あの子はこの世界が嫌い (春川レイ)
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入学まで
全てが始まった日


はじめまして。見切り発車です。更新不定期です。


思い返してみれば、チャーリーの人生は最初から不運続きだった。

まず、チャーリーに父親はいない。母に聞いたところ、チャーリーが生まれる前に事故で亡くなったらしい。父の話をする母は悲しい表情をするので、チャーリーはあまり父のことは話題に出さなくなった。

チャーリーの母は美しい人だった。金髪の髪はサラサラと流れ、青い瞳は空のように澄んだ色だった。母を見るたびに、チャーリーは自分の真っ赤な髪や緑の瞳が恨めしくなる。一度母に、母の髪と目の色が欲しかったとこぼしたところ、母はフワフワと笑いながら、

「あなたの色は誰よりも綺麗よ、チャーリー」

とチャーリーのグシャグシャな短い赤毛を撫でてくれた。

母は誰よりも美しかったが、反面身体が弱かった。季節の境目には必ず体調を崩す。仕事をしていたが、どの職場でも長続きをしない。そのため二人の暮らしは決して楽なものではなかった。チャーリーは少しでも母の助けになるように、母がいないときは家事を終わらせるようにしていた。さすがに料理はさせてもらえなかったが、簡単な掃除ならチャーリーにもできた。

ところでチャーリーはある秘密を抱えていた。チャーリーには超能力が使えた。チャーリーがこうしたいなあと思うことが、現実になってしまうのだ。例えば戸棚のコップを取りたいとき、戸棚まで行くのがめんどくさいなぁと考えていたら、突然ひとりでに戸棚が開き、コップが飛んできた。また、自分で切った髪を、切りすぎたかなと考えていたら、次の日の朝には元に戻っていた。近所のいじめっ子に追いかけられたときにはなぜか自分の家まで瞬間移動をしたこともある。チャーリーはその事を母にさえ話さなかった。母に話すと心配するのは分かりきっていた。あまり心配をかけたくなかったし、幸運にもその力を発揮する時に誰にも見られていなかった。

チャーリーが五歳の誕生日を迎えた夏と秋の境目に母が亡くなった。母は風邪をひいたが、病院代を惜しんで無理して働いていたらしい。結局風邪をこじらせ、肺炎となりあっさり亡くなった。母は最後までチャーリーの事を気にしていた。

母を亡くしたチャーリーは悲しんだが、周囲の大人はそんなチャーリーを気遣う様子もなくすぐに孤児院へ入れた。孤児院では、チャーリーと同じように親がいない子供達が必死に生きていた。必死に生きる子供達はチャーリーをいじめた。あるときは施設の掃除を押し付けられ、あるときはロッカーに閉じ込められた。チャーリーは面倒くさいため特に抵抗しなかった。抵抗したらもっといじめがひどくなるのは分かっていた。しかし、いじめっ子が数少ない母の写真を破いたときは我慢ならなかった。チャーリーの怒りは爆発し、チャーリーがいじめっ子に手を出す前に、周囲のおもちゃが突然子供達に飛んできた。まるでポルターガイストのように浮遊するおもちゃに周囲の子供達はもちろん大人たちさえ恐怖した。すぐにチャーリーは我に帰ったが、時すでに遅く、今度は施設の子供達や職員にさえも遠巻きにされた。

周囲の人間から無視をされる生活をおくっていたチャーリーは自業自得だなと、幼い歳ながら悟っていた。そんなチャーリーに施設の職員が恐る恐るという風に声をかけた。どうやら自分にお客様が訪れたらしい。自分に会いに来る客など全く心当たりがなかった。そのため警戒心剥き出しで、施設にある応接室に入った。

そこのソファでチャーリーを待っていたのは奇妙な人物だった。かなりの高齢と思える老人。地味な色のしかし、不思議な服を着ている。眼鏡の奥の瞳はキラキラと光っていた。何よりも目が行くのは長く伸ばした髭だった。

チャーリーを見た老人はホッホッとサンタクロースのように笑った。

「不思議じゃな。親子でもないのにあの子にそっくりとは」

「あんた、誰だ?」

チャーリーは警戒を隠さず老人を睨む。老人はそんなチャーリーに気を悪くした様子もなく笑いかけた。

「そんな顔をするとかわいらしい顔が台無しじゃよ」

「質問に答えろよ。あんた、何者だ」

すでにチャーリーはこの老人が只者ではないと感づいていた。老人は何故か一瞬悲しむようなまたは懐かしむような表情をしたが、すぐに笑顔に戻り口を開いた。

「わしの名前はアルバス・ダンブルドア。自分が何者か知りたくはないかの?君を迎えに来たんじゃよ。チャーリー、いや、シャーロット・エバンズ」



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あの子の事情

チャーリーことシャーロット・エバンズは目の前の老人を怪しみながらも、不思議な感覚に包まれていた。ダンブルドア?どこかで聞いた気が…。

『お姉ちゃん、ダンブルドアは割りと腹黒いよ』

あれ?そう言ったのは誰だっけ?この人と会うのは初めてなのに…。

その瞬間、シャーロットの脳裏に本を抱える少女がよみがえった。そして全てを思い出した。ここ、ハリー・ポッターじゃん!

シャーロットは以前、日本で暮らす一般人だった。なぜ、私は海外、イギリスの孤児院にいるの?と戸惑っているうちに記憶が流れ込んでくる。私は日本人、名前は忘れたけど、妹がいた。妹は大のハリー・ポッターファンだった。その妹からよくハリー・ポッターの話を聞かされていた。本も読んだし映画も観た。

なぜ自分は今、小さな少女で、しかもイギリスにいるのか?よく分からないが、前世の世界でよく聞いた転生とかいうやつだろうか?シャーロットは必死に記憶を探るが死んだ記憶はなかった。死んだ記憶どころか、妹とハリー・ポッターの事しか思い出せない。そんなシャーロットを見つめるダンブルドアはニコニコ笑いながら、話しかけた。

「チャーリー、君は魔女じゃよ。不思議な能力が使えるじゃろう?それは魔法なんじゃ。」

「あ、はい、そうですか…。」

さっきまでの警戒心剥き出しの姿から突然途方にくれたかのように呆然とするシャーロットに対して、ダンブルドアはうんうんと何度も頷きながら話を続けた。

「驚いたじゃろう。君はマグルの世界で暮らしておったからの。君のご両親はマグルじゃが、君は魔女としての才能があるんじゃ。おっと、マグルというのは非魔法使い、魔法を使えない人々の事をいうんじゃよ。」

勝手に話し続けるダンブルドアに対して、シャーロットは、いや、驚いてるのは自分が転生した事なんですけど、とは言えなかった。ただただ呆然とダンブルドアの話を聞いていた。

「チャーリー、君に会いに来たのは他でもない。君を引き取りに来たんじゃよ」

「え?」

シャーロットは驚きであんぐりと口を開けた。

「あなたが、私を?」

「そうじゃ。君の後見人となり、君の保護者となる。ホグワーツに入学するまでの世話も援助しよう。」

「ホグワーツ…」

「ああ、君が11歳になったら入学する魔法学校じゃよ。わしはそこで校長をしておる」

「じゃあ、入学するまではあなたと暮らすんですか?」

「いや、わしは普段ホグワーツで生活しておるからの。入学するまではホグワーツのそばにある、ホグズミード村に住居を用意しよう。君のための世話人もつけるから大丈夫じゃよ。」

次々と降ってわいてくる話にシャーロットは混乱しながら頭のなかで話を纏めた。自分はこのクソみたいな孤児院を出て、ホグズミード村に住めるらしい。しかし…、

「なぜなのです?あなたは偉い立場にいるようですが、なぜ、私を?」

ダンブルドアは少し悲しそうにしながら口を開いた。

「おお、それを聞いてくるか。チャーリー、君は賢いの。わしはてっきりすぐにこの話に飛び付くと思ったんじゃが。」

「質問に答えてください。」

ダンブルドアは首をふりつつ答えた。

「すまないが、それは言えんのじゃ。実は少し込み入った理由があっての。まだ幼い君には言えん。いつかその時がきたら、全てを話そう。それではダメかの?」

シャーロットは怪しみながらも折れた。

「分かりました。あなたと共に行きます。」

ダンブルドアは目をキラキラと輝かせながらニッコリ笑った。

「そうか!君ならそう言ってくれると思っておったよ。それならばチャーリー、今すぐ手続きしようかの」

「ひとついいですか?お願いがあります」

「なんじゃ?」

「その呼び名、やめてもらっていいですか?」

ダンブルドアは不思議そうな顔をした。

「呼び名?」

「私の名前はシャーロット・エバンズです。チャーリーは母だけの特別な呼び名なので。」

シャーロットがそう言うと、ダンブルドアは再びニコニコと笑いながら、

「君はお母さんの事を深く愛しておったようじゃな」

と呟いた。シャーロットはフンと鼻を鳴らし、ダンブルドアから目を背けた。

その後、ダンブルドアは面倒な手続きを終え、その日にシャーロットは新しい名を手に入れた。

シャーロット・グレース・ダンブルドアと書かれた書類を見つめながら、そういえば美しく優しい母の名前はグレースだったっけ、と思い出した。

シャーロットとダンブルドアは孤児院から追い出されるように外に出た。シャーロットが親戚でもない怪しい老人に引き取られるというのに、孤児院の職員は大喜びだった。厄介払いができたことに嬉しさを隠しきれていない職員や子供達を睨みながら、シャーロットは新しい世界に足を踏み入れた。



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新しい家と込み入った事情

シャーロットが“姿あらわし”によって連れていかれたのはホグズミードにある小さな家だった。村の隅っこにポツンと建っている。ダンブルドアとシャーロットが家に入ると小さなくりくりした目の変な生き物が出迎えた。

「お帰りなさいませ、ご主人様!お待ちしておりました、お嬢様!」

キーキーとわめくように話す生き物を見て、シャーロットは少し新鮮な気持ちになった。これ、屋敷しもべ妖精だ!

「シャーロット、これは屋敷しもべ妖精のアンバーじゃ。元はホグワーツのキッチンで働いておったのじゃが、君の世話人として引き抜いた。何か困ったことがあればアンバーに言えばよい。」

「分かりました。よろしく、アンバー」

「よろしくお願いいたします!」

アンバーは光栄の極みと言わんばかりにウルウルと目を輝かせた。

「そういえば、あなたの事はなんと呼べばいいのですか?」

シャーロットがダンブルドアに尋ねるとダンブルドアは少し困ったように髭を撫でた。

「うーむ、君の父としてはとうに年がいっておるしのう…。お爺様はどうじゃ?」

「お爺様…ですか。」

シャーロットは呼びにくいなあ、と思いつつ呼んでみる。ダンブルドアは満足したように頷いた。

「これからよろしくのう。シャーロット。」

 

新しい生活は順調だった。そもそも、ダンブルドアはほとんどホグワーツで生活している。この家で実質シャーロットはアンバーと二人暮らしだった。アンバーは料理がうまかったし、きれい好きのため掃除もよくしている。シャーロットは今までの暮らしとは全く違うのに戸惑ったが、考える時間が欲しかったのでありがたかった。

シャーロットは考える。自分がなぜこの世界に転生したか分からないが、とりあえず精一杯生きよう。そのためには魔法の勉強を早いうちに身に付けていきたい。そういえば、シャーロットの学年はあのハリー・ポッターと同じらしいことに気づいた。面倒なことに巻き込まれそうだ。しかし、主人公は自分と同じ孤児なのに、今頃ダーズリー家でひどい暮らしを送っている。それに比べて自分はなんと幸運か。入学したらできるだけ親切にしようと誓った。

そもそも、ハリー・ポッターシリーズはシリーズを追うごとにたくさんの犠牲を出している。自分が存在している意味は分からないが、その犠牲の救済のためとはどうしても思えなかった。というか、自分も犠牲になる恐れは十分にある。どうやって主人公やその周りと関わっていけばいいのか。シャーロットは遠い未来を思い、頭を抱えた。

とりあえずは勉強だ。シャーロットはたまに家を訪れるダンブルドアに本の購入を依頼した。ダンブルドアは笑いながら、たくさんの本を購入してくれた。その中にはシャーロットの歳では読みにくい物もあったが、シャーロットの見た目はともかく中身は大人だ。次々と知識を蓄えていった。そうなると今度は魔法が試したくなる。ダンブルドアに杖を頼んだが、さすがに「まだ、君の歳では早いのう。杖は入学準備の時に買うからの」と断られた。そうなるとシャーロットにはなすすべがない。ダイアゴン横丁の場所も分からないし、まだお金も持たせてもらえなかったためどうしようもなかった。しかし、シャーロットは図太かった。そんなことで諦めるわけにはいかない。シャーロットは家の庭の適当な木から太めの枝を切り取った。そして枝を杖っぽい適当な形に削っていった。ちなみにアンバーはその様子を心配そうに見ていた。ダンブルドアには内緒にしてほしいというとオドオドとしながらも頷いた。作成した自作の杖を試してみたところ、最初は全く使い物にならなかったが何度も試しているうちに少しずつ効果を現し始めた。ダンブルドアに引き取られてから一年、七歳になったシャーロットはほとんどの呪文は使いこなせるようになった。元々の才能があったのか、難しい高度な呪文も少し練習を詰めばすぐに取得した。

 

ところでシャーロットには少し気になっている事があった。自分の旧姓と容姿である。エバンズという名前に何だか引っ掛かりを覚える。シャーロットの伸ばし始めた赤い髪は真っ赤というよりは、少し暗く、ダークレッドという言葉がぴったりだ。そして宝石のような緑の瞳。あれ?なんか、これって…。

「お爺様。あの、私ってあのハリー・ポッターと何か関係がありますか?」

久しぶりに家に来たダンブルドアに尋ねたところ、ダンブルドアは目を見開き珍しく慌てたように聞き返した。

「シャーロット!なぜそう思うのじゃ!?」

「え、えっと、なんとなく…」

珍しいダンブルドアの表情に逆に驚いてモゴモゴと答える。ダンブルドアは奇妙な瞳でシャーロットを見つめた。そしてゆっくりと話し始めた。

「…君の実の父親はラルフ・エバンズ。ハリー・ポッターの母親、リリー・エバンズの親戚にあたるのじゃ。そして、シャーロット。血縁の不思議というべきか、君はリリー・エバンズによく似ておる。まるで実の親子のように生き写しじゃよ。」

静かに話すダンブルドアは悲しそうな表情をしていた。



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ダンブルドアと予言について

アルバス・ダンブルドアは目の前の小さな少女を見つめながら過去を思い返した。 ホグワーツに勤務するトレローニー教授は数年前に重大な予言をした。そのためにジェームズ・ポッターとその妻リリー・ポッターは殺され、その息子、ハリー・ポッターは生き残った男の子となった。

実はその予言の少し後、ダンブルドアがトレローニーを訪ねたところ、トレローニーは突然目が虚ろになり、再び不思議な予言をした。

「世界を憎む魔女が生まれる。その子は英雄となる子と同じ日に生まれるであろう。西の彼方に生まれた赤き魂の魔女は大きな力を秘めているが、全てを嫌い、厭う。その子が光に焦がれたとき、英雄とともに闇の帝王を打ち砕くであろう。しかし、その子が闇に惹かれたとき、その子は第二の闇の帝王となるだろう」

ダンブルドアは重大なその予言を魔法省に報告せず、他者にも言わず握りつぶした。そしてひとりでその予言の子を探した。 探す間にヴォルデモートによってポッター夫妻は殺された。そして、何年もかかり、予言の対象となるであろうその少女を見つけた。 イギリスの西の地方で生まれたその少女と出会ったとき、ダンブルドアは驚いた。 少女がエバンズという姓で、あのリリー・ポッターの親戚というのは知っていた。少女、シャーロットはリリーにそっくりだった。リリーの隠し子と言われても信じてしまいそうなほど。 情報によると、シャーロットは物を浮遊させたりなど、不思議な力が使えるらしい。 何よりダンブルドアが開心術を使いシャーロットの心を見ようとしたら、それをはね除けられた。シャーロットは自分でも気づかず、無意識のようだった。 この子は恐ろしいほどの魔力を持っている。ダンブルドアは表情を崩さないようにしながら、自分でも驚くほどシャーロットを恐れた。 そして自分がかつて孤児院で出会った少年の事を思い出した。いかん、この少女をトムと同じ道に進ませるのは魔法界の破滅に繋がる、とダンブルドアは思った。 そしてシャーロットを説得し、引き取ることに成功したのだった。

シャーロットを引き取ったことは魔法省に内密に報告した。魔法省の役員たちは驚き、事情を問い質そうとしたが、ダンブルドアは珍しく権力を使いそれを黙らせた。

シャーロットはダンブルドアが考えていた通り、大きな才能をもつ魔女だった。ダンブルドアが与えた本をスラスラと読みこなす。シャーロットに与える本はなるべく闇の魔法に関わりのない本を選んだ。最初は本を与えることさえやめようと思ったが、それをやめてもおそらくシャーロットは何とかして魔法界の知識を手に入れようとするだろうと考え直した。それよりは十分に与えるだけ与えて、闇の魔法には関わらせないようにしようと思った。 シャーロットもアンバーも決して口は割らなかったが、ダンブルドアはシャーロットが杖を自作し魔法を使っているのに気がついていた。止めても無駄だということは分かっていた。知識や技術の取得を封じるよりは、とにかくシャーロットが闇に染まらないように道を示せばいいと考えた。

シャーロットが自分とハリー・ポッターの関連性に気づいた時は驚いた。戸惑うシャーロットは年齢を重ねるごとにリリー・ポッターにそっくりになってきている。この子はいつか、自分を、世界を憎むのだろうか。その時この子が選ぶのは闇か、光か。そして、この子が闇を選んだとき、自分はこの子をどうするのか。 ダンブルドアは自分の養い子となった少女と、やがてホグワーツに入学する生き残った男の子に思いを馳せ、瞳を閉じた。



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賢者の石をぶっ壊そう
手紙と買い物


7月31日、シャーロットは11歳の誕生日を迎えた。シャーロットはこれまでの人生を振り返り、長かったなあ、と遠い目をした。

出来る限りの知識は身につけた。自作の杖でほとんどの呪文は習得した。攻撃の魔法や防御の魔法、果ては守護霊の呪文までもを完璧に身につけた。ちょっとやり過ぎたかな、という思いはあったが何よりも自分の命がかかっているため必死だった。心残りは箒に乗れなかった事だ。さすがに自作で箒は作れなかった。それは入学してからでも追々技術を学ぼうと考えた。

「おめでとうございます!お嬢様」

「ありがとう、アンバー」

シャーロットの誕生日のためにアンバーは腕によりをかけてごちそうを作ってくれた。シャーロットがニッコリ笑ってお礼をいうと、アンバーは瞳を潤ませた。

「おお、シャーロット。11歳の誕生日、おめでとう」

「ありがとうございます。お爺様」

今日はダンブルドアもホグワーツからお祝いのため来ていた。ダンブルドアはニッコリ笑ってシャーロットに手紙を渡した。

「さあ、シャーロット。入学許可証じゃよ。」

「え?」

シャーロットは目を見開いた。

「こういうのって、ふくろう便で送るものでは?」

「それでもよかったが、わしは自分の手で渡したくての」

ダンブルドアは微笑みながら言った。シャーロットが手紙を開くと、前世で見たことのある文面が目に飛び込んできた。

『親愛なるダンブルドア殿

このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。

敬具

副校長ミネルバ・マクゴナガル』

手紙がくることは分かっていたが、シャーロットはやっと実感できた。私、ホグワーツに入学するんだ!

「シャーロット、お金を渡すからアンバーと一緒に買い物へ行っておいで。今度は自分にぴったりな杖を買うんじゃよ。」

シャーロットはギクリと肩をすくめたが、ダンブルドアはニッコリ笑った。この人は何もかもお見通しだな、とシャーロットは今更ながら目の前の老人を見直した。

 

ダイアゴン横丁にて手紙のリストに書いてあった通りの買い物は済ませた。オリバンダーの杖の店では、

「本体はモミの木、ユニコーンの毛を使っておる。持ち主の能力を最大限に引き出す」

解説されながら、その杖を購入した。オリバンダーはシャーロットを出会ったとき、懐かしそうな顔をしていたが、特に何も言わなかった。

その後、ペットを買うかどうか迷ったが今のところ必要ないため購入はやめた。手紙を出すときは学校のふくろうに頼もう。

シャーロットがアンバーと家に帰るため急いでいると、視界の隅に、真っ赤な集団が飛び込んできた。

「早く行くわよ!ロン!」

「待ってよ、ママ!」

ちょっと驚いて思わず目を向けた。ウィズリー一家は前世で読んだように、真っ赤な赤毛をした賑やかな一家だった。シャーロットが思わず笑うとアンバーは不思議そうな顔をした。

「どうしました、お嬢様?」

「何でもないわ。アンバー」

アンバーにそう返し、もう一度クスリと笑った。彼らと関わるのは不安も大きいが、楽しみの方が勝つ。世界的な児童文学作品の登場人物達なのだ。そういえば、ハリーも今日が誕生日だった。今頃、彼はどうしているのか。あ、そうか。この後ダーズリー一家とともに手紙から逃げるんだっけ。主人公の苦難に深く同情しながら、シャーロットはアンバーとともに帰路についた。



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ホグワーツ特急と主人公

シャーロットはホグワーツ特急に早々と乗り込んだ。シャーロットはホグズミードに住んでいるため、本当はホグワーツ特急に乗る必要はない。シャーロットも乗るつもりはなかった。しかし、ダンブルドアはせめて入学式の日は新入生として特急に乗りなさいと言った。そのためわざわざ姿あらわしまでしてシャーロットをキングスクロス駅にまで送ったのだ。

なんてめんどうくさい。シャーロットはため息をついた。まあ、ホグワーツ特急はちょっと乗ってみたいと思っていたが、せっかく徒歩で行けるのなら徒歩で行きたかった。シャーロットは六歳からホグズミード村に住んでいたが、実はほとんど村の中を出歩いたことはない。ダンブルドアは特に禁止していなかったが、シャーロットはそれよりも勉強することに夢中だったのだった。

シャーロットはコンパートメントから外を見ていると、どんどん生徒達が乗ってきた。家族と別れを惜しむ声が聞こえる。もし母がこの場にいたら、自分が親元を離れて学校に行くことを喜んでくれるだろうか。久しぶりに母を思いだし感慨深くなった。

コンパートメントでシャーロットは当然のように一人で座った。扉には張り紙をしておいた。『相席絶対禁止!』別に誰かと座ってもよかったが、一人で考えたいことがあった。まずはどの寮に入るか。別にどの寮でも構わないが、自分の生まれを考えるとスリザリンはなしだろう。マグル生まれで後見人がダンブルドアなんて、いじめてくださいって言ってるようなものだ。組み分け帽子には忘れずにスリザリンはなしでと伝えなければ。

あとは、この一年をどう乗り切るか。それを思うとシャーロットは胃が痛くなる。別に主人公(ハリー・ポッター)に関わらなければいい話なのだ。しかし、分かっている未来を無視するのはシャーロットの良心が許さなかった。気づかれないように手助けをすればいいだろう。分かっている未来といえば、シリウス・ブラック。彼もちょっと早く助けたい。アズカバンに入るにはどうすればいいのか。悶々と考えるうちに列車は進み、とうとうホグズミード駅に着いた。シャーロットはあわててローブに着替え、列車から飛び出した。

「イッチ年生はこっち!」

大きな体の人物が叫んでいる。あれがハグリッドかあ。やっぱりデカイなあ。そんなハグリッドが一人の生徒に話しかけるのを見て、ハッとした。グシャグシャな黒髪に小さな体、眼鏡をかけた目はシャーロットと同じように緑色に輝いている。あれが、ハリー・ポッター。

今生では自分の親戚にあたる主人公を見て、シャーロットは改めて複雑な思いになった。自分がリリー・ポッターにそっくりなのは神様のいたずらなのだろうか。まったく。

シャーロットは一年生の集団の一番後ろに回りながら、これからの学生生活について再び考えを巡らせた。



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組み分け

「ホグワーツ入学おめでとう」

挨拶する先生や登場するゴーストをぼんやり見つめる。早く終われ、と念じながら。シャーロットはこの後の組分けの方が大事だった。

とうとう一年生一行はホグワーツの大広間に入った。歓迎する上級生や何千本もの蝋燭という素晴らしい光景が目に入ってきたが、それよりもシャーロットの目を捉えて離さないのは、ボロボロの帽子だった。帽子の歌が響く。

「私は綺麗じゃないけれど…」

戸惑う一年生達を尻目に、いいから、早く!とシャーロットは心の中で叫んだ。早く寮を決めてほしい。

とうとう、マクゴナガル教授が名前を呼び始めた。

「アボット・ハンナ!」

どんどん組分けは進んでいく。シャーロットはDなので、すぐに自分の番が来た。

「ダンブルドア・シャーロット!」

シャーロットの名前が呼ばれた瞬間、大広間が全体的にざわついた。シャーロットはそれに構うことなく、組分けの席へ急ぐ。組分けの席につく際、ねっとりとした黒い髪の教授と目があったような気もしたが、シャーロットは気づかないふりをした。驚いた表情のスネイプ教授とかどうでもいい。とりあえず今は。

シャーロットが帽子をかぶると、声が聞こえた。

「すまんが、君の心が見えん。私には全てを見せてくれんかね?」

うん?見えないってどういうこと?

「なんと、無意識か。これはとんでもない生徒が入ってきたものだ。よかろう。それも踏まえて今の君に合っておる寮を選ぶとしよう。スリザリンはどうかね」

は?待って待って、それはまずい。マグル生まれだし、私、一応ダンブルドアだし。

「む、そうか、スリザリンならば君は君の能力を活かせると思うがね」

それは魅力的。でもそれよりは平穏な生活を送りたい。

「うーむ、よかろう。それならば君のその心を信じよう。グリフィンドール!」

帽子が叫ぶと、大広間がワッと歓声を上げた。シャーロットは急いで帽子を脱ぐと、グリフィンドールの席へ急いだ。

グリフィンドールの席では、眼鏡をかけた監督生らしき赤毛の青年が握手を求めてきた。彼はおそらく…

「グリフィンドールへようこそ。ミス・ダンブルドア。歓迎するよ。僕は監督生のパーシー・ウィーズリー。何かあったら僕に相談してくれ。」

あ、やっぱりパーシーか。

「ところで君、名前がダンブルドアって…」

「あ、私、親がいないんです。おじ…、校長先生が後見人なので…」

「そうなのか!ビックリしたよ。」

パーシーは驚いた表情で言った。話が聞こえたらしい周囲の生徒も驚いていた。

その後の組分けは小説通りに順調に進んだ。ハリー・ポッターももちろんグリフィンドールだった。それを見つめながら、シャーロットは職員席にもちらりと目を走らせる。スネイプ教授はシャーロットを見ないようにしながらも何度かこちらに目を向けた。シャーロットはちゃんと気づいていたが、目を合わせなかった。それよりはその横の紫ターバンを気づかれないように睨んだ。ターバン野郎、待ってろよ。その声はもちろん届かなかったはずだが、クイレル教授は殺気を感じ、落ち着かないようにソワソワした。



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接触

その後は全て予定通りに進んだ。たくさんのごちそうは素晴らしい味だった。ホグワーツに入学できたことは嬉しいが、アンバーと会えないのは寂しい。時々は会えるように頼んでみようかなとシャーロットは考えた。

シャーロットの空腹が治まった頃、チラリと少し離れた席にいるハリー・ポッターを見た。ロンや他の生徒との会話を楽しんでいるようだった。ここら辺で関わりを持っておくか。シャーロットは席を立ち、ハリーの元へ向かった。

「あの、ハリー?ミスターハリー・ポッター?」

「え?なに?」

ハリーは突然見知らぬ生徒に話しかけられキョトンとしている。シャーロットは出来る限りニッコリと笑い、挨拶をした。

「はじめまして。私はシャーロット。あなたは知らないと思うけど、あなたとは親戚同士なの。」

シャーロットがそういうとハリーはポカンと口を開けた。

「し、親戚?まさか、ぼくの親戚は叔母さん以外いないって…」

「私もよく知らないけど、あなたのママと私のパパが親戚に当たるらしいわ。もっとも、私のパパはマグルらしいけど」

シャーロットが説明するもハリーは訳が分からないという風に驚いた表情を崩さなかった。ちなみに隣のロンもステーキを咥えたまま驚いていた。

「親戚のよしみで仲良くしてくれると嬉しいな。ハリーって呼んでもいい?私はシャーロットでいいから。」

「あ、うん…。よろしく。シ、シャーロット。」

「隣の彼も。よろしくね。ロンでいい?」

ロンに話しかけると、我に返ったかのようにブンブンと無言で頷いた。

その後はお決まりのようにダンブルドアからの注意事項に校歌斉唱。

全てが終わり、寮の部屋に着いた頃にはシャーロットは疲れきっていた。それでも赤色が多い寮の談話室はシャーロットの気分をよくさせた。ここで勉強したり読書したりするのはさぞかし心地いいだろう。

寮の部屋は四人部屋だった。

「私、ラベンダー・ブラウンよ」

「パーバティ・パチル。よろしくね」

「私はハーマイオニー・グレンジャー。よろしく。」

おお、原作の登場人物達だ。シャーロットのテンションは更に上がった。とくに栗色の髪のハーマイオニー・グレンジャーと会えたことは心から嬉しい。シャーロットも挨拶を返す。

「シャーロット・ダンブルドア。七年間よろしくね。」

ハーマイオニーはシャーロットが挨拶すると少し複雑そうな顔をした。なぜそんな顔をするのか気にする間もなく、眠気が襲い、会話もそこそこに四人はベッドにもぐり込んだ。



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新しい生活と授業

翌日、シャーロットは早めに大広間へ向かった。大広間のグリフィンドールの席では、ハーマイオニーが朝食を食べながら教科書を読んでいた。

「おはよう、ハーマイオニー。隣いい?」

「あら、おはようシャーロット。ええ、どうぞ」

ハーマイオニーは教科書から目を離さず答えた。そんなハーマイオニーに苦笑しながら、シャーロットも朝食を口にいれた。

 

「ハーマイオニー、一緒に授業に行こうよ」

「え?でも、私…」

「いいからいいから。早く行かないと絶対迷子になるよ」

戸惑うハーマイオニーに構わず、その手を引っ張り教室へ向かった。やっぱりいろんな扉や変な階段があり、教室へ向かうには一苦労しそうだ。上級生に道を聞きながら進んだため、比較的早く教室へたどり着いた。

シャーロットは当然のようにハーマイオニーの隣に座り、授業を受けた。ハーマイオニーは小説通り、とても優秀だった。教科書を丸暗記したのだから当然だろう。教授達の質問に積極的に手を挙げていた。シャーロットも負けじと手を挙げ、二人でグリフィンドールの点数を荒稼ぎした。

シャーロットはハーマイオニーを気に入っていた。前世の時からハーマイオニーが一番お気に入りだった。原作通りふわふわの栗色の髪に、前歯がちょっと大きい。何よりも勉強好きで、向上心があるところが素晴らしいと感じていた。しかし、ハーマイオニーはシャーロットが話しかけると戸惑ったような顔をし、教授の質問に手を挙げると悔しそうに見つめてくる。数日過ぎてもあまり仲良くなれたとはいえなかった。まあ、仕方ない。これから少しずつ距離を縮めるしかないだろう。

 

マクゴナガル教授の変身術で、シャーロットは一発でマッチ棒を針に変えた。シャーロットにとっては簡単で、お手の物だ。マクゴナガル教授は珍しくニッコリ笑い、グリフィンドールに加点した。隣に座っていたハーマイオニーはその次に成功したが、最後まで悔しそうに顔を歪めていた。

金曜日、朝食の席で、ハリーの元へふくろう便が来た。ハグリッドからのお茶の誘いらしい。

「ハリー、もしよければ私も行っていい?」

シャーロットはハリーに声をかけた。いきなりシャーロットが話しかけたので、ハリーは驚いたようだった。

「君も来るの?」

「うん。ハグリッドと話してみたいし、それにファングにさわりたいの」

「ファング?」

「ハグリッドのペットらしいわ。上級生に聞いたの」

上級生に聞いたのは嘘だったが、ファングにさわりたいのは本音だった。シャーロットはふくろうよりも、猫よりも、犬が好きだ。そういうわけで、ハリーとロンと三人でハグリッドのお茶会へ行くことになった。シャーロットはハーマイオニーも誘おうか考えたが、ハリーとロンは今の時点でハーマイオニーのことが苦手だし、ハーマイオニーも授業の予習と復習で忙しそうだった。

 

そういえば、忘れてた。

「ハリー・ポッター、我らが新しい―スターだね」

この日は初の魔法薬の授業だった。スネイプ教授はネチネチとハリーに絡む。ところでシャーロットはスネイプ教授の事を特に何とも思っていない。前世で妹がスネイプ先生マジカッコいい、とか言っていた。確かにラストの怒濤の展開と彼の本当の正体や目的は驚いたけど、それがどうした。それが判明するまではただの嫌みな先生じゃないか。最後に評価が覆っただけ。まあ、尊敬はするけど、それだけだ。

「ミス・ダンブルドア!」

「はい?」

突然名前を呼ばれ、シャーロットはキョトンとした。あれ?この授業って質問されるのはハリーだけじゃなかったっけ?

「ベゾアール石を見つけてこいといわれたら、どこを探すかね?」

あれ?やっぱりこの質問ってハリーが受けるやつじゃない?戸惑うシャーロットの視界の隅ではハーマイオニーが手をピンと挙げている。とりあえず答えればいいか。

「どこを探すか、という質問でしょうか」

「そう言っている。聞こえていなかったのかね?」

スネイプ先生はイライラしたように言った。やっぱりこの先生、いやだなと感じつつシャーロットは答えた。

「探せと命じられたのであれば、スネイプ先生の倉庫を探します」

本当はヤギの胃と答えてもよかったが、何だか逆らいたくなった。これで減点でも別に構わない。その分は別の授業で稼げばいいのだから。シャーロットの答えにスネイプ先生はカッと目を見開き、周囲の生徒は唖然と二人を見つめた。ハーマイオニーは驚きで思わず手を下ろしていた。

「…まあ、いい。グリフィンドールに1点」

あれ?と今度はシャーロットも唖然とした。スネイプ先生がスリザリン以外に加点するなんて!

しかし、そんなシャーロットの思いなど構わずスネイプ先生は授業を進めた。

のちに、シャーロットはこの授業について考察する。そういえばホグワーツの生活が楽しくて忘れていたが、自分はスネイプ先生の初恋の人、リリー・ポッターにそっくりだった。スネイプ先生は同じ容姿の私にちょっと甘くなったのではないだろうか。まあ、それならそれで構わない。魔法薬の授業は今後も減点されないよう、無難にこなせばいいのだから。

ちなみにこの授業で起こる、ネビルのヤマアラシの針の爆発事件は、ネビルと一緒に組んで薬を作ることで回避した。ハーマイオニーはシャーロットが珍しく自分を誘わないことでちょっと複雑そうな不思議そうな顔をしていた。



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お茶会と初めての箒

ハグリッドのお茶会は楽しかった。

「友達のロンとシャーロットだよ」

ハリーの紹介にハグリッドは

「ウィーズリーの家の子かい。え?お前さんの双子の兄貴を森から追っ払うのに、俺は人生の半分を費やしてるようなもんだ。」

とロンに言った後、シャーロットをじっと見つめた。

「お前さんを入学式で見たときは本当に驚いた。ダンブルドア先生から聞いちょったが、そっくりだな」

その言葉にロンが食いついた。

「そっくり?誰に?」

「ああ、リリー……ハリーの母さんだ。本当に似ちょる。ハリーと並んでいると、まるでジェームズとリリーの学生時代に戻って来たようだな。」

その言葉にハリーが驚いたようにシャーロットを見た。シャーロットは少し気まずかったので、ファングに夢中なふりをした。ファングは可愛かった。シャーロットになついてくれる。ヨダレがダラダラなのが気にならないほど可愛い。ダンブルドアに頼んで犬を飼ってみようか、とちょっと考えた。

その後は四人で他愛もない話をしながらロックケーキを食べて、寮に戻った。ロックケーキは本当に硬かったため、美味しそうなふりをするのに苦労した。

 

飛行訓練の知らせが届いたとき、シャーロットは他の生徒と同じように純粋に喜んだ。なんせ、箒に乗るのははじめてなのだ。興奮しすぎてその日は珍しく寝坊した。ギリギリで朝食の席に着いたとき、ハリーとロンが興奮したようにしゃべっていた。

「おはよう。ハーマイオニー。なんかあったの?」

「ああ、おはようシャーロット。ネビルのところに、『思い出し玉』が届いてね…」

ああ、そういえばそんな事があったな、とシャーロットは思い出す。どうやらマルフォイと一悶着あったらしい。シャーロットはスリザリン席のマルフォイをこっそり眺めた。ドラコ・マルフォイ。ハリーのライバルにして、純血主義の筆頭。彼とは仲良くはなれそうもない、とシャーロットは考えていた。まあ、彼の方も自分と仲良くするつもりはないだろうが。

 

飛行訓練では、シャーロットが箒に「上がれ」と命じると箒はすぐさまシャーロットの手の中に収まった。よしよし順調だ。そして、シャーロットが飛ぶ前に原作通りネビルが飛び出した。シャーロットはここで手を出し、ネビルを助けるべきだろうかと迷っているうちに、直ぐに箒は高度を上げ、ネビルはまっ逆さまに落ちた。ネビルの折れたであろう手首を見ながら、やっぱりすぐに助けるべきだったと後悔した。

その後も原作通り、マルフォイが思い出し玉を手に取り、ハリーに絡む。箒に乗って飛び出したハリーを見てハーマイオニーは止めなさい!と叫んでいる。

「シャーロット!あなたも止めてよ!」

「いや、無理でしょう。あんな風に高く飛ばれちゃね。」

実のところ、止めようと思えば止められた。しかし、シャーロットは敢えてそうしなかった。これで、ハリーはクイディッチの選手になれるのだから。

 

全てが終わった後、マクゴナガル先生が来て、ハリーを連れていった。ハリーが肩を落とし、マクゴナガル先生に連れられていくのを静かに見守った。

「やったぞ。これであいつは退学だ!」

スリザリン生とともにマルフォイがニヤニヤと叫んでいる。それを無視しようかと思ったが、やっぱり気に入らないため、シャーロットはマルフォイに話しかけた。

「あら、本当にそうかしら?マルフォイ」

「は?なんだよ。ダンブルドア」

マルフォイは嫌そうにシャーロットを睨む。そんなマルフォイにシャーロットはニッコリ微笑んで言った。

「授業中のちょっとした暴走ごときでホグワーツは生徒を退学させたりしないわ。そんな学校なら、フレッドとジョージはとっくの昔に退学だもの。せいぜい減点程度よ。そして、マクゴナガル先生はこの場で減点しなかったわ。」

その言葉にいたずら好きな双子を兄にもつロンはちょっぴり複雑そうな顔をした。

「私、聞いたの。マクゴナガル先生は今年のクイディッチでグリフィンドールにシーカーがいないって悩んでいるらしいの」

その言葉にマルフォイは青白い顔をさらに真っ青にさせて呟いた。

「…まさか、そんなまさか…」

「さっきのハリーの飛行技術を見た?きっといいシーカーになるはずよ」

そして、シャーロットは美しい笑顔でトドメを刺した。

「あなたのおかげよ。マルフォイ。どうもありがとう」

「…嘘だ!そんなわけあるもんか!あいつは退学になるんだ!」

マルフォイがわめくのをよそに、グリフィンドールの一年生達は笑顔を取り戻し、騒ぎ始めた。ロンに至っては飛び上がって喜んでいる。シャーロットもその反応に満足した。

その日、ハリーの口からシーカーになったことを告げられた。



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真夜中の騒動とネズミについて

真夜中のグリフィンドール、シャーロットが目を覚ますと、ハーマイオニーのベッドが空っぽだった。談話室に入っても、そこには誰もいない。ハーマイオニーが夜間外出?まさか、なんで?と一瞬混乱するが、すぐに原作を思い出した。あ、マルフォイとの決闘!三人は今頃、三頭犬とファーストコンタクト中だろうか。

とりあえず、シャーロットはそのうち帰ってくる三人のために、温かいミルクを準備した。飲みやすいように、蜂蜜をたっぷりと入れて。

 

数分後、三人は倒れ込むように談話室へ入ってきた。

「おかえりなさい。」

「え?シャーロット!起きていたの?」

ハーマイオニーが驚いたように言った。シャーロットは微笑んで頷いた。

「何をしていたかは知らないけれど、とりあえずミルクを飲んで落ち着いて。みんなのために準備したのよ」

三人はまだ驚きがおさまらないようだったが、ホットミルクを飲むと少し落ち着き始めた。

「四階の廊下!禁止されているあそこには怪物がいる!」

ハリーが興奮したように今夜の騒動を話し始めた。

「あんな怪物を飼っておくなんて、先生連中は何を考えてるんだよ!」

ロンも憤慨して口を開く。

「あなたたち気付かなかったの?あの犬、仕掛け扉の上にいたわ。きっと、なにかを守っているのよ」

ハーマイオニーは不機嫌を隠さずそう言った。そして、ハリーとロンに嫌みを言うと、ミルクを飲み干し寝室へ向かった。

「ハーマイオニー、今夜はお疲れ様。体は大丈夫?」

シャーロットがハーマイオニーを追いかけつつ。声をかけると、ハーマイオニーはピタリと止まった。

「…あなたは本当にずるいわ。何でも持っているのに、性格もいいなんてね」

絞り出すような苦痛混じりの声だった。シャーロットは戸惑う。

「ハーマイオニー?」

「あなたを見ていると、自分がちっぽけに見えるの。せめてあなたがいやなやつだったら、その方が気が楽だったかもね。」

ハーマイオニーはシャーロットとは目を合わさずにベッドにもぐり込んだ。シャーロットは声をかけたかったが、なんと話せばよいのか分からなかった。結局その日以降、ハーマイオニーはハリーやロンはもちろん、シャーロットまでもを避けるようになった。

 

その後、ハリーの元へニンバス2000が届いた。ハリーはしばらく興奮が冷めず、ロンと騒いでいた。ウッドとの練習も順調のようだ。そんなハリーをよそにシャーロットはハーマイオニーの事で悩んでいた。談話室で宿題のレポートを仕上げつつ、今後の事を考える。もうすぐ、ハロウィーンが来る。あの騒動はどう収拾をつければいいんだろう。ハーマイオニーとどうすれば仲良くなれるんだろう。そんなシャーロットの目に、ロンの横にいる小さな生き物が映った。

「ロン、それ…」

「ん?ああ、僕のペットさ。スキャバーズ。シャーロットははじめて見るんだっけ?まあ、ネズミのくせにいつも寝てばかりいて、ほとんど動かないんだけど。」

「……へー、ソウナンダ、カワイイネズミダネー」

シャーロットは思わず棒読み口調になってしまい、まずいと一瞬焦ったが、幸いロンは気づかなかった。心の中でホッとしつつ、スキャバーズを見つめる。

これが、ペティグリューかぁ。こいつも何とかしたいんだけどなぁ。今の時点ではどうすればいいか見当もつかないし。というか、ロンは知らないとはいえ、30過ぎのおっさんとベッドを共にしているんだよなぁ。やっぱり知ったらショックだよね。知らないほうがいい真実もあるし。でも、早くアズカバンにぶちこみたいなぁ。

シャーロットは考えることがまた増えたことに頭を痛くした。とりあえずは、レポートを完璧に仕上げることに専念しよう。



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ハロウィーンと友情

10月31日、ハロウィーンの朝。お菓子の匂いにホグワーツ中が浮わついていた。そんな中で、フリットウィック教授による授業が始まる。例の浮遊術の実技が行われる。シャーロットはハリーと組むことになった。ロンとハーマイオニーは原作通りペアとなり、お互いに嫌そうに顔をしかめていた。

 

その後、シャーロットは早々と浮遊を成功させ、フリットウィックから誉められ、5点を稼いだ。ハリーにアドバイスしつつ、ロンとハーマイオニーを見守る。予定通り、ロンの呪文をハーマイオニーが注意し、ハーマイオニーは浮遊を成功させ、グリフィンドールにまたも5点が入った。

授業が終ったとき、ロンの機嫌は最悪だった。

「誰だってあいつには我慢できないって言うんだ。まったく、悪夢みたいな奴さ。」

あ、言っちゃった。ハーマイオニーがその言葉を聞き、泣きながら走っていくのが見えた。

「…ロン」

「なんだよ。シャーロット。君もそう思っていたろ?」

「本当は分かっているんでしょ?あなたの気持ちも分かるけど、今のは言い過ぎ。」

ロンは気まずそうに目を逸らした。ハリーもうつむいていた。

シャーロットは二人に背を向けて走った。

「シャーロット、どこに行くの?」

「ロン、私があなたに謝るように言っても、今のあなたは渋々謝るだけでしょう?それじゃダメなの。本当の意味での謝罪にはならないから。」

シャーロットは振り向いて言った。

「ハーマイオニーのところに行く。」

「え?すぐに次の授業が始まるよ!」

「サボるわ。先生にはあなたたちから適当に言い訳して。それくらいはして。」

シャーロットは二人の反応を確かめる事もなく、再び走り出した。

 

行き先は分かっていた。女子トイレでハーマイオニーは泣いていた。シャーロットはハーマイオニーに声はかけず、ただ泣き止むのを長いこと待っていた。その間、何人か女子トイレに訪れたが、シャーロットが無言で追い返した。やがてハーマイオニーの泣き声が徐々に落ち着いてきた。それでもしゃくりあげる声は聞こえる。シャーロットはそっと声をかけた。

「ハーマイオニー?大丈夫?」

「シ、シャーロット、あなたなの?」

ハーマイオニーが驚きの声をあげたが、すぐに涙声で一人にしてちょうだいと続けた。

「ハーマイオニーは一人じゃないよ。私、ハーマイオニーがここに入ってからずっとこのトイレの扉の外で待っていたよ」

「え?え?あなた、ずっとここにいたの?」

「うん。」

「授業は?」

「サボった」

「今、大広間はパーティーよ」

「そんな事よりもハーマイオニーの方が大事だから」

シャーロットがそういうとハーマイオニーの息を詰まらせたような声が聞こえた。

「ハーマイオニーが嫌なら、もう出ていく。でもさ、これだけは覚えてて。私はハーマイオニーの事、友達だと思ってるよ。ロンの事なんて気にしないで。今度あんなこと言ったら、魔法とか関係なくビンタするから。ロンだけじゃなくて、他の人の言うことなんか気にしないで。ハーマイオニーはみんなよりちょっと大人なだけ。ハーマイオニーの言うことは正しいんだよ。でも、もしできるならもうちょっとだけ、ハーマイオニーも周りを広い目で見てくれると嬉しいな。」

シャーロットがそういうと、しばらくの沈黙ののち、ハーマイオニーがゆっくりとトイレから出てきた。ハーマイオニーは涙をこぼしながら口を開いた。

「…ロンのことだけじゃない。あなたのことが羨ましいの」

「私?」

「あなたは何でも持っている。有名な魔法使いが後見人で、優秀で、美人だわ。おまけに私と違って性格までいい。私が欲しいもの、なんでも持っているんだもの」

ハーマイオニーは声を絞り出した。シャーロットは静かにその話を聞いていた。

「…ごめんなさい、シャーロット。そしてありがとう。こんな私を友達って言ってくれて」

シャーロットはニッコリ笑い、手を差し出した。

「大広間に行こう、ハーマイオニー。今日はお菓子をいっぱい食べよう。」

「ええ!私、寮のみんなに、ハリーやロンにも謝るわ!」

ハーマイオニーも笑顔を取り戻し、二人が手を繋いでトイレから出ようとした時だった。

大きなトロールが姿を現した。

「…ホグワーツの新しい職員かな?」

「そんなわけないでしょう!逃げるわよ!」

そういえば、ハーマイオニーの事に夢中で忘れていた。思わずボケがでてしまい、ハーマイオニーが突っ込んだ。

トロールが棍棒を振り上げる。とっさに杖を出し、呪文を口にした。

「エクスペリアームス!」

棍棒がトロールの手を離れ、後ろに落ちた。この後は…

「ハーマイオニー!シャーロット!」

ハリーとロンがトイレに飛び込んできた。そんな二人に構わずシャーロットは杖を振った。

「ステューピファイ!」

呪文の効果は抜群で、一瞬でトロールが倒れこんだ。シャーロット以外の三人が呆然と倒れたトロールに近づいた。

「これ、死んだの?」

「まさか。気絶させただけよ」

シャーロットは三人に説明すると、ハリーとロンに微笑んだ。

「二人とも、来てくれるって信じてたわ。ありがとう」

二人は照れ臭そうにもじもじした。四人の耳に教師たちの慌ただしい足音が聞こえた。

 

その後のことは別に特別な事は起こらなかった。四人はマクゴナガル先生を筆頭に事情を聞かれた。ハーマイオニーは原作通りに自分が悪いという嘘をでっち上げ、ハリーとロンを驚かせた。また、シャーロットが失神呪文を使い、トロールを気絶させたことを説明すると今度は先生達が驚きで言葉を失った。

その後はハーマイオニーは減点され、三人は加点された。シャーロットはスムーズに事が運んだことに大満足だった。

その後、ハリー、ロン、ハーマイオニーは急速に仲を深めた。シャーロットはハーマイオニーと時には図書館で勉強したり、時には三人に混じって遊んだりと、楽しい日々を送った。

 



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クイディッチと企み

ハリーはスネイプ先生の足の怪我と三頭犬の話を聞いたことで、スネイプ先生が廊下の奥に有るものを盗もうとしているんじゃないかと疑い始めた。シャーロットはスネイプ先生にちょっと同情しながらも、彼の自業自得だなと思い直した。そもそも、スネイプ先生がハリーに冷たくなければ、こんなにも疑われる事はなかったのだ。シャーロットはそう考えながら、廊下の奥に隠してあるものについて話し始めた三人を眺めていた。

 

11月、ホグワーツはクイディッチの話題でみんなが興奮していた。ハリーのデビュー戦でもある。試合当日、ハリーは緊張で食欲が湧かないようだった。

学校中の生徒がスタジアムに集まる。グリフィンドールでは「ポッターを大統領に」と書かれた旗がキラキラと輝いていた。そんな中、シャーロットは

「シャーロット?あなた、目の下にクマができているわよ。寝てないの?」

「シャーロットも興奮して眠れなかったんだね!」

「まあね」

シャーロットは答えながら、手鏡を取りだし、自分の顔を確認する。うわ、本当にクマがひどい。でも、この試合は観たいしなぁ。

 

シャーロットが考えているうちに、試合は開始された。グリフィンドール対スリザリンの試合だ。因縁の対決にスタジアムの興奮は最高潮だ。赤と緑のユニフォームが空を舞う。リー・ジョーダンの解説とマクゴナガル先生の怒声が響き渡る。双方のゴールにどんどんシュートが決まった。

しばらくして、会場の人々は奇妙な事に気づいた。

「おーっと、危ない!ブラッジャーが先生方の席へ飛んで行きました!それを阻止するフレッド!やっぱり格好いいぜ!」

「ジョーダン!いい加減に公平な解説をー」

「おーっと、またまたブラッジャーが先生方の席へ行くぞ!」

何故だか、ブラッジャーが教師席の方ばかりに飛んで行くのだ。双方のビーターが打ち返すも、何度も何度もブラッジャーは教師席へ戻って来た。その度に教師達は狭い席の中で右往左往していた。

「どうかしたのかしら?なんなのあのブラッジャー」

「スリザリンが何か罠を仕掛けたんじゃないか?」

「何か罠を仕掛けるんだったら、グリフィンドールの選手を狙うでしょ」

ロンの言葉にシャーロットは冷静に答える。ブラッジャーとビーター、教師達の慌てようをよそに、とうとうハリーがスニッチを、飲み込みしっかりと掴んだ。

試合終了。グリフィンドールの圧勝だった。グリフィンドールの生徒たちが喜びで顔が輝いた。反対にスリザリンの生徒は悔しそうにしていた。

その後、調査が開始され、ブラッジャーは調べられたが特に仕掛けもなく魔法をかけられた痕跡もなかった。生徒や教師達はあの暴走は何だったのだろうと首をかしげた。

 

 

我ながらうまくいった。シャーロットは必要の部屋でニンマリ笑う。

このクイディッチの試合でハリーの箒は呪いにかけられ、暴走するだろう。原作通りに行けば、ハーマイオニーが止めるはずなので、ハリーが箒から落ちることはない。しかし、ハリーがクィレルの呪いに引っ掛かるのをただ傍観するのは性に合わない。ちょっとだけ原作を変えることにした。ヒントになったのは来年予定されているドビーのブラッジャーだ。シャーロットは目の前のブラッジャーのレプリカを眺める。自分でも惚れ惚れする出来だ。ここ数日こっそり徹夜し、作製した甲斐があった。まさか、ブラッジャーがすり替えられていたなんて思いもしないだろう。クイディッチの前日、寮を抜け出し、倉庫に向かった。まさか、クイディッチの用品を盗むやつなんていないので、警備はそんなに厳重ではなかった。まあ、だからこそ、来年のドビーはブラッジャーに細工出来るのだろうが…。簡単な警備をくぐり抜け、自分が作ったブラッジャーとすり替えた。教師の席ばかりを狙うよう、少々複雑な魔法がかけてある。ブラッジャーに襲われ続ければ、さすがにクィレルも呪いをかける暇なんてないだろう。そんなシャーロットの目論みは見事に当たった。ブラッジャーによって慌てるクィレルの顔は見物だった。きっとターバンの中も歯噛みしているにちがいない。そんなハゲの顔を想像し、またニヤニヤと笑ってしまった。ブラッジャーは試合の喧騒に紛れて再びすり替えておいた。誰にも見られないように多くの魔法を使ったため、今日はかなり疲れた。こんな危ない橋はしばらくは渡りたくない。

シャーロットはレプリカブラッジャーを破壊し、証拠隠滅をすると、お祝いに参加するため、グリフィンドールへ向かった。

 



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クリスマスプレゼント

「ねえ、シャーロット。ニコラス・フラメルって知ってる?」

ハリーに尋ねられたとき、シャーロットはハグリッドが口を滑らせた事を知った。シャーロットはカエルチョコレートをかじりながら答える。

「フラメル?なんでそんな事を聞くの?」

「やっぱり知っているのね!シャーロットだったら、絶対知っていると思ってたわ!何者なの?」

ハーマイオニーが興奮したように身を乗り出す。ロンも真剣な眼差しでこちらを見ていた。シャーロットは少し考えながらチョコレートの欠片を飲み込むと、食べかけのチョコレートをハーマイオニーの口に放り込んだ。

「むぐっ!?」

「まあ、そこまで知っちゃったらいつか分かっちゃうだろうしね。はい、これ。プレゼント」

カエルチョコレートのおまけがたまたまダンブルドアだった。突然カードを渡され、三人は目を白黒していた。そんな三人に構わず、シャーロットは宿題のため、図書館へ向かった。カードの中のダンブルドアはまるでこちらの会話が分かっているかのようにニコニコ微笑んでいた。

シャーロットが与えたヒントによって、三人は廊下の奥にあるのが『賢者の石』であることに気づいた。三人は原作通り、スネイプ先生が賢者の石を狙っていると信じて疑わなかった。シャーロットもそんな三人を否定せず、肯定もしなかった。今の三人に何を言ってもきっと信じないだろう。自分が動くべき時は今ではないと感じていた。

 

 

 

クリスマス、シャーロットはハリーやロンとともに学校に残った。アンバーに会いたいとも思ったが、それよりもホグワーツでのクリスマスの魅力の方が勝ったのだ。残念ながらハーマイオニーは家に帰ってしまうが、シャーロットはのんびりとクリスマス休暇を満喫しようと思った。

クリスマス。シャーロットの元へはたくさんのプレゼントが届いた。アンバーからは手作りのケーキ、ハグリッドからはファングにそっくりな木彫りの小さな人形、ハーマイオニーからはお菓子の詰め合わせ、ダンブルドアからは髪飾りが届いた。ダンブルドアから贈られた髪飾りは金色でスニッチを型どったものだった。まるで本物のスニッチのようにフワフワと羽が揺れ、空中を浮遊する。そしてひとりでにシャーロットの赤い髪に収まった。鏡を見ると、我ながらよく似合っていると、感じる。とても可愛らしいが、まさかクイディッチの一件、バレてる?とシャーロットは不安になった。それ以外にも、たくさんの男子生徒からプレゼントが届いていた。ちょっと面食らったが、せっかくのプレゼントだ。しかし、中には怪しいものもあったため、そう感じたものはすぐにその場で燃やした。

談話室に行くと、ハリーとロンはお揃いのセーターを着ていた。

「メリークリスマス。ハリー、ロン、いいセーターね。暖かそう。」

「メリークリスマス!シャーロット!」

「あれ?シャーロット、その髪飾り…スニッチ?」

「ええ、お爺様からのクリスマスプレゼントなの。どうかしら?」

「すっごい似合ってるよ!でも、お爺様って…」

「あ、校長先生のことよ。家ではそう呼んでるから」

「そ、そうなんだ」

ロンが、ダンブルドアをお爺様って…とおののいたように呟いたのが聞こえたので、シャーロットは苦笑した。

「それよりも、シャーロット!聞いてよ!ハリーに透明マントが届いたんだ!」

「え?透明マント?」

シャーロットが聞き返すと、ロンやハリーが興奮したように頷いた。

「誰からかは分からないけど、上手に使いなさいって!」

「へえ…。よかったわね。これで夜の学校を探検し放題じゃない」

シャーロットがそういうと、ロンは驚いていたが、ハリーの目がキラリと光ったのが見えた。

大広間の食事は素晴らしかった。シャーロット、ハリー、ウィーズリー兄弟はお腹がいっぱいになるまでよく食べ、騒いだ。そんな三人をダンブルドアやマクゴナガル先生などの教師達が微笑ましく見つめていた。



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みぞの鏡

次の日、談話室へ入るとハリーがぼんやりとソファに座っていた。

「おはよう、ハリー。どうしたの?」

「あ、シャーロット。…おはよう」

ハリーはシャーロットを見ると、不思議な表情をした。

「ハリー?」

「……シャーロットが言ったとおり、夜の学校を探検したんだ。クリスマス休暇中だから、大丈夫かなって思って。そしたら不思議な鏡を見つけたんだ」

ああ、みぞの鏡を見つけたのか。ということは、

「その鏡で何を見たの?」

「…僕のパパとママだ。ハグリッドが言ってた通りだった。僕はパパにそっくりだった。君はママに似ていた」

ハリーはじっとシャーロットを見つめながらゆっくり話す。シャーロットはそんなハリーから目を離せなかった。

「ロンを連れていったらね、ロンは違うものが見えたんだ。自分がクイディッチで優勝している姿だって」

「ハリー、それはみぞの鏡よ」

「みぞの鏡?」

「お爺様が持っている不思議な鏡。自分の姿ではなく、その人の心の中の望みを映すの。あなたはご両親を、ロンはお兄さんのような栄光を」

ハリーはシャーロットの説明を聞き、黙りこんだ。

「ハリー、そこにあるのは決して現実じゃないわ。今夜も行くつもりなら止めないけれど、それだけは忘れないでね」

「…シャーロットも一緒に行かない?」

「私はやめておく」

シャーロットが答えると、ハリーは残念そうにした。シャーロットがみぞの鏡を見ないのは、ただそこにある自分の望みを見るのが怖かったためだ。一度見てしまえば、本当に鏡の前から離れられなくなるかもしれない。そんな自分の心の弱さを理解し、憎んだ。

 

「シャーロット、ちょっとヤバイかも」

「ロン、何が?」

「ハリーのことさ。あれから、取り憑かれたように何度も鏡のところへ行くんだ。止めても話を聞かないし」

ロンが心配そうにシャーロットに話す。

「大丈夫よ。そのうち、ハリーなら自分からやめるはずだわ」

「え?でも…」

「お爺様も分かっているはずよ。何かあったときは私たちがハリーを助ければいいんだから」

シャーロットが微笑むと、やっとロンも安心したように笑った。

ロンに話した通り、ハリーはみぞの鏡についてダンブルドアと話したらしい。みぞの鏡は別の場所へ移動し、ようやくハリーの夜間の探検は終わった。

 

クリスマス休暇が終わり、ハーマイオニーを含め生徒たちが学校に戻って来た。

「シャーロット、プレゼントありがとう。とても興味深かったわ」

「私もありがとう。お菓子、おいしかったよ」

シャーロットはハーマイオニーにクリスマスプレゼントとして本を送っていた。

「でも、なぜあの本なの?【魔法省の栄光と闇】なんて本。いや、とても面白かったんだけど」

「別に意味はないよ?ただ、ハーマイオニーなら楽しめるかなって」

そう思ったのは本当だった。なんせ、未来の魔法大臣様だ。今から知識を身に付けるのは悪くないだろう。ハーマイオニーはまだ不思議そうにしていたが、そのうちハリーのクリスマス休暇の出来事について意識が逸れたようだった。ハーマイオニーは透明マントの件は驚いたようだが、規則を破り夜の学校を探検したことにプリプリと怒っていた。

 

 

新学期、クイディッチの試合でグリフィンドールはハッフルパフと戦う。自他共に認めるクイディッチバカのウッドがピリピリしていた。そんなウッドから今度のクイディッチの審判がスネイプだと聞き、ハリー、ロン、ハーマイオニーが騒ぎ始めた。

「試合にでちゃダメよ。きっとあなたに危害を加えるわ」

「足を折った事にしよう」

「大丈夫よ。三人とも」

シャーロットがそういうと、三人が一斉にこちらを見た。

「でも!」

「スネイプ先生は三人が隠してあるものに気づいた事を知らないんでしょう?まさか、公衆の面前で、しかも校長先生の前でハリーに何かするとは考えられないわ」

シャーロットが説明すると三人は黙りこむ。

「ただ、まあ、何かと理由をつけて減点しそうだから、試合の日はハリーがさっさとスニッチをつかむのが一番かもね」

シャーロットがそういうとハリーは決心したように頷いた。

とうとう訪れたグリフィンドール対ハッフルパフ戦。シャーロットのアドバイス通り、ハリーは前代未聞の早さでスニッチをつかみ、チームを勝利に導いた。

 

 

 

 



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ノーバート事件の顛末

うーん、大丈夫かな。

シャーロットは湖のほとりで本を流し読みしつつ考えていた。最近三人がシャーロットによそよそしい。すぐにシャーロットはノーバート事件の事だと悟った。シャーロットに何も言ってくれないのは悲しいが、三人が話さない以上は何もしようがない。しかし、このままではグリフィンドールは大きな減点をくらう。シャーロットはグリフィンドールの寮杯の獲得については本音を言うとどうでもよかった。ただ、ハリー達はこのままだと学校中から嫌われるだろう。

「それは避けたいんだけどなぁ。」

シャーロットがブツブツ呟いていると、ハリーがやって来た。

「やあ、シャーロット」

「ハイ、ハリー。ここにくるなんて珍しいわね」

「クイディッチの練習をしていたんだ。飛んでたら、シャーロットの姿が見えたから。勉強中?」

「まあね。試験もあるし」

「試験?シャーロット、まだまだ先じゃないか」

「そんなこと言ってたら、ギリギリになって焦るはめになるわよ」

からかうように言うとハリーは苦笑いをした。シャーロットはそのまま隣に座るよう勧めたところ、ハリーはゆっくり腰を下ろした。

「…こんなふうに話すの久しぶりな気がする」

「最近あなたたち、何か頑張っているみたいだしねー」

「うっ、それは」

「いいのよ。話さなくて。何かわけがあるんでしょ?」

シャーロットが笑うとハリーは安心するように息を吐いた。

「試験が終わったら、いよいよクイディッチ杯ね。その後は夏休みが来るわ。ここから離れるのはちょっと寂しいわね」

「そういえば、シャーロットはどこに住んでるの?ダンブルドアの家?」

「まあ、そうね。ホグズミードよ」

「ホグズミード?」

「ホグワーツの近くの村よ。魔法使いだけが住んでいる村なの。学校に行く前はそこで暮らしていたわ。」

ホグズミードの事を話すとハリーは興味深そうに聞いていた。

「三年生になったら、村へ行く許可がでるわ。そのときに案内するわね」

「やった!楽しみだな」

ハリーが嬉しそうに笑った。

「ハリーは叔母さんの家にいたんでしょう?叔母さんってどんな感じ?」

「ひどいもんさ。みんなが魔法を嫌いなんだ。従兄弟のダドリーはわがままで、殴ってくるし。」

「…そう」

「僕がちょっとおかしな事をすればすぐに部屋に閉じ込められるんだ。ここに入学する前も、動物園の蛇をけしかけたせいで、散々な目にあったよ」

「蛇?けしかけたの?」

「まあね。あっちが話しかけてきたからつい」

シャーロットはハリーの話を聞いてコロコロ笑った。

「あーあ、夏休みなんて来なければいいのに。あの家に帰らなきゃいけないなんて」

「夏休みはみんなで遊ぶ約束をしましょう。きっと楽しいわ」

シャーロットが慰めるように言うと、ハリーはそうだね、と微笑み返してくれた。

 

 

 

 

 

あー……、やっぱりアドバイスするべきだったか。

シャーロットは大幅に下がったグリフィンドールの点数を見て考えていた。

 

ノーバート事件。三人がシャーロットに隠れて行動したため、結局シャーロットは特に自分から動こうとはしなかった。試験の勉強に意識が流れていたせいもあるが。

どうやら原作通り、ノーバートはロンの兄の元へ送られたらしい。そして、帰りにうっかり透明マントを忘れ、フィルチに見つかった。マルフォイやネビルとともに大量減点、罰則まであるらしい。大幅に下がったグリフィンドールの点数に、学校中が大騒ぎだった。その後のハリーへの当たりの激しさは知っていたとはいえ、かなりのものだった。凄まじい嫌われっぷりだ。

「ハリー、ロン、ハーマイオニー。中庭でピクニックでもしましょう」

シャーロットが三人に声をかけると、三人はもちろん、大広間の生徒達も驚いたように目を向けた。戸惑う三人に微笑み、シャーロットは言葉を続けた。

「ランチを用意したの。おいしいお菓子もあるわ。行くわよね?」

微笑むシャーロットは妙な迫力があり、三人は黙って頷いた。

「放っておけよ、シャーロット」

「そうよ、私たちとランチしましょう」

それを見ていたシェーマスやラベンダーなどがシャーロットに声をかけた。周囲のグリフィンドール生も声を上げ始める。シャーロットはカチンときて、笑顔を消した。

「そんなにグリフィンドールの点数が下がったことが嫌なら、自分で点数を稼げば?」

「シ、シャーロット?」

「何が勇猛果敢なグリフィンドールよ。バカみたい。嫌がらせや文句を言う暇があるのなら、もっと行動しなさいよ。他の寮もそう。スリザリンに優勝されるのが悔しければ、あなたたちが点数を稼げば?幸運にもグリフィンドールのように大きな減点はないみたいだし。ああ、元々の点数がグリフィンドールほど高くなかったものね。でも、もっと他にやることがあるでしょう。成功を収めた時はありったけ持ち上げるのに、一度の失敗で今度はお荷物状態なのね。なんてバカでみっともなくて、情けない学校かしら。バカらしすぎて涙がでるわ」

シャーロットは静かに話したが、その声は大広間に響き渡った。周囲の生徒は無表情で話すシャーロットに恐れおののき、顔をひきつらせた。シャーロットは三人を促し大広間から出ていった。

 

 

 

「で?何があったの?」

「あの、シャーロット」

「言い訳も弁解もいいから。事実だけ正確に述べなさい。嘘は許さないわ」

中庭にて。シャーロットが初めて見せた怒りに、三人は恐れをなしポツリポツリと話し始めた。詳細を確認すると、やはり原作通りの展開のようだ。

「なんで私には話さなかったの?」

「…だって、シャーロットはダンブルドア先生が後見人だもの。きっと反対して、すぐに先生に報告するだろうって思って…」

「そうね、報告したと思うわ」

シャーロットがそういうと、三人はやっぱりと言わんばかりの顔を見せた。そんな三人の様子にイラッとしたため、

「あなたたち、本当にバカじゃないの!?」

シャーロットが吠えるように叫ぶと三人は身をすくめた。

「どうして言ってくれなかったの!せめて、卵の時に話してくれれば、お爺様は何とかしてくれたはずよ!生まれた後からでも、きっと何か方法を考えてくれたわ!ドラゴンなんて、一年生が背負うには大きすぎるじゃない!お爺様がハグリッドに目を掛けているのは知っていたでしょう!ハグリッドがアズカバンに行かなくてすむようにしてくれたはずだわ!」

シャーロットは三人の様子には構わず怒鳴り続けた。怒鳴りながら、自分が思っている以上に、三人が自分に隠れて秘密を共有していたことにショックを受けていたらしいと、自分自身で驚いていた。

「あなた達、甘すぎるのよ!なんでマルフォイにバレるような失敗をするの!なんでよりにもよって透明マントを忘れるの!真夜中に出歩くのはハグリッドだけでいいじゃない!彼は教職員なんだから見られてもご誤魔化しが利いたはずよ!」

「あ、あのシャーロット」

「そもそも、あなた達、誰も、何も気づいてないの!?ハリーやロンはともかく、ハーマイオニーも!?」

「え?え?」

「ドラゴンの卵は物凄く貴重なの!ハグリッドがドラゴンを飼いたがっているのは誰でも知っているわ!そんなハグリッドにたまたま、ドラゴンの卵を持っている人が現れたってのに怪しいとも思わないわけ!?」

シャーロットがそういうと三人は顔を青ざめさせた。

「…あ、そ、そうか。マズイ。どうしよう!」

「きっとスネイプだ!」

「…まず間違いなく、ハグリッドに卵を渡したやつは何か企んでいるんでしょうね。この後にでも、お爺様に話しに行くわ。大丈夫よ」

シャーロットが少し落ち着いて、そういうと三人は安心したようだった。

 

 

 

シャーロットは午後の授業の後、ハグリッドの元を訪ねた。授業に身が入らず、気が休まらなかった。何も感じていないであろう、ハグリッドにも一言言いたい。

「こんにちは、ハグリッド」

「おお、シャーロット。よく来たな」

ハグリッドは目が真っ赤だった。ノーバートと別れたことで大泣きしたらしい。

「あなたのドラゴンの事で話があるんだけど」

シャーロットが怒りを隠さずそう言うと、ハグリッドは驚いたようだった。

「な、なぜそれを?」

「ハリー達が話してくれたの。ハリーが真夜中に外出したせいで、減点されたのは知っているわよね?ハリーはあんなに学校生活を楽しんでいたのに、今では学校一の嫌われものよ」

シャーロットが睨むとハグリッドはオドオドと声を漏らした。

「で、でも、俺もノーバートとは別れさせられちまったし」

「あったり前でしょう!そのままドラゴンが大きく成長してたら、どうするつもりだったのよ!」

シャーロットが怒鳴るとハグリッドはさらに戸惑ったようだった。

「だ、だけどな」

「ハリー達はあなたのために危険を冒してまで、ノーバートの世話をして引き取り先まで用意してお膳立てまでして、その結果がこれよ!ハリーが学校中からバッシングを受けているっていうのになにも感じないわけ!?あなただって、生徒だったんでしょう?減点される辛さは知っているはずよ!ハリーは話そうと思えば、真実を言えるはずだわ!それを言わないのも、全部あなたのためじゃない!」

シャーロットがそういうと、ようやくハグリッドは現実が見えたようだった。

「お、俺はなんてことを!」

ハグリッドは小屋から凄い勢いで出ていった。シャーロットが慌てて追いかけるとハグリッドは大広間で、ハリーとハーマイオニーに

「すまん、本当にすまんかった。俺のためにすまん。ドラ…」

「ハグリッド!もういいから!」

「俺のせいだ。巻き込んですまんかった。ノーバー…」

「ハグリッド!」

ひたすら謝り続けていた。ハグリッドが秘密を言いそうになる度、三人が必死に止めている。ここでバレれば今まで苦労したのにすべて無駄になってしまう。大広間の生徒達は、何があったのだろうと不思議そうな視線を送っていた。

 



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喧嘩

その後のことについては、三人よりもシャーロットの方が忙しくなった。大広間で学校中に喧嘩を売ってしまったため、周囲の生徒達はシャーロットにちょっとよそよそしくなった。元々、あまり親しい人は作っていなかったため、それは特にかまわない。ただ、あんなことを言った手前、シャーロットは行動を開始した。授業中は今まで以上に積極的に手を挙げ、先生が望んでいる以上の完璧な答えを述べた。宿題は今まで自制していたが、上級生が書くレベルの最上のレポートを作製した。それによってグリフィンドールの点数がやや上がり始めた。スリザリンにはまだまだ遠く及ばないが。

ところで三人組に対して、学校の生徒達は少し態度が軟化した。ハグリッドの謝罪は多くの人に見られていたため、よく分からないが、何か事件があったらしいと噂になった。まだまだ刺々しい空気は残るものの、少しずつやわらいでいった。試験が迫っているということもあるだろう。学校の意識は試験に向けられていき、生徒達は勉強に集中していた。

シャーロットが教科書を抱え、廊下を歩いているとニンニクの匂いが漂ってきた。角を曲がると、出会い頭にクィレルと鉢合わせした。

「…こんにちは。クィレル先生」

「こ、こ、これはミ、ミス・ダンブルドア。し、し、試験勉強ですか?」

「はい。できるだけ、満点を目指したいので」

「そ、それは、よ、よいことですね。き、今日はミ、ミスター・ポッターとは一緒じゃないんですか?」

クィレルは微笑んでいたが、目は全く笑っていなかった。

「ええ、彼は最近、考え事で頭がいっぱいで」

「か、考え事?」

「はい。赤ん坊に倒された闇の(笑)帝王とかいう人のことを考えていまして。赤ん坊に倒されるとか、当時は更年期障害でも抱えていたんじゃないですかね」

この言葉は半分本当だった。最近ハリーは賢者の石を守る方法ばかり考えている。クィレルが話しかけてきたのはそれを探っているのだと分かっていたが、その顔がムカついたので煽ってみた。予想通り、クィレルの表情が怒りで歪む。口を開いたその時、

「何をしているのかね」

「校長先生!」

シャーロットの後ろから、ダンブルドアが姿を現した。ダンブルドアの姿を見たクィレルは

「で、では、私はこれで!」

と走って逃げ出した。

「…シャーロット、あまり彼を煽らんでおくれ。君の身も危なくなるのは困るんじゃよ」

「あら、大丈夫です。私、そんな簡単にはスキを与えませんから。襲われても簡単には倒されませんよ。お爺様もご存知でしょう?」

シャーロットは挑むようにダンブルドアを見ると、彼は困ったように髭を撫でた。

 

「スネイプだ!」

「うーん」

「賢者の石を盗もうとしているんだよ!何とかしなきゃ!」

「うーん」

ハリーは罰則の後、興奮したように早口で言った。禁じられた森のなかでユニコーンが襲われる恐ろしい光景を見てしまったらしい。三人は口々に話す。そんな三人に対してどう口を挟めばいいのか分からず、シャーロットは曖昧な返事をした。

「シャーロット!どうすればいい?」

「いや、どうするも何も、お爺様がホグワーツにいる限り、賢者の石には手を出せないはずよ。それだけは絶対だわ」

「…でも」

「お爺様は例のあの人が唯一恐れる人。絶対に大丈夫よ」

シャーロットが断言すると三人は安心したようだった。

「…それよりも、スネイプ先生が犯人って本当なの?私にはどうしてもそう思えないんだけど」

シャーロットがそう切り出すと、ハリーが噛みついた。

「あいつに決まってるさ!あいつはフラッフィーのところに忍び込んで怪我までしたんだよ!」

「お爺様はスネイプ先生の事をとても信頼しているわ。私にはこの一連の騒動の犯人がスネイプ先生とはとても思えないのよ。」

「絶対にスネイプだ!あいつはクィレル先生を脅してる!僕は見たんだ!」

「何かの間違いじゃない?本当にそんな会話だったの?」

「…もういいよ!シャーロットには頼らないから!君も僕らの邪魔はしないでくれ!」

しまった、と思ったがもう遅い。ハリーは目を背けると談話室から出ていってしまった。ロンとハーマイオニーも慌ててハリーを追いかけていった。

 

 

やっぱり言うべきじゃなかったかな、とシャーロットは後悔し始めた。犯人はスネイプ先生ではない事はいつか言わなければならないと思っていたが、完全にタイミングと言葉を間違えた。こんなふうにこじれてしまうなんて。あれ以来、ハリーは全くシャーロットに話しかけない。目も合わせようとはしなかった。ロンやハーマイオニーとは普通に話すが、二人もスネイプ先生を犯人と考えているのは明白だった。そんな三人を見て、シャーロットは無理して説得するのを諦めた。

ホグワーツで試験が始まった。シャーロットは筆記試験では完璧な回答をし、実技では教授達が求めている以上の技術を見せた。

 



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準備

「今夜、三人であの廊下に行くことになったの」

試験最終日。ハーマイオニーがランチの際、こっそりとシャーロットに話しかけてきた。

「今夜?いきなりね」

「ええ。実は、マクゴナガル先生が話していたの。シャーロット、ダンブルドア先生は魔法省に、急な呼び出しを受けたらしいの。今夜、先生が不在なのよ。おそらくスネイプ先生が忍び込むつもりよ」

シャーロットは難しい顔をした。

「危険だよ。他の先生に言った方がいい」

「言ったわよ、もちろん!でもダメ。マクゴナガル先生は相手にしてくれないの」

やっぱりダメか。まあ、分かっていたが。

「…くれぐれも気をつけて。何かあったらすぐに逃げるのよ」

「ええ、分かってる」

ハーマイオニーはコクリと頷いた。

 

 

 

「うーん、素晴らしい。これならいけるわね」

シャーロットは四階の廊下の奥にて腕を組んでうんうんと頷いた。今は一人で、時刻は夕方である。夕食を早めに切り上げて、一連の罠を確認に来た。フラッフィー、悪魔の罠、空飛ぶ鍵、魔法のチェス、トロール、そして今、論理パズルを前にして安心していた。三人に、何も言わず送り出すつもりではあったが、もしかしたら突破不能な罠が仕掛けられているかも知れないため、確認に来たのだった。論理パズルの奥にはみぞの鏡があるのだろう。あの三人ならば絶対に突破すると分かっていた。

「ハーマイオニーがいれば大丈夫だろうし、ロンもいるからチェスもオッケーね。よかった」

まさか、原作とは違った罠があるのではないかと勘ぐっていたが、それはないようだった。

 

 

 

真夜中、ハーマイオニーがこっそり寝室から出ていくのを確認し、しばらくシャーロットはベッドの上で待っていた。まるで何も悪いことなんか起こりそうもない、静かな夜だ。三人の事を思い、目を閉じる。どうか、予定外の事なんて起こりませんように。

それから少しあと、シャーロットが寝室から出ていくと、談話室でネビルが固まっているのを見つけた。シャーロットは苦笑し、「フィニート・インカンターテム」を唱える。ネビルはたちまち元に戻った。

「シャーロット!どうしよう!ハリーとロンとハーマイオニーが!僕、止められなかった!」

「大丈夫よ、ネビル。分かっているから。今から三人を追いかけに行くわ」

「そんな!君まで行くの!?」

ネビルは絶望したように表情を歪める。そんなネビルを安心させるように微笑んだ。

「大丈夫よ。ネビル。あの三人は校長先生の宝物を守りに行ったの。今から校長先生が帰ってくるから、二人で助けに行くわ」

「え?宝物?そ、それって、だ、大丈夫なの?」

「んー、まだ完全に大丈夫とは言えないの。でも朝食には間に合わないかもね」

シャーロットはクスリと笑うと、言葉を続けた。

「ネビル、あなたは本当に勇気がある人ね。その勇気できっと私たちはたくさん助けられるの」

「シャーロット?」

「意味が分からないでしょう?それでいいのよ。あなたはあなたのままでいて。ネビルにはたくさんの可能性が眠っているんだから。自分を信じることを恐れないで」

シャーロットがそう言うと、ネビルは困惑したような顔をしたもののコクリと頷いた。

「あと、ネビル、お願いがあるの。朝になっても私たちが戻らなかったら、朝食を用意しててくれない?大広間から持ってきてほしいの。三人分。」

「え?いいけど四人じゃないの?」

「ええ、三人分」

シャーロットはそう言い切り、もう一度ネビルを安心させるように笑うと、グリフィンドール寮から出ていった。

 

 



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破壊

四階の廊下へ通じる扉に着いたとき、ちょうどダンブルドアが到着した。

「おお、シャーロット!夜間の外出は感心せんの」

「今、それどころじゃないでしょう。行きますよ!」

ダンブルドアにそう言いながら、扉を開け足を進めた。

 

 

ダンブルドアは最初のフラッフィーの部屋に誰にも分からないような隠し扉をもうひとつ作っていた。

「これって…」

「わししか知らん扉じゃよ。ここから入ると、最後の部屋へすぐに着く」

「気づかなかった…」

シャーロットは悔しそうに唇を噛んだ。ダンブルドアはニコニコ微笑み返した。

 

すぐにみぞの鏡の部屋へ着いた。着いたときには全てが終わっていた。

「ハリー!」

倒れているハリーに駆け寄る。息をしていることに安心した。

「クィレルは…」

「死んだ。ハリーを殺そうとして、できなかったのじゃろう。ハリーは護りの魔法によって生き延びたのじゃ」

「じゃあ、ヴォルデモートは…」

「やつは生きている。逃げ出したようじゃな。必ず戻ってくるじゃろう」

ダンブルドアは悲しそうにそう言った。シャーロットはハリーのポケットの中に何かが入っていることに気づいていた。とっさに手を入れ、取り出す。そこから真っ赤な石が出て来て、キラリと光った。

「お爺様、これが…」

「そうじゃ、賢者の石じゃよ。ハリーは自分の力でそれを手にいれたようじゃな」

「壊しましょう」

シャーロットが突然そう言ったことにダンブルドアは目を見開いた。

「シャーロット?」

「それはこの世に存在してはいけません。フラメル夫妻には申し訳ないと思います。でも、これはこの世から消すべきです」

シャーロットがキッパリそう言うと、ダンブルドアは少し考える様子を見せたが頷いた。

「そうじゃな。フラメルにはわしから話そう。それをこちらへよこしなさい」

「嫌です」

ダンブルドアは今度こそ驚いて目を丸くした。

「シャーロット?」

「これは、私が壊します。これは知っていながら止められなかった、止めなかった私の責任です。本当は、ハリーはこんなふうに怪我をする必要はなかった。ロンもハーマイオニーも傷つかないようにしようと思えば、無理矢理にでもできたんです。私は全部を変えられたのに、しなかった。ここからは全て私が背負います。きっと、そうするべきなんです。私はこの物語の中の異分子なのだから」

ダンブルドアはその言葉の意味が分からず、シャーロットに問いかけようとした。しかし、シャーロットの杖を振るう手の方が早かった。恐ろしい力と、とんでもない魅力をもつ美しい石は粉々に砕け散った。

 

 

思ったよりあっけない終わりに、シャーロット自身も驚いた。ダンブルドアは何か言いたそうにしていたが、結局口を開かなかった。ハリーをダンブルドアに託し、シャーロットはロンとハーマイオニーに合流した。二人はシャーロットが現れたことにビックリしていた。その後、二人を引っ張るように医務室へ連れていった。二人は事情を聞きたがったが、あとで話すからと説得した。とりあえずハリーは無事だという事を伝えると安心していた。

医務室に行くと、先にダンブルドアに運ばれていたハリーはベッドに寝ていた。マダム・ポンフリーにロンの傷の手当てをしてもらう。幸いひどい怪我ではないが、一日入院が決まった。

 

翌日、ハーマイオニーと寮へ帰るとネビルが朝食を用意して待っていた。三人分と言ったけれど、結局ロンの分はいらなかったため、シャーロットとハーマイオニーは二人で三人分の朝食をモリモリ食べた。二人とも猛烈にお腹がすいていたのでペロリと平らげる。食べながら、最後の部屋で起きた事を話した。ハーマイオニーは一連の事件の犯人がクィレルということに驚き呆然としていた。

「本当にスネイプじゃなかったのね」

「疑うのも仕方ないよ。スネイプ先生のあの接し方じゃね」

「…ごめんね、シャーロット。あなたの話を真剣に聞かなくて」

「いいの、そんなこと。それよりも授業の前にロンとハリーのところに行こう!」

「ええ、そうね!」

ハーマイオニーがやっと笑顔を取り戻した。



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またね

「ハリー、こんにちは」

「シャーロット!」

後日、ハリーは目を覚まし、ダンブルドアと会話をしたようだった。それを確認して、シャーロットはお見舞いに医務室を訪れた。

「僕、ずっと謝らなければいけないって思ってたんだ!ごめんね、シャーロットの言った通りだった。スネイプじゃなかったんだ。」

「そうみたいね」

「シャーロットもダンブルドアと一緒に駆けつけてくれたんだろう?ごめんね。あんなこと言ったのに、助けてくれて本当にありがとう」

「いいのよ。ハリーが無事で本当によかった」

ダンブルドアには自分が賢者の石を破壊したことは内緒にするよう頼んだ。この件はシャーロットとダンブルドアしか知らない。

「ハリー、一度だけ、ハグしてもいい?」

「え?なんで?いいけど…」

ハリーが全部言う前に抱きつく。子ども特有の体温の高さにシャーロットは心から安心した。今ここにいるこの子は決して本の中の主人公じゃない。この子は存在する。生きている!シャーロットはそれを実感し、抱きつく腕に力をこめた。ハリーも何も言わずシャーロットの背中に腕を回した。

 

その後のことは特に語ることはない。ハリーが入院していたため、グリフィンドールはクィディッチの優勝を逃した。試験ではシャーロットがぶっちぎりの首位だった。二位はもちろんハーマイオニーだった。ハーマイオニーは悔しそうに「今度は負けないから!」と言ってきた。でも、その後はシャーロットの首位を一緒に喜んでくれた。学年末パーティーで寮杯は駆け込み加点により、グリフィンドールが優勝した。ちなみにシャーロットに加点はなかった。シャーロットが前もって自分には加点しないようにダンブルドアに頼んでいた。目立つのは好きじゃないし、自分がダンブルドアによって加点されるのは贔屓に映るかもしれないと考えた。三人が不満そうにしていたのが、シャーロットは嬉しかった。

 

「夏休みはうちに遊びにおいでよ!歓迎するよ!」

ロンが誘ってきて、シャーロットはぜひ、と答えた。ハリーは憂鬱そうにしている。

「ハリー、そんな顔しないで。手紙、書くから。」

シャーロットがそう慰めるが、ハリーの暗い顔は戻らなかった。

「あれ?シャーロット、荷物は?」

「ああ、私、列車に乗らないの」

「え?なんで?」

「ホグズミードに帰るから。すぐそこだから、乗る必要はないのよ。あなたたちとは駅までね」

シャーロットがそういうと三人も残念そうな顔をした。

駅で、シャーロットは三人にさよならの挨拶をした。

「いい夏休みを、ハリー、ロン、ハーマイオニー!またね!」



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あの子はこの世界が嫌い?

コツ、コツ、コツ、……

 

誰もいないホグワーツの廊下、シャーロットの足音だけが響く。

全生徒が列車に乗ったあと、シャーロットはしんとしている学校を歩いていた。自分も準備をして、アンバーの待つ家に帰らなければ。

その時、廊下の先からダンブルドアが現れた。シャーロットの足がピタリと止まる。お互いに数メートルほど離れて向かい合って立っていた。

ダンブルドアはニッコリ笑って口を開いた。

「シャーロット、この一年よく頑張ったの。わしは君を誇らしく思っておる。君は素晴らしい魔女じゃ」

ダンブルドアがシャーロットを褒め称える声がシャーロットの耳に届いた。シャーロットもダンブルドアにニッコリと笑い返した。

 

 

 

「いかがでしたか。あなたの育てた人形は」

 

 

 

シャーロットの言葉にダンブルドアは笑顔を消した。

「……シャーロット」

「ご満足でしょうね。ハリーは見事にあなたの手のひらで愉快にダンスステップを踏んでいました。英雄の最初の一歩として上々でしたね」

シャーロットは笑顔で続ける。

「不思議だと感じていました。四階の廊下、どう考えても一年生が頑張ればギリギリ突破できる程度だったので。あれは罠なんかじゃない。ハリーへの試練ですよね」

ダンブルドアは黙っていた。

「この一年、楽しかったですよ。私も介入すべきかどうかずっと悩みました。もっと改変することもできたんです。それをほとんどしなかったのはやっぱりありのままの世界を愛していたから、なんですよね。」

「……それはどういう意味かの?」

「ああ、分からなくていいです。こっちの話だから。でも、私は主人公じゃない。あなたの手駒にはなりたくありません。あなたの作った世界であなたの思う通りに、人形のように生かされるのが嫌なんです。あなたにはとても感謝しています。今も、これからも。でも、私の事を手駒程度にしか見ていないなら、あなたには心から失望します」

シャーロットは話を続ける。

「来年から、私は少しずつ世界をねじ曲げていきます。あなたが自分の信念を貫き、影で糸を引くのなら、私も自分から行動を起こしていきます。私は、ハリー、ロン、ハーマイオニーが大好きなんです。彼らが傷つくのは許さない」

最後にシャーロットは呟いた。

「あなたが操る世界なんて、クソ食らえ」

そうしてシャーロットはクルリと背を向けると再び歩きだした。後ろからダンブルドアの声が聞こえたが無視をした。

「待つのじゃ、話をしよう、シャーロット、シャーロット!」

 

 



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エピローグ~もしも魔法があるのなら

‘’シャーロット‘’

誰かが娘の名前を呼んだ気がして、グレース・エバンズは目を覚ました。

今の時刻は真夜中。グレースは体調を崩し、数日前からベッドの住人だった。五歳になる一人娘のチャーリーの姿が見え、グレースはほっとする。看病する娘に、風邪が移るから自分の部屋で寝なさいとは言ったが、チャーリーは結局毛布を持ってきてこの部屋のソファで眠っていた。

そんなチャーリーの姿を見るとグレースは自分が情けなくて仕方ない。チャーリーは貧しい暮らしに文句も言わず、家事を積極的に手伝ってくれた。せっかく可愛らしい顔をしているのに、華やかな服や靴も買ってやれない。髪を短く切り、いつもみすぼらしい格好をしているため、男の子に間違われる事も多い。グレースが外でもチャーリーと呼ぶため、近所の人々もチャーリーを男の子と勘違いしている者が少なくなかった。

母一人子一人での暮らしは楽ではない。ここ数日の風邪のせいで、仕事もクビになった。今回の風邪はやけに長引く。まだ熱は下がらず、咳もひどい。

「…ママ?起きたの?体がきつい?」

チャーリーが目を覚ましたので、グレースはベッドの中から声をかけた。

「…大丈夫よ、チャーリー。ちょっと変な夢を見ただけ。寝なさい」

そう言うと喉に痛みが走る。グレースがムリヤリ微笑むとチャーリーは安心したように、再び目を閉じた。

そんな娘の姿を見て、グレースは考える。チャーリーはグレースと家の事を考えてばかりのため、近所に友達らしい友達がいない。外にでると意地悪な子どもに追いかけられた事があるらしく、積極的に友達を作ろうとはしなかった。それがグレースには悲しい。チャーリーには自分だけの世界に留まってほしくない。もっと大きな世界で生きてほしい。

グレースは寝返りをうつと、窓から外を見上げた。星が見えるかと期待したが、生憎今日は曇りだったらしい。どんよりとした空に星は全く見えなかった。

もし、奇跡が起きるのなら。ううん、奇跡じゃダメ。もしも、この世に魔法があるのなら、自分はチャーリーが、心から甘えられて信頼できる友達ができるように魔法をかけるのに。

 

グレースはそんな自分の妄想に苦笑いした。さあ、もう寝よう。早く風邪を治さなければ。そして、たくさん働いて、チャーリーにかわいい服を買ってあげよう。チャーリーはもったいないと怒るかもしれない。それでもいい。チャーリーは怒った顔もとても可愛らしいのだ。そうだ、髪も伸ばすように勧めてみようか。チャーリーは自分の赤毛が嫌だと嘆くけど、長く伸ばしたら絶対に綺麗なはずだ。

グレースは娘の髪を伸ばした姿を想像しつつ、瞳を閉じた。

 

 



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秘密の部屋、みんなで行けば怖くない
夏休みの過ごし方


二年目突入


『ハリーへ

 

 

この手紙があなたに届いていますように。なぜだかお返事がこないので、念のためマグル式の郵便で送ります。

 

お元気ですか?こちらは上々です。ちょっと早いけどお誕生日おめでとう。実は私も同じ誕生日なの。生まれてきた喜びをあなたと共有したいので、これを贈ります。私が作りました。もしよければ使ってね。

 

ロンの家には遊びに行けそうかしら?あなたを迎えに行きたいので、相談するつもりなの。それまでは、どうか体に気をつけて、頑張ってちょうだいね。

 

シャーロットより』

 

ハリー・ポッターはほっと息を吐いた。どうやら、自分は友人に見捨てられたわけではなかったらしい。

夏休み、なぜか学校のみんなから手紙が来ないのだ。ヘドウィグは叔父さんによって閉じ込められているため、こちらからも手紙は送れない。今日はハリーの誕生日の前日。悶々と考えているなか、シャーロットから郵便が届いたことは、夏休みが始まってから初めての喜びだった。朝、叔父さんに新聞を取ってくるよう命じられ、玄関に行ったところ、自分への手紙が届いていることに驚いた。それをとっさに物置に投げ込み隠し、あとからこっそり取りに行った。もう前のようなへまはしない。

シャーロットの手紙の優しい言葉に心が温かくなる。同封されていたのは、キラキラと光る美しい栞だった。ニンバス2000と思われる箒が描かれている。その絵をじっと見ていると、箒がスニッチやふくろうに次々と変化していった。それにクスリと笑みがこぼれる。

明日はハリーの誕生日。シャーロットの誕生日でもあるらしい。友人にこちらからはプレゼントが贈れないのが残念でならない。明日、行われる叔父さんの商談&ディナーを考えて、ハリーはまた憂鬱になった。できれば、早くシャーロットかロンが迎えに来てくれますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あの、お嬢様、何を作っているので?」

「これ?魔法のサングラスよ。性能はヒミツ」

「前に作っていたのは…?」

「ああ、ただの性転換薬よ。特に作った意味はないの。ただ、なんか役に立つかなーって。」

「その前は…」

「キャンディ!食べると猫の耳が生えるだけ。これも特に意味はないわ。ただ、面白いから友達の双子のお兄さんにあげようと思っているの」

「……」

「ちなみにその前に作ったのは合言葉・キーよ。ホグワーツの寮みたいに、決められた言葉を言わないと絶対に鍵が開かないの。かなり強力な魔法をかけたから、鞄とか部屋とかに鍵をかけるとき結構使えると思うんだけど。」

「あの、宿題はよろしいのですか?」

「そんなの、とっくに終わらせたわ」

ホグズミード村の小さな家で、シャーロットはアンバーと会話しながら作業を続けていた。

ダンブルドアと話し、夏休みが始まり数日たった。最初はダンブルドアは何度もシャーロットと話そうとしたが、シャーロットは拒否をした。そのうち、ダンブルドアは諦めたように家には来なくなった。時々アンバーにシャーロットの様子を確認しているようだったが。

初めての夏休み、シャーロットは自分の研究と新しい魔法道具の発明に時間のほとんどを費やしていた。未成年につけられた“臭い”など、ホグズミードでは意味をなさない。こっそり魔法を使っているが、ダンブルドアには分かっているだろう。それでも何も言ってこないことにほんのちょっとだけ感謝した。夏休み中、いろいろ作ったが、中には到底役立ちそうもないものも混じっている。

「アンバー、これどう思う?」

「お嬢様、これは?」

「ブローチ。余った材料で作ってみたの。変かしら?」

シャーロットは猫の形をした2つのブローチをアンバーに見せる。1つは金色、もう1つは銀色のしなやかな猫だ。

「素敵だと思います」

「そう?じゃあ、これでいいか」

シャーロットは適当にブローチを包むと鞄にしまった。

 

ボンっと音がして、シャーロットは驚いて窓に駆け寄る。そこにはボロボロのふくろうが手紙を持って倒れていた。

「ちょっと!大丈夫?」

シャーロットは慌てて窓を開け、ふくろうを引き上げる。調べたところ、怪我はないようだった。ふくろうに食事と栄養ドリンクを用意し、あとはアンバーに任せ手紙を開けた。

 

『シャーロットへ

元気?夏休みの宿題は終わった?実は相談したい事があるんだ。ハリーから手紙が返ってこないんだよ。何度も手紙をふくろうに持たせるけど、返事が全然ない。シャーロットには返事が来てる?来てなければ、きっと、何か事情があるんだと思う。家族で相談したんだけど、車でハリーを迎えに行こうかと思うんだ。もしよければシャーロットもうちに来ないかい?歓迎するよ

ロン・ウィーズリー』

 

ああ、ロンからの手紙ということはこのふくろうはエロールか。シャーロットは哀れな老ふくろうに同情して視線を送った。どうやら、ドビーは積極的に動いているらしい。ハリーは元気だろうか。自分が少し前に届けたプレゼントを受け取っていればいいが。きっと、今は誕生日の騒動が原因で部屋に閉じ込められているに違いない。

シャーロットはふむ、と頷く。そろそろ動くべき時かもしれない。さっそく準備を始めた。

「アンバー、友達の家に遊びに行くわ。しばらく帰ってこないから。」

「え?お嬢様、どちらへ?」

「ウィーズリー家よ。自分で何とかするから大丈夫。もちろん、外では魔法は使わないから。お爺様にもそう言っておいて」

シャーロットは最後に哀れなエロールを籠に優しく入れ、荷物を持って家を飛び出した。



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隠れ穴にて

「こんにちは、突然すみません。私、シャーロット・ダンブルドアです。」

玄関をノックすると、ロンのお母さんが出てきたため、シャーロットはニッコリ笑顔で挨拶をした。

ここは隠れ穴。想像通りとても不思議だけど素敵な家だ。

「まあまあ、あなたがシャーロット!ロンから話はよく聞いていたのよ!さあ、入ってちょうだい」

「あ、これお土産です。マグルのケーキなんですけど、人気店のもので、美味しいらしいですよ」

「まあ、わざわざありがとう!」

ウィーズリー夫人は嬉しそうにケーキの箱を受け取った。

シャーロットが隠れ穴に入ると、ウィーズリー家の人々が一斉にこちらを見た。

「え?シャーロット!」

「シャーロットじゃないか!久しぶり!」

「元気だったか?」

「ロン、突然ごめんなさいね。フレッド、ジョージも会えて嬉しいわ。ちょっと相談があって来たの」

「え?でもどうやって」

「普通に電車とバスで」

「電車?バス?」

「あー、後で説明する。それよりも…」

シャーロットはロンの隣にいる小さな赤毛の少女に目を向けた。少女は恥ずかしそうにモジモジしている。

「あ、シャーロットは初めて会うのか。妹のジニーだよ。うちの末っ子で、今年からホグワーツ」

「はじめまして、ジニー。会えて嬉しいわ」

シャーロットは笑顔で挨拶をし、鞄から小さな箱を取り出した。

「これ、入学祝いよ。私の手作りで悪いけど受け取ってくれる?」

ジニーは戸惑ったようだが、おずおずと箱を受け取り、開けた。出てきたのは銀色のしなやかな猫を型どったブローチだ。

「かわいい…」

「気に入ってくれた?」

「うん!どうもありがとう、シャーロット!」

ジニーは本当に嬉しそうにしていたため、シャーロットは安心した。

 

 

「それで、相談っていうのはやっぱりハリーの事だろ?」

「ええ。迎えに行きたいのよ。きっと待ってるはずだわ」

「でも、なんで手紙が来ないんだろうな」

「…本人に聞けば分かるわよ。ああ、手紙と言えば、この子」

シャーロットはエロールが入った籠をロンに差し出した。

「エロール!」

「ちょっと飛ぶ元気は無さそうだったから、直接運んできたの。」

「年取ってるから、遠出はきついみたいだ。何から何までごめん」

エロールは少し元気を取り戻したのか感謝を表すようにほんのちょっぴり嘴を鳴らした。

「ところで、あなたたち、ご両親に内緒でハリーを迎えに行こうとしてない?」

ロンがギクリと肩を動かした。

「なんで、分かるの!」

「あなたたちが考えそうなことだわ。でも、昼間に堂々と行きましょう。」

「ええー!ハリーと一緒に住んでいる連中は絶対僕らを歓迎しないぜ」

「もちろん、彼らには外に出ててもらうのよ」

シャーロットはニヤリと笑った。ロンは首をかしげた。

 

 

 

 

 

その夜はウィーズリー家と楽しい一夜を過ごした。シャーロットはこんなに大勢の家族と過ごすのは初めてだった。賑やかな食卓でウィーズリー兄弟とともに笑い、騒ぎ、夜はジニーの部屋に泊まり、おしゃべりを楽しみながら夜更かしをした。ハリーがここにいればいいのに、と思わずにはいられなかった。



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脱出

『ダドリー・ダーズリー様並びにそのご両親様

 

真夏の暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、今回お手紙を差し上げたのは他でもありません。是非お知らせしたいことがあったからです。

我がスメルティングズ男子校は本年度より優秀男子学生賞を設けることとなり、その最初の受賞者にダドリー様が候補に上がりました。

その件につきましてダドリー様並びにご両親様にも詳細を説明させていただきたいと思っております。

夏休み中、大変恐れ入りますが、8月×日 13:00 当校においでいただけたら幸いです。

 

 

スメルティングズ男子校』

 

 

 

 

「……シャーロット、これなに?」

「ハリーの親戚を外におびき寄せるために事前に書いて、郵便で送っておいたの。その日のその時間ならハリー以外はいないはずよ」

「彼らはその手紙を信じるのかね?」

「信じなければそれはそれで別の手を考えましょう」

シャーロットはその日、ウィーズリー氏、ロンの三人でプリベット通りを訪れていた。もちろん、ハリー脱出の決行のためである。ちなみにフレッドとジョージも来たがっていたが、いない。シャーロットのあげたキャンディをウィーズリー夫人に使ったためである。猫耳を生やしたウィーズリー夫人は怒り狂い、フレッドとジョージを長い間怒鳴り付け、外出禁止を言い渡した。元凶ともいえるシャーロットもウィーズリー夫人に謝ったが、ウィーズリー夫人は少し怒りつつ、悪いのは双子だからと許してくれた。その後、シャーロットはウィーズリー夫人に猫耳は2,3時間で消えるので、外出禁止は今日だけにしてほしいと一応フォローをした。

 

三人は物陰に潜み、ダーズリー家を見張る。

「本当に大丈夫なの?」

「多分。……ほら、出てきた!」

ダーズリー家の人々が派手な服を着て出てきた。三人は上機嫌で車に乗り、出発した。

「おっどろきー。本当に信じたんだ」

「のんびりしてる暇はない。彼らが嘘に気づく前に早く連れ出すぞ!」

シャーロット、ロン、ウィーズリー氏は素早くダーズリーの玄関に向かう。

「鍵がかかってる!」

「アロホモラ」

ウィーズリー氏の呪文で鍵はすぐに開いた。

「ハリーはどこだろう?」

「きっと二階よ」

三人はすぐにハリーの部屋を見つけた。

「ハリー!」

「え?ロ、ロン?」

「迎えに来たわよ!」

ドアから声をかけるとドタバタと音が聞こえた。

「僕、閉じ込められているんだ!」

「任せなさい、アロホモラ」

部屋はすぐに開いた。ハリーは少しやつれていたが、シャーロットとロンの姿を見ると顔を輝かせた。

「来てくれるって信じてたよ!」

「当たり前だろう!」

「さあ、ハリー、早く準備をしなさい!なるべく早く!」

「え?誰?」

「僕のパパさ!ほら、早く!」

三人で協力して物置に置かれたハリーの荷物やヘドウィグを運ぶと、すぐに外に出た。

少し離れた目立たない場所に停めた、空飛ぶフォード・アングリアに荷物を詰め込み、ヘドウィグを籠から出してやる。ヘドウィグは気持ち良さそうに羽を伸ばし、空に羽ばたいた。

「さあ、行きましょう、隠れ穴へ!」

みんなで車にのり、ウィーズリー氏が車のエンジンと透明ブースターを起動する。すぐさま車は透明になり、宙に浮かんだ。ハリーは車が空を飛ぶことにビックリしていた。

「ロン、シャーロット、よくここに来れたね。叔父さんや叔母さんがちょうど出掛けてて運が良かったよ」

「ちがうよ、ハリー!シャーロットが手紙を書いたんだ」

「手紙?」

シャーロットがダーズリー家に出した手紙の見本を見せると、ハリーはロンが引くほど大笑いした。

「ダ、ダドリーが優秀男子?冗談にも程がある!はははっ!」

「こんなデタラメを信じるなんて、ある意味尊敬に値するわね。」

シャーロットはシレッとした顔で呟いた。



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平穏な日々と対処準備

ハリーは車の中で、手紙が来なかった事やドビーの件を話した。

「一体その屋敷しもべ妖精は何者なんだ。今年、ホグワーツで何が起こるっていうんだ」

「分かりません。ドビーは何もいいませんでした」

ウィーズリー氏はじっと考え込んでいる。

「そいつ、何を知ってるんだろう。シャーロットはどう思う?」

「…分からない。でも、その様子なら何かまたしてきそうね」

シャーロットがそう言うと、ハリーはげんなりとしていた。

 

 

その日の夕方、ハリーがウィーズリー家に到着すると、家族は大歓迎をした。ジニーは顔を赤くしてハリーを見つめており、シャーロットは将来夫婦になる幼い二人を見てほっこりしていた。

それからの数日はとても平和だった。シャーロットはハリーとロンの宿題を手伝ったり、双子と悪戯をしかけ怒られたり、みんなで箒に乗りキャッチボールをして遊んだ。ちなみにシャーロットの箒の腕はそこそこだ。下手ではないが、クィディッチ選手になるほど特別に上手いわけではない。それでも、箒に乗って空を飛ぶのは素晴らしく楽しい。箒を自由自在に操り、空を駆けるハリーの姿を見て、シャーロットは自分もクィディッチ選手になりたかったな、と羨ましく感じた。

 

「ホグワーツから手紙が来たわよ!」

ウィーズリー夫人の声が響き、子供たちが集まる。当然のようにハリーとシャーロットの分の手紙も来ていた。

「見ろよ!ロックハートのオンパレードだ!新しい先生はロックハートのファンにちがいない!」

ロンが唸るのを見て、シャーロットは危うく本人よ、と声をかけそうになった。

「ダイアゴン横丁に買い物に行かなくちゃ。」

さっそく買い物に行くべく、準備を始めたみんなに、シャーロットは声をかけた。

「あの、すみません。実はちょっと家の用事を思い出したんです。私は買い物に同行せず、一度帰りたいと思います。」

「え?シャーロット、教科書はどうするの?」

「後で自分で揃えるから。心配しないで。それよりも、…注意してね」

「え?何が?」

「まあ、いろいろと。ハーマイオニーによろしくね」

シャーロットはハリーに曖昧に微笑んだ。そしてウィーズリー家の両親にこれまでのお礼をいうと、みんなの別れを惜しむ声を背に、ウィーズリー家を後にした。

 

 

「ジニーには悪いなぁ」

シャーロットは独り言を呟く。ダイアゴン横丁の書店で、ルシウス・マルフォイに日記帳を渡されるだろう。それを阻止しようかとも考えたが、それによって原作の流れが変わり、他の人物が日記帳を手にする恐れも十分にある。それよりは流れに逆らわず、ジニーに日記帳を手にいれてもらおうとシャーロットは考えた。しかし、罪悪感が心に重くのしかかる。

「さて、こちらはこちらでドビーの対処をしなくちゃね」

教科書の購入はアンバーに事前に手紙で頼んだので、そちらは心配いらない。シャーロットはキングス・クロス駅に足を踏み入れた。

駅の中、ベンチで購入したココアを飲みながら、9と4分の3番線に繋がる壁を見つめる。ドビーはハリーを締め出してしまうつもりだ。どうすればいいだろうか。

「ドビーを説得する?でも会えるとは限らないし。いっそ、何も手を出さないで置くべき?」

シャーロットは考えたが、一向にまとまらない。でも、できれば彼らには安全に学校へ行ってほしいのだ。

「……そうだ。頼んでみようかな」

シャーロットはある考えを閃いた。これなら、きっと安全に学校に行けるはずだ。きっと二人からは文句を言われそうだけど。シャーロットはそんな二人を想像して苦笑する。

そして、再度巡ってくるホグワーツの一年に思いを馳せながら、駅を後にした。



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スネイプの憂鬱

『スネイプ先生へ

 

お元気ですか?お久しぶりです。去年は大変お世話になりました。

突然手紙を出して、申し訳ありません。実は先生にどうしても頼みたいことがあります。新学期が始まる日の朝、ホグズミード村の入り口に来ていただけないでしょうか。お忙しいところ本当に申し訳ありませんが、先生にしか頼めないのです。よろしくお願いいたします。

 

シャーロット・ダンブルドア』

 

突然ふくろう便で届いた手紙を読み、セブルス・スネイプは眉を寄せた。昨年入学したグリフィンドールの赤毛の少女を思い浮かべる。少女を見るたび、スネイプは過去の事を思いだし、心がえぐられるような感覚に陥った。特に彼女はポッターと仲がいい。ポッターと少女が二人で並んでいると、スネイプは嫌でも自分の宿敵とその妻の事、過去のあやまちを思い出させられる。とはいえ、少女がリリーとは別人であることはよく分かっていた。単なるスネイプの感情の問題である。スネイプはできるだけ少女とは接触しないようにしていた。

だからこそ、この手紙が来たことは驚きだった。なぜ、自分に頼み事を?何が目的だ?しかし、断る理由はない。スネイプはゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

 

「おはようございます。お久しぶりです。スネイプ先生」

「……何の用事だ」

シャーロットはスネイプ先生のしかめっ面を見てにっこり笑った。

「手紙に書いたんですけど、先生にお願いがあるんです」

「…何かね」

「はい、先生。」

シャーロットの次の言葉に思わずスネイプは口をポカンと開けた。

「私とデートをしましょう」

「…………は?」

 

 

「一体何が目的なんだ」

「まあまあ、先生。ただでさえ目立っているんですから、もうちょっとせめて笑いましょう。さあ、にっこり」

「笑えるか。君は何がしたいんだね」

キングス・クロス駅の近くのカフェ。そこからは駅の駐車場が見える。シャーロットはスネイプ先生の付き添い姿あらわしによって、ホグズミードからここまで来ていた。

カフェの人々は不思議な服装でしかめっ面の男性と、赤毛の少女という奇妙な二人組にチラチラと視線を送っている。

「実は、心配してる事があって。ハリーの事です」

「…ポッターがどうかしたのかね」

「ハリーのところへ、変な屋敷しもべ妖精が来たらしいんですよ。ハリーが魔法を使って警告を受けた件は聞きましたか?」

スネイプ先生はしかめっ面のまま頷いた。

「あれ、実はハリーじゃなくて、その屋敷しもべ妖精がやったらしいんです。何でもその妖精はどうしても、ハリーをホグワーツに行かせたくないらしくて。結果的にハリーは親戚の人に家に軟禁されちゃいましたし」

「それで、君はいったい何がしたいんだね。」

「ハリーから聞いた話をちょっと考えたんです。その妖精、絶対に何かを仕掛けると思うんです。さすがにたくさんの生徒が乗っている列車をどうかするとは考えられないですけど、ハリーが列車に乗るまでに何かをしてきそうな予感がして。例えばハリーが列車に乗れないように事故を起こすとか」

「…まさか」

「でも、十分可能性はあると思います。駅までの道はウィーズリー家の皆さんと来るから心配いらないと思うんですけど、何か嫌な予感がして。」

「……」

「もし、ハリーに何かあったらスネイプ先生、助けてください」

「だから、なぜ我輩なのかね。校長やマクゴナガル教授などもっと適任がいるだろう。」

「今日は入学式です。校長先生やマクゴナガル先生は一年生をむかえるのにお忙しいでしょうし。」

「我輩も寮監としての仕事があるんですがね」

「すみません。でも、せめてハリーが列車に乗るまでは一緒に見届けてください。」

シャーロットがそう言って頭を下げるとスネイプは諦めたようにため息をついた。

 

「あれ!ロンの家の車です!さあ、行きましょう!」

シャーロットはそう言って、スネイプの服を引っ張った。スネイプは渋々付いてくる。

9と4分の3番線へ繋がる壁。ウィーズリー家の人々が慌てたように柵に突入していった。

「大丈夫ではないか」

「まだです!ハリーはまだ柵を通り抜けてません!」

二人は物陰からこっそり見守る。そして、ハリーとロンが柵に向かって走っていった。

ガッシャーン!!

