帰還後に襲撃を受けたため、移動せざるを得なくなった。まぁ、そのうち囮にして爆弾でも仕掛ける予定だったので損失は無かったが。

 

 斬る。その一念を込めて一振りの剣を振るう。

 

「っ…ふ、!」

 

 だが遅すぎる。そして硬い。未だ流麗には至らない。火力だけでは何も出来ない。そう、サタナエルに教え込まれた。

 曹操のように音を超えるまでとは言わない。せめて、竜の命を一太刀で絶てる域にまで達さねばならない。

 

「…っえあ!」

 

 六本の剣は北欧に返還した。だが最初の一振り、グラムだけは今も彼の手に在る。これは正式な譲渡だった。

 主な理由としては、人に造られた英雄が何処まで至れるのか興味があるという娯楽的なもの。あの老獪な神らしいと笑いつつ、彼はまた剣を振る。

 

「……まだだ、まだ、遅いっ!」

 

 勿論渋る神もいたが、それでもなんとか丸く収まり、今この一振りの魔剣は人間の手に委ねられる。

 魔剣『グラム』。その名は古ノルド語で怒りの事を指す。それは、オーディンからシグルドの父シグムンドへと渡された剣が原型となったものであり、後にシグルドの愛剣となり、龍を討った一振りだ。

 

「…まだか……」

 

 だがいかな魔剣だとて、その使い手が未熟であれば十全な力を振るうことはできない。それは分かっている。だから彼はこうして藻搔いて、足掻いて、努力しているのだ。

 

 そんな彼の元に、金の髪を待つ女と二メートルはある巨漢が訪れる。

 

「よぅ、やっぱここにいたか」

「ヘラクレス、ジャンヌお前達はまだ傷が…」

「じっとしていらんないのよ」

 

 いつもと違い、素の口調でぶっきらぼうにジャンヌは答える。ヘラクレスは吹き出しては腹を抱えて笑いだす。

 

「ハッハァー!なんだお前結局戻ってんじゃねぇか!」

「アイアン・メイデンって知ってるかしら…?」

「落ち着いてジャンヌ、ほら!ステイ!」

「よーし、久々に頭に来たわよ私。明日あんた達の服ノースリーブにして肩パッド付けてやるから」

「「それは勘弁」」

 

 ギャーギャーと騒ぐ三人組。それはまるで悪友のように。口につくのは悪態ばかりだったが、その顔が笑いなのは言うまでもないだろうし、言う必要も無い。これも信頼があるからこそできるコミニュケーションというヤツだ。

 

「…もう、いいのか?」

「ええ、十分。いついかなる時でも平静を保つ療法なんて理由でやらされて馬鹿馬鹿しいって思ってたけど、ホントに効果あるとは思わなかったわ」

 

 ジャンヌの持つ神器『聖剣創造』。彼女はそれを投擲するという戦闘手段を確立している。必要になるのがは狙いを定める力と、それを保つ平静力だ。

 ジャンヌは平静を保つことに欠けていた。だからこそ、『冷静な心と口調の投影』を基礎とした鍛錬を行なっていた。

 

「ヘラクレスはどうだ?」

「今のところ順調だな。神器の調整も完了したし、あとはゲオルグに任せた武器の完成を待つだけだ」

「……あれ冗談じゃなかったのか」

「馬鹿というより変態ね、もはや」

 

 ヘラクレスはひたすらに近接戦闘術をその頭と体に刻み込んだ。彼の持つ神器が『攻撃と同時に接触した箇所を爆破』するという力を持つ以上、活かさない手はない。

 そして彼はゲオルグにとある武器の政策を委託している。それは金属製の杭を射突する兵装と、厚手の硬質金属の刃で敵を叩き斬るというブレードという恐怖と狂気のラインナップである。

 

 …尚、ゲオルグはガトリングも持たせようとしたのはまた別の話。

 

 順調に成長と成果を見せる仲間達。それを見てジークフリートは()()()()()()()()()。むしろ負けてたまるかと言わんばかりの闘魂を体の奥底から燃やし始めている。

 それを知ってか、知らずか。二人の男と女はどう猛に笑い、「お前はどうなんだ?」と試す様に笑い、聞いてくる。

 

 ───上等だ、見せてやる。

 

 剣を構える。その瞬間、彼の思考から一切の雑念は削がれた。今彼の心にあるのは空を切るというその一心。

 剣を振るまでのその一瞬、彼は何かをつかんだ感覚を確かに覚えた。そして『ここ』だ、と直感的に理解する。

 

「ふんっ!」

 

 余分な量の力を理解し、息を吐くと共に抜いた。スムーズに、潤滑に油をさした機械の様に腕が動く。

 剣が完全に振り下ろされた。一瞬の、束の間の静寂。悲鳴をあげていた腕の筋肉は叫ぶが、そんな事は彼にとってどうでも良かった。

 

「……どうだ?」

 

 無音。その数秒後に、サン、と軽く乾いた音ともに、床板が綺麗に断たれていた。それも一直線に、そこに狂いは寸分たりとも存在しない。まさに達人の域と言っても差し支えなかった。

 

 今日、この日。男の剣は槍と同じく音を超えたのだ。

 

 

 

 

 

 




この後、フリードの墓碑には子供達から『ありがとう』という言葉が手ずから掘られたのは別の話。リントがずっと墓前で立ち尽くしていたのもまた別の話です。

はい、という事でジークフリート強化です。というか英雄派は軒並み強化されてますが。特にレオナルドと曹操。

次回は休憩って事でキャラシート!その後に最終章に入ります。魔王達が一番きつい最後迎えるんじゃないかなぁと思いつつ暑さにうだる「書庫」でした、まる。
















…ソロモンがリゼヴィムに負けたことに違和感を感じたそこのあなた?その違和感、正しいですよ?





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定
設定集


終わりの前に簡単に纏めましたよん。
ぶっちゃけ見たほうが良いです。はい。
作者の能力ひっくいんで伝わらないとか避けたいのです。そのための設定集です。

\聖書は?/

プランD、所謂ピンチですね。
では、ごゆっくりお読みください>穴三




仮称:【トライヘキサ】

個体名:無し

声のイメージ:黒沢ともよ※

 

(※こっちの方が彼の抱える子供らしさが伝わりやすいかも?)

 

説明:主人公にしてデウス・エクス・マキナ。イメージとしては『置いてけぼりにされた幼子』及び『無邪気な恨みを抱く少年』。

 人類史と人間に誰よりも焦がれた故に人へと至らぬ事を望むが、それでも、もしも成れたら良いなとは願わずにいられないという子供の我儘さを持つキャラ。

 

概要1:世界は0と1、そして虚数により成立している。0の体現者を無限の蛇、1の体現者を赤龍神帝とするならば、彼は虚数の体現者とも言える。

 ああ、彼がいつから存在していたか?それを語るのは時間の浪費でしかない。

 

概要2:過去に聖書へ挑み、間接的に神を殺した事により聖書に対する『終末要素のⅠ』となり得る。唯一神は彼を完全に殺す為に、策としてヨハネの黙示録を置いた。「666の獣」の結末に敗北を定め、新天新地の成立を終幕とし、それを概念として新たに世界へ刻んだ。つまりこのまま聖書に挑めば彼は死ぬ。

 

イメージに使った曲

・終端の王と異世界の騎士

・Be the one

・cosmos new version

 

個体名:サタナエル

声のイメージ:藤 原 啓 治

説明:頁のめくり手であり、舞台を整える劇団長。イメージとしては『父親になれない父親』及び『狂わんばかりの愛を持つ賢者』。

 人間の可能性の果てを見る事を願う。尚、その結末が滅びでも繁栄でも衰退でも構わない模様。だからこそ現状に我慢できないと言ったキャラ。

 

概要1:生前は救世主の兄。死後天使と成り『裁定』と『告発』の役割を背負う。人間を愛している。それ故に遥か昔、人類を『閉じ込めた』聖書の神を『告発』しようとしたが存在を曖昧にされた。ソロモンの関与により現在未堕天。

 

概要2:正確には彼は死後に天使と成ったのでは無く、死後天使に『戻った』の方が正しい。理由としては神も『我が子』が大事だったという所か。サマエルとは何かと面識がある模様。

 

概要3:聖書に対する『終末要素のII』

 

イメージに使った曲

・STAIN

・優しくキミは微笑んでいた

・命に嫌われている

 

 

個体名:サマエル

声のイメージ:たかはし智秋

解説:諦めた者。イメージとしては『知りすぎた天才』及び『絶望した母親』。人間に対して完全に失望してしまった。

 それでも一応見守っているがそれもほぼ惰性的で諦観的。サタナエルがなぜ今も人類を見限っていないのか理解できない。ツンデレ

 

概要1:最初の二人を楽園から外に出したが故に神の悪意をその身に受けた者。その際の姿が蛇だったことから龍殺しの力を得た。

 聖書の神に封じられていたがサタナエルの要望を受けた冥府の神ハーデスにより解かれた。

 

概要2:まだほんの少し、人間を信じたいという気持ちが残っている。

 

イメージに使った曲

・STAIN

・優しい両手

・命に嫌われている

 

 

個体名:ソロモン

声のイメージ:堀江一眞。

説明:逆転の一手。イメージとしては『巨大な力を持った幼子』及び『王様らしからぬ王様』。

 ぶっちゃけ人類がどう成ってもいいが、破滅が神の手により下される事が嫌だ。

 それに加え、妻の愛した在り方が歪められる事。それが我慢ならない。つまり彼の嫌いの度合いは人類≦聖書という感じ。

 実はロマン武器とか好きだったりする。つまりは普通なら何処にでもいた筈の男という感じのキャラ。

 

概要1:神の画策した計画の要。彼が神の知恵通りに人類を導いていれば人類は皆『千年王国』と『新天新地』に辿り着けていた。

 だが彼は最初から裏切る気満々であり、人類を更なる繁栄の道、破滅へと導いた。つまりは彼がいなければ現代の発展はあり得なかった。

 

概要2:神に焼かれた彼の遺体はバビロンの穴へと落とされたが、ディハウザー ・ベリアルの手により復活を果たす。彼は復活後姿を潜め世界の裏側で暗躍。

 大凡大半の神話は彼の目論見を助長或いは黙認している。というか成就を望んでいるのが大半だろう。人は、神の手より離れなければならないのだから。

 

イメージに使った曲

・JUSTITIA

・Mechanized Memories

・空色デイズ

 

 

個体名:???

声のイメージ:中田譲治

 

説明:今後登場予定。終われなかった炎。本来ならば三千年前に他と同じく消えるはずだった灯火。消える起点を失った事により、彼は星の終わりまで生きねばならなくなった。絶望し、沈黙にあろうとした時、ソロモンは彼に提案する。『世界を一つ滅ぼさないか?』と。

 

概要1:世界に対しての『終末要素のⅠ』、世界を滅ぼす篝火。その真名が示す意味は『黒き者』。

 彼の命は世界の滅びと共に消えゆく。その炎は神すらを殺す棘であり、枝である。因みに別の世界線では彼は『戯れ』にて暴れている。彼はそれに困惑した。

 

概要2:冥界に我慢ならない存在がいる。神々の悪戯で終わるのであればよかった。だがその先は容認できない。其の者を焼き殺すと彼は決めている。そしてそれは覆らない。

 

補遺1:オーディンとロキは彼から渾身のビンタを食らった。

 

イメージに使った曲

・live and learn

・scorcher

 

 

 

 

要素名:『終末要素』

解説:世界、或いは神に対する『絶対の終わり』。それが果たされなかった、或いはこれから先果たされる場合、それは『要素』として世に燻る事となる。

 それが再び熱を持つか、それとも燃える事なく消えるのかは誰にも分からない。回避は困難だが一応可能。

 

要素名:『楽園投獄』

解説:かつて聖書の神が施した呪いにして慈悲。それの起点は紛れも無い愛からくるもの。サマエルによって失敗したその愛の全貌を知るものは僅か。今後に全貌が明らかとなる。

 

要素名:『████、世界再構』

解説:聖書の神最大の罪。それは聖書にも記されている。メタトロンとグリゴリの因縁も、神話の食い違いも、人類の立ち往生も、全ては此処から始まった。今後に全貌が明らかとなる。

 

要素名『救世主再臨』

解説:聖書の神が抱いていた唯一の願い、救世主の復活。だがそれは叶わなかった。救世主はそれを自ら拒んだ。それは神が理解できなかった『愛の形』だった。

 

要素名:『最終航路=黙示録』

解説:聖書の神の最後の手段。現在実行中。名前の通り『黙示録』を実行するというもの。その要となるのは言わずがもな『聖書の神の復活』と『獣の死』である。尚、神からしたら復活前に獣には死んでもらいたいというのが本音。

 

 

 

Q.シバの女王はどうなったの?

A.なぜソロモンがリリス陥落に絶望するサーゼクスを嗤ったのか。なぜクロウ・クルワッハを持ち出してまでリゼヴィムの計画を潰したのか。「くすくすとわらうもの」(※おまえのせいだ参照)とは誰なのか。なぜ彼はリアスの眷属を切り崩したのか。それを考えて頂ければ想像がつくかと。ま、悪魔はやっぱロクでも無い奴だということです。

 

Q.英雄派はどうしてああなった?

A.曹操と膝を交えて話し、自らの理想やソロモンの事、かつて見た歴史や教科書に載らない「ヒーロー」のことを教えます。その上で聞いたのです。「今の俺たちは何なのだ」と。これが転機でしょう。

 

Q.トライヘキサに恋愛感情はあるの?

A.あったら今頃世界滅んでます。

 

Q.今後出る予定のオーバードウェポンを教えて!

A.ヒュージ・ブレード。使用者候補は曹操です。

 

 

 




興<遅かったじゃ無いか…

はい、読んでくださりありがとうございました。
本当は英雄派のことも書きたかったのですが、
そうするとちょっと量が多すぎるので…

さて、次回から最終章です。
ぶっちゃけ長くなるか短くなるかはまだ分かりません。それでも構想はちゃんとあるので御安心を。でもこのまま行くとオーフィスとトライヘキサ、一回喧嘩するかもしれない(ヒヤヒヤ)。対話でも一応問題ないんですけどね。

まぁ、始まるわけですが。神の理不尽さや偉大さがうまく表現出来ればなぁと思ってます。あとはジャイアント・キリングが壮大に感じてもらえるように頑張らねば…。

では、夏休みを無事ゲットできた「書庫」でした!ノシ






始まりのテーマが『誕生』
続く物語のテーマは『贖い』
では終わりの物語のテーマは?

『怒り』だ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神話終末論
神々の悪戯


悪戯と書いて遊びと読んじゃうのが神さま。

日本神話「アザゼル子供の世話しっかりしろよ…」
      ↓
    「こいつは許されない(使命感)」

こんな流れです。
では、どうぞー。


 ヴァーリ・ルシファーは強さを求めた。だから今日に至るまでずっとずっと戦って来た。だが彼は何度も何度も打ちのめされた。彼は所詮、井の中の蛙にしか過ぎなかった。

 

 最初の無謀はトライヘキサ。十全な力を失った彼に挑み、完膚無きまで敗北した。

 次の無謀は須佐之男命。かの大神が幾瀬 鳶雄を屠る現場を見た白龍皇は彼に挑んだ。鍛錬も積んだ。力だって増していた。

 

 だからなんだ?

 

 神を前にした白が、朱色に染まるまでかかった時間は一秒でも遅すぎる。

 

 大蛇を刈り取る英雄神は”甘え方を知らぬ赤子に構う時間はない,,と眼を合わせて明確に言い放った。

 それ以降、ヴァーリ・ルシファーは現在進行形で日本神話のもとに捕縛されている。

 

「───そういうことだ、羽虫。この件に一体どのような形で責任を取るつもりなのか、我々八百万の前にして宣え。如何なる発言も認めよう、私は貴様らの誠意が分かればそれで良い」

 

 ヴァーリの犯した行動は、当然と言うべきか、養父を務めたアザゼルの責任問題となる。故に彼は出雲大社に召喚された。

 

 再開する白龍皇と堕天使総督。彼等を取り囲むのは八百万の神々。それは付喪神から天津神に至るまで。

 

 濃密が過ぎる荒れた神気が、なみなみと社を満たす。それは意識の無いヴァーリや、天照と相対するアザゼルの身をジリジリと焼くが、神々はその気を全くもって緩めない。

 

「……ッ……ハッ…ァ…!」

 

 息を吸う事さえ重労働。それでもアザゼルは確かに口を開いた。

 

「…俺の監督不行き届きと、対処に遅れた事が招いた事態なのは認める。……この場で、正式に謝罪しよう…っ 責任も取る。俺は、お前達に協力を惜しまない…」

 

 下手に逆らう、などとはしなかった。彼は己に非があるのは理解しているし、此処で相手を怒らせた場合、被る被害も尋常では無いと心得ている。

 何より、此処で日本神話と亀裂を作って仕舞えば、来るべきトライヘキサ討伐戦線に協力が得られなくなってしまう。

 

「ほう? 協力を惜しまないと言ったな?」

「ああ、言ったぜ。俺が招いた問題だからな」

 

 日輪の神、天照は笑う。まるで蟻を潰して遊ぶ童のように。その笑みに悪寒を覚える堕天使総督。

 彼は見誤っている。神がなんたるかを履き違えている。だからこそ、こんな事になるのだ。

 

「では日の本に巣食う蝙蝠と白羽を鏖殺に行ってこい。さすれば、今回の不敬は不問とする。期待しているぞ? アザゼル」

 

 お前一人で日本にいる悪魔と天使を皆殺しにしてこい。そうしたら許してやる。彼女はコロコロと無邪気に笑いながらそう言った。

 

「な、ぁ?はぁあ⁉︎何言ってんだ⁉︎」

「貴様の処罰だが?」

「ふざけやがれ!そんなもん認められるか!」

 

 ガン! と床を拳が叩く。それに全く怯みを見せない神々。それどころか付喪神や木霊でさえクスクスと小馬鹿にした様に笑い始める始末。

 

「おお、(こわ)(こわ)い」

「っ、…クソっ!」

「まぁ、そう気を荒立てるな。まだ本決定では無いのだからな。だが可能性の一つとしてその空洞な頭に入れておけ」

「んな可能性認められるか!」

「ふふふ…まぁ、よく吠える『餓鬼』だ」

 

 ここまで来て、神は『冗談だ』などとは一言も言っていない。

 

 話は続く。だがそれは処罰に関したものではない。堕天使が放置して来た問題であり、神々は指をくわえてみることしかできなかったもの。

 

 過去の所業が、黒い羽根を毟る。

 

「ではそうさな、貴様ら黒羽が、今まで殺して来た我が子孫達についてだ。これは如何にして責任をとる?協力を惜しまない程度では不足だぞ?さぁ、教えておくれ、アザゼル」

「神器の回収は、世界を保つ為に必要だった。…昔は安全に神器を摘出するほどの技術がなかった。…だがそれでも、そうせざるを得なかった物だってあった。お前達だって分かるはずだろ?」

 

 もっともらしい理由。

 なるほど、それなら仕方がないかもしれない。

 ああ、死んだ人達は無駄では無かったのか。

 ああ、これは誤解していた。

 

 

「……なるほど、これに関しては、我々が見誤っていたな、いや失礼だったな、謝罪しよう」

 

 なんて、

 

「とでも、言うと思ったか?」

 

 言う訳が無い。

 

「貴様は我々の怒りを侮っている。堕天使よ、貴様は我が子を殺された時の気持ちを知っているか?

 それでも手を下せない歯痒さを知っているか?

 死にたく無いと願う御霊を幽冥(かくりょ)へ送らねばならない悔しさを知っているか?」

 

 …はるか昔信仰によって生まれた神々は、長い時を得て人と交わる事となる。そうして生まれた子は人や神と交わり、子を成していく。

 

 それは脈々と受け継がれた確かな(きずな)

 

 つまり、日の本の人間の血を延々と遡ればそれは必ず、八百万の神々へと繋がる。彼等は恐らく最大規模の血族、否、家族だ。

 

「貴様は、貴様らは、己の『娯楽』の為に何人殺した?平穏のためなどと笑わせるな。不要だ。人間を、我が子らを舐めるのも大概しろ。

 そもそも貴様ら程度に世界を任せた覚えは無い。私は三千年前に人間へ世界を任せたのだ。断じて貴様らでは無い」

「なっ─────⁉︎」

 

 今より遥かな太古、三千年前に全ての神話が終わった。

 それは終末や衰退などでは無く、決断の上での乖離。

 

 北欧で例えるのならば、本来ならば神々の黄昏があり、その後に人類史が正式に始まる筈だった。だが神々の死に場所は、訪れる事が()()()()()()()

 

 数多の神々は自ら地を去った。そうする事でしか、人類に世界を明け渡せなかったのだ。当然正式な終わりでは無い。

 だからこそ、その弊害は今も続いている。

 

「しかるべき責任を取らず滞納を続ける愚鈍な者共が、貴様らの面と家屋に糞を投げつけてやりたいと須佐男が言っているぞ」

「さらりと儂の黒歴史掘り返すのやめて?」

 

 日輪は席を立つ。それと同時に、月詠と須佐男を除いては、その場にいる全ての神々が跪く。

 その歩みは緩やかでいながらも、迫り来る死の想像を堕天使に強制させた。

 

「貴様なりの誠意はよく分かった。では我等八百万は決を下す。白龍皇の死を、贖いの対価としよう」

「⁉︎」

 

 須佐男、と姉が弟の名を呼ぶ。すると彼の腕からヴァーリが放り出され、わざわざアザゼルの眼前に置かれる。

 意識はまだ無いのか、ただ横たわったまま何も言わない。彼の持つ『白龍皇の光翼』は完膚無きまでにぼろぼろだ。

 

 そして絹糸で編まれたように白い、美しい太陽の手が悪魔の首へとゆっくりと、それでいて優しく当てられた。

 アザゼルは駆けた。だが無意味。その身体は風に囚われ、自由動く事ができない。そして木の檻が彼を取り囲む。そこで見ていろと暗に語っていた。

 

「待て!!頼む!待ってくれ!何だってやる…!首を欠いて晒したって良い…!何度だって殺されても構わねぇ!だから…ヴァーリは…ヴァーリだけは……!」

「もう遅い」

 

 次の瞬間ヴァーリ・ルシファーの肉体は、彼の持つ神器諸共骨すら残らずに焼失した。

 放心する堕天使総督。養子とはいえ、己の子が確かに今殺された。だのに実感がわかない。だって仕方がないだろう。

 まるで最初から誰もいなかったかのように、ヴァーリ・ルシファーという男は燃え尽きたのだから。

 

 父は放心する。それはまるで、糸の切れたマリオネットの様。無様に膝をつく男。

 

 天照はそんな彼の胸ぐらを掴み、檻の格子をへし折りながら手繰り寄せては額をぶつけた。

 ゴギン、と真っ当な人間なら頭蓋が砕けるだろう。そう思えるほどの衝撃と音が響き渡る。

 

「なぁ、アザゼル。なぜ我等が貴様らを今滅ばさないか分かるか……?それに相応しい者がいるからだ。それを担うべき者がいるからだ。我々に手を下す資格が無いからだ…。理解したか?ならば立ち去れ。そして二度とその薄ら寒い顔を見せるな。殺したくなる」

 

 その顔は怒りだった。この程度で済ませたくない。そう瞳に溜められた女の涙が語っている。

 精神的にも物理的にもショックを受け、揺さぶられたアザゼルは、呆けた頭でこんなことを考えていた。

 

 ───この女は何故、泣いているのだろう?

 

 ゆっくりと身体が落ちていく。痛む頭を抑えながらようやく立ち上がったアザゼルが、月詠に取り抑えられる。

 『お引き取を。見送りますので』そう鳴けば、ふらふらと社の外へと足が進んでいく。まるでそう入力された機械のように。

 

 

 

 ■

 

 

 大いなる都の徒(バビロニア)、拠点。孤児達を新たな家屋へと案内し終え、晴れて人間に戻れた大人達の社会復帰の手助けを終えた彼等はグロッキー状態だった。

 

 中でも苦労したのはゲオルグだろう。偽装書類のために数日間にわたり徹夜だったのだから。

 その証拠に彼は今朝方「いいか?俺は面倒が嫌いなんだ!」と虚空に向かって話していた。

 

 しかしそんな中でも英雄派は鍛錬を怠らない。

 

「だー!何でいなすの!自信なくすじゃないかぁ!」

「はっはは、冗談がキツイ」

 

 訓練用の木槍を振るうのは『黄昏の聖槍』所持者である曹操。

 それと相対するのは『魔獣創造』所持者レオナルドが作り出した魔獣だ。

 

 レオナルドが『ファラン』と呼ぶその魔獣の姿は遥か昔の騎士のようなもの。そして尖ったシルクハットのような兜を目深に被っていて、その双眸の色は分からない。

 

 翻る外套は劣化して綻んで見えるが、それはまるで燃え盛る炎のようにも見える。

 

 かの者の右手に持たれたのは大剣。左手の逆手に持たれるのは短剣。ファランはその二振りを狼のように振るい、曹操を翻弄していく。

 

「……それなりの膂力もあり、それに見合った俊敏性と技能。で、竜よりも低コストで負担もかからないか」

 

 曹操は冷静に分析をしながらファランの剣戟に対処するが、彼自身、徐々に勢いに押され始める。

 

 何度も続く剣と槍の打ち合いの果てに木槍はへし折られ、彼の喉に大剣の切っ先が当てられた事により、戦いを制したのはファランだということが証明された。

 

「……俺の負けだな。まだまだ学ぶことは多い」

 

 ほぅ、と息を吐きながら大人しく両手を上げる。それと同時に騎士の持つ大剣は静かに降ろされ、短剣もまた無事に鞘へと収まった。

 

 組手が終わったなと見計らえば、水筒をタオルを持ちながら駆け寄る少年ことレオナルド。

 ()()()()()()()()()曹操は水筒のみを受け取り、がぼがぼと音を鳴らしながらスポーツドリンクを嚥下していく。

 

「ファラン、どうだった?一応試作品だけど」

 

 口元を甲で拭う曹操に少年は問いかけた。対して、問いを投げられた男の返答は一切の贔屓がない、彼なりの正当な評価だ。

 

「悪くない、学習能力を高めたのは正解だな。途中から俺の攻撃はほとんど対処されて驚いたぞ?」

「…そっかぁ……ふふん」

 

 年相応の笑みを見せる少年。なかなかの評価をもらえて上機嫌なのか、足はぷらぷらと揺れている。

 

「うん、これなら竜の代わりに量産して大丈夫だろう。襲撃日までに何体作れそうだ?」

「そうだね、一個大隊くらいかな。足りない?」

「いや、十分だ。冥界と天界を同時に落とす算段はもう着いたわけだしな」

 

 『第二次侵攻作戦』と書かれた紙の束を懐から取り出し、手早くページを開いて確認しながら曹操は頷く。

 本来ならば天界への襲撃が予定されていたが、それは変更され冥界に対する襲撃も加えられた。つまりは同時襲撃だ。

 

 理由としては二つ。

 一つはトライヘキサの封印がほぼ外れた事。

 もう一つはとある『協力者』ができた事。

 

「…すごい怒ってたよね、あの人」

「いや人かなあれ…?まぁ、何にしても、少々過剰戦力となってしまったな。だからと言って勝てる確信はないが、自信はある」

 

 折れた木槍でトントンと肩を叩きながら不敵に笑う。その発言に奢りなどない。そこにあるのは揺るぎのない己と、同志達に対する信頼だ。

 

「本当に勝てると思う?」

「勝てるように、頑張るのさ」

 

 

 




この世界での日本人は誰でも己の家系をずうーーーっと遡れば、最終的に日本の神の誰かへとたどり着く様になってます。
ん?幾瀬 鳶雄?今頃平穏に暮らしてると思いますよ?堕天使とかのことなんて忘れて。

さて、レオナルドですが対超越者用の最高傑作はもう完成していたりします。あとは使うだけ…!

次回「無限と虚無」

「だから僕はグレートレッドを倒せないって!」
「我と組めば、きっと出来る」

「愚かな存在……しかし、…一考の価値はあるのかもしれません」
「ギャハハ!いーじゃん、盛り上がってきたねぇ!」


聖書の終了開始まで、あと僅か。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話1.白き龍の末路

白龍皇「えいえい、怒った?」
(周囲や人間に甚大な被害)
?「怒ってないですよ?」
白龍皇「えいえい、怒った?」
(周囲や人間に甚大な被害)
?「……怒ってないです……」
アルビオン「えいえい、怒っ…」
伊邪那美「白 龍 皇 は 絶 版 だ」


 イザナミミッミ



時系列は前回のアザゼルが出雲から帰った後です。






 アルビオン。それは、『神滅具』に名を連ねる『白龍皇の光翼』に宿る白き龍の名であり、赤き龍ドライグと双璧を成す存在。

 

 赤と白の二龍は『二天龍』と呼ばれ、神々や魔王など、多くの存在に恐れられて来た。

 だが長い時の果て、彼らはついには討たれる事となる。その魂は『神器』へと封じられた。

 

 だがそれでも白と赤の対立は続いている。

 彼等の神器を宿す皇と帝。

 赤龍帝と白龍皇の諍いは世代を超え繰り広げられる。例え決着がついても、その戦いは時を超え続く。

 

 依り代となる人間は、何の関わりもない戦火の運命に囚われ、争いに身を投じることを『竜』により義務付けられるのだ。

 

 『竜』───西洋の神秘、ドラゴン。

 それは(わざわい)をもたらす悪なる命。

 あるいは力の象徴そのもの。

 

 白き龍、アルビオン。彼を宿すヴァーリ・ルシファーはこの世を去った。神器に収まっていた彼は新たな宿主が目覚めるのを待つ。

 

 別れを惜しもう。だが止まる事はない。

 我々に残された唯一の楽しみ。それが戦。

 ああ、さらばだ、旧き友よ。

 

「…次こそは……必ず…!」

 

 龍の魂はゆっくりと世界に流れようとしている。未来に待つ赤龍との戦いという楽しみに想いを馳せながら、ヴァーリとの別れを心の底から惜しみながら、神々へ恨みを抱きながら。

 

 新たなる白龍皇の誕生の時。

 だがそれを───

 

「次なんて、貴方に有る訳がないでしょう?」

 

 突如地より現れた空いた穴より伸びる無数の黒い手が阻んだ。その手を伸ばしているのは、穴から覗く朱い瞳を持つ何者か。

 

 アルビオンの魂は黒き手に囚われ、そのまま闇より暗く、なお暗い深淵の奥底へと引きずり込まれていく。その勢いに抗えない。反抗することが許されない。

 

 それを目の当たりにした一柱の男神は呟く。

 

「……ありゃぁ、君、残念だったね」

 

 その言葉に込められた感情は、確かに同情であり、憐憫であり、侮蔑であり、愚弄であり、……龍に対する憎悪だった。

 

 怒りに震える白龍の魂が、ゆっくりと深淵へと飲み込まれていく。やがて魂が完全に飲み込まれ、暗き底へ堕ちた。

 にも関わらず、その穴は残っている。

 

 そこから覗く朱い瞳は、確か側に佇む一柱の神を睨みつけている。だが引き摺り込む事はない。それどころかその朱い光は変化を見せた。

 

 ()()()()()

 

 乙女が伴侶から接吻を受け取った時の様に、生娘が愛した男と情事を終えたかの様に、温かな腕に優しく抱かれたいたいけな少女の様に。

 

 だが悲しいことに、瞳の覗く狭間は閉じてしまう。だがそれでも、男神と朱色の瞳は最後の時まで、お互いを見つめあった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「…やっぱり素敵……」

 

 白き龍の魂が堕ちた深淵の先。

 それは黄泉の国。一人の女神がおはす地。

 その地は多くの死者が住む現世の延長。

 

「ああ……早く会いたいです。会いたいです。今すぐにでもその瞳を間近に見たい。今すぐにでも体を重ねたい。今すぐにでもその首筋に私の歯を突き立てたい…貴方に会える神在月が恋しいです、伊邪那岐……」

 

 自らが捉えたアルビオンの魂に目もくれず、初恋に胸を彩らせる少女の様に悶える女神。

 彼女の名は当然、伊邪那美大神。今より遥か過去に於いて死を司る神となり、それ故に命を司る神である夫───伊邪那岐大神と別れる事となってしまった悲恋の存在。

 

「どうして貴方の傍にいる事が許されないのでしょう…?どうして貴方の腕中にいる事が許されないのでしょう…?伊邪那岐、なぜ貴方はあの時私を覗いてしまったの…?」

 

 伊邪那岐大神と伊邪那美大神。

 この二柱の間にはとある誓約が存在する。

 

───”愛しき我が夫、伊邪那岐よ。貴方が私にこのような仕打ちをするのなら、私は貴方の産む人の子を一日千人、この手で殺めましょう,,

───”愛する妻、伊邪那美よ。君がそうするのなら、僕は一日千五百人の産屋を建ててみせよう,,

 

 死の神が千の命を殺すのならば、命の神が千と五百の命を生む。それが夫婦の間になされた最後の約束。変わらぬ愛の証明にして、大地に根差した自然物の生成と消滅、生と死の循環の象徴。

 

 さて、ここで問題。夫婦のつながりを、変わらぬ愛を唯一実感できるこの約束に、茶々を入れ乱す者がいたら、彼女はそれを許すだろうか?

 

 ……アルビオンは気付かない。自らの周りに在る、堕天使や悪魔、天使が、皆等しく雷と炎に焼かれ苦しむ背景に。

 今彼にある感情は怒りだ。魂であろうとも二天龍。その威圧感や力は衰えることなど知らない。

 

 だからこそ、魂は吐いた。

 

「なんだか知らんが…『神如き』が、『祟り如き』が、我等二天龍の楽しみの邪魔をしてくれるなよ…!」

 

 それはかつて二天龍が、三大勢力の戦争のさなかに放った言葉。彼ら二人は、その気になればただの暴力で世界を滅ぼすことができ、それをしないのは今の生き方を楽しんでるからだ。

 

「……あらあらまぁまぁ……」

 

 だが女神はそれに怯えるどころか、その声を塞ごうと雷光の槍で魂を即座に貫き、地に繋ぎ止めた。

 アルビオンは思い出すべきだった。己がたとえ神すら殺せる存在であろうとも、かつて最強の名を欲しいままにした片割れだとしても、生きている以上、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…『聖書の神の失敗作』がよく吠えますね。あなたの怒りなんて私にはどうでも良いのです。あなた達の争いなんて知った事ではありませんし…問題となるのはあなた達の在り方…」

 

 竜の魂を繋ぎ止めているのは誰か。彼の前に立つ存在は何者か。それを知る必要があった。彼女は死を体現する者。数多の魂を収める黄泉の神が一柱『伊邪那美大神』であるが故に。

 

「伊邪那岐の産んだ命に死を定めていいのは私だけ…!伊邪那岐の産んだ命をこの手に落としていいのは私だけ…!だのに、()()()は何をした?自らの身の程をわきまえず、ただひたすらに遊びたいと駄々をこね、多くの命を巻き込み飲み込み食ろうてきた。あの忌々しい蝙蝠や鳥羽(とりはね)共と同じ様にな…!」

 

 地の底より出る数多の黄泉醜女、火雷大神、亡者の軍勢。それは声を雷光で塞がれた白き竜の魂を地の奥底へと引きずり込む。

 

「もはや貴様に同情の余地はない。転生する事なく死んで行け。死の先に待つ死にて己の我儘を悔いろ。誰の声も届かぬ深淵の果てで噎び泣け。これから先、この星が死するまで貴様は永劫の孤独と苦痛を味わうがいい…それがあの人と私の約束を邪魔した罰だ…!」

 

 神である以前に、一人の女としての怒り。それは竜の逆鱗よりも遥かに恐ろしい焔。

 数多のおぞましい手に落とされながら、アルビオンは後悔とともに理解する。あの男神が己へと向けた憎悪の意味を。そして彼が伊邪那岐大神その人であった事を。

 

 そうして竜の魂は封じられた。二度と白龍皇が誕生する事はない。星が終わる時まで彼は孤独である事を義務付けられたのだから。

 

 

 

 




皆まで言うな。言いたい事は分かる。
だが私は謝らない(揺るぎない意志)

神在月には会ってたらいいなぁとか、そんな願い。

あ、三日か四日後にはちゃんと本編出しますのでご安心を、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無限と虚無

私「アカンこのままじゃハーデスの胃が死ぬぅ!」
友「神に胃が死ぬとか無いだろう」

ご も っ と も で す




 ───ルイ・パスツール、微生物と病原の関係性を考案。医学に大変革を起こし、現代でも使用される低温殺菌法を提示。1895年没。

 

 ───フローレンス・ナイチンゲール、医学治療女性参加の先駆け。衛生・栄養状態の不備改善により患者の死亡率減衰を実現させた。1910年没。

 

 ───エミール・クレペリン、精神疾患に関する新医学分野を導入。精神医学という分野を生成した。1926年没。

 

『……』

 

 声も何も響かない冥府の闇夜と氷の中で、私は一人過去に見た、人間達の名と行動を思い出す。

 ある者は人のために医学の発展を図り、ある者は飽くなき探究心の赴くままに、ある者は未来に希望を託そうと晩年まで研鑽を積んだ。

 

 だが所詮は綺麗事。どうせ動機も理念も上部だけで、誰も自らの内側とも向き合っていないのだろう。

 ああ、そうだ。過去にそうだったじゃないか。発展を喜んで、その理念や思想や原動力が綺麗なものだと誤認して、絶望した。

 

 どうせ、人間は共食いを繰り返す。

 どうせ、人間は自滅すると知っても争う。

 なのに、なぜ彼は人類を信じるのだろう?

 なのに、なぜ彼は私に今も説得に来る?

 

『……またですか、今生の別れとは嘘のようですね、サタナエル』

「いやいや、ちょっとあいつらのせいで死ねなくなっちゃってさ。にしてもサマエルさ、ちょくちょく俺達の事見てたよね?」

 

 ……彼はいつもこうだ。初めて会った時もこうだった。何があっても軽薄に笑っていて、いつも嘘つきで、思考だって荒唐無稽が過ぎていて。

 

「でもさ、お前も分かったんじゃない?」

『……何を、ですか?』

「あーあ、しらばっくれちゃってーもー」

 

 そのくせ見透かしだけは一級品だった。

 

「人間に限界は無いって事だ。()()()()()()()()にも関わらず、邪龍殺しを成した奴、魔王に等しい実力を持った悪魔を討った奴、ああこれは曹操っつー俺のお気に入りがやったんだけどね?」

『…それは聞いていません』

 

 楽しそうに語る。未来を知りながらもこの人は何故笑えるのだろう?今生の別れになると彼は言った。…私の予想が間違っていなければ、それは必ず実現される。

 

 否、彼は実現されなければ許せないだろう。己自身が、己の存在そのものが。だから、どうあがいても彼はその『お気に入り』に自分を───。

 

「あらら、酷いなぁ。おじさん泣いちゃうよ?…ともかくさ、少しでも分かってもらえたんなら、最低一回だけでいいんだ。…お前の『眼』が、力が必要なんだよ」

『……前々から思っていましたが……なぜ貴方は人類のためともなれば、躊躇いなく()()()()()()()ことが出来るのですか?。その為なら、幾らでも地に堕ちると?その為なら、矜持を投げ捨てると?』

 

 私はそれを何度も見て来た。彼が頭を地に付ける様は、決まって人類のためにしか見られなかった。どうしてここまでするのか?どうして自らを顧みられずにいれるのか?

 

「……残念だけど……」

 

 鳥肌が、実に三千と五百四十三年ぶりに立った。

 

「……俺にはそんなものは無いんだ……」

 

 この男が元来持つ狂気が如実に表へでる。それ自体が極めて稀だ。地につけられた頭がゆっくりと上がり始める。その顔は陰りに隠れて分からない。

 

「そう、無いんだよ。矜持も…そして、落ちる由も…」

 

 ……ああ、忘れていた。この男に、そんなもの無い。彼は私と同じように機械なんだ、あくまで『人間の為に作られた』自動人形なんだ。…それが壊れた結果。

 

 

「愛してるんだ。あいつらを」

 

 

 屈託がまるで無い狂い笑い、限界まで釣り上がる口の端。誰よりも人類を愛した人形は笑う。私とは全く逆の道を歩んだ存在。

 

 彼はこの在り方を曲げる事はないだろう。

 この思想を変える術を知らないだろう。

 

 私と同じで天使(私達)に必要ない(もの)を、持ってしまっているから。

 

『……いいでしょう。一度だけ、貴方方の「眼」となります。その結果がどうなろうと、私のあずかり知らぬ事』

 

 氷の椅子から立ち上がる。伸びた赤い髪が少々目障りだけれど、仕方がない。…光のハサミを作って今か今かと楽しそうに笑う彼は見なかったことにする。

 

「うぅーん、楽しみだ。サマりんと共闘なんて何年振りかなぁ?神聖四文字(テトラグラマン)の奴を嵌めた時以来?」

『さぁ?そんな遠い昔のこと、もう忘れてしまいました』

 

 思えば、あれも無駄なあがきだった。

 

 父は我々の想像をはるかに超えた愚か者だった。我儘な子供だった。気に入らなければやり直すという駄々をこねる子供だったのだ。

 

 だがそれでも、目の前の男は諦めなかった。どんな仕打ちを受けても、一度硫黄の池に落とされても、人間が醜いものと知りながらも、この男は心底諦めなかった。

 

「さて……これが吉と出れば良いけど」

『ご安心を、私は貴方のようにヘマはしませんので』

「ハッ⁉︎ 言うようになったねぇ……」

 

 『竜殺し』フリード・セルゼン

 『革命家』曹操【本名不詳】

 『放浪者』ゼノヴィア・クァルタ

 

 生まれた純正のイレギュラーは三人。短期間でこれほどの人数がいれば『台本』も狂うと言うもの。

 だが足りない。そう言わんばかりに、彼は私を連れ出しに来た。

 

 ……嫌な予感、この胸騒ぎを、人はそう定義していたか。

 

 

 ■

 

 

「オイオイオイ、笑えねぇぞ⁉︎」

「良いから黙って走りなさい!」

「皆無事か⁉︎」

「今の所はな……!」

 

 とある日の朝の事だ。英雄派である彼らの前に、突如として『ソレ』は現れた。

 

 其れは無限であり混沌であり、虚無。

 0という概念の体現者。紛れも無い最強。

 夢幻と対をなす無限の蛇。

 

 つまりは『オーフィス』。

 

 その真名こそウロボロス。

 秘められた意味は『世界』と『完全』

 そしてウロボロスはキリスト教や一部のグノーシス主義では、物質世界の限界を象徴するものとされた。

 

 其れほどの存在がなぜ彼等の前に現れたのか?その理由は彼等、では無くその周辺にいた『トライヘキサ』にこそある。

 そう、英雄派の面々はあくまで巻き込まれただけであり、オーフィスとはなんら関わりはないのだ。

 

「なぁ、曹操!トライヘキサ置いて来てよかったのか⁉︎」

「彼がその役を買った!そして彼以外の適任はいない!だから黙って走れヘラクレス!」

「ちょっとレオナルド、何ひとりだけ竜で逃げてんのよ⁉︎」

「皆の分ちゃんとあるから剣飛ばさないで⁉︎」

 

 オーフィスには目的がある。

 音も物も何も無い真の静寂、だがその為には『次元の狭間』の覇権を手に入れる必要があった。

 だがそれは『グレートレッド』という存在がいる以上、容易ではないし、それどころか不可能と言っても過言では無い。

 

「トライヘキサ、我に協力、して…!」

「だ…っ!から僕は嫌だって…!」

 

 十の角を持つ少年と取っ組み合うゴスロリの少女。その光景は彼等二人の名前を知っているものからしたら悪夢だ。

 今此処にジョーカー同士の争いが展開されている。方や最強の魔獣、方や最強の龍神の一角、下手をすれば世界はものの数日で滅亡だ。

 

 そうならないのは、トライヘキサが防戦に回っているからこそ。

 

 少女の細腕が振るわれる。少年はそれをあどけない手の平で受け止めた。

 その微笑ましい見た目とは違い、威力は白目を剥くほどにえげつない。周辺の木々は薙ぎ倒されるどころか衝撃波で消し飛んでいる。

 

 その小さな唇から竜の吐息が吐き出された。少年もまたその口から業火を吐き飛ばし、相殺する。

 だが渦巻く炎は暴発の寸前まで膨れ上がろうとする。それに気づいたトライヘキサは自らの頭から外殻の一部を生成する。

 

「■■■■■■───!!!」

 

 それは巨大な獅子の頭。巨大な顎門は膨れ上がる炎を飲み込み、口の中で爆発を起こす。獅子の頭は爆散し、目玉や歯茎、それに付随した牙が飛び散った。

 

「うぬぁッ!!!!」

 

 消しとばされた頭を再生しながら迫る。十の角まで再生が終えると同時、確かに少年の手が少女の手首を掴む。蛇の口が再び開こうとする。それを咄嗟の頭突きで防いだ。

 少女の足が腹へと突き刺さる。少年の下半身が飛んだ。長いピンク色の皮で出来たブヨっとしたものが糸を引く。

 

「っつ!……」

 

 伸ばしたゴムから手が引かれた様に腸が引き戻され、勢いよく下半身と上半身が接合された。その勢いを利用した蹴りが容赦なく少女の喉に突き刺さる。

 骨の軋む音、此処まで来てようやく有効打。だが止まらない、この程度で泊まるなら苦労はしない。何度も吐き出される吐息、それらを違わず喰らい、爆散し続ける獅子や龍の頭。

 

「…周りが……」

 

 周辺地域は荒地と成り果てている。木々は消し飛び、大地は焼き焦げ亀裂が走り、川は干上がっている。

 それでも無限の蛇は追撃をやめない。だが此処に来てトライヘキサは躊躇した。このまま続けばマズイと今更ながらに理解した。

 

 どうする?どうするべきだ?どうすればいい⁉︎

 

 半ばヤケクソ気味にその背に持つ六枚の翼を広げる。その先端を尖らせてはオーフィスの心臓へと目掛けられる。

 しかして相手の追撃は打突ではなく吐息。先の躊躇いがトライヘキサの読みを外した。

 

「あ、やば───」

「はい!ちょっと頭下げてね!」

 

 がくん、と視界が下がる。膝が不意に後ろから押された、そのままがくりと体が地面に倒れると同時、吐息が吐かれる寸前だったオーフィスの口に黒色の触手が捻じ込まれる。

 

「よーし、ギリセーフかな?」

「……た、助かった……」

「ま、お疲れ様だな、トライヘキサ」

 

 トライヘキサの膝を押したのはサタナエル。オーフィスに黒い触手を接続しているのは堕天使の上半身に、蛇のような下半を待つ存在、サマエルだった。

 

『…起き抜け早々、困ったものです。サタナエル、これは貴方の言う一回にカウントしても?』

「いやいや!これじゃ無いからね⁉︎どんだけ帰りたいのかなぁ⁉︎おじさんちょっとウルって来ちゃうよ⁉︎」

 

 艶やかなため息。やっぱり来なければよかったと言う意思がありありと伝わる顔色のまま。

 オーフィスは動かない。本能で蛇は感じ取っていた。この触手の持ち主の意思次第で自らの今後が変わると。

 

『…貸し一ですからね? …聞こえていますか?オーフィス。聞こえているのなら一度だけ手を振ってください』

 

 細い腕が振られた。

 

『頼みは単純です。今直ぐこの場を引いてください。勿論、ただでとは言いません。其方の要求を此方は出来る限り飲むつもりです』

 

 ずるり、と口から触手が抜かれた。しかしながらそれは即座にオーフィスへ巻きつき、下手な動きを決して許さない。

 

「…真の静寂。だけど、グレートレッド、邪魔。力が、トライヘキサが、欲しい」

 

 やはりか、とサマエルは内心冷や汗をかく。トライヘキサを引き渡そうにもサタナエルが許さないだろうし、そもそもグレートレッドは失うわけにはいかない。あの龍は消してはならない『楔』のだ。

 

 だから───。

 

『……トライヘキサの提供はかないませんが、あなたの言う静寂の類似品なら今すぐにでも渡せます。それを飲んでは頂けないでしょうか。そちらにとっても、悪い話では無いと思いますが?』

 

 蛇の持つ目的に近いものを渡す。静寂など探せばいくらでもある。東洋にある地獄の一種、 ギリシャのラビリンス、サマエル自身がいたコキュートス、綱渡りで仏門に送るのも可能性の一つとして頭に留める。

 

「……………本当?」

 

 思わずガッツポーズを「ッシャオラァ!」と取る天使二人組。それを「えぇ……」というドン引きと困惑の眼差しを送るトライヘキサ。

 

『ええ、ええ。私、嘘は嫌いな性分なもので。では、サタナエル』

「あー!あー!ええっと⁉︎ハーデスのおじいちゃん聞こえてるかなぁ⁉︎いやね、ちょっと大っきなお土産が出来ちゃってさぁ!」

 

 問題解決の糸口は思いのよらない所に転がっていた。しかし、それに巻き込まれる者は、デカ過ぎる爆弾を抱え込むことになるのだが、後にその神物とその妻が再び子煩悩に染まるのはまた別の話。

 

「……そういや、出頭前に暴れちゃったな……どうしよ…え、これ曹操達に責任いかないよね⁉︎大丈夫だよね⁉︎」

 

 神の気まぐれさを知るトライヘキサの焦る声が、荒れ果てた大地と白み始めた空によく響いた。

 

 

 

 




ハーデス「パスがデカすぎる」
ペルセポネ「…やっぱり兄弟ですね!」
ハーデス「浮気ではないからな⁉︎」


Q.なんでオーフィスと喧嘩してたの?
A.二人とも精神が幼いので簡単に喧嘩になりました
オ「グレートレッド倒そう」
ト「え、やだ」
オ「倒そう」
ト「いやだ」
以下、繰り返し。
   ↓
クロスカウンターから始まる戦い。


Q.なぜ伊邪那美は前々から動かなかったの?
A.白龍皇が『出雲で死ぬ』事を待ってました。黄泉の国から力が届くのは伊邪那美でも『神が集まる出雲』だけという設定です。あと普通にこれ書き忘れてました。すまない。

Q.今回雑…雑じゃない?
A.こればっかりは本当に申し訳ないと思っている。


次回、『青色宛のタネ明かし』

「どこから話したら良いかなぁ?」
「僕らの知ることは、僅かだ」
「だがそれを貴様は欲しているのだろう?」

聖書陥落実行まで、あと一頁。


「───白音、私と一緒に、逃げるよ」







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青色宛てのタネ明かし

カシラのおかげでテンション上がって(しんどくなって)早く書けました。やはりニチアサは良い文明。

さぁ、独自解釈・設定の嵐だ。
準備はいい?じゃぁ、気をつけてね?
ゼノヴィアサイドの話は最低三回に分けられます
これ一回目。







 魔術協会『灰色の魔術師』、その最奥に設けられた書斎、古い紙の匂いが充満するその空間の中にいるのは四人の男と一人の女しかいなかった。

 

 その中驚愕の顔色を浮かべているのは、嘗ての教会の戦士ゼノヴィア・クァルタと、悪魔祓いデュリオ・ジュズアルドだった。

 

「──……つまり聖書の神が世界を一度滅ぼしたのは、世界を都合よく作り直す為だったという事か?」

「ま、そういう事になるね」

「……信じられない」

「だろうね、けど君も気づいただろう?この世界は聖書を起点として編み込まれた『何か』がある」

 

 灰色の魔術師理事、メフィストフェレスは顎をさすりながらあっけらかんとして答える。

 ゼノヴィアもデュリオも目を見開いたまま立ち尽くしているだけだ、意識はあるが思考が怪しい。

 

「おさらいしよう。先ずは前提となる君達人間について。君達は聖書の神に造られたのでは『無い』。君達は正当な進化を持って誕生した霊長類だ」

 

 ではなぜ神が創ったとされる話があるのか?

