もしもなのはに双子の妹がいたら? (赤いUFO)
しおりを挟む

第1話:不運と過ち

思いつき短編


 将来は何になりたい?

 そう訊かれて高町よつばはこう答えた。

 

「お菓子職人になって翠屋で働きたい!」

 

 それを聞いて友人2人と双子の姉であるなのはは苦笑した。

 

「アンタほんとうに桃子さんのお菓子好きね」

 

「うん!わたし、お母さんのお菓子好きだから!」

 

 友人であるアリサの呆れたような返答もよつばは嬉しそうに返す。

 

 

 高町よつば。

 高町なのはの双子の妹で三つ編みのポニーテールにした髪型が特徴の小学生。

 将来の夢は翠屋の二代目店長。

 

「でも羨ましいなぁ。わたし、よつばちゃんと違って将来やりたいこともないから」

 

 そう言ったのはよつばの姉であるなのはだった。

 なのははよつばと同じおかずが詰められた弁当を食べながら自信無さげに言う。

 

 アリサは実家の会社を継ぐことを目標に。

 すずかは工学系に仕事をしたいと言っていた。

 それに比べて自分はと若干の劣等感が襲うのだ。

 

「な~に言ってるの!私たちくらいなら将来なにがやりたいかなんて決まってなくて当たり前じゃない!」

 

「それに、なのはちゃんはなのはちゃんでしたいことを探せばいいと思うな」

 

 友人であるアリサとすずかがそうフォローしてくれる。

 しかし、それでもなのはは隣にいる双子の妹を比べてしまう。

 

 まだ今より小さい頃に、父が仕事で大怪我を負って家族が下の子であるなのはとよつばに構っている余裕があまりなかった。

 そんな中でなのはを孤独から支えたのは妹のよつばだった。

 どんな時でもよつばは笑顔を絶やさず、なのはの傍に居た。

 ある日、思いついたようにキッチンで本を片手に料理を始めて、台所を散々荒らし、帰って来た母である桃子に怒られて。

 それから、時間をとってよつばは桃子から料理を習うようになった。

 今では、夕食で一品おかずを任せられるまでに料理の腕を上げている。

 それに比べて自分は、と比べてしまうのだ。

 だからと言ってなのははよつばに対して負の感情を抱いているわけではない。むしろ、妹の夢を全力で応援しているくらいだ。

 

「なのちゃんもわたしと一緒に翠屋を継げばいいよ!」

 

 そう笑顔で言ってくれる妹になのはは曖昧な笑みで答える。

 それは、何かが違うと彼女の中にある何かが訴えてくるから。

 

 

 

 高町なのはが自分の道を定める出会いをするのはこの数日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、なのはは相棒であるレイジングハートの自己修復のため、自宅で休んでいた。

 なのはが魔法と出会って数週間。

 彼女は充実した毎日を過ごしていた。

 言葉を喋るフェレット―――――ユーノから魔法を習い、彼が探している魔法の宝石であるジュエルシードをさがして封印する作業。

 もちろん失敗などはあったが、ここ数週間、なのはは生まれて初めて自分が必要とされている感覚に満たされていた。

 

 唯一気になるのは同じジュエルシードを求めているフェイトという少女のこと。

 自分より数段上の魔導士で、どこか寂しそうな瞳をした女の子のことだった。

 

 そんな休日にバタバタと大きな音が聞こえる。

 

「なのは!?」

 

 ノックをせずに慌てて入って来たのはなのはとよつばの姉である高町美由希だった。

 

「ど、どうしたの、お姉ちゃん!?」

 

 そんな姉を咎めることをせずになにかあったのかと驚いた表情をするだけだった。

 美由希はあわあわと口を動かした後、泣きそうな表情で最悪の情報を伝えた。

 

「よつばが――――よつばが崖から落ちたってっ!?」

 

 なのはは心臓が止まりそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町よつばは海鳴にある公園に居た。

 特に目的があったわけではなく、ただの散歩だ。

 普段なら、双子の姉であるなのはと一緒にテレビゲームでもして遊ぶのだが、最近なにかと忙しそうにしている姉に気を使ってひとりで街を出歩いているのだ。

 うろ覚えの歌を口ずさみながら公園を通過する。その時、なにか光る物体が目に入った。

 

「?」

 

 なにかと気になって拾ってみるとそれは青い宝石だった。

 

「わぁ、キレイ!」

 

 菱形の青い宝石。真ん中に番号のようなモノが見えるが、それはよつばには気にならなかった。

 

「これ、なのちゃんたちに見せたら驚くかなぁ」

 

 もしかしたら交番に届けたほうが良いのかもしれないが、それは両親に訊いてみてからでもいいだろうと結論付ける

 

 この綺麗な宝石を家族に見せたらどんな反応をするのかと心を躍らせて胸ポケットに宝石を胸ポケットにしまう。

 それが、間違った選択だと気付かずに。

 

「待ちな!」

 

 その場を去ろうとしたとき見知らぬ2人から声をかけられた。

 ひとりはオレンジ色の長い髪をした姉の美由希と同い年くらいの女性。

 もうひとりは綺麗な金髪を左右に結わえたよつばと同じ年に見える少女。

 

「偶然発動前のジュエルシードを拾うなんて運のいい奴だよ!でもそれをアタシらに見られたのが運の尽きだったねぇ」

 

 どこか獰猛な笑みを浮かべて話しかける女性の前に金髪の少女が出て告げる。

 

「そのジュエルシードをどうか渡してほしい。君もデバイスを破損しているだろうけど、こっちにはアルフがいる。君に勝ち目はない」

 

「え?あの、なに、を……?」

 

 2人の言動が理解できず、委縮しているとオレンジ色の髪をした少女が苛ついたように話す。

 

「髪型を変えればわからないと思ったのかい!ナメんじゃないよ!」

 

 そう言ってオレンジ色の髪の女性はよつばに向かうと後ろにある柵に拳を突き出した。

 拳が柵に当たると、鉄製の筈の柵がぐにゃりと歪む。

 

「ヒッ!」

 

「怖いんならさっさとジュエルシードを渡しな!こっちだって中々数が集まんなくてイライラてるんだ!これ以上手間をかけさせると次はアンタの顔に当てるよ!」

 

「あ、あ……」

 

 よつばはきっと何かの勘違いだ、と叫ぼうとしたが声が出なかった。

 それは、姉と同い年くらいの女性に詰め寄られていることと、ジュエルシードという知らない名前に混乱していたからである。

 

 恐怖から逃げようと後ずさるとそこで不運が起きる。

 元々、老朽化が進んでいた柵にオレンジ色の女性が強烈な一撃を加えたことで緩くなっていたこと。

 それに、よつばが体重をかけてしまったこと。

 その結果、崖の上に会った公園の柵が外れてしまう。

 

「えっ?」

 

 そのままバランスを崩して崖からよつばは身を落としてしまった。

 オレンジ色の髪の女性がとっさに手を差し出すが僅かに間に合わず、そのまま落下する。

 

 ドンッと音を鳴らしてよつばは地面へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の手術室の前で高町一家は沈痛な面持ちで末っ子の無事を祈っていた。

 忙しい筈の両親も電話を受けるなり、店を他の人に任せてすっ飛んできた。

 一番不安そうにしているなのはを母が大丈夫、大丈夫だから、と自分に言い聞かせるようになのはを抱きしめている。

 

 そんな待ち時間が何時間経ったのか。手術室のランプが消えて手術を担当した医者が出てくる。

 

「先生、娘は!?」

 

 父である士郎が代表して訊くと医者は手術結果を告げる。

 

「とりあえず、一命は取り止めました。詳しい状態をお話ししますのでお父さん、よろしいですか?」

 

 医者にそう言われて士郎はもちろんです!と医者の後について行く。

 それでも一命は取り留めたという言葉に全員が安堵した。

 皆が良かったと涙ながらに喜ぶ。

 

 それが、ぬか喜びだとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ?ここ、どこ……)

 

 よつばが目を覚ますとそこは知らない天井だった。

 身体を動かすとやけに痛みが走る。

 そこで、よつばは自分に何があったのか思い出す。

 

(そか……わたし、崖から落ちたんだっけ……)

 

 ぼんやりと思い出す。

 やけに右が軽いことが気になるが、それよりも助かった安堵が大きかった。

 大きく息を吐くと同時に病室の扉が開いた。

 

「よつばちゃんっ!?」

 

「なの、ちゃん……?」

 

 よつばが意識を取り戻したのを確認するとなのはが駆け足で近づいてくる。

 

「よつばちゃん!大丈夫!?痛いところない!?」

 

「ぜんぶ、すごく痛い、かな?」

 

「あ、そうだよね!ゴメン!?」

 

 あの後現れた家族もよつばが意識を取り戻したのを確認して大いに喜んでくれた。

 桃子や美由希など、涙を流すほどに。

 

 皆が落ち着くと、士郎が尋ねた。

 

「よつば、何かしてほしいことはないか?」

 

「だいじょうぶ。でも、ちょっと右が変かな?お薬のせい?」

 

 よつばの言葉に全員が固まる。それを不思議に思いながらよつばは右側に首を向ける。

 そこで、絶望した。

 

(え?なんで?)

 

 そこにはある筈のものがなかった。

 よつばの右腕が肩から下に存在していないのだ。

 

「な、なんで……!?」

 

「落ち着け、よつば!?」

 

 兄である恭也の声が遠くに聞こえる。

 しかしよつばは何度確認しても存在しない右腕を見て、顔を歪める。

 高町よつばの絶叫が響いたのはこの直ぐ後だった。

 

 

 

 

 

 高町よつばの右腕の損傷が酷く、切除せざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、よつばは涙を流しながらひたすらに謝り続ける。

 ごめんなさい。ごめんなさい、と。

 なのははその姿に拳を握り締めた。

 

 なのはは、今までよつばが泣いたところを見たことが無かった。

 

 父が大怪我を負って帰って来た時も。

 2人っきりで家族の帰りを待っていた時も。

 野良の犬に追いかけられた時も。

 学校で双子が珍しく、嫌なちょっかいをかけられた時も。

 

 よつばは絶対に泣かなかった。

 そんな妹が大粒の涙を流し、謝り続けている。

 そんな双子の妹をなのははただ残された左手を握り続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 それから数日後、ようやく落ち着いたよつばに事情を聴くことが叶った。

 ぽつりぽつりと話される内容になのはは絶句する。

 

 突然オレンジ色の姉と同い年程の髪の女性と金髪の少女に絡まれたこと。

 何かを渡せと言われたが訳が分からず後ろに下がった結果転落したこと。

 

 その話を聞き終えた後、なのははふらふらと病室を出て、事件当日に着ていたよつばの服を確認する。

 内ポケットには青い宝石――――ジュエルシードが確認できた。

 

 ジュエルシードを握力の限界まで握り締め、喰いしばった歯がギリッと鳴らす。

 この時、初めて高町なのはは他人に強い怒りを覚え、憎しみを抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金髪の少女―――――フェイト・テスタロッサは心から安堵していた。

 つい先日、崖から転落させてしまった少女が目の前に居るからだ。

 人が来るまで事態を受け止められず、なにも出来ず、逃げるように自室に戻ったフェイトは数日間ベッドの上で震え続けた。

 初めて人の生死に関わった恐怖に。

 あれほど躍起になっていたジュエルシード探しも止め、ただただベッドの上で無為な時間を過ごす。

 それでもジュエルシードの反応を察知すれば出向かずにはいられず、こうして修復を終えたデバイスと共にマンションを出た。

 そしてその先に件の少女が居たのだ。

 

 なんとか謝罪の言葉を絞り出そうとしたとき、相手から返されたのは魔力の球による攻撃だった。

 

「返して……」

 

 見ると、今まで見たことが無いほどどんよりとした眼でフェイトを見ている。

 

「よつばちゃんの右腕を返して……」

 

 そして相対する少女の高町なのはは生まれてこれまで感じたことのない憎悪を持って友達になりたかった少女と相対していた。

 

「あの子には夢があったの……お菓子職人になって、お母さんの店を継ぐって目標が……」

 

 それは自分のようなふわふわしたものではない、しっかりとした未来への展望。

 そのために努力していたことを誰よりも近くで見てきた。

 きっと将来はお母さんと同じだけのパティシエになって両親の喫茶店を継いだ筈なのだ。

 

 そんな微笑ましい夢を目の前の少女が奪った。

 高町なのはは止めることのできない涙を流しながら叫んだ。

 

 

 

「よつばちゃんの夢を、かえせぇええええええええっ!?」

 

 

 高町なのはは生まれて初めて抱いた憎しみに任せてフェイト・テスタロッサと敵対した。

 

 

 

 

 

 

 




おそらくなのはとフェイトが仲良くなれない世界。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:泣いてよ

連載に切り替えました。

4話か5話程で無印を終わらせてエピローグ的な形でsts時代を1話書こうと思います。





「それじゃあ、もうよつばのお見舞いは大丈夫な訳ね?」

 

「うん。よつばちゃんも大分落ち着いてきたから。午前に忍さんもお兄ちゃんとお見舞いに来てくれるって」

 

「良かったって素直に喜べないね。その、右腕のこと……」

 

「……うん。落ちた時に体を右腕で庇ったことと壊れてた柵の尖った部分が刺さってて。それに右の足首も骨に罅がって」

 

 一時、ジュエルシードの捜索とフェイトのことで頭を悩ませ、距離が出来てしまったなのはとアリサはよつばの事故で急速に関係が修復された。

 よつばの事故がショックで塞ぎ込んだなのはを叱咤し、立ち直らせたのがアリサだった。

 事故を自分のせいだと責めるなのはを見るなり頬を張り、怒鳴りつけた。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!よつばの事はあの子に絡んだヤツが悪いに決まってるでしょっ!!」

 

「なのはちゃん。なのはちゃんが自分をそんな風に責める必要はないんだよ?」

 

 よつばの事故の経緯を大まかに知った2人はそう言って慰める。

 魔法のことを知らない2人だがこうして自分を気遣い、励ましてくれる親友が居たからこそなのはは精神を安定させることが出来た。

 

 ユーノは、この件を機にジュエルシードとは関わらないことを薦めた。

 今回の件は明らかにジュエルシードの存在の所為だ。だからなのはにはもうこちらには関わらずによつばの傍に居てほしかった。

 

 しかしなのはは首を横に振る。

 

「ジュエルシードが危険な物だってことはこれまでから充分解ってるし、それにフェイトちゃんがよつばちゃんをあんな目に遭わせたなら、わたしは―――――」

 

 そこから先は口にしなかったが、その声には強い怒りが込められていることをユーノは感じる。

 こうなるとなのはは自分の言葉では退かないだろうと思うし、結局、ユーノひとりではジュエルシードの封印は難しいこともあり、現状のまま協力してもらうことになる。

 本来、こうした事件を解決する時空管理局も本局から遠く離れた地球にいつ来てくれるか定かではないという理由もある。

 ユーノは自分の無力さに憤り、なのはとよつばに申し訳ない気持ちになって項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。みんな」

 

 病室の寝台から上半身を起こしていたよつばが嬉しそうに笑みを浮かべる。

 読んでいた雑誌を閉じ、3人と向かい合う。

 至る所に包帯が見える親友を痛ましいと思いながらすずかは笑みを作って声をかける。

 

「よつばちゃん。その……身体はどう?」

 

「うん。まだあちこち痛いところはあるけど大丈夫。お医者さんからも思ったより早く退院できるかもって」

 

 そんなすずかによつばも笑って答える。

 しかしすずかとアリサは窓側にあったよつばの失った右腕を見て目を見開いて言葉が詰まる。

 よつばの状態に関しては2人とも聞いていた。しかしそれを人伝で納得できるほど2人は大人ではなかった。

 

 もしかしてなにかの間違いで、病室に着いたらいつも通りよつばの右腕は存在しているのではないか、とアリサとすずかは無意識に思っていたのだ。

 そして隻腕になった親友を目の当たりにして即座に声をかけられるほど彼女たちは人生経験が豊富ではなかった。

 

 そんな2人に気付いてよつばはシーツで右腕を隠した。

 

「あはは。ゴメンね?落ちた時に右腕の傷が酷かったらしくて……その……」

 

 よつばから見せられる笑顔は明らかにさっきよりもぎこちない笑顔で。なんと言ったらいいのか分からず、ただ唇だけを動かし続ける。

 そんな親友の姿にアリサは―――――。

 

「やめなさい――――!」

 

 確かな怒りを抱いた。

 その表情は泣きそうなのにそれ以上に怒りで顔を歪ませていた。

 

「1番大変で1番辛いくせに、そんな作り笑いなんて止めなさい!」

 

「―――――っ!?」

 

 言葉を詰まらせるよつばにアリサはさらに言葉で詰め寄る。

 

「わからないと思ったの?馬鹿にすんじゃないわよ!そんなバレバレの作り笑いなんてバレるに決まってるでしょっ!!」

 

 アリサは悔しかった。

 目の前の親友の状態もそうだが、その親友が、自分たちに弱音ひとつ吐こうとしないことが。

 アリサもすずかも歳の割に将来の夢はしっかり持っているほうだと思っている。

 しかし、その為に今、何か特別なことをしているつもりはない。

 だがよつばは、将来お両親の喫茶店で働きたいという夢のために彼女なりに努力していることを知っている。

 たまに食べさせてくれるよつばのお手製の菓子を出された際に感想を聞く時、真剣な表情でそれをメモしていることを知っている。

 だから、アリサも真剣に今までお菓子の感想を言った。たとえそれが言い辛いことでも。

 よつばが本気だと知っていたから、アリサも本気でそれを応援したのだ。

 

「言ってよ!辛いって!苦しいって!そんなことも受け止められない親友(ヤツ)だなんて見損なわないで!」

 

 言いながら、アリサも泣いていた。

 きっとアリサにはなにもできない。

 よつばの腕を元に戻してあげることも。夢の手助けも。

 だからこそせめて親友の弱音くらい受け止めてあげたいのに、それすらさせてくれない。

 どうして、この姉妹はそれすらさせてくれないのか。

 

「や、だ……」

 

 アリサの言葉を聞いてよつば表情を崩して涙を流す。

 

「こんなの、やだ……やだ、よ……っ!なんで、こうなっちゃったの?わたし、なにかした?わたしは、ただ―――――!」

 

 よつばは家族の前で泣いた時と同じように。もしくはそれ以上に涙を流した。

 どうして自分が?

 その疑問のままにまだ受け入れるには辛すぎる現実から逃れたくて。泣くこと以外に吐き出す術を知らなかった。

 そんな親友をアリサとすずかは左右から抱きしめて頭を撫でる。

 

 3人を眺めながらなのははよつばが見つけたジュエルシードを手の平で血を流すほど強く握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああっ!?」

 

 暴力的に魔法をぶつけてくる目の前の少女にフェイトは混乱していた。

 涙を流しながら獣のように攻撃を連発してくる少女。

 回避を繰り返しながらフェイトは少しずつ情報を整理していく。

 そもそも、あの高さから落下して快癒していることがおかしいというところから始まり、数日前崖から落としてしまった少女の様子や目の前の少女の言動から2つの存在は別人で、且つ目の前の少女の近しい人物である可能性。

 

 フェイトは頭の回転が速いが故にその結論に辿り着いた。

 辿り着いてしまった。

 

「―――――っ!?」

 

 戦闘はフェイトが一方的に圧されていた。

 この世界に来てからジュエルシードの捜索をしていた疲労。

 ひとりの少女を崖から落とし、心労を重ね、不眠による集中力の散漫。

 実母からの仕打ち。

 

 それらが重なって本来のポテンシャルを発揮できず、なのはに押され気味になっていた。

 そこで使い魔のアルフから念話が届く。

 

『フェイト!なにやってんだい!ジュエルシードをプレシアの所に届けるんだろ!?』

 

 その言葉にフェイトはハッとなる。

 フェイトにとってなにより優先すべき目的。

 たとえ目の前の少女が自分たちの行動で傷ついていたとしても、自分はそれを踏み潰さなければいけない。

 

 気持ちを切り替えて、強い意志を持って愛機であるデバイスを握り締めた。

 そこで、第三者の介入が行われる。

 

「時空管理局執務管、クロノ・ハラオウンだ!2人とも武器を引くんだ!」

 

 その介入によって戦闘は中断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのははアースラと呼ばれている見知らぬ戦艦に招き入れられていた。

 途中で喋るフェレットだと思っていたユーノが実は人間だと知ったりとか次元世界のこととか色々と説明を受けていた。

 

 アースラの艦長。リンディ・ハラオウンから次元世界のことやロストロギアの危険性。そしてジュエルシードの危険性を聞いていた。

 そしてクロノがこれはもう、民間人が介入するレベルの話ではないと言ったところでなのはは感情を爆発させる。

 

「なら、どうして……どうしてもっと早く来てくれなかったんですかっ!!」

 

 突如大声を上げるなのはにハラオウン親子は目を見開く。

 

「あなたたちがもっと早く来てくれれば、よつばちゃんは―――――よつばちゃんは……っ!?」

 

 そこまで言ってなのはは言葉を切る。

 なのはとてわかっている。

 自分がもっと上手にジュエルシードを回収できれば妹があんな目に遭うことはなかった。

 それでも思う。

 ジュエルシードの回収がこの人たちの仕事なら、最初から協力してくれれば、よつばはあんな目に遭わなくて済んだのではないかと。

 その思いを理性で飲み込むには、なのははまだ幼すぎた。

 なのはの事情を知らないリンディたちは狼狽するが事情を知るユーノが後で念話で説明してくれた。

 

 

 

 

 

「あの子の妹さんがね。やり切れないわね」

 

 なのはとフェイトの戦闘記録を観賞しながらポツリと呟く。

 ジュエルシードの存在を知って時空管理局とて何もしていなかったわけではない。

 だがやはり、管理外世界への派遣は管理世界への移動より多くの書類や審査、承認が必要となる。

 彼女たちが法の番人を自称する以上、自分たちが定めた法を違反し、強行するわけにはいかなかった。

 言い訳だけどね、と誰にも聞こえない声でいう。

 

「艦長はあのなのはという子をどうするつもりですか?まさか、彼女をこの艦に置く気ですか?」

 

「部隊を指揮する貴方の意見は?クロノ」

 

「僕は反対です。彼女が管理外世界の民間人ということもそうですが、現状彼女は精神的に不安定と言わざるをえません。そんな人間に協力を要請するなんて」

 

「でも、下手に突っぱねて勝手な行動を取られたら対処することが増えてしまうわ。それにジュエルシード。アレを封印するには小手先の技術よりも魔力量とパワーがモノを言う。この艦でそれができるのはクロノか私くらいでしょうね。それにこのフェイトさんの後ろにいるであろう人物も気になるわ」

 

 フェイトの画像に指差しながらリンディは言葉を重ねる。

 あんな子供が単独で全てを整えたとは思えない。きっと裏で操っている大人がいる筈だ。

 

「なのはさんは自分から自重してくれるならそれが1番だし、フェイトさんもこちらの投降に応えてくれるのが最善なのだけれど」

 

 そうはいかないでしょうね、とお茶に口をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 面会時間終了ギリギリに双子の姉が現れてよつばはびっくりした。

 

「どうしたのなのちゃん?」

 

「うん。ちょっと。これからお見舞いにあんまり来れなくなりそうなの。だから顔見せに」

 

 なんで?と訊こうとする前になのはよつばを抱きしめた。

 

「よつばちゃん。よつばちゃんをこんな目に遭わせた子を、必ずここに連れて来るね。絶対に謝ってもらうから。少しだけ、待ってて」

 

 それだけを言い終え、なのははよつばの返答を聞かずに退室した。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん。お願いがあるの」

 

 夜、すずかは姉である忍の部屋に訪れていた。

 予想していたのか、忍は険しい表情で妹を見る。

 

「よつばちゃんのことね?」

 

「うん」

 

「はっきり言って大変だと思うわ。ただの義手ならまだしも、あの子の夢を叶えられるほどの義手を造るのは」

 

 すずかは自分が親友になにができるか考えた。

 それでもやはり辿り着いたのがよつばの失った腕を自分が造ることだった。

 

「難しいことが諦める理由になんてならないよ。私は、よつばちゃんにこのまま自分の夢を諦めてほしくないの。だからよつばちゃんの腕は、私が造る。だから教えて欲しいのお姉ちゃんが知識と技術を」

 

 すずかの言葉に忍は目を見開いた

 忍はすずかが自分によつばの義手を造ってくれるよう頼むのかと思った。

 しかし妹は自分で造ると言った。

 真っ直ぐに自分を見て。

 

 昔なら場に流されて事の成り行きを見守っているだけだっただろう。

 そんな妹が自分から親友の力に成りたいと師事を求めてくる。

 その成長が忍には誇らしかった。

 

「えぇ。教えてあげる。ビシビシとね。だから、一緒にあの子の腕を造りましょう。なんたってあの子は将来私の妹になる子なんだから」

 

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」

 

 こうして、月村すずかは自分の行く道を定めた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:痛み

よつばがみつけたジュエルシードは原作で海に落ちていた物のひとつです。


 フェイト・テスタロッサは借りているマンションの一室で使い魔であるアルフの手当てを受けながらポツリと呟いた。

 

「あの子、本当に別人だったんだ」

 

「え……?」

 

「私たちが落とした子……あの子とは別人だって……たぶん、あの子の家族、なんだと思う……」

 

 フェイトの言葉にアルフは手当てしていた手を止めた。

 手当てを受けているフェイトの体は震えていた。

 さっきは母親への想いと、やるべきことから目を逸らせたが、こうして動かない時間はそうはいかなかった。

 

 怒りと憎しみを宿らせ、涙を流していた瞳を思い返す。

 誰かからあんなにも強烈な負の感情をぶつけられたことのないフェイトにはただその恐怖と罪悪感に対して耐えるという選択肢しか取れない。それ以外を知らないから。

 

 そんな主にアルフは反論した。

 

「そ、それはアタシがやったことじゃないか!フェイトは何も悪くないじゃないか!」

 

 フェイトは首を横に小さく振る。

 

「それは違うよ、アルフ。私もアルフを止めなかった。それにあの時魔法を使えば、きっと落ちるあの子を助けられた……助けられたのに……!!」

 

 襲いかかる罪悪感から耐えるように身を小さくする。

 しかし、泣くことだけは堪えられなかった。

 

 あの一瞬、落ちる少女を見ながら迷ってしまった。

 管理外世界で魔法を使うこと。それを誰かに見られる可能性。その躊躇があの結果だ。

 しかも、落ちたあの子に助けを呼ぶこともせずに逃げ出してしまった。

 あの子はどうなったのだろう?どれだけ酷い怪我を負ったのか。もしかしたら死んでしまったのかもしれない。

 そう考えるだけで震えで手に力が入らなくなる。

 

 そんな主を見ながらアルフは考えた。

 もし、今フェイトの母親であるプレシアに連絡を入れたらあの女はこの娘に優しい言葉をかけて慰めてくれるだろうか、と。

 だがその答えはすぐに否と出た。

 きっとプレシアはいつも通りジュエルシード集めを催促するだけだろう。そんなことで連絡を入れるなと怒り。

 

 アルフはプレシアがフェイトに優しくする姿を見たことがない。

 いつも辛く当たる姿しか知らない。昔は優しかったらしいが、フェイトの誇張ではないかと思っている。

 だから、こんな考えも浮かんでしまう。

 このまま管理局に身を預けたほうが、ずっとフェイトの幸せに繋がるのではないか?と。

 そんな主を裏切る選択肢を頭から追い出し、アルフはフェイトの頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ。今日の分のノートよ|

 

「ありがとう、アリサちゃん」

 

 アリサからノートのコピーを受け取ったよつばは備え付けられた棚に置く。

 

「その…どう?色々と……」

 

 無くなった右腕を見ながらボカして訊いてくるアリサに苦笑しながら答える。

 

「うん。わたし、なのちゃんみたいに左利きじゃないからちょっと大変かな。字を書くのも時間がかかるし」

 

「そう。それにしてもなのはどうしてるのかしらね。急に学校を休みだすなんて」

 

 怒ったような口調だがそれがポーズだとよつばは知っている。内心ではなのはのことが心配で堪らないのだろう。

 なのはは数日前にやることが出来たと家を出てしまった。

 よつばの事もあり、家族はもちろん猛反対したが、最後には根負けする形で許可を出した。

 1日に1回は必ず連絡を入れることを条件に。

 

 よつばが思い出すのは最後に追い詰められた様子の双子の姉だった。

 危ないことをしてなければいいがと不安になる。

 

「そうだ、アリサちゃん。ちょっとお願いしてもいいかな?」

 

「なによ?」

 

「髪型をね、いつものにしてほしいの」

 

「いいけど、なんで?」

 

「なんとなく、かな」

 

 本当にただの思いつきなのだろう。アリサは苦笑して背中を向けるよつばの髪をポニーテールにしてから編む。

 

「そういえば、なんでよつばは髪型を三つ編みにしてたの?昔の写真とか前に見せてもらったことあるけどストレートだったじゃない」

 

「特に理由が有った訳じゃないよ。でも、そうだね。わたしはお姉ちゃんの妹だから、かな」

 

 ここでいう姉とはなのはではなく美由希のことだ。

 小さい頃に家族が末っ子であったなのはとよつばに構っていられる時間が少なかった頃、2人の面倒を1番見ていたのが美由希だった。

 忙しい中で遊んでくれたり買い物に行ったり。

 そうした美由希が好きで姉の髪を真似るようになった。

 

 それになのはと少しでも間違われないようにという考えもある。

 

「よし!できたわよ!」

 

「ありがとう、アリサちゃん」

 

 纏めてもらった髪型に満足しながらよつばはなのはのことを考える。

 ちゃんとご飯を食べているのか。それに危険な目に遭ってないか。

 そして最後に見た、どこか思い詰めた様子。

 

(わたしは、元気な姿で会いに来てくれればいいのに)

 

 窓から空を眺めながらどこかにいる双子の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとユーノが管理局と行動して数日。当初は最初のなのはの言動からわだかまりがあったが、アースラスタッフとのジュエルシード捜索と封印作業を共にしていくうちに自然と解けていった。

 これは仲を取り持ったユーノと生来なのはがそうした感情を抱き続けるのに向いていないこと。そしてアースラ内の空気が比較的馴染みやすいことが噛み合った結果だ。

 

 ジュエルシードの封印が終われば怪我はないかと心配してくれたり褒めてくれたり。また、問題点があれば指摘してくれたり。

 クロノなどに魔法のことを教わったり、リンディやオペレーターのエイミィなどと冗談を交えながらの雑談。

 そうしたコミュニケーションの結果、なのははアースラの中で馴染んでいった。

 

 今はアースラの食堂でクッキーを食べながらユーノと雑談している。

 

「残りジュエルシードも5つ。もしかしたら発見に時間がかかるかもしれない。ごめんね、なのは。寂しくない?」

 

「大丈夫だよ。ユーノ君もいるし。ここの人たちも良くしてくれてるから」

 

 なのはとて寂しさを感じないわけではないが、ジュエルシードのこととフェイトのことをなんとかしなければいけないという使命感とここ数日の生活が充実していることからあまりそうした感情を抱えないで済んでいる。

 それが健全であるかは別にして。

 

「わたしね。小さかった頃にお父さんが仕事で大怪我して。ベッドから動けなかった時期があって。その時はよつばちゃんと2人っきりでいることが多くて。だから家族が揃わないって割と慣れてるの」

 

 なのはの話を聞きながらユーノはなのはの双子の妹であるよつばのことを考える。

 性格がおっとりしているが、料理をしている姿がどことなくなのはが魔法を使う時と重なる女の子。フェレット姿のユーノもよく可愛がっていた。

 

 そうして次はユーノの身の上話をしていると突然アナウンスが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「あの子たち、なんて無茶してるのっ!?」

 

 海上で大型の魔力反応をキャッチしたと聞き、ブリッジへと急いで到着したなのはとユーノはエイミイの驚きの声を聴いた。

 移っているモニターを見るとフェイトとその使い魔であるアルフがジュエルシードが発生させたと思しき竜巻や雷を相手に立ち回っていた。

 

 魔法に触れて日が浅いなのはでもそれが無謀な行為だとわかる。

 

「あ、あの!わたし、早く現場に!」

 

 それはフェイトを助けようという意図より、あれだけ大きく暴走しているジュエルシードを止めなければという直感からだった。

 

「その必要はないよ。このまま彼女が自滅するのを待ってから僕と君でジュエルシードを封印すればいい。仮に彼女たちが封印に成功しても、消耗した彼女たちなら簡単に捕縛できる」

 

「―――――!?」

 

「残酷に見えるかもしれないけど、私たちは最善の手段を取らなければいけないの」

 

 リンディにそう諭されながらなのははモニターの様子を見る。

 なのはとてよつばの事が無ければフェイトを助けに行きたいという想いを強く抱けただろう。しかし、今のなのはにはどうしたいのか。どうなって欲しいのか判断できなかった。

 

 ただ、モニターに映る映像は嫌な光景だった。

 ジュエルシードの暴走に翻弄される2人。

 アルフは雷に体を弾かれ、フェイトは竜巻を受けて海面に叩き落とされる。幸い海中に落ちる前に体勢を立て直したが魔力の刃が消えた。

 不思議とフェイトたちが追い詰められて行く様を見ても喜びの感情は浮かんでこなかった。同情もないが。

 ただ、目の前の映像に対する不快感だけが胸を焦がす。

 助けたいわけではない。しかしこのまま見捨てるのも後味が悪い。

 そんな中途半端な想いがなのはの中で交錯する。

 結局のところ、高町なのはは家族を傷付けた相手が苦しむ様を喜べる程の悪意は持てず、また目の前で危機に陥っている人を見捨てられるほど染まってもいないのだ。

 まだ封印していない妹が見つけたジュエルシードを固く握る。

 もし自分がフェイトを助けたら、よつばは怒るだろうか。哀しむだろうか。そう思考が過ぎる。

 そこでフェイトが竜巻に飲み込まれる姿が映った。

 

「っ!!」

 

 それが見ていられず、なのははリンディに自分の意見を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜巻に襲われたフェイトを救ったのは桜色の魔力の波だった。

 それがフェイトの上を通り過ぎ、掻き消えた一瞬でフェイトは危機を脱する。

 

 誰が?と一瞬疑問に思ったが、その魔力の色を彼女は知っていた。

 周りを見渡すと少し離れた位置に自分と同じ、ジュエルシードを集めている少女が見えた。

 

「どう、して……」

 

 そう唇が動いた。

 彼女の親しい人を傷付けた自分を助けてくれたのか。

 しかしその思考は再び襲いかかってきた竜巻によって中断される。

 

「ちっ!アイツ、ここで邪魔を……!」

 

 なのはを排除しようとアルフが動こうとするが力を大分消耗していてフェイトの援護だけで精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 騒動の中心から少し離れた位置でなのははポケットからジュエルシードを取り出す。

 よつばが見つけた物だ。

 

 なのはがリンディに言ったのはジュエルシードが暴発する危険性だった。

 前に、フェイトが同じことをしてジュエルシードを強制的に発動させた際になのはとフェイトのデバイスは共に破損。その後、フェイトの捨て身の行動で封印できたが、それが5つ分ではどれだけの被害になるか分からないこと。

 以前のようにフェイトが捨て身で抑え込んでも今度はフェイトが死ぬ可能性。

 気が付けばなのは自身、よく頭と舌が回ったものだと思うほどリンディたちを説得していた。

 しかし、リンディたちにはフェイトと協力してジュエルシードを封印する案を出したがなのは自身、それをするつもりはなかった。

 代案として考えたのはジュエルシードの魔力で残りのジュエルシードを一気に封印すること。

 魔力の結晶体だというジュエルシードから魔力を取り出して砲撃魔法で封印する。

 以前、猫の大きくなりたいという願いを叶えて巨大化したことがある。

 ならば単純に膨大な魔力を欲しいと願えばジュエルシードが発動するのではないか?

 念話でレイジングハートに確認を取ったところ、理論上は可能だろうが、なのはのリンカーコアに多大な負荷がかかる為、お勧めはしないと返された。

 それを聞いた上でなのははこれを実行すると決めた。

 

「レイジングハート。無理させちゃうけどお願い!」

 

『貴女の望むままに、マスター』

 

 もしかしたらまたレイジングハートを傷だらけにしてしまうかもしれない。それでも愛機たるデバイスは了承してくれた。

 

 無理矢理発動させたジュエルシードから魔力を取り出し、デバイスがそれを制御する。

 その暴力的な魔力になのはの中で痛みが走る。

 しかし、このくらい、妹が受けた傷と痛みに比べてなんだというのか。

 その想いでなのはは歯を喰いしばって耐える。

 

「ディバイン、バスターッ!!」

 

 放たれた極大の砲撃。

 それが5つのジュエルシードが暴走する中心に放たれ、鎮静化する。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 急激に強力な魔力を使った反動か、なのはの右目から血が流れて視界の半分が赤く染まる。

 また、その光景をアースラから見ていたクロノがなんて無茶を!?と怒声を上げているのだがそれはなのはが知る由もない。

 

 浮かび上がったジュエルシードを封印しようとよろよろと飛行する。

 

「フェイト!早くジュエルシードを!!」

 

「あ……」

 

 アルフに言われてフェイトはなのはの無茶に唖然としていた頭が再び回る。

 しかし、こちらに向かってくる少女があんなになってまで抑えたジュエルシードを奪い取っていいのか。躊躇している間に違う声が場に響く。

 

「悪いが、それはさせられない」

 

 現れたのはバリアジャケットを纏ったクロノだった。

 

「クロノ、くん……」

 

「まったくなんて無茶をするんだ君は!後で言いたいことが山ほどある。覚悟しておくといい」

 

 なのはに怒りの視線を向けるクロノ。同じく転移してきたユーノがなのはを支える。

 

「こ、の!フェイトの邪魔を、するなぁあああっ!!」

 

 猪突猛進。ジュエルシードを確保しようと動くアルフとクロノが衝突する。

 アルフがクロノを弾き飛ばし、ジュエルシードを回収しようとするが5つある筈のジュエルシードは2つしかなかった。

 弾かれる寸前にクロノが3つのジュエルシードを回収し、自分のデバイスに収納する。

 

 

 そこで、第三者の介入が行われた。

 現場とアースラ。両方に毒々しい紫色の雷が落とされる。

 

「母さん……!」

 

 フェイトがそう呟くと落雷の猛威は動きが鈍重化したなのはとユーノに振るわれるも咄嗟になのはがユーノを突き飛ばす。

 

「なのはっ!?」

 

 落下するなのはを青褪めた表情でなのはを抱きかかえるユーノ。

 気が付けば、2つのジュエルシードとともにフェイトたちも姿を消していた。

 

 手にしていたジュエルシードはなのは自身の血で赤く濡れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なのはって瞬発的な怒りが長続きする印象じゃなかったんで、アースラのメンバーとは同じ目的で行動を共にしている間に関係が緩和されました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:幸福の在処

 笑ってさえいれば、幸せになれると信じていた。

 

 相手を想えば、相手も自分を想ってくれるのだと信じてきた。

 

 どんなに辛い日々でもいつかは終わりはやって来ると、信じ続けた。

 

 ずっとそう信じて生きてきた。

 

 だけど、失ったモノ。零れ落ちたモノがもう二度と戻らず。

 

 欲しかった(モノ)にもう手が届かないと打ちのめされた時、わたしはこれまで通り前を向いて笑えるのだろうか?

 

 

 

 痛みで目が覚めた。

 失った右腕からジクジクと苦痛を脳に訴えてくる。

 

「あ……つうっ!」

 

 医者に渡された痛み止めを用意してあるペットボトルの水で流し込むと時間をおいて痛みが治まってきた。

 荒くなった呼吸を整え、掻いた汗をタオルで拭う。

 こうして痛みに襲われた時に独りでいるともう慣れた筈の病院の個室が怪物の口の中のような恐怖を感じる。

 誰かの、温もりが欲しかった。

 

 

 よつばが本当に小さな頃、欠けたモノは何もなかった。

 父が肩車をしてくれたときの少しだけ高くなった視点が好きだった。

 優しく、明るい母が作る料理が好きで。

 たまにからかってはくるが、頼もしい兄がいて。

 よく絵本などを読んでくれる姉がいて。

 そして半身とも言える双子の姉がいる。

 

 それに傷が付いたのがボディーガードの仕事をしていた父が大怪我を負って帰って来たからだ。

 病院のベッドから起き上がることすら出来なくなった父。

 兄の恭也は始めたばかりの喫茶店を手伝うようになり。

 姉の美由希は父の看病に時間を割き。

 誰よりも忙しかった母は家でひとりでいるときに泣いていた。

 なのはも段々と笑うことが少なくなった。

 

 そんな家の中でなのは同様、よつばに出来ることは多くない。そんな日々の中である指針を得たのは偶然観ていたテレビで芸能人のインタビューだった。

 

 ――――笑う門には福来たるって言うでしょう?辛いときや苦しい時でも笑い続けていれば必ず幸せは訪れるんです!

