魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword (煌翼)
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交差運命のprelude
出会いと別れのprologue


読む専としてはかなり長いのですがこの度、初めて小説を書きます。
拙い文章ですが楽しんでいただけたら幸いです。

この作品は5年ぶりの新作であったreflectionでなのは熱が暴走した作者の妄想でできている・・・

ではいつもの始まり方で行きましょう。

魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword始まります・・・


プロローグ

 

第97管理外世界---地球。

そしてここは海沿いに位置する街、海鳴市。

2月末、寒空の下を1人の少女が歩いていた。

 

 

 

「にゃはは、今日は久々に寝坊気味だよぉ」

 

 そう言ったのは長い栗色の髪を頭の横でサイドポニーに束ね、私立聖祥大学附属中学校の制服に身を包んだ少女、高町(たかまち)なのは。小走りで歩を進めていた。

 

 なのはは人気洋菓子店の経営をしている両親や裏社会では名の知れた剣術を修めている兄姉が早起きなのを差し引いても朝が得意なほうではなく、今日は起きるのがいつもより遅かったために普段よりも家を出発するのが遅れてしまったようだ。

 

「あっ!ここって・・・」

 

 急ぎ気味だったなのはは公園の前で足を止める。この公園は彼女にとって特別な場所であったからだ。

 

 

 

 

 幼い頃、ボディーガードをしていたと聞かされていた父、高町士郎(たかまちしろう)が生死を彷徨うほどの重症を負って入院していた時期がある。一家の大黒柱である士郎が倒れてから、なのはの生活は一変することになった。

 

 兄は何かに憑り付かれたかのように剣を振るい、母と兄姉はオープンしたての洋菓子店の経営を軌道に乗せるべく働き続け、家族から笑顔が消えた。

 

 その家族も家に戻ってくるのはいつも夜遅くだ。幼いなのはに洋菓子店の手伝いができるわけもなく、家族に構ってもらえない寂しさを抱えながらも自分にできることを模索して実行した。

 

 

 それは家族に心配をかけない()()()でいること。

 

 

 もし、なのはが構ってくれと喚き散らしていれば家族の目がなのはに向いて、以前ほどではないものの何かしらの形で気にかけてくれていたかもしれない。

 

 しかし、高町なのはという少女は同年代の子供よりも達観した部分を持っていたため、家族に向けて自分の感情を素直に爆発させることができなかったのだ。

 

 

 公園のブランコに腰を掛け、沈んだ表情で周りを見渡して、溢れそうになる涙をこらえる日々……日が沈むと誰もいない家に帰り、一人で夕食を取る。

 

 家族のみんなが大変だから迷惑をかけるわけにはいかない。お父さんが元気になるまで良い子でいる。そうすればまた昔みたいに戻れる……それが当時のなのはを支えていた感情であった。

 

 

 

 

 そんなある日、なのはがいつも通り公園のブランコに腰掛けて俯いていた時に事件が起きる。

 

「ひぅ!!??」

 

 なのははブランコの鎖を握りしめて恐怖に体を震わせた。首輪のついていない小型犬が唸り声をあげ、敵意を剥き出しにしているためだ。

 

 この場から離れなければと駆け出そうとするも、元々の運動神経の無さ、そして目の前の出来事に完全に気が動転してしまい、足をもつれさせて盛大に転んでしまった。痛みと恐怖で零れ落ちる涙、犬の声が聞こえて、もう駄目だと目を閉じる。

 

 

「……あれ?」

 

 

 噛みつかれるのだろうか、引っ搔かれるのだろうか、恐怖に震えるなのはであったが痛みが襲い掛かることはなかった。

 

 恐る恐る目を開いたなのはの視線の先には・・・

 

 

「大丈夫か?」

 

 走り去っていく犬、目の前には男子にしては長めの黒髪と蒼い瞳が印象的ななのはと同じくらいの年齢であろう少年が手を差し伸べている。

 

「ふぇ?うん……あ、ありがとう!」

 

 高町なのはという少女にとって初めての友人であり、最初の幼馴染というべき少年との出会いの瞬間であった。

 

 

 

 

 なのははグシグシと服で涙を拭い、少年の手を握って立ち上がろうとしたが、緊張状態が解けたためか先ほどまでは感じていなかった転んで擦りむいた際の膝の痛みを感じて、その場にうずくまってしまう。

 

 その後、なのはは少年の肩を借りて、公園の水道で傷口を洗った後に二人でベンチに腰を掛ける。暫くして口を開いたのはなのはの方だった。

 

「ご、ごめんね。私のせいで迷惑かけちゃって」

「迷惑なんて思ってないから別にいいよ。それより足は大丈夫?」

「うん、もうちょっとしたら歩けると思う」

 

 日が沈み始めた公園で言葉を交わすこと数十分、なのはの様子も幾分か落ち着いてきた。

 

「こんな時間だし、そろそろ帰ろうか。君の家はどっち?」

「えっと、あっちなの」

 なのはは立ち上がった少年の質問に対して、足を庇いながら立ち上がって指差しで答える。

 

「そうか……じゃあ、行こう」

「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 少年は先ほどなのはを運んだ時のようにその腕を肩に回して、ゆっくりと歩き出した。状況についていけていないのか、なのははどこか間の抜けた声を上げて少年に引きずられていく。

 

 ただでさえ時間のかかる子供の歩幅に加えて一人は怪我人ということもあり、高町家に到着する頃にはすっかりと日が暮れてしまっていた。

 

 到着した高町家では、なのはの兄姉、高町恭也(たかまちきょうや)高町美由希(たかまちみゆき)と鉢合わせした。

 

 恭也と美由希は洋服を砂まみれにして見慣れない少年の肩を借りながら戻ってきたなのはに対して慌てながらも怪我の手当てを施し、少年となのはから事情を聞いて少年へと礼を述べる。

 

 そして、少年はなのはを助けてここまで送ったことに対して高町兄姉からの礼を受け取り、自分の家に帰ろうとしたが、日も暮れているということでその道のりには恭也が付き添うこととなった。

 

 

「では、行こうか」

「はい、お願いします」

 

 玄関から出て行こうとした2人だったが……

 

「ま、待ってほしいの!」

 

 特徴的なツインテールをひょこひょこと揺らしながら近付いてきたなのはに引き留められる。

 

「えっと、君のお名前を教えてほしいの!私はなのは!高町なのはなの!!」

「そっか、まだ名前を言ってなかったね。俺は蒼月烈火(そうげつれっか)。よろしく」

 

 黒髪の少年―――蒼月烈火がなのはに対して自らの名前を告げた。

 

「そうげつ……れっか君。じゃあ烈火君だね!私のことはなのはって呼んでね!!」

「わかったよ。なのは」

 

 そして、互いに名を告げ合った烈火は恭也と共に高町家を後にした。

 

 

 

 

 その翌日、なのははいつもの公園でブランコに腰かけている。だが、それはなのはにとって寂しさと辛さを胸に抱え込んでいた昨日までとは大きく意味合いが違う。どこか落ち着きがない様子で公園の入口をチラチラと見つめている。

 

「あ、烈火君だ!」

「お待たせ、なのは」

 

 目的の人物が現れて一目散に駆け出していくなのはと、歩いて公園に入ってくる烈火。なのはにとって初めての友達が姿を見せたのだ。

 

 これは父親が倒れてから灰色になってしまった世界に再び色が戻ったということを指し示している。なのはと烈火はそれから毎日のように顔を合わせて遊ぶようになっていった。

 

 

 

 

 

 

 既に2人が出会って数週間が経過しようとしていた。

 

 今日も共に過ごしていたなのはと烈火は太陽が沈みかけ、茜色の光が照らす中で並んでベンチに腰かけていた。

 

「えへへ、今日も楽しかったの」

「楽しかったのはいいけど、ちょっとは気を付けてくれよ。また転びそうになってたしね」

「ぶー、烈火君が助けてくれるからいいもん!」

 

 心から楽しそうな表情を浮かべている少年と少女。

 

「烈火君……明日もその次の日も、これから先もずっといっしょなの」

 

 なのははニコニコと笑みを浮かべて烈火の腕を抱き締める。烈火もなすがまま引っ付かれているが、その表情はとても安らいだものであった。

 

 幼い二人が何気なく交わした言葉。しかし、この日々は突如として終わりを告げることになる。

 

 

 

 

 

 

「え、引っ越し!?」

「うん、急に決まっちゃってね。何日かしたらこの街を出ていかないといけないんだ」

 

 いつものように遊んでいた2人、解散しようとした別れ際に烈火が言いづらそうに切り出した。その内容とは烈火が引っ越しのため、この海鳴市から出ていくというものである。

 

 それを聞いた瞬間・・・

 

「そ、そんなのやだよ!!ずっといっしょだっていったの!」

 

 なのはは大きな瞳を潤ませて烈火を離さないとばかりに抱き着いた。程なくして大粒の涙を流し、嗚咽と共に体を震わせる。

 

「ごめん。でも、もう決まっちゃったことだからどうにもできないんだ」

 

 烈火も泣き出したなのはの背中を摩りながら悲しそうな表情を浮かべている。それから時間が経ち日が暮れ始めても尚、なのはは烈火を離さまいとしがみ付く。

 

「……なのは、サヨナラしちゃうけど、俺が大きくなったらまたこの街に来るよ。なのはともう一回会うために」

「大きくなってからじゃ嫌なの。ずっといっしょだもん」

 

 ギュッと烈火の服を握りしめるなのは。

 

「ごめん……今は一緒にはいられない。でも絶対にこの街に帰ってくる。何年後になるかわからないけど絶対に……」

 

 今度は烈火の方からなのはを抱き締めた。そのぬくもりを忘れないようにいつか来る再会の時まで……

 

「ホントに帰ってくるよね!?なのはに会いに来てくれるよね!!?」

「うん、約束するよ。だからそれまで……お別れだ」

 

 名残惜しそうに離れる少年と少女。

 

 数日後、蒼月烈火は海鳴市を発った。

 

 

 

 

 

「結局、あれっきりだもんね」

 

 それから何年もの時が流れ、高町なのはは13歳、中学2年となっていた。

 

 

 烈火と別れて数年後、小学3年生の時に起きた人生を変えたであろう魔法との出会い。

 

 なのはは魔法を使って大空を飛ぶために生まれてきたと絶賛されるほどの才能をいかんなく発揮し、地球で起きた2度の大きな事件を解決に導いてきたことを始めとして、様々な功績を上げ、今では時空管理局のエース・オブ・エースと呼ばれるまでになっている。

 

 事件の中で想いを魔導に乗せてぶつけ合い、分かり合ったことによって得た大切な人たちと絆を紡いできた。空を飛べなくなるどころか一生歩けなくなるかもしれない大怪我を負ったことすらあった。

 

 なのはは普通の13歳の少女ではまず経験しえないような濃密な数年間を過ごしてきたが、少年―――蒼月烈火との出会いと約束は忘却されることなく、今もまだ彼女の胸に息づいている。

 

「貴方は今どこで何をしていますか?……ってそろそろ時間がヤバい!!」

 

 感慨深そうに公園を見つめていたなのはであったが、元々遅めに家を出てしまっていたのを思い出したのか小走りでその場所を後にした。

 

 

 

 

 

 聖祥学園中等部に向かう途中で四人の少女と合流し、なのはを含めた五人組となり歩き出す。かつては下を向いて俯いていることしかできなかったなのはが自ら踏み出したことによって得た大切で特別な親友達……

 

「……私は今もここにいるよ」

 

 小さな声でなのはが呟いた。

 

「どうかしたの、なのは?」

 

 4人の少女のうちの1人。艶のある金髪を腰の下まで伸ばし、真紅の瞳を持つ少女がなのはに声をかける。

 

「ううん、何でもないよっ!さあ、今日も頑張ろ!!」

 

 なのはは幼い頃と変わらない、明るい笑顔を浮かべて親友達と共に歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失礼します」

「お、来たな転校生。私が担任だ。よろしく頼むぞ。では教室に案内するからついてきてくれ」

 

 聖祥学園中等部の職員室に真新しい制服を着た男子生徒が訪ねてきた。

 

 

 少年と少女の再会の時は近い……




プロローグはいかがでしたでしょうか。
幼少期から一気に空白期までぶっ飛びましたが無印、A'sの展開は基本的に劇場版1st,2nd
通りに進んで行ったものと考えていただいて構いません。
この作品はTV版、劇場版、漫画、ドラマCDといろんな設定を取り入れていきたいと思っています。
よってグレアム一派はでてきませんし、登場人物たちのデバイス等は劇場版基準になります。
最後まで読んでくださってありがとうございました。


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Begins Story

 私立聖祥大学附属中学校の昇降口で言葉を交わした後、それぞれの教室に分かれていく五人の少女。

 

 高町なのはと共に1組の教室に向けて歩いていくのは、紫がかった黒髪を伸ばし白いカチューシャを付けた少女、月村(つきむら)すずかとなのはよりも暗めな茶髪を肩口で揃えた小柄な少女、八神(やがみ)はやてだ。

 

 3人の隣の2組の教室に向かうのは2人の少女。金髪ボブカットの少女、アリサ・バニングスと長い金髪を腰下まで伸ばし先で一纏めにしている少女、フェイト・T・ハラオウン。

 

 

 始業時間となり、朝のHRが始まった2組の教室。どことなく落ち着きのない雰囲気が漂っている。生徒達は大学付属のエスカレーター式の私立校である聖祥中学校ではあまりないイベントが起きると既に知っているからだ。

 

 扉が開き、教室に2組の担任教師である黒髪ロングの女性、東谷琳湖(あずまやりんこ)が入ってくると同時に静かになる生徒達であったが、浮足立った雰囲気は全く隠せていない。

 

「では朝のホームルームを始めるぞ……っとその前に君たちに大事な知らせがある。何故かほとんどのものが知っているようだが、今日からこのクラスに転入生が来ることになった。入って来てくれ!」

 

 東谷に促され、教室のドアを開いて入ってきたのは1人の少年。

 

 男子にしては長めの黒髪と蒼い瞳が特徴的といったところか、興味津々と目を輝かせる多数の女子生徒と見るからにテンションの下がった男子生徒に軽く頭を抱えてしまう担任教師。

 

(手のかからない良い子ちゃんたちかと思っていたが、こういうところは年相応だな)

 

 とはいえ、男女共に目の前に立っている少年に一定の興味を抱いているようだ。

 

「ん、んっ!では蒼月、軽く自己紹介をしてくれ」

「わかりました。今日からこの学校に転入する蒼月烈火です。海鳴にはかなり前ですが住んでいたことがあります。これからよろしくお願いします」

 

 烈火は簡易的な自己紹介をして会釈をした。主に女子達によるぱちぱちと鳴り響く拍手と気を取り直したであろう男子も含めてクラス中の視線が転入生に熱く注がれている。

 

「お前らの気持ちはわからんでもないがホームルームの時間も迫っている。そういうことは後にしてくれ。では蒼月、君の席はハラオウン……長い金髪の女子の隣になる」

 

 烈火は東谷の発言に頷いて自らの席に歩いていく。

 

 

「えっと、私はフェイト・T・ハラオウンです。よろしくね」

「蒼月烈火だ。よろしく」

 

 座席に腰かけた烈火に対して隣の席の少女が声をかけてきた。

 

 他の女生徒とは比べ物にならない美貌と同年代とは思えないほど女性的なボディラインを誇る金髪美少女はフェイト・T・ハラオウンと名乗った。烈火は大人びた容姿とは裏腹に、にっこりとあどけない笑顔を浮かべて自己紹介をしてくるフェイトに返答をする。

 

 

 余談ではあるが、烈火の右隣の列にいた男子生徒はフェイトの微笑みを間近で見てしまい顔を真っ赤にして悶絶していたとかなんとか……

 

 

 ホームルームが終わり東谷が教室を出て行って数秒後、烈火の席の周りには女子を中心にクラスの大多数が押し寄せ、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

 

「あっ、その!お、落ち着いて」

 

 あまりの勢いに引き気味な烈火とアタフタとしながらも生徒達を抑えようと奮闘するフェイトだったが、残念ながら生徒の勢いはそれを遥かに上回っており、全く止まる気配がない。

 

「はい!そこまでよ……ったく、転入生が困ってんじゃないの。授業だってすぐ始まるのよ」

 

 パンパンと手を叩いただけで押し寄せるクラスメートの波を沈めたのは金髪をボブカットにした少女、アリサ・バニングスであった。半眼になって一睨み……不満そうな顔をしつつも散っていくクラスの面々、彼女の溢れんばかりのカリスマ性によるものか、恐怖から来るものか……

 

「はふゅぅぅ、私の時より凄かったよぉ」

「まあ、フェイトの時は初等部だったし、中等部に上がってからは転入生なんてほとんど来なかったからしょうがないわね」

 

 息を吐いて脱力するフェイトとその隣に立って苦笑いするアリサ。

 

「すまない、助かったよ」

 

 烈火もまたアリサに対して礼を述べる。

 

「別にアンタのためじゃないわよ!クラスメートが恥を晒す前に止めただけだから勘違いしないでよね!」

 

 烈火に礼を言われると先ほどまでの堂々とした態度から一転、頬を染めて顔を背けた。

アリサの様子に目を丸くする烈火、そんな彼の耳元に近づいたフェイトがボソッと一言。

 

「アリサはツンデレさんだから、口ではああ言ってるけどホントは嬉しいって思ってるから気にしないでね」

 

 ニコニコと烈火の横で笑っているフェイトだったが・・・

 

「フェ~イ~トぉ!なんか言ったかしらぁ?」

「な、何にも言ってないよぉ!!」

 

 アリサは額に青筋を浮かべてフェイトに詰め寄る。じゃれ合う2人とそれを見ている烈火。

 

 程なくして始業の鐘が鳴り授業が始まろうとしたため、アリサは席に戻って行った。次の休み時間、再び生徒が烈火の元に質問に行くと思いきや、意外にも烈火にチラチラと視線を向けるのみであった。

 

 

 正しくは烈火とフェイトの2人にであるが。

 

「蒼月君はここに来る前はどこにいたの?」

「つい先日までは海外を転々としていた。ハラオウンもさっきの口ぶりからして転入でもして来たのか?」

「うん、私は初等部3年生の時にイタリアからここに越してきたんだ」

 

 先ほど出会ったばかりであるにもかかわらず、仲睦まじい様子で話している二人にクラスの視線が集まるのも無理のない話であるのかもしれない。

 

(((転入生の野郎……ハラオウンさんとあんなに近くで話せるなんてぇぇ!!)))

 

 フェイト・T・ハラオウン……学園の男女問わず誰もが焦がれる美少女であり、いつか烈火も知ることであろう〈聖祥5大女神〉と呼ばれているうちの1人である。容姿端麗、文武両道と非の打ちどころのないフェイトにアタックした男子は数知れず……

 

 

 

 

 つい数日前にも……

 屋上に呼び出したフェイトと意を決して相対している男子。

 

「ハ、ハラオウンさん!ぼ、ぼ、僕と付き合って下さいっ!!」

「ん?付き合う?買い物かな、ごめんね。次の週末は予定があってちょっと無理かな」

 

 男子生徒にとっては勇気を振り絞った告白であったが、かわいらしく小首を傾けたフェイトにナチュラルにスルーされてしまい、あえなく撃沈した。

 

 小学校時代から今に至るまで未だにその心を射止めた者はおらず、フェイトの幼馴染の1人でもある茶髪サイドポニーの少女とは度々、甘い雰囲気を醸しだすことがあり、その少女も男子から人気であるにもかかわらず浮ついた話を聞かないため、その少女と付き合っているのではないかとすら言われているようだ。

 

 

 

 

 転校生という異物を抱えながらも2限、3限、4限と授業は進んで行き、今の時間は昼休み。昼食を取ろうと各々が仲のいいグループに分かれていく。烈火の隣の席、フェイトの下にも教室の扉を開いて入ってきた3人の少女が向かってきていた。

 

 フェイトの下に集まったのは先ほど扉から入ってきた高町なのは、月村すずか、八神はやての3人とアリサ・バニングスだ。幼馴染の仲良し5人組が集結したというわけだ。

 

 普段から彼女たちが昼食をとっている学校の屋上に行くためにアリサとフェイトを誘いに来たようでそれぞれが女子らしい小さな弁当箱を手に和気藹々と会話をしていると、フェイトの隣の席に昨日まではいなかった少年がいることに気づいたはやてが声をかけた。

 

 

 

「あれ?見たことがない顔やね~」

 

 はやては独特なイントネーションで烈火に声をかける。

 

「今日からこの学園に転入することになった蒼月烈火だ」

 

 烈火は本日何度目になるかわからない自己紹介をした。

 

「なるほどなぁ~。朝からここ教室が騒がしかったのはそういうわけってことやね。私は八神はやてっていいます。よろしく」

「私は月村すずか。よろしくね」

「そういえば名前を言ってなかったわね。アリサ・バニングスよ」

 

 返事を返す少女たちであったが……

 

「……なのは?」

 

 フェイトは1人だけ転入生の方を見つめたまま微動だにしない親友の姿を見て、不思議そうに首を傾げながら声をかける。

 

 

「そうげつ……れっかくん?」

 

 なのははフェイトの言葉に反応せずに、茫然と烈火の名前を呟いた。

 

 そして……

 

 なのはの瞳から突如として大粒の涙が零れ始める。

 

「お、おいどうしたんだ?」

 

 突如として泣き出したなのはに対して、何事かと立ち上がった烈火と駆け寄ろうとする4人の親友達。

 

 

 次の瞬間、周囲にいた者どころか教室中が騒然とする光景が広がることになる。

 

 

 高町なのはが蒼月烈火の胸に飛び込んでいたのだから……

 




最後まで読んでいただいてありがとうございました。
第2話はいかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。


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放課後のschool days

 先ほど起きた教室での一件……突然、なのはが烈火に抱き着いたことで注目を浴びてしまった6人の少年少女。泣き出したなのはが落ち着いてきたところを見計らって校舎の屋上へと逃げてきたようだ。

 

「みんなゴメンね」

 

 なのはは皆に謝罪しながら、制服の袖で涙を拭う。

 

「それはいいけど何があったの?」

 

 フェイトがなのはの背を摩りながら心配そうにその顔を覗き込んだ。はやて、アリサ、すずかも同じくなのはのことを心から心配している様子だ。

 

「そ、そのぉ……烈火君の名前を聞いたら身体か勝手に動いちゃって」

 

 なのはは今になって公衆の面前で異性に抱き着くというとんでもないことをしでかしたことに気が付き、羞恥心からか顔を赤くして俯く。

 

「烈火君?随分と親しそうな呼び方やけど彼、今日からこの学校に通うんやで?」

 

 名前を呼んだら友達というなのはの心情はここにいる烈火以外の幼馴染メンバーにとっては周知のことだが、いくら何でも初対面の異性に対してあれほど接近することなど今までなかったし、ましてやいきなり泣き出すなどただことではないとはやてがなのはに問いただす。

 

「そ、それはそうだけど……多分、初対面じゃないと思うし……」

「初対面じゃない?蒼月君は昔、海鳴に住んでたらしいけど……」

 

 なのはは控えめな声ではやての問いに答える。そして、反応するフェイト。教室で行われた自己紹介の際に烈火が言っていた、かつてこの海鳴市に住んでいたということ……フェイトのその言葉を聞いた一同の視線が烈火に集まる。

 

「ああ、確かに俺は小学校に上がる前くらいまではこの街にいたが……」

 

 烈火はかつてこの海鳴市にいた時のことを思い出そうとしているようだが、もう何年の前の幼い頃のことであるため、記憶が曖昧になっている部分が多い。

 

 初対面ではない、その頃に知り合っていた女の子。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば、私だけ自己紹介してなかったね。私の名前は—――」

 

 思考の海に落ちていく烈火を尻目に教室での他の面々同様、自身のことを名乗ろうとしたなのはだったが……

 

 

 

 

 

「……高町……なのはか?」

「ふぇ!?」

 

 絞りだしたかような烈火の声音に、なのはは自己紹介を中断して驚愕を滲ませながら間の抜けた声を上げる。

 

「そ、そうだよ!私、なのは!高町なのはだよ!!やっぱり烈火君なんだよね!?」

「お前の記憶の中に蒼月烈火が1人しかいないのなら俺がそうなるだろうな。少なくとも俺は高町なのはという人間には1人しかあったことがない」

「そっか、やっぱり烈火君なんだ……」

 

 なのはは身を乗り出して烈火に詰め寄る。その顔は烈火の返答を聞いてから緩みっぱなしであった。

 

 

 

 

「な、何?アンタ達知り合いなの!?」

「まあ、そういうことになるようだ」

 

 なのはと烈火だけでどんどん進んで行く話題に置いていかれないようにとアリサが2人の間に割り込む形で話の流れをぶった切った。

 

 アリサに話を止められたなのはと烈火の視線の先には興味津々と言わんばかりに目を輝かせるはやてと控えめながらも視線を向けるフェイトとすずかの姿がある。なのはと烈火は4人に自分たちの関係を伝えた。

 

 

 

 

「ふーん、なのはとは前に住んでた時に会ってたってわけね」

「でもなのはちゃんに私やアリサちゃんと会うまでに幼馴染がいたなんて話聞いたことなかったけどなぁ……」

 

 真っ先に反応したのはアリサとすずかだった。なのはとの出会いは小学校に入りたての頃でありここにいるメンバーの中でも特に付き合いが長い。

 

「……なのはちゃんに異性の幼馴染か……これはユーノ君に強力なライバル出現かもしれへんなぁ」

 

 はやては烈火の方を見ながら苦笑いを浮かべている。なのはに想いを寄せるここにはいない金髪の少年のことを思い浮かべてため息をつく、同意するように頷くのはアリサとすずか。

 

 その様子に首を傾げているのは、なのは、フェイト、烈火の3名。そうこうしているうちに午後の授業前の予鈴が屋上に響き渡った。各々の教室に分かれる6人……アリサ、フェイト、烈火は2年2組に戻ってきたのだが……

 

 3人を待ち受けていたのは他のクラスメートからの視線の嵐であった。

 

 

 転入初日から聖祥5大女神という学園でも有名なグループに男子が加わるという異例の事態に加えて、極めつけはその中の1人と教室内で抱擁を交わすというトンデモびっくりな事件が目の前で起きたのだから無理もないだろう。

 

 午後の授業が始まるからか追及こそされなかったものの、烈火、フェイト、アリサに突き刺さる視線は帰りのホームルームが終わるまでやむことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後……

 

 部活動にいそしむ者、そのまま帰宅する者、友人と集まってどこかに行こうと話し合う者、クラスメート達も散り散りになっていく中でフェイトは隣の席の烈火に声をかけた。

 

「あれ?鞄を忘れてるよ」

「ん?ああ、ちょっと校舎内を見て歩こうと思ってな。まだ帰らないから鞄は置いたままでいい」

 

 烈火は今日からこの学校に通うようになったばかり、当然ながら校舎内の間取りなどがわかるはずもなく、明日以降の学校生活のためにある程度、学園の地理を把握しておこうと思っているようだ。

 

「そっか……そうだ!今日は予定もないし私も付き合うよ。他のみんなにも聞いてみるね」

 

 フェイトは一瞬、考えたそぶりを見せ何か思いついたように自分も同行すると言い出した。

 

「申し出は嬉しいが、せっかくの放課後だしわざわざ俺なんかに付き合わなくても……っておい!?」

 

 フェイトにとっては1年半以上通っている校舎だ。今更散策したところで面白くもないだろうと断ろうとした烈火だったが、当の本人は長い金髪を揺らしてアリサの下に歩いて行ってしまった。

 

「せっかくだけど、アタシ今日はお稽古があるのよね……」

 

 アリサはフェイトから説明を受けたが、残念ながら同行できない様子だ。

 

 

 

「お?3人揃ってどうしたんや?」

 

 話しているアリサとフェイトに近づいていこうとした烈火だったが、それと同時に教室に入ってきたなのは、はやて、すずか。

 

 フェイトが事情を説明すると……

 

「ゴメンね。私もアリサちゃんと同じで今日はお稽古なんだ」

 

 申し訳なさそうなすずか、アリサと同じ予定であったため帰りがけにこの教室まで迎えに来ていたようだ。

 

「くぅ~!面白そうやけど私も今日はどうしても外せんのや。はやてさん一生の不覚やでぇ!!」

 

 下校がてらすずかについてくる形で来ていたはやても今日は用事があるようだ。酷く残念がっているがアリサやすずかとはニュアンスが若干違う気がしないでもない。

 

 

 

 そして最後の1人はというと。

 

 

「う、うぅぅぅぅ・・・今日はアルバイトの人が急に休んじゃったからお店の手伝いがあるよぉ!」

 

 これでもかと言わんばかりに項垂れていた。

 

 なのはの母、高町桃子(たかまちももこ)から実家が経営している洋菓子店、翠屋のアルバイトが急に数名休んでしまったため、下校してから店の手伝いに入るように言われていたようだ。よほどついてきたかったのか涙目である。

 

「うーん、みんな予定があるんじゃしょうがないね」

 

 親友4人の返答を聞いて残念そうな様子のフェイト、4人とも予定が入っていたため同行できないようだが、そうでなければフェイトや烈火と一緒に回る気満々の様子であった。

 

「……」

 

 始めはわざわざ付き合わせるのも悪いとフェイトの誘いを断るつもりだった烈火だが自分が声をかけるよりも早く、あれよあれよと話が進んで行く様を見て呆気にとられているようだ。その後、流されるまま昇降口でフェイト以外の4人を見送った。

 

「ハラオウンも俺に無理に付き合う必要はないぞ。他の連中も帰ってしまったしな」

 

 友人たちも帰ってしまい、今日初めて会ったばかりの異性と2人きりになってしまっては辛いだろうと烈火は先ほど教室で言いかけていた同行を断る旨をフェイトに伝えた。

 

「そもそも私から言い出したことだし……その……迷惑だったかな?」

 

 フェイトは烈火の言葉を聞いて悲しそうな表情を浮かべる。

 

「迷惑だなんて思ってない。むしろ、俺からすれば願ってもない申し出だ……こ、こっちこそよろしく頼む」

 

 烈火は目の前のフェイトの様子から本当に自分のことを思って善意で申し出てくれた……にもかかわらず申し訳ないことをしてしまったとバツの悪い表情を浮かべている。若干、目を逸らしながら烈火の方から改めて同行を申し出た。

 

「あ……うん!じゃあ、行こう」

 

 フェイトもまた、烈火の言葉を聞いて笑みを浮かべる。肩を並べて歩き出した2人。

 

 まず、フェイトと烈火が所属する2年生の教室を回り、下級生と上級生の教室は流す程度に、図書室や調理室、音楽室といった特別教室、屋上、職員室等の学園の施設を順に回っていった。一通り見終わったのか自身の教室に戻り、鞄を手に2人は屋外に出た。校庭では多くの生徒が部活動で汗を流している。

 

「そういえば、蒼月君は部活とか入らないの?」

 

 フェイトはそんな生徒たちの様子を眺めながら烈火に尋ねた。

 

「まあ、やりたいこともないし入る気はないぞ。そういうハラオウンは何かやってないのか?」

「わ、私!?私はちょっと家の用事とかが忙しいから部活に入ってないんだ……」

「ん?ハラオウンの家は何か特別なことでもやってるのか?」

「ふ、ふぇぇ!?……まあ特別といわれたら特別かもだけど……アハハ……」

 

 教室での邂逅と共に過ごした昼食、そして今の校舎の案内と会話を重ねるうちに打ち解けてきたのだろうか、2人のやり取りからぎこちなさが抜けてきている。しかし、烈火の質問に突然言いよどむフェイト。目線を泳がせながら乾いた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

……そんなフェイトに話題を逸らすという意味においては助け舟ともいえる出来事が起きる。

 

 

 

 

「やあ、フェイトさん。君がこの時間まで残っているなんて珍しいじゃないか」

「あ、東堂君……」

 

 フェイトと烈火の目の前に短い金髪で整った容姿の男子生徒が現れたのだ。その生徒の数歩後ろには黒髪の女子生徒が控えている。男子生徒に話しかけられた瞬間、フェイトの顔が引き攣った。

 

「君さえよければこれから食事でも……む!見ない顔だが君は?」

 

 現れた男子生徒はフェイトに近づいて親しげに話しかけ始めたが、隣にいた烈火に気づいて形のいい眉を歪める。

 

「今日からこの学校に転入してきた蒼月烈火だ」

 

「転入生か……僕は東堂煉(とうどうれん)という。その転入生である君がなぜこんな時間にフェイトさんと2人きりでいるんだい?」

 

 お互い自己紹介をする烈火と金髪の男子―――東堂煉であったが煉の方は烈火を思い切り睨みつけて威圧するように質問を投げかける。

 

「蒼月君に校舎の案内をしていたの」

 

 先ほどまで表情を強張らせていたフェイトが烈火と煉の間に割り込むように体を滑り込ませた。烈火を背に目を細めて煉の方を見つめ返す。

 

「はぁ……フェイトさんは誰彼構わず優しすぎるね。彼が勘違いでも起こしたらどうするつもりなんだい?」

 

 煉は大げさな動作でため息をつきながら首を横に振る。

 

「言っている意味がよくわからないんだけど……校舎の案内はもう終わったし、私たちはもう帰るね……行こう、蒼月君」

 

 フェイトは強引に話を打ち切って、鞄を持っていないほうの手で烈火の手を引きながら歩き出した。

 

 温厚そうなフェイトが見せた意外な一面を目の当たりにした烈火は自分が口を挟むべきでないと感じたのだろうか、無言でフェイトに合わせて歩き出す。遠ざかっていく烈火とフェイトの背を目の当たりにした煉は……

 

 

 

 

「黒枝……あの蒼月とかいう転入生について調べろ」

「はい、わかりました」

 

 煉の言葉に答えたのは先ほどから無言だった少女―――黒枝咲良(くろえださら)。腰まで届く長い黒髪、前髪は眉あたりで切りそろえられてあり、真面目そうな雰囲気を感じさせる少女であった。

 

「僕には彼にない絶対的なアドバンテージがあるとはいえ、万が一ということもある。念には念を入れておかないとな」

 

 煉は首元のネックレスを指先で弄び、括り付けられている黄金の剣を愛おしそうに撫で上げた。その口元には怪しい笑みを浮かんでいる。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
第3話はいかがでしたでしょうか?
とりあえず5人娘は出揃いましたね。
原作主要キャラが出そろうまでもうちょっとかかりそうです。

詳しい紹介はもっと話が進んでからにしようかと持っていますが今のところ出ているオリキャラは
・蒼月烈火
・東谷琳湖
・東堂煉
・黒枝咲良
の4名です。
原作、他作品キャラではございませんのでご注意を。まあ、担任教師に関しては名前の付いたモブと思っていただいて構いません。

なのは達がリリカルマジカルするシーンもちゃんと今後の展開に入ってますのでもう少しお待ちください。

感想等ありましたら是非お願いします。
次回も読んでくれると嬉しいです。


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暖かな時間

 真冬の寒空の下、私立聖祥大付属中学校の校門を潜り抜けた男女、蒼月烈火とフェイト・T・ハラオウン。

 

 先ほどまで転入生である烈火にフェイトが学園施設の案内をしていたのだが、その終わりにちょっとしたイレギュラーに巻き込まれてしまい、ようやく帰路に就くようだ。

 

「なあ、ハラオウン」

「ん、どうしたの?」

 

 校門を出たあたりで今まで歩きっぱなしだったフェイトがようやく足を止めたと同時に烈火が声をかけた。

 

「いつまでこの状態なんだ?いい加減視線が痛いんだけど」

「えっと、どういうこ……ご、ごめんなさいっ!!!」

 

 先ほど出会った男子生徒……東堂煉との会話を強引に終わらせた際に、フェイトが烈火の手をつかんで先導するようにその場から離れたのだが、どうやらそのままの体勢でずっと歩いていたようだ。

 

 学園でも有名人であるフェイトと噂の転入生が放課後の校舎で2人きりで過ごしていただけでなく、部活動をしている生徒が多数いる校庭付近を手を繋ぎながら歩いていたため、多くの生徒たちにその光景を目撃されてしまうことになってしまった。ようやく自分達が周囲からどのように見られているかということに気づいたフェイトは顔を真っ赤にして烈火の手を離した。

 

「謝られても困るんだが……というかさっきの東堂だったか?随分とハラオウンに馴れ馴れしい感じだったがあんな別れ方でよかったのか?」

 

 烈火は当人たちの会話にこそ口を挟まなかったものの、気になっていたことを問いただした。

 

 初対面の烈火に対して睨みつけて威圧してきた煉だったが、フェイトに対してはそれこそ恋人に話しかけているかのような穏やかなトーンであった。自分の存在がフェイトと煉の関係性に何かしらの影響を与えてしまったのではないかという危惧から来るものと純粋な興味から来た質問あろう。

 

「う……ん、東堂君なんだけど、そのあんまり好きじゃないっていうか……得意じゃないっていうか、変に付き纏われてるといいますか……あっちがどう思ってるのかわからないけど基本的にいつもあんな感じだから心配しないでいいよ」

「そ、そうなのか」

 

 どこか遠い目をしたフェイトが力のない笑みを浮かべながら返答した。

 

「うん、なのは達と一緒の時はあんまり寄ってこないんだけど私一人になるといつもあの調子でね。あ……その、こんなことホントは言いたくないんだけど東堂君には不用意に関わっちゃダメだよ。彼、いい噂を聞かないし、表沙汰になってないだけで今まで何度も問題を起こしてるんだ。今日のことでもしかしたら蒼月君に目を付けたかもしれない」

 

 そしてフェイトは烈火に対して警告を促した。その表情は真剣そのものであり、烈火の身を案じているようだ。

 

「分かった。肝に銘じておくよ」

 

 烈火もフェイトの真剣な様子から東堂煉には注意を払うほうがいいと判断したようだ。

 

 

 

 

「やっぱり冬だね。もうだいぶ暗い、遅くなっちゃったけど今日は解散しよう」

 

 ただでさえほかの学校より広めの校舎を歩き回っていた上にイレギュラーに巻き込まれて、下校が予定より遅い時間になってしまっている。2月ということもあって日も早くに沈んでしまって周囲は薄暗い。

 

「ハラオウン、今日は俺の用事に君を付き合わせてこんな時間になってしまったし送っていくよ」

「ふぇ!?……元々、私から言い出したことなんだしそこまでしてもらわなくても家に帰るくらい1人で大丈夫だよ」

「まだ夜道というには早い時間だけど、暗い中の女子の一人歩きはやっぱり心配だ。特にハラオウンみたいな女子はな。君に万が一のことがあったら明日から俺はどうすればいいんだ?」

 

 烈火の用事も終わり解散しようとしたところ、フェイトの帰路に烈火も同行すると願い出た。

 

「え……えっと、じゃあお願いしようかな」

「ああ、心得た」

 

 結果的に烈火も同行することとなり、また肩を並べて歩き出す。

 

「送ってもらうのはありがたいけど、蒼月君の家はどのあたりなのかな?私の家の方に来ちゃうと遠回りになったりしない?」

 

 申し訳なさそうな表情で烈火に家の位置を尋ねるフェイト。自分の家の方面に来ることによって烈火の帰りが遅くなってしまわないか、もしかしたら電車の時間なども絡んでくるかもしれないかもと心配そうだ。

 

「ん?今のところは俺にとっても帰り道だから遠回りとかになってないぞ。うちの場所は……」

「うんうん……って、えぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!??」

 

 現状、2人の帰り道は同方向であるようだ。そして自身が今日から住むことになった家の場所を烈火が告げた瞬間、フェイトの口から今日一番の大声が発せられた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 物静かで温厚そうな印象を受けていたフェイトの大声に烈火も驚いたが、次にフェイトが言い放った出来事はさらに衝撃的なものであった。

 

「だ、だってそこって……私の家の隣だもん!!」

 

 

 

 

「……まさか教室の席どころか住む所まで隣同士とはな」

「……うん、すごい偶然だね」

 

 先ほどフェイトの出した大声で周囲の視線を集めてしまった2人は目的地であるフェイトの家の前まで早足気味で歩いてきたようだ。互いの家の位置を見比べながら2人で言葉を交わしていた。

 

「ん?フェイトか、今日は随分と遅い帰りのようだな」

 

 ハラオウン家の前に立っていた烈火とフェイトは反対側から歩いてきた黒髪の男性に話しかけられる。

 

「あ、お兄ちゃん!おかえりなさい」

「ああ、ただいま。そちらの彼は?」

「今日から私と同じクラスに転入してきた蒼月烈火君だよ」

「そうか、フェイトの学校の……始めまして僕はフェイトの兄のクロノ・ハラオウンだ。これから妹が迷惑をかけるかもしれないが大目に見てやってくれ」

「もう!私そんなことしないよ」

 

 黒髪の男性はフェイトの兄、クロノ・ハラオウン。自己紹介とともに烈火に手を差し出した。その隣ではクロノに茶化されたフェイトが頬を膨らませている。

 

「蒼月です。よろしくお願いします。ハラオウンさんには今日1日よくしていただきました」

 

 烈火はクロノの差し出した手を取り、握手を交わした。そんな3人にさらに近づいてくる人影が……

 

「フェイトもクロノも家の前でどうしたの?あら……」

 

 濃い緑色の髪を頭の後ろでポニーテールに束ねた女性がハラオウン家の玄関の扉を開き、顔を覗かせた。

 

「お!今日はフェイトと一緒にクロノも帰ってきてたのかい?ん……?」

 

 その女性の後ろから橙色の髪をロングヘアーにした女性も翠髪の女性に倣って顔を覗かせ、フェイト、クロノとともにいる見慣れない黒髪の少年を見て目を丸くした。

 

「え……っと、ハラオウンさんのご家族の方ですよね?挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。今日から隣に引っ越してきた蒼月です」

「あらあら、ご丁寧にどうも。フェイトとクロノの母のリンディ・ハラオウンです。よろしくお願いね」

「アタシはアルフ!ヨロシクね!」

 

 緑髪の女性はリンディ・ハラオウン、橙髪の女性はアルフと名乗った。リンディは落ち着いた様子で、アルフは八重歯を覗かせながら烈火の方を向いて微笑んだ。

 

 

 

 

「……にしてもフェイトと同じ学校の制服じゃないかい?」

 

 烈火のことを物珍しそうに見ながらアルフが呟く。

 

「うん!同じクラスになったんだ。席も隣同士なんだよ」

 

 それに答えるフェイトを中心にしばし談笑を始めた一同……フェイトたちの下校も遅れ気味であり、すっかり夕食時であるため解散しようとした時、リンディが烈火を引き留めた。

 

「蒼月君のご家族の方は今、お家にいらっしゃるのかしら?私たちも是非、挨拶をしたいのだけれど」

 

 リンディが烈火に家族の所在を訪ねた。若干時間が遅いがハラオウン家も全員揃っているため、隣に引っ越してきた烈火の家族とも顔合わせをしておきたいということだろう。

 

「……家族は両親がいましたが1年ほど前に亡くなりました。今は1人暮らしですので家には自分だけです」

 

 烈火の返答によって場の空気が凍り付いた。

 

「あ……ご、ごめんなさい!」

「え……蒼月君……」

 

 慌てて謝罪をするリンディ、気まずそうな表情のクロノとアルフ。フェイトに至っては瞳を潤ませて烈火の顔を覗き込んでいる。

 

「もう亡くなって大分経ちますし、自分の中で折り合いはつけたつもりです。気にしないでくれると助かります。だからハラオウンもそんな顔するなよ、大丈夫だから」

 

 烈火は悲しそうな表情を浮かべているハラオウン家の面々に対して気遣うように声をかける。

 

「だけどまだ若いのに一人暮らしなんて大丈夫なの?」

「ええ、両親が色々と残してくれていたので金銭面ではかなりの余裕がありますし、他のことも自分1人で何とかなっていますので問題ありません」

 

 その後もリンディらは烈火に対して当たり障りのない質問を交えながらいくつかのことを訪ねた。

 

 今は保護者のような人がいるのか?両親は生前何をしていたのか?など。リンディとクロノの相手を不快にさせないような距離感の取り方や言葉選びなども含めて、妙に手慣れた様子であったのが若干気にならなくもない烈火だったが、ふと口を開いたアルフがしてきた質問に答えた時、先ほど両親のことを答えた時とは別の意味で場の空気が悪くなった。

 

 その質問とは……

 

「そういえばアンタ、1人暮らしってことはご飯とかも自分で作ってるのかい?」

「そういう日もなくはないですが、あまり得意ではないですし、出前や外食の方が頻度は高くなりそうですね」

 

 アルフがしてきた質問は烈火の日々の食事についてであり、その返答に対してハラオウン家一同が一様に眉を顰めて険しい顔をした。

 

「時々の外食ならともかく、育ち盛りの蒼月君が普段からそんな食生活なら感心できないわね……ちなみに今日の夕食はどうするのかしら?」

「えっと、あの……今日は時間も遅いですし、買い置きのインスタント食品で済まそうかと思ってますけど……」

 

 リンディは目を細めて烈火に尋ねる。リンディ以外の3人からもかけられる無言の圧力に押されながら答えた烈火だったが、続けた返答によってさらに周囲からの圧力が増したような感覚を覚えた。

 

「そう……ねぇ、蒼月君。もしよかったら今晩はうちでご飯を食べていかない?」

「え?せっかくのお誘いですけど自分のためにお手間をとらせるわけには……」

「今晩は鍋物だから1人や2人増えても全く問題ないわ」

 

 リンディから烈火への夕食のお誘い。しかし、時間的にもハラオウン家の夕食の用意はほとんど済んでしまっているだろう。そこに自分の分の夕食の用意を改めてさせてしまうのではないか、家が隣になったとはいえ、初対面でそこまでしてもらうわけにはと断ろうとした烈火がそれを口にするより早く、リンディが逃げ道を塞ぐように言葉を紡いでいく。

 

 リンディの隣に立っていたアルフは夕食の話が出てからどこか落ち着きがなくなり、烈火の近くに立っているフェイトはリンディの提案に賛成している様子だ。

 

「こうなったら我が家の女性陣はこうなったら梃子でも動かないが君がどうしても嫌だというなら僕の方から断っておく。好きなように答えてくれて構わない」

 

 女性3人に囲まれている烈火に対してクロノは同情するように苦笑いを浮かべている。クロノも烈火の判断に任せる様子ではあるものの、決して拒絶しているわけではなさそうだ。好意的なハラオウン家に対して烈火は・・・

 

「わかりました……そ、そのお邪魔します」

「はい!分かりました。じゃあ、いったん家に戻って部屋着に着替えてから我が家にいらっしゃいね」

 

 自身に向けられたハラオウン家の好意に気恥ずかしさを覚えてか目を逸らしながら了承した烈火。その様子を見てリンディは満足そうに微笑んだ。

 

 烈火はリンディに言われた通りに一度家に帰った後、ハラオウン家に向かう。

 

 

 

 

「いらっしゃい。用意はもうすぐできるからリビングに案内するね」

 

 ハラオウン家の玄関の扉を開いて烈火を迎えたのはサイズの大きめの黒色のTシャツと太腿を大胆に露出したショートパンツ姿の部屋着に着替えたフェイトであった。

 

 リビングに通された後、フェイトと壇上していると、程なくしてリンディによって一家が集められ、食卓に並ぶ夕食に皆が手を付け始める。

 

 ハラオウン家の食卓で行われた夕食は和気藹々としたものであった。

 

 肉を中心にものすごい勢いで食べ進めていたアルフだったが、笑顔で威圧するリンディを前に一気に萎縮する。そんな様子に苦笑いを浮かべるフェイトとクロノ、落ち着きを取り戻したアルフに対してリンディは再び食事を盛り分けていく。何気ない日常の1コマ、ありふれた家族の団欒……

 

 しかし、烈火にとっては目の前で起きているはずのそれがどこか遠い所で起きている出来事であるような感覚を覚えた。

 

「ほら、蒼月君も遠慮しちゃダメよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 空の皿を手にハラオウン家の様子をボーっと眺めていた烈火に対してリンディが手を差し出した。烈火の皿にも食事を盛りつけていく。

 

「それで、蒼月君はフェイトと同じ聖祥中に通い始めたそうだけれど今日1日過ごしてみてどうだった?」

「まだ初日ですけど、ハラオウンさん含めていい方ばかりでしたので何とかやっていけるかなとは思いました」

 

 リンディは烈火にも話題を振った。

 

「……ううぅ」

 

 隣の席に座っている烈火の返答に自分の事が出てきて、それを家族たちに聞かれて気恥ずかしさを覚えたのかフェイトは頬を赤らめて俯く。

 

「へぇ~フェイトがねぇ」

 

 そんな娘の姿を見てイイ笑顔を浮かべているリンディ。

 

 そうして、アルフやクロノも交えて会話を深めていけば、始めは馴染めていなかった烈火も次第にハラオウン家の雰囲気に溶け込んでいった。

 

 フェイトと烈火のクラスが同じになったこと、席が隣同士になったこと、アリサやはやてらといったフェイトの幼馴染と顔を合わせて昼食をとったこと、初日の授業のこと……食事が終わっても話題は尽きない。

 

 

 

 

「あ、でもあれには驚いちゃったかな」

「ん、何かあったのかい?」

「うん、蒼月君の姿を見たら突然なのはが泣き出しちゃってね……」

 

 フェイトとアルフの会話に全員が耳を傾けた。その内容とは教室でクラス中の注目を集めたあの一件についての事である。烈火がかつて海鳴市に住んでいたことやなのはと顔馴染みだったことなど興味を惹かれるような内容だったのだろう。

 

「ほう、あのなのはがいきなりそんな風になるとはな」

 

 クロノが驚いた風に声を漏らす。高町なのははハラオウン家にとっても付き合いが長く、よく知る人物であったため、フェイトの話題でなのはがした行動と、普段のなのはとのギャップに驚いたのだろう。リンディやアルフもクロノと同様の表情を浮かべていた。

 

 

 

「あら、もうこんな時間」

「では自分はそろそろ……今日はありがとうございました」

 

 リンディが時計を確認した時に既に9時を回っており、退出すべく立ち上がった烈火はハラオウン家の一同を見渡し、頭を下げて礼を述べた。

 

「お礼なんていいのよ。お隣さんなんだしいつでもいらっしゃいね。じゃあフェイト、蒼月君を見送ってあげて」

「はーい!」

 

 リンディに促され、烈火とフェイトは玄関で靴に履き替えると門を潜って外に出た。

 

 

「ハラオウン、今日は助かった。ありがとう。この礼はいつかするよ」

 

 烈火がフェイトに改めて礼を述べる。

 

「う、ううん!ほとんどこっちから言い出したことなんだし、そ、それにお礼なんていいよぉ……あっ!」

 

 両手を振りながらわたわたとしているフェイト、すると何か思いついたように声を上げた。

 

「ん、どうした?」

 

 フェイトに対して聞き返す烈火。

 

「じゃあ、お礼じゃないけど私のことはフェイトって呼んで、私も蒼月君のこと名前で呼ぶから」

「い、いやそれじゃお返しになってないだろ?」

 

 先ほどまでの落ち着きのない様子から一転、グイっと烈火に顔を近づけたフェイトは自身の要望を伝えた。何かしらの形で礼を返そうとしていた烈火だったが、今日1日世話になっているのに流石にそれでは釣り合っていない、出会って初日の同年代の少女、それもとびきりの美少女の名前を呼ぶということへの気恥ずかしさもあってか今度は烈火がどもってしまう。

 

 

 

「なまえをよんで」

「えっ?」

 

 烈火の目を見ながらフェイトが呟いた。

 

「昔ね、とっても大切な友達に言われた言葉なんだ。友達になるときはまずそれからだって……それにハラオウンじゃ母さんたちと一緒にいる時、誰を呼んでるかわからないでしょ?」

 

 烈火の瞳に映り込んだフェイトの表情は今日ともにいた中でも一段と穏やかなものであった。

 

「分かったよ……フェイト」

「うん!じゃあ烈火・・・また明日ね」

「ああ、また明日な」

 

 烈火に名前を呼ばれたフェイトは満面の笑みを浮かべて小さく手を振った。烈火も微笑みながら手を振り返し、自身の家に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 すぐ隣であるハラオウン家から烈火の家の前まで来るにはものの数十秒。

 

「……まったくこの街の連中はお人よしばかりだな」

 

 この扉を開いて自宅に戻れば海鳴市での初日も終わる……思い返していたのは今日1日のこと……色々と世話を焼いてくれたフェイト、夕食をご馳走になったハラオウン家、そして再開した昔馴染みであるなのはやその幼馴染たち、皆が自分に対して好意的に接してきてくれた。

 

「俺は……」

 

 儚げな烈火の横顔が月明かりに照らされていた。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございました。
丸1週間ぶりですね。
連日更新している方の凄さを思い知らされる日々です。

今回はフェイトそんのターン&ハラオウン家の登場です。

自分は都合上参加できないですが今日はリリカルなのはファンにとっては大切な日になりますね。
あいにくの天気ですが6年ぶりの伝統ある祭りですので参加される皆様はぜひ楽しんできてくださいね。

しかし、自分も年を取ったのか時間が早く感じています。
2nd A'sからもう約6年と考えると本当に早い。
制作自体は劇場版第2作が終わってすぐ決まったreflectionですがなかなか情報が明かされずに待っていた5年近くを改めて思い返すとやっぱり長かったようにも思いますけどね。
自分含め、なのはファンにとっては待ち遠しくて辛かった期間だったと思います。
名前のよく似た魔法少女物が大人気を博して様々なものに取り上げられた結果、そちらが話題になりすぎてここ数年でアニメを見始めた友人達がなのはを知らずにそちらに夢中になっていたため話題がそちらの方ばかりになって疎外感を覚えたこともありました。

vividとなのセントも終了してしまいましたがまだまだ続いていってほしい大好きな作品です!
ファンのみんなで盛り上げていきましょう!

アプリ版なのセント、forceの続きなどやってくれたらなぁと思う所存でございます。

関係ない話を長々とすみませんw
では感想、評価等ありましたら是非お願いします。
次回も読んでくださるとうれしいです。


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日常or非日常

 ハラオウン家で夕食をとった翌日、烈火にとって海鳴市での2日目の朝が訪れる。朝食を軽く取って制服に袖を通した烈火が玄関の扉を開いて学校に向かって歩き出した時、隣の家から出てきたフェイトと鉢合わせした。

 

「あ、おはよう!烈火」

「おはよう……フェイト」

 

 顔を合わせたフェイトと名前を呼び合う烈火。昨日から少しだけ近づいた少年と少女の距離感を現していた。そのまま2人で歩いていると……

 

「おーい!フェイトちゃん!烈火君!!」

 

 特徴的な栗色のサイドポニーを揺らしてなのはが歩いてきた。そこからもう少し先では……

 

「3人ともおはようさん」

 

 なのは達の幼馴染であるはやてが合流した。談笑しながら学校近くまで歩いて来た4人。そんな4人の隣に黒塗りで車体の長い、いかにも高級そうな車が停車する。

 

「鮫島、今日はここでいいわ」

「鮫島さん、ありがとうございました。みんなおはようー」

 

その中から黒髪の少女、月村すずかと金髪の少女、アリサ・バニングスが下りて来る。アリサ、すずかと笑顔であいさつを交わすなのはとフェイト、その隣では烈火が黒塗りの車を見て固まっていた。

 

「すごいやろ。私も初めて見た時は開いた口がふさがらんかったわ。そのうち慣れると思うけど、あの2人はとんでもないお嬢様やからあんまり気にせんほうがええで」

「ああ、そうしておこう」

 

 そんな烈火に耳打ちをしたのははやてであった。こうして昨日昼食をとった6名が集結したが、黒塗りの高級車と学園の有名グループと転入生という組み合わせはどうしても目を引いてしまうのか周囲の視線が集まっているようだ。烈火は居心地が悪そうに、他の面々は慣れたような様子で、そのまま校舎に入っていくと各々の教室に分かれていく。

 

 昨日まで空席だったフェイトの隣の席に新たな少年を加えて、今日も今日とて2年2組の朝のホームルームの時間か訪れた。教室の扉を開いて担任教師である東谷が入ってきたのだが……

 

「おはよう!では今日のホームルームを始めるぞ……ってどういう状態だ、これは?」

 

 東谷の視線の先では男子生徒一同がドス黒い瘴気を放っていた。

 

 

 

 遡ること十分前……

 

「はぅ!?」

「どうしたんだフェイト?」

「うん、実はペンの芯を切らしちゃってね」

 

 どうやらフェイトのシャープペンシルの芯が切れてしまったようだ。学生らしい何気ない会話であるが反応した者たちがいた。

 

(((な、なにぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃぃっっっっ!!!!??ハラオウンさんのことを名前で呼ぶだとぉぉぉぉ!!!!う、羨ま……ゆ、許せんっ!!!)))

 

 俯いて机に向かっている男子たちの背から熱気のようなものが立ち上がる。

 

「なら、これを使えばいい」

「うん!ありがとう烈火」

 

 フェイトはそんな周囲の様子に気づかずに烈火から芯が入ったプラスチックの容器を受け取った。

 

 その瞬間……

 

((((な、な、な、なんですとぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉ!!!!!?は、ハラオウンさんの名前を呼ぶだけに飽き足らず、下の名前で呼ばれているというのか!!!?))))

 

 男子たちの纏っていた熱気がドス黒い瘴気に変わり果てるまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 そして、現在……

 

「「烈火……フェイト……烈火……フェイト……烈火……フェイト……烈火……フェイト……」」

 

 机に向かってボソボソと呪詛を唱えながら怪しいオーラを纏っている男子生徒一同。残念ながら様子がおかしいのは男子だけではない。大多数の女子生徒は烈火とフェイトを食い入るように見つめている。

 

「何をやっとるんだお前らは」

 

 そんなクラスの様子を見て頭を抱える担任教師。

 

「はぁ……バカばっかりね」

 

 そしてクラス全体を見渡して溜息をついたアリサ。早速、2年2組の朝は混沌を極めていた。

 

 

 

 

 とはいえ、授業さえ始まってしまえばやはり私立中学の優等生たち、1~4限までの授業は滞りなく終了した。

 

 その後、フェイト、アリサと共に屋上に連れられた烈火は昨日と同じメンバーで昼食を取り、午後の授業は体育、それも教師の出張の関係で本来1時間だったものが他クラスと合同になる代わりに2時間連続という時間割に変更されていた。体操着に着替えて校庭に集合したのは2年2組と合同先の2年4組。

 

「じゃあ、今日の授業を始めるぞー!準備運動が終わったら各クラス半分ずつに分かれてドッジボールだ」

 

 体育教師の言葉に湧き上がる多くの生徒たち、本来なら午後の1時間は座学だったところが体育になっただけでなく授業内容も比較的遊びに近いドッジボールになったためであろう。教師の指示に従って準備運動まで終えた2クラス。そして各々のチームに分かれて計4チームが出来上がる。

 

 烈火、フェイト、アリサは2組のAチームに所属することとなった。ちなみにボールは2つで外野でコート内の人物にボールを当てたら復帰可能というルールだ。

 

 早速、烈火達が所属するAチームと対戦相手の4組のAチームとの試合が始まる。4組のAチームには聖祥中学野球部の時期エースといわれている蟹谷という少年と彼とバッテリーを組んでいる猿川という少年が所属していた。他にもテニス、バレー、サッカーとこの中学の運動部の所属が何人もいる様子であり、野球部バッテリーを中心にした連携によって次々とボールを当てられて外野送りにされていく……

 

 しかし、勢いに乗った蟹谷が放った何人もの生徒からアウトを取ってきた速球を誰かが掴み取る。間髪入れずに2組側から放たれた鋭い速球が野球部の時期レギュラー候補とされている外野手である少年に命中し、全員の視線がそのボールを放った人物に集中した。

 

「……行くよ」

 

 細く響く声と共に金色の閃光がコート内を駆け回る。運動部の男子たちの放るボールを難なく掴み取り、投げ返したボールで次々と相手を外野送りにしていくのはフェイト・T・ハラオウンだ。

 

 必死にフェイトに向かってボールを放る運動部の面々であったが必殺の速球は鮮やかに躱され、甘い所に投げようものならキャッチされ、キレのある球が狙いすましたかのように飛んできて外野送りにされてしまう。

 

 対戦相手の面々は帰宅部の女生徒にいいようにやられて相当頭に血が上っている様子だ。とはいえ、いくらフェイトが相手を翻弄をしていても地力の差から徐々にコート内の数が減らされていく。

 

 気が付けば2組は烈火とフェイト、それと運動部らしい男子生徒が1人、小柄な女子生徒が1人となっている。アリサは途中で当たってしまったが、外野でフェイトのサポートに徹していた。相手は男子生徒が5人、野球部の時期エースを始めとした面々は半数以上がまだ生き残っている。そして女子生徒が3人の計8人だ。

 

「いい加減、当たれよなぁ!!」

 

 蟹谷が放った全力の速球がフェイトに向かって飛んでいくが……

 

「……んっ……はっ!」

 

 顔色1つ変えずにキャッチしたフェイトが投げ返した。カウンター攻撃に思わず躱した蟹谷であったがその背後にいた男子生徒にボールが当たってしまう。

 

「くそっ!あの女」

 

 端から見たら野球部の時期エースが女子生徒に投げ合いで負けたように見えてしまったことだろう。屈辱から顔を真っ赤にしてフェイトを睨み付ける蟹谷だったが当の本人はまた1人女子生徒を外野送りにしており、蟹谷のことなど気にも留めていない様子だ。蟹谷は外野にいた相棒の猿川と目線を合わせて頷き合う。

 

「ほら!!」

 

 猿川がボールを放ったと同時に蟹谷も違う方向にボールを投げた。

 

 殆どのメンバーが外野送りとなって4人しかいない2組のコートの中を2つのボールが飛び回る。4組は運動部の主力メンバーのみで直接相手を狙いに行くわけではなく、あくまでパスを回すことに徹底している為、2組に全くボールが渡らない。

 

「あっ!?」

 

 無理にボールを取りに行った2組の男子生徒がボールに当たってしまった。運の悪いことにそのボールは4組の外野に転がっていく。そこから始まったのはフェイトへの集中砲火だった。必ず2人で一緒のタイミングで別の軌道を描きながらフェイトに向けてボールを投げる。対するフェイトは一つのボールを取りに行けばもう一つに当たる可能性が大きいため躱し続けていく。

 

 

「……かっこいい!」

 

「ねー!ホントホント」

 

 

 女子生徒たちは男子たちの波状攻撃を華麗に躱すフェイトの姿を見て声を上げる。そんな声を聞いてか意地でも当てようとする4組の面々はフェイトの足元や顔面などのきわどい所に狙いを集中させるもののそれすらも軽やかなステップで躱され、足元を狙ってきたボールに対して地面を蹴り上げてその場で宙返りして回避……運動能力の高さを見せつけられたが……

 

「は、はわっ!!?」

 

2組のコートに残っていた小柄な女子生徒が間の抜けた声を上げてフェイトの背中に倒れこんできた。どうやらフェイトの足元を狙って放られたボールに躓いて転んでしまったようだ。

 

「なっ!?」

 

 背中から突き飛ばされた衝撃によりフェイトはバランスを崩してしまい、グラウンドに倒れこんでしまう。

 

「もらったぁ!」

 

 ボールを持っている蟹谷はフェイトに向けて叩きつけるようにボールを放った。

 

 そのボールはちょうど地面に手をついて上半身を起こしかけていたフェイトの顔面への直撃コースだ。フェイトはこれから襲ってくるであろう衝撃に備えて目を閉じた。

 

 

 

「……っ!……ん?」

 

 しかしいつまで経ってもボールの当たった感触が来ないことを不思議に思ったフェイトが目を開いた先には……

 

「ご、ごふぅぅ!!?」

 

 敵、味方チーム関係なく、目を見開いて固まっている生徒たち……勝ち誇った表情を浮かべていたはずの蟹谷の顔面に突き刺さるように激突したであろうボール。そして自分の斜め前では黒髪の少年が腕を振り切っていた。顔面に直撃したボールが跳ね返って2組のコートに転がってきている。

 

「烈っ……」

 

「このぉぉ!!!」

 

 目の前の烈火に声をかけようとしたフェイトだったが、それを遮るように外野から猿川がボールを投げてくる。投手の蟹谷のような制球力はないものの捕手だけあって十二分に力強いボールが襲い掛かってくるが、烈火はいとも簡単に掴み取った。これで防戦一方だった2組側がここに来てボールを2つとも獲得した。

 

「あうぅぅ!?は、ハラオウンさん!?」

 

 2つのボールが1つのコートに集まったため試合の流れが止まり、その間に先ほどボールに躓いた女子生徒が起き上がったが目の前の出来事に対して甲高い声を上げる。

 

「だ、大丈夫だから心配しないで」

 

 同じくグラウンドに倒れていたフェイトが表情を歪めて足首を抑えていたからだ。女子生徒を安心させるように言葉をかけながらも起き上がろうとしているが……

 

 

 

 

「ひゃう!?な、な、な、な!何!?」

 

 立ち上がろうとしていたフェイトであったが、急に身体が地面から離れた事により浮遊感に襲われ、先ほどまで競技をしていた時の凛とした表情から一転、素っ頓狂な声を上げている。その光景を目の当たりにして、様子がおかしいのに気が付いて試合を止めようとしていた体育教師を始めとする周りの人間が石造のように固まっていた。

 

「この2人を保健室に連れていきますけど構いませんよね?」

 

何故なら、烈火がフェイトのことを抱え上げていたからだ。しかも横抱き……所謂、お姫様抱っこという方法でだ。

 

「……って!アンタは一体何をやってるのよぉぉぉ!!!!!!」

 

 いち早く正気を取り戻したアリサが大声を出しながらコート内をズンズンと歩いて来た。心なしか背中から炎が出ているようにも見える。

 

「何って怪我人を運ぶだけだろ?」

「運び方ってもんがあるでしょうが!!」

「保健室は校舎の1階だしここからなら大した距離でもない、これが一番手っ取り早いと思うが?まさか俺にフェイトを背負っていけとは言わないだろうな」

 

 烈火に反論しようとしたアリサだったがフェイトの年齢不相応に発育中の胸元を見て一言……

 

「ゴメン、私が悪かったわ」

「わかってくれればいい」

 

 何やら思いが通じ合った様子だ。ちなみにコート内にいた小柄な女子生徒は哀れなほど薄っぺらい自身の胸元に手を当てて涙を流していたとかいなかったとか。

 

「……でこの2人を連れていきますけどいいですよね?」

 

 烈火はアリサと話している間に近寄って来ていた体育教師に改めて声をかけた。

 

「いや、しかしな」

「先生!私も着いて行きます。まだ授業時間もかなり残ってますし、先生はこちらの対応をお願いします」

「……バニングスも一緒か、なら許可しよう。すまないが2人はことを任せるぞ」

 

渋る体育教師と言葉を交わすアリサ。授業を抜ける許可が下りたようだ。

 

「ほら、3人とも行くわよ」

 

 アリサが先導するように歩いていく、その後ろをちょこちょこと歩いていく女子生徒。その後ろをフェイトを抱きかかえた烈火がついて行く形だ。

 

「う、ううぅぅ……」

 

 胸元から唸り声が聞こえた烈火が下を見ると大きな瞳に涙を溜め、顔どころか耳まで林檎のように真っ赤にしたフェイトの姿がある。

 

「悪いと思ってるけどもう少し我慢してくれ」

 

 フェイトの言わんとしていることを大体組み取ったのか烈火は声をかけた。

 

「やっぱり、は、恥ずかしいよぉ……そ、その私なら1人で歩けるから降ろしてくれないかな?」

 

 自分たちがグラウンドに残っている生徒からの視線を一手に集めてしまっていることに羞恥を覚えているフェイトは烈火に自身を降ろすことを要求するが。

 

「それは却下だ。さっき足の痛みを無視して立ち上がろうとしてただろ?」

「うぅ!?」

 

 烈火の返答はNOだ。図星をつかれたフェイトが言いよどむ。

 

「あの子に気を使って、何でもない顔をしながら保健室まで歩いていった後に怪我が悪化する光景が目に浮かぶしな」

「う、ううぅぅぅうぅ!!!!」

 

 烈火の言う通り、フェイトは1人で起き上がって痛みを我慢して保健室まで行くつもりだったが、脚への負担が大きい事は間違いない。脚への負担を鑑みれば、抱きかかえられているこの状態の方が自力で歩くよりも脚への負担が少ない事は明白と完全に論破されてしまったフェイトはぐうの音も出ずに烈火の方を恨めし気に睨み付けた。

 

「というわけだ。頭から落とされたくなければじっとしてろ」

 

 頬を紅潮させながら涙目で睨んできたところで何の恐怖も感じないと烈火は動けないフェイトの可愛らしい抵抗など意に介さずそのままアリサたちの後を歩いていく。

 

「……烈火のいじわる」

 

 フェイトはあまりの羞恥に対して逆に開き直ったのか烈火に体重を預けて大人しく運ばれているが頬を風船のように膨らませてそっぽを向いた。校舎の1階にある保健室に就いたのはそれから数分後のことだった。

 

フェイトは保健室のベットに座り、保険医から足首の様子を診察されていた。その隣には擦りむいた膝に絆創膏を張った女子生徒、ベットの近くにはアリサと烈火が立っている。

 

「うーん、転んだ時に軽く捻っちゃったみたいね。でもこの程度ならしばらく安静にしてればすぐに良くなるわ」

 

 保険医はフェイトの足首に処置をしながらアリサたちを安心させるように呟いた。

 

「そ、そうですか」

 

 結果的にフェイトの怪我の原因になってしまったであろう女子生徒が脱力するように息を吐いた。

 

「当然だけどハラオウンさんは今日の体育は参加できません。まあ、この体育が終われば下校だからここで安静にしててね。あと帰りの支度とできればご家族の方にお迎えに来ていただけるといいのだけれど?」

「フェイトの帰りの用意はアタシが教室から持ってきますし、送迎もうちの車でやりますので大丈夫です」

 

 フェイトが答えるより先にアリサが保険医の問いに答える。

 

「ありがとうアリサ。でも迷惑じゃないかな?」

 

 家にいるリンディを呼ぼうとしていたフェイトだったが自身の送迎までかって出てくれたアリサに対して申し訳なさそうに尋ねた。

 

「今日は何の予定もないし、問題ないわ。それに友達なんだからこんなのでいちいちそんな顔するんじゃないわよ……って、何よ」

「何も言ってないだろう。まあ、分かりやすい奴だとは思ったが」

 

 アリサは顔を背けながらぶっきらぼうに答えたが、頬が赤らんでいるのが座っているフェイトからでも丸分かりであり、顔を背けた先でちょうど烈火と視線が重なる。照れ隠しに烈火を睨み付けた。

 

「れ、烈火もその、運んでくれてありがとね。でもやっぱりもっと別の方法があったと思うんだ」

「またその話か、さっき何も言えなくなってうーうー唸ってたのはどこの誰だ?」

 

 烈火に保健室まで運んでもらったことへの礼を言うフェイトだが、運び方が余程恥ずかしかったのか再び抗議を始めるが……

 

「まぁ、結構様になってたしいいんじゃない?」

「あ、アリサぁぁ……むうぅぅううぅうう!!!!!」

 

 味方だと思っていたアリサが烈火の方についたため、ショックを受けたフェイトは脱力するようにふらついた後、アリサと烈火に向けて頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべた。

 

「ふ、くふふっ!……あ、ご、ごめんなさい!!」

 

 フェイトの隣に座っていた少女が会話をしている3人を見ながら笑みを零していると、その笑い声に反応したフェイト、アリサ、烈火の視線を一手に浴びてしまい同時に体を縮こませた。

 

「そ、そのハラオウンさんもバニングスさんもいつも大人っぽいからそうやって会話してるの見るとやっぱり同い年なんだなって。蒼月君も先生たちが動く前にハラオウンさんに駆け寄ってたしそれに私にも気を使ってくれて、優しいんだなって思って……」

 

 ボソボソと話し出す女子生徒、しかし徐々に声のボリュームが落ちていく。からかうような口ぶりならともかく、心から言っている様子の女子生徒にどう反応していい分からず、三人共思わずタジタジにってしまっている。

 

「若いっていいわねぇ」

 

 そんな4人の様子を見ながら笑みを零す保険医の姿があった。

 

 

 

 

 

 翌日も共に登校してきた烈火とフェイトだったが教室の扉を開いて入室すると室内の雰囲気は昨日と明らかに違っている事に気が付く。クラスの誰もが神妙な顔をしていたからだ。何事かと首をかしげる2人に今日は早く登校していたアリサが近づいてきて事情を説明した。

 

「て、転校!?」

「そう、私たちと一緒に保健室に行ったあの子が急に転校しちゃったのよ。しかも東谷先生も今日知ったらしいわ」

 

 昨日、フェイトともに転んでしまい、怪我を負った女子生徒が突如として転校したということであった。また、どこの誰が流した情報かはわからないが、父親の勤めている会社が倒産しただとか、家庭トラブルがあったなどという憶測が飛び交っている。

 

「彼女だけじゃなくて、昨日の体育で対戦した4組の野球部のピッチャーの子も突然、転校したみたいで朝からこの話題で持ちきりよ」

 

 釈然としない表情のアリサと昨日の女子生徒のことを思ってか悲しそうな表情のフェイト。

 

 

 

『なのはさん、フェイト、はやてさん・・・聞こえてるわね?』

 

 だが、困惑しているフェイトの頭に直接、リンディの声が響きわたった。

 

『母さん聞こえてるよ』

『私も!』

『私も聞こえてます~』

 

 その声に口を動かさずに返答するのは3人の少女。これは魔力を生み出す源であるリンカーコアを持っており、魔法というものを理解しているものにしか聞こえない念話というものだ。魔法を扱えるものなら誰にでも扱え、基本といっていい技術だが魔力を持たないものには感じ取ることができないため、校内でも周囲にバレずに会話をできるというわけだ。

 

『緊急事態が発生したわ。3人とも非番のところ悪いのだけれど、今日は早退して大至急うちに来てもらえるかしら?』

 

 三人は焦った様子のリンディの声音に2つ返事で了承の意を伝える。

 

「アリサ、烈火、私ちょっと急用ができたから今日は早退するね」

「今登校してきたばかりで早退……ってバニングス?」

 

 今まさに共に登校してきたばかりのフェイトが突如、帰ると言い出したことに関して反応した烈火だったが、言葉を言い切る前にアリサがその肩に手を置いて制止させた。

 

「分かったわ。ノートはいつも通り取っておいてあげるから行ってきなさい」

「うん!ありがと。烈火もゴメンね」

 

 そう言ってフェイトは教室から早足で退出した。

 

「さっきはゴメン。あの子たちちょっと特別でね。これからもこんな風にいなくなることが何回もあると思うけどそれについてあんまり突っ込まないで上げて」

「そうか……分かった」

 

 フェイトの背を見送った後、アリサは烈火に語りかけた。教室を出ていくときのフェイトの表情がこの2日で見たことがないほどに真剣なものであったこと、目の前のアリサの様子からも何か特殊な事情を抱えていると察したのか、烈火もそれ以上の詮索をすることはなかった。

 

 

 

 

 なのは、フェイト、はやてが学校を早退してハラオウン家に集まると、リンディとアルフ、そして蒼い毛並みの大きな狼に迎えられる。

 

「あ、ザフィーラも来てたんやね」

「はい、ですが他の騎士たちは現在任務中ですので動けるのは我だけのようです」

 

 巨大な狼を見てはやてが口を開く。その狼ははやてにとって自身の騎士の1人であるとともに血のつながりを超越した家族である、守護騎士の一角〈盾の守護獣〉ザフィーラであった。本来4人であるヴォルケンリッターであるが他の3名は現在、留守にしているようだ。一同は客間で椅子に腰かけた。

 

「みんな急に集まってもらってごめんなさい。詳しい説明はクロノが来てから……あら、ちょうどね」

「すみません、野暮用を済ませていて遅れました。では概要を皆に説明します」

 

 客間の扉を開いてクロノが入ってきた。口ぶりからして今までどこかに行っていたようだ。

 

「みんなを緊急招集したの理由なんだが、ある人物たちが封印状態で管理局に保管されていたロストロギアをいくつか持ち出して逃亡したんだ。どんな手段を用いて盗み出したかは定かではないが野放しにしておいて暴走でもされたら世界の1つくらいは滅んでしまうかもしれない代物をな」

 

 クロノの話に驚きながらも真剣に耳を傾ける一同。

 

「無論、局の部隊も追尾を続けているのだが、奴らもどうにか振り切ろうと連続で転移を繰り返して逃亡中だ。そしてこの第97管理外世界に潜伏している可能性が非常に高い」

「そんな……」

「奴らってことは複数犯なの?」

 

 悲しそうな表情を浮かべるなのはとクロノに問い返すフェイト。その問いに答えるようにモニターに表示された数名の顔写真と経歴、それはなのは達の言葉を失わせるには十分すぎるものであった。

 

「この人達って!?」

「ああ、管理局員だ。どうやら犯罪グループと通じていたようでそこからさらに増大した彼らの戦力は現状、魔導師15名以上ともいわれている」

 

 魔法を使って管理世界の平和と秩序を守る法の守護者である時空管理局の局員が犯罪に手を染めていたという事実にその場にいる全員が苦虫を潰したかのような表情を浮かべている。

 

 それも犯罪者グループと通じてロストロギアを盗み出すという最悪の状態だ。加えて魔導師が10名以上潜伏しているともなれば万が一の時、魔法に対抗する力を持たない地球の人々にどれだけの被害が出るか……

 

「そ、それで奪われたロストロギアはどんなものなん?」

 