 

「勿論、信仰…強さを得るための悪足掻きだよ。ま、本人は本気で自分で作ったと思ってると思うよ?そうそう、ちなみに今最も信仰が強いのは『科学』と『技術』だ。ウケるよね」

 

 契約の悪魔は一頻り話し終われば額に手を置き、重々しく溜息を吐く。思い悩むように天井を仰げば自ら両頬をはたき、気を引き締めた。

 

「先ずは、最初に生まれた『原初の人類』…聖書ではアダムとイブだったね、あれはあたかも二人だけのように記されているけど、当時は確か百人ぐらいはいたかな」

 

 さらりと暴露されていく数多の真実。それを寝台の上で横たわるソロモンはケラケラと笑いながら…否、自嘲(わら)いながら眺めるばかりだ。

 

「…神の絵空事、『楽園投獄』の始まりはここだ。彼等を愛しいものと定義とした聖書の神は彼等を守る為、救う為に自らが作り出した『楽園(Eden)』へと閉じ込め、その為に『自由(ちえ)』を奪い、神は理想の世界───『新天新地』を築こうとした」

 

 その燃料は愛に他ならなかった。だがその行動は正当ではなかった。だからこそ『獣』は生まれた。

 そうメフィストが語れば、変わるようにソロモンが続いて口を開いては毒づくように語る。

 

「だけどそれは、『楽園(Eden)』の管理を任されていたサマエルと、それを神知れず幇助したサタナエルによって失敗した。彼女によってもたらされた『知恵の実』を齧った人類は再び『自由(ちえ)』を得て、楽園を離れる事が出来たという事だ」

 

 しかし神は諦めたわけではなかった。勘違いに踊る神は更に世に産むべきでは無いものを生んでいった。

 それを教えるために続いて口を開いたのは邪龍である黒い男、クロウ・クルワッハ。

 

「『楽園(Eden)』から人類が消えた事に焦った神は『神器』を作り、人に与えた。恐らくは自衛手段としてだろう。だが今となってはご覧の有様だ。『救ってやろう』『助けてやろう』と思い上がった愚者の果てがこれだ」

 

 希少な神器を巡り醜い所業を続ける愚物の群れ。それすらも神が生み出したというのだから、救いようがとことん無い。

 

「神は人類の回収を急いだ。だがどう足掻いても人類は楽園へ頑なに戻ろうとしない。それどころか文明を独自に発展させ、自らで信仰すべき対象を見定めるようになっていたし、果てには『英雄』という存在が生まれる迄に人類は成長した」

 

 神は焦っただろうな、と邪龍は愉悦の笑みをくつくつと浮かべる。だがそれもほんの束の間。

 場の空気が張り詰める。これから語られる事実の重さを物語るかのような沈黙と面持ち。

 

 時間が停滞したかと思えるほどに長く感じる静けさの中、口を開いたのはソロモンだった。

 

()()()()()()…否、『████、世界再構』」

 

 それは、聖書の神最大の罪。

 それは、聖書の神最大の偉業。

 

 許されない事象、許されない決定、許されない意志。それは現代にまで影響を及ぼし、今もなお人類を苛む悪夢。

 夢幻では終わらない。それは確かなリアルとなって世界の首を真綿でゆっくりと締め付けている。

 

「…当時の神の気持ちはそれこそ、神のみぞ知るってヤツだ。ま、碌な感情じゃないのは確かだね」

 

 ノアの大洪水───神は地上に増えた人々の堕落を見て、これを洪水で滅ぼすと()()()()()()()()()()()であったノアに告げ、箱舟の建設を命じたとされるが…。

 

「神さまは信じたく無かったんだ。自分の愛した人間が時を得て、成長してしまった…自分から見れば醜く歪んでしまったことに。だから嫌なものを全部無くして、やり直そうとしたんだ」

 

 それは唐突に行われた。一夜にしてほぼ全てが滂沱に流され、なかった事にされ、この星に紡がれた歴史がやり直されようとしていたのだ。

 

 だが他の神々も黙っていなかった。

 

 ハーデスは冥府に、ゼウスはエリュシオンに人を匿い、綿津見神と須佐男大神は日本そのものを海と嵐で覆い隠し守り通し、エンリルやエアがジウスドラという存在を世に残したように、抵抗はあった。だが足りなかった。

 

「世界の殆どは洗い流され、その多くは白紙に還った。そしてその上で、神は全ての人類と『契約』したんだ、『全ての生きとし生ける物を絶滅させてしまうような災害はこの先起こら無い』って」

 

 この洪水より世界の白紙化の弊害の例として、北欧にラグナロクは訪れる事はなくなった、終わるはずの神話が終われなかった。

 酷いとばっちりだよね、と王は肩を竦めおどけるも、その笑みにはどうしようもないほどに怒りが滲んでいる。

 

「でもこれだけならまだいい方だ。問題はこの先にあるんだ。神の持つ真の罪は此処から先にある」

 

 先の罪など生温い。それほどまでの事を奴はした。

 許してはならない、許されてならない。

 

「…神は、あの野郎は、もう人間が逃げないように、この世界そのものを楽園にしようとしている。だからその為に──神と人が聖書の都合よく動くように『黙示録』という名の『台本(うんめい)』を、呪いを掛け!人類から『可能性』を奪った!」

 

 息をのむ音が密かに聞こえた。気にせずに王は言葉を届けていく。

 

「おかげで世界はご覧の有様さ!空想と現実の乖離は果たされず!人類種は空想の産物に踏み躙られるのが常と化した!

 死ななくていい人が死に!歪む必要のない人生が歪み!本来から存在しない涙や憎しみが溢れかえってる!ふざけんな!

 こんな馬鹿な話があるか⁉︎アイツが、シバの女王が、■■■が愛したモノは神の人形で…!食い物だったんだ…!」

 

 王の爪が頭皮を削ぎ、落ちた血が瞼の上を通り血の涙を流す。その有様を慣れた目で見る邪龍は王の意識を無理矢理断つ。

 気絶したソロモンはがくり、と何も言わずに寝台に横たわるだけの人間となっている。

 

 苦く笑ったメフィスト・フェレスは切り替えるように咳払いを一度吐いた後、「…質問はあるかな?」と休憩を挟む。

 口を真っ先に開いたのはゼノヴィア・クァルタだった。

 

「…その、『可能性』とは?」

「うーん、そうだね、解明された限りだと…」

 

 からから、といつの間にやら用意されていたホワイトボードをゼノヴィアとデュリオの前に運び、油性ペンで軽く図を描いていく。

 

「『可能性』は全生命に必ず存在する。あらゆる不可能を可能に変える『火』と言っていい。それは君達人類種に多くのものをもたらしてきた。そして本来ならば、この火は人類と僕ら空想を分かつはずだったんだ」

 

 きゅ、とペンの滑る音がすれば図式が完成する。それは二本の年表だ。そのうち一つにはあらゆる神話の事柄が過去から現在まで簡単にまとめられているもの。

 もう一つは三千年前を起点にありあらゆる神話が途絶えている年表だ。

 

「聖書の神、■■■■が『黙示録』という台本(うんめい)を世界に敷いた事により、それは大きく制限されるどころか聖書陣営の手のひらの上に置かれている。

 その証拠として、今なおこの世界に空想の存在は蔓続けているし、ソロモンはリゼヴィムに勝つ事はできなかった」

 

 だがメフィストは悔しそうなそぶりを見せない。それどころか寝台に横たわる白髪の男を一瞥してはゼノヴィアとデュリオの肩に手を置き凄絶な笑みを浮かべる。

 

「でも───君達人類だって負けちゃいなかった。そう、居たんだよ。そして産まれた!神が定めた『台本(うんめい)』から異常に外れた存在が、可能性を爆発させた者達が、敷かれた運命を乱し壊す存在…イレギュラーが!」

 

 希望は欠けず、満たされて居た。

 だからこそ王と獣は諦めなかった。

 神を憎んだ王/人を愛した獣。

 

 方や未来のために過去から数多の希望を仕組み、現在において全てを現出させた、恐るべきただ一人の女に対する愛。

 方や現在過去未来に違わず人類を愛し憧れ続け、その一心で聖書に対する絶対の終わりとなるまで成長した獣。

 

 逆転の運命を仕組んだ人間嫌いの王。

 聖書に対する『終末要素』となり得る獣。

 

 その成就は、もうすぐそこに。

 

 人類は、僕達は、俺達は、私達は、拙者達は、我達は、我輩達は、決して神などに敗れたりはしない。

 

 

 

 ■

 

 

 リアス・グレモリー達はその気持ちを、深海のように暗く重く深く沈み込ませていた。

 ある仲間は死に、ある仲間は裏切ったのだ。その心中は明るいなどとはにべにも言えないだろう。

 そこに、先日出雲から帰ってきたアザゼルからそこであったことを話され、彼らは怒りに震えた。

 

「そんな……!」

「殺す必要は無かったはずだろ…!」

「…………」

「今まで何にもしなかった癖に…!」

 

 だがそれでも耐えろとアザゼルは彼等に伝えた。後に待つ神話会談のために今は耐えてくれと、頭を下げて懇願した。

 アザゼル、サーゼクス、ミカエルは神話同盟でトライヘキサ討伐にあたり、その裏で万が一の為に切り札である聖書の神を復活させるという算段をとった。

 

「そんな奴らと協力するというの⁉︎」

「これしか手はねぇんだ。それ程までにトライヘキサとソロモンはやべぇんだよ。…それに、ここで俺達が一時の我儘に身を任せてみろ。その時は本当に世界が終わるぞ」

 

 彼等の目にトライヘキサは『破壊』そのものとしか写っていないのだろう。事実彼は聖書に対して破壊しかもたらしていない。

 

 アザゼルは兵藤一誠の肩に手を置く。

 

「いいか、強くなれ、イッセー。ヴァーリが死んじまった今、残された天龍はお前だけだ。もしかしたらお前が、ソロモンから世界を救うことになるかもしれないんだ」

 

 兵藤一誠は成長を見せていた。『赤龍帝の鎧』発動の安定化、基礎能力の向上、更に『覇龍』へ至る権利を獲得した。

 それでも尚、彼の成長は止まらない。まるで仕組まれているかのように、滞りなく彼の成長は続いていく。

 

「……分かりました……でも、俺は…その前にフリードを…!」

 

 赤龍帝は怒りに震える。仲間の命を奪った男に、もうこの世にいない男に向かって憎悪の念を抱く。

 それは彼の周辺に現れていた。床や柱にはヒビが入り、砕けていることからして、その苛立ちは分かってもらえるだろう。

 

「リアス、ギャスパーのやつに関しては任せとけ。ソロモンの魔術に対する対抗策なら天界にいくつかあるからな」

「…いいえ、その必要はないわ。私は、私の言葉と力で、ソロモンから大事な眷属を取り戻す!」

 

 やっぱりこうなるか、と苦笑混じりの溜息。されどもアザゼルはリアスにソロモンの対策を渡すつもりでいる。彼の事をシバの女王程ではないがよく知っているからこその対応だ。

 

「っと、そうだ。塔城……は、どこいった?」

「さっき少し外の空気を吸ってくると…」

「ああ、……ま、無理もねぇな」

 

 ───塔城小猫の中には以前から恐怖があった。それは急速に高まりつつある兵藤一誠の力に抱かれていた。

 まるで()()にそう在れと望まれているかのように増長する彼の力に恐怖していた。

 

 駒王学園旧校舎の裏側に彼女は座り込む。息は荒いままだが彼女にはそれすらも瑣末な事。今は一刻よりも早く赤龍帝から離れたかったのだから。

 

「……それ、だけじゃ、ない……」

 

 彼女の中ではある疑念が確信へと高まっていた。『これすらもソロモンの手の上では無いのか?』というもの。

 独自で彼について調べていた小猫は、リアス達以上に彼の恐ろしさを知る事となっていた。

 それが今の彼女の思考と焦りを形成し、逃げるという手を取らせた。……そしてこれを心から安堵し、喜ぶ女がいた。

 

「……良かった、逃げてくれて、本当に良かった…」

「ッ誰で────⁉︎⁉︎」

 

 気づけば小猫はその女の腕中にいた。口のみならず手足は完全にホールドされており、声も抵抗もできない。

 だが不思議と恐怖は感じなかった。それどころか懐かしいという感情が小猫の胸中に渦巻いている。

 

「───白音、私と一緒に、逃げるよ」

 

 塔城小猫は、白音という猫又は己を抱いて恐るべき速さで駆けていく女の名前を知っている。

 本来ならば感情のまま争っていたかもしれない。だけど恐怖と焦燥に包まれた今、家族の存在にどうしようもない程に安心した。

 

「───黒歌、姉様」

 

 名前を呼ぶと、在りし日の微笑みが。

 家族の笑みに、少女は心の底から安らいだ。

 

 

 




Q.大洪水の時トライヘキサは何処にいたの?
A.欧州辺りにいて普通に洪水に巻き込まれて死にかけました。その後彼は何も無くなった大地を延々と彷徨います。生き残りがいると信じて飲まず食わずで幾星霜とね。

Q.ギャスパーとヴラディはどこに?
A.バロールの保有者という事でケルト神話に保護されています。ソロモンの懇願でヴラディも同じく。今頃ダグザと一緒におかゆでも食べてるんじゃないかな?ギャスパーはケジメをつける為にルーの元で修行中だったり。

Q.ハーデスさん、浮気っすか
A.《だから私の嫁はペルセポネだけだとあれほど》

『████、世界再構』は要するに『世界を聖書の存在にとって都合のいいものにする』、『人類から可能性を奪い空想に対して絶対的に不利にする』という事です。わからなかったらこの二点のみを抑えといてください。

ま、もう直ぐこれ完全にぶっ壊れますけど。

次回『宣戦布告』




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宣戦布告

 十月、それを出雲では神在月と言う。





 十月某日、三大勢力の必死な呼びかけの元『世界神話会談』が開かれる事となる。

 開催地は日本神話の出席者である、伊邪那岐大神の要望により出雲と決定。三大勢力は白龍皇の一件や領地の事もあり、これを飲まざるを得なかった。

 

 会談開催時刻は早朝五時。

 

 現時刻は午前三時。だというのに、すでに多くの神々が出雲へと集いつつある。

 

 例えば、ダーナ神族の長老であるダグザ

 例えば、メソポタミアの冥府神エレシュキガル

 例えば、ゾロアスターの最悪神アンラ・マンユ

 例えば、インド神話の破壊神シヴァ

 例えば、北欧神話の悪神ロキ

 

 その光景に会場護衛を務めるサイラオーグ・バアルは気圧されたのか、瞳孔を開き微動だにしないまま冷や汗を流すのみ、

 そしてこれは彼だけに限らず、塔城小猫の失踪に心をすり減らしていたグレモリーやその眷属達もまた、同じだった。

 

「…なぜ、こんなにも早いのでしょうか…?」

 

 境内、早すぎる神々の集まりに天使長であるミカエルは首をかしげる。その声は疑問や腑に落ちないと言った色を隠さずにいられない。

 通りかかった黒髪に碧眼を持つ男神、伊邪那岐大神はその腕を妻に抱かれながらも平気そうに先程から悪魔や天使に限らず神などとも話まくっていた。

 

「世界中の神々が集まる事態なんて、紀元前以来だからねー。そりゃあ皆何事かと思ってくるよー。実際それほど大変なんでしょ?」

「え、ええ。急を要する事態です。ですので、早く集まっていただけたのは非常にありがたいのですが…」

「にしても早すぎるーって?あはは、考え過ぎだよ。も少し肩の力を抜こうぜ?

 神々(ぼくたち)は、別に()()()()()()()んだからさ」

 

 含みのある言葉と微笑み。其処にあるのは決して善意などではない。もっと形容し難く複雑な何か、例えるならば楽しみを待つ幼子の様であり、答えを得た厳格な仏僧の様に見える。

 

「それはどういう───」

「それじゃ僕ら二人はこの辺で」

 

 追求しようとする天使を煙に巻く。妻を横抱きにして男はそのまま社の奥へと消えようとする。何も教えず、何も知らせず。

 

「っ、何処へ⁉︎」

 

 だが呼び止める。放置してはいけないと、天使の頭の中で警鐘が何度も何度も鳴り響く。

 『どちらでもいい』その言葉の真意を聞こうとする。知らなければならない、無知のままでは恐ろしい事になる。

 

「おいおい禁欲的だな、別に妻と一緒に寝るぐらいどうって事ないでしょ?久々に会えたんだ。一夜くらい邪魔しないでおくれよ」

 

 だが神はもう一度煙に巻く。お前に教える気は無い、言外にそう告げていた。

 からん、ころん、と下駄を鳴らして伊邪那美とともに伊邪那岐は鳥居の奥へ奥へと消えてゆく。二人だけの世界へ消えてゆく。

 

「……」

 

 いつの間にやら境内では宴が起きている。酒を知己の仲と共に喰らい飲む者、互いの武芸を図る者、ただただ騒ぎ笑う者。

 ミカエルはそこに違和感を待っている。目に見えない、自分も知らないなにかがうねり、動いている様な錯覚。

 そして今朝より止まない胸騒ぎ。

 

「? どうしたんだ、ミカエル」

 

 様子のおかしい天使長の身を案じてサーゼクスがそう呟いた同時だった。魔王と天使長は自らの喉元が鎌にすらりと撫でられた感覚を覚え、咄嗟に喉元に手を当てる。

 だがそこには何も無い。彼ら二人の手は綺麗に大気を掴むだけで、そこには本当に何も無い。

 

《ああ、すまんな、蝙蝠に白羽よ。今日の私はどうやら、年甲斐も無く浮かれているようだ》

「っ、貴方でしたかハーデス」

「…ハーデス殿…」

 

 鳥居から現れた神、それは紛れもなく冥府神。

 黒色の司祭服に、被るのはミトラ。

 その顎骨カタカタと鳴らし魔王と天使を嗤う。

 

《しかし到着が早過ぎたな、まだ二時間ほどあるか。…どうせならもう少し長くペルセポネと話しておくべきだった…おのれデメテル……》

 

 額に手を当てるハーデス。その声色からは心からの悔いを感じさせる。彼は未だ驚きの中にいる天使や魔王にはもう目もくれず、そのまま社へと歩きを進めていく。

 

 そうして、予定より早く全ての神々が集う。

 やがて定刻となり、会談が始まった。

 

 ■

 

 

 黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)『トライヘキサ』。

 その存在そのものが罪である命。破壊しか知らず、見境なき破壊しかもたらすことのできない終末の獣。その実力と恐ろしさは、オーフィスやグレートレッドと並ぶ程と言えば伝わるだろう。

 

 この獣は遥か太古に『聖書の神』の手により封じられていた筈だったが、急遽復活を果たし、恐らくはソロモンの率いる勢力と共に冥界へ破壊をもたらした。

 

 その復活を手引きしたものは誰か?

 

 それは人類を裏切った王『ソロモン』。

 かつてのイスラエルの王にして神の叡智を手にした男。誰よりも人間を憎み嫌った者。人類を破滅へと導いた弩級の危険人物。彼はその大罪の償いとして聖書の神にその身を焼かれ、バビロンの穴へと遺体を落とされた筈だった。

 

 だが彼は数年前ディハウザー ・ベリアルの手により復活し、暗躍を開始していた。禍の団は彼と、彼の率いる勢力の手によって滅ぼされたと見て良いだろう。

 

 彼らを野放しにすればどうなるか、それは想像に難く無い。だからこそ、我々は手を取り合い、彼等と戦うべきだ。

 魔王サーゼクス・ルシファーはそう嘯いた。

 

「………ふっ」

 

 だが帰ってきたのは同意の喝采でもなければ、決意の言葉でも無い。ただの沈黙。同意か、拒絶か、三大勢力はそれすらも分からない。

 

「…何かと思えば、下らん。『世界を守るヒーローごっこ』がやりたいなら、今までと変わらず勝手に貴様らだけでやっていれば良い」

 

 欠伸とともに北欧の悪神は沈黙を破り告げた。その発言を皮切りに、彼に同調するかの様な空気が神々の間だけで流れる。

 それに対して三大勢力の頭角達には困惑と驚愕のみが広がっている。

 

「どういうつもりなのか、お教えいただきますか?」

 

 堪らずにミカエルは声を絞り出す。だが当のトリックスターはその発言に耳すらも貸すことはない。

 ロキと同じ意思なのか、冥府神ハーデスは興味すらも見せず淡々と事務的に答える。

 

《貴様らと手を組む理由が、我々には無いという事だ。今までの身の振り方をよく考えるのだな、それでも分からないのであれば貴様らは生粋の愚か者というに相応しいだろうよ》

 

 もはや侮蔑の声色も意思もない。ただ事実を述べるだけであり、その言葉にも感情がない。関心は完全に無くなっている。

 ロキとハーデス。彼等二人は他の神話体系との協調、同盟に対して否定的と言っていい。それも聖書に関しては特に。

 

 ギリシャ神話と北欧神話は、彼等をこの場に何の拘束もなく送った。それだけで彼等の意思は伝わるだろう。

 

「…言ってくれるじゃねぇか、ハーデス、ロキ。だが俺達の話を聞いていたのか?世界が滅びる瀬戸際なんだ、なのにアンタらの下らねぇ我儘を押し通すつもりか?」

 

 だがアザゼルは噛み付く。お前達と俺達では背負っている物が違うとでも言うかのように糾弾の眼差しを神々に当てる。

 その様相に堪らずにくつくつと全ての神々は嗤う。知恵者が無様を晒し続ける者を嘲笑するかの様に。

 

《ここまで綺麗にブーメランを投げるとはな、恐れ入ったぞ鴉頭。世界が滅びる瀬戸際?馬鹿を言うな、()()()()()()()()()()だろう?》

 

 呆れと見限り混じりのため息。馬鹿馬鹿しいという態度を隠そうともせず、ただただ率直に告げて行く。

 我慢の限界か、それともただの気まぐれか、沈黙のままだった悪神もまた率直に告げた。

 

「そもそもの話だ。黙示録の獣は無差別な破壊しかもたらせないと言っただろう?では何故、件の獣が復活しているというのに、私達は無事で、お前達だけは痛手を負っている?」

 

 その発言で決まった。

 

「───結論は出た。全ての神々に代わり、伊邪那岐大神が決を述べる。我々はこの先、どんな事があろうとも汝らと手を取る事は無い。それが我等神々の決定であり、意志とする。構わんな?」

 

 否定の声も、拒否の声も、改正を求める声もなかった。それが全てを物語った。

 『どうして』そんな声に対する返答も最早ない。

 構わずに伊邪那岐大神は続ける。

 

「そして今ここで黙示録の獣にも決を下そう。本意ではないと言え、多くの命を奪った。それに耐えきれず、自らその命を絶とうとした。

 自害してでも逃げたかった己の罪と、人間達と向き合い、星が滅びるその日まで永久にその鼓動を続けろ」

 

 唖然とした。まるでトライヘキサのが真っ当な感情と知性を持つ命であるかのように言葉を続ける神と、それに何らかの苦言すら呈さない他の神々に、三大勢力のトップ達は放心する他なかった。

 

【……ありがとう、ございます】

 

 唐突に、声が響いた。それと同時に会場の中心、三代勢力代表達の前の空間に亀裂が走り、やがて砕け散り、穴が開く。

 そうして会談場に彼は現れた。六枚の異種の翼、天に背くが如く十の角、少年と遜色変わりのない、白く輝く肉体を持つ者。

 666という数字を背負う者、トライヘキサ。

 

 彼に続き、穴から三人の人間がその場に姿をあらわす。

 

 例えば、青龍偃月刀と聖槍を背負う男。

 例えば、濃霧をその身に纏わせた男。

 例えば、無数の聖剣を腰に携えた女。

 

 不意に二槍を背負う人間が何かを二つ程投げた。それは空中で綺麗に弧を描き、サーゼクスの足元へゴトリと落ちる。

 それは首だった。霧散する事を許されずこの世に残された、討ち取られた確かな証。

 

「リュディガー・ローゼンクイツ…!

 ロイガン・ベルフェゴール……!」

 

 サーゼクスは呻くようにその首の名前を呼ぶ。だが当然、返事が返ってくる事はない。

 アザゼルは驚愕に身を目を剥き、ミカエルは冷静に勤めて光槍を構え、そしてサーゼクスは怒りに歯を鳴らす。

 

「…その二人は強かった。だがそれまでだ。肩慣らしにさえ、成りはしない」

 

 二槍をその手に持った『革命家』曹操が『紅髪の魔王』サーゼクス・グレモリーへとその穂先を向けると同時だった。

 濃霧を見に纏った男はアザゼルと、無数の聖剣を携えた女はミカエルと対峙する。

 

「───ねぇミカエル、(おれ)は今度こそ、あの日焼け無かった天を燃やし尽くすよ」

 

 数多の聖剣に足を進ませる事を阻まれた天使長に、薄く開いた少年の唇は、そう告げた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 十月、多くにとって突然に、それは起こった。

 規模不明組織による、聖書勢力への奇襲。

 その全ては成功し、多くの手練れが落ちた。

 

 そして、大いなる都の徒(バビロニア)と、首魁の一角であろう曹操の名で。ごく短い声明が、世界に発信される。

 

To Bibles welcome to the abyss. (聖書に記されし者達よ、奈落へようこそ)

 

 それは、全ての聖書の存在に対する、明確な宣戦だった。

 

 三大勢力は、リリス陥落、アグレアス大破の前例もある事で、この狂気の勢力との対峙を余儀なくされ。

 冥界に住む悪魔達は、断頭台への道を歩んでいる事に今更気づいたかのように、それに恐怖するしかなかった。

 

 




〜会談に行きたかったけど来れなかった方々〜
閻魔大王「人口爆発とか仕事増えるから勘弁」
帝釈天「万一の留守番とか必要かい仏様ァ⁉︎」
天照「お母様暴れてないよな…?」
ポセイドン「なぜ駄目なのだ兄弟よ⁉︎」
■■■「冥界の下にいる」
オーディン「【悲報】新しいエインヘリャルが早速ロキの奴に連れてかれたんじゃが【早くね?】っと…」

次回更新ですが、旅行に行くので一、二週間後くらいになると思いますので、どうか気長にお待ちください!

次回「聖書殲滅戦線」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖書殲滅戦線

花火も満喫、山の写真も沢山撮れた、美味しい物もそれなりに。夏はやはり旅行が良い。ええ、最高でした。んじゃ、バリバリやっていきますかね。

あ、ワインと麻婆はもう少しの辛抱よ?
ちゃんと熟成させておいてね?(慈悲深い神父の笑み)





 会談出席者とは別に、会場護衛に努める三大勢力を襲撃したのは、『魔獣創造』により産み出されたモンスターの軍勢だ。

 作成者は恐らく童話から着想を得たのだろう、その外見はファンタジックなものだった。

 

 其れは伸縮自在の首と鋭すぎる牙を持つ正体不明(バンダースナッチ)であり、それを統括するのは目をらんらんと燃やし、風を切って襲来し、鋭い鉤爪で獲物を捕らえ、強力なあごで食らいつく伝承存在、ひとごろしき(ジャバウォック)

 

 それが群れをなして悪魔を、天使を、堕天使を殲滅しにかかる。そこに区別はない。それは平等に公正に行われる殺戮行為。

 だが三大勢力に絶望はない。なぜならば彼等の味方に超越者が、獅子が、赤龍帝が、頼りになる仲間がいるからだ。

 

 

 大丈夫、大丈夫だ。

  まだ、まだ希望は壊れていない。

   世界の平穏は、私達の日常は壊れてない。

 

 

 彼等は平静を保つどころかその気概をたぎらせた。お前達に負けてなどやるものか。お前達に滅ぼされてなどやるものか。お前達に膝を折るなどやるものか。

 

 全ては変わらぬ明日の為に。その希望を胸に、彼らという『せいぎ』は『あく』に立ち向かう。

 たがそれも───。

 

「少しペースを落としてくれない?僕の体は老人と変わらないからさ。おんぶしてくれれば尚良し」

「僕の影にのりますか?間違って食べちゃうかもしれませんけど…」

「だから私は言ったんだ絶対クロウ・クルワッハに乗せてもらうかメフィストに送ってもらったほうが早いって…」

 

 王と真実を知った者が、到着するその時まで。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 冥界には再び地獄が広がっていた。だが嘗ての戦禍とは違い、各地には火の手が上がる事は無く、ただ断末の悲鳴と血の匂いだけが広がっていた。

 

「いやだ!いやだ!助けて!」

「何で俺達だけがこんな目に…!」

「人間風情が!貴様らごときに!」

 

 都市に、領地に、凡ゆる地点に尖ったシルクハットの様な兜を目深に被った騎士達が、『不死隊』が進行する。その規模は僅かばかりな一個大隊。だがそれに参列する全員はレオナルドが産み出した良作達ばかりだ。

 

「死にたくねぇ…!死にたくねぇよ…!」

 

 忙しなく鉄の軍靴の音が、肉を刻む音が、倒れふす音だけが聞こえる。

 その侵攻ははっきり言って遅い。だがそれら全ては懇切丁寧に行われており、誰一人とて生き残れる道理も奇跡もない。

 

『次から次へと…!』

 

 だがそんな彼等を炎が焼き殺す。その炎の担い手は『聖魔龍』ことタンニーン。

 メフィスト・フェレスの持つ眷属が一人であり、『女王』の席を与えられている。だがここ近日に至り、彼と主君の連絡は途絶した。

 

 この様に数多の実力者が事態の収束に奔走を尽くしても尚、彼等の、『大いなる都の徒(バビロニア)』の侵攻は、レオナルドが作り出した騎士は止まることはない。

 

 ある所では巨躯の弓兵が恐るべき速さと威力の矢で悪魔もろとも家屋を薙ぎ。

 ある所では黄金獅子の騎士と大槌を手にした処刑人が悪魔を一人一人潰していき。

 最果てでは撃ち漏れた、或いは逃げ延びた悪魔達を暗色の衣に身を包む暗殺者が狩る。

 

 これもまた、レオナルドの産み出した騎士達。だが産み出したのは『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』では無く、その『禁手(バランス・ブレイク)』である。

 

 レオナルドには忌み嫌う者がいた。その者が産んだ物が許せなかった。それが『生み出す者』としての矜持から来る物か、それとも関わり合ってきた人々との繋がりで獲得した良心から来る物か。それは彼にしか分からない。

 

 ただ彼はその『忌み嫌う者』を打倒しようと、否定しようと多くの魔獣を生み出しては試行錯誤を繰り返した。

 そしてその果てに彼は辿り着いた。血反吐を吐きながら、何枚もルーズリーフを消費して、ペンを何本も壊してまで完成させたもの。

 

 超越者を否定し、殺すだけの存在では無い。

 

 子供なら一度は胸にその理想を抱くヒーロー。かつて見た物語という空想。それに憧れたからこそ凡ゆる手を尽くし、研鑽を積みに積み、この世へ再現し、投影し、敬意を持って産み出した。

 

 それがきっかけ。

 彼は自らの『禁手』をこう名付けた。

 ───『万夫不当の英雄譚(ノット・バッド・エンディング)

 

 生み出されるのは魔獣を遥かに超えた膂力を持つ存在。伝承、御伽噺、童話、つまりは一度見た物語の存在を投影し生み出す境地。

 ああ、それこそお伽話だ。子供の見るひとときの理想だ。まさしく子供の夢と呼ぶにふさわしい。

 

 子供の産んだ英雄の夢と。

 悪魔の産んだ■■(せつじつ)の夢。

 その対立は、もう間近にある。

 

「アジュカ・アスタロト……」

「…そこを退いてもらおうか、化物が」

 

 

 

 

 冥界某所、魔王レヴィアタンと二人の男は対峙していた。状況は拮抗では無い。片方の優勢。ではその片方とは悪魔か、男達か、どちらなのか?

 

「『零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)!」

「下らんな、果てしなく」

「なっ⁉︎」

 

 広域に展開される高威力の氷の魔力。そのおおよそ半分を指先にほんの僅かに止まる炎で蒸発のみならず消失させたのは、25メートルはあるであろう燃えるような髪の男。

 残るもう半分を『神器』の力で吹き飛ばしたのは同じく2メートルの大男であり、その両腕には機械仕掛けの兵装を取り付けた者、ヘラクレス。

 

「大英雄の残り火よ、助けは必要か?」

「この分じゃいらねぇな。師匠は手前の目的を果たしに行けよ」

 

 その一言を皮切りに男達は分かれる。一度手を合わし鳴らせば炎の男は瞬く間に消え去り、大英雄の魂を受け継いだ男はその場に留まり、どう猛に笑いながら構えを取る。

 

「こいよ魔王サマ。人間の限界ってやつを見せてやる」

「いいわ☆なら魔法少女レヴィアタンは皆の為なら負けないってことを見せてあげる☆」

「はっ!その年で少女はきついぜババア!」

 

 この日ヘラクレスは悪魔でもなく、魔王でもなく、先ず女性の堪忍袋をいっそ清々しい程にズタズタにした。緒を切るどころの騒ぎではなかった。

 

 

 

 ■

 

 天界、第一天。

 

 トライヘキサは既に第一天の大半を焼き尽くしていた。それはもう懇切丁寧に、天使を一人も逃さぬ様に焼き尽くした。

 粗方を燃や終え、次の天に登ろうとした時だった。そこに彼は現れた。一人の女性の天使を引き連れて。

 

「……ケルトの?」

『クロウ・クルワッハだ。よもや名が知れていようとはな』

 

 黒いコート、金と黒の混じり合った髪、双眸は右が金で左が黒という特徴的なヘテロクロミア。

 ソロモンと契約した遥か太古の邪龍。そんな彼の側に居るのは美しい女の姿を持った天使にして神の力、ガブリエル。

 

「……」

 

 トライヘキサは無言でその身に炎を走らせる。怯えを見せるガブリエルを他所に『少しこの女の言葉に耳を傾けろ』と静かに邪龍は告げる。

 しばしの沈黙。何度か迷うそぶりを晒しては徐々に徐々に身に走る炎をゆっくりと消していく。

 だが剣呑な目つきは変わらず、ガブリエルから目を離さない。その目は『余計な事をしたら焼く』と言っていた。

 

「と、トライヘキサ……貴方に、…貴方に、この世界について、話しておきたい事が、あります」

 

 だが彼女は逃げなかった。そして己がやるべきを、遠い昔に結んだ、神の子たる『救世主』との約束を果たすが為に。恐怖に喘ぎ、その喉を震わせようとも、託された言葉を紡ぐ為に彼女は獣の名を冠する少年と眼を合わせる。

 

 トライヘキサはその目を僅かに緩めた。だが剣呑な事には変わりない。その眼が揺らいだのも意識が『燃やす』から『聞く』に変わっただけに過ぎない。

 

「───私には、天使にはいくつか表現が禁止された言葉があります。ですが可能な限りは伝える事が出来る。ですから、どうか、この言葉の断片を覚えていて、せめてもの手がかりに……」

 

 瞬間、ガブリエルの心臓を貫こうとする光の槍を、クロウ・クルワッハがその拳で砕いた。

 空に在るのは二人の熾天使。即ちサンダルフォンとメタトロン。その凄まじい形相と殺気は、全て同胞であるはずのガブリエルへと向けられている。

 

『……耳聡い蓮中だ』

 

 第二射、光の雨が降る。それら全てをクロウ・クルワッハはその右腕に過剰なまでのオーラを滾らせてはそのまま横一線に振るう。光と光の衝突。雨は焼き払われていく。

 その隙にガブリエルは必死に言葉を紡いだ。

 

「神は貴方を─為に、この世界を───にするつもりです」

 

 その発言と同時だった。ガブリエルの身は炎に包まれゆっくりと青い粒子へと還り、空の中へと溶けてゆく。

 かろうじて分かるその顔と声は悔しさと不甲斐なさに満ちている。そんな彼女を、トライヘキサは意外そうな顔で見ていた。

 

 ───ごめんなさい、やっぱり駄目でした。

 

 朧げな声、解けていく天使の体。それを驚きから来る放心のまま、眺めることしか出来ない少年。

 炎に囲われたままの天使は、青色の粒子に還っていく天使は、驚いた少年を見て微かに安堵した様に微笑んだ様な気がした。

 

 ───急いでくださいね、時間がありません。

 

 その言葉を最後に四大天使の一人は、静かにこの世界から消えた。

 

 

 ■

 

 世界神話会談会場である出雲。ここに集った神々はそれぞれの選択を取っている。ある神は国へ帰る事を決め、またある神は人間と聖書の戦いを見届ける事を決めた。

 とは言っても態々残る神はほんの一握りだった。それもそうだ。ここに留まらずとも見ることは出来るのだから。

 

 曹操とサーゼクス。

 ゲオルグとアザゼル。

 ジャンヌとミカエル。

 

 彼らの戦いは拮抗を保っていた。だが曹操に至ってはほんの僅かに優勢を見せている。踊る『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』と青龍偃月刀。迫る滅びの魔力を纏う拳をかわしつつ確実に槍を刺していく。

 

 ゲオルグは神滅具『絶霧(ディメンション・ロスト)』を用い、その身に迫る光の槍を霧の中に閉じ込めてはそのまま返すという戦法を取るが、双方に切り札があるのか、お互いにその余裕のある笑みを崩さない。

 

 ジャンヌはただただ単純に何十もの聖剣をミカエルに荒々しくも的確に精密に叩き込んでいた。だが相手は天使長。その程度で勝てるのならば苦労はない。彼はいたって平静に剣を凌いでいく。

 

 そんな争いを見てロキは笑っていた。だがその笑みは途端、不愉快そうなものに変わる。

 

「少しは黙っていろ、目当ての女はまだ来ていないのだろう?」

「───? ───!」

「…私の知ったことか。それよりも大人しくしていろ。折角連れて来てやったんだ。それぐらいは…」

「─────! ──?──?───!」

「腹立たしい奴だな貴様はァ⁉︎ クソッ!こんな事ならお前を選ぶんじゃなかった!」

 

 北欧の悪神はヴァルハラの館に在る戦士、エインヘリャルを護衛として一人連れて来ていた。

 だが彼はとにかく不真面目というか、人を腹立たせる事に対しては一級品であり、悪神ですらももこのザマだ。

 しかもヴァルハラの戦士という立場を利用して煽って来るからこそ尚、彼のタチの悪さに拍車がかかっている。

 

「──、────」

 

 彼は本来ならヴァルハラの館に迎えられる者ではなかった。だがその生まれの経緯とその偉業にオーディンは目をつけた。

 結果として彼は主神のお眼鏡に叶い、館へと迎えられた。

 そして彼がいたからこそ、ジークフリートはグラムを正式に所持する事を認められたと言っても過言ではない。

 

「…分かったからその口を塞いでろ……」

 

 そんな彼は待つ。ただ一人の、信頼できる女を。

 あの日言えなかった感謝と、遺言を唯一の肉親に残す為。

 

 

 

 

 

 




Q.なんでガブリエル死んでしまうん?
A.節子、神のルールに逆らったからや


因みにレオナルドは実際の英雄を投影していません。彼なりの敬意というか、生み出す者としての一線ですかね。だから投影されるのはほとんど創作物からです。『ジャバウォックの詩』の少年とか、ダー●ソ●ルの四騎士とかね。

次回はゼノヴィアサイド2回目。
こっちは短めになるかも?
その次はジークフリート対タンニーンですね。
さてさて、新たなる竜殺しの誕生はなるか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王の眼

私「課題の存在を忘れていた私が通りますよ」
教「死にたいらしいな([∩∩])」

皆さんも、ちゃんと課題、やってます?



ああ、それでいい。
早く壊せ、壊すのだ。
全てが手遅れになる前に。
舞台は整った。
あとは劇場の幕を開けるだけ。




 曹操から三大勢力に対する宣戦より数時間前。魔法使い協会「灰色の魔術師」最奥の書斎では漸くソロモンが意識を取り戻したと同時だった。ギャスパー・ヴラディが鍛錬を終え合流した。

 

 ソロモン達は準備の後出発を決定。その場に居たデュリオ・ジェズアルドとゼノヴィア・クァルタとは別れる事となる。

 

 しかし此処でゼノヴィアはソロモン一派に頼み込んだ。『一緒に連れてってくれないか』と。

 彼女は確かに世界の殆どを知った。だからこそ行動をしなければならなくなった。知った者が故の責任、そしてソロモンはこれを了承した。

 

 戦力は多い方が良い。

 

 ■

 

 ゼノヴィアは静かに装備を纏めていた。ソロモンから受け取った魔術的な加護を受けた黒いコートを羽織り、デュランダルを腰に携える。

 

「……」

 

 机上に置かれたメンテナンス明けの銃を静かに眺める。これは紛れもなくフリード・セルゼンの使っていた光銃だ。

 自らが無力だった故に死なせてしまった存在。あの時もし私が強ければ今も変わらず私達は一緒に働けていたのだろうか?

