マクロスΔ 漆黒の救世主 (セメント暮し)
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ACT.1

 民間軍事プロバイダーであるS.M.Sが所有するマクロス・クォーターの艦長室に1人の若い男性が入って来る。

 

「シノブ・風谷、入ります」

 敬礼をして入ってきたシノブは、青みがかった黒髪をアシンメトリーにしていた。

 

「うむ、先程の出撃ご苦労。まだまだ宇宙海賊が多くて困るな」

 

「ありがとうございます。ですが、仕方ないかとも思います……」

 首にゴーグルを下げ、顔面に古傷のあるダンディな男がシノブを労いながらも、愚痴をこぼす。

 

「それで、ここに呼んだ目的だが、君はヴァールシンドロームとやらを耳にした事があるか?」

 

「ブリージンガル球状星団で発生している狂暴化を伴う感染症と言うくらいしか……」

 

「今はそれだけで十分だ。では、単刀直入に言おう。君に惑星ラグナに行ってもらいたい」

 帽子の庇をはね上げた男は真剣な眼差しで告げた。

 

「それは、出向ということですか?」

 

「そうだ。商売敵であるケイオスの方からワルキューレの護衛であるデルタ小隊の人員補充の依頼でな。まったく……うちの大事なパイロットを出せと、簡単に言ってくれる」

 艦長の男はため息をつく。

 

「何故私なのでしょうか? オズマ中佐や早乙女大尉等々他にも優秀なパイロットが在籍しているでしょうに」

 シノブは、自身直属の上官であるオズマ・リーや美星学園で一緒であり、8年前のバジュラ戦役の英雄である早乙女アルトの名を上げた。

 

「あちら側からの指定なのだよ。かのバジュラ戦役を生き残った優秀なパイロットの中で指揮官の職務に就いていない者を寄越して欲しいそうだ」

 中尉の階級であるシノブは、部隊指揮官でも、教導隊の教官でもなく、ある程度自由な身分である。

 

「……なんとも身勝手な……」

 

「まぁ、そう言うな。それで、どうする?」

 

「生き残りが欲しいと言っているのなら行きますよ。どうせ、待つ人も居ませんし」

 シノブは、若干天を仰ぐ。彼には家族はいない。いや、正確にはいなくなったという方が正しい。彼の父親と母親は8年前のバジュラ戦役で死亡し、同じS.M.Sに所属していた4歳上の兄もバジュラとの戦闘で撃墜され殉職した。

 

「だからこそ、あっちで恋人でも作って来なさい。待つ人がいると言うのはいいものだぞ」

 部下に優しい眼差しを向けながら艦長が言った。

 

「艦長もですか……」

 いつも同僚や後輩から言われ続けている言葉に辟易しながらも、シノブは艦長から目を外さない。

 

「それは置いといてだな。あちらでも機体は支給されると思うが、乗り慣れた自分の機体も持って行くといい。トルネードパックごとな。餞別だ」

 

「ありがとうございます」

 

「3日後には異動してもらう。任期は1年だが、どうなるかは分からん。別れは済ませておきなさい」

 

「了解しました。任務承諾致します。では、失礼します」

 敬礼をして艦長室を退出したシノブは、オズマ達が待機している部屋へと足を運んだ。

 

 

 マクロス・クォーターに備えられているガンルームに入ったシノブはカウンター席のスツールに腰を下ろす。

 

「艦長から何を言われた?」

 彼が所属するスカル小隊の隊長であるオズマ・リー中佐がシノブの隣に座った。

 

「異動です。ブリージンガル球状星団の惑星ラグナに」

 

「あっちにはS.M.Sの支社は無いだろうに、何故……」

 

「商売敵からの依頼だそうです」

 

「ケイオス……からか」

 ボトルに入ったミネラルウォーターを飲みながらオズマが言った。

 

「選定条件付きだったようで」

 シノブの言葉に待機室にいた全ての隊員の視線が本人へと集中する。 

 

「選定条件?」

 

「バジュラ戦役の生き残りで、部隊指揮官や教導隊教官等の役職に就いていない者……と」

 

「……となると俺もアルトもダメってか」

 オズマは自身の名とかつて部下だった男の名を上げた。

 

「というか新統合軍にも当時を生き残ったパイロットが居ると思うのですが」

 

「あいつらの練度がそのケイオスの部隊に合わなかったんだろ。それで、いつ異動なんだ?」

 

「3日後です」

 オズマはニヤリと顔を歪めると周りの隊員達に目配せをした。

 

「じゃあ、明日は新たな任務に就く仲間を労って送迎会だな!!」

 

「「「「おー!!」」」」

 

「……え、ちょっ――」

 ラウンジが一気に慌ただしくなり、シノブの声はかき消された。

 

 

 翌日

 

 仕事を定時で終えたS.M.Sの隊員達は、いつもの店である中華料理チェーン店「娘娘」に集まっており、既に店は貸し切り状態で、多数のテーブルには酒と軽食が並べられていた。

 

 送迎会という名の飲み会は始まったばかりであった。

 

「なぁ、ミシェル……なんでこうなった?」

 

「お前が断らなかったからこうなった」

 隣に座っている同級であり同僚のミハエル・ブランがタンブラーを傾け、氷が当たり小気味のいい音を立てる。

 

「そうですよ、先輩が断れば僕だって来ること無かったのに……」

 その隣のルカ・アンジェローニが独り言ちる。

 

「ルカはL.A.Iの仕事が忙しい事を言い訳にすれば良かったんじゃないのか?」

 

「ナナセさんに行ってきたら良いじゃないですかって言われたんです」

 

「あー、すまん」

 ルカから視線を外しながらシノブが詫びた。

 

「メサイアで飛ぶのか? あっちでも」

 タンブラーをテーブルに置いたミハエルがシノブを見ながら聞く。

 

「あっちの主流はVF-31だからな……デルタ小隊の隊員には専用のジークフリードが支給されるから、飛べるのは最初だけだろうさ」

 ビールが注がれたタンブラーに口をつけながらシノブが語った。

 

「それに、いくら俺のメサイアがチューニングが施されていて強いと言ったって最新鋭機には負けるでしょ。ま、そこは腕でカバーしないといけないけど」

 彼の愛機であるVF-25Fはこの8年の間に様々な改造が施され、型式をFからXに変更されている。機体の心臓である熱核タービンエンジンをVF-31S ジークフリードと同じステージIIC FF-3001/FC2に換装され、超高純度のフォールドクォーツの搭載によってフォールドウェーブシステムが使用可能なまでに改造が成された。さらに、YF-29と同じ40Gに耐えられるフレーム、エンジン出力の上昇、ISCの作用時間の延長、全形態でのピンポイントバリアの展開が可能となった。この機体は、YF-29やVF-27、果てはVF-31といった同世代の機体を超える目的で製作されたのだが、その分コストが増大したために、製作はシノブが搭乗する1機のみにとどまっている。

 

「あのメサイアはL.A.Iが総力を挙げて製作した機体なんですから壊さないでくださいよ!」

 

「ルカのその言葉は耳にタコができるほど聞いてる。でも、改めて約束するよ」

 

「分かっているならいいですけど」

 たった数杯しか飲んでいないはずなのにルカは既に顔を紅くし、テーブルに伏せていた。

 

 タンブラーをテーブルに置いた途端、カーゴパンツのポケットに入れていたシノブの携帯が音を立てた。

 

「ん? アルトからだな。もしもし」

 

『銀河系の中心から端っこに転属だってな』

 携帯を耳に当てた途端、懐かしい凛とした声がシノブの頭の中に響く。

 

「左遷か栄転か……」

 

『栄転だろう? あのワルキューレの護衛に就くのならな』

 

「かもな。ところで、シェリルは元気?」

 

『ピンピンしてる。代わるか?』

 

「いや、いい。横断ツアーがひと段落してゆっくりしてるんだろう? 邪魔はしないよ」

 

『伝えとく。まぁ、頑張れよ。じゃあな』

 

「おう」

 電話が切れ、テーブルの上に携帯を置いたシノブは一気にビールを呷った。

 

 

 出発日

 

 マクロス・クォーターの格納庫には、整備兵やオズマ達が整列している。その向かいには機体を背にしたシノブが耐Gスーツを来て感謝の言葉と抱負を述べていた。

 

「必ずこのフロンティアに、S.M.Sに帰ってきます!」

 

「シノブ・風谷中尉の今後の活躍を期待して敬礼!!」

 オズマが声を張り上げ、それに合わせて全員が敬礼した。

 

 愛機であるVF-25X型には大気圏内外両用のトルネードパックとフォールドブースターが取り付けられていた。それに乗り込んだシノブは、格納庫内を見渡し、機付長やオズマ、ミハエルと言った同僚達が壁の向こうに消えるまで敬礼をした。

 

「トルネードパック、異常なし。スカル4よりデルタ1、発進許可願います」

 

『デルタ1よりスカル4、発進よろし。ご武運をお祈りします』

 リニアカタパルトにガイドラインが浮かぶ。

 

 宇宙に溶け込む漆黒に黄色がアクセントとして加えられたVF-25Xが電磁力で浮き上がった。

 

「発進!」

 シノブの声に応じ、VF-25Xが虚空へと射ち出され、惑星ラグナへと飛び立っていった。

 




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ACT.2

 フォールド中のVF-25Xのコックピット内には、銀河の妖精『シェリル・ノーム』と超時空シンデレラ『ランカ・リー』のデュエットナンバーが流れていた。

 

 軽快なテンポで流れる曲はシノブのお気に入りである。

 

 そんなシノブは、メサイアのモニターにケイオスから提供されたΔ小隊の隊員名簿を映し、閲覧していた。

 

「アラド・メルダース……アルカレリアの騎士殿にメッサ―・イーレフェルト……アルヴヘイムの死神、ジーナス家のミラージュ・ファリーナ・ジーナス……しかしまぁ……これじゃあ、簡単に人は集まらないな」

 データを一通り見終えたシノブは、曲者揃いのΔ小隊、という意味をフォールド中の機内で知ったのである。

 

「っと、そろそろフォールドアウトの時間だな」

 ラグナの衛星軌道上にデフォールドの座標を設定していたシノブは、フォールドゲートの先に見えてきていた青い海と白い雲に覆われた地球型惑星の姿に、8年前のバジュラ本星への降下時の自分の姿を重ねていた。

 

 L.A.I製のフォールド・ブースターと両翼下のマイクロミサイルポッド、エンジンポッドのカバーコーンを切り離し、大気圏へと己の愛機であるメサイアを突入させる。

 

 改修されARIEL-Ⅲとなった機体総合制御システムによって、常に最適な角度へと機体をコントロールするAIに操縦を任せつつ、シノブはオープン回線を開く。

 

「こちら、S.M.Sフロンティア支部所属、シノブ・風谷中尉。マクロス・エリシオン、着艦許可を求む」

 

『聞こえている。マクロス・エリシオン艦長のアーネスト・ジョンソンだ。長旅ご苦労、左腕のアイテールに着艦してくれ』

 

「了解」

 短い無線に答えながら、シノブはアイテールへの着艦コースへと進入を始める。

 

 一方、そのアイテールの甲板には午前中の訓練を終えたΔ小隊のメンバーが機体を降りて待っていた。

 

「トルネードパック装備のVF-25、ね……高くつきそうだな」

 隊長であるアラド・メルダースが、着艦してくる真っ黒なシノブのVF-25Xを目で追いながら独り言ちた。

 

「機体の改造の度合いではないでしょうか? 8年……でしたか、就役から」

 その隣に立っていたメッサ―・イーレフェルトがアラドの言葉に付け足す。

 

「それにしても、上手いな……海抜800m近い、乱気流が渦巻く飛行甲板で無駄な動きが無い。S.M.Sの中でも特に優秀な奴なのかもな」

 着艦を綺麗に成功させたシノブのVF-25Xが、アラド達の目の前に停止する。エンジンがカットされ、音が収まっていく。

 

「ジークフリードと同じエンジンを積んでいるの!?」

 VF-25のエンジン音に気付いたミラージュが声を上げた。

 

「……こいつは……ホントに高くつくな」

 アラドが溜息をつき、自分達の給料が減らされるではないか、と頭の中で一考した。

 

「本日付で、S.M.Sフロンティア支部より派遣されたシノブ・風谷中尉です。どうぞ、よろしくお願いします」

 ヘルメットを小脇に抱えたシノブがアラド達の前に立ち、敬礼をした。

 

「ようこそ、ラグナへ。Δ小隊隊長のアラド・メルダース少佐だ」

 

「……アルカレリアの騎士殿……ですね。お目にかかれて光栄です」

 シノブの言葉を聞いて不意にアラドの目が鋭く光った。

 

「何処で聞いたんだ? その名前」

 

「風の噂、というものです」

 

「そうか……じゃあ、こちらもそれ相応の挨拶が必要だな。ようこそ、フロンティアの荒鷲殿」

 アラドが不敵に微笑み、シノブに右手を差し出す。

 

「荒鷲……懐かしい名だ」

 それに応えるシノブは、自身が呼ばれていた二つ名を反芻した。

 

「よろしくな、シノブ中尉」

 

「宜しくお願いします、アラド少佐」

 

「さて、ウチのメンバーだが……」

 アラドの両脇に立っていた3人が、それぞれ前に歩み出た。

 

「メッサー・イーレフェルト中尉です」

 

「チャック・マスタング少尉です」

 

「ミラージュ・ファリーナ・ジーナス少尉と申します」

 それぞれと握手を交わし終えた事を確認したアラドは、シノブを手招きした。

 

「艦長室に行くぞ」

 アラドに連れられシノブは、S.M.Sの隊服に着替えた後、エリシオンの艦長室へと向かった。

 

 数分後

 

 マクロス・エリシオンの艦長室には、シノブを始めとした5人の男女が顔を見合わせており、その中心にはマクロス・エリシオンの艦長であるアーネスト・ジョンソンが特注の椅子に腰かけている。

 

「さて、諸君。我々に新しい仲間が加わった。シノブ中尉」

 

「は。では……S.M.Sフロンティア支部から参りました。シノブ・風谷中尉で――」

 

「サジタリウスワンとは知り合い?」

 シノブの声を遮って発語したのは、何件もの訴訟を抱えてケイオスに移籍してきたアイシャ・ブランシェット特務少佐であった。

 

「サジタリウス……アルトの事ですね? 知り合いも何も、美星から一緒でしたので」

 

「同級なのね……あぁ、技術部のアイシャ・ブランシェット。元S.M.S ウロボロス支社長よ」

 ピンク色の髪をしたアイシャはずれかけた伊達眼鏡を人差し指で戻すと、ぐっとシノブに近寄った。

 

「オズマ中佐から聞いてるわ。あなた、昇進の話があるたびに蹴っているそうね。そこまで、最前線にしがみついていたいのかしら?」

 

「……俺は味方の指揮をするより、前線で獲物を狩っていた方が性に合うんですよ」

 

「ふぅん……流石、あの荒鷲ね」

 すっと身体を引いたアイシャは用意されていたスツールに腰を下ろした。

 

「コホン……シノブ中尉、まずはこれを見てくれ」

 咳払いをしたアーネストは、机上にホログラム映像を展開する。

 

 そこに映し出されたのは、シノブが着任する前に発生した惑星アル・シャハルでのワクチンライブとアンノウンの映像であった。

 

「先日、ラグナから30光年隣の惑星アル・シャハルでヴァールシンドロームが発生した。幸い、ワルキューレの鎮圧ライブによってヴァールの被害は抑えられたが、そこにアンノウンの部隊が出現し、Δ小隊と交戦した」

 アーネストの話に耳を傾けつつ、シノブはジャミングが施されていた映像を凝視する。

 

「ダブルデルタ翼に単発……形状からして新統合軍系の機体とは違いますね」

 

「S.M.Sでも試験運用はしていないんだな?」

 

「はい。S.M.Sで今現在、試験運用している機体は無いはずです。確かに、一部の部隊ではVF-31 カイロスが試験運用の後、配備され始めていますが、今でもウチの主力はVF-25です」

 

「そうか……」

 腕を組んだまま椅子の背もたれへと身体を倒したアーネストは、そのまま深い溜息をついたが、直ぐに立ち上がり、姿勢を正した。

 

「シノブ・風谷中尉。只今をもって、貴官をデルタ小隊に配属とする。コールサインはΔ5だ」

 

「はっ!」

 ピシッとした敬礼をシノブは、アーネストへと向けた。

 

 30分後

 

 昼食を食べた後、シノブはアラドと共にアイテールの格納庫に来ていた。格納庫内には、Δ小隊が使用しているVF-31 ジークフリード、VF-19E/MF カリバーンとシノブの愛機であるVF-25X メサイアが佇んでおり、その周囲を大勢の整備兵が囲んでいる。 

 

「うぉおおー!! 可変翼サイコ―!!」

 

「ジークフリードやカリバーンもいいけど、一番はやっぱこれだな」

 

「こいつのエンジン、ジークフリードと同じらしいぜ」

 

「まんま一緒なのか?」

 様々な言葉が格納庫内を舞っていた。

 

「人気ですね……」

 自身の愛機を取り巻く整備兵達の姿を見ながらシノブが呟く。

 

「まぁ、こんな辺境にはあんまり無い機体だからな。で、あのメサイアはどれぐらい改造費掛かってるんだ?」

 

「よくは聞かされてませんね。元々はL.A.Iが、YF-24ファミリー最強を掲げて製作したほぼ、ワンオフの機体ですからね」

 

「超高純度のフォールドクォーツを搭載したエンジン、40Gに耐えられる強化フレーム、常時フル稼働できるエネルギー転換装甲、等々」

 

「40Gだと!? それはもう、ほぼ基礎から作り直した、って方が正しくないか?」

 アラドが驚嘆の声を上げ、その声に反応するかのようにVF-25を見ていた整備兵達が、一斉にシノブ達の方を振り向いた。

 

「実際、Block4からBlock6、Block7と段々とアップデートやら何やらを重ねていった結果、試しに搭乗した同僚からも<これは、VF-25じゃない>と言われました」

 

「…………」

 唖然とするアラドの隣で、シノブは格納庫の天井を見上げる。

 

「これが……あの当時、あれば……」

 ボソッと呟いた言葉は、誰にも聞かれる事無く整備兵達の声に紛れ消え去った。

 

 

 




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ACT.3

 惑星ラグナのどこまでも青い空に、不釣り合いな黒をしたVF-25Xが悠然と飛行していた。

 

 アラドから直接飛行許可を取ったシノブは、空域慣熟飛行という名目で自身の愛機を格納庫から引っ張りだし飛んでいた。

 

 胴体下部に装着されているハワード 58㎜ガンポッドと、主翼基部に搭載されているラミントン社製25㎜高速機関砲には、無人標的機への射撃訓練用にペイント弾が装填されている。

 

「さっさと、この空域に慣れないとな」

 そう言ってシノブは、スロットルをカチッというメカニカルな音がするまで押し込み、メサイアを増速させた。

 

 強烈なGがEX-ギアを通してシノブの体に襲い掛かるが、それをものともせずに機体をシノブの思い描く通りに振り回す。

 

「コブラからのクルビット、ハンマーヘッドからの海面までの急降下……」

 絶え間なく変化する速度域でも安定性を失わずに飛行する事が出来るのは、20度から78度まで任意に翼の角度が変えられる可変後退翼とマイナス45度からプラス90度まで可変する垂直尾翼のおかげであろう。

 

「……ワルキューレがオーディションをしている間に、入隊試験か……」

 機体に乗り込む前に、メッサーから言われた言葉を思い出したシノブは、機体を操りながら撃墜プランを考え始める。

 

「相手は『死神』だ。――生半可な戦術は通用しない」

 

「では、どうする?」

 誰かに語りかけるように話す癖は、マクロス・オリンピア船団が入植した惑星ガイノス3にて、VF-25飛行隊の教導部隊『バニッシャーズ』に在籍していた時に染み付いたものである。

 

「執拗に敵を追いかけミスをさせるのも一考。だが……熱くなりすぎて目標以外の敵機に……ッ!?」

 突如、コックピット内をアラームの音が満たす。シノブはレーダーを一瞥し、ロックオンをしている敵機の位置を確認した。

 

「上か!」

 すぐさま、機体を80度近い角度で急上昇させる。

 

 VF-25の心臓が唸りを上げ、身体がシートに押さえつけられるのに耐えながら、1機の機体とすれ違う。

 

「……のってくれた……」

 VF-31A カイロスのコックピットに座る女性は、すれ違うVF-25を見ながら微笑んだ。

 

 シノブは、交錯したVF-31Aのカラーリングに見覚えがあった。

 

