歩けば世を馴らすモモンガさん (Seidou)
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プロローグ

思えば長い時を過ごしたものである。

 

数々の時代、それぞれの生き方、理念、思想。

そういったものをその時代それぞれの特徴として彩りながらこの世界の住人は生きて、そして死んでいった。

 

「なまえはキーノ・ファスリス・インベルン」

 

そう答えを返してくれた彼女もまた、そんな時代を眺める側の存在だったのかもしれない。

今ならそう思える。

 

「率直に言うよ。キミ、ぷれいやーでしょ?世界を汚す存在かどうか、確かめさせてもらうよ」

「…がんばれ、サトル!」

 

世界の流れを変えぬ様、守護することを選んだ彼もまた、時代を眺める存在だったろう。

 

「ぐっひゃっひゃ!ほんと嬢ちゃんは泣き虫じゃのう!」

「にゃ、にゃいてなんかないわーーーーー!!」

 

…まぁ、彼女もそれに該当するのだろう。

若干横槍を入れるのが好き過ぎるきらいはあったけど。

 

「モモンガさん!これ見て!新しいマジックアイテムですよ!!」

「おぉ!?現地産のマジックアイテムでこれは中々…!」

 

―――彼はきっと、その中には含まれない。

残念ながら彼は人間種だった。

それも純人間種だった。

いつか来る別れは絶対のもので、頭では分かっていたのだ。

分かってはいた、それでも…こんな最後だとは思っても見なかったのだ。

 

 

 

そして彼は―――鈴木 悟(モモンガ)―――はどちら側だったのだろう?

その答えは十三英雄が居た時代には見つけられなかった。

本当の答えはそう、それから数百年後になるのだ。

 

 

 

 

 

 

「…やっぱりここに居たんだね、サトル」

「………キーノか」

 

静かな墓地、一つポツリと墓石の前に佇み続けていた存在に声をかける人物。

吸血姫の少女は彼の後ろに立ち、声をかける。

 

「…ねぇ、サトル」

「…なんだい、キーノ?」

 

その大きな影は小さな影の呼びかけに応え、疑問の声を上げる。

 

「リーダーはさ、きっと今のサトルの事を見たら悲しむよ」

「…そう、なんだろうな」

 

小さな墓。

英雄が眠るにはあまりに質素で簡易的過ぎるその墓は、それでいて仲間達の思いを詰め込まれ、素朴ながらもどこか神聖さを感じさせていた。

皆に愛され、この魔神の脅威が世界を覆っていた時代を戦い抜いたリーダー。

そんなリーダーに待ち受けていたのは悲しく残酷な最後だった。

そしてリーダーを失った彼にとってもその別れは残酷だった。

少女は彼を―――この優しい骸を見上げながら言葉を紡ぐ。

 

「リーダーはきっと、今のサトルの姿を望んでないよ…。」

「……そうか、そうなんだろうなぁ。」

 

彼ならそう言うだろうな。

同じぷれいやー同士、共通の話題も持てて、それが何より楽しかったのだと。

 

「そう!絶対そう!」

 

少女は明るく、そして強めの口調で彼に語りかける。

まるでそうしなければ目の前の存在は消滅してしまいそうで―――いや、実際その可能性もありえるから。

 

「けれど、彼はもう居ないんだ。だからもう…いいんだ」

「良くない!!」

 

彼の否定的な言葉に少女が昂ぶりながら返事をする。

 

「…サトル、また世界を一緒に見て回ろう?最初の頃みたいに、色んなものを見て周ろう?」

「………」

 

少女の願いに彼が応える事は無い、ただひたすらに、何の色も宿すことの無い骸の目を墓へと向け続ける。

 

「…世界を旅して回ろう?少しは平和になったこの時代を。私たちは悠久の時間があるんだから、少しずつ。ゆっくりとさ」

「………」

「サトルさ、言ってくれたでしょ?『いつか世界が平和になったなら、余すことなく冒険してみよう』って」

「………」

「サトル…お願い、このままじゃあなたは駄目になっちゃう」

「………」

「サトル!!!」

 

いつまでも無言を貫く彼に痺れを切らし、少女が苛立ちを乗せた声で叫ぶ。

 

「…ってくれ」

「え?」

「帰ってくれないか?」

「…!!」

 

驚きに少女が固まる。

今までこんなにも突き放すような態度を彼に取られたことは無かったのだ。

衝撃で目を見開き、ぽっかりと口を開けて静止する。

 

(ダメだ、このままじゃ本当にサトルは…!!)

 

そう彼女が思い、どうにかしようと言葉を紡ぐ。

 

「サ、サトル?本当に大丈夫?私は、その、あの…心配なだけで」

 

今まで見せたことの無い彼の態度に、少女が回せる気など碌になく、見た目相応のワタワタとした姿を見せるだけだった。

 

「…ごめん、一人にしてくれないか?」

「…っ!!」

 

それは拒絶の言葉、今まで片時も離れる事の無かった彼女にとって何よりも心に圧し掛かる一言。

見た目は十二歳ほどの彼女ではあるが、生きてきた時間は見た目不相応である。

だからこそ、心を強く持とうとし、そして今この瞬間こそが覚悟を決めるべき時だと心に誓いを立てる。

 

「サトル…一緒に、ずっと一緒に居て欲しい。これからも…ずっと」

 

それは彼女にとってはこれからを決める一世一代の告白のつもりだった。

だが今の彼にはそれを受け入れる余裕は無かったのだ。

リーダーが彼らの元から居なくなったのは数ヶ月前。

その期間にやがて十三英雄と呼ばれる彼らは一人、また一人とリーダーの墓であるこの墓地を去っていったのだ。

それぞれが、それぞれの故郷や目的を持ちどこかへ消えてゆく。

 

そんな中、彼だけはずっとこの場に留まり続けた。

骸の姿―――アンデッドである彼には食事の必要もなく、睡眠も必要ない。

日がな一日、彼の英雄の墓の前でじっと佇むアンデッド。

彼がここに居るだろうことは分かっていた。

何日か前にここに来て、その時から彼は居た。

いつまでも動くことの無い彼に少女が先のように消滅を選ぶ可能性に気付き、それを恐れて声をかけるのは無理のないことであった。

 

リーダーと誰よりも仲良くなり、共に笑い会っていた彼。

彼を取られた気がして少しばかり嫉妬心を燃やしていたのも否定できない。

それでも喜ぶ彼の姿を見て、自分もまた微笑んでいたのだ。

最も、それも今は失われてしまったが。

そんな彼を救いたくて、笑って欲しくて、あの時してくれた約束を思い出し声を掛けた。

 

「…ごめん」

 

ただ、簡素な一言。

それだけで自分の価値を決められたように彼女は思った。

その程度なのだ、と言われているように感じた。

心の涙が、止まらない。

溢れる感情は自身がアンデッドであることを忘れさせるほどに湧き出し心の像から零れ落ちる。

 

「サトル…その、別に今は私の思いに応えて欲しいわけじゃなくって、そのっ! ただ元気になって欲し―――」

「放っておいてくれ!!!」

 

激高、それは今まで彼が彼女に見せたことの無いものだった。

それを受けると同時に彼女は理解した。

自分は自惚れていたのだ、と。

最初にこの世界の人物として出会い、心のどこかで彼の中で誰よりも自分が一番なのだと、そう誤解していたのだ。

 

「―――っ!!!」

 

理解した、自分は何の対象としても見られて居なかったのだと、少女の中の心のどこかがパキリと割れる音がし、すぐさまガラスが砕け散る音が鳴った。

振られてしまったな―――そんな思いを抱きながら、少女は彼から離れる。

悲しいはずなのに、涙は出ない。

心は激情で埋め尽くされているのに、涙を流せない。

そんな歪な精神状態が自分はアンデッドなのだということを否が応でも知らされる。

 

この瞬間、少女の初恋は散った。

 

アンデッドとして生まれ変わり、その間ずっと見守り続けてくれた存在。

何かあったときは必ず助けてくれた存在。

そんな彼に今こそ恩返しをしたくて―――不必要なのだと告げられた。

 

「…自由に生きろ」

「………自由?」

 

突然、切り出された彼からの「自由」という言葉

 

「あぁ、この世界で好きに生きれば良い。冒険をしたければ冒険を。恋をしてみたければ恋を。夢があるならそれを叶えてみるのもいいだろう」

「…それは、サトルも一緒じゃなきゃ―――」

「出来ないよ、もう」

 

その諦観にも似た囁きに、恐ろしい可能性を少女が考え、顔を青くする。

 

「何故?まさか消めっ―――」

「俺は()()()()()()()()()から、だからもう…()()()()のは嫌なんだ」

「………」

 

その一言に、彼女が返せる言葉はなかった。

失う事を恐れるが故の拒絶、それは何かを失ったばかりの人間にとって当たり前で、そしてそんな姿の彼に掛けれる言葉など、少女は持ち合わせていなかったのだ。

 

「ごめんねキーノ、俺はここで…そうだな、墓守でもしているさ」

 

小屋でも建ててさ、彼はそういいだし、ここから動くことは無いと言外に告げる。

それは共に居ることを拒絶する言葉のように感じられた。

消滅なんてしないから、目の前から去ってくれ―――そう言われた気がした。

 

「そっか、わかった…」

 

ぽつり、小さく返事をし、彼の向く方向とは反対に歩きだす。

彼に背を向け、何度も振り返りながら…。

 

少女の心は薄暗いもので塗りつぶされながら、前を進む。

墓から、彼の姿から徐々に遠のいていく。

だが彼は少女に目を向けることは無い、そのまま少女の姿は遠のき、やがては見えなくなっていった―――――――。

 

 

 

それは後世には残らない歴史の内側、悲しい少女の失恋と悲しい不死者の物語。

誰も知ることのない英雄譚の悲劇の一幕。

 

 

 

 

―――だった、はずである。

まぁ、その後の時代においては、そうではなかったということだ。




そして時は現代へ戻る!

最初から捏造バリバリです。
シュガールートなので当然ですが。
二次創作ははじめてなので何処までやり切れるか分かりませんが頑張って書いてみます。
どうぞ軽い形でご覧ください、そんな真面目な作品にするつもりもありませんので。


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新たなる時代の仲間達

イビルアイが青の薔薇に入るシーンを捏造。
あとティアが酷い。


じっとしていればあの時のことを思い出す。

今も当時も考えてしまうのはいつだってあの時の事だ。

思い出すだけでも苦しくなってしまう記憶に待ったを掛けたくて、眠る事の出来ない夜も夢中になれる何かを探していたのだろう。

 

 

 

「よいしょ、と」

 

ちょっとばかり年寄りくさい言葉を漏らしながらキーノ・ファスリス・インベルンは鉢を棚に直す。

いや、今はイビルアイという名前が正しいか。

名前を変える理由は単純だった。

 

異形―――

 

この一言に尽きるのだ。

 

ここはリ・エスティーゼ王国と呼ばれるようになった土地、その中の小さな領地の小さな森の中でキーノことイビルアイは一人過ごしていた。

この王国には異形というものは少ない、トブの大森林近くならばいくつかの異形や亜人は生息しているが全体で見ると圧倒的小数である。

異形の身で十三英雄の歴史書にも登場するだろう自身の存在は秘匿したいものだったのだ。

真名を隠し、ひっそりと隠れ住むイビルアイはたった一人、小さな森の中で過ごしていた。

勿論家屋暮らしだ、野ざらし生活等という野蛮人の類の生活はしていない。

アンデッドの身故に野ざらしでも特に問題は無かったが、それは拒否した。

自身が元人間の出生の身である事もあるが、自身は文明人であり、そして魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるという自負から野蛮人と同等の生活をしたいとは思わなかったのである。

 

とはいえ、ここは森の中。

人間の社会で森の中で暮らす者は稀だ。

エルフは人間種とはいえ生き方が全然違うので範疇には入らないが…この小さな森にエルフが居ることは無かった。

つまりは無人の森であり、小屋も元々は無かった。

自身で作ったのである。

 

木を切り、柱を建ててそこに蔦やらなにやらを使って自分なりに家っぽいものを目指して作っていく。

何度も失敗しながらやっとこさ建てた家は実は現在の家ではない。

完成したと思った矢先、イノシシのタックルを受けて崩壊したのだ。

突如として現れた謎の建物に興奮したのだろう、渾身の一撃で慣れぬながらに懸命に作った家は崩れ去ったのだった。

 

「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

とか叫んでいた記憶があるが、今はもう覚えていない。

忘れることにした。

ちなみに今の家は三作目である。

二作目は縦に真っ二つに割れている。

何があったかまでは語るまい、本人も黒歴史としている。

尚、処女作に登場するイノシシは魔法の餌食となった。

 

 

 

 

「~~~~~♪~~~~♪」

 

心地よさそうに鼻歌を歌いながら綺麗な水晶を並べ、それに魔力を注ぎ込む。

彼女の毎日はもっぱら魔法の研究の日々だった。

地属性の魔法を得意とする彼女はその中でも攻撃を重視したものを使用する水晶に絞った魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

それに連なる魔法の研究を行うのは彼女の日課兼趣味である。

 

小さなランタンを灯し、実験用の部屋で目指す魔法の形を作るべく試行錯誤を繰り返す。

下手なりに作った家では窓らしい窓は上手く作れず、組み立てた時に出来た木々の隙間から光が僅かばかり零れる程度の光しかない。

アンデッドの身であるイビルアイには暗視の力もある為ランタンを用意する必要は無かったが、かつての人の心を捨てている様で拒絶した。

 

「…むぅ、また碌な形に成らなかったな」

 

水晶に魔力を送り、魔力の形成を取る。

予め頭に叩き込んでいた術式を送り込み、それに対する水晶魔法ならではの反応を確認し、その結果の残念さに少しばかり気が沈む。

とはいえそれで諦めるほどイビルアイは短絡的ではない。

元より二百年以上生きているアンデッドなのだ。

魔法実験の失敗の一つや二つどころではなく、既に数百に登るほどトライ&エラーを繰り返していた。

 

術式の反応を見て、確認・訂正・再試験を繰り返す。

彼ほどではないが自身もこの世界では強者なのだ、より強い魔法を求めて森の中でひっそりと実験を繰り返す。

時間はいくらでもあり、まだまだ組み立ててみたい理論は目一杯あった。

その日も夕暮れ時まで休むことなく試行錯誤を繰り返し、やがて夜を迎えた。

 

「む、もう夜か」

 

日が沈むことを認識しても彼女が魔法の実験を終えることはない。

アンデッドの身では食事も就寝もないのだ。

ただひたすらに夜が明けるまでの間、眠ることも出来ないままじっと過ごすのはそれはそれで苦痛なのだ。

人の身では無い彼女が人間の様な生活サイクルを行うのは非合理的だ。

何よりじっとしていればまた彼のことを思い出してしまう。

妙な疲れを感じてしまう日もあるが、そういう日以外は彼女は何かしらの活動を行い続けていた。

あの頃を忘れる事が出来ない彼女にとっては行動目的を持ち続けるというのは必要な事だったのだ。

一人この森でひっそりと暮らす分には夜中も動き続けて誰かに迷惑をかけるということも無い。

そして、彼女のここ数十年の生活は常にこの流れだった。

 

 

 

だったはずである―――

 

 

 

「…?」

 

その日、夜も沈みきり数刻、月夜が高く浮き出た時間帯。

突然違和感を感じた。

 

(背後に何かいる…)

 

己の消滅の危機感を覚えるようなものでは無い、そういう類の危険を感じるものでは無かった。

だからこそ、彼女は自分の背に立つのも許し、特に行動は起こさず警戒だけをしていた。

 

(何だ?何なんだこれは?)

 

だが、確実に感じる危機があった。

 

後ろに居る()()は突如動き出し、自身の体を締め上げる。

抵抗しようと身じろぎし始めたところで感じた危険に納得がいった。

ぶっちゃけ自身の貞操であった。

 

「ちょ!ひぁ!!?な、なんだこいつ!!?」

「クンカクンカ…良いにほひ…!!」

 

咄嗟に体を背に居る対象に押し付けて拘束を解く。

相手も本気で縛る気等無かったのかあっさりと拘束は解かれた。

 

っていうか解かれなきゃヤバイ、さっきのはいわゆる胸に付いた桃色のポッチを摘まれたのだ。

こいつが何を目的で自分の家に入ってきたのかは分からないが、それでも危害?に近い行動をしてきたのは間違いないのだ。

 

「き、貴様ぁ!一体いつ入ってきた!?」

「今さっき、それよりも摘ませて」

「させるわけあるか!!」

 

叫びながら魔法詠唱の為の魔力を練り上げる。

急がなければ目の前の存在は今もまた自分を捕まえようとジリジリと、と言うか手をワキワキとさせながらにじり寄ってくる。

ジュルリとか音を立てて舌なめずりをし、涎をたらしながら淫猥な目で自分を見つめてくる存在。

 

「ヒッ…!?」

 

思わず引いてしまうのも無理はないだろう、というか引かなきゃ逆にヤバイ。

どこか今まで感じることの無かった類の恐怖を相手に覚えて魔法を放つ。

 

「これでも喰らえ変態!!<水晶の短剣(クリスタルダガー)>」

 

無属性の水晶の短剣を発生させ、対象へと飛ばす。

使い勝手の良い魔法だが目の前の存在にはあまり通用しないだろう。

何せ自分の背後をあっさり取ってきた存在だ、隠密に長けた軽戦士。

イビルアイはそう見立て、次の展開に備え魔法を練り直す。

 

「<忍術―闇渡り>」

 

つぶやかれた特殊技能(スキル)により軽戦士は闇へと潜り込んだと思った次の瞬間にはイビルアイの背後に立つ。

 

「…っ!貴様のその特殊技能(スキル)、忍者か!」

「よく知ってる。ひょっとして知り合いが居たり?」

 

かつての旅でも忍術を使う者は居た、こいつは十三英雄と繋がりのある存在か?

滅多と見ることは無い技なだけに関連性を考えてしまうのも無理は無い。

イビルアイにとってはしかし、それも今はどうでもいい事だった。

今言えるのは―――。

 

「きっさまぁあぁ!離せ、離さんか!!」

 

後ろに付いたと思ったら攻撃するでもなく身体に腕を廻してきてまたさっきみたいに「クンカクンカ、良いにほひ…」とか言い出している。

 

「何故胸に手を廻す!?そして左手!太ももを撫でるな!!こらそこは股か―――!!??!?」

 

モキュ―――

 

「キャアアアアァァァァァァ!!?!?」

 

今まで触られた事の無い乙女の秘密の花園に手が這わせられると同時につい声が出てしまう。

二百五十年生きてきてこんな事されたのは生まれて初めてだったのだ、見た目少女の彼女が少女らしい悲鳴を上げてしまうのは無理も無いことだろう。

ついでについつい本気の吸血鬼の身体能力を発揮してしまい、後ろの存在を力任せに吹き飛ばしてしまった。

 

「ぐえっ」とか抑揚の無い、本当に痛がってるのかよく分からない声をあげて壁にぶつかり、倒れこんだ存在。

その存在は女性であった。

そう、同性に襲われていたのだ。性的に。

 

漆黒の忍者衣装ともとれるローブを着込み、胸には金属製の軽鎧、手甲も揃えた衣装をした忍者と思わしき女性。

見た目は二十もいっていないかと思われるが、抑揚の無いその表情と喋り方は年齢を掴みにくくしていた。

 

「い、一体貴様は何者だ!?なんでこんなところに忍びこんであ、あんにゃことぉ…!!?」

 

最後の方は声が小さく、シドロモドロになりながら忍者の女性に疑念をぶつける。

経験の無い他人に(服越しではあるが)秘部を触られる等と言う行為に恥ずかしがることのない人間(彼女はアンデッドだが)はまぁ居ないだろう。

彼女の反応は至極当然である。

そして、ムクリと顔を起こし、顔から鼻血を出しながら恍惚とした目で見つめてくる忍者に対して思わず身をよじり、胸元や股間を隠そうと腕を伸ばすのは仕方のないことだろう。

だがその姿は襲撃者にとっては絶好の獲物の姿そのものであった。

 

言葉にするなら「へっへっへ、たまんねーな嬢ちゃん」である。

というか言葉に出していた。

 

「っぐ!?やはりただの変態か?迷い込んだ人間かとも思ったが…人買いの類か何かか!!」

 

イビルアイの住まう森は人里からは奥深い、モンスターも闊歩するような場所に住んでいるのだ。

ただ単に野党や迷い人の類が近づいてくるとは思えなかったが、絶対に来ないとは言い切れない。

その可能性は考えていたが、同性であることに気付いた時それは無いのでは?と考えていたのだ。

単に迷い込んで、不安から、人恋しさから抱きついてきたのかと思ったが―――。

 

「人買い?違う、私はただ単に美女美少女が好きなだけ(レズビアン)の美女。」

「何さらっと自分を美女とか言ってるんだ!!―――もういい、貴様は殺す」

 

どうやら人買いではないが不快な存在ではあるようだ。

そう見切りをつけ、目の前の存在を殺す段取りに入る。

目の前の存在は圧倒的に自分より弱い。

それが確信出来ていたからこそ何かされても反応を探っていたのだ。

どの道自分の顔を見られた。

吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)である自分の素顔を見られて生かしておくわけにもいかない。

幼かったり、ある程度事情があれば見逃したかもしれないが…。

「美幼女に殺されるとかご褒美」とか何か訳の分からん事を言っているからもう殺しちゃってもいいだろう。

っていうかこれ以上近づかれたくない、というのがイビルアイの本音である。

 

「そうか、なら一思いに殺してやる」

 

相手に対し、明確に殺害の意思を向ける。

得意の水晶魔法以外にも<重力反転(リヴァースグラヴィティ)>も使ってやろうか、そうすれば不意をつけるだろう。

そんな殺意の気配を受けながらも緊張するでもなく目の前の忍者は毅然として立つ。

 

「さぁ、ご褒美を早く」

「…一つ言っておくが、私は本気で殺すつもりだぞ?」

「それがご褒美、早くくれるべき」

 

「さぁっ」とか言いながら胸を張って手を広げて感動の瞬間を待つように恍惚とした表情を浮かべている。

正直ドン引きである。

イビルアイが思わず魔法の詠唱をちょっと止めてしまった瞬間、別の人物が部屋へと飛び込んできた。

 

「『さぁっ』じゃないわよこのおバカーーーーーー!!!!」

 

入ってきて早々、目の前の忍者に拳骨を喰らわせる女。

一目見た瞬間でも分かるほどに美少女だ。

美しい金色の髪と翠玉色の瞳は同性であるイビルアイも思わず目を引かれるほどだった。

 

「ごっふぁ!」

「ティア!あなた突然先に行ったと思ったらこんな小さな女の子に何をしてるの!?」

 

「せめてそういうのは大人にしなさい!」とか一見常識的な発言に聞こえるがそれはそれで問題のある発言をしている。

そして二百五十年を生きるイビルアイにとっては割りと胸に刺さる言葉であった。

 

「―――ごめんなさい、そこの娘さ…あら?どうしたのかしら?」

「ぐっふ…いや何でもない、それよりそこの変態の知り合いか?」

「えぇ、本当に仲間が失礼をしました。私の名前はラキュース。―――ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。よろしくね?」

 

ラキュースと名乗った少女はにこやかな笑みを向け、イビルアイに向かって握手の手を差し出す。

 

「…何用だ?貴様ら」

 

対するイビルアイはそれに応えない。

いきなり住居に侵入してこられたのだ、警戒するのも当然の反応だろう。

問答無用で払わないのは単に同性だったからだ。

男相手なら女だからといって嘗めるなと一蹴に伏していただろう。

 

「私達は冒険者、()()()()()と呼ばれる()()()を探してここまで来ました」

 

 

 

 

目の前の存在に警戒心を一段と上げる。

森の奥に暮らしているとはいえ、人里に出向くことも全く無いわけではない。

そんな時に使う名はイビルアイと名乗っているのだ、だと言うのに相手は本名を知っている。

そして吸血鬼であることも――警戒するなと言うほうが無理な事であった。

 

「…何故私の名前を知っている?返答次第では―――」

「おっかない気を出すんじゃないよ、泣き虫のお嬢ちゃん」

 

気配も感じさせず、部屋の入り口の前に立つ女性。

懐かしい存在に思わず驚きの表情を上げる。

 

「―――リグリット、か?」

「なんじゃ?ワシの顔も忘れるほどに呆けちまったのかい?」

「ぐっ!そんなわけあるか!!お前と違って見た目も脳の中もピチピチのままだ!!」

「ぐひゃ!ぐっひゃっひゃ!!!!二百五十にもなる存在がピッチピチとか!!」

 

腹を抱えながらリグリットという老婆が笑う。

余程受けたのか、背を折り曲げ、壁に片手を付きながら隠さずに笑い声を飛ばす。

 

「おうぉぅ、なんか楽しそうにしてんな婆さん」

「ティア、先行しすぎ。私にもご褒美になるもの無かった?」

 

笑うリグリットの後ろから更に二人の人物が現れた。

 

(一人は屈強な―――トロール?そしてもう一人はこのティアとか呼ばれている忍者の双子か何かか?)

 

ぱっと見ただけでも分かる情報はこんなところか。

イビルアイは目の前で笑いこけるクソババアに青筋を浮かべながらも冷静に相手の情報を掴む。

人間の国である王国では異形とのパーティーは珍しい、なんだか十三英雄時代を思い出しながら侵入者達を値踏みする。

 

「…一体何の用なんだ?いやほんと、さっきは酷い目にあったんだが?」

「聞こえていたぞぅ、あんな可愛らしい叫び声がお主の声から出るとはのう」

「なっ!?貴様、聞こえていたなら何故止めに…こないか、クソババア(リグリット)だものな」

「カッカッ!よく分かっとるのぅ?あれを()()()にも聞かせてやりたいねぇ」

 

あの男、という単語を聞いた瞬間から血の気が一気に下がる。

せっかく振られた思い出を忘れる為にこの森で一人で暮らしていたのだ、放っておいて欲しかった。

 

「…あいつの話はよせ、今はもう昔の事だ」

「まだ拗らせてるのかい?お前さんも年代物じゃのぅ…あれはあいつにとっても可哀相な事だったんだ。受け入れておやりよ?」

 

()()話になった途端、お互いに雰囲気が変わる。

別に憎いとか、そういった感情をその話題の彼に抱いているわけではない。

ただ、イビルアイとしても辛く、悲しい過去だったからこそそっとしておきたかった。

今はどうしているのかも分からない彼の姿を思い浮かべそうになり、頭を振る。

 

「…あの?ところでインベルンさんはこちらにいらっしゃらないのでしょうか?」

 

ラキュースが二人の神妙な面持ちに話題転換をするべきだと気を使い、声をかける。

彼女は貴族の出身であり、冒険者という立場に身を移していながらもこういった機微には鋭かった。

 

「私がそのインベルンだが?」

「えっ?」

「えっ?」

 

ラキュースの「えっ?」という疑問にイビルアイもつい同じ反応をしてしまう。

何か信じられないものを見たようなラキュースの表情、戸惑いに何となくリグリットを見る。

 

―――そういえば、リグリットってこの手のからかい方好きだったよなぁ―――

 

顔を向ければどこ吹く風と言った感じにうまく吹けない口笛を吹きながら壁のほうを見ているリグリット。

何処を見てるんだと突っ込みたいがいらぬことを言えば今すぐ問いただしたい事をはぐらかされてしまうだろう。

こういったワザとらしい誘導で相手を嵌めるのはこのクソババアの得意とする所である―――というのがイビルアイの認識だ。

 

「おい、クソババ。お前こいつらにどう言って私の事を説明した?」

「なぁに、ちょいとな?」

「何がちょいとだ!ちゃんと言え!!」

「ワシは単にインベルンという十三英雄とも一緒に戦った伝説の吸血鬼、と伝えただけじゃぞ?」

「…嘘こけ、あの女の顔には『信じられない』て言葉が書かれてるぞ」

 

この中でも一際美人さを持つ少女を見て半眼になる。

どう考えても「え?これがあの吸血鬼?」という顔だ。

はっきり言ってクソババアが何か言ったとしか思えない。

 

「その吸血鬼は『国堕し』と呼ばれるほどの絶世の美女で、ボンッキュッボンなすたいるであり、目を合わせると一瞬で魅了されてしまうから、ラキュースには処女を失う覚悟をしておけと言ったまでじゃが?」

「ちょっと!!?リグリットさん!?」

 

別に知りたくも無かった誰かさんの処女宣言を聞かされてもどうとは思わない。

ただまぁ、古い友人に秘密を暴露される苦しみに彼女への同情の心が浮かばないでもない。

イビルアイ自身もそのラキュースと同じく経験無いし…そう考えると更に同情の気持ちが沸いてくる。

思わず彼女の方に同情の視線を向けるとラキュースが「何でそんな目で見るんですか!?」という声を上げてくる。

周りを見れば何故かこっちを見ながら笑いを堪えている姿が見える。

特にトロールなんかは凄い笑い方をしていた。

 

「げっはははは!これはこれは!こんなおチビさんが伝説のボンッキュッボン!?マジかよリグリットの婆さん!!腹痛てぇぜ!」

「ぷっ…くくくっ、用意された絵と比べてもちんちくりんすぎる」

 

どう考えても自身にとってバカにされてるとしか思えない発言と態度の数々に青筋も切れてしまいそうな勢いを押さえ込みながらリグリットに尋ねる。

 

「リグリット、お前がそういう奴だってのは分かってる、それはもういい…。それで?どんな用事なんだ?」

 

ただ顔を見に来る為だけに来るような奴じゃないのは分かっている。

だからこそこの人をからかいまくる困った老婆相手に自身の全力を思わず出してしまいそうな心を制御して尋ねる。

 

 

 

 

「そうじゃなぁ、ワシも年だからの?」

 

その一言に黙り込むしかなくなる。

イビルアイはアンデッドであり、死んでいながら現世に留まり続ける存在。

それはつまり消滅しなければ無限の時を過ごすと言うことだ。

それとは違い、リグリットには寿命はある。

人間種でありながら色々訳あって寿命を超越してはいるがそれは永遠では無い。

 

(―――また、仲間が一人去っていくのか)

 

そんな感情を抱き、えも言われぬ気持ちになりながら目の前の老婆を見据える。

見てみれば老婆もまた、深い慈しみにも似た表情を一瞬だけ作り、そして何時も通りの表情に戻り、言葉を発する。

 

「さて、嬢ちゃんや。一つ決闘を受けてくれんか?」

「決闘?」

「あぁそうじゃ、お主が勝てばワシのマジックアイテムのいくつか譲ってやろう、ワシが勝てばお主はこいつらの仲間となるんじゃ」

 

いいか?今すぐにでも始めるぞ?

そんなリグリットの言葉に彼女の()は見えてきているのだろうなと悲しい感情に塗られていくことが止められない。

いつの間にか始まっていた戦いの中で「あ、ワシが負けても主は冒険者入りな」とか割と都合がよ過ぎる発言も、イビルアイにとっては受け入れてあげたいものでしかなかった。

かつての仲間、友を失う事を理解してしまえば、願いに否定など出来なかった。

勿論言葉には出さず、減らず口ばかりが代わりに出ていた気はするが、それもお互い分かっていながらのことだった。

割とちょろいイビルアイには、それだけで十分だった。

決闘とかいいながら向こうは五人がかりだったけどそれもちょろいイビルアイにとっては気にすることは無かった。

ただ、少しばかり話題に出てきた()は、どうしてるのかなぁ…と、それだけが気にかかった。

 

 

 

 

その日、イビルアイは人里へ下ることを決めた。




彼女はちょろい

追記:
誤字脱字報告ありがとうございます。
一部間違えてた単語とか直しました。
何回も見直しても書き間違えってあるものですね。
初めてこういうの書くので如何に大変かわかります。


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王国の夜

ふと当時の事を思い出せば思うのは一つである。

 

割と酷い出会い方だったな―――。

 

今では大切な存在となったが、それでもあの出会い方は酷いだろう。

大体がティアは酷すぎる、あの後自身の貞操を護る術を身に着けたほどだ。

防衛策が足りていなかった時はショーツ一枚越しにまで指が迫ったほどである。

今振り返っても―――というか振り返ると後でとっちめてやろうとしか思わない。

ご褒美になるからしないが。

 

「皆、ここが最後よ。油断せずに行きましょう」

 

透き通った声がかけられるのを切っ掛けに思い出の淵から舞い戻る。

どうやら長い時間耽っていたらしい。

 

「いかんな、仕事中だというのに」

 

彼女、イビルアイと今は名乗る少女は気を引き締め直すか、と声をかけてくれた者に返事を返す。

 

「あぁ、これで今回のこの襲撃は終わりだ。月もよく出てきたし、おあつらえ向きだな」

「よっしゃ、それじゃいっちょやるかぁ!」

「ガガーラン、声大きい」

「しかもその体躯、普通に立ってるだけでも目立つ」

 

仲間からも次々と返事が返ってくる。

 

赤黒い色の鎧に身を包んだ女偉丈夫、鍛え抜かれた筋肉は男に見間違うのも無理は無い―――ガガーラン

 

ピッタリと体に合い、少々どころではない露出の激しい忍者装束に身を包む女性。

それぞれが赤と青の色を特徴として持つ―――ティアとティナ

 

そして最初に声をかけた美しい女性、『黄金』と呼ばれるこの国の王女と比較しても決して劣らない美。

その翠玉の目は力強く前を見る―――ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ

 

いずれもリ・エスティーゼ王国の冒険者組合に所属する冒険者である。

そして彼女達はチーム「青の薔薇」という王国最強の一つの存在なのだ。

出会った経緯はそれぞれ色々あるが、この四人が彼女の()()()()だった。

 

「るっせぇ、俺が目立つのはこの鍛え抜かれた美があるからなんだよ」

「美というか筋肉ダルマ」

「トロールなら美に見えるかも」

「てめぇらなぁ…!」

 

ガガーランの自信に満ち溢れた言葉に軽口をティアとティナが返す。

 

「お前ら、いい加減にしろ。さっきラキュースが言った事が聞こえなかったのか?」

 

三人は「へーい」と軽く返事を仕返し、前方に広がる畑に意識を向け直す。

 

「いい?打ち合わせどおりに動いてね」

 

相変わらずね、という顔をしたリーダーでもあるラキュースが再度確認をし、作戦の実行を宣言する。

黒粉―――<ライラの粉末>とも呼ばれる麻薬の栽培耕地を破壊する為に、彼女達は動き出す。

それぞれがそれぞれの役割を果たすべく素早く闇へと溶け込んでいく。

 

 

 

 

 

 

二人の動きはぶれない。

鍛え抜かれた体と忍者としての経験が闇の中でも迷うことなく行動させる。

あらかじめ確認しておいた人影にティアとティナが音も無く近づき、二人の人影に一気に首に刃を走らせる。

 

「忍術<闇渡り>」

 

二人揃い、一瞬で影から影へ伝い移動する。

 

「うっ!?」

 

ズプッという小さな音と短剣に刺された人影―――武装した男達の小さな声が上がる。

彼女達の持つ短剣が赤い光を発し始める。

吸血の刃(ヴァンパイア・ブレイド)、彼女達が持つマジックアイテムである。

軽く刺されただけでも見る見るまに血を吸われ、やがて干しものの様な姿に成り果てて男は死んだ。

 

「楽勝」

「またつまらぬ物を斬ってしまった」

 

刺したのであって、斬ってはいない。

ツッコミ役が不在なので彼女達のボケもそこで終了する。

ボケとはツッコミ役が居なければ栄えないのだ。

彼女達の役目は畑の周りを警備する警備兵達の掃討。

そしてラキュース達が向かっている詰め所の破壊工作が成功すれば畑に火を放つことになっている。

 

「暇、鬼ボス」

「早くしろ、鬼リーダー」

 

 

 

 

ラキュースとガガーランは警備兵達の休憩場所になっている詰め所の近くまで来ていた。

畑を見渡せる少し競りあがった丘の上に五名ほどの人数が寝泊りは出来るであろうサイズの詰め所だ。

詰め所の周辺は開けており、遮蔽物も何もない草原が続いている。

距離にして約100メートル、二人は畑の中を突き進みここまで近づいていた。

 

「いい?この任務もほとんど成功と言っていい、必要な証拠は十分押さえた…とはいえミスは許されないわ」

「分かってらぁ、目撃者を残しちゃならねぇってこったろ?」

 

楽勝楽勝、そう言いながらガガーランは詰め所を睨み付ける。

彼女達が畑を襲う理由は一つ、黒粉と呼ばれる麻薬の流通を減らし、それを商売にしている八本指と呼ばれる連中に打撃を与えるためであった。

その為に『黄金』の作戦を聞き、調査し、対策を練られる前に一気に畑を燃やしていく。

彼女達の作戦はそういったものであった。

そしてこの畑は今日の最後の獲物。

既に二つは潰し、移動しながら破壊を繰り返した上での締めの目的地でもあった。

 

「まぁ、()()()()()()()も背後で待機してるわけだし、正面突破でいいんじゃねぇか?」

「…そうね、私もそれでいいとは思うわ」

 

事前の調べでもここに居る連中は大したことが無いのは分かっている。

罠の可能性は無くはないが、そもそもこの作戦は『黄金』と呼ばれるラキュースの友人から提案された作戦だ。

ティアとティナが潜伏調査を行い、短期間で襲撃箇所を把握。

そしてそれを一日の内に破壊して回るのだ。

そんな早業を行った青の薔薇の動向を的確に掴み、襲撃場所まで把握し対策を練れるとは思えない。

 

連中―――八本指という組織、麻薬や人身売買等の悪事に手を染め、王国を腐らせる存在。

奴らは大きな情報網を持っているというが、流石に彼女達の行動の早さにはついては行けてないだろう。

 

既に大規模な畑は潰していた。

この地域に残っているのは後はこの小さな畑レベルが数箇所である。

最後に小さな畑を狙った理由としては小さなところほど、案外重要なものをこっそり隠している可能性も考えての事ともう一つ。

既に二箇所襲った後で溜まった疲れも考慮して大規模なものは最初に狙い、最後は小さなものにした。

アダマンタイト級とはいえ彼女たちは人間、疲れもするのだ。

罠の設置の可能性も考慮しての襲撃となっていた。

 

 

「そいじゃ、行きますか」

 

腰に付けていた刺突戦槌(ウォーピック)を手に持ち、ギラリと目を光らせてガガーランが飛び出す。

それに追従する形で魔剣キリネイラムを握り締めながらラキュースが続く。

 

「ウラァ!」

 

ガガーランの戦槌が木製のドアを叩き飛ばす。

砕け散りながら破片が扉の真正面に居た男の一人にぶつかり、「ギャッ!?」という悲鳴を上げて倒れる。

 

「なんだてめぇら!!」

「外の奴らは何してたんだ!?」

 

驚きと焦りの表情を浮かべる男が二人、調べの通りこの畑の監視は全部で五名のようだ。

 

「残念だったなぁ、外の奴はお陀仏さんだぜ?」

「ナニィ!?」

 

剣を手に取り始めた男達にガガーランの後に続いて入ってきたラキュースの一閃が向かう。

 

「喰らえ!超技<暗黒刃超弩級(ダークブレードメガ)――普通の斬撃ぃ!!」

 

彼女が叫びながら叫ぶ必要の無い技を使おうとして途中でやめた。

使えばこの狭い小さな掘っ立て小屋がバラバラに崩れるからである。

決して距離が近すぎて叫びきれなかったわけではない―――決して。

とはいえ研ぎ澄まされた彼女の一撃に男は対応することが出来ず、横薙ぎに切り払われて絶命した。

 

「ヒッ…!」

 

殺される―――明らかに不利な状況になり、理解した男はガクガクと震え始めた。

 

「ゆ、許してくれ…俺はただ雇われてるだけなんだ」

「あぁ、知ってるぜ?雇われて人を殺したり、売っぱらったり、それで手に入れた金で娼館で女をいたぶるんだろ?…反吐が出るぜ!!」

「ヒ……ヒギャアアアァァァァッ!!!!??」

 

叫び声を上げながらガガーランの戦槌に頭を叩き砕かれ、最後の一人もあっさりと絶命した。

 

「…良かった、罠の類は無かったわね」

「心配しすぎだってのうちのリーダーさんはよ!」

 

この日、何度となく行われた黒粉の栽培地の焼き討ち。

そのうちのいくつかは罠を仕掛けられていてもおかしくは無いという考えをラキュースは持っていた。

それが杞憂に終わったのだとホッと溜息を吐きながらラキュースは詰め所の裏手を監視しているだろうイビルアイに声をかけるべく裏戸を開く。

 

「もう終わりか、あっけなかったな」

 

戸を開けてすぐに声がかかる、意外と近くにイビルアイは居た。

不可視化(インヴィジビリティ)>を使い、近くまで来ていたようだ。

魔法の効果を切り、ラキュースの前に姿を見せる。

 

「ま、万事問題なしって事で、良い事なんじゃない?」

「フン…私が出るまでも、いや出る幕すら無かったな。まぁいいさ、私はティアとティナに合図を出す。ちょっと待っていろ」

 

そう言いながら空を飛ぶ。

イビルアイは種族能力で飛行が可能な為、<飛翔(フライ)>の魔法を使う必要性が無い。

勿論使えばより素早く自由に動けるので使うに越したことは無いが…今日やるべきことをやりきった今は特にそこまで警戒する必要もないだろう。

詰め所の屋根の上に降り立ち、あらかじめ合図として決めていたランタンに火を灯し、手を上に伸ばして振るう。

「畑に火をつけろ」という合図である。

 

 

 

ほんの一時も経たずに、畑から火の手が上がる。

直にこの畑は燃え尽きるだろう。後は森に延焼しないよう辺りに水を撒けば終了だ。

といってもそれも忍者の二人の<大瀑布の術>を使うだけなのでイビルアイに仕事は無い。

 

「ほんと、私の出番無かったな………」

「何?出番欲しかったのイビルアイ?」

「別に、こんな雑魚共を相手にするのはMP(マジック・ポイント)の無駄だ」

 

下からラキュースの声が聞こえてきて、そう応える。

今回が黒粉農耕地の襲撃初回なのだ、悪くは無い結果である。

自分の役目は連中のもっと上部の存在―――警備部門と称される「六腕」の連中との戦いの時だろう。

そう彼女は考える。

 

「六腕の奴らと戦う時はいずれ来るわ…その時はお願いね?」

 

どうやらラキュースも同じことを考えていたらしい、仲間と思考が合致していた事に思わず仮面の下がニヤける。

出会った直後は変態集団だと思っていたが今となってはそれすらも凌駕して大切な存在に成り代わっていたのである。

今までの彼女の歴史の付き合いと比べると圧倒的に短い時間だが、イビルアイにとっては今や命に代えても良いほどの存在までになっていた。

彼女はちょろかった。

 

「あぁ、任せろ。連中なんて私が簡単に―――!!?」

 

仲間の言葉に喜びを抱き、高らかに宣言しようとしたとき違和感を見つける。

ビクリ、と反応しイビルアイは北西の方角を見つめる。

 

(何だ?今何かが見ていたかのような…?)

 

何かが自分達を…いや、()()に対して合図を送っている―――そんな感覚を覚えたのだ。

アンデッドとして暗視の力を持つ彼女が周囲を見渡してみても辺りには燃え広まりつつある畑と所々に存在する森や林があるだけだ。

木々の間を凝らしてみても何も見えず、そうしているうちに見られているような感覚は消え失せていった。

 

「イビルアイ、どうしたの?」

「何だぁ?おチビさんは出番が無いからって敵でも探してんのか?」

 

下から仲間の声がかかる、突如あらぬ方向を警戒し始めた仲間の姿に気付き、不思議に思い声をかけたのだ。

 

「…いや、何でもないようだ。私の気のせいかもしれん」

「何だそりゃ?ひょっとすると八本指の連中が覗いていたとかか?」

「いいや、それはないと思う。それなら私を見ている視線を感じるはずは無い」

「この暗闇の中、()()()()()()()を見つめていたってことかしら?」

 

この状況下でイビルアイだけに存在感を伝える相手、それがどういうことなのか。

少なくとも何か異常な存在であるのは間違いない。

 

「あぁ…、間違いない」

 

確信はある。

とはいえ実際に姿は見ていない。

それが何だったのか、今は答えは出ないだろう。

このメンバーの中で最強であるはずのイビルアイが全く姿を視認出来ず、気配だけをこちらに知らせて去って行ったのだ。

今から追いかけても見つかることは無いだろう、彼女はそう判断した。

 

「ヒュー、モテるねぇおチビさん!」

「そんなんじゃ無いに決まってるだろうが!まだ仕事は終わっておらんのだぞ、マジメにやれ!」

 

おぉ怖い!と大げさに肩をあげてビクつく振りをするガガーランから意識を離し、もう一度視線を感じた方向を見る。

 

(何なのか分からないが、次に気配を感じたときは必ず捕まえてみせる!)

 

どこかで感じたことのある気配だった気がするが、決してそれはないだろう。

かつての仲間はもう居ないのだから。

何故か懐かしさを思い出すその気配。

だからと言って油断をするようなヘマをする自分じゃないさ。

 

そう言い聞かせ、この襲撃の成功にケチをつけるような真似をしてくれた視線の主に対する戦意を掲げながら、そうイビルアイは心の中で誓った。




時系列は本編開始よりちょっと前、ifルートなんだから色々誤差はあってもいいよね?
ってことで畑の焼き討ち終了。


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遭遇(上)

襲撃の翌日、蒼の薔薇の面々からしてみればそのまま日を跨いでいたので今日と言っても違いないが―――ラキュースは王城に来ていた。

『黄金』と呼ばれるラナー王女に面通りをする為である。

正直数時間も寝ていなかったので眠いと言えば眠いが、昨日の襲撃で手に入れた情報は今すぐにでも持って行きたい類の物だった為、寝る間も惜しんでラナーの元を訪ねたのだ。

客人が来ても恥じぬよう彩られた王宮の中を進みながら欠伸をかみ殺し、目的の扉の前へと到着すると声をかけ、いつもの友人の「どうぞ」という返答に扉を開けた。

 

「おはよう、ラキュース。―――ちょっとお疲れの様子ね?」

「おはよう、ラナー。えぇ、流石に眠いわ…クライムもおはよう」

「はっ!おはようございます!ラキュース様」

 

ラナーと呼ばれた少女―――ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ―――

この国の第三王女であり、臣民からは『黄金』などと呼ばれる美しき王女である。

そしてその横に控えているのは彼女のお付の衛兵であり、お互いが思い人でもある存在だ。

ただし、立場が二人を自由にはさせていない。

平民出身のクライムと王族出身であるラナーとではどうしても身分が合わないのだ。

ラナーにとってはクライムと過ごせる自由な日々こそが待ち望んで止まないものだった。

そして彼女はその為に可能な限りの行動を移していた。

この蒼の薔薇のラキュースとの付き合いもその一つだ。

 

「大変だったでしょ?眠い中で―――それでも来てくれたということはつまり…」

「ご明察ね、昨日の襲撃でいくつかの重要な人物の情報が手に入ったわ」

 

重要な人物、それはつまり()()()()()()という意味を含んでいる。

可憐な美少女とも呼べる年頃の二人がする会話としては些か不穏なものではあるが、こういった会話はもうとっくの昔から続けられている。

それを平然と美しく彩られた室内でするほどには彼女達の仲は深かったのだ。

 

「とりあえず今はこの情報を元に次の一手を考えるべきですね。すぐにも行動に移れる段取りだけはしておくべきかと」

「そうね、私たちの襲撃とばれるような真似はしてないけれど、時間が経てば調べられるものね。準備だけはしておくべきかしら」

 

会話だけ聞けばどこかの賊の裏工作のような内容にこの場に他の人間が居れば冷や汗を浮かべる事だろう。

うっかり聞いてしまえば消されるかもしれない様な会話内容を平然としながら彼女達は用意された紅茶や菓子を手に取る。

傍から見るだけなら本当に美しい、それこそ黄金と言われて間違いない景色。

口から出る言葉は中々にヤバイ物があるがそれでも美少女二人の会話は普通の者が見ればそれだけで美しさに圧倒される光景だろう。

美少女二人の会話は今も続いていた。

 

ラキュースの頭に突如浮き出た違和感で、その黄金の景色も中断されることになる。

伝言(メッセージ)>が突如として届いたのである。

ラナーに一声かけ、こめかみ辺りに手をやり<伝言(メッセージ)>の主に返答をする。

 

<<イビルアイよね?どうしたの?何かあった?>>

<<あぁ、理解が早くて助かる!昨晩の襲撃のとき私が感じた違和感があっただろう?あれの原因が現れたぞ>>

<<何ですって?分かったわ、すぐに行くから―――>>

 

 そう返答し、意識をこの部屋の主に向けなおしてから言葉を出す。

 

「ごめんなさい、ラナー。どうやら仲間の身に何かあったみたい」

「…八本指による報復、とは違うようですね?」

「えぇ、それならもっとコソコソとした…そうね、夜に攻撃してくると思うわ」

 

イビルアイの反応を見る限りは八本指とは言い切れない。

もし八本指ならあの頭の回る吸血姫ははっきりとそう断言しきっているだろう。

ラキュースはそう考え、急ぎ次の行動について考える。

眠気はあったが、今の<伝言(メッセージ)>のやり取りのおかげで十分にクリアな思考が保てている。

 

「ラナー、悪いけれどこの話の続きはまた後で」

「えぇ、分かってるわ。お仲間の人たちにもよろしく頼みますね」

 

ニッコリと返事を返してくれる友人に笑みを返して、ラキュースは王宮を去っていった。

 

 

 

―――後に残されたラナーは一人、その表情を変えながら思案に耽る。

自身が想定していなかった存在が現れた?それは一体何だろう?このタイミングで現れたのは八本指と関係が?

瞬時に様々な思考を巡らせるが今起こっている出来事には情報が足りなさ過ぎる。

少なくともこの王都内の出来事だ。

蒼の薔薇が全滅だなんて事は早々無いだろう、と当たりをつけて思考を終わらせる。

今はまだ全滅されては困るが、別にタイミングさえくれば見切りをつけるのは問題ない存在だ。

蒼の薔薇に対する―――いや、この世界の全てに対するラナーの価値観はそれであった。

黄金と呼ばれ、その美しい姿に貴族も民衆も羨望の眼差しを向ける中、実際の彼女の姿は黄金と呼ぶにはドス黒い何かがあった。

 

「ラキュース様、慌てて出て行かれましたが…大丈夫でしょうか?ラナー様」

「あら、クライム。あの蒼の薔薇よ?そんな簡単にやられる存在じゃあ無いもの、平気よ」

 

サラリとなんでもないことの様に言ってのける。

 

「それよりクライム、そろそろお散歩の時間よ?行きましょう!」

「…はっ!了解いたしました!ラナー様!」

 

彼女の言葉を盲目的に信じる青年は疑わない、彼女は慈愛に満ちた存在であるという欺瞞の姿を信じて疑わない。

 

 

 

 

 

 

 

少し時間は帰り、ラキュースと分かれたイビルアイ達はいつも彼女達が過ごす宿へと移動していた。

王都リ・エスティーゼは古臭い街並みだ。

舗装された道はほとんどなく、大通りですら真ん中に馬車の通行用の舗装が敷かれているぐらいだ。

その脇には人々が雑多に途切れることなく歩いている。

だが、その姿はあまり華々しいものには見えない。

皆どこか暗く、王都というのに明るい雰囲気は見えてこなかった。

八本指が根付くこの街では麻薬や非合法な取引が横行し、治安も下がっているのだ。

明るい様相を見せるものは極少数だった。

 

そんな中でもこの大通りにある宿屋は繁盛していた。

決して安い宿ではなく、限られた人間しか泊まることの出来ない高級宿。

そこが彼女達青の薔薇の拠点だった。

 

「はー、疲れたー眠いー」

「今日は頑張った、ごほうびにイビルアイの抱き枕を所望する」

「誰がするか!…まぁ私は寝る必要なんて無いから、この後の警戒は私がしておくさ」

 

お前達はゆっくり休め、そういいながら部屋の外の景色を眺める。

報復行動が来てもおかしくは無いのだ。

ここに戻るまでの間も油断せず、警戒をしながら戻ってきていた。

 

「まぁ、おめぇら二人が一番仕事多かったのは確かだかんな、今日はお疲れさんだぜ」

 

ガガーランも部屋に戻ってきてもすぐには警戒を解かなかった。

先ほど直接イビルアイが未知の存在に警戒をしていたのを見ていたガガーランは眠気も見せず、ギラリと眼光を光らせ窓の外を眺める。

いや、彼女の場合は睨みつけるといったほうが似合うだろうか。

 

「にしてもよぉ、最後の最後でなんかケチが付いちまったみたいに思えるなぁ」

「確かにそれは否定できんな、私にだけ気付くよう指向性を持たせて存在感を出していたからな…ほんとにどういった意図なのか」

「イビルアイ、モテモテ」

「ティナ、お前までガガーランみたいなこと言うのか…」

 

ガクリ、と項垂れながら喧騒とした道を見つめ直した。

 

 

 

彼女達が宿屋住まいなのは冒険者らしく、身が軽いのが利点だからだ。

アダマンタイト級冒険者は本来人類の希望であり、羨望される存在である。

だが彼女達は今回の八本指との戦いのように個人的な形で動く事も多い、恨まれることだって少なくは無いのだ、身軽なのは必須と言っても良い。

 

「さぁ、一眠りすっかねぇ!その前に酒だな!」

 

豪快にガガーランが笑いながら酒瓶を取り出す。

どうやらイビルアイに警戒を任せることに決めたらしい。

既にグラスにワインを注ぎ始めていた。

 

「朝から酒か…」

 

朝からと言っても昨日の晩は畑の焼き討ちと言う作戦があり、勿論酒など口にはしていなかったのだ。

今日朝から飲むぞと言ってもそれに口を尖らせるべきではないだろう。

黙っておいてやるかと思っていた所に、またイビルアイを違和感が襲った。

 

「…ガガーラン、どうやら酒はまた後だ」

「あぁん?…敵か?」

 

イビルアイの雰囲気の変化に気付いて怪訝な視線を向ける。

 

「否定、そんな気配は感じなかった」

「イビルアイ、人肌恋しくて過敏症?」

「違うわ!なんかこう、そうだな。()()()()()()の感覚を覚えるんだ。確信を得るものじゃないのだが…」

 

種族特有―――それはつまり、イビルアイがアンデッドだからこそ感じられる何かを放つ存在が居ると言うことだ。

イビルアイ自身はアンデッドの気配を遮断する指輪を装備している。

相手はイビルアイが死者だと知っているのだ。

その意味に気付き、全員がいつでも戦闘に入れる様、身構える。

宿の寝室と言うこともあり、あくまで意識だけの構えだが。

 

「どうする?宿に居れば恐らく接触はしてこない」

「相手はイビルアイと会うのが目的、囮に使える」

 

さらっと自分を囮扱いされていい気はしないが、ティアの発言は納得のいくものだ。

自身を囮にすることを決め、皆に宿屋の裏手方向へと出歩いていくことを伝える。

 

「了解、裏路地で囲い込む。狭い場所は得手」

「私達二人なら確実に追い込めれる、イビルアイが襲われて処女喪失する前に捕まえる」

「誰がするか!」

 

相変わらず軽口の消えないティナにツッコミを入れつつも作戦を即席で練り上げていく。

彼女達の経験はそれほどに深かったのだ。

 

「ほいじゃ、俺ぁ表をぶらついてる振りすっからよ、タイミング見て合図くれや」

 

四人ともそれぞれがそれぞれに動き出す、即席の行動ですらバッチリこなしきれる程度には彼女達の連携は深く、付き合いの長さを物語る。

まぁ、それも相手が悪すぎてどうしようもないのだが、それは彼女達が知るはずも無いこと。

自信満々に行動して返り討ちにあうのも仕方の無いことなのである。

 

 

 

 

階段を降りながらラキュースへと<伝言(メッセージ)>を飛ばしておく。

彼女なら直に来てくれるだろう。

そう思いながら酒場になっている宿の一階を抜け、外への門をくぐった。

そのまま相手の視線が途切れていないことを確かめつつ、裏路地へと入っていく。

 

「―――来たか。何用だ?私の周りをコソコソと嗅いで回って居た様だが?」

「…」

 

相手はすんなり現れた。

漆黒の全身鎧(フルプレートアーマー)に漆黒の大剣(グレートソード)を二本も背に付けると言う、見るからに目立つ格好の存在だった。

寧ろ、何故今まで気付かなかったのか?という疑問すら浮かぶほどの存在感だ。

 

「気配を消す魔法…は使えそうに見えないな、マジックアイテムか」

「…」

「何か言ったらどうなんだ?」

「…っ」

 

相手の剣士は動かない。

何か言おうとしている雰囲気を一瞬だし、元の沈黙を保つ。

 

「名乗りすらしない、か。ではこちらから行くぞ!」

 

その言葉を皮切りに忍者の二人が影から飛び出す。

<忍術―影潜み>による潜伏だ、並大抵のものでは気付くことすら不可能だろう。

二人寸分のズレも無いタイミングで飛び出し、後ろから一気に切りかかる。

相手の剣士はその二人に気付いていないのか身じろぎ一つしない。

 

「ッシ!!」

「…取った!」

 

二人のクナイが同時に全身鎧の隙間を狙う、兜と鎧のわずかな隙間、そして足の膝関節裏のプレートの隙間へと突き立てる。

可動域が必要な膝裏などにはいくら全身鎧といえども極細な隙間が出来るのだ、その二箇所を打ち合わせた訳でもなく息を合わせて攻撃する。

 

―――止まっている相手ならば、確実―――

 

クナイは迷うことなく隙間へと吸い込まれ、やがて肉を刺す音が―――聞こえない。

 

「!?離れて!」

 

ティナが一瞬で判断し、ティアも言葉に従いクナイを抜こうとする。

が、それよりはやく剣士が動く。

力任せに身体を一回転し、クナイを手に持っていた二人は振り回され、外れたクナイと一緒に壁に飛ばされる。

だが空中で姿勢を取り直し、壁を蹴って無傷で着地する。

忍者の二人の身体能力は伊達ではないのだ。

 

「ティア、ティナ!平気か!?」

 

イビルアイが二人を気遣う声を飛ばす。

 

「平気、こっちは無傷」

「あの相手、確かに刃は入ったのに」

 

二人が飛ばされるのを見た瞬間に<伝言(メッセージ)>でガガーランを呼びこんでいたイビルアイは会話を切り、敵対者へと意識を向ける。

 

「中々やるようだな、だが私に勝てる程の強さには感じない。ここで倒し、情報を吐いてもらうぞ」

 

イビルアイの強者が持つ気迫を相手へとぶつける、それなりの強さがあるのだ、相手もこれだけで力量を測れるだろう。

目の前の相手は何故かは知らないが、強さを測ることは出来なかった。

そんな相手にも通用する手はある。

強者の力の気配に意識を裂かれた瞬間を狙い、四人で畳み掛けるというのがこの一瞬の出来事での判断だ。

既に忍者の二人も体勢を立て直し、いつでも切り掛かれる状態だ。

対する漆黒の剣士は未だに直立の姿勢のままだ、先ほどの回転する動き以降、一歩も動いていない。

舐められているのか?ひょっとするとこちらがアダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇だと気付いていないのかもしれない。

見ればプレートもつけていない、どうやら冒険者では無いようだし、ワーカーなのかもしれない。

裏の仕事を任せるのなら冒険者よりはワーカーになるだろう。

だとすれば八本指絡みもありえるのかもしれない。

―――だとしても倒すだけだ、イビルアイは漆黒の剣士の向こうから猛烈な速度で走ってくるガガーランを視とめながら行動に移った。

 

ティナがクナイを投げ、ティアが懐に切り込む。

漆黒の剣士はクナイを手で弾き、兜のスリット目掛けてクナイをつきたてようとしてきたティアの右手を掴み、軽く壁側へ投げ返す。

そして後ろから迫る気配に身を翻して攻撃を止める為の蹴りを繰り出そうとする。

 

「―――うぉ!!?」

 

そこで初めて漆黒の剣士が驚きの声を上げる。

何故かガガーランをみて動揺しているようだ。

 

「貰ったぜ、オラァ!!!」

 

その隙を逃さず横薙ぎ払いの一撃をガガーランが繰り出す。

だが、その攻撃を後ろに飛び跳ねかわす、体勢を崩していたにも関わらずつま先の一跳ねだけでだ。

驚きにガガーランが目を見開くほどだった。

ありえないほどの身体能力と反射神経、英雄級とすら言われるガガーランの一撃を避け切れる相手はまさに英雄級の存在だろう。

しかし彼女達の連撃は途切れない、最後の一人、イビルアイの魔法が漆黒の戦士を襲う。

 

「喰らえ<魔法抵抗突破/水晶騎士槍(ペネトレートマジック/クリスタルランス)>!!」

 

かなりの一品と思われる鎧に対し、マジックアイテムの可能性も考えて貫通力を上乗せした攻撃力特化の一撃を見舞う。

この一撃で倒せなくてもダメージは確実に入るだろう。

確信し、男に攻撃が届くのを見守る。

だが漆黒の剣士は身を翻した後、()()()()()()()()しまった。

 

「な、何!?」

 

驚愕し、思わず踏鞴を踏む。

その一瞬の隙を見てか、漆黒の剣士は猛烈な速度でイビルアイに向かって突進してきた。

 

「!…くっ、<水晶防壁(クリスタルウォール)>!!」

 

水晶の壁を作り上げ剣士のタックルを止めようとするも、なんと相手はそれすら突き破って変わらぬ勢いで突っ込んできた。

 

(ば、化け物か!!?)

 

この世界でも強者とされるイビルアイの自信を撃ち砕くかの様な猛烈な勢いが彼女に迫る。

―――避け切れない!そう判断し、ダメージをMPに移行させる魔法を唱えるべくして、間に合わなかった。

 

「と、<トランスロ―――グッフ!!?」

 

剣士の突進にダメージを覚悟したイビルアイはしかし、全くと言って良いほど痛みが来なかった事に違和感を覚える。

漆黒の剣士は彼女を突き飛ばすのではなく、自分の右手脇に抱えてそのまま走り出す。

 

「イ、イビルアイ!!てめぇ!待ちやがれ!!」

「幼女拉致された」

「大変、早くしなきゃ処女が」

 

ガガーランはともかく、ティアティナ、本気で心配してくれてるのか?というツッコミを言いたくなりながら男に連れ去られてゆくイビルアイ。

 

(どうやら、狙いは本当に私のようだな―――)

 

どこか他人事のように思いながら、イビルアイは手荷物のように抱えられて裏道へと消えていった。




毎度誤字報告皆様ありがとうございます。
何度も読み返して確認してるのに毎回誤字はあるものですね。
素人ながら商業誌における編集がいかに仕事してるのかが分かります。

そしてまだマジメ。


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遭遇(下)

まだもうちょい書き溜めがあるんじゃ。


(かなり速いな…どうやら相手は私が思った以上の敵みたいだ)

 

小脇に抱えられ、抵抗するでもなくだらりと身体を垂らし、漆黒の剣士に運ばれながら考え込む。

抵抗したところで相手は<水晶防壁(クリスタルウォール)>を一瞬で破壊した相手だ。

力で適いはしないだろう。

そう考えて、抵抗よりも次の一手を考えることに決め込んでいた。

 

とてつもない速度で王国都市部の裏路地を走りぬける漆黒の剣士。

どう考えても重いだろうその全身鎧(フルプレートアーマー)を着込みながらその速度は一向に落ちる気配が無い。

先ほどからティアが追跡をしているのはチラチラと見えていたがそれも次第に振り切られつつあるようだ。

 

(私をどこへ連れて行く?捕らえて拷問でもするつもりか?だとすればやはり八本指のものか…)

 

この漆黒の剣士が何者なのかは分からないが今のところ自分に危害は加えてきてはいない。

どう対応すればいいのかはイビルアイも判断しかねていた。

単純な敵対の意思があるようには思えなかったのだ。

敵ならば何故先の一戦の時に仲間に危害を加えなかった?