 それがどのような意図の番組だったのかは覚えていない。ただ芸能人が言ったこの言葉だけはヤケによつばの心に焼きついた。

 だからよつばは笑い始めた。なのはを始め、家族にも。

 それが空元気だと家族も理解していただろう。それでも会話の減っていった食卓に少しずつ会話が多くなった。

 そんなよつばの願掛けのような行動が少しだけ功を為したのか意識不明だった父の士郎も目を覚まし、少しずつ快復へと向かって行った。

 

 だから、笑顔でいることは自分に、家族に、友達を幸せに誘うまじないのようなモノで。

 

 それでもやはり今回はさすがに無理だった。

 失った右腕を見る。

 もう戻らないだろうそれを考えると不安で仕方がない、何より落ちた時の恐怖と痛みを思い出してしまう。

 

 アリサは泣いていいと言ってくれた。自分の苦しみを分かち合ってくれる誰かが居ることが嬉しかった。

 でも、これから自分はどうすればいいのか。

 その不安だけはどうしても消えなかった。

 

 

 

 

 

「それでなのはさん。何か言い訳はありますか?」

 

 手当を終えたなのはは作戦室で笑みを浮かべたリンディと向き合っていた。

 しかしその雰囲気は表情とは逆のモノ。

 委縮しているなのはにリンディは溜息を吐いて言葉を重ねた。

 

「なのはさんがあのフェイトさんという子と確執があるのは分かります。彼女の手を借りたくないという気持ちも。ですがだからと言ってあのような無茶は認められません。一歩間違えば取り返しのつかないことになっていたわ」

 

 あの無茶でなのはのリンカーコアは大きく疲弊していたが、本来ならその程度で済む筈はないのだ。

 下手をすれば、リンカーコアが壊れ、魔法が使えなくなるだけならまだしも、その影響で身体に障害を残す可能性もあった。

 そうならなかったのはデバイスの優秀さ故か。それともなのはの魔法を扱う才能(センス)がずば抜けているからか。おそらく両方だろう。

 眼球から血が出た部位も今はアースラの医療技術とユーノの治療魔法で見た目は元通りになったが一気に抱えた負担は無視出来るものではない。

 現に、なのはは先程から体を動かす度に痛みが走っている。

 それに敵の攻撃である落雷を受けた影響もある。

 あれ自体、見た目ほど強い攻撃ではなく、なのはのバリアジャケットの防御面が優秀なこともあり、大きな怪我には繋がらなかった。

 それでも内側はボロボロであることに変わりない。

 ついでによつばが見つけたジュエルシードは既に封印処理がなされている。

 

「とりあえず、損傷したアースラの修理とシールドの強化。それに、残りのジュエルシードを持つフェイトさんたちの捜索。どちらもすぐに終わるモノでははありません。それになのはさん自身、今現場で動ける身体でもない。だから、一度、ご家族の下で療養してもらいます」

 

「え!?」

 

 リンディの命令になのはは驚く。

 

「あまり、学校を長く休んでも良くないでしょう?アースラの中で待機しているより、ご家族と過ごした方が心身ともに良い筈。今は体調を万全にすることを考えて。ね?」

 

 笑顔でそう諭されてなのははい、と頷く。

 

 それからリンディが事情説明として同伴することを告げて作戦室の外で待っているとユーノが心配そうになのはの身体について訊いてきた。

 

「なのは、傷はどう?」

 

「大丈夫だよ。ちょっと右目がぼやけて見えるけど、平気」

 

「あの時はありがとう。なのはが突き飛ばしてくれなかったら僕も……」

 

「にゃはは。アレは体が勝手に動いただけだから。それにユーノ君がすぐに抱えてくれたからわたしも海に落ちずに済んだし」

 

 だからお相子だよ、笑うなのは。

 

 そうしているうちに私服に着替えたリンディが現れる。

 

「それじゃ、行きましょう。転送場所は以前と同じ場所でいいかしら?」

 

「あ、はい!それと少しお願いしてもいいでしょうか?」

 

 なのはの提案にリンディは笑顔で了承した。

 

 

 

 

 

 なのはのお願いとは家による前に病院に妹のお見舞いを先に済ませたいというモノだった。

 これは転移場所が自宅より病院のほうが近いという理由もある。

 

 さすがに病院内で動物(フェレット)が入るのはマズいのでユーノには人型の姿で一緒に来て貰っている。

 

「よつばちゃ―――!」

 

 病室のドアを開けるとなのはは固まった。

 後ろにいたリンディもあら、と瞬きしてする。

 ユーノも同様だ。

 

「は、はひょひゃ……っ!?」

 

 そこには頬袋をリスのように膨らませて病院の購買で買ったと思われる菓子を食べているよつばがいたからだ。

 驚いて喉につっかえたのか苦しそうにしていたよつばは水で一気に口の中を胃に流し込んだ。

 

 呼吸を整えた後に誤魔化すように引き攣った笑顔を作って手を挙げる。

 

「え~と、久しぶり?」

 

「……」

 

 それになのはは答えずにジト目を向けた。

 

「……なにしてるのかなよつばちゃん?」

 

「いやその……病院食って味気なくて……それにやることも多くないからつい、ね?」

 

「……太るよ?」

 

「うっ!」

 

 よつばのお腹をツンツンと突きながら言うとよつばは顔を逸らす。

 

「ちょ、ちょっとだけだから大丈夫だよ!まだ大丈夫な筈……大丈夫だよね?……大丈夫、かな?大丈夫、大丈夫……?」

 

「そんなどんどん自信なくなっても……」

 

 そんな姉妹のやり取りを聞いていたリンディは口元を押さえて笑った。

 それを見たよつばは顔を真っ赤にさせた。

 

「ごめんなさいね。悪気はなかったの」

 

「え、と……」

 

 誰?という顔をしているよつばにリンディは軽く頭を下げる。

 

「初めまして、高町よつばさん。私はリンディ・ハラオウンです。ここ数日、なのはさんに私たちの活動を手伝ってもらっているの」

 

「活、どう……?」

 

「えぇ。ボランティア活動。少し体に異常のある動物のお世話をする活動なの」

 

「はぁ……」

 

 頷きながらなのはに視線を送るとなのはは笑いながらコクンコクンと頷く。

 

 まぁ、ジュエルシードによって異常を引き起こされるのは大概意志を持つ動物なので広い意味では間違っていないだろう。こじつけもいいところだが。

 

 リンディから説明を聞き終わるとよつばはなのはに視線を向ける。

 

「なのちゃん……なのちゃんはその活動、楽しかった?」

 

 訊かれて、なのはは躊躇いがちに答える。

 

「……うん。それにやりがいもあったかな」

 

 話した内容は違うが、魔法の存在を知って、それの練習で上手くなるのは楽しいし嬉しかった。ジュエルシードを封印する作業も大変ではあるが、やりがいを感じ始めている。

 それは間違いなくなのはの本心だった。

 

「そっかぁ」

 

 どこか安心したように。

 そして嬉しそうによつばは笑顔になる。

 

「ねぇなのちゃん。わたし、ずっと言ってたよね。将来はわたしと一緒に翠屋で働けばいいって」

 

「う、うん……」

 

「わたしね。不安だったの。わたしがずっと翠屋を継ぎたいって言ってたから、なのちゃんはそれを言い出せなかったんじゃないかって」

 

「え?」

 

 前々からよつばはなのはに一緒に翠屋を継ごうと言っていた。それはなのはがよつばに遠慮して曖昧な答えを返しているのではないかと思っていたからだ。

 自分が、双子の姉のやりたいことを阻害していたのではないかと感じていた。

 

「でも違うんだね。なのちゃんのやりたいことは別にあったんだね」

 

 だからなのはがやりたいことを見つけたのだと思ってよつばは安堵する。

 

 なのはもよつばがそのように考えていたとは思わなかった。

 よつばの誘いは深く考えたものだとは想像していなかった。

 双子の妹が自分のことをそこまで考えていたなんて。

 だからなのはも笑顔だが真面目に自分の考えを伝える。

 

「まだ、魔法(これ)がわたしの本当にやりたいことかはわからないけど、楽しいって思ったの。だから、この気持ちか本当か確かめたい、かな」

 

 それが将来、クロノたちのような管理局という組織に所属することか。それとも別の道になるかは分からない。ただ今は魔法のことをもっと知りたいという気持ちは強かった。

 

 そうして笑い合う姉妹を少し後ろで眺めながらリンディは思う。

 

(これは、なのはさんが怒るのも無理ないわね)

 

 この少しの会話だけでも判る。

 目の前の少女は本当に良い子なのだ。そして聡い。

 家族を想い、慕い。

 自分の考えを押し付けずその選択を尊重する。

 

 そして入院服の隙間から見える包帯と、最初に目が行くであろう肩から下を失った右腕。

 以前、それとなくよつばのことを訊いた際になのははにかみながら自慢げに言った。

 

 良く笑い、自分の夢のために努力できる子。

 自分よりも優しい子だと言っていた。

 

 よつばが怪我をしたのは自分たちが接触する僅か数日前だという。

 その僅か数日、早くこの地に来れれば防げていたかもしれない事故。

 そうすればなのはもフェイトにあのような態度も取らなかっただろうとも。

 

 そう思うとどうしようもないと理解しながら自分の不甲斐無さを後悔する。

 もっと早く地球に来れればとそんなことを夢想してしまう。

 

 内心で胸に後悔の杭を打ち込みながらも笑顔を張り付けて姉妹の様子を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。帰ってきたことを友人であるアリサとすずかにメールで連絡を終え、夜にアリサから返事が返って来た。

 

 内容は心配半分、お叱り半分といった内容だった。

 しかし最後に気になる文が添えてあった。

 

 今日、習い事の帰り道で怪我をしていたオレンジ色の毛を持つ大型犬を拾ったと。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。学校で詳しい話をアリサから聞き、よつばの見舞いを終えた後にすずかと遊びに行くついでにその大型犬を見せてもらうこととなった。

 

 そして実際会って一瞬呼吸が止まった。

 予想通り、フェイトの使い魔であるアルフが狼の姿で居た。

 向こうもこちらに気付き、念話を飛ばしてくる。

 

『アンタは……』

 

 しかしなのはそれに答えず、睨むように険しい表情を浮かべる。

 この光景はユーノが中継してアースラにも見られていた。

 

「なのは、どうしたの?アンタ大型犬って苦手だったっけ?でもこの子見た目と違って大人しいから大丈夫よ」

 

 アルフの頭を撫でているアリサになのはは慌てて誤魔化すように笑って両手を振るった。

 

「そんなことないよ!ただ、やっぱりオレンジ色の毛って珍しいなって……」

 

「そうだね。それに額に付いてるの、宝石、かな?どうなってるんだろ?」

 

 なのはに便乗してすずかも疑問を口にする。

 結局答えは出なかったが。

 

 その後、アルフの対応はユーノと管理局の人たちに任せてなのはは魔法に出会ってから覚えた複数思考で念話を聞きながら、表面上はアリサ、すずかとゲームに興じていた。

 この念話になのはが感情的になって割り込まないようにとクロノから言い含められている。

 

 リンディやクロノの説得に応じて全てを話す代わりにフェイトの保護を頼んで。ただ、フェイトは何も悪くないというアルフの証言にコントローラーを持っていたなのはの握力が強まったのは本人も自覚していない。

 

 アルフからもたらされたフェイト・テスタロッサの事情。

 フェイトの母親。プレシア・テスタロッサの研究のために本人からジュエルシードを集めを命じられたこと。

 それより以前からも多くの物を捜索、採集に色んな世界を跳び回されたこと。

 フェイトは全てが終われば母親が昔の優しい人に戻ると信じてかなり無茶なことを続けていること。

 

 アルフの視点から語られたこの事件の真相。それは()()()()()()()有益な情報だった。

 そしてここからは()()()()()()()()()()ことだった。

 

『では最後に。君たちがこの世界に来て重傷を負わせた民間人の少女。高町よつばの件についてだ。彼女を崖から転落させた経緯について知りたい』

 

「なのはどうしたのよ?いきなりぼぉっとして」

 

 突如動きを止めたなのはにアリサが尋ねる。しかしなのはは答えずに笑顔を作って逆に訊き返した。

 

「アリサちゃん。ちょっとお手洗い借りてもいいかな」

 

「え?いいけど」

 

「うん。じゃ、行ってくるね」

 

 立ち上がってなのはは遊んでいた部屋かから出る。

 こればかりは如何なる内容であろうと複数思考で処理できる気がしない。

 きっと態度に出てしまうだろう。

 

 会話の内容が念話で伝わってくる。

 

『あ、アレはアタシが悪いんだ!あのなのはって子だと勘違いして。デバイスも持ってないみたいだったからちょっと脅してジュエルシードを奪おうとしたら、柵が壊れるなんて――――!』

 

 そこでアルフが言葉を切る。

 

『そのよつばって子はどうなったんだい……?』

 

『命に別状はないそうだ。ただ、転落の怪我が原因で右腕を切除したと聞いている』

 

『―――――っ!?』

 

 アルフの息を呑む声が念話で伝わった。

 

『君自身が全て悪いと言っていたが主は傍に居なかったのか?』

 

『居たけど!でも……!!』

 

『でも、なに……?』

 

 何かを言い募ろうとするアルフになのはの念話が介入する。

 そこから聞こえる声はアースラの面々。アルフやユーノも制止するほどの冷たさ。しかしその中に込められた憤りは誰もが感じ取っていた。

 

『だからよつばちゃんが怪我をしたのも。あの子がアルフさんを止められなかったのも仕方ないって言うの?』

 

 責めるような声音ではない筈なのにアルフは自分に刃が突き付けられたような気がした。

 

『……悪かったと、思ってるよ。でもそれでもアタシが1番気にしなきゃいけないのはフェイトの事なんだ!だから―――――!』

 

 アルフとてよつばのことを忘れていた訳ではない。

 それでも生来よりひとつのことに意識を多く割く性分のアルフはその大半をフェイトのことに費やしていた。

 

 良く言えば一本気。悪く言えば単純。

 そしてなによりフェイトの現状の環境からそれ以外を見ないようにしていた。

 

 だがなのは側がそれで納得できる筈もない。

 なのははよつばが以前より笑顔に陰りが出来ているのに気付いていた。

 生まれた時から一緒に過ごしている家族だから当然だ。

 

『返、して……よつばちゃんの腕を……夢を……返して……』

 

 念話越しに聞こえるなのはの声。その悲痛な声に答えられる者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 アルフとの話しを終えた後にクロノは念話をなのはに繋いだ。

 

『……クロノくん、ごめんね。割り込むなって言われてたのに』

 

『気にしなくていい。もし本当に割り込ませたくないのなら、君の念話を最初から切って置けば良かっただけのことだ。そうしなかったこちらのミスでもある。それで高町なのは。あちらの事情は大分知れた。君はどうしたい?』

 

 クロノの質問になのはは気落ちしたように話す。

 

『ねぇ、クロノくん。わたしの、せいなのかな?よつばちゃんがあんなことになったのは、わたしが魔法に関わってジュエルシードを封印しようとしたから、結果的によつばちゃんはケガしちゃったのかな……』

 

 それは一面の事実だった。

 なのはがジュエルシードに関わらなければ同じ状況でもフェイトとアルフは違う対応を取っただろう。

 よつばの怪我の原因はなのは自身にもある。少なくとも本人はそう考え始めていた。

 

『……少なくとも君が魔法に関わらなければユーノ・スクライアは暴走したジュエルシードによってこの世を去っていた可能性もある。他にも多くの被害が出たかもしれない。だから君があの時魔法に関わったのは間違った選択ではないと僕は思う』

 

 それは視点をずらしてクロノはなのはの罪悪感を和らげようとした。

 家族が自分が原因で重傷を負う。その事実を10にもならない少女が受け止めろというには余りに酷だと思ったからだ。

 だからクロノは言う。君の選択で結果的に多くの人が助かったのだから間違いではないと。

 それが一時のごまかしだと分かっていても。

 

『もう一度訊く。高町なのは。君はどうしたい?』

 

「わたしは―――――」

 

 

 念話と口。両方でなのはは自分の願いを口にした。

 

 

 

 

 

 




次で無印編は完結すると思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:帰還

 アルフを管理局で保護した数日後の夕暮れ。海鳴市にある海辺に近い公園に3人は居た。

 なのはとユーノとアルフである。

 

 なのはとアルフは互いに気まずそうで視線を合わせようとせずに目的の人物を待っている。

 

「転移反応!ここから少し離れてるけど、来たよ、なのは!」

 

 ユーノの知らせになのははうん、と頷いてバリアジャケット纏う。同時にユーノもこの区域一帯に結界を張って一般人が入れないようにした。

 

「な、なぁ!」

 

 フェイトの下へと飛び立とうとするなのはにアルフが声をかけた。

 

「?」

 

「こんなこと言える立場じゃないってわかってるんだ……アンタから見たら、アタシたちは絶対に許せない奴だってことも……でも、それでもフェイトを止めてほしいんだ!プレシアの、言い成りになってるあの子を……」

 

 なんて恥知らず。それは実質、フェイトを助けてというのと何ら違いない。

 自分が目の前の子の家族を傷付けたのに。

 アルフとてそんなことは承知している。もし逆の立場なら考える前に相手を殴り飛ばしていたかもしれない。

 それでもアルフにはもう管理局と目の前の少女に縋るしかなかった。

 一番大事な御主人(かぞく)を助けるために。

 

 なのはは背を向けたまま後ろにいる2人にだけ聞こえるように呟く。

 

「わたしは、ただあなたとあの子に、謝ってほしいだけ。よつばちゃんに……それに、ジュエルシードを集めるのはユーノ君との約束だから。だから、あの子を止める。それだけだよ」

 

 なのはとてフェイトの境遇を聞いて何も思わなかったわけではない。

 かわいそうだと思った。でも助けたい、力になりたいという感情が湧き出るとどうしてもあの日、利き腕を失って泣いていた妹の姿が過ぎるのだ。それがどうしても同情より強い怒りとなって覆う。

 

「謝りに行くよ。この件が終わったら絶対に。フェイトと必ず。殴られたって文句は言わない!」

 

「……」

 

 なのはは答えずにフェイトの転移してきた場所へと緩やかに飛んだ。

 

 

 

 

 

 街灯の上で待っていたフェイトは目的の少女がやって来た時、僅かに肩を跳ねた。

 会わなければならない少女。でも会いたくなかった少女。

 

 最初に遭遇したときは成す術もなく自分に敗れ、それから会う度に自分に語りかけてくれた少女。

 しかし今は最初の頃のような温かな雰囲気はなく、代わりに敵意の強い冷たい空気を纏っている。

 

「あなたの事情はあの人から聞いたよ……」

 

 デバイスからなのはの集めたジュエルシードが出現した。

 

「あなたにも譲れないものがあることも。よつばちゃんを傷つけたことをずっと後悔していたことも、嘘じゃないって思う。でも、それでも許せないって気持ちが止められないの」

 

 なのはがフェイトをあなたと呼ぶ。家族以外で初めて自分を名前で呼んでくれた少女。最初はどこかそれを煩わしいと感じていたが、今は自分を名前で呼んでくれないことが少しだけ淋しいと感じた。

 

「お互いのジュエルシードを全部賭けよう。勝った方が残りのジュエルシードを手に入れられる」

 

 結局のところ、高町なのはは相手に全力でぶつかる以外の術を持たない。

 白黒を着けなければ前に進むことが苦手で。

 それ以外で相手に伝える術を知らない。

 

 だからこその全力勝負に挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとフェイトは空中で激しい魔法戦を行っていた。

 互いに魔力の弾を撃ち合いながらそれらを防ぎ、空を縦横無尽に飛び回る。

 

 管理局でも5%しかいないと言われているAAAランクの魔力を持つ魔導師2人の戦闘は価値の分かる者なら金を払ってでも観戦したいカードだろう。

 

 その戦闘をモニター越しで観ていたクロノにエイミイが訊く。

 

「それにしてもクロノ君、よくなのはちゃんとフェイトちゃんの一騎討ちを許可したね」

 

「この勝負の勝敗自体は重要じゃないからね……」

 

 クロノたち管理局の目的は2人が戦っている間にフェイトの帰還位置の特定だった。

 そして高町なのはとの戦闘で疲弊したフェイト・テスタロッサなら他の局員でも充分に捕縛できるだろう。

 子供相手に気が引けるがそれだけフェイトの魔導師としての実力は高かった。

 

 賭けたジュエルシードにしてもその時回収すればいい。

 最早フェイト・テスタロッサは詰んでいるのだ。

 

 それに後ろに控えているであろうプレシア・テスタロッサに戦力を集中させたいという理由もある。

 今のなのはなら充分にフェイトを消耗させられると踏んでの許可だった。

 

「でもいいの?なのはちゃんたちにプレシア・テスタロッサの家族についての情報を教えなくて」

 

「勝てるに超したことはないんだ。なのはに余計な情報を与えて心を乱させたくない」

 

 そしてできることならフェイト自身にも知らせたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘を行う2人のコンディションは万全とは言えなかった。

 なのはは先日のジュエルシードを使った影響は未だ癒え切っておらず、戦闘区域を飛び回りながらも時折身体に痛みが走る。

 しかしフェイトの状態の悪さはなのはの比ではなかった。

 積み重なる疲労と睡眠不足。プレシアからの虐待。

 そして、アルフが管理局側に付いたという事実。

 無事であったことは喜ばしいが管理局に付いたことに小さくないショックを与えていた。

 互いの状態が魔導士としての練度の差を拮抗させている。

 

 防御、最大火力ならなのはに軍配が上がるだろうが他の項目ではフェイトが一歩も二歩も上を行く。

 

 結界内の戦闘フィールドを飛び回る黒と白。そして撃ち合う金と桃の光。

 

 子供とは思えない戦闘。空戦限定とはいえ彼女たちの実力は既に1級の魔導師の実力に達していた。

 

(必ず、ジュエルシードを持って帰るんだ!そうすれば、母さんはきっと昔みたいに……っ!)

 

(ここであの子を捕まえて、自分たちが何をしたのかを絶対に理解してもらう!それにユーノ君のジュエルシードでこれ以上危険な事は起こさせない!)

 

 譲れない想いを剥き出しにして魔法をぶつけ合う。

 

 そんな中で先に疲れを見せ始めたのはフェイトだった。

 集中力が持続し辛くなり、誘導弾も精細さを欠いていく。

 呼吸も乱れそれが、機動にも現れ始めていた。

 このままいけばなのはの勝利も有り得ると誰もが考え始めた矢先にまたしても外部からの介入が行われた。

 突如雲行きが怪しくなり、膨大な魔力反応が確認される。

 

『攻撃、来ます!回避を!』

 

 互いのデバイスが同時に警告を出す。しかし2人が行動を起こす前に攻撃は行われた。

 

 それは落雷というよりも暴雷。

 そこに居る者たちではなく、結界内部そのものを焼き払うかのような攻撃が成された。

 

「プレシア!アイツッ!!」

 

 空を睨み付けてアルフが叫んだ。

 

 しかしそうしている間にも戦闘を行っていた2人に容赦なく雷が落とされ、落下していった。

 

「なのは!?」

 

「フェイトッ!?」

 

 自らのパートナーの下に急ぐ。

 今の攻撃に何かを仕込まれていたのか。

 2機のデバイスに収められていたジュエルシードはそのまま何処かへと転送されてしまった。

 

『2人とも!早くアースラの中へ転移してくるんだ!』

 

 クロノからの念話に従って行動する。

 

 こうして2人決闘は決着が着く事なく中断された。

 

 

 

 

 

 プレシア・テスタロッサの攻撃と思われる一撃から発射場所の座標を割り出し、リンディたち管理局も動き出した。

 

 なのはたちを回収したアースラ内のブリッジでは攻撃発射ポイントである時の庭園への進攻が開始されており、その内部映像が映し出されている最中になのはたちは現れた。

 なのはとユーノはバリアジャケットを着たまま。フェイトは曲がりなりにも敵対関係だった為、万が一でも抵抗されないように魔法が使用不可になる手錠が填められている。そんなフェイトにアルフは寄り添っていた。

 

 映像は複数の管理局員がプレシアを追い詰めているところが映し出されている。

 

 数名の局員がプレシアを牽制しながら残りが奥にある通路へと移動して行く。

 

 その奥に在ったモノになのはたちは目を見開いた。

 

「わ、たし……?」

 

 無数に並べられたガラスのカプセル。その最奥に存在していたのはフェイトそっくりな少女だった。

 

『アリシアに触らないでっ!!』

 

 少女が入れられている容器に触れようとした局員をプレシアが弾き飛ばす。

 そしてプレシアの口から語られる真実。

 

 フェイトがプレシアの娘であるアリシア・テスタロッサの記憶を与えられたクローンであること。

 しかし記憶を転写してもアリシアとの差異が大きくプレシアにとって失敗作だったこと。

 

 それらの真実が言葉の刃となってフェイトの心をズタズタにしていく。

 

 補足するようにエイミイから以前、プレシアが関わっていた研究の事故でアリシアが亡くなったことと。記録によると記憶転写型のクローンの製造であるプロジェクトF.A.T.Eだったことが苦々しい口調で語られる。

 そしてトドメを刺すように告げられる本音。

 

『最後に教えておくわ、フェイト。あなたを造り出してからずっとね。私はあなたが大嫌いだったのよ!』

 

 そうしてフェイトの手に握られていたデバイスが滑り落ち、膝を折る。

 

「フェイト!?」

 

 直前でアルフが支え、フェイトを呼び続けるが反応が無かった。

 

 そしてアースラ内に微弱な振動が起こる。

 語られるプレシアの最終目的。

 

 彼女はジュエルシードを使い、次元断層を生み出し、失われた都、アルハザードへの旅路を行おうとしていた。

 その為に、手にしたジュエルシードだけでなく、時の庭園の魔力炉をも暴走させようとしている。

 

「そんなことしたら、近くにある幾つもの世界も一緒に次元断層に引きずり込まれて消滅しちゃうよ!?」

 

 エイミイの叫びになのはがギョッとなった。

 近くにある。おそらく最初に飲み込まれるのがなのは自身の世界と思い至って。

 それを想像して顔を真っ青になるなのは。

 

「馬鹿なことを!僕が待機中の武装局員と出てプレシアを止めます!ゲート開いて!」

 

「クロノ君、わたしも!」

 

 ブリッジから出て行こうとするクロノになのはがついて行こうと声をかける。しかしそれは止められた。

 

「君は先程の決闘やプレシアからの攻撃で万全じゃないんだ!ここは僕たちに任せて―――――」

 

「でも!このままじゃわたしたちの世界が!!」

 

 なのはが思い浮かべたのは家族と親友たちだった。

 そこに存在する人たちがもうすぐ世界ごと消えてしまうかもしれないという恐怖がなのはを突き動かす。

 

「……わかった」

 

 止めても無駄だという判断と今は戦力が欲しいという事情。そして危機に陥っているのがなのはの住む世界ということから参戦を許可した。もちろんユーノも一緒に。

 

 ブリッジを出る瞬間になのはは一瞬だけフェイトに視線が行く。

 

 人形のように虚ろな瞳となった少女。

 母のために傷付き、頑張ったのにも関わらず、母親自身から拒絶されてしまった。

 

 哀れみからか声をかけようとしたが結局なのはは止めてフェイトの存在を振り払うようにしてクロノの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を記しておく。

 

 暴走した魔力炉は高町なのはによって封印され、次元振動はリンディ・ハラオウンとアースラスタッフによって停止した。

 

 今回の事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサはクロノと武装局員との戦闘により次元断層にアリシア・テスタロッサの遺体とともに落下。死亡したものと判断。

 

 奪われたジュエルシードは全て回収。

 

 

 フェイト・テスタロッサは拘束されていた室内で次元断層に落下していくプレシアを観ていたことで精神の不安定さが際立ち、事情聴取もしばらくは不可能と推測されている。

 現在はアースラ内で使い魔のアルフとともに心の安定に努めている。

 

 

 

 

 

 

 時の庭園での戦闘を終えてアースラへと帰還したなのはは一気に疲労が押し寄せてきたのかそのまま糸が切れたように気を失ってしまい、目を覚ましたのは丸1日過ぎた夜だった。

 目を覚ました時にずっと看ていてくれていたユーノは心底ホッとしていた。

 

 今はアースラの食堂で軽食を摂りながらユーノ、ハラオウン親子とエイミイとフェイトの現状と処遇について話していた。

 

「今回の事件でフェイト・テスタロッサが母親に言われるがままジュエルシードの強奪に手を貸していたことは明らかだ。そこら辺は年齢もあって情状酌量の余地はあると思う。ただ問題なのは今の彼女が調書に協力できる状態でないことと君の妹を転落させた件だ。後者は主に使い魔のアルフが起こした件とはいえ、使い魔の罪は主も責任を追及されるから」

 

「うん……」

 

 高町よつばの件は管理外世界での事件であり、リンディたちが介入する前の事でもある為、揉み消そうと思えば揉み消せるのだが、それを行うつもりはなかった。

 そうでなければ目の前で俯いている少女は納得しないだろうし、クロノ自身、そうした隠蔽を好まない。

 ただ、フェイト個人には同情している部分もあるため、出来得る限り減刑の方針で動くつもりだが。

 

 そしてなのはのフェイトに対する心情も複雑だった。

 よつばの件はやはりまだ怒りが消えていないが、あれだけ尽くした母親に捨てられ、死亡する瞬間も観てしまったことには同情を覚える。

 

 いま彼女の前に立っても何を言ったらいいのか。なにを言ってしまうのか。それはなのはにも分からなかった。

 

「ねぇ、クロノくん。今回の事件って……誰が救われたのかな?」

 

 なのはの妹が大怪我をし。フェイトは母親に捨てられ死別。失った娘との再会を望んだプレシアはもうこの世にはいない。

 いったい、今回の事件で誰が何を得たのか。

 

「世界はいつだってこんな筈じゃない事ばかりだよ。特に危険なロストロギアが関わる事件はね。それでも今回最悪の事態は防げた。君の力添えのおかげでね。それは誇っていいことだよ」

 

 遠回しの慰めになのはは頷きながらもその暗い陰を払拭することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトはアルフの胸に頭を預けながら定まらない視点で部屋の壁を見ている。

 もしかしたらアルフに身を預けていることすら気付いていないのかもしれない程に今のフェイトは虚ろだった。

 

 考えるのは母親の事。

 使えない道具として捨てられた自分。

 たくさんの人に迷惑をかけ、そして自身も全てを失ってしまった。

 母が次元断層に落ちていく姿を見た時に湧き上がった後悔。

 

 せめてどうしてあの人に自分の想いを伝えるために立ち上がることが出来なかったのか。

 もう、考えること全てが億劫で、フェイトは瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシードの件が終息し、高町なのはも海鳴の町に戻る。

 ユーノはしばらくなのはの家に居候を続けるらしい。フェレットの姿で。

 

 アースラを出る前にエイミイ経由でアルフから言付けでなのはの家族に謝罪に行けないことを謝っていたことを聞いた。

 ただ少し時間はかかるかもしれないが必ず謝罪に行くと言っていたらしい。

 

 なのははよつばの病室の前に立って軽くノックをした。

 どうぞ~と聞こえて中に入ると入院しているよつばに親友のアリサ、すずかがいた。

 

「あー!なのは!?」

 

「戻って来たの?なのはちゃん」

 

「うん」

 

 驚きの声を上げるアリサと嬉しそうに頬を緩めるすずか。

 その奥で、大切な妹が微笑んでいる。

 

「おかえり、なのちゃん」

 

「ただいま。みんな」

 

 自分が守りたかったモノ。失わずに済んだなのはの日常。

 それが嬉しくて愛おしくて。なのはは泣きそうになるのを堪えて笑顔を見せた。

 そして堪えていた涙を見せないようによつばに抱きつくと一瞬、驚いた顔をしたが、なにかを察してその頭を撫でた。

 

 

 

 結局、ジュエルシードを巡るこの事件で誰かが何かを得ることはなかった。

 それでも失わなかったモノはあり、高町なのはは自身の日常に帰っていく。

 

 

 

 そして、この事件が本当の意味で終わりを迎えるのはこれから10年後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




残り2話でこの話は完結します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:回想

この作品ではハラオウン親子は地球に移住してません。




「あの、もしかしてなのはさんとフェイトさんって仲が悪いんですか?」

 

 そう訊かれて機動六課の部隊長である八神はやては茶菓子として出そうとした羊羹を切る手を止める。

 

 この羊羹、ミッドチルダで数少ない日本人が作った和菓子だ。

 色々な世界の人間が住むミッドチルダで地球。それも日本人は当然少ない。

 

 ミッドチルダには幾つかの和食・和菓子屋が存在するが、その殆どが日本人のはやてから言わせれば許容し難い程のパチモノである。

 トマトスープやコンソメスープに盛られた日本蕎麦とか。ソースで煮込まれた煮物とか。

 刺身にわさびの替わりに唐辛子が添えられているとか。

 

 それで本場の味を再現などと書かれているのを見ると店主に物申したくなる。

 

 その中でこの羊羮を取り扱っている店の店主は若い頃に偶然ロストロギア関係の事件に巻き込まれ、魔法の才に目覚め、そのまま管理局に就職。

 

 30代の頃に大怪我を負って辞職し、実家が和菓子屋だったこともあり一度日本に戻り、和菓子作りを学んでミッドチルダで店を開いた。

 

 今では小さいながらも隠れた名店として知られている店で、はやてやリンディも通っている。

 

 などと現実逃避を終えて質問をした六課の前線メンバーで唯一の男であるエリオの質問に質問で返す。

 

「……どうしてそう思うん?」

 

 現在、新人メンバー4人がはやての家族であるヴィータに連れられて報告に来ていた。

 あらかた報告を終えた後でこの質問である。

 

 4人は顔を見合わせてからそれぞれ口にした。

 

「その……あんまりお2人で話している感じはしませんし、話してても事務的な内容ばかりで」

 

「それにこの部隊ってみんな階級で呼び会うことが少ないですけどなのはさんとフェイトさんは互いに階級や職名で呼んでますし」

 

「私たちの前では笑うんですけど2人っきりになった途端に会話が切れて互いに無視してる気がします」

 

「それに、何て言えばいいのか……フェイトさんがなのはさんを怖がっているように見えて」

 

 新人4人から話される内容にはやては心の中で頭を抱えた。

 彼女たちなりに子供たちには悟られないように気を使ったのだろうがやはり同じ宿舎で寝食を共にしていればどうしても気付かれてしまう。

 本人たちに訊くには憚れる質問だろうからこうして機会を経てはやてに質問したのだろう。

 はやてとしては出来れば本人か別の人に聞いてほしかったなぁと思わなくはないが。

 

 ヴィータに視線を送ると困ったように眉を寄せている。

 一息吐いてなるべくオブラートに答える。

 

「良くはないな。昔に色々とあってな。ちょっと関係が複雑なんよ」

 

「複雑、ですか……」

 

 首を傾げるキャロにはやては話すべきかどうか迷う。

 はやてとしては個人の過去を勝手に話すのはもちろんNGだが今後のこともあって知っておいた方がいいだろうと判断した。

 

「わたしはあくまで人伝や資料で知った話やから細かいことは話せへんけどそれでええか?」

 

 はやての問いに4人は迷いながらも首を縦に振った。この子たちからすればもし2人の仲が悪いのならどうにかしてあげたいという思いがあるのだろう。

 はやてはお茶を一口飲んで話始める。

 

「なのはちゃんには兄妹が多くてなぁ。上にお兄さんとお姉さん。それに双子の妹さんが居るんよ」

 

『え!?』

 

 はやての言葉に新人たちは驚きの声を上げる。

 

「それは初めて知りました」

 

「あ、じゃあその人たちもすごい魔法資質を持ってたりするんですか?」

 

 ティアナは与えられた情報に驚き、スバルは興味本位から質問する。

 その質問にはやては苦笑しながらも否定した。

 

「なのはちゃんのご家族は全員魔法資質は無いそうや。双子のよつばちゃんも含めて」

 

 そう考えるとなのはは本当に突然変異なのだろうと思う。

 だがそれも珍しい話ではない。

 兄弟だろうと魔法資質は個人差があるのは当然だ。実際、フェイトの基となったアリシア・テスタロッサも魔法資質は低かったと聞く。同じ遺伝子を持っているからといってリンカーコアまで同じとは限らないということだ。

 

 ちょっと残念そうにしているスバルにはやては説明を足す。

 

「よつばちゃんには魔法資質なんてなくてええもんやから良かったのかもしれんけどな」

 

「え!?どうしてですか!」

 

「よつばちゃんの夢に魔法なんて必要ないから」

 

 何年か前にはやての家にお泊りに来た時、よつばに訊いたことがあった。

 

『もし、よつばちゃんに魔法の才能があったらどうなってたと思うん?』

 

 それは本当に何気ない思い付きの質問だった。

 よつばは少しの間考えるような仕草を取るとこう答えた。

 

『別に何も変わらなかったんじゃないかな?』

 

 その答えにはやては目を丸くした。

 

『なのちゃんたちが空を飛んでいる姿を見て気持ち良さそうとは思ったけどね。でもそれだけだよ。わたしはきっとなのちゃんと同じくらい魔法の才能とか有っても戦ったりは出来ないと思う。それにわたしがやりたいことは全然別のことだから。だから魔法の才能がどうだろうとわたしは海鳴の町で生きてくよ。ここがわたしの夢を叶える場所だから』

 

 そう穏やかに微笑んだ姿は今もはやての頭に焼き付いている。

 地球の人間から見れば特異で輝かしい力。だがそんなもので自ら選んだ道が揺れる程、高町よつばの夢は軽いモノではないのだ。

 しかしもしなのは程の魔法資質があったら、管理局から執拗な勧誘もあったかもしれない。

 万年人手不足の管理局だ。局員の身内ともなればそれなりに声をかけるだろう。自分がお世話になったハラオウン親子のような人格者ばかりではないのだから。

 

 と、余計な感傷に浸っているのも一瞬。話題をなのはとフェイトの件に戻す。

 

「なのはちゃんが魔法に関わった切っ掛けの事件。その時にフェイトちゃんと出会ったらしいんよ。そこでとあるロストロギアを巡って対立してた」

 

「なのはさんとフェイトさんが……」

 

「じゃあそれでお2人は仲が悪くなったんですか?」

 

「う~ん。そうとも言えるけど、本当の理由はちょっと違う。ユーノ君。なのはちゃんと一緒にそのロストロギアの回収をしていた友達な。その人が言うには最初はむしろなのはちゃんから仲良くなろうと話しかけたり説得したりしてたみたいや」

 

「え!?それならなんで……」

 

 納得いかないような表情をするエリオ。

 それに気づきながらはやては話を進める。

 

「それである日な、フェイトちゃんが使い魔のアルフと偶々見かけたなのはちゃんの双子の妹のよつばちゃん。彼女をなのはちゃんと勘違いしてもうて襲いかかってしまったんよ。それが原因で崖から転落して大怪我を負ってもうた。結果右腕を失った」

 

 左の人差し指で自分の右腕を切るジェスチャーをするはやて。

 新人たちは何とも言えない表情をする。

 

「もう10年前の事件やし。フェイトちゃん側から謝罪もしたからなのはちゃんの中でもある程度折り合いがついてると思う。それでもまだ根っこの部分で許せないって感情が残ってるんやないかなとわたしは思うとる」

 

 そうでなければフェイトの名前が出た時に断っていた筈だ。やや、歯切れの悪い言い方ではあったが、なのははフェイトの能力を客観的に評価して賛同してくれた。

 それに今まで険悪な関係を続けていたのに今更という思いもあるのかもしれない。

 

 はやてからすればなのはとフェイト。両方闇の書事件で自分を助けてくれた恩人であり友人だ。

 フェイトは管理局に所属するときに色々と家族ともどもお世話になったし。

 なのはやその友人とは地球での生活でだいぶ助けられた。

 

 だから、出来れば仲良くしてほしいとは思うのだが、こればかりは部外者が立ち入って良い問題でもない。

 つまりは静観。

 

 ある程度話を終えるとおずおずとティアナが手を挙げる。

 

「あの……こちらから訊いておいてなんですけど、そんな話を私たちにして良かったんですか?なのはさんの許可なしに」

 

 どう見てもデリケートなプライバシーの話だ。普通に考えて軽はずみに話していい内容ではないだろう。

 