 暗くなった雰囲気の中ではやてがロストロギアに関しての情報をクロノに尋ねた。

 

「危険度の高いものは2種類だ。1つは宝剣ミュルグレス、使用者の身体能力を強制的に限界以上まで引き上げるというものだ。こちらは純粋に相手の戦力としての脅威なんだが、もう1つが最大の問題だ……」

「クロノ君?」

 

 奪取されたロストロギアの説明を行っていたクロノが口を閉ざしてなのはとフェイトの顔を見つめる。フェイトと顔を見合わせて首をかしげるなのは。しばらくして意を決したかのようにクロノが口を開いた。

 

「もう1つのロストロギアは———ジュエルシードだ」

 

 クロノの言葉にはやてとザフィーラ、事情を知っていたリンディ以外の表情が一変した。

 

 ロストロギア〈ジュエルシード〉・・・かつてこの地球に降り注いだこともあるロストロギアであり、なのはにとってはその後の人生を左右することになった魔法との出会い。

 

 フェイトにとっては喪失と最初の友達との出会い、そして本当の自分を始めるきっかけとなった物だ。アルフもフェイトと同様であり、クロノとリンディにとっても忘れられない因縁深いロストロギアである。

 

 白と黒の魔法少女の最初の物語を紡ぎ出した宝石の種が、悪意に晒されようとしていた。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
次回もお楽しみにしてれるとうれしいです。
感想等あればぜひ是非どうぞ。


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忍び寄る悪意

 クロノから知らされた衝撃の情報、かつてこの地球で起きた〈PT事件〉で事件の中心にあったロストロギアが次元犯罪者となった者たちによって持ち出され、この世界に持ち込まれたということであった。

 

「そ、そんな!?じゃあ早く探しに行かないと!」

 

 焦ったようになのはが発言した。目に見えて動揺しているのはなのはだけではない。フェイトやアルフも言葉にこそ出していないが相当なショックを受けている様子だ。

 

「分かってるけど少し落ち着くんだ。ジュエルシードに関してはこの場にいるみんなに対して改めて説明する必要はないと思うが、以前の時と違って今回は人間……それも魔導師の手に渡ってしまっている以上、こちらとしても慎重に動かざるを得ないんだ」

 

 なのは達はクロノに制されて多少ではあるが落ち着きを取り戻した。

 

「ヴォルケンリッターの殆どが不在とはいえ、ここにいる我々は管理外世界にたまたま留まっていた魔導師としては明らかに過剰戦力だ。今回の一件を起こした連中と戦っても1対1で負けることはほぼないだろうが相手の人数が非常に多い。1人でいるところを複数で襲われる可能性もあるし、下手に追い詰めすぎると連中が盗んだロストロギアで何をしでかすかわからない」

 

 この地球を拠点として管理局員として働いている魔導師は管理局内を見渡しても戦闘力という面においては異常なほど充実しすぎている。

 

 Sランク魔導師であるなのはとフェイト。個人でロストロギアと融合騎を保有しているはやてに歴戦の騎士であるヴォルケンリッター。クロノも魔導師としてトップエース級の実力を誇り、徐々に前線に出る機会が減っているアルフも優秀な使い魔だ。リンディも滅多に戦闘をすることはないがその腕前は相当なものであろう。

 

 元局員達はこれまで管理局の部隊に追われ続け、どうにか管理外世界に逃げ込んだのだろうが、その地球には高魔力反応が多数あった。下手にこの世界から脱出しようとしても現地に留まっていた魔導師やこの辺りをまだうろついているであろう管理局に察知されて捕らえらえる可能性が高まるだけだ。

 

 現在、犯人たちはかなり切羽詰まった状態であろう。危険なロストロギアを持った連中が追い込まれた反動で何をしてくるかわからないということだ。

 

「とはいえ!このまま手を拱いているわけにはいかない。市街地でジュエルシードを発動されようものならどれだけの被害が出るか分からないからな。奴らの持ち出したジュエルシードは6つ、何としても回収する。そのため各2人に分かれて捜索に当たってもらうことにした」

 

 様々な可能性を述べてきたクロノだったが沈んでいた周囲の重たい雰囲気を取り払うように咳払いをして作戦を伝えた。

 

 なのはとクロノ、フェイトとアルフ、はやてとザフィーラという組み合わせで捜索することとなった。

 

「みんな気を付けてね」

 

 ハラオウン家からそれぞれの組み合わせで外に出ていく面々にリンディが心配そうに声をかける……

 

 

 

 

 魔導師達が新たな事件に直面している時、聖祥中学でもある事件が起きていた。

 

 

「……蒼月君、今日お昼どうかな!?」

 

「駄目よ!私たちと一緒に食べましょ?」

 

 時間はお昼時、転校してきて2日間はなのは達と昼食をとっていた烈火だったが、今日は隣に座っていたフェイトが留守のため、ここが好機と言わんばかりにクラスの女子生徒のグループが押し寄せていた。

 

 転校してきて3日目の烈火だが……単純に転校生への興味、高町なのはとの抱擁に、初日の放課後にはフェイト・T・ハラオウンと手を繋いでいた姿が多数の生徒に目撃されている上に昨日の体育の授業のこともある。加えて聖祥中学でも有名な5大女神と共に過ごしていた男子生徒というだけあって、聞きたいことは山積みでなのであろう。

 

「ごめんなさいね。コイツはアタシと食べることになっているから借りていくわ」

 

 反応に困っていた烈火の隣にいつの間にか立っていたアリサが女子生徒たちに対して言い放った。女子生徒たちは残念そうに諦めがついていない表情で散っていく。

 

「悪い、助かったよ」

「ふん!すずかが待ってるからさっさと行くわよ……今日はなのはとはやてもいないしね」

 

 礼を述べる烈火とそっぽを向くアリサ、どこかで見たような光景だ。

 

「フェイトだけじゃなく、あの2人も休みなのか?」

「そうよ……その、こっちもあんまり聞かないであげて」

 

 烈火とアリサは2組の教室の入り口付近へと向かって歩いていき、すずかと合流して3人で屋上に向かった。

 

「蒼月君ってなのはちゃんと昔会ってたんだよね?その頃のお話とか聞きたいな」

 

 3人で昼食を取っているとすずかが興味津々といった様子で烈火に問いかけた。

 

「それはアタシも気になるわね」

 

 アリサも便乗するように烈火へと視線を向ける。

 

「聞いてもそんなに面白い話は出てこないぞ」

 

 そんな2人の様子にため息をつきながら、烈火は公園で転んだなのはを助けたことやその後は毎日のように遊ぶようになったことを伝えた。

 

「そうだな……アイツはオドオドしてていつも下ばっか向いていたな。何をするにもこっちに確認をとってくるし、すぐ泣きそうになるし、今思えば面倒くさい奴だったかもな」

「あはは……」

「な、なかなか辛辣ね。アタシの知ってるなのはとはだいぶ違うわ」

 

 アリサとすずかは烈火の語る幼少のなのはの様子に対して、最初の幼馴染みからの中々厳しい評価に驚きながらも相槌を打っている。だが、言われてみればなのはは自分から何かをしようとはあまり言い出さないタイプであるし、小学3年の時に魔法と出会うまではどこか自信なさげであったなと思い返す。

 

「でも、困っていても向こうから助けを求めてくることは殆どなかったし、泣きそうになりながら自分で何とかしようとしてたのを見て放っておけなかったのかもな」

 

 烈火は当時を思い返しながら感慨深そうに呟いた。

 

「ふぅん。久々に会ったなのははどうだったのよ?」

 

 アリサはそんな烈火の様子に目を細めて聞き返した。

 

「目付きが違うというか雰囲気が変わっていたというか正直、別人だと思ったよ」

「へぇ~そうなんだぁ……私たちはね……」

 

 烈火に対してすずかも自分たちの出会いを語る。初等部に入学して直ぐに自分のカチューシャを取り上げたアリサと取り返そうとしたなのはが大喧嘩したこと、結果的にそれが切欠で仲良くなったことなど……

 

「……何こっち見てんのよ!」

「いや、別になんでもない……バニングスがいじめっ子だったとか思ってないから大丈夫だぞ」

 

 なのはと文字通り拳で語り合ったこと、すずかに対して行ったことなど自身の黒歴史を掘り返されたアリサは頬を紅潮させている。若干、意味深な表情をして見つめてくる烈火に対して睨み返すアリサだがいつもの迫力は皆無であった。

 

 

 午後の授業も終わって部活動に向かう生徒たち、部活に所属していない烈火は鞄を片手に教室から退出した。アリサ、すずかと共に昇降口に向けて歩いていると目の前から見覚えのある人物が歩いて来る。

 

 

「君たちは相変わらず暢気そうな顔をしているな」

 

 転校初日に烈火がフェイトに校内の案内をされていた時に顔を合わせた生徒———東堂煉と黒枝咲良であった。

 

「……アンタの気取った顔よりマシだと思うけど?」

 

 煉の一言にアリサの眉が吊り上がり、すずかも煉を感情の抜け落ちたような瞳で見つめている。まさに一触即発という感じだ。

 

「ふん、まあいい……いいかい、蒼月君。今回は大目に見たが余り調子に乗らないほうがいい。君程度の存在が女神である彼女に近づくなど分不相応にもほどがあるのだからね。では……」

「……失礼します」

 

 煉は自身に嫌悪感を現している2人の少女には見向きもせずに烈火に対して意味深なことだけを言い残して去った。後ろに控えていた咲良は会釈をし、煉の後を追うように歩いて行く。

 

 

 

 

「ったく!毎度毎度何なのよ!!」

「そうだね……というか蒼月君は東堂君とは知り合いなの?」

 

 昇降口に辿り着いたものの、靴に履き替えたアリサが癇癪を起している。原因は先ほどの煉とのやり取りであろう。すずかもかなり不機嫌そうだったが、それよりも先ほど煉が烈火の事を呼んでいたことが気になったのか、疑問を投げかける。

 

「ああ、初日の放課後に顔を合わせた程度だが一応な。フェイトに言われた通り、余りお近づきにはなりたくない感じだな。言っていることの意味もさっぱり分からなかったし」

 

 2度目の邂逅であったが烈火の中では既に煉に対しての印象はあまりよろしくないようだ。

 

「全くよ!フェイトに付き纏ってる変な奴なんだから……あ、迎えが来たようね」

 

 吐き捨てるようなアリサの様子から煉に対する評価の低さが伺える。

 

 校庭を抜けて歩いていくと駐車場には黒塗りの車体の長い高級車が停車していた。

 

「今日もアタシとすずかはお稽古ないし、送っていってあげるから乗ってきなさいよ」

「でも、昨日も送迎して貰ったし迷惑だろ?」

 

 昨日、怪我をしたフェイトを送っていく際に家が隣同士の烈火もバニングス家の執事の運転するこの高級車に乗せてもらっていたようだ。今回はフェイトを送った時のような特別な理由もないと遠慮をした烈火だったが……

 

「アリサちゃんは蒼月君ともっとお話ししたいからこうやって言ってるんだよ。早く行こ!」

 

 すると、すずかが烈火の背を後ろから押し始めた。

 

「す、すずか!!?アンタ何を言ってんのよぉぉ!!!!」

 

 顔を真っ赤にしたアリサが声を荒げたが、すずかは華麗にスルーして烈火を車に押し込んだ。にこやかな表情とは裏腹に女子とは思えない力で体を押されている烈火も内心、冷や汗をかいていたようだ。

 

 

 

 

「いい!?さっきすずかが言ってたことは間違いなんだからねッ!!」

「分かったからちょっと落ち着けよ」

 

 走っている車の中で吠えるアリサを宥める烈火とそれを楽しそうな表情で見ているすずか。この月村すずかという少女は意外とイイ性格をしているようだ。次第にアリサも落ち着きを取り戻し、また談笑し始めた時、異変が起きた。

 

「な、何っ!?」

「きゃぁぁぁ!!!??」

 

 大きな物音と共に乗っていた車が左右に大きく揺れ、車内を衝撃が襲ったのだ。アリサとすずかの悲鳴じみた声が響き渡る。その後、自動車のドアが吹っ飛び、車内にフルフェイスのヘルメットをした黒服の男が数名押し寄せてきた。その手には黒光りする鉄の塊が握られており、引き金には指がかかっている。

 

「動くな!」

 

 向けられた拳銃に対して身動きが取れなくなる3人。そしてアリサ、すすか、烈火の手首に灰色の光を放つ腕輪のようなものが出現して纏わりついた。

 

「……えっ、これって」

 

 この現象に心当たりがあるのかすずかが小さく呟く。

 

「対象の2名を確保。拘束しました。また、対象の2名と同じ学校のものと思われる制服を着ている少年1名も車内で確保しましたがいかがいたしましょう?……了解しました」

 

 フルフェイスの男は端末で誰かと通信している。

 

「3人とも運び出して撤収しろ!」

 

 端末を持っていた男の指示を受けた者たちに拳銃を突き付けられたアリサ、すずか、烈火は似たような様相をしている者たちが乗っている黒い車に押し込まれ、その場から連れ去られてしまった。残されたのは電柱に激突して運転席が潰れたボロボロの車だけ……

 

 

 バニングス家の車両が襲撃されてから十数分後……街を離れた森林地帯に突如として封絶結界が展開された。




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
とうとうDetonationの公開日が決まりましたね!
今から楽しみでしょうがありません。

WSのなのはreflectionを購入したりもしまして1人で盛り上がっていました。
自分は決闘者ではありますがWSはコレクター専門なので実戦で使われることはないですけどねww

感想等ありましたら是非お願いします。
次回も読んでくれると嬉しいです。


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悪逆非道のマジックバトル

 封絶結界の中ではとうとう捕捉された元局員率いる犯罪者グループと6人の魔導師との魔法戦が繰り広げられていた。

 

「いっくよぉ!シュート!!」

 

 白い防護服(バリアジャケット)を纏った高町なのはが自身のデバイス“レイジングハート・エクセリオン”を“アクセルモード”で振り翳せば、桜色の魔力スフィアが縦横無尽に飛び出していく。

 

「“プラズマランサー”!発射(ファイア)!!」

 

 フェイトも黒を基調とした軍服のような防護服を纏って羽織った白いマントを翻しながら、黒の戦斧“バルディッシュ・アサルト”を振り切った。稲妻を纏って放電した金色の魔力弾が高速で射出される。

 

「行って!“ブラッディーダガー”!!」

 

 黄金の装飾が施された黒い騎士甲冑を纏うはやても剣十字の杖“シュベルトクロイツ”を掲げれば、血塗られたような真紅の刃が大量に生成され打ち出されていく。

 

「ちょこまかとメンドクサイやつらだね!」

 

 女性らしい肢体を強調するような露出度の高い服装にホットパンツ姿の女性———アルフも豪快に拳を振るっている。

 

「ふっ!」

 

 青い毛色の狼であるザフィーラがその姿を狼から青い衣服の筋骨隆々な男性に変化させた。はやてに向かって飛んできた魔力スフィアを握り潰す。

 

「時空管理局本局所属クロノ・ハラオウン提督だ。次元法違反で拘束させてもらうぞ!」

 

 全身黒一色の防護服を着こんだクロノはデバイス“S2U”を片手に一味の首謀者とされている元局員を猛追している。

 

「ちぃぃ!!鬱陶しい奴らだ!」

 

 首謀者とされている元管理局員の男性魔導師――—イーサン・オルクレンがミッドチルダ式の魔法陣を発生させ山吹色の砲撃を放つが……

 

「この程度で!!“ブレイズカノン”!」

 

 クロノが放った砲撃によって相殺された。数では勝る一味であったが、個々の戦力差から少しずつ数が減らされていく。防戦に徹して持ちこたえてこそいるが、このままでは閉じ込められた結界内で一網打尽にされることだろう。

 

「そこ!貰ったよ!!」

 

 なおも追いすがるクロノに対して元局員であった女性魔導師―――ライラ・バステートが杖状のデバイスの先端から魔力刃を出現させ、薙刀の様になったそれを叩きつけた。

 

「っ!!?この!!」

 

 クロノはしっかりとライラに対して反応し、迫りくる魔力刃と自身の体の間に“S2U”を滑り込ませて受け止めたが、イーサンとの距離を大きく離されてしまった。逃がさないようにとライラを抜いて、イーサンにどう迫るかと行動を起こそうとしていたが、その前にイーサンに対して何者かが襲い掛かる。

 

「貴方が主犯だな!僕の手で直々に捕まえてやろう!!」

 

 襲撃者は煌びやかな黄金の騎士甲冑を身に纏った金髪の少年―――東堂煉。甲冑同様に金色の装飾がなされた大剣“プルトガング”をイーサンに叩きつけていく。

 

「次から次へとッ!?」

 

 迫り来る刀身から逃れるように身を捩じらせたイーサンであったが、煉の背後には 体の線を強調するような黒いバリアジャケットを着こんだ少女―――黒枝咲良が六角形の黒い板を突き出すように構えていた。

 

「行きなさい!」

 

 咲良の言葉と同時に板の先端部分が伸縮し、体全体を覆えるほど大きな盾へと形を変える。咲良のデバイス“アイギス”だ。

 

 更に盾の裏から2つの黒い板のような物体が飛び出して、イーサンに向かって藍色の魔力弾を吐き出しながら接近していく。“アイギス”に搭載されたビット兵装だろう。

 

「こんなもん!!……なっ!?」

 

 向かってくる魔力弾に対してシールドを展開するイーサンだが追いすがる煉が大剣を携え突っ込んできた。

 

 向かってくる煉に対して杖の先から魔力刃を展開してカウンター攻撃を仕掛けるが、イーサンの魔力刃は砲身を下に向けて腹を向けた咲良のビットによって受け止められ、思わぬ防御に不意を突かれ身体を硬直させてしまう。

 

「これで!!」

 

 煉は刀身から黄金の魔力を吹き出した大剣を振り下ろした。

 

「がぁっ!!??」

 

 どうにか障壁を展開したイーサンだったが障壁越しに煉の攻撃をモロに受けてしまい森の中に吹き飛ばされていく。

 

「このまま終わりっ!?」

 

 煉はイーサンの姿を見失う。ならばとデバイスからの魔力反応を元に追撃を仕掛けようとしたが……

 

「動くなっ!!」

 

 クロノの怒号によって身を縮こまらせる。次の瞬間、煉の斜め前を山吹色の魔力弾が3発通り過ぎた。あのまま勢いに乗って突っ込んでいれば被弾していたことであろう。

 

「何をしに来たんだ!?君たち2人は局員ではあるが今回の捜査には参加しないようにと念を押して伝えたはずだが」

 

 管理外世界の学生である煉と咲良が魔導師であったというだけではなく時空管理局の所属だという事実が発覚するが、援軍が来たにしてはクロノの態度はあまり芳しくない。

 

「ふん、指図される言われはないな」

 

 そして、両者の雰囲気もあまりよろしくないようだ。しかも、追い詰めたイーサンの姿も見失ってしまい、クロノが突破してきたライラも今は森林の中に身を潜めたのか姿を確認できない。とはいえ、防御に徹していた魔導師達はこうしている間にもなのは達の攻撃により1人、また1人と撃墜されていく。

 

 

 

 

「……ちぃ!どうする?」

 

 森林に身を潜めるイーサンは鬼気迫った表情を浮かべ、頭を掻きむしりながら対抗手段を練っていた。隣にはライラの姿もある。

 

 イーサン・オルクレンは24歳にして空戦AAランクを修める優秀な魔導師であり、所謂エリートといわれる人種であった。

 

 次元世界の中心となっている時空管理局により質量兵器が淘汰され、魔法が一般的なものとして浸透した今の世界は魔法を中心にして回っているといっても過言ではない。

 

 更に魔力というものは管理世界の人間においても誰もが発現できるものではない為、高い魔力を持った人間というのは特別扱いされ、出世も早く、他にも様々な面で優遇される傾向にある。実際、イーサンも士官学校時代から飛びぬけた成績を残し、管理局に所属してからも若くして部隊のエースとして活躍していた。

 

 しかし、1年前の教導隊との模擬戦で彼の中の何かが歪むこととなる。

 

 

 1年前……

 

 

「見ろよ!相手にガキが混じってるぜ」

 

 イーサンは同じ小隊のメンバーに声をかけられ視線を向けると、白いバリアジャケットを纏った栗色の髪の少女の姿が目に留まる。

 

 イーサンの小隊含め全体的に若いメンバーが多いが、それにしても栗色の髪の少女は飛びぬけて若い。どう見ても学生、それも初等部の高学年か中等部の入りたてにしか見えない風貌であった。

 

「俺たちも舐められたもんだな」

「全くだぜ」

 

 イーサンは無骨な訓練場とはあまりに不釣り合いな少女を鼻で笑いながらメンバーと言葉を交わしている。

 

 そうこうしているうちに模擬戦の開始時刻だ。

 

 ルールは5VS5の団体戦で1VS1の個人技を競うものであった。5試合行い最終的に勝率のいいチームの勝利となり、若きエース、イーサンは大将に抜擢される。

 

 4戦目まで終わり2勝2敗。なんと、イーサンの対戦相手は例の少女であった。どう見ても数合わせで入ったようにしか見えない少女に対してイーサンはこの試合の勝利を確信した。

 

 そして始まる大将戦……

 

 

 

 

「はぁはぁ!……くっ!?」

 

 数分後……イーサンからは試合前の余裕そうな表情は消え失せ、息絶え絶えになりながら迫り来る桜色の誘導弾から逃げ惑っていた。

 

 

 試合開始直後、驚かせてやろうと広範囲に魔力弾を放ったイーサンだが、目の前の少女は自身の倍近くの魔力弾を正確に操って見せた。

 

 自身の魔力弾は撃ち落され、少女のスフィアが襲い掛かってくる。どうにか反撃しようにも魔力弾は固い障壁に阻まれ、厚い弾幕によって近接格闘(クロスレンジ)にも持ち込めない。

 

 こうなったらとイーサンは自身用にチューンされた杖状のデバイスの中でカートリッジを炸裂させ、膨れ上がった魔力で砲撃を撃ち出した。しかし、山吹色の砲撃を飲み込むように桜色の砲撃が迫ってくる。

 

「う、うおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 もう回避は間に合わないと障壁を展開して砲撃を受け止める。さらにカートリッジをロードし、今にも破れそうな障壁に魔力を注ぎ込んだ。桜色の奔流が止むとそこにはジャケットを焦がしたイーサン。

 

 しかし、少女によって桜色の魔力スフィアが新たに生成され、押し寄せてくる。

 

「お、俺がこんな子供なんかに負けるかよ。はぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」

 

 イーサンは残ったカートリッジをフルロードして魔力刃を出現させ、最大速度で少女に向けて突貫していく。

 

 そんな彼に対して、天から桜色の光が降り注いだ。

 

 砲撃の中で少しでも先へと手を伸ばすイーサンだったが、無情にも光の中に飲み込まれ、握りしめていたデバイスが吹き飛ばされる。その瞬間、イーサンの意識は闇に落ちた。

 

 イーサン・オルクレンは目の前の年場もいかぬ少女に掠り傷1つ負わせることができず、無様に敗北したのだ。

 

 

 その後、医務室で意識を取り戻したイーサンは屈辱と己の不甲斐なさを痛感しており、同僚からの励ましすら酷く耳障りに聞こえていた。

 

「いやぁ、相手があの子じゃしょうがないって。あんまり気を落とすなよ!だってあの子ってさ……」

 

 あの少女は管理外世界の出身で数年前までは魔法の存在すら知らなかった。その世界で起きた2度のロストロギア事件を解決に導いた立役者。

 

 しかも1つは次元世界に恐怖と災厄を齎してきた“闇の書”関連だった。その後、任務で大怪我をしたらしいが現場に復帰してきたことなど……

 

「あの子、将来絶対美人になりそうだし、今のうちにお近づきになっておいたほうがいかなぁ?しかも、次のエースオブエースなんて呼ばれてるみたいだしすげぇよな」

 

 俯いたままだったイーサンが体を震わせた。エースオブエース、それは管理局全体を見渡しても少数であろうエース級の魔導師の中でもさらに優秀な者が時々、呼ばれる呼び名だ。一騎当千、戦術の切り札、トップエースの称号といってもいいだろう。

 

「……悪い、ちょっと体調が悪いんだ。今日は帰ってくれないか?」

「ん?調子が良くないなら先生を呼んでく……」

「出て行ってくれ!!!」

 

 イーサンは同僚を医務室から追い出した。

 

 空戦AAランクのエース級の魔導師、それが自分であり誇りでもあった。

 

 もともと魔法に対しては他共に認めるほどには才能があったし、それを伸ばす努力も惜しまなかった。年齢も20を超え、ここから大きく魔力量が増加することはない。後は練度を高めるだけ、そう思っていた矢先に自身より一回り近く年下の少女に自慢の魔法が通じずに敗北してしまった。

 

 〈部隊のエース〉という誇りを持っていた自身の称号は、まるで物語の主人公のような軌跡を描いて来た少女と比べるとあまりに小さなものに思えてしまったのだ。

 

 今まで直向きに魔法に打ち込んできた時間、仲間たちと切磋琢磨してきた時間、エースと呼ばれるようになり、少なからず選ばれた人間だと思っていた自分の魔導師としての長い年月は年場もいかぬ少女の数年間に劣っていたのだと認識してしまった。

 

 その日からイーサンの中で何かの歯車が噛み合わなくなった。任務では1人で突出するあまり、部隊との連携が上手く取れなくなった。自由時間も睡眠時間も削り、訓練にあてているはずなのに任務では結果が出ない。そうしているうちにミスが重なり、周囲と衝突し、イーサンは徐々に周囲からの信頼を失っていった。

 

 エース級の魔導師として名を馳せていたイーサンは気が付けば、任務では役に立たない上に問題ばかり起こす局員というレッテルを張られるようになっていた。

 

 どんなに努力しても結果が出ないどころか悪化の一歩をたどる自身の状況。あらゆることに無気力になり、酒と女に溺れる怠惰な日々を過ごすようになったイーサンにある出会いが訪れる。

 

 ミッドチルダの外れにある酒屋で浴びるように酒を飲んでいたイーサンの隣に座ったサングラスの男が突然声をかけてきたのだ。

 

「イーサン・オルクレン……エースと呼ばれていたお前がなんと無様なことだな」

「あぁん!?なんだお前は!!!?」

 

 もう酔っぱらっているのか顔を真っ赤にしたイーサンが大声を上げた。

 

「そう喚くな。私は勿体ないと思っているのだぞ。お前のような才能ある魔導師がこのような所で潰れていくのをな。時空管理局というのはよほど無能の集まりのようだ」

 

 芝居かかった動作で言葉を紡いでゆくサングラスの男。

 

「大体なぁ!!才能があったら真昼間からこんなとこにいねぇっつってんだよ!!!……っっっ!!!??」

 

 吐き捨てるように反論するイーサンだったが、サングラスから僅かに覗いた男の琥珀色の瞳に心を奪われた。そこにあったのは深淵を思わせるドス黒い闇、狂気と呼ぶに相応しい醜悪な負の感情を内包していた。

 

「私ならお前が鍛え上げてきたその魔法技術を活かすに相応しい舞台を用意できる。管理局の無能たちを見返すどころかかつて呼ばれていたエースなどというものが霞んで見えるような……英雄にだってなれるだろう。どうだ……私と共に来ないか?」

 

 普通に考えればエース級といえど管理局員であるイーサンの個人情報やその事情まで知っている口ぶりの目の前の男は明らかに異常だ。この誘いだって何かの罠である可能性が圧倒的に高い。しかしイーサンにとってはそんなことはどうでもよかった。

 

 英雄……なんと甘美な響きであろうか。

 

 かつての自分の称号どころか全てを奪い去ったエースオブエースすら霞んで見えるであろうその称号がたまらなく魅力に感じた。

 

 男の狂気に魅入られたイーサンは指定された時刻に指定された場所に向かう。そこにいたのは男から言われていた追加戦力である黒服の男達、そして自分と同じく管理局に不満を持っていた数名の局所属の魔導師であった。

 

 男の根回しもあってか指定されたロストロギアの奪取は驚くほど上手くいった。

 

 しかし管理局の反応が思った以上に早く、迫り来る追手達。逃亡生活の末どうにか逃げ込んだ魔法文化のないはずの管理外世界には何故か局のトップエースクラスの魔力反応が幾つもある。

 

 転移で他の世界に出るにも下手な行動を起こせば局員の追手が来ることは目に見えている。自身は英雄になれないのか……そう思った矢先に現地に滞在していた魔導師と交戦状態に入った。数を減らされていく味方戦力、次第に退路がふさがれてゆく。

 

 

 

 

「くそっ!!?」

 

 森林の中でイーサンとライラは飛び上がるようにその場から離れた。水色と黄金の砲撃が2人がいた位置を射抜く。

 

「ここまでだな」

 

 2人にデバイスを向けたクロノ、その背後には煉と咲良の姿がある。魔導師の質では完全に劣っており、今は勝っている数的優位も何れは奪われるであろう。完全に手詰まりであった。

 

 

 

 

「……来たわ!」

 

 絶望的な状況の中でライラの口元が三日月のように吊り上がった。濁った青色の光を放つ自動車が結界の一部を破壊して内部に侵入したからである。結界を破壊してきた高魔力反応を示す鉄の塊に一同の視線が集まった。なのはとフェイトにとっては因縁深い、青色の光、それはジュエルシードが放つ光であった。

 

「お前ら動くなよ!!!」

 

 先ほどまでの絶望に満ちた表情から一転、イーサンは勝ち誇ったように大声を上げた。黒服の男が車の後部座先から何かを引っ張り出して地面に転がす。

 

「えっ!?」

 

 なのは達が驚愕の表情を浮かべた。そこにいたのは……

 

「こいつらがどうなっても知らねぇからなぁ!!!」

 

 見覚えのある制服を着た少年少女。本来は魔法と関わりを持たないはずの自分たちがあまりによく知っている現地人―――アリサ・バニングス、月村すずか、蒼月烈火の3人であったからだ。

 




最後まで見てくださってありがとうございました。
今作初にして初めての戦闘描写でしたが中々難しいですね。
また、今までと違って情報量の多い回が続くと思いますがご了承ください。
徐々に感想やお気に入りを頂くようになって感謝感激でございます。
モチベが上がって執筆速度が上がっているのを自分でも感じています。

では感想等ありましたらお願いします。
次回も読んでくれると嬉しいです。


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Thought is Cross Over

 局員達と次元犯罪者の魔法戦の末、クロノは首謀者であるイーサンに対してデバイスを突き付けチェックメイトをかけた。しかし、ジュエルシードを発動させ結界を強引に破壊し、突入してきた敵の第二部隊。そして彼らによって自分達がよく知る人物が捕らわれ、殺傷設定のデバイスと拳銃を突き付けられていた。

 

「アリサ!すずか!烈火!?」

 

「管理局員でありながら、ロストロギアの強奪に殺傷設定での魔法行使、違法渡航に魔法と関係ない管理外世界の民間人を人質にとるやなんてどこまでっ!?」

 

 悲痛そうなフェイトと怒りを抑えきれないはやての声が戦場に響いた。捕まっている3人は腕に灰色のバインドを施され、凶器を向けられて身動きが取れなくなっている。

 

「うるせぇやつらだな!!ここから先、お前らが俺たちに危害を加えるようなことをするならどうなるかわかるよな?」

 

 得意げな表情でイーサンが大声を張り上げる。第97管理外世界、地球。大きなロストロギア関連の事件が立て続けに起きた事、管理外世界であるにも関わらず優秀な魔導師を何人も輩出している世界として、その名はミッドチルダでもそれなりに知れ渡っていた。この世界に流れ着いた際にイーサンたちをこの事件に招いた男の指示を受けて、まさにこのように現地の魔導師達との戦闘に入った際の切り札を確保するために別動隊を用意していたのだ。その魔導師達と親しい人物を人質にとることによって、戦闘を優位に進めるために・・・

 

「へへっ、まずはデバイスを待機状態にしてジャケットを解除してもらおうか」

 

 イーサンの言葉によって、その場に浮かんでいた魔導師達は地に足を付けた。レイジングハートは赤い球体に、バルディッシュは三角形のバッジへ、シュベルトクロイツは十字架を模したペンダントへと姿を変えた。アルフとザフィーラは拳を下ろし、クロノと咲良もデバイスを待機状態へと戻した。

 

「次世代を担うエース様たちが急に大人しくなったもんだなぁ!!そうだな・・・女たちは素っ裸になった後、その場で踊ってもらおうか!」

 

 イーサンは自らの輝かしい経歴に傷を付ける原因となった化け物のごとき才能を持った、自身がどれだけ努力しても届かない高みにいる魔導師達が自身の言うままに武装を解除する姿を見て気持ちの高ぶりをを抑えきれないといった様子だ。かつてエースと呼ばれた気高い魔導師とは思えない、下卑た笑いを浮かべてアルフやフェイトを舐め回すように見つめている。

 

「・・・アンタ達!」

 

 アルフの目尻が吊り上がる。

 

「お!?そんな目をしていいのか?大事なお友達がどうなっても知らんぞ」

 

 イーサンはアルフに気圧されて僅かに腰が引けたが状況的優位は自分にあると嘲笑うかのように再び、ニヤニヤと笑みを浮かべている。イーサンが目線をやれば、人質状態となっている3人の近くにいる魔導師が手に持った魔力刃を展開したデバイスを揺らしている。

 

「っっっ!!?」

 

 いつでも人質の命を奪えるのだといわんばかりに、すずかの目の前に灰色の刃が振り下ろされる。突如として接近してきた刃にすずかの表情が恐怖に歪んだ。

 

「ふふっ」

 

 魔力刃を振り下ろした男は、たじろいだ人質達を見下ろしながら、ほくそ笑む。出現した魔力刃とアリサ達の腕に掛けられたバインドの魔力光が同色なこと、イーサンから直接指示を下されたことからバニングス家の車両を襲撃した別動隊の指揮官だということが推測される。

 

「下衆共が!!」

 

 怯えるアリサ達の姿を見せつけられればアルフも抵抗はできないようだ。憤怒の表情を浮かべ、拳に力が込められるがそれが振り上げられることはない。そして、それを皮切りに管理局の魔導師達は戦闘服から私服へと切り替えていく。

 

「なんとでも言いやがれ!いいか!!強い奴が勝つんじゃない・・・勝った奴が本当に強いってことだ!!!つまりぃ!どんなに魔力があろうが!!お前らは全員俺より弱いってことなんだよ!!ひゃはははははははっっ!!!!!!!」

 

 自身を見下すどころか視界にも入れようとしない天才魔導師達に対しての勝利宣言。イーサンは勝った!!と狂気的なまでの高揚感を抑えきれずに両手を振り上げて高笑いした。しかし、そんなイーサンに黄金の魔力弾が降り注ぐ。

 

「なっ!!?・・・てめぇ!」

 

 デバイスがオートで発動させた障壁で防ぐことにより事なきを得た。しかし雨のように降り注ぐ魔力弾によってイーサンは土煙の中に埋もれていく。

 

「御託は沢山だ。君たちも何をやっているんだ!人質などに構っている場合ではないだろう!!」

 

 1人だけ武装解除をしていない煉がプルトガングを振り切っていた。なのは達の方を見て怒号を飛ばす。

 そもそも、数的有利以外のすべての面で優っているなのは達が普通にぶつかり合えばイーサン達を制圧することなど訳ないのだ。捕縛対象が殺傷設定の魔法を放ってこようが、数が勝っていようが根本的に単体戦闘力が違いすぎる。人質さえ見捨ててしまえば勝利は間違いない。

 

ましてや人質になっているのはリンカーコアすら持たない一般人だ・・・となのは達にデバイスの再起動を促す。

 

「な、何を言ってるの!!?」

 

 フェイトはアリサ達を見捨てるのが当然と言い切る煉に対して普段の彼女から想像できない大声を上げた。親友云々を差し置いても、管理局員だからこそ凶器を向けられて命の危機に瀕している、一般人を見捨てるなどとできないということだろう。

 

「フェイトさんや君たちこそ何を言っているんだ!我々のような選ばれた存在と彼らのような魔力を持たぬ劣等種の命とどちらが重いかなど考えるまでもないだろう!?」

 

 煉もフェイトの言うことが理解できないと大声を上げる。〈魔力を持っていない劣等種〉世界は違えど同じ人間に対しての言葉とは思えないが煉のような考え方をしている者はこの次元世界では決して少なくない。

 

 質量兵器が禁忌とされてその使用が封じられたことにより、以前に増して台頭してきたのは魔法という力。戦うための力というだけでなく、大空を飛べ、治療に使え、次元すらも超えることのできる超常の力、誰もが一度は夢見たであろう魔法というものは人々の生活に根付いていた。しかし、人は平等ではない。足の速いもの、容姿の優れたもの、頭の良し悪しといったように生み出せる魔力の量や適性など一人一人違っていた。1人で竜種を打倒できるものもいれば、魔力スフィアを1つ生み出すだけで精一杯のものもいる。それどころか初歩の初歩である念話すらできない魔力適正のない人間まで生まれてくる。比率で見れば、高魔力を持つ者の方が圧倒的に少ない。魔法というものが生活の中心に置かれるようになればなるほど高い魔力を持つものとそうでない者の待遇の差は開いていくばかりであった。

 

 すべての権利を取り仕切る時空管理局自らが魔法を前面に押し出しているため、高ランク魔導師というものは局内でも特に優遇される傾向にある。評価され、重宝されるが故に出世の速度は非魔導師と高ランク魔導師では比べ物にならない。無論、魔力を持たずとも高官になっている者もいるがほんの一握りだけだ。あらゆる資格を取る上で魔導師であるというだけでかなりに有利になる。そんな局内での風潮を感じ取ってなのか、世間全体が魔力を持つものを優遇する傾向にあった。高い魔力資質やそれと同等の価値を誇るほどの希少技能はそれだけで一種のステータスとなりうるほどにまでなっていた。

 

 それに伴い、高い魔力を持つものは自身より能力のないものを見下すようになった。高い魔力を持つものは選ばれた者、そうでないものには価値がない。今の管理世界に深く根付いている〈魔法至上主義〉と言われる考え方である。

 

 

 

 

 

「・・・つぅっ!?」

 

しかし、フェイトたちと言い争っていたを煉に山吹色の魔力弾が飛んできた。大剣を構えて相殺するが、土煙の中から額に青筋を浮かべたイーサンが姿を現した。

 

「いい度胸じゃねぇか!!おい!」

 

 イーサンはアリサ達の方に向けて怒号を飛ばした。近くに待機している魔導師がデバイスを振り上げた。

 

「待って!デバイスなら解除したでしょ!!?」

 

 絞り出すようななのはの声。

 

「なのはぁ!!私たちのことになんか構ってんじゃないわよ!!!」

 

「そうだよ!こんな人たちになのはちゃんたちが負けるわけない!!」

 

 それに答えたのはイーサンではなくアリサとすずかであった。全身を恐怖に震わせながらもなのは達の方に向かって檄を飛ばした。

 

「でも3人を見捨てるなんて!」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ!こいつらが私たちを解放なんてするわけないでしょ!!」

 

「私たちに構わないで・・・戦って!!」

 

 なのははアリサ達の主張に首を横に振るが、アリサとすずかもなのは達に自身達に構わず戦かうように懇願する。

 

「おーおー、美しい友情だことで!見てるだけで吐き気がするぜ!!そっちの黒髪の方を殺っちまえ!」

 

 イーサンはなのは達を嘲笑するかのように武器を振り下ろすように命じた。

 

「っっ!!」

 

 標的にされたのはすずかである。その首元に魔力刃が振り下ろされる。恐怖から固く閉ざされたすずかの瞳、そして迫り来る凶刃---

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、いつまで経っても自身の身体を襲うであろう痛みがやってこない。恐怖により固く閉ざされた瞳を見開くと・・・その目に映ったのは表情を硬くしていたであろうクロノ達、大剣を握りしめている煉、勝ち誇ったようなイーサン、刃を振り下ろした魔導師、そして刃とすずかの身体の間に自身の身体を滑り込ませたアリサ・・・その誰もが驚愕の表情を浮かべている様子であった。

 

「なっ!お前どうやって!?」

 

 焦ったように声を荒げる魔導師。すずかに向かって振り下ろされようとしていた、デバイスが途中でその動きを止めている。そして、振り下ろされたであろうデバイスの柄の部分を掴んで、魔導師の前に立ちふさがる黒髪の少年。それは先ほどまで拘束され、人質として利用されていたはずの蒼月烈火だったからである。

 

「俺はバインドをかけたはずだ!お前は何をしたっていうんだ!!?」

 

 大声で喚きながら烈火から距離をとった魔導師が動揺するのも無理はないであろう。管理外世界の子供が自身の掛けたバインドを何らかの手段で解除して、立ち上がったのだから・・・仮に目の前の細身の少年が恐ろしいほどの怪力の持ち主で、力づくでバインドを引き千切ったというのなら低い可能性の1つとしてあり得るかもしれない。しかし、近くにいた自身達にそれを勘繰らせないように行うのは不可能であろう。ましてやそんな抜け出し方をしたのなら普通は両手首が使い物のならなくなるはずであるが、そのような跡は少年から見受けられない。

 

 

 

 

「なっ!烈火君!!?」

 

 再び、悲鳴のようななのはの声が戦場に響き渡った。

 先ほどすずかに襲い掛かった魔導師が烈火に向けて、殺傷設定の砲撃を放とうとしていたからだ。

 

「馬鹿野郎!ガキ共を全員殺す気か!?」

 

 灰色のそれは丸腰の烈火が受ければ確実にその命を奪うであろう威力を秘めていることは誰の目から見ても明らかだ。仮に烈火が回避できたとしてもその背後にはアリサとすずかの姿がある。人質という条件でイニシアティブをとっているイーサンたちにとっても魔導師の取った行動は悪手と言わざるを得ない。

 

「う、うわぁあああぁぁぁああっっっっ!!!!!!!!」

 

 しかし、魔導師の耳にはそんな言葉は入ってこなかった。戦闘手段にしても、兵装にしてもすべては魔法が中心となっている。魔法を用いたものを打ち破るのは魔法だけ、それが世界の常識であった。であるにも関わらず、目の前の少年は魔力反応を全く感じさせない。最強の力である魔法を用いているのにそれを打ち破った烈火が気味が悪くてしょうがないといった様子だ。

 

錯乱した魔導師によって打ち放たれた砲撃・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその砲撃は烈火達を襲うことなく掻き消された。天に向かって立ち昇る光の柱によって・・・

 青色の光の柱はその場にいる全員が感じ取れるほど膨大な魔力が噴き出したことよって生み出されたものであった。ジュエルシードの放つ濁った青ではない、透き通るような蒼、儚さと力強さを感じさせる蒼白い魔力光・・・

 

 大きな光に包まれた後、柱が消滅した。そこには傷一つ負っていないアリサとすずか。

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 烈火の姿があった。しかし、その風貌は先ほどまでとは大きく異なっている。白をメインに、蒼と黒色といった配色のロングコートに白い長ズボン、そして黒い手袋に包まれた手には純白の剣が握られている。一般的に想像される日本刀であったり、煉の大剣よりも、今ここにはいない〈剣の騎士〉の愛刀に近い形状であろうか。機械の剣の刀身には蒼いラインが数本走っている。

 

 

 

「な、何者だ!てめぇは!!!??」

 

 誰もが驚愕の表情を浮かべている戦場にイーサンの声が響き渡った。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
魔法という要素が加わることによって徐々にリリなのっぽさが出てきたかなと思います。
そして!次回からはいよいよ本格的な魔法戦となります。

この話内では魔法至上主義といった単語を使わせていただたきました。
特にSTSを見ていて思ったことの1つでもあります。
まあ、この作品ではそこまで重要になる考えではありませんので流す程度に受け取ってください。
煉のものはだいぶ極端な例ですが、そもそもこういう風潮がなかったら原作のリリカルなのはという作品自体が成立しなくなってしまいますしね。
はやての出世や、なのは達の局内の待遇なども随分違っていたと思いますし、リリカルなのはSTSという作品は原作のあの形が一番盛り上がる展開だと思いますし。
むさ苦しいおっさんや口うるさい上司に頭を下げながらガジェットと戦うなのは達なんて誰も見たくないでしょうしねw

では次回も読んでくれると嬉しいです。
感想等ありましたら是非お願いいたします。


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捲土重来のメルトダウン

 魔法が飛び交う戦場でイーサンが烈火に問うた。お前は何者なのかと、それはこの場にいる全員が疑問に思ったことであった。

 

「お、お前魔導師だったのか!?

 

先ほどすずかに切りかかった魔導師が大声で喚き散らした。そんな魔導師が言葉を紡ぎ終わる前に人質になっていたアリサ達の周囲にいた黒服の男の1人が後ろに飛ぶように倒れこんだ。

 

斜め後ろに向けられた烈火の左手には右手に持っている剣と同じく白を基調として蒼の装飾が施されている銃が握られていた。撃たれた味方から鮮血が舞っていないことから非殺傷の魔力弾を撃ち込まれて昏倒させられたのだと魔導師が理解した時には自身と隣にいる1人を除いた全員が地に倒れ伏していた。

 

「な、なんっ・・・!?」

 

 烈火の姿がブレる。魔導師が驚愕の声を発する前に、隣にいた味方がその白刃によって切り倒される。破れかぶれで障壁を発動させながらデバイスを突き出すが、振り下ろされた剣によって障壁ごとデバイスを真っ二つに斬り裂かれ、魔導師の意識は闇へと落ちた。

 

「この役立たずが!!て、てめぇぇ!!?」

 

 イーサンは為すすべなく自身の足元に吹き飛ばされて来た魔導師とその元凶となった烈火を見て激高した。

 

 

 

 

 

 

「・・・2人とも大丈夫か?」

 

 烈火はイーサンには見向きもせずにアリサとすずかの元へと戻った。

 

「あ、アンタ・・・」

 

 烈火が手をかざすと2人に施されたバインドが消え去る。アリサとすずかは剣を手に敵の魔導師達を圧倒した烈火を目の前にして言葉を発することができない。

 

「3人共無事か!?」

 

 遅ればせながら3人の下へ駆けつけるのは再びバリアジャケットを身にまとったクロノであった。

 

「・・・蒼月烈火、君は一体何者だ?」

 

クロノはアリサとすずかの安否を確認しながらも烈火の方を警戒するように問いかけた。しかし、それを遮るようにイーサンの大声が発せられる。

 

「この俺を無視するんじゃねぇよ!!こっちを向きやがれ!おい!!」

 

 現在、この場を支配しているのは自分だ。その自分を視界にも入れていないといわんばかりの烈火の態度に腹を立てて怒号を浴びせるが・・・

 

「いい大人がぎゃあぎゃあとうるさいもんだな。お前こそ状況を理解してないんじゃないか?・・・後ろ、注意したほうがいいと思うがな」

 

「何の話だっ!?・・・っぅ!?」

 

 烈火はそんなイーサンの様子を呆れたように半眼で一瞥し、背後への注意を促した。イーサンが振り向くと、そこには再びバリアジャケットに身を包んだ魔導師達の姿があった。

 

 

 

 

 

「撃ち抜いて!ディバインバスター・フルバースト!!!!」

 

 砲撃形態へと移行したレイジングハートから暴力的なまでの桜色の光が放射される。

 

「これで!トライデントスマッシャーぁぁ!!!」

 

 突き出したフェイトの左手を覆うように円環型の魔導陣が浮かび上がり、そこを中心に三ツ又の矛を思わせるような砲撃が分裂して発射された。

 

「もう許さへんよ!クラウソラス!!」

 

 シュベルトクロイツを振り切ったはやてから白銀の砲撃が飛び出す。

 

 桜色、黄色、白色・・・3色の魔力光が結界内を埋め尽くした。大出力の三連砲撃に結界全体が大きく揺れる。

 

「・・・っっぁぁ」

 

 障壁を張りながらその場から飛びのいたイーサンとライラはかろうじて無事であったが、周囲の様子を見て絶句した。

 

 3人の少女達によって生み出された3つの巨大なクレーターの中では味方達が全身から煙を吹き出しながら倒れ伏せていた。身体を痙攣させている男達に橙色の鎖が纏わりついて地面へと縫い付け、その動きを止めさせた。

 

「随分と好き勝手にやってくれたじゃないか!!お礼はたっぷりしないとねぇ」

 

 指を鳴らしながら八重歯をむき出しにしたアルフが獰猛な獣のような笑みを浮かべていた。

 

「形勢逆転だな」

 

 その背後からは腕を組んだザフィーラ、そして煉と咲良も戦闘可能状態だ。頼みの綱の人質もクロノの手によって解放されてしまった。数的有利という面でも逆転されてしまい、イーサンとライラは完全に詰んでいた。

 

 

 

 

 

 

「は、ははっ!ひゃははははははっっっっ!!!!!!!!」

 

 なのは達の放った砲撃の影響で砂まみれになったイーサンがフラフラと立ち上がり、狂ったように笑い出した。

 

「どいつもこいつも俺のことをコケにしやがってぇぇぇぇ!!!!!やってやる!!もう何もかもぶっ壊してやるぜ!!!!!」

 

 イーサンはデバイスに格納していた管理局から強奪したロストロギア、〈宝剣ミュルグレス〉をその手に取った。白銀の西洋剣を手にして天を仰ぐ。

 

 さらに5つのジュエルシードがイーサンを取り囲むように浮遊している。そしてジュエルシードのうち4つがイーサンを中心に光輝いた。爆発したように膨れ上がる魔力、光が弾け飛び、狂笑と共にイーサンが姿を現した。

 

「はぁぁぁぁ・・・ひゃははははっっっ!!!!」

 

 周囲の誰もが息を飲んだ。先ほどまで杖状態のデバイスと宝剣を持っていた男の姿がなかったからだ。そこにいたのは・・・

 

「最っ高だぁぁ!!!!力が溢れてくるぜぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

 頭に生えた2つの角、縦長に割れた瞳孔に全身から生えた鱗、下半身からは尾のようなものが生えている。伝承に出てくる竜人とでもいうべき存在。手に持っているミュルグレスからイーサンと推測されるそれはオーバーSランクなど軽く超えるほどの魔力を全身から放出している。

 

「お前も使えよ!最高の気分になれるぜ」

 

 イーサンは隣にいたライラの胸元に1つだけ残ったジュエルシードを押し当てた。ライラもまた青い光に包まれれば・・・

 

 

 

「ははっ・・・はははははっ!!!!これがアタシ?」

 

 ライラの全身からスパークするような勢いで吹き上がる魔力、イーサンのように見た目に劇的な変化はないが、先ほどまでとは別人のようだ。

 

 ライラ・バステート・・・彼女もまた局員でありながら管理局に不満を持つ1人である。ライラは空戦Bランクの魔導師として局に所属していた。

 

 この魔法戦で僅かの間とはいえクロノと撃ち合ったその実力と管理局のデータベースにあるライラの魔導師ランクは明らかに釣り合っていない。何故ならば、ライラには魔導師として致命的な欠陥があったからだ。

 

 それはライラの射撃適性が皆無だということ。魔力スフィアを生み出すことすら厳しいそれは、ミッドチルダ式であろうが近代ベルカ式であろうが局の魔導師として高ランクの魔導師資格を獲得するためには必須なものであったからだ。

 

 射撃、砲撃といった遠距離攻撃魔法が使えないからこそ鍛え上げた近接格闘と魔導師としてはそれなりに希少である空戦資質を兼ね備えていたからこそ、ライラはそれなりにランクを上げることができたが、それもここまでだ。

 

 どんなに努力しても評価されることがない、それどころか後輩たちに魔導師ランクで追い抜かれることも幾度となくあった。このままでは魔導師として大成することは不可能、その現実を叩きつれられたライラの前にイーサンと同様に例の男が現れ、今回の作戦への参加を呼び掛けてきた。そして・・・

 

 

 

 

「あははははっっっっ!!!!!!凄いじゃないか!!!これで私を見下してきた奴らを見返すことができるじゃない!!!!」

 

 ライラは溢れんばかりの魔力を携え、自身の周りにいくつもの魔力弾を生成した。射撃適正のないはずのライラが十数個のスフィアを生み出して見せる。ジュエルシードの〈願いを叶える〉という効力はこのような形で発揮していた。ライラは願ったのだろう・・・自身が自由自在に魔法を使えるようにと。

 

 そして狙いもつけずに魔力弾をばら撒いた。周囲の魔導師達が一堂に飛び退く。丸腰のアリサとすずかの前ではザフィーラとアルフが障壁を展開して弾幕からその身を守っている。

 

 

「全部ぶっ壊してやるぜ!!そうなったら俺より強い者はいなくなる!!!俺が英雄になるんだっ!!!ひゃははははっっ!!!!!」

 

 弾幕が晴れた先では狂笑を浮かべたイーサンがその手に宝剣を携えて、飛び上がった魔導師達に襲い掛かった。白銀の刃の矛先が向いたのは・・・

 

「君風情が随分と大きな口を叩くものだな!!」

 

 東堂煉であった。ガキンッ!と鉄と鉄とがぶつかり合う音が響き渡る。煉のプルトガングと鍔競り合って動きを止めたイーサンを咲良のビットが魔力弾を射出しながら強襲した。全身に藍色の魔力弾を幾度となく受けるイーサンであったが・・・

 

 

 

「あん、なんかしたか?」

 

「なっ!?」

 

 イーサンは何事もなかったかのように煉を弾き飛ばした。細身の長剣で煉の大剣に打ち勝ったこと、そして障壁すら張らずに全身に魔力弾の雨を受けがらも平然としていることから咲良も驚愕の声を上げた。

 

「ははっ!こいつはすげぇぜ!!!!今の俺は最強だぁぁ!!!!!!」

 

 イーサンの咆哮と共に本来の山吹色にジュエルシードの濁ったような青が混じった魔力が吹き上がる。獣の如き俊敏さで煉に斬りかかった。煉も刀身に黄金の魔力を纏わせて迎撃する。激突した2つの剣・・・

 

 

 

 

「っぁぁ!!?がぁぁぁっ!!!?」

 

 撃ち負けたのは煉の方であった。刀身に罅が入ったプルトガングが煉の手から弾け飛んだ。斬り裂かれた下腹部から鮮血を舞い散らせ、地面に叩きつけられた煉にイーサンが迫る。

 

「させませんっ!!」

 

 咲良は無防備になった煉を庇うために盾を構えて間に割り込んだ。藍色の魔力を纏ったアイギスとイーサンのミュルグレスが激突するが・・・

 

 

 

 

 

 

「さあ、アタシたちも始めようじゃないか!!!!」

 

 煉達に斬りかかったイーサンに合わせてライラもデバイスから魔力刃を展開した。そしてようやく得た溢れんばかりの魔力に歓喜し、魔力弾で弾幕を張りながらクロノ達に向けて突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

「奴らロストロギアを暴走させるなんて!?」

 

 クロノが悪態をついた。イーサンとライラの驚異的な戦闘力の上昇には理由があった。2人が使用したジュエルシードは願いを叶える願望器という性質を持っている。

 

 しかし、それは本人の願いとは違い、歪んだ形で叶えられる。それどころか使い方次第では次元震すら引き起こす危険な代物であるため、とてもその用途で使用するには危険すぎて使えないというのが一般的な認識だ。

 

 だが今回2人が願ったのは恐らく似たような願いであり、2人の口ぶりから強くなりたいだとか、この場を切り抜けたいだとかそういったものであろうことが推測される。そして、暴走してON,OFFが効かないということを除けば、ジュエルシードは2人の戦闘力の底上げを担う最高の魔力ブースターとなっているようだ。

 

 しかもイーサンに至っては宝剣ミュルグレスまで併用している。こちらの能力はいたって単純、身体能力を限界以上まで引き上げるというものであった。

 

 しかし、ミュルグレス自体はただの頑丈な剣であり身体能力だけ上がったところでこの場を脱するには至らないだろう。だが、ミュルグレスで身体能力と武器の確保、ジュエルシードによる魔力ブーストで魔力量を一気に底上げすることによって結果的に災害級と言っても過言ではないほどの戦闘力を手に入れるに至ったのだ。

 

「このままではマズいな。戦力を分散させて事に当たるぞ!」

 

 ライラの弾幕に自身の水色の魔力弾をぶつけながらクロノが叫んだ。今はイーサンやライラの周りだけで収まっているが、彼らのキャパシティをジュエルシードが上回ってしまえば、どうなるかは分からない。

 

 ましてやここには封印の解けて暴走している6つのジュエルシード。ここにいる面々も、かつてのPT事件を思わせるシチュエーションに少なからず焦りを覚えている。

 

「僕となのはでミュルグレスを持っている奴、フェイトとザフィーラで彼女を!はやては結界内に突入してきた奴らが持っていたジュエルシードの封印を!アルフは民間人の保護と護衛をしながら引き続き犯人たちの拘束を!そして蒼月烈火・・・君はアルフと共に・・・ってどこに行くんだ!?」

 

 クロノは流れるように指示を飛ばしていくが、その指示を待つ前に烈火が空へと飛び立った。その先では・・・

 

 

 

 

 

「きゃぁぁっっ!!??」

 

 咲良が煉の隣に叩きつられた。

 

 イーサンの手に握られているミュルグレスの切っ先が咲良のアイギスを突き破っていた。先ほどの煉への一撃よりもさらに威力を増している。

 

 イーサンはゴミを払いのけるように剣を振るい、アイギスを放り捨てた。本来のイーサンならば、煉と真正面から撃ち合えるはずはなく、咲良の防御を力づくで打ち破るなどできるはずもなかった。

 

「まずは2人だぁぁぁぁ!!!!!」

 

 しかし、ロストロギアのバックアップを受けた今のイーサンならばそれは可能である。竜人と化したイーサンは無限に湧き上がって来るかような感覚すら覚えるほどの膨大な魔力を自在に扱えることに歓喜していた。イーサンは地面に横たわる2人に対して追い打ちをかけるようにミュルグレスに魔力を纏わせて斬りかかる。

 

「ひぃ!?」

 

 煉の口から先ほどまでとは一転、情けない声が漏れた。咲良は諦めたように目を閉じる。まさにこの状況こそ、イーサンが自身より高みにいる魔導師達を超えたという証明になっていることであろう。口元を歪めながらミュルグレスを振り下ろせば・・・

 

「なっ!?また、てめぇか!!!」

 

 倒れている煉と咲良にミュルグレスの刀身が届く前に純白の刃によって受け止められている。

 

「随分と軽い剣だな」

 

 白いロングコートの少年---蒼月烈火が魔力を吹き出しながら迫るミュルグレスを手に携えた剣で完全に受け止めていた。プルトガングに罅を入れ、アイギスを突き破ったそれをいとも簡単に・・・

 

 

 

 

 

 

「全く!どうして言うことを聞かないんだ!?作戦を変更する!」

 

 クロノもイーサンの動きには気づいていた。そのため、なのはと共に攻撃に割り込もうと思っていたが、それより先に烈火が先行してしまった。烈火に気を取られて隙ができてしまい、そこにライラから攻撃を受けて、この場に留まる羽目になっていた。

 

「なのはとフェイトで蒼月烈火の援護と怪我人2人の確保、僕が彼女の相手をする。ザフィーラは残り1つのジュエルシードの確保、はやては怪我人の手当てと民間人の護衛、アルフは先ほどの通りに頼む!!」

 

 1人を除いて周囲の面々が力強く頷いた。

 

「あの女の人は私が相手をするから烈火の援護にはお兄ちゃんが行って?今の私より上手くやれると思う・・・」

 

「フェイト・・・?」

 

 俯いているフェイトの表情は前髪で見えない。クロノは自身の指示に反論するなど珍しいとフェイトに声をかけたが、思わず目を見開いた。

 

「大丈夫、すぐ終わらせてそっちに向かうから」

 

 普段の温厚なフェイトからは想像できない怒気を全身から発していたからだ。

 

「大丈夫なんだな?」

 

「うん」

 

 クロノはらしくないフェイトの方を心配そうに見つめるが、フェイトは笑みを浮かべて頷いた。冷静さを失っているわけではないと判断したクロノは魔導師達に指示を出して、その場から飛び立っていった。

 

 

 

 

「すぐに終わらせるなんて、ガキが生意気言うんじゃないよ!!」

 

 ライラは自身の前に1人残ったフェイトに対して罵声を浴びせた。ジュエルシードの恩恵を受けて膨大な魔力を得た自分に、全く気圧されないフェイトに対してイラ立ちを募らせる。

 

「・・・時空管理局本局所属、フェイト・T・ハラオウン執務官です。最後に1度だけ通達します。武装を解除して投降してください」

 

「はぁ!?アンタ、頭おかしいんじゃないのかい!?なんでアタシがアタシよりも弱い奴の言うことを聞かないといけないんだ?あははははっっ!!!!」

 

 ライラはフェイトの言うことが心底おかしいと高笑いをするが・・・

 

「そうですか・・・なら、貴女を打ち倒します!・・・行くよ!バルディッシュ!!」

 

 フェイトの深紅の瞳に宿った激情が燃え上がった。その手にあったバルディッシュが姿を大きく変えてゆく。今までの戦斧や大鎌とは随分と様相を変え、長い柄と黄色の巨大な刀身の大剣。フルドライブ〈ザンバーモード〉である。

 

 フェイトとライラ、烈火とイーサンがぶつかり合う。そして、それぞれがそれぞれの為すべきことを果たすために行動を開始した。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。
バトルパートはまだ続きますよ。

では次回も読んでくれると嬉しいです。
感想等ありましたら是非お願いします。


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Alight of Sword

『』は念話、≪≫はデバイスの音声となります。



 結界内の2か所で魔法戦が行われている。

 

「このガキがぁぁ!!!」

 

 ライラは鬼のような形相でフェイトに斬りかかる。それと同時に魔力弾による弾幕を用いての波状攻撃を幾度となく仕掛けていく。

 

「はっ!!」

 

 しかし、そのすべてはフェイトによって華麗に躱され、逆に金色の刃を叩きこまれる。

 

「ぎぃぃっっ!!?」

 

 ライラは障壁を張って防ぐが、それがさらにイラ立ちを募らせる。これまで鍛え上げた近接格闘術も、ようやく手に入れた遠距離攻撃術をフル活用してもフェイトに掠りもしないからだ。出力は段違いに上がったはずなのにフェイトに圧倒されていることが腹立たしくてたまらないのだろう。

 

「・・・その程度ですか?」

 

 普段のフェイトなら言わないであろう相手への挑発。出会って数日の烈火にすら、温厚、お人よしというイメージを持たれていたフェイトだったが、現在は今までに感じたことのないほどの怒りで、その身を震わせていた。彼らがアリサ達にしたことはフェイトの中ではそれほどまでに許せないことであったのだ。

 

 無論、自分たちと同じ管理局員が犯罪に手を染めたということもあるが、それ以上に凶刃を振り下ろされようとしていたアリサ達が重なったのだ。かつてフェイトの目の前で虚数空間へと落ちていった、母と姉の姿に・・・

 

 フェイトはかつて母の事を妄信し、その母に裏切られて残酷な真実を突き付けられた。

 

 存在理由を失って抜け殻のようになった自分と向き合い、その手を取って立ち上がる力をくれたのはなのはだった。アリサとすずかとはなのはと親しい友人ということでビデオメールを通して知り合い、海鳴市に引っ越してきてからも世間知らずな自分を温かく迎えてくれ、地球のことを教えてくれた。大切な親友達・・・

 

「アタシの方が強いのに負けるわけないっっっ!!!!!」

 

 さらに巨大な魔力刃を発動したライラがフェイトに向かって斬りかかった。しかし、ライラが1度デバイスを振った時、身体に2度の衝撃が襲う。

 

 どんなに魔力弾をばら撒いても、刃に魔力を込めても、金色の閃光を追いきれないどころかむしろ攻撃を受ける回数が増えてさえいる。気づけば高速で叩きつけられる金色の刃を防御するだけで精一杯になっていた。

 

「貴方は強くなんてなってない・・・強くなった気でいるだけ」

 

 たしかにライラの攻撃の威力は管理局のトップエース達と比べても謙遜がない・・・だがそれだけだ。

 

「そんなはずない!射撃魔法が使えて、魔力量さえ増えれば私はエース級の魔導師より強いはずなんだ!!」

 

 ライラは鍛えてきたクロスレンジでの戦闘には絶対の自信を持っていた。魔法の適正と魔力量という努力ではどうにもならない部分さえ何らかで補えればエースと呼ばれている魔導師にも決して劣っていると思わないと信じていた。

 

 だが現実は違った。魔力量で自分の方が上回ったにも関わらず、目の前のフェイトに一撃も攻撃を入れることができないでいる。ライラは癇癪を起した子供のように薙刀状になったデバイスを振り回し始めた。

 

「なのはの誘導弾ならこんなに簡単に避けられない!シグナムの斬撃はもっと力強くて鋭い!ヴィータの一撃にはもっと威圧感がある!ザフィーラの防御ならこんなに簡単に抜けたりしない!お兄ちゃんならこんな状況でも取り乱したりせずに状況を分析する!!」

 

 ライラは繰り出そうとする攻撃をフェイトによって発動前に悉く潰されていく。とうとう防御が間に合わくなり振り下ろされたフェイトのザンバーにより大きく弾き飛ばされた。無茶な動きの反動が来始めたのか、息を乱している。

 

「はぁはぁ、私は、私はアンタみたいなガキに負けるわけないんだぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 目を見開いて、雄叫びを上げながらデバイスの先端から魔力刃を再展開した。その大きさは今までの比ではない。漏れ出した魔力がバーナーのように広範囲に広がり、巨大な刃を形作る。

 

ライラが最も得意とする斬撃魔法だ。最も、ジュエルシードのバックアップを受けた影響で、威力も攻撃範囲も段違いではあるが・・・

 

フェイトは横薙ぎに振るわれ、迫って来る巨大な魔力刃を真正面から見据える

 

「撃ち抜け・・・雷神ッ!!!!」

 

 ライラの斬撃に対して、フェイトは結界内で可能な限り限界まで刀身を巨大させたバルディッシュを全身の力を使って、真上から振り下ろした。フェイトがザンバーモードで放つ斬撃魔法〈ジェットザンバー〉である。

 

 

 巨大な2つの魔力刃が結界内でぶつかり合う。

 

 

 魔力の量こそ凄まじいが、収束も制御も甘いライラの魔力刃とフェイトの想いが宿った雷撃刃が勝負になるはずもなく、フェイトのザンバーによりライラの刃は硝子のように打ち壊された。

 

 ライラは先端部が拉げたデバイスをその手から取りこぼし、雷鳴轟くフェイトの一撃に成すすべなく打ち飛ばされる。

 

 

「・・・ぁぁぁ」

 

 ライラは全身を地面に打ち付けられて、意識を闇の中へと落としたがジュエルシードによって強制的に意識を覚醒させられる。しかし、その手足に黄色のバインドが絡みついた。

 

「ジュエルシード!封印!!」

 

 フェイトはザンバーから封印形態へと機構を変えたバルディッシュをライラの方に向けて砲撃を打ち放つ。

 

「ぁぁぁぁっぁぁあぁっっっっ!!!!!??」

 

 絶叫するライラに黄色い帯のようなものが絡みついた。

 

 辺りが光に包まれるとそこには、魔力ダメージを負って気を失ったライラが倒れていた。付近には光を失ったジュエルシードが・・・

 

「私はもう失いたくはないから・・・貴方達の思うようにはさせることはできません」

 

 フェイトは複雑そうな表情でライラを見下ろしている。親友達に命の危険をもたらした彼らへの怒り、アリサ達を守り切れなかったかもしれない自身への憤り、そして自分にとってすべての始まりのきっかけとなったジュエルシードを再び、その手で封印することになったことへのある種の感慨深さ・・・様々なものが入り混じった、そんな表情だ。

 

 フェイトは無力化したライラを拘束してジュエルシードをバルディッシュに格納した後、新たな戦闘空域に向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトがライラと戦闘を行っている時、この事件を引き起こした一味を率いているイーサン・オルクレンと事件に巻き込まれた謎の少年、蒼月烈火も魔法戦を繰り広げていた。

 

「おらぁ!!堕ちろや!!!」

 

 竜人と化したイーサンが宝剣を振り下ろせば、その剣圧と溢れ出した魔力で周囲の木々を薙ぎ倒し、地面にいくつものクレーターを作り出していく。しかし、白いロングコートの少年はその攻撃を余裕をもって躱している。

 

 

 

 

「・・・烈火君」

 

 なのははその戦闘の様子を歯痒そうな表情で見つめている。烈火とイーサンの戦闘空域に留まっているなのはとクロノはデバイスを片手にその戦闘を見守っていた。傷を負った煉と咲良を既に戦闘域の外にいるはやての下に送り届けたにも関わらず、なぜ援護に向かわないかというと・・・

 

 

 

 

 烈火は戦闘不能へと追い込まれた煉と咲良に振り下ろされたミュルグレスを自身のデバイスで受け止めた。

 

「随分と言ってくれるじゃねぇか!!!この俺によ!!」

 

 イーサンは一度距離を取り、2人纏めて斬り裂くつもりだった一撃を顔色一つ変えずに受け止めた烈火に対して威圧するように全身から魔力を放っている。

 

「もう止めてください!!それは危険なロストロギアなんですよ!!!」

 

 そんなイーサンに対して、戦闘域にやって来たなのはが制止を呼び掛ける。

 

「ふん、てめぇだけには言われたくねぇなぁっっっ!!!!!!」

 

 イーサンはなのはに烈火に対してとは比較にならないほどの憎悪をぶつけ、感情の昂りを表すように全身に魔力の鎧を纏っていく。

 

「な、何を!?」

 

「なのはっ!狙われているぞ!!」

 

 突如として激高したイーサンに対して戸惑うなのは、共に戦闘空域にやって来ていたクロノは大声を張り上げながらなのはの前に躍り出た。全身に魔力を纏ったイーサンがミュルグレスを構えて突っ込んでくる、クロノもS2Uを構えて応戦しようとするが・・・

 

 

 

 

「ま、またてめぇか!!!?」

 

 イーサンは額に青筋を浮かべて怒号を上げる。

 ミサイルのような勢いで突貫しようとしたイーサンの射線軸上に割り込む様に烈火が剣を滑り込ませてその進撃を止めていたからだ。

 

「・・・お前の相手はこの俺だ」

 

「がっ!?・・・ぁぁっっ!!!?」

 

 烈火は攻撃を止められ、身体を硬直させたイーサンが反応する間もなく横薙ぎに剣を一閃・・・全身に纏っていた魔力の鎧を斬り裂いて弾き飛ばした。

 烈火の背後からクロノとなのはが近づいて来る。

 

「蒼月烈火!!援護には感謝する。しかし、君が何者でどこの所属かは知らないが、これ以上は危険だ。君もはやて達の所まで下がるんだ!!」

 

「お断りします・・・もし後退してもアイツは俺を追ってくると思いますよ。それに貴方達はアレに対しての対処法を知っているんですよね?なら封印は貴方達で行うほうが効率的でしょう」

 

「しかし、管理局員でもない君を戦わせるわけにはいかない!!」

 

 クロノが戦闘域からの離脱を呼び掛けるが、烈火はそれを承知しなかった。クロノからすれば、烈火は管理外世界に突然現れた謎の魔導師であり、今のところ敵対していないというだけで味方として数えるわけにはいかず、民間人だとしてもロストロギアが犇めく戦場に留まらせるわけにはいかないということだろう。

 

「てめえぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!」

 

 烈火の一撃から復帰したイーサンが竜の咆哮と共に再び、ミュルグレスを振るいながら襲い掛かる。

 

「ほら、言わんこっちゃない。アイツを動けなくするので封印の用意願いますね。後、援護は不要ですので」

 

「なっ!おい!」

 

 クロノの制止を無視して、烈火とイーサンは再び切り結ぶ。

 

『待ってよ!烈火君!!せめて3人で一緒に戦おう!?』

 

 なのはは戦闘を開始した烈火に対して念話を送る。

 

『奴を戦闘不能に追い込んだ上で大量のロストロギアを一気に封印しなければならないこの状況なら、抑える役割と封印を行う役割を分ける必要がある。なら、対処法を知っているお前たちが封印を担当すべきだ』

 

『じゃ、じゃあ、封印はクロノ君にしてもらうから私も戦う!!』

 

『さっきも言ったが援護の必要はない。今日初めて共に飛ぶ俺達が連携しようとしても足の引っ張り合いになるだけだ・・・そういうことですので、ハラオウン兄は封印とそこのサイドポニーが突撃してこないように頼みますね』

 

烈火は用件だけ伝えると強引に念話を終わらせてしまった。そして現在・・・

 

 

 

 

 

「いい加減当たりやがれぇぇぇ!!!」

 

 イーサンが力任せにミュルグレスを上段から振り下ろす、その刀身は空を切り、剣圧により地面に大きな傷跡を付けるが烈火には当たらない。

 

「隙だらけだ」

 

 その場に留まりながらイーサンの斬撃を最小限の動きで躱した烈火が右手に持った剣で切り上げる。ミュルグレスで防ぐイーサンだったが、剣戟による衝撃で大きく距離を取らされることになった。

 

 その後も果敢に攻め込むイーサンであったが、舞うように空を駆ける烈火に攻撃を一撃も掠らせることすらできず、ひたすら怒りを募らせていく。

 

 

 クロノとなのははその様子を固唾を飲んで見守っていた。目の前で激しい空中戦が繰り広げられている。互いの戦闘スタイルも得意魔法も知らない間柄でいきなり実戦で連携をというのも確かに厳しいものがあるが、それでも、強引に割って入るつもりだったクロノとなのははだったのだが・・・

 

「こうなってしまったら下手に割り込む方が悪手か・・・しかし、彼は一体何者なんだ?」

 

今は提督という立場についてこそいるが、かつては執務官としてロストロギア関連を始めとしていくつもの凶悪事件を解決してきたクロノや、教導官の資格を持つなのはの目から見ても烈火の戦いぶりは予想外のものだったからだ。

 

 烈火はイーサンの暴風のような連撃を未だに防御障壁を一度も発動させずに最小限の動きのみで躱し、着実にダメージを与えている。管理局員ですら中々お目にかからない、暴走しているロストロギア相手に物怖じせず、冷静に立ち回るどころか未だに一度の被弾すらしていない。管理局でも所謂、エースと呼ばれる魔導師達といえど烈火と全く同じことができるかと言われれば首を傾げざるを得ないというのが2人が感じた事であった。

 

 ならば、エース級の魔導師達と互角以上の実力を持っていると予測される烈火は何者なのか、どこかの組織に所属しているのか、そんな予測が脳裏をよぎったが、そうしている間に戦況が一気に動き出した。

 

「・・・止まって見えるぜ」

 

「ぐぁぁぁっ!!!がぁっっっっっ!!!!!!??」

 

 烈火が振り上げた剣がイーサンを上空へと弾き飛ばした。咲良の魔力弾を無力化した全身に纏う鱗と体全体を覆うような魔力の鎧もろともイーサンのバリアジャケットは斬り裂かれている。

 

「ぎぃ!?・・・だが!これでてめぇを捕まえたぜ!!!」

 

 手痛い一撃をもらったはずのイーサンはその口元を歪める。イーサンの周りに浮かぶ数百の魔力スフィア、フェイトのファランクスシフトを思わせる様相だ。なのはよりも、クロノよりも、烈火よりも上空を取ったイーサンは通常攻撃が当たらない相手に対して面で焼き払うつもりのようだ。

 

 イーサンの上を取らなければ、躱しようのない範囲攻撃に晒されることになる。流石にこれにはとなのはとクロノも動きを見せようとしたが・・・

 

『・・・来るな』

 

 烈火からの念話に足を止めた。次の瞬間・・・

 

「おらぁ!!!当たりやがれぇぇぇ!!!!!」

 

 イーサンを中心に大量の魔力弾が雨の様に戦闘域に降り注いだ。一撃一撃は必殺の威力とは言えないが、魔力弾の数が多すぎる。なのはとクロノは迫り来るスフィアを躱し、必要な物は自身で迎撃し、それでも落としきれないものは防御障壁を使って耐える。

 

「全くめちゃくちゃやってくれるな!」

 

 波状攻撃を防ぎながらクロノが毒を吐いた。イーサンの魔力量がどこまで膨れ上がっているのかは定かでないが少なくとも自分達を上回っていることは確かだろう。今は余裕をもって耐えているが、この魔力の雨を抜け出してイーサンに一撃を与えなければ先に力尽きる可能性もゼロではない・・・と戦況を分析していたクロノの瞳に飛び込んできたのは、魔力の雨の中をバレルロールを繰り返し、縫う様に高速で飛び回る烈火の姿だ。

 

 イーサンは烈火を蜂の巣にしてやると息巻いていたが、未だに攻撃が掠りもしない。そして、烈火が急反転して自身の方に向けて向かってきたと認識した瞬間には、再び胸を斬り裂かれ、宙を舞っていた。

 

 上空へと弾き飛ばされたイーサンを待っていたのは、自身より下にいたはずの烈火からの追撃であった。吹き飛ばされた先に回り込んでいた烈火の踵落としがイーサンの顔面に炸裂し、そのまま全身を地面に叩きつけられる。

 

「はぁ!・・・くそっ!?何故だぁ!!」

 

 イーサンは最高の武器と魔力を得たはずの自分が地に伏せていることが信じられないといった表情だ。自分を見下ろす、白いロングコートの少年・・・

 

 

 無様に這いつくばる自分、そしてそれを見下ろす白い防護服の魔導師、イーサンの脳裏に浮かびあがる屈辱の記憶・・・

 

 

---ドクンッ!!