あくまで自己防衛以外の動作は一切していなかった。

目の前の存在は敵ではないのかも知れない…そんな考えが沸いてきていたのだ。

 

気付けば既に繁華街近くの路地は過ぎ、荒くれ者が多く居る娼館近くの裏路地で漆黒の剣士は止まった。

止まる場所が場所なだけに、イビルアイは本能的な女性としての勘が働く。

 

(ま、まさか私を娼婦にでもするつもりか!?)

 

自分で勝てるかどうか分からない相手なだけに、抵抗しても抑え込まれ、無理矢理あれこれされてしまうだけだろう。

だが彼女も伊達に歳を取ってはいない。

そんな恥を晒すぐらいなら死を選ぶ―――元から死んではいるが、自身の消滅を選ぶつもりだった。

だが彼女は気付かない、相手はただ忍者の女性を振り切ったから止まっただけという事を。

 

 

 

「―――ふぅ、ようやく二人で話が出来る状態になったな」

「むっ!?な、なんだ。何が目的だ!?」

 

漆黒の剣士はイビルアイに向かって初めて声をかける。

突然掛けられた声に思わず緊張する。

そんな彼女の様子に首を傾げるも、会話の続きをしようと漆黒の剣士は口を開く。

 

「目的、というか。まずはその…なんというか」

「っ??」

 

漆黒の剣士は何故かしどろもどろになり始める。

自分から会話しようとしてきたのに何だ?と、そう思うのも無理はないだろう。

 

「えーと、その…うん、よし!」

「っっ!!??」

 

何か覚悟を決めた様子で頷き、イビルアイへと視線を向けなおす。

目の前の男は自身より強い可能性が高いのだ、なにやら悩んでいる風でもその動きや言動一つ一つに意識を緊張させ、身体が強張ってしまう。

まるで小動物が警戒を抱いてピクピク動いているかの様な姿になっているが、そんな彼女に構わず剣士は言葉を発する。

 

「久しぶりだね、()()()

「っ!?何!?貴様私の名前を知って―――」

「…あれっ、ほら分からないか?俺だよ、俺」

「な、何だと…っ!????」

 

緊張と焦りで気付かなかった。

よくよく聞けばその声は彼女がよく知っているものであり、彼女が過去に大事にしていた存在。

いや、今も大事と言っても過言ではないだろう。

何せ忘れようと今も思い出してはかぶりを振る日があるのだから。

優しい口調と声音に相手が敵意を持っていない事を理解し、気を落ち着けた途端にその声の持ち主に気付いた。

 

「―――サトル?」

「あぁ、そうだよ。ほんと久しぶりだな、二百年振りだものな、忘れられたかと思ったよ…」

 

何故、何故彼がここに?

一瞬で頭が真っ白になりながらも、イビルアイが思えたのはそんな事だけだった。

 

 

 

 

「やっと追いついたぜっ!!!ハァッ!!ハァッ!!」

「ガガーラン、息上がり過ぎ…フゥ」

「へっ!おめぇも息上がってるじゃねぇかティアっ」

 

ハァハァと荒い息遣いをしながらガガーランとティアが気を緩めず、漆黒の剣士と対峙しているイビルアイの横に並ぶ様に移動する。

全力疾走してきたのだろう、二人とも全身に汗が玉のように浮かんでいる。

 

「おや、お二人さんももう来たのか、思ってたより早いな…」

 

感心したように漆黒の剣士が二人に視線を向け、「どうも」なんて気軽な挨拶をしてくる。

対してイビルアイは剣士の方を見たままピクリとも動かない。

 

「なんだぁ?イビルアイ、どういう状態だ?」

 

急に挨拶してきた相手に対し、違和感を覚えたガガーランがイビルアイに向かって小声で尋ねる。

 

「…あいつは私の知り合いだ、手を出す必要はないぞ」

「なんだ、それ早く言ってくれりゃいいのによ?」

 

思わず疑問の声が上がるのも無理はないだろう、知り合いなら最初の出会い頭に一言発せばよかっただけなのだから。

 

「気付かなかったんだ、いつもと見た目が違うからな」

「古い知り合い?イビルアイの元カレ?」

「な!?そんな訳あるか!!」

 

どう考えても冗談で聞いたつもりのティアの言葉に対し、イビルアイが予想以上に大きい反応をする。

何か変だな?と二人が思った矢先、剣士のほうから声がかけられた。

 

「あいつって…まぁ、そう言われてしまうぐらいの事はしちゃったからしょうがないけどさ。ちょっと傷付くよキーノ…」

「ちょ!こいつらの前で変な言い方をするな!!」

 

言い方に焦ってつい大きな声を出してしまう。

この二人、というかティナも含めて三人にこういう聞かれ方をしてしまうとどうなるか、彼女はよく知っていたのだ。

案の定、横を見ると二人がニヨニヨとした笑いを浮かべながらこっちを見ていた。

 

「へぇー、どんなことをされたんだろうなぁ???」

「貫通済みとか驚き」

「されとらんししとらんわ!!ちょっとは隠せ変態!!」

 

ツッコミ返しても更に含みのある笑いを向けてくるガガーランとティアについ苛立ちを隠せない。

そんな様子の彼女にまた剣士が声をかけてきた。

 

「あ、あのぉ…キーノさん?」

 

恐る恐るといった様子でイビルアイに声をかけなおす漆黒の剣士。

 

「怒ってらっしゃいます?」

「…当たり前だ、いらんことを言うから変な誤解を受けるじゃないか」

 

自分は怒り心頭だぞ、という態度を目の前の男に向ける。

何だってこの男はこういうときに気が弱いのだろうか?

昔からコイツはそうなのだ、とイライラとする感情を収めるでもなく相手にぶつける。

 

「そんな、喋り方まですっかり変わっちゃって…なんだか()()()()()を見てる気分だ」

「グッ…」

 

ぽつりと呟いた剣士の一言に何故かイビルアイがダメージを受けたかの様な声を漏らす。

 

「聞いた?ガガーラン。娘だって」

「あぁ、聞いたぜ。イビルアイに父親がいただなんてな」

「誰かのおとーちゃんのせーしから生まれたのは確か、でも現存していたとは」

「誰が娘だ!大体ティア!もうちょっと隠して喋れ!あとコイツは親でもなんでもない!!」

 

さっきから猛犬が吼える如く怒声を響かせて仲間の二人にツッコミを入れる。

思わず息が荒くなってしまうし、心なしか顔も赤い。

勿論仮面の下なのでバレては居ないだろうが。

 

「そんな…酷い」

 

だが、剣士があからさまに落胆したのをみて「うっ…」とイビルアイもバツが悪そうにシュンとなる。

だがそれも直後の発言で後悔した。

 

「出会った頃は―――パパ―――とか言ってくれた事もあったのになぁ」

「う、うわああああああああああああああ!!!?お前何言ってるんだああああああああああ!!!?」

 

ば、爆弾発言だ!!

これはいけない!止めなければ!!!後ろの二人に何を言われるか分かったものじゃない!!

動揺の大声を上げながら仲間の二人に聞き取られないように必死に手振り足振りして声を掻き消そうとする。

勿論、手遅れである。

 

「クププ…パッパ…クプ」

「ぶっひゃははははははは!!!パパって!!!イビルアイがパパって!!!!」

 

二人は既に抱腹絶倒だった。

先ほどまでの戦いの雰囲気も消し飛び腹を抱えて地面を転がりまわる。

 

「わ、笑うなオマエラアアアアアアアア!?」

「ご、ごめんねイビルアイ―――パッパ―――」

「ヒィーックク、あぁわりぃイビルアイ―――パパ―――」

「お前ら殺されたいんだな?そうなんだな?」

 

あれはそう、この目の前の漆黒の剣士―――サトル―――と出会ったばかりの頃。

自分を保護してくれたサトルに対し、恐怖心も消えた頃。

まだ本当に少女というべき年齢しか時間を過ごしていなかった頃。

つい親恋しさにうっかり言ってしまっただけなのだ。

それなりに歳を経た頃にはそんな事はもう言わなくなったのに―――。

 

(覚えられていたかー!!)

 

イビルアイは頭を抱えてしまいたかった。

彼と別れて以降、もっと言うと青の薔薇と出会って以降。

割と過去の仲間が居ないのを良いことに自分の強さを前面に出し、プライド高く振舞っていたのだ。

自身が仲間に築き上げてきた強者としての側面を突如剥がされたような気持ちになりながら、笑う仲間に怒りの震え声を掛ける。

 

「おい、おまえら―――」

「ご、ごめ―――パッパ―――」

「す、すま―――パパ―――」

「ぬああああああ殺してやるうううううううううう!!」

「こ、コラちょっとキーノ!ほんとにやろうとしちゃだめじゃないか!」

 

割と全力の一撃を加えようとしだしたイビルアイに驚き、剣士が両脇を後ろから抱え込んで動きを止める。

 

「ひぁ!!ちょ!!何処触ってるんだ!!離せ!」

 

突然抱きしめられてついつい情けない声が出る。

普段なら―――というか相手がサトルと認識する前まではこんな声も出していなかったのに。

さっきまで抱えられてもっと際どい部分も触られていたのに。

今ではちょっと触れられただけでこれである。

ちょろい。

 

「ひぁ!!っとか出ましたよガガーランさんクプププ!!」

「ひぁ!!っとか出てたなティアグフフフフ!!」

「ティアーーー!!ガガーランーーー!!!!」

 

人ってここまで青筋浮かべれるんだなぁとか思えるほどに凶悪な顔をして、二人の仲間に怒りを向けるイビルアイ。

完全に自分のせいなのだが気付いていない漆黒の剣士は他人事のようにしながら「どうどう」と怒りを静めようとするのであった。

 

 

 

 

 

「っ見つけたわ!イビルアイ大丈夫!!?」

「やられた?もう犯られちゃった?」

 

「くっ殺せ」

 

「なっ!?あのイビルアイが敗北したとでもいうの!?」

「見事なまでのくっころ、相手は相当な手馴れ」

 

ラキュースを誘導するために別行動をしていたティナとそれに付いてきたラキュースが到着したころ。

さんざっぱらに笑われまくったイビルアイは心が挫け、見事な挫折のポーズを決めながらこの屈辱に死をと懇願していた。

横を見れば痙攣しているのかピクピクと跳ねながらお腹を抱えてうずくまるガガーランとティア。

この絶妙なタイミングは後から来たラキュース達に勘違いを起こさせ、更なる混乱へと導かれていく。

 

「あなたね?彼女にここまで言わせたのは―――イビルアイに何をしたの!!」

「えっいや私は何も―――」

「何もせずにイビルアイがここまでやられるわけない、天誅」

「えぇっ!?」

 

ラキュースはこの事態が全て目の前の漆黒の剣士のせいなのだと思い、相手に向かって叫ぶ。

それもあながち間違いじゃないのだが、責められている当人は自覚が無いのか素っ頓狂な声を上げていた。

そして漆黒の剣士は焦りながらイビルアイに向かって助けを求めるべく「説明をしてあげて!」と叫ぶ。

 

「くっ殺せ」

「やっぱりあなたのせいなのね!!」

「ちょ、なんで同じこと二回も言ってるんだ!!?」

 

茫然自失となったイビルアイは同じ言葉を繰り返した。

大事なことなので二度言ったわけではない。

 

「大事な仲間を三人も…!この卑劣漢め!!覚悟!」

「えぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

さっきから酷いことばっかり言われてる気がするな。

漆黒の剣士はそう思いながらも相手の剣をいなす。

レベル100にもなる自身―――モモンガとしての能力値なら彼女達を撒くのも倒すのも簡単な事だった。

とはいえ彼女達を傷つける気は毛頭無い。

大事な存在でもあるキーノが新たに作った仲間だとリグリットから聞いていたからだ。

先の戦闘でも傷をつけない程度の行動しかとっていなかった。

動かなかったのは単に相手がどの程度の力量か知っておくためだったのだ。

そしてこの仲間も先の戦い同様、同じレベルの相手のようだ。

長い間篭っていたが、どうやら昔と人間の強さはあまり変わらないらしい。

残念な気持ちになりながら声をあげる。

 

「か、勘違いです!私の話を聞いてください!」

「勘違いで三人はやられたりしない、天誅あるのみ」

「な、なんでそうなるんだっ…くそ!」

 

二人の攻撃をいなしながら何か誤解を解く方法は無いか考えてみる。

よく考えればリグリットの名前を出せば一発解決なのだが焦っていたモモンガはそこまで考えが至らない。

相手を傷つけるわけにいかない以上、対話と説明以外の方法は無いだろうと判断したモモンガはラキュースへ訴えかける。

 

「とにかく聞いてください!私はキーノの()()()で!それでかつて旅をした()()で!()()なのです!!」

「グハッ!!ゲッホ!!ゴフゥ!!!?」

 

何故かイビルアイがダメージを受ける。

二百五十年物の()()が募っている彼女にとっては最高の攻撃であったのだ。

ビクンと飛び跳ね、胸を抱え込んで地面に突っ伏す。

 

「あなたイビルアイの本名を!?で、でもなら何故皆倒れてるの!?」

「それは私もよく分かりません!!ですが私はあなた達の味方です!信じてください!!」

 

これで信じてもらえるだろうか?必死の思いでモモンガは気持ちを伝える。

だがしかし、横で突っ伏すイビルアイを見てティナがラキュースに口添えしてしまう。

 

「イビルアイがさっきからダメージを受けている」

「何ですって!?まさかあなた、説得の振りをして呪言か何かを!?…っく、この悪魔め!!」

 

「何でそうなるんだぁぁぁ!!?」と叫びながら、戦いは続く。

場が収まったのは笑いすぎて痙攣を起こしていたティアとガガーランが復活してくれた後だった。




カオスが止まらない。

誤字&脱字報告ありがとうございます。
コメントも想像以上に頂けて励みになります。
頑張って色々毎日妄想する元気がもりもりです。


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愛の時間は動き出す

一悶着あったが、一行は宿へと戻ってきていた。

あの場で話し合ってもよかったが場所は娼館近く、八本指の連中が闊歩している場所だ。

魔法やマジックアイテムで会話や存在を消すことは出来るが、それにしても連中の真横で色々と喋りたいとは思わない。

落ち着ける場所で会話しようということになり、青の薔薇が泊まる宿へと足を運んだ。

 

「さて、誤解も解けたようなので改めて自己紹介を―――私はモモンといいます」

 

漆黒の剣士―――モモンと名乗る男が自身の説明を始めていく。

 

「私は、そう―――キーノの()()というべき存在ですね」

 

「グッ」

 

思わずダメージを受ける。

友人とかさっき言ってた保護者より関係が遠のいた気がしたのだ。

燻る初恋の想いがイビルアイを締め付けていた。

 

「私の名前はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ―――ラキュースと呼んでください。…その、さっきはすみませんでした。まさか十三英雄の一人だったなんて」

「正確にいうと、協力していたってだけですので、私の事は普通の人は知りませんよ」

 

先ほどの混乱を恥じているのか、恥ずかしげに謝って来たラキュースに手で制止の仕草をしながら受け流す。

そんな仕草の一つにも自身の胸が高鳴る気がするのが嫌になる。

私はコイツを諦めたんじゃ無かったのか?

そう自身に言い聞かせ、目の前に現れた理由などについて甘い想像をしそうになるのを必死に跳ね除ける。

イビルアイは拗らせた初恋をどうにかするのに必死だった。

 

「俺の名前はガガーランってんだ、よろしくな旦那」

 

偉丈夫が名乗りを上げてきた、どう考えても男としか思えない見た目と喋り方にモモンガは思わず身を引いてしまう。

全身を見回し、何故か驚いたかのような雰囲気でガガーランに尋ねる。

 

「さっきも驚いたんですが…珍しいですね、今は人間の国って聞いていたからてっきり人間だけのチームだと思ってました」

「あぁ?そりゃどういう」

「…トロールですよね?」

「あぁん!!!?」

 

その一言に周りが一斉に笑い出す。

必死に無愛想な表情を作っていたイビルアイもこれには笑いが零れずには居られなかった。

 

「中々良いセンスしてる」

「ガガーランの血は真っ青だから、それであってる」

「誰が真っ青だ!赤けぇに決まってんだろが!!」

 

眉間に筋を立てながらガガーランが忍者の二人を睨んだ。

そんな二人は何処吹く風といった感じで視線を受け流しながら自己紹介をする。

 

「私はティア、イビルアイの恋人」

「おいこら誰がだ」

 

相変わらずのティアに、イビルアイは思わずツッコミを入れる

 

「私はティナ、お兄さんは小さい弟とか居ないの?」

「お、弟?いませんが…」

 

何でそんな事を聞くのだろうか?という疑問を持つ。

モモンガにとっては唐突過ぎて戸惑いしか生まれない。

 

「ちっ、食べ頃が欲しい」

「えぇ…?」

 

何故か「残念」という目でモモンガを見てきて彼は動揺する。

いきなりそんな事いわれても困るのは当然だろう。

なんか、凄い子達だね…という視線を言外に受けてイビルアイは肩を竦めた。

 

「…身内に見せるには確かに恥ずかしい連中だ」

 

そう言ってはいるが、彼女達と一緒に行動しているイビルアイは楽しそうでもあった。

実際彼女達との行動は楽しかったのだ。

いつだって笑いあう仲間、軽口を忘れず、それでいて強者として常に戦い続ける姿。

イビルアイとしては十分大切なものになっていたのだ。

そんな自分の前に今になって現れたモモンガの理由が気になって、話を本題に戻した。

 

「それで、何でここに来たんだ?ただ私に会いに来たわけじゃないんだろう?」

「あぁ、それかい?」

 

イビルアイに視線を向けた途端、柔らかな物腰の喋り方が更に柔らかになった気がする。

彼女がそんな思いを抱いてしまうのも無理はないだろう。

実際モモンガはイビルアイに声をかけるときはかなり優しい声だった。

あの時のような激高した声でもなければ、強敵と戦っているときの緊張の走った声でもない。

彼女が一番大好きな声だった。

 

「パッパに恋をする幼女」

「ぐっふぉ!!?」

 

甘い声に蕩けそうな時、不意打ち気味にティアが呟いてきた。

思わず噴出し、今の発言をもみ消そうとアワアワとしだす。

 

「パッパってなに?」

「ひょっとして―――イビルアイのお父上ってこと?」

 

でもさっき友人って言ってたわよね?

そんなラキュースの疑問にも答える余裕も無く手をバタバタと振り声を出す。

 

「わ、忘れろ!!それは今関係ない話だ!!」

 

見ればガガーランとティアのニヤニヤとした表情がこちらに向いている。

…こいつら後で覚えていろ。

そう思いながらイビルアイは話の続きを促した。

モモンガも話の腰を折る気は無いのか、一つ頷き返すと話を続けた。

 

「私が来たのは…キーノ、君を迎えに来るためだよ」

「っな!?」

 

その一言を聞いた瞬間、イビルアイの顔が耳まで真っ赤になる。

仮面を被っているのが幸いした。

もう周りには見せられないほどに自分の顔が赤くなっているのが分かる。

動いているはずの無い心臓はトクンッと強く跳ね、身体から出るはずの無い変な汗が出そうになる。

 

「ヒュー!!マジかよ!!?」

 

これは面白いものを見たという表情でガガーランが嗤い出す。

 

「まさかラキュースより早く貫通するなんて」

「ちょっとティナ!?」

 

目の前に異性が居る状態で自身の処女をばらされたラキュースが真っ赤になりながら「違いますからね!?」とか言っている。

何が違うんだろうか、とか取り留めの無いことを考えながらイビルアイは放心間近の状態となっていた。

あれだけ否定しようとしていたのに、目の前でこんな事を言われただけであっさり崩れそうになる。

台詞が脳内で反響しトロトロと頭が融けそうになる感覚を覚えてしまう。

ちょろくなりそうだった。

 

「私のはそういう意味じゃありませんよ、ただ色々と理由があって迎えに来たんです」

「ムゥッ!!…で、その理由というのはなんだ?」

 

いきなり現実に戻されるような否定的な発言がモモンガの口から出てきて、少しどころじゃないほどに不機嫌になりながらイビルアイが聞き返す。

彼女の内心では今荒れ狂った気持ちが溢れている。

 

そうかそうか、そういう()()じゃないと。ほー?

二百年も離れておいて今更なんだ?何か用があるのか?下らない事なら追い返してやる!と。

怒りを表すために床を足でドンドンドンと踏みつける。

実際には体重が軽すぎて「ペチペチペチ」という音しか鳴っていないのが悲しいところだ。

 

「…百年の揺り返しさ。このひと言で分かるだろ?」

「っ!!」

 

理解できたよな?そう言いたげな視線を受けて気付く。

そうか、もうそんな時期だったのか…と。

 

「…魔人でも現れたのか?」

「いいや、まだ何も来たことは分かっていないよ。ただツアーが今回は来るだろう、と言ってね」

「それで私を迎えに来るのと何の因果関係があるんだっ?」

 

まるでツアーに言われたから来た、とでも言うかのような発言に苛立ちを覚える。

さっきまでの自分がバカみたいだ!と内心で苦々しい気持ちを抱きながらも我慢してイビルアイは相手の発言を促した。

 

「ツアーとしては単純に、戦力の補強だろうな。キーノぐらい強い奴は滅多と居ないし」

 

皮肉か、と目の前の存在に言ってやりたくなる。

何せ目の前の存在は自分より遥かに強いのだから、攻撃も通った試しはないし、本気を出せば国家一つ一瞬で消し去るだろう存在。

そんな存在が自分を戦力補強の為に連れて行こうとするとは思えない。

そう判断し、追求の一言を飛ばす。

 

「それで私が納得するとでも?お前が居ればそれで事足りることだろう?何で私がお前の元に態々行かねばならんのだ」

「うわぁ…嫌われちゃってるなぁ。そうだな、確かに俺でも十分かもしれない」

 

なら何故、という前に彼は言葉を続けた。

 

「単純に、心配なんだ。キーノの事が」

「グフッ」

 

予想外の一言に予想以上のダメージを受ける、本当に心配そうな声をかけて来るモモンガに思わず威勢がなくなり始める。

 

「な、なんでそんな、私なんかの為に心配をする必要があるのだ?別に魔人の一人や二人、私でも倒せるぞ」

 

強がろうとしているが、仮面の下は口端が上がりそうになるのを堪える為にもにゅもにゅと動き続けていた。

そしてそんなちょろいながらも頑張って抵抗を続けるイビルアイに対して、無遠慮な発言が続く。

 

「分かってる、それでも心配なんだ。昔君を突き放してしまったことは謝る、心のそこから済まないと思ってる」

「うぅっ!」

「キーノ…頼む、今度来るプレイヤーが私より弱い保証はないんだ。そんな奴がもしツアーの言う世界を汚す側だったとしたら?そしてそんな連中にキーノが出会ってしまったら?そう考えて君を迎えに来たんだ」

「ぐうぅっ!」

「…何よりも君の事が大切なんだ、もう失いたく無いんだ。君が居なくなるのだけは避けたい…頼む」

「ぐぅぅぅぅう!!!」

 

話を聞いている間に段々と恥ずかしくなり仮面の上から顔を揉みほぐし、身体をジタバタと動かして羞恥心をごまかそうとする。

これが二人だけの時に言われたならもっと素直に受け止めていただろうがはっきり言って茶化しまくる連中が周りに、というか横に居た。

さっきから真剣に喋っているモモンガに気を使ってか口は開いていないが明らかに面白いものをみた、という表情でイビルアイを見てきている。

ラキュースは何故か顔を赤らめ、両手を頬に添えて二人の間を視線を行ったり来たりさせていた。

彼がここまでストレートだったかな、とか思わなくも無いが二百五十年物の初恋を拗らせたイビルアイにはそれすら冷静に考えれる状態ではなかったのだ。

 

(っというかこれじゃまるで告白みたいじゃないか!!なんだ!?今更になって愛おしくなったとかそんなことなのか!?)

 

まさかの可能性に両手で顔を覆って天を仰ぐ、気が飛びそうなほどの感情に飲まれてしまいそうになりながら何とかして精神の沈静化を図ろうとする。

「あ、なんか鼻血でも出ちゃいそうだこれ」興奮しすぎたのか、そんな事を思ってしまった彼女の思考はそこから固まって動かなくなった。

 

 

 

 

実際の所、この台詞は前もって用意されていた。

勿論モモンガ自身が作ったのは間違いない。

イビルアイは自分で迎えにいく、という意思をツアーとリグリットに話したところ「謝罪の言葉を用意しろ」と二人に揃って言われてしまったのだ。

当然といえば当然なので頑張って書いて読んで貰ったところ

 

「どこの誰が謝罪の言葉を言うときにこんな台詞から切り出すヤツがいるの?」

 

―――この度は、(ワタクシ)の不始末によりご迷惑をおかけしましたことを―――

 

営業マンバリバリだった。

かつての職業の癖が抜けず、堅苦しい言葉ばかりが連なるモモンガ。

二人から「もっと優しい感じで」とのアドバイスにも

 

―――本日はお日柄もよく―――

 

「ただの天気の話だよね?これこの後謝れるの?」

 

全くもってその通りだった。

そうして何度も修正の方向性を定めていく。

ツアーとリグリットにかなり具体的な方向性を示されて完成したのはまるで恋文みたいで「え、マジでいわなきゃダメ?」とか思ったけれど二人は何故かドヤ顔だった。

彼女への罪悪感と、心配というのは嘘ではなかったので恥ずかしいながらもきちんと誠実な態度を取ろうと思って言いに来たのだ。

伝言(メッセージ)>でコンタクトを取らなかったのも電話先で相手に謝るような行動に不誠実な気がして直接会おうとしたにすぎない。

だが恥ずかしすぎる台詞故に彼は他の人に聞かれたく無く、彼女を見つけた時に特殊技術(スキル)を使っておびき出そうとした。

 

「おねがい、届いて…!」

 

そう言いながら両手を組み、森の茂みで祈りのポーズを浮かべる推定280歳。

彼の持つ特殊技術(スキル)の中から「どれか気付くでしょ」という考えでオーラを飛ばしていくが気付いたのかは分からなかった。

「あれ?畑燃やし始めたよ?これ森も燃えちゃわない?」とか思って立ち去ったのだ。

その必要性は無かったが。

 

街中でもう一度使ってみたら今度は動いてくれたが、他もついてきたのは彼にとっては予想外だった。

二百年振りの活動に彼の感覚は今だ鈍っていたのだ。

仲間なら付いてくるのはあたりまえでしょ?という。

そうして「わーなんか困ったぞ」とか思いながら二人だけになろうと頑張ったのだけれど意外と無理だった。

諦めて今、こうして恥を晒しているのだ。

つまり、イビルアイの思っているような事では全然無かった。

 

普段の彼からすればまず言うことの無い台詞だったが、イビルアイへの謝罪の気持ちは本物だ。

言ってる最中何度も精神の沈静化が行われたけれど何とか言い切った。

心の中は今や言い切った!俺はやりきった!ほめて!という感情で一杯である。

 

「答えは今日じゃなくてもいいから、どうかじっくり考えてくれ」

 

彼女達の仲を裂きたいわけでもなし、イビルアイがどうしたいかはっきりしてくれればそれで良いと思っていた。

そして言い切った後にさっさと立ち去ろうと立ち上がったのは恥ずかしすぎたからだ。

正直彼女だけでなく、青の薔薇の面々の前からも早く立ち去りたかった。

自身もこの街で宿を取るからと言い残してモモンガは立ち上がる。

 

「はずかしっ」とか呟きながら250年物の初恋を拗らせた原因は、恥ずかしそうに縮こまりながら宿を去っていった。

 

 

 

モモンガが立ち去った後、それぞれが隠そうともせずに話題を振りまく。

 

「イビルアイ貫通確定」

「マジっかよ!こりゃ面白くなってきたぞ!」

「恋人を失った、鬼ボス慰めて」

「なんで私のほうに来るの!?…兎に角ゆっくり考えてくれて良いわよ?」

 

好き勝手言ってる面々だがその中でラキュースだけはイビルアイに自由に考えて良いと優しく促す。

だが彼女は反応しない。

 

「イビルアイ?」

 

不思議に思い、声をかけたり。揺すって見たりするが、反応がない。

 

「…気絶してる」

 

ロリ吸血鬼の天を仰ぐオブジェが完成していた。




モモンガさんの感情や行動理論を正確に言い当てているコメントがあったりしてびっくりします。
どれだけ愛されてるのモモンガさん…。
うらやましっ!(褒め言葉)


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平和な日々を愛おしむ

 ラキュースは再びラナーの元を訪れていた。

 

 と言っても同じ日の内に来た訳ではない。流石に日に何度も王家の自室を訪ねる訳にもいかないからだ。

 それに眠気もあったし、イビルアイのちょっとした―――いやかなりのイベントが起こってしまって彼女もそれ以上は疲れと眠気で行動する気にはなれなかったのだ。

 

 無事報復行動なども起こらず、安心して一夜を過ごした一行はそれぞれが朝一番に自由行動となっていた。

 八本指の動向を恐れて街中でもジッとしていては気が持たないし、何より彼女達はそれぞれが強かった。連中のうち六腕とタイマンを張ったとしても勝てる自信はある―――そう判断している以上、引きこもる選択肢は無い。

 何よりティアとティナは待機命令があっても勝手にどこかに行ってしまうことがあるので無駄だし。ガガーランも待機時間に酒を飲むことがあるし。イビルアイに至っていえば、別に六腕全員相手にしても勝てるのではなかろうか?

 そう見込みをつけて今は自由行動の時間となっていた。

 

「そういえば、イビルアイはちゃんとお披露目できたのかしら?」

 

 今朝のイビルアイの姿を思い出す。

 朝目が覚めたら化粧棚の鏡の前に座っているイビルアイが目に映ったのだ。そのまま声をかけたら物凄い勢いでラキュースの化粧品の数々を隠そうとしだし、そんな姿につい自分も意地悪な笑みを浮かべてしまったのを覚えている。

 

「ち、違うぞ!?これは違うからな!?」

 

 珍しく仮面を外した状態で、顔を真っ赤にさせながら手を前に出して必死に振るう。

 そんな貴重な彼女の姿を微笑ましく思ったラキュースは「いいのよ?使ってくれても」と言った。

 

「え?良い…のか?」

「えぇ、勿論。イビルアイは普段化粧品なんて買わないものね」

 

 彼女は「強者たる自分には女の手口など必要ない」という持論を持つ。

 だからこそ今まで化粧品を買わないのもそういう考えがあってのものなのだろうと思っていた。それは間違いではなかったのだが、まさか初恋の相手なんてものが居たのは予想外だった。

 イビルアイは否定していたが、傍からみても一発で分かるくらいに気があるだろう。本人は誤魔化しているつもりのようだが。

 

「…ほんとに構わないのか?」

 

 静々と、顔を俯けて上目遣いで聞いてくるイビルアイにうっかり自分の中の「お姉さん魂」がやられてしまったのも仕方の無いことであろう。相手のほうが年上というのはこの際無視だ。

 まずはみっちり髪を梳いてやり、ついでに少し結ってあげた。右耳の近くの房を小さく結って、そこの末端に小さな赤いリボンをあしらう。

 死者とは思えないほど美しい白い肌はそのままにした。外に出れば仮面をつけるので、顔の化粧は崩れるかも知れないからだ。

 紅も付けてあげたかったが同様の理由で断念した。目尻と瞼にだけ薄っすらと青のシャドウを塗ってあげる。ここならば仮面に触れて崩れることもないだろう。

 いつか仮面を外して行動できる日があれば、その時はみっちりお化粧してあげよう。化粧がくっつかないような工夫を仮面に意施しても良いかもしれない。

 そんな思いを抱きながらイビルアイの外装を整えていく。髪に赤い花のコサージュを飾り、耳には綺麗なルビーの宝石が輝くイヤリングを。首元はローブで隠れてしまっているので代わりにローブにも花の柄の入ったブローチを付けてやった。

 

「…完成!可愛くなったわよイビルアイ!」

「そ、そうだろうか?」

 

 何時もと違う髪形、よく梳かれてその髪は綺麗にまとまりを見せている。

 結った髪と付けた装飾品が目立ちすぎることなく彼女の彩を更に美しく見せている。元々素材はいいのだ、それもとびきりに。

 薄っすらと青くなった目元が二重の瞼を深くさせ、彼女の赤い綺麗な目をさらに際立たせていた。

 

「ありがとう…ラキュース」

 

 そういいながら走ってモモンガの元へと向かうイビルアイの姿に頬がにやけずには居られなかった。

 そういえば他の三人は何処へ行ったんだろう?とか思いながらも、自身もラナーの元へ行くために準備をし始めていた。

 

 

 

 

「おはようラキュース!今日は元気そうね?」

「おはようラナー、えぇ勿論。昨日はよく眠れたわ」

 

「それは良かったわ」そう一言返してラナーは挨拶を終わらせる。クライムも勿論、脇に使えていた。

 席に着くラキュースに紅茶を注いでやり、「どうぞ」と勧める。一口付けてその美味しさにホッと一息吐いたあと、昨日の続きとも言える会話を始めることにした。

 

 大体の出来事は昨日のうちに話していたし、情報が書かれた紙もラナーに渡していたので既にほとんどは話し終えたも同然だ。

 少しばかりの再確認をしてから、昨日の午前中に起こった襲撃者の話に移っていった。

 

「まぁ?イビルアイさんのご友人?」

「えぇ、それもイビルアイがほんとに小さなときからの…保護者?みたいな感覚なのかしら?」

 

 彼の言い方を聞く限りはそういった関係に近いだろうか?でも最後の別れ際のあれは…思い出すだけでも顔が紅くなる。

 

「あらラキュース?どうしたの?顔が紅いわよ?」

「言われなくても分かってるわ。単にその人のイビルアイへの想いが純真でね…なんというか、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうのよ」

「まぁ!素敵ですね!」

 

 その少しの情報でも桃色の話題なのだと気付き、目を光らせるラナー。やっぱりラナーはそういう反応をするのね。

 そうラキュースは思いながら目の前で爛々と目を輝かせ、恋物語への期待に満ち溢れた表情をする友人に、思わず苦笑いをしながら応える。

 

「二人ともそんな関係までは行ってないみたいだけどね?イビルアイは珍しいことに化粧なんてして逢いに行ってるわ」

「素敵な話じゃない!クライムもそう思わない?」

「はっ、私はその―――御婦人の色恋沙汰の話題に自分のようなものが交じるのは…」

 

 堅苦しいことを言って苦手な話題から逃げようとしているクライムをラナーが離すはずもなく、クライムはずっといじられっぱなしであった。

 

 

 

 

 クライムがいじられすぎて心なしどころかげっそりと頬がこけた頃。

 

「それで、その御方は凄く御強いんですよね?」

「えぇ、私達が全員でかかっても勝てないってイビルアイは言っていたわ」

 

 そしてそれは事実だろう、とラキュースは思っている。

 自分が経験した戦闘でもどう考えても勝ち目があるとは思えない。特にイビルアイの魔法を簡単に消し去ったという内容が肝を抜いた。しかも本気を出さずとも国が滅びるという話だ。一体どんな化け物なのだろう。

 イビルアイと同じぐらい長い時を生きているのだから人間ではないとラキュースは考えていた。

 

 王女であり戦いの事に詳しくないラナー相手にあまり細かい説明はしても分かりにくいだろうから、要点だけを掻い摘んで戦いの経緯を説明してあげた。

 横で聞いていたクライムから、驚愕とも感動とも取れる感情が漏れて来ているのだけは伝わってきた。痩せた頬に少しツヤが戻ってきたようだ。

 

「…」

 

 深く考えるような仕草を取り、沈黙を貫くラナーに疑問を抱き、ラキュースは声をかけた。

 

「ラナー?どうしたの?」

「…いえ、そのお方がそこまでの強さをお持ちなら。是非()()()()()()()()があるんです」

「ラナー、それって…」

 

 その言い方にある程度の予想が付いた。ようは自分達と同じような依頼を頼みたい、ということだろう。だが知り合っても居ない人物に頼まなければならない事とは一体どういうことであろうか?

 それだけの強さが無ければ実行できない計画があったということだろうか?時折意地の悪い部分を見せたりするこの友人に少しの不満の気持ちを抱きながらも返事を返す。

 

「会ってみてどうするの?私達みたいに依頼するのかしら?」

「えぇ、それは…内容聞きたい?」

「勿論!」

 

 どうやら自分は除け者にされるわけじゃない。意外とあっさり、ラキュースは不満の気持ちも鞘に収めた。

 

 

 

 

「ほんっとうに突然なんだからラナーったら」

 

 ぶつくさと文句を呟きながらもモモンと名乗った彼の宿を目指す。予め昨日聞いておいてあるので場所は分かっていた。

 今の時間は丁度正午頃、お昼でも誘いながら話をしてみようか? そう思いながら歩く。

 誠実そうな人だったので彼に対する印象は悪くない。寧ろあのイビルアイの想い人なのだ、応援したい気持ち以外は他に無い。

 問題はイビルアイが彼の言葉に従って青の薔薇を離れるのかどうか、気になるのはそこだった。そこ等辺の問題も解決できないかどうか、あわせて聞いてみるのも悪くないだろう。

 最初文句を垂れていたラキュースはいつしか足取りも軽く進んでいった。

 

 彼の居る宿へ着き、部屋の場所をカウンタから聞いて部屋を目指す。

 宿屋の受付の男性が…というか周りがジロジロと見てきていたがラキュースは特に気にした風でもなく進む。

 元々見られるのは慣れていたからだ、それなりに容姿に自信のある女性なら誰だって経験する感覚なのである。

 実際には無名の全身鎧男の部屋にあの青の薔薇が()()と尋ねてきていることへの関心からなのだが、彼女は気付かない。

 その日この宿はその話題で持ちきりだったという。

 

 

 

 幾つか階を登って彼の部屋の前に着いた頃、中から絶叫が聞こえてきた。

 

「くっ殺せ!!」

 

 よく聞きなれた少女のくっころにラキュースが驚き目を見開く。

 

(え?イビルアイ!?何故そんな台詞を!?―――ってそれどころじゃないわ!)

 

 慌ててノックもせずに扉を開けてどうしたのかと叫びながら突入する。

 中に入ると何故かティアティナとガガーランが居た。

 

「おぉ!丁度面白いところ来たじゃねーかラキュース!」

「イビルアイの面白い過去発見」

「イビルアイにまさかの性癖発見」

 

 三人とも言いたい様にいっているがその横でイビルアイが地面に両腕を立て、見事な挫折のポーズをお披露目していた。

 愛する人に逢いに行っていたはずなのにどうしてこうなったのだろうか?目の前の小さく項垂れている少女を見ながらラキュースには理解が出来ず、困惑するだけであった。

 

 

 

 

 

 ラキュースがラナーとの茶会を行っている頃。

 イビルアイはモモンガが滞在している宿へと来ていた。

 

(どうしよう、ラキュースにおめかしして貰ったのはいいけれど。どう言って会おう?)

 

 昨日の答えについて保留にしたまま。なんとは無しに寝台の前に立っていたら勘違いしたと思わしきラキュースにおめかしされてしまったのだ。

 別に今日はモモンガの前に現れるつもりなんてなかったのだ。会えば当然答えについて求められるだろうから。

 とはいえラキュースがしてくれた事については感謝していたイビルアイは、折角なんだからと彼の宿へと来ていたのだ。

 

(…もし、今サトルの部屋に行けば二人きりだよな?…何かあったりしてしまったりするんじゃないのか?)

 

 男女が二人、密室に揃えば起こりうることをつい想像する。昨日の言葉は彼女にとって精神の動揺を引き起こす十分なものであったが彼女だって単純ではない。

 というか、冷静になって考えてみれば「どうせリグリットあたりの入れ知恵でしょ?」だ。はっきり言って、モモンガの言葉に従う理由は無い。

 

(大体、私はまだサトルの事を許しているわけではないのだからな!)

 

 そう、彼女はまだ振られた思いをまだ拗らせていた。まぁ200年も続いていた失恋の思いなのだ、いきなり一日で変化を受け入れるのは無理があるに決まっている。

 

 

 

 ともあれ、受付にモモンの場所を聞いて、宛がわれた部屋へと歩みを進める。何故か一歩一歩、抜き足差し足しているのは気のせいだ。部屋に近づけば近づくほど息が荒くなっているのも気のせいだ。

 カチコチとぎこちない歩き方をし、その容姿が少女でなければ部屋に泥棒にでも入ろうとしているのではないかという不審者待ったなしな姿だ。必要のないはずの呼吸をして「ゼヒュー、ゼヒュー」なんて息が漏れている。

 250年ものの処女は一杯一杯であった。

 

「ま、まさか入ったら押し倒されたりしないよな?しないよな!?」

 

 考えるのは昨日の態度が本当に自身への恋慕だった時、密室で為される行為に意識が向く。

 可能性は低いと言い聞かせても脳内が勝手にその方向性を考えずにはいられないのだ。彼女の脳みそはドンドンとヒートアップしていくばかりだった。

 言う必要もない言葉をぶつぶつと呟き、さっきからすれ違う人に見られていたが、気にしていなかった。というより意識が回っていなかった。

 だからか、彼女は気付かない。中から談笑のような声が聞こえていることに。

 気付かぬままに意を決してドアをノックし、そのまま返事も聞かずに入り込んだ。

 

「た、たのもー!!!?」

 

 頭に血が上がり過ぎた処女吸血鬼が何故か道場破りのような勢いで声をあげ、乗り込んでいく。

 あぁ、ひょっとして今日が散らす日なのだろうかそうかもしれない、いやそうだろう。なんて考えが頭を占めて、脇を締めゆっくりと歩いていく。

 実際のところモモンガにはそんな気は毛頭無いわけで、必要も無いのにお化粧を施されてしまったイビルアイはまだ気付かない。

 今から待っているのはそんな色恋沙汰ではなく、勘違いに頭を悩ませている…いや、(うつつ)をぬかしているイビルアイにとって地獄なのだと。

 まぁ、ぶっちゃけいうと。

 

「やっほー」

「処女が散らされにやってきた」

「おぅ!やっぱきたのかイビルアイ!」

 

 何故か青の薔薇のラキュースを除いた三人が居た。

 

 

 

 

「…お前らなにしてるんだ?」

 

 目の前に今居て欲しくないランキングNo1~2まで勢ぞろいだ。ちなみにティアティナが同率1位でガガーランが2位だ。

 何故居るのかと疑念の目を向けたところでモモンガが口を開く。

 

「おはようキーノ、来てくれたのか」

「…」

 

 いやに楽しげなモモンガの様子に眉根を顰める。なんでこいつ等と楽しそうに過ごしているんだ?

 色々する必要の無い覚悟をしてきていたイビルアイはついつい不機嫌になってしまう。

 約束なんてしていたわけではないので言えた義理ではないが、何故ここに別の女を連れてきているのか?いかんと思いつつもそう思ってしまうイビルアイ。割とメンドクサイ女であった。

 

「彼女達は私の過去について色々聞きたかったみたいでね、少しだけ昔話をしていたんだ」

「あぁ、なるほどな…」

 

 不機嫌な様子を隠さないまま、モモンガに返事を返す。すっと青の薔薇の面々に顔を移せば別に何時も通りの顔だ。過去話と言っても要らぬ事は喋ってないのだろうと納得し、渋々と彼女達の横に座った。

 

(散ることは無かったか…)

 

 なにが?とは言わない。彼女も言葉でしか聞いたことがないのでそれ以上は想像の世界のみなのである。

 

 

 

 モモンガは軽快に過去の話を語る、特に十三英雄との数々のエピソード。もっというとリーダーとの話には熱が入っていた。彼らが如何に仲が良かったのかをうかがわせる。

 そんな熱の入ったモモンガを見ているイビルアイも、楽しそうな彼の姿を見てどこかホッとしたような、慈しみを感じさせる表情をしていた。

 

「まるで趣味に熱中する旦那を子供だなぁと見ているかのような表情」

「!!っ具体的だなおい!そして誰が旦那だ!」

 

 ティナの抜け目の無い観察眼により仮面の下が微笑みで埋め尽くされているのがばれていた。というか全員にばれていた。

 

「いいんじゃねーの?旦那も楽しそうだし」

「面白い話、これはイビルアイが慈母の様相を見せても仕方ない」

 

 誰が慈母だとツッコミたかったが、夫婦扱いされて悪い気はしないイビルアイは舞い上がってフフンとかいいながらモモンガが喋るがままにしていた。

 さっきまで拗らせていたのに、彼女はちょろかった。

 だがそれが悪かったのだ。ツアーとの喧嘩とか、他愛の無い話が多かったせいもあるだろうが、彼女は油断していた。話はミノタウロスの国に移った頃になる。

 

「あの時は確か”口だけの賢者”がミノタウロスの国を大きく変えた時代だったかな?十三英雄の面々はその国に出現した魔神を倒すために、異形種オンリーのチームを結成していたんだ」

「あぁ、懐かしいな…」

 

 そこに反応するのがいけなかった。イビルアイが反応するということはつまり関わりがあるわけで、当然仲間は疑問に思い尋ねた。

 

「その時イビルアイはどうしていたの?」

「キーノかい?うーんと…あぁ」

 

 未だフフンと鼻を高く掲げて話を聞いていたイビルアイは反応するのが遅れたのだ。彼が今から何を言おうとしているのか気付くのが遅れたのだ。

 

「そういや、奴隷になろうとしていたなぁ」

「ぐっふぉぁ!!!!」

 

 その一言で過去の自分の()()()()を思い出す。仲間にも知られたくなかったいわゆる黒歴史。その中でも色々とやばかったレベルのものだったことを思い出す。

 

「ちょ、まっまて―――」

「あの時は確かキーノが手枷と足枷を持ってきて―――」

 

 ―――ミノタウロスの国に現れた魔神を討伐するために十三英雄のメンバーの中から異形のメンバーが選抜された。

 今回のメンバーは強さから言っても対魔神戦で不安が残る状態だった。その為、十三英雄の枠組みからは外れていたはずのモモンガに白羽の矢が立ったのだ。

 リーダーに協力を仰がれ、当時仲の良かったモモンガは協力を了承し、ミノタウロスの国へ行くこととなる。

 その時イビルアイは見た目が人間そのままに近い容姿だったため、置いていく話になっていたのだ。

 それを嫌がったイビルアイがモモンガに「自分を奴隷という扱いにしてくれ!」と切り出したのである。勿論モモンガは渋った。

 だが何故か興奮したようにひたすら「サトルの奴隷に!!」とか言い続けるイビルアイに押され、最後には了承することになったのだ。

 そして次の日から本当に奴隷の格好をして手枷も足枷もつけて歩いて回る彼女の姿が多数に見られ、モモンガはあらぬ疑いをリーダーにまで掛けられた、というのが話の内容だった。

 「何してもいいんだぞ?」とか言っていたのも誤解を増やした原因であろう。「据え膳だぞー、据え膳だよ?」とか言っていたのもそうであろう。あと、わざと立ち止まって手綱を握るモモンガに引っ張られて「あんっ」なんていいながら倒れてわざと服を肌蹴させて見せたのも誤解の原因であろう。当然だが、その後十三英雄の面々からは「っこのペド!」という罵倒を浴びせられた。

 辛い記憶に思えるが、リーダーとの数限りのあるエピソードでもある。

 そこが彼にとっては大切で、大事な思い出だったのだ。そこ等辺まできっちり綺麗に解説してくれたモモンガによって、イビルアイの精神は崩壊へと向かっていた。

 自業自得である。

 

 

 

 

 モモンガが語り終えた頃、丁度お昼時に近い頃。

 金髪幼女が見事地面に突っ伏し、くっころのポーズをとっていた。勿論仲間はそれを笑顔で見ていた、笑いを堪えるので必死なのが分かる。というか仲間の顔は見たくなかった、イビルアイは地面を見るしかなかった。

 

「まさかの性癖、私ならもっと良いプレイができる」

「誰がするか!あと性癖じゃない!性癖じゃないからな!!」

 

 真っ先にティアがからかい始める。その時限りの一時的な関係であると主張するも、それはそれで何か卑猥な言葉だろう。相手のニヤケ顔を取り除くことは出来ていない。

 

「奴隷になって何してもらうつもりだったんだぁ?おねいさんわっかんねぇなぁ?」

 

 笑顔でガガーランが質問してくる、というかその容姿でおねいさんはないだろう。

 

「遊ばれた?物のように犯されて捨てられた?」

「されとらんし捨てられてな…」

 

 反論しようといいかけて、200年前の別れの日の見放され方を思い出してシューンとなる。捨てられては居ないのだが、自身に燻る恋心が似た様なものだと言い放ち気が沈む。その姿を見て全員がモモンガの顔を見る。

 

「え?な、なんですか?」

 

 何故か責められるような視線を受けて焦り始める。語り終えた当たりで合流したラキュースにも何故か半眼で見られて更に焦る。

 「この中では常識人だ!」というのがモモンガの感想だったのでその常識人に睨まれて焦りはMAXであった。今の会話の流れで考えると犯るだけ犯られて捨てられたようにも聞こえるので、女性人の視線が鋭くなるのは当然なのである。

 そこに思い至って慌てて否定の言葉を上げる。

 

「捨ててませんから!!捨ててませんよ!!?」

「ならイビルアイのこの様子は何?」

 

 ティナから意外にキツ目の声で返され、こういうときの男の扱いの悪さを理解する。「膣に出したのか?膣に?」とか言ってきているが、もうちょっと隠すべきだろう。仮にも妙齢の女性なのだから。

 

「出してませんから!出してないししてもいませんから!…っていうか恥ずかしがって!」

「じゃあ顔か?顔にぶっかけたのか?」

「具体的過ぎる!具体的過ぎますから!ハズカシイでしょ!!」

 

 

 ティナの堂々としすぎる追及に焦ってそう応える。

 何故かは知らないがいつの間にか自分は強姦魔扱いされてるのだと気付いたモモンガは必死であった。というか男なら誰だって必死に誤解を解くだろう。

 

「じゃあ捨てたのはどうして?」

「だから捨ててませんから!」

 

 さっきから責めたてられて必死である。精神の沈静化が必死に仕事をしているが追いつかないほどだ。

 女性陣は普段はイビルアイをからかって楽しんではいるが、基本的にイビルアイの事が大好きである。

 ティアは性的に好きである。

 そんなイビルアイが犯られて捨てられたのだとしたらそれは青の薔薇にとっては許せない事なのである。つまりはギルティ。性犯罪者には死の断罪をくれてやる。今彼に向けられる視線は犯罪者を断罪する裁判官のそれである。

 勿論モモンガはそんなことはしていない、というか本来の姿であればナニも付いていない状態なのでやりようもないのである。だが漆黒の鎧に身を包んでいる状態なので、人型だと思われる彼の姿は彼女達に勘違いをさせていた。

 

「じゃあ後ろか?後ろがええのんか?」

「後ろって!無理です!ていうか恥ずかしいからやめて!」

 

 

 

 

 誤解を解くのに軽く一時間以上は費やしていたような気がする。その後もひたすら「パンパンしたんか?」とか「ヒギィ!とかいわせたんやろ?」とか質問攻めである。この数日間で一番精神が磨耗したと言っていいだろう。何度精神の沈静化が起こったかわからなかった程である。百は越えただろうか?

 なんとか騒動が落ち着いたのち、ラキュースに夜の都合の事を聞かれて勘違いしたイビルアイが夜のお誘いと勘違いし、また一悶着起こるのだが割愛しておこう。

 

「ラナーが今夜にもお忍びで会いたいと言っているのですが」

「な、なんだ。そういうことか…」

 

 あまりにも早とちりしすぎたことを恥じたイビルアイは椅子に深く座りなおし、小さくなって黙ってしまった。

 

「それにしてもお姫さんも変わりもんだよな、伝説上の人物とはいえ、相手は恐らく人外なんだぜ?」

 

 イビルアイの保護者とも名乗った彼は恐らく人の範疇から外れているだろう。そう彼女達は睨んでいた。

 別にそれについて今更どうこう思うことは無い。イビルアイだって所謂異形なのだから。

 その人外を目の前に堂々と発言するガガーランの図太さに呆れながら、ラキュースは言い方を嗜めた。

 

「ちょっとガガーラン、御本人を前に失礼じゃないの?ごめんなさいモモンさん…」

「い、いえ。別に気にしてませんので…」

「それで、ラナーとは会っていただけますか?」

 

 可愛らしく首をかしげながら尋ねる。 美人はやはり美人であり、何をしても美しく見える。

 だが、さっきまで女性人にやっかみされていたモモンガは既に心が磨り減っていた。王女様でもなんでも会ってあげるから、今は兎に角帰って欲しかったのである。

 普段なら王女と密会などとびっくりして即座に拒否していただろうが、気の緩みまくったモモンガは頷いてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 そしてそれが一連の事件の発端へとなっていくことを彼らはまだ知らない。



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カルネ村へ

 モモンガはラナー王女と夜の密会をすることになり、ロ・レンテ城の城壁のある一箇所で一人静かに待っていた。

 正確に言うと城壁のすぐ傍に渡っている堀、その堀の上に小さな石橋がかかっており、そのすぐ下に居た。壁に背を預けながら主賓の到着を待つ。

 

(お姫様と会うことになっちゃったけど、どういう態度で話しをすればいいんだろう…?)

 

 あの時追い返したい一心でラキュースに適当な返事をしてしまったのが後悔の始まりだ。

 既に心身の憔悴が見られるモモンガは「兎に角早く帰りたいよ、ツアー」という気持ちだけしかなかった。日も沈みきり、暗闇の中でただ深々と相手の到着を待ち続ける。

 …と、そこで壁であるはずの背後から気配と声がした。

 

「お待たせいたしました、モモン様でよろしいですよね?」

「うぉ!?―――と、そこから来るんですか」

 

 表から登場するのかと思っていたモモンガ、まさか壁の中に隠し通路があって、その覗き窓のような部分から話しかけられるとは思っても居なかった。

 ラナーが居るその通路は王城の中でも王族と極わずかな護衛のものしか知らない城下町へ脱出するための地下通路であった。

 

「あら?驚かれましたか?歴戦の猛者の方だと伺っていたので、この程度では動揺なさらないかと思いましたが…」

「…別に戦うと想定していなければ、心構えもしませんので。王女様相手に警戒するのもどうかと思うので」

 

 何故だかからかわれている気分になりながらそう返す。一言交わしただけだが、苦手なタイプだとモモンガはそう思った。そして更に早く帰りたいと思った。

 

「して?私に会って話がしてみたいとは聞いておりましたが?」

「えぇ、突然ご無理を言って申し訳ありません。どうしても早くにお話がしたいと思いまして」

「私に出来る話なんて、十三英雄時代のことぐらいですよ?」

 

 本当のことである。モモンガはリーダーの死後、百年以上じっと墓守をしていたのでリーダーが生きていた時代までしか語れることはないのだ。

 どうしてそんなにがっついて自分と話がしてみたいと思ったのかは分からないが、疲れていたモモンガはさっさと話せることを話して帰りたいと思うばかりだった。

 

「実は…悩みがあるんです」

「はぁ?」

 

 お姫様の悩み?あるいは少女特有の…そう、恋の悩みとかとでも言うのだろうか?

 王城の中でばかり暮らしている王女様が持ちそうな悩みとはそのぐらいのものしか浮かばない。もしそうならそれこそラキュースと話してくれとモモンガは考えていた。

 

「ある方を助けて頂きたくて…そしてそれは私、いいえ―――この国の民をも救うことに繋がります」

 

 

 

 

 

 

(苦手なタイプだったが、あの王女さんは中々民への思いやりのある子だったなぁ)

 

 モモンガはふと彼女との会話を思い返し、そう彼女の人柄を思いやる。一国の王女様の言葉に従って行動するのに躊躇する部分はあったが、彼女の話を聞いている内にあることを思い出していた。

 

(懐かしいなぁ、リーダーとの約束)

 

 それは何時だったか、もう正確な時間も思い浮かばないほど昔のことだ。

 

「モモンガさん、一つ頼みごといいですか?」

「ん?どうしたんですかリーダー?」

 

 そこはアーグランド評議国にある小さな酒場だった。

 活気ある酒場の中、荒くれ者が集まる姿が似合うと言っていいような作りの居酒屋だ。そこでリーダーはお酒を頂き、その頬を赤らめながらモモンガに向かってその内容を話す。

 

「人間を、お願いしてもいいですか?」

「―――それは、どういう」

 

 モモンガが疑問の言葉を投げかけるのも尤もだろう。何故この場でそんな台詞を?

 

「いやいや、そんな真剣な話じゃないですよ?ただ単にこの世界の人間ってほら、弱者じゃないですか」

「あぁー、うん、そうですよね…」

 

 そう、この世界の人間は決して強くない。それどころか弱者そのものなのだ。

 モモンガ達が暮らしていた世界だって人間は限りある土地でしか生きてはいけなかったが、この世界とは理由が全然違う。圧倒的な力を持つその他の種族―――亜人や異形種の国家―――の方が圧倒的に力を持っていたのだ。

 ユグドラシルの外、彼らの”リアル”の世界では人間しか生きていけなかったと言っても過言ではなかったのだから、この世界とは理由が違うだろう。

 種族的に弱者であることは決して覆せない。どうしようと人間の未来は細々としたものなのだ。だがそれを許して良いものなのか?リーダーである彼は悩んだのだろう、そしてモモンガに託したのであろう。

 

「別に死亡フラグとかじゃないですよ?単に寿命がある種と無い種の約束ってだけですよ」

「…リーダー」

「ははっ!あの非公式ラスボスと恐れられたモモンガさんもそんな表情するんですね!」

 

 ケラケラと笑うリーダー。その顔は本当に楽しそうで、酒で火照った頬が赤くなりながら彼らしい優しい笑みをこぼす。

 

「…骨なんだから、表情分からないでしょ!リーダーも冗談好きですね」

「分かりますよ?モモンガさんって結構正直な人なんだなぁって思います」

「なっ!?」

 

 「ひぁぁ!?」とか言いながら頬を押さえる骨。傍から見てれば滑稽な風景だが、彼ら十三英雄の中でそれを馬鹿にするものはいない。そうして彼らは友情を築いていったのだ。

 そんな彼らの未来も、リーダーの死によって変わってしまったのだけれども。

 ともあれ、モモンガは過去の事を思い出し、懐かしい気分に浸りながらリーダーとの約束を叶えてあげよう。そう思ったのだ。

 

「あぁ、リーダー…寂しいよ。また会いたいなぁ…」

 

 誰よりも仲良くなった彼の事を思い出し、そして失われた今に悲しみの感情を灯す。

 夜の王都を歩く漆黒の剣士、屈強な戦士に見える彼。けれどもその本当の中身は悲しく、優しい心を持った骸。そんな彼はただ一人、暗い路地を歩く。

 

 

 

 

 ラナーから聞かされた話はこの国の未来に関することであった。

 それは少女が語る夢物語なんて甘いものではなく、普通に国家国民の一大事であった。先のリーダーとの約束を思い出したのもあり、彼は少しばかり手伝うことを決めた。

 それに思うところもあった。国の崩壊、そして国民の生活の破綻は人を愛することを止められない優しい吸血姫が悲しむことは想像に難くは無かった。

 強く生きようとする者を救おうとする持論を持つイビルアイであるが、だからと言って無用に弱者を傷つけたいわけでもない。そんなイビルアイが仲間と共に王国の国民の為に動き続けるのは想像に難しいものではない。

 そして崩壊に向かいつつあるこの国と共に果ててしまう可能性をラナーは語ったのだ。

 割と強いイビルアイでも、弱点はある。まずもって仲間の情に弱いのだ、ラキュースがこの国と共に果てると言えば一緒に付き合うだろう。

 モモンガにとってイビルアイは、この世界で最初に出会った貴重な存在であり、自分の事をパパと呼んでくれたこともある少女なのだ。そう、きっとそうなのだ。それ以外に意味なんて無い、きっと無いのだ。

 そしてこの世界でも唯一彼女しか吸血姫(ヴァンパイアプリンセス)は存在しない、レア物である。コレクターとしても失いたくは無かったのだ。きっとそうに違いない。

 そんなイビルアイがモモンガの元へ帰る様、協力するとラナーは約束したのだ。協力者(スポンサー)が付くというのは悪くない、そう判断した。

 

 勿論、これはラナーの嘘である。国が滅びるというのは事実だが、イビルアイは元よりラキュースも国の為に動いているわけではない。

 国民の為に戦うことはあるかもしれないが国と共に果てる気は毛頭無いのだが、付き合いの短い彼女のことをそこまで理解も出来なかった。

 嘘をつくにはまず少しの真実を混ぜることから始まる。ラナーの嘘は捉え方を変えれば全然嘘ではないのであるからして、いやらしかった。

 

 というわけで目下、ラナーの話を聞き入れモモンガはトブの大森林へと向かっていた。そう、何故か蒼の薔薇も一緒に。

 

 

 

 

 

「まさかラナーの依頼が森の中にある秘薬の探索だとはね」

 

 ラキュースが愚痴のように呟く。

 

「秘薬があるのは裏が取れてる。激レア」

「でもこのタイミングで王都を離れる依頼は変、裏がある」

「そうよね、そう思うわよね…」

 

 忍者二人の発言にもラキュースはうんうんと頷いていた。

 確かにそうだろう。八本指との抗争を控えている現状、王都を出ればこれ幸いとばかりに色々工作されてしまう危険もあるのだ。それを態々外に出すような依頼を仕向けるということは何か裏があるのである。

 ただそれをラキュースは追及しなかった。要はその”口に出せない”部分が本命であり、それを隠すための薬草探しなのだろう。というのが目下のところの推察だ。

 我が友人ながら若干腹立たしい部分があるが、モモンガ曰く「人助けの部類」だそうなので、黙って一緒に行くことにしたのだ。

 

 形式上は蒼の薔薇がモモンガに雇われたことにしてある。あくまでも冒険者として依頼人に言われて秘薬を探し出すことを目的として行動するのだ。

 現地に行ったときに何が待っているかは知らないが、そこに何かあればそれはラナーが予測したものなのだろう。彼女達は受けると決めた以上、行動に移す以外に他は無かった。

 

 ラキュースはチロリ、と横を見る。

 

 

 

 

 

 ―――どうも皆さん、死の支配者(オーバーロード)ですが、馬車の中の空気が最悪です。

 

「ちょっと、キ…イ、イビルアイさん?」

「フンッ。黙れ、私は怒っているんだぞ?」

 

 カルネ村という開拓地へ向かう為、移送用の荷馬車を買い付けた一行。その荷馬車の幌の中、モモンガの隣に座るイビルアイは機嫌が悪かった。先日の出来事もあり、モモンガに向ける意識は苛立ちのみだ。

 腕を組み、ふんぞり返りながら隣のモモンガの脛に蹴りを繰り出す。上位物理無効化Ⅲのスキルを持つモモンガにとって痛くはない攻撃。けれどイビルアイに脛を延々蹴られるというのはわりかし精神的なダメージを喰らっていた。

 

「ちょ、ちょっと?痛いですよイビルアイさん…」

「お前が悪い」

「えぇ!?」

 

 そんなご無体な!と言わんばかりの反応を返すモモンガ。そして蹴りながらもグイグイと身体を押し付けて離れようとしないイビルアイ。そんな彼女にたじろぎどんどんと横にずれるモモンガ。イビルアイの逆側に座っていたラキュースが押し出される。彼女の体は既に幌に半分以上埋まっていた。

 

「あ、あの?かなり狭いのですが」

「あぁ!すみません!!すみません!!」

 

 先日の勘違い事件もあり、モモンガは女性に対する恐怖症を発症しつつあった。常識人と思っているラキュースにまで鋭い視線で睨まれ、覚えのない罪を着せられそうになったのだ。彼女達に対する態度は「どうかいじめないでください」といった感じか。とにかく、押しに弱くなっていた。

 

「奴隷幼女の反乱」

「誰が奴隷幼女だ!私は奴隷でも幼女でもないぞ!」

 

 忍者の軽口にそういいながらもゲシ!ゲシ!と蹴りは続く、そして然も当然という形で行っているので、モモンガが困り果てているのには気付いていない。

 

(お願いだから!!!!!身体密着してるんです!!!!ラキュースさんにも密着してますから!!!)