「うん。そうなんやけど……その事件自体調べようと思えば調べられるし。この後に地雷を踏まれるより、ある程度事情を知って置いた方がええかなと思てな」

 

「地雷?」

 

「実は、そのよつばちゃんな。3日後にこっちに訪問する予定なんよ」

 

 新人4人が呆けた顔で1分ほどフリーズした。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、高町()等空尉。これが探していた資料です」

 

「ありがとうございます。テスタロッサ執務官」

 

 互いに友好的な空気などどこにも無い。ただ、仕事で必要最低限の会話だけを済ませて別れる。

 なのはと離れたことでフェイトは誰にも見られていない通路で大きく息を吐く。

 

(昔みたいに敵意を向けられているわけじゃないだけマシなんだろうけど……)

 

 それでもなのはと会話するときはどうしても緊張してしまう。

 今日はもう仕事もなく、休むだけなので屋上で風に当たりに出る。

 

 屋上で心地好い風がフェイトの髪を揺らす。

 ジュエルシードが地球に落ちた騒動。後にPT事件と呼ばれる事件の後、フェイトは文字通り生きた人形と化していた。

 食事や入浴。トイレですらアルフの手を借りなければ行えず、時折何かを思い出したかのように泣き始める。

 他人に反応を返せるようになるまで1カ月半。話せるようになるまでさらに2カ月。

 だが実はフェイトは最初の1カ月半の記憶が曖昧だった。

 どこか夢を見ているような。起きているのか眠っているのかも定かではなく、本当にただ生きているだけ。

 どうにか色々なことが考えられるようになってからアルフに謝罪とお礼を述べるといつも通り快活な笑顔で答えてくれた。

 

「いいんだよ。フェイトは今までずっと頑張って来たんだから。そりゃやったことは褒められたことじゃないかもしれないけど。ちょっとぐらい休む時間は必要さ!アタシはフェイトが元気になってくれりゃ充分なんだから」

 

 これではどっちが主だがわからないと恥ずかしい思いで顔を赤くしながらアルフに礼を重ねる。

 

 それから遅れを取り戻すようにフェイトはリンディやクロノに協力し始めた。

 取り調べや裁判への出席。とにかく何かしていなければまた塞ぎ込んでしまいそうだったという理由もある。

 

 裁判はフェイトに有利な材料をあらかじめクロノが用意してくれたおかげで考えていたのよりスムーズに進んでいった。

 そしてフェイトの年齢や今までの家庭環境が大きく考慮され、数年間の管理局での無償奉仕や同じく更生のための講義を受けることで決着した。

 

 そうしてフェイトの裁判が一段落したのと同時に知らされる高町なのはが襲撃されたという知らせ。

 

 この時になって初めてあの姉妹のことを思い出した。

 自分の罪を。

 

 高町なのはの姿を見たのは闇の書にリンカーコアを蒐集されてアースラの医務室に担ぎ込まれていく姿だった。

 

 それからリンディに頼み込むように今回の事件に関わらせてほしいとお願いした。

 最初は難色を示したリンディもフェイトの魔導士ランクと無償奉仕の一環という形でフェイトを戦力として捩じ込んでくれた。

 思えば相当無茶なお願いだったと思う。

 だが当時のフェイトは高町なのはに対して贖罪しなければいけないという強迫観念があった。

 

 再会してからも互いに親しい会話もなく、事件は進んでいく。

 フェイトは主にクロノの捜査に付き合い、守護騎士たちとの戦闘に参加する。

 持てる時間の全てを闇の書事件解決に注いだ。

 地球のクリスマスという行事に闇の書と戦闘をしているなのはの援護へと向かう。

 闇の書に防戦一方だったなのはを助けた時にありがとうと礼を言われたことが嬉しいと感じたのは覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俗に言う闇の書事件が終局を迎えてPT事件から半年。リンディの同席の下でフェイトとアルフは高町よつばとその家族の謝罪に高町家へと訪問した。

 

 フェイトとアルフの姿を見ると怯えたように体を震わせる高町よつば。

 

 また、フェイトも聞いてはいたが実際に失った片腕を見てショックを受けていた。

 

 高町家の中へと通され、まずはリンディから次元世界や管理局に魔法。そしてPT事件の経緯を説明する。

 なのはの言葉もあり、高町家の人たちはどうにか理解してくれた。

 そして高町よつばの件についてはフェイト自身が説明する。

 なのはと当時敵対していたこと。それで目的であったジュエルシードを発見したよつばをなのはと勘違いして脅し、結果として転落させてしまったと。

 説明が進むほどに高町家の人たちの顔が険しいものに変わっていく。

 最後に深々と頭を下げて謝罪した。

 罵倒されるのは覚悟していた。しかし一向に何も言ってこない相手に下げた頭を上げるとそこには呼吸を荒くして顔が真っ青になっているよつばが居た。

 フェイトはその様子を心配しただけだった。

 もしかしたら具合が悪かったのかもしれないと。

 だから迂闊にもよつばに近づいてしまった。

 そして手を伸ばした瞬間によつばは絶叫を上げた。

 

『い、いやぁあああああアアアアッ!?あぁっ!!』

 

 喉が裂けるような絶叫の後に美由希の後ろへと隠れてえぐえぐと泣き出し始めるよつば。

 まだ半年。

 彼女が負った心の傷が完全に癒えているわけではなかった。

 あの時の恐怖と苦痛がフラッシュバックして錯乱してしまったのだ。

 

 両親に奥へ行くように促されてなのは、美由希に連れられてその場を離れるよつば。

 それを見届けた後に父の士郎がフェイトたちに話しかけた。

 

『フェイトちゃんとアルフちゃんだったね。君が、君たちがここに覚悟して謝りに来てくれたことはわかってるつもりだ。その歳で大したものだと思う。でも、娘のあの姿を見て、俺たちは君を赦すとは言えない』

 

 強く拳を握り、とても辛そうな表情でそう言ってくれた。

 怒鳴ったりなじられなかったのはフェイトが娘と同じ年の子供だったからだろう。

 ごめんなさいともう一度深く頭を下げて高町家を後にした。

 それから、フェイトは一度として地球には訪れていない。

 

 

 

 

(高町二等空尉の姿を見るとどうしてもあの時の彼女を思い出しちゃうんだよね)

 

 成人間近とはいえ顔立ちがそっくりな2人だ。どうしてもあの時のことが頭に過る。

 

「それに、今度のこともあるし」

 

 なにやら高町よつばが数日後に機動六課を訪れたいと言って来たらしい。

 それをはやてから聞いたときはフェイトに断ろうか?と訊かれたが断れるはずもない。

 管理局の観点から言えば断れるのだろうが彼女の要望をフェイトから却下することはとても気が引けた。

 もし顔を合わせてまた泣かれたらと考えると気持ちが沈んでしまう。

 吐いた息はちっとも気分を軽くしてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球・日本の海鳴市。翠屋にて。

 

 

 

 

「よつば!これ3番テーブルにお願いね!」

 

「うん、わかった!」

 

 母の桃子から言い渡されてた高町よつばは()()で料理の載ったトレイを持ち上げる。

 そして慣れた様子で指定の席へとトレイを運んだ。

 

「お待たせしました!ご注文は以上でよろしいですか?はい、それではごゆっくりおくつろぎ下さい!」

 

 笑顔で下がるよつばが通りがかりにカレンダーを見る。

 それも一瞬。すぐに店のドアが開かれて訪れた来客に笑顔を作る。

 

「ようこそ!喫茶店翠屋へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次で最終話です。主に高町姉妹の視点で送ろうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話:遅れたはじまり

6千文字以内に終わらせようとしたら1万文字超えていた。まぁ最終回ということで。


 高町なのはが正式に管理局に入局したのは中学1年ももう少しで終わり、2年に進級するのを待つだけだった時だ。

 あの闇の書事件が終わりを迎え、フェイトたちが謝罪に来てから高町家にとって魔法という話題は明るくなるものではなかった。

 末っ子のよつばの大怪我の原因となった存在だから。

 だからなのは自身、相棒たるレイジングハートこそ肌身離さず持っていたが、次第に魔法という存在から距離を取り始めた。

 

 そしてある日に親友である月村すずかとその姉の忍が制作した義手が妹のよつばにプレゼントされる。

 月村家の技術が集約された義手。

 触覚なども再現された慣れれば本物の腕と変わらず動かせる優れもの。

 よつばもさすがにそんな高価なものをポンと貰うのは気が引けたようだが月村姉妹に押しの強さに敗ける形でその義手を受け取った。

 もっともその義手を自在に動かすには長いリハビリを必要とするのため、その日から医学知識の豊富なシャマルの助言なども貰いながら少しずつ義手を動かす練習に時間を割いた。

 きっとそれがよつばにとっての転機だったのだ。

 

 ある日、もう寝るだけの時間になのはの部屋に義手を外したよつばが尋ねてきた。

 

「どうしたの?」

 

「うん。ちょっとなのちゃんにお願いとお話しがあって」

 

 首を傾げているなのはによつばは窓の外を指さす。

 

「空を、飛んでみたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 数年ぶりに纏ったバリアジャケットで行った飛行魔法はブランクを感じさせずに夜の空を駆けている。

 

「アハハ!これがなのちゃんの見ていた景色なんだね!」

 

 よつばはなのはにお姫様抱っこされる形で初めてジェットコースターに乗った子供の様に興奮気味に目を輝かせている。

 空から見る明かりが照らされた生まれ故郷。より近くなった星の光が綺麗だった。

 

「ほら!ちょっと激しく動くよ!」

 

 久々に行う空の散歩になのはもテンションを上げてアクロバティックな動きをする。それによつばは「怖い!怖い!」と声を上げ、掴まる手の力を強くするがその顔は楽しそうだった。

 

 雲を突っ切り上に出たところで静止する。

 

「どうだった?空の散歩は?」

 

「凄かった!こんな体験、普通じゃ絶対に出来ないもの!」

 

 興奮冷めぬ様子になのはも嬉しくなり、くすぐったい気持ちになる。

 

 それから一拍置いて、よつばは夜空に視線を向けたまま少しだけ真面目な表情をして本題に入った。

 

「ねぇ、なのちゃん。わたしね。もう一度、パティシエの……翠屋を継ぐ夢を見ようと思うの」

 

「……!?」

 

「忍さんが言ってくれた。あの義手を自在に動かせるようになれば、またお菓子作りができるって。また夢を追いかけるのも夢じゃないって」

 

 そこで見上げていた視線をなのはに移す。

 

「なのちゃんがしたいことは、なに?」

 

「わたしは……」

 

 無表情の中に真剣な眼差しで問うよつば。それになのはは迷い、答えることが出来なかった。

 良いのだろうか?それを口にして良いのだろうか?という思いが頭に過って。

 

「ずっと気にしてくれてたでしょ?私の右腕のこと。それにその後もずっと守ってくれて」

 

 よつばが言うことには覚えがあった。

 右腕を失って退院後、よつばを取り巻く状況が少し変わった。

 アリサやすずか以外の仲の良い子が離れていったり、隻腕となったよつばを嘲笑する声や時にちょっとした嫌がらせを受けた。

 それはイジメと呼ぶほど酷いものではなかったのかもしれない。

 でもそれがよつばが傷つかないという話ではなく、それでも笑おうとするのは痛々しかった。

 段々とエスカレートし始めた時に大魔神(アリサ)が激怒し、相手は手痛いしっぺ返しを受けたのだがそれは割合する。

 

 そしてよつばが大怪我を負ったことをなのははずっと負い目にしてきた。

 

「みんながわたしを支えてくれて。助けてくれて。すごく感謝してる。でももう大丈夫だから。わたしは、もう一度わたしの夢を見るから。ちゃんと頑張れるから。だからなのちゃんは自分の夢を見て。もう自分を、赦してあげて」

 

 言葉が出なかった。

 1番初めに思い出したのはリインフォースのこと。

 優しい主と家族のために光となって消えた優しい魔導書()

 もっとなのはが魔法に詳しければ。もっと強ければ違う未来が在ったのではないかと思わずにはいられない。

 それは傲慢な考えかもしれない。なのはがどう努力しても結末は変わらなかったのかもしれない。

 だがそれでも、という思いは消えないのだ。

 そしてそれ以上に――――――。

 

「初めて、魔法で空を飛んだ時のことが忘れられないの。晴天の空を。今日みたいな夜空を飛んだ記憶が……」

 

 気が付けば、なのはに一筋の雫が頬を伝っていた。

 魅せられていた。惹かれていた。焦がれていた。

 この数年間ずっと。

 もっと魔法が上手くなって。強くなって空を自由に駆けたいと。

 でも赦されるのだろうか?もう一度夢を見ることを。

 

「分かるよ。空を飛んでいるときのなのちゃん。すっごく楽しそうだもの。だから本当の気持ちをちゃんと教えて欲しかった。やっと言ってくれたね」

 

「ごめんね……ううん。ありがとう、よつばちゃん」

 

 なのはとよつばは互いに額をくっ付けて少しの間、夜を照らす星の光の下で佇んでいた。

 

 

 

 次の日、なのはは家族に自分の想いを打ち明けて説得し、リンディに連絡を取って管理局へと入局することを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやては、夕方に転送ポートで地球より訪れる親友を待っていた。

 本来ならなのはが良いのだろうが、今日も新人への教導があり、はやてが外回りの帰りにそのままよつばを拾うこととなった。

 

「お、来た来た!こっちや~!よつばちゃ~ん!」

 

 手を振るとこっちに気付いたよつばが駆け足で近づいて来た。

 

『イエーイッ!!』

 

 そしてそのまま流れるようにハイタッチをキメる。

 この2人学生時代から何かとウマが合うようで阿吽の呼吸を見せるのが一種の学園名物扱いされていた。

 

「お久しぶりですぅ、よつばさん!」

 

「ほんまひさしぶりやなぁ、よつばちゃん。また少し大きくなったか?」

 

 よつばの胸を見て問いかけるはやてによつばは胸を隠して半歩下がる。

 

「どこ見て言ってるの!でもはやてちゃんは少し雰囲気が凛々しくなったね。それにリインちゃんも前に見た時よりちょっと大人っぽくなったよ」

 

「えへへ、そうですか?そうだったら嬉しいです!」

 

「相変わらずよつばちゃんは人をおだてるのが上手いなぁ」

 

「本心だよ」

 

「うん。わかっとるよ。それより車用意してあるから乗ってな。宿舎まで一直線で帰るから」

 

 案内されるがままに車の助手席に乗る。

 

「それで、最近そっちはどんな感じ?」

 

「わたしは翠屋で働きながら必要な資格を取得中かな。アリサちゃんも大学に通いながらお父さんの小さな会社の経営立て直しに奔走してるみたい。すずかちゃんは工学の専門学校で頑張ってるよ。たまに私の義手も診てくれる」

 

 アリサとすずかの翠屋で聞いた愚痴などを簡単に纏めて話す。

 

「そっかぁ。それで右手の調子はどう?」

 

「問題なし!もう仕事中も全然気にならないしね!」

 

 右の義手を軽く動かす。そこにはぱっと見はわからないが左の手と比べてやや浅黒い腕だった。

 その様子に嬉しくなりながらはやては質問を重ねる。

 

「なら将来翠屋の二代目は問題なしやね」

 

「う~ん。それなんだけどもしかしたら今より小さい店で翠屋の二号店を開店しないかって話が出てるの」

 

「え?そうなん?」

 

「うん。翠屋(うち)って忙しい時はお店に入れないお客さんいるでしょう?なんならいっそ別けちゃわないかって。わたしが必要な資格を全部取り終わってお母さんやお店のベテランさんたちが問題なしのお墨付きをもらってからだから最低でも数年先だろうけど。人も集めなきゃいけないし」

 

「ほーほー。一国一城の主っちゅうわけやな。すごいなぁ」

 

「本決まりじゃないしまだまだ先の話だよ?それにはやてちゃんだって今はひとつの部隊を任されてるんでしょ?そっちの方がすごいよ」

 

「ふふ。ありがとな。でもほとんどお膳立てしてくれたのはリンディさんや知り合いの人たちやし、期間は1年だけやけどな。ま、それでも二等陸佐が直々にお出迎えするなんてないから感謝してや」

 

 最後の方に冗談目かして言うはやてによつばも上手いとは言えない敬礼を返す。

 

「はい!感謝してます!ところでにとーりくさってどれくらい偉いの?」

 

「……そこから説明せなあかんか」

 

 2人はプッと笑いを吹き出す。

 一通り笑いあったら、よつばは戸惑いながらはやてに問う。

 

「それではやてちゃん。そのね……なのちゃんと、テスタロッサさんはどんな感じ」

 

 よつばの問いにはやては表情を動かさずに答える。

 

「ん。仕事上では問題ないよ。私事では、お察しの通りや」

 

「うん、そっか……そうだよね」

 

 はやての答えを聞いてよつばは目を閉じて考え事をする。

 それに気づきながらはやては質問した。

 

「なぁよつばちゃん。どうして今回はいきなりこっち来たいなんて言い出したん?」

 

「あ、ごめん迷惑だったよね」

 

「そんなことないよー。友達と会えるのは嬉しいしなぁ。ただ急だったから疑問に思っただけや」

 

 はやての質問によつばは憂う表情で視線を窓の向こうへと移した。

 

「10年前は逃げちゃったから。いつかちゃんと向かい合わなきゃとは思ってた。わたしもなのちゃんも。そしてテスタロッサさんも。どんな形でも区切りをつけるために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の分の書類を片付けたフェイトは屋上に出ていた。

 これから訪れる来客に唯々重い息を吐き出す。

 

 会うべきか会わざるべきか。

 きっと後者が正しいのだろう。今更会ってもきっとお互いに嫌な気持ちになるだけだ。だから理由を付けて明日の夜まで六課を離れていればいい。高町よつばは明日の夕方には六課を出るのだから

 でもそれが酷く失礼な態度だと思って逃げるという選択を足踏みしていた。

 正直に言えばなじられることが怖いという感情もある。

 そうして悶々としていると屋上に上がって来た人物に声をかけられる。

 

「お互い、脛に傷を持つと辛いな」

 

「シグナム……」

 

 声をかけてきたのは副官であるシグナムだった。

 彼女はフェイトの傍によって誰もいなくなった訓練場に視線を向ける。そして聞きづらいことを踏み込んでくる。

 

「よつば殿がここに来ることが怖いか?」

 

「……はい」

 

 特に言い繕うことに意味を感じずフェイトは正直に答える。そして溜めていた物を吐き出すように内心を絞り出す。

 

「彼女のことを思うと、自分はここに居て良いのかと思う時があります。私にはもっと冷たい場所がお似合いなんじゃないかって。そこに居るべきなんじゃないかって」

 

 無償奉仕期間を終えて。執務官の資格を取り。世間一般で恵まれた環境にいる自分。

 アルフや養母となってくれたリンディは自分の幸せを望んでくれている。

 だが本当に良いのかとずっと疑問だった。

 10年前。高町よつばへの謝罪を終え、地球を後にしたフェイトは尋常ではない量の仕事を受けた。

 休むことを考えずにひたすらに仕事に打ち込んだのだ。それこそプレシアが生きていた頃の二の舞。贖罪の意志でひたすら仕事に没頭する毎日。

 それも限界が訪れてある日に倒れてからはある程度抑制が利くようになったがずっとその気持ちは消えないでいる。

 

「私たちとて。本来なら私たちは10年前に闇の書とともに消えるべきだった」

 

「そんなこと!」

 

 否定しようとするフェイトにシグナムは黙って首を振る。

 

「その結果、主はやてに多くの者たちから罵声や嫌悪の眼を向けられることとなってしまった。我らの罪のためにな」

 

 守護騎士たちの存在は情報規制が敷かれているとはいえ限度がある。被害者からすればその姿は一目瞭然だ。そして管理局内外にそれは多く居る。

 そして八神はやての役割は守護騎士たちを管理局に従属させるための楔だ。

 彼女が居るから騎士たちは大人しいのだと思わせなければならない。

 そうでなければ守護騎士たちは封印処置されていただろうことは政治に疎いシグナムにも想像できる。

 

「私たちに被害を受けた者に罵倒されたこともある。なんでお前たちは平然と明るい場所を歩いているのかと。私たちはともかくその被害が主はやてにまで及ぶのは正直辛い。いっそのこと主はやてだけでも局を離れ、地球で普通に過ごすべきではとも思った」

 

 だがそれは無理だろう。はやてが騎士たちへの楔である以上、勝手に管理局を離れることは許されない。また、本人も望んでいない。

 

「やらない善よりやる偽善だそうだ」

 

「え?」

 

「ある人からそう教わった。動かなければマイナスはいつまで経ってもマイナスでしかない。もちろんそれで我らに人生を奪われた者たちが赦すわけでも納得するわけでもない。それでも動かなければ何も変わらないと。お前とてそうだろう?テスタロッサ」

 

「……」

 

「どれだけ実力と素質が優れていようと人格面に問題がある者を引き取るほどハラオウン殿もお人好しではない。管理局もな。それでもここまでやって来て執務官試験に合格出来たのはお前の努力と人格が管理局側に認められたということだ。それに少なくともお前が管理局で働いていたおかげで笑顔を取り戻せた子供が2人もいるだろう?」

 

 そもそもフェイトの人格に問題あるのなら試験を受けることさえ不可能だっただろう。ましてや子供を2人引き取るなどもっての外だ。

 それだけ管理局側はフェイトの人格を評価し、またフェイトもそれだけのモノを積み上げてきたのだ。

 

「ありがとうございます、シグナム」

 

「なに。いつまでも私の上司が気落ちしたままでは居心地が悪いだけだ」

 

 そうして去って行くシグナム。

 まだよつばが怖いという感情は消えていないが少しだけ顔を上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは久しぶりに会った双子の妹に全力の抱擁を受けて困惑していた。こちらを視認するなり全力疾走からの飛び込んでくるような抱きつき。

 受け止めた瞬間に腰をやりそうになった。

 そしてそんな姉妹を見て周りが、主に新人たちが目を丸くしている。

 

「ねぇよつばちゃん。久しぶりにあっていきなり攻撃的過ぎないかな?」

 

「なにが?」

 

 自分の胸に顎を乗せたまま心底不思議そうに首を傾げる妹を離した。

 

「うん。いきなりあんな活発な再会の喜び方する子だったっけって訊いてるんだけどんね!」

 

「へ?だってミッドチルダ(こっち)じゃ家族と久しぶりに会ったらこうするのが一般的なんじゃないの?」

 

「違うよ!?誰から聞いたのそんなデマ!?」

 

 よつばの指が我らが部隊長を示す。

 なのはが眼を細めてはやてをみると当の本人は顔を背けて口笛を吹いていた。

 

 今度訓練の協力という名目で徹底的にOHANASIしようと決める。スターライトブレイカー(星の光)ラグナロク(終焉の笛)のどっちが上か決める良い機会だろう。

 

 ふふふと笑うなのはにはやてはわたし仕事があるからあとよろしくな!とそそくさを場を離れた。

 なのはと一通り再会を喜んだ後によつばは近くに居たヴィータに挨拶する。

 

「ヴィータちゃんも元気だった?」

 

「えぇ。それなりに、です」

 

「そっか。良かった」

 

 なのはに対してフランクに接するヴィータがよつばに丁重に話すのを周りが疑問に思う。

 これはなのはを戦友もしくはライバルという関係だからでよつばはどちらかといえばはやての友人として見ているからだ。かと言って互いに無関心というわけではなく、よつばはヴィータの頭を撫でてても反発されない数少ない人間だ。彼女が作った菓子やらアイスやらはヴィータの好物の上位に位置している。本人は隠しているつもりのようだが。

 

「う~ん。なんていうかさ……かわいいなのはさんって感じ?」

 

 スバルの素直な感想に新人たちは肯定の意を表さなかったが内心では同意見だった。

 双子というだけあって顔立ちはよく似ているのだが、纏う雰囲気がまるで違う。

 

 教え子である新人たちにとって高町なのは強くて凛々しい人というイメージがある。

 それはおそらくマスコミなどで報道されるなのはの功績なども手伝ってだ。

 会話を始めれば話しやすいし、冗談も言う。

 それでも新人たちにあるなのはの印象の根は魔導士として局員としての憧れだ。

 

 対して高町よつばはどこか柔らかい雰囲気というか、知らず知らずに緊張や警戒を解いてこちらの心に滑り込んできそうな雰囲気に感じる。

 そうしてまじまじと2人を見ているとよつばの方がその視線に気づいて右手を軽く振る。

 義手のことを聞いていた新人たちも一瞬固まったが手を振り返した。

 

 そこでエリオが視界の端に長い金の髪がこの場を去って行くのを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは夢であり、過去だった。

 

 ジュエルシード事件が終わりを迎え、よつばが退院した少し後の事。

 その日家にはなのはとよつばしか居らず。学校の宿題を終えたなのはが何か飲もうと台所まで移動したときのことだ。

 

 よつばの後ろ姿が見え、何をしているのかと思えばボトッと床に何かが落ちる音がした。

 

「なにしてるの?」

 

「あ……っ」

 

 なのはの姿を確認するとよつばは引き攣った笑みを浮かべている。

 落ちているのは材料の入ったボウル。よつばが持っているのは泡立て器だった。

 その他にもとても不揃いに切られたリンゴやその他にも色々と出されている。

 

 黙っていたよつばは僅かに体を震わせて話す。

 

「……入院する前にお母さんに教わったアップルパイを作ろうとしたんだけど。全然、ダメだね」

 

 その声はとても辛そうで。顔は今にも泣きそうだった。

 

「悔しいなぁ。せっかく作り方覚えたのに……」

 

 唇を噛んで泡立て器を持っていた左手は揺れている。

 そのことがきっと一度、本当に高町よつばが夢を断念した瞬間。

 なのはは何も言うことが出来ずによつばが落としたボウルを無言で片付け始めた。

 

 

 魔法というのは高町家にとって楽しい話題ではなかった。だからなのはも次第に距離を取っていった。

 でもそれ以上に本当は、よつばが好きなことが出来なくなったのに自分がそれをすることが後ろめたかったのかもしれない。

 この夢を見て、そう思った。

 

 

 

 

 

 目が覚めたのは鼻に香ばしい匂いを感じ取ったからだ。

 

「あ、起きた?なのちゃん」

 

 そこにはエプロン姿で朝食の準備をしているよつばが居た。

 

「はやてちゃんやヴィータちゃんから聞いたよ。ここのところ仕事に夢中で碌に食事も摂ってないって。ダメだよ。体が資本なお仕事なんだからちゃんと食べないと」

 

 軽く叱るように言うよつば。なのはも寝ぼけ眼でゴメンと言う。

 そう言えばここ最近携帯食と夜食で食事を総て終わらせていたのを思い出す。

 テーブルにはサンドイッチにサラダ。かぼちゃのポタージュとコーヒーが置かれている

 

「少し材料を分けてもらったの。ここの厨房の人たち悩んでたよ。なのちゃんが食べに来ないから自分たちの作った食事が合わないんじゃないかって」

 

 確かに新人たちの訓練が本格化してから食堂で食事を摂ったのは何日前だったか。

 

「そのね……みんな覚えが良いからどうしても色々教えてあげたくって教導メニューを考えてたら食事とかおざなりに」

 

「だからそれで体壊したら元も子もないでしょう?」

 

「はい。仰る通りです」

 

 これではどちらが姉かわからない。なによりどことなく母に雰囲気が似てきた妹になのはは言い訳が続かずに用意された朝食を口にする。

 

 カリカリに焼かれたベーコンに卵の甘さとレタスの瑞々しさ。挟まっているトマトにチーズと焼いた卵。塗られたバターとマスタードの味が広がる。

 

「美味しい」

 

「そう?良かった」

 

 よつばも自分の分を食べ始める。

 その姿を見てなのはは安堵する。

 あんな夢を見てもしかしたら昔の哀しさが甦ったのかもしれない。

 

 よつばが義手に慣れてまた料理を作れるようになった時は家族全員が赤ん坊が立ったのを見たように喜びの声を上げた。

 そして家族みんなで嬉しくて泣いた。

 

「そっか。よつばちゃんはもう大丈夫なんだよね」

 

 なのはの何気ない一言によつばはうん、と頷く。

 

「家族の皆。アリサちゃんやすずかちゃん。他にも色んな人に支えてもらったからね。わたしはもう大丈夫だよ」

 

 かつてのように陰りのない穏やかな笑顔で言い切るよつば。そして次の言葉を繋げた。

 

「ねぇ、なのちゃん―――――」

 

 次に言われた言葉になのはは手にしていたサンドイッチを膝に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なにやってるんだろう、私……)

 

 お昼休み。

 捜査資料を受け取り、六課まで戻って来たフェイトはそのまま昼食を摂らずに屋上にひとり佇んでいた。

 話そうと思った。かつて自分が傷つけてしまった少女と。

 しかしいざその姿を瞳に映すと二の足を踏んでしまったのだ。

 高町よつばが六課に滞在するのは今日の夕方まで。この時間を逃すともう会える機会はないのかもしれない。

 だが今更何を話す?

 また謝罪を重ねる?

 それとも自分が元気だった?とでも訊けと?

 頭がぐるぐると回ってどうするべきかと思考がループするのだ。

 

 そうしていると屋上の扉が開かれた。

 もしかしたらまたシグナムが来たのかもしれないと振り返るとそこには意外な人物がいた。

 

「見つけた」

 

 そこには小さな紙袋を抱えた高町よつばが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣、良いですか?あなたとお話がしたいんです、テスタロッサさん」

 

「え、えぇ。もちろん……!」

 

 焦っているような。怯えているような顔で自分を見るフェイトに近づいていく。よつば自身内心では緊張をはらみながらフェイトへと近づいて行った。

 

 隣に立ち、ジッとフェイトを見る。

 

 ―――――うん。大丈夫。恐くないよ。

 

 そう感じられる自分に安堵した。

 しかしフェイトは自分を見つめてくるよつばに狼狽する。

 そんなフェイトに手にしていた紙袋を差し出した。

 

「あの、これを」

 

「え?はい!」

 

 受け取った紙袋の中を見るとそこにはシュークリームがひとつ入っていた。

 

「うちの店で出しているシュークリームで今作った出来立てなんです。よかったら」

 

「私に、ですか……」

 

「はい」

 

 どういう意図なのかはフェイトにはわからなかったが、これを断るのは失礼だと思い紙袋の中に入っているシュークリームを手に取る。正直まだ昼食を食べてないから空腹だという理由もあるのだが。

 

「美味しい……」

 

 一口食べてその言葉が自然と出た。

 サクサクとした食感に程よい甘さのクリーム。

 これならミッドでも人気になるのではと思えるくらいに。

 

 その反応によつばは安堵し、フェイトが食べ終わるのを待って口を開いた。

 それは十年前によつばが言わなければいけない言葉だった。

 

「テスタロッサさん。わたし、右腕を失ってからずっと貴女たちを恨んでたと思います」

 

 その言葉にフェイトは固まる。

 

「身体は痛いし。片腕は不自由でしたし、なにより好きなことが出来なくなって叶えたかった夢がもう届かないって諦めたときはなんでわたしがって思いました。ずっと憎んで恨んでたと思う。色々と嫌な思いもしてきたから」

 

 悔しかった。恨めしかった。憎らしかった。

 

「なにより、わたしをこうした貴方たちがどこかで幸せでいると思うと頭がグチャグチャになりそうで。それに10年前にテスタロッサさんたちが謝りにきたとき、貴女が手を伸ばしてきて。アレがわたしには今度は左腕まで取られるんじゃないかって恐ろしかった」

 

 ――――取らないで!もうわたしから何も取らないで!!

 

 その思いで泣きじゃくった。

 

 よつばから曝け出される全ての言葉がフェイトに突き刺さる。

 今食べたシュークリームを吐き出してしまいそうだった。

 しかし次によつばは笑みを浮かべる。

 

「でも友達とそのお姉さんがこの義手を造ってくれて。また夢が見られるようになって」

 

 右腕を見せる。

 本物の左手と同じように見えるが少しだけ浅黒い義手を。

 

「リハビリは大変だったけど。また好きなことが出来るようになってすごく嬉しかった。だからですかね。貴女たちを恨んでたりするのにも疲れちゃったんです」

 

 黒い感情をずっと抱えているのも辛くなってしまった。でも直接会うのもずっと怖かった。

 

「こうして貴女と向き合えるようになるまで10年かかっちゃいました。だからひとつだけ教えてください。テスタロッサさんはわたしにしたことを忘れないでいてくれますか?」

 

 それは確認だった。あの時のことをまだ覚えているのか。これからも忘れないのか。

 

 フェイトは顔を覆っていた。その手の奥には雫が頬を伝っている。

 

「忘れてない。忘れられるわけない……!あの時のことは……」

 

 未だに夢に見る。

 目の前の少女が落ちていった姿を。

 あの泣き顔を。

 

 ずっとずっとあの時の疵はフェイトの中で傷んでいた。

 

「そうですか」

 

 色んな人からフェイト・テスタロッサという女性について聞いた。

 はやてや時々会うリンディ。六課に来てエリオとキャロにも。

 ようやく10年前に出せなかった。言えなかった答えが言える。

 

「なら、赦します。わたしはテスタロッサさんを。だから、もういいんです、気に病まなくても」

 

「え?」

 

 よつばの答えにフェイトは唖然とした表情になった。

 

「これでやっとわたしも肩の荷が下りました」

 

 苦笑するよつば。こんなにも簡単に楽に成れたのに、どうして躊躇ってたのかと言うように。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 ずっと欲しかった言葉。

 でも絶対に聞くことが無いと思っていた言葉。

 それがフェイトの心を震わす。

 

 赦されるということがこんなにも心を軽くするなんて知らなかった。

 心に溜まっていた淀みを洗い流すように。

 親にようやく許してもらえた幼子のように。

 

 フェイトは声を上げて涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町よつばが帰還する時間はすぐに訪れた。

 送り迎えはなのは自身で行う。

 

 丸一日にも満たない時間で色々と間が悪かったために特別新しい交友関係を開拓したわけで無し。よつばは級友や守護騎士たちと別れを惜しんではやてが用意してくれた車に乗る。

 その六課を出る時の出入り口でのお見送りにはフェイトの姿も在った。

 

 

 

『ねぇ、なのちゃん。なのちゃんはわたしがテスタロッサさんを赦せないから一緒に怒ってくれてたんだよね』

 

 朝食でよつばに言われたことになのはは食べていた手を止める。

 

『でも、もういいんだよ。きっと今日で解決すると思う。ありがとうなのちゃん。わたしのためにずっと怒っていてくれて』

 

 

 

 

 先に車に乗ったよつばに続いてなのはも車に乗ろうとする。その前にフェイトへと向き直った。

 そして少し躊躇いがちに。

 

「その……行ってくるね、フェイトちゃん」

 

「へ?」

 

 フェイトが何かを言う前になのはは車に乗り込んだ。

 その顔は少しだけ赤かった。

 

 

『フェイトちゃんと、友達になりたいんだ』

 

 それはきっと10年前になのはが口にしていた筈の言葉。

 少しの悪い偶然から遠退いてしまった関係は少しずつ交わり始める。

 

 それは高町なのはがフェイト・テスタロッサと本当になりたかった関係へと。

 10年という遅れの下に2人の関係はようやく動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




連載に切り替えてからこの話はよつばがフェイトと向き合えるようになるまで10年かかったというだけの話です。それだけに焦点を当てました。この終わりも最初から決めていました。

何か番外編とか思いついたら書くかもしれませんが、この話はひとまず終了です。

全7話で1か月の投稿にお付き合いいただきありがとうございました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編1:フェイト・テスタロッサ『家族になった日』

とりあえず番外編1投稿。

大体フェイトの年齢が12から13くらいのイメージで。


 緊張の糸が僅かに緩んだ際に急激な疲労を感じて膝をついた。

 身体がやけに重い。

 自分も含めて全てがスローモーションに感じる。

 

「へへ!なんだかよくわかんねぇが、ラッキーだぜ!」

 

 耳に今追い詰めていた筈の犯罪者の声が届く。

 

 

 違法の品々の密輸を無人世界を中継していた行っていた組織の取引情報を得た管理局は即座にその押収と構成員の逮捕に踏み切った。

 そのメンバーにフェイトも参加していた。

 そして大半を押さえて逃げようとした最後のひとりを追い詰めた際に何故か視界がブレて身体に力が入らなくなったのだ。

 

(そっか……ここ最近、碌に休んでないから……)

 

 正確に言えば最近ではなくここ数年だ。

 闇の書事件を終えて高町家へと訪れてからフェイトは憑りつかれたように仕事に没頭した。

 

 受ける必要のない仕事を率先して受け持ち、仕事がない日はひたすらに勉強や訓練に時間を費やす。

 それこそリンディやクロノ。それにアルフが強制的に休ませなければ休もうとしない。

 この歳の子なら関心のあるお洒落や遊びなどに一切目もくれずに投げ捨ててひたすらに管理局へと奉仕した。

 

 その功績が認められたのか無償奉仕の期間も予定より1年短縮され、この任務を最後に正式に管理局への入局が許され、通常の給金や資格の取得も可能になる。

 

 この任務が終わればハラオウン家の人たちがちょっとしたお祝いをしてくれるという話だった。

 

「このガキが!高ランク魔導士だからって調子に乗りやがって!!」

 

「っ!?」

 

 立ち上がることが困難なフェイトの身体を相手が蹴りつける。

 相手は見るにおそらくCランクの程度の魔導士。何らかのコンプレックスでもあるのだろうか?

