オバロ外伝 魔導国の冒険者達 (天塚夜那)
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統括者

初の投稿なので間違いや訂正箇所の多い素人作品です。
通勤中の執筆で、夜に投稿してますので投稿事態は不定期ですが、個人的に月2ぐらいは頑張るつもりです。
それでは、どうぞ……


 旧王国領エ・ランテル、現魔導国の首都で最も大きな個人の建物であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王の屋敷にて。

 一人の男―――体格的に―――は至高の主人の待つ部屋へと歩を進めながら窓の外を見て、しばし思考に囚われていた。

 その内容とは彼がこの都市に来る度に考えている事。

 つまるところそれは、この都市が至高の存在が住むには余りにも相応しくないと言う物である。

 この都市が魔導国の首都に成ってからそれなりの年月が過ぎ、道路の舗装や区画整理なども進められているが未だに至高の主人(アインズ・ウール・ゴウン)の名を冠する都市として余りに品位に欠けると彼は考えていた。

 許可さえあれば直ぐ様、彼のスキルで邪魔な建築物を消し去りたいとさえ思う。

 

(いけませんね、アインズ様の決定に身勝手な異を唱えるなんて不敬の極みです)

 

 そして彼―――マルクスは何度目かになる懺悔の念に包まれた。

 そこで、マルクスは気を引き締めようと、磨き上げられた窓―――おそらくメイド達によって―――で自分の格好に問題が無いか改めて確認する。

 その窓にうっすらと映るのは一見すると人のようだが明らかに不自然な存在だ。

 まず、着ているのは深緑の軍服で式典用の装飾なども付いた見事な物だ。

 そして、胸には勲章メダルの代わりに、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマークが彫られたメダルが輝いていた。

 これだけなら良いが、異様なのはそれを来ている人物だ。

 その人物はなんと頭から指先―――軍靴で見えないが爪先まで―――包帯でぐるぐる巻きにされており、普通なら息をするのも難しいはずなのに平然としているのだ。

 ミイラ男(マミー)と言われるアンデッドだ。

 自分の格好に問題が無い事を確認したマルクスは気を引き締め直してアインズの待つ部屋へと急ぐ。

 

(にしても、ペストーニャには感謝しないといけませんね。彼女が取次を素早く済ませてくれたからかなり余裕が持てました)

 

 良き同僚に感謝しながらマルクスはアインズの部屋の扉をノックした。

 扉から今日のアインズ番のメイドが顔を覗かせる。

 

「おはようございますリュミエール。アインズ様はいらっしゃいますか?」

「おはようございますマルクスさん。はい、いらっしゃいますよ」

 

 『伝言』の魔法で来るように命じられているのだから居ないはずは無いのだが、マナーというやつだ。

 

「お会い出来ますか?」

「少々お待ちください」

 

 リュミエールは一度扉の向こうに戻り、しばらくして再び顔を覗かせ、先程より大きく扉を開いた。

 

「どうぞ、マルクスさん」

 

 マルクスはリュミエールに小声で感謝を述べ、入室する。

 

「アインズ様、失礼致します」




今回は主人公の登場で終わってしまいました。
文量の多い、少ないもまだ分かっておりません。
もっとこうした方が良い等のご指摘、キャラ要望、感想、批判お待ちしております。


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指令

ようやくの二作目投稿です
一作目への感想、お気に入り登録ありがとうございます!
夜那は画面見て声上げました(リアル)

本当はこの二作目4月中に書き上げる予定でした
それもこれも宙ぶらりんだった12巻が悪い!
(ネイアちゃん良いっすねぇ(´∀`*))
投稿を忘れかけたのもあの厚さの13巻が悪い!
(あの倍ぐらいでも良いですね)
と、言い訳(and賞賛)を言いつつ
なんとか書き上げた二作目です
どうぞ……


追記:忘れてたのはリアルです。ごめんなさいm(__)m


 入室したマルクスは部屋の中央へ進み、そこに置かれた立派な黒檀の机の少し手前で止まる。

 マルクスの立つ反対側に座るのは彼らの主であるアインズ・ウール・ゴウン、その人である。

 

「御前、失礼致します」

 

 そう言いながら軍帽を取り、臣下の礼をしようとする。

 しかし、主人が片手を上げてそれを制した。

 

「挨拶は無用だ、本題に入ろう」

「はっ」

 

 マルクスはそう言って立ち上がり、軍帽は手に持ったまま不動の姿勢をとる。

 

「まず、今日お前を呼んだのは、お前に新しい仕事を任せようと思ったからだ」

 

 主人のその言葉を聞いたマルクスは、歓喜のあまり飛び上がりそうになった。

 元々彼の役職はナザリック内の平時の財政管理が主だ。と言っても実際はマジックアイテムから生成した物資や魔導国建国後からは税として入手した物資の一部をエクスチェンジボックスに入れ、消耗品―――アウラの魔獣の餌代など―――に変え、必要箇所に配布するのみだ。

 無論、至高の存在に与えられた仕事に不満など微塵も無く、建国後は都市で働く仲間の手助けなど、仕事が無い訳ではなかったが、多くの同僚(NPC)達が主人からの勅命を受け、様々な場所で働いている中なんの命令も与えられないと言うのは創造された者として不安に駆られる日々だった。

 

「はっ、光栄であります。アインズ様からの御勅命、全身全霊で取り組ませて頂きます」

 

 マルクスは熱意のこもった返事をした。

 

「うむ、それで新しい仕事と言うのは私が作っている国家が運営する冒険者組合の管理だ」

 

 そう言って主人は書類の束を取り出し、側に控えていたリュミエールに渡した。

 リュミエールから書類を受け取るとマルクスは素早く目を通していく。

 ある程度目を通した所でマルクスは聞いていなかった事を質問する。

 

「アインズ様、1つよろしいでしょか?」

 

 主人は促すように顎をしゃくる。

 

「管理というのは組合の財政的なものでしょうか? それとも冒険者の指導的なものでしょうか?」

 

 財政方面なら多少は可能だが、指導となると特化型魔法詠唱者(マジックキャスター)であるマルクスには少し不安がある。

 

「ふむ、お前に任せるのは組合に関わるほぼ全てだ。正確には組合の上位機関である審査機関の長として冒険者組合、魔術師組合、鍛冶屋組合など全てを統括してもらう。その関係でお前の上司は居ない。私の直轄の部下になる訳だな」

 

 最後の言葉を聞いた瞬間、マルクスの体がびくりと動き、次に包帯の上からでも分かるくらい表情が崩れた。

 

 彼はレベル自体は90以上と守護者並だが、役職的には守護者やプレイアデスなどの主人の側に使えたりする役職からは程遠く、「直轄」という言葉に喜びを禁じ得なかった。

 

「はっ。アインズ様の指令、拝命致します」

 

 そう言って書類を片手に持ち、空いた手で敬礼した。

 

「……ぉう、それでマルクス、私に聞いておきたいことなどは有るか?」

 

 マルクスは少し考えてから指を一本立てて口を開いた。

 

「まず1つございます。書類によると2年程前から組合への加入希望者が幾人か居るようですが、区画整理後に建築した寮はまだ使っていないと伺っております。その希望者達は今、何処へ?」

「彼らは今、カルネ村に滞在させて、ゴブリン達に訓練をつけさせている」

 

 カルネ村とは彼の記憶が確かなら転移して間もない頃に慈悲深い主人が救った人間の村だ。

 ゴブリンというのは主人がその村の村娘に与えたアイテムから召喚されたもので、その娘は今では村長をしているらしい。

 この話を教えてくれたルプスレギナ曰く、なかなか面白い所だと言う。

 

「なるほど、それでは次に組合の運営にあたって必要になる寮や訓練場、訓練用ダンジョンなどの建設は完了しているようですが、物資の搬入等は完了しているのでしょうか?」

「ダンジョンへのモンスターの配置は完了しているが、それ以外はまだだ」

 

 マルクスは再び考えると今度は頷いた。

 

「なるほど、了解しました。では、早速カルネ村に誰かを送って呼び戻そうと思います。その為に死の騎兵(デス・キャバリエ)を一体とソウルイーターの一頭だて馬車を二台ほどお借りしたく思います」

「ゲートを使った方が早いのではないか?」

 

 確かに、その方が早いのは確かだが、今回は時間をかけた方が良いだろう。

 

「いえ、その必要は有りません。呼び戻す間に物資の搬入を済ませようと思います。そこで二つ目なのですがよろしいでしょうか?」

「構わん、言え」

「はい、組合で必要になる様々な消耗品をこの都市の倉庫から頂きたく思います」

 

 マルクスが言うと、主人は直ぐ様頷いた。

 

「問題無い、好きに使え」

 

 マルクスは頭を下げ、感謝を述べた。

 

「ありがとうございます。後ほど必要になる物資のリストをお持ちします」

「よい。それよりリストは私ではなく物資担当のエルダーリッチに渡しておけ」

「了解致しました」

 

 そう言って、マルクスは敬礼した。

 

「それで、他にまだ有るか?」

「いえ、これで充分です。ありがとうございました。それでは御前、失礼致します」

 

 マルクスは今度は最敬礼し、頭を上げると軍帽を被り、書類を脇に挟んでリュミエールが開けてくれた扉から退出した。

 

 

――――――――――

 

 

 マルクスが退出すると、アインズはリュミエールに気付かれないようにそっと息を吐き出した。

 マルクスはナザリック最高の頭脳であるデミウルゴスなどより劣るものの知恵者として生み出されており、一般人であるアインズとしては時折、不安になってしまうのだ。

 突然笑い出した時など、何か不手際を笑われているのだと本気で思った。

 もっともこの仕事を任せるにあたり、設定を細かく見直しているのでそんな理由で笑ったのではないと分かるのだが。

 しかし、喜んでいたと知ると今度は罪悪感に襲われる。

 マルクスに任せた仕事は元はアインズが一人で進めていた事だ。

 だが、人が集まり設備が完成してくると、だんだん不安になってきた。

 そこで頼れる配下に丸投げする形になった訳だ。

 

(仕方ないんだ。やる事が多いんだ。それに……規模が大きくなるとミスした時の傷も大きくなってしまう)

 

 多少の失敗は間違った認識を変えるには良いかもしれない。

 しかし、あまりにも大きな失敗は配下を失望させる。

 だが、今回は相手を選ぶ必要が有った。

 そもそも、階層守護者達は皆重要な案件を抱えているし、かと言って平然と人間を下等生物(虫ケラ)呼ばわりする者でもダメだ。

 そこでNPC達の設定を見ている中でマルクスを見つけた。

 マルクスはナザリックでは珍しい穏健派に属しており、無闇に人間を下に見ない。

 さらに「少佐」という階級についているらしい。

 軍隊の知識が無いアインズにはそれがどのくらいの地位に当たるのかはわからないが、充分な指揮能力を持つのは事実だ。

 そして、マルクスと会った後に息――――ため息を漏らしてしまうのはもう一つ理由がある。

 

(なんで、あんなかっこいいんだ?)

 

 そしてアインズは自分の創った黒歴史(パンドラズ・アクター)を思い出す。

 

(やはり、大袈裟な身振りが無いからか? 設定に謙虚な性格とかも有ったがそれが関係しているのか?)

 

 アインズが思考の海に囚われようとしているとノックが鳴った。

 リュミエールが来訪者を確認する。

 

「アインズ様、セバス様がいらっしゃいました」

 

 アインズは考え事をとりあえず後日の課題にして、いつもの王に相応しい返事をする。

 

 

――――――――――

 

 

 マルクスは冒険者組合の廊下を組合員の案内で歩く。

 もっとも、その後ろには彼のシモベである煌びやかな軽装鎧に身を包み、無骨な弓を装備した鷲頭の人のようなモンスターが四体、宙に浮かびながら追従している。

 ホルスの猟兵というこのモンスターはレベル70後半で彼のシモベの中では最も探知系に優れたモンスターである。

 実際は他に別のシモベを二体引き連れているが、そちらは隠密している為姿は見えない。

 主人の部屋を訪れた翌日マルクスは冒険者組合長であるプルトン・アインザックに会いに行った。

 目的は冒険者に課す義務やどの様な利益、権利を認めるかについてだ。

 

(正直、わざわざ会いに行く意味は無かったですね)

 

 直接会えば隠した本音を暴けるかと思い、意見のすり合わせという名目で何度も会って話しをした。

 しかし、結果は主人から受け取った書類に書かれていた事と寸分違わない言葉ばかりだった。

 

(話した限り嘘を言っている感じでも無かったですし、デミウルゴス様などであれば何か感じ取る物が有るのでしょうか?)

 

 マルクスはナザリックの最高の頭脳として創られた守護者の姿を思い浮かべる。

 

(あるいは、嘘がつけなくなる程アインズ様が巧みだったという可能性も……いえ、それしかありませんね。流石はアインズ様!)

 

 マルクスがこの場に居ない主人への尊敬を新たにしているといつのまにか組合の出入り口の目の前まで来ていた。

 案内をした組合員に労をねぎらうと共に別れの挨拶をして組合をあとにする。

普通ならこんな事をする必要は全く無いが、今は主人の偉大さを改めて感じた為に気分が良い。

 

「さて、一旦あの家に戻って今後の行動を考えますか」

 

 本来、マルクスはナザリックの大図書館を待機場所として与えられている為、家などは必要無い。

 家というのはこちらでの仕事を与えられてから、使うようにと言われた家屋で元はこの都市の衛士長の家だったらしい。

 管理者として不測の事態に対応する為には近場に待機場所が必要だったからこその配慮だろう。

 

(しかし、訓練内容、待遇等は実質手探りでの運営になる訳ですから先駆けとなる者が必要ですね。前例(モルモット)無しでは危険が多いですし)

 

 家の有る城壁方面に歩を進めていると、向こうから二頭立ての荷馬車が3台やって来た。

 この都市では珍しい普通の馬が引いていて、後ろの馬車にはデスナイトが一体ずつ沢山の木箱と一緒に荷台に乗っている。

 先頭の馬車に乗っていた御者の男がマルクスを見つけて手を振りながら、馬車の速度を落としていった。

 以前はスラムに一人で住んでいて、マルクスが新しい職を世話した人物だ。

 

「こんちは、旦那」

 

 あまりに馴れ馴れしい話し方だが、下手に直そうとすると意味不明な口調になるので諦めた。

 それに人格的には何ら問題無いし、仕事も頑張っているらしいので大目に見ている。

 

「ええ、こんにちは。今回は帝国での仕事だったんですか?」

「そうです、そうです。流石旦那、よく分かりやしたね」

「積んである作物の中に帝国でよく作られてる作物が見えましたからね」

「ほーなるほど」

 

 そう言いながら、男は後ろの荷台を振り返る。

 すると突然、男は「あっ」と声を上げて、再びマルクスの方に顔を向けた。

 

「旦那、旦那。今城門のとこにこの国に住みたいって奴が来てやすぜ」

「ほう、それは素晴らしい。どんな方ですか?」

 

 正直興味はないが冒険者になろうという者なら会っておきたい。

 

「なんでも冒険者に成りてぇって奴らでしたぜ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、マルクスは一瞬動きを止めると、次に包帯の下で微笑を浮かべた。

 

(素晴らしいタイミングだ。)

 

「そうですか。それは好都合、一度会いに行くとしましょう」

「そうですかい? んじゃ俺は行きやすね」

「ええ。では、また今度お会いしましょう」

 

 マルクスは城壁へ歩を進める。

 カナリアへの期待を抱きながら。




アドバイスを頂いたので二作目は一作目と比べてかなり字数を増やしました。
いかがでしたか?
まだ少ない、今度は多すぎ等有りましたらコメントにてお願いします。
そして、アインズ様視点を取り入れてみました。
正直超難しい。
丸山先生の頭はどうなってるんだと思いました。(いい意味でね)
まだまだ日本語が不自然なとかも有りますので批判、感想等々お待ちしてます!