「白一色!? まさか!?」

 オープン回線を開き、機体を振り回しながら言葉を発する。

 

「なんで! 貴女がこんな辺境に!」

 VF-31とVF-25は激しいドッグファイトにもつれ込んだ。

 

 互いに後ろを取り合い、ISCフル稼働一歩直前の機動でそれぞれの銃撃を躱しあう。

 

「君こそ! 左遷でもされたかしら!」

 シノブの機体がVF-31Aをオーバーシュートする。実体弾式のガンポッドが漆黒のメサイアへと向けられるが、ISCを作用させたシノブは、機体を旋回させ、ガウォーク形態で無理やりペイント弾をカイロスへと放った。

 

 両者の機体が、それぞれ赤と青のペイント弾で汚れる。VF-31Aはコックピット周辺が青く染まり、VF-25Xは右の胴体部と垂直尾翼が紅く変色していた。

 

 戦闘機動を終え、水平飛行に戻った2機のバルキリーが上空で並ぶ。

 

 シノブは、オープン回線でVF-31Aのパイロットを呼んだ。

 

「……ハル義姉さん……」

 

「シノブ君……なんで此処に来たの?」

 

「ケイオスから依頼です。デルタ小隊の人員補充という名目で」

 

「ふーん……フロンティアの皆は元気? アルト君とかミハエル君とか」

 

「アルトはガイノス3で教導隊の教官やってますから、全然会ってないです。それと、ミシェルやルカ、オズマ隊長も元気ですよ」

 

『あー、2人とも? 模擬戦の許可を出した覚えは無いんだが……』

 それぞれの無線にアラドの声が流れた。

 

「アラド少佐、新人への歓迎という事で許してもらえません?」

 ハルは、目線をシノブに向けながら言う。

 

 その言葉を聞いてシノブは、今にも吹き出しそうなのを堪えながら、VF-25Xを上方宙返り――ループさせた。

 

『9年もバルキリーに乗ってる奴が新人か?』

 

「此処では新人でしょう?」

 

『……そうだな。それから、シノブ中尉』

 

「なんでしょうか?」

 

『ハル大尉との関係、後で詳しく聞かせてもらうからな?』

 

「……義理の姉という説明じゃ足りませんか?」

 少しの間をおいて、足りんな、という声がアラドから返ってきたが、シノブはそれに答えることなくVF-25Xのエンジンを切り、風の流れに機体を預けていた。

 

 数時間後

 

 ラグナの美しい海が夕日に染まるなか、シノブはチャックに案内され、少しの荷物と共にデルタ小隊の男子寮でもある飲食店船『裸喰娘娘』の前に来ていた。既に店は多くの客で賑わっており、威勢の良い声が外まで響いている。

 

「ここが俺の家であり、我がデルタ小隊男子寮の『裸喰娘娘』だ」

 

「……別に俺は、ハル義姉さんの家でも良かったんだけどな……」

 チャックの説明に耳を傾けながら、シノブが呟く。

 

「そういえば……ハル大尉の弟ってどうゆう事なんだよ!?」

 シノブの言葉にチャックが面食らった顔になった。両肩を掴まれ、ぐっと顔が寄せられたシノブはチャックの顔を見ないように顔を背ける。

 

「義理の弟だ! あの人は俺の兄貴の嫁だった」

 チャックの手を振りほどきながら答える。

 

「嫁……だった?」

 

「S.M.Sフロンティア支部所属ウルフ小隊隊長、ツカサ・鏡大尉――兄貴は……8年前、バジュラ戦役の最中に、中型ボドルザー級要塞の残骸に潜んでいた準女王バジュラ達との戦闘で殺された。乗っていた()()のVF-25Sごと……それも2番機だった義姉の前で」

 

「……じゃあ、シノブのメサイアの――」

 

「弔いの意味を込めて、兄貴のカラーを引き継いだのさ。それくらいしか出来なかった」

 語り終えるとチャックに背を向けた。シノブは紅く照らされている海を眺め、大きく息を吸い、そして吐く。それを何度か繰り返した。

 

「……あぁー!! 腹減った!! なぁ、チャック?」

 振り向いたシノブは、はつらつとした笑みを浮かべながらチャックに聞いた。

 

「なんだ?」

 

「お前の店のおススメは?」

 

「……全部だ!!」

 

「選びきれないなぁ……」

 ボストンバッグ片手に、シノブは再び歩き出し、『裸喰娘娘』へと入っていった。

 

 

 1時間後

 

 チャックお手製のクラゲラーメンを頬張ったシノブは、割り当てられた自室のベッドに腰掛けメッサ―との模擬戦へと向けた準備をしていた。

 

 ベッドには、数冊のノートと自前のタブレット端末が置かれており、その中にはとある男達と纏めた教導隊員専用のノートも交じっている。

 

「どんな動きをするか分かっていないから、具体的な対策は取りずらいな」

 パラパラとノートを捲っていると、ドアがノックされた。

 

「入ってよろしいでしょうか」

 声の主はメッサーであった。

 

「どうぞ」

 乱雑に置かれていたノートを、備え付けの机の上に移動させる。

 

「失礼します」

 ドアが開けられ、191㎝の長身を誇るメッサーが入ってくる。その手にはタブレットが携えられていた。

 

「見てもらいたい映像があります」

 そう言ってメッサーはシノブに、携えていたタブレット端末を手渡した。

 

 画面には、多数のムービーのサムネイルが表示されており、そのどれもが、模擬空戦の映像であることをシノブは瞬時に理解する。

 

「Δ4――ミラージュ少尉の映像なのですが……」

 

「ひよっこだろ? デルタの中でも特に」

 

「やはり、分かりますか」

 

「最初に見た時からな。大体雰囲気で分かる」

 タブレットをメッサーに返したシノブは、自身のタブレットを手繰り寄せ、何かを調べ始めた。

 

「何が悪いんだ?」

 

「応用力が圧倒的に足りず、教科書通りの飛び方になる点です」

 

「……一朝一夕で身に付く能力ではないから、やはり日頃からの努力、としか言えないな。だが、素質はあるんだろ?」

 

「はい」

 頷くメッサーにシノブはとある映像を見せた。

 

「ホントはダメなんだが、この際いいだろう。『バニッシャーズ』在籍時の訓練カリキュラムと週一であった模擬戦の映像だ」

 それと同時にシノブは、一冊のノートをメッサ―に差し出した。

 

「これは?」

 表紙を捲ったメッサ―は、最初に飛び込んできたページの情報量に驚く。一ページ丸々、文字とマーカーのラインで埋め尽くされており、それが最後のページまで続いていた。

 

「スカル小隊から『バニッシャーズ』に移籍した同僚と毎日取り続けたノートだ。多分、その一冊が完全に理解できれば、そいつはもっと強くなれる。使ってみてくれ」

 その後、メッサ―とシノブは夜遅くまで、戦術の談義に花を咲かせていた。

 

 




どうもセメント暮らしです。
激情のワルキューレ 特装限定版Blu-ray&DVDが発売決定になりましたね!!
上映している映画館が近くに無いので、是非とも購入したいな、と
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ACT.4

「ん……うーん……」

 ピピっ、というアラームの音で目を覚ましたシノブは、サイドテーブルに置いていた携帯を手繰り寄せ、現在の時刻を確認した。

 

「ふぁああ……」

 ベッドから立ち上がり背伸びをした。S.M.Sの隊服である紺色のTシャツにジャケット、カーゴパンツに着替え、タオルを持って下の洗面所へと降りていく。

 

 

 洗面所には既に先客がいた。デルタ小隊の電子戦を担当しているチャックである。

 

「おはようさん」

 

「おう、早えーな」

 挨拶を交わし、チャックが顔を洗い終えるまで、近くの壁に寄りかかる。

 

「そういや……フロンティアってどんな星なんだ?」

 

「いい星だよ。空気も水も綺麗でさ、正直、地球よりいい所だな」

 

「ほー……」

 洗面台が空き、顔を洗ったシノブは、外へ出る。そして、軽く身体を動かし、走り出す。

 

 波のさざめき。

 

 ウミネコの鳴き声。

 

 土産物屋の店主達の会話。

 

 様々な音が走るシノブの耳に入ってくる。

 

「は、はっ……」

 海沿いと市街地を6㎞程走り、『裸喰娘娘』の前へと戻ってきた。首に掛けていたタオルで汗を拭きとりながら、シノブは店内へと入った。

 

「ただいま」

 

「おう、お疲れさん」

 シノブを出迎えたのは、カウンターで紙の新聞を読んでいたアラドであった。

 

「おはようございます、隊長」

 アラドの脇に腰を下ろしたシノブは、コップに注いだ水を飲んだ。

 

「あぁ、美味い」

 

「へっ、フロンティアの方が美味いんじゃないのか?」

 

「どっちもどっちです。そういえば、俺のジークフリードってどうなるんです?」

 

「何がだ?」

 読み終えた新聞をカウンターに置いたアラドは、シノブの話を聞きながら水を飲む。

 

「型式ですよ。俺的には、F型が良いんですけどね」

 

「機体は在るんだが……チューンがまだでな。色はどうする?」

 チャックが運んできた定食に手をつけながらアラドが聞いた。

 

「白地に銀朱と黒で」

 

「黒一色じゃないんだな」

 

「バックダンサーやるのに、そんな色じゃダメでしょう?」

 焼き魚をつつきながらシノブが答える。

 

「意図をくみ取ってくれてありがとさん」

 

 

 4時間後

 

 オーディションを受けに来た少女と報道陣でごった返すマクロス・エリシオン内のリニアラインを乗り継ぎ、シノブはアイテールの格納庫に飛び込んだ。

 

 愛機であるVF-25Xのコックピットに入り、パイロットスーツのチャックを引き上げながら、シノブはコックピットの計器を操作する。

 

 次々と計器に明かりが点り、VF-25Xが目覚た。

 

「武装は?」

 

「25㎜にペイント弾が装填されてる。今回はそれだけだ」

 

「上等だ」

 不敵に笑うシノブの姿にメサイアの機付長となった男が身震いする。

 

 5分後

 

 カタパルトへと引き出されたVF-25Xは、機体各部――垂直尾翼や主翼の動作を確認する。

 

「主翼、垂直尾翼、ベクタードノズル、フラップ……OK」

 シノブの掛け声と共に、ジェットエンジンの超高温の排気から人や甲板上の物を護る、ジェット・ブラスト・ディフレクターが作動した。

 

「Δ2、Δ5及びβ1、発艦準備完了」

 

「Δ2……発進」

 

「Δ5、発進する」

 カタパルトが作動し、3機の機体が滑り出す。

 

 機体が甲板から離れた瞬間、スロットルを開ける。2基の熱核バーストタービンエンジンが蒼い炎を噴き上げ、VF-25Xをさらに増速させた。

 

 ラグナの空に飛行機雲を描きながら3機の可変戦闘機が飛ぶ。

 

 その飛行機雲は、ラグナに降り立ったハヤテ・インメルマンとフレイア・ヴィオンの目にも写っていた。

 

「綺麗だ……」

 

「どしたん?」

 

「見てみなよ」

 ハヤテに促され、フレイアが空を見上げた。

 

 その後、2人はオーディションの会場であるマクロス・エリシオンへと向かうのであった。

 

 

 ラグナ沖の訓練空域へと進入したシノブとメッサーは、それぞれ左右に分かれ機体をバンクさせた。

 

『制限時間は5分。先に撃墜判定を加えたほうが勝ち。で、互いに真正面から突入してから戦闘開始だ。審判はハル大尉が務める』

 

「了解」

 2機の距離は、約1㎞。オペレーターのカウントダウンの声が始まる。

 

『……2……1……始め!!』

 合図と同時に、2機の機体がすれ違う。

 

 漆黒のVF-25Xがスロットルを全開にして上空へと飛翔する。

 

 空中戦で必要なのは、常に敵より高い位置にいることだ。機体が持つ推力と位置エネルギーをフルに使える事が大事なのである。

 

 シノブは、高度8000フィートまで上昇し、太陽を背にして急降下させる。

 

 対するメッサーも、シノブの行為に感ずき、急旋回からハイレートクライムと呼ばれる急上昇を行った。

 

「それくらいできなきゃなぁ!!」

 コックピットの中で薄く笑うシノブが、突っ込んでくるVF-31Fに銃撃をする。

 

 その銃撃は全弾躱されるが、シノブはそのまま海面まで降下し、再度上昇をかけた。

 

 先程と同じようにすれ違うが、ガウォーク形態でバック宙の如く機体を回転させ、メッサー機の後ろにつく。

 

 スティックのトリガーを引き、メサイアの主翼基部から曳光弾を交えたペイント弾が発射されるが、対するメッサーはジンキングと呼ばれる上下左右小刻みに機体を動かしペイント弾の奔流を躱し続ける。

 

「跳ね回るねぇ……でも!!」

 メッサーを執拗に追い続け、遂にシノブの銃撃がメッサー機の左尾翼、左主翼に命中した。

 

 赤色のペイント弾がVF-31Fを汚す。

 

「……くっ……!!」 

 だが、対するメッサーもやられ続けている訳では無い。ベクタードノズルによって無理矢理機体の軌道を変えシノブの後方へとついた。

 

「おっ!! やるねぇ!!」

 今度はシノブのVF-25Xが銃撃に曝されるが、巧みな操縦によって全弾を回避する。

 

「……何故当たらない!!」

 次の瞬間、メッサーの視界からシノブの機体が消えた。コンマ数秒程遅れて、VF-25Xの直上をペイント弾がすれすれで飛んで行く。

 

「なっ!!」

 驚きの声を上げるメッサーに対し、シノブは普段通りの声音で終わりだ、と告げた。

 

 水平に近い角度の機体をガウォークの状態で、270度回転させたシノブはVF-31Fのコックピット直下にペイント弾を叩き込む。

 

 実戦ならば、エネルギー転換装甲をオーバーロードさせられる程の攻撃をし、勝敗が決まった。

 

『――戦闘……終了です。帰投してください』

 オペレーターの声にも若干の驚きがあり、マクロス・エリシオンの艦橋では、誰もが信じられない、という表情をしていた。

 

「……なんていう奴だ……」

 歴戦の勇士であるアラドもこの結果には驚くほかなかった。

 

 

 再び上空で3機の可変戦闘機が並んだ。シノブを先頭にV字に編隊を組みなおし、母艦であるマクロス・エリシオンへの帰路へとつく。

 

「メッサー、何故俺がガウォークになって減速した瞬間を撃たなかった? 直ぐに引き金を引けば俺を屠ること出来たんだぞ」

 オートパイロットに設定し、操縦桿から手を放したシノブは、ヘルメットのバイザーを開く。

 

「自分でも、何故直ぐに引き金を引かなかったのか分かりません……」

 

「……そうか」

 それ以上の追及をしなかったシノブは再び操縦桿とスロットルを握った。

 

「なぁ、メッサー」

 

「何でしょうか?」

 

「エリシオンに着いたら編隊着艦してみないか?」

 

「了解しました」

 返答を返す傍ら、メッサーは己の拳を強く握った。

 

 

 アイテール飛行甲板

 

 青い髪を風に揺らしながら、ハヤテ・インメルマンはミラージュの愛機であるVF-31Cの機体を見ていた。ガイやハリーといった整備士達はハヤテの事を気にせずに作業に従事している。

 

「おっ、帰ってきたな」

 ちょび髭を生やしているガイが、ジークフリードとメサイアのエンジン音を聞き、周りで作業をしている部下達に注意を促す。

 

「お前ら、気をつけろよ」

 動き回る整備士達の横で、ハヤテは着艦体制に入っている2機の機体を見上げ、片方の機体に驚いた。

 

「VF-25!?」

 綺麗に編隊着陸を決めた2機の機体が甲板上で停止する。

 

 それぞれの機体を担当する整備士が、コックピットの下の装甲板から折り畳み式のラダーを引っ張り出し、シノブとメッサーがそれを伝って降りた。

 

「上手いもんだろう。二人とも」

 ハヤテはアラドの声で振り向いた。

 

「アンタは?」

 

「デルタ小隊隊長、アラド・メルダースだ」

 差し出された手を、ハヤテは反射的に握り返した。

 

「俺は――」

 

「ハヤテ・インメルマン、だろ?」

 顔に似合わない笑顔をアラドはハヤテに向けた。

 

 いつの間にか、シノブとメッサーも己のヘルメットを持ちながらアラドとハヤテを見ている。

 

「新人か?」

 

「アル・シャハルの鎮圧ライブ時に、VF-171でヴァール化したゼントラーディとダンスの如く格闘戦をしていたそうです」

 

「新統合軍にでもいたのか……」

 

「いえ、その当時はアル・シャハル宇宙港でワークロイドの操縦士をしていたそうです」

 手元のタブレットに表示されたハヤテの個人情報を見ながらメッサーが言った。

 

「……面白そうな男だな」

 青い髪を揺らすハヤテを見ながらシノブが呟いた。

 

 彼の――ハヤテの運命が変わる瞬間であった。

 



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ACT.5

「来てみろよ」

 海と空を見つめながらアラドは、ハヤテを甲板の縁へと誘った。

 

「落ちれば死ぬ。命がけだ……だが、それでも飛び立つ。それが、風を感じちまった者の宿命さ」

 視界の果てが、空と海で埋め尽くされていく。

 

 その境は、ただ青で見えない。

 

 眼下に広がる街は、常識の世界だ。

 

 だが、ここから見える空と海は違う。

 

「お前も感じたんじゃないのか? だから、ここに来た」

 ハヤテは答えなかった。

 

 その通りだからだ。

 

「あとは、飛ぶか飛ばないか。命をかける覚悟があるか」

 

 

 どこからか、歌が聞こえてくる、とハヤテは感じた。

 

 風が、ごう、と巻く。

 

 歌と、風と、海と。

 

「あの時と同じか」

 ハヤテは甲板の側に無造作に歩み寄ると、そこから身を躍らせた。

 

「風に乗れば、飛べる」

 別れる前にフレイアが頻りに連呼していた言葉をハヤテは言った。

 

 たぶん、ずっと恐れていたことだった。

 

 見ない振りをしていた気持ちだった。

 

 何もしなければ、絶対に失敗することもない。失敗しなければ、笑われることもない。

 

 けれど、風に乗らなければ、翼は空を飛べない。

 

 それは、落ちるというリスクと引き替えのことだ。

 

 だからハヤテは選んだのだ。

 

 風に乗ることを。

 

 

「おっ、おい!!」

 

「あいつ!!」

 アラドもシノブもメッサーも……その場にいた誰もが驚き、声を上げようとする。

 

 ハヤテが、空に身を投じた。

 

 風が、ハヤテを包む。

 

 文字通りの暴風が、真下から吹き上がった。

 

 何も考えずにハヤテは甲板で見物していたわけではない。上昇気流の来るタイミングは読めていた。

 

 ハヤテの身体が舞い上がる。

 

「こいつ……!!」

 重力の制約を振り切って、ハヤテの体が空に、文字通り飛翔する。

 

 あっけに取られるアラドやシノブの前で、ハヤテはトンボを切って着地してみせた。

 

「いい感じだ……!!」

 ハヤテが、どこまでも高く、どこまでも青い空を見上げ、言った。

 

 

 清々しい顔をしながらハヤテは、ミラージュのVF-31Cに歩みより、機体を撫で始める。

 

「軍隊は嫌いだ」

 

「俺もだよ」

 

「人に指図されるのも。だから、好きにやらせてもらう」

 

「ご自由に」

 メッサーとシノブがアラドに駆け寄る。

 

「アラド隊長」

 メッサーを手で制しながら、アラドは好きにやらせてやれと、目で合図した。

 

「だから俺は……こいつで空を飛ぶ!」

 

「離れろ!! 私の機体に……触るな!!」

 いつの間にか、飛行甲板に出てきていたミラージュが激しい剣幕でハヤテを怒鳴りつけた。

 

「アラド隊長!! 本気でこんなヤツを!?」

 ハヤテに詰め寄るミラージュの言葉に、アラドは言葉を返さずに肩を竦めるのみである。

 

「戦場をナメるなと言ったはずよ!!」

 

「ドンパチしたいわけじゃない。俺はこいつで空を飛びたいだけだ」

 

「空を……そう……それじゃあ」

 ミラージュの口角が吊り上がり、人の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「自分の機体を触られたくらいであの剣幕はないな……」

 パイロットスーツに着替えたハヤテを、EX-ギアに対応していないVF-31Cの後席に乗せたミラージュがマクロス・エリシオンの遥か上空をアクロバットと戦闘機動を交えて飛んでいた。

 

 シノブは、顔を空に向けながら呟く。

 