 何度か蹴られている間にデバイスを手から落とすと相手は首を掴んでフェイトを壁に力づくで押し付ける。

 

「いくら高ランク魔導士でもやられちまえばそれで終わりなんだよ!!」

 

 引き攣った笑みでハイになっている相手をフェイトは他人事のように感じていた。

 

(最後の最後でこれかぁ。なんだか締まらないなぁ)

 

 だが、自分の今まではそんなものだったような気もする。

 とある少女を大きな怪我を負わせた時も。

 母が虚数空間に落ちていった時も。

 結局、自分はここぞという時に失敗してしまう星の下に生まれたらしい。

 ならこれは自分にとってお似合いな最後かもしれない。

 そう思ったら自分を自分で笑いたくなった。

 

「何嗤ってやがる!まだ俺を馬鹿にしてんのか!?」

 

 そんなフェイトの様子を勘違いした相手は強く床に叩きつけてきた。

 そして手にしている鈍器型のデバイスを力任せに振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトさん、ちょっと良いかしら?」

 

「え?はい」

 

 食事を終えて自室に戻ろうとした際にリンディに呼び止められて自室を通された。

 ただ話の内容はなんとなく予想できた。

 

「それで、この間の件は考えてくれたかしら?」

 

 例の件とというのは無償奉仕期間が終わったら正式にリンディの養子にならないかという話だ。

 現在でもハラオウン家に世話になっているのだから実質フェイトはリンディの子同然なのだが、それでも正式な養子と居候では世間の目も違うだろう。

 

「その話ですが、やっぱり私は……」

 

 しかしフェイトはその話を受ける気はなかった。

 無償奉仕の期間を終えたらアルフと一緒にハラオウン家を出るつもりだった。

 

「……私たちとの生活は苦痛だった?」

 

「そんなことありません!?」

 

 リンディの言葉にフェイトは慌てて立ち上がる。

 

 

「クロノは優しいですし、エイミイもたくさんのことを教えてくれます!リンディ艦長にもとてもお世話になって心から感謝してます!でも―――――」

 

 だからこそ思う。自分は、こんなにも幸せで良いのかと。

 幸福だと思う度に。心が癒される度に母の姿が過ぎる。あの時自分を見て泣きじゃくった少女の姿も。

 

 言い淀むフェイトを真っ直ぐ見つめてリンディは諭すように話しかける。

 

「確かにジュエルシード事件でフェイトさんが犯した罪は許されないものもあるわ。特に高町よつばさんの件は。でも一生それに縛られて生きていくことは正しいことではないのよ?」

 

 フェイトと話しながらリンディはフェイトの責任感の強さと優しさに危うさを感じていた。

 自分の犯した罪と向き合い償おうとする心構えは立派だ。だがフェイトのそれはどうにも過剰過ぎる。

 一度犯した過ちを償うことに全てを傾けようとしているように見える。

 

「自分のことしか考えていない人間は往々にして社会というコミュニティから外されるわ。でも他人のことしか考えられない人間はどこかで自分を壊してしまう。それを忘れてはいけないわ。自分を労わることを覚えてほしいの」

 

 フェイトは今のままで大抵は上手くいく能力が備わっているから止まることを覚えなかった。そこを矯正できなかった自分を恥じ、リンディは改めてフェイトと向き合う。

 しかしフェイトは戸惑った表情で顔を俯かせているだけだった。

 それに仕方ないとリンディは小さく息を吐く。

 

「わかった。フェイトさんの意見を尊重します。でもそうね。次の任務が終わったら少し時間を貰えないかしら?」

 

「時間、ですか」

 

「えぇ。無償奉仕期間が終了してフェイトさんとアルフは新しい門出になる。だからお祝いがてらにクロノやエイミイも誘って旅行に行きましょう。数年間ずっと働き詰めだったんですもの。これを機に確りと休まなくちゃ」

 

「え、でも……」

 

「私たちにちゃんとお祝いをさせて。ね?」

 

 そうまで言われて反対するのもなんだが悪く、フェイトははい、と頷いた。

 

 

 

 

 

 奉仕期間としての最後の任務場所の小休憩中にアルフがフェイトに質問してきた。

 

「フェイトはどうしてリンディの話を蹴ったんだい?」

 

「ごめんアルフ。勝手に決めちゃって。アルフがあの家に残りたいって言うんなら私は―――――」

 

 それを遮ってアルフは自分の意見を言う。

 

「そういうことじゃないよ。フェイトがどこへ行こうとアタシはついて行くって決めてる。でも、リンディの子になるってことが悪い話じゃないだろ?」

 

 数年間一緒に生活してリンディの人柄を知っているアルフとしてはああした人がフェイトの母親になってくれればどれだけ良いかと思う。

 

「まさか、プレシアの奴に義理立てしてるのかい?」

 

 その可能性を思い至ってアルフは僅かに怒気を孕ませて質問した。

 アルフにとってプレシアはどうしても許すことのできない相手だ。

 フェイトを勝手な理由で生みだし、利用し、最後には捨てた女。

 彼女の行動原理を知れば同情を覚えないではないが、それ以上にどうしてアリシアに向けた愛情の何割かでもフェイトに与えることが出来なかったのかという思いがある。

 そんなアルフにフェイトはクスリと笑う。

 

「それは違うよアルフ。母さんのこととリンディ艦長の提案は関係ないんだ。これは本当」

 

 むしろ原因を上げるなら高町という姓の双子だろう。

 高町なのはという少女が居た。

 彼女は最初、積極的に自分の話を聞こうとしてくれて何度も話しかけてくれた。

 当時は相手にどのような感情を抱いていたのか解り兼ねていたが今ならハッキリと解る。

 あの時自分は嬉しかったのだ。

 リニスやアルフ以外に自分の話を聞いてくれようとする少女が。

 しかし自分がしたことはその相手の家族に心も体も一生ものの傷を負わせてしまった。

 その結果、自分は自分から差し伸べてくれていた筈の手を払い除けてしまった。

 

「怖いんだ。また私のせいで優しい誰かが傷つくのが。それに優しくしてくれた人が離れていくのも」

 

 これは怯えだ。自分は優しくしてくれようとする人をどこかで傷つける人間なのではないかという彼女自身のトラウマ。

 だからこそここ数年。ハラオウン家の中でも一定の距離を保って生活してきた。

 それがどこか良くない態度だと思いながらも。

 

 その思いを聞きながらもアルフは自身の考えを伝える。

 

「でもさ。だからこそ思うんだ。もし、フェイトが間違ったりしたらそれを叱って正しい向きに向けてくれる大人が必要なんじゃないかって」

 

 それは、アルフにはできない役割だった。

 彼女が使い魔という立場もあるが、圧倒的に人生経験が足りていない。

 だからああいう大人がフェイトの近くに居てくれればもう間違わずに済むのではないかと思う。

 

「それは―――――」

 

 アルフの意見に言い淀んでいると武装局員の女性が近づいて来た。

 

「もしかしてテスタロッサさん?」

 

 近づいて来たのは20程の女性で標準的な武装局員のバリアジャケットとデバイスを所持している。

 しかし名前を呼ばれたがフェイトには目の前の人物に見覚えは無かった。

 

「あ、そっか直接話すのは初めてだったね。私、数年前のPT事件でアースラに乗ってて―――――」

 

 女性の言葉にアルフが警戒を強める。

 あの時のアースラに居た武装局員の大半はプレシアによって負傷させられている。その娘であるフェイトに報復を企てている可能性があったからだ。

 

「あ!そう言うんじゃないよ!?確かに私も貴女のお母さんに負傷させられたけどこんな職業だもの。一々気にしてたらキリないよ。それに貴女の事情は私もある程度把握してるしね」

 

 アピールするように手を振る女性。

 しかしだとするといったい何の用なのか。

 

「特に用ってわけじゃないんだけど。見知った顔が居たから話しかけただけだし。それより聞いてるよ。大活躍みたいじゃない?貴女と一緒に仕事をした人に色々と話を聞いたことがあるけど、すごく褒めてたよ。真っ先に敵を倒しに行って自分たちの安全を確保してくれたとか。あ、でもこっちの出番を取られて悔しがってたり」

 

 そんなこんなでフェイトの周りの評価を話し始める女性。

 それを聞きながらフェイトはむず痒くなった。

 思えば贖罪しようとするばかりで周りが自分をどう思っているのか確認したことが無かったからだ。

 そうしているうちに集まるように指示が飛ぶ。

 

「あ、もうそんな時間か。じゃあねテスタロッサさん!」

 

 自分の持ち場に戻る女性。彼女は最後にフェイトの方に振り返ると。

 

「頑張れ!」

 

 そう言って手を振っていた。

 

 

 これより密輸犯の確保に乗り出したのは15分後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトが目を覚ましたのは管理世界の病院だった。

 

「目が覚めたか」

 

 眠っていたフェイトの横で座りながら本を読んでいたクロノが本を閉じて声をかけてきた。

 思えば、最初会ったときは自分と同い年くらいの男の子かと思ったクロノは実は5歳年上で。今ではそれに見合う背丈と声質を得ていた。

 こうして考えると時間の流れを感じてしまう。

 

「怪我の方は相手が低ランクの魔導士であったこと。それとバリアジャケットのおかげで大したことはないそうだ。むしろ不眠による疲労が酷いと医者が言っていたぞ」

 

 呆れたような声にフェイトはごめんなさいと謝る。

 

「やられそうになった君をアルフが助け出して、相手の密輸犯は武装局員数名で袋叩きだそうだ。彼らも君のことをたいそう心配していたぞ」

 

「え?」

 

 クロノの言葉はフェイトにとっては意外な事だった。

 自分は前科持ちの人間だ。そんな者を心配するなんて。

 フェイトがなにを考えていたのか察したクロノが大きく息を吐いた。

 

「確かに君は前科持ちだ。そしてその罪を償うために管理局に居る。だけどな。前線の人間からすればそれは大きな問題じゃないんだ。君は今まで局員として真面目に職務を全うしてきた。戦闘では敵を捕らえ、仲間を守り、デスクワークでも色々と周りを気遣ってただろう。そうした面を見る人間はちゃんといるんだ。もちろんそんな人間ばかりでないが。少なくとも今回はそういう人間が大半だったということだ」

 

 そうしてクロノはフェイトに端末を渡す。

 

「君が倒れたと聞いてメールが送られているぞ。見てみるといい」

 

 言われるがままに端末を開いてみるとそこには10件ほどのメールが入れられていた。

 

 その内容はフェイトを気遣う内容や体調が悪いのに現場に出たことを叱る文章。そして友人であるはやてからも送られていた。

 

『フェイトちゃん聞いたで?結構な無茶したんやってな。戻ってきたらシャマルからお説教らしいから覚悟しとき。それとお疲れ様』

 

 それに任務前に話した女性武装局員の人もだ。

 

『今回、貴女に無茶をさせてごめんなさい。それと任務は無事終わりました。そちらはお体の快復に専念してください』

 

 それを読んでフェイトは端末で顔を隠した。

 

 ちゃんと見てくれていたのだ。

 見ていなかったのは自分だけで。

 それがとても嬉しくて。

 

 泣きそうになるのを堪えていた。

 

「フェイトさん!?」

 

 息を切らして現れたのは局の制服を着たリンディだった。

 

「母さん。ここは病院ですよ。もう少し静かに。それとまだ勤務中の筈でしょう?」

 

「えぇ。でもフェイトさんが任務で倒れたって聞いて居ても立っても居られなくて」

 

 少しバツが悪そうな顔をするリンディもフェイトの体調の説明をすると安堵の息を吐いた。

 

「とにかく、大事が無くてよかったわ」

 

「はい。御心配をおかけしました」

 

 

「えぇ。知らせを聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ」

 

 そうしてリンディはフェイトを抱きしめる。

 

「本当に無事で良かった……」

 

「あ……」

 

 その言葉と温もりでフェイトは本当に自分が生還したことを実感した。

 身体と声が震える。

 

「いいんでしょうか?私が、こんなにも温かな人に縋って」

 

「……いいのよ。だってここ数年間ずっと頑張ってきたんですもの。縋れるものがなければいつか崩れてしまうわ。そして貴女が縋ってくれるのが私なら嬉しいと思うわ」

 

「……っ!?」

 

 自分は、馬鹿だ。どうしてこんなにも優しく、温かな人が一方的に離れていくかもなどと疑ったのか。

 その温もりはフェイトがずっと欲しかった母からの温かさで。

 

 まだ熱が完全に引いていないせいとこの心地よさに急激に眠気が襲う。

 ただ意識を失う前に自然と。

 

「かあ、さん……」

 

 そんな言葉が口に付いた。

 

 

 

 ―――――私が傷つけた貴女は、決して赦さないだろうけど。それでも今だけはこの暖かさに浸ることを許してください。

 

 

 

 

 こうして、彼女がリンディの養子の件を受け入れてフェイト・T・ハラオウンと名乗るのはこの日から数日後の話だった。

 

 

 

 

 

 




活動報告に書いたようにここから先はある程度ランダムに投稿します。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2:アリサ・バニングス『その手を引いて』

次は八神家の面々で闇の書編を補完したいと思います。


それにしても本編最終話の遅れたはじまりのUA伸びがすごいです。
もしかしたらその内1話を超えるんじゃないかと思った。


 まだ聖祥大付属小学部に入学した頃のアリサ・バニングスはとにかくワガママを絵に描いたような子供だった。

 すべて自分の思い通りになるのが当たり前で。そうならなければ癇癪を起こす。

 その気性が彼女が外国人という変えようもない事実も手伝って学校では浮いた存在になっていた。

 

 

 月村すずかもまた学校では孤立した存在だった。

 元より人付き合いが得意ではなく、周りに話しかけられても一言二言で会話が途切れてしまう。

 周りを避けるように読書へと没頭する彼女に話しかける子供は入学して2週間も過ぎれば誰もいなくなっていた。

 

 

 高町姉妹も学校では少し人の和から外れていた。幼少時の経験から互いに依存するような関係だった2人は周りと積極的に関わることをしなかった。

 

 

 そんな4人が交友を持つようになったのはちょっとした2つの事件が原因だった。

 

 ひとつは学校で浮いた存在だったアリサが同じくひとりで居ることの多かったすずかにちょっかいをかけたことが始まりだった。

 

 ある日、アリサがすずかのヘアバンドを取ったのだ。

 それは、学校生活で孤立していた鬱憤を晴らすためのちょっとした嫌がらせだった。

 取られたヘアバンドを返してと泣きそうになりながらも自分を追ってくるすずかが面白く、からかうような態度を取るアリサ。

 

 そんなアリサの頬をひとりの少女が張った。

 

『痛い?でも、大事なものを取られた心はもっと痛いんだよ?』

 

 そう言ってアリサを叩いたのがなのはだった。

 驚いて落としたヘアバンドを妹のよつばが拾ってすずかに返す。

 

 当時、親にも叩かれたことのなかったアリサは激怒してなのはに掴みかかった。

 それは傍にいたよつばとすずかに止められ、雨降って地固まるで仲良くなる、という訳では当然なく、高町姉妹とすずかが交流を始めたがアリサはむしろ孤立を深めていった。

 

 

 そんなある日、アリサが自分の鞄に入れてあった持ち物が紛失する。

 それは入学祝に父親から贈られたブローチだった。

 今まで誰かに見せたことはなかったそれを失くして今までにないほどに困惑するアリサ。

 これは後に分かったことだが、学校内で孤立していたアリサを一部の生徒が面白がって彼女のいない間に鞄から盗んだと判明した。

 そのブローチは小学生としては高額だが、手が届かない程に高いわけではなく。同じものを手に入れようと思えば手に入れられる物品だ。

 しかしそれは父親からプレゼントされたという意味で値段では測れない価値がアリサの中にあった。

 

 焦りのままにアリサは学校中を探し始めた。

 自分が今日通った道やそうでない場所も。

 それでも見つからず泣きそうな表情をしているとアリサに話しかけてきた少女がいた。

 

「えっとバニングスさん、どうしたの?」

 

 話しかけてきたのは先日アリサの頬を叩いたなのはの妹のよつばだった。

 よつばは慌てた様子のアリサを心配して話しかけたのだが当時はマイナスな意味でとてもプライドが高かった彼女はその心配を跳ねのけた。

 

「うるさいわね!アンタには関係ないでしょ!!」

 

 探し物が見つからない苛立ちから必要以上に攻撃的な態度を取ってしまった。しかしよつばのほうはそれで堪えた様子もなく、んーと首を傾げる。

 

「何か困ってるなら手を貸すよ?そんな顔してたらほっとけないし」

 

「だからアンタには関係ないって言ってるでしょ!!」

 

 そのままよつばを突き飛ばしてしまった。

 尻もちをつくよつば。

 

「よつばちゃん!?」

 

 次に現れたのはなのはとすずかだった。

 突然アリサが声を上げたので驚いて見てみると妹が倒されているのだからなのはの表情が険しくなる。

 これはまた喧嘩になるなとアリサが思った矢先によつばがなのはの肩に手を置いた。

 

「わたしが自分で足滑らせちゃっただけだから。そんな顔しないで」

 

 そう言ってなのはを止めた。

 なにか言いたそうにしていたなのはをひと先ず置いて、もう一度アリサに問う。

 

「最後に訊くけど、本当に大丈夫なんだよね?」

 

「……っ!!」

 

 最後、と言われてアリサは顔を伏せたまま知らず知らずに口を開いていた。

 父から貰ったブローチが入れてあった鞄に無く、探していることを。

 

 話を聞き終えるとよつばは一度頷いた。

 

「わかった。それじゃわたしはこっちを探すね」

 

 よつばの台詞にアリサはえ?と漏らす。

 

「見つけられるかは分からないけど人は多い方がいいでしょ?」

 

「ならわたしは向こうに行ってみる」

 

 それになのはもよつばとは反対方向を指した。

 

「わたしは職員室で落し物が来てないか訊いてみるね」

 

 最後にすずかも、だ。

 

 アリサは訳が分からなかった。

 先日喧嘩した。すずかに関しては嫌な思いをさせたのにそれを表に出さずに探し物を手伝ってくれるなんて。

 アリサが何かを言う前に3人は校内に散って行った。

 

 

 

 それから時間が経ち、生徒が残るのも難しくなって来たため教室に集まった。

 

「ごめんなさい、役に立たなくて……」

 

 申し訳なさそうにするすずかとなのは。

 アリサは顔を俯かせていたが考えていたのはブローチのことではなかった。

 先日すずかのヘアバンドを面白半分で取ってしまったことをブローチを探しながら悔いていた。

 自分はなんて浅はかなことをしてしまったのかと。

 

『痛い?でもね、大事なものを取られた心はもっと痛いんだよ?』

 

 その言葉の意味をアリサは身を以て実感していた。

 だからアリサはブローチを諦めてもういいよと言おうとした。

 一緒に探してくれてありがとう。そしてこの前はごめんなさい、と。

 

 そう口を開きかけるとまだ集まっていなかったよつばの声が耳に届いた。

 

「あったよ!コレだよね!」

 

「え?」

 

 教室に現れたよつばの姿に3人は目が点になる。

 外を探してきたのか、よつばはその制服が泥だらけだったからだ。

 特に袖とスカートの膝の部分が酷い。

 もうクリーニングに出しても落ちないのではないかというくらい汚れている。

 

「はい。これで合ってる?」

 

 しかし渡されたブローチは泥が付いているが間違いなくアリサのものだった。

 

「あ、ありがとう」

 

「見つかって良かったね!」

 

 そう言って泥の付いた顔を袖で拭うとその顔に泥が広がる。

 

「あーもう!?そんな拭き方したら余計に顔が汚れるでしょうが!」

 

 そう言ってアリサは自分のハンカチでよつばの顔を拭いてあげた。

 すると――――。

 

「あ、ありがとう、バニングスさん」

 

 そのとき何故か苗字で呼ばれるのが腹立たしかった。

 

「アリサよ……アタシもアンタを名前で呼ぶからそっちも名前で呼びなさい、よつば」

 

 目を丸くするよつばにアリサは僅かに頬を染めてなのはとすずかに向き直る。

 

「それと、2人もありがとう。なのは、すずか。先日はごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げた。

 これが4人が仲良くなったきっかけの話。

 アリサの棘が丸くなった切っ掛けの出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 高町よつばが学業に復帰したのは夏休みが終わって二学期が始まってからだった。

 始業式が終わった後にクラスのホームルームでよつばの腕のことを説明され、みんなで気をつけてあげましょうとか話していた。

 クラスメイトの視線が本人に集まるとよつばはぎこちない笑みで頭を下げる。

 そんなよつばになのはと友人2人は沈痛な面持ちで見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 よつばが図書室に行くとそこには見知った顔が高い位置にある本を取ろうとしているのが見えた。

 その子は3年に上がってクラスが別々になってしまったが去年までアリサやすずか程ではなくとも、比較的仲の良かった友達だった。

 同い年の中でも比較的身長の低い彼女は本を取るのに四苦八苦しているらしい。

 

「これでいいかな?亜由美ちゃん」

 

「あ、ありがとう……」

 

 渡された本を受け取ると礼を言う亜由美という呼ばれた少女。しかしよつばの右腕を見るとその眼をギョッとさせた。

 

「これ?ちょっと前に事故に遭っちゃって。気にしないで」

 

「あ、うん……」

 

 気まずそうに顔を伏せる亜由美によつばは意識してテンションを上げて話す。

 

「そうだ!わたしが休んでる間に新しい本とか入荷してるんだよね?何かお薦めがあったら教えてくれないかな?」

 

「ご、ごめん!あたし、ちょっと急いでるから!」

 

「あ……」

 

 そう言って逃げるように去って行く亜由美。

 それから入れ替わるように入ってきたすずかがよつばを見つけて近づいて来た。

 

 自分の左手をジッと見つめて立ち尽くしているよつばにすずかが不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしたの、よつばちゃん。なにかあった?」

 

「ううん。なんにもないよー」

 

 そう笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よつばとすずかが図書室にいる間、アリサとなのはは日直の仕事を終えて2人を迎えに行こうとしていた際にその会話が耳に入った。

 

「ねぇねぇ。高町さんの妹のほう。ホントに右腕無くなっちゃったんだね」

 

「見た見た!右の袖の中、無かったもん!」

 

 どこかゴシップを楽しむような声。それはなのはとアリサにとって気持ちのいい会話ではなかった。

 アリサがなのはの手を引いて急いでここから離れようとしたが向こうの会話が更に耳に入る。

 

「でもさ。あの子、前々から良い子過ぎるっていうか、それでいつもバニングスさんとかの後ろに居て前々から好きじゃなかったんだよね。だから今回の事ちょっといい気味って思っちゃった」

 

「分かる!分かる!腕がなくなっちゃったのにまだニコニコしててさ。ちょっと気味悪いよね」

 

(あ、マズ……)

 

 隣に居るなのはを見るとそこには首に提げている赤い球体を握り締めて歯を喰いしばっている親友が居た。

 陰口を叩いている子の方へと行こうとするなのはの肩を掴んで無理矢理その場を離れる。

 

「アリサちゃん離して!」

 

「落ち着きなさいバカ!ここでアンタが何か言ったってどうにもならないし、よつばだってそんなこと望んでないって分かるでしょ!」

 

 両肩を掴んだまま壁になのはを押し付けて話す。

 

「アリサちゃんはあんなこと言われて平気なの!」

 

「平気な訳ないでしょ!アタシだってあいつらを引っ叩いてやりたいわよ!」

 

 あの場に出て行ってあいつらの頬を張ってやりたい。噴き出しそうなこの感情を爆発させてあの言葉を撤回させてやりたい。

 もしあの場でアリサひとりで居ればそうしていたかもしれない。しかし横になのはが居たことで冷静になれた。

 

 

「いい?たぶん、これからあの子のことを悪く言う奴は増えると思う。それを1つ1つ対処してもキリがないし、余計によつばの立場を悪くするだけだと思う。だから少なくとも陰口くらいなら無視しなさい」

 

「でも!?」

 

「アタシたちが感情に任せても事態は好転しないって言ってるの!それで結果的によつばがここに居辛くなったら元も子もないでしょ!」

 

「――――っ!!」

 

 アリサの言い分を理解したのか、なのはは悔しそうに顔を逸らした。

 

 どうして自分の親友があんなこと言われなければならないのか。

 よつばから聞いた崖から転落させた2人組をアリサは家の人間を使って探させたが今に至っても犯人は見つかっていない。

 もし見つけたら自分たちが何をしたのか思い知らせてやりたいと危ない感情を抱く。

 

「とにかく、しばらくは様子見よ。本当に酷いことになりそうだったら全力であの子を助ける。いいわね?」

 

 こんなまどろっこしい方法しか思いつかないアリサは自分自身の無能さに嫌気がさした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校内でよつばはなのはとアリサ、すずか以外は先生としかだんだんと話さなくなった。

 よつばが話しかけると無視されたり距離を取られたり。

 そんな環境下でよつばも徐々に口数が減っていき、まるで自分が学校に居ない者のように振舞うようになっていった。

 

 そんな日々になのはの苛立ちも増していき、すずかも不安そうにする表情が増えた。

 そして起きてほしくなかったことが起きたのはそんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、アリサは職員室から教室に戻ろうと移動していた時だった。

 アリサもよつばの現状に頭を悩ませることが増えてきた中でその現場に遭遇したのは幸運だったのかもしれない。

 

 物陰に隠れるように複数の女子がよつばを囲っていた。

 

 

 

「ねぇ、アンタが学校に来るとさ~、クラスの空気が悪くなるからもう来ないでほしいんだけど」

 

「……」

 

 相手の言い分によつばは何も返さない。ただ、俯いてスカートを握っていた。

 

「どうせ学校に来ても誰とも話さないでしょ?だったら来る意味ないじゃん。あーでもお姉さんとは話すか。だったら一緒に転校しちゃえば?」

 

 そう言って笑い声が起こる。

 

 それを聞いていてアリサは憤る前に2つの安堵を感じていた。

 1つはこの場になのはとすずかが居なくて良かったと思ったことだ。

 なのははここ最近よつばに対して過保護というか少々過敏になっている。こんな現場を見たら何をするかちょっと予想できない。

 すずかもこんなものを見ればきっとすごく悲しんで落ち込むだろう。

 

 もう1つはよつばを囲っている連中のひとりがアリサにとってすごく言い包め易い相手だったことにだ。

 

 ただ、これを口にすることはアリサ自身にとってそれなりに嫌なことなのだが。

 憂鬱な気分を払ってその場にアリサは近づく。

 

「ずいぶん面白いこと話してるじゃない」

 

「アリサちゃん……」

 

 相手の後ろから肩に手を置く。

 

「人の友人を囲うの止めてくれるかしら?行くわよ、よつば」

 

 そう言ってよつばの手を引く。

 それでもその場にひとりだけそれを制止しようとする奴が居た。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 溜息を吐いて言わないでおこうと思った言葉をそいつにだけ聞こえるように言うことにした。今から自分は最低なことを言うなと思いながら。

 

「うるさいわね。これ以上この子にちょっかいかけるなら、パパに言ってアンタの父親をクビにするわよ?」

 

「……っ!?」

 

 それで向こうも引き下がってくれたので振り向かずにその場を離れた。

 あの相手の父親はアリサの父の会社の1つで社長を任されている人だった。

 本人も散々周りに自分の親が社長であることを自慢していた。

 アリサ自身、あの子とその父親には何度かパーティーで会っていた。

 

(ま、ハッタリだけどね)

 

 アリサにそんな権限などある筈ないし、父に話したところでとり合う訳もない。

 ただ、あるかもしれないと思わせればいいのだ。

 

「アリサちゃん……あの……」

 

「卑屈になってんじゃないわよ……」

 

 振り向かないままアリサはよつばに言う。

 

「少し、難しいかもしれないけど、よつばはよつばのままで居なさい。アンタが縮こまってる理由なんてないんだから」

 

 この少女の顔に陰があるより笑ってくれている方がいい。

 もしそれを邪魔するなら誰であろうと許さない。

 

「うん、ありがとう、アリサちゃん」

 

 ここで、ごめんなさいではなくありがとうを言える。そんな友達だからアリサも味方になることに後悔が無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思えば、あれからもう10年なのよね」

 

「なんかその言い方年寄り臭いよアリサちゃん」

 

 翠屋のカウンターでソーダフロートを飲みながらしみじみと10年以上の付き合いになる友人を見る。

 

 よつばはグラスを丁重に拭いて食器の片づけをしていた。

 この時間は翠屋も人が少なく、店内には片手で数える程しか客がいない。

 今日すずかは大学の講義があり、ひとりで店に訪れていた。

 

「で、どうしたの黄昏ちゃって。会社の方でなにかあった?」

 

「大学も会社も問題ないわよ。忙しいけど充実してるし。ただよつばはずいぶんと元気になったなって」

 

 その一言で何を考えていたのか察したのかよつばは苦笑する。

 

「あの時はお世話になりました」

 

「いいわよ。こうして役得もあるわけだしね」

 

 言ってアリサはウインクする。

 役得というのはアリサとすずかは翠屋で全品一割引きのサービスを無期限で受けていたりする。

 あの後、よつばは学校でもその明るさを取り戻していった。

 

 最初は無視されたり避けられたりしたが、次第に人の輪は元の形に戻っていった。少なくともはやてが転入する頃には。

 

 そして今は元気に自分の夢に向かって進んでいる。もうアリサが手を引く必要はないのだ。

 

「そういえば、ちょっと前にその……テスタロッサって子と会ったんだって?」

 

「うん。話したのは少しだけだけどね。思った以上に良い人だったよ、テスタロッサさん」

 

「へー」

 

 アリサとしてももちろんフェイトに対して良い感情は持っていない。しかし、よつばがこうして許した以上、自分がとやかく言うのは筋違いな気がしている。もっとも会う機会のない相手なのでどうこうしようもないのだが。

 

「そういえば、なのちゃんたち、仕事でこっちに帰って来るかもって。はやてちゃんが言ってた。その時テスタロッサさんもこっちに連れて来るって。もし興味があるなら話してみたら?」

 

 よつばからもたらされた情報にアリサは良いことを聞いたと口元を吊り上げた。

 別に今更どうこうするつもりもないが、どんな奴か自分の眼で確かめてみるのも悪くないだろう。

 

 アリサはその時が来るのを楽しみにストローに口を付けた。

 

 

 

 

 

 

 




もし次にリリカルなのはで新作上げるならはやてたちが中学生くらいでリインフォース・ツヴァイ主人公(ヒロインではない)ものを書きたい。
闇の書の被害者たちに責められる守護騎士やはやてを見て加害者の家族としてこれからはやてたちとどう向き合うのか考える成長話とか。(口だけ)


もしくはSTSのちょっと前から始まるシャマルヒロインの普通のラブコメとか。


まぁ、今のところ連載増やす気はないんですけどね。むしろそんな話を自分が読みたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編3:ヴィータ&シャマル『絞めつけてくる罪』

ほとんどヴィータ視点になってしまった。


 今代の主はとにかく騎士たちを驚かせるばかりだった。

 

 それはこの世界が魔法と無関係であるからか。

 この世界のこの国が争いとは無縁の地だからか。

 それとも、幼い少女故の無垢な優しさ故か。

 

 人の形をしていようと道具でしかない騎士たちに服を与え、食事を与え、寝床を与える。

 与えられる優しさに騎士たちは戸惑うばかりだった。

 

 戦乱のベルカの時代ならば強力な兵器としてある程度優遇されることは度々あったが、ここまで無償に家族として接してくる主が居ただろうか?

 

 戸惑うばかりだった騎士たちに今代の主、八神はやては1つ1つこの世界の常識を教えてくれた。

 不自由な足を治す手段として闇の書と呼ばれる魔導書の完成を提案してみたが、人様に迷惑かけてまでそんなことする必要はない。それに騎士たちにも危ないことをしてほしくないと拒否してしまった。

 

 その優しさが、器しかなかった騎士たちの心に中身を注いだ栄養であると同時に、闇の書の騎士という役割を鈍らせる麻薬でもあり。

 また、闇の書と騎士たちそのものが八神はやてという少女を危機に晒す毒でもあったと気付いたのは本当に本当のギリギリだった。

 

 

 

 足の麻痺が少しずつ上へと進行し、内臓へと達して命に係わるまでそう時間がないと主治医である石田先生に告げられた時の衝撃は如何なものだったのか。

 

 

 

「助けなきゃ……はやてを助けなきゃ!!」

 

 はやての麻痺の進行が闇の書が原因であると告げられたヴィータが真っ先にそう反応した。

 見た目が主であるはやてに近い肉体年齢を持つ彼女は良くも悪くも4人の騎士たちの中で最も感情を表に出しやすい。

 だがそれこそが他の3人の騎士たちを決断させるきっかけになったのも事実だった。

 以前した闇の書を完成させないという約束。

 それを破り、罪を犯してでも主の平穏を取り戻すと誓ったのは既に4人が道具ではなく自分の意思を持つ生命であることの証拠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……手こずらせやがって!」

 

 ヴィータは構えを解きながら粗くなった呼吸で今回落とした標的を見る。

 左右に跳ねるように結わえられた栗色の髪の自身の主と同じ年頃の少女を。

 ここ最近、大きな魔力反応を察知した騎士たちはその魔力保持者を釣るために行動を開始した。

 出来ればはやてのように自分の資質に気付いていない非魔導士なら良かったのだが、どういうわけかデバイスを所持しており、交戦になってしまった。

 これが非魔導士なら魔法で眠らせて事が起こったことすら気付かせずに対応できたのだが、見た目にそぐわない実力に思いの外苦戦してしまった。

 もっとも、それに見合う成果は得られたわけだが。

 闇の書に魔導士の力の源たるリンカーコアを蒐集させてサポート担当であるシャマルに怪我を治癒させた。

 蒐集も最初の頃は地球に近い次元にある無人世界にいる大型の魔法生物を標的にしていたが、ここいらで狩れる魔法生物は大抵狩ってしまい、探し出すだけでも時間を消費するようになってしまった。

 人間相手に蒐集することはあったが、それも魔法生物を狩っている時に介入してきた魔導士だけに限定していた。

 目の前の少女がどういう経緯でデバイスを手に入れたのかは知らないが、管理局員ではない筈だ。そうでなければヴィータが襲撃してすぐに援軍を呼ばないのはおかしい。

 

 思った以上に闇の書の頁が埋まったことへの安堵と何の関係もない少女に襲いかかったことへの罪悪感から複雑な心境になる。

 

「ヴィータちゃん、この子の治療は終わったわ」

 

「あぁ。ありがとよ、シャマル」

 

 この時のヴィータとシャマルにとって蒐集した少女は闇の書を完成させるために必要なひとりの魔導士に過ぎなかった。

 人を襲ったという痛みはあれどそれ以上気にする必要のない相手。

 そうでなくなるのはそれから数日後の話だった。

 

 

 

 

 

 他の騎士たちが蒐集に行っている間に戦闘能力の低いサポート専門のシャマルははやての生活面での補助やシグナムたちが蒐集に出かけている言い訳などをするのが役割となっていた。

 今日も図書館で本を読んでいるはやてを迎えに行っていた。

 

 いつも通りはやてを見つけて帰る。それだけの筈だった。

 しかし遠目に見てはやては誰かと話している。背丈からしておそらくは同い年くらいの同性。

 シャマルははやてが大人と以外に話している姿を見たことがないのでどこかホッとした。そして微笑ましい気持ちになりながら目的の人物を呼ぶ。

 

「はやてちゃん!お迎えに来ました」

 

「あ、シャマル!ありがとな」

 

 振り返って礼を言う主。それに反応して話していた少女たち2人も立ち上がってこちらに挨拶する。

 その片方を見てシャマルは表情が固まった。

 

 栗色の髪をした三つ編みの少女が先日ヴィータが撃墜した少女と瓜二つだったからだ。

 

「どうしたん、シャマル?」

 

「あ、いえなんでも!」

 

 はやてに話しかけられてハッとなるシャマル。

 そこで気が付いた。その少女の右袖の中が空っぽであることに。

 その視線に気づいたのか三つ編みの少女は困ったように笑う。

 

「これですか?半年くらい前に事故で。気にしないでください」

 

「シャマルー。あんまりじろじろ見たらダメやろ?」

 

「そうですね。ごめんなさい……」

 

「いえいえ。もう慣れましたから」

 

 言いながら苦笑する。

 それから軽く頭を下げて自己紹介をした。

 

「月村すずかです」

 

「高町よつばです」

 

「私はシャマルと言います。はやてちゃんの遠縁の親戚です」

 

 そう言って当たり障りのない会話をしながら頭の中で情報をまとめていく。

 先日ヴィータが撃墜した少女の腕は間違いなく在った。

 治療したのはシャマルなのだから間違えようもない。

 ただ赤の他人というには余りにも似すぎている。

 少しだけ雑談を交わしながらシャマルが何気なく聞いてみた。

 

「そういえばお2人はご兄弟とかいらっしゃるんですか?」

 

「あ、はい。わたしはお姉ちゃんがひとり。今大学生なんです」

 

「わたしも大学生の兄がひとり。高校生の姉がひとりで。双子の姉がひとりですね。家は兄弟多いんです」

 

 それを聞いてシャマルは内心ピキリと音が出たのを感じた。

 

「ほーえぇなぁ。兄妹多くて」

 

「ふふ、ありがと。でもわたし末っ子だからね」

 

 などと会話している中でシャマルは表情を引き攣らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。シャマルは今日あった少女のことを他の騎士に話した。

 

「確かに似ているな」

 

 デバイスに記録させた映像を眺めてシグナムが難しい表情で腕を組んでいる。

 

「っ!わりぃ。アタシが蒐集を逸ったせいで……」

 

 そもそもの話、自分たちが住んでいる世界のそれもすぐ近くで蒐集をすること自体リスクが高かったのだ。

 最近蒐集のペースが落ちていたことからすぐ近くに大きな魔力反応に浮かれて行動に移してしまった。

 そんなヴィータの頭に手をシグナムが置く。

 

「気にするな。お前がやらなければ私がそうしていたかもしれん。一概にお前を責めることは出来んさ」

 

「だがどうする?この少女を主から引き離すことは?」

 

「難しい、と思う。今日会ってメール交換もしてたみたいだし。それにここ最近私たちが蒐集に時間を割いているせいで寂しい思いをしてるはやてちゃんにできたお友達に距離を取れなんてとても……」

 

 そんなことはこの場の誰に言えるのか。

 結局打開策は浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなヴィータが高町よつばと会うのにそれほど間は空かなかった。

 月村すずかと高町よつばが八神家に初めて訪れた際に会うこととなった。

 その日の蒐集はシグナムとザフィーラが行い、ヴィータは体を休めるのとはやての護衛を兼ねて家で休んでいた。

 

 それで昼くらいに来客として2人が訪れたのだ。

 やって来たはやての友人に一瞬ヴィータは目を見開く。

 映像で知っていたが、先日自分が襲った少女にそっくりだったからだ。

 

 軽く自己紹介をした後にこちらをじーっと見つめるよつばにヴィータは居心地が悪くなった。

 もしかしたら目の前の少女が自分の家族を襲ったのが誰か知っているのではないかと肩を縮める。

 それでも生来の気の強さで睨み返そうとすると相手は笑顔で――――。

 

「わぁ、可愛い!仲良くしよ!ね?」

 

 そう言って抱きついてきた。

 

「わっ!なにすんだよ!」

 

 とっさのことで押し返すとよつばは頬を掻く。

 

「あ、ごめんね。わたし末っ子だから自分より下の子と接する機会ってあんまりなくて」

 

「あはは。よつばちゃんはスキンシップ激しいなぁ」

 

「んーそうかな。自分だと自覚ないんだけど。あ、それより家のお店のケーキおみやげに持ってきたの。みんなで食べなさいって」

 

「そういえば前に実家が喫茶店言うてたなぁ」

 

「喫茶翠屋って言って雑誌に紹介されるくらいこの辺りじゃ有名なお店なんだよ」

 

「それは楽しみや」

 

 すずかの説明にはやては受け取ったケーキを冷蔵庫にしまう。

 その後、雑談したり家の中で埃を被ってたボードゲームなんかで遊び終え、食べたケーキは今までで1番美味しいと思った。

 

 それから頻繁というわけではないがそれなりによつばとすずかは八神家を訪れるようになった。

 そんなある日。

 

「ヴィータちゃんがアイス好きって聞いたから作ってみたんだけど、後で食べよ!かぼちゃのアイス!」

 

「へぇ。このかぼちゃのアイス。よつばちゃんが作ったん?」

 

「高校生のお姉ちゃんにだいぶ手伝ってもらったけどね。だからこれは美由希おねえちゃんとわたしの合作かな」

 

 後で感想聞かせてねと頭を撫でるよつば。

 

 そうして向けられる好意に無性に胸が痛んだ。

 目の前の少女と自分が襲った少女が姉妹であることは既に分かっている。

 そしてヴィータは彼女の双子の姉を一方的に襲った犯人なのだ。

 それが知られた時、目の前の少女は今まで通り接してくれるだろうか?

 きっと無理だろう。

 話を聞いてもどれだけ仲の良い姉妹か判るのだから。

 今こうして自分に好意を向けてくれる瞳が憎しみに変わる。

 そんな未来を想像するとヴィータは胸が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴィータちゃん!今日はお話、聞かせてもらうよ!」

 

「うっせ、バーカ!こんなことに関わってくんじゃねぇよ!!」

 

「自分から一方的に襲いかかって来てそれを言う!?それとなんでさっきから逃げ回ってるの!?」

 

「お前に関係あるかぁ!!」

 

 嘱託魔導士として立ち塞がる高町よつばの双子の姉。高町なのは。

 前回の敗戦の教訓からインテリジェンスデバイスと相性の良くないカートリッジシステムまで追加して手強くなっている。

 

 それを踏まえた上でヴィータはなのはに対して攻撃に転ずることが出来なかった。

 よつばと同じ顔の少女をもう一度傷つけることが怖かった。

 これ以上、あの少女が泣くようなことは自分の手でしたくなかった。

 

 だから戦闘区域内でひたすらになのはから逃げ回っているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた少しだけ時間が過ぎ、クリスマスの夜が来た。

 

 その日サプライズとしてよつばとすずか。今まで顔を合わせることがなかったアリサという金髪の少女。そしてなのはという名の少女が入院したはやての個室に現れた。

 

 向こうもヴィータを含めて守護騎士の姿を見て驚いていた。

 なのはがこちらに話しかけようとしたが、ヴィータにはただ顔を俯かせることしかできなかった。

 

 ささやかなクリスマスパーティーは終わり。

 病院の屋上でなのはと対峙する。

 

 

「なんでだよ……」

 

「え?」

 

「なんで、こんなことになっちまったんだよ……!」

 

 もう逃げられない。

 なのに闇の書を蒐集するまでのもう少しの間、時間を稼ぐために目の前の少女を傷付けなければならなかった。

 今管理局に自分たちのことが嗅ぎ付けられると困るから。

 そのために、なのはを傷付けたら仲良くしようと言ってくれた少女は今度こそ自分を軽蔑するだろうか?

 きっとそうなるのだろう。

 

 それは全て自分が招いたことで。自業自得なのだからどうしようもない。

 

 デバイス越しになのはを自分のデバイスで打ち付ける度に心が軋むのを感じた。

 

(早く!早く終わってくれよっ!!)

 

 その思いでデバイスを振るっていると突如自分がバインドされた。

 

「なっ!?」

 

 驚く間もなく頭に衝撃を受けてヴィータは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めるとそこは変わらず病院の屋上だった。

 ヴィータ自身もバインドで拘束されたままで、首に巻かれているバインドの所為か声も上げられない。

 

 そして、その耳には愛しい主の聞きたくない程に悲痛な声が届く。

 

「やめて!なんでこんなっ!?」

 

「はやてちゃん、わたしがどうして貴女と友達になってあげてたと思う?」

 

「え?」

 

 そしてはやてのすぐ傍に居るのは右腕のない少女、よつばだった。

 彼女は今まで見たことがないほどに醜悪な笑みではやてに話している。

 その顔を見てヴィータがあのよつばが偽者であることを看破した。

 

(その顔で、そんな表情すんじゃねぇ!!)