 

 さっきから自分の腰や膝に柔らかい身体を押し付けまくっているイビルアイにツッコミの念を抱く。念は届いてないが。そう、体の小さいイビルアイでは密着しなければ蹴りすら届かないのだ。ちっこい。

 

 そんな彼女達と一緒に行動しているのは、ラナーがそう依頼したからなのと土地勘が無いからである。そうでもなければ一人で行っていただろう。

 だが面白いものはいじり倒せが基本の蒼の薔薇。一行は目的地に着くまでの数日間、ずっとこんな調子で過ごしていたのだった。

 

「見えてきたみたいよ?」

「やっとか…やっとか…!」

 

 憔悴しきったモモンガが解放される喜びのあまり小さくガッツポーズを決める。最早一瞬たりとも馬車の中には居たくなかったので早く着いてくれることを祈るのみである。

 「ヘッ!モテモテだな兄さんよ」とか御者のオジサンに言われたがそう見えるのだろうか?モモンガにとっては苦痛でしかない時間だった。

 

 

「さて、ここが例のトブの大森林近くの―――」

「カルネ村って所らしいぜ?あんまりここいらに出入りすること無かったからこんな村があったなんて知らなかったぜ」

 

 ガガーランが言うとおり、ラキュースたち蒼の薔薇は余りこの辺に来た事はない。カッツェ平野でアンデッド討伐などの任務はしたことがあるがこの辺では少なくとも依頼は無かったはずであり、彼女達も実質土地勘は無かった。

 

(あれ?土地勘当てにしたのは間違いだったのか?)

 

 モモンガが今になって気付いたが今更である。

 

 

 

 

 そうして彼らはカルネ村に身を置くことになる。翌日に起こる事件を前に、彼らはカルネ村での一日を過ごすのだ。

 

 

 

 

「ふむ、ではこの森の探索の為に数日間滞在なさると?」

「えぇそうです。この村に宿があるのでしたらそこで泊まらせて頂ければと」

 

 ラキュースが村長と名乗り出た人物を相手に会話を続ける。宿はこの村には無いそうだが、客人をもてなす用の小さな空き家なら用意されているらしい。その家を数日間の間拠点として借り受けることになった。

 

 雇っていた馬車は引き返していき、移動手段は自分の足のみとなった。帰るときは徒歩だが、歩きで一日かければエ・ランテルという城塞都市があるのでそうそう困るものでもなかった。

 村はさほど大きくはなく、楽しげに子供達が走り回っている長閑な田舎の村落、という以外の印象を得るものではなかった。せいぜい柵の一つも無く害獣やモンスターの被害はないのだろうか?と思うくらいだろうか。

 モモンガ達一行はさっさと荷物を借り受けた家に移し、休息を取る。

 

「はぁ~、流石に数日間移動だけだと疲れるぜー」

「道中特に何も起こらなかったのは良いことだ、普段なら賊かモンスターの襲撃はあるからな」

 

 死者(アンデッド)であるイビルアイは平然としていたが、他のメンバーは流石に辛そうだった。慣れているとはいえ一日中馬車の中は疲れるものなのだろう。

 既に昼を過ぎて長いので森の中の調査は明日にし、今日は森の入り口近辺の様子を見るだけにしようとなった。村長から村の案内役として宛がわれていたエンリという少女に森の話を聞きながら色々な情報を教えてもらう。

 

「この森には森の賢王と呼ばれるモンスターがいまして、非常に強力なモンスターなんです」

「そんなモンスターが居てここは大丈夫なのか?」

 

 当然の疑問。だが少女はニッコリと笑みを返し、「大丈夫ですよ」と返事をし、解説し―――ようとしたところ。

 

「あぁ!!うちの息子が!!冒険者に攫われたぞ!!」

「アァ!!ティナなのね!!モモンガさん!そっちはお願いします!!!」

「わ、わかりました!!」

 

 遠くから聞こえる叫び声に慣れた対応をするラキュース。というか犯人分かってます状態だ。そう身内だ。

 異論も無くショタを抑えるべく走り出すモモンガ。この村の少年少女を守らねば!そういう気持ちで走り出す。

 にこやかに対応するエンリを見る。あぁ純粋さが眩しい、モモンガにとっては蒼の薔薇に囲まれて色々苦悶してる最中なのでこの少女に好感を覚えずには居られなかった。何せ横を見れば今にもこのエンリという少女を食べようと獣の目をしたレズがいるのだから。そしてそれを止めようと常識人(?)二人は必死である。

 せめてこの眩しいほど一般人な少女には一般人のままで居てもらいたい。血濡れのなんたらとかにはなって欲しくないのである。

 こうしてモモンガがショタコンを止めるべく立ち去り、この森に居る賢王なる存在の重要性は、聞き逃されてしまった。

 

「その賢王がこの村の近くにいるから―――」

「えぇ…そう、なるほどそうなんですね!教えてくれてありがとうございます!今日はもう大丈夫なので自由にしててください!」

「え?あ、はい」 

 

 解説をしていた少女が何故焦っているのかと疑問の顔を浮かべるが、分かりましたと短く答え、エンリは立ち去っていった。

 

「チッ、逃したか」

「チッ、じゃない。ちょっとは節操を持て変態」

 

 イビルアイが的確なツッコミを入れてくれる。だがさっきまで馬車で身体を押し付けまくっていた痴女がいえた言葉だろうか?

 

「ちょ!なんですか何故引っ張るんですか!?」

「おめぇ童貞だろ?大丈夫、天井のシミ数えてる間に終わっからよ」

「あぁ!すみません!うちのバカ達が!!!」

 

 コイツもか、このメンバーにはまともなヤツはいないのだろうか?平時の行動が自由奔放すぎる仲間達に振り回される。そうして夜まで、モモンガとラキュースは休むことなく対応し続けていた。もう何か連帯感まで出てきちゃうほどに。

 

 

 

 

 

「…よし、これで明日も大丈夫だろう」

「…サトル?何してるんだ?」

 

 カルネ村で過ごす夜の中、二人は眠ることも出来ない身体なので外に出ていた。もっというとカルネ村の近くにあるトブの大森林の中だ。

 

「キ…イビルアイか」

「…ここなら盗み聞きするヤツも居ないだろう、本名でもいいんだぞ?」

「あぁ、いや念には念をね?」

 

 「マジメだな」そう返す一言だけで会話は途切れた。目の前に出現した存在に視線が移り、言葉を発するのをとめてしまったのだ。

 

「…死の騎士(デスナイト)か、懐かしいな」

「あぁ、久々に作ったよ。モンスターの死骸を使ったから消えることは無い、これで夜も見張りは必要ないぞ」

 

 ラナーから聞かされている話では襲撃は必ずある、という話だ。唯一詳細を聞かされているモモンガはいつでも襲撃に対応できるよう、守りにピッタリのデスナイトを召喚した。

 

「グオォォ!」

 

 召喚された喜びに(御身の前に!)と意識を飛ばして跪くデスナイト。

 

「コラコラ、あんまり声だしちゃダメだぞ」

「グォッ…」

 

 (申し訳ありません、主よ!)と言う心の感情がデスナイトから伝わってくる。召喚されたモンスターは召喚主の命令に絶対だ。そして知性があるモンスターなら意思の疎通も可能である。グォ!グォ!となるべく小さく呟きながらモモンガの命令に頷いている。

 

「そういえば、ペコは元気にしているのか?」

「あぁ、今は評議国の首都の門番をやっているよ」

 

 ”ペコ”と名づけられたデスナイトは今アーグランドで生活をしている。

 かつてリーダーのレベリングを一緒に行っていたとき召喚したモンスターだ。まだまだ弱っちい頃のリーダーの盾役としては適任だったので、よく付けさせていたのだ。

 何ヶ月も一緒に行動しているうちに愛着が湧いたリーダーから「消さないでくれます?」の一言で今も生きている。名前はリーダーが飼っていたという猫から取られた。

 勿論、イビルアイも一緒に行動していたことがある。モモンガ達プレイヤーの言う”れべりんぐ”なる自己強化儀式に参加したり、一緒に”やきう”なる運動をしたこともあるのだ。

 バッターデスナイト、ピッチャーモモンガ。キャッチャーは居ない、この連中の投げる球を受け止められる奴なんていないのだ。そして球も凶悪である。デスナイトには小さすぎるということで普通のボールではなく顔ほどもある岩を削りだして丸めた球を使っているのだ。

 そうして作り出した球でモモンガ渾身の一投を放ち、主に応えるべくデスナイトもフランベルジュで豪快に打ち出す。

 

「グォォォォ!」

 

 バコオォォォン!という鈍い音と共に球がベキベキと崩れながら飛んでいく。近くで空中散歩を楽しんでいた白金(プラチナム)の鎧にぶち当たり、「ンアァァァァ…!」とかいう声と共に墜落していく白金。鎧が砕け、ツアーの正体がばれてしまったのもそれはそれ。その後散々叱られた。

 

「ちょっとは反省してる?ねぇ撃っちゃうよ?始原の魔法(ワイルドマジック)撃っちゃうよ?」

 

 ポンポンと剣を肩に叩きつけながら左手で指差し、始原の魔法(ワイルドマジック)の準備を始める白金。完全にこちらが悪いので平身低頭するしかなかった。皆で揃って土下座する。死の支配者(オーバーロード)が聞いて呆れる光景であった。

 

 

 

 

 

「ほんと、懐かしいな」

「あぁ、そうだね。まさかホントに始原の魔法(ワイルドマジック)撃たれるとは思わなかったけれど」

「サトル限定でだったけどな…寿命が縮んだぞ、アレは」

 

 寿命なんて無いけれど、というツッコミも程ほどに、二人は過去の話に話題を寄せ。そうしてこの夜は過ぎていった。少し距離は感じるけれど、二人の時間を楽しんでいる姿を見たデスナイトが「グォッ!」と短く唸り声を上げていた。




リーダーとの思い出振り返り回。
ペコは今日もアーグランドの首都で、「グォッ!」と皆に挨拶を交わしています。


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依頼の真実

 王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフ。

 

 近隣国家最強といわれる戦士、そんな彼は今、王国南方にある村々を訪れていた。―――いや、()()()()()()というのが正しいだろう。

 彼が訪れる先々の村は既に焼き討ちにあい、黒く焦げた死体と切り刻まれた死体の山が積み重なっていた。いくつもの村をめぐっては同じことの繰り返し、道徳心の高い彼は既に深いシワを眉間に刻み、強い意志でもってこの非道に制裁をと決めていた。

 

 

 

 

「戦士長、どうやら次の村が見えるようです!煙、上がっています!!」

「クソ、やはり間に合わなかったのか!!?」

 

 副長から上がる報告に苛立ちを隠せない。先ほどから無理をして飛ばしている馬が息を切らし始めている、限界も近い。だが止まる訳にはいかなかった。なんとしてもこの蛮行を止め、村人達が味わった苦しみを連中に仕返えさなければならない。そんな憤怒の感情と共に部下を引き連れ、彼は戦場へと向かっていく。

 

「いえっ!!今現在戦闘中のようです!!」

「なんと!?村人達が抵抗しているのか!!」

 

 この近辺はトブの大森林の恩恵を受けている村が多い。すぐ近くの森に強力なモンスターが居るおかげで賊が住まないからだ。だからこそ、村は戦力を保持していないところがほとんどだった。それこそ防衛用の柵すら作らないほどに。

 そんな村の状況で帝国兵と思しき連中と戦えるのだろうか?ガゼフがそう疑問を抱くのは当然だ。

 

「あれはっ…冒険者かなにかでしょうか!複数の者が帝国兵に反抗しているのが見えます!」

「なんとっ、では我々も急ぎ応援に駆けつけるぞ!!」

「はいっ!」

 

 ここに来るまでの途中、これは罠だと進言し、戻るよう促してきた副長も生き残りの可能性が見えれば目の色は変わっていた。ようやく追いついたのだ、あの帝国兵共をなぎ倒し、少しでも多くの村人を護る。

 国の兵士として当然の責務を果たすべく、王国戦士団は鞘から剣を抜いて戦場へと駆けていった。

 

 

 

 

 

「うおらぁ!!!!」

「ギャァッ!!」

 

 ガガーランの刺突戦槌が相手の兜を叩き割る。英雄級と称される彼女相手に、この帝国兵の姿をした連中で敵う存在は居なかった。

 

「な、何故だ…何故こんな冒険者がここに!!?」

 

 帝国兵の隊長格と思しき男が喚き叫ぶ。ただ冒険者が居ても雑魚なら部下が勝手に殺してくれる、そう思っていたのだ。だというのに目の前の男女は次々と部下を叩き潰して行く。

 

「強敵というほどではない」

「統率とれてない?隊長は何してる」

「ティア、ティナ。相手は数だけは多いわ。油断しないで」

 

 忍者の二人がクナイを投げ、驚くことに重装備の帝国兵の兜のスリットを刺し貫き絶命させる。更にはラキュースが装備しているフローティングソードが次々と兵士達に飛来し、一撃のもとに身体を刺し貫かれて絶命していく。開戦した瞬間から既に敗北の色は濃かったのだ。

 隊長格と思わしき男はアワアワと口をかち鳴らし、腰が引けて膝も震えている。

 

「口だけの隊長、これぞまさに無能」

「ヒッ!ヒィィィィ!!!」

 

 男が背を見せて逃げ出そうとし始めたが、何の力も技術もない無能は影から現れたティナに顎から脳天までを短剣で刺し貫かれて死んだ。

 

 

 

 

 相手の数は三十といったところか、それ程の数を相手にしても蒼の薔薇は連携を取り、見事に敵を打ち倒していった。判断の早かった兵士数名だけは取り逃したが、深追いする必要も無いだろうと見逃し、攻撃を仕掛けてくる連中だけを見事に潰しきったのだ。

 

「なんだ、全然大したこと無かったな連中?」

 

 武技も使うことすら無かったことに呆れの感情を抱くガガーラン。

 

「これがあの黄金の狙い?それにしては簡単すぎる」

「そうね、村の人を救えたのは良かったけれど…」

 

 ラナーが態々自分達を差し向けるにしては村一つを救うという目的だったとは思えないのだ。勿論村が助かったのは良かったと思っている。ただ別の目的があるのでは?という疑念が出てきているのだ。モモンガを必要とするほどの相手とは思えないのだから当然だろう。

 その疑念を晴らすため、別行動を取っているイビルアイやモモンガと合流するべきか…彼女は悩む、二人揃って別行動を始めたのだ。あの二人の邪魔をしていいのか?200年ぶりの恋を再発させているだろうイビルアイを邪魔して良いものか。まだ戦闘が終わったばかりなのに少しばかり色めいた方向へ考えを走らせている当たり、彼女も常識人ではないのである。少なくともモモンガが思うほどには常識人ではないのである。

 

 

 

 

 

 

「サ―――モモン、来たみたいだぞ?」

「あぁ、やっぱり法国の連中なのね…」

 

 <完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>をイビルアイにもかけてやり、<飛行(フライ)>で二人して空から眺める。カルネ村のほうを見れば既に決着はついており、余裕で勝てたようだ。万が一の為にこそっと死の騎士(デスナイト)を森の中に配置してはいたが、その必要も無かったようだ。

 そしてモモンガが懸念していた通り、相手はやっぱり法国だった。目下に普通に法国の格好をした連中が伏せていた。恐らく帝国兵と思しき連中も法国の偽装だろう、モモンガは既にそこまでは当たりをつけていた。

 

「あぁ、なんで俺はこんな依頼を受けちゃったんだろうなぁー」

「…ラナー王女からの依頼なんだよな?どういった内容だったんだ?」

 

 受けるんじゃなかったーとかぶつくさ言うモモンガに疑問の声をかけるのも当然だろう。あの箱庭の中に居るお姫様がしてきた依頼だ、頭は良いだけにきっちり考えた依頼だろうが、どういった裏があるのかは気になる。

 

「いやまぁ、ある特定の人物を救ってくれっていう依頼なんだけどね」

 

 受けてあげたはいいが、帝国兵が襲ってきた段階で何かおかしいなと思ったのだ。そして単独で行動しようとしたところ、イビルアイはピッタリと離れずついてきた。仲間はいいのと尋ねたら「あれは楽勝だ」の一言である。

 それに迎えに来た手前、別に来なくていいと断るのも悪く思えたので一緒に行動していたのだ。

 

「ふむ…それはあの今地平を走っている連中のことか?」

「うん?どこどこ?」

 

 顔を向けて場所を示したつもりだが、仮面を被っているイビルアイの視線の先は分かりにくい。ぱっと見では気付かなかったから彼女の近くに寄って視線の先を追おうとする。ついでにちょっと肩を掴む、別に他意は無い。単に無意識である。

 

「っ!?」

「どこだ?キ…イビルアイ」

 

意識もしていないモモンガは何処吹く風である。

 

「あ、あそこ…だ」

「ふぇ?あぁ、あそこか…」

 

 イビルアイが腕を上げ指差した方向を見てようやく気がつく。ついでに言うと、腕の向きに視線を合わせるためにイビルアイの肩口にまで顔を落とし、顔の横に近づける。そんな無意識な彼の行動に「ひぇっ」とか情けない言葉を発するロリ吸血鬼が居た。

 

 

 

 

「おー戦ってる戦ってる。やるなぁあの剣士さん」

「あれはガゼフ・ストロノーフだな。王国一の剣の使い手だ」

「へぇー」

 

 上からガゼフと呼ばれた男を見る。剣技も然ることながら武技の数々は中々のものである。ガガーランも結構使えるらしいが彼程研ぎ澄まされてるのかどうかは微妙なところだ。聞けば既にガゼフに負けているらしいし。

 

「あぁ、でも負けちゃうなこれー」

「うん、無理だろうね…」

 

 ジッと観戦し続ける間、先程の姿勢のままだ。もっというとモモンガの手はイビルアイの身体の前に廻されている。彼はまたもや無意識に、今度は彼女を抱きしめていた。出会った頃は本当に子供だったので、まるでペットの子猫を抱き上げるが如く身体でくるんであげることが多かったのだ。今も娘感覚がどこかにあるモモンガは二人きりだと割りとベタベタしてくるのである。

 なぜか周りに誰か居ると意識して恥ずかしがる癖して、こういう時は堂々としている。彼はヘタレだった。

 

 そしてそんな彼に抱きしめられるイビルアイは借りてきた猫の如く静かになっていく。いつの間にか普段仲間に見せる尊大な態度は消え、昔の喋り方に戻っていた。見た目と違わぬ幼児退行である。だが心のうちはキチンと(?)大人の女性の思考に陥っていた。

 

(な、なんだ!?この雰囲気はいくのか!?いっちゃうのか!?外で!?しかも空で!?)

 

 どういう意味のいくなのかは定かではないが250年物の恋を燻らせている彼女は必死だった、ぶっちゃけパニック状態。

 もしその気ならどうしよう?最早心は完全に浮ついており、頭は完全にのぼせきっていたほどだ。下の地獄絵図とは打って変わってピンク色な空間が漂っている。頑張って死闘を繰り広げている王国戦士団の上で砂糖がバラバラ振りまかれているだなんて知ったら彼らは戦意喪失するだろう。それこそ彼女の言うとおりいっちゃえば上空からナニやらアレやらのエキスが振りまかれるのである。死地に舞う物質としては最低極まりないだろう、下品な意味で。

 

「あ、やられそう」

 

 流石に不味いよね?そう呟いて完全不可知化を解いて急降下するモモンガに彼女が意識を引き戻されたのは着陸する為に姿勢を変えて、彼の腕からすっぽ抜けた直後だった。

 

 

 

 

 

 

 さぁ最後の瞬間だ、と思った瞬間に地面が爆発した。一瞬子供大の人影が地面に激突したように見えたが舞い上がる砂埃で確認できない。部下も何が起こったのかとオロオロしている。

 

「落ち着け!冷静に陣形を整えろ!不意打ちに備えよ!」

 

 隊長らしく指示を飛ばし、配下の者達の意識を統一していく。ニグン・グリッド・ルーインは今回の作戦の最終段階において、その成功がなされる瞬間を喜びながら待っていた。ガゼフ・ストロノーフに個人的な恨みはないが、法国の上層部の判断では王国は既に亡き者にしたほうが良いという判断が下されているのだ。

 その上で王国を無駄に長く存続させる存在となりえるガゼフ・ストロノーフが抹殺対象になるのは法国としては当たり前の判断だったのである。勿論、その抹殺作戦で無関係な人民を殺すというのは些か抵抗を覚えてもいたのだ。だが仕事は仕事、自身の仕事に誇りを持っていたニグンは国から与えられた命令を着実にこなしていた。

 それなのに、仕事の完成の間際に邪魔が入ったとあっては彼も穏やかな気ではいられない。生まれ持った異能(タレント)があること以外は優秀な魔法詠唱者という以外の利点は無い彼は、割とこの仕事に全部をかけていた。邪魔が入ったならば排除する、たとえ何があってもこの作戦を成功させるのだ!!それが彼のこの瞬間の感想であった。

 

 

 

 

 

 ニグンもガゼフもお互いが目の前の出来事に警戒する中、聞こえてきたのはどこか情けない声。

 

「ちょ!?イビルアイ!?イビルアアアアアアアアアアイ!!」

 

 地面に頭から深くめり込んだ少女を必死に抜こうとする魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿がそこにはあった。<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を使う以上、この姿に戻らなければならないので仕方の無いことだ。

 法国相手ならこのぐらいはするべきと思って九位階の魔法を使うため、元の姿に戻っていたのだ。勿論誰かに見つかった場合を想定して嫉妬マスク装備済みである。装備品だってみすぼらしい聖遺物級(レリック)に変えてある。そして相手の前にいざ出現したのは良いが、まさかイビルアイが地面にめり込むなんて思ってもみなかった。

 猛者でもあるイビルアイだ、長年一緒に戦い抜いた彼女のこと。ちょっと惚けてるような感じはしたけれど戦いの場に行けば勝手に復帰するだろう、と手を離したら頭から地面にめり込んでいった。別にそんなつもりは無かったモモンガは罪悪感から必死に足を掴んで引っ張りあげていた。そんな彼が叫ぶ名前にニグンの表情が歪み始める。

 

「イビルアイ…だと?きっさまぁぁぁ!!蒼の薔薇の関係者かぁ!」

 

 かつて蒼の薔薇に負わされた傷のことを思い出す。腐った連中しか居ないと思っていた王国で自分に傷をつけてきた憎き存在。その片割れが今何故か頭から胴体の半分を地面に埋め込み、ピクリとも動かないのだ。チャンスだ!と思って攻撃をするのは当然の判断だった。

 

「ちょ!?やめろ!やめて!!?イビルアイまだ埋まってるの見えるでしょ!?」

「はっはっは!!!それこそ好都合だ、忌まわしきそのガキを殺せれば私のこの傷の痛みも少しは晴れるというものよ!!」

 

 どこかの三流悪役の如く、いやまさしくそれそのものの台詞を吐きながら部隊で一斉に攻撃を放つ。だがその全ての攻撃は埋まった少女の壁になるべく立った男にかき消される。

 

「な、なんだと!?」

「おいこら…この子が忌まわしいとか言ったな?」

「ヒッ!?」

 

 見れば目の前の魔法詠唱者はとてつもない恐怖の気を発している。プレイヤーが見れば一目瞭然、絶望のオーラだ。

 

「私の大切な()()を、殺すだと?」

 

 モモンガは怒りを隠さない。彼女を害そうとするものへの怒りと憎しみが浮かんでは沈静化されていく。そしてまた浮かんでは消えていく。出した答えは折角迎えに来た大切なモノを傷つけようとするこの連中に粛清を。

 後ろのガゼフを守るのが仕事だったことは完璧に忘れている。二百年振りに仕事をしたのだ、はっきり言ってブランクも良いところである。仕事人としてもダメダメであった。

 

「ヒッ…!ヒィッ…!?」

 

 そのオーラに当てられただけで、ニグン率いる陽光聖典は士気が瓦解し、彼の魔法で壊滅した。

 

 

 

 

 

「ゴウン殿!!この度はなんとお礼を言って良いか!!!!」

「いや、娘を守っただけなので…私としてはあなたを助ける意図もありませんでしたので…」

「それでも!救われたことに変わりはありませぬ!!」

 

 戦士長ガゼフ・ストロノーフの激励も覚めやらぬ中、生き残った彼の部下の中で元気な者はイビルアイを掘り起こしていた。「これもう窒息死してるんじゃね?」とか掘り起こしてる最中彼らは思ったが口には出さない。

 さっきの戦いでモモンガの強さを見れば怒らせたくないのは当たり前の話だったからだ。そして命が救われたのも事実なので、彼に対する敬意は本物である。途中で空が割れて「あ、やっべ…」なんてモモンガが口走っていたがきっと彼ほどの魔法詠唱者でなければ分からないことなのだろう。そう思い皆何も言うことも無くイビルアイを掘り起こす。

 

「しかし、イビルアイ殿のお父上だったとは…」

「あぁ、まぁ普段は奔放なままに任せているので、父親と名乗っていいのやら…」

 

 適当に話を作り、さっさと切り抜けるべく話を繋ぐ。モモンガという名前もモモンという剣士の姿も同一視されたくなかった為、咄嗟にアインズ・ウール・ゴウンと名乗ったのだ。そんな事とは露知らず、ガゼフは目の前の恩人に精一杯の礼を尽くしていた。

 モモンガとしてはさっさと帰ってしまいたかったので早く立ち去ってくれないかなーという気持ちで一杯だ。別に彼らのことは嫌いなわけではないが、身バレが嫌なのでさっさと立ち去って欲しかったのである。

 「シュッと行ってサッと帰る」という作戦のつもりだったモモンガは、名乗るつもりも無かったのだ。

 

「何を言います、娘の危機に怒りを覚える姿は間違いなく父としての姿でありましたぞ」

「えっあっ、はい」

 

 何故か滅茶苦茶評価が高くなってしまったガゼフからの自分への評価についてちょっと引き気味になる。元々自分に自信を持てないモモンガ。基本他人を立てて今までも過ごしてきた。そんな彼にとってはガゼフは眩しすぎたのだ。

 それと同時に嫌いになりきれない男だとも思っていた彼に、今回の出来事はなるべく伏せるようにだけ伝えて彼と別れた。「我が王や側近以外には伝えない」という約束をしてくれたガゼフには感謝だろう。誠実さを忘れない彼に好感を抱きながら分かれた。

 

 

 

 

 

 ガゼフが陽光聖典を捕縛し、急ぎ王都へ帰って行った後。ラキュース達と合流し、何故か上半身ボロボロなイビルアイの姿に全員が疑問の表情を浮かべていた。

 

「モモンさん…一体なにがあったんですか?」

 

 ラキュースがそう尋ねるのは当然だろう。合流前に変装は済ませておいたあたり、ちゃっかりはしているのだが…。モモンガは凄く気まずそうな様子を見せたが多くは語らない。自分が手を離したせいで地面にめり込みましただなんて言える訳もないだろう。ボロボロの姿にはちょっと罪悪感が浮かぶが黙ってみているしかない。

 イビルアイも顔を下に落とし、ションボリした…というより反省している雰囲気だ。さっき何も出来ずに地面に埋まったことを恥じているのだろう。彼女も何も喋らなかった。

 

 とりあえず服に着いた汚れを落とし、よろよろとし続ける身体をティナに支えを任せた。ティアに任せないのは食べられてしまわないためだ、勿論性的に。

 「どいひー」とか言ってるが色々消耗状態のイビルアイは簡単にペロペロ食べられてしまうだろう。正しい選択であった。

 

「まさか王国戦士長がラナーの本当の依頼の救護対象だったなんて」

 

 先ほどカルネ村で出会ったガゼフと会ったときはただ帝国兵を狩りに来たのかと思ったが二人の話を聞いてから合点がいった。この為にラナーは人を寄越したのだ。私達冒険者だけでは国家間の争いに介入は出来ない。そこまで見越して…。

 色々なリスクを抱えてまで派遣した理由を考えると如何にラナーが人命を尊ぶ存在なのかとラキュースは目頭が熱くなる。きっと当人は今頃くしゃみでもしていることだろう。

 

 本当の依頼をこなした蒼の薔薇とモモンガ達は、その日はカルネ村で休みを取る事にした。被害もほとんど無く済んだ村の面々に彼女達は歓迎をされたのは言うまでもない。

 そして表向きの依頼もそこそこに彼女達は王都へと引き返すことを決めたのだった。

 

 

 

 

「…グオッ!」

「あぁ、今回は出番無かったな」

 

 死の騎士(デスナイト)の前に来たモモンガは指示を出す。”待機・殺すな・蒼の薔薇を守護・カルネ村を守る”とりあえずこんなところかと息を付く。死の騎士(デスナイト)が殺した死体は動死体の従者(スクワイア・ゾンビ)になる、無駄にゾンビの軍団を生み出されても困るのだ。あくまでも防衛用の命令だけ出しておき、この森の()()()へ隠れておくよう命令する。

 法国が関わっている以上、今回の出来事の目撃者を消そうとするかもしれない。カルネ村は後々でこっそり消されてしまうのかもしれない。そう思い、万が一の為にデスナイトを配備させ続けることにした。

 そう、彼はこの森の()()()()の現状を聞いていない。それが後々の一大事に繋がっていくのだが、まだ少しばかり先のことであった。




いつも誤字報告してくださる皆様ありがとうございます。

ベリュース、名を出すまでも無く死亡。
どうだっていいんじゃ。
そして王都での物語り再開です。
なんでニグンは小物になっちゃうんだろうか、子安だからか?子安だからなのか?


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王都に暗躍する陰

 王都における某所で、彼らは集まっていた。

 八本指と呼ばれるリ・エスティーゼ王国内における影で暗躍する組織、いや既に多くの貴族を取り込み表にも影響があるといって良い。 何せこの国の、それも王都を腐らせている一番の原因と言って良いほどの存在だ。

 そんな彼らが集まり、話し合いの場を設けたのにはワケがある。

 

 

 

「黒粉の畑は依然として襲撃にあっている、そして麻薬の売人の襲撃…取引相手の暗殺。やりたい放題やられている」

 

 ヒルマ・シュグネウスは非常に不機嫌なままに告げた。

 彼女は元娼婦ながらに八本指の一幹部にまで登り詰めた女だ。麻薬部門の長でもある彼女は多数の貴族と繋がりを持つ辣腕の持ち主である。

 

「あたしの所の部下もねぇ、何人かやられちゃってるの」

 

 コッコドールと呼ばれる痩せぎすの男が続く、所謂おねぇ口調で喋る彼は奴隷部門の長だ。

 

「聞いた話じゃ冒険者が関わっているそうじゃないか?」

 

 鍛え抜かれた筋肉、身体に多数のタトゥーを施したゼロがそう尋ねる。

 彼は警備部門―――実質の傭兵部隊を取り仕切る八本指の武力部門のリーダーだ。その中でも六腕と呼ばれるトップクラスの戦闘力を持つもののトップに立つ男。ハゲ頭の彼は余裕の態度を崩さず、ヒルマに問いかける。

 

「そうさね、あの”黄金”も関わっているに違いないだろうねぇ」

「となると、動いているのはやっぱり蒼の薔薇か…」

 

 彼らは既に被害をもたらしているのが誰なのか気付いていた。ただ単に無名の相手ならばそのまま消し去っていたのだが、相手はアダマンタイト級の冒険者だ。一人ひとりが六腕の幹部とタイマンを張れるほどに強いのだ。実際にはイビルアイ一人で六腕全員相手にしても勝てるのだがそれはそれ。彼らは自分達にダメージをチクチク与えてくるこの冒険者が鬱陶しいこと無かった。

 

「俺達の力を使うべき時だろう」

 

 ゼロが周りに”自身を雇え”と言外に促す。彼ら八本指は同じ組織ながら部門ごとに全然違った思想、目標を持っている纏まりのない集団だ。彼らが一致団結することなど無い。だが今回の出来事は違う、八本指にとってかなりの打撃だったのだ。それを回避するために彼らが少しばかり…そう、本当に少しばかり協力するのもおかしいことではなかったのかも知れない。ゼロの提案に感づいたヒルマは言葉を返す。

 

「だが蒼の薔薇だけではない可能性がある」

「何?」

 

 ゼロが眉を寄せる。ここまで後を残さずに自分達八本指に横槍を入れられる存在。そんなものはあの黄金と蒼の薔薇が協力してやっている以外には考えられない。この王都でそこまでの行動力と戦力を有している存在は彼女達を除けば朱の雫と呼ばれるもう一つのアダマンタイト級冒険者ぐらいだろうか?だが朱の雫は現在王都には居ない。情報の取得に優れているヒルマはそこまで把握していた。

 

「近頃、漆黒の鎧に大剣を二本も装備した剣士が蒼の薔薇の近くで行動しているのが目撃されている」

「…聞いたこともないぞ、そんな外見の奴は。冒険者かそいつは?」

 

 ゼロの疑問も尤もだろう。彼は裏社会を牛耳る武人、冒険者にしてアダマンタイト級ほどに力のある存在だ。そんな彼が強者の名前を確認していないはずがない。なのに近頃は青の薔薇の活躍を聞くばかりで、王国ではそんな名など聞いたこともないのだ。

 

「どうにも冒険者ではなく、他国から来た人間という事みたいね」

「南方か、そこいらから来た田舎者といったところか?」

「わからない、けれども蒼の薔薇は近頃行動している形跡はない。そしてその男は毎日夜は出かけているようね」

「フン…つまりは黄金が新たに雇ったということか」

「何でも”漆黒のペド”なんて異名が付いているとかなんとか…」

「…本当にそいつなのか犯人は?」

 

 なんて酷い二つ名なんだ。ゼロがあっけに取られても当然だろう。というかそんなのにやられていたのか?という顔だ。まぁ、当然の表情だろう。

 ともあれ、疑わしいなら排除せねば。ゼロの考えることはヒルマも一緒であり、八本指の幹部全員が同じように邪魔者の排除を考えていた。

 

「しばらくは六腕のメンバーを各部門に配置してやろう。任せておけ…すぐに問題を解決してやるさ」

 

 ニヤリと笑うゼロは気付かない、相手が単独で世界を支配できる死の支配者(オーバーロード)なのだと。

 気付くはずもなかったのである。

 

「…しかし、本当に酷い二つ名だな」

 

 呟いたゼロの言葉に、否定できるものは居なかった。

 

 

 

 

 

 

 数日前、青の薔薇とモモンガが王都に帰ってきた頃。もう一度どうするのかをイビルアイに尋ねてみた。そして返ってきた言葉は「保留」という返答だった。

 

「その、サトルが迎えに来てくれたのは嬉しく思う。嘘じゃないぞ?…ただ、仲間も放っておけないのだ」

 

 そんなイビルアイにモモンガは嬉しいような、寂しいような気持ちになっていた。

 仲間を大切に思う姿は自身のかつてのギルド時代やリーダー達との姿を思い出させ、そして自身の大切な何かを失う気持ちになる。モモンガはきっとこれは娘が離れていく感覚に違いないとか素っ頓狂な考えに至り始めた頃、ラナーが言っていた言葉の一部を思い出す。

 

 ―――蒼の薔薇にとっても、危険な未来です―――

 

(そういやそんな事言ってたなぁ。)

 

 ラナーから教えられたこの国の危機。そしてそれをラキュース達が自らの命で以ってして止めにかかる可能性。八本指の厄介さをそこまで彼女は見込んでいたのだ。

 そしてそれに纏わる貴族も勿論のこと、この腐敗をどうにかしなければこのままでは国ごと帝国に飲み込まれ。自身の周りの人たちが悲しい目にあってしまう。そう聞いていた。そんな彼女の憂いを帯びた願いに一度だけ協力してあげようと思ったのだが―――気が変わった。

 

「キーノはあれで結構怪我するからな…」

 

 そう、仲間の情に厚いイビルアイは昔よく怪我をしていた。<損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)>を覚えてからは随分と怪我も減ったけれどそれでも無くなったわけではない。その度にこちらの心がチクリと痛むのだ。そんな彼女を守るため、彼は行動を起こすことにした。

 

(ラナーにもう一度会ってみるか…)

 

 あの王女に接触し、イビルアイが無事で居られる様に援助しよう。彼女によくしてくれている蒼の薔薇の面々の役にも立つだろう。良いこと尽くしだ―――そうして、彼はラナーと再び接触を図り。八本指の撃滅に向けて動き出したのだ。

 

 

 

 

 デイバーノックはゼロからの指示を受け、一つの麻薬取引の場面に同行していた。勿論表立って行動はしていない、あくまで離れた位置からゼロが言う”漆黒のペド”なる剣士を待ち受けていたのだ。そもそも彼は元から表立って行動できる存在ではない。

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、それが彼の種族名だった。

 生者への憎しみを抱くといわれる死者(アンデッド)でありながら彼はその憎しみを制御し、自身が求める魔道の探求を行うためゼロに追随しているのだ。魔法を覚える場を用意してくれるゼロにはそこそこに感謝はしており、彼の命令なら聞き入れるほどにはこの死者は理知的だったのだ。

 

 目の前で今も取引が行われ、漆黒のローブを羽織った不死王は敵を待つ。聞いた話ではただの剣士だと思われるので魔道に強い関心を持つデイバーノックは興味を示していなかった。現れれば命令どおり消し去るまで、ただそれだけの相手だと思っていたのだ。実際に出会うまでは。

 

「グギャッ!!」

「ヒギャゲッ!!!?」

 

 一瞬で現れ、一太刀で二人まとめて胴体を上下から分離させる。漆黒の鎧に紅いマントが少々目立つが、今攻撃をしかけるまで一切の気配を感じさせなかった相手。突如現れ、問答無用で麻薬商人を切り裂いた存在はなるほど情報どおりだと、不死王は姿を見せようとし…先に声がかけられた。

 

「…おや、珍しいな?エルダーリッチが街中を闊歩してるとは」

「何?私に気づいていたのか?」

「あぁ、アンデッド感知できるんですよ。私」

「なるほど…マジックアイテムか?ふん、面白いアイテムだな。後で私のものにしよう」

「で、貴様が例のデイバーノックで間違いないか?」

 

 目の前の剣士は肩に掛けた大剣を持ちながら話しかけてくる。自身を知るということはやはり八本指に戦いを挑んでいるというのは間違いないだろう。すぐに殺しても良いが餞別だ。一言二言ぐらいは冥土の土産を用意してやろうと思い質問に答えてやる。

 

「そうだ、魔道の探求を行うべくこの人間の国で過ごしている」

「…一人だけで?」

「私の種族的な部分で言えばそうなるな」

「それで、魔法の研究の為に人間社会に溶け込んでいると?」

「ん?まぁそうなるな」

「おぉ…!」

 

 何故かちょっと感動したように漆黒の剣士が声を上げるが気にするほどでもない。どうせ自分の魔力の強さに当てられたとかそんな事だろう。目の前の何の気配も感じさせない弱者をさっさと消し去る、その事しか頭に無かったデイバーノックは躊躇することなく魔法を唱える。

 唱えたのは自身の得意技でもある<火球(ファイアーボール)>だ、これを喰らえばひとたまりも無いだろう。鎧は豪華なので崩せない可能性はあるが中の人間が焼けないわけではない。つまらない仕事だったと思いながら魔法を放ち、彼は興味を失った。

 

 ―――が、魔法が当たった瞬間、火球など無かったかの様に消滅していく。

 

「なっ!!!?なんだと!?」

「あーすみません、私にその位階の魔法は効かないんですよ」

 

 目の前で魔法を避けるでもなく消し去った剣士に驚愕し、声を張り上げる。だが剣士のほうは何故か気の抜ける態度で話しかけてきた。

 

「貴様、何かマジックアイテムでも使ったのか?」

「いや、必要ないですし」

 

(何だと…?マジックアイテム無しでこの俺の魔法を消し去った?こいつは一体何者だ?)

 

 目の前の剣士が嘘をついているようには見えなかった。何せ本当に緊張感も無く、「いやいや、そんなことしてませんし」とか言ってるのだ。ならばコイツはなんだろうか?魔法を打ち消せるほどの剣士?自身の能力だけでそれを出来る人間だなんて聞いたことが無い。

 ひょっとすれば生まれながらの異能(タレント)だろうか?可能性としてはそれが一番ありえたのだ。

 

「…なるほど、タレント持ちか。それならばありえなくは無いな」

「あぁ、持ってますが…関係ない能力ですよ?」

「えっ?」

 

 何言ってるの?と言わんばかりの相手の反応。思わず間抜けな返事を返すデイバーノック。何故だか相手はタレントの事を思い出して「あぁ、やな事思い出した」とか呟いている。

 

「…異能の力でないならなんだというのだ?」

「あぁ、まぁそれに似た特殊技術(スキル)ですね。まぁ話を聞いてくれれば詳細は教えますよ?」

 

 割かし気さくな目の前の剣士、何故だが自分を見て珍しいものを見たという雰囲気を纏っている漆黒の鎧。そんな姿に少しばかり気が引かれたからだろうか、デイバーノックも相手の情報を得ようという気になっていったのである。

 そしてそこから彼の苦行は始まる。勿論望んだ部分もあるがまさかここまで苦労するとは思っても居なかったのだ。

 

 

 

 

 

 日中は蒼の薔薇と行動を共にしたり、適当に街をぶらついてみたりして時間を流し、夜になれば麻薬取引の現場を探しては狩りを行う。蒼の薔薇が畑の焼き討ちの時に手に入れている情報を元に幹部の連中のいくらかも消していた。王女様に毎回会うわけにも行かない。そう思い途中からは自身の力だけで行動するようにしていった。

 魔法や召喚スキルを駆使し、情報を手に入れて蒼の薔薇が襲撃を仕掛けようとしている場所を先回りして潰しておいたりもした。娼館とやらは流石に入らなかった。というか入る勇気が無かった。

 人間性を強く残しているモモンガとしては性行為が行われている場所に入る勇気はなかったのだ。童貞暦280歳は伊達じゃない。ただ、表をうろついている関係者を消すぐらいのことはしたが。

 そうして驚くべき速度で八本指という王国を腐敗させる一因は急速なダメージを受けていく。

 

「そういや王都に来たら立ち寄るようにガゼフさん言ってたなー」

 

 もっと言うと王城に呼び立てたいらしい、戦力的な意味も含まれてるんだろうなと考え辞退したが。どの道自分はモモンとして王都に居るのでアインズの姿を見せるつもりはない。それでも積極的に好意を向けてくれるあの武人は嫌いではなかった。

 人間性がイビルアイやリーダーのお蔭で根強く残っているモモンガは気に入った存在に対しては割とフランクだった。ラキュースやガガーラン達もわずか数日で打ち解けて仲良くなったほどだ。

 

 そうこうしているうちに今回は墓地の近くにたどり着いた。事前に調べていた通り貴族派と呼ばれる連中の子飼いの取引人が麻薬を買い取る事になっているはずである。とりあえずは今日はどうしようか?

 ちょっとは生き残らせて泳がせるのも大切ですとラナーが言っていたのを思い出す。

 

「今一ピンと来ないんだよなぁ、要るやつ要らないやつってのが」

 

 人間性が強く残ってるとはいえ、種族の特性として人間の価値は低い。敵対者なら問答無用で殺せるのだ。勿論リーダーとの約束を守るつもりだが、敵に対してまで情けを掛ける必要は無いだろう。精々がレアかどうかで見逃すかどうか決めるぐらいだろうか?この間出会ったエルダーリッチはそういう意味では判断しやすい相手だったなと思い出す。

 

「フフフ、彼は脱出できたのかなぁ?」

 

 人里で人間と一緒に暮らしているアンデッドというのは驚くほど少ない。アンデッドだけで組織を作っている者は居ても人間と一緒に過ごすというのは見たことが無い。完全に自分とイビルアイを棚の上にあげているがそれはそれ、その棚上げのおかげでデイバーノックは救われた。

 

「タレント持ちねぇ、持ってないわけじゃないんだけどねぇ…」

 

 ある意味黒歴史、とはいえリーダーとの思い出でもある。指輪まで使って手に入れたタレントは酷いものだった。幸いだったのは他のスキルが上書きとかにならなかった事か―――。

 

 

 

 

 あれはリーダー達がエリュエンティウに向かうと決まった時、あの八欲王の本拠地である城に潜入する計画を建てていたのだ。どうするべきか色々案が出された中でリーダーが持つ流れ星の指輪(シューティングスター)を使えないかという話になった。彼と同じアイテムを持っていたモモンガはその貴重なアイテムの効果がこの世界でどこまで通用するのか試すことにしたのだ。

 

「いきますよ?―――さぁ、指輪よ!俺は願う(I WISH)!私に生まれながらの異能(タレント)の祝福を与えよ!!」

 

 試したところ、成功した。この世界では指輪の力はもっと便利なものに変わっていたのだ。課金アイテムであるそれを手に入れていた事に心からの感謝だ。そう思ったのはタレントの内容を理解するまでだったが。

 

「ん…何これ?魅了(チャーム)に近い効果?それも異性には効果が増幅…だと?」

 

 タレント持ちは自然とその内容が理解できる。どうやら自身もきちんとタレントが手に入ったらしい。レベルカンストだった自分には他のスキルに上書きされる可能性も考慮したが、リーダーの為に試してみることにしたのだ。

 そうして手に入れた能力は<主役は色恋多し(クリエイト・オブ・ザ・ハーレム)>とかいうクソふざけたタレントだった。ナンダコレ。

 

「っていうことなんです、なんですかねコレ?ふざけてるんですかね?」

「あはははっ!!!ちょ!!!おかし!!!」

「笑いすぎでしょ!?リーダー酷くないですか!?」

「あはっ!!!…ご、ごめんなさヒ。オナカいたひです」

 

 ケラケラと笑い転げるリーダー。「ひどい!」とか言いながら憤慨する骨。折角リーダーの為に実験してあげたのにこの仕打ちはないだろう。流石のモモンガもちょっと怒っていた。

 

「す、すみませ…ハハッ…。でもいいじゃないですか。モテモテになれるってことでしょ?」

「あのね?これ種族については関係ないみたいなんです。…ある日突然雌雄同体の種族の人から『ワシ、今日からメスだから。抱いて!』とか言われる恐怖わかります?」

「うっわ」

「でしょ?そういう反応になっちゃうでしょ!?亜人とか異形とか関係なく効果あるみたいなんですよこれ!?どうしたらいいんでしょうか!?ユグドラシル時代のスキルと違ってオンオフ出来ないみたいだし…」

「でも力自体は弱いんですよね?」

「あぁ、それは…一応スキルレベルは1みたいなので」

 

 本当に幸いだったのはスキルレベルを指定していなかったことだろう。これを指定していればとんでもないことになっていた。そうして彼はこのスキルを忘れることにした。したかった。周りに女性が増えたのはこの頃からだった気がするが、イビルアイが不機嫌さを増やしたり。この頃からやたらと自分は女だと猛烈にアピールし始めたのは気のせいだろう。そう、気のせいと思いたい。

 けれどそんな嫌な思い出だって今じゃ大切でもある。リーダーとの限りある思い出だから。そう思い、黒歴史と言い放つのは気が引けたのであった。

 

 

 

 

「近頃モモンさんは何処に出かけてるのかしら?」

「さぁな、私も何も聞いていないぞ?というか聞いてもはぐらかされるのだ…」

 

 イビルアイが少しばかり気落ちした様子で返事をする。最近はラナーから仕事の依頼が入らないので蒼の薔薇の面々は暇を持て余していた。八本指に備えていた為、冒険者組合の仕事も請けてはいない。

 精々が何かあったときに備え、そしてイビルアイを連絡要員としてモモンガの所に送り込むくらいだ。勿論<伝言(メッセージ)>を使えば良い話なのだが、イビルアイに気を利かせるつもりでラキュースは毎日のように使いを出していた。

 毎日のように現れる蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の姿、そしてそれを迎え入れるモモンガについた二つ名は”漆黒のペド”だった。彼の休む宿では日々「もうやった」だの「孕ませてる」だのの話題が出ていた。そんな二つ名が付いてるとは思ってもいない当人は「ここ、下品な話多いなぁ…」ぐらいに流していたが。

 

「鬼ボス、私がつけてみようか?」

「モモンが来てから八本指が次々攻撃されてる、答えは明白」

 

 ティナが言うとおり、ここ数日だけで大半の売人が死亡し、黒粉の畑は何故か一瞬で枯れ果て、そして八本指の幹部もかなりが消されていた。毎日のように朝になると血溜まりと共に首の刎ねられた死体が上がるのだ。王都では怪人現るとして人々が怖がり、表通りですら出歩く人数は減っているほどだ。

 

「でもそれならモモンさんが単独でそこまで出来るってことよね?」

「イビルアイの見立てじゃ可能なんだろ?あの旦那で確定じゃないかねぇ?」

 

 勿論イビルアイも分かっている。彼が全部やっちゃってるんだなぁ…というぐらいには既に認識している。冒険者でもなく、ただ突然沸いた存在としてきっとワザと自分が犯人であることを分かるようにやっているのだろう。

 青の薔薇の面々がやろうとしていたことを()()を連れ帰る為にしてくれているのだろうと思っていた。ラキュースは「剣士のモモンさんがどうやってここまで?」と疑問の声を上げていたが本性を知らないならそれも無理ない事だろう。彼の本性は魔法詠唱者なのだから。

 

「まぁ、旦那なら色々隠してる手段があるんだろうよ。うちのチビさんみたいにな?」

「チビいうな。…まぁ、手札はかなりあるのは認めよう。詳細は言えないが」

「いいぜ別に?秘密や隠し事を詮索しないのは冒険者の鉄則だからな」

「…助かる」

 

 そう、モモンガは自身のことは全然語っていない。語るときは適当に剣士として戦った様な曖昧な説明だけだった。明らかに不審だ。だがそれを追求するものは蒼の薔薇にはいなかった。それぞれがそれぞれに秘密の一つや二つは抱えているのだ。今更モモンガの隠し事を暴こうとする者はいない。そんなメンバーに感謝しながらも、複雑な表情を浮かべるイビルアイ。彼女はここ数日間、思案に耽ることが多かった。

 愛しのモモンガが来てくれたからとか、そういった色めいた感じでは無いことだけはメンバーも気づいてはいた。詮索するべきじゃないことだけは分かっていたので、問うたりはしなかっただけだ。

 

「でもそれならどうやって情報を手に入れているのかしら…まさかラナー?」

「姫さんは一度会ったっきりだって言ってるんだろう?」

「そうなんだけど…でも」

 

 ラキュースが勘繰るのも当然の話ではある。だが、あれほど慎重に行動してきたラナーが自分達を越える戦力を手に入れた途端派手に動くとは思えない。政治的な側面にも強く関わりのある八本指、そんな連中をただ力が手に入ったからと言って身勝手に潰し始めるとは思えなかったのだ。他の者もそこには同様の感想を持っていたのでラナーを信じるしかない。

 巷では六腕のデイバーノックは始末されているとの話が入ってきている。デイバーノックは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なので殺せば基本消滅する。確証は無いが少し裏を探ればその話題で持ちきりだ。

 

「毎日幹部クラスが狩られてる、恐ろしい辣腕」

 

 ティアがそう感心するのも納得だ。何せ手が徐々に広まって行ってるのだ、先日は貴族派の下仕えの者が数人纏めて死体であがっていたそうだ。勿論全員八本指と深くつながっている事を確認出来ている連中だ。それも驚くことに複数個所を一晩で、それも十以上も襲われているのだ。一体どうやって単身でそこまで出来るのか?

 イビルアイより強いという事実がそれを認めそうになるが、一人の身体では移動距離も考えても不可能だろうという結論にしかならなかった。

 まぁ、イビルアイはモモンガの力を知っているので、無理じゃないんだろうなぁと認識していたが。

 

「なんにせよ、近々大きく動き出すだろうな」

「えぇ…()()が始まるわけね」

「よっしゃぁ!来るんならきやがれやぁ!」

 

 戦争という単語に意気揚々とし、戦意を見せるガガーラン。

 握り締めた拳をもう片方の手に叩きつけ、「待ってました」とばかりにニヤリと笑い、戦いの始まりを喜んでいる。

 

「モモンが居れば楽勝」

「全部やってもらっても良いぐらい」

「貴女達、楽したいだけでしょう…」

 

 いつだって軽口を忘れないそっくり顔の二人に頭を悩ませるリーダーの姿があった。だが仮にモモンガが全てを行っていたとしても、協力するだけだ。既にここまで事が動いた以上、最早とめられない。

 身内には気の良い彼の姿はラキュースにとっても喜ばしい存在なのだ。一緒に戦える機会があるなら嬉しい以外他には無い。

 

 そうして彼女達は決戦へ向けて準備を進める。それも無駄になってしまうのだが未来を彼女達が知る由もない。




勝手にモモンガさんのスキルを追加してしまった。
やってしまった…リーダーとのほんわかエピソードを増やしたかった為に。
尚、亜人や異形だけじゃなく、モンスターとか家畜にも有効な模様。


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二度目の恋

 ―――気が付けば、異形の精神に飲まれそうになっていた。片方が人を何とも思わずに引きちぎればもう片方がそれを止め、逆の立場になった時には立場を入れ替えて人の心を保ったのだ。それはお互いがお互いに他人でなければ出来ないこと、自分の精神一つでは為しえない事。そうして私とサトルは人間性を保っていった。

 

 遠い昔、彼と私が()()としての心を維持するために作り上げた関係、それはとても愛おしくて、大切で、忘れがたいものだった。何せ250年経っても忘れられなかったのだ。あの頃の関係に戻れたならどれほど動くはずもない心臓が音を奏でてくれるのだろう?そんな関係もツアーが登場した頃には終わりを迎え始めた。

 別にツアーは嫌いじゃない。寧ろ好きな類の相手だ。心優しい竜に何度救われたか。彼も私の大切な存在の一つだ。ただ、サトルと一緒にいられる時間が時が経てば経つほどに少しずつ失われていったのが寂しかった。もっと一緒に居たい、すぐ傍に居て欲しい。そんなわがままな感情ばかりが自分の心を占めていった。

 気が付けばサトルの周りは賑やかだ。二人きりだった頃が懐かしいほどに一緒に居られる時間は無くなっていった。 大好きなサトルの傍に居たくて、色んな事をしてみた。―――一緒に買い物に出かけたり、二人だけしか知らない洞窟探索に出かけてみたり、…そういえば奴隷になろうとさえしたな。あれはちょっとやり過ぎだったかとも思うけれど。

 それでも大好きなサトルと一緒に居られるのならば嬉しかった。楽しかった。幸せだった。―――それだけで良かった。他に何もいらなかった。私のこの気持ちは嘘偽りじゃない。本当の”キーノ・ファスリス・インベルン”としての気持ちだ。異形でもない、ただの一人の少女としての気持ちだ。―――だからこそ、その思いが叶わないのが分かった今、少しばかり寂しい気持ちになる。

 

―――仕方がないさ。サトルはサトルだ。だからこそ好きになったんだから。だけど、もう諦めるべきなんだ。そう、もうすぐ終わりは来るのだから。あんな風に言ってしまった自分に後悔だ。突き放してしまった彼の心を思うと今もチクリと心が痛む。

 動くはずのない心臓を動かしてくれる、唯一の人だった。大切な、大切な―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモン、今日は少しばかり遠出しよう」

「ん?何処に行くんだ?」

 

 連絡役として毎日のように来るイビルアイに視線を落とし、モモンガは答える。「別にたいした所じゃないさ」そういいながらもモモンガの手を掴んで歩き出すイビルアイにモモンガは素直に従った。

 いつものようにまずは市場から、明るい話題の無い王都。だが、食品類の揃う市場だけは別だ。なにせ日々の食卓に並ぶ食材を少しでも安く買おうと主婦の方々が目を光らせているのだから。そんな強烈な、食物連鎖の上位に立てそうな二人でも気が引ける光景はある意味では活気、活力なのだ。

 それを拝ませてもらった後、今日行ってみたい所に足を運ぶ。ここ最近は毎日のようにこの流れだった。荷物持ちはモモンガが、品定めはイビルアイが。そうして午前中は過ぎていく。

 

「アーグランドはそんなに活気に溢れているのか」

「あぁー、なんか昔に作った俺の”営業マンノウハウ集”ってやつを使ってるようでな、なんでかかなり上手く利益が出ているらしい」

「良いことじゃないか、その”えーぎょーまんのーはー集”というのがどういうのかは知らんがモモンの”りある”での特殊技術(スキル)を用いたものってことだろう?」

「まぁ、そうなるかな?」

 

 どうやら200年以上前に作った彼の資料のおかげでアーグランドは盛況しているらしい。十三英雄時代には国家すら滅びる危機に瀕した時代に突入したから、そんなこと考える時間もなかったけれども。彼の残してくれた書物を元に国家の、主に経済面を見直したところ、現在ではかなりの利益を出せるまでになったそうだ。

 勿論すぐに上手く行ったわけではないそうだけど、ツアーがモモンガに頼んで書いてもらった書物の内容を色々採用したおかげで今は潤っているらしい。特に外交による物資の交換利益は中々のものがあるらしい。そしてなんでも”きぎょー”なるモノが国内には溢れかえっていて、しかもモモンガの理念に基づき”ほわいと”なる素晴らしい環境で過ごしているらしい。アーグランド万歳だ。是非とも王国も見習って欲しいものだが、この国の腐った貴族共では無理だろう。

 

「一度荷物を直しに行くぞ」

「いえすまむ」

 

 意味は分からないがモモンガが了解と思わしき返事をする。平和な時間が心地良い、と感じながらイビルアイは本拠地へと向かっていった。

 

 

 

 

 お昼は必要ない。なぜなら二人とも死者(アンデッド)だからである。であるからして休む必要も無く、休憩も取らずにずっと都内を回っていた。ラキュース達に必要な食料や冒険に必要な道具、そういったものを買いあさって回っていたのだ。別に毎日する必要のあることではないが、ラキュースはわざとそういった仕事を用意してくれていた。ある意味イビルアイより経験が薄いといってもいい彼女がどうしてここまで気が回るのかも気になるが、貴族出身なら色々と教え込まれているのかもな。そうイビルアイは結論付ける。

 そうして二人でぶらりと王都を周り、することも無くなって日が傾き始めた頃。王都の外へ行こうと促した。

 

 

 

「いいけど、どこへだ?」

「秘密だ…女には秘密が必要だからな」

「ん?…わかった」

 

 疑問の声を上げつつも、イビルアイの提案に付いていく。どうやら王都を出るようで、少しばかり遠い距離を二人でゆっくり歩いていく。彼女の小さな歩幅に合わせ、ゆっくりのんびりと足を動かす。歩くペースの把握はバッチリだ。長年連れ添った経験は伊達じゃない。悪くない空気に心地良さを覚えながらイビルアイの言う目的地までゆっくりと移動する。黙っていても苦じゃないけれど、日々の何気ない雑談も欠かせない。モモンガはこうして二人でゆっくり歩きながら会話をする時間を気に入っていた。

 

「近頃はトブの大森林に異変が起きているらしいぞ」

「へぇ…。あの森って亜人一杯ってツアーから聞いてはいたけど?」

「あぁ、今どんな連中がいるかは私も詳しくは知らんが」

「異変って?」

「なんでもゴブリンやオーガが森から集団で飛び出してくるんだそうだ」

「人間を狩りにきたんじゃないのか?」

 

 当然の疑問だろう。人間を食べる種族というのはこの世界には驚くほど多い。食料としか思っていない種族もいるほどだ。

 

「いいや、違うらしい。どうにも何かに脅えて飛び出してきたように見えるのだそうだ」

「何かに?」

「あの森には森の賢王と呼ばれるものが居たり、ナーガやトロールなんかの強い種族もいるからな。何かしらの力関係の変化があったんじゃないか?」

「なるほどねぇ…」

 

 一体何があったんだろう?そういえばカルネ村は大丈夫だろうか?と思ったが大丈夫だそうだ。何故か近隣の村の中ではカルネ村だけは一切の被害がないらしい。

 

「今はその飛び出したゴブリン狩りで冒険者達の仕事が賑わっているらしいぞ?何でもまるで脅えながら逃げているようで碌に武装もしていないそうだ。おかげで楽に狩りが出来るらしい」

「へぇー、一体何があっただろうな?」

「さぁ、何だろうな?私もわからん」

 

 二人して、どうしてなんだろう?という会話をしながらゆるゆると目的地へと歩いていく。のんびりとした会話を続ける。それは心地良い時間だった。

 そうして歩き続け、やがて目的地が見えてくる。そこは王都の外、振り向けば王都全体を眺められるほどの距離。小高い丘があり、そこの一番高い木の下から二人揃って王都を眺める。

 

「こうして遠距離で見れば悪くないんだけどなぁ」

「あぁ、まぁ否定はしない」

 

 王都は古臭すぎて、華が無いのだ。もっと言えば治安の悪さ、景気の悪さでウンザリする。帝国のように綺麗に建物が並び、活気があるわけではない。古いだけという値段も付かない歴史だけが増して行く。市民の暮らしは良くならないのに歴史ばかりが積み上がっていく。そんな王国の統治体制に国民は不満を持ちながらも変えられない、いや。変わろうとしないのだ。上層部の腐敗の下に慣らされすぎているのだ。国民の大半はもはや現状を変えることに力を注ごうとはしない。腐った世界だ。

 そんな王都でも離れた小高い丘から見下ろせば決して悪くはない景色に思える。思えるだけだが。それでもイビルアイはここにつれてきたかった。

 

「…懐かしいと思わないか?」

「うん?」

 

 イビルアイがポツリと呟く、それに疑問形の声を出すモモンガ。慎重派な彼の為に、自身の持つマジックアイテムを使用し、周囲に音が漏れる可能性を遮断する。

 

「…サトル、こんな風にさ、少し小高い丘の上から私の()()を眺めていたよな」

「…あぁ」

 

 そういえば、と言う感じでモモンガは相槌を打つ。

 出会ったばかりの頃を思い出す―――それは見知らぬ少女と出会ったばかりの頃、ほんとうに彼女が少女だった頃。彼女の周りには死者(アンデッド)が溢れていた。彼女の生まれながらの異能(タレント)である”転生”の力の代償によって引き起こされた事件。それは一国を代償にして、この世界の圧倒的強者を生み出すものだった。

 彼女が望まずとも、その力を利用しようとする者達がいたのだ。そして彼女がそれまで生きていた世界は崩壊した。

 

 

 

 

「あの時さ、言ってくれたよな?『なら、一緒に冒険しよう。世界を余すことなく見て周ろう』って」

「…言ったなぁ」

「後悔…してる?」

 

 ふるりふるり、と。ゆっくり首を振る。そんなモモンガの姿にイビルアイは口の端をにわかに吊り上げる。

 心地良い、本当に居心地の良い時間。大好きな、大切な時間。それを今から自分で壊すのだ。諦めにも似た、嘲笑が零れた。

 

「冒険は楽しかったな」

「あぁ、色々あったなぁ。法国と一戦交えたり、未知のマジックアイテムを手に入れたり」

「一緒に居て楽しかった…」

「俺もだぞ?ツアーと出会うまでは二人だけでずっと旅してたなぁ、今思うと静かな日々だったな」

 