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求める者達

お気に入り登録などなどありがとうございます。

なんとか月内投稿できました
ようやくノーパソの調整が終わったので初のパソコンからの投稿です
それではどうぞ……



 帝国の街道を三台の荷馬車が進む。先頭の馬車には御者が一人と幌付きの荷台の中で、木箱の間の小さな隙間に座った小柄な男が二人居る。後ろの馬車には幌が付いておらず、御者台に背を向けて周囲を見張るデスナイトの姿がある。

 

「すいません。あと、どれくらいで魔導国に着きますか?」

 

 小柄な男の一人が御者台に声を掛けた。

 その声には若干の高さが残る物で、ただ小柄なのではなく骨格が未発達――――少年であると分かる。

 

「せやな、国境を越えるまではあと少しやな。ただエ・ランテルまではまだ2日はかかるで」

 

 御者が陽気な声を返す。久しぶりに家に帰れるのが嬉しいのだろう。

 少年は御者に礼を言いながら、自分の反対側に座る人物を見る。

 その人物も歳は少年と同じだが体格は少年以上に小柄だ。その金髪の頭が前後に揺れているのは馬車の揺れだけによる物では無いだろう。

 

「おいトクル、そろそろ起きろ。もうすぐ国境を越えるらしいぞ」

 

 トクルと呼ばれた少年は頭を上げながら眠そうに目を擦る。

 よく言えば大人しそうな、悪く言えば気の弱そうな顔つきだ。

 そして、性格も見た目通りというのんびり屋な友人に、先程御者から聞いた言葉を繰り返す。

 

「分かったよウィル。それじゃ今日は野営するのかな?」

 

 ウィルは手荷物を入れた麻袋から丸められた羊皮紙を取り出すと馬車の後ろにある昇降口から顔を出し、空を見上げる。太陽の位置から時間を推測するのはウィルの特技で、彼らが居た村でもウィルは誰よりも正確に時間を推測出来た。

 大体の時間が分かるとウィルは手元の羊皮紙を開いた。そこに書かれていたのは、この近辺の細かな地図で、街で購入した正確な物だ。

 ウィルは街を出た時間と予想した時間を元にエ・ランテルに着くまでの時間を計算する。ウィルの家は鍛冶屋を営んでおり、鍛治仕事の不得意だった彼は帳簿の手伝いをやっていたおかげで計算が上手くなった。

 

「そうだな。エ・ランテルまではもうしばらく掛かりそうだから、今日は野営する事になるな」

 

 そう言いながら、ウィルは再びトクルの向かいにある木箱の隙間に体を押し込む。

 ウィルの言葉を聞いてトクルの顔が不安げに歪められる。

 魔導国の街道は他国と比べて安全らしいが、詰所などは無いらしく野宿には、いささか不安がある。

 

「大丈夫だよ。ボアンさんが心配無いって言ってるんだし、信じようぜ」

 

 ボアンとは今彼らが乗っている馬車の御者で、この荷馬車隊のリーダーらしい。

 街で魔導国から交易馬車が来ているという話を聞き、魔導国へ連れて行ってくれと掛け合ったのだ。それを聞いたボアンは二つ返事で了承した。

 

「それにあの護衛が居れば襲われる心配も無いさ」

 

 そう言ってもトクルの表情は浮かないままだ。

 それを見てウィルは、トクルの不安が別の所にあるのだと気付いた。

 ただ、トクルは不安げな表情のままじっと黙ったままだ。この友人はなかなか本音を言おうとしないのだ。

 だが、幼い頃からの付き合いで、こういう時の対処法は既に見つけている。

 ウィルは左右に泳ぐトクルの目を正面から見つめる。

 やがて、トクルは観念したように口を開いた。

 

「やっぱさ。不安なんだ。魔導王への不安はそこまでなんだけど、ちゃんと冒険者になれるのか? 才能が無いって言われて追い返されるんじゃないかって」

 

 彼らの街は聖王国からの隊商がよく通る街道の近くにあり、魔導王に命を救われたという聖王国の人間から話を聞く機会が何度もあった。

 

(今じゃ聖王国民の約一割が魔導王に肯定的な団体に所属していると言っていたが、あれは本当なんだろうか? ・・・おっと、ちゃんとフォローしないとな。何度もやってるとは言え)

 

「大丈夫だ。ボアンさんも言ってたろ。冒険者に成れなくても魔導国に住むことは出来る、働き口は沢山有るんだ、ってさ」

 

 だが、働き口を求めて魔導国へ行くのではない。

 

「魔導国に住んだら冒険者に関われる仕事を探そう、上手くいけば訓練をつけてくれるかもしれないぞ」

 

 そこまで言って、ようやくトクルの表情が柔らかくなった。

 

 彼らが冒険者―――それも魔導国の―――に成ろうとするのは彼らが住んでいた街に、時折やって来た一人の吟遊詩人(バード)に影響を受けた為だ。

 その吟遊詩人は変わった人物で冒険者や英雄達の英雄譚(サーガ)などは全く語らず、ただ旅人達から集めたり、自ら見たりしたという雄大な自然の姿を語る人物だった。

 それ故にあまり人気は無かったが、2人はその吟遊詩人の話が大好きだった。

 だからこそ、だろう。彼らは英雄になるより冒険者に成りたいと望んだのだ。

 

 

――――――――――

 

 

 城門に向かうとマルクスは近くに居た職員に入国者の居場所を聞き、そのまま講習の為に使われている部屋まで案内された。

 部屋の前まで行くと丁度部屋に入ろうとしていたらしい、見慣れた豚面―――比喩ではない―――を見つけた。

 

「ディエルさん、こんにちは」

 

 こちらに気付いた亜人―――豚鬼(オーク)はその顔を歪めた。恐らくだが、笑ったのだろう。

 

「おお、マルクス殿か。こんにちは、会うのは久しぶりだな」

「そうですね。そう言えば同族の方達の加減はいかがですか?前に聞いた時は夜になると(うな)される方が多く居るということでしたが」

「お陰様で、今はもう、皆んな魘される事は無くなった。マルクス殿には感謝してもしたりん」

 

 ディエル達の部族は三年程前に聖王国近郊のアベリオン丘陵からやって来た―――逃げて来た、と言うべきか。

 初めて会った頃は誰もが傷だらけで、聖王国での体験によって完全に心が砕かれていた。

 

「いえいえ、あれも魔導王陛下の御意志です」

 

 だからこそ、マルクスは彼らの心理的、肉体的ケアに力を入れた。

 更に魔導国での新しい職も世話してやった。その中でディエルは数少ない役人―――主な役職はナザリックの者が占めているのでナザリック外の者がつける職は限られている―――として、入国審査官の職についている。

 

「本当に魔導王陛下は素晴らしい方だ。あの人間のメスにも礼を言わねばな」

 

 人間のメスと言うのが誰のことか気になったが、未だに本題を切り出していない事に気付いたマルクスは話を変える。

 

「ところでディエルさん、お願いしたい事が有るのですが」

「うん? 大恩あるマルクス殿の願いだ、俺に出来る事ならなんでもするぞ」

「ありがとうございます。お願いと言うのは今から行う講習にご一緒させていただきたいのです」

 

 ディエルは一瞬、怪訝な顔をしたが、直ぐに笑みを浮かべた。

 

「なんだ、そんな事か。その位、頼む必要は無いぞ。さぁ来てくれ」

 

 

――――――――――

 

 

 マルクスは家の扉を開けると、この家を与えられて初めての客を迎い入れる。

 

「どうぞ、お入り下さい」

 

 客人二人がおっかなびっくり入ってくるのを確認すると、そのまま奥まで進み、客室代わりにしている部屋―――誰かを招いたのは初めてだが―――に入り、ソファを勧める。

 シモベには玄関とこの部屋に分かれて待機するよう命じた。

 

「何かお飲みになりますか?」

「あっいっいえ。結構……です」

 

 茶髪の少年が返事をしたが、尻すぼみになっている。

 

「まぁそう言わずに、一旦落ち着いた方がいいでしょう」

 

 そう言いながら、空間から果実水が入った瓶を取り出すと、同じように取り出したグラスに注いで二人の前に置く。

 

「貰い物なんですがね。私は、あまり飲まないので」

 

 空間から物を取り出した事に驚いているようだが、マルクスとしてはいい加減慣れた反応だ。

 

「さて、まず初めに、ようこそ魔導国へ。私の名前はマルクス。この地では各種組合を統括、管理すると共に、冒険者育成に於ける全権を魔導王陛下より頂いています」

 

 そう言うと二人組はキョトンとした表情になった。

 

「そうですね。国民の皆さんの生活状況を調べ、手助けをするといった仕事と冒険者への支援を行うといった仕事をしています」

 

 いくらか噛み砕いて話すとどうにか理解出来たようだ。

 

「では、説明の前にお二方についてお話し頂けますか?」

 

 二人分の自己紹介と軽く生い立ちについて聞き、マルクスは二人に『可』を押す。

 

「なるほど、了解しました。では、そろそろ説明に入らせて頂きます」

 

 生い立ちの話がいつの間にか志望動機の演説になりつつある二人を制する様に話し出す。

 

「まず、冒険者になる為の前提条件として、我が国の臣民であると言うことです。その点に問題は有りませんか?」

「あっはい、大丈夫です。そのつもりで来ましたから」

「それは上々。では次に冒険者としての義務についてですが……」

「えっ」

「どうかしましたか?」

 

 驚きの声を上げた少年―――確かトクルだったか―――の方を見る。

 

「あのっ他に条件って無いんですか?」

「ええ。有りませんよ」

「ほっほんとに?」

「勿論。種族、出身、地位等に関係なく、どんな者でも受け入れる。それこそが魔導国の冒険者組合です」

 

 人なら微笑を浮かべるところだが、包帯に隠れているので雰囲気だけだ。

 

「さて、先程の続きですが、冒険者の義務は幾つか有ります。一つは国の機関に所属する事になりますので勝手に国外への移住は出来ません。他には組合や上位機関である管理局からの要請に応える事、一定の期間ごとに行われる定例会には必ず参加していただきます、仕事以外の理由での欠席は認めません。以上が冒険者としての義務になります……何か質問はありますか?」

「特には有りません」

 

 ウィルと名乗った少年が答えたが、本当に無いのかは不明だ。

 

(まあ、その辺は組合長に任せますか)

 

「最後に皆さんに対して我が国が保証する利益についてです。まずは役人として皆さんには給金が毎月支払われます。因みに冒険で得た金品は全て皆さんの物ですが、入手したマジックアイテムは研究の為、組合管理になります、ご理解ください。次に施設についてですが、冒険者専用の寮、訓練場、訓練用ダンジョンといった様々な施設を使う事が出来ます。と言っても皆さん最初は見習いとして訓練が有りますので、どのみちそれらの施設を使う機会が来るでしょう……さて、以上で説明を終わりますが、この場で最終確認をさせていただきます」

 

 言葉を句切って溜を作る。

 

「……貴方たちは冒険者に、真なる世界を見る者に成りたいと、望みますか?」

 

 二人の少年は互いに顔を見合わせる事も無く、ほぼ同時に頷いた。

 その目は初めて会った時とは違い、決意の輝きを宿している。

 そんな二人を見つめながらマルクスは無数の未決定事項と今後の課題に思いを馳せるのだった。




残酷描写と言いつつ未だに戦闘シーン0
なんとかしたいけどもう少し先になるかも

それでは批判等々お待ちしてます
「何行目の言葉が変」って感じに教えてもらえれば幸いです

miikoさん誤字報告ありがとうございます


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帝国へ

パソコンで書き物をする時はバックアップを取りましょう(戒め)
そろそろ前書きで書くことが無くなってきましたが
どうぞ……


魔導国冒険者組合第三会議室。

 

 

 マルクスが執務室代わりに使っているこの部屋では、実質的にこの部屋の主であるマルクスが書類を前に頭を抱えていた。

 カルネ村に居た見習い達を呼び戻し、冒険者養成機関を本格的に始動させてからの約一ヶ月間、頻繁に繰り返した行動だが、今回はこの一月で最も長く沈黙が続いていた。

 

「また、ですか……」

 

 呼吸不要の身であるマルクスだが、無意識に疲れた様な溜息をつき、こめかみの辺りを抑えた。

 

「教員の不足……これで何度目でしょうね」

 

 マルクスは乾いた笑みを浮かべる。

 冒険者見習いの為の実技指導を行う教員不足、運営初期から頻繁に上がった問題だ。

 それ故に、様々な対策が行われた。

 例えば、占領前から都市に居た冒険者達に手当を支給することを条件に志願を募ったり、友好国から特別技術者として招いたり、支配下の異種族を使ったりと、なんとか対策を講じてきたが、それでも不足を補いきれなかった。

理由は教員達の能力の偏りだ。

 というのもこの世界では該当の職業(クラス)に適した経験を積むだけでクラスレベルを取得出来るのだ。

 その為、戦士(ファイター)のクラスを取得したいなら、剣を持ってひたすら戦闘訓練をするだけで良い。弓兵(アーチャー)のクラスを取得したいなら、ひたすら矢を撃つ練習をすれば良いのだ。

 無論、より上位のクラスを取得する為には、より適した経験、知識が必要になるが、こちらは比較的簡単に成長が見込めるし、教員に適した人材も豊富だ。

 逆に成長が見込みにくく、人材が少ないのが魔法詠唱者(マジックキャスター)などである。

 

「特に神官などの信仰系魔法詠唱者の不足が問題、ですか」

 

 神官は主に神殿勢力に所属しており、神殿勢力はアンデッドの王を押し戴く魔導国に対して非協力的である。

 また、魔導国側も神殿勢力に不介入の立場を保っている為、協力を求める事が出来ないのだ。

 

(かと言って、他国から連れて来ることも不可能。それほどに神殿は民衆の生活に深く関わっている、と)

 

 行き詰まった状況に再び溜息を吐き、新たな打開策を考える。

 

森祭司(ドルイド)の手配はコキュートス様に頼ってみるとして、司祭や神官のあてなんてどこにも有りませんよ。……かと言って、信仰系魔法詠唱者の育成は必須。その為には教員が必要。そして、教員となる者の条件としては、神殿勢力に所属していなくて、戦闘に関する知識があって、魔導国に協力的……これは除外しても大丈夫ですかね?)

 

 軍帽を弄りながら考え込んでいると、ノックの音が響き、扉が僅かに開き(くちばし)の生えた顔が覗いた。

 

「マルクス様。物資担当のエルダーリッチ様の使いが参りました。移動させた物資についての報告書をお持ち下さったそうです」

「ああ、分かりました。お連れして下さい」

 

 許可を出すと、すぐにさま猟兵と共にスケルトン・メイジが書類の束を抱えて入ってきた。

 受け取った書類に目を通すと、こちらには問題が起きてない事に安堵し、確認の印を押す。

 判を押した書類を手渡すとスケルトン・メイジは一礼して猟兵と共に退出していった。

 

(食糧は大規模農場や蜥蜴人(リザードマン)の養殖場から確保、消耗品も問題無し、懸念されていた生活用マジックアイテムは発注済みで納品の目処も立っている・・これはパラダイン殿のお陰ですね)

 

 その時、マルクスの頭に、かつて目に留まりながら不要だ、と判断した資料の一文が浮かび上がった。

 

(フールーダ……魔法詠唱者……学校………!?)