 そんな事を考えては自嘲した。

 

「…今更感傷に浸っても、な」

 

 コートの内ポケットに光銃を入れれば、静かにそれなりの重さがのし掛かる。それが何となくだが、何処と無くゼノヴィアの心を暗くする。

 そんな彼女見かねてか、それともどこか思う事があったのか。ギャスパーはコトリ、と近場の机に炭酸飲料の缶を置く。

 

「…………」

 

 だが彼は何も言えずにその場を去ってしまう。何と言ったらいいのか、分からなかったのだ。

 

 それをソロモンは黙って眺めているが、その表情は読み取れない。憐れみなのか、無関心なのか。

 

「…後悔してるのかい?」

「───ッ…」

 

 この男にしては意外な事に踏み込んだ。

 少女はその身体と顔を強張らせ、肩を一度震わせては静かに王の方へと振り返る。

 王の顔はようやく露わになった。その双眸はある種の力強さを感じさせ、気圧されたゼノヴィアは微かに震える己の腕を抑えながら、目の前にいるのは正しく王なのだと実感させられる。

 

「…フリードは役目を果たした。だからこそ僕は進めてる。あの男が託したバトンは計り知れなく大きいものだ」

「───……」

 

 仲間を失った者なら必ず辿り着く珍しくもない後悔。だから王はそれを咎めたりせず、ただ己の話をマイペースに続けるばかりだ。

 

「丁度いい。僕の計画について話して置こっか」

 

 ソロモンは自らの目の下を指で軽やかにトントンと叩きながら席に座るよう顎で促した。

 ゼノヴィアは、特に何も言わず席に着くが、それまでの足取りはまるで荒野をさまよう羊飼いの様にふらふらとしている。

 

「 第一の目標は『黙示録』の破壊。それの下準備として、最低でも三人の『楔』が欲しかった。その『楔』っていうのはフリードや曹操、そして、君の様なイレギュラー」

 

 『黙示録』、それは全てが聖書にとって都合良く進み、背く者には最悪の道筋へ誘導されるという、神から世界へと刻まれた忌々しいルール。

 

「本来ならあり得ない事、不可能でしかない事を成し遂げる者。それが敷かれた台本を何よりも乱すのさ。『予定調和なんて糞食らえ』って感じでね。事実今の三大勢力はジリ貧と言ってもいい。そしてその歪みを修正する役割だった兵藤一誠の覚醒は起こらず、故に木場佑斗は死んだ」

 

 だがそれは決して恒久的な物では無い。

 世に死なずのまま存在し続けるものなど無い。

 世に綻びの無いものなど存在してはならない。

 

「だけど駄目だ。『楔』を打ってヒビを入れた程度じゃ駄目なんだ。プログラミングに不備があれば必ず修正される様に、『歪み』は必ず誰いつか誰かに修正されてしまう。そういう風に『黙示録』は出来てるから、完膚無きまで壊さなきゃ駄目なんだ」

 

 だというのに綻びは直されてしまう。いくら乱そうが揺らそうが意味はない。故にこの世から消し去らねばならない。その綻びに刃を入れ引き裂かねばならないのだ。

 

「壊すのは僕の最後の花火さ。そして今や『黙示録』は壊せる程にまで脆くなっている」

「じゃあ、なんで今すぐにでも壊さないんだ?」

 

 綻びから裂くナイフは既に手の中にある。

 ギロチンを落とす紐はその手にある。

 なのになぜ手を下さない?

 

 ソロモンはただ苦く笑った。額に手を置けば大仰な溜息を吐きながらそのまま背もたれへと全体重をかける。

 

「…『見えない』んだ」

「『見えない』とは?」

「『未来視』ってあるだろう?僕は自分の目に占術を何十にも重ねてそれを擬似的に可能にしてるんだけど…特徴があってね、見える未来は一つじゃなくて複数なんだよ」

 

 これがソロモンの強みにして弱みでもあった。彼の持つ未来視で観測可能なのは一つの道筋では無く、数多の道筋。

 それはいくつかの"あり得る未来"。実現の可能性が高い未来ならば年単位で。逆に不確定な未来は近い将来までが見える。

 

「なるほど…それで、見えないというのは?」

「言葉通りの意味だよ。因みに僕が黙示録を壊さないままだと、三大勢力が全部解決大団円って未来しか残ってない」

「それは……」

 

 語られた未来でゼノヴィアの中に怖気が走る。

 悪魔を殺したフリードの名は穢されるのだろうか?

 アーシアは私達を幇助したから捕らえられるのだろうか?

 私はやはり殺されるのだろうか?

 

 その未来において人間(わたしたち)は、人間らしく生きているのか?

 

「… 話を戻すよ、僕は『黙示録が破壊された場合』の未来を探して、見た。するとその破壊後の未来が全て観測できない。全領域が真っ暗闇で見えないんだよね」

 

 だから動けなかった。過去においてもこんな事例はなかったのだ。それ故においそれと実行に踏み出せない。

 未来領域観測不可。その理由は未だ不明だ。その未来では世界そのものが消失しまったのだろうか?それとも神がなんらかの細工を施したのか、どちらかだ。

 

「けどまぁ、手が無いわけじゃない。これから僕は二天龍の片割れ、赤龍帝を殺しに行く」

「…兵藤一誠を、か。だがなぜ赤龍帝なんだ?奴よりサーゼクス・ルシファーを抑えた方が良い気がするが」

「へ? 誰それ?」

 

 少女の思考が一度止まった。最強の魔王、超越者の一人、悪魔にとっても重要な存在を『誰それ?』と目前の男は素で言い放った。だが数秒の沈黙の後、手を叩いては納得したような声で。

 

「あ、あの自分の事を悪魔だと思い込んでる異物ね。彼は放置放置。面倒だし無能だし馬鹿だし周り見えずだし自惚れだし独り善がりのワンマンプレイ野郎だし。それにサタナエルお気に入りのイレギュラーである曹操が彼と戦うらしいし、構わなくて良いよ、時間と体力と運動と視力の無駄無駄」

「えぇ…なんだその罵詈雑言のオンパレードは……いや、しかしその曹操も人間だろう?それこそトライヘキサやクロウ・クルワッハを当てた方が…」

 

 それを聞いた瞬間だった。

 灰色の魔術師理事は額を手で押さえ、三日月と血濡れを意味する名を持つ邪龍は破顔し、その身に魔神の断片を宿す少年は苦笑する。

 その光景にゼノヴィアは困惑する。なぜ皆一様にこのような反応を示すのだろうか?

 答えは早期に現れた。叫び声といっても差し支えないほどの笑い声が小さな部屋の中で響き渡る。耳を割かれそうになる叫び笑い。そこに正気など存在する理由も摂理も無く、在るのは三千年と言う永くい時を得ても尚癒されない狂気だ。

 

「化物程度が人類に勝さると思っているのかい?

 人類は始まって以来多大な犠牲を払ってでも、矜持をへし折ってでも、卑怯だの正当ではないだのと言われても、何食わぬ顔で不可能を可能へと変貌させた正真正銘のイカれにイカれた集団だよ?

 悪魔が悠久の寿命と高度な身体能力、異能の力を持っているからといって、人間が負けると思ったのならば大間違いにも誤算にも読み違いにも見当違いにも謙虚にもほどがある。

 何度でも言うよ、世界を破滅させるのは、人間自身だ」

 

 だがその口から吐かれたのは王が今までに見据えた人類の評価だ。そこに誇張もなければ奢りも無い。何処まで行っても救いようの無いほどの正統に過ぎた評価。

 過程にある美も光も認めよう。だが忘れては無い。僕は光の前に先んじて醜と闇を見た。その矛盾の内包があってこそ、世界を終わらせる知性体、最弱にして最悪の霊長、空想の最高養分にして特級猛毒、即ち───『人類種』

 

「…何を見たんだ、何を知ったんだ?」

「全ての一部、一生をかけても、悠久の時を生きても、あらゆる禁書を納めても尚、たどり着けないであろう人類種の本質、その末端」

 

 彼を構成する要素、聡明と愚を持つ父、数多の兄妹、唯一真心から愛した妻、彼の真意を知らずも彼を慕った民達、王の目論見にのった人を愛した悪魔と快楽主義者。

 彼等が、彼女等がいなければこの王はどのような道を歩んでいたのだろう───。

 

「……なるほど、たしかに、王だ」

「平凡な、ありきたりな、が前につくけどね」

 

 ケロリと笑ってソロモンはパンパンと手拍子を鳴らしては場の空気を僅かであるが整えた。

 

「赤龍帝を狙う理由に於いても話しておこう。先程言った通り、黙示録の破壊が達成されなかった場合の未来では三大勢力の大団円で終わりだ。ではその物語の主役は人類から誰へすり替わったのか。答えはいたって単純、二天龍だ」

 

 だからソロモンは恐らくは分岐点である赤龍帝の殺害を決定した。彼をこの世から葬れば観測できる未来に何等かの変化があると見込んだのだ。未来なんてものは、ほんの些細な事で変わるのだから。

 

「そもそも二天龍はその為に聖書の神が『本来の赤い竜と白い竜を真似て』作った。『黙示録』の乱れを調整する事が彼等の存在意義、だけどあの二匹はどういう事か神の元を離れ、本物よろしく争って暴れるようになった。だからこそ討たれ、その役割は二天龍の神器を持つ者へ託される事となってしまった」

 

 語りながらソロモンは一振りの剣と、真鍮で出来た一個の壺を何処からとも無く取り出した。それを見たメフィストは露骨にその顔をしかめ、そそくさと椅子の後ろに隠れる。

 

「本来の二竜はスィッズとスェヴェリスの物語にも記されている通り、今も尚安らかにヴォーティガンの砦の下に眠ってる。お疲れだったから無理もないね」

 

 パチン、と刀身に緑の石が散りばめられた剣を鞘に収め腰に携えては懐に真鍮の壺を入れ込み、本棚から一冊の書物を取り出し、そのままポケットに詰め込んだ。

 語り終えた時の中、ゼノヴィアはただただ放心していた。今日一日で得た衝撃は多すぎた。故に頭が痛むし、未だ困惑の中にいる。

 それと過去に会った赤龍に微かな哀れみを。

 

「だから殺す。今代の調整役をね」

「白龍皇は放置していいのか?」

「いやなんか、あいつは勝手に死んだ」

「嘘ォ!?」

 

 ゼノヴィアの反応が余程可笑しいのか、童の様に王は笑う。

 そんな彼の身に纏われているのは、もう権威を示す王衣などでは無い。彼はもう王である必要は無くなった。彼は漸くただの人間としてその鼓動を刹那であろうとも続けられる。

 だが自由では無い。王であった責任を彼は伴わねばならない。一度導いたからこそ全うせねばならない。

 

「とまぁ、長々と話したけれども、結局の所言ってしまえば僕がここまで来れたのは、曹操やフリード、その他大勢が自分の役割を成し遂げてくれたからさ。だからこそ僕は進める、戦える。あいつ等の作ったチャンスを無駄にしたくは無いから」

 

 だからこうかいなんてしてやるもんか。

 おうさまはそういいました。

 それをきいたおんなのこは、うつむきます。

 でも、ないてなんかいません。

 ひかんにもくれていません。

 

「…ああ」

 

 あげたかおには、はれやかなえがおがあります。

 すこしおちこんだけど、もうだいじょうぶ。

 だって、かのじょは、

 

「私も、同じだ」

 

 もくてきを、みうしなわなかったから

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「行くのかい?ソロモン」

「ああ、匿ってくれて助かったよ、メフィスト。そう言えば君の眷属はどうする?なんならここに連れてきて事情を説明してもいいけど」

「あ、いいよいいよ。そのままで。最初は面白そうって思ってたけど、思いの外つまんなかったし、眷属ごっこ」

「了解、なら連れて来ないよ。そうだ、クルワッハ。君に一つだけ頼んでおきたいことがある」

「? 改まってどうし───⁉︎」

「説明は移動中に。念には念を入れるさ」

 

 

 

「じゃ、僕の指輪を頼んだよ」

 

 

 

 

 

 




Q.ロキの連れてきた護衛はだれなの?
A.エインヘリャルなんだから英雄だよ
Q.名前を教えろよデコ助野郎!
A.伏せさせて頂きます。
Q.ソロモンの持ってた剣って?
A.ソロモン剣で検索検索ゥ!





ああ、獣が来る。
私を喰らいにやって来る。
私を殺しにやって来る。
分かり合えぬか。
共に愛を抱きながらも、
なぜ理解しない?なぜ認めない?
お前も美しいと思った筈だ。
お前も素晴らしいと認めた筈だ。
人が試練を乗り越える様を。
…私はお前から子らを救うぞ。
絶対に、必ずに、きっと、だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

穿つは大神の名

一刀両断、おさらばです。




 ───ああ、何匹目だ。

 

 白い髪を揺らした男は犬歯をむき出しにして笑う。その手に握られた一振りの剣を逆手に取り、そのまま竜の腹から引き抜いた。

 その竜はとうに絶命の後だった。首が地に落ちている事からして、それは明白な事実だろう。大抵の生物は首が離れれば死ぬ。

 

「…サマエルが此処に俺を置いた理由はこれか、納得した」

 

 新たに飛び掛かってくる二匹の竜を前に白髪の男ジークフリートは慌てる事も無く怯えも無いままに剣を持ち直し、構えを取った。

 此処はタンニーン領。その名の通り、最上級悪魔であるタンニーンの収める土地だ。

 

 『魔龍聖』タンニーン。彼は地上で絶滅してしまい、冥界にしか現存していない『ドラゴンアップル』という果実を主食とするドラゴンたちを救うために悪魔に転生する。

 そして最上級悪魔となった現在では、ドラゴンアップルの群生地を丸ごと領土にした。

 だがその群生地は今となっては血の海に沈んでいる。

 

「これが終わったら…一息つけるな」

 

 その血は勿論殺された竜から流れ出たもの。竜の殆どは巨大な矢で貫かれての絶命か、首から上を切り飛ばされているかのどちらかだ。

 そして最後の二匹も、つい先ほどに落とされた。共々に頭を切り飛ばされての絶命だった。

 

「…体力に余裕もあるし、『禁手』もまだ温存できる…奥の手もまた同じ…よし、問題なし」

 

 だが疲れるものは疲れるのだと言わんばかりの溜息を吐くと共に、魔剣を鞘に収めては周囲を見回す。

 ……立ち込める濃密な鉄の匂いに辟易しながらもジークフリートは誰かを探すかのように散策を始めた。

 そこへ声が響く。それは女の声だ。だがしかしその声はどこか機械じみていて無機質さを感じさせる。

 

『ご苦労様です。制圧は終えましたか?』

 

 その声はこの戦線において補佐を務めるサマエル。何処とも知れぬ場所から冥界、天界、人界の合計三界を観測している。会話は待たされた術式が刻まれた腕輪からだ。

 

「ああ、レオナルドの魔獣の援護もあって何とかな。体力にもまだ余裕がある。…タンニーンを相手取るに問題はないさ、きっと」

『ご苦労様です。ですがタンニーンは現在「不死隊」に気を取られていますので連戦の心配は無用かと』

「…バレていたか」

 

 魔剣の柄を握り締めながら男は木の一本に寄りかかり、ほんの僅かな休憩に入った。これから先戦うのは『本気』の竜だ。微かな疲労がそのまま命取りになり得る。

 目を瞑りながら深呼吸を繰り返し、僅かだが乱れていた息を即興に整える。かすみ程度のリラックス方だが、やらないよりかはマシだろう。

 

 およそ五分後。

 

『…距離500…距離495…距離490…来ますね、準備はよろしいですか?』

「…早いな、充分な休憩もさせてくれないとは手厳しい。少しの手加減ぐらい欲しいものだ」

『その調子では、問題なさそうですね』

 

 魔剣を鞘から勢いをつけて抜くと同時、神器『龍の手』を同時に起動させ、そのまま迷いも躊躇いも無く、空に向け剣を掲げる。

 

 ───彼が北欧の神々から正式にグラムが譲渡された時、彼は己の根源を知った。彼は己の雛形と合間見えた。そしてそこで思い知らされたのだ。『自分は()()は成れ無い』と。

 だがその代償をバネにする事により、彼は高みの領域へと至った。

 

 

「───此処に詠うはニーベルゲンの歌」

 

 故に英雄譚を詠い、かの者を賛美する。

 其れはとある男の抱いた決意。

 其れは男と仲間の紡ぐ国落とし。

 其れは男が成し遂げた竜殺し。

 其れはやらねばならなかった人殺し。

 

「遥かな高みに在る戦士の偉業(のこりが)

 

 いつしか男は竜の智慧を手に入れ、莫大な富を積んで旅に出るだろう。やがて彼は戦乙女と恋に落ちるだろう。

 それでも男と女は結ばれる事は無く、男は悲恋の中にその命を落とすのだろう。

 これが英雄。理不尽と不条理の荒波に揉まれながらも、それでも彼等は成すべきを成した。

 

「語り紡がれしその一生に並ぶ者無し」

 

 故にその物語は残った。

 彼等の勇姿がこの世界から忘れ去られる事は多くの人々が、英雄に守られて生き抜く事が出来た数多の無辜の民が許さなかった。

 

「故にこの一振りは至らぬ泡沫の夢」

 

 怒りに飲まれた竜は遥か遠くの空より来たる。男を睨め付けては聴くものを震撼させる程の雄叫びをあげる。竜の怒り、人が触れてはならぬ物が一つ。だがそれは太古の話に過ぎない。では現代ではどうだろうか?

 

『仲間を!妻と子を殺めた事を焼かれながら悔いるがいい!』

 

 天より竜殺しの応酬が降り注ぐ。燃え盛る炎が隕石の様に落ちてくる。その狙いは言うまでも無く竜を殺した人間だ。

 周りへの配慮を一切無くしたその一撃。本気だ。あの竜は本気で竜殺しを灰燼に変えようとしている。

 

「英雄の剣よ、使い手が俺では不足だろう。

 それでも、今は振るわせて貰うぞ───!」

 

 だが相対する人間は逃げない。その両手に魔剣の柄を握りしめては腕を振り上げ、オーラの出力を可能な限り、否。限界のその先までも高めていく。『龍の手』が悲鳴を上げる。だが関係ない。それでも尚グラムの出力を上げる。

 

継がれし怒りの銘(ヴォルスンガ・サガ)!!!」

 

 それは彼が体得した絶技の名。グラムを軸に構築された巨大な光の刃が音を超えた速度で横一線に振るわれる。

 それは竜の吐く火を斬り裂き、そのまま霧散へと還すと流れる様にその光刃の腹は地へと叩きつけられた。

 

 跳躍。男の身は竜と等しい高度に並ぶ。

 

 タンニーンは凄まじい形相で目の前の男を睨め付けたかと思えばその顎門を広げ新たに火炎を吐き出す。直撃した。生き残れる可能性など無いだろうと、竜はそう思っていた。

 

「グラム…!」

 

 だが違う。男は竜の僅か高くにいた。朧げな光刃を盾にする様に構えていた。恐らくはそれで火炎放射を防いだのだろう。当然万全では無い。左手は火傷に包まれ、左足もまた然りだ。

 

「くっ、ぁあ!!」

 

 よりにもよって左足からタンニーンの背に落ちた。痛みに顔を歪ませながらも右手のみで握られたグラムを逆手に持つ。

 剣を背に突き立てるつもりだったのだろう。だがそれを許す聖魔龍では無い。彼はジークフリートの狙いに気付けば急降下を開始する。

 

「うぉおああああ!?」

 

 振り落とされそうだ。だが彼は離れたりしない。グラムで()()()()()()()()()、その身を固定する。

 竜の絶叫が聞こえる。そこにあるのは苦悶しかない。それもその筈だ、グラムは強力無比の竜殺しの呪いが有されているのだから。

 

『小癪な真似をッ…!』

 

 だがタンニーンは竜でもあり、悪魔だ。それ故に通常のドラゴンよりかは効き目が薄い。勢いは削がれる事は無くその巨躯は地に落ちた。衝撃で人間は吹っ飛び、切り株の上に落ちる。

 

「っ…かふっ…!」

 

 だが立つ。口に入った砂埃を吐き出しながらも前を向く。剣を構えてはろくに動かない足を無理やり動かし、駆けてゆく。

 尋常ならざる痛みがつきまとう。絡みつく。それでも男は止まらない。その執念はもはや人の域を超えている。

 

『斬り裂いてくれる!』

 

 爪が降りた。生半可な刃よりも研ぎ澄まされ、無類の切れ味を誇る竜の爪が。

 ジークフリートは咄嗟にグラムを前に出し防御の構えをとったが膂力が足りずそのまま大地へと押し付けられてしまう。このままでは潰されて死ぬか、爪に刻まれるかがオチだ。

 

『何故殺したなどとは聞かん!このまま死ぬがいい!』

「…そうだな、聞く、必要は…っ、ないだろう」

 

 だって、その理由は余りに単純だろうから。

 だって、その理由は余りにもありきたりだから。

 だって、その理由は余りに理不尽だろうから。

 

『ぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

「誰だって、奪って…生きてっ、いる、かっ!」

 

 爪に大地へと押されながらジークフリートはその言葉を口にする。

 確かにその通りだ。普段口にする数多の食物は勿論、金や他人の時間。おそらくはそれにとどまらないだろう。それでも生きてる。

 だから生きたいと願うのは当然で、その為に『害』や『搾取者』、『奪う者』を取り除くのは当たり前の作用だ。

 

「───悪いな、曹操」

 

 『死にたくない』などとは当然の意思。だからこそ眼前の竜を殺せ。その過程がどんなにも情け無くとも構うな。今、この瞬間においては───数秒先の未来を見たものが勝ちだ。

 

「うぉぉおおあああああああああああああ!!!」

 

 絶叫でも慟哭でもない。雄叫び。人の身でありながら竜と変わらぬ雄叫びをこの人間は上げて見せると同時、軋み壊れ狂いそうな己の肉体と神器に鞭を打ち、再びグラムの出力を上げる。

 人間の身体の限界も、神器の限界も壊して尚、振り切った。閉塞などない。暴走にも等しい出力が延々と続く。

 そうして、やがて、一振りの剣を軸にオーラで構築された巨大な刃が再び英雄を真似て作られた男の手の中で数秒だけ現出した。

 

『ぐっ、ぁあがぎぃ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?』

 

 魔剣は竜の手を貫き空を刺す。絶叫が耳を裂かんばかりに響き渡り、タンニーンは堪らずその手を引いた。そこに来てようやくジークフリートは竜の拘束から解放される。

 それと同時にジークフリートは通常状態のグラムを逆手に持ち直し、槍投げの様な構えを取った。そうして左足で一歩強く踏み込むと同時、その絶技の名を叫ぶ。

 

禍呼びし怒りの原点(ベルヴェルク)!!!」

 

 叫びと共にグラムが投擲される。その速度は夜空に降る流星とほぼ同等であり、遜色変わりがない。

 絶技の名に呼応するかの様にグラムがオーラを再び纏う。だが構築されるのは刃にあらず、槍である。

 そうして、極めて強力な竜殺しの力を纏う一条の光は竜の頭蓋を抉り穿つ。頭を、中枢を失った体躯は地に倒れ臥すのみだ。

 

「…っ!はっぁ!…ん、ぐ。っぁ…は、ぁ…」

 

 だが同時にジークフリートも倒れ臥す。体力と気力は共に0を振り切ってマイナスだ。今彼に必要なのは休息である。

 熱の篭る身体を地面に投げ出しながら男は微かに笑う。朦朧とする意識の中でも、か細い声で男は言った。

 

「…俺はやったぞ、ヘラクレス、ジャンヌ……」

 

 微かな勝利宣言を言葉にしては瞼を閉じた。その顔はあまりにも安らかだ。泥の様に眠ってるとしか形容できない。

  竜の死体の山の中、一人の竜殺しは穏やかな眠りについた。それが永遠に続くものか、それとも一刻でも過ぎれば終わるものかは分からない。

 

 そして単なる偶然か、それともその剣の宿命か。

 

 眠る彼のやや遠い先、戦果の巻き添えを免れた一本の木の幹に投擲されたグラムは突き刺ささっていた。

 

 さて、ここで『ベルヴェルグ』の意味を教えよう。その単語が意味するのは『禍を呼ぶもの』そしてそれは、グラムを授けた北欧の大神が、かつて自ら名乗ったもう一つの名でもある。

 

 

 メフィストフェレス眷属『女王』にして最上級悪魔『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーン、死亡。

 

 

 

 

 

 

 

『レオナルド、聞こえていますか?治療特化の魔獣を指定位置へ向かわせてください。迅速にお願いします』

 

 

 

 




〜解説〜
『ヴォルスンガ・サガ』
ニーベルゲン伝説の大元。ヴォルスング一族の起源から衰退までを描いており、シグルドとブリュンヒルドの物語も描かれている。

『ベルヴェルグ』
オーディンが自ら名乗った名前。詳しい事はスットゥングの蜜酒を参照。

Q. ジークフリートは()()()に会ったの?
A.シグルドです。グラム正式譲渡は彼の手で行われました。その時の心情は形容し難かったそうな。
Q.絶技は何処で習得したの?
A.グラム譲渡の後ジークフリートはヴァルハラの館に入る許しを貰って暫くの間篭ってました。時系列はリリス陥落後。
Q.つまり叩き上げじゃねーか!
A.今作の英雄派は皆叩き上げだ
Q.サマエルちょっとデレた?
A.はい

次回はレオナルドにしようか…それともサタナエル大暴れにしようか悩むところ…うーむ。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パラドックスを紐解くのは

主に…じゃねぇや、エボ…げふんげふん。
サタナエル回です。
ACV系の曲でも聴きながらお楽しみあれ。




 普段とは違い軍用の外套を着用したサタナエルは、ある時は木々の間を、ある時は地を、ある時は空を駆けて三大勢力の面々を翻弄しては手に持つ棺桶染みた鉄の箱で殴り殺していく。

 

「ギャハハ!いーいじゃん!盛り上がって来たねぇぇえ!!こっちだーい!ギャァハハハハ!」

 

 この様に冥界に漏れず、人間界でもまた戦乱が広がっていた。会談会場を襲撃する大量の魔獣の群れはサイラオーグ、バラキエル、兵藤一誠などの尽力によりその数を大きく減らす事となる。

 だがそれは三大勢力もまた同様で、彼等も彼等で自らの数を減らされることを余儀なくされた。

 

「扱いづらい神器って話だが、改良型が負けるわけねぇだろ!行くぞおおおおおああああああ!!」

「…す…ぶす、つぶす、潰す、潰す潰潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰すゥゥウ!」

 

 突然の襲撃、防衛に動かない他勢力、突如された宣戦、これらに対する動揺の隠せない三大勢力の元に、『大いなる都の徒』による第二波の襲撃が間髪を入れる事を許さずに始まった。

 

 第二派の襲撃戦力は英雄派構成員の人間を中心に構成されており、レオナルドが投影した騎士が少数だが加えられている。

 そしてそれを統括し、指揮するのは部隊長であるサタナエルと、この殲滅戦に置いて全体のサポートを行うサマエルだ。

 

『待機中の各員に通達。第一陣の撃ち漏らしは各地に分散しています。これを各個撃破し、先行部隊と速やかに合流する事。以上があなた方の任務となります』

 

 救世主の兄である天使は生き残りなど許さない。聖書を、三大勢力の全てを完膚なきまでに抹消するまで彼の闘争は終わらない。

 

 かつて人類へ叡智を落とした赤い蛇は何方に転んでも構わない。彼女にとっては今の所、聖書にも人類にも価値は無い。

 

 だが一度請け負った事に妥協はしない。なにより、あの下げられた頭に泥を塗る事は彼女自身の心が許さない。

 

 

Are you ready(覚悟はよろしいですか)?』

 

 

 毒ありし光輝なる者の瞳は全てを見ている。

 その瞳から逃れたくば自ら命を絶つ事だ。

 

 

 ■

 

 さーて、サマエルに伝達もしてもらったし…俺は俺で好き勝手に暴れさせてもらうとしようかね。

 背に生やした白と黒と蝙蝠の羽を仕舞う。正直言って、制空権を確保しなくても今の三大勢力を相手取るなら問題ない。ハニエルとかいたら流石に本気出してたけど。

 

「うーん、それにしても楽しみだ。人間が作った武器を実際に使えるわけだしね」

 

 持参して来た鉄の箱を蹴飛ばして開けるとあら不思議、そこには俺が今日この日の為に貯め込んで来た人類が作り上げた武器が選り取り見取りだ。

 さて、先ずは何から使おうか悩む所。サブマシンガン?それとも散弾銃?意表をついて日本刀なんかも良いかもしれない。

 そんな風にウキウキ気分でガラガラと箱の中を探っていると悪魔の気配が後ろから忍び寄る。

 

「おい、そこを動くんじゃねぇ」

 

 いかにもヤンキーって感じの奴だ。それに続いた何人かの悪魔がぞろぞろとやってくる。この感じからしてシトリーの子孫とその眷属って所か。

 ……凄まじい期待外れなんだよなぁ、どうせならバラキエルとか連れ来てくれないかね。久々に会いたいもんだ。

 

 おっと。丁度いい、閃光弾があった。

 いやこれ危ないね、ピン外れちゃってんじゃん。

 

「そりゃ無理だ、申し訳ないけど」

 

 振り返ると同時に地面に叩きつける。思いの外よく光るもんだ。薄眼越しでも光の強さがよくわかる。

 

「ッ…閃光弾⁉︎」

「目が…!あいつは何処⁉︎」

「皆んな!まずは落ち着いて……」

 

 しっかし、人間ってのはどうしてもこう兵器作りに関しちゃマジなんだか。サマりんが拗ねちゃったのってこれが原因かな?

 なんて心中でぼやきながら散弾銃を手に取る。近場にいたヤンキー悪魔の鳩尾に銃口をすかさず捩じ込む。

 

「ゔ…っ、ぁ⁉︎」

「匙⁉︎どうしたの⁉︎」

「チャオ!」

 

 引き金を引いた。撃鉄は落ちた。乾いた音と絶叫がまばらに響く。大量の血が飛び散ると同時、腹部に凄まじい傷跡を残す匙と言うらしい悪魔は俺を目掛けて黒色の炎を走らせて来る。

 まぁ蹴り飛ばしちまえばそれまでなんだが。

 

「ど…し、て……」

「おー、流石は聖剣製鍛造弾。効果抜群、僥倖僥倖!」

 

 弾丸はアドバイスにより『聖剣創造』で造られた聖剣を原材料に採用して見た。

 で、予想外なぐらいに効いてる。こりゃ嬉しい結果と来たもんだ。おかげでこの退屈な掃除も手早く終わりそう。

 さーて、お仲間の死に様を見て絶賛絶望中の悪魔達。何名かはさっきの奴と同じ転生悪魔か。ま、完全に向こう側だし殺すが。

 

「はい次ぃ!そこのなんか地味な奴!」

「な、っぎぃゃゔ⁉︎」

 

 動揺が比較的でかい眼鏡長髪の脇腹につま先を食い込ませ、捻り、そのまま蹴り飛ばす。丁度いい、箱の中マチェット(聖剣)がある。適当に投げておこう。

 止めようとやって来る狼男の口に銃口を突っ込みながらマチェットをフリスビーの要領で投げる。

 だが水の動物に阻まれた。しかしなるほど、アレがシトリーの末裔の力か、何がどうしてああなるの?

 

「今はお前が散るだけみたいだねぇ」

「ぼ、ぶ⁉︎ぶぼぉおおおおおおああ⁉︎」

「ルガールさん⁉︎いやぁああああ!!」

 

 叫びながら刀を振り回す女の腹を光槍で貫いては槍の底を足で押し込み、放り捨ててる最中に思ったことが一つ。

 こいつら平和ボケしすぎじゃない?いや、三千年前の悪魔ども比べちゃあ失礼か。

 何にせよこれで二匹共この世からおさらばだ。にしてもさっきから大活躍だねこの散弾銃。他にも狙撃銃とか色々持って来たんだが使わずに終わりそうだ。

 

「いやぁーえげつないねぇ、このAA-12ってやつ。人間がマジになったら悪魔なんて殆ど死んじまうんじゃない?今現に簡単に二人とも死んじゃったしさぁ。どう思う?シトリーの末裔」

 

 これは本気で思った事だ。その気になればあいつらは死に物狂いで異世界間移動を成功させるだろうし、三大勢力駆除組織だって編成するだろう。

 まぁそれもこれも『黙示録』が無い事を前提としたものなんだが。

 

「あー、あー、聞こえてるかな?」

 

 悪魔からの返答がない。ふーむ、物凄い憎悪の目がこっちに向いてるから生きてるのは絶対なんだがなぁ、無視は悲しいものだ。

 おっと、魔力の流れが活性化したな。大技か。

 

「にしてもやっぱ期待外れかな、これ」

 

 水の魔力で生み出された多種多様の生物達。今のレオナルドならこれを見ただけでダメ押しが三十は出るだろう。

 なんにせよ、掃除に娯楽性を期待した俺が馬鹿だったかね。さて、それじゃそろそろシトリーの末裔には御退場願おう。

 

 ああ、次は何処に行けばいい?

 教えてくれよ、サマエル。

 

 

 

 ■

 

 

 

 バラキエルのは心の中で何度もその事実を疑っている。過去にソロモン王と手を組み、三大勢力を揺るがした存在の片割れが生きていたという現実を受け入れる事を今尚拒んでいる。

 

「……いや、そんな筈は無い」

 

 サタナエル───その天使はバラキエルよりもずっと昔に生まれていた。『告発』と『裁定』の役割を担う存在。だというのに何度も神に歯向い、その存在を希薄にされても尚止まらなかった。

 彼は幾つもの禁忌と不敬に手を染めた。故にその魂は硫黄の池の底へと捕らえられた。

 

 だが当然それで終わりでは無い。

 彼は救世主の兄という役割を請け負う事が、過去に聖書の神との間で契約されていた。そして、聖書の神は契約の神という神性を持つ故に己が結んだ契約を覆す事が容易では無い。

 

 やがて彼の目論見通り、起源前に彼の魂は解き放たれる。だが彼は意外にも己の役割を忠実に果たし、死した後に天使へとその姿を還し、その果てにどういう事か、()()()()

 それがサタナエルという存在が辿った歴史だ。

 

「そうだ、お前は消えた筈だ」

「───まぁ、そんな訳ないよね」

 

 ではバラキエルの前に現れた存在は何だ?

 答えは正真正銘のサタナエルだ。

 

「なぜ生きている⁉︎お前は自害したのでは無かったのか⁉︎」

「自害がトリガーってのは考えなかったか。そりゃあ嫁さん死なせちゃう訳だよ、お前。もっとよく考えた方がいい」

 

 途端、バラキエルの目の色が変わる。

 だが気にも止めずにサタナエルは惰性に語った。

 

「昔のよしみだ。教えてやるさ。そもそも俺達『天使』ってのは()()()()()()()()()()皆須らく『かみさま』が作った操り人形だ。俺はそこから抜け出したかった」

 

 棺桶の様な鉄の箱に腰を下ろしては役者の様な手振りを加えてサタナエルは語り出す。まだ理解の範疇に収まる領域だ。常識から外れていない言動だ。

 

「そんな折だ。ソロモンは己の計画への協力を条件に、俺へ新しい器を提供。俺はその器に記憶と人格を組込み、『俺の自害』を以って起動するようにした、それが今の俺だ」

「───は?」

 

 だがここでバラキエルの頭脳が理解を拒んだ。側から見ればその発想と試みは、狂っているとしか言いようがない。

 ありえない、不可能だ。そもそも有り得てはならない。それは余りにも危険が過ぎる技術だ。

 

「今ここに在るのは、とある天使の足掻きの果て。神に罪を突きつける為だけに存在する。人間の為の人形(てんし)。つまり俺は俺であって、俺じゃない。同一存在って言ったら理解出来るか?」

 

 彼は人類の為に全てを捨てた。天使としての身体、莫大な時間、己の存在そのもの、それら全てを対価として払い、ここに居る。

 一体何故ここまで出来るのか? 

 彼はこう答えるだろう。人間の為だと。結局の所彼の行動原理は徹頭徹尾、何処まで行っても人間の為だ。

 

「……やはりお前は、お前達二人は危険だ。狂っている。お前達の所業でどれ程の犠牲者が出たと思っている?…だがお前は、ソロモンは、それを聞いても何とも思わないんだろうな!」

 

 堕天使幹部にして屈指の武闘派バラキエル。

 彼の持つ名の意味は『神の雷』。その名に違わず彼は雷光の力を自在に操る事が出来る。その証拠に、彼は自らの肉体に雷光を纏わせた。

 

「娘と仲間、そして世界の為に今ここで散れ!」

 

 この一言を起点に、サタナエルの感情は大きく揺らいだ。軽蔑、落胆、失望の感情は全て軒並みとある感情の燃料となる。

 其れは第二の大罪。堕ちた彼が司る感情。対応する動物は一角獣、竜、狼、猿であり、示す色は黒と赤。

 

「ギャハハハハハハ!……───貴様らはいつもそうだぁ!」

 

 即ち、憤怒。

 

「いつの時代も己を絶対的な正義や世界の中心と勘違いし!欲望や感情に抗わず人間を踏み躙る!選択を誤る!  幾度となく悲劇を作り出そうが味わおうが、貴様らは誕生した時から、何一つとして進化していない!一歩も進んでいない!」

 

 サタナエルの背から十二枚の翼が広がる。()()()()。その翼は今までの物とは一切合切、何から何までもが違う。

 黒い羽では無い、白い羽でも無い、ましてや蝙蝠の羽でも無い。その背から広がる十二枚の翼は今や一つに統一されている。

 

 それはさながら、赤い竜の様な翼で。

 

 彼はここに来てようやく『落ちる事が出来た』。

 苦節三千年。あまりも長く遠い時の果てに来て、彼は漸く自らの名から『(el)』を捨て去る事が可能となった。

 

 十二枚もの赤き竜の翼と一対の角。

 天使の様な優雅さ、悪魔の様な無秩序さ。

 憤怒の化身たる存在。『サタン』は今顕現する。

 

「そんな愚かで矮小な貴様らの所業を眺める事しか出来なかった俺達の気持ちを考えた事ありますかぁ⁉︎ それも来る日も来る日も何度も何度も永遠に!気が狂いそうだぁ!ヒャハハ!ギャーハッハハハハハハハハハハハ!」

 

 

 

 

 




サタナエル、苦節三千年の果て堕天。
その名に神を不要とし、彼は赤き竜へと至る。

Q.サタナエルはようするに?
A.新しい自分の体に記憶やら魂の半分やら入れてました。今作にて今暴れてるはそいつです。ファンタズマ・ビーイングって言ったら分かる人には伝わるかと。
Q.サタナエルの器は何で出来てるの?
A.堕天前の羽からお察しください。ちなみに成分比率は6:2:2。実はこれソロモンと初代アスモデウスと初代ベリアルが協力して作った物だったり。


次回はレオナルド対アジュカ
皆さま、大変お待たせしましたね。
ワインの栓を開ける時は来ました。
(愉悦の)覚悟はいいか?俺は出来てる




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕は一人じゃ無い・上



Q.原作勢は弱体化してるの?
A.してません。その場合はちゃんとタグ付けるので。とは言え、言わなかった私も私。この場をお借りして謝罪致します。誠に申し訳ございまさんでした。


それじゃ…

ティスティングの時間だオラァ!





 浮遊都市アグレアス。それは旧魔王時代により作られた。此処には『悪魔の駒』生産のために必要不可欠となる素材が存在していたが、以前の襲撃によりアグレアスは半壊、前述の素材や重要機関はその過半が損失された。

 

 そして今回の襲撃に於いてのアグレアスだが、結果から語れば全壊した。残る物など一つも無しに瓦礫の山と化したのだ。

 

 これがほんの一時間前の事だ。その時魔王アジュカ・ベルゼブブは何をしていたか、少しばかり振り返るとしよう。

 

 ■

 

 冥界を襲う騎士と魔獣の群れにより各地の都市は甚大な被害を受けていた。事態を収めるべく、アジュカ・ベルゼブブはアウロスへと出立。焦る彼を待っていたのは瓦解した燃え盛る町だ。

 

 だが彼は其処で止まらない。せめて生存者を見つけ出し保護しなければとその足を必死に動かす。

 彼の道を明確に阻んだのは、身の丈に合わぬパーカーを着崩し、白布が何重にも巻かれた薄い板の様なものに座った一人の少年、レオナルドだった。

 

「…アジュカ・アスタロト」

 

 そしてアジュカ・()()()()()は直感で目の前の存在の性質を見通した。この少年には恐らく真っ当な倫理観も思考も無く、その内に宿す精神構造は狂った科学者そのものだという事を。

 

「…そこをどけ、化物が」

 

 それは半分が正解で、半分が誤りだ。レオナルドの中には確かに真っ当な倫理観や常識は存在している。禁忌に触れる事は滅多に無く、仮にあったとしてもそれは苦渋の果てに導き出される決断だ。

 だが、そもそもの問題として、彼は未だ幼い。感情の暴走があらぬ行動を誘発させかねない。

 

「もう一度言う、そこを退け」

「何度だって言うよ、『嫌だ』」

 

 アジュカが見通したのは()()()()。例えるならば蟻を潰して遊ぶ幼子の無邪気さとほぼ同義だ。

 何はともあれ、此処に一つの対立軸が決定される。それは奇妙で数奇な巡り合わせな事に、『生み出す者』どうしの激突。

 

「ねぇ、アジュカ。僕は君がすごい嫌いだ」

 

 『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』が発動する。所持者の意思や想像通りに魔獣は産み出される。

 新たに誕生したその魔獣は『禁手』を除く場合に限られるが、紛れも無くレオナルドの傑作。

 

 その姿は美しくも恐ろしき、鱗無き竜。

 薄く淡く色彩を放つ三対の羽根。何にも染まらぬ事を体現するかの様に何処までも強く主張する白色の身体。逞しいその両腕は竜の物と言うに相応しい。だがその半身にはあるべき足は無く、代わりとして三本の尾が竜の支えだ。

 

 これを直視した魔王は思わず感嘆の息を上げる。だが心の区切りは迅速であり、即座に構えを取った。

 だが対照的に少年は何もせず、護衛となる魔獣すら産み出さず、アジュカを見据えながらその見た目に相応しい声色と微笑みで語る。

 

「…何故こうも敵が多いんだろうな、俺は」

「自分でも気づけない?お前が元凶なのに?」

 

 少年の笑みが消え、言葉が紡がれた同時だった。鱗の無い竜がその顎門を開き一条の光を放つ。だがそれをアジュカは『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラー)』により、威力を底上げした上で返す。放たれた筈の光は竜の腹を焼く。

 

「…俺が元凶?」

「悪魔の駒なんてものがなければ、こんな事にはならなかった」

 

 鱗の無い竜が吠えると同時、幾多もの水晶が瞬時に形成され、不意を疲れたアジュカはその足を貫かれた。それを好機と見たのか、鱗の無い竜は再度その口から光を放つ。

 だがまたしても『覇軍の方程式』が発動する。光の大半は鱗の無い竜を貫き、残りは魔王の手の中に留まった。

 

「…どういうことだ?」

 

 腹部に大穴を開けられた鱗の無い竜はその地に倒れ伏し、吠える事も無くその血を延々と流し続け、それは次第に魔王の足を汚す。

 

「どうもこうも、言葉のままだよ。なんで他種族を悪魔にしようなんて馬鹿げた考えを実行したの?

 悪魔は出生率が低いから?ならなんで子どもが出来やすくなるとか、そういう研究をしなかったの?」

 

 ディハウザーと同じ疑問。なぜ多種族を取り込むのか。なぜ妊娠率を高める研究に着手していないのか。少年はこれが心の底から理解できなかったし、ずっと不可解に思っていた。

 アジュカは答えない。ただ戯言に耳を傾ける必要などないといった面持ちで少年へ狙いを定める。

 

「自然に反するから?いいや違う。そんな良識を持つ様な人格ならそもそも悪魔の駒なんて作らない。

 己の得意分野と違うから?いいや違う。種全体が滅びるという問題に直面してその思考は普通ならありえない」

 

 痺れを切らしてか、それともその小さな唇から語られる言葉に焦りを助長されたのか、幾条もの光がレオナルドを狙う。

 爆音が起きる。光は恐らく少年の体を貫いた筈だ。焼き尽くした筈だ。その為に威力を底上げした。

 

 だが少年を守る様に広がる鱗の無い竜の翼が広がっていた。だがそれも直ぐに動かなくなり、今度こそ鱗の無い竜は死んだ。

 レオナルドは生き絶えた竜の体を静かに撫で、唇から言葉を絶えずに紡いで行く。

 

「なんで悪魔の駒は純正の悪魔にもそれが使える様にしてるの?種の復興にも、勢力の増力にも、何も、一切、まるで、まったく、これっぽちも関係ないじゃないか。

 サタナエル言ってたよ?五百年くらい前には転生悪魔がいたって。

 五百年前からこれだったの?それとも改善した上でこれなの?もしかしてお前は作るだけ作って、出て来た問題に向き合わないまま遊んでたの?」

 

 気付けばアジュカは一歩ではあるが、確かに今一人の子供を前に後ろへと引いた。その事実が彼の脳を焦りへと染め上げて行く。

 対する少年の瞳は、憤怒一色のみであり、それ以外は存在しない。

 

「どうあってもお前は『創る者』の中じゃ最低だよ」

「…言いたい事はそれだけかな?」

 

 蝿の王(ベルゼブブ)を偽る驢馬(アスタロト)は微かに震えながら漸くその口を開いた。その顔をレオナルドはもう己の視界にすら入れなかった。

 アジュカの手の中で小型の魔法陣が起動する。少年の小さな体躯は言葉通りに吹き飛ばしにかかる。

 

「知った様な口は聞いてもらいたく無いな。王の駒ならまだしも、悪魔の駒そのもので出た問題は確認されていない。

 他種族を転生悪魔にすることにしても、其処には同意した契約が有る。故に君の言う様な事は起こる事はあり得ない」

 

 爆発が起きる。それも何度も何度もだ。まるで聞きたく無い声を維持でも消しにかかっているかの様に執拗にだ。

 やがて緑の髪を持つ魔王は静かに告げる。

 

「君は多くに目を向けなかった。それが敗因だ」

「それってもしかして自己紹介?」

「なっ、───⁉︎」

 

 だがしかし少年の声は健在である。

 ありえない、とアジュカは呻く。

 少年の身により、たった一人の騎士が、たった一枚の鋼の盾を以って、ただ一人の少年を守り抜いて見せた。

 

 狼の意匠を持つ兜と、翻される御空色の外套。大剣を背負う様に構える騎士。その騎士の名は『深淵歩き(アルトリウス)』。

 レオナルドが『禁手』によりこの世に投影した、物語という空想の部隊の中にのみ存在する英雄。

 

「…また産み出したか。それが君の切り札かな?」

「そうだね。これが僕の精一杯だ」

 

 忌々しそうに語る魔王。

 悠然と佇む少年と騎士。

 騎士と魔王、双方に構えを取る。

 それはさながら童話の一ページの様に。

 

「…言っとくけどさ、悪魔の駒で泣いている人がいるのは本当なんだよ。その中には僕より小さな子だっていたんだ。でも君は『問題は確認されてない』って言った」

 

 狼騎士は大盾を俯く少年の側に突き立てる。それ一枚の強固な結界となり、これより先、レオナルドは傷つく事が許されない。

 少年は思わず不服そうな顔で騎士を見るが、『深淵歩き』は振り返る事も無く大剣の切っ先を悪魔へ向ける。

 

「じゃあ皆が今まで見て来た人達の涙は何だったんだ!皆が今まで浴びせられた『なんで早く助けてくれなかった』って言葉は何だったんだ!何も起きてない訳無いだろうが!」

 

 叫びに呼応し、騎士の手から放たれる五つの斬撃が悪魔の首を斬り飛ばさんとほぼ同時に走る。だが相手は魔王以前に『超越者』だ。

 簡単に首を取られたりなどしない。

 

 一度の後退と共に広がる数式。空に刻まれた数式の中踊る事を強制される斬撃は射手の元へ返される。だがそれが何だというのだろう?