 

 イーサンを中心に膨大な魔力が吹き上がる。

 

 

 

 

「烈火、これは?」

 

 ライラとの戦闘を終わらせたフェイトが烈火の隣に降り立つ。その視線の先には高密度の球体状の魔力に包まれたイーサンの姿があった。その魔力球は生き物のように鼓動を刻んでいる。

 

「さぁな、っ!?避けろ!!」

 

 烈火とフェイトがいた地点を高出力の光線が襲った。それぞれ左右に避けた2人に対して攻撃を繰り出したのは穴の開いた魔力球だった。それだけでなく結界内一帯に魔力球から幾度となく魔力を纏った光線が撒き散らされる。

 

 

 

 

「力任せにぶっ放されるとこまるわぁ~」

 

 その余波は戦闘域から離れた者達にも襲い掛かっていた。寝かされている煉と咲良、心配そうに魔導師達を見つめていたアリサとすずかを庇う様にシュベルトクロイツを構えたはやてが障壁を展開し、その光線を防ぐ。

 

 

 

 

 そして、穴だらけになった魔力球から、大気を震わせる竜の咆哮が木霊する。内部からぶち破られた魔力球から出現したイーサンの姿は先ほどからさらに変貌を遂げていた。角、牙、爪、全身の筋肉が肥大化し、全身に生えた鱗もさらに鋭角な印象を与えるものへと変化している。さらに上半身のバリアジャケットが弾け飛び、その背には一対の羽が生えていた。

 

 

 周囲の魔導師達はイーサンの変貌した姿に呆気に取られていたが、結界全体を震わせる竜の咆哮と共にその口から先ほど打ち放たれた光線によって現実に引き戻された。高魔力砲撃と比べても謙遜ない高出力の攻撃、竜の吐息(ドラゴンブレス)だ。

 

「・・・ァァァ・・・ってやる・・・全部ぶっ壊してやる!!!!!」

 

 正に怒髪天・・・怒り狂ったイーサンに先ほどまでの比ではないほどの高密度の魔力が収束されていく。血走った瞳孔が割れた瞳が射抜いたのは自身を見下ろしている烈火だ。

 

 

 

 

「・・・っ!!!・・・烈火?」

 

 イーサンの殺気を感じ取ったフェイトが前に出ようとしたが、それを烈火が剣で制した。その光景を見てフェイトと同タイミングで動き出そうとしていたなのはとクロノも足を止める。早くイーサンを覆う、先ほどまでよりも遥かに出力を増した魔力の鎧を突破して攻撃を中断させなければならないのに・・・

 

 

 

「・・・フルドライブ」

 

≪Ignition≫

 

デバイスの起動音と共に烈火の周囲にも蒼い魔力が迸る。烈火のバリアジャケットと剣の装飾がより洗練された物へと変化していく。

 

 

 

「綺麗・・・」

 

 すずかはその光景を目の当たりにし、周囲の人物達の心情を代弁するかのような声を漏らした。

 

 

 

 その視線の先に佇んでいるのは剣を携えた1人の少年、その背からは三対十枚の蒼い翼、鳥類を思わせるそれではなく、機械的な翼。それぞれの翼の間から噴き出した魔力が、蒼白い光の翼を形成している。

 

 蒼き天使がこの戦場に降り立った。しかし、蒼き翼に見惚れている間もなく、怒りに狂った竜人が狂気の咆哮を上げる。

 

 

 

 

「この俺をさんざんコケにしてくれた礼だ。まずはてめぇから吹き飛ばしてやるぜぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 イーサンが構えたミュルグレスから濁った青の光、竜種のように変貌したその口からは灼熱の光線が同時に放出された。混じり合う2つの砲撃が極光となり烈火に襲い掛かる。

 

 迫り来るのは災害級の収束砲撃(ブレイカー)・・・

 

 烈火が剣を振り上げた、その足元にはミットチルダ式の円環状、ベルカ式の正三角形の剣十字とも違う彼の魔力光と同じ蒼い四芒星の魔法陣が浮かび上がる。

 

 

 

「・・・エタニティゲイザー」

 

 烈火は魔法名と共に剣を振り下ろす、撃ち放たれた蒼い斬撃が迫り来る砲撃と激突し・・・文字通り砲撃を割った。

 

 

 

 イーサンは無限に等しいとさえ思える自身の最大出力で撃ち放った荒れ狂う魔力の波が真っ二つに割られる様を茫然と見つめていた。迫り来る蒼い斬撃とは別の方向に手を伸ばしながら、イーサン・オルクレンは斬撃に飲み込まれた。

 

 イーサンを飲み込んだ烈火の斬撃が大地が割り、結界全体を揺るがす。

 

 

「っ!!行くぞっ!」

 

「・・・うん。ジュエルシード封印!!」

 

 クロノとなのはは割れた大地の中の中にいる弱り切ったイーサンの魔力反応を探り、封印魔法を打ち放つ。水色の砲撃がミュルグレスを桜色の砲撃がジュエルシードを4つ纏めての封印に成功した。先ほどまで嵐のように吹き荒れていた魔力がピタリと止み、クロノとなのはは封印したロストロギアを回収に向かう。

 

 イーサンとライラは無力化され沈黙し、犯罪者グループもアルフの〈チェーンバインド〉により捕縛された。終結に向かいつつある状況にはやてによって守られているアリサとすずかも幾分か肩の力が抜けたようだ。

 

 

 

 

 そんな中でフェイトはその場から一歩も動くことができなかった。

 

 魔導師だった自身の隣の席の男子生徒、暴走するロストロギアを操る魔導師に打ち勝ったにも関わらず、浮かべているのは安堵でも誇らしげな表情でもない。

 

 フェイトの瞳に映り込んだ烈火の横顔は今にも消えてしまいそうなほど悲しげで儚そうなものだったから・・・

 




最後まで読んでいただいてありがとうございました。

そしてお久しぶりでございます。
ちょっと忙しくて間が空いてしまいました。

初挑戦のバトルパートは今回で一区切りとなります。

次回も読んでくれると嬉しいです。
感想等ありましたらいただけると嬉しいです。
大幅に執筆速度が上昇すると思いますので・・・


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明らかになる事実、すれ違う想い

 大きく割れて陥没した地面を見下ろしている蒼き剣の天使・・・

 

「・・・ぁ・・・れ、っか」

 

 フェイトは目の前の烈火に何か言葉をかけようとしたが上手く出てこなかった。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのか・・・どうしてそんなに寂しそうな瞳をしているのか・・・

 

 まるでかつての自分を見ているようで・・・

 

 

 

 

「・・・こ、こんなことって!?」

 

「これは・・・!?」

 

 そんなフェイトにクレーターの中に封印したロストロギアを回収に向かったなのはとクロノの驚愕の声が聞こえてきた。何事かと烈火と共に2人の下に向かったフェイトだったが、目の前の光景に思わず口元を覆ってしまった。

 

 

 地面に突き刺さったミュルグレス、光を失った4つのジュエルシード、そしてクレーターの中心に倒れているイーサン。しかし、その様相はジュエルシードと融合した先ほどの竜人と呼べる姿とも、その前の通常の姿とも大きく異なるものだったからだ。

 

 頭髪は色素が抜け落ちたような白色になり、全身は皺だらけに、そして骨が浮き上がるほどやせ細った手足・・・まるで年老いた老人のようだ。とても20代半ばの元武装隊員とは思えない姿となっていた。

 

 

 その場にいた誰もが言葉を失った。

 

 

 

 その時・・・

 

 

 

「でぇぇぇりゃゃゃゃゃ!!!!!!!」

 

 力強い雄叫びと共にクロノ達4人の上空を黒服の魔導師が通り過ぎていった。横回転でローリングしながら飛んでいた男は、戦闘跡から距離を取っていたはやて達の所の目の前で大地に全身を叩きつけられ、ピクピクと痙攣している。

 

「最後のジュエルシードを確保した。封印を頼む」

 

 一同が男が飛んできた方を向けば、そこには拳を振り切ったザフィーラの姿があった。アリサ達を襲撃した第二部隊が封絶結界の突入時に持っていた最後のジュエルシードを暴走前に確保したようで、クロノ達に封印を促している。

 

 最後のジュエルシードに水色の帯が纏わりつきその輝きを鈍らせていく。それと同時に結界内に何人もの魔導師が現れる。元々、イーサン達を追っていた管理局の武装隊であった。クロノから事情を説明を受け、バインドによって捕縛されている犯罪者グループを拘束していく。

 

「暴走していたロストロギアの封印と犯罪者グループの確保を完了、状況終了だ。この現場は今来た彼らに引き継いでもらう・・・」

 

 戦闘時より幾分か穏やかになった雰囲気のクロノが周囲の魔導師達を見渡して呟いた。眼前の脅威はすべて打破したため、残りの処理は武装隊に任せるようだ。

 

 その言葉を聞いた瞬間、白い影が空を駆けた。その先にいるのは、はやての背後で座り込んでいた2人の少女。

 

 なのはは、飛びつくようにアリサとすずかを抱き締めた。2人もまた、なのはを抱きとめ、その温もりを感じるように身体を寄せる。その様子を見て、フェイトとはやても思わず一息ついた。

 

 クロノやアルフ、ザフィーラもその光景を見て、穏やかな表情を浮かべている。一同は抱き合う3人の近くにその足を付けた。

 

「だが・・・」

 

 クロノはそんな3人から視線を逸らした。変わり果てた姿のイーサンを一瞥した後、アルフ達に遅れて、大空から舞い降りて来た烈火の方を視線で射貫く。烈火はいつの間にか先ほど戦闘の最終局面で見せた翼を纏った姿から元の姿へと戻っていた。

 

「蒼月烈火・・・君には聞きたいことが山ほどある。武装解除した後、本局で事情聴取を行いたいのだが」

 

 一同がいる地点に着地した烈火に対して、クロノは自身の意思を伝える。戦闘が終了して落ち着いて来たのか、一同の視線が烈火に集まった。

 

 

 

「お断りします」

 

「なっ!?・・・何故だ」

 

 クロノの問いに対しての烈火の解はNOであった。クロノは一呼吸置いて落ち着きを取り戻し、再度、烈火に尋ねた。

 

「貴方達の指示に従う理由がありませんので」

 

「どういう意味だ?」

 

「言葉通り受け取ってもらって構いません・・・さっきから俺の周りを飛び回ってる物もさっさとしまってくれると嬉しいのですが」

 

 両者とも落ち着いた様子であるが、周囲の空気が重苦しい物へと変わっていく。虚空を睨み付けた烈火の視線の先にステルスモードで飛び回っていた魔力サーチャーが姿を現した。

 

「エイミィ、現場の戦闘は終了している、サーチャーを回収してくれ・・・失礼した、しかし、先ほどの回答の意味を訪ねたいのだが?」

 

 クロノは咳払いをした後、厳しい表情で烈火と対峙する。

 

「別にこの一件に関して話をしないとは言いませんが、貴方達を信用したわけではない。まあ、お互い様だと思いますがね」

 

 烈火はクロノを視線を合わしながらも、周囲に意識を割いている。

 

「烈火君・・・」

 

 烈火の信用できないという言葉に表情を曇らせるなのは・・・フェイトやはやても同様の表情を浮かべており、アリサとすずかも嫌悪になっていく雰囲気に困惑しているようだ。

 

 なのは、フェイト、はやての三人はジャケットこそ纏ったままだがその手に持っていたデバイスは既に格納されている、デバイス自体が破損した煉と咲良も同様で、アルフも既に拳を下ろしている。その中でまだ臨戦状態を解いていない者達がいた。

 

 デバイスの安全装置を外したままのクロノと腕を組んでいるザフィーラだ。烈火もその手にはまだ剣が握られている。ようやく暴走ロストロギアを封印して戦闘が終了したにもかかわらず、再び緊張が高まっていく。

 

 

 

 

『クロノ、ザフィーラさん、そこまでよ・・・』

 

 クロノの隣に突如として一つのモニターが浮かび上がり、その画面にリンディが映し出された。

 

『蒼月君、アリサさん、すずかさん、この度は我々の都合に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした』

 

「なっ!?母さん!!」

 

 深々と頭を下げたリンディに対してクロノが驚愕の声を漏らした。煉もまた信じられないような表情でそのモニターを見つめている。統括官という本局においても相当な高官に当たるリンディが管理外世界の一般人に頭を下げて謝罪しているのが信じられないのであろう。

 

『こちらとしても、さっきクロノが言った様にこの事件に関してお話を聞きたいの、そちらの要求は可能な限り飲もうと思うのだけれど・・・ダメかしら?』

 

 頭を上げたリンディが烈火に対して問いかけた・・・

 

 

 

 

 

 

 数時間後、ハラオウン家には先ほど共闘した魔導師の大多数が集結し、リビングに用意された椅子やソファーに腰かけていた。クロノ、烈火、ザフィーラ以外は私服に戻っている。煉と咲良は治療とデバイスの修理のために、既にこの一団から離脱しているようだ。

 

「2人とも大丈夫?」

 

 なのはは自身と同じく腰かけているアリサとすずかを気遣うように声をかけた。

 

「ちょっと疲れちゃってるけど・・・」

 

「このまま何にも知らないまま帰れないわよ!!」

 

 なのはやクロノらから事情に関しては後日説明するので今日は帰るように言われていた2人だったがその申し出は断っていたようだ。

 

「んんっ!!・・・皆、静かに・・・では今回の事件について説明しよう」

 

 大きなモニターの隣に立ったクロノが今回のイーサン達によって引き起こされた事件についての概要を説明していく。イーサン達のロストロギア強奪に始まり、別の犯罪者グループと手を結んでいたこと、地球に潜伏していたことやアリサ達を襲ったのはその中の別動隊だったということ・・・

 

「管理局内であまり評判の良くなかった者達だったから自身の待遇に何かしらの不満があったと思われるが、詳しい動機は依然として不明だ・・・首謀者があのようになってしまったしな」

 

 クロノは苦虫を潰したような表情を浮かべている。

 

「どうしてあんな風になっちゃったのかな?昔はジュエルシードに取り込まれた人達はなんともなかったはずなのに」

 

 変わり果てたイーサンの様子を間近で見たなのはも同様であった。しかし、以前の〈PT事件〉の折に発動したジュエルシードだったが、暴走に取り込まれた人間や動物達は、ジュエルシードの封印後に、特に外傷のようなものはなかったにも関わらず、同じ状態に陥ったイーサンだけがあのように姿を変えたのはなぜなのだろうかと疑問をぶつけた。

 

「それに関しては今から検証をするとのことだ。おそらくは体とリンカーコアに限界を遥かに超えた負荷をかけ続けたことによる後遺症だろうという見解が出ているが」

 

 ミュルグレスは身体能力を限界以上に引き上げ、4つのジュエルシードは強くなるというイーサンの願いに応え、膨大な魔力を与えたが、強大な戦闘能力と引き換えに身体機能を破壊する諸刃の剣だったということであろう。

 

「全身の骨は折れ、筋組織はズタズタに、破裂したようになり魔力生成に異常をきたしているリンカーコア・・・おそらくはもう一人で立ち上がることすら難しいそうだ。あの場で倒していなければ、膨れ上がる魔力を抑えきれず暴発し、その余波はこの世界ごと破壊しかねない状態であったそうだ」

 

 アリサとすずかはクロノの言葉に思わず青ざめていく。

 

「彼らがどうやって管理が厳重なロストロギアを盗み出したのかなどの不明点も多い、結局、逮捕した元局員以外の連中は犯罪者グループの中でも末端であり、有用な情報を引き出すことを期待することはできないだろう。だがイーサン・オルクレン達だけで今回のような一件を引き起こせるとは到底思えない。それを手引きした何者かがいると思った方がいいだろうな・・・今回の一件、思ったよりも闇が深いのかもしれない」

 

 クロノは事件の概要について説明し終えた。事件こそ解決したものの、クロノ含め、周囲の雰囲気は芳しくないようだ。

 

(それに、なぜ彼女達をピンポイントで人質としたのか・・・わざわざ走っている車を襲撃せずとも、人質を確保するだけならもっと楽な方法があったはず・・・)

 

 クロノはアリサやすずかを不安がらせないように内心で呟いた。勿論たまたま、人質とされたのが自分達と親しい人物だった可能性もゼロではない。

 

 しかし。アリサ達からの説明を受けた限りで判断するならば、周囲に見られる危険度が跳ね上がるにも関わらず、走行中の車をわざわざ襲い、3人を人質にするのはあまりにリスキーだ。

 

 クロノはあまりに手際のいいイーサンたちの行動を不審に思うが、ここで悩んでいても答えは出ないともう一つの最優先事項に思考を切り替えた。先ほどまでジュエルシードと融合していたイーサンが映っていたモニターに白いロングコートを纏った烈火の姿を映し出す。

 

「そしてもう1つの不明事項は・・・改めて蒼月烈火、君は何者なんだ?」

 

 クロノの視線と共に周囲の視線が烈火に突き刺さった。これに関しては誰もが疑問に思っていたことだったからである。

 

「そうですね・・・管理局に所属していない通りすがりの魔導師といったところでしょうか」

 

「ふざけているのか?嘱託魔導師、フリーで活動している魔導師含めて君の名前はデータベースには存在していないんだぞ!!」

 

 烈火は周囲からの視線に動じることなく問いに答えたが、クロノの表情は硬い。

 

「少し落ち着きなさい。蒼月君、さっき貴方が使っていたのはソールヴルム式の魔法だと思うのだけれど違うかしら?」

 

 クロノを制したリンディが烈火に問いかける。最後の斬撃を放つ際に烈火の足元に浮かび上がった四芒星の魔法陣の事を思い出したのか、リンディの問いに魔導師組もハッとした表情を浮かべていた。緊迫していた戦闘を行っていた魔導師達ではなく、現場の様子をモニタリングして全体を見渡していたリンディだからこそ、的確に情報を分析できていたのであろう。

 

 そしてソールヴルム式という聞きなれない単語にアルフやアリサ達は首を傾げていた。

 

「ええ、そうですよ」

 

「そう・・・実物を見たのは私も何年ぶりかしらね・・・」

 

 リンディは烈火の解に昔を懐かしむ様な表情を浮かべたが・・・

 

「ソールヴルムというとあの特別管理外世界の事か!!?」

 

 クロノもまた、烈火の答えに目を見開いた。

 

「えっと、さっきから微妙に話について行けないんだけど」

 

 なのはは控えめに手を上げていた。いつの間にか烈火、クロノ、リンディだけで話が進んでしまっていたようだ。

 

「最近の子には馴染みのない話かもしれないわね。では説明しましょうか・・・」

 

 

 クロノに変わって皆の眼前に立ったリンディがモニターを操作していく。

 

 

 

 

特別管理外世界ソールヴルム

 

 ミッド、ベルカとは違った魔導形態を受け継いでいる世界。

 世界の周囲を〈ディストラクト・フィールド〉と呼ばれる特殊な空間が包んでおり、限られた場所からしか出入りすることができず、空間転移などを用いる場合も同様である。

 

 またディストラクト・フィールドがあるため、外界から遮断されており、外の世界との取引もほぼ行っておらず、ソールヴルムの人々が他の世界に出てくること自体がほとんどないため、謎の多い世界と言われている。

 

 

 

 基本的に魔法文明がある世界は管理局の下へ降り、管理世界として登録されているのだがこの世界は、再三に渡るその申し出を断固拒否しているため、確固とした魔法文明がありながら、管理外世界に名を連ねている。

 

 管理局は今なお、管理世界への登録と情報開示を求めているが、残念ながら芳しくないといった状況だ。

 

 管理局がソールヴルムにここまで入れ込むのには大きく2つの理由がある。

 

 1つはソールヴルムにあるロストロギア〈イアリス〉を回収するため、2つ目はミッド、ベルカとも違う独自の魔導形態であるソールヴルム式の情報を得るためということである。

 

 

 

イアリス

 

・ソールヴルムで発見された謎の結晶。イアリスは周囲の魔力素を吸収し、それを高める性質があるとされ、これをソールヴルムの人々は様々なものに利用し、独自の文明を築いている。

 

・イアリスは危険性こそないといわれているものの現在の技術では再現することが不可能な物質のため管理局ではロストロギア認定されている。

 

 

ソールヴルム式

 

・ソールヴルムの人々が使う独自の魔導形態。

 

・ミッドチルダ式より汎用性に劣り、ベルカ式より白兵戦に劣るが逆に言えば、ミッド式より白兵戦に優れ、ベルカ式より汎用性に優れるのがソールヴルム式である。

 

・そしてこの魔導形態を使用する多くの魔導師がイアリスをデバイスに搭載している。

 

 

 

イアリス搭載型デバイス

 

・デバイスのコア部にをイアリスを搭載したデバイスのこと。

 

・イアリスの性質である魔力を吸収し、高めるということを利用することによって少ない魔力でも強力な魔法を行使することが可能になった。

 

・しかし、イアリスを搭載することによって逆に通常のデバイスよりも魔力運用に難が出てしまっている部分も多々見受けられるようだ。

 

・通常のデバイスは自分の使う分の魔力を込めればそのように魔法を行使できるが、イアリスは自身の性質で、ある一定以上の魔力を吸収するとそこから出力が跳ね上がるため、加減を誤れば魔法の暴発を引き起こしかねないものとなっている。

 

・それを恐れて魔力を込めなければ当然、魔法自体も貧弱なものとなり、本来の威力を十全に発揮できないという事態も引き起こしかねない。

 

・この微妙な魔力コントロールを実戦で戦いながら行うことは非常に難度が高いため、イアリス搭載型のデバイスの性能をフルに発揮できる魔導師はごく僅かと言われている。

 

・とはいえコア部にイアリスを搭載することによる恩恵は少なからずあるため、ソールヴルム式の魔導師は自身の魔力運用に合わせた適量のイアリスをデバイスに使用し、魔力運用の効率を飛躍的に高めていると言われている。

 

・現在の技術では、繊細な魔力運用を求められるイアリスデバイスに爆発的な火力を齎す〈ベルカ式カードリッジシステム〉を組み込むことは不可能とされている。そのため、瞬間火力や汎用性では管理世界のデバイスの方が優れている点も多い。

 

 

 これらの独自技術や高い文明レベルを誇っているため、他の管理世界と違い時空管理局の支援を必要としていないと言われている。

 

 

 

 

 

 

「こんなところかしらね・・・」

 

 話を終えたリンディは考え込むような様子の魔導師組、ところどころは理解できていないであろうが納得がいったという様子のアリサとすずか、そして頭から湯気を出してフリーズしているアルフを見据えて苦笑いを浮かべている。

 

「まあ、管理世界に加盟していない魔法文明のある世界がミッドともベルカとも違う魔導形態を持っているということよ、分かったかしらアルフ?」

 

「・・・あ!ぁああ!!!なんだ・・・難しい言葉を並べないで始めからそう言っておくれよ!ん?でもアンタはなのはの昔馴染みじゃなかったのかい?」

 

 リンディの説明により、処理落ちから復帰したアルフが頷いている。しかし、すぐさまアルフは烈火に対して問いかける、以前になのはの幼少の知り合いだと聞いていた烈火がなぜ、他の世界と交流が薄いはずのソールヴルムの魔法を使用しているのかということについてだ。

 

「出身は地球で幼少の頃はここで過ごしていたんだ。この街から出ていくのはソールヴルムに移住するためで、先日まではそちらに住んでいた。ソールヴルム式を使うのもそのためだ」

 

「ふぇ・・・そうだったんだ」

 

 烈火はアルフの問いに答える、なのはにとってはかつて自分と別れた本当の理由が分かった瞬間でもあった。

 

「では、質問を変えよう。先日会った際には君から魔力反応は全く感じ取れなかったが、今は管理局のエース達と比べても遜色ないほどの高魔力を放っているのはなぜだ?」

 

「ああ・・・それはこれの影響ですね」

 

 クロノの質問に対して烈火はデバイスに格納されていた罅の入ったネックレスのようなものを取り出した。

 

「これは身に着けている者の魔力を周囲に感じ取れなくする魔法具(マジックアイテム)です」

 

「そ、そんなものが・・・」

 

 クロノは自身達、管理局が行う、リンカーコアへのリミッターとは違うやり方で魔力を打ち消していた烈火の方法に驚いているようだ。

 

「ある種の封印のようなものなのでステルス性を求めての使用には向いていませんよ。それに、使用している間は念話なども含めて周囲の魔力を感じ取れなくなりますし、つけている本人も魔力を扱うことができなくなり、デメリットの方が多い。貴方達が魔導師だということを知ったのもついさっきですしね。それに一度限りの使い捨てですので封印を解除した今は、もうただのガラクタですよ」

 

「なるほど、では君はなぜこの世界に来たんだ?」

 

「特に理由はないですよ。強いて言うなら休養といったところですかね」

 

 魔法具の説明を受けたクロノは再び烈火に問う。しかし、その答えに対して不機嫌そうに眉を吊り上げた。

 

「はぁ、とりあえずはその理由で納得しておこう。今後について話し合う方が先決だからな。君の事はそれなりに分かったわけだが・・・この地球で暮らしていく上で、君には3つの選択肢がある・・・」

 

・1つ目、自身で再び魔力を封印して、デバイスを管理局側に預ける事

・2つ目、管理局側からの魔力リミッターを受け、デバイスを管理局に預ける事

・3つ目は、嘱託魔導師として管理局に登録する事、この場合はリミッター等の制限はかなり軽くなる。

 

「僕個人としては嘱託魔導師として登録する事をお勧めするが・・・」

 

「全てお断りします」

 

「な、なんだと!?自分が何を言っているの分かっているのか!!」

 

 烈火はクロノに提示された選択肢をすべて拒否した。それを聞いてクロノの眉間に皺が寄っていく。この場にいる管理局員達も思わず目を見開いている、動じていないのはリンディとザフィーラくらいの物だ。

 

「ええ、分かっているつもりです・・・そちらこそ、はっきりと言ったらどうですか?俺のソールヴルム式とイアリス搭載型デバイスのデータが欲しいと」

 

 烈火は多くの管理局員の視線に射抜かれながらも堂々と言い放った。3つの条件のいずれを選んでも、自身の魔導師としてのデータやデバイスのスペックを管理局に完全に把握されることになる。先ほどのサーチャーでの監視と含めて、ソールヴルム式の使い手である烈火の詳細データを管理局側が欲していることは火を見るより明らかだ・・・

 

「・・・っ!こちらとしてもそれだけの力を野放しにはできないぞ」

 

 一瞬、言い淀むクロノだったが、最高潮の怒気を烈火に向かって放つ。

 

「では、逆に問います。なぜ俺が貴方達の管理下に入らなければならない?」

 

「それはこの世界で魔法を使っていく以上、管理局に何らかの形で所属するのは決められた法であるからだ」

 

「お話になりませんね。それは時空管理局で言う管理世界で定められた法律のはずだ。この地球は管理外世界、つまり管理局の法は適応されないはず・・・違いますか?」

 

「制御されていない力はただの暴力でしかない!!君の大きすぎる力はあまりに危険だ!」

 

 2人の主張は真っ向から対立している。まさに平行線だ。

 

「・・・その主張が間違っているとは思いません。俺もここが管理世界だったら従っていたでしょう」

 

「ならばっ!!」

 

「さっきも言いましたが、ここは管理法が適応されない管理外世界だ。俺の過ごしてきたソールヴルムもね。こんな事態になるのが面倒で新たな移住先に管理外世界を選んで、わざわざ魔力まで封印してきたというのに・・・管理局があんな連中にロストロギアを盗み出されたのがそもそもの原因ですよね?」

 

「それは・・・」

 

「今回の一件に関しては、俺と月村、バニングスは巻き込まれただけの被害者のはずだ。話を聞けば、管理局内のくだらない内輪揉めで俺達は命の危険にまで陥ったんですよ。それに一歩間違えばこの世界が滅んでいた可能性すらあったと・・・」

 

「しかし!」

 

「俺があの場で魔法を使わなければ少なくとも月村はこの場にいなかったはず・・・そちらの勝手な都合で俺が魔力を抑え込まれたり、デバイスをそちらに渡したりするような制限に従うつもりは一切ありません」

 

「・・・っ!!」

 

 烈火とクロノはまさに一触即発、いつ互いのデバイスが抜かれてもおかしくない状況へと陥っている。

 

 

 

 

 

「・・・もう止めてよっ!!!!!」

 

 言い合っている烈火とクロノの間に堪らずといった様子でなのはが割り込んだ。会話の流れがここで途切れる。

 

 

 

「そうね・・・今回に関しては全面的にこちらの不手際だわ。蒼月君に関して特に行動制限を設けるつもりはありません。でも、一つだけお願い・・・その魔法を正しいことに使ってね」

 

 飛び出していったなのはの肩に手を置いたリンディが烈火の方を向いて言い放った。

 

「何が正しくて何が正しくないかなんて俺には分かりません。でも力を振るうにはそれだけの責任が問われる・・・それくらいは承知しているつもりです」

 

 烈火もまたリンディの方を向いて、視線を合わせながら返答する。

 

「俺から話せることはもうありません・・・今日は失礼します」

 

「ええ、送っていくわ。みんなはここにいて」

 

 烈火はリンディに見送られハラオウン家を後にした。すぐ隣の自身の家に向けて歩き出そうとしたが、すぐその足を止めることになった。

 

「・・・っ!・・・烈火君っ!!」

 

「・・・なのは?」

 

 追いかけて来たなのはの存在があったからだ・・・

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。

大分、情報量の多い回だったかなと思います。

ソールヴルム式ですが、ソールヴルム独自の魔法形態というだけであって、その世界ではありふれたものです。

希少性では、はやてやヴォルケンズの古代ベルカ式の方が圧倒的に高かったりします。
最新の劇場版を始め、A's,STS,VIVIDと基本的になのはのストーリーは古代ベルカが大きくかかわって来て、原作の登場人物達に使い手が多いので、そう思えないかもしれませんが、古代ベルカ式は滅多にお目にかかれないはずですからね。


元々、局員だったわけでも、なのはの幼馴染でPT事件をきっかけに魔法に目覚めて、局入り・・・という設定の主人公ではありませんので、こういう話も必要かなと思って書きました。

なのはと烈火、そしてハラオウン家に残ったメンバーについてはまた次回ということで、中途半端な所ですが、さらに長くなりそうなのでいったんここで切りました。

感想、評価等していただけると嬉しいです。
ではでは・・・


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破鏡不照のロストタイム

 なのはは飛び出してきたハラオウン家の隣、まだダンボールに包まれた荷物がチラつく家の中でソファーにちょこんと腰を下ろした。

 

「まあ、何もないが適当にくつろいでくれ」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

 机を挟んでその向こう側には烈火が腰を掛けている。

 

 

 

 

 なのはは若干身体を強張らせながらこの状況になるに至った経緯を思い返していた。

 

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

 なのははハラオウン家で行われていた今回の事件の関係者達による事情聴取の中でクロノ・・・時空管理局からの提案を突っぱねた烈火を追いかけた。烈火は自身の後を追って来たと思われるなのはに対して困惑気味な様子で問いかける。

 

「そ、その、烈火君とお話ししたくて・・・」

 

「もう俺から話せることはないぞ・・・ったく」

 

 烈火は先ほどの事情聴取の中で自身のことについては一通り話したと、向かい合うが、こちらの瞳を覗き込んでくるなのはの真っすぐな瞳に思わず舌打ちを漏らした。

 

「分かった。話くらい聞いてやるからついてこい」

 

「うん!・・・えっと、どこに行くの?」

 

 烈火は了承をなのはに伝えて歩き出した。

 

「ん?ここ俺ん家」

 

「ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!!????」

 

 烈火が指を差したのは先ほどまでいたハラオウン家のすぐ隣、再開した昔馴染みと自分の親友宅がお隣さんというある意味衝撃な出来事を前に、なのはの驚愕の声が夜の住宅街に響き渡った。

 

 

 

 

 なのはがキョロキョロと周囲を見渡していると・・・

 

「用がないなら、さっさと帰らせるぞ。こんな時間だしな」

 

 烈火は挙動不審な様子のなのはをジト目で見つめている。封絶結界が展開され、戦闘が開始された時点では既に放課後、そこからハラオウン家で過ごしたことによって既に時計の針は中学生が外出するには遅い時間となっていた。

 

 日が落ちたことにより、周囲は真っ暗、気温の低下も著しい。先ほど、外で会話していた、烈火となのはも白い息を吐いていた。烈火はなのはの様子を見て外で話すには長くなりそうだと自宅に上げたようだが。

 

「ま、待ってよ!お話しするって言ったじゃん!!」

 

 なのはは烈火の塩対応に対して、口の中に餌を詰め込んだハムスターの様にプクぅと頬を膨らませ、上目遣いで烈火を睨み付けている。

 

「分かった、分かった、3分だけ聞いてやるからさっさと話してくれ」

 

 烈火はソファーに背を預けておどけるように言って見せた。なのははそれを見て唸りながら不満を訴えるように頬を膨らませている。すると思い立ったようにその場から立ち上がって歩き出した。

 

 

 

「なっ・・・おいっ!?」

 

 烈火から驚愕の声が漏れる。何故なら・・・

 

「お話が終わるまで絶対離さないもん!」

 

 大股で歩を進めていたなのはは烈火の左隣に腰を下ろし、その左手を両手で抱え込んでいたからだ。烈火は密着してくるなのはの柔らかさと温もりに思わず声を漏らしてしまったようだ。

 

「お前、他の奴らにもこんなことやってるのか?」

 

 烈火はわざとなのか気づいていないのかふくれっ面のまま、グイグイと体全体で密着してくるなのはに呆れたように溜息を零す。同性のフェイト達ならともかく、烈火自身を含め、思春期真っ盛りの男子達にもこんな態度をしているのだとしたら・・・以前の内気な彼女から考えられないということであろう。

 

「ふぇ?こんなことって何?」

 

 なのはは烈火の腕を抱きながらきょとんとした様子で首を傾げた。

 

「まあいい、話とは何のことだ?」

 

 烈火は自身の質問の意図を理解していなそうななのはにぎゅぅぅぅぅと腕を抱え込まえた状態から抜け出すのは不可能と察したのかそのまま話を進めていく。

 

「えっと、それは・・・今まで何してたの?とか、どうやって魔法と出会ったの?とか・・・えっとえっとぉ」

 

「つまり、話す内容が固まっていないのに飛び出してきた訳か」

 

 烈火が指折り数えだしたなのはに対して呆れた目を向ければ・・・

 

「むぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 再び、ふくれっ面になったなのはは烈火に頭を擦りつけて不満を表している。

 

「そうだな・・・お前と別れてからすぐに両親と共にソールヴルムへと移住して暮らすことになった」

 

 烈火はなのはに急かされ、ようやく口を開いた。

 

「あの世界は地球より科学が発展している、それに魔法の方も系統は違えど、ミッドチルダと同様に研究がされているな」

 

「うんうん」

 

「戦闘する魔導師というのは管理局員のような一部だけだったが、ミッド同様に魔法というのは生活の一部であったからな。リンカーコアがある俺がソールヴルム式を使うのもそのためだ・・・ふむ、以上だ」

 

「はへっ!?もう終わり?」

 

「ああ、もう話せることはないな」

 

 しかし、烈火の口から説明されたのは先ほどハラオウン家で話されたことと大差ないものであるため、なのははあまりに簡素すぎる話に目を丸くしていた。

 

「えっ!?えぇぇぇ!!!?もっとなんかあるでしょ!?こんなことしてたとか、こんな友達ができたとか!魔法の事だってもっといろいろあるじゃん!!!?」

 

 なのははサイドポニーを振り乱しながら烈火に顔を近づけた。

 

「向こうでは学生だった、お前と面識がない向こうの奴らをわざわざここで紹介するまでもないだろう、魔法は剣のデバイスを用いて行使する・・・いい加減離れろ」

 

 烈火は一歩間違えば鼻と鼻が触れ合ってしまいそうなほど接近してきたなのはの顔を開いている右手で押し返した。

 

「うぅぅぅぅぅぅ」

 

「別に話すなとは言われていないが、敢えてこの場で説明するようなでもないからな。俺にも色々あったんだよ・・・」

 

「烈火君・・・」

 

「そもそも、管理外世界に住んでいるはずのお前が時空管理局の局員なんてやってる方が驚きなんだが、それも魔法関係者がこうも多いとはな」

 

 烈火はこれ以上自身の事を語るつもりはなさそうだ。魔法文明のあるソールヴルムに渡った烈火が魔法を使えるのはわからなくもないが、地球という魔法と何の関係のないはずの世界にいるはずのなのはが魔導師であったこと、高魔力の魔導師が何人も滞在していることなどの方が驚きであろう。

 

「それは私は小学3年生の時に地球で起きた魔法関連の事件に偶然巻き込まれて、そこで魔法を使えるようになったからだね。最初はユーノ君のお手伝いをして、この街を守るためにって思ってて、それからお話ししたい子に私の想いを届けようって、もっと上手に魔法が使えたらって思ってたんだ。でも辛いことや守れないものも沢山あって・・・」

 

 独白するなのはの脳裏に浮かぶのは、虚数空間に落ちていった親友の素体---姉とも呼べる少女とその母親、あの雪の日に天へと還って逝った銀髪の女性・・・

 そして自身の横腹を抉るように突き刺さった刃の冷たい感触・・・

 

「だから、私の魔法の届くものは全部守っていくんだって、そう思って管理局に入局したんだ。辛いことも沢山あったけどいいことだっていっぱいあったんだよ。ユーノ君、フェイトちゃん、アルフさん、クロノ君、リンディさんにはやてちゃん、ヴィータちゃん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラにアースラや教導隊のみんな・・・魔法を通してたくさんの大切な人たちができた。それにそれに・・・」

 

「お前は変わったな」

 

 烈火は表情をころころと変えながら語るなのはに声をかけた。

 

「ふぇ?」

 

「昔とは本当に別人のようだ」

 

「そ、そうかなぁ」

 

 烈火には記憶の中にあるツインテールの少女と目の前の少女が同じ人物だとは思えなかったのだろう。

 

 魔法の事、出会った人達の事を語る今のなのはの瞳は力強さと芯の強さを感じさせ、光輝いていたからだ。その光は自信なさげに下を向いていたかつてのなのはとは似ても似つかないほど眩しいものであった。

 

 なのはは多くの事件を解決し、周囲のエース達にすら鬼才と言わしめるほどの才能と、入局数年で管理局の戦術の切り札(エースオブエース)と呼ばれるまでになった確かな経験が相まってその光をさらに強固なものへと変えている。

 

「ああ、本当に変わったよ・・・眩しいくらいに」

 

 烈火はそんななのはから思わず目を逸らした。

 

「烈火君、会ってからそんな顔ばっかしてる」

 

 烈火が隣からの言葉に再び振り向いた先には、心配そうにこちらを見つめるなのはの姿があった。

 

「怖い顔や悲しそうな顔ばっかりで全然笑ってくれないね」

 

「そうか?」

 

「そうだよ!」

 

 なのはは身を乗り出して烈火の顔を覗き込んだ。

 

「魔法と出会うことが必ずしもいいことってわけじゃない・・・俺もお前もそれぞれ背負わないといけないものができてしまった。お前にとって、それはかけがえのないものかもしれないが、俺は・・・もう昔の様には戻れない」

 

 烈火はどこか遠くを見つめるように悲しげな表情で呟いた。

 

 なのははそんな烈火の様子を見て、その腕を力強く抱きしめる。

 

 

 

 高町なのはという少女にとって蒼月烈火という少年はフェイト達とはまた別のベクトルで特別な存在である。たった1人で孤独に打ちひしがれ、危機に陥っていた自分の前に颯爽と現れた同い年の少年。

 

 烈火は下を向いて座り込んでいたなのはの手を取っていつもその前を歩いていた。転んで立ち止まってしまったら立ち上がるのを手伝ってくれた。恭也や美由希と話している烈火はどこか自分より大人びて見えた。

 

 無垢な幼い少女にとって、烈火との出会いと別れは大きなターニングポイントであり、自身より大人びていた少年にある種の憧れを覚えていたのかもしれない。

 

 

 だからこそ、なのはは自身をいつも先導していた烈火の力ない表情を見て抑えきれないものがあったのだろう。

 

 

 

 

「大丈夫!そんなことないよ・・・なんて無責任に言えないけど・・・」

 

 しかし、なのはもまた、事情すら詳しく知らない烈火に対して無責任に励ましの言葉をかけれるほど子供ではなかった。既に管理局で働き、収入を得ているなのはは同年代の少年少女が少なくともあと4年は過ごすであろう期間を終えているという一面もある。

 

 

 なのはとて烈火に対して話せないことは少なからずあった。正規の管理局員である以上、機密事項や秘匿義務などは常について回るからだ。執務官であるフェイトの様に一般の局員にすら明かせないような高ランクの秘匿事項はないものの、局員ですらない烈火にそれを話すことはできない。

 

 烈火がソールヴルムで先ほど話していた学生以外に何らかの立場についていた可能性も捨てきれない。逆に言えば烈火もまた、管理局員であるなのはに対しておいそれと自身の事を語ることもできない可能性もあるのかもしれない。

 

 

 

 時空管理局のエースオブエースと暴走するロストロギアを操る相手を圧倒した謎の多いソールヴルム式を操る魔導師・・・

 

 

 互いに中学2年生という少年少女が背負うにはあまりに大きなものを秘めているのかもしれない。

 

 

 

「それでも・・・今すぐにとは言わないよ。いつか烈火君が昔みたいに笑えるようにお話聞かせてもらうんだから!!」

 

 なのはは自身の決意と共に烈火の瞳を見つめる。かつて雷光の少女の凍てついた心を溶かした時の様に、かつて無限の闇をその星光で照らした時の様に・・・

 

 

 

 

 

 

 

『ま、まってよ!きゃぁぁ!!!?』

 

『また転んだのか?』

 

『だ、だいじょうぶなの。1人で立てるもん』

 

 夕暮れの公園で躓いて転んだツインテールの少女に駆け寄る黒髪の少年‐‐‐

 

『あ、ありがとうなの』

 

 転んでいた少女に手を差し伸べた少年は優しく微笑んでいた---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情聴取の終盤で烈火が席を立ち、それを追いかけるようになのはが出て行った後のハラオウン家・・・

 

 クロノはアリサとすずかを自宅まで送り届け、自身の自宅へと戻って来たようだ。はやてとザフィーラも既に自宅へと戻り、今この場にいるのはクロノとリンディ、フェイト、アルフの4人。

 

 

 クロノは虚空に浮かび上がったモニターに映し出されている茶髪をボブカットにした女性と会話を交わしていた。

 

「何、それは本当なのか?」

 

「うん、今回みんなで封印したロストロギアだけだと、連中が管理局から持ち逃げした分と数が合わないらしいんだよ」

 

 モニターからクロノと会話している女性はエイミィ・リミエッタ。執務菅補佐を務めており、クロノにとっては公私に渡ってパートナーと言える女性だ。

 

「だが、連中の持ち物は全て調べたはずだ。他の何者かに譲渡した?それとも局からの逃亡中に紛失したというのか・・・」

 

「ジュエルシードみたいに世界がヤバい!ってのはないみたいなんだけど・・・また情報が入ったら連絡するね」

 

「ああ、任せよう」

 

 クロノは別れの挨拶を済ませて通信を終えた。事件が解決したというのに行方不明のロストロギアという新たな懸念事項に頭を悩ませることになってしまうことに・・・そしてもう1つの懸念事項・・・

 

「本当に良かったんですか?」

 

「何のことかしら?」

 

「蒼月烈火の事ですよ」

 

 リンディは不機嫌そうに問いかけて来たクロノに対し、苦笑いを浮かべながら返答した。

 

「さっきも言った通りよ。一局員としては貴方の言った通りのどれかになればよかったのだけれど、事を荒立てても互いにマイナスにしかならないわ。彼の魔導師としての力は、なのはさん達に匹敵すると思った方がいいでしょう・・・その彼がこちらに牙を向いたら、どうなるか分からない貴方ではないでしょう?」

 

「それはそうですが・・・」

 

 リンディとクロノの会話の裏側では・・・

 

「どうしたんだい、フェイト?」

 

 アルフは先ほどから一言も発していないフェイトの顔を覗き込んだ。

 

「えっ・・・あぁ、ん、うん。な、何でもないよ」

 

 虚空をボーっと眺めていたフェイトはアルフの声に驚いたように顔を跳ね上げ、身体の前で両手をワタワタとせわしなく動かしている。

 

 

 

 

(あれだけの力を持ったソールヴルムの魔導師だものね。あの世界は---)

 

 リンディは不服そうな表情を浮かべているクロノと賑やかになってきたフェイトとアルフを尻目に思考の海に身を委ねた。




最後まで読んでいただいてありがとうございます。

待っていた方がどれだけいるのか分かりませんが、ようやくなのはさんのターンでした。

次回でこの事件関連の話は一区切り&主要キャラクター達がようやく出揃う予定です。

コメント、評価等ありましたら、ぜひお願いいたします。
モチベ爆上がりですので。
ではでは!


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交差運命のprelude

 管理局と元局員達とのロストロギアを巡る戦いの翌日、烈火が学生服に着替え終わった時、自宅のインターホンから音が鳴った。

 

「おはよう、朝早くにゴメンね」

 

「いや、準備も終わっているし構わないが・・・」

 

 ドアを開いた先にいたのは隣の家の美少女、フェイト・T・ハラオウンであった。学生服とその上にコートを着用して鞄を持っていることから学校に向かおうとしていたと思われるが、それにしては若干時間が早い。

 

 

 

 

 

 

「え、っと、その・・・昨日はゴメンなさい!」

 

 フェイトは気まずそうな表情を浮かべた後、勢いよく頭を下げた。

 

「お、おい!何の話だ?」

 

 家の前で自分に頭を下げて来た金髪の少女・・・烈火は慌ててフェイトに頭を上げさせる。

 

「昨日はお兄ちゃんが酷いこと言っちゃったでしょ?だから謝りたくて」

 

 顔を上げたフェイトは申し訳なさそうな表情を浮かべている。フェイトもいくつもの凶悪事件を独自で追う立場であり、管理局で最難関とされる執務官として働いている以上、クロノの判断のすべてが間違っているとは思えない。

 

 しかし、一個人として、友人として、改めて烈火の立場になって考えた場合、自分達は彼に酷いことをしてしまったのではないか・・・と昨日からずっと考え耽っていたようだ。

 

 

 

 

 暴走し竜人と化したイーサンを沈めた烈火の功績はこの事件での戦闘において、かなりの功績と言えるだろう。フェイトがライラを無傷で降したように、イーサン相手でも単身で、ほぼ確実に勝利できたであろうなのはとクロノがタッグを組んでいた以上、敗北はなかっただろうが、この事件が数名の怪我人だけという、軽微な被害で終わったかどうかは微妙な所だろう。

 

それにアリサやすずかを烈火が救っていなければ・・・

 

 昨日、ハラオウン家に集まっていたのは烈火以外は皆、家族ぐるみで付き合いのある身内関係と言っても過言ではない間柄である。そのメンバーで結果的に親友の命の恩人である烈火を取り囲んで個人情報を聞き出そうとしたり、魔力を抑え込んで制御しようとしたり、デバイスを取り上げようとしてしまった自分達は、法という免罪符の下で、ただ保身と利益を考えていただけではないか?

 

 

 

 

 

 

「・・・それにお話もしたかったし」

 

 烈火はどこかで聞いたようなセリフだとフェイトの発言にデジャヴを覚えていた。

 

「昨日の事なら気にしてないぞ」

 

「え?」

 

「お前達、管理局の判断は組織として当然の物であり、正しいものだったと思ってる。それを肯定するつもりはないが、俺があの場で管理局側の人間として居合わせていたなら、ハラオウン兄と同じことを言っていたかもしれん・・・だが、俺にも譲れないものがある。その領域に管理局が入って来たから突っぱねただけの事だ。だからフェイトが昨日の事に関して気に病む必要は一切ない」

 

 フェイトは昨日の鋭い烈火の表情から、管理局員の自分はもう口も聞いてもらえないのではないかとすら思っていたが、烈火からの返答は予想外の物であった。それもフェイトを気遣う姿勢すら示している。

 

「それでも私達が酷いこと言っちゃったのは事実だから・・・ごめんなさい」

 

「律儀な奴だな、君は」

 

 烈火は自身の言葉を受けながらも改めて頭を下げてきたフェイトに対して苦笑いを浮かべている。

 

「ううん、そんなことないよ。当たり前のことをしてるだけ、それに烈火だってすっごく優しい人だと思うよ」

 

「俺が?お世辞はやめてくれ」

 

「そんなことない、お世辞なんかじゃないよ。私の事も助けてくれたしね」

 

 烈火を見つめるフェイトは優しく微笑んでいた。フェイトの脳裏によぎったのはついこの間の記憶、烈火に足を痛めた自分を強引にであったが保健室まで運んでもらったこと。

 

 「とにかく!そちらから撃ってこない限りこちらから敵対するつもりはない。鞄持ってくるからさっさと学校に行くぞ」

 

 烈火は強引に話を打ち切って家の中に鞄を取りに向かう。フェイトはその後姿を見て目を丸くしていた。戦闘中も終始冷静であった烈火の横顔が赤らんでいるのが見えたからだ。

 

 

 

 

 

 

「今日は月村とバニングスは休みなのか」

 

「うん、昨日あんなことがあったばかりだから、今日は大事を取ってお休みするみたい」

 

 少年と少女は会話を交わしながら学校への道のりを歩いていた。事件の翌日ということもあって偶然にも巻き込まれてしまったアリサとすずかは本日は欠席するようだ。

 

「まあ、無理もないか」

 

「というか、烈火こそ平気なの?昨日、ロストロギアを使う人相手に戦った後なのに」

 

「一応、男の子だからな。あの程度なら問題ない」

 

「ふふっ、何それ」

 

 肩を並べて歩いている2人からは事件を経てのぎこちなさは感じられない。突如として起こった闘争を乗り越えた魔導師達は、今日も今日とてそれぞれの日常を謳歌するのだろう。

 

 

 

 

 

 

 烈火はフェイトに連れられてごく自然な流れで、通称、聖祥5代女神達とのランチタイムに招かれていた。

 

「なあなあ、蒼月君。今日の放課後空いてる?」

 

「ああ、特に予定は入れていないが」

 

「じゃあ、今日うちにきいひん?」

 

 学校の屋上で食事中の4人、はやてが烈火に対して自宅に来るかという誘いをかけた。

 

「ふぇ、烈火君とはやてちゃんは今日一緒に遊ぶの?」

 

「遊ぶというか、この街で魔導師として過ごすならうちの子たちと顔合わせしたほうがいいと思ってん。今日はちょうどみんな非番やったしな」

 

 はやての誘いに烈火が返事を返す前に反応したのはなのはであった。

 

「いいね!私は賛成だよ」

 

 はやてに対して、フェイトも賛同の声を上げる。女三人寄れば姦しいというがこの美少女3人であってもそれは例外ではないのだなと、盛り上がっているなのは達を見て感じた烈火であった。

 

 

 

 

 

 

 学校を終えた4人はそのまま八神家へと向かい、今到着したようだ。ごく普通の一軒家であるが、ところどころにスロープなどといった普通の家には見られないバリアフリーの設備があるのが烈火にとっては印象的なようであった。

 

「「おじゃましまーす!」」

 

「お邪魔します」

 

 はやてが玄関の戸を開けば、なのはとフェイトは声を揃えてその敷居をまたいだ。烈火も2人に遅れて八神家へと入っていく。

 

『あー、テステス、マイクテス。八神家の諸君、お客さんを連れてきたからリビングへ集合や!』

 

 はやては自宅にいる他の家族に向けて、念話送った。

 

 

 

「というわけで全員集合やな!」

 

 数分後、八神家のリビングにはやて達を含めて9名の人物が集結していた。

 

「では、新顔さんから紹介していこか!私らが通う聖祥中学の転入生兼、なのはちゃんの幼馴染兼、謎の美少年魔導師の蒼月烈火君や!」

 

 はやては無駄にオーバーアクションで烈火の方を指差した。

 

「先ほど紹介に預かった蒼月烈火だ。八神の言っていた訳の分からんことは忘れてくれると嬉しい」

 

 烈火がはやてからのバトンを受け取り、集まった一同の前で自身の名を名乗った。ちなみにはやては烈火の自己紹介が不満だったのか唇を尖らせてぶー垂れている。

 

「じゃあ、私から〈湖の騎士〉シャマルです。治療とサポートが本分なのでケガをしたり調子が悪くなったら言ってくれると力になれると思うわ」

 

 烈火の自己紹介が終わり、それに返す形で金髪をボブカットにした女性、シャマルが立ち上がって自己紹介をした。

 

「ちなみに趣味はお料理・・・あの、ちょっと!?」

 

 シャマルが自身の趣味を発表しようとしたが、その途中で隣に座っていたポニーテールの女性に肩を掴まれ、強引に着席させられていた。

 

「〈鉄槌の騎士〉ヴィータだ。しょうがねぇからよろしくしてやるが、はやてやなのはに変なことしたらブチ潰すからそのつもりでな」

 

 次に名乗ったのは赤い髪を三つ編みにしている小学校低学年くらいの少女、ヴィータだ。

 

「こら、ヴィータ!お客さんに対してなんて口の利き方をするんや!!」

 

「あぅぅ、は、はやてぇ」

 

 はやては初対面の烈火に対して、やたらと態度がデカいヴィータを咎めるようにその頭をぐりぐりと両手で挟み込んだ。ヴィータの口から先ほどまでとは一転、情けない声が漏れている。

 

「我は〈盾の守護獣〉ザフィーラ。お前とは、昨日の事件で顔を合わせたな」

 

 じゃれ合っているはやてとヴィータの隣で蒼い鬣の狼が名乗りを上げる。

 

「そして、私がヴォルケンリッター〈剣の騎士〉シグナムだ。主や皆、共々よろしく頼む」

 

 最後に立ち上がったのは桃色の髪をポニーテールに束ねた長身の女性、シグナムだ。

 

「ふむ、蒼月といったな。昨日の戦闘の様子は拝見させてもらった」

 

「はぁ、そうですか・・・」

 

 烈火はシグナムに掛けられた言葉に対して反応した後、はやてに半眼で視線を合わせた。

 

「べ、別にやましいことはしてないで!うちの子らなら閲覧できる情報しか見せてないし・・・そもそも、蒼月君は自分の事をほとんど話さへんかったから、私かてあんま知らへんしな!」

 

「まあ、あの場で魔法を使った以上はしょうがないか・・・っ!?」

 

 最初こそ若干しどろもどろになったはやてだったが、今回に関しては間違ったことをしていないのは両者ともに理解したからか、何も言うことはないと言いかけた烈火は両手に感じた柔らかい感触に驚愕の声を漏らした。

 

「流麗な剣捌き、鋭い太刀筋・・・見事だった」

 

 烈火の感じた感触の正体は両手を取って自身の顔を覗き込んで来たシグナムの白魚のような長く、白い指であった。一つ一つが整ったパーツ、長い睫毛、強い意志を感じさせる切れ長の瞳・・・絶世の美女の顔が目の前に広がっていた。

 

「ぇ、いや、あの・・・」

 

 先ほどのはやてに変わって今度は烈火が完全にテンパってしまっていた。烈火が今まで出会って来た女性の中でもトップクラスの美貌の持ち主だと言えるシグナムに迫られて完全にフリーズしてしまっている。しかし、シグナムの勢いはまだまだ収まることを知らない。

 

「冷静な状況判断も素晴らしい、あれほどのロストロギア相手を絡め手や共闘ではなく、真っ向から捻じ伏せるその姿勢も私好みだ」

 

 シグナムはクールで凛々しいといった風貌からは考えられない、まるで年頃の少女の様に瞳をキラキラとさせてさらに烈火に詰め寄っていた。しどろもどろになって返答を返せない烈火を尻目にシグナムの勢いはさらに増していく。

 

 

 

 

 

 

「あー、やっぱりこうなちっまったか」

 

 そんな2人の様子を見ていたヴィータが吐き捨てるように呟いた。

 

「あんなシグナム初めて見たよ」

 

「そうだねー」

 

 ヴィータに対して反応したのはなのはとフェイトの2人。

 

「シグナムの奴、昨日の事件の戦闘映像を見てからずっとテンション上がりっぱなしだったからな」

 

「ふむ、将がああなるのも今回ばかりは無理ないのかもしれんな」

 

 ヴィータが昨日のシグナムの様子を語り始めたところでザフィーラも会話に入って来た。

 

「どういうこと?」

 

 フェイトが首を傾げて問いかけた。

 

「推測でしかないが、恐らくはシグナムは自身と打ち合えそうな剣使いに巡り合えて嬉しいのだろう。我らの周りにはメインウエポンを剣に定めている者はシグナム以外いないからな。そこで奴の事件での戦いぶりを見せつけられれば・・・」

 

「新しい強敵の出現に舞い上がってしまうというわけやな」

 

「ええ、恐らくですが」

 

 はやてはザフィーラの推測に納得したように頷いている。

 

「私もザンバーやライオットの時は剣を使うけど、シグナムとクロスレンジで斬り合っていられるかって言われると、ちょっと自信ないかな」

 

フェイトは高速機動で相手を撹乱し、高火力の魔法を叩き込んで離脱するという戦闘スタイルをとる高速魔導師であり、シグナムの剛剣とインファイトを繰り広げるような展開になってしまえば分が悪いと言わざるを得ない。

 

「言われてみると剣を使ってる魔導師や騎士の人ってあんまり見ないかも」

 

 なのはも教導隊として他の魔導師と接する機会は多いが、シグナムの様に長剣をメインウエポンに添えた魔導師にはあまりお目にかかる機会はないようだ。

 

 ミッドの魔導師はフェイトのような例外を除けば基本的に、杖状のデバイスを使用して中遠距離戦を得意とする場合が多い。近接戦闘を得意とする、近代ベルカ式の騎士達もスタンダードな長剣を使うよりも、リーチに優れた槍や、使用者が考案した独創的な装備を好んで使う傾向にあるようだ。

 

 トンファー状のデバイスを剣と言い張るシスターもいるとかいないとか・・・

 

 古代ベルカに伝わる聖王や覇王の戦闘スタイルと同じ徒手空拳も人気だと言われている。間合いこそ短いが小回りが利き、武器を使わない分、普段の自身の身体と感覚と近いため、早く馴染むという利点もある。

 

 フェイトとなのはが魔導師について考察しているのを尻目に目の前の出来事はさらに進んでいく。

 

 

 

 

 

 シグナムが詰め寄って体を揺らすたびに、立っている時ですら服越しにでもくっきりと形が分かるほどのウルトラヘビー級の双丘が、その腕と体に挟まれて形を変えている光景が烈火の眼前に広がっていた。

 

「流石に今すぐとは言わん。しかし予定が合うのなら私と一戦交えてもらいたいのだがどうだろうか?」

 

「え、と、予定が合うのなら・・・構いません」

 

 烈火はシグナムという超絶美人からのべた褒めにあえなく撃墜され、斬り合い(デート)のお誘いを受けることになった。

 

「うむ!そうかそうか!」

 

 顔を真っ赤にした烈火と、表情を綻ばせているシグナム・・・2人の普段とのギャップに驚きのなのは達はどうしていいか分からないという空気を漂わせていた。しかし、空気を読んでか読まずか、2人に接近する小さな人影が・・・

 

「いい加減にして下さい!!リインの紹介がまだなんですよー!」

 

 手を取り合っている状態の烈火とシグナムに近づいてきたのは、青みかかった銀髪にはやてとお揃いのバツ印のヘアピンを付けている少女。

 

「む、そうであったな。私としたことが舞い上がってしまったようだ」

 

 プンスコと怒りを表している少女にシグナムは冷静さを取り戻したのか、烈火の手を放し、再び席へと戻った。シグナムに合わせるように他の面々も先ほどまでの座席に座りなおす。

 

「では気を取り直して、リインフォースⅡというですぅ!」

 

 少女、リインフォースⅡが自己紹介を始めたが烈火は先ほどのシグナムとは違う意味で目を丸くしていた。

 

「どうしたですか?」

 

「・・・小さいな」

 

 烈火は目の前で首を傾げているリインをマジマジと見つめている。この中でも最も小柄であるヴィータですら比較にならないほど小さい体躯をしているからであろう。人間のそれではなく、物語に登場する肩に乗れる妖精のようなサイズをしている。

 

「お、なんやなんや、我儘ボディのシグナムの次はリインがお好みなんか?蒼月君はストライクゾーンが広いんやなぁ」

 

 いつの間にやらはやてはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら烈火達のそばに近づいて来ていた。

 

「・・・何の話だ?」

 

「惚けても無駄やでぇ~、美女揃いの八神家でハーレムを築こうとしてた、く・せ・に♪」

 

 質問の意図を聞き返した烈火に対し、ウインクで返すはやて。

 

「誤解を招く発言は慎んでくれると嬉しいのだが」

 

「次は私がロックオンされてまうんか?美少女も大変やなぁ」

 

 烈火は無駄にオーバーリアクションでぶりっ娘のような対応のはやてに頬を引くつかせていた。はやては思ったよりも淡泊な反応であった烈火に対してさらに畳みかけていく。

 

「八神は微少女の間違いじゃないのか?」

 

「あん?なんか今、ニュアンスが違ったような気がするで」

 

「気のせいだろう」

 

 はやては烈火からの思わぬカウンターに硬直してしまったが、すぐさま、矢継ぎ早に話し始めた。

 

「シグナムの第一印象は?」

 

「・・・麗人といったところだな」

 

「シャマルは?」

 

「おっとりとしたバニングス」

 

「ヴィータは?」

 

「外国の小学生」

 

「リインは?」

 

「小さい」

 

 

 

「・・・じゃあ、私は?」

 

 はやてからの質問に一つ一つ答えていた烈火だが、張本人の質問に関しては口を閉ざしていた。烈火から見たはやての第一印象・・・

 

「そうだな、お笑い担当?」

 

「ふっ、ふふふふっ!!!戦争の時間やな!!」

 

 はやては烈火の返答に怪しい笑みを浮かべた後、勢いよく飛び掛かる。その手にはどこから出したのは分からないが、巨大なハリセンが握られていた。

 

「・・・危ないな」

 

 しかし、烈火の手によってはやての持っていたハリセンは弾き飛ばされ、宙を舞った。その後もめげずに突進していくはやてだったが・・・

 

「ふんぅぅぅぅ!!!ぬあああぁあぁぁ!!!!!」

 

 身長差からか、上から烈火によって額に手を当てられて抑え込まれているはやてが両腕をぶんぶんと振り回している。

 

 広域型魔導師であり、前線に出向くことの少ないはやての突進は剣のデバイスを使っている烈火に見切られてしまい効力を発揮できていない。

 

 

 

 それを見つめるなのは達には二頭身くらいにデフォルメされたはやてが烈火に抑え込まれるといったギャグ漫画のような光景が広がっていたが・・・

 

 

 

 

「はやてに・・・なにしてんだぁぁぁぁ!!!!!」

 

 そんな2人・・・烈火の下にソックスに包まれた小さな両足が襲い掛かる。

 

「ちぃ!?外したか!!」

 

 ヴィータが体躯に似合わない強烈なドロップキックを繰り出したが狙いは外れ空を切ったようだ。体勢を崩すことなく着地したヴィータが烈火を睨み付けている。

 

「ハリセンの次は蹴りか・・・」

 

 ヴィータの蹴りを躱した烈火が呟いた。

 

「次は外っ!!?・・・っっ!!!」

 

「お前は主の客人に何をやっているんだ?」

 

 いつの間にやらヴィータの背後に回っていたシグナムがその頭に手を置いていた。その瞬間、ヴィータが悶えだした。どう見ても頭を撫でているようにしか見えないがヴィータの頭にシグナムの強靭な握力が襲い掛かっている、所謂、アイアンクローという物だろう。

 

「最初から止めてくれると嬉しかったんですが」

 

「はて、何のことかな?」

 

 烈火はシグナムを咎めるように呟くが、当の本人はどこ吹く風だ。シグナムならばヴィータが動き出した段階で止めに入れただろうが、敢えてそれをしなかった。

 

「君なら避けると思っていたさ。やはり期待以上だな」

 

 シグナムの瞳にはヴィータが席を立った段階で烈火がそちらに気を割いていたのが映っていたからだ。ヴィータのドロップキックに対して、烈火は自身に向かって突っ込んでいたはやてをせき止めていた腕から力を抜いた。つんのめって倒れ込んできたはやてを抱き留めながら、自身と共にヴィータの蹴りの射線軸上から体を逸らしながら、背後のソファーに座り込んで躱したのだ。

 

 ヴィータの年齢そぐわぬ洗練された攻撃を見ないで躱すなど、相当な反射神経が必要とされる。それもはやてを抱えながらだ。

 

「はやてから離れやがれぇぇぇ!!!!」

 

 ヴィータはシグナムの掌の下で獣のように吠えている。その頭にはまだシグナムの手が乗せられているが、力は込められていない。しかし、ヴィータが動こうとすれば、再びアイアンクローが炸裂することは目に見えているためか、吠えるだけで動けないでいる。

 

 そしてヴィータの行動の原因であったはやてといえば・・・

 

 

「お、おい八神?」

 

 烈火が目の前のはやてに声をかけた。はやてはヴィータの蹴りに合わせて烈火が立っていた状態からソファーに座ったため、その膝の上で抱きかかえられるように、倒れ込んだ先の烈火の肩口に顔をうずめている。

 

「・・・ぁぁ・・・ぁうう」

 

 烈火の声に反応して顔を上げたはやての顔はトマトのように耳まで真っ赤に赤らんでいた。はやては声にならない声を漏らし、潤んだ瞳で烈火の事を見つめている。

 

「緊急事態とはいえ、すまなかった」

 

「エ、エエヨ、ダイジョウブヤカラ」

 

 烈火はヴィータも本気ではなく、自身にだけに狙いを合わせていたとはいえ、あの状態で蹴りを避けてしまえば、はやてに被害が及ぶ恐れがあったため、抱き込むように座ってしまったことへの謝罪をした。はやては気にしていないと烈火の膝の上から降りたがどうにも様子がおかしい。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

 烈火はやてに対して再度問いただす。未だに真っ赤の顔、先ほどまでの流暢な関西弁から一転、片言で話すようになったはやては烈火の目から見ても異常だ。

 

「モンダイアラヘンヨ」

 

「み、右手と右足が同時に出ているが・・・っておい!?」

 

 はやては一昔前のロボットの様に角ばった動きで歩き出すが、足を縺れさせて倒れ込む。

 

「・・・ぁっ・・・ぁ」

 

 しかし、はやては近くにいた烈火に抱き留められた。次の瞬間・・・ボンッ!という音と共にさらに赤みを増したはやての顔から湯気のようなものが噴出した。

 

「は、はやてちゃんどうしたですかぁ!!?」

 

 焦ったように2人の周囲を飛び回るリイン。

 

「ど、どうしようフェイトちゃん!?」

 

「あわわわわ・・・」

 

 手を取り合ってテンパっているなのはとフェイト。

 

「シャマル!この場合はどうすればいい!?」

 

「これは私じゃ治せないと思うけどぉ!?」

 

 シャマルの肩口を掴んで詰め寄っているシグナム。頭を揺らされ、目を回しているシャマル。

 

「や、八神!?」

 

 目の前で突如として気絶したはやてに対して烈火も動揺している。

 

「はやて!?はやてぇぇぇぇっっ!!!??」

 

 最後にヴィータの大声が八神家に響き渡った。

 

 

 

「わふっ!」

 

 いつもより5割増しで騒がしいリビングに広がる混沌空間を尻目にザフィーラはこの部屋から退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 客演者達はここに集った。

 

 

 

 

「どういうことだ!!蒼月烈火が魔導師などということはお前の調査での報告にはなかったぞ!!」

 

「す、すみません!こちらの測定器では他の現地人同様、完全に魔力がないものという結果でした」

 

 海鳴市にそびえる屋敷で煉が咲良を殴り飛ばしていた。

 

「言い訳など聞きたくない!!次、失敗すればどうなるかわかっているな!?」

 

「は、はい・・・申し訳ありません」

 

 咲良は赤く腫れた頬を抑えながら煉に頭を下げている。

 

 

 

 

「な、何!?事件の直前に奴らに接触していた人物がいるだと!」

 

「う、うん。サングラスをしてる、多分、男の人って話だけど・・・」

 

ハラオウン家ではクロノとエイミィが情報を交換していた。昨日起きた管理局員によるロストロギア強奪事件についての事であろう。

 

「しかし、特徴がそれだけではな。変身魔法で容姿など自由に変えられる・・・とはいえ、やはり何らかの存在が裏で糸を引いているのか・・・」

 

 無論、その男がイーサンの友人という可能性もなくはないが、今回の事件はただの局員の暴走にしてはあまりにできすぎていた・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目的のものは手に入ったか・・・しかし、あれだけの力を得ながら相手の戦力を削ぐには至らぬか。所詮は出来損ないのエース、使い捨ての駒にしかならんとは」

 

 薄暗い部屋でサングラスの男が呟いた。男がいる地点を中心に伸びている長細い机には他にも数名の人影がある。

 

「今はまだ行動を起こすステージではない。しかし---」

 

 

 

 

 

 

正史には存在しない異邦人達を組み込んで、不屈の心を持つ魔導師の物語は動き始めた。

 

進み始めた物語はもう誰の手にも止めることはできない。

 

少女達の物語の行く先に待っているのは希望なのか、それとも絶望か・・・

 




お久しぶりです。
リアルが忙しすぎて、体力、気力共に限界寸前の私です。

さて、今回でヴォルケンズも参戦し、いよいよメインキャラクター達が出揃いました。

そしてこの話がゲームで言うchapter1とか一面クリアみたいな区切りにの話に当たります。

他の方々に比べて話が進まなすぎますねww


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罪罰黒闇のZwilling Blaze
平穏な時間


 八神家での魔法関係者同士の顔合わせを済ませて、早くも一週間が経過していた。転入初日から慌ただしい日々を過ごすことになった烈火もこの一週間は穏やかな時間を享受し、ようやく中学生ライフを満喫していた。

 

 2年2組が蒼月烈火という転入生を迎え入れて、早一週間、烈火がフェイトと共にいるところを見て男子達が呪詛を呟いていたり、女子達が好奇の視線を浴びせていたりと相変わらずであるが、そんな光景にも目新しさが薄れてきたころ、朝のHRで教壇に立っていた担任教師の一言でクラス全体の雰囲気が一気に暗くなった。

 

「あー、諸君!今日からいよいよテスト週間だ。学生の本文は勉強だぞ!短い春休みを補修で潰したくないならば赤点を取らないようにな」

 

 烈火が教師の言葉を聞き流していると視界の端に奇妙な光景が映る。表情を強張らせたまま、石像のように固まっていたフェイトの姿が・・・

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、昼食の時間、屋上に集まった6人の少年少女。

 

「アンタ達なんて顔してんのよ?」

 

 アリサは呆れたような表情で一同を見渡していた。その視線の先には項垂れているなのはとフェイト。

 

「ううぅぅ・・・だってぇ」

 

「て、テスト期間だってこと完全に忘れてたよぉ」

 

 なのはとフェイトはこの世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「あ、赤点なんて取ったら、お母さんに管理局の仕事量を制限しろって言われちゃうかも」

 

「私も追試や補修になったら、きっと今の案件が片付けた後、次の試験までなのはと似たようなことになっちゃうかも」

 

 その原因は成績不振があれば管理局員としての活動に制限がつくかもしれないという物だった。

 

「先生も言ってたけど学生の本文は勉強なのよ。管理局の仕事が忙しいのはわかるけど・・・で、どこが不安なの?」

 

「「・・・数学と英語以外大体です」」

 

「あ、アンタ達ねぇ!」

 

 アリサの怒りと呆れで吊り上がっていく眉に比例して、なのはとフェイトは肩をすぼめて、どんどん小さくなっていく。なのはとフェイトの2人は、管理局関連の用事で欠席する際に、学年主席のアリサや成績優秀者のすずかに授業のノート等を写させてもらっている。であるにも関わらず、この体たらく・・・

 

 

 なのはとフェイトは高い情報処理能力が要求される魔法行使においては若いながらトップエースと呼ばれているだけあって、計算能力に関しては学年主席のアリサすら軽々と凌いでいる。英語に関してもミッドの言語と近いこともあって心配はないようだが、日々の積み重ねが要求される他の教科においては芳しくないようだ。

 

「不安なのが1、2教科ならまだ分かるけど、ちょっと勉強をおろそかにしすぎじゃないかしら!?」

 

「「面目次第もございません」」

 

 なのはとフェイトは立ち上がったアリサに見下ろされている。申し訳なさか、情けなさか、いつの間にか正座で座っていた。

 

 なのはの文系科目が壊滅的なのは烈火以外は周知の事、別の次元世界から来たフェイトも、歴史や古典と言った地球独自の物に関しては未だに若干の苦手意識を抱いていた・・・

 

 しかし、局員としての仕事も年々忙しさを増しているし、つい数日前には地球で起きたロストロギアを巡る戦いもあり、バタバタとしていた所にテスト期間に突入してしまった。

 

 そんな事情があり、テスト期間が始まる前までに学習せねばならなかった事柄がごっそりと抜け落ちているようだ。

 

 

 

 

 

 

「休みが潰れるとか、補修に出たくないではなく、管理局で働けないのが嫌と・・・とても女子中学生の発想とは思えんな。2人と同じくらい欠席している割に八神は随分と余裕だな?」

 

 烈火はアリサに睨まれて小さくなっているなのはとフェイトを見ながら、自身の隣で暢気に昼食をとっているはやてに問いかけた。

 

「うーん、余裕はないし、高得点は狙えへんけど、とりあえず赤点回避くらいならなんとかなりそうやとは思ってるよ。私は元々、本の虫やってん。やから、なのはちゃん達が苦手な国語科目に関しては理数系より得意やねん。魔導騎士として活動するようになって必然的に数学、英語は鍛えられてるし、とりあえず試験週間はキャリア試験の勉強を止めてこっちに集中すればいけるやろってな」

 

 はやては過去、下半身が不自由だった時期があり、その頃は同年代の少年少女のように走り回ったりすることができず、図書館で本を借りて読むことを趣味としていたが、今はそれがプラスに作用しているようであった。

 

「そういう自分はどうなん?地球には最近来たばっかりやし」

 

 はやては逆に烈火に聞き返した。つい一週間前にソールヴルムから地球に移住してきた烈火は過去のフェイト同様、地球独自の科目においては現地人より不利なことは目に見えているからだ。

 

 そんな、はやての言葉に烈火よりも早く反応したのは・・・

 

「そ、そうだよ!私達だけじゃなくて、烈火君だってかなり危ないんじゃない!?」

 

「さっきの授業で寝てたの知ってるんだからね!」

 

 正座のまま身を乗り出したなのはとフェイトであった。

 

「お前らなぁ・・・一応、この学校の編入試験はパスしてきてるんだぞ。色々あって、ここに来る前に一通りの勉学は叩き込まれているし、この学校の出題傾向を把握できれば補習は回避できるだろう。どっかの誰かが隣で騒いだお陰で教師に注意されたのを除けば、とりあえず問題ないはずだ」

 

 なのは達も烈火の魔法行使を間近で見ており計算能力に関しては相当なものだろうと予想がついていたが、文系科目まで問題ないと言い切った烈火に恨めし気な視線を向ける。

 

「れ、烈火君の裏切り者ぉぉ」

 

「むうううううぅぅぅぅぅっっっ」

 

 なのはとフェイトは仲間だと思っていた烈火に対して裏切られたという表情を浮かべてたが、編入試験を合格したという確固たる事実があるため、ぐうの音も出ない。フェイトに関しては若干ニュアンスが違いそうであるが・・・

 

「ア・ン・タ達ぃぃ!!騒いでる余裕なんてあるのかしら?」

 

「い、いや、そのぉぉ」

 

 アリサは自身を無視して、騒いでいたなのはとフェイトに普段より低い声を発しながら、威圧するように視線を向けた。アリサの背後から燃え盛るような灼熱のオーラが吹き出しているような感覚を覚えたなのはとフェイトは蛇に睨まれた蛙の如く震えるしかない。

 

「自分達が何をすればいいのか・・・分かってるわよね?」

 

「は、はい!テスト勉強頑張るぞー!」

 

「おー!」

 

 フェイトはアリサに対して震えながら声を上げ、続くようになのはも拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

「なぁ、月村、アレを止めてきてくれないか?」

 

「あはは、ちょっと無理かな」

 

 烈火はすずかに対して自身の目の前を指差しながら呟いたが、その返答は苦笑いで返って来た。

 

 烈火の視線の先には、なのは、フェイト、アリサの姿が・・・

 

 

 

 

 

「アンタ達!私が教える以上、平均点以下なんか取ったら承知しないわよ!」

 

「う、うん!」

 

「な、なんとしても乗り切るよ!」

 

 3人の少女の背から暑苦しい熱気が漂っていた。どうやら今日からテストに向けて猛勉強をする様子である。

 

「はやて!蒼月!すずか!アンタ達もやるのよ!」

 

 アリサはビシィ!と座ったままの3人に指を向けた。

 

「はやても何とか赤点回避なんて甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ!蒼月も不安箇所があるんでしょ!すずかは先生役!いいわね!!?」

 

 アリサの有無を言わさぬ勢いと、当然来るよね?と視線で語っているなのはとフェイトを前に、はやて、すずか、烈火の3人には頷く以外の選択肢は存在しなかった。

 

 

 

 

 学校を終えた6人は放課後にすずかの自宅である、月村家に集まった。今日は月村家でテストに向けての勉強会を行うようだ。

 

「何してんのよ?さっさと行くわよ」

 

 アリサは月村家の眼前でその家を見上げて足を止めていた烈火に声をかけた。

 

「あ、ああ」

 