 

 その内容とは、帝国では様々な系統の魔法詠唱者を育成する学校が有り、そこで才能を磨いた者の多くが帝国の軍事力である騎士団に組み込まれているらしく、その中には神殿に所属していない信仰系魔法詠唱者もいるという物。

 これほど重要な事を今の今まで忘れていた自分を酷く(さいな)みながら、マルクスはすぐさま、『伝言』の魔法を発動する。

 

 

――――――――――

 

 

「なるほど、教員として魔法詠唱者を引き抜く……か」

 

 マルクスの向かいのソファに座った主人はポツリと呟いた。

 

「はい。アインズ様の御判断により、帝国騎士団の一部が解体されましたが」

「えっ」

「どうかなさいましたか?」

「あっああ、気にするな。それで、どう進めるつもりなんだ?」

 

 何か主人が気にするような事が有ったのかと不思議に思ったが、主人が先を促している事に比べれば些細な事だろう。

 

「はい。そこで新しい職に不満を持っている者を引き抜ければと、考えています」

「なるほど。しかし、そう簡単にいくか?この都市を訪れた事の無い者は魔導国を良くは思っていないだろう。それだけではない、不満を持つ者をすぐに見つけられるか?あまり時間は掛けられんだろう」

「……かなり難しいと思われます。仰るように我が国を訪れた事がない者には固定観念を払拭するところから始める必要がありますし、情報収集をしている時間も有りません」

 

 魔法詠唱者としての適性を見極めるのは、早いに越した事はない。

 

「ふむ、ではどうする?」

 

 主人の問いにマルクスは準備していた答えを述べる。

 

「はい、そこで皇帝への教員派遣の要請状にアインズ様の印璽を頂きたく思います。そうすれば皇帝は教員となる者を出さざるを得ませんので、教員として差し出された者をこちらに引き込めればと考えております。それと共に冒険者見習いの元帝国民を幾人か連れて行こうと思います。その者達に説得を手伝わせようか、と」

 

「なるほど、良いだろう。後でその要請状を送ってくれ」

「畏まりました」

 

 マルクスは主人に納得して貰えた事に深い喜びを感じると共に、素早くこちらの問題点を指摘した主人の聡明さにより敬意を深めた。

 

「それにしても……お前自身が帝国に向かうのか?」

 

 主人が不安げに問いかけて来る。

 その不安げな様子が自分の身を案じてだと分かるので、マルクスは嬉しくなり、声が自然と明るい雰囲気を持った。

 

「そのつもりです。ご安心ください、砂の幻兵隊を同行させますし、緊急時には撤退を優先させます」

 

 主人の不安は分かっている。

 マルクスは精神系魔法詠唱者で呪い師(マジナイシ)というクラスに特化した構成がされている。

 呪い師は多種多様な弱体化魔法を持ち、さらには、それらの弱体化魔法は『呪い(マジナイ)』という一般的な弱体化魔法とは別の効果に分類されている為通常の耐性能力では防ぐことが出来ず、抵抗もされ難くなっている。

 無論、メリットがあればデメリットがある。

 呪い師の弱点――――それも致命的な――――は習得出来る攻撃魔法の少なさだ。その数はユグドラシルの多種多様な魔法詠唱者の中でも最少。

 その為、単純な攻撃魔法の撃ち合いになれば、マルクスは格下のシモベにも負けるだろう。

 しかし、逆に複数の弱体化魔法、状態異常魔法を発動し、配下のシモベたちを動員すれば、階層守護者最強のシャルティアに喰らいつき、あわよくば勝つ事も出来る。

 

「ふむ……マルクスであれば問題は無いと思うが、この世界にどのような脅威があるか、未だ分かっていない。十分に注意しろ」

「了解致しました」

 

 座った状態で姿勢を正し、頭を下げる。

 

「それで、いつ頃向かうのだ」

「御許可頂けるなら明日にでも出発するつもりです」

「許す。だが、引き継ぎはしっかりとしておけ」

「畏まりました」

 

 部屋を出て、ある程度離れた頃合いで、マルクスはこの後の行動を考える。要請状の作成はここに来る前に命じておいたし、同行者も当てがある。

 

(たしか、あの二人組は見習いとして訓練中でしたか。まだ足手まとい同然の状態でしょうが、今後を見越して経験を積んでおくのは重要ですしね)

 

 

――――――――――

 

 

「よぉし、今日の訓練はここまでだ!明日へたばんねぇように、ちゃんと休んどけよ!」

 

 監督役の蜥蜴人の言葉でウィルは訓練用の槍を下ろし、一緒に訓練していた者達と共に監督役―――教官の前に集合する。

 

『ありがとうございました!』

 

 一斉に大声で礼を言うと、息ぴったりに頭を下げた。

 練習などしていないが、いつも一緒に訓練をしていて、自然と息が合ってきた。

 解散と言われてもウィル達は全員で固まって移動する。訓練用具を片付け、濡らした手拭いで汗を拭き取っていると、横に居た見習いの一人がニヤニヤ笑いながら口を開いた。

 

「大丈夫かウィル。吐きたい時は我慢すんなよ」

「このくらいどうって事有りません」

 

 すると、別の一人が似たような表情でこちらを向いた。

 

「よく言うぜ。何度お前のゲロを処理してやった事か」

 

 その言葉に昔―――三週間ほどしか経っていないが―――を思い出して、顔を赤く染める。

 

「い、いい加減、その話はやめて下さい」

 

 慌てたウィルを見て、周りに居た見習い達は先程とは別の種類の―――可愛い弟に向けるような笑みを浮かべる。

 

「ほら、早く行かないと食堂混みますよ」

 

 訓練の終了時刻はずらしてあるので食堂が混む事は滅多にないが、全員何も言わずに作業の手を早める。

 何故なら、この訓練所の食堂で出される食事は訓練生の事を考え、腹持ちや栄養価を重視しているにもかかわらず、どれも絶品なのだ。

 全員で固まって食堂に向かうと、食堂の前に人だかりができているのを見つけた。

 

「どうした。なにかあったのか?」

 

 ウィルと共に来た訓練生の一人が話しかけると、人だかりが割れ、食堂の中が伺える。

 複数の長机で幾人かが食事をしている中、少し離れた場所に二人組みが長机一つを挟んで向かい合い、話し込んでいる風だった。

 片や子供ほどの身長の為、椅子の上にクッションを置いてかさを増した人物。片や包帯でぐるぐる巻きにされ、奇妙な服を着た人物。

 

「あっマルクスさん」

 

 マルクスはこの訓練所にも何度か出入りしている為、訓練生の誰もが知っている。そして、共に居るのは鍛治仕事で時折訪れる山小人(ドワーフ)だ。

 二人の間には魔力の輝きを宿した武器がいくつか置かれている。会話の内容は距離がある為聞こえない。

 

「どうする?」

「どうするったって、気にする事なんてねぇだろ。さっさと入るぞ」

 

 マルクスは訓練生達に非常に温厚に接しているが、高い地位に属する人物―――アンデッドである為、恐縮してしまう者が幾人か居る。人だかりを作っていたり、どうするか問いかけていたりしたのはそういう者達だろう。

 アンデッドである事を恐れている者は一人もいない。

 ウィル達はすぐに食堂に入ると、場所取りをする者、飲み物を取りに行く者、食べ物を取りに行く者、スプーンやフォークなどの食器を取りに行く者と分かれる。

 一人ずつ取りに行ってもいいが、この方が手っ取り早い。

 ウィルも食事を盛ったプレートを人数分持って席に着くと、席が近い順にプレートを渡し、逆にスープの入った椀や食器、飲み物を注いだコップを受け取る。

 腸詰めと野菜の炒め物、魚のすり身を団子状に丸めた物が入ったスープ、塩漬けにした野菜、小さめの蒸し芋、そして純白のパンが今日のメニューだ。飲み物は果実水が水差しごと置いてある。

 全員が席について、食べ始めようとした時、向かいに座る何人かがウィルの後ろを見た。

 ウィルも後ろを振り返ると、いつのまにか近くにきていたマルクスと目が―――マルクスの目は包帯の下で見えないのだが―――あった。ドワーフは既に居なかった。

 

「食事の邪魔をして申し訳ありません。ウィル君、君とトクル君に冒険者組合から要請があります」

「えっでも、俺はまだ見習いですよ」

「構いません。依頼人は私。内容は私が帝国に行く間の護衛任務です。もっとも護衛は私のシモベが行いますので、あなた方に求めるのは力ではなく、知識ですが」

「あの、本当に俺たちなんかで良いんですか?」

「何度も言いますが、あなた達で良いんです。さて、詳しい話はまた後ほどトクル君や組合長を交えて行いましょう。それでは、また」

 

 マルクスはそう言うと食堂を後にした。

 マルクスの背中を見送ったウィルは、興味津々の仲間達から質問責めにされながら、もともと住んでいた国とはいえ、初めての冒険に胸を膨らませていた。




miikoさん誤字報告ありがとうございます


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大義

いつのまにかお気に入り登録が80件超えててびっくり。
こんな初心者の妄想駄作作品を読んで頂いてありがとうございます。

なんとか今月中に投稿出来ました
急いで書き上げた所なども有るので、いつもより少し短く、意味不明な点も多いかもしれません。
投稿が遅い事も合わせて、申し訳ありませんm(__)m


 馬車の外を眺めながら、マルクスは向かいに座る者たちに聞こえないよう、そっとため息を吐いた。

 あまりに面白味のない景色だ。帝国民の暮らしを見ることで何か得られるものが有るかと期待して、帝国の首都アーウィンタールから少し離れた所に転移したというのに、魔法の感覚器官を用いて見た景色は、マルクスを激しく失望させた。

 何もかもが人の手によって行われているのだ。

 畑を耕すのも、種を撒くのも、家屋や道路の修繕も、集落の警備も。

 

(帝国は豊かだと、聞いていましたが、この程度とは……。魔導国の方が遥かに豊かではありませんか。いえ、アンデッドの人足を用いるかどうかで、これ程の違いが出ると分かったのですから十分だと思うべきですね)

 

 そこでマルクスは自分と同じ様に外を眺めていた二人組に話しかける。

 

「さて、じきに帝都に着きますが、もう少し時間がかかるでしょう。それまで、少しお話をして頂けますか?」

「お話って、どんな事を?」

「そうですね……。帝国での生活については組合で聞きましたし、魔導国に来てからの話をお願いします」

 

 そう言うと二人組―――トクルとウィル―――は戸惑いながらも頷いた。

 二人は顔を見合わせ、どちらが話し合うか決めているようだ。

 しばらく押し付け合いが続いたが結局、押しが弱く、ウィルと比べて、いくらか話し上手なトクルが話す事になったらしい。

 

「正直、エ・ランテルはもっと混沌としてると思ってました。聖王国の人から聞ける話も又聞きの又聞きみたいな物ですから。でも、来てみて本当に驚きました。亜人も人間もアンデッドも皆んな一緒に暮らしてる事だけじゃなくて、皆んなお互いの事を考えて暮らしているし、この街にいる亜人達は実は人間なんじゃないかって思うぐらいでした」

 

 トクルの言葉を聞いてマルクスは嬉しそうに何度も頷いた。

 人間を好んで食べる種族に関してはデミウルゴスがあらかじめ間引いているとはいえ、亜人達と都市の住民達の融和政策に苦労した身として、成果が出ているのは嬉しい限りだ。

 その時、マルクスは自分に向けられている視線の性質が変わったのを感じた。

 今まで緊張した様子だったが、どこか納得したような様子に変わっていた。

 

「うん? どうかしましたか?」

「あっいえ……」

「そうですか?何か仰りたいことがあるなら、話して欲しいのですがね」

 

 すると、ウィルが意を決した様子で口を開いた。

 

「マルクスさんって、本当は人間なんですか?」

 

 マルクスは怪訝な表情―――無論、相手には見えないが―――を浮かべて答える。

 

「いえ、以前も言いましたが、私はアンデッド。異形種ですよ」

 

 もっとも、この包帯の下にはちゃんとした肉体が有り、食事による効果は受けられないが、普通に飲み食いもできる。

 その為、大怪我を負った人間だと思われた―――今もそう思っている者も居るだろうが―――事が何度もあった。

 

「じゃ、じゃあ、なんで俺たちみたいなただの人間にまで優しくしてくれるんですか?」

 

 その言葉を聞いて、表情が先程とは別の形に歪む。

 

「簡単な事です。私は冒険者の、もちろんあなた方見習いも含め、アイン……魔導王陛下より管理育成及び、保護を命じられたのですから、誠意ある対応をするのは当たり前です」

「でっでも、その……」

 

 尻すぼみになったトクルの方を向き、促す様に手を動かす。

 包帯の下では、ずっと嬉しそうな表情を浮かべているのだが、トクルには伝わらず、少し時間がかかった。

 

「この前、門番の方に聞きました。王国から逃げて来た密入国者の家族を受け入れたんですよね。どうしてですか?」

 

 そう言われ、マルクスは以前満足な食糧も持たず、身一つで魔導国の領内に逃げて来た親子を思い出す。

 

(正直、あの後の借金取り達への対応の面倒さを考えれば、彼らは助けなくてもよかったかも知れませんね)

 

 しかし、そこでマルクスは思い直す。

 

(いや、あれで魔導国のいい評判が広がるなら私の計画にも好都合。……あっ、少し間を置きすぎましたね)

 

「決まっています。我らが主人、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の偉大さ、慈悲深さをより多くの者に知らしめる為に他なりません」

 

 マルクスの毅然とした返事を聞くと、二人は感嘆の声を上げた。

 それは、これまで彼らの人生でこれほど誰かの為に尽くしている人物(アンデッド)に会った事が無いからこそのものだ。

 二人から送られる賞賛の言葉に謙遜しながら、マルクスは自らがこれまで行ってきた事、自らが主人の為に成すべき事を思い返す。

 実の所、マルクスがどんな者でも受け入れ、優しく接しているのにはもう一つ理由がある。

 それは、主人の支配をより盤石な物にする為だ。

 マルクスは軍人として生み出されながら、自らの特殊な能力故に、最高指導者(至高の御方)の為に戦う事が出来ない。

 だからこそ、マルクスは主人の幸福がより完璧なものになるよう尽くす事にした。

 それに、この行動はマルクスの設定故のある種の恐怖心も加算された結果でもある。

 

《ナザリックに属さない者であっても、無闇に見下さない》

 

 それは相手が脅威になり得ると考えてしまうという事。

 特に、こちらの世界に来て、自身の知識に無い様々な物や、人間という、平然と自身の属する組織を裏切る者達を見て、その思いがより強い物となって現れた。

 誰よりも慈悲深く、偉大な御方であるモモンガ(主人)ならば、いずれ支配下に入った全ての者に幸福と平穏を与えるだろう。

 しかし、幸福は堕落を生み、平穏は身の丈に合わない夢に取り憑かれた馬鹿共を生む。

 無論、度重なる情報収集によって、この世界において自分達が圧倒的強者である事は分かっているのだから、その様な虫ケラに遅れを取ることはないと、断言出来る。

 だが、主人が支配する地を預かる者として、そのような事を認められるか。

 だからこそ、マルクスは支配地での仕事を命じられてすぐ、自身の計画に取り掛かった。

 それは、檻の製作。

 捕らえた者を逃さず、反逆者を即座に、誰であれ叩き潰す為の檻。

 既に現在の魔導国領内では、神殿などの不満分子も含め、マルクス直属のシモベや組織の情報を教えてくれる内通者を仕込んである。そればかりか、属国である帝国や友好国であるドワーフの国にまで、マルクスの手は伸びている。