 

「知ってたよ。はやてちゃんが闇の書の主だってこと。それを知ってたから、今まで友達で居てあげてたんだよ。だって貴女には、それくらいしか価値がないでしょう?」

 

「そんな……」

 

 告げられる言葉。それが目に見えてはやてにショックを与えている。

 

(その姿でそんなこと言うんじゃねぇよ!よつばは、そんな表情しねぇし、そんなこと言う訳ねぇんだ!!)

 

 その醜悪な表情と刃のような言葉にヴィータは身じろぎしてはやてに騙されるな!そいつは偽者だ!と叫ぼうとした。

 だが声が絞り出せない。

 

 そうして浮遊魔法でよつばの偽物はヴィータへと近づいた。

 

「ありがとう、はやてちゃん。貴女はとても役に立つ友達だったよ」

 

 そうしてヴィータの胸に魔力で作られた刃を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編4:八神はやて『いつか向き合えるように』

原作と同じところはキングクリムゾンする所存です。

サブタイトル、変更しました。変えるつもりだったの忘れてた。


 高町よつばがとある所用で六課宿舎を訪れていた日の夜。

 よつばははやての自室でお茶を貰っていた。

 

「それにしても、よつばちゃんは子供の頃からあまり変わらへんなぁ」

 

「そうかな?」

 

「子供の頃、よつばちゃんはこんな大人になるんかなぁと思てたら、その通りに成長した感じがするんよ」

 

「そう?はやてちゃんは初めて会った時を思うと将来のイメージが結構ずれてるかも」

 

「ほー。子供の時はわたし、どんな大人になる思うとったん?」

 

「良妻賢母っていうか。大和撫子?時代が時代なら偉いお侍さんの奥さんになってそうな」

 

「それはたいそうなイメージやなぁ。で?今はどんな感じなん?」

 

「赤い狐か緑の狸!なんか、油断してると全然間違ったことを教えられそうで油断できない―――――」

 

 言葉の途中ではやてが笑顔でよつばの頬を引っ張り始める。

 その額には青筋が浮かんでいた。

 

「ハッハッハッ!おもろいこと言うなぁ!よつばちゃんは!」

 

「いひゃい!いひゃいよ!はひゃへひゃんっ!?」

 

 目尻に涙を溜める友達に息を吐いてはやては手を放した。

 

「まったく失礼するわぁ。まぁ確かに子供の頃に比べて擦れたのは自覚しとるけど」

 

 子供の頃から管理局という巨大な組織に身を置いていたはやては精神的に早く成熟することを周りに求められた。

 また彼女も、周りに騙されて家族や周りに迷惑にならないようにと、自分を磨いてきた。

 その所為で、子供の頃の純真さはだいぶ鳴りを潜めたのは自覚しているのだが、それは大人になれば誰でもそうだろう。

 

「それにしても昔かぁ。初めて会った時はこない長い付き合いになるとは思わなかったわ」

 

「初めてってアレだよね。わたしがまだ入院してて、はやてちゃんが足の検査に来てて」

 

「そーそー」

 

 そうして2人はしばし思い出話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神はやてが高町よつばという少女と初めて会ったのは彼女が足の検査に来ていた帰りだった。

 雲の騎士(家族)が現れて少し経った頃で。彼女たちはまだ平和な日本に馴染めていない頃の話。

 その日、はやては検査が思ったより早く終わり、お付きのシャマルが別用を済ませて戻ってくる間のことだ。

 暑さが増し、外へ出るにはちょっと辛い気温なために冷房の効いた病院で待っていた際に彼女の車椅子にぶつかる感触がした。

 

「わっ!?」

 

 車椅子の車輪に足を引っかけてしまい、バランスを崩したのが入院着を着た自分と同い年くらいの女の子だった。

 幸い、転ぶとまではいかなかったが手に抱えていた大量のお菓子を床に落としてしまう。

 

「あ~、やっちゃったぁ。あ!ごめんなさい、ちょっとぼぉっとしてて」

 

「いえ。こっちも変なところに停まっててごめんなさい」

 

 はやてが車椅子を止めていたのは通路の曲がり角の位置だ。ちょっと見えづらいかもしれないと反省する。

 落ちたお菓子を拾おうとする相手を見てはやてはその人物の右袖が空っぽなのに気付く。

 

 そういえば、前に主治医の石田先生がはやてと同い年の子が事故に遭って入院していると聞いたことがあった。その事故で右腕を失ったこともその時に聞いた。

 今まで見かけることはなかったが彼女がその人物なのだろう。

 落としたお菓子をはやても拾える範囲で拾い、女の子に渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

「はい、お礼にどうぞ!」

 

 渡されたのは1つのチョコレート菓子だった。

 

「ええの?」

 

「うん。正直、食べきれないし。こんなに買ったのがバレたらまたお母さんとかに怒られちゃうから」

 

 誤魔化すように笑う少女にはやては苦笑する。

 

「なら、遠慮なく。ありがとな」

 

「ううん。じゃあね」

 

 そう言って小さく手を振って別れた。

 そしてシャマルが来た頃に名前を聞き忘れていたことに気付くが、次の検査の時に会ったら名前を訊いてみようと決めた。

 なんとなくだが彼女ともう少し話してみたいと思ったから。

 

 しかし、次の検査の時にはその少女は退院したと石田に聞いて少しばかり落ち込むことになる。

 その少女との再会はそれから数カ月後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数カ月。家族である騎士たちが家を空けることが多くなって少しばかりの寂しさを感じていた頃だった。

 はやてはいつも通り図書館に訪れて本を読もうとしていたが、読みたい本が彼女では届かない位置に置かれており、諦めようと思っていた時だ。

 

「あの、これですか?」

 

 読みたかった本を取ってくれたのは長い黒髪の少女。

 はやては本を受け取ってお礼を言う。

 

「ありがとうございます」

 

 そうしたやり取りをしていると少し離れた位置から別の女の子が近づいて来た。

 

「すずかちゃん。なにか良い本見つかった?」

 

 近づいて来た人物を見てはやては目を丸くした。

 

「あれ?」

 

 向こうもこちらを見て首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「まさか2人が知り合いだったなんて」

 

「知り合いっていうか……入院していた時にちょっと話してね」

 

「あの時は名前、聞けへんかったけどな。今度は教えてくれへん?わたし、八神はやて言います」

 

「高町よつばです」

 

「私は月村すずか。よろしくね、はやてちゃん」

 

 3人は自己紹介をし合い、笑みを浮かべる。

 それから3人の話は思いの外弾んだ。

 今はどんな本にハマっているか、とか。

 すずかとはやては互いに自分と同い年の子がいることで話そうと切っ掛けを探していたが今日まで見つからずにいた事には2人揃って苦笑した。

 

「それじゃあ、すずかちゃんはお姉さんがひとり。よつばちゃんは双子のお姉さんがいるんやね」

 

「それと、歳が少し離れたお兄ちゃんとお姉ちゃんがひとりずつね」

 

「家族が多いんやね。羨ましいわぁ」

 

「はやてちゃんの方はどうなの?」

 

「わたしは兄弟姉妹とかは居てへんけど、今は遠縁の親戚の人と一緒に暮らしとるんよ。その人らが今の家族やね」

 

 はやての言い方に2人は少しばかり違和感を覚えたが無粋な追及はしなかった。

 そうして話しているとはやての家族と思しき女性が現れる。

 

「シグナム!」

 

「主はやて。お迎えに上がりました」

 

 凛とした佇まいの薄紅色の髪をした女性。

 彼女が主はやてと呼ぶのには首を傾げたがはやては苦笑して愛称やよ、と説明した。

 

 互いの携帯の番号などの連絡先を聞いた。

 この日が、八神はやてに友達が出来た日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、3人は頻繁に連絡を取るようになり、顔を合わせるようになった。

 これは、よつばの双子の姉であるなのはがとある事情で忙しくなったこともある。

 特に時間の空いているよつばは良く八神宅に遊びに来ていた訳で。

 

 

「よつばちゃんのお姉さん。最近忙しいん?」

 

「そうみたい。すずかちゃんとアリサちゃん。あ、アリサちゃんはもうひとりの友達ね。2人も習い事があるらしくてあんまり構ってくれないの。なのちゃんも最近また忙しいみたいだし。早くはやてちゃんと会わせたいんだけどね。絶対仲良くなれると思うのに」

 

「それは楽しみやなぁ」

 

 若干拗ねたような口調のよつばにはやてはクスクスと笑う。

 そして食べているケーキの感想を言う。

 

「それにしてもこのケーキ美味しいなぁ。コレ、よつばちゃんのご両親がやってる喫茶店のケーキなんやろ?」

 

「うん!何度か雑誌にも載ったことがある、ここら辺なら1番の人気店なんだよ!って……自分で言っちゃうと変に自慢してるように聞こえるかな?」

 

「そんなことないよー。前にすずかちゃんも同じこと言っとったし。それだけご両親のお店が好き言うんはええことやと思うで。でもそんなに有名なお店なら1回行ってみたいなぁ」

 

「うん、是非!はやてちゃんならいつでも大歓迎だよ!お菓子の持ち帰り販売とかもしてるから気に入ってくれたならよろしく!」

 

 そう言って両親が経営している喫茶店の宣伝をするよつばにはやては苦笑しながらもその姿に眩しいモノを見ていた。

 

「そっかー。なら今度みんなでお邪魔させてもらうわ。それはそうと、よつばちゃんってもしかして実はお菓子作りが得意だったりするん?」

 

 はやての質問によつばは肩をビクッと跳ねた。

 それも一瞬ですぐに笑顔を取り繕う。

 

「あはは。ちょっと前まではそうだったんだけどね。今は、ちょっと……」

 

 そう言って目を逸らし、無意識に右肩を掴むよつば。

 

 その答えにはやては自分の失言に言葉を失った。

 よつばの右腕は既に無い。

 もしかしたら高町よつばにとってお菓子作りとは趣味以上の価値のある行為だったのではないか?

 そう思い至った時、はやては自分の心無い言葉に顔を伏せた。

 気付いたよつばが慌てて弁解する。

 

「はやてちゃんが気にすることじゃないよ。それに今は目を向けなかったことに目を向けて趣味を増やしてる最中なんだ。だから……ね?」

 

 それが誰が見ても強がりだということは判っていた。

 しかしそれに乗る以外にはやてにどんな選択肢があっただろう?

 

「そっか。でもそれならお菓子作りは得意やったんやよね?なら今度わたしに教えてくれへん?」

 

 その言葉によつばは目を丸くした。

 

「わたし、和食とか普通の料理は得意なんやけど、お菓子とかはあんま作ったことないんよ。だから教えてくれる人が欲しい思っとたんや。だから、今度、2人で作らへん、お菓子」

 

 その言葉によつばは僅かに体を震わす。

 目尻に涙を溜めたままよつばは大きく頷く。

 

「うん!まっかせて。すっごく美味しいお菓子の作り方を教えてあげる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、八神はやては家族を疑うことなく時を過ごす。

 高町よつばや月村すずかと交友を深め、雲の騎士たちと平穏な日常を過ごす。

 その裏に血生臭い事象が起きていたことに目を背けながら。

 そしてその結果。彼女は2度と忘れられない光景を目にする事になる。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで!?やめて、よつばちゃん!?」

 

 ついさっきまではやての病室で行われたクリスマスパーティーに友人であるアリサとともに盛り上げてくれた友達。

 彼女の姉のなのはなど、初対面な人も多い中、色々と取り持ってくれた女の子。

 その子が今、見たことがない程に恐ろしい笑みを浮かべている。

 本当に同一人物なのか疑うほどに。

 よつばははやての心に傷を入れる言葉を続ける。

 

「ありがとう、はやてちゃん。貴女はとても役に立つ友達だったよ」

 

 そう言い、彼女の家族の首に刃物を突き刺した。

 

 ヴィータから大量の血液が噴き出し、最後には闇の書に取り込まれる。

 

「あ、ああああ、ああっ!?」

 

 こうして、聖夜の悪魔は幕開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如バインドで拘束され、菱形の殻に閉じ込められたなのはがそれらから解放されたのははやての身体が別物に変わった後だった。

 長い銀の髪に赤い瞳。

 年齢は守護騎士のシグナムと同い年くらいの女性。

 すでによつばに化けていた偽物はこの場におらず、なのははひとりでその人物と相対している。

 その赤い瞳から涙を流す。

 

「また、終わりが始まってしまった。だが、せめてその前に、我が主の願いは私が果たそう」

 

 その言葉を口火に、銀の女性は膨大な魔力を開放し、夜の空に黒い球体が広がる。なのはは必死にそれを防ぐ。

 

 

 

 

 

 闇の書の管制人格と高町なのはの戦闘は一方的だった。

 元より、近接戦に関してはさほど得意ではないことと、得意の中・遠距離攻撃も相手が上回っている。

 そしてなのはがあくまでも相手の説得に拘っていることもあり、さらに形勢が不利になっていた。

 これがもし、彼女が背中を預けられる相棒(パートナー)でもいれば、また話は違ってくるのだろうが、彼女は単体で闇の書を相手にしなくてはいけない状況だった。

 

 闇の書がなのはを砲撃魔法で地面に叩きつけた。

 すぐに体勢を整えるが構わず連射される攻撃に堪らず低空飛行で躱し続ける。

 それも全てとはいかず、直撃し、動きを止められた。

 

 こちらを仕留めようとする一撃が放たれる。

 なのはは、とっさにシールドを展開しようとしたが、それより先に高速で接近した何かが彼女を抱きかかえた。

 それにより、闇の書の攻撃は誰にも当たらずに済んだ。

 なのはは自分を助けてくれた人物の名を呼んだ。

 

「フェイトちゃん……」

 

「ごめん、遅くなった」

 

 現れたのはフェイトだけでなくユーノ、アルフも含まれていた。

 突如この空域に張られた結界と膨大な魔力から彼女たちはすぐさまここに駆け付けたのだ。

 

 なのははフェイトから体を離す。

 

「ありがとう、フェイトちゃん……」

 

「う、うん……」

 

 礼を言われてフェイトは嬉しそうに、だがどこか申し訳なさそうに顔を下に向けた。

 そんなフェイトに気付いた様子は無く、なのはは状況の説明を始めた。

 よつばとすずかの友人であるはやてが闇の書の主だったこと。

 今日のクリスマスパーティーで守護騎士たちと鉢合わせしてそれが発覚したこと。

 騎士たちが例の仮面の男によって闇の書に蒐集されて失ったショックで、はやてが闇の書の主として覚醒してしまったこと。

 それらを簡単に説明してユーノに問う。

 

「ユーノ君。ここからはやてちゃんを助ける方法は?」

 

「ごめん、なのは。今はまだ。せめて、闇の書の主が目覚めないとどうにも……」

 

「なら先ず、はやてちゃんを目覚めさせないといけないんだね!」

 

 なのはは自身のデバイスであるレイジングハートを強く握り締める。

 思い出すのは半年前のジュエルシード事件で大きな傷を負った妹の存在。

 また、ロストロギアが原因で奪われなくて良かったモノが奪われようとしている。

 その恐怖になのはは歯を喰いしばった。

 

「もう、あんな思いは、絶対に!!」

 

「なのはっ!?」

 

 焦燥感に動かされるままになのは闇の書に突撃する。

 その突進は闇の書のシールドに容易く防がれた。

 

「お前が、我が主の友人だというのなら、共に眠り、あの方を慰めてくれ」

 

 その言葉とともになのはの身体が突如光に包まれて浮遊している本に吸い込まれるようにしてその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 闇の書の中へと消えた高町なのはがどんな夢を見せられていたのか。それは別に語らせてもらうことにする。

 この後、フェイトたちの尽力によって目を覚ましたはやてが闇の書に新たな名前『リインフォース』を授けることで夜天の書の主として覚醒し、闇の書の呪いから切り離されることとなる。

 

 そうして暴走体となった闇の書はそこに集まった魔導士たちによって宇宙空間へと送られ、アースラに搭載されたアルカンシェルという兵器によって完全に消失し、闇の書の負の連鎖は断ち切られることなった。

 

 しかし時を待たずして、まだ暴走の危険を宿したリインフォースは自らの意思でこの世界と別れを告げた。はやてといくつかの約束を交わして。

 

 はやてや守護騎士たちの身柄は少しの間アースラの預かりとなり、そこで事情聴取などを受けた。それに携わったリンディやクロノはあくまでも今回の事件の被害のみの罪状に固定し、裁判を行う方針で資料を作成や根回しを行った。

 これには八神はやての保護者の立場にあるギル・グレアムも加担していると思われる。

 まだ完全に落ち着くには時間がかかるだろうが、事態は緩やかに収束していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これ、どない状況?)

 

 はやては自分の膝の上に顔を乗せて震えているよつばにどうしたら良いのか困惑していた。

 今日守護騎士たちはアースラの方に在住し、帰って来るのにはもうしばらくかかるとのことで。家には今、はやてひとりだけだ。

 そんな中、突然のよつばの訪問と今の状況である。混乱するなというのが無理な話だ。

 

「えーと、よつばちゃん?どうしたん?黙ってても困るんやけど」

 

 さすがにこの状態をずっと続けるわけにもいかずに問いかけると、よつばは顔を上げてうん、と頷いて説明を始めた。

 

「昨日、私の右腕の事故に関わってた子が謝りに来て……」

 

「それってフェイトちゃん?」

 

「……知ってるの?」

 

「うん。少しばかりお話しさせてもろた」

 

「そう……」

 

 はやてがアースラに身を預けている間に、なのはとフェイトの余所余所しさが気になって訊いてみた。

 それでリンディから大まかにではあるが以前、海鳴で起こった事件と2人の関係性を説明してくれた。

 はやても最初はよつばの右腕を含めて大怪我させた人物として思うところはあったが、あの聖夜で自分を助けるために尽力してくれたことや、実際話してみて大人しくて優しい子だということが分かり、すぐに仲良くなれた。

 またよつばもフェイトが謝罪に来た時の事情説明ではやてのことも大まかにに知っていた。

 

「あの2人の姿を見た時、ただ怖くて……逃げることしかできなくて……」

 

 泣き喚いてただ逃げた。

 赦すことも、負の感情をぶつけることもせずに何の答えも出さず、出させずに逃げたのだ。

 それがよつばの心に腫れとなって苛んでいる。

 そんな友人の姿を見て、はやても思う。

 これは、これから家族が、そして自分が見ることになる姿だと。

 

 昔、多くの人を傷付けた騎士たちを恨んでいる人たちはたくさんいるだろう。

 もしかしたら今のよつばよりも酷い状態の人だっているのかもしれない。

 いつかその人たちと話すときに自分たちはどんなことを言われるのだろう?

 家族ははやては関係ないと言ってくれる。そうなのかもしれない。

 だが一緒に背負うと決めたのははやて自身だ。でも結局それは―――――。

 

「離れるのが、嫌なだけやったのかもしれへんなぁ」

 

「はやてちゃん……?」

 

 天井を見上げて呟くはやてによつばは首を小さく傾げる。

 そしてはやてはよつばと向き合った。

 

「よつばちゃん、わたしな。家族が色んな人に迷惑かけてもうて。だからこれから少しずつその人たちにごめんなさいしようと思うんよ」

 

 それはよつばに訊かせると同時に自分自身に誓うような響きがあった。

 

「だってそうせな迷惑かけてしもうた人たちがいつまでたってもそこから動けへん。過去にすることができんと思う」

 

 それは赦すとかではなく。加害者が謝ることでようやく被害者はその選択を得ることができるのではないか。

 そしてそれがどんな選択肢であれ、選ぶことで向き合えるのではないか。

 それはきっと互いに辛いことだろうが、必要なことだとはやては思う。

 話を聞いてよつばは縋るようにはやてに言う。

 

「なら、わたしは……!」

 

「きっとまだよつばちゃんには時間が必要なんよ。焦らなくてええから。いつか答えを出して、フェイトちゃんともう一度向き合って上げて。わたしが言えるのはそれだけや」

 

 赦せ、なんて言えない。それは部外者でしかないはやてが強要して良いことではないから。

 ただ、もう一度いつか向き合ってほしいと、ただそれだけを願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「10年か。時間がかかったなぁ」

 

 しみじみと言うよつばにはやては苦笑する。

 

「でも、答えはちゃんと出たんやね」

 

「うん。明日、その準備をして、はやてちゃんがアドバイスしてくれたようにもう一度テスタロッサさんと向き合ってみようかなって」

 

「準備って……何かあるん?」

 

「うん!わたしなりにね。悪いことにはならないと思うから大船に乗ったつもりで待ってて!」

 

「タイタニック号でないことを祈るわ」

 

「ひどいよ!?」

 

 冗談を交わしながら時間は過ぎる。

 よつばの答えをフェイトにぶつける、1つ前の夜の話。

 

 

 

 

 




なのはがどんな夢を見せられたのかはなのは編で書きます。

次は主にシグナム視点からのなのは、フェイトの関係を書く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編5:シグナム&ザフィーラ『希望を忘れずに』

殆どシグナム視点です。


 闇の書という呪い(バグ)から解放され、リインフォースという家族を見送ってから本格的に管理局からの取り調べが始まった。

 

 本来なら闇の書の一部として破棄されても文句の言えない騎士たちを、今回の事件を担当しているリンディ・ハラオウンはどうにか回避できないかと動いているらしい。

 理由としては幾つか上げるのなら、まず騎士たちが歴史の生き証人であること。

 記憶の抜けている部分が有るとはいえ、千年の間にあらゆる主を渡って活動してきた騎士たちだ。それを無為に抹消することは歴史。特にベルカの聖王教会からすれば多大な損失となる。

 

 2つ目は純粋な戦力として。

 闇の書の騎士として各世界で相手を蒐集するために殺さずに戦ってきたその技術と経験は管理局からすれば、そのノウハウも含めて喉から手が出るほどに欲しい人材だ。

 

 最後に、ギル・グレアム提督。彼が今回の件に深く関わっているのも原因だ。

 彼は数年前から今代の闇の書の主を特定していながら管理局へ報告せずに資金援助をしていた。

 それもひとりの少女を空間凍結による封印を目論見ながら、だ。

 これが公になれば管理局もそれなりに責められる立場になる為、おいそれと注目を集める刑の執行にはしたくないという事情もある。

 

 その他の幾つかの事情が重なり、騎士たちの刑も異例の減刑となるだろう。

 もちろん、それが良いことと思えるのは当事者である騎士たちと家族であるはやて。そして好意的に接してくれる何人かだけで。その他大勢やかつて騎士たちに被害を受けた者やその身内からすれば冗談ではないだろうが。

 これから騎士たちは今まで素通りしてきた贖罪という道を歩まなければならない。

 そうした機会を貰えるだけでも有難いことだとは理解しているのだが。

 

「やはり、主はやての管理局入りは最低条件ですか?」

 

「えぇ。はっきり言えば、あなたたちだけを管理局を所属させても信用できないというのが大半でしょうね。あなたたちを従わせるための楔―――――いいえ、人質は必要だわ」

 

 自分で言いながらも僅かな嫌悪感が見える。リンディも完全に納得しているわけではないのだろう。

 シグナムからすればそう思ってくれる大人がいるだけで幾分か安堵を覚える。

 そこでリンディがクスリと笑った。

 

「それにしても他の騎士たちも皆はやてさんのことで同じ反応になったわ。善い主なのね、彼女は」

 

「えぇ。あの方と出会えたことが我々にとって最大の幸運です」

 

 システムでしかない自分たちに心を与えて、幸せを教えてくれた主。

 それを失うことの怖さも同時に得たが、それは何と愛おしいことか。

 

 きっとこれからは今まで目を逸らしてきたモノをたくさん見て、知ることになるだろう。

 それは心地よい感情ばかりではなく、身を切るような辛い思いもするのかもしれない。

 それでもモノクロな世界で生きるより、ずっと価値がある筈だ。

 

 そんなシグナムの様子をリンディは見定めるように。しかし、心を持つ彼女を喜ぶように目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情聴取を終えて、シグナムはアースラに用意された部屋に戻る途中に見知った顔を見つける。

 

「テスタロッサ!」

 

 呼ぶと、フェイト・テスタロッサはこちらに振り向いた。

 

「シグナム。事情聴取は終わったんですか?」

 

「あぁ。今しがたな。お前は、なにを?」

 

「はい。バルディッシュのメンテナンス記録に目を通してました。カートリッジシステムを積んで、まだ調整不足な面もあって」

 

「あぁ、成程な」

 

 本来、繊細なインテリジェントデバイスにベルカ式のカートリッジシステムを搭載することは推奨されていない。

 将来的にはともかく、まだまだ安全性などに問題がある。

 だから、メンテナンスと一緒にデータを取っているのだ。

 

「それに、バルディッシュを手にしていられる時間は限られていますから、少しでも長く触れていたくて」

 

「限られている?」

 

 首を傾げるシグナムにフェイトがあ、と説明する。

 

「私もシグナムたちと同じなんです。今回は特例で事件に関わらせてもらえましたけど、まだ刑期がありますから。だから必要な時以外はバルディッシュに触れられないんです」

 

 フェイトの説明にシグナムは驚く。

 目の前の少女が犯罪を犯すような人間には見えなかったからだ。

 付き合いと呼べるほど長い時間を共にしたわけではないが、フェイト・テスタロッサというのは分かりやすい程に善人に思えた。

 自分たちのように血の匂いも纏っていない真っ当な。

 しかし踏み込んで訊いて良いモノか判断できず、そうか、とだけ相槌を打った。

 

「だが、あの高町という少女。あの魔導士も頻繁に会いに来てくれるのだろう?」

 

 高町、と聞いてフェイトの肩が跳ねた。

 

「なのはとはあまり。私は、彼女に好かれていませんから……」

 

 視線を下に向けて哀しそうに呟くフェイト。

 一緒に戦っていたのだからてっきり戦友だと思っていた。

 だが、思い返してみれば、2人が会話をしているところは見たことがない。てっきり、念話で意思疎通しているものだと思っていた。

 

 後にフェイトとなのはの関係を聞いた八神家は誰もがなんとも言えない顔になる。

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日程経った後。シグナムはアースラの片隅で体を折りたたむようにして小さくし、泣いているフェイトを発見した。

 

「どうした?テスタロッサ」

 

「シグナム……どうして……?」

 

「ただの偶然だ。明日、一時帰宅が許されてな。部屋に戻る途中で泣き声が聞こえた」

 

 シグナムの言葉を聞いて恥ずかしそうに赤かった顔をさらに赤くするフェイト。

 

「なんでも、ないんです……だいじょうぶ、ですから」

 

「こんなところで泣いていて大丈夫もないだろう。私などに話してもどうにもならないかもしれないが、吐き出して楽になることもあると聞く。話くらいは聞くぞ?」

 

 これまで戦うための存在として在った自分に気の利いたことが言えるとは思えないが、それでもこの場を見なかったことにするのはなんとなく気が引けた。

 

(これも、主はやての影響か)

 

 以前の自分なら誰が泣こうと気にも留めなかっただろう。それこそ、同類である騎士たちでようやく気にするかどうかというところで。

 こうして周りに意識が向くことが良い変化だと信じたい。

 フェイトは俯いて黙りこくっていたが、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。彼女も本心では誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 

「……今日、なのはの家に行ったんです。その、妹さんに謝りに……」

 

「あぁ……」

 

 高町よつば。

 月村すずか同様にはやての友人。彼女の失った右腕の原因を作ったのがフェイトとアルフだとは先日聞き及んだ。

 その謝罪に行ったということは、その結果が芳しくなかったのだろう。

 

「私たちの姿を見てすごく怯えてて……顔を真っ青になってて……心配で近づいたら、ものすごく、泣き出し始めて……それで、ご家族も、私たちを赦すことは出来ないって……」

 

 話を聞きながらシグナムはもしはやてに大怪我を負わせた者が現れたら、自分は赦せるだろうか?と自問する。

 明確な答えは出ないが、きっと生半可なことでは赦すと言えないだろうと思った。

 

 そう考えていると、フェイトの話は続く。

 

「今回の事件で、なのはと一緒に事件を解決するために行動して。訓練したりして。少しだけ、溝が埋まったような気がしたんです。これから、仲良くなってやり直せるかもって、心のどこかで、考えていたのかもしれません。バカですよね。そんなわけないのに」

 

 フェイト・テスタロッサと高町なのはが一緒に行動しようと高町よつばには関係がない。そんなことは重々承知だったはずなのだ。

 しかし2人が双子だった故か。それとも、事件の時に言われたお礼の言葉が原因か。期待したのだ。

 やり直しの機会を。

 

 顔を伏しているフェイトにシグナムは顔を上に上げて呟く。

 

「難しいな。赦すことも。赦されることも」

 

 シグナムの呟きにフェイトは顔を上げる。

 

「先日、ギル・グレアムと主はやてが会ってな。今回の件での説明と謝罪を受けた。主はやてはほとんどの謝罪を受け入れたが、ひとつだけ赦すことをしなかった」

 

「え!?」

 

 シグナムの言葉にフェイトは目を見開く。

 はやてと話したのは少しだけだが、あの温和な少女が赦さないという姿が想像できなかったから。

 

「それは、闇の書を覚醒させる際に、よつば殿の姿を使ってヴィータを傷付けたことだ。それだけは、理解は出来ても納得は出来ないそうだ」

 

 闇の書を覚醒させるには蒐集で全て頁が埋まることと主の強烈な感情が必要だ。それを揺さぶるためにはやての友人の姿を使い、酷い言葉を投げかけた。

 だが、必要だったからといって納得できるかは違う。

 だからそれだけは、はやては赦すことをしなかった。

 

「赦さない、ということはそれだけその者の中で大事なことということだ。それを侵した以上、簡単に流せないのは当然だ」

 

「はい……」

 

 そのことは、フェイトにも理解できる。自分の大事なものが傷つけられる。それを憤るのは人として当然の感情だ。

 

「だが、期待することは、きっと悪いことではない」

 

「え?」

 

 シグナムは自分の手の平を見つめる。

 数えることがもうできない程に多くの主を渡り、血に染まった自分の手。

 いや、手だけではない。この身は血を浴びなかった個所は無く。きっと多くの者が自分たちの不幸を望んでいるだろう。

 それでも期待した。

 

 蒐集という愚かな行為に走りながらも主の幸せを。そしてできることなら、その傍で自分たちが微笑んで過ごせることを。

 

 それが現実になるのかは別問題だが。そう願い、希望を持つことは間違いではないと思いたい。

 それはきっと生きている以上、止めることのできない想いだから。

 

「間違ってしまったのなら、せめて気付いてからは胸を張って生きて―――――すまないな、上手く言葉に出来ない」

 

 間違いだらけのこれまでだったのかもしれない。そのせいで多くの者が恨んでいるだろう。その者たちが望むように自分たちが消えても、それは残された家族()がひとり悲しむ結果になる。

 赦されなくとも。

 自己満足のエゴでも。

 都合のいい答えでも。

 今度こそ正しい道で家族の幸せを想えるなら。

 

「私が言いたいのは、一度の失敗で全てが終わったような顔をするなということだ。テスタロッサがそうなら、我々はもうどうしようもないではないか」

 

 最後は少しだけ茶目っ気を出してシグナムを肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、と……本当にザフィーラ?」

 

「そうやよ?よつばちゃんはこっちの姿を見るんは初めてやったよね?」

 

 よつばは目の前にいる筋肉質の20代後半の犬耳を生やした男性を見上げている。

 魔法のことを知ったよつばにはやてがザフィーラの人間形態に変身する姿を見せた。

 

 大きな青い()が人型の姿になる瞬間はよつばの常識を破壊するに充分なインパクトがあった。

 その事実を認めてよつばは顔を真っ赤にした。

 

「ご、ゴメンなさい!?」

 

 突然謝罪を始めたよつばにザフィーラとはやては首を傾げた。

 

「え?なんで謝るん?」

 

「だ、だってこれまで背中に乗ったり、抱きついたりしてたし、その……」

 

 狼狽しながらもどうにか説明するよつば。

 アリサの家にもいない大きな犬の背中に乗って家の中を移動してもらったり。頭を撫でたり抱きついたり。

 それが全て、今目の前にいる男性の姿に変換された。なんというか、すごく居た堪れない。

 

「いや、別に気にする必要ないんよ?な、ザフィーラ」

 

「はい。子供2人を背中に乗せるなど、苦でもありませんので」

 

「うん!そうじゃない!そうじゃなくてですね!!」

 

 あれ?自分の感性がおかしいのかなぁと心のどこかで思いつつよつばはどうにか自分の今の心境を説明した。

 

 ちなみに数日後。以前温泉旅行に行った際に一緒にお風呂に入ったフェレットの真実を知って、よつばが茹でダコのように顔を真っ赤にしてユーノ・スクライアという少年にビンタをかますことになるのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 




八神家側の視点だと闇の書事件の補完になってないと気付いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編6:月村すずか『その夢は私たちみんなの夢だから』

この作品、今日お気に入りが急に伸びてなんと千を突破しました。
だからなんとしても今日中に投稿しなければと思いました。

お気に入り、評価、感想、誤字報告をくれた皆さまに心からの感謝を申し上げます。


「ねぇ、お姉ちゃん。やっぱりその機能は要らないんじゃないかなぁ」

 

 呆れるようなすずかの声に姉である忍は力強く説得する。

 

「なにを言ってるの、すずか!これはよつばちゃんの身を守るのに必要な機能よ!」

 

 すずかが中学生に上がり、最初の夏休みを迎えた8月の終わり頃。2人はあーだこーだと意見を言い合っていた。

 それはすずかの親友であり、忍の将来の義妹となる少女。高町よつばの義手についてだ。

 数年前、不幸な事故で片腕を失い、将来の夢を絶たれた少女。

 月村姉妹はそれを何とかしようとここ数年、義手の製造を独自に行っていた。

 月村の家は訳あって高度な工学技術を保有している。

 最初は忍から知識を学んでいたすずかも、今ではこうして意見を言えるようになっていた。

 

「でもお姉ちゃん。ロケットパンチなんて1回使ったら腕が飛んでいっちゃって回収が大変なんじゃないかな。それに機械の腕を飛ばすだけの推力なんてよつばちゃん自身が逆に飛んじゃいそうだよ」

 

「うぐっ!?な、ならワイヤー式にするのよ!飛んでいっても巻き戻る感じにして―――――」

 

「それだとワイヤーに引っ張られて最悪また崖から落ちちゃうんじゃないかな?」

 

「……」

 

 すずかの指摘に忍は頭を悩ませる。すずかとしては確りと動く腕ならいいと思うのだが、忍としてはどうしてもそうしたオプションを付けたいらしい。

 だが、忍の言い分も分からなくはない。

 よつばが崖から落ちたのは見知らぬ人に絡まれたのが原因と聞く。もしもの時の為に自衛手段が必要という意見は間違っていない。

 

「な、なら手の平から銃弾が飛び出すのはどうかしら!これならそう危険もないわ!」

 

「それもう銃刀法違反だよね!?よつばちゃんに危険がなくても相手が死んじゃうよ!?」

 

 ただ、アイディアが斜め上を行っている感は否めないが。

 

 忍が義手の機能に拘る傍ら、すずかはその見た目に拘っていた。

 あの少女の夢を叶えるなら、見た目はなるべく本物の腕に近い方がいい。

 その為に多くの材質を試している。

 

 2人で意見を出し合っていると部屋の外からノックの音が聞こえた。

 

「すずかお嬢様。そろそろお時間です」

 

「え!も、もう!?」

 

 室内にある時計を見るとそろそろ外行きの支度をしないと間に合わない。

 話に夢中で時間を忘れていた。

 

「じゃ、じゃあ私、行ってくるね!お姉ちゃん変な機能つけちゃダメだからね!」

 

 姉に釘を刺して慌てて作業場を出るすずか。

 そんな妹に忍は苦笑しながらはいはいと手を振る。

 妹が部屋から出たのを確認して部屋に置かれている機械の腕を見る。

 

「もう少しで完成するのね」

 

 4年の製作期間を経てようやく形となった義手を忍は嬉しそうに撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン、遅れちゃった!」

 

「いやいや。時間ピッタリやよすずかちゃん」

 

 最後に合流したすずかが謝罪するとはやてがフォローする。

 夏休みも終わりを迎える前に皆で盛大に騒ごうと集まった。

 

「今日はどうする?」

 

「とりあえず、ショッピングモールに行けばいいんじゃないかな?あそこなら映画館でもカラオケでもなんでも在るし」

 

「カラオケかぁ。ええな。久しぶりになのはちゃんとよつばちゃんのデュエット聴きたいわぁ」

 

 そう話しながら足はショッピングモールへと向かう。

 先ずは買い物からとデパートの中にある洋服店に着いた。

 

「そういえば、2週間前の旅行は面白かったわね」

 

 アリサが始めた話題によつばは口元をひくつかせる。

 夏休みに2泊3日の旅行で山奥にある少し遠出の宿に泊まった。

 景色の良い場所で泊まったその日は祭りなども催していて大いに楽しんだ。

 

 そして2日目の夜に始めた肝試しで2人1組になってよつばはヴィータと一緒に目的地まで決められたルートを歩いていた。

 仲の良いヴィータと歩いて知らない道だったが楽しんでいたのだが、月村忍が本気を出して製作した着ぐるみ。

 それはオバケや妖怪というより、もはやエイリアン。

 無駄にクオリティを高めたその着ぐるみを着た恭也が脅かしに現れた際にそれを見たヴィータは一瞬驚いたが他の世界で数多くの怪物を相手にしていたからかすぐに平静を取り戻した。

 しかし、よつばはそのまま無表情で立ち尽くしていた。

 さすがにまったく反応のないことを不審に思った恭也が声で正体を明かして近づくと膝を折って倒れてしまった。

 どうやら恭也が脅かしに現れた瞬間に失神したらしく、ちょっとした騒ぎになって朝方まで意識を失ったのだ。

 

「いやー、あれには呆れたわー」

 

「そうそう。着ぐるみ着たままのお兄ちゃんがよつばちゃんを背負って戻って来て」

 

「思い出させないでよ……あの後、みんなに笑われてすっごく恥ずかしかったんだよ?アリサちゃんとはやてちゃんなんてお腹抱えて笑ってるし」

 

「拗ねない拗ねない。面白かったわよ」

 

「お姉ちゃんもあそこまで驚いてくれて作った甲斐があったって喜んでたよ?」

 

「フォローになってないよ……」

 

 ぷい、とそっぽ向くよつばを4人が笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 小物売り場で少しバラけて行動している。すずかはよつばと一緒に行動していた。

 

「あ、これかわいい!」

 

 置いてあるポーチに触れる。そんな無邪気な親友の姿にすずかは話題を振った。

 それは、もうすぐ完成する義手に気持ちが浮ついていたのかもしれない。

 

「ねぇ、よつばちゃん。少し、訊いてもいいかな?」

 

「なぁに~、改まって?」

 

「うん……最近は、その……お料理、とか……お菓子作りとか、しないの?」

 

 すずかの質問によつばは一瞬表情が消えたがすぐに笑みを作った。

 

「あはは……今は、全然。ほら、右腕もコレだし、邪魔しちゃ悪いから。今じゃなのちゃんのほうがおいしいもの作れるよ、きっと。昔の私より」

 

 それはとても寂しそうで、悔しそうという2つの感情を内包しながら、全て笑みを作ることで覆い隠してしまった見ている方が辛い笑顔。

 

「よつばちゃん。私ね。子供の頃。よつばちゃんに憧れてたの」

 

 すずかのよつばに対する自分の想いを告白した。それに目を丸くするよつば。

 

「すごく真剣にお菓子を作ってる姿を見て。将来、翠屋で働きたいって眼を輝かせてたよつばちゃんをカッコいいって思ってた。今もそれは変わってないから」

 

 すずかの言葉に申し訳なさそうに視線を逸らしながら言葉を返す。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……もう、私は……」

 

「『もう』、じゃない。『まだ』、だよ」

 

 すずかがよつばの左手を握る。

 手を握るすずかの顔はとても哀しそうだった。

 

「絶対に、よつばちゃんの夢を私が繋いで見せるから……だから、『まだ』諦めないで……!」

 

 それは祈るように、伸ばされた可能性。

 戸惑いながらもよつばはその想いに少しだけ心を寄せる。

 

「子供の頃。わたしが作ったお菓子を食べて、美味しいって言ってもらえるのが嬉しくて好きだった。お母さんに少しずつ認めてもらえて。アリサちゃんにアドバイスを貰ったり。わたしが作っている後ろで楽しみに待ってくれる家族や。はやてちゃんたちにも、いつか、わたしが作ったお菓子を食べて欲しいって思ったこともあった」

 

 以前は、稀に八神家でお菓子作りを手伝うことはあったが今はもうそれすらご無沙汰だ。

 

 もうどうしようもないから、諦めた。

 夢に拘って痛々しい自分を見て表情を曇らせる家族を見るのがもう嫌だったから興味を失ったフリを続けている。

 でもやっぱりやりたいことと訊かれて、1番に思い浮かぶのは。

 

「今でも思うの。あの事故が起きなかったらって。そうしたらさ、色んな事がもっと上手く回ってたんじゃないかって」

 

 例えば復学したばかりの頃に距離を取られた子たちとも今でも仲が良く。嫌がらせも受けることも無く。

 今も無邪気に将来を信じて歩けたのではないか?