「マイクロファイバーの神経ってのは、感情の制御が出来ないのか?」

 ミハエルの幼馴染であり、同僚でもあるクラン・クランの姿を思い出す。

 

「そういや、メッサー。シノブと対戦してみてどうだった?」

 アラドは、傍らに立っていたメッサ―に問いかけた。

 

「予想だにしない機動で翻弄されました……」

 タブレットで繰り返し映像を見続けるメッサ―が答える。

 

「流石に俺も、あの動きは出来るか分からないが……お前はあの動きを実戦で使った事があるのか?」

 

「ありますよ。それに、教導部隊でも教えはしました。実際には、出来た奴は一人しかいませんでしたけどね」

 苦笑いを浮かべながら答えたシノブの言葉にアラドは驚く。

 

「出来た奴も凄いが、教えるお前も凄いな。で、その出来た奴は何処に行ったんだ?」

 

「まだ17の女だったんですけど、オリンピアの原隊に戻らずに新統合軍の第277戦闘航空団――『エレクトリックドラゴンズ』に引っ張られていきましたよ。何処でそいつの腕を知ったのか……普通ならあり得ない出来事なんですけどね」

 はぁ、とため息をついたシノブは改めて空を見上げる。

 

「あのステルス・スナイパー部隊か……」

 一方のアラドは顔に手を当て、何かを考え始める。

 

 10分後

 

 シノブ達の目の前に、臙脂色を纏ったVF-31Cが停止する。

 

 キャノピーが開き、ミラージュは涼しい顔で降りてくるが、後席のハヤテは今にも吐きそうな表情でコックピットの縁に手を掛けていた。

 

「あーあ……ボロ雑巾みたいになっちまって」

 やっとのことで降りてきたハヤテに対してシノブは率直な感想を言い放った。

 

「どう? これでわかったでしょ?」

 

「――と、いうわけでミラージュ。お前にハヤテ候補生の訓練教官を命じる」

 

「……はっ!?」

 

「ひと月で使えるようにしておけよ」

 

「まっ……待ってください!! アラド隊長!!」

 メッサ―とシノブを連れ、アラドは身を翻しアイテールの艦内に入っていった。

 

 その後、マクロス・エリシオンの周囲にミラージュの雷の如き悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

 アイテール艦内のオフィスには、メッサーの姿も、隊長であるアラドの姿も無い。既に、終業時刻は過ぎている。

 

 終業時刻を迎えていながらも、シノブは一人オフィスで報告書を作成していた。

 

「まだ飛んでるか?」

 ラップトップの脇に置いていた簡素なフォトフレームを手にする。そこには、VF-25を背にしたシノブと一人の少女の姿が写っていた。無邪気に笑う少女と、優しい笑みを浮かべるシノブ。

 

「ノーラ……」

 フォトフレームを元の位置に戻し、報告書の続きに取り掛かろうとするシノブであったが、キーボードを叩く手が止まる。

 

「……ダメだ。もう帰ろう」

 首を左右に振り、報告書を作成することを中断する。そして、オフィスを後にした。

 

 

 『裸喰娘娘』の店内は、たくさんのお客で繁盛していた。その一角には、ハヤテやフレイア、カナメ達、ケイオスの人間が餃子や小籠包をつついていた。

 

「そういや、カナメさん」

 

「ハヤテ君、どうかした?」

 熱々の餃子をウーロン茶と共に飲み干したハヤテが質問する。

 

「デルタ小隊って俺以外にも入った奴っているんすか?」

 

「まだ聞いてなかったのね。ええ、ちょうど昨日合流したわ」

 

「へぇ……」

 ハヤテはこれ幸いという顔をしたが、カナメの次の言葉でその表情が消えた。

 

「S.M.Sからの出向だけどね。それも、とびっきりのエースらしいわよ」

 レモンサワーを呷るカナメの横では、ワルキューレのメカニック担当であるマキナがウミネコに盗られ、新しく注文した魚の煮つけを頬張っている。

 

「ズルくないっすか、それ」

 

「あら、噂をすれば。シノブさん! こっちです!」

 扉を開け、店内に入ってきたシノブをカナメが呼んだ。

 

「マジかよ……」

 ばつの悪そうな顔をするハヤテの隣にシノブが座った。

 

「全員自己紹介は済んでるんですよね?」

 

「後は、シノシノだけだよ~」

 魚を食べる手を止めたマキナが言った。

 

「じゃあ……S.M.Sフロンティア支部から出向しているシノブ・風谷。階級は中尉だ。Δ5を請け負ってるけど、昨日こっちに来たばかりだから、実質君と同じだ。まぁ、宜しくな」

 

「ハヤテ・インメルマン。あの黒いVF-25はアンタのか?」

 

「まぁな」

 おしぼりで手を拭きながらシノブが答える。

 

「あぁ、言っとくけど……俺やメッサー、ミラージュが操るバルキリーは玩具なんかじゃない。人殺しの道具だ」

 

「それがなんだよ」

 

「もしこの先、誰かを守るために、誰かを殺すことになったら、殺す覚悟はあるか」

 ハヤテの目を見ながら、語気を強めて言い放つ。その言葉に、マキナとレイナ、カナメの動きが止まる。フレイアはキョトンとした表情で、向かいあう二人を見つめていた。

 

「…………」

 ハヤテは答えなかった。いや、答えられなかった。

 

「まぁ、答えられないのは当然だよな」

 

「じゃあ、アンタはどうなんだよ!! 覚悟あんのかよ!!」

 逆に今度は、ハヤテが語気を強めて言った。

 

「あるから、今でもバルキリーに乗っている」

 シノブの凛とした声が、ざわめきの中でもはっきりとハヤテの耳に届いた。

 

「と、重い話はここまでで……ハック、生一つ!!」

 あいよー、とチャックの弟が応えた。

 

「あ、あの!!」

 今度はフレイアが、シノブに声をかける。シノブはフレイアの額にあるハート型のルンに気づいた。

 

「フレイア・ヴィオンと申しますっ!!」

 

「お嬢ちゃん、ウィンダミアから来たの?」

 ハックが持ってきた生ビールを呷りながら、言った。

 

「ほぇー!! なんでわかるんですか!!」

 

「8年前には、結構S.M.Sに居たからね。強い強いウィンダミアのパイロット達がさ」

 シノブは肩を竦めながら語った。

 

 ラグナの夜は、まだ始まったばかりである。




どうもセメント暮らしです。
シノブの教え子の機体に迷ってます。
おすすめという機体があれば是非お教えください。
感想や質問待ってます!


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ACT.6

 ラグナは今日も清々しい晴れの日であった。

 

 出社してから中断していた報告書を書き上げ、アラドに提出したシノブは、続いて格納庫へと向かう。

 

「取り敢えずアクロバットの確認がまず最初だな。あぁ……ハヤテとミラージュの訓練もみてやんないといけないのか……」

 タブレットに表示されたアクロバットの演目に目を通しながら格納庫へ入った。

 

 シノブの目に、それぞれ青と赤の塗装が施されている2機のVF-1EXが映る。

 

「なんで2機も?」

 

「ミラージュ少尉も同じ機体に乗ってハヤテ候補生の訓練をするそうです」

 シノブの疑問は近くにいた整備士によって解決された。

 

「何も、初心者に機体を合わせなくてもなぁ」

 

 VF-1EXから離れ、自身の愛機の前に立つ。

 

「イング、こいつの整備はバッチリか?」

 

「あぁ、問題は無いけど、ARIELごと新しいジークフリードにコピーしてるから少しの間だけ待っててくれ」

 VF-25Xの機付長が整備機器のキーボードを叩きながら言った。

 

「そういや、機体は在るってアラド隊長言ってたな。いつから乗れんのか……」

 

「今、マキナ姐さんとレイナさんが機体のチューニングしてるから……午後あたりから乗れると思うな」

 

「そのジークフリードはどこに置いてるんだ?」

 

「この格納庫の奥だ。行ってみな」

 機付き長であるイングの言葉を頼りに、シノブはVF-25Xから離れて格納庫の奥へと進んだ。

 

 

 可愛らしいウサギの掛札がかけられているワルキューレ・ワークスのドアを開けたシノブは、自身の新しい機体に心を躍らせた。

 

 長方形の部屋の中に整備士達の姿は無く、部屋の中心に2機のVF-31 ジークフリードが縦列で置かれているだけであった。その2機のジークフリードは素の外装色であるグレーを晒している。

 

 シノブは手前に置かれているジークフリードに近づき、その機種を撫でた。

 

「シノシノ、どしたの~?」

 シノブの後ろから、桃色の髪を普段からしているツインテールではなく、ポニーテールに纏めているマキナがやってくる。

 

「ARIELのコピー待ち」

 

「あ、コピーしてる間は飛べないもんね。でも、後5分くらいで終わるよ~。でも、ジクフリちゃんのチューンはもう少しかかるから我慢してね?」

 しゃがみこんだマキナは、前脚の後ろにあるカバーを外して中の状態を確認し始めた。

 

「それは大丈夫。で、こいつ……どこまで耐えられる?」

 マキナと同じようにしゃがみ、機体を見上げたシノブが言う。

 

「……一応、シノシノが乗るこの子はエネルギー転換構造材が他のジクフリちゃん達より5パーセント程多いの。だから、確約は出来ないけど、42.4Gまでは、シミュレーションでも耐えれたから、この子は……シノシノの動きにも完璧に追従してくれるよ」

 作業の手を止めたマキナは、シノブの目を見ながら普段より優しい声音で告げる。

 

「……まだまだ、強くなれる。ありがとう、マキナ……っって!!」

 微笑みながら礼を言ったシノブは、後ろから誰かに両頬をつねられ、声を上げた。

 

「……私のマキナに何した……」

 恐ろしく普段より抑揚の無い声で話すレイナの姿を見たシノブは、何もしていない、と弁解する。

 

「…………」

 不審な行動に目を細める、所謂“ジト目”を向けられた。

 

「本当だ!! 頬から手を放してくれ!!」

 小さい体の何処からこんな馬鹿力が出るのか、と想いながらシノブは両手を上げ、無実を証明した。

 

「ならいい。マキナ、ARIELのデータコピーが終わった。マキナ?」

 予想外の攻撃を受けうずくまってるシノブに目もくれず、彼女は最愛の人であるマキナに声をかけるが、そのマキナは顔を赤らめて背を向けていた。

 

「……レイレイ……ちょっと待って……」

 マキナに手を差し伸べようとしたが、その手を引いたレイナは、後ろからそっとマキナを抱きしめる。

 

「少しは加減し――」

 体勢を直し、起き上がったシノブは言葉を飲み込んだ。

 

「レイレイ、私は大丈夫だよ」

 振り向いたマキナはレイナの目を見つめ返す。

 

「ホント……?」

 

「ホントだよ」

 今度は、マキナがレイナを抱きしめる。シノブは二人を邪魔しないように足音を立てずに部屋を出ようとするが、その努力が叶うことは無かった。

 

 アラートが鳴ったのだ。

 

「……っ!!」

 

『衛星軌道上にデフォールド反応!! ゼントラーディ艦隊かと思われます。航空団各位、スーパーパックを装備の上出撃してください』

 オペレーターの声が艦内に響き渡る。

 

 シノブは、勢いよく部屋を飛び出した。既にパイロットスーツは着込んでいる。

 

「メサイアを出せ!! トルネードパックごとだ!!」

 声を上げたシノブは、自身の機体に駆け寄り、ラダーを何段かすっとばし、コックピットシートへと体を沈めた。

 

 手早く機体を起動させると同時に、トルネードパックが装着された。

 

 機体が格納庫内から、甲板へと引きだされる。

 

『シノブ、こちらはもう少し時間が掛かる。済まんが、それまで耐えてくれ』

 アラドからの無線に応えつつ、機体各部の動作を確認した。

 

「了解。Δ5、発艦する」

 カタパルトによって機体が青い空へと放たれ、その先の宇宙(そら)へと飛翔していく。

 

 6機の熱核バーストエンジンが唸りを上げ、数十秒でシノブの機体を大気の無い宇宙へと押し上げた。

 

「大気圏離脱完了。エンゲージ」

 大気圏を抜けた瞬間、機体上部に設置されている大型2連装MDEビーム砲が火を噴く。

 

 発射されたMDEビームがゼントラーディの500m級斥候艦を艦の中心から消滅させた。

 

 続いて、機体をバレルロールさせながら、新たに運ばれてきた両主翼端のマイクロミサイルポッドに装填されているマイクロミサイルを放ち、ダークグリーンのリガード数機をまとめて爆発の衝撃とその威力で破壊する。

 

「はぐれゼントランか。こんな危ない所に来るなんて、お前らは正真正銘の馬鹿どもだな」

 縦横無尽に機体を動かし、変形させ、ピンポイントバリアを纏わせたアサルトナイフでバトルスーツの喉元を掻っ切り、死体を蹴り飛ばしながら、その反作用を用いてはぐれゼントラーディの旗艦と思われる1500m級の中型砲艦に肉薄する。そして、MDEビーム砲、マイクロミサイル、ガンポッドで各部の砲塔群を徹底的に破壊していく。

 

「次は艦橋だ」

 艦橋の目前でバトロイドに変形させたシノブは、MDEビームを最大出力で放つと同時に、その膨大な推力で離脱する。

 

 MDEビームの持つ微小のフォールド粒子によって、艦の様々な場所が転移させられ、その先の空間で破砕される。そして、艦は動きを停めた。

 

 既に、次の目標へと攻撃を開始していたシノブは、その艦の最期を見守る事無く、ヌージャデル・ガーの中に入っているゼントランの顔面にガンポッドのバレル形の弾丸を遠慮なしに叩き込んだ。

 

『α、β、γ小隊は、対艦ミサイル発射。Δ小隊は、敵機動兵器の殲滅を』

 アイテール、ヘーメラー両艦から発進してきた19機のVF-31が戦闘に加わり、それぞれが攻撃を開始した。

 

 60発近い対艦ミサイルが、動きを停めた中型砲艦に突き刺さり、内部でその威力を解放する。ゼントラーディの中型砲艦は大小さまざまな瓦礫となって、その広大な宇宙を漂い始める。

 

 アラドはスーパーパックを装備した己の愛機で、ゼントラーディのパワードスーツや戦闘ポッド15機程をあっという間に倒していた。

 

「たった1機で艦隊の旗艦とその随伴艦、機動兵器を壊滅させるとは……」

 戦闘は20分と掛からずに終息する。

 

『全機、帰投してください』

 オペレーターからの無線によって、編隊を組んだ各小隊は、それぞれ大気圏に再突入し、それぞれの母艦へと向けて飛んで行く。

 

「……荒鷲の名は……伊達じゃない」

 シノブの後方に着いたミラージュが、宇宙の闇に溶け込んでいる漆黒のVF-25Xを見ながら零した。

 

「ミラージュ」

 

「な、何でしょうかシノブ中尉」

 まさか、名前を呼ばれると思っていなかったミラージュは、狼狽しながらも反応する。

 

「ハヤテはどうしてる」

 

「……『俺も行く』と言っていましたが、戦闘の邪魔になると思って格納庫のハヤテと私の機体にロックを掛けておきました」

 

「賢明な判断だ。ミラージュ少尉」

 

 

 数分後

 

 アイテールの甲板へと着艦したシノブのVF-25Xの外装には、傷一つ付いていなかった。それでも多少は、ゼントラーディとの格闘によって、それの血が機首と左腕の辺りを汚してはいたが。

 

「イング、右腕の反応速度をコンマ5秒程上げておいてくれ」

 コックピットの傍らで待機していた機付長にそれだけを伝え、シノブは艦内へと入っていった。

 




どうもセメント暮らしです。
今回の話は、もちろんIFです!!
実質YF-29と並ぶこの機体に目をつけられたらたまったもんじゃありませんね。
あと、感想ありがとうございます!!
感想と評価は作者の大事な養分となっておりますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。


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ACT.7

 午前中、ラグナの衛星軌道上にデフォールドしてきたはぐれゼントラーディの艦隊を撃滅したシノブは、マクロス・エリシオンの食堂で昼食を食べていた。

 

「あの連中、何処からフォールドしてきたんだ……」

 愛機から取り出した戦闘の映像を見ながら、きつねうどんを頬張るシノブの横にマクロス・エリシオンの艦長であるアーネストが座る。

 

「ご苦労だったな」

 人間が使うサイズの箸で、これまた人間用の丼を持つアーネストの姿に驚きながらもシノブは、平静を保ったままで応えた。

 

「いえ、これも任務の一環です。それにしても……こっちに来る前にも、はぐれゼントラーディの艦隊を壊滅させたんですけど、俺は呪われてるんですかね?」

 

「ガハハハッ、それは君の所為ではあるまい。志を持つことなくうろつている奴らが悪いと、ブラックレインボーで指揮を執っていた私が言えることでは無いがな」

 アーネストが威勢よく笑いながら答えた。

 

「エイジス・フォッカー大佐の事はご存知で?」

 付け合わせの小皿に盛り付けられている銀河キュウリの浅漬けをポリポリと噛みながらシノブが質問する。

 

「あぁ、もちろん知っているとも。彼の指揮するVF-Xレイヴンズを壊滅寸前に追い込んだのは、私が指揮した部隊だ」

 玄米茶の入った湯飲みを持ちながら、アーネストの話を真剣なまなざしで聞くシノブは、新統合軍随一の特殊部隊であるVF-X レイヴンズを壊滅させかけた話に驚きを隠せなかった。

 

「まあ、結局は負けてしまったが、当時の新統合軍の提督に部下ともども生き延びさせてもらったから、私は今でもこうして軍服に袖を通しているわけだ」

 語り終えたアーネストは、食べ終えたどんぶりをお盆に乗せる。そして今度は、味噌汁の入ったお椀を持ち上げ、口元へと運び、一口すすった。

 

「フォッカー大佐には、私もいくらかお世話になりました。そして、S.M.Sでの上官の先輩でもあった人ですからね」

 

「ほぅ……オズマ・リー中佐か?」

 

「ええ。っと、急いだ方いいか。では、俺はこれで」

 手を合わせ、ごちそうさま、と言ったシノブはお盆を持ち上げ、食器の返却口へ行き、返却した後に、アイテールのワルキューレ・ワークスへと向かうのであった。

 

 

 5分後

 

 アイテールの格納庫の中に併設されているワルキューレ・ワークスはデルタ小隊が扱うVF-31 ジークフリードの改修を行う部署である。

 

 その部屋の中には、マキナとレイナしか居らず、備え付けのソファーで寛いでいた。

 

「シノシノ遅いね~」

 

「あんな男……どうでもいい。私はマキナだけいれば充分」

 

「レイレイ、そんなこと言っちゃダメだよ。シノシノだって仲間なんだからね?」

 

「マキナ、ごめん」

 素直に謝るレイナを諭すマキナは母親のように優しく、大人であった。

 

「悪い、遅れたか?」

 そのマキナは、息を切らしながら部屋に入ってきたシノブに振り向き、幼子のような笑みを浮かべるのであった。一方のレイナは、シノブに対して訝しい視線を向け続ける。

 

「ううん、大丈夫だよ~」

 

「ちょっと、アーネスト艦長と話し込んでて……それで、俺のジークフリードは?」

 はいはーい、と目の前のVF-31に駆け寄るマキナの後ろ姿を見ながら、シノブもその後に続き、ジークフリードの機首の目の前に立つ。

 

「これが……VF-31F ジークフリード シノブスペシャル!!」

 えへん、とその豊かな胸を強調しながら意気揚々とマキナは説明を始めた。

 

「この子は、シノシノの機動力を活かした戦いが出来るように、他のジクフリちゃんよりエンジンの推力が10パーセント高くチューンしてあるんだ~。もちろん、それに合わせて機体の構造も強化してるから思いっきり振り回しても問題ないよ~」

 

「さらにさらに~」

 含みを持たせた説明をするマキナは、ラダーを上りジークフリードの起動シークエンスを開始する。シノブも、ラダーを何段か上り、機体のカラーリングがよく見える体勢をとった。

 

 機体が、それまでのグレー一色から、白地に銀朱――ヴァーミリオンのラインにアクセントとして黒が加えられたカラーリングに変化し、その機体の上部中心には、獰猛な鷲の横顔のパーソナルマークが描かれていた。

 

「この……マークは……」

 久しく表示していなかったマークを見て、シノブの言葉が途切れ途切れになる。

 

「ふっふーん!! トルメサちゃんのAIが覚えてたマークを復元したんだよ~」

 

「マキナ、ありがとう……」

 ラダーから降り、床に立ったシノブは、古くからの日本の文化であるお辞儀をする。統合戦争によって地球上から日本という国が無くなって早67年余り、それまであった日本という名前が消えても、日本人が遺した文化は消えることなく、地球から遠く離れた宇宙の端っこで受け継がれていた。