二人のカートは柵を通り抜けず、ぶつかり後方へはね飛ばされた。スネイプ先生のしかめっ面が深まった。

周囲のマグル達に必死に言い訳するハリーとロンを見ながら、シャーロットは言った。

「やっぱり!先生、お願いします。私達を姿あらわしで学校へ連れて行ってください!」

「ホグワーツでは姿あらわしはできん」

「ホグワーツじゃなくて、ホグズミードです。そこまで行けば、徒歩で学校へ向かいます。校長先生には私から話します。」

スネイプ先生は少し考えたようだが、やがてゆっくり頷いた。

 

「ハリー!車だよ!車で学校まで行こう!」

「ええ?!」

「大丈夫!運転でき――」

「ダメに決まってるでしょ」

ぺしっと後ろからロンの頭を軽く叩いた。ハリーとロンが呆然とシャーロットの方を振り向いた。

「シャーロット!なんで?君も乗り遅れたの!?」

「まさか。何度も言うけど、私、列車に乗らなくても学校に行けるのよ」

そうだった、とロンは思い出した。

「それよりも、ダメよ。車を使っちゃ。」

「なんで!?」

「こんなに人がいるのよ。透明ブースターがあるとはいえ、見られないとは限らないわ。もし、見られたらあなたのお父様は魔法省の尋問&罰金コースよ。」

ロンの顔がひきつった。

「安心して。実はちょっと心配だったからここに来たのよ。対策はしてきたわ」

「対策?」

「…ウィーズリー。車を使おうとはとんでもない無謀なバカだな。さすがはグリフィンドール。新学期前で減点できないのが残念だ」

「スネイプ!…先生」

シャーロットの後ろから現れた天敵にハリーとロンの顔が強張った。

「そんな顔しないで。二人とも。これから姿あらわしで先生に学校に連れていってもらいましょう」

「えー…」

「別に我輩は君達が学校へ行かず、このまま家に帰りたいなら構わないが」

「…いえ、お願いします」

その後、スネイプ先生によって無事にホグズミードへ姿あらわしが成功した。

姿あらわしが終わるとすぐにスネイプ先生は学校へ足早に帰ってしまった。



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入学式

「なんでスネイプなんかを連れてくるんだい。よりにもよって!」

ハリーとロンはホグワーツに続く道を歩きながらブツブツ文句を言っている。

シャーロットは二人をなだめつつ一緒に二人の荷物を運んでいた。自分の荷物は事前にホグワーツに送ってある。

スネイプ先生に頼んだのはシャーロットの頼みを断らないだろうと考えたからである。特にハリーが関わる事ならば。

「なんで、列車に通じる入り口は開かなかったんだろう」

「壊れたんじゃないか。魔法の効力が切れたとか」

「違うわよ。よりにもよって二人が通る瞬間に入り口が塞がれるなんておかしいじゃない。直前まで開いていたっていうのに。どうしてもハリーを学校へ行かせたくなかったんだわ」

「え?じゃあ…」

「私はハリーが話していたドビーとかいう屋敷しもべ妖精が仕組んだと思うわ」

「ドビーが?でも、なんで?」

「そいつは一体何が目的なんだよ!?」

「…分からない」

三人は話しながら学校に到着した。途中二人はホグズミード村を興味深く眺めていたが、一年後には行けるのだからとシャーロットは引っ張るようにして連れてきた。

 

学校では意外な人物が三人を出迎えた。

「久しぶりじゃの。元気だったかの」

「…校長先生」

シャーロットは静かにダンブルドアを見つめた。

「ダンブルドア先生!列車の入り口が…」

「分かっておるよ、ハリー。スネイプ先生が話してくれた」

ダンブルドアはニコニコ微笑んでいた。シャーロットは自分から話すとは言ったが、あのしかめっ面の教授はわざわざ上司に報告したらしい。

「調査を頼んだから、入り口についてはすぐに分かるじゃろう。さあ、三人とも今日は一番乗りじゃ。大広間に行きなさい」

そう言うとダンブルドアは静かに去っていった。シャーロットはほっと息をついた。ダンブルドアと話すのは夏休み前のあの出来事以来である。ダンブルドアはハリーやロンがいたためか、シャーロット個人には話しかけようとしなかった。正直安心した。結局のところ、シャーロットはダンブルドアに喧嘩を売るような発言をしたものの、自分の保護者でもあるあの魔法使いが本当は怖いとも感じるのだ。いつか、話さなくてはならないとは分かっていたが、今は避けたかった。

荷物はいつの間にか二人の制服を残し、消えていた。ダンブルドアが寮まで送ってくれたらしい。ハリーとロンは適当な教室で着替えをして、三人は大広間に向かった。

 

 

大広間は入学式前でガランとしていた。もうすぐ列車が到着し、生徒たちが学校に入ってくるだろう。三人は雑談しつつ待った。やがてガヤガヤと生徒が入ってきた。

「ハリー、ロン、シャーロット!」

声がし、振り替えるとハーマイオニーが3人の元へ走ってきた。

「ハーマイオニー、久しぶり」

「久しぶり、シャーロット。ハリー、ロン、どこにいたのよ!?シャーロットはともかく、あなたたち二人が列車のどこを探してもいないから、ロンのお兄さん達が乗り遅れたかもしれないって…」

「乗り遅れたっていうか、そもそも乗れなかったんだ」

三人が小声で事の詳細を手短に説明した。

「何なの?その屋敷しもべ妖精は。何がしたいのよ」

「それが分かれば苦労しないよ」

四人はブツブツ話す。途中、ウィーズリー兄弟も大広間に入ってきた。ウィーズリー兄弟はハリーやロンが来ていたことにほっとしていた。事情を聞きたがっていたが、すぐに入学式が始まった。

「…ねえ、あれ」

「あ、シャーロットははじめてね!ギルデロイ・ロックハート先生よ!あの有名な本の作者!今年の『闇の魔術に対する防衛術』の先生なんですって。」

ハーマイオニーがうっとりと教職員席のロックハートを見つめた。シャーロットは顔をしかめる。

「シャーロットはロックハートのファンじゃないの?」

「よしてよ、ハリー。こればかりはハーマイオニーの目を疑うわ。」

ハリーと小声で話す。ハーマイオニーはうっとりとするのに夢中で気がついていない。周囲の女子生徒はハーマイオニーと同じ目をしているものが少なくなかった。

「僕もあいつ嫌いだ」

「何かあった?」

「ダイアゴン横丁での買い物の時にね…」

そう話し続ける間に、一年生の組分けがどんどん進んでいく。終盤に、

「ウィーズリー・ジネブラ!」

ロンが少し身を乗り出した。

「グリフィンドール!」

少しの間の後、帽子は叫んだ。ジニーは緊張が解けたようにグリフィンドールの席へ向かってくる。ウィーズリー兄弟が一際大きな歓声を上げた。

「これからよろしくね。ジニー。」

「シャーロット!ありがとう」

ジニーは嬉しそうに笑っている。これからの一年を想像してシャーロットは歓声の中、少し物思いにふけった。

 

それからの入学式は順調だった。ダンブルドアのお祝いの言葉と注意事項を聞いたあと、たくさんのご馳走を食べた。

全てが終了し、生徒が寮へ戻るなか、シャーロットはこっそり抜け出した。

シャーロットが向かったのはマートルが住む女子トイレだった。トイレには足を踏み入れずに、入り口にたたずむ。トイレの入り口をじっと見つめる。奥にあるであろう、秘密の部屋に心の中で宣戦布告した。お前の好きにはさせない。倒してやるから待ってろ、バジリスク。

 

 



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ピクシー妖精への対処

新学期、シャーロットの周りは穏やかだった。授業では相変わらずハーマイオニーと張り合うように手を挙げ、点数を稼ぎ、しっかり予習復習をする。

それに比べてかわいそうなのはハリーである。ストーカー×2、すなわちロックハートと一年生のコリン・クリービーにひたすら追いかけられていた。

「ハリー、大丈夫?」

「……ここが一番落ち着くよ」

シャーロットがハーマイオニーと図書館で勉強している横で、ハリーはぐったりと机に突っ伏していた。

「マダム・ピンスの目が光っているものね」

「しっ、静かに!」

マダム・ピンスが睨み付けているため、慌ててシャーロットは口を閉じた。

 

 

今日はロックハートの初めての授業である。

「ハリー、ロン、ハーマイオニー」

後ろから三人を呼ぶと振り返った。有無を言わさずシャーロットは突然三人にシュッと何かを振りかける。

「キャッ」

「うわっ」

「臭い!なにこれ!」

柑橘系のようなきつい臭いが漂う。シャーロットは香水を振りかけていた。

「シャーロット、なにするのよ!」

「大丈夫。においなら徐々に消えるから。今日はこれをしておいたほうがいいのよ。」

「何だよ、それ!」

「あとから分かるわ」

そう言うとシャーロットは他のグリフィンドール生にも香水を振りかけに行った。グリフィンドール生は三人と同じように突然香水を振りかけられ大騒ぎをしていた。

「何してるの?あれ。」

「…シャーロットって時々意味わかんないよな」

三人は首をかしげつつシャーロットを見守っていた。

 

 

 

 

「全員私の本を揃えたようだね。大変よろしい!」

闇の魔術に対する防衛術。ロックハートがきらめく笑顔を見せ、女子生徒はうっとりとしていた。

最初は教科書を読んだか確認するミニテストだった。シャーロットは馬鹿らしさにうんざりしつつ、適当に回答を書く。いつものテストなら満点を目指すが、全くやる気が出なかった。ミニテストではハーマイオニーが満点を取り、ロックハートに誉められ顔を赤くしていた。

そして、

「さぁ、それでは…君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」

ロックハートは授業に、もちろんピクシー妖精を連れてきていた。意気揚々と籠を開ける。籠からたくさんのピクシー妖精が飛び出し、生徒たちの方へ飛んできた。しかし……、

『ギャアァァァァッ』

生徒へ近づくと、突然ピクシー妖精は悲鳴をあげるように飛び退いた。生徒たちは首をかしげる。標的に何もできないピクシー妖精は生徒以外の人物に標的を変えた。

「こ、こら!何をするんです!やめなさい!あっちへ行け!」

ロックハートはピクシー妖精に耳を引っ張られ、杖を奪われる。インクの瓶を顔にぶちまけられ、しまいには天井に吊るされた。

「せんせーい、私達はまだ二年生でどうすればいいか分からないので、先生に全てお任せしまーす。本に書かれた通りの実績をお持ちなら、大丈夫だと思うので。それでは授業も終わりなので失礼しまーす。」

シャーロットは天井のロックハートへ平然と告げると他の生徒たちを追いたてるように教室から出ていった。

「何だったんだ、あれ!?」

「シャーロット!あなた、何したの!?」

「……ロックハート先生が、最初の授業でピクシー妖精を使って生徒たちの対処を見るって言ったのを聞いたの。朝の香水は、ホグズミードで買った『妖精コロリフレグランス』。妖精はあのにおいを嫌うのよ。」

「でも、先生に悪いんじゃ…」

「何が悪いの。ちゃんと対処したじゃない。」

シャーロットは顔をツンとさせると足早に教室から離れた。三人は慌てて追いかけた。

 

 

 



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穢れた血

「ねえ、シャーロットってロックハート先生が嫌いなの?」

ハーマイオニーがそう聞いてきて、少し返答に迷った。

「……まあ。ちょっと胡散臭いと思ってる」

「どうしてよ!?素晴らしい実績を持つ先生じゃない!」

それが本人の物だったらね、とシャーロットは思ったが口に出さず曖昧に笑って誤魔化した。

 

土曜日、朝からロン、ハーマイオニーとクィディッチの練習を見に行くことにした。競技場へ行くと、クィディッチの競技場ではユニフォームを着たグリフィンドール生とスリザリン生が睨み合っていた。ああ、そういえば今日はドラコ・マルフォイが選手に決まったことが判明した日だった。シャーロットはぼんやりと思い出した。シャーロットは選手ではないので、とりあえずは口を出さず、どうするべきか考え始めた。そんな中、ニンバス2001を持つマルフォイにハーマイオニーがきっぱりと言い放った。

「少なくとも、グリフィンドールの選手は、誰一人お金で選ばれたりしないわ。こっちは純粋に才能だけで選手になったのよ」

マルフォイの顔が歪む。

「誰もお前の意見なんか求めていない。この、『穢れた血』め」

ハーマイオニーは意味が分からないが、ひどい言葉で罵られたことは察したらしく眉をひそめた。グリフィンドール生は今にもマルフォイに殴りかかりそうだった。ロンは顔を赤くして杖を振り上げた。

「エクスペリアームス!」

シャーロットは素早くロンの杖を奪った。

「シャーロット!なんで邪魔するんだ!そいつは…」

「こらえなさい!ロン・ウィーズリー!今、マルフォイに呪いをかけたら減点よ!」

「減点が何だって言うんだ!」

ロンは怒りのあまりシャーロットまで睨み付けた。シャーロットはロンから目を離すと、マルフォイに向き直った。

「…マルフォイ」

「何だよ、ダンブルドア。校長にでも泣きつくつもりかい?」

「まさか。あなたがそんな汚い言葉を使うのなら一つ言わせてもらうわ。まずはスリザリンの代表選手、おめでとう。」

シャーロットは挑戦するような笑みをマルフォイに向けた。

「これで、堂々とハリーがあなたを負かす機会が出来たってことね。」

「なっ…!」

「それにしても、あなたのその誇るべき純血は、何の役に立ってるのよ。あなた、純血の癖に私よりもハーマイオニーよりも成績は下じゃない。これでハリーにも負けたら面目丸潰れね。」

マルフォイの顔が憎しみに染まった。

「ウッド。今日のところは引きましょう。彼らがスネイプ先生の許可を貰っている以上、諦めた方がいいわ」

「いや、だけど…!」

「心配しなくても、一度休んだだけでグリフィンドールは負けないわ。絶対に。今後はこっちもマクゴナガル先生の許可を事前に貰えばいいじゃない。彼らにはハンデをあげましょう。」

スリザリンの選手達はシャーロットを睨み付けた。シャーロットはその視線を無視すると、ウッドをはじめ、他のグリフィンドール選手を説得した。最後までウッドは悔しそうな表情をしていたが、シャーロットの説得に折れたのだった。

寮への帰り道、ロンはまだ不満そうな顔をしていた。

「ごめんね、ロン。でも、後悔してない。あそこでマルフォイに手を出すべきじゃなかったわ。」

「…シャーロットは悔しくないのかよ。」

「悔しいわ。悔しいに決まってるじゃない!私のママもマグルなのよ。あんな言葉をハーマイオニーに言うなんて。私が言われたも同然だわ!私だってマグル生まれよ!私が何も感じていないと思うの!」

シャーロットが大きな声でそう言って歯を食いしばったため、ロンはハッとしてシャーロットの顔をまっすぐに見た。

「あそこでマルフォイに呪いをかけたら、あいつの思う壺よ。ロンが罰則よ。それどころか、スネイプ先生の事だから、ハリーや関わった選手達は出場停止にされる危険だってある。」

「…シャーロット、ごめん」

「ううん。私もごめんね。本当はマルフォイの顔にパンチをいれたかったの。でも、きっと、試合でハリーが勝ってくれるわ。絶対に、絶対に!」

「…そうだよな!」

シャーロットとロンは頷き合った。ハリーとハーマイオニーはとりあえずどう口を挟めばいいのか分からず、黙って二人を見つめていた。



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そして動き出す

「それで、何だったの?マルフォイがいった、けがれた…ナントカって」

「私もどういう意味か分からないんだけど」

少し落ち着いてから、ハリーとハーマイオニーが二人に尋ねて来た。

「…考えられる言葉の中でも最低の言葉。あれはね、ハーマイオニー、マグル生まれの魔法使いや魔女を指す差別用語なの。マルフォイやロンみたいに代々が魔法使いのみで続いてきた家系は『純血』と言うの。マルフォイは特に純血が魔法界の頂点、というか支配するに相応しいと思っているだろうから…」

「僕はそんな事思ってないぞ!」

ロンが一緒にされたらたまらないという風に訴えてきた。

「分かっているわよ、ロン。今はそんな考えが逆に淘汰される時代なのよ。馬鹿馬鹿しいわ。ハーマイオニーは私が知るなかで最も才能がある魔女よ」

シャーロットがそう言うとハーマイオニーは顔を赤くした。

 

 

十月、風邪が大流行し、マダム・ポンフリーは大忙しだった。『元気爆発薬』を処方される人々が多く、時折耳から煙が出ている人を目撃した。

「ニックに絶命日パーティに行く約束をしたんだ。一緒に行かない?」

「絶命日パーティ?生きてるうちに招かれた人って、そう多くないはずだわ。おもしろそう!」

ハリーが三人を誘ってきて、ハーマイオニーは目を輝かせた。

「……それオーケーしたの?ハリー」

「え?う、うん」

シャーロットが顔を曇らせるのを見て、ハリーは不思議そうな顔をした。

「どうしたのさ、シャーロット」

「絶命日パーティーって、凄く暗くてジメジメしたパーティーらしいわ。ゴーストしか出席しないし、出てくる食べ物は腐ったものばかりで私たちが食べられるものなんかでないわよ」

三人の顔も曇ってきた。

「えー…、どうしよう。僕、行くって行っちゃった。」

「…仕方ないわ。当日はなるべく早く絶命日パーティーを抜け出して大広間のパーティーへ参加しましょう」

シャーロットがそう言うと三人が揃ったように頷いた。

 

シャーロットは考える。ジニーは日記によって操られ、壁に文字を書くだろう。そしてフィルチの猫、哀れなミセス・ノリスは石になるはずだ。せめて、ミセス・ノリスは救いたい。今回の事件でバジリスクの出現は防ぎ切れないとしても、犠牲者は減らしたかった。シャーロットはなるべく早く秘密の部屋に入るつもりだった。それでも、

「…イヤだな」

自分は、分かっててジニーを見捨てる事になるのだ。これはずっとシャーロットが苦悩してきた事だった。ジニーを操る物が何であるのかを知っていながら、シャーロットは知らないふりを貫かなければならない。全てはリドルの日記を始末するために。

「なんて、自分勝手なの。私も、彼と変わらない」

夏休み前にダンブルドアに言った事を思い出して、苦々しくため息をついた。

 

そして、

『秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ』

ハロウィーンの日、ハリーは恐ろしい声を聞いて誘われるように壁に書かれた言葉を発見した。

しかし、その場にシャーロットはいなかった。



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講義

シャーロットがその場にいなかった理由は単純である。

「ふえっくしょん!」

「まだ風邪治ってないじゃない」

「治ったわよ!ふえっくしょん!」

シャーロットはハロウィーンの日に限って風邪をひいてしまった。その日の朝から、カボチャの匂いを感じないなと思っていたのだ。今まで、ほとんど風邪をひいたことがないシャーロットは異変を感じるのが鈍かった。結果として授業中に倒れ、そのまま入院となったのである。その日の夜に目を覚ましたシャーロットは慌てて保健室から飛び出そうとしたが、熱でフラフラとなっており、マダム・ポンフリーに怒られた。結局その後、『元気爆発薬』の洗礼を受け、すぐに風邪は治ったが、しばらく耳から煙が出るという屈辱を味わった。

 

「なんで!なんで、ハロウィーンに限って!ふえっくしょん!」

「仕方ないわよ、シャーロット。来年こそはハロウィーンのパーティーを楽しみましょう。昨日はあんな事が起こっちゃったし」

ハーマイオニーはシャーロットの言葉によって、ハロウィーンのパーティーに出られなかったことを残念がっているという勘違いをしたらしい。

 

 

ハロウィーンの翌日からホグワーツは騒がしくなった。結局シャーロットが気絶している間にミセス・ノリスは石になったらしい。学校はミセス・ノリスが襲われた事件でみんなが騒ぎ立てていた。フィルチは三階の廊下をウロウロし、壁の文字を消そうと躍起になっていた。ちょっとでもフィルチの前で怪しい行動をとると、フィルチは処罰に持ち込もうとしていた。

グリフィンドールの談話室にて、シャーロットはその日に起こったことを三人から詳しく聞き出した。

「秘密の部屋ね。あんな厄介な物があるなんて全くどこが安全な学校なのかしら」

シャーロットがまだムズムズする鼻を押さえながら呟くと、ハリー、ロン、ハーマイオニーが食いついた。

「君、秘密の部屋が何なのか知ってるの?」

「シャーロットなら知っててもおかしくないもんな」

「教えてちょうだい。図書館に行っても、『ホグワーツの歴史』は全部貸し出されてるの!」

三人に矢継ぎ早に迫られ、たじろいだ。真剣な目で見つめられたため、ゆっくり口を開く。

「秘密の部屋っていうのは、そもそも…」

と、シャーロットが話し始めたところ、談話室中のグリフィンドール生が注目し、近づいてきた。仕方なくシャーロットは立ち上がり、講義をするように少し大きな声で話始めた。

「昔、あるところに四人の偉大な魔法使いがいたの。勇猛果敢なゴドリック・グリフィンドール、優しく誠実なヘルガ・ハッフルパフ、聡明な頭脳を持つロウェナ・レイブンクロー、狡猾で野心家のサラザール・スリザリン。四人は仲が良く、993年にホグワーツを創設し、自身の名を冠した寮を設けたの。ところが、創設後二つの意見によって、決裂した。スリザリンはホグワーツの生徒そのものを生粋の魔法族の家系、いわゆる純血のみに限るべきだと主張、他の三人はマグル生まれを差別するべきではないと主張した。やがて、スリザリンは他の三人との諍いに破れ、ホグワーツを去っていった。

しかし、彼はホグワーツを去る前に、ホグワーツのどこかに、ある部屋を残していったという話があるの。

その部屋はスリザリンの正当な継承者のみが開けることができる。継承者はその部屋に潜む怪物を解き放ち、魔法を学ぶに値しないものを学校から追放するとされた。

これが、秘密の部屋の伝説よ。以上、ご清聴ありがとう」

シャーロットが話終わると、グリフィンドール生達はざわつき始めた。ハーマイオニーが普段の授業のようにピンと手を挙げた。

「何?ハーマイオニー」

「その怪物って?一体どんな怪物なの?」

「…分からない。いろいろ説はあるけど、確実な情報はなかったわ。」

今度はディーン・トーマスが手を挙げた。

「その継承者ってのは何なんだ?そいつは、今学校にいるってこと?」

「そうでしょうね。壁にもはっきりと書いてあったし。きっと、秘密の部屋を開けるには何か厳しい条件があるのよ。スリザリンが作ったその条件をクリアした人物がいるんだと思う。そいつが怪物を解き放ったのよ。」

シャーロットがきっぱり言い放つと、生徒たちは騒ぎ始めた。シャーロットは談話室の隅っこで、ジニーが顔色を青くしているのに気がついていた。

 

 



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疑惑と提案

シャーロットの話を聞いて、三人もそれぞれ考えたらしい。まずロンが、シャーロットが言うだろうなぁと思っていたことを切り出した。

「マルフォイに違いない!絶対にあいつだよ!」

「なんでそう思うの?」

「ミセス・ノリスの事件の時のあいつの言葉!あいつの家系は古くからある純血で、しかもスリザリン出身ばかりだ。きっとあいつはスリザリンの末裔で、秘密の鍵を預かっていて…」

「それはちがうと思う」

シャーロットがキッパリ言うと、ロンは不服そうに口を尖らせた。

「なんで!」

「マルフォイのように何代も前から続いているスリザリンの家系は多くあるはずよ。それに、スリザリンの継承者がスリザリンの末裔だったら、ハリーやロンだって可能性はあるんだもの」

「え?なんで!?」

「純血同士が結婚すれば家系は限られてくるじゃない。ロンやマルフォイ、突き詰めたらハリーだってうすーい親戚同士なのよ」

「うそ!」

「ほんと。ウィーズリー家も、元はポッター家も古い純血の家系だしね。」

ハリーがポカンと口を開けた。

「まだ理由はあるわ。」

「え?何?」

「マルフォイは小物よ。あいつに何ができるっていうの?ハーマイオニーの知恵や知識もなければ、ロンのような度胸もないわ。スネイプ先生やマクゴナガル先生はともかく、お爺様の目を逃れてあんな事件を起こせるわけないじゃない。」

この時点では、とシャーロットは心の中で付け加えた。シャーロットの言葉にハーマイオニーとロンは照れ臭そうにしていた。

「…まあ、何か知っているか、関係している可能性はあるけど」

その言葉に三人の顔が輝く。そしてシャーロットの知っている流れになった。

「ポリジュース薬が少し必要なだけよ」

ハーマイオニーの言葉にハリーとロンが首をかしげる。

それを無視して、シャーロットはハーマイオニーに言った。

「それなら、私が作るよ。三人は悪いけど、材料を調達してくれない?少しは持ってるけど、足りないものがあるだろうし。」

「あら?大丈夫?」

「うん。私、夏休みに古い魔法薬の本を読んで、ポリジュース薬の作り方、暗記してるの。それに、こう見えても魔法薬得意だから。ハリーと違ってね」

シャーロットの言葉にハーマイオニーは顔を輝かせ、ハリーは顔をしかめた。

「あと、スリザリンの誰になるにしても、その人物の体の一部が必要になるから、それもお願い」

「分かったわ!どうすればいいか考えてみる!」

ハーマイオニーは大きく頷いた。

 

 

シャーロットは寮へ帰る途中、ジニーの姿が見えたので、三人にトイレに行くと言って抜け出した。ジニーは都合良く一人で歩いている。

「ジニー!」

しかめた呼び止められてビクリと止まった。そして振り返る。

「……シャーロット」

「大丈夫?何か元気ないみたいだけど…」

シャーロットが心配そうに話すと、ジニーはオドオドと後ずさった。

「…あの、私…」

「うん」

シャーロットはジニーが話すのを待ったが、ジニーはそれ以上口を開こうとはしなかった。

「…あれ?それ、つけてくれてるのね」

シャーロットは自分から話をふった。ジニーの着ている服には、シャーロットが夏休みにあげた、銀の猫のブローチが光っていた。

「よかったわ。あなたにとても合っている」

「…ありがとう。ごめん、私もう行くね」

ジニーは結局シャーロットの顔をまっすぐ見ずに、走ってその場を立ち去った。シャーロットはジニーの後ろ姿を見つめることしかできなかった。

シャーロットはこれから、出来る限り合理的に秘密の部屋を突き止めなければならない。正確に、筋の通る説明を考えて、バジリスクにたどりつかなければならない。そうでなければ、トム・リドルに、もしくはダンブルドアに怪しまれるだろう。ダンブルドアにはすでに警戒されているかもしれないが。それでも、シャーロットは蛇語を使えないため、ハリーを導いて秘密の部屋に入るしかないのだ。シャーロットは一年生の時、図書室で蛇語の本を読んだが、到底話せるような言語ではなかった。やはり、稀有な能力であり、遺伝的にしか受け継がれないのだろう。

結局のところ、秘密の部屋に行くにはハリーの力を頼るしかない。でも、その後は…。シャーロットは中にいるバジリスクの事を思い、ため息をついた。



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嘆きのマートル

翌日の朝食、シャーロットの元には多くのふくろうが手紙を届けに来た。まるで餌に群がるようにシャーロットの元へふくろうが来るため、隣で朝食を取っていたハーマイオニーは目を白黒した。

「うーん、これはダメだよね。あ、こっちならいけるかも。ああ、でも証言としては弱いし…」

「…シャーロット、何なの?この手紙の山」

手紙を読んでブツブツいうシャーロットにハーマイオニーは聞いたが、シャーロットは曖昧に誤魔化して、結局教えてくれなかった。

 

 

 

 

「それで、どうやってっていうか、どこでその薬を作るの?」

ハリーが聞いてきたため、シャーロットはニッコリ微笑んだ。

「こっそり何かをするにはぴったりな場所があるわ。」

シャーロットが三人を連れて来たのは

「ここ、女子トイレじゃないか!」

ロンが大声をあげた。

「何考えてるんだよ、シャーロット!トイレで薬を作るって…」

「落ちついて、ロン。ここは特別なの。私たち以外は来ないわ」

「あ、嘆きのマートルね!」

ハーマイオニーはさすがにすぐにシャーロットの思惑を悟った。

「嘆きのマートル?」

「このトイレに取り憑いている女子生徒のゴーストよ。泣き虫でしょっちゅう癇癪を起こすから、誰も関わりたがらないのよ。私から入って、マートルと話してくるわね」

シャーロットは説明しながら、トイレに足を踏み入れた。

「はじめまして、マートル」

「誰よ、あんた?」

「私、グリフィンドールのシャーロット・ダンブルドアよ。あなたにお願いがあって来たの」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは口を出さずシャーロットを見守っていた。

「もしよければ、しばらくこのトイレを貸してほしいの。ちょっと人には言えないものを作ろうと思って。」

「はあ?なにバカなこと言ってるの!ここは私のトイレよ!」

「違うわ。ここはホグワーツのトイレよ。あなた一人の場所じゃない。」

シャーロットははっきりとそういったあとで、自分とマートル以外に聞き取れない声で囁いた。

「…あなた、たまに監督生が使う大浴場にこっそり行ってるでしょ」

「――!なんで知ってるの?」

「ちょっとね。誰にも言わないから、お願い。交換条件よ。それに、私がこれからやることは命に関わるの。もし、私が死んだら…」

「死んだら?」

「あなたと一緒にここに住むわ」

シャーロットがそう言うと、マートルは少し考えたあとで渋々頷いた。

「ありがとう!マートル!」

お礼を言ったあと、三人を呼び寄せた。

「ちょっと!男子が入るなんて聞いてないわよ!」

マートルが憤慨したように言ってきたが、シャーロットは構わずトイレの個室に三人を押し込むと、空間を大きくする魔法をかけた。

「シャーロット、どうやって彼女を説得したの?」

「まあ、ちょっとね。これで場所の確保はできたわ」

シャーロットは満足そうに笑った。ハリー、ロン、ハーマイオニーはなぜだかその笑みを見て、今さら少し怖くなった。



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忘れていた対策

「うーん、満月草、ニワヤナギに、あとは…」

「大丈夫?できそう?」

「ん。いけるよ」

「それにしても、あなた、どこでこんな材料を手にいれたの?」

「趣味でいろいろ作ってみたくて。夏休みに揃えたのよ」

「僕は遊びでも魔法薬は作りたくないけどなぁ」

シャーロットのポリジュース薬作りは順調だった。材料が足りなくて、危ない方法でスネイプ先生の倉庫に忍び込むなんて冗談じゃない。シャーロットは夏休みのうちに必要になりそうな材料は前もって買っておいた。こうして危険な橋を渡らずに、無事に材料は全て調達できた。

「誰に変身する?」

「やっぱりクラッブとゴイルがいいんじゃないかしら。あとは、パーキンソンかブルストロードあたりかしらね」

「そいつらの体の一部なんてどうやって集めるんだい」

「まだ考え中よ。ポリジュース薬の完成はまだまだだし。確実な方法を考えないと」

「うーん。まだ煮込まないとダメね。今日は寮に帰りましょうか」

「うん。僕もそろそろ帰って休まないと。もうすぐクィディッチの試合だから、明日も朝から練習なんだ」

「あぁっ!」

「うわっ!どうしたんだよ!」

「薬に何かあったの!?」

「う、ううん。何でもない。えへへ」

シャーロットはハリーの言葉に大声をあげた。まずい。秘密の部屋の対策に熱中しすぎて、クィディッチの試合の事を忘れてた。どうするか。ドビーはブラッジャーに細工をするはずだ。できればハリーに怪我をしてほしくない。しかし、去年のようにブラッジャーのレプリカを作る時間は残っていなかった。最悪、あの能無しによる骨抜き事件だけでもどうにかしなければ――。

「…あー、もう考える事が多すぎる!」

シャーロットは思わず呻いた。

 

 

 

「お邪魔します!」

翌日の夕方、シャーロットは地下にある梨の絵画をくすぐり、厨房へ飛び込んだ。中にいる屋敷しもべ妖精が一斉に振り返り、驚きつつ、いらっしゃいませと声をかけてくれた。

「お願いがあるの。もしよければ、小さなお菓子とかないかしら?」

「こちらはどうでしょうか!」

チョコレートやキャンディ、スコーンなどがシャーロットの前に差し出される。

「あ、これにしましょう」

手に取ったのは、小さなサイズのエクレアだった。シャーロットは鞄から注射器を取り出すと、いくつかのエクレアに中の薬液を少しずつ注入した。その様子を見て、てっきりお菓子を食べに来たと思っていた屋敷しもべ妖精達は困惑していた。

「あの…」

「ああ、気にしないで。サプライズのためなの。誰にも言わないでちょうだいね」

シャーロットがニッコリと笑うと、屋敷しもべ妖精達は戸惑ったようだが頷いてくれた。

「じゃあ、ありがとう!」

シャーロットはエクレアを抱えお礼をいうと、厨房から去っていった。

 

 

 

 

 

 

クィデッチの試合の前日、ギルデロイ・ロックハートの元に、きらびやかな便箋のファンレターとプレゼントが贈られた。

『ギルデロイ・ロックハート様

 

はじめまして。あなたの本の大ファンです。あなたの本を読んで、偉大な功績に涙し、とても感動しました。あなたは未来の魔法界に必要な英雄だと思っております。恥ずかしくて今までファンレターなどだしたことがないので、失礼でしたら申し訳ありません。でも、あなたの本に感動して、どうしてもその事を伝えたかったのです。これは私が貴方のために初めて作ったお菓子です。ぜひお召し上がりください。

 

あなたの大大大ファンである魔女より』

 

「なんとまあ、またもや私のファンがプレゼントを!まあ、こんなお菓子、いつももらっていますがどうしてもというならば食べてあげましょう!」

ロックハートは特に何も疑問を抱かず、そのエクレアを大きく頬張った。

 



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クィデッチの試合

クィディッチの試合当日、競技場は歓声に包まれていた。

「あれ?ロックハート先生がいない!」

「なんでも、お腹をこわして、トイレから離れられないらしいぜ」

シャーロットは、周囲の生徒の会話が耳に入り、突発的に考えた対策が上手くいったことに安心し、同時に驚いた。さすが能無し魔法使い。誰が作ったかも分からない、怪しさ満点のシャーロット特製下剤入りエクレアを見事に口にし、本日はトイレの住人となったらしい。これで、試合も観戦にこられないし、ハリーは怪我をしても骨抜きにはならないだろう。もし食べなければ、ロックハートが杖を振ったときにエクスペリアームスしなければならないと考えていたが、その必要はないようだ。ドビーに接触するか、ブラッジャーそのものをどうにかしたかったが、ミセス・ノリスの件で最近は学校の警備も少し厳しくなっている。バジリスクが彷徨いている今、夜中に出歩くのは危ぶまれた。怪我をするであろうハリーに心の中で謝る。いやもしかしたら、試合が上手くいってハリーは怪我をしないかもしれない。どうかハリーが上手くブラッジャーから逃げ切れますようにと切実に願った。

 

 

試合ではハリーはやっぱりブラッジャーからの歓迎を受けていた。

「ああ、大丈夫かしら?」

「ハリーがんばれ!」

「逃げてー!」

周囲の生徒たちも応援と叫び声をあげる。ブラッジャーが弾丸のようにハリーを追いかけてくる。異変に気づいたフレジョもハリーのサポートをするが、その間にスリザリンにリードされてしまった。

「何なのよ!あのブラッジャー!」

「スリザリン生がきっと細工したに違いないよ!」

シャーロットの横でハーマイオニーとロンが心配そうにハリーを目で追っている。

そして、

「試合終了!グリフィンドールの勝利!」

ハリーがスニッチを掴むのと同時にブラッジャーがハリーの手に思い切り突っ込んできた。ハリーは骨折したが、それでも勝利は勝利だ。倒れているハリーにロン、ハーマイオニー、シャーロットが駆け寄る。

「ハリー!大丈夫!?」

「ああ…。でも、折れちゃったみたい」

「すぐに保健室へ!」

ハリーの倒れている姿をコリン・クリービーが写真に収めようとしていたため、シャーロットは少しイラつきコリンのカメラをひったくった。

「僕のカメラ!」

「いい加減にしなさい!少し空気を読みなさい!」

シャーロットはコリンに怒鳴ると、そのままハリー、ロン、ハーマイオニーとともに保健室へ向かった。

保健室では折れた手はすぐに治るようだが、マダム・ポンフリーは念のため一晩入院するよう勧めてきた。

「その方がいいよ、ハリー。まだ他にも小さく怪我をしているみたいだし」

「去年といい、なんでブラッジャーがおかしくなったのかしら?なんか誰かが細工したみたいね」

「…誰の仕業だろう」

「そんなのスリザリンに決まってるさ!質問リストに加えておこう。ポリジュース薬を飲んでから、あいつに聞く質問にね」

ハリーの周りでブラッジャーの件を話していたら、他のグリフィンドール生達がやって来て、ハリーを取り囲みお祝いを始めた。その後、その騒ぎを怒ったマダム・ポンフリーにハリー以外は閉め出されたのだった。



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流れを変える

真夜中。今までのお祭り騒ぎが嘘のように静まっている。今頃ハリーはドビーと話しているだろうか。シャーロットは談話室で静かに椅子に座っていた。手にはカメラを持っている。ハリーの骨がなくなるのは止められたが、腕が折れるのは防ぎきれなかった。その事が罪悪感となり胸に積もっていく。動き出した物語は止まらない。きっと、これから何度も物語の流れを変えられない自分の無力さを胸に溜め込んでいくのだろう。でも、シャーロットは少しでもいいから、何かを変えていきたかった。

「コリン、いるのは分かっているわ」

シャーロットが口を開くと、コリンがビクビクしながら談話室にやって来た。シャーロットがいるから、寮から出られず困っていたのだろう。

「ハリーのお見舞いに行きたいのね」

「…うん。あの、僕、」

「はい。あなたのカメラよ。返すわ。さっきは怒鳴ってごめんね」

シャーロットがカメラをコリンに差し出すと、コリンは驚いたように目をパチクリさせた。

「シャーロット?」

「コリン、それでも真夜中に外に出るのはダメよ」

「…でも、」

「危ないの。あなたがハリーを純粋に尊敬し、慕っているのは分かってる。ただ少し強引だとは思うけど。それでも夜に出歩くべきじゃないわ。あなたに何かあったら、絶対にハリーは悲しむもの」

「…本当にそう思う?」

「ええ、絶対よ」

コリンの顔が明るくなった。そして

「ありがとう、シャーロット!僕、明日ハリーに謝りにいくよ!そして、頼んでツーショット撮ってもらう!」

そう言って寝室に引っ込んでいった。シャーロットはようやく安心してため息をついた。

 

 

 

「昨日、ドビーが来たんだ」

ハリーが女子トイレまで来て、言ってきた内容にロンとハーマイオニーが矢継ぎ早に質問してきた。

「秘密の部屋は以前にも開けられたことがあるの?」

「これで決まったな。ルシウス・マルフォイが学生だった時に部屋を開けて、我らが親愛なるドラコに開け方を教えたんだ。」

シャーロットは話を聞きながら黙りこんでいた。

「シャーロット?何か思い付いたの?」

「怪物がどうかというよりも、前回開けられたのは何年前かしら?そして、その時何が起きたの?秘密の部屋はそのあとどうやって閉じられたの?」

シャーロットの疑問に三人とも何も答えられなかった。

 

ポリジュース薬は無事にクリスマスに間に合いそうである。

「シャーロット、どうやってスリザリンの生徒の体の一部を持ってくればいいと思う?」

「うーん、髪の毛とかをこっそり拾えればいいんだけど。最悪、ケーキとかで騙して気絶させられれば…」

「そんなので上手くいくわけないでしょ!」

ハーマイオニーがピシャリと言ったので、いやこれハーマイオニーが考えた作戦だけどね、と心の中で呟いた。

「それよりも、さっきから本を読んで何を探してるの?」

「いや、ちょっとね。気になることがあって…」

シャーロットの前には図書館から借りた魔法生物や怪物の辞典、参考書が山になっていた。

「もしかして、秘密の部屋の怪物のこと?」

「うん、まあね。………あ、これだ!」

シャーロットはある本の記述を見つけ、叫んだ。

そして、戸惑うハーマイオニーの手を引き、ハリーとロンのもとへ向かった。

 

 

 

 



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怪物の正体

シャーロットはハリー、ロンと合流すると、一年生の時に見つけた必要の部屋へ向かった。

「ここ、何の部屋?」

「『必要の部屋』もしくは『あったりなかったり部屋』よ。目的を強く思い浮かべながら歩き回ると出てくるの。一年生の時、偶然見つけたのよ」

「あなた、よくこんな部屋見つけたわね!」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは部屋のなかをしげしげと見回した。部屋はグリフィンドールの談話室のように話がしやすいようにソファやテーブルが設置されていた。

「それで?何を見つけたの?」

「…実は、あなたたちに黙っていたことがあるの。私、なんとなく秘密の部屋の怪物について見当がついてたの」

「えーっ?!なんで言わなかったんだい!」

「ちょっと、言いづらくて」

と、シャーロットは突然杖を取りだし呪文を唱えた。

「サーペンソーティア!」

シャーロットの杖から小さな蛇が飛び出した。

「キャッ!シャーロット!なによこれ!」

「うわ!蛇だ!」

「黙って!」

シャーロットはロンとハーマイオニーを黙らせ、ハリーを見つめた。

ハリーは突然シューシューと蛇に向かって声を出し始めた。ロンとハーマイオニーが呆気にとられて見つめる。

「ありがとう。ハリー。蛇はなんて?」

「え?突然こんなところに連れてこられてビックリした。何をするんだって」

「思った通りだわ。蛇さんもありがとう」

シャーロットは蛇を消すと、ハリーに向き直った。

「君、パーセルマウスだったのか!」

「なんで言ってくれなかったの?」

ハリーはロンとハーマイオニーの言葉にポカンとしている。

「ハリー、あなたは蛇語使いなのよ。一年生の時に私に話してくれたでしょう?従兄弟に蛇をけしかけたって。その時から多分そうじゃないかって思ってたけど…」

「でも、それがどうしたの?僕が蛇語が使えるからって…」

「いないのよ、ハリー。蛇語を使える人は滅多にいないの。遺伝的な能力で、修得するのはほぼ不可能。そして、サラザール・スリザリンは蛇語が使えたと言われているわ」

「あっ!そうか!スリザリンの象徴!」

「ええ。蛇語が使えたからよ」

「でも、僕が蛇語が使えたからってなんだっていうの?」

「スリザリンの特技を受け継いでるなんて、今度はあなたがスリザリンの継承者だって言われるわ。ハリー、一応聞くけど秘密の部屋を開けてないわよね?」

「僕、そんなことしてない!」

「もちろん信じるわよ。でも、他の人たちは違う。ハリーがパーセルマウスだって知ったらあなたがスリザリンの継承者だと決めつけるわよ。絶対にこの四人以外に言っちゃダメよ。外で蛇と会ったら話さないように口を閉じなさい」

シャーロットがハリーの目を見て話すと、ハリーはブンブンと頭を縦にふった。

「ハロウィーンの時、覚えてる?ハリーは恐ろしい声を聞いた。でも、それはハリーにしか聞こえなかった」

「あっ、そうか。そういうことね!」

「怪物の正体は蛇よ。もしくは蛇系の何か。今日、やっとそれらしい資料を見つけたわ」

シャーロットが図書館で見つけた本をテーブルの上に開き、三人が覗きこんだ。

 

 

『我らが世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出るものはない。『毒蛇の王』とも呼ばれる。…』

 

 

「じゃあ、秘密の部屋の怪物はバジリスク?」

「ええ。あの日、三人がいってたじゃない。蜘蛛がホグワーツの外に逃げ出してたって。それにハグリッドの雄鶏も殺された!邪魔されたくなかったのよ!」

「でも、バジリスクの目を見ると即死するんでしょ?ミセス・ノリスは死んでないわ」

「直接見なかったから!あの日、床には水があふれていたのよね?水を通してバジリスクを見たんだわ!」

「…でも、でもどうやって?大きな蛇はホグワーツをどうやってうろついてるの?そんな大きな蛇がいたらすぐに分かりそうなのに。」

「…おそらくは、パイプ。多分、秘密の部屋とホグワーツの中はパイプで繋がっている。パイプならバジリスクは人には見られず這い回れるわ。」

シャーロットは説明を終えると、三人に向き直った。

「いい?絶対にハリーがパーセルマウスっていうのは秘密よ。それから、常に鏡を持ち歩いて。何か音がしたら振り返っちゃダメ。すぐに逃げるの」

シャーロットが真剣な瞳で言うと、三人はしっかりと頷いた。

 

 

その後、四人はマクゴナガル教授に推理した内容を伝えに走った。そして、教師たちから全生徒に手鏡を持つよう通達された。また、その後新しい雄鶏が購入され、何匹かコケコッコーと騒ぎながらホグワーツを散歩するようになった。



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ハリーの悩み

「ああ、もううるさい」

シャーロットは大広間を闊歩する雄鶏を睨んでため息をついた。

「仕方ないわよ。このおかげで今のところ犠牲者もいないし」

「まあ、そうだけど…」

廊下を歩く雄鶏は絶えず鳴き声を響かせている。最近は食事をする大広間まで足を伸ばし始めた。せっかくの朝食を雄鶏に邪魔され、シャーロットはうんざりした。

「ところで、最近あなたのところに届くこの大量の手紙は何なのよ?」

ハーマイオニーはシャーロットの朝食の横にある手紙を見て聞いてきた。

「もしかして、秘密の部屋に関係してる?」

「してないしてない。ちょっと個人的な用事を友人に頼んだのよ」

シャーロットはニヤリと笑った。ハーマイオニーは首をかしげた。

 

 

「あのさ、シャーロット」

「何?ハリー」

シャーロットは最近ハリーの顔が暗いことに気づいていた。女子トイレでポリジュース薬を作っていると、ハリーが様子を見に来た。ハーマイオニーは全く宿題をしていないロンに宿題をさせるために図書館に引きずっていった。

「あのさ、僕、スリザリンの子孫とかなのかな。」

「蛇語ができるから?前にもいったけど、スリザリンが生きていたのは千年も前よ。何世代も前の人だから、血が繋がっているかなんて分からないわ。それに誰が血が繋がっているとか、今さらよ。そんな薄い血の繋がりを気にする必要はないわ。」

シャーロットがそう言ってもハリーは顔が暗いままだった。ようやくシャーロットはピンときた。

「あなた、もしかして、自分がスリザリンに行くべきだったとか考えてる?」

「え!なんで分かったの!?」

「…やっぱりそうなのね。あのね、ハリー。私が組分け帽子をかぶったときの事なんだけど、私は真っ先にスリザリンを勧められたの」

「え!君も?」

「ってことはあなたもね。それでも、私はグリフィンドールに来た。私がグリフィンドールを選んだからよ。よく勘違いされるけど、組分け帽子はその人の持つ素質で寮を選んでいるわけじゃないわ。帽子はその人が何を重視するかを判断するのよ。あなたはあなたの意思でスリザリンを拒否したんでしょう?そして帽子はその判断を受け入れた。それでいいのよ。闇の魔法使いならきっとスリザリンを受け入れたはずよ。気にする必要はない。覚えておいて。あなたは真のグリフィンドール生よ。」

シャーロットがキッパリいうと、ハリーはようやく安心したような笑みを見せた。

 

 

シャーロットはジニーの様子も気になっていた。日に日に顔色が悪くなってきている。

「ジニー?大丈夫?」

寮でシャーロットが話しかけるとハッとしたように顔をあげた。

「…シャーロット」

「どうかした?具合が悪いの?何か悩んでいるならいつでも相談に乗るわ」

シャーロットが優しく微笑むが、ジニーは黙って寝室に行ってしまった。

「…うーん。リドルの日記を盗むべきかしら?」

シャーロットは考えるが、とりあえずポリジュース薬の方が先だ。この薬で秘密の部屋へのヒントを得られるのだから。明日も女子トイレに行かなければ、と考えながら自分も寝室に入った。

 



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決闘クラブ

「うん。上々だわ」

女子トイレにて、大鍋の中を見てシャーロットは満足そうに頷いた。

「クリスマスには実行に移せそうね」

「マルフォイのやつ、クリスマスに残るらしいしな。ますます怪しい」

「ああ、それにしても体の一部をどうしましょう。もうシャーロットの言ったケーキ作戦しかないかしら」

「ケーキ?なにそれ?」

四人でワイワイ話していると、マートルが睨んできた。

「あんたたち、もうちょっと静かにしなさいよ」

「ごめん、マートル」

「最近あんた達がくるから、こっちはストレスが貯まっているのよ。生きていたら確実にニキビが増えていたわね」

「ああ、マートル。あなた、今生きていたらニキビに効く結構いい薬があるのに。残念だわ」

「薬?そんなのがあるなんていい時代ね。五十年前にはなかったわ」

「…五十年前ね」

シャーロットは小さな声で呟いたが、三人は気にしていないようだった。

 

 

 

「決闘クラブが開かれるんだって!」

そのニュースがグリフィンドールに届き、シャーロットはげんなりした。

「バジリスクは決闘なんてできないでしょ」

「でも、面白そう。参加しましょうよ」

ハーマイオニーに言われて、首を横に振りかけたが、シャーロットは思い直した。

「…まあ、私もストレス貯まってるし、発散にはちょうどいいか。」

こうして決闘クラブに四人とも参加することになった。

 

 

決闘クラブの会場。壇上のロックハートに黄色い声援が飛ぶ。ロックハートとスネイプが見本を見せたあと、ペアを組んで武装解除をすることになった。

「先生!私、ロックハート先生と決闘してみたいです!」

シャーロットは笑顔で手を上げた。横のハーマイオニーが睨んできたが気にしない。

「いや、それは…」

「よろしいですとも、ミス・ダンブルドア!もう一度模範を見せましょう!」

スネイプ先生が止めようとしたが、それより先にロックハートがキラリと笑ってシャーロットを壇上に誘った。いろいろ言い訳をしていたが、模範演習でスネイプ先生にあっさり負けたことが内心悔しいらしい。壇上ではロックハートと適度に距離を取り、対峙した。

「いきますよ――1――2――3」

ロックハートのカウントが終わったのと同時にシャーロットは大きく杖を振った。

そこから先はロックハートのファンたちにとって悲劇以外の何物でもなかった。

「アグアメンティ!ファーナンキュラス!タレントアレグラ!」

ロックハートよりも早く、攻撃になるか微妙な範囲の呪文を次々とかけていく。ロックハートは水を浴び、鼻が不細工になり、奇妙なダンスを始めた。会場のロックハートファン以外は歓声をあげる。

「ちょっ、ちょっと!やめなさい!スネイプ先生!止めてください!」

ロックハートは悲鳴を上げたが、スネイプは傍観するだけだった。最後にシャーロットはロックハートを一気にぶっ飛ばした。ロックハートは吹き飛ばされた勢いで、首が天井に刺さり、天井からぶら下がる状態となった。動いていないので、どうやら気絶したらしい。

「スネイプ先生!ロックハート先生が気絶したので責任をとって保健室へ連れていってきます!」

「よかろう。許可しよう。」

「スネイプ先生!私だけじゃ不安なので、ハリーと一緒に行ってきます!」

「え?僕も?なんで?」

「よかろう。ポッター、行ってこい」

スネイプ先生の許可を取り、ロックハートの首を天井から抜いて、戸惑うハリーとともに魔法で運んでいった。

ハーマイオニーの顔は見なかったことにした。

 

 

 



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クリスマスの騒動

それからのハーマイオニーはすこぶる機嫌が悪かった。

「ロックハート先生にあんなこと!信じられないわ!」

ハーマイオニーだけでなく、他のロックハートファンからも廊下で会うと殺気を感じる視線で睨み付けてくるようになり、シャーロットは苦笑した。

それでも、ハーマイオニーは決闘クラブの際に、ブルストロードと取っ組み合いになり、その時髪の毛を手に入れたらしい。また、ロンがパーキンソンとわざとぶつかり、こちらも服についてた髪の毛を手に入れたらしかった。原作とは違う流れにシャーロットは少し驚いた。

「これでクリスマスには決行できるわ!」

「とりあえず髪の毛見せて」

ハーマイオニーがグッと差し出した毛を見て、シャーロットは口を開いた。

「ブルストロードは猫を飼っているらしいけど、これ猫の毛じゃないよね?」

「えっ」

「ポリジュース薬は動物には使えないわよ」

「……」

ハーマイオニーは無言になった。

とりあえずブルストロードの毛を使うのは念のため、やめておこうということとなった。

残りのクラッブとゴイルは結局、簡単な眠り薬を仕込んだチョコレートケーキを目の前に浮かせて、食べて眠った二人の髪の毛を数本引っこ抜き、二人を箒用物置に押し込むこととなった。

「そんな作戦上手くいくか?」

「絶対に無理な気がする」

「もうこれしかないのよ。大丈夫。なんとかなるわ。でも、どうしましょう。それでも髪の毛は三本しかないわ」

「うーん、もう時間もないし。私とハーマイオニーのどちらかが行くことにしましょう。」

厳正なるじゃんけんの結果、ハーマイオニーが行くことになった。パーキンソンはクリスマスに帰るらしいので、マルフォイに怪しまれたときは早く帰って来た事にしようということになった。

 

 

 

 

 

 

それからは雄鶏効果がでたのか、誰も襲われずクリスマス休暇に入った。シャーロットはクリスマスプレゼントを開いてご機嫌だった。なんと、今年はウィーズリー夫人からウィーズリー家特製セーターが届いたのだ。温かいクリーム色のセーターをさっそく身につけ、ニコニコしていた。その反対にポリジュース薬を飲むことになった三人はクリスマスパーティーを楽しみながらも、朝から顔色が悪かった。

そして、決行の時間、順調にクラッブとゴイルは眠り薬ケーキを食べて眠ったらしい。二人を物置に押し込み、ハリーとロンは戻ってきた。

「うわー…、本当にこれ飲むの?」

「キッチリ間違いなく作ったわ。効果は一時間よ。」

シャーロットは自信満々に三人に言った。三人を個室に移動させ、ひどい色のポリジュース薬を渡した。

そして、数分後呻き声が聞こえ、個室が開いた。シャーロットとそこにいたマートルはおお!と二人合わせて声を上げる。

そこにはクラッブ、ゴイル、パーキンソンがいた。

「カンッペキだわ!」

「あんたやるじゃない!」

シャーロットとマートルははしゃいで声をあげる。

「いいよな。シャーロットはあのまずい薬を飲まなくてすむんだから」

「なんでじゃんけんに負けたのかしら…」

「うわ、声まで変わってる!」

「とりあえず急いだほうがいいわ!三人とも、スリザリン寮へ急いで!合言葉は『純血』よ」

「なんでそんなこと知ってるの!?」

シャーロットは三人をトイレから送り出した。

 

 

 

 

「大丈夫かしら…」

「大丈夫じゃない?あの様子なら」

シャーロットはトイレに座り込み、マートルと話す。

「ところでマートル、あなたは五十年前に死んだの?」

「あんた、不謹慎な事を結構はっきり聞くわね…」

「それで?どうなの?」

「まあ、そうよ。五十年前、ここで死んだの。なんで死んだかは分からないわ。いじめられて、泣いてたの。ここで外国語が、それも男の子の声が聞こえて、ドアを開けたの。それで気がついてたら死んでたわ。最後に覚えてるのは大きな黄色い目玉が二つ」

「…なるほどね」

マートルがなぜか誇らしげに自分の死因を話し、シャーロットは考え込んだ。気がつくとマートルはどこかに消えていた。

 

 

 

 

一時間後、三人は無事に帰って来た。

「バレなかった?」

「なんとかね。」

三人は疲れきったように、グッタリしていたが、それでもシャーロットにマルフォイから聞き出した話をしてくれた。

「マルフォイは継承者じゃなかった。あいつが知ってるのは五十年前にも秘密の部屋が開けられたこと、マグル出身の生徒が一人死んだってこと。」

「あと、その時に秘密の部屋を開けた人物はアズカバンにいるそうよ」

「もう二度としたくないよ。結局こんなことしか分からなかった」

「……いいえ、いいえ。こんなこと、なんかじゃない。」

シャーロットはようやく鍵を握った。



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対話と急落

「シャーロット、何か思い付いたの?」

「うん…」

シャーロットは金色の猫のブローチを弄りながらハーマイオニーの言葉に曖昧に頷いた。

「何なの?教えてちょうだい」

「…ごめん。確証はないの。ちょっと待ってて」

シャーロットが頑なに口を閉ざしたため、ハーマイオニーは諦めたように息を吐いた。

今すぐにでも、秘密の部屋には行ける。しかし、ジニーがリドルの日記を持っている以上、今行くのは得策ではないような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇があける前、シャーロットはハグリッドの小屋を訪ねた。

「こんにちは、ハグリッド」

「おお、シャーロットか。座れや。どうかしたか?」

「……今から、ものすごく気分の悪い質問をするけど許して。ハグリッド、あなたが退学になった経緯は何なの?」

ハグリッドはグッと言葉に詰まったように、唇を噛んだ。

「…そんなこと聞いてどうする」

「大事なことなの。本当に、とても重要なこと。お願い。教えて」

「…俺がホグワーツの三年生の時だ。俺はペットにアラゴグっちゅう蜘蛛をこっそり飼っちょった。そいつが、そいつが、女の子を殺したって濡れ衣を着せられた」

「……」

「アラゴグはそんな事しねぇ!誰か違うやつが殺したに違いねぇんだ。俺はアラゴグを森に逃がした。その時退学になったんだ。ダンブルドア先生だけは俺を庇ってくれて、森番にしてくれた」

ハグリッドはコガネムシのような瞳を潤ませて語ってくれた。

「…ありがとう、ハグリッド。ごめんなさい。辛い話をさせて」

シャーロットはお礼を言うと、小屋を出ていった。

 

 

 

シャーロットはその足で校長室へ足を運んだ。

「あ、合言葉。なんのお菓子だろう」

ガーゴイル像の前まで来ながら、合言葉を知らないことを思い出した。

「片っ端から言っていくしかないか…」

シャーロットが長丁場を決断した時、ガーゴイル像がピョンと飛び退き、門が開いた。

「…入れってことね」

シャーロットは校長室に足を踏み入れた。

 

 

「久しぶりじゃのう。シャーロット」

ダンブルドアは微笑みながらシャーロットを迎え入れてくれた。

「お久しぶりです。少し話があって来ました」

「わしもシャーロットとずっと話がしたいと思っておった」

ダンブルドアとシャーロットは向かい合って座った。

「…夏休み前の事はすみませんでした。反省しています」

「いいや。わしこそすまんかった」

「…お爺様には、本当に感謝しているんです。今の私があるのはあなたのお陰です」

「…」

「ただ、初めてできた友達をまるで手駒にしているようで、お爺様は私もそんなふうに見ているのかなって。そんな事を考えていたら、我慢できなかったんです」

「シャーロット。わしは、君もハリーも手駒とは考えておらんよ。特に、君はわしの唯一の家族じゃ。君の事を世界で一番大切に思っておるよ」

シャーロットはダンブルドアをまっすぐに見つめた。そこに嘘はないように思えた。考えてみれば、この人は家族を悲劇的な出来事によって失い、何よりも家族を、愛の尊さを知っている人物だ。シャーロットに対して、愛情は持っているのだと、初めて気づかされたような思いだった。

「ありがとうございます。」

静かにお礼をいって、うつむいた。夏休み前にひどい言葉をぶつけた自分が恥ずかしく、気分が悪くなった。

「ところで、話はそれだけじゃないのじゃろう」

ダンブルドアが切り出し、シャーロットは再度顔を上げた。

「私は、いえ、私たちはいつかはまだ決めていませんが、秘密の部屋に入ります。」

ダンブルドアがその言葉に目を細めた。

「シャーロット、」

「止めないでください。お爺様だって、分かってるはずです。これはヴォルデモートが関わっていますよね。いいえ、トム・リドルと言った方が正しいですか」

「どこで、その名前を」

「あなたの知らないところでいろいろ調べたんです。五十年前の事件、ハグリッドは無実なんですよね。この事件、大体は見当がついているんです。ただ、一番大きな鍵を犯人に握られているので、どうすればいいか分からない。それでも、秘密の部屋に行きます。決着をつけたいんです」

シャーロットのまっすぐな言葉に対してダンブルドアは気圧されたようだった。

「しかし、危険じゃ。お主は死ぬかもしれん」

「だからこそ、少しだけ力を貸してください。あなたの武器が必要なんです」

「武器?」

シャーロットはそのまましばらくダンブルドアと話を続けた。

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇明け、再び事件が起こった。雄鶏がまた殺されたらしい。

「相当行き詰まっているみたいね」

リドルは思ったよりも被害が少ないので歯噛みしているのだろう。なんせ、被害者は猫一匹のみなのだから。

「ジニーは日記を捨てるかしら?」

シャーロットが考えながら廊下を歩いていると、視線を感じ振り返った。

振り返った先では、ゾッとするような瞳でジニーがシャーロットを見ていた。その視線は一瞬で逸らされ、ジニーはどこかに走り去ってしまった。その暗い瞳にシャーロットは鳥肌がたち、忘れられなかった。

「何?今の?もしかして、何か気づいた?」

シャーロットは考えたが、ジニーが早く日記を捨てることを願うしかなかった。

 

 

「あれ?」

「どうしたの?シャーロット」

「え?おかしいな。杖がないの」

「はあ?あなた、授業へ行くのに杖を忘れたの?呆れた」

「ごめん。先に行ってて。後から追いかける」

シャーロットはハーマイオニーに先に授業へ行っててもらい、寮へ戻った。

「私、杖を入れたはずなんだけど。おかしいなあ」

まあ、でも、シャーロットは実は入学前に作った自作の杖を持っている。それを使えなくもないが、いつもの杖の方がやはり使い心地が良かった。

寮へ戻る廊下を歩いているときだった。

 

 

ズル……ズル……

 

 

何か音が聞こえた。まるで、何かが床を這っているような……。

シャーロットは生唾を飲み込むと、ポケットから手鏡を取り出し、一目散に逃げ出した。

 

 

 

 

「なんでシャーロット、授業に来なかったのかしら?」

「きっと、気分でも悪くなったんじゃないか?」

「寮に戻ってみよう」

ハリー、ロン、ハーマイオニーが話しながら歩いていると、何人かの生徒達の騒ぐ声が聞こえた。

「誰かが襲われたらしい!」

「また石になっていたって?」

「グリフィンドールの子だって!」

三人は話が聞こえ、顔を見合わせた。何も言わずに保健室へ向かって一斉に走り出す。

「マダム・ポンフリー!襲われたって…」

保健室に飛び込んだ三人は息を呑んだ。

 

 

石化したシャーロットがベッドに横たわっていた。



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残したもの

「シャーロット!」

三人が駆け寄るよりも早く、マダム・ポンフリーはカーテンをさっと閉めた。

「見てはいけません!お戻りなさい!」

「でも――」

「ダメです。見てはいけません!」

その時、ダンブルドアが早足で保健室に入ってきた。

「ダンブルドア先生!シャーロットが――」

「分かっておる。君達は戻るんじゃ」

ダンブルドアは珍しく険しい顔で三人にそう言うと、カーテンの中へ入っていった。

マダム・ポンフリーは三人が入ることを許さず、結局戻るしかなかった。

 

 

 

 

「シャーロットが襲われるなんて…」

「シャーロットは何かを掴んでいたわ。きっと、狙われてしまったのよ」

「でも、何を知っていたんだ?」

「分からない。何も話してくれなかった。」

三人は寮に戻り、相談をし始めた。寮でもシャーロットが襲われた噂で生徒はザワザワしていた。とうとう生徒が犠牲になったのだ。

「シャーロット、死んでないよね?」

「石になってしまっただけよ。マンドレイク薬さえできれば大丈夫」

三人は慰めあったが顔は暗いままだった。

 

 

数日後、三人は秘密の部屋に関していろいろ調べるも、場所や継承者の謎は分からないままだった。その間、バレンタインでロックハートが小人と大騒ぎしていたが、ハーマイオニーを含めイライラするだけだった。

「分からないわ。一体シャーロットは何に気づいたの」

「ねえ、保健室にお見舞いに行ってみないか」

ロンの提案に、三人は保健室に足を向けた。

「ダメです」

「お願いします。マダム。少し顔を見るだけなので」

「いいえ。ダメです」

マダム・ポンフリーは絶対にカーテンを開けてくれなかった。その様子は頑なで、三人は引き下がるしかなかった。

「あれ?」

「どうしたの?」

「これ…」

ハリーは保健室の床で何かキラリと光ったものを見つけた。

マダム・ポンフリーは気づいてないようだったので、それをこっそり拾う。

「これ、シャーロットのブローチよ」

「ああ、夏休みに作ったんだっけ?ジニーがこれと同じブローチをもらってた。ジニーのは銀色だったけど」

「落としたのかしら?」

話しながら歩いていると、

 

 

『ハリー』

 

 

小さな声がした。

「何?今の」

「シャーロットの声だ!」

『ハリー、ロン、ハーマイオニー』

すると、ハリーの手のひらにあった金色の猫が動き出した。三人は驚いて見守る。猫はゆっくりと手のひらに座ると、口を開いた。

『ハリー、ロン、ハーマイオニー。私、シャーロットよ』

「シャーロット!」

『これは、私の記憶よ。何かあったときのために、これを残すわね。もしかしたら、私も襲われる可能性があるから』

「スゴいな、こんなの作るなんて!」

「黙って!」

『秘密の部屋の場所は分かったわ。覚えてる?秘密の部屋が前に開いたのは五十年前。五十年前に特別功労賞をもらった生徒がいるの。そして、同じく五十年前に退学になった生徒がいる。退学になった生徒で、六十歳過ぎの人に心当たりがあったの』

「まさか…」

『ハグリッドよ』

「ハグリッド!?」

『ハグリッドが秘密の部屋を開けて、生徒を襲ったなんて信じられなかった。だから、直接聞きに行ったの。ハグリッドはやっぱり無実だった。ハグリッドはバジリスクの事なんて知らなかったわ。五十年前、ハグリッドは大きな蜘蛛を飼っていたみたいなの。その蜘蛛が秘密の部屋の怪物だって、生徒を襲ったんだって、勘違いされたのよ』

蜘蛛の話が出たときに、ロンの顔がひきつった。

『五十年前、特別功労賞をもらった人物、退学になった人物、そしてバジリスクによって死に追いやられた人物もいる。覚えてる?「五十年前にはなかったわ」って言葉』

「あっ!」

『嘆きのマートルが、その犠牲になった女子生徒よ。彼女にも話を聞いたの。彼女は自分の死因を知らなかった。死ぬ直前まで三階の女子トイレで泣いていたら、外国語で男の声が聞こえたんですって。そして、扉を開いたら、大きな黄色い目玉があって、気がついたら死んでたらしいの』

「そうか、トイレなのね!秘密の部屋の入り口よ!」

『外国語というのは恐らく蛇語のことよ。ハリー、秘密の部屋に入れるのはあなたしかいないの。バジリスクを倒さなければならないわ。継承者は焦っているはず。被害が思ったよりも少ないからよ。取り返しのつかないことをする前に、秘密の部屋へ行って。きっと、継承者は、もう…』

猫は最後まで言葉を言えず、スッと動かなくなった。

「どうしたんだ?」

「魔力が切れたらしいわ」

「どうしよう!」

「とりあえず先生に言いましょう」

 

 

三人が職員室に行くと、教師達は誰もいなかった。

「先生達はどこに行ったんだ?」

その時、マクゴナガル教授の声が響いた。

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐ戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください。」

「何があったの?」

「もしかして、また誰か襲われたとか…」

「とにかく隠れて、何が起こったか確認しよう!先生が戻ってくる」

三人は先生達のマントの中に隠れた。

 

数分後、当惑しきった教師達にマクゴナガル教授が顔を強張らせ話始めた。

「とうとう起こりました。生徒が一人、怪物に連れ去られました。」

「一体誰が?」

「ジネブラ・ウィーズリー」

ロンが口を押さえた。その顔は真っ青になっている。

「スリザリンの継承者がまた伝言を書き残しました。最初に残された文字のすぐ下にです。『彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう』。」

教師達は沈黙した。その時、ロックハートがいつものきらめく笑顔で部屋にやって来た。

「失礼しました。何か聞き逃してしまいましたか?」

何も出来ないくせに口だけが達者な男が暢気に笑っている。それから、ロックハートは先生たちに八つ当たりぎみに秘密の部屋の事柄を押し付けられた。ロックハートは顔をひきつらせながら、支度をすると言って部屋を飛び出していった。

「これで厄介払いが出来ました。寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせて下さい。ダンブルドア先生は魔法省に呼び出され、事情を説明しています。今後、学校はどうなるかはまだ決定していません」

先生たちは立ち上がり、ぞろぞろと出て行った。

誰もいなくなったのを確認して、三人はゆっくり洋服掛けから出る。

「な、なんで、なんで、ジニーが!」

「落ち着いて、ロン。きっと生きてるわ。助けに行きましょう!」

「すぐに秘密の部屋へ行かなきゃ」

「そうだ、ロックハート先生のところに行きましょう!先生も秘密の部屋を探しているはずだわ!」

ハーマイオニーの提案に、とにかく何かをしたい二人は頷き、駆け出した。



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そして秘密の部屋へ

ロックハートの部屋に行くと、慌ただしい物音が聞こえた。ハーマイオニーがノックすると一瞬静かになった。少し間をおいて、ロックハートがドアの隙間から顔を覗かせた。

「ああ、…どうしました、三人とも」

「先生、私たち、お知らせしたいことが…」

「あー、…いや…私は、都合が…いや、いいでしょう」

ロックハートが戸惑いながらもドアを開いたので三人は中に入った。部屋の中は片付けられ、トランクが二つ準備されていた。

「どこかへ行くんですか?」

「急に、呼び出されて仕方なく…」

「どうして!ジニーはどうなるんです!」

「そう、その事だが、まったく気の毒だと…」

「闇の魔術に対する防衛術の先生じゃないですか!」

「本に書いてあったような偉業を成し遂げた先生が逃げ出すんですか!?」

ハーマイオニーが叫ぶように言うと、ロックハートは口ごもりながらもとんでもない言葉を吐いた。

「私が、この仕事を受けたときはこんなことがあるなんて予想だに…。本は誤解を招く。私の仕事は……まずそういう偉業を成した人たちを探しだす。どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す。それから『忘却術』をかける」

ハーマイオニーが震えながらショックを受けたように声を振り絞った。

「そんな、先生、嘘ですよね?」

「私は忘却術だけは自慢できるんですよ」

ロックハートは歪な笑いを見せながら、三人に背を向けトランクに鍵をかけた。そのまま振り返り、杖を振りおろした。しかし、三人の方が速かった。

「エクスペリアームス!」

ロックハートの杖はロンの手の中に飛び込んだ。ロンはその杖をポキッと二つにへし折った。ロックハートは情けない顔でへたりこんだ。

「最悪だわ!この詐欺師!」

ハーマイオニーは「インカーセラス」と唱え、ロックハートを縛ると、部屋にあった洋服ダンスに突っ込んだ。

「どうする?」

「僕たちで秘密の部屋へ行くんだ」

「さあ、早く行きましょう!」

 

 

 

 

三人は階段を降り、マートルのいるトイレへ向かった。

「マートル!」

「なによ?なんか用なの?」

マートルがトイレの個室からひょっこり顔を出した。

「君が死んだときの様子が知りたいんだ」

「あら、あんた達の仲間のあの赤毛の子から聞いてないの?」

そう言うとマートルは誇らしげに死んだときの状況を語り出した。

「その目玉は正確にはどこで見たの?」

「あのあたりよ」

マートルは手洗い台の辺りを指差した。

「蛇口が壊れっぱなしよ」

「ハリー、何か言ってみてちょうだい」

「でも、」

「蛇を見たときのように、しゃべってみて」

ロンとハーマイオニーに言われハリーは蛇口の蛇のような傷を見つめ、口を開いた。

『開け』

すると、蛇口がゆっくり回転をし始めた。三人の目の前で手洗い台が床へ沈んでいく。そして、大人一人分が通れそうな穴が現れた。どうやらパイプのようだ。

「僕はここを降りる」

「僕もジニーを助けに行く」

「もちろん、一緒よ」

三人はパイプの中を覗きこむ。

「用心して。バジリスクがすぐそこにいる可能性もあるんだから」

「あいつの声が聞こえたら、すぐに知らせるよ」

三人は頷き合うと、一人ずつパイプの中に入っていった。滑り台のように急降下していく。やがて、平らになっていき、三人は放り出されるように着地した。床はじめじめして、空気が冷たい。

三人はようやく秘密の部屋へ降り立った。

 

 

 

 

三人が消えて、しばらくたった後。女子トイレでマートルがパイプの中を覗きこんでいると、黒い影が現れた。

「あら?あんた…」

マートルが話しかける前に、その黒い影はパイプの中に入り込み、一気に滑り落ちていった。



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トム・リドル

「ルーモス」

ハリーが呪文を唱え、杖から光が溢れる。部屋はトンネルのように奥まで続いていた。

「ねえ、あれ…」

ハーマイオニーが何かを見つけ、指差す。そこには何メートルもある大きな蛇の脱け殻があった。

「なんてこった…」

ロンが力なく言った。

三人はゆっくりと用心しながらトンネルを進む。すると、二匹の蛇が象られている壁に突き当たった。

『開け』

ハリーが呟くように言うと、壁が二つに避けた。壁の奥は再び道が続いていた。その道を歩くと、開けた場所に出た。そこは巨大な蛇の像が並び、大きな髭の男の像があった。

「ロン、あそこ!」

ハーマイオニーが急に走りだし、人面像の前を指す。そこにはグッタリと横たわったジニーの姿があった。

「ジニー!」

すぐにかけより、抱き起こす。石にはなっていなかったが、信じられないほど顔色が白く、体が冷たかった。

「ジニー、起きて!ジニー!」

「その子は目を覚ましはしない」

突然男の声が響き、三人は顔を上げた。

三人の前に立っていたのは信じられないほど整った顔をした青年だった。美しい笑みを浮かべているが、その姿はどこかぼんやりしている。

「だ、誰?ジニーが目を覚まさないって」

「その子は生きている。かろうじてね」

「あなた、誰なの?」

「僕かい?僕は記憶だよ」

「記憶?」

青年はジニーの横に落ちていた日記を指した。

「僕はトム・リドル。その日記に残されていた記憶だ」

「日記?記憶?」

「ハリー、ロン、この人何か変よ」

ハーマイオニーは囁くように言った。

「僕はずっと待っていた。ハリー・ポッター。君と会えることを」

「僕?」

「去年の夏だったかな。ジニーが僕を手に入れたんだ。僕はいわゆる魔法具でね。日記に何かを書くと返事ができる。ジニーはこの一年、誰とも分からない目に見えない人物に心を開き、僕の日記に自分の秘密や君のことを洗いざらい打ち明けた。僕は魔力を得るために、十一歳の小娘の他愛の無い悩みを聞き続け、辛抱強く返事も書いて、同情もし、親切にもしてやった。」

「君は、ジニーに何をしたんだ」

「分からないのか、ハリー・ポッター。ジニーが秘密の部屋を開けた。学校の雄鶏を殺し、あの生意気な娘を襲わせたのもジニーだ」

「まさか…」

「僕が体を乗っ取っていることにジニーはなかなか気づかなかった。なのに、あの生意気な赤毛の娘は何かに気づいていた。なぜなのかは分からないが…。あの小娘のお陰で僕が思ったほどには犠牲は出なかった。全くイライラするよ。だからこそ、これ以上の邪魔はさせないように襲わせた。」

三人は顔を強張らせリドルの話を聞いていた。

「ジニーが日記に夢中になればなるほど、ジニーは自分の魂を日記に注いだ。おかげで僕はただの記憶でありながら、強力な力を得た。こうして、実体化できるまでにね。ようやくジニーは僕を信用しなくなった。何かがおかしいということに気づき始めた。僕を捨てようとしたので慌ててこの部屋に連れてきたのさ。捨てられるわけにはいかないんでね。」

ハリーが声を上げた。

「お前の目的は何なんだ!」

「これといった特別な魔力も持たない赤ん坊が、偉大な魔法をどうやって破った?ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、ハリー・ポッターが額に傷を負った程度で逃れたのは何故だ?」

「どうしてあなたがそんなこと気にするのよ!?」

ハーマイオニーが叫ぶように口を開くと、リドルはニヤリと笑った。

「ヴォルデモートは僕の未来であり、現在であり、過去だ」

リドルがジニーの杖を取り出し、空中に文字を書いた。

 

‘’TOM MARVOLO RIDDLE‘’

 

リドルが杖を振ると文字の並びが変わった。

 

‘’I AM LORD VOLDEMORT‘’

 

三人は脳が停止したように固まった。

「僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや、魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を。その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」

「違う!」

ハリーが叫ぶ。

「世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ!」

「ああ、そういえば言ってなかったか?五十年前、ハグリッドを犯人にでっち上げたのは僕だよ。僕は怪物を倒したことでホグワーツ特別功労賞を手に入れ、ハグリッドは退学になった。まあ、ダンブルドアはお見通しのようだったがね。そして、今回も僕が勝つ。この事件でダンブルドアは学校から排除されるんだ!」

「ダンブルドアは君が思うほど遠くに行っていないぞ!」

「その通りよ!」

突然この場にいないものの声が聞こえた。四人は声が響いた方を見上げる。

そこにいたのは炎のように美しく大きな深紅の鳥、色鮮やかで金色の羽が輝いている。その鳥の足を持ち、ぶら下がっているのは、

「シャーロット!?」

石になっていたはずのシャーロットだった。



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ダンブルドアの援軍

「小娘!なぜお前がここにいる!お前はバジリスクが石にしたはずだ!」

「シャーロット、なんで?マンドレイク薬がもうできたの?」

リドルが吠えるように言い、他の三人はポカンと口を開けた。シャーロットはストン、と床に降り立つ。その頭には組分け帽子をかぶっており、目には見たこともない変なデザインのサングラスをしていた。シャーロットを運んできた鳥はそばにあった像にとまった。

「杖を忘れたときおかしいと思ってた。私が杖を忘れるなんて、絶対にあり得ない。そう考えてたら、寮へ戻る途中にバジリスクが床を這う音が聞こえたの。一瞬で私を狙ってきたんだと気づいた」

シャーロットはサングラスの中でリドルを睨んだ。

「手鏡を持って、すぐに逃げたわ。あなたの誤算は私が杖をもうひとつ持っていたことね。バジリスクを見たフリをして、自分に金縛り呪文をかけただけよ。一か八かの賭けだった。バジリスクは私を石にしたと思い込んですぐに去っていってくれたわ。あのあと、ダンブルドア先生に元に戻してもらった。そして、そのまま保健室に留まって、襲われたふりをしていた。あなたが何をしたいのか裏で探りたかったのよ。」

リドルは話を聞いて顔を歪めた。

「お前、何者だ。お前は早いうちからジニーを探っていた。まるで何かを知っていたように」

「…私はただの勘のいい魔女よ。恐らくそのうちジニーはあなたを手放すと予想していた。あなたがこんなにもジニーの魂を侵食していたなんて」

シャーロットは挑むように大声を出した。

「ハリーの言うとおり、ダンブルドアは排除されてなんかいないわ。彼がなにも対策をせずに学校を離れると思う?私たちはダンブルドアが用意したハリーの援軍よ!」

リドルはその言葉で唇を醜く歪めた。

「おまえと歌い鳥に古い組み分け帽子が?そんなものが何の役に立つ?もうこれ以上の会話は必要ないな」

リドルが背を向け、石像に向かって蛇語で何かをしゃべった。ハリーにはそれがなんと言っているのか分かった。

『スリザリンよ、ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ。』

巨大な石像の口が開いた。シャーロットは三人に

「目をつぶって!逃げるのよ!」

と声をかける。ハリーにだけ素早く組分け帽子を被せ、囁いた。

「お爺様が貸してくれた武器よ、ハリー。あなたが使って」

「え?」

ハリーが聞き返す前にズルズルと床を蛇が這う音が聞こえ、三人は後ろを向いた。リドルが蛇語で何かを言う。今、戦いが始まった。

「私が相手になるわ!」

シャーロットの声が聞こえ、何かが爆発する音がした。

「お前、なぜバジリスクを見ても死なない?!」

「夏休みに作った魔法のサングラスよ!性能は魔眼防止。一つしか完成しなかったけど、十分戦えるわ!インセンディオ!コンフリンゴ!」

バジリスクに炎が襲いかかり、体が爆発する。バジリスクに対して多少の攻撃にはなったようだが、すぐに憎しみを貯めた目でシャーロットに向かって体を伸ばしてきた。急いで避けたが、バジリスクの体がシャーロットに当たり、壁に体を打ち付ける。あまりの衝撃に目の前がチカチカした。しかし、慌てずにシャーロットは結膜炎の呪いを叫んだ。その呪文はバジリスクの左目に見事に直撃し、バジリスクは悲鳴のような鳴き声をあげ、暴れだした。

シャーロットはよろよろ立ち上がると、ジニーに駆け寄った。体が軽くなる呪文を唱え、背負う。そのままハリーと同じ方向へ走り出した。後ろで声が聞こえ、チラリと振りかえる。フォークスがバジリスクの周りを飛び回り、バジリスクは右目からどす黒い血を流していた。

「バジリスクの目が…!だが、まだ匂いでお前達の場所が分かるぞ!」

その時、ハリーが飛び出した。その手には美しい剣を持っている。

「ハリー!」

どこかでハーマイオニーとロンが叫ぶ声がした。ハリーに向かってバジリスクはその鎌首をもたげ、勢いよく突っ込んできた。かぱりと開かれたその口を、ハリーがしっかりと捉えてみせる。剣がバジリスクの口蓋から脳天を貫いた。

「レダクト!」

シャーロットがバジリスクの背後の像を破壊する。破壊された像はバジリスクの胴体に崩れ落ち、バジリスクは悲鳴をあげるとぐらりと床に横たわり、痙攣すると動かなくなった。

「ハリー!」

ロンとハーマイオニーがハリーに駆け寄る。その右手はバジリスクの折れた牙で貫かれていた。

「大丈夫か!」

「ああ、どうしよう!毒が!」

ハリーは意識が朦朧としている。シャーロットもハリーに駆け寄る。

「ハリー、ごめん。痛いわよ」

三人が何かいう前に杖を使い、牙を引き抜いた。ハリーが悲鳴をあげる。ハリーの元へフォークスが舞い降りてくる。

「ハリー・ポッター、君は死ぬ。ダンブルドアの鳥にさえそれがわかるらしい」

リドルが近づいてきた。シャーロットはリドルに正面から向き直り、ニッコリ笑った。

「何だ?何がおかしい?」

「バカで間抜けな男ね。そんなんだから赤ん坊に倒されるし、何度もしくじるのよ」

「なっ――!」

「あなたは優秀な魔法使いだわ、トム。ええ、認める。でも、その優秀さ故に人を見下し油断する。 敵への警戒の怠慢により、あなたはいつも身を滅ぼすのよ。さっき、なぜ自分が滅ぼされたのか分からないって、ハリーに聞いていたわね?教えてあげる。あなたが絶対に使えない、この世で最も素晴らしい魔法を使ったからよ。」

「貴様!」

「ほら、見て」

フォークスが涙を流し、その涙がハリーの傷跡に落ちる。ハリーの傷は見事に治癒した。

「そんな、…そうか。不死鳥の癒しの力が」

「さあ、トム。そろそろ終わらせましょう」

シャーロットが素早く床に落ちていたリドルの日記をハリーに投げた。ハリーとシャーロットの目が合う。そして、まるで最初からそうするのが分かっていたように、ハリーはそばにあったバジリスクの牙で日記帳を一気に突き刺した。恐ろしい、耳をつんざくような悲鳴が響いた。 日記から黒い液体があふれでる。リドルは悶え、悲鳴を上げながら、やがて消え去った。

 



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戦いの終わり

「…あいつ、死んだの?」

「正しくは消滅、かしらね」

「シャーロット!」

突然ハーマイオニーが抱きついてきた。

「もう、バカ!信じられない!あなたが襲われたと思って、どんなに心配したか…」

「うん。ごめんね。金縛りの術をかけたことにハーマイオニーならすぐにばれるかもしれないと思って、マダム・ポンフリーに隠してもらって、ダンブルドアにも黙っててもらったの。でも、私が残したメッセージに気づいてくれてありがとう」

シャーロットが笑うと、ハーマイオニーは頬を膨らませた。

その時、今まで意識のなかったジニーがわずかに動き出した。そしてゆっくり目を開く。

「ジニー!」

ロンが声をかけると、身を起こし辺りを見渡す。部屋の惨状を見ると、途端に大粒の涙を流した。

「…ご、ごめんなさい。ごめんなさい。 あ、あたしなの、あたしがやったの! で、でもあたしそんなつもりじゃなかった、う、嘘じゃない―――リ、リドルがやらせたの―――それで、あ、あたし!」

「分かってるわ、ジニー。もう大丈夫」

「シャーロット!ごめんなさい。あなたは心配してくれてたのに。私、日記にあなたが何かを知ってるかもって書いちゃったの…。ごめんなさい」

「もう大丈夫だよ。ジニー。もう悪夢は終わったんだ。帰ろう」

「私、きっと退学になるわ!」

「そんなことさせない。絶対に。とにかく、戻りましょう。もう、ロンのパパやママも来ているはずよ。ジニーが無事だってこと、知らせないと。」

シャーロットはそう言いながら立ち上がった。

「でも、どうやって帰るの?」

「あんなところまで登れないよ」

「しまった、箒があればなぁ」

「大丈夫。フォークス!」

シャーロットが呼ぶと、フォークスが降りてきた。

「シャーロット、そういえばその鳥って…」

「ああ、教えていなかったわね。お爺様のペット。不死鳥のフォークスよ」

それから、フォークスの驚異の力で上まで引っ張ってもらい、四人は地下からトイレへ戻ってきた。

 

 

トイレまで戻ると、マートルが待っていた。

「…生きてるの?」

「何とかね。マートル、五十年たったけど、あなたの仇は取ってきたわ。でも、ごめんなさい。あなたと一緒にここに住むのは無理みたい。」

「…いいのよ。あんたは、きっと、生きている方が面白いわ」

マートルはニキビだらけの顔で、可愛くニッコリ笑った。

 

 

 

 

 

「ジニー!」

ウィーズリー夫妻の声が響いた。二人は娘をギュッと力強く抱き締める。その向こうには、微笑んだダンブルドアと厳しい顔のマクゴナガル教授がいた。

ハリーが一つずつ、事件の内容を説明し始めた。シャーロットは口を挟まずそれを聞いていた。

ハリーが日記の事を説明し、ヴォルデモートがジニーを操っていた事を言うと、ウィーズリー夫妻は驚愕の声を上げた。

「でも、ジニーが、その、その人と―――な、何の関係が?」

「その人の、に、日記なの!あ、あたし、何時もその日記に、か、書いてたの!そしたら、そしたら、その人が返事をくれたの!」

「ジニー!パパはお前に何にも教えていなかったというのかい?パパはいつも言っていただろう『脳みそが何処にあるか見えないのに、一人で勝手に考えることのできるものは信用しちゃいけない』って!」

「あ、あたし、し、知らなかった!」

ジニーが泣きじゃくった。

「ミス・ウィーズリーはすぐに医務室に行きなさい。過酷な試練じゃったろう。処罰は無し。もっと年上の、もっと賢い魔法使いでさえ、ヴォルデモート卿に誑かされてきたのじゃから」

「は、はい……」

「安静にして、それに熱い湯気の出るようなココアをマグカップ一杯飲むが良い」

ジニーがマクゴナガル教授と両親に連れられて部屋を後にした。

 

 

「シャーロット」

ダンブルドアがシャーロットを呼んだ。

「はい。お爺様。」

シャーロットがダンブルドアの元へ行くと、ダンブルドアは思いもよらぬ行動をとった。

シャーロットをギュッと力強く抱き締めた。他の三人はポカンとしている。

「本当に、なんと言ったらよいのか。どれだけ心配したか…」

「…でも、お爺様は武器を貸してくれました。私のこと、信じてくれてありがとう」

シャーロットが小声で言うと、ダンブルドアは体を離し、複雑そうに苦笑した。

「あーっ!」

突然ハーマイオニーが声を上げた。

「どうしたんだよ!?」

「忘れてたわ!ロックハート先生がそのままよ!」

「あ、あー、忘れてた」

「先生、あの人詐欺師なんです!」

ハーマイオニーとロンが早口で同時に説明し始めた。シャーロットは少し笑うと、二人の肩を叩いた。

「とりあえず、ロックハートのところへ行きましょう。大丈夫。私も分かってるから」

二人を押し出すようにして部屋を後にする。部屋を出るとき、残ったダンブルドアとハリーにウィンクした。

 