 まるでそう言うかの様に『深淵歩き』は、その斬撃全てをただの一閃で捩じ伏せると同時、跳躍し、空にて回る。

 

 人はその姿を獲物を狩る大狼と見紛うだろう。だが狼とは違い、騎士が振るうのは黒鉄色の大剣だ。

 回転と自由落下を加えた剣技が空より落とされる。その刃を回避する事は不可能であり、回避も数式も間に合わない。

 

 くるくる、くるくると。

  血で円を描きながら腕が空で回る。

   ああ、燃える様に肩口が熱い。

 

 右腕を失った魔王は肩口を抑え、傷を正しく認識する。こみ上げる激痛。留めなく流れて行く大量の血。

 思わず膝をついた時と同時に、歯を堅く食い縛る。それは自らの腕を切り飛ばした騎士を視界から外さないままに。

 

「っ…!油断した…っか⁉︎ぁ”、ぁ”あ”⁉︎」

 

 だが『何か』が彼の肉体のみならず、精神を蝕み始める。痛みだけでは無い、頭の中で喚き散らす声が有る。魂が穢されて行く。

 狂気の中に引きずり込まれる感覚と、身体を内側から崩されていく感覚が同時に襲いかかる。

 

「誰っ…だぁ!なん”、っな”んだこの、声は⁉︎」

「…『呪い』だよ、アジュカ・アスタロト」

 

 呼応する様に『深淵歩き』の持つ大剣が脈打つ。少年は複雑そうな、されど悲観の色を微かに混ぜて笑い、そのまま平坦な声で静かに告げる。

 

「この世に残った怨恨なんだよ。悪魔の駒のおかげで苦しんだ人は、そのまま死んで幽冥へ逝った。けど、その慟哭は消える事なく世界に根付いて残った。それが呪いなんだ」

 

 レオナルドはアジュカを忌み嫌う。彼が産んだ物、『悪魔の駒』が許せなかった。それが『生み出す者』としての矜持から来る物か、それとも関わり合ってきた人々との繋がりで獲得した良心から来る物か。それは彼にしか分からない。

 そしてその念が『怨嗟』を呼び寄せる。少年はその怨嗟の正体を直感的に理解していた。これもまた、三大勢力の被害者なのだと。

 

 誰が言っただろうか。

 ───少女の声色は『殺してやる』と。

 

 誰が言っただろうか。

 ───男の叫びは『苦しめてやる』と。

 

 誰が言っただろうか。

 ───少年の泣き声は『死んじまえ』と。

 

 誰が言っただろうか。

 ───女の咆哮は『許さない』と。

 

 その想いを背負った騎士がいた。ただの投影物でありながらもその存在は無念を晴らそうと、己の大剣で怨嗟を背負う。

 その騎士こそ、『深淵歩き』。その大剣こそ彼の振るう物。当時の少年はそれこそ驚いたまま動けないでいたものだ。

 

「立てよ、まだ終わってない」

 

 そして今、少年は己の小さな拳を握り締めて、『深淵歩き』の突き立てた安全領域の外へ駆け出した。

 せめてその顔面に一撃を叩き込んでやりたい。傍観する己に腹が立つ。その想いを胸に秘め。

 

「払って貰うぞアジュカ。お前が奪った人間の幸せの代償を、今ここで一つ残らず払って貰う」

 

 ただ一直線に駆け出した。

 

 

 

 

 

 





Q.このレオナルドは神殺し作れる?
A.現状では命に支障をきたしますね。
Q.そのうち薪の王作りそう
A.なぜアグレアスが全壊したと思う?

次回は下です。…短めかなぁ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕は一人じゃ無い・下


次回更新ですが作者たる私が無謀にもJグリントとWグリントを買ってしまった為遅れます。別の趣味で息抜きも大事よ皆。




「ぁぁぁああああああああ!!!」

 

 叫ぶ。

 

 ちっぽけな拳を握り締め、レオナルドは、は魔王の元へ、超越者の元へ、恐怖を抱きながらも怒りで捩伏せ、ただただ愚直に駆けて行く。

 

 緑髪の魔王、アジュカ。何処までも煮詰められた『呪い』にその魂を侵されても尚、その力は微塵程度の衰えしか見せない。迫る少年を殺すには十分を優に過ぎた力だ。

 

「づ、っ…、来る、なぁ!」

 

 幾多もの魔法陣が起動する。その全てが少年を殺しに暴力的に、精密性も総合性も無く、ただ滅茶苦茶に無造作に振るわれる。

 それは少年を、決意を抱いた人間を殺し得る物か?

 

 狼の風貌を持つ兜、御空色の外套、黒鉄色の大剣、朽ちる事無き鋼の大盾、少年の理想の体現。

 たかが空想の投影物だとて侮る事無かれ、その想いは紛れも無く本物であり、そこに込められた意思もまた同義。

 またしても大盾が少年を守り通す。

 

「…何だと言うんだ、何なんだ、その騎士は⁉︎」

 

 先ほどの疑問に回答を示そう。答えは否。その様な道理がまかり通る事は、少年の騎士にして誇りである『深淵歩き(アルトリウス)』が許さない。

 狼騎士は一枚の盾を少年の手に預けると同時に、少年と同じ様に憤怒の限りに駆けて行く。その姿はまるで飢えた狼だ。

 騎士の身の丈を越す黒鉄の刃が魔王の首を狙う。だがその身は恐るべき速さで魔術により拘束される。

 

「構造の理解自体はっ…ぁ”、難しく…無い。な”ら、此方側から術式を叩き込めば…いい!」

 

 破顔する魔王。対して盾を持ちながら走る少年は蟷螂(かまきり)の魔獣を生み出す。

 そしてその魔獣に開戦以前に己が腰掛けていた薄板を包む何重もの白布を切らせた。そうして露わになるのは、まるで墓標の様な板。転移術式が刻まれた一枚の石板。

 

約束の大狼(シフ)!」

 

 少年が名を呼ぶ。それと同時、大狼の魔獣が現れ一陣の風と共に『深淵歩き』の元へ駆け付ける。

 その牙は容易くも騎士の拘束を噛みちぎり、その背に騎士を乗せてはアジュカとの距離を迅速に稼いで見せた。

 

「なっ…」

人間(ぼくたち)がやっててお前たちがやってない事だよ!対策取るぐらい当たり前だろ!」

 

 息を切らしながら走る。それでも少年は叫ぶ。その矮小な腕に余る重量の大盾を手に走る。

 そして大狼は背に騎士を乗せたまま魔王へと迫る。その俊敏さは騎士なぞ比になら無い。野生の真髄、生まれながらの狩人、その俊足は他の追随を一切許さない。

 

「… Ahhhhhhhhhhhhh!!!!」

 

 だが大狼の瞬足に合わせて『深淵歩き』は磨き抜かれた技巧による剣技を惜しみも無く振るう。繰り替えされる剣の舞踏。

 斬り結ぶ事を示す鋼の音。方や狂気に飲まれ始め乱れた数式、方や無念を背負いし黒鉄の大剣。

 

「…これ程の物を産み出す…っ、やはり、危険だな…ぁ”ぐ⁉︎」

「ohhhhhhhhhhhh!!!!」

 

 狼騎士の咆哮に合わせ、大狼もまた咆哮を上げる。それは戦士としての礼儀から来るものか、それとも滾る己の血から来る者なのか。それを知る者は本人を除き誰も居ない。

 ただアジュカには目の前の存在が、ここに来て恐ろしいと感じた。本能が彼に告げるのだ。『怖れよ、さもなくば死ぬぞ』と。

 

 魔王と騎士の間に拮抗が続く。油断許さぬ攻めに対して、通す事を知らぬ堅牢な守り。

 躍る数式、返される剣戟。その拮抗状態に終わりは見えない。ただただ金属の擦れる音のみが冥界に聞こえる。

 

 もしアジュカ・ベルゼブブが万全な状態ならば苦戦こそすれど、『深淵歩き』には、なんとか勝利を収めていただろう。だが現状として、彼は片腕を斬られ、濃密な呪いに蝕まれた。このような有様では到底、お世辞にも万全とは言い難い。

 だからこそ『深淵歩き』は攻め手に立つ。ただ一度の成功した一撃と、ただ一度の加えられた助け。それが彼に絶対の攻め手を約束する。

 

「くっ! 覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)・業の…」

「さぁあぁぁあせるかぁぁあぁあああ!!!」

 

 少年の細腕から罅の走る鋼の大盾が精一杯の力で投じられる。子供の悪足掻きだ。それは魔王の技を阻む一手とは成り得ない。成り得るはずも無いのだ。

 だから、アジュカは少年の投じた『銀の弾丸(はがねのおおたて)』を黙殺した。気にすら留めずに式を構築する。今この場に置いてアジュカの敵は『深淵歩き』に他ならない。そう、彼は認識している。

 

「…hehehe…」

「……?」

 

 どういう事か狼騎士は笑った。

 彼は跳躍し、回り、その剣を振るう。ここでアジュカは怪訝を持つ。何故この場に置いてそのカードを選んだのか。彼の疑問などいざ知らず、業の式もまた発動する。決まった、そう思った。

 

 だが騎士の手の中には一枚の、

 少年の、投げた、鋼の大盾が。

 

 盾は最後に本来の持ち主を守り通し砕け散った。その返礼と言わんばかりに空より剣技が魔王を殺さんと降る。だが矢張り守りは堅く、その剣撃は己に帰る。 跳ね返る斬撃を砕きながら騎士は再び大狼の背に跨る。両者の均衡は崩れない。

 

「…が、ぎ…ぃ、!…五月蝿い!!!」

「……」

 

 錯乱する超越者に向けて遠慮知らずに刃が走る。

 一撃、式に取り込まれる。

 二撃、己に跳ね返る。

 三撃、己に返る撃を砕く。

 そして砕き終えた瞬間、一撃目に取り込まれた斬撃が騎士の首を目掛けて走る。騎士をその背に乗せる大狼は瞬時に危険と判断していたのか、既に半歩引いていた。だが避けられない。剣で砕く事も間に合わない。

 

「…っ!」

「取った…!」

 

 咄嗟に騎士は右手を前に出した。剣閃がめり込み、勢いは衰えずのままにその腕は裂かれ、使い物にならなくなった。これを起点に盤が交代する。攻め手は騎士より魔王へと移る。

 

「 …… Thou are strong,human.」

 

 されど騎士はその言葉を紡ぐ。ノイズに塗れた言葉だが、アジュカはその意味を正しく理解している。だが心の内では首を傾げている。なぜ今となってその言葉を吐いたのか。それが彼には理解することができなかった。

 

 だからこそアジュカは、悪魔は敗北するのだ。

 

 アジュカ・ベルゼブブの敗因はただ一つ。それは最初に『深淵歩き』から腕を切り飛ばされた事でも、怨嗟に飲まれながらの戦闘を強いられた事でも、『約束の大狼』の参戦を予期出来なかった事でも無い。

 

 『深淵歩き(アルトリウス)』は剣を握る拳より人差し指を立て、正面を指差し、その存在を示す。示されたのは緑髪の魔王などでは無く、漸く追い付いた英雄譚の担い手。

 

「追い付いたぞ」

 

 ザザッ! と、魔王の後ろで靴の裏を地面で擦る音が聞こえる。汗にまみれた身体、疲労困憊を隠せないその顔。しかしその双眸には燃え滾る感情が曇る事など無いままに宿っている。

 振り返りざまにアジュカは魔法陣を起動させようとした。つまり彼の背後に存在する少年こそ、この一戦に於いての主人公。

 

「どんなに遅くっても、情けなくても、それでも僕はお前に追い付いたぞ!アジュカ ・アスタロト!」

「ぐっ、ぎっぃ、がぁぁあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 感情の全てを込めた、たった一撃の小さな、されど恐らくはこの世界において最も強い拳が、一筋の涙の軌跡を残して振るわれた。

 凄まじい殴打の音が木霊する。少年の全体重を乗せた小さな拳に頬骨を殴り抜かれた魔王は地にその身を倒された。

 

 アジュカ・ベルゼブブの敗因。それは本当の敵を見誤った事に他ならない。彼の天敵は『深淵歩き』や『約束の大狼』などでは無い。彼の天敵は最初から其処にいた。

 始まる前から勝負は付いていたのだ。要素も理由も運も研鑽も想いも、何もかもが揃っていた。

 小さな少年が負ける理由など、最初からこの世界にはどこにも存在する由が無かった。

 

「ゔっ、ぁ”⁉︎」

 

 少年の一撃を皮切りに、『深淵歩き(アルトリウス)』の横殴りに振るう剣戟が魔王の脇腹を絶つ。その傷口を起点に、アジュカ・ベルゼブブの魂へありったけの『呪い』が侵食する。浮かばれる事の無い無数の慟哭という猛毒が『超越者』の精神を貪り喰らい、染め上げ穢し続ける。

 

「ぁ”ぎぃ”ぁな、いいななぁ”⁉︎」

 

 アジュカの視界にはドス黒い人型の影が無数に見えた。その全て例外無く呪詛の様に恨みの文言を吐きながら己に迫る。ゆらゆらとその身を揺らして、無音のまま、ただただ静かに魔王の元へと迫る。

 

「来るな!来るな来るな来るな来るな!」

 

 対話など不可能。そう告げるかの様に影は迫る。やがてある影は魔王の頬を、その両手のひらで優しく包み込む。

 ある影は魔王に抱き着き、ある影は縋り付く。ある影は首を締め、ある影は目玉を抉ろうとする。

 無数の人型が彼をびっしりと包み込む。おびただしい程の恨みの声が、怨念の囁きが、晴れる事の無い怨恨の言霊が魂を風化させる。

 

「ぁ、─────」

 

 逃げられ無い。逃げられ無い。逃げられ無い。

 

 精神が、魂が、正気が、風化の限りを極めて己の存在が削り取られていく実感がする。無数の歯に咀嚼されて、臓腑も脳髄も神経も何もかもズタズタにされて、挙句吐き出される。それを延々と繰り返している感覚がする。

 

「誰か…助けて…くれ…!」

 

 それが最後の声だった。今此処にアジュカ・ベルゼブブは己の持つ肉体では無く、魂と精神と矜持が完膚無きまでに死んだ。

 今レオナルド、『深淵歩き』、『約束の大狼』が目にしているのは、己の誤りと非に気付けなかった、ただ一人の哀れな男の末路に他ならない。

 

『───……がとう』

 

 やがて、『深淵歩き』の持つ大剣から『何か』が声と共に霧散を始める。それが何なのかは記す必要も恐らくは無いだろう。

 復讐は今此処に成就され、無念は今此処に晴らされた。世に残る道理も、楔も無い怨嗟はゆっくりと溶ける様に消えて行く。

 

『───ありがとう』

 

 その言葉を最後に、少年達は己の戦いを終えた。

 四大魔王が一人、偽りのベルゼブブ。

 その真名をアスタロト、罪に気付かぬ者。

 『超越者』アジュカ・アスタロト、崩御。

 それに殉ずるかの様に、アグレアスは全壊する。

 

「…なんだか、眠いや……」

 

 全力を出し切った少年の体を大狼のふくよかな体毛が迎え入れる。騎士は既に大狼の背から降りていたのか、ただ浮遊する瓦礫の山を眺めていた。

 やがてその瓦礫の山から大鉈を手にし、肩に玉葱の様な鎧を着込んだ騎士を乗せた傷だらけの巨人が雄叫びと共に現れたかと思えば、肩の騎士と共にゆっくりと消えて行った。

 

「……wow」

 

 狼騎士の小さな驚きは大狼しか見えていないだろう。ただ今は、場違いな程に微笑ましい少年の寝息が聞こえるだけだった。

 

 

 

 




作成物と創る者としての自分を否定されまくった上に人間の子供に殴り倒されたアジュカくんおっすおっす(挨拶)

さて、本編で解説出来なかった魔獣の解説おば。
約束の大狼(シフ)
レオナルドが灰色の大狼を再現した魔獣。魔力を噛み砕く事が可能とする。要するに魔術に対するアンチモンスター。
薪の巨人(ヨーム)
アグレアス破壊を行なっていた騎士。レオナルドが物理攻撃と物理防御に全振りして投影した。肩に乗ってる騎士は補助を担当するとかどうとか。アグレアス防衛を行なっていた悪魔は無論いたが、止めきれなかった模様。サイズ違うから無理もないね。


Q.英雄派(人外魔境)に使ってるイメージソングとかありますか?
A.一応有りますね。
全員共通してIMAGINARY LIKE THE JUSTICE それと個別にもう一曲だけ。戦闘を終えた方のみお答えしましょう。
ジークフリート→蘇る神話
レオナルド→REVERSI

次回はトライヘキサの天界単騎攻めです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ならば、答えは一つだ

モチベが下がりつつある…難産だぜちくせう。


 

 天界の第一天をクロウ・クルワッハが残り、トライヘキサはガブリエルの最後の言葉を留め、怪訝な顔のままに先を急いだ。

 白く輝く無作法なまでに広大な天蓋に穴を開け、二天へ至る。

 

 天界、第二天。それは星の観測所にして忌むべき牢獄。収容されたものは須らく罪人であり、裁きを受けた天使である。

 

 例えば、バベルの塔を築いた人類。

 例えば、罪を犯してしまった天使。

 

 黙示録の獣の名を冠された少年はその牢を見ては壊す事を決定する。五指の骨が静かに鳴り、その手が牢に触れようとする瞬間、彼の嗅覚に忌むべき匂いが紛れ込む。

 

「その牢を壊す事は許されぬ。神に背きし愚か者。神の座に至ろうとした不遜者、消して外に出してはならぬ」

 

 最初に生み出された天使たち、力天使と共に宇宙の秩序や均衡を保つ役割を持つと宣う白い羽。

 その存在はどうやら、記された所によると最も調和的らしく、神へ従属するという『善意』によってさらなる高みへと至るというもの。

 

「高慢にも神と同じ高みへの到達を目指した者。愚かにも罪を犯した忌むべき同胞。その解放は即ち世に新たな混沌を生み出すと同義である。そして汝もまた罪深い。世に破壊をもたらす野蛮な獣よ、人の子の尊き信仰を打ち砕かんとする獣よ、その命、今ここで散らしそれを罪の償いとせよ」

 

 ああ、聞きたくなかった。見たくもなかった。そうだろうとも、天使(お前達)は皆そうだろうとも、そうであろうとも。

 

 何故変わらない?何故認めない?何故逃げようとする?お前達の価値は、僕と同様人類史が二十世紀に突入した時から終了している。

 

「…誰が愚かとか、人間にとって何が罪とか、それが許されるとか、許されないとか、償いとかさ…」

 

 科学と技術の跋扈する世の何処に神秘の価値がある?お前達の勝手に決めた古いしきたりにどんな価値がある?

 ああ、ある者にとってそれは心の救いともなるし、拠り所にだってなっている。それは認める。これはお前達が人間達と産んだ一つの『文化』だ。

 

 でももう、最早駄目だ。改善する余地が掃いて捨てるほど有るというのに何もせずに怠惰であり、傲慢にも『救ってやろう』と出来もしない事を成そうと躍起になり、信仰すべき対象すら居ないというのに強欲にも信徒を求めた。

 

 それでもお前達は自らを正義としか見れず、世界の中心と廻し手だと思い込み、無為に無意義なまま犠牲を出し続けるのだろう?

 

「…それを決めるのはお前達じゃ無いんだよ」

 

 昔、ある悲劇があった。

 

「それを決めていいのはお前達じゃないんだよ」

 

 人は叫んだ、なんで、どうしてと泣いた。

 天使は嘆いた、この悲劇を嘆くだけだった。

 それどころか、その悲劇を利用した。

 そして悲劇はこの一言で締め括られる。

 『これも世界のためだ、仕方ない』。

 

「お前達は変わらなかった。結局のところ、お前達は誰も救えなかったんじゃ無い。救わなかったんだ。お前達にとって人間はどうでもよかったんだろう?だってお前達は神の私兵で人形なんだから、神を、父を第一にするに決まってる」

 

 例えどんな悲劇があろうとも、そこにどんな犠牲があろうとも、どんなに多大な不幸を生み出しても、ただその一言で全てが片付けられて来た。

 たったそれだけの、余りにも説得力の無い言葉で涙を飲んで見守る事を強制された。どんな憎悪があろうとも、どんな絶望があろうとも、ただ『仕方ない』の一言で歴史の裏側へ押し込められた。

 

「いつの…まに…?」

 

 時間にして言えば恐らくは秒を切っているだろう。怒りを再燃させた少年の五指が、一人の能天使の心臓に抉り込まれていた。

 みぢり、と水の詰まった肉袋を握り潰した様な音がくぐもったままに静かに響くと、能天使の一人は死んだ。

 

「喜べよ自称バランサー共、お前達が修正するべき『歪み』は此処にいる」

 

 静かに脚が天使の首を薙ぐ。横に並ぶ首が合わせて飛んだ。光の槍が少年の喉仏、腎臓付近、腿、鎖骨のそれぞれに走る。

 だが無意味だ。いくら貫かれようが、穿たれようが、抉られようが、少年の身に刻まれた傷は瞬く間に癒えてはこの世から消え去って行く。

 ぼづん、と今度は骨を肉ごと無理矢理外した様な音だ。それは間違ってない。事実一人の天使の頭がつい先程引っこ抜かれた。

 

「ッ…怯むなァ!」

 

 天使の激励が入る。白羽の群れはその手に武器を取り、ただ一つの敵に向かって殺到する。何度も振り下ろされる狂気、溢れる臓物と血、それは確かに本来清廉でならなければならない天を穢す。

 肉片が一欠片でも残れば蘇る。それがトライヘキサの生命と再生力だ。彼をこの世から抹消したければ、肉片一つ残らずに消滅させなければならない。

 

「…温存は駄目、か」

 

 トライヘキサは密やかに目を閉じる。変化が起こるのはほんの数秒だった。全方位に巻かれた熱気が放たれ、瞬きとも取れる一瞬のうちに能天使の灰が辺り一面に広がる事となる。

 『掃除』を終えたトライヘキサは罪人達を解放を望む。

 

「…ねぇ、皆はそこにいるのかな?」

 

 一縷の微かな希望(のぞみ)。遠い過去に己を受け入れてくれた人間。もしかしたら、そう思わずにいられなかった。

 可能性がない事なんて、もう分かってる。けど望まずにはいられない己もまた存在している。

 

 牢を壊す。其処には誰もいなかった。在るのはほの甘い僅かな幻想だけ、それを見せる鮮やかな毒は床に落ちている。

 九つの指輪、その全てが真鍮と鉄により作られた物であり、かつてソロモン王が神に返却した権能の証。ただ一つだけは贋作であったが故に現状の通りということだ。

 

 少年は拳を握り締め、唇の端を強く噛み締める。血がながれようと痛みが走ろうと構わない。

 今だけは、大声を上げて泣き叫びたかった。だがそれは出来なかった。

 

【ひとときの戯れ 泡沫の飛沫 叶わぬ夢

 それでも尚 貴様は望むか 愚かな獣よ】

 

 九つの指輪が光と声を届ける。

 少年の眼光が変わる。それは刃よりも遥かに鋭く、最早そこに僅かな緩みすら無い。

 ただ『殺す』。その一念のみを瞳に宿らせて、その光を睨む。

 

 光は次第に朧げではあるが形を得る。その姿はただの光の球体でしか無い。その球体を、否。その姿に潜む存在をトライヘキサは恐らくはこの世界の誰よりも知っている。

 

Y()H()V()H()ッ…!」

 

 それは唯一の神、神聖四文字。

 数多の名を持つ神性存在。

 トライヘキサが最も憎んだ存在。

 ソロモンが唾棄すべきと決定した神格。

 サタナエルが裁くべきと判断した御座。

 サマエルが最も失望した奇跡。

 死に絶えた筈の神。

 

「何故ここにいる、何故声を上げる、何故世に戻る。

 お前は死んだ、お前は消えた、お前は霧散した筈だ」

【我が大願の成就は叶わなかった 貴様の罪だ だが私は諦めなかった だからこそ『聖遺物』に我が存在の欠片を残した】

「ならその指輪を依代としている理由はなんだ。

 それは『聖遺物』じゃ無い筈だ。それを踏まえてお前に聞く。ここに居た筈の人間達はどうした?」

 

 『聖遺物(レリック)』とは聖書において“聖人と認定された人物の遺品”とされるもの。 その種類は多岐にわたり、生前の愛用品から当人の遺骨や遺髪、果ては処刑に用いられた器物などが数えられる。

 有名なところで言えば、『最後の晩餐』に用いられた聖杯、『救世主』の血を浴びた聖槍、その救世主を磔にした聖十字架と聖釘、その遺体を包んだ聖骸布だ。

 

 故に今の神聖四文字が依代としている九つの指輪は聖遺物に数えられ無い筈だ。

 少年はそう考える。だからこそ牢の中に存在していた筈の人間達が居ない事に憤怒と憎悪をその胸に永遠に抱く。

 

【ひと時の依代を作る償いを その命を以って罪を祓う機会を与えた ただそれだけの話だ 貴様が憤っていい話ではない】

 

 瞬間、全ての指輪が渾身の力で砕かれる。

 依代を失った神の断片はその身を光の粒子へと解かれ、それは皆一切の漏れなく天へ登っていく。

 

【やはりこうなったか しかし再認識した 

 貴様と私の道は交わらない

 ともなれば 回答は得られた

 貴様は私が成就する人類救済の妨げだ】

「その救済の裏に何人の人間が犠牲になる?

 幾つの幸せをお前は壊してきた。

 笑わせないでくれよ、YHVH

 お前が救うのは自分だけだろ?」

 

 水と油。共通した物がありながらも、その道が交わることはきっと永遠に無い。一言に語るならば同じだ。だが其処に込められた意味は全くもって違う。

 だからこそ彼等がわかり合う必要は無いし、その日が来ることは永遠に来ない。

 

【何故私の救済を理解しようとしない このままでは人類が破滅の道筋を完遂してしまうのだぞ? それは貴様も望む所では無い筈だ】

「ああ、腹立たしいけど其処は同じだ。でもそれは(おれ)達が関わって良い話じゃない。それを決めるのは人間で、その結果を受け止めるのも人間だ」

 

 その愛は独りよがりであり、ただ縋るだけ。変化と果てを受け入れる事が出来ず永遠と安寧を望み、今もなお其処を目指す。

 その愛は届かない憧れであり、ただ見守るだけ。変化と果てを受け入れる覚悟は等に出来ており、その全てを記憶する決意を抱く。

 

【所詮は獣にも人にも成れぬ哀れな存在か】

「結局は理想の箱庭が見たいだけの存在か」

 

 互いに互いを知っている。救いようが無い事も哀れ極まりない事も、相手が何よりも、どうしようもない程に『嫌い』だからこそ知り尽くしている。

 

「いいよ、お前がそんなに理想に拘るんなら」

【よかろう 貴様がそれ程に破滅を望むなら】

 

 だからこそ開戦の言葉は単純で良い。嫌いあうもの同士、同じ言葉で最後の宣戦を告げる

 

「次に会った時には、お前を、」

【我が再臨の暁には 貴様を 】

 

 

 今度こそ完全に殺してやる。

 

 神の再臨はすぐ其処に。

 獣の方向もまた然り。

 

 




感想返信はちょっと休んだらやります。

聖書の神(断片)登場&退場。
本体が出るのはも少し先


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔と人の殺意は限り無く

王は未だ以って王でしかない。
それを嘆く女がいた。
王は未だ責任と勤めの牢獄の中。
それを悲しむ女がいた。
王は未だ人へと至れず。



 人界、出雲。

 そこでは人類と聖書の戦争が繰り広げられていた。尚、この惨状を見ても日本神話の伊邪那岐大神はこう語る。『なんかめっちゃ壊れてるけどうちの子達が仕返ししてるだけなんでしょ? なら良いよ、形あるものはいずれ壊れるけど、治せるんだ。君達三大勢力が奪った『命』とかは戻せないけど』と。

 

 そして赤龍帝たる兵藤一誠は絶望の中にいた。止まない戦禍をその身で体験しながら、彼は失意に打ちのめされ立ち尽くすことしか出来なかった。

 さっきまで隣にいた初対面の悪魔が神器に貫かれ、或いは切り裂かれ、辺り一面に散らばっている。

 

 それに絶望してる。だがそれは放心に至らせる程の物では無い。彼が放心する理由は別にある。

 

 その魔王からの報せは唐突に外に待機していたリアスやその眷属と、彼らから離れた地に居たバアルとその眷属にも耳に入った。

 各神話に結束の意思は無く、皆すべからく平和では無く破滅を望んでいる。

 

 ───ふざけるな。

 

 憤怒のスイッチが入り、その身を再び『赤龍帝の鎧』に包み、迫り来る『敵』を壊しながら彼は前へ前へと進む。

 

「誰かが苦しんでるのに、助けてって大声で叫んでるのに、なんで神様は誰も助けようとしないんだよ!!」

 

 神々は理不尽だ。身勝手だ。我儘だ。それでいて無慈悲だ。彼の中ではそう決定された。彼の中ではそう再定義された。だが肝心の神からしたら知ったことではない。彼等は等に世界を人間に明け渡しているのだから。

 そも、日本における八百万の神々が過去に人の子へ齎していたのは豊穣、雨天、悲しみの肩代わりなどであり、神話を知らぬ現代人が考えている様な『願いを叶える存在』ではない

 

 閑話休題(はなしはそれたが)

 

「当然だろう? 今までが今までだったんだから。しかし思いの外事態が好転してくれた。ここまでも計画通りだ」

 

 そこに兵藤一誠のみならず、三大勢力全てに怒りを滾らせる男が来る。この状況を生んだ者。仲間を惑わし奪った者。人類を破滅に向かわせた大罪人にして太古に在った人の王、ソロモン。

 白い髪に、腰に携えた一振りの剣。頭に付けられたシクラメンの冠と、灰色の外套。

 

「お前…!お前がギャスパーを、小猫ちゃんを…!」

「君、何か見当違いに怒ってないかい?ギャスパーに心当たりはあるけど最後の奴は知らないよ。 それにこの状況も。全てなるべくしてなった事であって、僕には何の謂れはないと思うんだけど?」

「うるせえよ! 皆を返せよ!皆が何をしたって言うんだ⁉︎何の自由があって、何の権利があってお前はこんな事をするんだ⁉︎」

 

 赤い「竜」は激高する。仲間を奪われ、仲間を殺され、悪魔の平穏は崩れ去りもはや見る影すらも無くなった。故に彼は怒り、自らの正当性を掲げる。

 王はそれを見て、ただただ笑っただけだ。大声を上げて、ゲラゲラケタケタと喉を震わせ笑う。だがそこにあるのは、決して喜びなどではない。その場に居合わせた誰もが《それ》を本能的に察知した。この場に於いて王の抱く感情は『憎悪』以外にあり得ない。

 

「いやいやいや。まさか君が、ましてや悪魔がそれを問うなんて思いもしなかった。 しかしそうか、なんの自由があって、何の権利があって僕が君達を滅ぼすのか、か」

 

 すらり、とその王剣は鞘から抜かれた。翠玉を散りばめるという美麗ながらも何処か単調さを感じさせる装飾を施された、僅かな弧を描く片刃刀の切っ先は静かに大地に突き立てられる。

 次に王はその懐から一冊の古ぼけた書物を解放する。それは自律的に動き、バラバラと勝手ながらも規則的に(ページ)が巡って行く。

 

「『仕返し』だよ赤龍帝。奪われた物は、戻って来ない。だから今度は僕が君達から根こそぎ奪う事にした。希望も、未来も、生命も、何もかも全部、一滴も残ら無いほどに全てを奪うことにしたんだ」

 

 子守唄を歌う様な柔らかな声があった。だがそこに込められた感情は決して子を慈しむ様なものでは無い。

 頁をめくる音が止む。白い髪の男を72の各々の紋章が取り囲み、真水の中に混じる砂糖水の様にゆらゆらと揺れる何かを王に提供する。それは現在のソロモンにとっての生命線である『魔力』。

 

「…なんだよ、それ、どういう事だよ」

「僕は奪われ続けた。三千年前は全てを奪われて終わった。だからこその仕返しだ」

「ッ何だよそれ! その話じゃ今の悪魔達は関係ないだろ!お前のやってる事はただの子供がする八つ当たりと一緒だ!」

「昔の事だから水に流せと? いや残念、それは無理だ。三大勢力は消去するって昔に決めてるんだ。そこだけは捻じ曲げられないよ」

 

 その一言を皮切りに帝王の拳と王の剣が衝突する。赤い装甲に覆われた拳に翠玉(エメラルド)のビーズが散りばめられた豪奢ながらも単調な刃が食い込む様に、装甲を切り裂きめり込んだ。

 其の剣の銘はシャムシール・エ・ゾモロドネガル。恐ろしい角を持つ『鉄鎧(フラッゼレイ)』という悪魔を傷つけられる唯一の一振り。

 要はそれほどの切れ味を持ち、不治の傷を与える名剣。この傷を癒すには『鉄鎧(フラッゼレイ)』の脳を含む多数の薬剤を調合した特殊なポーションでなければならない。

 

「この日の為だけに生きて来た!僕ら人間から君達三大勢力に対する、因果の応報。僕達はずっと奪われていた!何もかも奪われた!()からシバの女王(アイツ)さえもお前達は奪ったんだ!」

「今の皆が何をしたって言うんだよ!皆普通に生きてたんだぞ!子供だっていたんだぞ、明日を楽しみにしてる奴がたくさんいた!なのにお前はどうして平然とそれを踏みにじれるんだ!」

 

 怒号のみがその地に響く。2人の男の感情と感情がぶつかり合うだけで、その言葉には繋がりがない。白い髪が暴風の中に揺れ、赤い拳が何度も軌跡を残す。

 それは側から見れば子供の喧嘩と変わらない程の生合成の取れない暴力のぶつかり合いの様でもあり、ただの重機同士のぶつかり合いの様でもある。言ってしまえば己の感情を互いに叩きつけている。

 赤い拳が王の腕をへし折る。だからどうした、その程度で『人間』は止まらない。使い物にならなくなった腕を盾と扱い、王は帝の肩口を切り裂く。

 

 兵藤一誠を援護しようと悪魔と堕天使の混ざり物が雷光を降らさんとする。それを青い髪の女が、その右手に握られた聖剣で阻んだ。

 己の下僕に手を伸ばすべく駆け出そうとした紅髪の女悪魔の前に、非緋色の双眸を持つ少年が迷い無く立ちはだかった。

 

「…ギャスパー……」

「………………」

 

 かつての『僧侶』は無言のまま微笑みかけるが、その瞳は底冷えする程に冷たく、冷ややかに元主人を眺めるばかりだ。

 上等なガラス細工と見紛える程少年の瞳は透き通っており、鏡の様に悪魔を写す。

 元主人であるリアス・グレモリーは少年と向き合い、懐から一つのブレスレットを取り出しては手首に掛けた。

 

「…貴方をきっとソロモンの手の中から助けてあげる。だから、負けないで、私は絶対に貴方を見捨てたりしないわ」

 

 決意を抱き王は走る。少年は顔を伏せた。

 リアスは影の魔物に足止めを喰らいながらも必死にその手を伸ばす。アザゼルから託された魔法解除の効力を施されたブレスレットが起動する。赤色のプラズマが大気の中に踊る。

 女悪魔の手が少年の額に届いた。幾多もの魔法陣がギャスパーを囲み、何処までも強い光を放つ。これで全てが元どおりになる。彼女の中ではその確信があった。しかし、

 

「なんだ、結局貴女は最初から、最後まで、

 ───僕の選択を認めてくれなかったのか」

 

 この瞬間、リアス・グレモリーは理解を放棄した。

 

 リアスの元へ帰ってきたのは眷属からの暖かな言葉でも、抱擁でも、謝罪でも無かった。

 無数の冷たい牙が迫った。闇に形成された獣の頭蓋が目の前の存在を食い散らかしにその歯を鳴らして悪魔を引き裂こうと走る。そこには一切のためらいが無い。

 

「ふんッ!!!!!」

 

 だがそれを砕く者がいる。都合よく現れたヒーローがいる。都合よく手に入れた力で王を目指す悪魔が一人、君臨し少年の目的を阻む。

 それはネメアの獅子を封じ込めた戦斧、その『禁手』である鎧、『獅子王の剛皮』。

 

「サイラオーグ…」

「…ソロモンが出現したと聞いて駆けつけたのだがな。リアス、()()はお前の『僧侶』ではなかったか?」

 

 サイラオーグ・バアル。大王家の『滅びの魔力』どころか魔力すら持たずに生まれた一人の悪魔。故にその心身を自己修練で鍛え抜くという結論を導き出し、鍛錬の結果により若手悪魔最強の座へと至った異質な実力者。

 

「もう違うよ、僕は自分の意思でこの道を選んだ」

「……そうか、残念だ」

「待って!違うのサイラオーグ!きっと、恐らくギャスパーは誰かを人質に…!」

 

 少年の中の天秤では、仮初めの恩人(リアス・グレモリー)より本当の恩人(ヴァレリー・ツェペシュ)が傾くの当然の帰結であり、変わる事の無い摂理ともなった。

 その小さな手を伸ばす。誰一人とて救えなかった無力な証。だがもう違う。彼は確かに一人の少女を救った。

 

 故にこそ王は言った。”───無理に参加する必要はない。君はもう自分の幸福を掴んだんだ。勝ち取ったんだ、だから、君は死んじゃだめだろ?”

 

 確かにそうだ、死んだら元も子もない。

 でも、それでも、『前』に出たかった。

 自分の意思で離れて、裏切って、見限った。

 だからこそ最後まで向き合わなくてはならない。

 

「その心配は無いです。ヴァレリーなら今頃ダヌーさんと一緒にいると思いますし、……何度も言います。これは僕の意思だ、僕の決断だ、僕の選択だ、最初から何も間違いなんてないんですよ」

 

 少年の持つ瞳の右が、太陽の如く輝きが宿り始める。そんな彼の背を支える歪な影がある。その影は顎門を広く開けて笑っている。

 魔神バロール。復活とは至らずともその断片は未だに世に現在であり、 力もまた然りである。

 

 その魔神の邪眼を見るべからず。

  それは凡そ全てを殺し得る力であるが故。

   如何な破片と言えど、侮る事無かれ。

 

 

 

 




キレ芸回ですね(真顔)
次回は曹操のターン。でもその前に閑話はさみますねん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話.2王の背中を眺める者

 これは、ある王様が復讐鬼に堕ちるまでの話。

 

 とある王様の一人の妻がいた。

 彼女は夫とは正反対に、人間を愛していた。

 その為の富であり、商いだった。

 そんな彼女の名は■■■。

 書において、『シバの女王』と記された。

 

 やがて王と女王は出会い結ばれる。

 最初は国交の為だった。その筈だった。

 王にとってはこれまでと変わらぬ凡百の駒の内の一つにしか過ぎなかった。その筈だったのだ。

 いつの日か、───彼は女王を目で追っていた。

 

 やがての話、王に初めて愛した人が出来る。

 結ばれた者同士、互いが好むものを愛した。

 シバの女王はソロモン王の愛した『(シクラメン)』を。

 ソロモン王はシバの女王の愛した『人間』を。

 

 そして王は次第に人『らしさ』を取り戻す。

 だがそれは、『神』の望む在り方では無かった。

 計画の要は人『でなし』でなければならない。

 つまりは『操り人形』でないといけないのだ。

 神聖四文字は、笑って決行した。

 

 ───お前はおかしくなってしまったんだよ、ソロモン。でも大丈夫だ、私がお前を元に戻してやろう。その蛇足をお前から切り落としてやろう───

 

 たった一夜の悲劇。捻じ曲げられた運命。

 たった一夜の足掻き。変えられない終幕。

 王の腕の中には、死に向かう女の体が有るばかり。

 それと触れ合う最期すらも彼は奪われた。

 嗚呼、女王をその腕に去るのは、

 名前すら残らない悪魔と堕天使だった。

 

 ではここに三千年を超える叛逆を。

 

 三千年前では駄目だった。三千年前では失敗した。三千年前では届かなかった。三千年前では不可能だった。三千年前では神と悪魔の共倒れを仕込むのが限界だった。三千年前では獣に知性を与えるのが限界だった。三千年前では遺体を取り戻す事が打ち止めだった。

 

 ならば待とう。お前達を。

 シバの女王が信じた人間(おまえたち)を、(わたし)は信じよう。

 

 人間よ、なぜ悲しむ。

 人間よ、なぜ諦める。

 人間よ、なぜ絶望する。

 人間よ、なぜ己を捨てる。

 

 その手につかんだ、進化を見よ。

 お前達が持つその(よすが)を。

 

 かつて見た景色。

 ささやかな平穏。

 あたたかな希望。

 なごやかな幸福。

 

 それらを踏み躙られたが故にこそ。

 一人の人間(おうさま)は男として立つ。

 

 

 ……これは、私が愛した人の一生。

 未だ以って救われない愛しい人の物語。

 どうかその肩の荷を、下ろしてくださいな。

 もう貴方は『王様』に囚われ無くていいんです。

 だってもう、人間(みなさん)は導かれずとも、

 迷ったりしませんよ。

 

 だから、ね?

 




名前:■■■(シバの女王)
解説:王を心から愛し、王に心から愛された唯一の人間。王が『機関』では無く『個人』となる事を望む。その最後は非業と言うほか無いが、彼女にとっては「愛した人に救われて死ぬ」という恵まれた終わり方だった。
イメージ曲:
・『CASTLE IMITATION』

感想返信は次回更新時やりまーすよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦況俯瞰

執筆中私(…レオナルドは言わずもがなだけどこれゲオルグとジャンヌも過労枠じゃね?)