 烈火は目の前に聳え立つ、普通の一軒家とは比べ物にならないほど大きい西洋風の屋敷に眉を引くつかせていた。烈火はアリサに促され、慣れたように家の中に入っていくなのは達と共に月村家の入り口を潜れば・・・

 

「お帰りなさいませ!お嬢様、皆さま!」

 

 紫髪の女性が満面の笑みを浮かべて、なのは達を迎え入れた。烈火やなのは達よりは年上であることが予測されるが、かなり童顔である。そして何より目を引くのは、白いカチューシャ、フリフリのスカート、所謂、メイド服という物であろう。

 

「ただいま、ファリン」

 

「「お邪魔しまーす!」」

 

すずかとなのは達はメイド服の女性に挨拶を返した。

 

「め、メイド服・・・コスプレでなく正装か」

 

 だが、烈火はなのは達と会話している女性を目の当たりにして言葉を失っていた。以前にはやてからすずかとアリサがお嬢様ということは聞いていたとはいえ、巨大な屋敷にメイド服の女性と一般家庭から余りに乖離した光景には流石に思うところがあるようだ。

 

「初めましての方もいらっしゃいますね!ファリン・K・エーアリヒカイトと申します。よろしくお願いします」

 

「蒼月です。よろしくお願いします」

 

 烈火はメイド服の女性、ファリン・K・エーアリヒカイトに名乗り返した。なのは達一行は、ファリンの案内で月村家の一室に案内された。ファリンが扉を開けば、そこには3人の人影が・・・

 

「すずか!おかえり~」

 

「皆様、おかえりなさいませ」

 

 紫がかった黒髪の女性とメイド服に身を包んだ紫髪の女性が声をかけて来た。黒髪の女性の隣には、端正な容姿の青年の姿もある。

 

「お姉ちゃん!ノエル!?」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

 烈火以外の面々はあんぐりと口を開いて驚いているようだが、特にすずかとなのはの驚き様は凄まじいものがあった。

 

「ん、あれ?1人多い・・・」

 

 黒髪の女性は部屋に入って来たすずか達にしてやったりという笑みを浮かべた。しかし、共にいた烈火を見て真顔になったかと思えば・・・

 

「この子は誰のボーイフレンドなの!?すずか!それとも他の誰かなのかしら!?」

 

 目にもとまらぬ速さですずかに詰め寄った。

 

「ぼ、ぼ、ぼ、ボーイフレンド!?」

 

 すずかは女性の質問に顔を真っ赤にし、他の面々も思わず動揺してしまっている。

 

「・・・少し落ち着け、皆、状況についていてけなくて、目が点になってるぞ」

 

 青年が黒髪の女性の首根っこを掴んで元の位置まで引き戻した。黒髪の女性は不満そうな表情を浮かべている。

 

「それでお兄ちゃん達はいつ帰って来たの?」

 

「つい先ほどだ。事前に連絡しようとしたのだが、どうせならお前達を驚かせようと忍に言われてな・・・で、その彼は見ない顔だが?」

 

 何とも言えなくなった場の空気を察してか、なのはが青年に声をかけた。なのはに兄と呼ばれた青年もそれに返し、自身も気になっていたのか烈火の方に視線を向けた。その隣では黒髪の女性が同意するように何度も頷いている。

 

「えーっとねぇ、実はお兄ちゃんは初対面じゃないんだよ」

 

「なんだと?」

 

「彼は一週間前に私たちのクラスに転校してきた蒼月烈火君。昔、転んだ私を家まで運んでくれた、あの烈火君だよ!」

 

 なのはが青年達に対して、満面の笑みを浮かべながら烈火の紹介をした。

 

「・・・そうか、あの時の」

 

 青年は昔を懐かしむような表情を浮かべ、烈火に視線を向けた。青年のおぼろげな記憶の中の幼い少年、忘れるはずもない。

 

 烈火が自宅に来てからのなのはは人が変わったように明るくなったのを覚えている。口を開けば彼の名前が出てきたのを覚えている。そして、烈火が引っ越すのだと、きっといつか会いに来ると約束したと、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっていたなのはの姿は青年の記憶に刻み込まれていた。

 

 引っ込み思案だった自分の妹が初めて家に連れて来た友人なのだから・・・

 

 

 

「あの、なのはのお兄さんということは・・・」

 

「俺は高町恭也だ。君とは何度か顔を合わせたことがあるな」

 

「・・・お久しぶりです。お変わりないようですね」

 

「ああ、久しいな。そういう君は随分と大きくなったものだ」

 

 烈火もまた、かつての記憶を遡り、なのはが兄と呼んでいた人物、高町恭也の事を思い返していた。

 

「勝手に盛り上がられても私がついて行けないんだけどぉ」

 

「ああ、すまない。感傷に浸ってしまったな。彼は俺やなのはと以前会ったことのある人物だということだ」

 

 黒髪の女性は恭也に対して不満を表すように頬を膨らませている。

 

「じゃあ、すずかのボーイフレンドじゃないのね。ちょっと残念・・・そういえば、お姉さんの紹介がまだだったわね。私は月村忍、すずかのお姉ちゃんです。よろしくね!」

 

「紹介が遅れて申し訳ありません。ノエル・K・エーアリヒカイトです。そちらのファリンの姉に当たります」

 

 黒髪の女性、月村忍とメイド服の女性、ノエル・K・エーアリヒカイトが自身の事を烈火に名乗った。

 

 

 

 

 

 忍がノエルに目配せをしたと思えば、あれよあれよという間に運ばれてくる高級そうな菓子類と紅茶、気が付けば、お茶会の用意が整っていた。放課後の勉強会はすっかりティータイムへと移り変わってしまったようだ。

 

 忍を中心に話題は尽きないようだ。恭也と忍の関係についてや、共に海外を回っていたことなど。なのはとすずかにとっては久々の兄姉との再会とあって心なしかいつもよりもテンションも高い。

 

 

 

「・・・どうしたの、烈火?」

 

「ああ、ちょっとな。月村のお姉さんという割に見た目以外はあまり似ていないと思って」

 

 フェイトは楽しそうに会話を交わす面々をティーカップを片手に一歩引いて眺めていた烈火に首を傾げながら問いかけた。烈火は忍とすずかを交互に見ながら呟く。

 

「あら、お姉さんに何か用かしら?」

 

「いえ、大した用ではありませんので気にしないでください」

 

「そう言われると気になっちゃうわね。でも私は君に用があるんだけど・・・」

 

 烈火の視線に気が付いたのか忍が恭也と共に近づいて来た。

 

「・・・用ですか?」

 

「さっきなのはちゃんから聞いたんだけど蒼月君も魔法使いなんだってね?どんな魔法を使うのか知りたいなぁ」

 

 烈火がフェイトと話している間に、忍やなのは達は先のジュエルシードとミュルグレスを巡る事件の話をしていたようだ。アリサやすずかを烈火が魔法で救ったことを聞き、興味を持ったようだ。

 

「えっと、あの!」

 

 忍の質問に烈火よりも先に隣にいたフェイトがアタフタと焦って、何かを言おうとしているが言葉が出てこない。

 

「フェイト・・・大丈夫だ。剣のデバイスを使って戦います。基本的に近、中、遠と距離は問わずに戦えますので大体のことはできるかと思います。すみません、詳しい説明まではできませんのでここまでということで」

 

 烈火はフェイトを安心させるように肩に手を置く。フェイトの様子から、一週間前のハラオウン家での事情聴取の事を気にかけて、状況は違えど、似たシチュエーションから、烈火の事を庇おうとしての行動だろうと、当たりを付け、最低限の説明だけして、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ほう、剣を使うのか」

 

 恭也は顎に手を当てて烈火の方を興味ありげに見つめている。忍とは別ベクトルで魔導師としての烈火に興味を持った様子だ。

 

「う~ん、そっかぁ。じゃあ、デバイスを見せてもらうことはできないかな?こう見えて機械系にはかなり興味があるから気になっちゃったんだけど」

 

 忍は片眼を閉じ、可愛らしく小首を傾けながら烈火に頼み込んだ。

 

「そ、それは私も興味あるな・・・その、綺麗だったし」

 

 いつの間にか近づいて来たすずかも烈火に願い出る。後半は下を向きながらボソボソと呟いたため、烈火には聞き取れなかったようだ。

 

「私も興味あるなぁ、結局お名前も聞いてないし。レイジングハートやバルディッシュとお友達になれるかもしれないしね!」

 

 すずかの隣からなのはが顔を覗かせる。いつの間にやら全員の視線が烈火に集まっていた。

 

「手に取って見せたり、スペックを教えるわけにはいきませんが、簡単な紹介程度なら構いませんよ」

 

 烈火はしぶしぶといった様子で制服の首元から、ネックレスを覗かせた。そこに着けられているのはデフォルメされた蒼い剣だ。

 

「これが俺のデバイス、ウラノス・フリューゲルだ」

 

 一同は烈火の取り出したデバイスをマジマジと見つめた。

 

「へぇ、天空神(ウラノス)か。中々、物騒な名前ね」

 

 忍が感心したように呟き、まだ見ぬ技術がふんだんに使われているであろう烈火のデバイスを前に、目を輝かせていた。

 

「月村のお姉さん・・・目が怖いです。で、なのはの言うことだがこのデバイスを含め、ソールヴルムのデバイスは基本的にストレージタイプだからお前達のデバイスと会話することはできん」

 

「そっか、残念だなぁ。でもなんで?」

 

 烈火は忍から若干距離を取りつつ、なのはの疑問に答えた。なのはは待機状態のレイジングハートを握りしめながら、残念そうな表情を浮かべ、その後、ソールヴルムのデバイスについて尋ねた。

 

 なのはのレイジングハートやフェイトのバルディッシュはインテリジェントデバイスという高性能AIを搭載し、魔導師と心を通わせることで爆発的な力を発揮するデバイスだ。

 

 

 対して烈火のウラノスはストレージタイプ、製作コストがかかるインテリジェントより低予算であり、次元世界の魔導師が一般的によく用いるタイプである。

 

 しかし、いくらインテリジェントの製作コストが高いとはいえ、ミッドと同等以上の科学力を持っているソールヴルムで全く使われていないということを話されれば、なのはを含め、フェイトやはやても気になるのか、烈火の方に視線を向けた。

 

「そう、だな。愛着も沸くし、大切なものであるが、デバイスはあくまで魔導師にとっては武器だ。戦いに使う道具に感情は必要ないということだろう。状況によっては自爆させることだってあるしな」

 

「自爆って・・・デバイスは一緒に飛んでくれる相棒だよ!そんな風に!?」

 

 なのはは手に取っていたレイジングハートを握りしめながら、烈火の語る考え方に反論するように声を荒げるが・・・

 

「単純に考え方というかデバイスの使い方の違いだろう。最悪、魔法戦に敗れても、デバイス一機を犠牲にすれば引き分けまで持っていける可能性がある。一撃だけとはいえ、自身の技量以上の攻撃を放てるという利点もあるしな。とはいえ、基本的にはデメリットの方が多いから、決死の戦いとかでない限りはそうそう使われることはないが」

 

 烈火は悲しそうな瞳を向けてくるなのはに対して、ソールヴルムでのデバイスの使われ方を伝えた。

 

「・・・せやかて、そんなん納得できへんよ」

 

 はやても納得できなそうな表情を浮かべ、胸元の剣十字を握りしめた。フェイトも手に取った三角形のバッジを複雑な表情で見つめている。

 

 なのは達にとって自身のデバイスは幾多の修羅場を共に乗り越えて来た相棒。

 

 はやてに至っては融合騎・・・文字通り家族である、リインを道具扱いなどしたことがないのだから。

 

「別にお前達にそういう使い方をしろと言っているわけじゃない。他の世界では、そういう考え方もあるってことだ」

 

 烈火の説明にまだ納得できていなそうな魔導師3人娘、周囲に何とも言えない雰囲気が漂うが・・・

 

「ふーん、魔導師って言ってもいろんなのがあるのねぇ。なのはちゃん達のデバイスも結局見せてもらえなかったし、残念ね」

 

「ふっ、そう気を落とすな」

 

 忍と恭也の言葉を皮切りに元の団欒へと戻っていく。

 

 久々の年長組との再会に盛り上がった結果、放課後をティータイムで過ごしていまい、わざわざ月村家まで出向いて来た本来の目的である、テスト前の勉強会が行えなかった。帰宅後、テキストを片手に自室で項垂れるなのフェイの姿があったことはそれぞれの愛機以外、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 烈火やなのはらが月村家で過ごしている頃、第一管理世界ミッドチルダ、首都航空隊の隊長室の扉が開く。

 

「失礼します・・・それで何の御用で?」

 

 シグナムは桃色のポニーテールを揺らしながら入室した。その視線の先には中年男性がデスクに腰かけている。

 

「・・・うむ、大変心苦しいのだが、君に特別任務への参加要請が届いた」

 

 男性は重苦しい雰囲気を漂わせながら口を開く。シグナムに任務への参加依頼が届いたようだが・・・

 

「任務の前に伝えなければないことがある。実は数日前、君の住んでいる管理外世界、地球で先日封印されたロストロギア、宝剣ミュルグレスとジュエルシードを運搬中だった局の輸送船が突如姿を消した」

 

「なっ!それは本当なのですか!?」

 

「ああ、しかも、突如としてシグナルロストしたその輸送船を探しに向かった部隊も同じ座標で行方不明となった。その付近には小さな無人の管理外世界があるだけなのにも関わらずな」

 

 航空隊の責任者からシグナムにもたらされた情報は衝撃的なものであった。万が一暴走すれば世界すら吹き飛ばしかねない代物が行方知らずになったとだけあってシグナムの表情も緊迫したものとなっている。

 

「して、それが今回の件と関係があるのですか?」

 

 一呼吸のうちに冷静さを取り戻したシグナムが男性に尋ねる。

 

「実は、捜索部隊の船は何らかの要因によって撃墜された後、その無人世界〈ルーフィス〉に流れ着いたようなのだ。その直後、不時着した部隊からの音声通信が届いたのだが、その通信は悲鳴と共に途絶えたそうだ。魔導師なのか、魔法生物によるものなのか、天災に巻き込まれたのかは定かではないがね」

 

 男性は一通り語り終えると再び口を閉ざし、悲痛な表情を浮かべ、目を閉じた。

 

「そして、ここからが本題だ。君に参加要請が届いた任務の概要だが・・・行方不明となったロストロギア、管理局員の捜索、救助ということになる。参加するならば2隻の船が姿を消した空域に君を送り出してしまうことになってしまう。私はもっと状況を分析してからだと、思っているのだが上の方々はそこまで待ってはくれないようだ。何が起こるか分からない危険な任務となるだろう」

 

「任務概要と危険度に関しては承知いたしました。しかし、なぜ航空隊の私にそのような任務への参加要請が届いたのですか?」

 

 シグナムの疑問ももっともだ。いくら第一捜索隊が姿を消したとはいえ、その対処には専門的な部隊があるはずにも関わらず、ミッドチルダの空を守護する担い手である首都航空隊の自分に声がかかるのかということだろう。

 

「うむ、それについては普通の事態ではないと上が判断したのか、通常の部隊ではなく、選抜された魔導師チームで捜索に当たることにしたそうだ。その指揮を任されたのが彼、君も知っているだろう。リョカ・リベラ執務官、ここ最近頭角を現してきた若手NO.1の魔導師だ」

 

 シグナムの目の前で男性が出現させた画面に短い緑がかった黒髪と赤渕の眼鏡が特徴的といった印象を受ける1人の青年の姿が映し出された。

 

「ええ、名前はだけは。確かA級の次元犯罪者を単身で捕縛したとか、世界を滅ぼしかねないロストロギアを部隊を率いて封印しただとか、噂もチラホラと耳にしたことがありますね」

 

「ああ、その男で間違いないな。リベラ執務官がこの任務に望むべく選出した参加メンバーに君の名前があったというわけだ。君以外にも名の知れた魔導師達に声がかかっているし、無理に参加する必要はないんだぞ・・・と言いたいところだが君の場合はそうもいかんだろう?しかも指揮官がリベラ執務官とあってはな・・・」

 

 シグナムには男性の言わんとしていることが理解できていた。

 

「共に仕事をした私達や、かの闇の書について詳しくない若い者達から見れば君は素晴らしい騎士であるが・・・」

 

 シグナムは夜天の魔導書の守護騎士・・・そして、首都航空隊の最強戦力であり、局きっての近接格闘戦闘(クロスレンジ)のスペシャリスト、皆から憧れの眼差しを向けられることも少なくない。

 

 しかし、シグナム達、ヴォルケンリッターは5年前に起きた、〈闇の書事件〉の主犯である。

 

 管理局視点からすれば、どんな事情があったにしてもシグナム達は犯罪者に変わりない。それ以前にも長年、災厄を齎してきた闇の書と共に、闇の旅路を過ごしてきた守護騎士を古くから管理局に所属している者達は快く思っていないようだ。局に闇の書事件の被害者や遺族も少なからず所属しており、それは事件から年数が経った今でも変わることはない。

 

「我々の行いの結果です。こればかりはどうにもなりません」

 

 しかし、そんなことはシグナムも承知で、時空管理局に協力する道を選んだのだから・・・

 

 自分達、闇の書がはやてに憑りついたため、彼女の人生を台無しにし、犯罪者という汚名を着せることになってしまった。地球で普通の女の子としての人生があったにもかかわらず、魔法という世界に関わらせてしまった責任、謝って済む物ではないそれを彼女は笑って許してくれた。

 

 それどころか、得体のしれない自分に優しく接し、小さな勇者と共に自分達を底知れない闇の中から引っ張り上げてくれた。

 

 

 

 

 確かにこの任務への参加を蹴ることはできる。しかし、そうした場合、シグナムが危険に巻き込まれない代わりに失うものはあまりに多いだろうということが予測される。

 

 

 リョカ・リベラ執務菅、名前が売れてきたのは最近だが、彼の父については局の誰もがその名を知っているほどの重鎮だ。その子息であるリョカから直接指名された任務・・・それも行方不明の局員とロストロギアの捜索という人命救助に関わる大きな案件を断れば、臆病者の烙印を押され、これまで局員として積み上げて来た信頼は大きく失われることだろう。

 

 それにシグナム達だけではない、その評価ははやてにまで及ぶ。そうなれば、今後のはやての昇進に大きく影響するであろうことは間違いない。

 

 それでもはやてがこの話を耳にすれば、シグナムに行かないでくれというだろう。

だが、キャリア試験を控え、捜査官としてこれから邁進するであろう彼女の未来を潰すわけにはいかない。

 

 

 はやてはクロノ・ハラオウンを旗印とする派閥であるハラオウン派と親しく、最近では聖王協会の高官ともパイプができつつある。だが、まだこの小さな主に覇権争い、権力闘争といった人間の醜く、ドス黒い部分を受け止めるだけの力は備わっていない。

 

「分かりました。その任務受けさせていただきます」

 

 シグナムは申し訳なさそうな男性に対して笑みを浮かべながら了承の意を伝えた。

 

「・・・そうか、分かった」

 

 男性はシグナムの表情に目を見開いて驚きの表情を浮かべた後、静かに頷き、任務の開始日や他の参加予定の魔導師のデータ、ルーフィスの詳細などを可能な限り伝えていく。

 

 

 

 失われたジュエルシード、その行方とは・・・

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

どうもお久しぶりです。

休みがなく、全然投稿できませんでしたが、その分、そこそこのボリュームがあると思うので許していただきたいです。

第2章スタートというべき話になったかと思います。

何気にとらハ主人公、リリカル主人公、オリジナル主人公が成長した姿で顔を合わせた回でもありますね。

一昔前のテンプレ要素がふんだんにあるこの作品かと思いますが、恭也さんがいきなり武器を片手に主人公に襲い掛かったりといった風にはなりませんのでご安心ください。

冷静に考えて、古武術を修めた恭也がいくらシスコンとはいえ、なのはと同年代の少年に武器を構えて襲い掛かるとか普通にあり得ませんしね。

昔、流行ったクロノのKY、ユーノの淫獣とかも同様ですが。

自分はとらハはなのはと関連する事くらいしか知らないので、今作で設定が出てくることはないと思います。



リアルが落ちいて来たので、また、以前のペースに戻していくつもりです。

評価、感想等あればぜひお願いいたします。
自分のモチベが爆上がりしますので。
ではでは!


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因果悪意のコキュートス

 管理局から選抜された魔導師が第151管理外世界ルーフィスに降り立った。その最中、地球からロストロギアを乗せて飛び立った船、そしてそれを捜索すべく局から派遣された船が行方不明になったと思われる空域を通過したものの、特にこれといった異常もなく、無事に到着したようだ。

 

「これは……」

 

 シグナムは目の前の光景を見て思わず目を見開いた。そこにあったのはまさに大自然。生い茂る木々、透き通った海、青い大空、原始時代を思わせる未開の無人世界といった様相であった為だ。

 

 シグナムと共にこのルーフィスにやって来たのは他に5名。

 

「では、周囲の魔力反応を探りながら、捜索対象を探すとしようか」

 

 この部隊の責任者であり、指揮官でもあるリョカ・リベラが周囲の魔導師達を見渡しながら言い放った。

 

「ええ、そうしましょう」

「そうじゃな」

 

 賛同するように声を発したのは40代半ばと思われる女性と初老の男性。

 

「互いのコールサインとポジションも確認したことだしな」

 

 40代と思われる男性も賛同の声を上げ、20代とみられる若い女性も静かに頷いた。

 

 バリアジャケットに換装し、歩き出した6人。

 

 シグナムは内心で自身以外の魔導師の面々に若干の戸惑いを抱いていた。事前に聞かされていた参加予想メンバーと今いるメンバーでは誰一人一致していないからだ。参加予想リストにあったのは局内でも名の知られた魔導師達であったが今ここにいるリョカ以外の4名は少なくともシグナムの記憶にない者達であった。

 

 そんなシグナムの想いとは裏腹に生き残った局員とロストロギアの捜索が続けられるが、一向にその気配を感じ取ることができないでいる。

 

 バリアジャケットの保護機能があるとはいえ、照り付ける灼熱の太陽は魔導師達の体力を着実に奪っていく。

 

 捜索から2時間が経過した頃、魔導師達は大きな木の下に集まって休息を取っていた。

 

 休息を終えて捜索を再開するものの、行方不明者の痕跡を一切発見できないまま、更に1時間が経過していた。

 

 

 

 

「頃合いか……」

 

 額の汗をぬぐったリョカ……そして……

 

 金属同士がぶつかり合う鈍い音が周囲に響き渡る。

 

 

 

 

「ッ!?何を!」

 

 背後から斬りかかられたシグナムは、振り下ろされたアームドデバイス“アルス”を自身の刀剣型アームドデバイス“レヴァンティン”で受け止めたが、突如として攻撃を仕掛けて来たリョカの狂行に驚愕の表情を浮かべている。

 

「手か足の一本は貰うつもりだったんだけど」

 

 リョカは鍔迫り合いから距離を取り、シグナムの方を眺めながら答えになってない答えを言い放つ。リョカの行動が引き金になったかのようにシグナムの周りを取り囲むように他の部隊メンバーが立っていた。その手には曲刀、戦斧、鞭、長槍とそれぞれのデバイスが握られている。

 

 

 

 

「何の真似だ!?」

 

「何の真似ですって……ふざけんじゃないわよ!この犯罪者が!」

 

 シグナムの疑問の声をかき消すように40代半ばの女性がヒステリックな金切り声を上げた。

 

「……今は仲間内で争っている場合ではないはずだ」

 

 シグナムは僅かに動揺しながらも女性に制止を呼び掛ける。暴走すれば次元震を引き起こしかねないロストロギアが複数個行方不明になっているのだから当然の反応であろう。

 

 

 

 

「ああ、探し物はこれかな」

 

 リョカは“アルス”に格納されていた“ジュエルシード”をシグナムに見せつけるように取り出した。

 

「それはッ……!?」

 

「ふふ、ははははは!!!!君は騙されたのさ。始めからロストロギアなんて行方不明になっていないし、捜索隊なんて出撃してもいない。君を人気のいないところへおびき出すため、こちらで流した偽情報だったんだよぉ!!」

 

 リョカは自身の周りに6つのジュエルシードを浮遊させながら、心底愉快だという表情を浮かべている。

 

 

「ふふふっ、ここは君の断罪場なのさ。闇の書の守護騎士さん」

 

 リョカが言い放った一言“闇の書の守護騎士”……夜天ではなく“闇の書”という言い回しと、先ほどの女性の言い草からしてシグナムにはこの事態の原因がおおよそ理解できてしまった。

 

 

「そうじゃ!娘を返せ!殺人犯め!!!」

 

 初老の男性が声を荒げた。

 

「娘……?」

「以前のお前達が起こした事件で闇の書の暴走に巻き込まれたワシの娘は死んだんじゃ!!」

 

 地球で起きた最後の“闇の書事件”においては管制人格を除けば死者は出ていない。つまりは前回以前での出来事ということであろう。

 

「そうよ!息子を返して!!」

 

 先ほどの女性もシグナムを糾弾する。彼女もまた闇の書により家族を失ったようだ。

 

「昔、てめぇらに魔力を取られた後遺症でリンカーコアがぶっ壊れちまった。そのせいで俺は魔導師としての道を断たれたんだ!責任を取れよ!なぁ!!!」

 

 40代くらいの男性もシグナムを血走った瞳で睨み付け、最後の1人の女性は無言で手に持っていた槍の穂先を向ける。

 

 闇の書事件の被害者や遺族の糾弾を受けて揺れるシグナムの眼差し、“レヴァンティン”の切っ先が下に降ろされた。

 

「そして、僕は母を失った。当時、管理の武装隊員だった母は君達に戦いを挑み、完膚なきまでに叩きのめされ、魔力を奪われた後、衰弱して死んだんだ!!闇の書は夜天の魔導書が悪意ある改変を受けて壊れた姿?君たちのプログラムも壊れていた?主のために蒐集するしかない?……そんなこと僕らには関係ないんだよねぇ!!!」

 

 リョカは人が変わったように喚き散らす。

 

 闇の書事件の概要やはやてや守護騎士達が置かれていた状況を知るものは多い。

 

 今回の事件でシグナム達が、極一部を除いて魔法生物以外からの魔力蒐集を行わなかったこと、蒐集せねば主が命を落としていたこと、最終的に現地の管理局員に協力し、闇の書の無力化に尽力したことを加味され、減刑を受けて管理局、聖王教会に手厚く迎え入れられた。

 

 はやてらに対して同情する声も少なくなく、彼らの騎士としての能力の高さや希少な古代ベルカ式の使い手であること、周囲を引き付ける優れた容姿とカリスマ性から管理局、聖王教会においても重要な存在となりつつあり、一部の面々を除けば評価も高い。

 

 だが、被害者遺族にとってみれば、罪の大半を背負って管制人格が消えてしまい、残った騎士達は贖罪という名目で管理局に所属した後、次々と功績を立て、今や局内でも知らぬ者のいないトップエースへと上り詰めている。

 

 

「管理局が罰を下さないから、僕が君を断罪してあげようと思ってわざわざこんな場所まで出向いて来たのさ。“闇の書”に関わる全てが許せないが、特に許せないのは君達欠陥品の騎士様達さ」

 

 リョカの糾弾が続き、瞳に宿った憎悪が狂気へと塗り替えられていく。

 

「そうよ!息子を殺しておいて自分達は管理局の英雄だ、なんて許されると思って!?」

 

 女性は髪を振り乱しながら叫ぶ。はやて達に下されたのは、“夜天の書”の詳細データ開示や、暫くの観察処分、奉仕活動といった判決であった。

 

 守護騎士の境遇や置かれていた状況を間近で見た者達からすれば、彼女達もまた闇の書の被害者と言えるため妥当と思うかもしれないが、被害者遺族からすればあまりに軽い判決であったと感じるかもしれない。

 

 被害者遺族は戦果を挙げ、階級が上がっていく八神家の面々に対して不用意に手出しすることができずおり、大切なものを失った悲しみから目を背け続ける日々が続いていた時、リョカから今回の話が持ち掛けられた。彼らの忘れようとしていた悲しみ、抑え込んでいた憎悪が爆発し、この状況に至る。

 

 

「抵抗するのは自由さ。でも君がそんなことできるわけないよねぇ!仮に僕たちを退けたたとしても、管理局に牙を向いた犯罪者として主を含めた君達の信用は地に堕ちる。結局、“闇の書事件”を経ても何も更生なんてしてないってね!!」

 

 リョカは勝ち誇った様子でシグナムを嘲笑う。

 

「真実を話したって無駄無駄!!君達程度の訴えなんて父さんに握り潰してもらえばいいだけの話だし、ここで僕たちを全員を殺して口を塞ごうとしても無駄だよ。この光景は僕のデバイスから父さんの部隊へライブ中継されている。君がこちらに攻撃を仕掛けた時点で即指名手配行きなんだよね。つまり、チェックメイトってわけさ!!!……っ!?」

 

 完全に状況をコントロールし、場の支配者となっていたリョカがだったが、シグナムの行動に思わず絶句した……

 

「―――私は元より貴方達に向ける刃は持ち合わせていない」

 

 シグナムは“レヴァンティン”を左手に出現させた鞘に収め、地面に放り投げた。戦うための武器を自ら手放したのだ。

 

「な、何をしているんだ君は!?」

「見ての通りだ」

 

 リョカだけでなく、周囲の魔導師達も驚愕の表情を浮かべているが、シグナムは淡々と答えた。

 

「貴方達が闇の書により、地位と名誉を、未来、大切な人を失ったのならば……それは、私に刃を向ける理由になろう。例え、原因がどのようなものであったとしても、今まで我らのしてきたことは不変の事実であり、貴方達に悲しみを背負わせてしまっていた責は私達にある。だが……」

 

 

 シグナムは目の前の面々に向かって深く頭を下げる。

 

 

「我らの主だけには手を出さないで欲しい!勝手を言っているのは分かる!!だが、あの方もまた、闇の書に人生を狂わされた被害者なのだ。私の事は如何様に扱ってもらっても構わない。それで貴方達の怒り、悲しみが少しでも収まるのなら……」

 

 騎士道精神を重んじ、由緒正しいベルカの騎士として知られているシグナムが犯罪者まがいの行動をしている自分達に恥も外聞もなく、深々と頭を下げて懇願してきた。

 

 

 40代ほどの男性が思わず一歩後退した。その隣で初老の男性は滝の様な汗を流している。

 

 

 

 

「どうか、我らの主だけは……」

 

 自分達の行動に憤るわけでもなく、絶望するわけでもなく、目の前の騎士は凛として佇んでいた。

 

 シグナムの脳裏には自身がこれからどうなっていくかということなど、欠片も浮かび上がってこない。

 

 あるのは“闇の書”により全てを狂わされた彼らへの罪責感……そして、恐らくは残すことになってしまう、主や他の騎士達の事ばかりであった。

 

 戦うことしか、殺すことしか知らなかった自分達を温かく迎え入れてくれた最後の主。空から叩き落されようと、地に塗れようと何度も立ち上がって自分達に向かってきた2人の少女。

 

 時空(とき)を超え、主を変え、記憶を失いながら、ただ命じられるままに機械の様に戦い続けるだけの日々が永遠に続くと思っていた。だが、その地獄のような日々は数年前、終わりを告げた。

 

 その時から、敵を討ち続け血塗られたシグナムの刃は誰かを護るための物となった。訪れたのは家族と、仲間達と過ごす暖かな時間。それは誰もが当たり前に享受している物であり、シグナム達にとってはようやく得た穏やかな時間である。

 

 

 

 

———皆、主の事は任せるぞ

 

———そして、我が主、八神はやて……共に生涯を終える事叶わず、先立つ不義理な騎士をどうかお許しください。短い間でしたが私は幸せでした

 

 

———ふっ、これから死ぬというのに不思議と恐怖はない、空に還ったお前もこのような気分だったのだろうな

 

———もう間もなく……そちらに逝く……

 

 

 

 

 魔導師達は一点の曇りもなく透き通ったシグナムの瞳に見惚れていた。目の前の騎士の高潔さに、その忠義に圧倒されているのだ。

 

 

 

 

「な、何よ!?アンタなんか!!」

 

「ッ!」

 

 40代くらいの女性が鞭状のデバイスを振るい、シグナムの騎士甲冑の肩口に焦げ跡を作った。

 

「はぁはぁ、お望みどおりにしてあげるわ!大体何なのかしら!その下品な体は!気持ち悪いくらい整った顔といい、生意気なのよ!!!!……いいわ、一生、人前に出られないくらいズタボロにしてあげる」

「そ、そうだ!俺みたいな出来損ないにめちゃくちゃにされて、泣き叫んでるところを絞め落としてやるぜ!!」

「娘の無念……ここで晴らしてやる!!」

 

 リョカと槍を持っている女性以外がシグナムに詰め寄っていく。

 

 

 そして、シグナムはすべてを受け入れたかのように、その瞳を静かに閉じた……

 

 

 

 

「え……ぁぁぁ、あぅ?……ああああああああああっっっっぅ!!!!!???」

「な、なんだよこれぇ!!!」

 

 シグナムの耳に突如として聞こえてきたのは自分に近づいて来たであろう魔導師達の絶叫であり、目を開いた先には、鞭を振るった女性の左肘から先が失われ、血飛沫を上げている光景が広がっていた。

 

 その隣では40代半ばの男性が戦斧で何かからの攻撃を防いでいる。

 

 そして、シグナムの背後からも襲撃者が迫っていた。

 

「ちぃ!っっ、ぁぁ!!!」

 

 シグナムは振り下ろされた刃に対して、赤紫色の魔力を纏わせた手甲を突き出して防御した。そのまま、相手の攻撃の勢いを利用して背後に飛ぶ。目指すのは地に転がっている愛剣……

 

 しかし、シグナムに次なる襲撃者の刃が迫る。その襲撃者を蹴り上げ、空中で身を捩りながら、攻撃を躱し、レヴァンティンの柄を掴み取って抜刀、振り上げて一閃、追ってきた相手に一閃、2つの影を斬り裂いた。

 

「こいつらは一体!?」

 

 シグナムが斬り飛ばしたのは人ではない。3~4mほどの生物であり、細長い体躯に手には大きな鉤爪、鋭く生えそろった歯、硬質な鱗に割れた瞳孔、原始的な竜種と呼べる生物であった。

 

 

 

 

「うああああああっぁあああ!!!!!こっちに来るんじゃあない!!!!」

 

 シグナムが悲鳴が聞こえた方に目を向ければ、初老の男性が尻もちをついて、刀身がへし折れた曲刀を振り回している。

 

 男性の目の前で体長10m以上はあろうかという双頭の狼が雄叫びを上げており、口元からはみ出すほどの大きな2本の牙、獰猛そうな目付き、男性は恐怖に震えていた。

 

 

「いやあああああぁぁぁ!!!!はなしてぇぇぇ!!!」

 

 

 先ほど鞭を振るった女性が4mほどの大きな鳥に肩を掴まれ、大空へと連れ去られた。悲鳴を上げている女性だったが、もう一羽の怪鳥が女性の両足を後肢で掴み取り、2匹の怪鳥の爪が肩と足を突き破る痛みに泣き叫ぶ。しかし、そんなことなど気にも留めず、2匹の怪鳥はこの獲物は自分の物だと言わんばかりに空中でドッグファイトを繰り広げており……耳を覆いたくなるような音を発し、空に鮮血が舞い散った。

 

 

「う、うおおおおおお!!!!この化け物共がぁぁぁ!!!!」

「待て、闇雲に突っ込むな!!!」

 

 戦斧を持った男性が空へ飛び上がり、怪鳥の群れに突貫していく。それを受けたシグナムは目の前の竜種を斬り飛ばしながら制止をかける。

 

 何故ならば……

 

「え……?な、んだ……!?」

 

 先ほど襲撃してきた怪鳥の5倍近い大きさの鳥が空を陣取るようにその羽をはばたかせていたからだ。2対4枚の大きな翼を広げたかと思えば、そこから何かを連続で射出していく。

 

「こ、こんなもん!あ……えっ……!?」

 

 男性は戦斧から魔力を炸裂させ、カートリッジを1発消費しての魔力壁を生成し、防御にあたるが、巨鳥の羽毛はそれをバターを斬り裂くように貫通し、間の抜けた声を上げた男性が一瞬で全身をバラバラに刻まれて持ち主を失った戦斧が無残にも地面に転がる。

 

「馬鹿者が!!しかし、あんなものを撃たれ続ければこちらは全滅……ならばッ!!」

 

 シグナムは面での範囲攻撃を上空から撃たれ続けることを嫌ってか、自身も地を蹴り、巨鳥を目指して大空へ舞い上がる。シグナムの接近に反応して巨鳥は再び、羽毛を射出した。

 

「これは……羽毛の一枚一枚に魔力が纏わりついている!?」

 

 シグナムは羽毛の弾幕を躱しながら接近するが、通りすがっていくそれに魔力が付与されていたことに驚愕した。

 

 巨鳥は範囲攻撃が当たらないと見るや、上羽2枚を振るって魔力を纏った真空波を撃ち放った。シグナムは身を捩り、迫り来る2つの衝撃波を躱す。威力は先ほどまでの比ではない。

 

 だが、高威力の代償か攻撃範囲は狭く、連射速度も大したことはない。しかし、それを補うかのように範囲攻撃の時には巨鳥の背後に控えていた怪鳥達が間髪入れずにシグナムに襲い掛かる。群れ全体での波状攻撃に切り替えたようだ。

 

 “リンカーコア”を持った生物は数多く存在する、上位の魔法生物の攻撃に魔力も宿ることはある、しかし、状況に応じて技を切り替え、それに合わせて群れ全体での攻撃方法を切り替える……最早、戦術と言っていいかもしれないそれを完全に扱いこなしている目の前の鳥達は明らかに普通ではない。

 

「雑魚に用はない!」

 

 シグナムは全身に赤紫色の魔力を纏い、群れの中央を強引に突っ切っていく。狙いは1匹だけだ。

 

 自身に危害を加えないまま、既に2人の犠牲者が出ている以上、この件の企んだリョカ達にとっても不測の事態であることは明白。つまり、この生物たちを打倒することに関して、管理局への体裁について一切気にする必要がないということ……シグナムは“レヴァンティン”の非殺傷設定を解除した。

 

 そして、包囲網を突き破ったシグナムと巨鳥が相まみえる。

 

「“レヴァンティン”!!」

 

《Explosion!》

 

 シグナムは上段に構えた“レヴァンティン”の撃鉄を叩き起こす。炸裂した2発のカートリッジが排出されると魔力が膨れ上がり、刀身が炎を纏う。

 

 対する巨鳥も前翼に魔力を纏わせ、魔力刃のようなものを形成してシグナムに向かって振り上げた。

 

 

「紫電……一閃ッ!!!」

 

 

 シグナムの爆炎を纏った一太刀は巨鳥を刃と化していた翼ごと一刀両断した。

 

 先ほどまでの魔力ダメージでの攻撃ではない非殺傷を解除した本物の一撃を受け、全身を炎で焼かれながら、真っ二つに両断された巨鳥が地面に墜落する。群れのリーダーを失った怪鳥達は統率を乱して我先にと逃げ始めているようだ。

 

「これで制空権は奪った……あの男、何をやっている!?」

 

 シグナムは最大の脅威であった上空から弾幕による範囲攻撃を繰り出す巨鳥を打ち倒したが……

 

 

 

 

「くそぉ!くそぉ!!くそぉぉぉ!!!!なんだよ!これはぁぁぁぁ!!!!!???」

 

 リョカは余裕のない表情で迫り来る2mほどの狼達に自身の剣型デバイス“アルス”を叩きつけるが、なかなか決定打とならず、数の暴力から後退を余儀なくされている。

 

「へ、ぇ!?……あっ、ぁぁぁぁ!?」

 

 しかし次の瞬間、リョカの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。手にしていたアルスは後方10mほどまで吹き飛ばされている。視線を向ければ、双頭の狼がリョカの方に向いて歩いてきているではないか、そして、その後ろには初老の男性の物と思わしき足首が転がっていた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!????」

 

 先ほどリョカが吹き飛ばされたのは双頭の狼が前足を振った事によって起きた風圧が原因であった。防衛手段を失ったリョカは頭を抱え、その場で丸くなった。迫る6匹の狼・……だが6匹ともリョカには何の興味も示さず、その周囲を舞っていた“ジュエルシード”を1つずつ口で挟んで戦闘域から離脱して行くではないか……

 

 

「なぜ、ジュエルシードを!?……ッ!」

 

 渡すものかと上空から追いすがろうとするシグナムであったが、怪鳥の群れに阻まれ思う様に動けない。

 

「……くっ!?」

 

 他の面々とは違って小型の竜種相手に危なげなく立ち回っている長槍を持っている20代くらいの女性も、強奪の瞬間を見て追いかけようとするが、目の前の竜種の群れによって追跡を阻まれてしまい、現地の魔法生物に“ジュエルシード”を奪取されてしまった。

 

 

「もういやだ……どっかいけよぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

 地面で丸くなっているリョカは残存魔力をすべて使って、障壁を展開するが、先ほどの戦斧を持った男性の最期を思い出せば、焼け石に水だということは誰の目から見ても明らか……

 

 リョカの悲鳴と共に、双頭の狼の左側の顔が力を籠めるように持ち上げられ、突き出た牙の先端に魔力を纏わせながら振り下ろされた……

 

 

 

 

 しかし、1発の魔力弾が振り上げられた左側の顔を撃ち抜いて、その動きを強引に止めさせる。

 

 魔力弾を放ったのはシグナムでもリョカでも槍を持っている女性でもない。それが遥か上空から撃ち放たれたものだったからである。

 

「なっ!?上か!」

 

 シグナムが発射域であろう上空に目を向ければ、蒼い流星が高速で接近してきているのが視認できる。

 

 

 

 

 流星が煌めき、双頭の狼に着弾した。先ほど魔力弾を撃ち込まれた方とは逆の頭が首の付け根から斬り飛ばされ、宙を舞う。

 

 シグナムの瞳が映し出したのは、白い背中……

 

 その後姿には見覚えがある。長めの黒髪に、白のロングコート、手には純白の剣……

 

 数日前に知り合った少年、蒼月烈火がこのルーフィスに姿を現したのだ。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつの間にやら読んで下さる方が増えてきていて感謝感激でございます。

正直、モチベが爆上がり中です!

その証拠に、これほど早く、続きをお届けすることができました。

ただ、大分スプラッタな内容になっていることをお許しください。
第2章は基本こういう話となります。

また、原作ではあまり描かれていない、グレアムやハラオウン親子以外の、闇の書の被害者達を直接、登場させるとこんな感じなのかなと思って書きましたが、原作キャラへアンチ的な表現になってしまうのは避けれられませんでした。

その代わりと言っては何ですが、シグナム姐さんには戦闘方面で活躍していただきました。
これまでで一番気合を入れて書いたかもしれません。
この第2章では実質主人公と言っても過言ではないほど出番が多いと思います。

そして、管理局員であるにもかかわらず、私情で法を犯した彼らの末路は、この話を見ていただいているならばお分かりになるかと思いますが・・・




PSP版や最新の劇場版があるとはいえ、STSはスバルが主人公と言っても過言ではなく、フォワードの成長がメインで描かれることが多いという風に感じています。

ゼストとレジアスや六課を取り巻く環境、陸と海の軋轢みたいなのは描写されていましたが、やはり、メインはフォワード陣、後半ヴィヴィオ関係が話の主軸となっていたので、その辺は割と流された感があるなと思っていました。

自分的にはフォワード関係よりも、管理局の闇に対してのはやて達の行動や、某マッドサイエンティストとそれを追うフェイトがもっと見たいなぁとか、三脳があっさりと退場してしまいましたし、その後、管理局がどうなったかとかそういう関係がメインで見たかったと思っていたりしています。

続編というか外伝のvividは無印~STSまでとかなり作風が変わった関係もあってか、その辺が描写されることはなくなってしまいましたのが残念でなりません・・・

この作品では、自分の妄想でしかないですが、管理局のダークな部分を多数登場させていくと思います。
別にアンチ管理局作品というわけではありませんが、局も慈善事業団体ではないですし、原作の時点で違法研究をしている黒い部分があるのは明らかなので、この今作では管理局関係の話はそういう方向に行くことが多いかもっていう感じですかね。

勿論、この第2章でもなのフェイを始めとしたリリカルガールズにもしっかりと出番がありますのでご安心ください。

無人世界で交差する悪意、謎の生物達、奪われたジュエルシード、突如として、戦闘に介入した主人公、いろいろ気になるところはあるかと思いますが、それはまた次回以降ということで・・・

話数も少しずつ増えて来たので章付けとあらすじを修正いたしました。

感想、お気に入り等していただけると感謝感激でございます。
モチベが上がるとお届けできる速度も上がるかと思います。
ではでは!


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剣の軌跡

 私立聖祥中学2年2組の教室にて、長い金髪の少女が席に腰かけて溜息をついた。

 

「烈火、急に用事だなんてどうしたんだろう?」

 

 フェイトは普段なら烈火がいるはずの隣の席を眺めている。

 

今日の朝、私用の為、学校に行かないということを念話で伝えられた時にはちょうど着替え中だったので、びっくりしたものだと思い返していた。

 

「昨日までは元気だったし、体調不良ってことはなさそうだよね。他の誰かに会いに行ったりしてるのかなぁ」

 

 烈火が地球に滞在するようになってまだ2週間程度しか経過していない。

 

念話の様子からも体調が悪いということはなさそうであったため、知り合いに会いに行ったのだろうかと予想したが、海鳴市を離れたのは幼少の頃のはず、加えて彼には両親がいないし、ソールヴルムと魔法文明のない地球との間で誰かと連絡を取り合えるとも思えない。

 

 かといって、わざわざ魔力を封印までして地球に滞在していた以上、魔法関係の用事というわけでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「おい、何だあれは?」

 

「ハラオウンさんが溜息をついているであります!」

 

 教室の一角に集まった男子達がフェイトの方にチラチラと視線を向けている。その先にはフェイトが物思いに耽り、烈火の席を見ながら溜息をついている姿。

 

「いつもの明るい感じもいいでありますが、今の儚げでミステリアスな感じもたまらんであります!」

 

 男子達は鼻息を荒くしながら、小声で話し合っている。

 

「それには激しく同意だが、今重要なのはそこではない。なぜハラオウンさんがああいう風になっているかということだ」

 

「それは、奴が原因であります!」

 

 男子の視線がフェイトのすぐ隣の空席に移り変わる。フェイトの深紅の瞳も男子達と同じく、先ほどからある一点を見つめたままだ。

 

「・・・一体何なのだ奴は!転校してきて僅か数週、なのに我々よりも既にハラオウンさんとの距離を詰めているなどと!!」

 

「許すまじ!蒼月烈火!!」

 

「ぼ、僕なんか初等部から今まで何回もクラスが同じになったけど、全然しゃべれてないのに!!」

 

 最早、目新しさのなくなった男子達の定例会議、小声で怒鳴るという果てしなく無駄な技能を発揮して今日も今日とて盛り上がっているようだが、

 

 フェイトが、か細い声で烈火の名を呟いたのが男子達の耳に入ってくれば・・・

 

 (((あ、あの野郎ぅぅぅぅ!!!!!!!)))

 

 男子達の背から熱気が立ち昇る。

 

「ホントにバカばっかね・・・」

 

 アリサはそんな男子達を呆れた目で一瞥した。その後、アリサもまた、烈火の座席に視線を向ける。

 

 

アリサの脳裏によぎったのは1週間前、魔法関係の事件に巻き込まれた時の出来事、命の危機に瀕した自分を救ったのは転校生の少年。

 

 狂刃が自身と親友に振り下ろされようとしている、そしてそれを受け止める白いロングコートの少年・・・

 

「・・・ったく、ばかばかしい」

 

 アリサは感傷に浸るなど、自分らしくもないと、頭のスイッチを切り替える。話し合いが白熱したせいか、教師が来る前に解散しそこねて注意されている男子達を意識から外し、教卓の方に目を向けた。

 

 

 彼の後姿、空を舞う姿が、今も瞼の裏に鮮明に焼き付いていることを押し殺しながら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーフィスで謎の生物と戦闘中の魔導師達、その最中、双頭の狼に天空から一閃を打ち放ち、舞い降りて来たのは意外過ぎる人物であった。

 

「蒼月・・・なぜおまえがこのような所にいるのだ?」

 

 シグナムは戸惑いの表情を浮かべ、特別管理外世界ソールヴルムの魔導師だという少年、蒼月烈火に問いかける。このルーフィスは無人の管理外世界であり、自分達のような特例がなければ用などないはずだということだろう。

 

「まあちょっと色々ありましてね。そちらこそこんな辺境の世界になんの用なんです?」

 

 烈火はシグナムの問いかけに苦笑いを浮かべて答える。その足元では群れのリーダーである双頭の狼が絶命したことによって、小型の狼達が逃げだしていた。それを見るや怪鳥、竜種も撤退していく。どうにかこの場は乗り切ったようだ。

 

「我らは・・・いや、ともかくこの場から離れよう。情報の交換はその後だ」

 

 シグナムはこの場から一旦離れることを提案した。周囲には多数の死体が転がっており、とても話し合いをするような場所ではないということであろう。その中には管理局員達の遺体もあるが、残念ながらもう原形をとどめていない。

 

 

 

「ここから離れる?何を言ってるんだ君は!本局に戻る方が先だろう!!!」

 

 烈火とシグナムは飛行魔法を解き、地上で会話していたが、リョカがそこに割り込むように声を張り上げた。

 

「戻れるなら、そうしていますよ。ご自身のデバイスで周囲の様子を探ってみればわかるかと思いますが・・・」

 

 シグナムはリョカにデバイスを確認するように進言した。

 

「ふん、全くどうしたという・・・な、なんだこれは!?どうなっているんだ!!!」

 

 リョカがアルスで周囲を探ると、この周辺を覆う巨大な結界のようなものが出現しているという報告を受ける。よって、転移魔法を使うことができず、リョカの目的であった管理局への帰還は不可能だ。しかも、結界外への連絡も封じられている。文字通りこの世界に閉じ込められてしまったようだ。

 

 

 

 正攻法での脱出は不可能と判断し、生き残った4人は洞窟のような場所にその身を移し、とりあえずここを拠点としていくようだ。誰一人、口を開くものはおらず、重苦しい雰囲気が漂っている。

 

「さて、ところで君は何者なんだい?」

 

 落ち着きを取り戻したリョカが、見知らぬ顔である烈火に問いかけた。

 

「通りすがりの魔導師ですよ。管理局員ではありません」

 

「局員でないということは嘱託か、フリーか・・・まあどうでもいい。君には僕の指揮下に入ってもらうが・・・」

 

「いえ、お断りします」

 

「な、何だと!?」

 

 リョカは烈火をフリーか、嘱託魔導師だと断定するとともに、自らの一団への参加を呼び掛けたが、了承は得られなかったようだ。その瞬間、リョカの表情が一変する。

 

「一応、やることがあってこの世界に来たのでそちらを優先します」

 

「こんな辺境世界でやることだと!?まさかお前、この事態について何か知っているのか!・・・それとも、お前が引き起こしたのか!!それなら僕の指揮に従わないのも、頷ける!どうなんだ、言え!!」

 

 淡々と答える烈火、何か目的がある風な口ぶりだ。しかし、リョカはそんな烈火の様子に激怒し、あろうことが自身のデバイスを突き付けた。

 

「な、何をやっているのですか!?」

 

 シグナムは烈火とリョカの間に体を滑り込ませるが・・・

 

「黙れ、犯罪者!ふふ、そうかそうか、犯罪者同士庇い合っているのか!!ここから出ていけ、早く消え失せろ!!お前らなんか野垂れ死んでしまえばいいんだ!!」

 

「・・・分かりました」

 

 リョカは癇癪を起した子供のように喚き散らす。この様子を見れば、初対面の烈火ですら不機嫌そうに眉を吊り上げるが、シグナムは俯きながら踵を返し、洞窟の出口へと歩いていく。烈火はリョカの方を一瞥した後、黙って出ていくシグナムに倣って、洞窟を後にした。

 

 

 

 無言で歩いていく2人。先ほどと似たような洞穴に腰を落ち着けた。

 

「さっきのアレは何だったんですか?同じ管理局員同士ですよね」

 

「ああ・・・」

 

「味方を犯罪者呼ばわりした上に、あの言い草・・・ただ事ではないように見受けられたましたが・・・すみません、話しづらいことなら無理に答えなくていいですよ」

 

 烈火も目の前であれだけのことが起きれば気にならないわけがない。しかし、シグナムの沈んだ表情を見て、焦ったように口を開く。

 

「いや、そのような気遣いは不要だ。あまり聞いていても面白くないかもしれんが、よければ聞いてくれるか?」

 

 シグナムは烈火の方を向いて呟いた。

 

「ええ、俺でよければ・・・」

 

 烈火もシグナムの目を見て了承の意を伝える。以前に会った時とはあまりに違うシグナムの雰囲気にただならぬものを感じているようだ。

 

 

 

 シグナムの口から語られるのは、一冊の本が悠久の時空(とき)を旅してきたこと。

 

 夜天の魔導書という古代ベルカに伝わる魔導書があったこと、主と共に歩む管制人格、主を守護する、ヴォルケンリッターが存在する事。シグナムはそんな守護騎士のリーダーであることが明かされた。

 

 ある時の主が夜天の書に改編を加えたことによって、自動防衛運用システム〈ナハトヴァール〉が暴走し、災厄を齎す・・・闇の書と呼ばれるようになってしまったこと。

 

 例え破壊しようとしても、無限転生機能により、新たなる主を探して転生してしまうため、破壊は容易ではなく、長きに渡って次元世界を恐怖の渦に飲み込んできた。

 

 夜天の書の破損により、自身達の記憶プログラムも壊れ、本来の使命すら忘れてしまっていた。様々な主に呼ばれ、ただ機械の様に戦い続ける日々、永遠に終わらぬ地獄のような日々だったが、最後の主、八神はやてとの出会いをきっかけにそれは終わりを告げた。

 

 強き心を持つ魔導師、騎士達の全力連携攻撃により犠牲者が出ない奇跡のような幕切れを迎えた最後の闇の書事件以降、自身が管理局に所属するようになったこと。

 

 そして、今回、特別任務という名目でこのルーフィスに来たが、それは闇の書事件の被害者遺族の報復であった。

 

「概要を話すとなると、こんなところだろうか」

 

 烈火は魔法という超常の力をもってしても、現実離れしたスケールの大きな話に聞きいっていたが、その話も一区切りついたようだ。

 

「俺は、大切なものを失った彼らが貴方に復讐しようとしたことに関して、その行動を否定はできません。人間として当然の感情だと思います」

 

「そう、か・・・そうだろうな」

 

 シグナムは烈火の返答に対して、まるで、その答えが来ることを分かっていたかのように言葉を紡いだ。

 

「でも、彼らの行動が正しいかとは別問題。自分達は正しいことをしていると正義を語り、自らの保身を図りながら、復讐を正当化しようとした連中の手口は外道以下です。そうなるに至った経緯には同情すべき点もありますが、管理局の法で裁かれて罪を償った・・・貴方に対して刃を向ける理由はあっても、権利は彼らにはないはずです」

 

「それは・・・」

 

 シグナムも、烈火の発言が正しいことは分かっているし、襲ってきた連中に対して全く憤りがないと言えば嘘になるかもしれない。しかし、それだけの事をしてきたのだという罪責感が彼女の心を蝕んでいる。

 

「シグナムさん達が今までやってきたことは消えることはありません。八神も夜天の主であり続ける以上、闇の書という十字架を一生背負っていかなければならないでしょう。でも、罪を償った貴方の刃は何を為してきましたか?」

 

「主と出会い、管理局に入った私・・・」

 

「多くの犯罪者を倒し、主を、仲間を、市民を護って来たんじゃないですか?シグナムさんだから助けられた人々がいたんじゃないですか?」

 

 烈火の言葉を受けてシグナムの脳裏には管理局に入ってからの事が浮かび上がる。シグナムはこれまで主や騎士達の事ばかり考えて行動してきた。しかし、烈火の言葉で初めて、自身のこれまでの軌跡を振り返ることとなった。

 

「今日初めて闇の書の事を聞いたばかりの俺が言える事ではないのかもしれません。でも、どんな形であれ、自ら犯した罪を背負い、誰かを護る・・・貴方の振るった剣で救われた人もいる、貴方の剣は誰かを護れる物になっている。それも変わることのない事実だと思います・・・壊すだけしかできない俺なんかの物よりずっと素晴らしいものです」

 

 そういって烈火は話を締めくくった。

 

「蒼月、お前は一体・・・」

 

 シグナムの瞳に映り込んだ烈火は悲痛の面持ちであった。その瞳から、表情から感じ取れるのは虚無、後悔、悲壮、喪失・・・とても13,14歳の少年の物とは思えない。シグナムは仮説を立てた、そうであって欲しくない仮説を・・・

 

「シグナムさんにだけ話しづらいことを話してもらっちゃいましたし、俺も答えなければいけませんね・・・俺がこの間までいたソールヴルムは数か月前まで戦争状態に陥っていました」

 

「なっ!?戦争だと」

 

 シグナムはソールヴルムの事をミッドチルダと同等以上に文明が発展している世界と聞いていたが、そこで戦争などという言葉が出てきたことに驚愕の声を漏らした。戦乱の古代ベルカ時代ならともかく、以降は次元世界での大規模戦闘が起きたという記録はほとんどない、ということからもそれが異質な出来事だということを感じ取ったようだ。

 

「ええ、世界が2つに分かれての大きな戦争、俺はただの学生でした。戦争の事だってどこか遠い世界での出来事だと思っていた。でも俺の生活していた所も戦禍に巻きこまれ、当たり前だと思っていた日常は唐突に終わりを迎えました」

 

 

今までの事を振り返るように話す烈火の表情は重い。

 

「戦争に巻き込まれ、俺は力に目覚めました。魔法という戦うための力に・・・戦いの中で友人や両親を始め、大切な物を失い、そして多くの命をこの手で奪いました。何のために戦うのか、なぜ戦わなければならないのか・・・答えは出ぬまま、終戦まで戦場を駆け続けました」

 

 謎の少年の過去が垣間見えた瞬間であった・・・

 

「主の傍にいる存在が人殺しと知ったのに、余り驚いていませんね」

 

 明かされた衝撃の真実、しかし、シグナムは烈火の事に対してそれほど驚いていない様子であった。

 

「前回の戦闘映像、そして今回のお前の一太刀を見て、何となくそんな予感はしていたんだ」

 

 シグナムはむしろ納得がいったという表情であった。

 

 シグナムは、イーサンと烈火の戦いを見て感嘆を覚えた。魔導師としての実力というよりも、迷いのない鋭い剣戟、管理局員のそれとは違う重みをシグナムに感じさせた。

 

 先の魔法生物との戦闘でも、シグナム以外は最後まで非殺傷設定で魔法を行使していたが、烈火は最初の一発を着弾させた後、即座に殺傷設定での攻撃を繰り出していた。

 

 魔法とはクリーンで万能の力。

 

 それが今の管理世界の常識で魔法行使においても非殺傷設定が当然のように浸透しており、訓練を受けた管理局員ですら設定解除の発想に至らない。それを目の前の少年は、何の迷いもなくやってのけた・・・これが意味することは烈火もシグナムと同じく、自らの刃で他者の命を奪ったことがあるということを意味しているのではないか、ということであろう。

 

 

「戦争の中で俺にできたことは戦うことだけでした。結局、俺の力は何かを殺し、斬り裂くことしかできない」

 

 シグナムは、はやてと同じ年齢の少年が浮かべる悲痛な表情に胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。なのは、フェイト、はやて・・・過去に起きた辛い出来事を乗り越え、今を、そして未来を見据えて、前を向いて歩いている彼女達と目の前にいる烈火はあまりに対照的である。

 

 なのは達の瞳に輝くのが希望なら、烈火の奥底にあるのは深い闇・・・

 

 

 そんな烈火に対してシグナムが声をかけようとしたが・・・

 

「・・・ッ!?」

 

 シグナムの切れ長の瞳が吊り上がる。その手にはレヴァンティンが握られており、烈火の左手にも刀剣状態のウラノスが出現した。鋭い目つきで洞窟の出入り口を睨み付ける2人。

 

 

 

 

「・・・こんなところにいましたか。あ、あの、その物騒な殺気をしまってくれると嬉しいのですが」

 

 姿を現したのは先ほどの戦闘で長槍を携え戦っていた女性だ。心なしか膝が笑い、冷や汗をかいているように見受けられる。

 

「何の用です?」

 

 烈火は目の前の女性に対して警戒態勢を解かない。先ほどの話を聞けば無理もないだろう。

 

「共闘を申し込みに来たのです。私は先ほどの彼と違い、貴方達に敵対する意思を持っていませんから・・・」

 

 先ほどまでシグナムに対して敵意を向けていたはずの女性は両手を上に上げ、武装をしていないことを2人に見せ、共闘を願いかけて来たのだった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は情報共有&拠点パート1といったところですね。

前話の時になんとこの作品がランキングに乗っていたそうで、自分が一番びっくりしています。

読んで下さる方も増え始め、ますますモチベが上がっております。

感想等ありましたら頂けると嬉しいです。
ではまた次回に!


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25年の執念

 管理外世界ルーフィスに幽閉状態となった4人の魔導師。リョカと別行動をとることになった烈火とシグナムの下に管理局員の女性が共闘を求め近付いてきたが・・・

 

「リベラ執務官と違うとはどういうことだ?この作戦に参加しているということは・・・」

 

「ええ、私も闇の書とはそれなりに因縁はありますが、別に復讐心にかられて、ここに来たわけではありません。私がリベラ執務官・・・いえ、今はもうただの犯罪者ですね。彼の誘いを受けたのには2つの理由があります」

 

 女性の言い回しに烈火とシグナムは怪訝そうな表情を浮かべている。先ほどまで付き従っていたリョカに対して散々な言いようであったからだ。

 

「1つ目ですが、リョカ・リベラには様々な嫌疑がかかっています。魔導師ランクの偽装に始まり、虚偽の任務成功報告、気にいらない局員がいればそれらを局の重鎮である父親の権力を使って排除するなどということを始めとして・・・ですが彼らは狡猾です。自らの手は汚さず、危険を冒しません。仮にそれらを取り押さえたとしても、そのようなことは知らないと言い張られてしまえばそれまで、それどころか逆にこちらが消される可能性すらありました」

 

 初対面の烈火はともかく、リョカの事を若手NO1エリート魔導師だと聞いていたシグナムにとっては驚きの情報であるだろう。

 

「ですが、その彼は護衛すら連れず自らの手でこの件を引き起こしました。これを現行犯で押さえれば、彼らの悪事を止めることができると、ある方々の命を受け、私はここに来たのです。ですので彼らが貴女に触れた瞬間に捕縛するつもりだったのですが・・・残念ながらそれどころではなくなってしまいましたね」

 

 女性はシグナムの方を向いて呟く。女性はリョカを含めた魔導師達を捕縛しようと槍を上げた瞬間に魔法生物の襲撃を受けたため、本来の目的を達成できなかったことを悔いている様子だ。。

 

「そのような理由があったとは・・・で、もう一つの理由とは?」

 

「2つ目の理由は闇の書の守護騎士がどのような方か見ておきたかった、といったところです。私の父は以前の闇の書による事件で亡くなったと聞いています。そして生活が苦しくなり、当時幼かった私は母に保育施設に預けられ、そのまま迎えは来ず・・・捨てられました」

 

 女性の言葉を聞き、シグナムの表情が歪んだ。

 

「そんな顔をしないでください。恨んでいないと言えば嘘になりますけど、私は闇の書に対して敵対心のようなものは持ち合わせていません。その後、私が引き取られた施設に次元犯罪者が侵入し、子供を人質にしようとして、私が狙われました。犯人の手が伸びてくる瞬間に私は魔法の力に目覚め、噴き出した魔力に気づいた管理局員によって犯人は取り押さえられ、事なきを得ました。そして、魔法の才能を見出され、管理局に引き取られて今の私になるわけです」

 

 辛い過去を話し終えたにもかかわらず女性はそれほど気にしていないような様子であった。

 

「確かに闇の書によって家庭はめちゃくちゃになってしまったかもしれませんが、魔法を使えるようになって才能を見出されなければ今の私はありません。同年代の女性どころか男性と比べても給料は数倍以上ですし、かつての貧乏な家庭で育つよりも結果としていい人生になっているんじゃないかなと感じています。両親の顔だって覚えていませんし、気に病むことなど何もありませんよ」

 

 笑みを浮かべながら話す女性はすでに過去の出来事を乗り越え、前を向いているのだろうと感じるシグナムであった。

 

「ここからが本題なわけですが、戦闘中にジュエルシードを持ち逃げした竜種にサーチャーを取り付け、先ほどから逐一反応を追っていました。そして、その反応はここで止まったままです」

 

 女性が通信端末の画面を起こし、烈火とシグナムにその地点を表示した。

 

「これは地下か?」

 

 シグナムは反応が停滞している場所を見つめた。それは地上ではなく、地下・・・先ほどの生物達は地上の捕食者ではあっても、日の光の届かない地下で生きていけるようなタイプではなさそうだと首を傾げている。

 

「ええ、そのようです。この反応を追えばジュエルシードを確保できる可能性が高いでしょう。先ほどのリベラの件と合わせて、これが私の持っている情報です。ですが、我々を閉じ込めた結界や先の生物達については何もわかっていません。魔法生物達との戦闘に備えての戦力増強、そしてこの少年は何か知っているような口ぶりでしたので、情報の交換を願いたくここに来ました・・・一応、隠し事せずこちらの情報はすべて話ました。誠意は見せたつもりなのですが、ダメでしょうか?」

 

「いや、状況が状況だ。共闘ということならば私も望むところだ。とにかく、ジュエルシードは何としても暴走前に止めなければならん・・・蒼月、お前はこの件に関して何か知っていることがあるのか?」

 

 シグナムは女性の頼みを了承し、烈火の方に視線を向ける。当の本人は用があるとリョカの提案を突っぱねていた、そして何か知っているようなそぶりを見せていたこともあったためか、2人の女性がじっと見つめている。

 

 

 

「ええ、この出来事の原因と首謀者についての情報は恐らく俺の持っているものと一致していると思います」

 

「なんですって!?」

 

 烈火の発言に女性は目を見開いた。

 

「俺も直接調べたりしたわけじゃなく、情報として聞いただけですがね。この出来事の首謀者はフィロス・フェネストラとかいう科学者だそうです。かつては管理世界でも名の知れた科学者だったそうですが、ある研究に手を染めた結果、表舞台から姿を消したそうです」

 

「ある研究とはなんだ?」

 

 動揺していた女性に変わって、シグナムは烈火に対して問いかける。

 

「魔導獣理論・・・人間や使い魔など以外にもリンカーコアを持っている生物が多くいるのはご存知ですね---」

 

 

 

 

 

 25年前・・・広がっていく管理世界、増える犯罪に対して、魔導師の数はそれに追いついておらず、この頃から既に時空管理局は、深刻な人手不足を抱えていた。

 

 そこにフィロス・フェネストラが提唱した魔導獣理論。

 

 それは、そもそも魔導師とは何かということから始まった。人間以外にもリンカーコアを持つ生物は数多くいる。リンカーコアを持ち、それを魔法として行使できるのが魔導師というのなら、人の形をしていない魔法生物も同様に自在に魔力を扱えるようになれば、それらを魔導師として認めるべきだという物だった。

 

 魔法生物1匹1匹に人間同様の人権を与え、人間と同様に生活し、管理局員として所属させる。管理局は魔導師の不足という問題を打破できる。理想の理論だとフィロスは声高らかに学会で発表した。記憶転写のF計画ですら凍結した学会が、余りにも常識から外れてた魔導獣理論に賛同の声をあげるわけがなかった。

 

 しかし、フィロスは諦めなかった。笑いものになろうと、何度却下されようとも理論を発表し続けたが、次第に学会から見放され、異端者として追放された。

 

 そして、フィロス・フェネストラは優秀な科学者から一転、表舞台から姿を消すことになった。

 

 

 

「そのようなことが・・・しかし、それだけならこの件とそこまで関係しているとは思えませんが?」

 

 女性は烈火の説明に首を傾げている。突飛な理論であるが、特別危険性のあるものとは思えなかったからだ。

 

「ここまでは前置きです。学会から追放され、事実上は科学者人生が終わったかに見えたフィロスでしたが---」

 

 皆に自分の理論を認めさせるため、フィロスは自身の研究論に手を加え続けた。学会を追放されたのもそれが原因である。

 

 魔導師よりも魔法生物の方が優れているということを証明し、自らの理論を押し通すつもりだったのだ。そのために魔法生物の遺伝子情報に手を加え、違う生物同士の遺伝子を掛け合わせ、より強力な魔法生物を生み出そうと躍起になった。強靭な肉体、高い知能、そして、リンカーコアからの魔力を自由に操れる生物・・・それらを総称して魔導獣と名付けた。

 

 人道外れた行為であるが、狂気に魅入られていたフィロスは周囲の制止も聞かず、その研究を続けた結果、異常者、異端者とみなされることなった。

 

 しかし、どのような手段で研究資金を調達しているのかは分からないが、フィロスは今もまだその研究を続けている。

 

 

 

「なるほど、先ほどの双頭の狼や4枚羽の巨鳥、他の魔法生物も魔導獣というわけか・・・奴らの羽毛や牙が魔力が纏っていたのはそのためだな。しかし、ソールヴルムにいたお前がなぜそのような情報を持っているのだ?」

 

 シグナムは魔導獣の説明に納得したように頷いたが、その情報をなぜ烈火が持っているかという事に対して疑問を思ったようだ。ソールヴルムは他世界との交流を絶っているし、話に出て来た、フィロスは管理世界の人間である為だろう。

 

 

 

「あー、まあ、俺がここに来たわけに関係がありまして・・・フィロスとかいう爺さんは何を思ったのかイアリスの情報を求めて、つい数ヵ月前、ソールヴルムに違法渡航をしたそうなんですよ」

 

 烈火は苦笑いを浮かべ、話しづらそうな様子であった。

 

「魔法戦に使えるレベルでのイアリスの加工や制御の技術が欲しかったようで、調べ回っていた。しかし、そんなものが民間に出回っているわけもなく、奴はイアリスに関係した研究所からデータを盗み出した・・・はずだったんですけどね」

 

「と言いますと?」

 

 女性は口をつぐんだ烈火をじっと見つめる。

 

「元は優秀な科学者とはいえ、システムクラックの専門家とかではなかったようですので、ファイアウォールを突破できず、閲覧可能なファイルの中で関係していそうなものをいくつか盗んでいったそうです。それ自体は重要なものではないのですが・・・」

 

 烈火は一呼吸置いた後、言いづらそうに再び口を開いた。

 

「盗まれたデータの中にイアリス関係のファイルに偽装したプライベート用の物があったそうで、それを奪還、もしくは破壊することが今回の俺の目的です。正直どうでもいい理由なんですけど、盗み出された本人はこのためだけに部隊を派遣しようとしていたので、手の空いていた俺がその代わりに出撃したわけです」

 

「そ、そうだったのですか」

 

 烈火の説明は終わり、局員でない彼がここにいる理由は判明したが、それを聞いた一同には何とも言えない雰囲気が立ち込めていた。

 

「で!フィロスが生み出したと思われる魔導獣がジュエルシードを持ち出した理由は不明ですが、それを止める必要はあるでしょう。貴方の情報は有益だと判断しました。共に行く方が状況は早く収束しそうですし、俺もできる限りのことをします。フィロスを何とかすれば、この世界からの脱出もできるはずですしね」

 

 烈火は四散してしまったシリアスな雰囲気を取り戻すかのように咳払いをし、シグナム同様、女性からの申し出を了承した。

 

「あ、ありがとうございます!心強いです。しかし、今日はもう日が沈みます。夜の森は危険ですので明朝、ジュエルシードの反応がある地点に向けて出発しましょう」

 

 女性の言葉にシグナムと烈火は頷いて答えた。局でも有名な騎士であるシグナムは言わずもがな、烈火も先ほどの動きを見ればただ物ではないことは分かる。戦力としては申し分ないだろう。

 

「では私は一旦戻ります、あんなのでも重要参考人ですから何かあると困りますし・・・私としたことが名乗るのを忘れていましたね。私はアイレ・ヴィエチール、捜査官をやっています。この子はインテリジェントデバイスの、エアリアル・ノルン。基本形態は長槍です。明日はよろしくお願いしますね!」

 

 管理局員の女性、アイレ・ヴィエチールは胸ポケットからデバイスの待機状態であろう緑色のカードを取り出した。そして、自身の名を名乗り、烈火の名前を聞いた後、この場を去って行った。

 

 

 

 

 

「一応、この事態の解決に大きく前進したわけですが・・・」

 

 烈火は事態の全容が見え、その解決のためにどうすればいいのかということが明確になりつつあるこの状況を前進と捉えたが、懸念事項も幾つかあるようだ。

 

 管理局高官のリョカの勧誘を拒否した自身と闇の書関係で恨まれているシグナムという組み合わせ・・・故にアイレの情報が偽りで、リョカに連なる者達がフィロスと手を組んでこの状況を作り出した可能性もゼロではない。

 

 そしてもう一つは・・・行動を共にしているシグナムの事だろう。歴戦の騎士だけあって、この非常時でも冷静さを失っていないが、先ほどあれだけの事があったのだ、流石に本調子ではないはず。

 

 烈火には自身1人だけで行動するという選択肢もあったが、外敵の魔導獣、身内には刃を向けられ、ジュエルシードという要因まで加わったこの危険地帯の中で、幼馴染の親友の家族を放ってはおけなかったのだろう。

 

 

「彼女を信用しきるわけにはいかないかもしれんが、暴走の可能性を孕んだジュエルシードを放置するわけにもいかん。罠の可能性があろうとも動きべきだろう」

 

 烈火の言葉にシグナムが自身の想いを語った。今はまだ精神的にも肉体的にも余裕があるが、ルーフィスから脱出する手段がない以上、ここからは疲弊していく一方であることは明らかだ。ならば、心身ともに余裕がある今、行動を起こすのは、多少リスキーであるが、事態解決のために必要なことと考えているようだ。

 

「それもそうですね」

 

 烈火もシグナムと同様の考えであった。辺境世界に幽閉され、ロストロギアと魔導獣の脅威を受け続けるこの状況から脱するためには致し方ないリスクだと考えていたのだろう。仮に直接刃を向けられたとしても、リョカとアイレならば戦闘能力に関しては大した脅威ではないという意味でもこの選択をしたようだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・敬語は不要だ」

 

「え?」

 

「私達はこの状態を解決するまでは運命共同体と言っても差し支えない。必要以上に気遣い合うのは互いに肩がこるだろう。敬称も不要だ、テスタロッサともそのように接しているしな」

 

 シグナムは同情か、心配からかは分からないが、烈火に何らかの形で気を使われていると思ったのか、不満げな表情を浮かべて顔を近づけ、言葉を紡いだ。

 

「えっと・・・わかりま・・・分かった、シグナム」

 

 烈火は目の前に広がるシグナムの端正な顔にどもってしまったが、彼女の要望に応えることにしたようだ。

 

「それでいい。私はお前に気を使われるほど弱くはない」

 

 シグナムはそれを見て満足げな表情を浮かべた。

 

 確かに過去を話すように願い出たのは烈火の方であるし、この状況下であっても、シグナムは冷静に判断し、行動をしていたことは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

「だが、気遣い感謝する・・・ありがとう」

 

 不要な心配であったと考えていた烈火の眼前でシグナムが微笑んだ。烈火は、初めて見た、その表情を前に返事すら返せず、何も言えなくなってしまった。

 

 

 何故なら、凛々しさと美しさを漂わせる、その表情に目を奪われてしまったから---

 

 

 シグナムは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた烈火の様子を見て不思議そうな表情で首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 烈火、シグナム、アイレ、リョカの4人は明日の明朝、事態の収束に向けて、動き出す・・・

 

 

 

 

 

 

 対して地球、ハラオウン家には5人の少女が集まって、テキストと睨み合っていた。昨日から行われている勉強会にいそしんでいるようだ。

 

「はやてさん!!」

 

 フェイトの自室にリンディが慌てた様子で駆け込んで来た。

 

「ど、どないしたんですか?」

 

 はやては普段から落ち着きのある人物であるリンディが取り乱し用に目を見開いた。共にいるなのは達も同様だ。

 

「シグナムさんが特別な任務に就いていることは知っているわね?」

 

「は、はい」

 

 リンディは呼吸を整え、いきなり家族の名前が出てきたことに驚いているはやてに対して現状を説明をし始める。はやては昨日の午後、シグナムからそのような話を聞いたと思い返していた。

 

「任務開始からすでに半日が経過しています。そんな中でシグナムさんを含め、部隊全員の反応が突如として消滅したと情報が入りました。」

 

「え・・・?」

 

 リンディの言葉を聞いた瞬間、はやての顔から血の気が引いていく。

 

「そんな・・・」

 

フェイトも呆然とした様子である。

 

「現在、局の方で通信を試みているけど、一切応答がないわ。彼女の事だからよほどのことがなければ大丈夫だとは思うけれど、シグナルロストからかなりの時間が経過して・・・はやてさんっ!?」

 

 はやてはリンディとの会話の途中でいてもたってもいられないという様子で部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 様々な思惑が絡み合い、事態がさらに加速することをこの時は誰も知る由がない。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

拠点パートはここまで、次回は敵地突入となります。

感想等頂けると嬉しいです。
では!