「縛って、閉じ込めたままなのよ。」

「えっ、ハーマイオニーがしたの?」

「だって、我慢できなくて…」

ロックハートの部屋に行く途中、金髪の大柄な男性とその男性の連れらしい屋敷しもべ妖精とすれ違った。シャーロットは男性と目が合い、思わず睨むように目が細くなったが、男性は何も反応せず、足早に廊下を進んでいった。

「今の…」

「ロン、関わらない方がいいわ」

「えっ、だけど…」

「いいから、急ぐわよ」

シャーロットは何か言いたそうなロンを急かすようにしてロックハートの部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

洋服ダンスでは、ロックハートが縛られ、項垂れていた。

「こんにちは、先生」

「え?ミス・ダンブルドア?どうしてここに?戻ったのですか?」

「それはともかく、ロックハート先生。あなたは逮捕されます」

ロックハートはポカンとバカみたいに口を開けた、

「は?」

「この半年ほど、うちの屋敷しもべ妖精に調査してもらいました。不思議だと思ってたんです。闇の魔術と戦ってきたわりには、顔や体に傷は見当たらないし、魔法の技術も高くない。詳しく調べてもらったら、綻びが出てきましたよ。前の日に化け物を倒したはずなのに、次の日には全て忘れている人とか。その人の周りであなたの目撃証言がありました。本人やご家族は事情を知って、あなたを訴えるそうです。よかったですね。新聞の一面ですよ」

シャーロットがニッコリ笑うと、ロックハートはアワアワし始めた。シャーロットは「ステューピファイ」と唱え、ロックハートを気絶させた。

「あれ?どうするの?」

「このままこの人の縛りを解いたら、この人の事だから、誰かの杖を奪って、また忘却術をかけかねないわ。役人が来るまで眠っててもらいましょう」

「あ、もしかしてシャーロットの所に来てた大量の手紙って…」

「この人の調査の報告書。全く、骨が折れたわ」

シャーロットは心の中で、調査を頑張ってくれたアンバーに感謝した。この夏休み、たくさんお礼をしなければ。

 

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、シャーロットは今回の事件で100点ずつもらった。それからは、大広間にてお祭り騒ぎだった。寮など関係なく、誰も彼もが夜中だというのにパジャマ姿でお祝いし、空には花火が飛び交い、テーブルは輝かんばかりのご馳走が並んだ。シャーロットはやっと安心して、みんなと一緒に食べて騒いだ。

 

 



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あの子を取り巻く世界

それからの日々は穏やかだった。ハリーは原作通り、ドビーを自由にすることに成功したらしく、パーティーの後で話してくれた。また、恐らくはルシウス・マルフォイがジニーに日記を渡した犯人だろうということも。ロックハートは証拠が揃っていたため、すぐにアズカバンに連行された。この知らせには、ホグワーツの大部分の生徒や教師たちまで歓声をあげた。試験は残念ながらキャンセルにはならなかったが、シャーロットはいつも通り全力で勉強し、首位を取った。四人で勉強したり、遊んだり、いたずらしたりと楽しんで過ごすうちに、あっという間に夏が来た。

「シャーロット、それなに?」

シャーロットが羊皮紙を手に取りじっと見つめていると、ロンが声をかけてきた。

「…ちょっとね。来年必要になるものなの」

シャーロットは少しだけ笑うと、羊皮紙を鞄に突っ込んだ。ロンは不思議そうに首をかしげていた。

学年末パーティーでは、グリフィンドールが二年連続寮対抗優勝杯を獲得し、みんなでご馳走を食べ、大騒ぎした。

 

 

 

「今年も大変な一年だったわ」

「来年は平穏だといいなぁ」

「…多分ムリじゃないかしら」

「やめてよ、シャーロット。平和が一番だ」

四人は話しながら、家に帰る準備を始める。ハリーの表情は悲しみと寂しさで暗くなっていた。

ホグワーツの生徒たちが列車に乗り込む。

「シャーロット!また遊びに来なよ!」

「ありがと。でも、私、夏休みはちょっと忙しいの。もしかしたら遊びにいけないかもしれないわ」

ロンの誘いに残念そうにシャーロットが答えた。

「何か予定でもあるの?」

「まあね」

「…あなたがその顔をする時はとんでもないことを考えてるんだって最近ようやく分かってきたわ」

「失礼な。手紙、書くわね」

シャーロットは笑いながら三人に手を振った。

「休み明けに会いましょう!またね!」

シャーロットは列車が見えなくなるまでいつまでも手を振り続けた。

 

 

 

「シャーロット」

ダンブルドアの声が聞こえた。廊下を歩いていたシャーロットは振り向く。ダンブルドアは穏やかに笑ってシャーロットを見つめていた。

「今年のホグワーツは慌ただしかったの。」

「そうですね。でも、とても楽しかったです。ここで学ぶことができてとても幸せです」

シャーロットは微笑んだ。

「シャーロット」

「はい?」

ダンブルドアの声が廊下に響く。

「君は、何者じゃ?」

シャーロットはその問いに目を細めた。

「君を家族として迎えて何年も経った。何年経っても、わしは君の心が見えん。君は何を考えておる?何がしたいんじゃ?」

「…私は、ただ、ホグワーツの生徒として過ごしたいだけですよ」

シャーロットは少し笑って答える。ダンブルドアはまるで不思議な生き物を見るような目でシャーロットを見つめていた。

「ところで、お爺様。私、夏休みは友人の家に行きたいんです」

「友人?ウィーズリー家かの?」

「いいえ。これからの未来に必要な友人ですよ」

シャーロットはクスリと笑った。



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エピローグ~ある少女の過去と夢

音楽が鳴り響く。そのメロディに合わせて、少女は踊った。可愛らしい白のレオタードが蝶のように舞う。それを見て、少女の母親らしき女性が声をかける。

「とても上手よ!今度の発表会は絶対にあなたが主役ね!」

少女はその言葉に、はにかんだ。

「まだ、分からないわ。他の子かもしれないし」

それでも、少女はクルクルと楽しそうに回りながら、楽しそうに話し続けた。

「私、いつかバレエ団に入るの!そして、プリンシパルを目指すわ!」

少女は全てを振り払うように舞い続ける。少女にとって、踊ることが今の人生の全てだった。

そんな少女を微笑ましげに見つめながら、母親はふと思い出したように声をかけた。

「そういえば、あなたに手紙が来ていたわ」

「手紙?誰かしら?」

少女は踊るのをやめて、母親の元へ向かった。母親が鞄から手紙を取り出す。その手紙を開き、少女は首をひねった。

「ホグワーツ…?どこかしら?」

 

 

シャーロットは目を覚ました。

「おはようございます。お嬢様」

アンバーが声をかける。今は夏休み。珍しく朝寝坊したようだ。

「おはよう。アンバー。お爺様は来た?」

「いいえ。何だか、今は魔法省が慌ただしく騒いでるらしく…」

「へえ。何かしら?」

シャーロットは首をかしげながら、新聞を開く。新聞の一面には髭がぼうぼうでやつれているが、やけに顔がハンサムな男の写真が写っていた。

「ああ…なるほどね」

「どうされました?」

「ううん。お爺様はしばらく来れないと思うわ」

シャーロットはフッと息をつくと、アンバーの作ったスクランブルエッグを口にいれた。

「ところで、お嬢様。寝ている間うなされていましたが、悪い夢でもみましたか?」

「うーん。何か、とても大切な夢を見ていたの」

「大切な夢?」

「でも、思い出せないのよ。なんだったのかしら」

シャーロットはぼんやりと考えたが、どうしても夢の内容を思い出せなかった。

「お嬢様?」

「うん?」

「大丈夫ですか?ぼんやりされて。お嬢様らしくないですよ」

「ああ、ごめんごめん。最近ホグワーツの宿題や自分の勉強以外でもいろいろやることが多すぎてね」

「やること?」

「去年は秘密の部屋に全力を注ぎすぎたわ。今年は上手く立ち回らなくちゃ」

シャーロットは苦笑いし、アンバーは首をかしげた。

その時、ふくろう便が届いた。シャーロットはすぐに手紙を開き、目を通す。そして、嬉しそうに顔を輝かせた。

「アンバー!ちょっと人に会ってくるわね!」

「え?どちらに?」

「ホグズミードの店だから、大丈夫!行ってきまーす」

シャーロットは家から飛び出した。



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閑話
あの子の知らないこれからの話


ミネルバ・マクゴナガルは校長室へ向かっていた。足を進めながら、ホグワーツの今後について思いを馳せる。去年は継承者やらバジリスクやら大変だった。幸運にも死者は出なかったし、自寮の生徒たちの活躍でグリフィンドールは優勝杯も獲得した。マクゴナガルはグリフィンドールの生徒たちを誇りに思う。少々やんちゃで悪戯好きも多いが、愛すべき素晴らしい生徒たちだ。

合言葉を唱え、校長室へ入る。校長室では、自分の上司がアクセサリーや小物のカタログを前に頭を抱えていた。

「……何をやっているのです。」

「おお、ミネルバ。よいとこに来たの。意見を聞かせておくれ。もうすぐシャーロットの誕生日なのじゃ。今年のプレゼントに迷っていての」

ミネルバは少し頭が痛くなり、ため息をついた。

 

 

この上司が孤児を引き取り、後見人をしていることを知ったときは胃がひっくり返るかと思った。10年以上前、ハリー・ポッターの両親が亡くなったときはあっさり親戚に託したのに、自分は見ず知らずの子どもを引き取るなんて。偉大な魔法使いの考えは読めない。

それにこの男の養い子、シャーロット・ダンブルドアはマクゴナガルにとって、ある理由から少しだけ思い入れのある子だった。ダンブルドアは恐らく知っているだろうが、シャーロットは知るよしもないはずだ。

ダンブルドアはシャーロットを可愛がっている。校長という職からあまり子育てには関われなかったはずだが、シャーロットはダンブルドアにとってまぎれもなく特別な家族だった。普段は教師と生徒という関係からあまり周囲には悟られていないが、ダンブルドアはシャーロットを家族として愛していることをマクゴナガルは知っていた。

「どうかのう。やはりアクセサリーじゃろうか。あの子も少し大人っぽくなってきたしのう。」

「そんなことよりも、アルバス。吸魂鬼とは何事ですか」

マクゴナガルはダンブルドアを少し睨みつつ話を切り出した。ダンブルドアは珍しく顔をしかめ、声を絞り出すた。

「わしは反対したが、ダメじゃった。あのシリウス・ブラックが脱獄したことで、魔法省は混乱しておる」

「だからと言って…」

「出来る限り、生徒からは遠ざけねばならん。攻撃させないようにしなくてはの」

「…もう変えられないのですか」

「あの男が捕まるまではの」

マクゴナガルはかつての教え子だった青年を思いだし、苦い思いが溢れた。そして現在の教え子である少年の事を思い、もっと苦くなる。あの男がしたことを知ったら、ハリー・ポッターはどう思うだろう。仇討ちを、復讐を望むだろうか。

 

 

「それよりも、誕生日じゃ。プレゼントとしては微妙じゃがやはり本とか勉強の足しになる道具がいいかのう。シャーロットは勉強が好きじゃしの」

「勉強と言えば、逆転時計の件はどうでしょうか。ミス・グレンジャーに提案してみるつもりですが。」

ダンブルドアの言葉を華麗に無視し、マクゴナガルは切り出した。

「おお、よいと思うがの。ミス・グレンジャーも大変な勉強好きじゃし。きっと喜ぶじゃろう」

「では、ミス・ダンブルドアにも使用を提案してみてはどうでしょうか。彼女も喜びそうですが…」

マクゴナガルが提案すると、ダンブルドアは少し考えるような顔をした。

「…一応、本人に聞いてみようかの。じゃが、恐らく使わんじゃろう」

「?何故です?勉強にはそれこそ役に立つ道具ですが…」

「うーん、うまく言えないが、あの子は時間を無理やり作ってまで勉強をしようとはしないじゃろう。時間の使い方は誰よりも上手な子じゃよ」

ダンブルドアはわけのわからない返答をしたが、マクゴナガルはとりあえず新学期になったら、優秀な二人に逆転時計を提案しようと考え、校長室から出ていった。

部屋にはプレゼントにいつまでも思い悩む老人が残された。



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少し前の話

夏休み前の出来事


 

 

『――――愛してるわ。チャーリー』

 

 

 

 

シャーロットは目を閉じて意識を集中させる。母の美しい顔、優しい眼差し、抱きしめられたときのぬくもり。すべて、覚えている。すぐに、思い出せる。いつかのそのぬくもりは懐かしく、考えるだけで胸が詰まった。あの愛に包まれていたからこそ、どんなに苦しい瞬間でもシャーロットは進んでいけた。そして、今でもその愛を感じる。その愛を覚えている。シャーロットが手離したくなかったもの。それは、シャーロットだけの、この世で一番大切な思い出だ。

 

 

『あなたの事が大好きよ。この世界で、一番。』

 

 

シャーロットはゆっくりと杖を動かした。

「エクスペクト・パトローナム」

杖の先から大きな動物が姿を現した。それは銀色に光る美しい雌のライオンだった。今まで見たどんな生物よりも美しい。銀色の雌ライオンは部屋中を駆け回ると、最後にシャーロットの足元にすりより、やがてスッと消滅した。

「うーん、これで大丈夫なのかな?」

シャーロットは呟いた。今は夏休みの始まる前。そしてここは必要の部屋だ。シャーロットは去年からこっそりと守護霊の呪文を練習していた。さすがは強力な防衛呪文。なかなか成功しなかったが、一年かけてようやく銀色の霞が実体化するようになってきた。しかし、ここにはまだ吸魂鬼がいないため、効力があるか分からないのが難点だった。

「まあ、来年になれば分かるか」

シャーロットはフッと息を吐くと、荷物をまとめ部屋から出ていった。

 

 

 

「よお、シャーロット!」

「何してるんだ?ロン達と一緒じゃないのか?」

シャーロットは赤毛の双子を廊下で待ち伏せしていた。

「こんにちは。フレッド、ジョージ」

「あ!そうだ!今度の夏休みもうちへ来いよ!」

「そりゃ、いいや!賑やかになるぜ!また去年みたいになんか悪戯しようぜ!」

双子は楽しそうに話を続ける。その弾けるような笑いにシャーロットも自然と頬が弛んだ。

「ありがとう。それよりも、私、二人に聞きたいことがあって」

「ん?なんだい?」

「勉強ならパーシーの方がいいぜ。僕たちにはお手上げさ」

「勉強じゃないわ」

シャーロットは少し真剣な顔で切り出した。

「あなたたち、たまにホグズミードに行く日以外にもお菓子とか悪戯グッズを持ち込んでいるけど、どうやってホグワーツから抜け出しているの?」

その言葉に双子はギクリと肩を揺らした。二人は顔を見合わせたが、やがてニヤリと同時に笑うと、シャーロットの手を引き、空き教室へ入った。

「仕方ないな。僕たちの悪戯に貢献してくれている君には特別に教えるぜ」

「見て驚けよ。こいつがその秘密さ!」

二人がシャーロットに見せたのは空白の羊皮紙だった。

「…それは」

「おっと!これがただの羊皮紙だと思ったら大間違いだぜ!」

「そうさ!これは僕らがフィルチから奪った最高の道具なんだ!」

双子は羊皮紙に呪文を唱え、忍びの地図にした。シャーロットは驚いて、目を輝かせるふりをした。

「これ、スゴいのね!」

「これを使ってちょくちょく脱けだしてるってわけ!」

「いろんな悪戯に利用させてもらってるよ!」

双子は得意気に胸を張った。シャーロットは驚くふりを続けながら、なんとかしてこの地図を双子から譲ってもらえないか考えを張り巡らせていた。

「フレッド、ジョージ。この地図…」

「シャーロット、君にあげるよ!」

「シャーロット、君にあげるよ!」

「へ?」

双子がそろって意外な事を言ったため、シャーロットは本当に驚いて目を見開いた。

「え?だって、これって大切な物なんでしょ?」

「まあね。でも、いいんだ。僕らは抜け道を暗記したし」

「それに聞いたところによると、君は体を張ってジニーを助けてくれたんだろう?」

「僕らからのプレゼントさ!受け取ってくれよ!」

双子は笑うと地図をシャーロットに差し出した。シャーロットは少し迷ったが、それを受け取った。

「…どうもありがとう。フレッド、ジョージ」

シャーロットは思わずほっと息をついた。これがあれば、三年生になった時、とても動きやすくなる。この地図が手元にあるのは有り難かった。

「この地図の価値には遠く及ばないけど、お礼にいいことを教えるわ。パーシーの事だけど、レイブンクローの監督生のペネロピー・クリアウォーターと付き合ってるわよ。夏休みに手紙を書いてたわ」

シャーロットがそう言うと、双子は今までで一番顔を輝かせ、パッと顔を見合わせた。

 

 

 



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ごきげんよう、アズカバンの囚人
忙しい夏休み


三年目突入


ホグズミードの小さな喫茶店。客はシャーロットだけだった。シャーロットは注文した冷たいカボチャジュースで口を潤しながら、ここ数日間の出来事を考えていた。

 

 

まず、夏休みの宿題をさっさと終わらせた。魔法史のレポートやら、縮み薬のレポートなど、シャーロットはすぐに指定された長さ以上のものを書き終えた。その後、ロンから届いた手紙を読み、頭を抱えた。どうやら、ハリーへ電話をかけ、失敗に終わったらしい。もう少し注意を促すべきだっただろうか。

しかし、今年、ウィーズリー家は幸運に恵まれたらしい。新聞に載っていたガリオンくじグランプリの記事を思いだし、シャーロットはニヤリとした。素晴らしい。これが、この物語のスタートだ。

 

 

 

シャーロットの誕生日には、たくさんの人々からプレゼントが届いた。ダンブルドアは可愛らしく、使いやすそうな検知不可能拡大呪文がかけられた鞄が届いた。ダンブルドアはどんな風にこれを選んだのだろうと思うと、すこし面白かった。ロンからはエジプトで見つけたらしい怪しげな動きをするスフィンクスが描かれたマグカップ、ハーマイオニーからは時間が経つとキラキラと色が変わるマニキュアをもらった。シャーロットももちろん、ハリーへ誕生日プレゼントを贈った。今年は、ホグズミードにある薬局で購入した、疲れた目に素晴らしい効果がある目薬を贈った。誕生日プレゼントにしては少し華がないかなとも思ったが、おそらくダーズリー家に隠れ、こっそりと夜中に懐中電灯の光を頼りに宿題をしているはずだ。目を酷使しているハリーには必要だろうと考えた。目薬だけではあんまりなので、今年発売されたプロクィディッチチームの本も贈った。きっと楽しんでくれるだろう。

 

 

 

予定通り、シリウス・ブラックも無事に脱獄したらしい。シャーロットは新聞の記事を思い出した。今年の目標はシリウス・ブラックの保護、そして冤罪を晴らすことだ。そのためにはなによりもペティグリューを捕獲しなければならない。夏休み前にウィーズリー家の双子からもらった忍びの地図を使って、今年はなるべく早く動こうと考えていた。そのためには協力者が必要だ。できれば事情を把握し、できるだけ実力のある魔法使いの協力者が。

やがて喫茶店にある人物が足を踏み入れた。その人物はシャーロットの姿を見ると、ハッと息をのみ、顔を強張らせた。シャーロットはそんな相手の様子に構わず、にっこり笑って向かい側の席を勧めた。

「はじめまして。会えて嬉しいです。―――ミスター・ルーピン」

 

 



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喫茶店にて

その日、リーマス・ルーピンのもとへ奇妙な手紙が届いた。

 

『リーマス・ルーピン様

 

はじめまして。突然すみません。私の名前はシャーロット・ダンブルドアといいます。ホグワーツの校長、ダンブルドアの被後見人で、今年ホグワーツの三年生になります。私はハリー・ポッターと同じ寮で、友達でもあります。校長先生からあなたが「闇の魔術に対する防衛術」の先生になるかもしれないと聞きました。ハリーの事について、どうしてもあなたと話したい事があります。もしよければ、ホグワーツでの面接の後、ホグズミードの喫茶店に来ていただけないでしょうか。あなたにとっても重要な話です。お待ちしております。

 

 

シャーロット・ダンブルドア』

 

ルーピンは首をかしげた。なんとも不思議な手紙だ。しかし、怪しいとは思わなかった。どうやらシャーロットという少女はどうしても自分と話したいらしい。別に断る理由もないため、ルーピンはふくろう便で了承の返事を送り、ホグワーツでの面接の後、ホグズミードに立ち寄ることにした。

 

 

ホグズミードの喫茶店。目の前に座る赤毛の少女の姿を、ルーピンは失礼だとは分かっていながらもじっと見つめた。幼いリリー・エバンズそのものだった。かつて自分と同じ監督生で、親友の妻となった女性の事を思い浮かべた。

「私の顔、やっぱり気になりますか?」

「あ、ああ。いや、すまない。実は知り合いとそっくりで…」

「リリー・エバンズですね?ハリーのお母さん」

シャーロットがそう言うと、ルーピンはギョッと目を見開いた。シャーロットは苦笑いをした。

「よく、言われるんです。私の実の父がリリー・エバンズと親戚だったらしくて。別に隠し子とかじゃありませんから」

「い、いや、そんな事思ってないさ。」

ルーピンは誤魔化すように、注文した紅茶を口にした。

「ところで、一体どうして僕を呼び出したんだい?ハリーのこと?」

「正確には、ハリーの名付け親のことです」

シャーロットがそう言った瞬間、ルーピンは再び顔を強張らせた。

「なぜ、それを…」

「学生だってその気になれば調べられますよ。ハリーのお父さん、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラック。グリフィンドール出身で悪戯仕掛人。ジェームズ・ポッターは息子が生まれた時、ブラックを名付け親にそして秘密の守人に選んだ。そして、ブラックは親友を裏切り「例のあの人」に情報を流し、ポッター夫妻は死んだんですね。」

シャーロットがなるべく冷静に語ると、ルーピンは苦しそうに目を伏せた。

「恐ろしい出来事だった。今でも忘れられないよ」

「…数日前、アズカバンに捕らえられていたはずのブラックが逃走しましたね。」

「…ああ。やつはきっとハリーの事を狙うはずだ。なんとしても早く捕らえなければ…」

「本当にそうでしょうか?」

シャーロットがルーピンの言葉を遮った。ルーピンは眉を寄せてシャーロットに視線を向けた。

「ブラックは裏切り者。「例のあの人」の手下。本当にそうなんですか?」

「…そうだ。それはポッター夫妻の襲撃事件で明らかになっている。」

「もし、それが冤罪だったら?もしもブラックが無実だったら?あなたはブラックを信じますか?」

シャーロットの言葉にルーピンは戸惑った。

「なんだい?一体どうして無実なんて――」

「これ、見てみてください」

シャーロットが鞄から羊皮紙を取り出すと、ルーピンは息をのんだ。

「これは!」

「友達のお兄さんからもらいました。その様子だとこれが何か知っているみたいですね。もしかしてムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの誰かさんですか?」

シャーロットがニヤリと笑うとルーピンは呆気に取られた。

「使い方も知っているのか!」

「もちろん。これをもらったあと、早速抜け道を探してたんです。そうしたら、グリフィンドールの寮でおかしな名前を発見しました」

「おかしな名前?」

「ピーター・ペティグリュー」

ルーピンは呆然と口を開けた。

「まさか!そんなはずはない!ピーターは――」

「十二年前に死んだ。ブラックを追い詰めて木っ端微塵に吹き飛ばされた。そうなっていましたね。でも、違うみたいです。忍びの地図がペティグリューだと示したのは、私の友達のロン・ウィーズリーが飼っているペットのネズミでした」

「ネズミ?…そ、そうか!」

「やはり、そうなんですね?同級生で寮でも一緒だったあなたなら知っていると思いました。ペティグリューは「動物もどき」なんですね?それも、未登録の。」

シャーロットがそう言うと、ルーピンはしばらく迷ったあとに頷いた。

「…そうだ。学生時代、動物もどきになった。」

それからルーピンは学生時代の出来事を語り始めた。自分が狼人間であることを言うときはしばらく迷っていたが、結局シャーロットに促され、すべてを説明した。

「なるほど、あなたがムーニーだったんですね。別にあなたが狼人間だからって怖いなんて思いませんよ。それに、ブラックがアズカバンから脱獄した方法も分かりました。しかし、そうなるとやっぱりおかしい」

「何がだい?」

「ペティグリューはなぜ死んでないのに死んだふりを?わざわざ指を一本残してまで。彼はあの事件のあと、英雄になったんですよ。勳一等マーリン勲章まで授与されたのに。なぜ死んだふりをしなければならないのです?しかも、十年以上もペットのふりを続けてまで!」

「…確かに」

「本当にブラックは秘密の守人だったんですか?もしかして、こっそり秘密の守人をペティグリューに変えた、なんて可能性は?」

ルーピンは頭を抱え、唇を噛んだ。

「まさか!ジェームズが秘密の守人を変えた?」

「それはわかりませんけど。でも、可能性はありますよね?」

シャーロットがそう言うと、ルーピンは戸惑っていたが頷いた。

「ミスター・ルーピン。頼みがあります。おそらく、ブラックは必ずホグワーツへやって来ます。私はブラックを捕まえるつもりです。そして、十二年前の事件の再調査を依頼します。ネズミになっているペティグリューからも目を離さないようにします。本当はすぐにでもペティグリューから話を聞きたいことところですが…。先生はブラックを捕まえるのに協力してください」

「私が?」

「もちろん、すぐに魔法省に引き渡すことはしません。必ず真実をはっきりさせます。ブラックとペティグリュー。本当は誰が、裏切り者なのかを。」

ルーピンは話を聞くと、しっかりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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黒い犬とナイト・バス

シャーロットは喫茶店から戻ると、荷物を整え始めた。

「アンバー、出掛けるわね」

「お嬢様、どちらへ?」

「知り合いの家よ。しばらくはそこに泊まるから。お爺様にはもう伝えたわ。いってきまーす!」

シャーロットは学習道具等はホグワーツに届けるよう手配し、鞄を持つとアンバーに別れを告げて飛び出した。

 

 

 

 

 

「さあ、猫さんたち。ごはんよ。あっ、ちゃんと人数分あるから慌てないで」

「………あんた、一体何がしたいんだい?」

シャーロットの行動をアラベラ・フィッグは呆れたような目で見つめ、息を吐いた。

ここはプリベット通りの二筋向こう。フィッグ邸である。シャーロットはキャベツの匂いが漂う家で、フィッグの猫たちの世話をしていた。ここ2~3日の間、シャーロットはフィッグの家に泊まっていた。この後家出をする予定のハリーを見守り、合流しようと考えていた。

「猫さんたちにごはんをあげているだけですよ、フィッグさん」

「…まあ、いいか。その後ちょっと掃除を手伝っておくれ。言っとくけど魔法はなしだよ。」

「ええ、もちろん。私、未成年ですし。こう見えて掃除は得意なんです」

シャーロットはにっこり笑った。

最初はシャーロットを胡散臭そうに見ていたフィッグだったが、誠心誠意家事や猫の世話をすることで少しシャーロットへの対応も柔らかくなっていった。

「フィッグさんは、ここでハリーを見守っていたんですね」

「ああ、そうさ。あたしゃ見守ることくらいしかできないしね」

「見守ること“くらい”なんて言わないでください。大変なお仕事のはずですよ。」

シャーロットがそう言うとフィッグは目をパチクリとさせた。

「ハリーのこと、見ていてあげてください。いつか必ずフィッグさんの助けが必要な時が来るはずです」

「…あんた、本当に不思議な子だねぇ」

フィッグは呆れたように呟いたが、その声には温かさがあった。

 

 

 

 

「フィッグさん。少しの間ですけどお世話になりました。今夜、出ていきます」

「え?今夜?」

シャーロットは手早く荷物をまとめはじめた。ダーズリー家に滞在していたマージョリー・ダーズリーが、家に戻るらしいという情報を掴んだためである。

「今夜って、あんた、せめて朝になってからにしときなさい」

「いいえ。今夜でないと意味がありません。」

フィッグは心配そうにしていたが、シャーロットはキッパリ言った。

そして、その夜。シャーロットがフィッグ邸の庭でプリベット通りの向こう側を見ていると、それは現れた。

「ギャアァァァァァァァ」

「わーお。飛んだ飛んだ。さすがハリー」

風船のように丸く膨らんだ中年女性が空へ飛び出すのを見届け、シャーロットはフィッグに挨拶とお世話になったお礼のお菓子を渡すと、フィッグ邸から出ていった。

 

 

 

 

暗い通りを、購入していた懐中電灯を照らしつつ、歩く。マグノリア・クレセント通りは、今の時間誰も歩いていない。これは好都合だ。ロンドンまで行くには、あのバスをぜひ使ってみたいと考えていた。しばらく歩いていると、石垣にポツンと座っているハリーを見つけた。ハリーの近くには大きな黒い犬がいた。

「こんばんは。ハリー、やっと見つけた」

「うわぁっ!え?シャーロット!」

突然声をかけるとハリーは驚いて立ち上がった。

「なんでここに!?」

「もちろん、あなたを助けるために」

シャーロットはそう言いながらチラリと犬に目を向けた。犬は突然現れたシャーロットに、目を見開いて口を開けている。どうやら立ち去るタイミングを失ったようだった。

「わんちゃんもこんばんは。いい夜ね」

シャーロットが話しかけると犬はビクリとして、少しだけ後ずさった。このまま逃げるかどうか迷っているらしい。シャーロットは鞄からランチボックスを取り出すと、犬に差し向けた。

「ずいぶん痩せているわね。私の夜食だけど、もしよければどうぞ。全部食べてもいいわよ」

ランチボックスには少しの野菜とたくさんのチキンが入っていた。犬はしばらく迷っていたが、空腹には勝てなかったようでその場でチキンにかぶりついた。

「シャーロット、その犬…」

「たぶん野良犬よ。心配ないわ。それよりも、早く行きましょう。」

「行くって…」

「とりあえず、漏れ鍋かしらね」

シャーロットはハリーの荷物を一緒に持った。そのあと、チキンに夢中になっている犬へ近寄ると耳元に囁いた。

「またね、わんちゃん。もしも困ったことがあったら、ホグワーツにいらっしゃい。私はグリフィンドールのシャーロットよ」

犬が食べるのを中止し、シャーロットをじっと見つめた。そんな犬に微笑みながら、シャーロットはハリーとともに歩き出した。犬は二人の後ろ姿をいつまでも見つめていた。

 

 

 

 

「シャーロット、どうやって漏れ鍋まで行くの?僕、マグルのお金を持ってないんだ」

「大丈夫よ。ちょっとバスにお世話になりましょう」

まだ心細そうにしているハリーに微笑むと、シャーロットは杖を取りだし、杖腕を突き出した。

その途端、バーン!という衝撃とともに紫色のバスが登場した。

「『ナイト・バス』がお迎えに来ました。迷子の魔法使い、魔女たちの緊急お助けバスです…」

ナイト・バスの出現にハリーは顔をひきつらせていたが、構わず車掌のスタンに漏れ鍋まで行くようお願いし、料金を払うとシャーロットはハリーの手を引っ張りバスに乗り込んだ。

「シャーロット、これ何?」

「ナイト・バスよ。さっき車掌さんが言ったとおり、迷子の魔法使いのためのバス。杖腕を突き出すとどこでも来てくれるし、どこへでも連れて行ってくれるわ」

スタンと運転手のアーニーはハリーの名前を言うと、興味津々で見てきたが、シャーロットが急かすとどんどんバスを進めてくれた。バスは居心地がいいとは到底言えなかったが、それでも狭い田舎道をガンガン突き進んだ。ハリーはバスの構造に驚きながらも、まだ不安そうな顔をしていた。

「シャーロット、僕、どうしよう。たぶん退学だ」

「おばさんを膨らませちゃったから?」

シャーロットが悪戯っぽく言うとハリーは驚いた。

「なんで知ってるの?」

「空を飛んでいるのが見えたの。でも、あなたがわざとそうするわけないもの。何か理由があるんでしょう?」

ハリーは悔しそうに唇を噛んだ。

「僕の両親を侮辱したんだ。聞こえなかったふりはできなかった」

「当然だわ。私だって自分の親が侮辱されたら呪いをかけるわよ」

「でも、魔法、使ってしまった。どうしよう。もうホグワーツに行けないかも…」

「大丈夫!お爺様が退学なんて絶対にさせないわ!」

シャーロットがそう言うと、ハリーは少しだけ笑ったが顔は暗いままだった。

バスの中ではスタンの読んでいる新聞にハリーが注目していた。一面記事になっているシリウス・ブラックの写真に驚いている。ブラックが十三人も殺したと知り、身震いをしていた。シャーロットはそんなハリーをじっと見つめていた。

 

 

 

やがてバスはブレーキを思いっきり踏みつけ、急停止した。小さなパブ、漏れ鍋にようやく到着したのだ。ハリーとシャーロットはお礼を言ってから、バスを降りた。

「ハリー、やっと見つけた」

ハリーが驚いて振り返った。シャーロットは冷静にその人物を見返す。

魔法大臣、コーネリウス・ファッジがそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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猫とネズミ

「こんばんは。ファッジさん。」

固まっているハリーをよそに、シャーロットが挨拶をすると、ファッジはチラリと目を向けた。

「ああ、君はミス・ダンブルドアだね。君とナイト・バスがハリーを見つけてくれて助かった。」

ファッジは本当に安心したようにホッと息を吐いた。まだ固まっているハリーの耳にシャーロットは囁いた。

「ハリー、魔法大臣のコーネリウス・ファッジさんよ」

魔法大臣という言葉にポカンと口を開けた。

 

その後、ファッジがハリーと話すためパブへと入っていった。シャーロットは邪魔をせずそれを見送り、漏れ鍋で2つの部屋をとり、宿泊の手配を進めた。

 

ファッジはハリーと話したあと、足早に去っていった。ハリーは退学にならなかったことに安心しながらも、ファッジの対応を奇妙に思っているらしい。しかし、初めて自由な生活を手にいれた事には素直に喜んでいた。

それからの日々は平穏だった。ハリーは好きなときに起きて、食べたいものを食べる生活に最初は戸惑っていたが、すぐにそれを楽しむようになった。ハリーとシャーロットは二人で他の泊まり客を眺めたり、ダイアゴン横丁を散策したりと目一杯楽しんだ。「高級クィディッチ用具店」では、新作の箒、『ファイアボルト』にハリーは夢中になっていた。

「ハリー、とても美しい箒ね」

「ああ…」

ハリーはうっとりと箒を見つめた。それからというもの、ハリーはファイアボルトを見るためだけに毎日通いづめだった。

新学期も近くなり、二人は教科書を購入した。ちなみにシャーロットは三年生になったときの選択授業を『魔法生物飼育学』『古代ルーン文字』『数占い』にした。『魔法生物飼育学』の教科書を購入するとき、書店の店主は泣きそうになっていた。

 

 

やがて月日は流れ、明日は新学期となった日、ハリーとシャーロットはロンとハーマイオニーと合流した。ロンはハリーのおばさん膨らませ事件を面白がり、一方ハーマイオニーは袋がはちきれそうなほど教科書を購入していた。

「ハーマイオニー、これから一年、食べたり眠ったりする予定はあるの?」

ハリーが言うとロンはクスクス笑い、ハーマイオニーはそれを無視してシャーロットに問いかけた。

「むしろ、私はシャーロットも全科目とると思っていたわ。あなた、勉強好きだし…」

「まあね。でも、私もマグル出身だからマグル学は必要ないと思ったし。それに、占いは嫌いなの」

「え?なんで?」

「嫌なのよ。占いとか予言とか、まるで未来が最初から決めつけられているみたいじゃない」

「でも、あなた数占いはとってるじゃない!」

「…訂正するわ。占いのトレローニー先生が好きじゃないの。できれば関わり合いになりたくない」

シャーロットが教師に対してそんな事を言うのは珍しいため、三人は不思議そうな顔をした。

「トレローニー先生?なんで?」

「あの先生、インチキだもの。今までまともな占いはほとんどしてないわよ。一部に熱烈なファンはいるみたいだけど」

シャーロットの言葉に、占い学を受講予定の三人は少しだけ後悔した。

 

 

その後、ハーマイオニーの希望で「魔法生物ペットショップ」に足を踏み入れた。ロンも具合の悪いスキャバーズを診てもらうために、カウンターの魔女の元へ向かった。

「僕のネズミのことなんですが、エジプトから帰ってきたら、ちょっと元気がないんです」

ロンが魔女に説明を続ける横で、ハリーとハーマイオニーは店の中を見渡していた。カエルやウサギなど様々な動物たちが騒いでいる。魔女はスキャバーズをじっくり診てから、別の健康なネズミをロンに勧めていた。ロンがそれを断ると、魔女はカウンターの下から赤い瓶を取り出した。

「別なのをお望みじゃないなら、この『ネズミ栄養ドリンク』を使ってみてください」

「オーケー、いくらですか?――あいたっ!」

その時、オレンジ色の影がロンの頭に着地した。シャーシャーと威嚇するオレンジ色の猫はスキャバーズに突進する。

「ストップ!」

シャーロットはとっさに猫のふさふさの尻尾と、逃げようとするネズミの尻尾を両手で捕まえた。

「危ないわよ、猫さん。」

「クルックシャンクス!ダメじゃない!」

シャーロットは憤慨する魔女に猫を引き渡し、ロンの鞄にスキャバーズを突っ込んだ。クルックシャンクスはスキャバーズの入っている鞄にまだシャーシャーと威嚇をしていた。

「ハリー、ロン。スキャバーズが危ないから、外で待ってて。私はハーマイオニーに付き合うわ」

「う、うん。そうする」

ロンは栄養ドリンクの料金を払うと、ハリーとともに慌ただしく出ていった。

一方、ハーマイオニーは気難しそうな潰れた顔の猫をキラキラした瞳で見つめていた。

「この子、素敵ね!」

「うん。可愛いと思う」

「この子は長いことこの店にいるんですよ。誰も欲しがる人はいなくて。結構頭がいいんですけどね」

ショップの魔女が説明すると、ハーマイオニーはクルックシャンクスを購入する決心をしたようだった。

その後、ロンはハーマイオニーに噛みついていたが、ハーマイオニーは全く気にとめていなかった。

 

 

その後、漏れ鍋にてウィーズリー家の家族と対面した。パーシーは首席になっており、誇らしげだった。ジニーや双子も元気そうだった。夕食の席で明日のキングス・クロス駅に向かうために魔法省が車を用意したことをウィーズリー氏が伝えると、シャーロット以外は困惑していた。明日の朝、慌てずにすむようシャーロットは荷造りを完璧に済ませると、早々とベッドに横になった。

 

 



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吸魂鬼と守護霊

翌朝、シャーロットは誰よりも早起きをしてゆっくりと紅茶を味わった。やがてウィーズリー家の人々も起き出し、どんどん下りてきた。そんな中、ハリーが何かを話したそうに見つめてきた。シャーロットはそれに見当がついていたが、今は話せなかった。

魔法省の車に全員乗り込み、キングス・クロス駅へと向かった。汽車が出発するまで十分時間がある。シャーロットはハリー、ロン、ハーマイオニーに向かって

「私、先に席を取っておくわ。後ろの方にとるから後で来てね」

と声をかけ、汽車に乗り込んだ。おそらくウィーズリー氏がハリーへ忠告をするだろう。シャーロットは足早に足を進め、後ろの方で誰もいないコンパートメントを見つけた。途中でみすぼらしいローブを着たルーピンを見つけたが、すでにぐっすり眠っていたため、声は掛けなかった。

やがて汽車が動き始めた。どんどんスピードが上がり、駅が見えなくなった頃、三人がコンパートメントへ入ってきた。

「それで、何の話?」

シャーロットが切り出すと、ハリーはポツリポツリも話し始めた。昨晩、ウィーズリー夫妻の会話から、シリウス・ブラックの件を知ったらしい。

「シリウス・ブラックが脱獄したのは、あなたを狙うためですって?あぁ、ハリー…、ほんとに、ほんとに気をつけなきゃ」

ハーマイオニーは心配そうに顔を曇らせ、ロンも震えていた。シャーロットはじっと考え込んでいた。

「シャーロット?どうしたの?」

「なんか、違和感があるのよ。その話」

シャーロットが呟くと、三人は驚いたように見返した。

「違和感?」

「なぜ、今なの?アズカバンから脱獄できるのなら、早いうちがよかったはずよ。だって、ハリーはホグワーツに入学して三年も経ったのよ。ハリーを殺したいのなら、ハリーが魔法を身に付ける前に、もっと小さい頃に狙った方がいいじゃない。」

その言葉に三人も不思議そうに顔を見合わせた。

「まあ、確かに…」

「何か別の目的があるんじゃないかしら。もしくはアズカバンから脱獄するための力を最近になって手に入れたのか…」

「でも、用心するのに越したことはないわ。」

「そうだぜ。ハリー、一人で出歩かない方がいい。」

ハリーは不安そうに頷いた。

その後、ホグズミードの話になり、場を明るくさせようとしたがハリーの顔は暗いままだった。やはり、サインは貰えなかったらしい。マクゴナガル教授に頼んでみるよう伝えたが、おそらく無理だろうなとシャーロットは思った。

更にその後、マルフォイがニヤニヤ笑いながらやって来た。

「へえ、誰かと思えば――」

「行け!クルックシャンクス!」

シャーロットはマルフォイの顔を見た途端、ハーマイオニーのそばにあった籠の紐を解き、クルックシャンクスをけしかけた。頭のいいクルックシャンクスはすぐにシャーシャーと鳴きながら、マルフォイに飛びかかっていった。

「うわあ!なんだ、この猫―」

マルフォイが悲鳴をあげて、コンパートメントから離れていった。それを慌ててクラッブとゴイルも追いかける。シャーロットは引き寄せ呪文でクルックシャンクスを回収すると、ご褒美に猫用のおやつを与えた。快適な旅をマルフォイに邪魔されるなんて冗談じゃない。

「ね?クルックシャンクスはいい子だわ」

「そいつを絶対にスキャバーズに近づけるなよ!」

「ロン、大丈夫よ。ハーマイオニーも私も気を付けるから」

ロンとハーマイオニーはまだ争っていた。スキャバーズはロンのポケットの中で震えていた。幸運にもクルックシャンクスはおやつに夢中で、ポケットの膨らみに気付かなかった。

やがて、汽車が速度を落とし始めた。

「まだ着かないはずよ」

「じゃ、なんで止まるんだ?」

やがて汽車がガクンと止まった。他のコンパートメントからも生徒たちが不思議そうに顔を突きだしていた。シャーロットは静かに杖を握りしめた。そして、何の前触れもなく、明かりが一斉に消えた。

「一体何が起こったんだ?」

「イタっ!」

ロンとハーマイオニーの声が聞こえる。突然、コンパートメントのドアが開き、誰かが入ってきた。それはネビルとジニーだった。どうやらコンパートメントが変わっても、原作の流れは変わらないらしい。

「ロンを探しているの――」

「入って、ここに座れよ」

「ここには僕がいるんだ!」

「アイタッ!」

「みんな、静かに」

一人だけ冷静なシャーロットが静かに声をかけると、ピタリと声が止まった。

「シャーロット、何が起こってるの?」

「大丈夫。できるだけ、動かないで。じっとしていて」

シャーロットがそう言った時、ドアがゆっくり開いた。そこにいたのはマントを着た黒い影だった。分かっていたことだが、シャーロットは鳥肌が立つのを感じた。マントから腐敗したような恐ろしい手が伸びた。シャーロットは一瞬だけ怯んだが、声をあげた。

「ここに、彼はいないわ!去りなさい!」

その言葉に気にも止めず、黒い影は手を伸ばす。シャーロットは一瞬だけ目をつぶり、思い出に集中すると、杖を振るい、呪文を唱えた。

「エクスペクト・パトローナム!」

杖の先から銀色の雌ライオンが飛び出し、黒い影に飛びかかっていった。黒い影は消えるように去っていった。

車内が再び明るくなった。

「ハリー!」

ジニーが声をあげた。床に、ハリーが倒れていた。

「ハリー!大丈夫か!?」

皆でハリーのわきにかがみこんだ時、コンパートメントの扉が開き、ルーピンが入ってきた。

「大丈夫かい?」

突然入ってきた見知らぬ人物に対して、シャーロット以外は警戒するような視線を向けた。また、ルーピンもシャーロットの姿を見て、少し目を見開いていた。

「先生、ハリーが吸魂鬼の影響を強く受けたみたいで」

「あ、ああ、大丈夫かい?」

ルーピンがハリーの顔を覗き込んだとき、ハリーがうめきながら目を開けた。

「何が起こったの?」

ハリーは蒼白な顔で問いかけた。

「ハリー、もう大丈夫よ」

「あれは何だったんだ?」

「とにかく、これを皆で食べなさい。元気になる。私は運転手と話してこなければ。失礼――」

ルーピンはチョコレートをシャーロットに手渡し、通路へ消えた。

「今のは誰なんだよ?」

「ルーピン先生よ。新しい「闇の魔術に対する防衛術」の先生」

「シャーロット、知ってるの?」

「ちょっとね」

シャーロットは誤魔化しながら、チョコレートを配った。

「ねえ、さっきのは何だったの?誰が叫んだの?」

「誰も叫びやしないよ」

「あれは、吸魂鬼よ。アズカバンの看守。」

シャーロットが説明しても、ハリーはあまり理解できなかったようで、震えていた。

「シャーロット、さっきのは何?何か杖から出してたけど」

「あー、あとで説明する。とりあえずチョコレートを食べた方がいいわ」

シャーロットが促すと、みんながチョコレートをかじった。シャーロットも少しだけ口にした。たちまち、手足の先まで暖かさが広がった。

やがて動き出した汽車はようやくホグワーツに到着した。ハリーはまだ顔色が悪い。チラチラとハリーに顔を向けながら、城にも吸魂鬼がいるのを見て、シャーロットは顔をしかめた。途中でマルフォイがからかってきた。ロンは悔しそうに睨んでいたが、シャーロットは華麗に無視し、足を進めた。

「ポッター!グレンジャー!ダンブルドア!三人とも私のところにおいでなさい!」

大広間に入る前に、マクゴナガルが姿を現し、三人を呼んだ。相変わらず厳格そうな顔だった。ロンは心配そうに見ていたが、マクゴナガルに促され、他の生徒とともに大広間に入っていった。

事務室で、マクゴナガルは突然切り出した。

「ルーピン先生が前もってふくろう便をくださいました。」

マダム・ポンフリーも入ってきて、ハリーを心配そうに見つめる。ハリーは少し顔が赤くなっていた。

「僕、大丈夫です。なんにもする必要はありません。吸魂鬼なら、すぐにシャーロットが追い払ってくれました。少し気分が悪くなっただけです」

「追い払った?ミス・ダンブルドアが?どうやって?」

「別に。パトローナスを出しただけです」

シャーロットがそっぽを向いて、できるだけサラリと答えたが、マクゴナガルは呆然としていた。

「ダンブルドア、あなたはパトローナスが出せるのですか!?その年で!?」

「…ちょっと、興味があってずっと練習していたので」

今度はみんなの視線がシャーロットに向いて、シャーロットはますます目を背けた。その後、ハリーは入院を勧められたが、意地になって拒否したため、入院の話はなくなった。その後、ハリーは大広間に向かい、事務室にはシャーロットとハーマイオニーが残された。

マクゴナガルの提案は予想していたものだった。逆転時計を使った授業の提案に、ハーマイオニーは顔を輝かせていた。

「先生、それ、使わせてください!それがあればもっと勉強がはかどります!」

マクゴナガルは少しだけ表情を和らげ、ハーマイオニーに頷いていた。

「ミス・ダンブルドア、あなたはどうしますか?」

「…私はやめておきます」

ハーマイオニーは信じられないと言わんばかりの顔でシャーロットに目を向けた。マクゴナガルも不思議そうに首をかしげる。

「いいのですか?これがあれば…」

「いいえ。私は今の時間だけで精一杯です。自分のペースで勉強を進めます。せっかくのご好意を無駄にしてしまい、申し訳ありません。」

それは本心だった。シャーロットは勉強が好きだが、別の時間を作って勉強するのはあまりにも疲れそうだ。逆転時計を上手に使いこなす自信もなかった。マクゴナガルは残念そうにしていたが、結局逆転時計はハーマイオニーだけに与えられた。

 

 

 

 



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新学期の始まり

「シャーロット、あなたも逆転時計を使えばよかったのに」

「私はハーマイオニーみたいに全科目選択していないから使わなくても大丈夫。それよりも、ハーマイオニー。それを使うんだったら、あまり使いすぎないようにね。きっとものすごーく疲れるわよ。どこかで休憩の時間を取った方がいいわ」

「そんなことできないわ!授業以外では使わないってマクゴナガル先生と約束したのよ!」

シャーロットとハーマイオニーは会話をしながら大広間に急いだ。ハーマイオニーの生真面目さにシャーロットは苦笑した。

大広間ではすでに組分けは終了していた。ロンが席を取ってくれていたため、急いで座る。ロンとハリーが小声で話していたが、ダンブルドアが話をするために立ち上がったため、中断した。

ダンブルドアは新入生への祝いの言葉、そして吸魂鬼に対しての注意を呼び掛けた。すでにその恐ろしさを知ったシャーロットは身震いをした。今年一年あんな奴等がホグワーツを彷徨いているなんて、冗談じゃない。さっさとアズカバンに返さなければ。

その後、ダンブルドアが新しい先生を紹介した。「闇の魔術に対する防衛術」にはもちろんルーピン先生。シャーロットの視界の隅で、スネイプが憎悪の瞳でルーピンを睨んでいる姿が映った。そして、「魔法生物飼育学」にハグリッドが就任したことが発表され、グリフィンドール生から歓声が上がった。ハリー、ロン、ハーマイオニーもびっくりして、嬉しそうに笑っている。宴のご馳走を楽しんだあと、四人でハグリッドにお祝いの言葉をかけにいった。ハグリッドは感極まって、ナプキンに顔を埋めていた。

 

 

 

 

翌日、大広間ではスリザリン生達が、気絶するフリをするマルフォイを中心に盛り上がっていた。

「ハリー、無視して。相手にするだけ無駄よ」

シャーロットはハリーにそう言ったが、内心怒りでイライラしていた。パーキンソンのパグ顔が鼻につく。ハリーとロンもスリザリンのテーブルを睨み付けていた。

一方、ハーマイオニーは新しい時間割をチェックしていた。シャーロットも確認する。シャーロットの最初の授業は『数占い』だ。

「ねえ、ハーマイオニー。君の時間割、メチャクチャじゃないか」

ロンがハーマイオニーに絡む。それもそのはず、ハーマイオニーの時間割は一日に十科目もあるのだ。

「なんとかなるわ。マクゴナガル先生と一緒にちゃんと決めたんだから」

ハーマイオニーはロンの追求をかわそうとしたが、それどもロンは不思議そうに時間割を見つめ、問いかけるのを止めない。見かねたシャーロットはロンの口にソーセージを突っ込んだ。

「うぐっ」

「朝からうるさいわよ、ロン。ハーマイオニーができるって言ってるんだから、あまり絡まないの」

「むぐ、ごくん。でもさ、」

「しつこい。ハーマイオニーに嫌われるわよ。あなた、今年の宿題とか試験をハーマイオニーなしで乗り切れるの?」

「え?えーと、無理かな…」

「だったら、授業に関してつべこべ言わないの。マクゴナガル先生が許可したんだから、これでいいのよ。それよりもあなたたち、最初は『占い学』なんでしょ?北塔のてっぺんが教室だから、早くいかないと遅れるわよ」

シャーロットがそう言うと、ロンとハリーは慌てて食事を再開した。ハーマイオニーが感謝の視線を送ってきた。

「じゃあ、ハリー、ロン。またあとでね。忠告しとくけど、トレローニー先生の言葉は一切信じちゃダメよ。絶対に」

シャーロットはそう言って、一人で『数占い』の教室へ向かった。教室ではまだ授業開始まで余裕があった。教科書を軽く読み、予習をしていると、ハーマイオニーがやって来て、シャーロットの隣に座った。ハーマイオニーは怒っているような、複雑そうな顔をしている。どうやら、『占い学』の授業を終えた後らしい。

「何なのよ!あの授業!シャーロットの言った通りだわ!お茶の葉の塊が何だって言うのよ!」

「あー、なるほどね。じゃあ、今年は誰が死ぬ予定なの?」

シャーロットがニヤリと笑うと、ハーマイオニーはビックリしたように見返してきたが、ベクトル先生が入ってきたため、話は中断することになった。

『数占い』の授業内容に、ハーマイオニーは少しだけ気分が上向いたようだった。授業が終わったあと、急いで次の『変身術』のクラスへ向かった。

『変身術』ではクラス中がハリーをチラチラと盗み見ていた。おそらく、マクゴナガル先生の「動物もどき」の話をきちんと聞いていたのはシャーロットぐらいではないだろうか。マクゴナガル先生はそんな生徒たちに呆れ、事情を問いただした。『占い学』で何があったか知ると、鼻の穴を大きくしながら、死の予言を気にしないようにハリーへ伝えていた。

マクゴナガル先生の言葉に、ハリーは少し気分が軽くなったようだった。しかし、ロンはまだ心配そうだった。

「ハリー、君、どこかで大きな黒い犬を見かけたりしなかったよね?」

「うん、見たよ。ダーズリーのとこから逃げたあの夜、見たよ」

ハリーの言葉にロンが顔を真っ青をした。

「違うわよ。ロン。あの時、私も一緒にいたの。間違いなくただの野良犬だったわ。私があげたチキンをのんきに頬張っていたもの」

シャーロットがそう言っても、ロンはビリウスおじさんという死神犬を見た人物の話を持ち出し、大騒ぎを始めた。ハーマイオニーは『占い学』のいい加減さを口にし、ロンと言い争いになってしまった。

「あの授業は『数占い』のクラスに比べたら、まったくのクズよ!」

その後、ツンツンしながら去っていってしまった。

「あいつ、いったい何言ってんだよ。あいつ、まだ一度も『数占い』の授業に出ていないんだぜ」

ロンがハリーにそう言っており、ハリーも不思議そうにしていた。シャーロットは何も言わず苦笑した。

 

 

 

 



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波乱の魔法生物飼育学

しっとりとした空気が生徒たちを包む。シャーロットは城の外で大きく深呼吸をした。これから、あのヒッポグリフと初対面だ。楽しみな反面、ちょっとだけ緊張していた。ロンとハーマイオニーはまだピリピリしている。ハリーとシャーロットは顔を見合わせ、ため息をついた。

ハグリッドが小屋の外で生徒を待っていた。

「さあ、急げ!早く来いや!」

ハグリッドは授業を早く始めたくてうずうずしていた。

「さーて、イッチ番先にやるこたぁ、教科書を開くこった――」

「どうやって?」

マルフォイの気取った声が聞こえ、シャーロットはチラリと視線を送った。ハグリッドのガックリした声と教科書を開く方法を聞きながら、シャーロットはなぜマルフォイはこの授業を選択したのだろうとわりと真剣に考えていた。これから起こる悲劇を防ぐ方法はいろいろ考えた。ヒッポグリフの襲撃を防御呪文で防ぐ事も考えたが、ハグリッドの授業のやり方を考えると、結局今後もマルフォイはハグリッドの邪魔をしかねない。それならば―――。

「オォォォー!」

シャーロットの後ろでラベンダーが甲高い声をあげた。

ハグリッドが連れてきたのは、胴体、後ろ脚、尻尾は馬、前足や羽や頭は巨大な鳥のヒッポグリフだった。その迫力に生徒は後ずさった。

「美しかろう、え?」

ハグリッドが嬉しそうに大声を出す。

「立派なヒッポグリフね。最高よ、ハグリッド」

シャーロットが声をかけると他の生徒達はぎょっとしていたが、ハグリッドはニコニコして頷いた。

「まんず、イッチ番先にヒッポグリフについて知らなければなんねぇことは――」

ハグリッドの話を聞きながら、シャーロットはマルフォイを横目で見ていた。話を聞こうともせずに、クラッブやゴイルとひそひそしている。

「よーし、誰が一番乗りだ?」

シャーロットだけが真っ先に手を挙げた。

「やるわ、その美しい子に触らせて、ハグリッド」

「偉いぞ、シャーロット!よーし、そんじゃバックビークとやってみよう」

ハグリッドに導かれ、放牧場の柵を越える。他の生徒たちの視線を無視し、シャーロットは灰色のヒッポグリフの前に臨んだ。

「目をそらすなよ。なるべく瞬きするな」

ハグリッドの声が静かに耳に届く。シャーロットはゆっくりとお辞儀をした。目を上げると、ヒッポグリフはまっすぐにシャーロットを見据えていたが、やがて前脚を折り、お辞儀を返してくれた。

「やったぞ、シャーロット!触ってもええぞ!」

シャーロットは早速嘴を撫でると、ヒッポグリフはそれを楽しむように目を閉じた。クラス全員が拍手した。マルフォイ達だけはがっかりしていたが。

「よーし、シャーロット。そいつはお前さんを背中に乗せてくれるぞ」

「え?ほんとに?」

シャーロットは恐がるよりも、興奮でドキドキした。ハグリッドの指示通り、バックビークの背中に飛び乗る。ハグリッドがバックビークの尻を叩くと、翼がシャーロットの左右で羽ばたいた。

「う、う、わああ」

思わず情けない声が出る。箒に乗るのとは全く違う。快適とは言えなかったが、上から景色を見る余裕はあった。放牧場をグルリと回る。生徒達がヒッポグリフを見上げる様子が分かった。やがて、バックビークの首が下を向き、地上が近くなる。滑り落ちそうな気がして思わず目をつぶった。そのままドサッと着地するのを感じた。

「よーくできた、シャーロット!」

ハグリッドの大声が聞こえ、シャーロットは瞳を開けた。クラスの歓声の中、ハグリッドの手を借りてバックビークから降りた。楽しかったが、ドッと疲れが襲った。

「ほかにやってみたいモンはおるか?」

他の生徒達も恐々と放牧場へ入ってきた。マルフォイがバックビークに近寄るのが見えて、シャーロットはこっそりとマルフォイ達の後ろへ回り、ばれないように佇んだ。

バックビークがお辞儀をしたので、マルフォイは尊大そうに嘴を撫でた。

「簡単じゃあないか。ダンブルドアにできるんだ、簡単に違いないと思ったよ。」

マルフォイがわざと聞こえるように声を上げる。シャーロットはゆっくりと更にマルフォイに近づいた。

「そうだろう?醜いデカブツの野獣君」

そう言った瞬間、鋼色の鉤爪が光ったが、準備していたシャーロットの方が速かった。マルフォイの首根っこを掴み、ゴイルの方へ突き飛ばす。ゴイルとともにマルフォイが倒れるのが分かった。バックビークの鉤爪がシャーロットの背中を抉った。シャーロットは鋭い痛みを感じ、その場に倒れこんだ。

「シャーロット!」

ハリー、ロン、ハーマイオニーが駆けつけてくる。バックビークは狙った獲物を外し、再びマルフォイに向かおうとしたが、その前にハグリッドがバックビークに首輪を着けた。

「死んじゃう!」

マルフォイが喚く声が聞こえた。

「ああ、シャーロット!血が――」

「早く医務室へ!」

周りの生徒の声が聞こえたが、シャーロットはマルフォイの顔を見つめ、話しかけた。

「怪我はない?マルフォイ」

マルフォイはポカンと口を開け、何も言わずにシャーロットを見ていた。どうやらかすり傷一つ負っていないようだ。それを確認すると、シャーロットは再び口を開いた。

「あなたが不真面目だからよ、マルフォイ。ハグリッドの説明を聞いていなかったものね。あなたがやらかしたその結果をよーく、見ておくことね。こんな傷を負いたくなければ、授業の邪魔はしないで。それが嫌だったら『魔法生物飼育学』をやめることね。きっとあなたのお優しいパパなら授業を一つやめることくらい許してくれるわよ」

シャーロットの言葉にマルフォイは真っ赤になり、うつむいた。さすがに言い返す気はないようだ。その後、ハグリッドに抱えられ医務室へと連れていかれた。

 

 

 

「なんでマルフォイをかばったのよ!」

「だって、あそこでマルフォイが怪我をしたらハグリッドはクビになるか、バックビークは殺されちゃうもの。仕方なかったのよ」

ハーマイオニーはプンプンと怒ったが、シャーロットが言い返すと黙りこんだ。ハリーとロンは心配そうにシャーロットを見ている。背中には深々とした裂け目ができていたが、マダム・ポンフリーがあっという間に治してくれた。もう痛みもない。

「マルフォイのやつ、やっぱり引っ掻き回してくれたよな…」

「大丈夫よ、ロン。少なくともマルフォイは傷一つないわ。あの父親は何もできないわよ。でも、やっぱり最初の授業でヒッポグリフはやりすぎだったかもね」

「ハグリッドのところに行ってみようか」

ハリーの言葉にシャーロットは首をふった。

「やめておきましょう。もう外は暗いわ。私だけならともかく、ハリーはダメよ。明日の休み時間に小屋へ行きましょう」

シャーロットの言葉に三人は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 



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ボガートと生まれたトラウマ

結果的には四人はハグリッドの小屋へは行かなかった。ハグリッドが自分から夕食の席へやって来たためである。ハグリッドは涙を浮かべながらシャーロットに謝った。

「本当にすまねえ、シャーロット。怪我をさせちまって…」

「もう大丈夫よ。一瞬で治ったわ。気にしないで」

シャーロットは笑ってそう言ったが、ハグリッドは何度も謝罪の言葉を口にした。

シャーロットは自分が怪我をしたことで、事態がどう転ぶのか少し心配だったが、悪い結果にはならなかった。授業中に怪我人が出たことは理事会で多少の問題にはなったようだが、すぐに治癒する軽い怪我だったことと、ダンブルドアが口添えをしたことでハグリッドは厳重注意だけで済んだらしい。ハグリッドは教師が続けられる事を喜び、授業の見直しをすると張り切っていた。そんなハグリッドを見て、四人は安心した。

その後のグリフィンドールとスリザリン合同の『魔法薬学』の授業では、マルフォイが四人を睨み続けていた。シャーロットにかばわれたことが最大の侮辱となったらしい。ネビルをいじめるスネイプの声を聞きながら、シャーロットはマルフォイの視線を無視し縮み薬の製作に集中した。授業中、マルフォイがシリウス・ブラックの件でハリーに意味深な言葉を言ったときだけヒヤヒヤしたが、無事に緑色の縮み薬を完成させた。

 

 

やがて、最初の「闇の魔術に対する防衛術」の授業の日がやって来た。ルーピンは曖昧に微笑みながら教科書をしまうように指示する。生徒達は怪訝そうに顔を見合わせた。ルーピンに連れられて職員室に向かう途中、ピーブズが邪魔をしてきたが、ルーピンは素晴らしい技術でピーブズの鼻の穴にチューインガムの塊を突っ込んだ。生徒達が驚嘆して声をあげ、ルーピンを見る目が尊敬の視線に変わった。

職員室にはスネイプがいて、嫌みな捨て台詞を吐いて出ていった。部屋の奥には古い洋箪笥が置かれていた。

「心配しなくていい。中にまね妖怪――ボガートが入ってるんだ」

ほとんどの生徒が不安そうに顔を見合わせた。

ルーピンの授業を聞きながら、シャーロットはじっと洋箪笥を見つめていた。洋箪笥はガタガタ言っている。

「それでは、最初の質問ですが、まね妖怪のボガートとはなんでしょう?」

シャーロットとハーマイオニーが手を挙げた。ルーピンはハーマイオニーを指名したので、シャーロットは手を下げた。

ハーマイオニーの説明は分かりやすい。ルーピンもニッコリして誉めていた。そのままボガートの退治方法の説明に移った。

「わたしに続いて言ってみよう……リディクラス!」

全員で一斉に繰り返す。ルーピンは満足そうに頷くと、ネビルを指名した。哀れなネビルは今や洋箪笥よりもガタガタ震えていた。

ネビルが世界一怖いものを質問され、スネイプ先生と答えたため、クラス全員が笑った。シャーロットは授業を聞きながら自分の一番怖いものを考える。

シャーロットの怖いもの。認めるのはシャクだが、やはりアルバス・ダンブルドアだろう。シャーロットの後見人であり、この世で最も強力な魔法使い。あの人と本気で戦ったらすぐに敗北する自信があった。

そうこうする内に、ボガートとの対決が始まった。洋箪笥の前にネビルが一人だけ取り残される。

「いーち、にー、さん、それ!」

洋箪笥が勢いよく開き、鉤鼻のスネイプが現れた。

「リ、リ、リディクラス!」

ネビルの上ずった呪文の後、パチンと音が鳴る。スネイプはたちまち高い帽子に緑色のドレスを着た奇妙な姿へ変わった。クラス全員がどっと笑った。シャーロットもお腹を抱えて笑う。スネイプの途方にくれたような顔がまた一段と笑いを誘った。

次はパーバティの番だった。パチンと音がしてミイラに変わった。次のシェーマスの前では恐ろしい声のバンシーに変身した。パチン、パチンと次々にボガートは生徒達の怖いものに変身していく。やがて、ボガートはシャーロットの前に来た。シャーロットは杖を構えた。

パチンと音がした。そこに立っていたのはシャーロットが予想だにしないものだった。

シャーロット以外の生徒達やルーピンが戸惑ったようにそれを見つめた。それは、恐ろしいとはとても言えない美しい女性だった。真っ直ぐな金髪、青い瞳。スラリと痩せていたが小柄で華奢なその女性は無表情でシャーロットを見つめていた。

「え?なんで…」

シャーロットが戸惑って思わず声を出した瞬間、それは口を開いた。

 

 

「チャーリー、あなたのせいで私は死んだのよ」

 

 

シャーロットの顔が凍りついたように固まった。

「あなたさえいなければ、私は自由だったのに。あなたが憎くて堪らないわ」

それは、まるで普通に会話するように淡々とシャーロットを見つめながら言葉を紡いだ。

「どうして笑っていられるの?チャーリー。あなたは何も責任を感じていないの?」

シャーロットの唇が震える。

「あなたなんて生まなければよかった」

「リディクラス!」

シャーロットが半ば叫ぶように呪文を唱えた。金髪の女性は消え去り、パチンと音がした。ボガートは子犬の姿になり、ハリーの足元へ転がった。

「こっちだ!」

ルーピンが我に返ったかのように叫び、急いでボガートの前に飛び出す。ボガートは銀白色の玉になるとルーピンは面倒くさそうに呪文を唱え、再びネビルを前に出しやっつけさせた。

「よくやった!」

ルーピンが大声を出し、ボガートと対決した生徒と質問に答えたハリーとハーマイオニーに五点をくれた。みんなはペチャクチャ言いながら職員室から出ていった。

「「闇の魔術に対する防衛術」じゃ、今までで一番いい授業だったよな?」

ロンも興奮したように言っていたが、シャーロットの顔を見てピタリと口を閉じた。

「…シャーロット?」

三人が話しかけるがシャーロットは答えなかった。シャーロットは見たことがないくらい顔が青ざめ、体が震えていた。

 

 

 



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幸福の思い出

その後、どうやって寮に帰ったかは覚えてない。シャーロットはグリフィンドールの自分のベッドの上で横になっていた。

さっきの光景が頭から離れない。ボガートが変身した人物はシャーロットの忘れられない人、シャーロットの唯一の血の繋がった家族である母だった。ボガートが吐き出した言葉はシャーロットが一番聞きたくない言葉だった。シャーロットの母、グレースは実際にはあんなひどい言葉を言ったことはない。ふんわりとした儚い雰囲気のグレースはシャーロットを叱ることはほとんどなかったし、いつも優しい瞳でシャーロットを見ていた。シャーロットもそんな母を心から愛していた。

でも、幼いシャーロットは心の奥底で不安を抱えていた。母は昔から夢があったという。結婚してシャーロットを生んだことでその夢を諦めたらしいと、幼い頃アパートの住人達が噂したのをこっそり聞いたことがあった。それだけではない。グレースはいつもシャーロットにより良い生活をさせるためだけに必死に働いていた。育ち盛りのシャーロットのために自分の食費を削ってまでシャーロットに食事を用意し、服や生活用品もできるだけ揃えてくれた。結局のところ、グレースはシャーロットのために働きすぎて、体を壊したようなものだった。最期は病院へ行く金さえなく、そのまま亡くなった。シャーロットは心のどこかではそれを分かっていた。母が死んでから何年も経ち、忘れたフリをしていた。

母がそんな事を思うわけはない。シャーロットの事を愛してくれていたはずた。いや、本当にそうだろうか。母は、本当はシャーロットを憎く感じたことはないのだろうか。シャーロットを生んだことを後悔したことはないのだろうか。もしかしたら、シャーロットに隠れてそう思っていたのかも―――、

「シャーロット?」

ハーマイオニーの声が聞こえたが、シャーロットは眠ったふりをした。夕食の時間だと分かってはいたが、今は誰とも話したくなかった。ハーマイオニーはすぐに部屋から出ていった。シャーロットは寝返りをうち、誰もいない寮の部屋をぼんやり見つめた。不意にあることを思い付くと、ゆっくり起き上がり鞄から杖を取り出す。必死に母の思い出に集中し、杖を振るった。

「…エクスペクト・パトローナム」

いつもなら杖の先から銀色の雌ライオンが出てくるのに、今出てきたのはかすかな銀色の霞みだけだった。シャーロットは唖然とした。パトローナス・チャームが使えなくなっている。その理由は痛いほど明確に分かった。シャーロットの幸福な思い出に影が差したのだ。それは今や完全に幸福な思い出はとは言えなくなっていた。シャーロットは杖を放り出すと、ベッドの上で膝を抱え込み、目を閉じた。このままこの世から消え去りたかった。

 

 

 

 

「シャーロット、あなた、ひどい顔よ」

「…大丈夫」

次の日、ハリー、ロン、ハーマイオニーが心配そうに顔を覗きこんだ。シャーロットの顔は昨日と同じように青白い。

「あのさ、シャーロット。昨日のことだけど、」

「心配かけてごめん。でも、昨日のことはちょっと話したくないの」

ロンの言葉を遮り、シャーロットは本心からそう言った。三人は顔を見合わせ、再び心配そうな視線を向けてきた。

 

 

 

「闇の魔術に対する防衛術」はほとんどの生徒の一番人気の授業になった。その後もルーピンは赤帽鬼や河童などの生物を扱い、楽しい授業を展開してくれた。

シャーロットは平穏な生活を送りながらも、あまり笑顔を見せることは無くなった。たまにぼんやりと考え込むことが多くなり、授業でもほとんど手を挙げることはない。三人は何度かシャーロットに声をかけてきたが、シャーロットの元気は戻らなかった。

一方でハリーは『占い学』の息の詰まる授業にウンザリしており、また、クィディッチの練習で忙しくなってきたようだった。更に、ハリーの気分が急降下する知らせが舞い込んできた。

「第一回目のホグズミードだ」

談話室がざわめいていた。ハリーの表情が暗くなった。

「ハリー、この次にはきっと行けるわ」

「マクゴナガルに聞けよ。今度行っていいかって」

「ロン!」

ハーマイオニーの窘める声が響く。シャーロットの表情も暗かった。とてもじゃないが、ホグズミードを楽しむ気分ではなかった。

その時、クルックシャンクスが軽やかにハーマイオニーの膝に飛び乗ってきた。大きなクモの死骸をくわえており、ロンが顔をしかめた。

「そいつをそこから動かすなよ。スキャバーズが僕のカバンで寝てるんだから」

ロンがそう言って、ハリーに天文学の星座図を渡した。その時、出し抜けにクルックシャンクスがロンのカバンに向かって飛び付こうとしたため、シャーロットは

「アクシオ、クルックシャンクス!」

と、とっさに呪文を唱えクルックシャンクスを引き寄せた。クルックシャンクスはシャーロットの腕の中でジタバタしていた。

「その猫をスキャバーズに近づけるな!」

「ロン、猫はネズミを追っかけるもんだわ!」

「そのケダモノ、なんかおかしいぜ!シャーロットが止めなければどうなっていたか――」

ロンとハーマイオニーの言い争いはヒートアップした。最後はロンは肩をいからせて寝室へ消えていった。

 

 

 

翌日も二人の間は険悪なムードだった。薬草学の授業中もほとんど口をきいてはい。

その次の『変身術』の教室で小さな事件が起こった。ラベンダーが泣いている。

「ラベンダー、どうしたの?」

ハーマイオニーが心配そうに聴くと、パーバティが説明をしてくれた。どうやらペットのウサギが狐に殺されたらしい。

「先生が正しかったんだわ。正しかったのよ!」

ラベンダーは『占い学』でトレローニーに言われたことを思いだし悲嘆にくれていた。いまやクラス全員がラベンダーの周りに集まっていた。

「あなた、ビンキーが狐に殺されることをずっとおそれていたの?」

「ウウン、狐って限らないけど、でも、ビンキーが死ぬことをもちろんずっと恐れてたわ。そうでしょう?」

「あら、ビンキーって年寄りウサギだった?」

「ち、違うわ!あ、あの子、まだ赤ちゃんだった!」

ラベンダーが再び涙を溢れされ、パーバティがその肩を抱き締めた。

「ねえ、論理的に考えてよ。つまり、ビンキーは今日死んだわけでもない。でしょ?ラベンダーは――」

「ハーマイオニー」

シャーロットがハーマイオニーの言葉を遮った。

「それはダメだよ。今のはデリカシー無さすぎ。」

シャーロットが珍しくきつい目でハーマイオニーを見てきたので、ハーマイオニーは言葉を詰まらせた。

「自分にとって大切な人が死んだら、論理的に考えられるわけないでしょう。もう少し、残された人の気持ちも考えて」

ハーマイオニーはその言葉に顔を真っ赤にさせた後、うつむいて、

「ごめんなさい。ラベンダー」

と小さく呟いた。

ちょうどマクゴナガルが入ってきたため、生徒達はそれぞれ席についた。

授業の後、ハリーはホグズミードに行くためにマクゴナガルに直談判したが、結局許可はもらえなかった。

寮では許可証に偽サインをしようとか透明マントを使おうとかロンが提案してきたが、ハーマイオニーに踏み潰されていた。その後ハロウィーンのご馳走があるさ、と慰められてはいたがハリーの気分は晴れなかった。

 

 

 

 

ハロウィーンの朝、ハリーはできるだけ普段通りに取り繕っていた。

「ハニーデュークスからお菓子をたくさん持ってきてあげるわ」

「ウン、たーくさん」

ロンとハーマイオニーはハリーの様子を見て、クルックシャンクスの事は一端水に流したようだ。

「パーティーで会おう。楽しんできて」

ハリーは玄関ホールまで見送った後、階段へ引き返して行った。

ロンとハーマイオニーの後からシャーロットはトボトボと付いてきていたが、突然ピタリと止まった。

「シャーロット?どうしたの?」

「早く行こうぜ」

前の二人が声をかけてきたが、シャーロットは動かず口を開いた。

「…私、やっぱり行かない」

「は?なんで?」

「どうしたのよ?」

「なんか、ちょっと気分が悪いの。楽しめるような気分じゃないから、学校でハリーと待ってるわ」

そう言うと、戸惑う二人をよそにクルリと振り返り、足早に学校へ引き返して行った。

 

 

シャーロットはグリフィンドールの寮に向かう途中で、ハリーと鉢合わせをした。

「シャーロット!え?ホグズミードは?」

「今日は行かないことにした。元々私はそこに住んでるもの。行かなくてもいいのよ」

「…僕の事を思ってるんだったら、」

「違うわ。私もホグズミードで騒ぐ気分じゃないのよ」

シャーロットがそう言うと、ハリーは曖昧に笑った。

「……あー、どうする?談話室に行くなら、」

「もっと静かな場所で過ごしましょう。図書館以外の」

シャーロットがそう言って歩き出した途端、そばにあった部屋から声がした。

「ハリー?シャーロット?」

ルーピンがドアの向こうから顔を出していた。

「何をしている?ロンやハーマイオニーはどうしたね?」

「ホグズミードです」

「ああ。…ちょっと入らないか?ちょうど次のクラス用のグリンデローが届いたところだ」

二人はルーピンに誘われ、部屋に入っていった。

ルーピンがグリンデローの説明をしてくれたので、シャーロットはじっと水草を見つめていた。

「紅茶はどうかな?」

ルーピンがティーバッグで紅茶を入れてくれて、二人はマグカップに口をつけた。ルーピンはハリーを心配そうに見ている。やがて、ハリーはルーピンに促され悩みを口にしていた。

「どうして僕に戦わせてくださらなかったのですか?」

ボガートの授業の時の事だ。ルーピンは眉を寄せた。

「ハリー、言わなくても分かるだろうと思っていたが…」

「ヴォルデモートの姿になるだろうと思ったんですね?」

シャーロットがそう言うと、ハリーは目を見開いた。

「あ、ああ。あそこでヴォルデモートが現れるのはよくないと思った。みんなが恐怖にかられるだろうからね」

ハリーは戸惑ったあと、吸魂鬼の事を持ち出した。ルーピンはハリーが恐れているものが、恐怖そのものだと鋭い指摘をした。その直後、ドアのノックする音で話は中断した。

入ってきたのはスネイプだった。スネイプはシャーロットとハリーの姿を見ると暗い視線を向けてきた。スネイプはゴブレットをルーピンに手渡すと足早に去っていった。ルーピンはゴブレットに入った薬を口にし身震いをする。ハリーはその姿に不思議そうだったが、シャーロットは薬の正体に気づいた。脱狼薬だ。

「吸魂鬼と言えば、シャーロット、君はパトローナスが出せるんだね。マクゴナガル先生が感心していたよ」

突然、シャーロットに話が振られ、シャーロットはルーピンから視線を外した。ハリーは不思議そうにルーピンに聞き返した。

「パトローナス?」

「吸魂鬼を祓う魔法だよ。自分の守護霊を出現させることで、自分と吸魂鬼の間で盾になってくれる。非常に高度な魔法だ。一人前の魔法使いさえこの魔法にはてこずる。シャーロットの年でパトローナスを出せるのは非常に素晴らしい事だよ」

「……もう、できません」

シャーロットが小さくそう言うとルーピンは驚いたようにシャーロットを見た。

「シャーロット?なぜできないんだい?汽車の中ではできたんだろう?」

「……幸せな思い出に集中できないんです。」

ハリーとルーピンが顔を見合わせた。

「幸せな思い出?」

「ハリー、パトローナスを出すのには幸せな思い出に集中しなければならないの。私は今までパトローナスを出すとき、ママとの思い出を浮かべていたわ。私にとってこれ以上ない幸福の思い出だった」

シャーロットは空になったマグカップをテーブルにコトンと置いた。

「ボガートの時、覚えてる?私の前でボガートが変身したのは、私のママよ。私、今まで一番怖いのはお爺様だって思ってた。でも、違ったの。私は忘れていた。私が一番怖いもの、それは、大好きなママに拒否され、嫌われ、愛されていなかった事よ」

シャーロットはそう言ってうつむいた。ルーピンはその姿を見て、眉を寄せた。

「君のお母さんは君に向かってあんな事を?」

「いえ、違うんです。母はあんな事を口にした事はありません。でも、私が知らないだけで、私に隠れてあんな風に私を、嫌っていたかもしれない。そう思うと耐えられないんです。いつも私を抱き締めて、愛してるって言ってくれた裏で、もしも私の事を憎んでいたら、それは……」

「シャーロット、ダメだ。そんな風に思うのは良くない。あれはボガートが見せた君への幻だ。お母さんは決して君の事を憎んだりしていないよ。自分の娘を嫌うものか。ボガートの事は忘れなさい」

ルーピンはそう言ってシャーロットの肩に手を掛けた。しかし、シャーロットの心は決して晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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苦しい日々

生徒達がホグズミードから帰って来た。ロンとハーマイオニーは楽しい時間を過ごしてきたようだ。色とりどりのお菓子をお土産にたくさんの話をしてくれた。ハリーは二人の話を聞きながらも、心配そうな顔でチラチラとシャーロットの顔を窺ってきた。シャーロットはまだぼんやりしていたが、ハリーの視線に気づくと小さく微笑み、心配しないでという風に首をふった。三人はスネイプの薬を飲んだルーピンの話をしながら大広間へ向かい、シャーロットもそれを追いかけようとしたが、寮の入り口の前でピタリと止まった。

「レディ、今夜出かける予定はない?」

「はあ?なに言ってるの?」

太った貴婦人は怪訝そうにシャーロットを見返した。

「私はのんびり一人でハロウィーンを楽しむわよ。早く大広間に行ってきなさい。あんまり遅くなっちゃダメよ」

「うーん、あー、ちょっと待ってね」

シャーロットは杖を取りだし、小さくブツブツと呪文を唱えた。

「あなた、何やったの?」

「…何でもないわ。行ってくるね」

シャーロットは杖をしまい、急いで大広間へ向かった。あまりハロウィーンを楽しめるような気分ではなかったが、ハリーが心配してるし少しは気が紛れるのではないかと思ったのだ。

大広間は賑やかだった。何百ものカボチャにコウモリが飛んでいる。シャーロットも少しだけ食事を口にし、ゴーストの余興を静かに眺めていた。

 

 

 

パーティーの終了後、グリフィンドールへ続く道は生徒がすし詰め状態になっていた。

「なんでみんな入らないんだろう?」

ロンが怪訝そうに言う。その時パーシーが偉そうにやって来た。

「通してくれ、さあ」

パーシーは不思議そうに肖像画の前に立ちすくむ。肖像画から太った貴婦人が消えていた。

「レディ?いないのか?」

次の瞬間、ダンブルドアがそこに立っていた。ダンブルドアが肖像画を怪訝そうに見回す。他の先生も足早に近づいてきた。

「どこに行ったのかしら?」

ハーマイオニーが首をかしげた。その時、ピーブズがニヤニヤ笑いながら姿を現した。

「見つかったらお慰み!」

ダンブルドアがピーブズを問いただすと、甲高い声で話を続けた。

「校長閣下、やつはナイフでなんとか寮に侵入しようとしましたが、なぜか肖像画はナイフを跳ね返したのですよ。あいつは怒り狂って何度もあの女を襲おうとしました。あの女は怯えて逃げ出したのです。」

ピーブズはくるりと宙返りし、ニヤニヤ笑った。

「あいつは癇癪持ちだねえ。あのシリウス・ブラックは」

 

 

 

シャーロットがパーティーに行く前にかけた防御呪文は概ね役に立ち、切り裂かれる事はなかったらしいが、太った貴婦人は原作通り逃走したらしい。その夜はみんなで大広間で眠った。グリフィンドールの生徒だけでなく、他の寮の生徒もヒソヒソとブラックの話をしている。シャーロットもハーマイオニーの隣で横になり、大広間の夜空を見つめていた。シリウス・ブラックの無実を晴らすために動かなければならないとは分かっていたが、シャーロットはどうしても気力が湧かなかった。

 

 

 

それからしばらくの間、学校中シリウス・ブラックの話でもちきりだった。グリフィンドールの入り口には「太った貴婦人」の代わりに「カドガン卿」の肖像画がかけられ、みんな合言葉を覚えるのに必死になっていたし、ハリーは監視する目が増えてウンザリしていた。ただでさえクィディッチの試合前で練習で忙しいうえに、天気も荒れ模様なのだ。また、ハーマイオニーも逆転時計を使った授業で勉強が増えたためバタバタしていたし、シャーロットは表面上は穏やかな毎日を過ごしているように装おっていたが、ふとした拍子にじっと考え事に没頭する時間が多くなった。

 

 

 

「エクスペクト・パトローナム、エクスペクト・パトローナム」

授業がすべて終わったあと、シャーロットは必要の部屋で、守護霊の呪文を必死に練習していた。母との思い出は、逆に悪い方向へ考えてしまうため、別の思い出に集中する。初めてホグワーツを見た日、ハリー、ロン、ハーマイオニーと出会った日、四人で遊んだ思い出。いろんな過去を思い出すが、どんなに集中しても、杖の先から出てくるのは、か細い銀色の霞みだけだった。何度も練習し、一度深呼吸をする。再びシャーロットは目を閉じて、杖を構えたとき、何者かの気配を感じて腕を下ろした。

「…何か用ですか、お爺様」

「よく分かったの、シャーロット」

シャーロットが振り返ると、部屋の隅にいつの間にかダンブルドアが立っていた。ダンブルドアは穏やかな顔でシャーロットを見つめている。

「シャーロット。それぐらいにしておきなさい。ただでさえ、お主は疲れておる。守護霊の呪文はゆっくり練習すればよい」

「…放っといてください。これは私の問題です」

シャーロットは視線を反らし、ぶっきらぼうに言いはなった。ダンブルドアは珍しく厳しい目をして話を続けた。

「シャーロット。ルーピン先生から話は聞いた。お主は母君を誤解しておる。お主のその思い込みをボガートは再現しただけじゃ。ボガートが話したのはお主の想像であり幻じゃよ」

「分からないでしょう。母は生前、私を生んだことを後悔したことがあるのかもしれません。心の奥底では私の事を憎んでいたかもしれません。」

「違う。絶対に違うんじゃ、シャーロット。お主の母君は…」

「もうやめてください。不愉快です。お爺様は母の事を知らない。会ったこともないのに何が分かるんですか」

「そうじゃ。シャーロット。お主しか母君の本当の姿は分からんのじゃよ。母としてのグレース・エバンズを知ってるのはシャーロット、お主だけじゃ。お主は母君の愛を疑うのか?母君を信じられないのかの?」

シャーロットはダンブルドアと目を合わせられなかった。シャーロットにも分かっている。シャーロットが母を疑うのは、母に対する侮辱だということが。

「…怖いんです。怖くてたまらない。母が私に隠れて私を憎んでいるかもしれない可能性があるということが。お爺様なら分かるはずです。だって、そうでしょう?私を家族にしてから何年も経ったのに私に対して隠し事をしているじゃないですか。」

シャーロットがそう言うと、ダンブルドアは口を一文字に結び、言葉に詰まったようだった。

「気づいていますか?お爺様、あなたは私を見るとき、時々爆発する前の爆弾を見るような目で見ていますよ。私が分からないと思っていましたか?」

「…シャーロット、」

「…申し訳ありません。言葉が過ぎました。以後、気を付けます。でも、しばらくは構わないでください」

シャーロットは最後までダンブルドアと目を合わさずに、荷物をまとめると必要の部屋から出ていった。

 

 

 

 

クィディッチの試合前日。シャーロットがロンとハーマイオニーとともに「闇の魔術に対する防衛術」の教室へ行くと、そこにはルーピンではなくスネイプがいた。驚きを隠せないグリフィンドール生に対して、スネイプは顔をしかめながら、

「ルーピン先生は気分が悪く、教えられないとのことだ」

と言って、椅子に座るよう指示した。ウッドに捕まり、授業に遅れたハリーもルーピンがいないことに戸惑いを隠せないようだった。

スネイプは教科書の後ろまでページをめくると、今日の課題は人狼だと言った。ハーマイオニーがこれからやる予定なのはヒンキーパンクだと伝えたが、スネイプは全く聞き入れず、グリフィンドール生に教科書を開くように指示した。

「人狼と真の狼とをどうやって見分けるか、分かるものはいるか?」

スネイプの質問にハーマイオニーだけが手を挙げる。スネイプが唇をめくり上げながら、ルーピンを非難するような発言をしたため、グリフィンドール生のほとんどは苦々しげな視線を送った。シャーロットだけがぼんやりとスネイプを見つめていた。ハーマイオニーが堪えきれず、手を挙げたまま質問に答え始めた。

「先生、狼人間はいくつか細かいところではほんとうの狼とは違っています。狼人間の鼻面は――」

「勝手にしゃしゃり出てきたのはこれで二度目だ、ミス・グレンジャー。鼻持ちならない知ったかぶりで、グリフィンドールからさらに五点減点する。」

ハーマイオニーは真っ赤になって手を下ろし、涙を浮かべうつむいた。今やクラス中がスネイプを睨んでいた。ロンが大声でこう言った。

「先生はクラスに質問を出したじゃないですか。ハーマイオニーが答えを知っていたんだ!答えてほしくないんなら、なんで質問をしたんですか?」

言い過ぎだ、と恐らくクラス全員が思っただろう。スネイプが静な怒りを伴いロンに近づく前にシャーロットが立ち上がった。

「先生、やりたいことは分かりましたが、少し大人げないかと」

スネイプが鋭い目でシャーロットを見た。

「ミス・ダンブルドア。勝手な思い込みは――」

「こんな事をしても、気づくのはハーマイオニーくらいでしょう?」

シャーロットがそう言うと、スネイプがギョッとしたように目を剥いた。今度はクラス全員が不思議そうな視線をシャーロットに送った。

「ダンブルドア!こっちへ来い!」

スネイプが大声でそう言って、慌てたように教室の外へ出た。シャーロットも渋々それを追いかけた。

スネイプはシャーロットにズイっと近づき、小声で問いただした。

「さっきの発言はどういう意味だ!」

「だから、こんなせこい事をしたって、ルーピン先生が人狼だって気づくのは秀才のハーマイオニーくらいですよ」

「気づいていたのか!?」

「もちろん。そんなにルーピン先生を追い出したいんですか?見苦しすぎますよ」

シャーロットがそっけなく言いきった。教師に対してあまりにも失礼だとは分かっていたが、スネイプのハーマイオニーへの対応に腹が立っていたのはシャーロットも同じだったのだ。別に減点されても構わない。しかし、そんなシャーロットの態度にスネイプは怒りもせず、怪訝そうに眉を寄せた。

「…ミス・ダンブルドア。何かあったか?」

「はあ?」

スネイプは、今や心配そうとも言える表情でシャーロットを見ている。

「…別に何もないですよ。早く授業を再開してください。」

シャーロットはスネイプの様子に構わず、教室へ戻った。生徒達が不思議そうな顔でシャーロットを見てきたが、シャーロットは何も言わなかった。

その後、スネイプは人狼の授業を淡々と続けた。スネイプはロンの発言への減点すら忘れ、シャーロットの方をチラチラ窺ってきた。シャーロットは他の生徒と同じように静かに無表情で授業を受けた。最後にレポートの課題が出され、ようやく息の詰まる授業が終了した。

 

 

 

 

 

 



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雨の中のクィディッチ

「シャーロット、スネイプと何を話してたの?」

「何でもないわ。それよりも、ハリー、早く寝た方がいいわよ。明日は大変なんだから」

夜のグリフィンドール。明日はクィディッチの試合なのでみんなが、ソワソワしていた。

「早くルーピン先生に元気になってほしい…」

「大丈夫よ、ルーピン先生なら。」

ハーマイオニーはまだルーピンの事を心配していたが、シャーロットは軽く励ますと、ハーマイオニーを促し床についた。

 

 

 

『チャーリー、あなたのせいで…』

美しい母が見たこともない表情でシャーロットを見つめる。暗い闇のなかで母の姿がぼんやりと光っていた。

『あなたなんて生まなければよかった』

母の憎々しげな声が響き、シャーロットはその言葉に首を絞められたような感覚に陥った。

苦しい。苦しくて気が狂ってしまいそうだ。

『嫌いよ。チャーリー、あなたなんて』

 

 

 

「シャーロット!シャーロット!」

気がつくと、ハーマイオニーがシャーロットを見下ろしていた。

「…あれ?ハーマイオニー?」

「大丈夫、シャーロット?うなされていたわよ」

「…ごめん。起こしちゃったわね。今何時?」

「大丈夫よ、ちょうど起きる時間だったから。ちょっと早いけど朝食へ行きましょう」

シャーロットは頷き、身を起こした。汗で体がびっしょりだ。とても体が重く、吐き気がする。夢の中の光景がしばらくは忘れられそうにはない。

シャーロットとハーマイオニーは大広間に向かった。大広間ではハリーがオートミールをたっぷり頬張っていた。

「おはよう。ハリー。眠れた?」

ハリーは苦笑いした。あまり眠れなかったようだ。シャーロットが席についたとき、グリフィンドールのチームメイド達が次々に姿を現した。

「今日はてこずるぞ」

「オリバー、心配するのはやめて。ちょっとぐらいの雨はへっちゃらよ」

ウッドをアリシアがなだめるように言った。

外に出ると、とてもじゃないが「ちょっとぐらい」とは言えなかった。大雨の上に、風は荒れ狂っている。シャーロットはちょっと思い付いて、ハリーの元へ向かった。

グリフィンドールのチームはウッドの激励演説が終わったところだった。

「ハリー」

「あれ?シャーロット、どうしたの?」

「ちょっと眼鏡貸して」

戸惑うハリーから眼鏡を受けとると、「インパービアス」と唱えて、ハリーの手に返した。

「これで水を弾くわ。頑張ってね」

「ありがとう!」

ハリーは嬉しそうに眼鏡を受け取った。

 

 

グリフィンドール対スリザリン。雨の中、ずぶ濡れで選手達が空を舞う。ハリーも寒さのせいで苦戦していた。マルフォイもまた、腕は上がっているようだがスニッチの姿を捉えられないようだった。雨はますます強くなり、もはや誰が敵で味方かもはっきりしない。

やがて、稲妻が大きな音を轟かせ、光った。今のところグリフィンドールは優勢のようだ。シャーロットは選手ではなく、スタンドの方へ目を凝らす。そして、それの姿を捉えた。

スタンドの一番上の誰もいない席、巨大な毛むくじゃらの黒い犬がハリーの姿をじっと見ていた。

その姿を見た瞬間、シャーロットは走り出した。隣にいたロンとハーマイオニーは試合に夢中で気がついていない。

「そこで待っていてね、わんちゃん」

暗いスタンドを駆ける。その時、観衆が一瞬悲鳴を上げた。ハリーが箒に乗ったまま一メートルほど落下したらしい。一瞬だけシャーロットもハリーへ視線を送る。どうやら大丈夫のようだ。しかし、次にスタンドへ視線を戻すと犬の姿は消えていた。

「…もう!なんで!」

シャーロットは唇を噛んだ。ブラックと接触するチャンスだったのに。この雨の中で忍びの地図を開くのは賢明とは言えないだろう。まだ、チャンスはあるはずだ。

その時、奇妙な事が起こった。あんなに騒いでいた競技場が静まり返る。シャーロットは上を見上げた。

たくさんの吸魂鬼が空に浮かんでいた。シャーロットの体に鳥肌が立つ。マルフォイが悲鳴を上げ、観客席へ突っ込んでいくのが目に入った。そして、次の瞬間、ハリーは真っ逆さまに箒から落ちていった。

「――ハリー!」

シャーロットが声を上げる前にダンブルドアが競技場へ駆け込み、杖をふった。シャーロットは思わず身震いをした。寒さからではない。遠くから見ても、ダンブルドアがかなり怒っているのが分かった。ダンブルドアはハリーをゆっくり着地させると、吸魂鬼へ向かって守護霊を放った。

シャーロットがホッとしていると、ハリーのニンバス2000が吹き飛んで行くのが見えたので、シャーロットは走った。もしかすると、大丈夫かもしれない。どうか間に合いますように。

だが、間に合わなかった。シャーロットが暴れ柳の方へ向かうと、あわれなニンバス2000は粉々になっていた。

 

 

 

シャーロットはニンバスの亡骸をできるだけすべて集め、鞄に入れる。そしてトボトボと医務室へ向かった。ハリーはもう目覚めている頃だろうか。途中でアンジェリーナに会ったため、試合の事を聞いてみた。どうやらどちらのシーカーもスニッチを掴む前に吸魂鬼が現れたため、試合中止となったらしい。少なくとも敗北ではないことにシャーロットは少しだけ安心した。それでもニンバスの亡骸を見たハリーの事を思うと、心が重い。

保健室ではベッドの上のハリーにロンとハーマイオニーが付き添っていた。

「誰か僕のニンバスつかまえてくれた?」

ハリーがまさにその質問を投げ掛けたため、シャーロットは覚悟して3人の元へ近寄った。

「…あの、ハリー」

「シャーロット!どこに行っていたのよ?」

「いつから消えたんだ?気づかなかったよ」

「ごめん。それよりも、あのね、あなたのニンバス、私がつかまえたんだけど…」

シャーロットの言いにくそうな雰囲気にハリーは顔を青くさせた。

「シャーロット…?」

「あの、ハリーが落ちたあと、突っ込んでいったの。あ、暴れ柳に…」

ハリーの顔が凍った。シャーロットはゆっくりと鞄から粉々になったニンバスをベッドの上に開けた。ロンとハーマイオニーが呆然とする。ハリーは今にも失神しそうな顔をしていた。

 

 

 



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行動開始

ハリーは週末いっぱい医務室で安静にしていた。ハリーはニンバスがもうどうにもならないことを悟ったようだった。まるで一人の親友を失ったように落ち込んでいた。シャーロット、ロン、ハーマイオニーは夜以外はずっと付き添っていた。見舞い客が次々とやってきてはハリーを励まそうとしたが、ハリーはふさぎこんだままだった。

一方、シャーロットは日曜日の夜、寮へ帰る前にルーピンの部屋へ寄った。ルーピンはまだ顔色は悪かったが、少しずつ元気は取り戻してきているようだ。恐らく、明日の授業でスネイプと会うことはないだろう。

「先生、すみません。大変なときにお邪魔して」

「いや、構わないよ。大丈夫かい?」

「ハリーなら…」

「ハリーもだけど、君もだよ、シャーロット。大丈夫かい?」

シャーロットはグッと言葉に詰まり、消え入りそうな声で

「大丈夫です」

と呟いた。嘘だった。あれから何度も母の悪夢にうなされている。守護霊の呪文もうまくいかない。まだ心は晴れなかったが、自分の事情や悩みは置いておき、行動を開始しようと考えた。

「それよりも、先生。試合の時にスタンドで黒い犬を見たんです」

ルーピンはその言葉に身を乗り出した。

「犬!それはたぶん…」

「はい。ブラックだと思います。すぐに動いたんですが見失いました。恐らくは今頃禁じられた森に潜んでいると思います」

シャーロットがそう言うとルーピンは頭を抱えた。

「禁じられた森か!弱ったな。あそこまで探しに行かなくてはならないのか」

「私が探します。ブラックを捕まえたらすぐに知らせます。それよりも、もうひとつお願いがあるんです」

「お願い?」

「ハリーに守護霊の呪文を教えていただけませんか」

シャーロットの言葉にルーピンは渋い顔をした。

「いや、私は…」

「お願いします。この先の事を考えると、ハリーは守護霊の呪文ができた方がいいと思うんです。私が教えられればいいんですが…」

ルーピンは少し迷っていたが、最後には頷いてくれたため、シャーロットは安心した。

 

 

 

月曜日からハリーは復帰した。ハリーはまだ思い詰めたような顔をしており、表情が暗かった。ドラコ・マルフォイが魔法薬の時間に吸魂鬼の真似をしたため、ロンがワニの心臓をマルフォイに投げつけそれが直撃した。スネイプがグリフィンドールから五十点も減点したため、ロンが怒りで顔をひきつらせていた。

「闇の魔術に対する防衛術」ではルーピンの復帰に生徒が大喜びした。ヒンキーパンクの対処法を学んだあと、ルーピンにハリーは引き留められ、教室に残った。きっと、吸魂鬼の話を持ち出し、守護霊の呪文を学ぶことに繋がるだろう。シャーロットは寮へ戻りながら両手でほっぺたをパンと気合いを込めて叩いた。ハリーも頑張っているのだ。いつまでも落ち込んではいられない。自分も動く時だ。

 

 