 

 でも、もうそれは取り戻せない過去の未来で。

 あの事故の原因を作った2人から謝罪を聞いた。

 真剣に、心から悪いと思って謝ったことは理解している。赦したいという思いもある。

 それでも、在りえたかもしれない未来を思うと、どうしても心が搔き乱される。

 もしかしたら自分は、自分が思う以上に心が狭いのかもしれない。

 

 それでも、そんな自分の夢に『まだ』が、在るなら。

 

「よつばちゃんの夢は、私たちみんなの夢だよ。それを叶えるために私も出来ることをするって決めたから。祈るから。願うから。だから、諦めないで!」

 

 強く諭すすずかによつばはこれ以上言葉を紡ぐことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し時間が進み、月村姉妹が訪れる。

 

「これは……?」

 

「義手です。ここ数年、ずっと製作していました」

 

 桃子の問いに忍が説明する。

 よつばの事故以来、月村家が義手や義足などを製造するメーカーを立ち上げたこと。

 今回持ってきたのはその試作品であること。

 

「義手を付けるために傷口を合わせる必要などがありますから一度手術と入院は必要ですが、自由に動かせるようになれば本物の腕と同じだけ動かせるはずです。触覚も再現されてますから尚のこと」

 

 説明を受けながら戸惑う高町家。

 そこで受け取るよつばは躊躇いがちに拒否する。

 

「あの……せっかくですけど、貰えません、こんなに高そうな物……」

 

 よつばとて中学生だ。物の価値はある程度分かる。これが、お友達からのプレゼント感覚で貰っていい物でないことくらいには。

 

「それは気にしなくていいんだけど……それにこれは試作品だから、データを取るためにも付けて欲しいの、ダメ?」

 

 忍に可愛らしくお願いされるがよつばはどうしたら良いのか判断できない様子だ。

 そんな妹に恭也が息を吐く。

 

「よつば、貰っておけ」

 

「お兄ちゃん!」

 

「実は黙っていたが父さんたちもお前にいずれ義手を付けるつもりだったんだ。そのために昔の伝手から信頼できる企業を探していた。まぁ、お金の問題とかもあったしな。忍やすずかちゃんが作った物なら他の物より俺たちも安心できる」

 

 よつばが隻腕になって高町夫妻も義手について考えていた。

 しかし、よつばが遠慮してしまうことでどう説得するか悩んでいた面もある。

 すずかがそこで発言する。

 

「よつばちゃん。この義手ね。見た目も本物の腕と変わらないように頑張って作ったの。もう一度、よつばちゃんに夢を見て欲しくて。私、またよつばちゃんが作ったお菓子、食べたいな」

 

 すずかの言葉に少し前、よつばの夢を繋ぐと言った発言を思い出す。彼女は慰めでも強がりでもなく、ずっと自分のために頑張ってくれていたのだと気付く。

 これを受け取らないのはその気持ちを捨てる行為で。

 

 よつばはすずかと忍に頭を下げる。

 

「よろしく、お願いします」

 

 頭を下げて、とても嬉しかった。泣くのを堪えるのが大変な程に。

 自分はこんなにも周りに恵まれている。

 それが誇らしくて。そんな周りに胸を張れるようになりたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話がまとまりよつばは義手を取り付けるための検査を受けた。

 それに合わせて月村姉妹も義手を調整する。

 

 手術を終えて義手を繋いだ当初はまったく動かせなかった腕もリハビリと練習を重ねることで少しずつ動かせるようになっていった。

 肘が動き、手首が動き、指が動いて物を持つことも出来るようになった。

 

 家族や友人の世話になりながら、少しずつ右腕はその動作を増やしていった。

 弱音を吐かず、よつばはずっとリハビリを続けた。

 

 そして―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、中学3年の最後のクリスマス・イヴ。

 前夜は仲の良い友達。特に最後の学生としてのクリスマスとなるなのはとはやてのために親友だけで集まってパーティーをすることになった。

 

 そしてクリスマス当日は家族と過ごす流れになる。

 

 

 5人は今日、はやての家に集まっていた。

 はやてとリイン以外の家族は今日までミッドチルダで仕事があり、帰って来るのは明日の昼頃になるだろう。

 

 だからこの場に居るのはいつものメンバーとリインフォース・ツヴァイだけだ。

 

「なのはたちは来年卒業してミッドチルダ(向こう)に行っちゃうのよね。なんかまだ実感湧かないわぁ」

 

「にゃはは。実はわたしも。向こうで仕事するのも慣れてきたけど、ひとり暮らしするって実感はね」

 

「わたしはもう向こうで家買ってこっちの家は引き払うことになるやろなぁ」

 

 アリサとすずかに魔法や次元世界のことを話したのはよつばが義手を取り付けて、自分の夢をまた追うことを決めて、なのはに自分のやりたいことを再確認させてからだ。

 

 初めは中学を卒業後、あまり会えなくなるという話にアリサが怒ったりしたが、最終的には本人の意思を尊重した。

 

「ま、来年は会えるか分からないって言うし、今日は全力で騒ぐわよ!」

 

『オーッ!!』

 

 アリサの号令に全員が握り拳を掲げた。

 これまでの思い出を語り、これからの展望を話し、クリスマスプレゼントを交換したりして楽しそうな声が室内に響き続ける。

 

 最後によつばが持ってきたケーキの切り分けに入った。

 ケーキを切るよつばにリインが質問する。

 

「よつばさん。どうして1回ケーキを切るたびに熱湯に包丁を浸けるんですか?」

 

「こうしないと、ケーキのカスとかが付いて綺麗に切れないからだよ。ケーキ屋さんとかのケーキはすごい綺麗に切り分けられてるでしょ?」

 

「あ、なるほどですぅ!さすがよつばさん、詳しいですね!」

 

 感心したようにはしゃぐリインによつばはむず痒い気持ちになって熱湯に浸けた包丁を布で拭く。

 切り分けたケーキを配り終わる。

 今回持参したのはよつばが作ったお手製のケーキだ。

 

「美味しい!前に食べたときより美味しいわ。今度作り方教えてくれへん?」

 

「ダメです!わたしが作った物だけどレシピ自体は翠屋の物だからお教えできません!」

 

 指でバッテンを作って断るよつばにはやてはちぇーと口元を尖らせた。

 

「よつばは高等部に上がったら翠屋で本格的に働くの?」

 

「うん。今まではウェイトレスや広告を張ったりとか調理関係も誰でもできる部分しか手伝わなかったけど、高校から本格的に厨房にも関わらせてもらえるから」

 

「う~。あまり家のお仕事を手伝わなかった身としては耳が痛いなぁ」

 

 なのはの自虐に笑いが起こる。

 その間によつばはすずかの横に座る。

 

「ありがとうね、すずかちゃん」

 

「どうしたの突然?」

 

「色々。こうしてまた好きなことができるようになって、やっぱり嬉しいなって再確認したから……義手のこともあるけど、1年の夏休みに諦めて不貞腐れてたわたしに檄を飛ばしてくれて」

 

 皆にはお礼を言っても言い足りないが、あの時励ましてくれたすずかには特に言いたかった。

 

「ねぇ、よつばちゃん」

 

「んー?」

 

 よつばを反応するとすずかは生クリームが塗られたケーキのスポンジをフォークで切り、口に運ぶ。

 うん、と頷いて自然と笑顔になる。

 

「美味しいね、とっても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




余談ですが、よつばの義手には自衛目的で忍が仕込んだスタンガンが内蔵されています。最大出力でNARUTOの千鳥ゴッコができます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編7:リンディ・ハラオウン『母同士の会話』

リンディ編っていうかリンディと桃子編みたいな感じです。





 数年ぶりに訪れた海鳴は、記憶と大差ない町並みだった。

 海に近く、緑が人の生活に煩わしくない程度に整えられた町。大都会と言うほどに人が溢れかえっているわけでなく、田舎と言うほどに人が少なく閉鎖的でもない。

 いつか管理局を辞めるならこういう町でゆっくりと過ごしたいと思えるほどにリンディ・ハラオウンは海鳴の町を好いていた。

 

「それにしても、まさかなのはさんが……」

 

 かつて、この世界で起きた2つの事件の解決に尽力してくれた優しい少女。つい最近、養子として迎え入れたフェイトと同い年だから12、3だ。

 とあることから管理局とは距離を置き、最後に会ったのは闇の書事件の裁判が正式に決着した時だったか。

 

 何故今になって、という疑問はあるがそれは本人から聞かなければ分からないだろう。

 

 前線から身を引き、人事部に移動した局員という立場から言えば大歓迎。

 私人として言うなら高町なのはが魔法に関わるのは反対よりの中立と言ったところだ

 これ以上、こちらの世界に関わることでなのはが傷を負うことが怖い。

 あの少女は自分が傷つくことを厭わない子だからこそ。

 心も体もボロボロにするのではないかと思ってしまう。

 

「まぁ、とにかく会ってみないとね」

 

 そう思って足を進めるとかつて訪れた家に着く。

 インターフォンを押すと声が聞こえた。

 

『はい。どなたですか?』

 

「今日こちらにお伺いする予定のリンディ・ハラオウンです」

 

『あ、はい聞いてます!ちょっと待ってください!』

 

 そこでインターフォンの通信が切れる。

 数秒遅れでドアが開いた。

 

 中から出て来たのはなのは、なのはの双子の妹のよつばだった。

 

「お久しぶりです、リンディさん!」

 

「えぇ。よつばさんよね。貴女も元気そうで良かったわ」

 

 深々と頭を下げるよつばにリンディも軽く会釈した。

 そこでよつばの右腕を見る。そこには左手に比べて少しだけ浅黒い右手があった。

 

「あ、これ最近付けたんです。まだ全然上手く動かせないんですけど」

 

 よつばの右腕の肘から下がゆっくりとぎこちなく動く。

 照れ臭そうに笑みを浮かべるよつば。

 リンディはその笑みに申し訳ない思いになる。

 

 ジュエルシード事件後。リンディは高町よつばになのはの功績への報償として義手を送ろうとしたが、上の方で却下された。

 デバイスのように隠しがたく、衆目に晒される義手を送ることは管理局の技術流出につながり、地球の技術にどのような影響を与えるか不明だからだ。

 結局そのことはフェイトどころかクロノやエイミイにも話していない。

 

「さ、入ってください!なのちゃんも待ってますから!」

 

 中へ通されてリンディは靴を脱いで中へと入った。

 案内されるとそこには高町家の面々が揃っている。

 

「お久しぶりです、リンディさん」

 

「えぇ。お久しぶりです桃子さん。それに皆さんも」

 

 席を勧められてリンディはソファーへと腰かける。

 リンディは自分を真っ直ぐと見つめるなのはを見た。

 以前に会った時より髪が伸び、左側に纏めた髪型に変わっており、顔立ちや身長からも大人っぽくなったと思う。

 そんな彼女は真っ直ぐとしかし緊張した面持ちでリンディを見ている。

 

「早速ですが本題に入らせていただきます。今回、なのはさんが管理局への入局を希望しているということなのですか、何故今になって?」

 

 

 あれから既に4年。魔法のことも管理局のことも思い出に埋もれるだけの時間は経ったはず。それをあの後すぐにではなく言い出すのではなくこのタイミングで、という疑問がリンディにはあった。

 リンディの質問になのは自分の想いを確認するために口を開いた。

 

「ずっと忘れようって思ってたんです。魔法のこととも。管理局のことも。よつばちゃんのこともあってこれ以上家族に心配もかけたくなくて、ずっと自分の気持ちに蓋をしてきました。でも―――――」

 

 なのははずっと燻ぶっていた。

 魔法を使いたいという胸の中で渦巻いているのに、魔法を知る前に戻ったかのようにその存在を無視した。

 次第に、家族は言うに及ばず。はやてなど今も現役の魔導士として活躍している彼女たちもその話題に触れなくなった。

 

「忘れられないまま、未練ばかり募らせていた私に、よつばちゃんが後押ししてくれました。わたしが、1番やりたいことをして欲しいって」

 

 リンディがよつばを見る。本人はなのはを見ていて自分に向けられている視線に気づいていないが。

 彼女は、あの病室で初めて会った時のように姉の想いに気付いてそれを勧めたのだ。

 

「ジュエルシードの時や、リインフォースさんの時は、大したことも出来なくて、悔しくて……わたしが1番出来ることで誰かの力になって助けられるようになりたいんです!やらないで後悔だけはしたくありません!」

 

 首から胸に提げてあるレイジングハートの上から自分の胸を押さえる。

 きっと、不安はあったのだろう。

 またこちら側に関わって家族が怪我をする事態になったら。

 そんな恐怖もあった筈だ。

 それでも勇気を出して彼女は自分の夢に進もうと決めたのだ。

 リンディにはその決断が嬉しく、また申し訳なく思う。

 平穏な世界から戦う人生(みち)を選択させてしまったことに。

 

「なのはさんの気持ちはわかりました。過去の事件の功績からもなのはさんが局員となることを反発する人はいないでしょう。それでも先ずは研修を受けてもらうことになると思いますが。桃子さんたちには必要な書類などで何度か訪問させてもらうことになると思いますが」

 

「どうか、娘を宜しくお願いします」

 

 桃子と士郎はそうして頭を下げる。

 その小刻みに震えた身体が、桃子の心情を表しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、書類などを届けるために再び高町家へと訪れる。なのはたちが学校に行っている時間帯だった。

 ミッド語に明るくない高町夫妻のためにリンディが幾つか質問を重ねて手書き欄を埋めていき、書類に判子を押してもらう。

 そうしてる中で桃子が口を開いた。

 

「酷い親だと思いますか?よつばがあんなことになって、それでもなのはにそちらに行くことを許したことを」

 

 本当にこれで良いのかと、苦悩する表情で問う桃子にリンディは真剣に返答した。

 

「いえ、それに関しては私はどうこうとは言えません。私自身、息子が幼い頃から管理局に籍を置いていましたから」

 

 息子のクロノが管理局に入りたいと言ってきたとき、自分はどう思っただろうか。

 子供でありながら甘えることより大人になろうと前進することを選んだクロノ。

 自分や亡き夫と同じ道を志してくれた事への嬉しさと誇らしさ。同時に胸の奥に燻ぶる自分の親としての不甲斐無さ。

 結果的に見ればクロノは管理局内で評価を上げていき、世間一般で言えば出来た息子なのだろう。

 だが、それを耳にする度に、時折自分は親として決定的な何かを間違えたのではないかと不安に思うことがある。

 管理局、というよりミッドを含めた次元世界の就職年齢は低い。近年それが問題視されてきたが解決案が出されるのはいつになるのか。また、クロノを含めたいくつかの成功例があるからこそ先送りになっているという事実もある。

 と、思考が脱線しかけたところで桃子が再度口を開いた。

 

「初めてだったんです。なのはが、あんなにも真剣に自分の夢を私たちに語ったのは……」

 

 子供の頃によつばはよく翠屋で働きたいと言っていた。

 しかしなのはがそうした自分がやりたいことを口にしたのを聞いたことがない。

 まだ子供だし、そういうものかもしれないと思い、深く考えてはいなかった。

 今回の件でもなのはが迷いながら入局したいと言えば、その夢を否定していたかもしれない。

 だがそうではなく、なのははこちらを真っ直ぐ見据えて自分の夢と想いを語った。

 その真剣な顔にどうして否定することができるだろう?

 

「4年前によつばがあんなことになって……声を上げて泣いた時に気付いたんです。私達家族はいったいいつから2人が泣いているのを見てないんだろうって」

 

 幼い頃、2人は他所の子と同じように甘えることもあり、泣くこともあるどこにでもいる子供だったように思う。

 しかしいつからか2人は家族に対して一線を引くようになった。それもこちらに気付かないように。

 家族で考えた末に答えはすぐに出た。

 父である高町士郎が以前の仕事で大きな怪我を負って帰ってきたときだ。

 あの時は始めたばかりの喫茶店で今ほど繁盛しておらず、色々と家族全体に余裕がなかった。

 蔑ろにしていたつもりはないが、どうしても2人に構う時間が取れなくなっていたのも事実だ。

 だから2人は無意識の内に邪魔にならないようにと自分を抑える癖をつけてしまったように思える。

 それどころかなのはは自分に出来ることを探し始め、よつばは家族内で必要以上に明るく振舞うようになった。

 士郎が快復に向かった時にはもう、それが当たり前になってしまった。

 

 今回よつばが義手を手にして2人の間に何かあったのか、なのはが真剣な表情で家族に自分の想いを口にした。

 

『ねぇ、お母さんたちに聞いてほしいことがあるの』

 

 語られるなのはのもう一度魔法に関わりたいという本心。

 よつばが、右腕を失う原因。

 だから家族は良い顔をしなかった。きっとみんなでなのはをどう諦めさせるか考えていたと思う。

 そんな中でひとり、よつばだけが笑ってなのはを肯定した。

 

『わたしは、良いと思うよ。なのちゃんが真剣に考えた夢なら』

 

 家族全員が驚きの表情になる。

 魔法に対して1番忌避感があるのはよつばだと思っていたからだ。

 

『きっとなのちゃんには抑えられない気持ちがあって、それでもわたしに遠慮してずっと我慢してくれてた。心配だし、不安はあるけど。なのちゃんが1番やりたいことの足枷になるのが嫌だから』

 

 そう言ってなのはを援護するよつばに全員が何も言えなくなってしまった。

 

 

「なのはもよつばも善い子に強く育ってくれました。時々こちらが圧倒されるほど」

 

 きっと道が続くなら、あの2人は歩いて行ける。そういう風に成長した。だからなのはが自分の道を歩むのは遅いか早いかの差に過ぎないのではないかと思う。

 

「それでも、出来ることならもっと安心できる将来を見据えてほしかったと思います。きっとなのははあの人に似たんでしょうね。私たちが気付かなかっただけで……」

 

 どこか寂しそうに桃子は天井に見て呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 書類の記入が終わり、高町家を出たところでよつばと出くわした。

 

「あ、リンディさん。こんにちはです」

 

「こんにちは、よつばさん。学校終わったのね。なのはさんは?」

 

「シャーペンやノートを買うのに寄り道です。用事があるなら呼びますけど」

 

 携帯を取り出すよつばにリンディが首を横に振った。

 

「いえ、大丈夫よ。ありがとう」

 

 礼を言うと、よつばは訊きたいことがあるのに躊躇うように素振りを見せた。

 

「どうしたの?なのはさんについて何か心配事かしら?」

 

「いえ、そうじゃないんですけど。その……テスタロッサさんは元気、ですか?はやてちゃんからリンディさんに引き取られたって聞いたんですけど……」

 

 よつばからフェイトに関する話題を振られて驚いた。

 しかしそれを態度に出さずに答える。

 

「えぇ。最近ちょっと体調を崩したけど元気にしているわ」

 

「そうですか」

 

 目を閉じて下を向くよつば。そこにどのような感情があるのかリンディには測れない。

 だが、これを機に聞いておきたかった。

 

「よつばさんは、私がフェイトを引き取ったことをどう思うかしら?」

 

 もしかしたら軽蔑してるかもしれない。それでも聞いておきたかった。

 しかしその返答は予想外に肯定的な意見だった。

 

「良いことだと思いますよ。テスタロッサさんもリンディさんみたいなお母さんが出来て、きっと……」

 

 取り繕っているのかと思うような返答だが、その顔は本心から思っているように見える。

 しばしの沈黙の中でよつばから口を開いた。

 

「正直、まだ怖いです。テスタロッサさんが……でも、いつになるか分かりませんけど、ちゃんと向き合ってみたいと思うんです。まだその勇気が持てなくて。わたし、その……!」

 

 そこから先は言葉に出来ないのか、顔を逸らしてしまった。しかしリンディはそれを責めようとは思わない。

 むしろ、そう思ってくれるだけでも救いだった。

 

「ありがとう、よつばさん」

 

 

 いつか、2人が向き合える日が来たら、どんな結果になるだろう?

 もしくは今より傷を負うだけの結果になるかもしれない。

 

 それでも叶うなら、2人が手を取ってくれることを強く願った。

 

 

 

 

 

 

 

 2週間後、高町なのはは時空管理局の本局へ研修に訪れ、翌々は戦技教導官の道を歩むことになる。

 これは、その少し前の話。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編8:高町なのは『夢の始まり』

 バンッ!と強くテーブルが叩かれる音が響く。

 テーブルを叩いたのは鋭い視線を親友であるなのはに突きつけているアリサだった。

 

「……突然話されて魔法だの異なる次元だのと色々と言いたいことはあるけどそれは今は置いとく。それで?もう一度言ってくれないかしら……」

 

 今日、すずかの家で行われたお茶会で集まった中でなのはが大事な話があると切り出した。話した内容はこれまでのこととこれから高町なのはが歩む夢のこと。

 最初は半信半疑で聞いていたアリサとすずかもいくつかの魔法という証拠を見せられて渋々ではあるが理解と納得した。まあ、そういうのも在るかもしれないというくらいには。

 重要なのはそんなことではなく、なのはがそちら側に行こうとしているということだ。

 アリサの詰問になのはは目を逸らさずに自分の想いを打ち明けた。

 

「うん。わたしは管理局に行くよ。この魔法の力でわたしはわたしに出来ることをする。そう決めたの」

 

「そんなのこっちには関係ないじゃない!そのお仕事って今しなきゃいけないことでもないでしょう!!」

 

 あくまでも平静に言葉を重ねるなのはにアリサは感情をヒートアップさせていく。

 4年前のジュエルシード事件から闇の書事件のこと。それらの記録映像を交えて話された事実。

 自分たちが知らなかった数年前に親友が死んでいたかもしれない事件に巻き込まれていたことも。

 それらがアリサの頭を沸騰される。

 

 しかし、真っ直ぐとこちらを見据えて何一つ恥じ入ることがないと言うように。

 

「勝手にしなさいっ!!」

 

 そのまま勢いよく立ち上がってその場を去ってしまった。

 一緒に居たはやても辛そうに呟く。

 

「アリサちゃん。わたしにも怒ってるんやろな……」

 

 はやては闇の書事件の後からずっと管理局に勤めてきた。その事実をアリサとすずかに話したことはない。集まる時にどうしても時間が合わない際には不思議に思われていただろうが、そこはずっと飲み込んでくれていたのだ。

 そこでよつばがスッと立ち上がる。

 

「アリサちゃんの方は任せて」

 

 そう笑ってアリサの去って行った方に歩いて行く。

 そこでなのはがすずかに意見を求めた。

 

「すずかちゃんはどう思う?」

 

 ティーカップを置き、難しい顔をして自分の意見を言う。

 

「私は今回、アリサちゃんの意見寄りかな。これから、もっと楽しくなると思ってたのにって。それに中等部を卒業したら気軽に会えなくなるって言われたら、ね……」

 

 これから高等部や大学部。5人で楽しく過ごせるのを望んでいたすずかからすれば、2人の進路は純粋に応援できない。ましてやそれが危険を伴うお仕事なら猶更だ。

 

 はやてが自分の想いを伝える。

 

「わたしな。家族が昔、たくさんの人に迷惑かけてもうて。今はその人たちに謝りながら仕事しとる。みんなはそんなことせぇへんでええ言うてくれるんやけど……これはわたしが決めた道やから」

 

 闇の書の被害者に会った際に酷い言葉を投げつけられたことがある。恐くて泣いたことだって1回や2回ではない。それでも逃げ出さないのは闇の書たる夜天の書を受け継いだ最後の主としての責務――――などという殊勝な心掛けではなく、家族と同じものを背負いたいというエゴだ。

 

 闇の書事件の時、家族ははやてを助けるために多くの人や生物を傷付けた。その方法は間違っていたとしても、打算など無くはやてに生きていて欲しいと願い、行動してくれたのは事実だから。

 だからはやては家族とともに石を投げられることを選んだのだ。

 

 続いてなのはも口を開く。

 

「わたしね。子供の頃、胸の奥がモヤモヤしてた。何かしたいのにそれが分からなくて……ずっと胸の奥で燻ぶってたんだと思う。それでユーノ君と出会って、魔法を知って、楽しくて。これがわたしのしたいことなんだって思った。でも、ジュエルシード事件の時によつばちゃんがあんなことになっちゃって、わたしの所為だって思ってた」

 

 自分が魔法に関わらなければ、あの事故は起きなかった。

 ユーノもリンディもクロノも当時、色々な言葉でなのはを気遣ってくれた。

 しかしよつばが入院中に隠れて泣いていたことや退院したあとも失った右腕のことを認めたくなくて料理をしようとして、当然上手くいかなくて震えていたのを見た。

 そんな妹になのはは次第に魔法、というよりは自分がやりたいことをすることに忌避感を覚えるようになった。

 

 しかし――――。

 

「全部、見抜かれちゃってたなぁ」

 

 双子の姉妹故か、それともよつばが鋭いのか。なのはの想いは全て筒抜けだった。

 よつばを抱えての数年ぶりに飛んだ空。水を得た魚のように心が弾んだ。

 久方ぶりに故郷に帰って来たように懐かしくて楽しかった。

 魔法で空を翔る。それだけで心が歓喜に震え、充たされる。

 

 あぁ。私はこんなにも(ここ)へ来たかったのかと涙が出た。

 それを自覚してしまうともう理性でこの気持ちを押し留めておくことは不可能だった。

 

「その為にもっとも良い環境は管理局だと思う。だから行くの。自分の為に自分で決めて」

 

 なのはは首に下げられたレイジングハートを手で包んだ。

 

 

 

 

 

 

 アリサはさほど離れていない場所に居て、膝を折って猫の頭を撫でていた。

 

「アリ――――」

 

「いいの?」

 

 アリサを呼ぼうとしたよつばだが、こちらに振り返ることなく問う。

 

「アンタ、なのはにずっとベッタリだったじゃない。管理局だとか、次元世界だとか。そんな訳の分からないところに行くなんて……アンタは納得してるの?」

 

 それは、よつばにとって辛い質問だった。

 これからなのはが行こうとしている道を心から応援できるのか。

 取り繕った嘘は聞きたくないという雰囲気だった。

 

「覚えてる?小等部の頃に将来はどんなお仕事をしたいかってお話をしたこと。その時にわたしは翠屋で働きたいって言って。アリサちゃんがお父さんの会社を継ぐって言って。すずかちゃんが工学系に進みたいって言った。でもなのちゃんだけはその答えを出せなかったよね」

 

 アリサもその時のことは覚えている。

 どこか彷徨っているような不安な表情で笑っていたなのは。

 それに大したことも言えなかった自分に対するもどかしさも。

 

「ようやく見つけた夢も、すぐに抑え込んじゃったから……たぶん、わたしの所為で」

 

 フェイトが謝罪に来たあの日。

 もしあの時に高町よつばがフェイト・テスタロッサの謝罪を受け入れるだけの強さを有していたなら、きっと違う未来も在ったのだろう。

 

「なのちゃんが遠くに行こうとするのは正直言って淋しいよ。でもいつまでも甘えて、枷になるのはイヤだって思ったから」

 

 見たから。空を飛んだなのはのあの嬉しそうな満ち足りた表情を。

 アレを見れば、夢の背中を押す以外の選択は取れなかった。

 

「いつまでも甘えて繋ぎ止めておけない。ずっと我慢してくれてたなのちゃんが安心して飛べるように、わたしも強くならないと」

 

 まだうまく動かせない右の義手に触れる。

 よつばはよつばの夢を追う。だから気にせずになのはも自分の夢を追って欲しい。

 それが高町よつばの願いだった。

 

「うん、でも……わがままを言わせてもらえればね。もっと大人になった時、なのちゃんと一緒に翠屋で働いてみたかったなぁ……」

 

 それだけは残念、とよつばは淋し気に本心を吐露した。

 

 

 

 その後、戻ったアリサはなのはとはやての額にデコピンをして、「もっと早く教えなさいよね」と最終的に2人の進路を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、自分の身体を揺すっている。

 それに高町なのは目を覚ました。

 

「あれ……?」

 

 いつの間に眠ってしまったのか。しかも自分が体を預けているのはどう見ても学校の机だった。

 若干霧のかかった思考のまま顔を上げるとそこに居た人物を認識して一気に目が覚める。

 

「え?フェイト、ちゃん……?」

 

「うん。授業の最後の方、ぐっすりだったけど、だいじょうぶ、なのは?」

 

 自分と同じ、聖祥大付属小学校の白い制服を着たフェイトが居た。

 

「なん、で……」

 

「どうしたの、なのは?」

 

 戸惑うなのはにフェイトは小首を傾げている。

 その自然な態度に違和感を感じる。

 ここ数日、闇の書に対応するために一緒に行動することはあったが、こうではなかった筈。

 こちらを伺うように、どこか怯えた感じで。そしてお互いに余所余所しい関係だった。

 まるで友達同士のような距離感に戸惑う。

 

 そこでなのはは自分が眠っている前の記憶を掘り起こす。

 

 たしか今日は聖夜でよつばとすずかの新しい友達であるはやてに病院へ会いに行ったのだ。

 そして自分たちが今まで敵対していた闇の書の騎士であるヴォルケンリッターと遭遇した。結果闇の書の主がはやてと判明。

 それから色々とあり、はやてが完成した闇の書の主として覚醒。表に出て来た闇の書自身の人格と戦闘し、最後に本に吸い込まれたところで意識が途切れている。

 

(ここ、もしかして闇の書の中?)

 

 確証はないのだが、そうとしか思えなかった。

 そこで近くにいて呆れているアリサとクスクスと笑っているすずかが話しかけてきた。

 

「まったく最後の10分くらいって言ってもあんなに堂々と寝てるなんてちょっと緩み過ぎじゃない?」

 

「フェイトちゃんも言ったけど大丈夫?もしかして具合が悪いとか」

 

 だとすればこの世界は何なのか?

 

「そんなことは、無いと思うけど……」

 

「ま、いいわ!よつばが戻ってきたらお昼にしましょ!あー今日はお天気がいいからまた屋上で!」

 

 提案するアリサになのはは戸惑いながらもうん、と頷いた。

 そうしている間に廊下側から聞き慣れた声が届く。

 

「ゴメン、待ったかな?」

 

 教室に入ってきたよつばが右手を上げて手を振っている。

 そんな、当たり前だった筈の光景を見て、なのはの心は大きく揺さぶられた。

 

 当たり前だったが、もう見れる筈はない姿。

 

「――――――」

 

 立ち上がり、フラフラとよつばに近づく。

 

「ん?どうしたの、なのちゃん。すごい表情だよ?」

 

 そんなにお腹空いてるの?と訊いてくるよつばだがなのはの耳から脳には届かない。

 なのははよつばの右手を掴むと、抱きしめるように胸の位置に置く。すると、じわりと目頭が熱くなった。

 

「え?なに!?どうしたの!?」

 

「―――――っ!!」

 

 次の瞬間、なのはは声を上げて泣いた。

 半年ぶりに触れた妹の右手の感触が温かく、嬉しくて。

 だけどそれ以上に、どうしようもなく哀しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとね。そろそろ右手離してくれないかな。お弁当食べられないんだけど……」

 

「うん……ごめん……」

 

 屋上に上がってからようやく離された手でよつばは自分のお弁当箱を開ける。

 泣き出したなのはにちょっとした騒ぎになったが、アリサが強引に屋上まで連れ出したことでこれ以上騒ぎにならなくて済んだ。

 

「フェイトちゃん!このほうれん草入りの出汁巻き卵、わたしが作ったんだよ!よかったらおひとつどうぞ」

 

「わぁ!綺麗に巻かれてる!あ、よつばもどれか私のお弁当からどれか持っていって」

 

 そんな2人の会話になのはは当然違和感を覚えた。

 いったいこの世界ではどのようにしてフェイトがここに居るのか。

 

「あの……ちょっと訊いてもいいかな?」

 

「どうしたの、改まって?」

 

「うん。そのね……わたしたちとフェイトちゃんっていつから知り合いだったっけ?」

 

 なのはの質問に4人の動きが止まる。

 1番初めに反応したのがアリサだった。

 

「ちょっとちょっと!どうしたのよなのは!!アタシたち、アンタの紹介でフェイトと友達になったんじゃない!?」

 

「え?」

 

「えーと。今年の5月の終わりか6月の初めだったかな?なのはちゃんが紹介したい子が居るって言って。でもフェイトちゃんが故郷のイタリアに帰ったから、ビデオメールでやり取りしてたでしょ」

 

「それで、フェイトちゃんの保護者のハラオウンさんがこっちに移住したのを機にフェイトちゃんも聖祥大に転入して来たんだよ」

 

 すずかとよつばの説明を聞いても今の状況に違和感が抜けない。

 胸の奥でよく分からない、気持ち悪い感覚に襲われる。

 

「まったく!フェイトと1番仲が良いくせにその質問はないじゃない。それに知り合いって何!。友達って言いなさいよ!」

 

 呆れと怒りの表情でこちらを見るアリサ。フェイトも不安そうにこちらに視線を向けている。

 

「なのは……」

 

 縋るように呼ばれた名前。しかしなのはは結局フェイトを『友達』とは言えなかった。

 そして、何かが欠けているような気がして、胸の辺りで何かを掴むように握り拳を作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りに皆と別れてよつばと2人で短い帰路を歩く。

 

「ねぇねぇ、なのちゃん。ご飯の後のデザートは何が良い?」

 

「え、と……なんでもいいよ?」

 

「そういう答えが1番困るんだけどなー」

 

 以前は当たり前だった会話。それがとても幸せだった。

 あまりに都合が良過ぎて。

 

 ―――――だから、もう夢から醒めないと。

 

「ねぇ、よつばちゃん……」

 

「ん~?」

 

「ここは……夢、なんだよね……」

 

「うん。そうだね……」

 

 なのはの呟きをよつばはあっさりと肯定した。

 しかし心なしか声に乗せられた感情が一気に減った気がする。

 両手を広げたよつばが笑顔でなのはに振り返る。

 

「ここはなのちゃんが『こうで在って欲しかった世界』だよ。ジュエルシードの時に高町よつば(わたし)が傷つかず、フェイトちゃんとも友達になれた世界。なのちゃんが想像できるもっとも欲しかった結末が成された世界」

 

 ここでプレシアとアリシアの存在がないのは、プレシアはモニター越しで1回見ただけで情報が少ないから。遺体を見ただけのアリシアならなおのことだ。

 なのはの記憶の下に作られたよつばの話は続く。

 

「ここは確かに作り物かもしれないけど、なのちゃんが望んだすべてがある在る世界だよ。ここなら、わたしは無事だし、フェイトちゃんとも仲良し。素敵な世界でしょ?」

 

 だから、夢から醒める必要はないと囁くよつば。

 それは、なんて甘美な誘いだろう。

 きっとここでなら、満たされて過ごせるだろう。

 

「でもやっぱり、夢は夢だよ」

 

 だからこそ、高町なのははこの世界を否定した。

 

「この世界はとても優しいと思う。でも、わたしにとっては夢でしかない世界なんだよ」

 

 一時的に逃げ込むならそれもありだと思う。実際この世界に嫉妬しながらも浸っていたいという気持ちがないわけじゃない。

 

「よつばちゃんが怪我をして、右腕が無くなって。わたしがフェイトちゃんに本気で怒って仲が拗れたのも事実だから。それを嘘にすることになんて、できないよ」

 

 利き腕を失った妹の喉が裂けるような絶叫を聞いた。

 涙を流しながらごめんなさいと繰り返す姿を見た。

 生まれて初めて本気で憎しみをぶつけた。

 それは、友達になりたかった女の子だった。

 

「もう行くよ。きっと外でみんなが頑張ってるのにわたしだけ寝てるなんて出来ないから」

 

「そっか……うん!きっとそう言うだろうなって思ってたよ」

 

 なのはの答えを受け入れて、よつばは右手を差し出した。

 その手の中には、なのはの相棒であるレイジングハートがあった。

 

「ここから脱出する方法はこの子が知ってる。さぁ、もう行って。どうか悔いを重ねないように」

 

 レイジングハートを渡すとよつばはその場を去ろうとする。

 それを、なのはは後ろから抱きしめた。

 

「……ごめんね。あの時、助けられなくて。守れなくて、ほんとうにごめんね……っ!!」

 

 意味のない謝罪。それでも、どうしても言っておきたかった。

 自己満足でも構わない。

 それでも、言いたかったのだ。

 体を離し、振り返ったよつばは柔らかく微笑んでいた。それで本当に役目が終わったとばかりにそこから掻き消えた。

 

「ごめん、待たせちゃったね。行こう、レイジングハート!」

 

『はい、マスター』

 

 こうして高町なのはは夢の世界へと別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ着慣れない正式な管理局の制服に身を包みながらなのははある人の下を訪れていた。

 彼が居るであろう場所に行き、僅かに視線を動かすと、目的の人物はすぐに見つかった。

 

「ユーノ君!」

 

「なのは!」

 

 なのはが呼ぶとユーノは振り向き、こちらに向かってくる。

 メールなどのやり取りはしていたが、直に会うのは3年ぶりくらいか。

 

「今日から本格的に配属されるの?」

 

「うん!しばらくは武装隊でお仕事しながら教導官資格かな。あ、聞いて聞いて!さっきそこでヴィータちゃんに会ったんだけど、わたしを見るなり、馬子にも衣裳だなって言ったんだよ!それに認めてほしかったらちゃんと成果を出すんだなって先輩風吹かせて来るの!」

 

「ははは!ヴィータは素直じゃないからね。なのはと一緒に飛べるのを楽しみにしてるんだよ」

 

 既に無限書庫の司書長という立場であり多忙であるにも拘らず、こうして時間を作って話をしてくれるのが嬉しかった。

 

 他愛のない話を終えてユーノから切り出す。

 

「本当に良かったのかい、なのは?管理局に来て」

 

「うん。家族友達には心配かけちゃうって分かってるけど……わたしは少しワガママになるって決めたから」

 

 そう言ってチロリと舌を出した。

 一拍置いてなのはは過去に思い返す。

 

「ありがとうね、ユーノ君」

 

「?」

 

「あの時、ユーノ君に出会ってなかったら、ずっと何をしたいのかも分からずにいたと思うの。だから、気付かせてくれてありがとう」

 

 それにユーノも笑顔で返す。

 

「それを言うなら僕のほうこそ。あの時、なのはが来てくれなかったら僕の命はなかった。ありがとう、なのは。あの時気付いてくれて」

 

 お互いに笑うとなのはは無限書庫を出た。

 次に向かう場所を確認しながら歩いていると『彼女』と再会した。

 昔は2つに結わえていた金の髪も今は毛先に一束で纏められている。

 4年も経っているので当たり前だが随分と大人っぽくなった。

 向こうもこちらに気付いて一瞬驚いた表情を見せたが、次に話しかけるか迷っている様子だった。なのはもフェイトの居る位置が通り道だった為、彼女の前で止まると敬礼を取った。

 

「お久しぶりです、テスタロッサ執務官。此度は武装隊に配属されることになりました」

 

「あ、うん。久しぶり、だね……」

 

 昔と違ったなのはの言葉遣いに委縮しながらなんとか言葉を返す。

 

「まだ配属されたばかりですので機会が有ればご指導を宜しくお願いします」

 

 それでは、と言う事を終えたとばかりにフェイトの横を通過する。

 

 高町なのははまだフェイトに対してしこりが残っている。

 フェイト・T・ハラオウンはなのはに対して踏み出す勇気を持っていない。

 2人取り持てる唯一はこの場にはいない。

 

 

 同じ組織に所属していても、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの道はまだ交わらない。

 

 それはもう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次が高町よつば編ですね。ようやくここまで来ました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編9:高町よつば『きっかけ』

お待たせしました。


 今でも覚えている。私が錯乱して拒絶したあの時の彼女がした泣きそうな表情。

 心は抑えられない程の恐怖に囚われているのに、相手のその姿だけは記憶から消えない。

 

 ――――だから、こんな夢を見るのだ。

 

 長い金の髪の女の子がひたすらに謝り続ける。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 赤い瞳から流れる涙が胸を締め付けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、アンタ気にしすぎでしょ」

 

 よつばの話を聞いたアリサが呆れて一言バッサリ切る。

 

「分かってはいるんだけどね……」

 

「分かってない!全然分かってないわよ!!」

 

 ビシッと指をさしたあとに鼻がくっ付くのではないかというほどにその整った顔を近づけた。

 

「もう10年も前の事なんだしいい加減吹っ切れなさい!向こうだってそうかもしれないでしょ!」

 

「そうかなぁ」

 

 アリサの言葉によつばは空を見上げて考える。

 なんとなく、あの少女はいつまでも引きずっているのではないかと思ってしまう。

 

「なら、一度会いに行ってみたらいいんじゃないかな?なのはちゃんやはやてちゃんにお願いすれば連絡くらいは取れるでしょ?」

 

「それは、そうだろうけど……」

 

 すずかの提案にも難色を示す。

 昔、はやてやリンディともいつかフェイトと向かい合うことを約束した。

 しかし、そう考えるとどうしても義手の付け根が痛み、あの日の苦痛が甦ってしまう。

 考え込んでいるとよつばの肩が横を歩いていた老人にぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!?ぼうっとしてて!」

 

「いや、大丈夫だよ。こちらこそすまなかったね」

 

 流暢な日本語で話す外国人の老人は特に気にした様子もなく朗らかに許す。アリサもなにやってるのよーと怒りながらすずかとともに頭を下げた。

 

 相手の老人がよつばを見て僅かに驚いた顔をしていたことに気付かぬまま、別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に送らなくて大丈夫。なんならファリンに言って送ってもらう?」

 

「大丈夫だよ。すぐ近くにタクシー乗り場があるし、そこから家に帰るから」

 

「なら良いんだけど……」

 

 久々に3人集まって遊んだことで夜遅くなってしまい、心配して家の者に来て送ってもらおうか?というすずかの提案をやんわりと断った。

 10年前のあの事件以来、周りはよつばに対して少々過保護気味である。

 嬉しくはあるのだが、彼女とてもう19歳。もう少し信用してほしいなぁと思い始めている。

 

「ま、慣れ親しんだ町だし大丈夫でしょ。あ、でも帰ったら連絡しなさいよ!ちゃんと確認するからね!」

 

「うん、わかった。じゃあね、アリサちゃん、すずかちゃん」

 

 手を振って別れると近くにあるタクシー乗り場まで移動する。

 もう少しで並ぼうとするところで走ってきた男に先を越されて前を並ばれた。

 

(急いでるのかなぁ)

 

 幸い利用者もよつばを含めて4人ほどでひとり分くらい良いかなと思い、気に留めず最後に並ぶ。

 並んでいた列の1番前の人がタクシーに乗ったところで電話が母の桃子からかかってきた。

 

「お母さん?」

 

『よつばー。今どこにいるのー』

 

「駅前のタクシー乗り場。そこから〇✕△のコンビニまで乗って家に帰るつもり。うん。連絡忘れててゴメンなさい」

 

 それから少し話して携帯を切った。

 話している間によつばの前の人がタクシーに乗り、あと少しだと思いながら少し遅れてやってきたタクシーに乗る。

 

「〇✕△のコンビニまでお願いします」

 

 よつばが行き先を言うとタクシーの運転手がはい、と答えてメーターを起動させて運転を始めた。

 夜に女性のひとり歩きは危ないのでタクシーを使ったが少し長く歩くくらいの距離だ。メーターも1回だけ金額が上がって目的地に着き、お金を払って降りる。

 

 ついでにコンビニの前なのだからなにか買ってから帰ろうと足を進める。

 すると突如後ろから手が伸び、誰かがよつばの口を塞いだ。

 

「!?」

 

「おい暴れるな!早く詰め込むぞ」

 

 ひとりではなく2人に取り押さえられてコンビニに泊まっていたワンボックスカーに詰められる。

 詰め込まれる際に手を後ろに縛られていた。

 よつばを乗せて男たちも乗り込むと急いで車が動かす。

 

「!?!?!?」

 

 手を縛られて寝かされる体勢を取らされているよつばは口も布を巻かれて話せずに混乱した頭で自分を詰め込んだ男たちを見る。

 彼らは全員顔全体を隠す、よくドラマの銀行強盗などで使いそうなマスクを被っており、車を出して少ししてからそれを脱いだ。

 素顔を見ると全員が大学生に見える男たちだった。

 

 そして運転している男は先程、よつばを追い抜いてタクシーに並んでいた男だった。

 

「上手くいきましたね、先輩!」

 

「な!言ったとおりだろ?」

 

 楽しそうに話している男たちによつばはさらに混乱を深める。

 するとよつばの傍に座っている見張りと思しき男がニヤニヤと気持ち悪い笑みで話す。

 

「俺らちょっと溜まっててさ~。ちょっと付き合ってもらうね~」

 

 言いながらイヤらしい手付きでよつばの尻を撫でられ、悪寒が走った。

 

「おい!あんまり触んなよ!」

 

「え~。いいじゃ無いっスか。どうせ最初は先輩に譲るんだし。ちょっとくらい役得があっても」

 

 軽い口調の男に先輩と呼ばれた男は舌打ちする。

 それから軽い口調の男はよつばの恐怖を煽るように話始める。

 

「俺らさ、色んなところでたまに女の子と遊んでもらってるんだよ。前は2ヶ月くらい前だったかな~。そん時は何やりましたっけ?」

 

「あ?アレだよ。確か山の奥まで連れてってさんざん犯ったあと、素っ裸で置いたんだろ」

 

「そでしたね~。しかもはんちゃんってドSだから、わざわざ見失わないギリギリの速度で走って裸のまま追いかけてくる女の写メとったりして遊んでさ~。アレは笑えたッスねぇ」

 

 ゲラゲラと笑う男たち。その間にその時撮った写真ををよつばに見せてきたり、これからよつばでどう遊ぶかで話し合っていた。

 自分がこれからどうなるのか。恐怖で震えるよつばを見てさらに男たちはサディスティックな笑みを深めた。

 そんな中でよつばが救いを求めたのは、次元すら越えて夢を追いかけに行った双子の姉だった。

 

(たすけて、なのちゃん……!!)