 もっとも、この行動は場合によっては不敬と取られるものだ。主人の所有物を配下が勝手に処理するような行為なのだから。

 しかし、指導者の治世を脅かしうる者は―――それがたとえ創造主()であろうとも―――許す事は出来ない。

 これこそが、マルクス(軍人)としての、忠義の形なのだから。

 自分から話しかけておきながら、会話をどう畳もうか悩んでいると、タイミング良く馬車の扉が叩かれた。

 僅かに隙間を開けて外を覗き見ると、頭部だけがワニの物に変わった半獣が手綱を握って立っていた。

 ソベクの戦車兵。重装鎧を纏い、タンクとしての高い耐久力と搭乗する馬型の魔獣四頭立ての戦車による機動性を併せ持つモンスターだ。

 欠点は使用する武器がフレイル、短槍、短弓と攻撃力が低い点だろうか。

 

「マルクス様。もうじき、バハルス帝国首都アーウィンタールに到着致します」

「分かりました。では、手筈通りにお願いします」

「畏まりました」

 

 戦車兵が先駆けとして市壁の門へと向かう。

 最後に、閉めようとした扉の隙間から今まで馬車の後方に追従していた、別の戦車兵が前方へ移動する姿が見えた。

 マルクスは扉を閉めるとウィル達にこの後の流れについて話す。

 無論、前以て話してあるが念の為だ。

 そして、少しの間を置いて聞こえて来た大声―――わざわざスキルで恐怖効果を加えた物―――に、包帯の下で口元を満足気に歪める。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国が属国地、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿に対し、魔導国都市組合管理局が局長であられるマルクス様が、会談を求めていらっしゃる!門を開けよ!!」




miikoさん誤字報告ありがとうございます


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蜘蛛の巣から垂れた糸

さて、もうじきオバロ三期の放送が始まります( ✌︎'ω')✌︎
ちなみに夜那ちゃんはお仕事の関係でアニメ見る暇が無いので録画しております
この作品は休憩中に編集しただけなので変なとこが多いかもしれませんが許してやって下さい。

それじゃ、どうぞ……


 バハルス帝国帝城の廊下を、レイナース・ロックブルズは今ではかなり慣れた男性用の正装を着て歩く。

 本来、騎士とはいえ女性用の正装をするのが当たり前なのだが、そちらはいざという時動きが制限されてしまう為男性用の物を着用するようにしている。

 それだけでは無い。服の下には鎖着(チェインシャツ)を着ているし、腰には予備武器のロングソードを履いている。どちらも戦闘時に着用するアダマンタイト製の全身鎧(フルプレート)や槍より劣るものの、帝国では極めて強力な魔化も施されている。

 帝国四騎士である自分なら、加えてこれだけの武装をしていれば、帝国で自分を即座に倒せる相手は数える程しかおらず、その者達相手でも逃げる事は出来る。

 

(帝国では……ね)

 

 つい先程、帝城の中庭で見た魔導国の兵士を思い出す。

 その者が着用していた全身鎧は無骨だが膨大な魔力を感じさせ、着ている者も圧倒的な力を感じさせる人型モンスターだった。

 もし、あのモンスターが眼の前に立ちはだかったなら、例え完全武装であってもレイナースの死は確実だろう。

 

(いえ、私は魔導国に利益をもたらそうとしているのだから、魔導国の兵士に殺される事は無い……筈よね)

 

 絶対に無いとは言い切れない。

 レイナースは自他共に認める『最も忠誠心の無い騎士』なのだ、魔導国にとって大した力も無いくせに忠誠心が無い者なんて、邪魔なだけかもしれない。

 それに自分は魔導国に利益をもたらそうと―――帝国の極秘情報を持ち出そうとしてきたが、未だに成功していない。

 いや、それどころか帝国が魔導国の属国になってからは、それはもう不可能になりつつある。

 こんな無能な人間なんて、さっさと処理してしまう方が簡単だと考える可能性もある。

 

(落ち着けなさい、レイナース・ロックブルズ。大丈夫、まだ間に合うわ)

 

 日に日に悲観的になっている。

 なんとかして状況を打開するべきなのだが、手がないというのも事実だ。

 もはや、情報の持ち出しは不可能。武力としても、帝国最強の騎士という称号は魔導国の圧倒的な力の前ではゴミ同然だろう。色を用いたとしても、ナザリック地下大墳墓で見たメイド達と比べて自分ははるかに劣る。

 

(この(のろ)いさえなければ、少しは整ってる顔立ちだと思うのだけれど)

 

 そう思いながらレイナースは膿が滲んできた顔の右半分にハンカチを入れ、強くこする。

 忌わしい(のろ)いを受けた皮膚を、少しでも削り落とそうとするかのように。

 

 

――――――――――

 

 

 マルクスは護衛の猟兵達を後ろに控えさせ、応接間でジルクニフと向かい合って居た。

 

「では、こちらが魔導王陛下からの書状になります。お確認下さい」

 

 そう言って、あらかじめ懐に入れておいた羊皮紙を取り出し、そこそこ立派な机の上に置く。

 ジルクニフは目の前に置かれた書状に僅かに視線を落とした後、意を決した表情で自身の方に引き寄せた。

 無論、その間も爽やかな笑顔を貼り付けたままだが、この程度ならマルクスでも見抜ける。

 

「それでは、拝見させていただきます」

 

 ジルクニフの目線が下まで降りたタイミングで声をかける。

 

「ご覧のように、こちらはあくまで魔導王陛下からの要請であって、魔導国としての公的な物ではありません。ですから、貴国がどのような対応をしようともなんら問題は有りません」

 

 無論、こんなのはただの建前でしかない。

 属国の支配を預かる者として宗主国の王からの要請をはね除ける事は不可能だ。

 勿論、あまりに無茶な要求ならその限りではないだろうが、この程度ならはね除けた時の印象の悪化の方を心配するべきだ。

 

「それで、エル=ニクス殿貴方の、いえ貴国の返答をお聞かせ願えますかな」

 

 貴国の、という言葉で、ジルクニフの視線が微かに震える。

 どの様な回答が適しているか必死に考えているようだが、最早道は一つしかない。

 

「魔導王陛下からの要請、喜んでお受けします。とお伝え下さい」

 

 その言葉でマルクスは包帯の下で破顔する。

 

「それは素晴らしい。陛下もお喜びになられるでしょう。……それで、いつまでに選考出来ますか?」

「そうですね、帝国は広い。帝国軍内の魔法詠唱者(マジック・キャスター)などの専門職の者達だけでも選考に二ヶ月は頂きたいと思います」

 

 ジルクニフの目にこちらの様子を窺うような光が灯る。

 どの程度なら許されるか調べているようだ。

 

「全ての専門職を精査する必要は有りません。後ほどより詳細な要請書をお渡ししますが、現状我々が必要としているのは神官などの信仰系魔法詠唱者です。これでどの程度になりますか?」

「でしたら、およそ一ヶ月と言ったところでしょう……」

 

 マルクスはジルクニフの話しを聞き流しながら、目の前に置かれたカップを持ち上げ、中の紅茶を(すす)る。

 

(やはりナザリックの物と比べて味も香りもイマイチですね。まぁ、私はコーヒー党ですが……さて、そろそろ不毛な会話は終わりとしましょう)

 

 わざと音が鳴るようにカップを皿に下ろすと、ジルクニフは直ぐに口を閉じた。

 

「それ程の時間のかかることではないでしょう。一週間で終わらせて下さい」

「しかし、私にもやらねばならない仕事がある訳で」

 

 マルクスが集めた情報によると、もはやジルクニフの仕事の中に重要度の高い物は殆ど無いらしい。

 

「そうですか、そうですか。しかし、私から言うべき言葉は一つです」

 

 そこでマルクスの雰囲気が様変わりした。

 

「やれ」

 

 そこに先程までの温和な雰囲気は無く、自らの圧倒的な力を理解した強者が居た。

 ジルクニフの後ろにいる近衛兵達の鎧が微かな音を立てる。

 

「畏まりました」

 

 ジルクニフは自然と頭を下げた。

 相手が圧倒的な力を持つからだけでは無い。

 まるで、死刑囚に判決を告げる裁判官の様な、そんな冷徹さを感じて。

 ジルクニフが頭を上げると、マルクスの様子は先程の冷徹な空気が嘘であるかの様な優しげなものになっていた。

 

「それは良かった。では、お願い致します」

 

 そう言ってマルクスは頭を下げるが、それはどこか形だけの礼であった。

 

「それと早速で申し訳ないのですが……」

 

 正直なところ、最早話す事などないのだが損にはならないので続ける。

 

「帝国四騎士の中にも信仰系の魔法詠唱者が居るとか?是非会わせていただきたいのですが」

 

 そう言うとジルクニフはどこか納得した雰囲気になって答えた。

 

「そういう事でしたら別室に控えさせておりますので、直ぐに呼び出しましょう」

 

 ジルクニフは強張っていた笑顔を元の状態に戻しながらハンドベルを鳴らした。

 

 

――――――――――

 

 

 レイナース、バジウッド、ニンブルは呼び出しに来たメイドに連れられて応接間に入った。

 そこには数人の近衛を従えたジルクニフが鷲頭で翼の生えた人型モンスターを従えた奇怪な服の人物と向かい合っていた。

 部屋に入ったと同時に全員の視線が向けられる。

 一方からの視線は大したことないが、もう一方からの視線には生物としての生存本能を刺激される様な恐怖を感じた。

 この人型モンスター達はまず間違いなく、かつてレイナースがナザリックで見た死の騎士(デスナイト)より強いだろう。

 しかし、それ以上にソファーに腰を下ろした奇怪な包帯だらけの人物により強い恐怖を感じた。

 友好的な雰囲気なのが却って恐ろしい。まるで、飛びかかる直前に獲物を油断させようとしている猛獣の様だ。

 

「貴方達がかの有名な帝国四騎士の方々ですか。お会いできて光栄です」

 

 声から判断すると男の様だ。

 包帯の下から話しているのにくぐもって聞こえないのは何か魔法の働きを受けているのか。

 

「しかし、見たところ三人しかいらっしゃらないようですが。4人目の方は体調不良か何かで?」

 

 不思議そうな様子だが本当に知らないのか、知ってて言っているのか。後者だとすればかなり悪質だ。

 バジウッドが苦笑いで答える。

 

「いや、昔そちらの使者殿が帝城(ここ)に来た時に使者殿が起こした地震に巻き込まれちまいまして」

「おやっそうでしたか。これは申し訳ない」

 

 男は頭を下げたが包帯で表情が見えない。

 

「おっと自己紹介を忘れていましたね。私は……」

 

 互いに自己紹介が終わると、再びマルクスから口を開いた。

 

「さて、皆さんにお聞きしたいのですが、皆さんの中に信仰系魔法詠唱者の方はいらっしゃいますか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、レイナースは凄まじい速度で手を挙げた。

 他には手は挙がらなかった。

 

「貴方はロックブルズ殿でしたね」

「レイナースとお呼びください」

「そうですか。ではレイナース殿、貴方にお聞きします」

 

 包帯の下の視線がレイナース一人に向けられる。

 

「我々は今、冒険者の教育を行える者を集めております。貴方は魔導国に来て我々に力を貸して下さいますか?」

 

 その瞬間レイナースの頭の中をいくつかの事が駆け巡った。

 いざとなれば捨てるつもりだったとは言え自分が生まれ育った祖国への情。

 こんな自分を受け入れてくれた者達への感謝。

 しかし、迷いは一瞬だった。

 

「はい。私に出来る限りの事をさせていただきたいと思います」

 

 マルクスは僅かに驚いた様だが、すぐに好意的な雰囲気に変わった。

 

「素晴らしい。では、早速準備を始めましょう。貴方の荷物などをまとめなければいけませんしね」

「しかし、まだ会談の途中では?」

「いえ、もうほとんど話し終えましたので問題有りません」

 

 ほとんどという事は完全ではないのではと思ったが本人が大丈夫だと言っているしジルクニフも異存は無さそうだ。

 

「それでは失礼致しますわ」

 

 レイナースは泣き笑いの様な表情を見られないよう急いで部屋を飛び出した。

 

 

――――――――――

 

 

 レイナースが退出し、足音と鎖着(チェインシャツ)が擦れる音が遠ざかって行く。

 

「さて、私もそろそろお暇するとしましょう。ではジルクニフ殿また何かの折にお会いする事を願っております」

「こちらこそ、また会える事を願っています」

 

 マルクスが片手を差し出すとジルクニフも察したらしく、二人は笑顔で―――マルクスの表情は見えないが―――握手をする。

 手を離したマルクスが猟兵と共に部屋を出ようとした時突然、何かを思い出した様に振り返った。

 

「ああそうそう。一つ言い忘れたことがありました」

 

 その言葉にジルクニフは僅かに身構え、騎士達は訝しげな表情になった。

 

「近々、魔導国において魔導国建国記念日を祝して記念祭が行われます。その時周辺国の方々を招いた晩餐会を行う予定ですので、ジルクニフ殿には是非とも参加していただきたいと、思っております」

「なんだそんな……是非とも参加させていただくよ」

 

 小さく呟いた後、笑顔の言葉が返ってきた。

 

「それは良かった。晩餐会では様々な国の方が来られますがいつも通り、そういつも通りにご友人共々楽しんでいただきたい」

 

 そう言い残すと表情が大きく崩れたジルクニフに目もくれず、マルクスは応接間を後にした。




レイナースは推しキャラの1人なので無理矢理登場させました
というかこの為に主人公のクラスを呪い関係にしました

あと最近文書毎の改行をどの程度空けようか悩みまくっとります
どんなのが見やすい、読みやすい等有りましたら教えて下さい(´ω`)


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救済の呪い

せめて月2投稿はと思ってたのに遅れてしまった
まぁお仕事の方が大分安定して来たので8月中はもうちょっと頑張って投稿致します。はい

なお今回からまじないをカタカナ、のろいを漢字で表記する事にしました
自分でやっといてややこしくなったのでね




 自分の屋敷に向かおうとしたレイナースは当たり前のことを思い出した。

 

(あっマルクスさんは私の屋敷が何処にあるか知らないんじゃないかしら)

 

 つい飛び出してきてしまったが、自分の屋敷の場所はおろか、マルクス達の滞在先も聞いていない。

 普通に考えれば帝城の貴賓館だが、急な来訪という事もあり、マルクス達は魔導国に移った商人が以前まで使っていた屋敷を滞在場所にしているという。

 

(少し間抜けな感じになるけど戻って聞こうかしら?いえ、それだと入れ違いになるかもしれない)

 

 レイナースが出て来た応接間から正面入り口まで向かう道はいくつかある。

 更にレイナースはいつもの癖で人通りが少ない道を選んで通って来た為来た道を引き返してもマルクス達と合わない可能性の方が高い。

 

(仕方ない、エントランス辺りで待っていましょう)

 

 広々としたエントランスには守衛が数人居るぐらいで、どこかがらんとした印象を受ける。

 壁により掛かりながら、目まぐるしく変わった状況を整理しようとする。

 

(取り敢えず第一段階終了ね。次は魔導国でこの呪いをとく方法を見つけないと、マルクス様が知っていれば良いけど……それは都合が良すぎるかしら)

 

 その時、レイナースの頭に浮かんだ名前が口を衝いて飛び出した。

 

「マルクス様……か」

 

 彼は何者なのだろうか。

 あの魔導王が配下としているのだから彼も尋常ならざる力の持ち主である可能性が高い。

 しかし、レイナース個人としてはあまり強そうには感じなかった。

 なんだか得体の知れない恐ろしさは有ったが、レイナースの知る強者の雰囲気とはどこか違った。

 それにバジウッドによると魔導王の配下の中には知恵で選ばれたと思われる者も居るという。彼もそういった配下の一人なのだろうか。

 事実、一緒に居たモンスターの方が強そうに感じた。

 