徐々に寒くなってきた冬の初め、シャーロットは荷物をまとめ、長い髪をポニーテールにした。寒くないようにマフラーを着用し、動きやすいようズボンを身につける。

「シャーロット、どこに行くの?今日は図書館は?」

シャーロットの格好を奇妙に思ったのかハーマイオニーが訝しげに尋ねてきた。

「うーん、ピクニック?」

「え?」

戸惑うハーマイオニーをよそに、シャーロットは寮から飛び出した。

外へ出ると、自分に目くらましの術をかける。禁じられた森に入る姿を見られるのはさすがにまずい。静かに動きながらハグリッドの小屋を横切り、森へ入っていった。

森へ入ると、目くらましの術を解く。辺りをじっくり見渡した。シャーロットが禁じられた森に入るのは初めてだ。ゆっくりと足を進めた。迷わないように注意しなければ。

「どうかお爺様にはバレませんように。っていうか吸魂鬼が出てきませんように」

ブツブツ一人言を言いながら、杖を取り出す。歩きつつ、鞄を漁っていたら、何者かの気配を感じ、杖を構え振り向いた。

そこには銀髪のハンサムなケンタウルスが立っており、シャーロットをじっと見つめていた。その姿を見たシャーロットは慌てて杖をしまうと、ケンタウルスと向かい合った。

「突然すみません。あなた方の邪魔をするつもりはありませんでした。私は…」

「ダンブルドアが守っている小さき者だね」

ケンタウルスが突然そんな事を口にしたためシャーロットは驚いた。

「私の事を知っているんですか?」

「全てを知っているわけではない。私達はダンブルドアには敬意を払っているつもりだ。ダンブルドアが守っている者を傷つけるつもりはない。安心しなさい」

もしかすると、彼はフィレンツェだろうか。とても聡明な瞳でシャーロットを見下ろしてきた。

「なぜこんなところに?ここは決して安全ではない。帰りなさい。生徒は来てはいけないはずだ」

「危険だということは分かっています。でも、探している人がいるんです」

フィレンツェが首を傾げた。

「人?ここに人間は住んではいない。ハグリッドなら見かけるが…」

「あ、いや、人っていうか」

犬、なんだよなぁ。シャーロットがどう説明しようか迷っていると、

「ワン!」

いきなり声がして、シャーロットは振り向く。

振り向いた視線の先で、黒い犬がシャーロットをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 



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シリウス・ブラック

シャーロットは黒い犬の姿を見ても、喜ぶよりも驚きで戸惑った。まさか自分から姿を現すとは思わなかった。犬は何だか怒ったような顔でシャーロットを見ている。

「もしかして、探していたのは彼かい?少し前からこの森に住み始めたが…」

「あー、ええと、まあ、そうです」

フィレンツェはシャーロットを不思議そうに見つめると、

「用がすんだら、すぐに学校へ戻りなさい。私の仲間は君を傷つけることはしないが、決して君を歓迎したりもしない。いいね?」

真剣な顔でそう言った。シャーロットが頷くのを確認し、足早にそこから去っていった。そして、その場にシャーロットと犬だけが残された。

 

 

 

 

「こんにちは、わんちゃん。また会ったわね」

シャーロットが口を開くと犬は再び「ワン」と吠えた。そしてシャーロットに近づくと、服をくわえ、引っ張り始めた。どうやらシャーロットを学校へ戻したいようだ。シャーロットはそんな犬を見つめると、苦笑し、しゃがみこんだ。そして犬の耳元でそっと囁いた。

「あなたを迎えに来たのよ。私といっしょに来てちょうだい、シリウス・ブラック」

次の瞬間、犬が服を口から離し、その顔が凍りついた。犬は慌てて逃げようとしたが、シャーロットの方が速かった。

「ペトリフィカス・トタルス!」

呪文が直撃し、犬が石のように固まった後、その場に倒れた。シャーロットが近づくと、信じられないという表情でシャーロットを見つめていた。

「さあ、行きましょう。あなたのお友だちが待っているわ」

この世の終わりのような顔をした犬にニッコリ笑う。そのままシャーロットは犬を引きずるようにして足早に森から出ていった。禁じられた森はまるで何事もなかったかのように静寂の空間へ戻っていった。

 

 

 

 

ルーピンの部屋へ着くと、幸いにもルーピンは部屋にいて何かの書類を書いていた。シャーロットが黒い犬を引き連れ部屋へ入ると、呆気にとられていた。

「シャーロット!もう捕まえたのかい!?」

「だって、クィディッチの時はすぐにどこかに行ってしまいましたし。自分から出てきたのでちょうどよかったんです」

犬はルーピンの姿を見て、明らかに顔色を変えていた。

シャーロットはまずロープで犬を縛ると、金縛りの術を解き、語りかけた。

「いい?ブラック。あなたを吸魂鬼に引き渡したりはしない。あなたの話をちゃんと聞くわ。ルーピン先生もよ。だから、本当の姿に戻ってちょうだい。あなたの話次第では、私もあなたに協力するから」

犬は途方にくれたような目をしていたが、ルーピンの姿を見て決心したらしい。一瞬で黒い犬はボロボロの格好をした髭面の男へと変貌した。

「…すまない、リーマス」

「……シリウス」

「あ、ああ、すまない、お願いだ、信じてくれ。私はやってない、やってないんだ!」

シリウス・ブラックはすがるようにルーピンを見つめてきた。

「ブラック。説明して。十二年前、何があったの」

「い、いや、それよりも君は何者だ、リリーじゃないよな?なんで私の正体を…」

「私の名前はシャーロット。シャーロット・ダンブルドア。アルバス・ダンブルドアの被後見人よ。ハリー・ポッターの友達でもあるわ」

シリウスはポカンと口を開けた。

「ダンブルドア?被後見人?」

「とにかく、私はハリーの友達なの。あなたの事はほとんど知らなかったけど、これを手に入れて怪しいことに気づいたのよ」

シャーロットが鞄から忍びの地図を取り出すと、シリウスは目を瞬かせた。

「これは!」

「あなたたちが作ったんでしょう?ちょっとしたきっかけでたまたま手に入れて使ってみたの。そうしたらこの地図の中で友達のネズミがピーター・ペティグリューっていう名前なのを知って、おかしいなと感じたのよ。それでルーピン先生に相談したの」

「そうだ!ピーター!あいつだ!あのネズミを殺さなければ!」

シリウスはペティグリューの名前が出た瞬間、喚き始めた。ルーピンが真剣な瞳で話を促す。

「じゃあ、やっぱりピーターが?」

「そうだ!私はジェームズに秘密の守人をピーターに変えるように助言した。その方がいいとその時は思ったんだ!私がジェームズを殺したようなものだ…」

シリウスは歯を食いしばり、目を潤ませた。

「ペティグリューが裏切ったのね?そして、あなたにすべての罪を被せた」

「……あの日、一度はあいつを追い詰めたんだ。あいつは周囲の人間にまるで私が犯人であるかのように大きな声で叫んだ後、多くの人間を殺し、ネズミに変身した後下水道へ逃げ込んだ」

「それがいつの間にかウィーズリー家でペットとして飼われるようになったというわけね。」

シャーロットは顔をしかめた。

「殺さなければ!仇を取るんだ!早くこの縄をほどいてくれ!」

殺気だった凄まじい形相で喚き散らすシリウスを前に、シャーロットとルーピンはコソコソ話をした。

「そうとう頭に血が昇っていますね。無理もないですけど」

「どうする?魔法省を呼んで、ピーターを捕まえた方がいいのだろうか?」

「いいえ。ファッジ大臣は信用できないですよ。シリウスのこの様子じゃあ、狂っているって勘違いしかねないです。すぐにアズカバンへ逆戻りか吸魂鬼とキスすることになると思います。それに今の時間帯、ネズミは多分グリフィンドールの男子寮で寝ているはずです。こっそり掴まえるのはちょっと難しいですね。ロンの目もあるし」

「うーん、そうか。さっさと捕まえて吐かせたら済む話なんだが…」

「同感です。でも、とりあえずはお爺様には相談しましょう」

シャーロットはシリウスをルーピンに任せると、校長室へ急いだ。

 

 

 

「気まずいなぁ…」

シャーロットは校長室の入口でソワソワしていた。今気づいたことだが、必要の部屋でダンブルドアにかなり失礼な発言をした後だ。顔を合わせるのは壮絶に気まずい。特にクィディッチの時の本気で怒っているダンブルドアを見た後なので、校長室へ行くのは怖かった。そもそも合言葉を知らない。

「秘密の部屋に行くときよりもイヤだ…」

入りたくないという思いと、入らなければという思いの板挟みになり、うんうん唸っているとそこにマクゴナガルが通りかかった。

「ミス・ダンブルドア?何をやっているのです?」

「あ、マクゴナガル先生…」

「ダンブルドア先生への用事ですか?」

そうだ。マクゴナガル先生にも事情を説明して、ダンブルドアを呼んできてもらえばいい。マクゴナガル先生なら信用できるし、きっと正しい判断をするはずだ。

「先生、申し訳ありませんが校長先生を呼んできてもらえませんか?どうしても会ってもらいたい人がいて…」

「会ってもらいたい人?誰です?」

「シリウス・ブラックです」

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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真実の行方

「なんということじゃ…」

「……」

ダンブルドアとマクゴナガルをルーピンの部屋へ連れていったところ、二人は唖然としてシリウス・ブラックを見つめた。マクゴナガルにいたっては言葉もでない様子だ。それでも二人は杖をシリウスの方へ構えた。シリウスはあまりにもうるさく喚くため、ルーピンが口を布で塞いだ。それでもモゴモゴと何か言おうとしていたが。

「落ち着いてください。お爺様、マクゴナガル先生」

「これはどういうことですか、ミス・ダンブルドア!」

「シリウス・ブラック。お主はなぜ…」

「落ち着いてください。ちゃんと説明しますから。」

シャーロットが二人を宥め、一から全て説明した。ただし、シリウスを見つけた場所は校庭ということにした。さすがに禁じられた森へ入ったことは怒られると思ったからだ。

「では、本当の犯人はピーター・ペティグリューじゃと?」

「信じられません!その男が嘘をついているに決まっています!」

「でも、そうでなければなぜペティグリューはネズミになってまで身を潜めているんです?十二年もですよ!」

ダンブルドアとマクゴナガルはなかなか話が信用できないようだった。仕方なくシャーロットは鞄から小さな小瓶を取り出した。

「シャーロット、それはなんじゃ?」

「真実薬です」

「なんでそんなものを持っているんですか!?」

「そんなの密造したからに決まっているじゃないですか」

シャーロットの言葉を聞いてダンブルドアは頭を抱えた。

「シャーロット、それは…」

「危険な物だとは承知しています。大丈夫です。一生懸命作りました。」

「そういう問題ではありません!その薬は本来魔法省が所持を制限しているんですよ!」

「大丈夫です。私、魔法薬の成績はハーマイオニーを抜いてトップなので。それに一生懸命作りました。」

「いや、だから…」

シャーロットはマクゴナガルの言葉を無視し、顔を青ざめさせたシリウスの口に無理やり小瓶を突っ込んだ。

それからは早かった。シリウスは流れるように全てを語った。十二年前のこと、動物もどきのこと、アズカバンからの脱獄方法など。途中でダンブルドアは一度部屋を出て、どこからか憂いの篩を持ってきた。そして、杖でシリウスの記憶を取り出すと、篩に注ぎ記憶も確認して、ようやくシリウスの話を信じてくれた。

「それで、アルバス、どうするんです?」

「ふむ…。まずはとにかく無罪を証明しなくてはの」

「ネズミだ!ネズミを捕まえろ!」

シリウスが再びうるさく喚くので、ルーピンが口を塞いだ。

「お爺様。十二年前はほとんど裁判はしなかったと聞きました。もう一度再調査をしてもらえませんか?」

「それはよいが…」

「私がペティグリューを捕まえます」

「いけません!生徒にそんなことをさせるわけにはいきません!」

「マクゴナガル先生。ペティグリューは私の前なら油断するはずです。それに、あいつは今杖を持っていません。ほとんど抵抗はできないはずです。心配なのはネズミのままで逃げられることですが…。それでも一緒の寮である私ならいくらでもチャンスはあります。」

マクゴナガルは渋い顔で黙りこんだ。

「では、任せようかの」

「校長先生!ですが!」

「シャーロットの言うとおりじゃ。今のペティグリューなら何もできはせんよ。わしも調査に全力を注ごう」

ダンブルドアはシャーロットを見つめそう言った。シャーロットもダンブルドアの視線をまっすぐ受け止め、しっかりと頷いた。

「しかし、シリウスはどうするかの。このままでは…」

「私が引き取ります」

今度はルーピンが提案した。

「犬の姿になってもらい、私のペットということにしましょう。大丈夫です。この部屋からは出しませんよ」

ルーピンもニッコリ笑って頷いた。友人の無罪が分かり、表情が明るくなっている。シャーロットも話がうまくまとまりホッとした。

1人話に置いてきぼりのシリウスだけが戸惑ってモゴモゴ何かを言っていた。

 

 

 

 

 

「シャーロット」

ルーピンにシリウスを任せ、部屋を出るとダンブルドアが話しかけてきた。

「大丈夫かの?無理はしておらんか?」

「……はい。この前は失礼な事をいって本当に申し訳ありませんでした。でも、これは私と母の問題です」

シャーロットはダンブルドアをじっと見つめる。ダンブルドアには感謝しているのだ。家族としての愛情も持っている。それでも、シャーロットは母の問題に足を踏み入れてほしくはなかった。

「私が自分で解決します。必ず。」

シャーロットが視線を外し、小さな声で言った。ダンブルドアは少し迷うような仕草をしてから、そっとシャーロットの肩を抱き締めた。

「無理をしなくてよい。君の心を守りたいんじゃよ、シャーロット」

シャーロットはその手を拒まずダンブルドアの言葉を無表情で聞いていた。

 

 

マクゴナガルが少し離れた場所で二人の姿をじっと見つめているのに、シャーロットは気づかなかった。

 

 



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日常と思案

シャーロットはロンがスキャバーズから目を離す時を待つことにした。夜に男子寮へ忍び込むことも考えたが、ペティグリューに怪しまれたらまずい。それでなくとも、ペティグリューはシリウスを警戒しているだろう。油断したところを一気に引っ捕らえようと考えていた。

 

 

 

冬がどんどん深まり、寒さも一段と増した。シャーロットは最近ハーマイオニーがルーピンを奇妙な目で見ているのに気がついていた。

「ハーマイオニー、ルーピン先生の事、分かっちゃったのね」

図書館で二人きりになったとき、防音魔法をかけてズバリ聞いた。ハーマイオニーはハッとした表情をした。

「シャーロット、ルーピン先生って…」

「人狼だってことよ。気がついたのね」

ハーマイオニーはポカンと口を開けた。

「シャーロット!あなた、知ってたの!?」

「ちょっとね。ハーマイオニーなら気づくと思ってたわ」

シャーロットはクスリと笑った。本当に優秀な子だ。ヒントがあるとはいえ、他の生徒は気づいていないというのに。

「シャーロット、あなた怖くないの?」

「怖い?どうして?」

「だって…」

「ルーピン先生が生徒を襲ったことはあった?いきなり狼になったことはあった?」

ハーマイオニーはブンブンと首を振った。

「そうでしょう?狼人間は差別されているから、闇の魔法使いになることが多いらしいわ。それでもルーピン先生は優秀でとてもいい人よ。差別にも闇の魔術にも屈しない。何よりもきちんと脱狼薬を飲んで制御してるわ。だから大丈夫。ハーマイオニーも事情を知ってしまったのだから、ルーピン先生と向き合ってあげて。先入観にとらわれないで、ちゃんと正面からルーピン先生を見てみて。」

シャーロットがそう言うと、ハーマイオニーは少し考えてから大きく頷いてくれた。

 

 

 

11月の終わり、クィディッチでレイブンクローがハッフルパフに勝利した。グリフィンドールのチームは優勝へ向けてエネルギッシュに練習を重ねていた。校内に吸魂鬼が入ってくることはなく、シャーロットもシリウスが見つかる心配がないので安心していた。

城の中はクリスマスムードで満ちあふれていた。シャーロット、ロン、ハーマイオニーはハリーと一緒にクリスマスをホグワーツで過ごすことになった。ハリーは嬉しそうに微笑んでいた。

「……そうか、ハリーは元気なのか」

「大丈夫よ。ペティグリューを捕まえたら会えるわ」

「うぅぅぅっ」

「泣くか食べるかどちらかにしてくれない?」

シャーロットは山盛りのチキンを携えて、ルーピンの部屋へシリウスの様子を見に来た。少しずつ身綺麗になってきており、ハンサムな顔に肉も付いてきた。ルーピンの部屋から出ることを禁止されたシリウスはハリーの様子を聞き、チキンを食べながら涙ぐんでいた。

「クィディッチの試合、ハリーは飛ぶのが上手かったな。ジェームズそっくりだ」

「あー、そうね」

「うぅぅぅっ、ジェームズ…、すまない。俺はなんという過ちを…」

「はいはい。チキンはもういいの?」

「うぅぅっ、食べる…」

シリウスに付き合いながら、シャーロットは適当に話を聞き、慰めた。

 

 

 

学期の最後の週末、ホグズミード行きが許されハリー以外のみんなは大喜びした。一方、シャーロットはその知らせを聞き、ルーピンの元へ向かった。

「チャンスです。ロンはホグズミードにはネズミを連れて行かないはずです。その日に捕らえてみせます。」

「大丈夫なのかい?」

「俺も行くぞ!」

「シリウスは来ないで!あなたの姿を見たら逃げ出すに決まっているんだから!」

意気揚々と口を挟むシリウスにシャーロットが怒鳴ると、シリウスは悔しそうに顔を歪めた。

 

 

 

 

 

『チャーリー、大好きよ。あなたの髪と瞳は誰よりも綺麗よ』

母の声がする。暗い闇の中、温かい日向のような笑顔が現れた。

『なんてかわいいのかしら。大切な私の娘』

目の前の光景がふわふわと揺れた。次の瞬間、母の顔が奇妙に歪み、吐き捨てるように口を開いた。

『今のは嘘よ。あなたなんて産まなきゃよかった』

ガバッとシャーロットは身を起こした。汗をびっしょりかいている。まだ夜中らしく、辺りは暗かった。近くのベッドでハーマイオニーが眠っていたが、シャーロットの起きる音で目を覚ましたらしい。

「…シャーロット?大丈夫?」

「…ハーマイオニー。本当にごめん。」

「いいのよ。最近のあなた、寝ている時はいつも苦しそうなんだもの」

ハーマイオニーも体を起こし、心配そうにシャーロットを見てきた。シャーロットはハーマイオニーに申し訳なくてたまらなかった。

「ハーマイオニー、私の事はいいから寝てちょうだい。ただでさえあなたはいくつもの授業に出て、疲れているのに。睡眠を邪魔して本当にごめん。」

シャーロットが安心させようとして微笑んでも、ハーマイオニーはまだ心配そうにしている。不意にハーマイオニーがベッドの上で自分の体をずらした。

「こっちに来て」

「うん?」

「今日は一緒に寝ましょう」

「ええっ」

「誰かがそばにいるだけで安心することもあるわ。今日は少し冷えるし、ちょうどいいわよ」

ハーマイオニーがポンポンとベッドを叩いた。シャーロットは少し迷った後、おずおずとハーマイオニーのベッドに入った。

「…狭いね」

「大丈夫。この方が温かいから」

「なんか、なんと言ったらいいのか分かんないけど、すごく嬉しい。ありがとう、ハーマイオニー」

シャーロットとハーマイオニーはクスクス笑うと、すぐにそのまま眠りについた。ハーマイオニーのベッドのすぐそばにいたクルックシャンクスが目を開けると、そこには小さな二人の少女が身を寄せ合い、すやすや眠っている姿があった。

 

 

 

「シャーロット、ちょっといいか?」

「話があるんだ」

その日、授業終わりに図書館に行こうとしたシャーロットを引き留めたのはフレッドとジョージだった。

「どうしたの?フレッド、ジョージ」

適当な空き教室へ行くと、フレッドとジョージは言いにくそうに話を切り出した。

「ハリーのことなんだけどさ」

「うん」

「あの地図を使ってホグズミードに連れていってやれないかな?」

フレッドとジョージの提案は驚くことではなかった。元々原作では忍びの地図を譲り受けたのはハリーなのだ。フレッドとジョージもハリーの事を思いやってシャーロットに提案してきたのだろう。そんな二人の優しい気遣いをシャーロットは微笑ましく感じた。

「大丈夫よ、フレッド、ジョージ。実は私にも考えがあるの。次の週末は無理だけど、必ずハリーはホグズミードへ行けるわ。」

「なんで次の週末はダメなんだ?」

「何かあるのか?」

「ちょっとね」

シャーロットは曖昧に笑って誤魔化す。シリウスに必ずハリーのホグズミード行きの許可証を書かせよう。シャーロットのやることリストがまた増えた。

 

 

 



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ハリーとシリウス

とうとうホグズミード行きの土曜日の朝が来た。

「シャーロット?また行かないの?」

「ちょっと他に用事があって」

「まだ一回も行ってないじゃないか!」

「僕の事は気にせず行ってきなよ」

「ちがうのよ、ハリー。本当に用事があるの」

ホグズミードに行かないシャーロットを三人が不思議そうに見てきた。

「お菓子をいっぱい買ってくるよ!」

ロンが楽しそうに手を振ってハーマイオニーとともに走っていった。シャーロットはロンに対してものすごく罪悪感を感じ、胸が痛んだ。

「じゃあ、ハリー。行きましょうか?」

「へ?行くって?僕、この本を読んで過ごそうと思ってたんだけど」

ハリーが『賢い箒の選び方』という本を手に取り不思議そうにシャーロットを見返した。シャーロットは少し笑うと、ハリーの手を引いた。

「やらなきゃいけないことがあるの。協力してちょうだい。あなたにも関係してるのよ」

「え?」

戸惑うハリーを伴い、グリフィンドールの寮へ急いだ。

 

 

 

 

「ハリー。あなたたちの部屋に誰もいないか確認してきて」

「なんで?」

「いいから、お願い」

ハリーが不思議そうに首を傾げ、男子寮へ入っていく。一方、シャーロットは少し大きなガラス製の水槽を用意し、割れないように呪文をかけた。

「シャーロット、誰もいないよ」

「そう!よかった!じゃあ、お邪魔しまーす」

「えっ、ちょっ、待って。入るの!?」

「へー、意外ときれいね」

「シャーロット!まずいよ!」

「何がまずいのよ。誰もいないじゃない。あっ、これロンのベッドね!下に何か隠してる!」

「やめて!ロンの名誉のために!」

ハリーと二人でワーワー騒ぎつつ、ロンの物らしいベッドへ近づく。ベッドの上にはお菓子の空箱や服が散らばり、枕の横ではスキャバーズが寝ていた。

「アクシオ!」

シャーロットが不意に叫ぶように呪文を唱えた。ぐっすり寝ていたネズミはすぐに引き寄せられ、シャーロットが持っていた水槽に入ってきた。シャーロットはすぐに水槽に蓋を閉め、鍵をかけた。

「シャーロット!?何してるの!?」

「うふふ。いいからいいから。やっと今年一番の仕事が終わりそうだわ」

シャーロットは笑ってネズミを見る。水槽の中のネズミは何が起こったのか理解できず、キョトンとしていた。

「ねえ、シャーロット、どこに行くの?スキャバーズをどうするの?ロンが怒るよ。」

「まあまあ。ハリーも来てちょうだい。紹介したい人がいるのよ。あっ、クルックシャンクス!こっちへおいで!」

談話室にいたクルックシャンクスを呼ぶと、すぐに駆け寄ってきた。シャーロットはクルックシャンクスを水槽の上に乗せる。ネズミが怯えるようにキーキー鳴いた。

「スキャバーズを見張ってちょうだいね。念のため鍵はかけてるけど万が一逃げ出そうとしたら、ペロリといっちゃいなさい。」

「シャーロット!?」

ハリーが大声をあげるがそれに構わず、シャーロットは微笑むと、校長室へ向かった。

 

 

 

「ナメクジ・ゼリー!」

事前に教えられた合言葉で校長室へ入っていく。ハリーもおずおずと付いてきた。

「シャーロット、入っていいの?」

「ええ。事前に話してるから」

校長室ではダンブルドアが静かに待っており、その横ではマクゴナガルも心配そうに控えていた。ダンブルドアはシャーロットの姿を見るとニッコリ笑った。

「うまくいったようじゃの」

「ええ、お爺様。これ、預かっておいてください」

シャーロットが水槽を差し出す。クルックシャンクスがヒラリと飛び降り、ニャーと鳴いた。

「久しぶりじゃのう、ピーター」

ダンブルドアの言葉にネズミが今度こそ悲鳴をあげるようにキーキー喚き出した。

「水槽には割れないように呪文をかけておきました。鍵もかかっています。もし逃げ出そうとしたらこの子に追わせてください」

シャーロットが説明する。クルックシャンクスが任せろと言わんばかりにニャーニャー鳴いた。

「じゃあ、犬のところに行ってきます。ついでにハリーにも全てを話します。いいですね?」

「ああ、よかろう。ゆっくり話をしてきなさい。きっと彼らも待っておるよ」

ダンブルドアの言葉を背に、シャーロットはハリーの手を引いて校長室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

「シャーロット、何がなんだか分からないよ。スキャバーズがなんなの?ピーターって?犬がどうしたの?」

ハリーは混乱のあまり限界のようだった。シャーロットはとりあえずルーピンの部屋へ行く前に、誰もいない空き教室へ入った。鞄から温かい紅茶の入った魔法瓶を取り出し、コップへ注ぐと、一緒に持ってきたチョコレートをハリーに勧める。

「ハリー、落ち着いて聞いてね。今年からホグワーツを騒動に巻き込んだシリウス・ブラックのことだけど」

「…うん?」

「彼、無実なの。」

「はあっ?」

ハリーはシャーロットがおかしくなったんじゃないかというような目で見てきた。

シャーロットは一から全てを説明した。シリウスとハリーの父親が親友だったこと、シリウスがハリーの名付け親ということを知ると顔を真っ青にしていた。その後ペティグリューがシリウスとハリーの父親を裏切り、シリウスに罪を被せた事を知ると、もはや真っ青を通り越し、顔が白くなってきていた。

「大丈夫、ハリー?話についてこれてる?」

「……」

ハリーの顔を見て、ちょっとヤバいかもとシャーロットは思った。無理もない。今まで考えていた前提がひっくり返ったのだ。しかも、自分の知らない過去を第三者から聞かされ、混乱するどころじゃないだろう。

「………なんで、シャーロットは知ってるの」

ハリーがようやく口を開いた。シャーロットは忍びの地図でペティグリューを見つけたこと、ルーピンに相談したこと、そしてシリウスを捕まえた経緯を話した。

「どうして、どうして、言ってくれなかったんだ!」

「…言えないわよ。中途半端な情報しかなかったし、混乱させたくなかったの。それにあなたがシリウスに復讐するかもしれないって思ったの。でも、ごめんなさい、ハリー。」

ハリーは泣きそうな顔になって顔を歪めた。

少し経ってから、徐々にハリーは落ち着き、シャーロットに向き直った。

「シリウス・ブラックは?」

「ルーピンの部屋にいるわ」

「僕の名付け親?」

「そうよ」

「…ねえ、もしかして、今年ちらちら現れる黒い犬って、死神犬じゃなくて」

「シリウスね。あなたのことが心配だったのよ」

ハリーが再び泣きそうな表情をした。

「ハリー。どうする?」

「え?」

「シリウスと会う?無理しなくてもいいわ。あなたの名付け親とはいえ、まだ混乱してるでしょうし、決して無理して会う必要はないのよ。」

ハリーは考え込んでいたが、やがて決心したように顔を上げた。

「会うよ。会わせて、シャーロット」

ハリーの真剣な瞳を見て、シャーロットは頷き、二人は席を立った。

 

 

 

 

「準備はいい?」

コクリとハリーが頷く。シャーロットはコンコンとノックをした。

「シャーロットです。ハリーも一緒にいます。入っていいですか」

「どうぞ」

ルーピンの声が聞こえ、シャーロットはゆっくりドアを開けた。

ドアの先ではルーピンが椅子に座り、微笑んでいた。机の横ではシリウスがモゾモゾしながら立っている。今日のシリウスは髭をきちんと剃りあげ、髪も整えている。こうして見ると本当にハンサムだ。服装はルーピンに借りたらしい、みすぼらしいがきちんとしたローブだった。

シリウスはハリーの姿を認めるとパッと顔を輝かせた。ハリーはシリウスの顔を見ると一瞬怯んだが、恐る恐る話しかけた。

「ミスター・ブラック、えーと」

「……シリウス。シリウスだ、ハリー。会えて本当に嬉しいよ」

シリウスがクシャリと顔を歪めた。

その後、ハリーとシリウスは最初はぎこちなかったが、たくさんの話をしていた。シリウスはハリーの両親の事を謝ると、おいおいと泣き出し途中で三人が必死に宥めなければならなかった。

 

 

 

 

「シリウスの無実、証明できるのかな?」

「ペティグリューも捕まえたし、あとはお爺様が調査を進めて証拠を集めたら大丈夫よ」

短時間だったが、ハリーとシリウスはだいぶ打ち解けたらしい。ハリーは心配そうにしていたが、シリウスは無実が証明されるまではこれまでと同様ルーピンの部屋で犬の姿で過ごすことになった。

「そういえば、これ」

シャーロットはハリーに羊皮紙を手渡した。

「何これ?」

「昨日、シリウスに書いてもらったの。マクゴナガル先生に渡すといいわ」

羊皮紙には書かれた文章を見てハリーは顔を輝かせた。

 

『わたくし、シリウス・ブラックは、ハリー・ポッターの名付親として、ここに週末のホグズミード行の許可を、与えるものである』

 

「シャーロット!」

「一年生の時、約束したでしょう?ホグズミードを案内するって。これで約束が果たせるわね」

シャーロットがニッコリ笑った。

 

 

 

 

 

寮に戻るとホグズミードに行っていた生徒が戻ってきていた。

「あ、ハリー、シャーロット」

「二人ともどこに行ってたの?」

ロンとハーマイオニーが声をかけてきた。二人はまるで悲しんでいるような怒っているような奇妙な表情をしている。ハリーを見てソワソワしており、シャーロットはピンときた。ホグズミードの「三本の箒」でマダム・ロスメルタやフリットウィック、ハグリッド達の話を聞いてしまったに違いない。

「ハリー、あなたから説明して。」

ハリーに全ての説明を任せると、シャーロットは寝室に入っていった。

今夜は夢に苦しむことなく、ぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 

 



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思いがけないプレゼント

ペティグリューを捕まえたはいいものの、ダンブルドアはまだ調査を続けているらしい。

「まだ証明は無理ですか」

「もうちょっと待っておくれ。ファッジが文句の付け所がないくらい完璧な証拠を集めるからの」

「あの人はいまいち信用できないので、できればアーサーさんとかムーディとかシャックルボルトに話を通してください」

シャーロットはそう言いながら水槽の中のペティグリューに目をやった。水槽にはダンブルドアがこれ以上ないくらいの逃亡防止の魔法をかけたようだ。クルックシャンクスがネズミをじっと見つめ、水槽の周りをウロウロしている。ネズミはすっかり怯えきっていた。

「必ず早めに証明してみせよう」

「よろしくお願いします。クルックシャンクス、一度帰ろう。ハーマイオニーが心配してるわ」

シャーロットが声をかけると、クルックシャンクスは名残惜しそうにしながらもシャーロットの後に続き校長室から出ていった。

 

 

 

シリウス・ブラックの件をハリーから聞き出し、ロンとハーマイオニーはしばらく呆然としていた。特にロンはスキャバーズの正体をなかなか信じられないようだった。

「嘘だ、そんな、スキャバーズが…、そんなのデタラメだ!」

仕方なく、一度シャーロットは三人を引き連れ校長室へ向かった。校長室でネズミを無理やり元の姿に戻すとそこには頭のてっぺんにハゲのある薄汚い小男が現れた。ショックを受けるロンの前で、ピーター・ペティグリューはなにかあれこれ弁明していたが、シャーロットは全てスルーして失神呪文をかけた。その後はダンブルドアの手によって再びネズミの姿にされ水槽に閉じ込められている。

「嘘だろう…。僕、あいつと一緒に寝ていたの?」

「忘れましょう、ロン。悪い夢だったのよ」

シャーロットは青ざめたロンを慰めたがいまだにロンは衝撃から立ち直れないようだった。

「シャーロット、また私達に隠れていろいろしてたのね」

「だって、証拠がなければ信じてくれないと思ったんだもの…」

ハーマイオニーがジトッとした目で睨んできたため、シャーロットは言い訳に言い訳を重ね、謝った。

 

 

クリスマス休暇に入った。城では大がかりなクリスマスの飾りつけが進んでいた。柊や宿り木、妖精のキラキラした光、鎧からは神秘的な灯りが煌めく。金色に輝く星が飾られたクリスマスツリーが並んだ。ロンやハリーもその空気に感化され、徐々に落ち着きを取り戻していた。ハリーは時々ルーピンの部屋へ行き、シリウスと少しずつ仲良くなっているようだ。

「エクスペクト・パトローナム!」

シャーロットは四人以外誰もいない談話室で練習を重ねる。いまだにシャーロットは守護霊の呪文ができない。どうしても再び習得したいと思っていた。そんなシャーロットをハーマイオニーは宿題を広げながら、ロンとハリーはゲームをしながら見守っていた。

「シャーロット、大丈夫?」

「…ダメね。こればかりはゆっくりやるしかないみたい」

「シャーロットも一緒にルーピン先生に教わる?」

「ううん。これはどちらかというと私の心の問題だから。ハリーはハリーで頑張って」

心配そうにしているハリーに薄く微笑み、再び杖を振るった。

 

 

 

 

 

夢を見た。誰ががコソコソ話している。

 

『ねえ、知ってるかい?アパートの一階に住む、あの親子』

『ああ、あの綺麗な金髪の?』

『また仕事をクビになったらしいよ』

『またかい?まあ、体が弱いっていってたしねぇ。シングルマザーは大変だ』

『あのチャーリーとかいう子どもさえいなければねぇ』

『確か、あの母親は何か夢があったんだろう。その夢を諦めて子どものためにボロボロになるまで働くなんて、かわいそうに』

『かなりの美人だから、子どもさえいなければ再婚だってできるだろうしね。ああ、あのチャーリーさえいなければ』

『そう、あの子さえいなければ』

 

 

あなたさえ、いなければ

 

 

 

 

ガバッと体を起こした。寝室はすでに明るい。シャーロットは息をゆっくり吐いた。

「おはよう、シャーロット。プレゼントが届いてるわよ!」

ハーマイオニーももう起きており、ニッコリ笑った。シャーロットはベッドの、足元を覗くとたくさんの小包が見えた。シャーロットは急いで小包を引き寄せると、順番に破り始めた。

「あー、ウィーズリー家のセーターだわ。ありがたい…」

クリーム色で胸のところにライオンを編み込んだセーターを見て、シャーロットの顔が明るくなった。

「シャーロット、それは?」

ハーマイオニーが包みから出したばかりの何かの本を手に取り声をかけてきた。シャーロットがそちらに目を向けると、なにか大きな箱が置いてある。

「何かしら?」

シャーロットが包みを破り、箱を開けた。

「……うわ」

「えっ、可愛い!」

それは白いドレスだった。サラサラとした手触り、上品なレースに、息を飲むほど素晴らしい刺繍が鮮やかに光っている。

「それ、絶対すごーく高いものよ」

「う、うん。お爺様からかな…」

シャーロットが戸惑いながら、添えられたカードを見るとそこにはこう書いてあった。

『メリークリスマス

 

君には本当に感謝している。感謝の贈り物としては足りないが受け取ってほしい。

 

黒い犬より』

 

「シリウスだわ…」

「こんなすごいドレスどうやって買ったの!?」

「まあ、どうにかしたんでしょうね。あの人お金持ちだし」

シャーロットは戸惑ったが、ドレスよりもシリウスの気持ちを嬉しく思った。大切にしよう。

「ハリーとロンの部屋へ行ってみましょうか」

ハーマイオニーと一緒に男子寮へ行くと、二人も大騒ぎしていた。

「どうしたの?」

「シャーロット、ハーマイオニー!これ見て!」

ハリーが興奮したように駆け寄る。手には見事な箒を持っていた。ファイアボルトだ。ハーマイオニーがあんぐり口を開けた。

「まあ、ハリー、いったい誰がこれを!?」

「シリウスでしょ。私にもドレスが届いたわ」

シャーロットは苦笑いをした。シリウスはクリスマスのために何百ガリオンも使ったのだろう。

「たぶんスリザリンの箒全部を束にしてもかなわないぐらい高いぜ」

「夢じゃないか…」

ハリーとロンは夢心地だった。シャーロットは少し考えて、二人に切り出す。

「ねえ、ハリー。その箒、誰にもらったことにする?」

「へ?」

「マクゴナガル先生には話せるけど、他の生徒にはシリウスからだって言えないわよ」

「あ、あー。そうか。どうしよう」

四人で知恵を絞ったが、いい案が思い浮かばず、結局ハリーがお金を出して自分で買ったことにしようとなった。まあ、大丈夫だろう。みんなファイアボルトに夢中になってどこで買った、いくらだったとか気にしないに違いない。

 

 

 

昼食時、大広間に降りていった。生徒は少なく、先生達もクリスマスの空気を楽しんでいる。

シャーロットとハリーはシリウスからファイアボルトが贈られた事をマクゴナガルにこっそり報告しに行った。マクゴナガルは話を聞くと、冷静にそれを受け止めようとしたが口元が喜びでピクついていた。その後シャンパンや蜂蜜酒を飲みまくり、途中でトレローニーが入ってきたことにも気づかず、珍しくベロベロになっていた。

「オホ、オホホホホ、セブルス、負けませんよ。今年こそは我が寮の勝利です」

スネイプに絡みまくり、喜びの言葉を吐いている。スネイプは不気味そうに顔をしかめ引いていた。

 

 

四人は先生の様子に構わず大広間のたくさんのごちそうを楽しんだ。

「ルーピン先生が来ていないな?部屋に行ってみようか」

ハリーがそう提案した。きっとシリウスにお礼を言いに行きたいのだろう。でも、ルーピンは今日はいつものあれの日だ。ロンとハリーはまだ知らないし、行くのはよくない。

「やめておきましょう。ルーピン先生は具合が悪いみたいだし。お礼を言うのは休み明けでも大丈夫よ」

シャーロットはそう言ってケーキをハリーに差し出した。

 

素晴らしいクリスマスの夜だった。

 

 

 

 

 

 

 



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それぞれの悩み

クリスマス休暇明け、ハリーは急いでシリウスの元へ向かった。シリウスはハリーのお礼を言う輝くような笑顔だけで満足そうだった。ちなみにロンとハーマイオニーもシリウスに初対面した。分かっていた事ではあったが、明るい表情を浮かべる逃亡者にロンとハーマイオニーは最初は戸惑っていたが、徐々に打ち解け始めた。シリウスはロンにネズミの件で何度も謝っていた。

 

 

 

学期が始まる前の夜、ウッドがハリーに声をかけた。

「いいクリスマスだったか?」

ウッドはピリピリしている。もうすぐレイブンクローとの対戦があるのだ。

「ハリー、新しい箒は注文したか?早くしないと――」

「僕、ファイアボルトを買ったんだ」

ウッドの時間がピタリと止まった。

「……ハリー、幻聴が聞こえたんだが、何を買ったって?」

「幻聴じゃあないわ、ウッド。ハリーはファイアボルトを買ったのよ」

シャーロットが助け船を出すと、ウッドは目を見開き、その場に崩れ落ちた。

「ウッド!」

「ファイアボルト?まさか!ほんとか?ほ、ほんものの?」

ハリーがファイアボルトを見せると、ウッドは今度こそ本当に飛び上がり喜びの雄叫びを上げた。

その声につられ、グリフィンドールの寮は大騒ぎになった。誰も彼もが一目ファイアボルトを見ようと押し掛ける。ハリーは囲まれてもみくちゃにされていた。

 

 

 

学校は次の週から始まった。学校はシリウス・ブラックの話題は鳴りを潜め、ハリーがファイアボルトを手に入れた噂で持ちきりだった。マルフォイがギラギラした目でハリーを睨んでいた。ハリーはファイアボルトを使ったクィディッチの練習に夢中のようだ。それを覚ますためにシャーロットは声をかけた。

「ハリー、あなたも守護霊の呪文の練習をした方がいいわ。試合の時、また現れる恐れがあるもの」

「あ、そうだった!ルーピン先生に声をかけてみるよ!」

いまだにシリウスの冤罪は晴らされてはいない。ダンブルドアを急かしてはいるが、まだ無理のようだった。吸魂鬼はまだウロウロしているし、今後の事を考えるとハリーは守護霊呪文ができておいた方がいい。

「闇の魔術に対する防衛術」のあと、ハリーはルーピンに声をかけに行った。それにシャーロットも続いた。

「先生、私も参加していいですか?」

「君も?」

「邪魔はしません。離れた場所で見るだけなので」

シャーロットは自分の守護霊を再び出すために、ルーピンとハリーの訓練を見ることにした。少しはヒントになるかもしれない。

 

 

 

訓練は「魔法史」の教室で行われた。ボガートを使用するらしい。ハリーは緊張して不安そうな顔をしていた。そして、その教室の隅では、

「なんで、シリウスはここにいるの?」

「キューン」

「一緒に行くといって聞かなくてね。大丈夫だよ。念のため首輪を着けたんだ」

シャーロットは呆れて、首輪を着け鎖で繋がれたシリウスを見やった。シリウスはハリーだけを心配そうに見守っている。すっかり本物の犬のようだ。

ルーピンの訓練が始まった。ハリーの前に黒いマントを来たボガートが姿を現す。

「エクスペクト、パトローナム!エクスペクト――」

ハリーは途中でふらふらになりながらも何度目かの訓練で、銀色の霞を出すことに成功していた。シャーロットはそれをシリウスとともに見守り、終わった後にルーピンに声をかけた。

「先生、やはり守護霊を実体化させるには最も幸せな記憶を思い浮かべるしかないのでしょうか」

「そうだね。この呪文は術者の精神や人間関係に影響されやすいんだ。実体化させるのは最高に幸せな思い出に集中する必要があるよ」

シャーロットは目を伏せた。シャーロットの幸福の記憶にはいまだに影が差している。母との記憶を思い出す度にボガートの言葉が頭をよぎるのだ。

「シャーロット。大丈夫だよ。吸魂鬼はもうすぐここから去るはずだ。急いで習得する必要はないんだ」

シャーロットはルーピンの言葉に何も返せなかった。ルーピンはシャーロットにこれ以上どう言えばよいか分からず、困ったような顔をしていた。

 

 

 

レイブンクローとの対戦が近づいてきた。その頃になると、ハーマイオニーは膨大な勉強の量にイライラし始めていた。ほとんど誰とも口を聞かず、邪魔されると怒鳴った。仕方ないので、シャーロットは昼食の席でハーマイオニーに話しかけた。昼食を食べながらもハーマイオニーは参考書を読んでいたが。

「あのさ、ハーマイオニー」

「なに?」

「『占い学』だけでもやめたら?」

「そんなこと、できないわ!」

「もうとっくの昔に分かってるんでしょ?トレローニーはインチキよ。ラベンダーやパーバティはともかくハーマイオニーに占いは合ってないわ」

そう言うと、ハーマイオニーはグッと言葉に詰まり考え込んでしまった。

一方、ハリーの吸魂鬼防衛術訓練は順調とは言えないようだった。あれからボガートが近づく度にハリーは銀色の影を作り出すことはできるが、形をそこに留めることはまだできていない。シャーロットもまた、悪夢に悩まされ続けており、守護霊を出現させることはできなかった。

 

 

 

「ミス・ダンブルドア!少し居残りなさい!」

その日の授業終わりは『変身術』だった。マクゴナガルは授業が終わるとシャーロットに声をかけた。

「え?私、何かした?」

「さあ…?」

シャーロットが居残りをさせられるなんて前代未聞だ。ハーマイオニーも不思議そうにしていた。シャーロットは三人に「またあとで」と声をかけ、教室に残った。

広い教室にマクゴナガルとシャーロットだけが静かに座っていた。

「先生、レポートのことですか?」

「いいえ。あなたの事です」

マクゴナガルはシャーロットをじっと見つめた。

「三年生になってから変わりましたね、ミス・ダンブルドア。二年生までのあなたはもっとのびのびしていました。今のあなたはどことなく余裕がなく、鬱屈としていますよ」

シャーロットは唇を噛んだ。

「それは、あれです。先生もご存知のように、あのネズミと犬の件がありましたから」

「いいえ。それだけではないでしょう。ボガートの件をルーピン先生から聞きました。守護霊の事もです。まだ母親の幻覚にとらわれているようですね」

まさか、マクゴナガルにそこまで踏み込まれるとは思わず、シャーロットは反射的に睨むようにマクゴナガルに視線を送った。

「先生には関係のないことです」

「今までは、あなたが自分で乗り越える事だと考え、遠くから見守っていましたが……。少し思い出話をしましょう。ダンブルドア」

「話?何の話があると言うのです、マクゴナガル先生」

「あなたのお母様の事です。グレース・テイラーの話ですよ」

 

 

 

 



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マクゴナガルの記憶

シャーロットはマクゴナガルの言葉に顔が凍りついた。

「何ですか、先生……。いったい何の話です?何故先生が…」

「極めて珍しい例でした。本当に……」

マクゴナガルは意味不明の事を呟き、立ち上がった。

「ついてきなさい。ミス・ダンブルドア。あなたが知らなければならない事を教えましょう」

シャーロットは戸惑ったが、マクゴナガルに導かれるように教室を後にした。

 

 

 

 

シャーロットはマクゴナガルに連れられ、ある部屋へ通された。恐らくはマクゴナガルの部屋なのだろう。机の上には書類が並び、たくさんの本がある。きちんと整理され落ち着いた雰囲気の部屋だった。

「さあ、こちらへ……」

マクゴナガルが導いた先には銀色の物質が波打つ石の水盆があった。憂いの篩だ。

「先生、これ…」

「ここには私の記憶が入っています。さあ、はやくこちらへ。記憶を見るのです。あなたは知らなければならない。」

マクゴナガルはまるで挑むようにそう言った。シャーロットは少し迷ってから、ゆっくりと憂いの篩に近づいていった。

 

 

 

パチっとシャーロットが目を開けると、そこは明るい街角だった。恐らくはどこかの田舎街。人通りは少ないが、マグルらしき人々がチラホラと買い物をしている姿が見える。

「ここ、どこかしら…」

シャーロットがキョロキョロ辺りを見渡していると、見覚えのある人影が視界に入った。暗い緑色のローブ姿のマクゴナガルだ。今よりも少しだけ若い。シャーロットには見慣れた服装だが、この街角ではあまりにも不似合いだ。けれども、周りのマグル達はマクゴナガルには気づかない様子だった。シャーロットは急いでマクゴナガルを追いかけていった。

マクゴナガルは何の感情も見せずにただ歩き続ける。シャーロットもこの後何が起こるか予想できず、とにかくマクゴナガルを見失わないように付いていった。いったい何の記憶なのだろう?

ピタリとマクゴナガルが止まったのは小さな店の前だった。恐らくは仕立屋らしい。ショウウィンドウには上品なスーツやワンピースが飾られていた。看板に書かれた文字を見てシャーロットはハッとする。そこには、『テイラー』と大きな文字が記されていた。

マクゴナガルはほとんど躊躇いなくその店に入っていった。シャーロットもそれに続く。店の中はこぢんまりしており、やはり上品な服が並んでいた。店の中にいた店員らしき人物が、入ってきたマクゴナガルを見て一瞬だけ不審げな表情を浮かべた。その店員をシャーロットはじっと見つめる。とても素敵なスーツを来た茶髪の真面目そうな男性だった。シャーロットの目を捉えたのはその男性の瞳だった。まるで空のように青い。どこかで見た瞳だ。

「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」

店員はマクゴナガルの姿を奇妙に思ったに違いないが、にこやかに声をかけてきた。マクゴナガルが男性に向かって口を開く。

「突然申し訳ありませんが、グレース・テイラーさんとそのご両親はご在宅でしょうか」

店員は驚いたように目を見開いた。

「グレースは私の娘ですが…」

マクゴナガルはその言葉を聞き、すぐこう切り出した。

「はじめまして。私はミネルバ・マクゴナガルといいます。ホグワーツ魔法魔術学校で教師をしている者です。お嬢さんのホグワーツ入学案内のために伺いました」

シャーロットは思わず

「はあっ!?」

と声をあげ、その後パッと手で口を塞いだ。しかし、自分の声はここにいる人物には聞こえていない事を思いだし、手を下ろした。混乱してなにがなんだか分からない。

「ちょっと待って、意味が分からない…。ママが、魔女?」

シャーロットが混乱のあまり、ブツブツ呟いていると突然周囲の光景が歪んだ。

次の瞬間、シャーロットが立っていたのはどこかの家のリビングだった。たくさんの家族写真らしき物が飾られ、可愛らしい家具やインテリアが並んでいる。マクゴナガルはその部屋のソファにどことなく落ち着かない様子で座っている。突然、シャーロットのすぐ後ろにあった扉がガチャリと開いた。シャーロットは咄嗟に後ろを振り向き、目を見開いた。扉から金髪碧眼の少女が入ってきた。

「お待たせしました。私がグレース・テイラーです」

シャーロットは思わず少女の正面に回り、まじまじと見つめた。間違いない。少女時代の母だ。10歳くらいだろうか。シャーロットが知っている母はいつもふんわりとした儚い雰囲気の女性だったが、目の前の少女はどことなく凛とした顔をしており、緊張からか体が固くなっていた。グレースの後ろから年配の男女が姿を現した。男性の方は先ほどの仕立屋の店員、女性は淡い金髪が印象的な少し小太りの女性だった。シャーロットにはすぐに誰だか分かった。恐らく、母の両親、シャーロットの祖父母だ。祖父母にも会うのが初めてだったのでじっと見つめてしまった。祖父母はグレースを心配そうに見守っている。

グレースと顔を合わせ、マクゴナガルは先ほどと同様の挨拶をした。

「初めまして、ミス・テイラー。そしてそのご両親。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で教師をしています。今日は入学にあたっての案内のために参りました」

グレースは戸惑いを隠せない様子で少し上ずったようにマクゴナガルに話しかけた。

「あの、手紙が来たときは冗談じゃないかって思って、放置していたんです。本当なんですか?魔法なんて…」

「何かのイベントとか、私達をからかっているんじゃ?」

グレースの母が不信感を隠さずマクゴナガルに問いかける。

「いいえ。ホグワーツは実在します。貴女方、マグルには想像もつかないでしょうが…」

「マグル?」

「ああ、我々の間では魔法使いではない人々の事をマグルと呼んでいます」

マクゴナガルは少しだけグレースに微笑んだ。

「入学許可証をもらった生徒はそこで学ぶ権利を与えられるのです。ミス・テイラー。あなたも魔力があることが認められ、手紙を送らせていただきました。」

グレースの父はまだ理解ができないようで途方にくれたようにマクゴナガルに向かって口を開いた。

「この子はじゃあ、その学校に行くんですか?」

「ええ。全寮制の学校ですが、世界で一番安全な学校です。保証しますよ」

「あなたの話が本当なら、魔法を見せてください」

グレースが好奇心を押さえきれないように口を開いた。マクゴナガルは少しだけ迷ったあと、杖を取りだし、周囲の小物を宙に浮かせたり、杖の先に光を灯したりなど簡単な魔法をかけた。初めて見た魔法にグレースの顔は輝き、両親はポカンとしていた。

「ミス・テイラー。今日は学校生活で必要なものを購入し、汽車の乗り方を教えましょう。早く出かける準備をしてきてください。ダイアゴン横丁へ向かわねばなりません」

マクゴナガルの言葉にグレースはスッと顔を伏せ、思い悩んでいるような表情をした。

「あの、マクゴナガルさん…いえ、先生?」

「先生と呼んでください」

「では、マクゴナガル先生。その学校へは、私は入学しません」

突然のグレースのキッパリした言葉にマクゴナガルとシャーロットは唖然とした。

「ミ、ミス・テイラー、何故です?あなたには魔女になる資格が……」

「私、小さい頃からバレエをしてるんです。将来はプリンシパルを目指しています。魔女になっている暇はありません。」

マクゴナガルが意味が分からないというように首をひねった。

「ばれえ?それは何ですか?」

「えっ、ご存知ないんですか?えっと、ちょっと特殊なダンスみたいなものです。私はそれのプロを目指しています」

「…魔女よりもそのバレエのプロになりたいと?」

「もちろん。だって、小さい頃からそれを目標に頑張ってきたんです。今さら、投げ出すわけにはいかないんです」

グレースがチラリと壁の写真に目ををむける。シャーロットがその視線を追うと、グレースが可愛らしいレオタードやチュチュを身に纏い、踊っている写真がたくさんあった。

マクゴナガルが理解できないというように首を横に振りながら口を開いた。

「そんな、あなたの入学は生まれたときから決まっているんですよ!」

「ちょっと、待ってください!娘の進路をあなた方が勝手に決める権利はないはずです!」

グレースの母がマクゴナガルの言葉に猛然と食って掛かった。グレースの方へ駆け寄り、後ろからグレースの肩を抱き締める。

「娘は小さい頃から夢のために必死に努力してきたんです!娘の未来はこの子の物です!娘が拒否するのなら、あなた方の学校へは行かせません!ええ、絶対に!」

グレースの母はマクゴナガルを睨むように宣言した。グレースの父もそんな母娘のそばへ行き、マクゴナガルから二人を庇うように前へ出た。

「先生、娘もこう言っていますし、入学はしません。お引き取りください」

「いえ、しかし…」

「あなた方がどう言おうと、娘の将来は娘が決める。そして、私達はその意思を尊重し、サポートします。あなた方が無理矢理にでも連れて行こうものなら、私達は負けませんよ」

グレースの父は娘にも受け継がれた美しい青色の瞳で、マクゴナガルを睨んだ。

「どうぞ、お引き取りを」

 

 

気がつくと、シャーロットはマクゴナガルの部屋へ戻っていた。マクゴナガルは静かにシャーロットを見据えていた。

「先生、今のは、」

「今から20年以上前の記憶です。あなたの母親、グレース・テイラーは魔女になる力を持ちながら、それを拒否し、マグルとして生きる道を選んだのです。」

マクゴナガルは淡々と話を続けた。

「そんな、私、知らなかった!」

「ええ、そうでしょうとも。この後、ミス・テイラーとその両親には忘却呪文をかけたのですから。ミス・テイラーはホグワーツの事はなに一つ知らなかったはずです」

マクゴナガルは淡々と話を続けた。

「ホグワーツの入学を断るなんて、できるんですか?」

「ええ。あまりないことですが前例はあります。」

マクゴナガルは過去を思い出すように目をつぶった。

「この後、私は学校へと戻り、ダンブルドア先生にミス・テイラーの入学拒否の件を伝えました。職員会議になり、魔法省にも話が伝わりましたがミス・テイラーがマグル出身だということ、本人の意志が固いことが分かると、ダンブルドア先生は本人の希望を受け入れることにしたのです。幸か不幸か、ミス・テイラーは魔女になれる魔力を有してはいましたが、そこまで強くはなかったのですよ。ほとんどの魔力を持つ子どもは幼い頃、その魔力を無意識に使ったり、本人の意思とは無関係に魔法をかけてしまったりするものですが、魔法省が調べたところ、ミス・テイラーはそういった魔力の暴走は全くなかったのです。」

シャーロットはどう反応していいか分からず、下を向いた。

「お爺様はどうして教えてくれなかったんだろう…。知らなかったです。母がバレエをしていたなんて」

「そうでしょうね」

シャーロットが顔を上げ、怪訝そうに眉を寄せるとマクゴナガルは少し悲しそうな顔をしていた。

「私もダンブルドア先生から聞いたのですが、この後、ミス・テイラーはバレエを本格的に続ける事はできなかったのですよ」

「え?何でですか!?」

「ダンブルドア先生によるとこの数年後、ミス・テイラーのご両親が営む仕立屋は不況の煽りを受けて破産したのです。ご両親は心労が祟ったのか相次いで亡くなられ、その後は生活のために学校を辞め、働いていたそうです。それでも細々とバレエを続けてはいたそうですが、その職場であなたのお父様と出会い結婚したあとはキッパリやめたそうです。」

シャーロットが愕然とし、目を見開いた。

「そんな、……あんなにバレエに熱心だったのに。続けようとは思わなかったのでしょうか」

シャーロットは昔、母が生きていた頃の事を思い出した。少なくとも、シャーロットは母がバレエをしていたのを見たことはない。

「…ええ。これは私の予想ですが、ミス・テイラーは結婚後に夫を亡くし、バレエの事が考えられないくらいあなたとの生活で手がいっぱいだったのでしょう」

シャーロットは唇を噛んだ。そうだ。他ならぬシャーロットが知っている。母は体が弱かったのにシャーロットのために働き続け、ボロボロだったのだ。そんな余裕はなかったのだろう。

「じゃあ、やっぱり私がいたからバレエを続けられなかったんですね。私を生んでから体調を崩したって聞いたことがあるし、私がいたから…」

「ミス・ダンブルドア!いい加減にしなさい!あなたはお母様の何を見てきたのですか!」

マクゴナガルが話を遮るように怒鳴るった。シャーロットはハッと顔を上げた。

「ボガートが見せたのはあなたの不安な心そのものであって、あなたのお母様ではありません!あなたの間違った思いであって、あなたのお母様の意思ではない。いい加減に受け入れなさい、シャーロット・ダンブルドア。あなたは知っているはずです。お母様の無償の愛を。」

シャーロットは顔を真っ赤にして、口を一文字に結んだ。知っている。シャーロットは分かっている。母がシャーロットを愛していたことを。

「…だって、怖い。もしかしたら、って思ってしまうんです。母はバレエを続けたかったかもしれない。私がいなければって思ったことがあるかもしれない。そうでしょう?だって、あんなに夢を楽しそうに語っていたのに」

マクゴナガルの記憶の中のグレースの姿を思い出す。バレエの話をするときは本当に楽しそうだった。きっと辞めたくなかっただろう。夢を諦めるのは悔しかっただろう。

「……ミス・ダンブルドア。この記憶にはまだ続きがあります。見てきなさい。あなたは間違っている」

マクゴナガルが再び憂いの篩にシャーロットを導いた。シャーロットはあまり見たくなくて迷ったが、マクゴナガルの視線に根負けしたように、憂いの篩へ近づいた。

 

 

 

目を開くと、先ほどのリビングだった。目の前にはグレースとマクゴナガルが向かい合っている。テーブルにはお茶やお菓子が並んでおり、グレースの両親はこの場にはいないようだった。

「ありがとうございます、先生。せっかくわざわざここまで来ていただいたのに、申し訳ありませんでした」

「ミス・テイラー、本当にいいのですね?」

「はい、私はホグワーツには行きません。」

グレースはニッコリ笑った。

「あなたとご両親の記憶を消すことになりますが…」

「構いません。そうしないと都合が悪いんでしょう?」

グレースは何でもないことのようにそう言うと、マクゴナガルにお茶を勧めた。

「少しもったいない気はします。魔女になれるなんて、凄く楽しそう。でも、いいんです」

「やはりバレエの方がいいですか」

「…それも、ありますけど」

グレースはマクゴナガルに顔を近づけ小さな声で話した。

「小さい頃、バレエを習いたいと言った私に両親は全く反対せずにすぐにレッスンをさせてくれたんです。ご存知ないかと思いますが、バレエって本当にお金がかかるんですよ。うちはこんな小さな仕立屋なのに、両親が無理してバレエをさせてくれてるんです。」

グレースは嬉しそうな表情で続けた。

「私、両親の事が大好きなんです。お父さんは私に何も気にせずバレエに集中しなさいって言ってくれました。お母さんはレッスンに送ってくれたり、体調管理まで気をつけてくれています。二人はいつも私の事を一番前で応援してくれるんです。そんな二人の思いに応えたいんです」

マクゴナガルはそんなグレースを微笑ましそうに見つめていた。

「とても残念ですが、仕方ありませんね。あなたの意思を尊重しましょう。この前は勝手に話を進めようとして申し訳ありませんでした」

「いいえ!魔法を見ることができて嬉しかったです!忘れてしまうのは凄く残念だけど」

グレースは身を乗り出すと、こっそりとマクゴナガルに囁いた。

「先生、この前はあんなこと言ったけど、実はちょっとだけ嘘をついたんです」

「嘘?」

「はい。プロのバレリーナになりたいのは本当です。でも、それよりも、」

次のグレースの言葉にシャーロットは思わず泣きそうになった。

 

「私、将来はお父さんみたいな優しい人と結婚したい。それで、お母さんみたいなお母さんになりたいんです」

 

マクゴナガルは目を見開くと、ニッコリ微笑んだ。

「あなたの夢がすべて叶うように祈っていますよ。」

「ありがとうございます、先生」

「では、そろそろ…」

「はい、お願いします」

グレースは目を閉じた。マクゴナガルは杖を取りだし呪文とともにそれを振った。

「オブリビエイト」

 

 

 

 

気がつくと、シャーロットはマクゴナガルの部屋の床に座り込んでいた。今見た光景が、グレースの言葉が頭を駆け巡る。瞳からは涙が溢れていた。そんなシャーロットにマクゴナガルは駆け寄り、ぎゅっと抱き締めてきた。

「あのように心から家族を愛した少女です。あなたの事だって、誰よりも愛していたに違いありません。そうでしょう?」

シャーロットは涙が溢れる目を閉じた。

『大好きよ、チャーリー』

うん、私も大好き。

『忘れないで。あなたの事を誰よりも愛してる』

忘れたりはしない。絶対に。あなたの愛を、今なら信じられる。もう、迷ったりなんかしない。今度こそ、見つけた。もうなくしたりはしない。否定しない。全部まとめて肯定してやる。愛された記憶がある。愛した記憶も。それだけで、きっと戦える。

シャーロットはマクゴナガルの腕の中から杖を取りだし、小さく呟いた。

「エクスペクト、エクスペクト・パトローナム」

シャーロットがそう唱えた瞬間、今までで一番くっきりと実体化した雌ライオンが飛び出した。銀白色に光輝くライオンはシャーロットにすりより、すぐに消滅したが、シャーロットは満足だった。

シャーロットはマクゴナガルの腕の中でしばらく泣き続けた。ようやく、長い悪夢から解放された気がした。

 

 

 

 

 

 

 



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初恋と悪戯

マクゴナガルに居残りさせられ、長時間戻ってこなかったシャーロットが憑き物が取れたように寮へ戻ってきたのを見て、ハーマイオニーは驚いた。シャーロットの顔はここ最近で一番スッキリしている。

「シャーロット、マクゴナガル先生と何のお話をしたの?」

「ちょっとね」

シャーロットはそれだけ言って何も答えなかった。

 

 

 

レイブンクローとのクィディッチ試合の当日。ハリーはファイアボルトを抱え、大広間に降りてきた。他の寮の生徒たちがファイアボルトを一目見ようと次々にやって来た。一方、スリザリンの生徒達、特にマルフォイは雷に打たれたような顔をしており、シャーロットは苦笑いした。途中でマルフォイがハリーに嫌みをいいに来たが、ハリーも負けじと嫌みで返しており、グリフィンドールが大声で笑った。

10時半にはシャーロットは観客席へ向かった。今日はカラリと晴れ上がり、少しだけ風が吹いている。独特の緊張と興奮が観客席に満ちていた。

「大丈夫かしら?吸魂鬼は出てこないわよね?」

「大丈夫よ、ハーマイオニー。この間のハッフルパフとレイブンクローの試合の時も出てこなかったし」

いつもは勉強でピリピリしているハーマイオニーも今日ばかりは観客席で心配そうにしている。そしてシャーロットの隣には、

「ワンワン!」

「シャーロット、その犬は?」

「……えーと、ルーピン先生のペット。先生の席には入れないみたいで。預かってきたの。試合を観たいらしくて…」

近くにいたジニーが不思議そうに犬を見てきた。シリウスはどうしても近くでハリーの勇姿を見たいが、ルーピンからさすがに教職員用の席はバレたら危ないため反対されたらしい。ルーピンに頼まれて、勝手に動かないよう首輪と鎖を着け、シャーロットが観客席へ連れてきた。シリウスはグリフィンドール生達の様子には構わず、尻尾を振りまくり実に楽しそうに競技場を見ていた。シャーロットは思わずため息をついた。

選手たちがフィールドに出てきた。シャーロットは持参した双眼鏡で選手達を見物する。レイブンクローチームの選手達はブルーのユニフォームを着て、緊張した様子だった。シャーロットは双眼鏡で、レイブンクローのシーカー、チョウ・チャンと目が合ったハリーが一瞬動揺したのを見逃さなかった。

「初恋かぁ。甘酸っぱいわねー」

「シャーロット、何言ってるの?」

「何でもないわ、ロン」

 

 

 

とうとう試合が始まった。

「全員飛び立ちました。今回の試合の目玉は、なんと言ってもグリフィンドールのハリー・ポッターの乗るところのファイアボルトでしょう。『賢い箒の選び方』によれば、ファイアボルトは今年の世界選手権大会ナショナル・チームの公式箒になるとのことです――」

「ジョーダン、試合の方がどうなっているか解説してくれませんか?」

いつもの実況を聞きながらシャーロットは試合の行方を見守った。ハリーは猛スピードで飛ぶが、チョウがすぐ後ろに張り付いている。一度はスニッチを見つけたらしくハリーは急降下したが、ブラッジャーに邪魔され、見失ったようだ。グリフィンドールチームが今のところ優勢だが、レイブンクローも負けてはおらず、三回ゴールを決め点差を縮めつつあった。ハリーがチョウとの衝突を避けるようにして飛ぶと、ウッドが何か吠えていた。いまだにスニッチは見つからず、ハリーはキョロキョロしている。その後ろからハリーをマークしたチョウが張り付いていた。

突然ハリーが急降下した。チョウがそれに続く。ハリーが弾丸のようにまっすぐ飛んでいった。スニッチを見つけたようだ。ハリーが加速したその時だった。

「ワンワン!」

「吸魂鬼だ!」

シリウスとロンが吠えた。ハリーも気づいたようだ。迷わずユニフォームの首から杖を取りだし、呪文を叫んだ。シャーロットは何か大きなものが杖の先から噴き出したのを見た。

「くそ!あいつら、また…」

「ハリー、大丈夫かしら?」

「落ち着いて、ロン、ハーマイオニー。あれ、吸魂鬼じゃないわ」

「え?」

ロン、ハーマイオニー、シリウスが不思議そうにシャーロットを見返した。

ハリーは守護霊を出した直後、杖を持ったまま手を伸ばし、金色のスニッチを手に掴んだ。ホイッスルが鳴り響く。試合終了だ。グリフィンドールが大歓声を上げ、ハリーは他の選手に抱きつかれもみくちゃにされていた。

大騒ぎのグリフィンドール生がフィールドに飛び込む。

「いぇーい!えい!えい!」

ロンはハリーの手を高々と差し上げた。ハーマイオニーもハリーに飛び付く。シャーロットはシリウスが興奮状態なので、フィールドに飛び出さないように鎖を握りしめ踏ん張っていた。その時、ルーピンがハリーの元へ駆け寄るのが見えた。何かをハリーに言って、フィールドの端に連れていく。シャーロットもシリウスを引きずりながらそこへ向かった。

「君はマルフォイ君をずいぶん怖がらせたようだよ」

シャーロットは思わず噴き出した。そこにはマルフォイ、クラッブ、ゴイル、フリントが折り重なるように倒れていた。頭巾のついた黒いローブを脱ごうとしてバタバタしている。最高にマヌケな光景だ。

「あさましい悪戯です!」

マクゴナガル先生はカンカンだった。スリザリンは五十点も減点され、処罰を与えられた。

その後は一日中パーティーだった。まるでもう優勝杯を取ったかのようだ。誰も彼もが笑顔ではしゃぎまくっている。途中でフレッドとジョージがホグズミードから買ってきたらしいお菓子をばらまき、パーティーは更に盛り上がった。シャーロットもニコニコしつつ、パーティーで飲んだり食べたりとロンやハーマイオニーと祝杯を上げた。素晴らしく楽しい夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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プロングス

レイブンクローとの対戦から数日後の事だった。朝の新聞の一面にとんでもない記事が載った。

 

『シリウス・ブラックに無実の可能性!ペティグリュー逮捕!』

 

どうやらダンブルドアが当時の目撃者や証拠の写真などをかき集め、ようやく魔法省へ報告したらしい。ホグワーツはもちろん、魔法省も上を下へと大騒ぎのようだった。

「それで、ペティグリューは今どこに?」

「魔法省で聞き取り調査をされておるよ。もちろん、真実薬片手にのう」

記事を見て校長室を訪れたシャーロットにダンブルドアはニコニコしてそう言った。

「ファッジ大臣はよく信じましたね」

「最初はわしが錯乱させられたのだとかなんとか叫んでおったがのう。事前にシャックルボルトにも話はしておったし、しばらくすると落ち着いて証拠を確認しておったよ。今頃どういう言い訳をしようか考えているじゃろう」

「シリウスはどうなります?」

「まだ居場所は魔法省には知らせておらんよ。これから魔法省に行かねばならん。ペティグリューの聞き取りが終わったあとは改めて裁判のやり直しじゃ。心配しなくても、今回はペティグリューの自白もとれておるし、大丈夫じゃ。ああ、そうそう、吸魂鬼もアズカバンへ送り返せねばならんの」

シャーロットはホッと息をついた。これで、もう大丈夫だろう。シリウスはすぐに自由の身となるはずだ。

「お爺様、ありがとうございました」

「いやいや、礼には及ばんよ。危うく無実の男に吸魂鬼のキスが行われるところじゃった。シャーロット、今年もよく頑張ったのう」

「いいえ、ハリーのためなので」

シャーロットは薄く微笑んだ。ダンブルドアはそんなシャーロットをじっと見つめた。

「シャーロット、もう大丈夫かの?」

「…はい。マクゴナガル先生のおかげで、なんとか。お爺様、申し訳ありませんでした。たくさん、失礼な事を言ってしまって…」

「いや、わしも悪かったの。どうやってお主に接すればよいか分からず、結果的に傷つけてしまった」

シャーロットはダンブルドアを見返した。なぜ、シャーロットに母の話をしなかったのかは分からない。きっとこの人にもこの人の考えがあったのだろう。しかし―――

「お爺様、私に何を隠しているんですか」

「…シャーロット」

「いつまでも隠し通せないですよ。今はいいです。でも、必ずいつか話してください。」

シャーロットはクルリと背を向けて校長室から出ていった。決して振り返らなかった。

 

 

 

 

 

「これでひと安心だね」

「そうねー。シリウスもすぐに自由よ」

ハリー、ロン、シャーロットは校庭をブラブラ歩いていた。周りには誰もいない。ハーマイオニーは大量の宿題を抱え込んでいるため、談話室にいる。新聞に記事が載ったおかげで、周囲は騒がしいため、三人は息抜きに散歩をしていた。

今日一日でたくさんの事が変わった。「太った貴婦人」はグリフィンドール生に頼み込まれて、記事が載ったこともあり渋々職場復帰をした。「カドガン卿」のせいで合言葉に一番苦労しているネビルが「太った貴婦人」に泣きついたおかげでもある。シャーロットはハリーに忍びの地図を譲った。ハリーは父親の形見でもあるその地図を嬉しそうに何度も眺めていた。一方でスネイプはシリウスの記事を読んだことでギラギラとした目で憎悪に燃えていた。

「来週はホグズミードだ!」

「やった!」

「楽しみね、ハリー」

ハリーはこれ以上ないくらいニコニコしている。シリウスの無実は証明できそうだし、初めてのホグズミードに胸が踊っているのだろう。クィディッチはすぐにハッフルパフとの対戦があるため、練習しなければならなかったが、ハリーは優勝杯をとるため頑張っているようだ。

「僕、ハニーデュークスに行きたい」

「ええ、みんなで行きましょう」

「ハーマイオニーは来るかな?勉強で発狂しかけてるけど」

「うーん、難しいかもね」

シャーロットは苦笑した。こればかりはハーマイオニーが自分で頑張るしかないのだ。

その時、突然聞きなれた声がした。

「ハリー、ロン、シャーロット!」

「シリウス!」

シリウスは堂々と人の姿で校庭を歩いてきた。きちんとしたスーツを着ており、手には何か籠を持っている。

「シリウス、出てきてもいいの?」

「ああ、今は誰もいないし。見られたってどうってことない!もう逃げなくても済むんだ!」

シリウスの顔はふっくらとしており、少しずつ体調も戻ってきたようだ。

「これからダンブルドアといっしょに魔法省へ行ってくる。裁判のやり直しを要求するんだ」

「絶対にうまくいくわ!」

「ああ。あ、そうそう、ロン、これを受け取ってくれ」

「え?」

シリウスはロンに手にもった籠を差し出した。籠の中には小さなフクロウがいて、嬉しそうにほーほー鳴いている。

「僕に?」

「ああ。ネズミがいなくなったのは私のせいだし。君を巻き込んでしまうところだった。受け取ってくれ」

ロンは戸惑ったようだが、嬉しそうに籠を受け取り籠の中のフクロウを覗きこんだ。

シリウスはハリーへ向き直り、突然モジモジし始めた。

「ハ、ハリー。」

「どうしたの、シリウス?」

「わ、私は君の名付け親だ!」

「いや、知ってるけど…」

「あ、いや、だから、その、つまり君の両親は私を君の後見人に決めたのだ」

ハリーは戸惑っていたが、シャーロットはシリウスが何を言いたいか察した。

「その…私の汚名が晴れたら、考えてはくれないだろうか。もし…君が、その、別の家族を欲しいとか思うなら…」

ハリーの顔が爆発したように耀いた。

「え?あなたと暮らすの?」

「むろん、君はそんなことは望まないだろうとおもったが…。ただ、もしかしたらと思って…」

その時だった。突然冷たい風が体を切り裂くように吹いた。シャーロットの体はその感覚に鳥肌を立てる。シリウスがハッとして当たりを見渡した。何十人もの吸魂鬼が真っ黒な塊となって滑るように近づいてきた。

「な、なんで吸魂鬼が!?」

「シリウスが無実だって伝わってないの!?」

四人は慌てて逃げようとするが、四方八方から現れ、四人を包囲した。シャーロットの体を氷のように冷たい感覚が貫く。

「やめろ!やめてくれぇっ!」

シリウスは恐怖のあまり、うずくまっていた。ロンは今にも倒れそうな表情でへたりこみ、体が固まっている。ハリーとシャーロットは急いで杖を取りだすと、二人揃って大きな声で呪文を唱えた。

「エクスペクト・パトローナム!」

シャーロットの杖の先から大きな雌ライオンが姿を現し、吸魂鬼の周りを飛び交った。また、ハリーの杖からは大きな馬のような影が疾走し、吸魂鬼に突進していくのが見えた。二つの守護霊は暗い影の周りをグルグル駆け巡る。吸魂鬼は後退りし、散り散りに去っていった。雌ライオンは最後にすり寄るようにシャーロットに頬擦りし、スッと消えた。シャーロットの体に暖かさが戻ってきた。

ハリーが出した守護霊は暗い湖の向こうまで行くと、向きを変えハリーの方へ緩やかに近づいてきた。ハリーはまるで夢を見ているような表情でそれを見つめる。それは銀色に光輝く牡鹿だった。大きな瞳でハリーをじっと見つめている。牡鹿はゆっくりと頭を下げた。ハリーは震える手を伸ばし、触れようとした。

「プロングス」

ハリーが呟くように声を出した瞬間、それはフッと消えた。ハリーは手を伸ばしたままその場にしばらく佇んでいた。そんなハリーの姿をシャーロットは声をかけることなく静かに見守っていた。

 

 

 



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クィディッチ優勝戦

その後、シリウスはアズカバンにいた時の事を思い出したのか一気に体調不良となったため、医務室に連れていった。魔法省に行くのは延期になるそうだ。ダンブルドアに吸魂鬼が襲い掛かったことを報告すると、ダンブルドアは静かな怒りに燃えていた。正式に魔法省に苦情を申し入れるらしい。

ハリーはシリウスが体調を壊したことで不安そうにしていた。それでも、ダーズリー家から出ることができるかもしれないという希望がでてきたため、シリウスが早く良くなるようにと心から祈っていた。その後、シリウスは体調を壊したついでに、聖マンゴ魔法疾患傷害病院へ行った。いろいろ検査をしてもらうらしい。ハリーはシリウスとしばらく会えなくなるので残念そうにしていたが、長年アズカバン暮らしだったため、身体検査は必要だろうとシャーロットとダンブルドアが勧めた。

 

 

 

 

 

土曜日、今日はホグズミードに行ける日だ。ハリーは誰よりも早起きをしていた。ハーマイオニーはやはり大量の勉強に集中したいそうなので、今回は行かないそうだ。三人でハニーデュークスや悪戯専門店、叫びの屋敷などに行き目一杯楽しんだ。

次の週の初め、小さな事件が起こった。

「…あー、やっぱりね」

「もう、やめた!お茶の葉も水晶玉もこりごりよ!」

ハーマイオニーの息が荒い。どうやらトレローニーのインチキにとうとう爆発して教室から飛び出したらしい。シャーロットは分かっていたが、プンスカ怒るハーマイオニーに苦笑いした。

 

 

 

 

 

それから数日後、グリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチが行われた。ハッフルパフのセドリック・ディゴリーはいい飛びっぷりを見せたが、ハリーはしっかりとスニッチを掴んでみせた。グリフィンドールは大歓声を上げた。次のスリザリン戦で勝てば優勝だ。ハリーは毎日クィディッチの練習で空を飛び交っていた。ウッドは果てしない作戦会議を何度も繰り返し、他の選手も熱くなっている。寮同士の緊張は爆発寸前まで高まり、特にハリーとマルフォイの敵意は頂点に達していた。ウッドはどこに行くにもハリーを一人にしないように指令をだし、ハリーはここ最近いつもいろんな人に囲まれていた。

グリフィンドールは試合前夜からやたら騒がしかった。ハーマイオニーでさえ教科書を手放した。ハリーは明日の事を考え、緊張と不安で顔が強ばっている。

「絶対大丈夫よ」

「君にはファイアボルトがあるじゃないか」

「ハリー、思いっきり飛んでね。マルフォイをやっつけて」

シャーロット、ロン、ハーマイオニーが声をかけるもハリーはずっと顔色が悪かった。

翌日、グリフィンドールチームは大広間に拍手で迎えられた。レイブンクローとハッフルパフからも拍手があがる。スリザリンからは嫌みな野次が飛んだ。

シャーロットはロンとハーマイオニーとともに観客席へ向かった。グリフィンドールの深紅の旗が風に揺れる。

怒濤のような歓声の中、とうとう選手達が姿を現した。キャプテンの握手の後、フーチ先生が号令をかける。

「箒に乗って!…さーん…にー…いちっ!」

箒が一斉に飛び上がった。赤と緑の影が空を舞う。ハリーがスニッチを探してスピードを上げ、その後ろからマルフォイがついてくる。シャーロットも双眼鏡でハリーの姿を追いかけた。

アンジェリーナがゴールを決め、歓声が上がった。しかし、フリントがアンジェリーナに体当たりし、その仕返しにフレッドが棍棒をフリントの頭に投げつける。ペナルティーが出て、フレッドが喚いていた。

アリシアとケイティがゴールを決め、今のところはグリフィンドール優勢だ。しかし、優勢になったことでスリザリンチームは手段を選ばなくなった。今までで一番ひどい泥試合に突入した。スリザリンが棍棒でグリフィンドールを殴り、その仕返しにまた殴る。更にウッドがブラッジャーに襲われ、フーチ先生が怒りで顔を真っ赤にしていた。ペナルティーゴールの連続だ。

グリフィンドールの応援団が叫んでいる。マルフォイにマークされたハリーが突然上へ飛び上がった。スニッチを見つけたのだ。ハリーが手を伸ばす。しかし……

「うわー、あいつ最低」

「あのやろう!くそー!」

「何てことするの!」

隣のロンとハーマイオニーが叫んだ。マルフォイが身を乗り出してファイアボルトを掴み、引っ張ったのだ。ハリーは今にも殴りかかりそうな顔をしていた。マルフォイの目はランランと輝いている。マルフォイの狙い通り、スニッチは姿を消した。

スリザリン生以外の観衆が怒りに沸いた。ジョーダンのなじりの実況か響く。マクゴナガルまでもがマルフォイに向かって拳を振り上げた。

今度はハリーがマルフォイをマークした。マルフォイがイラついた表情で何かを言っている。クアッフルを奪ったアンジェリーナがゴールを目指すが、スリザリンチームはマルフォイ以外がアンジェリーナをブロックするべく疾走していた。ハリーがそれを阻止するため弾丸のようにスリザリンチームの中に突っ込んでいった。

「まだスニッチは見つからないのかしら?」

シャーロットがそう漏らした時だった。ハリーがファイアボルトで急降下した。ハリーの目線を追うと、その先ではマルフォイが勝ち誇った顔で飛んでいるのが見えた。その先にあるのは、小さな金色の煌めきだ。

「行って!行って!行って!行けーーー!」

シャーロットも観衆とともに我を忘れて叫んだ。そして、

「やった!」

ハリーがマルフォイの手を払いのけ、その金色のボールを掴んだ。その手を空中高く突き出した。競技場が爆発する。腕を絡ませ、抱き合いながらグリフィンドールチームは地上へ降りてきた。

深紅の応援団がフィールドになだれ込んだ。選手達が肩車をされている。ロンとハーマイオニーがハリーに駆け寄った。マクゴナガルは大泣きで旗で涙を拭っている。選手達はスタンドの方で優勝杯を持ったダンブルドアに迎えられた。

もしも、今、ハリーが吸魂鬼に会ったなら…。シャーロットは優勝杯を天高く掲げたハリーを見て、歓喜の涙を拭いながら思った。きっと、世界一素晴らしい守護霊を作りだせるだろう。

 

 

 

 



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世界はあの子を見守っている

クィディッチ優勝杯を取ったことでしばらくはみんな浮かれていたが、すぐにそれどころではなくなった。試験が迫っているのだ。シャーロットももちろん毎日図書館に行き、勉強に没頭した。ハーマイオニーは人一倍気が立っていた。試験が始まる頃には異様な静けさに包まれていた。シャーロットは『変身術』でティーポットを完璧な陸亀に変身させたし、『呪文学』ではラベンダーを相手に「元気の出る呪文」をかけ、見事ニコニコとハイテンションにさせた。『魔法薬』『魔法史』『薬草学』と試験は続き、いつも通りうまくいったと感じる。唯一心配していたのが「闇の魔術に対する防衛術」だったが、障害物競争もどきの試験をシャーロットはすべて完璧にこなした。最後のボガートがひそむトランクでは母の顔が見えた瞬間、それが口を開く前に「リディクラス」を唱え、やっつけることができた。ルーピンも満足そうに頷いていた。シャーロットの後に続いたハーマイオニーはボガートがマクゴナガルに変身して泣き出すというハプニングはあったものの、シャーロットの試験はすべて終了した。少しだけ心配していたのはハリーの『占い学』の試験だ。

「ハリー、トレローニーは変じゃなかった?」

「あの人はいつも変だけど……」

「いや、そうじゃなくて。試験の途中で目が虚ろになったり、怖いことを言ったりとか…」

「うーん?水晶玉を見るように言われて、何も見えなかったから適当にヒッポグリフが見えるとかでっちあげたら先生は残念そうにしてたけど、それだけだったよ」

「そう…」

ハリーの言葉で安心した。今回、トレローニーは本物の予言はしなかったらしい。

 

 

 

 

試験が終了した次の日の朝、新聞の一面にシリウスの記事が載った。ペティグリューの真実薬を使った自白とダンブルドアの証拠によって、正式に無実が認められたらしい。ペティグリューは無事にアズカバンに収監された。魔法省が正式に認めたことで、新聞はファッジの言い訳を書き綴っていた。その無能ぶりにシャーロットは苦笑した。ハリー、ロン、ハーマイオニーとともにホグズミードに行くかどうか話し合っている時、とんでもないニュースが飛び込んできた。

「ルーピン先生が狼人間だったって!」

「嘘だろ!?」

「スネイプ先生が話してた!ルーピン先生は辞めるんだって!」

ハリーとロンとハーマイオニーの顔が蒼白になり、シャーロットは顔をしかめた。シリウスの記事を読んだスネイプの表情を見て危ないと思っていたのだ。ただでさえ、スネイプはシリウスと学生時代の確執がある。十二年もの長い間、スネイプはシリウスを恨み続けてきた。シリウス・ブラックが、リリーを、ポッター家を壊した犯人であるのだと。今更違う人間が裏切り者だと知り、いろいろな感情がごちゃ混ぜになったような顔をしていた。元々、グリフィンドールが優勝杯を取ったことでイライラしていたに違いない。切れたスネイプは八つ当たり気味にルーピンの正体を話してしまったようだ。

「嘘だろ、ルーピンが狼人間?」

「それよりも、辞めるなんて!」

「…仕方ないわよ。自分の子供の教師が狼人間だって知ったら、親は黙ってられないはずよ」

ハリーはショックを受けて棒立ちになった後、駆け出した。

「ハリー!どこに行くの?」

「きっとルーピンのところよ。ハリーなら大丈夫。そっとしておきましょう」

三人でハリーの後ろ姿を見送った。

 

 

 

ルーピンは結局荷物をまとめ静かにホグワーツから去っていった。ルーピンの正体を知っても、ルーピンの辞職を嘆く生徒は多かった。ハリーもしばらく深い悲しみに沈んでいたが、その後ダンブルドアと少し話したことでもっと落ち込んだ。シリウスの無実の証明だけがハリーを慰めていたが、シリウスと暮らすのは反対されたようだ。恐らくは『護りの魔法』のためだろう。シャーロットは知っていたが、そんな事情を知らないハリーはダーズリー家に戻らなければならない事を嘆いていた。

 

 

 

学期の最後の日、試験結果が発表された。シャーロットはもちろんぶっちぎりの1位だった。ハーマイオニーは悔しそうにしていたが、それよりも今年の逆転時計を駆使した授業によって疲れ果てており、『マグル学』をやめることにしたと話していた。グリフィンドールはクィディッチの目覚ましい成績のおかげで三年連続で寮杯を獲得した。宴会では大広間が深紅と金色の飾りに彩られ、最高に賑やかなものとなった。

 

 

 

 

「今年も大変じゃったの」

「ええ。無事に終わって何よりです」

アルバス・ダンブルドアとミネルバ・マクゴナガルは教員席から大騒ぎする生徒を見つめながら静かに話していた。

「来年は更に忙しくなりそうじゃ」

「そうですね。ですが、きっと楽しい一年になると思いますよ」

マクゴナガルはグリフィンドールが寮杯を獲得したことで上機嫌であり、ニコニコしていた。

「ミネルバ、シャーロットの件はすまんかったの。わしが話すべきことじゃったが、お主が実際の記憶を見せたことであの子は吹っ切れたようじゃ。本当に感謝しておる」

「いいえ!私もミス・ダンブルドアとはじめてきちんと話せました。あの子はいい子ですね。きっと将来は優秀な、いい魔女になるでしょう。」

マクゴナガルがそう言うと、ダンブルドアは少しも考えるように目をつぶった後、

「そうじゃな…」

とだけ呟き、シャーロットの方へ視線を送った。シャーロットはハリー、ロン、ハーマイオニーと楽しそうにじゃれあっていた。

 

 

 

 

「ハリー、元気出して」

「うん…」

「大丈夫よ。シリウスとならすぐに会えるわ」

汽車に乗る日の朝、ハリーの顔は暗かった。朝早くシリウスからふくろう便が届いた。手紙によると、無事に病院を退院し、新たな生活を立て直すために奮闘しているそうだ。いつか必ず一緒に暮らそうと書き綴っていた。

「来年はクィディッチのワールドカップだ!一緒に行こうよ!」

ロンが慰めるように明るくそう言って、少しだけハリーは元気を取り戻していた。

「今年もやっぱり騒がしかったわね」

「ハーマイオニーが時計のことを言わなかったなんて、いまだに信じられないよ」

ロンが膨れっ面をした。ハーマイオニーはマクゴナガルに逆転時計を返した後、ハリーとロンに話したらしい。

「誰にも言わないって約束したの」

ハーマイオニーがキッパリ言って、クルックシャンクスを籠に入れた。

「まあまあ。それよりも早くしないと汽車が出るわよ」

シャーロットが急かすようにそう言って、一緒に荷物を運ぶのを手伝った。

「来年の事件は、もっと騒がしいわ…」

「え?シャーロット、どういうこと?」

「なんでもない。でも一つ言っておくけど、来年はものすごく特別な一年になるわよ」

三人はその言葉に顔を見合わせた。

「なんなの?」

「すぐに分かるわ。ほら、汽車に乗って」

シャーロットは駅で三人を見送った。

「ハリー、ロン、ハーマイオニー、いい夏休みを!」

汽車が出発する。シャーロットは三人に大きく手を振った。そのまま汽車が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。

 

 

 

シャーロットは誰もいない校庭をゆっくり歩いた。ここは来年どんな風に変わるのだろう。湖の畔でぼんやりと座り込んだ。来年はどんな一年になるのだろうか。

「シャーロット」

「…お爺様」

いつの間にかシャーロットのそばにダンブルドアが立っていた。

「早く家にお帰り。きっとアンバーが心配しておる」

「はい…」

シャーロットはゆっくり立ち上がった。

「こんなところで何をしておったのじゃ?」

「…別に。ただ、来年の三大魔法学校対抗試合はどうなるのかなって考えてただけです」

ダンブルドアの顔が固まった。

「…なぜ知っておる?誰がその事を…」

「さあ?私は結構何でも知っていますよ。例えば、」

 

 

「来年、ヴォルデモートが復活するとか」

 

 

ダンブルドアの時間が止まった。シャーロットはそんなダンブルドアの表情がおかしくてクスクス笑った。

「シャーロット、どういうことじゃ?なぜ、そんなことを…」

珍しくダンブルドアが動揺している。シャーロットはお腹を抱えて笑った。

「冗談です。まあ、そんなこともあるかなって」

ダンブルドアはまだ動揺し、口をパクパクしていた。シャーロットはそんなダンブルドアを見据えた。

この人は絶対になにかを隠している。それが何かは知らないが、必ずヴォルデモートに関係あるはずだ。来年、来年こそははっきりさせてみせる。必ず。

「それでは、お爺様、ごきげんよう」

シャーロットは優雅に微笑むと、その場を立ち去った。ダンブルドアは何も言えず、シャーロットの後ろ姿を黙って見送っていた。

 

 

 

ミネルバ・マクゴナガルは自室で書類の整理をしながら物思いに耽っていた。そして、昨日の学期末パーティーの事を考える。気のせいだろうか。きっと見間違いに違いない。いや、でも……。

ダンブルドアとシャーロットの話をしていた時のことだ。あの時、ダンブルドアは静かにシャーロットを見つめていた。マクゴナガルは考える。その時、ダンブルドアは鋭い目をしていた。

その瞳にはまぎれもなく静かな敵意が光っていた。

 

 

 

 

 



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エピローグ~不思議な少女

その日、エイドリアン・シモンズは戸惑いながら喫茶店の席に座っていた。今の季節は夏だが、店内は涼しい。肥満ぎみで妻に引かれるほど汗かきのエイドリアンにはありがたいことだ。帰ったら、夏休みで帰省している息子とゲームをする約束をしている。なぜ、俺はこんなところにいるんだろう。それでも目の前に座る少女から目が離せなかった。

とても綺麗な少女だ。エイドリアンの息子より少し年上だろうか。暗めの赤色の髪に緑の瞳が印象的だ。なぜ、俺は見知らぬこの少女と話しているんだろう。

「それで、あなたはラルフ・エバンズと親しかったんですね」

少女が口を開き、エイドリアンは促されるように頷いた。

「あ、ああ。あいつとは一緒の会社だったんだ。同僚でよく飲みに行っていた。くそ真面目だけどいいやつだったよ。」

「では、エバンズ氏の恋人の事は?なにかご存知ですか?」

「もちろん。同じ会社で働いていた。あっちは清掃員だったが…。ものすごく綺麗な金髪の子で、会社の男はみんな狙っていたよ。俺はその頃、もう今の妻と付き合っていたけど、妻がいなかったらその子に惚れていたかもな。その子は…あれ?なんて名前だっけ?」

「とにかく、エバンズ氏はその恋人と結婚したんですね」

「あ、ああ。割りと早かった気がするな。付き合って一年だったか…。幸せそうだった。恋人の子は天涯孤独だったらしくて早く家族を作りたいとか話してたな。すぐに子どもができて、本当に嬉しそうだった」

エイドリアンはその時の幸せそうな元同僚の姿を思いだし、悲しくなった。その後の悲劇を思い出したのだ。

「結局、ラルフは子どもの顔を見ることはできなかった。会社帰りに交通事故に巻き込まれてね。あっという間に逝ってしまった。悲しかったよ。本当に。でも、奥さんはもっと悲しそうだった」

目の前の少女はじっとエイドリアンを見つめてきた。

「その後は?」

「いいや。何も知らない。すぐに子どもが生まれたらしい。奥さんは一度だけ子どもを抱いて、ラルフの荷物を取りに来てくれた。気丈に振る舞っていたけど、だいぶ憔悴してきたよ。それでも、子どもと一緒にしっかり生活を立て直すと話していた。あの後、どこかに引っ越したらしくて、本当に何も知らないんだ…」

なぜ、見知らぬ少女にこんな話をしているんだろう。ぼんやりと考える。エイドリアンでさえ、とっくの昔に忘れていたことだ。

目の前の少女は立ち上がると微笑んだ。

「貴重なお話をしていただいてありがとうございました、ミスター・シモンズ。ここは私が支払います。今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました」

少女は代金を置くと、目礼し、テーブルから離れようとした。エイドリアンはふと我に返ったように顔を上げ、少女に声をかけた。

「お嬢さん…。もしかしてどこかで会ったことがあるかい?なんだか見覚えがあるんだが…」

少女はニッコリ笑って首を傾げた。

「さあ……。どうでしょうね?」

気がつくと、エイドリアンは喫茶店の外に出ていた。もう少女はいない。少女と話していたのは短時間だったのに、まるで深い夢を見ていたかのように感じる。腕時計を見ると、もう夕方に近かった。まずい。営業の途中だった。会社に戻らなければ。エイドリアンは少女の事を頭の隅に追いやると、慌てて駆け出した。もう少女の顔もよく思い出せなかった。

 

 

 

シャーロットは墓地に来ていた。空は明るいオレンジ色に染まっている。黒いシンプルなワンピースが風に揺れてふわりと舞い上がった。目の前には小さな墓石がある。そこにはシャーロットの両親の名前が彫られていた。ここに来るのは数年ぶりだ。ホグズミードに住んでからは来られなかった。来るのがつらかったからでもある。マクゴナガルのお陰で母の思いを素直に受け止める事ができた。けじめをつけるために墓参りをしようと思い付いたのだ。近くの教会が管理してくれてるのだろう、墓は思ったよりも荒れていなかった。シャーロットは花屋で購入した百合の花束を墓の前に置く。そして、墓石の名前をそっと指でなぞった。

「…久しぶりね」

シャーロットは薄く笑った。墓参りをすることはものすごく勇気が必要だと思っていたのに、いざ来てみればなんだか心がスッキリしたような気がする。生前の両親の様子を、父の友人から聞き出したことで少しだけ気持ちの整理ができた。きっと、来年も来るだろう。

「さようなら、ママ。そして、パパ。私は生きるよ」

シャーロットは小さな、しかし強い声でそう言って、しっかりと前を向きそこから立ち去った。

その場には墓の前に置かれた百合だけが残された。

 

 

 

 

 



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閑話
ガールズトーク~あの子は思春期


それはシャーロットが試験勉強をするために図書館へ行こうとした時だった。廊下を歩いていると、後ろから声がかけられた。

「ミス・ダンブルドア。これ、落ちたよ」

「はい?」

シャーロットが振り替えると、ハッフルパフのネクタイを締めたとてもカッコいい青年がシャーロットに何かを差し出してきた。青年の手にはシャーロットが髪に結んでいた黒いリボンがあった。

「ありがとう!ほどけちゃったのかしら」

シャーロットは笑って受け取った。そんなシャーロットを青年はじっと見つめた。

「たくさんの本だね。試験勉強?」

「ええ。図書館に行くの」

「さすがは学年首席の優等生だね」

シャーロットはビックリして青年を見返した。青年はそんなシャーロットの様子がおかしかったのかにこやかに笑っている。

「君の事は有名だしね。よく知ってるよ。もしよければシャーロットって呼んでもいい?」

「ええ、もちろん」

「あ、僕は……」

「知ってるわ。あなたが出てるクィディッチ戦を見てたし。ハッフルパフのセドリック・ディゴリーさん。セドリックって呼んでもいい?」

セドリック・ディゴリーは目を見開き、それから笑って頷いた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、シャーロット」

「なに?ラベンダー、パーバティ」

女子寮で教科書を開いていると、ラベンダーとパーバティが話しかけてきた。ハーマイオニーは試験に向けてフリットウイックに質問をしに行っている。シャーロットの隣ではジニーが同じく教科書を広げていた。分からないところがあればシャーロットに質問ができるので、この部屋で勉強したいと言ってきたのだ。熱心に羊皮紙に何かを書き綴っていた。

「さっき、廊下でハッフルパフのディゴリーと話していたのを見たんだけど…」

「ああ、うん」

「ディゴリーと仲いいの?」

「ええ?まさか!」

ラベンダーの質問にシャーロットはブンブンと首を横に振った。隣のジニーも興味をそそられたのか顔を上げる。

「話したのも初めてよ!さっきは落ちたリボンを拾ってくれただけ」

「あ、そうなのね」

ラベンダーとパーバティは顔を見合わせた。すると二人合わせてシャーロットに近づいてきた。

「ねえ、シャーロット。ハーマイオニーもいないし、この際だからハッキリさせときたいんだけど……」

「な、何?二人とも。なんか怖いよ」

「真剣に聞いて。ハリーとロン、どっちが好きなの?」

シャーロットはポカンと口を開けた。

「はあぁぁ?」

「だって、シャーロット、モテるのにボーイフレンドを全然作らないじゃない!そのくせハリーやロンとは仲がいいし。」

「それで、どっちが好きなの?やっぱりハリー?」

「シャーロット!ハリーが好きなの!?」

「声が大きいよ、ジニー。別にハリーの事は何とも思ってないわ!」

ジニーはホッと安心したような顔をしていたが、ラベンダーとパーバティはますますシャーロットに近づいてきた。

「じゃあ、ロン?」

「ええ……?ロンにはハーマイオニーがいるじゃない」

「はあ?ハーマイオニー?冗談でしょう?あの二人しょっちゅう喧嘩してるじゃない」

「いや、でもあの二人はけっ………」

「け?」

「け、喧嘩するほど仲がいいって、なんかの本に書いてたし!」

危ない。危うく結婚する予定だからと口走ってしまうところだった。

「いや、でもロンとハーマイオニーよ?」

「でも、確かにシャーロットの言うとおり、あの二人は仲がいいし…」

「じゃあ、将来はハーマイオニーが義姉?」

「気が早いわよ、ジニー。とにかく、ロンの事はただの友達だし、ハリーの事は弟みたいにしか思ってないから」

シャーロットは無理やり話を終わらせ、教科書に向き直った。ラベンダー、パーバティ、ジニーは複雑そうな顔をしていた。

 

 

 

「……という話を聞いたんじゃが」

「ダンブルドア先生。なぜそんな話を知っているのです?」

「ミス・ウィーズリーがこっそり教えてくれたんじゃ」

「……それで?」

「ミネルバ。あの子の好きな人を調べてきてくれんかの?」

「拒否します」

「ミネルバ…頼む…」

「そもそも知ってどうするんですか」

「あの子にふさわしいか調べて、試して、もしもふさわしくなかったら…」

「ミス・ダンブルドアに嫌われますよ」

アルバス・ダンブルドアはガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 



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アンバーのご主人様

閑話です。


ホグワーツで働く屋敷しもべ妖精、アンバーがダンブルドアに呼び出されたのは寒い冬の事だった。

「なにかご用でしょうか、ご主人様」

「ふむ。君はホグワーツに来て、あまり日が経っておらぬの?」

「はい…。数日前の事でございます。」

アンバーが前の主人から“洋服”をもらったのは、突然だった。前の主人の大切にしている指輪がなくなり、その犯人としてアンバーが疑われた。アンバーは本当の犯人が前の主人の息子だと分かってはいたが、どうしようもない。否定するも結局疑いは晴れず、アンバーは“洋服”を頂く形になってしまった。

前の主人は暴力は振るわないものの、かなりわがままであり、その家族も同じような人間性だった。次の就職先として、アンバーは比較的待遇のいいと噂に聞いたホグワーツを選んだ。これは自分でも正解だと思っている。生徒たちに隠れて料理をしたり、掃除をしたりと仕事は忙しかったが、同じような仲間はたくさんいたし、居心地がよかったのだ。

「実はのう。君の仕事場を変えたいのじゃが…」

「変える?し、仕事場をですか?それはつまり…」

「いやいや!解雇ではない。実はある場所に屋敷しもべ妖精が必要なんじゃ。君はホグワーツに来て日が浅いし、できればそこに行って欲しいんじゃが…」

「一体そこで、何をすればよいのでしょうか?」

「ふむ…。」

次のダンブルドアの言葉にアンバーは思わず眉を潜めた。

「子育てじゃよ」

「………は?」

 

 

 

 

数日後、アンバーが案内されたのはホグズミードの隅にある小さな家だった。生活に必要な最低限度の物が揃っている。

「ここが新しい職場でございますか?」

「ああ、そうじゃ。もうすぐここに小さな女の子がやってくる。その子がお主の新しい主人じゃ。」

「お嬢様、でございますか。」

「お主の仕事はここでその女の子の世話をする事じゃ。その子が11歳となりホグワーツに行くまでの生活の世話をしておくれ。ホグワーツに入学した後も、夏休みはここに帰るはずじゃ。その間の世話も頼みたい。」

「お任せください!」

アンバーは勢いよく頷いた。少なくとも小さな女の子の世話なら自分にもできそうだ。精一杯頑張ろうと思った。

 

 

 

 

そして、それから少し経ち、ダンブルドアが予告した通り小さな少女を連れてきた。少女の姿を見てアンバーは少し驚いた。年は5歳くらいだろうか。少女というより少年だ。短いグシャグシャの赤毛、緑色の瞳は鋭く、服はボロボロだった。本当に女の子だろうか。そう思ったのは一瞬で、アンバーはそれを表に出さず、すぐに挨拶をした。

「お帰りなさいませ、ご主人様!お待ちしておりました、お嬢様!」

少女はアンバーを見て驚き、少し興奮したように見つめてきた。

「シャーロット、これは屋敷しもべ妖精のアンバーじゃ。元はホグワーツのキッチンで働いておったのじゃが、君の世話人として引き抜いた。何か困ったことがあればアンバーに言えばよい。」

「分かりました。よろしく、アンバー」

「よろしくお願いいたします!」

少女、シャーロットは少し緊張したように挨拶を返してくれた。こうして、シャーロットとアンバーの二人暮らしは始まった。

 

 

 

 

 

シャーロットは不思議な子だった。まず、ほとんど家から出ない。たまに訪ねてくるダンブルドアに本をねだり、朝から晩までひたすら読んでいる。アンバーが声をかけなければ、食事も忘れるほどだ。また、ある時は庭の大きな木によじ登り、大きな太い枝をとって来ると、包丁やナイフで削り始めた。アンバーがハラハラしながらそれを見つめているにも関わらず、シャーロットは枝から見事に杖のようなものを作った。それはやはり杖だったらしく、今度は朝から晩までずっと魔法の練習をしていた。アンバーが呆然と見守っていると、ダンブルドアには黙っていて欲しいと懇願したため、思わず頷いてしまった。

また、女の子なのに可愛らしい服や靴に興味を持たない。アンバーがダンブルドアから渡されたお金でホグズミードやダイアゴン横丁に買い出しに行った。いろんな服を見せても、シャーロットはピンとこないという風に首を捻り、アンバーの選んだ服をそのまま着ていた。可愛らしい顔立ちをしているので、何を着せても似合う。ここに来てから、シャーロットは髪を伸ばしっぱなしのため、アンバーがたまに長さを揃えるために切っていた。

「綺麗な髪ですね、お嬢様。見事な赤毛です」

長い赤毛を髪を櫛でとかしながらそう言うと、シャーロットはフンと鼻を鳴らした。

「そう?私は金髪がよかったわ」

そう言ったシャーロットの瞳は悲しみを秘めていたため、アンバーはそれ以上なにも言わずに髪を整えた。

 

 

 

やがて、シャーロットは11歳となり、とうとうホグワーツに入学した。アンバーは成長したシャーロットを見て誇らしかった。会えないのは寂しいが仕方ない。シャーロットが帰ってくるその日までに居心地のいい部屋を整えておこう。

一年経ち、シャーロットは帰って来た。シャーロットはダンブルドアと喧嘩したらしく、その年の夏はダンブルドアが訪ねてきても部屋から出てこなかった。アンバーはシャーロットの部屋を掃除するために入り、呆然とした。アンバーがシャーロットが気に入るように、可愛らしい小物や家具を用意して整えたはずだった。その部屋は今や凄まじく散らかっている。一番多いのは本だろうか。分厚い本があちこちに散らばり、アンバーが今まで見たこともないヘンテコな道具が転がっている。シャーロットは部屋の真ん中で楽しそうに杖を振るったり、ヘンテコな道具をアレコレ作っていた。声をかけたところ、自分なりに研究して魔法の道具を製作したらしい。シャーロットは心の底から楽しそうだった。

アンバーは見なかったことにして静かに部屋から出ていった。

 

 

 

 

シャーロットは2年生になった。アンバーにとって、その年が今までで一番忙しい年になった。学校に行ったシャーロットから、ロックハートという男の身辺調査を頼まれたのだ。シャーロットに頼まれたのだから仕方ない。アンバーはたくさんの土地を回り、調査を進めた。なぜかロックハートと会ったはずの人物が記憶がなかったりして、調査は難航したが、それでもめげなかった。何度も調査の結果の報告書をシャーロットにふくろう便で送り、その甲斐あってシャーロットの目的は達成されたらしかった。夏休みが始まってすぐにシャーロットは輝くような笑顔でお礼を言ってきた。何か欲しいものがないかと尋ねられたが、そんなものはない。アンバーにはシャーロットの笑顔だけで満足だった。

 

 

 

 

そして、やってきた今年の夏休み。今日はシャーロットがホグワーツから帰ってくる。アンバーは朝から大忙しだった。掃除をして、シャーロットの好きな料理を作る。デザートにケーキも用意した。きっと今年もアンバーの小さな主人は家の中をたくさん散らかすだろう。きっと髪も伸ばしっぱなしのはずだ。学校でできた友達のお陰で多少のおしゃれは覚えてきたようだが、きっと今年も主人の髪を整えるのはアンバーの仕事だ。だが、それもいい。シャーロットの髪をとかすとき、アンバーは紛れもなく幸福を感じるのだ。今年はいつまでこの家にいてくれるだろうか。一昨年も去年も途中から友達の家に行ってしまった。シャーロットがこの家にいる間は心から落ち着けて、寛げるような空間にしたい。アンバーはそのための努力は惜しまない。

そして、すべての準備が整った頃、ガチャリと扉が開いた。入ってきたのはもちろん、小さな赤毛の少女だ。アンバーはニッコリ笑って迎え入れた。

「お帰りなさいませ、お嬢様。」

 

 

 

 

 

 

 



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シリウス・ブラックの夢と希望

もう一つ。閑話続きます。


シリウス・ブラックはかなり数奇な人生を歩んできた。魔法界の名門、ブラック家の長男として生まれ、純血主義を毛嫌いしたため、家族には恵まれなかったが、信頼できる友人が多くいた。

いや、その信頼できる友人の一人に裏切られたのだから、あまり恵まれたとは言えないかもしれない。シリウスは悔しさに歯を食いしばる。あの時、ピーターを推薦するんじゃなかった。そうすればこんなことにはならなかったのに。

 

 

アズカバンに投獄されたシリウス・ブラックは十二年ぶりに外の世界へと飛び出した。目的はただ一つ、かつての友人にして裏切り者、ピーター・ペティグリューの抹殺のためだ。幸運なことに、ちょっとしたきっかけで居場所が分かった。犬の姿になり、吸魂鬼から逃れ、ここまでたどり着いたのだ。目の前には小さな少年がいる。シリウスにとって、この世で一番愛しい存在だ。少年は怯えたように立ち上がろうとした。しまった。怖がらせたようだ。逃げなければ―――、

「こんばんは。ハリー、やっと見つけた」

「うわぁっ!え?シャーロット!」

突然、目の前に現れた少女に、シリウスは驚いた。誰なのだろう。この子は。目の前の少年、ハリーが親しげに名前を呼んだことから察するに、知り合いには違いない。シリウスが何よりも注目したのはその容姿だ。その少女はかつての同級生で、親友の妻にそっくりだった。ハリーと並んでいるのを見ると、まるで学生時代に戻ってきたかのような不思議な感覚となった。本当に似ている。この子は何者なのだろう?