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襲い来る狂気

 ルーフィスの森林地帯を真っすぐと進む4人の魔導師。この状態になるまで一悶着あり、あまりいい雰囲気とは言えないが、それぞれが獲物を持ち、目標の地点に向けて突き進む。

 

「妙だな・・・」

 

 シグナムは神妙な表情を浮かべて呟いた。

 

「ああ、静かすぎる。結界内に俺達がいることは向こうも承知のはず、何らかの接触があってもいいはずだが」

 

 烈火もシグナムに賛同するように声を上げる。烈火達を結界内に閉じ込めたのはフィロスのはず、何のつもりでジュエルシードを持ち逃げしたのかは定かではないが、それを奪還するために自分の拠点に接近してくる魔導師に対して、何の罠もなく、魔導獣を差し向けることもなく、あまりに無防備すぎるためだ。

 

「ふん、怖気づいたのか?」

 

 リョカは昨日よりも大分落ち着きを取り戻した様子であるが、高圧的な態度を崩してはいない。

 

「気になりますがともかく今は進むしかありませんね」

 

 アイレは烈火とシグナムの様子を観察し、安心した様子で前進を促した。皆、思惑はあれど、この事態を打開したいという思いは同じである。

 

 アイレは烈火らと別れた後、リョカにも魔導獣やフィロスの事を伝えた。ルーフィスからの脱出にはそれの打倒が必須であることを明らかにし、洞窟内で局の救助を待つつもりだったリョカの重たい腰を無理やり上げさせた。

 

 自身らが結界に包まれたことによって反応消失が確認されれば、管理局が追加部隊を派遣してくる可能性もあるが、結界に特殊な機能があり、局が自身らの異常を感知していない可能性もある。本局の動きが分からない以上、それを頼りに行動するのはあまり好ましくない。

 

 自分達が助かる為だけなら穴蔵に籠っている方がいいかもしれないが、今回はジュエルシードを6つも相手側が所有していると思われ、それの悪用を防ぐためにも今は進むしかない・・・のだが。

 

「はぁ・・・」

 

 実際の所は、リョカ1人の状態で魔導獣に襲われでもしたら、まず助からないだろうということと、色んな意味での危険、重要人物であるため、目の届く範囲に置いておきたいということで連れてきたが、アイレの足取りは重い。

 

 先ほどからリョカは烈火やシグナムを見下すような態度を取り続け、口を開けば、お前達のせいだなどど、相手の神経を逆なでするような言動を繰り返している。幸い2人は事情をすべて知っており、冷静に対応・・・というか最早、相手にすらしていない様子であるが、フォーマンセル内で不和を生み出さないように立ち回ってくれていることに安堵を感じていた。

 

 そして、敵襲を受けることなくジュエルシードの反応が留まっている地点まで残り数kmという所まで進路を進めた4人。あと僅かで森林を抜け、平野に出るようだ。

 

 

 

 

「情報通りだな」

 

 烈火が地下に存在する巨大な人工物の反応をキャッチした。昨日のアイレの情報通り、ジュエルシードを持ち去ったフィロスに関連すると思われる施設は確かに存在しているようだ。

 

「ここからは地上を歩いて進みましょう・・・っ!?」

 

 アイレは低空飛行での移動を止め、できる限り、隠密行動を心がけようと注意を促そうとしたが、その表情が凍り付いた。

 

 

 

 

 森林を抜け、平野に出た4人の先には夥しい数の魔導獣が今にも飛び掛からんばかりに唸り声を上げていたからだ。

 

 

 前回の戦闘の際に群れのリーダー格と思われた、双頭の狼や四枚羽の巨鳥も最低で数十匹は視認できる。

 

 しかも、狼や巨鳥ら、大型魔導獣と同等以上の大きさの奇怪な姿をした生物も数多く見受けられる。角が5本の巨大甲虫、本来樹液を吸うはずの口には肉食獣の様に牙が生えそろっている。

 

 一角獣と二角獣の首を持つ、双頭の馬。その隣にいる土竜は頭の両サイドと鼻の上に巨大な角を持ち、闘牛のようながっちりとした体躯を持っている。

 

 体の両端に頭を持ち、水晶に透き通った体の大蛇も蜷局を巻き、獲物を前に長い舌を何度も出し入れしていた。

 

 鋼のような鱗に覆われた巨大な飛竜の群れ、背中に翼を生やした15m級の獅子などといった新たな顔ぶれがいくつも見受けられる。

 

 

 

「見るに堪えないな」

 

 烈火は種類の違う生物同士を強引に掛け合わせたような、異形の魔導獣を見て毒を吐いた。フィロスが聞き及んでいた通りの人物であるなら、この生物達を生み出したのは彼ということになる。自然の摂理を犯した人間のエゴに思うところがあるようだ。

 

 

 

 魔導獣の咆哮が周囲に響き渡る・・・

 

 

 

「我々の見通しが甘かったようですね。このようなガーディアンが待ち構えていたとは・・・」

 

 アイレは魔導獣からの威圧を受け、震える身体を押さえつけるようにデバイスを強く握りしめている。

 

「に、逃げなければ!」

 

 リョカは恐怖に顔を歪めながら数歩後退するが、自身達の状態を思い出してか、意気消沈した様子だ。この場で魔導獣から逃げられたとしても脱出不可能な結界の中に閉じ込められているため、最終的には追いつかれてしまう。

 

「し、死にたくない!!僕がこんなところで終わっていいはずがない!!」

 

 リョカは自身を鼓舞するように声を張り上げたが、魔導獣の威圧の前に震えながら膝を折った。

 

 魔導師4名VS無数の魔導獣というこの状況。しかも、敵対勢力には1匹でリョカの部隊をほぼ壊滅に追い込んだ大型魔導獣が無数にいる。絶望的なまでの戦力差は誰の目から見ても明らかである。

 

 籠の中の鳥・・・最早、詰みに等しい状況であった。

 

 

 

 

「・・・ぃだ・・・お前のせいだからな!!こんなことになったのは!!」

 

「なっ!?」

 

 顔を上げたリョカがシグナムを指差して罵声を浴びせる。それに反応したのはシグナムではなくアイレであった。ルーフィスに来る切っ掛けとなったのは闇の書事件と言えなくもないが、蓋を開ければ、被害者遺族の逆恨みであり、そもそも襲ってきているのはフィロスの魔導獣・・・この指摘は的外れもいい所である。

 

 

 

「よーっし!作戦が決まったぞ!まずお前!!ここに残ってあの生物の足止めをしろ」

 

 リョカはシグナムを指差したまま、ふらつきながら立ち上がって言い放った。

 

「次にお前とヴィエチール!2人は僕と共に戦闘域から離脱、結界の一点を狙って3人で全力で魔法を撃ち込んで脱出、そのまま本局へ帰還するぞ!!」

 

「彼女を捨て石にするということですか!?」

 

 息を荒げて捲し立てるリョカにアイレが反論した。リョカの作戦が成功すれば、3人は無事に脱出できるが、戦闘域に残されるシグナムの生存は絶望的だろう。そもそも、離脱メンバーの生存も、この場を切り抜けて、結界を破ることができれば・・・という低い確率を掴み取ってのものであるが・・・

 

「捨て石だなんて心外だな。殿を務めてもらうと言っているんだ。犯罪者風情が僕の役に立てるのだから、むしろ感謝してほしいくらいなのだが。それに僕が無事に戻ったら、部隊を率いて救出に来るつもりだ。僕と同じSランクの実力を信用してこの役目を与えるんだ、騎士冥利に尽きるという物ではないかな?」

 

 不意を突かれたとはいえ、デバイスを携帯している魔導師の命をいとも簡単に奪うほどの力を持っている魔導獣の軍勢相手に1人で立ち向かうなど土台無理な話だ。これまでのリョカの立ち振る舞いからして、救助に来る確率は限りなく低い。自分が生き残るためにシグナムの生存など知ったことではなく、助けに来るつもりなどないであろうことは誰が見ても明らかだ。

 

「あ、貴方という人は!?」

 

 今までできる限り静観を貫いて来たアイレもリョカの態度に憤りを隠しきれない様子だ。しかし、当のシグナムは目の前を見つめたまま微動だにしていない。

 

 

 

「おい!?お前!聞いているのっ!・・・へぶっぅぅ!!??」

 

 リョカは自身の方を向かそうとシグナムの肩に手を伸ばしたが、情けない声を漏らしながら宙を舞った。

 

「お、おえぇぇぇえええぇぇ!!!??き、貴様!この僕に何をするんだ!!??」

 

 リョカが吹き飛んだのは、烈火がその腹を蹴り飛ばしたからであった。リョカは口元から込み上げて来た液体を零しながら、烈火を睨み付けようとしたが、先ほどまで自身が立っていた場所を見つめ、声を失った。

 

 飛竜(ワイバーン)が吐いた火球によってリョカが立っていた場所は抉られたかのように焼き焦げていたからだ。烈火に突き飛ばされず、あの場に残っていたのなら、既に戦闘不能に陥っていたであろう。この場で戦闘不可能な状態なるということは、死を意味するといっても過言ではない。

 

「さっさと剣を取って立ち上がれ、的になりたいのか?」

 

 烈火はリョカの方など見向きもせず、正面を見据えたまま言い放つ。先ほどとは違う意味でふらつきながら立ち上がったリョカの眼前には、先ほどの火球を合図にしてか、魔導獣が一気に押し寄せてくる光景が映し出された。

 

「ひっ!?作戦実行だ!逃げるぞ!!・・・・・・な、なぜ誰もついてこない!?馬鹿者共!!僕の言うことが聞けないのか!!!!」

 

 怯えた声を上げながら魔導獣から背を向けたリョカであるが、その後を追うものは誰もいない。

 

「馬鹿はお前だ、ボンクラ執務官。脱出できるかもわからないこの状況で後退しても全滅するのがオチだ。それにこの結界を作り出しているのは恐らくフィロスの装置だろう。ならば、結界を発生させている装置の有りそうな地下施設に向かうべきだ。それに6つものジュエルシードが相手に渡っている。悪用される前に確保すべきだと思うが?」

 

「し、正気か!?あの化け物共と戦うなどと!あいつらにやられたら本当に死ぬんだぞ!!!」

 

 烈火はフィロスの拠点と思われる地下施設を目指すつもりのようだ。顔面蒼白で体全体を震わせているリョカはそんな烈火に罵声を浴びせる。

 

 リョカを襲っているのは死への恐怖だろう。見るも無残に命を奪われた魔導師達の事が脳裏によぎった。リョカもこれまでの任務で殺傷設定を使う魔導師や、質量兵器を持った犯罪者と対峙したことがないわけではない・・しかし、魔導獣の軍勢から感じられる殺気量はそれの比ではない。

 

 死がすぐそこに迫っている・・・にもかかわらず、顔色一つ変えていない烈火の事が信じられないのであろう。

 

「人が死なない戦いなどないぜ。それに、立ちはだかる者は全て斬り捨てる・・・造作もない」

 

 烈火はリョカの問いを一掃し、ウラノスの切っ先を迫ってくる軍勢へと向けた。その瞳には絶望した様子など微塵も見受けられない。

 

「次元断層すら引き起こしかねない代物を目の前にして引くわけにはいかんな」

 

 静観を貫いていたシグナムが烈火の隣に並び立った。シグナムもレヴァンティンを抜刀し、魔導獣に向けて構えている。

 

「リョカ・リベラ・・・逃げたいのなら好きにすればいい。ただし、1人で生き残る自信があるのならな」

 

 シグナムの言葉を受けたリョカは先ほど自身の指示に従わなかったアイレの方を向いて、改めて絶望した。アイレは呼吸を荒くしながらも自身のデバイスを振り上げ、戦闘態勢に入っていたからだ。リョカは最後の味方に裏切られたと言わんばかりの表情で地に崩れ落ちた。

 

「く、くそっ!?・・・あ、はっ、ひぃぃぃぃぃ!!!!?」

 

 リョカはアイレに対して悪態をつこうとしたが、突如として悲鳴を上げて後退る。

 

「死にたくないのなら、我らの後を追いかけてこい。振り返らず、前だけ向いて全力でな・・・」

 

 シグナムの視線に射抜かれて、腰を抜かしたためだ。リョカの偽りで塗り固められたSランクという形だけの称号とは違う、幾多の修羅場を潜り抜けて来た、戦乱の時空(とき)を駆け抜けて来た、歴戦の騎士を前に完全に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

「ふっ、剣を交える約束だったが、その前に共に死地に赴くことになるとは・・・世の中、何があるか分からないものだ」

 

「そうだな」

 

 シグナムは隣にいた烈火に声をかけた。数日前に約束を取り付けた模擬戦どころか、このような絶体絶命の状況で肩を並べて戦うことになってしまい、何とも言えない表情を浮かべている。

 

「人が死なぬ戦いなどない・・・その通りだな」

 

 シグナムはかつての事を思い返すかのように目を伏せた。そして・・・

 

「私の背中はお前に預ける。行くぞ・・・烈火!」

 

「ああ!行こう。シグナム!!」

 

 顔を上げたシグナムの言葉に一瞬、目を見開いた烈火・・・しかし、視線を交わし、2人は大空を駆ける。

 

 

 

「・・・っ!!行きますッ!!!」

 

「くそっおおお!!!!もうどうにでもなれぇぇ!!!!!!」

 

 アイレとリョカも後を追うように飛び立った。

 

 

 戦力差は歴然・・・しかし、4人の魔導師はただ、真っすぐ突き進む。

 

 

 

 

 

 

「くくっ・・・自棄になったのか、まさか正面から向かってくるとはな。逃げ惑う餌を狩るところだけ見ても面白くない・・・管理局の諸君がどこまでもつか見ものだな」

 

 1人の老人がディスプレイに映し出された、魔導師と魔導獣の様子を眺めて不敵な笑みを浮かべている。長い白髪と無精髭を生やした老人、彼こそが魔導獣の生みの親、フィロス・フェネストラだ。

 

「せいぜい、我が子らに蹂躙され、儚く散っていく様を私に見せてくれ!!魔導師などという出来損ないよりも魔導獣の方が生命として優れているという証明をな!!!」

 

 フィロスは4名の魔導師を血走った目で睨み付けた後、それに向かっていく魔導獣を見つめて恍惚の表情を浮かべている。

 

「そうすれば、あのお方も喜びになる。そして、私を否定した愚かな人間達に思い知らせてやるのだ。そのために、管理局は墜とす。これはその第一歩となるのだ!・・・そうだ!愚かな魔導師達の死体を民衆の前にばら撒いてやろうか!男は首を刎ね、女は尊厳を奪い去った姿でな!!!」

 

 フィロスは口元が裂けんばかりに笑みを浮かべた。

 

「自らを神と思い上がった人間共に思い知らせてやる!私の魔導獣がこの次元世界で最も優れている生物であることを!!魔導師がどれだけ無力かということをなぁぁ!!!!ふ、ふははははははははははっっ!!!!!!!」

 

 フィロスの瞳に宿るのは確かな狂気・・・

 

 否定され続けた1人の男の復讐劇は今ここに幕を開ける。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

戦闘まで行くといったな、あれは嘘や!
いや、本当はドンパチやるつもりだったんですけどね・・・

第2章は基本的に暗い話が多めになってしまいますが仕様ですので、お付き合いいただけると幸いです。

感想等頂けると嬉しいです。

では次回また会いましょう!

ドライブイグニッション!


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重なり合う刃、選択の結果

 薄暗い部屋に1人の老人が座っている。その目の前には巨大なモニターが鎮座しており、映し出されているのは幾多の魔導獣とたった4名の魔導師・・・

 

 圧倒的すぎる戦力差、数的有利、魔導獣は魔導師を圧倒する。泣き叫び、許しを請いながら死んでいく、そんな姿が映し出される。

 

 

・・・はずだった・・・

 

 

「・・・んだ・・・なんだ!なんなんだこれはぁぁぁぁ!!!!!!?」

 

 

 フィロスは目の前のデスクを力の限り殴りつける。髪を振り乱し、狂ったように声を上げていた。

 

「はぁはぁ・・・かくなる上は・・・」

 

 フィロスはひとしきり暴れ終えて落ち着きを取り戻したのか、息を切らしながらその部屋を後にした。誰もいなくなった部屋でモニターが映し出していた光景は・・・

 

 

 

 

 

 

「はああぁぁぁ!!!!」

 

 シグナムはレヴァンティンを上段から振り下ろし、ワイバーンの首ごと左半身を両断した。吹き飛ばされたワイバーンが他の数匹に激突し、地面に落ちていく。次にシグナムの背後から巨鳥が硬質化した翼に魔力を纏わせて襲い掛かる。

 

「ふっ、この程度!!・・・っぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 シグナムは背後を振り向き、レヴァンティンの切っ先を巨鳥に向けた。レヴァンティンは刀身を長剣形態のシュベルトフォルムから鞭状連結刃形態のシュランゲフォルムへと変形することによって、剣の間合いの外の刺突により頭部を刃で貫いた。

 

 巨鳥を貫きながら、レヴァンティンの刀身は生きている大蛇の如く空中を動き回る。シグナムが剣を振り回せば、吹き荒れる烈風・・・蛇腹剣が周囲の魔導獣を次々と斬り刻んで数を減らしていく。

 

 

 

 

「数だけは大したものだ」

 

 烈火はウラノスを手に2匹の魔導獣の間をバレルロールの機動を取り、斬り抜ける。2匹の片翼が切断されるよりも早く、その場を離脱し左手に出現させた銃形態のウラノスで魔力弾を振り向き様に3連射。魔導師の一団から孤立しかけていたリョカの周囲にいた魔導獣を撃ち落とした。

 

「・・・斬り捨てる」

 

 烈火の左手にある銃が右手に持っている物と同様の長剣形態へと姿を変えた。そして、両手の剣を交差させるように振り下ろす。重なり合う刀身から放出した十字架の斬撃が周囲を壁のように覆っていた魔導獣を両断し、その一点に風穴を開けた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、全く、とんでもないですね・・・・・・」

 

 アイレは目の前の飛竜の頭部を魔力を纏った槍の穂先で叩きつけながら呟いた。一匹一匹、危険なものから着実に倒していたが、刀の一振りで何匹もの魔導獣を薙ぎ払い、嵐のように戦場を駆け抜ける2人の剣士に思わず言葉を失っている。

 

 

「二刀も使いこなすか・・・斬り合う時がますます楽しみだ」

 

「できればお手柔らかにお願いしたいんだが」

 

「ふふ、ダメだな。私をこれほどまでに疼かせるお前が悪い」

 

 シグナムと烈火はアイレをよそに背中合わせで軽口を叩き合っている。そして、図ったかのように2人共その手の獲物を振り上げた。

 

 

「薙ぎ払う!・・・飛竜一閃!!」

 

 シグナムはレヴァンティンを鞘に納め、カートリッジを炸裂させて振り下ろした。炎と魔力を纏った連結刃が天空を舞う竜の如く踊り狂う。砲撃にも相当する威力の斬撃によって魔導獣の壁を抉り取り、ぶち抜いた。

 

 

 

 

「・・・イグナイトエクスキューション!」

 

 烈火の双剣に蒼い魔力が纏わりつき、両の剣を交差させるように振り下ろす。先ほどの物とは比較にならないほど強力な威力と思われる十字架の斬撃が進行方向の魔導獣をまとめて消し飛ばした。

 

 

 

 

「これならッ!」

 

 シグナムと烈火の斬撃が魔導獣が肉の壁と化しており、先を塞いでいたところに打ち込まれ、大穴を開ける。とうとう進路が確保できた。

 

 これまで倒した中に司令塔になっていた個体がいるのか、同胞の命が次々と消えていくのを感じているのか、魔導獣達の動きが鈍り始める。

 

 先ほどの2つの斬撃で抉じ開けられた穴はまだ塞がっていない。つまり、この包囲網を突破できる可能性は十分にあるということだ。アイレは4人で強行突破をかけようとしたが・・・

 

 

 

 それを遮るように3つの砲撃が撃ち込まれる。視線の先には・・・

 

 

「な、何だあれは!?」

 

 リョカが悲鳴にも似た声を漏らした。

 

 

 先にいたのは今までの魔導獣と一線を画する巨大な影、遠目から見ても大型魔導獣の倍以上の大きさと見受けられる。

 

 影の正体は首が3つある巨大な体躯を持つ龍であるが、魔導師達が言葉を失った理由はその巨大な体躯だけではなかった。中心の首は西洋のドラゴン、左の首は東洋の竜、右の首は神話のヒュドラを思わせる蛇じみた様相を呈していた。肩についたヒレの様なもの、頭部に生えた角、分裂して5つに枝分かれした尾など今までの魔導獣とは明らかに違うものを感じさせる。

 龍種、鳥類、悪魔を思わせる6枚羽の翼が背から生えている。分裂した尾もそれぞれ違う生物のモノである。

 

 それだけでなく全身を覆うような鋼の鎧も装備している。腕は刀剣の様に硬質化しており、尾の先には鋼鉄の棘のようなものが生えそろっている。それらは明らかに自然界で生み出される物ではない。

 

全身継ぎ接ぎの異形の生命体が咆哮を上げた。

 

 

 

 

「アレがこの一帯の食物連鎖における頂点ということか」

 

 シグナムは異形の存在を睨み付けながら、じりじりと引き下がっていく他の魔導獣を一瞥した。異形の魔導獣は見せつけるかの如く周囲にいた一匹の狼を牙で引き裂いて捕食した。先ほどまで血走った眼をしていた魔導獣達から勢いが削がれているのが見て取れた。

 

 

「こんなものが・・・」

 

 烈火は目の前の人為的に生み出された戦闘マシーンを見て悲しげに呟いた。

 

 

 それぞれが思うところがあるようだが、それを掻き消すかのように、魔導獣の3つ首から吐息(ブレス)が放出され、3色の光が魔導師達に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達が捜索隊に加われへんてどういうことですか!?」

 

「落ち着いて、はやてさん」

 

 はやては時空管理局本局の一室で抗議の声を上げていた。私服のままであることから、よほど急いできたことが窺い知れる。それを申し訳なさそうな表情を浮かべたリンディが宥めている。はやての隣には、なのはとフェイト、シグナムを除いた八神家が集結していた。

 

「どうやらリベラ統括官が自らの部隊を派遣するということで他の部隊の参加を許可しないということらしいわ」

 

 リンディの口から聞かされたのは、シグナムが参加している部隊の指揮官であるリョカ・リベラの父親が自らのお膝元である部隊を派遣し、他の部隊の出撃を認めないという物であった。

 

「リンディさんがお願いしてもダメなんですか?」

 

 なのはは不安げな表情でリンディに尋ねた。現場の自分達では聞き入れてもらえないのだとしても、リンディならばどうにかなるのではないかという希望を抱いての物であろう。

 

「申し訳ないわ・・・こればっかりはどうしようも」

 

 しかし、リンディからの返答により周囲の雰囲気は一層、重苦しいものへと変わる。

 

 

 

 

 リンディがなりふり構わずといった手段を取れば、はやてらを同行させることは不可能ではないだろう。

 

 しかし、それを行わないのには理由がある。

 

 

 

 その最たる物は管理局でもかなり大きな派閥であるリベラ派にできる限り借しを作りたくないという物だ。

 

 リンディは夫であるクライド・ハラオウンをかつての闇の書事件で失いながらも、年若く提督へと上り詰めた。その息子も十代前半で管理局最難関とされている執務官試験をパスし、AAAランクの空戦魔導師、破格のエリートと言っても過言ではない実力を持っている。

 

 さらに、ここ4、5年での功績は目覚ましいものがあり、PT事件、闇の書事件の解決、今や管理局では知らぬ者もいないほどのスーパーエース、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、無法地帯と化していた無限書庫を立て直したユーノ・スクライア、個人戦力としては最強であろう、闇の書の主と守護騎士を管理局に引き入れた事などが上げられる。

 

 それらの功績と元々の個人能力の高さと相まって、ハラオウン派は管理局でも有数の派閥へと急成長を果たした。派閥自体の単純な戦闘能力や知名度だけなら管理局でも屈指のものだが、急成長を果たしたハラオウン派を快く思わないものも少なからずいる。特に古くから管理局に所属している者達にその傾向があるようだ。

 

 リベラ派もその一つだ。そのリベラ派に弱みを見せてしまえば、付け入る隙を与えることになる。ハラオウン派を嫌っている派閥同士で徒党を組まれてしまえば、台頭してきて年数の浅い自分達がどうなるかは想像に難しくない。

 

 

 

 仮にシグナムが命の危険に瀕している、などといった状況ならその限りではないが、現状の自分達に入って来ている情報は反応の消失のみ。しかも、部隊の全員の魔力反応が同時に消えたと聞いている。敵対している何かに襲われてということもなくはないだろうが、それならば全員が全く同タイミングということはありえないはず、単純な通信障害という可能性も十分すぎるほどあるのだから。

 

 

 敵は外の犯罪者だけではないのだ。本局と地上本部の軋轢、同じ本局内でも熾烈な権力闘争が繰り広げられている。

 

 

 リスクを冒してまで動くのには余りに情報が少なすぎる・・・

 

 

 

 

 

 

 

「あのゴミカス共はそろそろくたばったころか?最高傑作である三つ首の異形竜(トライデント・ドラゴン)に勝てる者などいるはずもないんじゃからな」

 

 フィロスは魔導師と魔導獣の戦闘の最中、さらに地下施設の最深部へと移動し、キーボードを乱雑に叩いているが、その表情は余裕のあるものだった。

 

「管理局がいつここをかぎつけるか分からん。連中のせいでこの拠点の破棄を前倒しにすることになってしまったが、それ以上の見返りは得た・・・あとはっ!?・・・ぐぅうううぅぅ!!!??」

 

 フィロスはどうやらこの地下施設から別の拠点へと移動する予定があったようだ。こんな辺境世界に来るような魔導師なら大した者達ではないはず。ここで口さえ塞いでしまえばどうにでもなる。とはいえ、管理局に連なる者達がこの世界で行方知れずになれば何らかの捜査は入るはず、その前に脱出してしまおうという事だろう。

 

 そんなことを考えていたフィロスだったが、部屋全体を揺らがす振動により床に倒れ込んだ。起き上がろうとしたフィロスの手にバインドが絡みつく。

 

 

 

 

「フィロス・フェネストラですね。貴方を拘束させていただきます。事情は本局の方で伺いますので、同行願いますね?」

 

 天井に空いた大穴から舞い降りて来た4人の魔導師、その先頭にいたアイレによって拘束されたためだ。

 

「な、なぜじゃ!外の我が子らはどうしたというのだ!?」

 

 フィロスは先ほどまでの余裕がどこにやら、何が起きているのか分からないといった様子で喚き散らしている。戦力差は圧倒的だったはず、今頃、魔導獣によって命を奪われているはずの4人が目立った傷すら負わずに研究所の最深部までやってきていることに理解が追い付いていないのだろう。

 

「悪いが、突破させてもらった」

 

 シグナムはレヴァンティンの柄を握りながら呟いた。

 

「ありえない!?私の魔導獣に貴様ら風情は勝てるわけがないのだ!」

 

 フィロスは知る由もない、この研究所の上で3つの首と左腕を根元から斬り落とされ、胴体を真一文字に斬り裂かれた自身の最高傑作がいるということなど・・・

 

「嘘だ!嘘だ!嘘をつくな!!・・・こんなものぉぉ!!!」

 

「何をやっているんですか!?」

 

 フィロスはシグナムの言葉を聞いた瞬間、大声を上げて怒鳴り散らしたかと思えば、縛られている腕を床に向けて叩きつけようとした。だが、アイレがさらにバインドを重ね掛けすることによってそれを止める。

 

「うるさい!お前達のような出来損ないの木偶が私を拘束するなど、許されると思っているのか!!?私の考えを理解しようとしなかった愚か者共と同種の貴様らが自然の代弁者たるこの私をだぞ!!!!!!!」

 

 フィロスは血走った瞳でアイレ達を睨み付けた。アイレ達は発狂していると言っても過言でないフィロスの様子に驚きを隠しきれないようだ。狂ったように大声を張り上げている様子はとても老人とは思えない。

 

聞き及んでいたフィロスの過去から言わんとしていることは多少なりとも分からなくもないが・・・

 

 

 

 

「自然の代弁者か・・・その様じゃ、呆れて言葉も出ないな。さっさと渡すものを渡して結界を解除してくれないか?」

 

「・・・ゃと・・・なんじゃと・・・小僧っっ!!!!世界に選ばれた私に与えられた称号を否定するなどと、どの口でほざくんじゃぁ!!!!」

 

 烈火は両腕を縛り上げられ芋虫のように床を転がり、喚き散らすフィロスを溜息をつきながら見下ろして結界の解除と奪った物の在処を吐くように促した。しかし、フィロスはその言葉を聞いて動きを止め、顔を上げた。顔を上げたフィロスは額に青筋を浮かべ、鬼のような様相で烈火に食ってかかった。

 

「お前のようなくだらぬ経験しかしてこなかった愚か者には分かるまい!!!私の崇高な理想が否定された絶望を!彷徨い歩いた地獄の日々を!!・・・・・・もう何もかも終わりだと思っていた時、私はあの方に救われた。あの方は私の理想を理解してくださった。だからこそ、その思いに報いるためにも我が子らの力をもって魔導師どもを駆逐し、時空管理局を壊滅させるのだ!!」

 

「あの方・・・?」

 

 烈火はフィロスの言葉の端々に出てくる単語に訝しげな表情を浮かべている。

 

「管理局に対して戦いを挑むつもりだったのですか!?」

 

 アイレはフィロスの思想に驚愕といった様子だ。

 

 魔導獣の戦闘力には目を見張るものがあり、万が一これがミッドチルダの市街地に放たれようものなら非殺傷設定どころか、理性すらあるか怪しい狂獣が暴れまわり、街は大混乱に陥ることだろう。

 

 リョカの部隊で瞬時に魔導獣に対応できたのはシグナムだけ、つまりは大多数の魔導師は事前情報がなければ今回犠牲になった者と同じ末路を送るであろうことは想像に難しくない。

 

 管理局が敗北するとは思えないが、受ける被害は決して少なくないはずだ。このフィロス・フェネストラは管理局の目を盗み、数十年の時をかけて反旗の狼煙を上げる機会を狙っていたということになる。

 

 

 

 

「管理局を打倒すれば、魔導獣が魔導師よりも優れているという証明になる。学会の愚か者共に私の思想が正しかったのだと思い知らせることもできる。管理局の上役共の権力闘争、魔法至上主義、増え続ける犯罪に対応できないにもかかわらず何の手も打たない馬鹿者共、醜い者達によって支配されている、この薄汚れた世界を正常に戻すのだ!」

 

 明かされたフィロスの行動理由、それはある種の思想家とも言えるものであり、管理局の完全打倒、それを行うための戦力配備、本気でこの次元世界の中心である時空管理局に戦いを挑み、その後の世界の行く末を自らの手で導くつもりなのだということを感じさせた。

 

「・・・くだらないな」

 

 烈火は自身の理想を誇らしげに語るフィロスを冷めた目で見つめていた。

 

「貴様・・・今何と言った?何と言ったと聞いておるんじゃ!!!!?」

 

 フィロスは再び烈火に対して激高した。

 

「言葉の通りだ。自然の代弁者だの、管理局の打倒だの、大層な言葉を並べているが、自分の考えを他の人間に認めて欲しかった・・・それだけじゃないのか?」

 

「違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う違う違う違う違う違う!!!!!!!私は崇高な理想を実現するために!!!!」

 

 烈火の言葉に反論するように、フィロスは地面を転がりながら否定の言葉を吐き散らしている。

 

「貴方は魔導獣理論が理解されなかった事に対して、少なからずあったであろう自らの非を認めることなく、全てを周りの人々の責任だと・・・癇癪を起している子供と何も変わらない」

 

「違う!違うっ!!」

 

 フィロスは淡々と話す烈火の言葉が耳に入ってこないようにと大声を張り上げる。両手を縛り上げられて、耳を塞げないフィロスの唯一の防衛手段であった。

 

「全てをリセットしてゼロから出発するチャンスなど何度でもあったはずだ。だが、貴方はそれを選択しなかった。自分の意見が聞き入れてもらえないと喚き散らし、周囲を見下し、自らは特別だと勝手に孤立した。全て、お前の選択の結果だ。そんなものは絶望や地獄などとは言わないんだよ」

 

「う、うるさい!!私の考えを理解できない低脳共が悪いんじゃ!私は悪くないんじゃ!!!!」

 

 フィロスは片耳を床に擦りつけ、周囲の音を必死に遮断しようとしているが、烈火の言葉は否応なく耳に入ってきてしまう。

 

「俺はお前の過去になど興味もないし、実際に経験したわけではない。だが、これは断言できる・・・自分のくだらないプライドを守るために数えきれない魔法生物の命を弄んで来た。そして、彼らの人権確保という免罪符を使い自らの行動を何もかも正当化している。しかし、お前は魔法生物の代弁者でもなければ、命を創造する神でもないんだ。お前は選ばれた人間なんかじゃない・・・選ばれた人間なんてこの世界にいないんだよ・・・」

 

 烈火が言葉を紡いでいくのに比例して、フィロスの抵抗は小さくなっていく。

 

「いい加減、都合のいい夢から覚めて今の自分を見たらどうだ。お前は・・・ただの犯罪者だ」

 

「・・・ぁぁ・・・あぁぁっ!!・・・ぅぅぅ!!!!」

 

 フィロスは顔をぐしゃぐしゃにし、体液を垂れ流しながら地面で震えている。烈火の隣でその経緯を見守っていたシグナムにはフィロスが数分前より随分と老けて見えていた。

 

 

 

 

「フィロス・フェネストラ、ここまでですね。ジュエルシードの返還と結界の解除を改めて要求します」

 

 アイレは床に横たわっているフィロスに近づいていく。科学者でありながら、自分の3分の1も生きていないような少年に論戦で言い負かされたフィロスの心中は察する物があるが、今の彼は科学者ではなく、犯罪者・・・情をかける必要はないと見下ろした。

 

 

 

 

 

「・・・ぃ・・・さぃ・・・うるさい、だまれ!!!お前たちなどに私を裁く権利はない!!!私の前に平伏すべきなんだぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 アイレの視線の先にいるフィロスは俯いてブツブツと何かを唱えているようだ。そして顔を上げた瞬間、地下施設全体が大きく揺れた。

 

 突如として、フィロスの背後、数メートルから後ろが天井まで丸ごと消し飛んだ。文字通り灰になって焼失したのだ。差し込む日の光と共に周囲に響き渡るのは何かの咆哮・・・

 

 魔導師の一団の前に姿を現したのは、全身が水晶で出来ているかのような青い龍・・・先ほどまでの魔導獣とは比較にならない威圧感を発している。

 

「これはかつてこのルーフィスを支配していたとされる伝承の竜種、剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)・・・私の最終兵器だ!!!」

 

「なんという存在感ッ!?・・・この反応・・・まさかジュエルシードを!?」

 

 フィロスがこの竜皇が最終戦力だと声高らかに宣言した。とてつもない重圧と共に、アイレは目の前の竜種からジュエルシードの反応を感じ取った。

 

 

 

 

「本来なら、この竜皇の遺骨は魔導獣のサンプルとして使うつもりだったのだがな。ジュエルシードももっと別の使い道を考えていたのだが、お前達を殺すためならば致し方ない!さあ、蘇りし、剣水晶の竜皇よ!奴らを八つ裂きにしてしまえ!!ふははははははははっっっっ!!!!」

 

 形勢逆転と勝ち誇ったフィロスの笑い声と共に竜皇の口が大きく開いた。

 

 

 

 

 

「ま、まてっ!こんなところで吐息(ブレス)など放ったら!?まて、やめろっ!やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

 突如として、顔色を変えたフィロスの大声が部屋中に響き渡る。

 

 

 そして、剣水晶の竜皇が放った灼熱の火炎が烈火達の周囲を包み込んだ。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます!

あぁ、もう休みが終わってしまう。
また地獄の日々が戻ってくると思うと憂鬱でなりませんね。

いよいよ事件もクライマックス、

楽しんでいただけると嬉しいです

感想等あり余したら是非どうぞ!


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罪罰黒闇のZwilling Blaze

 燃え盛る炎の中から一体の龍が姿を現した。剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)と呼ばれた太古の竜種だ。

 

 屋外に飛び出したことによりその全貌が明らかになった。3つ首の魔導獣を遥かに上回る巨大な体躯、両翼を広げ、凄まじいまでの存在感を放っている。怒り狂った竜皇により、生き残った魔導獣が次々と蹂躙されていく・・・

 

 

 

 

 

「か、間一髪でしたね・・・ですが、間に合わなかった」

 

森林地帯に身を隠しているアイレは、一息つくようにしゃがみこんだ。

 

 竜皇を厳しい表情で見つめているシグナムと烈火、息を切らして座り込んでいるリョカと、先ほど竜皇の吐息(ブレス)によって焼き払われたと思われた魔導師達は地下研究所へ突入の際に開けた穴から脱出することによって、どうにか無事で済んだようだ。

 

 だが、フィロス・フェネストラの姿はどこにもない。

 

 フィロスはバリアジャケットどころか魔力障壁を張っていたとしても、直撃を受ければ死は免れないであろう威力のブレスをあの至近距離で受け、火炎の中に包まれた。

 

 魔導師達の救出は間に合わず・・・恐らく、生きてはいないであろうことが予測される。

 

 

 

「かつてこのルーフィスに君臨していた竜種をジュエルシードによって蘇らせた・・・素体が限りなく強力という以外はジュエルシードの暴走体と同じか・・・」

 

 シグナムはフィロスの言葉を思い返しながら、大空を飛び回る青い竜を一瞥した。

 

「前に対峙したやつとは比べ物にならないが、ジュエルシードの暴走体というのなら・・・」

 

 烈火も数日前に巻き込まれた事件で戦った、ジュエルシードの力を手にした魔導師の事を思い返していた。伝承の竜と一般の魔導師では素体としてのスペック差があり過ぎて比較にはならないようだが、ジュエルシードの暴走体である以上、対策がないわけではない。

 

 

「アレを倒して、ジュエルシードを封印すればいいだけの話だ」

 

 烈火は右手に刀剣形態でウラノスを出現させた。シグナムも鞘からレヴァンティンを抜刀する。規模の違いはあるものの、PT事件や、先日の事件での暴走体と同じ対処の仕方でこの事態を打開できると考えたようだ。

 

「あんなのと戦うのか?それよりも早く結界を解除して、ここから離れるべきだ!!!」

 

 先ほどまで口数の少なかったリョカが息を吹き返したかのように声を荒げた。

 

「いや、結界があるおかげで外への被害を気にせずに戦える。この状況はむしろ好都合だ」

 

 烈火は相も変わらずルーフィスからの脱出を試みようと提案するリョカに視線を合わせることなく、歩き出した。

 

「2人は奴の動きに注意しながらできる限りこの空域から離れていろ。戦うのは我らだけで十分だ」

 

 シグナムもアイレ達に背を向け、戦闘域へと歩を進めていく。

 

「・・・っ!?・・・分かりました。ご武運を・・・」

 

 アイレはシグナムの発言に思わず拳を握りしめ、身体を震わせている。

 

「行きましょう。私達が残ってもやれることはないようです」

 

 アイレは程なくしてリョカと共に残った2人とは逆方向へと移動し始めた。

 

 魔導獣に苦戦していた自分達が、それを大きく上回るであろう、あの竜皇に対抗する術を持っていないことはアイレが一番分かっている。下手に手出しをする方がかえって足手纏いとなりかねない。管理局員としては不本意であるが、この場は引くのが最善と考えたのだ。

 

 

 

 

 

 竜皇は既に口からの火炎で魔導獣の殆どを焼き払っていた。魔導獣の死骸が燃え、森林が炎に包まれる。正気を失ったかのように咆哮を上げる竜皇の頭部に蒼色の斬撃が直撃した。

 

「紫電・・・一閃ッ!!」

 

 突然の衝撃に全身を捩じらせた竜皇の腹部に紅蓮を纏った一閃が叩き込まれる。竜皇は翼をはばたかせ上空へと逃れようとするが、蒼い魔力弾が雨のように降り注ぐ。

 

 それを払いのけるかのように深紅のブレスが辺り一帯に撒き散らされた。竜皇は吐いた火炎で周囲を焼き尽くし、改めて上空を陣取った。

 

 

 

「動きはトロいが、防御力は異常だな」

 

 先制攻撃を仕掛けた烈火は竜皇の挙動を分析していた。全身の水晶のような鱗は高い防御力を誇っているが、体躯が巨大な分、小回りは聞かず、動きは鈍重なようだ。

 

「生半可な攻撃では何発撃ちこんでも意味がない・・・戦いを長引かせるとこちらが不利か」

 

 火炎を避けきったシグナムは自身が斬りつけたところの様子を観察している。焦げ跡のようなものはついているが、有効打とはなりえていないのは見て取れる。

 

『聞こえているな烈火。もう少し様子を見てみよう。仕掛けるタイミングを見極める』

 

『ああ、了解した』

 

 シグナムと烈火は念話で会話をしつつ、竜皇の攻撃を躱し続ける。下手に突っ込むのはリスクが高いと判断し、まずは相手の出方を伺うようだ。

 

 動きが鈍重な竜皇に対して、烈火とシグナムは機動力に優れている。前足の鉤爪や尾が風を切りながら、振り回されるが、2人の剣士は一撃も攻撃をもらうことなく、時にカウンター気味に反撃をしながら、大空を飛び回る。

 

 竜皇は自らの攻撃がヒットしないことに腹を立ててか、鳴き声を上げながら、口元から大規模なブレスを放ち、灼熱の火炎で辺り一帯を包み込んだ。

 

 

「ヴァリアブル・レイ!」

 

 烈火はブレスを躱しつつ、旋回しながら銃形態のウラノスから砲撃を放つ。

 

「陣風!」

 

 シグナムも迫り来る火炎を避けて、レヴァンティンの刀身から斬撃を打ち放った。

 

 2つの攻撃が、火炎を放っている竜皇の頭部に直撃する。竜皇は攻撃を喰らったのにも関わらず、首を回して、ブレスを吐き続けていた。直撃を受けても微動だにせず、高火力の攻撃を叩き込んでくる様は正に要塞だ。烈火とシグナムの攻撃は決定打になり切れず、竜皇は攻撃が当たらない・・・膠着状態である。

 

 

 そんな状況を打ち破るかのように竜王の咆哮が轟いた。再び力を込めるように首を反り、今回は魔力を纏った火炎ではなく、巨大な六角柱の結晶体を口元から放出した。

 

 竜皇は吐いた火炎を結晶体へとぶつけた。結晶体にはじかれるように火炎が乱反射して、四方に散っていく。

 

 鈍重で大ぶりな攻撃しか繰り出してこなかった竜皇から突然の全方位攻撃・・・シグナムと烈火を囲い込むように迫り、直撃した。

 

 

 

 

 

「・・・このような技まで持ち合わせていたとはな」

 

 シグナムはシュランゲフォルムの伸びた刀身を体の周りに蜷局を巻く蛇の様に這わせ、迫り来る火炎を防御している。

 

 

「フルドライブ・・・」

 

 烈火は火炎が乱反射して迫ってくると同時に魔力を全面開放し、フルドライブモードへと移行した。背に蒼翼を出現させ、両手の剣で攻撃を叩き落す。

 

 

 烈火と刀身を引き戻したシグナムはその場から即座に離脱、追撃で放たれた、竜皇の最大出力と思われるブレスを回避した。

 

 

 最高火力の火炎が凄まじい熱量を放ちながら、全てを焼き尽くす。

 

 

 

 

「戦況はあまり芳しくないようですね」

 

 アイレとリョカは戦闘空域から離れ、巻き込まれぬようにと結界の最端へと向かっている。残してきたサーチャーから戦場の様子を探っていた。

 

「う、うわああああっっ!!!?」

 

 リョカの悲鳴とアイレのぐもった声が周囲に響く。

 

「これだけ距離をとっても魔力の減衰が見られないとは・・・伝承の竜種・・・恐ろしいですね」

 

 2人の真横を高熱の火球が通過した。戦闘からの流れ弾であろう、その威力にアイレは思わず冷や汗を流していた。

 

 

 

 

 

 

 今の所、攻撃を凌ぎ切れているが、剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)から感じ取れるジュエルシードの反応は奪われた6つ分全てだ。6つが共鳴して暴走している以上、相手の魔力は無限に近い。このままいけば、何れ、烈火とシグナムが押し切られるのは火を見るより明らかだ。

 

 

『シグナム、そろそろ仕掛けよう』

 

『ああ、私も同じことを思っていた所だ』

 

 烈火がシグナムへと念話飛ばした。様子見は終わりということだろうか。

 

『俺に考えがある。さっきの最大出力攻撃をもう一度撃たせるんだ』

 

『奴は口から火炎を放っている時に動きが硬直するから・・・だな』

 

 烈火は自身の狙いをシグナムへと伝えた。先ほどから竜皇は攻撃を受けようが、外そうが、ブレスを吐く火炎攻撃の際は攻撃を中断することが一度もなかった。その後の行動も撃ち終わってから場所を移動したり、狙いをつけ直したりとブレスを吐いている際は攻撃を加えやすい。つまり隙が大きいということだ。

 

 シグナムも同様の想いを抱いていたのか、同意するように返事を返した。

 

 だが、烈火とシグナムも最高出力でないとはいえ、先ほどから何度か攻撃をヒットさせている。隙を見つけて攻撃を加えるだけではアレを倒せないということは戦っている2人も承知の上であろう。ブレス攻撃中は体の正面を火炎の魔力流が覆っているため、急所に攻撃が仕掛けにくいのだから余計にだ・・・・・・

 

『俺が奴の火炎を迎撃して隙を作る。シグナムはそこに最大火力の魔法を撃ち込んでくれ・・・後は高火力魔法の連撃で反撃行動をとらせず・・・奴を墜とす』

 

 烈火の作戦は相手の最大打点を正面から打ち負かし、隙を作っての高威力魔法による連続攻撃という物であった。

 

『作戦には概ね同意だが、迎撃役は私がやる。お前が本体を攻撃してくれ』

 

 シグナムも作戦には賛成のようだが、危険が大きい隙を作る役目は自分がやると念話越しに訴える。

 

 

『アレは俺がやる』

 

 だが、烈火は首を横に振った。シグナムと視線が重なる。

 

『・・・信じていいんだな・・・お前があの火炎を打ち破る術を持っていると』

 

 シグナムは烈火に確認するように問いただした。フィロスと最後まで話していたのは烈火だ。フィロスの手によって眠りから呼び起こされ、暴走している竜皇を目の当たりにして、思うところがあるのだろう・・・シグナムは烈火の瞳から何かを感じ取っていた。

 

『ああ、あの火炎は俺が斬る!』

 

『・・・任せたぞ』

 

 烈火の返答に頷いたシグナム。再び、2人は竜皇の攻撃を躱しながら反撃を加えていく。

 

 来るべき・・・その時が来るまで・・・

 

 

 

 

 

 竜皇が首を反り、膨大な魔力が口元に収束する。

 

「烈火ッ!」

 

 シグナムは吐息(ブレス)の射線軸から外れつつ、急降下する。そして、上空の烈火へと竜皇が天災に匹敵する高魔力を纏った火炎を吐き出した。

 

 

 

 

 烈火は両手の剣を重ね合わせ、ウラノスを先ほどまでより刀身の長い長剣形態へと変化させた。その刀身に膨大な魔力が纏わりつく。

 

「なっ!?・・・あれは?」

 

 シグナムが烈火の方を向いて目を見開いた。刀身から吹き出しているのは、今までの蒼色の魔力ではなく、漆黒の炎・・・

 

 

 

 

「舞え、黒炎・・・!!!」

 

《Crescent Rebellion》

 

 烈火がウラノスを上段から振り下ろせば、漆黒の炎が斬撃となり飛翔する・・・

 

 

 斬撃と吐息(ブレス)が激突した。

 

 

 ぶつかり合う2つの炎・・・黒炎が灼熱の炎を燃やし尽くす。黒炎の斬撃が先ほどまで刃の通らなかった竜皇の右腕と右翼を斬り飛ばした。

 

 竜皇は片翼を失い、右半身を黒炎に焼かれる苦しみを味わいながら高度を下げていく。だが、相手も並みの生命力ではないようだ。怒りに狂った竜皇は残り火を烈火に向けて放とうとしている。

 

 

 

 

「隙だらけだ・・・翔けよ、隼!!!」

 

《Sturmfalken》

 

 シグナムはレヴァンティンの剣を鞘を連結し、遠距離戦闘形態である、ボーゲンフォルムに変形させ、自身の最高火力の一撃を撃ち放つ。

 

 発射された矢が紅蓮を纏い不死鳥と化す。烈火のみに意識を割いて無防備になっていた竜皇の喉元に不死鳥が喰らい付き、肉を抉り取りながら、爆炎を上げた。

 

 

 

 

 竜皇は意識の外から自身の防御力を超える攻撃を受け、頭部から煙を吹きながら、燃え盛る地面に向け落ちてゆく。角や牙が折れボロボロの頭部、千切れかけている首、斬り飛ばされた右半身・・・

 

 

 まさしく満身創痍・・・だが・・・

 

 

 堕ち行く竜皇は結界全体を震わせるほどの咆哮を上げ、残った片翼に力を込め、敵に向かって行く。他に屈しない気高い誇り(プライド)、恐るべき生命力、伝承の竜は伊達ではないということだ。

 

 

 その直後、竜皇は黒炎、爆炎を纏った2つの巨大な刃によって胴体部を斬り裂かれ、今度こそ、地に堕ちて絶命した。2つの炎が混じり合う様に竜皇を燃やし尽くしている。炎の勢いは強まり、灰すら残らないだろう。

 

 

 

 

 

 

 シグナムと烈火は活動停止したジュエルシード6つに封印処理を施し、アイレ、リョカと合流した。

 

「や、やったのですね!?」

 

 アイレは戦闘を行っていた2人が無事であったことと、最大の懸念事項であったジュエルシード全ての封印が完了した事に安堵の声を漏らした。ただ、口元を防護服(バリアジャケット)の袖で覆いながらであったため、何とも締らない再会ではあったが・・・

 

「お、おええええぇぇぇぇっっっ!!!」

 

 リョカは焦げ付くような肉が焼ける匂いと、死臭に思わず戻してしまっているようだが、周囲の3人はノーコメントだ。

 

 

 

「後は結界の解除を残すのみか・・・」

 

 シグナムは戦闘跡である炎の中心部に目を向けた。未だに結界が解除されないことから、フィロスの地下研究所は戦闘の余波で殆ど破壊し尽くされているにも関わらず、まだ結界発生装置は機能しているいうことを意味している。

 

 

 

 

 

「何を考えている?」

 

 シグナムは大空に上がり、燃え盛る炎を見つめている烈火へ声をかけた。

 

「あ・・・いや、何でもない」

 

「何でもないようには見えないぞ」

 

 烈火の返事にシグナムは肩を竦める。

 

「後味が悪いのは私も同じだ」

 

 シグナムは烈火へと目を向けた。結界外がどうなっているかは定かではないが、燃えて消えゆく森林、在来種ではない魔導獣が生態系を破壊していただろうことと相まってこの辺りは何も住めない土地となるだろう。

 

 人間のエゴで生み出された魔導獣、眠りを妨げられた伝承の竜皇、闇を抱きながら散っていった局員達、炎に包まれたフィロス・フェネストラ・・・思うところは多々ある。

 

 もしくは、目の前の少年は別の想いも抱いているのかもしれない。

 

「何も考えるなとは言わん。考える事を止め、本能のまま力を振るう様になればそれはもう人間ではない・・・だが、お前一人で背負う必要はないのだ」

 

 シグナムの言葉に烈火が顔を上げた。

 

「今回の事で思うところのあるのは私とて同じ、この件は管理局が向き合っていかねばならない問題だ。お前は被害を最小に止め、あの竜を倒した。フィロス・フェネストラの企みを未然に阻止したんだ。そんなお前が俯く必要などないだろう」

 

「ああ、分かってる・・・」

 

 しかし、烈火の表情は晴れない。

 

「烈火よ、お前は言ったな。自らの剣では何も護れない、壊すばかりだと・・・だが、お前がいたから私は此処にいる。再び、主達の下へ戻れるのはお前のおかげだ・・・それでは、不満か?」

 

 シグナムは烈火に諭すように言葉を紡いでいく。

 

「・・・シグナム」

 

 烈火は目を見開いた。慰めではない、発破をかけるでもない、ただ、隣に佇んでいる存在を感じ、烈火の心は自然と落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

 

 蒼月烈火は年齢にそぐわぬ力を持っている。だが、それと同時に危うさを抱えているとシグナムは感じた。

 

 シグナムが知るのは烈火の過去の一端だけなのかもしれない。だが、この少年が抱え込んだ闇に、背負った十字架に押し潰されてしまわぬようにと、彼の刃で護れたものはここにいるのだと、その隣に在り続けた・・・

 

 

 

 程なくして、空を覆っていた結界が消えていく。戦闘の影響を受け、地下研究所で結界発生装置を起動し続けるだけの余力がなくなったのだろう。

 

 結界解除と同時に、この辺りに多数の魔力反応が接近しているのを感じ取った。

 

 

 

「お、お前達!!」

 

 リョカの下へ管理局員と思われる魔導師7名が降り立った。

 

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

「シグナム!!」

 

 シグナムの胸元へ騎士甲冑を着たはやてが飛びこんだ。

 

「主はやて、どうかされたのですか?」

 

「どうかしたじゃあらへんよ・・・心配させて、もう!」

 

 シグナムは赤子をあやすかの如く、はやての背を摩りながら、穏やかな表情を浮かべている。

 

「シグナム、無事でよかったです」

 

 フェイトも安堵の表情を浮かべていた。

 

「けっ!だから心配ないって言っただろ」

 

「あら、ヴィータちゃんったら一番オロオロしてたのにぃ?」

 

「んだとぉぉ!!!」

 

 ヴィータとシャマルがじゃれ合っている。その隣には狼姿でザフィーラがいつも通りの鎮座していた。その様子を見て微笑むなのは。

 

シグナムは己の守るべき者達の下へ、ようやく戻って来たのだという実感を肌で感じていた。

 

 

 

 

「辺り一帯、すごいことになってるけど、シグナムは怪我とかしてへん?大丈夫なんか?」

 

 落ち着きを取り戻したはやては燃え盛る森や割れた大地を引き攣った顔で見つめながらシグナムに尋ねた。

 

「ええ、頼りになる味方がいましたから、問題ありませんよ」

 

 シグナムの言葉を受けて一同の視線が周囲を彷徨う。まず目に入ったのはボロボロの防護服の青年と自分達と同じ管理局員の捜索隊。どちらのグループにも入れずなのか気まずそうに苦笑いを浮かべている女性。

 

 

 

「野暮用は終わったのか?」

 

「ああ、これでここでのやり残しはもうないよ」

 

 そして、シグナムに声に反応した1人の人影が上空から舞い降りてくるのが目に入った。見覚えのある顔立ち、見覚えのある白い剣と防護服(バリアジャケット)・・・

 

「「「え、え、・・・えええええええぇぇぇぇえぇぇええええ!!!!!!?????」」」

 

 管理外世界ルーフィスに、魔法少女達の驚愕の声が木霊した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

とうとう休みが終わり、地獄の日々が始まりました(涙)


今回で山場を越え、第2章は後1~2話となります。


そしてなんと、今回で20話目です!
最初はぶっちゃけここまで続くと思っていませんでしたww

読んで下さる方がいるお陰でこうやってモチベが維持できております。
これまで感想等下さった方々、ありがとうございます!



なのはも新作劇場版まであと2か月を切りましたね。
そういう意味でもモチベが上がりつつあります。

ではまた次回お会いしましょう。
感想等下さると嬉しいです。
では!

ドライブイグニッション!


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罪劫不消のディジェネレーション

 ルーフィスでの戦闘が終わり、魔導師達を幽閉していた結界が解除された。各々が再会を喜ぶ中、本来いるはずのない烈火と顔を合わせたなのは達の驚愕の声が周囲に響き渡った。

 

「ふ、ふぇ、な、な、な、なんで烈火君がここにいるの!!??」

 

 なのはは目を見開いてこれでもかというほど驚いている。フェイトはその隣で何度も頷いており、はやては烈火の方を向いて頬を抓っていた。

 

 最も、事情を知らないなのは達からすれば魔法関係者とはいえ、民間人の烈火がこのような管理外世界…しかも、戦闘跡にいるとあれば困惑するのも致し方ないと言える。

 

「野暮用だ。気にするな」

 

 なのはは弾丸のような速さで烈火に迫り、ツインテールを振り回しながら猛然と食って掛かる。対する烈火は明後日の方向を向きながら棒読みで返事を返していた。

 

「その適当な説明は何なの!?ちゃんと私の目を見て話してよ!!!」

 

 なのはは烈火の態度に不満げに頬を膨らませて、身体全体で詰め寄るが、全く効果がない。普段と違い、落ち着きのないなのはの様子に一同は呆気に取られているようだ。

 

 

 

 

 

 

「全く最低の日々だったよ。では諸君!帰還しようか!!」

 

「お待ちいただけますか?」

 

 リョカは精も根も尽き果てた風貌で迎えの捜索隊と共に時空管理局本局へと帰還しようとしていたが、アイレが待ったをかけた。

 

「なんだ?僕は疲れているんだ。話なら後に・・・」

 

「ええ、話なら後でたっぷりと聞かせていただきますよ。塀の向こうでですが」

 

「何を言って・・・」

 

 リョカはアイレの厳しい視線に対して、煩わしいといった表情を浮かべていたが、会話の最中で出てきた物騒なワードに眉を顰める。

 

「まさか、帰ったらすべて今まで通りとは思っていませんよね。貴方がこの世界に来た理由を思い返したらどうですか?」

 

「僕がこの世界に来た理由!・・・あっ!」

 

「少なくとも今回の件で任務内容の偽造、殺人未遂、そして、ジュエルシードを所持していた事についてお聞きしたいのでご同行願いますね?」

 

 魔導獣の襲撃という事態があったためにうやむやとなっていたが、今回の件は闇の書事件の被害者遺族による復讐から始まった。管理局の正式な任務としてシグナムを招集しておいての集団襲撃という卑劣な行為は同じ局員として許されざるものである。

 

 しかも、先日の事件において地球で封印されたものと同じシリアルナンバーのジュエルシードを所持していた事も明らかな違法行為だ。

 

 八神はやての様に個人でのロストロギア保有が認められている場合も稀にあるが、ジュエルシードに関してはその限りではない。挙句、フィロスに6つ全てを奪われ、利用されてしまった・・・一歩間違えばとんでもない事態になっていたのだから余計にだ。

 

「君風情が僕に意見するというのか?そんな話は最初から存在していない。それが事実になるんだからそんな話は聞く耳を持たないね」

 

 リョカは淡々と事実を述べるアイレに対して見下した様に呆気からんと言い放った。

 

「お父上の権力で都合の悪いことは握り潰してしまおうという魂胆でしょうが・・・これを見てもそのようなことが言えますか?」

 

「全く!人聞きの悪いことをいう、なっ!??」

 

 アイレはリョカに見せつけるように通信端末の画面を空中に写す。そして、驚愕に染まるリョカ・・・

 

 そこには、オフィスのような執務室に武装隊員が押し寄せ、豪華な装飾の制服を着た中年男性と、その近縁の者達が捕縛されている光景が映し出されている。

 

「な・・・ぁぁぁ・・・父さん!?一体、何をやっているんだ!!!?」

 

 リョカの口ぶりからして、中年男性は彼の父ということだろう。

 

「貴方が不用意に行動を起こしてくれたおかげで、決定的な証拠を押さえることができました。この世界に来たばかりの時に言いましたよね?我々をモニタリングしている者達がいるのだと、それが貴方だけではなかったということです」

 

「お、お前はただの平局員ではないのか!?」

 

「任務に誘う相手のことくらい調べておいた方がいいですよ。まあ、貴方のお父上が本気になって調べなければ私の情報を集めることはできなかったと思いますので意味のないことかもしれませんがね。私はある方々の命を受けこの任務へ参加しました」

 

「ある方々だと!?誰なんだそいつらは!!?」

 

 アイレとリョカの討論が核心に迫りつつある。統括官であり、リベラ派のトップであるリョカの父親を拘束できるだけの権限を持つ人物がアイレの背後に控えているということを意味していた。

 

 

 

 

〈私たちの事さ〉

 

 アイレの背後に3つのモニターが浮かび上がり、それぞれの画面に1人ずつの姿を映し出す。

 

 映し出されたのは3人の老人。その姿を目の当たりにし、烈火以外の誰もが言葉を失っていた。

 

 

 

 

〈皆、魔法生物が収束砲撃を喰らったような顔をして、どうしたのだ?〉

 

 レオーネ・フィルス・・・法務顧問相談役。

 

〈いきなり我らのようなものが出張れば、誰だってそうなるだろう〉

 

 ラルゴ・キ-ル・・・武装隊栄誉元帥。

 

〈2人共、無駄話をしている場合じゃないさね。〉

 

 ミゼット・クローベル・・・本局統幕議長。

 

 時空管理局の黎明期を支えた英雄、〈伝説の三提督〉と呼ばれている管理局でも最上位に位置する人物達であった。

 

 

 

 

 

「な、なぜ貴方達が!?」

 

 リョカはひどく取り乱し、身体を震わせている。

 

〈何故かって?そこのアイレは私たちの部下だからさ〉

 

 ミゼットはアイレの方に視線を向け、リョカの問いに答えた。他の面々もアイレの方をまじまじと見つめている。

 

「私は三提督の直属部隊〈PHANTOM〉に所属しています。PHANTOMは文字通り影・・・お立場故動けないお三方に変わり様々な調査や監査を行っている公にはなっていない特殊部隊です」

 

 アイレはリョカの疑問に答えるように自身の正体を明かした。時空管理局の英雄に極秘の直属部隊が存在していたという事は局員達にとっては衝撃の事実だろう。

 

〈リョカ・リベラ執務官・・・今回の事、今までの事、そしてリベラ統括官の事、全てを話してくれますね?〉

 

 ミゼットの諭すような言い回し、だがそれには有無を言わせない迫力のようなものが感じられた。本物の英雄を前にリョカは大地に崩れ落ちるように力なく蹲る。

 

 リョカを捜索に来た部隊も伝説の英雄を目の当たりにし、自身らのトップの逮捕という事態に完全に意気消沈している。アイレが手錠を手にリョカに近づいていくが、上空から響いてきた金属音に思わず足を止めた。

 

 

 

 

 一同の上に背に翼を生やした巨大な獅子が前足の鉤爪を振り上げて飛来していたのだ。飛び上がった烈火がウラノスでその一撃を弾き、着地した両者が対峙している。先ほどの音はウラノスの刀身と獅子の爪が激突した音だろう。

 

「何・・・この生物は?」

 

 シャマルが後からルーフィスに来た者達の気持ちを代弁するかのように呟いた。

 

 体躯の大きさもそうだが、全体は獅子のフォルムをしているにもかかわらず、背に生えた2対の鳥類を思わせる白い翼、剣歯虎(サーベルタイガー)のように突き出た巨大な2本の牙、前足の鉤爪も相手を引き裂かんばかりに巨大化している。加えて3つに枝分かれした尾はそれぞれが蛇を思わせる頭を持ち、そちらも牙を覗かせ動き回っている。

 

 なのはらは理性を失ったかのように獰猛な様を見せつける異形の生物に言葉を失っていた。

 

 そして、双翼の獅子は戦いの緊張が解けて油断しきっていた一同を嘲笑うかのように雄叫びを上げながら地を蹴る。

 

「皆さん、デバイスを構えてください!!!!」

 

 全身に弾ける魔力を纏い突っ込んでくる獅子を前にアイレの悲鳴のような大声が響き渡った。

 

 アイレは目の前の獅子から、3つ首の異形竜(トライデントドラゴン)には及ばないものの、これまで見て来た他の大型魔導獣以上の圧迫感を感じている。

 

「アレは魔導獣と言って危険・・・な、生物で・・・」

 

 アイレは事情を知っているからこそ、一刻も早く魔導獣の危険を周囲に知らせようとしたが、獅子の方を向いて槍を構えた体勢で目を見開き、動きを止めてしまった。

 

 

 

 

 何故なら、烈火がウラノスを逆手に持ち替え、魔力を纏わせて巨大化した刀身で獅子の首を斬りつけていたからだ。斬り抜けた烈火が着地すると同時に獅子の首が真横にズレて、地面に転がる。魔導獣の生き残りは断末魔の叫びすら上げられずに絶命したのだ。

 

 

 

 

「れ、烈火・・・?」

 

 フェイトはその光景を目の当たりにし、心中に様々な思いが渦巻いている。正直、まだ目の前の事態に理解が追い付いていないだろう・・・だが、相手が魔法生物とはいえ烈火がいとも簡単にその命を奪った事、戦わなければならないとしても殺す必要があったのかという事、そもそもあの生物はどういう物なのか、気になるところは多くある。

 

 だが、血飛沫を撒き散らせて倒れ伏せる魔法生物・・・その亡骸が自分達と斬り抜けて向こう側にいる烈火を分かつ境界線のように感じられたことが何よりもフェイトの心を覆う影となっていた。

 

 

 

 

「なっ!待ちなさい!!」

 

「うるさい!!!来るなぁぁ!!!!!」

 

「ぐ、ぐぅぅ!!!・・・っぁぁ!!!????」

 

 リョカは全員の注意が襲撃してきた魔導獣の方に向いた隙をつき、倒れ込んでいた姿勢から一気に駆けだした。いち早く、気が付いたアイレが後を追おうとするが、リョカの剣の一振りによって吹き飛ばされる。

 

「アレは、宝剣ミュルグレス!?なんであんな物を持っているんや!!?」

 

 はやてはリョカの手にある銀色の剣を目にして驚愕の声を漏らした。先日の地球で起きた戦闘で主犯格の魔導師が悪用した宝剣ミュルグレス(ロストロギア)をリョカがその手にしていたためである。

 

 本来ならリョカの力でアイレを正面から一撃で吹き飛ばすことなど、そうそうできるとは思えないが、ミュルグレスの身体能力を限界以上に引き上げるという性質がそれを可能にしていたのだ。

 

 移動速度も先ほどの比ではなく、一気に加速をしていく。しかしその足はすぐさま止まることとなった。

 

「お、お前達!!?」

 

 一気に平野を抜けようとしたリョカだったが、その進行を阻む者達がいたためだ。

 

「そこまでだ」

 

 正面でレヴァンティンを構えて立ちふさがるシグナム。

 

「逃げても罪が重くなるだけです。どうかお話を聞かせてください」

 

 背後からはバルディッシュを大鎌へと変形させたフェイト。

 

「動くんじゃねぇよ」

 

 2人に遅ればせながらも、リョカの横腹にグラーフアイゼンを押し付けたヴィータ。

 

 リョカは足の速い魔導師達に囲まれ、進行を止められてしまっていた。

 

「この犯罪者共が!!!我が物顔で僕を捉えようというのか!?」

 

「何を!?」

 

「僕は知っているんだからな!お前が出来損ないの人形女だということも!!!」

 

「えっ・・・ぁぁ・・・?」

 

 リョカは大声で喚き散らし、フェイトに向けて罵声を浴びせた。その言葉にフェイトの瞳が揺らぐ。

 

「黙って連行されてろ!!!!」

 

 ヴィータの鉄槌が隙を見つけたと言わんばかりに逃げ出そうとしていたリョカの横っ腹に炸裂した。

 

「へぶぅううぅぅぅ!!!!おえええええぇぇええぇぇぇ!!!!!!」

 

 リョカはヴィータの一撃をまともに受けてしまい、本日2度目のリバースを起こし、口から胃の中の物を全てぶちまけて吹っ飛んだ。白目を剥き、口から泡を吹きながら、陸に打ち上げられた魚の様にピクピクと痙攣している。

 

「はぁ、はぁ、情状酌量の余地はありませんね。貴方を逮捕します」

 

 アイレはミュルグレスを回収し、気絶しているリョカに手錠をかける。これにより多くの思惑が混じり合ったこの事件は終結を見たようだ。

 

 そして、時空管理局の武装隊と思われる一個小隊がこのルーフィスへと降り立ち、アイレの指示を受け、現場検証、リョカらの連行と事後処理を始めていく。

 

 

 

 

「烈火君!」

 

 なのはは事態が収束していくのを感じながら、謎の生物を斬り捨てた烈火へ駆け寄った。

 

 局でも有名な執務官の奇行、突如現れた謎の生物、分からないことだらけであるが、この世界で何か良くないことが起こっていたのは明白で、それに烈火が巻き込まれていた。それがたまらなく嫌だったのだ。

 

 なのはの後を追い、地球在住の局員達も烈火の周りへと集った。

 

〈ソールヴルムの坊や、今回はうちの者が迷惑をかけてしまったねぇ〉

 

「・・・俺の事を知っているんですか?」

 

 ミゼットが烈火へと声をかけた。烈火は管理局の追加部隊が来てからは魔法陣を出現させていないはずにもかかわらず、自身の出自や管理局員でない事を言い当てたミゼットや全く動揺していない他の2人に思わず目を見開いた。

 

〈ごめんなさいね。私の方からあらましだけ話させてもらったわ〉

 

 三提督とは別にもう1つの画面が浮かび上がった。そこに映っていたのはリンディ・ハラオウンだ。

 

〈坊やがちょっと特殊な事情を抱えているのは知っているさね。なんたってソールヴルムだしねぇ・・・前回の事件ではハラオウン統括官の裁量に任せた結果になったけれども、今回ばっかりは本局の方でちゃんと話を聞かないといけなくなってしまったんだ。リベラ親子やその派閥をしっかりと逮捕するためと、さっきの魔法生物についても坊やの証言が欲しいんだよ〉

 

〈それに小僧が何でこんなとこにいたってのも聞かないといけないしな〉

 

〈ただ、君の方の事情も考慮して、デバイスや魔力方面でこちらが干渉する事がなく、今回の事件以外の情報の開示も強要しないことを約束しよう。これなら了承してくれるかね?〉

 

「ええ、ここまでになってしまった以上は何らかの証言をしないといけないだろうとは思ってましたし、その条件であるならこちらとしてもありがたいですが・・・」

 

 三提督からの提案は、烈火にとって決して悪い条件ではなかった。烈火は前回のような管理局との問答を繰り返すか、もっと重い要求をされると思っていたため、逆に戸惑いを見せているようだ。

 

〈今回といい前回といい管理局の事件に巻き込まれた坊やは局にあまりいい印象はないかもしれないけど、そんな顔をしないで頂戴な。結果的にかもしれないけど、私達の部下や局の魔導師のために戦ってくれた事へのお礼と思ってくれて構わないわ。ただ、一点だけお願いしたいことがあるのよ〉

 

〈明日に行われる本局での事情聴取が終わるまでは管理局の目の届くところにいてもらわないといけないんだ・・・それについてはハラオウン統括官の希望もあり、彼女に一任することにした。詳しいことは彼女から聞いてくれ〉

 

 ミゼットとラルゴは烈火に必要事項を伝え、リンディに場を任せるようだ。

 

〈蒼月君、貴方の身柄を明日まで預かることになりました。今からみんなと一緒に地球に帰る事になるのだけれど・・・とりあえず、今日はうちにお泊りしてくれるかしら?〉

 

「はい?」

 

 リンディの思わぬ爆弾発言に周囲の雰囲気が凍り付く。烈火は疑問の声を上げながら、右隣を向いた。リンディの自宅に泊まるということは隣の少女と同じ家に泊まるというわけで・・・

 

「えぅ、え!?・・・な、な、なななな!!!??」

 

 フェイトは烈火とリンディを交互に見比べながら、深紅の瞳を何度も瞬き(まばたき)させ、落ち着きのない様子でアタフタとし始める。

 

 ルーフィスでの戦いが終わり、残すは情報提供という名の事情聴取と思われた矢先、思わぬ事態に少年少女は驚きを隠せないでいた。

 




最後まで見ていただきありがとうございます!

やはり休みが終わってしまったとだけあって、なかなか時間に余裕が持てないですね。

いい加減サバフェスを完走しないといけませんしw

ネビュラ・ネオスが楽しみで久々にカード弄ってみたりと少ない自由時間を遊んでいるのも原因ですが、やはり平日が地獄ですな。


さて、関係ない話はさておいて、前回に第2章はこの話を含めて後2話くらいかなと言いましたが、まだ終わりそうにありません。

もう少しお付き合いいただけると幸いです。

ブラッドでスプラッタな戦闘は終わり、次回は久々の日常成分マシマシとなる予定です。

次回も読んでいただけると嬉しいです。
感想等頂けましたら私のモチベ爆上がりで次回、もっと早くお届けできるかもしれません。

ではまた次回会いましょう!

ドライブイグニッション!