 ツアーと出会った頃からはずっと二人以外の誰かが居た。というかツアーがアーグランドにモモンガを押し込んだのだ。プレイヤーの存在を無闇に広げない為にも、アーグランドを主体として活動するようモモンガに言い聞かせたのだ。まぁでも、モモンガの強さと強大な存在感を思えば仕方の無いことだったろう。

 意外と素直に従ったモモンガと一緒にしばらくアーグランドで過ごす日々が始まった。それからはアーグランド内地を探索し尽くした。もう色々やっちゃった。モモンガのレアモノ探究心は止まらないのだ。割とほとんどの洞窟を掘りつくして常闇の竜王(ディープネス・ドラゴンロード)の巣穴を掘り当てたりもした。そこから地獄の48時間が始まったりもするのだが、それすらも今ではただの懐かしい記憶だ。

 そうしてリーダー達が来るまで、そしてその後も、とんでもなく賑やかな時間を過ごしてきた。…思えばモモンガに振られてからの200年は凄く地味だったな。目立つわけにもいかず、風来坊のような暮らしをしてきた。ティアに襲われるまでの数十年は静かに森の奥で暮らしていたが、運命なのか結局は人間の住む世界へと戻ってきていた。

 結局のところイビルアイという少女は人と関わらずには居られないのだ。例えそれが破滅へ向かう道であっても。彼がいなくても、きっとそうだったろう。

蒼の薔薇の面々に向ける強者たる姿じゃない、ただの少女として向き直る。―――終わりの時は来た。

 

 

 

 

 

 

「―――サトル、私はサトルが好きだ」

「…は?」

「一緒に居てくれた、見守り続けてくれた」

「キ、キーノ?ちょ…」

「父の様でいて、頼れる男性だった」

「あ、あの…」

「一人の女として、サトルが好きだ」

「………」

 

 モモンガは黙して返さない。返せなかったのか、それすらも分からない。

 正直、すぐに答えが返ってこなくてホッとした。即否定などされたらこの想いを抱いたまま消滅を選んでしまうかもしれない。蒼の薔薇という大切な仲間が居ながらこんな事を思うなんて、結局私は色恋に振り回される唯のメスなのだな。なんてイビルアイは思っていた。

 

「…なんで今、こんな話をしたと思う?」

「………」

「我慢できなかった、というのもある…本当に好きだから」

「………」

「この間さ、何も出来なかったろ?地面に埋まってさ」

「…あぁー、うん」

 

 凄く気まずそうなモモンガの声、当然だろう。なんていったって自分が手を離したから地面に埋まったのだ。生きていただけでも不思議なぐらいの速度でメリメリ埋まりこんでいったのだ。自身に罪悪感を募らせるモモンガとしては凄く返答しづらい。

 

「最近も、サトルに八本指との戦いを任せてばかりだ」

「いや、それは…」

「私達蒼の薔薇がするべき仕事だったんだ、大体サトルは目立っちゃいけないんだろう?」

「…まぁ、確かにそうなんだけど」

 

 今まで八本指を襲撃していることを誤魔化していたというのに、言葉を濁らせる。もう「自分がやっちゃってまーす」と言ってるようなものだ。悪気は無かったんだ!とでも言いたげなその姿は嫌いじゃなくて、好きでたまらなくて困ってしまう。

 

「サトルが居るとさ、私がダメになるんだよ」

 

 この前の時みたいに、何も出来ないままの自分が嫌になる。モモンガが傍に居れば安心だが、仲間と自分だけならそれは凄く致命的な結果を生むだろう。彼に甘え、弱い女の部分を見せる自分が嫌になる。その弱さはきっと、いつか仲間の死を招くかもしれない。そう思うだけでも今の自分が許せなかった。イビルアイは恋をしながらも、恋を否定するべきだという矛盾の心を持つ、その矛盾故に心が壊れそうになるのを耐えていた。

 例え死者(アンデッド)であろうとも精神は宿る。それが破壊されそうになるのはつらいのだ。

 

「サトルが近くに居ると、私は弱くなる。甘えたくなる。」

「………」

「そんな自分が嫌になるんだ。きっと仲間に迷惑をかけてしまうだろう」

「………」

 

 そう言っても、何も語ろうとはしない骨の男に笑顔を向ける。困ったものだなと思いながらも彼らしいという気持ちが湧いてきて凄く幸せな気持ちになる。

 あぁ、そうだ。幸せに思えるんだ。250年前からずっとそうだった。この気持ちは病み付きになる。だからこそ、蒼の薔薇という仲間が居る今。頼ってはいけない。自身の能力は蒼の薔薇の中において最も強いのだ。そんな自分が弱さを見せれば皆を死なせてしまう一手に成りかねない。その考えが現実になるのが想像できてしまうのが怖い。

 だからこそ、彼女は今ここで答えを出そうとした。振られる為に答えを急いだのだ。

 

「…私の、女としての想いに応えてはくれないか?」

「………」

「サトルはさ…、一緒に居ると心がポカポカするんだ。もう我慢できなくなってしまうほどに、どんどんと気持ちが大きくなってしまうんだ。告白せずにいられないほどに」

「そ、それはタレン―――」

「タレントじゃない、そんなのある前から好きだった。」

「ウッ…―――」

 

 モモンガは言葉を詰まらせる。魔法で使う魅了(チャーム)には持続時間がある。だが自身の持つタレントは特殊なのだ。魅了の効果があるとはいえそれは、この世界基準(ユグドラシル産ではない)のスキルレベル1であり、かなり微弱な力だ。普通に過ごしている分には効果は知れている。だが何故か魅了は途切れることなく、そして()()されていくのだ。それはつまり一度好感を持てばそれ以下にはならないという事だ。

 そんな能力を持ってるからそういう想いを抱くのだ。と言おうとしても、そもそもイビルアイとの出会いはもっと昔なのだ。彼女の恋心にタレントは関係なかった。

 いつまでも答えを返さない死の支配者(オーバーロード)の姿に、「いつまでも変わらないなぁ」と思いながらも決断をする。振ってくれないのなら振るだけだ。

 

「私の気持ちに応えてくれないなら、私は蒼の薔薇を選ぶ」

「………」

「…私はさ、()()に生きてるよ」

「………」

「サトルが言ってくれたように、自由に生きてる。…恋は、新しい恋は出来なかったけれど」

「キーノ…」

 

 悲しい声を上げるモモンガ。何だよ今更と思わなくもない。けれどやっぱり「サトルが好きだ」の気持ちが強いのだ。それ以上何か言われると決断が鈍ってしまう。矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「帰ってくれ、私は蒼の薔薇と一緒に居る。勿論今すぐとは言わない。この戦いが終わった後でもどっちでも良い」

「………」

「―――ありがとう、迎えに来てくれて。…色々折り合いが付いたら、改めて会いに行くから」

 

 嘘だ。そんな未来は絶対来ない。250年待ち続けた想いが折り合いなど付くものか。本当に女殺しだなとモモンガに笑って見せる。

 もう永久に会うことは無いだろう。そうしなければ自身がおかしくなってしまうから。サトルのタレントなんて関係ない。250年前から好きだった気持ち。それは絶対に嘘じゃないのだから。

 気が付けば、涙が出ていた。仮面の下はシトシトと湿り気を帯びて、被り心地が悪い。二度目の失恋は涙が出た。仮面で顔を隠しているおかげか、それとも彼女の心が変化したからなのかは分からない。女泣かせな酷い奴だと心の中で罵って、この密会は終わりだとばかりにマジックアイテムを仕舞う。

 

 

 

 

 そうしてイビルアイの初恋は二度目の終わりを迎える。

 彼女が蒼の薔薇を選び、恋心を自ら否定する形で終わりを迎えた。それは悲しい恋の物語。かつての英雄譚の裏側で描かれる悲劇の一幕は、こうして終わりを迎えたのだった。




いつも誤字報告してくださる方々、ありがとうございます。
コメントもいつも励みになります。

そして作中は一つの山を迎えます。やっぱメインヒロインとは山あり谷ありじゃないとね?ということでペロロンさん、たっちさん。モモンガさんをしばいてやって?
いやマジで、ボコボコにしていいですよ?美少女にこんな気持ちを抱かせる骨は間接ボッキボキに折られるといいんです。


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戦争開幕

 モモンガは一人王都を歩く、何をするでもなく、あてもなく彷徨い歩いていた。

 考えるのは先日の出来事。イビルアイから告げられた言葉が頭に反響する。

 

「―――私を選んでくれないなら、私は蒼の薔薇を選ぶ―――」

 

 嬉しい言葉のはずだった。仲間思いな彼女が自分で見つけた大切な仲間なのだから。蒼の薔薇の人たちは癖はあるが皆良い人たちだ。喜ばしいことじゃないか…そう、思いたかった。

 けれど実際には不快な、なんとも言い切れない気持ちが続いていたのだ。精神の沈静化が行われるわけでもなく、グズグズと心の奥底に何か黒い靄のようなモノが溜まり続けていた。

 そうして呆けていたからだろうか、気づけば娼館がある裏路地に来ていた。

 

 ―――ドシャッという音が聞こえた。

 

 すぐ先に黒い袋に包まれた何かがある。気にも留めず、そのまま歩き去ろうとしたところで足を掴まれる感覚に気づいた。―――袋から、手が伸びていた。

 

「…うぉ!?」

 

 呆けていたモモンガは突然の事に驚きの声を上げる。その声に気づいた娼館の店員と思わしき男が近づいてくる。

 

「あぁ?あんた何だ一体?見せもんじゃねぇんだ、とっとと帰んな。今なら見逃してやらぁ」

 

 モモンガの鎧姿を見ても引かずに荒い声を出す男、腕っ節に自信でもあるのだろう。堂々とした態度と共に威圧してくる。

 

「いや、この人が足掴んでるんですが」

「あぁ?なんか言ってる暇あったらどっかいけや!うちは八本指の後ろ盾があるんだぞ!」

 

 どうやら腕っ節に自信があるわけじゃないらしい。単なる小物な発言で相手を退けられると思っただけのようだ。

 

「…また八本指か」

「あぁ?なんかいったか!?」

「あぁ―――言ったさ、お前らは()()だ。丁度良い、憂さ晴らしさせてもらうぞ」

 

 それは八つ当たりと言ってもいいかもしれない。リーダーとの約束。イビルアイを守りたい想い。先日から続く不快感。それらが混じり合わさって目の前の小物の運命は決まった。

 

「待ってろ。すぐに回復してやるから」

 

 黒い袋から伸びる手を優しく剥がし、男の命を刈り取るべく動き出した。

 

 

 

 

 

「近頃モモンさんはどうしたのかしら?」

 

 ラキュースが疑問の声を上げる。ここ最近のモモンガは静かだった。夜になっても八本指の襲撃をしなくなったのだ。彼女が不思議に思うのも当然だろう。

 

「何か知らないのかよ?イビルアイ」

「…知らん、何も聞いてないぞ」

 

 明らかに嘘なのは皆分かっていた。ただ、二人には長い付き合いだからこその秘密が色々あるのだろう、という考えで誰も詳細を聞こうとはしなかったのだ。そんな優しい変態メンバーに感謝しつつもイビルアイは憂鬱な気分に浸っていた。

 伝令役も断り、いつまでもションボリとした様子を隠さないイビルアイ。そんな彼女の姿に業を煮やしたのか、ラキュースが行動を起こした。

 

「イビルアイ、ちょっとこっちきて」

「…なんだ?化粧台?何かするのか」

「い・い・か・ら!早くきて」

 

 ラキュースにしては珍しく、イビルアイに向かって苛立ちの篭った言葉を放つ。仲間の中で誰よりも長生きな彼女に向かってそういう態度を取るのは珍しかった。イビルアイを無理矢理化粧台に引っ張り出し、勝手に仮面を外して化粧をしていく。

 

「ちょ、お、おい…」

「いいから、何も言わずにお化粧されなさい」

「化粧って、私はそんな気はしないぞ」

「いいから―――動くと変な顔になっちゃうわよ?」

 

 嫌がる素振りを見せるイビルアイを言葉で巧みに押さえ込む。黙って化粧を施されていった。仮面をつけるから頬の化粧なんて崩れるだろうに、と思ったら何故か仮面が改良されていた。頬や口が擦れないように空間が広げられていたのだ。肌身離さず身に着けているはずの仮面の新事実に衝撃を受ける。というか今まで身に着けていて気づかなかったのだろうか?落ち込んでいるとはいえ中々間抜けな250歳だった。

 頬に朱を塗り口に紅をつける。睫毛は最近出回っている”光粉”と呼ばれるキラキラしたものを付けられる。どうやら他人に化粧を施すことに楽しみを見出しているらしいラキュースは鼻歌を歌いながら化粧を施していく。そうして兎に角目一杯のおめかしを受けた後、ラキュースから命令を言い渡される。

 

「モモンさんに情報を伝えてきて」

 

 いつ戦争が開始されるか分からないこの現状、情報交換は必要だ―――なんて理由を作って会いに行け。つまりはそう言ってるのだろう。先日あんなイベントを起こした手前、会いたくないイビルアイとしては勿論嫌がったが。結局は「命令よ」という言葉で飲むしかなくなったのだ。そうしてイビルアイは部屋を出て行った。

 

「私達も冒険者組合に行って来る」

「留守番頼むぜリーダー」

「分かったわ、気をつけてね」

 

 他のメンバー達も次々と各々の仕事に移る。近頃はラナーからの依頼は入ってこない。クライムも伝令に来ることは無い。となれば日中出来る仕事と言えば情報収集と、組合からの依頼は無いか確認するぐらいだ。他のメンバーに仕事を割り振り、自身は本拠地で待機。一人きりになる。

 そう、()()()()なのだ。久々に一人になれた、最近は暇を持て余したティアあたりがべったりひっついて来るので()()が無かったのだ。例の()()をする時間が。

 さてさてようやく時間が作れたぞ、そう思いながらニヤリと笑い、ラキュースは魔剣キリネイラムを手にするのだった。

 

 

 

 

 折角化粧を施してくれたのだ、会うだけでも会うべきだろうか?そんな想いを抱きながらも行くべきか悩み、自然と歩幅は短くなっていく。元々小さいからだなのでかなりゆっくりペースだ。大体があんなことを言った手前、自分から会いにいけるわけが無い。普通ならそうなるだろう。

 王都に流れる川の上、橋の真ん中で歩みを止める。小さな身体には少し大き目の塀に身を預けて下を見る。

 

「会って情報を伝えて…、その後何をしろというのだ?」

 

 彼女のその発言も尤もだろう。自分から会いに行くというのはちょっと気が引ける状況だ。ちょっと前までの浮かれている自分では居られないのだから。それに会ってしまえば恋心が再び火を噴いて止まらなくなるかもしれない。それほどに好きなのだ。だからこそ、止まらなくなる前に蒼の薔薇を選ぶ選択をしたというのに…。

 

(全く、ラキュースの奴め。人の気も知らずに…ん?)

 

 選んだはずの仲間であるラキュースに恨みを抱きながら橋の下を流れる川を見ていた。そう、下を見ていたのだ。

 この時立ち止まり、橋の下を覗かなければ気づかなかっただろう。橋の下、都市を巡る川の中でも長く続く地下水道の門、その中へ入っていくローブを纏った仮面の男が見えたのだ。不審に思い、彼女が後を追いかけるのは当然の事だった。

 

 

 

 

 日夜怪人現るの噂が立っている中、あるアンデッドがこっそりと移動を開始していた。デイバーノックである。勿論人目につかないよう地下水道を通るルートを選んでいた。モモンガとの約束を果たすべく、王都内からの脱出を目指していたのである。既に自身は殺されたとの偽情報を流してある。後は八本指に感づかれずに脱出するだけだ。

 モモンガの見せてくれた魔道書は驚愕に値するものであった。もう魔道に嵌る者の身としては歓喜でホイホイ協力しちゃうほどである。その程度には彼は魔道バカだったのだ。

 

「ふむ、これで後は街の外まで歩いていくだけか。なんとかなったな」

 

 デイバーノックは都市部の地図を確認しながら呟く。地下水道の流れる道、その先には王都を囲う壁の外にある堀に繋がっている。つまり外への脱出路である。八本指にばれることの無いよう、ゆっくりと慎重に行動していたため、今の今まで脱出に時間がかかっていたのだ。

 

「モモン殿は約束を守ってくれるだろうか?」

 

 気になるのはそこだ。あの温和な態度から嘘をついているようには見えないが、万が一ということもありえる。だがそれでも彼の見せてくれたいくつかの魔道書は非常に価値のあるものだ。危険を承知でゼロを裏切ってでも手に入れたいと思うほどには彼は魔道バカだったのだ。

 

「おい、何をしてる貴様」

「…っあ、イビルアイ嬢だと!?」

「嬢?」

 

 嬢とか呼ばれて「うえキショイ!」とかいう感じで身を引くイビルアイ。だがデイバーノックは気にしない。元より魔道バカなので幼女から嫌われようと気にしない。

 

「くっ…まさか嬢に見られていたとは」

「だから嬢ってなんだ、やめろ気持ち悪い」

 

 恐らくは敵と思わしき謎のローブの男、そんな男からいきなり「嬢」とか呼ばれてもそりゃ引いてしまうだろう。彼女の反応は尤もだった。

 

「近くを通ったのが私だったのが運の尽きだったな。そのローブのフードを降ろせ、何者か調べさせて貰うぞ」

 

 「従わなければわかるな?」そういいながら魔法を唱え始めるイビルアイ。怪しい男への彼女の行動は当然の対応だ。そんな彼女を見て焦りながらデイバーノックが話しかける。

 

「ま、まてまて!!私はモモンさんに協力してもらって八本指を抜けたのだ!!」

「むっ?貴様やはり八本指の関係者か!…モモンに協力してもらっただと?」

 

 彼女の前にローブで隠していた顔を見せる。深々と被っていた為、イビルアイも気づかなかったのだ。デイバーノックは奇妙な仮面―――もとい嫉妬マスクを装備していた。

 

「な、何故貴様がそれを装備している!?」

 

 確かあれは()()()()だけが持っていたものだったはず。ぷれいやーなら持ってる装備とモモンガから聞いては居たが()()()()は持っていなかった。モモンガだけが持つ特殊装備だと思っていたものを何故コイツが持っているのか?疑念の表情を浮かべ、攻撃の手は止まった。

 

「…モモンさんは私と取引をしてくれたのだ」

「取引?」

 

 首を傾げる小さな魔法詠唱者、どうやら話を聞いてくれる気になったらしい。

 

「あぁ、私に魔道書のいくつかを読ませてくれる代わりに色々手伝って欲しいのだそうだ」

 

 彼は既に協力済みだ、八本指の重要な情報も幾つか渡して取引を交わしていたのである。そんな彼にモモンガは魔道書の貸し出しを約束したのだ。別に既に覚えている位階の魔道書はモモンガにとって必要なものではない。持っているのは単にデザインデータがある以上、コレクターとして揃えておきたかったからだ。

 

 イビルアイとしては「あぁ、そういえばよく読ませてもらったな」である。だが、ここまで言っても疑念がまだ消えきらない彼女はある質問をすることにした。

 

「…それでその魔道書は()()()()()()()()?」

 

 嘘ならこれで相手は答えを言い当てられないはずだ。普通この質問でどう答えるべきかなんて分からないだろう。そう思っての発言はしかし、あっさり答えられてしまった。

 

「勿論()()()()()()()()()()()()()を使わせてもらったのだ」

 

 これでいいか?という顔でデイバーノックが返事をする。そう、ユグドラシルとこの世界の文字は違う。彼らぷれいやーと会話は出来ても文章は読めないはずなのである。これにあっさり回答した時点で、信じざるをえなかった。

 

「…いいだろう、信じよう」

 

 そう彼女が返事をしたとき、新たな存在が現れた。

 

 

 

 

「よう、久しぶりだなデイバーノック?」

 

 男は声を上げ、不死王へと皮肉の笑顔を向ける。

 

「…ゼロ」

 

 ハゲ頭の刺青男、”闘鬼”ゼロがそこに居た。

 

「俺も忘れてもらっては困るな」

 

 もう一人の男が姿を現す。

 

「ペシュリアン…貴様もか」

「当然だ、裏切り者には粛清を」

 

 ペシュリアンと呼ばれた男は短く言葉を切る。全身鎧を纏ったその姿が蛍光棒で照らし出される。

 

「貴様ら、気づいていたのか?私が死んだわけじゃないと」

「勿論だ、例の剣士が流した噂だという事まで把握してるぜ?…蒼の薔薇の魔法詠唱者がいるのは予想外だったが…()()は何をしてるんだ?」

「クソッ!」

 

「おい、これは貴様の罠というわけじゃないんだよな?…というかデイバーノックだったのか」

 

 イビルアイがデイバーノックへ不信の一言を飛ばすのも無理はないだろう。あまりにも現れたタイミングが良すぎるのだ。だがそのデイバーノック自身も何故待ち伏せをされているのかは分かっていない。そんな彼には焦りの様相が漏れ出ていた。

 ペシュリアン相手なら自身も勝機はあるだろうが、修行僧(モンク)でもあるゼロは相性が最悪だ。近づかれないよう<飛行(フライ)>を使えば対処も出来るだろうが残念ながらここは地下水道。

 水が流れる地面の下、王都を囲う門へと向かう道すがらにあるこの地下水道は天井があるのだ。事実上<飛行(フライ)>は潰されたことになる。

 

 少し戻ればイビルアイが入ってきた水門への光が見えているがそこからも続々と何者かが向かってきているのが分かる。なるほど、自分は誘い込まれていたのだとデイバーノックは理解した。

 

「…罠か?いや違う。モモンさんが俺を売ったとは思えん」

 

 彼にそんな事をする利点は思い浮かばない。イビルアイの事を家族のようなものだと言っていた彼が彼女を窮地に立たせるとは思えない。彼女の登場が誤算だった可能性もあるが態々元仲間だった連中を仕向けるよう罠を張れるだろうか?モモンガの能力を考えればそんな必要もないように思える。あの時斬ってしまえばよかっただけなのだから。

 

「悩むのは後にしろ、まずはこいつらを倒すぞ」

 

 見た目の年齢にそぐわないイビルアイからの一言で意識を取り戻す。目の前の相手は油断できる存在じゃない、気を取り直して戦いへと意識を向けなおす。そうして戦争の口火は切られた。

 

 

 

 

 

 ゼロの鋼のような拳の一撃がイビルアイの顔の横を掠める。

 

「シェアァァァッ!!」

 

 そのまま止まらずに拳の連撃を放ち、途中に膝も交えて相手に隙を与えずに攻撃を続ける。

 

「ッチ!!」

 

 この地下水道の中では出来る行動も限られてくる。距離を離そうにも後ろから来ている連中がいるのだ、今の限られた空間で対処する以外に無い。後ろから来ている連中はどう考えても雑魚の気配しかしないがだからと言ってこのハゲ頭を前にして無用に相手にしたくは無かった。壁に後ろ手を付き、口を動かしながら回避行動を取る。

 

「させるかぁ!」

 

 魔法詠唱と思わしき呟き声が仮面越しに聞こえてきてすかさず拳を繰り出す。その攻撃も何とか回避するとその居た場所の壁が大きくえぐれていた。常人では考えられないほどの威力を持った拳を放つ、その錬度は流石のアダマンタイト級に匹敵すると言われるだけはあるだろう。その後も彼の連撃は止まらない。鍛え抜かれた肉体から放たれる一撃がイビルアイに当たろうモノなら彼女とて大ダメージを負うだろう。

 それでも彼女が攻撃を喰らうことは無かった。彼女は吸血姫(ヴァンパイアプリンセス)、近接戦の心得は無くとも種族としてそもそも人間の身体能力を凌駕する。その彼女の動体視力と反射速度が驚異的なまでのゼロの一撃の数々を凌いでいたのだ。だがそれだけだ。何度も地面や壁に手をつきながら詠唱の言葉を紡ごうとしてはゼロの素早い一撃に対し中断を余儀なくされる。

 

「フッ、逃げるだけか?蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、どんなものかと思ったが底が知れるな」

「………」

「言葉も出ないか?まぁいい、()()()戦うつもりは無かったが、ここで消えてもらおう」

 

 相手の沈黙を痛いところを突かれたのだろうと読み取り、ニヤリと捕食者の笑みを浮かべながら目の前の魔法詠唱者に迫る。追い詰められた獲物の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 ペシュリアンは口数の少ない男である。全身鎧の下を知る者は皆無といっていいほどであり、彼はひたすらに剣技を磨いている男だ。「空間斬」とも呼ばれるその剣技はウルミと呼ばれる特殊な武器から放たれる姿から来ている。一メートル程の鞘から繰り出されるその剣先は柔らかい鞭のようなしなりをみせ、三メートル先の相手をも切り裂く。その一撃は人間の視認速度を越え、空間を切り裂くかのような姿から付けられた二つ名だ。

 モモンガが聞けばある理由から激怒するレベルの程度の低いものだがしかし、この世界基準で言えば十分なほどの技術といえよう。そしてその技術は目下デイバーノックに降り注ぐ。

 

「ぐぅぅ!!」

 

 地下水の流れる水路を隔てている為幅自体はそこそこある通路。だがしかし水路自体は足を取られる。必然、戦いの場所は足場のある通路のみに絞られていく。人が行き来することを想定していない通路は僅かにしか幅が無く、デイバーノックは攻撃を避けることすらままならない。<飛行(フライ)>は三メートル程しかない天井が邪魔をし、それ程早く動けるわけでもないデイバーノックにとってはそれこそ狙ってくださいというようなものだ、はっきりいってこの状況は詰みに近かった。

 それも当然だろう、詰みを狙って相手は攻撃を仕掛けてきたのだから。いつの間にか追い込まれていたデイバーノックが窮地に陥るのは当然のことだった。

 

「ぬぅん!」

 

 ペシュリアンが声を上げ、更なる攻撃が下される。僅かな光の残滓と共にデイバーノックの身体を切り刻む。攻撃に身体を吹き飛ばされ、彼は水路の中へと身を投げ出す。

 

「グッ!!くそがぁ!舐めるなよ人間!!」

 

 <火球(ファイアーボール)>を撃ち込みけん制する。一発でも当たれば燃え盛る炎がペシュリアンを包み込み、隙ができるはずだ。そう思い攻撃を受けながらも魔法詠唱を続けていたのだ。だが、火球はしっかりとペシュリアンに当たったが、彼は短い呻き声を上げた以外は大して負傷した様子もない。燃え盛るはずだった炎は僅かな時間で収束していった。

 

「な、何だと!?」

「…元々お前を追い詰める作戦だ、対策していないと思うか?」

 

 そう、デイバーノックを相手にすることが元から前提だった。それで彼の得意技に対策を採らないはずがない。ペシュリアンは火属性に対する反射(リフレクト)効果のあるマジックアイテムの指輪を装備していたのだ。ダメージが無いわけではないが、少なくとも反射効果が時間経過と共に火属性を跳ね返す。火達磨のままにならずに済むのだ。

 どうするべきか、相手は自身の手の内を知っている存在だ。状況からしても圧倒的にデイバーノックが不利であった。

 

「くっ、何か策はないのか…??」

 

 このままではやられてしまう、横を見ればイビルアイ嬢も追い込まれているようだ。見捨てて逃げても恐らくモモンガは許しはしないだろう。ぶっちゃけ目の前の連中より彼のほうが圧倒的に強いという核心があった。なんとかしてこの嬢を連れて逃げなければどの道自身に未来はない。

 だが彼には策が思い浮かばなかった、まだ幾ばくかの魔道書を見せてもらった程度の彼では…。

 

 

 

 

「私が魔法を撃てないよう動いていたと思っているようだが」

「あぁ?」

 

 突如口を開いた少女に疑問の声を上げる。

 

「私の魔法はずっと発動しているぞ、()()()()()

「何!?」

 

 最近、地面に埋まったりと良いところが無い彼女。一見するとポンコツな彼女。だが、かつてモモンガと旅をしていた彼女に蓄えられた魔法の知識は伊達じゃない。

 モモンガの魔法の使用方法の中に、予め魔法を貯めておくという手法がある。彼が言うには”こんぼ”なるものらしい。様々な魔法を戦いながら連続で組み合わせる手法だ。彼ほどの手際で魔法の”こんぼ”を組み立てるのは無理だ。この世界の住人はそれほどの数の魔法を使えるわけではない。もう一つ、彼の使う魔法のいくつかに<地雷(マイン)>という特性の魔法がある。

 彼女は考えた。彼ほどの”こんぼ”が出来ないのなら、もっと手軽に相手を騙せる手法を取ればいいと。二つの特性を組み合わせればお手軽”こんぼ”魔法になるじゃないか!と。そう、彼女は魔法を作ることが趣味。この世にたった一つ、自身にしか唱えられない魔法を数多持つ天才魔法詠唱者なのだ!

 

「喰らえ!<|水晶の遠隔爆撃地雷《リモート・オブ・クリスタルエクスプロードマイン》>」

 

 ゼロの攻撃を避ける中で壁や地面に手をつき、埋め込んでいた魔法が彼女の任意の意思(タイミング)で発動される!

 

「うぉおおおおお!!?」

 

 ゼロの身体を囲うように魔方陣が発動し、その中から次々と水晶の散弾が飛び出す。咄嗟に顔を守るが散弾は次々とゼロの体に食い込み全身が血しぶきを上げる。脹脛が吹き飛び、横腹から内臓へと食い込み、肋骨を次々とへし折り顔を庇った腕はズタズタになり血が止め処なく噴出す。どうみても致命傷に見えるなかそれでも彼は立っていた。

 

「ボス!!」

 

 ペシュリアンがゼロを守るべく攻撃を繰り出す為、水路へと足をつけた。

 

「今だ!<火球(ファイアーボール)>」

 

 攻撃を繰り出すペシュリアンの()()目掛け火球を飛ばす。だが一歩早くペシュリアンの攻撃はイビルアイの首へと迫る!

 

「っ!!クソ」

 

 咄嗟に攻撃をかわしたが、そのせいでゼロへの決定打を撃ち損ねる。それと同時にペシュリアンの足元の水が火球の高熱を受けて蒸気が噴出する、水路に付けていた足が熱湯で焼け爛れ、沸騰し飛び散った飛沫と至近距離からの高温の蒸気が彼の全身の肌を焼く。

 例え全身鎧でも蒸気から鉄に伝わる熱までは防げない、火属性の火球はマジックアイテムで防げても蒸気という大地系属性に変化した熱量までは防げない。生身の彼に蒸気熱を避ける術はなかったのだ。

 

「ギィィァァアアアァァァ!!!?」

「死ね、<水晶騎士槍(クリスタルランス)>」

 

 ブスリと水晶の槍が刺さりこみ、ペシュリアンは絶命した。その瞬間、ゼロの叫び声とともに全力の一撃が振舞われる。

 

「カァァァァァァッ!」

 

 モンクとして彼が鍛え上げた特殊技術(スキル)。シャーマニック・アデプトの力を宿し、人外の力を持って攻撃を打ち出す。横を向いていたイビルアイはその全霊を篭めた一撃をかわしきることが出来ず、肩が殴られ、そのまま壁に激突する。

 

「グゥ!!!ックソ!!」

「イビルアイ嬢!」

 

 当たった箇所が肩だった為、身体が捻られ顔から壁に激突する。その衝撃で仮面の左半分が割れて散るほどの勢いだ。このままではやられる。そう思い身体を捻り、そしてゼロと目が合った。一瞬驚きの表情を見せた後、躊躇なく地面を叩きつける拳を放つゼロ。バコォォン!!と強烈な音と共に粉塵が舞い、視界が奪われていく。

 次の一手を警戒し、そのまま油断無く粉塵が引くのを待つ。―――だがゼロの姿はそこには無かった。どうやら逃げたらしい。全身を怪我していたのだ。さっきの攻撃が繰り出せる限界だったのだろう。

 

「…どうやら仕留め損ねたようだな」

「くっ、とりあえず助かりましたね」

「おまえ、敬語で話すような奴なのか?なんだか気色悪いんだが」

 

 肩が外れているのか、ダラリと垂れ下がった腕を押さえながらイビルアイが「キモッ」という顔で話しかける。割と辛辣な態度である。

 

「…モモンさんは我が師となる予定の人だ、その師である人の家族は敬意を払うべきだろう」

 

 たった今しがた、強さも認めるに値するのを間近で見たデイバーノックは魔法の先輩としても彼女に尊敬を抱いた。故に敬語で会話しているのである。今度は口に出して「キモッ」とか言われたけど彼は気にしなかった。とりあえず後ろから来ていた雑魚を魔法で肉片に変えながら二人で今後を考える。

 

「見られた…か?不味いな…」

「まさか吸血鬼だったとは…」

 

 当然ながら、仮面が割れているイビルアイの目を見てデイバーノックも彼女の種族に気づいていた。だがゼロが気づいたかは分からない。この薄暗い地下水路の中、光を放つ蛍光棒を持っていたのはペシュリアンだったのだ。彼が倒れ、光は水路の中に埋もれて光は弱くなっていた。見られたかどうかまでは判断が付かなかったのだ。

 

「フンッ、悪いが貴様を見逃すことはできん。仲間と合流するまで私と一緒に来てもらうぞ」

「え、そんな困ります!?」

「文句があるなら消し去る、あと敬語キショイ」

「………」

 

 辛辣すぎる一言に思わず黙る不死王。彼の苦労は既に始まっている。

 

 

 

 

 

「イ、イビルアイ!!いる―――」

「我が右腕に宿りし暗黒が唸る!!超級奥義!!!!邪王炎殺―――」

 

 バタンッ―――扉が閉められる。

 

(あれ?部屋間違えた?)

 

 確認するが、間違えてはいないようだ。気を取り直してもう一度扉を開ける。

 

「くっ!!静まれ我が邪眼よ!!!私を乗っ取るというのならばこの右手に宿りし暗黒の炎で―――」

 

 バタァァァン!!―――扉が閉められる。直後ドッドッドッドという足音と共に扉がビタァァァアアン!!という音を鳴らしながら開かれる。扉のダメージが心配だ。

 

「モ、モモンさん!?来てたのですヵ!?」

「え、えぇ…はい」

 

 気まずい、凄く気まずい。常識人だと思っていたラキュースがまさかの中二病ということを知ってしまった。精神の沈静化が行われる。あぁ、こういう時の沈静化は助かる。

 目の前ではラキュースが前に腕を組み、顔を赤らめながらモジモジしている。腕に挟まれた胸が強調されていて凄く目線の行き所に困る光景だ。下に目を彷徨わせ顔を赤らめチロチロとこちらを見てくる。

 

「み、見ました…?」

 

 頬を染めながら、ポソッと呟く。これが着替えシーンとかなら分かる態度なのだが。見せたのは中二病シーンだ。はっきりいって若気の到りをえぐられる気分なのでモモンガのテンションは全く上がらなかった。

 

「あぁー…その、そんなことよりですね。困ってるので協力していただきたいと」

「ウグッ…!そ、そんなことって」

 

 何故だかショックを受けた様子のラキュースがしかし、困惑していると思わしきモモンガの姿に気づいて意識を改めなおす。

 

「何かあったんですか?焦ってるようですが」

「その…お、お、お―――」

「お?」

「女物の服を貸してください!!!」

「―――はっ?」

 

 ポカン、と口を開けて目の前の大男を見上げる。当然の反応だろう。推定年齢200歳以上の漆黒の鎧を着た男が女性の服を所望してるのだ。よく見知った仲でなければ平手打ちしていたかもしれない。

 

「…一つ聞きますが。変なことに使う訳じゃないですよね?」

「ち、違います!その、娼館から救助した女性の服が血に濡れていて…」

「娼館を、やってくれたんですか?」

「えぇ、まぁ。流れで…」

 

 何故か「やっちゃった」みたいな雰囲気を纏っているが、どうやら娼館を潰してくれたらしい。ラキュースとてあの娼館は消し去りたくてたまらなかったのだ。目の前の男性へ好感以外に浮かぶものはない。

 

「わかりました。どのぐらいの背丈の方でしょう?皆の私服の中から選んでもっていきます」

「あぁ!助かります!!やはり常識人だ!!!―――中二病だけど」

「中二病?」

「いえ、なんでもないです!…とにかく酷い姿なので急いでやりたいんですが」

「えぇ、少し待っていてください。すぐに用意しますので。…仲間へ書置きを残したいので、少し時間を頂きますね?」

 

 「勿論」と答え。続いて女性の特徴を教え、ラキュースが自室へ一度戻る。時間がかかるかと思ったが思いのほか早く出てきてくれてモモンガはホッと胸を撫で下ろす。

 

(良かった。ラキュースさんはやっぱり出来る人で、しかも常識人だ―――中二病だけど。)

 

「何か失礼なことを思われた気がするのですが?」

「いやいやいや!そんなことありませんよ!?さ、行きましょう!」

 

 女性特有という奴だろうか?勘の良さにドキリとしながら階段を降りていく。女性を匿うだなんて早々あることじゃないので焦っていたが、頼れる女性が付いてきてくれることにホッと胸を撫で下ろし、一階の酒場に着いた頃には先ほどの出来事をいじりたい衝動に駆られていた。

 

「―――邪王炎殺黒龍波」

「ちょ!!?モモンさん!?」

「―――我が右目が疼いてならぬ、深淵の闇を覗きし魔眼!」

「お昼!!!お昼おごります!!!!だから黙ってください!!!」

 

 何故人が沢山居る場所で言うのか、とラキュースが焦って叫ぶ。女性に奢らせるだなんて発言が飛び出し酒場の客の一斉に視線が集まる。さっきから滅茶苦茶見られていた。周りは口々に「あ、ペドだ」「漆黒のペドがきたぞ」なんて囁いている。あの蒼の薔薇のラキュースが奢ると言い出すなんて、そりゃあもう目立つどころではなかったのだ。

 

「―――あ、ひょっとして机の下に設定ノートとか隠してたり」

「何でもします!!何でもしますから何も言わないでください!!!!」

 

 女性に、しかもラキュースに何でもしますだなんて言わせる漆黒のペド。周りは更にザワザワしだし、口々に「ゲズ・ザ・ダークウォーリアー」だの「漆黒の外道」だの単語が飛び交っていた。自分は目立たない格好で、しかも完璧に馴染めていると思っているモモンガはそんなことも露知らず。ラキュースの反応をみて(じゅ、重症だー!!!)と沈静化を行うのであった。




<水晶の遠隔爆撃地雷/リモート・オブ・クリスタルマイン>

融通の良さを求め、”こんぼ”を手軽に生み出すべく作られたイビルアイのオリジナル魔法。作中では描かれませんでしたがこれで足止めしたあとクリスタルランスで貫くのがコンボの模様。
尚、便利さを求めたあまり威力は低下し2位階級です。イビルアイの能力値のおかげで3位階級までの威力が出てるだけ、という設定です。これが5位階級クラスならゼロさん即死ですし。
全てはモモンガの相手を騙す手法を真似た戦術という代物です。

その他、コメントや誤字報告ありがとうございます。
励みになります。

2018.06.05追記
×クリスタルマイン ○クリスタルエクスプロードマインが正式です。
誤字報告ありがとうございます。
まぁもう登場しないと思うので覚えていただく必要はないかと思います。
使える場面あればまた使いたいですね。


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王都最後の夜(上)

幼女が割りと酷い目にあいます。ご注意。


 軽装鎧を身に纏った一団は駆け足で目的地へ向かう。彼らの一団のリーダーと思わしき人物は焦りの顔を浮かべながら駆ける。その顔には予定が崩れてしまったことへの恐怖が感じ取れる表情だった。

 ―――自分はちょっと裏の賭け事に手を付けていただけなのだ、それがまさか借金を理由に蒼の薔薇を押さえ込めだって?だがそれ自体はいい、ただ適当にでっちあげた罪で一時拘留させればそれでいいだけだ。問題はここに来る前に娼館が襲われたということだ。移動の最中、中から次々裸の男女が飛び出してきたのだ。対応せざるを得ず、こうして今遅れた時間に焦りを覚え、必死に駆けているのだ。

 

「間に合え!間に合え!!!」

 

 顔を青褪めさせながら走り続ける―――手遅れなのは、言うまでもないことだ。

 

 

 

 

 

 

「…ラキュースは何処へ行ったのだ?」

「書置きがある、モモンのところで秘め事中らしい」

「ングッ…冗談はよせ、そんな気分じゃない」

「まぁ、冗談だけど…にしても」

 

 チラ、とティナが横を見る。仮面を取り上げられ。ロープで縛られながら美女美少女集団に囲まれるデイバーノックの姿がそこにはあった。

 

「まさか他の男を連れ帰るとは、イビルアイがっつきすぎ」

「誰ががっついてるんだ、誰が。…逃がす訳にいかんから連れてきただけだ」

 

 変な言い方をするな、と言いながら皆でデイバーノックを囲んで睨みを利かせる。

 

「クソッ、どうしてこうなったのだ…?」

 

 困ったように呟きながらも目の前の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は逃げようとする素振りは見せない。モモンガから蒼の薔薇には手を出さないよう言い含められていたのだ。下手に抵抗して傷つけるわけにもいかないと考えた彼は黙って従うしかなかった。

 

「聞いてた特徴だと赤色の袖先のローブだったはず、何で真っ黒?」

「モモンさんが色を変えてくれたのだ、魔法の染料(マジック・ダイズ)を使ってな」

 

 「目立つでしょ?」ということで見事に漆黒一色のローブの出来上がりだ。「なるほど」とティナが短く返して会話は終わる。

 

「とりあえず<伝言(メッセージ)>使ってみれば?」

「そうだな…ラキュースに繋いでみる」

「モモンにも情報は伝えるべき」

 

 ティアが進言する、別に変な意味を篭めてるわけじゃないのだろう―――真剣な声色だった。二人の間に何かあったのだろうと思っていた仲間達はこんな時まで意地悪く突っつくことはしない。イビルアイにとってやはり最高の仲間達だったのだ。

 

「…ラキュースと一緒ならアイツにも情報は伝わるさ。とりあえず、ラキュースとの連絡が先だ」

 

 そう言い、<伝言>を繋げる。残念ながら、呼び出しても反応がない。<伝言>は相手もどちらか片手が空いていなければ使えない。頭に指をつける必要があるのだ。戦っている時や何かで両手が塞がっている時は会話することができないのだ。

 

「クソッ、繋がらないぞ?何かあったのか?」

「私が偵察行って来ようか?」

「今バラバラになるのは不味くねぇか?ただでさえリーダーになんかあったのかもしんねぇのによ?」

 

 ティアの提案にガガーランが否定的な声を上げる。行き違いもあるかもしれないのだ、別に間違った判断ではないだろう。

 

「大丈夫、私なら鬼ボスの臭いだけで探し当てることが出来る。今は()()が来てるから臭いも濃いし」

「うーわ…引くぞ」

 

 ドン引きしてしまう。臭いで探し当てられるだけでも引くのに()()が来ているとか判断出来ちゃってるのが更に引く。何で知ってるんだと言いたいが言わない、言ったら色々語るだろうから。

 

「というわけで、出てくる。仮面貸して?」

「ん?なんでだ?」

「今もモモンのところに居る可能性が高い、もしモモンと一緒に居たならついでに返してくる」

「あ、あぁ…わかった」

 

 そういいながら”嫉妬ますく”と言われる仮面を手渡す。「じゃ、いってくる」といいながらあっという間にティアの姿は部屋から消えていった。

 

「モモンにも連絡取ってみればよかったんじゃ?」

「う、その…」

 

 イビルアイが言い淀む。やっぱり声をかけづらいのだ。未だ彼を強制的に振った状態は続いているのだから、たとえ声だけといえどやりとりはしたくなかった。

ティアはそんな彼女に気を使い自分から名乗りをあげてくれたのだ。感謝せねば、とイビルアイは思いながらも次の行動に気を回す。と言っても出来ることは現状待機だ。やれることは頭の中で何が次に起こるのか、どうするべきなのかを考えることぐらいだった。

 

 

 

 

 ゼロに顔を見られた可能性がある、今もって仮面の半分は割れたままだ。ここには魔法で姿を消した状態で戻ってきた。顔を見られた可能性は問題だが、それ以上にデイバーノックをどうにかするのが先だろう。そう思い先に戻っていた仲間と一緒にラキュースを待っていた。

 先の一戦で気になることがある。ゼロは「()()()戦うつもりは無かった」と言っていた。それはどういう意味か?―――つまりは後日攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。そこまでは良い。デイバーノックを処刑する、それだけのつもりなのだろう……本当にそれだけだろうか?何か違和を感じ、思考を練り直す。

 本当にデイバーノックを殺すだけか?あれほどの人数を用意して。それも態々昼間から行動して。

 

 そうだ、私達はいつも夜に行動していた。人目に付きにくいように。相手も当然夜の行動が基本だ。裏社会の人間が日中表立って行動は出来ないだろう。どんなに影響力が強くても裏社会は裏社会。基本は日陰側の存在なのだから。そこまで考えがいったとき、一つピンと来るものがあった。

 近頃夜に行動している存在。それは八本指の連中と蒼の薔薇。そしてもう一つ…。

 

「…モモンとラキュースは襲撃にあっているのかもしれない」

「あん?昼間っからか?」

「デイバーノックは昼間に襲われた。地下水道という人目に付かない場所だったが、それでも2、30人ほどのゴロツキを用意していたんだ。かなり大規模な行動だろう」

「確かにな。けどよぉ、それでモモンの旦那が襲われるっていうのは?」

「ゼロ、あいつは()()()戦うつもりは無かったと言っていた。つまり今日の襲撃の目標は私達じゃないということだ」

「…んで?それがモモンの旦那の襲撃に繋がるのか?」

「アレだけの人数を揃えていた。そして六腕の中で二人がデイバーノックに宛がわれた。…残りは?」

「…可能性としてはありえるかも、デイバーノックの相手は有利に働くゼロが自分から行っただけかも」

 

 ティナが自身の考えを推してくれる。日中からの大胆な行動が実行に移されたという提言だ。今までお互い夜に行動しあっていたから昼間は何も無いと思い込んでいた。そう、そこを逆手に取ったのだ。

 

「だとしたらよぅ、俺らを足止めする必要もあるんじゃねぇか?」

「うん?」

 

 ガガーランが何かに気づいたかのように声を出す。

 

「だってよ?俺ら毎日のように旦那と連絡取ってるんだぜ?イビルアイを使ってよ。協力されちゃ連中だって困るだろ?」

「………」

 

 確かにそうだ、そしてその協力を塞ぐ手立ては何か?考えてみる。ゼロが発したある一言が思い浮かんだ。

 

 (―――()()はなにをやってるんだ?)

 

「―――不味いぞ、デイバーノック!今すぐどこかに隠れろ!!」

「な、何故ですかお嬢!?」

「キショイが今はどうでもいい!!とにかくはや―――」

「誰かきた!!」

 

 ティナの野伏(レンジャー)としての能力が異音を捉える。複数の集団が金属音を鳴らしながらこちらに近づいているのだ。そして警告も碌に無いまま扉が蹴破られた。今日の一番の被害者はこの扉かもしれない。美女にバァァン!と勢いよく開かれたと思えば最後はむさ苦しい鎧を纏った衛兵にドォォン!と蹴り潰されたのだ。哀れドア。

 

「我々は王都憲兵団第11隊所属のものだ!!蒼の薔薇が不法侵入者を匿っていると聞いて取調べにきた!!!」

「クソッ!!遅かったか!!?」

 

 目の前には名乗りを上げた警備の為の憲兵団がいる。そしてデイバーノックはその顔を晒したままでいた。イビルアイも顔を見せないよう、咄嗟に手で覆ったが出来たのはそれだけだ。そして連中は詳細は聞かされないまま動かされていたらしい、デイバーノックを見て動揺の声を上げている。

 

「な、エルダーリッチだと!?」

「クソッ!!悪いが逃げさせてもらうぞ!!!」

 

 両手を後ろ手に縛られた状態では攻撃魔法は使えない。攻撃の方向性を示すのに手の向きが重要だからだ。杖など持っていればそれを向けた方向でも指定できるが彼は杖を使ったりはしない。そのまま後ろにある窓に突撃し、貴重なガラス材を砕きながら窓から飛び出していく。<飛翔(フライ)>を唱えてそのまま行方を眩ますつもりだ。だが身体を縛るロープが邪魔だった。

 

「ク、クソ!上手く飛べんぞ!?」

 

慣れない姿勢で飛行しようとしたせいかフラフラと地面に足を付く。当然だが、市中の面々に顔を見られた。

 

「うわぁぁぁぁ!!エルダーリッチだぁぁぁぁ!!!!??」

「う、うわぁぁぁぁ!!?」

 

 もう街中はパニックである。日中の王都のど真ん中にエルダーリッチがぽっと湧いたのだ。恐慌状態になるのは当然だろう。そうして事態は悪い方向へと動き出す。どんどんと、ひたすらに悪い方向へと流れ出す。

 ―――彼ら衛兵は本当はもっと早くくるはずだったのだ。だが娼館壊滅というアクシデントがその足を止めていた。それだけじゃない、デイバーノックがここに居なければ、ただ偽の情報で一時的に拘束をするだけだったのに。事態は悪い方向へと動き出す、それはまだ留まることを知らない―――

 

 

 

 

 

「超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!!!」

 

 気合いを込めた掛け声と共にラキュースの魔剣が唸りをあげる。横に薙いだ魔剣キリネイラムが放つ無属性衝撃波が男目掛けて突き進む!

 

「な、何!?」

 

 その一言をもって、サキュロント―――六腕最弱の幻術使いは死亡した。幻術で何処にいるか分からないというなら面で制圧すれば良い。ラキュースの技量ならば簡単な戦いであった。代わりに宿の壁が穴だらけになったが戦いなのだ、仕方ない。後で宿の店主が泣きはらしていたが仕方ない。

 既に周りは制圧済み、そもそも自分は突っ込んで行ったモモンガのお零れを斬っていただけだ。宿泊していた自室に特攻していく彼に気を向ける。

 

「まぁ、大丈夫よね。モモンさんなら――」

 

 あの強さなら間違いなく全部やっつけてるだろう。イビルアイでも絶対勝てないという男。ただ心配なのは少しばかり陰鬱な気配が感じられたことか。そこが気になり、外でジッと待っている状況でもないとラキュースは彼の自室へ駆け出すのだった。

 

「モモンさん!大丈夫―――」

「あぁ、ラキュースさん。こっちは終わりましたよ」

 

 「そちらも無事で何よりです」そう言いながら平然としているモモンの姿に驚愕を覚える。なんといっても真っ赤なのだ。彼がじゃない。彼の過ごしていたはずの部屋が真っ赤なのだ。それもドス黒い色をしていて臭いも強烈だ。

 言うまでも無く。部屋は血みどろにまみれていた。恐らく残りの六腕だったろうものやゴロツキの腸がそこかしこに飛び散っている。もはや何人居たのか把握することも出来ないほどの肉塊の量だ。

 

「モ…モンさん、これは…一体」

「あぁ、すみません。不快でつい。…あと、助けた女性は攫われてしまったみたいです」

 

 サラッと、何でもない事のように言うモモンガの姿。それに恐怖の感覚を持つことは可笑しい事ではないだろう。ラキュースは少しばかり、肝が冷え上がった。

 

「ほんと…こいつら不快ですね。せっかく助けたのに…」

「モモンさん…」

 

 彼が何故ここまで苛立っているのか。それを知りたいと思うと同時に怖いとも思ってしまう。一体彼が何故ここまで?イビルアイが関係しているのか?―――分からない。聞こうにも恐怖が先に立つ。

 

「……イビルアイは、元気にしてますか?」

「は、はい?」

 

 突然の質問に思わず疑問系の声を上げる。

 

「あの子を、その…色々、傷つけてしまったかもしれないから」

 

 言い淀みながらも最後まで言ってくれる。彼はラキュースを信頼して言葉を発しているのだろう。イビルアイのよき仲間、よき友人であるラキュースに。

 

「私が…その、ここに来たせいでイビルアイが苦しんでいるのかもしれない…と。」

「モモンさん…」

「余計な事をしてしまったのでしょうか?私としては、イビルアイに安全に過ごして欲しかっただけなんですが…」

 

 二人に何があったのか、詳細は何も聞いていない。だけれど分かることがある。二人はお互いの事で心が揺れ動いている。その先の感情がラキュースにとってはっきりと語れるものではないけれど、それがお互いにとって大切なものなのだろう。

 

 ―――それだけはわかる。

 

「イビルアイは…楽しそうでしたよ?」

「………」

「あなたに会えてから、お化粧したり―――服や仮面の手入れをしていたり」

「………」

 

 化粧はラキュースのお姉ちゃん魂によるものだが、それを言うのは野暮だろう。実際嫌なことは嫌と言い切るイビルアイは今の今までラキュースの施す化粧は一切断らなかったのだから。

 今日だってそうだ、結局は断らなかった。彼女はやっぱり恋を続けているんだろう。

 

「私は、蒼の薔薇のリーダーとしてあなたに感謝します。―――イビルアイに女としての笑顔をくれてありがとうございます」

「―――!!」

 

 一瞬、動揺したかのように身体を揺れ動かしながら顔を覆い、それから続けて言葉を出す。

 

「…ありがとうございます。少し気が楽になりました」

「どういたしまして」

 

 ニコリ、と笑いかけるその笑顔はまさしく生きるエネルギーを感じさせるものだ。彼女は黄金ではなくとも、太陽ではあるのだ。そんな笑顔に心が救われた気分になる。

 

「あぁ、()()()には秘密ですよ?こんなこと言ってたなんて聞かれるとちょっと…いやかなり恥ずかしいので」

「えぇ、内緒にしておいてあげますよ」

 

 フフッと笑うラキュース。その笑顔はやはり美しかった。

 

「…ありがとうございます。私もあなたの”闇”については黙っていますので」

「や、”闇”って何のことでしょうか!?私はそんなの知りません!!」

 

 顔を真っ赤に染め上げ、両手を前に突き出しブンブンと手を振り回す。動揺しまくっていた。

 

「ハハハッ!…さぁ、行きましょう。攫われた彼女を探し出さないと」

「うぅっ…えぇ、イビルアイも探さないと」

「まぁ、あの子は強いから大丈夫だとは思うんですが…」

 

 幾ばくか、空気の和らいだ口調でモモンガが言う。

 

「とにかく、移動しましょう。攫われた…ツアレって名乗ってましたか。彼女を探しましょう」

「はい…なるべく穏便に、行きましょう」

 

 この血と臓物の部屋がもう一度生まれることが無いよう、祈りつつラキュース達は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 王都は未だ混乱状態だ。厳戒令が敷かれ、エルダーリッチを探索する王都憲兵団がそこかしこに蔓延っている。彼らは表向きはそのエルダーリッチを探して行動中だ。だが実態はイビルアイ達を追い詰めるために行動している。連中は、イビルアイの本当の姿を知っている。

 ―――そう、彼女が吸血鬼だという噂が都内に広まって行ってるのだ。

 それだけじゃない。蒼の薔薇のイビルアイはエルダーリッチを使って王都を混乱に陥れようとしていたと話が広まっているのだ。嘘の中に真実を織り交ぜられると嘘と判断が付きにくくなる。そうして彼女達は追い詰められていく。時刻は夕刻を指しつつあった。

 

「…不味いな、完全に私達のせいになってるぞ」

「一時的なもの、八本指さえ潰せばどうとでもなる」

「ティナの言うとおりだぜ?こっちは英雄。あっちは悪党。どっちを信じるかなんて決まってらぁ」

 

 そういいながら自責の念に駆られるイビルアイを励ます。既に広まった噂に自省の念に駆られる彼女はどこまでも気落ちしていた。

 この状況、本来なら王都をさっさと出るべきだが、そうしないのはラキュースとティアが行方不明だからだ。あの時離れてからティアも姿を見ていないのだ。潜伏中か、捕まったかすら分かっていない。

 

「とにかく、皆と合流するべき」

「そうだな、だが憲兵が邪魔だな。先ほどから輪を作るように警戒網をしいている」

「こりゃバレてんな。仕掛けてくるか?」

 

 ガガーランが確信じみた宣言をする。彼女達は多くの修羅場をくぐってきたのだ。状況を把握する能力も伊達ではない。

 

「全く勘の良い連中だな…流石はアダマンタイト級冒険者といったところか?」

 

 その声に全員が視線を向ける。そこに居たのは―――

 

「ゼロ、やはり生きていたか…」

「あぁ、おかげでポーションの手持ちが減ってしまったがなぁ?」

 

 ニヤリと笑いながらゼロが仁王立ちしていた。その姿はどこか狂気じみていて、正気を保っているのか疑わしいほどだ。

 そして後ろにはゴロツキと見られるもの。依頼されたのか組合から討伐依頼でも出たのか、冒険者達まで居た。

 

「ふん、てめぇがゼロか…てめぇだけなら私でもやれっぞ?」

 

 ガガーランが相手を挑発する。実際ガガーランのほうが強いのだ。彼女の力ならばゼロを圧倒は出来ずとも確実に勝利へと向かっていけるだろう。

 だがガガーランの挑発もなんのその。ゼロはイビルアイへ強く睨みを利かせたまま視線を外さない。

 

「貴様等はどうだっていい、そこのクソガキに用がある」

「変態現る」

「アァ!!?」

 

 軽口を忘れないティナの一言にゼロが反応する。どうやらどうでもよくは無くなったようだ。短気なだけかもしれないが。

 

「…フン、貴様等の()()はもう決まっているんだがな?今朝のお礼参りをしようと思ってな」

「あん?どういう意味だ」

「なぁに、()()だよ、()()。貴様等…おっと、そこの()()()()にはダメージになるんだったか?」

「…貴様」

 

 つまり、吸血鬼に効く何かを用意したということだろう。こちらが語る間も無くゼロは続ける。

 

「あぁ、そうだ。言い忘れていたぞ?切らした回復薬を補充しようと買い物に行ったらなぁ…この街の薬剤店がこぞって()()してくれてなぁ」

 

 ニヤリという下卑た笑みと共にゼロが語りかける。()()、それはつまり、脅したか強奪でもしたのだろう。

 

()()()()()を排除するのに、目一杯協力してくれたぞ…クソガキがぁああああああああああああ!!」

 

 狂気の表情を灯しながらゼロが叫び、そして辺り一帯から突然ポーションが空中を飛び交う。

 彼女達の周りにある建物全てから一斉にポーションが中を舞う。イビルアイにとって毒でしかないそれが全方位から見舞われたのだ。

 

「クソッ!!<水晶盾(クリスタルシールド)>!!」

 

 咄嗟にポーションを避けるべく、全方位のそれに対応すべく水晶の膜を張る。だが()()()()である瓶の投擲は防げても、そこから割れた液体までは防げないのだ。何せ()()()であって()()ではないのだから。

 品質の差はあれど薬師や店から強奪してきたと思わしき液体の数々がイビルアイを襲い立て、彼女の体が煙を発する。ジュゥゥ!という肉の焦げるような音が体のあちらこちらから発せられる。

 

「グァァァ!!ックソォ!!!?」

「イビルアイ!!俺の懐に入れ!!」

「忍術<大瀑布の術>!!」

 

 ガガーランがイビルアイを庇い、そしてティナの忍術が液体を退ける。大瀑布の水が投擲の勢いを削ぎ、割れた瓶の液体も一緒に流されるのだ。その隙を縫ってティナがクナイを投擲しようとする。

 

「よせ、ティナ!!一般人を殺す気か!!?」

「こっちの身の方が大切!!やらなきゃやられる!!」

「おいティナやめろやぁ!?」

 

 そう、さっきからポーションを投げてきているのは家屋に住む一般人なのだ。ゼロに脅されたのか、嫌々投げてくる。だが少女を攻撃するという罪悪感はイビルアイがあげる煙を見ればたちまち薄れていく。

 ―――それは、この世界の人間にとって当たり前の、死者(アンデッド)へ向ける思考。

 

「ほ、本当だった!?アンデッドだぞ!!こ、殺さなきゃ!!こっちが殺される!!」

 

 家屋の中から誰かが叫び、次々と液体が降り注ぐ。最早イビルアイを庇いきれる状態ではなく、少しずつ体が溶かされていく。だが、しかし…それでも彼女は取り乱さなかった。

 

「アグッ!!…いいかティナ、絶対殺すなよ」

「どうかしてる!自分が殺されるかもしれないのに―――」

「今…グッ!市民を殺せば私達が完全悪だ!!ラキュースも!ここに居ないティアも悪党として断罪される身だぞ!!」

 

 この状況、この立場。それが彼女達を追い込む。知らず悪として断罪される側になるだろうラキュースとティアを巻き込みたくない。そんな優しいイビルアイの思いはしかし、ハゲ頭のクソ野郎によって潰される。

 

「カァァァァァッ!!!!!!」

 

 シャーマニック・アデプトの力<足の豹(パンサー)>を使い一瞬で近づき<腕の犀(ライノセス)>で剛撃を繰り出す。言い争いをしていたティナのその気の乱れを突き渾身の一撃を繰り出す!