「まあ、私にとってはどうでもいい事ね」

「何がどうでも良いんですか?」

 

 突然、至近距離から声をかけられてレイナースの肩が飛び跳ねた。

 声のした方を見ると応接間で会った時と同じ変った衣装に身を包み、鷲頭のモンスターを従えたマルクスが居た。

 

「マっマルクス様!」

 

 驚きと共にマルクスに批難の視線を向けた。

 

「失礼。驚かしてしまいましたか」

 

 マルクスは礼儀正しい紳士のような謝罪の後、怪訝な声音で問いかけた。

 

「しかし、何故レイナース殿がここにいらっしゃるのですか?てっきりご自身の邸宅に戻られたと思っていましたが」

「あっそれは、マルクス様達の滞在先をお聞きしてませんでしたし、私の屋敷の場所もお教えしていませんでしたから」

「なるほど。前者に関してはこちらも失念しておりました、後者に関しては既に聞いております」

 

 誰から?と聞こうと思ったがジルクニフ辺りが教えたという可能性もあるだろう。

 それにレイナースが何か言うよりも先にマルクスが口を開いた。

 

「よければ、我々の馬車で貴方の邸宅まで向かいましょう」

 

 マルクスに引っ張られる形でレイナースは鷲頭のモンスターが開けた扉をくぐった。

 出てすぐの所に中庭で見たワニ頭の人型モンスターが、変わった乗り物に乗って待機していた。

 その後ろには装飾こそ少ないが見事な馬車が一台止まっている。

 

「マルクス様その者は?」

 

 聞き覚えの無い重々しい声が響き、驚きと共に目の前の存在を見る。

 まず間違い無く、その声を発したのはこのモンスターだろう。

 ワニを無理矢理立たせて手足を伸ばしたような見た目なのに、どこからそんな声が出ているのかと疑問に思うが。あの魔導国の兵士ならこのぐらい普通かと納得もする。

 

「冒険者の指導員として魔導国に来てくださるレイナース・ロックブルズ殿です。これから我々の馬車で彼女の邸宅は向かいます。詳しい場所は猟兵から聞いて下さい」

 

 マルクスの言葉に従って鷲頭のモンスターが一体、ワニ頭のモンスターに近づき手に持った紙を示しながら話しかけ始めた。

 どうやら鷲頭のモンスターは猟兵というらしい。

 それが個体名なのか種族名なのかは分からないが。

 

 

――――――――――

 

 

「どうしました?」

 

 別の猟兵が開いた扉に入ろうとしていたマルクスは訝しげに声を掛けた。

 すると、レイナースは弾かれた様にこちらを向き、謝罪の言葉を述べながら扉の前にやってきた。

 マルクス、レイナースの順で馬車に乗ると猟兵が扉を閉め馬車がゆっくりと進み始める。

 ウィル達は屋敷に置いて来たのでここには居ない。

 向かい合って座りながら、これといって会話はせずしばらくした時、不意にレイナースが真剣な表情になると口を開いた。

 

「あの、マルクス様」

「様などと付けなくて良いですよ。皆さんには出来るだけマルクスさんと、呼んでいただいてます」

 

 侮られるのは問題だが親しみを抱かれる分には問題無いという判断からだ。

 

「マルクス……さん、ですか?」

「ええ。その方が話しやすいでしょう?」

「確かに」

 

 そう言ってレイナースは頷くと、今度は幾分落ち着いた様子で再び話し始めた。

 

「私は昔、モンスターに(のろ)いをかけられ、全てを失いました。それからずっと、この呪いを解く方法を探しています。マルクスさん。あなたは、この呪いを解くすべを何かご存知ありませんか?」

 

 ゆっくりと絞り出す様にレイナースは語った。

 その言葉を聞きながらマルクスは自分の内にある好奇心が刺激されるのを感じた。

 マジナイシとして自分の知識にない呪いと出会うというのは、まず有り得ない事だ。

 だが、本人が困り果てている事に他人が好奇心を抱くのは良くないだろう。

 だからこそ好奇心は内側に仕舞い込んで、あくまで親密に話を聞く。

 

「その呪いとはどの様な物ですか? 場合によっては力になれるかも知れません」

 

 マルクスが使える呪いと同じ者なら解呪は容易だろう。

 逆に知識に無いものだった場合は少し面倒だ。

 結局どちらにしてもどの様な呪いか知っておく必要がある。

 しかし、レイナースは動かない。

 マルクスが質問してから全く動いていないのだ。

 

「どうしましたか? 何か事情がお有りで?」

 

 そう言うとようやくレイナースは動き出した。

 震える手で自分の顔の右半分を覆った金髪を掻き上げた。

 その間、目線はマルクスに向けられ続けていた。

 それは何かを期待するようでもあり、分かりきった事を受け入れているようでもあった。

 

「これが私の受けた呪いです」

 

 髪の下から現れた顔は醜く歪み、膿が表面に滲んでいた。

 もう半分は整っているだけに、歪められた部分がより醜く映るのはなんとも皮肉な事だ。

 

「ほう、これは……」

 

 マルクスがレイナースの顔に触れようとした時、その手が素早い動きで弾かれた。

 弾いたのは勿論レイナースだ。しかし、レイナースは驚いたような表情で固まっていた。

 

「申し訳ない、不躾でした」

 

 急に触れようとした事に呆れているのかと感じたマルクスが素直に謝罪を述べると、今度はレイナースが謝り出した。

 

「いっいえ、私こそ申し訳ありません。つい……そのっ呪いを解くのに必要でしたら構いません。どうぞ」

「本当によろしいんですね?」

「……はい」

 

 小さいがはっきりとした返事にマルクスも頷いて再び手を伸ばした。

 包帯に膿が付くのも顧みずレイナースの顔に触れながら〈呪印探し〉を発動する。

 通常の〈呪い探知(ディタクトカース)〉とは異なり、即座にカウンター効果を発動させられる代わりに接触状態でしか発動出来ない魔法だ。

 

「なんだこれ?」

 

 それがマルクスの第一声だった。

 発動者が死んでも持続するというのは別段珍しくない。

 それに呪い自体の効果も大した事無いが、だからこそ理解出来ない。

 マルクスにとって本来呪いとは相手の能力値(ステータス)を下げる為にある。

 しかし、レイナースにかけられている呪いの効果は精々見た目を歪め、カルマ値をマイナスにする程度。

 呪いとしてはかなり弱い部類だ。

 

(うーん。これはこの世界特有の呪いという訳ですか。ここで消し去ってしまうのは惜しいですね。しかし……)

 

 マルクスは固く目を閉ざしたレイナースに話しかける。

 

「レイナース殿、この呪い、どうしても解きたいですか?」

 

 正直マルクス自身何を言ってるんだと自嘲してしまう。

 人生を棒に振る原因となったものだ。さっさと捨て去りたいに決まっている。

 事実、レイナースも不思議そうにしながらだが頷いている。

 

「分かりました。それでは、海魔女の契約」

 

 あるおとぎ話をモデルにしたこのスキルは相手の体の一部に宿った魔力を奪い取り、代わりにステータスをランダムに一つ強化する。

 また第三者―――それもマジナイシからの回復を受けない限り効果が永続するのも強みだ。

 本来、相手の肉体武器を弱体化する為に使うのが主なので、肉体武器を持たない人間には意味が無い行為だ。

 しかし、永続系の呪いは相手の体に魔力を宿すという形になるので解呪目的で使う事が出来る。

 

「よし、解呪は成功しました。もう大丈夫ですよ」

 

 そう言ってマルクスが手を離すと、レイナースはすぐさま馬車の窓に映る自分の顔を見た。

 そこに映るのはもう片側と同じ整った顔。

 次にレイナースはそれが現実であると確かめるように何度も自分の顔を触り、間違いなく現実だと分かると静かに涙を流し始めた。

 

「ふむ、見たところMP……魔力値の上限が上がったよう」

 

 マルクスが口を開くと突然、柔らかいとも硬いとも言い難い物に包まれた。

 驚いて見るとレイナースが泣きながらマルクスの胸に抱きつき、「ありがとう」と何度も言っている。

 レイナースの突然の行動に混乱してしまったマルクスはどうすれば良いのか分からなくなっていた。

 引き剥がすのは簡単だ。

 魔法詠唱者とはいえマルクス程のレベルならレイナース程度容易く引き剥がせる。

 問題は果たして引き剥がすのは正しいのかという事。

 感謝の思いが爆発してしまった相手を無理矢理引き剥がすのはどうも気が引ける。

 

(というか何が起こってるか分かってるはずのシモベの視線が痛い)




やっぱ推しキャラには幸せになって欲しい。
という欲望だけの回でした

後悔はしてません!


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静寂

少し時間があるからと色々手をつけてたらまた遅れてしまった囧rz

しかもいつのまにかお気に入り登録が130件も
ありがとうございます、アンドごめんなさいm(__)m


あとちょっとしたお知らせがあるので最後まで見て行ってやって下さい。


 帝国一等地のとある屋敷にてウィルは外を眺めながら物思いに耽っていた。

 ウィルの視線の先にはこの屋敷の門が有り、更にその先には大通りが見える。

 

「マルクスさん達まだ帰ってこないな」

 

 ウィルは後ろにいるであろう人物に声をかけるが、返ってくるのは「うん」とか「そうだね」といった気の無い返事ばかりだ。

 振り返って見るとソファーに座ったトクルが必死に何かを磨いている。

 時折手の隙間から漏れ出る光は魔力によるもの。

 トクルが磨いているのは任務の間マルクスから借り受けたルーン武器だ。

 トクルが持っているのは所謂ダガーナイフで、その冷たい刀身からは想像出来ないが斬りつけた相手に燃焼ダメージを与える事が出来るという物らしい。

 しかし、トクルの手元から自分の手へと視線を移すとそこにも魔法の輝きを宿した槍が有る。

 回帰の投擲槍(リターン・オブ・ジャベリン)

 柄に三つ、穂先に四つのルーン文字が記されている。

 柄の文字はそれぞれ異なるが、穂先の物は全て同じだ。

 この穂先に彫られた文字の意味は全て『回帰』を意味する物らしい。

 その効果は能力発動時に離れた所にあるこの武器を所有者の元へ戻すというもの。

 と言っても、この能力は文字一つにつき一度、計四回しか使えず、五分おきに一回分ずつ回数が補充される。

 

「御心配には及びません。先程護衛の一人が報告に来ました、なんでも教員になりたいという者を見つけたので、その者の家に寄ってから戻るとの事です」

 

 トクルの代わりに応えたのは頭部が黒い犬のような形をした半獣だった。

 アヌビスの警備兵と言うこの半獣は身を包む物の中では鎖着(チェインシャツ)以外鎧と呼べる物は見えない。しかし、マルクスの配下の中でも最硬のシモベらしい。

 と言っても背負っている巨大な円盾と羽飾りの付いた黄金の槍を携えた姿はまさしく王の守護者という言葉が相応しい威風をたたえているのだが。

 

(こうして見ると、むしろ大人しそうに見えるのは敵意を向けられていないから?それとも魔導国で耐性でもついたかな?)

 

 ウィルが返事をせずに見つめていると警備兵は僅かに首を傾げた。

 顔も僅かに動いているが、それが何も意味するのかは分からない。

 

「何か?」

「あ。いっいえ、何でもないです。でっでも、凄いですねマルクスさんはこんなに早く教員を見つけるなんて、ほんと流石と言うかなんと言うか……」

 

 また警備兵の顔の形が変わる。

 今度はウィルにも何を表すか分かった『喜び』だ。

 

「そうですね。至高の御方に仕える者として、かの方はでき得る限りのことをしていらっしゃる、配下として素晴らしい主人だと思います」

 

 そこまで言って警備兵は気を取り直すように頭を一度振る。

 再びウィルの方に顔を向けた時には元の落ち着きを取り戻していた。

 

「さて、報告が来た時間から考えるにそろそろ……」

 

 警備兵の言葉に応えるように門が開く音に次いで蹄の音が聞こえて来た。

 

「ちょうど帰って来たみたいですね」

「そのようですな」

 

 窓から視線を戻したウィルと警備兵は微笑を交わす。

 

「それでは私はマルクス様のお出迎えに向かいますが、御二方はいかがなさいますか?」

 

「あっご一緒させて貰います」

「左様ですか?」

 

 訝しげな言葉にウィルは未だに動かない友人を見遣る。

 「置いて行く」という言葉が頭を過ぎるが、マルクスにも悪いと思い直し、トクルの真横に立ち、耳元に顔を近付ける。

 ウィルがこの行動を激しく後悔したのは僅か三秒後の出来事だった。

 

 

――――――――――

 

 

「二人共、どうしたのですか?」

 

 マルクスの前には出迎えに来た、警備兵二体と、屋敷を出る前より幾らか―――物理的に―――距離が離れたウィル達が居る。

 

「何でもないですよ」

 

 ウィルは変わりない笑顔で応えるが、トクルはどこか浮かない表情だ。

 それにウィルから少しずつ距離を取ろうとしているのも謎だ。

 恐らくウィルの鼻に僅かに残っている出血した跡が原因だろうが、本人達が問題無いと言うなら取り敢えず放っておくべきだろう。

 

「そうですか……。あっそうそう、紹介がまだでしたね。帝国出身の貴方達なら知っているかもしれませんが。帝国四騎士の一人で今後は貴方達冒険者見習いの実技教員を務めてくださるレイナース・ロックブルズ殿です」

「初めまして。レイナースと言います」

 

 レイナースが頭を下げるとウィル達も慌ててより深く頭を下げる。

 頭を上げた時二人の少年は別々の表情を浮かべていた。

 一方は憧憬の眼差しなのに対し、もう一方はどこか訝しむ雰囲気だった。

 

「凄い。本物の帝国四騎士だ。凄いねウィル、まさか本物に会えるなんて」

「ああ、そうだな」

 

 素直な喜びを見せるトクルが隣に居る分、ウィルの訝しげな様子が目立つ。

 

「信じられないのも無理はないでしょうね。事実、私はこの中で圧倒的に弱い部類でしょうし」

「えっいえ、信じられないなんて、そんなことは……」

 

 ウィルは慌てて否定するが、レイナースは呪いの弊害で相手の表情を読み解くのが得意になったと語っていたし、マルクスとしても同じ様に感じたのでフォローはしない。

 しかし、互いに悪い印象を持たれても困るので適当な所で助け船を出す。

 

「さて、じきに日も沈みます。二人は夕食まで部屋で待っていて下さい。……レイナース殿」

「はっはい!」

 

 先程までより大きな声で返事をし、こちら振り返ったレイナースだが、目線が明らかにマルクスの顔より下に―――恐らく第三ボタン辺りに―――向けられて居る。

 マルクスとしては目を合わせて話し合いたいが、レイナースの屋敷に着いた後からずっとこんな状態なのでそろそろ何か対策を取るべきだろう。

 

「部下に部屋まで案内させますので、付いて行って下さい。荷物はどうします?転移魔法でエ・ランテルに送っておきましょうか」

「あっ馬車の荷台に余裕があればで結構なのですが自分の手で持っていたいです」

「ええ、構いませんよ。元々我々は荷物をそれ程持って来ておりませんでしたし」

 

 マルクスが合図をすると警備兵の一体が進み出て荷物を受け取り、レイナースと共に広間をあとにした。

 一人と一体の背中が遠ざかると、ウィル達が徐ろに口を開いた。

 

「ねぇあの人、多分」

「ああ、多分。そうだろうな」

 

 マルクスは少し意外な思いで二人を見た。

 