 

「いいよ~、そんな深いお辞儀しなくても……私たちは、貴方達を思いっきり飛ばさせてあげたい。だから……その代わりに……この子で、私やレイレイ、カナカナやクモクモ……そして、フレフレを守って欲しいの」

 ぎゅっと、手を組むマキナの姿を見つめ、口では言い表せない何かを感じるシノブ、そのシノブに何故か苛立つレイナ、レイナの事を気にかけながらもシノブの事が気になって仕方ないマキナ。

 

 三者三様の思いを抱く3人の間に、トライアングルが出現する。

 

「分かった……確約する。必ず、ワルキューレを……護る。だから、力を貸してくれ」

 新たな約束を心に書き留め、シノブは右手を上に伸ばし、何かを掴むように拳を握った。

 

 

 シノブがワルキューレ・ワークスで、マキナやレイナに誓いを立てていた頃、ラグナ沖の空では、新人であるハヤテ・インメルマンとその教官役を仰せつかっているミラージュ・ファリーナ・ジーナスが、基礎的な飛行訓練をしていた。

 

「また失速?」

 速度が乗らないまま、機体を減速させたハヤテがストール状態に陥り、重力に引かれて落下していく。

 

 無論、そんな状態が長く続く訳が無く、AIが直ぐに機体を正常な状態へと復帰させる。

 

「AIのサポートが邪魔で、思うように動かせないんだよ!!」

 VF-1EXのコックピットの中で憤るハヤテにミラージュは、呆れていた。

 

「あなたが、思い通りに動かしたら即墜落です」

 

「何っ!?」

 

「……あっそ」

 ため息を吐いたミラージュは、ハヤテの飛行をサポートするAIをカットした。

 

 AIがカットされた瞬間から、ハヤテの機体が揚力を失い暴れだす。

 

「うわぁあああ!?」

 ハヤテの絶叫がラグナの青空に響き渡る。

 

「戦闘機は機動性を上げるため、わざと安定性を負にしているんです!!」

 

「まったく……身の程知らずが……」

 この日、既に10数回目のため息を吐いたミラージュは、落下していく青いVF-1EXを忌々し気な目で見つめるのであった。

 

 

「Δ5より、ブリッジへ。これより、試験飛行を行う。発艦許可を」

 

『こちら、ブリッジ、了解。発艦よろし』

 VF-31Fの前脚がカタパルトに接続される。

 

「風谷シノブ……出るぞ!!」

 一瞬の間を置き、カタパルトが作動する。8.6トン近い重量を持つVF-31Fが、アイテールの甲板から射出され、その翼が大気を切り裂きながら飛翔した。

 

 発艦早々、8ポイントロールと呼ばれる45度の静止を8回行うマニューバをいとも簡単にやってみせる。

 

『Δ5、チェイサーはどうします?』

 

「こちら、Δ5。海上で飛行訓練をしているΔ4とハヤテ候補生にやらせる」

 

『了解』

 オペレーターとの通信を終えると、シノブはジークフリードのスロットルを開け放つ。

 

 たちまち、VF-31Fが超音速の壁を突破し、一筋の矢となって海上へと消え去った。

 

 

 数分で海上の訓練空域に進入したシノブは、無線でミラージュとハヤテに指示を出した。

 

「Δ4、及びハヤテ候補生。飛行訓練中に申し訳ないが、俺の後方、左右それぞれについてくれ」

 

「そのVF-31はシノブ中尉の機体ですか?」

 ミラージュの質問に、そうだ、と答える代わりにシノブは軽くバンクを振って見せる。

 

「右の水平旋回、バレルロールをやる。Δ4は追従。ハヤテ准尉は、俺の機体の動きをよく見ろ」

 

「了解しました」

 

「……了解」

 気怠そうに答えたハヤテのVF-1EXを一瞥したシノブ。

 

「Δ4、カウント3で行く。いいな?」

 

「いつでもいけます」

 シノブのカウントが始まり、GOの合図と共に、2機の機体が500ノットで右水平旋回を行う。

 

 VF-31FとVF-1EXが右に瞬間的に傾くと、あっと言う間に腹を見せてたちまち小さくなる。

 

「旋回終了。次、バレルロール」

 水平飛行に戻ったシノブとミラージュの機体は、次にバレルロールを行った。

 

 見えない巨人の手によって放り上げられたかのように、2機の戦闘機は上向きに吹っ飛んで消え、太陽の中でクルクルと機体を軸回りに回転させる。

 

 そして、ハヤテの半マイル前方と半マイル右方の位置にふわっ、と舞い降り、水平に止まった。

 

「バレルロール終了。試験飛行は終わりだ。何かしたいことがあるなら付き合ってやるぞ」

 

「……模擬戦をしてくれ」

 口を開いたのはハヤテであった。

 

「ヒヨッコ以下の卵野郎にそんなお願いされるとはね……」

 

「誰が卵野郎だっ!!」

 侮辱されたハヤテから罵声が飛ぶが、そんなことはお構いなしに、シノブは一瞬でハヤテの後方につき、25㎜レールマシンガンでロックオンした。

 

「なっ!!」

 シノブの鮮やかな技術に見惚れると同時にハヤテは卑怯だと感じた。だが、その考えは後に行われるミラージュとの最終試験で木っ端微塵に砕かれるのだが、そんなことをハヤテはまだ知らない。

 




どうもセメント暮らしです。
遂に主人公が搭乗するVF-31Fが現れました!!
案外普通の仕様なのは、この後に出てくるライバル機の仕様がVF-25X並みにおかしいからです。
感想や質問待ってます!!


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ACT.8

 シノブが新たな愛機であるVF-31Fを受領してから3週間が過ぎた。その間にも、ミラージュの指導を受けていたハヤテは、なんとか飛べる状態から、ある程度飛べる状態にまで成長していた。

 

「どうだ、ハヤテは?」

 終業時刻を迎えたアイテール艦内の更衣室には、アラドとシノブがおり、それぞれ隊服から私服へと着替えている。

 

「まぁまぁ、と言ったところです」

 ハヤテの成長度合いを聞かれたシノブは、愛用のGジャンを羽織りながら答えた。

 

「そうか……で、明日の模擬戦だが、メッサ―とお前が審判だ」

 ロッカーのドアを閉め、体を入口へと翻したアラドが後ろ手で伝える。

 

「――」

 

「ついでに……戦場の理不尽さも教えてやれ」

 そう言い残し、アラドは更衣室を出て行った。

 

「……理不尽、か……」

 

 

 翌日

 

 パイロットスーツを着込み、ハヤテの最終試験に審判として上がるシノブは、第二の愛機であるVF-31Fの点検をしていた。

 

 未だ、白地にヴァーミリオン、黒のアクセントの機体には、傷一つついていない。

 

「ノズル内も問題無し、っと……」

 手元のタブレットに表示させているチェックシートに、OKと書き込みながら機体の周囲を一周する。

 

 ラダーに足をかけ、今度はコックピットに入り、機体のシステムを立ち上げた。

 

 『READY』の文字がシート正面の大型MFDに映し出されたが、シノブはマルチパーパスコンテナの装備が普段とは違うことに気づく。

 

「……2連装MDEビームキャノンユニット――。イング、この装備の説明は聞いていないぞ」

 タブレットを機付き長であるイングに手渡しながら問い詰める。

 

「トルネードパックに装備されてる大型MDEビーム砲の改良型だ。シノブに試験運用をしてくれと、アーネスト艦長からの命令でね」

 イングは、受け取ったタブレットに詳細なデータを表示し、コックピットシートに座るシノブに見せた。

 

「そいつはいいけど、何処で撃つんだ? まさか、海上でやれとは言わないだろう?」

 

「今日は、ただの稼働試験だ。360度の旋回動作に上方30度までのな」

 イングの言葉に耳を傾けながら、シノブはホログラムキーボードをテンポよく叩く。

 

「射撃は明日。この間、お前さんが壊滅させたはぐれゼントラーディの残骸でやるそうだ」

 

「俺が壊滅させた訳じゃないさ」

 

「謙遜すんなよ。お、ヒヨッコのお出ましだ」

 そう言ってイングは機体から離れ、青いVF-1EXの元へと駆けていった。

 

「まったく――」

 

 

 10分後

 

 雲一つないラグナの青空に4機のバルキリーがダイアモンド編隊を組んで飛行している。

 

『いいか二人共。制限時間は5分。一発でもミラージュに当てりゃあ、ハヤテの勝ちだ。ハンデとして、ハヤテは何発くらっても良しとする』

 

『審判は、メッサーとシノブ。各機左右に旋回し、すれ違った瞬間から試験スタートだ』

 アラドの説明が無線を通して4人の耳に入り、編隊を崩したハヤテとミラージュがそれぞれ左右に旋回した。

 

「「了解」」

 

『距離5000……4000……3000……2000……1000……スタート!!』

 オペレーターの一人であるニナ・オブライエンが試験の開始をコールする。

 

 青と赤のVF-1EXが近距離ですれ違った。

 

 そのままの高度をただただ真っすぐに飛んでいたハヤテの後ろを、ループで取ったミラージュが初撃を加えた。

 

「素人め」

 

「くっ!!」

 ハヤテの操るVF-1EXの背部が紫色の染料で染まる。

 

「適性のない者を合格させても、戦場で命を落とすだけ。ならば!!」

 バランスを崩し、落下していく青いVF-1EXに更なる射撃を加えながらミラージュが追いすがった。

 

「AIが勝手に……なら!!」

 AIサポートを解除したハヤテの機体がブレ出す。

 

「なっ!! 自分でAIのサポートを切った!?」

 

「見てろよ!!」

 マニュアル操縦に切り替わったVF-1EXを必死に操作するハヤテであったが、そこは技量が足りていない。速度の出ていない機体が無理に旋回に入れば、空気の抵抗を受け、機体が失速する。

 

 アンコントロールに落ちいった機体が海面目掛けて落下していった。

 

「ハヤテ・インメルマン候補生!! 直ちに脱出しなさい!!」

 その後を追いかけるミラージュが声を上げるが、ハヤテはそれを聞かずに、操縦の利かなくなった機体を振り回していた。

 

「負けたら飛べなくなる!!」

 なんなら、辺境のVF部隊にでも行けばいいじゃないか、とシノブはこの時思ったのであるが、そんなことを口に出すほどシノブは馬鹿ではない。

 

「ダメです!! サポートだけでなく遠隔操作を切られています!!」

 

『あのバカ!!』

 

『消火班及び救護班、緊急待機!!』

 普段は罵声など、ほとんど言わないアラドが口に出すほどの事態であった。

 

 高度3000フィート――――約914メートルを保ちつつ、二人の試験の審判をしていたメッサーとシノブがそれぞれの機体を降下させた。

 

「メッサー、取り敢えず降下させるぞ」

 

「了解」

 

 その間にも、ハヤテとVF-1EXはどんどんと落下していく。が、その事態は終わりを告げた。フレイアの歌が無線から流れ始めたのである。

 

 アーチ状になっている岩山を腕を出さないガウォーク・ファイター状態で潜り抜け、海面すれすれからの急上昇。

 

「まだ試験は終わっていないぜ!! 教官殿!!」

 

「何!?」

 

「いっくぜぇぇえ!!」

 旋回し続ける両者であるが、射撃を加えるミラージュのペイント弾はことごとくが外れていた。

 

「いい加減、観念しなさい! ハヤテ候補生!!」

 遂に、ミラージュ機のレティクルがハヤテ機を捉える。

 

「掛かった!!」

 ハヤテはこのタイミングを逃さなかった。

 

 コブラ機動を取り、急減速する。そして、ガウォークに変形し上昇。太陽の中に入った機体をミラージュは見失った。

 

 そこからバトロイド状態で落下してきたハヤテが、ミラージュ機のコックピット周辺にペイント弾を命中させる。

 

 制限時間を丸々と使い、勝利したのはハヤテ・インメルマンであった。

 

「よっしゃーーーー!!」

 バトロイド状態でフレイアの歌に合わせて踊るハヤテを茫然とした目でミラージュは見つめるのであった。

 

「負けた? 私が……」

 

 

「さて、仕事しますか」

 

「メッサー、上から回り込んで射撃を加えろ。その後は執拗に追い回せ。俺は、奴の直下から接近し射撃して上空に離脱。で、反転降下して、また射撃だ」

 

「了解」

 シノブとメッサ―がそれぞれ機体を降下、上昇させ、無防備に踊っているハヤテ機に攻撃を仕掛ける。

 

 上空からのメッサーの射撃がハヤテ機を襲い始めた。

 

「いつまで踊っている」

 

「いきなり卑怯だぞ!!」

 ハヤテは吠えるが、そんなことはお構いなしにと、下からも銃撃が加えられる。

 

「戦場に卑怯もクソも無い。信じられるのは己の腕だけだ」

 コックピット直下を黄色のペイント弾が染め、シノブが淡々とした口調で言う。

 

「そっち最新鋭機だろ!?」

 

「ハンディキャップ・マッチだけを飛び続けられると思うなよ」

 いったん上昇して反転降下してきたシノブのVF-31Fが機首とキャノピーにペイント弾を着弾させる。

 

「戦場での撃墜は不意打ちによって行われる。生き残るために、戦う術を身に付けろ」

 執拗に青のVF-1EXを桃色と黄色のペイント弾で染め続けるベテラン二人の言葉の正しさを、ハヤテはただ認めるだけであった。

 

 だからハヤテはそれ以上言い返さずに、いつかあの男達を超えてやる、と密かに脳内のリストに書き込んだ。

 

 

 惑星ウィンダミア

 

 首都ダーウェントにそびえる王城の程近く、ウィンダミア空中騎士団が使用する滑走路に7機のSv-262 ドラケンⅢが着陸した。

 

 その中の1機の機体に、3人の男達が息も荒々しく駆け寄る。

 

「貴様!! 何だあの攻撃は!!」

 真っ赤な髪と2つのルンを煌々と光らせる少年、ボーグ・コンファールトがドラケンⅢから降り立った真っ白な髪と紅い瞳を持つ女性に詰め寄った。

 

「戦いは変幻の連続、自分以外を信用したら墜とされるわ」

 真っ白な髪の女性、ノーラ・ガブリエルがメッゾソプラノの声音で告げる。

 

「だからと言って!!」

 

「ボーグ、ノーラ中騎の言葉は正しい。射撃を躊躇う事は、自分の死が一歩近づくという事だ」

 ボーグの後ろから、これまた美しい金髪をたなびかせる男、キース・エアロ・ウィンダミア――白騎士がやってくる。

 

「白騎士様……」

 キースの言葉にボーグのルンの煌めきが弱弱しくなり、ノーラに見られまいと体を翻した。

 

「ノーラ中騎、我々は城に戻る。後は好きにするがいい」

 ヘルメットを片手に持ちながら、キースは5人のパイロットを連れて王城へと戻っていった。

 

「はっ」

 キースやボーグ達を見送るノーラは、脳裏にある男の姿を思い浮かべる。

 

 その男は、彼女がガイノス3でVF-25の飛行隊にいた時に世話になったあの男であった。

 

 

 




どうもセメント暮らしです。
今話に登場したノーラ・ガブリエル中尉の容姿は、「食戟のソーマ」の薙切アリス風です
それと、お気に入り登録101件ありがとうございます!!
これからもこの拙作をどうぞよろしくお願いいたします。


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ACT.9

 ハヤテの最終試験から5日後、チャック達家族が経営する飲食店船『裸久娘娘』では、フレイアとハヤテ、シノブのデビューを祝う大歓迎会が行われようとしていた。

 

 アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ小隊のメンバーからワルキューレ、更には、普段表に出てこない裏方衆、ラボで何やら怪しげな研究をしているアイシャ等々、ケイオス・ラグナ支部で働く人間がお世辞にも広くない『裸久娘娘』のフロアに集まっている。

 

『ワルキューレの新星、フレイア・ヴィオン!! そのデビューステージが明日、惑星ランドールでのワクチンライブと大決定!!』

 銀河ネットワークのアナウンサーが興奮冷めやらぬ勢いで言った。

 

 皆それぞれの手に、ジョッキやグラス、タンブラー、コップを持ち、乾杯の音頭を今か今かと待っている。

 

「あー、思い起こせばワルキューレ結成を依頼されてから――」

 

「と言うわけで~」

 

「フレフレとハヤハヤ、シノシノのデビューをお祝いして~」

 

「「乾杯!!」」

 アーネストの長ったらしい前口上を防ぐ形でマキナとニナが前に躍り出る。そして、そのまま乾杯まで繋げた。

 

「ようこそケイオスへ~」

 フロアのあちこちからグラスを互いに打ち付ける音が響いてくる。

 

「フレイア・ヴィオン、命がけで頑張ります!!」

 大仰な敬礼をするフレイアを見ながらハヤテは大げさ、と呟いた。

 

「ではではー、期待のルーキーとベテランからも一言!!」

 隣に控えていたチャックがハヤテとシノブの肩を抱きながら言う。

 

「はぁ!?」

 

「聞いてないぞ?」

 

「いいからいいから、遠慮せずにビシッとかましたれ!!」

 

「メサイアとジークフリードの整備してやんねぇーぞー!!」

 二人は揃って抗議の声を上げるが、外野からのヤジがシノブの心に火をつけた。

 

「シノブ・風谷だ。Δ5をやらせてもらってる。それと……今ヤジを飛ばしたイングは後で一緒にフライトな」

 機付き長であるイングに笑えない冗談を飛ばしながらシノブはジョッキに注がれたビールを呷った。

 

「ハヤテ・インメルマン。やれるとこまでやってやる!!」

 立派に言い終えたハヤテも並々に注がれたオレンジジュースをグイっと飲んだ。

 

 

 歓迎会は更に盛り上がりを見せた。

 

 そんな中、フレイアは神妙な面持ちで言った。

 

「ワ、ワクチンライブか……」

 

「ランドール自治政府からの要請。最近ヴァールの発生危険率が上がってきたからって」

 

「でも、そもそもなんでライブなんだ? 録音して放送とかじゃダメなのかよ?」

 マキナの説明にハヤテが質問する。

 

「私たちが歌うと生体フォールド波っていうのが発生するの。で、それがヴァールに効くんだけど、録音したりデータ化したりすると効力激減」

 

「「へぇ~」」

 ハヤテとフレイアの二人が揃って相槌を打った。

 

「確かに……8年前もシェリルとランカがバジュラ達に心を伝える為にアイランド1のステージで生歌を熱唱してたな」

 レイナの横に座ってビールを飲んでいたシノブが思い出しながら語る。

 

「やっぱり、生が一番」

 生きているクラゲを箸で掴み、口に運んだハッカーの歌姫が幸せそうな表情を零した。

 

「……って、シノブさん……シェリル・ノームとランカ・リーに会ったことあるんですか!?」

 威勢よく立ち上がったフレイアがシノブに熱い視線を向ける。

 

「ああ。ランカはデビューする前から仲良かったし、シェリルの方は戦役中にSPやらされて、そっから親しくなったっけな」

 カランカランと空になったグラスの中の氷を遊ばせながらシノブは言った。

 

「もしかして、シノブさんって凄い人?」

 

「いや、もっとスゴイ奴いるよ」

 フレイアの言葉を否定したシノブは、含みを持たせた回答をして、グラスを持ったまま立ち上がり、席を離れるのであった。

 

「……誰なんやろ?」

 顎に手を当て考え込んだフレイアを横目に、ハヤテはシノブの姿を目で追う。

 

「ねぇ!! ハヤテたちも歌うの?」

 チャックの一番下の妹であるエリザベスが口元にソースを付けながら言った。ハヤテはソースを指で拭ってやりながら答える。

 

「いや、俺とシノブはエアショーをするんだと」

 

「例のアンノウンが現れる可能性もあります。気を抜かず私の指示に従うように!!」

 

「ほいなほいな」

 

「あー!! それもしかしてわたしの真似!?」

 

「……さぁね~」

 フレイアとハヤテの掛け合いを見ながらミラージュは何故か目を逸らすのであった。

 

 

 翌日

 

『アイテール、分離。重力制御、異常なし』

 

『フォールドエネルギー、順次コンデンサより解放』

 

『恒星間航行モード、始動』

 ラグナの空が茜色に染まり始めた頃、ワルキューレとデルタ小隊を乗せた『アイテール』が惑星ランドールへと向けて飛び立っていった。

 

 アイテール艦内の士官室では、Δ1、2とシノブ、そして、ワルキューレのリーダーであるカナメがライブ前のミーティングをしている。

 