 メキィ!と拳が脇腹にめり込み地面を転げまわる。ガシャァン!という音と共に壁にぶつかり、そのまま動く様子は無かった。

 無言で地面に伏すティナの姿を見ながらイビルアイは叫ぶ。

 

「くそっ!!ガガーラン!!私は放って逃げろ!!」

「出来るわけねぇだろが!!」

 

 そう言いながらイビルアイの体を抱え込むガガーラン。イビルアイにポーションがかからない様その巨躯を使って防いでいたのだ。だがそれも直に終わりを迎える。

 

「どうやら、効き目ありだったようだな?クソ吸血鬼」

「ってめぇ…!!」

「邪魔だ…セァァァァアア!!!!」

 

 ガガーランの叫びも途中で消える。今だ全方位から降り注がれる液体に身動きもとれず。ゼロの強烈な一撃をまともに喰らったガガーランは建物の壁を破壊しながら崩れ落ち、白目を剥いた。

 

「ガガーラン!!クソッ!!!!」

「さて、お楽しみと行こうか?クソガキ」

 

 イビルアイにとって地獄の時間が始まる。守るものが無くなった彼女の身体は蒸発を続ける。―――状況はどんどん悪くなっていく。それはまるで()()()()()()()()()()しているかのように。

 

 

 

 

 

 

 日は暮れ、夜へと変化する時刻。

 モモンガとラキュースは王城の前に来ていた。もっというとモモンガとラナーが密会をしていた堀のある場所だ。

 彼らは街中で広まりつつある吸血鬼捕縛の話を聞きつけ。ラナーとコンタクトを取りここに来ていた。どれだけ探してもツアレという女性は未だ見つからず、今は都内に蔓延る噂を優先する事にした。

 苦渋の決断だが、二人にとってもイビルアイは大切な存在だ。失うわけにはいかないと、選んだのだ。

 

「お二人とも、こちらです」

 

 ゴリゴリという音と共に壁の一部が開いていく。開いた壁の中に居たのはラナーだった。

 

「こんな所に地下通路があったなんて…」

「これは王族の緊急脱出用通路よ。本来は私達王家の者と信用できる側近以外は知りません」

 

 ラキュースの疑問にラナーが応える。「内緒ですよ?」と言いながらツカツカと早歩きで進む。その顔はいつもの明るい雰囲気は無く、無表情に真っ直ぐ通路の奥を見つめていた。

 

「お二人とも、襲撃されたとは聞きましたが…お怪我はないのですね?」

「えぇ、モモンさんが全部―――その」

 

 言い淀むラキュースの姿に違和感を覚える、顔が青いのだ。

 背中から感じられる気配は只者ではないと、戦いに関して素人のはずのラナーですら分かる気配が漂っている。恐怖で足がすくまなかったのは事前に覚悟が出来ていたからか…彼女にはわからなかった。間違いなくこれから先、地獄が待っているだろう。思えたのはそんなことぐらいだった。

 

 ラナーが協力したとバレる訳にはいかない。彼女とは地下通路の出口で別れて城内を隠れ進み、地下牢へと突き進む。不可視化の指輪を使い、衛兵達にもバレることなく地下牢の中に潜入することが出来た。

 中の守衛はサクッと気絶させ、一つ一つ牢屋を確認していく。そうしてあっさりと、二人はティナとガガーランの居る牢屋へとたどり着いた。

 

「良かった!二人とも無事なのね!」

「鬼リーダー、こっちは平気だから」

「ちびさんが連れてかれちまった。すまねぇ、なんも出来なかった…」

 

 豪快なはずのガガーランがぐてん、と頭を下にさげて謝罪する。

 

「イビルアイは?ティアも何処へ行ったの?」

「ティアは分からない。多分どこかに潜んでる」

「モモンの旦那よぉ、済まねぇ。イビルアイは身代わりになっちまった」

「…それは、何故ですか?」

「私達が至らなかった、イビルアイは私達に罪がかからないように嘘をついた」

 

 ティナの簡素な説明に同意するかのようにガガーランが俯く。

 

 

 

 他の冒険者達に取り押さえられたティナとガガーラン。イビルアイは二人を救うべく、拷問と変わりない状況で戦い続けた。絶えず降り注ぐポーションに体中が焼け焦げ。満足に動けない身体はゼロの攻撃を避けることは出来なかった。そこへ更に登場した連中がいる。

 既に全身から煙を上げた状態で彼女を迎えたのは八本指に協力していた貴族の私兵だったのだ。

 

「クソッ!」

 

 その状況でイビルアイは尚もあきらめなかった。―――いや、勝ち目はないと考えはしたのだろう。

 

「貴様等のせいだ!!私の計画を邪魔するためにバラしたんだろう!?ガガーラン!ティナ!!」

 

 そう叫びたてる。仲間を不審し、協力してないかのような態度を作ろうとし続けたのだ。

 勿論、バレバレの嘘だ。けれど彼女は嘘をつき続けた―――仲間の命を救いたくて。自分の命はあっさり差し出してでも。

 

 そんな話を聞いて尚、モモンガは―――

 

「…とにかく、お二人共怪我も大したことないようだ。良かった」

「旦那…」

 

 ガガーランの呟きも耳に入れない。仲間が無事だったのだ。そこに嘘偽りはない。

 後はイビルアイを救う。それ以外無い。ただそれだけの為に動き出す。

 

「イビルアイは何処に?」

「分からない。ただ処刑されるというのは耳にした」

「処刑…」

 

 その言葉にモモンガからゾワリとするほどのオーラが漂う。

 

「モモンさん…ラナーなら何か知ってるかもしれません。聞いてみては?」

「…そうですね、もう一度<伝言>で会話を―――」

「そ、そこの剣士!!待ってくれ!!!!」

「ん?」

 

 一つの牢屋から叫び声が響く、向けた視線の先にいたのは数週間前に見た顔だった。

 

「あ、あんたは!!」

「む?私の顔を知っているのか?…まぁいい、とにかくここから出してはくれないか?」

 

 そういい、懇願の目で見つめてくるニグン・グリット・ルーインの姿があった。

 

「生きてたのか…てっきり()()()()で死亡していたと思ったのだが」

「そ、そこまで知っている貴殿は一体何者だ?」

 

 法国の特殊部隊には捕縛され、洗脳魔法を使用し質問を三回すると身体に埋め込まれた魔法が発動し死に至るという割とえげつない仕組みがある。それを目の前の剣士が知っているのだ。法国と何か縁があるのかと驚きの表情を作る。

 

「いや、今はどうでもいいか。出してはくれないだろうか?」

「…貴方を出すメリットが思い浮かびませんが」

「私はこれでも優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。何か力になれることがあるなら手伝おう」

「…信頼できませんね。第一私は蒼の薔薇の味方だ。貴方は協力出来るのか?」

 

 イビルアイを殺そうとした時の事を思い出す。とてもではないが協力できる相手ではないだろうと考え至る。

 

「…背に腹は変えられない、か。―――協力は約束する。どうか機会を与えては下さらないだろうか」

 

 悔しげな表情を見せながらも真っ直ぐにモモンガを見つめ返す。少なくとも脱出の機会を逃すつもりは無いらしい。

 

「…いいだろう。ただし一つ仕事をしてもらうぞ?」

「あぁ、感謝する。して、仕事とは?」

「人探しだ、奴隷扱いを受けていた女性を探し出してもらいたい」

 

 今は人手が足りない。本来の姿に戻れば簡単に全てケリが着くのだろう。だが目立たないようツアーから言われているし、本来の姿で行動してどこかに居るかもしれないプレイヤーを刺激したくもない。だがツアレという女性も放っては置けない。そこでこの男だ。

 自身はイビルアイを助けに行く。彼女が無事ならそれでいい。今はただそれだけだ。

 

「なるほど、人命救助ならば喜んで協力しよう。どの様な姿の御婦人なのだ?」

「あぁ、えーっと顔は―――」

 

 情報を与えた後、檻から出してやる。

 

「感謝する…貴殿の名は?」

「モモンだ」

 

 名を聞き、感謝の意を示しながらニグンは立ち去っていった。

 途中ラキュースと目が合って火花が飛び散っていた気がするが気にしてはいられない。<伝言>を使い、ラナーと手短に情報交換をしていく。

 

<<ラナー王女、どうやらイビルアイとはすれ違いだったようです。居場所を突き止めたいのですが…>>

<<申し訳ありません、モモン様。私も先ほど彼女を連れて出て行く一団の姿を見ました。ご連絡差し上げたかったのですが…>>

<<王女様が悪いわけじゃありませんよ。どこへ向かったか分かりますか?>>

<<えぇ、場所は―――>>

 

 場所を聞いた瞬間から走り出す。今すぐにでもイビルアイの元へ駆けつけたい。そうしてラキュース達を置いたままに走り出す。

 内心では焦っていたのかもしれない。生き返らせる方法はあるが、でもそれなら死んで構わないわけではない。生きていて欲しいと願いながら足を動かす。

 そうして王都中央広場へと駆ける。

 

 

 

 ―――この日、王都が滅びるその時まであと僅かになっていた。




イビルアイって神人みたいにプレイヤーの血混ざってるの覗けばこの世界では竜王に次ぐクラスの強さですよね。(竜王とは桁が離れてますが)
そのイビルアイが追い込まれる状況ってのを現地勢力だけで作るってのが本当に苦労しました。この数日間ひたすらそれに悩み続けていました…。
そして王国編も終わり近くになりました。あともう少しだけ続くんじゃ。


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王都最後の夜(中)/[再投稿作品]

改めて書き直しました。
前回の投稿にコメントしてくださった方々申し訳ありません。
変化点はラキュースさん登場あたりからです。
それ以外にもレエブン侯の反応は変わってます。
最後の方はレエブン侯哀れ…になってます。
改めてみていただければと思います。


出会ってからしばらく経った頃、アインズ・ウール・ゴウンという”ぎるど”なる物の話を聞かせてもらった。

 ”なざりっく”という場所で40人の仲間と一緒に巨大な迷宮を経営していたらしい。その仲間達の話を色々聞かせてもらって私が最初について出た言葉は「こわい」だった。

 そう、怖かった。異形になったばかりの自身の精神ではまだその容姿の異様さに恐怖を覚えたのだ。だがサトルは違った。保護してくれた彼を怖いと思うことはなくなっていた。

 「こわい」と言われたサトルは苛立ちの空気を乗せ、無言を貫き。そのまましばらく二人は会話も無かった。無言で二人、目的地があるわけでもなくブラリと旅をする。そんな無言もずっとは続けていられない。

 彼に向き合って、「ゴメンネ」と言ったのだ。その言葉を聞いた後。彼も「ごめんな」と言ってくれた。

 そうしてニコリとお互い笑いあって手を取り合ったものである。そういえば、サトルはリーダーと出会ってから”ぎるど”の話をあまりしなくなったな―――そうか、200年ぶりに動いたのはそういう()()もあるのか。フフッ…良いことじゃないか。

 

―――蒼の薔薇を選んだ癖して、思い出すのは彼の記憶ばかりだった。酷い女だ。…けれどそれももう思い出す時間も無くなるだろう。

 今目の前は真っ赤に染まっている。正確にいうならば目は潰された。吸血鬼の魅了(チャーム)の視線を恐れて潰されたのだ。そして顔は全体がヒリつくような激痛が続いている。回復薬(ポーション)をかけられたのだ。見えなくても分かるほどに顔は焼け爛れているのだろう。服は全て剥かれ、余すことなく回復薬でケロイド状に溶かされた。

 ラキュースが結ってくれた髪の毛は戦闘の最中にほどけてしまった。綺麗にしてくれていたのに…化粧も全部無駄になってしまった。与えられた苦痛に対する怒りよりも仲間の気持ちが無駄になってしまったことが悲しかった。

 全身の骨はゼロの攻撃で砕かれた。吸血鬼だからこそ生きているだけで、今の姿は酷いものだ。最後には声すら上げられないほど殴打され続け、そのまま貴族の連中に引き渡された。

 打撃を受けた八本指と自分達の利益が損なわれることを恐れた貴族が結託したのだ。

 唯一無事だった耳だけが音を捉えて情報を伝えてくれる。どうやらラキュースがバカ王子と罵っていた例の王子が私を処刑するらしい。―――フンッ、なるほど。私を王国を危機に陥れた化け物として扱い。そしてそれを公開処刑することによって自身の名声を高めようというわけか、呆れたものだ。ほんと、この国の連中はバカばかりのようだな…あぁ、でももうどうしようもない。既に何本も剣が身体に突き刺さっている。反撃されるのが怖いのか手首と足首から先は切り落とされ、腹には既に五本?いや六本ぐらいの剣が突き刺されている。最早痛みに声を上げる力すらない。

 自分が捕らえただって?何もしていないくせに…フンッ、ほんと、ラキュースの言うとおりバカ王子なようだな…。

 …ラキュース、すまない。急だが今日でお別れだ。ガガーラン、ティア、ティナ。楽しかった。最高の仲間達だったな―――

 

 

 

 

 ―――最後に、一目だけでいいから。サトルに会いたかったな―――

 

 

 

 

 

「―――な、んだよこれ」

 

 厳戒令が敷かれている中、目撃者を増やすために無理矢理呼び出された市民達が王都の中央広場を眺めている。一人の少女を化け物だと叫び、銀の武器で身体を刺す男がいる。見ればイビルアイは全身ボロボロだった。血まみれで全身の骨が砕かれ、顔は焼け爛れたようにケロイド状だ。手首も、よく見れば足首も切り削がれている。そして晒し者にする意図があるのか、衣服の一つも身に纏っていない―――言うまでも無く見える肌はケロイド状と化していた。酷いなんてものじゃない。

 

「なんで、誰も止めようとしない?」

 

 民衆はザワザワと声を上げるだけで、誰も助けようなどとはしない。―――皆、自分が大切なのだ。いくら有名な蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジック・キャスター)といえど誰も助けようなどとは思わなかったのだろう。

 

「俺の、せいか?」

 

 勝手に八本指を攻撃したから?それもそうかもしれない。でも、ここまでするか?

 戦いで傷ついたレベルじゃない。憎悪でもってしてやらなければここまで酷い状態にはならない。ガガーラン達から聞いた話よりも更に酷い。剣があちこちに突き立てられているのだ。処刑が完了されていなかったのは安心した。だが彼女の姿を見た瞬間から身体が動かなくなってしまった。

 この子が何をしたというんだ?ここまでされて、それも周りに見捨てられる必要があるか?何でこんな事になった?何故?何故?なぜ?ナゼ―――

 

「―――いや、そんな事はどうでもいい」

 

 さっきから精神の沈静化が止まらない。激しい激情が鎮静剤の効果すら上回るような感覚。許せない。ただ彼女を傷つけた連中が許せない。

 

「殺してやる…殺してやるぞ、この―――クゥ、クズガァアアアアアアアアアアァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、突如として現れたローブ姿の男。その男の羽織るローブは黒い靄のようなものを放ち、漆黒に包まれたその布のするりとした質感はそれがとんでもない技術で持って作られた物なのだというのが一目で分かる。そしてそのローブの中にある顔は人間のものではなかった。その姿はまさしく死を運ぶ死後の世界の住人のもの。

 

 そう、死の支配者(オーバーロード)がそこにいた。

 

 モモンガはまず串刺しにされているイビルアイに視線をやり、彼女を解放する。横にいる男から「ヒッ」という声が漏れるが相手にしない。一本一本剣を、なるべく彼女に傷を増やさないよう優しく抜いていく。既に血も流れきったのか傷口から溢れる気配はない。

 

「あぁ…キーノ、酷い怪我だ」

 

 そっと顔に手をやる。グジュグジュに潰れた皮膚が骸骨の手にこびりつき、触れた部分から皮が剥がれ、黄色い汁が漏れ出す。「あぁ、すまないな…」そういいながら身に着けている指輪の効果を発動させる。

 

「<大致死(グレーター・リーサル)>」

 

 数々の竜王との戦いで最後の一つになったそのマジックアイテム。信仰系魔法が篭められたそれを使い、同時に特殊技術(スキル)のネガティブ・タッチを発動する。生者と違い死者(アンデッド)は負のオーラで回復する。本来なら生者の生命力を奪うこのスキルで彼女の傷を癒してやる。酷い怪我だ、<大致死>を使用してもまだ顔のケロイドは治りきってはいない。

 そのまま不死のオーラも発動する。アンデッドを引き寄せる効果がある程度だが、彼女はこのオーラが大好きだった…。また隣から「ヒィッ!!」という声が聞こえてきた。どうやら不死のオーラに当てられたらしい。絶望のオーラも止め処なく漏れ出ているから相乗作用で死の追体験でもしているかもしれない。

 少しずつ、イビルアイの傷は治りつつある。顔のケロイドはどんどんと治っていく。

 

(良かった、ちゃんと傷跡も残らず治ってくれそうだ…)

 

 彼女の容態が回復の傾向を見せていることに胸を撫で下ろし、その裸体をこれ以上晒すわけにはいかない。

 空間からローブを取り出し、彼女をそっと包んであげる。―――心なしか、イビルアイの顔が柔らかくなった気がした。

 だが今はそれどころじゃない。他にやるべきこともある。そうして隣の男へと視線を向ける。

 

「―――貴様がこの子をここまで傷つけたのか?」

「な、ア、あひっ!?」

「…もう一度聞く、貴様が全部やったのか?」

 

 男はフルフルと頭を横に振ることしか出来ない。

 いやだ、死にたくない。さっきから目の前の存在はとんでもない絶望の空気を纏っている。既に失禁し、膝が笑いガチガチと歯がかみ合わさって音が鳴る。恐怖で思考は吹き飛び、先ほどまで勇壮に市民に向かって語っていた口からは嗚咽のような言葉がでるだけだ。

 

(何故だ!自分は選ばれた人間であり、尊敬を受けるべき存在だ!!なのに何故こんな事になっている!!?)

 

 ―――男の思考は既に混乱状態だった。

 

「そうか…だがな、先ほど私はこの子に剣を突き刺しているのを見たぞ?」

「ヒッ、ヒィ!!!た、助けろ!!!お前ら助けろ!!!!!」

 

 目の前の死者(アンデッド)から明らかな殺意を感じて叫ぶ。本能が生き残るために固まっていた筋肉を動かし、どうにか声をあげられたのだ。後ろから側近の近衛兵達が近づいてくるのが分かる。

 

「<標的複数化/即死(マス・ターゲティング/デス)>」

 

 近づいてきていた近衛兵二人が突如事切れたように倒れこみ、そして絶命した。

 

「<標的複数化/爆裂(マス・ターゲティング/エクスプロージョン)>」

 

 何事かと足を止めてしまった近衛兵をまた二人、内部から破裂する魔法で消し飛ばす。ビチビチと近くにいた兵士達に肉片が飛び散り、悲鳴が上がる。

 

「ウ、ウワァァァァア!!!?」

 

そのまま逃げ出そうとする兵士達はどこかから飛んできた()()()が刺さり、絶命した。

 

「<焼夷(ナパーム)>」

 

 泣き喚き、身体が固まり身動きできない兵士達を纏めて炎の柱で吹き飛ばす。身体を燃やされながら空高く上がった兵士達は家屋へと自由落下していき、建物の屋根を破壊しながらグチャグチャに潰れて死んだ。

 この一瞬の出来事だけで、数十名の命が消滅した。

 

「キャァァァァ!!?」「うわぁああああああああああ!!!」「こ、殺されるうぅぅ!!!!」

 

民衆の悲鳴が叫び渡り、その悲鳴に感化されたのか、イビルアイを傷つけていた男が逃げ出す。

 

「ヒ、ヒヒィ!!!!?」

「誰が逃げていいといった?<魔法の矢(マジック・アロー)>」

 

 相手を殺さないように無属性の一位階魔法で慎重に足だけを狙いぬく。「ギァアア!!」という悲鳴と共に倒れこんだ相手に暇を与えないようにして近づき、相手の拳を握る。

 

「この子が味わった苦痛をお前にも味合わせてやろう。まずは手を失くす痛みからだ」

 

 バキュッ!という音と共に右手を握りつぶす。激痛に「ギャガァァア!」と悲鳴が上がる。バキャンッ!!!止まることなく反対の手も潰す。そのままゴプゴプと泡を吹きながら男は白目を剥いた。

 

「まだ始まったばかりだぞ?ほら、ポーションだ。飲め」

 

 そういって男の顔面にポーションを振りかける。傷が瞬く間に治り、意識を取り戻した男の腕を握りつぶしていく。バキン!ベキンッ!!先ほどとは比べ物にならないほど大きなものが潰れる音が響く。

 

「ギャガァアアァァァ!!!?」

 

 男が絶叫をあげるも数秒でそのまま意識を失った。

 

「やれやれ、これではポーションの無駄遣いになるな…だがこの子の痛みは全部受けてもらうぞ?」

 

 そういい、顔の皮をつまみ、そのまま一気に引き裂く。皮の裂けるビリブチョビチビチ!!という音と共にブシュアァァアと血が噴き出す。男は再び気絶から引き戻され、絶叫を上げる。

 

「まだだ」

 

 目に骨の指を突っ込み潰す。

 

「アギャギャガァアァガァアア!!!?」

「まだだ」

 

 ポーションを使い、回復しつつ身体に手を突き刺していく。急所だけ避けて即死しないよう何度も何度も身体に穴を開けていく。

 

「ギュガグエ!!?ガギャアアアア!!!!!?!?!?」

 

 何度も何度もこの世のものと思えない絶叫を上げ、やがて声すら出せる力も無くなったのか。男の体がただビクンッと跳ねるだけになっていった。

 

「他愛ないな―――最後だ<魔法最大化(ワイデンマジック)恐慌(スケアー)>」

 

 効き目を最大化させた<恐慌>、それは精神の磨耗を通り越して尚苦痛が続く。モモンガの魔力を持ってすればこの世界に解除できるものはおらず、死を与えられるまでその苦しみは続くだろう。一瞬たりとも苦痛を減らすべきではないと判断し、呪いをかけたのだ。だが―――

 

「醜いな、この汚らわしいのは消えるべきだ」

 

 一秒たりともイビルアイが生きるこの世界と同じ空気を吸わせたくはない。彼女の居る世界にこんなモノが存在しているだけでも不快だ。そう思い、ゆっくりと首を廻していく。「ギ、ギ、ギ!!」という悶絶の声だけが最後に漏れ出てボキリという音がし、そのままブチュブチュと肉をねじ切る音が出る。

 やがて肉はプチ、プチ、プチ、ピン!という音を立て首が剥がれ、そのまま脊髄と共に引き抜かれ男―――バルブロ・アンドレアン・イエルド・ヴァイセルフ第一王子は絶命した。

 

「さて、次は誰にするかな?――あぁ、先に言うのを忘れていたな?今この広場に居るもの、動いたものは問答無用で殺す。逃げればわかるな?」

「ヒッ!!ヒィィィーーー!!!」

 

 モモンガの後ろに居た、身なりのいい貴族と思われる男―――リットン伯爵はあまりに唐突な展開についていけず、固まっていた思考を解き、モモンガの警告も聞いていなかったかのように無視して走り出す。彼は自分の姿を民衆に売り、さらに地位を上げるべく同行していたのだ。

 

「動くなといっただろう?<暗黒孔(ブラックホール)>」

 

 モモンガが魔法を唱えた直後、リットン伯爵の頭上に黒い点が沸き立つ。そしてその点は急速に膨らみあたりにあるものを吸い込み潰していく。「ヒッ―――」という声を上げた次の瞬間には点に飲まれていった。

 周りのお付の者達も一般市民も巻き込まれながら、リットン伯爵は影も形も無くなった。

 更に動き続ける集団に一撃を撃ち込む。

 

「<魔法三重化(トリプレットマジック)/現断(リアリティ・スラッシュ)>」

 

その空間を切り裂く次元の魔法が三つ飛び、民衆の真ん中を切り裂き、ドパッ!と割れる。空間は瞬間的に歪み、直撃したものは消滅し、半端に切り裂かれた者の体からはビュウビュウと血肉が零れ落ち、そこかしこから悲鳴が上がる。

 

「ヒアァァァァ!!!」「アァギャアアアアアア!!!?」「あぁ!!!!!なんで!!!息子が!!?息子がぁぁああ!!?」「私の足は何処!?」

 

今の一撃だけでも三桁の人間が既に死亡していた。

 

「動けばこうなるわけだ、分かったかな諸君?」

 

 イビルアイを抱きしめる手はそのままに、空いた手を大きく広げ、広場にいる民衆に向かって語りかける。あまりの力を見せ付けられ、絶望のオーラを浴びた広場の一同はただ言うことを聞くしかない。既に<現断>の後に出来た地面の窪みには血と臓物と肉塊がなだれ込み始めていた。

 彼の精神の沈静化は終わってなどはいない。まだまだ―――まだまだ殺したり無い!!―――激情のままに次は誰を殺すかと品定めをする。隣の細く少し病的にも感じられる、蛇のような印象を持つ顔立ちの男に視線を向ける。次はこいつだ。

 

「ひっ…!」

 

 眉尻を下げながら男は後ずさる。

 

「―――皆殺しだ」

「ヒアァ…!!!」

「ここにいる奴等、この子を殺そうとした奴も!!見てるだけだった奴もまとめて皆殺しだアアアァァア!!!!!」

「ヒアァァァァァァ!!!」

 

 目の前の男が絶望の表情を作り、股間からシミが広がっていく。「命だけは!」と懇願の姿勢を見せるも、モモンガは止まらない。こんな事で彼の心の負の感情は収まりを見せるわけがない。戦いで傷ついたならまだ分かる。それは理解できる。だが執拗までに身体を焼き溶かし、何本も身体に剣を突き刺し、裸体を晒しあげた上でこの子を処刑?それが許せると思うか?いいや、ありえない。

 彼の出した答えは、異形の精神のままに皆殺しするという答えだった。

 

 そしてそれは実行に移される―――ハズだった。

 

「―――…サ………ト、ル」

「!!―――キーノ!!気が付いたのか!?」

「…ニ、ンゲ…ノココ……ロ………ミウ…シナ、ワ…イデ」

 

 そういいながら、何とか動く手でモモンガの頬に触れてくる。その柔らかく小さい手は血みどろになっており、痛々しさが伝わってくる。そんな状態でも彼女はモモンガの人間性の喪失を恐れたのだ。

 彼女が愛したのは鈴木悟という一人の人間の魂だったから。異形の精神に飲み込まれて失われるのが嫌だったのだ。そう、二人はずっと長い間、こうして人間性を保ってきたのだ―――

 

「ッ!!……ごめんよ、キーノ。こんな状態なのに気を使わせてしまった」

「…イ、ィ……ヨ、カ……ッタ」

 

 笑おうとしてるのだろう、口を横に広げようとして、顔の傷が痛むのか頬をヒク付かせている。そんなイビルアイの優しさに触れてようやく、モモンガの精神の激情は収まりをみせた。

 

 

 

 

 改めて周りを見渡す。グチャグチャに飛び散った死体。骨を折られ、脳漿をぶちまけている死体。屋根に穴が開き、そこから煙と悲鳴が上がっている。恐らく建物の中に居る人たちは絶賛パニック中だろう。

 

(うわぁ、結構やっちゃったなぁ…)

 

 結構どころじゃないだろう、一国の王子一人やっちゃってるのである。普通に考えれば即死刑ものの犯罪だ。現状で言えば現行犯でその場で処分だろう。

 しかしモモンガはそこは気にしてない。例え怒りに身を焼かれていなくともイビルアイを刺して殺そうとしていたバルブロを生かす理由など無かったからだ。元々抹殺対象だったのだ。だが他の者達は違う、特に民衆まで殺す必要はないだろう。冷静に考えれば厳戒令の敷かれている今、ここに居る人はこいつらに集められた被害者と言っても良いのかもしれないのだから。…イビルアイを攻撃したという民間人は殺したいが、彼等がそうなのかどうかは分からない。罪がある存在か分からずに斬るほど自分は横暴な性格でもない。

 そうして鈴木悟の人間性の部分がそこまでの殺しを否定する、イビルアイがその優しさを見せなければ異形の精神のままに全てを虫けら同然に思いながら殺していたのだから。この民衆たちは彼女に感謝するべきだろう。

 

(とりあえず…適当に<転移(テレポート)>でもして変装して、その後は―――)

 

 完全に動きを止め、考える仕草をし始めた死の支配者(オーバーロード)に、先ほどの蛇の印象を与える男―――エリアス・ブラント・デイル・レエブンが話しかけてきた。

 

「あ、あなた…様はひょっとしてアインズ・ウール・ゴウン殿…いえ、様ではありませんか?」

「ん?あぁ。はい…ンアッ!」

 

 うっかりだ、以前ガゼフに名乗った名前をまさか出されるとは思っていなかったのだ。この先の展開をどうするべきか考えていたモモンガはうっかり反射的に返答してしまったのだ。

 

「ち、違う。私の名前はホニョ―――」

「ア、アインズ・ウール・ゴウン殿!!いえ、ゴウン様!!!!どうか!!どうかお許しを!!!」

 

 モモンガがどうにかして違う名前を使おうとしたらしっかり台詞に被せられた。それも凄い勢いで。眉尻を下げ、その顔は恐怖に脅えきりながらも場を乗り越えようと交渉に挑む姿勢が見られた。股間は酷いことになっているがあまり見たくはない。

 

「私はイビルアイ殿を救おうとしていた側なのです!!決してあなた様の娘様を殺そうとしていたわけではないのです!!!」

「ほぅ―――?ならば何故この場にいて何もしていなかった?」

「それは、その…方法が見つからなくて」

 

 ションボリと落ち込んだ顔をされ、項垂れる。見つからないなら何故来た?とは思わなくなかった―――だが少しばかり興味が湧いてきた。何故アインズの名を知っているのか?何故イビルアイを助けようとしたのか?その好奇心が彼―――レエブン侯の命を救った。

 

「何故私の名前を知っている?誰から聞いた」

「王国戦士長…ガゼフ・ストロノーフです。彼と私は協力関係にあります。そしてラナー王女殿下も」

 

(ガゼフさんが?ラナー王女も?そうか、この人は蒼の薔薇の味方側だったのか、悪いことしたな)

 

 ラナー王女の名前を出されては信じるしかないだろう。彼はどうやら本当に味方側だったらしい。

 

(危ない危ない、無闇やたらに虐殺なんてするもんじゃないな)

 

 きっと周りからしてみればもっと反省してほしいだろう、だがモモンガは軽く流す。

 

「戦士長はイビルアイ殿が処刑されると聞いたとき、あなたが必ず現れると。そして彼女が傷つけばとんでもないことになると…」

「あぁー、うん。やっちゃった後だな。もう」

 

 ほんとにやっちゃった後なのでコレばっかりはどうしようもない。抹殺対象は見事に首と胴体が分かれていた。現在もその分断面から汁がピュピュッと出ているほどだ。

 

「どうか、この国を許してはもらえないでしょうか…どうかせめて、国民だけでも…」

「ほぅ?自分の命はいらないというのか?」

「ヒッ!…じょ、助命頂けるなら幸いです。さ、差し出せるものは何でも差し出しますので」

 

(えぇ…男にそんな事いわれてもなぁ…)

 

 差し出せるものといわれても欲しいものなんて特にない。この腐った王国にいいものなんて余り無いだろう。欲しいものはもっと南方とかにあるだろうし。

 ただ、一つ考え付いたことがある。このままでは結局の所中途半端な悪役登場で終わりだ。八本指への報復も必要だろう。イビルアイがこんな目に会う決定打とも言うべき噂を流した連中を殺すのは決定事項なのだから。どうせならばモモンで殺し尽くすよりアインズの姿で殺し尽くす方が楽だろう。色々はっちゃけられるし。

 

(後でツアーに怒られ…一回ぐらい殺されちゃうかな?やるよな、ツアーなら。マジで。)

 

 まぁ仕方ない、もう時既に遅しだ。そう思いながらモモンガは演技(アクト)することにした。どうせもう周りに知れ渡ってしまったアインズと言う名前、取り消すことが出来ないならばそれがモモンガと同一人物だと分からないようにしなければ。

 そうして、久々の魔王ロールを行うことになる。約200年ぶりの魔王ロールだ。ちゃんと出来るかモモンガは心配だった。

 

 

 

 

 

 ―――急いで飛び出していったモモンさんの事を思い浮かべる。彼の速さならきっと処刑執行までに間に合うだろう。けれど心配なのはそこじゃない。

 彼の部屋で見たあの血みどろの光景が思い浮かぶのだ。処刑を行う側の人間全てを殺してしまう。そんな想像が簡単につくのだ。

 だから彼女は走っていた。ラキュースは必死に走っていた。

 

「モモンさん!!!早まらないで―――」

 

「オオオオアァアアアアアアァァアア―――!!!」

「な、何!?」

「何だこの化け物は!?」

「鬼ボス危ない!!下がって!!」

 

 目の前には2メートルをゆうに超える巨体の死者(アンデッド)がいた。

 それは骨の顔の表面に薄い乾いた皮が貼り付き、目は窪みどこまでも黒く光を通さない。この世界において伝説級のアンデッド。死の騎士(デス・ナイト)がそこにいた。

 

「くっ!?一体何故こんなアンデッドがこんな街中に!?」

「リーダー離れろや!!おらぁ!!!!」

 

 踏鞴を踏んでいるラキュースの肩を引き刺突戦槌を振り回す。だがデスナイトが持つ巨大なタワーシールドが攻撃を弾き飛ばす。防御力だけでも40レベルにもなるデスナイト相手にガガーランの攻撃は通らない。少なくともタワーシールドを抜ける必要があるのだ。

 

「クソッ、硬てぇぞこいつ!!」

「ガガーラン離れて!!忍術<爆炎陣>」

 

 地面から炎が膨れ上がり、爆発と共に業火がデスナイトを包み込む。―――だが、倒すべき対象は平然と一歩を踏み出してきた。

 

「何!?炎が効いてないの!?」

「耐性持ちっぽい!!」

「グオオオオアアアアアアアアァアァァ―――!!!!!」

 

 目の前のデスナイトは今一度叫び、彼女達を―――素通りしていった。

 

「…えっ?」

「な、なんだぁ?」

「見逃された?」

 

 

 

 

「デスナイトは八本指を集めてこい!!殺すなよ?ゾンビばかり増えられても困るからな!行けっ!!」

「グオオォアアアアアアア―――!!!!!!」

 

一体、また一体と死の騎士(デス・ナイト)が作られていく。四体の死の騎士(デス・ナイト)を生み出した。更には魂喰らい(ソウルイーター)上位死霊(ハイレイス)血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)を生み出す。

 

「私の()()であるイビルアイを傷つけた八本指を潰せ!!デスナイトが集めた連中を生まれてきたことを後悔するほどの苦痛と恐怖を与えて殺すのだ!!!」

「キエエェェェエエ!!!!」

「ヌオォオオオアアアア!!!」

「――――――!!!!」

 

 それぞれがそれぞれの雄たけびをあげ、デスナイトが持ってくるだろう獲物を舌なめずりをしながら今か今かと待ち受ける。その錚々たるアンデッドチームに満足しながらモモンガは周りを見つめる。この世界にとってあまりにも凶悪過ぎるそのアンデッドの姿に皆顔は青褪め、見ただけで失禁し、泡を吹いて気絶しているものまでいる。

 

 そこへもう一つの存在が現れた。

 空中でクルリクルリと回転し、シュタッと地面に降り立った存在。―――ティアだった。何故か嫉妬マスク装備済みだ。

 

「で、八本指ってのは―――うぉ!?」

 

 デスナイトへ説明中のモモンガの目の前に急に現れた嫉妬マスク忍者に思わず驚きの声を上げる。着地の姿勢そのままにある紙切れを渡してくる。

 

「こ、これは?」

「八本指のアジトの場所の地図。連中は大々的に動いていた。そのおかげで各陣営の警備も薄かったから潜入して情報取ってきた」

「おぉ、これは助かりますティ―――」

「私の名前はレズ」

「ティ…レズさん」

 

 コクリ、と頷き。そのままニュルンと姿を消す。どこかの影に潜んだらしい。

 

 

「じゃあ分かったな?この地図の印を攻撃するんだ。デスナイトは殺しちゃだめだぞ?いたぶるのはオーケーだ。他はデスナイトが集めた奴だけを殺せ!それ以外は殺すなよ?八本指以外は絶対殺しちゃだめだからな?あ、後デイバーノックは殺さないでくれよ?。彼は契約成立済みだからな。分かったら行くんだ!!!」

「「「「グオオオォアアァアアア―――!!!!!!」」」」

 

 雄たけびをあげ、これから起こす大惨事を愉快に笑いながらデスナイト達は駆けて行く。

 

「そうだ、彼の生死も確かめないとな」

 

 そういってまたソウルイーターを作りだす。目的がある為、そこらに転がっている死体を利用して二体作る。

 

「いいか?デイバーノックを探すんだ。…容姿?あぁ、エルダーリッチだ、真っ黒なローブを着ているはずだ。彼を見つけたら守護してやるのだ。契約成立した者と不誠実な取引をするつもりない。頼んだぞ?」

「―――!!!!」

 

喋れないソウルイーターは念話のようなものでモモンガに意思を伝えたあと、立ち去っていった。

 

 

「あ、あの…あのモンスター達は、この国を滅ぼすのでしょうか?」

「ん?いや、八本指だけを殺すよう指示した。別に問題ないだろう?」

「も、勿論です…?」

 

 ゲソッと痩せた頬をしたまま、こちらを恐る恐る見てくるレエブン侯。その顔はただでさえ病的な印象を宿していたのに更に酷い。まるで重病でも患ったかのようだ。

 

「で、出来ればこれで終わりにしていただけないでしょうか…」

「…ううーん。まぁ、いいんだが…この国の腐った貴族も排除したほうがよくはないか?」

「ヒッ!」

「あぁ、貴様は殺さないさ。他の貴族は全員殺すがいいか?」

「い、いえそれは…この国の崩壊に繋がるといいますか…」

「あぁ、それはダメだな。ラナー王女が困るだろう」

「ラ、ラナー王女殿下と何かご関係があおりで?」

「う、い、いや!黄金とまで呼ばれる王女さんとやらを傷つけるのは少しばかりな!!」

 

 危ない危ない、危うくラナー王女まで魔王組の一員になってしまうところだった。まぁモモンという同一人物が接触を果たしているのだ。はっきり言ってもう魔王組といってもいいかもしれない。

 

「だがな、私は不快なのだ。私のモノをここまで傷つけた存在を許すと思うか?」

「ヒッ!」

 

 レエブン侯が命の危機を感じて声を上げる。だがモモンガの考えは違った。

 

「―――ああ、そうだ。いい事を思いついたぞ」

 

 もう一度死の騎士(デス・ナイト)を作る。三体のデスナイトを用意した。

 

「「「グオォォォ!!」」」

「よしよし、良い子だな…いいか?この王都内にいる貴族共を全員つれて来い。これから起こる処刑を見せてやるんだ」

「「「ググォォォ!!!」」」

 

(((わかりました主よ!おまかせください主よ!)))

 

 一斉に了解の意思を飛ばしてくる。ヨシヨシと頷きながらもう一つ指示を出すためレエブン侯と会話する。

 

「これから貴様等にはこの場で行われる処刑を見てもらおう」

「しょ、処刑…ですか」

「あぁ、この国の貴族共は腐っている。それを正すには自分が愚かで矮小な存在であると知る必要がある」

「…そのために、貴族を処刑の場に集め。処刑の光景を見せると?」

「あぁ、お前等には特等席を用意してやろう。今ここに居る場を処刑場とする。そして貴様等はその最前列で眺められるのだ。どうだ素晴らしいだろう!!!」

「な、なんと…!!」

「そしてレエブン侯、ソナタはこのデスナイト達に協力しろ」

「え…は?今なん…と?」

 

 恐る恐る、聞き間違いでは?と尋ねてくる。

 

「デスナイト達に誰が貴族なのか教えろと言っているのだ。出来ぬのか?」

「そ、それは私に彼等を売れと言ってるのでしょうか…?」

「あぁ、そういう訳じゃないさ。言ったろう?特等席だと…友人達を招待してやればいいさ」

 

 モモンガにとっては見学させて勉強させてやろう。その程度の気持ちだ。虫ケラに向ける感情とはそういうものだ。人間はイビルアイとリーダーのおかげで人間と認めるが、こいつらは蛆虫だ。目の前のレエブン侯は特別だが、特別な虫ケラというだけだ。

 

 

 

 

 

 ―――何と言うことか、確かにこの国の大半の貴族は自身を奢り、平民を嘲笑い、自分こそが特別なのだと思い違いをしている。そんな連中に死の饗宴(デス・パレード)を見せ付けるというのだ。彼等の矮小な自尊心と人間としての精神を砕ききるには十分だろう。

 

「ど、どうか。お許しを…貴族の皆が皆悪事に手を染めているわけではありません!」

「この国を立ち直らせるための()()だ、なに。私も約束しているのでな?殺しはしない…私は慈悲深いからな!」

 

 フフフ…と笑いながら支配者としての決めポーズをとる。その堂々たる態度に最早運命は変わりはしないのだと悟ったレエブン侯は下を向き、顔を青褪めさせながらも覚悟を決める。―――最早この国は終わったのだ。何もかも。あぁ、せめて息子の未来が安泰でありますように。そう、祈りながら顔を上げる。

 

「そ、その…あなた様は今後、王として君臨されるのでしょうか?」

「―――え?いや全然?そんなつもりないぞ?」

 

 一市民が王様とか、出来るわけが無いだろう。

 

「へ?あ、あの。ではこれからどうなさるのですか?」

「そうだな、帰るとしようか」

「…どちらに?」

「あー、うん。ナザリック…かな」

 

 アーグランド、とはいえないのでシレッと嘘をつく。

 

「む、娘様と一緒に帰られる…ということで?」

「あぁ、そうなるな…あと、娘じゃないぞ?」

「へ?娘様と聞いていたのですが」

「ガゼフから聞いた話だな?あの子は私の―――そう、()()だ」

 

 よくよく考えるとこの偉そうにしてた奴を殺した魔王の娘とか、人間界にしたら大罪人もいいところだろう。イビルアイをそんな日陰の存在にするつもりのないモモンガは、かつて彼女が自分から言い出した記憶を思い出し。咄嗟に設定を作っていく。

 

「ど、奴隷…」

「あぁ、私のせ、せい…ゴホン!色々な()()を満たす為のオモチャだ」

「な、なんと」

 

 レエブン侯が可哀想な目でモモンガの腕に収まるイビルアイを見る。

 

「ではな、私はゆくぞ。デスナイトよ、レエブン侯を連れて行け!!!」

「オオオオアァァァァアアアアアア!!!!!!!!!!」

「ヒィイイイイイイィィィ!!!!?」

 

 ガシリと捕まれ、身動きすら出来ずに連れて行かれるレエブン侯。そのまま彼の姿は消えていった。それを見届け、バサァッとローブを翻し<飛翔>で空を飛ぶ。そのまま天高く飛んでいきやがてモモンガの姿は王都から消えていった。

 

「イ、イビルアイィィィ!!!?待って!!イビルアイを返してぇえええ!!!」

 

 やっと追いついたラキュースはボロボロのイビルアイが謎のアンデッドに拉致されるのを見送るしかなかった。一緒についてきたガガーランたちも、あまりの出来事に呆けることしかできなかったのだ。そうしてこの王都でのモモンガの夜は最後となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――彼等はひたすら後悔している。何故だ?あの吸血鬼を殺そうとしたからか?何処から間違った?

 彼等貴族達は今、処刑場の前に集められている。王国戦士長たるガゼフは行方不明のラナー王女探索の為に城内におらず、デスナイトたちは揚々と乗り込んできたのだ。反抗してくるものは全てタワーシールドやフランベルジュの柄で殴られ、気絶した。レエブン侯はモモンガが出した命令に従うしかなく、そうして彼等貴族は今、血肉の宴の主賓として招かれている。

 目の前では八本指所属の者達が次々と精神を破壊され、身体を叩き潰された上で命を吸い取られていく。地獄―――まさしく地獄の釜の蓋が開いたかのような光景の中、彼等は次々と積み上がる死体を前に息をつめるしかなかった。

 一人は嗚咽し、一人は気絶しようにも、そんな事は許すかとデスナイトの咆哮があがり意識を取り戻される。嘔吐した者の吐瀉物は地面に落ちそのまま血の色と混ざり合う。

 既に中央広場の全てがドス黒い血で埋め尽くされ、<現断>によって開けられた爪痕に死体が次々と放り込まれ、その肉塊は既に溢れきり、今にも貴族達のほうへなだれ込んできそうな勢いだ。

 この日、貴族の誰もが自分の生が今あることを後悔したという。―――レエブン侯は既に悟りの域に達し。遠くを見つめるだけだった。

 

 まだ、夜は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 月夜に光り輝く鎧の姿があった。

 それは白金色の全身鎧を纏っており、そしてその白金は自身の周りに浮遊剣(フローティング・ソード)を携えながら空を飛ぶ。

 

 ―――ツァインドルクス・ヴァイシオン―――真なる竜王として君臨し、そして白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれるその存在。

 

 この世界における圧倒的強者と言っていい存在は今、バハルス帝国領の上空を空中散歩していた。―――勿論ただの散歩ではない。彼は百年の揺り返しに対応するべく、ワールドアイテムやギルド武器に匹敵するアイテムを探すべく空中を闊歩していたのだ。他国の空を勝手に。

 肩に乗せた剣をトントントンと小気味よく叩きつけて音を鳴らしながら月夜の空を進む。ドラゴンである彼は超越的感覚によってある感覚を得、そして西方を見渡す。

 なんだろう?この感覚は?何かよく見知った奴のトンデモナイ行動が感じ取れる。あれは確かまかせたはずのインベルンの気配の近くだろうか?

 

 

 

 

 

 

「―――モモンガ、君。なにかやらかしてない?」

 

何か、とんでもないことが起こる予感を感じながら。かつて”やきう”に落とされた男は方向転換を始めたのだった。




色々詰まってしまい、変な内容を投稿したこと後悔しております。
とりあえず、これと同時に王都編最終話投稿になります。
レエブン侯書き換えのせいで犠牲に…あぁ、可哀想(他人事)

先の投稿にコメント、誤字修正指摘くださった方々申し訳ありません。
改めて続き書いていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いいたします。


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王都最後の夜(下)

14話を改めて書き直して投稿しております。
後半だけが変わっていますのでそこから見てもらえれば問題ありません。
色々とご迷惑をおかけしております。
ラキュースさんのイベントとかは後々に廻すことになりました。
他、イビルアイが天使なのは変わりなしです。
コメント稼ぎになってはいけないので同時投稿になります。


 ―――最初に出会った時の感想は異常者であり凡人。それがあのモモンという存在に感じたことだ。

 だが利用は出来る。ガゼフを救い、可能な限り王国が崩壊するまでの時間を伸ばす。それだけのはずだった。協力を申し出て来たときは意外だった。アレは人間に思い入れはあっても肩入れはしない、そういう存在だ。

 アレがいる以上蒼の薔薇は使えない。吸血鬼が怪我をすれば飛び火する可能性があるから。そうして劇薬を打つ事になった。一度打ってしまった以上、消しきらなければ再発する。病とはそういうものだ。少々無理矢理ではあるが王国の膿を吐き出させてもらおう。そういう計画だった

 だが誰があのデイバーノックが原因で吸血鬼が捕らえられると思うだろうか?計算しようの無い部分によって自分の計画はあっさり破綻した。

 ―――終わりだ。間違いなくあのモモンは王都を…いや、王国すら滅ぼすだろう。アインズ・ウール・ゴウン。ガゼフから聞いた名前、恐らくそちらが()()なのだろう。恐ろしい力を宿した化け物だ。

 出来ることといえば精々が自分の目の前で癇癪を起こされないよう()()()調()()するぐらいだろうか。そう計算し、上の兄を生け贄にし、レエブン候には時間稼ぎの道具となって貰う。彼が王城に侵入した後、別れたフリをして来た道―――秘密の地下通路に舞い戻る。

 あの男はあの吸血鬼があれほどの状態に陥った状態ならば間違いなく騒ぎを起こす。それも一方的な力で以って。

 王城に未だイビルアイが居ると思わせて、そしてそのうちに王都を出る。策などそのくらいしかなかった。

 

 今、ラナーは王都の壁の外。隠された通路を使って都外に出ていた。

 

 

 

 

「ラナー様!!良かった、ご無事でしたか!!!」

「クライム!あなたこそ良かった!!」

 

 クライムだけは死なせたく無いと、理由をつけて王都外へ出し、馬車の手配をさせていた。夜と言えどお忍びの多い貴族の密集地、夜の業者も当然いる。どうやら準備は出来ているようだ。

 

「煙が上がり始めたのでどうするべきかと悩んでいましたが…あぁ、お待ちしていてよかった」

 

 心の底から心配と安堵の声を上げるクライム。後ろを見れば既に王都は防壁越しに煙が上がり、事が起こっていることを理解させる。最早一刻の猶予もないだろう。

 

「さぁ、ここに残っていても危険なだけ、行きましょう」

「ど、どちらへ行かれるのですか?」

 

 クライムの疑問ももっともだろう。王都外に目立たないよう馬車を用意しておいて欲しいと言われ、お忍びでもするのかと手配を済ませたら壁の向こうからモクモクと煙が上がっているのだ。それも何十個も。

 何かあったのかと舞い戻る直前になってラナー王女は姿を現した。ホッと溜息を吐いたのは当然のことだろう。

 

「とりあえず、エ・ランテルに行くべきでしょうか?帝国と法国、どちらにもアクセスできる位置がいいわね」

「あ、あのラナー様?王都で一体何があったのでしょうか?」

「大丈夫よ、クライム。ちょっと()()があっただけみたいだから」

 

 「えぇ?」と困惑の表情を見せた後、ラナーを見つめるでもなく空を何かボウッと見つめ、やがて視線がラナーに戻る。―――あぁ、やっぱりこの視線は堪らない。クゥ堪らない!!

 そんな素っ頓狂な思考に一瞬でも気が散ってしまい。後ろに接近する気配に気づくのが遅れてしまったのは言うまでも無い。

 

「ラ、ラナー様!!!!」

 

 クライムがそう叫びながら彼女を守ろうとする。ガバッ!と覆いかぶさろうとしてくるクライムにキュンと心を打たれる王女、この瞬間だけはバカそのものだった。

 

 

 

 

「―――ふぅ、とりあえず王都は出れたな。大丈夫か?キーノ」

「…うん、大丈夫。もうだいぶ良くなった。」

 

 モモンガの腕に抱きしめられながら<飛翔(フライ)>でここまで移動してきていたイビルアイ。傷は未だ深く、足の先はまだ半ばほどしか生えてない、そして何故か顔は真っ赤だった。

 

「顔が赤いけど、平気か?」

「うん、平気だ」

 

 素直だ。最近のツンケンしたイビルアイではなく、キーノの頃の素直さを見せている。

 自分の顔をジッと真っ直ぐ見つめてくるイビルアイの姿に疑問を浮かべつつ、すぐ先にいる存在に気づいた。どうやら御付きの青年らしき者が身体で庇いながらも此方に剣を向けている。

 

「キ…イビルアイ。目を閉じていろ」

「分かった」

 

 本当に素直だ。子供らしかったあの当時を思い出す。だが今は目の前のことだ。なんと王女様がまん前にいるのだ。偶然降り立った先にいたラナーの存在に驚きを覚えずにはいられない。

 

「…モモン様、で間違いないでしょうか?」

「え!?モモン様でいらっしゃるのですか?剣士と伺っていたのですが?」

「あぁ、えーと…」

 

 何と言うことだ。自分は今魔法詠唱者の格好だ。勿論嫉妬マスクも被っている、この姿ではラナーとは面識が無いはずなのである。そこを頭の良いラナー王女に一発で見破られてしまった。―――実際には最初からバレているのだが、彼が知る由も無い。

 だがこの格好をモモンと喧伝されては困る。だからこそ分かっていても嘘をつき続ける。

 

「モ、モモンとは誰のことかな?私はアインズ・ウール・ゴウンというのだが?」

「…私を消しに来たのですか?」

「王女様にそんな事をするつもりは無い」

「ではどうしてここに?」

「あぁ、まぁ私の()()であるイビルアイを回収してきただけだ。ここには偶々着地した、というわけだ」

「モノ…」

 

 何故かモノと言う単語に強く反応する。何か彼女の興味を引くものがあったのだろうか?

 だが何を思ったか。ラナーは懐からあるものを取り出す。

 

「…どうぞ、これでお見逃しください」

「何だ?―――ファッ!?」

 

 鎖が繋げられた首輪。手足の枷。明らか奴隷用の道具だ。何で王女様の懐から出てくるのか?疑問しか浮かばない。

 

「コレを…どうしろと?」

「ご心配は要りません。これは予備の方なので」

「予備!?」

 

 なんだ、この王女様は。何か見てはいけないものを見てしまった気がする。だが次に起こる出来事もモモンガの想定の上を行く。

 

 ―――カシャン―――

 

「ちょ!?キ…イビルアイなにをしている!?」

「その、ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」

「何がだ!?」

 

 奴隷装備を身につける少女の姿がそこにはあった。モモンガがローブを被せてあげたとはいえ、未だその下は全裸だ。はっきり言って犯罪臭以外のなにものも感じられない。―――というか目をつぶりながらも受け取って装着していくのは器用だな。純粋に感心してしまう。

 

「その、私はサ…アインズ様の奴隷なんだろう?必要なんじゃないか?」

 

 そういいながら横を向き、耳を真っ赤にさせる。まぁ、設定的には必要かもしれないが…。

 

「その、オモチャなんだろう?欲求を満たすんだろう?…好きにしてくれていいからな」

「…あれはその場を凌ぐ為の嘘であってだな」

「嘘なのか…」

「ウッ」

 

 ションボリとした様子を見せるイビルアイ。間違ったことは言ってないはずなのにこちらが悪いことをした気分になる。

 

「その、大切なのは嘘じゃないから…今は、それで、勘弁してくれ」

「…分かった」

「ラナー王女」

「…はい」

 

 何故か緊張した面持ちの王女に声をかける。絶望のオーラも不死のオーラも切っているのに何故だろうか?顔も隠しているからモモンとばれていても怖いと思うことは無いはずだ。

 

「急ぎでないならばそこの馬車の中でこの子を休ませては貰えないだろうか?まだ自由には歩けないのでな」

 

 足の指先もまだ生えきってはいない。死者(アンデッド)だから時間が経てば自然に治るとはいえ地べたに寝そべらせるのも気が引ける。夜とはいえ周りに見える状態で休息をとるのは危険だろう。目下大量殺人の実行犯なのだから。ネガティブタッチで彼女を癒すためにも、ゆっくりとくつろげる空間を求めて要求をする。

 

「…わかりました、どうぞお使いください」

「あぁ、感謝する」

 

荷台に乗り込み、幌の中で二人きりになる。どうやら気を使ってくれたのか、御者の人も席を外してくれた。丁度いい―――魔法で遮音をし、堂々と会話することにした。

 

「ほら、休め…あと、コレを渡しておく」

「ん?これは…昔使ったことあるな。入れ替えのマジックアイテムか」

 

木製の変な顔が描かれた人形を手渡す。ただの外れ課金アイテムだが、これでイビルアイの危機が救われるなら何よりもの価値がある。

 

「あぁ、今回みたいにすれ違いが続いて窮地に立たされては不味いからな。それとこれも」

 

 手のひらサイズのハンドベル。マジックアイテムのそれは同じものを持つもの同士、鳴らせば相手が何処に居ようと用事があることを伝えてくれる代物だ。落ち着いた状況でなければ使えない伝言よりも便利だろう。

 

「何かあったらそれを鳴らすんだ。そうすれば俺が入れ替わって問題ごとを解決してやるから。いいな?」

「うん、ありがとう…」

 

 そういいながら、イビルアイがすぐ傍に近寄ってくる。

 

「―――サトル、ちょっとしゃがんで欲しいんだが」

「ん?どうした?」

 

 言われ、素直にしゃがみ込む。ニコリと微笑み、モモンガの仮面に手をつけ剥がす。

 

「キ、キーノ?どうし―――」

 

 

 

 

 口を塞がれた。少女の柔らかな唇の感触が自身の口に伝わる。匂いの無いはずの死者(アンデッド)なのに、ふわりと良い香りが鼻腔をくすぐる。その柔らかい少女の唇とサラサラとした髪の毛のくすぐったい感触に思考は停止し、ただされるがままに動きを止めていた。

 

 

 

 

 そうして長いファーストキスが終わった時。離れる彼女の顔は真っ赤だった。少しだけ視線を外して恥ずかしそうに微笑む。その笑顔はとても美しく思えた。

 

「その、すまない…今の私には返せるものがコレしかなくて…」

「…いや、その」

「―――一緒に居させてくれないか?どうせもうラキュース達とは一緒に居られない。少なくとも王国にはな…勝手な女だと笑ってくれても良い。ただ、傍に居させてほしい」

 

 それは少女の純真な思い。もう一度会えば恋がとまらなくなると言っていたその想いが形になったのだ。

 そんな彼女に対し、モモンガは―――

 

「その、こっちこそ。すまなかった。…あと、勝手なんかじゃない。傍に…居てくれると、嬉しい」

 

 彼にしては珍しく、言い切った。ラキュースに励まされた経験がこの一言を生み出したのかもしれない。頬を手で抱え込んでる辺りが様になっていないが。

 

「ありがとう!サトル!…それで、これからどうしようか?」

「そうだな…帰るか?」

「それは不味いんじゃないか?」

「ん?なんでだ?」

「だって、連れ去られた私がそのままぬくぬくとあっちに居ちゃ、評議国が協力したみたいじゃないか?」

「あ、あぁー…そういえばそうだな」

 

 ヤバイ、ツアーに殺されるところだった。一回はもう確定してるけど。二回とか嫌だ。レベル戻すのにどれだけ苦労することか。

 

「それに―――サトル、もう一つ()()があるんじゃないのか?」

「…何を言って―――」

「いいんだよ、私はその()()()でも。処刑されそうな時にサトルの事考えててさ、気づいたんだ…()()()()()は動かなかったのかどうか知らないけれど」

「………」

 

 また黙り込むモモンガの登場だ。「仕方ないなぁ」と笑うイビルアイ。その顔はどこか、慈母のようなものをモモンガに感じさせた。

 

「サトル、…いいんだよ。また()()()()()なら、()()()()。私は傍にいるだけで幸せだから」

「―――!!…あ、ありがとう」

 

 

 ただ、一言。それだけで精一杯だった。

 

「それに、待つのは止めにする。これからはこっちからベタついてやるから、覚悟しててくれ」

「う…、お、お手柔らかにお願いします…。」

 

 ニヘラ、と可愛らしい笑みを浮かべながらイビルアイはこちらを見つめてくる。だがすぐに真剣な表情へと変わる。

 

「―――ラキュース達を助けてやってくれないか?」

「ラキュースさん達を?なんでだ?」

「あのデスナイト達を倒そうと今頃必死だろうからな。分かるんだ。」

「…あれ時間経過で消えるぞ?」

 

 死体を使ってないのだ。放っておけば消滅し、そのまま事なきを得るだろう。それに蒼の薔薇は攻撃される理由が無い。邪魔すればちょっといたぶられるかもしれないが、それだけだ。

 

「そういう問題じゃないさ。傷つくのが嫌なんだ。サトルが私を…その、守ろうとしてくれたように」

 

 顔を真っ赤にしながら言ってくる。どうにもこっちも照れくさくなってくる。

 

「貴族はいい気味さ、レエブン侯は若干哀れだったがな…サトル、頼む」

「…わかった」

「ありがとう!」

 

 目を大きく開き、赤い目が馬車の中の暗い空間でも光煌く。そのまま見つめあい、イビルアイはそっと近づいてきて―――

 

「あ!い、行って来る!!ラキュースさん達を助けてくるからな!!」

 

 慌てて出て行くモモンガ。彼はやっぱりヘタレだった。

 

「…全く。もう一回くらいいいじゃないか。こんなに幸せな気分になれるのに」

 

 そう愚痴りながらも、イビルアイの表情は幸せそのものだった。今、彼女は救われていた。それはモモンガがなしたことに違いない。そうして走り出したモモンガはやがて空を飛び、王都へと再び再臨するのであった。

 

「ラ、ラナー様?一体どうすれば?」

「…とりあえず、待機しましょう」

 

 クライムの動揺の声。何が起こっているのか彼はさっぱり分かっていない。ラナーは考える。

 

(警戒の対象は王都へ戻っていった。粛清の続きか…この置き土産は()()()()()という意味かしらね。少なくとも勝手に動いたり、放置して立ち去るわけにはいかないわ…何故これほどまでにタイミングよく?何故?あの男の考えは読みきれない…)

 

 圧倒的知能を持ってしても、偶然着地したところに居合わせただけなのを即時に読みきることは出来なかった。

 そしてそんな状況下で、更に現れる存在があった。ティアだ。ニュルン―――とイビルアイの影から躍り出る。

 

「うわっ!?いたのか、ティア」

「さっきからずっと…お楽しみでしたね」

「ウギッ!?み、見られていたか…」

「ごちそうさまでした」

「う、その…あんまり言いふらすなよ?」

「了解した…あれが本当のモモンの姿?」

 

問いかけてくるティア、それはつまり彼女はモモンがアインズであることを気づいているという事だ。

 

「あぁ…。内緒だぞ?」

「勿論。イビルアイを助けてくれた恩人。格好良かった」

「そうか、そういってくれて…ん?格好良かった?」

 

何か妙なニュアンスを感じ、疑問系の返答をしてしまう。イビルアイがどういう意味なのか聞こうとする前にティアが言葉を放つ。

 

「あと、服。それと装備も取ってきておいた」

「あぁ、すまないな?気を使わせた―――ん?あれ?何で仮面が綺麗な状態であるんだ?」

 

パックリと二つに割れたはず、何故ここに綺麗な状態であるのか疑問が沸くのは当然だ。

 

「それが本物、今日被っていたのは偽物」

「何!?一体いつの間に…!」

「ラキュースにおめかしされてる最中にこっそりと」

「ティア…お前な」

「ラキュースも協力してた」

「…ラキュース、アイツめぇ」

「色惚けてるのが悪い」

「惚けとらんわ!!」

 

 そうして軽口をいいながらイビルアイの姿をじっと嘗め回すように見つめるティア。不審さを感じて問いをかけるのは当然だ。

 

「な、何だ?何か私にあるのか?」

「服…」

「あぁ、脱がされたからな。今はモモンがくれたローブを着てるだけだ」

「つまり―――下は裸!」

 

 バッ!と身を屈め―――屈めるなんてレベルじゃない。床に這いつくばって下から覗きあげようとしてくる。

 

「ちょ!!見るな!!!何考えてるんだこのバカは!!!」

 

 顔を蹴飛ばそうにも見られるのが嫌で内股になり、ローブで必死に隠すしかなかった。

 

「見るなー!!!!」

 

 そんな可愛らしい少女の叫びが、王都の近郊の夜に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 「―――」

 

 (サトル、良いんだよ。また出会いたいなら、出会えば―――)

 

 そういってくれた少女の事を思い出す。

 その感情がどういったものか自分には分からない。ただ、そう言ってくれた少女の言葉よりも何よりも、笑顔が眩しいと感じてしまった。

 

「アァ―――」

 

 何故だろう、沈静化が起きても良いはずの感情なのに、それが起きる気配はない。分からない謎の感情にただ心が震え上がる。

 

「アァァ―――!!」

 

 ただ一人、この言い様の無い感情の波に、無いはずの心臓がトクンと音を奏でた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソがっ!!クソがぁぁぁ!!!!」

 

 万が一のときの為に人質にする予定だった女を蹴り飛ばす。「ヒギッ!」という声が出た後、女―――ツアレニーニャ・ベイロンは静かになった。死んではいない、単に男―――ゼロの一撃を受けて気絶したのだ。

 

「なぜだ!!なんで処刑が失敗に終わったぁ!!!」

 

 彼はここで漆黒の剣士を待ち構えていたのだ。あの男は必ずイビルアイを助けに現れるだろう。そう見込んで待ち構えていたのだ。強者とみられる相手の情報を知り、人質―――もしくは囮として使い奴を殺してやろうと待ち構えていたのだ。

 

「それに何だあいつ等は!!何故あんな化け物連中が出てきた!!?」

 

 今広場で行われてる大虐殺に慄きながら怒りを顕にする。そう、今中央広場では八本指の処刑が執行されていた。今も広がり続ける肉塊にいずれ自身もそうなるのではと恐怖の色を宿しながらゼロは隠れ潜む。

 アジトにおらず、表で行動し続けたことが彼を救っていた。巨体を持つ死の騎士(デスナイト)では細かな部屋へは入れない。そうして広場のまん前の家屋に潜んでいたのだ。

 

「無力な女性への暴力とは、関心しませんな―――」

「あぁ!?誰だ!!!」

「なぁに、少しばかりそこの女性を探すよう頼まれた者ですよ」

 

 ニグン・グリッド・ルーインがそこにいた。モモンガとの約束を果たすべく、彼は行動していたのだ。アジトらしき建物を探して裏路地を探索していたが、広場の騒ぎに気がつき、こっそりと建物から様子見をしようとしていたのだ。そして偶然にも目標と出会うことが出来た。僥倖だ、まさしく神の計らいという奴だろう。そう思いながら臨戦態勢を整える。装備品は没収されていたが、この状況はある意味で味方だ、どうすべきか考えつつ目の前のハゲと対峙する。

 

「ハッ、見れば囚人服じゃねぇか。そんな丸腰の装備でこのゼロ様に勝てると思ってるのか?」

「フン、相手の力量も確かめないままに奢る…まさしく愚か者だな。…ちょっと前の私を見ているようだ」

「アァ!!?」

「まぁいいさ。モモン殿との約束だけは果たす。怨みはないが覚悟しろ」

「上等だ!この俺に貴様一人で勝てると思ってるなら―――」

「一人ではない」

 

 彼の後ろから既に発動されていた召喚魔法<第三位階天使召喚(サモン・エンジェル・3rd)>で呼び出された炎の上位天使(アークフレイムエンジェル)が二体。更には監視の堕天使(プリンシバリティ・オブザベイション)がニグンの後ろに居た。

 

「私は集団戦を得意としているものでね…失礼だが、数の暴力と行かせて貰おう」

「ハッ!!この狭い空間でそんな空中型モンスターは唯の―――」

「なら、部屋を広げればいいだけさ。アークフレイムエンジェル!!」

 

 二体の天使が壁を叩き、隣の部屋が見える。そうして部屋を広げ、外へと繋げてしまえばいい。デスナイトがそれに気づけばゼロは瞬く間に捕まってしまうだろう。

 

「八本指とやらは悪魔に怨まれたらしい、全員殺されていってるぞ?あぁ、君も直にそうなる」

「キサマァアアアアアアア!!!」

「やれやれ、焦りは油断を生むぞ?」

 

 そうして彼等の戦いは始まった。壁を壊し尽くせば良いだけのニグンと三体の天使とニグンを殺しきらなければならないゼロ。決着はすぐにつくことは違いない―――。

 

 

 

 

 

 

 

 王都のど真ん中には次々と八本指の関係者が集められていく。その姿はほとんどの者が手足をへし折られ。抵抗も出来ない状態になっていた。

 

「イヤダァァア!!助けてえぇぇ!!!?」「ギャアアアアアア!!!脚があああああ!!!!?」「し、死にたくなグビュッ!!?」

 

 そう叫んでももう遅い。上位死霊(ハイレイス)が心を死に追いやり。血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)が両手を握り合わせ、力のままに叩き潰し、魂喰らい(ソウルイーター)がその魂を奪う。そうして王都のど真ん中の広場では目下死屍累々の地獄絵図が開かれていた。

 

「ウッワァ、結構凄いなコレ」

 

 空から状況を眺めるモモンガ。結構凄いなとか言ってるがやったのは彼だ。他人事すぎる。

 

「まさか川が真っ赤になるほどの数居るだなんて…モモンじゃ潰しきれないぞこれ」

 

 目の前の八本指と思しき連中は軽く見積もっても3000人以上はいるだろうか?既に死んでるのも含めれば4000人はくだらないだろう。それだけの連中が次々と死の騎士(デス・ナイト)によりポイポーイと放り込まれ、続々と死んでいく。まさに地獄絵図だ。

 そんな中でもアインズで潰せる機会があってよかった等と呟く彼はやはり異形だった。

 

「ん?あれは―――キーノの言うとおりか」

 

 見ればラキュースは次々と処刑を実行していく三体のモンスターに迫ろうとデスナイトと戦っている。流石にデスナイトに勝てはしないのか、近づいては吹き飛ばされるの繰り返しだ。何故敵だった八本指の為に戦うのか?