 出雲本殿、その中心部では人間と人外の対立軸が三つほど出来上がっており、それぞれの戦いはゲオルグのもつ神滅具により結界内に隔離される事となった。

 

 一つは魔王サーゼクスと『革命家』曹操。

 次に堕天使総督アザゼルと絶霧所有者ゲオルグ。

 そして天使長ミカエルと転生体のジャンヌだ。

 

「君達の目的は、意思はなんだ?」

 

 一つ目の結界内部、紅髪の魔王は怒りに滾りながらも聖槍と青龍偃月刀を持つ曹操という男にただ純粋な疑問で問うた。

 なぜ自分達が敵意を向けられるのか。なぜ冥界をあの様な目に合わせたのか。なぜ三大勢力を攻撃するのか、その理由が分からなかった。

 

「ただの家屋守りさ。ただ俺は随分と影響されやすくてな。()()の様にとはいかないが、いつのまにか人命救助もやってる身…というところだ」

 

 その『彼女(アーシア)』が悪魔と天使のおかげで本来の居場所を追われた。もし三大勢力が世に蔓延っていなければ、彼女は今も心優しい教会のシスターとして皆から慕われていただろう。

 悪魔に怯える事もなく、彼女は己の幸福を掴めただろう。だが現在となってはもう遅い事だ。取り返しはつかないのだから。

 そんな事を思いつつ男は二槍を構え直し、静かな声色と共に告げる。

 

「さて、このままでは話が長くなる。簡単に此方の目的を述べよう魔王ルシファー。三大勢力の断絶及び君達の被害者の保護だ」

「それはどういう───」

「必要なら治療も行う。メンタルケアは苦手だが、やらざるを得なくなった事が最近の悩みか」

 

 遮りながら。魔王な言葉には耳も貸さないまま。人間は肩を竦めて戯けるように笑う。曹操は聖槍と青龍偃月刀を地に突き立て、亜空間に収納している『それ』を取り出す為に左腕を亜空内に突っ込んだ。

 警戒する魔王をよそに、なんとも言えない、というよりは何も言えないだろうか、ともかくそう言った苦笑を浮かべる曹操は亜空より一つの兵装が取り出す。そして瞬時にそれは装着された。

 

「…しかしゲオルグはとんでもないものを作ってくれたものだ」

 

 人間の右腕に数多かつ多種多様の機械で組まれた円筒が装着されており、背中には流線型の装甲が展開される。その装甲には幾つかの棘の様な噴出口が存在しており、時折動いては白煙を噴出している。

 サーゼクスは唖然としたままに曹操を見据えており、その驚愕の表情は隠されず露わにされている。

 

「ヒュージ・ブレード。いや、実力差を無視出来る兵装が欲しくてね、無理を言って作ってもらったんだが、こうなるとはな」

「…確かに強大だ。だが私は、悪魔の幸福のために負けるわけにはいかない」

「お前達の幸福なんてどうでも良い。俺たち人間は、ただ外敵を排他するという選択を取るだけだ」

 

 誕生から現在に至るまで繰り返されて来た作用。『害』の削除と根絶。そのプロセスは変わりない。その番は巡り等々悪魔達にもやって来ただけのこと。

 莫大な力の衝突が起こるまで、後五分。

 

 ■

 

「で、どうするんです?ロキの旦那」

「準備はしておけ、備える事に越した事はない」

「へーへー、俺様ちゃん早いとこお外に行ってご用を済ませちゃいたんだけどナー、用心なカミサマだコト」

「私はお前を『護衛として』連れて来てやったのだ。そこを理解しておけ。そして忘れるなよ、エインヘリャル」

「ほいほいっと…(さーて、いつ抜け出そうか)

 

 悪神とその護衛は、その場に残る僅かな神々と変わらず霧の結界の外にいた。霧の中を見通しているのか、それともただ争いが終わる時を待っているのか、神々は黙したまま座している。

 鴉羽の様な外套を纏うそのエインヘリャルは退屈そうに悪神が持ち出し、己に持たせたその魔剣を眺めている。

 

「…バルムンク、ねぇ」

 

 ───北欧の悪神と最も新しい戦士の語り1/2

 

 ■

 

 二つ目の結界の中、ガラの悪い風貌の男アザゼルと黒一色の制服に眼鏡といった出で立ちの男ゲオルグはサーゼクスと曹操が交わした物と変わらない問答を起こしていた。

 

「はっ、保護ときたか。聞こえはいいが、その裏で何しでかしてるかは想像には難くねぇぞ、テメェら一体何人の人間を犠牲にしてきた?」

「まるで自分達は今まで犠牲を出さなかったかの様に聞こえたぞ、白痴の長。『人間』として言っておこう。貴様等はもう少し、自らの行動を省みるべきだったな」

 

 堕天使の身を包む人工の神器は『堕天龍の閃光槍(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)』。その擬似禁手形態である『墮天龍(ダウン・フォール・ドラゴン・)の鎧(アナザー・アーマー)』。対するゲオルグが扱うのは神滅具に数えられる『絶霧(ディメンション・ロスト)』。

 

「では逆に問おうか。お前達は人間を相手に『世界の為』という薄く脆く陳腐な言葉を盾に何人おもちゃにした? ああいや、『おもちゃにしている』という自覚すら恐らくは無いのだろうが」

 

 二人の戦況は停滞していた。その原因は言わずもがなゲオルグの持つ神器によるものだ。

 神滅具『絶霧』その力は結界系神器では最強を誇る。対象を霧で包み込むことでの防御、霧に触れた者を任意の場所への強制転移が可能とされている。

 尚、彼等を隔離しているのはその禁手である『霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)』によるもの。

 これは霧の中へ望む結界装置を創造する。これによって現実そっくりの結界疑似空間を作り上げることが可能なのだ。

 

「なんだと?」

「怒るなよ、事実を言っただけじゃないか」

 

 ゲオルグのすぐ側に大規模な霧が収束し、その平坦な呟きと完全に同時だった。

 巨大な拳が勢い良く現れ、まるでコメディ映画やアクション映画のワンシーンかの様にアザゼルを遥か遠くへ殴り飛ばした。

 何度も転げながら地に身を擦り付けたアザゼルはその顔を驚愕に染めたままだ。

 

「何を惚けている。()()()()()()()はお前達の父が作り出したものではなかったのか?どうなんだ?」

 

 ゴグマゴグ、古の神が戦闘用に作ったゴーレム。しかし聖書においてゴグマゴグは『神に逆らう者(ゴグ)』と『ゴグのいる地(マゴグ)』という事を指しており、消してゴーレムなどでは無い。

 実態は聖書に記述される『ゴグとマゴグ』が基になったと考えられる英国の伝承に、内容は様々だが記されている。

 

 英国の伝承に共通するのは『ゴグとマゴグは巨人』だという事。そして数ある黙示録に於いてゴグとマゴグは神に戦いを挑み破滅を辿る。ここまで来れば一つの考察が出来上がる。

 このゴーレムは恐らくは聖書の神が己の手で産み出した『神の敵』。言ってしまえば『引き立て役』であり、その戦いもマッチポンプなのでは、と。

 

「……テメェにいう義理はねぇよ。しかし何でテメェがそれを持ってんだ?」

「…『絶霧』の限界を知りたくてな、色々とやって死にかけたところでこいつを見つけて持ち込んだ。修復機能のせいでオーバーホールに長い時間を費やしたが苦労に見合う程の出来だ。凄いぞ、見るか?」

 

 恐らくは事前にゴーレムへ霧を纏わせていたのだろう。転移が発動しその場に十メートル程の機械人形が出現する。

 基本色は赤と黒。余計な武装や装甲は取り払ったのか大分細身なフォルムとなっている。肩には改修の回数か、『⑨』と刻まれており、その背には巨大な金属の板と見紛う程のブースターが。

 

「ナインボール=セラフとでも呼んでくれ」

「はっ…熾天使(セラフ )たぁ随分大仰な名前じゃねぇか!」

『ターゲット確認、排除開始』

 

 機械仕掛けの天使と堕天使の衝突が開始する。此度の争いに停滞は訪れず、ただ相手が死ぬまで終わる事はないだろう。はてさて骸を晒すのはどちらであろうか。

 

 そんな事など露知らず、最後の三つめの結界の中では過去実在した聖女の転生体である『ジャンヌ』と天使長ミカエルが斬り結びを続ける。

 

「アンタは!アンタだけは此処で!」

「っ…! 怒りに任せた剣で此処までとは!」

 

 それさ感情に任せた乱撃だった。

 金髪の女がその手に握るのは一振りの聖剣。それを何度も力任せに、されども的確に乱れなく刃を叩きつける。女の眼光は凄まじく、まるで絵巻の中の悪鬼羅刹かの様だ。

 それを受け流すミカエルに次第に頬や膝に剣を掠めていくが、未だ決定打とは成り得ていない。

 

「アンタは『あの子』を裏切った、敬虔に一途にずっとずっと信じ続けて、死ぬその時まで信じ抜いた『あの子』を利用した」

「誰の事を指しているのか分かりませんが、私は天界の為に先を急がなければならない。故に道を譲っていただきます」

 

 何故こうも怒っているのか、その理由は天使には理解不能だろう。理解出来ないだろう。だからこそ冷静にその光槍を振るうし、そこに乱れは一切ない。それが人間との違い。

 神の被造という短縮コースで産まれた人形か、独自の進化という長い道のりの果てに生まれた人間か。その違いは明確だろう。

 真っ当な感情と機械的な感情。神や信仰の為に利用出来るから利用しただけであり、それが許せないからこそ憤怒をたぎらせその感情を刃に乗せて振り回している。

 

「神も天使も人を利用した、その事実があれば良いのよ、私は」

「神の愛を理解出来ないとは…愚かな」

 

 女は過去に在りし救国の聖女の為に剣を振るう。

 だが、天使は神のみの為にその剣を振るう。

 

 

 ■

 

 冥界の某所、其処には一人の大男と彼の率いる騎兵の大軍がいた。大男は怒りにその双眸を猛らせ、その肉体からは己が忿怒を体現するかの様に極熱の炎を放ち、その盛りは治る事を知らず、寧ろ勢いを増していく。

 ルシファー眷属、メイザースは既に死亡した。

 悪魔に堕ちたベオウルフの子孫も死亡した。

 

 大男はその手にある錆と血に塗れた大剣を横に振るう。それだけでルシファーの眷属は地に転がった。繰り出したのはただの剣圧。だがその担い手が異常なのだ。だからこそこの結果を叩き出せる。

 

「なぜ姿を見せない。我が贋作、我が兄弟、我が息子よ。 ここに来て日和ったか。終末の巨人の名を悪魔に堕ちても尚臆面無く騙る蛮勇は何処へと消えたのだ?」

 

 その男はムスペルヘイムの守り手であり、全てを焼き尽くす筈だった巨人の王。終われなかった炎、その名の意味は『黒き者』

 ともなれば、彼が率いるものが何か、答えは『ムスペルの子ら』以外にあり得ない。

 そう、彼は『スルト』では無く『世界を終わらせる者』即ち『黒き者』として此処にいる。冥界を焼き尽くさんと彼とムスペルの子らはこの地に参上した。

 

「ここだ。俺は、此処にいる。来てやったぜ、この野郎」

 

 その発言と到着は深海の光魚がムスペルの子らにより押し潰され、その身を引き裂かれたと同時だった。

 己のオリジナルと相対した複製品はその宣言の後に瞬時にその身を炎の巨人へと変え、そのままオリジナルとムスペルの子らに向けてその拳を叩きつけ、終わらせた。

 

「……愚か」

 

 筈だった。その拳は一振りの大剣に堰き止められている。

 ムスペルの子らは何の不備も不調もなく健在であり、『黒き者』もまたしかりだ。

 『黒き者』が、あろう事か炎の巨人の拳を蹴り飛ばし、その大剣を構えながらただ厳かな声色でありながら、怒気を孕ませてその言葉を吐いた。

 

「愚か、余りにも愚か。悪魔となったのであれば何故、その名を棄てなかった?何故、北欧の神に廃された過去を持ちながら未練がましくその名を名乗った? お前はお前の名を得ればよかっただろうに。何故過去を捨てれなんだ」

 

 その目はどうしようもない程にセカンドを憐れんでいる。だが内側にはどうしようもない程の怒りが滾っている事には変わりない。『終末要素』である自らの名を、悪魔に堕ちた兄弟が騙る。こんなにも腹立たしく、虚しい事はない。

 

 錆に塗れた大剣が炎を纏う。それは『レーヴァテイン』。終末の日、『黒き者』が北欧神話世界の全ての終わりの日に振るわれる筈だった一振りである。

 紛失した?行方不明?そんな訳がある筈ないだろう。伝承に記されていた筈だ。かの炎剣は女巨人シンモラが保管しているという事が。

 大剣が炎の巨躯をもつスルト・セカンドを頭頂部から股下までただ一直線に斬り裂き、焼き尽くし、飲み込み、搔き消した。

 

「『さようなら』だ。我が贋作、哀れな兄弟、哀れな息子よ。せめて最後は安らかに逝くといい。それがこの『黒き者』のくれてやる最大の情けだ」

 

 真の炎が偽の炎を終わらせた。これはただそれだけの話。炎の巨人は断末魔すらも、最後の言葉すら語れないままに消えて逝く。その炎は誰にも看取られず消え去った。

 そうして世界を終わらせる大火達は待つ。人間の決着が終えるその時を。冥界に座す全ての魔王が崩御した時、それが今も尚燻る最後の大火が放たれる時だ。




Q.元英雄派達は『黙示録』を知ってるの?
A.知らされていません。というか知らせる必要がなくなりました。イレギュラーの群れとか何それ怖い。


はい、そんなこんなでスルト・セカンドさんボッシュートです。正直スルトさんは北欧の神々にもブチ切れていい。

そしてジャンヌは『誰』の為に怒ったか。おそらく皆さんなら既に理解しているかと思われます。うん、そうだね、『生前の聖女』だね。神の死の隠蔽とか教徒じゃ無くてもキレるよこんなの。聞いてるかメガテン4じゃパッとしなかったミカエル。
ゲオルグは過労枠へと無事昇段。ゴーレムのオーバーホール、片手間に偽装書類作成(30話)、武装開発(28話,今回)…レオナルドと並んじゃうなこれ。

次回は視点をトライヘキサとソロモン一派へ。獣が神を阻むが先か、王が赤「竜」を殺すのが先か。それとも神は再臨を果たすのか、帝王は王を殺すのか、物語はまた一つ進みます。

それでは今回はここあたりで。読んでくださった方々、感想をくれた方々に止まない感謝を。時間も取れたので長々とあとがきを書いてみたけど難しいと再実感した「書庫」でした。ノシ。







 ■

 このままでは足りない。
 このままでは不足だ。
 このままでは()()敗北する。
 
 何が足りない?
 何を成すべきだ?
 何が必要だ?

 錆びた運命の罅割れに杭を打て。
 致命的な誤りに気づけ。時間は無い。
 なぜ王は未来が見えなくなった?
 そもそも、なぜ王は数多の未来が見えた?
 未来とは無限の可能性の塊のはずだろう?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前はどうしてそうなのだ

 
終われない。その一念の足掻き。
負けたく無い。その意地の張り合い。

二人はその一部において同じだった。

・戦果報告・
ジークフリート、タンニーン討伐
レオナルド、アジュカ・アスタロト殺害
浮遊都市アグレアス全壊
天界第一、第二、第三天瓦解
能天使三分の一が殲滅
『黒き者』スルト並びに『ムスペルの子ら』、ルシファー眷属セカンド、メイザース、バハムート、殺害および討伐。
ゼノヴィア・クァルタ、姫島朱乃に重傷付与
ギャスパー・ヴラディ、サイラオーグに重傷付与





 私は確かに全知であり、全能だった。

 だからこそ『悪意(Sama)』は不要だった。

 だからこそ『叛逆心(Satan)』は不要だった。

 そう、不要だったからこそ切り離した。

 

 二人の人形が産まれた。

 悪意は自らをサマエル(私の悪意)と名乗り、

 叛逆心は自らをサタナエル(私の叛逆心)と名乗った。

 良い手足ができたと、この時私は確かに思った。

 

 私は彼女と彼に『楽園』に住まう我が子らの管理を行わさせた。私はその間、良識のあるサマエルを雛形に私の如く者、私の力、私の炎、私の熱、これらを代表として『天使』生み出した。これで楽園の管理を盤石にするつもりだった。

 

 だが不測の事態が発生した。

 我が子が、我が子らが『楽園』から消えたのだ。

 私はサマエルにどういう事か問うた。

 私の悪意はこう宣ったのだ。

 

「───貴方の庇護下に於いて、人間は人間で無くなっています。貴方は『人間』を管理しろと言いましたね。その為に先ず彼等を人間へと戻しましたのですが、それで何か問題が?」

 

 私はこの日、初めて誰かを憎んだ。サマエルはこの日を待って氷獄の底へと叩き落とした。だが気付いた時には遅かった。何もかも手遅れだったのだ。

 我が子らはあろうことか、私以外の神を、悪辣な異神を崇拝した事により堕落し、どういうことか文明を築き上げ、私の手からこぼれ落ちようとしている。私は、苦渋の末世界をやり直す事を決めた。

 

 文明は人を滅ぼす。可能性は我が手の中にあらねばならない。そしてなおかつ適量に。私が管理し、守らねばならない。でなければお前達を守る私は消えてしまう。ああ、我が子らよ、だからこその決断だ。

 

 そうして私はこの星を『やり直した』。

 

 私は苦悩した。私は決意した。私は選択した。人類は保全せねばならない。人類は、我が子らは継続されなければならない。彼等は永劫に在らねばならない。そうでなければ救われない。そして彼等の今日の安寧が永遠に続く様に、私は『聖別』を行う。

 

 三千年前は失敗してしまった。三千年前は足元をすくわれた。三千年前はしてやられた。三千年前は阻まれた。三千年前は油断していた。三千年前は敗北した。三千年前は不可能だった。

 

 私は確かに全知であり、全能だった。

 故に目障りな獣に苦戦する筈は無かった。

 故に哀れな黒翼と異神に殺される筈は無かった。

 そう、無かった筈だったのだ。

 

 壊れてしまった愛し子、ソロモンよ。サマエルと同じ道を辿ったサタナエルよ。なぜトライヘキサなどという我が子を拐かす存在に知性など与えたのだ。私はそれを理解出来ないままでいる。

 

 ソロモン、お前にとって余計なものを切り離した。だというのになぜお前は壊れたままなのだ?なぜお前は私を終わらせんとする?

 サタナエル、サマエル、お前達はなぜ何度も私を裏切る。お前達は私から生まれ出たもの、お前達は私の手足であるべきだというのになぜ?

 

 ミカエルよ、時を稼げ。

 ウリエルよ、獣を殺せ。

 ラファエルよ、儀式を完成させろ。

 ガブリエル、この愚か者が。

 メタトロン、邪龍を殺せ。

 サンダルフォン、貴様もだ。

 

 早く、早くしろ。私はあと少しで始まるのだ。

 

 ■

 

 

 その戦いは、野獣の食い合いと同等だった。

 爽やかな青空に全くそぐわない絶叫と、肉を打つ音と裂く音が響き渡り、碧空に赤い流体が飛び散り、踊り地に落ちていく。

 ソロモン王はひしゃげた左手を前に出す。火花が散る音、赤と白混じりの指の中で三つの小さな光輪が回る。

 

 火星第二の魔法円、そこに込められた意味は書に曰くこう記されている『これに生命あり この生命は人の光なり』と。ひしゃげた筈の左腕がその言葉に従い元の形を取り戻す。

 次いで新たな光輪が王の手の中に踊る。放たれたのは無数の槍であり、それら全てが赤龍帝の心臓、首、頭蓋、腿を覆う装甲の隙間へ向かう。

 赤い鎧に包まれた『悪魔』である兵藤一誠は背部のブースターを噴射。己のを串刺しにしようと迫る無数の槍の穂先から逃れながらソロモンとの距離を一気に詰めていく。

 

「づっ…」

「オラぁあああ!」

 

 その拳が腹部へ抉るように叩き込まれる。白い髪を大きく揺らした人間は一度白目を剥いた。だが倒れない。それどころか右手に握る剣を、シャムシール・ソロモゾネガドルを逆手に持ち直し、装甲の隙間に突き刺した挙句、そのまま引き裂くように刃を引っ張った。

 

「がぁあああおああああおおおああ⁉︎」

「ふーっ…!、ふーっ…!」

 

 元人間であった悪魔からおよそ人のものとは思えない絶叫がする。どろりとした赤い粘液はこぼれ落ち、王は凄まじい形相で剣を構えており、重く右足を踏めば首を目掛け刃を振り下ろす。

 それを赤龍帝は倍加した拳で砕く。砕けた翠玉が陽の光を浴び煌きながら銀色から零れ落ちる。ソロモンは何を思ったのか、口を開く。

 赤い龍の拳が再度化物というに相応しい速度で向かう。完全に殺す為の加減容赦躊躇いなしの一撃。王の脇腹が消し飛ぶ。恐らくは腸だと思われる肉の紐のかけらがぽとりと落ちる。

 

「俺の勝ち…ッ⁉︎」

「───!」

 

 止まらない。王は止まらない。その歯に砕けたシャムシールの刀身を食い縛り、頭を振り上げ、赤色の鎧の腹部の隙間に突き刺す。

 ここに来てようやく悪魔の姿勢が大きく崩れた。人間はそれを見逃さない。見逃してなどやるものか。その手に三の魔法円が躍る。弾ける火花の様な光が煌めけば記号の様な文字が人間の拳を覆う。

 一撃、二撃、三撃四撃、そして五撃。 恐らくは最後のチャンス、ここで仕留めきれなければそれまでだ。呼吸の時間すら惜しい。ただひたすらに叩き込め。ここで全部終わらせろ。その一心で振るう。もはや喉から絞り出す雄叫びも血混じりの叫喚でしか無い。

 

「ぃぃいいいイイイイイ!!!」

「なん…っで、だよ、どうして…⁉︎」

 

 お前の困惑など知るものか。六撃。兜に亀裂を走らせた。七撃。とうとう人の拳は耐えられなかったのか、砕けた骨に内側から裂かれて行く。だがそれでも叩き込む。兜の一部は砕け、下に潜む悪魔の顎部分が晒された。

 笑顔とも怒りとも似つかない凄まじい形相のまま、ソロモンは形の崩れた拳を無理やり開く。それは粘質な音と乾いた音が同時に響きながら。赤と白の塊の中で五つの魔法円が躍る。彼の手だった物の中から、ただ一条だけの、猟犬を型取った魔弾が疾走する。

 悪魔はそれを砕く。これ以上お前の好きにさせてたまるものか。その気概で赤龍帝の鎧は動いたのだ。だが───。

 

「フッ───」

 

 止まらない。砕けた骨は稚拙な刃となって指の肉から生えている。人間はそれを使うまで。これまでの歴史と一緒だ。悪意も善意も無く使えるものを使い、目の前の障害を打ち砕いて先に進む。

 最初こそ『排他』の一心だった。その筈だった。だが今この瞬間において、王が抱いたものはただ一つ。『負けたくない』そんな子供のような、それでいて人間らしい感情。

 ぼぎゃり 本当に、心のそこから気持ちの悪い水音。下から目掛けた拳が赤龍帝の顎に見事に突き刺さる。ぶづぶづと不吉な音を鳴らしながらも人間はそのまま悪魔の下顎を殴り抜けた。

 兵藤一誠はその力の流れに逆らわず、そのまま後ろへと仰け反りせを地面に擦り付けた。 そして最後、王が彼の命を終わらせる。

 

「負、け、られるかぁッ!」

 

 だが立つ。赤龍帝は、悪魔は、兵藤一誠は立つ。

 

「お前なんかに負けられない!俺達の未来の為に、今まで踏み躙られた人や悪魔達の為にも、俺はお前なんかに負けられない!」

「お前なんかに負けたくない!もう私は負けるのも取り上げられるのも御免なんだよ!これ以上奪われてたまるものか!」

 

 それはもう会話などではない。ただお互いの心を曝け出しただけで、最初から意思疎通を図るつもりなんてない。

 

「我、目覚めるは

 覇の理を神より奪いし二天龍なり 

 無限を嗤い、夢幻を憂う 

 我、赤き龍の覇王と成りて 

 汝を紅蓮の煉獄に沈めよう───!」

『 JUGGER NAUT DRIVE !!!』

 

 『覇龍(ジャガー・ノートドライブ)

 

 それはドラゴン系の神器でその力を強引に開放する禁じ手であり、発動させれば一時的に神をも上回る力を発揮する。

 だがその代償が軽い筈も無く、それには命が要求される。そうでなくとも寿命を著しく削り、発動中は理性を失い暴走する諸刃の刃。

 本来であればその筈なのだ。だが兵藤一誠は、否。赤龍帝はそのリスクを負う事は無かった。それは一つの理由がある。

 

 『殺せ』『殺せ』『皆の絶望を殺せ』『俺達の終わりを殺せ』『僕達は続かなければならない』『私達は絶えてはならない』『故に殺せ』『ソロモン王を殺せ』『我等を終わらせる者を殺せ』

 

 歴代所有者の負の思念は、皆例外無く須らく、ソロモン王の殺害を最優先とした。

 そして今代の所有者もまたそれに同調する。否、彼はもとよりそのつもりだった。

 

「ああ…!分かってる、分かってるよ、俺がやらないといけない…俺が終わらせなきゃいけない。だから力を貸せよ!!」

 

 爆発的なエネルギーの高まりをソロモンは見逃さない。赤龍帝の鎧の胸腹部には砲身が、其処には途方も無い力が急速に集う。ソロモンはすぐさま構えを取るが、その時にはもう手遅れだった。

 

『Longinus Smasher‼︎』

 

 ロンギヌス ・スマッシャー。それは二天龍の神滅具のみが有する禁じられた奥の手。自然環境をも変えかねないほどの凶悪な破壊力を有し、地上で放てば一帯を消滅させる事は容易い一撃。だが王はその目から交戦の意思を失わない。

 

「我、過去に求めしは

 空に座す遍く星の力の片鱗なり

 宙に在りし四つの頂き、黄道の十二宮

 それらを支配する大いなる精霊よ

 そして星の時を支配する精霊よ

 此処にその力を降ろすがいい!」

 

 ソロモンとて過去に72の悪魔を収めた存在であり、魔術にも長けているという逸話も存在する。それは紛れも無い事実だ。でなければ、なぜ彼は今、赤龍帝の放つ極光を、己の放った極光で押し留める事ができている?

 

 やがて互いに放つ極光が相殺される。

 

 翼を手に入れ、有機的なフォルムへ変貌を遂げた赤龍帝が駆け出し、その腕がソロモンの首を刈り取らんと振り回される。それを紙一重で回避などという奇跡は起こらず、王にそのまま叩き込まれた。

 どちゃり、と赤い水に塗れた肉体が倒れ伏した。だが終わらない、終われない。王は立つ。何度でも何度でも。

 

「…っ、は、ははは」

 

 笑う。人間の極めて原始的な本能が目を覚ました。闘争に酔う殺戮本能。使い物にならなくなった拳を握り締める。痛みの臨界点なんてとうに過ぎ去っている。だからこそ走る。壊れた様に笑って。

 

「は、ははは!はははははははははははははは!!!」

「ォォオオオオオオおおおおおおお!!!」

 

 そして彼等の闘争に幕が降りた時、空から七つ音色が響き渡る。それは終わりを告げるラッパ、掃討始まりの合図に他ならない。

 

 

 

 

 ■

 

 

 六枚の翼を生やした少年は天使の軍勢を殺し、屠り、食い千切り、抉り穿ち、捻り潰しながら先を急ぐ。彼の全身にはくまなく返り血がこびりついており、白い肉体は最早見る影もない。

 

「ッ…数が多い!キリがないなこれ!」

 

 彼の行く手に立つ天使の数は、はっきり言って異常だった。おかしいのだ、天使は過去の大戦でその数を減らした筈だ。では彼の前に立つおびただしい数の白い羽は何なのだ? その疑問に答えるかの様に天界全体が歓喜する様に輝き、新たな天使が続々と周囲から形成されていく。

 

 階級第八位アークエンジェル。

 階級第七位プリシンパティ。

 階級第四位ドミニオン。

 階級第五位ヴァーチャー。

 他にも、他にも、他にも、他にも。

 更に、更に、更に、更に。

 

 この様な芸当が可能とする存在に該当するのはただ一つしか無い。トライヘキサは過去にそれと相対し、破れ最果てに封じられた。

 確信を得た。『神の復活まで分刻み』なのだと。しかしいつから?己が復活した時か、それとも数年前からか、いずれにせよ急ぐ。

 空間破りの移動が正常に機能しないことも前述を裏付けていた。故に少年は馬鹿正直に正規の道を進み、第七天まで至らねばならない。

 

「神の人形が(おれ)の前に……」

 

 べぎり、とその両腕が裂け変態する。黒々とした毛皮に覆われた歪にして巨大な四本もの豪腕。そこかしこに赤い角が鋭く立ち、浮いた血管の様に配列された血と同じ赤黒色の鱗が黒毛から覗く。

 みぢみぢみぢ…ッ と肉をゆっくりと潰す様な気持ちの悪い力を込める音が響き渡る。聞くだけでその精神が磨り減らされる。

 

「立つんじゃねえェエエエエエエッ!!!」

 

 それがただ縦横無尽に何度も、何度も何度も叩きつける。天使の大群が大質量に叩きつけられ潰されていく。砕かれた破片が飛び散り散弾と化す。それは神の御使いの頭や胴体を容赦なく削り取った。

 にべにも目もくれず少年は走る。巨大な鈍器と化した両腕を広げたまま、さらに多くの天使を巻き込みながら韋駄天の如く駆ける。

 

 だが、後頭部を削り取られたドミニオンがトライヘキサを阻もうとその足首を掴む。これは予想外だったのか、彼はその足を一度だけ止めた。そこを狙い無数の光槍が、そして聖なる火が躍り掛かる。

 その担い手は一体誰なのか、答えは『神の火』と『神の光』たる天使『ウリエル』その異名こそ『破壊天使』。四大天使が一人にしてエデンの園、即ち第四天を智天使の一人として守護する者。

 

 言葉など不要、彼らは相対した瞬間に己の火を叩きつけた。そのまま混戦に突入する。歪にして巨大な両腕を振り回す。

 智天使の軍勢はウリエルを先頭として獣へ向かいつつ散開する。誰もがその手に炎の剣を握り締め、恐れ知らずのまま向かう。

 ある者は潰され、ある者は飛ばされ、ある者は逆に腕を切りつけ、ある者は獣の首目掛け炎の剣と光の槍を飽きずに投擲する。だがトライヘキサは両腕の外殻を解き、走り抜けてウリエルを殴り飛ばした。

 

「覚悟は出来たかぁ⁉︎」

 

 少年はその細く白い足で四大天使の一人の肋骨を叩き折りながらその手に業火を広げ一振りに束ねた。炎の槍が瞬時にして形成され、顔面に叩き込む。それでおしまい。怒りに踏み潰されて終わりだ。

 だがまだ終わらない。彼の道を智天使の群れが阻む。肉の壁だ。少年は苛立ちを隠そうともせず顔に出し、その両手に炎槍を構える。

 

「急がなきゃいけないんだよ!(おれ)は!だからさっさと道を開ろ!お前達に構う時間なんて、最初からこれっぽっちも無いんだ!」

 

 荒れ狂う。その炎を振り回す。それはもはや竜巻の勢いに他ならない。ただ殺すためだけの力の本流。大雑把なその一撃だけで大半が死滅する。だが先の通りきりが無い。増援に次ぐ増援。永続する逐次投入。それでも尚彼はその足を止めない、

 

 此方に向かう天使の足を踏み砕き、頭蓋を完膚なきまでに潰す。炎剣を振り上げる天使の首を嚙みちぎり、そのまま前に投げ飛ばし、亡骸を踏み台にしながらも、天使の頭を足場にしながら彼は進む。

 

 足の健を切り落とされる。崩れ落ちた。再生など待たず、手で地を殴りながら走る。足が再生した、即座に切り替えまた走る。

 

 羽を広げる。低空を維持しただ変わらぬ一直線。羽の付け根が炎剣で焼き切れる。そしてまた走る。何度も繰り返して進む。

 到達する。だが扉を蹴破った時と同時だった。幾多の光が遥か遥か下から床を、天蓋を砕きながら登り、恐らくは天界の果てで弾けた。

 

 その光は、或いは聖槍に、或いは聖骸布に、或いは十字架に、或いは聖釘に、或いは聖杯に、或いは聖人の愛用品に、ともあれ全ての聖遺物に仕込まれていた『聖書の神の意志』に他ならない。

 それが今集った。その現象が意味するのはただ一つ。

 

《は、はははははははははは!ハハハハハハハ! 大義だラファエルよ、ミカエルよ!そうだ、これでいい!これこそが人の子らを救うにもっと優れた解だ! これで私は始まる。これで私は救える!》

 

 聖書の神の復活に他ならない。

 

 トライヘキサにとって聞きたくも無い笑い声が聞こえた。天使の軍勢が更に規模と勢いを増して参集した。思わず足を止め、地に己の拳を八つ当たりに叩きつけた。喉から叫び声が絞り出されたりもした。それ程までに悔しかった。情けなかった。

 血の涙が流れる。阻めなかった。トライヘキサから怒りの咆哮がどこまでも響き渡る。

 

《ただいまだ!ただいまだ! ああ、ああ!私は戻ってきたぞ、私は帰ってきたぞ!我が愛し子達よ、人類よ! お前達を救いに私は戻ってきた、ここに再臨した、他ならぬお前達の為にだ! ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!》

 

 ある者にとっての希望の宣告が、ある者にとっての絶望の宣告が、ある者にとっての最悪の宣告が、ある者にとっての最高の宣告が。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 聖書の神の宣告は万人に届いた。それはソロモンとて例外ではない。そして彼はぐちゃぐちゃになった両手を垂れ下げ呆然と天を眺めるばかりだが、その顔は絶望ではなく戸惑いだった。

 彼と赤龍帝の罵り合いと殴り合いには決着が付いた。今立っているのがソロモンで、仰向けに倒れ臥す赤龍帝の鎧がある以上、その勝敗は分かり切っている。にも関わらず、彼の困惑は消えなかった。

 

「何故だ、何故…!未来が変わらない⁉︎」

 

 それでも未来は変わらなかった。『黙示録』の破壊の後は一切観測が不可能だった。その事実は変わらなかったのだ。彼は血と肉と砕けた骨に塗れた両手の平で頭を抑える。困惑ながらも思考を巡らす。

 その最中である。空より降り注ぐ一筋の光が倒れ伏していた一人の悪魔に降り注いだ。

 それと同時、彼は立ち上がり、その眼光が蘇る。死に瀕していたはずの身体は癒え、彼を死に追い込む傷もまた然り。

 

 

 

 

 聖書の神は蘇った。であれば、二天龍の神器を宿す『彼』は尚のこと、『黙示録』の乱れを調整するという本来の役割を果たさなければならない。それは最早、ただの呪いだ。

 

「我 目覚めるは、

 ───()()()()()()()()()()()()()()

 

 この時点で『兵藤一誠』の人格はまだ存在しているし、その上確立している。彼はただ、自らの内に降りた聖書の神の文言に従うのみだ。それは愛した女の為で、悪魔の為。

 

「無限を喰らい、夢幻を砕く」

 

 酷い話だ。神の被造物により殺され、悪魔に落とされ、行き着く果てには、この通りの有様だった。

 

「我、赤き龍の宿命をこの身に受け継ぎ」

 

 この結末を、人は崇めるのか、畏怖するのか、一生に付すのか、侮蔑を込めるのか、それとも憐れみを抱くのか、それは分からない。

 ただ一つ分かり切ってる事がある。それは、

 

「汝を終無き紅蓮の煉獄へと誘おう」

 

 新たな神の尖兵が誕生した事に他ならない。

 

 そうしてさらなる変貌を遂げ、御伽噺の竜人の様な佇まいとなった赤龍帝が、ただ吠える。

 

 影だけを見ればその姿はもう、立派な化物だ。人らしい形なんてどこにもない。人間とはお世辞にも言えない形の影だった。

 

「うぉおあああああッ!!」

 

 列王記に記された王にその拳が直撃する。

 その腕は、確かに腹を貫通した。

 

 

 

 





感想返しは少し休んだらやりますよん。
次回も少し遠い日になるかも。佳境に入ったしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩れ去った脆い希望





 聖書の神はこの世に再び蘇った。

 天界の第七天にて存在する者。それこそが神聖四文字であり、数多の信徒から現在も尚一心の信仰を得ている神性存在。

 

「私はこの時を待っていた」

 

 彼の存在の目的は、『新天新地』の創造に他ならない。それはこの星に築かれた文明、歴史、文化そのものを作り直す大偉業だ。

 世界を上書きし、新たに『楽園』を作り直す。今度は彼の愛する人間が逃れられないようにと。

 

「ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと待っていた! 我が子らに何も出来ぬ無力さを悔いながら、私を阻んだ獣に憎悪を抱きながらも、私は待った」

 

 ようやくだ、響くその声は酷く、粘ついている。

 

『だが長過ぎた…、あまりにも長過ぎた。我が子らは私以外の異神を崇拝し、私を否定する文明を築き、その結果として歪んでしまった』

 

 あまりにも傲慢、あまりにも身勝手。

 一方的に人間を『歪んだ』と評価する。それでも、救いようがない事にこの神性存在は、人間を愛しているつもりなのだ。それがどんなに狂った形であれ、どんなに醜いものであれ、そこだけは変わらなかった。

 

 神はその両手を広げ、こう命じた。

 “参集せよ,,それだけで神の元、或いは父の元へと新たなる御使いが参集する。七人の天使、それぞれが禍々しくも神々しいラッパをその手に持つ。

 彼等こそが新約聖書の最後に配されたヨハネの黙示録に記された世界の終わりにラッパを吹く天使達その人だ。

 

「『選定』を開始する。此度の楽園創造に失敗は許されない。愛しき我が子らにこれ以上苦痛を味わせるつもりはない。故に私と我が子らの『楽園』に於いて歪みは不要である。異端もまた然りだ」

 

 神の掲げる手から血の様に光が流れ出る。零れ落ちたそれは人間界へと雨となって降り注ぐ。それは凡ゆる国、凡ゆる地に落ちた。

 例えば、聖書を信仰する家族の父に。教会の礼拝に参加した老人に。例えば、一冊の教典を大事に抱える幼子に。例えば、牢獄中にて罰を持つ罪人に。額に刻まれたそれは、神の刻印そのもの。

 

「次にこの地を原初へと還さねばならない。この地は血に穢れ過ぎた、この地に文明は蔓過ぎた、この地は我が子にとって劣悪な環境に他ならない。故に還さねばならぬ、創り直さねばならぬ」

 

 七名の奏者は黙して主人からの命令を待つ。当然といえば当然か。そも彼等はこの役割の為だけに作られた天使、最後の音を鳴らすだけの者。

 そして彼等に命令を下すのは誰なのか、それは問うまでもなく聖書の神以外はあり得ない。

 

「航路設定、目標固定」

 

 かくして全ての準備は整った。これにて始まるのは聖書の最後に記された唯一の予言書に記された通りの黙示録。全てが終わり、全てがなくなり、全てが死に絶える時。

 

「『最終航路=黙示録』発動」

 

 訪れるのは世界の終わり。 救われる命は多く無く、その犠牲の果てに創られるのは『新天新地』という類を見ない『楽園』だ。

 この星そのものを『楽園』としてやり直す。人類はその籠の中から出る事は叶わず、ただ盲目に唯一神のみを信じ、安息の中で死ぬ事なく永遠に平穏に暮らすことが出来る。そこに悲劇も絶望も無い。

‪ ああ、それはなんて───残酷な、ほの甘い夢。

 

「第一段階、実行不可。

 手順1より7を短縮、手順6を代理実行

 現時刻を持って『選定』を終了する」

 

 『システム』、それは救いを謳う機構だった。

 それはもう、この世界のどこにも存在しない。その機構が世から消え事を代償に成されたのが聖書の神の再臨だ。

 とどのつまり、もういらないのだ。造り主である神が、全てを救うと豪語する神がこの世に再び帰って来たのだから。

 

「第一段階終了、第二段階実行開始。

 『七人のラッパ吹き』召喚終了。

 手順8を開始、範囲設定『全域』」

 

 七人の天使のうち一人目がその口にラッパを咥える。黙示録の一節が今ここに再現される時が来てしまった。

 

「『焼却』、開始」

 

 第一の御使いが、そのラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とが何処からともなくあらわれて、地上全土に降り注ぐ。

 それはこの世に遍く存在する大地のみならず、森林や青草の三分の一を焼く大災害。地球を振り出しに戻す工程の内の一つ。

 

 どごんっ!!! と轟音が幾多にも幾重にも重ねて鳴り響く。

 

 落ちた。落ちてしまったのだ。救いのない、ただ殺す為の流れ星が地に落ちた。そこに誰が居ようと関係なかった。

 ただ紅蓮の爆発が幾つも起きた。そこに規則性などない。その雨は何でもないかのようにデタラメに振りまかれたのだ。

 焼ける。三分の一の大地が死に絶え、三分の一の木々は脆い炭と化し、三分の一の青草はその姿を消した。その巻き添えにあった人類の数は決して少なくはないだろう。ただ特筆すべき事がある。神の烙印を持つ人間は、巻き込まれなかったという事だ。

 

「『海死』、実行」

 

 第二の御使いが、そのラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、空より投げ込まれた。

 その山の様な物の行き先は地球に広がる大海原だった。

 それは海の三分の一を血に染め上げ、海の中に造られた生き物の三分の一を殺し、舟の三分の一を粉砕する大災害。

 

 ただ、落ちる。先の雹と火の雨のように誰にも邪魔されないまま静かにその山は恐らくは太平洋辺りに落ちて来た。

 先と同じように、落ちると思っていた。そして黙示録のページが進むと聖書の神は確信していた。だが外れた。

 

 その山を受け止める男と、()使()()()()がいる。その男の人差し指にはソロモン王から託された指輪が飾られていた。

 ソロモン王の指輪は、悪魔のみならず天使すら使役する。下位の天使ともなれば、操るには一つだけでも十分だろう。

 燃え盛る山を両手の平を焦がしながらも受け止める男は、邪龍は、クロウ・クルワッハは笑って、その山を天使と共に蹴り飛ばす。

 

『ふむ、偶にはヒロイックに走るのも悪くない。お前の想定する本来の用途とは違うが確かに備えて正解だったな、ソロモン』

 

 海に落ち、動物と舟を殺す筈の山が砕け、黙示録が否定された。業火を伴う質量弾は神の御座の元へと返却された。

 

『我々は失敗した。だが手遅れではない』

 

 黙示録の獣はやがて到達する。異分子はまだ生きている。『超越者』は残すところ一名のみとなった。魔王の眷属はほとんどが死に絶え、冥界の崩壊は間近にある。

 手遅れなところなど、どこにも無い。ただ神が復活した『だけ』だ。そんなものでそう簡単に世界は揺るがない。

 

『さぁ、早く次のラッパを吹くがいい。でなければ、死に場所を奪われた北欧の神々が猛り出すぞ?』

 

 迫り来る上位の天使達と使役する下位の天使と殺し合わせながらその龍は静かに極東を、悪神の赴いた出雲の地を眺めていた。

 

 

『そういう事だ。だからお前もさっさと立て。もう子供でもないだろう?たかが一度くらいの想定外が何なのだ、そんなもの、踏み砕いていつもみたいに神を見下して傲岸に嗤ってやれ、ソロモン』

 

 

 

 

 

 ■

 

 出雲、某所。

 

 赤い竜の手に腹を貫かれ、かすみ始めるソロモンの視界は眼前の赤龍帝を見据える。捻れた二対の角と、有機的な鎧。広がる竜の翼は歪ながらも力強く広がる。その姿はさながら『竜人(ドラゴ・ニュート)』。

 もはやファンタジーの怪物に他ならない。

 

「…っ、ど、して…」

 

 意識を必死に繋ぎ止め、穴の開いた腹部を手のひらで抑えながら 横たわるソロモン。理解が出来ない、しようがない。困惑の檻の中、その声は異形とかした元人間の口から溢れでた。

 地べたに這い蹲りながらも立とうとその手を地につき、力を入れるが抜けていく。出血もあるが、元より身体の限界だった。

 

「なん…で…っ…!」

 

 でも、それでも、彼は足掻こうとした。せめて最後に何か残そうと、もうヤケクソのまま『黙示録』を破壊しようとした。

 それすらも叶わない事を身体で理解した。もうまともな術式すら組めない。血が流れすぎた。魔力残りも枯渇した。息は遠のき意識は更に沼の底へと落ちていく。

 

「ちく、しょう…っ!なん、で…!」

「…お前には一生わからねぇよ」

 

 ソロモンは悔しさと怒りに顔を拗らせながら、歯を砕かんばかりに食いしばる。だがそれに対して、新たな力を得た事により勝利を収めた赤龍帝はその返り血にまみれた拳を握り締め、王の前に立つ。

 勝利者と敗北者の構図がそこにはあった。

 地を這う王と、地に立つ帝。それは覆らない。

 ソロモンの体が宙に浮く。兵藤一誠は彼の胸ぐらを片手で掴み、そのまま持ち上げていた。

 

「…俺は、俺達はお前に負けたりなんかしないんだ。人の大切なものを踏みにじって平気な顔をしてられるお前なんかに負けない!

 仲間もいない、利用する事しか考えない、他人の事なんか気にも留めない、ただ一人孤独のお前なんかには、絶対に!!」

 

 勝利宣言。敗者への手向けがそれだった。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 彼にとってはその言葉だけでよかった。それだけで良かった。それはこの上ない王の共犯者に対しての侮辱に他ならなかった。

 刹那、無数の氷柱がソロモンと悪魔を分断するように降り注ぐ。空より来たるその男の名は、サタナエル───今となってはサタンだが、ともかく彼は雷光を手繰る堕天使を殺し、此処に来たのだ。

 

「俺はもう見たくないんだ、お前達の存在が。俺が見たいのは、人間の可能性の結末だ」

 

 赤龍帝が思わずソロモンを離し、距離をとった時と同時にサタナエルは彼ら2人の間に入り込んだ。

 ()()()()()()()()()。彼はただ主人である悪神の護衛を抜け出して来ただけだが、それは恐らく彼にとっても、ゼノヴィアにとっても、赤龍帝にとっても幸運だっただろう。

 そのエインヘリャルは鴉羽の様な外套を広げた。その手に持つのは一振りの竜殺しの為の魔剣。その銘こそ『バルムンク』。

 

「わぁお、こりゃ懐かしい顔でございますコト!中々良い格好になったじゃねぇの、これでお前は正真正銘の化物の仲間入りってね」

 

 彼はただ一度、その剣を虚空に突いた。刀身に螺旋状に形成されたオーラが放出される。その斬撃は恐らく空間を削り取っているのか、周囲の景色を歪めながら赤い竜人に向かっていく。

 

 知っている。今ただ傍観するリアス・グレモリーは、腹部を聖剣で裂かれた姫島朱乃は、堕天使と悪魔の混ざり物と相対していたゼノヴィア・クァルタは、そして何より赤龍帝『兵藤一誠』は、その男の名を知っている。

 

「フリードォオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 兵藤一誠はソロモンにもサタナエルにもゼノヴィアにもギャスパーにも、ましてや傷ついた仲間にすら目もくれず、ただその男の元へ突進する。

 友人の命を奪った男を、仲間を殺した男を、過去のみならず現在も尚燃えたぎるこの怒りを、どうして忘れることができようか。

 

 螺旋の斬撃が砕かれる。赤き竜の帝王はその爪を振り下ろす。当然それを許すエインヘリャルでは無い。鴉羽の外套を捨て、隻腕の身が、その白髪が露わになる。

 竜の爪を受け止めるのは一振りの魔剣。ただ一本の腕。浮かべるは極めて獰猛に過ぎる笑み。

 

「ギャハハ!そうそうそれで良いんだ!お前も、俺も!互いに互いが気に入らねぇんだよな!殺してえ程になぁ!さぁ、これにて俺達の殺し合いの式はめでたく整った!殺したり殺されたりしましょうや!俺は、俺達は、化物は結局そうでしか生きられねぇ!」

 

 エインヘリャルである男の名は、サイラオーグを除き誰もが知っていた。

 『竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)』が一人であり、その偉業達成と同時にこの世を去った筈の『英雄(ヒーロー)』であるその男の事を、ゼノヴィア・クァルタは恐らくは誰よりも知っている。

 

「此処が!この戦場が!俺の魂の場所だ!!」

 

 異分子(イレギュラー)、フリード・セルゼン乱入。

 

 

 ————叛逆の楔は再び世に落ちた。

 

 我々人類は、『黙示録』に『敗北』した。

 人類の時代の到来は訪れず、人類に勝利など許されない。我々はただ黙したまま進退も贖罪も赦されず楽園へ投獄されるのを待つのみ。

 だが、それを今も尚、否定するつもりなら。神の敷いたレールから外れるどころか、完膚なきまで破壊すると決意するならば。

 進化の果てに得たその二本の足で立て、そして戦え。神を傲岸に見下し不遜に笑って、失う物は何一つないと叫んで見せろ。

 

 最期の希望は天に背く獣。

  逆転の星は聖槍に選ばれた人間と、

   ソロモン王が過去に抱いた愛の中に————

 




神のお言葉要約
四文字「私を崇拝しない奴は済まないが楽園のために犠牲になってもらうよ!でも私の手で死ねるから許してね!今の地球も一回全部壊すね!これも全部君達人間の為だからね!喜んでいいんだよ!」





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Vendetta

ここに化物と成り果てた元人間がいる。
彼は人間を捨てさせられ、悪魔と化した。
ここに化物と成り果てた悪魔がいる。
彼は悪魔の為に多くを失い力を得た。

ここに何もかも取りこぼした化物がいる。
彼を殺す事が救いとなるかもしれない。
だが、彼を元の席に戻し、悔いを与える事もできる。

どちらが正しいかなんてのは聞かない。
それを決められるほど、皆、高尚な存在ではない。




 悪魔の竜人と戦神の戦士が斬り結ぶ。その余波で形成された暴風は戦場にいる殆どの者達の足をよろめかせた。だが互いに互いを殺さんとする二人からすればそんな者は気にも留めないどころか、眼中にすら入れてはなかった。

 

「ヒャァハハハ!!良いね良いね最ッ高だなぁ!」

「お前はぁあ!!お前だけはぁあ!!」

 

 歓喜と憤怒が爪と刃の舞踏を踊る。観客は茫然と眺めるほかなかったが、ただ一人、サタナエルだけはソロモン王の元へと駆け寄る。

 王は虫の息に等しかった。腹部を貫かれた事は勿論、元々リゼヴィムとの戦闘で削れた命を魔力で無理やり繋いでいた身だ。まだ死んでないのが不思議だった。

 

「えーっと、聞こえてるかな?」

「…し、ぱい、した…、どこが、ちがう…?」

「俺も大概だけど…お前もしぶといねぇ…」

 

 それでも生きてる。折れかけてはいるが、その呼吸は続いている。この事実が絶対に覆らない事が、サタナエルに驚きを与えるには十分過ぎた。

 とは言え、当然放置はできない。その手をかざせば歪な文様が大気に描かれ、ソロモンの持つ傷口は血の氷で塞がれた。止血程度でしか無いし、この対処が正しいかどうかは分からないが、これが彼のできる最大の事だった。

 

「待ちなさい、彼の身柄をこちらに渡してもらうわ。これ以上そいつの思い通りにはさせるわけにはいかないの」

 

 リアス・グレモリーはサタナエルの背に立ち、その手の照準を頭に合わせている。彼女の持つ『滅びの魔力』はいつでも放てる状態にある。サタナエルとしては喰らうのは御免被りたかった。

 

「…あー、理由を聞いても?」

「ッ…! …説明する必要があるかしら?ソロモンは多くの悪魔を傷つけるどころか、三大勢力を滅ぼそうとしてる張本人よ。これ以上犠牲者を出すわけには…いかないのよ…!」

「…ハ、…ッハハハハ!犠牲者か!犠牲者か!」

 

 笑った。堪えていた物が弾けた。そんな笑い声だった。そして次の瞬間、サタナエルのいた周辺の地面一帯が瞬時にして凍りついていたのだ。

 驚くリアスを無視し、堕天した王の共謀者である男は感情の宿らぬ面持ちで、女悪魔の真正面に立った。

 

「いい言葉だな。だが、無意味だ。なぁ、グレモリー。ならなんでお前達を誰も助けてくれねぇんだ?そんな口振りなら、ヒーローが居たっていいだろう?」

「ソロモンが裏で画策したんでしょう⁉︎どんな手段をとったのかは分からないけれど、彼ならやる!私の眷属を意のままに操れる彼なら!」

 

 ギャスパー・ヴラディは本気でリアスを終わらせようとした。その時の冷たい瞳は未だ彼女の心と頭に嫌という程に刻みつけらている。

 そして彼は今サイラオーグと交戦を再開した。ただその顔はあくまで無感情だった。まるで、早く終わらせたいと願ってる様だ。

 

「まだ分かってないみたいだな。

 そもそも、おかしいと思わなかったのか?