「私の夜食だけど、もしよければどうぞ。全部食べてもいいわよ」

少女は痩せ細ったシリウスを哀れに思ったのかチキンを差し出してきた。少し迷ったが、空腹には勝てなかった。久しぶりのまともな食事だ。夢中でチキンにがっついているうちに、ハリーと少女は立ち去っていった。少女が残した言葉から察するに、彼女はホグワーツの生徒らしい。シリウスと同じグリフィンドール生。やはりリリーなのではないかとシリウスは残りのチキンにかぶりつきながらぼんやり考えた。

 

 

 

その少女、シャーロットのおかげでシリウスはかつての友人、リーマス・ルーピンと接触するのに成功し、しかもペティグリューを捕獲するのにも手を貸してくれた。感謝してもしきれない。おまけにシャーロットが手はずを整えてくれたおかげでハリーにも再会できた。あまりの幸運に気絶しそうだ。

「……シリウス、それ、買うのかい?」

「当然だ!彼女にも最高のものを贈りたい!」

「ハリーにも最高の箒を買ってやったんだろう?すこし無駄遣いしすぎじゃないかい?」

「心配するな。金ならある!」

「…僕は真面目に働くのが少し嫌になってきたよ。それよりもサイズは本当にこれでいいのかい?」

「ああ、間違いない。俺は女性の体の事なら少し眺めればサイズくらい分かる。」

「…それ、あまり外では言わないでね」

ルーピンは若い頃、シリウスが女性をとっかえひっかえしていたことを思い出し、ため息をついた。クリスマスが近づき、シリウスはハリーへ箒を、シャーロットには美しいドレスを贈った。二人の輝くような笑顔を見て、シリウスは大満足だった。

 

 

 

 

それから、少し経ち、ようやく冤罪を晴らせる機会に恵まれた。ダンブルドアの証拠のお陰だ。この問題が片付いたら、ハリーに一緒に住むことを提案しようと考えていた。ハリーにはマグルの家族がすでにいるが、なんとかして一緒にすめないだろうか。いや、一緒に住むのが無理でも、例えば夏休みに少し共に過ごせるだけでもいい。とにかく、提案してみるのだ。しかし―――、

「すまなかったのう、シリウス」

「…いえ、先生のせいではありませんから」

突然あの忌まわしい生き物、吸魂鬼に襲われ、難は逃れたが、シリウスは一気に体調を崩してしまった。ダンブルドアが目の前でシリウスを心配そうに見つめている。情けない。早く新しい杖を手にいれなければ……。

「シリウス、しばらく病院で検査した方がよい。お主の体はガタがきておるようじゃ」

「先生!俺は大丈夫です!」

「いいや、シリウス。長年のアズカバンでの暮らしがたたったのじゃろう。一度ゆっくり休むべきじゃ」

シリウスは何度も吠えたが、ほとんど強制的に入院が決まってしまった。

 

 

 

シリウスは悔しかった。もうちょっとでハリーと一緒に暮らせるはずだったのに。仕方ない。とにかく、体を治すことが最優先だ。ハリーやシャーロットとは手紙でやり取りしている。二人の手紙がシリウスにとって数少ない楽しみだった。そんな時だ。シャーロットから奇妙な手紙が届いた。

 

 

『シリウスへ

 

 

元気?こちらは上々です。もうすぐクィディッチのワールドカップが始まるから、ホグズミード村もソワソワしているわ。体は治ったかしら?病院を抜け出しちゃダメよ。あなたの体が最優先なのだから。

 

ところでお願いがあるの。私に動物もどきになる方法を教えてくれない?もちろん、誰にも言わずにこっそりと。手紙でやり方を教えてくれるだけでもいいの。どうかお願いします。

 

シャーロットより』

 

 

シリウスは首をかしげた。一体あの子は何を考えているのだろう。動物もどきになる方法を知って、何をするつもりだ?シリウスは疑問に思いながらもその方法を手紙に記載し、ふくろう便を飛ばした。まあ、いい。教えたところで出来るわけはない。動物もどきになるにはシリウスだって何年もかかったのだ。かなり複雑で高度な魔法の一種だ。簡単には出来るわけはない。その方法くらいは教えてもいいだろう。

シリウスは気楽な気持ちでふくろうを送り出した。

 

 

翌日、ホグズミード村にて。一人の無登録の動物もどきが誕生した。

 

 

 




次回予告 『炎のゴブレットの失策』いいタイトルが思い浮かばない…。


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炎のゴブレットの失策
新しい家族


四年目突入。


夏休み、シャーロットは杖を手に首をひねっていた。

「うーん、もうダメかしら?」

その杖はシャーロットがホグワーツに入学する前に、適当な木の枝で作成したものだ。自分の杖を買ってからはほとんど使うことはなかったが、予備の杖としていつでも持っておくようにしていた。このところ、その杖の調子が悪い。呪文を唱えても、反応しなくなったのだ。

「…専門家に聞きましょう」

シャーロットは適当な服に着替えると、鞄を手に取った。それを見てアンバーが駆け寄ってきた。

「お嬢様?どちらへ?」

「ちょっと杖の調子が悪いの。ダイアゴン横丁へ行ってくるわ。アンバー、悪いけどちょっとお願いを聞いてくれる?」

「はい、なんでしょうか?」

「これを作ってくれる?できるだけ、たくさん」

アンバーは渡された紙を見て、首をかしげた。

「お嬢様、これ、お嬢様が召し上がるんですか?」

「いいえ。ちょっと、人に贈るの」

不思議そうなアンバーを残して、シャーロットは家から出ていった。

 

 

 

 

「うーん」

「どうですか、オリバンダーさん」

「ダメですなぁ」

「やっぱり?」

シャーロットはダイアゴン横丁のオリバンダーの店にいた。自作の杖を見せると、オリバンダーは険しい顔で首を振った。

「ただの木の枝の杖がここまでもったのはあなたの力そのものが強かったからでしょう。恐らくは寿命が来たのだと思いますよ」

「どうにかして本物の杖のようにできません?」

「ふーむ…。分かりました。少しアレンジしてみましょう。でも、うまくいく保証はできませんが…」

「構いません。できてもできなくても私に返してくれませんか?一応、初めての杖なので思い入れがあるんです」

「ええ、もちろん。ホグワーツへ送りましょう」

「よろしくお願いします。それでは……、キャッ!?」

突然、シャーロットは肩の上に重みを感じ悲鳴を上げた。

「な、なに!?」

「これ!お客様になんと失礼を!下りなさい!」

シャーロットの肩の上にいたのは美しい鳥だった。赤と金色に輝くその鳥はシャーロットと目が合うと嬉しそうにピーピー鳴いた。その鳥には見覚えがある。これは――、

「え?これ、不死鳥?」

「ええ。よくご存じで」

ダンブルドアのペットのフォークスに似た不死鳥だった。ただし、フォークスよりは一回りほど小さく、目はクリッとしている。

「どうしたんですか、この子?」

「あー、実は杖の材料を手にいれるためにエジプトに行った時に出会った野生の不死鳥らしいんですよ。かなり希少な鳥なんですが、いつの間にか私についてきてしまって…。ここを棲みかにしてしまったようなんです。食べ物は自分で勝手に手にいれてくるので問題ないんですが、どうしようか迷っていまして……。」

「えぇ…」

不死鳥が勝手に付いてくるなんて聞いたことがない。不死鳥はそんな戸惑いなど構わず、楽しそうに鳴いていた。

「…とにかく、杖をお願いしますね。じゃあまた。さあ、あなたも下りてちょうだい。」

シャーロットが不死鳥に肩から下りるよう促すが、全く下りる気配がない。シャーロットが軽く睨むも、それでも構ってもらえるのが嬉しいとでも言いたげにますます鳴いた。

「あなたの事を気に入ったようですな」

「まさか!とにかく帰ります」

オリバンダーの手を借り、不死鳥を下ろす。不死鳥はバタバタ騒いだが、構わずシャーロットは店から出ていった。チラリと振り返ると不死鳥は寂しそうな目でシャーロットを見つめていた。

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりなさいませ、お嬢様。頼まれていたもの、完成しましたよ!」

「わあ、ありがとう、アンバー!」

シャーロットは目の前の大量のビスケットやクッキー、スコーンを見て満足だった。全て日持ちするように作ってもらった。更に、アンバーの手により野菜やドライフルーツも入っているので栄養もある。

「お嬢様、これ、全部食べるんですか?」

「まさか!これはね…」

その時、開いた窓から白いふくろうがスーッと入ってきた。手紙をくわえている。

「ヘドウィグ!ちょうどよかった!待っていたのよ!」

シャーロットはヘドウィグにふくろう用のおやつを与えると、手紙を開いた。ハリーからの手紙だ。予想通り、従兄弟のダイエット企画に巻き込まれ散々な夏休みを過ごしているらしい。シャーロットはニッコリ笑うと、お菓子を包み、ヘドウィグに持たせた。

「はい、ヘドウィグ。悪いんだけどもう一度長旅をしてちょうだい。あなたのご主人のためなの。よろしくね」

シャーロットがそう言うと、ヘドウィグはホーホー鳴き、飛び立っていった。

 

 

 

 

「さーて、一仕事終わったし、アンバー、私もおやつ!この間の新作のケーキ、すごく美味しかったからまた――」

「お、お嬢様ー!」

「へ?」

アンバーの悲鳴が聞こえたため、振り返ると、そこには氷のように固まり涙目のアンバーと、その頭の上には先ほどのオリバンダーの店で出会った不死鳥が乗っていた。

「なんであなたがいるのー!?」

シャーロットが叫ぶと、不死鳥はピーッと甲高く鳴いた。

「お嬢様!これ、この生き物は一体!?」

「アンバー、落ち着いて。この子、オリバンダーさんの店にいた野生の不死鳥よ」

不死鳥は今度はシャーロットの肩に留まると、嘴で耳を優しく噛んできた。

「もう!付いてきちゃったの?」

シャーロットが話しかけると嬉しそうに目を細める。そして再びピーピー鳴いた。

「とにかく、早く帰りなさい。ここにあなたの居場所はないわ。オリバンダーさんのところか、エジプトに帰った方がいいわ」

シャーロットの言葉に、不死鳥はまるで懇願するようにウルウルした目で見つめてきた。

「えー、ここがいいの?」

ピー、と一声鳴いた。

「……。まったく、しょうがないわね。居心地は保証できないけど…」

不死鳥は嬉しそうに今度は唄を歌い始めた。この世のものとは思えない美しい唄だ。

「…まあ、いいか。アンバー、新しい家族よ」

「お嬢様!?本当に飼うおつもりですか!?」

「仕方ないじゃない。遠路はるばるここまで来ちゃったんだもの」

アンバーは信じられないとでも言いたげにポカンと口を開いた。

オリバンダーに事情を説明するための手紙を送らなければ。不死鳥は飼育が難しいと聞く。どこかに本があったはずだから、飼い方を調べなければ。ダンブルドアやハグリッドに聞くのもいいかもしれない。シャーロットはこれからの事を考えながら唄を歌う鳥を見つめた。

 

 

 

 

その不死鳥はどうやら可愛らしいものが好きらしい。シャーロットのもっているリボンやアクセサリーを見ると、ピーピー鳴き、じっと見つめてきた。不死鳥に性別はないらしいが、どうやら女性的な感性の持ち主らしい。試しにシャーロットのレースのリボンを首にゆるく結んでやると嬉しそうに歌った。

「よろしくね、“イライザ”」

シャーロットが新しい名前を付けてやると更に嬉しそうに鳴いた。

こうして、シャーロットに新しい家族が増えた。

 

 



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リトル・ハングルトンにて

『シャーロットへ

 

シャーロット、クィディッチワールドカップだ!パパが切符を手にいれたぞ。アイルランド対ブルガリア。月曜の夜だ。ハーマイオニーももうすぐここに来る。僕の家まで来れるかい?もしよければ迎えに行くようパパに頼むよ。ハリーも迎えに行くんだ。

パーシーは就職した。魔法省の国際魔法協力部だ。

 

ロン』

 

 

『ロンへ

 

久しぶり。クィディッチの切符、ありがとう。でもごめんなさい。せっかくのお誘いだけど行けそうにはないの。実はちょっと夏休みの間にやっておきたいことがあって、私は今、ホグズミードから遠く離れた場所にいます。私の分まで楽しんできてね。ハリーやハーマイオニーによろしく。

 

シャーロットより』

 

『シャーロットへ

 

あなた、またとんでもないこと考えているんじゃないでしょうね?

 

ハーマイオニーより』

 

 

 

「まあ、考えているけど」

シャーロットは列車の席に静かに座り、ハーマイオニーからの手紙を思い出していた。

これからの一年、ハリーには更なる災難が降りかかる。一番の災難はヴォルデモートの復活だろう。これから、魔法界はどんどん闇へと染められ、ヴォルデモートの脅威にさらされる。それに立ち向かうための準備が必要だ。

列車にはシャーロット以外誰もいない。シャーロットは退屈しのぎに、マグルの書店で購入した本を読んでいた。可愛らしい表紙の児童書だ。

天才的な頭脳を持つ少女が主役だ。邪魔物扱いする家族に辛く当たられるが、そんな境遇に負けない女の子。彼女は唯一の理解者である女性教師を救うために、学校を支配する横暴な校長に立ち向かっていく。最後はもちろん、みんな大好きなハッピーエンド。

「…………。」

シャーロットは視線を外の景色に移した。本の中の少女は自分にとってまぶしい存在だ。自分はこんなふうにダンブルドアに立ち向かっていけるだろうか。いや、今のシャーロットには無理だ。もっと、強くなりたい。もっと、もっと―――。

シャーロットが考え事をしているうちに、列車は目的地に着いた。シャーロットはスーツケースを抱えると、列車からゆっくり降りた。これから少し歩かなければならない。

 

 

 

その村はのどかな田舎そのものといった雰囲気の村だった。村の人々は突然現れた不思議な少女をジロジロ眺めた。そんな視線に構わず、シャーロットは近くにいた少年を呼び止めた。

「こんにちは。ちょっと話を聞いてもいい?」

少年は胡散臭そうにシャーロットを見た。

「あんた、誰だ?この辺では見かけないな」

「ええ。ちょっと知り合いに会いに来たの」

シャーロットがニッコリ微笑むと、少年は顔を赤くして目を反らした。

「ここには何もない。警察に見つかる前に早く帰った方がいいぜ」

「警察?」

「ああ。この間、村に住んでいたじいさんが死んだんだ。警察はまだ調べてるけど犯人は捕まっていない」

シャーロットは目を見開き、少年に尋ねた。

「その場所、教えてくれる?」

 

 

その建物には警察はいなかった。立ち入り禁止を示すテープはあったが、見張りもだれもいない。

「ここが、『リドルの館』ね」

リトル・ハングルトンの小高い丘に建つその館は不気味で荒れ果てている。シャーロットはゆっくりと周りを歩き、その館を眺め回した。一度見たいと思っていた。ヴォルデモートは今、どこにいるのだろう。

館の中に入るのは流石にやめておいた。別に観光で来たわけではない。かつて、何人もの人間が死んだ場所はシャーロットにとっても、居心地がいい場所とは言えなかった。

 

 

 

リトル・ハングルトンの教会墓地。小さな教会に墓石。右手にはイチイの木がある。シャーロットは墓石の文字に視線を走らせた。

 

『トム・リドル』

 

数ヵ月後、ここでヴォルデモートは復活を遂げるだろう。そして、ハリーはそのために傷つけられ、セドリック・ディゴリーは命を落とす。

「……できれば復活そのものを阻止したいけれど」

シャーロットはボソリと呟いた。墓地の周辺を見渡す。小さな村故に誰もいない。好都合だ。シャーロットはスーツケースからたくさんの道具を取りだし、準備を始めた。

 

 

 

 

数時間後、シャーロットは全ての仕事を終え、スーツケースを持ち村を歩いた。田舎のため、もう列車はない。辺りは夕焼けに染まっている。シャーロットは駅の隅っこでスーツケースを開いて中に入った。このスーツケースは著名な魔法動物学者、ニュート・スキャマンダー氏の所持品を参考にして作った。探知不可能拡大呪文により魔術で拡大されたスーツケースだ。スキャマンダー氏のスーツケースほど広さはないが、シャーロットの研究室の役割を果たしている。ここならダンブルドアにも見つからないし、何より未成年の“臭い”が感知されないように細工した。更に、ウィーズリー家の車をヒントに透明ブースターを付けたため、スーツケースそのものを隠すことも可能だ。

スーツケースの中では不死鳥のイライザがピーピー鳴いていた。

「ごめん、ごめん。遅くなって」

シャーロットが苦笑いしてイライザの体を撫でると、満足そうに目を細めた。

簡単な食事を取ると、シャーロットは備え付けられたベッドに横になった。ハリー、ロン、ハーマイオニーの事を考える。三人とも今頃ワールドカップだろう。あちらではきっと大騒ぎに違いない。シャーロットはしばらく物思いにふけっていたが、やがて眠りに就いた。

 

 

 

 






シャーロットが列車で読んでいた児童書は実在します。ピンと来た方はいますかね?


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W・W・Wと帰還

数日後、シャーロットは隠れ穴へやって来た。日刊予言者新聞にはリータ・スキーターによるワールドカップの騒ぎが書かれており、シャーロットも目を通したが、やはり魔法省は今、大変なことになっているらしい。火消しに奮闘しているであろうウィーズリー氏やパーシーに深く同情する。

「こんにちは!」

「まあ、シャーロット!いらっしゃい!」

隠れ穴をノックすると、ウィーズリー夫人が温かい笑顔で出迎えてくれた。

シャーロットが家に入ると、声を聞いたらしいハリー、ロン、ハーマイオニーが部屋へ入ってきた。

「シャーロット!久しぶり!」

「久しぶり。ハリー、ロン、ハーマイオニー。ワールドカップ、一緒に行けなくてごめんね」

「いいよ、そんな事。メチャクチャ大変だったんだから」

「新聞で見たわ。大騒ぎだったみたいね」

「シャーロット!聞いてよ!」

三人はワールドカップでの闇の印、ハリーの傷痕の痛み、シリウスへの手紙などそれぞれ喋り始めた。シャーロットは静かにそれを聞いていた。

「シャーロット、どう思う?」

「…分かんない」

「そうだよね。シャーロットでも意味分かんないよね」

ハリーはガッカリしてそう言った。シャーロットはそんなハリーから目をそらした。

「それより、ロン。今日から新学期まで泊めてくれない?今年ももうみんなと一緒にホグワーツ特急で行こうと思うの」

「オーケー。ママに言ってくるよ!」

ロンがニッコリ笑い、キッチンへ入った。シャーロットはホッとして椅子にもたれかかった。ふと、イライザの事を思い出し、口を開いた。

「そういえば、私、新しくペットを飼うことにしたの。外に出していいかしら?」

「ええ?シャーロットのペット?見せて!」

「やっぱりふくろうなの?」

「まあ、似たようなものよ」

シャーロットがそう言いながらスーツケースを開く。中から勢いよくイライザが飛び出してきた。

「うわぁっ!」

「ちょっ、シャーロット、これ!」

「ダンブルドア先生の不死鳥じゃない!」

ちょうどキッチンから戻ってきたロンも含め、大声を上げたので、シャーロットは苦笑した。イライザは楽しそうにテーブルの上にとまり、四人をじっと見つめてきた。

「違うわよ。よく見て。お爺様の不死鳥じゃないわ。私が新しく飼い始めたの。名前はイライザ」

シャーロットがそう言うと、三人は信じられないとでも言うように目を剥いた。

「不死鳥、飼うの!?」

「似たようなものってふくろうとは全然違うじゃないか!」

「前代未聞よ!」

「仕方ないじゃない。ついてきてしまったんだもの。大丈夫よ。ちゃんと気をつけて飼うわ」

シャーロットはそう言ってイライザの体を撫でた。三人はお互いに顔を見合わせた。

 

 

その後、シャーロットは他のウィーズリー家と久しぶりに会い、挨拶を交わした。みんな元気そうだ。また、ウィーズリー家の長男と次男、ビルとチャーリーに初めて会った。二人ともにこやかにシャーロットに話しかけてきた。シャーロットはチャーリーと会ったとき、幼少期の愛称を思い出し、ちょっとだけほろ苦い気持ちになった。

明日はみんながホグワーツに戻る日だ。シャーロットが居間に下りていくと、ロンとビルはチェスをしており、ハリーはファイアボルトを磨いていた。ハーマイオニーは基本呪文集を熱心に読んでいる。フレッドとジョージは隅っこの方に座り込み、羽根ペンを手にコソコソしていた。そんな双子にウィーズリー夫人が厳しい視線を送った。

「二人で何してるの?」

「宿題さ」

「バカおっしゃい。まだおやすみ中でしょう」

「ウン。やり残してたんだ」

「まさか、新しい注文書なんか作ってるんじゃないでしょうね?」

ウィーズリー夫人がズバリ指摘する。フレッドが、

「これはシャーロットからの注文書さ。友達の注文を無視するわけにはいかないじゃないか!」

というと、居間の全員の視線がシャーロットに向いてきた。

「シャーロット!あなた、フレッドとジョージに悪戯グッズを注文してたの!?」

「あー…、ええと…」

ハーマイオニーが噛みつくように言ってきたので、シャーロットはモゴモゴした。

「去年から、一番のお得意様だぜ!シャーロットに注文を受けて作った改良型クソ爆弾は、これまで以上の最高傑作さ!それにカナリアクリームとかずる休みスナックボックスとか!俺たちも逆に他の悪戯グッズのすごいアイディアをもらったしね!」

ジョージが誇らしげに言った時、タイミングよくウィーズリー氏が帰って来たため、シャーロットはハーマイオニーとウィーズリー夫人の追及を逃れた。シャーロットはホッと息をついた。

ウィーズリー氏は疲れきっていた。魔法省での後始末は大変だったようだ。やがて、闇の印の話題からクラウチ家の屋敷しもべ妖精の話題へ移り、更に、ハーマイオニーとパーシーが熱い議論をしようとしたため、その場にいた子供達はウィーズリー夫人に促され荷物をまとめるため2階へ追いやられた。

「ねえ、今年はドレスが必要みたいだけど、何に使うのかしら?」

「ああ、それね。いろいろよ」

「シャーロット、何か知ってるの?」

ジニーが不思議そうに首をかしげている。

「明日になったら分かるわよ。それよりも、早く荷造りして寝ましょう。明日は早いわ」

シャーロットはそう言って笑い、荷物をまとめ始めた。

 

 

 

 

翌朝、少しだけ朝寝坊した。荷造りを終えててよかった。少しだけ急いで居間に下りていく。どうやら朝からエイモス・ディゴリーが暖炉に来ていたようだ。それからが本当に大変だった。マグルのタクシーを呼んだのはいいが、ピッグウィジョンは騒ぐわ、ヒヤヒヤ花火は炸裂するわ、クルックシャンクスは運転手に噛みつくわでとても快適な旅とは言えなかった。イライザをスーツケースに入れておいてよかったとシャーロットはこっそり安心した。ちなみにその時、ヒヤヒヤ花火をフレッドに頼み、一つもらった。

「それ、何に使うのよ?」

「知らない方がいいよ」

ハーマイオニーが不審げにシャーロットを見てきた。

 

 

 

9番線と10番線の間にある柵から入ると、紅に輝く蒸気機関車が目に入った。列車の中ほどでコンパートメントを見つけ、荷物を入れる。別れの挨拶をするとき、ウィーズリー夫人、ビル、チャーリーが今年の対抗試合の事をほのめかすため、みんなは不思議そうにしている。唯一全てを知っているシャーロットは苦笑した。

やがて汽車が動き出した。どんどんスピードを上げ、汽車がカーブを曲がる前にウィーズリー家の三人が姿くらましするのが見えた。

四人はコンパートメントに戻った。ロンはまだ不満そうにしている。その時、隣のコンパートメントから嫌な声が聞こえた。

「…父上はほんとうは、僕をホグワーツではなく、ほら、ダームストラングに入学させようとお考えだったんだ…」

ハーマイオニーが忍び足でコンパートメントのドアを閉めた。

「本当にそっちに行ってくれたらよかったのに」

ロンが口を尖らせた。それからしばらくは他の魔法学校やホグワーツがどんなふうにしてマグルの目から隠しているかに話題が移り、シャーロットは聞き役に徹した。

午後になると、同級生が何人か顔を見せた。ロンが誇らしげにネビルにビクトール・クラムのミニチュア人形を自慢した時、ドラコ・マルフォイが姿を現した。相変わらず青白い顔に、ニヤニヤ笑いを張り付けている。後ろにはもちろん、クラッブとゴイルが立っていた。

「ウィーズリー…、なんだい、そいつは?」

マルフォイがロンのドレスローブに手を伸ばそうとしたため、シャーロットはヒヤヒヤ花火をマルフォイの足元に投げつけた。

「うわぁっ!なんだ、これ!」

ヒヤヒヤ花火が炸裂する。マルフォイがビビって後退りしたため、その隙を狙ってシャーロットはコンパートメントの扉を力任せに閉めた。

「ロン、あいつの言うことなんか気にしちゃダメよ」

「…このドレスローブ、何とかならないかな?」

ロンは少し落ち込み、大鍋ケーキをつまんだ。

 

 

やがて、ホグワーツ特急がホグズミード駅に到着する。馬車の中から大きな城を目にし、シャーロットはじっと学校を見つめた。

とうとう帰って来たのだ。命を懸けることになる、この決戦場に。

 

 

 



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三大魔法学校対抗試合

ホグワーツに入ると、ピーブズに邪魔されたこと以外は順調に入学式が進んだ。組分けのあとにテーブルに現れたたくさんのごちそうを楽しむ。ハーマイオニーがホグワーツで屋敷しもべ妖精が働いていることを知り、食事を中断してしまったが、シャーロットは気にせずステーキを頬張った。

やがて、デザートが平らげられ、ダンブルドアが立ち上がった。笑顔で話を始めた。

「寮対抗クィディッチ試合は今年は取り止めじゃ。これを知らせるのはわしの辛い役目での」

ダンブルドアがそう言ったとたん、大広間では大声が上がった。ハリーもショックを受けて絶句している。ダンブルドアの話が続く。

「今年ホグワーツで――」

ちょうどその時、大広間の扉が開いた。

そこに立っていたのは長いステッキに寄りかかり、黒いマントを着た男だ。稲妻が天井を横切り、その顔を浮き上がらせる。多くの傷痕にグルグルと絶え間なく動く奇妙な目。

マッド・アイ・ムーディだ。

大広間の生徒たちは新しい先生としてムーディを紹介されたが、あまりの不気味さに圧倒されていた。ダンブルドアとハグリッド、シャーロットの三人だけがパラパラと拍手する音が寂しく響き渡った。ムーディはそんな歓迎を気にする様子はなく、携帯用酒瓶からグビグビ飲み込む。横でハリー、ロン、ハーマイオニーが何か話をしているが、シャーロットは会話に参加せずムーディをじっと見つめていた。

ダンブルドアが咳払いして話を再開した。

「今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う」

「ご冗談でしょう!」

フレッドが大声を上げたことで、大広間の空気が緩んだ。ほとんど全員笑い出す。ダンブルドアが三大魔法学校対抗試合の説明を始めた。死者が出たという言葉にハーマイオニーが目を見開く。しかし、生徒たちは興奮したように囁き始めた。代表選手になる姿を思い描いた何人かの生徒たちは熱っぽく語り合い始めた。

ようやくダンブルドアの話が終了し全生徒が立ち上がった。フレッドとジョージは十七歳以上しか代表選手になれないことに憤慨している。

「代表選手になると普通なら絶対許されないことがいろいろできるんだぜ。しかも、賞金一千ガリオンだ!」

フレッドが頑固に言い張る。玄関ホールに向かいながらも大論議は続けられた。

「シャーロット、君も立候補するだろ?」

一番後ろにいたシャーロットは、ジョージから突然話を振られたため、きょとんとした。

「え?なんで?」

「君なら絶対優勝できるさ!審査員の目さえ誤魔化せれば…」

「今まで死人がでてるのよ!」

ハーマイオニーが心配そうにそう言った。

「ああ。だけどずっと昔の話だろ?」

フレッドが気楽に話を続ける。そんな話をシャーロットは遮った。

「私は立候補しないわよ。例えフレッドとジョージが方法を見つけてもね」

「なんで!?」

「今年はできるだけ静かに過ごしたいの。勉強以外の課題なんてまっぴら。少しでもいいから気楽な学生生活を楽しみたいわ」

なんせ、来年はピンクのガマガエルがやってくるのだ。今年は出来る限り平和に過ごしたい。もちろん、ハリーのサポートはきちんとするつもりだが。

「じゃあ、シャーロット。ダンブルドアの言ってた代表選手を決める公明正大な審査員って誰か知ってるか?」

「もちろん。でも、“誰か”じゃないの。“あれ”は人じゃないしね」

シャーロットがそう言うとみんなが不思議そうな視線を向けてきた。

「何だよ!シャーロット、何か知ってるなら教えてくれ!」

「だめ。一応まだ秘密だから」

フレッド、ジョージ、ロンが不満そうに口を尖らせたため、シャーロットは苦笑した。

「仕方ないわね。ヒントならあげる。お爺様は“年齢線”を引くつもりよ」

「年齢線?」

「十七歳に満たない生徒はその線を越えられないの。その線さえ突破できれば何とかなるわ」

フレッドとジョージは顔を見合わせ、ヒソヒソ話を始めた。

寮にたどり着き、ハーマイオニーとの会話もそこそこにシャーロットはベッドに横たわった。すぐにまぶたが重くなる。やがて夢の世界へと引きずられていった。

 

 

 

 



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S・P・E・W

翌日から早速授業が始まった。いつも通り、積極的に手をあげ、授業の内容を頭に叩き込んでいく。それでも「魔法生物飼育学」の尻尾爆発スクリュートには流石に顔をしかめた。想像よりも遥かに上をいくとんでもない生物だ。

そんな中、ハーマイオニーが図書館で何かをしているのに気付き、声をかけようかと思ったがあまりにも熱心な顔をしているためやめておいた。

 

 

 

夕食前、ちょっとした事件が起こった。ムーディによるマルフォイの白ケナガイタチ事件だ。

「ドラコ・マルフォイ。驚異に弾むケナガイタチ…」

ロンの言葉に思わず吹き出した。

 

それから二日後、とうとうムーディによる「闇の魔術に対する防衛術」の授業が始まった。もちろん、シャーロットが知っている通り許されざる呪文の授業だ。ムーディによって呪文をかけられたクモを見て、シャーロットは顔をしかめた。ほとんどの生徒はまるで素晴らしいショーを見たかのように興奮している。授業のあと、シャーロットは三人に構わず教室を飛び出した。

「シャーロット、どこにいくの!?」

ハリーの言葉を無視し、脇道の廊下へ向かった。そこにはネビルが恐怖に満ちた目を見開いて石壁を見つめていた。

「ネビル、大丈夫?」

後ろからやって来る三人に構わずネビルに声をかける。

「やあ。おもしろい授業だったよね?夕食の出し物はなにかな」

ネビルは不自然な甲高い声で喋り始めた。

「ネビル、いったい――?」

「医務室へ行きましょう、ネビル。さあ」

あまりにもネビルが不憫でシャーロットは手を引こうとしたがその前にムーディがやって来て、結局おびえるネビルを連れていってしまった。そんな二人の後ろ姿をシャーロットは見つめることしかできなかった。

 

 

 

夜、ハリーとロンは「占い学」の宿題に取りかかり、シャーロットは宿題がないため、本を片手にイライザにおやつを与えていた。イライザは楽しそうにシャーロットにすり寄ったり、クルックシャンクスにちょっかいを出していた。クルックシャンクスは時々不満そうにシャーロットを見てきたが、シャーロットはそんな様子に構わず、悲劇的に書かれるハリーとロンのでっち上げ運勢をニヤニヤしながら聞いていた。

やがて、ハーマイオニーが片手に羊皮紙、もう一方に箱を抱えて寮へ戻ってきた。

「ついにできたわ!」

ハーマイオニーはロンの軽口に構わず箱の蓋を開ける。色とりどりのバッチが何十個も入っていた。

「スピュー?何に使うの?」

「スピューじゃないわ。エス―ピー―イー―ダブリュー。」

ハーマイオニーがもどかしそうにしもべ妖精福祉振興協会を立ち上げた事を話し始め、シャーロットは少し考え込んだ。

「まず、メンバー集めから始めるの」

ハーマイオニーがニッコリ微笑みながら協会の概要を説明する。ロンは呆気にとられ、ハリーは呆れたような表情でじっとしていた。

「シャーロット、あなたにも、さあ、バッジよ。」

「…ハーマイオニー。それ、いい考えだとは思うけど、私は遠慮しておく」

シャーロットがそう言うとハーマイオニーは眉をつり上げた。

「どうして!?シャーロットならきっと協力してくれるって思っていたのに!」

「いや、うちにも屋敷しもべ妖精がいるし…」

「あなたの家にも!?」

「うん。雇い主はお爺様だけど」

ハーマイオニーが顔をしかめた。

「言っておくけどハーマイオニーが言うように不当な扱いとかいじめとかはしてないから」

「そりゃあ、あなただもの。それでも…」

「マルフォイのとこやクラウチさんのウィンキーはひどい例だけど、他の屋敷しもべ妖精は真っ当に扱われてるわよ。ホグワーツの屋敷しもべ妖精は少なくとも虐待なんかされてないわ」

シャーロットは興奮しているハーマイオニーを諭すように静かに話を続けた。

「ハーマイオニーのその考えは素晴らしい事よ。魔法生物にひどい差別をする人は今でもいるしね。ルーピン先生とかもそれで苦労してるし」

ルーピンの名前をだすと、ハリーとロンもハッとした表情をした。

「それでもね、ハーマイオニー。私達は学生よ」

「?それが何?」

「さっきハーマイオニーが言ったじゃない。小人妖精の奴隷制度は何世紀も前からある。そんなに古い制度を学生の勉強片手間の運動でねじ曲げられるとは考えられないわ。忘れてるかもしれないけど、私達、来年はOWL試験よ。」

ハーマイオニーがグッと唇を噛んだ。

「まあ、小さいことからコツコツすれば少しは変化するかもしれないけど。それでも屋敷しもべ妖精がそれを望んでるとは限らないわ。望んでいないことをするために勉強を犠牲にするの?」

ハーマイオニーが完全に無言になった。

その時、ヘドウィグがシリウスからの手紙を持ってきたため、話は中断した。どうやら傷痕が痛んだハリーを心配してホグワーツに舞い戻ってくるようだ。ハリーは少しだけ表情が明るくなった。

部屋へ戻り、ベッドに潜り込む。ハーマイオニーが箱の中のバッジを悲しそうに見つめていたため、シャーロットが小さな声で呼び掛けた。

「ハーマイオニー」

「何?」

「ハーマイオニーは卒業したら何になるか決めてる?」

「何よ、いきなり。」

「いいから、答えて」

「まだ考えてないけど…」

「それじゃあ、魔法大臣になればいいわ」

ハーマイオニーが目を見開いて、ベッドの上からシャーロットへ視線を向けた。

「はあ?何言ってるの?」

「魔法省に入るの。それで安定した地位に上り詰めてから、屋敷しもべ妖精の権利について訴えを起こすの。魔法大臣でなくとも、魔法生物規制管理部とか就職すれば少なくとも学生よりはずっと訴えを通しやすいし、行動もしやすいと思う。先の長い計画だけど、きっとスピューよりは確実よ」

ハーマイオニーは不思議な生き物を見る目でシャーロットを見てきた。

「ね?いい考えでしょ?」

「それ、本気で言ってる?」

「モチのロンよ。少なくともファッジよりはハーマイオニーの方が魔法大臣としての資質はあるわ。ねえ、イライザ?」

そばにいたイライザが賛同するようにピーと一声鳴いた。シャーロットはニッコリ笑った。

「じゃあ、おやすみ。また明日ね」

シャーロットはハーマイオニーから目を離し、目をつぶった。ハーマイオニーはシャーロットから箱の中のバッジへ視線を移し、じっと考え始めた。

 

 

 

 

 



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ボーバトンとダームストラング

ハーマイオニーはどうやらSPEWの事はいったん中止することにしたらしい。ハリー、ロン、シャーロットはほっとした。シリウスはすぐさまホグワーツまで飛んできた。ある日の夕方、グリフィンドールの寮の前で黒い犬が座っていたため、四人は慌てて誰もいない教室に引っ張り込んだ。犬はすぐに人間に戻った。

「ハリー!」

「シリウス!久しぶり!」

二人は固く抱き合い、近況を語り合った。

「傷の痛みはどうだ?大丈夫か?」

ハリーの傷が夏休みのあとは痛まなかったことを伝えると、シリウスはほっとしたようだった。

「そうか、本当によかった」

「シリウス、ここにはどうやって?」

「ああ、ハリーの顔だけは見たいと思って、ホグズミードへ姿あらわししたんだ。それからは犬の姿でこっそり忍び込んだ。ホグワーツに人間の姿で入ると、さすがに騒ぎになって先生ににらまれると思って…」

「賢明だと思うわ」

シャーロットは深く頷いた。それから少し話したあと、ハリーの元気な姿を見て安心したのかシリウスは犬の姿になって帰っていった。帰り際、何かあればすぐに知らせなさいとハリーに何度も念を押していた。

 

 

 

それからはシャーロットもハーマイオニーと同じく図書館に通いつめることになった。四年生になってから宿題の量が格段に増えたのだ。そんな中、ムーディが授業で「服従の呪文」を生徒たちにかけると発表した。みんな動揺し、ハーマイオニーが恐る恐る反対したがムーディはそれをはね除けた。

「ダンブルドアが、これがどういうものかを、体験的におまえたちに教えてほしいというのだ」

シャーロットは心の中でダンブルドアをなじった。

それから生徒は一人一人ムーディによって「服従の呪文」をかけられた。シャーロットももちろん服従させられた。心が強ければ呪文に抵抗できるが、そんなことをしてムーディに目をつけられるなんてまっぴらだ。

「インペリオ!」

呪文が聞こえた瞬間、全ての事がどうでもよくなり幸せな気持ちに包まれた。ぼんやりとして、思考がフワフワする。

『ダンスを踊れ』

『さあ、ダンスを踊るんだ』

ムーディの声が頭の中で響く。シャーロットは特に抵抗せずぼんやりとステップを踏んだ。

ハッと気がつくと、みんながシャーロットを見ていた。どうやら呪文が解けたらしい。慌てて席へ戻った。隣のハリーにこっそり聞いた。

「私、どうなってた?」

「ものすごく華麗なダンスをしていたよ」

シャーロットは顔をしかめ、それからはムッツリと黙って他の生徒たちの様子を見ていた。

授業が終わって、ただ一人服従の呪文に抵抗できたハリーはフラフラになっていた。

「お疲れ、ハリー」

「ムーディの言い方ときたら…」

ハリーは疲れきっており、ロンはそれからムーディがどんなにメチャクチャなヤツかをコソコソ語り始めた。

 

 

 

 

それから数週間後、掲示板に紙が貼り出された。とうとう、10月30日、ボーバトンとダームストラングの生徒たちがやって来るらしい。

アーニー・マクラミンがセドリック・ディゴリーに掲示板の内容を伝えに行ったのを見届けるとロンが声をあげた。

「あのウスノロが、ホグワーツの代表選手?」

「あの人はウスノロじゃないわ。クィディッチでグリフィンドールを破ったものだから、あなたがあの人を嫌いなだけよ」

「ロン。その言い方はあんまりよ。私も話したことあるけど、彼は優しくて親切よ」

シャーロットまでもがセドリックを庇うように言ったため、ロンは拗ねてしまった。

「あの人はとっても優秀な学生だそうよ。その上、監督生です!」

「君はあいつがハンサムだから好きなだけだろ」

「お言葉ですが、私、誰かがハンサムというだけで好きになったりいたしませんわ」

ロンがコホンと咳をしたが、「ロックハート!」と聞こえたため、シャーロットとハリーは顔を見合わせてニヤリと笑った。

 

 

 

それからは三校対抗試合の話で持ちきりだった。城は念入りに清掃され、甲冑達はピカピカに磨かれた。先生達も妙に緊張していた。

10月30日の朝、大広間は豪華な飾りつけがされていた。その日の授業はみんながソワソワしていた。ようやく六時になり、二つの魔法学校の生徒たちがやって来た。

ボーバトンは巨大な天馬に引かれた馬車で現れ、ダームストラングは湖から船でやって来た。生徒たちが呆気にとられ、ポカンと口を開く。巨大な女校長、マダム・マクシームが数人の生徒を引き連れダンブルドアと挨拶を交わしていた。ダームストラングの生徒たちはみんな大柄でガッシリしている。校長のカルカロフが愛想よく握手をするのが見えた。その時、ロンが上ずった声をあげた。

「ハリー――、クラムだ!」

ハーマイオニーがたしなめるが、ロンの興奮は止まらない。ダームストラングの生徒たちがスリザリンのテーブルに着いたときは憎々しげにマルフォイをにらんでいた。

全校生徒が大広間に入ってテーブルに着いた。ダンブルドアから笑顔で歓迎の挨拶を述べる。

「ホグワーツへのおいでを心から歓迎いたしますぞ」

挨拶のすぐあとにテーブルの上には様々な料理が並べられた。大広間はいつもより混み合っているように感じられ、賑やかだ。シャーロットも珍しい料理に舌鼓をうった。ハグリッドが教職員のテーブルの端に座ったとき、後ろからだれかの声がした。

「あのでーすね、ブイヤベース食べなーいのでーすか?」

四人が振り向くと、そこにはフラー・デラクールがいた。ロンが真っ赤になる。知ってはいたが、同性のシャーロットでも見とれてしまう、シルバーブロンドの美少女だ。

「私達はもう食べたからどうぞ。もしよければこちらも食べてみて。ホグワーツ自慢の料理よ」

シャーロットがニッコリ笑ってブイヤベースと、更にシェパーズパイの皿を勧めた。フラーは少し戸惑ったようだが、

「ありがとうございまーす」

と笑って皿を受け取りレイブンクローのテーブルに運んでいった。

「あのひと、ヴィーラだ!」

ロンが掠れた声で言った。

「いいえ、違います!」

ハーマイオニーがバシッとそう否定したが、シャーロットが口を挟んだ。

「ロンの意見は当たってると思うわ。多分彼女、親戚にヴィーラがいるか、祖先がヴィーラなんじゃないかしら?」

ロンはもう一度体を横に倒してフラーを見ようとし、ハーマイオニーは少しだけ怒った表情をした。

デザートが消えると、ダンブルドアがクラウチ氏とバグマン氏の紹介と、三校対抗試合の詳しい説明を始めた。そして、運ばれた木箱からとうとう炎のゴブレットが姿を現した。荒削りの木のゴブレットから青白い炎が踊っている。シャーロットはじっとそれを見つめた。あそこからは四人の代表選手の名前が出てくるだろう。シャーロットはそれを阻止するつもりはなかった。ヴォルデモートの復活も阻止するつもりはない。ハリーには気の毒だが、何としても代表選手になってもらわなければならない。そして、優勝させるのだ。ヴォルデモートには肉体にハリーの血を取り込んでもらわなければならない。そのために、出来る限りの手伝いをする。必ず。

シャーロットが考えているうちにパーティーはお開きとなった。

 

 

 

 

 

 



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ロン

翌日は土曜日だった。多くの生徒が早起きしてウロウロしており、その視線はゴブレットに釘付けだ。フレッドとジョージは『老け薬』を飲み、果敢に年齢線へ挑戦したが、すぐに弾き飛ばされた。ポンと音がして二人の顔から白い顎髭が生えてくる。玄関ホールが大爆笑に沸いて、シャーロットもお腹を抱えて笑った。

炎のゴブレットにはディゴリーやワリントン、更にアンジェリーナが名前を入れた。その後はハグリッドの小屋に四人で遊びにいった。ハグリッドはマダム・マクシームにうっとりと見とれ、話しかけていてシャーロットは苦笑した。他の三人は信じられないとでも言うように呆気にとられていた。

 

 

 

そして、その夜、代表選手の名前がゴブレットから出てきた。

『ビクトール・クラム』

『フラー・デラクール』

『セドリック・ディゴリー』

それぞれの学校が拍手の嵐、歓声の渦に包まれた。

「結構、結構!」

ダンブルドアが嬉しそうに呼び掛け、話を始めたとき、炎のゴブレットが再び赤く燃え始め、火花が迸った。空中に炎が伸び上がり、羊皮紙が出てくる。その羊皮紙を見つめ、ダンブルドアがそこに書かれた名前を読み上げた。

「ハリー・ポッター」

 

 

 

その夜、談話室はお祭り騒ぎだった。しばらくしてから帰って来たハリーもそれに巻き込まれる。

「僕、やってない!どうしてこんなことになったのか、分からないんだ」

ハリーが繰り返し言うのが聞こえたが、誰も気にしていなかった。やがてハリーは怒鳴ってみんなを振り切り、寝室への階段を上っていった。シャーロットがそれを追いかけた。

「ハリー」

「シャーロット!僕、いれてない!名前を入れてないんだ!」

「知ってるわ。ええ、あなたは入れてない」

シャーロットがキッパリ言うと、ハリーはじっと見つめてきた。ようやくハリーの言葉に耳を傾け、信じてくれたことに安心したようだった。

「でも、なんで、誰が?」

「分からない。きっと、あなたの命を狙ってるのよ」

「ムーディ先生も同じ事を言ってた。でも――」

「とにかく、課題を乗り切るのよ。余計なことは私とハーマイオニーが考えるわ。あなたは明日からかなり大変だと思うけど、自分の命を一番に考えて。それから、シリウスに手紙を書くのよ」

シャーロットがそう話すと、ハリーは少しだけ落ち着いたようだった。

「それから、ロンのことなんだけど…」

「ロン?寝室にいるんだろう?」

「うん…。きちんと話し合って。私から言いたいのはそれだけ」

シャーロットはそう言って背を向けて、自分の寝室へ向かった。多分、ロンの今の状態で話し合うのは無理だろうなぁと思いながら。

 

 

 

 

翌朝、シャーロットは誰よりも早起きし、ハーマイオニーを起こした。

「ハーマイオニー、起きて」

「うう…?シャーロット、まだ早すぎじゃない?」

「大広間の朝食を持って、談話室でハリーを待つの。今、ハリーを大広間に行かせない方がいいわ」

シャーロットがそう言うと、目をトロンとしていたハーマイオニーもしっかり覚醒した。

ナプキンに簡単なサンドイッチを包み、グリフィンドールへ戻る。寮へ戻ったとき、ちょうどハリーと出くわし、シャーロットはハリーの手を引いてグイグイ校庭へと向かった。

「ええ、あなたが自分で入れたんじゃないって、もちろん、分かっていたわ。ダンブルドアが名前を読み上げた時のあなたの顔ったら!」

サンドイッチを食べながら黙ってハリーの話を聞いたあと、ハーマイオニーが言った。

「ロンを見かけた?」

ハリーの言葉に、シャーロットとハーマイオニーは顔を見合わせた。

「僕が自分の名前を入れたと、まだそう思ってる?」

「違うのよ、ハリー」

ハーマイオニーが口ごもったので、シャーロットが話を続けた。

「本当はロンだって、名前を入れてないことくらい分かってるわ。ハリーに嫉妬してるのよ。いつだって注目を浴びるのはあなただわ。ほら、ロンのお兄さんは優秀で有名でしょう?昔からきっと何度も比較されてたんじゃないかしら。友達のあなただって小さい頃から有名人だし。きっと添え物扱いされてるって思ってたのよ。今まで何も言ってこなかったけど、昨日の出来事で爆発したんだと思う」

「そりゃ傑作だ」

ハリーは苦々しそうに言った。

「ロンに僕からの伝言だって伝えてくれ。いつでもお好きなときに入れ替わってやるって」

シャーロットはそんなハリーの様子を見てため息をついた。

 

 

 

昼食のあと、シャーロットはロンの元へ向かった。

「ハイ、ロン」

「…何だよ、シャーロット。もしもハリーの事なら…」

「ええ。ハリーの事よ」

シャーロットがキッパリ切り出したのでロンは逆に面食らったようだった。

「分かってるんでしょ?ハリーは名前を入れてないわ」

「…僕の事は放っておいてくれないか?」

「ええ。そのつもりよ。別にハリーと無理して仲良くしなくてもいいと思う」

シャーロットがそう言うと、ロンは唖然とした。

「シャーロット?」

「あなたの性格からしていつか爆発すると思ってた。これから、ハリーのそばにいればきっとこういうことはこれからも何度もあるわ。ハリーは何度でも注目され、あなたは何度でも悔しい思いをする。それに耐えられないのなら、離れるという選択肢もあるのよ」

ロンが途方にくれたような顔をしたが、シャーロットは話を続けた。

「でも、一つ言わせて。ロンはこんなつまらないことで喧嘩するくらいにしかハリーの事を考えてなかったの?この3年間、たくさんの冒険をして、ハリーの事を一番に分かっているのはあなただった。あなたがいたからこそ、ハリーは何度も辛い事を乗り越えられたのに、こんなわけのわからない試合のためだけに離れちゃうの?」

シャーロットが一気に話を続けた。ロンは無言になり俯いてしまった。

「ロン、あなたがどんな判断を下したとしても、それを私は否定しない。悪いけど、私はハリーのそばにいるわ。きっとこれから何日かはハリーは最低の日々を過ごすことになるだろうから、私はそれを支える」

シャーロットは宣言するようにそう言ってロンに背を向けた。

 

 

 



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辛い日々と準備

それからハリーにとって辛い日々が始まった。ハッフルパフとの関係はギクシャクしはじめた。マルフォイもニヤニヤ笑いながらからかう。シャーロットはできるだけハリーのそばを離れなかった。ハリーは黙って耐えていたが、ロンが味方じゃないという事実はハリーにとってなによりも悲しく苦しい事のようだ。

「どうすればいいのかしら?ねえ、シャーロット。どうやってロンとハリーを仲直りさせればいいと思う?」

ある日の夜、ハーマイオニーが寝室でそう切り出してきたが、シャーロットは軽くため息をついて肩をすくめた。

「放っときなさいな。今はあの二人は距離を置いた方がいいのよ」

「でも…」

「ロンの事なら大丈夫。きっと悩んだ分、もっと大きくなるわ。私達が知ってるロン・ウィーズリーはそういう男の子でしょう?」

シャーロットが笑ってそう言っても、ハーマイオニーはまだ心配そうだった。

 

 

 

ハリーにとって最も嫌な授業が始まった。二限続きの「魔法薬学」だ。スネイプの教室へ行くと、スリザリンの生徒たちが大きなバッジをつけていた。

『セドリック・ディゴリーを応援しよう――ホグワーツの真のチャンピオンを!』

『汚いぞ、ポッター』

シャーロットはハリーの顔が怒りで真っ赤になるのを見た。ロンはグリフィンドールの他の生徒と一緒に黙ってこちらを見ていた。

「ほんとにお洒落だわ」

ハーマイオニーが皮肉たっぷりに言うとマルフォイがニヤニヤ笑いながら言った。

「一つあげようか?グレンジャー?たくさんあるんだ。だけど、僕の手にいま触らないでくれ。手を洗ったばかりなんだ。『穢れた血』でベットリにされたくないんだよ」

ハリーがサッと杖を構えた。周りの生徒たちがその場を離れる。

「ファーナンキュラス!」

「デンソージオ!」

ハリーとマルフォイ、二人の呪文が空中でぶつかり跳ね返った。ゴイルとハーマイオニーに命中する。ゴイルは醜い腫物が鼻に生えてきた。ハーマイオニーは前歯がどんどん成長しビーバーのようになったため、オロオロ声を出している。シャーロットはとっさに自分のローブを脱いでハーマイオニーを覆い隠した。

「ハーマイオニー!」

ロンが声をあげたとき、スネイプがやって来た。

「その騒ぎは何事だ?」

暗く冷たい声が響く。

「説明したまえ」

ハリーとマルフォイが何かをスネイプに言って、ゴイルを医務室へ連れていくよう指示するのを見て、シャーロットも前に進み出た。

「スネイプ先生。ハーマイオニーがとても可哀想なことになりました。歯呪いです。どうか医務室へ行かせてください。私が付き添います。」

スネイプはジロリとシャーロットに目を向けた。シャーロットはわざとスネイプの目をじっと見つめ、目を潤ませた。卑怯だが、こんな時に女の武器を使っておこう。

「…医務室へ」

シャーロットの作戦は見事成功した。ローブで体を隠されたハーマイオニーを支え教室から出ていった。

「まったくあの子達ときたら」

「……」

ハーマイオニーは黙っていた。多分歯のせいでうまくしゃべれないのだろう。

 

 

 

医務室にハーマイオニーを送ったあと、シャーロットは教室へ戻った。教室は授業が続いていたが、ハリーはいなかった。多分取材と杖調べに呼ばれたのだろう。リータ・スキーターとの初対面だ。やがて世にでる記事を想像し、シャーロットは解毒剤の材料をにらみながら考えに没頭した。

授業のあと、シャーロットはマクゴナガルの部屋へ寄った。そして、マルフォイの作ったバッジやハーマイオニーへの『穢れた血』発言を包み隠さず報告する。マクゴナガルは顔をしかめていたため、きっとマルフォイにも罰が下るだろう。

寮へ戻ると、シリウスとルーピンからの手紙が来ていた。ハリーへの心配がズラズラと綴られている。シリウスは代表選手に選ばれたことを知り、すぐにでも飛んでこようとしたが、ルーピンに止められたらしかった。ルーピンからも十分に気をつけるようにと書かれていた。

 

 

 

 

数日後、スキーターの記事が遂に出た。予想通り、三校対抗試合の記事ではなく、ハリーの人生の脚色記事だ。ハリーはそれを見て唖然としていた。シャーロットも苦々しげに記事を読む。なんと記事にはシャーロットの事も書かれていた。

『ハリーはホグワーツで遂に愛を見つけた。親友のコリン・クリービーによるとハリーはシャーロット・ダンブルドアとハーマイオニー・グレンジャーなる人物と離れていることは滅多にないという。この二人はとびきりかわいい生徒でハリーの愛を獲得するために愛の火花を散らしているらしい――』

シャーロットは黙って記事を丸めゴミ箱に捨てた。まっすぐに談話室にいたコリンの元へ向かう。

「あれ?シャーロット、どうし……うわぁっ!ごめん、ごめんなさい!許して!!」

コリンの悲鳴が談話室に響いた。

それからはみんなの好奇の視線をハーマイオニーとともに受けることになった。シャーロットはそれでもハリーと離れなかったが、ピリピリしていた。ハーマイオニーはからかいに怯まず堂々としている。

このところ三人で図書館にこもることが多くなった。ハーマイオニーと一緒に宿題をし、ハリーはうまくいかない「呼び寄せ呪文」を理論から学んでいる。そんな中、ビクトール・クラムもしょっちゅう図書館に入り浸っているようだった。ファンの女の子たちが忍び笑いをしながらクラムの様子を窺っている。ハーマイオニーはそれで大いに気が散っているようだ。

「あの人、ハンサムでもなんでもないじゃない!」

ハーマイオニーがプリプリしながら呟いた。

「うーん。彼の事はよく知らないけど、でも、女を見る目はあるみたい」

「え?」

ハリーとハーマイオニーが訝しげにシャーロットを見てくるが、シャーロットは少し笑って何も言わなかった。もうずいぶん前からクラムがチラチラとハーマイオニーを見ているのに気がついていた。

 

 

 

ホグズミード村へ行ったことはハリーにとって気晴らしになったようだ。その次の日、ハリーが絶望した声でシャーロットに言ってきた。

「ドラゴンだ」

どうやらハグリッドによって第一の課題のカンニングを無事にしたらしい。

「とにかく、あなたが火曜日の夜も生きているようにしましょう」

ハーマイオニーがそう言った。

「シャーロット、どうすればいいと思う?どうやってドラゴンを倒せばいいんだろう?」

「多分倒すのは無理よ。だって何人もの魔法使いが同時に立ち向かっても失神させるのがやっとだもの」

「あ、そういえばチャーリーも出し抜くだけって言ってた」

ハリーが思い出したように言った。

「でしょ?倒すのが課題じゃない。ドラゴンを出し抜いて何かをしなければならないんだわ」

「でも、出し抜くってどうすれば…」

「私なら結膜炎の呪いを使うわね。ほら、二年生の時バジリスクに私がかけたやつ」

バジリスクの事を持ち出すと、ハリーとハーマイオニーが顔をしかめた。

「今から練習したら間に合うけど、ドラゴンなら…、ちょっと危ないかも」

「なんでよ?」

「呪いを受けて暴れて火を吹いたら最悪じゃない」

ハリーが天を仰いだ。シャーロットは安心させるようにハリーに話しかけた。

「大丈夫よ。ハリー。私にいい作戦があるわ」

「作戦?」

「ええ。あなたが最も得意なことをするの」

シャーロットが笑うと、ハリーとハーマイオニーが不思議そうな顔をした。

 

 

 

「アクシオ!アクシオ!」

「ハリー、集中して!とにかく集中するの!」

「分かってる!頭では分かってるんだ!アクシオ!」

その日からシャーロットとハーマイオニーによる「呼び寄せ呪文」の猛特訓が始まった。早めに練習していて正解だった。この何日かその呪文の強化だけに全神経を集中させたため、ハリーはメキメキと上達した。試合の前日にはかなり遠くのものも呼び寄せられるようになった。セドリックにドラゴンの事を知らせにいった帰り、ムーディに引き留められヒントを与えてもらったが、やはり同じ箒の事を持ち出したらしい。ハリーはもう箒の呼び寄せを練習していることを話したそうだ。シャーロットはその時のムーディの顔を想像し、一人でこっそり笑った。

 

 

 

 

 



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第一の課題

第一の課題の日、シャーロットは早くに目覚めて授業に行く準備を始めた。ハーマイオニーはハリーの事が心配でソワソワしていた。

「ハーマイオニー、イライザを知らない?」

「え?いないの?」

「うん…。なんか、最近よくいなくなるのよね。昨日の夜はベッドのそばに止まって眠ってたのに」

「ふくろう小屋でヘドウィグと遊んでるんじゃない?」

「ちょっと探してくる」

シャーロットはふくろう小屋へ行ったが、イライザの姿はなかった。不思議に思ったが、授業が始まるため城の中へ戻る。まあ、大丈夫だろう。たまにいなくなるが、気がついたら部屋へ戻ってるのだ。きっと夜には戻ってくるだろう。

 

 

 

 

午前中、ハリーは極度に緊張していた。顔が真っ青になっている。

やがて昼食が終わり、マクゴナガルがハリーのもとへ早足で迎えにやって来た。シャーロットもハーマイオニーとともに競技場へ向かった。観客席ではもう多くの生徒が座り、興奮したようにそれぞれしゃべっていた。

「ハリー、大丈夫かしら?」

「大丈夫。ハリーを信じましょう。あんなに練習したんだもの。失敗なんて絶対にしないわ」

そう言いながら、シャーロットは視界のはしっこでロンが心配そうに競技場を見ているのを見つけた。

 

 

 

 

代表選手たちの準備が整ったのか、バグマンの声が競技場で響いた。

「紳士、淑女のみなさん、少年、少女諸君。さてこれから始まるのはもっとも偉大でもっとも素晴らしい――しかも二つとない、一大試合、三校対抗試合!」

シャーロットはクィディッチの試合の時に使った双眼鏡で競技場をじっと見つめた。

セドリックは競技場の石を犬に変身させて気を逸らせようとしたが、途中でドラゴンが犬よりもセドリックを狙ったため、あまりうまくいかなかった。それでも最後にはしっかり金の卵をとったのだからたいしたものだ。

フラーはドラゴンに魅惑の呪文をかけて、金の卵をとった。ドラゴンは眠ってしまったが、イビキをかいたため、鼻から炎を吹き出した。

次のクラムはシャーロットが先日話した、結膜炎の呪いをドラゴンにかけたらしい。ドラゴンが痛みに暴れて卵を割ってしまったため、シャーロットはハリーにこの呪文を勧めなくて正解だったなと感じた。

いよいよハリーの出番だ。シャーロットは椅子に座り直した。どうか上手くいきますように。

ハリーがテントから出てきた。顔が異常に強張っている。ハリーの前ではホーンテールが黄色い瞳で睨んでいた。ハリーが集中するため一瞬だけ目をつぶる。そして杖を上げた。観客席からは遠いため声は聞こえなかったが、シャーロットには何を言ってるかはっきり分かった。

「アクシオ、ファイアボルト!」

シャーロットは上を見上げた。やがてその姿が視界にはっきり映る。ファイアボルトがハリーの呪文に応えて一直線に向かってきた。

「やった!」

シャーロットは思わず隣のハーマイオニーと手を打った。

それからは早かった。ファイアボルトさえあればハリーは無敵だ。クィディッチの試合のようにビュンビュン飛び回る。ホーンテールの火炎をよけながら、見事最短時間で金の卵を手に取った。空高く舞い上がり、金の卵を掲げる。バグマンが何かを叫んでいるが、それに構わずシャーロットとハーマイオニーは救急テントへ向かった。

救急テントへ着いたら、まだ早かったようで中にはセドリックしかいなかった。

「ハイ、セドリック。お疲れ様」

シャーロットが声をかけると苦笑いを返してきた。どうやら大丈夫なようだ。観客席からはロンもやって来て、テントの入り口でウロウロしていたため、シャーロットが手を引っ張り無理やり引き込んだ。

「ロン。大丈夫。ハリーなら気にしてないわ」

シャーロットがそう言っても、ロンは真っ青な顔をしていた。

ハリーがようやくテントに入ってきた。ハーマイオニーが抱きつく。しかし、ハリーの目はロンを捉えていた。

「ハリー」

シャーロットは邪魔しないように黙ってじっと二人を見つめた。

「君の名前をゴブレットにいれたやつがだれだったにしろ――僕――僕、やつらが君を殺そうとしてるんだと思う」

ハリーとロンが数週間ぶりにまっすぐにお互いを見た。

「気にするな」

ハリーの言葉にロンが泣き笑いの表情になって、シャーロットを見てきた。シャーロットは笑い返し、ハーマイオニーはワッと泣き出した。そのままハーマイオニーは二人を抱きしめひたすら泣くと、何故か走り去ってしまった。

「ハーマイオニー!どこ行くの?」

シャーロットが慌てて追いかけるが、どこに行ったのかハーマイオニーの姿はもう見えなかった。

「…まあ、いっか」

シャーロットはとりあえず観客席に戻ることにした。ハリーの点数を確認しなければならない。

歩きだし、数歩もいかないうちにビクトール・クラムと出くわした。彼はほとんど傷は無いようだ。

「こんにちは。ミスター・クラム」

「あー、こ、こんにちは」

クラムはちょっとだけ顔が強張った。シャーロットは、そんなクラムにちょっとだけ笑いかけると話を切り出した。

「私、今度の週末に校庭でピクニックをするの。もしよければあなたも一緒にどう?ハーマイオニーも一緒よ。ほら、私がよく一緒にいる栗色の髪の女の子」

誘った後であまりにも唐突かな、と少し後悔したが、クラムの目の奥がキラリと光った。

「ヴぉくも一緒にいい、ですか?」

「もちろん。きっと楽しんでもらえると思うわ」

クラムの顔がパッと明るくなった。その後、待ち合わせ場所と時間を打ち合わせ、二人は別れた。

観客席に戻ると、すでにハリーの点数が発表されていた。予定通りクラムとハリーが同点一位だ。シャーロットもようやく安心して胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 



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誰を誘う?

グリフィンドールではその夜、ドンチャン騒ぎだった。ハリーは誰よりも顔が明るい。ロンと仲直りできたのが相当嬉しいのだろう。シャーロットも笑いながらパーティーを楽しんだ。

 

 

「なんで私も行かなくちゃならないのよ」

「まあまあ、ハーマイオニー。きっと楽しいわ」

週末、シャーロットはハーマイオニーを連れて湖の畔へ向かった。今日はクラムとのピクニックだ。ハリーとロンには黙ってこっそりとランチボックスを準備した。中には簡単なサンドイッチやお菓子が詰まっている。湖の近くにはタイミングがよかったのかほとんど人気がなかった。

「こんにちは。ミスター・クラム。」

「こ、こんにちは」

「改めて、私はシャーロット・ダンブルドア。こっちは友達のハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

シャーロット達の方が年下だというのにクラムは緊張からか顔が真っ赤になっていた。

誰にも見られないように校庭のはしっこに三人で座る。ランチを広げ、のんびりと話を始めた。最初ハーマイオニーは気が進まないため、顔をしかめていたが徐々に会話を楽しむようになった。元々、クラムは礼儀正しく真面目な青年だ。ブルガリアの学校の話や魔法界での違いなど熱心に話すハーマイオニーとクラムを眺めながら、シャーロットはこれをロンが見たらどんな顔をするだろうかと想像した。

 

 

 

第二の課題はまだまだ先だ。金の卵の謎を解かなければならない。ハリーの周りは前と変わらず騒々しかった。スキーターには付きまとわれ、シリウスは心配するあまり何度も何度も手紙を送ってきた。そんな中、嬉しい驚きがあった。ホグワーツの厨房でハリーがドビーと再会したのだ。

「ハリー・ポッター!ハリー・ポッター様!ドビーめでございます!」

ハリーは絶句していた。ハーマイオニーが厨房に忍び込みドビーを見つけたらしい。

「ハーマイオニー、なんで厨房に入ったの?」

「将来のためにちょっと調査しておこうと思って…」

シャーロットは苦笑した。真面目なハーマイオニーらしい行動だ。ドビーは嬉し涙を流しながらハリーと話していた。

 

 

 

クリスマスが近づいてきた。ハリーは第二の課題に挑戦する前に予期せぬ試練が訪れ、顔を青くしていた。代表選手はクリスマス・ダンスパーティーの最初に踊る伝統がある。当然必ずパートナーを見つける必要があるのだ。

「一人でいるところを捕らえて申し込むなんて、どうやったらいいんだろう?」

「投げ縄はどうだ?」

ハリーとロンのくだらない会話にシャーロットはクスクス笑った。

生徒達はほとんどがダンスパーティーのことで騒ぐか上の空だった。ハーマイオニーは無事にクラムからダンスに誘われ、それを受けたらしい。

「ずいぶん仲良くなったわね」

「あの人、とてもいい人だったわ」

ハーマイオニーはニッコリ笑った。

学期最後の週になると日を追って騒がしくなった。スネイプからテストを持ち出された夜、ロンは苦々しげにしていた。

「悪だよ、あいつ」

「仕方ないじゃない。スネイプ先生だもの」

シャーロットがそう言いながら、大きな箱をロンに差し出した。

「はい、ロン。約束のものよ」

「うわ、ありがとう!本当にありがとう、シャーロット!」

ロンが箱を受け取り感極まったような顔をした。ちょっと涙ぐんでさえいる。ハリーとハーマイオニーが不思議そうに視線を向けてきた。

「その箱は何?」

「私からロンへの少し早いクリスマスプレゼント。きっと似合うわ」

「あれじゃなければ何でもいいよ!」

箱からロンが取り出したのは黒い色のシックなドレスローブだ。もちろんレースは一つもついてない。

「どうかしら?」

「うん。バッチリだ。これでパートナーが決まればカンペキなんだけど…」

ロンがまた暗い顔をした。

「あ、それよりもシャーロット。僕が代わりに渡したあのドレスローブは?」

「うん。ちょっと使うのよ」

「あんなフリルだらけのを一体何に使うんだい?」

「ちょっとね」

シャーロットが目を逸らした。ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見合わせた。シャーロットのいつもの顔だ。きっととんでもない事を考えているにちがいない。しかし、それから何度話を振っても、シャーロットは言葉を濁すだけで何も答えなかった。

 

 

クリスマスがどんどん近づく。ハリーとロンは今だにパートナーが決まらない。シャーロットも何人かから誘われたが全て断った。金曜日の夕方、寮に戻る途中でハリーと出くわした。どことなくぼんやりしている。

「ハ、ハリー?大丈夫?どうかした?」

「うん…」

何も答えたくないのかハリーはそれだけ言ったあとは黙って歩き続けた。シャーロットが慌ててその後を追う。寮へ入ると、もっとビックリした。ロンが隅っこで血の気のない顔で座り込んでいたのだ。そばにいたジニーに確認して、やっと何があったか分かった。ハリーもロンも意中の相手にパートナーを断られたらしい。二人とも全ての気を抜かれたようにゲッソリしていた。

「相手がいないのは、僕たちだけだ――まあ、ネビルは別として。あ――ネビルが誰に申し込んだと思う?ハーマイオニーだ!」

「エー!」

ハリーが驚いて大声を出す。シャーロットはすでにハーマイオニーから聞いていたので、何も言わなかった。ロンが笑い出すと、ジニーが少し怒ったような顔をした。その時、ハーマイオニーが帰って来た。ロンが突然マジマジとハーマイオニーを見つめた。

「君はれっきとした女の子だ…」

「まあ、よくお気づきになりましたこと」

「そうだ――君とシャーロットが僕たちのパートナーになればいい」

「ダメよ、ロン。私もハーマイオニーもとっくの昔にパートナーが決まってるの」

シャーロットが口を挟むと、ハリーとロンは驚いて口を開けた。

「そんな!誰!?」

「嘘だろう!?」

「嘘なわけないでしょう。あなた達もさっさと誰かに申し込みなさい。本当に」

シャーロットはそう言ってハーマイオニーとともにさっさと寝室へ向かった。

「シャーロット、あなた誰と行くの?私も知らないんだけど…」

「パーティーになれば分かるわよ。実を言うと私、パーティーはいいけど、あんまりダンスは乗り気じゃないのよね。決まったパートナーを見つけるのも面倒くさいし。それでちょっといろいろ考えたの」

「考えたって何を?」

「ナイショ」

シャーロットはチラリとベッドの上にいるイライザを見た。イライザはシャーロットと目が合うと楽しそうにピーと一声鳴いた。

 

 

 



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ダンスパーティーでの驚愕

結局、ハリーとロンはパチル姉妹とパーティーに参加することになったらしい。パーバティが寝室でクスクス笑いながらラベンダーと話しており、シャーロットはその事を知った。

クリスマス休暇に入った。しんしんと雪が降っており、寒さが一段と増す。ロンはシャーロットとハーマイオニーが誰とパーティーに行くのか気になるようで、出し抜けに質問をしてきた。特にハーマイオニーには何度も話を切り出すも、ハーマイオニーは絶対に答えず、シャーロットも笑って首を傾げるだけだった。

「ハーマイオニー、君の歯…」

「歯がどうかした?」

「うーん、なんだか違うぞ…たった今気づいたけど…」

「ロンったら今さら気づいたの?」

シャーロットは、ハーマイオニーをまじまじと見つめるロンを見て悪戯っぽく笑った。例のマルフォイの歯呪いを受けて、マダム・ポンフリーに歯を縮めてもらったらしい。ハーマイオニーは晴れやかな顔をしていた。

 

 

 

 

クリスマスの朝、ハーマイオニーが目覚めると、シャーロットはすでに起きており、ゴソゴソしていた。

「シャーロット?何してるの?」

「あ、おはよう、ハーマイオニー。私、今夜のパーティーの準備をしてくるね」

「…シャーロット、まだ朝よ!」

「いろいろあって。じゃあまた夜に会いましょう。クラムによろしく。イライザ、行きましょう」

シャーロットはイライザを引き連れて寮から出ていった。

ハリー、ロン、ハーマイオニーは談話室で待ち合わせ食事へ降りていった。

「シャーロット、誰と来るんだろう?」

「結局私にも教えてくれなかったわ」

「ハーマイオニー、君は誰と行くんだい?」

ロンがまたこれまでに何度もした質問をし、ハーマイオニーはフンと顔を背けた。

 

 

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーは午後には雪合戦を楽しみ、夕方になるとそれぞれパーティーの支度を始めた。

ハリーとロンもドレスローブを身につける。ロンは鏡に映った自分の姿を見て、また涙ぐんでいた。フリルだらけのドレスローブを着なくて済んだことを、最大の幸福のように感じているようだ。

「あの女の子っぽいドレスローブはどうしたんだい?」

シェーマスの質問にロンは首をかしげた。

「分からないんだ。シャーロットがこのドレスローブの代わりに欲しいっていうから渡したんだけど…」

「まさかシャーロットが着るの?」

「それはないだろう、シャーロットに限って」

男の子達はワイワイ話しながら寮から足を踏み出した。

ハリーはパーバティとともに大広間のドアの前に立つ。ハーマイオニーとシャーロットの姿を探したがまったく見えなかった。ロンもパートナーのパドマに目をくれずキョロキョロしていた。

「あっ、まずい…」

フラー・デラクールがシルバーグレーのドレスで通りすぎ、ロンが慌てて隠れた。フラーはレイブンクローのデイビースを従えながらも、何故か心配そうな表情でロンと同じようにキョロキョロしていた。

やがて正面玄関が開いた。

「代表選手はこちらへ!」

マクゴナガルの声が響き、ハリーはパーバティとそちらへ向かった。セドリックとチョウの姿が見えて、ハリーは目を逸らす。その視線がクラムの隣にいる女の子の姿を捉え、ハリーは口をあんぐりと開けた。

ハーマイオニーだ。

ハーマイオニーは薄いブルーのドレスローブを身に纏い、いつもボサボサの髪は今夜はツヤツヤに光っていた。

「こんばんは、ハリー!こんばんは、パーバティ!」

パーバティはあからさまに驚いた顔でハーマイオニーを凝視した。パーバティだけではない。クラムのファンは恨みがましい目でにらみつけ、マルフォイでさえあんぐりと口を開けてハーマイオニーを見た。

マクゴナガルに誘導されてようやく席につく。席からはハーマイオニーを見て顔が歪んでいるロンと膨れっ面のパドマが見えた。

その時、ザワっと人々が揺れた。誰かに注目している。ハリーがそちらに目を向けて、そこに信じられないものを見た。

そこにいたのは可愛らしい女の子だ。恐らくはまだ7~8歳だろうか。銀色の髪は可愛らしく結い上げられ、上品な薄い桃色のドレスが輝いて見える。フラー・デラクールに似ている凄まじい美少女だ。しかし、人々が視線に捉えたのはそのパートナーの方だった。

そこにいたのは栗色のローブを身につけた、赤毛の青年だった。長い髪をゆるく後ろで一本に縛っている。胸には緑色のリボンが結んであり、瞳の緑によく映えていた。しっかりとした足取りで隣の少女をエスコートしている。隣の少女もまるで夢を見ているようにうっとりとした表情で青年を見上げた。ハリーはその人物を誰よりもよく知っていた。

 

 

 

 

話は数週間前に戻る。

 

 

 

 

第一の課題が終わり、少したったあと、シャーロットが図書館に行くために一人で廊下を歩いていると、イライザが飛んで来た。

「あら、イライザ。昨日からどこに行っていたの?」

イライザは肩に止まり、何かを言いたげにピーと鳴いた。イライザは再び飛び立ち、前の方にあった石像に止まりシャーロットの方を向く。まるで付いてこいと言われているみたいだ。シャーロットは首をひねり、イライザに誘われるようにして廊下を進んでいった。やがてイライザが廊下の端の床に止まり、ピーピー鳴き出した。シャーロットがそちらに目を向けると、シルバーブロンドの少女が目を泣きはらして座り込んでいた。シャーロットが驚いて、少女に駆け寄る。

「どうしたの、こんなところで。何かあったの?」

少女は警戒するように身をすくめた。イライザが少女の方へすりより、ピーと鳴いた。そのイライザの姿を見て、少女は少しだけ表情が柔らかくなった。シャーロットは安心させるように再び話しかけた。

「こんにちは。私はシャーロットっていうの。こっちは私のペットのイライザ。あなたは…ボーバトンの生徒?」

少女はまだ警戒していたが、コクリと頷いた。

「もしかして、迷った?」

再びコクリと頷いた。シャーロットは少し笑って、手を差し出した。

「校庭まで案内するわ。イライザも一緒よ」

少女は少しだけ迷ったようだが、シャーロットの顔を見て、手を握ってくれた。

「名前は?」

「…ガブリエル」

「…もしかして、お姉さんがいる?」

「ウン」

どうやら少女はフラーの妹、ガブリエル・デラクールだったらしい。姉と同じく美少女だ。まだ英語に不慣れなのかたどたどしく事情を説明してくれた。

「わたーし、おねえさまとけんかしまーした。馬車からとびだして、気がつくと、あそこにいて、帰れなくなりまーした」

「それはきっとお姉さんも心配してると思うわ」

シャーロットは苦笑しながら、禁じられた森の端にある馬車へと向かった。

「ガブリエル!ガブリエル!」

馬車の近くにいたフラーが駆け寄ってきた。ガブリエルをしっかりと抱きしめる。ガブリエルも泣き顔でフラーに抱きついた。シャーロットは肩に止まったイライザとそれを見ていた。フラーとガブリエルはフランス語で何かを話すと、シャーロットに近づいてきた。

「あなた、前にパイをくれた人でーすね」

「あ、覚えてたのね」

「もちろんでーす。妹を連れてきてくれて、ありがとうございまーした」

フラーは感謝の視線をシャーロットに向けてきた。シャーロットも笑って首を振った。

「気にしないで。イライザが妹さんを見つけてくれたのよ」

「オー、この鳥はあなたの鳥でしたか?」

「?うん」

「この鳥はガブリエルのここでのはじめての友達でーす。よく馬車まで飛んで来て、妹と遊んでまーした」

シャーロットは驚いてイライザを見た。ようやく最近よくいなくなる理由を知った。どうりでガブリエルによくなついているわけだ。

「この浮気もの」

フラーとガブリエルに別れを告げ、再び図書館に向かう。シャーロットが少しにらむとイライザは特に気にしていないようにまた一声鳴いた。

 

 

 

それがきっかけとなり、シャーロットはたまにフラーやガブリエルと話すようになった。特にガブリエルはイライザを連れてくると、非常に喜び、ニコニコしながら戯れていた。

「もう、そっちの子になっちゃいなさい」

シャーロットが冗談めかしていうと、イライザは抗議するようにピーピー鳴き、ガブリエルはクスクス笑っていた。

クリスマスが近づくと、ガブリエルは少し顔が暗くなってきた。

「どうしたの?最近、元気ないわね?」

「…パーティーに行きたいのでーす」

「?行けばいいじゃない」

シャーロットは不思議そうに言い返したが、ガブリエルがすねたように事情を説明してくれた。

フラーは夜遅くにあるクリスマス・ダンスパーティーにガブリエルが行くことを反対したらしい。帰りは遅くなるし、まだ幼い妹に悪い虫がつくことを恐れ、ダンスするのは姉として許せないようだ。

「それはフラーの気持ちも分かるわね。ホグワーツの生徒も下級生が行くことは許されていないし…」

もっとも、上級生が誘えば参加するのは可能ではあるが。ガブリエルはパーティーに参加したくてたまらないようだった。そんなガブリエルを見て、シャーロットはピンとひらめいた。

「ガブリエル、じゃあ、私と行きましょうか?」

「ええ?」

「性転換薬を持ってるの。それで少しの間だけだけど、男性になれるわ。パーティーには長い時間はいられないけど、ダンスの一曲ぐらいは踊れるはずよ。私は女だし、それならフラーも許してくれるんじゃないかしら?」

ガブリエルの表情が明るくなった。フラーを探して、事情を説明する。フラーは最初は渋い顔をしていたが、ダンスするのは一曲のみ、最後は必ず馬車までシャーロットが送り届ける事を条件にようやく許してくれた。

それからはシャーロットは忙しくなった。まずは2年生になる前の夏休みに作成した性転換薬の調整。なかなかの出来映えで、3時間ほどは男性の姿を保てるようになった。男性になったシャーロットを見て、ガブリエルは目を輝かせ、フラーも満足そうに頷いた。また、男性用のドレスローブはないため、ロンに新しいドレスローブをプレゼントする事を約束し、代わりに例のフリルだらけのローブを手に入れた。シャーロットもドン引きするほどセンスが悪いため、アンバーに事情を説明する手紙を送り、センスよくアレンジしてもらった。ガブリエルとは上手く踊れるように何度もダンスの練習をする。ガブリエルは8歳で幼いが、身長はこの年にしては高い方だったため、何とか様になりそうだった。

クリスマスの当日も忙しくなった。アンバーから送られてきたドレスローブの最終チェックをする。さすがはアンバーだ。フリルは全て取り払われ、黴っぽかったローブは上品な栗色のドレスローブへと変貌していた。

夕方になると、フラーに合格がもらえるまで何度も髪型や服装を整える。ようやくオーケーをもらえて、準備をするフラーやガブリエルの横でシャーロットは性転換薬を口にした。

シャーロットは鏡で男になった自分を見つめる。フラーとガブリエルによって整えられた髪や服装は自分でいうのもなんだが、なかなかハンサムだ。

「今日はよろしくお願いしまーす」

準備ができたらしいガブリエルがシャーロットに微笑む。シャーロットも笑い返して、ガブリエルの手を引いてパーティー会場へ乗り込んだ。

 

 

 

 

「やあ、ロン」

シャーロットの目の前ではロンが呆然として口を開いている。ロンにもそれが誰なのかはっきり分かった。

「シ、シャーロット!君…君…」

「なかなかいいだろう?」

シャーロットはわざと男性言葉を使う。シャーロット特製性転換薬の効能は抜群で、声も低くなっていた。ロンの横にいるパドマがぼうっとシャーロットに見とれる。パドマだけではない。会場にいる女の子達はうっとりとシャーロットを見つめる。逆に男の子達はシャーロットを知っている生徒は呆然とし、知らない生徒達はあれは誰だと首をかしげていた。

代表選手の席を見るとハリーとハーマイオニーがやはり呆然とこちらを見ていた。近くにいたダンブルドアまでもがポカンとしていたため、シャーロットはおかしくて仕方なかった。

こうして波乱だらけのクリスマス・ダンスパーティーが幕を開けた。

 

 

 



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夢のようなダンス

シャーロットはガブリエルをエスコートしテーブルに向かった。

「シャルロット、ダンスはまだでーすか?」

「うん。食事が先だよ」

ガブリエルはシャーロットをフランス語風に『シャルロット』と呼んでいた。ダンスが始まるのを今か今かと待ち焦がれているらしく、目がキラキラしている。ガブリエルに笑いかけながら教職員席の方へ目を向けると、スネイプと目があった。スネイプは目をカッと見開き、シャーロットの方を凝視していた。その様子に苦笑いし、シャーロットはテーブルの上に現れたシチューを口にいれた。

「シャーロット、一体全体、その姿はなんだい?」

ロンが理解できないというふうにまた尋ねてきたため、シャーロットは肩をすくめた。

「どこか変かい?」

「変じゃない。いや、ものすごく変だけど、なんというか…」

「素敵だわ、ダンブルドア。本当に、かっこいい」

パドマがまだぼうっとした表情でシャーロットへ話しかけてきたので、シャーロットもパドマにニッコリ笑いかけた。

「ありがとう、ミス・パチル。君もとてもそのドレス、とても似合っているよ。まるで月の精霊のようだね」

シャーロットがそう言うと、パドマは真っ赤になって固まってしまった。隣のガブリエルが少しすねたように口を尖らせた。

食事が終わると、いよいよダンスだ。ダンブルドアの魔法でテーブルが退けられる。「妖女シスターズ」が熱狂的な拍手に迎えられてステージに上がってきた。代表選手が立ち上がる。ガブリエルがソワソワとしはじめた。

光輝くダンスフロアで選手達が踊る。ハリーは緊張した面持ちでパーバティの手を握り、ターンしていた。ハーマイオニーもクラムと楽しそうにステップを踏んでいる。徐々に観客達もダンスフロアに出てきた。シャーロットもガブリエルに向き直り、片膝を付いてガブリエルの手を握り、そこに軽くキスをした。

「美しいお嬢さん。私と踊っていただけますか?」

シャーロットは少しキザすぎたかな、と思ったが、ガブリエルは今日一番の笑顔を見せて頷いてくれた。

ガブリエルの手を引いて、ダンスフロアに足を踏み入れる。音楽に合わせてステップを繰り返し、ゆっくりターンをした。さすがに何度もガブリエルと練習したため、タイミングはバッチリだ。ガブリエルも楽しそうにシャーロットをまっすぐ見つめてきた。

「シャーロット、驚いたわ」

「やあ、ハーマイオニー」

ダンスしながらすれ違ったハーマイオニーと軽く言葉を交わし合う。そのまま優雅に躍り続け、最初の一曲が終わった。

「ガブリエル、どうだった?」

「最高でーした!」

ガブリエルは少し息が荒かったが、本当に楽しそうだった。シャーロットもそんな姿が微笑ましく、ニッコリ笑う。ガブリエルの後ろから少し離れた場所で、フラーが何か言いたげにシャーロットを見てきたので、シャーロットはそちらに向かって頷いた。

「私も今日は楽しかったよ。残念だけどそろそろ時間だ」

ガブリエルは名残惜しそうにしながらも素直に頷いた。

「あれ?シャーロット、帰るの?」

会場から出ていこうとするシャーロットを見かけて、ロンが声をかけてきた。

「いや、パートナーを馬車まで送り届けるだけさ。またあとから参加するよ」

ロンにそう言いながら、ガブリエルとともに会場から出ていった。近くにいた女の子達が名残惜しそうにシャーロットを見つめていた。

 

 

 

 

「とても、とても素敵でーした。この事は一生忘れませーん。ありがとうございまーした」

「そうなふうに言われたら頑張った甲斐があるな」

シャーロットは笑いながら馬車の方へ向かう。

「あ、」

「?」

「切れたわ」

馬車にもうすぐ到着するところで、性転換薬の効果が完全に切れた。元の女性らしいほっそりした体型へ戻り、声も元のように高くなる。

「残念でーす」

「あはは。でもちょうどよかったよ。着替えを馬車に持ってきてて正解だった」

シャーロットとガブリエルは馬車の中へ入る。シャーロットは手早く栗色のローブを脱いだ。

「シャルロット。また戻りまーすか?」

「うん。ごめんね。ちょっと行ってくる」

「私の事は気にせず、戻って楽しんでくださーい」

ガブリエルには悪いが、まだパーティーは続く。せっかくだからきちんとパーティーに参加したい。シャーロットは持ってきたドレスを手早く身につけると、軽く化粧を施した。髪も編み込み、簡単にセットする。

「シャルロット。今日は本当にありがとうございまーした。これは私とお姉さまからでーす」

「えっ?」

ガブリエルが小さな箱を差し出してきた。

「私に?」

「ええ。今日のお礼とクリスマスプレゼントでーす」

「わあ、ありがとう!開けてもいい?」

ガブリエルが照れたように頷く。箱を開けると、花の形を型どった透き通っているような可愛らしい髪飾りが入っていた。

「素敵な髪飾りね…」

「きっとそのドレスにも合いまーす。着けてあげまーす」

ガブリエルが髪飾りを耳より少し上につけてくれた。

「やっぱり似合いまーす!」

「ありがとう、ガブリエル」

「こちらこそありがとうでーす」

ガブリエルが明るく笑い、シャーロットもガブリエルの頭を撫でた。

「それじゃあ、行ってくるね」

「シャルロットにとっても楽しい夜になるよーうに、祈っていまーす」

「ありがとう、ガブリエル。おやすみ」

「おやすみなさーい」

こうしてシャーロットは馬車から足早に出ていった。

 

 

 

「あの人をビッキーなんて呼ばないで!」

パーティー会場ではロンとハーマイオニーがクラムの事で喧嘩して、ハーマイオニーは最後にはそう叫び憤然と立ち去ってしまった。

「私とダンスする気があるの?」

「ない」

とうとう放置状態だったパドマもロンに見切りをつけ、離れていった。

「バカね、ロン。少しは女心を勉強しなさいな」

よく知っている声がして、ハリーとロンは振り向いた。振り向いた場所にいた人物を見て、ハリーは一体今夜は何度驚かせられるのだろうかと逆に冷静になった。ロンはポカンと本日何度もした表情をしている。

そこにいたのはさっきとは全く違う服装のシャーロットだった。きめ細やかな刺繍とレースの上品な白いドレスを着ている。昨年シリウスからプレゼントされたものだ。綺麗な赤毛は後ろで編み込まれ、化粧は薄いが清楚な雰囲気を醸し出していた。

「シャーロット、今度はドレス?」

「性転換薬が切れたのよ」

「性転換薬を使っていたのか!?どこで手にいれたんだい?」

「ちょっとね」

ロンの質問を簡単に誤魔化し、シャーロットは取ってきたバタービールを口に含んだ。

上品なドレスを着てやって来たシャーロットに、今度は男性の視線が向けられる。何人かの生徒がシャーロットにダンスを申し込んできたが、シャーロットは流れるようにそれを断り続け、ダンスフロアをぼんやりと見つめた。

「踊らないのか?」

「うーん。そうだね。踊ろうかな」

スネイプがダンスフロアから抜け出そうとしているのに気づき、シャーロットは驚くハリーとロンに構わず近づいていった。

「こんばんは、スネイプ先生」

「……ダンブルドア」

ドレスを来たシャーロットが目の前に立つと、スネイプは顔をしかめた。そんなスネイプにシャーロットは笑いかけた。

「もしかして、パートナーがいらっしゃらないんですか」

「……そこをどけ」

「もしよければ私と踊っていただけません?」

その言葉を聞いた瞬間、スネイプは大鍋いっぱいの苦い薬を飲まされたときのような表情になった。

「我輩と?なぜ?」

「ええ。先生にパートナーがいないなんて、あまりに気の毒で心を打たれまして…」

「グリフィンドール10点減点!」

「まあ、踊りたくなかったですか。残念ですが、またの機会に…」

「誰も踊らんとは言っとらん!」

踊るんかい、と近くにいた生徒達はみんな同じ事を思った。シャーロットが笑って手を差し出す。スネイプはしかめっ面のままその手を取った。スネイプの手は冷たかったが、シャーロットの手を強く握り返してくれた。

そのままゆっくりとダンスフロアに足を踏み入れる。ゆったりとしたワルツを二人で踊った。視界の端で、ハリーとロンが同じようなポカンとした表情でこちらを見つめている。ハリーとロンだけではなく、ホグワーツの生徒達や教師たちはまるで雷に打たれたような顔をして二人を見ていた。シャーロットは何も言わずに柔和な表情でスネイプをまっすぐに見つめる。スネイプは表情を変えずに同じく黙ってシャーロットを見つめながらダンスをした。その表情が少しだけ柔らかくなったのをシャーロットは見逃さなかった。笑ってスネイプに言葉をかける。

「先生、ダンスお上手ですね」

「…ふん」

二人が言葉を交わしたのはこれだけだった。曲が終わるとシャーロットは軽く挨拶をしてその場から離れた。

元の席へ戻ると、ハリーとロンはいなかった。代わりにパーシーがいて、誰かを探すようにキョロキョロしていた。

「パーシー?どうかしたの?」

「ああ、シャーロット。何でもないよ。パーティーなのに制服の生徒がいたんだ。注意しようと声をかけたら逃げられてね…。多分、上級生に誘ってもらえなかった下級生がこっそり覗きに来たんだろう」

卒業したのに監督生らしいパーシーにシャーロットはクスクス笑った。

 

 

 

 

少し離れたところで、ハリーとロンがコソコソ話しているのを見つけた。

「ハリー、ロン、どうしたの?」

「あ…、シャーロット…」

ハリーとロンは何かを言いたそうにシャーロットを見てきて、シャーロットはピンときた。多分、ハグリッドの秘密を盗み聞きしてしまったのだろう。しかし、この場ではその話をしたくなかった。シャーロットは少し笑うと、ハリーに手を差し出した。

「ハリー、お願いがあるの」

「え?なに?」

「私と踊ってくれない?」

「ええっ!?」

「一曲だけ。ね?」

シャーロットがじっと見つめながら頼むと、ハリーは戸惑ったようにしていたが、やがてオズオズと頷いた。少し驚いているロンに手を振り、ダンスフロアへ向かう。ハリーとシャーロットは手を取り合うと、ステップを踏み出す。

ハリーはダンスをしながらシャーロットを見つめた。まるで夢を見ているみたいに頭がフワフワしている。さっきのハグリッドの事は頭の隅に追いやられた。シャーロットの肌はこんなに白かっただろうか。そして、その緑の瞳、ハリーと同じ瞳はこんなにもキラキラと輝いていただろうか。シャーロットもハリーを見つめ返し、ニッコリ笑った。ハリーはその笑顔から目を離せなかった。

気がつけばダンスフロアでは踊っているのはハリーとシャーロットだけになっていた。それに構わずハリーがターンをする。シャーロットの白いドレスがそれに合わせて揺れた。そのまま二人は曲が終わるまでずっと何も言わずにダンスを続けた。