 見れば彼女に続きガガーランとティナが戦いを挑んでいる。それ以外にも王都中の冒険者達が近づいては吹き飛ばされを繰り返していた。

 

「うおぉぉ!!武技!<超級連続攻撃>!!!!!」

 

 ガガーランのいくつもの武技を重ね合わせた怒涛の15連撃がデスナイトを襲う。袈裟切り、突き、なぎ払い、いくつもの武技が放たれる。だがその攻撃の全てはデスナイトの持つタワーシールドに吸い込まれていく。40レベルにもなるその防御力を彼女では突破できないのだ。

 

「プハッ!!!なんて野郎だこいつら!俺じゃ押すこともできないぜ!?」

「ガガーラン!諦めちゃだめよ、こいつらを倒さないと!!次は私達がやられるかもしれないわ!!」

「わかってらそんなことよぉ!!!」

「まずは盾をどうにかすべき、何とかして手放させるしかない!!」

 

 そういい、またデスナイトに立ち向かっていく。彼女達はイビルアイが居なくても英雄だった。戦力的にかなり落ちるとはいえまさしく英雄的行動をしていたのだ。イビルアイは間違いなく彼女たちのことを理解していた。それが嬉しくもあり、そして少し寂しくもある。そんな自身の心にフッと笑いながら彼は魔法を唱える。

 

「<完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)

 

 

 

 

 

 誰もがデスナイトを打ち倒すことを諦め始めた頃、空から一つの存在が舞い降りる。

 ドスン!という音と共に地面の血が跳ね、その漆黒の鎧を染め上げる。赤いマントは血を吸い、どす黒く染まる。血の付いたその黒い鎧は月夜に映え、まるで一つの絵画のような美しさと共に敵を睨んでいた。―――漆黒の剣士がそこに舞い降りていた。

 

「モモンさん!?今までどこに行ってたんですか!?」

 

 ラキュースが叫ぶ、彼女の無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)は完全にドス黒い赤に染まっており、美しいはずの髪には八本指だったものの臓物の一部がこびり付いている。酷い状態だ。

 

 

「あぁ、えーと。その、道に迷ってまして」

「えぇーっ…」

 

 この状況で迷子かよ!という微妙な空気が流れる。だが仕方ない。まさかさっきまで魔王やってましただなんていえないのだから。周りからはドヨドヨと囁き声があがる。彼は冒険者でもないのだ、突然空から現れては周りの冒険者達が困惑するのも当然だろう。

 

「とにかく、アレを倒さないといけません。モモンさんも協力してください」

「あれは八本指を攻撃してるだけに見えます。止める必要も無いのでは?」

「…ここは人間の国です。滅びるも生きるも人間が決めていくべきことです。アンデッドに裁かれるのではなく、人が人を裁くべきです!!」

 

 そう言い放ち、モモンガを真っ直ぐに見つめ返す。その瞳は強い芯を持ち、キッと結んだ唇はそれでいて尚美しい。太陽だ。まさしく彼女は太陽なのだ。彼女の言う人間が決めていくべきこと、というのは何かストンと理解できるものがあった。滅びるなら滅びるで人間が自分で行った行為の上で滅びるべき。モモンガのような異形の力で滅びたくは無いということなのだろう。亜人や異形だってそれぞれの理由で生き、滅びているのだから。

 

「―――分かりました、では仕方ないですね。…そこのモンスター共、そこまでだ」

 

 ちょっとした指示を出すつもりで周りにバレないように声をかける。

 

「グオオォォォ!!!」

「キエェェェェ!!!」

「ヌオオォォォ!!!」

「―――!!!!!」

 

 ヤバイ、素直すぎる。姿が変わっても問題なく召喚主の返事に応答するアンデッド達。見た目が違うから敵対しましたなんてことは絶対無い。それでは召喚なんておちおちできないのだから。バレないかなこれ?と思うのは当然だ。だが他人の振りをしながら指示をだす。

 

「八本指を駆除してくれてる中、悪いが倒すことにした。―――まぁ、かかってくるならかかってこい!!」

「グオォォォオ!!!」

「キエェェェエエ!!!」

「ヌォオオオオオオ!!」

「―――!!!!」

 

 さっきより良い反応が返ってくる。(最高です主よ!!斬って下さい斬って下さい!!)そう叫ぶアンデッドチームに少しばかりの罪悪感を感じるが、ともあれ舞台は整った。

 

「では悪いがやらせてもらおう!!!いくぞ!!!!」

 

 大仰に台詞を吐き、目の前のデスナイトに攻撃を仕掛ける。大きくフランベルジュを縦に振りぬき、攻撃を繰り出すデスナイト。だがレベル100相当の戦士になる<完璧なる戦士>状態のモモンガにとって敵ではない。二振りの大剣を振り回し、フランベルジュを跳ね除けそのまま斬り進む。五秒で一体のデスナイトは滅びた。

 そのまま立て続けに剣を振り回し、隣に居たデスナイトを連撃で切り崩し。もう一体が反撃に繰り出したフランベルジュを掻い潜り、タワーシールドは力で持って跳ね返す。剣で足を切り裂き、横倒れになったデスナイトは隣の同胞に崩れかかる。

 

「オオオアォアアアアア!!!!!」

「―――フッ!!」

 

 同胞に押しつぶされたデスナイトが咆哮をあげる、それにとどめの首狩りの一撃を浴びせかけ、そのまま飛躍―――前転を繰り返しながらもう一体に斬りかかる。盾を構えた腕ごと切り裂き、胴体を上下に分ける一撃を放つ。フランベルジュを突き刺してこようとしたデスナイトを少しの体の捻りで避け、フランベルジュを大剣で叩き潰し、そのまま顔面に蹴りを入れる。吹き飛んだデスナイトに休む暇も与えず剣を突き立て、絶命させた。

 ―――あっという間に六体のデスナイトは屠られた。

 次はソウルイーター達の番だ。魂を大量に吸い、通常よりも濃い黄色のオーラを纏った醜い腐った肉が所々こびり付いた骨の獣が突進してくる。だがその動きを飛躍してかわしながらも縦に真っ二つに切り裂く。アストラル体のハイレイスは遠距離攻撃を仕掛けようとする。だが、持っていた大剣の内一本を投擲し、予め魔法で作っておいた大剣に付与させた属性魔法の効果によって刺し貫かれ消滅する。

 ブラッドミート・ハルクは低い知性そのままに両手を持ち上げ攻撃を打ち下ろす。その腕を瞬間的に切り落とし、最後に縦に切り裂き絶命させる―――この一連の流れは僅か二分と経たずに繰り広げられた。

 

 「す、凄い…!」と、思わず呟きながらラキュースは考える。

 

(これなら、これなら勝てる!!!アインズ・ウール・ゴウンからイビルアイを取り返せるわ!!)

 

 ラキュースだけでなく、ガガーランも、ティナも生気を取り戻していく。彼女達だけではない、その場の全ての存在が驚きと生への希望へと彩られていく!!「凄いぞ!!」「生き残れるんだ、俺達!!」どんどんと希望の言葉が沸き立ち、冒険者達は活気を取り戻す。

 

「グォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 ドスドスと足音を鳴らしながら近づいてくる最後のデスナイト。回収中だったらしくポイポイと足や腕を折られた八本指の構成員が崩れ落ちる。哀れという感情は湧かない。今日をもって壊滅してもらう予定なのだ。もっとやられろという気持ちしか湧かない。

 

「さて、最後だ。いく―――」

 

 その時、ガシャアン!!という音と共に壁が崩れる音が鳴り響く。

 目を向ければ家屋の壁が壊れ、八本指のゼロの姿が映し出されていた。

 

「クソガァアアアアアアア!!!」

「ふん、勝負ありのようだな?」

 

 壁に穴を開ける要員を用意さえすれば後は防御に徹するだけ。監視の権天使を使い守りを固め、アークフレイムエンジェルで壁を叩く、そこに位階魔法と自身の鍛えた身体を駆使して時間を繋ぐ。ニグンは決して弱者ではないのだ。彼の持つ生まれながらの異能(タレント)、召喚獣を強化する能力が更に優位性を保ったのだ。

 

 

 

 

「あいつだ!!モモンの旦那!!!あいつがイビルアイをメチャクチャにしやがったんだ!!」

 

 ガガーランが叫ぶ。彼女はイビルアイがボロボロになる瞬間をみていたのだ。目の前のゼロを倒したいという気持ちが湧いているのか睨みを効かせている。

 

「―――ほう…私がやってもいいかな?」

「あぁ!勿論だ!!!イビルアイの仇、とってくれや!!!」

 

 仇っていうと死んだみたいで困るのだが―――ともあれ、やることは決まった。ハゲ頭に向けて剣を掲げる。

 

「なら、私が討たせてもらおう。ゼロ―――貴様の墓場はここだ」

「クソガァァ!!どいつもこいつも舐めやがって!!!」

「一つ言っておく」

「アァン!!?」

「私は決して―――本気を出さない」

 

 こんなクソハゲにイビルアイが痛めつけられたのかと思うと怒りが湧く。だからこそ、このモンクと思わしき男には最高の屈辱を与えてやるべきだ。

 

「来い、恥辱に塗れた死を与えてやる!」

「なめるなぁああああああああ!!!」

 

 最早疲弊し、冷静な判断すらできないのか一直線に向かってくるゼロ。それでも彼は歴戦のモンクだ。シャーマニックアデプトの力を最大まで引き出し、全力で持って目の前の圧倒的強者を破るべく一撃を打ち出す。

 ―――だが、その拳は彼の鎧にコンッという音をたてさせるだけだった。

 

「はっ?…あぁ?」

 

 呆然としたゼロの表情、モモンガが固まっているゼロの顔に拳を持っていき―――ピンとデコピンする。

 ベチュン!!という音と共にとんでもない速度で飛んでいき、壁に激突してゼロは絶命した。

 

「…他愛ないな」

 

 その決め台詞と共に振り返る―――デスナイトが待っていた。それもジッと。何をするでもなく。斬って貰おうとジッとしていたのだ。剣とか盾とか地面に置いている。ヤバイだろう、これバレないか?明らかに不自然だろう。そう思い、急ぎモモンガは構える。

 

「と、とにかく最後だ!!!行くぞ!!!」

「グォアアアアアアアアアアアアアアアァアア!!!!!」

 

 特段大きく声を上げ、最後の別れを告げるデスナイト。彼を袈裟切りにして別れを交わす―――そうして王都に蔓延る悪鬼は消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

「や、やったぞ…やったんだ!!!」

 

 誰かが声を上げる。

 

「生きてる!!!生きてるぞ!!!!」

 

 周りから希望に溢れる声が上がり始める。

 

「あの剣士のおかげだ!!!誰だあれは!!?」

 

 言うまでも無いほどに英雄と言うべき者の名を尋ねる声が上がり始める。

 

「冒険者じゃないのか!?」「どこからきたんだ!?」「すっげぇかったぜ旦那ぁ!!!」

 

 次々と上がる声にモモンガも気をついついよくしてしまう―――立ち去ればよかったのだ。そのまま。立ち去らないから次の一言でとんでもないことになる。

 

「俺知ってるぞ!!!あの人は漆黒のペドって呼ばれてるんだ!!!!」

 

 モモンガが過ごしていた宿に居る男がドヤ顔で叫び始める。

 

「…ハ、ファ、えぇっ!?!?」

 

 モモンガの素っ頓狂な声が上がる、それも仕方ないことだろう。まさか漆黒のペドとか言われてるだなんて彼は思いもしていなかったのだから。

 

「ありがとう漆黒のペドーーーー!!!」

「ありがとうペドー!!!」

「ほら皆一緒に!!!」

 

 

 

 

「「「「「漆黒の、ペド!!漆黒の、ペド!!!!!ペーード!!ペーーード!!!ペーーード!!!!!」」」」

 

 周りに居る冒険者達が口々に叫ぶ、しかも何故かペドの方を。歓声は止まらない。

 

「ありがとうペド様ーーー!!!」

 

 人名になった。誰かが名前と勘違いしたらしい。

 

「ペド様ーーー!!!」「漆黒のペドーーーー!!!」「ペド様素敵ーーーーーー!!!!!」

 

 彼の生まれながらの異能(タレント)である主役は色恋多し(クリエイト・オブ・ザ・ハーレム)に当てられたと思しき女性達が叫ぶ。

 

「アァ…なんで?何でこうなったの!?」

 

 モモンガが叫ぶが時既に遅しだ。最早皆がペドペド叫んでいる。処刑台のまん前に居た貴族達だけは呆然としていたが、彼等以外の全て―――そう、ガガーランとティナも叫んでいた。

 

「ペドの旦那ーーー!!」「ペド野郎ーーー!!」

 

 酷すぎるだろう、仮にも仲間として共闘してたのに!

 

「ウチじゃゲス・ザ・ダークウォリアーって呼ばれてるぞ!!」「じゃあゲスさんか!?」「どっちなんだよ!!!?」「じゃあペド・ゲスだ!!!」

 

 じゃあってなんだじゃあって、絶対分かってやってるだろう。大体漆黒は何処へ行った。モモンガは突っ込みたかったが精神の沈静化が激しすぎて心が追いつかない。

 

「「「「「ペド・ゲス!!ペド・ゲス!!!ペド・ゲス―――!!!」」」」」

「「「「「ペード!!!ペード!!!ペード―――!!!!」」」」」

「「「「「ゲース!!!ゲース!!!ゲース―――!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「アァ―――ウアアァアアアアアアアアアアア!!!!アアアアア!!!!!!イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?!?!?!?!」

 

 

 

―――夜が明け、光が漆黒の鎧を照らす中、そうしてモモンガの精神は壊れていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――借りは返しましたぞ、モモン殿」

 

 民衆に称えられてる彼の姿を家屋の裏から眺めながらも女性―――ツアレを抱きかかえ、彼は一人呟く。

 あのアインズ・ウール・ゴウンが投入してきたアンデッドは凶悪だった。法国ですら戦えるのはごく一部のものだろう。勿論自分も戦えるはずも無い相手だった。

 だが彼はどうだろう?一人であれほどまでの相手を瞬く間に倒してしまったのだ。そんな彼の存在をなんとしても法国へ持ち帰らなければ。―――王都の神殿に行き、この女性を保護させ、そして我が母国へ報告をするべきだろう。そう思い、彼は称えられるモモンガに微笑みながら去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてこの一夜は終わり、王都は数千人以上の死傷者を出し、川は真っ赤に染まりあがり。腐敗臭のする遺体があちらこちらに点在する状況へと陥る。それは英雄が現れたとて決して平穏を取り戻せるものではない。彼等が立ち直るのはきっと彼等自身の力が必要だ。――だが王国に、そんなものはないのだ。

 貴族達は憔悴し、ほとんどの者は自領へと引き返し、そのまま戻ってはこなかった。―――レエブン侯もその一人だ。彼等貴族が全滅といっていいほど政治に関わらなくなったせいで国政は止まる。動かなくなる国政と大惨事をもたらしたこの事件。その爪あとは大きく。残酷な光景を目にした民衆は次々と王都を脱出し、政治を動かすのは最早第二王子のザナックのみと言っていい状態へと陥る。それはこの国が最早数年と持たないことを意味していた。バハルス帝国に勝てる未来は見えない。黄金と呼ばれた王女は未だ行方不明のままだった―――。

 

 

 この日、アインズ・ウール・ゴウンは世に爆誕し、王都は()()()()()()()()()()となる。そして同時に英雄ペド・ゲス――――もといモモンが誕生する。この二人はやがて世界を巻き込む動乱へと導かれていくのだが、まだ先の話だ。




王都は残念ながら崩壊ルートにしました。
といってもこのままではってパターンですが。
そしてセルフゲヘナみたいなイベントになりました。
ちょっと緩いですが。
モモンガさんはマッチポンプが標準なので当然のイベントですよね。
あと、幼女とキスシーンで爆ぜろと思われるかたが居ると思うので爆ぜてもらいました。
社会的に爆ぜすぎたかな・・・?


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幕間「各国動向録」

 スレイン法国、それは人類至上主義者の集まりである国家。亜人すら容赦せず断罪する非道の国家だ。だが彼等を責められるものではないだろう。なぜなら人類は弱すぎるのだ。法国が無ければ瞬く間に人類の領域は犯され、ただ食料として食べられるのを恐れながら過ごす日々が訪れるのだ。それを避けるためにも彼等は人類以外を認めない。数百年前までは森妖精(エルフ)とは共存関係だったがそれもかの国の狂った王のせいで終わりを迎えた。

 最早人類の最終防衛線と言って良い存在なのだ、法国とは。

 

 

 

 そんな法国最高執行機関、六色の神官長とそれを纏め上げる最高神官長。それに司法・行政などの機関長達、そして軍事部門の大元帥達が一同に集まり、会合を開いていた。

 

「まさかニグンが生きておったとは」

「恐らくは”黄金”でしょうね。あれ以外に後のことを考えて交渉の切り札を残せる人物はいない」

 

 火の神官長が水の神官長へ自分の意見をかえす。

 死んでいたと思われていたニグン。その存在が唐突に現れ、かつ重要な情報をもたらしてくれたのだ。その情報―――神人の到来の可能性を。

 だが、報告はそれだけではない。彼の部隊は崩壊しているのだ。王国ではニグン以外の者は全て処刑されたと伝え聞いている。それが最重要なわけではない。今もって重要なのはニグンがもたらしてくれた情報、それは―――

 

「なんてことだ…スルシャーナ様と同じ容姿だと?」

「つまりは新たなぷれいやー様の降臨ということだな…」

「それも、人類に敵対的と思われる…が付くがな」

 

 光の神官長が憎々しげに呟く、彼は陽光聖典の上官でもあるのだ。その陽光聖典が壊滅した切っ掛けと思わしき存在がプレイヤーでしかもこの国の神と定められた黒の一柱、スルシャーナと同じ容姿だというのだ。光の神官長にとっては新たな神到来などと思いたくはないのだろう。死んだと思われていたニグン・グリッド・ルーインから送られてきた<伝言>での報告には忌々しい思いがあるようだ。

 

「かの国…アーグランド評議国、真なる竜王が隠しているというモモンガ様。かの御人の可能性は無いのでしょうか?」

 

 紅一点である火の神官長が発言する。評議国にはモモンガが長年いたのだ。死んだと評議国側は言っているが、戦いで死んだという記録は確認されていない。死者(アンデッド)であるモモンガに戦い以外の消滅方法はない、法国の重鎮たちは評議国が嘘をついていると見抜いていた。

 

「モモンガ様が人類と敵対などするものか!!不敬だぞ貴様!!!」

 

 黒の神官長が怒りをあらわにする。彼の統率する組織の中に漆黒聖典―――黒の神、スルシャーナを主神として信仰する法国最強の特殊部隊が存在するのだ。それだけでなく、自身も神であるスルシャーナを信仰する神官長として職についているのだ。当然の反応なのかもしれない。

 

「過去の記録では約250年前にかの御人と偶発的接触、奇妙な仮面、ありえぬほど豪華な装備の数々。ぷれいやー様と睨み漆黒聖典が接触…そして運悪くも他異形との偶然の戦闘により一時的敵対。―――最初は人類の敵と思われておったそうだな?」

「それも最初だけです。連れていた”国堕とし”さえ手にかけなければ話は出来るお方だと言う記録が残っております」

 

 一番若い土の神官長が発言する。彼は元漆黒聖典の為、スルシャーナ信仰も当然ある。モモンガに対して好意的な発言を続ける。

 

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と出会ってからは評議国で静かに暮らしていたと思われます。そして十三英雄時代…ついに人間の味方となられたのです」

「それとて異形と協力しておったことに変わりは無いではないか。亜人、異形は我々にとっては排除すべき存在ですぞ!」

 

 この国の軍部を一手に担う大元帥が否定的な発言をする。彼は特殊部隊のような圧倒的な力を持つ部隊を保持しているわけではないが、何万もの部下を持つ以上、慎重でかつ冷徹な判断を求められるのだ。敵になる可能性に目を瞑るわけにはいかないのだ。

 

「彼の御方は人と一番仲良くなっておったといわれておる。決して悪い存在ではありませんぞ」

「少なくとも敵対する理由が無ければ何もしてこないですからな―――やはりアインズ・ウール・ゴウンとは別物でしょう」

「ニグンとの話を照らし合わせれば土の巫女姫が爆死したのもそのアインズなる存在が原因と見られるからのぅ―――だが蒼の薔薇の魔法詠唱者―――”国堕とし”を傷つけると怒りを露にしたというぞ?」

「それは―――見初められたということじゃなかろうか?攫われたというし、奴隷と言っておったそうだからな」

「モモンガ様と見られる剣士モモンはそれより前から蒼の薔薇と接触していたといいます、恐らくは今回の出来事に対応するためだったのではないでしょうか?」

 

 土の神官長は相変わらずモモンガを擁護する形で話を進める。黒の神官長もそれに続くように発言する。

 

「モモン―――モモンガ様とするならば、何らかの危険を察知し守ろうとしておられたのでしょう。丁度そろそろ100年ですからな」

 

 100年ごとに訪れるユグドラシルプレイヤー。――そんな存在を警戒して国堕としを守護しにきたのならば納得だ。そう黒の神官長は結論付ける。それに火の神官長が慎重な意見を差し挟む。

 

「ですが確定したわけではないでしょう。モモン――というのがモモンガ様なのは可能性が高いでしょうが、一度接触してみなければわからないでしょう」

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活の予兆もある。なんにせよ潜入は必須だ」

「ならば漆黒聖典しかあるまい、モモンという剣士に接触するにしても神人の居る漆黒は最適だろう」

「ぷれいやー様ではなく神人であったとしても、丁度つりあいますからな―――いいでしょう。彼等を動かしましょう」

 

 黒の神官長は大きく頷き、今後の方針は定まった。

 

 

 

 

 

 

「あんたたち、出撃だって?」

「はい―――どうやらぷれいやー様が現れた可能性があるとのことです」

「ふぅん…そいつ、私より強い?」

 

 目の前の少女―――頭髪の半分が白と黒で別れ、耳を不自然なほどに隠す髪型をしている少女―――”番外席次<絶死絶命>”は目を細めて青年を睨む。強者たる少女の睨みに臆することなく青年―――実際には仮面の効果で成人に見えるだけの少年”第一席次”は語る。

 

「あなたよりは弱いかと―――」

「ふぅん、つまんない。ぷれいやー様って街一つ簡単に消せるんでしょう?」

「まだぷれいやー様と決まったわけでもありません、それに街は結果的に壊滅していますが、消しきれてはおりませんから」

 

 はきはきと説明をしていく、一瞬でも迷いを見せれば見抜かれてしまう。恐らくこの番外席次よりぷれいやー様の方が強い可能性は高いのだと。だからこそ彼女に気づかれるわけにはいかない。そして数百年前から存在なさるモモンガ様の存在も、知られるわけにはいかないのだ。モモンガ様が活動していることを知ってしまえば彼女は止まらないだろう。それが分かるからこそ漆黒聖典第一席次は嘘をつく、実年齢の割に身についてしまった処世術に少しばかり思うところもないではないが、今は目の前の存在を騙すことが重要だ。

 

「なぁんだ、つまんないの―――私より強い男に出会いたいんだけどなぁ」

 

 そういいながら、興味をなくしたように番外席次は手に持つ道具―――ルビクキューをカチャカチャと回し始める。かつて神が残していった遊び道具の一つであるそれを一面揃えることは出来ているが、二面は中々揃えられないようだ。

 

「私より強い男ならどんな奴だっていい―――どんな性格だろうと、どんな見た目でも。異形でもなんでもかまわない」

 

 そういって、スッと自身の下腹部へ手を伸ばしお腹をさする。

 

「そんな男の子供を宿さなきゃ、もったいないわよね」

 

 歪な笑顔を見せながら、少女は笑っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

「神よおおおおおおおお!!!おお神いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 叫び散らす爺の姿がそこにはあった。

 

「爺!!いい加減にしないか!!!!」

 

 黄金の髪の毛にはウェーブを宿し、濃い紫色の瞳は秀麗さを彩る。その全身はまさしく高貴なる者たる存在感ある人物―――バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは彼が生まれた頃から傍に居る魔法詠唱者(マジックキャスター)にいきり立つ。このバハルス帝国の皇帝と言う地位についている彼をもってしても御しきれない男。そんな男は叫び続ける。

 

「ンぉおおおおおおおおお!!神の再来に違いありませんぞおおおおおおおおおおおお!!!!」

「爺!!!神とはなんだ!!!?此度のリ・エスティーゼ王国の事件に関係あるのか!?」

「まさしく!!!死の騎士(デス・ナイト)を操りし存在は私が230年前に出会ったあの愛しの神に違いありませぬ!!!!」

「い、愛し…!?」

 

 齢250年のジジイから愛しという単語が出て思わずジルクニフは口を固まらせるしかなかった。

 だがジジイ―――フールーダ・パラダインは止まらない。それどころか語り続けるほどだ。

 

「かの御仁はアンデッドを際限ないほどに使役でき、その力はデスナイトすら軽く操れるほどだったのです!いつの間にかお隠れになられましたが…アーグランドめ、やはり死んではいないではないか!」

「どういう意味だ!?あの地下にいたあれがそのデスナイトとやらで間違いないのか!!爺!!!」

 

 説明不足のフールーダの発言に苛立ちながらも会話の主導権を握ろうとひたすらに宥めすかせることを選ぶジルクニフ。魔道の心に囚われるフールーダには何度も苦しめられてきていた。だが、この帝国においてフールーダは欠かせない存在なのだ。彼の力は一軍―――いや、それ以上を崩壊させるに等しいのだから。

 第六位階を単独で使いこなせる存在というのはこの世界においてあまりにも貴重だ。その点でこの爺はまさしく重要人物なのである。

 

「左様でございます。かの御仁は地下に封印しておりますデスナイトを自由自在に操れる人物でありました」

「そんな存在がなんで今まで表に出てこなかったんすかねぇ?」

 

 ジルクニフが抱える帝国四騎士、その中の一人である顎鬚を生やした男―――バジウッド・ペシュメルが軽い口調で問いかける。皇帝であるジルクニフはその地位にありながらこういった態度を押さえつけるつもりはない。優秀ならば採用する。それが彼の方針だからだ。

 

「かの御仁は目立つことを避けておった…あの竜王め、抱え込み、更には死んだとまで嘯いておったのです!!!!これが許せるか!!?いいや許せる訳がない!!!」

 

 自問自答を始める白髪の老人に誰もが冷や汗を流すしかない。彼に暴れられれば現状誰も止められないからだ。

 

「爺よ、気持ちは分かった。だがその御仁とやらの詳細をまずは、()()()そして()()()()と教えてくれ」

 

 ジルクニフは生まれた頃からのフールーダとの付き合いがある。流石にこういう状況での対応には慣れていた。慣れているといっても対応しきれるのとはまた別だが。

 

「―――かの御仁は250年前にこの世に現れたといわれております。その御仁は謎の仮面をつけ、高位の魔法を操ることが出来る謎の少女と何十年も旅をしておりました。…私は当時若く、まだ髪もフサフサでしたが、中々進まない自身の魔法技術の向上に不安を抱いておったころです」

 

 そう、しみじみと…どころかかなり饒舌に爺が語り始める。

 その御仁の話は長かった。まず何よりフールーダが持つ生まれ持った異能(タレント)によってこの世界最高峰の魔力の持ち主であることが知れた。そしてその男はアンデッド等を使役する死霊系魔法詠唱者であることも。

 更には連れていた少女というのもこれまた凄い、なんと少女ながらに第四位階を当時から使えていたとの話なのだ。流石にそれには肝が抜かされた。この世界の標準は第二位階までが立派どまりのレベルなのだから。

 そんな話の中、何より驚かされるのは実は十三英雄の隠された英雄の一人ということだ。その実態は不明瞭なまま伝承の裏に残されているらしい。

 

「それは本当なのか?もしそれが本当ならば今までとんでもない存在をアーグランド評議国が独占していたことになるな…」

「そういうことです!!何度もアーグランドの首都に居るというデスナイトの存在について私はかねがねあの国の竜王に会わせてくれと申し込んでおったのです!!!それがかの御仁は既に亡くなり、今は彼の強い魔力でデスナイトが現存しているだけだと!!―――クゥ!!!くうぅぅう!!!なんと無駄な時間を過ごしたことか!!」

「爺、頼むから落ち着いてくれ!今のままでは話が進まんぞ!!!」

 

 ジルクニフのその一言を受け、やや冷静になったフールーダが改めて状況を説明しなおす。

 

「…とにかく、そのアインズ・ウール・ゴウンなるアンデッドは私が知るモモンガ殿―――いえ、モモンガ様に匹敵する御仁と捉えます。同一人物の可能性も非常に高いかと…さぁ、早く私を使者として送るのです、ジルよ」

「…素が出ているぞ爺。それにな、報告では王都の大半が破壊され、更には数時間で約5000人の死傷者が出たという話だ、爺を使者として送るのは危険すぎる」

「その話も今現在は全て<伝言(メッセージ)>を使ってのものです。信憑性には欠けるかと思います」

 

 ジルクニフの秘書であり、文官でもあるロウネ・ヴァミリネンがジルクニフの聞いた報告に口を差し挟む。

 だが皇帝たるジルクニフは怒らない。彼は有能であれば採用し、無能ならば斬り捨てる―――その方針を貫く事で、鮮血帝とまで呼ばれることになったのだから。有能なロウネの言葉を咀嚼しつつも考え、言葉を出す。

 

「だが上がる報告は全て同じ内容なのだろう?潜入していた者達が全員惑わされていない限りは」

「それは…確かにそうですね。漆黒のペド・ゲスなる人物も気になるところです」

「その伝説級のアンデッドを倒しつくした剣士か…気になるところではあるが―――凄い名前だなしかし」

 

 既に広まりつつある剣士の情報も注目を集めていた。フールーダが自身が育て上げた師弟達を使ってようやく一体捕縛できたという存在を一人でものの数分で切り崩したのだという。それが注目を浴びないわけが無い。

 

「陛下、差し出がましいですが。その人物だけでもコンタクトを取ってみるべきではないでしょうか?」

 

 帝国四騎士の一人、ニンブル・アーク・デイル・アノックがその端正な顔を引き締めながら礼儀正しい姿勢をとりつつ、意見を出す。彼は戦力として必要だと訴えかけているのだろう。

 

「そうだな…だが王都は今も荒れているのだろう?使者を送ることすら出来ないな。それにそのアインズ・ウール・ゴウンは行方を眩ましたというならば動向を探らねばなるまい。爺、悪いが接触は出来ないぞ。居場所すら分からんのだからな」

 

 これでいい、これでこの魔道馬鹿爺は収まりを見せるだろう。その程度にはジルクニフは理解していた。生まれた頃からの付き合いは伊達ではないのだ。

 

「むぅ…仕方ありませんな。それでは弟子達を使ってなるべく気づかれないように存在を調べるといたしましょうか」

「あぁ、頼む。―――ロウネ、軍に警戒待機の指示をだしておけ。そのアインズなる存在がひょっとすればこちらに来るやもしれないからな」

「かしこまりました」

「それとその漆黒のペド・ゲスだが、接触させるならワーカーだな。どんな人物か確認させるんだ。性格的に取り込めそうなら取り込めばいい。無理なら自由に行動させるべきだろう。ワーカーなら王都に潜入して帰ってこなくても問題はない、なんにせよ今は情報だ」

 

 迷うことなく、的確に指示を出していくジルクニフ。彼の手腕は確かなものだ。情報を重要視するその性格が彼の立場をドンドンと押し上げていく。若くして皇帝となった彼は鮮血帝と呼ばれる血の粛清を行った冷酷な支配者だ。だがそれは決して無慈悲なのではなく、何が有益なのかを取捨選択し、それでいて先を見通した判断を行えるからこそなのだ。

 瞬く間に指示を出し終え、自身も取るべき行動に移るべく煌びやかな椅子から立ち上がる。

 

「全く、アインズなる存在のおかげで今までの計画がご破算になる可能性も出てきたな。これから忙しくなる―――」

「失礼いたします!追加の情報が入りましたのでご報告いたします!」

 

 伝令官が扉を開き、ジルクニフへの挨拶もそこそこに用件を伝えてくる。

 

「よし!話せ!」

 

 前置きなどいい、とにかく今は情報だと皇族へ向けた礼節も端折る事も厭わない。情報こそが命なのだとジルクニフは知っているからだ。その無用なものを斬り捨てる方向性が彼を偉大な皇帝へと導いていったのだから。

 

「蒼の薔薇の魔法詠唱者だけでなく、ラナー王女までもが攫われたとの情報が入ってまいりました!!」

「何!?あの女狐が!?!?」

 

 ジルクニフの嫌いな女ナンバーワンであるラナーが攫われたという情報だ。それがどういうことか、ジルクニフは瞬時に思考に耽る。

 

(この状況から更にあの女狐を攫うだと?いったいどういう意図があるというのだ?単に見初めただけか?いや、それほどの力を持つ存在が女に困るものだろうか?だが容姿は確かなものだ…好色漢、いや好色骨ということだろうか?)

 

 わからない、この状況で王女を攫う異形の思考などジルクニフには分かるはずも無かった。

 

「もうひとつ、こちらは重要度が低いかと思いますが…漆黒のペド・ゲスなるものの本名はモモンというそうです」

「偽名か、それ程の強者ならば名を隠すのも不自然では―――モモン?」

 

 モモン―――モモンガ?フールーダが語った話の中で出てきた名前に似ている、偶然だろうか?

 

「神イイイイイイイイイイィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 またか、またなのか爺。そうジルクニフは睨み返す。見ればフールーダは唾を撒き散らし、両手を広げ天を仰ぎながら涎を垂らしている。汚い、そう思うのは無理もないだろう。

 次はどうやって押しとどめようと瞬時に考え始める。最早生まれた頃からの慣れきった対応方法に少しばかり頭を痛くしながら、押しとどめるいい訳とその論理的根拠を考え挙げていく。

 ―――どうやら今日はこれで一日が過ぎるだろう。それが分かる程には、この爺との付き合いは深いのだ。

 

 

 

 

 

 

 それぞれの陣営はそれぞれの思惑があって動き出す。それすらも結果的にアインズ・ウール・ゴウンを止めることは出来ないのだ。




法国、動き出す。
そして古田さん独自にアップをはじめる。
そう、230年築き上げた対策をこしらえて。


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漆黒と蒼

 ランポッサ三世、それは当代の王国代表者たる人物だ。39年という長い年月この国の王として国政に携わってきた人物。しわがれた顔に白く染まった頭髪。曇った表情に霞んだ瞳。王と言うには覇気のないその姿はこの国の有様を表している。貴族派を打倒できるでもなく、国内の膿をはじき出す事もできないままひたすらに時を過ごしてきた王。―――第三者からしてみればその評価は限りなく低いだろう。

 しかしガゼフ・ストロノーフはそんな王に敬意を示す。貧しい育ちだった彼にとってはこの優しすぎる王は欲に塗れた貴族よりも余程正しい生き方に見えたのだ。そんな王からの直々の依頼に彼は応えるべく、装備を身につけ、部下を纏め上げていた。そして王の御前にて片膝をつき、こうべを垂れる。

 

「ガゼフよ、どうか…どうかラナーを見つけ出してくれ」

「勿論です、陛下。この身に代えて王女殿下を探しだし、必ずや連れ帰って見せます」

「あぁ…頼んだぞ」

 

 そう、短い会話の中にお互いの信頼を乗せた言葉を発し続ける。―――ラナー王女はいつの間にか姿をくらませていた。今王都内は怒涛の勢いで情勢が動いている、あの蒼の薔薇の魔法詠唱者はなんと吸血鬼だという噂が蔓延り、蒼の薔薇を捕まえるべく貴族達が過激に動いているのだ。

 この荒れた状態の中、王族は警護をしやすくするために国王の部屋へと集まっていたのだ。ラナー王女の迂闊な一言に自身の名声を高めることを欲心してしまったバルブロ第一王子を除けば三人の王家の血筋のものが揃っていた。だが厠へと向かう旨を伝えた後、ラナー王女の姿はどこにも見当たらなくなったのだ。

 ―――よもや、この王都の事件に紛れ込み、連れ去られたのでは?

 悪い予感が時間と共に増していく、王族ながらに子を大切にするランポッサ三世はたまらず、ガゼフに捜索の依頼をだしたのだ。

 

 そうして王城を調べるうちに隠された王族脱出用の通路につい最近開かれたかのような痕跡を発見し、その出口を推測する。王の懐刀であるガゼフは当然この道を知っているのだ、一番遠いところでは丁度王都の外へ出られる位置に門が繋がっていたはず。

 この状況、もし攫われたとするならば一番遠い場所を目指す可能性は高い。そうでなくても王都内に居てくれるのならば対処のしようはある。一番まずいのは王都外へ逃げられることだ。―――そう考え、急ぎ馬を用意し駆け出す。何が起きても対処できるよう準備していた部下達と共に王都を覆う防壁の外へと馬を走らせる。

 そうしてガゼフ・ストロノーフは見つけてしまう。ラナー王女がアインズ・ウール・ゴウンに攫われてしまう瞬間を。

 

 

 

 

 

「仮面、渡しておく。モモンに返して」

 

 ティアが嫉妬マスクを取り外し、イビルアイへと手渡す。さっきまでグヘグヘ言いながら股間を覗こうとしてきていたので涎がびっしょりついていた。汚い。モモンガの物だから綺麗にしてあげたいが拭くものは手じかには自分の羽織っているローブしかない。折角愛する人が被せてくれたローブなのだ、汚したくないと仮面はそのまま座席においておく。

 

「あぁ、ありがとう―――いくのか?」

「…うん、鬼ボスが待ってる」

「そうか…すまないな、最後に迷惑しかかけなかった」

「そんな事ない―――ありがと、さよなら」

 

 ティアが短い別れの一言を発する。彼女はこれがイビルアイとの永遠の別れになるだろうと察していた。ふざけていても彼女は蒼の薔薇が大好きだったのだ。ある日唐突に迎えた別れにティアにしては珍しく―――いや、初めて見たかもしれないほどに表情を変える。それは綺麗な笑顔だった。

 

「―――あぁ、ありがとう。さようならだ。…ラキュース達にも宜しく言っておいてくれ」

「うん、わかった」

 

 恐らく、伝えることはないだろう。ラキュース達はアインズに攫われたと思っているだろうから。ティアはモモンガの本当の姿を伝えない、きっと約束を守ってくれるだろう。そんな事ぐらい分かっている。

 だけど―――それでも思いを伝えたかった。大切な蒼の薔薇の皆に別れの一言を。いつか時間が経ってから伝わる―――そんな形でもいいから、その一言を。

 イビルアイも長々しい台詞など用意せず、すっきりと終われるよう。短い一言を伝言として頼み、最後の別れを済ませた。

 

 ―――まぁ、この時はそう思っていただけなのだが。

 

 

 

 

 

「なんだあれは!?隊長!!何か獣のようなアンデッド2体発見!!その上に謎の魔法詠唱者と思われる男が騎乗しています!!!」

「なんだと!?総員抜刀!!油断するな!!!アンデッドの大半は夜が得意だ!追い払うが不用意には近づくな!!」

 

 ガゼフが声をあげ、戦士団の者達が剣を抜き馬を駆けさせる。彼等は歴戦練磨の(ツワモノ)揃いだ。迷うことなく動き始める。

 それに気づいた謎の騎乗者はチラリと後ろを見て驚いた様子で速度を上げて逃げ出す。

 目の前の強力なアンデッドと男の姿をはっきりと視認できないのが辛い、彼等王国戦士団は松明の明かりといくつかの<永続光(コンティニュアル・ライト)>を宿したランタンを持っているだけだ、手に持ちながら夜の王都近郊を捜索していた彼等には少し距離が離れればその男の姿ははっきりと視認出来なかったのだ。

 

「あのアンデッド…ありえぬほどに強いぞ―――まさか、ゴウン殿か!?」

 

 ありえないほどの存在感を放つアンデッドの獣に戦慄を覚える。そして思い至るのだ。王都で今起こっている騒動、アインズの娘というイビルアイは今処刑が行われようとしているはずだ、あの御仁ならば娘の危機に必ず現れる。そうガゼフは踏んでいたのだ。彼は今、まさしくここに現れたのだ。救い出した後なのか、それともその前なのかまでは分からない。なんだか少し体躯が小さく見えるし装備品も質素に見える。だがこの暗闇だし、何より相手は想像を絶するほどの魔法詠唱者だ。見た目の変化など些細なことだろう。そう考え、そして彼をとめるべきか悩む。そこへ―――

 

「<火球(ファイアーボール)>」

 

 騎乗していたローブ姿の男から次々と火球の連打が見舞われる。その連射量に避けきれず、犠牲になる戦士たちが出る。「ギャァ!!」という叫びと共に馬と共に倒れ、のたうちまわる戦士たち。

 

「待ってくだされゴウン殿!!!!私は!!!私は―――!!!」

「<火球>」

「…ッ!クソッ!!!!」

 

 火球の嵐は止まない、避けきれずに負傷するものが後を絶たない状態だ。―――そんな中、早駆けを得意とした者が前に出る。

 

「戦士長、私が隣接し攻撃します!!防御に出れば速度は落ちるはずです!!!」

「ま、待て―――」

 

 ガゼフが言うが緊迫したこの状況、若い戦士は興奮し、そのまま止まらず前に出る。得意の早がけと数人の仲間が囮になる援護を受け、ある一定の距離まで近づいたときそれは起こった。

 

「喰らえ―――あ?―――」

 

 馬と共に突然倒れ込み、そのまま若い戦士は動かなくなった。

 ソウルイーターによる魂喰いだ、抵抗(レジスト)できるだけの能力値が無ければ簡単に魂を喰い散らされるのだ。そうして若い戦士の命は散った。

 

「クソ!!全員近づくな!!!」

 

 ガゼフが叫び、一斉に戦士たちが散らばる。敵の攻撃を懸念しての散開陣形だ。この暗闇の中でも彼等は一流の戦士としての動きを見せていた。矢を持つものは矢を番えいまにも攻撃するぞという意気込みを見せている。だがそこへ容赦なく、ソウルイーターからの<火球>が降り注ぐ。謎のローブ姿の男性だけではなく魔獣たちまで魔法を飛ばしてくるのだ。いくら散開しているとはいえこのままではこちらがやられてしまう。

 何とか状況を変えるべくガゼフは必死に叫ぶ。

 

「ゴウン殿!!!ゴウン殿なのだろう!?どうか攻撃をやめてくだされ!!!」

 

 だがガゼフが叫ぶも攻撃は止まない、見過ごすわけにもいかず、ただ消耗するだけかと思われたそのとき、ある一つの存在が現れた。

 馬車だ、一つの馬車が何故かこの暗闇の時間帯に用意されていた。こちらの騒動に気づいていたのか既に走り出し、抵抗をしようともがいている重装の剣士の姿がちらつく。―――何か密命でも帯びていたのだろうか?かなりの装備品…闇夜でも光り輝くミスリルで全身を覆った鎧のように見える―――「んん!?」とガゼフが声を上げるのは当然だった。

 

「…まさか、その鎧は!!クライムか!!!」

「ガゼフ様!?クッ!!!この離れろ!!!」

「ラナー王女は!!ラナー王女はそこにいるのだろうか!!」

 

 「はいっ!!」―――と、その言葉に肯定の声を出し、目の前の敵へと剣を向けるクライム。

 

「よせ!!!そいつらは君の手に負える相手ではない!!!」

 

 そういいながらも何も手出しは出来ない。馬車に近づかれては矢を撃つことすらできないのだ。人質に取ったのか、そうでないかまでは分からないが攻撃するわけには行かない。クライムがいるならラナー王女もそこにいるはずだ。間違っても馬車の中にいるだろう王女に当てるわけにはいかない。

 

「攻撃中止だ!!!相手に刺激を与えるな!!!」

 

 それ以外の指示の出しようが無かった。王女が囚われている以上、どうしようもない。アインズが何故王女を人質に取るのか、そこまで察することは出来ないがこのままでは王女に危害が加わる可能性がある。矢も撃てず、ただ追いかけるしかない。

 

「ゴウン殿!何故なのですか!!!ゴウン殿―――!!!」

 

 そう叫ぶガゼフを尻目にローブ姿の男は一つ声を上げた。

 

 

 

 

 

「ゴウンって誰だ……」

 

 デイバーノックはそう呟く、彼はかなり離れた距離からもガゼフに気づいていた。

 アンデッドの大半は暗視の力を持っている。闇に生きる存在が闇を見通せなくてどうするのだ、という話だからだ。自分を保護してくれた謎のアンデッド―――魂喰らい(ソウルイーター)に腕を縛っていた縄を解いてもらい、王都を抜け出す手伝いをしてもらっていたのだ。

 どういう理由か知らないが自分の命令を聞いてくれるこのアンデッドを利用し、見事王都を抜け出せたと思った矢先の出来事だった―――。

 偶然にも人が乗っていると思わしき馬車を盾にさせてもらい、なんとか場を切り抜けられそうだ。後はこの骨の四足獣に<火球>の魔法や先ほどの命を吸い取る攻撃で相手を蹴散らせば逃げ切れるだろう。

 

「悪いが人質になってもらうぞ、<飛翔(フライ)>」

 

 乗っていたソウルイーターから馬車へ飛び移る。荷馬車の狭いスペースから剣士が必死ににらみを利かせているが自分の見立てではたいした敵ではない。<電撃(ライトニング)>でも使って無力化するか?―――そう思って荷馬車に降り立った直後。

 

「……人質とは物騒だな、デイバーノック」

「げぇ!?お嬢!!?」

「キショイからやめろその呼び方」

 

 何故かいるイビルアイにデイバーノックは驚きの声をあげるしかなかった。

 

 

 

 

 クライムが装備するミスリルの全身鎧は兜の部分に暗視の効果がついたマジックアイテムなのだ。外でお忍びということで完全装備をしていたクライムは、早くから謎のアンデッドが近づいてくる事に気付いていた。ラナーを馬車に乗せ、敵から離れる為に馬車を走らせていたのだ。

 そうして馬車の中で休息をとっていたイビルアイもまとめて騒動に巻き込まれる羽目になったのだ。迷う事なく魔法の準備を始めるイビルアイ、だがしかし御者の男性が声を上げる。

 

「な、何だこの化け物は!?」

 

ふと意識を回せばソウルイーターがイビルアイに向けて〈火球〉を向けている。この狭い馬車に向けてそんな魔法を使われては全員火だるまだ、どうするべきか?イビルアイは悩む。切り抜ける方法を考え、じっと相手の出方を伺っているとき、新しい声がかかった。

 

「大人しく従いましょう」

「ラナー王女?」

「ラナー様!?」

 

イビルアイとクライムが揃って疑問の声を上げる。

 

「どうやらこのお方の御付きの魔獣はイビルアイさんでも攻撃を躊躇うほどの存在のようです。今はこちらの御方の指示に従いましょう?」

 

 ニコリ、と笑顔を絶やさずに人質になることを受け入れる発言をするラナー。それはつまりデイバーノックのいうことを聞くということだ。

 

「話が早いようで助かるぞ。それで貴様等は何者だ?」

「王女って言っただろうが。耳が付いてないのか?」

 

 イビルアイの辛辣な一言が続く。

 

「……王女がこんなところにいるわけが無いだろう。この騒動の中だ、きっと王城で―――」

「はい、私がラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。宜しくお願いいたしますね」

「……………うっそ」

 

 デイバーノックは、言葉もなく固まるしかなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、我々は攻撃するわけも行かず、アンデッドの獣に引っ張られた馬車はそのままエ・ランテル方面へと逃亡していったのです」

「はぁ………」

 

 ガゼフが語り聞かせるも上の空の返事をしてしまう。(何やってるんだ、デイバーノックさん…)―――モモンガはそう頭の中でツッコミを入れるが、状況を考えるとモモンガもかなり悪い。何せ逃げるための手助けをしてるのだから。言い返すことも何も出来ずに相槌だけ打って黙ってしまう。

 そういえば<伝言(メッセージ)>が何回も届いていた気がする。―――前夜の騒動が終わった後、モモンガは精神的ショックが収まるまでしばらく意識が飛んでいた。あの後あまりにも哀れに思ったラキュースが周りを静め、「この御仁は英傑モモンとおっしゃるのだ!」などの演説を行ってくれなければ本当にあのペド・ゲスが広まっているところだったのだ。

 そのラキュースの善良っぷりにガシィッ!と彼女の両手を掴み「女神ィ……!」とか呟いてしまったモモンガ。それに処女っぷりを発揮したラキュースは目を泳がせ「あの!?そういうのは……イ、イビルアイにしてあげてください……」と顔を真っ赤にさせながらポツリと呟いた。

 そんな二人を見た人たちが後世に残る吟遊詩として『太陽と漆黒の恋物語』という詩を残してしまうのだがそれはそれ。まだ先の話だ。

 結局のところ彼等はこの惨状を前に何か夢中になれるものを探したに過ぎない。恐怖を忘れるために。変な名前で喝采をしたのだって心を落ち着けるためだ。今だって彼等はちょっとした噂で残りの八本指を粛清するために動き回っている。まさしく暴徒として。

 モモンガが噂を流して消しつくすつもりだったが、いつの間にか合流していたティアがティナと二人で裏路地に噂を流していたのだ。

 

 ―――今回の出来事の全ては八本指がアインズ・ウール・ゴウンをおびき出そうと企てたからだ―――と。

 

 その話を聞いた民衆や冒険者達、八本指に恨みを持つもの達は今、裏路地で私刑を始めている。この王都は膿を抉り出しきるまで血肉の流出は止まらないだろう。―――それでいい、そうモモンガは思う。

 元より八本指は全て存在を抹消する。必要悪もいるのはわかるがあれは必要のない悪だ、少なくともモモンガにとっては。イビルアイを消そうとした連中全てを駆逐するまで止めるつもりはない。アンデッドでの駆逐が出来ないならばラキュースの言葉通り、人間に裁かせる。徹底して消し去ってやるつもりなのだ。そういう意味では協力どころか進んで裏で行動してくれたこのイジャニーヤさんの子孫とも言える二人には感謝の気持ちで一杯だった。

 

 話題は逸れたがそうして現在に至る。ガゼフ・ストロノーフが自身では為しえなかったことを行ってもらうため、モモンガに依頼をしにきたのだ。

 

 

 

 表は中央広場から辺り一帯、血と臓物の川が今も築かれている。そんな中にいつまでもいるわけにもいかず、今は蒼の薔薇の宿泊する一室を使い、ガゼフとモモンガが面談をしていた。

 

「どうか、ゴウン殿を止めてはくださらぬでしょうか」

「は、はぁ…」

 

 目の前にいるんですが…と言うわけにはいかない。この人にばれたら本当に悲しまれるだろうな、というのが分かる。自分も気に入っている男だ。苦しめるつもりも無ければ曲がったことをするつもりも無い。何より向こうの信頼が凄いのだ。

 

「ゴウン殿が王女を理由も無く誘拐するはずがない、何か事情があるはずだ」

「え、えぇ…そうなんですかね」

「そうですとも!ゴウン殿は!……失礼、取り乱しました」

「いえ、お気になさらず……して?」

 

 簡素に先を促す言葉を呟く。なんの遠慮も気配りも入れないその一言にガゼフは感謝の眼差しを向けながらも続きを語った。

 

「貴方は私ですら倒せぬ死者(アンデッド)の群れを次々と屠ったと聞いております。かの御仁は恐らく死霊系魔法詠唱者…貴方こそ適任と思い、不躾ながらも願いに参ったのです」

「………」

「情けない話だとは思っております。あの御仁を止めることどころか……娘様を救うことすら出来なかった」

「……あの子は吸血鬼です。そしてゴウンはスケルトン系のアンデッドだ。あの子も実の娘ではないでしょう。あなたはそれでもゴウンとあの子を認めるのですか?」

 

 ガゼフの物言いは一切の侮蔑を感じさせない、それが演技だとは思えないし、何よりゴウンという人物に対しての敬意すら感じられる。人外であったとしても彼は認められるのだろうか?モモンガは純粋な疑問を抱き、質問をする。

 

「驚いてはいますが……ゴウン殿は私の恩人です。そこに変わりはありませぬ……それに」

「それに?」

「あの時見た怒りは、何よりも大切な者を守ろうとする姿でした。嘘偽りとは思えませぬ」

 

 あの時、とはカルネ村のことだろう。イビルアイを攻撃しようとしてきた法国の特殊部隊を蹴散らした時のことだ。そのときからこの人は一度あったきりなのに変わらず信頼を抱いてくれているのだ。

 「例え異形でも、血はつながっていなくとも。それは父と娘の愛だ」この人ならばそういいきるに違いない―――あぁ、良いなぁ、格好良いなあ。こういう男はやっぱ男が惚れる男って奴だよな。モモンガは誰に聞かせるでもなく脳内で語りながら頷く。

 

「……分かりました。ガゼフさんの人柄を立てましょう」

「ありがとうございます、モモン殿」

 

 深く、本当に深く頭を下げてくるガゼフ。騙しているようで、どこか心が痛んだ。―――いや、騙しているか。と自嘲する。

 

「イビルアイについてはこちらで独自に動きます。お任せください」

「あぁ、頼みます。モモン殿!」

 

 男と男の約束、まさしくそう形容するべきだろう一場面、これでモモンガとアインズが同一人物でなければ完璧なのだが…。ともかく、それと知らぬガゼフは本気の信頼を寄せているのが分かる。イビルアイと懇意にしていたというモモンを本気で信用しようとしているのだ。その実力と普段からの態度を聞いて真っ直ぐに信用してくれたのだ。

 人を疑うというのは必要な事とは思うが、この真っ直ぐさはやっぱりモモンガには眩しい。気に入る存在だ。

 

「では…私はこれにて失礼する」

「えぇ、そちらも―――この状況、どうかご無事に」

「―――感謝致す、モモン殿」

 

 この状況―――八本指の死骸と呆然とする貴族、そして暴徒達。貴族は生きてはいるがほとんどは心神喪失状態だろう。現に中央広場からモモンガ達が動き出すまで呆然とし、涎と汚物を撒き散らしていたのだから。

 そんな中でもガゼフにはやらなければならないことがある。この状況を収め、次に進む一歩への足がかりにならなければならないのだ。それは苦行だろう。なにせこの何も出来ない政治家が集まった国家なのだから。

 腐るも腐り、既に腐り落ちつくした国家。そんな国家でも王にだけは絶対の忠誠を誓う彼は今から数年―――数十年の苦行の日々を過ごすことだろう。ラナーが戻らなければ、王国の膿を出し切っても次の一手を打てるとは思えない。―――目下私刑が繰り広げられている状況とアンデッドが湧き始めている状況に手を取られるだろうガゼフがこの日から休む暇も無く働き続けるのは間違いないだろう。

 王国のあり方も、この日から急速に変わっていくに違いない。

 

 

 

 

 

 

「ラナーが攫われたって話、本当ですか?」

「えぇ……どうやらそのようで」

 

 違うんです、デイバーノックさんが悪いんです。そういえればどれほど楽なことか。

 だが現実はソウルイーターを貸し与えたモモンガのせいなので完全に黒だ。ラキュースがズンと黒い表情をしている。親友と言っていたラナーが攫われて怒りに悶えているのだろう。

 ラキュースは信仰系魔法を使えるため、先ほどまで表で救護活動を行っていたのだ。それに負傷者の運搬、動死体(ゾンビ)化を防ぐための火葬などの処理を蒼の薔薇の面々も手伝っていた。救護者を運ぶ最中、ラキュースは神殿と行き来する間にニグンにも会ったらしい。どうやら彼は約束を果たしてくれたそうだ。色々行き違いはあったが、守るべき部分は守る男として認識してもいいのだろうか?なんにせよ、救った存在が無事でよかった。それにつきる。

 

 そうして事態がひと段落した頃、改めて宿で集まって打ち合わせが行われていた。

 

「……モモンさん、どうか私を連れて行ってくれませんか?」

 

 ラキュースが真剣な表情で懇願してくる。その表情に曇りは一切感じられない。自分もラナーを助けるため、命を懸けてでも戦う……そう言いたいのだろう。

 

「いえ、ですが……」

「お願いです!!親友を攫われて黙っていられるほど私は薄情者ではありません!!足手まといになれば囮に使ってくれてもかまいませんから!!」

「い、いや流石に囮は…」

 

 ついついしどろもどろになってしまう。ラキュースを囮になんて使えばイビルアイになんていわれることか。

 見れば蒼の薔薇全員が参加するつもりらしい。既に装備を整え始めている。なんとも困ったものだ。―――自分だけならラナーを送り返して、そのままイビルアイと立ち去るだけでいいのに…。

 

「どの道、ここにはいられない」

「え?」

 

 ティナが突然呟く。

 

「冒険者達も八本指に従っていた。冒険者組合も怪しい」

「そう、それに私達は一応逮捕されてそのまま脱獄している状態。ここに居て無事な保証は無い」

「あぁ……」

 

 ティアとティナの冷静な思考に頷く。なるほど、そういえばそうだ。冒険者組合への不信はともかく、脱獄は確かに不味い。状況が落ち着けば改めて逮捕される可能性もありえるのだ。勿論英雄蒼の薔薇を今更糾弾すれば政治家たちが国民の不信を受けるのは違いないが、それでも法律上は脱獄犯なのだから。―――後でゴーストでも送って脅しをかけておこうか。どの道貴族はレエブン侯以外は容赦するつもりはない。全員自殺するまで追い込んでやってもいい。モモンガにとってはその程度の存在価値しかなかった。

 

「そうね、その通り……私達はここにはいられない。ラナーが帰ってこなければ王都も落ち着くとは思えないわ」

 

 ラキュースもティア達の考えにコクリと頷き、皆を見渡してから改めて宣言する。

 

「モモンさん……私達は今から根無し草です。その中でも唯一できる事は親友と仲間を救い出すことなのです。どうか、どうかお願いします!」

 

 立ち上がり、深く頭を下げてくるラキュース。今まで世話になってきた部分もある。励まされた部分もある。そんな相手に頭を下げてもらうのは悪い気持ちがした。

 

「……わかりました。どうぞ付いて来て下さい」

「ほんとですか!!ありがとうございます!!」

 

 パァッと明るい表情を作るラキュース。太陽と呼ばれるにふさわしい笑顔だ。

 

「ただ、条件があります」

「条件?」

 

 クニッと柔らかく首を傾げる。美人がやると何でも絵になるものだ。イビルアイもそうだがこの世界の住人―――特に女性は本当に美形揃いで驚く。ラナー王女なんて黄金と呼ばれるのも納得の美しさなのだから。

 鈴木悟の部分が思わず目を逸らしそうになるのを我慢する。自分を見てくるラキュースも本当に美人で困るのだ。キョトンとした綺麗な緑の瞳がこちらを真っ直ぐに見てきていた。

 

「私が危険だと判断したら皆さんは安全な場所にいてもらいます。そこから先は私が解決してみせますので、皆さんは必ず自身の身を守ることを優先してください」

「しかし、それではラナーを助けるには……」

「皆さんは、私よりも弱い」

 

 ここははっきりと言ってあげるべきだとモモンガは判断する。だからこそ辛辣な態度を取る。

 

「お荷物になるというのははっきりと分かりきっています。だからこそ、せめて私の判断には従ってください」

「………」

 

 蒼の薔薇の全員が全員、沈黙する。はっきりいって実力から言えばイビルアイと比べても倍近く下なのだ。そんな連中を連れて行くほうがこちらとしては困る。そうはっきり断言してやる。

 酷いようで、これは寧ろ優しさだ。彼女達に自分の実力を思い知らせる意味もあるのだから。

 

「……分かりました」

 

 ラキュースが肯定の意を示す。他のメンバーも他意はないようで、黙って頷く。

 

「モモンさんに私の全てを託します」

「ブッ」

 

 信頼の証なのだろうが、まるで何でもしますみたいな言い方なのにはつい噴き出してしまう。案の定。忍者とトロールがニヤニヤ顔になりながらあおり始める。

 

「ヒュー!!リーダーの処女が散る日も近いねぇー!!!」

「鬼ボス、先に私としよう?」

「鬼リーダー、積極的」

「ちょっと!?何勘違いしているのよ!?」

 

 真っ赤になりながら否定するラキュース。さっきまでの神妙な雰囲気は何処へといったのか。蒼の薔薇は相変わらずだ。けれどそれも重い空気を吹き飛ばすための気遣いなのだと今はわかる。

 イビルアイが気に入る理由も何となく分かった。―――本当にバランスの良いチームなんだな。

 そう、なんだか妙に嬉しい気持ちになって。そしてこれからのことを考えて気が重くなる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンねぇ……」

 

 思わず呟いてしまう。かつてのギルド、過去の思い出……忘れようとしていた自分が咄嗟に口をついて出た嘘はそんな名前だったのだ。

 たった一度―――いや二度か。それだけの回数名前を登場させただけでこれだ。そしてそんな事をしてしまった自分にも嫌気が差す。

 もう諦めたはずなのに、何をグズグズと悩んでいるのだろうか?長い時の中、もう出会うことはないのだと理解していたはずなのに。

 

「ひょっとして、何か知っているのですか?」

 

 ラキュースがモモンガの神妙な態度を疑問に思い、問いを出す。

 

「知っているというか―――失った何かというか…いうなら闇のようなものですかね」

「闇」

 

 ラキュースの肩がピクンッと跳ねる。

 

「……失礼を承知で伺いますが、何か深い関係があったということですか?」

「あぁ……いえ、そうですね。かつての存在意義というか、そんな感じでしたかね」

「かつての?」

 