 

 それが届かないと知りつつ、他に助けを求める術を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(アレ?)

 

 自分の携帯を操作していると、すずかは異変に気付いた。

 これはよつばには教えていないことだが、もしもの時の為に彼女の義手には月村印の高性能GPSが搭載されている。

 もちろんすずかとて常に親友何処にいるのか詮索しているわけではなく、義手に強い衝撃が入った際に自分の携帯が振動して教えてくれるようになっているのだ。

 急いで確認するとなぜかGPSが指し示す位置がおかしかった。車で移動しているかのような速度で点が動いている。

 電話をかけてみるが、取らず、ますます何かあったのだと確信する。

 呼吸が荒くしながら高町家へ連絡を入れた。

 

『はい。高町ですが』

 

 出たのは姉である美由希だった。

 

「あ、あの!よつばちゃんはもう帰りましたか」

 

『それがまだ戻らなくて。携帯に掛けてるんだけど取らないの。何か知らない?』

 

 美由希の言葉にすずかは血の気が引く。

 それですずかもGPSのことを話した。

 向こうから息を呑む音が聞こえる。

 

『わかった。とりあえずこっちも車を出して落ち合いましょう!教えてくれてありがと、すずかちゃん!!』

 

 こちらが礼を言う前に携帯を切る美由希。

 すぐにアリサにも連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よつばを使ってどう遊ぶのか話し合っている男たち。

 その中で何故自分を狙ったのか話している。

 

「君がお友達と別れてタクシー乗り場でどこで降りるのか訊こうと思ったんだよ。でもお母さんとの電話で自分からゲロってくれて助かったわ。あーでもお友達も結構な美人さんだったじゃん。なんだったら君を使って呼び出して俺らと一緒に遊ぶ?」

 

 相手の下種な会話に嫌悪感を覚えながら怖がらないように必死で考えた。

 そんな中で先輩が急に不機嫌そうな顔をする。

 

「おい!なんでさっきからグルグル同じところを周ってんだよ!」

 

「ち、違いますよ!真っ直ぐ走ってる筈なのになんか同じところに」

 

「馬鹿かお前!ただ単に道に迷っただけだろうが!カーナビ付いてんのになに迷ってんだよ、愚図!!」

 

 運転している青年を先輩が小突く。

 しかしまったく景色が変わらず、中で焦りが生じた。

 そこで軽い口調の男が異変に気付く。

 

「なんかおかしくないっスか?俺ら以外誰も走ってないんスけど」

 

 もう夜中とはいえ車が全く見えないことに不安を感じた。

 それに先輩が我慢できなくなって車を止めさせた。

 

「あぁ!もういい!俺が運転する替われ!」

 

 一度運転席から降りると不意に女性の声が聞こえた。

 

「お、やっと止まってくれたわね」

 

 声の方へと顔を向けるとそこにはショートカットの桃色の髪をした女性が立っていた。

 

「な、なんだよ姉ちゃん!俺らになんか用か?」

 

 苛たたし気に訊くと桃色の髪の女性はわざとらしく大きなため息を吐く。

 

「まさか目の前で誘拐されるなんて思わなかったわよ。他ならこの世界の警察に任せるべきなんでしょうけど、あの子の友達に手を出したのが運の尽きね。まったく。父さまの最後の旅行にとんだケチが付いちゃったじゃない。どうしてくれるのかしら?」

 

「なに言ってんだ、おい!?」

 

「まさかいきなり車を壊すわけにもいかないから、アリアの結界で閉じ込めて止まるのを待ってたのよ。故郷とはいえ、管理外世界での魔法使用。後々のことを考えると頭痛いわ。あぁ、別にアンタたちは理解しなくていいわよ?私が訊きたいの2つ。痛い思いをして警察に突き出されるか、大人しく車の中に居る子を渡して無傷で警察に突き出されるかよ」

 

 女性の言葉の多くは理解できなかったが自分たちが女を誘拐したことを知られたというのは理解できた。

 どうする?と視線を送る青年に先輩は舌打ちして答える。

 

「決まってんだろ仕方ねぇからこの女も押し込め!多少手荒くなってもいい!!」

 

 ナイフを取り出す男に桃色の髪の女性は馬鹿を見るような眼で息を吐いた。

 

「つまり、痛い目見て警察に突き出されたいのね」

 

「あ?痛い目見んのはそっちだろ!いや、後でたっぷりと気持ち良くしてやるよ!」

 

「ばーか」

 

 一瞬舌を出すと女性は目にもとまらぬ速度で移動し、先輩の顎に掌を打ち込む。

 一撃で意識を刈り取られた先輩に青年が臆するが気にした様子もなく女性は鳩尾に一撃入れた。

 

 2人を気絶させ、よつばを助けようとすると、車の反対側から出た軽い口調の男がよつばに刃物を当てて叫ぶ。

 

「く、来るんじゃねぇ!こいつがどうなってもいいっスか!!」

 

「うわぁ‥…ベタな展開……」

 

 呆れたように言う女性に軽い口調の男は離れろだの指示を出すがむしろ女性はよつばにナイフが当たる前に無傷で奪える自信があった。

 しかし、その必要すらなかった。

 

「まったく。日本はもっと平和な国だと思っていたのだがね」

 

 軽い口調の男の後ろから男性の声が聞こえた。

 振り向こうとするがその前にドンと頭に衝撃が走り、意識を失う。

 同時に手を放して倒れそうになったよつばを抱えた。

 

「すまないね、若いの。辞職したとはいえ元公僕だ。こんな場面を見逃すわけにはいかない。ましてやあの子の大切な友人ならば――――」

 

 言いながらよつばにかけられた拘束を外す。

 

「あなたは……?」

 

「ギル・グレアム、と言えば分かるかな?」

 

 教えられた名前を言われて

 よつばは驚きの表情で相手を見上げた。

 

「グレアム、おじさん……?」

 

 はやてから聞いた昔の彼女の保護者。

 もっとも、よつばはかれが闇の書事件に関わっていることまでは知らないのだが。

 

 優しい笑顔を向けるグレアムに助けてくれた女性が声を荒らげる。

 

「お父様!アタシらに任せてくれる話だったでしょう!」

 

「すまないロッテ。だが私もたまには体を動かさないと鈍ってしまうよ」

 

「お父様ももう若くないのですかご自愛ください。それと結界の解除は既に終わりましたので」

 

 グレアムの言い分に別の所から現れた助けてくれた女性と瓜二つで髪の長さくらいしか違いの無い女性が釘を刺す。

 それにわかったわかったと苦笑していると見覚えのある2台の車が近づいてきた。

 

「よつば!?」

 

 中から現れたのは姉である美由希と父の士郎だった。

 美由希はよつばを見るなり駆け寄って抱きついて来た。

 

「よかった!よつば!よかったよぉ!?」

 

 また妹に何かあったら。士郎も美由希も今度こそ自分を許せなかっただろう。

 目尻に涙を溜めて良かったと繰り返す姉によつばは本当に体の力が抜けて、ごめんなさいと言った。

 ただ、父と姉が手にしている日本刀でなにをする気だったのか大いに気になるが。

 それから後ろを走っていた車からアリサとすずかだった。

 

 顔を真っ赤にし、美由希と同じように涙を溜めていたアリサはよつばの両頬を引っ張った。

 

「ア・ン・タ・は~ッ!!どうしてこう隕石みたいに突然強烈に心配させるのぉおおおおおっ!!」

 

「いひゃいっ!?いひゃいよっ!?あひはひゃんっ!?」

 

 よつばも半泣きになりながらアリサに抗議するよつば。

 

「よかった、よつばちゃん……」

 

 すずかも嬉しそうによつばに抱きついた。

 

 そんなよつばの無事を喜んでいる中、士郎がギル・グレアムに話しかける。

 

「失礼ですが、貴方は?」

 

「ギル・グレアムと申します。あぁ、八神はやてくんの元保護者と言えば伝わりますかな?」

 

 厳密には違うのだがグレアムは角が立たないようにそう答えた。

 士郎も彼が管理局の関係者であることは予想が付いた。

 

「これは初めまして。ですがどうしてここに?」

 

「えぇ、実は――――」

 

 人生最後の旅行にはやての故郷を廻ろうと海鳴を訪れた事。

 偶々娘であるリーゼロッテがよつば誘拐の現場を目撃して魔法を使い、彼らを結界内に閉じ込めて救出の隙を伺っていたことなどを話した。

 

「それは、本当にありがとうございます!おかげで娘が無事戻ってきました」

 

「こちらも高町なのは君には昔世話になりましたから。それにあの子の友人の危機を見逃すのは」

 

 などと話していながらリーゼ姉妹は誘拐犯たちを縛り上げており、アリサは怒りを込めて男のひとりの股間を思いっきり踏み付けにした。

 連絡した警察がもう少しで駆けつけるのでグレアムは先にこの場を離れることを告げた。

 彼にも話し辛いことが多いためだ。

 

「グレアムさん。本当にありがとうございました!もし良ければ何かお礼を……」

 

「気にしなくていいよ。はやて君の友人が無事だったのならそれで充分さ」

 

「でも……」

 

 気が済まないというよつばにグレアムは少し考えてとある提案をした。

 

「これは頼みと言うよりお願いかな。もし良ければ、もう一度フェイト・テスタロッサ君と話をしてあげて欲しい」

 

「え?」

 

「彼女は今も君との間に起きた不幸な事故を気にしている。赦せとは言わない。ただ話をしてあげて欲しいのだ」

 

 グレアムはつい先日新設の部隊を稼働させたことを知っている。その隊長陣になのはとフェイトを据えていることを。しかしあの2人が上手くいくのは難しいだろう。

 だから、これが何かを変える一手になるようにグレアムは願った。

 

 返答できないよつばにもしその気があるならはやてに連絡してみるといい、とだけ言ってグレアムはその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。よつばは親友の八神はやてへと連絡を入れていた。

 何度かコール音が続いてはやてが電話を取る。

 グレアムが言っていたフェイトはまだあの事件に囚われていること。

 それが本当ならば――――。

 

『よつばちゃん?久しぶりやなぁ。いきなりどないしたん?』

 

「うんちょっとね。はやてちゃんにお願いがあるの」

 

『ん?なのはちゃんやなくて?』

 

「うん……実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 




次で最後です。

最終話『遅れたはじまり』後の話を書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編10:機動六課編『はじまりの続き』前編

長くなりそうだったので前後編に分けます。





 機動六課の宿舎。

 その食堂で高町なのはとフェイト・T・ハラオウンは向かい合っていた。

 互いに緊張した面持ちで何を話したら良いのか分からない様子だ。

 そんな中でなのはから話題を切り出す。

 

「あ、あのっ!!」

 

「は、はい!?」

 

 なのはに呼ばれてフェイトも姿勢を正す。

 

「そ、その……ご趣味は?」

 

 周りで見守っていた一同が転ける音が一斉に起きた。

 

「だぁああああっ!?お見合いかお前らっ!?なんで仕事だと問題ねぇのに私事だとそうなるんだよ!!もっと普通に話せ普通に!!」

 

 バンバン!とテーブルを叩きながら2人の距離感に焦れったさを感じて爆発したヴィータ。

 

「だ、だって何を話したらいいのか分からなくて……」

 

 なのはも今の会話がおかしいと感じて視線を宙に游がせて小声で言い訳する。

 

「お前の特技は暴走車みたいに迷惑がられても突っ込んで行くことだろうが!!ガキの頃のみたいに押していけよ!」

 

「例えが酷すぎるよ!?それにさすがにわたしもこの歳でそこまでの突進癖はないよ!!」

 

 なのはの言い分を無視して次はフェイトに捲し立てる。

 

「テスタロッサもだ!もうビクビクする必要なんてねぇんだから堂々と普通に話せよな!」

 

「その……つい緊張しちゃって……」

 

 なのはとフェイト。2人の確執は10年にも及び、つい最近その理由が取り除かれた。

 だからと言って10年もの溝がポンと埋まるわけもなく、互いにぎこちないのは変わらない。

 それでもこうして歩み寄ろうとしているだけ以前に比べてマシなのだが。

 

 そんな2人に部隊長である八神はやては目尻に涙を溜めて笑っていた。

 

「いやー。おもろいからわたしとしてはええんやけどな!」

 

 2人の間にいたはやてからすればようやく始まったなのはとフェイトの関係は喜ばしい限りだった。

 同じ部隊に彼女たちを誘ったのも能力の優秀さもあるが、何か起きて仲直り出来ないかな、という期待もあった。

 まぁ、それは高町よつばによって隔たりが取り除かれたが。

 そして以前の事務的な話しかしないピリピリとした空気は殆ど見られなくなっている。

 代わりにじれったいというか、歯痒い雰囲気ではあるがそれも時間が解決してくれるだろうとはやては思っている。

 

「それじゃあ毎朝恒例のなのは隊長とフェイト隊長の公開コミュニケーション時間は終わったことやしお仕事の話に入ってええか?」

 

「見世物じゃないよ!?」

 

 フェイトの抗議を聞き流してはやては今朝送られた資料をテーブルに広げた。

 

「急な話で申し訳ないんやけど、お昼前にとある世界で発見されたロストロギア回収に出向くことになってな。危険はないと思うけど一応主要メンバー全員で出動やね。こっちはグリフィス君とザフィーラが中心になってもらう」

 

 はやての説明にスバルが質問する。

 

「その世界って遠いんですか?」

 

「うん。第97管理外世界惑星名『地球』。その小さな島国の都市。海鳴市や」

 

「それって……」

 

「そ!わたしとなのはちゃんの出身世界で故郷。向こうの協力者には連絡を入れてあるから、皆も制服やなくて私服で来てな。あと、ひとり随伴者が付くけど今回の任務とは関係ないから気にせんでええよ」

 

 それだけ伝えてはやては話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやて!」

 

 朝食が終わると場を離れたはやてに後ろからフェイトが話しかける。

 

「どないした、フェイトちゃん?」

 

「その……今回の任務、私も行かなきゃダメ、かな?」

 

「う~ん。危険はないと思うんやけど万が一を考えてフェイトちゃんにも付いて来てほしいんよ。なんや都合が悪い?」

 

「そういう、わけじゃないんだけど……」

 

 フェイトにとって海鳴市は決して良い思い出の土地ではない。

 その原因となった少女から赦しを得られたとしても自分が再びあの地を踏んでいいのかと躊躇う気持ちが強いのだ。

 もしかしたら自分があの世界に行くことで良くないことが起こるのではないか?そういう根拠のない不安が胸をざわつかせる。

 

「実は向こうの協力者。アリサちゃんって言うんやけど、その子がもし機会が有ったらフェイトちゃんを連れてこい言われててな。出来れば来てくれるとありがたいんよ」

 

 アリサ、という名前はフェイトにも聞き覚えがあった。

 少し前になのはから聞いた親友のひとりの名前。きっと自分に対して好い感情は持っていないだろうことは想像に難くない。

 

「たぶん、フェイトちゃんが考えているようなことにはならん思うけどな。それに、今回随伴するのもフェイトちゃんの身内やから一緒に来てくれた方がええと思うで?」

 

「私の身内?」

 

 フェイトは首を傾げた。

 それもすぐに分かるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー今回一緒について行くアルフです。みんな、よろしく!」

 

「アルフ!?」

 

 現役を退いた自分の使い魔が現れたことにフェイトは驚きの声を上げた。

 それにアルフと面識のあるエリオが質問する。

 

「随伴者ってアルフのことだったの?」

 

「そ。ちょっとアタシも海鳴に用事があってね。あぁ、はやてから聞いてるだろうけどそっちのお仕事とは関係のない私用だから気にしないでくれよ。アタシのことはホントにおまけとでも思ってくれていいから」

 

「はぁ」

 

 アルフの返答に曖昧な返事を返すエリオ。

 そこで何かを察したなのはが話しかける。

 思えば、彼女と話すのは闇の書事件以来かもしれない。

 

「アルフさん、用事ってもしかして……」

 

「たぶん、なのはの考えている通りだよ。それとこの姿でさん付けとかは色々と不自然だから呼び捨てでいいよ」

 

「そう?じゃあ、アルフで……」

 

 アルフは10年前の高校生くらいの見た目ではなく、エリオやキャロと同じくらいの見た目へと変化していた。

 そこで全員が合流を終えるとはやてが指示を出した。

 

「それじゃあ、なのは隊長。そっちの引率よろしくなー」

 

「任せて!」

 

「八神部隊長は一緒じゃないんですか?」

 

「うん。わたしと副隊長たちは別の転移装置から移動や。広域捜査になるから二か所からサーチャーをバラまこ思て」

 

 後で合流なー!と手を振りながら場を離れる。

 入れ替わりに昔のはやての服を着た人間サイズの姿を取ったリイン曹長に新人たちが驚いたりということがあったが問題なく転移装置で海鳴まで跳ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した先は緑の広がる。湖畔のコテージだった。

 ここは海鳴現地の協力者が局員の待機所として提供している別荘である。

 ミッドとほとんど変わらない風景に地球に来たことのない新人たちはその景色に様々な感想を持っていると1台の乗用車が近づいて来た。

 

「なのは!」

 

「アリサちゃん、久しぶり!」

 

「もう突然じゃない!来るなら来るでもっと早く連絡寄越しなさいよ!」

 

「ごめんごめん!急に決まったから」

 

 なのはと親しそうに話しているアリサは後ろに居る他のメンバーを見て自己紹介を始めた。

 

「初めまして。なのはとはやての親友でアリサ・バニングスです。貴方たちがなのはの生徒?」

 

「そうだよ。みんな、自己紹介して」

 

 新人がそれぞれ自己紹介する中、最後にフェイトが名前を名乗る。

 

「なのはとはやての同僚でフェイト・T・ハラオウン、です」

 

「……へぇ」

 

 フェイトが自己紹介をするとアリサはさっきまでの友好的な表情が僅かに変化し、肉食動物が獲物を観察するような視線に変わる。

 そんなアリサにフェイトは肩を僅かに跳ねるがアリサの表情はすぐにさっきまでの友好的なモノ戻った。

 

「とりあえずコテージは勝手に使っていいから。アタシはすずかと合流するわね。あ、なのは!時間があるなら翠屋に顔出しておきなさいよ!桃子さんたちも心配してるんだから!」

 

「にゃはは。うん。後で時間を見つけて会いに行くつもり」

 

「ならよし!」

 

 手でジェスチャーするアリサに皆がついて行く。そんな中フェイトはお腹を押さえてネガティブな思考と戦っていた。

 

(やっぱり私、こっちに来ないほうが良かったんじゃないかな?)

 

 緊張でお腹が痛くなったような気がした。

 そんなフェイトにアルフが心配そうに名前を呼ぶ。

 

「フェイト……」

 

「大丈夫だよ、アルフ。堂々と……ってわけにはいかないけど。私もいつまでも逃げているわけにはいかないから」

 

 高町よつばは勇気を出して自分に会いに来てくれた。

 なら自分も彼女の親しい人。特に家族に会う決意くらいは持つべきだ。

 相手になんて言われるかは分からないが。

 

 なのはに早く来るように促されてフェイトは足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貸し出されたコテージでなのはとフェイトは今回の任務の説明に入る。

 

 ロストロギアの反応は複数でしかも移動しており、まだ被害などが出ていないことから危険性は低いと判断されている。

 仮に六課の目的であるレリックだとしても魔力資質を持つ者は極端に少ない地球なら暴走の可能性も低い。

 それでもレリックを狙う者との戦闘を想定してフェイトなども連れて来ている。

 

 陸と空を移動しながら各所にサーチャーの配置や探査魔法でロストロギアの探索を進めて行く。順調に進めば夜までには回収できるかもしれない。

 そこではやてから新情報がもたらされる。

 

 今回のロストロギアは運送中の手違いで海鳴に落ちてしまい、事件性はないこと。高価な物なので出来る限り無傷で確保してほしいという旨。

 

 それらを聞いて全員が僅かに肩の力を抜く。

 最後に夕食はアリサとすずかが用意してくれるらしい。

 

「でもアリサちゃんたちに全部用意してもらうのも悪いし、手ぶらで帰るのもなんだしね」

 

 言ってなのはは携帯を取り出して電話をかける。

 

「あ、お母さん!」

 

 その言葉にその場にいた新人たちが驚きの声を上げる。

 

 なのはの家族で思い出されるのは双子の妹である高町よつば。

 以前六課を訪問したときはそう話す時間は取れなかったがなのはに似てやはり別人と判る雰囲気をした女性。

 

 短い会話を終えて携帯を切るとなのは笑顔で指示を出した。

 

「それじゃあ、わたしの実家のお店まで案内するから、付いて来て」

 

「え、と……喫茶店でしたっけ?」

 

「はいです!オシャレでおいしいお店ですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、お母さん!」

 

「なのは久しぶり!元気にしてた?」

 

「うん!」

 

 喫茶翠屋に着くと母である桃子となのはが親子としての会話をしている。それは当然なのだがなのはにある種の偶像がある新人たちは驚きながらその会話を聞いていた。

 というか両親の見た目の若さも含めて驚きだったのだが。

 

 母の桃子、父の士郎、姉の美由希。そして最後に厨房の奥からよつばが出て来た。

 

「なのちゃん、おかえりなさい」

 

「ただいま、よつばちゃん」

 

 姉妹で軽く挨拶を躱すと次によつばは新人たちに視線を向ける。

 

「前はあまり話せる時間が取れなかったけど、今回は少し、お話出来るといいな。むこうのなのちゃんの話も聞きたいし。それと――――」

 

 最後にフェイトの方を見る。

 

「テスタロッサさんも。後で話せるの楽しみにしてますから」

 

「え、と……はい……」

 

 10年前の事故など無かったかのように振舞うよつばに違和感を覚えながらもフェイトはその態度に感謝して頷く。

 そこでよつばがフェイトの横に立っているアルフに目をやった。

 

「その子はもしかしてアルフさんの妹さんかなにかですか?お姉さんにそっくりですね」

 

「いえ、その子は違くて……」

 

 アルフの頭を撫でるよつば。

 よつばからすればアルフの高校生くらいの見た目しか知らない為、まさか縮んでいるとは思わないのだ。

 フェイトが違うと答えるとよつばが驚愕した表情になる。

 

「も、も、も、もしかして娘さん!?で、でも昔あった時は高校生くらいであれから10年だから……」

 

 アルフの見た目が10歳くらいなのを見て、指で年齢を予測しているよつばにアルフが訂正する。

 

「本人だよ。その久しぶり、だね……」

 

「え?でも歳が……」

 

「使い魔のアルフはある程度見た目を操作できますから。今は私の負担を抑えるために子供の姿で居てもらってるんです」

 

「あぁ、そういうこともできるんですね。そういえばはやてちゃんのところのザフィーラさんも前に小さくなってたっけ。ビックリしたぁ」

 

 謎が解けて胸を撫で下ろすよつば。

 

「それじゃあケーキは今箱詰めしてるから、座って待ってて。あ、何か飲んでく?」

 

「い、いえ!お構いなく!」

 

 桃子の質問に新人の年長であるティアナが緊張してそう答えるがクスっと笑って返す。

 

「遠慮しないで。向こうのなのはの話も聞きたいしね。あ、よつばが考えた新作のクッキーがあるの!良かったら食べて行って!よつば、お願い」

 

「は~い」

 

 桃子に言われてテキパキと用意するよつば。

 それに新人たちがなのはに良いんですか?と視線を投げかけるが笑って頷いていることから良いらしい。

 

 緊張した様子で出された紅茶とクッキーを食べている新人と慣れ親しんだ様子で美味しそうにクッキーを食べているリイン。

 

 そんな新人たちとは少し離れた席に座っているフェイトに士郎が同じものを置く。

 

「紅茶で良かったかな」

 

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

 新人たちとは違う意味でフェイトにとってここは居心地が悪い。なにせ昔大怪我させた相手のお店だ。

 こうして自然に接せられると逆にどうすればいいのか分からなくなる。

 

 そんなフェイトに士郎がしみじみと懐かしそうに呟く。

 

「10年、か……」

 

 その呟きにフェイトは顔を上げた。

 

「君やよつばからすれば長い時間だったのかもしれないが。俺や桃子からすればあっという間だった気がする」

 

 もしかしたら責められるのかもしれないと身体を強張らせるフェイトに士郎は苦笑を返した。

 

「正直に言えば、よつばのように俺や桃子はまだ割り切れないのが本音さ。情けないことにね」

 

 被害に遭った娘が流したのに自分たちは、という気持ちはある。しかしフェイトからすればそれは当然のことだった。

 

「それは、そうだと思います。私も簡単に赦してもらえるとは思ってません」

 

 確かによつばからの赦しは貰った。だからと言って彼女と親しい者たちが自分を赦してくれるなどと思えるほどフェイトは楽観的ではなかった。例えば、先程会ったアリサという女性も、きっと自分に好い感情は抱いてはいないだろう。

 

「いや、違う。そういうことが言いたいんじゃないんだ」

 

 首を振る士郎。

 

「よつばが君に会いに行って帰って来た日。嬉しそうに話してくれたよ。出来ればもっと話したかったと名残惜しそうでもあった」

 

「え?」

 

「自分が作ったお菓子を食べて美味しいと言ってくれたこと。赦す、と言った際に君が泣いたこと。そして長い間苦しませてしまった申し訳なさとか。まぁ、色々とね」

 

 そこで士郎は穏やかに笑った。

 

「フェイトちゃん。10年前、俺たちは君に赦すことは出来ないと言った。正直に言って今君を見てわだかまりを感じたり、どうして?と黒い感情が出ない訳じゃないんだ。それを流すには俺たちにももう少し時間がかかることだと思う。それでもあの子が、よつばが赦して、なのはもそうしようと決めた。なら、俺たちも少しずつそういった負の感情を流していきたいと思ってる。ありがとう、10年もあの子を傷付けた痛みを背負ってくれて。でも、もう楽になってくれていいんだ。あの子もそれを望んでる」

 

 その言葉を聞いて、フェイトは手にしていたカップが震わせていた。

 

 どうして、この家族はこんなにも優しいのか。

 一方的に拒絶されたり、敵意を向けられても仕方ない自分に、こうして歩み寄ってくれるほどに強く在れるのか。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 下げた頭。その顔には涙が僅かに光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書き始めれば割とスイスイ書けるんだよなぁ。書き始めるのに時間がかかる。

後半はフェイト対アリサ・すずかとよつば対アルフの会話が中心になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編10:機動六課編『はじまりの続き』後編

後編です。


 アリサから貸し出されているコテージへ移動するのによつばが車で運転していた。

 

「よつばちゃんが免許取ってたの知ってたけど乗せてもらうのは初めてだね」

 

「うん!あんまり運転しないから慣れてないけど、事故を起こしちゃったらごめんね!」

 

「それ満面の笑顔で言うことじゃないよ!?」

 

 高校三年の夏休みを利用してアリサ、すずかと一緒に免許を取得したのだが特に車を利用する機会がないため、運転は称賛するほど上手いわけではないが安全運転を心掛けている。

 なのはもフェイトも地球での自動車運転免許を取得してない為、よつばと姉の美由希が別々の車でコテージまで移動していた。

 新人たちを美由希の車に乗せたのは久しぶりになのはと一緒の時間を過ごさせようという心遣いからではなく、事故を起こした場合を想定していたりする。

 何があってもなのは、フェイト、アルフなら大丈夫だろうという感じだ。

 

「テスタロッサさんから見てなのちゃんのお仕事はどうですか?戦技きょーどー官?だったよね?戦う技術を教えるお仕事って聞いてますけど」

 

 向こうの仕事に疎いよつばが聞きかじった単語を言うとフェイトは緊張しながらも答えた。

 

「はい……!今回初めて共同でお仕事をしますけど、他の教導官の方より丁重に、確実に技術を教えていますよ。フォワードの子たちが才能溢れているのもありますが、なのはの教えのおかげで少し時間が置くと想像以上に成長していますから、驚いてます」

 

 フェイトの評価になのはは僅かに顔を赤らめて照れる。それによつばは感慨深げにそっかー、としみじみ呟いた。

 

「なのちゃん、昔はわたしと同じで運動苦手だったから心配だったけど、ちゃんとやっていけてるんだね」

 

「運動音痴はとっくに卒業したよ。それに子供の頃だってよつばちゃんよりは運動得意だったでしょ?」

 

「なのちゃん。五十歩百歩とかどんぐりの背比べって言葉知ってる?」

 

 そんな風に姉妹でじゃれ合いながらもフェイトやアルフに質問しているうちに目的地に到着する。

 すると先に来ていたアリサとすずかが寄ってくる。

 

「なのはちゃん久しぶりだね!」

 

「すずかちゃん!ここのところメールや写真でのやり取りばっかりだったもんね」

 

「ねぇ、よつば。運転大丈夫だった?」

 

「なんでわたしが運転するとまずそれを訊くのかなぁ?」

 

 そんな風に和気藹々と話をしていると少し離れた位置にいるフェイトによつばがその手を引く。

 

「この人がなのちゃんとはやてちゃんの同僚のフェイト・T・ハラオウンさんでその使い魔?のアルフさん」

 

「いや、なんでよつば(アンタ)が紹介するの?」

 

「その、フェイト……です……」

 

「え、と……月村、すずかです……」

 

 フェイトとの自己紹介にすずかはぎこちない笑みで返す。

 アリサもすずかもよつばとフェイトとの間になにがあったのか知っている。

 その上で友好的な態度を取るよつばを見れば強く敵意を出すことなど出来る筈もなく、しかし平然としていられるほどに強くもない。

 

 僅かに沈黙が下りると遠くから鉄板で食材を焼く音が聞こえてくる。

 

「誰か料理してるの?」

 

「はやてがね。せめて夕食くらいはって」

 

「なら、わたし手伝ってくるね!テスタロッサさんたちも夕食楽しみにしてて下さいね!」

 

 それだけ言ってはやての方へと向かうよつばになのはは苦笑する。

 

「よつばちゃんとはやてちゃんが料理するのを見るの、なんか久しぶり」

 

「そりゃあなのはもはやても最近滅多にこっちに戻ってこないからじゃない」

 

「そうだけどね」

 

 苦笑して肩を竦めるなのは。

 そんな中で後ろに居たキャロが質問した。

 

「あ、あの!?本当に私たち手伝わなくて良いんですか?八神部隊長には断られてしまいましたけど……」

 

 はやてが鉄板焼をしているのを驚き、そんなのは自分たちがやると言ったがやんわりと断られてしまった。

 それになのはは苦笑して返す。

 

「良いんじゃないかな?はやてちゃんも料理好きだし。ここ最近ちょっと気疲れしてるみたいだったから気分転換に。それにあの2人が並んで料理するのを横から入るのもね。食器出しとかはやった方が良いだろうけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃん手伝うよ!」

 

「お!ありがとな!でもお店で働いとるよつばちゃん相手だと気後れしてまうわぁ」

 

「はやてちゃんなら翠屋(うち)でも即戦力で働けると思うよ。今のお仕事辞めたらこっちに就職しない?」

 

「ふふ。その時はよろしくお願いします」

 

 軽口を言い合いながらよつばは手を洗って残っている食材を刻み始める。

 

「こうして横で料理しとるとなんや子供の頃を思い出すなぁ。小さい頃、よつばちゃんにお菓子の作り方を教えてもろたり」

 

「あの時はまだわたしも片腕で、シャマルさんと3人で作ってたよね」

 

「そうそう。それでシャマルが突然砂糖と塩を間違えたり」

 

「分量を盛大に間違えたりして食べられないくらい甘いお菓子ができたり」

 

「……2人とも人の失敗談で笑うの止めません?」

 

 よつばとはやてがシャマルの料理失敗で笑っているとヴィータが割って入る。

 

「つってもお前。前にシャマルが作ったパウンドケーキ食ってよつばさんを泡吹いて倒れさせたじゃねぇか」

 

「アレはほんまに驚いたなぁ……大急ぎでよつばちゃんをトイレで吐かせて」

 

「あの後、三日間くらい舌がバカになりましたねぇ」

 

 ハハ、と懐かしそうに苦笑するよつばにさすがにシャマルも反論できずに肩を小さくしている。

 シャマルの料理は見た目はなんの変哲もないのだが何故か味だけ摩訶不思議な感じに調理される。

 それ以来、八神家ではシャマルに味付け関連の作業は厳禁するルールが設けられていた。

 包丁の扱いは上手いのにどうして味付けだけおかしくなるのか?

 それもバラつきがあり、普通に食べられる物から人が倒れる物まで。

 

「とにかく、ちゃっちゃと仕上げよか!」

 

「そうだねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーベキューなどの料理が出来上がるとはやてが乾杯の音頭を取り、面識がないフォワードメンバーと現地協力者であるアリサやすずかなどがそれぞれ自己紹介を終えて食事会は開始された。

 

 食事会が始まり、なのはは久々に会う友人2人や姉と談笑しており、フェイトはエリオとキャロの相手をしている。

 スバルとティアナは周りを見ながら自分たちの先生であるなのはや他の隊長たちの普段と違う姿に驚いたりしている。

 よつばははやてと一緒に食べ物を捌いているとアルフが寄ってきた。

 

「ちょっといいかい?」

 

「あ、これならもう少しで焼けますからちょっと待ってくださいね!」

 

「そうじゃなくて!その……話がしたいんだ。アンタと2人で」

 

 緊張した口調で頼んできたアルフにはやてが横から割って入る。

 

「よつばちゃん。こっちはわたしとシャマルで大丈夫やから、な?」

 

「う~ん。じゃ、お願いね!これはもういいかな」

 

 言って肉と野菜が刺してある串を2本持って片方をアルフに渡す。

 アルフは礼を言って受け取り、後ろでウインクするはやてにも念話で礼をした。

 

 場から少し離れたところでアルフは話を切り出す。

 

「お礼を言いたかったんだ。ありがとう、フェイトを、赦してくれて」

 

 大勢の場で言うには少々そぐわない会話なために席を外したのだ。

 

「アンタがフェイトと会ってくれた晩に連絡が来てさ。話、聞いたよ。フェイト泣きながら安心してた。10年間ずっとあの時のことを気にしてたから」

 

「……」

 

「でも、違うんだ。本当に謝らなきゃいけないのはアタシだから……」

 

 よつばが高所から落ちた直接的な原因を作ったのはアルフだ。フェイトはずっと一緒に背負い、アルフ以上に自分を責めた。

 

「フェイトと会ってくれた後で謝りに来るなんて卑怯だって分かってるんだ!でも、今度こそちゃんと、謝りたくって……!」

 

 10年前、アルフは自分とフェイトのことで頭がいっぱいだった。

 だが時間が過ぎて、色々な人と出会う機会が増え、そしてクロノとエイミイの子供であるカレルとリエラが生まれて、本当に自分のしたことが怖くなった。

 日々大きくなるこの生命がもし見知らぬ誰かに大きな傷を付けられたと知らされたら自分はどう思うだろう?