「貴方達も気付きましたか。どうも避けられているようなのです、特に嫌われる事をした覚えはないのですがね」

 

 マルクスは顎に手を当て、レイナースが消えた廊下の方を見る。

 自分の好奇心を無視してまでこちらへ引き入れたのだから出来る限り良い関係を築きたい。しかし、理由が分からない状態では対処のしようがない。

 

(やはり、人間とはよく分からないものです。とは言え、このままという訳にもいきませんし、どうしたものか)

 

 いくつか対処法を考えていたマルクスは、ウィル達が何とも言えない表情で目配せしているのに気付かなかった。

 

「今考えても仕方ありませんね。それでは先程言ったように、もう暫く部屋で待っていて下さい。私は魔導国に連絡する事が有りますのでまた後ほど」

 

 

――――――――――

 

 

「依頼内容は以上でございます。皆さま、何かご質問は」

 

「ねぇよ。仕事を受ける時に依頼内容は大体聞いてる」

 

「左様でございますか。それでは成功をお祈り致しております」

 

「はいはい。よっしゃ行くぞお前ら!」

 

「おう!!」

「あいつらの仇を取るぞ!」

「お偉いさんをぶっ飛ばしてやる」

「天誅を下しましょうぞ!」

「早く行こうぜ」

「焦んなって」

「俺達の本気見せてやる!」

「待ちきれねぇなぁ」




まさかのマルクスさんは鈍感キャラ、というのは置いといて

冒頭で書いたお知らせについて
この作品ですが次までを前編として一時この作品の投稿を休止してこの作品とは全く関係ないifルート作品を投稿する事にしました。

この作品の今後としてはifルート作品が終わり次第、幕間を少し挟んで後編へという流れで行くつもりです。
ifルート作品自体はこの作品みたいにそれほど話数を増やすつもりは無いです

ちなみに次の作品で書かなった理由は夜那ちゃんが優柔不断な人だからです


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初陣

二兎追うものは一兎も得ず、という言葉を痛感する今日この頃。
スケジュール帳見返すと7月と変わんないハードスケジュール組んでた事に気づいて唖然としとりました。

まぁそんなこんなで上編最後、どぞ……………………


 〈伝言(メッセージ)〉での定時連絡を終えるとマルクスは部屋の隅に視線を向けた。

 

「それで、どうなりました」

 

 マルクスが何も無い空間に話し掛けると突然、その空間から一体の半獣が現れた。

 セクメトの伏兵。レベルは幻兵隊最高の八四。

 隠密状態からのシックルソード二本による奇襲を得意とするモンスターだ。

 ちなみに何故かマルクスの配下の中で最も多く召喚されているシモベでもある。

 その為、マルクスはこのシモベを自身の護衛としてだけでなく索敵や情報収集など様々な任務を与えているが、やはりマルクス個人としては部隊としての能力の偏りが気になる所だ。

 もっとも、偉大な存在の考えを知る事など自分程度には不可能だということは理解している。

 それに伏兵は汎用性が高く重宝しているのは事実だし、背格好が人間の女性とほぼ同じというのも良い。

 現れた伏兵は片膝をつき、深々と頭を下げた。

 踊り子のような衣装に付けられた薄衣が揺れ、永続光(コンティニュアルライト)を反射して星空のように輝いている。

 

「申し訳ございません。足止めに失敗致しました」

 

 その言葉を受け、マルクスは一つ頷いた。

 

「そうですか。では、予定通り始めて下さい。貴女もいつまでも頭を下げている必要は有りませんよ」

「しかし、私は与えられた任務もこなす事が出来ませんでした。配下がこれではマルクス様に申し訳が立ちません」

 

 伏兵は自身の愚かさを悔いているが、マルクスにとってはこの伏兵に与えた任務の重要度は極めて低い。

 それに同じように配下に連なる者として、その態度は好感が持てる。

 

「元々駄目押しの為の計画をその必要が無くなったから中止しようとしただけです。気にすることでは有りません。それより次の任務を完璧にこなせるよう努力すれば良いのです」

「了解致しました。ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を残すと再び伏兵の姿は見えなくなり、完全に気配が消えた。

 

「さて、それでは他の者達にも予定通り動くよう伝えて下さい」

「畏まりました」

 

 部屋の窓を開け、猟兵達が羽ばたいて行った。

 最後の一体が窓を閉め、飛び立って行くと部屋にはマルクスと警備兵だけが残された。

 

「マルクス様」

「うん? どうしました」

「あの人間の女はいかが致しましょう?」

 

 名前を出さなくてもこの屋敷に人間の女は一人しか居ないので迷う事は無い。

 

「そうですね……では、接近が分かった段階で警告だけ行って下さい。その後は放置で構いません」

「了解致しました」

 

 出来る事なら少し戦わせて実力を見ておきたいが、相手は人間としてはそれなりの実力がある者達だし、頭数も多い、万が一の可能性を考えるべきだろう。

 

「さて、歓迎の準備を急いで下さい」

 

 

――――――――――

 

 

 暗闇の中をいくつかの影が横切って行く。

 庭に置かれたオブジェの影を使い、屋敷に近付き壁に張り付いたタイミングで〈透明化(インビィジリティ)〉が切れた。

 九人の男達は素早くアイコンタクトを取り、裏戸に近づく。

 すると一団から盗賊が進み出て扉に罠が仕掛けられてないか念入りに確認する。

 罠は無く、扉はすんなり開いた。

 僅かに開いた隙間から中を窺うも誰も居ない。

 中に入ってからも警備はおろか人っ子一人見当たらない。

 

「情報通りだな。この時間帯は交代も相まって急に手薄になる。よし、今の内に急ぐぞ」

 

 男達は用意した見取り図を元に主寝室へと向かう。

 扉の前に到着し、盗賊が罠が無いことを確認すると男は扉の前に立った。

 外からも確認していたが主寝室の明かりは消されていて、室内は完全な暗闇となっている。

 もっとも男達は暗視をかけているので暗闇でもなんら問題なく行動出来る。

 

「ここだ、お前ら用意は良いか?」

 

 男の問いかけに仲間達は笑顔で頷いた。

 その笑顔を受け、男もまた笑顔を浮かべると主寝室の扉を押し開いた。

 

 

――――――――――

 

 

 侵入者達がやって来るのをマルクスは正直心待ちにしていた。

 外の世界の存在に対して自分の力がどのような影響を与えるかは度重なる実験で理解している。

 しかし、今回相手にするのは実験台ではなく、れっきとした敵。

 言うなればこれはマルクスにとっての初陣でもある。

 

「マルクス様、来ます」

 

 後ろに控えた警備兵の言葉にマルクスは頷いた。

 

「ええ、私にも聞こえています。ちゃんと全員まとまって来てくれたようですね」

 

 マルクスが応えたタイミングで扉が開かれ、九人の男達が姿を現した。

 その顔はどれも自信に溢れ、手には月光の反射とは異なる輝きを放つ武器を携えていた。

 今すぐにでも戦闘を始めたいという意思が透けて見えるし、マルクスとしても応じるのは吝かではないが、念の為確認を取ろうとシモベ達に下がるよう合図する。

 

「さて、夜分遅くにようこそワーカー諸君」

 

 そう言ってマルクスは今まで座っていた一人掛けのソファーから立ち上がった。

 ワーカー達は各々武器を構え臨戦態勢を取るがすぐに攻撃してはこない。

 マルクスを、と言うよりは後ろの警備兵を警戒しているようだ。

 

「君達に一つ提案があります。我が国に来て冒険者の育成に協力して頂けませんか?好待遇という訳にはいきませんが、国の機関ですのでそれなりの待遇を……」

「〈素気梱封〉〈剛腕豪撃〉〈縮地〉!!」

 

 ワーカーの一人、戦士風の男がマルクスの言葉を遮って地面を滑る様に飛びかかって来た。

 マルクスからすれば泥亀の遅さだ。

 対処するのは容易だがマルクスの魔法では一撃で行動不能にしてしまう可能性が高い。

 シモベ達は待機を命じた事もあって動きが鈍い、仕方なくマルクスはその攻撃を自らの腕で受け止めた。

 純魔法職のマルクスとしては褒められた行動ではないが、マルクスは自身の身体を包む包帯によって物理攻撃耐性を獲得している。

 それにこれほどレベルに差が有ればダメージなど無いに等しい。

 だが、マルクスが戦士風の男の攻撃を受け止めた時、奇妙な違和感を感じた。

 そして、それがなんであるか気づくより先に女性の悲痛な声が響いた。

 

「マルクス様!」

 

 見ると声の主は隠密を解除した伏兵だった。

 頃合いを見て敵の退路を断つよう命じていたが、今その目は怒りの感情に彩られ、シックルソードを抜き放ち、男に向かって飛びかかろうとしていた。

 そして、非常事態を認識したシモベ達が慌ただしく動き始める。

 隠密状態だった他の伏兵達も姿を現し、警備兵達はマルクスの前に立とうと動く、それを受けてワーカー達は再びひと塊りになった。

 そんな中マルクスは微動だにしていなかった。

 いや、出来なかった。

 何故なら自分の腕から目が離せなかったのだ。

 袖が大きく裂け、白い包帯が覗くその腕から。

 

「下がれ」

 

 マルクスは小さく、呟くように声を発した。

 しかし、喧騒の中ではその声は他の者達には届かなかった。

 なにより、マルクスに斬りかかってきた男が得意げな表情で何事かを叫んでいるのが邪魔だ。

 

「下がれ」

 

 今度は室内に居た全員の視線がマルクスに注がれた。

 声量は先程と変わっていなかったが、抑えようとしても抑え切れず、溢れ出した殺意によって視線が集められたのだ。

 シモベ達はすぐさま、それぞれ元いた場所に戻り、ワーカー達はひと塊りのまま後ずさった。

 仕方ないのだマルクスの軍服は防具としての性能は殆ど無い。

 何故ならマルクス、もといマミーはその身を包む包帯が防具としての役割を担う肉体武器なのだから。

 その上から装備する物は装飾品という扱いになり、防御力も耐久力も低くならざるを得ない。

 だから……。

 

(だから、なんだ)

 

 ワーカー達に包帯の奥から強い激情が向けられる。

 

「このっ虫ケラ共がぁぁ!!」

 

 溢れ出した殺意が叫びに変わると共にマルクスの包帯が(ほど)け出し、解けた包帯がのたうつ蛇の様に暴れ出した。

 

「俺がっ偉大な創造主に与えられぇ! 至高の御方に着用を許された、最上の衣装を傷付ける! そんな事を、許してたまるかぁぁ!!」

 

 顔の包帯も解け出し、今まで包帯の下に隠れていた瞳が初めて姿を現した。

 瞳の色素が溶け、黒く染まった眼球からは暗い熱を孕んだ感情が溢れ、ワーカー達にぶつけられる。

 

「苦しむ時間も、懺悔する暇も与えん! 存在諸共死に絶えろぉ!!」

 

 マルクスが戦士風の男にスキルを発動させる。

 使うのはミイラ男の切り札たるスキル〈甘き死が来たる〉。

 発動される力は対象の耐性を全て無効化するというもの。

 そして続けて発動させるのは種族特性によって習得出来る数少ない他系統魔法。

 死霊系第九位階魔法〈真なる死(トゥルーデス)〉。

 決して避けられない死を放たれた者は如何なる抵抗も許されず。

 絶対なる死を受け入れるも、受け入れた事さえ気付かない。

 その様はまるで崩れ去る砂上の楼閣そのもの。

 肉体も装備もパラパラと砕け、塵となって消える。

 最も不快な相手が消え去り、幾らか落ち着きを取り戻したマルクスは残りの男達に視線を向ける。

 

「さて、君らは奴とは別だ。せいぜい後悔と苦しみの中で死にたまえ〈鉄雄牛の嘶き〉」

 

 唐突に雄牛の嘶きが響いた。だが、それはまるで悲鳴のようであった、今まさに火で炙られている男性の悲鳴。

 恐怖と同じ効果を発揮する魔法の発動に男達の顔が醜く歪む。

 

「うっうわぁぁぁぁぁ」

 

 最初に耐え切れなくなったのは誰か。一人だったようにも複数だったようにも感じる。

 しかし、結局はワーカー達全員が一目散に扉に駆け寄った。

 

「何をしているんです? 〈閉塞監獄〉〈鉄乙女の抱擁〉」

 

 扉を開いた先にはいつのまにか巨大な鉄格子が有った。

 ワーカー達は我先にと格子に武器を振り下ろすが斬るどころか傷一つ付かない。

 

「ぎゃあああああ」

 

 突然の悲鳴に慌ててそちらを見ると、そこには女性を象った棺桶が二つ、鎮座していた。

 そして、その棺桶の隙間からは(おびただ)しい量の血が溢れ出している。

 先程の悲鳴が誰のものであったかは考えず、ワーカー達は涙を流しながら無我夢中で格子を斬り付ける。

 

「まだ諦めないんですね。その生への執着には何か理由があるのですか?まぁどうでもいい事ですね。〈罪過の炎〉」

 

 ワーカーの一人が足元から湧き上がった炎によって奇妙な踊りを踊る。

 〈火球〉などに代表される魔法的な炎は本来一瞬で相手を焼き、一瞬で消え去る。

 しかし、マルクスが放った炎はすぐには相手の命を奪わず、ゆっくりと確実に相手を苦しめ、焼き殺す。

 悲鳴は上がらない、既に声帯が焼け付いて声が出ないのだ。

 もはや誰か判別出来なくなるほど黒く焼き焦げた物体が床に倒れ伏した時には生き残っていたワーカー達は皆武器を捨て、座り込んでいた。

 

「おや? 諦めるんですか?まぁ、それが正しいのでしょうが。しかし、残念ですね。もう少し私に挑んでくれるかと思っていたのですが、これではモルモット共と……なんです?」

 

 よく見るとワーカー達がボソボソと何かを繰り返し呟いている。

 耳をすましてみれば、それは命乞いと死への恐怖から来る言葉だった。

 

「ふむ、貴方達はこの仕事がどのようなものか知ったうえでここへ来たのでしょう。だとしたらそれは貴方達自身が己の意思で下した選択に他ならない。そして、その選択の結果はどのような物であれ受け入れねばならないのですよ」

 

 もはや男達の口からは一言の言葉も出て来ない。

 ただボロボロと涙を零し続けるばかりだ。

 

「それでは、これにてお別れとさせて頂きましょう。〈血塗れ少女の呪詛〉」

 

 少女の笑い声と共にマルクスの背後に無数のガラス片が現れた。

 どれも歪で、そしてどれも鋭利な輝きを放っている。

 

「ご安心下さい。貴方達の死体は全て有効に活用させていただきます、我が主の慈悲深きお考えに感謝しなさい」

 

 幾百ものガラス片が一直線に宙を駆ける。

 

 

――――――――――

 

 

「ああ、私としたことが感情に任せて皆殺しにしてしまうとはなんという失態」

 

 幾らかわざと逃してあの二人に実戦経験を積ませるつもりが大失敗だ。

 

「仕方ありませんマルクス様、人間風情がマルクス様の衣装を傷付けたのです、それは万死に値する大罪でしょう」

 

 そう言ったのは魔法で軍服を修復していた伏兵だ。

 今室内にはこの伏兵一体とマルクスしかいない。

 他のシモベは撤収準備、死体の片付け、マルクス以外の者達の護衛とそれぞれの仕事をこなしている。

 

「そう言って貰えて光栄です。……直りそうですか?」

「はい。しかし、かなり時間がかかってしまいます」

「スキルで無理矢理魔法を使っているのですからそれは仕方がない事です、気にしないでください」

 

 幻兵隊で生来の魔法行使能力を持つ者は居ない。

 唯一伏兵がスキルを用いれば魔法を使えるが低位の物しか使えないのでアイテムの修理だけでもかなりの時間を必要とする。

 

「それで、修復出来次第貴女には帝城に向かって貰いますが……何をすべきか分かっていますか?」

「はい。本件はマルクス様と皇帝との関係をより良いものとする為に内密にする、という事ですね」

「その通りです。おそらく彼等も何かしらの対応をしてくるでしょうが、手筈通り進めれば問題ありません。しかし、いざという時は私に連絡するように」

「了解致しました」

 

 伏兵の返事に満足そうに頷くとマルクスは窓の外へ、その先にある至高の存在が支配するこの世で最も尊き場所へと意識を向ける。

 新しい教員を迎える冒険者組合の管理に、建国祭の準備にとやるべき仕事が多く、心が躍る。

 

(今回の反省を活かし、より素晴らしい成果を出してみせる。全ては我が主の幸福の為に!)