「ペアはいつも通りで、アクロバットの演目に変更は無し。で、万が一この間の〈ファブニル〉が現れた場合はそれぞれの判断で攻撃してくれてかまわん」

 バレッタクラゲのするめを齧りながらアラドは言う。

 

「「了解」」

 シノブとメッサ―がそれぞれ返事をした。

 

「カナメさん、他に何かありますか?」

 

「いえ、特にないです」

 ミーティングが終了し、それぞれが準備へと入った。既に、フォールドから25分以上経過しており、あと少しで惑星ランドールの軌道上に着く予定である。

 

 ミーティングを終え、長年愛用しているS.M.Sのパイロットスーツに身を包んだシノブは、自身の愛機であるVF-31Fのコックピットで発艦までの時間をタブレットで潰しはじめた。

 

 ディスプレイには、L.A.IとS.M.Sに調査を依頼していた〈ファブニル〉の詳しい情報が写されている。既に、このデータはケイオス本部にも提出されており、アーネストやアラドもこの資料に目を通している。

 

「ギャラクシーの生き残りとはね……」

 膨大な量のデータを流し読みしながら的確に情報を得るのはシノブの特技でもある。

 

『ランドール軌道上にデフォールド完了。デルタ小隊、及びシャトル、順次発艦してください』

 オペレーターの声がヘルメットに搭載されたスピーカーから流れ、整備士達がエアロックに退避していく。

 

「Δ5よりΔ1へ。先に出ます」

 アイテールの飛行甲板には5基のカタパルトしか設置されていない。そのため、誰かが先に離陸しなければいけないのである。

 

『おう』

 アラドが気さくに返した。

 

「Δ5、発艦する」

 浮かび上がる機体の周囲に黄色のガイドラインが現れ、機体を虚空へと打ち出した。

 

 直ぐに、シノブ以外のジークフリードが射出され、ワルキューレが搭乗するシャトルを四方から囲む形で編隊を組み、ランドールの大気圏に突入する。

 

 

 デルタ小隊によって護衛されているシャトルの中ではワルキューレの5人が向かいあい、それぞれが口上を述べていた。

 

「銀河のために」

 

「誰かのために」

 

「今、私たち」

 

「瞬間、完全燃焼」

 

「命がけで、楽しんじゃえ!」

 5人の歌姫が、手を重ねる。

 

 彼女たちのルーティンである。

 

「GO!! ワルキューレ!!」

 

 

 ランドール宇宙港に設けられた特設ステージには、十万人を超える人々が集まっており、ワルキューレのライブ開始を今か今かと待ち望んでいる。

 

 その人々に応えるかのように、ステージ上空に6機のVF-31が進入し、色とりどりのスモークを噴出させ、ステージの空を彩る。

 

 そして、歌姫たちがスカイダイビングの要領で降下していく。が、フレイアただ一人はシャトルのドアで動きを停めていた。

 

「飛べば飛べる。飛べば飛べる。飛べば飛べる――――ゴリゴリ~~!!」

 謎の言葉と共に、意を決したフレイアは飛び出す。降りる先には大勢のファンの人々とワルキューレの先輩たち。

 

 着地を失敗しながらも見事ステージに降り立ったフレイアを待っていたのは、割れんばかりの大歓声であった。

 

 

 司会も務めるカナメがフレイアを紹介し、早速ライブが始まった。

 

「……」

 背面飛行をしながら、マルチドローンプレートであるシグナスを全機射出したシノブは、ワルキューレの歌に合わせてすぐさま次の演目に突入していった。

 

 そんな中、ハヤテが編隊を乱し、ワルキューレのダンスに合わせてバトロイドの形態で踊りだした。ミラージュが怒りを露にするが、アラドやシノブは青と臙脂のVF-31が離脱した穴を埋めながらアクロバットを継続する。

 

「ヴァール発生率48パーセントに低下」

 

「フレイア、フォールドレセプターノンアクティブ」

 カナメとレイナの声が無線を通じてシノブの耳へと入った。

 

『アイテールより、デルタ1へ!』

 

「?」

 ニナからの通信にアラドは首を傾げるが、次の言葉でアラドの顔はライブのバックダンサーから歴戦の戦闘機乗りの顔になる。

 

『アンノウン、衛星軌道上に出現。大気圏に突入していきます』

 

「奴らか!!』

 デルタの全員が遥か上空を見上げた。

 

 機体を紅く染めながら7機のアンノウン――Sv-262ドラケンⅢがランドールの上空に現れた。

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 




どうもセメント暮らしです。
CHARAT様で作成したシノブのアバターを公開しました。
是非ともご覧ください。
感想や質問待ってます!!


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ACT.10

 ワルキューレのワクチンライブは突然の闖入者によって混沌へと叩き落された。

 

 響き渡る悲鳴。

 

 逃げ惑う人々。

 

 火を噴きながら墜落していくVF-171。

 

 ヴァール化した新統合軍の編隊から攻撃手段を奪いながら飛行していたシノブは、1機のアンノウンに取りつかれた。

 

「ち……」

 ビーム機銃がシノブの機体に襲い掛かる。が、シノブはそれを難なく躱し、ひらりと敵機の後ろについた。そしてアンノウン機の右翼端のゴーストと機体上部のミサイルパックを破壊する。

 

「外したか……」

 シノブは、上空へと一旦離脱する。その先には、何度も交錯しながら戦闘をするメッサ―と敵のエースがいた。

 

 互いにスモークを噴出させ、ドッグファイトを繰り広げるVF-31FとSv-262Hsの戦いにシノブは躊躇いなく飛び込もうとするが、先程ミサイルポッドとゴーストを失わせた機体が再度、攻撃を仕掛けてきた。

 

「諦めの悪い奴だな」

 もう片方のミサイルパックから発射されるマイクロミサイルの奔流をレーザー機銃で迎撃したシノブは、機体を急制動させ、アンノウンをオーバーシュートさせる。

 

 再び後ろを取ったシノブがレールマシンガンを放つ。その弾丸は、左方に装着されているゴーストを吹き飛ばした。更に、アンノウンのエンジンノズル脇に着弾するが、そちらは、黒煙を噴くだけで、致命的なダメージを与えられていなかった。

 

「硬いな……っ!?」

 突然シノブの目の前からアンノウンが消える。

 

「まさか!!」

 アンノウンの思惑に気づいたシノブは、攻撃を受けまいとファイターの状態のまま後ろに一回転させるクルビットを行った後、機体を反転させ、離脱する。コンマ数秒前までシノブがいた場所には、光弾の嵐が空へと向かって伸びていた。

 

「……あの()()()()()を使ってくるとは……」

 

 離脱していった荒鷲のエンブレムを持つ銀朱のVF-31を見つめながら、Sv-262のコックピットに座るノーラは、必殺の射撃が躱されたことに驚きを隠せなかった。

 

「躱した……!?」

 

『ノーラ中騎、始めるぞ』

 

「了解……」

 騎士団の最年長であるヘルマン・クロースがノーラに合図を出す。ノーラはそれ以上考えることなく次のフェーズへ向けて機体を離脱させた。

 

 

『アラド少佐!! やられた!!』

 ラグナに居るアーネストからの通信がオープン回線でシノブの耳に入ってくる。

 

「アイテールが!?」

 

『いや、陽動作戦だ!!』

 

『君たちが戦っている間に惑星ヴォルドールの首都が敵軍に陥落された!!』

 

「なんだと!?」

 

「敵って……」

 アラドやミラージュが声を上げ、ワルキューレとデルタ小隊の面々がアンノウンの光学ステルスが解除される様子をじっと見ていた。

 

「空中騎士団……」

 シノブは、マキナとレイナの近くにガウォーク形態で着陸し、空を見上げている。

 

 そのシノブの目に、ただ1機だけ、紋章が描かれていない機体が入る。その機体には、紋章の代わりに、雷を吐くドラゴンのエンブレムが輝いていた。

 

 7機のバルキリーが一斉にファイターからバトロイドへと変形し、空には巨大なスクリーンが形成され、洒落た眼鏡をかけたひどく美しい男が口を開く。

 

『ブリージンガル球状星団、並びに、全銀河に告げる。私は、ウィンダミア王国宰相、ロイド・ブレーム』

 ウィンダミア宰相の言葉に、フレイアの目は見開かれ、感覚器官であるルンは黒ずんでしまう。

 

『我がウィンダミア王国は、大いなる風とグラミア・ネーリッヒ・ウィンダミア王の名の下……新統合政府に対し、宣戦を布告する!!』

 

「……いきなりの宣戦布告か……」

 空中に投影された巨大なスクリーンを見ながらシノブが呟く。その声音には、若干の驚きと負の感情が混じっていた。

 

 

 ウィンダミア王国の空中騎士団は宣戦布告の映像を流した後、直ぐに撤退していった。ラグナに戻ったアイテールからエリシオンのブリーフィングルームに集められたワルキューレとデルタ小隊のメンバーはアーネストやアラド、カナメが来るのを待っている。

 

 だが、その中にシノブの姿は無い。

 

「チャック、シノブはどこ行ったんだよ?」

 フレイアやマキナ、レイナが、呑気にスナック菓子をポリポリと食べている姿に苛立ちを覚えていたハヤテは、シノブがどこに行ったのかをチャックに聞いた。

 

「さぁ?」

 

 そのシノブは、ドアの外で原隊の隊長であるオズマと電話をしていた。

 

『ケイオス側から依頼内容の変更があった。〈ワルキューレ〉の護衛に変わりは無しだが、それにウィンダミアとの戦争行為に対する直接戦闘が加えられる。期間は戦争終結までだ』

 

「了解しました。臨時ボーナスの稼ぎ時ですかね?」

 

『それはそうなんだが……死ぬなよ』

 

「解ってます。スカル小隊に空席は出しません。それと……調べてもらいたい奴がいます。っと……それは後で」

 

『ああ、分かった。期待しているぞ』

 アラド達が来たことを悟ったシノブは、オズマに言葉を返すことなく電話を切った。そして、切られた端末を太もものポケットに仕舞いこむ。

 

「入らないのか?」

 

「アラド隊長。依頼内容の変更を聞きました」

 

「そうか……」

 

「S.M.S上層部は、私に対してウィンダミアとの直接戦闘を認可。私もそれを承諾致しました。期間は……戦争終結まで。具体的な内容についてはレディ・Mの方に通達済みかと思われます」

 アラド達3人を見ながらシノブは言った。

 

「……念のために聞くが、裏切りとかは無いよな?」

 

「S.M.Sの評判を潰すような行為はしませんよ。そんなことしたら、俺がディメンション・イーターで消されます」

 シノブは、苦笑いを浮かべながらアラドの質問に答える。

 

「愚問……だったな」

 

「ええ」

 

「隊長、シノブさん、開けますよ」

 やりとりを終えたタイミングを見計らって、カナメが二人に声をかけた。

 

 ウィンダミアの概要と空中騎士団が使用する機体、その中のエースである〈白騎士〉等の説明が終わった後に、シノブは、マキナとレイナに連れられてベータ小隊隊長であるハルの家に向かっていた。

 

「強いよな……フレイアちゃんはさ」

 マキナとレイナの後ろを歩きながらシノブが呟く。

 

「故郷の星が銀河全域に宣戦布告するなんて……普通ならあり得ないよね」

 マキナの言葉に合わせてレイナがうんうんと頷いた。

 

「新統合政府に宣戦布告するってことは、俺達S.M.Sも黙って見てないんだけど……」

 携帯端末にS.M.S社員しか閲覧する事の出来ない、保有する全戦力のデータを表示しながら言うシノブは、保有バルキリーの一覧に幻の機体があることに気が付いた。

 

「……YF-29!?」  

 YF-29 デュランダル――2059年のバジュラ戦役終結直前にロールアウトされた4発の反応エンジンを持ち、VF-9 カットラスやVF-19 エクスカリバーと同様の前進翼を持つ機体である。

 

 4つの高純度フォールドクォーツ〈賢者の石〉から発生する無尽蔵のエネルギーによって熱核反応エンジンの性能を限界以上に引き出しエネルギー転換装甲のフル稼働を実現した『超可変戦闘機』として、シェリル・ノームとランカ・リーの歌声をバジュラ達に届け、戦役終結に貢献した。

 

「……確かアルトが乗っていたデュランダルは回収されたはずだが……まさかな……」

 早乙女アルトが搭乗していたYF-29は戦役終結の2か月後にS.M.Sと新統合軍主導の元で回収された。今、その機体は惑星フロンティアのL.A.I社で保管されており、S.M.Sが所有しているモノではない。

 

「着いたよ~?」

 

「あ……ああ」

 手元の端末を覗き込んできたマキナに言葉を返したシノブはホログラムデータを消し、体を玄関へと向けた。

 

 レイナがインターフォンを押すと、エプロンを付けたハルが出迎える。マキナとレイナは自分の家の如く入っていくが、シノブは一旦立ち止まった。

 

「どうかした?」

 

「……いや、懐かしい匂いがしてさ」

 デニム生地のハイカットスニーカーを脱いだシノブは、ハルと共にリビングへと進む。そのリビングでは、マキナとレイナが絨毯に寝ころび寛いでいた。

 

「毎回こうなのか?」

 

「ええ。ほら、二人共、準備は手伝ってね?」

 ハルの言葉に、はーい、と返事をするマキナは立ち上がると、キッチンへ駆けて行った。レイナは何も答えずにマキナの後を追っていく。

 

「少し待っててね」

 ああ、と答えるシノブの目に、キャビネットの上に置かれた写真とガラスの線香立てが映った。キャビネットに近づき木製の写真立てを手に取る。

 

「……夫婦二人の旅行はどうだった? 兄さん」

 S.M.Sの隊服を着て、優しい顔をしている兄の写真に、シノブは語り掛けた。

 

 出来たよ~、というマキナの声を聴いたシノブは写真立てを元の位置に戻し、ダイニングへと向かうのであった。




どうもセメント暮らしです
ハル・鏡とノーラ・ガブリエルの画像を公開いたします

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ACT.11

 数多の星が恒星によって輝く空の下、シノブは縁側に腰を下ろしていた。隣には、家の持ち主であるハルが座っている。

 

「……なぁ、義姉さん」

 フロンティア産の米を使った清酒を飲むシノブは、頬を上気させながらハルに話しかけた。

 

「なに?」

 そのハルも、清酒が注がれたぐい呑みを持っている。

 

「7年前、8か月いや、ウィンダミア独立戦争が起こった直後から、極秘任務とかでいなかったよな……」

 

「そうだったわね……」

 

「何処に行ってたんだ? オズマ隊長に聞いても『知らん』の一転張りだったしさ」

 意を決した表情で話すシノブに対してハルは、微笑みを浮かべながら聞いている。

 

「ウィンダミアに行ってたのよ。観戦武官って言ったら古いけど、S.M.Sのマークから新統合軍のマークに張り替えたVF-19で空中騎士団と戦いながら、S.M.Sに戦況を報告する任務に就いていたわ」

 

「やっぱりな。だから……あの純白のメサイアが残ってたのか」

 

「ええ。当時、VF-25はまだフロンティアとごく一部の移民船団、後は、地球圏しか配備していなかったから、何処から来たかって、バレちゃうでしょ? だから、ワイルダー艦長がVF-19Aを宛がってくれたのよ」

 

「流石、我等の艦長……」

 

「ワイルダー艦長には、ホントお世話になったわね。私も、君も」

 

「ああ」

 悪戯っぽく笑うハルに釣られ、シノブも笑みをこぼすのであった。

 

  

 

 翌日

 

 マクロス・エリシオンの大会議室には、ケイオス・ラグナ支部で働く人々が集められていた。もちろん、アルファからデルタまでの小隊とワルキューレもである。

 

「ラグナ星系自治組織連合からの要請だ」

 巨大スクリーンの前に立つアーネストが口を開いた。

 

「今までの依頼は、ヴァールによる暴動の対応のみ。そこにウィンダミア王国侵攻に対する防衛が加えられた」

 

「つまり、ここから先は戦争ってことだ」

 アーネストの言葉を簡単に言い直したアラドは、椅子に座らずに壁に寄りかかっているシノブを一瞬だけ見る。

 

「それに従い、私たちも契約の更新を行います」

 

「ケイオスは民間企業です。契約に納得いかなければ除隊も出来ますが――」

 それに付け足すようにカナメが言った。

 

「無論、更新します!!」

 

「同じく」

 

「聞くまでもないわ」

 

「きゃわわ~なジークフリードちゃんを置いていけないもんね!!」

 

「ハンコ押す……」

 

「俺も……まだ誰ともデートしてないしね~!!」

 デルタとワルキューレの半分以上が契約を更新すると言った。それに対して、アラドは「お前らは……」と、苦笑いを浮かべるのであった。

 

「ハヤテ、お前はどうする?」

 

「シノブはどうすんだよ?」

 

「残念ながら、俺に拒否権は無いのさ」

 ハヤテの問いに、両手を挙げてシノブは答える。

 

「…………」

 

「まぁいい……考えておけ」

 

「フレイア。あなたはどうするの?」

 

「……正直、戦争って言われてもピンと来んし……」

 

「そう……でも一つ問題があるわ」

 フレイアに対して美雲は自分の手を触りながら言う。

 

「ケイオス本部は、あなたをスパイではないかと疑っている」

 

「すっ、スパイ!?」

 素っ頓狂な声を上げるフレイアであったが、美雲はお構いなしと言った感じで受け流した。

 

「美雲!!」

 カナメが美雲を咎める。

 

「同じ声は、マスコミやファンからも上がっているわ」

 

「俺も、まだ信用できないな」

 

「シノブさん!!」

 今度はシノブがカナメの叱責を受ける。シノブはチラッとカナメに視線を向けるが、直ぐにフレイアに戻す。

 

「シェリルも……最初はスパイだった」

 

「え……」

 シノブが言い放った言葉に二の句が継げないフレイアは、ウィンダミア人特有のルンを青黒く染める。

 

「嘘じゃないさ。ただ、シェリルは疑われてもなお歌い続け、フロンティアに住む人々を勇気づけた。まぁ、歌い続ければ民衆って奴は勝手に信じてくれる。そうだろ? 美雲さん」

 

「ええ、そうね。ま、メンバーにスパイがいるくらいの方が面白いとは思うけど……」

 シノブの言葉を肯定した美雲が不敵な笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「大丈夫!! 一日も早く信じてもらえるようごりごり頑張ります!!」

 

「そう……楽しみにしているわ」

 

 

 その夜、シノブは『裸久娘娘』のテーブルでチャック達と雑談をしていた。隣に座っているマキナは、タブレットにマルチドローンプレートであるシグナスのデータを映しながら何かをしている。

 

「精が出るねぇ」

 

「マルチドローンプレートの改良ですか?」

 

「そう……これからはデルタ小隊との連携がさらに重要になってくるからね」

 ミラージュの質問に答えたマキナの口に、どんどんとクラゲ餃子がレイナの手によって放り込まれていく。

 

「食べるか、直すか、どっちかにしたらどうだ?」

 

「その時間も惜しいの!!」

 

「お、おう……」

 頬を膨らませて怒りを露にするマキナにこれ以上言うまいと、シノブはその口を噤んだ。

 

「なぁ……ミラージュ、シノブ」

 

「お前ら、人間相手に戦争したことあるか?」

 

「ええ、新統合軍にいたころ……」

 

「あのゼントラ艦隊は例外か?」

 緑茶の入ったコップを持つシノブがチャックに問う。

 

「あいつらは意思疎通してないじゃねぇかよ。で、どうなんだ?」

 

「勿論あるさ……」

 

「チャック少尉は?」

 

「似たようなもんだ」

 

「ウィンダミア独立戦争のことは? 先日の宣戦布告では統合政府が搾取しようとしたと……」

 

「新統合軍の目的は、ウィンダミアの地下に埋まってるフォールドクォーツだったはずだ。この広い銀河でも、フォールドクォーツが産出するとこなんて、ウロボロスかウィンダミアくらいだからな。フロンティアはもう取れないし、ウロボロスも極端に遠い。おまけに、可視化したフォールド断層の所為で外界との接触が出来なくなることがある惑星ときた」

 シノブが住んでいたフロンティアは、2059年当時、バジュラがまだ銀河系にいた時は宝島であった。だが、バジュラ戦役が終結し、バジュラ達が銀河系を去った後、その‘供給源’が失われてしまったために宝島という夢は、夢のままで終わってしまう。

 

 それでも、フロンティア新統合軍とS.M.Sフロンティア支社、L.A.I技研がシノブやハル達が倒したバジュラの亡骸を回収し、取り出されたフォールドクォーツはVF-25のISCやYF-29のコアユニット、フォールド断層を超えられる性能を持つスーパーフォールドブースターに使用されていた。

 

 一方の惑星ウロボロスは、銀河辺境に位置し、惑星全体にゼントラーディや人類を作ったとされるプロトカルチャーの古代遺跡が点在している。そのため、フォールドクォーツが発掘されることも珍しくなく、銀河有数のフォールドクォーツ産出地であるのだが、如何せん、惑星の位置や『ウロボロスオーロラ』と呼ばれるフォールド断層によって外界との往来が途絶える事も多いため、開発に時間が掛かっているのが現状である。

 

 2067年現在では、フォールド断層を超えられるFDR――フォールドディメンショナルレゾナンスシステムやスーパーフォールドブースターによって幾分かは、往来が楽になっている。

 

「随分……博識なんですね」

 

「アイシャの受け売りだ。そういえば……アイシャとはどっかで会ったことがあるんだよなァ……」

 腕を組むシノブが天井を見上げる。何かを思い出そうとするが思い出せない。

 

「S.M.Sの支社長だった人だと聞いてますから、会議とかそんな時にお会いしたのでは?」

 

「一パイロットがウロボロス支社長の出る会議なんかに行かないよ。大体、支社長どうしの会議なんて見たことも聞いたこともないのにさ」

 

「よう。遅かったな。どこ行ってたんだ?」

 

「ちょっとね」

 チャックの問いをあいまいに返したハヤテが椅子に座り込み、その青い髪をかきあげた。

 

「さて……と」

 緑茶を飲み干したシノブが席を立ち上がる。

 

「何処行くんだよ」

 

「お前達の訓練メニューを組まなきゃいけないんだ」

 そう言い残してシノブは二階へと上がっていく。

 

「……なんか、あいつ俺にだけ当たり酷くねぇか?」

 

「ハヤテが生意気だからじゃないですか?」

 ミラージュの的確な指摘にハヤテは、ガックリと項垂れる他なかった。

 

 

「アクティブステルスを作動させての模擬空戦を入れるか……それとも、バトロイドでの格闘戦を重視するか、悩みどころだな」

 ラップトップのキーボードを叩いていたシノブは、横に置いていたノートの一冊を取り、一ページずつ捲っていく。あるページを捲ったところで、写真が落ちた。

 

「……写真?」

 拾った写真には、バルキリー乗りとしてのライバルであり、アグレッサーとして同じ職に就いていた友人達の懐かしい姿が映っていた。

 

 

 

 




どうもセメント暮らしです。
S.M.Sのアグレッサーは将来有望なエース格の若者が多かったということですから、マクロス30の主人公であるリオン・榊も該当しますよね? というか入れたい。
マクロス30がしたくなってきました……
感想や質問待ってます!!