 カレルとリエラだけではない。エリオやキャロでもだ。

 決まっている。その相手にその子たちが負った傷の何倍も仕返ししてやりたくなるだろう。

 しかしよつばの家族は決してそんなことはしなかった。それどころか謝罪に来た自分たちを一切責めずにこちらを気遣ってすらいたことも今なら分かる。

 

 それを自覚したときに襲った罪悪感は当時のモノを何倍も上回っていた。

 

「ゴメン……ゴメンよ……今更、こんな……!」

 

 謝罪するアルフ。それをよつばは少しだけ困ったように笑みを浮かべていた。

 それから付けられた右の義手に触れる。

 

「わたしも、あの時は余裕が無かった。ただ泣き叫んで2人を拒絶するだけで……それが、精一杯だった。でも――――」

 

 負わなくて良かった筈の痛みや苦労。それは確かにあった。

 しかし支えてくれた家族や友人とずっと頑張って乗り越えてきた。

 独りなら、ただ塞ぎ込むことしか出来なかっただろう。弱い自分をずっと守ってくれた優しい人たち。

 

「独りじゃ、乗り越えられなかった。どうしたら良いのかすら、きっと分からなかった。色んな人に助けられて、また夢を見れて。わたしは立ち直れた。それに気づけて、良かったって。幸せだって思える。だって――――」

 

 その証拠に。

 

「わたしは、こうして笑っていられるから」

 

 幸せだと胸を張って笑える。なら、これ以上に誰を責める必要があるだろう?

 その言葉を聞いてアルフは眩しいモノを見るように大きく息を吐いた。

 

「……もっとアタシを責めたって罰は当たらないだろうに」

 

「イヤですよ。出会い方はアレでしたけどこうして手を取りあえる機会が出来たんです。どうせなら楽しくなって欲しいじゃないですか」

 

 恨み辛みを抱えるのはもう疲れたのだと言うよつばにアルフは毒気が抜かれてなるほど、と笑った。

 

「そう、だね。アタシもそう思うよ」

 

「えぇ。時間はかかっても、ね……」

 

 そうして話を終えるとエリオとキャロが近づいて来た。

 

「どうしたの?テスタロッサさんの傍に居たんじゃ……」

 

 周りを見渡すと、フェイトはアリサ、すずかと一緒に居る。

 

「あ、あの!アリサさんとすずかさんがフェイトさんに話があるって……それで……」

 

「あぁ……」

 

 そういえば、以前アリサがフェイトと話をするのを楽しみにしていると言っていたような気がする。

 おそらくすずかも同様だったのだろう。

 そしてフェイトの立ち位置を断片でも知っている2人には不安しかないのは当然で。

 しかしよつばはエリオとキャロの頭に手を置いて笑う。

 

「だいじょうぶだよ。2人も別にテスタロッサさんをどうこうしようなんて気はないから」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「うん。ただ、話がしたいだけなんじゃないかな?」

 

 さすがにこんな和やかな雰囲気の中でその空気を壊す真似はしないだろう。

 

「それより、向こうにまだたくさん料理があるから。食べながら2人の話を聞かせて。ね?」

 

 そう言ってよつばはエリオとキャロの手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく顔合わせが出来たわね」

 

「アリサちゃん、その言い方はちょっと……」

 

 フフフと挑むように笑いながらフェイトの前に立つアリサにすずかが苦笑いを浮かべている。

 当然フェイトは固まりながらどう対応すればいいのか困惑している。

 そんなフェイトにアリサは話を切り出した。

 

「変に緊張しなくていいわよ。別にアンタをどうこうするつもりはないんだから。言いたいことは山ほど有ったけど、よつばが全部無駄にしてくれたしね。でもちょっとくらい付き合いなさい」

 

「は、はぁ……」

 

 目的の分からない向こうの態度にフェイトは肩身の狭いを思いをしている。

 

「なんて言うか、愚痴よ愚痴!なんか色んなことがアタシたちとは関係ないところで始まって勝手に終わっちゃったから。こっちとしては釈然としないっていうか。変にモヤモヤするのよね。だからアンタとは話しておきたかったのよ」

 

 アリサ視点で言えば、よつばの事故が突然起き、その犯人を捕まえるために躍起になっていた時期もあったが、いつの間にか向こうから謝罪されていて幕を閉じていた。

 つまりは蚊帳の外に置かれていたのが気に喰わず、スッキリしたいのだ。フェイトと話そうとしたのもその一環である。すずかも同様に。

 それを必要以上に重く受け止めたフェイトは真面目に頭を下げた。

 

「お2人からすれば私がここにいることに憤りを感じるのは当然だと思います。あの件は言い訳のしようもありませんから」

 

「だぁあああっ!?そんなに暗い表情しないでよ!こっちがイジメてるみたいじゃない!」

 

 アリサとてどの面下げて地球(ここ)に来てんだ!という気持ちがないわけではない。しかし被害に遭った本人とその家族が謝罪を受け入れた上であーだこーだ言うほど女々しい性格はしていない。

 アリサは話を切り替える。

 

「昔ね。小学校に上がったばかりの頃。アタシ、すごく問題児でさ。お金持ちなのを良いことに威張って、いじわるとかもして。すずかもそのときは引っ込み思案過ぎて周りと上手く行ってなかったのよ。そんなアタシらの最初の友達がなのはとよつばだった」

 

 懐かしそうに語るアリサにすずかが続く。

 

「だから、あの事故が遭った時は本当にショックで。よつばちゃんもだけど……なのはちゃんもすごく不安定で。ずっと自分を責めてた。今思うと自分が魔法に関わったせいでよつばちゃんが怪我したと思ってたみたいで」

 

 かつて、泣きながら鬼気迫る勢いで自分に向かってきたなのはを思い出す。

 事情を推測することでしかなかった自分ですら身を震わせるほどの怒りを撒き散らしていた少女。

 なのはの人となりに触れる機会が増えた今では当時のあの様子はどれほど彼女を追いつめられていたのか理解できる。

 

「だから、絶対犯人をとっ捕まえてやるって意気込んでたらいつの間にか話が終わってるし。そのくせよつばはずっとアンタのことを気にしてたから全然吹っ切れてないしで。でも、そういう奴だから」

 

「よつばちゃんもなのはちゃんも。こっちが心配になるくらい周りのことばかり気にしちゃう姉妹(子たち)だから」

 

 そこでアリサがフェイトの肩に手を置いた。

 

「だから。そのことでうじうじするのはやめなさいってことよ。忘れちゃいけないけど。引きずり続けるとあの2人が気にするから」

 

 それで言いたいことは終わったとばかりに伸びをしてアリサとすずかはフェイトから離れていき、入れ替わるようになのはがやってきた。

 手には皿に盛られた焼きそばがあり、片方をフェイトに渡す。

 

「2人とも、なんだって?」

 

「うん。いつまでもうじうじするなって。元気づけられた、のかな?」

 

「そっか」

 

「ねぇ、なのは。なのはの親しい人たちはみんな善い人だね。なのはが、真っ直ぐ育った理由が少し()()った気がする」

 

「フェイトちゃんも、きっと仲良くなれるよ。」

 

「そうかな?そうだったら、いいなぁ……」

 

 そうなれたら、それはどんなに素敵なことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた後はサーチャーの反応を待つ間に風呂に入ることになった。

 ただ、コテージには風呂はないために市内の銭湯に移動することにした。

 

 途中、エリオがどっちの風呂に入るかで足が止まったが逃げるように男湯に入って行き、キャロもついて行ってしまう一幕はあったが特に問題は起きずにいた。

 

 時間が経過するとよつばたち同い年の近い位置で入浴していた。

 

「いや~双子言うても見比べてみるとなのはちゃんとよつばちゃんはやっぱりスタイルが違うんやねー」

 

「生活が全然違うからね。はやてちゃんから見てどう思う?」

 

「うん。全体的にバランスがええのはなのはちゃんやけど胸やお尻はよつばちゃんのほうが大きいな思うで。腰回りもやけど」

 

「う!さ、最近はちゃんと運動もしてるんだよ?お姉ちゃんに付き合ってもらって」

 

 はやての容赦ない評によつばは自分のお腹の肉に触れながら弁明する。

 それにアリサがツッコむ。

 

「って言っても、この間もまた体重増えたーって大騒ぎだったじゃない。運動量より食べる量を減らさないといけないでしょ、よつばは」

 

「うぐっ!?」

 

 アリサの指摘によつばはまだ大丈夫。まだ大丈夫とぶつぶつ呟いている。

 

「わたし的には1番胸が大きいのはすずかちゃんで感度はフェイトちゃんが上やと思うんよ」

 

「あ、あのはやて……あまりそういうことを大声で言うのは……」

 

 あまりこういう場に慣れていないのか恥ずかしそうに身体を小さくして湯に浸かってる。そんなはやてにすずかがなのはに訊く。

 

「もしかしてはやてちゃん。お仕事でもアレをやるの?」

 

「うん。と言っても本当に気心知れて許してくれる人だけね」

 

 アレというのは同性への胸揉みである。

 はやては昔から他人の胸を揉む趣味があり、この場にいるほとんどが彼女に胸を揉まれたことがある。

 

 中学が一緒だった4人は特にその回数が多い。

 本人曰く、みんなの健全なバストアップに貢献したと自負しているそうだ。

 

「それにしてもテスタロッサさんってそんなに?」

 

「うん。ちょい触れただけでかわええ声出すし、肌もスベスベで気持ちええんよー」

 

「ほーほー」

 

 よつば、はやて、アリサは会話を終えると一斉にフェイトの方を向く。本人は顔を引きつらせてじりじりと離れた。

 

「2人とも……その手の動きは、なに?」

 

「ちょっとだけ。ちょっとだけですから!」

 

「すこし、我慢しなさいね!」

 

 アリサとよつばに近づかれたフェイトは猫を前にした鼠のように震え、すぐに声が上がる。

 数分後。満足そうに額を拭うよつばとアリサ。そして顔を真っ赤にして体を小さくするフェイトを後からやってきたキャロが不思議そうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銭湯から出ると同時にデバイスが反応。

 対象のロストロギアが発見され、現地協力者にエールを送られながら出動。

 特に被害を出すことなくロストロギアの捕縛に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンはやてちゃん。少しテスタロッサさんとお話しさせてくれないかな?」

 

 任務を終えた後によつばがはやてにそう訊いた。

 

「別にええけど。どないしたん?」

 

「ちょっとね。2人で行きたいところがあるのここなら、近いから」

 

「ん~。本当はこのまま帰還するつもりやったけどこっちはちょい休憩してるから、なるべく早く戻ってきてな?」

 

「うん、ありがとう!テスタロッサさん、ちょっと!」

 

 フェイトを呼んで頼み込むようにしてよつばはフェイトの手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 その場所に着いて。フェイトは身体を強張らせた。

 見覚えのあるそこは、よつばとフェイトが()()()()()()()()()だった。

 

「わたしが落ちた後、危ないからって新しい柵が付けられたんです以前のより高さがあるのを」

 

 自分が落ちた場所の柵に触れながら遠くを見つめている。

 

「出会い方は間違えてしまいましたから。だから、()()()()()()ここからかなって」

 

 全てをやり直すなんて出来なくても。

 新しく関係を始めることは出来るのだ。

 

「わたし、今日テスタロッサさんと会えて良かったと思ってます」

 

 以前、ミッドで再会したときは関係がゼロに近い位置となった。

 でも今日僅かな時間を過ごして、一歩踏み出したいと思った。

 

「テスタロッサさん。わたしと、友達になってください」

 

 だから最初に間違えてしまった此処で始めたくて、手を差し出す。

 

「ほん、とうに……いいの?」

 

 赦して、くれるだけで充分だったのに。

 こんな夢みたいなことが現実に。

 

 よつばは何も言わず、フェイトが手を握ってくれるのを微笑んで待っていた。

 フェイトは震えたままの手でよつばの手を握る。

 少しだけ手に力が入りると嬉しそうによつばは笑みを深めた。

 

「またね、()()()()()()()

 

 驚きは一瞬。

 次にフェイトは花が咲くような笑みを浮かべた。

 

「うん、また。()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良し!準備はこれで万全!」

 

 翠屋二号店。

 今日はその開店日。

 海鳴総合病院の近くに開かれた店は一号店に比べて狭く、席数も半分ほどだが今日からここが高町よつばの職場となる。

 人は一号店よりこちらに近い人を数名。新しく人を雇い入れたりとここ数日の忙しさもようやく報われたと思えば感慨深い。

 

 

「店長。お店、もう営業中にして大丈夫ですか?」

 

「うん。お願い」

 

 新しく雇った高校生のアルバイトにお願いする。

 ドアが営業中の札に切り替わって10分程して開かれる。

 お客様第一号の入店だ。

 

 

「いらっしゃいませ!ようこそ、喫茶翠屋へ!」

 

 何年も言い続けた来客の挨拶をする。

 そして少し驚いた表情に変わったがすぐに微笑む。

 

 入ってきたのは双子の姉と数年前に引き取ったというオッドアイの少女。

 

 そして共通の友人である長い金の髪を持った女性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで番外編終了です。

活動報告に上げたようにこの作品でクロスオーバーなおまけを後に書くと思いますが見かけたらよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまけ:ささやかで暖かな出会い※フルーツバスケットとクロスオーバーしています

よつば、透たちは同い年で高校二年生設定で。


 町にある図書館に3人の女子高生が集まっていた。

 ひとりは髪を金髪に染めたヤンキー風の背が高めの女子。

 次第に陽射しが暑くなってきた季節に全身黒の私服を着た眠そうな眼をした三つ編みの少女。

 そして間にいる左右の2人に比べて地味な印象だが温和そうな少女。

 

 真ん中にいる少女が三つ編みの少女に問いかける。

 

「はなちゃん。参考書はこれくらいでよろしいのでしょうか?」

 

「任せるわ。どうせ何を開いても同じに見えるもの」

 

「花島。今日はオメェが夏休み補習受けなくて良いように集まってんだからなー。真面目にやれよ」

 

「あらありさ。この私が透くんに手伝ってもらって手を抜くなんてことすると思う?」

 

「いや、自分で言うのか、それ?というかあたしも手伝うんだが」

 

 今日は全身黒い服を着た少女、花島咲の勉強を見るために集まっていた。

 なにせこの少女、高校入試に受かったのが信じられないほど勉強に関心がなく、補習の常連でテストもほぼ全て赤点。親を何度も呼び出されて泣かせるほどの成績不振者だった。

 去年も夏休みの炎天下で補習三昧だったため、今回は親友2人の力を借りて期末テストを乗り切ろうという話になったのだ。

 

 それから咲に勉強教えて少し経った後に本田透が立ち上がる。

 それを魚谷ありさが首を傾げた。

 

「どした、透?」

 

「あ、せっかくですからお菓子作りの本を見てみたくて。少し離れてもよろしいでしょうか?」

 

「えぇ。大分勉強も進んだし気にすることはないわ、透くん」

 

「ホントになー。お前が赤点取んのただやる気の問題だろ?」

 

「アハハ……」

 

 透も苦笑いを浮かべて一度頭を下げてお菓子作りの本が置いてある場所に移動する。

 

(今度杞紗さんと燈路さんが遊びに来ますからせっかくですし新しいお菓子を作ってお出迎えしたいです!)

 

 杞紗と燈路というのは透がお世話になっている草摩家の親戚の少年少女だ。

 いずれも最初の出会いこそ良いものとは言えなかったが、杞紗は透を姉のように慕い、燈路は敵意こそ消えていないが最初のような意地悪はしなくなった。

 

 透はそんな2人が大好きだった。

 本棚を見ながらどの本が良いか眺めていると前方を見ていなかった為に立ち読みしていた少女にぶつかってしまう。

 

「ああああっ!?す、スミマセン!?こちらの不注意で!?」

 

「いえ、こっちも立ち読みなんてして邪魔でしたね。ごめんなさい」

 

 ぶつかったのはポニーテールの髪を三つ編みに纏めた栗色の髪の少女で、歳は透と同じくらいに思えた。

 

 ペコペコと頭を下げる透に困った顔で笑いながら本棚に視線を向ける。

 

「お菓子、作るんですか?」

 

「え?は、はい!?」

 

「初めて作るならこっちの本。経験があるならこっちの本がお薦めですよ。あ、本格的なのならこっちが――――」

 

 次々と本を指差す少女に透は唖然とする。それに気付いた少女がばつが悪そうに顔をしかめた。

 

「ごめんなさい、突然……余計なお世話でしたね」

 

「あ、いえ!とても参考になりましたです!あの……お菓子作り、好きなのですか?」

 

 透の質問に少女は噛み締めるように笑みを浮かべた。

 

「えぇ、とっても。私の生き甲斐で、目標ですから」

 

 透は、その笑顔をとても綺麗だと思った。

 そこで少し離れた位置から声がかかる。

 

「よつばちゃ~ん!いつまで立ち読みしてるのー?」

 

「あ、ごめん!それじゃあ、失礼します」

 

 呼ばれた方向へと歩いて行く少女。

 

 透も薦められた本の内、自分に合いそうな本を選んで親友2名の所に戻った。

 

 

 

 

「ちょっと時間がかかったな。そんなに真剣に選んでたのか?」

 

「い、いえ!?ただ……すごく親切な人に会いました」

 

「は?」

 

 

 

 この時出会った2人。本田透と高町よつばが再会するのは少しだけ後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トールー!!」

 

 夏休み前の最後の試験が終わり、皆がホッとしている中、下校の下駄箱で1学年下の金髪の幼い容姿をした少年、草摩紅葉とやや覇気のない白髪に毛先だけ黒の混じった髪の草摩潑春に遭遇した。

 紅葉が透の服を掴む。

 

「今日でテストも終わりで透もアルバイトお休みだよね!だからみんなで遊びにいこー!」

 

「はい!」

 

「遊びにって今から?どこに?」

 

 元気に受け答えする透に続いて透と同じクラスで同居人のひとりである草摩由希が訊くと紅葉が大きく両手を挙げて答えた。

 

「うん!実はクラスの子がこの間美味しいって評判の喫茶店で売ってるお菓子を食べさせてくれて。駅の方だからちょっと歩くけどみんなと食べたいなーって思ったのよー!」

 

「なんでわざわざ菓子食うために歩かなきゃいけないんだよ」

 

 紅葉の提案にメンド臭げに否定的な意見を出したのは一見怒っているような表情をしているオレンジ頭を持った少年で由希ともども同居人である草摩夾だった。

 

「えー!!キョ―は行きたくないのー?」

 

「まったく場を白けさせる奴だなー」

 

「うるせぇな!」

 

「腹へった……」

 

 潑春が腹を押さえて呟く。

 

「え、と夾君。せっかく紅葉君が誘ってくれてるんですから」

 

「お前らだけで行きゃいいだろ!俺は――――」

 

「透君の誘いを無下にしようなんて良い度胸ね。覚悟は出来て?」

 

 そこで咲が急に存在感を醸し出して威圧してくる。

 ズズッと近づいてくる咲に怯んでいると潑春とありさが夾の腕を掴んだ。

 

「ま、いいじゃん。どうせ時間あんだし」

 

「これ以上ゴネッと全部お前のおごりにすっからな!」

 

「やめろ!引きずんな!わぁったよ!行けばいいんだろ!」

 

 強制的に連れて行かれるよりはと夾は諦める。

 それで紅葉が前を歩いて。

 

「それじゃーキョ―のおごりでしゅっぱーつ!」

 

「えっ!?」

 

「勝手に決めんじゃねぇ!!」

 

 紅葉の宣言に驚く透と声を上げて否定する夾。

 それを後ろから見ながら由希はバカを見る目で夾を見た。

 

(どうせ賛同させられるんだから抵抗しなければいいのに)

 

 歩きながら透は紅葉に質問した。

 

「そう言えば紅葉君。その喫茶店はなんというお名前なのですか?」

 

「えーとたしかー。そう!“喫茶翠屋“なのよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お!結構いい雰囲気じゃん」

 

「でしょ!でしょ!」

 

 ありさの好意的な感想に紅葉が嬉しそうに答える。

 店内には透たちと同い年の子や大学生なども多く若者向けの店らしい。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 三つ編みの眼鏡をかけた20そこそこに見える女性店員が対応してきた。

 

「何名様ですか?」

 

「7人でーす!」

 

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」

 

 店員に案内されるがままに通され、大きなテーブルを挟んで座る。

 

「御注文をお決まりになりましたらお呼びください」

 

 一礼して去って行く店員。

 メニューを開いて紅葉がトールに話しかける。

 

「トールっ!トールっ!なに食べるっ?このお店のおすすめはシュークリームだって聞いたのよっ!」

 

「それではそれを。ああああっ!色々な種類があります!?うおちゃんとはなちゃんはどうなさいますか!」

 

「あたしはカスタード。定番だしな!」

 

「チョコレート味を……」

 

「わ、わわっ!?」

 

 あっさり決める2人に焦る透に由希がアドバイスする。

 

「苺、はどうかな?本田さん、苺好きでしょう?」

 

 以前、由希が密かにやってる家庭菜園で苺が好きと言っていたのを思い出して意見すると透がパッと表情を明るくする。

 

「それじゃあ、それを」

 

 店員を呼ぶと先程とは別の店員が現れる。

 

「ちゅーもんが決まりましたーっ!」

 

「はい。お伺いしますね」

 

 その声を聴いた時、透はアレ?と首を傾げた。

 どこかで聞いたことがある声だったからだ。

 顔を上げてみると店員の顔を見るとそこには、以前図書館でお菓子作りの本でアドバイスしてくれた女の子がいた。

 

「ああああああああっ貴女はっ!?」

 

「うおっ!?どうした透!?」

 

「いきなり大声出すんじゃねぇ!?」

 

 透が声を上げて立ち上がると向こうも気付いたのか小さく声を出す。

 

「もしかしてこの間図書館で会った人?」

 

「はい!あ、あのときはありがとうございました!とても参考になりました!」

 

 ぺこぺこと頭を下げる透にその店員――――高町よつばは笑顔で返答する。

 

「いえ、お役に立てたなら良かったです。それよりご注文をお伺いしてもよろしいですか?」

 

 再び訊くと次々とオーダーを書き込んで復唱した。

 

「では少々お待ちください」

 

 一礼して去って行くとありさが訊く。

 

「透ぅ。お前あの店員さんと会ったことあんのか?」

 

「はい。以前図書館で。お菓子作りの本をどれを読むか悩んでいたときにアドバイスを……」

 

「それってこの前杞紗たちに出したお菓子の参考に使ってた本?」

 

 少し前にキッチンで本を見ながらお菓子作りに励んでいたのを思い出した由希が訊くと透が肯定する。

 

「とても解り易く書かれた本を教えてもらいました。あの方もお菓子作りが好きみたいで」

 

「あぁ、だからここで働いてんのか」

 

 食べた杞紗たちにも好評だった。

 そうして話しているうちに注文したメニューが届く。

 

「ではゆっくりとお寛ぎください」

 

 全ての配膳が終わると忙しそうに別の客の方へ行く。

 

「それじゃあテストの終わりを祝ってかんぱーい!!」

 

 紅葉が音頭を取ると皆が続いて軽く飲み物のグラスをぶつける。

 それぞれが頼んだシュークリームを口に入れると表情が変わった。

 

「うまい……」

 

 潑春が最初に口に出した言葉が皆の心境を表していた。

 

「とても美味しいのです!」

 

「うん!クラスの子が絶品って言っていたけど思った以上なのよっ!」

 

「こりゃうまいな。うん」

 

 透たちが絶賛してなにも言わない者も表情が緩んでいる。

 

 そうして次に話は終わったテストに移っていった。

 

「皆さんテストの方はどうでしたか?」

 

「ま、あたしはいつも通りだな」

 

「えぇ。今回は問題無しね。透君とありさが手伝ってくれたんですもの。赤点を取るなんて失態はあり得ないわ」

 

「おまえ前回は全部赤点だったくせにどっからそんな自信が出んだよ……」

 

「俺もいつも通りかな」

 

「僕もー!」

 

「まぁボチボチ」

 

 それぞれが受け答えをする中で楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り透はビルの清掃アルバイトから帰る途中だった。

 以前は由希が迎えに来てくれていたが今日は時間が合わず、夾は通っている空手の道場の方へ泊る予定なので久しぶりにひとりでの帰宅だった。

 

 とある理由から透のアルバイト先に顔を出す紅葉と別れて帰宅しようとする。

 帰り道を少し進むと急に体がフラリとなった。

 

「あ、アレ?」

 

 もう本格的な夏に入るのにやけに体が冷える。心なしか視界も揺れているような気がした。

 呼吸が荒くなって膝をつく透。

 どうして自分がいきなり体調を崩したのか分からず混乱していると後ろから声がかかった。

 

「あのー。大丈夫です?」

 

 そこには栗色の髪を三つ編みにして束ねた自分と同い年の少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

「いいんですよ。困った時はなんとやらって奴です。というかわたしが強引に連れて来ちゃった感じですし。今は家族が出掛けてて居ませんから」

 

 よつばから体温計を渡されて透は腋にそれを挟む。

 数秒で音が鳴る体温計を受け取り、数字を見てやっぱりという顔をする。

 

「37度9分。熱がありますね」

 

「で、でも朝はなんとも……」

 

「急に暑くなってきましたし、気温の変化に身体がついて来なかったのかもしれませんね。とりあえず少し休んでいてください。もう夜も遅いですし、お迎えの人を呼んでください。それまでわたしの部屋で休みましょう」

 

「そ、そこまでお世話になるわけには……」

 

 いいからいいからと額に熱冷ましのテープを貼られてこっちです、手を引かれる。

 熱で弱っていた透は強く抵抗できずに部屋へと通される。

 

 ふらついていた透をベッドに座らせるよつば。

 

「少し部屋を外しますね。コレ、うちの住所です」

 

 そう言ってよつば部屋を出た後に透は携帯電話で連絡する。

 

 電話に出たのは世話になっている家の主である草摩紫呉だった。

 事の事情を説明するとすぐ迎えに行くね、と言われ、電話越しに何度も頭を下げて切った。

 

 電話が終わったころに再びよつばが現れる。

 

「どうでしたか?」

 

「すぐに迎えに来てくれるそうです。本当にありがとうございます」

 

 頭を下げる透によつばが苦笑して手をひらひらさせる。

 

「あ、自己紹介がまだでしたね。わたし、高町よつばって言います」

 

「本田透、です」

 

 透は何げなく部屋を見渡しているとベッド横に置いてある棚の上に乗った写真が目についた。

 そこには中学生と思しきよつばと他、4人の少女が写っている。

 しかし透が疑問に思ったのはよつばによく似た髪型の違う少女だ。

 その疑問に気付いたよつばが笑顔で答える。

 

「それ、中等部の卒業式で撮った写真でわたし、双子なんですよ。わたしに似た子は双子の姉なんです」

 

「双子さんなのですか!?」

 

「えぇ。今はちょっと遠くで暮らしてるんですけど」

 

 何か事情があるのだろうか?と思ったが突っ込んで訊いて良いか分からず疑問に思っているとよつばの右手が無く、机の上に置かれていることに気付いた。

 

「~~~~ッ!?」

 

「うあっ!?どうしました」

 

「うでうでうでがぁあああああっ!?」

 

「え?あぁっ!すみません!ちょっと今は充電中で。わたしの右腕は義手ですから」

 

 右の肩を動かして大丈夫ですよーとアピールするよつば。

 

「小さい時に事故で。今はあの義手のおかげで問題ないんですけどね」

 

「ぎ、ぎしゅだったのですか!」

 

 机に置かれている義手はとても精巧に出来ていて作り物の腕だとは思えなかった。動作がとても自然なこともその理由だった。

 

 肩を竦めたよつばが天井に視線を移しながら話し始める。

 

「子供の時、相手のちょっとした勘違いで崖から落とされて。その所為で右腕が使い物にならなくなっちゃって。向こうも少しした後に謝りに来てくれたけど。その時は頭がパニックになっちゃって泣き出しちゃったなぁ」

 

「……」

 

 どこか悔いるように話すよつばを透は黙って聞いていた。

 

「その人たちに今更どうにかなってほしいわけじゃないんです。同じ目に遭えとか。そんなことになっても困る。でも、なんでわたしだったの?って理不尽に対する怒りとか、わだかまりは消えなくて。あの事故のせいで一度、わたしの夢は終わって。でも、あの義手のおかげでまたそれを目指せるようになって。だから、もう水に流して良いことの筈だけど、できなくて。そのせいでなのちゃんやはやてちゃんにも気まずい思いをさせてるって分かってるけど……」

 

 よつばが話している内容は透にはほとんど理解できていない。

 理解できたのは、それが目の前の少女にとってとても深く残された傷だということだけで。

 

「どうして、わたしはこんなに弱いのかなぁ……」

 

 覚えている。怖がりながら頭を下げて、傷ついた表情で帰っていった彼女を。

 相手が心の底から後悔して、謝りに来た相手をしっかりと見て、赦せる、強い自分なら良かった。

 相手の想いをしっかりと理解して受け止められる、そんな優しい自分だったら良かった。

 

「ごめんなさい……余計な話でしたね」

 

 話を切ろうとするよつばに透は首を振った。

 

「でも、明日はそうなれるかもしれません」

 

 目を閉じて、思う。

 

「今は向き合えなくても、明日には向き合えるかもしれません。まだ解けない感情(こころ)も、明日には解けるかもしれません。現在(いま)じゃなくても生きている限り、色々な現実(モノ)が変わっていって、いつか、手を取り合えるかもしれないから。だから――――」

 

 望んだ自分になれる未来を諦めないで――――と、彼女は言った。

 

 なんて、都合の良い言葉。

 諦めなければ望んだ自分。望んだ関係を作れるなんて。

 

 でも本当に、いつかそう在れたなら――――。

 

「すすすすっすみません!よく知らないのに勝手なことっ!?」

 

 余計なことを言ったかもしれないと焦る透によつばはううん、と首を横に振った。

 

「ありがとう、少し楽になった」

 

 いつか、絡まって絡まって。動けなくなってしまった立ち位置を、少しずつ解いていけたなら。そんな風に変わっていけたなら。それはどんなに。

 

 そこで家のインターフォンが鳴る。

 

 よつばが出ると透のお出迎えに来たようだ。

 

「迎え、来たみたいですよ。ちょっと名残惜しいですね」

 

 そこから透の体を支えて玄関まで行き、戸を開けるとそこには夾と由希が居た。

 

 

「しょっちゅう熱出してんじゃねぇよ!」

 

「病人相手にがなるなよバカ猫。本田さん大丈夫?」

 

「はい!大分身体も楽になりました!」

 

「そんなフラフラな状態で強がり言ってんじゃねぇよ」

 

 よつばから体を離すとまだ足元がおぼつかない透を夾が支えた。

 

「本田さんをありがとうございます」

 

「いえいえ。こちらも色々と為になる話を聞かせていただきましたから」

 

 由希の礼によつばが返すと透が最後に口を開く。

 

「あ、あの!後日お礼に訪れますです。今日は本当に助かりました」

 

「別に構いませんけど。でも、うん。また、会えると嬉しいな……またね、透さん」

 

 手を振るよつばに透がはい!手を振り返して別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、翠屋に来た7人で高町家にお礼を言いに来ることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あと1話で投稿20話。なにか書きたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまけ2:姉紹介

フルバの透が入院中の話


 その日の昼頃。入院していた本田透の部屋にノック音がした。

 誰だろうと透は疑問に思う。

 今日は平日で友人達は学校の筈だ。

 一番可能性が高いのは、居候している家の家主である草摩紫呉か。

 もしくは父方の親戚か。

 しかし、その予想は裏切られる。

 

『透さん。入ってもいいかな?』

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

「よつばさん!? はい! 開いてますです!!」

 

 透が入室を許すと、個室の扉が開いた。

 

「お邪魔します」

 

 入ってきたのは、駅前の喫茶店の看板娘である高町よつば。

 そしてその後ろにはよつばによく似た、髪型が少し違う少女が立っていた。

 彼女は透に向かって会釈する。

 

「はじめまして。本田透さん。私、よつばちゃんの双子の姉の、高町なのはと言います」

 

「これはご丁寧に! 私は本田透、です! よ、よつばさんにはいつもお世話に!」

 

 ペコペコと頭を下げる透によつばが容態を聞く。

 

「ところで身体の方はどう? 頭打ったって聞いたけど」

 

「はい! 病院の方々がとても良くしてくれて。へっちゃらです」

 

 満面の笑みを見せる透だが、気になる事があり、よつばに尋ねる。

 

「あの、今日はどうして? それに学校は……」

 

「あぁ。魚谷さんと花島さんから透さんが入院したって聞いて。お見舞いに行かなきゃと思ってた矢先になのちゃんが帰って来たから、ついでに紹介したいなって思って。これ、差し入れです。後でどうぞ」

 

 シュークリームの入った箱を渡すと透がありがとうございます! と渡した側が戸惑うくらいにお礼を言ってくる。

 

「で、今日学校はサボっちゃいました!」

 

「えぇっ!? あ、あの! 私の為にそんな畏れ多い!?」

 

 透の反応によつばが手をヒラヒラさせて違う違うと返す。

 

「なのちゃんが帰って来るからどっちみち休むつもりだったんです。明日の朝には帰っちゃうから。そこに透さんの入院も重なったから、姉の紹介も兼ねてお見舞いに行こうって思って。それにほら、友達のお見舞いって言えば普通のサボりより体面が良いから」

 

 ウインクするよつばになのはが苦笑する。

 

「もう。よつばちゃんたら……」

 

 よつばなりに透が気を遣わないように話している。

 

「おトイレのついでに、何か飲み物を買ってきますね。2人は何が良い?」

 

「そんな……」

 

「いいからいいから」

 

 よつばがそう言うと、2人はそれぞれ飲み物を注文すると、病室を出ていく。

 なのはは透の了解を経て椅子に座った。

 

「改めてはじめまして、透さん。よつばちゃんがよく、貴女のことを話してたから、会ってみたいってずっと思ってたんだ」

 

「よつばさんが……」

 

「うん。とても不思議な人だって。あ! 変な意味じゃないよ!」

 

 なのはが両手を振って勘違いさせないように振る舞うと、透も分かってますと笑う。

 透はよつば同様になのはにも好感を抱く。

 

「あの。外国でお仕事をされていると聞いてますが」

 

「うん。明日の朝にはこっちを発って向こうに戻らないといけないかな」

 

「大変お仕事なんですね」

 

「まぁね。でも、楽なお仕事って無いと思うし。子供の頃に比べて体力はついた筈なのに、実家の喫茶店をたまにお手伝いするとヘトヘトで」

 

 高町夫婦が経営する喫茶翠屋は人気店である。

 目も回る注文数を早く客に届けなければならない。

 特にお客の多い時間帯ではなのはも目も回る勢いで忙しく、仕事が一段落した頃にはぐったりしている。

 

「でも、崖から落ちたって聞いたけど、本当に大丈夫なのかな? 頭以外は?」

 

「そこまで高い崖ではないです。頭を打った以外は擦り傷だけですから。退院した後も少しの間は通院が必要らしいですが」

 

「そっか。何にせよ、大事にならないならそれに越した事はないよね。よつばちゃんの時は、本当に大変だったから」

 

 双子の妹の片腕を切除するまでの事態になった過去の事故を思い出す。

 そこで透もよつばの右腕が義手なのを思い出した。

 本物の腕と大差ない動きをするし、傍目には分かりづらい見た目なので忘れがちになるが。

 そこでよつばが戻ってきた。

 

「おまたせー。売店が意外に混んでたね」

 

 そう言いながら、頼まれた飲み物を渡す。

 微妙な空気になっている事に気付いてよつばが首を傾げる。

 

「どうかしました?」

 

「あ、いえ。それより、前に嬉しそうになのはさんの事をお話ししてましたが、仲が宜しいんですね」

 

「えぇ。だって言葉通り、生まれる前からの付き合いですから」

 

 透の言葉によつばが冗談交じりに返すと3人は笑う。

 

「私は兄弟姉妹が居ないので羨ましいです!」

 

 透を姉のように慕ってくれる女の子はいるが、やはり実の姉妹とは違うだろう。

 そこからなのはとよつばの幼少期の話となる。

 よつばは小さい頃からパティシエとしての母に憧れて、喫茶店を継ぎたいと思ってたこと。

 対してなのはは自分のやりたい事が分からず、妹のよつばが羨ましかった事。

 それでも小学生の頃のある出会いが切っ掛けでその職種に興味を持ち、中学卒業後はその関係の仕事に就いた事も。

 

「お2人とも、スゴいのですね。尊敬します! 目の前の事でいっぱいいっぱいで、やりたい職業と訊かれても困ってしまいます」

 

 透も就職組に位置するが、特に将来の夢とか考えているわけではないだから夢に向かって歩く姉妹が眩しく映る。

 

「そうですかね? あ、でもわたし、透さんに確かめたい事があったんですけど、良いですか?」

 

「え?」

 

 自分に確かめたい事とは何だろうか? 

 首を傾げていると、よつばが質問してくる。

 

「透さんってあのオレンジ頭のぉ……草摩夾さん? と付合って……えぇ!?」

 

 質問の途中で透の目から涙が落ち、よつばは動揺する。

 

「え、え? ごめんなさい! 気軽に訊いちゃいけませんでした?」

 

「あ、いえ。すみません」

 

「その人と何かあったの?」

 

 なのはが頬に伝っている涙を拭ってあげると透が話し始める。

 

「実は、少し前に夾くんに、私の気持ちを伝えて……それで幻滅だって、言われてしまいました……」

 

 力なく笑いながら結果だけを話す透。

 細かなところを話すと色々と厄介だし、透自身が説明ベタな面もある。

 しかしよつばがその事に疑問を抱く。

 

「本当ですか? 昨日、ウチの店に来てお見舞いの品をかって行ってくれたんですよ。だからてっきりわたし……」

 

「いえ。夾くんは、来てませんよ?」

 

「ん~?」

 

 何か食い違っている2人の話にお互いが首を傾げる。

 実を言うと、草摩夾はお見舞いに来ようとしたが、透の友人2人に脅しをかけられた上で止められて渋々引き下がったのだが、それを知る人物はここにはいない。

 そこで話を聞いていたなのはが口を挟む。

 

「えっとね。事情はよく分からないけど。お見舞いに来ようとしてくれるくらいならまだ諦めなくていいんじゃないかな? もちろん、透さんがまだ好きなら、だけど」

 

「なのはさん……」

 

 不安そうにする透になのはが話を続ける。

 

「私もね、ある子に本当の気持ちを伝えられないでいるの。本当は友達になりたかったのに、色々とあって、疎遠になっちゃったから」

 

 思い出すのは、妹の事故の原因となった金髪の少女。

 なのはは未だにあの子と向き合えないでいる。

 

「言葉にした事が全部本心だとは限らないよ。透さんが諦めきれないなら、もう一度くらい確かめてみてもいいんじゃないかなって……ごめんね、無責任なことを言って」

 

「いえ、そんなことは──―」

 

 そこで、病室のドアがノックされる。

 許可を経て入ってきたのは透が居候する家主である草摩紫呉だった。

 

「おや? もしかしてお邪魔だったかな?」

 

 紫呉は3人を見て頭を掻く。

 平日の昼なら、来客も居ないと思ったのだろう。

 アテが外れた紫呉は申し訳なさそうに高町姉妹と話す。

 

「お見舞いに来てもらって悪いんだけど、今から透くんと大事な話があるから、席を外してもらってもいいかな?」

 

「あ、はい。わたし達も長居し過ぎました」

 

 謝るよつばに、紫呉はいえいえ、と手を振る。

 

「それじゃあ、透さん。お大事に」

 

 そう言って部屋を出ようとする高町姉妹。

 それを透が呼び止める。 

 

「あ、あの!!」

 

「?」

 

「わ、私、もう一度夾くんとお話ししてみます! その勇気を下さって、ありがとうございます!」

 

 頭を下げる透に2人は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子、上手く行くと良いね。事情はよく分からないけど」

 

「そうだね」

 

 笑い合いながら帰路に着く2人。

 そこでよつばが話題を変える。

 

「はやてちゃんから聞いたけど、今度はやてちゃんが作る部隊に、あの人も来るんだよね?」

 

「……うん。優秀な人だからね」

 

 なのは自身、彼女との折り合いが未だについておらず、一緒の部隊になって上手く接せられる自信がない。

 もちろん、仕事に私情を持ち込む気はないが。

 それを理解していて、よつばはなのはの肩に手を置いた。

 

「上手くいくと良いね。本当に」

 

「……うん」

 

 

 遅れたはじまりは、もう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。