 皆が疑問の表情を浮かべる。―――少し喋り過ぎたか、そう思いラキュースの方へ顔を向けると興味深々な顔を見せていた。他の者と比べても喰い付き具合が違うような気がする。何故だろう?と考えてみたところではたと気づいた。

 

「あぁ、()()()()()じゃないですよ?その、もっと別のものです」

「え、あ!?そんなんじゃないですから!!気にしなくてもいいですから!!」

 

 慌てて取り繕うラキュース。その頬は真っ赤に染まり、恥ずかしい方向へと思考が向いていたのだと言外に物語っている。

 

「ははっ、ラキュースさんは暗黒騎士さんそっくりですね」

「!!……暗黒騎士とですか?」

 

 燦々と目を輝かせながら質問してくるラキュース。分かりやすい。

 

「えぇ、あの人も()()大好きでしたからねぇ」

「……設定?」

 

 瞬間、目から光が無くなるラキュース。分かりやすい。これ以上は彼女の夢を壊すかと思い、口を塞ぐ。そこへティアから声がかかった。

 

「そろそろ行動に移すべき」

「ティア?」

「…イビルアイは犯されてた」

「ブフッ!?」

 

 思わず噴き出す。何を?何をいっているのだ?と疑問の表情をモモンガは向ける。

 

「別行動していたからみてた、空中でイビルアイはアインズに唇を奪われその後は……」

「な、なんて下劣な!!」

 

 すかさずラキュースが声を上げる。乙女として少女に行われる蛮行に許しがたい怒りを覚えたようだ。

 

「それだけじゃない、胸も揉みしだいて下も手を這わせて……」

「や、やってません!やってませんから!」

「なんでモモンが否定するわけ?」

 

 ティナの冷静なツッコミが響いてくる。こっちとしてはこれ以上余計な容疑をかけられたくはないのだが、真実を喋れないのが不利に働いている。……というかティアは見ていたのだろうか?音声阻害の魔法は使っていても生命探知は使っていなかったので気づかなかった。「ていうか事実と違うし!」とモモンガは言いたかった。

 あれはイビルアイからしてきてくれたわけで……瞼も無い身体だからその光景の全てが映し出されていた。美しい金の髪が揺らぎ、綺麗な赤い瞳は閉じられ、柔らかなそうな瞼と可愛らしい小さな鼻が自分の視界一杯に映し出される。「んっ……」と小さな声を漏らす少女の姿。

 それを思い出すと妙に気恥ずかしく―――と記憶に耽っていたところでまた現実に引き戻される。

 

「かわいそうに、舌を絡ませられて……ウゥ!!」

 

 わざとらしい、実にわざとらしい棒読みっぷりで口元を覆うティア。

 

「してない、してないですから!!大体舌ありませんよ!?スケルトン種だし!!」

 

 なんとか誤解(?)を解こうとするのだが、女性陣はこういうとき完全に女性の味方だ。男は汚物として扱われる。

 

「なんてひでぇことしやがるんだ!!」

「そんな、イビルアイはモモンさんのことを想っていたのに……クッ!!!」

「してないですから!!イビルアイは別に苦しんでもいませんから!!!」

「モモンさん!!あなたはどっちの味方なんですか!?」

 

 何故かアインズの擁護をするモモンガに思わず怒りを見せるラキュース。だがモモンガの言うべき一言は決まっている。

 

「自分の味方ですからぁぁぁぁー!!!」

 

 真相も言えぬままにそう叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 そうして漆黒と蒼の薔薇は走りだす。王都を抜け出し、大切な仲間の下へ。短いようで長い冒険譚が今始まる。




ガゼフさん登場回、もっと登場させてあげたかったけれどこれで当面出番はなしです。
原作で死んじゃった人を生き残らせるルートって描くの楽しいですね。
デイバーノックさんは原作の描写がちょこっとしかないので捏造し放題ですね。
下手に作りこまれていない分自由に動かしやすい感じです。


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ブレイン・アングラウス

 デイバーノックに追従するアンデッドに引っ張られた馬車は止まることなくそのまま突き進む。寝食の必要の無いソウルイーターを荷馬車につなぎ、休むことなく街道を突き進んでいた。

 元々繋がれていた馬は捨て置かれ、御者が「俺の馬がぁああ!」と叫んでいた、哀れな御者は今顔を青くさせながらも御者台に座り、ソウルイーターの手綱を握っていた。これぞプロ根性と言う奴だろうか。

 ―――只の馬と比べてもソウルイーターは十分な馬力を持っている。一体で荷馬車を引き、もう一体は警備の為に近くをうろつく。完璧な警備体制だ。

 何しろ放っておいても向こうから逃げ出してくれる。先ほどからずっとすれ違う馬車や冒険者達が慌てて逃げ出していた。

 

「おい、流石にやりすぎじゃないか?」

「……仕方ないでしょう、馬車で移動する以上目立つのは避けられない」

 

 イビルアイの指摘に答えるデイバーノック。若干引き気味に答えてる。―――彼もやり過ぎとは思ってはいるのだ。

 エ・ランテルへ向かう最短ルートとして今現在、レエブン侯の領内を通っていた。先ほどから逃げ惑う人々も全部領内の人間だ―――哀れレエブン侯、彼が何をしたというのか。妙にデイバーノックに協力的なラナーが教えてくれたのが運の尽きか。

 レエブン侯の手駒である衛兵たちが検問所の前で待ち伏せ、果敢に立ち向かおうとしてきていた。

 

「か、かかれええぇぇ!!!」

 

 抜刀し、一斉に切りかかってくる衛兵達。だが所詮レベル2~5ほどの集まりではレベル50近くにもなるソウルイーターを倒すことは出来ない。近づいただけでバタバタと魂を吸い取られ。彼らはゴミのように死んでいった。

 

「イビルアイ様、なんとか止めることはできないのですか!?」

「……私にも無理だ、あれ一体ならなんとか戦えるが二体居てはな」

 

 悔しそうにクライムがソウルイーターを睨みつけるが何も出来ないことを自覚し、「くそぅっ!」と悔しげな声を上げた後、座席に戻ってしまった。

 

「クライム、悲しまないで。今はアインズ様のお考えに従うしかないのですよ」

「……私はデイバーノックというのだが?」

「あら?逃亡中なら偽名は必要ではありませんか?」

「ムゥ!……確かに、そうかも知れんな」

 

 笑顔を絶やさずラナーが語る。この王女様は一体何を考えているのだろうか?イビルアイはひたすら悩むが、ラナーの考えを見通すことは出来ず、ただ放っておく事もできないままにズルズルと付いていくハメになってしまっていた。―――そんな間にも、道端には衛兵達の死体が築き上げられていく。死屍累々の街道の誕生だ。本当に、レエブン侯は哀れである。

 

 この後、王都から逃げるようにして帰ってきたレエブン侯は自分の領内が死体(まみ)れになり、混乱する市民で溢れかえっているのに驚き、「リーたんは!?リーたんは無事なのか!!!?」と自分の息子の名前を叫び喚きながら自分の館へと飛び戻ったという。

 この出来事も後のアインズ・ウール・ゴウンが見せた力の一部として語られることになる。―――歩くだけで死を振りまく、想像を絶する力を持った魔導の王として語られるのだ。

 無事だった息子と妻を抱きしめながら泣きはらす中年貴族、その彼がアインズ・ウール・ゴウンの恐ろしさと力を後世に語り継いでいくのであった。

 

 

 

 

 

 そうしてエ・レエブンを蹂躙した後、一週間はかかるはずの馬車での移動はハイスピードで移動し続けるソウルイーターのおかげで僅か三日で到着する。アンデッドは休む必要がないのだから、止まる事も無く突き進んだのだ。御者は途中で倒れて馬車で寝込んでいたが、その後もデイバーノックが指示を出し続けていた。止まってくれないものだから馬車の中で食事をとり、厠以外は休息もとらずに移動していたのだ。

 イビルアイとクライムは何度も引き返すよう訴えていたが、ラナー王女のには考えがあるのか、止めきる事も出来ず、結局そのまま目的地へと到達した。

 

「さぁ、エ・ランテルについたぞ」

「なぁ、もっと穏便に行かなかったのか?」

 

 もっと人通りの少ないルートを行けば犠牲も減ったはずだ。そう考えイビルアイは声をかける。

 

「私も逃走中なので、最短ルートを行くしかなかったのですよ、お嬢」

「……ガゼフも去ったんだから、一人で逃げればよかったんじゃないのか?」

「――――――あっ」

「お前なぁ……」

 

 イビルアイの言葉にはたと気付き、割とショックを受けるデイバーノック。

 こいつ、割と馬鹿だ。―――イビルアイがそう思うのは無理もない事である。

 ショックを受けながら御者と一緒に馬車からソウルイーターを引き剥がすデイバーノック。御者はビクビクしながらデイバーノックの言うことにしたがっているだけだった。彼が一番哀れかもしれない。

 

 ―――到着とは言ったが今居る場所は離れた森の中、アンデッドであるソウルイーターを連れたままエ・ランテルへと入るわけには行かないからだ。身を隠すのに丁度良い森の中に馬車を止め、骨の獣を茂みに隠す。

 デイバーノックを守護する任務を帯びたソウルイーター達は彼の命令ならば静かに従う。今も素直に命令に従っていた。

 

「私と貴様はここで待機だ、ラナー王女は好きにしろ」

「えぇ!?私も都市に入りたかったのですが?」

「だめだ、お前が来ればソウルイーターも一緒についてくる。街がどうなると思ってるんだ?」

 

 イビルアイの懸念はもっともだ。何よりソウルイーターなんてこの世界では伝説級の存在であって滅多と拝めるものではないのだから。そんな存在がエ・ランテルに入り込む危険性と起こるだろう騒動に気を回すのは当然であった。

 未だ王女の考えは読めぬまま、本人の希望通りエ・ランテルに到達してしまったのだから後は好きにさせるしかない。そう思いイビルアイは別行動を取ることを選んだ。

 

「さぁ、ラナー王女。後は好きにしてくれていいぞ。こいつは私が見張っておく」

「そ、そんな……」

 

 情けない声を出すデイバーノック。だがラナーは思案顔になり、しかしすぐに顔を上げて笑顔を見せる。

 

「お二人共、是非ご一緒にどうでしょうか?」

「……ダメだと言ったろう?こいつが来れば―――」

「このままでは御者さんが可哀想なことになってしまいます。馬だけでなく馬車まで捨てねばなりませんよね?」

「お、王女さま…」

 

 御者のおじさんが感動したかのように言葉を発する………いや感動していた。ズビッとか鼻をすする音が聞こえている。

 

「ダメだ、エ・ランテルまで大騒動を起こすわけにはいかん。只でさえ王都は半崩壊中なのだぞ?」

「分かっております。ですが―――」

「ちょっと待て」

 

 何か言いかけたラナーをイビルアイが制する。右手を上げて制止のポーズを取るイビルアイの気は、周囲へと向いていた。

 

「…で、この状況。どうするんだ?」

「この状況とは?」

 

 イビルアイが何かに気づいたらしい、それに疑問の声を投げかけるクライム。イビルアイほどの猛者ともなると敵意の混じった視線には敏感になるものなのだ―――そう、彼らは今。包囲されていたのだ。

 

「ゲッヘッヘ」

「かなりの上玉が手に入ったぜ」

「貴様等!何者だ!?」

 

 クライムが剣を抜きながら叫ぶ。いつの間にか森の茂みから武装した連中が這い出してきた。どうやらこちらがソウルイーターを隠している間に気づいて近寄ってきたらしい。

 ―――死を撒く剣団―――それはこのエ・ランテル周辺で傭兵家業を行う者たちの集まりだ。

 実際には戦争の無い時は強盗、窃盗、略奪を行う集団の為、エ・ランテルにとって手痛い存在なのだが―――そんな彼等はラナーの姿を見て上玉が手に入ったと思い、取り囲んだのだ。

 

「やるつもりか?貴様等程度なら回復したばかりの私でも勝てるぞ」

「お嬢、私だけでも十分ですぞ」

 

 嫉妬マスクを装着したデイバーノックが馬車から降り立つ。ティアが涎を付けていたので「クサッ!?」とか言いながらも身を隠したい彼はマスクを装備することにしたのだ。

 

「なんだぁ!てめぇ等は!」

「俺達が死を撒く剣団って知らねぇのか!?」

 

 がなり立つ薄汚い男の叫び声、自分の所属してる組織をあっさり名乗る奴は大抵の場合、それに胡坐を掻いているだけの雑魚だ。相手にする必要も無いと、イビルアイは鼻で笑う。

 

「知らんな」

 

 バッサリ斬り捨てるイビルアイ。デイバーノックも「右に同じく」と続く。

 

「ふざけやがって!!そのローブの男は殺せ!!ミスリルの鎧の奴は上等な鎧だ!強いだろうから手を抜くなよ!!ガキは好きな奴は遊びたいだろうから殺さず捕まえろ!!」

 

 男達の欲望に満ちた視線がラナーとイビルアイに向かう。少女だろうと捕らえれば使い物にならなくなるまで犯し尽くすつもりなのだ。それにラナーは絶世の美女だ。これを見逃す手は無いと男達は武器を構え、向かってくる。

 

「ラナー王女は馬車の中へ!!御者!戦わなくてもいいから武器だけでも構えてろ!!」

「わ、わかった!!」

「どうかご無事で!クライムも馬車の中へ……!」

「すみませんラナー様!相手は数が多い!!イビルアイ様とあのエルダーリッチでは対処しきれないでしょう!!」

 

 そう言い放ち、迷わず戦うことを選ぶクライム。―――「そんな!クライム!!」とラナーは叫ぶがクライムの意思は固いようだ。額に汗を流しながらも迷わず対峙を選んでいる。

 

「ラナー様!早く中へ!!」

「ラナーだってよぉ!!あの”黄金”とか呼ばれてる奴と同じ名前だぜぇ!!」

「これで王女様を犯したって周りに吹けるなぁオイ!!」

「犯せ!!捕まえて犯せ!!!」

 

 どうやら同姓同名の他人と認識したらしい。それも当然だろう。いくらお忍びとはいえ普通森の中に馬車を置いていくお姫様なんぞいないだろうから。

 相手の数は十数人ほどか、だがそれだけの数の相手を前にしても怯むことなく体勢を整えていくイビルアイとデイバーノック。アンデッド二人からしてみればこの程度の野盗は敵にはならない。だがクライムは別だ。

 強さで言うとミスリル級冒険者ほどの強さはクライムだってある。それは日々彼が鍛錬を欠かさないからこそ到達出来たものだ。だが彼には実戦経験がないのだ。唐突に起こった初の実戦に身体が硬くなっていくのが分かる。―――緊張している。それを自身も実感していた。

 

「肩の力を抜け、どうせこいつらはお前には勝てない程度の強さしかないさ」

「あんだとこのガキィ!!!」

「おい、オレがこのチビ犯すんだからあんま傷つけるなよ!?」

 

 魔法詠唱者と思わしき見た目少女に軽く馬鹿にされ、激高する野盗たち。攻撃を仕掛けようと前に出る。

 

「<結晶散弾(シャード・バックショット)>」

 

 すぐさま練り上げられた水晶の散弾が男と近くにいた数名を巻き込み風穴を開ける。ビチャビチャァ―――という音と共に開いた穴から血が噴出し、削られた肉があたりに飛び散る。数名が一瞬で蜂の巣状の肉の塊になった。

 デイバーノックもそれに続くように<火球>を飛ばす。威力を最大限にしたそれは範囲型の効果を生み出し、三人ほどが瞬時に焼け焦げる。あっという間に半数が消え去っていた。

 

「ヒッ!!」

「おぉおおおあぁあぁ!!!!」

 

 怯んだ目の前の男相手に隙ありとばかりに斬りかかるクライム。

 そのしゃがれた声で雄たけびをあげ、練習してきた剣技を振るい、彼が想っていた以上にあっさりと男の首は落ち、初めての勝利を掴み取った。

 

「や、やった!」

「油断するなクライム!」

「こいつらぁぁぁ!!!」

 

 クロスボウを番えた一人がクライムに狙いを定める。既に斜線に入ったのだろう、男は引き金を引き絞り撃とうとしたとき―――唐突に力が抜けたかのように倒れこむ。

 ソウルイーターだ、攻撃を仕掛けてきた連中の魂を次々と抜き取っていく。

 デイバーノックに危害が及ばないよう、独自に判断して攻撃したのだ。野盗たちは何が起こったのかも理解できないままにやられていく。クライムは呆気に取られながら固まっているしかなかった。

 

「……ただの雑魚だったな」

「お嬢の言うとおりですね」

「………」

 

 何か言いたげなイビルアイだが、最早何を言っても敬語は止めはしないのだろう。いい加減スルーすることにしたようだ。

 

「さて、生き残ったお前には質問がある」

「ヒッ!ヒィィイ!!?」

 

 一人リーダー格と思われる男だけは生き残っていた。ソウルイーターが威嚇するように周りをグルグル回っているものだから顔は青褪めきっている。

 

「いいか、全部話してお縄になるのと。抵抗して無残な死を受け入れるのと、どちらが―――」

「話します!!何でも話しますから許してくださいいいい!!!」

 

 喰い気味に叫ばれて少し機嫌を悪くするイビルアイ、だが彼女はそんな事程度では殺しはしない。

 

「なら答えろ。貴様等はなんちゃら剣団といったな?もっと数がいるのか?」

「は、はい―――」

 

 こうして捕縛した男から情報を聞き出し。森の奥に野盗の本拠地があることを知ったイビルアイ達は、馬車を停留させる手前見逃すわけにも行かない。と乗り込むことを決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 洞窟内には明らかに人の手が入っていると分かるような永続光(コンティニュアルライト)が続く一本道の空洞が広がっている。流石に日の下ほど明るくないが十分歩くのに問題ない視界を保てている状態だ。

 そんな野盗達が暮らす洞窟には今悲鳴が響き渡っていた。野盗に捕まった娘達の悲鳴ではない、野太い男共の叫び声だ。

 

「ギャアアアアアアアアア!!」「なんなんだこの獣のアンデッドは!?」「ちょ、許しグェ!!!」

 

 次々と上がる叫び声、一本しかない道だからこそ奥に逃げるしかなく、次々とすれ違う雑魚を横目に眺めながら男は突き進む。

 この世界では珍しい青色の髪の毛をし、カビのように無精ひげを生やした細身の剣士―――ブレイン・アングラウスは強者の登場に喜びの気持ちを抱いていた。

 複数のポーションを使い、自身の能力を強化(バフ)して対峙する。

 逃げ去る男の一人から聞いた話では相手は謎のアンデッドを駆使する魔法詠唱者二人が攻めて来ているらしい―――なるほど、少人数で攻め込み力を持つとは冒険者に違いない。そう当たりをつけてブレインは彼らと対峙することを選んだのだ。

 

「どうやら本当に見た事もねぇ化け物を操るようだな」

「そういう貴様は何者だ?」

 

 紅い宝石の埋まった仮面をつけ、何故か首と手足に枷をつけた少女が声を出す。―――コイツが上なのか?偉そうな態度にもう一人は付き従っているように感じられる。ならばコイツがアンデッドを操っているのかとブレインは考える。

 魔法詠唱者と言うのは侮ってはいけない存在だ。例え見た目が少女だったとしてもとんでもない攻撃方法を持っていたりするのだから。過去に老婆と侮って痛み分けになったことすらある身としては当然の考えだった。見てみればその少女の着ているローブはありえないほど上質なものだ。真っ赤に染まったローブは年季が入っているかのようにボロボロのように見えてしかし、キラキラと紅い光のようなものが零れている。魔化されたローブなのだろう。そう認識し、警戒する点の一つとして数えながら対峙する。

 

「俺の名前はブレイン・アングラウスだ」

「何!?本当か!?」

 

 どうやら小娘の方は自分を知っているらしい、変な仮面をつけた男は知っているのかイマイチ分からない反応だ。

 

「知っている奴がいてくれて光栄だ。俺はあいつ――ガゼフ・ストロノーフを倒すために剣の腕を磨くためにここにいる。どうだ?一戦手合わせ願おうか」

「……あぁ、どの道ここの連中は全員処分させてもらう予定だ。やらせてもらうぞ?」

 

  見れば既に小さな魔法詠唱者は魔法の準備を済ませている、小さな刃物のような形をした水晶が空中に浮かんでいた。

 

「……いいぜ、やってやろうじゃないか」

「ふん、あの世で私と出会ったことを後悔すると良いさ。―――手は出すなよデイバーノック」

「了解しました、お嬢」

「―――どうやら、おチビさんがボスで間違いないらしいな?」

「……フンッ」

 

 そう言いながらお互いに構えを取る。魔法詠唱者相手では距離があるのは不利だが、単発の魔法ならば避ける自信はあるし、事前に刀に魔法を付与してあるので多少の位階魔法ならば斬って反らすことすら可能だろう。―――ブレインが得意とする武技、<領域>と<神閃>を併用した秘剣<虎落笛(もがりぶえ)>ならばどのような速度にも対応出来る自信がある。

 切り結ぶその前に、構えたままに再び名乗りをあげる。

 

「ブレイン・アングラウスだ」

「……イビルアイだ」

「イビルアイ?聞いたこともないな、冒険者か?」

「アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の()()()()()さ」

「元?……蒼の薔薇だって!?」

「そっちは知っていたか」

「あぁ!!知っているとも!!あの婆さんはどうした?」

 

 ブレインが少しばかり喜色ばんだ声で問いを出す。―――ブレインとリグリットは昔戦ったことがあるのだ。勿論手合わせという形でだが。蒼の薔薇は彼女が所属していた冒険者二人のチームだったはず。気になるあの老婆の情報を手に入れたくて真っ先に質問する。

 

「引退したさ―――代わりに私が入ったんだ」

「そうか……残念だな」

 

 どうやら本当に悔しがっているのかイビルアイから視線を外し、苦い顔をしている。リグリットからブレインの話の詳細は聞いていないが恐らく引き分けだったのだろう。ガゼフとリグリットも良い勝負が出来るはずだから、ブレインもそうに違いない。イビルアイはそう考えていた。

 

「リグリットに会ったら伝えておいてやる。案外弱かったとな」

「へぇ、言うじゃねぇか」

 

 イビルアイの煽り文句にブレインがニヤリと笑いながら答える。―――強者であることは分かるのだ。ブレインにとって戦いたいタイプの相手ではないが、強者を倒すというのは彼にとって必要なことだったからだ。

 

「さて、行くぞ。」

「……その前に、一つ聞いて良いか?」

「何だ?」

「……なんで首輪してるんだ?」

「こ、これはその!?理由があるのだ理由が!!!!世界よりも何よりも大切な理由がな!!!!」

 

 途端に年相応の声色を出し、耳を真っ赤にさせるチビ魔法詠唱者。―――イビルアイは手枷足枷首輪はそのままだった。単にモモンガがこれでその気になってくれたら嬉しいなという考えでずっと付けていたのだ。いつの間にか馴染んでしまったので外すこともなく過ごしていた所をブレインに突っ込まれてしまった。

 

「コホンッ!……冥土の土産に拝んでおくんだな。これでも仮面の下は自信があるんだぞ?喜んで殺されるんだな」

「……ほざけ、小娘が!」

 

 叫び、<領域>を展開し、相手の攻撃を見極める。対してイビルアイは数歩ほど近づいて来た後、何の前動作も無くその刃物を撃ち放った。

 

「<神閃>!!」

 

 ヒュッと短い音がした後、無属性物理魔法であるクリスタルダガーは真っ二つに切り裂かれ消滅した。圧倒的速度、それは人外にとっても対応しきれるものではない。―――この世界に限って言うならば。という言葉が付くが。

 

「―――確かに、中々の腕前だな」

「そいつはどうも。……で?次はどうするんだ?」

 

 相手を苛立たせるため、挑発するべく言葉を投げかける。

 ―――相手の手札がわからないなら相手から手札を見せるよう動いていく。決闘の上等手段だ。しっかりと計算を行いながら会話を続け、警戒も緩めないブレインはまさしくアダマンタイト級に等しい剣士だったのだ。

 

 

「……では、次はこちらの番と行かせて貰おうか」

「あぁ、来やがれ!!」

 

 鞘に戻した刀の柄を握り締めなおし、次に来るだろう攻撃に意識を集中させる。―――それが悪かったのだ。()()だと思っているから油断してしまったのだろう。

 

「<重力反転(リヴァース・グラヴィティ)>」

「何!?」

 

 しまった!!阻害系魔法か!?宙に浮きそうになる感覚にそう思い、抵抗(レジスト)するべく意識を集中させる。だが相手はそこで見逃してくれる程軟な相手ではなかった。

 

「ならこれはどうだ?<砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)>!!」

「ぐおぉあ!?」

 

 ブレインが必死に浮き上がるまいと抵抗していた所にこの世界でも究極レベルの妨害魔法が降り注ぐ!―――顔面を塞がれたブレインは、残念なことに五感が薄れ、抵抗する力も無く宙に舞ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 死を撒く剣団の面々は洞窟の一番奥、最後の砦となった場所で敵を迎え撃つべく、バリケードを築き上げながら油断無くクロスボウを構えていた。

 万が一にもあのアンデッドにブレインが負けた場合、ここが自分達の最後となる場所なのだ。だがそうならないよう、全員が息を潜めながら真剣に前を見据えていた。

 

「おい、なんか音がしなかったか?」

「ブレインじゃないのか?」

 

 洞窟の先、永続光で照らされているとはいえ薄暗い通路の先から確かに音は聞こえる―――ジャカリ、ジャカリという爪が地面を蹴るような音だ。

 

 ―――ジャカリ、ジャカリ、ジャカリ――――――ジャカジャカジャカジャカ!!!!

 

「この音、獣の爪みたいな音…」

「ま、まさか―――」

 

 団長である男がまさかの可能性に思い至り、急いで部屋の後ろ―――物置小屋へと走り出す。だがそれよりも早く、バリケードを飛び越える影があった。―――ビュウ!という音と共に頭上を駆け。シュタリ!と降り立つ存在。そいつは薄黒くかつ黄色身を帯びたオーラを纏った骨の四足獣。ソウルイーターだった。

 

「うわぁああああああああ!!」

「ブレインはやられちまったのか!?」

 

 クロスボウの矢は骨の体には通用しにくく、素通りしていく。「ちくしょおお!!」と叫びながら打撃武器を使って攻撃しようにも近づいたものからドンドン魂が吸われていく。バタバタと倒れ時にはグチャグチャ口で噛み潰され。体当たりで自分達が築いたはずのバリケードに串刺しになる者までいた。容赦等アンデッドには無いのだ。

 「ギャアアアアアアアア!!」「ヒギアァァ!!!」と叫び散らす―――彼らは一人も残らず、皆殺しになった。

 

 

 

 

 

「はぁ、まさか俺が負けるなんてなぁ―――」

「私とお前とじゃ『れべる』という奴が違いすぎるんだよ。諦めろ」

「れべる?なんだそりゃ?」

「強さを表すものだ。冒険者が使う難度と一緒だな」

「へぇ…」

 

 感心したようにブレインが相槌を打つ。あの後、あっという間にボロボロにされたブレインは少しばかり気が落ち込んでいた。相手がいくら相性の悪い魔法詠唱者とは言え、そう簡単にやられるとは思わなかったのだ。しかもかなりボコボコにされていた。

 そんなブレインに初めて聞いた”れべる”なる単語が出てきたのだ。また強くなれる可能性を求めて少しばかり瞳に活気が灯った―――そんな彼等が洞窟から出てくる頃、丁度外に謎の集団がいた。

 

「ん?あれは?」

「冒険者達のようですね」

「ラナー王女とクライムも一緒だな、あと御者も」

「……王女?」

 

 耳を疑う単語が出てきてブレインが思わず問い返す。だが質問の返答が来る前に前にいる集団から声がかかった。

 

「お前達は何者だ!?身分を名乗れ!!!」

「お待ちください神官様!!あれは私達の仲間です!!」

 

 クライムが焦ったように前に出て説得をし始める。外で待っていたクライムたちは、警備活動を行っていた冒険者達に鉢合わせし、そのまま連行されていたのだ。何せ身分は良さそうだがこんな森の中で馬の居ない馬車の中に居たのだ。怪しんで連行するのは当然の対応だった。

 一応、身分の高そうななラナーにだけは丁寧な対応をしているあたり、彼らは低脳な賊とは違いを見せていた。

 

「私は元蒼の薔薇のイビルアイだ、こっちは……私の部下だ」

「部下」

 

 デイバーノックが不満の声を上げるが、それ以上は何も言ってこない。言い返せるような言い訳を思い浮かばなかったのだろう。

 

「蒼の薔薇だって!?なんでそんな冒険者がエ・ランテル周辺ににいるんだ?」

「あぁ!!見ろ!!あのアンデッドはなんだ!?」

 

 一斉に冒険者達がざわめき立つ。エ・ランテルという城塞都市には冒険者組合があるが、オリハルコン級までの冒険者しか居ないのだ。そんな中に突如現れた英雄級の存在にざわめき立つのはおかしい話ではない。更には連れていると思わしき獣はアンデッド。驚愕が冒険者達を襲っていた。そこへイビルアイが冒険者プレートを出す。最早冒険者でなくなったが、蒼の薔薇との大切な思い出が詰まったプレートは大切に持っていた。

 

「プレートを見ろ。本物だぞ。あと、クライムの装備も返してやってくれ。それから―――」

「ブレイン・アングラウスだ。ここの傭兵達の用心棒役をやっていた」

 

 これまたザワザワと騒ぎ出す。知っているものは知っている、凄腕の剣士なのだ。そんな存在がエ・ランテルにとって犯罪者としてこれから駆逐しようと思っていた組織に与していたなどと知ってはどよめきも起こるというものだ。

 

「これでお縄頂戴……か」

「あぁ、そういう事になるな―――何、リグリットに会ったら伝えておいてやるさ。()()()()()()一流だったとな」

「―――フンッ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべるブレイン。完敗したのだから、何も言えたものではない。――(また、鍛えなおしか)と、今は只成長する未来があることを願うのみだった。

 そんなイビルアイ達に唐突な展開が待っていた。

 

「すみませんが彼女達も連れて行ってもらえますでしょうか?」

「ラナー王女?」

 

 警備を行う冒険者達に説き伏せるラナー、彼女の狙いは何なのか。それがよく分からないまま、上手く言いくるめられた冒険者達によって、イビルアイも、ブレインも。まるっと纏めてエ・ランテル行きになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「まさか、ここまで羽振りの良い仕事とはな」

「あからさまに怪しいじゃない!ほんと生きて帰れるのか不安だわ」

「……ごめん、皆。私のせいで」

「あぁ!?ごめんね!?アルシェが悪いわけじゃないのよ!」

「全く持ってその通りですね。アルシェは気にする必要ありませんよ」

「でも……」

 

 金髪の、肩口まで切りそろえた美しい髪を持ち、その痩せぎすな身体はしかし気品も感じさせる。その人形のような顔にはまだ幼さも残る女性―――アルシェ・イーブ・リイル・フルトは気落ちしながら歩き続ける。

 それを励ます耳の長い―――それが半分に切り落とされたペタン()。イミーナが彼女を励まし続けていた。更には見た目は無骨、大柄な男でありながら綺麗に身を正した男性―――ロバーデイク・ゴルトロンも続けて励ましの言葉を投げかける。

 一人リーダー格の男、日に焼けた健康的な肌を持つ、金髪碧眼の凡庸な容姿の男性―――ただし、この世界の基準における―――だけが、他の仲間に幼さの残る女性にたいして声をかけず、考えるように黙々と歩いていた。

 その男の名前はヘッケラン・ターマイト。帝国ワーカーチームの中でもミスリルに相当する中々のチームのリーダーだった。

 

「ちょっとヘッケラン!アルシェが落ち込んでるのよ!?何かいうことないの!!」

「えっ?あぁ、すまない。アルシェ、大丈夫か?」

「……うん、平気。気にしないで」

「良かったじゃないですか、貴族位が戻るとあらば借金だってチャラになる可能性は高いのですから」

 

 ロバーデイクが大柄な体躯に似合った笑いをワザと出す。優しい、本当に優しい大男。それがロバーデイクという男だった。

 

「……貴族位が戻ったって、今の帝政じゃ役に立たなきゃ処分されるだけ。寿命が縮んだかもしれない」

「そういうなって。どちらにせよ金貨300枚はこの仕事無しじゃ払いきれない。妹さん達をどうにかするためにも、親と決着つけるんだろ?」

 

 軽い感じの言い方を続けるヘッケラン。だが彼はこれで空気が読める人物だ。このワーカーチーム”フォーサイト”を維持運営しているだけの能力はあるのだ。

 

「そうだけど……皆を危険に晒すわけには」

「何言ってんのよ。ボロい仕事にしか思えないんだけど?」

 

 イミーナが軽く笑い飛ばす。さっきまでと真逆のことを言っている気がするが彼女はこれが平常運転だ。若干口は荒いが、彼女はとても仲間思いなのだ。半森妖精(ハーフエルフ)である自分を分け隔てなく接してくれるフォーサイトの面々を快く思っている彼女にとって、アルシェは妹のような存在であった。

 

「フェメール伯爵からの依頼、内容は『王都で起こった事件を解決した男、モモンを探し出せ』か」

「チームならともかく、単体を帝国に招きたいとは…どういう理由でしょうか?」

「アダマンタイトになる可能性があると聞く。裏が取れなかった…というか時間も無かったのが悔しい」

「仕方ないって!アルシェの親が快諾しちゃったんでしょ?」

 

 それぞれが励ましの言葉を投げかけるがアルシェは俯いた表情のままだった。

 彼等ワーカー―――冒険者組合のルールが合わず、単独で仕事をこなすことを選んだ連中にとって、仕事の依頼の裏を確認するのは当たり前のことだった。

 利用されて「はいサヨナラ」ではたまったものではないのだから。だがこの仕事の情報は手に入らなかった。何せ遠く離れたリ・エスティーゼ王国、その王都の事件だからだ。帝国市民にはこの事件の情報は隠蔽されている。そのため、アルシェたちが知る由もなかったのだ。

 それでも彼女達は受けるしかなかった。周りを固められたアルシェを見捨てることが出来なかったフォーサイトの面々は、この依頼を受けることにしたのだ。

 

「今の帝国に貴族はいらない……やな未来しか待ってなさそうで」

「帝国出るにも、お金が微妙すぎたんだから仕方ないさ。―――あっ、つってもアルシェは頑張っていたと思うぞ?その、だな」

「あぁーもう!!どうしてアンタはいらないこと言っちゃうわけ!!」

「す、すまんイミーナ」

 

 ヘッケランがイミーナの恫喝に縮小する。いらないことを言った自覚はあったようだ。こんな体たらくでいいてフォーサイト以外の相手とはきっちり情報戦も出来る。ヘッケランも優秀な人物なのである。

 

「はぁ、神さま……どうか妹達を守って」

 

 アルシェが手を組みながら天を仰ぐ。空は青く、既に太陽は真上に来ていた。

 ―――アルシェの実家は貴族の出だ。彼女が思春期に到達する頃には貴族は皇帝によって大半が粛清され、生き残っている者も貴族の位を奪われた者ばかりなのだ。

 だがそれでも貴族を捨てきれない両親のせいで彼女は大量の借金を抱え、そして振って沸いた上手い話に乗らざるを得なく、自分の命もこれまでかも―――と、十数歳にして達観した考えを持ってしまったアルシェ。

 だがそれでも止まるわけには行かなかった。双子の妹達を放っては置けないからだ。

 クーデリカとウレイリカ。この二人を守る為、自分が犠牲になってでも仕事をこなし。二人へ未来を託そう―――そう思って今に至る。

 

「………ん?」

「どうしたのアルシェ?」

「今なんか空に鎧が映ったような……」

「空に鎧?魔法か何かで飛んでるの?」

 

 「どこどこ?」という感じで当たりを見渡すイミーナ。だが姿は見えず、不満げな顔をアルシェへぶつけてくる。

 

「そ、その!見間違いかも!!」

 

 なんとなく、黙っておくほうがいいような気がして、言葉を噤む。ただ思うのだ。

 ―――あの白金の鎧が見間違いでないなら、重戦士にして第三位階魔法である<飛翔>を使いこなせるようにならなければならない。そんな存在、聞いた事もない――

 

 そうして、アルシェは空を舞う白金色の鎧を意図的に見落とすことにしたのだった。




後書き書くの忘れておりました。

誤字訂正&コメントいつもありがとうございます。
励みになります。大雨凄いですね。皆さん気をつけてください。

ブレインさん、何故か吸血鬼に襲われる運命。(本人は気づいてないが)
彼はイビルアイの爪を切れる日が来るのか!?


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エ・ランテルへ

「騎士殿、今日の調子はいかがでござるか?」

「オォア!!」

 

 小さく鈍く低い、淀んだ声が響く。その骸に張り付いた皮が歪み、それが実は笑みなのだと理解できるのは彼女一人だけだ。

 

「グォア!!」

「ギャアアアアアアアアアア!!!!」

「騎士殿今日も朝から元気でござるなー、それがし朝はご飯食べるのでいっぱいっぱいでござるよ?」

「グォォォアアアァァ!!!!」

 

 会話が通じているのか通じていないのか、傍から見ると一切分からぬそのやりとり。

 だが確実に分かることがある。

 

「ギアアアアアアアアァァァ!!!!」

「もう、()殿うるさいでござるよ。騎士殿が喋ってるのだから静かにするでござるよ」

「オ、オマ。助けろぉおおおおお!!!」

「ゲッゲッゲッゲ」

「ほら騎士殿も楽しそうにしているでござる。罰なんだから受け入れるでござるよー」

「な、何が罰ダ!単に楽しみたいだけギャアアアアアアアア!!!?」

 

 歪な、人間以外の叫び声。それが定期的に響き渡るのだ。

 ―――ここはカルネ村の近く、トブの大森林の中。そんな中にデスナイトともう一匹……ネズミ型のモンスター。『森の賢王』が佇んでいた。

 デスナイトが現れた当初、森の賢王は抵抗したのだ。圧倒的というほどでも無い武力、それでいて貫通できない防御力、長い時間を一体と一匹は戦い続け、そして勝っちゃったのだ―――デスナイトのほうが。

 何せ相手はアンデッド、ネズミ型モンスターである森の賢王は拮抗する戦闘力に疲れを見せ、疲弊し、そして最後には死を覚悟しちゃったのである。

 

「それがし、ここで死ぬのであろうか?」

「オオオオオオアァッァアァアアアアア!!!!」

 

 ドス黒い叫び声が上がり、死者の騎士は剣を構え、相手を射抜く。その視線は並大抵の者なら死を覚悟する視線だ。だが森の賢王は怯まなかった。彼女はこれでも百年以上の時をこの場所で過ごしてきた存在。ならば相手に臆するよりは勇猛たれと最後まで立ち向かったのだ。

 

「子孫を残せなかったのが残念でござるよ。子を残すのは種としての本質であるが故に」

「グォォォア!!!」

 

 彼女は覚悟した。大きな歪んだ剣を持ち、自分の皮膚すら切り裂いてくる死の剣士に覚悟をしたのだ―――だが、そんな覚悟は霧散する。

 

「……なぜ殺さないでござるか?」

「………」

 

 問いかけも、無言で貫くデスナイト。そんな姿に何を覚えたのか、彼女は声を朗らかにしながら話し出す。

 

「それがしのこと、見逃してくれるでござるか!?」

「グォッ」

「ありがとうでござるー!!」

 

 そうして、彼女と騎士はなんと、仲良くなっていっちゃったのだ。

 

 

 

「ギアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」

 

 トブの大森林に薄汚い叫び声が響く。

 一体と一匹が戦っている間に近隣のゴブリンやオーガたちは巻き込まれ、森を追い出された挙句冒険者に刈りつくされ、拮抗していた森の勢力バランスは崩れ去る。そうしてもっと強い部族たち―――今も叫び声を上げているグがそうだ―――は縄張りに他のモンスターが逃げ込んだりと、自分の縄張り荒らされたとして喧嘩を吹っかけ、まんまとこの一体と一匹の強さの前にひれ伏そうとした。……したのだ。

 

「ギャアアアアアアアアアア!!」

「眠れないでござるよグ殿、どうせ復活するのだから問題ないでござろうにー?」

「グォォォア!」

 

 お馬鹿にも単独で喧嘩を挑んだ東の森のトロールのグは今、デスナイトのオモチャになっていた。

 森の賢王同様、千日手に近い状態になっていたグ。賢王と同じく疲弊し、そして攻撃を喰らい始めた時点で切り刻んでも回復することに気づいたデスナイトにより最後は木に貼り付けになり、二十四時間休むことなく身体をバラバラにされていたのである。その叫び声が今まで鳴り響いていた声の元凶だ。

 この叫び声のおかげか、近頃は森の中に人間が入り込むことは滅多とない。あっても精々森の入り口部分に生える薬草をとっていくぐらいだ。

 

 そしてこの声が原因で、一人の少年が薬草を採取するのを断念した為、後に繋がる命があるのだが、それは切り刻まれているグが知ることではない。

 

「タ、タスケギャアアアアアアアアア!!!」

 

 ゴリゴリジュリジュリとフランベルジュを使ってゆっくりしっかりと切り刻んでいく。アンデッドのカルマ値というのは基本的にマイナスなのだ。それも極悪方向に振り切れているといっていい。そんなアンデッドであるデスナイトは今日も楽しそうにグを切り裂く。

 

「楽しそうでござるな騎士殿。それがしには何が楽しいかさっぱりでござるが…騎士殿が楽しいならそれでいいでござるよ!」

「ォォア!!」

 

 グイっと右手を上げて親指を突き出す。―――サムズアップポーズをするデスナイトの姿があった。

 

「それではそれがし、今日も見回りにいってくるでござるよー」

「グォッグオォア!!」

「わかってるでござる。気をつけるでござるよー」

 

 のそのそてくてくと歩いてゆく森の賢王。彼女は実に楽しそうだった。数百年来に出来た友人との時間は彼女にとって至福の時だったのだ。

 そうして彼女は歩き出す。カルネ村を離れないデスナイトの代わりに見回りをしているのだ。近頃は平和になりつくしたこのナワバリ近隣の見回りもそこそこに「今日はちょっと冒険してみるでござるか」といいながら新たな場所へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――複数の蹄の音が街道に鳴り響く。縦一列に列をなした四頭の馬が王国でも数少ない舗装された道をひた走る。その姿は漆黒の重装鎧を持つ者、獅子をあしらった純白の全身鎧、すらりと身体にフィットする露出の多い服と鎧で統一された軽装鎧姿に、ドス黒い赤を纏った重装鎧の男と見間違える女。

 彼女達蒼の薔薇と漆黒の剣士、モモンは今、エ・ランテルへ向かう街道をひた走る。

 

「イビルアイは無事だと言ってるんですよね?」

「えぇ、もうすぐエ・ランテルに着くと言っていますよ」

「でも、<伝言>だから信用はあまり出来ません」

「いや、そんなことはないと思いますが…」

 

 この世界の人々は<伝言>を信用しない人が多い。イビルアイとて「サトルが使えないなら取得しなかった」と言うほどに<伝言>は信用されていない。

 ラキュースは平時ならばイビルアイの<伝言>を信用していたが今は違う、アインズ・ウール・ゴウンに捕まっている状態なのだ。その状態で<伝言>を使われても嘘を言わされている可能性があると訴えているのだ。

 

「モモンさん、とにかく今は早く行きましょう!!」

「えぇ、なるべくは急いでいるつもりですが……」

 

 モモンの背中から息巻いた声が上がる。―――ラキュースは今、モモンガの背中に抱きついている。

 王都を出る際、馬を買い付けたのだが四頭しか手に入らなかったのだ。何せ混乱している最中の王都。馬は逃げ出し、街から出るため盗むもの。大枚叩いてでも買い付ける者が多数現れたため、なんとか手に入った数が四頭なのだ。

 最初は自分で走るからとモモンガは言ったのが、当然だが周りが認めてくれず。何故かモモンガの後ろを巡ってジャンケン勝負の末、ラキュースが乗ることになったのだ。

 

「ヒュー!!リーダー絵になってるぜー!」

「鬼ボス、おっぱい密着中」

「鬼リーダーの処女も散る日は近い」

「あなた達良い加減にしなさい!!」

 

 先ほどから事あるごとにいじってくる忍者とトロールに苛立ち、つい大声を上げるラキュース。その顔が真っ赤なのは怒りだけではないに違いない。

 

「……こっちが恥ずかしいんだがな」

「な、何か言いましたか?」

「いや、別になんでもありませんよ」

 

 モモンガだって実は緊張している。イビルアイを乗せて馬に乗ったことはあるがお腹に抱え込むようにして乗せていたのだ。こうしてふくよかな双丘を持つ女性が背中に密着するなど、今まで無かったので年甲斐も無く意識してしまう。

 鎧越しとはいえ、当たっているのだ。―――童貞暦280年の彼は正直ちょっと困惑していた。

 そうして彼女達は突き進む、イビルアイ達に遅れること約半日で王都を飛び出し。エ・レエブンとは違う王族直轄ルートを邁進していた。エ・レエブンは大混乱が予想されたので、迂回して進むことにしたのだ。イビルアイのもたらしてくれた情報に感謝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして彼と彼女達は早駆けを続け、夜の帳が訪れる頃にはテントを張り休息を取る。どれほど焦って移動しようにも、馬の息が続かない。それゆえに彼女達はいつもどおり、夜は休息をとることにした。

 

「モモンさんは食事は要らないんですね」

「えぇ、私は維持する指輪(リング・オブ・サテナンス)で食事も睡眠も不要ですので」

「凄えよなぁ、その指輪。俺も欲しいくらいだぜ」

 

 ガガーランが物欲しげに言う。欲しいというのは本心のようだ。そんな物を欲しがるほど貧困してるとは思えなかったが、実際には遠征時の食糧問題の解決だそうだ。なるほど、確かに食料が必要な種族にとって欠かせない問題だ。イビルアイと一緒に旅をしていた頃は精々が戦闘用の装備の仕入れ程度だったので、そういう感覚は薄かった。

 

「その袋も凄い。何でも出てくる」

「500kgまでなら何でも入りますよ。袋に放り込めるサイズ限定ですけどね」

 

 無限の背負い袋(インフィニティ・ファバザック)もこの世界では超貴重品だ。彼女達は次々と出てくる貴重なアイテム郡に目をキラキラ輝かせながらモモンガに視線を合わせている。

 

「簡単なレジスト系の指輪なら差し上げますよ。イビルアイが世話になっているお礼です」

「マジか!」

「太っ腹」

「これは濡れる、主に鬼ボスの股間が」

「ちょっと!何で私なのよ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら怒るラキュース、今日何度目の怒りの声だろうか?相変わらずの蒼の薔薇にヤレヤレといいながらモモンガは指輪を取り出す。

 

「炎抵抗、水抵抗、風抵抗……皆さん好きなの取ってください。ラキュースさんは―――要りますか?」

 

 見ればラキュースは全ての指に装備済み。流石はアダマンタイト級と思うところだが、その実は単なる装飾品で、何の効果も無い指輪をつけていたのだ。

 

「い、要ります!!!是非ください!!」

 

 自分だけ除け者にされるのが嫌だったのか、慌てて指輪を外していくラキュース。

 「あぁ、やっぱりそういう()()なのね……」とモモンガが頷いていた。中二病もここまでくれば大したものだとウンウン頷いていた。

 

 

 

 

 

 ―――夜も耽り、寝入る時間になった。<警報(アラーム)>の魔法は使っているが、それでも見張りは必要だ。それぞれ交代で見張りをすることになる。モモンガは眠る必要もないので、一人で見張りをすると言ったがそれも却下されてしまった。夜空に月が輝く中、眠る事も出来ない身体は静かに朝を待つ。そんな時間も悪くないとモモンガは思っていた。―――というか時間を長引かせたかった。何せイビルアイと再会するにしてもアインズをどうごまかそう、という部分に行き着くのだ。かつての仲間の栄誉を守る為、ギルドの名を汚すつもりはない。ただ、今はバレないようにするのが最優先だ。どうするべきかウンウンと悩み続ける日を過ごしていたのだ。

 そこへ一人づつ交代でモモンガの横へとやってくる。蒼の薔薇は遠征のとき、いつも二時間おきに交代という体制を取っていた。毎回イビルアイは起きっ放しだったらしい。寝ることは出来ないので当然といえば当然だが。

 

「モモンさん、次は私の番ですので。少しは気を抜いていてください」

 

 ラキュースがそういいながら、暗闇を見渡す。隠している中二病はあれだが、こういう部分は真面目な彼女は真剣に辺りを警戒していた。大き目の丸太にチョンと座り、内股できっちり女性らしい座り方をしている姿が絵になる。月光の元に照らされるその白い鎧が淡く光り輝き、幻想的な姿を映し出す―――そんな姿を眺めながら、モモンガはポキリと枝を折り、篝火に投げ入れながら答える。

 

「まぁ、そう気を張り詰めずに行きましょう。まだ夜は長いので」

 

 ここは年長者として落ち着いた態度を見せるべきだ。そう判断してまるでどこかの御長老様かのような落ち着いた雰囲気を醸し出す。年齢は280を越えているので実際御長老、というかお爺ちゃんといって間違いない。もっというとミイラどころか骨だ。

 

「それもそうですね………モモンさんはいつもその指輪を使っているのですか?」

「えぇまぁ、外すことは滅多にないですね」

 

 まぁ、つけてないのだが。本当の姿をばらさない為にも嘘をつき続ける。

 

「でも、辛いときとかありませんか?食べれるはずのものが食べれないというのは…」

「あぁ、指輪の効果でそういう感情は湧きませんよ。ご安心を」

 

 何ともマジメな人だ。自分なんかの心配をしてくれるとは…と、モモンガは思う。どこまでも自己評価の低い彼はこうして心配してくれる女性が現れると心なしか避けた感じの答えを返すのだ。そんなモモンガに少しばかり疎外感を抱いたのだろうか?ラキュースは少しばかり悲しげな表情のまま、モモンガに問いかける。

 

「そうですか……あの、モモンさん」

「何でしょうか?」

「……いえ、やっぱり止めておきます。」

 

 迷いのある表情の後、話すのをやめてしまった。どうしたのだろう?という純粋な疑問に駆られてモモンガは催促を出す。

 

「何かあるなら気にせず話してくださっていいですよ」

 

 その言葉に再び悩ましい表情を見せた後、意を決したかの様に表情を引き締めてモモンガを見つめるラキュース。綺麗な緑の瞳に漆黒の鎧が映し出されていた。

 

「私、どうしてもモモンさんに聞きたいことがあるんです」

 

 そう言い、何故か顔を赤らめるラキュース。何が彼女を恥らわせているのか分からなかったモモンガはただジッと待つしかなかった。

 

「あの、その……ええっと」

「………」

 

 喋ろうとした途端モジモジするラキュース。気を紛らわせようとしているのか、目を彷徨わせつつ、両の手を合わせて指同士を絡めさせあっている。その姿に一つ、ピンと来るものがあった。

 

 

 ――――――まさか、主役は色恋多し(クリエイト・オブ・ザ・ハーレム)に当てられたのか?――――――

 

 モモンガのタレントは滅多と効果は出ない。だが時折現れるのだ、恋心にまで到達しちゃった異性が。このタレント、実は<魅了(チャーム)>の魔法を使えば一気に一方的な求愛(ストーカー)レベルまで引き上げられる効果までおまけ付きだ。過去に実験して酷い目に会ったことのあるモモンガは<魅了>は可能な限り使わないことにしている。

 とにかく、今は目の前の自分を熱い視線で見てくるラキュースをどうにかするべく必死に考えを巡らせる。

 

「ラ、ラキュースさん?おちついて―――」

「あの!!!暗黒騎士が設定好きってどういう意味でしょうか!!!?」

「―――あ、そっちか」

 

 モモンガはホッとしたような、ちょっと残念なような気がしながらも精神を落ち着かせていった。

 

 

 

 

 

 先日口を滑らせた「暗黒騎士は設定好き」という言葉が忘れられなかったラキュース。そんな彼女の疑問に答えるべく、モモンガは過去を振り返る。

 

 十三英雄当時、ユグドラシルプレイヤーは四人―――モモンガを含めれば五人居た。

 

 やがてリーダーとなる人間の軽戦士。四本の魔剣を操る悪魔と人間のハーフの黒騎士。忍者や野伏のクラスを習得している老人姿のイジャニーヤー。そしてもう一人―――リーダーが死ぬ原因となった者。そこにモモンガが加わって五人のプレイヤーが集まっていた。

 それぞれがそれぞれ、ギルド出身のものやソロ専門だったものなど、バラバラだったが彼らは偶然にも集まりあうことが出来たのだ。奇跡と言っていい集いだった。中には口だけの賢者のように孤立したままだったプレイヤーもいたのだから。

 そしてその中で悪魔とのハーフ種を選んでいた異形の黒騎士―――ドンケルハイトさん。そんな彼の持つ魔剣だが、能力は大したことが無かったのだ。何せこの世界のアイテムだから。実際の所は彼の取得している職業―――カースドナイトの特殊技術(スキル)でそれっぽく見せていただけなので、轟いている性能とは違う効果しかない。

 キリネイラムが良い例だろう、闇の力を放つことが出来るという触れ込みなのに、実際には無属性衝撃波を発生させる。闇の力は彼のスキルで付いた特性なだけなのだ。

 だがしかし、剣に次々と設定を与えては必殺技を叫びながら攻撃していた暗黒騎士はまさに中二病と言って良かった。―――どちらかというと、ウルベルトさんに似た性格だったな。という感想が付く。あと、何でドイツ語ネーミングなんだよ畜生という感想がつく。出会った頃、何度精神の沈静化が起きたことか。

 

(さてさてどう言ったものか、下手に言うと傷ついてしまうよなコレ)

 

 とはいえ、大切な仲間だった人のことだ。あまり嘘もつきたくない。彼女の夢を傷つけないようにしつつもそれなりに満足させなければならない。中々難しい課題だ。

 

「そうですね。彼はまず、剣に力を与える特殊技術(スキル)を持っていたので…自分で色々な技を作りだしてましたね」

「オォ」

「……」

 

 若干反応がおかしいのは気のせいだろうか?とにかく会話を続けるしかない。

 

「彼は色々な技を生み出していました、その剣もそんな沢山産み落とされた技の中で使用された剣ですね。」

「やっぱりキリネイラムもそうなんですね!」

「え、えぇ…まぁそういうことです」

 

 乙女宜しく目をキラキラさせながら同意してくるラキュース。

 イビルアイはこのラキュースに気づかなかったのだろうか?少し気になるので今度会ったら聞いてみよう。そんな事をふと思いながらも会話を続ける。

 

「そういった作り出された技と一緒に剣にもせって―――ゲフン!この世に生まれてきた意味を彼は与えたんです。それは傍目から見れば理解できない趣―――意欲に満ち溢れていましたが。彼はそれにのめりこんでいましたね」

「すごく、すごく分かります!!」

「ア、ハイ…」

 

 こういう状況でグイグイこられるとちょっと引く。本人を気落ちさせないためなのは確かだがここまで乗ってこられると困ってしまう。中二病相手に乗っちゃう話題するモモンガにも問題はあるが。

 

「あの、暗黒騎士……英雄譚の中での黒騎士様は一体どうなったんですか?」

「………」

 

 そこは語るに困る。実はモモンガはリーダー達の最後を目撃しているわけではない。黒騎士ドンケルハイトが最後まで戦い抜いたのは知っている。だがツアーとの約束もあって、表舞台での活動は避けていたモモンガが活動した量は意外に少なかった。自分はお助け役であって十三英雄のメインじゃなかったのだ。だから彼がどうなったのか詳細は知らない―――リーダーが亡くなった後、どこかへ旅立って行ったと聞いている。早々に冒険から降りたイジャニーヤーさんぐらいしかその後を確認できているものはいない。

 

「最後は……すみません。彼は結構自由気ままな人だったので、どういう最後だったかは…」

 

 「そうですか……」とあからさまに落ち込むラキュース。少しばかり心が痛むが、自身も知らないことを嘯くわけにもいかない。何か知れたなら教えてあげようか、と思いながら夜空を見上げる。最後に一つ、呟くように語る。

 

「けど、私たちは楽しんでいましたよ。この世界を冒険することを」

「冒険ですか……」

「えぇ、冒険です。今の冒険者制度のように、モンスターを倒すのが目的ではなく、未知を既知に変えて行く。そんな冒険です」

「それは―――素敵な冒険ですね」

 

 自分も、そんな冒険をしてみたい。ラキュースはそのために家を飛び出したのだから。かつて憧れた英雄譚。その英雄そのものが今目の前に居るのだと、改めて自覚した瞬間だった。

 

 それっきり、特に話題も思いつかなかったのか、二人共静かになる。静かな、ゆったりとした時が流れていた。

 今は夜。見上げた夜空には月が輝いている。満天の星空までオマケ付だ。そんな空を眺めながらかつての仲間達との冒険を思い出し、その楽しい日々に思考が耽る。それと同時に、かつてのギルドメンバーの中でも、こういった夜空を求め愛していた者が居たことを思い出す。―――名前は、確かブループラネットさんだったか。彼もこんな星空を描こうとしていたな――と。そうして夜空を見上げながら。つい、言っちゃったのだ。うっかりと、そんな意味も篭めてはいなかったのだけど、つい。

 

「―――月が、綺麗ですね」

「そうですね、こんなに綺麗な月は久しぶりに拝みました」

 

 モモンガの呟きににこやかな笑みを返してくれるラキュース。暗黒騎士の話では少し落ち込んでいたように思えたのだが、意外にも少し楽しげな声が上がる。

 気が付けば、先ほどまでよりも近くに寄り添ってきているような気もする。何か彼女が気を許す要因でもあったのかもしれない。

 

「暗黒騎士様も、こんな月夜を過ごしていたんですね…」

「かもしれませんね、彼はまぁ、結構冗談好きで騒がしい人でしたけど。こんな時ぐらいは静かにしてくれてた……かなぁ?」

 

 中々おしゃべりだった彼が月夜を眺めてじっとしている姿が浮かばず、つい疑問系になる。そんなモモンガの姿が可笑しかったのか、笑顔になるラキュース。―――二人の時間はゆっくり流れる。パチパチと折れ木が燃えていく音が優しい時間を作り上げていた。日中は早く行こうとせっついていたラキュースも、この時間だけは別らしく、その夜空に見惚れる姿は絵画のようであった。

 

 「お話、ありがとうございます」

 

 そう言って、交代の時間になり立ち上がるラキュース、次はティナの時間らしい。きっちり時間通りに目覚める辺りが流石の忍者といったところか。既にテントの中から顔を出している。

 ティナは近づいてきたラキュースを手で拱きし、疑問を浮かべながらも近づくラキュースに耳打ちをし始める。

 

「私の故郷ではこういう告白の仕方が伝わってる。『月が綺麗ですね』という意味は―――」

 

 顔どころか首筋まで真っ赤に染め上げ、パクパクと鯉がエサを求める姿の様なラキュースの姿が、月夜に照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうモモンさんの後ろには乗りません」

「だからあれはそういう意味で言ったわけでは―――」

「意中の相手が居ながら他の女性に手を出す殿方の言うことなんて信用できません」

 

 バッサリ斬り捨てられる。モモンガも失念していた日本の古い作家が残したエピソード。それがイジャニーヤーさん越しにこの世界に伝わっていたのだ。―――我君を愛す―――という意味になるそれを囁いてしまったモモンガは絶賛ラキュースから避けられていた。

 何とも困ったものだと思いながらも馬は駆ける、後ろにティナを乗せながら走るモモンガと蒼の薔薇。四六時中こっちをチラチラと見てくるラキュースは気になったが、それで進むペースを落とすわけにも行かない。そうして遅れを取り戻すべく、それなりにスピードを上げていたため、意外と早くに都市へとたどり着いたのだ。

 

 モモンガ達は単騎駆けで三日のところを四日かけて到着する。二人乗りしている馬があることを思えば中々の早さだ。そうしてイビルアイに遅れること丸一日程の時間差でモモンガ達は街に近づいていた。三重の城壁に囲まれた重厚な城塞都市が暗闇越しに見える。

 既に時間は夜だが、見えている街を前に野宿をするのも馬鹿らしい。―――それにモモンガとティア以外はこれから戦いになると思っているので、皆一様に真剣な表情だった。眠気を見せる者もいない。

 

「夜なら丁度いいぜ、忍び込んであのアインズを叩くってのはどうだ?」

「でも相手はアンデッド、夜は向こうが有利」

「そうね、私達じゃ攻撃も碌に効かない可能性もあるし、やっぱり不埒なモモンさんに直接乗り込んで貰うのが一番かしら?」

「グッ…」

 

 ラキュースの発言の一つ一つが辛辣でちょっとばかり心に傷を負ってしまいそうだ。そんな意図も無かったのだが、リアルでは口説き文句の一節として百年以上前から残っていた台詞を堂々と言ったモモンガの負けである。―――とりあえず、とモモンガは思い直し、彼女達の作戦について自身の意見を述べる。

 

「私としてはそれで構いません」

 

 その作戦ならばモモンガにとってもありがたい。アインズを適当に追い払った事にして連れて帰ればいいだけなのだから。頭の良いラナー王女なら上手く話しにあわせてくれるに違いない。

 若干投げやりな考えだったが、もうこれ以上アインズという存在を出すつもりも無かったモモンガとしては良い方向へ進んでいると思えたのだ。

 

 そうして作戦を考えつつも要塞都市であるエ・ランテルの外壁へと近づく。大きな橋が渡っているが中へ入れる通行手続きは日中だけだ。衛兵が見張りをしているので声をかければ対応はしてくれるかもしれないが、モモンガとてそのつもりは無かった。壁でもよじ登るか、と思い外壁を覆う堀の前まで移動する。

 

「とりあえず、私が先行していきますので―――ん?」

 

 何かがおかしい、そうモモンガが気づいて疑問の声を上げる。

 

「煙、上がってる。」

「騒いでる声もする」

 

 野伏の能力を持つティアとティナが告げる。どうやら街中で何かあったらしい。やれやれ、計画実行どころか実行前に狂いが生じてしまったな―――モモンガが思ったのはそんなことだった。

 

 

 

 

 

 

「門にたどり着け!!アンデッドを追い返すんだ!!」

「無理だ!数が多すぎる!!」

「ミスリル冒険者達はこっちには来てくれないのか!?」

 

 冒険者達が口々に叫びたてる。彼等は今、エ・ランテルの墓所から沸き立つアンデッドの群れと対峙していた。

 次々に現れるスケルトンの群れ、中には合体して集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)まで誕生し始めている。アンデッドは密集すると更に強力なアンデッドを生み出す。何故突然これほどのアンデッドが湧き出したのかも分からぬままに冒険者達は必死に戦っていた。

 エ・ランテルが誇る三重の城壁、その壁の一つ―――居住区へと続く城門、その中でも西の門は墓地から近かったためにアンデッドの進入を許してしまったのだ。戦いなれた冒険者ならばスケルトン程度どうということはないが、数が違いすぎるために押し返すことが出来ず。門から次々とアンデッドがなだれ込んできていた。

 

「石を投げつけろ!スケルトンだけでも砕くんだ!!」

「この西門が突破されれば一気に半分が落ちることになるぞ!!いいからとにかく攻撃しつづけろー!!」

「だめだ!!数が多すぎる!!!一体どこからこれだけ沸いて来たんだよぉ!!!」

 

 槍、弓、斧、投擲―――ありとあらゆる攻撃手段で攻撃するが数の暴力の前では知れていた。

 

「衛兵どもと鉄級以下の冒険者は下がってろ!!ここは俺達ミスリル級の出番だ!!」

 

 叫びながらすぐさま剣を振り回し、壁から這い上がってきたムカデ型のアンデッドを切り裂いていく。更には同族の亡骸を踏み分けて登ってこようとしたゾンビ達を魔法の矢が襲い掛かる。

 この街において最高ランクであるミスリル級冒険者チーム―――クラルグラならばこの程度のモンスターならばどうということはない、先ほどまでと違い、押し返すことすら出来ている。

 

「おぉ!!ミスリル級冒険者が来てくれたぞ!!」

 

 瞬間的に活気を取り戻す衛兵達。他にも銀級や鉄級冒険者達も安心したような顔を見せる。―――だが、状況はそれだけで良くなったわけではない。

 

「クソッ!マジで数が多いなこりゃ」

「イグヴァルジ!こりゃ俺達だけじゃ無理だぞ」

「分かってる!!!……どうする、どうするんだっ!」

 

 見ればスケルトンなどの弱くて知性の無いモンスターだけではなく黄光の屍(ワイト)腐肉漁り(ガスト)等少々厄介なモンスターも含まれている。明らかに異常な発生量だ。たとえミスリルが一チーム来たところで全てをどうにかできる量ではない。

 だがどうにかしなければエ・ランテルの西側居住区画へとアンデッドがなだれ込む。そうなれば一気に都市の半分近くが死者に飲み込まれることになるのだ。どうするか?逃げるべきでは?―――来て早々、イグヴァルジは焦りを覚えていた。

 これまで自分を売り込むために仲間をしっかり生かして帰し、そして冒険者組合にもそこそこ顔が売れてきてるのだ。順調だと思っていた自身の道行きに陰りが挿したのを実感する。

 この緊急事態に召集された状態で逃げても良くて罰則、悪ければ冒険者資格剥奪までいくに違いない。それが分かるからイグヴァルジは逃げることを選べなかった。

 

(だが、これは本当にやりようがないぞ…!)