 推測の一つや二つ、お前でも出来るだろ?

 していなかったんなら能天気にも程がある」

 

 それを尻目に嗤う。モッズコートのポケットに手を入れて赤い竜とも、最も美しき天使とも書に記された混沌たる男は口を止めない。

 

「なぁ、リアス・グレモリー」

 

 悪魔でも堕天使でも天使でもある。

 記される書物によってその姿どころか名前も種族を変えられた男は女悪魔の名を呼ぶ。 

 

「何故、お前が裏切られたのか。何故、ソロモンがわざわざお前の眷属を選んで引き抜いたのか。何故、奴はお前を殺しにかかるのか。

 その答えで、ただ一つ、俺でも分かる事がある」

 

 ギャスパー・ヴラディ。彼の裏切りは決して必然では無く、ソロモン王の言葉によって引き起こされた偶然だった。だが同時に、彼にリアスを見限らせるにはそれだけで良かったという事。

 もしもの話、王と邂逅したのが兵藤一誠だとしたら彼は今頃此方側に来ていたかもしれない。

 そして彼等に限らず、塔城小猫にだってその可能性は十二分な程に有り得た。その答えはただ一つ。

 

「お前が、全てを放棄して、見捨てて、

 何もかも見殺しにしたたからだ」

 

 貴族としての務めも。領地管理者としての責任も。するべきだった精神の成長も。駒王街にすむ者達も。犠牲となった人間に対する謝罪も。何もかも、お前は全て打ち捨てて、望んだのは『愛しい眷属』という、あまりにも都合のいい存在だった。

 

「…何を言っているの?」

 

 彼女はそう言った。理解していなかった。その言葉に込められている意味も、己が歩んできたあまりにも甘い水に溢れすぎてしまった道のりも。

 空間が突如として裂け、そこから一本の腕が憤怒に駆られた人間の様に伸びる。白く細い腕だ。恐らくその手の持ち主は女性だろう。だがサタナエルのはその腕を掴み、ゆっくりと納めさせた。

 

「へいへい、落ち着きな、サマエル。……なぁ、リアス・グレモリー。お前が惚れ込んだ男を殺したのは、その人生を見事に狂わせたのは、誰だ?」

 

 どうしようもない程に。手の付くしようがない憐れな存在を生み出した。その原因があるとしたら、間違いなくそれは、

 

「お前達だよ、三大勢力の馬鹿どもが、

 欲張りすぎて、手遅れに追い込んだんだ」

 

 彼を取り囲む大人達と、聖書の三大勢力に他ならない。そして、それを止められる筈なのに、それをし無かった者もまた、同じだ。

 人類の未来と獣との邂逅。ただ一人の男の人間としての命と計画の狂い。その二つを天秤の皿にのせ、彼が選んだのは前者だ。

 

「だからと言って、兵藤一誠をかばうつもりも擁護するつもりも救うつもりも一切ない。あれもう一種の手遅れって奴だからさ」

 

 ただ一人、その中でサタナエルに雷光を走らせる女がいた。無駄だったことは言わずもがなだろう。

 彼は静かに顔見知りの堕天使の娘の顎を掴み、持ち上げる。リアスはそれを見て力を振るう。だが無意味だ。場数も年季も違う。

 

「……お前、バラキエルの娘か」

「だから何だと言うんです…!」

「アイツ、死んだよ」

 

 無感情な声で告げられた真実。

 その瞬間、明確に姫島朱乃の時は止まった。

 

 

 ■

 

 雄叫びと雄叫びが青空に高々と響き渡る。その声の持ち主はどちらも男ではあるが、どちらも人間ではない。一人は悪魔の男であり、もう一人はエインヘリャルの男だった。

 

「うぉああああ!!」

「っらァアアああ!!」

 

 爪と刃がせめぎ合う。その時間の中で彼等に膠着は無く、手が使えなければ足で、足が使えなければ歯で、と休み無く殺し合う。

 互いの体は全て相手を殺す為に使われていた。

 

「響かねぇぞヒョードーくんよぉ!」

「ぎ、ぐ、ぁあぁああ⁉︎」

 

 膝蹴りが悪魔の顎に刺さり、脳を揺さぶる。蹌踉めくその一瞬を生前より殺しに生きてきた人間は見逃さず、バルムンクを構え、螺旋の光刃を形成し即座にがら空きとなった悪魔の腹を刺突する。

 だが通らない。その鱗の様な装甲は光刃を塞きとめる。

 

「っ、だぁあ!めんどくせぇ事しやがんなあのメンヘラサイコ野郎!依怙贔屓も大概にしやがれっての!くそったれ!」

 

 即座に剣を腰元の鞘に戻したかと思えば両足で赤龍帝の首と鎖骨を蹴り、そのまま後方に飛ぶ。

 蹴りに仰け反った筈の悪魔は高速で距離を詰め、その両手から極光を放つもエインヘリャルは空中で身を捻り無傷という結果を得る。

 兵藤一誠はその双爪を出鱈目ながらも逃さぬようにと何度も振るう。フリードは再び手に白刃を取り攻撃を捌いていく。

 

「悲しいよなぁ、ようやく再開してこのザマってのは。最後に残ってた人間の形も捨てちゃったんですかぁ⁉︎」

「うるせぇよ…!俺はお前を絶対に許さねぇ!木場を殺しやがったお前だけは絶対になぁ!」

「はっはは! こりゃ酷いな!最高に愉快で笑えるぜ!お前は悪魔らしくなったよヒョードーォ!」

 

 あの祈りの家を壊したのは誰か。あの時子供達を怖がらせたのは誰か、そんな問いでも投げかけてやろうかとフリードは思っていたが、辞めた。この悪魔にはそれを問うても意味が無いと理解したのだ。

 

 ソロモンに負わされた傷の残る赤龍帝の肩にバルムンクの刃が乗る。人の身で非ずとも激痛が走る。だがそれだけで終わりではない。

 浮かべるのは凄絶に過ぎた笑み。ぶちり、と口の橋が裂けてもおかしくは無い程の。

 

「だから殺してやるよ…!悪魔祓い時代よろしくなぁ…!」

 

 鍔に踵を掛ける。警戒心を最大にまで高めた赤い竜人は再び極光を放とうとその手の平を突き出す。だが僅かに遅い。その隙を見逃すことなくチャンスをものにしたフリードはそのまま一気に魔剣を引き切った。

 

「が、ぁ、ぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁああァァアアアアアアあおおおォオぁあ!!??」

 

 痛みに悶えるその慟哭もまた、人の声帯から出るものではない。多分、もう、おとぎ話のドラゴンと変わらないだろう。そして、それと共に全範囲にオーラが吹き上げる。

 

「オイなんだよそりゃ…⁉︎」

 

 吹き荒れた赤いオーラは有無を言わせずにフリード・セルゼンを吹き飛ばす。致命傷は避けたがダメージはそれなりに大きい。だが敗北の決め手となる程ではない。問題は、今現在の彼の体制。

 吹き飛ばされたことにより空中で無防備だ。最悪な事にバルムンクは赤龍帝の足元にある。そして今なお兵藤一誠はこちらに迫る。追いつくのも時間の問題だ。

 

 ───こりゃどデカイの一発貰うか。

 

 そう思考を投げ出し、せめてものとカウンターの体制を取ろうとした時だった。

 

「フリード!これを使え!!」

 

 声だ、女の声。いやってくらいに聞きなれた女の声。知っている。彼女がフリード・セルゼンをよく知る様に。

 彼もまた彼女を、ゼノヴィア・クァルタを知っている。

 

 投げられた「ソレ」を手に掴む。感触で理解する。使い慣れたあの獲物、協会にいた頃から使っていた光銃だ。

 

「ナイスだぜぇ、ゼノヴィアちゃん!」

 

 ゴリ、と咄嗟に突きつけた銃口が、人の形さえも捨ててしまった者の眉間にめり込んだ。祈る様に、引き金を引く。ただ一度の銃声。

 その余韻はカンパネラの様に。だがそれでも、竜人の頭は仰け反っただけで、眉間に微かな弾痕が残っただけだ。

 

「ぉ”お”お”お”お”お”!!!」

 

 赤龍帝の顎門から極光が吐き出される。だがそれはフリード・セルゼンを殺す一撃とはならず、一条の赤い光は遥か空の彼方へと飛ぶ。

 その理由は一つ。ゼノヴィアが兵藤一誠の顎をデュランダルで切り上げた。装甲の硬さ故に切断は叶わなかった。だが十分だ。

 

 その間、二人は即座に距離を大幅に取る。白髪の男の隻腕には一丁の銃。青い髪の女の両手には青い刀身の聖剣。互いに体制を整え、横並びになりながら互いに不敵な笑いを浮かべる。

 

「何があったのか。なぜここにいるのか。後で説教も込みできっちり全部話して貰うかな、フリード」

「うげ、ひっでぇ。こんな事になるなら出て来なけりゃ良かった。ま、それはそれで後悔するんだがね」

 

 竜が吠える。相対する戦士は二人。

 

「一先ず、おかえり」

「場違いだが、ただいま」

 

 戦地にそぐわぬ語らいの果て、彼等は激突する。

 

 




人名:フリード・セルゼン
種族:人間→エインヘリャル
備考:北欧の大神の気紛、その出自と偉業により登録。今回はロキの護衛として館から出陣したが役割を放棄し赤龍帝と交戦中。
ロキ「あの野郎どこ行きやがった」
伊邪那岐「ウケる」
イメージ曲:Black Bird







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦火の灯火



シャキサクと打ったら何故か変換でYHVHが出たので初投稿です。いやホントにどして…?






 聖書の神の復活か、それとも赤龍帝の覚醒か。どちらが原因か、それともこの二つが原因なのか、何方にせよ『大いなる都の徒』やソロモン一派が押され始めていることには変わらなかった。

 

 冥界にて右足が使い物にならなくなった大男、ヘラクレスは静かに意識を整える。右腕に装着されたパイルバンカーを構えながら、眼前の魔王であるセラフォルー・レヴィアタンを見据える。

 スルトと行動を別にした後の彼はそれなりの優勢を保ってはいたが、徐々にでは無く()()()押され始めた。

 

「…どんなカラクリだ? 魔法による底上げか、俺が舐められていただけか…」

 

 後者はともかく、前者は無いとヘラクレスは思考の中で否定する。これまでの戦いの中でそんな素振りは欠片もなかったからだ。

 四方八方から迫る氷塊を視認する。地を殴り神器を発動させ粗方の氷塊を砕くが、防ぎきれない。今度負傷したのは右足だった。

 

「…痛ッ…ハッハァー…、こりゃ不味いな」

 

 それでも笑う。みっともなく取り乱してなどやるものか。化物相手に無様を晒すなら死んだほうがマシだ。そこだけは曲げてやらない。でなければ、己の憧れと原典に、あのヘラクレスに失礼だろう。

 貫かれた足で立つ。血が噴水の様に。嫌な音も聞こえる。

 

「……まだ、立てるのね…」

 

 その様相と、纏う決意。太古の怪物は恐怖した。実力も場数も、もちろん彼女の、セラフォルーの方が上手だ。だがそれでも、眼前の大男こには恐怖以外の感情が浮かばなかった。

 真新しい袈裟斬りの痕。貫かれた足と肩。血の滲む双眸。口の端から顎にまで刻まれた血のライン。戦さ場を好み、血と屍匂いに酔う戦鬼の様に笑い、一歩ずつ着実に魔王に戦士は躙り寄る。

 

「終われねぇんだよ…この筋は、誇りだけは曲げちゃいけねぇんだ…。そうじゃなきゃぁ…俺はただのデカイだけの木偶だ」

 

 神に召し上げられた半神半人のギリシャ大英雄『ヘラクレス』の魂を、更に細かく言ってしまえば、かの大英雄の人間としての、『アルケイデス』としての魂を受け継いだ男。それが彼だ。

 だからこそ持ち直した誇り、だからこそ取り戻した憧れ。故に彼は人外の存在を相手取った時だけは、その膝を折ることを自分で許さない。死ぬというのならば、立ったまま死んでやる。

 

 それが彼の気概と決意だ。

 

 そして、そしてだ。すぅ、と風が吸い込まれた音がした。ヘラクレスの肺は大きく凹み、少しの沈黙を置いて、それは始まった。

 身構えるセラフォルー。だがそれは杞憂である。

 

「───ぉぉぉォォォオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああァァァァアアアアアアアアア!!!!」

 

 咆哮をあげる。その叫びは冥界に戦ぐ全ての戦士達に吹き荒れる勇気の風に他ならない。目を覚ました少年は騎士を率い、一命を掴んだ龍殺しは再び龍と相見え、天馬を駆る英傑と同名の男は笑う。

 誰が言ったか、その咆哮の名を『戦士の鼓舞(ベラトール・レス)』。ただの雄叫びに過ぎぬ。だが、その声は告げた。

 

 ───俺はまだ戦える、戦っている。

 

 憑き物が落ちた様に笑う。左腕に備え付けられた重厚な金属の大刃を取り外し、あろう事かその手に握り締める。持ち手が無ければ作ればいいと、その身に纏うボロボロの衣服を破り、刃に巻く。

 無骨どころか、稚拙で杜撰な武器を手に、男は笑う。

 

「さぁ!来いよ怪物!俺はまだ戦える!俺はまだ立てる!脚がどうした肩がどうした⁉︎俺の身体は、魂は、俺しか止められねぇんだよ!」

「それでも、止まってもらうわ。私だって倒れる訳にはいかないの。皆の、多くの悪魔達の未来の為に、私は負けられない!」

「ハッハァー! 望外だ!悪くないぜお前はぁ!!!」

 

 暴力と暴力が衝突する。悪魔の氷を人間の熱が砕く。英雄と悪魔の決戦の一つは、未だ終わりが見えることがない。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ギャスパー・ヴラディという、一人の少年を前に、サイラオーグ・バアルという一人の強者が倒れ伏した。

 それと同時に少年はその膝をつく。痛みどころではない。右目から全身を這い回る不快感と狂気の渦に飲まれない事に必死だった。

 

 バロールの魔眼。見たものを平等に例外なく殺す武器。それバロールが後天的に獲得したもの。

 ギャスパーはそんな途方も無い力を欲した。ただ一人の少女の為に、そしてケジメの為に。

 

 彼は力を発した。求め続けて、追いかけて漸く得たのが、バロールの持っていた嘗ての力のほんの小さな一欠片。

 見たものを殺す力では無く、見たものの生命を削る魔眼。だがそれは人間に近い吸血鬼には重荷でしかない、諸刃が過ぎた剣。

 

「ッ…ぁ、あ…は、ぁ…ッぃ…!」

 

 右の瞳が熱い。生命の持つ熱量を殺した報いを、その小さな身に受ける。今は己の裏切りにケジメをつける為に。これからは、己の恩人を守る為に。

 

 熱に歪む視界で、人の形を捨てた男を見た。

 

 一枚絵に描かれた魔王や竜の如く禍々しき一対の角は、痛々しい程に誇らしく、その背に生えた翼は化物の証明でしか無く、うねる尾は最早その体と一体と化した事を教えてくれる。

 その爪を振り下ろす。人間の戦い方ですらない。白髪の男は笑って、その手に持ち直した魔剣を振り降ろしても、もうその肌には刃すら通らない。

 

「…何が、違ければよかったんだろう……」

 

 どうしてこうなった、その一心がある。

 堕天使に殺されていなければ? 赤龍帝の籠手を持っていなければ? 駒王街を管理するのがリアス・グレモリーでなければ? そもそ駒王街に住んでいなければ良かったのか?

 …分からない。何故こうなるのだろう?

 ただ一人の人間だった筈だ。その人格や行いがどうであろうと、元は父母から生まれた子供だった筈なのだ。それが今やどうだ。

 

「…ただの化物じゃないか……」

 

 破壊しか知らぬ怪物と成り果てた。怒りを胸に命を貪るのでは無く、その爪と放つ極光で焼き尽くし蹂躙する悪魔。どこまでも哀れな存在を述べよと出題されれば、ギャスパーは躊躇わず兵藤一誠の名を出すだろう。彼にもその確信がある。

 相対する聖と魔の刃が共に踊り、互いを補い互いを活かし、怪物を討たんと振るわれていく。何度も何度も殺しあう。何処まで行っても、悪魔が救われない戦いだった。

 

 目を逸らした少年の目に入ったのは、血の氷に傷を塞がれた王。己へ残酷に真実を告げた、己に恩人を助ける術をくれた王様。

 彼を庇いながら時を稼ぐのは赤い竜の羽を広げる、何処か見覚えのある男だった。

 

 ソロモンの元へと駆け寄る。己の名を呼ぶ高い声も、今は雑音と変わらなかった。

 少年は死に瀕した、否、死んでなければおかしい筈の男を間近で見て、その息を飲んだ。呼吸は薄い、その魂は止まりかけていて、その中に潜む生命の灯火は少しでも揺らせば消えてしまいそうだった。

 

ギャスパー⁉︎

 

 かつての主人の声も気に留めずに少年は王を見据える。

 氷柱が降り注ぐ音がする。氷の壁が少年と王を庇うように立っており、サタナエルはギャスパーとソロモンを残し戦火へ向かう。

 冷たい風が穏やかに漂う仮初めの安息地の中でも、その男は目を閉じたまま、その鼓動をゆっくりと零にしつつあった。

 

「……やりたいことが、あったんじゃないんですか…?」

 

 ぎり、と脆く小さな拳が握り締められる。

 そこにある感情は、とてもちっぽけで。だけど、だけど、そうだとしても、込められている思いは、誰にも分からない。

 

 そして、ギャスパーはソロモンの()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが責められるべき行為であろうとも、少年はこうする事しか、出来ない。

 

「…僕は貴方の全部を知っている訳じゃない…でも、それでも…此処までやった理由が、此処まで進めた理由が!貴方みたいな人には絶対ある筈なんだ! だって貴方はヴラディを助ける為に力を貸してくれたじゃないか、その身を張ってくれたじゃないか!お腹に穴が開いてもっ…死にかけてもッ…!」

 

 何を言っているのか、少年自身も理解できていない。ただ感情の猛りのまま、その言葉が声となって出て行く。

 

「そんな人が孤独な筈ない、自覚が無いとしても、貴方の背中にいっぱいの人がいる筈なんだ! 貴方の帰りを待つ人がいるんじゃないんですか⁉︎ 貴方を待ち望んでいる誰かがいるんじゃないんですか⁉︎

 貴方に決意を抱かせた人がいたんじゃないんですか⁉︎ 貴方と約束した人がいるんじゃないんですか⁉︎」

 

 非道だろうが、常識知らずの行為だろうが、そんな風に責め立てられても、少年は否定も自己擁護もしないし、寧ろ頭を下げて何度も謝罪をするだろう。自覚はしている。それでも今彼は、己に歯止めをかけられないままでいる。

 ……彼はこの舞台でのヒーローではない。だからこそ、誰かを救う事なんか出来ない。彼が救えるのは、ただ一人の少女だけ。

 

「その人はこんな終わり方で笑うんですか⁉︎ 希望を胸に明日を生きていけるんですか、納得して安らかに眠りにつけるんですか!笑顔のまま見守ってくれるんですか、そんな訳ない!」

 

 だから、その声しか手段は無い。どんなに偉そうだとしても、愚かだとしてもだ。

 

「だから……!立ってよ……!」

 

 彼には、人を癒す力なんてないから。

 彼は、人を殺す力しかないから。

 彼は、人を守る力しかないから。

 

「立ってよ、…!『英雄(ヒーロー)』!」

 

 みっともなくても、情けなくとも、立って欲しいと願う。あまりにも酷いワガママで、あまりにも身勝手な願いだろうとも。

 それでも、願わずにはいらない。こんな終わり方など認めない。こんな所で終わらせない。その叫びが、戦場の中で場違いな程に響き渡る。

 

「立てぇぇぇェェェェエエエエエエエええええええええええええええええええええええええええええええエエエエエええええええええええエエエエエエええええええええエエエええええええええええええええええええ!!!!」

 

 その声が、誰を呼んだ?その声()、彼を呼んだ。





人名:ヘラクレス
・関係ないけどガチタン乗りそう。そんな彼は変態武器を両手に引っさげて大暴れ。セラフォルーと交戦の結果重傷を負うも戦闘続行中。右腕の兵装だったブレードを自分で壊し大剣に変えて突撃。左腕のパイルバンカーは残り二発。多分そろそろカイガンしてる。
イメージ曲:βiOS

人名:ギャスパー
・バロールの断片とBe The Oneして来た。サイラオーグを命削りの魔眼で神器共々退場させるという金星を挙げる。ただ相当な無茶をしたおかげで身体が現在進行形で危険状態だが後見人がダーナ神族だから無事に帰れれば何とかなると思う。書いてて凄い叫ぶ子になっちゃった。
イメージ曲:戦火の灯火

Q.サタナエルはなんでリアス達を倒さないの?
A.下手な事して赤龍帝が強くなるのを防いでるのよ。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

JUSTITIA

感想返信は少し休んだらやりまーすよ。




 

 剣戟の音だ。叫ぶ声だ。憎悪と憤怒の雄叫びだ。

 でもその音は遠く、どこか他人事のよう。

 底なしの沼に体が沈んで行く。

 言葉に例えればそんな感覚だった。

 

 微かに頭をよぎる二度目の生の記録。全て思い出す前に思考を投げ出す。意味も無いし、きっとさほど意味を持たないだろう。

 それ程までに、今は少し疲れている。

 

 ……僕はきっとどこかで間違えて、失敗した。悔しいのは当然だ。諦めたくないのも当然だ。それでもこの体は冷たくなって行く。とても寒くて歯が震えそうなのに、何故だか僕の歯は一度も震えない。

 

 脱力しきっている状態とはこのことを指すのだろう。視界も徐々にゼロへと還りつつある。輪郭はぼやけ、光は灯らない。

 

 闇だ。陽の光も月の光もない。

 何処までも冷酷に僕の前に広がる黒一色。横たわる僕の目に入るものは何も無い。断頭台も絞首台も、十字架も串刺し槍も、電気椅子も無い。

 歩く音も実感も、滞りなく消えていく。

 

 何が正解で、何処が間違っていたのか。

 それすら分からずに、僕は二度目の死にゆっくりと溶けて行く。意識も定まらなくなり、呼吸もゆっくりと終わりを告げて───

 

「ここで終了するつもりなのですか?」

 

 …不本意だけどね。だけど、もう僕が出張っても意味がなさそうなんだ。ここから先に、僕の出来ることは無いだろう。

 

 屍のまま揺蕩い、指輪により死に戻り、用意した役割をなぞった。出来るところまでやった。納得のいかない終わり方ではあるけれど、相応しいといえば相応しいんじゃないかな?

 

 (きみ)すら救えなかったちっぽけな人間が、ここまで来れたんだ。これ以上ない大金星だろう?

 

「だから、ここで死ぬのが正解?」

 

 ああ、そうだ。ここで終わりにしようと思う。ソロモン王の物語はこれが最終回だ

 

 暗い闇の中でも、君の姿だけは本当によく見える。折角の再会に格好がつけられなかったのは、少し残念だけど、仕方ない、

 

 骨は何本折れただろう、内臓も数え切れないほど潰れた。妙というよりかは、必要ではない経験ばかりが増えた第二の人生だった。

 

 …元から無力な奴が、よくやった方だろ?

 

 手の平で踊るのが癪だったから、その手に針を突き刺してやっただけだ。その結果はこの通りの有様だが、無駄ではなかったはずだ。

 だから悔いは無い。これでいい、これでいい。この終わり方が最適で蛇足も無い無駄もない終わり方だ。だから、これでいい。

 

 …僕は結局、君を助ける事も出来なかった奴なんだ。僕はとっくの昔に敗北していた。だから…これで、良いんだ。

 

 …変わらない。その艶やかな黒い髪も、感情豊かに潤う赤い瞳も、少し強く抱き締めれば壊れてしまいそうな小柄な身体も、何もかも変わらない。シバの女王よ、■■■よ、どうか僕を眠らせてくれ。

 喉を枯らすのも、血を吐くのも、疲れたんだ。もう何もかもがどうでもよくなってしまった。もういいんだ、何もかも。

 

「駄目ですね、早いです」

 

 ……厳しいなぁ、■■■は。なんで連れて行ってくれないんだ。やっと君と喋れそうなのに、思い出を振り返れそうなのに。

 

 この場にサタナエルがいれば諦めるなと説教が入るのだろうが…どうしようもないじゃないか。未来は変わらなかったんだから。赤龍帝の敗北を得てもそれは変わらない。何故なのかはわからないけれど、その事実があった。

 未来は見えなかった。未来は揺るがなかった。変わらなかったんだ。

 

「正当な回答ではありません。 例えそうだとしても、貴方は今まで沢山の人の未来を、その手で作ってきた」

 

 …………。

 

「飢えていた幼子の腹を満たし、幸福な最期に」

「愛知らぬ孤独な男に愛を教え、日向の道筋へ」

「裏切られた女に居場所を与え、再び温もりを」

「一人の老人の死に水を看取り、希望の死出を」

 

 …………。

 

「壊れた少年に帰る場所を与え、英勇の道筋を」

「名も無き獣にその知恵を教え、人間の心を」

「この世界に新たな流れを作り、新しい時代を」

 

 …………。

 

「それは、貴方がいたからこそ作れた未来です。この全部が、貴方がいなければ成り立たなかった。

 例え道筋をずらしただけだとしても、仕組まれたものだとしても───貴方がその心で、変えた未来に変わりはありません。

 二度変わらなかったくらいで折れないでください。二回駄目なら三回、それでも駄目なら四回、死んでも五回。そんな無茶と理不尽を、貴方はやってきた筈ですよ?」

 

 …否定の言葉が出なかった。否定を許してくれそうにないし、否定の材料が今の僕には備わっていない、残念なことに。

 

 だけど、この様でどうしろというのだろう? 腹部大部分損失、恐らくは腸の一部も消し飛んでいる。魔力残量はゼロ。寿命はもう無い様なもの。打開策は導けず。…しかし酷いな、ここまで悪化するか。

 どうしようもないこの状況、僕だけに出来ることは無い。

 

 『───貴方の帰りを待つ人がいるんじゃないんですか⁉︎ 貴方を待ち望んでいる誰かがいるんじゃないんですか⁉︎』

 

「…それでも、貴方を望む声がある

 ギャスパー・ヴラディ、貴方が結果的に救った存在」

 

 『───貴方に決意を抱かせた人がいたんじゃないんですか⁉︎ 貴方と約束した人がいるんじゃないんですか⁉︎』

 

「貴方が立つことを、あの少年は望んでいます」

 

 感無量、とも違う感情。内に何かが燻るかの様な感覚に近い。脱力した身が少し強張るのを実感している。

 …声に弱いのは、職業柄なのか、それとも生まれ持った性分か、どちらにせよ休む事は、目の前の女も目が覚めたとき間近にいるだろう子どもも許してくれ無さそうだ。…怒られるのは嫌いなんだけどな。

 

 『───その人はこんな終わり方で笑うんですか⁉︎希望を胸に明日を生きていけるんですか、納得して安らかに眠りにつけるんですか!笑顔のまま見守ってくれるんですか、そんな訳ない!』

 

「…おやおや、見透かされてしまいましたか」

 

 ああ、笑ってる。その端正な顔立ちが喜色に染まり、ふわりと柔らかにその口を緩めている。…何故か、頭を静かに撫でられた。

 ああ、クソ。どうにもできないやつを起こして何になるというのだろう。君は君の目的も果たしただろうに。

 

 『───立ってよ…ヒーロー…!』

 

 恐らくはその言霊が望みを叶えたか、黒い世界に亀裂が走る。内に燻る何かが、恐らくは勢いを増していく。叫びに呼応するかの様に、さらに亀裂は大きくなる。

 亀裂から差し込む光は一本道で、後ろに進むことが許されない。此処までくれば、後はもう自分で走り抜けるだけとなる。

 

 『───立てぇぇぇえええええええ!!!!』

 

 …背中を押して起き上がらせようとか、横たわる僕の背に添えられた手に今更ながらに気づいた。否、気づけようになった間違いか。どちらにせよ、いつの間にかされていた膝枕は終わり、少し残念だ。

 少し残念がる僕を差し置いて、ガラスが砕ける音と同時に黒い世界に完全に穴が開く。視界はとっくに周りの景色が見えていた。

 

 酷い話な事に、かつて己がいた城だったのだ。

 

 苦く笑う。気分としては苦虫をすり潰した物を飲んだ感じ。でも何処か、肩の荷がようやく降りた様な、そんな感じだ。

 立ち上がる。無理に動かした足が痛む。欠伸をする。生憎と眠気では無くやる気がこみ上げる。振り出しからのやり直し程、悔しさで滾るものはない。

 

「さて、私からもささやかな我儘を」

 

 背後から抱かれた。背から伝わる柔らかさ、だけどそこには温もりはない。当たり前といえば当たり前。だけどそれが酷く寂しい。手に触れたけど、やはり其処に温もりはない。

 それでも、背から暖かな流れが、己の中に浸透する。止まりかけていた鼓動の音が再開するのが、自分でもわかった。これが命だという実感がする。あまりにも反則的な様な気もするが、構わない。思いが力になった。それだけでいい。

 

「───貴方に生きて欲しい。ただ一人の人間として、ただ一人の誰かとして、貴方に生きて欲しい。どんな形でも…貴方に、『普通』に生きて欲しいと望むのは、酷ですか?」

「それ、僕が決めていいのかい? 人の願いに評価は下せないよ。それが出来るほど僕は高尚な人間じゃない。でも、一つだけ言えるのは───願うのも、欲するものも自由って事だけ」

 

 どの時代でもそれは変わらない。その身に不相応な欲望であろうとも望むのは結局個人の自由だ。人の欲望に口出しをするならば先ずは鏡か悟りを開いた者に向かって言うがいい。何であろうと人の欲、即ち『願い』を全否定する資格を持つ者はいない。

 だって、願う事くらい自由であっていいじゃないか。それすら奪われたらこの世界は本当の意味で終わってしまう。

 

「…ああ、なんて酷い。そんな事を言われたら私の望みなんて、それこそ星の数。それを容認するとおっしゃいますか」

「変なとこで自分の欲望に排他的だよね君。在り方にも口を出さないよ、言っておくけど。…抱き止めるのは得意なんだ」

 

 最後の語らい。続きは二度目の生を終えてから。

 ゆっくりと背中を押してくれた手を惜しむけれど、そろそろ本当に走り出さなくては。目が覚めたらやらなきゃいけない事がある。

 

「いってらっしゃいませ、我が伴侶」

「ああ、…行ってきます」

 

 

 走り出す。これより、終幕。

 鍵の要らなかった希望を解き放とう。

 崩御の時は来た、我が王冠は未来が為に。

 では、数多の星の配置図を書き換えよう。

 天の光を全て希望へと変えよう。

 

 未来が見えなかった答え。仮説は幾つか立ている。その中で、一つだけ確信に変わりつつあるものがあった。それが正解だとしたら、まぁ、深読みの大後悔ということになるけれども。

 

【…何故だ?】

「そこを退け」

 

 だからこそ、お前が邪魔だ。今更、死に掛けの人の意識の中に来てまで何をしに来たんだ、神聖四文字の断片よ。

 お前の薄っぺらな苦悩をする面など見たくもない。汚物にも等しいその姿をこの目にうつすな。

 

【これまで何度もお前を救おうとした!なのに何故お前は『救われない』⁉︎その力!その存在は!救われるべきだと言うのに!】

 

 拳で叩き割った。会話にならない確信があった。断片といっても本当に僅かばかりだったのか、僕みたいな奴でも砕ける。

 外の光に向かって走り続ける。後悔がないのかと問われれば嘘となる。本当はもっと話していたかったし触れ合いたかった。

 

 でも今は、それでも、

 少しでも眩しい方向に進んで行きたい。

 

 嗚呼、()は怖いんだ。

 嗚呼、私は怖いんだ。

 

 『繰り返すこと』が怖いんだ。

 全てを同じ結末にすることを。

 今『繰り返しそう』で怖いんだ。

 

 だったらそんなの幻想にしてやる。

 恐ろしいと感じた、全部、全部を!

 『私が』幻想にしてやる!

 

 

 …『恐怖』だ。僕こそ聖書への『恐怖』。

 ああ、そうだ僕こそ『恐怖』だ!

 

 

 

 ■

 

 

 

 少年の願いを乗せた叫びの後でも、赤龍帝や紅の女悪魔は止まらない。淀みなく産み出されていく戦場特有の喧騒の中において、微かな笑い声がどういう理屈かは不明だが、誰の耳にも聞こえた。

 

「ァハ」

 

 その笑い声は、戦場を一瞬にして静寂に還す。誰もがその手を止め、その音源に目を向ける。

 金髪の少年が胸ぐらを掴み、起こそうとするその男。僅かに暗くなる白い髪に腹の傷を塞ぐ血の氷に、限界まで釣り上がる口の端。

 

 ありえない、誰もがそう思う。

 

 だが立つ。その男は己の身に魔力を無理やり練り直し、血を噴き出させながらも、喉の奥から押しつぶされたような呻き声を上げながらも、それでもその男は立ち上がって見せた。

 

「ァハ ハァハは ハァあハははァ!!」

 

 ある者は絶望に呆然とし、ある者は憤怒に震え、ある者は希望に笑い、ある者は驚愕に目を剥いた。死に掛けていた筈の男が再び動き出したのだ。それも聖書に対してとびきり最悪な猛毒を持つ男が。

 

「予想外………とでも、言うと思ったかい?

 この程度…、想定の範囲内だよぉ!」

 

 ソロモンは強がりと共に震える足で立った。

 それを認められない赤い竜人は矛先をフリードとゼノヴィアから彼に変え、目に捉えるのも馬鹿馬鹿しい速さで迫る。

 

 だが阻む。エインヘリャルと人間が死に物狂いで足を掴み、十二枚の赤い翼を持つ男が氷の壁を幾重にも貼り、吸血鬼の少年が闇を以って兵藤一誠を拘束する。

 

 生まれた時間。それを見逃す程この王は無能ではない。閉塞など何処にもない何処までも広がるその大空に手をかざし、神を嗤う。

 この時のための三千年だった。この一瞬の為の研鑽だった。この日の為に作り出した流れだった。それが形となる時が満ちた。

 

Per aspera ad astra (苦難の果てに栄冠へと至れ)

 

 かの女王の祈りは届く。紡がれた音節。そこから導き出されるのは錆び割れた運命に『想い』を捻じ込み砕く叛逆の楔。

 これより先、進化の縁を持つ者のみ生き残るがいい。再燃の時は来た、人類は再び『可能性』を燃え上がらせるだろう。

 

 青空へ一瞬にして無数の文字が走る。瞬く間に空そのものを覆う恐らくは史上に置いて最大規模の魔法陣の構築が完了した。

 そして太古の王であり、人類を破滅へと導き、神に向けて不遜にも弓を引き、聖書の三大勢力の全てを欺いた王、ソロモンは宣言する。

 

「天に在りし妄執よ、此れこそは我が怒り、我が決意、我が大願の形と知れ!幻想の時は潰え、真に人類の時代が幕を開ける!

 全ての人類は未来ある星となる!旧き星の配列は燃え尽き、新たなる星空が到来する!」

 

 空を覆う魔法陣より走る亀裂が空を覆う。

 その様を見届けるのは今日を生きる全ての人類であり、この先数多の流星となり白紙の未来に自らの生き様を刻む命達に他ならない。

 

 この日、多くの(すばる)が世界に起こっていた真実を知らぬままに、王の偉業を目の当たりにしたのだ。

 

「『我が知恵の下に最後の裁きを下す(ギュスターヴ・ドレ)』!!」

 

 旧き空が砕け散り、逆転の狼煙が上がる。

 古き秩序は崩れ去り、全ての前提が零と帰る時。

 真の夜明けが、数千年の時を超え再来する。

 

 

 

 




次回「ヒトを愛した獣」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒトを愛した獣

板チョコとか一枚丸ごと食べると口の中凄いことになりますよね、そんわけで口をゆすぎながら投稿です。

世界は変わった。漸く人類の時代の始まりだ。



「ソロモン! お前、何をした!」

 

 赤い竜人、兵藤一誠が吠える。それに対して最早死に体であるだろうに、その二本の足で真っ直ぐに立つソロモンは不敵に笑った。

 

「未来を『無限』に戻した、それだけだよ」

 

 臓腑より出で、口から湧き出る血を服の袖で拭う。怒りを加速させるであろう、腹立たしい微笑みを崩さないままに男は語る。

 

「未来とは『無限の道筋』だ。そんなもの、人間が見れるものじゃない。まともに見れば脳は負荷に耐えられず精神は朽ちるだろう。

 じゃあ、何故僕は未来を見れたのか、その答えが『黙示録』だ」

「…『黙示録』?未来?お前、何を言ってるんだ…?」

 

 赤龍帝は反射的に首を傾げる。彼に限らず、事情を知らなければソロモンが何を言っているのか、理解することすら不可能だろう。だが一々説明する余裕と時間、そして優しさはない。

 

「『黙示録』は最大の予定調和にして最悪の補助術式。これがこの星に刻まれている以上、未来は必ず『聖書にとって利のある未来』ないし『聖書に深い関わりのある未来』になる。無限の道筋が少数の道筋に限定される訳だ。当然、そうともなれば人間でも未来が見れるようになる」

 

 多量の赤い粘液が口から吹き出した。彼の限界は徐々に近づいている。だがそれでも彼は幸せそうに、最高にご機嫌なまま笑ってる。これが三千年の時を得てようやく大願成就の王手をかけた一人の平凡な『人間』のする顔だ。

 

「…『黙示録』破壊後の未来は無限だ、見たら脳が破裂どころの騒ぎじゃない。多分だけど、僕の脳が無意識に防衛措置をとったんだろう。だから見えなかった」

 

 遂に膝を降り、地に身を降ろす。顔色は徐々に死人のように、それでも未だその目は死んでいない。絶望すらしていない。

 己がおらずとも、もう人間は大丈夫なのだから。

 

「あーあ! 結局深読みしすぎの大後悔だった! こんな事なら復活した時にすぐ破壊しておけばよかった! 僕が臆病じゃなく勇気ある若者ならよかった、僕が臆病じゃなく猪突猛進の愚者ならばよかった!

 ああ、でも分かってる。それではダメだ。それは僕じゃ、臆病で失敗ばかりで最高に嫌な奴じゃ、『ソロモン』じゃない」

 

 どこまで行こうと、自分は自分で、だからこそ後悔していても仕方ない。過去に手を伸ばすことは、誰にだって不可能だ。否、不可能でなくてはいけないのだ。

 過去への跳躍が成功した時、それは紛れもなく人類が未来に敗北し、それを認められず反則をした証に他ならない。

 そんなもの、認めない。この男はそんな物を認めない。彼の『人は人によって滅びる』という持論は過去から現在まで変わらない。

 

「…さ、て、過去からの贈り物はこれで全部だ。聖書の神の復活は阻止できなかったけど、君達にも対抗策がいるだろう?サタナエル」

「ああ、あの『人間』には、最後にして最新の神殺しになってもらわなきゃいけない。俺は見たいんだ、人間の可能性が」

 

 倒れた王の隣には、長年連れ添った共犯者が。

 

「…君は、全部終わったらどうする?

  何処に行くんだい?」

 

 十二枚の赤い竜の翼、一対の角。

 悪辣な笑み、父性を宿す眼差し。

 

「…俺は一日でも早く御役御免になりたい。

 だが俺は、この物語を最後まで見たいんだ。

 その果ては、あいつ等を優しく包み込むだろう

 全てが終われば深い眠りにつこう」

 

 格好をつけたように、ポケットへ手を入れて、望郷の思いを吐き出すかのように、静かに語った。

 目を閉じる。戦火が隣にあろうが、それでも今はこうしていたい。生憎と、その理由はわからないが。

 

「───ああ、俺はそう思い。

    それを遂行しよう」

 

 薄く笑うソロモンは仰向けになる。何処までも広がる青空は、彼の成果を表すかのように雲一つなく、何処までも澄んでいた。まるで、『貴方が作った青空』だとでも言っているみたいだった。

 

「…クロウ・クルワッハに僕の指輪を渡してある。神殺しを決行するなら、彼から指輪を貰って行くといい。僕の伝承を元にした術式を、あれには仕込んでおいた」

「指輪返還の伝説か、確かにそれなら一度だけだが第七天まで一気に行けるな…」

 

 起き上がる。視界に入ったのは赤龍帝と人間の闘争。そしてソロモンが兵藤一誠から追撃を受けなかった理由だ。とどのつまり、最後の最後に彼は守られていた。

 業を煮やしたか、憎悪や憤怒といった感情の沼に沈んだ赤龍帝の手の平に、赤色の極光が充填される。エインヘリャルは笑うが、人間は冷や汗混じりの引きつり笑いだ。

 

「…不味いかな?」

「…あればっかりは俺が出るしかないよねー」

「そっか…なら、よろしく。

 …トライヘキサにもね」

「ああ、分かってる」

 

 震える足で、何度もその男は立って来た。

 だけど、もう彼が立つ必要はなくなった。

 

「…ソロモン。良かったぜ、お前とは」

「こちらこそ。良かったよ、君とは」

 

 そうして彼は静かに、それこそ眠るように目を閉じる。緩やかにそよぐ風が、ソロモンの頬を撫で、太陽からの暖かな陽射しは彼の体をゆっくりと照らして行く。

 だが彼は手を伸ばす。果てのない空。何処迄も自由に羽ばたく二羽の鴉が、ソロモンは少し羨ましいと思った。

 

「…ああ、でも、なぁ……」

 

 微かな祈り。彼の伸ばした手の先には、今の彼の目にはいったい誰が見えているのか、何を幻視しているのか、想像には難くない。

 だって、彼は微笑んでいるから。恐らくは、生きている限りの中で最も優しく、満足そうな微笑みがそこにはあったのだ、

 

「もう少し、この世界を見たいと思ってしまうよ、■■■」

 

 最後に唱えたのは、恐らく彼のみが知る、『シバの女王』の真名。その言葉を最後に、彼は此処で、安らかに眠る。

 

 『古代イスラエルの王』ソロモン、臨終。

 彼の魂は三千年の時を超えて漸く、癒された。

 願わくば、彼の眠りに終わらぬ安息を。

 

 

 ■

 

 

 今日この日、聖書の神の世界が崩壊した。

 空に走る亀裂の全てが砕け散り、全ての運命が白紙に還った。それを誰よりも深く実感したのは、『黙示録』を敷いた神自身。

 

「あ、ああ、あぁぁぁあああああああ!!!」

 

 展開の最高位相である熾天の座、第七天にて築かれたケルビムの玉座に在るその神霊は慟哭を上げる。この空において、一人の嘆きは虚しく響くばかりであり、慰めとなる存在は何処にも存在しない。

 

「何故だ、何故だ何故だ何故だソロモンよ! 分かっているはずだ! この世界に未来はない、人類史に未来はない、この先に幸福など一つもない! だからこそお前が救わねばならんのだ、他ならぬ私に導かれたお前が、私と共にだ!」

 

 神は叫ぶ。その全てが偽りなき本心であり、本当に心の底から思っている事だ。

 だからこそ、自分に非があるとは一切思わない。寧ろ自らに対して弾劾を告げる者を『救いを破壊する悪魔』だと断ずる。そのサイクルを延々と繰り返していながら、この神は唯一神と名乗っている。

 

「だからお前を救ってやろうとしたのに、お前を私と共にいるにふさわしい者にしてやろうとしたのに、何故お前は拒むのだ! 何故私の愛を理解してくれない、受け止めてくれないのだ!」

 

 救ってやろうとしたのに、救われようとしない。それが神には理解できず、ただ嘆く。

 

「ならば───、ならばならばならば!お前も不要だソロモンよ、お前は間違えた。お前は失敗した。お前は誤りだ。だから私だけでいい。ああそうだ、そもそも私一人で全てをこなすべきだった。私一人で全て救うべきだったのだ!」

 

 七人のラッパ吹きのうち、三人目と四人目がラッパを構える。邪龍が未だ最下部に、獣が中部に残っているが、無数の天使を足止めに使っている為に問題は無いと神は思考する。

 

「行程を再開。第三段階『水苦』開始…!」

 

 三度目のラッパが高らかに鳴り響く。空より降り注ぐのは無数の流星であり、その全てがニガヨモギである。

 黙示録に曰く、三度目のラッパが鳴ったときニガヨモギの流星が降り注ぎ、地上の川の1/3を毒で汚してしまうと。

 

 だがそれらは須らく灰と化した。

 

 第七天の床を貫き出づる天を焼く業火が空を一瞬にして埋め尽くし、草により形となる星が燃え尽きる。灰の雨が静かに降り注ぎ、川が毒に浸されることはなくなった。

 

「あ?」

 

 理解が及ばなかった。否、理解を彼自身が拒んだのだ。そんな事があっていい筈がない、あってはならないと。されど起こった事象は紛れも無い事実には変わりなく、覆すことの出来ない現実だ。

 

  このような芸当が可能な存在は限られている。だがその存在は雲霞のごとくの天使達に侵攻を阻まれている筈だ。なのに何故?