「ありがとう、ハリー」

「あ、ああ。」

「とても楽しかったわ」

「ぼ、僕も」

ダンスが終わってもハリーはぼんやりとしていた。シャーロットはハーマイオニーを見つけたため、ハリーに断りそちらに向かう。ハリーはフラフラしながら玄関ホールへ向かった。そんなハリーにセドリックが声をかけてくる。ハリーはぼんやりしたままそれを聞いて、適当に頷くと、追いかけてきたロンとともに寮へと戻っていった。

 

 

 

 

 



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特ダネと金の卵

その夜はみんなと同じようにシャーロットも疲れからぐっすり眠り込んだ。クリスマスの翌日は全員寝坊した。

ハリーとロンは例のハグリッドの秘密を聞かせてくれた。

「ああ、そういうことね」

「まあ、そうだろうと思っていたわ」

ハーマイオニーはそれほどショックな様子は見られなかった。シャーロットももちろんすでに知っていたので、軽く驚いているふりをするだけに留めた。

「全部が全部恐ろしいわけではないのに…狼人間に対する偏見と同じことね…単なる思い込みだわ」

ハーマイオニーの言葉にロンが何かを言いたそうにしたが、結局言葉を飲み込んだ。

クリスマス休暇の残りの日々をシャーロットは、ハリーとロンの宿題を手伝いながらのんびり過ごした。自分の宿題はとっくの昔に終わらせてある。

シャーロットがクリスマスパーティーに男になって参加したことはある種の影響をもたらした。廊下を歩いていると、女の子達がクスクス笑いながらシャーロットを眺めて、目が合うとキャーッと叫ばれる。シャーロットはクラムの気持ちがちょっとだけ理解できた。ラベンダーに至っては、かなり大真面目に「また男になってくれない?」と持ちかけてきた。

「しょうがないわよ、私も惚れ惚れしちゃったもの」

ハーマイオニーも小さく笑いながらシャーロットに言ってきた。

「そんなによかった?」

「ええ。今のあなたも素敵だけど、男のあなたもカッコよかったわ」

ハーマイオニーが残念そうに首を振った。

「だけど残念だわ」

「何が?」

「私もあなたとダンスしたかったの」

「あはは。クラムに私が恨まれるよ」

シャーロットは思わず笑った。

その姿をジニーがじっと見つめる。シャーロットと目が合うと慌てて寝室へ引っ込んでいった。

「ジニー、どうしたんだろう?」

「あなたがハリーと踊ったからよ」

ハーマイオニーの言葉にシャーロットは首をかしげていた。

「それが?」

「あなた達のあの最後のワルツときたら!完全に二人だけの世界だったじゃない。二人ともお互いに見つめ合って、知らない人が見たら恋人にしか見えなかったわよ!」

シャーロットは目を見開いた。

「私とハリーはそんなんじゃないよ!」

「分かってるわよ。でも、ジニーとしては複雑なんだと思うわ。しばらくしたら落ち着くから大丈夫よ」

シャーロットは失敗だったかな、と今更ながら気づいた。終わったことは仕方ない。ジニーと喧嘩したくはなかった。ほとぼりが冷めるまでは何も言わずに、いざとなったらウィーズリー兄弟にフォローを頼もうと思った。

 

 

 

 

ところで、ハリーは金の卵の謎をまだ解いていなかった。シャーロットはその謎を解いたら、鰓昆布の事を教えるつもりだった。

「ハリー、早く卵の謎を解かなきゃ」

「まだ早いよ」

ハリーはそう言いながらも不安そうな表情をした。

「早くないわ。何の手掛かりもないの?」

「あ、あのさ、セドリックが何か教えてくれたんだ」

ハリーは渋い顔をしながらパーティーの夜にセドリックからの助言をもらったことを話した。シャーロットはホッとした。

「よかった。それじゃあ、早くお風呂に行けばいいわ」

「……」

ハリーは顔をしかめた。セドリックへの嫉妬からか、素直に助言を聞くのが自分の中で許せないらしい。シャーロットはため息を吐いてそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

新学期の一日目、シャーロットは日刊予言者新聞を早めに取り寄せた。やはりリータ・スキーターはハグリッドの秘密と中傷記事を載せていた。朝食の席で睨むようにそれを読む。

「おはよう、シャーロット。なんでそんなに怒った顔をしてるんだい?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーも朝食の席にやって来たので、シャーロットは黙って新聞を三人に押しやった。

 

『ダンブルドアの「巨大な」過ち』

 

三人がそっくり同じ反応をした。

「なんだよ、これ!」

「これ、ハグリッドがあのスキーターっていう女に話したの!?」

「『僕たちはみんな、ハグリッドをとても嫌っています』って、どういうつもりだ!」

三人が怒りのあまりに震えていた。シャーロットもあまりにもひどい記事に怒りをうまく押し殺せない。ハグリッドの秘密はいつかバレると分かっていた。あえて記事が出るのは止めなかったが、実際に読んでみると、そのデタラメっぷりに吐き気がした。

「ハグリッドのところに行こう!」

「もう最初の授業が始まるわ。その次の授業で会えるからその時に話しましょう」

ハーマイオニーの言葉にハリーとロンは悔しそうに歯噛みしていた。シャーロットも黙って頷いたが、その日の授業ではハグリッドに会えないだろうなと思っていた。

予想通り、「魔法生物飼育学」はハグリッドの代わりにグラブリー・プランク先生が教えた。スリザリン生のニヤニヤ笑いをシャーロットが睨む。大きな美しい一角獣の授業にハーマイオニーはウズウズしていたが、シャーロットは遠いところでグラブリー・プランク先生の話を聞くだけに留めた。

授業の後、グリフィンドールのテーブルで四人で話し合った。

「あのスキーターっていうイヤな女、なんで分かったのかしら?ハグリッドがあの女に話したと思う?」

「思わない。僕たちにだって一度も話さなかったろ?さんざん僕の悪口を聞きたかったのにハグリッドが言わなかったから、腹を立てて、ハグリッドに仕返しをするつもりで嗅ぎ回っていたんだよ」

「パーティーでハグリッドがマダム・マクシームに話しているのを聞いたんだわ」

シャーロットが静かに言ったが、ロンが欠かさず反論した。

「それだったら僕たちがスキーターを見てるはずだ!」

「とにかく、スキーターはもう学校に入れないことになってるはずだ。ハグリッドが言ってた。ダンブルドアが禁止したって…」

四人で話し合ったあと、ハグリッドの元を訪ねる事にした。しかし、小屋を何度もノックしたが、結局ハグリッドは姿を見せなかった。

 

 

 

その後のホグズミードではハグリッドにバッタリ会わないかと目を凝らしたが、やはり来ていなかった。四人で「三本の箒」に向かう。パブは相変わらず混み合っていた。バタービールを注文したあとに、バグマンと出くわし、ハリーと何かを二人きりで話し合っていた。シャーロットはじっとそれを見つめた。全ての話が終わったあと、バグマンはパブを出ていき、ハリーが戻ってきた。ハリーがバグマンが助けを申し出てきたことを話し、ロンとハーマイオニーは驚いていた。そんな時、リータ・スキーターがパブに入ってきて、ロンが声を上げ、シャーロットはギクリと肩を揺らした。

「また、誰かを破滅させるつもりか?」

ハリーがスキーターに挑戦するような大声を上げた。スキーターは少し戸惑ったようだが、懲りずにハリーにインタビューをしようとする。

「ハリー、君の知っているハグリッドについてインタビューさせてくれない?『筋肉隆々に隠された顔』ってのはどうざんす?君の意外な友情とその裏の事情についてざんすけど、君はハグリッドが父親代わりだと思う?」

「あーら、なんて素敵な記事ざんす!」

シャーロットが小声で吐き出すように皮肉を言って、スキーターを睨み付けた。ハーマイオニーが我慢できず立ち上がった。

「あなたって最低の女よ」

歯を食いしばって鋭い目で見つめた。

「記事のためなら、なんにも気にしないのね。誰がどうなろうと。たとえルード・バグマンだって――」

「お座りよ。バカな小娘のくせして。分かりもしないくせに、分かったような口を利くんじゃない。ルード・バグマンについちゃ、あたしゃね、あんたの髪が縮み上がるような事をつかんでいるんだ。…尤ももう縮み上がっているようざんすけど…」

スキーターがハーマイオニーの髪をチラリと見ながら、冷たくそう言った。四人は立ち上がり、パブから出ていった。スキーターは満足そうにしていたが、四人が出ていくのを見送ったとき、不可解なものを見た。

シャーロット・ダンブルドアがリータ・スキーターをじっと見つめていた。その顔は驚いたことにニコニコと笑っていた。しかし、その笑顔はまるで勝利を確信しているかのような、不思議と恐ろしい笑顔であり、スキーターは思わず身震いをした。

 

 

 

ハーマイオニーは猛烈に怒っていた。恐らくこんなにも怒りを表に出したのは初めてだ。そのままの勢いでハグリッドの小屋へ向かう。玄関のドアを何度も激しくノックすると、ようやくドアが開いた。ハーマイオニーの表情が固まる。そこに立っていたのはハグリッドではなく、ダンブルドアだった。ダンブルドアは微笑みながら四人を招き入れた。

その後は泣きじゃくるハグリッドをみんなで元気付けた。ダンブルドアはハグリッドに辞表は受け取らない、とキッパリ告げ、帰っていった。シャーロットは大粒の涙をこぼすハグリッドを見ながら、スキーターへの復讐を心の中で誓った。

 

 

 

木曜日の夜、ハリーはようやく風呂にて金の卵の謎を掴んだらしい。

「どうやって一時間も水の中で過ごせばいいんだ?酸素なしでだよ!」

ハリーが頭を抱えた。ロンがまた「呼び寄せ呪文」を使って道具を取り寄せればと提案し、ハーマイオニーに却下される。

「もちろん、理想的な答えはあなたが潜水艦か何かに変身することでしょうけど」

ハーマイオニーが今度はシャーロットに向き直った。

「シャーロット、何かいい呪文は知らない?」

「一番有効なのは泡頭呪文ね。頭を空気の泡ですっぽりと覆うの」

すぐに答えが帰ってきたことで、ハリーとロンの顔が輝いた。

「じゃあ、それだ!今すぐ練習しよう!」

「待って。私がハリーならそれを使わないわね」

シャーロットがそう言うと、三人が不思議そうに首を捻った。

 

 

 

「うわ、なんだい、ここ」

「私の個人的な研究室よ」

シャーロットがスーツケースの中の部屋へ招き入れると、三人はまじまじと部屋を眺め回した。たくさんの本、わけの分からない薬の瓶や植物、道具が転がっている。

「スーツケースの中がこんなことになってるなんて…」

「シャーロット、この本、今度貸してちょうだい」

ハーマイオニーが興味深そうに眺めているのをよそに、シャーロットは植物の山から目的のものを探しだした。

「さあ、ハリー。これを使って」

「ゲッ!なにこれ!」

ロンが大声を上げた。シャーロットが取り出したのはヌメヌメの汚い団子だった。

「鰓昆布!これを食べると一時間、首の後ろに鰓が生えるわ。手足にも水掻きができるの。これなら水中で格段に動きやすくなる」

「うえー、これ、食べるの?」

ハリーが顔をしかめたが、シャーロットは無理やり鰓昆布を手に持たせた。

「うえー、じゃない!やるの!あなたの命がかかってるんだから!」

ハリーは気が進まないようでげんなりしており、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。

 

 

 



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第二の課題

第二の課題の前夜、四人にフレッドとジョージが声をかけてきた。

「よう、ハリー!」

「明日は期待してるぜ!」

ハリーが引きつった笑いを浮かべた。

「二人ともどうしたんだ?」

「マクゴナガルが呼んでるぞ。シャーロット、ハーマイオニーの二人だ」

「どうして?」

ハーマイオニーが驚いて声を上げた。シャーロットも首をかしげた。

「知らん。少し深刻な顔をしてたけど」

シャーロットとハーマイオニーは目を合わせ、フレッドとジョージに促されてマクゴナガルの部屋へ向かった。

 

 

 

 

マクゴナガルの部屋へ通されると、ダンブルドアが待っていた。そして、部屋にはチョウ・チャンとガブリエルも不思議そうな顔で座っていた。シャーロットはイヤな予感がして顔をしかめたが、ガブリエルはシャーロットの顔を見ると、パッと顔を輝かせた。案内してくれた双子は事情を聞きたそうにしていが、マクゴナガルに早々に追い出された。

双子が出ていったのを確認して、ダンブルドアが口を開いた。

「すまんのう。急に呼び出して。第二の課題について、君達にぜひ協力して欲しいことがあるのじゃ」

第二の課題は湖で行われ、そこで選手たちは水中人に捕らわれた大切なものを取り返しに行かねばならない。その大切なものに、四人は選ばれたのだった。クラムはハーマイオニーを、フラーはガブリエルを、セドリックはチョウを、ハリーはシャーロットを取り返さなければならない。ダンブルドアは人質が全員安全であること、水から上がってきたときに目覚めるのだということを保証した。ハーマイオニー、チョウ、ガブリエルは不安そうな顔をしていたが話を最後まで聞くと、ダンブルドアが保証するなら大丈夫だろうと安心してコクリと頷いた。

「質問!質問!」

シャーロットは勢いよく手を上げた。

「シャーロット、なんじゃ?」

「課題の件についてはよく分かりました。でも、ハリーの大切なものならロンでもいいのでは?」

ダンブルドアがにこやかに笑った。

「ふむ。わしも最初はミスター・ウィーズリーにしようと思っていたんじゃがの。シャーロット、お主がハリーと仲良くダンスをしているのを見て、大切なものはお主がふさわしいと思ったんじゃ」

邪気のない顔でダンブルドアはひょうひょうと言い放つが、シャーロットは顔を引きつらせてダンブルドアを見やった。

仕方なくシャーロットは了承した。しかし、少し考えた後、ダンブルドアに部屋から取ってきたい物があることを告げた。シャーロットが部屋から持ってきたのは何の変哲もないガラスの瓶だ。ダンブルドアは不思議そうな顔をしていたが、何の魔法もかかっていないことを確認すると、持っていることを許してくれた。その後に四人はダンブルドアによって眠りの魔法をかけられた。

 

 

 

パチリ、と目を開けると水が口に入ってきて、シャーロットは噎せ、咳き込んだ。ハリーが水中からシャーロットを引き上げたところだった。シャーロットは水の上から顔を出し、明るい日差しを見上げる。ハリーはガブリエルも支えて引き上げたところだった。ガブリエルは混乱して怖がっていたが、シャーロットは急いでハリーとともにガブリエルの体を支えた。ハリーはゼイゼイ呼吸をしている。

「ハリー、うまくいったのね!でも、なんでガブリエルも一緒なの?」

「フラーが現れなかったんだ。僕、この子を残しておけなかった」

分かっていたことだが、ハリーの優しさがシャーロットの胸を打つ。ガブリエルを引っ張りながら、シャーロットは静かに話した。

「ハリー、助けてくれてありがとう。でもね、ダンブルドアは私達を本当に溺れさせるつもりはなかったのよ」

「だけど、歌が――」

「制限時間までに戻れるように歌っただけ。私達はダンブルドアに絶対の安全を保証されたわ。」

ハリーの顔が真っ青になり、沈んだ表情をした。シャーロットは苦笑いしながらガブリエルを岸まで引っ張っていった。マダム・ポンフリーがせかせかと他の代表選手や人質の世話をしており、予想通りハリーが最後だということが分かった。

「ガブリエル!あの子は生きているの?」

フラーの叫び声が聞こえた。シャーロットはマダム・ポンフリーに他の人質がいるところに引っ張られる。毛布にくるまれたが、すぐに袖に隠していたガラス瓶を取り出した。

「シャーロット!あなた、大丈夫?」

「うん…、うん…」

ハーマイオニーの問いにろくな返事を返さず、その周辺に目を凝らす。そして、目的の姿を捉えた。

「ハーマイオニー、虫が付いてるわ」

何でもないことのように言って、素早くハーマイオニーの髪に付いていたコガネムシを手でつまむ。風のような速さでガラス瓶に突っ込んだ。シャーロットはコガネムシを見て、満足そうに頷いた。予想通り、触覚の周りの模様がメガネのようなコガネムシだった。コガネムシは人が多くいるスタンドで元に戻るわけにはいかず、慌てたようにブンブンとガラス瓶の中で飛び回っていた。

「ハリー、あなた、制限時間をずいぶんオーバーしたのよ…」

ハーマイオニーがハリーに話しかける。その横でクラムがハーマイオニーの関心を取り戻そうと必死になっていた。水際ではダンブルドアが水中人と何かをマーミッシュ語で話し込んでいた。そのまま審査員は協議に入る。ハリーとシャーロットの元へ傷だらけのフラーがやって来た。

「あなた、妹を助けました。あなたのいとじちではなかったのに」

フラーが声を詰まらせた。そのままハリーとシャーロットの両頬にキスをしてきた。ハリーが顔を真っ赤にする。シャーロットは大人しくキスを受けて、本来キスされるはずだったロンに悪いなーとちょっと罪悪感を感じた。

そして、バグマンから審査の結果が発表された。ハリーは制限時間をだいぶオーバーしたが、人質を全員助け出そうとした道徳的な行為から四十五点をもらい、顔が一気に明るくなった。セドリックと同点で一位だ。シャーロットも大きく拍手を送った。

「第三の課題、最終課題は六月二十四日の夕暮れ時に行われます」

バグマンの声が響く。こうしてようやく第二の課題は幕を下ろした。

 

 

 

 

「うふふふふふふ」

グリフィンドールの談話室。シャーロットは目の前のコガネムシを残忍な笑顔で見つめた。すでにガラスの瓶には割れない魔法をかけてある。コガネムシは怒ったようにガラスにぶつかってきた。

「シャーロット…、何してるの?」

ハーマイオニーとロンが不審そうにシャーロットを見てきた。ハリーも疲れからかグッタリとソファに座り、こちらに目を向けてくる。

「私の新しいペットよ。うふふ」

シャーロットはそう言いながら、鞄からいろいろ何かを取り出した。

「じゃーん!」

「…なにそれ」

「殺虫剤!前にマグルの店で買ってきたの!これをかけると一発でコロリらしいわ」

わざとコガネムシに聞こえるように声を張り上げる。そのまま優しい笑顔で、ガラス瓶の右隣に置いた。コガネムシは慌てたように瓶のなかをブンブンと飛び回った。

「ああ、そうそう。こっちもどうぞ」

シャーロットが肉食植物を今度は左隣に置く。

「私の手が滑って、これを瓶に入れちゃうかもね」

シャーロットが手に顎を乗せながら、のんびりとコガネムシを観察する姿を見て、ハリー、ロン、ハーマイオニーはわけが分からず顔を見合わせた。シャーロットはそんな事に構わず、ブンブンと飛び回るコガネムシをニコニコといつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決壊

第二の課題の後は、つまらない噂が行き交った。ハリーとシャーロットが付き合っているというデタラメだ。シャーロットはハリーがボーイフレンドではないという事を何度も説明することになり、それが地味にストレスとなった。そのストレスはガラス瓶のコガネムシをいじめる事で発散した。シャーロットが様々な食虫植物やネビルのトレバーを借りて瓶に近づけると、コガネムシはブンブンとガラスにぶつかりまくった。そんな姿をハーマイオニーは不思議そうに見ていたが、ハーマイオニーはハーマイオニーでクラムの事をからかわれピリピリしていた。

 

 

 

数日後、シャーロットはリータ・スキーターをようやく解放した。もちろん条件付きでだ。ホグワーツに足を踏み入れないこと、今後一年はペンを持たないこと、ハリーやその周囲の人物に近づいたら直ちに「魔法不適切使用取締局」に通報すると伝えた。コガネムシは恨みがましそうにシャーロットを見た後、諦めたようにブンブンと飛んで行った。シャーロットはその姿を見つめる。シャーロットだって本当はスキーターの事を悪くは言えない。自分だって無登録の動物もどきなのだ。スキーターのようにヘマをしてバレないようにしなければと改めてそう思った。

 

 

 

 

 

ハリーが第三の課題の説明を受けた後で、クラムが襲われ、クラウチ氏の失踪事件が起こった。ハリーから話を聞きながら、シャーロットが物語が着々と前に進んでいることを感じた。ハリーはすぐにシリウスに事件のことや疑問点を手紙に書いて送っていた。すぐに返事が返ってきて、お叱りやら推測が書かれていたが、全て的はずれだった。

 

 

 

シャーロットは一人で競技場へ向かった。いつもはクィディッチの試合が行われる場所が様変わりしており、見事な迷路ができている。第三の課題では優勝杯の代わりに移動キーが置かれるだろう。シャーロットは迷路の外からグルリと回りながら考えた。その時、誰かがシャーロットの前に姿を現した。ダンブルドアだ。

「シャーロット。こうして二人だけで会うのは久しぶりじゃのう」

「そうですね。私も忙しかったので」

「ハリーの手伝いでかの?」

シャーロットが特に驚きもせず、ダンブルドアを冷静に見返した。どうせ自分がハリーの手助けをしているのはバレているだろうと分かっていた。

「さて、何のことやら」

「シャーロット。聞きたいことがあるのじゃ」

「なんですか」

「ここではなく、わしの部屋に来てくれんかの?美味しい紅茶を入れよう」

ダンブルドアがそう言って背を向けた。シャーロットも仕方なくそれに付いていった。

 

 

 

ダンブルドアの部屋では、歴代の校長たちが額の中でスヤスヤ眠っており、不死鳥のフォークスがパチクリとシャーロットを見つめてきた。シャーロットはゆっくりと椅子に座った。

「シャーロット、勉強はどうかね」

「別に、いつも通りです」

「来年は大切な試験があるからの。辛いとは思うが乗り越えねばならん」

「わざわざそれを言うためにここに連れてきたんですか?」

シャーロットが紅茶を飲みながら、チラリとダンブルドアを見ると、ダンブルドアは困った顔をした。

「去年、君が言ったことの意味を確認したいのじゃ」

「去年?」

「ヴォルデモートの復活じゃよ」

ダンブルドアはサラリと言ったが、その瞳の奥は冷たく光っていた。シャーロットは呆れたように首を振った。

「お爺様、やつは死んでいないんでしょう?死んでない限りは復活します。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。一週間後かもしれないし、十年後かもしれない。いつかは分かりませんが、必ず、復活する。お爺様だってその事は知っているはずです」

「いいや、わしが知りたいのはお主がまるでそれを分かっているように言ったことじゃ。あの時のお主はまるでヴォルデモートが復活することを確定事項のように言っておった。どこでそれを知ったのじゃ?」

シャーロットはダンブルドアを鋭い目で見返した。

「さあ、どこでしょうね?」

「――シャーロット」

ダンブルドアが珍しく声を荒げた。

「やつが復活するのを止めるんですか?それならお断りします。ヴォルデモートには復活してもらわなければ」

「やつが復活すれば、魔法界は破滅じゃ。」

「いつかは来る話でしょう。それが近づいたというだけの話です。何をそんなに焦ってるんです?」

シャーロットは冷たく笑った。ダンブルドアが珍しく怒っていることは分かっていたが、なぜか恐くなかった。

「断言しましょう。ヴォルデモートは復活します。魔法界は再び闇に包まれる。戦争が起こりますよ」

シャーロットはダンブルドアに顔を近づけ、唇を歪めながら囁いた。

ダンブルドアがそれを聞くと、突然立ち上がり杖を取り出した。それをまっすぐにシャーロットに向ける。

「…お爺様」

「シャーロット。もしやヴォルデモートと繋がっておるのか。お主は闇に染まってしまったのかの。」

ダンブルドアは鋭い瞳を向けた、シャーロットもその視線を受け止めて、ゆっくりと立ち上がり袖から杖を取り出した。

「闇に染まったとは失礼な。私はいつでも光を望んでいますよ。ヴォルデモートにだって実際に会ったことはないですね。ただ、彼の復活は妨げないと言っているだけです」

「お主がすでに闇に惹かれているならば、わしはお主を……始末せねばならん」

突然ダンブルドアにハッキリと脅され、シャーロットは目を見開いた。鋭くダンブルドアを睨み、杖を勢いよくダンブルドアの方へ投げ捨てた。

「…シャーロット」

「では、どうぞ。殺してください。あなたにそれが出来るのならばね」

シャーロットが吐き捨てるようにそう言って、ダンブルドアを見つめる。

長い沈黙が生まれた。ダンブルドアは杖を構えたままじっと考えるようにシャーロットを見つめる。シャーロットはダンブルドアにバレないように生唾を飲み込み、じっと動かずにそこに立っていた。

やがてダンブルドアが杖を下ろした。シャーロットは心の中でホッと胸を撫で下ろした。

「……殺さないんですか」

「…わしとて本当はお主がヴォルデモートと繋がっていないのは分かっておる。10年近く、お主を見てきたんじゃ。ハリーや他の友達を心から大切に思っていることもよく知っておるよ」

ダンブルドアはガクリとうなだれるように再び椅子に座った。シャーロットは立ったままダンブルドアをじっと見つめていた。

「お主が闇に染まってしまったのならば、わしは…自分の手で責任を取らねばならん。しかし…、」

ダンブルドアはシャーロットを殺せない。シャーロットにはそれがはっきり分かった。元々は悲劇的な形で血の繋がった家族を失った人だ。自分の家族を自分の手で殺めることは耐え難いだろう。

「……お爺様」

「……」

「…聞かせてください。何を恐れているのです」

シャーロットの言葉にダンブルドアが静かに見つめ返してきた。

「私はヴォルデモートと、何が関係があるんです。なぜ、私が闇に関わることをそんなに気にするんです。そろそろ真実を教えて下さい。私は、恐れませんよ」

ダンブルドアはしばらく何かを耐えるように目を閉じていたが、やがてゆっくり口を開いた。

 

『世界を憎む魔女が生まれる。

その子は英雄となる子と同じ日に生まれるであろう。

西の彼方に生まれた赤き魂の魔女は大きな力を秘めているが、全てを嫌い、厭う。

その子が光に焦がれたとき、英雄とともに闇の帝王を打ち砕くであろう。

しかし、その子が闇に惹かれたとき、その子は第二の闇の帝王となるだろう』

 

ダンブルドアのその言葉をシャーロットは冷静に受け止めた。自分でも驚いていないことに驚く。

「今のは?」

「…トレローニー教授がした予言じゃよ。お主が生まれる前にわしだけが聞いた予言じゃ。あまりにも衝撃的であったから、魔法省には伝えなかった」

ダンブルドアは暗い瞳をシャーロットに向けた。

「それが、私だというのですか」

「この予言を聞き、わしは単独で予言の該当者を調べた。そして、お主を見つけたんじゃ。お主はハリーと同じ誕生日じゃ。それに信じられないほどの強い魔力を秘めておる。お主しかいないんじゃよ」

「馬鹿馬鹿しい!私が、その魔女!?」

シャーロットは怒りのあまり、ダンブルドアに向かって怒鳴った。

「トレローニーはインチキだ!そんな馬鹿馬鹿しい予言を信じたのですか!」

「インチキではない!いや、いつもはインチキだが、あの者は時に真実の予言をするのじゃ。だからこそわしはトレローニー教授を雇っておる。」

シャーロットはグッと言葉に詰まった。トレローニーがハリーの予言をしたことは承知している。しかし、それでも自分の予言をしたことが信じられなかった。

「ああ、だからだったんですね」

シャーロットはダンブルドアを睨んだ。

「だからこそ、あなたは私を引き取ったんだ!私を家族だなんて白々しい。あなたは私を見張って、闇の力に染まらないよう、飼い慣らしていただけなんだ!」

ダンブルドアは黙っていた。シャーロットは心の中で自分の言葉を否定してほしいと願っていたが、その思いさえ打ち砕かれた。

「私は闇になんて染まらない!闇に惹かれたりもしないし、ヴォルデモートも嫌いだ」

シャーロットはスッと息を吸い込み言い放った。

「でも、あなたのことはもっと大嫌いだ!」

そしてその場から逃げ出した。

ダンブルドアは追いかけてこなかった。

 

 

 

 

 

 



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現実逃避

その後、シャーロットは寮へと戻りじっと考え込んだ。自分が闇の帝王になるなんて、想像できない。この世界に生まれて14年。ずっとヴォルデモートを倒すハリーの助けをしてきた。その助けは全て無駄だったのだろうか。いつか、自分はヴォルデモートのように闇へと堕ちていき、ハリー達と敵対することになるのだろうか。

「……ありえないわ」

ボソリと呟いた。そうだ。ありえない。自分はヴォルデモートのように闇に魅せられてはいない。

それでもシャーロットは目を背けていたことから、それを直視せざるを得なかった。自分とヴォルデモートはあまりにも似ている。両親がいなくて、孤児院出身。小さい頃から強い魔力を持ち、それ故にダンブルドアに警戒されている。痛いほどにそれが分かっていた。自分が、やがて闇の帝王になる?

「………」

シャーロットは考えが纏まらず、ベッドへ寝転がり目を閉じる。何も考えたくなかった。

 

 

 

 

 

数日後、「占い学」の授業中、ハリーの額の傷が痛み奇妙な夢を見た。そして、それを知らせにいったダンブルドアの部屋で憂いの篩を見てしまったらしい。たくさんの事が一気に起こったため、ロンやハーマイオニーも考えることが多過ぎてクラクラしていた。シャーロットもじっと考え込む。とにかく、ハリーを優勝させることに全力を注ごう。

「プロテゴ!」

「ハリー、杖の振り方が違うわ!もっと大きく!」

シャーロットは試験勉強の傍ら、しっかりとハリーの指導をした。これはシャーロットにとっても有り難かった。試験勉強とハリーへの指導でダンブルドアの言ったことを考えずに済んだ。現実逃避にしかならないことは分かっていたが、今は深く考えたくなかった。

「シャーロット、今日はもうやめない?」

ハーマイオニーが疲れきったようにそう言った。

「あなた達は先に帰って。私はもう少しハリーに付き合うから。このリストの呪文は出来るようになってもらうわ」

シャーロットは、自ら作った呪文のリストを見ながらそう言った。ハリーは疲れたようで教室の端で休んでいる。ロンとハーマイオニーは呆れたようにしながらも、寮へ戻っていった。二人も試験勉強があるのだ。そろそろ自分の心配をしなければいけない時期だろう。

「シャーロット、大丈夫かい?」

「何が?」

「いや、最近、なんだかカリカリしてる気がしてさ。僕のことなら気にしないでいいよ。シャーロットも戻った方がいい。試験だって近いんだし」

ハリーが心配そうに言うが、シャーロットは軽く首を振り、ハリーの肩を叩いた。

「ごめんね。ちょっとお爺様と喧嘩してイライラしてたのよ。試験なんてどうでもいいわ。私はあなたの手助けをしたいのよ」

「…大丈夫?」

「ええ。さあ、始めましょう」

シャーロットがリストを持ち、ハリーは再び杖を構えた。

 

 

 

シャーロットは競技場へ来た。じっと迷路を見つめる。やがて杖を持ち、行動を起こした。

 

 

 

 

シャーロットは自分の仕事を済ませると、寮へ戻った。寮ではハーマイオニーとロンが勉強しており、ハリーは課題で使えそうな新しい呪文を探している。

「あ、シャーロット。どこ行ってたの?」

「ちょっと試験の事で先生に質問してたの」

適当な事を言って誤魔化し、自分もロンの横で教科書を広げた。

「そういえば、なんか変じゃない?」

「ハーマイオニー、何が?」

「いえね、スキーターの事だけど、第二の課題の後くらいから全く記事を書いてないじゃない?」

「いい事じゃないか!」

「私、新聞をチェックしてるんだけど、彼女、本当に何も書いてないの。もしかして、何か企んでるんじゃないかしら?私、ホグズミードでかなり罵倒したし…」

シャーロットは爆笑した。お腹を抱えてひたすら笑う。こんなに笑ったのは久しぶりだった。他の三人が不思議そうに見てきた。

「あのね、スキーターはしばらく姿を見せないわ。それどころか私たちに近づこうとも思わないし、記事も書けないはずよ」

「え?シャーロット、どういう事!?」

「ほら、ハグリッドの記事が出たとき、なんでそれが分かったかってみんなで疑問に思ったでしょう?ハグリッドはそれを話していないのに。あの女はね、やっぱりハグリッドとマダム・マクシームの話を影で聞いてたの」

「でも、あの時は…」

「スキーターはいなかった、でしょう?違うのよ、ハリー、ロン。スキーターはね、あの場にいたの。あなた達が気づかなかっただけ」

ハリーとロンが顔を見合わせる。シャーロットは他の生徒に聞こえないように声を潜めた。

「スキーターはね、動物もどきなの。無登録のね」

三人がポカンと口を開けた。シャーロットがそれに構わず話を続ける。

「スキーターが変身するのはコガネムシよ。私、第二の課題の時、ハーマイオニーの髪にくっついているのを捕まえたの。模様があの女のメガネにそっくりだったから、すぐに分かったわ」

「あ、そう言えば、パーティーのあの時、石像にコガネムシが止まってた!」

「それがスキーターよ。安心して。ハグリッドに代わってたっぷり復讐したから。それに散々脅したから、もう中傷記事は書かないわよ」

シャーロットはニッコリ笑う。三人はホッとしながらも、その微笑みが恐くて苦笑いした。

 

 

 

とうとう第三の課題、当日となった。ハリーはマクゴナガルから呼ばれて、大広間の脇の小部屋に向かう。きっとウィーズリー家が来ているはずだ。シャーロットは不安そうに部屋へ行くハリーを見送り、試験が行われる教室へ足早に向かった。

試験ではハリーや今夜の帝王復活の事が頭をよぎりながらも、いつも通り全力を出した。手応えももちろん、ある。昼食に下りていくと、テーブルにはウィーズリー家の人々と、驚いたことにシリウスまでいた。

「シリウス、来てたのね!」

「ああ、久しぶりだな、シャーロット」

シリウスはハリーに会えて嬉しいのか機嫌よく挨拶した。みんなで賑やかに昼食をとる。まるで隠れ穴にいるときのように騒がしいが、楽しい。そんな中、別のテーブルにいるフラーがビルをチラチラ見ているのに気づき、シャーロットはビルを引っ張っていった。

「え?シャーロット、どこ行くんだい?」

戸惑うビルに構わず、フラーに声をかけた。

「フラー、ちょっといい?彼、ビルっていうの。私の友達のお兄ちゃんで、エジプトの銀行で働いているのよ」

「え?あ、あー、そうでーすか」

「ビル、こちらはフラー・デラクール。ボーバトンの代表選手よ」

「へ?あ、ああ、はじめまして。ビル・ウィーズリーです」

ビルは戸惑いながらもフラーに挨拶をした。フラーはちょっとはにかみながら挨拶を返す。そのまま二人は穏やかに話をはじめ、シャーロットは二人がこのまま付き合ってくれればいいな、とぼんやりそう思った。

 

 

 



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第三の課題

その夜の晩餐会ではいつもより品数は多かったが、ハリーはほとんど食欲がなかった。ふと、シャーロットがいないことに気づき、訝しげに周囲を見渡す。

「ロン、ハーマイオニー。シャーロットは?一緒じゃないの?」

「それが、試験の後でどこかに行っちゃったのよ」

ハーマイオニーも不思議そうに首を捻っていた。ロンも心配そうにしている。探す時間もないため、その場で待っていたが、結局シャーロットは第三の課題の開幕が告げられても戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

シャーロットは試験が終わると晩餐会に出席せず、迷路へ向かった。直前にハリーに直接声援を贈りたかったが、仕方ない。クィディッチ競技場へ続く道で、目くらましの術を自分にかける。念のため、誰もいないことを確認すると、スルリと静かに迷路へ忍び込んだ。中の通路は暗く、薄気味悪い。シャーロットは杖を片手に、静かに時が流れるのを待った。

 

 

 

「では…ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック!」

バグマンの声が響く。

「いち――に――さん――」

ピッと笛が鳴り、ハリーとセドリックが迷路に入った。

 

 

 

シャーロットは迷路のすみっこで羊皮紙を手にじっとそれを見ていた。羊皮紙はシャーロットが作成したこの迷路の簡易的な「忍びの地図」だ。ハリーの持つ「忍びの地図」ほど本格的ではない。地図の中では名前の代わりに小さな点が動いている。これが選手を表しているのだ。シャーロットは黒、ハリーは赤、セドリックは黄色、クラムは緑、フラーは青だ。また、教師が用意した障害物は星のマークで表した。バグマンのホイッスルが鳴った後、赤と黄色の点が迷路に入るのを確認した。シャーロットもハリーとセドリックに会わないように静かに動き出す。決して代表選手や巡回の教師に見つかるわけにはいかない。また、障害物を避ける必要もある。やがて、緑と青の点も迷路に入ったことを確認すると、シャーロットは一人の人物に近づくため、素早く()()()

 

 

 

セドリック・ディゴリーは迷路内の異常な空気を感じていた。先ほど、クラムがセドリックに襲いかかってきたのだ。間一髪のところでハリーに助けられたが、あまりの出来事に、まだ心臓は大きく脈打っている。それでも、暗い迷路を進んだ。優勝杯はまだだろうか。そろそろ現れてもおかしくないのだが…。セドリックは迷路の中を進むのに夢中で何かが近づいているのに気づかなかった。時々袋小路にぶつかりながらも、足を速める。やがて、セドリックはそれに気づいた。

ブンブン、と何か変な音がする。ガサリと生け垣が揺れて、セドリックは杖を構えながらそちらを向いた。また、何かの障害物だろうか。また尻尾爆発スクリュートだったら最悪だ――。再びブンブンと音がする。何が襲ってくるのか予想しながら、周辺を見渡した時だった。

「――――――」

誰かの小さな声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だ。それが誰の声なのか考える前に、赤い光が目の前に迫る。そして、セドリックの意識は暗闇の中へと落ちていった。

 

 

 

ハリーは懸命に走っていた。スフィンクスの問題にスンナリ答えられるとは、今日は冴えている。杖の方位もあっているはずだ。セドリックは大丈夫だろうか。そう考えたとき、火花の大きな音が聞こえ、耳を疑った。脱落した。セドリックが?まさか――。何かの障害物に襲われたのだろうか。一瞬だけ火花の方へ行こうと考えたが、無理やりそれを振り切り足を進める。そして、ようやく台座の上に輝く優勝杯をその目に捉えた。考えるよりも前に、手を伸ばす。取っ手を掴んだ瞬間、両足が地面を離れ、グイッと引っ張られる感じがした。

 

 

 

 

シャーロットはハリーが優勝杯に触れ、消え去ったのをすぐそばで気づかれないように見ていた。時間は計算通りだ。ようやく安心する。セドリックはここから少し離れたところで失神している。おそらく、何らかの怪物に襲われたのだと思ってくれるだろう。これで少なくともセドリックの死は回避できた。あとは、ハリーが無事に戻ってくれれば、ようやく全てが終わる。

シャーロットはポケットから懐中時計を出した。そろそろ時間だ。台座のすぐ下の芝生を掘り起こす。事前に隠していた物がそこにあった。シャーロットが以前、ダンブルドアから贈られた金のスニッチの髪飾りだ。スニッチは土の中から姿を現すと、ぴるぴると小さな翼をはためかせ、少しだけ空中に浮いた。シャーロットはもう一度時計を確認し、スニッチをギュッと握りしめた。そしてカウントダウンする。

「3――2――1」

その途端、まるで磁石に引っ張られるように地面から足が離れた。臍の裏側が前方に引っ張られる嫌な感覚だ。その一瞬後、シャーロットの姿はその場から消え去った。

 

 

 

 

 

ハリーは混乱していた。優勝杯が移動キーだなんて聞いてない。気がついたら暗い墓場に立っていた。どこからともなく現れたフード付きの男達に墓に縛り付けられる。ハリーは何も抵抗できず、それどころか全く動けなかった。ハリーの前に石の大鍋が現れる。地上に置かれた包みが

「急げ!」

と恐ろしい声をだした。その包みから現れたものを見て、ハリーは絶叫したが、口に詰め物をされていたためそれは押し殺された。

それは縮こまった人間の子供のようだった。髪の毛はなく、赤剥けのどす黒いものだ。フードの男の一人がそれを大鍋に入れた。

「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん!

しもべの肉、喜んで差し出されん。しもべはご主人様を蘇らせん」

誰かの恐ろしい声が聞こえる。ハリーはギュッと目を閉じた。悪夢のようだ。でも、これは夢じゃない。

「敵の血、力ずくで奪われん。汝は敵を蘇らせん!」

ハリーにはどうすることもできない。あまりにもきつく縛り付けられているのだ。男がハリーの右腕の内側をナイフで貫き、滴る血を大鍋に入れた。

鍋の中の液体が白く光った。グツグツと煮え立ち、閃光を放っている。やがて白い蒸気がうねりながら立ち昇った。大鍋の中から骸骨のように痩せ細った男が立ち上がるのをハリーは見た。痩せた男がローブを被せられながら、ハリーを見返した。その顔はハリーを悪夢で悩ませ続けた顔だった。

 

 

 

ヴォルデモート卿は復活した。

 

 

 

 

 



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挨拶

ヴォルデモートは自分の体を丹念に調べた後、杖を取り出し、不気味に笑うと口を開いた。

「ハリー・ポッター、おまえは、俺様の父の遺骸の上におるのだ」

ハリーの周りをいったり来たりしながら話し続ける。墓から墓へと目を走らせ、自分の歴史を語った。

やがて、墓と墓の間から次から次へと死喰い人達が現れた。

「ご主人様…ご主人様…」

ヴォルデモートとハリーの周りに全員が輪になって立つ。

「よう来た。死喰い人たちよ。十三年、最後に我々が会ってから十三年だ」

ハリーはなすすべもなく、縛られながらヴォルデモートの言葉を聞き続け、誰かが助けに来るのを願った。しかし、誰も来ない。死喰い人以外には。

「ハリー・ポッターが、俺様の蘇りのパーティーにわざわざご参加くださった。俺様の賓客と言いきってもよかろう」

ヴォルデモートはハリーの方へ赤い目を向け、低い声でこれまでの事を話し始めた。ハリーはひたすら額の傷の痛みに耐える。死喰い人達はギラギラした視線をヴォルデモートとハリーにそそぎ、じっと動かなかった。

ヴォルデモートは話が一段落するとハリーの方へゆっくり進み出た。

「クルーシオ!」

これまで経験したことのない凄まじい痛みがハリーを襲った。気を失ってしまいたい。死んだ方がましだ。

するとそれは過ぎ去った。死喰い人の笑い声が墓場に響き渡った。

「いま、ここで、おまえたち全員の前でこやつを殺すことで、俺様の力を示そう」

視界は霧がかかったようにぼんやりしている。ヴォルデモートの声がハリーの耳に微かに届いた。

「さあ、縄目を解け。こやつの杖を返してやれ」

誰かがハリーを縛っていた縄をほどいた。ハリーはふらつきながらも、なんとかその場に立つ。死喰い人の一人がハリーの手に乱暴に杖を押し付けた。

「ハリー・ポッター。決闘のやり方は学んでいるな?」

ハリーは二年前の決闘クラブの事を思い出したが、そこで学んだことはほとんどない。それに、ヴォルデモートから杖を奪い取っても多勢に無勢だ。

「ハリー、互いにお辞儀をするのだ」

ヴォルデモートは軽く腰を折った。死喰い人達は笑いながら周りで見物している。ヴォルデモートが杖を上げると、見えない手がハリーの頭を無理やり下げた。

「さあ――――決闘だ」

ヴォルデモートが杖を振るう。「磔の呪い」がハリーを襲った。全身が切り刻まれたかのように痛くて、絶叫した。その痛みが止まると、ハリーはヨロヨロと立ち上がったが、どうしようもなく体が震えていた。

僕は死ぬんだ…パパとママのように…何もできずに。しかし、弄ばせはしない。ヴォルデモートの言いなりになんかなってたまるか…命乞いなどしない…。

「インぺリオ!」

ヴォルデモートが何かを言って、突如ハリーの思考が停止した。次の瞬間、感じたのはどこかで味わったこともある、感覚だ。なんという至福、頭がフワフワする。まるで夢を見ているみたいだ。いや、本当に夢なのかもしれない…。

『いやだ、と答えればいいのだ。いやだ、と言え。』

「僕は、言わないぞ」

どこかで強い声がした。

『いやだ、と言えばいいのだ』

「僕は言わないぞ!」

強い言葉がハリー自身の口から飛び出す。突然夢心地が消え去った。

「『いやだ』と言わないのか?ハリー、従順さは徳だと、死ぬ前に教える必要があるな」

ヴォルデモートが再び杖を上げ、ハリーは横へ飛び、伏せた。墓石の裏に逃げると、墓石の割れる音が響いた。

ハリーは覚悟を決め、杖を握りしめる。そして、ヴォルデモートと向き合うようにして立った。

「アバダ ケダブラ!」

「エクスペリアームス!」

緑の閃光と赤の閃光が走ったのは同時だった。二つの呪文が空中でぶつかる。その瞬間、ハリーが予想もしないことが起きた。

金色の糸のような光が二つの杖を結んだ。その光は裂け始め、ハリーとヴォルデモートの上に弧を描く。やがて二人を金色のドームがすっぽり覆った。

ハリーの杖が振動する。この糸を切ってはいけない事が本能的に分かっていた。

やがて、濃い煙のような影がヴォルデモートの杖の先から出てきた。年老いた男が驚いたようにハリーとヴォルデモートを見ている。ハリーはどこかでその老人を見たことがあるような気がした。

「やっつけろ、坊や」

やがて、今度は女性が現れた。バーサ・ジョーキンズの影がハリーに声をかける。

「離すんじゃないよ。絶対!あいつにやられるんじゃないよ、ハリー!」

ヴォルデモートに殺された犠牲者達が二人の周りを囁きながら回る。ハリーは絶対に離さないようにしっかりと杖を握りしめた。

その時、杖の先から髪の長い女性が現れた。ハリーが心のどこかで待ちわびていた人物だ。ハリーは本能的に彼女が来るのが分かっていた。

「お父さんが来ますよ…大丈夫…頑張って」

やがて、ハリーと同じクシャクシャの髪を持つ影が現れる。ハリーに静かに話しかけてきた。

「繋がりが切れると私たちはほんの少しの間しか留まっていられない…それでもおまえのために時間を稼いであげよう…移動キーのところまで行きなさい。それがおまえをホグワーツに連れ帰ってくれる…ハリー、分かったね?」

「はい」

ハリーは喘ぎながら答えた。

「行くぞ!」

ハリーは渾身の力で杖を上にねじ上げた。金色の糸が切れる。ハリーはそれに構わずひたすら走った。途中で死喰い人をはね飛ばす。ジグザグに走っていると、やがて優勝杯が視界に飛び込んできた。

「アクシオ!」

優勝杯がすぐさま飛んできた。ハリーはその取っ手を掴む。すぐに臍の裏側が引っ張られのを感じた。

 

 

 

 

シャーロットはその様子を最初から最後までイチイの木の上で見ていた。もしも、話が原作通りに進まず、ハリーが殺されかけたら真っ先に止めるつもりだった。何度かハリーの前に飛び出しそうになったが、必死の思いでこらえる。ハリーとヴォルデモートの杖が金色の光で繋がったときは心の底から安堵した。

今、目の前ではヴォルデモートが怒りの叫び声を上げている。

「くそっ!あの小僧が!」

きっと、ヴォルデモートにとっても杖がぶつかり合うのは予想外だっただろう。死喰い人達はそんなヴォルデモートの周りでオロオロと揺れていた。シャーロットはその様子がおかしくてクスクスと笑った。

 

 

 

ヴォルデモートは怒りで震えた。またしてもあの小僧を逃がしてしまった。今夜こそはこの手で殺すつもりだったのに……。

その時、不思議な声が聞こえた。クスクスという鈴のような少女の声。この場にはそぐわない可愛らしい声だ。

死喰い人達がその声を目線で追う。ヴォルデモートもその視線をたどった。

そこにいたのは、イチイの木の下に立つ一人の少女だった。赤毛に緑の瞳。ホグワーツの制服を来ている。ヴォルデモートは心の中で首をかしげた。どこかで見たことのある顔だ。

「…貴様、何者だ?」

少女はヴォルデモートの方を見てニッコリ笑った。まるで太陽のように明るい笑顔だ。

「初めまして、ヴォルデモート。あなたに挨拶をしたかったの」

「我が君、この者は、ダンブルドアの…」

ルシウス・マルフォイがおずおずとヴォルデモートに声をかけるが、ヴォルデモートは少女から目を離さなかった。

「俺様に挨拶とは度胸があるな。お前の名は?」

ヴォルデモートは鋭い瞳でシャーロットを見据えるが、シャーロットは恐怖を全く感じなかった。この世にはもっと恐いものなんていくらでもある。

「私、ハリーの友達なの。あなたに一目会いたかったし、ハリーが心配でここまでついてきてしまったのだけれど…そろそろ帰らなきゃいけないわ。明日も試験だもの」

ヴォルデモートが杖を向けてきた。

「簡単に帰れると思うか?この状況で?」

他の死喰い人達もシャーロットの周りに集まる。それに構わず、シャーロットは再び笑った。

「やっぱりあなたと私はちがう。今日初めて会って、分かったわ。私には大切な人達がいるもの。あなたと違って。愛を信じず、蔑ろにするあなたは、私には理解できない。私は、あなたにはならない。」

ヴォルデモートが眉を潜めた。

「私の名前を覚えておいて、ヴォルデモート。そして心に刻んで。私の名前はシャーロット・ダンブルドア」

シャーロットがその場で足をトントンと動かした。

 

「あなたと敵対し、いつか、あなたを越える者よ」

 

シャーロットがそう言った瞬間、ヴォルデモートは杖を動かし、呪文を口にしようとしたが、できなかった。

突然、地面が爆発した。黒い煙が立ち上る。泥のようなものが辺りにびちゃびちゃと飛び散った。開きかけた口の中にもびちゃびちゃと何かが入ってきた。ヴォルデモートの視界が煙とドロドロした物で閉ざされる。突然のことに、ヴォルデモートも死喰い人達も何も対処ができない。死喰い人達は慌ててヴォルデモートの方へ駆け寄る。ヴォルデモートが黒い煙の中、少女のいた方向へ目を凝らすと、少女はその場から消えていた。

再びヴォルデモートの怒りの叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

ヴォルデモートと死喰い人がその時、上の方を見ていたら、もしかしたら()()を目にしていたかもしれない。

()()は小さな小さなハチドリだった。赤い体に、緑の瞳。ハチドリは黒い煙の中を急上昇すると、脇目も振らず一気に飛んでいった。

 

 

仕掛けがうまくいったな、とシャーロットは赤い翼を羽ばたかせながら、そう思った。夏休みに仕掛けた糞爆弾がシャーロットの合図で一気に爆発したことで、目眩ましになった。糞だらけのヴォルデモートと死喰い人が怒りで揺れる姿がチラリと見えただけで満足だった。

改良型糞爆弾を作ってくれたフレッドとジョージには、あとでこっそりお菓子か何かをたくさんプレゼントしよう。

シャーロットは誰かに見つかる前にさっさと隠していた移動キーの元へ飛んでいった。再び、ホグワーツに戻るために。

 

 

 

 



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仕組まれていたこと

シャーロットはひっそりとホグワーツの競技場へ戻ってきた。競技場は多くの生徒達が不安そうにザワザワしている。シャーロットはそんな様子に構わず、まっすぐにムーディの部屋へ向かった。

 

 

 

ムーディの部屋に行くと、ダンブルドア、スネイプ、マクゴナガルが部屋の前に立っていた。三人は何かを言いたそうにシャーロットを見てきたが、それに構わず、シャーロットは耳をドアに近づけた。

「狂っている!おまえは狂っている!」

ハリーの叫びが聞こえて、シャーロットは杖を取り出した。

「今にわかる!闇の帝王がお戻りになり、俺があの方のお側にいる今、どっちが狂っているか分かるようになる。あのお方が戻られた。ハリー・ポッター、おまえはあのお方を征服してはいない。そして、今、俺がお前を征服する!」

その言葉が聞こえた瞬間、シャーロットが杖を振るった。シャーロットだけではなく、ダンブルドア、スネイプ、マクゴナガルも一斉に杖を振った。

「ステューピファイ!」

ドアがメキメキと破壊され、ダンブルドアの声が響く。ドアに背を向けていたハリーが振り向き、ムーディは吹き飛ばされた。

ハリーは呆然としたようにダンブルドアを見てきた。ダンブルドアは険しい顔で倒れたムーディを見下ろす。シャーロットは部屋の中に足を踏み入れ、七つの錠前がついたトランクの前に立った。

「ミス・ダンブルドア、何を…?」

マクゴナガルが声をかけてきたが、返事もせずシャーロットは次々に鍵を錠前に差し込んで開けていった。トランクからは次々と本やら羊皮紙、羽根ペンなどの道具が現れる。鍵を開く度に中身は違っていた。最後に七番目の鍵を差し込むと、蓋がパッと開いた。

中は地下室に続いていた。痩せ衰えて気を失っている男の姿が見える。白髪混じりの髪の一部がなくなっていた。

「お爺様、本物のミスター・ムーディです」

シャーロットが男を見下ろしながら、静かにそう言うと、ダンブルドア以外の三人はポカンと地下を見下ろしてきた。ダンブルドアはトランクの中に降りていき、ムーディの傍らに着地した。

「失神術じゃ――服従の呪文で従わされておるな」

ダンブルドアはムーディをじっくり観察しながらそう言った。

「シャーロット、そのぺてん師のマントを投げてよこしておくれ。ムーディは凍えておる。」

シャーロットは言われた通りにマントを地下へ投げた。ダンブルドアはムーディにマントをかけ、端を折り込んでくるみ、トランクから出てきた。シャーロットは一歩前に進み出た。

「お爺様、私が彼を医務室へ連れて行きましょう」

ダンブルドアは意外そうにシャーロットを見てきた。

「シャーロット?ここにおらんでいいのかの?」

「ええ。ここからはお爺様の役目です」

シャーロットはチラリと偽物ムーディに目をやったあと、トランクを持って部屋から出ていった。

 

 

医務室に向かうと、ウィーズリー夫人、ビル、ロン、ハーマイオニーがマダム・ポンフリーを取り囲んでいた。みんながハリーに何が起こったのか、そして、ハリーは今どうしているのか知りたがっている。

「マダム、これをちょっと見てください」

「シャーロット!あなた、どこに行ってたのよ!?」

「一体何が起こっているんだ!?」

「ダンブルドア先生は?ハリーはどうしたの?」

シャーロットがマダム・ポンフリーに声をかけた瞬間、みんながシャーロットにそれぞれ叫ぶように言ってきた。

「ちょっと待ってて」

シャーロットはそれに構わず医務室のカーテンをかけると、見られないようにしながらトランクを開けた。マダム・ポンフリーは驚いたように目を見開きながらもムーディをシャーロットと一緒に運びだし、ベッドに寝かせると次々に薬やらタオルやらを持ってきた

シャーロットはスルリとカーテンを抜けて他のみんなの元へ向かった。

「シャーロット、本当に一体どうなってるの?」

「そこのベッドに誰が寝てるんだい?」

「ハリーは?ハリーはどうしたの?」

シャーロットはそれの質問には答えずに、辺りを見渡した。

「シリウスは?」

「ダンブルドア先生の部屋へ向かったよ」

シャーロットの質問にビルが答えてくれた。シャーロットは頷くと、そこにあった椅子に座った。

「シャーロット?」

「待ちましょう。ハリーは今夜、大変な目にあったのよ。でも、ハリーは生き延びた。私たちはハリーとダンブルドアが来るまで待ちましょう。心配しなくても、もうすぐ来るわ」

何かを知っているようなシャーロットに、四人は次々と質問をしてきたがシャーロットはそれ以上何も言わずに静かに窓から外を見ていた。

しばらくしてから、ダンブルドアとシリウスに連れられてハリーは医務室に来た。

「ハリー!ああ、ハリー!」

ウィーズリー夫人がハリーに駆け寄ろうとしたが、ダンブルドアがそれを制した。

「今、ハリーに必要なのは、安らかに、静かに、眠ることじゃ。もし、ハリーが、みんなにここにいてほしければ」

ダンブルドアがその場の全員を見回す。

「そうしてよろしい。しかし、ハリーが答えられる状態になるまでは質問をしてはならぬぞ」

ウィーズリー夫人が真っ青な顔で頷いた。

それから、ハリーはベッドに連れていかれ、パジャマを着せられた。ハリーは疲れたように顔色を悪くしていたが、ベッドに横になる前にシャーロットに声をかけてきた。

「シャーロット、課題の時どこにいたの?」

「え、なんで?」

「迷路の中で、一瞬だけどシャーロットが見えた気がしたんだ。後ろ姿が…」

シャーロットはギクリとしたが、それを顔に出さないように笑った。

「そんなわけないでしょう。私、ちょっと気分が悪くて寮にいたの。私が迷路の中にいるわけないじゃない」

シャーロットがそう言うと、ハリーは特に怪しむ様子もなく納得したように薬を飲んだ。シャーロットはその様子を見ながらヒヤヒヤした。迷路の中でムーディに見つかる危険があるため、なるべくハチドリの姿になり、ハリーには近づかないように注意していたのに、ツメが甘かったらしい。気を付けなければ。

 

 

 

その後はシャーロットの知っている通りに流れた。

魔法省大臣コーネリウス・ファッジが訪れた。ファッジに付き添っていた吸魂鬼はクラウチ・ジュニアの魂を吸い取った。ファッジは決してヴォルデモートの復活を信じず、ハリーに優勝賞金を与えてすぐに去ってしまった。シャーロットは誰にも分からないようにファッジを軽蔑した目で見ていた。親切で優しい魔法大臣を装っているだけで、実態はただの臆病者で小物だ。ダンブルドアは彼と決別し、かつての仲間に連絡をとるようにシリウスに指示をし、スネイプに任務を与えた。

シャーロットはその様子を口を挟まずじっと見ていた。ここからはシャーロットの仕事はない。全てがダンブルドアの手の内で進むだろう。シャーロットはウィーズリー夫人に抱き締められ、再び眠りにつくハリーの姿をただ、見守っていた。

 

 

 

 

 

 



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あの子にこの世界は狭すぎる

翌日の朝、ダンブルドアは朝食の席でハリーをそっとしておくように、質問や話をせがんだりしないようみんなに話した。2日ほど経ってから、ハリーはグリフィンドールに戻ってきた。ほとんどの生徒はハリーを見ると、避けたり、ヒソヒソと話をしていたが、ハリーは気にしていないようだった。四人で静かに残りの学校生活を過ごし、ヴォルデモートの話題には触れないようにした。

ある日の午後、ハグリッドの小屋を訪ねると、ハグリッドはニッコリ笑って歓迎してくれた。どうやら、四人が来る前にマダム・マクシームとお茶を飲んでいたらしくご機嫌な様子だ。

「やつが戻ってくると、分かっとった」

ハグリッドの言葉に四人は驚いてハグリッドを見上げた。ハグリッドは真剣な様子で言葉を紡いだ。

「戦うんだ。あいつが大きな力を持つ前に食い止められるかもしれん。とにかくダンブルドアの計画だ。偉大なお人だ、ダンブルドアは。俺たちにダンブルドアがいるかぎり、俺はあんまり心配してねぇ」

シャーロットは思わず目を伏せた。ハグリッドはその様子に気づかず、誇らしげに続けた。

「来るもんは来る。来たときに受けて立ちゃええ」

それから、四人は少しだけハグリッドと話したあと、小屋を出ていった。

 

 

 

「ハリー」

シャーロットはハリーに声をかけた。ハリーが振り向く。ロンとハーマイオニーはハリーの前で何かを言い争っていた。

「大丈夫よ、ハリー」

「うん?」

「ハグリッドの言うとおりだわ。あなたの前にはきっとこれからもたくさん辛いことが待ってる。その時に受けて立てばいいわ。どんなに辛いことが、苦しいことが待ち受けていても、私がハリーのそばにいる。もちろんロンも、ハーマイオニーもよ」

ハリーはシャーロットをじっと見つめてきた。

「私達だけじゃない。あなたのご両親だって、いつだってあなたのそばにいるの。目に見えないからってこの世に存在しないことにはならないわ。隣にいて見守っているのよ。ちゃんと、繋がっているの」

シャーロットはハリーの手にそっと触れ、力強く握った。

「ハリー、今年のあなた、すごくカッコ良かったわ。きっと、来年からも大丈夫よ。あなたの勇気があれば」

「…僕がうまくいったのはシャーロットのおかげだよ。君やロン、ハーマイオニーがいてくれるから僕は前に進めるんだ」

シャーロットはその言葉にきょとんとしたあと、ニッコリ笑った。ハリーも笑い返し、シャーロットの手を同じくらい力強く握った。

ふと誰かの視線を感じたような気がして、シャーロットはホグワーツ城を見上げたが、四人を見ている者は誰もいなかった。

「ハリー、シャーロット!夕食に遅れるわよ!」

「早く行こうぜ!」

ロンとハーマイオニーが呼んでいる。シャーロットとハリーは慌てて城の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

学期末パーティーでの出来事は、シャーロットの予想通り、ダンブルドアがヴォルデモートの復活を生徒達に語った。そして、今後の戦いに向けての結束を促す。シャーロットはそんなダンブルドアの様子を黙って見つめていた。

「アリー、シャルロット!」

玄関ホールではフラーが声をかけてきた。

「まーた、会いましょーね」

フラーの横ではガブリエルがシャーロットに抱きついてきた。シャーロットも笑いながらぎゅっと抱き締め返した。

「シャルロット、手紙書いていいでーすか?」

「もちろん。楽しみにしてるわ」

「さようなら、あなたに会えておんとによかった!」

フラーとガブリエルは美しい髪をなびかせながら、マダム・マクシームのところへ戻っていった。

次に声をかけてきたのはクラムだった。どうやら、ハーマイオニーに別れを言いに来たらしい。クラムとハーマイオニーは何かを話すために人混みに紛れた。ロンは二人が何をしているのか気になって仕方ないようで、人混みの上に首を伸ばしていた。二人はすぐに戻ってきた。それからクラムは手を差し出して三人とも握手を交わした。

「君にはヴぉんとに感謝している」

シャーロットと握手した時、クラムがこっそり囁いてきた。

「あの時、ヴぉくをピクニックに誘ってくれてありがとう」

シャーロットはハーマイオニーをチラリと見てから苦笑いし、クラムとしっかり握手をした。

 

 

 

 

 

「夏休みはまた遊びに行ってもいい?」

「もちろんさ。いつでもおいでよ」

「手紙書くわね」

シャーロットは駅で四人に別れを告げた。

「バイバイ、ハリー、ロン、ハーマイオニー!いい夏休みを!」

三人も窓から大きく手を振る。シャーロットはホグワーツ特急が見えなくなるまでずっと駅に立っていた。

「それで、お爺様。なにかご用ですか?」

シャーロットがそう言って振り向くと、予想通り、そこには無表情のダンブルドアが立っていた。

「…シャーロット。どこに行くつもりかの?」

「どこって、家に帰りますよ?アンバーが待っていますし」

その言葉にダンブルドアはわずかに目を見開いた。

「もしかして、私が家を出ていくと思ってました?」

「………」

「どうせ、どこに行っても、あなたは私を見張るでしょう?」

「……シャーロット」

「お爺様、私はヴォルデモートのようにはなりませんよ」

シャーロットはキッパリとそう言った。

「私とトムは違う。一見似ているようでも、全っ然違います」

「……」

「闇になんて、惹かれない。全部まとめてゴミに捨ててやる。こんな世界、全部変えてやる。この世界はあなたの手のひらの上じゃない。私がこの世界をねじ曲げる。ハリーは、私が守る。あなたはそれをあなたの目でちゃんと、そばで見ていてください。私はあなたから逃げませんよ」

「……」

「だから、あなたも、あなたの役目を――きちんと果たしてくださいね?」

シャーロットは挑戦的にそう言うと、駅から足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピローグ~家族について

その日、青年は家に帰るための道を歩いていた。早く帰らなければ、過保護な母親は心配するだろう。夏休みくらいは好きなだけ遊びたいが…。青年は心配する両親の顔を思い浮かべながら足早に家へ向かった。

青年の自宅が見えてきた。青年が玄関へ向かおうとすると、家のそばで小さな人影を見た。

「おい、なんだ、お前?」

声をかけると、その人物が振り向いた。青年は思わずたじろぎ、顔が赤くなるのを感じた。可愛らしい少女だった。たっぷりの赤毛に、整った顔立ち。上品な水色のワンピースを見にまとっている。しかし、なぜだか初めて会うのにそんな気がしない。どこかで会ったことがある気がして、青年は顔を赤くしながらも眉を潜めた。

「あれは、あなたのおうち?」

少女が青年の自宅を見ながら聞いてきた。

「あ?ああ、そうだけど…」

「とても素敵なおうちだなって思って見ていたの。きっと、仲のいい家族がすんでるんだろうなーと思って」

「まあ…、仲は悪くないな」

青年はそう言いながら、首をかしげ、今度は自分から問いかけた。

「お前、この辺では見ないやつだな?引っ越してきたのか?」

「ううん。友達がこの近くに住んでて、ちょっと様子を見に来たの」

それを聞いて、青年は思わずがっかりした。

「でも、ここはいいところね。穏やかだし、とても平和そう。私も家族と一緒にこんな立派な家で暮らしてみたかったわ」

少女の言葉に青年は首をかしげた。

「暮らしてみたかった…?」

「ああ、私、家族がいないの。だから、少し羨ましかったのよ」

「…家族がいないのか」

「うーん、正確にはいるんだけどね、いないようなもの」

少女は青年の家を見ながらぼんやりと言葉を紡いだ。

「私は家族って思ってた。きっと向こうもそう思ってるって、勘違いしてたの。私は結局相手の言葉に踊らされていた。今でも、家族になりたいって心のどこかで思ってる。希望を捨てきれない。そんな自分が悲しくて嫌になる」

少女が突然青年の方へ顔を向け、ニッコリ笑ってきたので、思わず目を瞬かせた。

「家族って深いようで浅くて、そして薄いわよね。きっと、いい家族って言うのは血の繋がりじゃなくて、心の繋がりだと思わない?」

「あ、ああ…」

「あなたも、もしも危険な目にあったときや苦しいときは、迷わず家族に助けを求めた方がいいわ。きっと、その時は無理でも、今後のやり方次第で繋がることは可能だもの。愛情も絆も、心の在り方次第だと思うの。私も、そうできればいいんだけど……」

「……?」

青年が首をかしげると、少女はその様子がおかしかったのか、再度笑った。

「それじゃあこれで失礼するわ。あなたの家をジロジロ見てごめんね」

「あ、ああ、いや、別に…」

「またね、ダドリー・ダーズリー君」

少女は青年にそう言うと、スーツケースを持ちどこかへ歩いて去っていった。青年はぼんやりしていたが、ハッとすると少女が向かった方向へ顔を向けた。

「おい、なんで、俺の名前……」

しかし、そこには少女はもういなかった。青年は辺りを見渡し、首をかしげると、家族が待つ我が家へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 



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閑話
あの子の知らない裏側の話


閑話です。次の章は更新がまだまだ先になりそうです。すみません。









シリウス・ブラックはジェームズ・ポッターの事をこの世で一番の親友だと思っている。もちろん、彼の息子であるハリー・ポッターの事は自分の息子同然だ。恵まれた人生を送ってきたとはいえないシリウスにとって、この世で一番愛しい存在だった。

今年、ホグワーツ魔法魔術学校にて三校対抗試合が開かれると聞いて、シリウスも少しだけワクワクした。自分が今、学生だったらよかったのにと残念でならない。きっと親友のジェームズだったら喜んで代表選手に名乗りをあげたはずだ。そういう派手なことが大好きな青年だった。そんなふうに考えたとき、ふと気になった。ハリーは代表選手に立候補するだろうか?きちんと試合の事を調べてみたところ、代表選手の規定は十七歳以上と決まっていたため、シリウスは安心した。命をかけることになるイベントだが、ハリーは危険なことに巻き込まれずに済むだろう。

そんな考えはハリーの手紙がきたときに覆された。シリウスは頭を抱えた。何者かがハリーの名前を勝手にゴブレットに入れたらしい。

「頼む、行かせてくれ!」

「ダメだよ、シリウス。とにかく落ち着いて」

「離してくれ、俺は行くんだ!ハリーーー!!」

すぐにでもホグワーツに飛んで行きたかったが、さすがにルーピンに止められた。シリウスは仕方なく手紙を何度も送り、ハリーの近況を確認した。どうやら試合自体は友人であるシャーロットやハーマイオニーの助けもあり、順調に進んでいるらしい。年上の選手を差し置いて一位になったと知り、シリウスは誇らしかった。

 

 

 

 

いろいろあったが、試合は第三の課題を残すのみとなった。その当日、シリウスはダンブルドアから代表選手の家族として招待され、大喜びしながらホグワーツに足を踏み入れた。ホグワーツには、ハリーの家族として友人のウィーズリー一家が招待されており、シリウスは丁寧に挨拶をした。ウィーズリー夫人は少々複雑そうに、ビルはにこやかに挨拶を返してくれた。久しぶりに会ったハリーはグッと顔つきが大人っぽくなっている気がした。こうして見ると、ますますジェームズに似ている。輝くような笑顔で向かってくるハリーを思い切り抱き締めながら、シリウスはいろいろな感情がごちゃ混ぜになって胸が痛くなった。

ちなみに、ハリーと食事をとっているとき、数年ぶりにセブルス・スネイプと顔を合わせた。テーブルが離れているため、遠くからではあるが、あっちが殺気がこもった視線で睨み付けてきたため、シリウスも同じように睨み返した。できれば、教員席へと向かい、「久しぶりだな、スニベルス」くらいは言いたかったが、ハリーがいたため自粛した。

そんな姿をウィーズリー家の双子、フレッドとジョージがコソコソ何かを話しながらチラチラ見ているのに、シリウスは気づかなかった。

「なあ、なあ、シリウス」

「あ?なんだ?えーと、」

「俺たち、フレッドと」

「ジョージ・ウィーズリーさ。ロンの兄貴」

「あ、ああ。どうした?何か用か?」

「シリウスって、ハリーのお父さんと大の親友だったんだろ?」

「ロンから聞いたんだ」

「ああ、そうだが……」

「じゃあ、これ」

「欲しいんじゃないのー?」

そう言って双子がピラリと一枚の写真を差し出してきた。訝しげに写真を見たシリウスは思わず声をあげた。

「こ、こ、こ、これはー!!」

それは、ハリーとシャーロットの写真だった。恐らくはダンスパーティーの時のものだろう。ハリーはドレスローブをきっちり身にまとい、シャーロットはシリウスがプレゼントした純白のドレスを着ている。写真の中の二人は、まるで恋人同士のように見つめ合い、楽しそうに踊っていた。

「もっとよく見せてくれ!」

シリウスが写真に手を伸ばしたところ、サッと写真は取り上げられた。

「おっと、ただではあげられないよ」

「そうそう、交渉しようじゃないか」

「なんだ、何が欲しい!?金か!」

「身も蓋もないな…」

「お金はいいよ。その代わり…」

「俺たち卒業したら、悪戯専門店開くつもりなんだ」

「もし将来困ったときは助けてくれない?」

「あまり無茶な事はしないからさー」

「お願い!」

双子にそう頼まれて、シリウスは少し迷った。写真は喉から手が出るほど欲しい。しかし、なぜだろう。この双子のお願いは簡単には聞いてはいけない気がする。っていうか、関わったらヤバい予感がする。長年の勘が、断れとシリウスに助言していた。しかし……、

「くっ、仕方ない…」

「やった!」

「じゃあ、約束な!毎度あり!」

欲望に逆らえなかったシリウスは歯噛みしながら、写真を受け取った。フレッドとジョージが顔を見合わせて、ニヤリと笑った姿を見て、シリウスは早くも後悔したが、写真を再び見たときそんな考えは吹っ飛んだ。

「ああ、なんと素晴らしい…」

写真の中で優雅なダンスをする二人に、シリウスはうっとりと視線が釘付けになった。こうして見ると、シャーロットは本当にリリーに似ている。ジェームズそっくりなハリーと、リリーそっくりなシャーロット。写真の中の二人はまるで結婚式をあげているようで、シリウスはジェームズの結婚式で花婿介添人をしたことを思い出した。

「素晴らしい写真をありがとう、フレッド、ジョージ……。君たちは天使だ……。」

涙ぐみながら魅了されたように写真を見るシリウスに双子は顔をひきつらせながらドン引きしていた。

「あ、ああ。どういたしまして」

「喜んでもらえて、こっちも嬉しいよ」

シリウスはそれから第三の課題が始まるまでうっとりと写真を見続けていた。

 

 

 

 

 

ゾクリ

「うん?なんかすごく嫌な事が起きている気がする」

迷路の中では、シャーロットが突然の悪寒に首をかしげていた。

 

 

 



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暗い闇の果てで

新章が始まる前にもうひとつ。


 

 

 

 

 

 

 

暗い。暗い闇の中。寒い。怖い。呼吸も苦しくなってきた。

ここはどこだろう。シャーロットはこれが夢の中だとぼんやり認識していた。闇が恐ろしくてギュッと目をつぶった。もう一度、目を開ける。何も見えない。

早く、帰りたい。アンバーが待つあの場所へ。シャーロットだけの温かい特別な場所だ。きっと、アンバーは、ずっと待っている。帰らなければ。シャーロットは闇の中を走り出した。足を動かす。呼吸も荒くなる。走っても走っても、光は見えてこない。

「アンバー……」

自分の保護者同然の屋敷しもべ妖精の名前を、呟くように呼んだ。誰も応えなかった。

とうとう足が止まる。諦めたように、その場にポツンと佇む。

「……お爺様」

シャーロットがそっとダンブルドアの名前を呼んだその時だった。

誰かの視線を感じて、シャーロットは振り向いた。視線の先には、大切な友人の姿があった。グシャグシャの黒髪に、眼鏡をかけた青年。

「ハリー!」

シャーロットが安堵のあまり、大きな声で名前を呼び駆け寄ろうとした。その時だった。いつの間にかハリーと自分の間に、黒いフードがついたローブを身につけた人物が現れた。

「……?」

シャーロットは誰だか分からず、思わず立ち止まる。

その人物はシャーロットに背を向けた状態で杖を振り上げた。

「アバダケダブラ!」

その瞬間、緑色の閃光が炸裂する。それはまっすぐにハリーへと向かっていった。

「ハリー!」

ハリーの体が後ろへと倒れる。シャーロットの目にはそれがスローモーションのようにゆっくりと見えた。

「ハリー!うそ、やめて!」

たまらずハリーに駆け寄ろうとした時、黒いフードの人物がシャーロットの方へ振り返った。シャーロットはその顔を見て、目を見開いた。

その人物は赤い髪に、緑色の瞳。シャーロットに向かって残酷な笑顔を見せた。それは紛れもない、シャーロット自身だった。

「え……、あ……、やめて、違う!」

シャーロットは戸惑いのあまり、ハリーに駆け寄るのも忘れて、後ずさった。黒いフードのシャーロットは高笑いをする。その姿は、ヴォルデモートにそっくりだった。

「やめて!違う!違う違う違う違う違う違う違う違う!わたし、……私は……!」

シャーロットは混乱のあまり、その場でうずくまる。耳を抑えて高笑いを聞かないように、ギュッと目をつぶった。

高笑いはそれでもシャーロットの耳に入ってきた。シャーロットは絶望感から、大きな声で悲鳴をあげた。

悲鳴は闇の中で響き渡った。高笑いと悲鳴は闇に纏われるように共鳴し、闇の果てへと吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうすぐ新章を始める予定です。長い間更新せずに申し訳ありませんでした。
次回予告『不死鳥の騎士団には頼らない』


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不死鳥の騎士団には頼らない
企み


五年目、突入。


 

 

 

夜の空気が部屋を満たしている。男はふと読んでいた本から顔を上げた。何か物音が聞こえた気がする。椅子から腰をあげ、窓の方へ向かった。静かな夜だ。気のせいだったのだろうか。男が机に戻ろうとしたその時、聞き覚えのある声がした。

「少し疲れておるようじゃの、ニコラス。」

「……アルバス!」

ニコラス・フラメルは久しぶりに会う友人が目の前に立っていたため、驚きで声をあげた。

「いつここに?本当に久しぶりだ!」

「ついさっきのことじゃよ」

フラメルはダンブルドアをテーブルへと促し、紅茶を用意した。ダンブルドアは穏やかに微笑みながらカップに口を付ける。

「こんな時間に来るとは!まあ、いい。用件は分かっているさ。」

フラメルはニヤリと笑いながら口を開いた。

()()のことだろう?」

「……完成したのかの?」

フラメルは顔を輝かせながら、そばにあった戸棚を開く。そこには大きめの金庫があり、フラメルは何事かをブツブツ呟くとゆっくりと金庫を開けた。金庫の中に入っていたのは50㎝ほどの大きさの箱だった。

「さあ、持っていけ!」

「……まさか。本当に?本当に完成したのか?」

ダンブルドアが信じられないという風に首を振った。

「いやいや、完成してはいない!ただし、かなりいいところまでいったと感じているよ!あとはお前さんの努力次第さ!」

フラメルは腕を組ながら誇らしそうに話を続けた。

()()は恐らくこの世でただひとつの完成品にかなり近いものだ。私も最初はできるわけないと思っていたがね。長年の研究の成果がでたよ。多くの実験を重ねた。それが最終にして、唯一の成功作だ。」

「では、本当に?」

「あとはお前さんが仕上げをするだけだ。ただし!壊すんじゃないぞ!()()は本当にデリケートだ。少しでも壊したり、失敗したら取り返しがつかない。」

ダンブルドアは注意深く、箱を開け、中を覗く。ふむ、と頷いた。

「では、本当によいのかの?これをもらっていっても……?」

「ああ、かまわない。お前さんには借りがあるし。それに、必要なものなんだろう?」

フラメルはニヤリと笑った。ダンブルドアは少し悲しそうに首を振った。

「……いや、できれば、これは使いたくない。わしはとんでもないことをしようとしている。それでも…………」

ダンブルドアは箱を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。

「まあ、使うか使わないかはお前さん次第さ。それよりも、最近はどうだ?かなり騒がしいらしいが……」

「ああ、少し、いろいろあっての」

フラメルはもちろん、「例のあの人」の件は知っている。ダンブルドアもそれを分かっていながら「例のあの人」のことは口にしようとしなかった。

「ああ、そういえばお前さんの、あの引き取った娘はどうだ?仲良くしているのか?」

ダンブルドアは弱々しく笑った。

「いいや……わしは嫌われたようじゃ。この間、はっきり言われたよ。大嫌いだと。」

フラメルはポカンと口を開くと、次の瞬間大きな声で笑いだした。

「ハッハッハッハッ!なるほど!大嫌いだといった挙げ句、お前さんにそんな表情をさせるとは!面白い。大したものじゃないか、お前さんの娘は。」

「娘?」

ダンブルドアが目をパチクリと動かした。

「いやいや、娘ではない。わしはあくまであの子の後見人であり……」

「だから、家族、つまり娘だろう?お前さん、今自分がどんな顔をしていたか分かっておったか?この世の終わりのような顔だったぞ。それだけ大切な存在なんだろう?」

ダンブルドアは何かを言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに箱を抱えたまま立ち上がった。

「……すまん。そろそろおいとまするの。」

「ああ、ちょっと待ってくれ。これを持っていけ」

フラメルは机の引き出しから数枚の書類を取り出した。

「ここに理論が書いてある。一応仕組みもな。くれぐれも言っておくが、それは完全な形ではないからな。それだけは肝に銘じておいてくれ。ああ、それと、読んだあとはそれを燃やしてくれ。私は手を切るよ。本来はあってはならないことだ。いいか?私は全てを忘れる。」

「分かっておるよ。それじゃあ、ニコラス。さらばじゃ」

その瞬間、ダンブルドアの姿は消え去った。フラメルは残りのお茶を口にしながらぼんやりと考えた。

なぜだか、ダンブルドアとは二度と会えないような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法省。魔法大臣のコーネリウス・ファッジは不機嫌そうに書類をめくっていた。仕事が山積みの上に、次々と問題が上がってきてしまい、休む暇もない。特に、あのダンブルドアの「あの人」関連の話は正直に言って思い出したくもなかった。

その時、ノックの音が聞こえ、ファッジが返事をすると見慣れた顔が扉から現れた。

「大臣、よろしいでしょうか?」

「ああ、アンブリッジ上級次官。どうかしたかね?」

「いえ、こちらの資料にも目を通していただければと思いまして……」

ファッジはまたも増えた仕事に顔をしかめた。

「分かった。その辺に置いといてくれ。それよりも、君の準備は万全かね?」

その言葉にアンブリッジは醜い笑顔を見せた。

「もちろんですわ。抜かりはありません」

「君の仕事は、今年、ホグワーツへ行き、そこでダンブルドアを監視ならびにホグワーツを管理することだ。くれぐれも失敗は……」

「ご心配なく、大臣。分かっていますとも」

アンブリッジは自信ありげに何度も頷いた。ファッジは少し安心したが、それでも完全に不安は消滅しなかった。

ファッジは恐れている。ハリー・ポッターが復活したなどと戯れ言をいう『例のあの人』ではなく、アルバス・ダンブルドアという偉大なる魔法使いを。いつか、ファッジの座を脅かす存在になる人物だ。いや、今ももうすでに脅かされている。ファッジはアンブリッジに気づかれないように歯を喰い縛った。その時、ふと思い出す。ある人物の存在を。

「上級次官。ホグワーツの管理やダンブルドアの監視も重要だが、ハリー・ポッターの動きはさらに重要だ。そして……」

ファッジは少し言葉を選ぶように続けた。

「ダンブルドアが後見人となっているホグワーツの生徒、シャーロット・ダンブルドアにも注意をしてくれ。あの娘も何かを企んでいるかもしれない」

アンブリッジは更に笑顔を深めると口を開いた。

「ご心配なく、大臣。あんな小娘に何ができます。案ずる必要はありませんとも」

「いや……。聞いた話では、かなり優秀な魔女らしい。魔法省ではダンブルドアの秘蔵っ子として名前が挙がるほどだ。警戒する必要はある。」

「秘蔵っ子?まさか。大したことはありませんわ。たかが学生ではありませんか!」

「……もしくは、その娘をこんな風に呼ぶ者も存在する」

 

 

 

「“ダンブルドアの愛し子”」

 

 

 

「……まあ、うふふふふ。会うのが楽しみになってきましたわ」

顔をしかめる大臣とは逆に、アンブリッジはガマガエルそっくりの顔に笑みを浮かべた。

「さあて、その子は何を知ってるのかしら?」

 

 

 

 

 

 

暗い暗い夢の中。いつもこの夢だ。杖を振るう自分。死の呪いで倒れるハリー。響き渡る高笑いと悲鳴―――

「ハリー!」

シャーロットは叫びながら飛び起きた。混乱しながら周囲に目を凝らす。自分のスーツケース内の寝室だということを認識し、静かに息を吐いた。ベッドの傍では、イライザが心配そうに瞳を揺らしながらシャーロットを見つめていた。そばにある時計を見ると、今は早朝らしい。のどの乾きを感じて、ゆっくりとベッドから抜け出した。小さな洗面所の水道から水を出し、コップに注ぐ。勢いよく水を飲み干すと、正面の鏡に視線を合わせた。鏡の中から、驚くほど痩せた赤毛の女が自分を見返してきた。

この夏休み、シャーロットはほとんどスーツケースの中の研究室で過ごしていた。寝る間も惜しんで、勉強や魔法の自主訓練を行ってきた。食事も最低限の栄養補給のみだ。寝ていると悪夢に襲われる。そんな生活のせいで最近は体調も良くない。アンバーが何度かスーツケースへ声を掛けてきたが、放っておいて欲しいと頼んだ。ハリー、ロン、ハーマイオニーの手紙だけはスーツケースの中に届けてもらった。どうやら、ハリーは吸魂鬼に従兄弟とともに襲われ、守護霊の呪文で追い払ったようだ。しかし、そのせいで魔法省から尋問を受けたらしい。シャーロットは手紙の内容に顔をしかめた。三人へは、体調を崩したため、ホグズミードで休養中だと伝えてある。シャーロットが行かなくても、ハリーはうまくやるだろう。それでも、シャーロットは3人の元へ行きたかった。ただ、不死鳥の騎士団本部に行くのは躊躇われた。ダンブルドアが率いている、闇の魔法使いに立ち向かうための秘密同盟だ。あの予言のことが頭をよぎる。ダンブルドアの近くに行くのは避けたかった。しかし、そろそろ動くときかもしれない。シャーロットは深呼吸すると、スーツケースの扉を開けるため、洗面台から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

アンバーは洗った食器を拭きながら物思いに耽っていた。シャーロットは夏休み中、ほとんどスーツケースの中で過ごし、姿を見せない。放っておいてほしいと頼まれたが心配で仕方がない。勉強のしすぎで疲れてはいないだろうか。シャーロットの事だから大丈夫だとは分かっているが……。その時後ろから声がかかった。

「アンバー、お腹すいた……。クランペット食べたい……。」

アンバーはその声を聞き、勢いよく振り向いた。

「お嬢様!ようやく……」

アンバーは振り向いた視線の先にいるシャーロットを見て、目を見開いた。

「お、お、お嬢様ー!」

「へ?」

「か、か、かみ、髪を!」

「あ?あー。」

シャーロットは自分の赤毛を少しだけつまんだ。

「切ったのですか!?」

「うん。邪魔だったから。」

元々、シャーロットは髪を伸ばしっぱなしにしていた。その髪は腰まで伸びており、毎年夏休みになると、アンバーが毛先を揃えたりするなど整えていたのだ。その髪が、肩にようやくかかるほど短くなっていた。

「久しぶりに短くするとさっぱりしたわ。頭も軽いし。」

シャーロットが少し笑うと、驚いたことに、アンバーは大きな瞳に涙を貯め始めた。

「ア、アンバー?」

「お、お嬢様が自分の外見に興味がおありにならないということは知っていましたが、これはあんまりです!あんなに綺麗な髪をそんな無惨に切るなど……」

「え、いや……」

「毛先もバラバラ!ツヤツヤだった髪がこんなにもグシャグシャに!」

「う……」

「せめて、せめて、短く切るのであればこのアンバーめにお声をかけてくださればよかったのに。ああ、あんまりです!」

「す、すみません」

アンバーのあまりの勢いに思わず敬語になってしまい、シャーロットは謝った。その後も涙を流しながら恨み言のように説教をするアンバーになすすべもなく、シャーロットは黙ってそれを受け続けた。

数分後、鏡を前にシャーロットはアンバーに髪を整えられていた。チョキン、チョキンという音が鳴り響く。

「お嬢様、ずいぶんとお痩せになりましたね」

「ん?まあね。大丈夫よ。体重はそんなに減ってないわ。」

「それだけではありません。あまり寝てらっしゃらないのでは?目の下の隈がひどいことになっていますよ」

「あー……」

シャーロットは鏡で自分の顔を改めて観察する。夏休み前と比べて明らかにほっそりしており、目はギョロギョロしていた。何よりも、アンバーの言うとおり、ひどい隈だ。自分の顔を眺めているうちに、アンバーのヘアカットは終了した。

「これでいいでしょう」

「ありがとう、アンバー」

シャーロットは鏡の中の自分を見て、満足げに頷いた。適当に切ってしまった無惨な髪はアンバーに整えられた。今は肩に届かないほど短い。

「こんなに短くするのって、子どものとき以来じゃない?なんか懐かしい」

「お嬢様は今でも子どもです。次からは切るときはアンバーに必ず声をかけてくださいね」

「はーい」

アンバーがまだ不満そうにしていたため、シャーロットは苦笑しながらも素直に返事をした。

その後はアンバーが大急ぎで作ってくれたクランペットを食べた。

「アンバー。ダイアゴン横丁に行ってくるね」

「お買い物ですか?」

「うん。やっと新しい教科書のリストが届いたの」

モゴモゴとクランペットを頬張りながら、シャーロットは話を続けた。その後は手早く着替えを済ませ、適当に荷物をまとめ、玄関から出ていった。

「行ってきまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

数分後、アンバーは扉をノックされたため、開けた。そこには久しぶりに見る主人の姿があった。

「ダンブルドア様!お久しぶりです」

「久しいのう、アンバー。」

ダンブルドアはアンバーに導かれ、ゆっくりと家に入ってきた。家をキョロキョロと見渡す。

「あの子はまだスーツケースの中かの?」

「いいえ、お買い物があるとかでダイアゴン横丁へ…」

「おお。ようやく出てきたのか。体調は大丈夫だったかの?」

「ええ。だいぶお痩せになりましたが……」

アンバーはパタパタとお茶の用意をした。ダンブルドアはふと部屋の端っこにある床に目を止めた。そこには、先ほどシャーロットが髪を切った場所だ。床には赤毛が散らばっていた。

「アンバー。あれはあの子の髪の毛かの?」

「も、申し訳ありません!先ほどお嬢様の髪を切ったのです。すぐに片付けますので!」

アンバーがあわてて掃除の道具を取りに行った。ダンブルドアは床に散らばった赤い髪をじっと見つめていた。

 

 

 



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再会と修羅場

 

ダイアゴン横丁にて、シャーロットはスーツケースを抱えたまま歩きだした。人混みを掻き分けながら、店を目指す。

「さてと、まずは……」

最初はマダム・マルキンの店へと向かい、新しい制服をいくつか購入した。そして、薬問屋へ行き、いくつかの材料を購入したあとは、のんびり歩き回り、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと到着した。

「えーと、基本呪文集は……」

キョロキョロしながら本棚の間を歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。赤毛の中年女性、ロンのお母さんだ。

「ウィーズリーおばさま!お久しぶりです!」

シャーロットが後ろから声をかけると、ウィーズリー夫人は振り返り、キョトンと目を瞬かせた。数秒後、ハッと息を呑み、口を開いた。

「シャーロット!あなたなの!?」

「え?、ええ。」

「あなた、どうしてこんなに痩せているの!?」

ウィーズリー夫人はシャーロットの肩をグッと掴み、頭から爪先までマジマジと観察するように見てきた。シャーロットはウィーズリー夫人の様子に驚きながら、口を開いた。

「えっと、ちょっと体調を崩しちゃって」

「それはロンから聞いたわ!それでこんなに!?大丈夫なの?何か大きな病気じゃないでしょうね!?」

シャーロットは自分が思っているよりも、大きく外見が変わったことをようやく認識し始めた。

「すみません。でも、大丈夫です。病気とかじゃなくて本当にちょっと体調が悪くなっただけなので。ご心配おかけして、本当にすみません」

「まあまあ、なんてこと!シャーロット、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「はい!もちろん!」

シャーロットがウィーズリー夫人の目を見ながらしっかり頷くと、ようやく安心したように肩から手を離した。

「ああ、でもよかったわ。あなたと会えて。ずっと心配していたのよ。アーサーもうちの子供達も。ハリーやハーマイオニーも何度もホグズミードに様子を見に行きたいって。そういえば聞いたかしら?ロンとハーマイオニーは監督生になったの!そうそう、それからハリーのことだけど……」

「尋問を受けたそうですね」

シャーロットがそう言うと、ウィーズリー夫人は顔を曇らせた。

「ハリーは大変な目にあったわ。本当に。無罪になったとはいえあの子がどんなに傷ついたか……」

ウィーズリー夫人は悲しそうに首を振った。

「ハリーは今、グリモールド・プレイスに?」

シャーロットが小声で聞くと、ウィーズリー夫人は驚いたようにしながら軽く頷いた。

「よく知ってるわね。ダンブルドアから聞いたの?」

「あー、ええ、まあ」

シャーロットが気まずそうに視線をそらしながら肯定した。本当はダンブルドアから不死鳥の騎士団の本部の場所など聞いていなかった。

「そうだわ!今夜はあなたも本部にいらっしゃい!」

「え!?でも……」

「みんなあなたに会いたがっているのよ!明日はみんなで列車で学校に行けばいいじゃない!ね?そうしましょう?腕によりをかけてごちそうを作るわ!」

シャーロットはウィーズリー夫人に強引に押し切られるように迫られ、結局断ることもできずその日はグリモールド・プレイスに泊まることが決まった。

 

 

 

 

 

グリモールド・プレイス十二番地。シャーロットはウィーズリー夫人とともに敷居を跨ぎ、玄関ホールへと進んだ。埃っぽい臭いがして、蜘蛛の巣だらけのシャンデリアが目に入った。

「あの子達は2階にいると思うわ。」

ウィーズリー夫人がそう言った瞬間、バタバタと足音が聞こえた。

「ママ、帰って――」

顔を輝かせたロンの姿が現れた。ロンはウィーズリー夫人の後ろにいたシャーロットを見て、不思議そうに首をひねった。

「ハロー、ロン。久しぶり」

シャーロットが声をかけた瞬間、ロンは驚きで目を見開いた。

「シャーロット!?」

ロンの大声が響いた瞬間、ドタバタと多くの足音が聞こえた。

「シャーロットが来た!?」

「え!?シャーロット!?うそ!?」

「髪が!」

「誰だよ!?」

「本当に誰だよ!?」

ハリー、ハーマイオニー、ジニー、フレッド、ジョージが一緒にやって来て、シャーロットの姿を見たとたん驚きで大声をあげた。

シャーロットは苦笑しながら首を振った。

「みんな、大袈裟ね。ちょっと痩せて、髪を切っただけよ。」

「それ、痩せたってレベルじゃないぞ」

「ああ、どっちかというと、やつれている、だな」

フレッドとジョージが心配そうにシャーロットを見てきた。

「さあさあ、夕食の準備をしますからね。むこうで待ってらっしゃい。いまは包みを開けないで。みんなが夕食に来ますからね。」

ウィーズリー夫人がそう声をかけたことで、ロンがやっとショックから立ち直ったように一番大きな包みを奪い取った。恐らく、監督生就任祝いの新品の箒にちがいない。

「久しぶり、みんな。今まであんまり連絡しなくてごめんね」

「いいんだよ、そんな事。体は大丈夫?」

じめじめとした暗い部屋に案内され、やっとシャーロットはハリー、ロン、ハーマイオニーと落ち着いて話をすることができた。ハリーは心配そうにシャーロットを見つめている。

「うん、ちょっと体調が悪かっただけ。もう大丈夫よ。それよりも、夏休みにあったことを詳しく聞かせて?」

シャーロットがベッドに座りながら言うと、3人は矢継ぎ早に夏休みに起きたアレコレを説明してくれた。プリベット通りの吸魂鬼事件、日刊預言者新聞に書いてあること、魔法省でのハリーの尋問のこと。

「…………うーん。それじゃあ、やっぱりファッジ大臣は暴走しているのね?」

「ファッジはヴォルデモートの復活なんて信じちゃいない。あいつは僕やダンブルドアがでっち上げたって思い込んでる」

ハリーが吐き捨てるように言った。シャーロットは重いため息をついた。

「どうやら今年も波乱が起きそうね」

「……ああ、いつものことさ」

ハリーもため息をつき、ロンとハーマイオニーが顔を見合わせた。

数分後、ウィーズリー夫人に呼ばれ地下へ行くと、テーブルの上にギッシリと夕食が並んでいた。どうやら立食パーティーらしい。深紅の横断幕に『おめでとう ロン、ハーマイオニー 新しい監督生』と書いてあって、シャーロットはニッコリ笑った。

シャーロットはウィーズリー氏、ビル、シリウス、ルーピンとも顔を合わせ、挨拶をした。四人ともシャーロットの変わりようにこれまでの人々と同様とても驚いていた。また、ニンファドーラ・トンクス、キングズリー・シャックルボルト、マンダンガス・フレッチャー、マッド・アイ・ムーディと初めて出会い、握手を交わした。正確にはムーディとは初めてではなかったが。

夕食はとても賑やかだった。ロンは新品の箒を自慢しまくり、ハーマイオニーはしもべ妖精の権利についてルーピンと意見を述べ合っている。フレッドとジョージは何事かをフレッチャーと密談しており、ハリーもそれに加わりコソコソしていた。ウィーズリー夫人は何度もシャーロットに皿に山盛りにのった料理を勧め、シャーロットは苦笑いしながらゆっくりと食事を楽しんだ。

 

 

 

夕食後、部屋に帰ろうとするロンをこっそり引き止めた。

「ロン、ちょっといい?渡したいものがあるの。」

「え?なんだい?」

「あなたの部屋へ行ってもいい?」

「あ、ああ。」

ロンが戸惑ったように部屋へ案内してくれた。

「ごめんね。でもこっそり渡したかったから」

「何をだい?」

シャーロットは大きな包みをロンに渡した。

「はい、これ。私からあなたへ監督生就任のプレゼントよ」

「え、えー?シャーロット、いいのかい?」

「もちろん」

シャーロットはニッコリ笑って頷いた。プレゼントはもうずいぶん前から準備していた。ロンは顔を輝かせて、包みを開いた。その中身を確認すると、目を大きく見開いた。

「……シャーロット、これ……これ……」

「凄いでしょう?あなたにピッタリだと思ったの」

それはクィディッチ用のグローブだった。厚い生地でしっかりとした縫製の高級品だ。

「学校から支給されるとは思ったんだけど、でも、これはきっと役に立つわ。キーパーにピッタリよ」

「シャーロット、でも、なんで、僕……」

「クィディッチ選手になるんでしょう?」

ロンの顔が真っ赤に染まった。

「なんで……」

「あなたならきっとそうすると思ったから。きっといい選手になるわ。ハリーとあなたでグリフィンドールチームは無敵ね」

シャーロットがそう言うと、ロンの唇が震えた。

「で、でも、僕、無理かもしれない。選抜に受からないかも。ハリーみたいにできないかも……」

「ハリーとあなたは全然違うわ。あなたにはあなたの強みがある。私はそんなあなたが大好きよ。あ、もちろん友達としてね?」

シャーロットがクスクス笑いながらロンをまっすぐに見つめた。

「ロン、私は知っている。あなたの勇気や強さを。もっと自信をもって。監督生に選ばれたじゃない。完璧じゃなくてもいいの。あなた自身の力で立ち向かうのよ。」

ロンは顔を更に真っ赤にして、ボソリと呟いた。

「今、僕、監督生になれたことよりも、新しい箒を買ってもらったときよりも嬉しい」

「さあ、グローブを着けてみて」

「……うん!」

ロンは包みを放り投げて、急いでグローブを手に嵌めた。

「ピッタリだ!」

「どうかしら?指は動かしにくくない?」

「さいっこうだよ!ありがとう、シャーロット!!」

ロンは感激のあまり、シャーロットを勢いよく抱き締めた。シャーロットも笑いながらロンの背中に腕を回した。

その時、ドアが開くキィッという音が聞こえ、シャーロットはそこに目をやった。そして顔を青ざめさせた。

ハーマイオニーがシャーロットよりももっと顔を青くして、抱き合う二人を見つめていた。

世界の時が止まったようだった。ロンがシャーロットの体を離し、不思議そうにハーマイオニーに視線を送った瞬間、ハーマイオニーはクルリと背を向け、足早にその場を去って行った。

「ハーマイオニー?どうしたんだろう?何か用があったのかな?なんであんなに顔色が悪かったんだろう?」

キョトンとするロンをよそに、シャーロットは面倒くさいことになったと思い、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

「ハーマイオニー、いるんでしょう?入るよ」

ハーマイオニーの部屋をノックして、返事を待たずにドアを開けた。ハーマイオニーはベッドにうつ伏せに横になり、そっぽを向いていた。

「……もっとイチャイチャしてくればいいのに。私のことは気にせずに」

ハーマイオニーの言葉を聞き、シャーロットは苦笑した。

「ロンと私はイチャイチャしていたわけじゃないわ。ちょっと話していただけよ。」

「……ふーん、ふうぅぅぅぅぅん?ちょっと話していただけで、抱き締め合うのね?それとも私は幻覚を見たのかしら?」

ハーマイオニーがジトリとした目でシャーロットを睨んできた。シャーロットはその視線を受け止めて、ちょっと意地悪をしたくなってきた。

「あのさ、ハーマイオニー。私とロンが何をしようがハーマイオニーには関係なくない?」

「うっ……」

「ハーマイオニーが怒る理由はなに?あなたのそんなに怒った顔を見たのは初めてなんだけど?」

ハーマイオニーが今度は顔を真っ赤にして黙った。シャーロットは口をきつく結び、唇を噛んだ。そうしないとニヤニヤ笑いを押さえられなかったからだ。その代わりに、持ってきた包みをハーマイオニーに押し付けた。

「……なに、これ?」

「あなたへの監督生就任のプレゼントよ」

ハーマイオニーは少し驚いたような顔をして、包みを受け取った。

「シャーロット、これ!」

ハーマイオニーが包みを開けて、声をあげた。そこに入っていたのは、上品なピンク色のトランクケースだった。

「開けてみて」

シャーロットが促すと、ハーマイオニーは待ちきれないようにしてトランクを開いた。

「まあ!」

トランクの中には、梯子がかけられており、梯子を下りた先には広い大きな部屋があった。

「これって……」

「私のスーツケースほど広くはないけどね。ちょっと一人になりたいときや、勉強部屋にいいと思って。もっと広くしたいのなら、魔法の掛け方を教えるわ」

シャーロットがそう言うと、ハーマイオニーは部屋を見回しながら嬉しそうに笑った。

「これ、本当にいいの!?」

「もちろん。でもね、ハーマイオニー。私が言うのもなんだけど、ここに籠りきりはやめてね。どうしても使いたいときに使えばいいわ。」

「……どうもありがとう。シャーロット」

ハーマイオニーは静かにシャーロットへお礼を言った。

「あのね、ハーマイオニー。さっきのロンにも同じようにプレゼントを渡したの。ロンもとても喜んでくれたわ。それで感激しすぎて、つい抱きついちゃっただけなのよ。だから、私とロンは何でもないの」

「……何をプレゼントしたの?」

どうやら、先程目撃したときはショックが大きすぎて、ロンが嵌めていたグローブに気づかなかったらしい。

「ないしょ。いずれ分かるわ」

シャーロットが笑うと、ハーマイオニーはやっと安心したように笑みを返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 



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ルーナ

 

自分自身の高笑いが響く。怖い。だれか、助けて。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う――――。私は、ヴォルデモートじゃない!