 

 別に自分だけが死地に追いやられているわけではないのは分かっている。今頃他の門にも同じくミスリル級が派遣され、そして苦しんでいることだろう。ただ、それで死ぬのを納得できるわけではない。そんな彼は焦る。その焦りが悪かったのか、崩壊した死体(コラプト・デッド)が彼の背に迫っていた。

 

「イグヴァルジ!!後ろ!!」

「しまった!?」

 

 見れば千切れた死体同士が合体して誕生した醜いアンデッドが腕を振り上げ、今にも叩き潰さんとしている。

 

(油断した!!)

 

そうイグヴァルジが思い、目を閉じた瞬間―――

 

「<水晶騎士槍《クリスタルランス》>」

 

 魔法で作られた物理攻撃の特性を持った水晶の槍が飛来し、コラプト・デッドは地面に串刺しになり、死滅した。

 

「えっ?」

 

 思わず呟き、声のした方向―――上空を見渡す。空を飛ぶ影が二つ、イビルアイとデイバーノックが<飛翔>で城壁を通過していく。

 

「いいか!門の内側だけを死守しろ!!後は私達がなんとかする!!」

「お嬢、逃げたほうがいいのでは―――」

「馬鹿言ってないでさっさとソウルイーターに指示を出せ!」

 

 その叫び声と共に壁の向こうに消えていく二つの影。その直後、イグヴァルジは後ろから凄まじい気配を感じる。驚き、急いで後ろを振り返るが既に遅い。―――黄色いオーラを纏った見た事も無い骨の獣が目の前にいたのだ。さしもの自分もここで終わりかと、彼はそう思ったのも仕方ないことだ。

 目を瞑り、再び死を覚悟する―――だが、その重苦しい気配はあっさりと自分の横を通り抜けていった。

 

「えっ?な、なんだ??」

「おい、今のは一体なんだったんだ?」

 

 物凄い勢いで走り去る二体の獣の骨。それはまるで先ほどの二人の魔法詠唱者を追いかけているように見えた。そんな状況に呆けてしまうのは無理も無いだろう。空を眺めたままイグヴァルジは固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 こうして王都に続き戦いの舞台はエ・ランテルへと移る。時間は既に深夜を過ぎていた。




エ・ランテルの戦い始動。
しばらくラキュースさんイベント中心になるかも。
そして十三英雄は勝手に何人かプレイヤーにしちゃってます。
そのほうが描いてて楽しいって理由からです。
あと、名前知らないほうが不自然だろって理由から各キャラの名前勝手に捏造してます。

黒騎士ドンケルハイト=中二ぶりはラキュースより上でウルベルトさんと同等レベル。
ガチ勢ではなくレベルもビルドもそっちのけでこの世界を楽しんでた勢。
モモンガさんとはドイツ語を使っちゃう時点でトラウマを引き起こしてしまう人なのでリーダーほどには親交が深まりきらなかった人。
モモンガは会話の節々にトラウマを引き起こされ何度か逃げ帰るほどであったという。
つまりはモモンガさんの天敵。
ただ、過去になった今では大切な友人認定。

モモンガ「あぁぁぁぁ喋らないで!!!やめて!!その言葉ドイツ語でしょ!!!」
ドンケルハイト「Jawhol!!」
モモンガ「んああああああああああああああああ!!!?」


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エ・ランテルの乱、始まる

 この戦いの結末に登場する恐るべきアンデッド、首無し騎士(デュラハン)は恐るべき力を持ち、王都で瞬く間に強大なアンデッドを駆りつくした漆黒の英雄、モモンすらをも苦戦させる程の存在として後世に残されている。

 ―――ただ、このアンデッドのその後の詳細は判ってはいない。アインズ・ウール・ゴウンについての研究第一人者であるネイア・バラハはこのアンデッドと白金の鎧の剣士との関連性を謳い続けているが、真相は闇の中だ。

 一ついえるのはこの戦いがより熾烈なアンデッド王との戦いへと導かれていく、それを実感させるものだったということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガ達がエ・ランテルへ到着する少し前。イビルアイ達はラナーに付いてまわる形でエ・ランテルの中へと入ることになった。勿論凶悪なモンスターを連れているデイバーノックに警戒を抱き、城門の内部に備え付けられている詰め所で彼女達は拘束された。

 自身を王家の者と名乗るラナーにしかし、衛兵達は嘘だろうと信じようとしなかった。だが騒ぎを聞きつけた都市長である太った肉団子のような姿をした男―――パナソレイ・グルーゼ・レイ・レッテンマイアがラナーを認めた瞬間土下座したことによって彼女達は解放となった。

 

 エ・ランテルという都市は王国と帝国、そしてスレイン法国を分ける戦争の最前線の位置にある。それゆえに都市は強固な城壁が備えられており、それが三重にも施される堅牢な都市だ。街を全体を覆う外周壁には軍の施設と墓地が、そこから城壁を経て住民達の暮らす区画に、更に城壁を越えると行政を行う区画となっている。

 

 そんな街の居住区―――薬品店が揃う街道を通る一人の青年の姿がある。前々から評判だというポーションを手に入れるため、クライムはこの通りを訪れていたのだ。ラナーは今都市長との会談中であるため、警護をしっぱなしだったクライムに少しの間暇を言い渡したのだ。会談場所は三重の壁に守られた行政地区の中なので心配は要らないだろう。そう思い、少しばかりの休みを得ることにした。

 王都が崩壊して数日、この緊張漂う事態に普段のクライムなら休暇など受け付けずラナーを護ると言い張っただろう。だが彼は数時間前に行われた初の実戦で人を斬り、そして殺されそうになったのだ。

 あの時人の首を切り落とした感触も未だに残っている。仲間を殺された野盗のクロスボウが自分を射抜こうとしたその殺意と確かな死を迎えるだろう瞬間。

 ―――恐ろしかった。どれも初めて経験するクライムにとっては心が未だついて来ないような気がしていたのだ。

 そして重要なのはそれを乗り越えるわけでもなく、単に周りが強すぎてあっさり片付いてしまった部分だ。そのおかげで彼は死を覚悟し、それを乗り越える暇もないままに実戦を終えたのだ。

 成長するためのワンステップが未だ、彼には足りていなかった。

 

 ―――複雑な気持ちを持ちながらもクライムはこの街でも有名な店のある通りに来ていた。信用のおける回復薬があるというのは、戦いにおいて気持ちの持ちようが違うのだ。

 以前、ガゼフとの手合わせでそれを聞いていたクライム。実戦で改めて実感した彼は、少しでも質の良いポーションが欲しかった。誰だって、命を救う道具は手じかに欲しいだろう。クライムの考えはもっともなことだ。

 それに、死の恐怖を乗り越えることが未だ出来ない彼にはよりよいポーションが精神安定剤のように思えたのかもしれない。

 王都よりも綺麗に整備されているエ・ランテルの街路。活気溢れる店が並ぶ中、一つのお店の中に入り込む。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店に入れば目元まで隠した金の髪の少年が店番として佇んでいた。

 

「ここがバレアレ薬品店で間違いないでしょうか?」

「えぇ、そうですよ」

 

 尋ねてみれば朗らかに対応してくれる少年。クライムはその温和な対応に初めて入る店への緊張を崩し、品定めをしていくことにした。

 この店の薬はどれも一級品ばかりだ、中々高額になるがクライムとて一応高貴なものへ仕える身。買えぬというほどでは無い値段だ。

 

「中々臭いが凄いですが、ポーション作りもここで行っているのですか?」

 

 話しやすそうな少年に疑問に思ったことを声に出す。

 

「えぇ、そうですよ。といっても、しばらくは少し素材が不足でポーションの制作量が減るかもしれません」

「え?それは何故でしょうか?」

「実は―――」

 

 少し言い難そうに頬を掻きながら、少年は語る。

 

「―――というわけで、ポーションの材料を回収することなく戻ってきたんですよ」

「なるほど…」

 

 トブの大森林に生える薬草、それが重要なポーション作りの素材になっているのだという。少年はある冒険者チームを雇って森に入ろうとした―――だが森の中で延々と聞こえる叫び声に警戒し、少年だけでなく冒険者達の勧めもあり、今回は採取を断念したのだ。

 そうしてつい先ほど、エ・ランテルへ早めの帰還を果たしたのだという。気の落ちそうな話だが、カルネという村が無事だったらしく、少年は至って笑顔そのものだ。それならば自身が気に病む必要もないかとクライムは考え、そしてこの店にきた本来の目的を果たすべく声を出す。

 

「なら在庫が無くなる前に購入しなければなりませんね。このポーションを一つ、頂けますか」

「畏まりました。―――御客さんはどこから来られたのでしょうか?」

「え?」

 

 突然の質問につい気の抜けた返事を返す。「あぁ、すみません」と謝罪してから少年は続ける。「随分と立派な鎧をお持ちだったので、冒険者かなと思ったんですけど」

 なるほど、クライムの装備は確かに高位の冒険者が纏っていて可笑しくない立派なものだ。だが実際には彼は冒険者ではないのはプレートを首から提げていないので明らかだった。

 

 

「私はラ―――ある貴族の方の護衛を勤めている身です」

「あぁ、なるほど。それでそんなに凄い鎧を付けられているのですね」

「まぁ、見合う装備かと言われると疑問は残りますが」

 

 そういい、しゃがれた声で照れ笑いをする。何の気も成しに返答したが、相手も特に深く意味を篭めて聞いてきたわけではないのか、会話はそれきり。袋にポーションを詰めてくれた少年に代金を支払い、クライムはそのまま店を出た。―――その時だった。

 

「おーっとぉ?」

「あ、あぁ!すみません。気配を感じなかったもので気づかずに―――」

「いんやぁー、いいよいいよー?お姉さん気配消してたからねー?仕方ないよねー?」

 

 ニマリと、薄茶色のローブのしたから笑みがこぼれているのが分かる。全身をローブで覆っていて口元以外は外見が分からないが、女性であるのは間違いない。

 そしてそのローブの下から一瞬見えた目はどこか猛獣のような鋭さを感じさせる。

 

(―――冒険者か?)

 

 クライムがそう思うも、単にぶつかっただけの相手にそれ以上の詮索は出来ない。

 

「すみませんでした。それでは失礼しますね」

「んー?おっけー。時間もないし、見逃すねー」

「?」

 

 見逃す―――という単語に不穏なものを覚える。まるで時間さえあれば何かこちらに仕掛けていたかのような単語だ。そしてクライムはもう一つ気づいていることがある。

 

(血の臭いだ)

 

 数時間前に嗅いだあの臭い。喧嘩なんてレベルで嗅ぐものじゃない。辺り一面を埋め尽くすその臭い。初めて経験したそれを忘れるはずが無い。そんな臭いを漂わせながら店に入り込んでいく女の姿に疑問を抱く。

 冒険者ならば血の臭いぐらいする時もあるだろう。それは分かる。ただ気になるのは先ほどの発言だ。

 ぶつかっただけの人間にそんな言葉を投げかけるか?偶々気が張り詰めていたとか、そういう理由もあるかもしれないが、それでもあのゾッとする態度は普通じゃない。そうしてクライムは通りの片隅で店を見つめることにしたのだ。

 ―――何故かは分からないが、あれは見逃してはいけない気がする。少年のことが気がかりで、表から見つめ続けていた。

 

 そうして幾ばくかの時間が経過した。だが一向に何も起こる気配は無い。心配になり、少し近づいてみることにする。

 腰元に付いたベルトに先ほど購入したポーションを装着し、そして表から店の中を見渡せる位置まで移動する。―――すぐに違和感に気づいた。

 先ほどまでいた少年が居ないのだ。それも店に入っていった女まで。両方同時にいなくなることがありえるか?客はいない時間があるだろうが、店番は基本常にいるものだ。勿論、客である女が出て行った姿をクライムは見ていない。

 おかしい、そう思って再び店の門をくぐる。

 

「これは―――血か?」

 

 入ってすぐ、カウンターの上に赤い血痕のようなものが付着していることに気づく。そして乗り出してカウンターの裏を覗く。

 

「―――!!」

 

 ボタボタと流れ落ちる血の跡が店の奥に続く扉―――裏口と思われる扉に続いている。

 

「まさか、誘拐か!」

 

 この状況、明らかに平穏な出来事ではない。そう判断し、咄嗟に剣の鍔に手をかける。ラナー王女の護衛の事も頭に浮かぶが、少年が何をされたか考えればクライムが追跡を始めるのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 都市の外周壁部の四分の一ほどを使って作られた巨大な墓地がある。戦死した者を埋める必要もあるこの都市において、墓地の必要性は重大なのだ。そしてそんな巨大墓地には毎夜アンデッドが躍り出る。それ自体は珍しいものでもなく、この街の冒険者や衛兵達によって駆逐しきれるレベルのアンデッドばかりが出現するのだ。

 だが、この日だけは違う―――数千のアンデッドが同時に発生し、そのアンデッド達は墓地を封鎖する門を早々に突き破り、住民区へ入る門を全て埋め尽くしてしまったのだ。

 逃げ場を失った人々は街の中心へと逃げ惑い、冒険者達は必死に門を守ろうとしていた。

 

「クソ!!ルクルット、こっちにも食屍鬼(グール)が来たぞ!」

「わーかってるってばよ!!!けどこっちだって手は出せないんだ!」

「<鎧強化(リーンフォースアーマー)>!ペテル、あと少しで門を完全に封鎖できるんだ、持ちこたえて!」

「あぁ、分かってる!ありがとうニニャ!!」

「全く持って凄い数なのである!」

「ダイン、回復頼むわ!」

「分かったのである!<軽傷治癒(ライトヒーリング)>」

 

 銀級冒険者である彼等―――漆黒の剣は居住区へと繋がる北門を乗り越えて進入してくるのを防ぐ為、他の冒険者達と協力して門の外へと飛び出し、戦いを繰り広げていた。

 

「ちっくしょー、帰ってきたばっかりだってのになんでこんな目にあってるんだよ俺達は!」

「文句言うなよルクルット!」

 

 彼等漆黒の剣は先ほどまで外出していたばかりなのだ、仕事を終わらせ、雇い主は薬草収穫が出来なかったが為に少ない荷物を持って分かれる事にしたのだ。

 少し寂しげな背中が哀愁漂っていたが仕方ない。彼等とて仕事は上手く行かない事もあるのだからと無用な声を掛けるのを避け、少年を見送ったのだ。―――実はこれが命に繋がったのだが知る由も無い。

 そうして戻ってきて早々に起こった事件に巻き込まれ、今に至る。そんな彼らが愚痴を声を大にして叫ぶのも仕方ないだろう。無事戻ってこれたと思ったらマイホームタウンが無事じゃなかっただなんて笑えない話だからだ。

 

 次々に迫るアンデッドに手足の長い細身の男――ルクルットは本来専門であるはずの弓は捨て置き、剣を構えて戦う。それに皮鎧の軽戦士であるペテルが盾を構えながら相手を跳ね返し、攻撃を繰り出す。そんな二人を補助する魔法を中性的な声を持つニニャが使用し、怪我した二人をドルイドである無骨な男性のダインが回復する。―――中々に連携の取れた姿であった。

 他にも同じく銀級、金級、白金級、そしてミスリル級の『虹』が参加してこの門を護っていた。乱戦に次ぐ乱戦で全員が疲弊しているが相手はアンデッド。疲れを知らない相手に対して彼らは既に満身創痍だ。

 救援が来るまでの防衛策、門を突破されないための時間稼ぎはしかし、圧倒的アンデッドの群れによって不利な方向へと向かっていた。

 王都と違い、エ・ランテルにはミスリルまでしかいないのである。自然、力量のある者の数は減り、少しの危険がとんでもない危険へと変化していく。

 

「ペテルうしろ!!」

「くそ!?ウアァァァァ!??」

 

 見れば内臓の卵(オーガン・エッグ)が腹を割り、腸を触手のように飛ばしてペテルの腕に絡み付いていた。

 

「クソッタレ!」

 

 ルクルットのショートソードが素早く腸を切り裂く、だがその切り裂いた彼もまた狙いを定められる。すぐ横から黄光の屍(ワイト)がその醜い黄色い膿のようなものを垂れ流しながら近づく。ワイトの恐ろしいところは汚らわしい膿が触れた者を昏倒させる力を持つところだ。

 この乱戦続く最中において、そんな目に会えば末路はどうなるか言うまでも無い。

 

「<雷撃《ライトニング》>!!!」

 

 ニニャの魔法がワイトの身体を焼く。電気で痺れの走る身体、ビチビチとその膿のようなものが弾け、汁をあたりに飛び散らせる。だがアンデッドは状態異常に強い。普通なら電気属性に付与される麻痺の効果で動けなくなる可能性もあるのになんてことも無く動き出すのだ。

 

「クッソオオオオ!ここで終わりかよおぉぉ!?」

 

 動じることなく動き出したワイトに腕をつかまれそうになったルクルットが絶望色に顔を染めながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「諦めるのはまだ早いわ!!」

「えっ!?」

 

 ビュンッ!!と空を切る音が鳴り、宙に浮かぶ剣が次々とアンデッドを切り裂く。ワイトに正確に投擲されたクナイが刺さり、暗闇の奥からは叫び声と共にドシャドシャと肉が叩き潰される音が広がる。

 

「オオォォラァァァ!!!」

「―――フンッ!!!」

「「忍術<爆炎陣の術>」」

 

 ガガーランの刺突戦槌がゾンビの肉を潰し、モモンガの大剣が辺り一面の存在を自身を中心に切り裂く。そしてティアとティナが唱える忍術によって激しい火柱が走り、次々と死者達が燃え上がる。

 

「超技!!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークフレームメガインパクト)!!!」

 

 ラキュースの持つ魔剣キリネイラムが光り輝き膨れ上がる。そしてそれを横に薙ぎ無属性衝撃波が突き抜ける

―――瞬く間に門の周辺を取り囲んでいたモンスターたちが消滅していった。

 

 「あ、あなた達は一体?」ニニャが呆然としながらも声をかける。

 

「私達は蒼の薔薇、アダマンタイト級冒険者です」

「蒼の薔薇だって!?マジか!!助かるぞ俺達!!!」

 

 冒険者の誰かが叫ぶ。この醜悪な状況に起死回生の一打を打ち込んでくれた存在が現れたのだ。彼等エ・ランテルの冒険者が叫ぶのも当然だった。

 

「皆さん!今はとにかく門の中へ!!」

 

 騒ぎ出す冒険者を収めるために、ラキュースが声を張り上げながらも前進を続けていく。

 

(結局、自分は指示を出していないな)

 

 そうモモンガは内に思うが、彼は元々ギルドリーダーであって冒険者―――それも戦士職の戦いを指示出す側ではない、そういうのはかつてのギルメンでも切れ者たちが行うことだったからだ。戦略と纏め上げは出来ても戦術は受け売りが多いので仕方の無いことだった。勿論、自分が戦う分には戦術もばっちりなのだが。

 

(ぷにっと萌えさんだったよな)

 

 長年忘れようとしていたからか、今では特定のメンバー以外はすらっと名前も出てこなくなった。その中でもぷにっと萌えさんは指南書を残してくれた人なので今でも名前は出てくる。―――もう何百年と読むことを止めてしまった指南書だが。

 そしてそんな複雑な思いがあるのにギルドの名前だけはスッと出てくる辺りに自身を腹立たしく思う。

 

 ―――まだ未練があるのか、と。

 

「とにかく、移動しましょう皆さん。ここら一帯のアンデッドは私達が一掃したのでしばらくは持つはずです」

「凄い……あれだけ居たんですよ?それを全部?」

「えぇ、まぁ」

「全部モモンのおかげ」

「そのまま全部やって欲しい」

「あなた達本人前に何を言ってるのよ!」

 

 軽口を叩く忍者二人に小言を言い始めるラキュース。そんな様子を豪快に笑うガガーラン。新たな仲間も良いもんだなと思える自分は確かに変わったはずだ。―――そうモモンガは言い聞かせながらも次の行動に移すことにした。

 

「まぁ、この程度なら単なる雑魚ですよ」

 

 実際雑魚ばかりだったし、モモンガのスキルであるアンデッド支配で一時的に動きを止めてしまえば後はどうとでもなったのだ。

 召喚されたモンスターは通常は支配スキル程度の効果では支配はできない。だが掛けられた力に対する抵抗(レジスト)する為の判定応答―――つまりは動きが止まる瞬間が出来るのだ。そんなスキルを駆使して周りのアンデッドを次々と動きを止めさせ、その間に攻撃を繰り出す。それだけで死者の山の出来上がりだ。

 実はイビルアイがリグリットに負けて蒼の薔薇に入ったときもこの手法を使われて思った以上にボッコボコに、想像以上にボッコボコにされてガチ泣きしていたのだがそれはそれ。

 

「でもネクロスウォーム・ジャイアントまで一撃ってのはありえねぇよなぁしかし」

 

 ガガーランも舌を巻くしかない。あれほどの巨体、所詮スケルトンとゾンビの複合集合体ではあるがそれでもバラバラにするには時間を要する。だというのに全て一撃だ。改めてモモンガの規格外っぷりに驚くしかなかった。

 そんなモモンガに対し、低い知性ながらに学習したのか、モモンガから一定の距離を保とうとしたアンデッド達はラキュースやティナティアの飛び道具により蹴散らされる。―――そうして揚々と住民区画を隔てる城壁までたどり着いたのだ。そしてここまで来ればすることは決まっている。

 

「イビルアイ―――仮面に宝石をつけた小さな魔法詠唱者は見ませんでしたか?」

「魔法詠唱者…ですか?」

 

 ニニャが目の前の漆黒の剣士を見上げながら答える。若干頬が火照っているのが気になるが、多分激しい戦いが続いて興奮状態なのだろう。

 

「えぇ、見た方は?」

「私は知りませんね、すみません。お力になれず―――」

「あっ、俺知ってるぜ。小さな赤いローブの女の子だろ?」

 

 ペテルが謝罪する横でルクルットが軟派な声を出しながら言う。既に視線は蒼の薔薇に釘付けだ。

 

「街に戻ってきた時に衛兵に捕まってた一団だろ?それなら外からチラっと見えてたから知ってるぜ」

「本当ですか?」

 

 少し喜色ばんだ声をモモンガが上げる。強者なのだから大丈夫だと思ってはいてもついつい心配になってしまっているのが自身でも分かる。

 何せ先日は消滅寸前まで行ったのだ。モモンガが心配するのは当然といえば当然だ。

 

「可哀想だったよなぁ、首輪してたんだぜ?ありゃぁ奴隷だろう。なんとかしてやりてぇけどよ。」

 

 ルクルットがその軟派な声で、しかし少しばかり苦々しいように言う。

 

「最低ですよね。きっと貴族ですよ。その子を慰み者にして楽しんでるんだ。糞豚どもめ……」

「ニニャ、私たちの命の恩人の前だ。自重しろ」

 

 豹変した態度を見せるニニャにペテルが冷静な言葉をかける。気づいたニニャも慌てた様子で周りに謝罪する。

 

「す、すみません。えーと…蒼の薔薇の皆さん?でしたか。見たのは確かに見ました。とても綺麗な女性も連れていたような……彼女が飼っている…?いや、その女もきっと―――」

「あ、私もその女性なら覚えてます。確か凄く上品な服を着ていたので目立っていましたね」

 

 ぶつぶつ独り言を言い始めるニニャと真っ当に返答するペテルのその情報にモモンガと蒼の薔薇は一同に顔を見合わせる。一つ頷きあった後、続けてモモンガが質問をする。

 

「その人たちは今何処へ?知っている方は居ますか?」

「さぁ、お昼頃の事だったのでそれきり後のことは…」

「都市長が誰かを馬車で連れて行ったのは知ってるぞ」

 

 冒険者の誰かが声を上げる。「多分そのお嬢様じゃないかな」という声が続けざまに上がる。

 

「そのお嬢様はどちらに?」

 

 間違ってもラナー王女の名前はおいそれと出せないのでぼかして尋ねる。

 

「行政区画のほうだ。街の中心部だから迷うことはないぜ」

「決まりね、とりあえずラ…お嬢様を探し出しましょう、モモンさん」

「えぇ、分かりました。皆さん、さぁ早く門の内側へ。まだ他にもアンデッドは大量に居ましたから、今のうちに防備を固めておいてください」

 

 そうしてモモンガに促されながら、冒険者達は門の内側へと引き返していく。門を潜り抜けてようやく安心できたのか、怪我をしている者たちはその場にヘタリ込み出す。中には啜り泣きをしている者もいる。ようやく絶望的な状況を乗り越えた実感を今になって理解しているのだろう。

 そんな状況を眺め、王都の悲劇再臨とならないようラキュースは決意を堅くする。

 

「急ぎましょうモモンさん、アンデッドは待ってはくれません」

「えぇ、そうですね―――」

「それによ、この大量のアンデッドって言えばよぅ」

「?」

 

 何か言いたげなガガーランに首を捻る。何でこんなにアンデッドが湧いているのか。確かに異常事態なのだが、思うところでもあるのだろうか。

 

「えぇ、―――アインズ・ウール・ゴウンが力を使った可能性があるわね」

「……あぁー」

 

 そっちに行っちゃったかー。という溜息が漏れる。まぁ確かに、この世界ではありえない強大なアンデッドを生み出せるけれども、こんなに数は出すことが出来ない。こればかりはモモンガでもどうやっているのか不思議なぐらいだ。弱いからモモンガにとってはどうでもいいけれど、という感想も付くが。

 

「イビルアイ……くっ!!首輪や手枷足枷!?慰み者!?イビルアイはモモンさんを愛していたのに!!」

「ぶっ殺してやりてぇな、アインズって野郎はよぉ」

「早くイビルアイを助けなきゃ」

「首輪…実は自分でつけたのかも」

「………」

 

 女性陣のアインズ批判が始まる。ティアだけ微妙にフォローしてくれてる辺りがありがたいが、真相を話すつもりもないのか、こちらをチラチラ見てくるだけであとは何も行動に移さない。

 

「そのアインズ・ウール・ゴウンというのは一体!?」

「まさか、このアンデッドを全部支配しているってのか!?」

「マジかよ!?それじゃとんでもない死霊使いが犯人ってことか!?」

 

 耳聡く彼女達の会話を盗み聞きしていた何人かの冒険者達が騒ぎ始める。

 

「アッアッ、違いますよ。そのちょっと―――」

「皆さん、安心してください!!アインズ・ウール・ゴウンは確かに強大なアンデッドを使役できる、それも自身が死者の存在です。ですがこの御仁、モモン殿ならばその強大なアンデッドも全て一人で屠れる実力の持ち主なのです!」

 

 オォッ!!と門の前の冒険者達が声を上げる。最早モモンガが止めようとしても止まる勢いではない。

 

「今から私達はアインズ・ウール・ゴウンに立ち向かい、親友と仲間を救い出すべく戦いに向かいます!!」

 

 何故か全身全霊の勢いで演説し始めるラキュース。この危地に飛び込む姿が勇者のようで、冒険譚の一節のようで興奮しちゃったのだ。前日にモモンガが十三英雄の一人だと認識しなおしたのも影響があったのだろう。

 言うまでも無いが、モモンガは後ろのほうで頭を抱えていた。アインズの名前を出すつもりなんて微塵も無かったのに出てしまった。

 

(どうしよう)

 

 という純粋な困惑がモモンガの精神を絞めていく。割と精神沈静化に頼ってるところもあるモモンガは、こういう時結構脆いのだ。事前に準備しておいたものが崩れると結構弱い部分がある。何百年と経っても基本的な性格というものは直らないらしい。

 ―――そんな彼が頭を抱え込んでいる真っ最中に、一人の老婆の姿が目に入る。明らかに戦闘員ではないその老婆は人を探しているのか、大声を上げながら門へと近づいてくる。

 

「ンフィー!!ンフィーレアやぁああい!!何処へ行っちまったんだい!!」

「婆さん!ここは危険だから戻るんだ!」

 

 見れば周りの冒険者が押し留めていた。門で抑えているとはいえゴーストなどは壁を突破してくる。何時戦闘になってもおかしくないのだから非戦闘員はここに居るべきではないだろう。

 

「婆さん、どうかしたのかい?」

 

 ガガーランが声をかける。豪快な性格だが、それでいて人情家でもあるガガーランには見てみぬ振りは出来ないものらしい。

 

「ンフィーが、私の孫がいなくなっちまったんだよぉ!!あんたら探しておくれないかぃ!?」

 

 この騒動の中、行方不明と言えば想像することは一つだ。蒼の薔薇だけでなく他の冒険者達だって素直に探すと言えないのはそういうことだろう。

 

「ひょっとして、ンフィーレア・バレアレさんのご家族ですか?」

「あ、あんたは?」

 

 ニニャが声を上げる。他の漆黒の剣のメンバー達も少しばかり気まずそうに、その老婆へ声をかける。

 

「今日まで仕事の依頼で一緒に居たものです。その……昼間、分かれる前はまでは一緒にいたのですが」

「居なくなったって、いつだい婆さん?」

「昼間、帰ってきてからすぐだよ。アタシも用事を済ませようと思って、ちょいと孫に店番させて出かけていたんだ。そんな僅かな間に……帰ってきたら店に血が……あぁぁあ!」

 

 その場面を思い出したのか、青褪めた顔をしながら説明してくる老婆。泣き崩れるその姿に、誰もがかける言葉を失う。

 

「婆さん、あんたの孫は攫われるような事してたのかい?」

「そんなわけないだろう!!」

 

 ガガーランの包み隠さぬ物言いに老婆ががなりたてる。

 

「なら、何か理由があるはず」

「何か特殊な道具を持っているとか?」

 

 ティアとティナの推測に補正の声が横から入る。情報交換はしてないのでモモンガが知るところではないが、彼の名前はペテル・モークだ。

 

「道具ではなく、タレントですね。彼は『どんなマジックアイテムでも使用出来る』というタレント持ちで有名ですので」

「……なるほどな、それが攫われた理由だろう」

 

 銀級冒険者のその説明で事情は大体分かった。マジックアイテムの中には使用者制限のあるものもある。ラキュースの鎧が良い例だろう。装備品にも条件があるように、マジックアイテムにも条件はある。それを使用するために攫った。というのなら納得のいく話だ。

 

「なら、この事件にも関わりがあったりするのかしら?」

 

 ラキュースもその話と今回の事件の関連性を疑う。まぁ、普通の流れではそう思えるだろう。そして実際に正しい推論だ。

 

「アインズ・ウール・ゴウンがその少年のことを知っていた可能性は?」

「いや、全知全能でもあるまいし。無いと思いますよ」

 

 こっそりと否定の言葉を流す。いい加減勘違いを正しておきたいけれど、そんなモモンガの願いは全く適うことはない。

 

「これだけのアンデッドを使役するためにその少年を必要とした、というのならば納得がいきます」

「………」

 

 ラキュースの一言でまたアインズがやったことになっていく。否定しようと言葉を続けるとどんどんアインズという単語が周りに広まっていくのでこれ以上反論するのも考え物だ。

 アインズ・ウール・ゴウンは悪のギルドだったから、この事件を起こす側と解決する側どちらになりそうかと言われれば確かに起こす側に思える。―――でもそれは演技であって、実際に悪さをしたい集団だったわけじゃない。元の創設の由来は異形を異形狩りから護るのが目的だったのだから。

 

(意外と、覚えているものだな―――)

 

 そんな感情を抱く。もう何百年も前に諦めようとしていたかつての存在たち、そんな記憶をここ数日は思い出すことが増えてきたな、とモモンガは一人心の内に思う。

 

 ―――そんなモモンガの心の奥底に眠る感情、葛藤。

 黒く、沸々とした感情がこみ上げて来る。ラキュースに以前『闇』と言ったそれ。その感情は単純にいうならば未練なのかもしれない。未だに覚えているのだから、それもおかしくはないかもな……と、ふと小さく息を漏らし、自傷の念を持つ。

 

(もうすぐ300年だ、いい加減忘れろよ。俺―――)

 

 人間の残滓には、あまりにも長すぎる時間。それはアンデッドになった今でも残っている自分の鈴木悟の部分にとって、辛い事だった。

 長いときの中で諦めと渇望がせめぎ合う。そんな時間を長く過ごしてきた。

 

(リーダー達と過ごした時が、忘れさせてくれたと思ったのにな)

 

 かつての旅、冒険。それを一緒に過ごしたプレイヤー達、そのおかげで変われたはずの自分は、どうしてしまったのだろうか?その気持ちがまた心の中に闇を作り上げ、グズグズと黒いヌメリのある塊となって燻り続ける。

 そうして行政地区へと進みながら、その区切りの門へと近づいた頃。そんなモモンガの気持ちを払うかのように、唐突にモモンガが持つベルの音が鳴り響いた。それの意味するところはイビルアイのピンチだ。彼女が鳴らすということは相当の手合いに違いないと、モモンガは瞬時に思考を切り替える。

 

「皆さん、事情はあとで説明しますので、即戦闘の準備を」

 

 そういい、大剣を後ろでに構える。低い姿勢のまま、即戦闘が出来るようにと。

モモンガのそんな姿を見て、蒼の薔薇も体勢を整える。何が起こるか分からないが、モモンガが言うならばそうなるのだろう。それを信じるほどには付き合いは出来ているのだから。

 それぞれ武器を構え、背を預けあって構え始める。

 ―――そうして蒼の薔薇と、ズーラーノーンとの戦いの火蓋が切られるのだ。




エ・ランテルの戦い、始まる。
漆黒の剣はトブの森での収穫が出来なかった為に早く帰ってきたこと、追加報酬も特に無かったが為に街路で別れたので生存です。

いつも誤字脱字報告いただける皆様、ありがとうございます。
仕事も忙しいもので、ボチボチ細々と続けていけたらなぁと思います。


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ズーラーノーン

 トン、トン、トン、と小気味良く肩に剣を叩き付ける。

 最早癖になってしまったそれは人型に近い姿に身を宿すときには必ず出てしまう癖だ。何百年生きようとこういうものは直らないらしい。それに今更それを直そうだ等と思わない。

 ―――ツアーはまず、王都リ・エスティーゼへと向かっていた。モモンガは気配を遮断しているので探しようがないのだ。なので大きな気配を感じた王都へと向かうことにした。

 そしてそこで手に入れた情報―――アインズ・ウール・ゴウンの名前。それはツアーが良く知るものだった。

 何があったのかと思い悩む中、モモンガはイビルアイの傍に居るはずと思い、彼女の気配を探りながらエ・ランテルへと移動していた。今はある村落の上空に佇む。ここはカルネ村と呼ばれるところらしい。

 帝国から王国までの距離もあったし、王都からエ・ランテルへの移動時間もあり、ツアーは今になってエ・ランテル近郊へとたどり着いていた。

 

「………燃えているね」

 

 ツアーの視線の先、人間なら徒歩二日ほどの先にある距離。そこは今、地上を照らすかのように燃盛っていた。この事件にモモンガの力は感知されていないが、王都の件もある。ツアーが疑念を抱くのも当然だ。

 

「モモンガ、君はやっぱりあの変態の言うとおり、別の時代の―――」

 

 その呟きは、誰にも聞かれること無く静かな夜空へと吸い込まれていく。そうして、白金の騎士もエ・ランテルへと合流を果たすのである。それがとんでもない戦いへと成り行くとは、知らないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……くそぉ」

 

 荒い息を吐きながら、クライムが相手を睨む。彼のミスリルの全身鎧には驚くことに刺突穴が開いている。そこから血が流れ出し、少なくない怪我を負っていることが容易に分かる。

 その怪我も一箇所ではなく、右手以外の手足全てに傷を負っていることが分かる。

 

「あららー?もう終わりぃ?もっと楽しめると思ったのになぁー?」

 

 クライムに睨まれても何処吹く風といった表情をしながら楽しげに女が笑う。

 

「おねえさんともーっといいことしたいんじゃないのー?キミ、その鎧着ててそれだけの強さなの?」

 

 ニマリと笑いながら相手を見下す女―――クレマンティーヌはその手に持つ武器を手のひらにとんとんと叩きつけていた。

 その姿はビキニアーマーのような姿をしており、そしてその軽装鎧には数々の冒険者プレートが縫い付けられている。彼女が殺した冒険者達から奪ったものだ。それを見たクライムは「狂っている」と断言したが相手は喜びに顔を染めるだけだった。

 金の髪を肩口で切りそろえたクレマンティーヌの顔は実に楽しそうだった。わざと情報になる血痕を残せばまんまとエサが引っかかってくれたのだ。これ以上の喜びはない。―――この数日間、どんなマジックアイテムでも使用できるというタレントを持つ少年が不在続きで苛立ちを募らせていた彼女にとってこの雑魚は実に美味しい料理だったのだ。

 

「さぁ、お姉さんをもっと楽しませてよー。驚かせることが出来ればもっと良いことしてあ・げ・る・よ?」

「ふざけるな!!あの少年を返せ!!!」

「少年ってなんのことかなー?今はもうアイテムになっちゃったんだけどー?」

「な、何を言ってるんだ!?」

「あれあれー?嘘だと思ってるのかなー?でも本当なんだー。叡者の額冠って言ってね、使うと人間が高位の魔法を使えるマジックアイテムと化すんだー」

 

 そのふざけた言い方に苛立たされる。そしてそれだけでなく、この痴女が告げる言葉に目を見開くしかなかった。

 

「あの少年をそのアイテムにしたっていうのか!この外道め!!!」

「んふふー!もっと言っていいよー?―――雑魚がどれだけほざこうが、最後はシュッと行ってドス!!で終わりだかんなぁ!!!」

 

 豹変する喋り方に気おされる。クライムとて決して弱者じゃないが、それでも目の前のクレマンティーヌは圧倒的だった。何せ()()の人類最強クラスなのだ。彼女に勝てるのはガゼフでもフル装備でやっとというほどだろう。

 

「いい加減に始末しろ。遊びすぎだぞクインティアの片割れよ」

「その名前で呼ぶなつったろーが!!」

 

 キレながら振り返るクレマンティーヌ。彼女のその後ろには薄気味悪いハゲ頭の男が―――カジット・デイル・バダンデールがいた。

 邪神ズーラノーンを崇拝する宗教団体に所属する高弟が一人。その彼は今このエ・ランテルに起こっている事件の首謀者なのだ。

 本来の彼の計画はもっと後になってから実行されるはずだった。だがそこへクレマンティーヌが持ち込んだ叡者の額冠により高位の魔法を使用できるようになったため、彼の目的を果たす計画は前倒しとなっていたのだ。

 クライム達は運悪くもその前倒しの計画にかち合ってしまったのだ。

 

「……いいかクレマンティーヌよ。この街を死で満たせば私はエルダーリッチへと生まれ変わり、目的を果たすのだ。お前は法国の連中から逃げ出すつもりであのアイテムを寄越したのだろう?さっさとせんか」

「んもーカジっちゃんてば早漏ー!私だってじっくり楽しみたいときは楽しみたいんだよー?」

 

 先ほどまでのキレ姿を一瞬で納めるクレマンティーヌ。「それに」という言葉を続けながらニヤリと笑う。その視線の先はクライムへと向けられる。そんな視線にビクリと震えのようなものを感じずには居られない。

 そしてその震える様子が楽しいのか、さらに愉悦の表情を浮かべながらクレマンティーヌが言う。

 

「これだけの騒ぎなら、誰も来れないだろうからねー?」

「くそっ……」

 

 助けも来ない、既に全身血まみれのクライム。彼にとっては死を覚悟する時間だった。回復薬は購入したばかりだが、それを使ってもどうともならないことを頭が理解してしまっているのだ。「最早終わりか」クライムがそう心の中で思った時―――

 

「それはどうかな?」

 

 クレマンティーヌの愉快そうな発言に否定の言葉が降りかかる。

 

「―――誰だ!?」

「上だ!上に居ますよカジット様!!!」

「馬鹿者!名前を叫ぶ奴があるか!!!」

「ス、スミマセン……」

 

 突然の来訪者に大声を上げて名前を叫ぶカジットの弟子達。それを鼻で笑うかのように小さく声をあげ、上空に佇む魔法詠唱者が声を出す。

 

「貴様等ズーラーノーンか?なるほど、アンデッドの群れの原因は貴様等だったんだな」

「てめぇ一体何もんだ?人様のお楽しみ中に邪魔すんじゃねーよ」

 

 邪魔が入って機嫌が悪くなったのか、クレマンティーヌが険のある視線を飛ばす。

 

(あれは、イビルアイ様!?)

 

 同じく上空を見つめるクライム。彼にとってはイビルアイが救世主のようにも思えたかもしれない。そんなクライムに顔を向け、イビルアイが声をかける。

 

「探したぞクライム。姫さんが心配してた。それと―――よく耐えたなクライム。後は私とこいつに任せておけ」

「はっ!!魔法詠唱者二人で何が出来るか!!おまえたちやるぞ!!」

「二人だけだと思うなら間違いだぞ?」

「何!?」

 

 カジットが叫んだ直後、暗闇からゆらりと黄色の粘つくようなオーラを纏った四足獣の骨が姿を現す。アンデッド同士だからか、戦うこともなく死体の隙間から現れた存在に、驚愕の声が上がる。

 

「なんだ、あのアンデッドは!?」

「見た事も無いぞ!?」

 

 ソウルイーターはこの世界で極々稀にしか自然発生しない存在。伝説上の存在、伝説過ぎて容姿を知るものも居ないほどだ。そんな存在の登場に誰もが驚きを隠せない。

 

「カジっちゃんさぁ、お願いがあるんだけど―――」

「な、なんじゃ急に気色の悪い!?」

 

 急に静かになったクレマンティーヌが下手に出てくる姿に気色の悪さを覚える。カジットが彼女の顔を見やると今まで見た事もない顔をしていた。

 

「あれ、全員でかからないとやばいヤツだわ」

 

 冷や汗を垂れ流し、真剣な表情でソウルイーターを見つめるクレマンティーヌ。それに嘘がない事を知るとカジットも焦りの表情を浮かべる。

 

「クソッ!!ワシの計画を邪魔する不埒者どもめ!!叩き伏せてくれるわ!!」

「ガァアアアアアァァァァア!!!」

 

 低い咆哮がイビルアイ達の上空から聞こえてくる。だがイビルアイもデイバーノックもそんな咆哮に動きを鈍らせることはない。<飛翔>を上手く使い、上空から降り注ぐ物体を華麗に避ける。

 ドオンという音と共に砂塵を撒き散らしながら地面に降り立った存在―――スケリトルドラゴンがムクリと身体を起こし、再び上空の存在を探す。魔法が一切効かない存在と言われているアンデッドドラゴン。――と言っても、実際には六位階までしか無効化は出来ないのだが。

 とはいえこの世界では魔法は3位階までが常識の範疇なのだから、魔法詠唱者にとっては脅威と言って良い。そんな存在にイビルアイは溜息を漏らす。

 

「なるほど、スケリトルドラゴンは私達にとっては天敵だな。だがまぁ、七位階以上使えれば唯の雑魚なんだが―――」

「はっ!!馬鹿め!七位階以上の魔法だと!?そんなのは大儀式かマジックアイテム意外に使える奴なぞ―――」

「……いるんだよなぁそれが」

「なんと!それは初耳ですぞお嬢!!」

「うっさい黙ってろ」

 

 漫才のようなやり取りを繰り広げるイビルアイとデイバーノック。デイバーノックはまだモモンの真の姿を知らないので魔法に精通した剣士と勘違いしているのだ。なのでそんな高位の魔法を使える者がいると聞いて驚くしかなかった。

 

「まぁ、私は使えないから安心しろ。その上で()()()が二体居てはスケリトルドラゴン程度では勝てないだろうがな?やれ、デイバーノック」

「了解です」

「クソッ!!!こいつらほんとにやばいぞカジっちゃん!!」

「その呼び方やめろといっとるだろうが!!!」

 

 呼び方こそ軽いが、既に戦い始めているクレマンティーヌは必死だった。ソウルイーターの突進を持ち前の足の速さでかわし、飛び交う<火球>は武技による加速で人外の機動力を持って回避を続ける。

 

「待っていてください!支援魔法を―――ぐあっ?」

 

 そんな彼女を援護するべく一人のズーラノーンの者が近づいた瞬間、ソウルイーターにより命を吸い取られて倒れこんでいた。

 クレマンティーヌが命を吸い取られていないのは鍛えぬいた経験値のおかげで抵抗に成功していたからだ。―――だがソウルイーターを倒す攻撃を繰り出すことは出来ない。二体の獣の骨は交互に凄まじい勢いで突っ込んでくるのだ。避けるのが精一杯なクレマンティーヌに焦りの色が濃くなる。

 

「<流水加速>!<超回避>!<流水加速>!!!<超回避>!!!!!!!」

 

 あのクレマンティーヌが必死に叫ぶ。そんな姿を見てカジットもこれは不味いと焦る。計画を邪魔されてなるものか―――そう思い、自身の手に持つ丸い物体。死の宝珠に溜め込まれた負のオーラを使用し、もう一体のスケリトルドラゴンを生み出す。

 

「行けぃ!あの魔法詠唱者を捻り潰せ!!!」

 

 部下と共に強化魔法をスケリトルドラゴンに掛け与え、突進させる。流石に数が増えてそちらに意識を裂く必要が出てきたのか、イビルアイとデイバーノックもバラバラに分かれて空を舞い始めた。

 

「くそがぁぁぁ!!!くそったれ降りてこいやぁああああ!!!」

「どうした?私は逃げてるだけだぞ?」

 

 焦るクレマンティーヌに対してイビルアイは揚々としている。スケリトルドラゴンを倒す一手は無いがこのまま攻撃を避け続けてる間にソウルイーターがクレマンティーヌを倒し、そのままカジットも倒してくれればそれでおしまいだ。

 作戦としては簡単なこと、あとはスケリトルドラゴンの攻撃を貰わないよう、回避に専念するだけである。―――ただ、クライムを移動させる余裕は無かった。それが彼女にとっては痛手といえたろう。

 

「うぅわぁあああ!?」

「クライム!?」

 

 見ればクライムに一体のゾンビが襲い掛かっている。先ほどソウルイーターが命を吸い取った男の死体がゾンビとなり、クライムに絡み付いているのだ。

 <死の軍団(アンデス・アーミー)>によって生み出されたそれとは違う、近隣の死体を使ったゾンビだ。大まかにしか指示できない<死の軍団(アンデス・アーミー)>と違い指示さえ飛ばせばきっちり従う。普通の召喚魔法とはそういうものだ。

 周りはアンデッドだらけだった為、一体増えたことに気づくのが遅れた。戦闘中ということもあり、スケリトルドラゴンに気を割いた隙を狙われてしまったのだ。

 

「はっはっはっはぁ!!!動くなよ!!!ワシの意志一つでそやつを切り裂くぞ!!!!」

「チッ……」

「なんとも姑息な相手ですね」

 

 ちょっと前まで悪党の一味だったデイバーノックが言って良い台詞ではない気がするが、姑息なのは確かだ。舌打ちしつつもイビルアイは相手の出方を伺う。

 

「ふふーん、やるじゃんカジっちゃん………おい、お前ら降りてこいよ」

「馬鹿者、このままスケリトルドラゴンに齧り殺させるわ」

「いいじゃん別にー、もう勝敗は決まったようなもんでしょー?」

 

 ソウルイーターもデイバーノックの命令を聞いているのか、動きを止めている。デイバーノックもまたイビルアイの判断を仰ぐため、じっと静かに状況を見据えていた。

 

「いいだろう、降りるさ。ただしクライムは開放してやれ」

「ダメですイビルアイ様!!私のことは気にせずにコイツ等を―――」

「ダメだ、お前が死ねばラナー王女は悲しむぞ?ラナー王女からも捜索依頼を受けてるんだ」

「ですが!!」

「……ダメだ、今は全員で生還が目標だ。ラキュースと再会もしていないままに死ねば復活できないかもしれんぞ?」

「言うことに従うんですか?お嬢」

「あぁ、お前も降りろ」

 

 仕方なく、といった感じでデイバーノックもイビルアイに続いて地面に降り立つ。そんな二人の姿にニタァと笑みを浮かべるクレマンティーヌ。

 

「言っておくが、こいつを攻撃すればそこの骨の獣は攻撃してくるぞ。そう作られているからな」

 

 イビルアイがデイバーノックを攻撃することへの問題について提唱する。親切心ではなく、依頼としてクライムを連れ帰る必要がある以上、勝手に攻撃を再開されてクライムが死んでしまうのを防ぐためだ。

 

「へぇー、じゃあテメーだけ殺って後は監禁でおっけーてことかな?」

 

 小さな魔法詠唱者を見下す視線は変わらない。待機するソウルイーターの前にはスケリトルドラゴンが立ちはだかっている。これで不意を付いての攻撃は受けないはずだ。突進一度ぐらいならば盾にはなるだろう。そうしてニタニタと笑顔を張り付けたままスティレットを手に構える。

 

「<流水加速>」

 

 武技を使い、視界に納めるのもやっとな速度で近づくクレマンティーヌ。その身体能力から繰り出される突きがイビルアイ―――ではなくクライムへと伸びる。喉元に刺さる一歩手前のところで止め、クライムを羽交い絞めにする。

 

「貴様!何故私を狙わない!?」

「バーカ!てめえをやればそっちの男は命令を聞かなくなる可能性があるだろーが?さっきからテメーの命令に従ってるみたいだしよ。それと違ってこいつは良い道具だねー」

 

 デイバーノックを顎で挿し答えるクレマンティーヌ。今の会話により迂闊にデイバーノックに攻撃は出来ない。だからといって上官とも取れる態度を取るイビルアイがやられれば上下関係の無くなったデイバーノックは自由に行動するだろう。そう彼女の勘が告げているのだ。つまりはイビルアイも無力化することを選んだというわけだ。

 それに目の前のチビ魔法詠唱者は何か異常だとクレマンティーヌは感じていた。普通の強さじゃない感じがするのだ。

 自分は圧倒的強者と思っていたクレマンティーヌ。だがだからこそ、自分より強い相手の存在感を鋭く理解出来ていた。それもまた彼女の野生の勘というものだろう。

 

「カジっちゃん、そいつら魔法で洗脳しな!そうすりゃその骨の獣も無力化出来る!」

「―――ふんっ、なるほどな」

 

 関心したようにイビルアイが呟く。その態度は余裕を持った態度であり、それがクレマンティーヌを苛立たせる。

 魅了の魔法で『仲間』の状態にさえしてしまえばサモンされたモンスターだって敵対ではなくなる。そう見越しての指示だ。その指示に頷き、カジットも魔法を唱える。

 

「<魅了(チャーム)>」

「………」

「むっ!?効かぬぞ!?対策持ちか!?」

 

 この場において、敵はイビルアイのことを人間と思っている。アンデッドである彼女は精神支配などの状態異常はほとんど受け付けない。精々が抵抗(レジスト)の隙が出来るぐらいだ。

 

「ならばこちらは!<魅了>……ええぃ!!やはり効かぬ!!どうするんだ!?クレマンティーヌよ!!」

 

 デイバーノックも言うまでもなく、アンデッドだ。当然効果は発揮されず、魔法的効力は霧散する。

 

「ちっ、面倒なクソ共が!全員最大火力!一斉攻撃で骨の獣を潰せばいい!!そうすりゃスケリトルドラゴンで王手だよ!」

「な、なるほど……いくぞ!お前達!!!」

「くそっ!イビルアイ様!!やはり構わずにやるべきです!!蒼の薔薇の皆さんと合流できれば蘇生だって出来るんですか―――」

「テメーは黙っていろ!!!」

 

 スティレットを首元に突きつけ、黙らせる。流石に詰みか、とイビルアイは考えた。―――といっても、詰んだところで()()()()()()()一手はあるのだが。それを思うだけで仮面の下がニヤけてしまう。

 大好きな人の渡してくれたローブ、その内側にしまってあるアイテム――呼び鈴があるのだから。

 

「動くな!!」

「動いていないだろう。さぁ、早くクライムを解放しろ」

 

 のど元に突きつけられたスティレットを前にクライムは青い顔を浮かべる。既に結構な量の血が流れているのか生気が減ってきているようだ。

 

「この連中は事件の犯人です!!こいつ等を止めなければ!結局はラナー様が!!」

「黙れっていってんだろがこのガキがぁぁあアア!!!!」

 

 怒りに任せ、喉を少しばかり突き刺される。

 

「ぐぁっ!!?」

「チッ!!クライム!!」

 

 訪れた痛みに目を見開く。喉に走る痛みの中、それでもクライムは考え続けていた。前を見据えてその純粋な瞳で当たりを見渡す。

 

(何か、何か打開策はないのか?!)

 

 ―――彼はこの短い間に悩み続けた。

 この事件の首謀者達を止めねば、ラナーが危ないと。ならばラナーを救うためにはどうするべきか?

 

(ひとつ、確実な方法はある……)

 

 その方法は、賭け以外の何物でもない。―――それでも、やらなければ!!

 クライムは全身に冷や汗が浮かぶのを感じながらも決意する。かつて自身はスラムの路地裏で死ぬはずだったのだ。その運命を変えてくれた存在、その大切な存在を護る。その為にはどうするべきか……答えは迷うまでもないこと、ラナーの為ならば命すら捨てられる。それは嘘ではないのだ。

 

「―――イビルアイ様」

「喋るなクライム」

 

 何かを決したかのような表情を見せるクライム。イビルアイの指図も聞かずに言葉を続ける。

 

「もしもの時は……ラナー様をどうか、頼みます」

「クライム?一体何を―――」

「ぺらぺら喋ってんじゃね―――!!?」

「武技!<能力解放>!!」

 

 武技を使用しながらジュクリという音と共にクライムののど元にスティレットが突き刺さる。クレマンティーヌが刺したわけではない。クライム自ら突き刺さって行ったのだ。

 

「グガッ!!?ガボッゲボッ!!?」

「てめ!一体何を!?」

「クライム!!」

 

 血反吐を口から吐き、苦痛に顔を歪めながらも体を動かす。一瞬締め付けが緩まる、クレマンティーヌも突然のことで拘束を解いたのだ。その瞬間を狙い、無事だった右手で突き上げの掌底を繰り出す。鍛えられた身体に武技を乗せたその一撃は体勢が悪いにも関わらず相手を吹き飛ばす。

 

「――――ガァァッ!!!」

「ぐっ!?」

 

 突然の打撃を受け、完全に後ろに倒れこんだクレマンティーヌにそのままクライムがのしかかる。

 

「くそがてめぇ!!何考えて…あがっ!?」

 

 刺さったスティレットもそのままに右手で首を絞めてくるクライム。それを剥がそうと必死になるクレマンティーヌ。

 

「…ぞいづらを!!!だおして!!!くだざ……!!!!」

 

 ラナー王女を護る為、クライムは自分の命を捨てることを選んだのだ。

 

(イビルアイ様とあのエルダーリッチの力なら、勝てるはずなんだ!!)

 

 今の戦いをみて、確信できることがある。それはズーラーノーンの連中やクレマンティーヌでは二人とソウルイーター相手に勝つことは出来ないということだ。

 ―――ならば、足枷になっている自分さえいなくなれば、簡単にことは済む。そう考えたのだ。

 自らの命すら投げ売ってでもラナーを護る。その純粋な想いが悪鬼たちの思考を凌駕した瞬間だった。

 

「クソッ!!!クライム耐えろ!!すぐに回復出来る場所まで移動してやるからな!!!」

 

 ただ、イビルアイとて元アダマンタイト級の冒険者。依頼を受けたならばその依頼の達成を優先する。そこがクライムの誤算でもあり、そして確実にズーラーノーンが殲滅される方向へと流れる一手へと導かれていく。クレマンティーヌは状況次第では逃げる事も出来たのだ。

それすらも不可能な道へと流れる一手――――イビルアイはローブの内側に仕込んでいた呼び鈴を鳴らしていた。マジックアイテムであるそれがモモンガへと確実に伝わるだろう。そしてモモンガが渡してくれた木彫りの人形によって位置を入れ替えるのだ。

 

 これは賭けだが、少なくともズーラーノーン幹部とアンデッドに囲まれたこの状況よりはモモンガ達と位置を入れ替えたほうが安全に回復する手段を取れるだろう。すぐに回復が無理で、死んでしまっても安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で包めばラキュースかモモンガに蘇生してもらえば良い。

 実際、この判断は正しかった。このまま戦闘続行をしていればやがて体力の尽きたクライムは死亡し、そこをズーラーノーンによってゾンビにされてしまう可能性もあったのだから。アンデッドへと生まれ変わった存在を生前と同様に復活させる方法はモモンガですら不可能だ。一つあるとすれば星に願うことぐらいだろう。

 

「くそっ!!こやつ何かしおったぞ!!」

 

 カジットが相手が何かをしたということに気づき、スケリトルドラゴンへと指示を飛ばす。

 「ガァアアアアアアアアアアアアア!!」鈍い叫び声と共に目の前のソウルイーターへ向かって尾を振り回す一撃を放つ。

 ソウルイーター達も避けながら魔法を繰り出すが流石にスケリトルドラゴン相手では通用せず、消滅するだけだ。この二体の壁を越えなければカジットに攻撃は届かないだろう。

 

「くそがぁ!!」

「ガボッ!……」

 

 クレマンティーヌが蹴りを鳩尾に喰らわせクライムを引き剥がし、仰向けの身体を瞬時に捻り立ち上がる。そして武技を発動させる。

 

「<能力向上><能力超向上>!<疾風走破>!!!」

 

 息つく暇もないほどの速度を上げてイビルアイ目掛け突進する。―――まずはアイツを何とかしなければヤバイ。骨の獣はあの変な仮面の男魔法詠唱者さえ倒せば何とかなる。召喚獣を操るものが居なくなれば召喚されたモンスターは直に消滅する。それはテイマーを兄に持つクレマンティーヌならばよく理解していることだった。だが小さい魔法詠唱者は違う。こいつはやらなきゃやられる。そんな存在だ。

 そう考え、迷うことなく突き進みスティレットによる一撃を放つ。

 

(届け!!届け!!!!届けえぇぇぇぇぇ!!!!!!!)

 

 そうして、人間ではありえないほどの突きがイビルアイに迫る。あと僅か、もう少し。反応し、飛び避けようとしているイビルアイへそのスティレットが刺し向かう。―――そして、その仮面の覗き窓、スリットの部分へとスティレットは正確に吸い込まれていく。彼女ほどの技量の持ち主だからこそ出来るその一撃。それが確実に吸い込まれ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコーン!!―――という金属音を立てて、スリットにスティレットが潜り込んだ。

 

「お、おわあああああ!?」

「あ、あぁ!?」

 

 目の前には金属の兜がある。その漆黒の兜の覗き窓の部分に見事にスティレットが突き立っていた。思わずクレマンティーヌも素っ頓狂な声を上げてしまうしかない。更にはスティレットに仕込んである効果が発動し、漆黒の鎧の中から炎が噴出する。

 

「あ、わっわっわっうわぁ!!?」

 

 ボッボッボッボウウゥ!と鎧の隙間という隙間から火柱を上げる漆黒の剣士。モモンガは絶賛大炎上中だった。

 

「モ、モモンさぁああああああぁぁぁん!!?」

「旦那ぁぁぁあ!?」

「大変、漆黒の丸焼きが出来上がっちゃう」

「とんがったモノが刺さってるから串焼き?」

 

 突如現れた存在達、それぞれがそれぞれ言いたいことを叫ぶ。だがモモンガの鎧の中からは未だに火柱が上がっている。本人は蟹股で両手を挙げた状態で固まっているが……。

 

「ティア!ティナ!!それどころじゃないわよ!!ガガーラン!!」

「おう!!おらぁ!旦那から離れろや!!」

「チッ!」

 

 ガガーランの隙の無い一撃が振舞われ、クレマンティーヌは距離を離した。その間にモモンガに回復魔法が降り注ぐ。

 

「モモンさん、回復します!<中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)>」

「アッ!!!あぁん!ちょ!ひぁぁぁあ!!!!」

 

 ビクンと跳ねた後、何故か嫌そうな身振り手振りをするモモンガ。―――ラキュースにとっては知るところではないがモモンガはアンデッドだ、回復魔法や回復アイテムは位階の差を越えてダメージを与えてくる。勿論レベル100のモモンガに取っては微々たるダメージだが。

 それでもアンデッド種のモモンガにとって回復というのは忌諱するべき存在なのだ。何せ回復薬に至っては固定ダメージだし、ユグドラシル産の究極系回復薬ならば十分脅威なのだ。パーセントで回復する系などHPが多ければ多いほどダメージ量が増えるのだから。

 

「<中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)><中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)>」

 

 ラキュースの回復魔法が連続でモモンガを襲う。かなり手厚い施しだ。数時間前に不埒者扱いされていたのに扱いは悪くない。無論、ダメージしか受けてないことに変わりはないが。

 感覚で言うと低周波電気按摩の様な痺れが全身を襲う。刺激に驚き地面に倒れこみ、ピクンピクンと跳ねる漆黒の剣士の姿がそこにあった。

 

「あぁぁぁん!!!ちょ!!待って、止めて下さい!!もう大丈夫ですから!!!」

「そうですか?でも、あんなに火が上がっていたのに―――」

「だ、大丈夫です。私が滅多に攻撃を通さないのは知っていますよね?」

「え、えぇ……そういえばそうでしたね」

 

 ホッと胸を撫で下ろすラキュース。そしてそんなラキュース達に声がかかる。

 

「てめーら何もんだ?」

「一体どうやってここへ来た!!」

 

 クレマンティーヌとカジットの油断ない視線がモモンガ達に突き刺さるが、そんな視線など意に介さずにモモンガは平然と立ち上がり言葉を出す。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、どうも。イビルアイがお世話になったようで――――誰があの子のお相手をしてくれたのかな?」

 

 深夜をとっくに過ぎつつあるエ・ランテルの騒動。まだそれは始まったばかりだ。




クライム君、一線越える戦いにて成長する。
ここで出さないと後は一切出ないかもしれないので。
そしてモモンガさん、情けない登場。このぐらいギャグにしないとモモンガさんは強すぎて簡単に終わりすぎるっていうね。
ツアーさん、合流…するのかなぁ?


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