 

 ───答えは単純、全て殺して彼はここに来たのだ。無垢を象徴する白く輝く肉体を、返り血に染め上げてまで彼は来た。

 火柱によって第七天に開いた穴よりその身は這い上がる。焼け焦げた天使の羽が血に染まる天使の羽が、彼の肉体にまとわりついている。

 

「……何年振りかな、神霊『YHVH』

 ……お前を、僕を、此処で終わらせに来た」

 

 端正な顔を歪めて、幼い少年が浮かべてはいけない程に歪みきり、見る人には恐怖のみを抱かせるような微笑みを浮かべた。

 

「…獣如きがぁぁぁあ!!!」

 

 神が、全知にして全能と傲慢にも己をはばからない神が、怒りに震える。怒りに顔を赤くする。無数の雷光を空より落とす。不可視の弾丸を横殴りに叩きつける。数多の炎剣を突き刺す。

 だがそれと同時に、獣から神に対する応酬が降り注ぐ。炎の槍や単純な殴打が身を抉り、炎で作られた牙が噛み千切る。

 

 それでも互いに無傷。獣の傷は瞬時に再生し、神の傷は即座に癒されていく。

 互いに取っ組み合い、頭蓋と頭蓋が衝突し合う。

 

「…私は未来のない人類を救う…!人間を、我が子らを永続させるために!守るために楽園をこの星に築くのだ、異神を殺し、その崇拝者を殺し、糧とし完全なる世界を人間に与えてみせる!」

「大層な御託の割りに、結局は殺しと破壊だろうが。そんなのは救いとは言え無い。勘違いするなよ、中古品のオガクズ頭。人間を救えるのはお前みたいな『救ってやろう』と思い上がった奴じゃないんだよ…!」

 

 極光と業火がぶつかり合う。互いに増幅と相殺を繰り返し、渦が形成され、辺り周辺の物質は吸い込まれている。獣と神、相反する極地において、既存の法則は適用されない。

 

「誰かを救うのはいつだって、他人の為にその知恵を振り絞って!必死に泥の中を這い回って!血反吐を吐きながら、希望に縋りながらも投げ出さずに最後まで諦めなかった人間だ!」

 

 拳と拳がぶつかり合う。互いの腕が裂けて砕ける。関係ない、傷は即座に最初から無かったかのように完治する。破壊と再生を繰り返しながら殴り合う。

 

「それをぽっと出のデウス・エクス・マキナで救えると思ってんじゃねぇよ!(おれ)やお前じゃ誰も救えていない、救えないのは分かり切ってるだろうが!」

「否、否否否否否否否否否否!救うからこそ私は唯一の神なのだ!私こそが最高の救い!人の子らは救われる!全ての救いを私は作る!」

 

 どこまで行こうと平行線。咲かせる花が同じだとしても、彼らはその過程や根本、種子が違う。故に分かり合えない。動機も行動も、何から何まで違う上で、許容できないからこそ、彼等は殺しあう。

 

「お前が救いを語るなと言う…! そうだと言うのなら、お前が何を作ろうと───(おれ)がこの手で破壊する!」

「やってみせろ、お前如きに私の救いは阻めぬ。お前如きに私を踏破することなど不可能だ!災厄の獣よ!」

 

 数千の時を得て、再び彼等は激突する。

 その激突の果てに、幸福はない。

 

 空に牙を剥く白き少年は、 抗いの象徴か。

 それとも人類を殺した理不尽(かみ)の遺物か。

 空を這いずる唯一神は、秩序の象徴か。

 それとも御座を象る傲慢の表れか。

 

 少年は輝く白い光を余す事なく怒りに染め。

 理想の為にその足を止めずに彷徨い続けた。

 神霊は唯一無二の威光を憤怒に滾らせて。

 理想の為に数多の可能性を啄ばんで来た。

 

 言葉など意味を成さない。

 僕は忘れる事など決して無い。

 言葉は既に不要か。

 私は己の使命に準ずるのみ。

 

 今、この瞬間。

 

 『一匹の獣』は咆哮を上げる。

 『神聖四文字』は力を振るう。

 

 




最後に『彼女』は迎えに来てくれたのか。
それともただの幻視だったのか、それは皆様に任せましょう。
次回は人類のやべーやつこと曹操のターン。
黄昏の聖槍、神の意志が抜けただけでまだ全然使えるのよね。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

或いは、『最強』という称号


Q.最近更新早いのはなぜ?
A.そろそろ予定が立て込みそうだからです。
ほら、書けるうちに書いときたいのよね。




 

 結界の中、二人の男はせめぎ合う。一人は純然たる人間ではあるが、その背と右腕に持つ兵装は異質というに相応しい。

 だがその人間に相対する悪魔、否。悪魔と言っていいのかわからないその存在の姿もまた異質の限りを極めていた。

 

 四大魔王が一人、サーゼクス・グレモリー。

 『超越者』の一人であり、最強の魔王。

 ついた異名こそ『紅髪の魔王』である。

 そしてその真の姿は、()()()()()()()()()()()()()()()であり、もはや生物という概念に当てはまるものかも怪しい。

 

 左手に聖槍を持ち直しつつ、歪かつ特異かつ異形の兵装を身につけた男は、力の塊をどこか憐れむ様に眺めながら駆ける。

 何度も青白い光と紅色の光が穿ちあい、あろう事か、ただの人間である男、曹操は魔王の脇腹に聖槍の一撃を叩き込んだ。

 

「がっぁ⁉︎」

「……なるほど、やはり強いエネルギーもしくは、聖の性質の持つ武器ならばダメージは見込めると考えて良さそうだな」

 

 咄嗟に後退しながらその手に握る神滅具『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』を腰に収め、入れ替える様に右腕と背に装着した規格外兵装『ヒュージ・ブレード』を再度低出力で起動させる。

 右腕の機械で組まれた円筒から微弱な蒼白色な光が漏れ、閉じていた背部の流線型の装甲が展開され、数多の噴出口からも青ざめた白い光が静かに現れる。

 

「…私には、わからない」

「……?」

 

 その声は、他ならぬ眼前の魔王からだった。

 

「…私達は、悪魔はただ、生きているだけだ。だというのに君は悪魔を、外敵を排他すると、お前達の幸福などどうでもいいと言った。何故だ? 命を、誰かの幸せを、何だと思っている?」

 

 数秒の沈黙の後『どの口が』とあからさまな嘲笑と侮蔑、それに加えて微かな怒りがあった。

 お前がそれを語るなとでも言わんばかりに曹操の面持ちは冷たく、それでいて尖りきっており、その瞳には呆れと諦観に染まりきっている。

 

「… お前達のおかげで、何人もの『誰か』が本来ならばなかったはずの不幸に苦しめられていた。世界を侵し、命を弄ぶ悪魔の駒によってな。その時点で、お前達はその言葉を吐く資格は無いだろうさ」

 

 糾弾ではない。弾劾でもなく、恐らくは告発が最も近いだろう。それを背景に、力の塊と力の塊同士が再度衝突する。人間からしたら一つでも読み違えれば致命傷になり得る一撃の雨あられだ。

 

 それでも曹操という男は、全てを最小限の足運びと身の逸らしのみで避ける。それを可能にしているのは異常に発達した、というよりは無理矢理にでも発達させた動体視力と反射神経にある。

 

「そもそも、だ。何故お前達三大勢力はわざわざ人界に出て来る? お前達にはお前達の世界があるだろう。競う相手も家族もいるだろう。なのに何故だ? 何故俺達人間の世界に干渉し続ける?」

 

 優秀な転生悪魔の元が欲しいから? 貴重な神器は能力を持った人が欲しいから? 容姿端麗な人間が欲しいから? それとも、ただ己の欲望のはけ口が欲しかったのか?

 その問いに対して悪魔ですらない化物は、ただ平然と、それ以外ないという調子で何も知らずにその言葉を吐いた。悪びれもなければ、寧ろいっそ清々しくなる程に、傲慢にも誇るかの様に。

 

「私達が動くのは、世界のバランスのために他ならない。均衡は保たれなければならない。それを乱すものは君達人間の為にも、許しては、放置していくわけにはいかないだろう?」

 

 曹操は、この場にいる唯一の人間は諦めに近い感情に浸る中で悟る。この魔王は、本気で言っているのだ。どうしようもないことに。

 世界の管理者を気取る異形の者。それがどんなに醜く、憐れで、滑稽であることか。現状も相まってそれは、なおさら顕著だ。

 だから曹操は単純にその槍を、言葉の槍を吐く。これ至れば最早ただの罵倒だが、それでも間違いでもないその言葉を。

 

「…脳みそまでカビたか。

 それでよく生きられたものだ…」

 

 左手、利き腕でないにもかかわらずに器用に聖槍を弄ぶ様にその手の平の上で回す。その回転の速度は風を切る程度にとどまっている。

 その言葉を間違いなく耳に入れた人型の滅びのオーラは、恐らくは怪訝な顔でもしているのだろう。

 

 だが関係ないといった表情の曹操はその場で口をつぐむ事はなく、そのまま語り続ける。

 

「というか、お前、一体全体何様のつもりで、それに加えて何処視点から物を抜かしてるんだ? その誇大にも程がある勘違いの有様はまるで昔の自分を見ている様で腹が立つよ、本気で」

 

 ザリッ と靴が地を擦る音を立てながら、曹操は姿勢を大きく下げては古風な構えを取る。

 対するサーゼクスもまた、咄嗟に身構えるが遅い。先手を取ったのは人間であり、兵装の重量も物ともせずに俊敏に上へ下へと駆け巡りながら聖槍で確実に悪魔の身を削り、退避を繰り返す。

 

 無数の『滅殺の魔弾』が踊る、だがそれもほんのひと時の間。曹操の背部装甲の噴出口からハリセンボンの様に無数の光の針が飛び出し、一部の漏れなく砕いていく。

 

 魔力を束にして撃ち出そうが人間は『死ねない』という一心の元で回避する。接近戦などまともに取り合わず、常にサーゼクスの体制を狙って崩しにかかり、一度当てれば距離を取るを繰り返す。

 

 堅実というべきか、それとも姑息というべきか。何れにせよこの場において人間が優勢なことには変わりがなかった。だが、あくまで優勢であるだけであり、勝敗には長い時を得ても尚辿り着かない。

 

 滅びの力によるストレートを紙一重で避けるが、溜まった疲労が表にで始めたのか、曹操の毛先の一部が消滅する。それを自覚し、彼は頬から一筋の冷や汗を垂らす。

 

 それでも彼は勝利するまで魔王の攻撃を全て避けるか、相殺しなければならない。それが出来なかった時、滅びの魔力の特性上、彼は治療すら受けられずに死ぬ。

 

 ゲームで例えるならば”回復アイテム縛りで最強ボスに最上級難易度の上で挑んでいる,,という側から見たら一種の変態とも言える事を彼はしているのだ。

 だが勝たねばならぬ。否、『勝ちたい』という欲望のみで彼は槍と規格外の兵装を振るい続ける。

 

「やはり、簡単に終わらないか」

「私は冥界の為にも、此処にいる。そう簡単に討ち取られるわけにはいかないんだ」

 

 聖槍と拳が交差するが、双方無傷。互いに一度離れては再び距離を詰めては拳と槍を交えては離れてを、何度も何度も繰り返す。

 槍を回し振るい、刃の円環を形成しながら背部装甲の噴出口から加速し、一気に距離を詰める。穿いたのは肩。されど決まり手へとはならない。

 

 やはり距離を取らねばならない。追撃に向かう滅びの魔弾を残さず相殺を交えてから砕きながら再び槍を構え直す。

 

「…なら何故冥界に向かわない? 俺達の仲間が襲撃に出向くことぐらい理解できているだろうし、そこまで馬鹿でもないだろう」

「…今の冥界には、アジュカが、ファルビウムがいる。そして私の眷属達も、多くの優秀な悪魔達がいる。以前の様にうまくいくと思わないことだ!」

 

 並々ならぬ気迫。だが人間は気圧されたりはしない。双方に構えを取り直し、互いに狙いを定め、同時に恐らくは最後の一撃を繰り出した。

 そして一人は『一手』だけを、読み間違える。

 

 赤色の力に飲み込まれ、消え去り滅び行くのは人間の右足である。二本の足のうち一つ、己の体のバランスを保つ柱を一つ失った。

 がくん、と体が重心ごと落ちる。その隙をサーゼクスは見逃さず筈もなく、すかさず追撃に移る。滅びの魔力の塊が到来する。

 

 此処に、決着はつく。

 

 兵装が唸る。駆動の音は一瞬。凄絶に笑うは人間であり、片足のない激痛などなかったかの様に左足で身を起こし、右腕を構える。

 負ける気などしない。自らの欲望に従い、曹操という個人は此処にいる。それが綺麗なものでも醜悪なものだとしても、彼は折れない。

 

「ああ、そうだな…楽に達成できる目標(ねがい)があってまるか! そんなものがあれば! 今日まで積み重ねた俺の、人間の培ってきた時間の全てが無駄になるからなぁ!!!」

 

 叫びと共に右腕を一心に振るう。そしてその叫びに呼応し、右腕の砲塔よりその強大にして異常にもほどがある射程の長さを誇るその炎刃は結界を突き破りながら顕現する───!

 

 結界を裂くという通常ならありえない現象を、言ってしまえば奇跡というガワを被った異常事態を起こしながら、その刃は迫る滅びの魔力を相殺し魔王に牙を剥く。

 

「悪いな、サーゼクス…! 今の俺は、負ける気がしない!」

 

 その言葉と共に人間の勝利が決まる。

 空にすら届いたその一閃は、魔王の体を真横一直線に切り裂いた。

 奇しくも、人類の文明の象徴である『火』によって作られた刃を前に最強の魔王は敗れたのだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 出雲本殿の内にて、先に戦いを終えていたのか、ゲオルグとジャンヌは疲労困憊にして満身創痍の身をそのまま床に倒している。

 息は上がりきっており、二人して仰向けのまま先ほど上がった火の一閃により出雲本殿に見事に大きく開いた穴を眺めていた。

 

「…あーあ、折角の大社が……」

「……申し訳、ない」

 

 乱れた呼吸を伴い謝罪をするゲオルグ。彼の隣には気絶しているのか、両腕を失った男が、アザゼルが拘束されて転がっている。

 横たわりながら眠たそうに瞼を何度か閉じかけるジャンヌもこの例に漏れず、近くに聖剣で突き刺され固定された形のミカエルがいる。

 そんな二人を慈しむ様な瞳で眺めつつ、己の肩を枕に眠る妻の髪を撫でて伊邪那岐が苦く笑う。

 

「いや、いいよ、どっちにしろそろそろ直さなきゃいけなかったんだし。あは、あははは…ここまで来ちゃったかぁ、不味いなぁ…」

 

 『テンゴヌカミ呼ばなきゃかな』などと小さく呟いた時と同じだっただろうか、彼の帰還にいち早く気づいたのはゲオルグだった。

 最後の結界が消え、ぼろぼろになった服を纏った男が、聖槍を杖代わりに静かに姿を現す。

 

 がしゃん! と背に背負っていた装甲が外れ床に落ちる。左手に紅色の悪魔の髪を掴みながら引きずって曹操は歩み寄る。それをみたゲオルグは笑って、親指を立てた。

 

「勝ったたか、曹操」

「ああ、なんとかな、死ぬかと思った。

 それと…右足をやられたよ」

 

 どかりと二人の人間の側に座り、空を眺める。少しの休憩だった。そんな彼等をくすむ視界で眺める魔王が唇を動かすが、声には出ていない。だがその内容は予測できたのか、曹操は答える。

 

「…なぜトドメを刺さないのか、か。 …ハーデス神との契約でな、以前の冥界襲撃前に隠れ蓑として冥府に滞在する事を許す代わりに、お前たちの身柄を求められたのさ。だから、殺せない」

 

 ひらひらと手を振りながら気楽な調子だった。そしてその返答が終えた時と同時に、冥府(ハイドゥー)を統べる神が天使、堕天使、悪魔の前に立つ。

 

《まぁ、そういう事だ。先に言っておくが、私だけではなく、今そこで眠りこけている伊邪那美大神は勿論、世界各地の死の神がお前達の、特にアジュカとサーゼクス、貴様らの身柄を欲している。そして()()()()()だな》

 

 冷酷な宣言があった。これから先、彼等がどうなるかは想像しない方がいいだろう。恐らくは、我々の予測の範疇をはるかに超える未来が、彼等には待っている。

 

《当然の報いだ、貴様らは『死』を貶めた》

 

 数柱の死神が三名の人外を拘束し、何処へと消えてゆく。それと同時に冥府の神たるハーデスも去った。心なしか、その背はどこか達成感に包まれてるようにも見えた。

 

 

 

 






今回の曹操の戦いですが、作中の通りフロムで例えればエスト瓶無しでプレイするダークソウル。若しくはアクアビットマンで挑むアルテリア・カーパルス占拠なので、余裕なわけねぇのです、はい。

そんな彼の私の中でのイーメジ曲は『Anything Goes!』及び『Nine -novem-』今回の話をこれを聞きながら書かせていただきました。

次回は戦況まとめ+α、最終回ももうすぐですが、どうかこの様な拙い作品と最後まで付き合ってくれれば幸いです。それでは次回に会いましょう。恐らくは少し日がかかりますがね。ノシ




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦況報告

多分今週最後の投稿です。
次回は最低でも二週間後かなぁ。
しっかりと完結させるので、ご安心を。



 冥界の中、氷と鋼が打ち合う音が山彦のように反響し続ける。その発生源は氷の棘の山に覆われ、変わり果て、原型すらわからなくなってしまった某所の地。

 

 魔王と人間の争いは、長い時の果てにとうとう決着がつく事となり、勝利は血塗れのまま拳を掲げ立ち尽くす人間へと委ねられた。

 

 勝敗を明暗にしたヘラクレス最後の一撃。それは大剣の投擲をフェイクとし、ほんの些細な隙を見せたセラフォルーへ右拳と右腕に装備していたパイルバンカーを神器の発動と共に叩き込んだ。

 この無茶苦茶な合わせ技にパイルバンカーと共に、ヘラクレスの右腕も重傷を負った。だがその代償を払うことにより、彼は魔王を相手に勝利を収めたのだ。

 

「…おー、痛ぇ……」

「……レオナルド、これ治るのか?」

「治るのかじゃなくて、治すんだよ」

 

 その後、彼は冥界に投入された人員の回収を行っていたレオナルド、ジークフリートと合流。

 最後の一名であるペルセウスとも合流を果たすべく、彼等は現在進行形で冥界の空を駆け回っている。足となっているのはやはりレオナルドが生み出した魔獣だ。

 

 優雅に空を飛び回る隻眼の黒飛竜。その背に乗る三人の人間。三人と一匹の下の地上は静寂に包まれる街並みと、血の跡が軒並みに残っており生命は存在しない。

 

 当たり前な話だ。起こったのは『テロ』では無く『戦争』なのだから、このような事態も大して珍しくはない。とは言っても、これはあくまで人間の尺度なのだが。

 

 それはさておき、竜の背中で座る幼い少年は新たに魔獣を生み出す。勿論、戦闘用では無く治癒特化の魔獣だ。完成までの時間は恐ろしく短く、恐らく三秒と掛かっていない。

 ほう、とレオナルドが気の抜いたため息を吐けば()()()()と彼の手元が奇妙な音を立てた。それを耳にしたジークフリートは白目を剥き、巨漢と少年から目をそらす。

 

「はい。これ腕にはめといて安静にな、多分その傷じゃ一日二日はかかると思う」

 

 少年が巨漢に手渡したのは嫌にでかいナマコの様な物。時折ぴくぴくと蠢いている。表面はテラテラと言うより、ヌメッとした光沢と粘液に包まれており、その姿はグロテスクきわまり無い。というか見るだけで気力が削がれる。

 

「…待て、その、…これをか?これを二日?」

 

 受け取ったヘラクレスの手の中で頷くようにでかいナマコがやはり()()()()と跳ねると、ヘラクレスの手にあった小さい傷に粘液が付着する。すると残酷な事に次第に傷が塞がり始めたのだ。

 

「うん、ちなみにジークフリートに使ったのと比べてちっちゃいよ。全身用はそれこそ───」

「やめろォ! 思い出すだろ!あの妙に生暖かいヌメリといい、ぬちゃっとした感触とか!」

「お前なんで俺の前でそれ言うんだよ! 俺これからそんなものを四十八時間体験するんだぞ⁉︎」

「お前は腕だけだからいいじゃん⁉︎俺なんて全身だぞ⁉︎その代わり三十分だけだったがなぁ!」

 

 たちまち騒ぎ出す被害者二名。作成者兼加害者の少年は拉致があかないと察したのか、不意打ちの形でそのでかいナマコの様な物をヘラクレスの手からひったくり───流れる様に右腕にはめた。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”⁉︎」

「おま…レオナルドお前…、ああ、酷い…」

 

 蠢くビッグサイズナマコが新たに装着された右腕を掲げて、大男は恥も外聞も無く嘆き叫ぶ。その姿は同情を煽るには十分というか、むしろ過剰すぎた。現に、さっきまで口論(?)の相手だった筈のジークフリートがいい例だろう。

 そんな彼等の事など知らねぇぜガハハと言わんばかりに黒竜を乗り回す暴君帝王系男子レオナルド。自由に吹く風はそんな彼の耳にある知らせを入れた。

 

「…ペルセウスの声…?」

 

 きょろり、ぐるりと辺りを見回す。動く人影はどこにもない。しかし耳に入った声が空耳という訳でもなさそうだ。

 どうしたものかと頭を抱えている時、少年の前に火柱が現れたかと思えばその先端には一人の男を小脇に抱えたヘラクレス以上の大男、スルトが立っていた。

 

「ここにいたか、探したぞ」

 

 スルトはぽい、と脇に抱えていた男をレオナルドに投げ渡す。その男はぐっすりと眠りこけていたペルセウスだった。

 

「原型の分からぬ建築物の中に埋もれていた。息はある、というよりも先程まで起きていた。大英雄の残り火と同格な程に頑強な男よ」

 

 満足そうに笑う終末の巨人王。その手にある錆びた大剣はそれに呼応するかの様に溶岩に等しい色と輝きを薄く放つ。

 すうすうと眠りの声を上げるペルセウスを、ジークフリートが比較的水平なところに寝かせたのを見届ければ『黒き者』は言葉を続ける。

 

「冥に巣食う王は絶え、息を持つ蝙蝠は数えるに容易くなった。ここに我等の契約は成立した。故に、ここから先は我々の幕引きであり、本来の役割であり、真にすべき勤めだ」

 

 『黒き者』。本来ならば神々の黄昏、北欧神話の終わりにおいて炎の国ムスペルヘイムより『ムスペルの子ら』と共に出陣し豊穣神フレイを打ち破る者。

 そして多くの神々や巨人族が倒れていく中、最後に地上に炎を放ち全てを焼き尽くすといわれる『終末要素』に他ならない。

 だが最後の役目を果たしこの世から果てる筈の存在は、聖書の神より最後の死に場所を奪われた。故に彼は欲した。新たな己の死に場所を。

 

「老人の戯言だが、一つ聞いておけ。

 …お前達が誰になんと言われようとも───」

 

 少し、体が強張るのを三人の人間は自覚する。

 それを見て、巨人の王は少し笑った様な気もした。

 

「好きな様に生きて、好きな様に死ね。

 『誰の為でも無く』。それを胸において生きろ。

 短い一生だろうが、結局は最後に笑えれば良い」

 

 火柱の上に立ったまま笑う。人間達にはその笑みが頑固な祖父の様にもただの好々爺の様に見えてしまい、瞼をこする。

 それでも目の前にいるのは歴戦の眼光を持つ、強き者だ。そんな彼は人間達に背を向けて、別れの言葉を告げる。

 

「行くがいい。そしてお前達が為した事が何を生むのか、それを見届けるがいい。お前達にはその権利と義務がある」

 

 その言葉を最後に、巨人の王と人類は別れる。彼等の道筋はもう二度とと交わることはないし、交わる必要もないのだ。

 感謝と別れを告げて、一条の黒い羽ばたきは行く。何処に? もちろん彼等が帰るべき場所にして唯一無二の家である人間界だ。

 それを見届けた『黒き者』は静かに地へと降り立ち、その背に無数の『ムスペルの子ら』を率いて、最後の務めを果たす。

 

 生き残る僅かな悪魔は呆然とそれを眺める。それに意を解すこともなく、スルトはただ静かに両手でレーヴァテインの柄を握りしめる。

 それは杖とも、槍とも、矢とも、細枝とも、剣とも言われている一振り。そして狡賢いロプトルによって鍛えられたと記されたもの。

 

 終末の炎王スルトはその名を叫ぶ。

 

「ではこの一閃を以って決別の儀としよう!

 ───『世界に仇成せ我が魔杖(レーヴァテイン)』!!」

 

 一条の橙色の一閃が世界を裂く。それと共に『ムスペルの子ら』が王たる巨人と共に猛り出す。雄叫びが雄叫びを呼び、その歓喜の声に果てはない。消える事ない炎が世界を包むにつれ、生き残っていたはずの悪魔達が灰と化して消えて行く。

 

 世界を飲み込む大火の群れ、彼等を阻むものは何もない。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 天井や床に大きく穴が空いた出雲本殿で、曹操を始めとする三人の人間は連戦では無く、休養を選択した。妥当な判断だ。彼等が戦ったのは三大勢力において屈指の実力を誇る猛者、消耗も生半可なもので済むわけではない。

 

 聖槍を肩に掛けて座り込みながら、欠損した右足を曹操は静かに眺めてはそっと触れる。膝から下は何も無い。着ていたはずの衣服は当然、肉も骨も完全に消失している。

 

「……意外と、クるものがあるな…」

「仕方あるまい、相手が相手だ。それに殺せなかったのもあるだろう。…まぁ、義足は確実だろうが」

 

  やはりショックなのか、手の平で顔を覆う曹操。それを慰めるのは堕天使総督を文字通り打ち砕いたゲオルグだ。彼の場合、傷は他二名と比べれば浅く少ないが、単純に体力の消耗が激しかった。

 そんな二人のやりとりを眺めながら

 

「とゆーか、むしろ脚だけで済んでるアンタは何なのよ。何で私らの中でも頭一つどころか三つも飛び抜けてんのよアンタは」

「闘戦勝仏… ああ、孫悟空といった方が分かるか。元々その方から指示を仰いでいたからな、そのせいもあるだろう」

 

 それでもよ、と悔しげに苦言を呈するジャンヌを苦笑混じりに尻目で眺めながら、聖槍を支えにして曹操は立つ。

 消耗した体力は未だ回復にすら至ってはいないが、戦いはまだ終わっていない。勝利宣言をするには早すぎる。それを見た二人の人間もまた立ち、片足のみで立つ仲間を支えた。

 

『───お疲れ様でした』

 

 そこに声がかかる。ジークフリートも、というよりこの戦線において僅かを除き全ての人員が所持している通信術式を編み込まれた腕輪からだ。

 

「…サマエルか、現状を聞いてもいいか?」

『ええ、もとよりそのつもりでしたので』

 

 この三人の人間は今の今までゲオルグの使った結界の中にいた。それ故に全体の把握が出来ていない、というより出来なかった。

 彼等に割り当てられたのは三大勢力各トップの撃破であり、一瞬の隙が容易く死に繋がる。そんな中で状況の確認などできるわけもない。さらに言って仕舞えば、本来なら彼等がこの戦いの終わりのトリガーだった筈なのだ。

 だが事情は変わった。その察知ができないほど彼等は鈍くないし、能天気でもない。

 

『では簡単に。現時刻を持ち四大魔王は全員崩御。従ってスルトとムスペルの子らによる冥界焼却が発動しました。ああ、冥界にいた方々は既に此方側へと避難済みなので、ご心配なく』

 

 安堵と喜びに胸を撫で下ろしたり、息を吐いたり、顔を綻ばせる者もいたりとその反応は三者様々だった。

 しかし誰も気は抜いていない。そのまま黙って経過を聞き続ける。

 

『次に、赤龍帝の変質、とでもいいましょうか。ともかく彼はもはや生半可な戦力では止められない事は確かです。その力の源はおそらく…()()()()()()()()

 

 曹操は目を見開く。心当たりはあったのだ。サーゼクスと戦っている時にあった微かな違和感と、急に飛び出した光。追おうにも戦いの真っ最中であり、相手が相手だったが故に黙殺を否応無しにさせられた。

 対照的にジャンヌは何処か冷めた様な面持ちだった。もしかしたら、ミカエルから全て聞かされていたのかもしれない。まぁ、結果としてはあの通りだったが。

 

 ともあれ、サマエルは告げる。恐らくは最後の作戦。それこれこそが本当に最後の戦いにして、引き金。

 

『従って、曹操。ロンギヌスの槍を持つあなたには、現地にいるトライヘキサと共同し、共に『神殺し』へと当たってもらいます。勿論、選択権は貴方にありますので、参加はご自分の意思でお選び下さい』

 

 それ即ち、神殺し。

 

 




感想返信は少しづつやっていきます。今週と再来週はかなり忙しいので…前書きの通り、次回投稿は恐らく二週間後か、もしくはそれよりかかるかもしれません。それでも待って頂けたら幸いです。
それでは今回はこの辺で。ノシ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

希望的幸運流星


合間合間を縫ってなんとか出来ましたぜ。
次回もこんな感じで一週間とちょっと後かなぁ。



 

 時刻は正午に近く、いつも通りの太陽が今日を生きる人間達を照らし、活力を与える代わりとして微睡みを奪っていく。

 

 ただ少し、いつもと違って人間達は慌ただしい。その理由は脈絡なく落ちた氷塊とか燃えた山とか灰の雨とか突然立ち入り禁止になった出雲大社だとか赤い流星とか空を覆った文字とかいろいろだ。

 それでも、彼等の日常は変わらない。

 

 学者達が首を傾げて討論を重ねて、ちょっとニュース番組が多くなって、何処かの団体が騒ぎ出して、記者が装飾した噂話をばら撒いて、それを誰かが面白半分で眺めるだけ。

 

 結局はその程度。神が復活した事も、聖書の存在を人間とその協力者が皆殺しにしてる事も獣と神が殺しあってることも、普通な人間は知ることも関わることもないだろう。

 

 それを体現するかの様に、かつて獣の名を冠する少年に地獄の底から助けられた少女、エアンナは寝ぼけ眼のままで『裏京都』の街並みをぐるりと見渡した。彼女の出身地のモノとはかけ離れた和装建築の群れは、変わらず見るものに雅を届ける。

 

 朝の散歩、その途中の事だ。

 彼女は道端に金の杯を見つけた。

 普通ならありえない。警戒だってする。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「…?」

 

 ふらふらと吸い寄せられるように金の杯へと近づく少女。それを不審に思って散歩仲間として、そして何よりトライヘキサを知ってる者として友とも言える仲の妖狐の娘、九重が止めた。

 

「どうしたのじゃ、エア? まだ寝たりないのか?」

「…ううん、眠たいけど、平気…」

 

 エアンナを始めとする孤児達は本来ならばかつてアーシアやゼノヴィア、フリードが経営していた孤児院に入る予定だった。

 しかしリアス一派の襲撃、グレンデルの襲来の事もあり、その予定は頓挫。

 『大いなる都の徒』の一人曹操は裏京都の元締めの九尾である八坂に保護を懇願。獣の少年の事もあり、それは無事受理されたのだ。

 

 閑話休題。

 

 二人の少女はそのまま散歩を続け、街道を南へ南へと進んでいく。不自然に転がる金の杯など怪しいにも程があると無視して。

 

 『これ』が分岐点であり、聖書の神の誤算だった。過去に獣と関わった女性に『穢れに満ちた杯』を手に取らせ、『大淫婦バビロン』の役割を()()()()与える。

 

 それによって、トライヘキサを完全に『黙示録の獣』そのものとする。そうすれば、神の勝利は確固たるものとなる。金の杯は聖書の神がそのために作り出した理不尽な契約の塊と鎖だからだ。

 ゲームでいう強制デバフの雨あられ。一方的なワンサイドゲームに持ち込む悪辣なチート。

 

 だがそうはならなかった。当たり前だ、聖書にとって都合の良い運命は終了しており、今まで体験できなかった理不尽を、彼らは享受しなければならないのだから。

 

 今日も理不尽に空は青い。

 人が死のうが生きようが、青いのだ。

 例え、今日全ての人類が死に絶えても。

 きっと、空は変わらずに青いのだ。

 

 それが、ソロモンの選択した未来だ。

 

「…? 流れ、星?」

「…妙な方向に落ちる星じゃの…」

 

 その青空の中で黒い流星が真っ逆さまに向かって落つる。こてん、と小首を傾げる二人の少女を後ろから眺める九尾の大妖怪は、その状態に気づけば目を剥いた。そして一言、うわごとの様に。

 

「………何がどうしたらああなるのかの?」

 

 そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 出雲に落ちる黒い流星の正体は冥界より帰還を果たした三人の人間、つまりはレオナルド、ヘラクレス、ジークフリート、ペルセウスだ。

 乗り物は変わらずに黒き飛竜だが、その速度はとんでもなく早い。そしてそのまま真っ直ぐ地面に向けて飛翔している。

 

「出る方向見事に間違えたやばいやばいやばい!! ブレーキしたら全員吹っ飛んじゃうじゃん、これ詰みじゃん! チクショーメ!」

「寝起きドッキリにしても壮大すぎんだろ! どうすんだよレオナルド⁉︎このままじゃ俺たち粗挽き肉だぞ⁉︎」

 

 ギャーギャーとお祭り騒ぎの中だが、現在進行形で彼等は大ピンチである。地面に突っ込めば死ぬ。減速したら慣性の法則でパラシュートの存在しないスカイダイビング。そして彼等は現在竜の背にでは無く、()()()()()()()()()()()()()()

 

「腕のやつがめっちゃ跳ねてて気持ち悪りぃぃい! ちくしょおおお! 最後に味わう感触がこんな不快なやつなのかよぉおおお⁉︎」

「それ言ったら俺もだぞヘラクレス、ははは。…最後くらいは恋人の頬を撫でてから逝きたかったな。いや俺に恋人などいないが、うん。いないが」

 

 本来ならこの竜は彼等を背に乗せたまま大空を飛んでいた。だがレオナルドが叫んだ通り、転移に成功したのはいいものを、その『出口の方向を間違えた』、その結果がこの通りの有様だった。

 

「…ッ!ジーク! 僕のことキャッチして!お願い!」

 

 意を決した少年が叫ぶ。その眼は恐怖と勇気が相席しており、浮かべる笑みもまた同じだ。幼子の決意、それを無駄にするほど年上達は腐ってはいない。だからこそ屈託の無い笑みで返す。その笑みは『任せておけ』と暗に語った。

 ジークフリートは己の神器『龍の手』を発動させ、そのまま禁手まで解放させる。その名も『阿修羅と魔龍の宴』。背から龍の腕を生やし、合計六本の腕を操るというもの。

 

「安心しろ、レオナルド」

「……信じたよ!」

 

 レオナルドは恐怖を噛み締めながらも竜の尾から手を離す。勢いのまま吹き飛ばされる寸前の少年は四本の龍の腕で固定された。

 ここまでは順調。そして着地点が見える。和装の建築物、恐らくは神社だろう。少年はこれから己が起こすことを思えば、心の中で謝罪する。そして彼は魔獣を新たに作り始める。

 

 その体躯は極めて巨大で、豊かな体毛もある事で肥えた羊を連想させる。はっきり言えば生み出されたものはもはや巨大な毛玉だ。

 毛玉と竜が衝突する。そしてそのまま落ちて行く。少年が目を固く瞑り、他の者はしがみついたままだが前を見据えた。

 

 そして落ちた。恐らくは材木やら何やらが何度も折れて砕ける音がする。大騒ぎの声も聞こえる。一応は生きている事を悟った男達。状況の確認を取りたくても今は安堵の中に沈んでいる。

 だが確認しなければ。そう思いペルセウスは目を開き、豊かな羊毛から顔を外し、辺りを身構えながら確認する。魔王やその眷属を『不死隊』と共に相手取ったばかりで体力はジリ貧だが、それでも立たねばならない。

 

「…俺は運が悪いのか、いいのか…」

「……僕よりはいいと思うよ、うん」

 

 そんな彼の前にいたのは、片足を失った同胞である『曹操』と、その傍で’’もうどうにでもなれよ的な笑顔,,を浮かべる伊邪那岐大神。

 出雲に落ちた黒い流れ星が運んで来たのは『仲間』と『馬鹿騒ぎ』だった。

 

 

 

 

 ■

 

 はっきり言って、吹き出した。

 サマエルからの依頼の後、逡巡してしまった最中に毛玉が落ちて来るなど。更にそこに皆が乗っているなど、サマエルですら予測できないはずだ。

 

『えぇ…何ですか、これ…』

 

 サタナエルがこの場にいたらどうしていただろう。抱腹絶倒は間違いないとして───皆の無事を喜んでくれたりしただろうか。

 いや、無いか。どうも俺は彼のことを『父のような者』として重ねがちだ。自覚がある分、どうにかできる範囲だろう。

 

「おお、曹操。勝ったのか…っと、…やっぱただじゃ勝たせてくれなかったみてえだな、魔王様も」

「…ヘラクレス。その腕のやつは…」

「言うな、皆まで言うな、頼むから」

 

 腕をグロテスクなナマコに食わせたままのヘラクレス。…うん、どう考えてもレオナルドだな。あんな罪深い治療獣を創り出すのはクトゥルフの挿絵をグロかっこいいと言う血迷った彼しかいない。

 

「ゔぇぇ…ぎぼぢわるい…」

「安心しろ、俺もそうだよ…ぉえ…」

 

 瓦礫に足を取られながらも何とかこちら側に来たジークフリートが小脇に抱えているのは顔色が見事に蒼白なレオナルド。

 彼を確認したゲオルグが咄嗟に口を開く。どうやら彼と同じ考えだったらしく、俺の聞きたかった事を先んじて聞いてくれた。

 

「…そうだ、レオナルド。治療用の魔獣で欠損部位は治す事は可能か? 曹操が右足をやられてしまった。この後にもう一戦控えている」

「うぷ…無くなっちゃった所は…流石に無理。いや、僕がもっと神器を使いこなせていれば何とかできたかも…」

 

 やはり、無理か。となれば片足のみで聖書の神のに喰らいつかねばならない。しかしそうともなると当然の話だがトライヘキサ の足を引っ張りかねない。どうしたものか…。

 

「でも、変わりなら作れる」

「……義足か、頼んでいいか?」

「大丈夫、それも僕のやりたい事だから」

 

 ……これ程までに頼もしい子どもがいるだろうか? 全部終わったらお礼も込めて何処か連れて行こう。

 

 ジークフリートの小脇から器用に抜け出しシュタッと着地する。てこてこと歩み寄って来るが、未だ急降下のせいか朧げに千鳥足だ。

 膝を折り、無くなった己の右足を見る。当然俺の右足は膝から下が存在しない。レオナルドはそんな俺の足を見つつ一つ頷く。

 

「んーっと、ねね、ジャンヌ。治癒の聖剣って作れるかな? …あ、できれば僕でも使えるように彫刻刀サイズのやつ。」

「…今の体力じゃそのサイズは無理ね。ジーク、あんた代わりに振ってやりなさい」

「危ないから投げないで欲しいんだけどな……」

 

 回転して飛んできた聖剣をキャッチしたジークに同感だ。治癒の力がある聖剣とはいえ刃はあるし、質量だって相応だろう。

 

「さて、どう降ればいい? レオナルド」

「えーっと…断面の周りと、中心をお願い」

 

 ジークフリートがこくりと頷けば言われた通りに刃が俺の足を滑れば微かに翠色の軌跡が残る。工程が終わったのか、レオナルドは静かに断面に手を当ててから静かに息を吐く。

 生み出されていく足。それは翠光の線と合わさり始める。不意に走る激痛。神経全てが裂かれていく感覚。

 

「ッ───!!??」

 

 声すら出ない痛みとはこの事か。喉が勝手に閉まる。身体すらまともに動かせない。霞む視界に申し訳なさそうな顔をする子どもが見える。…そんな顔をするなと叫んでやりたいが、無理だ。

 しかしそれも一瞬のこと、視界が戻る。右膝より先には新たな足が存在している。それも随分とヒロイックなデザインの。

 

「…ごめん、痛いってこと言うの忘れてた」

「気にするな、耐えられない訳じゃない…ありがとうな」

 

 二本の足で立てた。取り付けた後なのに直ぐに動けることが先ず驚きだ。小さな恩人の髪を撫でる。子どもの髪の撫で方なんて分からないが、多分こんな感じだろう。

 二、三回の後に手を払われた。…子ども扱いは嫌いか。どう接したものか、家族との距離感とはどういったものだったか。

 …そういうのは全部終わってからでいいか。

 

「さ、て……行くか」

 

 気を取り直して聖槍を持ち直す。生まれ付きの因縁の証。…『英雄派』なんてものを立ち上げた頃が少し懐かしい。今思えば恥の海だ。…過去の俺に合ったものなら殴り飛ばすだろう。

 この時まで待っていてくれていたのか、サマエルの声が今になって聞こえた。

 

『……準備はよろしいですか?』

「ああ、今なら行けるさ」

 

 ゲオルグが『絶霧』で俺を包む。本音を言えばあのゴーレムに乗せて欲しかったが、やはりダメか。

 

『では、サタナエルより伝言を。…第一天にいるクロウ・クルワッハよりソロモンの指輪を受け取ること、そして一つだけ。「あんなクソ野郎に殺されて死ぬな」との事です。…ふふっ、あの方らしい』

「…了解とだけ返しておいてくれ」

 

 保証ができないというのが悔しいところだが。…だから皆してそんな信頼に満ち満ちた眼差しで見ないでほしい。ただでさえ高いプレッシャーを上げてくれるな。

 

「ま、なんだ…いってらっしゃいだな」

「そうね、いってらっしゃい」

「ははっ、いってらっしゃい」

「いってきやがれ、そんで勝て」

「…い、いってらっしゃい」

 

 ……そんな気楽なものでいいのか? いや、下手に緊張するよりかは遥かに良いか。

 

「ああ、行ってくる」

 

 俺は『ただいま』と返せるだろうか?