「違う!」

シャーロットは何度も見た悪夢に再び苦しめられ、飛び起きた。呼吸が荒くなり、周囲に視線を送る。今は夜中らしい。朝が来るのはまだまだ先だが、再び眠れそうにはなかった。洗面所で顔を洗うと少し落ち着いた。鏡を見て顔をしかめる。昨日より更に隈が濃くなり、顔色も悪くなっている気がした。

ゆっくりと地下に下りていき、一人でコーヒーを入れた。ゆっくりとコーヒーを飲みながらそのまま時間が経つのを待った。

やがて朝が来た。ウィーズリー夫人が最初に起きてきて、すでに起きていたシャーロットを見て驚いていた。シャーロットは笑って、2階に戻り、荷物の整理をしてくると伝えて、再び寝室へと向かっていった。

のんびりと荷物を整理する。しかし、シャーロットの荷物はほとんどスーツケースに入っている。残りの荷物は昨日、アンバーにホグワーツへ直接届けるよう頼んでおいた。ここに泊まったのは一泊だけだったので、まとめる物は少なかった。

やがて屋敷の中の住人達が起き出して、てんやわんやになった。1階からはウィーズリー夫人と、シリウスの母親の肖像画が叫ぶ声が響いている。

「大怪我をさせたかもしれないのよ、このバカ息子!」

「穢れた雑種ども、わが祖先の館を汚しおって――」

シャーロットは思わず笑いながらスーツケースを抱え、1階に降りた。

キングズ・クロス駅にはウィーズリー氏とともに行くことになった。ロンとハーマイオニーも一緒だ。ハリーはウィーズリー夫人とトンクス、そしてシリウスとともに一足先に出ることになった。

キングズ・クロス駅までは徒歩で二十分ほどかかった。

「シャーロット、昨日より顔色が悪くなってない?」

「寝てないのか?大丈夫かい?」

「大丈夫よ。気にしないで」

心配そうにシャーロットを見てくるロンとハーマイオニーに強がるように笑って答えた。実際には体に倦怠感があり、もう一度ベッドに戻りたい気分だった。しかし、寝たらまた悪夢を見ることは分かりきっていた。

駅の中に入ると、九番線と十番線の間をさりげなくウロウロしながら、ゆっくりと柵を通り抜けた。通り抜けた瞬間、煤けた蒸気が視界に入った。ホグワーツ特急が停車し、プラットホームは生徒や家族でいっぱいだ。

荷物を下ろしていると、後からフレッド、ジョージ、ジニーがルーピンと一緒に現れた。

やがて、警笛が鳴った。

「早く、早く」

ウィーズリー夫人が慌ててみんなを抱き締め、汽車へと促した。シリウスは最後まで強くハリーを抱き締めていた。

「さようなら!」

汽車が動き出す。ハリーが別れを告げる声が聞こえた。シャーロットも手を全力で振る。やがて、ウィーズリー夫妻、シリウス、ルーピン、トンクス、ムーディの姿があっという間に小さくなった。

「リーと仕事の話があるんだ。またあとでな。」

フレッドとジョージはジョーダンを探しに、右の通路へと向かって行った。

「それじゃ、コンパートメントを探そうか?」

ハリーがそう言った途端、ロンとハーマイオニーが目配せしたので、シャーロットは笑ってハリーの肩を叩いた。

「ハリーったら。ロンとハーマイオニーは監督生よ。席は決まってるじゃない」

「あっ」

ハリーは今気づいたようで、声をあげた。

「ずーっとそこにいなくてもいいと思うわ。手紙によると、男女それぞれの首席の生徒から指示を受けて、時々車両の通路をパトロールすればいいんだって」

「あっちに行くのは嫌なんだ。僕はむしろ、だけど僕たちしょうがなくて、だからさ、僕、楽しんではいないんだ。僕、パーシーとは違う」

ハーマイオニーとロンが慌てて言葉を繋いだ。ハリーは

「分かってるよ」

と笑ってはいたが、寂しさは隠せていなかった。ハーマイオニーとロンを見送った後、ハリーが少しだけ目を伏せたので、シャーロットとジニーは顔を見合わせて、二人でハリーに声を掛け合った。

「ハリー、大丈夫よ。あの二人ならすぐに来るわ」

「早く行きましょう。二人の席を取っておかないと」

「そうだね」

ハリーが笑ったので、二人はホッと胸を撫で下ろし、それぞれの荷物を抱えて通路を歩き始めた。

コンパートメントはどこも満席だった。生徒の多くがハリーを興味深げに見つめており、シャーロットは嫌な気分になった。

最後尾の車両でネビル・ロングボトムに出会った。

「やあ、ハリー、ジニー。どこもいっぱいだ……」

「こんにちは、ネビル。私には挨拶なし?」

シャーロットがちょっと膨れながら声をかけると、ネビルが昨日のみんなと同じように呆然とした。

「え、ええー!シャーロット?君、どうしちゃったの?」

「ちょっと痩せて、髪を切っただけ!あ、ここ空いてるわ。座らせてもらいましょう」

シャーロットは呆然としているネビルを押し付けるようにして狭い通路を通り、コンパートメントを覗いて言った。ネビルがそれを見て、邪魔をしたくないとかなんとかいっていたが、構わずに戸を開けた。

「こんにちは」

そこに座っていたのはブロンドの女の子だった。バタービールのコルクを繋ぎ合わせたネックレスを掛け、雑誌を逆さまに読んでいる。シャーロットはその姿を見て、ニッコリ笑って声をかけた。

「こんにちは。レイブンクローのルーナ・ラブグッドね?私、グリフィンドールのシャーロットよ。こっちはハリーとネビル。ジニーは同じ学年だから知ってるわね?申し訳ないけど、ここに座ってもいいかしら?」

ルーナがじっと四人を見て、ゆっくりと頷いた。

「ありがとう」

シャーロットとジニーが同時にそう言った。ハリーとネビルはなんだか居心地が悪そうにしながらコンパートメントに入り、荷物を棚に上げた。

「ルーナ、いい休みだった?」

ジニーがルーナに声をかけた。

「うん。うん。とっても楽しかったよ。あんた、ハリー・ポッターだ」

ルーナが夢見るような声でそう言った。

「知ってるよ」

ハリーがそう答えたため、シャーロットとネビルは同時にクスクス笑った。

汽車は勢いよく走り続けた。ネビルが誕生日にもらったという貴重な植物を見せたり、その植物が液体を噴出するのが分かったが、シャーロットの意識は汽車の揺れに合わせてゆっくりと闇の中へ落ちていった。

 

 

 

「あなたは私。私はあなた」

声が響く。シャーロットはうつむいて耳を押さえた。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!聞きたくない!

「逃げるな!こっちへ来い!」

自分とは思えない声が耳奥へと入ってくる。これ以上は聞きたくない。逃げたい、逃げたい!

「逃げられると思ってた?」

すぐそばで声が聞こえ、シャーロットは顔を上げた。そこには唇を歪めて笑う自分自身がシャーロットを見ていた。

「あなたはひとりぼっちよ。永遠に。」

 

 

「シャーロット!」

誰かに呼ばれてシャーロットの意識はようやく光の中へ戻ってきた。ハッと顔を上げる。目の前に心配そうな表情のロンの姿があった。ロンだけではなく、その場の全員が心配そうにシャーロットを見つめていた。

「あ、ごめん、私、寝てた?」

「シャーロット、本当に大丈夫?かなりうなされていたわよ」

ジニーがそう言ったため、シャーロットは顔を渋くさせて答えた。

「ごめん。最近嫌な夢ばかり見るの。大丈夫だから。心配しないで。」

大きくため息をつくと、窓に寄りかかった。

「何か食べなよ、シャーロット。僕さっきお菓子買ったんだ。蛙チョコなら余ってるよ」

ネビルがそう言ってごそごそとポケットを探ったとき、コンパートメントの戸が開いた。シャーロットはチラリと視線を向け、うんざりした。ドラコ・マルフォイといつもの腰巾着、クラッブとゴイルだった。

「なんだい?」

ハリーが先に突っかかった。

「礼儀正しくだ、ポッター。さもないと罰則だぞ」

マルフォイの気取った声が鼻につき、シャーロットはただでさえ貯まっていたイライラが更に増すのを感じた。

「教えてくれ。ウィーズリーの下につくというのは、ポッター、どんな気分だ?」

「減らず口を閉じなさい、マルフォイ。痛い目にあいたいの?」

シャーロットが鋭い目でマルフォイを睨むと、マルフォイは一瞬首をかしげた後、大きく目を見開いた。

「お前、ダンブルドアか?」

「さっさと帰りなさい。マルフォイ。自分の場所へ。あなたのパパはここでは守ってくれないわよ」

マルフォイの唇が歪んだ。全員に憎々しげな一瞥を投げて、ようやく出ていった。

汽車は北へ北へと進んでいった。みんなで着替えを済ませると、ロンとハーマイオニーは監督生の仕事があるため、コンパートメントを出ていってしまった。

やがて、汽車が速度を落とし始めた。ハリーと一緒にホームに降り立つ。

ホームではきびきびとした女性の声が呼び掛けていた。

「一年生はこっちに並んで!一年生は全員こっちにおいで!」

ハリーが驚きで思わず声を上げた。

「ハグリッドはどこ?」

「分からないわ。ハリー、とりあえず出ましょう。馬車に乗らないと。もしかしたら風邪とかで学校で待ってるかも」

シャーロットはハリーを引っ張って馬車の方へ向かった。ハリーがハグリッドに会うことを楽しみにしていたのは知っているが、ハグリッドは恐らくホグワーツにはいない。急かすようにして馬車へと押し出した。途中でハーマイオニーやロンと合流して、ようやく一行はホグワーツへと出発した。

「みんな、グラブリー・プランクばあさんを見た?いったい何しに戻ってきたのかしら?ハグリッドが辞めるはずはないわよね?」

「辞めたらあたしは嬉しいけど。あんまりいい先生じゃないもン」

ルーナの言葉に、ハリー、ロン、ジニー、シャーロットが大声で、

「いい先生だ!」

と答えた。唯一何も言わなかったハーマイオニーはハリーに睨まれて、慌てて咳払いをした。

「えーと……そう……とってもいいわ」

そうこうしながらも、ようやく馬車はホグワーツへと着いた。シャーロットはハリーと一緒にハグリッドの小屋を見た。小屋はどう見ても人の気配を感じなかった。ハリーの不安の色が濃くなってきた。

玄関ホールから大広間へ向かう。レイブンクローのテーブルのところでルーナがふらりと離れようとしたため、シャーロットは声を掛けた。

「またね、ルーナ。今度一緒にゆっくりお話しましょう」

と声をかけると、ルーナは夢見るようにぼんやりと頷き、離れていった。

「あなた、あの子と親しいの?」

ハーマイオニーはルーナに声を掛けた様子を見ていたらしく、眉をひそめながら聞いてきた。

「ううん。今日が初対面よ。でも、ルーナって、なんだか魅力的じゃない?面白いし」

「本気?なんで、あんな、なんていうか……」

ハーマイオニーはどう言おうか迷っていたが、結局うまく言えないようで黙ってしまった。

ハリーとロンはハグリッドの姿が見えないことに不安を隠せずソワソワしていたので、シャーロットが小さな声で話しかけた。

「多分、まだ戻ってきてないのよ。ダンブルドアが何かこの夏に仕事をお願いしてたから……」

「そうか、うん、きっとそうだ」

ロンが無理やり自分を納得させるように頷いたが、ハリーとハーマイオニーは職員席を端から端までじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アンブリッジ

 

 

 

「あの人、誰?」

ハーマイオニーが教職員テーブルの真ん中を指差した。シャーロットはそこにいる人物を見て、思わず呻いた。けばけばしいピンク色の服、弛んだ瞼と飛び出した両眼、まるでガマガエルのようなずんぐりした女だ。

「アンブリッジ」

「アンブリッジって女だ!」

シャーロットとハリーが同時に声をあげた。

「誰?」

「僕の尋問にいた。ファッジの下で働いている!」

「カーディガンがいいねぇ」

ニヤリとするロンの横で、シャーロットは苦々しく口を開いた。

「確か、魔法省の上級次官とかよ。反人狼法を作った人。それでルーピン先生はとても苦労してるはず……」

「いったいどうしてここにいるの?」

四人でコソコソ話していると、グラブリー・プランク先生が一年生を率いて姿を現した。やがて、マクゴナガル先生が組分けの準備を始め、大広間が完全に静まり返る。

組分け帽子の裂け目がパックリ開いて、歌い始めた。

「昔々のその昔、私がまだまだ新しく ホグワーツ校も新しく 気高い学び舎の創始者は……」

帽子が歌い終えると、拍手は起こったが、まるで警告のような内容に生徒たちは戸惑いを隠せずコソコソと話し始めた。マクゴナガル先生が視線で大広間の生徒たちを黙らせ、組分けが始まった。

いつものように一年生が組分けられていく。全て終了する頃には、ロンのお腹が必死に空腹を訴えていた。

ダンブルドアが立ち上がり、挨拶を始めた。

「新入生よ、おめでとう!古顔の諸君よ、おかえり!挨拶するには時がある。今はその時にあらずじゃ。掻っ込め!」

その途端、テーブルにご馳走が現れた。ロンが素早く肉料理を皿に乗せる。シャーロットも笑ってそばにあった野菜料理を引き寄せた。

すぐそばでは「ほとんど首無しニック」が何かを話していたが、シャーロットは静かにゆっくりと料理を味わっていた。ふと、ダンブルドアの方へ目を向ける。ダンブルドアは他の教師と談笑していた。最後にダンブルドアと会話したのは夏休みが始まってすぐだった。正直に言うと、今はあまり予言のことは考えたくない。特に今年は魔法省の間抜けとガマガエルのせいで気が重いのだ。シャーロットが静かにダンブルドアを見つめていると、ふいにダンブルドアがシャーロットの方へ視線を向けた。ダンブルドアとシャーロット、お互いの視線が絡み合う。凍ったような時間が流れた。

「シャーロット、もっと食べなよ」

ロンがそう声をかけてくるまで、二人は無表情に見つめ合っていた。

生徒が食べ終わり、ダンブルドアが再び立ち上がった。例年通り、注意事項を述べていく。そして、

「今年は先生が二人替わった。グラブリー・プランク先生がお戻りになったのを心から歓迎申し上げる。『魔法生物飼育学』の担当じゃ。さらにご紹介するのが、アンブリッジ先生、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教授じゃ」

二人の新任教授を紹介し、あまり熱のこもらない拍手が起きた。

ダンブルドアが話を続けようとしたその時だった。

「ェヘン、ェヘン」

アンブリッジが立ち上がり、咳払いを始めた。どうやらスピーチをしたいらしい。その様子を見てダンブルドアは優雅に腰掛けたが、他の教師は苦々しい顔をした。

「校長先生、歓迎の言葉恐れ入ります」

甲高い声が響き渡り、シャーロットは今すぐ耳栓をしたくなった。ハリーも嫌悪感からか、顔を強張らせた。

「魔法省は、若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であると、常にそう考えてきました。……」

無味乾燥な話し方のスピーチが続く。教師は熱心に聞いていたが、生徒たちは顔を寄せておしゃべりを始めた。ダンブルドアが話すときはいつも大広間はしんとしているのに、今はそれが崩れている。アンブリッジはそんな様子に構わずに話を続けた。ハーマイオニーは苦々しげな顔で話を聞いている。ハッフルパフのアーニー・マクラミンが死んだような目でアンブリッジを見つめていて、シャーロットは今の自分がアーニーと同じ目をしているに違いないと確信した。

ようやくアンブリッジが話し終わり席に着いた。パラパラと拍手が起きたが、シャーロットは絶対に手を動かさなかった。

ようやく、いつもより長く感じた宴会が終わった。ダンブルドアがお開きを宣言し、みんなが立ち上がる。ロンとハーマイオニーは一年生の道案内のため、慌てて動き始めた。

ハリーとシャーロットは二人で大広間から抜け出す。何人かの生徒がハリーを指差して、囁き合うのが分かった。

「ハリー。気にしちゃダメよ。ね?」

「……ああ。大丈夫さ」

そう言ったが、ハリーの顔は暗かった。

グリフィンドールの談話室はいつも通り温かく迎えてくれた。ハリーにおやすみと手を振って、女子寮に入っていく。ベッドの上ではイライザがシャーロットを待っていた。

「イライザ。こっちへいらっしゃい」

そう呼び掛けると、イライザが甘えるように体を寄せてきたので、ゆっくりと撫でた。撫でていくうちに、少しだけ心が落ち着いた。

その後、ラベンダーとパーバティが揃って部屋へ入ってきた。

「久しぶり、シャーロット」

「元気、そうじゃないわね」

「二人とも久しぶり。夏休みは楽しかった?」

二人はシャーロットの問いかけに答えず、矢継ぎ早に話しかけてきた。

「シャーロット、なんでそんなに痩せてるの?」

「それに、髪!切っちゃったの?シャーロットの髪、綺麗だったのに……」

何度も言われた言葉に、シャーロットは着替えを準備しながらも苦笑した。

「夏休みの間、ちょっと体調が悪かっただけよ。髪も気分転換に切っただけ。それよりハーマイオニーはまだかしら?」

「ハーマイオニー?多分一年生の誘導に手間取ってるんじゃない?そうそう、私、監督生になったのはハリーとシャーロットだと思ってたわ。」

「えー?」

ラベンダーの言葉にシャーロットは笑った。

「ハリーはともかく、私?」

「あなたもハーマイオニーも勉強はできるけど、あなたの方が上じゃない?」

「でも、私よりはハーマイオニーの方が真面目だし、監督生にピッタリじゃない。ダンブルドアはそこを重要視したんだと思うわ。」

シャーロットは話しながら、パジャマに着替えた。

「私、もう寝るね」

「え?もう?」

「昨日あまり眠れなかったの。おやすみ」

早々とベッドに横になる。すぐに瞼が重くなってきた。眠りに落ちる直前、戻ってきたらしいハーマイオニーとラベンダーの何かを言い争う声が聞こえた。しかし、気にする余裕はなく、そのまま眠りの世界へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

疲れからか、その夜は久しぶりに夢を見なかった。翌日、ハーマイオニーと二人で朝食へ向かうと、ハリーとロンは不機嫌そうにしていた。どうやら昨夜、シェーマスと言い争ったらしい。シェーマスはハリーの事を信じていないようだった。腹を立てるハリーを見て、ハーマイオニーがため息をついた。

「ええ、ラベンダーもそう思ってるのよ」

「へ?そうなの?」

シャーロットも驚いてハーマイオニーの方を見た。

「僕が嘘つきで目立ちたがり屋の間抜けかどうか、ラベンダーと楽しくおしゃべりしたんだろう?」

ハリーが大声で言ったため、シャーロットは顔をしかめた。

「違うわ。ハリーのことについてはあんたのお節介な大口を閉じろって、私はそう言ってやったわ。ハリー、私たちにカリカリするのは、お願いだから、やめてくれないかしら。だって、もし気づいてないなら言いますけどね、ロンもシャーロットも私もあなたの味方なのよ」

ハーマイオニーがそう言うと、一瞬間が空いた。シャーロットはニッコリ笑った。

「ごめん」

ハリーが小さな声で言った後、四人は揃って朝食へ向かった。

大広間は憂鬱な雨雲が天井を占めていた。シャーロットは少しずつトーストやベーコンを口にしていく。隣ではハリーとアンジェリーナが何事か話しており、ハーマイオニーはフクロウから日刊預言者新聞を受け取って顔を隠すように読んでいた。マクゴナガル先生がテーブルを周り、時間割りを渡している。シャーロットも受け取って時間割りをチェックした。今日は『魔法史』『魔法薬学』『闇の魔術に対する防衛術』がある。ロンが呻いた。

「フレッドとジョージが急いで『ずる休みスナックボックス』を完成してくれりゃなあ」

その時ちょうどフレッドとジョージが現れた。

「よかったら、『鼻血ヌルヌル・ヌガー』を安くしとくぜ」

「どうして安いんだ?」

「なぜならばだ、体が萎びるまで鼻血が止まらない。まだ解毒剤がない」

ジョージがそう言ったため、シャーロットが口を挟んだ。

「フレッド、ジョージ。それなら、私がこの夏休みに作成した薬が鼻血を止める作用があるから、貸しましょうか?何かヒントになるかも……」

その言葉にフレッドとジョージは大喜びした。ハーマイオニーがキッと睨み付けてきたため、シャーロットは慌てて食事に熱中するふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の授業は平和に流れた。『魔法薬学』でいつも通りスネイプ先生がハリーをいびったのは別として。

流れが変わったのは午後からの『闇の魔術に対する防衛術』からだった。アンブリッジの授業は絶望的につまらない。ただ教科書を読むだけの単調な授業なのだ。シャーロットは耳栓とアイマスクを持ってこようかしらと半ば本気で考え始めた。居眠りする方が有意義な時間を過ごせる気がする。

やがて、その授業の目的に疑問を持ち始めたハーマイオニーが手を上げた。

「『闇の魔術に対する防衛術』の真の狙いは、間違いなく、防衛呪文の練習をすることではありませんか?」

ハーマイオニーの質問に、アンブリッジは涼しい顔で何かごちゃごちゃ言っていた。やがて、ハーマイオニーだけでなく、他の生徒たちも疑問をを感じたのか、手を上げて質問を始める。アンブリッジが穏やかに笑いながら

「理論を十分に勉強すれば、試験という慎重に整えられた条件の下で、呪文がかけられないということはありえません。」

などとほざいた。シャーロットは静かに聞いていたが、ハリーはヴォルデモートの復活を信じようとしないアンブリッジに我慢が出来なかったらしい。ハリーが手を上げた瞬間、シャーロットはハリーの上着を掴み制しようとした。しかし、ハリーはそれに構わず声を上げる。

「あいつは死んでいなかった。だけど、ああ、蘇ったんだ!」

シャーロットは呻いた。

「罰則です!ミスター・ポッター!明日の夕方、五時。私の部屋で。」

アンブリッジは何かを羊皮紙に綴ると、ハリーを教室から退出させた。シャーロットはその様子をじっと見ていたが、ハリーはこちらを見ようともせずに、大股で歩いて教室を出ていった。

 

 

 

 

 

「ダンブルドアはどうしてこんなことを許したの!?」

ハーマイオニーが談話室で叫んだ。クルックシャンクスが驚いて飛び上がり、肘掛け椅子に座っていたシャーロットの膝に逃げるように乗ってきた。

「あんなひどい女に、どうして教えさせるの?しかもOWLの年に!」

ハリーもハーマイオニーも怒りでカリカリしている。

「もう、やめましょう。ハーマイオニー。私達が何を言ってもムダよ。それよりも宿題をしなくちゃ……」

シャーロットはなだめながら、暖炉近くの椅子に座り直し、教科書を開いた。どの先生も山のように宿題を出しているのだ。少しでも進めなければ終わらない。

ビンズ先生の巨人戦争のレポートを書きながら、フレッドとジョージが何かハーマイオニーに怒られていたが気がつかないふりをした。

ハリー、ロン、ハーマイオニーが眠った後も、シャーロットは宿題を続けた。後になって後悔するのは嫌だし、今年はやるべきことがたくさんあるのだ。時々目を擦りながらも、羽根ペンを動かし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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罰則と秘密の特訓

 

翌日は昨日と同じようにどんよりと曇っており、シャーロットの顔色も負けず劣らず暗かった。どの授業でも、先生方はOWL試験の重要性を繰り返し、大量の宿題を出していった。宿題の量に気が重くなりながらも、マクゴナガル先生の『消失呪文』の授業では一発でカタツムリの消失に成功し、更にはネズミから子猫まで消失させて見せた。マクゴナガルが滅多に見せない笑顔でグリフィンドールに三十点加点した。ハリーの顔はシャーロットよりも更に暗かった。大量の宿題にパニックになっており、更に『魔法生物飼育学』でグラブリー・プランク先生にハグリッドの事を聞いても教えてくれなかったことで不安が増したらしい。

「僕、ハグリッドに早く帰ってきて欲しい。それだけさ」

「大丈夫よ、ハリー。ダンブルドアはハグリッドを辞めさせなんかしないし、何かがあれば私達に教えてくれるはずだわ。だから、ね?落ち着いて。」

マルフォイが授業の間、挑発するせいで、ハリーはカリカリしている。多分、『魔法生物飼育学』の模範的な授業を受けたということもハリーの不安を増大させているようだ。四人で喋りながら温室を横切ると、四年生たちと鉢合わせした。ジニーとルーナの姿が見える。ルーナはまっすぐハリーのところに来ると、話しかけてきた。

「あたしは、『名前を言ってはいけないあの人』が戻ってきたと信じてるよ。それに、あんたが戦って、あの人から逃げたって、信じてる」

「え……そう」

ハリーはぎこちなく答えたが、シャーロットはパッと顔を輝かせた。ラベンダーとパーバティがルーナのつけているオレンジ蕪のイヤリングを見て笑っていたが、それに構わず話しかける。

「ルーナ、そのイヤリング素敵よ。とっても」

シャーロットがそう言うと、ルーナはふわりと笑い、

「ありがと」

と言って、のんびりと立ち去っていった。

「ね、言ったでしょう?ルーナってとっても魅力的だわ!」

「それに、僕を信じてくれるたった一人の人だ」

ハリーは戸惑いながらもそう言ったが、ハーマイオニーは理解できないとでも言うように首を振った。

「何言ってるの、あの子よりましな人がいるでしょう?ジニーがあの子の事をいろいろと教えてくれたけど、どうやら全然証拠がないものしか信じられないらしいわ。……」

ハーマイオニーが話していると、アーニー・マクラミンが近づいてきた。

「言っておきたいんだけど、君を支持しているのは変なのばかりじゃない。僕も君を百パーセント信じる。僕の家族はいつもダンブルドアを強く支持してきたし、僕もそうだ」

「え……ありがとう、アーニー」

ハリーは嬉しそうに微笑んだ。シャーロットもハリーに少しだけ笑顔が戻ってきたのを見て、ホッとした。

 

 

 

 

 

夕食はできるだけ多く、腹に詰め込むように摂取した。これから体力を使うのだ。天井をちらりと見る。雨は降りそうだが、仕方ない。

夕食後、ハリーは罰則のためにアンブリッジの部屋へ向かった。シャーロットはロンの肩を叩いた。

「ロン、行くわよ」

「へ?どこに?」

「……選抜の練習」

ロンの耳元でこっそり囁くと、ロンがハッとしたようにシャーロットを見てきた。

「私も付き合うわ。残念ながら教えることはできないけど……」

「シャーロット、でも、いいの?君も宿題が……」

「何とかなる!さあ、行くわよ。箒を持って、早く!」

ハーマイオニーやフレッド、ジョージに見つからないようにしながら、二人はコソコソと寮から出ていった。

クィディッチの競技場は静まり返っている。シャーロットは学校の備品の『流れ星』とありったけのクァッフルを用意した。ロンは新しい箒を持ち、ゴールの前に立つ。二人はゆっくりと浮かび上がった。

「ロン。私は残念ながらクィディッチの教師にはなれないの。経験もないし。だから、とりあえずこうしましょう」

シャーロットがクァッフルではなく、杖を手にしたため、ロンが首をかしげた。

「うわあ、シャーロット!ちょっ、待っ……」

「待たない」

シャーロットはそう言い放ち、杖を振るった。シャーロットの杖の動きに合わせて、クァッフルが次々とロンの方へ飛んでいく。ロンが避けたため、シャーロットは怒鳴った。

「ロン!何してるのよ!クァッフルを受け止めて!」

「あっ、そうか!」

ロンが今気づいたように避けるのをやめてクァッフルを受け止める。シャーロットは次のクァッフルをゴールへ飛ばした。

「さあ、ロン!止めたクァッフルは下に落として。私がゴールを決めるからどんどん邪魔するのよ!」

「う、うん!」

ロンは戸惑ったように、縦に横にと飛びながらクァッフルを受け止める。シャーロットは時々怒鳴りながら、次々とゴールの方へクァッフルを飛ばしていった。

「……疲れた」

「そうね。でも、練習にはなったんじゃない?」

二時間ほど練習をして二人は寮へと戻っていった。

「明日もやるでしょう?」

「……うん。シャーロット、明日もいいの?」

「モチのロン!」

シャーロットがニヤリとすると、ロンが安心したように笑った。

 

 

 

 

真夜中、シャーロットは1人で宿題を進めていた。疲れが貯まっていたが、とにかくどんどん宿題を済ませていきたい。『魔法生物飼育学』のスケッチを完成させていると、ハリーが飛び込むように寮へと戻ってきた。

「シャーロット!まだやってたの!?」

「おかえり、ハリー。まあね」

ハリーが手を隠すような仕草をしたため、シャーロットはピンときた。

「……ハリー、手を見せて」

「え、シャーロット。なんだよ、何も無……」

「いいから、見せなさい!」

ハリーは嫌がっていたが、シャーロットが怒鳴ったため、渋々手をシャーロットの前に突き出した。その手は赤いミミズ腫れが残っていた。シャーロットは怒りが全身を満たすのを感じた。ハリーが何かを言おうとしたが、遮った。

「何も言わなくていい!ちょっとこのままで待ってて。いい?」

シャーロットはスーツケースからボウルと小瓶と小さな容器を取り出した。まずはボウルにお湯を注ぐ。小瓶に入っている液体を10滴ほど垂らすと、ハリーの手を掴み、ゆっくりとボウルの中に入れていった。

「うわ、シャーロット、これ何?」

ハリーはボウルに手を入れた瞬間、痛みが消えてなくなるのを感じ、思わず声を出した。

「ちょっとした薬よ。痛みはすぐに消えるわ。それに、特性の軟膏もある。明日には傷は全部治っているはずよ。」

アンブリッジの羽根ペンの罰則はあまりにひどい。シャーロットはボウルの中のハリーの手をゆっくり擦りながら、口を開いた。

「ハリー、あなたは何も言わなくていいわ。でもね、私は言わせて。私、今すぐに、あの女の食事に毒を入れてやりたい」

ハリーは少し笑ったが、シャーロットは半ば真剣だった。その後はハリーの手全体に軟膏を塗りたくり、寝室に追いやった。

 

 

 

 

翌日もそのまた翌日も宿題は増え続け、ハリーはアンブリッジの罰を受けに行き、シャーロットはロンの練習に付き合った。ハリーにはすでに小瓶の薬と軟膏を渡し、使い方を説明してある。毎晩手は傷つくが、軟膏のおかげで傷跡は残らないようだった。ロンのクィディッチの方は着実に腕を伸ばしている。ロンもそれを感じているのか、宿題が全く進んでいないのに顔は明るかった。

「僕、本当に選抜受かるかも!」

「受かるに決まってるわ。まあ、あとの問題はあなたのあがり症くらいね」

二人で話しながら、階段を下りていると、ハリーと鉢合わせた。ロンは慌てて箒を背中に隠そうとするが、もう遅い。

「ロン、シャーロット?何してるの?何を隠してるんだい?」

シャーロットは苦笑した。ロンは顔を真っ赤に染めながら、とうとう夜のクィディッチ特訓の事を白状した。

「それ、素晴らしいよ!君がチームに入ったらほんとにグーだ!」

ハリーは嬉しそうにそう言ったため、ロンが心の底から安心したようにホッと息をついた。

「ハリー、君の手の甲、それ、何?」

今度はロンが鋭く指摘した。ハリーは手を隠そうとしたが、ロンがハリーの手を掴む方が早かった。ハリーの方も早々にアンブリッジのあくどい罰を白状した。

「あの鬼ばばぁ!」

ロンが怒りで眉を吊り上げた。マクゴナガル先生やダンブルドアに訴えるように言ったが、ハリーは頑なにそれを拒んだ。

「僕を降参させたなんて、あの女が満足するのはまっぴらだ。それに、見た目ほど悪くないよ。シャーロットが薬をくれたから傷跡も次の日には消えるし……」

三人で話しながら、グリフィンドールの寮へと戻っていった。

 

 

 

 

今日はとうとうクィディッチの選抜試験だ。ハリーは暗い顔でアンブリッジの部屋へ向かった。アンジェリーナは罰則のためにハリーが来ないことで怒りで顔が赤くなっていたが、来れないものはしょうがない。

シャーロットは競技場のすみっこで選抜試験の様子を見守った。ロンは最初はぎこちない動きを繰り返し、クァッフルを受け止めきれずシャーロットはヒヤヒヤした。しかし、途中から波に乗ってきたらしく、素晴らしい飛びっぷりを見せた。キーパー候補の中にはロン以上の技術者はいたが、アンジェリーナ達は様々な事情を考慮してロンがキーパーに決定した。

「おめでとう!ロン」

「ありがと、シャーロット!」

「今夜はお祝いね!」

シャーロットはニッコリ笑って、先に寮へと戻っていった。

 

 

 

 

その夜、久しぶりにグリフィンドールは賑やかだった。ハリーも罰則から帰ってきて、ロンがキーパーになったことを喜んだ。しかし、ハリーの表情にはどこか陰りがあった。その理由は真夜中に分かった。

「額の傷が傷んだ?」

「『例のあの人』がクィレルをコントロールしたみたいに、アンブリッジをコントロールしてるんじゃないかって心配なの?」

ハーマイオニーが訝しげに口を挟んだ。

「可能性はあるだろう?」

「単なる偶然じゃない?」

シャーロットがそう言ったものの、ハリーは難しい顔をしていた。ハーマイオニーがダンブルドアに言うように助言するも、ハリーは首を振った。

「僕、シリウスに手紙を書いてこのことを教えるよ。シリウスがどう考えるか……」

「ハリー、ダメよ。ふくろうは途中で捕まる恐れがあるわ!」

シャーロットがそう言うと、ハリーはイライラしたように立ち上がった。

「分かった分かった。じゃ、シリウスには教えないよ!僕、寝る。」

ハリーはとぼとぼと男子寮へと向かい、シャーロットはため息をついた。

 

 

 

 

 

翌日の空は晴れ渡っており、ハリーの気持ちは少しだけ上昇したようだ。クィディッチの練習のため、ハリーとロンは連れ立って競技場へ向かった。シャーロットとハーマイオニーは黙々と宿題をこなしていった。

数時間後、ロンは暗い顔で寮へと戻ってきた。あまり練習が上手くいかなかったらしい。

「そりゃ、初めての練習じゃない。時間がかかるわよ。そのうち……」

「めちゃめちゃにしたのが僕だなんて言ったか?」

ロンはハーマイオニーに噛みつくようにそう言って、荒々しく男子寮へと戻ってしまった。

翌日、シャーロットは山のような宿題を全て終了させて、談話室の肘掛け椅子の上でトロトロしていた。全く手をつけていないに等しいハリーとロンの宿題を手伝うためだ。丸写しはさせられないが、ハリーとロンが質問したときにはすぐに答え、時にはヒントを与え続けた。お昼頃、思いがけない人物からロンへ手紙が届いた。パーシーからだ。ロンはしかめっ面をしながらそれを読み、シャーロットは手紙の内容が想像できて、口を尖らせた。思った通り、監督生就任祝いとハリーと離れるように進言していた。

「あいつは、世界中で、一番の、大バカヤロだ!」

ロンが手紙を八つ裂きにして暖炉に投げ込んだ。ハリーの顔がますます暗くなった。

手紙のことは無理やり頭の隅に追いやり、宿題を進ませた。ハーマイオニーも混じって、レポートに目を通していく。

夕方、シャーロットは夕食には行けなさそうだと判断し、立ち上がった。

「ごめん、ちょっと厨房から何か食べ物を貰ってくる。ついでにハリーとロンの宿題に使えそうな本を図書館から借りてくるわ」

「私も行きましょうか?」

「ううん。大丈夫。ハーマイオニーはこのレポートをもう一回見てて。」

ハリーのレポートを手渡すと、シャーロットはたくさん荷物が入れられるようにスーツケースを持ち、寮から出ていった。

厨房に行くため、階段を降りていると、一番会いたくない人物と鉢合わせしてしまった。アンブリッジだ。

「まあ、ミス・ダンブルドア!ちょうどよかったわ。私の部屋へいらっしゃい。あなたと一度話してみたいと思っていたのよ」

「あー、先生。私、夕食に……」

「少しだけよ。すぐに済みますからね。」

ニタニタとした笑顔でアンブリッジが有無を言わせぬようにシャーロットの手を取り、歩き始めた。この女、絶対に何かを企んでくる。シャーロットは慌てて声をかけた。

「アンブリッジ先生!分かりました!でも、先にトイレに行かせてください。もう我慢出来ないんです!」

「トイレ?」

「申し訳ありませんが、先生はトイレの前で待ってていただけませんか?すぐに済みますから!」

そう言うと、アンブリッジは渋々トイレの方向へ進路を変えた。そのまま女子トイレに向かい、シャーロットは足早にそこに入る。アンブリッジは絶対にここから動くものかと言わんばかりにトイレの前で見張っていた。シャーロットはその様子を見て、ため息を一つつく。予想していた展開だ。スーツケースを持っていて良かった。なるべく早くスーツケースの中に入り、目的のものを取り出す。そして、堂々とトイレから出ていった。

「お待たせしました、アンブリッジ先生」

「では、ミス・ダンブルドア。参りましょう」

二人は連れ立ってアンブリッジの部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アンブリッジの人生最悪の日

 

「さあ、ミス・ダンブルドア。お座りなさい。」

シャーロットはアンブリッジの部屋に足を踏み入れた。悪趣味なカーテンやレースが視界に入る。飾り皿のコレクションにはリボンを結んだ子猫の絵が描いてあった。

「何を飲みたいかしら?紅茶?コーヒー?かぼちゃジュース?」

「……かぼちゃジュースをお願いします」

それを聞いたアンブリッジは大袈裟な身ぶりでグラスにかぼちゃジュースを用意した。

「どうぞ。さあ、お飲みなさい」

アンブリッジはまるでうまそうな蝿を目の前にしたガマガエルのようにニタニタと笑いながら、グラスを差し出した。また、自分用にも紅茶を入れ、ゆっくりと口に含んだ。

シャーロットは目の前のかぼちゃジュースを見つめる。おそらく中には何かが入っているはずだ。最有力なのは真実薬だろう。スネイプ先生が渡したものなら偽物でもある可能性はあるが、飲まないのが賢明だ。

「どうしたの?さあ、お飲みなさい!」

アンブリッジが強引に促す。シャーロットは深呼吸をすると、グラスを口元に持っていき、一口飲むふりをした。唇は固く結んだままだ。アンブリッジはニターっと口を横に広げた。

「さて、ミス・ダンブルドア。あなたとは一度お話をしてみたいと思っていたの。じゃあ、聞かせて?」

アンブリッジは一呼吸おいてから口を開いた。

「ダンブルドア、校長先生は何を考えているの?何を魔法省に隠してるのかしら?」

シャーロットはかぼちゃジュースに真実薬が入っている事を確信した。

「……校長先生はいつでも生徒の事を一番に考えてますよ」

シャーロットの答えにアンブリッジは少し顔を渋くさせた。直後にまたしてもニタニタと笑顔を見せる。

「さあ、もっとお飲みなさい、ダンブルドア。さあ、もっとお話を……」

面倒くさいことになった。シャーロットはアンブリッジをチラリと見てから、かぼちゃジュースに視線を移す。真実薬の解毒剤など持っていない。今、持っているのは……。シャーロットは少し考えてから、そのまま、グラスをテーブルの上に落とした。派手な音をたてて、グラスは粉々に砕けた。

「きゃっ!」

「あ、先生、すみません。ついうっかり」

テーブルの上にかぼちゃジュースが飛び散る。アンブリッジのピンクの服にもオレンジ色の液体がかかった。アンブリッジが口をひきつらせて、怒りを抑えるように言った。

「よろしいのよ、ダンブルドア。だれでもうっかりはありますものね。新しいジュースを準備しましょう。」

アンブリッジが新しいグラスを用意するためシャーロットに背中を向ける。それを見逃さず、シャーロットはポケットから小瓶を取り出し、アンブリッジの紅茶に中の液体をほんの2、3滴落とした。続けてたまたま持ってたヌガーを素早く飲み込む。飲み込んだ瞬間、アンブリッジがクルリとこちらを向き、せかせかとやって来た。

「さあ、ミス・ダンブルドア。新しいジュースよ。召し上が……、きゃーっ!?」

アンブリッジが悲鳴を上げた。突然シャーロットの鼻からドクドクと血が滴り始めたせいだ。シャーロットはハンカチを取り出し、鼻を押さえた。それでも鼻血は止まらず、次から次へと出てくる。ハンカチはすぐに真っ赤に染まった。

「ミ、ミス・ダンブルドア、どう……」

「すみません、先生。私、よく考えたらかぼちゃアレルギーでした。医務室に行きます!」

シャーロットは鼻を押さえながらスーツケースを抱えて飛び出していった。さすがにアンブリッジは引き留めなかった。

「ああ、もう!」

アンブリッジは怒りで鼻息をフンと鳴らした。私としたことが、あの小娘に逃げられた。まあいい。いくらでもチャンスはあるのだ。アンブリッジはニタリと笑い、そばにあった冷めた紅茶を一気に飲み干した。

シャーロットは医務室ではなく寮へと飛び込んだ。

「シャーロット!?どうしたのよ?」

「フレッド、ジョージ!解毒剤!解毒剤!」

ハーマイオニーが声をかけてくるがそれに構わずフレッドとジョージに声をかける。

「うわ、シャーロット!?なんだよ?!」

「いいから、解毒剤!鼻血ヌルヌル・ヌガーの!」

ジョージが慌てて解毒剤を渡してくれて、シャーロットは一気に飲み込んだ。解毒剤を作ってあって良かった。行き当たりばったりの計画だったが、とりあえずあのガマガエルから逃げるのは成功した。

「シャーロット?いったい何があったの?」

ハーマイオニーが不思議そうに聞いてくるが、それに答える気力もなく、シャーロットは黙って顔についた血をぬぐった。

その後は細心の注意を払いながらもう一度厨房へ行き、食べ物を貰ってきた。真夜中過ぎ、ちょっとした事件が起こった。

「シリウス!」

暖炉の炎の中にシリウスの顔が現れて、シャーロットは呆れた。ハリーは結局シリウスに手紙を書いたらしい。シリウスはアンブリッジのこと、魔法省の企みを話してくれた。

「魔法省内部からの情報によればファッジは君たちに戦う訓練をさせたくないらしい……」

その言葉に四人は呆然となった。また、シリウスもハグリッドの事を何も聞いていないらしく、ハリーは不安そうな表情をした。

 

 

 

 

 

翌朝、日刊預言者新聞にはアンブリッジの顔がデカデカと載っていた。

『魔法省、教育改革に乗り出す ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命』

とんでもない記事に、学校中がざわざわしていた。アンブリッジは今日から授業を査察するらしい。

「最悪だわ……」

シャーロットは顔をしかめながらも、昨日アンブリッジに仕掛けた罠を思い出してこっそりニヤリとした。上手くいけば、絶好のタイミングで……。

「さ、行きましょう。早く行かなくちゃ。」

ハーマイオニーがさっと立ち上がったため、シャーロットも慌てて食事を終わらせた。

その日の授業にはアンブリッジは査察に来なかった。ハリーとロンによるとトレローニーの授業にアンブリッジが姿を現したらしい。シャーロットは詳しいことを『闇の魔術に対する防衛術』の教室で聞こうとしたが、その前にアンブリッジが「静粛に」と声をかけた。

「杖をしまってね。前回の授業で第一章は終わりましたから。今日は……」

アンブリッジが言葉を続けていると、またしてもハーマイオニーが手を上げた。

「この本は全部読んでしまいました」

アンブリッジがハーマイオニーの言葉を聞いて質問をする。ハーマイオニーが正確に答えて、アンブリッジの眉がつり上がった。シャーロットはニヤリとした。ハーマイオニーは堂々とアンブリッジに意見を発した。

「スリンクハード先生は呪いそのものが嫌いなのではありませんか……」

ハーマイオニーの反論に、アンブリッジは不機嫌を隠さずハーマイオニーからグリフィンドールを五点減点し、ハリーが怒った。

「理由は?」

「埒もないことで私の授業を中断し、乱したからです……」

そのままクィレルの事を持ち出して、過去の教師の事を批判したため、ハリーが大声で

「ああ、クィレル先生は素晴らしい先生でしたとも。ただ、ちょっとだけ欠点があって、ヴォルデモート卿が後頭部から飛び出していたけど」

と言ってしまった。その途端、恐ろしい沈黙が訪れた。そして、アンブリッジが口を開いた。

「あなたには、もう一週間―――」

おそらくハリーに罰則を科そうとしたのだろう。しかし、アンブリッジは言葉の途中で止まった。そのまま息をつまらせたように顔が膨らむ。シャーロットはこっそりニヤリと笑った。なかなかいいタイミングだ。教室の生徒達は突然言葉を切ったアンブリッジを不思議そうに見つめていた。やがて、アンブリッジが口を開く。その口からは、

「ゲロ、ゲロゲロゲロゲロ、クワッ、クワッ」

と、まるでカエルのような鳴き声が出てきた。生徒たちがざわめく。アンブリッジが慌てて何かを言おうとするが、声ではなく、

「ゲロゲロ、ゲーロ」

ひたすらにカエルの声が漏れた。アンブリッジはオロオロしたあと、口元を手で押さえ、声が漏れないようにしながら教室から飛び出してしまった。生徒たちはそんな姿を見て、大爆笑した。おそらく、廊下を走っているアンブリッジにも聞こえているだろう。

「なにあれ?」

「嘘だろう、だれがあんな事?」

「本当にガマガエルみたいだったな!」

ハリーも先程のアンブリッジの発言を忘れて、大きな声で笑った。ハーマイオニーだけは疑わしそうにシャーロットの方を見てきた。

「シャーロット、あなたじゃないわよね?」

「え?まさか。私、アンブリッジに近づいていないでしょう?杖もこの教室では一度も取り出していないわ」

シャーロットはドキリとしたが、平然と答えた。ハーマイオニーは納得したのか、少しだけ笑った。

「傑作だったわ」

シャーロットもハーマイオニーと一緒に笑った。

昨夜、アンブリッジの部屋で、紅茶に仕込んだのはハリーの手にも使った痛み止めの薬だ。一年ほど前に作成したシャーロット特性のただの痛み止めだが、口に入れると自分の声がカエルになってしまうのは本当に誤算だった。しかし、物は使いようだ。遅効性だが、素晴らしいタイミングで効果が出てきた。シャーロットはみんなと笑い合った。

その後の授業はもちろん中止となった。

 

 

 

 

 

アンブリッジは訳が分からなかった。医務室に駆け込むと、マダム・ポンフリーは見たこともない症状に首をひねった。とりあえずは医務室に入院となったが、屈辱で体が震えた。アンブリッジが教室を出ていくときの生徒の笑い声ときたら!本当に今日は人生最悪の日だ。誰がアンブリッジにこんな屈辱を味わわせたのだろう。誰がやったにしろ、こんなことをした人物は絶対に許せない。必ずその尻尾を掴んでやる。アンブリッジは怒りと憎しみに心が染まるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 







明日からしばらくちょっと更新ができません。気長にお待ち下さい。


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ご褒美

 

 

アンブリッジの授業中の事件はすぐに学校中に広まり、噂が飛び交うようになった。ほとんどの生徒はこっそりクスクス笑っている。アンブリッジは二日ほどで普通の声が出るようになり、医務室から出てきた。その後は広まる噂にピリピリしながら、授業の査察を行っている。

真夜中、ハーマイオニーがためらいがちに口を開いた。

「あのね。ねえ、私、今日考えていたんだけど……」

少し不安げに三人を見てから、思いきったように言葉を続けた。

「そろそろ潮時じゃないかしら。むしろ――むしろ自分達でやるのよ」

「自分達で何をするんだい?」

ハリーが貯まっている宿題に目をやりながら怪訝そうに聞いた。

「あのね、『闇の魔術に対する防衛術』を自習するの」

「いい加減にしろよ。この上まだ勉強させるのか?」

ロンが呻くように反論してきた。

「でも、これは宿題よりずっと大切よ!」

そう言うハーマイオニーは去年SPEWを発足しようとした時と同じ目をしていた。ハーマイオニーの提案は、自分達で『闇の魔術に対する防衛術』の授業をする、という物だった。ようするにクラブ、というか学生組織らしい。

「私たちに必要なのは先生よ。ちゃんとした先生」

その言葉に思い出したのは今まで一番まともで優秀な先生、ルーピンだ。

「ルーピンは騎士団のことで急がしすぎるわ。どっちみち、ホグズミードにいく週末ぐらいしかルーピンに会えないし……」

「じゃ、誰なんだ?」

ハリーの質問に、ハーマイオニーはため息をついた。

「分からない?私、あなた達の事を言ってるのよ。ハリー、シャーロット」

「ん?」

シャーロットは自分の名前が呼ばれたため、ビックリしてハーマイオニーを見つめた。一瞬、沈黙が流れた。ハリーが口を開く。

「僕の何のことを?」

「あなたとシャーロットが『闇の魔術に対する防衛術』を教えるって言ってるの」

ハリーとシャーロットはお互いに無言で見つめ合った。ハーマイオニーが言葉を続ける。

「シャーロット、あなたは言うまでもなく成績は学年トップだわ。それにハリー、あなたも『闇の魔術に対する防衛術』ではトップクラスよ。それに、あなたがこれまでやって来た事を考えて!」

「あは、確かに!」

シャーロットは笑った。

「一年生は『賢者の石』を救ったわね。二年生はバジリスクをやっつけた。リドルの馬鹿を滅ぼしたしね。三年生は……」

「あれは運が良かったんだ!」

ハリーがシャーロットの言葉を遮って大声で言った。ハーマイオニーが口を挟む。

「そう。そして、いつも助けてくれたのはシャーロットよ。あなたもハリーも守護霊の呪文は完璧。だから……」

「こっちの言うことを聞けよ!」

ハリーがまた大声で言って、ハーマイオニーが黙った。

「君たちは分かっちゃいない!君たちはあいつと正面切って対決したことなんかないじゃないか――。まるで授業なんかでやるみたいに、ごっそり呪文を覚えて、あいつに向かって投げつければいいなんて考えているんだろう?」

ハリーはハーマイオニーの提案が軽率だと言わんばかりに大声を出した。シャーロットは黙って見つめていた。ハリーが全てを話し終わったあと、シャーロットは慎重に口を開いた。

「ハリー、だからこそよ。私たちは戦う準備をしなくてはならない」

「分からないの?私たちは知る必要があるの。あの人と直面するってことがどういうことなのか。……ヴォ、ヴォルデモートと」

ハーマイオニーがヴォルデモートの名前を口にしたのは初めてだった。ハリーは少し落ち着いたのか、ゆっくり椅子に座った。

「ねえ、考えてみてね?いい?」

ハーマイオニーはハリーにそう言って、寝室へ入っていく。シャーロットも後に続いた。

「ハーマイオニー、本気?」

「……シャーロットは賛成してくれるんじゃないの?」

「手放しで大賛成とは言えないな。バレたときのリスクがね。アンブリッジは絶対、絶対怒り狂うよ」

ハーマイオニーがシュンとしたため、シャーロットは慌てて言葉を続けた。

「慎重に考えましょう。ね?」

それから二人はベッドにもぐりこんだ。

 

 

 

 

それからの二週間はまたしてもゴタゴタしながら時が流れた。『魔法生物飼育学』ではマルフォイがハグリッドをけなしたため、アンブリッジの前でハリーがマルフォイに突っ掛かり、またしても一週間罰則となった。ロンは怒鳴られながらもクィディッチの練習に精を出していた。

「どうかしら?『闇の魔術に対する防衛術』のこと、考えてくれた?」

ハーマイオニーは突然切り出した。ハリーは居心地悪そうにモゾモゾしながらチラリとシャーロットを見てきた。シャーロットは苦笑しながら切り出した。

「とりあえずクラブみたいな感じで一度開いてみる?誰か参加したいなら……」

「私、習いたい人には誰にでも教えるべきだと、ほんとにそう思うの」

ハーマイオニーがそう言って、週末のホグズミードで会合を行うことになった。

 

 

 

 

 

ホグズミード行きの日は明るい天気で少し風も強かった。ハーマイオニーの案内で『ホッグズ・ヘッド』に行くことになった。大通りを歩いて横道に入る。やがて、ボロボロの木の看板とちょん切られたイノシシの絵が見えてきた。

パブに入ると、今まで嗅いだことのない変な臭いがした。小さくみすぼらしい、暗いパブだ。顔を隠した客たちが何人か座っていた。

カウンターに座ると、バーテンが裏から出て来て近づいてきた。

「注文は?」

「バタービール四本」

ハーマイオニーがそう言うと、バーテンがカウンターから瓶を取り出す。ぼんやりとしていたシャーロットはバーテンの瞳を見て、ハッとした。

その瞳はシャーロットのよく知る人物と同じだった。バーテンもシャーロットの視線に気付き、一瞬だけ視線が絡み合う。シャーロットはすぐに目をそらした。不思議な感覚だった。ホグズミードに住んで10年近く経つのに、彼と会うのは初めてだったし、存在自体を忘れていた。

「シャーロット、どうしたの?」

「何でもない。それよりも誰がくるの?」

ハーマイオニーが不思議そうに見てきたため、慌ててバタービールを口に含みながら尋ねた。

「ほんの数人よ」

ハーマイオニーが時計を確かめながらそう言った。

やがて、パブに次々と学生達が現れた。ネビル、ディーン、ラベンダー、パーバティ、他の寮からはパドマ、ルーナ、アーニー、ハンナなどなど。シャーロットの知らない顔もいたし、セドリックとチョウのカップルが入ってきた時、ハリーは顔が強張っていた。

「数人?数人だって?」

ハリーがかすれた声で囁いて、シャーロットは吹き出した。全員にバタービールが行き渡る。ハーマイオニーがまず口を開いた。

「えー。それでは、こんにちは。さて、えーと、じゃあ、ここにいるみなさん、なぜここに集まったか、分かっているでしょう。えーと、じゃあ、ここにいるハリーの考えでは、つまり、私の考えでは、いい考えだと思うんだけど『闇の魔術に対する防衛術』を学びたい人が、つまり、アンブリッジが教えているようなクズじゃなくて、本物を勉強したいという意味だけど。なぜなら、あの授業は誰が見ても『闇の魔術に対する防衛術』とは言えません。それで、いい考えだと思うのですが、私は、ええと、この件は自分達で自主的にやってはどうかと考えました」

ハーマイオニーは一息ついた。

「つまり、それは適切な自己防衛を学ぶということであり、単なる理論ではなく、本物の呪文を――。なぜなら、なぜなら、ヴォルデモート卿が戻ってきたからです」

その言葉にみんなの反応は様々だった。悲鳴を上げたり、怯えたり、目をらんらんとさせてハリーを見たり。

「『例のあの人』が戻ってきたっていう証拠はどこにあるんだ?」

ハッフルパフのスミスが突っ掛かってきたが、ハリーは毅然とした態度でそれに反論し、スミスは黙りこんだ。

「みんなが防衛術を習いたいのなら、やり方を決める必要があるわ。……」

ハーマイオニーが切り出す。その時、ハッフルパフのボーンズが口を挟んだ。

「ほんとなの?守護霊を創り出せるって、ほんと?」

それを皮切りに、その場の全員がハリーのこれまでにしたことを知って驚いて、その後は顔が輝いた。

「バジリスクを剣で殺した!」

「『言者の石』を救ったよ――」

「『賢者の』!」

「それにまだあるわ。先学期、三校対抗試合でハリーがどんなにいろんな課題をやり遂げたか――」

チョウがそう言った時、ハリーはどんな顔をしていいか分からないというような不思議な表情をした。

「それに、いつも助けてくれたのはシャーロットよ。彼女は知識が豊富で技術も一番だわ。」

ハーマイオニーが付け加えるように言ってくれて、シャーロットは少し顔が赤くなった。みんながざわざわと話し始めて、賑やかになってきた。ハーマイオニーが切り出す。

「ハリーとシャーロットから習いたいという事で、みんな賛成したのね?」

みんなが同意を示した。その後は時間や場所のことを話し合ったが、結局決まらず、後からじっくり考えることになった。

「私、考えたんだけど、ここに全員、名前を書いてほしいの」

ハーマイオニーがためらいがちに羊皮紙と羽根ペンを取り出した。

「私たちのしていることを言いふらさないと、全員が約束するべきだわ」

何人かは書くのをためらっていたが、結局ハーマイオニーの説得で全員が名前を記した。チョウの友達らしい女生徒が書くときにチョウを恨めしそうに見たのをシャーロットは見逃さなかった。その後ようやく会合はお開きとなり、みんなはパブから出ていった。ハリー、ロン、ハーマイオニーはバタービールを飲みながら歩き続け、あれこれと話し合っていた。シャーロットはゆっくり歩きながら一人物思いにふけった。シャーロットの知っている通りの流れになった。ここからどう動くべきなのだろう。おそらく、あのチョウの友達が密告するはずだ。それを止めることはできるだろうか。いや、止めても止めなくても、この秘密は危うすぎる。ハリーのフォローをしなくてはならない。しかし――――

「シャーロット、そろそろ学校に戻りましょう。」

気がつけば、三人はシャーロットよりもずっと先を歩いていた。ハーマイオニーがシャーロットに呼び掛ける。シャーロットは慌てて三人の後を追いかけていった。

 

 

 

 

残りの週末をシャーロットは勉強のみで過ごした。最近は疲れのせいかぐっすり眠るため、悪夢を見なくなっている。疲れは蓄積していたが、シャーロットの気分は少しずつ上昇していた。

朝、シャーロットは談話室の掲示板を見て、顔をしかめた。

『告示 ホグワーツ高等尋問官令 学生による組織、団体、チーム、グループ、クラブなどは、ここにすべて解散される……』

ようするに、アンブリッジの許可のない団体は認められず、承認のない団体に属する生徒は退学処分となるらしい。

「偶然なんかじゃない」

「ええ、そうね」

ハリーが拳を握りしめながら言って、シャーロットも同意した。ハリーやロンは会合に来ていた生徒の密告を疑ったようだが、ハーマイオニーはそれを否定した。

「私がみんなの署名した羊皮紙に呪いをかけたの」

シャーロットはそれを聞いて苦笑いした。ハーマイオニーは本当に優秀だ。

 

 

 

 

それからは細々とした事件が起こった。ハリー宛にシリウスの手紙を運んでいたヘドウィグが怪我したり、クィディッチチームの再編成がアンブリッジのせいでうまくいかなくてハリーもロンもアンジェリーナもイライラしていた。また、シャーロットも授業の査察にくるアンブリッジの顔が目に入る度に腹が立ってムカムカしていた。

「ねえ、会合は結局どこでするの?」

ハリーが宿題をしながらこっそりと話を振ってきた。

「あのね、私、考えたんだけど、私のトランクはどうかしら?」

「君のトランク?」

「シャーロットからもらったの。シャーロットのスーツケースみたいに、入ったら広い部屋があるのよ。」

「ハーマイオニー、君、そんなにいいものもらったの!?」

「シッ!ロン、声を小さくして!」

ロンが大きな声で叫んだため、シャーロットが慌てて注意した。談話室には四人の他に、まだ数人の生徒がくつろいでいた。

「ね、シャーロット。どうかしら?ピッタリじゃない?」

「……うーん。見張りがつくのならいいかなぁ。」

「見張り?」

「考えてみて。一度トランクに入ったら、外の様子が分からないのよ。会合が終わって、トランクから外に出たらアンブリッジとご対面なんて最悪じゃない。」

「あー、そうね……。どうしようかしら……教室を借りるわけにもいかないし、ホグズミードはまた話を聞かれる危険もあるし……」

シャーロットはニッコリ笑って口を開いた。

「あらまあ、三人とも。ピッタリの部屋があるのをお忘れ?」

「?」

三人が不思議そうに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

「フワーァ!ここはいったいなんだい?」

ディーンが感服して辺りを見渡した。

ここは『必要の部屋』だ。広々とした部屋に、揺らめく松明。壁際には本棚が並び、大きなクッションまで床に置かれている。更には一番奥の棚には不思議な道具も揃えられていた。

「えーと、ここが練習用に僕たちが見つけた場所です」

ハリーが固い声でそう言った。集まった生徒たちは顔を輝かせながら部屋を眺め回している。

「えーと、僕、最初に僕たちがやらなければならないのは何かを、ずっと考えていたんだけど――」

ハリーが話し始めたとき、ハーマイオニーが手を上げた。

「リーダーを選出すべきだと思います」

ハーマイオニーの言葉に、ハリーがすかさず口を開いた。

「リーダーはシャーロットだ。」

「うん?」

本棚の本のタイトルに視線を走らせていたシャーロットは自分の名前が出て来たので、ビックリしてハリーに視線を移した。

「え?私?ここは普通にハリーじゃない?」

「僕よりは君の方が技術も知識も上だ!」

「あなたの方が実績があるわ!」

「君はリーダーに向いている!」

「あなたは行動的で実行力もあるじゃない!」

「君の方が魅力的だ!」

「えっ。えっと、ありがと」

シャーロットはハリーの言葉に思わず顔を紅潮させ、ハリーも自分が何を言ったのか今さらになって実感し、照れ臭そうにうつむいた。

「ちゃんと投票しましょう」

ハーマイオニーが提案し、厳正なる投票の結果、ハリーがリーダーになった。ハリーは不服そうだったが、シャーロットはホッとした。

「それと、名前をつけるべきだと思います」

その言葉に、『反アンブリッジ連盟』やら『魔法省はみんな間抜け』やら様々な名前をみんなが提案したが、ジニーの意見から『ダンブルドア軍団』と名付けられた。

「いい名前ね。ピッタリよ」

シャーロットも喜んで賛成し、他の生徒たちもいいぞ!と笑い声があがった。

「それじゃ、練習しようか?」

ハリーがそう言った時、シャーロットが口を挟んだ。

「待って。提案があるんだけど。」

「シャーロット?提案ってなんだい?」

シャーロットはみんなの顔を見回して、ニッコリ笑いながら話し始めた。

「練習をするのはいいんだけど、それだけじゃつまらないでしょう?もっと楽しみがあるべきだとおもわない?」

「シャーロット?楽しみってなんだい?」

「私がご褒美を用意したわ」

「ご褒美?」

みんなが顔を見合せてザワザワとする中で、シャーロットはゆっくりとポケットからある物を取り出した。

それは小さな瓶だった。金色の液体が入っており、表面からはしぶきが跳ねている。

「おいおい……。嘘だろう……」

その液体の正体を知ってるらしいセドリックが呻くのが聞こえた。

「これがご褒美よ。フェリックス・フェリシス!」

シャーロットが小瓶を手に持ち、高く掲げると、名前を知っているらしいハーマイオニーが呆然としながら口を開いた。

「……シャーロット、それ、いったいどこで……?」

「ヒミツ」

シャーロットがハーマイオニーに向かってニヤリと笑った。ほとんどの生徒はフェリックス・フェリシスが何かを知らず、戸惑ったようにしていた。

「シャーロット、それなに?」

ハリーがみんなの気持ちを代弁するように尋ねてきたので、シャーロットは説明した。

「幸運の薬!飲むとやることなすこと全てがうまくいくわ。これを一口飲むと6時間ほどラッキーな事が続くはずよ。もちろん、試験や試合で使うことは禁じられているけど……。」

シャーロットが説明すると、みんなの顔が輝きだした。

「学年度末、この中で最も優秀で素晴らしい生徒を決めるのはどうかしら?その人にこれをプレゼントするわ!」

生徒たちは再びザワザワし始めた。シャーロットはそんな生徒たちを見て、ニッコリ笑った。

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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憤怒

 

「シャーロット!あんなに貴重な物をご褒美にするなんて何考えてるのよ!信じられないわ!!」

1回目の会合の後、ハーマイオニーはプリプリしながらそう言ってきたが、シャーロットは気にせず答えた。

「いいじゃない。これでみんなもやる気が出たみたいだし。ハーマイオニーはフェリックス・フェリシス欲しくないの?」

「……うぅぅ」

ハーマイオニーは悔しそうに呻いたが、その質問には答えなかった。ハーマイオニーだって、本心では欲しくてたまらないに違いない。ロンは顔を輝かせながら口を開いた。

「シャーロット、あのさ、優秀で素晴らしい生徒って、どうやって決めるの?」

「考え中。ハリーと話し合って決めるわ」

ハリーは複雑そうな顔をしていた。ハリーだってフェリックス・フェリシスが欲しいのだろう。でも、ハリーは来年には手にいれる予定だし、今回は我慢してもらうとしよう。

「それじゃあ、次の会合は何をしましょうか?」

 

 

 

 

 

 

会合は順調に行われた。ハリーは集まった生徒たちに『妨害の呪い』『粉々呪文』など様々な防衛術を指導していった。シャーロットは主にハリーの補佐と、生徒たちへ呪文がうまくいくコツを教えて回った。

最近ではハリーも気分が上昇してきたのか、爆発することもなくなっていった。少し心配だったのは集会の日時を決めるのが困難だったことだ。何しろクィディッチの練習日が違う上に、全員に伝えるのは難しい。しかし、ハーマイオニーがそれを解決した。

ハーマイオニーは団員の一人一人に偽のガリオン金貨を渡した。

「この偽金貨の数字は、次の集会の日付と時間に応じて変化します。」

どうやら『変幻自在』の呪文を使ったらしい。他の生徒たちが感心したようにハーマイオニーを見てきた。

 

 

 

 

 

シーズン最初のクィディッチ試合が近づいてきた。アンジェリーナはピリピリしており、ロンの顔色は青くなっていく。

「ロン。大丈夫よ。大丈夫。自信を持って」

「……うん」

シャーロットはロンに話しかけるも、上の空でぼんやりと短い返答が返ってきた。

クィディッチ熱は試合の日が近づいて来るごとに高まっていった。あのマクゴナガルでさえ、宿題を出すのをやめた。

「私はクィディッチ優勝杯が自分の部屋にあることにすっかり慣れてしまいました。スネイプ先生にこれをお渡ししたくはありません」

「前から思ってたけど、マクゴナガル先生って冷静な顔して、本当はウッドに負けないくらいのクィディッチ狂よね」

『変身術』の教室から出るとき、シャーロットが思わずそうこぼすと、ハーマイオニーは笑っていたが、ハリーとロンは真剣な顔をしていた。

このところ、スリザリン生との間では険悪な雰囲気が漂っている。スネイプは露骨に贔屓するし、スリザリン生はグリフィンドールの選手に呪いをかけたりまでしているのだ。シャーロットが何よりも心配なのはロンだった。初めての試合を迎えるロンに対してスリザリン生は容赦なく侮辱、からかい、脅しをかけている。その度にロンは自信を喪失し、両手がブルブルと震えていた。

11月、とうとう試合の日がやって来た。天気はいいが、氷のような風が吹いている。ハリーはコーンフレークを腹に詰め込むように食べていたが、隣に座るロンは青ざめて冷や汗までかいていた。

「ロン」

出口に向かうロンに声を掛けた。ロンはまだ震えている。

「ロン。マルフォイの声なんて聞かないで。クァッフルだけを見るのよ」

ロンはぼんやりと頷いた。

「頑張ってね、ロン」

ハーマイオニーがつま先立ちになってロンの頬にキスした。シャーロットが驚いてハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーは視線を無視してズンズンと競技場へ歩いていったので、シャーロットは慌てて追いかけた。

「……何よ?」

「いや何も」

シャーロットはハーマイオニーを思わずニヤニヤしながら見てしまったため、慌てて視線を外した。

観客席に向かうと、スリザリン生が王冠形のバッジを着けているのが見えた。

『ウィーズリーこそ我が王者』

それがいい意味でないことがすぐに分かり、シャーロットは顔をしかめた。

やがて、選手達が並んでキャプテン同士が握手をした。マダム・フーチのホイッスルが鳴る。ボールが放たれ、選手が一斉に飛翔した。

ロンがゴールポストに勢いよく飛び去る。ハリーがブラッジャーを交わしながら競技場を飛び回るのが見えた。試合が始まって数分後、スリザリンから歌声が聞こえ、シャーロットは耳を傾けた。

「ウィーズリーは守れない 万に一つも守れない

だから歌うぞ スリザリン ウィーズリーこそ我が王者♪」

シャーロットは怒りのあまり、思わず立ち上がり掛けた。

「何よ、あの歌!?」

「ロンの邪魔をしてるんだわ。本当に卑怯なやつ!」

ハーマイオニーが呻くように言うのが聞こえたが、シャーロットはロンの動きに集中し、まともに聞いていなかった。スリザリンのワリントンが放ったクァッフルはロンの守備する中央の輪を通り抜け、スリザリンが歓喜の叫びを上げた。

「ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクァッフルを見逃しだ♪」

スリザリンの歌声が高まった。シャーロットはハラハラしながら今度はハリーに視線を移した。ハリーはスニッチが見つからないらしくピッチを飛び回っている。マルフォイもまだスニッチを見つけてないようだ。その後もスリザリン選手がゴールを決めて、グリフィンドールからは沈痛な呻きが広がった。ロンが再びゴールを許したことで、ハリーの顔にも焦りが見えてきた。次はアンジェリーナが見事にゴールを決めて、グリフィンドールが歓声を上げる。大丈夫。スリザリンがリードしているが、三十点差だ。クァッフルが再びスリザリン選手の手に渡ったところで、遂にハリーが動いた。大きく急降下する。マルフォイがそれを見つけ、ハリーの左手についた。

「ハリー!頑張って!」

シャーロットは思わず叫んだ。ゴールポストにあるらしいスニッチへ向かって真っ直ぐに進む。きらめく小さなスニッチにハリーとマルフォイが同時に手を伸ばした。

わずか数秒で勝負は終わった。ハリーの手にはバタバタもがくスニッチが握られていた。それを見届けた後、シャーロットは動いた。

「ネビル、ディーン、シェーマス」

「え?何?」

「なんだい、シャーロット?」

「一生のお願い。ちょっと付き合ってほしいの。こっちに来て」

シャーロットは不思議そうにしている三人を強引に引っ張り、競技場に向かった。

「シャーロット?どこに行くの!?」

後ろからハーマイオニーが呼び掛けてきたが、早く行かないと時間がないため、申し訳ないが聞こえないふりをした。ハリーやフレッド、ジョージがマルフォイに殴りかかるのをなんとしても止めたい。

「スリザリンの選手達が何かをしそうな予感がするの」

「何かって、なに?」

「ちょっとね。私だけじゃ止められないから手伝ってちょうだい」

その時、スタンドでは大きな非難や怒鳴り声が響いた。シャーロットが足を進めながら目を向ける。どうやらクラッブがハリーにブラッジャーをぶつけたらしい。

「あいつ、なんてこと!」

ディーンが怒りで顔を真っ赤に染めた。

「いいから、早く行くのよ!」

シャーロットは大声で三人を促した。

「――『役立たずのひよっこ』っていうのも、うまく韻を踏まなかったんだ――ほら、父親のことだけどね」

スタンドではマルフォイが今まさに、グリフィンドールに負け犬の遠吠えを放っていた。ロンは競技場を出ていったらしく、姿が見えない。一方、フレッドとジョージはマルフォイの挑発に体が強ばり、ハリーはマルフォイを睨み付けていた。シャーロットは思わず舌打ちをした。アリシアやケイティが突然スタンドに入ってきた四人を見て戸惑っていたが、それに構わず、ネビル、ディーン、シェーマスに囁いた。

「ハリーとフレッドとジョージを抑えて。なるべく強く。あの三人に今マルフォイを攻撃させるのはまずいわ」

ネビル、ディーン、シェーマスは戸惑いながらもそれぞれ向かっていった。三人だけではなく、今まさに、マルフォイに飛びかかろうとするフレッドをアンジェリーナ、アリシア、ケイティが抑える。

「だけど、君はウィーズリー一家が好きなんだ。そうだろう、ポッター?休暇をあの家で過ごしたりするんだろう?よく豚小屋に我慢できるねぇ。まあ、君はマグルなんかに育てられたから、ウィーズリー小屋の悪臭もオーケーってわけだ――」

ネビルとハリーが咄嗟にジョージを抑えた。シャーロットもジョージを抑えるハリーの元へ向かい、囁いた。

「ダメよ。ハリー、ジョージ、今は本当に、ダメ」

「離せ、離せよ!あいつ――!」

ジョージが叫ぶ。

「それとも何かい。ポッター、君の母親の家の臭いを思い出すのかな。ウィーズリーの豚小屋が、思い出させて――」

ハリーは動いたが、ネビルがハリーの腕を掴む方が速かった。ジョージもマルフォイに飛びかかろうとしたが、今度は咄嗟にシェーマスがジョージの服を引っ張る。ハリーはネビルの腕から逃れようとしてジタバタした。その瞬間、ハリーの視界の隅で赤い影が動いた。

その時の光景はグリフィンドール生にとって忘れられないものとなった。シャーロットがマルフォイに向かって真っ直ぐ走っていく。そのまま勢いをつけて、大きく飛び上がった。右足がマルフォイのみぞおちに食い込む。マルフォイが大きな飛び蹴りを食らって、後ろに派手に倒れ込んだ。シャーロットは華麗に芝生の上に着地した。怒りと興奮で全身が震えるのを感じる。マルフォイは地面に転がって腹を押さえヒンヒン言っており、その姿を見て少しだけ落ち着いた。

「なんの真似です!」

マダム・フーチの声が聞こえ、シャーロットは振り返った。ハリーを含め、グリフィンドール選手達は呆然としている。シャーロットは静かに声を掛けた。

「私が仕返ししたわ。ね?だから、やめて。」

みんなは戸惑ったように顔を見合わせた。

「こんな不始末は初めてです!ミス・ダンブルドア、今すぐ寮監の部屋に行きなさい!」

マダム・フーチにそう言われ、シャーロットは黙って競技場から出ていった。

本当はネビル、ディーン、シェーマスにハリー達を抑えてもらい、それで終わるはずだった。自分が思っていたより、ずっと深くマルフォイの言葉に怒りを覚えた。後悔はしない。絶対に。

部屋に着く前に、マクゴナガルが廊下を歩いてくるのが見えた。これまでシャーロットに向けたことのない恐ろしく怒った顔をしている。シャーロットは冷静にその顔を見返した。

「中へ!」

シャーロットはその言葉に従った。マクゴナガルは怒りに震えながらスカーフを床に叩きつけた。

「人前であんな恥さらしな行為は観たことがありません。申し開きできますか!」

「いいえ。先生」

シャーロットは静かに答えた。

「ミス・ダンブルドア、あなたという人が、よりによって!マグルの決闘ショーのような真似事をして!自分がやったことの意味が分かって――」

「ェヘン、ェヘン」

シャーロットは振り返らなくてもその場に入ってきた人物が分かり、思わず笑った。予想通りだ。

「マクゴナガル先生、お手伝いしてよろしいかしら?」

マクゴナガルの顔が真っ赤になった。

「手伝いを?どういう意味ですか?」

「あらまあ、先生にもう少し権威をつけて差し上げたら、お喜びになるかと思いましたのよ」

マクゴナガルはアンブリッジの言葉になんか構っていられないとでも言うように、シャーロットに顔を向けた。

「ミス・ダンブルドア、よく聞くのです。あなたの行動は言語道断です。一週間の罰則を命じます。あなたが二度とこのような――」

「ェヘン、ェヘン」

マクゴナガルが怒りに耐えるように目を閉じ、再びアンブリッジに顔を向けた。

「何か?」

「わたくし、ミス・ダンブルドアの行いはその罰則以上のものに値すると思いますわ」

マクゴナガルの口元が引きつった。

「この子は私の寮生ですから、ドローレス、私がどう思うかが重要なのです」

その言葉にアンブリッジはニタニタと笑いながらハンドバッグから羊皮紙を取り出し、読み上げた。

「ェヘン、ェヘン。『教育令第二十五号』」

「まさか、またですか!」

マクゴナガルが絶叫した。ファッジ大臣が性懲りもなくアンブリッジへ送ってきたらしい。

「『高等尋問官はここに、ホグワーツ生徒に関する全ての処分、制裁、特権の剥奪に最高の権限を持ち、他の教職員が命じた処分、制裁、特権の剥奪を変更を持つものとする――』」

シャーロットは心の中で歯ぎしりをした。アンブリッジはニッコリ笑って羊皮紙をハンドバッグに戻すと、口を開いた。

「さて……わたくしの考えではミス・ダンブルドアは一週間の停学処分が必要ですわね」

「て、停学?」

シャーロットよりもマクゴナガルが顔を青くした。

「そんな――」

「ミスター・マルフォイの坊っちゃんを攻撃したんですもの。退学でもいいくらいですのに。それを停学で済ませるのですから、感謝していただきたいわ。一週間授業への出席停止。寮への謹慎処分としましょう。」

「はい、アンブリッジ先生。寛大な処分、ありがとうございます」

シャーロットが顔色も変えずにそう言ったため、アンブリッジはややつまらなそうに唇を歪めた。

「それでは私は明日より寮で自習を行います。今回は申し訳ありませんでした。失礼します」

シャーロットは淡々とそう言って、部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

「停学!?」

シャーロットがマクゴナガルの部屋であったことを話すと、ハーマイオニーが悲鳴を上げた。

「不公平よ!クラッブは書き取りだけなのに!」

ジニーがハーマイオニーに負けないくらい大きな声を上げた。

「仕方ないわ。マルフォイに暴力を振るったのはこっちなんだし。ハーマイオニー、悪いけど、授業のノートを明日から一週間貸してくれない?」

「なんであなたはそんなに冷静なのよ!」

ハーマイオニーがシャーロットに掴みかかるように言ってきた。目には涙さえ浮かんでいる。ハリーやフレッド、ジョージも真っ青な顔をしていた。グリフィンドールの生徒たちはシャーロットへの処分を知ったあと、クィディッチに勝ったとは思えないくらい重い雰囲気が漂っていた。シャーロットは一つため息をついた。

「済んだことは仕方ないわ。大丈夫よ。それよりもロンは?」

シャーロットがそう言ったとき、『太った貴婦人』が開く音がして、ロンが入ってきた。シャーロットは笑顔でロンを迎えた。

「お疲れ様、ロン。どこにいたの?」

「歩いてた」

ロンがボソリと言った。そのままハーマイオニーに導かれるようにして、暖炉のそばへ歩いてくる。ハリーとは目を合わせないようにしていた。

「ごめん」

「何が?」

ハリーがロンに聞き返すと、ロンが苦しそうに声を絞り出した。

「僕がクィディッチができるなんて考えたから。明日の朝一番でチームを辞めるよ」

「ダメよ、ロン。グリフィンドールチームにはあなたが必要なんだから」

シャーロットがキッパリ言っても、ロンの顔は浮かないままだった。

「ロン。私、停学になったの」

「……へっ?」

ロンが間抜けな声を出した。シャーロットはロンが競技場から出ていった後の事を話した。ロンの顔が髪と同じくらい真っ赤に染まった。

「あの野郎――!」

「ロン。クィディッチで優勝して。そして、マルフォイの鼻を明かしてちょうだい。このまま終わらせたらダメよ」

シャーロットが真剣な顔をしてそう言うと、ロンは少し考えた後、頷いた。

シャーロットはホッと息をついた後、グリフィンドール生を見回し、ニヤリと笑った。

「ところで私の飛び蹴りを、親愛なるコリンが写真に収めてくれたらしいんだけど、みんな、もう一度マルフォイの泣きっ面を見てみたくない?」

その言葉にグリフィンドール生の顔が明るくなった。少しずつ笑顔が増えていく。やがてクィディッチ勝利のパーティーが始まった。

シャーロットはハーマイオニーが何かを言いたそうにしているのに気づいた。こっそりとハーマイオニーに声をかける。

「どうしたの?」

ハーマイオニーは微かに声を震わせながらシャーロットの耳元で囁いた。

「ハグリッドが帰ってきたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ただいま謹慎中

 

 

 

「どうだった?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーがハグリッドの小屋から帰ってきた。シャーロットも行きたかったが、透明マントに四人で隠れるのは難しかったし、アンブリッジに見つかる危険性があったので、今回は寮に留守番していた。三人は暗い顔で戻ってきた。

「……ハグリッドは巨人に会いに行ってたって」

真夜中の談話室で静かに事の経緯を聞き出す。ハグリッドが巨人の協力を仰ぐためにオリンペ・マクシームと共に巨人の頭を訪ねたこと、巨人の山で死喰い人に会ったこと、巨人の協力は得られそうにないこと、ハグリッドの小屋にアンブリッジが訪ねてきたこと……。

「……ハグリッドの授業をアンブリッジはお気に召さないでしょうね」

シャーロットは絶望的な表情で呟いた。ハグリッドの“面白い”授業なんて、嫌な予感しかしない。最近、『占い学』のトレローニーが停職になったらしいし、ハグリッドも時間の問題な気がした。

「いざとなれば、私がハグリッドの授業計画を作ってあげる。トレローニーがアンブリッジに放り出されたって構わないけど、ハグリッドは追放させやしない!」

ハーマイオニーが決然として言い切ったが、シャーロットは今後の展開を思い、大きなため息をつくしかなかった。

 

 

 

翌日からシャーロットは自分の部屋か談話室で自主学習を始めた。グリフィンドールの生徒達が気の毒そうにシャーロットを見てくるが、シャーロットの心は軽かった。本来ならば、ハリーやウィーズリーの双子はクィディッチ終身禁止になるはずだったのだから、それに比べればずっといい。それに、アンブリッジの書き取りの罰則を受ける危険性もあったのだから、謹慎の方がずっと楽だ。後々停学という処分は将来に響く可能性はあったが、シャーロットは全く気にしていなかった。

「悪いわね、ドビー。助かるわ」

「いえいえ、とんでもございません!」

食事は厨房からドビーがわざわざ届けに来てくれた。正直とても助かった。毎食ハーマイオニーに持ってきてもらうのは悪いと感じていたからだ。ハーマイオニーはドビーの仕事を増やすことに、渋い表情をしていたが。

一人でカリカリと羽根ペンを動かす。謹慎中もしっかりと課題をこなす必要があった。アンブリッジからこれ以上罰を受けるなんて、まっぴらごめんだ。

夕方になると、夕食から帰ってきたハリー達に、授業の様子を聞き出した。やはり、アンブリッジはハグリッドの授業に最低の評価を下しそうだと教えてくれた。

「最悪だわ、あのヒキガエルババア!」

部屋では、ハーマイオニーが珍しく悪態をついた。シャーロットもハグリッドの今後を思い、暗い顔でその日はベッドにもぐった。

 

 

 

 

 

週の真ん中。シャーロットは談話室で勉強をしていた。暖炉の近くで、教科書を読み込む。そばではイライザが暖炉の炎をじっと見つめて、のんびり寛いでいた。水分補給のため、水の入った小さめのコップを手に持ち、口に含んだ。今頃、ハリー達は『変身術』の授業だろう。できれば今やっている課題を夕食までに終わらせたい……。そんな事を考えながら、字を目で追っているうちに、ぼんやりとしてきて、いつしか意識は暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

「あなたはこの世界に必要ない。あなたはこの世界で生まれるべきじゃなかった」

自分の声が聞こえる。シャーロットはヒッと声をあげて、思わずしゃがみこんだ。手で耳を塞ぐ。それでも、手の間から、その声は明確に、はっきりと聞こえた。

「だって、あなたは本当は嫌いなのだから。この世界も、ホグワーツも、ダンブルドアも」

そして、だんだん声は大きくなる。

「ロンも、ハーマイオニーも、そして、ハリーも」

「……ちがう!やめて!」

悲鳴のように、シャーロットは叫んだ。クスクスと笑い声がする。

「認めなさいな。だって……」

 

 

 

 

声がする。誰の声だろう。知らない人の声だ。

ガシャン!

大きな何かが壊れる音がして、シャーロットは目を開いた。一瞬自分がどこにいるか分からず、混乱する。ようやく机に突っ伏して眠ってしまった事に気がつき、体を起こした。

「……あれ?」

なんだか、今、誰かがそばにいた気がしたのに、そこにはシャーロットとイライザしかいなかった。イライザはなぜか楽しそうにシャーロットを見ている。床を見ると、水の入ったコップが割れていた。どうやらさっきの音はコップが落ちて割れる音だったらしい。

「気のせいか……」

シャーロットは首をかしげて、杖でコップの後始末をすると、再び教科書を開いた。眠らないように集中する。久しぶりに悪夢を見てしまい、頭が痛かった。謹慎中なのだから、居眠りなんてしないように気を付けなければ。

 

 

 

 

 

金曜日、ようやくひとりぼっちの勉強も今日が最後だ。ハーマイオニーから借りたノートと自分のレポートに目を通す。謹慎中、不幸中の幸いというべきか、課題をこなす時間だけはたっぷりあった。どの課題もすべて完璧に、教師達が求めるレベル以上のものを完成させた自信がある。自分の書いたレポートを読みなおし、満足していると後ろから気配がした。

「お爺様、お久しぶりですね」

シャーロットは振り返りもせずに口を開いた。

「……相変わらずじゃの」

ダンブルドアがそこに立っていた。顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。最後に会ったのは夏休み前だったのだから。ダンブルドアはゆっくりとシャーロットの向かい側のソファに腰を下ろした。

「お説教にきたんですか?」

「いいや。むしろ誉めにきたんじゃよ。こうして誉めるのは教師失格じゃが、実に素晴らしい飛び蹴りじゃった。……しかし、暴力はいかんの」

「やっぱりお説教じゃないですか」

シャーロットは口を尖らせた。ダンブルドアは少し笑った。

「あまり君らしいとは言えん行動じゃったの」

「あそこでハリー達を止めなければ、ハリーはアンブリッジのクソ……失礼、アンブリッジ先生にひどい罰を受けたでしょうから。私の停学程度で済んで、よかったと思ってますよ。後悔はしていないです」

その言葉を聞いて、ダンブルドアは笑った。

「わしは今、組み分け帽子の判断に感心しておる。君は実にグリフィンドールらしいグリフィンドール生じゃ。」

今度はシャーロットが小さく笑った。二人はしばらく黙ったまま見つめ合っていた。しばらくしてから、初めに口を開いたのはシャーロットだった。

「……ダンブルドア軍団とつけられました」

ダンブルドアが目を見開いた。

「何の名前かね?」

「私達が作った組織です。闇の魔法に抵抗するために、真の防衛術を学ぶための組織です」

ダンブルドアは困ったように首をかしげた。

「……それは」

「いい名前でしょう?“ポッター”軍団ではなく、“ダンブルドア”軍団だなんて。いざとなったら、私が責任をとるつもりです」

ダンブルドアは少し厳しい表情になった。

「シャーロット、無理をせんでおくれ。確かに君は非常に優秀じゃ。認めるよ。トムと同じくらい……」

「あいつとは違う!あいつの名前を出すな!!」

シャーロットはダンブルドアが出した名前にカッとなり、思わず怒鳴った。ダンブルドアは一瞬怯んだように口を閉じる。シャーロットはダンブルドアを見て我にかえり、目を反らした。

「……お願いします。止めないでください。ハリー達も頑張っているんです。そのままで見守ってください。私は、この世界を闇に染めたくないんです。この組織はそのために絶対必要なんです」

ダンブルドアは自分が何を言っても無駄だという事を察した。今、無理やり止めさせても、恐らくシャーロットも、ハリーも、同じような組織を何度も作るだろう。ダンブルドアは諦めたように肩を落とした。

「なるほどの。では、わしは何も聞かなかった事にするかの」

シャーロットの顔が明るくなった。ダンブルドアは久しぶりにシャーロットの笑顔を目の前で見て、心が締め付けられた。ダンブルドアは守りたい。シャーロットを。もちろん、ハリーも。そのためには――――。

「では失礼する。シャーロット。体に気を付けるんじゃよ」

ダンブルドアはいろんな事を考えながら、グリフィンドールから出ていった。

シャーロットはホッと大きなため息をついて、緊張していた体を、ゆっくりとソファに埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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取り引き、そして悪夢

お久しぶりです。ずいぶん間が開いてしまい、すみません。ゆっくりと更新していきます。


 

 

12月になり、シャーロットの謹慎期間も終了した。授業へ出席し、今まで以上に真剣に取り組む。マルフォイと授業で顔を合わせたときは思い切り睨まれたがシャーロットが誰にもバレないように少しだけ蹴るふりをすると、ギクリとしたように顔を強張らせ慌ててクラッブの影に隠れた。それを見ていたらしいハリーは授業中ニヤニヤしていた。シャーロットが謹慎している間、アンブリッジはハグリッドの授業を査察したようだが、結果は予想した通り散々なものだったらしくハリーの顔は暗かった。

しかし、あまりの忙しさに5年生達はバタバタしており、心に余裕がなくなってきた。クリスマスが近いというのに宿題が次から次へと押し寄せる。更にハリーとロンはクィディッチで次の勝利に向けて練習をしなければならないし、ロンはハーマイオニーとともに監督生の仕事もある。大量の宿題に加え、クリスマスに向けて城の飾り付けの監督やら、交代での廊下の見回りやらでロンもハーマイオニーも疲れきっていた。

クリスマス休暇が近くなってきた。ハーマイオニーは家族とスキー旅行で、ロンは「隠れ穴」に帰るらしい。毎年、クリスマス休暇はハリーもシャーロットもホグワーツに残っていたが、二人とも今年のクリスマスはホグワーツを離れたいと思っていた。

「クリスマスにアンブリッジとパーティーなんて!トロールとダンスパーティーに出席するほうがマシだわ……」

「同感。シャーロット、どうする?」

「ホグズミードに帰る。よければハリーも来る?お爺様に頼めば……」

ハリーとシャーロットが話していると、ロンが口を挟んできた。

「だけど、二人も来るんじゃないか!僕、言わなかった?ママがもう何週間も前に手紙でそう言ってきたよ。君達を招待するようにって!」

ハリーの顔が明るくなり、シャーロットも驚いて二人で顔を見合わせた。「隠れ穴」でクリスマスを過ごすなんて考えただけでワクワクする。ロンの話ではどうやら、シリウスも来るらしく、ハリーが目に見えて明るくなった。

 

 

 

 

休暇前の最後のDA(ダンブルドア軍団)会合日。シャーロットは少し遅れて『必要の部屋』に入った。入ってすぐにクリスマスの金の飾りつけが目に入った。金の飾り玉にドビーが書いたらしいハリーの似顔絵があり、シャーロットはクスリと笑った。

DAのほとんどのメンバーは揃っており、ザワザワしていた。シャーロットで最後だったらしく、ハリーがシャーロットが入ってきたのを見て口を開いた。

「今夜はこれまでやったことを復習するだけにしようと思う。休暇前の最後の会合だから……」

新しいことができなくて、みんなはちょっぴり残念そうな顔をしたが、ハリーの指示で二人ずつ組になり、『妨害の呪い』の練習を始めた。

「インペディメンタ!」

術をかけられた方は一分ほど固まる。何人かのうまくできない生徒にコツを教えたあと、シャーロットはレイブンクローのマリエッタ・エッジコムの元へさりげなく移動した。

「もっと杖を大きく振って、上から下へ……」

エッジコムは煩わしげにシャーロットを見てきたが、シャーロットは気にせずにエッジコムの耳元で囁いた。

「エッジコム、あとで話があるの。この後3階のトイレに一人で来てちょうだい。あなたにとって悪い話じゃないわよ」

エッジコムは不審そうに視線を向けてきたが、シャーロットはすぐに次の生徒の指導へ向かった後だった。

その後は『失神術』を練習し、会合は終了した。ハリーは生徒達の進歩に満足そうだった。

「みんな、とってもよくなったよ。休暇から戻ったら、何か大技を始められるだろう――守護霊とか」

みんなが興奮でざわめいた。いつものようにみんなは楽しそうにおしゃべりしつつ、部屋を出ていく。シャーロットは

「ちょっとトイレに行ってくるね」

とハリーに言い残し、教室から出ていった。大急ぎで3階へ向かう。

「お邪魔するわね、マートル」

「あら、久しぶりね」

嘆きのマートルがつまらなさそうな表情で出迎えてくれた。

「またおかしな薬でも作るの?」

「まさか。でもちょっと場所を貸してちょうだい。5分くらいで終わるから」

「……まあ、いいわ。うるさくしないなら」

マートルが面倒くさそうに奥のトイレに消えたとき、ちょうどエッジコムが現れた。

「来てくれてありがとう。エッジコム」

「……私に何か用?話なら手短にして」

警戒心むき出しのエッジコムはシャーロットを睨むようにして口を開いた。手には杖を持っている。シャーロットはまず、トイレの外に誰もいないか十分確認した。もしかしたらチョウ・チャンや他の学生がついてきたかもしれないと思ったが、エッジコムは本当に一人で来たようだった。シャーロットはゆっくりと口を開いた。

「……魔法運輸部煙突飛行ネットワークのエッジコム夫人はあなたの母親ね」

シャーロットの言葉にエッジコムは何も答えなかったが、ますます警戒を強めたようだった。今にも杖を振り上げそうだ。

「そんなに怖い顔をしないで。今日はあなたと取り引きに来たのよ」

「……取り引き?」

「あなたにこれをあげるわ」

シャーロットはポケットから小瓶を取り出す。それはフェリックス・フェリシスの小瓶だった。エッジコムがゴクリと息を呑んだ。

「……それって」

「私、フェリックス・フェリシスを2つ持ってるの。これはこの間出したのとは別物よ。効き目は一口で12時間。すごいでしょう?」

エッジコムの顔が固まった。

「学年末、誰にも内緒であなたにこれをあげるわ。条件さえのんでくれればね」

「条件?」

「ダンブルドア軍団の事を誰にも話さないこと。適当な理由を考えて、ダンブルドア軍団から抜けること」

エッジコムは苦々しげな顔をした。そんな様子を見て、諭すようにシャーロットは話を続けた。

「あなた、チョウから誘われて仕方なく参加してるだけでしょう?会合での練習にやる気が感じられないし、真面目に取り組んでるようには見えないもの。ハリーの事が信じられないなら、構わないわ。でも、私達を信用できないのならDAからは抜けて欲しい。あなただって、お母様に内緒で活動するのは精神的にもきついでしょう?それなら、いっそのこと抜けた方があなたのためだと思うわ。チョウへの理由なら適当に考えればいい。なんなら一緒に理由を考えてあげる。どうしても抜けるのがイヤなら、そのままでも構わないけど、それならハリーを信じて欲しい。私達は心から信じあって、団結しなければならないの。ヴォルデモートを倒すためにも」

ヴォルデモートの名前を出したとき、エッジコムの肩はビクリと動いた。それに構わず話を続ける。

「私はアンブリッジに組織の事がバレるのは絶対に避けたい。そのためにあなたという危険分子を遠ざけたいの。悪い話じゃないはずよ。あなたは黙っているだけで、フェリックスを手に入れられるのだから。学年末には必ずこれをあなたに渡す。」

シャーロットは小瓶を軽く揺らしながら軽く微笑んだ。

「さあ、どうする?」

 

 

 

 

「……あんた、大丈夫なの?」

「マートル、聞いてたの?」

エッジコムは長い間迷っていたが、最後には渋々了承した。シャーロットも冷静な顔をしながら、心の中でホッとしていた。これで、アンブリッジにバレる危険性が低くなった。まだ、完全に大丈夫とは言えないが……。

「マートル。さっき聞いたことは誰にも言わないでね」

「別にいう相手もいないし、安心して。それに、なんか面白いし。私もDAとやらに参加しようかしら」

「アハハ、歓迎するわ」

マートルは冗談めかして言ったようだが、シャーロットはDAの会合にマートルがやって来た時の生徒達の表情を想像して少しだけ笑った。

 

 

 

 

 

 

シャーロットが寮に戻ると、ハーマイオニーが長い手紙を書いており、ロンがそれに絡んでいるところだった。

「ところで、その小説、誰に書いてるんだ?」

「ビクトール」

「クラム?」

「他に何人ビクトールがいるって言うの?」

ロンの不貞腐れたような顔に笑いながら、シャーロットもハーマイオニーの隣で宿題のレポートを広げた。

「あらシャーロット、どこに行ってたの?」

「トイレよ。ついでにマートルとおしゃべりしてきたの」

何でもないことのようにシャーロットはサラリと半分嘘で半分本当の返事をして、羽根ペンを取り出した。

羊皮紙に字を走らせながら、エッジコムの事を考えた。エッジコムは約束を守ってくれるだろうか。もしかしたら、魔法省にいるらしい母親のプレッシャーに負けて原作通り密告するかもしれない。そうなったとき、できること、やるべき事を考えなければ……、

「シャーロット、そろそろ寝ない?」

「え?あー、こんな時間か……」

気がつけば談話室には4人以外だれもいなくなっていた。

「じゃあ、おやすみ」

ハリーとロンに挨拶をして、ハーマイオニーとともに女子寮への階段を上る。パジャマを着てからベッドに入った。

何か忘れているような、心に引っ掛かるものがあったが疲れていたので、気にする前に意識は闇の中へ落ちていった。

 

 

 

 

次の日の朝、シャーロットは談話室へ降りた後、昨夜感じた心の引っ掛かりの正体を思い出した。

「ハリーとロンは?どうしたのかしら?」

ハーマイオニーの声にシェーマスが答えてくれた。

「昨日の夜中、ハリーが変な夢を見て、大騒ぎしたあと、マクゴナガルとどこかに行ったよ。ロンも一緒に」

ハーマイオニーは不思議そうな顔をしていたが、シャーロットはハッとした。恐らく、ハリーは……、

「ミス・ダンブルドア、ミス・グレンジャー」

寮から出てすぐに、マクゴナガルが二人を待っていたかのように声をかけた。

「校長先生からお話があります。付いてきなさい。」

マクゴナガルは厳しい表情をしながら、クルリと背を向け歩きだした。シャーロットとハーマイオニーは顔を見合わせたが、何も言わずにマクゴナガルの後へと付いていった。

ダンブルドアの部屋へ到着すると、ダンブルドアは思い詰めたような表情で待っていた。いつもの朗らかな表情は消え、鋭い目をしている。

「マクゴナガル先生、……そして、ああ。呼び出してすまんの、二人とも」

ダンブルドアはゆっくりと事態を説明してくれた。ウィーズリー氏が大きな蛇に襲われた。それをハリーが夢に見た。ウィーズリー家の子ども達とハリーはすぐにウィーズリー氏の元へと駆けつけたらしい。

「おじさまは大丈夫なんですか!?」

ハーマイオニーは動揺して大きな声をあげた。

「大丈夫じゃ。すでに聖マンゴに運び込まれておる。先ほどモリーから無事だったと手紙も届いた。しばらくは入院する必要はあるじゃろうが……」

それを聞いて、シャーロットとハーマイオニーはほっと息をついた。

「私達もすぐに行けませんか?」

ダメ元でシャーロットがそう言うと、ダンブルドアは難しい顔をした。

「……いや、正式に学期が終わるのを待ってから行った方がよいの」

恐らく、アンブリッジの事があるからだろう。シャーロットはそれを分かっていたため、何も言わず引き下がった。

「ハーマイオニー、私、休暇に入ったらすぐにハリーやロンのところへ行くわ。ハーマイオニーは……」

「私も行く!」

「え?パパやママとスキーじゃないの?」

「……ほんとのこと言うと、スキーって私の趣味じゃないのよ」

ハーマイオニーはすぐに両親へスキー旅行断りのための手紙を書き始めた。シャーロットもハーマイオニーが一緒に来てくれることに安心しながら、自分も休暇のために荷物の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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暗いクリスマス

バーン!!