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ACT.12

「くそっ!! 何処だ!!」

 敵機を見失い首をぐるりと回して、自分の目で銀朱のバルキリーを探すハヤテが悪態をついた。鋭角のターンで死角に入り込んできた敵機がペイント弾を放ち、その弾丸が綺麗にハヤテのVF-31Jに着弾する。

 

「沈め……」

 銀朱のラインが入っているVF-31FがハヤテのVF-31Jを撃墜する。撃墜と言っても判定が入るだけであって実際に墜ちていくことはない。

 

「本日何度めの撃墜だ? ハヤテ准尉」

 ハヤテを撃墜した男――シノブが機体をロールさせながら言った。

 

「……まだ、5回だ!!」

 

「もう、5回だ。帰投したら格納庫15周。もちろんEX-ギアを装着して、その出力を切ってからな」

 

「またかよ!!」

 

「基礎体力をなめるなよ。結局最後は俺達の体が耐えなきゃいけないんだぞ」

 

「それに、お前が昨日バルキリーを持ち出さなきゃ、俺だってこんな指示出さなくて済んだんだ」

 側面モニターに映るハヤテの顔には明らかな不満の色があるが、シノブはそれを軽くあしらうと機首をマクロス・エリシオンの方角へと向け、機体を増速させた。

 

 一か月後

 

 ハヤテがフレイアと一緒にバルキリーを持ち出すという事件から一月以上が過ぎ、既に3度、ウィンダミア空中騎士団と戦闘を行っていた。だが、結果はすべて相手の勝ちである。

 

「惑星リスタニア、エーベル、そして今回のアンセムⅢ。既に3つの惑星がウィンダミアに占領された」

 ホログラム表示された球状星団の星図を見ながらアーネストが言った。

 

「連戦連敗か……」

 

「なんの、逆転こそがゲームの醍醐味」

 

「アラド隊長。中央の新統合軍から援軍は来ないのですか?」

 タブレットを胸に抱えたカナメがアラドに質問する。

 

「さぁな……。辺境の小競り合いと軽く見ているのか。まっ、色々と面倒が多いんだろうさ、政治って奴は」

 アラドがホログラムを見つめながら言った。

 

「新統合軍のマヌケ共は簡単に動きませんからねぇ」

 

「動かしてくるとしても……銀河系外周艦隊の一部ですかね」

 

「ふっ……マヌケ共か……」

 シノブの言葉を聞いていたアーネストが苦笑交じりに呟く。

 

 終業時刻を完全に超過していた話し合いを終え、シノブ達はロッカールームで帰る準備をしている。いつも着用しているGジャンを羽織るシノブの横では、アラドがメッサ―に話しかけた。

 

「聞いたぞ。だいぶスパルタでやってるそうじゃないか」

 

「戦いで生き残るためです」

 素っ気なく答えるメッサ―の姿を見ながらシノブは聞こえないようにため息をつく。

 

「へっ……お手柔らかに頼むぜ。で、お前の方はどうなんだ? 体の方は大丈夫なのか?」

 

「特に問題ありません」

 

「ならいいが、無理はするなよ」

 シノブはメッサ―とアラドの会話に変な違和感を覚えたが、それに口を挟む事はしなかった。

 

「分かっています」

 ロッカールームから出た3人は最寄りのエレベーターまでの距離を歩きだす。

 

「アラド隊長!! シノブさん!!」

 カナメの声を聞いた3人が振り向く。

 

「あん?」

 

「ん?」

 

「こんなものが手に入ったんですけど」

 手に持っているネコクラゲのスルメを見せびらかすようにカナメが言った。

 

「バレッタネコクラゲの‼」

 

「最高級品……!!」

 声を揃えて吠えた上司と同僚にメッサーは頭に手をやった。

 

「食堂で1杯やっていきません?」

 

「いいですねぇ〜」

 

「是非ぜひ」

 

「メッサーくんもどう?」

 

「自分は明日の準備がありますので」

 

「メッサー、たまには飲もうぜ。パイロットが親睦を深めるのに酒は大切だぞ。な?」

 カナメの誘いを断ったメッサーに対して、シノブはフロンティアやガイノス3で培ってきた技を繰り出す。

 

「分かりました。お供させていただきます」

 後ろ手でアラドとカナメにサムズアップをするシノブは、メッサーの肩を抱きながら食堂へと引き返すのであった。

 

 

 1時間半後

 

 食堂のテーブルには、多数のビンと缶、つまみの袋が散乱している。テーブルをその状態にしたシノブとアラド、カナメはうつ伏せになって酔い潰れていた。

 

 だが、相当飲んでいるというのにメッサーは潰れず、1人グラスを弄んでいる。

 

「カナメさん」

 メッサーは、隣で寝息を立てているカナメに声をかけるが、カナメが起きる気配は無かった。

 

「シノブ中尉、起きて下さい」

 カナメが起きないことを悟ったメッサーは、カナメを起こすことを諦め、向かい側で潰れているシノブを起こすのであった。

 

「……あ……潰れてたか?」

 

「……はい」

 起こされたシノブはテーブルの状況を一瞥する。

 

「メッサー、カナメさんを寮に送ってやってくれ」

 後片付けはしておく、とシノブは付け足し、自分達が呑んだビンや缶を手にした。

 

「どうやって行けば?」

 

「おんぶでもお姫様抱っこでもいいじゃないか」

 数分程考えたメッサーがカナメを抱き上げる。所謂"お姫様抱っこ"と呼ばれる抱き方でカナメを抱きかかえたメッサーが食堂の入口へと向かっていった。

 

「お疲れ様でした」

 おう、と返したシノブは帰って行く2人を微笑ましい目で眺めるのであった。

 

 

 マクロス・エリシオンを出たメッサーはカナメを抱きながら、ケイオスの女子寮へと向かっていた。

 

「……むにゃ……メッサー……くん……」

 カナメの寝言に返事をしかけたメッサーが苦笑いをしながら歩き続ける。

 

「貴女を護り続ける事が出来て……幸せです」

 小さい声音で伝えた。

 

「……ありがとう……」

 返ってきた言葉に普段、冷静沈着なメッサーの頬が紅く染まった。

 

「……起きてますか? カナメさん」

 問いかけるが返ってこない。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、いつの間にか到着していたケイオスの瀟洒な女子寮のインターホンを押す。

 

「こんな時間にどちら様でしょうか?」

 気の抜けたミラージュに自分の名前を名乗る。すぐにドアが開かれ、タオルを首にかけたままのミラージュが姿を見せた。

 

「ど、どうかしましたか? あ、カナメさんを送ってきたんですね……」

 

「知っていたのか?」

 

「シノブ中尉から電話を貰いました」

 一瞬だけ顔を逸らしたメッサーに首を傾げるミラージュは、そのままの状態でカナメを抱いた。

 

「あとは頼むぞ」

 

「了解です」

 両手が塞がっているミラージュに代わってドアを閉めたメッサーは、いつもよりゆっくり目に『裸喰娘娘』への道を歩き出したのであった。

 

 

 翌日

 

 惑星イオニデスにてヴァールが発生したと、新統合軍から援軍の要請が入った。

 

 既に、イオニデスに駐留している新統合軍各隊はヴァールによって操られている、とまで伝えられる中、自身の愛機にスーパーパックと『ワルキューレ』の歌声をフォールドウェーブによって伝達するプロジェクションユニットが装備される様子を眺めていたシノブは、言い表せぬ何かを感じ取っていた。

 

 三次元レーダーよりも、AIの反応速度よりも早いそれは、"カン"とか"背中がムズムズする"とか"背後霊"とか、パイロットたちの言い習わす非科学的な何かである。

 

 根拠もなければ再現性もないそれではあるが、古来よりそうした気、ジンクスの事を侮って死んでいったパイロットたちのリストで、戦闘機乗りたちの墓場は一杯だ。

 

「何か来るな……」

 

「シノブ!! 連装集束ビームパック装着完了だ!!」

 

「おう!!」

 シノブの搭乗するジークフリードの機付長であるイングがコクピットから降りてエアロックに退避していく。

 

「エアリエル起動完了。システムオールグリーン。Δ5より1へ」

 テキパキと機体を作動させるシノブが無線機に対して言う。

 

「こちら、Δ1。どうした?」

 

「αとβの連中に伝えてください。その場に留まるな、動き続けろと」

 

「何故だ?」

 

「何か来ます」

 シノブの力の入った言葉にアラドは否定しなかった。歴戦のパイロットであるアラドもカンや背後霊を信じる口である。

 

「そうか……。聞こえてたな? ハル大尉とエドガー大尉?」

 

『勿論聞こえていますよ』

 

『シノブ中尉がそう言うなら信じなきゃダメだな』

 アラドの問いに、ベータ小隊隊長であるハルとアルファ小隊隊長が答えた。それぞれが、味方よりも己の腕を信じている猛者達である。

 

「ワルキューレの直掩頼みます」

 シノブの機体がカタパルトに引きだされてく。

 

「……Δ5、発艦する」

 アイテールのカタパルトが1機のジークフリードを虚空へと打ち出した。

 

『プロジェクションユニット接続、及びMMPブースターパック装着』

 

『デルタ小隊各機、発進カタパルトへ!!』

 オペレーターの心地よい声が無線から流れる。

 

「Δ1より6へ。お前にとっては初の宇宙戦闘だ。大気圏内との軌道の違いや推進剤の残量に注意しろ!」

 

「了解!!」

 アラドからの注意を肝に銘じたハヤテは、一足先に離艦していった銀朱のVF-31Fが曳く青い炎を複雑な思いで見つめるのであった。




どうもセメント暮らしです。
初のカナメ×メッサ―の描写です!!
ベタなシチュエーションではありますがお楽しみください。
感想や質問待ってます!!


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ACT.13

 アイテールの甲板にせり上がってきた超強化ガラス製のステージには5人の歌姫が立っていた。

 

「歌は愛‼」

 

「歌は希望‼」

 

「歌は生命‼」

 

「歌は元気‼」

 

「聞かせてあげる……女神の歌を‼」

 

「「「「「超時空ヴィーナス"ワルキューレ"」」」」」

 掛け声に応じて『Walküre Attack!』が流れ出す。

 

「Δ小隊、見参!!」

 虚空へと打ち出された6機のVF-31 ジークフリードがアステロイドベルトへ向かって機体を加速させ、小惑星にプロジェクションユニットを通じてワルキューレの映像を投影させる。

 

「Δ5より6へ。好き勝手に飛び出して死ぬことだけは止めてくれ」

 

「分かって――」

 ハヤテがそう言いかけた瞬間、発艦したα小隊の4番機と5番機が連続の狙撃によって火の玉になった。直ぐに全機が散開し、狙撃の的にならないように動きだす。

 

「っ……」

 

「違和感の原因はこれか……」

 出撃の直前に感じていた言い表せない何かを理解したシノブは、ビームが飛来した方向へと転換しスーパーパックに装着されている大口径集束ビーム砲を斉射した。

 

 光線が一つのアステロイドを溶解させる。

 

 光学ステルスとアクティブステルスを同時に使用できる4発の大出力反応エンジンを積んだバルキリーのコクピットの中で、ノーラ・ガブリエルはその美麗な顔に似合わない悪態をついた。

 

「ち……すばしっこい」

 彼女の直ぐ横にあったアステロイドは4つの集束ビームを浴びて細かい瓦礫となっている。

 

 再び口径75㎜はあろうかというビームガンポッドをバトロイド形態で構えたノーラはヘルメット内のレティクルに、こちらへと向かってくる1機のVF-31Fを捉える。付近にいるヴァール化した新統合軍のVF-171数機をビームガンポッドの短い斉射だけでデブリへと変えていく強者であった。

 

「シノブ教官みたいな飛び方をするなんて生意気な」

 操縦桿のトリガーを引いた。

 

 長大な光線が銀朱のVF-31F目掛けて飛来した。が、VF-31Fはビームを鮮やかなバレルロールで躱した後、迫っていたサンドイエローに塗装されているVF-171のコクピットを機体背部のレーザー機銃で潰す。

 

 操縦者を失ったVF-171の動きが止まり、衛星軌道を漂い始めた。

 

 狙撃をしてくるアンノウンに向けて機体を前進させていたシノブは、どんどんと近づいてくる機影に目を見開く。

 

 深い水底のような藍色に、特徴的なエンジン配置の翼。

 

 右翼側に懸架された大型のビームガンポッド、左翼にはその対となる様に配置されたカウンターウェイト用の装備。

 

「……やっぱり、ギャラクシーの連中が関わってんのかよ!!」

 吐き出すようにシノブが吠えた。

 

「直上よりウィンダミア機!!」

 メッサ―の声が無線から響いてくる。ヘルメットのバイザーに表示されるレーダーにはSv-262を示すフリップが9つ、VF-27を示す1つのフリップ。あとは、イオニデスに派遣されている新統合軍機で真っ赤であった。

 

 2機の機体が尾翼すれすれで交差する。

 

 銀朱の翼を持つ竜殺し(ジークフリード)と藍の翼を持つ堕天使(ルシファー)

 

 

「――なっ!?」

 すれ違ったコンマ数秒の間に、ノーラの紅い瞳にシノブの姿と荒鷲のエンブレムが映った。

 

 ガイノス3で自身の教官をしていた男。

 

 追いすがろうとしても追いすがれなかった男。

 

 好きな男に振られた時に、慰め、吹っ切らせてくれた男。

 

 様々な思いがノーラの頭の中を廻っていく。

 

「――シノブ……教官」

 咄嗟に無線をオープン回線に切り替えようとしたが、踏みとどまる。

 

「今は……味方じゃない!!」

 強く、自分に言い聞かせた。

 

 藍色のVF-27 ルシファーがアステロイドを蹴りつけ、主翼エンジンポッドに装着されているマイクロミサイルポッドから雨あられの如く牽制のマイクロミサイルを放った。

 

 そのミサイル群は、同じように反転した銀朱のVF-31Fに様々な軌道を描きながら襲い掛かった。

 

「最優先はあのガンポッド!!」

 VF-25Gが装備しているSSL-9B ドラグノフ・アンチ・マテリアル・スナイパーライフルより、明らかに大きい口径を持つガンポッドを破壊しようと、大口径集束ビーム砲とマイクロミサイルをVF-27目掛けて発射する。

 

 薙ぎ払うように放たれた集束ビームがマイクロミサイルを破壊し、その爆破煙を突き抜けたミサイルがVF-27に殺到した。

 

「くっ!!」

 ガウォークに変形したVF-27が機体各部に内蔵されているビーム機銃で迎撃。

 

 全弾を迎撃したところで、煙の中から飛び出てきた一条の光が懸架されている75㎜ビームガンポッドに直撃し、爆発四散する。

 

 ノーラは、ビームガンポッドが爆ぜた瞬間に反応炉兼カウンターウェイトを切り離し、急速離脱する。そして、機体背部の20㎜ビーム機銃でそれを爆破させた。

 

 アステロイドベルトに小さな太陽が生まれ、付近のデブリを飲み込んだ。

 

「スナイプをしていたVF-27が離脱。これより、アイテールの援護に入る!!」

 そう言ってシノブは、フットペダルを蹴り飛ばし、集束ビームをアイテールに近づく3機のSv-262に向けて放つ。

 

 ARIELⅢが計算し、放たれたビームがSv-262の未来位置に到達する。1機の右翼をゴーストごと破壊し、もう1機のスーパーパックを粉々にした。

 

「なにっ!?」

 

「スーパーパックが!!」

 双子の兄弟がルンを青に染めつつ言った。だが、それでも止まらずに、アイテール甲板上にいるワルキューレの面々を目指してガンポッドを撃ち続ける。

 

「まずい!!」

 カナメが声を荒げた。

 

 α、β小隊の攻撃をガウォークで回避しながら突撃していくSv-262の1機から数十発のマイクロミサイルが発射され、超強化ガラス目掛けて飛来してくる。

 

「ピンポイントバリアを!!」

 カナメの声を受け、ステージの前面に多数のピンポイントバリアが形成される。飛来したマイクロミサイルが衝突し、爆ぜていった。

 

「見つけたぞ!! 裏切り者!!」

 

「裏切者……!?」

 

「消えろぉおおお!!」

 煙の向こうから現れたSv-262のパイロットが、フレイアにガンポッドを向けると同時にオープン回線で叫ぶ。

 

「うおぉおおおお!!」

 

「ハヤテ!?」

 横から現れたハヤテのVF-31JがSv-262を蹴り飛ばした。ハヤテが来たことによって、フレイアの顔が一瞬で明るくなる。

 

 ハヤテが空中騎士団の1機を撃墜したところで、敵は撤退していった。ミラージュのVF-31Cはボロボロで、ハヤテのVF-31Jも推進剤が枯渇し、牽引を余儀なくされている。

 

「ヒヨッコが壁にぶつかったか……」

 銀朱のVF-31Fのコクピットの中でシノブは呟く。

 

「それにしても……あのVF-27はどこの所属だ? やっぱり、ウィンダミアに武器を提供しているのはゼネラル・ギャラクシーなのか……」

 

 

 惑星ラグナ

 

 ミラージュ機に牽引される形でアイテールに戻ったハヤテの顔には生気が無く、ラグナに戻ってもずっと暗い面持ちのままである。

 

 アイテール艦内のワルキューレ・ワークス備え付けのソファーでシノブは、戦闘の疲れを癒やすかのように寛いでいた。

 

 その隣には、大分ラフな格好になったマキナとレイナが何かコンピューターを弄っている。

 

「いいの?」

 画面から顔を上げたマキナは、心配そうな表情をシノブに向ける。

 

「何がだ?」

 

「ハヤハヤの事」

 

「最初は誰でもあんなものさ……」

 格納庫の天井を見ながらシノブが言う。

 

「……シノシノも?」

 

「……ああ。俺が初めて人を殺したのは16の時だ。その当時、俺はフロンティア船団が進む予定航路の偵察任務に就いていて、あるデブリ帯に近づいた時だった」

 神妙な面持ちで語り始めたシノブの姿に、マキナとレイナは作業の手を停めた。

 

「旧式のバルキリー……VF-17やVF-14を伴った宇宙海賊が一気にデブリの陰から現れて戦闘になった。無我夢中でガンポッドを撃ちまくって、5機を墜として……母艦に戻った。でも、そこからが地獄だったよ。毎晩毎晩、誰とも知らない顔が脳裏に浮かび上がってきて、見つめてくるんだ」

 

「その中には、俺とさほど歳の変わらない少女もいてさ……体が震えて、吐き気がして……」

 

「兄貴に相談したんだ。そしたら……お前が奪った命が戻ってくることはない。だが、お前の行為で命を救われる人間がいることを忘れるな、ってな。その言葉が俺の中の何かを変えた。今思えば、それがきっかけだったんだと思う」

 

「シノシノ……」

 

「辛気臭くなっちまったな。でも、ハヤテは大丈夫だろうさ。アイツはアイツでけじめをつけようとしてる。いい心がけだよ」

 バルキリーパイロットなら誰でも通る道だからな、と付け加えてシノブは、意識をまどろみに落とした。

 

 




どうもセメント暮らしです。
新登場の機体は、VF-27でした!!
いずれ、設定メカ集を作るつもりですので、どうぞお待ちくださいませ。
感想や質問待ってます!!