 

 

 

 

 





九重、八坂、エアンナ数十話ぶりの登場。エアンナの方はトライヘキサと再開は多分しないんじゃないかなぁ。
次回は当然『神殺し』。その偉業は成就し得るものなのか。獣と人の共闘は何げにこれが初めてですかねぇ。

・曹操(義足ver.)
完成した槍の英雄。ようやく辿り着いた到達点。されどこれからも彼の成長は続く。彼の中では己はまだ完成していないのだ。
イメージに使った曲・『英雄』、SURPRISE-DRIVE



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強くなれるよ、愛は負けない


お ま た せ 

いやー、色々忙しかったですが何とか投稿です。
今作ももう終わりが間近ですなぁ。




 火の海が見える。かつては神々しいとでも言ったその場所はもう見る影も消え果てていて、煉獄と大差のない有様だった。

 人の形をとった光の様なもの。つまりは唯一神なる者が、光の杭と夥しいほどの光の文字で拘束された異形の少年───トライヘキサと名付けられた者を睨む。

 確かな足取りで無理矢理に地へと伏せられた獣の前に神が立つ。そして迷い無く、寧ろ渾身の力を込めて神は少年の頭を踏みつけた。

 

「お前など最初からいなければ良かったんだ。

 お前など誕生してなければ良かったんだ」

 

 その口から吐かれたのは粘ついた声。それは憎悪と憐れみに加えて、嫌悪と憤怒が混ぜ込まれ言葉として固められている。

 それが神が獣に対する憎しみだった。

 己の大願を阻む者、己の愛し子を歪ませる者。救いの破壊者であり、未だ持って世界が救われない全ての元凶。それが神からトライヘキサと名付けられた一匹の獣へ下されている罪だ。

 

「貴様は、人間を思っている様に見せかけているだけだ。お前、本当は、最初から人間など心の底から愛していなかったのだろう?」

 

 獣は喋らない。呆然とその言葉を聞くだけだ。

 

「でなければ、なぜ今もその忌々しい人間擬きの姿を取っている? なぜあの時のように───数千年前、貴様が初めて私に牙をむいた時の様に醜い獣の姿にならない?」

 

 トライヘキサたる者の本来の姿。それは決して今の様な少年の姿などではない。これはあくまで『核』であり、器に内包された本質に過ぎない。そして『核』だからこそ、『器』である『最強の魔獣』の力を彼が使う事は不可能である。

 ハンデには度が過ぎている。そもそも神を相手にハンデを付ける理由がトライヘキサには存在するわけもない。

 

 だからこそ神は獣を鼻で笑う。お前など結局はその程度。そう言うかの如く、相手の存在全てを見下し侮蔑する笑いだった。

 

「とどのつまりお前は、徹頭徹尾、最初から最後までただ人間達に憧れている『だけ』だろう? 空っぽの愛だ『ああなれたら』と叶わない夢想に至る。それがお前の本質だ。

 お前が語れるものなど何も無い。お前が誇れるものなど何も無い。お前が救えるものなど何も無い。お前には何も無い。

 だからさっさと目を閉じろ。二度と目を開くな、そのまま終わればいい。お前の愛に『中身』など無かったのだから」

 

 それが神から獣への言葉だった。

 そして、その言の葉の全てを。

 

「勝手に言ってろ、誇大妄想者」

 

 トライヘキサは、鼻で笑ってやった。

 

 踏みつけられたままの少年の肢体に力が灯る。その白く華奢な、少しでも力強く殴れば砕けてしまいそうな身体から、途方も無いほどの力がただゆっくりと溢れ出す。拘束する杭が、光文字が静かに軋み出す。ギシギシと嫌な音が聞こえる。小さくも確実な綻びが走る。

 

「確かに(おれ)は、憧れたよ。あんな風に生きたかったと、ああ成れたらと憧れた。

 それほどまでに、『人間』は素晴らしかった、輝いていたんだ。 多くの時間が僕の網膜に焼き付いて、離れてくれないや。それ程までに魅せられた」

 

 泣きそうな声。その理由は憧れに至れないから。その理由は憧れと己が何処までも遠過ぎるものだから。決して交わる事ない平行線。

 腕が立つ。立ち上がり始める。休憩なんて仏蘭西の時に腐るほどとった。今の己に立ち止まることは許されない。

 

「だからって、お前が何と言おうと関係ない。『僕』は何度でも言ってやるよ。僕は人間(みんな)が大好きだ。

 僕は人間(みんな)の様になりたいと願う。そんな子ども(ばけもの)が僕だ」

 

 光の杭を砕き、己の頭を踏みつける足の首を、へし折るどころか握り潰しかねない程の力で掴む。

 

 即座に神が落としたのは血雹の槍、硫黄の雨、稲妻の剣。少年の身体が消し飛び、当然の如く再生が始まる。飛び散った肉片は参集し、失った体のかけらが新たに生み出される。

 

 トライヘキサはもう一度神の前に立つ。その双眸は冷静に染まり、もう激情に駆られる事はない。

 六枚の翼がその姿を隠した。此処にいるのは十の角を生やした者。その姿はもはや限りなく人間に近いものと変わっていた。

 

「お前が何と言おうと、僕はもう止まれない。止まらない。決めたんだ、僕が殺した人達と勝手にした約束が、まだ生きているから」

 

 少年が分かる事は限りなく少ない。だから彼は考え続ける。膨大な時間をかけても、行き止まりや壁にぶち当たっても、苦しくても辛くても、誰に何を言われようとも、彼は己に出来る事をやる。

 

 彼は多くを奪って、壊して、此処にいる。だからこそ『答え』を欲した。それは『償う方法』でもあり、これからの『己の在り方』でもあり、人間との『向き合い方』でもある。

 

 彼は生きている限り、足跡を辿り続けなければならない。どんなに心が折れそうになっても、進まなければならない。

 だからこそ神に牙を剥く。愛したものの為だけでは無く、彼は彼自身の為にも神を殺す牙となる。

 

「多くを殺しておいて味方面か?」

「お前にそれを言う資格はねぇよ」

 

 拳を握り焔を宿す。笑いもせず、その双眸にあるのは静かな怒り。数千年という余りにも長い時の中でも絶えず、寧ろ絶えるどころか幾重にも増し研ぎ澄まされている火が彼の内に在る。

 

「僕は君を殺す為だけに此処に在る。さぁ、再開を祝して互いに全てを出し切ろう」

「…いいだろう。今日がお前の絶える日だ。…『息子』がお前を殺さなかった理由が今でも理解出来んなッ───⁉︎」

 

 先手必勝。その決まり事に従い少年の細腕が、神の鼻柱を殴る。首が千切れない事に関しては流石の唯一神といったところだろうか。

 「YHVH」は目を見開く。それは不意打ちを食らった事に対する驚きでも憤怒でも無い。彼の目が見ているのは獣では無く、獣の背中に広がる。

 

「何だ、…何だそれは、ふざけるな。ふざけるなよ貴様⁉︎ 何処まで思い上がる、何処まで狂うのだ⁉︎ …人から私と言う救いを奪うだけでは飽き足らず───穢し、貶めるつもりかぁ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 666の数字を背負うものが待つ力の内一つ。無秩序に振りまかれる世界すら侵す瘴気。

 それは今や、翼と言うよりかは噴出が最も近しい姿となり、黒一色が六枚の翼の代わりに雄々しく広がる。そこには明確な指向性があった。完全にその力は秩序が支配している。

 彼はこの日までそれをずっと内に留めていた。全てはこの時のために。言ってしまえば「とっておき」だった。

 

「お前など救いには成れはしないよ」

 

 〝安心しろ、僕と同じだ〟皮肉に笑って告げて、狙いを定める。黒の噴出が渦を巻く。次第に形を翼から無数の槍へと変えて行く。

 螺旋の黒槍が神を穿たんと振るわれる。神はそれを死に物狂いで相殺しようと何度も力を振るう。ある時は炎剣で、ある時は雷槍で、ある時は雹弩で、持てる全てを出し尽くす。

 

 瓦解していた神の地が、更に破壊を極めていく。もはやそこにあるのは簡単でもなければ地獄でもない。荒野だ、何もない荒野。緑すらも神の光すらも永遠に忘れ去られた天界の成れの果て。

 

 そうまでしても聖書の神は獣の瘴気を受ける事を拒んだ。己のが穢され、神格を落とされる事を拒んだ。神の御座から引きずり降ろされないように必死だった。『世界』すら穢す力の前では、全知全能たる神格存在でも、ただでは済まない。

 

 落とされる訳にはいかない。落とされてたまるものか。この座は私のみが在るべきなのだから。救いであり裁きであり法であり秩序たる私のみが、この座に就くべきなのだから。

 

 その一念に取り憑かれた。だからこそ神はその槍の切っ先を貰い受ける。己が子を殺した証の槍を、己が依り代とした神器を。

 謂れのない雨の上がる時は来た。王のもたらした青空の手招きに従い一人の英雄はその戦場へと至る。生まれ持つその槍と預かり手にした指輪を掲げ、飛翔し、一条の流星となり神を穿つ。

 

「酷い話だな、自称唯一神」

「……き、さま」

 

 『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』。神の子を殺し神の子の血を浴びた槍。神に愛されたアベルの兄にして、人類初の殺人者カインの子孫たるトバルカインが天より降る鉄から鍛え作り出した槍。

 神を屠る力を持つ一槍。それは深々と神の肩に突き刺さる。

 そして曹操は歯を食いしばり槍を更に押し込む。当然の如くそれは肩を貫き神の力を削いだ。

 

「父が子を殺した槍に蔓延っているとはな」

「この愚か者がぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!!!」

 

 憤怒が噴き上げる。燃え盛る弩が無数に空へと配置され、全てが人間の元へと降り注ぐも、人間は右の義足で踏み込み笑う。

 ヒロイックなデザインの義足。無機的で白銀色の足から蜻蛉の様に四枚の薄く細い羽が広がる。人間はその羽付きの足で地を蹴る。

 

 風を切り跳躍する。迫り来る巨大な火矢を、空中で旋回し回避する中で、聖槍を振るい避けきれぬ火矢を弾き散らす。

 着地と共に放たれた横切りの一閃。腹を削がれ仰け反る唯一神。その隙を、獣は決して見逃す事なくその翼を以って神を殴る。

 

「が、ぁあああぎがあああがぁががぁ⁉︎」

 

 地を転がる。黒色の濃密な瘴気に覆われ神の姿はよく見えない。だが決定打ではないと、獣と人は同時に見抜く。

 互いに一発を食らわせた事を祝して拳を合わせては笑い、距離を取る。人間は槍を構え、獣は翼の切っ先を再び尖らせた。

 

「…これが初めての共闘か。…俺がついて行ければいいんだが」

「大丈夫、君ならやれるよ。さっきのだって全部避けたじゃん」

 

 不安を口に出そうとも現実を見せられた故に心配はいらない。とはいえ何が起こるかわからないのが『世界』だ。なんでも起こるし、なんでもあり得る。それが本来の世の流れである。

 

 黒煙が晴れ神の姿があらわになる。以前の様な人の形をした光ではない。そこには明確な実態がある。まず現れたのは、恐らくは右腕だろう。それは、瘴気が晴れた途端に()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ?」

 

 右腕だけではない。その半身は山羊の様な体毛を生やし、隙間からは蛇の如く鱗が覗く。頭部からは二本の角が捻れ立つ。穢れて行く、かつて己が不浄と敷いた物に、体を侵されて行く。

 イナゴの様な左足を震わせながら叫ぶ。何だこれはと。巫山戯るなと。あり得てはならないと、声高に狂ったかの様に叫ぶ。

 そして、その叫びに憐れみの眼差しを送ったのは神が愛していると謳う人間である曹操だった。

 

「神を悪魔と貶め堕とす。今まで他の神に強要していたことが、今になって漸く自分に返ってきた、か。何処まで行っても世の流れは自因自果だな」

 

 良き事をすれば良き事が来る。悪しき事をすれば悪しき事が来る。全ては己の行いが決める。ただそれだけの話。

 これより始まるは唯一神に送る大冒涜。かの存在がエジプトの太陽神を始め多くの神に齎した災禍は今、彼の元へ還る。

 

 さぁ、新たなソラの門出に相応しい祭を。

 

 





トライヘキサ (瘴気翼ver’)
別名:四文字絶殺モード
イメージ曲:Be The One
世界を侵す瘴気に指向性を持たせた状態。神の威光どころか神格そのものを穢し零落させる。日本の神性存在に対してやったら多分返って強くなると思う(白目)

曹操の義足の効果は超加速。あと羽根で切断とか?
何はともあれ始まる神殺し。成功なるか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Let it go around cosmos over the pain


僕は一日も早く空を新しくしたかった。
やらないといけないと思ったんだ。
そうすれば少しは綺麗な世界が見れるかな。
全部が終わったら皆と何処かに行きたい。

ああ、僕はそう願う。
…そう願っている

僕が倒れても皆がいるから大丈夫。
でもこの心だけは忘れたくないかな。
そうなれば空は晴れ渡るだろうし。
これが一番いい道だと思ったんだ。

さぁ、行こう! 数多の苦痛を乗り越えて!
僕は行くよ! これから続く時間の為に!




 聖書の神は変質した。その姿は彼が忌み嫌い邪悪なるもの、不浄なものと定義したものに置換された。以前の様な光そのものではない。

 二本の角に山羊の体毛。蛇の鱗やヤモリの右手にイナゴの左足。どこまでも醜いキメラが蒼天の下、荒野の上で泥の様な言葉を吐く。

 

「ふざ、ふざけるなよ貴様!貴様は自分が何をしたのかわかっているのか⁉︎ 人の拠り所たる、救いたる、慈悲たる、赦したる私を貶めたのだぞ⁉︎」

 

 瘴気の噴出で形成された黒翼を雄々しく広げ、数千年より遥か前から存在していた少年は眉一つ動かさず、無言のまま構えを取る。

 それとほぼ同時、恐らくはこの時代に於いて最強にも等しい程の実力を掴み取った英雄の血を引く男は聖槍の切っ先を神へと向けた。

 

「まだ化けの皮が突っ張ってるや」

「ふむ、やはりもう少し剥がすか?」

「いーや、完膚無きまで剥がすッ!!」

「分かった、なら俺が抑えよう」

 

 獣と人が足並みを揃え駆け出す。青年が跳躍し、少年は前進する。醜いキメラはその双眸を怒りに滾らせ、吼える。そこにかつての様な神聖さは欠片も無い。怪物がただ吼えているだけだ。

 ドス黒い赤色の雹撃の波が放たれる。トライヘキサ は持ち前の業火を持って溶かし、人間はその槍と技巧を持って砕く。

 

「お前が愛していると言った『よわっちい人間』を代表して俺からのプレゼントだ、泣いて喜んで受け取ってくれるよな?」

 

 凄絶に笑う曹操の手の中で、使いこなされた槍が踊る。逆手持ち。槍の切っ先は下を向く。その先には射止めるべき対象。

 渾身の力を溜め込み、身を限界まで捻り肩と腕を限界まで引く。己の体を完全に発射台とし、叫ぶ。

 

「『神殺の鉄槍(シン・ロンギヌス)』!!」

 

 それは彼が発現した『禁手』の持つ名。

 『黄昏の聖槍』がその姿を変える。はるか昔に神の子『救世主』を貫いたあの槍に。トバルカインの鍛えた一槍に。とあるローマの兵の持っていた、正真正銘のただ一本の鉄槍へと姿を変える。

 神の子を貫きし槍と同じ姿を取った一振り。その柄には血の様に赤い蛇と鴉の刻印が刻まれた。

 

 夕陽色の一撃が化け物の心の臓をめがけ落ちる。風は勿論、音すらも置き去りとした迷い無い投擲。

 神だった『何か』は退避しようとイナゴの足で地を蹴る。虫に相応しいほどの跳躍力だが無意味だ。人の力は神の想像を超えている。

 

「な、ぁ⁉︎ がぁぁあああああああ⁉︎」

 

 貫いた。穿った。突き刺した。

 槍が化物の腹を潰し、地面へと縫い止める。

 その姿はまるで蝶の標本の様に。

 同時にトライヘキサは化物の喉を掴む。

 翼が唸り、決して避けられ無い一撃が。

 

「神様ごっこも終わりだよYHVH、全部終わりだ。お前に僕の全部をぶつけてやるから、もうそんな遊びもやめちまえ!!!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇえぇえぇえぇえぇえ!!!!!」

 

 トライヘキサの広げる瘴気の翼が渦を巻き、十二の竜巻となって唸る。そこに込められたのは、積もりに積もった怒りの他にない。

 

 精一杯の力で竜巻を、恐らくはほぼ全ての瘴気を叩きつける。黒い旋風が地面を削りながら一点に集中する。それはさながら、全てを飲み込む質量的特異点(ブラックホール)

 

「あぁあぁぁあぁあぁぁあ!!! 私が終わるだと? 私が私で無くなるのだと? いや違う! 私が、私が()()()()()()()⁉︎ いや違う!そんな醜いものが、こんなにも醜い姿が、私であるものか! 私は、私は…!私は『唯一神』なんだ!!!!」

 

 黒渦に飲まれていく中、変貌する。残る光の輪郭も肉体に覆われる。やがて瘴気の全てが神の全てを穢し終え、無くなった頃。

 そこには変わらずに怪物がいた。外見は変わっていない。()()()()()()()。一瞬にして曹操がそれに気づき、身構えた時。

 

 

「……ぉ、…ぉお、おおおおおおおおああああああ!!!!! ふざけるな違うこんなの間違いだあり得ない嫌だ巫山戯るな獣ごときが私ししししし、?私なんだ神だ繋ぎ止めることすら出来ないのか出来損ないどもが何故お前達は醜い何故綺麗なままままたたじゃないんだ洗わなきゃきたない私に相応しくない違う違う違う何故何これ嫌だ汚いのこんなの違うんだこんな汚いのは要らない不要不要不要不要不要不要不要不要不要!!!!!」

 

 

 どうしようもない叫びがあった。

 

 

「並ぶ者無き私のみを信仰しろ! 唯一無二の私のみを讃え、唯一の神たる私に相応しい命となれ! 自滅を果てに待つ哀れな知性体どもが、救ってやるからそれぐらいの代償を払いやがれ!」

 

 

 人間は、無意識に憐憫の眼差しを神だった化物へと向けていた。

 …此処に在るのは、過去の欲望の成れの果て。紀元前から現在に至る長い時の果て、遂に化けの皮が剥がれた瞬間だった。

 

 

「づ、ぁ”ぁ”あああああおおおおおおおお!!」

 

 

 怪物が更に吠え、背に生えていた無数のクラゲの様な触手が四方八方に唸る。そこに整合性も合理性も理性もない。

 

 手数の多さに対応しきれ無かったのか、優先的に狙われていたトライヘキサの腹を透明な塊が殴り、地に叩きつける。

 

「ッ! トライヘキサ!!」

 

 曹操が咄嗟に振り返った瞬間、その隙を見逃す訳もなく化け物が人間の眼前に一瞬にして迫った。

 

「ッ、はや───ぁ”ッ…ぃ”…!!」

 

 その化け物が狙ったのは人間の首。鱗に包まれた冷たい手が、脈動し熱を持つ首を圧迫する。

 そして化け物の顔が人間に近づく。形容し難い有様の醜き(かお)が、一人の英雄たる青年の瞳へと間近に迫る。

‪ 

「…私に牙を剥いたよなぁ!機能不全で進化に失敗した猿程度がぁ! 何の為に貴様らに奇跡を与えてやったと思っている⁉︎ 今まで私がどれだけお前達醜い肉人形どもを愛してやったと思っている⁉︎ だのに何故貴様らは醜いままなのだ!いつまで汚いままなんだ!何故私の理想の形でいてくれないんだ!巫山戯るな! ───ッぃ⁉︎」

 

 世迷言を吐く化け物の腕を、トライヘキサがその握力を持ってへし折り無理矢理にでも千切落とし荒野に打ち捨てる。

 

「巫山戯んなよ…! お前が…!」

 

 少年の手が怪物の腹に突き立つ鉄槍の柄を掴む。そして何時もの様に橙色では無く、白い焔を灯した素足を怪物の腹にめり込ませ───槍を引きずり抜きながら蹴り飛ばす!

 

「この世界で! 一番! 何よりも! 醜いだろうがぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「ごぼぶ、ぅ”ぎぃぎゃあがぃ”がぁぁああああおおおおおおおおおおおああああああああああああああ!!??」

 

‪ ‬地面に叩きつけられた時に砂埃が口に入っていたのか。トライヘキサは小さな口をもごもごと動かし、何度か唾を吐き捨てた。

 その手に握る鉄槍を人間の手に返しながら鋭い眼光は変わらずに獲物の元へと向けられている。

 

「…ごめん、最後は僕の手でやらせて」

「構わないさ、…決着を付けてくれ」

 

 獣と神の因縁。その最後の決着に人間は介入しないと決めた。彼等には彼等の闘争がある。その程度の事は理解出来る。だからこそ曹操はこの戦いを『見届ける立場』に立つ。

 

「……ありがとう」

 

 ‬泣きそうな声で礼の言葉があった。それは積年の終わりから来る感涙か、それとも最後の最後で己の我儘を優先させた情けなさからか。

 どちらにせよ、最後の賽は投げ手は黙示録の獣へと委ねられる。最後の対決のカードは、頂点にして原点の二枚。

 

「死ね、死んでしまえ哀れな獣どもが」

 

 現れたのは神から化物(フリークス)へと堕ちた存在。

 相対するのはかつて神を殺さんと牙を剥いた者。

 現代も尚、神を殺めんとするその一心で神を怪物へと貶めた生まれながらにしての『■■(ばけもの)』。

 

 神だったモノが、赤い肉の繊維と焼き焦げ毛に覆われたモノが、残った左腕を肥大化させて、背中から無数の触手を尖らせてただ迫る。

 獣は動じる事なく迫り来る敵を見据えた。

 

 ───ああ、とっくの昔から知っている。

    この世界は綺麗なものばかりじゃない。

    その程度、ずっと前から知っている。

 

 ‬黙示録の獣と聖書の神だったモノがぶつかり合い殴り合う。歪な巨腕が少年の細身を押し潰さんと振り下ろされ、トライヘキサはそれを蹴りで拒む。

 少年の体躯特有の鋭利な肘が、塞がる事の無い腹に開いた穴へと抉り込まれる。

 

 透明な触手がトライヘキサの身を貫き裂く。引き千切れた腕の再生を待たずに少年はその顎門を開き、小さなから焔を放ち自分がとか怪物の体を諸共に焼き焦がす。それでも、互いに燃え盛りあいながらも、彼等は殴り合う。絶える事なく殺し合う。

 

 ───とっくの昔に知っている。

    このままじゃ人間はいつか破滅する。

    自らの進化に、首を絞められる。

 

 互いの鳩尾に渾身の拳が入り吹っ飛ぶ。二匹の獣が地を転がる。すぐさま立ち上がり叫ぶ。野獣の哮りが其処にある。強く硬く握り直された小さな‬拳に焔が灯る。巨腕から骨が突き出し凶器となる。

 

 肥大した拳と骨槍が何度も何度も振り下ろされらトライヘキサを幾重にも押し潰し削り取る。少年の骨を次々と間髪を入れずに砕けていく。肉体を次々と抉って行く。それでも小さな体躯は立ち塞がる。

 

「……何故だ、何故阻む⁉︎ 何故倒れない⁉︎」

 

 心底理解出来ない。何故、倒れない?

 心底理解出来ない。何故、立ち上がる?

 心底から出来ない。何故、立ち塞がる?

 

「…今のみんなを、守りたいから」

 

 血まみれでも尚、儚く笑う。火の灯る拳が狙いを定めた時、歪な拳が少年の頬を殴り付ける。それと同時に少年は一歩を踏み出し、腰を入れ、渾身の力を持ってその拳を怪物の顎へと突き刺す。

 爆ぜる。焔の灯る拳から炎熱と爆炎が解き放たれ、それは聖書の神だった怪物を焼き尽くし、その半身を消し飛ばす。

 

「ぁ、ああ…、ァアあああああ⁉︎」

「…確かにさ、このままじゃ人間達は滅んじゃうかもしれないよ。行き詰まっちゃうかもしれない。だけど、だけどさ…」

 

 最後の一撃。少年の手の平に盛大な業火が溢れ出しては収束する。それは一つの形を成し、小さな球体にまで押し込められる。

 その輝きは太陽にも等しく、白く燦然と、煌々と。

 

 ───どこまでも誇らしく力強い輝きを放つ。

 

「それでも、僕達は関わっちゃいけないんだよ…!

 人間の未来は、…人間だけの物なんだ!!!!」

 

 小さな太陽が、少年の手を離れ、放たれる。星の力に吸い寄せられるかの如く、残る怪物の残骸がその光球へと飲み込まれていく。

 その最中で憎悪の灯る眼球が少年を睨む。言葉を紡ぐ口はない。意思を疎通する手段はない。それでも、少年は何故か怪物の意思を理解した。

 

 〝お前を許さない〟と。

 

 トライヘキサは笑った。少年は微笑んだ。ざまあみろとか、そんな感情とかではない。

 ただ『ようやく終わった』という達成感と、『これで終わり』という安堵からくる柔らかな笑顔を彼は浮かべた。

 

 そして唱える。

 その光球の名を。

 神を焼く火の名を。

 唯一神が太古に貶めた神の名を。

 

再臨する太陽(アメン・ラー)…!」

 

 その真名が紡がれた時、聖書の神は焼失した。

 残るものは何もない。わかり合う事も無い。

 これが数千年に渡る神と獣の殺し合いの果て。

 

 聖書の神、神聖四文字、偉大なる主

 いと高きゼバオト、エル『YHVH』は死んだ。

 これから先は、正真正銘人の時代がやって来る。

 

 トライヘキサは何も無くなった荒野で横になる。暖かな陽射しが彼を労うかのように照らしている。

 

 全てを見届けた人間が鉄槍を肩に担ぎ少年の元に歩み寄り、座り込む。戦友と笑い合うという、戦いの終わりの形が其処にはあった。

 

 

 休息の前に、トライヘキサ…いいや、違う。

 …ひとりの名無しの少年は、朗らかに笑った。

 

「…お腹、空いたや」

 

 くぅ、とその薄い腹から微笑ましい音がする。

 荒野に寝転ぶのは、見た目相応の、

 ……小さなただ一人の『人間』の少年だった。

 

 

 

 





その心は、きっと人間なんだよ。


神殺の鉄槍(シン・ロンギヌス)
『シン』は真とSin(罪)を意味していたり。
備考:不可逆の傷を与える槍。治療手段は無い。人間が独自に神殺の力に特化させた事により発現した亜種『禁手』であり、掠めただけでも神性存在の力の大半を削ぎ落とす。その傷もまた不可逆のもの。ぶっちゃけ獅子目言彦を槍にした感じ。

次回、『赤い鳥、黒い鳥』




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤い鳥、黒い鳥

『赤い鳥、黒い鳥』
それは、知られざる物語にして、
最後にして最新の人間神話。
今もなお神々の語り草であり、
とある獣と人間の生き様だ。



 杯を水で満たし、肉と魚を卓上に並べよう。

 五穀を椀に盛り、今日も命を食らって生きよう。

 悪辣で善良であれ、聡明で衆愚であれ。

 その在り方は変わらない。変わる必要は無い。

 

 獣と人の手により神殺しは完遂された。

 冥界は燃え尽きた。天界は失墜した。

 悪魔は血に沈み、焼き尽くされた。

 堕天使は前触れも無く灰と化した。

 天使は軒並み喰らい尽くされ絶滅した。

 

 本日を以って聖書の三大勢力は断絶した。

 最早この星に『旧き秩序』は無い。

 反逆の楔は二つの世界を砕いた。

 神からの信号は途絶えた。

 最早この星に『旧き世界』は無い。

 

 『新』を齎したのは返り血に濡れた獣。

 黒い翼に赤い身体。彼を神殺しの英雄は、

 ───『赤い鳥』と後に語り継いだ。

 

 それでも尚、生存者は喘ぐ。

 排他された同胞の無念を思って叫ぶ。

 〝お前達に何の権利があるのか〟と。

 では排斥者の地位に立つ人間が答えよう。

 

 知れた事、お前達が『害』だからだ。

 

 お前達の存在は『益』では無かった。

 お前達の生存は『利』では無かった。

 害でしか無かった。不愉快極まった。

 

 だから殺した、率よく生き残る為に。

 何だそれは、巫山戯るなと竜が吠える。

 その様を英雄が嗤う。当たり前だろうと。

 

 お前達は人間に毒のみを振りまいた。

 だがその様をお前達は笑っていた。

 あろう事か見ないふりをした。

 果てには都合のいい現実のみを見た。

 そんな事、許される訳が無い。

 

 なんて事は無い世の摂理だ。

 自業自得、善因善果、悪因悪果。

 己の行いが己に帰ってくるだけだ。

 

 生存した蝙蝠の羽は二枚のみとなった。

 『女王』は青い聖剣にその命を絶たれた。

 『騎士』は竜殺しに啄まれ殺された。

 『戦車』は恐怖に飲まれその姿を隠した。

 『僧侶』は守るべき者の為に改宗した。

 

 残ったのは『王』と『兵士』だけだった。

 

 最後に竜を殺し、終止符を打った者がいる。

 その名こそフリード・セルゼン。

 後に『黒い鳥』と語り継がれた男だ。

 

 ■

 

 

 その闘争には、誰も加わることが許されない。

 赤龍帝の主人も、竜殺しの仲間であっても。

 これは紛れもなく、彼等だけの戦いだった。

 

 碧空と日輪が二人を照らす。

 赤い翼と二本の角が鳥の如く影を作る。

 黒い布と荒れた髪が鳥の如く影を作る。

 赤い竜が吠え、黒い鳥が嗤う。

 

 竜と人の拳が互いの腹を打つ。

 血を吐きながらも彼等は殺し合う。

 爪と刃が切り結び、互いの肉を切り裂く。

 

「ひ、ひゃはは、」

「ぁ、ぁああ、」

 

 満身創痍。何故動けるのかも分からない。

 竜はその身から極光すら放て無くなった。

 人はその手に十分な力すら込められ無かった。

 

 それでも、彼等はその拳を握る。

 

「ふ、りぃいどォオオア!!」

「ヒョードォーォあああ!!」

 

 彼等は殺し合う。互いに互いが気に入らない。

 お前が生きていることが不愉快だ。だから殺す。

 ただそれだけ、綺麗な思いなぞ何処にも無い。

 

 ゼノヴィアはただ見届けた。

 今の自分ではあの領域にはいけない。

 己の無力で、彼を死なすのはもう御免だ。

 

 リアスはただ立ち尽くした。

 彼女を阻むのはギャスパーだ。

 紅髪の悪魔は何も出来ず二本の足で立つ。

 

 フリードの膝が兵藤一誠の鳩尾を狙う。

 その身を包む鱗鎧が砕け、膝が突き刺さる。

 えづく悪魔に容赦なく延髄めがけ踵が落ちる。

 竜人が足掻き、落ちる足を掴み投げ飛ばす。

 

 白い髪の男が地に転がる。砂埃が舞う。

 間髪を入れずに赤龍帝がその爪を振り下ろす。

 堪らずゼノヴィアが駆け出すが間に合わない。

 人間の腹に赤い爪が食い込む。抉り込む。

 

「は、ひぃやははは、ァハハはぁははヒャは!」

 

 だが笑う。口端を裂かんばかりに凄絶に嗤う。

 竜が恐怖する。本能から警鐘が鳴り響く。

 人間は隻腕に魔剣では無く、光銃を握っていた。

 腹を貫く手を足で挟み拘束し、人間が叫ぶ。

 

「足りねぇなぁ! ぜんっぜん足りねぇなぁ!」

 

 光の弾丸が悪魔の目を潰す。耳に耐えない絶叫もなんのその。人間はすぐさま立ち上がり、銃を握り締めたままの手で悪魔を殴る。

 頬骨を砕かんばかりの力で殴り抜けば、間髪入れずに肘で頬を抉り殴る。

 

「こんなもんじゃなぁ! こんな下らねぇモノじゃぁ俺は満たされねぇんだよなぁ! 俺を満たしてくれんのは…! 俺を満たしてくれたのは…!」

 

 殴り続ける、高ぶる感情に従い叫ぶ。今のフリードに闘争を愉しむ心などは無い。

 彼は闘争の先に待つ己の渇望を満たしてくれた者達の安息の為に戦っているだけに過ぎないのだ。

 

「あの孤児院の奴らだけが、ゼノヴィアだけが……あの声だけが!! あの場所だけが!! 俺を満たしてくれたんだよォ! ギャハハハぁははハ!!」

 

 フリード・セルゼン、彼には血縁者がいても家族はいなかった。おかえりなんて言われた事すら無い。己の誕生日を祝ってくれる人も、当然、存在する訳もない。

 あったのは狂気の双眸に眺められる血みどろの日。白い髪を赤色に染め上げる日。最後には路地裏で死を待つだけにまで行き着いた。

 

 そこから引き上げてくれた青い花がいた。

 

 子供の面倒なんて見たことも無い。最初こそ殺してしまおうかとすら思った。されど次第に、その殺意も薄れて消えて行った。

 

 いつからだろうか、本気で子供と遊んだのは。いつからだろうか、ただいまと言う声に気怠くもおかえりと、返し始めたのは。

 いつからだろうか、『おかえり』という変哲も特別性もないただ当たり前の言葉が聞ける事を嬉しく思ったのは。

 

「さぁ、笑えよ化け物(フリークス)…、…ヒーローは、俺だ」

 

 心の火が燃え盛る。彼の魂が燃え滾る。彼の想いが燃え上がる。この火を消すに与う存在はこの戦地にて存在しない。

 彼と相対する兵藤一誠は勿論。トライヘキサですら、その火を消すに能わない。この火を消せるのはフリードのみなのだから。

 

「ふざけんな…!」

 

 赤龍帝が殴り返す。その拳は非力ではない。そこに込められている感情は憎悪と憤怒、そして前者二つに負けない程の悔しさが。

 二撃目の拳が走る。だが受け止められる。だから蹴りを喰らわせようとしたが、それすらも弾く。

 

「何で、何で何だよ…!」

 

 それでも彼は拳と足技を繰り出し続ける。駄々をこねる子供にすら見えるが、人の身から逸脱したものしか繰り出せない威力だ。

 しかし、それでもフリードというヒーローは全てを受け流す。力の流れをそらし自らが受けるダメージを大幅に削って、何度も兵藤一誠に向けて拳を叩きつける。

 鼻柱を殴られ、赤い竜人が地に転ぶ。脳は何度も揺さぶられ、その影響か直ぐに起き上がる事が出来ない。だが叫ぶ。

 

「何でだよ…! 何で俺達は見捨てられるんだ! なんでお前みたいなやつが許されて、俺が笑うのは駄目なんだ!」

 

 納得がいかないと。おかしいだろうと。臆面も外聞もなく喚く。おかえりと言ってくれる存在が生まれながらにいた元人間は、生まれてから本当の孤独を味わった事のない悪魔は、自分本位の化け物は、叫び続ける。

 

「俺だって幸福に生きていいはずだ、俺だって平穏に生きていいはずだ。お前みたいな人殺しが笑ってるんだからその権利くらい俺にだってあるはずだろ!なんで俺は駄目なんだよぉおおおおおお!!」

 

 泣き叫ぶ。慟哭に違わぬ叫びを上げる。ああ、確かに間違ってはいないだろう。幸福に生きる権利は誰にも等しく存在する。

 間違ってはいない。だがそれだけだ。あくまで間違ってはいないだけであり、これから訪れる彼の結末は変わらない。

 

 『生きる』という行為に善悪はない。

 だが『幸せになる為に』と来た場合。

 この一点においては『違う』のだ。

 

 そこには間違いなく手段と『何を以って幸せなのか』を問われるし、悪と決められればそれ迄なのだ。

 権利があるからと言って、全てが許される道理はこの世のどこにも存在しないのだから。

 

「…んなもん俺様ちゃんが知るかよ、ばぁーか」

 

 一蹴する。お前の叫びなど知った事ではない。彼は彼で守りたいだけだった。それだけで戦えた。だからこそ兵藤一誠が幾ら叫ぼうが喚こうが彼にとっては知った事ではないのだ。

 方や居場所の為に伝説すら殺し、死後エインヘリャルとなっても尚守る為に武器を取り走り続けた存在。死を告げる黒い鳥。

 方や全てを知らないままに、あらゆる事に於いて欠如していた者。己の欲望に生き続け、その果てに打ちのめされた赤い怪物。

 

 彼らは何もかもが正反対だっただけなのだ。

 

 延長戦は無い。ドラマチックな展開も無い。人間の手の平が魔剣であるバルムンクを拾い上げクルクルと回しだす。沈黙がある。

 螺旋状に力が収束していく。紅髪の悪魔が吠えても金髪の少年が阻み、ゼノヴィアが背後に立ちデュランダルを振り下ろさんとする。

 

「……まぁ、なんだ。俺が言えた事じゃあねぇんだが…来世じゃちったあマシな生き方をするんだな。そうすりゃお前みたいなやつでも徳は貯められるだろうよ」

 

 最後に向けた感情は憐れみの他はない。纏う黒い衣服が風にたなびき羽根のように広がる。

 

 蒼天の下で、最後の刃が振るわれる時が来た。

 いやだ、最後の声。死にたくない、当たり前だ。

 

 だがフリードは、生まれながらにして殺しに携わって来た男は、そんな命乞いを何度も見て来ている。そしてその全てを平等に偏りなく絶対に殺して来た。

 そして彼が抱く個人的な感情からしても、兵藤一誠を見逃すという選択肢はないだろう。ここで全てが終わるのだ。

 

「じゃあな、兵藤一誠。俺はお前が、心底嫌いだったよ」

 

 肉を穿つ音と、首の落ちる音。

 終わった。本当に終わった。

 これで、残る悪魔はゼロとなった。

 もう生き残りは何処にもいない。

 

 聖書殲滅戦線は、此処に終了した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 一日限りの戦争が終わり、今回の騒動の一連は『聖書勢力の自滅』という形で収まった。ソロモンの遺体を弔った後に収束を祝し、神々の宴が開かれる。

 

 残る神話勢力はこの件の中心の内一人であるサタナエルと、全てを見届けたサマエルに全貌の開示を要求。彼等はこれに応じ、『大いなる都の徒』の者達とは宴の後に一時的に別れる事となる。

 

 フリード・セルゼンはロキ護衛の任を放棄した事により終戦と同時にオーディンより一年間のヴァルハラ入館禁止処分が下ったらしく、結局彼はゼノヴィアと共に孤児達やアーシアの元へ帰還を果たす。

 

 ギャスパー・ヴラディはクロウ・クルワッハと共に後見人であるダーナ神族達の元へと帰って行った。今後、彼はヴァレリー・ツェペシュと何の変哲のない日常を紡ぐのだろう。…余計な世話を抱く色々と旺盛な神や妖精たちと共に。

 

 『大いなる都の徒』は無事全員が合流を果たし、各々が自分の夢のために生きることを決めた。

 曹操とレオナルドはアーシア達と共に孤児院の経営を、ゲオルグとジークフリートは苦労すると理解しつつも学を納めに、ヘラクレスとジャンヌは密かな夢を叶えに、皆それぞれの道を辿る。

 

 そして、かつてトライヘキサと呼ばれていた名無しの少年は、『ただいま』を言うために一先ず裏京都へ帰る事を決めた。

 九重は元気だろうか、八坂さんにお土産は何がいいだろうか、そんな事を考えながら彼は小さく笑う。

 

 これから先、人間の黄金時代がやってくる。彼はその時代の中で人間の全てと向き合うと決めた。無論長い旅になるだろう。

 それでも、今の彼を満たすのは不安などではなく希望だった。

 

 ■

 

 小さな手の平には一個のおにぎり。

 十の角を持つ『人間』は月明かりに照らされながらそれを一口頬張った。

 

「…おいし」

 

 彼は、人並みの幸せを味わって、やっと心の底から笑えたのだ。

 

 

 




次回、最終話
エピローグ「これからは、」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これからは、


推奨BGM「ぼくのフレンド」
    または「castle imitation」
    お好みな方を流し、お楽しみ下さい、

 ■

Last profile
『名無しの少年』
・かつて黙示録の獣と謳われた『人間』
これから平凡な幸福を享受する普通な少年だ!




 これは、三大勢力が無くなってからおよそ一ヶ月程度後の事だ。

 

 広大な農地が広がる村の中で、青と白の髪が風に揺れる。彼等の足取りは最近買い取られた真新しい孤児院へと向かっている。

 白い髪の男はうだつの上がらない様でのろのろと歩き、対照的に青い髪の女は活き活きとした表情のままハキハキと歩いている。

 

「…すげえ行き辛ぇんだけど」

「何を言う、実家に帰るだけなんだぞ?」

 

 北欧から引っ張り出されて来た白い髪の男、フリードの顔色はお世辞にも良いとは言えない。後ろめたさと気まずさを内包させた感じだ。

 その感情は全身にまで現れており、事実彼の足取りはかつてない程までに重い。

 青い髪の女、ゼノヴィアはそれを見て可笑しそうに笑う。この男でもそんな顔が出来たのかという、小さな驚きも混ぜて。

 

「ほら、もう着いた」

「……ぁー…」

「なんだ、まだ決心がつかないか? 行っておくが、私はお前の代わりに開けるだなんて事は絶対にしないからな」

「ふっざけんな⁉︎ だークソ!ゼノヴィアちゃん肝心な時に限って頑固だよな! も少し俺に柔軟性と優しさプリーズミー!」

 

 勘弁してくれと嘆く声も勿論一蹴。この扉を開けるのは彼でなければならないのだ。久しぶりに帰ってきた、彼でなきゃ。

 

「はぁぁぁあー…マジかよ。なんか照れくせぇんだよナー……」

 

 両開きの木造扉の前で立ち往生。数秒の深呼吸をして、フリードは気怠げさも凄絶性もない、苦虫を噛み潰した笑みを出す。

 ()()()()()()()()()()()()()()に気付く事無く、彼は恐る恐ると扉を開いて小さな声で「ただいま」と言おうとしたが、言えなかった。

 

「なっ…」

 

 扉の前には孤児達と、アーシア・アルジェントが予め待っていた。皆が心の底からの笑みや歓喜の泣き笑い浮かべており、待っていた。

 なんともまぁ贅沢な出迎えだろうか。呆気にとられた白髪の少年は硬直したまま声を出す事さえ忘れ、肩を震わせ立ち尽くす。

 その隙にゼノヴィアは孤児達と共に並んで、何処までも普通な言葉を皆と共に『家族』の一人である少年へと送った。

 

『───おかえりなさい!!』

 

 男は嗤うのでは無い、()()。思わず膝から崩れ落ち、彼は己の顔を片手で覆う。目尻からは留めなく暖かな雫が溢れ出して、ようやく出そうとした声も嗚咽混じりで不明瞭だ。

 だが、それでも───。

 

「…、ただ、いま…っ…!」

 

 出会えて良かった。守れて良かった。俺の人生は間違いだらけだったが、俺の人生は決して誇れるものではないが、それでも価値はあったのだ。間違いだけでは無かったのだ。

 だってこんなにも尊いものを、何処までも焦がれたものを、手に入れていたのだから。

 

 

 

「アーシアさーん、買い出し終わったッスゔぇええええええ⁉︎フリードのアニキ⁉︎アニキナンデ⁉︎」

「落ち着けリント、レオナルドだって微動だにしていないんだから」

「曹操、僕等がかなりタイミング悪い時に帰って来ちゃった事に気付いて」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 ある町には新設開店の大衆酒場がある。昼間だというのにその店は開いていた。ただし『本日貸し切り』という形でだが。

 その中には一組の男女がいる。一人はショートヘアの赤い髪の女性。もう一人はスーツを粋に着こなす男だった。

 

「何度も言いますが、私は不服です」

「はいはい、もう何度も聞きましたよー」

 

 赤髪の女、サマエルは呂律の回らない言葉や紅潮した頬から見ても酔っている事は明白であり、スーツの男、サタナエルは苦い笑みとと共に適当にあしらいつつ、グラスに注がれた飴色の酒(スコッチ)を嚥下する。

 サマエルはサマエルでウィスキーを飲み干したグラスを周囲に乱立させており、それでも尚彼女の飲酒行為はとどまる事を知らない。

 

「確かに私達は天使の生き残りです。今の立場にも理解を示しましょう! だけど! 何も貴方と外出を共にする事を強制させる必要性は見られないのですが⁉︎」

「それ俺に聞かないでくんないかなぁ⁉︎ 後そのニヤニヤした面納めてから言いやがれ! つーかそれは首謀者の伊邪那岐に聞いた方が良いよねそれ、俺全くこの件に関係ないよな⁉︎」

 

 サタナエルとサマエル。結果的にこの二名は日本神話が預かる事となり、かなり緩いとは言え今後一年のみ監視が置かれている。

 そして彼女の言う通りこの先一ヶ月に限るが少々妙な制約も課されており、その中で『どちらか一人が外出する際行動を共にせよ』というものがあった。彼女がサタナエルの側にいるのはそれが理由だ。

 

「…あんたらなぁ……も少し静かに飲めよ…」

 

 その様を呆れ笑いで眺めるのはこの酒場の主人ヘラクレスだ。元々の恵まれた体躯もあって前掛け姿は中々に様になっており、その無骨な手に握られた菜箸を駆使し、細やかなお通しが作り出していく。

 そして大将が痴話喧嘩をミュージックに鼻歌交じりで盛り付けへと夢中になり始めた時だ。酒場に戸が開く音が響き、続いてハリのある女の声がした。

 

「大将、やってる? …って言うのよね、こういう時」

「おーこりゃ期待の新人作家のジャンヌさま、さっさと入れよ。今日は俺達だけの貸切だ」

 

 その一言と共に遠慮なく金髪の女はカウンター席に着く。サマエルの周囲に乱立するグラスを見て何の気なしに尋ねた。

 

「何処で調達したの?」

「酒の神と飲み比べ」

「察したわ、肝臓大丈夫?」

「キャベツは偉大だぜまったく…」

 

 とどのつまり戦利品だった。とは言えそれとは別にちゃんとした仕入れ口をヘラクレスは確保しているのだが、それはまた別の話だ。

 ジャンヌにお通しを出し、適当な注文を承れば手慣れた手つきで酒のつまみを手早くサクサクと作っていく。

 

「ゲオルグとジークフリートは?」

「大学の講義が終われば来るってよ」

「ふーん…、本当に入れたのね…」

「曹操とレオが来んのは夜だ、仕事が忙しいとよ」

「…何も言ってないわよ」

「そうかぁ? 顔に書いてあったぜ?」

 

 ほらよ、と軽い調子でグラスに注がれた清酒と塩をまぶした焼き鳥が何本か出される。女は軽く礼を言った後で静かにグラスを口に傾け、小さく喉を鳴らして飲み込んだ。

 

「…トライヘキサは?」

「夜に酒やら何やら持参して百鬼夜行と共にご来店だ」

「気前いいわねー…、『粋』ってやつかしら」

 

 ケラケラと二人が笑う。今日はとびきり長い近況報告会となりそうだが、本音を明かして仕舞えば楽しみで仕方ない。

 酒の肴として失敗談も成功談も飲み込もう。ちょっとした昔話も張り出したりもして、今日一日の宴を楽しもう。

 

「変わったわよね、私達」

「変わる為に戦ったんだろうが」

「あっはは! そうね、その通りだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 とことこ、と小さな足音があった。

 それは石床を叩く小さな靴裏から鳴る音だ。

 鳴らし手は小さな子供に見える少年。

 

「えっと…此処を右、か…」

 

 その少年は何かを隠すかの様にハンチング帽を目深に被り、背中にはその小さな体躯に釣り合った程よいサイズのリュックを背負う。

 その両手の中には地図が広げられており、少年はそれを時折眺めては確認するような独り言を呟いて道を辿って行く。

 

 彼の目指す地は裏京都、彼の『帰る場所』だ。

 翼も使わないし、時空も通らない。

 一人の人間は、己の足で噛み締める様に進む。

 

「…………」

「白音、元気出せ…ないわよね…」

 

 道すがら、彼の嗅覚を妖の匂いがくすぐる。気を取られその匂いが流れる方を向けば、意気消沈した妖とそれに寄り添う妖がいた。

 何処となく似た面持ちからして多分家族なのだろう。少年は少し不安そうな一瞥を送った後、気持ちを切り替え帰路につく。

 

 いくつかの覚えがある街並みを通り抜け、右へ左へと道をめぐりに巡り、そして辿り着いた、懐かしい匂いのする場所に。懐かしく思えるその街に。

 思わず走り出す。パタパタと元気いっぱいに、留めなくこみ上げる様々な感情を胸に抱いたままに走り続ける。

 

 一人の狐の少女が少年の帰還にいち早く気付き駆け出す。その足取りは何処までも軽く、下手をすれば飛んでしまいそうな程だ。

 従者達が戸を開く。その顔には笑顔がある。誰だって幼子の笑顔は嬉しいものだろう。

 

 そして少年少女の目と目が合い、二人揃って立ち止まる。懐かしさに目を潤わせて、喜びに逆らわず顔いっぱいに笑顔を浮かべて、泣き顔と笑顔でくしゃくしゃに成って、同時に駆け寄る。

 共有した時間は短い。だけど欠かせない思い出には変わりない。彼と彼女の泣き笑いがその証拠だ。

 

 温かな眼差しが九尾の大将を始めとして二人を眺める。そんな視線など気にせずに、二人の幼子達はただ再会の喜びの中抱き合った。

 鼻をすする音も、嗚咽混じりの笑い声も、等しく喜びを表す。そこに悲劇は無い。あるのは喜びだけなのだ。

 

「……ただいま! 九重!」

「遅い!…帰って来るのが遅いのじゃ…!」

 

 狐の少女は笑う。やっと帰ってきた最後の一欠片。彼の居場所は、ただ一人の少年の『帰る場所』は、ここにあった。

 母が寄り添い、二人の幼子の髪を柔らかに撫でる。完成された一枚絵に、もう雨はない。其処にあるのは、何処までも温かな笑顔。

 

 少女はぐしぐしと涙を拭い、満面の笑みで約束を果たす。

 

「────おかえり、なのじゃ!」

 

 その言葉が、どうしようもないほどに嬉しくて。少年の泣き笑いが止むことはない。この平穏を享受できる現実に、彼はただ感謝した。

 これまでの巡り合わせに、今まで関わりを結んできた縁に。

 

 この物語はここでおしまい。

 これから始まる物語に語り部はいらない。

 これから始まる幸福を眺める必要はない。

 これから始まる人生に辿り手は不要だ。

 ただ願わくば、一つだけ。

 

 これより生を刻む彼等に、幸多からん事を。

 

 

 

 ■

 

 

「…やっぱりここに居た…」

「あら、見つかってしまいましたか」

「君の隠れ場所なら何処だって分かるさ、■■■」

 

 其処は、ある森林の奥底。

 湖のほとりである夫婦が再会する。

 

「…手を、握っていただけますか? ソロモン」

「わざわざ言われずとも、…少し歩こうか」

 

 木漏れ日が柔らかく緑と地を照らす。

 二人の男と女が静かに寄り添いあって歩きだす。

 穏やかな時の流れ、程よく長い二人の時間。

 しばらくの時を経て、最後の時が来る。

 夫婦の体は金の粒子となって世界に溶け始めた。

 

「…満足、とは言えないかな」

「奇遇ですね、私もです」

 

 二人揃って口を尖らせてから、笑う。

 

「…もう、いいんですね?」

「ああ、もうこの世に未練はない」

 

 繋いだ手を、固く握り締め合う。

 王と王女は微笑み合って、楽園へ向かう。

 最後に、太陽を見つめて王は言った。

 

「これからは、この世界が皆を支えてくれるさ」

 

 

 




『黙示録の時は今来たれり』は本日を持って完結です。最後までご愛読してくださった皆様、感想を送って下さった皆様、評価をして下さった皆様、お気に入り登録をして下さった皆様!
本ッ当に今までありがとうございました!

今後の活動予定等は活動報告にて!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。