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ドキドキ!?ハラオウン家の人々

 ルーフィスでの戦いを終えた魔導師達は残りの事後処理をアイレらに任せ、海鳴市へと戻って来ていた。

 

 なのはと八神家はそれぞれの自宅へと戻り、残されたのは2人。烈火とフェイトは何とも言えない雰囲気を漂わせてハラオウン家の門前へ足を運んだ。

 

「あら、お帰りなさい」

 

 リンディは待っていましたと言わんばかりのタイミングで姿を現し、家の中に2人を迎え入れた。

 

「フェイト!蒼月!おかえりー、大変だったみたいだねぇ」

 

 アルフはリビングのソファーに腰かけて、入ってきた2人を笑顔で迎えた。

 

「君はトラブルに脚を突っ込むのが趣味なのか?」

 

 クロノは腕を組みながら不機嫌そうな顔で烈火に声をかける。

 

「もう、お兄ちゃん!烈火は疲れてるんだよ!」

 

 フェイトは烈火が反応するより前に不満げな表情を浮かべてクロノに詰め寄っていた。いつか見たハラオウン家の姿がそこには広がっている。

 

「これ!2人とも落ち着きなさい。私が夕飯の支度をしている間に蒼月君は自宅に戻って着替えと明日、本局に向かうまでに必要だと思う物を持ってきてくれるかしら?一応、身柄を預かってるってことになっているから、フェイトとアルフに付き添ってもらう事になるのは勘弁してちょうだいね」

 

「え、と、そんな軽い感じでいいんですか?」

 

 リンディはクロノとフェイトを窘めながら烈火に一度自宅に戻るようにと声をかけた。烈火はリンディの軽い言い様に対して戸惑いを見せている。

 

「ちょっと制限の付いたお泊り会と思ってくれていいわよ。うちがどうしても嫌なら、見知らぬ人しかいない本局に転移魔法で送ってあげるけど?」

 

「今すぐ、取ってきます」

 

 烈火は自身をからかうかのように微笑むリンディを前にすぐさま返事を返した。管理局の一面でしかないのかもしれないが局員にはなのはやフェイトのような者達だけでなく、イーサン・オルクレンやリョカ・リベラのような者も少なからずいる事をこの数日で目の当たりにしている。

 

 だが、少なくともこのハラオウン家の面々が今日の魔導獣の様にいきなり襲い掛かってくる可能性は限りなく少なそうであるし、敵地とまではいかないが何をされるか分からない本局に滞在するよりは今この状態で一晩を過ごす方がいいと考えていたのだろう。

 

 早い話が時空管理局本局には余り長居はしたくないということだ。

 

 

「烈火、待ってよ!」

 

「しょうがないねぇ」

 

 フェイトは玄関に向けて歩き出した烈火を追いかけるようにその隣へと小走りで向かって行った。アルフは並んで歩く2人を見て微笑みながらゆっくりと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

「蒼月烈火を家に泊めるとはどういうつもりなのですか?」

 

 クロノは3人が家を出ていったのを見計らってリンディへと声をかけた。

 

「理由は説明したと思うけど?」

 

「管理局でも最難関と言われる執務官にまで上り詰めた男が起こしたという事件は確かに衝撃的でした。しかし、いくら何でもここに宿泊させるとなると話が変わって来るのではと思うのですが。セキュリティ面から見ても本局に身柄を預けるべきだと・・・」

 

「ありがとう、クロノ。私たちのことを心配してくれているのね。でも大丈夫よ」

 

「ん、んっ!!何故そう言い切れるのですか?」

 

 クロノは照れを隠すようにせき込みながらリンディへと疑問を呈した。烈火と出会ってまだ数週間、自宅に招いた上に宿泊までさせるというリンディの態度が無思慮と思えたのだ。泊める相手はただの地球の一般人というわけではないのだから。

 

 このハラオウン家にはクロノ、リンディ、フェイト、アルフと魔導師部隊と戦闘状態になったのだとしても、それを返り討ちにしても余りあるほどの戦力が集結している。

 

 とはいえ、蒼月烈火という魔導師の実力はまだ未知数だ。だが、現在判明している情報だけを見ても、烈火と戦闘にでもなるようなことがあればクロノらへの被害も相当なものになるであろうことが予想される。

 

 ハラオウン家よりあらゆる面でセキュリティが整っている本局へ烈火の身柄を預けるべきなのは誰の目から見ても明らかなのだ。ましてや烈火と同い年の異性であるフェイトまでいるというのに・・・

 

「そうね、女の勘・・・かしら?」

 

「そんな理由で彼を招き入れたのですか!?」

 

「ええ、そんな理由。これでも人を見る目にはそれなりに自信があるつもりよ。彼はこちらから危害を加えなければ、刃を向けてくることはないと思うわ」

 

 リンディはウインクしながら答え、クロノは呆気に取られていた。

 

「それに彼の存在は管理局にとって、ある種の火種となるかもしれないわ。」

 

「火種・・・ですか?」

 

「余り言いたくはないのだけれど管理局と言っても一枚岩ではないわ。どう低く見積もってもAAAランクの実力を持つソールヴルム式の魔導師とイアリス搭載型デバイスが転がり込んでくれば、それを狙う輩が現れるかもしれない。蒼月君に何らかの被害が及ぶかもしれないし、狙う者達が複数勢力だったらどうなるかしら?」

 

「・・・イアリス搭載型デバイスとソールヴルム式のデータを求め、蒼月烈火を巡って局内で争奪戦が起きる」

 

「ええ、あくまで可能性の話だけれどね。どこも人手不足で目が回っているし、海の中ですら各部署の連携が取れていない上に内部での争いが表面化すれば、そちらに気を取られて次元犯罪者へ隙を見せることになるかもしれない」

 

 リンディは複雑そうな表情を浮かべていた。管理局が長年求めて来たイアリス搭載型デバイスとソールヴルム式の魔導師が目の前にいるとなれば誰であろうと少なからず興味が湧くだろう。

 

 蒼月烈火とウラノス・フリューゲルのデータを詳しく解析できれば管理局の魔法研究、デバイス開発に劇的な進化を齎す可能性は十二分にある。

 

 もしそれを独占できれば、管理局の中でも究極の一(唯一の存在)となるわけだ。

 

 より強い権力を手に入れる為、駆け引きの手段の一つとして、はたまた自らの魔法技術の向上に大きく役に立つと思われるこの情報は誰もが喉から手が出るほど欲するであろうことは明らかである。

 

「前回の事件で私達は騒ぎ立てなかったし、今回も三提督の計らいによって事情聴取の出席者はごく限られた人間になるから、彼の存在を知る者はそう多くないわ。ソールヴルムの知識を得る事は大きいことかもしれないけれど、蒼月君が情報の開示を好ましく思わない事は貴方が一番知っているはずよね?」

 

「ええ、まあ」

 

「だからこそ、本局に置いておくよりも地球では一番安心できる此処で身柄を預かることにしたのよ。管理局と蒼月君自身にとっても悪い選択ではないと思っているわ。何かあれば私達が動けばいいし、この街には頼りになる仲間が沢山いるからそんな顔しなくても大丈夫よ」

 

 リンディは管理局内で烈火の情報が出回る可能性を下げる為に自宅で身柄を預かる事にしたという。この海鳴市には過剰と通り越して異常な戦力が揃っており、よほどのことがなければ安全とはいえ、クロノはまだ納得がいっていないという表情を浮かべていた。

 

 どこからか烈火の情報を入手した者がいた場合にはその人物ないし、勢力が地球に来るとかもしれない。それにフェイトらが巻き込まれる可能性もなくはないのだから・・・

 

「そ・れ・に!!私的にはあの2人、結構波長が合うんじゃないかと感じているし、この機会に何か進展してくれないかなぁ~とか思ってたりするわ」

 

「それはまさか・・・フェイトと蒼月烈火の事ではないですよね?」

 

「あら、やだねぇ。その2人以外誰がいるのかしら?」

 

 先ほどまでの真面目な面持ちから一転、リンディの楽しげな様子にクロノは頬を引くつかせていた。

 

「ほら、フェイトが連れてきたことがある男の子ってユーノさん位じゃない?そのユーノさんはなのはさんに気があるみたいだし、あの子はいくら何でも男っ気がなさすぎるのよねぇ。地球はともかく管理局でもそんな感じみたいだし・・・何となく!そう何となくよ!少なくとも25歳までは年齢=彼氏いない歴になるのが世界に決められている気がするのよね」

 

「母さんが何を言っているのか分かりかねますが、僕はあんな得体のしれない奴とフェイトが親密になるなど反対ですからね」

 

 クロノは笑顔になったりしかめっ面になったりと忙しいリンディを呆れた目で見つめている。

 

「クロノにはエイミィがいるかもしれないけど、フェイトにはそんな相手がいないじゃない?」

 

「んぐっ!?」

 

 リンディはクロノの視線など何のその、捲し立てるようにテンションを上げていく。クロノは付き合いの長いエイミィの話題を出され旗色が悪くなっているのを感じ取っていた。

 

「あの子って見た目良し、スタイル良し、器量良しと非の打ちどころがないのだけれど、ちょっと抜けてるところがあるから心配してるのよ。将来、変な男に引っかかるんじゃないかって・・・それにフェイトにとってのヒーローはなのはさんって感じがするわよね。あの2人はちょっとアレな雰囲気を漂わせることもあるし、なのはさんもユーノさんを除けば男っ気が皆無だから、将来一緒に住んでたりしそうな気がするよのねぇ」

 

 クロノはリンディの発言に思わず頷いてしまっていた。なのはとフェイトが人前だろうがお構いなしで桃色空間(百合フィールド)を形成しているのを何度も目撃しているからだ。

 

 口から砂糖をぶちまけそうになるアレを何度も目の前で見せられれば、リンディの発言が現実なりそうな気がしないでもなかったのだ。

 

「当人たちが望むならしょうがないけれど、義理でも母親としてはクロノだけじゃなくて、やっぱりフェイトの方も孫の顔が見たいじゃない?そんな、あの子が家に男の子を連れてきて、その子が魔導師で、フェイトと並び立っても遜色がない実力者で、しかも誠実そうだし、可愛いし言うことないわね」

 

 リンディは目を輝かせながら言い放った。

 

 フェイトは14歳の若さで魔導師の強さを示す値が管理局でも一握りしかいないであろうSランクであり、資格取得難易度が管理局最難関と言われている執務官でもある。今でこそまだあどけなさが残るが、後、数年もすれば絶世の美女となることは想像に難しくない。

 

 その優れた容姿と地位に惹かれる者は今後、多くあらわれるであろう。

 

 だが、フェイトは若いながらも既にエリートと言っても過言ではない経歴の持ち主であり、管理局内での階級や給料面でも優遇されているため、同年代では同格の者と言えばキャリア組を除けばごく一部の者だ。

 

 リンディやクロノもよく知る通りキャリア組と言えば、今回のリョカ・リベラの様に親の威光、賄賂、汚職等で昇進して立場を得た者も少なからずいる。

 

 無論、全員がそうというわけではないし、有能な人物の方が多いのは事実だがプライドの高い本局の人間達の中の最たるものといった印象を受けるのも事実だ。

 

 魔法関係はともかく日常生活では人に対してNOと言えず、押し切られることの多いフェイトにこれから先の未来でそんな者たちが我が物顔で言いよって来たり、同年代や年下で所謂、逆玉の輿を狙って近づいて来る者がいないとも限らない。

 

 それらは、フェイトにとってある種のいい経験になるかもしれないが、人生を棒に振ってしまうことになりかねないような事態にもなる可能性もある為、好ましくないと思っているのはリンディもクロノも同様の様だ。

 

「母さんの言うことは分からなくもないですが・・・」

 

 戦闘を見たのは1度きりだが、蒼月烈火はなのはやフェイトと比べても遜色のない実力を持っていると思われるし、前回の事情聴取の受け答えからもそれなりに頭の回る人物だ、というのが現状のクロノから烈火への評価だ。

 

 とはいえ、まだ出会ってばかりであり、流石にと言いかけたクロノの言葉を遮るように外出していた3人の楽しげな声が聞こえて来る。リンディは雑談をし過ぎたと夕飯の盛り付けに戻って行き、この話は半ばで中断されることとなった。

 

 

 

 

 

 戻ってきた3名も席に着き、食卓に広がるのは洋風の品々。挨拶を済ませ、各々が料理に手を付け始める。烈火は周囲に促されるように料理を口に運んだ。

 

「どうかしら?お口に合うといいのだけれど」

 

「美味しいです。とても本格的で洋風料理店で出てきてもおかしくないんじゃないかと思いました」

 

「あら!もう!お世辞でもありがとう。照れちゃうわねぇ」

 

 烈火が料理を食べていくにつれ、リンディは笑みを零している。遠目からでもご機嫌なのがまるわかりなその様子を残りの3人は苦笑いで見つめていた。

 

 ハラオウン家の夕食は和やかに過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

 十数分後、一般家庭にしては広めの浴場で頬を引き攣らせている烈火・・・

 

「押し切られるように入浴することになってしまったが・・・」

 

 烈火は熱いシャワーを頭から浴びながらどうしてこのような事になってしまったのかと溜息を吐いた。

 

 リンディから着替えを持ってくるように言われたのはこのためだったのだろう。身柄を預かられている以上、暢気に自宅で入浴というわけにはいかないということはわからなくもないが、他人の家の浴槽を前ではどうにも落ち着かないようだ。

 

「無人世界に行くだけのはずが命がけの戦闘をする羽目になるし、事件に巻き込まれて管理局に行く羽目になっただけじゃなく、クラスメートの家に泊まることになるとはな。密度が濃すぎてどこから突っ込んでいいか分からん」

 

 思い返せばルーフィスで同時に起きた2つの計画に巻き込まれ、ロストロギアにより蘇った伝承の竜種や獰猛な魔導獣と命がけの戦闘(デッド・オア・アライブ)を繰り広げて来たのだ。内容の濃い数日に辟易しているのだろう。

 

「それに、此処をいつもフェイト(アイツ)が使ってるんだよな・・・・・・ッッッ!!!」

 

 烈火はここ数日の事をを思い返していたが、思考が途切れた瞬間に目を背けていた事実に直面してしまった。隣の席のクラスメートの少女が毎日使っているであろう浴場に自分がいるというとんでもない状況に・・・

 

 

 

 

 

 

「あれ、もうお風呂上がったの?やっぱり男の子は早いんだ。じゃあ私も行って来るね」

 

 フェイトは予想よりかなり早く入浴を終えて戻って来た烈火に声をかけ、着替えとバスタオルを片手に長い金髪を揺らして歩いていった。

 

 タオルをかぶって顔をほとんど隠しながら出て来た烈火の横顔が赤らんでいるのは風呂上がりのせいだけでないことには全く気づいていないようだ。

 

 

 

 

 

 そして、風呂から上がり、寝間着へ着替えたフェイトがリビングにやってくるとリンディが2人へと声をかけた。

 

「フェイト、髪を乾かしに部屋に戻ると思うのだけれど、蒼月君の布団も敷いてあるから連れて行ってあげてね」

 

 リンディの一言に周囲の雰囲気が凍り付いた。烈火とクロノはその場で石像のように固まっており、フェイトはまだ理解が追い付いていないのか、キョトンとした表情を浮かべている。

 

 

 数秒後・・・フェイトはようやく話の内容を理解し、顔を真っ赤に染め上げて俯いた。

 

 

 

「か、母さん!?いくらなんでも・・・ッ!」

 

「今日はアルフも2人と同じ部屋に行ってちょうだいね」

 

「うん?リンディさんがそう言うならアタシはいいけど」

 

 クロノはいち早く思考停止(フリーズ)状態から復活して声を上げたが、リンディによって華麗にスルーされ、対して指示を受けたアルフは場の空気を察してか、気にしていないだけか、二つ返事で了承していた。リンディは愕然としていた表情のクロノに遅ればせながら、アルフの方をチラリと見るように促し、視線で返事を返していた、

 

 

 

 フェイトの自室に烈火の寝具が用意されているということは、今日の夜は同室で過ごすということになるわけで・・・

 

 ハラオウン家の人々を尻目に烈火とフェイトの視線が重なるが、程なくして目を逸らす。思考停止(フリーズ)から復帰した2人はクロノらの会話が終わるまで何度か視線を交わしては逸らしてと、そんなやり取りを繰り返していた。

 

 

 

 

 

「その、あんまり綺麗じゃないから、じっと見たりしないでね」

 

 結局、烈火はフェイトの自室へと案内された。恥ずかしげに頬を赤らめるフェイト、気まずそうな烈火、自然体なアルフと三者三様の表情を浮かべ、床に腰を落ち着けた。

 

 ちらっと見ただけだが、床に物は転がっていないし、本棚に並べられている物ものまで整頓されていた。烈火は散らかっているどころか、しっかりと掃除が行き届いているのだという印象を受けたようだ。

 

 リビングでのバタバタから抜け出してようやく落ち着いたものの、中々会話が続かない2人。

 

 烈火もフェイトも口数の多い方ではないが、普段の学校生活では登下校を共にし、席も隣同士であり、会話の機会には恵まれているために話すことがないというわけではないのであろう。

 

 しかし、フェイトは気恥ずかしさを覚えてか、女の子座りの足を組み替えてみたり、烈火の方に視線を送っては逸らしたりと落ち着きがない様子だ。

 

 烈火も同年代の異性であるフェイトのプライベートスペースで当人と向き合ったこの状況でどのような態度を取っていいのか分からないのだろう。先ほどから視線が泳いでいる。

 

 

 

「・・・ったく!アンタ達は何をやってるんだい?」

 

 アルフは余りにぎこちない2人のやり取りを見て、我慢の限界といった風に話の流れをぶった切った。良くも悪くも細かい所を気にしない性格のアルフにとって、烈火とフェイトの態度はまどろっこしいものに見えたのだ。

 

 念のためとリンディにフェイトの部屋で一晩の間、烈火の事を見ているようにと言い使って来たが、この様子なら特に問題行動は起こさないであろうと内心思ったアルフであった。

 

 そして、アルフが話題を振り、ようやく会話らしい会話が成立し始めた。今の生活に馴染んだのか、学校でのフェイトの様子はどうなのかと他愛のないものばかりであったが、烈火がそれに答え、自身の事を聞かれて恥ずかしがっているフェイトが割って入ったりと、会話を続けているうちに開き直ったのか、落ち着きを取り戻したのか、2人とも普段の様子に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

「・・・ここは?・・・そうか、俺は・・・」

 

 烈火は微睡(まどろみ)の中で自身の目の前に映り込んだ知らない天井に疑問符を浮かべたが、昨日からハラオウン家に宿泊していることを思い出した。

 

 あれから暫く、3人の会話が和気藹々と繰り広げられていたが、翌日は朝から本局入りをせねばならず、今日の事件で烈火も疲れているだろうということで早めに就寝していたようだ。

 

 現在の時刻は早朝の7:00前、烈火はいつもよりも起きるのが遅いなと感じていたが、心地よい微睡(まどろみ)の中、再び眠りに落ちそうになっている。だが、左腕全体に感じた違和感によってその意識は強制的に覚醒を促された。

 

 自身の二の腕辺りを挟み込むようにフワフワとした、何やら軟らかいモノが押し付けられており、腕全体に感じる温かい感触・・・烈火が視線を向けると橙がそこにいた。

 

 烈火の思考が完全に止まる。まず、自分の姿を確認し、その後に隣で気持ちよさそうに眠るアルフの姿を一瞥した。烈火自身の寝間着は乱れていない、アルフの方は寝ている最中に胸元がはだけ気味になっているせいで直視するのは憚られるが大きな乱れはない。

 

 とりあえず取り返しのつかない間違いは起こしていないことに安堵していたが、驚愕の状況であることには変わりがない。烈火の記憶ならば消灯前に、フェイトは自身のベッド、アルフは子犬モードへと姿を変えてそこに飛び込んで行ったはず、床に敷かれている布団にいる自分の所に再び人間へと姿を変えて潜り込んできていることに理解が追い付いていないのだ。

 

 もう間もなく、起床せねば出頭に間に合わないであろうし、とにかくこんな状態を誰かに見られるわけにはいかないと開いている右手でアルフを起こそうとした烈火だったが、視界の端で何かが蠢いた。そこには上体を起こして烈火の方に視線を向けているフェイトの姿がある。

 

 嫌な汗が止まらない烈火の蒼瞳と上から見下ろすようなフェイトの紅瞳が混じり合う様に重なった。

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます。

ここ数話の殺伐とした感じから一転、まったりとした感じになりましたかね。

日常シーンを書いていると戦闘を書きたくなって、戦闘シーンを書いている時に日常が恋しくなるのが最近の悩みです。

次回は、IN時空管理局本局となります。

感想等頂けると励みになりますので嬉しいです!



で!ここから先、ちょっと感じたことがあったので色々書きます。

リリカルなのはVIVIDがLOVEだとかVIVIDが至高というという方はここで戻られた方がいいかもしれません。

別にVIVID自体にどうこうという話ではありませんので、気にするようなことではないと思いますが一応、と思いましたのでお知らせした次第です。

ネタバレになるようなことはありませんがこの作品の今後の展開についても若干触れるかもしれませんので、小説は事前情報なしで見るぜ!という方もここで戻られた方がいいかもしれません。

ではよろしいですか?
















よろしいですね?





では参りましょう。



昨日、所用で出かけた時にリリカルなのはVIVIDの最終2巻くらいをたまたま読みました。
たしか、6巻くらいまではリアルタイムで買ったり読んだりしていたのですが、そこからは掲載紙を買った時にちょろちょろ読んでいた程度なので、なのはファンでありながらVIVIDはにわか同然なんです。

数年ぶりに単行本を手に取ってみると、絵は綺麗だし、戦闘描写も迫力あるし、内容もドキドキさせてくれるもので超面白かったんですけど、ふと感じたことがありましてね・・・

それは、あの世代強すぎじゃないかということです。


DASSでしたっけ?
身体のダメージは味わうけれど、試合終了後に復活できるみたいな競技形式とはいえ、最後のなのはVSヴィヴィオとか思うところがありました。

遮蔽物のないフィールドで、互いに正々堂々ルールに乗っ取って戦う”競技”と管理局の魔導師達が行っている命の危険すらある”実戦”とやってることが違うのに比べるのもおかしい話なんですけど。

索敵や、仲間との連携、様々な戦場、卑怯な手段をとる相手への対処。

悪意や覚悟を持って向かってくる相手に自身の想いを伝えることなど、時には命のやり取りすらある戦い。

VIVID作中の競技にもいろんなルールがあってそれに伴っての難しさなどがあることは百も承知です。


そもそも砲撃魔導師で個人戦をやってるNANOHAさんが異常っちゃ異常なんですけど、打撃戦に不向きと明言されている本来、支援型のヴィヴィオ相手にあの結果ということに何とも言えない悲しみを覚えました。

なのはが30歳を超えてて、ヴィヴィオが大人モードが実年齢くらいになってたら世代交代なのかなと思わなくもなかったんですけど。

終盤での主役勢の急激なパワーアップある意味無印からの流れと言えば流れなんですけどね。

無印でなのはがフェイトに勝ったのは、なのは自身の才能と努力もあってですが、フェイトに心身ともに余裕がなかったという要因もあったでしょう。

A’sでもなのフェイが手も足も出なかった守護騎士相手にカードリッジとデバイスの性能向上で互角に渡り合えるようになっていましたが、当時のカードリッジシステムはデバイスと使用者への負担が大きく、諸刃の剣と言っていいモノでした。

劇中描写だけ見るとヴィータはなのはに押され気味でしたが、シグナムの方はフェイトが言っていたようにスピードでどうにか追いついているという感じを受けましたし、得意分野による奇襲という面が大きいように感じました。

STSの最期の模擬戦も、FW達で隊長陣をどうにかできたのかは定かではありませんが、JS事件後も激しい訓練を積んでいたようですし、個人戦でなくチーム戦でありました。
この手の特有の勝敗はご想像にお任せします方式だったので納得はできました。


でも今回は何の言い訳もできない状況であの結果でしたので思うところがあった次第でございます。

ヴィヴィオの成長、親子の物語、リリカルなのはVIVIDという作品だけを見るならあの結末は20巻分のカタルシスが詰め込まれた最高の展開だったと思っています。

最初に申しました通り別にVIVIDが嫌いとかそういうわけではないですし、すごく面白かったと私は思っているんですが、リリカルなのはという作品全体としてみるとインフレヤバいのかなという風に思いました。

当時のFW陣は訓練学校を卒業し正規の局員であったにもかかわらず、4人がかりでなのはのBJに埃を付けるのが精一杯でしたし、DASSのルールでなのはと対戦することになったら武装隊員の中でなのはに膝をつかせることができる者がどれだけいるかと考えるとね・・・

あの時のヴィヴィオは作中で誰かが言っていた神がかっている状態だったんでしょうし、主人公特有のアレも働いてそれでもギリギリだったと言われていました。

回数を繰り返せばなのはの方が勝率が高くなるのは目に見えてはいるのでどちらが強いかと言われればなのはなんでしょうけど、管理局のエースオブエースが10歳の少女と競技内とはいえ、ガチンコの魔法勝負で比べられる状況って・・・

そしてヴィヴィオがその年代最強クラスかと言われるとそうではないんですよね。
同期でもっと強いor互角の魔導師がゴロゴロもいるとなれば、時空管理局の魔導師の質って相当低いんじゃないかと感じてしまいました。

魔導師にもいろんなタイプがいるとはいえ武装隊であるなら、やはり1VS1の強さは無視できない要因だと思います。

JS事件で空を飛んで杖を持っていた多数の武装隊員がなのはに土を付けるところは自分には欠片も想像できませんし、正面からの魔法比べならば、10代前半の少女と互角のトップエース、それの足元にも及ばない多数の局員達というレベルの低い集団という風に自分は感じてしまいました。

この世界の魔法はシステムによるものが大きいと思いますし、デバイスの性能も日々進化していると思います。

後から魔法を習う者達の方が、効率的に強くなるのは現実のスポーツとかでも同じだとは思うのですが、高町なのはは、それでもと思わせてくれるキャラクターでした。

なのはとティアナ、フェイトとエリオが互角みたいな描写もありましたし、今まで見てきた、管理局の白い魔王NANOHAさんはいないんだと、個人的には何とも言えない悲しみを胸に覚えています。

他にも道場の師範代キャラがヴィヴィオと同年代の少女に負けていたりと、大人になると魔法少女補正がなくなって弱体化するのかなと思うようなところもあって、ヴィヴィオ世代が強すぎるだけか、大人世代のレベルが低いのかという印象を受けました。

そんなん雰囲気で楽しめよ!とか整合性を求めるな!というのはもっともですし、素直に楽しめないのは自分の性格が捻じ曲がっているからなんでしょうけどそれでも今回は書かずにいられませんでした。

色々申してきましたが、reflectionの情報が出るまでの5年間、なのはシリーズを支え続けて来たVIVIDは自分も嫌いではないですし、むしろ好きです。

あくまで一個人の感想ですので、頭の片隅から消し飛ばしておいてくださいw



何を隠そう私がアニメや漫画で一番嫌いなのは、前章、前作のキャラが新キャラを目立たせるために噛ませ、弱体化する事なのです。

なので続編決定!主人公変更ですが前作キャラも活躍!っていう作品には不安しか抱かないんですよね。

新キャラを目立たせるために、過去作キャラの扱いが雑になって、格が落ちて、出ないほうがよかったと思うことが9割ですので。

ちょっと前だとアークファイブやDB超、最近だとアレスの天秤なんかがそんな感じですかね?

後は世代を超えるたびに記憶喪失に陥るスーパーマサラ人とかもですか。

個人的には劇場版の遊戯や十代、ブレイヴのダンやまゐ、ポケスペのレッド、グリーン、ブルーみたいに本編を終えて成長した姿を見せてくれる時のカタルシスは何にも代えがたいものを感じますし、そういうシーンは大好きですので、結局過去作キャラが出るよってなると、楽しみにしてしまう自分もいますがww

これも一個人の意見ですので、気にしないでください。



そして、軽く本編かよってくらい内容が膨れてしまいましたし、私の勝手な意見を見てくださった方々にちょっとだけ今後の流れを話して締めようと思います。

まず無印とA’sをすっ飛ばして空白期から始まったこの作品ですが、暫くこのまま続きます。

それに伴って、オリジナル展開が長くなるかと思います、そしてその後のSTS篇までは構想を捏ね繰り回しております。


そもそも空白期が終わる目途はまだ立っていませんし、STS篇はそれ以上の長さになるかと思っていますのでまだまだ先のお話ですがね。

なのはやフェイトだけでなくて、アニメ本編に出演こそしているものの、出番に恵まれなかったヴィータ以外のヴォルケンズ、殆ど出番がなくなってしまった、アリサやすずか、アルフ、リンディさんなんかもバンバン出していくつもりです。

今作では管理局関係の話で明るい事柄が多くないことから察している方も多いかと思いますが、ゼストやレジアス、無限の欲望や三提督などアニメ本編で割とさらっと流されたところも自分なりに触っていけたらなと思っています。

オリジナルの世界や術式があることからそちら方面のオリキャラも少なからず出ますし、登場人物も今の比ではなく、相当な長さになることが予想されますが、お付き合いいただければ幸いでございます。



では次の話でお会いいたしましょう。

ドライブイグニッション!!


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過去と現在と

 カーテン越しに広がる朝日を浴びながら、見つめ合う少年と少女・・・

 

 烈火は状況の釈明をしようとしたが言葉が出てこない。沈黙が続いていたが、フェイトの首がカクンと折れ、舟をこぎ始めた。

 

「んぅぅ・・・ん、ぁ」

 

 よく見ればフェイトの紅瞳は半開きであり、目元をくしくしと擦っていた。どうやらまだ寝ぼけているようだ。

 

 フェイトは自身の毛布をまくり上げ、ゆっくりとした動きでベッドから降りて烈火の布団の端の方に座り込み、ボケーっと2人の方を眺めている。

 

 烈火はこうなってしまえば、もう主であるフェイトにアルフを起こしてもらうのが最も、穏便に済むと思い、声をかけようとしたのだが・・・

 

「ん、みゅぅ・・・ぁ、ん・・・ぅぅ」

 

 ところが、フェイトは寝ぼけ眼のまま烈火の布団に侵入し、その右腕を枕替わりに頭を置き、目を閉じた。程なくして静かな吐息が聞こえて来る。いつの間にやらフェイトは両手で烈火の寝間着を握りしめて完全に眠りに入ってしまっていた。

 

 烈火が己の失策を悟った時にはすべてが遅かった。何故なら、既に両手が塞がってしまい、2人を起こすことができなくなってしまっているからだ。声を上げて起こすことも考えたが、フェイトの保護者たちにこんな光景を目撃されてしまえば何を言われるか分からない。

 

 どうにかして脱出しなければと両サイドから感じる軟らかい感触を頭の片隅へと追いやりながら思考していた烈火にか細い声が聞こえて来る。

 

「ア・・・リ・・・シアじゃない、よ」

 

「アリシア・・・誰だ?」

 

 烈火の耳に入って来たのは聞きなれない名前、女性の物だろうか・・・

 

「・・・・・・母さん」

 

 そして、フェイトの瞳から一筋の雫が零れ落ちた。フェイトは烈火の目の前で涙を流しながら震えている。

 

 フェイトの母親と言えばリンディ・ハラオウンがそれにあたるのだろうが、両者の関係は烈火から見ても良好に思えた。悪夢でも見ているのだろうか、それとも過去に何かあったのか・・・

 

 クロノとリンディにはなく、フェイトにだけあるテスタロッサというファミリーネーム、アリシアという知らぬ名前・・・フェイトもまた何かを抱えているのだと烈火は感じた。

 

 しかし、自らの選んだ選択と、剣を振るう理由(わけ)に答えを出せないままの、烈火には震えているフェイトにかけられる言葉はない。何かに震え、温もりを求めて身体を擦り寄せて来る少女を黙って見ている事しかできなかった。

 

 フェイト・T・ハラオウンという少女は何かを抱えているのだと感じ取っていた烈火だったがドアをノックする音で現実へと引き戻される。

 

 

 

 

 

「入るぞ、む!まだ寝ているのか?珍しい・・・な!?」

 

 クロノはノックに対しての返事がなかったためかドアを開いて入室した。既に時空管理局の制服に袖を通して、準備万端といった様子だ。普段は規則正しい生活をしているフェイトが中々、リビングへ姿を現さない為、どのような状況か見に来たのだろう。

 

 しかし、クロノは部屋を見渡し、動きをピタリと止めた。フェイトとアルフの姿はどこにも見当たらず、床に敷いてある烈火の物と見られる布団は不自然に盛り上がっている。細身の烈火1人ではこのようにはならないはずだ。

 

 クロノは床に敷いてある毛布を強引に引っぺがした。その中には烈火を中心に1つの布団で眠る妹達の姿、クロノの中で何かが切れた。

 

「ふ、ふふっ!どうやら母さんの勘は大外れだったようだな」

 

 クロノは不敵な笑みを浮かべながら腕を掲げる。

 

「ま、待ってくれ!ハラオウン兄!いくらなんでもそれは危険すぎる!!」

 

 烈火は穏便に済んでくれることを願いながら、狸寝入りを決め込んでいたが、クロノの発言を聞いて思わず目を開いた。残念ながら両腕をの自由が利かないため起き上がれないようだが、クロノの頭の上に出現した1発の水色の魔力弾に冷や汗を流している。

 

「妹達を誑し込んだ軽薄野郎に制裁を降すだけだ。これでも最年少執務官と言われていた時代もあってだな、射撃魔法の精度にはかなりの自信がある。隣の2人には傷一つ付けないから問題ないだろう」

 

「これは不慮の事故だ!話し合えばわかるはずだ!!」

 

 烈火の両隣には目元を赤く腫らしたフェイトと、衣服がはだけたアルフ、誰がどう見ても有罪(ギルティ)であった。

 

「なんだい?うるさいねぇ」

 

 アルフは目元を擦りながら起き上がり、背筋を伸ばして意識を覚醒させた。騒々しいといった感情を示すように狼耳がピクピクと動いている。

 

「ん、んにゅ・・・ぅっ・・・あれ、烈火?」

 

 フェイトも起き上がったが、まだ眠気が冷めないのか、どこか間の抜けた表情だ。しかし、自分の隣にベッドにいるはずのない少年の姿を見て頭に疑問符を浮かべている。

 

 次に視界に入ったのは、毛布が捲り上げられて無人のベッド、そして自分は見覚えのあるシーツの上でなく布団の上に座っている。フェイトが座っている直ぐ下は何者かがいたであろう証拠である人肌のぬくもりを感じさせる。

 

「アハハ、ごめんね!アタシ寝相があんまりよくなくってさぁ」

 

「寝相どころか姿も変わってたけどな」

 

 聞こえて来るのはアルフと烈火の会話、寝相が悪い・・・

 

 フェイトは全てを悟る。そして・・・

 

 その異名の通り雷光の如き速さで自分のベットに潜り込み、毛布を被って丸くなった。

 

「う、うぅぅぅ!!ね、寝顔とか絶対見られたよね・・・ぁぅぅぅぅっ・・・」

 

 布団を被るときに抱え込んだ自分の枕に顔を押し付けて羞恥に悶えているようだ。

 

 金色のお姫様が布の城での籠城を止める頃にフェイトの部屋にいた4人は時空管理局へ赴くという本来の目的を思い出し、早く準備をするようにというクロノの言葉通りに血相を変えて支度に取り掛かる。

 

 フェイトはまだ動揺が抜けきっていないのか、烈火が制止の声を上げる前に寝間着の上を半分以上捲り上げてしまった。チラチラと見える黒い布や、白い腹部が露になる。

 

 クロノに急かされるまま、すぐに準備に取り掛かったのだが、異性の烈火が退出する前にそれを始めてしまうという普段の彼女なら決してしないようなミスをしてしまったのだ。

 

 涙目になって耳まで真っ赤にしたフェイトと頬を赤らめた烈火は背中合わせになって何とも言えない雰囲気を漂わせている。

 

「早く準備しないでいいのかい?お二人さん」

 

 アルフは自室に戻る際に固まっていた2人に声をかけた。慌てて退出する烈火と顔中に集まった熱が冷めやらないまま準備を始めるフェイト。

 

 ハラオウン家の朝はいつもの数段騒がしいものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

「あ、やっと来た!おーい!!・・・どうかしたの?」

 

 時間ギリギリで本局入りしたハラオウン家+烈火の一行。本局のエントランスにはなのはと八神家が既に集合していた。

 

 真っ先に声をかけたなのはだったが、疲労困憊といった様子の烈火とクロノ、目を伏せているフェイト、リンディとアルフを除けば、既に疲れ切っているような印象を受けた。

 

「蒼月君、ちょっとだけええかな?」

 

「・・・ああ」

 

 そんな烈火の前に真剣な面持ちのはやてが近づいてきて、合流した一行から距離を取るように2人でエントランスから屋外へと出て行った。

 

 どうやら、時間ギリギリとは言ってもまだ多少の猶予があるようだ。

 

「蒼月君、いや!烈火君と呼ばせてな・・・今回は本当にありがとうございました!!!!」

 

「お、おい!何の話だ?」

 

 局内部から見えないように位置取ったと思いきや、はやては勢いよく頭を下げる。烈火は突然のはやての言葉に戸惑いを隠せないでいた。

 

「烈火君がおらへんかったら私はまた、家族を失っていたかもしれない。このお礼はきちんと返します!やから、ホンマにありがとうございました!!」

 

 はやては烈火に声をかけられてもひたすらに頭を下げ続けた。その声は涙混じりの鼻声であり、肩は小さく震えている。

 

 烈火ははやての様子に驚きながらも、言葉の節々から感じられるニュアンスでルーフィスでの一件の事かと合点がいったようだ。

 

 

 

 八神はやては既に家族を3度失っている。

 

 1度目は顔も朧げな実の両親、2度目はようやく得た家族である守護騎士を目の前で闇の書に蒐集され、3度目はその直後に旅立っていった管制人格。

 

 夜天の書の主として、被害者遺族に頭を下げて回り、非難を浴びながらも贖罪に駆け回る日々が数年間続いた。

 

 再び家族と過ごしたいという意思がはやてを突き動かしている。ここ最近はこれまでの功績から、はやてと守護騎士も管理局、聖王教会に認められつつあり、その中で新たな家族も増えた。

 

 はやて自身の進路も固まって、ようやく穏やかな日々を過ごし始めた矢先に起きた今回の事件・・・4度目の消失への恐怖がはやての小さな肩を震わせる原因となっていたのだ。

 

「顔を上げてくれ・・・俺は俺のやることをやっただけだ。シグナムと共闘したのもその為で八神が礼なんて言う必要はない」

 

「でもッ!家族を助けてもらって・・・その恩人に何もせえへんなんて」

 

 烈火の言葉に顔を上げたはやては目尻に涙を浮かべながら、納得ができないといった声を上げた。

 

 

 

「あー!!何やってるの!!?」

 

 はやての瞳から涙が零れ落ちようとした瞬間、大きな声が周囲に響き渡った。なのはがサイドテールを揺らしながら、大股で歩いて来るのが目に入った。

 

「烈火君!はやてちゃんを泣かせるなんて!!」

 

「俺がやった前提なんだな」

 

「烈火君はいじめっ子だからはやてちゃんに意地悪したんでしょ?」

 

 なのはは腰に手を当てて烈火を非難するようにむくれている。

 

「私が勝手にこうなっただけで、烈火君は悪くないんや。だからそないなこと言わんといてな」

 

 はやては目元を拭いながら、なのはに烈火の無実を主張した。

 

「それで、お前は何で1人でここに来た?というかなんで八神達と一緒にいたんだ?」

 

「それはこの間の捜査官さんがみんなを迎えに来たから2人を呼びに・・・ってそれどういう意味かな?」

 

 なのははアイレが一同を呼びに来たため、集団から離れていた烈火とはやてを呼びに来たのだと伝えている最中に心外とばかりに眉を吊り上げた。

 

「当事者のシグナムと八神達が来るのは当然だし、一時的に俺の身柄を預かっているハラオウン家が来るのもわかるが、お前まで来る必要はないだろう?」

 

「私だってあそこにいたもん!当事者なの!!」

 

 烈火の発言に対して、なのはは頬を餌を詰め込んだハムスターの様に膨らませて詰め寄った。はやては四散していくシリアスな空気を肌で感じながらも、その様子を見て思わず笑みを零した。

 

「せや!烈火君、今度、我が家に来てくれへん!?お礼ってわけやないけど、料理くらいはご馳走させてな。これでも料理の腕にはかなりの自信があるんや!」

 

 はやてはなのはと話していた烈火に声をかける。その表情は先ほどまでの沈んでいたものと違い、幾分か軟らかい物であった。

 

「・・・そうだな。楽しみにしておくよ」

 

 烈火はそんなはやてを見ながら穏やかな声音で了承の意を伝える。

 

 

「そうか、フェイトの次ははやてか、呼びに行かせたなのはも纏めてと随分、手が早いんだな?」

 

 3人の背後から重苦しいクロノの声が聞こえて来た。

 

「ひ、人聞きの悪いことを言わないでくれると嬉しいんですが」

 

 烈火に非がなかったとはいえ、今朝のフェイトとの光景を見られた上に、クロノは知らないがあの後も一波乱あったため、どこかばつが悪い表情を浮かべている。

 

「みんな待ちくたびれている。行くぞ」

 

 3人仲良くクロノからの嫌味を頂戴し、再び、一同と合流を果たす。アイレは烈火を目が合うと軽く会釈をし、会議室へと案内した。

 

 

 

 烈火とシグナムは中心に、他の面々はそれぞれの座席に腰を掛けた。ここにいるのはなのはと烈火、ハラオウン家、八神家、アイレ、三提督という面々になっている。

 

「では予定時刻より多少遅れましたが、無人世界ルーフィスで起きた事件についての事情聴取を始めます。進行を務めるアイレ・ヴィエチールです。本日はよろしくお願いします」

 

 アイレは司会台の前に立ち、一同を見渡しながら改めて会議の開始を告げる。

 

「今回、ルーフィスでは2つの事件が同時に起きました。順を追って映像と共に振り返りましょう」

 

 司会台の隣には大きなスクリーンが用意されており、そこに広大な自然を誇るルーフィスの姿が映し出された。程なくして、行方不明となったロストロギアと局員を捜索に出たリョカ・リベラ率いる部隊の映像へとズームした。

 

「1つ目の事件はリョカ・リベラ元執務官が起こした、任務内容の偽造と闇の書事件の被害者遺族による報復行為。そしてジュエルシードと宝剣ミュルグレスの持ち出しという物ですね」

 

 アイレの説明が終わるととも、行方不明と思われていた部隊を捜索中にリョカが剣状のデバイスで背後からシグナムに斬りかかるシーンに映像が切り替わった。

 

 そして明かされるリョカの目的と被害者遺族たちのシグナムへの糾弾、それを見ている誰もがやりきれない表情を浮かべていた。ここにいる者のほとんどが最後の闇の書事件に関係する当事者達なのだから余計にだろう。

 

 今にも被害者遺族たちがシグナムに手を上げようとしたところで映像が止まった。

 

「本局に残されている映像はここまでですね。ここからは私のデバイスの記録映像となります。その前にリベラについていくつか分かったことがありますのでお伝えします」

 

 フィロスによる結界が発動したのがこの時だったのだろう。本局でのモニタリングが終了し、エアリアル・ノルンとスクリーンが同調して映像が切り替わるようだが、アイレの補足が入った。

 

「まず、彼の母親についてですが、亡くなっているのは事実です。しかし、闇の書事件とは全く関係がないことが判明しました。犯行動機に関しては今の所、不明です」

 

 アイレは言いづらそうに口を開いた。

 

「ですが彼は闇の書事件の遺族の憎しみを煽り、焚きつけた。今代の主を狙うのではなく、標的には彼らにとって一番憎しみをぶつけやすい守護騎士のリーダーを据えて万が一の時のためにロストロギアまで持ち出している。とても用意周到な犯行です」

 

 その言葉を聞いたはやては先ほどまでよりも力強く拳を握りしめた。様々な感情が渦巻いているのだろう。しかし、白くなるまで握りしめられた手の甲になのはとフェイトが優しく手を置いた。強張っていた身体から幾分か力が抜けていく。

 

 アイレはその様子を痛ましげに一瞥し、再び画面へ視線を戻すが・・・

 

「第2の事件、フィロス・フェネストラによって引き起こされた魔導獣と呼称された生物達による襲撃・・・ですが、ここから先を見るに当たって子供達の退席を提案します」

 

 突然の提案に皆が顔を合わせて驚きを示した。

 

「なぜだい?」

 

「見るに堪えない映像が多数映し出されると思います。子供達は見るべきでないと思うのです」

 

 ミゼットがアイレに問いかけた。

 

 無垢ななのは、様々なことが重なり精神的に不安定になっているであろうはやて、執務官という凶悪事件を取り扱う立場にいる以上は他の2名より耐性はあるだろうが、まだ子供のフェイトにはあまり見せたくない内容だということだ。

 

 ここから先は長年、管理局に携わって来たアイレですら目を背けたくなるような事態が待っているということを示している。

 

「私は此処に残ります。どんな形であれこの事件を最後まで見届けないといけないと思うんです」

 

 真っ先に反応したのは、精神的に不安定になっていると思われたはやてであった。なのはとフェイトはその隣で静かに頷いた。

 

「・・・分かりました。では画面を切り替えます」

 

 シグナムに襲い掛かろうとしていた魔導師達が突如として出現した魔法生物によってその命を無残に奪われていく光景が映し出された。

 

 魔導獣が爪に、牙に、翼に魔力を纏い、硬質の刃の様に研ぎ澄まされたそれを用いて魔導師達の障壁を打ち壊し、腕を足を身体すらズタズタに引き裂いて肉片へと変えていく様はその場にいた多くのものが目を背けたほど残酷なものであった。

 

 シグナムは突然の襲撃者に対して、レヴァンティンの非殺傷設定(スタンモード)を解除し、抜身の刃で1人奮戦していたが、パニックに陥っている魔導師達は1人、また1人と命を散らしていく。

 

 そして、リョカの命を双頭の狼が奪い取ろうとした瞬間、天空から舞い降りた流星がその首を斬り落とした。

 

 

 シグナムと烈火の手によって統率者がいなくなった魔導獣達はリョカから6つのジュエルシードを奪取し、逃走する。

 

「あれらが襲撃してくる寸前に一帯に強固な結界が張られ、本局への映像は途絶えたとのことです。蒼月さんの情報から、かつてミッドの学会に所属していたフィロス・フェネストラという科学者、そして彼が作り出したあの生物は魔導獣と呼称されることが分かりました」

 

 会議室を沈黙が包み込む。

 

「数頭の小型魔導獣を捕獲し、現在解析しているとのことですが。分かったことがいくつか・・・あの生物達は知能が高く狡猾です。用途に応じて魔力を使いこなしています。強化魔法のような使い方もしている為、その身体能力も高水準です。まさに狩猟捕食者(ハンター)と呼ぶにふさわしいでしょう」

 

 魔法生物が意図的に攻撃を仕掛けてきて連携しながら魔導師を狩る・・・そして、実際に局員が命を落としている。楽観視できない事実であることは誰の目から見ても明らかだ。

 

「・・・あれらが魔導獣ということについては分かったさね。それで坊やはなんであの世界に来たんだい?魔導獣関係の事も知っていたみたいだし」

 

「ええ、実は・・・」

 

 ミゼットは重苦しい雰囲気の中で烈火があの場にいた理由、フィロスや魔導獣の事をなぜ知っていたのかを訪ねる。烈火はシグナムやアイレにした物と同じ説明をし、それを聞いた室内の空気が幾分か和らいだのを感じた。

 

 アイレによって再び、映像が動き出す。

 

「そして、私達の目的は同じであり、生き残った4名でジュエルシードの奪還に乗り出しましたが・・・」

 

 アイレ、シグナム、リョカ、烈火というフォーマンセルでジュエルシードの反応を追い、ある地点に謎の建造物を発見したがそれを守るかの如く魔導獣の波が4人に向けて押し寄せて来る。

 

 先ほど管理局員の命を奪った大型魔導獣ですら数えるのが馬鹿らしくなるほどの数が見受けられ、圧倒的戦力差で圧殺しに来る様は誰もが恐怖感を覚える物であった。

 

 しかし、あろうことか4人の魔導師はその中心を強引に突っ切っていく。

 

 特に烈火とシグナムの戦果は目覚ましいものがあり、剣の一閃で何頭もの魔導獣を屠り、その命を散らせて戦闘能力を奪っていく。交差するように時には背中合わせで、狂気渦巻く魔導獣の中を舞い踊るかのように斬り抜ける。

 

 正に一騎当千・・・だが、2人が恐ろしい実力を見せつけるほど誰の頭にもある疑問が生じる。

 

 それは、蒼月烈火が何者か、ということだ。

 

 実際、魔導獣との戦闘は経験豊富なリンディやクロノですら目を背けたくなるものであった。

 

 魔導獣の襲撃に的確な対処を行えたのはリョカの部隊ではシグナムだけであり、アイレはどうにか自分の身を守ることで精一杯。そして、悪運強く生き残ったリョカを除けば他の管理局員はパニックに陥り、その命を落とした。

 

 正規の管理局員ですらまともに対処できなかった相手、いくら魔法生物相手とはいえ、それを殺すことを14歳の少年が躊躇なく行っている。

 

 そして、管理局のエースと比較しても遜色のない戦闘能力・・・

 

 

 

 烈火から直接、過去の一端を聞いたシグナム以外が疑問に思うのも仕方ないのかもしれない。だが、シグナムはそんな雰囲気を肌で感じながらもその口を開くことはなかった。

 

 

 

 なのははスカートの上で拳を握りしめながらその映像に見入っていた。彼女にとってはようやく再開できた最初の幼馴染(烈火)、そして頼れる姉貴分(シグナム)が、今の自分を形作った大切な仲間達との出会いのきっかけとなった思いを貫く力・・・魔法を使って殺し合いを演じている。

 

 その光景に言いようのない悲しみを覚えているのだ。

 

 

 

 しかし、そんな思いとは裏腹に映像は魔導獣の中でもとりわけ異形と言えた三つ首の魔導獣を退けたアイレらとフィロスが相対しているところへシーンが切り替わる。

 

 語られるのはフィロスの理想。魔導獣が魔導師よりも優れていることを証明するというためだけに管理局に戦争を仕掛けると言ったのだ。

 

「管理局の転覆、そしてそのための戦力配備・・・奴はテロリストという事か!」

 

 クロノは苦々しい表情で映像越しにフィロスの事を睨み付けた。

 

 その主張の陰に隠れがちだがフィロスのバックには何者かの存在があることも示唆されている。狂気を振りまく魔導獣、そしてそれを開発する為に何らかのサポートしている者がいるということは由々しき事態と言っても過言ではないだろう。

 

 思考の海に溺れようとしていた一同を現実に引き戻すかのように竜皇の咆哮が響き渡る。

 

 6つのジュエルシードが強靭な素体を得ての最強の暴走体、剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)。そして、炎の中に消えていくフィロス・・・事態は急変した。

 

 竜皇が放つ威圧感は画面越しにでも伝わってくる。

 

 そして、烈火とシグナムは最後の戦闘に突入した。巨大な体躯、常識を逸脱した攻撃力と防御力・・・伝承の竜はそのあまりある強さをいかんなく発揮し2人の剣士に襲い掛かる。

 

 戦闘の最中、竜皇は最大火力で火炎の吐息(ブレス)を繰り出した。2人の剣士の視線が交差し、シグナムは一気に高度を下げたが、烈火は迫り来る火炎を前にウラノスを構えたまま回避行動をとろうとしない。

 

 いくらフルドライブモードでも耐えられるわけがない、早く回避すべきだ・・・誰もがそう思っていた。

 

 しかし、烈火は双剣形態のウラノスを新たな長剣形態へと変化させ、漆黒の斬撃を打ち放った。

 

「・・・黒い炎?」

 

 なのはが周囲の気持ちを代弁するかのように呟く。

 

 烈火の黒炎は火炎を燃やし尽くし、竜皇の右半身を斬り飛ばした。阿吽の呼吸で放たれたシグナムの弓撃が致命傷を与える。そして、炎を纏った2つの剣戟によって竜皇は地に堕ちた。

 

 ここで映像が終了する。

 

 

 

「そして、程なく結界は解除され、皆さんがルーフィスに駆け付けました。その後、生き残った大型魔導獣による襲撃とリョカ・リベラが宝剣ミュルグレスを片手に逃走。それを捕縛。ここまでが大まかな事件の流れとなります」

 

 アイレは一通りの説明を終え、周囲を見渡しながら頭を下げた。一連の映像を視聴し終わった後の会議室の雰囲気は非常に重苦しいものであった。衝撃を受ける出来事が一気に起きたのだ無理もないであろう。

 

「皆さん、一度休息をとりましょう。続きはその後にね」

 

 ミゼットの一言によって、張り詰めていた緊張感が和らぎ、皆の肩に入っていた力が抜けていく。

 

 フィロスの野望、その背後にいる者、リベラ親子、蒼月烈火・・・まだ問題は山積みである。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

モチベの向上につながりますので感想等頂けると嬉しいです。

では次回会いましょう。

ドライブイグニッション!



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多翼恋理の五角関係?

 ルーフィスでの事件を受けて当事者達による事情聴取は一度の休憩を挟んで再開された。先ほどまで再生されていた映像を元にアイレとクロノが中心となって議論を交わしている。既に休息を終えて1時間ほどが経過しており、事情聴取も山場を越えていた。今は魔導獣が話題に上がっているようだ。

 

 烈火とシグナムは投げかけられる質問に答えていく。

 

「多くの魔導獣と戦ったお二人の証言から、奴らの戦闘能力には目を見張るものがありますが、同種と思われるものでも知能、身体能力、魔力量共に個体差の振れ幅があまりに大きいという印象を受けた・・・と」

 

「現在までの解析結果では魔導獣は生殖能力を持っていない可能性が高い。フィロス・フェネストラは自らの制御下を離れて独自に繁殖する事を防ぐ為に首輪をつけたという事か。それらの個体から得た実験結果を元にさらなる進化を求める・・・聞くに堪えんな」

 

 アイレとクロノは神妙な顔をして呟いた。

 

「2人とも、魔導獣の生態については局で行われている解析が終わるのを待ってからにしましょう。現状の情報量では憶測の域を出ないわ」

 

 リンディは烈火とシグナムの方を向いてクロノらの会話を中断させた。

 

「そう、ですね。実物の魔導獣を目の前にしたせいか、少々焦っていたのかもしれません。先ほどまでの証言と映像証拠のおかげでリベラ親子の逮捕は確実的なものとなりました。今回の襲撃事件での行いのように自らのエゴで多くの人々の人生を狂わせて来た彼らの行いは人として、ましてや管理局員として許されるものではありません。今回の事と合わせて、余罪も徹底的に追及するつもりです」

 

 リンディの発言を受け、話を打ち切ったアイレは事件の総括を述べていく。賄賂、汚職で上り詰めた時空管理局の高官という立場を使い、多くの人生、そして時にはその命すら奪って来たリベラ親子の悪業はどうやらここまでの様だ。

 

 今回の任務でのリョカの行動は全てアイレのデバイスに保存されており、最高権力者の三提督の耳にまで入ってしまっている。もう逃げ場はない、完全にチェックメイトと言えるだろう。

 

「後発で来られた方々もリョカ・リベラの捕縛に協力していただきありがとうございました」

 

 アイレは烈火らの後ろに腰かけているなのは達に向かって頭を下げた。魔導獣との戦闘は烈火とシグナムに任せきりであり、ミュルグレスを手にしたリョカにも後れを取ってしまったからかその表情には悔しさを滲ませている。

 

「管理局員として当然のことをしただけです。あの場に向かえたのは、かあさ・・・ハラオウン統括官が出撃許可を出してくれたおかげですし、結局のところ、私達だけでは何もできませんでした」

 

 それに答えるようにフェイトも無力感を滲ませながら呟く。仲間が窮地に陥っていて、手助けできる力を持っているのに最後まで力になることができなかった・・・

 

 できたことと言えば、最後の最後に錯乱したリョカを沈めただけ、フェイト達が向かった時には、殆ど決着がついた状態だったのだ。

 

「いえ、出撃許可を出したの私ではないわ」

 

 リンディはフェイトの言葉に返すようにある一点に視線を向けた。

 

「どうやらリベラ統括官はルーフィスに自身の部隊以外の者が向かうのを嫌っていたようだったからねぇ。私達の方で独自に出撃許可を出したのさ」

 

「奴らは自分らにとって不都合な事柄をもみ消すつもりだったのだろうな」

 

「武装隊員を7名も向かわせているのだ。荒事が起きることも想定していたのだろう」

 

 追従してきた皆の視線の答えるように三提督が口を開いた。捜索部隊にはやてらが加われなかったのはリベラ派の仕業だという。そして、それに別口で許可を出したのが三提督、ルーフィスでの異変に際しての判断だったのだろう。

 

 

 

 

「リベラ親子、それに関連する者達は捕縛することができましたが、もう1人の重要人物であるフィロス・フェネストラは捕らえることができず、炎の中に消えていきました。死亡とみて間違いないでしょう」

 

 リベラ親子とそれに与する者達の悪業はそう遠くないうちに白昼の下に晒され、罰を受けることになるのだろうが、もう1つの事件の主犯格は自ら蘇らせた剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)によってその命を喰い尽くされた。

 

 地下研究所は戦闘の余波を受けて全焼し、壊滅したと言っていいほどのダメージを負っている。フィロスがミッドを離れてからのすべての情報は炎の中に消え、残された手掛かりは生き残った、数少ない魔導獣と烈火らとの応答を記録した映像くらいの物である。

 

「今回の事件にも不自然な点はいくつかある。その最たるものが辺境世界の小さな研究所へと左遷させられたフィロス・フェネストラが世界を超え、別の無人世界であるルーフィスにあれほどの研究施設を構えることができたのか、だろうが・・・」

 

「あの方、ね」

 

「ええ、奴に何かしらの支援をしていた人物がいることは明白です。なぜ、学会から見放され、大成の望めない奴があれほどの規模の最新設備の研究施設を持っていたのか、無人世界であるルーフィスで奴がどうやってライフラインを確保していたのか、魔法資質がなく戦闘力を持たない奴がなぜ様々な世界の屈強な魔法生物の遺伝子情報を手に入れることができたのか、全ての真実は闇の中ということか」

 

 クロノとリンディを始め、皆の表情は沈んでいる。

 

「それに管理局へ明確な敵意を持って侵攻計画を企てていたということも気になるところよね。あの方って言い方をしているところから見ても、彼がトップというわけでなく何者かの傘下に入っている可能性の方が高いわ」

 

「奴の学会や自分を認めなかった世間への恨みが爆発し、暴走した結果とも取れますが、その背後にいる者達が管理局に対して敵意を持っているのだとしたら、少々厄介なことになるかもしれません」

 

 フィロス・フェネストラのやろうとしていたことは次元世界を生きる人々にしてみれば脅威以外の何物でもない。老人が妄想を騒ぎ立てているだけならば杞憂で済んだのかもしれないが、実際に魔導獣という恐ろしい生物を生み出した。

 

 烈火とシグナムの手によってフィロスの野望は燃え上がる前の火種の状態で掻き消されたが、もし誰にも気づかれることなく研究を完成させていたら、彼が魔導獣を無数に生み出せるようになり、時空管理局の総力を上回る戦力を得るなどという事態になっていたかもしれない。

 

 そして、フィロスを支援していたとされる何者か・・・その存在とフィロスがいつから関わりを持っているのかは定かではないが、技術面、財力面から見ても凄まじい物を有していることは明らかだ。

 

 それだけの力を持つ何者かが時空管理局に明確な敵意を持っており、フィロスに魔導獣を研究させそれを戦力として考えていたのなら・・・もし、万が一に魔導獣以外にも手札があるのだとしたら・・・フィロスの研究所はそれらに繋がる可能性がある貴重な証拠となりえたかもしれないということだ。

 

 今回の一件はとりあえずの収束を見たが、楽観視していい状況ではないということは誰の目から見ても明白であった。

 

「皆さん、そのような顔するのは止めましょう」

 

「あれほどの絶望的な状況を切り抜け、貴重な情報を持ってきたのだ。それに長年に渡り悪業を繰り返していた者達を捕らえることもできた」

 

「確かに分からぬことは多いが、逆に言えば闇に葬られた魔導獣研究の裏に何者かがいたという情報を得たということでもある。悲観すべきことばかりではないよ」

 

 重苦しい雰囲気を壊すかのように三提督が声を上げた。

 

「考えなければならないことは多く、失ってしまった命もあります。ですが、よく生きて戻って来てくれました。そして、貴重な情報をありがとう」

 

 ミゼットはなのはや烈火らの一人一人の顔を見ながら微笑んだ。

 

「皆さん、この度は貴重な証言をありがとうございました。魔導獣については我々の方でも可能な限りの情報を調べていくつもりです。リベラ親子に関してはもう日の光を浴びることはないでしょう。今回の一件、本当にお疲れさまでした」

 

 アイレは集まった面々に深々とお辞儀をし、事情聴取の終了を宣言した。

 

 三提督とアイレを残し、地球から来た面々は帰路に就くために、会議室からエントランスまでの道のりを進んでいる。長い会議であったせいか、その内容が衝撃的であったせいか、皆の口数は朝に比べて驚くほど少なかった。

 

 

 

 

「あら、もうこんな時間。夕食の支度をしないとね」

 

「私もです。今日は遅くなっちゃいそうやわ」

 

 時間は既に夕暮れ時、ハラオウン、八神家の食卓を受け持つ2人がしみじみと呟く。

 

「もしよかったらですけど、今日はうちのお店で食べていきませんか?お母さん達には私の方から話しておきますけど」

 

 なのははこれからの段取りをどうするかと悩んでいた、はやてとリンディに自身の実家で経営している喫茶店〈翠屋〉で夕食を取っていかないかと申し出た。

 

「それは嬉しい提案だけれど、この大人数で突然押しかけたらお店の迷惑にならないかしら?」

 

「今日はちょっと早めに閉店するって言ってましたし、大丈夫だと思いますよ」

 

「そう?じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。久しぶりに桃子さんにも会いたいしね」

 

 なのはは申し訳なさそうなリンディに対して満面の笑みで返事を返す。リンディもまた楽しげな表情を浮かべて翠屋で今晩の食事を取ることに決めたようだ

 

「みんなでご飯なんて久々やね」

 

「そうだね。みんな忙しがしくて誰かしらいないことが多かったもんね」

 

 フェイトとはやては顔を見合わせ、笑い合っている。

 

「なのはのかーちゃんの料理はギガうまだかんなー」

 

「全くだね。今から涎が零れちまいそうだよ」

 

 ヴィータとアルフも海鳴商店街の人気喫茶店の料理に頬の緩みが止められない。

 

 それぞれ思う事がある事件だったのかもしれないが、悩んでいてもどうにかなる問題ではないと気持ちを切り替えていく。

 

 

 

 

 シグナムと烈火は会話には参加せず、和気藹々した様子の一同より遅れて歩いている。

 

「烈火、後で少しいいか?」

 

「・・・ああ」

 

 シグナムの視線が隣を歩いている烈火を射抜く。その視線の意図を汲み取ったのか、静かに頷いた。

 

 程なくして前方を歩いていた一同の足が止まり、同様にその場に立ち止まった烈火とシグナムの耳に聞き慣れない声が入って来る。

 

「こ、こんばんわ!た、高町教導官!」

 

「ちょっとアンタ、何、話しかけてんのよ!」

 

 声変わりが始まったばかりの高めの少年の声とあどけなさが残る少女の声だった。

 

「あ、クラーク君だ!こんばんは。こっちの子は?」

 

 なのはは少年の挨拶に親しげに答えた。どうやら少年の事を知っている様子であるが、その隣の少女については初対面の様だ。

 

「へっ!?は、はい!え、エメリー・ギャレットであります!隣のノーラン三等陸士とは同い年でありまして、自分は武装隊ではなくオペレータなどを務めています!」

 

「クラーク君と同い年ってことは私とも一緒だね。エメリーちゃんって呼ぶから私の事はなのはでいいよ」

 

「い、いえ!私のような一般局員が高町教導官のファーストネームを呼ぶなんて・・・」

 

 エメリーと名乗った少女はなのはに対して、しどろもどろになりながら敬礼しているが、膝が笑っており、気圧されているのがまるわかりである。

 

「ぶー、クラーク君もそういって名前で呼んでくれないんだよぉ。酷いと思わないフェイトちゃん?」

 

「あはは、初対面で名前で呼んではハードルが高いんじゃないかな?」

 

 なのはは不満げに頬を膨らませ隣のフェイトに声をかけたが、帰ってきた返事は期待していたものではなかったようだ。

 

「え・・・あ・・・」

 

 エメリーは初めて出会うなのはに対して気圧され気味だったからか共にいる他の者達を視界に入れる余裕がなかった様だ。しかし、フェイトという名を聞いて、周囲にいた人物達をまじまじと見つめる。そして、目の前の一団に対して言葉を失った。

 

 なのはと親しげに話しているのは、自分達と同世代と思われる長い金髪に深紅の瞳の少女、特徴的なヘヤピンを付けた茶髪をショートカットにした少女、そこから予想されるのは彼女らが、若き敏腕執務官と夜天の書の主である可能性が高いということ。

 

 さらには凛とした雰囲気のポニーテールの美女、黒髪の端正な顔をした男性・・・男性人気トップクラスで局きっての近接格闘戦(クロスレンジ)のスペシャリストと女性人気トップクラスの若き提督であろう。彼ら、彼女らは局員になって日が浅く、階級も低い末端のエメリーでも顔を知っているほどの有名人であった。

 

「おう!クラークよ!なのはには挨拶してアタシには何にもないのか?」

 

「ヴ、ヴィータ三尉!いらっしゃったんですか!!?も、申し訳っ!!」

 

 ヴィータはなのはの背後から小さな体を覗かせながらクラークと呼ばれる少年に声をかける。クラークと呼ばれた少年は舌を縺れさせながら返事を返そうとするが言葉が出てこないようだ。

 

「あー、いいよ。お前はアタシに気づくどころじゃなかったろうしな」

 

「そ、それは・・・ッ!?っぅぅ」

 

 ヴィータはからかう様に半眼でなのはの方を流し見た。それに気が付いたなのははヴィータとクラークの方を見ながら、疑問符を浮かべて首を傾げている。その様子を見たクラークは耳まで真っ赤にして俯いたが、わき腹を抓られるような痛みに悶える事となった。

 

「・・・ふん!」

 

 抗議の声を上げようとして隣を向いたクラークだったが、痛みの原因であろうエメリーはそっぽを向いて鼻を鳴らすだけだった。

 

「彼となのはってどういう間柄なの?ヴィータも知り合いみたいだし教導部隊の関係かな」

 

「うん、そうだよ。すごく真面目で熱心に訓練に取り組んでくれるし、同い年だから休憩時間とかお話してたんだ。何日か前に教導期間が終わって担当からは外れちゃったけどね」

 

「は、はひ!た、高町教導官にはとてもよくしていただきました!」

 

「カミカミやね。活舌がとんでもないことになってるやん」

 

 この少年、クラーク・ノーランはなのはとヴィータが所属している教導部隊によって指導を受けていた1人だということだ。クラークはヴィータやフェイトに話しかけられて、なのはの周りいる人物達が有名人だらけだということにようやく気が付いたのか、先ほどより五割増しでガチガチに固まっていた。はやては緊張している様子がまる分かりなクラークの事を笑みを浮かべて見つめている。

 

「そういえば、2週間後には魔導師ランクの昇進試験だね。毎日遅くまで残って自主練してるんだし、合格できるといいね。頑張ってね!」

 

「は、はいっ!ありがとうございますッ!!」

 

 クラークは目の前まで歩み寄って来たなのはの満面の笑みに一瞬、驚いたような表情を浮かべ、顔どころか首まで真っ赤にして大声で返事を返す。クラークの隣ではエメリーが不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「アレってもしかしてアレじゃないかしら!?」

 

「ええ!もしかしなくてもあの反応はアレですね!」

 

 リンディとシャマルは目をキラキラとさせて楽しげな様子でクラーク、エメリー、なのはの3人に熱い視線を送っている。

 

 真っ赤になって固まっているクラーク、その隣で面白くなさそうなエメリー、目の前の状況を理解できていないのかキョトンとした表情で首を傾げているなのは・・・リンディとシャマルの目の前で恋の三角関係(トライアングラー)ができ上がっているからだ。

 

 やいのやいのと盛り上がっている一同であったが、近づいて来る人影が見えたからか通路の端に寄った。

 

「久しいですね。ハラオウン統括官」

 

「ええ、お久しぶりですわね。東堂統括官」

 

 なのはらが端に寄ったことによって開いた通路を歩いて行くのは2名の局員。そのうちの1人である男性はリンディと挨拶を交わしている。

 

 端から見れは何の変哲もない会話であるが、近くにいた数名かは満面の笑みを浮かべているリンディから一歩距離を取った。

 

 リンディはニコニコと微笑んでいるように見えるが、彼女をよく知る者達からすれば、いつもの自然な笑顔と違い、明らかに目が笑っていない作り笑顔であることがわかってしまったためだ。

 

 対してリンディに統括官と呼ばれた金髪を刈り上げた中年男性は、相手の態度など意にも返さず淡々とした様子であった。

 

「やあ、フェイトさん。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

「こ、こんばんは。東堂君」

 

 中年男性に続くように通路を歩いて来たのは東堂煉だ。フェイトに対して詰め寄るように声をかける。それに対して、フェイトは義母の完璧な作り笑顔とは違い、引き攣った表情を浮かべていた。

 

「君も今日はもう上がりなのかい?」

 

「う、うん。そうだよ」

 

「ならば、共に夕食を取らないか?今から父さんと共に所用を済ませるので十数分は待ってもらわなければならないのだが、その後には君の好きな料理の中から最高級の物を提供することを約束しよう」

 

「ゴメンね。夕食はみんなで食べることになってるから、一緒には行けない」

 

 煉はフェイトに今晩のディナーの誘いをかけたが、先ほど翠屋で夕食を取ることが決まったため、それに対して断りを入れる。そして、先ほどリンディに話しかけた男性は煉の父親であることも明らかになった。

 

 

 

 

「ちょっと、一体どうなってるのよ!〈エースオブエース〉に〈金色の閃光〉、〈夜天の王〉に〈烈火の将〉、提督に統括官ってビッグネームが集まり過ぎてとんでもないことになってるじゃない。しかも、滅多に現場に出てこない〈黄金の戦空〉まで・・・」

 

 エメリーは隣のクラークに耳打ちするように呟いた。管理局の高官、エースが一ヶ所に集まっていることに対して、末端局員である自分がこの場にいることが酷く場違いではないかと肌で感じるほどの威圧感を放つ顔ぶれであったのだ。現に彼女の身体は震えが止まらないでいる。

 

「ああ!こんなにスゲぇ人達と会えるなんて感激だ。俺もいつかこの人達と肩を並べられるくらい強くなるんだ」

 

 逆にクラークの身体は歓喜に打ち震えていた。凶悪事件、世界すら滅ぼしかねないロストロギア事件をいくつも解決してきたトップエースが一堂に会していることに感激しているようである。

 

 

 

 

「みんな・・・む、知らない顔がいるな。君は?」

 

 煉はフェイト達と共にいた者達を改めて確認しようとしたが、真っ先に見たことのない人物が目に入った。クラークに対して威圧するように目を細めて問いただす。

 

「は、はい!クラーク・ノーレン三等陸士でありますッ!!」

 

 クラークは緊張を隠しきれない様子で敬礼した。

 

「・・・ふむ、君程度なら気に掛ける必要もないか」

 

 煉はクラークに対して思わずといった様子で溜息をつきながら威圧を解いた。

 

「いくらあなたがエースでも出会ったばかりの相手にそんな言い方って!」

 

「エメリー、いいんだ」

 

 煉の傲慢不遜な言い分に憤りを隠せないエメリーであったが、他でもないクラークがそれを制した。煉の言葉はクラークの魔力を感じ取ってのものである。彼の戦闘スタイルが空戦なのか陸戦なのかは定かではないが、感じ取れた魔力量が一般的な武装隊員の物よりも少なかったためだ。

 

「例え、今は力が無くても、努力を積み重ねていつかエースと呼ばれるくらい強くなって見せます!」

 

「大きく出たな。君は稀少技能(レアスキル)を持っているのか?」

 

「いえ、ありません!」

 

 クラークの立ち振る舞いから感じる雰囲気も良く言えば普通、悪く言えば平凡の域を出ない。稀少技能(レアスキル)保持者ならば魔力量が少なくとも、固有スキルの内容次第では魔導師として大成する可能性はなくはないが、クラークはそれを持っていないようだった。

 

「その魔力量で稀少技能(レアスキル)も所持していないならばエースになるなど不可能だ。諦めた方が賢明だな」

 

「そんなこと、やって見なきゃ分からないじゃないか!」

 

「総魔力量という物はよほど特殊なことが無ければ生まれついてほとんど決まってしまう絶対的なものだ。それが著しく不足している以上、君が管理局の切り札(エース)になるなど、限りなく不可能に近いだろう」

 

 クラークは先ほどまでの緊張した様子から一転、自分の目標を鼻で笑った煉に食って掛かかる。

 

 しかし、煉の言うことはあながち間違いではない。周囲の魔力素を体内に取り込んでおける量というのは魔導師にとって重要なファクターの1つだ。そして、リンカーコアに魔力素を取り込んでおける量というのは特殊な事例を除けば、先天的な要因に影響される。

 

 年齢を重ねると身長が伸びるように、男女がその身体にそれぞれの性別に合った成長をしていくように、総魔力量も少しずつ増えていくが劇的に増えることはない。生まれた時にAランクだった者が成人した時にAA、AAAランクになる可能性はある。しかし、EランクがAランク、CランクがAAAランクに成長することはないのだ。

 

 無論、魔力量だけがすべてというわけではなく、本人の身体能力であったり、魔法適性、デバイスの性能など様々な要因があり、実際に魔力ランクと魔導師ランクは分けられている。しかし、魔法至上主義の次元世界において、保有総魔力というのは重要なステータスの一つであり、魔導師として、武装隊のエリートであるエースになるには必要不可欠なものと言えることは紛れもない事実であった。

 

 クラーク・ノーランにはその重要な要素が欠けているということであろう。

 

 

「東堂君、今のは言いすぎじゃないかな?」

 

「・・・高町なのは」

 

 クラークの勢いはなのはのか細い声によって沈下する。決してボリュームは大きくないが、普段の彼女の明るい様子からは想像できないほど平坦で感情を感じさせない声音であった。

 

「ちっ!・・・それでフェイトさん。こんな連中との食事なんて時間の無駄だろう。すぐに用を済ませて来るから待っていてくれるかい?」

 

「さっきも言ったよ。私は君とは一緒に行かない」

 

 なのはの能面のような顔を見た途端に煉は踵を返してフェイトの方に振り返り、改めてディナーの誘いかけたが、帰ってきた返事は先ほどとは違い完全な拒否であった。なのはだけではない、温厚なフェイトも目尻を吊り上げ、煉の事を睨んでいる。アルフやヴィータに至っては敵対心は隠そうともしていない。

 

「何故だ!・・・お前、お前のせいか!!」

 

 煉は周囲の咎めるような視線を理解できないといった風に一同を見渡しながら声を上げた。なのはやフェイトら管理局員の中に本局にいるはずのない私服の少年を見つけて詰め寄っていく。

 

「お前が何を言っているのか分からないが、あっちはそろそろ話が終わるみたいだぞ」

 

 烈火は詰め寄ってきた煉に対して鬱陶しそうな表情を浮かべながら、統括官2人の方に視線を向ける。既に挨拶を済ませたリンディと煉の父親も若者達の会話を見守っていたのだ。

 

「くそっ!」

 

 その視線に気づいた瞬間に煉は烈火を睨み付け、この場から父親と共に去って行った。

 

 

 

 

「クラーク、あの・・・」

 

「大丈夫だ。高町教導官もありがとうございました」

 

「ううん、それより大丈夫?」

 

 なのはとエメリーはクラークの事を心配そうな表情で見つめている。クラークは問題ないと答えるが握りしめられた拳は震えていた。

 

「努力を続けて見返してやるんです。魔力が少なくたって、稀少技能(レアスキル)がなくたって一流の魔導師になれるんだって!!」

 

 クラークはなのはとエメリーを見据えて自分の決意を語った。魔導師ランクと魔力ランクが分けられていることからして、たとえ、重要なファクターである総魔力量が少なくとも部隊のエースと呼ばれる程に強くなれる可能性は決してゼロではない。豊潤に魔力を持つ者達と比べるとかなり厳しい道のりになることは明らかであるが、クラークはその道を進むと決めているようだ。

 

 エメリーとなのははクラークの言葉を聞いて安堵した様に息を吐いた。

 

 

 

 

「おい、なのは。そろそろ連絡しなくていいのか?」

 

「ふぇ?あ、忘れてた!」

 

 烈火は話が一区切りついたところを見計らってなのはに声をかける。なのはの実家である翠屋で食事をとるということが決まったのはつい先ほどの事。その後、来客に次ぐ来客で桃子らに連絡を取ることを忘れてしまっていたようである。

 

「なっ!」

 

烈火の発言を聞いてクラークの肩がピクリと跳ねた。

 

 

 

「俺も夕食の調達をしないといけないんだ。用も済んだしさっさと帰りたいんだが」

 

「え、っ!?」

 

 なのはは烈火の発言に目を丸くして驚きの声を上げた。クラークとエメリー以外の面々も烈火の事を目をぱちくりとさせ見つめている。

 

「夕食って、烈火君も翠屋に来るんだよ」

 

「はい?」

 

「もしかしてみんなと一緒に来ないつもりだったの?」

 

「みんなと来るも何もお前んちに行くのってハラオウン、八神家ご一行なわけだろ?閉店後の店に押しかけての家族ぐるみの付き合いに、俺なんかが参加するわけないだろう」

 

 高町家とハラオウン、八神家はもう5年来の付き合いと言える。管理局、学校、プライベートと親世代含めて深い交流がある3家だからこそ、閉店後の喫茶店で特別に夕食を取れるわけだ。

 

 対して烈火は海鳴市に来てまだ2週間も経過していないため、お世辞にも付き合いが深いとは言えず、地球に帰った瞬間にハラオウン家に身柄を預けられているこの状態も終わりを告げる。

 

 幼少期に高町家とは若干の交流があったとはいえもう何年も前の話であり、管理局からの拘束も解ける自分が参加する理由はないと思っていたようであるのだが・・・

 

「た、高町教導官!な、何をっ!!?」

 

 クラークは目の前の状況に驚愕の声を漏らした。

 

 

「何やってるんだ?」

 

「聞き分けのない烈火君へのお仕置きです。翠屋に着くまで離しません」

 

 なのはが烈火の左腕を抱え込むように抱き着いていたのだ。ジト目で烈火を見ながら、絶対に離さないと言わんばかりに体を押し付けている。

 

 

 

「か、彼は何者なんですか?高町教導官。私服で本局の中をうろつくなんて普通じゃないですよね」

 

 クラークはなのはにへばりつかれている烈火の事を睨み付け、強張った声で質問を投げかける。

 

「えっと、彼は・・・ふ、ぎゅ!?」

 

「こいつと同じ世界の者だ。色々あって事件に巻き込まれたので情報提供という形で今日はここに来ることになった。まあ、ただの民間人だ」

 

 烈火はクラークの質問に答えようとしたなのはの頬を開いている右手の人差し指で突き回しながら答えた。言葉を遮られたなのはであったが、烈火の手を好きなようにさせたまま特に抵抗するそぶりを見せず、(くすぐ)ったそうに身を捩じらせている。

 

 その光景を見てクラークは大きく肩を震わせながら俯いた。

 

 

 

 

「ここに来て恋の三角関係(トライアングラー)から四角関係(スクエア)に変わるわけですね!」

 

「いえ、ここは五角関係(ペンタゴン)よね!フェイト!!」

 

「か、母さん、何を言ってるの?」

 

 驚愕していたのはクラークだけではない。フェイトやはやてらもなのはの意外な行動に驚きといった表情を浮かべているようだが、真っ先に食いついたのはリンディとシャマルだ。

 

 なのは、クラーク、エメリーという関係に烈火という新たな人物が加わったからであろう。リンディはフェイトにもあの中に加わってこいとサムズアップしながら言い放ったが、当の本人は頬を薄く染めながら戸惑うばかりだ。

 

 

「というかなのはちゃんのアレは素なのよね?仮に計算ずくであの行動してるんだったら暫くなのはちゃんと目を合わせてしゃべる自信がないわよ」

 

 シャマルは若干、冷静さを取り戻した様であったが、話題の人物達を見ながら引き気味な様子である。

 

「心配すんな。アイツの行動は150%素だ」

 

 ヴィータの呆れたような視線の先には、烈火の肩に頭を置いて体重のほとんどを預けるようにもたれかかっているなのはの姿がある。

 

 烈火は元々強引に引き離すつもりはなかったのか、左腕が完全にホールドされている状況に諦めがついたのかは定かではないが、じゃれてくるなのはを好きなようにさせていた。

 

 その光景を見てクラークの拳には先ほどの煉の時とは別の意味で力が込められていく。エメリーはその様子が面白くないのか眉が吊り上がっている・・・あまりいい雰囲気とは言えない状況が出来上がってしまっていた。

 

 所謂、修羅場の数歩手前といった様相だ。

 

「傷口に塩、いえ、なのはさんの場合は傷口に砲撃を打ち込んでるようなものね。なのはさん・・・恐ろしい子としか言えないわ」

 

 リンディは目の前のクラークとここにはいないなのはに想いを寄せる金髪の少年に心の中で合掌した。

 

 

 

 

 クラークのなのはへの感情は誰が見ても察しが付くほど分かりやすいものであった。そんな相手と出会って舞い上がっていた直後、恐らくはコンプレックスであったであろう魔法関係の事を本物のエースに指摘され、少なからず傷心であることは想像に難しくない。

 

 さらにその直後、想いを寄せている相手が他の男と名前で呼び合い、目の前でべったりとくっついているのだ。傷口に塩、泣きっ面に蜂といったところであろう。

 

 しかも、それだけではない。目の前の少年から感じられる魔力量は魔力感知に疎いクラークであっても自分よりは上だと分かってしまう物であったのだから余計にだ。

 

「お前っ・・・貴方もそれだけ魔力を持っていて管理局の事を知っているということは魔法を使えるんだ・・・ですよね?だったら俺ッ!自分と戦ってくれませんか!!?」

 

 クラークは意を決したように顔を上げ、通路全体に響き渡るほど力強い大声を出しながら、拳を前に突き出した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は少し間が空いてしまいました。

後、何話で終わる詐欺をここ数話繰り返してきましたが、第2章は次が最後となります。


感想やコメントが私のエネルギー源です。

では、次話でお会いいたしましょう。

ドライブイグニッション!