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ACT.14

 イオニデス衛星軌道上の戦いから早5日が経ち、惑星ヴォルドールへの潜入命令がレディ・Mから通達された。

 

「で、そのヴォルドールでウィンダミアが何をしているかを調べてこい、と?」

 マクロス・エリシオンの研究ブロックにあるウロボロス研で、シノブはアイシャ・ブランシェット特務少佐兼技術主任と応接テーブルを挟んで話をしていた。

 

 ホットパンツから伸びるスラリとした形の良い脚を組み換え、アイシャはカフェオレの入ったカップを口に運んだ。

 

「……簡単に言えばそうよ。それにしても、リオンと違ってまんざら飛行機バカってわけでもないのね」

 

「結構辛辣なこと言いますね」

 アイシャの言葉にシノブは肩を竦める。途端、シノブの携帯が音を立てた。

 

「ちょっと失礼」

 シノブが廊下へと出た。

 

「もしもし、風谷ですが」

 

「おう、シノブか。情報上がってきたぞ。今からファイルをそっちに送る」

 

「オズマ隊長、ありがとうございます」

 

「ああ。それで、その礼といっては何だが、ランカの事で相談に――」

 

「あ、すいません隊長。俺も仕事が立て込んでるので、そういう話はミシェルにお願いします!! それではっ」

 通話を切り、ホッと息をつく。

 

「あァ、危なかった」

 胸を撫で下ろしたシノブは再び研究室へと入っていった。

 

 1日の業務を終えたシノブは、『裸喰娘娘』の自室でオズマから送信されてきたデータを開いた。

 

「……ノーラ・ガブリエル ――2063年、マクロス・オリンピア船団新統合軍に入隊。2064年、SVF-522 スタンピードサンダースからSVF-502 エレクトリックドラゴンズに異動。2065年、惑星カラム2において要人輸送艦撃墜事件に関与し、不名誉除隊。その後は傭兵として反統合勢力に加担」

 

「……不名誉除隊を貰って傭兵に鞍替えか。ウィンダミアに関わってる可能性も大ありだな」

 新統合軍特殊部隊『VF-X』の直接指揮権を持つ『バンローズ機関』から上がってきたデータとイオニデス衛星軌道上で戦ったVF-27 ルシファーの写真と映像を空中に投影させる。

 

「VF-27のパイロットが誰かは知らないが、ランドールの時に戦ったSv-262はノーラだろう……」

 窓から差し込む月の光に照らされた部屋で、シノブはひとり呟いた。

 

 

 惑星ヴォルドール

 

 陸地の大半が湿原で埋め尽くされ、主要産物は水と材木、果物という戦略的価値が薄い惑星にシノブ達デルタ小隊とワルキューレは降下していた。

 

「私とマキナ、レイナはメッサー中尉とシノブ中尉と南側から首都に潜入。美雲とフレイアはミラージュ少尉とハヤテ少尉と北側から」

 チームのまとめ役であるカナメがタブレット端末片手に、説明をした。

 

「了解だ~ニャン!!」

 

「ニャンはいりません、ニャンは」

 ミラージュが拳銃のスライドを引き、薬室に弾薬を送り込んだ。その動作にフレイアが固まった。

 

「キャワワ~!! レイレイのニャンニャンキャワキャワ~!!」

 

「マキナも似合ってるぞ」

 5.45㎜特殊高速徹甲弾を20発も装填できる軍用のシングルアクション拳銃を懐に仕舞いながら、シノブはマキナの可憐な扮装をほめる。

 

「えへへ。ありがとう」

 シノブにほめられたマキナが愛らしい笑みを浮かべた。

 

「シャー!!」

 その様子にイラっときたのか、レイナは鋭い爪をシノブの眼前に突き出す。

 

「うぉっ!!」

 迫ってきた爪をバルキリー譲りの反射神経でシノブは回避する。

 

「う~~……俺、猫アレルギーなんだけど……」

 

「ヴォルドール人は猫型哺乳類から作られた種族だから」

 嫌そうな顔で被り物を掴むハヤテにカナメが補足で説明をした。

 

「文句があるなら来るな」

 

「ホント、なんでアイシャはハヤテを下に寄越したんだろうな」

 

「う……」

 隊のエース二人から浴びせられる言葉に、ぐうの音も出ないハヤテであった。

 

「さて、もう時間だな。状況開始」

 それぞれが街に潜入するために散っていく。

 

 

 ヴォルドールの街中は現地住民たちで賑わっていた。市庁舎や軍基地といった一部建物は被害を受けていたが、さして変わりなし、といった状況である。

 

「うわ~いろんな猫耳! たまりませんなぁ~!」

 

「そんなに目立った混乱は無し……か」

 

「生体フォールド波の数値がこんなに……」

 マキナがゴーグル越しに呟く。近くにいたヴォルドール陸軍の軍人は顔の血管が浮き上がり、目が血走っている。

 

「カナメさん」

 

「……了解っ」

 にっ、と唇の端を吊り上げたカナメが、猫のように鋭い爪を立て、兵士に近づいていく。

 

「あのぉ、水上バス乗り場って何処に行け―――」

 

「気を付けろ!」

 

「そっちこそ!! でっかい体でボケっと歩いちゃって!! あ、ごめんなさーい」

 メッサーとカナメの芝居を少し先の路地裏で観ていたシノブは、二人の演技の上手さに舌を巻いた。

 

「即席であんなものまでやるとは……」

 

「わたしたちって何でもするんだよ~」

 マキナが豊満な胸を強調するかのように体を反らせる。

 

「っと、戻ってきた」

 カナメとメッサーが路地裏に入ってきた。

 

 レイナの端末に、カナメが爪をとん、と立てる。爪の裏に付着していた血液が零れ落ち、端末が淡く輝く。

 

「分析完了」

 

「やっぱり出たわね。セイズノール」

 

「ヴァール化の誘発物質……」

 

「軍も警察機構も、完全にマインドコントロール化されているわね」 

 空を通り過ぎて行った軍艦を目で追いながらカナメが言った。

 

 数時間後

 

 マキナ達と別れ、単独行動をしていたシノブはフレイア達と合流し、古風なピックアップトラックの荷台で揺られていた。

 

「なぁ……さっき言ってた次元兵器ってなんね?」

 

「……時空間を歪ませ、対象物を破壊する大量破壊兵器だ。出来たのは2059年……バジュラ戦役の最中で、その後から銀河条約で使用は禁止されている。だが、7年前ウィンダミアはそれを使った」

 フレイアの質問にシノブは丁寧に答える。その目はいつもより暗かった。

 

「7年前……もしかしてあの時の……?」

 

「でも、あれは地球人がやったって……」

 

「いいえ。ウィンダミアが新統合軍に対して使用したの……数百万の自国民を巻き添えにして」

 

「でも村長さんは……!」

 

「私たちの任務は歴史について言い争うことじゃない。そんな被害を二度と出さないようにすることよ。地球もウィンダミアも関係ない……ただ目の前のステージとパフォーマンスに集中しなさい」

 

「あなたは――何?」

 美雲の不思議な目がフレイアを見据えた。

 

「……ワルキューレです……!」

 

「なら行くわよ」

 

 

 それから程なくしてシノブ達は遺跡に到着した。

 

「クモクモお疲れ!」

 

「お疲れ」

 マキナと美雲がWのサインを交わす。その後ろでシノブは懐から取り出した拳銃を太腿のホルスターに仕舞いこみ、アサルトライフルにマガジンを叩き込んだ。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

「レイナ、セキュリティは?」

 

「全部ゴミ。カス。こんなんじゃ全然チクチクしない」

 レイナの辛辣な言葉にカナメやシノブが苦笑する。

 

 

 マキナとレイナの息の合った絶妙なコンビネーションによってドンドンと遺跡の内部に侵入していく。物理と電子の掌握によってあっと言う間に遺跡の最深部に着いてしまった。

 

「息ぴったりだな」

 

「そうなったんですよ。やっとね。前はそりが合わなくて顔を合わせれば喧嘩ばかり、LIVEだって中止になったことが……。水と油、混ぜるな危険」

 

「へえ~……」

 今の二人からじゃ想像も出来ない事を知らされシノブが感嘆の声を上げた。

 

「タンクだらけだな。中身は……水?」

 大仰な設備類を目にしてハヤテが言う。

 

「もしかして次元兵器の冷却水?」

 

「いや、ボトルがコンテナの中にあった。一般的な飲料水のようだ。軍で見たことがある」

 何処からか持ってきたボトリングされたペットボトルをミラージュとハヤテに投げ渡しながらメッサーが言う。

 

「外れれ~、骨折り損の水だらけ~」

 

「それにしては大掛かりすぎる」

 

「軍に納入されている水……あっ!」

 声を上げたレイナは手近にいたシノブの手からペットボトルをひったくると、蓋を開けてセンサーカプセルを放り込む。

 

「これまでのヴァール化の発症軍関係者が61.4%」

 

「ブーーーッ……まさかこの水がヴァールを!?」

 レイナの話を聞きながら水を飲んでいたハヤテが盛大に噴き出した。表示される成分値を読み上げていると、フレイアが、これまた何処からかリンゴの入った果実箱を手にしてやってくる。

 

「美味しそうなのがこんなに!」

 

「銀河リンゴ……ウィンダミアが原産のリンゴか。確か……これも軍や民間軍事会社に卸されていたはずだ」

 一つだけ取り出したリンゴを、サバイバルナイフで簡単に切ったシノブはそれを口に運んだ。

 

「普通のリンゴだな」

 そう言ってシノブはそのリンゴをレイナやマキナに差し出した。マキナは差し出されたリンゴに何かを刺し、サンプルを取ってから食べる。

 

「普通のリンゴだね」

 それを横目にレイナがリンゴの成分値を同じように読み上げた。

 

「ん……ウィンダミアはいったい何を企んでいるの?」

 

 警報が鳴り、遺跡全体が騒がしくなる。戦いがまた始まろうとしていた。

 

 




どうもセメント暮らしです。
約3500文字をキープするがだんだん難しくなってまいりました。
それから、6月26日火曜日から、6月27日水曜日にかけて週間ランキング54位にランクインすることが出来ました!!
これもひとえに皆様が私の拙作をお読みいただいているおかげです!!
これからもどうぞ『マクロスΔ 漆黒の救世主』を宜しくお願い致します!!
感想や質問待ってます!!


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ACT.15

 侵入者を察知した遺跡からはアラームが鳴り、シノブ達は急いで撤収していた。

 

 その直前にハヤテが、混ぜるな危険の発想でペットボトルの中にリンゴを入れた。その結果、ヴァール化の誘発物質であるセイズノールが生成され、人為的にヴァールを発生させる。そして、ウィンダミアが風の歌でコントロールしているという結論が出たのである。

 

「この先、左!!」

 レイナの指示を受けながら外へと出る為に走る。

 

 だが、不意にフレイアの足が止まった。

 

「何してんだ!」

 

「急いで!!」

 ハヤテとミラージュが戻ったところで緊急シャッターが降り、チームが分断される。

 

「中尉達は先へ!! 直ぐに追いつきます!!」

 

「そっちは任せたぞ、少尉!!」

 シノブ達は更に進んでゆく。

 

 

 一方のハヤテ達は、近くの通気口の蓋を開けて遺跡の地下にあたる場所に落着した。だが、そこで待っていたのはウィンダミア王国の最精鋭である空中騎士団であった。

 

「罠にかかったのは3匹か……」

 ハヤテ達の正面に立つバラのように赤い髪を持つ少年が口を開く。

 

「統合政府の犬どもと、裏切り者のウィンダミア人」

 赤髪の少年はそう付け加えてから飛び上がると、ハヤテとミラージュに接近し殴り飛ばした。

 

 そして、腰の鞘から抜いた剣をフレイアの首に宛がう。

 

 その少年の瞳には、明らかな殺意と憎悪の炎が灯っていた。

 

 

「ちっ……」

 拳銃の発砲音が鳴る度に敵が一人づつ倒れていく。既に、マガジンは二つ目に突入していた。

 

「アイテールに通信は?」

 

「無線封鎖中」

 

「フレイアたちは?」

 

「生命反応はマル。緊急通信応答はバツ」

 

「まずいわね……」

 

「とにかく、今は此処を抜けることが大事だ!! 俺が合図したら、反対側の角までダッシュ!!」

 

「「「了解」」」

 シノブとメッサーは、それぞれの得物の引き金を引き続け、どんどんとヴォルドール陸軍の兵士達を殺してゆく。

 

「行け、行け、行け!!」

 一瞬の隙をついてシノブが叫ぶ。途端、シノブ達の後ろに隠れていたマキナ達が反対側の通路目掛けて走っていった。

 

「メッサー!! お前も行け!! 援護は任せろ」

 

「了解!」

 シノブの援護を受けながらメッサーが駆けてゆき、出遅れたカナメを守る形で遮蔽物に逃げ込む。

 

「これでもくらいやがれ!!」

 そう言ってシノブは一つの手榴弾を敵目掛けて投げ込む。投げた手榴弾の信管が作動し、ピンク色の煙を噴き出し始めた。

 

 それから、数分後。地下に突入したワルキューレが『いけないボーダーライン』をホログラムで流しだす。その間に、ハヤテとミラージュ、フレイアを救出した。

 

「ウィンダミア人相手に拳銃じゃ無理があるか……なっ!?」

 岩陰から射撃していたシノブは、その先の階段でアサルトライフルを連射していたメッサーを見上げ、声を上げる。

 

「我が風を読んだな? 貴様が死神か……!!」

 

「お前は……白騎士……!!」

 振り下ろされた剣をライフルで受け止め、白騎士と相対する。

 

 メッサーはライフルで押し返すと『白騎士』は、直ぐに後ろに後退した。

 

「貴様との決着は空でつけよう!」

 空中騎士団の攻撃を逃げ切り、外へと続く通路を駆けていた9人の目に一人の女の姿が映る。

 

 通路のライトを受けてキラキラと輝く白髪に、赤より紅い瞳。そして、ゼントラーディ特有の尖った耳。

 

 年季の入ったフライトジャケットと、その下から覗く筋肉質の肉体。それでいても、出るところはしっかり出ているナイスバディの持ち主であった。

 

「誰だよ、ア―――」

 

「……やっぱり、ノーラだったか」

 ハヤテの言葉を遮ったシノブは、ホルスターから拳銃を抜き放ちノーラに向けた。

 

「お久しぶりです。シノブ教官」

 心地の良いメッゾソプラノの声音に動揺の色は無い。

 

「ああ。だが、今話をしている余裕は無い。そこを退けろ」

 

「どうぞ。あたしは、ただ見学していただけなので」

 道を開けたノーラはそのまま壁に体を預ける。

 

「カナメさん、先に外へ」

 

「わかったわ」

 カナメがワルキューレのメンバーを連れて外へと急いでいく。

 

「メッサー、ハヤテ達も行ってくれ。俺は大丈夫だ」

 

「了解」

 アサルトライフルを構えていたメッサーが返事をし、ハヤテ達と共に走っていった。

 

 外からは、熱核バーストエンジンの咆哮が聞こえてきている。

 

「ノーラ、お前も飛ぶのか?」

 拳銃をノーラに向けつつシノブは言うが、ノーラはひらひらと手を振りながら否定した。

 

「今回は上がりません。教官、イオニデスとランドールの時に戦った『荒鷲』が描かれている機体は、貴方のですよね?」

 

「そうだ。じゃあ俺も聞くが、イオニデスの時に追い詰めたVF-27はお前の機体だな?」

 

「もちろん、機装強化兵(サイバーグラント)じゃありませんよ。この身体はウェットです。3年前に貴方が抱いてくれたままのね」

 そう言ってノーラは自分の胸を強調するかの如く腕を組んだ。

 

「終わったことだろう?」

 シノブの耳には足音が、ノーラの瞳には3人の追手の姿が、聞こえ、映る。

 

「あそこだ!! ノーラ中騎、忌々しい地球人を捕まえろ!!」

 騒々しい声が、二人の会話を邪魔する。

 

 構えていたシングルアクションの拳銃をシノブはノーラに差し出す。短いアイコンタクトの内で、意思疎通は済ませていた。

 

 拳銃を受け取ったノーラはそれをシノブに向ける。追手はそれを見て走る速度を緩めた。だが、それが命取りとなった。

 

 急にシノブがしゃがみ込んだのである。シノブがしゃがみ込むタイミングを見計らってノーラは引き金を引く。

 

 セミオートで、きっかり3発の射撃は、追手3人の額に命中し、その命を刈り取った。

 

「躱されると思ったが、そうでもないんだな」

 自分が差し出した拳銃を受け取り、ホルスターに仕舞ったシノブはそう呟く。

 

「騎士団といえども下っ端。そんな連中が……あたしや教官に敵うと思いますか?」

 

「違いない。っと、騎士団を殺したのは敵、とでも伝えておいてくれ。何かと面倒だろ?」

 

「ええ。では、次は空で会いましょう」

 シノブの横をすれ違ったノーラは、コツコツと足音を響かせながら遺跡の奥へと足を進めていった。

 

 

 ヴォルドールの遺跡からシノブが飛び出すと、空は、すでに戦場になっていた。

 

 シノブの目の前には、銀朱のVF-31F ジークフリードが、ガウォーク形態で鎮座している。そのキャノピーは開かれ、主の搭乗を待ちわびているかのように見えた。

 

「いくぞ、相棒」

 機体を一瞥し、コクピットに飛び乗る。レーダーは、ヴォルドール空軍のVF-171 ナイトメアプラスとAIF-7S ゴースト。そして、ウィンダミアのSv-262の反応で真っ赤になっていた。

 

 フットペダルを蹴り込み、熱核バーストエンジンの推力で機体を空に押し上げる。

 

「Δ5!! 6時上方っ!!」

 ミラージュの鋭い声がシノブに向けられた。ヴォルドール空軍のVF-171が、上昇を掛けていたシノブのVF-31Fに襲い掛かったのである。

 

「良い突っ込みだが……甘い!!」

 ループの頂点で推力偏向ノズルを用いて、機体の軌道をより内側に向け、最小の角度で反転させた。そして、VF-171のエンジンにレールマシンガンを叩き込み、撃墜する。

 

 誰が見ても美しい技であった。

 

「待ってたぞ、シノブ!!」

 

「全機!! フォーメーション・エレボス!!」

 アラドの声が、無線機から響いてくる。揃った6機のジークフリードが、炎と硝煙で彩られたヴォルドールの空を舞う。

 

 

「もっと……近く、近く……近くっ!!」

 VF-171の後ろを取ったハヤテが、翼を撃つためにグイグイと近寄っていき、撃墜した。

 

「12時、敵っ!!」

 メッサーが叫び、白騎士と激しいドッグファイトにもつれ込んでゆく。

 

 翼が風を切り裂き、熱核バーストエンジンが蒼の炎を噴き上げる。シノブのジークフリードはただひたすらに敵機を沈めてゆく。新統合軍機の大半が、戦闘不能に陥りワルキューレの歌によって自我を取り戻していった。

 

 だが、一機のVF-171がワルキューレのステージである遺跡に迫り、攻撃を加え始めた。それに気づいたハヤテが機体を翻して飛んで行く。

 

 敵機の前に躍り出るが、ミサイルを喰らい弾き飛ばされる。それと同時に、フレイアがステージから飛び降りハヤテへ向かって駆け出して行った。

 

 その間にも、頭部モニターターレットを破壊され照準が定まらなくなってしまう。

 

「いけん!! 撃っちゃいけん!! 撃っちゃいけーーーん!!」

 両手を広げ、ハヤテのジークフリードの前に立ったフレイアは思いっきりの声で叫ぶ。

 

「歌はきっと届くから!! 歌は幻なんかじゃないから!!」

 

「フレイア……お前……」

 『GIRAFFE BLUES』を歌いだしたフレイアのルンが輝きだし、フォールドレセプターの値が急上昇する。フレイアが覚醒した瞬間であった。

 

「穢れた歌をやめろぉおお!!」

 

「邪魔はさせないっ!!」

 吶喊してきたドラケンを迎撃するべくハヤテが飛び上がる。その機体は淡く輝き、シノブは目を見張った。

 

 8年前に見た光景と目の前のハヤテの飛行が重なる。

 

「イイ飛び方だ……!!」

 ガウォークになって制動を掛けたドラケンに追随する形でハヤテも機体を制動させた。そして腕部のレールマシンガンで相手の武装を破壊し、右脚のエンジンにとどめの射撃を決めたのである。

 

「ヒヨッコが風と踊りやがった……!! ったく……よく似てやがるぜ()()人に……」

 6機のジークフリードと『ワルキューレ』を乗せたシャトルはそのまま大気圏を離脱し、アイテールへと帰還してゆくのであった。




どうもセメント暮らしです。
大分期日をオーバーしてしまいました。
連日の暑さで体がアイスのように溶けそうです。
皆様も体調管理を万全にして過ごしていただきたいです。
換装や質問待ってます!!