紫色の『夜の騎士バス』が大きな音を響かせて動き出す。シャーロットは後ろにガクンとなった。

シャーロットとハーマイオニーは休暇が始まるとすぐに『夜の騎士バス』を呼び出し、グリモールド・プレイスへ向かった。アンブリッジはハリーとウィーズリー兄弟がいないことに怒り心頭だったが、無視した。ダンブルドアがあとは何とか治めてくれるだろう。

バスは周囲の車を次々と追い越していく。静かな田舎町やにぎやかな大通りが見えたが、シャーロットもハーマイオニーもほとんど無言だった。ウィーズリー氏が心配なのと、バスの揺れでそれどころじゃなかった。

夕方になってようやくグリモールド・プレイスに到着した。シャーロットとハーマイオニーはスーツケースを抱えながら玄関の呼び鈴を鳴らす。出迎えてくれたのはウィーズリー夫人だった。

「まあ、シャーロット、ハーマイオニー!」

「モリーおばさん、お久しぶりです。おじさまは……」

「大丈夫よ。まだ包帯はとれていないけど……」

ウィーズリー夫人はそう言いながらも不安そうに顔を曇らせた。

「ハーマイオニー、シャーロット!来てくれたの?」

階段からロンとジニーが下りてきた。

「ええ、ハリーは?」

シャーロットがそう尋ねると、ロンもジニーも気まずそうな顔をした。

「えっと、ハリーは……」

「ちょっと私達を避けてるの……」

シャーロットとハーマイオニーは話がよく分からず首をかしげた。

そんな二人に、ロンとジニーが昨夜の出来事を話してくれた。大人達は『例のあの人』がハリーに取り憑いているのではないかとこっそり話していたらしい。それを聞いてシャーロットが顔をしかめた。

ロンとジニーの話を聞いたあと、シャーロットとハーマイオニーはハリーがいる客間へと向かった。

「なんで君達がここに?」

ハリーは驚きで目を丸くしていた。

「心配だったからよ、もちろん」

シャーロットが笑ってそう言うと、ハリーは曖昧に頷いた。そのままハーマイオニーの提案で3階のハリーの部屋へと入る。ロンとジニーもベッドに腰かけて待っていた。

「気分はどう?」

「元気だ」

ハリーは素っ気なく答えた。

「まあ、ハリー、無理するもんじゃないわ。ロンとジニーから聞いたわよ。聖マンゴから帰ってからずっとみんなを避けてるって」

ハーマイオニーの言葉に、ハリーがロンとジニーを睨んだ。ジニーが叫ぶように反論する。

「だって本当だもの!それに、あなたは誰とも目を合わせないわ!」

「僕と目を合わせないのは君たちの方だ!」

空気がギスギスしてきた。シャーロットはたまらず口を挟んだ。

「ハリー、取り憑いてるなんて決まったわけじゃないでしょ?私は取り憑いてなんかいないと思うわ」

「なんで言い切れるんだ?」

ハリーの鋭い視線に少しだけ怯む。

「……ヴォルデモートはホグワーツには来れないはずよ。ハリーが気づかないうちに接触したとは考えられない。少なくともお爺様がいる限り」

「そうよ。それに、私は『例のあの人』に実際に取り憑かれたことがあるわ。それがどういう感じか私なら教えてあげられるはずよ」

ジニーの援護が入った。シャーロットがハッとしてジニーの顔へ視線を向け、ハリーも言葉の衝撃で一瞬体が固まった。

「……それじゃ、君は僕が取り憑かれていると思う?」

「そうね、あなた、自分のやったことを全部思い出せる?何をしようとしていたのか思い出せない、大きな空白期間がある?」

ハリーはしばらく考え込み、やがてキッパリと

「ない」

と言った。

「それじゃ『例のあの人』はあなたに取り憑いたことはないわ。あの人が私に取り憑いた時は、私、何時間も自分が何をしていたか思い出せなかったの。どうやって行ったのか分からないのに、気がつくとある場所にいるの」

ジニーの言葉でハリーは少し気が楽になったようだが、まだ難しい顔をしており、今度は部屋の中を往ったり来たりしはじめた。

その後もロンやハーマイオニーと少しだけ話し合ったが、結局ハリーは険しい顔を崩さなかった。話に結論はでないまま4人はそれぞれの寝室へ帰った。

シャーロットは与えられた部屋に入り、ベッドに倒れこんだ。クリスマスだというのに、ちっとも幸福な気持ちは訪れない。気分は下降する一方だ。考えることが多過ぎてクラクラする。ホグズミードの家に帰りたくてたまらなくなった。アンバーに会いたかったし、アンバーの作ってくれたケーキが食べたかった。ふと、アンバーが切ってくれた自分の赤い髪が目に入る。夏休みには肩にも届かないほど短かかったのに、今は少しだけ伸びているが、毛先はバラバラだった。毛先を揃えてみようと思い付き、ハサミを手に持って、洗面所へ向かった。

数分後、

「…………」

シャーロットは目を数秒強くつぶった。ゆっくりと目を開ける。

「……やってしまった」

鏡には髪は短くカットされてはいたが、見事にボサボサで毛先が前よりもバラバラになった姿が写っていた。

「……私に美容師の才能はないわね。」

鏡の前で腕を組み、ため息をついた。夏休みにも失敗したのに、懲りもせずまたやらかしてしまった。このおしゃれというには程遠い髪型をどう処理すればよいのか。

「またアンバーに泣かれるなぁ」

正直髪型がどうこうよりも、アンバーにむせび泣かれるのは精神的にきつい。途方に暮れていたとき、コンコンと誰かが扉をノックした。

「はーい」

シャーロットが返事をしながら扉を開けると、ジニーがいた。

「シャーロット、さっきのことだけど、……って、その髪、何!?」

ジニーがひどい髪型になったシャーロットをみて目を剥いた。

「毛先を揃えようとしたら失敗しちゃったの」

「どんな切り方をすればそうなるのよ……」

「できると思ったんだもの……。ジニー、何かいい方法知らない?」

すがるような思いでジニーに助けを求めると、ジニーが大きなため息をついた。

「……とりあえずハサミ、貸して」

「え?ジニー、髪切れるの?」

「あなたにこのままやらせるよりはたぶんマシにはなると思う」

ジニーはハサミを手に取ると、呆れたような顔をしながらもシャーロットの髪を整え始めた。

チョキン、チョキンという音が部屋に鳴り響く。

「ジニー、さっき、大丈夫だった?」

「え?あぁ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

ジニーが小さく笑ったので、シャーロットはホッとした。ジニーにとってヴォルデモートに取り憑かれたことは、二度と思い出したくないくらい恐ろしい思い出だったはずだ。ジニーには恐ろしい思い出よりも、今はハリーの心配の方が重要らしい。

「シャーロット、どうすればいいのかしら」

「うん?」

「どうすればハリーは元気になる?私、どうにかしたい。でも、方法が分からないの」

ジニーは髪を切りながらも、切羽詰まったような表情をしていた。

「……私にだって、分からない。きっと、ハリー自身が乗り越えるしかないのよ」

「シャーロットにも分からないの?」

「そりゃあ、そうよ。相手はヴォルデモートよ。今の私達には大きすぎるわ。ハリーは自分で打ち勝つ方法を見つけないとダメなんだと思う」

ジニーの顔が暗くなった。

「ハリーが心配?」

「当たり前でしょ!だって……」

「分かってはいたけど、ジニーって、一途ねぇ」

シャーロットの言葉にジニーは顔を赤くした。

「……あのさ、シャーロットは、ハリーのこと……」

「えー!ジニー、まだ私とハリーのこと疑ってるの?もしかして去年のダンスの事があったから?」

シャーロットは髪を切られているにも関わらずジニーの方へ振り向きそうになった。

「だ、だって……」

「もう、何度も言うけどハリーは友達!そんな関係にはならないから!」

シャーロットが言い切るも、ジニーは不安そうな顔をしていた。

「シャーロット、ボーイフレンド作らないじゃない?もしかしたら、そのうち友達から特別な関係に……」

「ならない!」

シャーロットは原作のハリーとジニーのカップルが好きだ。二人の恋の妨げになるなんて冗談じゃない。

「っていうか、ハリーだって私のことはそういう目で見てないわよ。ハリーは……」

たぶん今はチョウ・チャンに未練タラタラだから、とはさすがに言えず、言葉が尻すぼみになってしまったが、ジニーは少し安心したように笑った。

「じゃ、じゃあ、シャーロットは好きな人いないの?」

「好きな人?」

「うん。気になる男の子とか、」

「そうねぇ……」

ホグワーツのたくさんの男の子の姿が思い浮かぶ。残念ながら今のところ特別な感情を向ける相手はいない。

「いないわね。でも、私、できれば早く結婚したい」

「へ?」

突然話が飛躍したのでジニーはビックリした。

「結婚?」

「うん!私、ウィーズリー家みたいな家族が夢なの。好きな人ができたら、すぐに告白すると思う。それで、早く結婚したいなぁ。愛情がいっぱいある温かい家がほしい。子どもも4人くらいいて、一緒におしゃべりして、ゲームして、それでたまに喧嘩したり、そんな家族がほしいなぁ……」

シャーロットの言葉にジニーが胸が詰まった。ジニーの家での普段の暮らしはきっとシャーロットの夢その物だ。

「……はい、これでどう?」

「わあ、ありがとう、ジニー!」

シャーロットの髪はジニーに整えられて綺麗なショートとなった。思ったよりも短いが、綺麗に毛先も整っている。

「シャーロット、さっきの夢のことだけど」

「うん?」

「……シャーロットなら、叶えられるわ。きっと素敵な家族ができると思う」

「……うん!頑張らなくちゃね!」

二人の笑い声が小さな部屋に響く。夜は更けていき、やがてクリスマスが訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリモールド・プレイスで過ごすクリスマスは、ホグワーツでのパーティーに負けないくらい素晴らしいものにしようとシリウスが頑張ったらしい。金銀の飾りや魔法の雪、大きなクリスマスツリーや本物の妖精がキラキラと輝いていた。

午前中はクリスマスプレゼントを開くのに少し時間がかかった。服を着替えて部屋を出ると、みんなで「メリークリスマス」と挨拶を交わす。

「シャーロット、髪をまた切ったの?」

ロンが声をかけてきた。

「うん。毛先を揃えたくて、ちょっと短くしたわ」

「ふーん。僕は長い方が似合うと思うけどなぁ」

「短いほうが楽なのよねぇ」

などといいつつ階段を下りる。ウィーズリー夫人は目を真っ赤にさせながら「メリークリスマス」と声をかけてきた。フレッドによると、パーシーがプレゼントのセーターを送り返して来たらしく、ずっと泣いていたらしい。

少し重い気分になりながらも、食料庫の反対にある大型ボイラーの方へ行き、ハーマイオニーがクリーチャーにプレゼントを置くのを見守った。

クリスマスランチを食べた後は、みんなでウィーズリー氏のお見舞いに行くことになった。車に乗り込み、空いている道路を走る。やがて車は聖マンゴ魔法疾患傷害病院に到着した。そこは赤レンガの大きなデパートだった。マネキンがいるショーウィンドーの中に入る。

入った先は受付ロビーらしい。クリスマスの飾りつけらしい玉飾りが目に入った。

ウィーズリー氏は昼食中だったらしい。七面鳥が残っており、難しい顔をしていたが思ったよりも元気そうだった。

「みんな、いいクリスマスだったかい?プレゼントは何をもらったかね?」

いつもの笑顔が見えて、シャーロットも安心した。その後はウィーズリー氏が傷をマグル式に縫合したことに対して、ウィーズリー夫人が怒り始めたため、ハリー、シャーロット、ロン、ハーマイオニー、ジニーの5人は一旦退室し喫茶室へ向かった。

一行が5階の踊り場に足を掛けたとき、チラリとネビルの姿が見えたので、慌てて4人を6階の喫茶室まで急がせた。

「おじさま、傷も治りそうだし良かったわね」

喫茶室でゆっくりとお茶を飲んだ。みんなの顔は明るい。ロンとジニーは縫合したことに対して、呆れ返ってはいたが。

「ねえ、ハリー。夢の事だけど、たぶんお爺様が何か対策をするはずよ」

「対策?」

「シャーロット、やっぱり何か知ってるの!?」

ハリーの顔が少し緊張してきた。

「ううん。何も聞いてないけど、でもこのままヴォルデモートの好きにはさせないと思うわ。お爺様にも何か考えがあるはずよ」

恐らくハリーは閉心術を習う事になるだろう。その時、ふとシャーロットは疑問を抱いた。そういえば、自分は何年もダンブルドアと共に過ごしてきたが、心を読まれているという事はないのだろうか。ダンブルドアが開心術ができないはずはない。なぜ今まで気にしなかったのだろう。ダンブルドアに心の全てを覗かれたかもしれない、という考えにシャーロットはこっそり顔をしかめた。確かめる必要がある。

それから少しおしゃべりをしたあと、5人は再び階段を下りてウィーズリー氏の病室に向かった。ウィーズリー夫人の怒りが鎮まっているといいが。その時、恐れていた事が起きてしまった。階段でネビルとその祖母のミセス・ロングボトムらしき人物と鉢合わせしてしまった。

「えー!ネビル!」

ロンが大声を上げる。ネビルが怯えたような顔で縮こまった。シャーロットは諦めたように天を仰いだ。

「こんなところで会えるなんて!誰かのお見舞いかい?」

「ネビル、お友達かえ?」

ハゲタカの剥製がのった三角帽子のミセス・ロングボトムは穏やかな顔で握手を求めた。

「お会いできて嬉しいですよ。ネビルがよく話してくれました。何度か窮地を救ってくれたのですね?この子はいい子ですよ。でも、この子は口惜しい事に父親の才能を受け継ぎませんでした」

ミセス・ロングボトムは病棟の方に視線を向けた。

「えー?ネビルのお父さんが入院してるの?」

ロンがまた大声を上げたので、シャーロットは容赦なくロンの足を踏んづけた。

「イタっ!なんで!?」

しかし、ミセス・ロングボトムはロンの事を気にせず鋭い声を上げた。

「何たることです。ネビル、お前はお友達に両親の事を話していなかったのですか?」

ネビルは可哀想なくらい、暗い顔をして天井を見上げた。事情を知っているらしいハリーもシャーロットと同じくらい顔が青くなっていた。

「いいですか、何も恥じる事はありません!お前は誇りにすべきです!ネビル、誇りに!」

ミセス・ロングボトムが語ってくれた内容は、ハリーとシャーロット以外の3人に衝撃を与えた。ネビルの両親が闇祓いだったこと、ヴォルデモートの配下に正気を失うまで拷問を受けたこと。

ハーマイオニーとジニーは両手で口を抑え、ロンは俯いてしまった。

「魔法使いの間では尊敬を集めておりましたし、夫婦揃って才能豊かでした」

ネビルは頑なにみんなの目を避けていた。シャーロットはネビルにどう声をかけるべきか、考えたが結局何も言えず沈黙を選んだ。

「さて、もう失礼しましょう」

ひとしきり話したあと、ミセス・ロングボトムは穏やかに挨拶をし、孫と共に立ち去ろうとした。シャーロットは思わずその背中に声をかけた。

「ミセス・ロングボトム。あなたもネビルを誇りに思うべきです」

ミセス・ロングボトムが不思議そうな顔をして振り向いた。

「私はネビル・ロングボトムほど優しくて勇敢な魔法使いを知りません。間違った行動を正そうとする、真の勇気を心に持っている。私はネビルを心から尊敬しています」

シャーロットは本心からそう言った。ネビルは必要以上に萎縮してしまい、自分に自信が持てないだけだ。魔法の技術もまだ未熟だが、そんなこと関係ない。真の強さを秘めている。

ネビルは戸惑ったようにしながらも、やっとシャーロットの目を見てくれた。シャーロットは小さく笑ってネビルに頷く。ミセス・ロングボトムは少し驚いたような顔をしたあと、困ったように笑って孫と共に立ち去っていった。

二人の姿が消えた後、ハーマイオニー、ロン、ジニーが口を開いた。

「知らなかったわ」

「僕もだ」

「私もよ」

3人がハリーとシャーロットを見た。

「僕、知ってた。ダンブルドアが話してくれた。でも、誰にも言わないって、僕、約束したんだ」

「私も知ってたわ。昔、古い記事を観たことがあるの」

「ベラトリックス・レストレンジがアズカバンに送られたのは、そのためだったんだ。ネビルの両親が正気を失うまで『磔の呪い』を使ったからだ」

「ベラトリックス・レストレンジがやったの?クリーチャーが巣穴に持っていた、あの写真の魔女?」

ハーマイオニーが恐怖を感じたように声を上げた。

「そうよ。ベラトリックス・レストレンジ。ヴォルデモートに狂信的なまでに忠誠を誓った恐ろしい女よ」

シャーロットがそう言うと長い沈黙が続いた。クリスマスとは思えないほどに暗い空気が周囲を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閉心術とコガネムシ

 

 

クリスマス休暇の終わりが近づいてきた。ハリーが出発する日が近づくにつれ、シリウスはどんどん不機嫌になっていく。シャーロットもアンブリッジの顔を見るのが憂鬱で、ため息の数が多くなってきた。

休暇の最後の日、珍しい客が訪れた。

「ハリー、厨に下りてきてくれる?スネイプ先生がお話があるんですって」

チェスをしていたハリーはウィーズリー夫人の言葉を理解するのに少々時間がかかった。

「……何ですか?」

「スネイプ先生ですよ。厨房で。ちょっとお話があるんですって」

ハリーがあんぐりと口を開け、こちらを見てきた。ロン、ハーマイオニー、ジニーも驚きで口を開いていたが、シャーロットは予想していた事なので静かに見つめ返した。

「スネイプ?」

「スネイプ先生ですよ」

「ハリー、とにかく行った方がいい。あんまり待たせるとますます機嫌が悪くなるわ。きっとそんなに悪い話ではないはずよ」

シャーロットが促すとハリーは怯えと戸惑いでそわそわしながら厨房へ向かっていった。

ハリーが厨房でスネイプと話している間に、ウィーズリー氏が全快し、退院したため帰って来た。

「全快だ!」

「退院おめでとう!」

ウィーズリー兄弟は嬉しさでみんな浮かれたように騒いだ。全員で厨房へ入っていく。

「治ったぞ!全快だ!」

ウィーズリー氏が叫ぶように宣言した。しかし、厨房ではシリウスとスネイプが互いの顔に杖を突きつけており、ハリーはそんな2人を必死に引きはなそうとしていた。

厨房へ入ってきた全員が目の前の光景に唖然とした。一番に口を開いたのはシャーロットだった。

「……スネイプ先生に、シリウス。喧嘩なら外でやって来て。今からここでパーティーするんだから」

シリウスもスネイプも杖を下ろした。

「一体何事だ?」

ウィーズリー氏の疑問には何も答えず、スネイプは杖をしまうと、厨房を横切ってドアへ向かっていった。

「ポッター、月曜の夕方、6時だ」

こうしてスネイプは去っていった。シリウスはその後ろ姿を睨み付けていた。

「一体何があったんだ?」

「アーサー、何でもない。昔の学友とちょっとした親しいおしゃべりさ」

シリウスは無理矢理笑顔を作り、誤魔化した。

夜のにぎやかな夕食が終わったあと、ハリーがスネイプに「閉心術」を教わることになったことをこっそり教えてくれた。

「スネイプと課外授業?僕なら悪夢のほうがましだ!」

ロンの言葉にハリーが呻いた。

 

 

 

 

 

翌日、『夜の騎士』バスでホグワーツに戻ってきた。みんなでスーツケースやトランクを引きずりながら城に向かって歩く。ハリーの顔は誰よりも沈んでいた。

次の日、早速ハリーはスネイプに閉心術を習うため研究室に向かっていった。シャーロット、ロン、ハーマイオニーは図書室で宿題の山を片付けつつ、ハリーを待つことにした。

「ハリー、大丈夫かしら……」

ハーマイオニーがその後ろ姿を見守る。

「あんまり大丈夫じゃないかもね。まあ、スネイプ先生を信じましょう。ロン、そのレポート、綴りが間違ってるわ」

「うぅぅ……」

アンブリッジが鬼のように出した宿題に、3人はしばらくハリーの事は忘れて一生懸命取り組んだ。

しばらくして、ハリーが顔面蒼白になりながら帰って来た。

「どうだった?ハリー、あなた、大丈夫?」

とても大丈夫なようには見えなかった。ハリーは痛みを堪えるように顔をしかめている。

「……ねえ、僕、気がついたことがあるんだ……」

ハリーはスネイプの開心術がきっかけで、夢で見た窓のない廊下が『神秘部』だと思い出したらしい。

「じゃ……それじゃ……君が言いたいのは、あの武器が――『例のあの人』が探しているやつが――魔法省にあるってこと?」

「『神秘部』の中だ。間違いない」

ハリーが囁くように、しかしキッパリと言った。

シャーロットは目を閉じて、3人の話を聞きながら物思いにふけった。ついにここまでたどり着いた。ヴォルデモートが狙っているのはただひとつ、予言だ。それを手にいれるために、ヴォルデモートは罠を仕掛けるだろう。大きな戦いが始まる。シャーロットは唇をきゅっと結んだ。

「ハリー、あなた、本当に大丈夫?」

ハーマイオニーの言葉に目を開いてハリーへ視線を向けると、ハリーは両手で額を強く擦っていた。

「うん……大丈夫。ただ、僕、ちょっと……閉心術はあんまり好きじゃない」

「そろそろ帰りましょう。ハリーも今日は宿題はやらずに眠った方がいいわ。顔色悪いわよ。」

シャーロットがそう言うと、3人は特に反対せず、寮へ戻ることになった。

談話室ではフレッドとジョージが悪戯グッズの新作を披露し、ガヤガヤしていた。ハリーは何も言わずに憂鬱そうな顔でロンと共に男子寮へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、最悪のニュースが飛び込んできた。

『アズカバンから集団脱獄』

シャーロットは思わず呻いた。アズカバンから11人の囚人が脱獄したらしい。全員が死喰い人だ。アントニン・ドロホフ、オーガスタス・ルックウッド、ベラトリックス・レストレンジ、そして――、

「あの、クソネズミ――!」

ピーター・ペティグリューも一緒に新聞に大きく写真が載っていた。シャーロットは悪態をついた。

ハーマイオニーは勢いよく新聞を捲っており、ハリーとロンは顔色を悪くしながら何かコソコソ話していた。大広間の生徒達は新聞を購入している者は少ないらしく、ほとんど話題になっていない様子だった。一方教職員テーブルの教授達は深刻な表情をしていた。アンブリッジさえオートミールを勢いよく掻き込みながらも顔をしかめていた。

シャーロットは新聞を一通り読むと、ため息をついて天を仰いだ。チラリとハリーを見たあと、まだ新聞をじっと読んでいるハーマイオニーの服の袖を引っ張った。

「ハーマイオニー、ちょっと来て」

「え?何?」

「いいから、ちょっと」

ハーマイオニーを椅子から立たせて、引っ張っていく。

「どこに行くんだよ?」

ロンが後ろから聞いてきたが、返事の代わりにちょっと笑い、大広間から出ていった。

「どうしたのよ、シャーロット」

「そろそろ、こちらも反撃しましょう」

「反撃?」

「ええ。無能魔法省とボンクラ・ポンコツ・アホファッジに」

「で、でも、どうやって」

「魔法省にクソ爆弾仕掛けて大爆発とか、ファッジをポリジュース薬でトロールに変身させるとか……」

「ちょっと!」

「冗談よ。とりあえずルーナ・ラブグッドを探して」

「はあー?」

 

 

 

 

 

2~3日もすると死喰い人が脱獄した事は生徒達にも広まってきた。ホグズミードで脱獄囚の目撃証言やら「叫びの屋敷」に潜伏してるなどの噂も流れた。更に、ハグリッドが停職になったという悪いニュースも飛び込んできた。ドラコ・マルフォイを筆頭に何人かは大喜びしており、腹立たしかった。

恐怖と混乱が生徒達を支配する。教授達も廊下で切羽詰まったように囁き合っていた。生徒達が近づくとプッツリと話をやめ、そそくさと逃げるように廊下を歩き始める光景がよく見られた。

「きっと職員室では自由に話せないんだわ。アンブリッジがいたんじゃね」

ハーマイオニーが言った通り、アンブリッジは寮の掲示板にこんな官令を貼り出した。

『教師は、自分が給与の支払いを受けて教えている科目に厳密に関係する事以外は、生徒に対し、いっさいの情報を与えることを、ここに禁ず』

「一体どれだけ教育令を出せば気がすむのかしら」

シャーロットは首をかしげながらそうこぼした。

アンブリッジは脱獄囚の事件を気にすることなく、ホグワーツの自分の統制下に置くためにより一層活動するようになった。

「占い学」と「魔法生物飼育学」はどの授業にもアンブリッジがついて回った。トレローニーはストレスでヒステリックになってきたらしい。また、ハグリッドはさすがに危険な動物を教えるのは控えるようになったが、相当神経が参っているようだった。ハグリッドは4人が暗くなったから小屋を訪ねることをはっきり禁止した。

「お前さんたちがあの女に捕まってみろ。俺たち全員のクビが危ねぇ」

4人は寂しかったが、ハグリッドの気持ちは痛いほど分かり、職が危なくなることは慎むことにした。

ハリーはアンブリッジに反発するかのようにDAに力を入れ始めた。死喰い人が脱獄した事はメンバー全員に活を入れたらしい。しかし、なんといってもネビルほど進歩を遂げた生徒はいなかった。両親を襲った連中が脱獄した事に対して、ネビルは何も言わなかった。また、聖マンゴで会ったことに対しても口にしなかったし、みんなもその気持ちを察して沈黙を守った。DAの時間、ネビルは誰よりも集中し、ただひたすらに呪文を練習していた。その上達ぶりはハーマイオニーの次に『盾の呪文』を習得するほどであり、ハリーもその変化に戸惑っていた。

ネビルとは逆に、ハリーは閉心術の授業に相当苦しんでいた。授業がある度に額の傷は痛みが強くなってきているらしい。スネイプとの授業での疲れが蓄積し、ストレスになってきているのは明白だった。

 

 

 

 

 

2月になった。今日は待ちに待ったホグズミード行きの日だ。シャーロットは朝一番にハリーに声をかけた。

「ハリー、今日のホグズミードは予定ある?」

「あ……、僕、今日はホグズミード行けないんだ……」

「へ!?なんで!?」

「クィディッチの試合が近いから、アンジェリーナが1日中練習するって」

「なんですって!?」

シャーロットが怖い顔でズイッと顔を近づけてきたのでハリーは後ずさりした。

「困るわ!今日は大事な日なのよ!」

「大事な日?何が……」

「とにかく、あなたにはホグズミードに来てもらわないと困るの。私、アンジェリーナのところに行ってくる!」

シャーロットは大広間にいるアンジェリーナの元へ向かい、なんとかお昼だけハリーの時間を貸してほしいと頼み込んだ。アンジェリーナは最初はかなり渋っていたが、シャーロットの必死の頼み込みに、なんとか最後には頷いてくれた。

「ハリー、お昼になったら『三本の箒』に来てちょうだい。アンジェリーナからは許可をもらったから」

「いいけど、なんで?」

「後から説明する。お願いね」

ハリーに念を押すと、ハーマイオニーとともにホグズミードへ出発した。

「うまくいくかしら?」

「大丈夫。彼女なら上手くやってくれるわよ」

ハーマイオニーと話しながら『三本の箒』の戸を開けた。

シャーロットが提案したのは、原作のハーマイオニーの考えとほぼ同じ事だ。リータ・スキーターにヴォルデモート卿の復活を証言するハリー・ポッターの記事を書いてもらう。そして、出来る限り多くの人に読んでもらう。載せる雑誌はもちろん『日刊預言者新聞』ではなく、『ザ・クィブラー』だ。

「ルーナ!こっちよ!」

シャーロットとハーマイオニーがパブでバタービールを注文して少ししたあと、ルーナ・ラブグッドがやって来た。

「今回は協力してくれて本当にありがとう、ルーナ」

「いいよ。パパも喜んでたから」

『ザ・クィブラー』の編集長である、ルーナの父には事前にルーナを通して、ハリーの記事を載せる許可をもらっていた。準備万端だ。

やがて、シャーロットが二度と会いたくないと思っていた人物が姿を現した。

「こんにちは、お久しぶりね、リータ」

「……」

リータ・スキーターはシャーロットのにこやかな挨拶に、これ以上ないほど顔をしかめて、黙ったまま席に座った。リータは失業中のためか、以前よりもみすぼらしかった。髪はボサボサ、爪のマニキュアはあちこち剥げ落ちている。シャーロットはリータのためにウィスキーを注文した。

「それじゃ、あとはハリーを待つだけね」

「……こんなところに呼び出して、一体何をやるんでざんす?」

リータがやっと口を開いた。ハーマイオニーがそれに答える。

「あなたやってほしい事があるのよ」

「やってほしいこと?」

「ええ、実は……」

その時、ようやくハリーがパブへ現れた。

「ハリー!こっちよ!」

ハリーはシャーロット達の方を見て、ギョッとしていた。ルーナとスキーターがいたことに驚いたらしい。

「君たち、何をするつもりだい?」

「ええ、それを今から説明するわ。まず、リータ、あなた、ハリーの記事を書いてちょうだい」

シャーロットの一言に、スキーターはウィスキーを吹き出した。

「……失礼、幻聴が聞こえたざんす」

「幻聴じゃないわ。リータ、ハリーの記事を書くのよ。これは決定事項よ」

ハリーとスキーターは信じられないというように、ポカンと口を開けてシャーロットを見てきた。

「もちろん、去年のような低俗かつバカらしい内容じゃないわ。記事の内容はヴォルデモートの復活についてのインタビューよ」

スキーターは名前を聞いて飛び上がったが、誰もその事にはツッコまず、シャーロットが話を続けた。

「ハリーはアホのファッジに本当のことを話したのに、信用してくれない。まずは、信用してくれる人を増やすのよ。そのためには、記事にして多くの人の目に触れさせることが必要よ」

「『預言者新聞』はそんなもの活字にするもんか。お気づきでないざんしたら、一応申し上げますけどね、」

「ハリー。ここで、スキーターに全部話してちょうだい。隠れ死喰い人とか、ヴォルデモートがどんな姿だったとか……」

「こっちの話を聞くざんす!そんな話、了承するわけ……」

スキーターがそう言いかけると、シャーロットはすかさず鞄からヒキガエルを出した。

「スキーター、あなたの旧友よ。ネビルのトレバーはあなたとじっくり話をしたいんですって」

ゲコッとトレバーが鳴き、スキーターの顔が引きつった。去年、トレバーを使っていじめたのは無駄にはならなかったようだ。ハーマイオニーが話を続けた。

「もちろん、『預言者新聞』にそんな記事は載せられないわ。でも、ルーナのお父様が『ザ・クィブラー』でハリーのインタビューを引き受けてくださるそうよ」

「『ザ・クィブラー』だって!ハリーの話が『ザ・クィブラー』に載ったら、みんなが真面目に取ると思うざんすか?」

「そうじゃない人もいるでしょうね。それも全て承知の上よ。興味本位で読みたいと思う人間は多いはずよ」

シャーロットの言葉にスキーターはしばらく答えなかった。鋭い目でシャーロットとハーマイオニー、ハリーを見つめる。

「よござんしょ。仮にあたしが引き受けるとして、どのくらいお支払いいただけるざんしょ?」

「なしよ」

シャーロットがキッパリ言うと、スキーターは苦い薬を飲んだ時のような顔になった。

「ギャラなしでやれと?」

「ええ。もちのロン」

「パパは雑誌の寄稿者に支払いなんかしてないと思うよ。みんなが名誉だと思って寄稿するんだもン。それにもちろん、自分の名前が活字になるのを見たいからだよ」

ルーナがそう言うと、スキーターが信じられないとでも言うように声を上げた。

「そんな、バカな話――」

「あら、引き受けてくれないの?残念ね。あーあ、なんだか私、突然『魔法不適切使用取締局』に手紙を書きたくなっちゃったわぁ……」

「喜んで書かせていただくざんす!」

スキーターがすばやくそう言ってくれたので、シャーロットはにっこり笑った。

「あら、そう?悪いわね、ギャラなしで」

スキーターがぐぬぬと声を漏らした。やがて諦めたように自動速記羽根ペンを取り出す。

「それじゃ、リータ、やってちょうだい」

シャーロットがとてもいい笑顔でそう言った。その姿を見てルーナがポツリと呟いた。

「見たことないけど、悪魔ってあんな顔をしてるのかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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『ダンブルドアの愛し子』

 

ハリーは辛い顔をしながらも、ヴォルデモートが復活した夜の事をスキーターに語った。ハリーのインタビュー記事がいつ『ザ・クィブラー』に載るかは未定だが、必ず大きな反響があるはずだ。

「ハリーの話が大っぴらになったら、アンブリッジがどう思うか楽しみだ」

「いいことをしたね。ハリーは大丈夫かな」

夕食の席で今日の出来事を話したらディーンは感服したように、ネビルは心配そうにそう言った。ハリーはインタビューのあともクィディッチの練習に行ってしまい、まだ帰ってきていない。

シャーロットがデザートのルバーブ・クランブルを自分とハーマイオニーの方へ引き寄せたとき、ハリーとロンが泥んこになって帰って来た。ロンはこれ以上ないほどぶすっとしている。

「お疲れ様、2人とも」

「クィディッチの練習はどうだった?」

「悪夢だったさ」

ロンは気が立っていた。練習はあまり上手くいかなかったようだ。ロンがあまり話したがらないので、夕食を早々に切り上げて、みんなは寮に帰った。

「そういえば、ロンのグローブ、あなたがプレゼントしたのね?」

ハーマイオニーがベッドに入る前、話しかけてきた。

「ああ、ロンから聞いたの?」

「ええ。とてもいいグローブだったから、どうしたんだろうと思って……」

「でしょ?今度のクィディッチではぜひとも活躍してほしいわ」

などと会話しながら、ベッドに潜り込む。すぐに眠気が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんな愚策で上手くいくなんて、思ってないわよね?」

目の前の自分が馬鹿にしたように笑った。

「成功するとでも思ってる?分かっているでしょう?あなたの世界は、あなたには優しくない」

シャーロットは生唾を飲み込み、後ずさりをした。

「物語は進んでいる。もう止められない。ハリーは闇に引きずり込まれようとしている。でも、あなたには、何もできないわ。ええ、なーんにもね」

笑い声が響く。

「だって、本当は、この世界にあなたは存在していないんだもの」

 

 

 

 

 

 

「シャーロット?」

ハーマイオニーの声が聞こえて、シャーロットは目を覚ました。

「シャーロット、大丈夫?うなされていたわ」

「……ごめん。起こした?」

「起きてたから大丈夫。怖い夢でも見たの?」

「……ちょっとね」

ハーマイオニーの質問を誤魔化し、シャーロットは体を起こした。

久しぶりの悪夢だった。のどはカラカラに渇き、頭が痛い。頭痛を堪えながら支度をし、ハーマイオニーと朝食へ向かった。

 

 

 

 

 

土曜日、クィディッチ試合が開催された。グリフィンドール対ハッフルパフだ。

ロンが14回もゴールを抜かれるという失敗はあったが、無事にハリーがスニッチを掴み、グリフィンドールの勝利で終わった。まあ、ロンの不調は、スリザリン生が相変わらず「ウィーズリーは我が王者♪」の大合唱を止めないせいもあるのだろう。

その夜のパーティーでも、ロンはバタービールの小瓶を持ったまま、部屋の隅っこでじっとしていた。

シャーロットはロンに何と声をかけていいか分からず、迷った。しかし、迷っているうちにロンはのろのろと寝室に行ってしまった。

 

 

 

 

週明けの月曜日。朝食の席で何匹ものふくろうがハリーに群がった。シャーロットは何が起こったかすぐに分かって、パッと顔を輝かせた。そしてふくろうの中に手を突っ込む。待ち望んでいた日だ。

「ハリー!これを開けて!」

戸惑うハリーにシャーロットは茶色の包み紙を渡した。包み紙を破ると、中から『ザ・クィブラー』の3月号が転がり出てきた。表紙から、ハリーがニヤッと笑いかけてきた。

 

『ハリー・ポッターついに語る 「名前を呼んではいけないあの人」の真相―――僕がその人の復活を見た夜』

 

ハリーの写真と一緒に真っ赤な大きな字でそう書いていた。

「昨日出たんだよ。パパに一部無料であんたに送るように頼んだんだもン」

いつの間にかルーナがグリフィンドールのテーブルにやって来てそう言った。どうやら、今日ハリーの元に大量に届いたのは読者からの手紙らしい。皆で困惑しながらも手紙を開封し始めた。シャーロットだけは楽しそうに手紙を片っ端から読み始めた。ハリーがイカれていると書いてる者が多い。しかし中には、記事に説得された人、信じる人もたくさんいた。

「何事なの?」

甘ったるい世界一嫌な声が聞こえて、シャーロットは振り向いた。

ガマガエルのように目が飛び出したアンブリッジがそこに立っていた。その背後には大勢の生徒が不思議そうな顔でこちらを覗きこんでいた。

「僕がインタビューを受けたのでみんなが手紙をくれたんです」

ハリーは隠しきれないと思ったのか開き直ったように『ザ・クィブラー』をアンブリッジに放り投げた。

「よくも……どうしてこんな……」

アンブリッジが怒りのあまり、わなわなと震えた。シャーロットはこっそりと笑いをこらえるために唇を噛んだ。

「あなたには、嘘をつかないよう、何度も何度も教え込もうとしました。その教訓がどうやらまだ浸透していないようですね。グリフィンドール50点減点。それと、さらに一週間の罰則」

そう言うとアンブリッジは肩を怒らせて立ち去った。

昼間に学校中に告知が出た。

 

『ホグワーツ高等尋問官令 『ザ・クィブラー』を所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す』

 

この告知を見てシャーロットとハーマイオニーは思わずハイタッチした。

「二人とも、いったいなんでそんなに嬉しそうなんだい?」

ハリーが不思議そうに聞いてきたので、シャーロットはクスクス笑い、ハーマイオニーは小さな声でハリーに言った。

「学校中が、一人残らずあなたのインタビューを確実に読むようにするためにアンブリッジができることはただ1つ、禁止することよ!」

その日はあらゆる場所で『ザ・クィブラー』は全く見かけないのに、その内容が話題になった。みんなが魔法を使ってどうにか『ザ・クィブラー』を読んでいるらしい。

「ハリー、みんながあなたを信じたと思うわ。本当よ。あなた、とうとうみんなを信用させたんだわ!」

ハーマイオニーが目を輝かせてそう言う。恐らくは学校中の生徒と教師は一人残らず『ザ・クィブラー』を読んだに違いない。先生たちもハリーに高い点数を与えたりお菓子をくれたりと、違う形で気持ちを示してくれた。特に『占い学』のトレローニーはアンブリッジの前で、結局ハリーは早死に()()()し、十分に長生きし、魔法大臣になるし、子どもが12人できるとヒステリックに予言したらしい。シャーロットはその様子をロンから聞き出し、耐えきれずケラケラ笑った。

また、マルフォイは『ザ・クィブラー』を読んだことを認められず、こっちの悪口らしきものをヒソヒソ囁くしかできなかったらしい。『ザ・クィブラー』の増刷も決まり、ルーナの目が興奮で輝いていた。

グリフィンドールの談話室ではフレッドとジョージが『ザ・クィブラー』の表紙写真に魔法をかけて壁に飾った。ハリーの巨大な顔が大音響でしゃべり続けた。

「魔法省の間抜け野郎」「アンブリッジ、糞食らえ」

シャーロットはその魔法に苦笑いし、ハーマイオニーもあまり良くは思わなかったらしい。二人で早めに寝室へ向かった。

 

 

 

 

 

「この世界にあなたは存在していない。あなたは、いらないの」

暗闇で声が響く。目の前には自分自身が立っていた。自分がニヤリと笑う。その微笑みがヴォルデモートに似ている気がして、シャーロットは後ずさりした。

「やめて、……もう来ないで」

「あら、逃げるの?所詮、あなたはその程度なのよ」

自分自身がますます笑みを深くしてバカにしたような目で言葉を続けた。

「ヴォルデモートを越えるですって?今のあなたが?」

自分自身が耐えきれないように高笑いをした。その声が自分の声なのに、そうではない気がしてシャーロットは崩れ落ちそうになった。

「無理よ。あなたには何も守れない」

 

 

 

 

ガバッと身体を起こすと、まだ夜明け前だった。シャーロットはボサボサになった頭を抱える。不快感が増し、気持ち悪くなってシャーロットはゆっくりと立ち上がりトイレへ向かった。

その日、ハリーも悪夢を見たらしく、その時の様子を詳しく話してくれた。どうやら、ハリーは夢の中でヴォルデモート本人になって死喰い人のルックウッドと話したらしい。話を聞いて、ハーマイオニーは難しい顔で何かを考えるように黙ってしまった。一方、シャーロットは自分の悪夢のせいで気分が悪く、ハリーの話を聞いても考えるのが辛くてぼんやりとしていた。

「シャーロット?君、大丈夫?」

「体調が悪いのかい?医務室に行く?」

あまりの顔色の悪さに、ハリーとロンが心配そうにシャーロットを見てきた。シャーロットは頭を弱々しく横に振りながら絞り出すように声を出した。

「……大丈夫。それよりも、ハリー。その夢はよくないわ」

「え?」

「『閉心術』、うまくいってないのね」

ハリーが痛いところを突かれたような顔をした。ハーマイオニーもシャーロットに同意して、大きく頷いた。

「あなたは、これから『閉心術』にもう少し身を入れてかかるべきよ」

そうは言っても、スネイプの個人授業での進歩は少ないようだった。ハリーはほとんどその事については何も話さなかったが、疲れきったようにスネイプの授業から帰ってくるハリーの顔を見てその事は察していた。

 

 

 

 

 

それから2週間ほど経った時、ちょっとした事件が起こった。シャーロットが夕食の後、ハーマイオニーと別れて図書館に行こうとした時、女性の悲鳴が聞こえた。シャーロットだけでなく、周りの生徒たちも驚き、悲鳴の聞こえた方へ走って向かった。

悲鳴は玄関ホールで響いていた。多くの生徒たちが集まっている。シャーロットは素早く中を掻き分けて前に出た。

そこにいたのは眼鏡をかけて、奇妙な服装の女性だった。最初、シャーロットはそれが誰か分からず首をかしげたが、すぐに『占い学』のトレローニーだと分かった。ほとんど食事の席に下りてこないし、シャーロットは『占い学』の授業を受けてないので、顔を忘れかけていた。

「いやよ!いやです!こんなことが起こるはずがない……」

そう叫ぶトレローニーのそばにはトランクが置かれていた。それを見て、シャーロットは何が起こったか大体分かった。

「あなた、こういう事態になるという認識がなかったの?」

アンブリッジの高い声が響いた。やはり、トレローニーは解雇されることになったらしい。

「あなたにそんなこと、で――できないわ。あたくしをクビになんて!」

トレローニーの大きな眼鏡の奥から大粒の涙が流れた。それを見てシャーロットはちょっとだけ気の毒に思った。

「さあ、どうぞこのホールから出ていってちょうだい。恥さらしですよ」

アンブリッジが楽しそうな声で言い放ち、トレローニーが嘆きの発作を起こした。その時、マクゴナガルとダンブルドアがようやく登場した。

マクゴナガルはトレローニーの背中を慰めるように叩き、ハンカチを差し出す。ダンブルドアはアンブリッジに堂々と近づき、ニッコリと微笑んだ。

アンブリッジは教育令がどうのこうのと言っていたが、ダンブルドアは冷静に言葉を返した。結局トレローニーは解雇となったが、ダンブルドアはトレローニーを学校から追い出すのは食い止めたらしい。マクゴナガルとスプラウトが泣きじゃくるトレローニーを抱えて大理石の階段を上がっていった。

「それで、わたくしが新しい『占い学』の教師を任命し、あの方の住みかを使う必要ができたら、どうなさるおつもりですの?」

アンブリッジの言葉にダンブルドアは朗らかに返答した。

「おお、それには心配及ばん。それがのう、わしはもう、新しい『占い学』教師を見つけておる」

アンブリッジが戸惑ったように甲高く叫んだ。そして、ダンブルドアが開け放った玄関扉の方を向く。その視線を追って、シャーロットは目を大きく見開いた。

夜霧の中から出てきたのはプラチナブロンドの髪に聡明な瞳、頭と胴は人間だがその下は馬だった。

「フィレンツェじゃ。あなたも適任と思われることじゃろう」

シャーロットは思わず近くを見てコリン・クリービーを探したが、姿が見えずガッカリした。ショックのあまりに顔が凍りついているアンブリッジの顔を撮ってもらえなくて残念だ。

 

 

 

「『占い学』をやめなきゃよかったって、今、きっとそう思っているでしょう?ハーマイオニー?」

その二日後の朝、パーバティが楽しそうにハーマイオニーにそう言ってきた。今日がフィレンツェの最初の授業らしい。

「そうでもないわ。もともと馬はあんまり好きじゃ……」

「ハーマイオニー!ダメよ!」

シャーロットが言葉を遮るようにハーマイオニーに鋭くそう言ったため、ハーマイオニーはビクリと新聞を捲る手を止めた。

「ケンタウルスは誇り高くて、人間を良く思ってはいない者も多いのよ。馬なんて、言っちゃダメ!」

シャーロットが少し厳しい目でハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーは戸惑いながらも頷いた。

その日、『数占い』の授業が終わってから、シャーロットは『占い学』の授業がちょっと気になって1階の11番教室の方へ行ってみた。

ちょうど授業が終わったらしく、生徒たちが楽しそうにしゃべりながら廊下を歩いていた。

「あら、シャーロット、どうしたの?」

途中すれ違ったラベンダーに声をかけられたが、シャーロットは曖昧に笑って誤魔化し、教室へ向かった。

教室のドアからはハリーとロンが出てくるところだった。

「あれ?シャーロット、なんでここに?」

「あ、ロン、ハリー……」

ロンがシャーロットを見て不思議そうに首をかしげた。シャーロットがどう答えようか迷ったとき、フィレンツェが教室から声をかけてきた。

「ああ、君か。『ダンブルドアの愛し子』」

「……ん?」

シャーロットはフィレンツェの奇妙な言葉の意味が分からず戸惑ってフィレンツェを見つめた。フィレンツェもまた、シャーロットをじっと見つめた。

「また会えるとは思っていた。」

「……それも予言でしょうか?」

「いいや。会いたいと私が思っていた。」

「……それは、えっと、ありがとうございます」

フィレンツェに招かれるようにして教室へゆっくりと入る。ハリーとロンが戸惑ったように顔を見合わせていたが、戸惑っているのはシャーロットも同じだった。

「ずいぶんと成長した。髪を切ったのだね」

「あー、ええ。そうです」

フィレンツェは無表情で何を考えているのかよく分からない。少なくとも怒ってはいないようなので、シャーロットは気になっている事を切り出した。

「……私は、森には入りませんし、あなた方の暮らしを脅かす気もありません。あなた方は素晴らしい能力を持った素晴らしい隣人だと思っています。だからこそ、あなたには聞きたいことがあります」

フィレンツェはシャーロットの真意を確かめるようにじっと目を見つめてきた。シャーロットはハリーとロンに聞こえないように少しだけ近づいて囁くように尋ねた。

「フィレンツェ先生、ハグリッドは大丈夫でしょうか?」

フィレンツェはその時になって初めて、ほんの少しではあるが目を見開いた。

「『ダンブルドアの愛し子』、君は森で何が起こっているか知っているのか?」

「……なんとなくですが。」

「その事ならあなたの友人にもハグリッドへの忠告を頼みました。私は追放の身なので、森には近づけません」

「……そうですか」

シャーロットは顔をしかめて思わずため息をついた。今まで避けていたが、ハグリッドに協力するべきだろうか。

「『ダンブルドアの愛し子』、友人たちがあなたを待っていますよ。早く行きなさい」

フィレンツェの言葉に後ろを振り替えると、ハリーとロンが不思議そうな顔でこちらを見ていた。シャーロットはそれを見て、慌てて教室から出ようとしたが、どうしても気になる事があり、フィレンツェに声をかけた。

「あの!さっきからあなたの言っている言葉は、何ですか?『ダンブルドアの……』?」

「『ダンブルドアの愛し子』。君は多くの生き物からそう呼ばれている。知らなかったのか?」

シャーロットは顔を引きつらせて、何も答えずに教室から出ていった。

「シャーロット、何を話していたの?」

「……老後の不安と今後の魔法界の社会情勢について」

「嘘だろ、それ絶対嘘だろ」

適当に返した言葉にロンがツッコむが、さっきの『ダンブルドアの愛し子』云々がショックでまともに聞いてなかった。なんだ、あのこっぱずかしいあだ名は。自分の知らないところで自分がそんなあだ名で呼ばれていたなんて……、

「うわぁぁぁ!」

「シャーロット!?どうしたの?」

ハリーとロンがオロオロするのも構わず、シャーロットはしばらく小さく叫んだり呻いたりを繰り返した。

 

 

 

 

「シャーロット、『数占い』のあと、どこに行ってたのよ?」

昼食の席でハーマイオニーがそう聞いてくるが、いまだにショックが冷めず、答えるのも億劫だった。ロンがシャーロットの代わりに答えてくれた。

「『占い学』の教室まで来たんだよ」

「『占い学』?なんで?まさか、ラベンダーやパーバティだけじゃなくて、あなたまであのケンタウルスのファンになったの?」

「あれ?そういえば、フィレンツェはなんでシャーロットの事を知ってたの?」

3人が矢継ぎ早に言ってきたので、シャーロットはぼんやりとアップルパイをつつきながら答えた。

「前に話したことあるのよ。禁じられた森に入ったとき……」

「は?森に入った?」

「……あ」

ヤベっ、と思った瞬間、ハーマイオニーがギロリと睨んできた。

「どうやら、詳しく聞く必要があるみたいね」

「……お手柔らかに、監督生サマ」

さあ、どう誤魔化そうか。シャーロットは疲れきって、ため息を吐きながらチラリと思った。どうやら今夜は夢も見ずにグッスリ眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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さようなら、ホグワーツ

 

 

暗く長くも感じられた3月が終わり、4月となった。もうすぐOWL試験が始まる。5年生全員がストレスを感じ始めたようだった。特にハーマイオニーはピリピリしていた。シャーロットも勉強の疲れと悪夢が続く苦痛から不眠気味になってきている。

「早く終われ早く終われ早く終われ……」

「シャーロット、気持ちは分かるけどちょっと黙って」

教科書を開きながら思わずブツブツ呟き、ハーマイオニーに怒られた。

ハリーもロンも最近顔色が悪い。唯一楽しみを感じるのはDAの時間だけだった。明るい教室できつい練習は続いていたが、皆の進歩は素晴らしかった。

 

 

 

 

 

 

その日、DAではとうとう守護霊の呪文の練習を始めた。みんなが練習したくてたまらなかった呪文だ。教室では銀色に光る動物達が飛び回っている。一方でまだ守護霊が出せないラベンダーやネビルなどは必死に杖を動かすものの、杖の先からは微かな銀色の煙のような物が出るだけだった。

「何か幸福なことを思い浮かべなきゃいけないんだよ」

ハリーとシャーロットが指導をしていたその時だった。

突然『必要の部屋』のドアが開いた。そちらに視線を向けたシャーロットはドビーが入ってきたのを見て目を見開いた。ドビーはハリーに素早く近づきローブを引っ張る。

「やあ、ドビー。何しに――どうかしたのかい?」

ドビーは恐怖を感じているかのように目を見開き震えている。シャーロットは一瞬で悟った。他の皆が戸惑うのをよそに、シャーロットはドビーを素早く取り押さえ、真っ直ぐに目を見て口を開いた。

「ドビー、アンブリッジね?」

ドビーが頷いた。そのあと自分を罰するために床に頭を打ち付けようとする。シャーロットはそれに構わず叫んだ。

「逃げなさい!バレたわ、逃げるのよ!!」

その声を皮切りに、全員が出口に突進した。

「逃げろ!早く!」

ハリーが叫ぶ。シャーロットもドアのところで揉み合う群れに必死に叫んだ。

「寮に真っ直ぐに戻っちゃダメ!走って!」

「ハリー、シャーロットも早く!」

ハーマイオニーの声がどこからか聞こえた。シャーロットはもがいているドビーを抱えて走った。

「ドビー、命令よ!厨房に戻るの。あなたは何も知らない。アンブリッジが何を聞いても、あなたは何も知らないし答えられないの!」

「そして、自分を傷つける事は僕が禁ずる!」

ハリーが後から付け足すように命令した。出口でドビーを下ろして急いでドアを閉める。

「ありがとう、ハリー・ポッター!シャーロット・ダンブルドア!」

ドビーはすごいスピードで走り去った。

シャーロットとハリーは揃って右に走り出した。この先には男子トイレがある。ハリーは男子トイレに押し込めばいい。この際自分も男子トイレに隠れてしまおうか――。

シャーロットが考えに夢中になっていると何かに足を掴まれた。

「キャッ!」

「シャーロット!」

大きく転倒し、ハリーが慌てて立ち止まる。誰かの嫌な笑い声が聞こえて、痛みに構わずシャーロットは叫んだ。

「だめ、ハリー!逃げて……」

しかし、遅かった。マルフォイの嬉しそうな声が響いた。

「『足すくい呪い』だ、ダンブルドア!先生!捕まえました!」

アンブリッジの楽しそうな顔が見えて、シャーロットは諦めて身体の力を抜いた。マルフォイがシャーロットの腕を掴み無理矢理立たせる。それを止めようとしたハリーはアンブリッジに押さえつけられるように捕まった。

「お手柄よ、ドラコ!」

アンブリッジが叫んでいる。シャーロットは逆に冷静になった。どうやら、エッジコムは母親の圧力に耐えきれず、とうとう口を滑らせたらしい。あの取引は無駄だった。まあ、想定内ではあるが。

「あーあ、やっぱりこうなるか。さて、どうしようかな……」

「ダンブルドア、うるさいぞ!早く来い!」

マルフォイが乱暴に腕を引っ張る。こいつ、あとで白イタチにしてやろうかとぼんやり考えながらシャーロットとハリーとともに校長室へ入らされた。

 

 

 

 

 

 

校長室ではダンブルドア、マクゴナガル、魔法大臣のファッジ、キングズリー・シャックルボルト、パーシー・ウィーズリー、そしてシャーロットが知らない厳めしい顔の魔法使いがいた。シャーロットはダンブルドアと目が合い、謝るように顔を伏せた。ダンブルドアは何を考えているのかいつもと変わらず穏やかな顔をしていた。

扉が閉まり、ハリーがアンブリッジの手を振りほどいた。初めに口を開いたのはファッジだった。

「さーて、さてさてさて……」

シャーロットがそれに構わず叫んだ。

「マルフォイが私に乱暴したんです!」

「へっ?」(マルフォイ)

「え?」(ハリー)

「は?」(アンブリッジ)

「ん?」(ファッジ)

「……」(その他)

みんなが思わずキョトンとしたが、それに構わずシャーロットはマシンガンのように話し出した。

「マルフォイが私に『足すくい呪い』をかけたんです。私は廊下を走ってただけなのに、ひどいわ!笑いながら私にひどい乱暴を振るったんです!名門マルフォイ家の息子さんだから、たとえひどい言葉を言っても女性に乱暴はしないと信じてたのに!転倒した私の腕を引っ張ったんです。私、腕がいたいのに、何も話を聞いてくれないし。本当にひどいわ!今まで紳士的な人だと思ってたのに……」

「お、おい!待て!僕はそんな事……」

マルフォイが慌ててシャーロットの腕を離した。それまでの経緯はともかく嘘は言っていない。シャーロットは手で口を押さえ、大粒の涙を流した。

「こんなに暴力的な人だったなんて……。私、とっても怖かった……」

「いや、ちがう!ちがうんです、先生!」

マルフォイの顔が青白くなってきた。さっきまでの横柄な態度が嘘のようにオロオロしている。

「……とりあえずマルフォイ、話が進まないので部屋から出ていきなさい。」

アンブリッジが少し困ったようにそう言って、マルフォイはあたふたと校長室から出ていった。シャーロットは嘘の涙をぬぐいながら心の中で舌打ちをした。やっぱり白イタチにすればよかった。

気を取り直すように、ファッジが咳払いをして口を開いた。

「オッホン、それで、ポッター、ミス・ダンブルドア。どうしてここに連れてこられたか、分かっているだろうな?」

「いいえ、ファッジさん。分かりません」

ハリーはどうしようか迷っていたが、それに構わずシャーロットがはきはきと答えた。

「どうしてここにいるか分からんと?」

「はい」

「アンブリッジ先生が校長室に君達を連れてきた理由が分からんと?校則を破った覚えはないと?」

「ちょっと意味が分からないですね」

ファッジの血圧が高まるのを感じながら、シャーロットはダンブルドアを盗み見た。ダンブルドアはやっぱり静かにシャーロットを見つめていた。

「では、これは初耳かね?構内で違法な学生組織が発覚したのだが」

「はい、初耳です」

今度はハリーが答えた。ハリーとシャーロットはチラリと目を合わせる。

やがて、アンブリッジに連れられてマリエッタ・エッジコムが校長室にやって来た。エッジコムは両手で顔を覆っている。シャーロットは誰にも分からないようにエッジコムを睨んだ。馬鹿な子だ。今後の人生に二度と来ないであろう幸運を自分から取り逃がすなんて。

「怖がらなくていいのよ。あなたは正しいことをしたの」

アンブリッジに促され、エッジコムが顔を上げる。その顔を見て全員がぎょっとした。エッジコムの顔には膿んだ紫色の文字が描かれていた。“密告者”と描かれた顔を隠すようにエッジコムはローブを引っ張り泣き声をあげた。

アンブリッジがエッジコムに話をするよう促したが、エッジコムは泣きわめくばかりだった。やがてアンブリッジは促すのを諦めて自分から話し始めた。

「この子は何らかの会合が行われるはずだと白状しました――」

大人達がエッジコムを囲みながら話を続ける。シャーロットは誰にも見られないようにこっそりと手をポケットに突っ込んだ。ポケットにはシャーロットが1年生の夏休みに作り、秘密の部屋事件の時に活躍した金色の猫のブローチがある。シャーロットがツンツンと突っつくと、猫のブローチは動きだし素早くシャーロットのローブから離れ、走り去った。

幸運にもその行動は誰にも見られていなかった。シャーロットは激しく言い争う大人達とどうすればいいか分からず苦悩するハリーを見つめながら沈黙を守った。今は動くべきではない。

「ミス・エッジコム。いい子だから会合がどのくらいの期間続いていたか、話してごらん――」

「わたくしが聞いたのはね。あなたが会合に参加していたかどうかということなのよ。参加していたんでしょう?」

エッジコムが必死に首を横に振る。どうやらキングズリーが記憶を操作したらしい。シャーロットは心の中で感謝した。

やがてアンブリッジは決定的な証拠を出した。『必要の部屋』で見つけたというDAの名簿だ。シャーロットは涼しい顔をしていたがハリーは顔を歪めた。ファッジが満面の笑みを浮かべた。

「でかした!でかしたぞ、ドローレス……。生徒達がグループを何と命名したか分かるか?『ダンブルドア軍団』だ」

ダンブルドアがファッジから羊皮紙を受け取った。ダンブルドアはそこに書かれた名前を見つめ、やがてシャーロットの方へ視線を向けた。シャーロットは小さく頷き、口を開いた。

「さて、そろそろこのめんどくさい騒動を終わらせましょう、大臣。私が自供します」

ファッジが鋭い目でシャーロットを見た。ハリーが戸惑っているのが分かったが、構わない。

「自供?自供とはどういう事かな、ミス・ダンブルドア」

「素晴らしい名前だと思いませんか?『ダンブルドア軍団』ですよ。『ポッター軍団』ではなく、ね」

そう言いながらシャーロットは得意気に胸を張った。ファッジとアンブリッジがハッと顔を見合わせた。

「では、君が……?」

「ええ、その通り!私が全ての首謀者であり、黒幕です!」

「シャーロット!」

ハリーが叫ぶ。マクゴナガルの顔が青ざめているのが見えた。

「この低能大臣!ガマガエル女!あんたたちに従うなんてまっぴらごめんよ!私が独自に指揮した生徒達を使って魔法省を乗っ取るつもりだったのに!そして、私が魔法省大臣になろうと思ってたのに!」

シャーロットがわざと悔しげに叫んだ。ダンブルドアが何かを言いたげに見つめてきたが無視する。

ファッジとアンブリッジが侮辱された怒りで顔を真っ赤にした。

「だまれ、ダンブルドア!そういうことだったんだな!ウィーズリー!全部書き取ったか!?今夜は君達を退学させるつもりでやって来たが――そういうことであれば、貴様はアズカバン行きだ!」

「シャーロット、ダメだ!」

ハリーがまた叫んだ。シャーロットは鼻で笑った。

「あんなガバガバセキュリティの監獄程度、私が逃げられないとでも思ってるの?ロックハートなみの能無し大臣ね」

シャーロットの挑発にファッジは顔を歪める。シャーロットは素早く杖を取りだし、ファッジとアンブリッジに向けた。

「おまえはたった一人でドーリッシュ、シャックルボルト、ドローレス、それに私を相手にする心算かね?え、ダンブルドア?」

「……ドーリッシュって誰?」

「今はそんな事どうでもよろしい!この子は一人じゃありません!」

シャーロットの言葉に律儀にツッコミながらマクゴナガルがローブに手を入れようとした。それをダンブルドアが止める。

「ダメじゃ、ミネルバ。ホグワーツにはお主が必要じゃ」

シャーロットが訝しげにダンブルドアを見た。一瞬シャーロットとダンブルドアの視線が交差する。

「何をゴタゴタと!ドーリッシュ、シャックルボルト!かかれ!」

ファッジが杖を抜いた瞬間、シャーロットの視界が銀色に染まった。誰かがシャーロットを抱き締めて身体を床に倒す。フォークスの叫ぶような鳴き声とガラスと割れる音が聞こえた。

やがて静寂が訪れる。シャーロットが目を開くとそばにはダンブルドアがいた。

「大丈夫かね?」

「ええ、お爺様。すみません。ありがとうございます。」

どうやら、ダンブルドアが呪いをかけたらしい。部屋はめちゃくちゃに破壊されており、床にはファッジ、アンブリッジ、キングズリー、ドーリッシュらしき人物が倒れていた。マクゴナガルがハリーとエッジコムを必死に引っ張りあげている。エッジコムは気絶しているらしい。

「気の毒じゃがキングズリーにも呪いをかけざるをえなかった。そうせんと怪しまれるじゃろうからのう」

「……お爺様。こんな事しなくてもよかったのに」

ダンブルドアがシャーロットを見つめてきた。シャーロットはダンブルドアを見返した。

「私、逃げます。元からDAの事がバレたらそうしようと思っていたし。この呪いは私がやったことにしといてください」

「……シャーロット」

ダンブルドアが何かを言おうとしたとき、シャーロットが待っていた者が現れた。

「イライザ!こっちよ!」

不死鳥のイライザがシャーロットのトランクを持って現れた。猫のブローチは無事に助けを呼んでくれたらしい。イライザはどこか心配そうな瞳でシャーロットを見つめてきた。

「シャーロット、ごめん、本当にごめん、こんな事になるなんて……」

ハリーは泣きそうな顔をしている。シャーロットは安心させるように微笑んだ。

「大丈夫よ、ハリー。こんな事もあろうかといろいろ考えていたから……」

シャーロットはダンブルドア、マクゴナガル、ハリーの顔を見て口を開いた。

「じゃあ、私はこれから逃げます。多分また戻ってくるかもしれないのでその時はどうぞよろしく」

わざと明るい声で言う。

「ミス・ダンブルドア……どこに行くのですか……?」

マクゴナガルが囁くように尋ねてくる。シャーロットは困ったように首をかしげた。

「うーん、とりあえず誰にも分からない場所にいきます。そこから適当に住む場所を探して……」

「いいや、それには及ばん。シャーロット」

ダンブルドアがシャーロットの背中を優しく叩いた。シャーロットは不思議そうな顔でダンブルドアの方へ視線を向ける。

「お爺様……?」

「ミネルバ。ホグワーツをよろしく頼むの。ファッジはわしとこの子をホグワーツから追い出した事をすぐに後悔することになるじゃろう。間違いなくそうなる」

シャーロットは目を見開き口を開いた。ハリーとマクゴナガルもポカンとしている。

「お爺様、それは、ダメです。私が全て企てたことになったんですから、お爺様は……」

「いいや、シャーロット。お主を見放すことはできんよ。大丈夫じゃ。」

ダンブルドアが静かに微笑んだ。シャーロットは必死に首を横に振り口を開こうとしたが、ダンブルドアは今度はハリーに向き直った。

「よくお聞き、ハリー。『閉心術』を一心不乱に学ぶのじゃ。よいか?――」

「お爺様!お爺様はここにいるべき――」

その時、ドーリッシュが微かに動いた。シャーロットはハッとしてトランクを抱える。それと同時にダンブルドアがシャーロットの腕を掴んだ。

「シャーロット、よいな?わしについてくるのじゃ。決して離れてはならんぞ。」

ダンブルドアがそう言っている間にフォークスとイライザが輪を描いて飛び、ダンブルドアとシャーロットの上に低く舞い降りてきた。ダンブルドアがシャーロットから手を離しフォークスの長い金色の尾を掴む。シャーロットも慌ててハリーのそばに駆け寄りそっと呟いた。

「ハリー。あなたに贈り物よ。忘れないで、()()()使()()()()()

「え?」

ハリーが不思議そうに見返してきたが、シャーロットはそれには答えずにイライザの足を掴んだ。その途端、目の前に大きな炎が上がった。

気がつくとシャーロットは静かな夜空をイライザに捕まって飛んでいた。少し離れて前方にはフォークスらしき影が見える。イライザがその後を追うように翼を動かしていた。

シャーロットは後ろを振り向いた。壮大な城の光がチラチラと視界に映る。シャーロットの大切な我が家同然のホグワーツがどんどん離れていく。

「……さようなら」

シャーロットは小さく呟いた。

ダンブルドアとシャーロットが姿を消した校長室ではファッジとアンブリッジが怒り狂って喚いていた。ハリーはまだ現実を受け止めきれず呆然としていた。

「さて、ミネルバ。お気の毒だがあなたの生徒と友人はこれまでだな」

ファッジの言葉にハリーは身震いした。シャーロットはこれからどうなるんだ?ダンブルドアは――?

「その二人をベッドに連れていきなさい」

ハリーはマクゴナガルに促されてエッジコムとともに校長室から出ていった。よろよろと歩きだしたその時、ハリーは自分の着ているローブに微かな違和感を感じた。マクゴナガルに断り途中でトイレに行く。ハリーはこっそりとトイレの個室でローブを探る。そしてポケットから、かつて見たことのある物を見つけ、ポカンと口を開いた。シャーロットの言葉がグルグルと脳内を回転する。

()()()使()()()()()

ローブのポケットに入っていたのはフェリックス・フェリシスの小瓶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ホグワーツの掲示板にドローレス・アンブリッジが校長に就任、同時にシャーロット・ダンブルドアがホグワーツを退学になった事と指名手配された事が発表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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逃亡

 

 

 

夜空は少し曇っていたが、星が綺麗だった。イライザとシャーロットは闇の中を飛び続けた。ホグズミードを飛び越えると山々や峡谷が見える。時折、人が住んでいるらしき村や町の光が見えたが冷たい空気が顔に当たり、夜風の冷たさに思わず目を閉じた。イライザはしっかりとフォークスの姿を追っているらしく、迷いのないまま飛び続けた。飛行の旅は思ったよりも短かった。イライザは低めに飛びながらゆっくりと地上に近づいていく。シャーロットはそれを感じて足で地面を探り、ようやく足を着けた。

「……ここは?」

シャーロットはキョロキョロと辺りを見渡した。暗くてよく見えないが辺りに人はおろか建物もない。ザワザワと風が木々を鳴らした。遠くに町があるらしく光が見える。

「シャーロット、体調はどうじゃ?怪我はないかの?」

いつの間にかそばにダンブルドアが立っていた。

「はい、大丈夫です。あの、お爺様、ここは?」

「目的地はまだ先じゃよ。シャーロット、わしにつかまりなさい。また移動するからの」

「は、はい」

シャーロットは促されてダンブルドアの腕を掴んだ。フォークスとイライザもそれぞれの主人の肩に乗る。ポンと音がして、次の瞬間、シャーロットはどこかの路地裏に立っていた。どうやら、どこかの町の中らしい。真夜中のためか、人の姿は見当たらなかった。

「お爺様、ここはどこですか?」

「わしが用意した隠れ家がすぐそこにある。シャーロット、ついてきなさい」

シャーロットは何も言わずにダンブルドアに従った。少し歩いて、シャーロットは不思議な違和感に包まれた。あれ?なんかこの景色って……。

「お、お爺様……」

シャーロットが口を開いた時、ダンブルドアが足を止めた。

「シャーロット。さあ、ここじゃ」

シャーロットは目の前の建物をポカンと見上げた。それはシャーロットがかつて暮らしていた場所。生まれたときから5年間、母と一緒に暮らしていたアパートだった。

 

 

 

 

「いつから、このアパートを?」

「もうずいぶん前じゃよ。君の生家と知ってのう。マグルの“アルビー・ダグラス”という名前でアパートを借りたんじゃ。それからわしの個人的な研究室としても利用しておる。君が卒業してから譲り渡そうと思っていたんじゃが……」

シャーロットはダンブルドアの後についてアパートの中に入りながら複雑そうな顔をした。このアパートは母との幸せな思い出がたくさん残っている。帰ってこれた事は嬉しいが、まさかこんな事情で再び帰ってくるなんて思いもしなかった。

「さあ、シャーロット。お入り」

そこは正しくシャーロットが暮らしていた部屋だった。茶色のドアを開けたダンブルドアに促されシャーロットは足を踏み入れた。

「……わあ」

さすがに部屋の中は昔と同じというわけではなかった。シャーロットが暮らしていたときよりもずっとずっと広い。おそらくダンブルドアは拡張魔法をかけているに違いない。ソファーやテーブルなどの家具が設置され、生活必需品は揃っているようだった。グリフィンドールの談話室に似ている。奥の部屋はキッチンらしい。過ごしやすそうな空間だった。

「えっ!これって……」

部屋のすみっこにある物を見て、シャーロットは思わず声をあげた。それは大きな鏡だった。シャーロットは見るのは初めてだったがこれはおそらく、『みぞの鏡』だ。

「シャーロット、こちらへ」

ダンブルドアは素早くみぞの鏡に大きな布を被せて見えないようにした。シャーロットも特に突っ込まず、ダンブルドアに促されて部屋の中にあるピンクの扉を開けた。

「……えーと、これってもしかして」

「君の寝室じゃよ。気に入ったかね?」

シャーロットはマジマジと部屋を見渡した。なんというか、少女趣味な部屋だった。白とピンクを基調とした可愛らしい家具が並んでいる。ベッドにはレースの天蓋カーテンまで付いていた。

「あー、えーと、ありがとうございます。……とても嬉しいです」

シャーロットは顔を必死にひきつらせないようにしながらお礼を言った。ダンブルドアはなんでこんな部屋にしたんだろう。可愛らしい部屋だが、ちょっと落ち着けない気がした。

「シャーロット、今夜はここでおやすみ。わしは一度外に出るからの」

「え?どこにいくんですか?」

「心配せずともよい。さすがに急な展開じゃったから少し必要なものを持ってくるだけじゃよ。明日の朝には戻ってくるからの」

「……はい」

「ああ、それと、杖をだしなさい」

「え?」

シャーロットはキョトンとした。

「杖?」

「君が魔法を使うことは禁じる」

「ええ!?」

「君は未成年じゃ。魔法を使ったら居場所がバレる危険があるからの。さあ、出しなさい」

ダンブルドアは厳しい顔をしており、拒否することは許されないようだった。シャーロットは渋々ダンブルドアに杖を渡した。

「よいか。外には出るでないぞ。今日はこのまま休むんじゃ」

「……はい」

「ああ、それから」

と、ダンブルドアはシャーロットの部屋の右隣、黒い扉の方へ視線を向けた。

「この部屋の物は何でも使ってよいが、あの部屋だけは別じゃ。決して入ってはならぬ」

「何ですか、この部屋?」

「……わしの研究している物が入っておる。危険な物があるのでな、立ち入り禁止じゃ。念のため合言葉がないと入れないようにしているからの」

ダンブルドアは珍しく誤魔化すようにそう言った。

「分かりました、入りません。別に興味もありませんよ」

シャーロットは肩をすくめた。

その後、ダンブルドアはすぐに『姿くらまし』をした。フォークスはソファの上にすでに目を閉じている。シャーロットは与えられた部屋に入るとローブを脱いだ。トランクから適当にシャツとズボンを取り出して着替えるとそのままベッドに横になる。イライザがそばに寄ってくるのを感じながら瞳を閉じると、すぐに眠りの世界へと入っていった。

 

 

 

 

 

その頃、ホグワーツのグリフィンドール寮では、ハリーが校長室に連れていかれてからの出来事を生徒達に話していた。

「……というわけなんだ」

「嘘だろう!ダンブルドアが……シャーロット……」

ロンが声をあげた。生徒達は全員が顔色を悪くし不安そうな表情でザワザワと話し始める。もう真夜中だというのに誰一人眠ろうとしない。

一番ショックを受けているのはハーマイオニーだった。今にも気絶しそうな顔をしている。

「ハリー、……どうすれば……シャーロットは……、」

動揺で上手く言葉が出ないらしい。ヨロヨロと倒れこむようにしてソファへ座り呆然としていた。ハリーは何と言葉をかけていいか分からずうつむいて唇を噛んだ。グリフィンドールではほとんどの生徒達にとって眠れない夜となった。

一夜にしてアンブリッジが校長になったことと、シャーロットとダンブルドアの逃亡のニュースは学校中を駆け巡った。

新聞にはホグワーツの生徒が魔法省を乗っ取ろうと画策したこと、それが発覚してダンブルドアとともに逃亡したことが記事に載った。さすがに未成年のためシャーロットの名前は伏せられているが、シャーロットを知るものなら誰だかすぐに分かる。ハリーのもとには事情を知るためにルーピンやシリウスから手紙が届いた。ロンにもウィーズリー夫妻から手紙が届いたらしい。

ハリーは手紙を読みながらポケットに入っている小瓶を触った。フェリックス・フェリシスの事はロンにもハーマイオニーにも話していない。何故だかその方がいい気がした。シャーロットの最後の言葉がまだ耳に残っている。

()()()使()()()()()

あれはどういう意味なのだろう。ハリーはじっと考えながら朝食の席を立ち、重い足取りで授業へ向かった。

 

 

 

 

 

 

一方、目が覚めたシャーロットは人生で最大のピンチに陥っていた。ダンブルドアは部屋の物は何でも使っていいと言った。ホグワーツを出てから何も口にしていない。空腹を感じたシャーロットはキッチンに入った。冷蔵庫には、ある程度の食材が揃っている。何を食べようと考えていて、ふと気づいた。ここにはシャーロットしかいない。すなわち、シャーロットが自分で料理するしかないのだ。

今まで料理なんかしたことはない。杖がないから魔法は使えない。シャーロットは少し考えてからため息をついて、決心したよう冷蔵庫から食材を出した。

数分後、

「……」

テーブルの上にある物を黙って見つめた。卵とベーコンを焼いたが消し炭になっている。野菜を適当にちぎってサラダっぽくしたが、ドレッシングは残念ながらなかった。皿の上には哀れな野菜クズが散らばっていた。

「……イライザ。朝ごはんよ。どうぞ召し上がれ」

シャーロットが皿をイライザに差し出すと、イライザは「ご冗談でしょう?」とでも言いそうな顔でシャーロットを見上げた。フォークスに目を向けると、フォークスは慌てたような様子で目をそらし、歌い始めた。

「……むう」

シャーロットは頬を膨らませて、フォークを握った。卵とベーコンを口に入れる。苦味が口いっぱいに広がった。これは卵でもベーコンでもない。炭だ。これはただの炭だ。卵の殻らしき物を噛んでシャーロットは情けなさに思わず呻いた。

「……アンバー、助けて」

ホグワーツを出てから初めて泣きそうになった。

結局その後は料理せずに食べられるパンや果物を適当に食べて空腹を満たした。

昼に近い時間にダンブルドアは戻ってきた。

「お帰りなさい、お爺様」

「ああ、シャーロット。眠れたかね?」

「はい」

ダンブルドアはテーブルの上の消し炭を見て首をかしげた。

「シャーロット、これはなんじゃ?何かの魔法薬の材料かね?」

「……いえ、何でもないです。お気になさらず。それよりもどこに行ってたんですか?」

「ホグズミードじゃよ。アンバーに安全な場所へ移ってもらったんじゃ」

「ああ、よかった」

シャーロットはホッと息をついた。ダンブルドアは杖を振るうとお茶を2つ用意し、椅子に座るよう促した。ダンブルドアとシャーロットはテーブルを挟んで向かい合った。最初に口を開いたのはシャーロットだった。

「お爺様、申し訳ありませんでした。お爺様をホグワーツから離すつもりはありませんでした。今からでも間に合います。私に騙された事にしてホグワーツに戻ってください」

「――いいや。今は戻るつもりはない」

「なぜです?ホグワーツには、ハリーのそばにはお爺様がいないと……」

「わしにとって一番心配なのは君じゃよ」

ダンブルドアは静かにシャーロットの瞳を見た。シャーロットはなんとなくダンブルドアの考えを悟った。ダンブルドアはシャーロットから目を離すつもりはない。シャーロットとともに逃げたのは守るためではなく、見張るためだ。

「……」

「しばらくはここで暮らすがよい。必要なものはわしが揃えよう」

「……では杖を返してください」

「ダメじゃ」

即答だった。シャーロットはダンブルドアを軽くにらんだ。

「お爺様の鬼!悪魔!たぬきじじい!」

「今日は口が悪いのう」

ホグワーツはすでに退学になっている。ダンブルドアを罵ったところで、怖くなかった。

「そうじゃなあ。ではこれを終わらせたら返してあげよう」

「ん?」

ダンブルドアはどこからか大量の羊皮紙を持ってきた。

「わしが独自に作った課題じゃ。わしが満足する出来に仕上げたら杖を返そう」

シャーロットは唇をひきつらせた。

「は?今さら勉強?」

「おや、出来んのかね?君なら楽勝じゃろう?」

ダンブルドアはにっこりと言い放った。シャーロットはしばらく呻きながらダンブルドアを睨み付けていたが、やがて諦めたように課題の羊皮紙に手を伸ばした。

 

 

 

 

 



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ダンブルドアの秘密の部屋

 

 

 

「……なんで退学になったのに勉強しなくちゃならないのよ」

シャーロットは口を尖らせながら呟いた。ホグワーツを飛び出してから数日経った。現在、自室の机で課題に取り組んでいる。ダンブルドアが作った課題はかなり高度のものだった。嫌がらせのように難解な問題ばかりだった。はっきり言ってNEWTレベルを超えているんじゃないかと思う。それほど難しいのだ。ただ、ダンブルドアは決してシャーロットを放置しなかった。シャーロットが問題に行き詰まると、要点を押さえながら丁寧に教えてくれる。

シャーロットはダンブルドアが出した課題のレポートを書きなぐりながら昼食兼おやつの林檎を皮のまま齧った。ちなみに日々の食事はダンブルドアが作っている。アパート生活初日の夜、シャーロットがブスッとした顔で作った料理(しょっぱすぎる固いチキン、なぜか酸っぱいどろどろのスープ、ベチャベチャのマッシュポテト)をテーブルに出したところ、ダンブルドアの顔が凍りついたように固まった。それでもシャーロットの料理を何も言わずに全てたいらげたのだから、たいしたものだ。シャーロットはちょっとだけダンブルドアを見直した。しかし、次の日から料理はダンブルドアが魔法で作っている。シャーロットは複雑な気持ちになったが、これで食生活は劇的に改善したため、何も言わずにそれを受け入れた。

今は一日のほとんどをアパートの一室で勉強して過ごしている。ダンブルドアはたまにアパートを出てどこかに行くが、決してどこに出掛けたかは教えてくれなかった。まあ、興味もないが。

「うーん、さすがに気が滅入ってきたなぁ…」

シャーロットはペンを放り出して大きく伸びをした。このアパートに来てから全く外に出ていない。別に外出を禁止されたわけではないが、逃亡中の身だし、誰かに見つかるのは避けたかった。

「……ちょっと散歩でもするかなあ」

今はちょうどダンブルドアは不在だ。少し出掛けるくらいならバレないだろう。シャーロットは椅子から立ち上がると、簡単な服に着替えた。なるべく少年っぽい服をチョイスし、帽子を深く被る。仕上げに眼鏡をかけた。簡単な変装だ。

「うん。これならパッと見、男の子に見えるわね」

シャーロットは鏡で自分の姿を確認すると、意気揚々と鞄を手に取り自室から出て、玄関へ向かう。

「………ん?」

シャーロットは不意にクルリと後ろを振り向いた。目を凝らすが、目の前には廊下の奥に誰もいないキッチンとリビングがあるだけだ。

「………」

最近、誰かの視線を感じる気がする。時々じっと見られているような感覚がするのだ。

「お爺様、監視カメラとか使ってないわよね…」

シャーロットは首をかしげながら玄関の扉を開いた。

 

 

 

 

「うーん、なんか新鮮!」

シャーロットはマグルの町をゆっくり歩いた。シャーロットは自分がかつて住んでいた町の事はすっかり忘れていたが、なんだ懐かしい感覚がした。のどかな町はそこそこ賑わっていた。道路で車が走り、マグルの人々が穏やかな顔で道を歩いている。都会のように大きなビルなどはないが、のんびりした雰囲気は心地よかった。

シャーロットは目に入ったファーストフード店で、ハンバーガーとソーダを注文し空腹を満たした。その後は町並みを楽しみながらのんびり買い物をする。この機会に手に入れたいものがいくつかあった。

「ちょっとは自分でも頑張らないとね」

シャーロットは小さな書店で本を手に取り、難しい顔でレジへ向かった。本の表紙には『これであなたも一流シェフ!美味しい料理』と書いてあった。

「あー、楽しかった。やっぱり息抜きも必要よね」

町の散策を思う存分楽しみ、満ち足りた気持ちでアパートへ戻った。アパートではダンブルドアが心配そうな顔で待っていた。

「シャーロット!」

「あ、お爺様…」

シャーロットは気まずい顔をした。できればダンブルドアが外出から帰ってくる前に帰宅したかったが、一足遅かったらしい。

「どこに行っとったんじゃ?」

「…散歩です」

「一人で出歩いてはいかん!どこかに行きたいならわしと一緒に……」

「変装しました。大丈夫ですよ」

「いかん。今のお主には杖がない。もしも襲われたらどうするのじゃ、一人は危険すぎる」

「じゃあ杖を返してください!」

「ダメじゃ!」

二人はしばらく睨みあった。やがてシャーロットの方が諦めたように視線をそらした。

「…分かりました、分かりましたよ。でも、たまの外出は許してください。ずっとアパートにいると息が詰まりそうなんです」

「考えておこう。すまんかったの。少しきつい言い方になってしまった」

「……」

シャーロットは黙って頷くと、ダンブルドアと視線を会わさないまま寝室へ向かった。

 

 

 

 

その頃ホグワーツではシャーロットが逃亡したあと、ハリーの周囲は散々だった。マルフォイは尋問官親衛隊になるし、フレッドとジョージは自主退学してしまうし、『閉心術』の講義でスネイプの最悪な思い出を見てしまうし、進路指導はマクゴナガルとアンブリッジのバトルとなってしまった。おまけにクイディッチの試合が近づいており、OWL試験も心配の種だった。

「離ればなれになってしまった今、分かる。『ダンブルドアの愛し子』の偉大さよ…」

「ロン、それシャーロットの前で言わないでね。そのあだ名を聞くたびに、あの子悶死しかけるから」

ロンがボソリと言った呟きに、ハーマイオニ-が課題から目を離さずに突っ込んだ。3人ともシャーロットが必ず戻ってくると信じている。ハーマイオニ-は試験の勉強で大変なはずなのに、シャーロットの分までノートを作っているのだ。しかも、ハリーとロンの試験勉強のフォローまでしてくれている。

それでも最近はそれも限界になりつつあった。3人、特にハリーとロンは今までどれほどシャーロットに頼っていたか痛感した。とにかく、クィディッチと試験を乗り越えなければならない。3人は青白い顔で課題をこなし続けた。

 

 

 

 

 

「今頃ハリー達は何してるかなあ」

シャーロットは町の喫茶店でココアを飲みながら呟いた。初めての外出でチクチク説教されたあと、短時間であればと外出許可が降りた。今、シャーロットは茶髪のウィッグを身に付け、瞳の色もコンタクトで変えている。知り合いが見てもシャーロットとはすぐに分からないはずだ。

「ポリジュース薬を作ろうかなぁ。杖は使わないし、それくらいは許してくれないかなあ」

シャーロットはブツブツ言いながら町を散策した。そろそろ帰らなければならない。アパートへ続く道を歩いていると、小さなお菓子の店が目に入った。ちょうど甘いものが欲しかったところだ。少し買い物をしてから帰ろう。シャーロットはフラフラと店に足を踏み入れた。

数分後、シャーロットは小さな包みを手に店から出てきた。なかなか良い品揃えの店だった。また来よう。

「ただいまー。お爺様、イライザ、フォークス……あれ?」

玄関を開けてリビングに入ったが、そこにはイライザしかいなかった。テーブルの上にメモがある。どうやらダンブルドアは急な用事が入り出掛けたようだ。夕方には戻ってくる、と書いてあった。フォークスもどこかに出掛けたらしい。

「もう、お爺様にもお菓子をあげようと思ったのに」

シャーロットはリビングの椅子に座り、さっき買ったお菓子の中から適当にひとつ選んで包みを開けた。中には砂糖で覆われた小さなお菓子が入っている。それを一つつまみ上げ口に放り込んだ。ねっとりとした甘さが口を満たす。信じられないくらい甘い。

「あまっ。なにこれ、ひたすら甘い!」

シャーロットは顔をしかめた。興味本意で買ったお菓子だが、はずれだったようだ。その時、イライザがシャーロットの様子に興味を持ったのか、テーブルの上へ飛んできた。シャーロットは苦笑しながらイライザに声をかけた。

「イライザも食べる?これトルコのお菓子なんですって。()()()()()()()()()()()()っていうのよ」

あれ、でも不死鳥にこんな砂糖まみれのお菓子は大丈夫なのかしら?とシャーロットが考えたときだった。

 

ガチャン

 

「……うん?」

不思議な音が聞こえた。シャーロットが振り向くと、アパート生活初日に、ダンブルドアが立ち入りを禁止した黒い扉が開いていた。

「え!?な、なんで!?」

シャーロットは目を丸くして思わず叫んだ。なんでいきなり開いたのだろう?ダンブルドアは、扉を開けないように合言葉を使ったと言っていたのに……。シャーロットは少し考えて、自分の発した言葉を思い出した。

「も、もしかして…、ターキッシュ・ディライトが合言葉?」

よく考えればホグワーツの校長室はお菓子が合言葉になっていた。この部屋もお菓子が合言葉だったとしてもおかしくない。偶然とはいえ、合言葉のお菓子を買ってきてしまうとは…、

「立ち入り禁止した割には警備が甘いわね…」

少しはホグワーツの秘密の部屋を見習えばいいのに。シャーロットのがそう考えたときだった。イライザが楽しそうに羽ばたきながら、黒い扉の向こうへ入ってしまった。

「ちょ、ちょっと、イライザ!だめよ!!」

シャーロットはあわてて声をかけたがもう遅い。シャーロットはしばらく迷っていたが、やがて決心したように黒い扉を開けた。

「……うわあ、凄い部屋…」

その部屋の中は、凄まじく散らかっていた。大鍋や分厚い本、わけの分からない道具が散らばっている。シャーロットのトランクの中ほどではないが、とにかくごちゃごちゃした部屋だった。イライザはどこかに隠れたのか姿が見えなかった。

「イライザ!早く出てきて!ここに入ったことがバレたら本当にヤバイのよ!」

シャーロットがどこかにいるイライザに呼びかけたその時だった。

「…ん?」

シャーロットの目に入ったのはちょうど部屋の真ん中にあるガラス張りの箱だった。

「………?」

その箱の中には小さな宝石の着いたペンダントが入っていた。空のように透き通った青色の宝石がキラキラと輝いている。

「………」

なぜかその宝石が気になり、シャーロットはじっと見つめた。吸い込まれそうなほど美しい。しばらく時間を忘れたように見つめていた。

ハッと気がつくとイライザがシャーロットの肩にとまっていた。心配そうな瞳でこちらを見つめている。我に返ったシャーロットはあわててその部屋から飛び出した。黒い扉を素早く閉める。幸運なことにダンブルドアはまだ帰ってきていないようだった。シャーロットはホッとため息を着いた。

「どうか入ったことがバレませんように」

いや、ダンブルドアの事だからすぐにバレる可能性が高い。シャーロットは憂鬱になった。今のうちに言い訳を考えておこうか。ふとシャーロットは不思議なことに思い当たり、首をかしげた。

「お爺様はなんでターキッシュ・ディライトを知ってるのかしら……?」

その隣ではイライザがシャーロットに寄り添い呑気にウトウトしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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忘れ物、そして消失

 

「どうしたんじゃ、シャーロット。食欲がないのかね?」

「…アハハ、ちょっとお菓子を食べ過ぎたみたいです…」

夕食の席にて、シャーロットはダンブルドアの部屋に入ったことがバレないか不安であまり食事が入らなかった。不思議そうなダンブルドアには笑って誤魔化した。

3日間ほどはバレないかビクビクしていたが、幸運にもダンブルドアは部屋に入ったことに気づかなかったようだ。イライザが不安そうな様子のシャーロットを見て楽しそうにしていたので、何度か睨み付けたがそっぽを向いていた。

シャーロットはダンブルドアの課題を終わらせたあと、イライラしながらちょっとした作業をしていた。簡単な魔法の道具の作成だ。杖がないので魔法自体はかけられず、作業は捗らない。ちなみに例のごとく、現在ダンブルドアは不在だ。

「杖!杖さえあれば、なんとかなるのに!」

当面の課題は杖をダンブルドアから奪うことだ。ここまでくると、シャーロットはダンブルドアが杖を返すことは絶望的であることを察していた。なんとかして、奪わなければ。しかし、丸腰でダンブルドアに挑むなんて自殺行為だ。

「……早くしないと、ハリー達も危ないわ」

ハリーの戦いも迫っている。このままシャーロットは外野でじっとしてるつもりはない。なんとかして、ハリーの手助けをしなければ。

「……」

杖をダンブルドアから奪うのは無理だ。しかし―――、

「……仕方ないわね。ちょっと危ないけれど、行動を起こしましょう」

ため息をついてシャーロットはトランクを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツにて、5年生達はOWL試験が近づき空気がどんよりしてきた。精神集中や頭の回転によく効くという薬の闇取引まで行われている。ハリーはうまくいかなかった「閉心術」に関して少し気にしていたが、周りの熱っぽい雰囲気が試験以外のものを徐々に頭から追い出してしまった。

夜のグリフィンドール談話室。夜が遅いため、人は少なくなっていた。ハリー、ロン、ハーマイオニーは何も話さずに教科書を読んだり何かを書き込んだりしている。

「ロン、それ綴り間違ってるわ」

「シャーロット、もうそれはこの際どうでもいいからちょっと黙って――、シャーロット!?」

懐かしい声があまりにも自然に聞こえたので、ロンは普通に答えてしまったが、それが誰の声か分かり、思わず立ち上がって叫んだ。ハリーとハーマイオニー、そしてその周囲にいたグリフィンドール生も仰天して顔を上げる。

ホグワーツの制服は着ていないが、そこにいたのは間違いなくシャーロット・ダンブルドアだった。

「シャーロット?!うそ!あなた――」

「シャーロット、今までどこに…」

ハリーとハーマイオニー、その他の生徒達がガヤガヤと声をあげる。あまりにも騒がしいので寝室へ入っていた生徒も起きてきて、そこにいたシャーロットの姿を見て驚愕していた。

「はいはい。質問には答えられないわ。今日は忘れ物を取りに帰って来たのよ」

シャーロットは誰の質問にも答えずにそう言って、手に持った杖を握りニッコリと笑った。

この杖は4年生になる前の夏休みにオリバンダーの店に修理に出していたシャーロットの初代の杖だ。

『ハナミズキの枝だったので、芯にはあなたのそばにいる不死鳥の尾羽根を組み合わせて作成しました』

オリバンダーは杖を修理したあと、親切にもホグワーツへこの杖を届けてくれた。返ってきた杖は確かに魔法が使えるようになっていたが、一つ問題があった。かなりの気まぐれでやや使いにくい杖だったのである。

「ルーモス!」

杖が返ってきてすぐに使用したところ、杖は「バチっ」と不思議な音を出して、光を灯したが、強さや明るさを変えたりとかなり不安定だった。他の魔法を使っても、どこかおかしな結果となる。

『遊び心のある杖で、刺激や楽しみを好みます。困難な状況において実に優れた魔法を発するでしょう。欠点としては、無言呪文を拒否することと、魔法を使うときにやたらと大きな音を立てることです』

オリバンダーからの手紙にそう記されており、シャーロットはガックリと肩を落とした。これではいつも使っている杖を使う方がずっといいと考え「必要の部屋」に隠しておいたのだ。隠したあとはそのまま存在自体を半ば忘れてしまい、ホグワーツを脱出する際、忘れてきてしまった。不安定な杖だが、ないよりはずっといい。

「みんな、元気だった?」

「シャーロット、それよりもあなたどうやってここへ!?」

ハーマイオニーが怒ったような目で見つめてきて、シャーロットは曖昧に笑って口を開いた。

「それはヒミツ」

「ヒミツって、あなたねぇ――」

「はいはい。お説教はまた今度聞くわよ。それよりも、はいこれ」

シャーロットは羊皮紙の束をハーマイオニーに押し付けた。

「何よ、これ!?」

「私特製のOWL試験予想問題集。」

ハーマイオニー以外はげっそりとした顔を見せた。シャーロットはそれに構わず談話室の窓を開けた。

「じゃあ、私は帰るわ。早く帰らないとお爺様に気づかれちゃう。」

「えっ、ちょっ、待って、シャーロット!」

「あ、ハリー。忘れないで。使()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

シャーロットは最後にそう言って談話室の窓から飛び出していった。

「シャーロット!?」

生徒達が慌てて窓に駆け寄るが、外を見渡してもそこにシャーロットの姿はなかった。

「…僕ら、今夢見てたの?」

ハリーが思わず呟く。風のようにやってきて、去っていったため、生徒達は何が起きたか分からず皆呆然としている。ハーマイオニーもポカンと口を開けたままだ。その手から羊皮紙が数枚スルスルと落ちていった。 

シャーロットはハチドリに変身した姿で懸命に羽根を動かした。アパートに戻ってくると窓からスルリと自室に入る。元の姿に戻ると部屋で待っていたイライザがすり寄ってきた。

「ただいま。イライザ、お爺様は部屋に入って来なかった?」

イライザはピーと答えた。どうやら大丈夫だったらしい。

「よかった。これでいろいろできるわ」

シャーロットはホッとして、学校から取ってきたばかりの杖を握って見つめる。ひとまずはこの杖を手なずけなければ。

 

 

 

 

 

数日後、シャーロットは都会の大きなビルの屋上に立っていた。周りには誰もいない。今は真夜中だ。周囲は真っ暗で、上には曇った夜空が、下方にはキラキラとした夜景が輝いている。

冷たい風が顔に当たり、シャーロットは瞳を閉じた。その時、イライザが翼を羽ばたかせながら、シャーロットのもとへ舞い降りてきた。薄く笑って腕を差し出す。イライザはシャーロットの腕にとまり、目をじっと見てきた。

「イライザ、綺麗な眺めね。こういう眺めを見ているとこんな世界も悪くないって思えるわ」

シャーロットはじっと輝くような都会を見つめた。強い風が吹く。シャーロットの赤い髪がふわりと揺れた。少し伸びたようだ。

季節は6月を過ぎたのに、気温は低く少しじめじめしている。ビルの屋上にいるせいか、強い風が体に当たった。

数時間前、ダンブルドアに夜の挨拶をした後、自室に入りベッドに向かうふりをしながら、隙を見て逃げ出してきた。今頃ダンブルドアはもぬけの殻となったベッドを発見し、真夜中に姿を消したシャーロットを探しているだろう。今夜あのアパートを出て離れることは決めていた。

始まるのだ。神秘部の戦いが。

自分が去ったあと、ホグワーツでの出来事は原作とほとんど変わらないはずだ。シャーロットの考えが正しければ、ハリーは明日にはヴォルデモートに神秘部に誘い出されるだろう。構わない。避けられない戦いなのだ。心配なことはいくつかあるが……。

「シャーロット」

後ろから自分を呼ぶ声がして、シャーロットは鳥肌が立った。もうここにいることがバレたのか。

振り返るとダンブルドアが穏やかな顔で立っていた。

「シャーロット、どうしてこんなところに来たんじゃ?」

シャーロットは黙ったままその穏やかな顔を見つめた。そんな様子に構わず、ダンブルドアが口を開く。

「ここにいると風邪をひくよ。さあ、帰ろう」

「いいえ、ちょっと出かけてきます。会いたい人がいるんです」

シャーロットが笑ってそう言うと、ダンブルドアは首をかしげた。

「…誰に会いに行くんじゃ?」

シャーロットは歌うように楽し気に口を開いた。

 

 

「ヴォルデモート!」

 

 

ダンブルドアの顔が強張る。シャーロットはそれに構わずのんびりと言葉を紡いだ。

「お爺様、お爺様はハリーには甘いですよねぇ。ハリーは気づいていないですけど。でも残念ながらハリーには『閉心術』は向いていないと思いますよ」

シャーロットはゆっくりと歩いてビルの縁へ立った。ギリギリまで近づき、あと一歩足を踏み出すとビルからまっ逆さまに落ちるだろう。そんなことが気にならないようにシャーロットはクルリと振り向き、ダンブルドアと正面から向き合った。

「お爺様、ハリーはそろそろ自分が何者か知るべきです。予言の事とか、ね」

「シャーロット……なぜそれを……」

「あぁ、今更そんなことどうでもいいでしょう?どこで知ったとかは問題じゃない。今問題なのはあのハゲ帝王をどうやって殺すか、です」

シャーロットはにこやかに笑った。ダンブルドアは顔が真っ青になっている。

「できれば私が殺したいけど、それはハリーがやるのかな?でも他の死喰い人となら遊んでもいいでしょう?」

シャーロットの言葉にダンブルドアが近づこうとしてきた。

「いかん、シャーロット、戻るのじゃ。早くそこから降りて…」

「嫌ですね、そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。冗談ですよ」

シャーロットは口を尖らせた。

「でも、そうも言ってられなくなりますよ。これは戦争です。こっちが殺さないと、躊躇っていたらやられちゃいますからね。まあ、今はアズカバンにぶちこむくらいで我慢しようかなあ」

シャーロットは杖を懐から取り出した。

「その杖は…」

「アハハ、ずいぶん前に戻ってきた最初の杖なんです。なんだかワガママな杖だけど、ないよりはいいかなって――」

ダンブルドアの顔がますます強張る。

「お爺様」

シャーロットが笑う。

「――私を殺すなら今ですよ」

ダンブルドアは何の反応も見せなかった。シャーロットは少しの間穏やかな顔でダンブルドアを見つめていたが、ダンブルドアが何の行動も起こさないことに肩透かしを食らい、視線を外した。

「あなたは私を殺すべきだった。私を引き取るのではなく、私と出会ったその日に息の根を止めるべきだった」

「……」 

「楽しかったですよ。あなたにとっては監視だったとしても、少なくとも家族の皮を被って私を育ててくれたのだから。でも、それでも言わせてもらえるならば、あなたは私を家族として扱うべきではなかった。」 

「……」

「そうすれば、私は裏切られることもなかった。こんな思いをしなくても済んだ。私は、あなたを家族だって思ってたのに。」

シャーロットは再びダンブルドアを真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

「大好きだったのに。この世界で一番。」

 

 

 

ダンブルドアはその瞬間、確かにシャーロットの目に光るものを見つけた。それが何かを認識する前にシャーロットは杖を握ったまま、両手を広げて後ろへ倒れるように身を投げ出す。そして、ビルから落ちていった。

「シャーロット!」

ダンブルドアが駆け寄ったが、シャーロットの姿はそこから煙のように消失していた。後には光輝く街の景色と夜の静寂だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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