普段落ち着いてるキャラほどキレるとヤバイという事で、マルクスさん激怒回アンド初の戦闘シーンとなりました
如何でした?
夜那ちゃんはこれが人生初の戦闘描写なのでかなり適当ですが大目に見てやってください

ちなみに今回登場したワーカー達はあるチームの生き残りだったりします。
分かりましたか?


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建国祭前夜

 いつもは広く感じる食堂も今日はやけに手狭に感じる。

 それも当然だろう。なにせ今食堂内には現役冒険者、見習い、教官などなど、冒険者組合に所属する全員が集まっているのだから。

 普段は混雑しないよう食事の時間をずらしていたので更に窮屈に感じる。

 その人混み―――人以外の存在も居るが―――の中、ウィルはどうにかトクルを見つけ出し、一緒に手近の席に座る。

 周りもそれぞれ自由に席に着いた。

 これから何が始まるかは知っているが友人同士で固まると談笑に花が咲くのは必然だろう。

 それはウィル達も例外では無い。

 しばらく、トクルと訓練について話していると部屋全体に大きなハンドベルの音が響いた。

 音のした方向、部屋の奥にある食事を受け取るカウンターの方に目を向けると組合長であるプルトン・アインザックが壇上―――ただの木箱だが―――に立っている。

 それを目にした者は話すのを止め、その近くに座る者も気付いて話しを止める。

 そうして、室内の全員が無言で前方に注目した。

 

「諸君、今日はよく集まってくれた」

 

 食堂内に拡大されたアインザックの声が響く。

 

「諸君も知っての通り明日から魔導国建国祭が始まる。それに合わせて建国祭の期間中、つまり明日からの三日間、この訓練所を閉めることになった」

 

 アインザックの発言に対して声は上がらない。

 ここには身寄りの無い者も居る為、訓練所を閉められると困る者も当然居る。

 そういった者達が反対の声を上げないのは、建国祭中も寮や訓練所そのものは開放されている事をあらかじめ知らされていたからだ。

 より正確に言うと焦って嘆願に行った者達が話しを広めたのだ。

 

「そして既に知っている者も居るだろうが建国祭中も訓練所の各施設は開放されているのでいつも通り自由に使ってくれて構わない。では以上だ、皆、ゆっくりと羽根を伸ばしてくれ。解散!」

 

 解散と言われ半数程は今後の予定などを話しながら食堂を後にする。

 残った者達は依然座ったままだが話している内容は先の半数と同じだ。

 一つ違いがあるとすれば前者が帰省組、後者が残留組だという事だろう。

 ウィル達は後者だった。

 

「やけに皆んな急いでるな」

「そりゃそうだよ。遠い人は朝一番の馬車に乗らないと間に合わないからね」

「ふーん」

 

 トクルの真面目な返答にウィルは生返事で答える。頭の中に『故郷』の二文字がチラついた為だ。

 

「……帝国に帰るか、でしょ」

 

 見事に読まれてしまい苦笑いを向ける。

 

「バレたか」

「考え事してる時のウィルは分かりやすいからね」

「本当に? 気をつけよ」

 

 戦いの最中に考え込んでいるのを悟られようものなら敗北は必至だろう。

 反射的な動きだけで勝利出来るほどの技術はウィル達には無い。

 いつかは手に入れられるかも、という期待は有るが、人間という短命―――最近は強くそう思う―――な種族では絶対とは言い難い。

 

「本当にウィルは真面目、というか強くなる事に対して貪欲だよね。……おっと、それで里帰りするかだよね。ウィルはさ、戻りたいの?」

 

 その声音には僅かな拒絶の感情が含まれていた。

 ウィルは才能の無い鍛冶屋の三男、トクルは小さな農家の次男だ。

 故郷での生活は決して夢のあるものではなかった。だからこそ、冒険を夢見てここに来たのだ。

 

「いや……帰りたい、とは感じないな」

「だよね」

「まぁな。……ゴホン、それで三日間どうする?自主練か?」

「いや、たまには街に出ようよ。せっかくのお祭りなんだしさ」

「いいけど、トクル金あるのか?」

 

 見習いではあるがこの前の試験に合格し、鉄級となった二人が組合から貰っている給料は多い訳ではないが、かと言って少なくもない額だ。なので一度街に出たところで全額使い切る事はまず無いだろう。

 だがトクルは首を横に振る。

 

「ほとんど無い。ほぼローンに消えてるし残りも大体使い道が決まってる。ウィルは?」

「同じく」

 

 互いに目を合わせて苦笑を浮かべる。

 ローンというのはウィル達が組合から買った武器のローンだ。

 買ったのは以前帝国に行った際にマルクスから借りた武器。本来、白金級の冒険者向けの武器であるこれらを買うとなると、ウィル達では給料の半分以上を支払いに回しても半年ぐらいかかる。

 

「まぁ見て回るだけでも面白いらしいし、いいんじゃない?」

「でも、国外の商人もたくさん来るんだろ? 屋台とかも凄いっていうし……けど金がなぁ」

 

 ウィルはこめかみを指先で叩きながら、どうにか今ある金だけでやりくりしようと考える。

 

「じゃあさ、組合の人達の仕事を手伝うってのはどう?」

「えっ、でも今回は募集の張り紙は出てなかったぞ」

「そうだけど志願すれば何かしらの仕事は貰えると思うよ。……報酬が出るかは分からないけど」

 

 トクルは若干自信無さげだが、ウィルは意気揚々と席を立つ。

 

「それはそれで良いじゃないか。取り敢えず聞きに行こうぜ。マルクスさん……は忙しいらしいから、組合長の所に行こう」

「りょーかい」

 

 

――――――――――

 

 

「あの、話が見えないのですが……」

 

 困惑するマルクスに対して目の前の相手、モックナックから怪訝な声がかえる。

 

「言葉通りですよ。妻とのデート計画に協力して欲しいんです。最近忙しくてあまり相手してやれてませんでしたからな。もしかして……デートが何か知らない、とか?」

「いえ、でーとが何かは知っています」

 

 もっとも、マルクスはかつて至高の存在達が話していた『でーといべんと』なるものについて漠然と知っているだけだが。

 ですよね、と破顔するモックナックをから視線を逸らし、記憶を辿る。

 

(確か、親密になった男女がより親密度を上げる為に行う事でしたね)

 

 だとすればモックナックは彼の妻とより親密になりたい、という事だろう。

 それは分かった。しかし、何故自分に協力を求めるのかが分からない。

 確かに彼ら冒険者には出来うる限り協力すると約束した。だが、個人的な恋路にまで協力する道理はない。

 

「何故、私に協力を求めるのですか? ご自身でお誘いになればよろしいのでは?」

「もちろんそのつもりなんですがね。どういう場所に連れて行ってやれば良いのか分からなくて」

 

 あんたの地元だろ、という言葉は飲み込む。

 こういう時に突き放すような事を言うとこれまでの友好関係に傷がつく。

 それに最近は区画整理も進み、かつてのエ・ランテルとは様変わりしていると言えるだろう。

 でーとすぽっとなる物は下調べが肝心という話も聞く。

 

(だからだとしても、何故私なのでしょう。それこそ地元に詳しい者達に聞けば良いでしょうに)

 

 抱いた感情は表に出さずマルクスは口を開く。

 

「まぁ良いでしょう。非才の身ですが助言させていただきましょう」

 

 マルクスはしばらく口元に手を当て考え込む。

 

「そうですね。でしたら、折角の建国祭ですし市場を見て回るのが一番でしょうね。ご婦人もご一緒されるならまず西通りの衣類などを見に行くのはどうでしょう?食事の予定を決めていないのでしたら北通りの露店で済ませられますよ」

 

 魔導国の建国祭は、残念ながらパレードなどの大きな出し物は存在しない。建国記念の式典も都市長の館で行われ、一般人の参加は認められていない。

 

(やはり、アインズ様の像を練り歩かせるぐらいはしたいのですが、何がダメだったのでしょう)

 

 感謝を述べるモックナックに鷹揚に返事をしながら、マルクスはこの難問に頭を悩ます。

 かつて、ナザリックの知恵者二人が協議に協議を重ねてもなお完璧な答えを出す事が出来なかった難問。

 退出するモックナックを見送ってからも部屋の中を歩き回ったり、軍帽をいじったりしながら考え続ける。

 しかし、ただ賢い方、というだけのマルクスでは完璧な答えを出すどころか五つの予想を出す事すら出来ず。諦めて椅子に腰掛ける。

 そして、自身の空間の中からケースに入った一つのメダルを取り出す。

 普段胸に着けているアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインを模したメダルに似ているが、形状が幾分異なる。それをマルクスはじっと見つめる。

 

(才能の有無にかかわらず、すべき事をする。そう言っていたのはあのドワーフでしたかね)

 

 それは全くもって正論だ。

 すべき事が目の前にあるというのに、自分では到底解けない問題に頭を悩ませるのは完全な無駄と言える。

 

「私もすべき事をしますか」

 

 メダルを己の空間に戻したマルクスは机の上に置かれた確認済みの書類の束から数枚を抜き取る。



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旅路

 目的地である門が近づきその横に立つ魔導王の精巧な像をネイアの視力が捉える。

 かつて見た時よりも更に立派になった像はネイア達の来訪を歓迎しているように感じた。

 

「おお、あれが噂に聞く魔導王陛下の像ですか」

「想像していたよりはるかに大きく見事なものですね」

 

 共に馬に乗っている者達にも見えてきたらしく、口々に魔導王の像を褒め称え、中には拝礼するかのように深く頭を下げる者も居る。

 今から彼らとあの像に関して魔導王が言った言葉の素晴らしさを語り合いたいが、残念ながらそれは出来なかった。

 

「では、皆さん隊列を整えて下さい」

「おう!!」

 

 今回ネイア達は魔導国建国祭の来賓としてやって来た。

 本来なら聖王であるカスポンドが来るべきなのだがヤルダバオト襲撃の爪痕とより広がった南部との軋轢によって状勢が不安定な為代理が立てられることになり、使節団の団長にボディポ侯爵、副団長兼護衛部隊の指揮官としてネイアが選ばれた。

 護衛を務めるのはネイアが隊長を務める聖騎士と軍士達だがその全員が―――聖騎士含め―――ネイア達の団体の団員だ。

 隊列を整えた使節団は聖王国の国旗を掲げながら進むが、しばらくして再びその脚を止めた。

 理由は都市の門から伸びる凄まじい人の列だ。

 門へと続く道はかなり広く作られているがそれを埋め尽くさんばかりの人、そして亜人がいる。

 

「バラハ様いかが致しましょう?」

 

 困惑した聖騎士に答えようとした時、ネイアの鋭い目が空から接近する影を捉える。

 更には人混みを掻き分けてこちらに来るものも。

 

「北部聖王国使節団の方々とお見受け致しますが、代表はどなたでしょうか?」

 

 降りて来たのは鷲頭の半獣だ。

 若干違和感のある問答に、目元を隠す仮面を外したネイアは答える。

 

「副団長ネイア・バラハです。貴殿は?」

「我々は固有の名前を持ちませんので種族名で失礼致します。ホルスの猟兵と申します」

「では、猟兵殿。お手数ですが都市に案内していただけますか?」

「畏まりました。それでは我々の後について来て下さい」

 

 猟兵が目配せするとようやく到着した黒い犬のような半獣が使節団の前で人混みを誘導し道を作ってくれる。

 門に着くとかつてと同様に講習を受ける事になった。ネイアは一度魔導国に来た事があるので本来受ける必要は無いが他の者達と共に講習を受ける。ちなみに大事をとって武器は全て預けさせた。

 そして、案の定デス・ナイトの登場にほぼ全員が身構える。ここに来るまでに散々話を聞き、注意を受けても叩きつけてくる恐怖には抗えない。

 取り敢えず安全であると確認出来た護衛部隊の面々が目配せし合う。

 ネイアはその光景に見覚えがあった。カナリアを選んでいるのだ。

 しばらくして、軍士の青年が覚悟を決めた表情になり―――青年より先にネイアがデス・ナイトの前を通った。

 しかも、通る際にデス・ナイトに対して軽く会釈する余裕すらある。

 

(あの時、理性では分かっていても、感情では納得出来なかったからね。それに……)

 

 ネイアはかつての、偉大な王に仕えていた頃の事を思い出す。

 

(上に立つ者が先頭を進む姿は見る者の心を熱くするものね)

 

 亜人による講習が終わり外に出ると鷲頭の半獣が待っていた。

 

「ネイア・バラハ様。我らの主人であり、魔導王陛下よりこの都市の管理の一役を任されておりますマルクス様からお会いしたい、との事です。ご都合を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 

――――――――――

 

 

 ジルクニフがロウネと到着後の予定について話していると珍しくバジウッドが口を開いた。

 

「陛下、鷲馬ライダー達から〈伝言〉が来ました。エ・ランテルの城壁が見えてきたそうです」

「そうか。では、そろそろだな」

 

 そこでバジウッドが思い出したように言う。

 

「そういや今回の来賓はどんな奴らが来るんですかね」

「私たち以外には確か法国、聖王国の代表とそれぞれの亜人種族の王に当たる者達だな」

「王国からは?」

 

 詳しくは知らないジルクニフの代わりにロウネが答える。

 

「自国の現状を鑑み、今回は出席せず、書状を送るだけにしたようです」

「まぁ、あの状態では他国の式典に参加している場合ではないだろうからな」

 

 ジルクニフは伝え聞いた王国の現状に思いを馳せる。最初は王国を取り込まんとする魔導国の陰謀によるものかと邪推もしたが、調べてみれば原因の一端は自分に有ると分かった。

 帝国の侵攻によって国力を削られたこと、王国全体での堕落に政界の混乱。これら様々な原因が合わさり、今の王国の状態を招いたと言える。

 

「にしても、法国からも来てるってのは意外ですな」

「表向きは国交のある国同士、友好的に見せたいのかもな」

「……踏み絵、の可能性も有るかと」

 

 ジルクニフの顔に侮蔑の感情が浮ぶ。

 

「ふん。今更魔導国サイドか知りたいというならはっきり教えてやれば良い。我々は魔導国に恭順する、とな」

 

 二人もジルクニフ開き直った発言に同意を示す。

 

「聞くところによると近年、法国から魔導国に移り住む者も出てきているとのことですからね。法国の上層部も焦っているのでしょう」

「利益や機会の点で見ればどちらが良いかは明確だからな、仕方ないだろう」

 

 そこでジルクニフはふと、思い出した。

 

「移民と言えばレイナースはどうしているのだろうな」

「あー、あれから一切連絡は無いですからね。案外いい男でも見つけてるんじゃないですか?」

「……あんまり想像できないが、あり得るかもな」

 