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無幻世界のVerständnis

 拳を前に突き出すようにしての宣戦布告に通路内が静まり返る。

 

「悪いが、君と戦うつもりはない」

 

「な、何故だ!?やっぱり俺なんかじゃ戦う価値もないってことか!」

 

「ちょっと、落ち着きなさいよ」

 

 クラークは自身の誘いを何の迷いもなく拒否した烈火に対して食って掛かる。エメリーは突如、声を荒げたクラークに対して戸惑いながらも制止を呼び掛けた。

 

「こちらにも事情がある。不要な戦いをするつもりはないよ」

 

「不要・・・不要ってなんだよ!?」

 

「そのままの意味だ。俺には君と戦う理由がない」

 

 烈火は勢いを増すクラークに対して、淡々と自らの意見を述べていく。クラークと戦うということは管理局の施設の中で自らの力を振るうということだ。そうなれば管理局にとってはイアリス搭載型デバイスのデータを解析するまたとないチャンスとなるであろう。

 

 元々、烈火は魔力を封印してソールヴルムから魔法文明のない地球へとやって来た。前回、今回と事件に巻き込まれたために戦ったが、自らは魔法を使うつもりはなかったのだ。データを取られる危険を犯しながら、出会ったばかりの相手と戦う必要性はないということである。

 

「魔法を使って戦うことに理由なんているのかよ!強い奴がいたら戦いたい。自分の力がどこまで通用するのか試してみたい!色んな相手と仲間になって、何度も何度も戦って、お互いに切磋琢磨して強くなっていく。それが魔法を使って戦うってことだろ!!・・・それに、負けたくない理由もできた」

 

 クラークも熱くなりながら自らの意見を述べる。それは、血気盛んな武装隊員の一般的な考えと言えるだろう。最後になのはの方を一瞥し、烈火に力強い視線を向けた。

 

「見解の相違だな。俺は仲間作りや自分が強くなるために魔法を使っているわけじゃない。これ以上は時間の無駄だ。失礼する」

 

 互いの意見は完全に平行線、混じり合うことはないようだ。烈火はクラークから視線を外し、歩き出そうとしたが、左腕を抱いているなのはは動く様子を見せない。

 

「烈火君は此処じゃ戦えないってことだよね?だったら・・・」

 

 なのはは悪くなっていく雰囲気に戸惑いながらも、はやての方に視線を向けた。

 

「うーん。まあ、うちの訓練スペースは予定が合えば使ってもらってもかまわへんけど」

 

 はやても意図を汲み取ったのか、顎に手を当てながら何かを考え始めている。

 

「今すぐにここでとは言わない。場所も時間もそっちにできるだけ合わせるつもりだ」

 

 クラークは相も変わらない様子であったが、若干冷静さを取り戻しつつあるのか、口調も幾分か落ち着いたものとなっている。

 

「おい、お前ら・・・」

 

 烈火は会話が意図しない方向に流れていく事を肌で感じていた。

 

「場所ははやてちゃんの家で決まりだとして、計測機器やカメラを全部止めればデータが外に出てくってことはないと思うし、何とかなるかなぁ?」

 

「クラークは飛行魔法を使えねぇから陸戦限定になるな」

 

「です!ですぅ!」

 

なのはとはやて、いつの間にか加わって来たヴィータとツヴァイ、そしてアルフが自分の左隣で場所のセッティングをどうするか?ルールはどうするか?などといった内容の会話を繰り広げ始めていたのだ。

 

 

 

 

「なのはさんを取り合って2人の男がぶつかり合う!」

 

「私のために争わないで!ってやつですね」

 

 烈火が話題を逸らそうと思考したと当時に、年長のリンディとシャマルの楽しげな声が耳に入って来る。視線を向ければ、目を輝かせて自分達の方を見ている姿が映し出された。残念ながら止める気はゼロの様だ。

 

 年長組は役に立たないと残りのメンバーに目を向けたが、狼形態のザフィーラは我関せずといった様子、クロノとシグナムは気の毒そうな表情を浮かべており、どうやら止めることは叶わぬようである。

 

 

 

 

「そ、その、烈火の事が外に出ないようにするし、彼もこんなに一生懸命なんだし、ダメかな?」

 

 フェイトは申し訳なさそうに烈火の顔を下から覗き込む。なのはらと同様にフェイトも模擬戦自体を止めるというよりも、烈火の情報を流出を防ぐことを最優先にクラークの思いも尊重したいといった様子だ。

 

 

 クラーク、エメリー、烈火を除いた、ここにいるメンバーは始めから今の様に親しい関係ではなかった。それどころか大半が敵同士ですらあった間柄だ。互いの想いを魔導に乗せてぶつかり合い、相手の事を理解し、共に困難を乗り越えたことによって紡がれた絆と言ってもいい。

 

 先ほどのクラークの発言に何かしらの感じる物があったのだろう。

 

 烈火が再度止めに入ろうとした時には日時、ルール、開催場所まで決まってしまい、翠屋に向かう一行とクラーク、エメリーは別れを告げていた。

 

 戦いの時は来週の週末だ。

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 烈火は転送ポートの前で諦めたように溜息をつく。

 

「烈火君には悪いと思ってるけど、何もそこまで嫌な顔しなくても。クラーク君だって真剣に頼み込んできてたんだし、模擬戦の1回や2回くらい受けてあげようよ。場所ははやてちゃんの家だし、クラーク君のデバイスを含めて一切記録に残さないんだから、ね」

 

 なのはは日夜、戦闘訓練をしている教導隊であり、訓練が仕事の一環と言ってもよく、模擬戦も日々行っている為か、烈火がたった1回程度の模擬戦に露骨に嫌そうな表情を浮かべていることに疑問符を浮かべていた。戦闘自体も管理外世界のプライベート空間で行うため、烈火が危惧する事態にはならないはずであるからか余計にだ。

 

「単純にめんどくさいだけだ。何が楽しくてテスト明けの週末に魔法戦なんぞせにゃならんのだ」

 

「いひゃい!?ひょっぺ、ひゃっらないでよ・・・てひゅと?」

 

 烈火は左腕を抱いているなのはの軟らかそうな白い頬を右手で摘まみ上げた。頬を引っ張られて伸ばされているなのはは抵抗しようとしたが、烈火の発言によって、しだいに顔が青ざめていく。

 

「なんだ、忘れてたのか?来週だろ期末テスト」

 

「・・・あわわわ!!ど、どうしよう!?」

 

「知らん。悪いが俺は自分の事で手一杯だ」

 

 なのはは涙目になって烈火の左手をブンブンと振り回すが、先ほどの模擬戦の件のお返しか、帰って来たのは淡泊な返事だ。絶望したような表情を浮かべるなのはだったが、転入して日が浅い烈火も余裕がないのは事実であった。

 

 

「ふっ、お前はどうなのだ?テスタロッサ・・・っておい!?」

 

 シグナムは動揺しているなのはの様子に苦笑いを浮かべながら、隣にいたフェイトの肩に手を置いた。対するフェイトは問いに答えることなく、直立不動のまま正面に倒れ込んでいくため、シグナムは慌ててその身体を支える。

 

「わ、忘れてたよぉ」

 

 フェイトの力ない呟きは顔中が埋まっているシグナムの豊かな双丘によって掻き消された。どうやら一連の事件で頭が一杯であったため、テストの事など飛んでしまっていたようだ。

 

 

「は、はやてちゃん!?口からなんか白いものが!!!」

 

 その背後では虚ろな瞳をしているはやての口から出て来た白い魂をシャマルが必死に押し戻している。

 

 事件としては無人の管理外世界で起きたものであるが、局員の同時反応消失(シグナルロスト)に加えて、執務官の悪業、魔導獣の襲撃、管理局への侵攻計画という内容としては只ならぬ物を感じさせ、今も深い謎を残している為、学校のテストどころではないというのは分からなくもないが、期末テストの日取りが変わることはない。現実は非情である。

 

 

「何をしているんだ君達は?」

 

 転送ポートの行く先をハラオウン家に設定したクロノは阿鼻叫喚な一同の様子を見て引き攣った表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 一同は本局からハラオウン家、そこから転移魔法で翠屋の敷地内へと向かう。一度それぞれの自宅へと戻らず、直接翠屋に向かったのは烈火、アルフ、ザフィーラ以外の面々の格好にある。管理局の制服を身に纏っているなのはらは地球人から見ればコスプレ集団と思われてもおかしくないからというものであろう。

 

 

 

 

 閉店後の翠屋に向かった一同を高町家が温かく迎え入れた。なのはの姉、美由紀が以前、会った時から大きく成長した烈火を揉みくちゃにしたり、なのはの父、士郎と烈火は此処で初めての邂逅を迎えることとなる。

 

 盛り上がる親世代に、料理に夢中の若者達・・・

 

 翠屋での夕食は盛況を呈し、各々が転移魔法で自宅に帰ろうとした頃には時刻は日をまたぐ寸前であった。

 

 

 

 

 

 

 時刻は深夜2時、シグナムは寒空の下、靡く髪を手で押さえながら蒼月家の眼前へとやって来ていた。シグナムがインターホンを鳴らす前に扉が開き、烈火が顔を出す。

 

「夜分に悪いが失礼する」

 

 シグナムは烈火に迎え入れられ、リビングのソファーに腰を掛けた。

 

「数日、家を空けていたから、何も出せる物がないな」

 

「構わん。茶を飲みに来たわけではない」

 

 烈火も対面に腰かけて向かい合う。

 

「まどろっこしいのは苦手でな。単刀直入に聞くが、あのジュエルシードの暴走体を倒した後、単独行動をとっていたが研究所の中で何を見たのだ?」

 

「・・・・・・っ!?」

 

「私が気づいていないと思ったのか?」

 

 シグナムは目を細めながら烈火に問いかけた。烈火は剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)を撃破した後、はやてらとの再会をしていたシグナムやアイレと離れ、僅かな間であるが単独行動を取り、燃え盛る研究所の中に突入していたのだ。

 

「どうして、そのことに気が付いていて本局の取り調べの時に皆の前で言及しなかったんだ?俺を本局で拘束する口実になっただろうに」

 

 烈火はごまかすことは不可能だと悟ったのか、シグナムの発言を肯定するかのような口ぶりだ。

 

「何故、か・・・少なくともお前が信頼に足る人物だと判断したからといったところだ。それにお前が黙って拘束されるとは思えん。局内で暴れられでもしたらかなわんしな」

 

 シグナムは烈火の疑問の声に茶化すように答える。

 

「間近で見たお前の剣に邪念は籠っていなかった。そして、お前は今回の事件解決の功労者であり、前回の地球で起きた事件でも主の学友を守るべく戦った。そんな相手をあのような場所で吊るし上げるほど性根は腐っていないつもりだがな」

 

 烈火の目を見ながらシグナムは先ほどまでと違い、真剣な声音で言葉を紡ぐ。だが、その表情は普段の凛々しい彼女と思えないほど穏やかなものであった。

 

 

 

 

「『我々の計画の礎となるべく魔導獣の研究は順調だ。愚鈍な魔導師共を震え上がらせるには十分だが、まだ問題も多い。暫しの改良が必要だろう。新たに生み出した種の詳細データはファイルに添付しておく。だが、ここに宣言する!ジュエルシードという新たなファクターを加え、魔導獣は更なる力を身に着けることができるであろう。全ては我ら無限円環(ウロボロス)の行く末の為に・・・』」

 

 烈火は真っすぐなシグナムの視線から顔を背けながら、謎の文章を呟く。

 

「俺が研究所へと戻った理由は2つ。依頼主のデータを確保、もしくは破壊する事、そして奴らの背後に繋がる情報を得る為。正直な話、炎に包まれている研究所からちっぽけなメモリを探すのは土台無理な話だ。そもそも、あの炎の勢いなら放っておいても破壊されるだろうから問題なかったろうが、〈あの方〉というフレーズがどうにも気になって何か手掛かりはないかと思って戻ってみたんだ」

 

「なるほどな。1人で舞い戻ったのは軽率な判断だと思うが、何を仕出かすか分からないリベラを残す危険性を考えて私に声をかけなかった、というところか。それで、その文章は一体何なのだ?」

 

 本来、研究所に戻るならシグナムかアイレを伴って行くべきだったのだろうが、烈火がそれをしなかったのはリョカが不審な行動を取らないように監視させるべく2人を残してという理由ではないかという推測が立った。

 

「俺が研究所に戻った時には、まだメインサーバーが生き残っていた。セキュリティは突破したものの、データの吸出しを行う前にサーバーが落ちてしまったから大した情報は得られなかったが、閲覧したデータの中で最も重要だと思った部分がさっきの文章だ。とはいえ、無限円環(ウロボロス)とかいう奴らとフィロスが何らかの計画を企てている、魔導獣はまだ未完成・・・誰にでも推測が付くような情報ばかりだ」

 

無限円環(ウロボロス)か・・・やはりこの一件、今後も尾を引いてくることは間違いないな」

 

「ああ、『計画』とやらの詳細は不明だが、ロクでもないことを考えているのだけは確かだ。魔導獣という狂った戦闘マシーンはあくまでその一端にしか過ぎないってことでもあるな」

 

 烈火とシグナムの表情は重い。無限円環(ウロボロス)という何者か、そして魔導獣の脅威を直接、目の当たりにしているのだから無理もないのかもしれない。さらにはまだ魔導獣は未完成、もしくはそのデータを利用して何らかの計画を目論んでいる。フィロス・フェネストラのような危険な思想を持つものを多数抱え込んでいるのだとしたら、強大な脅威となることは間違いないと言えるからだろう。

 

「俺から言えることはこれだけだ」

 

「いや、真実を話してくれた事に感謝する。この事は私の胸の中に留めておくことにしよう」

 

「ハラオウン母とかに報告しなくていいのか?」

 

「ひとまずはいいだろう。今も進んでいる管理局による捜査によって、すぐに明らかになる情報だろうしな。それに情報源がお前だとわかればいらぬ疑いをかけられるやもしれん。お前としては望ましくない展開だろう?」

 

「どうして、俺なんかの為に?・・・ぃ、っっぅぅ!!!?」

 

 シグナムは烈火に対して謝礼を述べながらも体を前に乗り出して、その額を中指で弾いた。烈火は強烈なデコピンを受け、額を抑えながら涙目で痛みに悶えている。

 

「次に同じことを言ったら本気でやるから、覚悟しておけ」

 

「今ので本気じゃないのかよ」

 

 烈火はシグナムに対して頬を引くつかせて冷や汗を流している。まだ上の強さがあることに素直に恐怖しているようだ。

 

「俺なんか・・・ではない。お前だから、蒼月烈火だから私はこの選択をした。我々は互いの過去を共有し、死地を潜り抜けた。だから、私はお前が背負っている物の一端を知っている。その上、事件に巻き込まれ、時空管理局という巨大な組織に毅然とした態度で相対しなければならない重責は14歳の若者にはあまりに重い」

 

 シグナムの言葉を黙って聞いている烈火。

 

「自らの過去を投げ出さず、その全てを背負おうとしている姿勢はとても美しく映る。だが、それを他者と共有する事、それもまた強さなのだと主はやて達との出会いから私は知った。お前の過去は、再開した昔馴染みにすら、おいそれと打ち明けられるような内容ではない。ましてやソールヴルムという特異な状況も絡んできている。誰彼と打ち明けろとは言わん。だが、お前1人で何もかもを背負う必要などない」

 

 烈火はシグナムの発言に思わず目を見開いていた。その脳裏に浮かぶのは、ソールヴルムでの戦争により、自らが戦い、奪って来た命・・・

 

 目の前のシグナムは管理局に情報を全て話さなかったことを糾弾するわけでも、迷いを断ち切れと叱咤するわけでもない。ただ、烈火の事を気遣い、理解しようとしているのだ。

 

「お前は確かに戦士なのかもしれん。それでも、私や主達にとっては既に大切な友人なのだからな」

 

 シグナムはそう言って優しく微笑んでいた。

 

 烈火が胸の内で何を思っているかは定かではない。しかし、目の前で微笑む女性から目を逸らすことはできなかった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも戻ったか」

 

 サングラスの男が薄暗い部屋で呟いた。

 

「はぁい、お姉さんが戻ってきましたよぉ」

 

「ちょっと、(あね)さん!毎回ですけどその態度はどうかと」

 

 男の声に答えたのはスーツ姿の男女。女性の方は周囲に見せつけんばかりに胸元を大きく開けて、女性らしい体をこれでもかと晒している。男性の方はこれといった特徴のない十代後半と思われる少年であった。

 

「あら、あのジジイどうかしたの?」

 

「ああ、ルーフィスに訪れた管理局との戦闘中に死亡したようだな。功を焦ってジュエルシードなどという分不相応なものに手を出そうとしたからこうなるのだ」

 

 少年の言葉をスルーした女性は部屋のスクリーンに映し出された映像に興味を示す。そこに映っていたのはいくつかの画面。1つはジュエルシードをその身に取り込んで暴走したイーサン・オルクレン。1つは剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)によって研究所を焼き払われ、炎の中に消えていく寸前のフィロス・フェネストラの絶望に染まる表情。

 

「いい様ですね。大した力もないくせに大口ばかり叩くから」

 

「まあ、そういってやるな。内面はともかく、頭脳は役に立ったのだ。とはいえ、あの程度の男の代わりなどいくらでもいる。フィロスを処分する手間が省けて、かえって好都合かもしれんな」

 

 少年はフィロスを吐き捨てるように貶し、男性も嘲笑うかの様子であった。フィロスが焼かれるところでルーフィスでの映像はノイズに包まれたことから、これ以降の記録はないようだ。

 

「ご自慢の魔導獣もたった2人にボコボコじゃない・・・ん!?んっ!んううううう!!!?ねぇ!ねぇ!あの子は!?」

 

 女性は映像を巻き戻し、魔導獣と2人の剣士の戦闘を見つめていた。無数のいる魔導獣は中心を突っ切ろうとする2人の暴風のような進撃に次々と蹴散らされ、その命を散らせていく。数で優る魔導獣が一方的に敗北する様に呆れた様子であったが、画面の一部分を凝視し、感情の高まりを隠しきれないようであった。

 

「この白い少年か?管理局の武装隊員といったところだろう。年齢にしては大した戦闘力だが、さして驚くようなものではあるまい。この程度ならば取るに足らない存在だ」

 

 男性は女性に急かされるように映像を止め、白いロングコートの少年をアップで映す。

 

「私好みの可愛い顔してるわねぇ。久々にビリっと来ちゃったかも」

 

 女性は手入れの行き届いた若干ウェーブしている金髪を揺らしながら画面を食い入るように見つめている。

 

「ね、姐さん!こんな奴どうってことないっすよ!」

 

「お子ちゃまは黙ってなさいな。私は今忙しいの!」

 

 少年は女性の視線を遮るように画面の前に立つが、眉を吊り上げた女性によって突き飛ばされた。

 

「今、我々の方から管理局に接触することは許さん。それは分かっているな?」

 

サングラスの男性は呆れたように2人を窘める。

 

「えーっ!私のモノにしたいのにぃ!!」

 

「駄目だ。そうやって何人壊したと思っている。必要以上に目立つことは許さん」

 

 女性は男性の机に手を付いて前のめりになりながら不安の声を上げた。大きな胸が波打つように揺れるが、男性は顔色一つ変えずに一掃する。

 

 

「・・・こんな奴」

 

 突き飛ばされた少年は血走った目で画面に映る白いロングコートの少年を睨み付けた。

 

 

 

 

「そろそろ、次の局面に進むべきか。さて・・・」

 

 

 世界の裏で悪意の牙が胎動している。サングラスの男性は騒ぐ女性を尻目に小さく笑みを浮かべていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

第2章は今回で終了となります。

少しずつですが、話が進んできましたかね。

次回は蒼月烈火VSクラーク・ノーランとなります。

リリカルなのはの小説でありながら、次回が初の模擬戦描写となりますw

どちらが勝つのか楽しみにしていただけると嬉しいです。

感想、お気に入り等が私のエネルギー源となりますので頂けると嬉しいです。

では次回お会いしましょう!

ドライブイグニッション!


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月夜白光のDark Bright
絶対断崖のTalent


 ルーフィスでの事件が終結して既に1週間と少しの時が流れていた。

 

「はふぅ~期末テストも終わってやっと落ち着けるね!」

 

「うん、そうだね。3人とも追試験無しでよかったよ」

 

 なのはとフェイトは八神家へ向けての道のりを歩んでいる。

 

「勉強を見てくれたアリサちゃんとすずかちゃんには今度お礼をしないとだね」

 

 2人の足取りは軽い。なのは、フェイト、はやての3名は成績優秀者であるアリサとすずかによる指導により赤点を回避し、追試験からは免れることができたようだ。

 

 

「烈火も無事にテストが終わって何よりだね」

 

「ああ、過去問題を見せてくれた月村に感謝だな」

 

 転入早々のテストであったが、烈火も追試験無しで無事に終えることができた様である。

 

 

 

 

 程なくして3人は八神家に到着した。シャマルによって迎え入れられ、ある一室の前に案内される。開かれた扉の向こうには広い平原、青い海、高層ビル群などといった、通常ではありえない光景が広がっていた。

 

 

「おーい!なのはちゃん!フェイトちゃん!蒼月君!」

 

「3人とも遅いじゃない!」

 

 烈火が慣れた様子のなのはらより少し遅れて歩いていると2人の少女の声が耳に入って来る。アリサとすずかが観客席と思わしき場所から声をかけて来たのだ。

 

「アリサとすずかも来てたんだ」

 

「すずかがどうしても見たいっていうからね」

 

「あ、アリサちゃん!?それは言わないでって言ったのに」

 

 フェイトは見知った2人に、はにかみながら声をかけた。アリサは肩を竦めながら答え、羞恥からかすずかは顔を真っ赤にしている。どうやら今日の模擬戦の事は事前に聞いており、観戦に来た様子であった。

 

 

 

 

「来たか。烈火よ」

 

「まあ、サボろうとしたらうるさい奴がいるからな」

 

 フェイト達から離れたところでは、ポニーテールを揺らしながら歩いて来たシグナムが烈火と顔を合わせていた。烈火は気だるそうな表情を浮かべ、なのはの方を半眼で一瞥する。

 

 当の本人は既に防護服(バリアジャケット)に着替えてウォームアップを始めているクラークとその光景を間近で見ていたエメリーと楽しげに会話をしているようだ。

 

 

 

 

「お!みんな揃ったようやな。じゃあ、戦う2人を残して後のメンバーは観客席に行こか!!」

 

 家主であるはやての宣言により、地上戦に使われるフィールドであろう平原に烈火とクラークを残して、残りの面々は観客席へ腰を落ち着けた。

 

「じゃあ、ヴィータからルールの説明をしてもらうで!」

 

「おう!いいか、おめぇら!今回のルールを発表するぜ。飛行魔法の使用は禁止、勝敗はどちらかが戦闘不能とみなされるまでだ。後は好きにしやがれ!」

 

 ヴィータによって今回の模擬戦の概要が語られていく。スタンダードな地上戦といった様子である。

 

 

 

 

「もうすぐ始まるけど、実際の所、あのノーラン陸士ってどうなん?」

 

 はやては共に観客席に座っているなのはに対してクラークの事を尋ねた。

 

「うーん、お世辞にも強いとは言えなかったよ」

 

「随分な評価やねぇ」

 

「うん。会った時はめちゃくちゃな戦い方をしてたんだ」

 

「模擬戦じゃ全然勝てないって言ってましたけど、そ、そんなに酷かったんですか?」

 

 なのはは自らがクラークと出会った頃の記憶を思い返しており、エメリーは手厳しい評価に引き攣ったような表情を浮かべている。

 

「魔力量が多くないのに牽制もなしで真正面から相手にぶつかっていく戦闘スタイルだったしね。習得しようとしてたのもエースって呼ばれてる人が使うような、よく言えば華がある切り札的な、悪く言えば大味な魔法ばっかりで色んな部分でチグハグしてたんだ」

 

 記憶の中にある出会った頃のクラークは戦闘開始直後に相手に向かって突っ込んで行って、反撃のカウンターを浴び、即敗北といった内容の戦闘を繰り返していた。

 

「色んな意味で特徴的な子だなって思ってたんだけど、魔法にはすごい一生懸命だった・・・でも、それはやり方を間違えた努力だったんだ」

 

「頑張ることはいいことじゃないんですか?」

 

「悪いことじゃないんだけど、クラーク君は自分に合った戦闘スタイルと全然違う戦い方を必死になって身に着けようとしてたんだ。分厚い障壁で攻撃を防いで、強烈な魔法攻撃を叩き込むっていう魔力が多い人の戦い方は彼には合ってないんだよ」

 

 なのははエメリーの疑問に答える。大規模砲魔法を行使するには、大きな魔力が必要となるため、魔力量が少ないクラークが高魔力保持者の戦闘スタイルを模倣するのは現実的ではないということだ。

 

「だけどクラーク君は何回負けても、馬鹿にされても立ち上がってた。結果が出なくても直向きに人の何倍も努力してたんだ。だから、私は力になりたいと思って教導の時には彼に上手な魔法の使い方を精一杯教えたつもりだよ」

 

「なのはに教わってからは模擬戦にもぼちぼち勝てるようになっていって、最近じゃ陸戦限定の1VS1なら部隊の面子の中でもかなり上の方らしいぜ」

 

 過去を思い返すように話すなのはとどこか誇らしげなヴィータ。お世辞にもエリートとは言えなかったクラークを教導で叩き上げ、その実力を飛躍的に高めたという。

 

「だったら、アイツはこの戦いに勝てるでしょうか?」

 

 エメリーはなのはとヴィータにクラークが褒められたことが嬉しかったのか笑みを浮かべていたが、数秒後には緊張した面持ちで質問を呈した。

 

「うーん、正直わかんないかなぁ。烈火君がどれくらい強いかってイマイチわかってないんだよ」

 

「戦闘を見たのは2回、どちらも空中戦だし、陸戦限定ってなると勝手も変わってくるだろうし、烈火がどういう風に戦うのか見ものだね」

 

 実力を伸ばしつつあるクラークと実力不詳の烈火。なのはとフェイトの言葉を皮切りに一同の視線は否応なく平原で向かい合う2人に集まる。

 

 

 

 

「じゃあ、2人とも準備はいいわね!」

 

 シャマルは準備が整ったのを見計らって魔力拡声器を使い、烈火とクラークに声を届けた。

 

 烈火は白を基調としたロングコートを身に纏い純白の剣を右手で逆手に持っている。

 

 クラークの上半身は黒を基調としたノースリーブのインナー、下も前掛けの付いた黒色のズボン・・・地球で言う中華の拳法家の衣装をミッドチルダ風にアレンジしたといった様相だ。武器らしい武器はその手には見受けられない。その代わり左右の腕に灰色の手甲が取り付けられている。

 

 

「はいッ!」

 

「ああ、構わない」

 

 クラークと烈火はシャマルに返事を返した。

 

「じゃあ、模擬戦始め!!」

 

 シャマルの宣言により戦闘が始まる。

 

 

「行くぞッ!!!」

 

 試合開始直後、クラークは足元にベルカ式の魔法陣を発生させ、灰色の魔力スフィア1基を烈火に向けて打ち出した。弾速も威力も大したことのなさそうな直射型の魔力弾であったが、魔力スフィアを中心に周囲が閃光に包まれる。

 

 

 

 

「・・・っていきなり目くらましかいな!?」

 

「アレって、私の!?」

 

 観客席ではやてとシャマルが驚きの声を上げた。先ほどクラークが使用した魔法はシャマルが使う魔法の1つである〈クラールゲホイル〉に酷似していたためであろう。

 

「アタシが教えた。まあ、一瞬の撹乱にしか使えないからシャマルのやつとは比べ物にならねぇ贋作だけどな」

 

 ヴィータは口元を吊り上げながらシャマルの疑問に答える。シャマルの使用するクラールゲホイルは広大な封絶結界の中を照らしづけることができ、広範囲かつ、数十人を超える相手に対してでも高い撹乱効果が期待できる魔法だ。

 

 対してクラークが放った魔法はシャマルのモノと比べてしまえば効果範囲も持続時間も雲泥の差であるようだ。

 

「だが、一瞬でも気を逸らせればそれでいい」

 

 得意げなヴィータの視線の先ではクラークが烈火の背後に回り込み、腕を捻りながらコークスクリューブローを打ち放つ。振りかざした右の拳には魔力が纏われている。

 

 しかし、その一撃は空を切った。クラークは烈火を素通りするように大きく前に飛び出してしまうが勢いをそのままに体を反転させ、両腕を突き出した。

 

 クラークが両の拳で殴りつけた先には小さな鉛色の鉄球が2つ。

 

「今度はヴィータの・・・」

 

 ザフィーラが声を漏らした。

 

「ああ、シュワルベフリーゲンだ。といっても小球を直射で2発しか打てねぇがな」

 

 再びヴィータが答える。次にクラークが使ったのはヴィータ自身が使用する、生み出した鉄球をデバイスであるグラーフアイゼンで叩き、魔力スフィアとして打ち放つ誘導制御型の射撃魔法だ。

 

 ヴィータならば1度に12発、それも大球、小球により誘導型と直射型を使い分けることができるが、クラークはまだその域には達していないようだ。

 

 しかし、クラークの撃ち放った鉄球は空を切る。

 

 

 

 

「ターン!!!」

 

 試合フィールドからクラークの大声が観客席に響き渡る。

 

 狙いを外した2発の鉄球のうち、1発は地面に着弾。もう1発が空中で方向を変え、烈火の背後から迫って行く。

 

 

 

「今度は私の弾道軌道を!?」

 

「うん、私がアドバイスしたんだ。でもフェイトちゃんと違って呼び戻せるのは1発だけで手動と声掛けがないと使えないけどね。ヴィータちゃんの魔法と組み合わさってるから〈シュワルベランサー〉ってとこかな」

 

 今度はフェイトが目を見開いた。クラークの鉄球が自身の使う直射型の射撃魔法〈フォトンランサー〉、〈プラズマランサー〉での誘導軌道の一つである反転(ターン)軌道を取ったためであろう。

 

「確かにクラーク君は魔力も少ないし、魔法の適正だって万全とは言えないかもしれない。今まで使って来たみんなの魔法を元にした物も、本家とは比べ物にならないくらい短小な魔法かもしれない。でも1つ1つが完璧じゃなくてもいいんだよ」

 

「ああ、アイツにはなのはみたいな一撃必殺の砲撃もフェイトみたいな機動力もなければ、白兵戦向けの近代ベルカ式とはいえ、シグナムみたいに前に出てインファイトをするパワーもザフィーラみたいに相手の攻撃を正面から受け止める力もねぇ」

 

「だから私達が教えたのは上手に魔法を使える人達の動きを真似る事、とにかく動いて相手にペースを握らせないで責め続ける事。使う魔法が完璧じゃなくても、正面から撃ち合えなくても勝つための戦い方・・・何も考えずに突っ込むだけだった彼とは別人のように強くなってるよ」

 

 なのははクラークの繰り出す魔法に一挙一遊する一同に対して語りながら、戦いの最中、必死に思考をし、自らの教えの通りに間髪入れず攻め続けるクラークの様子を優しい表情で見つめている。

 

「頑張れッ!クラーク!!」

 

 エメリーは魔力の少なさというハンディキャップを抱え、なかなか結果が出せなかったクラークが管理局の若きエースに少なからず認められているという事に対して感激し、目尻に涙を浮かべながら、大きな声援を投げかけた。

 

 

 

 

「何よ!!アイツ!さっきからやられっぱなしじゃないの!」

 

 エメリーやなのはらとは僅かに離れた席から試合を見ているアリサは目の前の光景に思わず声を荒げていた。クラークの連撃に対して、防戦一方の烈火に対しての憤りであろう。

 

「蒼月君・・・」

 

 すずかの瞳も目の前の光景に揺れている。しかし、激情を素直に表すアリサとは違い、その胸の内は窺い知ることはできない。

 

 

 

 

 そして、戦いは佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 

「はあああああっっっ!!!!!」

 

 クラークは試合開始直後同様に弾速の速くない魔力スフィアを1基だけ射出する。誰が見ても先ほどの閃光弾であることは明らかだ。初見では効力を発揮する魔法であるが、手の内が割れてしまえば攻撃能力を持たない魔力弾に過ぎず、身体を射線軸からずらしてスフィアから視線を外してしまえば何の脅威にもならない。

 

 

 だが、視線をわずかに反らした烈火とは裏腹に魔力弾は低速のまま何の変化もなく向かってくるだけであった。

 

 烈火の右側から円を描き、回り込むように走っているクラークはシュワルベランサーを1発射出する。魔力を纏った鉄球が標的に当たらず地面に着弾したのを確認する間もなく、クラークは身体強化を全力でかけて地を駆けながら、空中に出現させた鉄球2つを左手で殴りつけるように打ち出していく。

 

 所詮は直射型の弾道であり、回避は容易い・・・だが、そのうちの一基が閃光を放った。クラークはシュワルベランサーと縦の射線軸で重なるように先ほどの閃光弾を発射していたのだ。先行して進む鉄球に纏わりつく魔力残滓に後発で追いすがる閃光弾を紛れ込ませ、相手に悟られないように打ち放つというバリエーション攻撃だ。

 

 

 断続的に射出された4つの魔力弾に気を取られ撹乱魔法をモロに受けた烈火は動きを止めてしまっている。そして、クラーク自身は円を描くように走り込んでいたため、烈火の背後を取っていた。

 

 

「ここだぁぁぁ!!!!」

 

 クラークは雄叫びと共に地を踏みしめ、弾丸のような勢いで烈火に飛び掛かる。その最中、カートリッジを炸裂させたクラークの手甲が形を変え、手首までの長さから肘までを覆うように巨大化した。さらにカートリッジをもう1発炸裂させたことにより、肘の辺りのパーツが開き、切れ目から魔力が噴出した。

 

 その魔力はスラスターというには頼りないものの、推進力としてクラークの一撃の破壊力を高める。突き出された拳を覆うように円錐のような魔力刃が形成され、その先端が回転し始めていく。

 

 

「一撃絶倒!!シュラーゲン!!!!インパクトォォォォォ!!!!!!」

 

 クラークが放つ最大の右拳が烈火へと炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「うーん、これじゃなんも見えへんね。一番肝心な所やっちゅうのに」

 

 はやては巻き上げられた砂埃によって視界を塞がれ試合フィールドが見えなくなったことに不満を漏らす。

 

 

「今のがクラークが打てる中での最強の攻撃だ。当たった場所によってはアタシらでも相当のダメージを負う。それを背後から受けたんだ。流石にもう立ち上がれねぇだろうな。射撃魔法がヘタクソの割に中々考えるじゃねぇかアイツ!」

 

「クラーク!!」

 

 ヴィータはクラークの試合中での立ち回りに満足したように鼻を鳴らし、エメリーは歓喜の表情を浮かべている。

 

 

「烈火・・・」

 

「・・・蒼月君」

 

 風に靡く髪を手で抑えながら、フェイトとすずかは不安げに烈火の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「決着がついたようだ」

 

 ここまで試合を静観していたシグナムが呟いた。

 

「どうやらそのようね。試合はそこまで!勝者はクラーク・・・」

 

「馬鹿者め・・・お前の目は節穴か?」

 

「ちょっとぉ!それどういう意味ぃ?」

 

 シグナムは重たそうな胸の下で腕を組みながら呆れたような様子でシャマルの終了宣言を中断させた。それに対して眉を吊り上げたシャマルだけでなく、観客席にいる者達の視線がシグナムへと集まる。

 

「正面を見ろ、間もなく砂塵も消えるだろう」

 

 シグナムに促されるように試合フィールドに目を向けた一同には衝撃の光景が飛びこんで来た。

 

 

 

 

 

 右拳を叩きつけた体勢のまま驚愕の表情を浮かべているクラーク・・・

 

 そして、眼前に迫っていた魔力刃を左手で掴み取っている烈火・・・

 

 

 

 烈火の顔面に炸裂するはずであったクラークの一撃は進撃を止め、魔力刃の回転は添えるように掴んでいる掌によって止められていたのだ。

 

 

「な、何ッ!?・・・く、くぅうう!!!」

 

 クラークの最強の一撃の中核である魔力刃は烈火によって硝子を砕くかのように儚く握り潰される。しばらく茫然としていたクラークであったが、思い出したかのように背後に飛び、烈火から距離を取った。

 

 

 

 

「な、何で!?クラークの攻撃は決まったはずじゃないの!!?」

 

 観客席のエメリーも信じられないといった表情を浮かべている。

 

「シグナム、どないなってん?」

 

 観客席の面々も大なり小なり、程度の差はあるが驚きといった感じであったにも関わらず、唯一、冷静な様子のシグナムに対して、はやてが問いかける。

 

 試合内容としてはクラークの研鑽を重ね、練り込まれた攻めの数々に翻弄されるままだった烈火が防戦一方であり、最大出力の攻撃をまともに受けてノックダウンしたと思っていた矢先にこの光景であるため尚更であろう。

 

「迫ってくる攻撃を素手で掴み取った。ただそれだけですよ」

 

「それだけって?さっきまで、あの人はクラークに手も足も出なかったじゃないですか!?それでなんでッ!!!」

 

 シグナムが答えたはやてへの問いに噛みつくように反応したのはエメリーだった。

 

烈火(アイツ)はこの戦いの中で一度もウラノスを振るってはいない。そして、魔法・・・いや、魔力を使ったのは先ほどの拳を受け止め、魔力刃を潰した時だけだということが全てを物語っている」

 

 周囲にいた面々はクラークの魔法に注目と考察を繰り広げてばかりであったが、シグナムの指摘にハッとした表情を浮かべた。

 

「ノーラン陸士の自らにできることを精一杯やろうとする姿勢には好感が持てる。高町やヴィータが目をかけるのもわかる。だが、それだけでは烈火には勝てんということだろう」

 

「まだ勝負はついてないのにどうしてそんなことを言うんですか!?」

 

「シグナムさん・・・」

 

 声を荒げるエメリーと不安そうななのは。そして、自身に目を向ける面々に対してもシグナムはあくまで冷静であった。

 

 

(そう、それだけではどうにもならないものがある)

 

 シグナムは内心で呟く。

 

 地球に姿を現した蒼月烈火が戦闘を行った回数は地球で1度、ルーフィスで2度・・・つまり、この模擬戦を除けば3回だ。シグナムは戦闘という状況であるならばこの中でも最も烈火と過ごした時間が長く、その戦闘を間近で目撃している。

 

(魔力量云々もそうだが、あの空間認識能力と超反応。そして、とてつもない破壊力を誇る・・・黒炎)

 

 思い返すのはルーフィスでの戦闘。数えきれない魔導獣の中を正面から突っ切るという魔法が縦横無尽に飛び交う乱戦状態の中でさえ、蒼月烈火はただの一度も被弾をしていない。それどころか魔力障壁を使って攻撃を防いでいる様子もほとんど見受けられず、ほぼ全てを回避していた。

 

 

 空戦魔導師には必須と言われる空間認識能力であるが、多くの魔導師、騎士を見てきたシグナムであっても烈火のそれは常人のそれとは一線を駕しているように思えたのだ。そして、認識するだけではなく、それに対する反応もであった。

 

 

 極めつけは、無尽蔵の魔力を持ち、災厄クラスと言ってもいい剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)の最大火力の火炎をいとも簡単に燃やし尽くした烈火の魔法・・・天上を焦がす漆黒の炎・・・

 

 竜皇の火炎とぶつかり合い、それを打ち破ったにも関わらず、黒炎からは魔力の減衰が見られなかった。そして、凄まじい強度を誇っていた剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)の肉体すら斬り飛ばし、燃やし尽くしたそれは管理世界においては稀少技能(レアスキル)に分類される物であろうことは予想がつく。

 

(今後、この2人の少年がどうなっていくかは分からん。しかし、現状ではクラーク・ノーランが蒼月烈火に勝つことは天地がひっくり返ってもあり得ないだろう)

 

 先ほど他の面々に指摘したように烈火はデバイスを一度も振るってはいない。そして、魔力にしてもクラークの最大の一撃を受け止める際に左手に軽く纏わせた程度しか使っていない。

 

 ウラノスの形態(モード)は今見せている刀剣状態以外も複数存在する上に、巨大な蒼翼が特徴的な魔力全面開放状態(フルドライブモード)もある。

 

 

 持っている手札の数が、切れる戦術(カード)の数が2人の少年ではあまりに違い過ぎたのだ。

 

 

 

 

「クラークッ!!」

 

 エメリーはシグナムの答えを待つ前に対戦フィールドへと悲痛な声を投げかける。

 

 クラークは息を荒くし、地面へと膝をついていたためだ。

 

「体内の魔力循環が弱くなってるわね。これじゃ、もうさっきみたいな魔法は使えないでしょう」

 

 シャマルはクラークの状態を分析する。魔力量が豊潤でないクラークであるが故の相手を撹乱して隙を作り、そこを全力の一撃で倒すという戦闘スタイルであった。

 

 魔力の殆どを使い切ったクラークには先ほどのシュラーゲンインパクトを放つだけのスタミナどころか身体強化に回せる魔力すらもう残ってはいない。

 

 

 

 

 

 

「・・・たんだ。ずっと憧れて来たんだ」

 

 クラークは烈火にすら聞こえないほどの小声で何かを呟きながら、震える膝を抑えて立ち上がる。腰を落とし、身体の後ろで両手を引いた。

 

 

 

 

「これって!?」

 

 なのははその光景に驚きの声を上げ、かつての記憶を思い返す。

 

 

 今、目の前のクラークは教導隊の訓練に参加した直後に練習していた魔法を放とうとしている。それは使用するだけでクラークの魔力を全開から半分以上消費する物であり、魔法と使用者の適性の合わなさから、とても使い物にはならないとなのはが特訓を止めさせたものであった。

 

 

 

 

「俺は絶対ッ!エースになるんだぁぁぁぁぁ!!!!!!ディバイィィィィンッ!!!バスタァァァァ!!!!」

 

 クラークの前に突き出すように構えた両手から灰色の魔力が烈火に向けて吹き出した。

 

 管理局のエースオブエース、高町なのはの代名詞とも呼べる砲撃魔法であった。

 

 

 放たれたそれは、砲撃魔法と呼ぶにはあまりに貧弱で、射撃魔法との中間のような物である。しかし、クラークの左の手甲から炸裂音と共に薬莢が飛び出し、砲撃が一回り肥大化した。

 

(初めて見た時からずっとなのはさんのように魔導師になりたかった。いや!並び立てるようになるんだ!近代ベルカにエミュレートした贋作を勝手に俺が名付けただけの攻撃。でも、コイツと共に強くなって本物と比べても遜色がないくらいにして見せるんだ!)

 

 数年前に彗星の如く現れた管理外世界の少女。優れた魔法資質と折れない心で度重なる凶悪事件を解決し、重たい怪我すらをも乗り越えて邁進するシンデレラガール。

 

クラークはそんな高町なのはに憧れ、今もその背を追い続けているのだ。

 

「いっけぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 残った魔力と最後のカードリッジを使っての全力攻撃・・・

 

 

 

 

 想いが詰まった砲撃は目の前の黒髪の少年が軽く振った左腕によって、埃を振り払うかのように跳ね除けられ、無情にも四散する。

 

 

 

「ち、くしょうっ・・・」

 

 その光景を目の当たりにし、クラークの意識は闇へと落ちていく。最後に目に入ったのは氷の刃のように無機質な蒼い瞳であった。

 

 

 

 

 模擬戦終了の合図を待たずに飛び出していったヴィータに若干遅れてシャマルも飛んで行く。エメリーはクラークの名を呼びながら、なのはに抱えられて対戦フィールドに向かう。

 

 

 

 

「すずか?」

 

 アリサは模擬戦が終わり、数名が対戦フィールドに飛び出していくのを尻目に隣に座っていたすずかの方を向いて思わず言葉を失っていた。

 

 

 潤んだ瞳、熱に浮かされたように朱に染まった頬。すずかは聖祥初等部からの付き合いであるアリサですら見た事のない妖艶な表情を浮かべ、ある一点に視線を注いでいる。

 

 

 

 

 

 人間は平等ではない。

 

 容姿の優れた者、醜い者。足の速い者、遅い者。頭の回転が速い者、遅い者。

 

 それは魔法においても同じことであった。リンカーコアの性能ともいうべき魔力量の個人差、稀少技能(レアスキル)の有無、魔力変換資質、魔法適性、誰しもが違い、努力では埋めようのない差という物は確かに存在する。

 

 

 人はこの埋めようのない隔絶した溝を『才能』と呼ぶのだろう・・・

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

実は今回が初めての1VS1の対人戦となりますかね。

今までは暴走したロストロギア相手だったり、複数VS複数だったりしたのでw

皆様が期待していたような模擬戦といった風な戦いにはならなかったかもしれませんが・・・

感想とお気に入り等が私の原動力となりますので頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いしましょう!

ドライブイグニッション!


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Night Bloody

---むかし、むかし、ある王国に王子様とお姫様がいました

 

 

---お姫様は王子様の事が大好きでした

 

 

---ですが、お姫様は自分が王子様と添い遂げることができないと知っていました

 

 

---なぜなら・・・お姫様は普通の人間ではなかったからです

 

 

---人間より長い時間を生き、強い身体を持ち、血を吸う吸血鬼だったのです

 

 

---王子様は結局、他のお姫様と婚約し、いつしかお姫様と会うことはなくなっていきましたが、お姫様は王子様の事を忘れた日はありませんでした

 

 

---そんなある時、お姫様が吸血鬼だということが周囲に気づかれてしまったのです

 

 

---周りの者はお姫様の事を蔑み、排斥しようとしました

 

 

---周囲のすべてに裏切られたお姫様を庇う者が立った1人だけ現れました

 

 

---それは、あの王子様だったのです

 

 

---そして・・・・・・

 

 

 

 

 朝日に照らされる一室。高級そうなベッドの上で1人の少女が目を覚ました。

 

「そっか・・・私は・・・っっっぅぅぅぅ!!!??」

 

 紫がかった長い黒髪の少女は睡眠で固まった体をほぐすように背筋を伸ばす。少女が背伸びをすれば、年齢不相応に発育した豊かな胸部が僅かに揺れる。

 

 

 少女の名は月村すずか。

 

 

 彼女は心身ともに同年代よりも大人びており、漫画や小説のキャラクターのような豪邸に住んでいる・・・そして、飛びぬけた運動神経に学年トップの成績を誇っているにもかかわらず、それをひけらかすことない。

 

 性格も温厚かつ、お淑やかという思春期の男子の理想を体現したかのような少女である。特に運動神経に関しては他の追随を許さず、あのフェイトですら足元にも及ばないレベルである。

 

 そんな才色兼備の完璧美少女であったが、意識が覚醒していくにつれて頬を赤らめ、何かを思い出したのか悶えるように身を丸めた。

 

「・・・ぅぅぅ・・・とりあえず、シャワーを浴びよう」

 

 すずかはしばらく悶えていたが、気だるそうな表情を浮かべてベットから立ち上がり、若干内股で歩き出す。どうやら浴場へと向かうようだ。自室のベッドから扉までの道のりには下着類を含めて、乱雑に脱ぎ捨てられた衣類が転がっている。普段の几帳面なすずかを知る者からすればあり得ない光景であった。

 

 

 すずかは昨日の出来事を思い返しながら扉を開き、浴場までの道のりを歩きだした・・・・・・

 

 

 

 

 テスト明けの週末に行われた模擬戦は魔力を使い果たしたクラークが地面に倒れたことで終結した。

 

「うん、これなら大丈夫ね。ただの魔力切れだからすぐに目を覚ますわ」

 

 シャマルが仰向けに寝かせたクラークへ手をかざすと、発せられる新緑の光がその身体に吸い込まれていく。

 

「そ、そうですか」

 

 エメリーはクラークの顔色が良くなっていく光景を見て安心した様子で息を吐いた。

 

 

「烈火君?」

 

「どこ行くんだよ」

 

 エメリーとシャマルの耳になのはとヴィータの声が飛びこんでくる。

 

「約束は済んだはずだ」

 

 烈火は防護服(バリアジャケット)を解除し、用は済んだと言わんばかりに踵を返して出口に向け、歩いていく。

 

「あ!?待ってよ。烈火!じゃあ、はやて。私もこれで・・・」

 

 フェイトは長い金髪を揺らして烈火の後を追って行った。そのまま2人は八神家から出て行くようだ。

 

「んだよ!アイツ、感じ悪いな」

 

 ヴィータは烈火の淡泊な態度に毒を吐き、エメリーは2人が退出して行った方向を睨み付けていた。程なくしてクラークが目を覚ましたが、今回の惨敗は流石に堪えたのか気落ちしているのは誰の目から見ても明らかだ。

 

 今回の戦いに対して模擬戦として全力で臨んでいたのは自分だけ、対戦相手の烈火にとっては空気中に漂っている埃を払う程度のものでしかなかった。想い人の前で盛大に空回りした挙句、歯にもかけられず無様に敗北したのだからクラークのプライドはズタボロだろう。

 

 時間こそまだ大分早いが、気落ちした様子のクラークを前にして、他のメンバーで組み合わせを変えて模擬戦をしたり、休日を謳歌する学生の様に遊んだりするような雰囲気でもなかったので、そのまま解散することとなった。

 

 

 

 

「はぁ・・・どうしちゃったんだろ・・・」

 

 すずかは熱いシャワーを浴び終わり、衣類を身に纏いながら熱っぽい溜息を吐いている。すずかの脳裏に焼き付いているのは数週間前の光景。事あるごとにフラッシュバックする記憶によって集中を欠いているようだ。

 

 巻き込まれたのはロストロギアを巡る魔法関係の事件。人質状態となり、凶刃を向けられて命を奪われようとしていた自分を救ったのは1人の少年であった。

 

 

 

 

 すずかが愛読している書物にある王国の王子と吸血鬼の姫の物語がある。

 

 姫は王子の事を好いていたが、自身が普通の人間でないために身を引く。その後、別の姫と寄り添う王子を悲しげに見つめる日々を過ごしていた姫だったが、ある時に吸血鬼であることが周囲に知れ渡ってしまった。

 

 親しかった者達は手のひらを返したように姫の傍から離れていき、姫自身もすべてを失った。親しかった者達に、自分を慕っていた民衆によって討ち滅ぼされようとした時、姫を助けに来たのは白馬に乗った王子であった---

 

 長い時代(とき)の中で書物の原典は失われ、記述されているのはここまでだ。ここからどういう結末になったのかは今となっては知る由もないが、すずかはこの書物を幼い頃から何百回も何千回も読み返している。

 

 親しい者らに自らの素性を隠して生きた、この姫に何か通ずるものがあったのだろう。だが、すずかはこの世界がどれほど不条理に出来ているかということを同年代の少年少女よりも詳しく知っている。

 

 もし自らの素性が明るみになった時、世間がどんな反応をするのか・・・もし周囲に裏切られて糾弾されたのなら、自分の側について助けになってくれる者がいるのか・・・想像するだけで身が震える思いだ。

 

 現実は物語の中ほど甘くはないのだ。親しい者達が自分を受け入れてくれる保証はない。ましてや、窮地に駆け付けてくれる白馬の王子などいる筈もない・・・そう思っていた。

 

 

 だが、姉の忍は自らの全てを受け入れてくれる相手と結ばれ、愛を育んでいる。すずかはそんな姉の事を羨ましく感じていた。自らにもそのような存在が現れるのだろうか、そんな淡い希望を胸に抱くようになっていた。

 

 

 その矢先、犯罪者の思惑に利用される形で捕らえられて死に直面した自分は白の騎士(ナイト)によって助けられた。

 

 自分は素性を隠しているし、助けられた相手は出会って数日しか経っていなかった親友の幼馴染・・・物語の中の登場人物とは違い、特別な繋がりもない他人同士だ。

 

 そうであるはずなのに、氷刃のように冷たい蒼い瞳に心を奪われ、周囲の全てを支配するかのように煌いていた巨大な蒼翼に見惚れてしまった。圧倒的な力で敵を薙ぎ倒していく様にすずかの胸の鼓動は高まり、今までに感じた事がないほどの身体の疼きを覚えていた。

 

 窮地に陥った自分を救い出す白騎士・・・物語と状況は違えど、奇しくもすずかが憧れてやまなかったシチュエーションと重なっていたのだ。

 

 

 

 

 シャワーを済ませたすずかはリビングへと赴き、メイド達が用意した朝食を取る。

 

「どうしたの、すずか?」

 

 共に朝食を取っていた忍はすずかに心配そうな視線を向けており、隣の恭也も同様であった。

 

「え?う、ううん!何でもないよ。ちょっとボーっとしてただけだから」

 

 すずかは何かを考えこむように俯いていたが、忍らに声をかけられたことに驚きの表情を浮かべ、どもりながらも取り繕うように身体の前でワタワタと手を動かしている。

 

 それからは普段通りのすずかに戻り、朝食を終えて自室へ戻って行った。

 

 

 

 

「明らかに様子がおかしかったが、大丈夫なのか?」

 

「うーん、多分ね。そのうち時間が解決してくれるとは思ってるけど・・・」

 

「む、原因に心当たりがあるという事か?」

 

「ええ、私の推測でしかないけど、多分合っていると思う」

 

 恭也は事情を知っていそうな忍へ声をかける。普段通りに振舞っていたように見えたすずかだが、やはりいつもと違い精彩を欠いているように感じ取れたためであろう。ノエルは朝食の片付けを行いながら2人の話に耳を傾けており、ファリンは手を止めて心配そうな視線を向けていた。

 

「先週末になのはちゃん達がうちに試験勉強に来た時の事を思い出してほしいのだけれど・・・」

 

 恭也らは忍に言われた通りに試験期間中に魔法絡みの事件に巻き込まれて学校を休んだため、遅れた分を取り戻すと息巻いていたなのはらが勉強会と称して月村家に来た時の事を思い返す。参加メンバーは、なのは、フェイト、はやて、アリサ、烈火とすずかであった。

 

「あの時に何かあったのか?俺の目からは特に問題ないように見受けられたが」

 

 恭也は疑問を呈した。事件前に月村家に来たときは自身と烈火との再会、また初対面の面々との紹介と、なし崩し的に開かれたお茶会によって、とても勉強会と言えるものではなかったが、先週末に行われた際には、皆が真剣に取り組んでいたように見えたためだ。

 

「すずかお嬢様は今朝同様に、勉学会の際も精彩を欠いていたように見えましたね」

 

「そーですね。なんかいつもよりも反応が鈍かった気がします!」

 

「そ、そうだったか?」

 

 ノエルとファリンはすずかの様子がいつもと違っていたことを思い出した。恭也以外の3人はすずかの異変に気が付いていたようだ。

 

「はぁ、恭也の鈍さはいつになっても改善されないわねぇ。そこら中で女を引っ掛けて来るからたまったもんじゃないわ」

 

「全くですね」

 

 忍といつになく辛口なノエルが恭也に対して呆れたような様子で溜息をつき、半眼で睨んでいる。

 

「えーっと?・・・むぅぅぅぅぅ」

 

 周囲の変化についていけていない様子のファリンも、とりあえず主人や姉に倣って頬を膨らますように恭也へ不満げな様子を見せた。

 

「い、今はそんなことを話している場合ではないだろう。今までだってなのは達がこの家に来ることなど何度もあったはずだ。それで何故、すずかの様子がおかしくなるんだ?」

 

「ふぅ~ん。まあ、さっきの事は後で詳しく聞くことにしましょう」

 

「ええ、その方がよろしいかと。今は本題に戻るべきですね。今は・・・」

 

 旗色が悪くなってきた恭也は強引に話の内容を元に戻そうと試みる。ジト目を向けて来る忍とノエルは相も変わらずといった様子だが、とりあえずの話題転換には成功したようだ。

 

「そうねぇ。確かに小学校の頃からうちに来ることは何回もあったけど、今回はちょっと事情が違うってことよ。最近、あの子たちの周りで大きな変化が起きたわよね?」

 

「・・・蒼月様ですね」

 

「ええ、そうよ。彼の存在はすずかとその周りに少なくない影響を与えたという事・・・」

 

 忍は勉強会でのすずかの様子を鮮明に思い出すことができる。

 

 

 

 

 アリサがなのはとはやてを、すずかがフェイトと烈火に付く形で試験対策勉強へと臨むことになった。アリサの熱血指導により、なのはは涙目でテキストと向かい合うことになり、はやては乾いた笑いを浮かべながら数式を解いている。

 

 

 賑やかなアリサ達の机と少し離れたところでは、対照的に静かな時間が流れていた。フェイトは問題集を解きながら分からない部分をすずかに質問し、烈火は過去数回のテスト問題から出題傾向を分析していた。

 

 すずかはフェイトらに質問されたときにはそれに答え、それ以外の時間は自らもテキストを広げて試験前の復習に望んでいるようだ。

 

 

 

 皆が真剣に勉学に取り組んでいるため中学組は気が付いていなかったかもしれないが、和から外れて見ていた年長組からは、すずかが心ここに在らずといった様子だったのが見て取れた。

 

 すずかは広げたテキストに文字を書き込む様子はなく、フェイトの質問に答える時以外はある一点に視線を向けては逸らし、また視線を送りといった様子で、その行動を何度も繰り返していたのだ。

 

 視線の先にあったのは、なのはの幼馴染だという少年の横顔であった。

 

 

 

 

「まあ、一番の原因は私でしょうけどね」

 

「どういうことだ?」

 

 恭也は自嘲するかのように笑みを浮かべた忍を気遣う姿勢を見せながら、疑問の声を投げかける。

 

「あの子は私には無いものを持っている。でも、あの子が欲しくてやまないものを私は持っている」

 

 誰もが忍の話に耳を傾けている。

 

「私は友人と言える人物に恵まれなかった。いえ、自分から作ろうとしなかったのが正しいわね。〈夜の一族〉や遺産相続の事があったから、恭也と会うまでは他人に心を開くことがなかった」

 

 月村忍、すずかはただの人間ではない。〈夜の一族〉と呼ばれている吸血鬼であり、その中でも純血種と呼ばれ、一族の血をより濃く引き継いでいる。夜の一族は優れた身体能力と長い寿命、いくつかの超常能力を持っており、定期的に異性の血液を摂取せねばならないという欠点を除けば人間の上位互換ともいえる種族であった。

 

 だが、夜の一族は普通の人間と比べれば少数であり、自らの素性を知った相手には契約を持ち掛け、そうでないのなら記憶を消すことで、世間にその存在を知られることなく闇の中を生きている。

 

 加えて月村家での遺産相続騒動に巻き込まれた忍は一部の人間以外に心を開くことがなかったようだ。

 

「すずかに在って私に無い物、それは心を許せる多くの友人」

 

 すずかは初等部入学早々に一悶着を起こしたが、そこで生涯の親友と出会うことになった。壁を作っていた忍とは対照にアリサやなのはを始めとして多くの繋がりを持ち、学生生活を謳歌している。それは、周囲と距離を取っていた忍には長らくできなかったことであった。

 

「私に在ってすずかに無い物、それは自らの全てを包み込んでくれる愛しい人(パートナー)

 

 忍は高校入学時に高町恭也と出会った。最も、深く関わりを持ったのは最上級生になってからであったが・・・

 

 種族の違いを乗り越えて結ばれた恭也と忍だが、そこに至るまでには様々な困難が立ち塞がった。夜の一族・・・それも名家と言われている月村に生まれた自分が家の決めた相手ではなく、自らが選んだ相手と生涯を共に過ごすことができるこの状況は奇跡に等しいものと言っても過言ではない。

 

 

 

 

「私と恭也が一緒にいるところを見れば、あの子だって自分もって思っちゃうわよね」

 

 忍はかつて斬り落とされ、恭也の血液よって繋がった自らの左腕を撫でながら呟いた。できる事ならば、すずかにも自らが愛した人間と共に歩んで欲しいと願うが、夜の一族という特異的な事情がその障害となることは他でもない、自らが体感してきたことだ。

 

「詳しい事情は聞けなかったけれど、すずかは蒼月君に危ない所を助けられた。私と貴方が繋がりを持った時のようにね。結果的にあの子の前で見せつけるように幸せを享受した私が言える事じゃないのかもしれないけど、すずかの花咲く前の(つぼみ)のような気持ちがどんな形であれ、良い方向へ向かうことを祈るしかないわ」

 

 すずかの抱いている想いはかつて忍自身が抱いていた物と同じであろう。すずかが耐え切れずに自らの素性を打ち明けてしまった時、烈火が夜の一族の事を受け入れてくれれば言うことはないが、もし拒絶されたのならば烈火に対して記憶操作を行わねばならないし、すずかは心に大きな傷を負うだろう。

 

 一方で抱きかけの想いを打ち明けないという選択肢もある。多少のしこりは残るかもしれないが、年齢を経ればいずれ若かりし頃の淡い思い出へと昇華するだろう。ある意味では一番丸い選択肢と言える。

 

 自分達にできることはすずかの選択を尊重し、気持ちが通じ合ったのなら精一杯祝い、傷ついたのならそれを癒すこと。もし、すずかが自身の事を打ち明け、拒絶されたのなら一族の掟に従い、忍の手で烈火の記憶から夜の一族を抹消する。

 

 万が一記憶操作を行うのだとしたら、月村家の掟を年場もいかぬ少年に一方的に押し付ける事になるだろう。その事ですずかに疎まれる事になるのだとしても、彼女の姉として、保護者として、月村家の当主として自らの負うべき責任だと静かに瞳を閉じた。

 

「忍・・・」

 

 恭也は重苦しい雰囲気の忍の肩に手を置いて優しく声をかける。忍は多くを語らない不器用な恭也の想いを肩に置かれた手のひらから感じ取り、その大きな手に自らの手を重ねた。

 

 

 

 

「そういえば駅前に来るのは久しぶりだなぁ」

 

 すずかは朝食後、私服へと着替えて海鳴市街へと出ていた。

 

「最近は忙しかったし、一人で歩くのも久々かも」

 

 専属メイドのファリンやアリサらといった友人を伴わずに外出することはすずかにとって久しぶりの事であったようだ。年度末にやって来た突然の転入生に始まり、自身や友人の家族らが相次いで事件に巻き込まれ、先日までは期末試験であった。忙しい日々の中で1人の時間という物が少なくなっていたようである。

 

「今日は欲しい本の発売日だし、羽を伸ばしちゃおうかな!」

 

 幼い頃から読書を趣味としているすずかにとってはお目当ての書籍を買いがてら、気分転換を兼ねての外出のようだ。

 

 すずか自身も空元気なのは自覚しているようであるが、胸に抱えるモヤモヤを振り払うと言わんばかりに若干大股気味で歩き出す。

 

「えっ!?」

 

 目的の書籍店までの道のりでウィンドウショッピングを楽しんでいたすずかの目に衝撃の光景が飛びこんで来た。

 

 

 

 

 

 

「で、次はどこに行くんだ?」

 

「えーっと、あっちかな」

 

 すずかが目の当たりにしたのは私服姿の烈火とフェイトが並んで歩いている光景であった。他のメンバーを待つことなく移動し始めていることから2人での外出と思われる。

 

 

 

 若い男女が2人きりで肩を並べて歩いている。これが意味することが分からないほど、すずかは子供ではなかった。

 

「どうして・・・あの2人が・・・」

 

 それでも、すずかは否が応にも乱れていく鼓動を抑える術を知らない。

 

 

 烈火の隣で楽しげに微笑むフェイトを目の当たりにした瞬間、自分の胸が軋む音が聞こえた気がした。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

何やら前回の話から読んで下さる方が増えたようで感謝感激でございます!

皆様の期待に沿えるかは分かりませんが全力全開で執筆の方に励みたいと思っています。

そして、今回の第3章ではリリカルなのはの前身であるとらいあんぐるハート3の要素が若干含まれます。

とらハファンの方からすると色々矛盾しているかと思います。

一応、執筆するに際して色々設定を考えてきましたが、それらを詳しく描写するととんでもない文字数になりそうでしたので敢えて省略いたしました。


恭也は忍√、士郎は存命、とらハ原作にいなかったすずかは存在するという、リリカルなのはをベースに夜の一族関係の話があったという風に思っていただければ幸いです。

次回はデート回となります。
できるだけ早くお届けできるように頑張りますね。

感想、お気に入り等が私の原動力となっていますので頂けましたら嬉しいです。

ではまた次回お会いいたしましょう!

ドライブイグニッション!


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還ってきた日常

 烈火とフェイトは対戦フィールドから八神家に戻り、玄関に向けて歩いている。

 

「あんなに一方的に会話を打ち切って出てきてよかったの?」

 

 フェイトは烈火に対して不安げに問いかけた。魔力切れで自滅したクラークを置き去りにしてきてよかったのかという事であろう。

 

「あの場では、間違っていない選択肢の一つだったろうな」

 

 しかし、その問いかけに答えたのは烈火ではなく、いつの間にやら2人についてきていたシグナムであった。

 

「し、シグナム!?いつの間に・・・」

 

「テスタロッサはまだまだな。烈火は私の事に気が付いていたというのに」

 

 シグナムはニヒルな笑みを浮かべ、驚いているフェイトの事をなじっている。動じていない烈火の様子から接近していたシグナムに気が付いていないのはフェイトだけであったようだ。

 

「むぅぅ・・・それでさっきのはどういう意味なんです?」

 

「あの少年も男児である以上、意地を張りたいということだ」

 

「えっと、意味が分からないんだけど?」

 

 からかわれていることが分かっているのか、フェイトはむくれながらシグナムに改めて問いかけたが、その返事に首を傾げる。

 

「この話はお子様のテスタロッサにはまだ早かったかもしれんな」

 

「私はお子様じゃないよ!」

 

「わかった、わかった」

 

 フェイトは頬をぷくぅとに膨らませて不満をアピールしているが、残念ながら普段より幼い印象を周囲に与える結果となったようだ。シグナムはそんなフェイトの頭に手を置いて、子供をあやす様に撫で回している。

 

 シグナムの手が頭を撫でるたびに目を細めるフェイトだったが、その度に緩む表情を引き締めて私は怒っていますとアピールをしている様は何とも庇護欲をそそるものがあるようだ。

 

 フェイトがシグナムの手を跳ね退けず、抵抗しないで撫でられている辺りから2人の信頼関係が伺える。

 

 因みに、2人の意外な一面と関係性を目の当たりにした烈火は目を見開いて驚いていた。

 

 

 

 

「あれ以上、あの場所にいても無意味だと判断した。大した理由はない」

 

「ふっ、そういうことにしておこうか」

 

 烈火の口から語られた理由にシグナムは苦笑いで答える。シグナムには烈火が半ば逃げるような形で対戦フィールドを離れた理由の見当がついていた。

 

 おそらく最大の理由は無用なトラブルを避けるためといった物だ。クラークは烈火に何らかの理由で固執し、いきなり戦いを挑んできたが、結果はあまりに一方的なものであった。彼が目を覚ました時に自身が目の前にいた時の事を考えれば、心中を察する物がある。それに万が一、再戦要求などされてもたまったものではない。

 

 そもそも、時空管理局本局に烈火が行ったのはかなり特殊な理由からであり、今後は赴くことはないはずだ。烈火自身にクラークやエメリーと交流を持つ気がない以上、どのような別れ方をしようが問題ない。ならば、後腐れなく因縁は断ち切っておいた方がいい。今後、会うことのない相手にどう思われようが知ったことではないといったところであろう。

 

 

 

 

「むぅぅぅぅ・・・結局どういう理由なの?シグナムもわかったような顔して全然言ってくれないし、私だけ仲間外れみたい」

 

 フェイトは唇を尖らせて不満げな声を漏らした。シグナムは烈火の行動の意図を理解している様子であるが、理由自体を口に出すことはなく、烈火も語ることをしなかった為に疎外感を覚えているようだ。

 

 程なくして、烈火とフェイトはシグナムに見送られる形で八神家を後にする。最後までフェイトに対して烈火が対戦フィールドを離れた理由が説明されることはなかったようだ。

 

 

 

 

 2人は他愛ない会話を重ねながら自宅の前まで戻って来ていた。

 

「えっとね、ちょっとだけいいかな?」

 

「構わないが」

 

 それぞれが別れようとした時、フェイトの声で烈火の足が止まる。

 

「烈火に聞きたいことがあるんだけど・・・男の子ってどんなプレゼントを上げたら喜んでくれるのかな?」

 

「彼氏への贈り物なら自分で考えた方がいいんじゃないか?」

 

 烈火は自身の顔を覗き込むように問いかけて来るフェイトに対して冷静に返答した。

 

「か、か、か、彼氏!?もう!そんな人いないよ!そうじゃなくて!!」

 

 フェイトは頬を朱に染めて烈火に抗議をしながら理由の次第を説明し始めた。

 

 

 

 

「・・・・・・ふむ、管理局の施設で保護している少年に贈り物がしたいということか、始めからそう言えばいいものを」

 

「始めからそう言ってたよ!」

 

「いや、男へのプレゼントは何がいいか?なんて聞かれたら彼氏か何かに対してだと思うだろう?」

 

 言葉の意図を理解した烈火が返事をし、フェイトはそれに抗議の声を上げた。

 

「彼氏なんてできたことないし、時々、その、こ、告白されたりすることもあるけど、恋愛なんて全然分かんないし・・・」

 

 しかし、フェイトは勢いを失うかのように恥ずかしげな様子で俯いた。

 

「実際、フェイトなら引く手数多だと思うよ。学校で周りの男連中がやたら睨んで来るのはその影響だろうしな」

 

 烈火はフェイトの恋愛経験が皆無だということに少なからず驚いた様子を見せている。転入して約1ヵ月が経とうとしているが、フェイトと共にいると男子の視線を感じることが多い。始めは転入生である自分への物珍しさかとも思えたが、数日してその視線がフェイトと共にいる自分に対しての嫉妬であることを理解していたようだ。

 

 

「そ、そんなこと・・・それに!わ、私だって他の女の子から色々言われてるんだからね!!」

 

 フェイトは朱に染まった顔を上げて烈火の発言に反論の声を上げた。烈火と出会って約1ヵ月が経過しようとしているが、自宅も席も隣同士ということがあってか、共に過ごした時間は他の面々と比べてもかなり長いと言える。フェイトもまた、校内で烈火と共に過ごしていると他の女子達に妬むような視線を向けられていることに気が付いていた。

 

 

 聖祥大付属中等部に知らぬ者はいないと言われている女子グループの1つに〈聖祥5大女神〉と言われる物がある。構成は初等部からの仲良し5人組であり、皆タイプは違えど美少女と言われて遜色がない容姿の持ち主だ。

 

 特に男子からの支持は圧倒的で、各々に非公式ファンクラブができるほどの人気を博しており、その中には高等部の生徒すら所属していると言われている。

 

 本人的には不本意な敬称ながら、フェイトも5大女神と呼ばれている1人だ。才色兼備かつ、器量良しと非の打ちどころのないフェイトであるが、それが大多数の女子にとっては嫉妬の対象となりえている事も事実である。

 

 妬みという感情を抱かれているのは他の4名にも言える事だが、フェイトに対してのそれは他の面々よりも大きな物となっていた。最たる原因は東堂煉の存在である。

 

 言い寄られているフェイトからすれば、本人にその気がない以上、迷惑でしかないのだが周囲の見方は違った。

 

 東堂煉は学業では学年トップ3に食い込むほどの成績を修め、部活動には所属していないものの運動能力にも優れている。加えて使用人を常に付けるほど家庭も裕福であり、容姿も優れているため、多少素行に問題があるが女子生徒からの人気は高いといえる。煉に迫られているのを間近にした彼のファンから言い顔をされないのも無理はないだろう。

 

 とはいえ、今までのフェイトは人気の高い煉から熱烈なアプローチを受けていたものの、袖にし続けて来たために最小限のヘイトを集めるに留まっていたが、最近は事情が変わってきているのだ。

 

 

 フェイトの周りに起きた大きな変化点というのは、年度末に転入してきた蒼月烈火の存在だ。烈火本人には自覚はないだろうが、彼自身も周囲からすればかなり目立っていると言える。

 

 何人もの者達がその和に加わろうとして撃沈した聖祥5大女神にあっさりと迎え入れられたばかりか、なのはとフェイトとは校内で急接近したことを周囲に目撃されている。

 

 整った容姿に他の男子生徒よりも大人びた雰囲気や以前の体育の授業でフェイトへの対応などが噂となり、烈火の女子人気は水面下で高まりつつあるのだ。

 

 

 フェイト本人にはそんな意図はないのだろうが、女神と崇められて男子生徒の視線を一手に集めており、人気の高い煉からもアプローチを受けているにも関わらず、話題の烈火と親しくしているとあって結果的に同性からの妬み、やっかみを集めてしまっているのだ。

 

 

 

 

「なあ、フェイト。話を続けるなら場所を移さないか?」

 

「ふぇ、どうして?」

 

「・・・周りを見て見ろ」

 

 烈火に促されるように周囲を見渡したフェイトは思わず眉を引くつかせてしまう。周囲を通る人達が話し込んでいる自分達を微笑ましいものを見るかのような様子であったり、奇異の視線を向けていているためだ。

 

「そ、そうだね。とにかく、ここから離れよう」

 

 2人は周囲の視線から逃れるようにそそくさと自宅周辺から離れる。

 

 烈火とフェイトの様子を目撃していた中にはハラオウン家とご近所付き合いをしている者もいたようで、そこからリンディに情報が発信されてしまった結果、後々に根掘り葉掘り事情を聞かれて辟易することをこの時のフェイトはまだ何も知らなかった。

 

 

 

 

 烈火とフェイトは自宅周辺から場所を変え、最寄りのファミリーレストランで昼食を取っている。

 

 本来ならば夕刻時まで八神家に滞在するつもりであったが、大幅に予定を切り上げた為、自宅に戻った時点では時刻はまだ正午前であった。リンディにもその旨を連絡をしていなかったため、あのまま帰宅していても昼食の用意はされていないだろう。一人暮らしの烈火は言わずもがなだ。

 

 あれだけの視線を浴びながら帰宅するのも気が引けたため、周囲の注目から逃れつつ、昼食を取るためにこの場所をチョイスしたようだ。

 

 

「えっと、どこまで話したかな?」

 

 フェイトは烈火に問いかけながら小首を傾げる。先ほどまでは自宅の前で会話を繰り広げていたが途中から話題が逸れ始めていた為、この場で軌道修正を図ろうとしているようだ。

 

「フェイトが誰かに贈り物をしようとしているという所までだな」

 

 烈火が答えを返す。

 

「うん。その事なんだけど・・・私って男の子への贈り物なんて、お兄ちゃんや友達へバレンタインの時に義理チョコ上げたくらいしかないから何をあげたらいいか分からないんだ。初等部に入るか入らないかくらいの子なんだけど何を送ってあげたら喜んでくれるかな?」

 

「その年代の子供ならフェイトが娯楽物を送れば何でも喜ぶんじゃないのか?」

 

「あの子なら何でも喜んでくれそうなんだけど、多分私に気を使ってそうしてくれると思う。実はちょっと訳ありな子で家族もいなくて、元々預けられてた施設から私が保護責任者になる形で引き取ったんだ」

 

 フェイトは男性への贈り物の経験が少ないため烈火に参考意見を求めたということだ。そして、語られるのは相手の少年の過去の一端。

 

「最初は周囲の全部に敵意をむき出しにしてて、私にも飛び掛かってくるくらいだった。今は心を開いてくれるようになったけどね。私的には家族みたいに思ってるんだけど、あの子は私の事を恩人だとか、助けてくれた人みたいに思ってくれてるのか、どうも壁を感じちゃって・・・・・・」

 

 フェイトはこれまでの少年の様子を思い返しながら寂しげに俯いた。

 

「あ・・・一人でペラペラと喋ってゴメンね。烈火の他に相談できる人がいなくて・・・」

 

 場の雰囲気が重くなったことに際してか、フェイトは申し訳そうな表情を浮かべている。

 

 フェイトが相談しようとしたのは烈火だけではないのだが、なのはらに幼い少年の好みがわかるとは思えなかったし、エイミィや補佐官のシャーリーに異性への贈り物というワードを出した瞬間に恋人宛へと勘違いされて大騒ぎになるであろう。

 

 知り合いの男性に相談しようにも、物心ついた時から魔法三昧のクロノ。三度の飯より読書、遺跡、探索のユーノと普通の少年とは一風変わった幼少期を過ごしてきた2人は娯楽品を共に選ぶとなると頼りないと言わざるを得ない。ユーノのなのはへの想いを考えれば、自らが誘うのは憚られるという意味合いも含まれる。

 

 そもそも、学生の自分達と違いクロノもユーノも多忙であり、予定を合わせるのも一苦労であろう。

 

 誘えばどこからでもついてきそうな男性に1人だけ心当たりがあるが、プレゼントなどそっちのけで絡まれることが予想されるため、そもそも選択肢に入れることはしなかったようだ。

 

「いきなりこんなこと言われても烈火も困っちゃうよね?1人で先走って、勝手に不安になって馬鹿みたい。あの子との距離が上手く掴めなくて弱気になっちゃってるのかな」

 

 普段のフェイトらしからぬ力ない笑みを浮かべ、烈火に頭を下げる。

 

 

「・・・・・・その少年の好みを教えろ」

 

「え?」

 

「贈り物を選ぶんだろ?相手の好みくらい把握しておかないと不味いだろう」

 

「え・・・でも迷惑じゃ・・・」

 

 フェイトは自分の話を黙って聞いている烈火の様子から、余計な話をしてしまったのではないか?自分の都合で気を使わせてしまったのではないか?と後悔の念を抱いていたが、返ってきた言葉は意外なものであった。

 

「本当に迷惑だと思っていたら黙って話なんて聞いていないさ。いつかの校舎案内の礼だ。プレゼント選びくらい付き合うが?」

 

 烈火の口から出てきたのは承諾の言葉、それも相談どころか実際に送るものを選ぶのを手伝うという物であった。

 

 聖祥中に転入した初日にフェイトに世話になったことに対するお礼でもあるという。

 

「言わないのならこのまま帰るが?」

 

「あ・・・えっと、ね・・・」

 

 烈火に急かされるようにして、フェイトの口から幾分か控えめの音量で少年について話されていく。流石に詳しい身の上話は伏せられていたが、普段の施設での様子や好みなどが語られた。

 

 最初は遠慮がちだったフェイトもいい意味で気を使ってこない烈火との会話を重ねていくうちにいつもの調子を取り戻し、会話が弾む。

 

 事件や試験の連続で慌ただしい日々を送っていた2人の間には束の間の穏やかな時間が流れていく。

 

 

「そういえば、仕事の日程はどうなってる?」

 

「明日はお休みなんだけど、来週は土曜も日曜も出ないといけないかな」

 

「なら、明日出かけるのがよさそうだな」

 

「私としては烈火がついてきてくれるのは心強いし、嬉しいんだけど・・・その、最近忙しかったから、疲れてない?」

 

 しばしの団欒を終え、会計を済ませて店を出た2人は来た道を引き返して再びの帰路についている。

 

 横並びで歩いている2人の話題は再び少年への送り物についてだ。出かける日取りを決めているようだが、直近で予定が合うのは明日だという。

 

 フェイトとしては烈火の申し出はありがたい上に自身も明日の予定はないため、願ったり叶ったりであるが、目の前の烈火を気遣うように問いかけた。

 

 その理由というのも蒼月烈火は地球へやって来て日は浅いものの、既にいくつかの事件に巻き込まれているからだ。それも危険度の高い事件ばかりであった。民間人と聞いている彼にとっては心身ともに相当な負担がかかっていることだろうことが予想されるため、休養を取った方がいいのではないかということだ。

 

「この程度なら問題ない。それに予定が合わなくて間延びする方よりいいだろう」

 

 烈火は自身を心配そうに見つめてくるフェイトを安心させるように了承の意を伝えた。これによって出かける日程も決まり、気づけば両者の自宅まではあと僅かだ。

 

「そっか、ありがとね」

 

「ん?俺は借りを返すだけだ。そもそも今日の時点で礼を言われることをした覚えがないぞ」

 

 フェイトは感謝を述べたが、烈火は不思議そうに首を傾げている。烈火としては以前、世話になった時の礼をしようとしただけであり、今日に関しては共に昼食を取っただけだ。礼を言われることをしたつもりはないのだろう。

 

「それに、借りを返せるのかも定かではないぞ。俺が手伝ったところで今時の少年の好みに沿ったものを選べる保証もないしな」

 

 烈火は自身が力になれる保証はないと肩を竦めている。そうこうしているうちにとうとう自宅の前まで戻って来ていた。

 

「そんなことないよ。今日だって半分相談に乗ってもらったようなものだし、私一人で悩むよりきっといいものが選べるよ。それに烈火のおかげで気が楽になったから・・・だからね・・・ありがとう」

 

 フェイトは烈火を真っすぐ見つめて改めて感謝を述べる。今日の語らいは烈火自身が思っているよりも遥かに彼女にとって良いものとなったようだ。フェイトはそのまま小走りでハラオウン家へと向かって行く。

 

「じゃあ・・・明日はよろしくね!」

 

 そして、自宅の前で烈火に振り返る。振り向き様に揺れる長い金色の髪は太陽に照らされ光り輝いており、満面の笑みを浮かべている。

 

 その後、金色の女神は足取り軽い様子で自宅の門を潜って行った。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

そして!