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ACT.16

大変お待たせ致しました。


「あたしは、技術顧問の権限として、あなたをVF-31のパイロットとして不適当である、と艦長に進言せざるを得ません」

 ヴォルドールでの戦闘から二日後、マクロス・エリシオンの研究ラボには、二人の男と一人の女が居た。その中の一人、アイシャ・ブランシェット特務少佐が重い雰囲気の中、口を開き言い放つ。

 

「アイシャ、そこまでメッサーの体は酷いのか?」

 

「ヴァールが再発しかかっている。いや、もう再発しているわね」

 訳の分からない機械に腰を預けながらシノブはアイシャに質問する。いつに増して、真面目な声音であった。

 

「もし、次の戦闘でヴァールが発症したら……強制的に、ヴァール発生率の低い銀河系辺境星域で任務に就いてもらいます。新設される第十戦闘航空団<プリンシパティーズ>の指揮官……栄転だと思って欲しいわね」

 

「メッサー、一旦デルタを離れて体を直すことに専念したらいい。お前が死んだら元も子もないんだぞ」

 

「ですが……俺にはまだ──」

 

「カナメさんを守る事か?」

 不意にメッサーの瞳が鋭くなった。普通の人間ならば怖気づいてしまう程の眼力であったが、シノブはそれをするりと受け流す。

 

「他の奴に任せればいい。お前が離れている間は、俺がカナメさんを護る。もっとも、契約期間が戦争終結までになったから時間はあるさ」

 研究室の白い天井を見上げながらシノブは言う。

 

「ね? シノブもこう言ってるんだから……戦争が終わってから戻ってくればいいじゃない。だから、今はゆっくりワクチンライブを聴いて体を休めたらいいわ」

 

「新参者の俺が言うのもなんだが……俺達はチームなんだ。体調不良の奴がいればそいつの代わりに飛ぶ。それは当たり前のことなんだよ。お前も分かるだろ?」

 シノブの言葉にメッサーは言い返さない。

 

 ひどく、長い沈黙が流れた。

 

 もし、アイシャの手の中に、本当の煙草があれば、一本灰になるだけの時間。

 

「────了解しました」

 メッサーは敬礼をして部屋を出て行く。いつも冷静沈着なメッサーが、今回に限って拳を強く握りしめていた。それほどまでに重い通達であったのだ。

 

「悔しいだろうな……」

 

「仕方ないわ。ヴァール発症者がデルタにいること自体危険なのよ。もし、彼がジークフリードに乗ったまま発症したら、その戦闘力は計り知れないものになる。それこそ、あなたやアラドが本気を出さないと止められない程にね」

 憂鬱そうな瞳をシノブに向けながら、アイシャはふっと息を吐いた。

 

「本気ね……。コーヒーごちそうさん」

 ぬるくなったコーヒーを飲み干したシノブは、アイシャに礼を言ってラボを後にする。S.M.Sのジャケットがひらひらと揺れ、アシンメトリーの黒髪が蛍光灯の光を受け、艶やかに輝いた。

 

 

 三日後

 

 身体の不調という事で、アラドに休暇を取らされていたメッサーが任務に復帰した。

 

「メッサー・イーレフェルト中尉。只今より、任務に戻ります」

 アラドやシノブ、カナメに向けて敬礼をする。その瞳には、確かな意思が宿っていた。

 

「大丈夫なのかメッサー?」

 

「問題ありません。アイシャ女史からのデータはご覧になったと思いますが」

 訴えるようなメッサーの瞳にシノブは頷く他なく、アラドもやれやれと言わんばかりの顔を見せる。

 

 数時間後

 

 ミラージュのVF-31Cを先頭に、デルタ編隊を組んだ3機のジークフリードがラグナの空を飛んでいた。

 

 その直後、上空から降り注いだ機銃の一連射が3機のVF-31を襲う。

 

「ブレイク!!」

 三方に散ったジークフリードが上昇や降下を使い分けてメッサーに反撃を始めた。

 

 だが、メッサーの後ろを取ったミラージュの射撃もハヤテの射撃も当たらずに躱されてしまう。

 

「当たらねぇのかよ!? 3対1だってのに!!」

 

「この模擬戦まさか!?」

 

「ああ!! メッサーの奴、オレ達を白騎士に見立ててやがる。まだやる気なのかよ!! アイツ(白騎士)と!!」

 ハヤテがそんなことを言っている間に、3人が撃墜判定をもらってしまう。

 

『Δ3、4、6……撃墜されました』

 オペレーターであるミズキ・ユーリが驚きの声を上げつつ報告した。

 

 3対1の模擬空戦はあっという間に終わってしまい、メッサーの完全勝利で幕を閉じてしまったのである。

 

 

 演習をマクロス・エリシオンのブリッジで観戦していたシノブは、メッサーの動きに違和感を感じていた。以前にロッカールームでアラドとメッサーが話していた時と似たような感覚である。

 

 普段の演習よりもキレていたメッサーの動きにシノブは、演習後にアーネストが口ずさんだ鬼気迫るという言葉が妥当だという判断を下すとブリッジを後にし、格納庫へと足を運んだ。

 

「ヴァール……か」

 一通りの点検を済ませ、計器類に一切の灯りが灯っていないVF-25Xのコクピットに腰を落ち着けたシノブが口ずさむ。

 

「……罹らない保障はないが、出来れば罹りたくないよな? メサイア」

 装具に身を包んだシノブは、メサイアの計器盤から機体を始動させるスイッチを弾く。

 

 刹那、シノブの正面にある大型グラフィックディスプレイに淡い文字が映し出され、機体の何処からか作動音が響きだした。

 

「パーキングブレーキ解除」

 ラダーペダルをグッと踏み込んでパーキングブレーキを解除させると、するするとメサイアが超電導リニアモーターの力によって動き出す。

 

 機体が格納庫の扉をくぐり、飛行甲板へ飛び出していく。

 

『ブリッジよりΔ5。今朝のブリーフィングで伝えた通り、訓練空域の外れでは発達した積乱雲が確認されています。お気を付けて』

 オペレーターの通達事項に耳を傾けつつ、シノブはカタパルトラウンチバーが機体と接合した事をカタパルト要員であるカタパルトオフィサーから合図を受ける。

 

 起倒式のジェット・ブラスト・ディフレクターが起き上がり、反応エンジンの出力を上昇させた。

 

「行くぞ……」

 前方注視の合図を送ったシューターが右手を前方に伸ばし、しゃがみ込む。それから数秒で、機体が青い空へと射出された。

 

 

 

 洋上の訓練空域で、ハヤテ達が操る3機のVF-31が編隊を組み直す。いずれの機体もメッサーが放ったペイント弾で染め抜かれており、それが負けであることは誰の目から見ても明らかであった。

 

「……メッサー中尉、お身体の方は大丈夫なのでしょうか?」

 

「操縦に支障はない。俺の心配よりも己の技量の心配をしたらどうだ」

 

「その程度の腕では、次こそ空中騎士団に墜とされる」

 ミラージュの心配を辛辣な言葉で返すメッサーの身体は、ヴァールによってジワジワと蝕まれており、なんとかメッサーの強靭な理性で押さえつけている状態であった。

 

「……そこまで言わなくてもいいじゃねぇかよ」

 メッサーのすぐ左について飛行しているハヤテがミラージュをかばう。

 

「本当のことを言ったまでだ」

 

「まぁまぁ。帰ったらみんなで反省し直そうぜ」

 一触即発の場面で仲裁に入ったチャックの陽気な声が各々の無線機に入ってきた。

 

「……Δ2よりエリシオン。これより帰投する」

 

「エリシオンよりΔ2。Δ5がそちらの空域に進出中です。今しばらく待機を」

 

「了解」

 エリシオンからの無線を受け取ったメッサーは正面のパネルをタッチし、オートパイロットを作動させる。一連の戦闘機動を終え、肩で息をする程に消耗してしまっていた。

 

 いつもなら、疲れなど素知らぬ顔でトレーニングやシュミレーターを行う姿を見ていたハヤテにとって、今のメッサーは明らかに無理をしている。

 

「Δ5より2。到着まで3分程だ。メッサー、少し合わせよう」

 漆黒のボディを煌めかせるVF-25Xが空を翔ける。銀朱に黒のアクセントのVF-31Fを受領してから搭乗する頻度が少なくなったVF-25Xではあるが、依然としてシノブが愛してやまない機体であることに違いは無い。

 

「カリプソ・パスからロールしてレター8、少し距離とってからタッククロス、最後はコークスクリューで締めよう」

 スピーカーから響く演目名を、頭の中で描いたメッサーは息を整える。

 

「メッサー、ポイントナウ。上にいるぞ」

 VF-31Fに覆い被さるかのようにVF-25Xが浮かんでいた。背面飛行で一定のスペースを維持しつつ、メッサーに目線を向ける。そこからは鮮やかな機動の連続であった。

 

 背中合わせで飛行するカリプソ・パスから始まり、それぞれ反対方向にロール。真っ青な空に飛行機雲を描きながら2機は飛ぶ。

 

 機体を幾度も交差させるタッククロスから、メッサーを中心に据えてのコークスクリュー。

 

 観客のいないエアショーは最後の演目を終えた。

 

「異動になったとしても、お前はお前だ……腐るなよ」

 邪魔者のいない空の上で、シノブが紡いだ言葉。メッサーは目を伏せてシノブの言葉に耳を傾けていた。

 

 



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ACT.17

「カイロスがなんでワルキューレ・ワークスに?」

 

「シノシノ、ダメダメ~」

 終業後、ワルキューレ・ワークスに足を運んだシノブは、格納庫内で改装作業を受けていた2機のVF-31Sの量産型であるVF-31Aカイロスを見て首を傾げた。カイロスじゃないというマキナのお叱りの言葉を受け、シノブは苦笑交じりに手を合わせて謝る。

 

「正真正銘、この子はジクフリちゃんですぅ‼」

 

「違いの分からない男はモテない……」

 VF-31Sのコックピットで端末を弄んでいたレイナにも辛辣な言葉を投げつけられるシノブ。モテないのは関係ないのでは、と思いつつも口には出さない。

 

「新造機だよな? カイロスの翼形状で頭部機銃が4門ってことはアルファとベータの隊長機か?」

 マキナが行う点検作業を目で追いかけるシノブは、新たな機体に乗るであろうパイロット達を思い浮かべた。

 

「そうだよ~。新しくフォールドクォーツが手に入ったから製造をお願いしてたんだよね~」

 VF-31系列の機体を製造するスーリヤ・エアロスペースから納入されたばかりの真新しい機体。その改装作業を手掛けていたマキナが事の経緯を解説する。

 

「なるほどね……」

 

「デルタ小隊の予備機にっていう意見もあったんだけど、アルファ小隊の損耗機の補充を優先するってなってね」

 惑星イオニデスの衛星軌道上で起こった戦闘で、複数名のパイロットを失ったアルファ小隊に補充が行われるという話はシノブの耳にも届いていた。

 

「墜とされるなってか」

 腕を組んで機体を見上げていたシノブが呟く。メッサーがいつ他部隊に異動になってもおかしくはないのはシノブも重々理解しており、抜けた穴を埋めるのは己であると言い聞かせる。

 

「ねぇ、メサメサが離れるかもしれないって本当なの?」

 整備の手を止めたマキナの声がシノブの耳朶を打つ。アーネストやアイシャしか知りえないはずの話がマキナの口から出てきてしまった。

 

「……まだ分からない」

 シノブのできる回答としては精一杯の回答である。肯定するわけにも否定するわけにいかない曖昧な回答だが、マキナとレイナはホッとしたような表情に戻った。だが、2人も薄々気付いているのはシノブも手に取るように分かっていた。

 

「離れてほしくないよね。メサメサだって、大切な仲間なんだもん」

 マキナの言葉にレイナが深く頷いた。

 

 

 

「見てろよ……ワルキューレにデルタ小隊っ」

 ラグナの防空圏内に侵攻してきた空中騎士団はド派手な信号弾を打ち上げる。ヘルマンに行いを嗜められるボーグであったが、ワルキューレを倒すことに躍起になっており、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

「数は6機か……」

 スクランブルのアラートががなり立て、シノブの意識はすぐさま切り替わる。ケイオスに出向する前はスクランブルに対応するアラート勤務にも就いていたシノブはいつものVF-31Fではなく、VF-25Xのシステムを立ち上げ、離陸準備を完了させていてた。

 

「アーネスト艦長、ヘーメラーの連中が来るまでどれぐらい掛かりますか?」

 

「最短でも20分はかかると思ってくれ」

 

「了解」

 アーネストとの短い通信を終えたシノブのVF-25Xの翼下には、他のデルタ小隊機には装備されていない武装が懸架されていた。第6世代機のVFにもダメージを与えられるように開発されたミサイルと純粋な火力強化のためのレーザーポッドを携え、漆黒の機体がカタパルトから弾き出される。

 

「やられっぱなしは癪に障るからな。偶には派手にやろうぜ、メサイア」

 熱核タービンエンジンが唸り、機体が速度を増す。VF-25の特徴である可変後退翼が下がり、デルタ翼を形成した。VFの先祖であるVF-0やVF-1、果ては地球統合軍時代のF-14 トムキャットを彷彿とさせる姿で、シノブは空中騎士団の編隊に攻撃を仕掛ける。

 

「たった1機で何ができる‼」

 6機のSv-262とリル・ドラケンから無数のマイクロミサイルが放たれ、その全てがVF-25Xを捉えた。多勢に無勢と言われる状況で、シノブは1発の迎撃ミサイルと無数のフレアやチャフを放つ。その隙にストール寸前まで減速し、そのままインメルマンターンで急速反転を決め、一旦は離脱の態勢をとった。

 

「さて、狙い通りになるかな?」

 シノブが放ったミサイルの近接信管が、無数のマイクロミサイルの熱源を探知し、4本の子ミサイルを射出した。射出された子ミサイルが、今度は無数のスキート(孫弾)に姿を変える。スキートの中に充填された自己侵徹弾頭がマイクロミサイルの外殻を侵食し、無数のマイクロミサイルが誘爆に巻き込まれ、攻撃自体を無意味なものに変えてしまった。

 

「なっ……」

 確実に撃墜できると高を括っていたボーグは、自分達の放ったマイクロミサイルがただの破片となってしまった事に言葉を失ってしまう。

 

「なんと、破天荒な戦術だ」

 

「ですが、数で押し切ってしまえば‼」

 ヘルマンが感嘆の声を上げ、双子の1人であるザオ・ユッシラがさらに攻勢を強めるように進言をした。

 

「VF-25……っ‼」

 

「おいっ‼ ノーラ中騎っ‼」

 編隊の後方に就いていたノーラはSv-262のコックピットで唇を噛み締める。アフターバーナーを焚き、ピッチを上げた。機首が持ち上がると同時に加速し、急速離脱を決めたシノブのVF-25XをSv-262が追いかけ出したのである。

 

「各機手出しは無用‼ 荒鷲は……あたしがやる‼」

 普段の性格が嘘のようになってしまったノーラに対し、白騎士であるキースは一言だけ、好きにしろと告げた。

 

 コックピット中に響く鳴りやまないミサイルの警告音に対し、シノブは着実にミサイルを迎撃しつつ、反撃の機会を窺っていた。VF-25Xの翼下に懸架されたミサイルは高G下でもVFに匹敵する高機動を行い、敵機に到達できるハイマニューバミサイルであった。

 

「……癖は消せてないか。ノーラらしい」

 ビーム機銃の火線が入り混じる中で、敵機をオーバーシュートさせたシノブ。接近戦が苦手だった教え子の僅かな癖を拾い、反撃へと転じる。

 

 主翼付け根のビーム機銃と固定兵装化されたレーザーポッドから放たれる高密度の弾幕により、ノーラの動きが若干ではあるが単調なものに変わりつつあった。

 

「メッサー達も上がってきたからな。これで仕留める」

 少し離れた空域で白騎士と刃を交えるメッサーや、他の空中騎士団各機を牽制していたアラド達の援護に向かうべくトリガーボタンを握る手に力を込めた。

 

 Sv-262の胴体を半分ほどレティクルに収めたまま、放たれた光弾は主翼や胴体に着弾し、炎を噴かせた。アビオニクスやプロペラントタンクの搭載スペースであるコックピット後方のドーサルスパインを破壊され、ノーラのSv-262は海上に向けて墜ちていった。海中に没する姿を見届ける前に、シノブはその場を離れる。

 

「これは……メッサーか‼」

 悲痛な唸り声を上げ、白騎士に迫らんとするメッサー。シノブもアラドも、明確に何が起こってしまったのか理解してしまった。すぐさま、アラドがワルキューレの出動を要請する。

 

 カナメの声を皮切りにステージが始まり、『僕らの戦場』のイントロが流れ出した。

 

「Δ2‼ メッサー、応答しろ‼」

 

「Δ5、メッサーの援護を‼」

 アラドからの通信に短い言葉を返し、白騎士と交わるメッサーの援護に就く。

 

「リーダーの、カナメさんの声を聴けっ‼」

 幾重にも絡む飛行機雲を描く2機とワルキューレの奏でる歌声が映画の1シーンのようだなと、この場には似つかわしくない考えを浮かべながら、シノブがメッサーに声を上げる。スピーカーからは、メッサーを呼ぶカナメの声が響いた。

 

「メッサー中尉‼ 聞こえるっ!?」

 

「……カナメさんっ!?」

 鮮やかなコブラ機動でメッサーの後方を奪い取った白騎士がビーム機銃のトリガーを引き絞る。機首横のマズルから光弾が放たれ、直撃コースでVF-31Fに襲い掛かった。

 

「うぐっ‼」

 呻き声と同時に回避をしてみせたメッサー。僅かな驚きを覚えたキースの元にヘルマンと双子の片割れであるテオの声が入った。

 

「分析終了しました‼ 遺跡に異常なし‼」

 

「何時でも風を吹かせることが可能です‼」

 その言葉が空中騎士団の任務を終了させるものとなった。ヘーメラーからの増援機が戦場入りすると同時に空中騎士団がラグナの空から離脱していく。

 

 肩で息をするメッサーの姿をキャノピー越しで見たシノブ。その顔色は複雑であった。いつかの資料で見たヴァールになってしまった人間は正常な思考を失い、破壊の限りを尽くす。そんな文言が書かれていたというのに、メッサーはそんな状況で失いかけた理性をカナメの声で引き戻された。

 

「あんな状態になってまで、俺は戦えないのかもしれないな……」

 Δ小隊のツートップの1人が珍しく吐いた弱気な言葉は、メサイアのボイスレコーダーだけが拾った。

 

「限界……だな……」

 

「……はい」

 アイテールの格納庫でアラドとシノブに肩を支えられるメッサー。濃い疲労の色がこれ以上の前線勤務は無理だと告げる。

 

「シノブ中尉、助かりました……」

 

「礼はリーダーに伝えとけ。お前を精一杯引き戻そうとしていた」

 乱れた呼吸を整えたメッサーが顔を上げる。その瞳は力強く前を見据えていた。

 

 



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