 

――――――――――

 

 

 魔導国への街道を聖騎士の一団に守られた馬車が進む。

 馬車と並走していたグスターボは先頭を進む聖騎士に目を向ける。

 レメディオス・カストディオ。かつての自分の上司だった人物を。

 あれから二年以上経つが未だレメディオスに立ち直る兆しは無い。

 愛する者もプライドも何もかも失ったのだから無理もないが。かつてのレメディオスを知るからこそグスターボは悲痛な思いを抱いてしまう。

 ため息を押し殺し、部下の一人を思い出す。おそらく自分以上の人望を集め、聖王直々に北部使節団―――そう揶揄されている―――の副団長の役目を与えられた者に。

 

(我々も聖騎士バラハ同様、かつて魔導国に来た事が有るからこその人選なのだろうが、団長を同行させたのは何故だ? やはり、今の聖王国の実状を悟らせない為か。……だが、それにしても南部貴族の護衛とは)

 

 今回聖王国からは二つの使節団が出されている。

 もっとも、表向きは北部と南部の合同という事になっているのだが、距離がどうの日程がどうのなどと理由をつけて別々に行動している。

 

(やはり、聖騎士バラハに極力会わせないため、というのもあるのだろうな。彼女の話を伝え聞いた時の団長の怒り様は凄まじかったからな)

 

 もし、魔導国でネイアと会ったら同じ事が起こるのか、と考え僅かな胃の痛みを感じる。

 

(流石に団長も他国であの様な事はしないと思いたいが、今は余裕が無いからな。それに南部貴族からの風当たりも……いや、それは団長に限った事じゃないか)

 

 自分の横を進む馬車に意識を向けた。

 首都奪還の翌年、新たな聖王であるカスポンド・ベサーレスから終息宣言が出された。

 その直後からだ。かつてカスポンドが危惧した通り南部貴族による北部への介入が始まった。

 カスポンドや北部への協力を約束したボディポ侯が南部の直接的な介入自体はなんとか押し留めているようだが、徐々に南部からの圧力や非難、それに対する北部の民の不満はどんどん大きくなっている。

 

(このままでは本当に国が割れる。そうはなって欲しくないが、もしそうなったら、我々はどうするべきなのか)

 

 そんなグスターボの胸中とは不釣り合いな程、街道を流れる春の風は軽やかだった。



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思惑

「何故ですか!?」

 

 激昂しながら立ち上がる貴族を尻目に、マルクスはゆっくりとコーヒーをすする。

 

「何故、とは?」

「何故取引していただけないのですか!? それも組合として取り引きを辞めるなど!」

 

 貴族は余裕を見せるマルクスに詰め寄り怒鳴る。

 マルクスは動こうとした警備兵を手を挙げて制し、淡々と、事務作業のように答える。

 

「先程申しました通り、魔導国商人組合は南部聖王国との武器、馬、建材等の一部商品に関する一切の取り引きを行いません。これは決定事項です」

「ですからその理由とは!?」

 

 マルクスは憐れむような視線を向けながら答える。

 

「内乱目的での使用が危ぶまれるからです。我々は友好国の内乱を手助けするような取り引きは行いません」

 

 再び怒鳴り声を上げようとする貴族に手のひらを向けた。

 

「決して内乱目的で使用しない、と国としてお約束頂けるなら、我々も再検討致しますが……不可能でしょう?」

 

 黙り込む貴族を前に少し驚く。確かにマルクスの言ったことは事実だ。しかし、それほど説得力があるとは思えない。

 何故なら、これは目の前の貴族以外にも当てはまるからだ。

 圧倒的な武力と慈悲深い統治を行う魔導国ですら絶対に内乱が起こらないと確約する事は出来ない。

 それが日に日に対立が激しさを増す聖王国であればなおの事。

 

 一旦は黙り込んだ貴族の瞳に再び力が宿る。

 まだ続くのか、とアンデッドであり、精神の変化に乏しいマルクスもうんざりしてくる。

 

「北部……北部とは取り引きをしているではありませんか! 北部だけを優遇するのは―――」

「復興支援です」

 

 饒舌になりだした貴族の言葉を遮ると、貴族は一瞬たじろいだようだ。

 

「ヤルダバオトの襲撃以来、未だ北部は国力を大きく損なったままです。友好国の一刻も早い復興の為に支援を行うのは人道的観点から見ても何ら不自然ではありません」

 

 勿論、ただの大義名分だ。しかし、決して破られることはない。

 今度こそ完全に沈黙した貴族を前にマルクスは立ち上がる。

 

「話しは以上です。それでは次の予定が有りますので失礼致します」

 

 背中に感じる縋るような視線にマルクスは包帯の下で嘲笑を浮かべた。

 

 

――――――――

 

 

「レイナース教官、警備三班出発します!」

「ええ、気をつけて」

 

 レイナースは訓練所内の仮設詰所から冒険者達を送り出す。

 冒険者と言ってもほとんどが見習いで、現役はせいぜい一人、二人だ。

 そんな一団が門をくぐって行くと、別の一団が入れ違いに入ってきた。

 

「警備一班戻りました」

「お疲れ様。夕方まで順番回って来ないから楽しんできなさい」

 

 そう言うが早いか、見習い達は三々五々訓練所を出て行く。

 

「あいつら……礼ぐらいしていから行けよ」

「まぁ、いいじゃありませんか。あの子達もまだ若いのですし」

「レイナースさんも充分若いけどね。おっと、それじゃ俺も失礼するよ」

「ええ、奥さんを喜ばせてあげて下さい」

 

 照れたように頭を掻くモックナックを見送ると、レイナースは椅子に腰掛ける。そして、おもむろにため息を吐いた。

 正直、退屈だ。

 建国祭中の詰所勤務の内容は緊急事態が発生した際に急行するというだけで何も起こらなければ退屈な仕事だ。

 

(何も起こらないのが一番なのだけど……暇ね)

 

 手持ち無沙汰になり、後ろで束ねた金髪を弄ったり、少し髪型を変えてみたりする。

 すると突然、門の周囲が少し騒がしくなった。

 武器は持たずに様子を見に行くと、どうやら守衛を行なっていた見習い達が騒いでいるようだ。

 子供のように興奮した表情の見習い達の中心には見覚えのある鎧に身を包んだ、見覚えのある男が居る。

 

「何をしているの」

 

 誰にともなく言うと、見覚えのある男―――バジウッドが手を振る。

 

「おう、レイナース久しぶりだな」

 

 見習い達はようやくこちらに気付いたらしい。

 

「皇帝陛下の護衛はどうしたのですか?」

「俺以外にも護衛は居るし、そもそもこの都市で要人を狙うような奴は居ねぇよ」

 

 言い切るバジウッドに呆れた表情を向ける。

 

「……ここで話すのもなんですし、こちらへどうぞ。あなた達、守衛よろしくね」

 

 気合いの入った返事を受け、バジウッドを伴って詰所に戻る。詰所内の休憩スペースに入る。

 

「その水差しの果実水は好きに飲んでいいそうです。コップはこれを使って下さい」

「おう、ありがとな」

 

 嬉しそうに果実水を注ぐバジウッドを見ながら告げる。

 

「それはナザリックの物ではないですよ」

 

 ギクリ、という風に一瞬、バジウッドの動きが止まった。

 

「い、いやぁ。分かってるぞ」

 

 ばつが悪そうに苦笑いを浮かべる姿を見て微笑みを浮かべる。

 

「お前、よく笑うようになったな」

「まぁ以前は笑いたくても笑えませんでしたし」

 

 笑っても良かったんだがなと呟くバジウッドは配慮が足りない。だが、それが悪いかと言うと、そういう訳ではない。腫れ物に触るようにされるのもそれはそれで辛いから。

 

「それで、今日はどのような用件でしょうか?」

「うん? いや、元気にしてるかなと思ってな。それだけだ」

「お陰様で元気にやらせてもらっています。皇帝陛下にも感謝をお伝え下さい」

「おう。にしても、本当に明るくなったな。美人になった」

 

 つまりそれは以前は美人じゃなかった、ということか。

 そんな小言を思い浮かべながら、今では露わになった右頬に触れる。

 その時、バジウッドが視線がレイナースの右手に注がれる。

 

「おい、その手どうしたんだ?」

「えっ」

「それ、怪我か?」

 

 バジウッドが指差したのはレイナースの右手全体―――指先まで―――に巻かれた白い包帯。

 咄嗟の事になんと答えるべきか迷う。

 

「それほど厳しい訓練なのか?」

「いえ、そういう訳では」

「じゃあ、なんでそんな怪我を」

 

 まだ怪我だとは言っていないのだが、聞くより見る方が分かるだろう。

 レイナースは包帯を解き、その下の傷一つ無い腕を見せる。

 

「ご覧のように怪我ではありません。これは武器を持った時に汗で滑らないようにする為です。今は前のように常に全身鎧(フルプレート)を着ている訳ではないので」

「なるほど。にしても指先まで巻いてるとは、器用なもんだ」

「それはどうも」

 

 なんとか納得してもらえたらしく、心の中で安堵の息を漏らす。

 本当の理由は絶対に言えないし、言いたくない。

 一度それっぽい話題をしてみた時、食堂のおばちゃんに暖かい目を向けられた。

 

「それならこっちでの生活はどんな感じだ?」

 

 そのまましばらく互いの近況を話し合う。すると突然、詰所内に見習いの一人が飛び込んで来た。

 

「レイナース教官!」

 

 文字通り転がり込んで来た見習いを落ち着かせながら話しを聞く。

 

「落ち着いて、詳細をゆっくり話して下さい」

 

 見習いは息も整いきらない内に口を開いた。

 

「き、緊急……事態です。そ、それも殺人です!」

 

 

―――――――――

 

 

 久しぶりに自宅に帰り、客間のソファに腰を下ろしたマルクスはゆっくりと目を閉じた。

 眠る事の出来ない身では無意味に思える行動だが精神的な落ち着きは得られる。

 

(疲れる筈はないんだが、ここ最近張り詰めっぱなしだったからかな。ナザリックにもあまり戻れてませんし)

 

 その時、室内にノックの音が響く。瞬時に自分と室内の状態を確認し、答える。

 

「どなたでしょうか?」

 

 扉が開くと猟兵と仮面をした娘が姿を見せた。

 猟兵が一礼する。

 

「マルクス様。ネイア・バラハ様をお連れしました」

「ご苦労様。下がって良いですよ」

 

 猟兵はネイアを残して去って行った。

 マルクスは扉の前に突っ立ったままのネイアに手招きをする。

 

「ようこそ、ネイア・バラハ殿。お会い出来て光栄です。どうぞ掛けて下さい」

「こちらこそ、お会い出来て光栄、です。マルクス様」

 

 若干硬さのある返答に包帯の下で気持ちのいい笑みを浮かべる。

 

「さて、硬い挨拶はここまで。どうぞ掛けて下さい、ずっと話してみたいと思っていたのです」

 

 そうして席を進めながらマルクスは先に座る。

 ネイア・バラハは確かに使節団の副団長ではあるが、国では一介の聖騎士、あるいは一市民団体のトップというだけだ。なので比べれば魔導王の直属の部下の一人であり、組合という組織の頂点に立つマルクスの方が上と言える。

 互いに席に着くと、マルクスから口を開いた。

 

「前置きはさておき、本題から入らせていただきます。ネイア・バラハ殿、ヤルダバオトの一件の折は我らが主人によく使えて下さり、感謝致します」

 

 そして、頭を下げる。

 本来目上のはずのマルクスが頭を下げる、そこには並々ならぬ感謝の念が現れていた。

 しかし、頭を下げられた方は平静ではいられない。魔導王の従者をしていた頃に少し慣れたとはいえ、誰かに見られるとまずいという事に変わりはないのだから。

 それにしても、魔導王といい、マルクスといい、魔導国の幹部とはどうしてこれほど他者との距離感の取り方が下手なのだろう。それとも単に彼らがそういうことが苦手なのか。

 

「あっ頭をお上げください! えっとマルクス様の方が位が上なのですからそのようなことはお辞め下さい!」

 

 その言葉に従いマルクスは頭を上げる。

 目の前でネイアがそっと胸を撫で下ろす。その姿に苦労してるな、などと他人事のように感じながら、心の中で笑みを浮かべる。

 すると、今度はネイアが口を開いた。

 

「マルクス様、私は感謝されるような事はしておりません。むしろ私……いえ、私達聖王国はアイン、魔導王陛下に迷惑ばかりかけ、あまつさえまともな感謝も出来ていません」

 

 そう語るネイアの顔にははっきりとした後悔が見て取れた。

 その一方でマルクスの好感度ゲージはどんどん上がっていく。

 

「それで良いのです。周りが我らの主をどう思い、どのように接しようと変わらず側に仕え続けてくれた事、それだけで我らからすれば感謝してもしたらないほどです」

 

 そして、少し笑みを浮かべる。

 

「それと無理に魔導王陛下と呼ばずにアインズ様とお呼びしても私は気にしませんよ。折角アインズ様直々に許して頂いたのでしょう?」

「えっ何故それを」

「シズから聞きました。彼女達ももうすぐ来るはずですよ」

 

 怪訝な表情で口を開きかけたネイアの先を制するように続ける。

 

「本来なら感謝の印として公的に何かお渡ししたいのですが、聖王国の現状を鑑みると、魔導国から貴女に何かを贈るような行為は、貴女の立場を危うくする可能性が高いと判断致しました」

 

 そう言うと、マルクスは空間からある物を取り出す。

 瞬間、ネイアの鋭い目に驚きの感情が浮かんだ。

 

「こ、これは……アルティメット・シューティングスター・スーパー!?」

「ええ、主人から頂いた物ですが、私からの感謝の印です。お受け取り下さい」

「いっいえ、このような素晴らしい物を私なんかに」

「これは貴女が持っているべきです。さぁ、どうぞ」

 

 そのまましばらくの押し問答の末、ネイアが折れる形でアルティメット・シューティングスター・スーパーを受け取った。

 

「ありがとうございます! これほどの一品を頂いて感謝の言葉もありません」

 

 感極まった様子で頭を下げるネイアに体の前で手を振ってみせる。

 

「いえいえ、お気になさらず。これは私からの感謝の印。それに―――」

 

 マルクスの言葉を遮って室内にノックの音が響く。そして、返事もしていない内に猟兵が入ってきた。

 

「失礼します。マルクス様、緊急の用件が」

 

 マルクスが猟兵を手招きすると、猟兵は近づき、耳元に口を寄せて用件を告げた。

 その瞬間、マルクスの思考が切り替わる。

 

「案内出来る者は?」

「外で待たせております」

「よろしい、すぐに行くと伝えて下さい」

 

 そして、マルクスは目の前に向き直り頭を下げる。角度は先程よりいくらか浅くしておく。

 

「申し訳ない、火急の用件が入りましたので私は失礼させていただく。バラハ殿はしばらくここでお待ち頂きたい。貴女に会いたいという者は私以外にも居るのでね」

 

 こんな時でも笑いかける余裕があるのは、この都市に来てからの変化かもしれない。

 だが、部屋を後にしたマルクスの表情はこの都市に来てから最も険しいものとなっていた。

 

「何故です? 何故、それほど愚かな。……私が聞き出すまでは無事でいなさい」




今回は投稿が大幅に遅れまして申し訳有りません

影響を受けやすい夜那
ほんの出来心でなんの関係もないオリ作品書いてたらいつの間にか月末
おかしいなぁ
夜那の中ではまだ六月半ばの筈だったのに
こんなに時間手早かったでしょうか

はい、申し訳ありません
今後も細々頑張って参りますので、どうか暖かく見守ってやって下さい


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