魔法少女リリカルなのは Detonation

公開おめでとうございます!!!!!

私も観に行って参りました!!

面白いなんて言葉じゃ表せるものではないですね。

明日のライブビューイングも観に行きますよ!!


前話から少々間が空いてしまいましたが、劇場版の影響で小説モチベは天元突破してます!

皆様からの感想などが私の原動力となっていますので頂けましたら嬉しいです。


そして今回は告知というか聞きたいことがあります。
詳しくは活動報告を参照ください。
こちらの方は感想欄ではなく活動報告にコメントしてください。

では次回お会いいたしましょう!
ドライブイグニッション!


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光の世界で

 ある日曜の正午前、烈火とフェイトは海鳴市駅前へとやって来ていた。

 

 わざわざ市街地へと赴いた理由はミッドチルダにいるフェイトが保護責任者となった少年への贈り物を購入するといったものだ。

 

 

 時刻は正午前となり様々な店舗が開店し始める頃合いだろう。

 

2人も例に違わず、開店したばかりの玩具店で会話を交わしていた。

 

 

「これはモンスター召喚!ってやつだよね・・・これなら喜んでくれるかな?」

 

 フェイトは人差し指と中指を組んだ右手を突き出して可愛らしくポーズを決めた。そのすぐ近くのショーケースにはカードゲームのパックが所狭しと並んでいる。

 

 烈火に向けてのポージングだったのだが、その背後にいる小学生くらいの少年2人が顔を赤くして俯いた。

 

「これは俺が地球にいた頃にもあったやつだな。チョイスとしては悪くないが、今回に限ってはやめておいた方がいいのかもしれん」

 

「どうして?」

 

「まずルールを覚えるのが難しい。遊べるようになるには数十枚の山札であるデッキが必要だ。それの構築をするなら大量のカードがいるため資金もかかるしな。対戦相手がいるから少年1人では好きな時に遊べないのもマイナスだろう」

 

 フェイトが初めに手に取ったカードゲームだったが烈火的にはあまり好ましくない選択であったようだ。ちなみに烈火が地球に在住している頃から続く人気のカードゲームだった模様である。

 

 

「じゃあ、これなんかどうかな?」

 

 次にフェイトが向かったのは大人気ロボットアニメのプラモデルコーナー。

 

「この黒くて大きな鎌持ってるの気に入ったかも。こっちの白くて蒼い羽根の奴は烈火に似てるね」

 

 フェイトは少年向けのプラモデルコーナーで目を輝かせている。多数の種類がある中から手に取った箱には、漆黒の死神を思わせる機体と、白い天使を思わせる機体の物がそれぞれ描かれていた。

 

 パッケージに描かれている機体は、確かに黒衣を身に纏い大鎌を振り回すフェイトと白い衣を靡かせて蒼い翼を翻す烈火に似ていると言えなくもない。

 

「・・・それも止めておいた方がいいだろうな」

 

 烈火はフェイトの意外な一面を前にして暫く固まっていたが、プラモデルについても首を横に振った。

 

「プラモデルは作るのが難しい。それにこれは作る工程を楽しんで、出来た物を飾っておくものだからな、小さな少年が遊ぶには合わないだろう。その年代では作成中に挫折するか、パーツを無くす。完成させて渡しても壊してお終いだろうな」

 

「へぇ~そうなんだ。おもちゃって言っても色々あるんだね。やっぱり烈火がついてきてくれてよかったよ」

 

 フェイトは烈火の回答に感心するような声を漏らす。フェイト自身も幼い頃にこのような娯楽物で遊んだ経験はほとんどないため、送る相手と同姓であり的確にアドバイスをしてくれる者が隣にいる事に感謝しているようだ。

 

 自分1人で選びに来ていたら、初等部に入るか入らないかくらいの少年にパッケージのイラストだけで選んだ大人向けのプラモデルを渡すという行為をしてしまったかもしれない。

 

 渡された少年は喜ぶであろうが、烈火が言うように完成までの難易度の前に挫折したり、パーツの紛失、破損等で組み立てが上手くいかなければ酷く悲しませてしまうであろうし、せっかくのプレゼントも台無しであっただろうことが予測されるからだ。

 

 

 その後も玩具コーナーを回り、先ほどフェイトが手に取ったプラモデルのパッケージに映っていた2機のフィギュアと黒塗りのスポーツカーのラジコンを贈り物として購入し、店を出た。

 

 

「私の荷物なんだから烈火が持たなくてもいいのに」

 

 フェイトは隣を歩く烈火に申し訳なさげな視線を向けている。

 

「流石に女に荷物持ちはさせられないな」

 

 烈火は肩を竦めており、その手には2つほどの紙袋が握られている。流石に会計はフェイトがしたようだが、プレゼントは烈火の手に渡り、そのまま運ばれることになった。フェイトは自らが荷物を持つと何度か進言しているが華麗にスルーされているようだ。

 

 

 

 

 店舗の開店時間に合わせて駅前に赴いた2人だったが、贈り物選びが予想よりもスムーズに進んだ結果、1時間もかからずに用事が済んでしまった。

 

 昼食もまだであるし、烈火が地球の街中に興味を示したこともあり、もうしばらく駅前に滞在することにしたようだ。

 

「少し待っていろ」

 

 烈火は大きな手荷物を抱えて街中を歩き回ることになると、これからの行動に何かと不便が生じることが予測されるため、ロッカーへと紙袋を預けに行ってしまい、フェイトはそれを待っているのだが・・・・・・

 

 

 

 

「ねぇ、君一人?」

 

「お!可愛いねぇ。外国の子かな?」

 

 フェイトは4人の男性に囲まれていた。金髪を逆立てたリーダー格と思わしき男と鼻にピアスを付けた茶髪の男が馴れ馴れしく話かけて来る。

 

 背後を回り込むように取り囲んでいる2人はフェイトの事を舐め回すように視線を向けていた。

 

「一人じゃありませんし、人を待っている最中です」

 

 フェイトは毅然とした態度で答える。男性達の垢抜けていない顔つきと雰囲気から年齢的には高校生ほどで、所謂不良と呼ばれる物たちであると冷静に判断を下した。

 

「っ!・・・へ、へぇ、その子も女の子?」

 

 ピアスの男性はそれなりに体格のいい4人組で取り囲んでいるにも関わらず表情一つ変えないフェイトに一瞬たじろいだが、自分達の優位性に変わりはないと強気な笑みを浮かべている。

 

「買い物なんかよりもっと楽しくて気持ちいい事を教えてやるぜ」

 

 背後に控えていた男が路地裏の方を指差しながら口元を卑しく歪めた。それが何を意味するかは口に出すまでもない。

 

 年場もいかぬ少女がガラの悪い男性に囲まれているというのに、道行く男性も同性である女性も事の顛末は気になるようだが、関わる気はないといった様子を見せている。結果として、周囲にいる者達はフェイトと男性達のやり取りを目を伏せながら遠目で視線を送るのみだ。

 

「連れの子はいいからとりあえず、一緒に俺達とあっち行こうよ。さぁ!」

 

 1人の男の手がフェイトに向かって伸びる。

 

 

 

 

「悪いが、コイツを連れて行かせるわけにはいかないな」

 

 フェイトの深紅の瞳が大きく開かれた。向かってくる男の手を叩き落したのは黒髪の少年。

 

「なんだ!このガキは!!!?」

 

 

「なんだも何もコイツの連れだよ。それにガキはお互い様だろう?」

 

 男達はフェイトと自分達との間に割って入った烈火に食って掛かる。

 

「こんな人込みで騒ぎを起こすのはどうかと思うがな?」

 

「何だと!?・・・ちぃ!行くぞ!」

 

 烈火に促されるように周囲を見渡した男たちは表情を歪めた。いつの間にか周囲の人々が増えており、中には携帯電話を手にしている者も少なからずいるからだ。通報などされた日にはどちらの過失かは言うまでもない。しぶしぶといった様子であるが男達は急ぎ足で退散していった。

 

「フェイト、俺達も行くぞ」

 

「あ・・・ちょっと!?」

 

 烈火はフェイトの手を掴んで集団から離れるように歩いていく。

 

 そのまま、男達か絡んで来た辺りから多少距離を取った辺りにあるファストフード店へと入った。

 

 

 

 

「此処ならとりあえず大丈夫だろう」

 

「急に引っ張るんだからびっくりしたよ」

 

「それは悪かったな。だが、あそこに留まっていたら、身動きが取れなくなっていたかもしれないからな」

 

 注文を済ませた2人は座席に腰かける。

 

「さっきは助けてくれてありがとね」

 

「いや、お前ならあんな奴の10人や20人どうってことなかったろう?」

 

「ううん。あんな風に囲まれちゃったら魔法を使わなきゃ乗り切れなかっただろうし、烈火に助けてもらったんだよ。ちょっぴり怖かったしね」

 

 執務官として危険な現場での戦闘をすることもあるフェイトであるため、地球でイキっている不良数名など取るに足らない存在であるが、地球での彼女はただの女子中学生にしか過ぎない。

 

 情報漏洩の面から公の場で魔法が使えない以上、彼らを振り切るにはそれなりの労力を使うであろうし、力づくとなれば事後処理が面倒になったかもしれない。

 

 それに次元犯罪者と比べれば雲泥の差であるが、体格のいい男達に囲まれるというのは女性にとっては烈火が思っているより負担を強いる事であった様だ。

 

 

 

 

 食事を済ませた2人はゲームセンターへと入店した。店内には大きなBGMがかかり、所狭しと並んでいるゲーム台からは光が漏れている。

 

「こういうとこ来るの久々かも」

 

「此処が地球のゲーセンか」

 

 年齢的には遊び盛りのフェイトと烈火であったが、前者は日々の忙しさからゲームセンターの様な娯楽施設に来るのが久しぶりの事であり、後者は地球へと数年ぶりにやって来たため、現地のゲームセンターを興味深そうに見回しているのだ。

 

「フェイトはこういう施設にはあまり来ないのか?」

 

「うん。ここ最近は管理局の仕事が忙しいってこともあるけど、私ってゲームの才能がないみたいで得意じゃないんだ。なのは達は普段やってないのに廃人さん?って人達に勝つくらい上手だからゲームで勝負しても勝ったことないし・・・」

 

「今回は対戦するわけじゃない。せっかくの日曜だ。色々やって見よう」

 

 2人は会話を重ねながら、ゲーム台の中に消えて行った。

 

 

「凄い!凄い!最高難易度パーフェクトだって!」

 

 フェイトは隣の烈火に称賛の声を送る。烈火の目の前にはリズムゲーム、所謂音ゲーと言われるものがあり、その中の最高難易度を完璧にこなしたという結果が表示されていからだ。

 

「画面を叩くだけなら誰にでもできる。大したことじゃないな」

 

 烈火自身は地球の楽曲に詳しくないし、今プレイした曲も聞いたことすらないものであったが、パーフェクトを取れたのには理由があった。蒼月烈火の高い空間認識能力、超人的な反応速度、近接戦闘をこなす身体能力が相まって、リズムに合わせて液晶を押すのではく、反射神経ですべてこなしてしまったということだ。スペックの無駄遣いと言わざるを得ない。

 

 

 

 

「レコード更新だそうだ。やるじゃないか」

 

「おかしいな。前にアリサの家でやった時には最下位だったのに」

 

 次はフェイトがレースゲームをプレイしていた。人気のレースゲームのアーケード版であり、フェイト自身は以前プレイした時には結果が振るわなかったようだが、全国各地のプレイヤーと対戦するオンライン対戦で1位を取っていることに自分で驚いている。

 

「コントローラーじゃなくてハンドルとアクセルならいけるってことじゃないのか?」

 

「そうなのかな?じゃあ運転は向いてるのかも。ゲームをピコピコやるより体動かす方が好きだしね」

 

 フェイトははにかみながら烈火に答えた。今から5年ほど後にフェイトが高級スポーツカーを乗り回すことになるとはこの時の2人は知る由もない。

 

 

 

 

 続いて2人はエアホッケーで対戦している。白い円盤が盤上で目まぐるしく飛び交っており、高度な打ち合いが繰り広げられていた。周囲の面々が思わず目を向けてしまうほどだ。

 

 

「じゃあ、次はあれをやってみよう!早く早く!!」

 

「お、おい!?」

 

 フェイトは無邪気な笑顔を浮かべ、烈火の腕を引きながら早足で駆け出した。烈火は二の腕辺りに感じるフェイトによって押し当てられるフニフニとした2つの軟らかい感触に頬を朱に染めている。

 

 

「可愛いね。あのぬいぐるみ!よし!!」

 

 2人の視線の先にはクレーンとアームを使って景品を取るゲームが佇んでいる。その中にはデフォルメされた白い体躯で蒼い翼が生えた龍のぬいぐるみが景品として置かれており、フェイトはそれに興味を示したようだ。フェイトは硬貨を投入して獲得を試みるが・・・

 

 

「あぅぅぅぅ・・・こんなの本当に取れるの?」

 

 大型アームを操作して何度も景品に狙いを定めるフェイトだったが、それなりの大きさのぬいぐるみはわずかに浮き上がる程度で排出口まで持っていけそうな様子が見受けられない。

 

 7回目の挑戦を失敗したところで硬貨が尽きたのか、フェイトは大きく肩を落としながら両替を済ませてゲーム台に戻って来た。

 

「わぶっ!?な、何!?」

 

 戻ってきたフェイトの顔を何かが覆い尽くした。強く押し当てられているわけではなかったため、ずり落ちてくる塊を手に取ったフェイトは驚愕の声を漏らす。それは先ほどまでガラスの向こうにあったぬいぐるみであった。

 

「それ、欲しかったんだろ?」

 

「え、でも捕ったの烈火だよ?」

 

「俺がぬいぐるみなんて持っていてもしょうがないだろ。フェイトはぬいぐるみが欲しい、俺はクレーンゲームを楽しんだ。それでいいだろ?」

 

 烈火は戻ってきたフェイトの顔面にクレーンゲームで獲得した竜のぬいぐるみを押し付けていたのだ。そしてそれをフェイトに譲るという。

 

「・・・ありがとう。大切にするね!」

 

 フェイトは胸元のぬいぐるみを優しく抱き締めながら満面の笑みを浮かべた。

 

 

「ここでやることはもうないだろう。次に行くぞ」

 

「ちょっと待ってよ!?」

 

 烈火は踵を返すように出口に向けて歩いて行き、フェイトは慌てて追いすがる。フェイトからは早足で歩く烈火の頬が朱に染まっていることには気が付かなかったようだ。

 

 ゲームセンターの店員から貰った大きめの袋にぬいぐるみを詰め込んだ2人は屋外でアイスクリーム食べ、乾いた喉を潤していた。

 

 偶然にもフェイトはレモン、烈火はソーダとそれぞれのパーソナルカラーと同色のモノをチョイスしていた。

 

「烈火?どうしたの」

 

 フェイトは目の前の烈火が明後日の方向に視線をやっていたため疑問を投げかける。

 

「いや、何でもない。口元についてるぞ」

 

「はわっ!?」

 

 烈火は視線をフェイトへと戻し、口元にアイスクリームがついていることを指摘した。恥ずかしそうな表情を浮かべたフェイトは思わず奇声を上げてしまっている。

 

 

 

 

 続いてやってきたのは男性物の洋服店。先ほど女性物の洋服売り場のショーケースを見ていた際に烈火が漏らした一言によってこの場に来ることになったようだ。

 

「俺は着せ替え人形じゃないんだぞ」

 

 不満げな表情を浮かべた烈火は洋服一式と共に試着室へ入って行った。

 

 学生服を除けば烈火が持っているのは冬物の私服を3種類程度、いくら地球に来たばかりとは言え、流石に問題だろうとフェイトに引っ張られる形での入店となった。既に試着室に入るのは4度目だった。

 

 

 

 

「かっこいい彼氏さんですね。今日は休日の駅前デートですか?」

 

 先ほどからフェイトと共に烈火をコーディネートしている女性スタッフが羨ましげな表情で声をかけて来た。

 

「か、か、か、彼氏!?で、デートなんてそんな・・・」

 

 フェイトはかけられた言葉に一瞬で耳まで真っ赤にして俯いた。

 

 フェイト・T・ハラオウンという少女は恋愛関係に関しては小学生低学年並みと言われている高町なのはと比べても遜色がないほど無頓着である。故に休日で男女2人きりで出かけているこの状況、先ほどまで自分達がどういう風に見られていたのかという事についての認識は友達と遊んでいるという程度の物でしかなかったのだ。

 

 実際その通りであるし、そもそもフェイトのプレゼント選びに烈火が付き合っただけなのだが、この状況は当人たち以外から見れば10人中10人がデートと答える物であろうということだ。

 

 試着室から出てきた烈火は、頬を染めて口を何度も開閉して言葉にならない言葉を絞り出しているフェイトとそれを楽しげに見つめている店員の様子を見て首を傾げていた。

 

 

 

 

 いくつかの洋服を購入した烈火とフェイトは店を出る。他にもいくつかの店舗を回っているうちにすっかり夕刻時・・・

 

 烈火とフェイトは帰路についている。

 

「うーん。こんな風に遊び尽くしたのはいつ以来かな」

 

 フェイトはぬいぐるみの入った袋を抱えながら楽し気な笑みを浮かべていた。

 

「そうだな。俺もだ」

 

 烈火はフェイトの贈り物と洋服が入った紙袋を持ちながら返事をする。

 

 その表情は普段の彼よりも数段和やかなものであった。

 

 

 

 

「力になれたのかは分からないが、しっかりな」

 

 烈火は自宅前でフェイトに贈り物を手渡す。

 

「すっごい頼りになったよ。きっと喜んでくれると思う」

 

 フェイトは感謝の意を伝えながらそれを受け取った。

 

「さっきも言ったけど今日はすごく楽しかった。また一緒に出掛けてくれるかな?」

 

「ああ、予定さえ合えばいつでもな」

 

 2人の表情は柔らかい。そして、互いに笑みを浮かべながら別れを告げ、それぞれの家へと入っていく。

 

 

「烈火!また明日、学校でね!」

 

 フェイトによって伝えられる別れの言葉、それは再会の言葉でもある。

 

---また明日

 

 それは確定された未来ではなく、理不尽に失われてしまうかもしれないものであると烈火は知っている。

 

 それはかつて烈火自信が失い、他の誰かから奪って来たものだから・・・

 

 両親の死、友人の死、仲間の死、そして自らが奪ってきた命・・・

 

 

 本当ならば最初の事件に巻き込まれた時点で地球を去り、自身の世界に帰るべきであったが、今もまだ地球に留まっているのは周囲の人々との関係が良いものであるからだ。

 

 再会した幼馴染、過去の一端を共有した者、そして目の前の隣人を始めとした暖かく、優しい心を持つ人々。時空管理局という大きな組織に属しながらも、異なる魔導形態を持つ烈火に対して理解を示してくれるものも多く、勧誘やデータ取りを強要されることもない。

 

 

 穢れのない強い心、決して折れない不屈の心・・・

 

 彼ら彼女らが紡ぎ出す、暖かな日常。

 

 

 その手を血に染めた烈火にはあまりに眩しすぎる光の世界。

 

 だが、彼らと過ごした短くも濃密な日々は烈火に多少なりとも影響を与えたことも事実だ。

 

 だからこそ・・・

 

 

「ああ。またな」

 

 烈火もフェイトに別れと再会の言葉を紡ぐ。

 

 

 なのは達と共に過ごすことで剣を振るう理由、背負ってきた十字架に対して何らかの答えを出せるようになるのかもしれない。

 

 もう少しだけこの陽だまりのような光の世界に身を置いてみるのも悪くないのではないか・・・烈火はそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・2人ともすごく楽しそうだったな」

 

 烈火とフェイトから10mほど離れた辺りで塀に隠れるようにしている少女が1人。その少女、月村すずかは俯きながら体を震わせている。

 

 

 烈火が視線を向けるたびに思う。

 

 どうして隣にいるのが自分ではないのか・・・

 

 フェイトが楽しげに微笑むたびに思う。

 

 どうしてそこで笑っているのが自分ではないのか・・・

 

 

 彼女の本能が告げていた。これ以上2人きりでいるところなど見たくないと、見て見ぬ振りをすればこのような気持ちを味わうことはなかったのだ。だが、駅前で2人の姿を見つけてしまってからは自分の用事など頭になく、楽しげに過ごす烈火とフェイトを見るたびに心を軋ませながらも最後まで視線を逸らすことはできなかった。

 

「私も魔法を使えたら、あそこに立ててたのかな?私が化け物じゃなかったら隣を歩けていたのかな?」

 

 その理由は、皮肉にも烈火の隣に他の女性がいる事によって、すずかは自分の中で曖昧だった感情を認識してしまったから、憧憬のような感情を確かなものにしてしまったから・・・

 

「う、ひっく、わ、私なんかじゃ・・・お姉ちゃんみたいにはッ!・・・っっ!・・・なれ、ないって・・・ことなんだよね?」

 

 頬を伝って雫が地面へと落ちていく。決壊したダムのように流れ出るそれを止める術をすずかは知らない。

 

 

 共に事件を乗り越えた戦友(フェイト)幼馴染(なのは)親友(すずか)では過ごした時間の密度があまりにも違い過ぎるのだ。

 

 姉の様に自らが愛する人と共に生涯を過ごせたらと漠然と思っていた。心を惹かれる相手をようやく見つけた。だが、その相手(烈火)には自分よりも隣に立つにふさわしい相手(フェイト)がいる。

 

 

 体を震わせ、嗚咽と共に涙が止めどなく零れていく。

 

 深い悲しみに包まれたすずかの意識は口元に何かが押し当てられた感触と共に闇の中に沈んだ。

 

 

標的(ターゲット)を確保しました。撤収します」

 

 意識を失ったすずかを抱えた何者かは、その胸ポケットに入っていた携帯電話を地に放り、踏み壊すとその場から姿を消した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

そして、昨日もリリカルなのはDetonationを見て参りました。

最高だとか神だとかそんな言葉が陳腐に聞こえてしまうほど感動して興奮しますね。


前回書いた通りなのは熱というかモチベーションがハンパなくて、久々の連投となりました。

まだまだ劇場に足を運ぶことになるかと思いますが、それ以外の空いた時間は執筆に使うんじゃないかってくらいにモチベが高まり、未だに興奮が冷めやらないのが現状です。

リリカルなのはという作品に出合えて改めてよかったと心から思う今日この頃でございます。


本作も次回から第3章の佳境を迎える事になります。

しかし、本作にreflection & detonationの話をどう組み込むかなという妄想が止まらずにそちらばかりが気になってしまっていますw

今のブーストがかかった状態で出来るだけ執筆を進めた方がいいと判断したので、加筆修正に関してはこれが落ち着いてからといたします。


皆様の感想が私の原動力となっていますので、ぜひぜひ頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブイグニッション!


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Blood Truth

 海鳴市郊外の廃ビルに数名の人影がある。

 

「ここか・・・」

 

「ええ、この場所にすずかがいるのね」

 

「指定場所に間違いありません。用心して進みましょう」

 

 姿を現したのは高町恭也、月村忍、ノエル・K・エーアリヒカイトの3名だ。

 

 

 

 

 

 

 すずかが息抜きの為、自宅を後にして半日以上が経過した時、月村宅に一通の電話がかかって来た。

 

 その内容は月村すずかの身柄を預かったという物である。そして、解放のためには忍とノエルが指定された場所に赴く必要があるというものだ。

 

 機械によって音声を変えられており、相手の素性は定かではないが、電話中に聞こえて来たすずかの声から判断するに連中の手で身柄を確保されているのはほぼ確定と言ってもいいだろう。

 

 忍とノエルはすずか救出のため、危険を押して指定された場所であるこの廃ビルにやって来たというわけだ。相手方が人数制限を設けなかったとして、武装した恭也も連れ添っている。

 

 古いビルであり、内部の見取り図を入手して対策を立てていては指定時間に間に合わないということもあって正面から突入することとなった。

 

 万が一に備えて慎重に進む3人は取引場所である4Fまで辿り着き、その扉を開ければ・・・・・・

 

 

 

 

「っ!すずか!?」

 

 部屋の中の光景を前にして忍の悲痛な声が大広間に響く。

 

 その視線の先には猿轡を口に噛まされ、腕を身体の後ろに回した状態で縛り上げられているすずかが横たわっていたのだ。

 

 着ている私服の前は大きく破かれており、下着は身に着けているものの、膨らんだ胸元や白い腹部が露出してしまっている。スカートには手がかけられていないことや、殴打跡などが見られないことから今の所、身体的にダメージを負っている様子ではないのが唯一の救いというところか・・・

 

 

 

 

 

「久しぶりじゃのぉ。月村家当主殿とその伴侶、そして自動人形はん」

 

「あ、貴方はッ!?」

 

 忍たちの眼前に1人の男が姿を現した。3人の目が大きく見開かれる。

 

 何故ならその男の姿に見覚えがあり、本来ならばこの場所にいる筈のない者であったからだ。

 

 

「月村・・・安次郎」

 

 忍の口からその男の名が紡がれる。白く染まった髪、痩せこけた身体と皺だらけの顔・・・彼女らの記憶にある姿よりも随分と老けているが、かつて敵対し、今は警察に捕まっているはずの親戚に間違いなかった。

 

 

 月村安次郎(つきむらやすじろう)・・・彼は月村の一族に名を連ねる者であるが、夜の一族としての血は薄く、普通の人間と言っても差し支えない人物だ。

 

 数年前、月村家の遺産と遺失工学(ロストテクノロジー)の塊であるノエルとファリンを目当てに自動人形〈イレイン〉とそのプロトタイプを引きつれて忍と恭也を追い込んだ。

 

 しかし、彼らの奮戦でイレインは破壊され、その修理代によって破産、もろもろの罪状で警察に収監されたのだ。

 

 今は牢屋の中にいる筈の人物が突如として目の前に現れたのだから驚愕するのも無理はないであろう。

 

 

 

 

「親戚に対して酷い言い草じゃのう」

 

「そんなことはどうでもいいわ。なぜ貴方がここにいるの?すずかを捕らえてどうする気なの!?」

 

 芝居かかった安次郎を前に忍の目尻が吊り上がっていく。

 

「お前達への復讐と更なる金を求めてに決まってるやろ。この鈍くさい妹はんは人質っちゅうことや」

 

 安次郎は忍たちを嘲笑うかのように笑みを浮かべ、地に伏せているすずかに近寄っていく。

 

「おっと、そこの兄さん。動いたらあかんで。この娘がどうなるか分からんわけやないやろ?」

 

 すずかの近くの床が黒く焼き焦げた。すずかが飛来した何かを前に恐怖で身を固くしているのを目の当たりにすれば恭也とノエルも身動きが取れない。

 

 程なくして攻撃を放った人物が姿を現す。

 

「あ、貴方は!?」

 

 ノエルは目の前の人物に対して驚愕の声を上げた。

 

「あら、貴方はこの姿を知っているのね?」

 

 頭の片側に大きく寄せた長い金髪に赤いヘアバンド、そして紅い戦闘服を纏った女性が無機質な声で語りかけて来る。

 

 その姿を前に恭也と忍も思わずといった様子で目を見開いて驚きを表している。

 

「そうイレインだ。懐かしい姿だと思わんか?」

 

 安次郎は誇らしげに目の目の女性に目を向けた。

 

 彼女は地球の遺失工学(ロストテクノロジー)の塊である自動人形の一種〈イレイン〉・・・ノエルより後期に開発された戦闘能力に非常に優れた機体である。

 

 しかし、自動人形でありながら人間よりも自らを優先する狂暴な性格であったため危険性を考慮して封印されていたが、忍とノエル、ファリンを付け狙う安二郎の手によって解き放たれ、戦力として利用されたこともある為、彼女たちにとってみれば因縁深い相手と言っていい。

 

「貴方・・・前に痛い目を見たのを忘れたのかしら?それに前の私って・・・」

 

 忍は安二郎を牽制しながらも先ほどの女性の発言に疑問符を浮かべている。

 

 

 安二郎は戦力として利用しようとしたイレインやその量産型プロトタイプの修復(レストア)に全財産を投げ売ってかつての事件を引き起こした。

 

 結果としては性能で優るイレインはノエルの捨て身の攻撃で撃破され、プロトタイプは恭也によって処理されてしまう。

 

 さらに安二郎自身はイレインを制御しきれず、彼女の手によって大怪我を負わされて撤退、期待していた月村の遺産や遺失工学(ロストテクノロジー)のデータを手に入れることができずに破産。

 

 その後は事件の過失を問われて警察に捕まり、地位も名誉も何もかもを失う悲惨な末路を辿ったはずだ。

 

 

 そして、目の前のイレインらしき女性の発言も意味深なものであった。

 

 

「確かにそうや。ワシはなんもかんもを失ってしもうた。だが、ひょんなことからチャンスが巡って来てな」

 

「チャンスだと?」

 

 恭也は全てを失って牢屋の中にいたはずの安二郎に巡ってくるはずのない好機という単語に眉をひそめた。

 

「まあ、ちょっとした取引をしてな。こんな素晴らしいもんを手に入れることができたというわけや」

 

 安二郎の視線の先にいるのはイレインらしき女性。

 

「もうコイツが暴走する可能性はない。ワシの代わりに戦い、手となり足となる忠実な僕というわけや」

 

「暴走することがない・・・まさか!?」

 

「そう、そのまさかや。ワシの命令に服従させるために不要な感情を徹底的に排除し、より戦闘のみに特化した人形ということやな」

 

 イレインらしき女性の無機質な声と固まったような表情・・・忍の中である仮説が立てられ、それは安二郎の言葉によって肯定されることとなった。

 

「何て事・・・彼女を何だと思っているの!?」

 

 忍の声に怒気が籠る。忍にとってノエルとファリンはたとえ自動人形であろうとも大切な家族の一員である。

 

 そして彼女の記憶の中にあるイレインも少々、性格面に問題を抱えてこそいたが、表情豊かな人物であった。安二郎は目の前にいる彼女が持つ感情を奪い、自らに逆らわないように処置を施したのだという。

 

 自動人形を家族同然に扱っている忍からすれば安二郎の行いに憤りを感じるのも無理はない。

 

「道具に決まっとるやないか。お前達に復讐を果たし、ワシが巨万の富を手に入れる為だけに存在する・・・ただの道具や」

 

 安二郎は目の前の女性を道具だと吐き捨てた。

 

「それに敵の心配をしとる場合か?妹を人質に取られて、この〈トルヴ〉を目の前にして追い込まれているのはそっちなんやで」

 

 安二郎の口元が大きく歪む。イレインに似た女性の名はトルヴというようだ。

 

「残念だが、前回のように打ち破れると思ったら大間違いやで。その自動人形ではトルヴには絶対に勝てん。なぜなら・・・」

 

 ノエルの事を指差しながら、安十郎の口元が歪む。

 

 

 

「な、何だと!?」

 

 恭也は思わず息を飲む。忍とノエルは声を発することもできなかった。

 

 

 

 何故なら・・・・・・

 

 

 

 

 トルヴの足元には円環状の魔法陣が渦を巻いている。それは赤色の光を放つミッドチルダの魔法陣・・・地球で作られた自動人形が起こすはずのない現象を目の当たりにしてしまったからだ。

 

「このトルヴは自動人形ではなく魔導人形というんやて。これの完成度を上げるために地球の遺失工学(ロストテクノロジー)のデータを欲しいそうや。ワシは牢から出て巨万の富を得る。取引を持ち掛けて来た奴はそこの自動人形の技術を得る。正に利害の一致ってことやな」

 

 安二郎は勝ち誇ったように笑い声を上げる。例えノエルに戦闘能力があると言っても、魔導の力を扱えるトルヴに勝ち目はないだろう。恭也とて魔法を使う相手に対して優位に立ち回るのは難しい。忍の戦闘能力は前者2人にはかなり劣るため、トルヴに対抗する手段は現状ないと言っていい。

 

「抵抗しようもんならどうなるかわかってるやろな?」

 

 すずかは周囲からの視線を一手に集めてしまい、思わず体を震わせた。人質がいなければ、もっと案を練り、装備を整えて安二郎と対峙することができたであろうが、それをさせないためにすずかを狙ったということだ。

 

 

 加えて敵か魔法を使えるという異常事態・・・

 

 さらには・・・

 

 忍たちを取り囲むようにトルヴと同じ顔、姿をした女性型の魔導人形12体が姿を現した。瞳に光は宿っておらず、機械じみた無表情がなんとも不気味だ。図ったかのように全員が腕部からブレードを出現させ、その刃に赤い魔力を纏う。

 

 

 

 

 両手足を縛られているすずかはその様を黙って見ていることしかできない。

 

 なのはやフェイトの模擬戦を何度も間近で見て来たすずかだからこそ分かる。戦闘中の余波ですら、なのはの砲撃でビル群は薙ぎ倒され、フェイトの斬撃で海面が割れる。

 

 相手が行使するのは空を駆け、次元を超え、傷を癒すこともできる文字通りの魔法の力なのだ。恭也やノエルが強いとは言っても強さの次元が違うという事であり、勝ち目は薄いはずだ。

 

 

 

 

 すずかの瞳から大粒の涙が零れる。

 

 自分の家族がこのような窮地に追いやられているのは、捕らえられてしまった自分の責任であると自らを責め続けているのだろう。

 

 忍たちがこのことを知れば原因は安次郎なのだから悪くはないというのだろうが、口を塞がれているすずかに自らの想いを伝える手段はない。

 

 

 

 

「男は殺せ。後の2人は立てなくなるまで痛めつけろ。大事な取引材料やからな」

 

「了解しました」

 

 安次郎はトルヴへと戦闘指示を出した。

 

 

 

「何もかも持っているお前達がワシのような凡夫にしてやられた気分はどうや?ん?」

 

 忍の事を侮蔑するかのように安次郎の口元が卑しく歪む。安次郎は夜の一族の血を色濃く受け継いだ忍とは違い、一族の血が流れているだけの普通の人間である。それゆえの嫉妬、それゆえのコンプレックスは以前にもまして大きくなっているようだ。

 

「ちなみにビル周辺は特別な装置によって魔力のジャミングをしとるから、近くに駐屯しとる、時空管理局っちゅう奴らは此処で起きてる事に気づかへんらしいで!」

 

 このビルで発せられている魔力反応に気が付いたなのは達がここに来るという最後の希望すら潰えた。

 

「・・・やれ」

 

 安次郎の合図とともにトルヴの手に赤電を纏った鞭が姿を現した。そしてそれを振りかぶる・・・

 

 

 

 

 すずかの眼前で自らの大切な家族に凶刃が迫る。希望は潰え、全てが終わってしまったと感じたその瞬間・・・フロアの天井が落ちて来た。

 

 

 

 その場にいた全員の動きが硬直する。

 

 

 

 

 そして、床に積み上がった瓦礫の上には1人の少年の姿が・・・

 

「何もんじゃ!?・・・ちぃ!まずはアイツからやってしまえ!!」

 

 安次郎は怒号を上げるが少年---蒼月烈火は言葉を返さない。業を煮やした安次郎により指示を受けたトルヴの電磁鞭が烈火に向けて飛び立ち、立っていた部分を消し飛ばした。

 

「ふん、やったか!?」

 

 

 

 

「それはどうかな?」

 

 取るに足らない存在であったと鼻息を荒くしていた安次郎の耳に少年の声音が響く。弾かれたように背後を振り向けば、烈火が床に転がっていたすずかの拘束を解き、その身体を横薙ぎに抱きかかえているではないか。

 

 

 驚愕もつかの間、間髪入れずにトルヴの鞭が襲い掛かり2人のいる部分を焼き焦がすが・・・

 

 

「恭也さん。月村をお願いします」

 

 鞭の先に2人の姿はない。そして聞こえるはずのない声が背後からしたため振りむけば、いつの間にか移動していた烈火が恭也にすずかを手渡している。

 

 またもやトルヴの鞭は空を切ったのだ。

 

「いったい何なんや!?何者なんや!?何故ここが!!」

 

「ただの通りすがりだ。気にするな。なぜここかが分かったかというとだな」

 

 烈火は安二郎の言葉に肩を竦めながら答え、ポケットから踏み壊された携帯電話を取り出した。それはトルヴ達によって破壊されたすずかの携帯電話である。

 

「出かけている俺達に途中から月村が付いてきていたのは何となくわかっていたが、フェイト(アイツ)と別れたところで気配が突然消えた。何事かと向かってみれば明らかに人為的に破壊された携帯電話が転がっている」

 

 今日一日、フェイトと共に過ごしていた烈火だが、すずかの尾行に気が付いていたという。

 

「何らかの手段で魔力妨害をしながらここに転移してきたんだろうが、甘かったな。現場に残されていた携帯電話に僅かに魔力残滓がこびり付いていたため異常事態だと判断した。最も、この場所も魔力察知を妨害する何かが施されていたから、探すのには相応に時間を取られてしまったがな」

 

 現地の管理局員に一切気づかれることなく行われた一連の誘拐であったが、現場付近にたまたま居合わせていた烈火にその痕跡が消える間に捕捉されていたのだ。先ほどの安次郎の言葉通り、このビルに施されている魔力察知を妨害するジャミングのような処置によって到着が大分遅れてしまったようではあるが。

 

「お前も魔導師っちゅうん奴なんか!?アカンで、管理局にだけは見つかるわけにはいかへんかったっちゅうのに」

 

 安次郎は自身も魔法を行使したと言わんばかりの烈火の口ぶりに焦りの表情を浮かべている。

 

「俺が魔導師かについてはYESだが、管理局には所属していない」

 

「ほう・・・ならおまんの口を塞げばいいわけやな」

 

 烈火の回答に安次郎は小声で呟きながらほくそ笑んだ。ジャミング機能が働いているこの中で烈火を処理できれば情報が漏洩することはないとトルヴに一瞬、目配せをする。

 

 

「というかあんさんにその化け物を助ける理由がどこにあるんや?」

 

「化け物だと・・・どういう意味だ?」

 

「そかそか、何も知らへんのやな。つまりは後ろの化け物達に騙されてるっちゅうわけや。月村っちゅうんは特殊な家系でな・・・」

 

 烈火は訝しげな表情を浮かべながら、安次郎の意味深な発言に耳を傾けている。

 

 

「ま、って、言わないで・・・」

 

 すずかの制止を呼び掛ける掠れるような声は彼女を抱いている忍に以外には届かない。

 

 

「月村の血を引くものは夜の一族と言われとる。夜の一族っちゅうんはな、人間の血を吸い、長い寿命と強靭な体を持っている。世間一般ではこういう風に言われるんや・・・・・・吸血鬼ってなぁ!!!普通の人間であるあんさんが正体隠して近付いて来たその化け物を庇い盾する理由なんてないやろ?」

 

 親友達にすらひた隠しにし続けて来た夜の一族であるということ。安次郎によって告げられた残酷な真実。

 

「夜の一族は定期的に異性の血液を摂取しないと生きてはいけへんのや。後ろの黒髪2人はその血をより濃く受け継いでいる。つまり、あんさんの事をただの血袋だと思っているかもしれへんなぁ」

 

 安次郎は口元を吊り上げながら芝居かがった動作で烈火に言葉を紡いでいる。

 

 

 すずかは自分の日常が音を立てて崩れていくのを感じた。烈火に知られたということはなのはやアリサ達に知られるのも時間の問題であろう。最早、安次郎の言葉を否定する気力すら湧いてこない。

 

 

 次の瞬間・・・烈火の立っていた所が煙を上げて、消し飛んだ。

 

 

 トルヴと量産型2機の3つの電磁鞭が赤電を纏って烈火に襲い掛かったのだ。完全に不意を突いた襲撃、非殺傷設定(スタンモード)は外している。これで死んだだろうと安次郎は内心でほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「・・・そうか、それは驚きだな」

 

 煙の中から聞こえて来るのは感電死したであろう少年の声。

 

 

「なっ!?」

 

 驚きを表す安次郎の視線の先には傷一つ負っていない烈火の姿があった。

 

 その右手には純白の剣が逆手で収まっており、向かって行った電磁鞭は全て切断されている。全てを見透かすような蒼瞳が安次郎を射抜いた。

 

 

「そうか・・・やと!?何でそないに冷静でいられるんや!!」

 

 安次郎の額から汗が流れる。目の前の烈火がすずかたちの真実を知っても動じていないからか、不意打ちに完璧に対処されたなのか、はたまたその両方の理由からか、余裕のない表情で声を張り上げた。

 

「吸血鬼が実在したことには十分に驚いているさ。とはいえ、今はどうでもいい話だ。月村たちと敵対するにせよ、事情を聞くにせよ、今は目の前の脅威を斬り捨てるだけだ」

 

 烈火は忍が、すずかがひた隠しにし続けて来た真実を一掃し、彼女らを背にしてトルヴに向き合っている。

 

 トルヴが動きを見せる前にと背後で固まっているすずか達4人を蒼い水晶の様な魔力障壁で囲んで防御体勢を整えた。

 

 

「っ!ちぃ!!?・・・あのガキを殺ってまえ!!」

 

 烈火に対して精神的な揺さぶりをかけていた安次郎だったが気が付けば自分の方が動揺させられている事に少なからずの焦りを覚えているようだ。トルヴ達に烈火を標的にして攻撃するように指示を出す。

 

 

「烈火君。奴の近くにいる指揮官機は俺に任せてくれないか?」

 

「恭也さん?」

 

 トルヴが電磁鞭に、腕部ブレードに、魔力を纏わせて突っ込んでくるため対処に当たろうとした烈火の隣に2本の小太刀を抜刀した恭也が並び立つ。烈火の障壁が展開するよりも早く月村の一団から離れていたようだ。

 

「少々、思うところがあってね。それに御神の剣士はあんな人形には負けないさ」

 

 烈火は恭也の申し出に驚くように目を開いた。

 

 エース、ストライカー級には程遠いもののトルヴも一般の魔導師と比較しても魔力量に関してはそれほど大きな差はない。魔力を行使できない恭也では不利だろうと制止をかけようとしたが、彼から感じる剣気、威圧感に思わず口を噤む。

 

 

「分かりました。雑魚は全て俺が引き受けます」

 

「・・・感謝する」

 

 烈火は恭也から何かを感じ取ったのか、指揮官機の相手を任せる事にしたようだ。

 

 

「お礼は翠屋のおすすめメニューでいいですよ」

 

「ああ、母さんには俺から話を通しておこう。好きなだけ食べていくといい」

 

 

「お前らは何を言っとるんや!!?」

 

 魔法文明のない地球においてトルヴを保有していうということは戦力面で絶対的なアドバンテージを得る事になる。それも13機だ。安次郎は魔導師という物に詳しくはないが、すずかと同年代と思われる烈火1人で戦況を変えることができるとは思えない。恭也やノエルに戦闘能力があるとはいえ、魔力を扱えるトルヴとは圧倒的な差がある。

 

 であるにもかかわらず、追い詰めているはずの彼らが軽口を叩き合っている様子を理解できないのだろう。

 

 その瞬間、安次郎は吹き荒れた突風に吹き飛ばされるように地面に倒れ込む。

 

 吹き抜けた烈風の正体は烈火が逆手で振るったウラノスの刀身から発せられた蒼い光であった。ただし、攻撃目的で放たれた斬撃ではなく、魔力を纏った剣圧である。

 

 

 

 

「トルヴッ!?」

 

「・・・ええ、分かったわ。障害を排除します」

 

 安次郎と指揮官機の前に吹き荒れた烈風に乗って量産型の間を突っ切って来た恭也が姿を現し、その手の剣の切っ先を向けた。

 

 

 

 

「天井をぶった斬って来た俺が言うことではないが、この建物が長時間の戦闘に耐えきれるとは思えない・・・後ろの3人を守り、建物を傷つけずにこいつらを無力化する」

 

 烈火は戦闘装束であるロングコートを展開しながら呟いた。

 

 この場所は古い廃ビルであるため耐震性は高くない。大がかりな魔法を行使した場合に倒壊の恐れがあるということだ。

 

 つまり、烈火が強力な魔法を使えないことは勿論だが、相手側にも建物を崩れさせるほど火力の出る攻撃をさせてはならないという事でもある。

 

 そして背後には非戦闘員のすずか達・・・

 

 

 

 

 夜の一族、自動人形、御神の剣士、ソールヴルム式を操る魔導師、そして何者かによって生み出された魔導人形達・・・

 

 時空の壁を越えて集った本来ならば、混じり合うことのない者達による戦いの火蓋が斬り落とされた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

オリジナル要素満載となっていますが一応リリカルなのはの小説でございますよw

次回はバトルパートとなります。

第3章は後2話くらいで終わる予定です。


しかし、劇場公開終了までDetonation熱が収まる気がしない今日この頃ですな。


感想等が私の動力源となっています。
今はモチベも爆発していますが、頂けましたら更にモチベが爆上がり致します。

では次回お会いしましょう!

ドライブイグニッション!


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月夜白光のDark Bright

 廃ビルの中で瞬くように魔力光が煌めいている。激しい戦闘が繰り広げられているようだ。

 

 

 量産型トルヴの内1機が腕部ブレードに魔力を纏わせて烈火に斬りかかって来た。

 

 

 烈火は右手の刀剣状態のウラノスで迎撃する。僅かに蒼い光を発している刀身は迫ってくる魔力刃、それを纏っている実体刃をトルヴの右肘から先ごと両断した。そのまま、逆手に持っていたウラノスを上手に持ち替え、振り切れば、片腕を失って無防備になっていたトルヴの上半身と下半身を真っ二つに斬り裂く。

 

「単体戦力で見れは脅威ではないが、崩れかけの建物の中で徒党を組んで襲い掛かって来るのは少々厄介だな」

 

 撃破したトルヴを蹴り飛ばしながら、烈火は気怠そうに息を吐いた。伸縮可能な鞭、取り回しに優れた腕部ブレードという狭い空間での戦闘を想定した装備。

 

 数的有利をフルに活用して波状攻撃を仕掛けてこられては、防衛対象を複数抱えている烈火は普段通り戦うことが叶わないようだ。廃ビルの倒壊の可能性がある為、高威力の魔法を行使することができないのだから余計にであろう。

 

(胸部にある魔力コアからの供給を経て、身体を動かしているという事か。だが・・・)

 

 烈火は先ほど身体を斬り飛ばしたトルヴの上半身が動き出し、電磁鞭を振るって来たため、左腕に出現させた銃を放ち、胸を撃ち抜いた。

 

 上半身と下半身を両断しても動き出したトルヴであったが胸部を吹き飛ばされれば、その目から光を失い、機能を失ったかのように崩れ落ちる。

 

 トルヴは胸部に魔導師で言うリンカーコアのような器官があり、それを動力に動いているようだ。魔力は主に動力源となっているようであり、今の所は懸念している魔法攻撃を繰り出してくる様子が見受けられないが、烈火の表情は芳しくない。

 

(それにしても、驚くべきはあちらか・・・)

 

 烈火の視線の先には指揮官機と対峙している恭也の姿がある。

 

 トルヴは高火力の魔法を使って来る様子がないとはいえ、魔力攻撃を繰り出してくることには変わりない。それに動力源が魔力である以上、身体能力も強化魔法を使っている魔導師と比べても遜色がないであろう。

 

 であるにも関わらず、対峙している恭也はトルヴの動きを完全に見切っているのだ。主兵装である小太刀は鞘に納められており、苦無に似た投擲武器〈飛針〉、袖口に仕込んであるワイヤー〈鋼糸〉駆使して、互角に立ち回っている。

 

 

 

 

「このっ!?ちょこまかと!!」

 

 トルヴは自身が振るう電磁鞭が空を切り続け、時折、恭也から飛来する暗器を障壁で防いでいる為、攻め切ることができずに表情を歪めている。

 

「何やっとるんや!?相手は魔法を使えへんのやぞ!!」

 

 安次郎は1機の量産型トルヴを引き連れて戦闘域から離れ、安全な場所で声を荒げていた。

 

 このトルヴが持っている絶対的な力。単騎での空中浮遊、空間移動、身体強化と使用者に地球の文明ではありえないほどの力を(もたら)す魔法を持っているにも拘らず、現地人の青年1人に攻撃が掠りもしないことに苛立ちを覚えているようだ。

 

 

 

 

「身体強化無しであの動き、ホントに人間か?」

 

 烈火は恭也の動きを見て頬を引くつかせている。姿形は女性とはいえ、魔導人形である以上、身体能力、攻撃力、防御力とあらゆる面でトルヴに分があるはずだ。

 

 だが、恭也はあくまで冷静であった。軌道を変える変幻自在の電磁鞭も腕部ブレードでの近接格闘も先の先を読んでいるかの如く、華麗に回避して相手を手玉に取っているのだ。

 

 しかし、このままでは時間を稼げても勝利することはできない。それは恭也も承知の事であろうが、回避に専念して攻勢に出ない理由は、トルヴと恭也には魔力の有無という絶対的な差があるからだ。

 

 

 恭也の主兵装は二本の小太刀。高速で振るわれるソレは無双の剣戟を奏でるが、今回は事情が少し変わっている。

 

 相手は武器に魔力を付与することよって常に非魔力保持者よりも強力な攻撃を繰り出すことができるのだ。そして、恭也の持つ刀は日本刀の一種であり、相手の武具と正面から撃ち合うには不向きである。

 

 恭也の戦闘技能がトルヴを上回っていようとも相手の魔力攻撃と正面から激突した場合、刀自体が破損してしまう可能性が高い。ましてや魔力障壁に叩きつけようものならそれは確実的なものとなるであろう。

 

 

 昨日、烈火が戦ったクラーク・ノーラン程度の相手なら、恭也の戦闘技術をもってすれば力技で捻じ伏せる事も可能だったろうが、指揮官機のトルヴはそんなに甘い相手ではない。

 

 だが、恭也の瞳からは確かな戦意が感じとれる。烈火が量産型を片付けるまでの時間稼ぎをかって出たわけではないのだろう。

 

 そんな確信が烈火の胸には渦巻いていた・・・・・・

 

 

 

 

「厳密には違えど、こんな形でまた向かい合うことになるとはな」

 

 恭也は感慨深そうに呟く。目の前のトルヴの容姿は因縁深いイレインと瓜二つであるからだ。かつての事件の際には敵の最大戦力であるイレインの相手はノエルに任せっぱなしであり、恭也自身はプロトタイプ数機と戦うのみであった。

 

「俺は大馬鹿野郎だ。家族を、大切な人達を〈護る〉と剣を修めておきながら肝心な時に全力を尽くすことができなかった」

 

 恭也の脳裏に蘇るのかつての記憶。士郎が瀕死の重傷を負い、倒れてしまった時の事・・・

 

 士郎の代わりにならねばと無茶をした結果、膝を壊してしまう。剣を振るう時間が減ったおかげか、剣士としての美由希が自身のようにならない為にと・・・オープンしたての翠屋を軌道に乗せるべく必死だった桃子の支えとなるべく打ち込めたのかもしれないが、御神の剣士としての高みにたどり着くことができなくなってしまった。

 

 

 そんな中で忍と惹かれ合い、想いを深め、家族以外の大切な人ができた。渦中に起きた先の事件・・・終始サポートに徹することしかできず、安次郎を退けたものの、ノエルは大破してしまうことになる。

 

 〈護るべき者〉を守れなかったのだ。

 

 結果としてノエルは修復されて今は無事ではあるものの、かつて無茶をせずに落ち着いて行動し、膝を壊さずに修練を積んでいたのなら、自らが矢面に立ってイレインと戦えたのかもしれない。

 

 そんな後悔の念がなかったと言えば嘘になるのであろう。

 

 

 

 

「ごちゃごちゃと!!これで終わりよッ!」

 

 トルヴは背後に大きく飛んだ恭也の着地を狙って電磁鞭をその首へと打ち放つ。完璧なタイミング、赤電を弾かせる鞭で頸動脈を焼き切れば恭也は死ぬだろう。勝利を確信したトルヴは口元を吊り上げる。

 

 

 

 

 だが・・・恭也の姿は着地地点から横に変化していた。いや、瞬間移動でもしたかのように真横にズレていたのだ。

 

「何!?リンカーコアも持っていないのに加速や転移魔法が使えるわけが!?」

 

 魔力を感じない相手が起こすはずのないありえない現象・・・トルヴはデータに無い現象を前に動きを硬直させてしまっている。

 

 

「この戦いで俺が剣を抜くのはこれが最後だ。皆のおかげで膝の故障は完治し、ようやく踏み込めた境地・・・」

 

 恭也は静かに2本の小太刀の柄に手をかけた。

 

 そして・・・

 

「今度こそ護ってみせる。その証明のために、君を斬る!!」

 

 前線を退いた父、士郎から譲り受けた漆黒の小太刀〈八景(やかげ)〉を抜き放つ。

 

 

 

 

 その瞬刻・・・場にいた誰もが言葉を失った・・・・・・

 

 

 

 

「え?」

 

 間の抜けた表情を浮かべたトルヴの身体は標的を外した電磁鞭を引き戻そうと右手を伸ばしたまま、地面に崩れ落ちる。その上半身は左手と胸部を真一文字に斬り裂かれたものであった。

 

 

 故障していた膝を完治させた恭也が踏み込んだのは〈永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術〉の奥義の中の極み・・・力も速さすら超えた境地に達した者だけが使える究極の抜刀術。

 

 その名を〈閃〉。

 

 この絶技の前には間合いも距離も全てが無に帰す。高町恭也は年月を経て完成された御神の剣士へと進化を遂げていたということだ。

 

 

「確かに魔法は強大な力だ。だが、それがないからと戦わない理由にはならない。御神の剣士が歩むのを止める理由にはならないんだ。俺の大切な人達を奪われてたまるものか・・・」

 

「ひぃ!?」

 

 恭也の眼力に安次郎は腰を抜かして、床に座り込んだ。

 

 

 戦いの中で恭也はトルヴへの対策を立てていた。厄介なのは軌道を変える電磁鞭、そして近遠距離武器のどちらにも対応する魔力障壁。

 

 だからこそ、相手の大振りを誘うために敢えて距離を開け、それを接触寸前に奥義〈神速〉による超速回避・・・・・・

 

 トルヴが鞭を引き戻すより前に、魔力障壁を展開させる間もなく、奥義〈閃〉で斬り捨てるという物である。

 

 

 

 

「ま、まだ終わってへん!?量産型の数の暴力でどうにかできる・・・はず・・・や?」

 

 安次郎は体を震わせながら怒号を上げる。性能に優れる指揮官機を失ったことは計算外であるが、トルヴは烈火に撃破されたものを除けばあと11機もある・・・

 

 だが、余裕を取り戻そうとした安次郎の隣にいた量産型が吹き飛んだ。

 

 呆然とした表情で安次郎は量産型の行く末に目を向ける。吹き飛んだ量産機は胸に蒼い剣が突き刺さり、機能を停止させられて壁に磔状態となっていた。

 

「恭也さんが倒した物も含めてこれで13機だ」

 

 安次郎は信じられないものを見るような眼で烈火の声がする方を振り向く。

 

 そこには、首、腕、足・・・四肢を欠損した量産型トルヴ達が胸から蒼い剣を生やして倒れている。即ち、烈火の方に放った11機の戦力が全滅している光景が広がっていた。

 

 

 

 

「う、動くなぁ!!!動いたらそいつら全部を自爆させるで!!」

 

 敗北を悟った安次郎だったが、腰を抜かしたまま後退り大声を張り上げる。

 

「へ、へへっ!その小僧が魔法を使えたとしても、これだけのトルヴが自爆すれば耐え切れへんやろ?わしが無事に脱出できるまで一歩も動くなや!!」

 

 トルヴの自爆・・・それが安次郎に残された最後の策である。その発言にすずか達の身体が思わず強張った。

 

 

「な、何しとるんや!?動くなって言っとるやろ!!!!」

 

「自爆なんてさせないさ。言っただろう?これで13機だってな」

 

 烈火は安次郎に向けて歩を進めていく。

 

「13機全ての魔力核を潰してある。再起動はおろか、自爆すらできないはずだ」

 

 安次郎に告げられたのは絶望の真実。烈火は万が一の可能性に備えて、戦っている全ての機体の魔力核を剣状の魔力スフィアで潰していたという事であり、新たな魔力コアを与えなければトルヴが動き出すことはないということだ。

 

 

「答えろ。お前にこの人形を渡したのは何者だ?」

 

 烈火は蹲って体を丸める安次郎にウラノスの刀身を突き付けて問いかける。

 

「わ、分かるかいな!?突然、知らん男が面会に来て・・・」

 

 安次郎の口から当時の状況が語られた。

 

 服役中の安次郎に接近してきたのは白衣の男だという。地球に伝わる遺失工学(ロストテクノロジー)である自動人形についてのデータが欲しいということでその在処を探っているとのことだ。

 

 破産して服役中の安次郎は全てがどうでもいいといった様子で、自身をこの場所から出して自由にさせることを条件にその在処を教えるということを吐き捨てるように提示した。

 

 服役中の自分を外に出すなど不可能だと思っていたが、鬼気迫る表情の男はその条件を了承し、なんと安次郎は塀の外に出ることができたのだ。

 

 見知らぬ男が遺失工学(ロストテクノロジー)について知っていたことは驚きである。

 

 自身を外に出すことができた事から、それなりに権力を持つ裏の人間であろうと思っていたが、男から知らされたのは魔法という超常の力。

 

 それを利用した魔導人形という物を作っているとのことだ。だが、安次郎はそこで自動人形の在処を告げることをせず、さらなる要求を突き付けた。

 

 自動人形とその主には個人的な恨みがある為、自分が捕らえて来るということであった。

 

 男は交渉慣れしていないのか、完成していない魔導人形はそれほど重要度が高くないのかは定かではないが、安次郎に言われるがままにトルヴの姿をイレインと同じに作り変え、彼に13機を渡した結果が今回の事件を引き起こす切欠になったということだ。

 

 

「知っていることはそれだけか。お前に接触してきた男についての素性・・・何らかの組織に所属していたりは?」

 

「わ、分からん!!・・・だが、なんかの名前を言ってた気がするで。う、ウロボ・・・ウロボロスやったかな?ワシの知ってることはそれだけや!!!!」

 

無限円環(ウロボロス)・・・だと!?」

 

 烈火に問い詰められた安次郎の答えは衝撃的なものであった。無限円環(ウロボロス)・・・その名に聞き覚えがあるためだ。管理外世界ルーフィスで起きた魔導獣襲撃事件の主犯格であるフィロス・フェネストラの背後にいたとされる勢力と名称が一致している。

 

 新たな疑問が湧いて出たが、目の前の安次郎が知っているのはそこまでのようだ。

 

「そうか、どうやらここまでのようだな」

 

 烈火は突き付けていたウラノスを格納し、安次郎に背を向けた。

 

「後はお任せします」

 

 安次郎は剣を差し向けられている状態から解放されたからか安堵の域を漏らしたが、次の瞬間には再び体の震えが止まらなくなる。

 

 

「ええ、残りは私に任せておいて」

 

 入れ替わりで安次郎の前に立ったのは忍だ。

 

「あ、ああ・・・」

 

 安次郎から絶望の声が漏れる。

 

「貴方が再び行動に出た理由は把握しました。もう話すことは何もない。夜の一族の事、魔法の事、全て忘れてもらうわ」

 

 忍の瞳が深紅へと光彩を変えた。夜の一族が持つ記憶操作能力が発動しようとしているのだ。トルヴの魔力による妨害が出来なくなった以上、安次郎には身を守る手段すらない。

 

 普通の中年男性程度の力しか持たぬ自身では戦闘能力を持つ烈火、恭也、ノエルは勿論の事、忍やすずかにすら敵わないであろうことは安次郎自身が最も理解しているからか逃げ出す気力さえないようだ。

 

「や、やめっ!?・・・ああぁぁぁ!!!?ぁぁぁぁぁっっっっっ!!!???」

 

 忍の深紅の眼が光を放ち、安次郎は悲鳴ともに意識を失う。

 

 次に目が覚める時、安次郎がどうなっているかは定かではない。しかし、彼が今後、日の目を浴びる事がないという事だけは確かである。

 

 

 

 

「ともかくここを離れましょう」

 

 烈火は忍らにこの廃ビルからの退去を申し出た。

 

「ええ、それには賛成だけど、随分焦っているわね」

 

「この辺り一帯のジャミングが継続しているうちにこの場所を離れないと管理局に気づかれてしまいますので」

 

「む、なのは達にバレてしまうと不味いことでもあるのか?」

 

 忍と恭也は首を傾げながら烈火に問いかける。

 

「ハラオウン統括官やなのは達に知られる分には何の問題もないでしょう。ですが、他の管理局員に知られる可能性があるととなれば話は変わってきます。情報漏洩の怖さは俺よりも貴方達の方が分かっていると思いますが・・・」

 

 烈火が言わんとしていることに察しがついた2人は静かに頷いた。

 

「使い魔や守護獣、召喚魔法などがある分、地球人よりは寛容かと思いますが、夜の一族、自動人形、遺失工学(ロストテクノロジー)と、この世界独自の物ばかりでしょうし、やはり何らかの興味を持つ連中が出てくるはず・・・実際、今回の目的はそれでしたしね。危険は少ない方がいい」

 

 すずかとノエルも烈火の説明に静かに頷く、

 

 

 

 

 5人は意識のない安次郎を引きずりながらフロアを後にしようとしている。

 

「そういえば、あの人形達も後で回収しないと・・・分解もしたいし・・・ね!??」

 

 忍は機能を停止している魔導人形に目を向けるが・・・

 

 トルヴの胸に生えていた烈火の蒼い剣が漆黒の炎を纏った事に驚愕の声を漏らす。

 

 

「消し飛べ・・・」

 

 烈火が先ほどいたフロアを睨み付ければ、辺りを衝撃が包み込む。後ろの4名は蒼い魔力障壁によって爆風から守られた為、無事の様であるが、戦闘を繰り広げた4Fの床が消滅し、文字通りの床抜け状態となっていることに驚きを隠せないでいる。

 

「あんな物を持っていると、余計な争いに巻き込まれるかもしれません。大した情報も得られなそうですし、全機消滅させました。ではやることをやってどこかで話でも?」

 

 魔導人形は未知の存在であるが、魔法世界に似たような現象を引き起こす機械や魔法は存在する。それの応用であろうことが予測される上に、あの魔導獣に関わっているような強大な財力を持つ組織が、安次郎程度の人間のいいなりとなって魔導人形をチューンアップして提供するとは考えにくい。

 

 それに烈火がシグナムから聞いている情報では捕らえた魔導獣の解析は済んだようだが、その背後にいる者達への情報源へとなり得ていない。次元世界でもそう珍しくない技術の応用と思われる魔導人形が魔導獣より優れているとも思えない為、こちらも大した情報が得られそうにない。

 

 本来ならば持ち帰って解析したいが、魔導人形は無限円環(ウロボロス)に関わっている可能性がある。情報源になり得る希望が薄く、持っているだけで組織に狙われかねない危険性のある物を所持するならば、デメリットの方が多い。

 

管理局に渡すとなると今回の事件が公になり、先ほど懸念していた事態になる可能性もある。

 

 そして、周到に見えて杜撰な事件のシナリオから、安次郎に戦力を提供した存在は無限円環(ウロボロス)末端の人間であり、その人物による独断行動ではないかと予想を付けたからこそ、魔導人形の破壊を試みたのだ。

 

 

 

 

「分解・・・解析・・・」

 

 忍は目の前に転がっていたオーバーテクノロジーの塊が消滅してしまったせいか、瞳を潤ませてプルプルと体を震わせている。

 

 

 かつて管理局のデバイスや烈火のウラノスを解析しようとして断られたことがあった。元々、魔法技術に興味があった上に、ノエルらを修復(レストア)したのは忍自身である為、似たような性質を持つ魔導人形を興味深い物だと思っていた所だったのだが、目の前でそれが吹き飛んでしまったため、少なくないショックを受けているようだ。

 

 

「これは?」

 

「この辺りの魔力反応を感じ取れなくするための処置だ。周囲の魔導師に戦闘があったことを悟られないようにする。今からジャミング装置を斬りに行くからな」

 

 ノエルに抱かれているすずかが烈火の行動に首を傾げる。このビル内にあると思われるジャミング装置を破壊した時に周囲に先ほどまでの戦闘を悟られないようにするとこのことだ。

 

 数分後、烈火の手によって魔力探知を妨害していたジャミング装置が破壊され、一同は月村家へと向かった。

 

 

 

 

 いつか試験勉強をした部屋に用意されている椅子に烈火、忍、恭也が腰かけており、ノエルは壁に沿うように立っている。

 

「お、お待たせしました」

 

 トルヴに服を引き裂かれてあられもない姿になっていたすずかは新たに洋服を着替えて、皆の前に姿を現した。どうやらファリンも同行していたようである。

 

 この部屋に今回の事件の関係者が集った。

 

「まず今回の事件だけれど、蒼月君。貴方のおかげで全員無事に戻ってくることができました。ありがとう」

 

 忍は烈火に対して頭を下げ、謝礼を述べる。当初は相手の狙いが夜の一族なのか、単純に令嬢のすずかだったか明らかではなかったが、まさか、月村安次郎が魔法の力を携えて襲ってくるとは夢にも思っていない。烈火が人質のすずかを救っていなければ犠牲者を出さずに戻ってくることはできなかったであろう。

 

「わ、私からもありがとうございました」

 

 忍に倣うようにすずか、ノエル、ファリンも頭を下げた。

 

「大したことはしていませんので、皆さん頭を上げて下さい」

 

 烈火はその様子に若干焦った様子を見せている。すずか以外、年上である面々が自身に頭を下げて感謝を述べている光景が落ち着かないのだろう。

 

 

「で、アイツが言っていた夜の一族だとか、さっきの紅い眼は一体何なんですか?」

 

 烈火は頭を上げてもらった忍たちに改めて夜の一族について尋ねる。

 

「ここまで来たら隠してはおけないものね・・・夜の一族っていうのは---」

 

 忍の口から夜の一族について、かつて月村安次郎が起こした事件についての詳細が語られた。

 

 

「なるほど・・・本当に吸血鬼ってことなんですね」

 

 烈火は驚きを表すかのように静かに息を吐く。戦闘中より幾許か感情が表情に出ているようだ。

 

「え、っと、騙しててごめんなさい」

 

 すずかは瞳を揺らしながら烈火の事を見つめている。周囲に隠してきたことがとうとう明るみになってしまった。自らが周囲の人間とは違う化け物であることを認識されてしまったため、拒絶されてしまうのではないかという恐怖に駆られているのだろう。

 

「いや、出会って時間も経っていないような相手に打ち明けるような内容ではないだろう。騙されたなんて思っていないよ。それに出自だがどうであれ、君は月村すずかだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 烈火の返答により、気味が悪いと思われるのではないかと俯き気味だったすずかの顔が弾かれたように上がる。

 

「普通の人間でも夜の一族でも、俺は月村への接し方を変えるつもりはない。夜の一族かどうかなんてどうでもいいさ。まあ、血を吸われるのは勘弁だがな」

 

 紡がれたのは拒絶でも排斥でもなく存在の肯定。夜の一族であろうとなかろうと今まで通りの関係を続けるという物であった。

 

「う、うん!うん!!・・・ぅぅ、ひっく・・・」

 

 すずかは烈火の言葉を聞いて、嗚咽と共に涙を流す。

 

 自身が今まで憧れて来た吸血鬼の姫と王子の話の様にロマンチックなものではないのかもしれない。

 

 だが、吸血鬼の血を引く少女は白い騎士によって救済された。それだけは確かということだ。

 

 

 

 

「蒼月君は夜の一族の秘密を知った人間ということになるわけなんだけど、そういう人相手には一族の慣わしがあるの---」

 

 忍は烈火に向けて夜の一族の秘密を知った者への掟を語りだす。

 

 選択肢は2つ。夜の一族に関しての記憶を消すか、記憶を残したまま共に歩むかという物であった。

 

「記憶を消されるわけにはいきませんし、当然残します。別に言いふらすつもりもありませんしね」

 

 烈火は迷うことなく答える。

 

 

「そう・・・じゃあ、改めてよろしくね。義弟クン!」

 

「はい?」

 

 忍の発言を前に烈火は珍しく間の抜けた表情を浮かべた。聞き逃せない衝撃的な単語が耳に入ってきたためであろう。

 

「だって、記憶を残すってことはすずかと生涯を共に歩むってことじゃない。つまりは婚約者ってことね」

 

 忍の婚約者発言で周囲はいろんな意味で騒がしさを増していく。顔を真っ赤にして俯くすずか、額に手を添えて頭の痛そうな恭也、穏やかな笑みを浮かべているノエルとファリン。

 

「い、いやいや。いくら何でも話が飛躍しすぎでしょう。そもそも地球に永住するわけではないですし、色々無理がありますので!!」

 

 珍しくテンパりまくっている烈火と月村家の一室には騒がしい光景が広がっていた。

 

 

 

 

「今日はお世話になっちゃったわね」

 

月村家の大きな門の前で忍を始めとした面々が、烈火と恭也の見送りをしている。

 

 

 

 因みに夜の一族との契約は烈火の必死の説得と恭也のフォローによりお友達からという物になったようだ。

 

 

 

「気を付けてね。それからありがとう・・・烈火君」

 

「いや、礼ならさっき言われたし、気にすることはない。じゃあな、すずか」

 

 烈火とすずかは名前を呼び合い、別れの挨拶を告げた。

 

 どうやら忍からの希望により月村家の面々とは名前で呼び合うことになったようである。そのまま忍らにも別れを告げて、恭也と烈火は月村家を出発する。

 

 

 

 

「時に烈火君。」

 

「はい」

 

 恭也は共に帰路についている烈火に疑問を投げかけるようだ。

 

「君は今日、フェイトちゃんと2人きりで買い物していたそうだね?」

 

「ええ、まあそうですが」

 

「そして先ほどはすずかを巡って婚約者だのなんだのと会話を繰り広げていたが・・・君に限ってそんなことはないと思うが、まさかうちのなのはにいかがわしい事をしてはいないだろうね?」

 

 烈火は威圧感たっぷりの恭也に押されるかのようにコクコクと首を縦に振った。

 

「ほう、それはなのはにはフェイトちゃんほどの魅力がないという事かい?」

 

 今度は別の意味で恭也の威圧感が増していくのが感じ取れる。

 

「い、いや、何もそんなことは・・・」

 

「まあいい。時間はたっぷりとある。この時間だ、君も夕食の用意をしていないのだろう?今夜はうちで食べていくといい」

 

 結局、恭也によって高町家に招かれた烈火はアットホームすぎる面々に絡まれながら夕食を取ったようである。

 

 

 こうして、地球で起きた小さな事件は幕を下ろした。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今日というか昨日、再びDetonationして参りました。

何度見ても感動しますね。

お陰でモチベが再び最高潮に達した結果、まさかの連投!


とりあえず第3章の佳境は越えました。

次回がこの章の最後の話となります。

次はなのはやフェイトも戻って参りますよ!


当然ながら、皆様からの感想等も私のリンカーコアとなります。
高いモチベがさらに上がると思います。

ではまた次回お会いいたしましょう。

ドライブイグニッション!


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星光ノ在ルベキ場所

 本日は3月15日・・・

 

「ねぇねぇ!次はどこ行こっか?」

 

「・・・ったく。あんまり引っ張るなよ」

 

 なのはは烈火の左腕に自分の腕を絡ませながらその身体を引っ張っており、2人は海鳴市の住宅街を歩いている。

 

 

 何故2人で街を歩くことになったかと言えば・・・

 

 

 

 

 数日前・・・

 

「わざわざ俺だけ呼び出すなんてどうしたんだ?」

 

 烈火は休み時間にある少女に呼び出されて廊下の端へやって来たようだ。

 

「ちょっと大事な話があってな。烈火君に来て貰ったんや」

 

 呼び出し人---八神はやては申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「大事な話?」

 

「せや!ちょっと耳貸してな」

 

 はやては疑問符を浮かべた烈火に対して周囲に漏れないような声で何かを耳打ちする。

 

 

「ふむ。そういう事なら協力しても構わないが・・・」

 

「ホンマに!?他に頼めそうな人がおらへんかったからよかったわぁ」

 

 烈火の返答にはやては安堵の息を吐いた。

 

「フェイトちゃんやヴィータは論外。アリサちゃんも意外と顔に出るし、うちの子らが力仕事を担当するから私は離れる事が出来へんし、すずかちゃんも現場の提供者としていてもらわんと困るねん。そんなこんなで烈火君だけが頼りやったんや」

 

「そんなに期待されると困るんだがな」

 

「烈火君なら多分大丈夫やと思うけど、2人とも仲ええしな。なのはちゃんはその日は非番のはずやから、今のうちにキープしておけば予定を入れられる心配はなくなるはずや」

 

「まあ、一応昔馴染みだからな。しかし、なのはの予定を把握して、他の面子の休暇まで合わせるとは随分と前から計画していたのか?」

 

 烈火ははやての期待するような視線から顔を逸らし、彼女達がこの計画をかなり前から準備していたであろうことに純粋に驚いているようだ。

 

 教導隊、執務官、捜査官、首都航空隊、医務官とそれぞれのメンバーが別の部署に所属しており、各々が最前線で活躍している為、休日を合わせる事は困難であろう。今回に関してはその面々の予定をすべて合わせており、その為の調整をするにはかなり前から準備が必要であることが予想されるためだ。

 

「とりあえず、アプローチはしてみよう。連れ出すのがダメそうならまた連絡するよ」

 

「うん。お願いします」

 

 烈火は願いに対して改めて了承の意を伝え、はやては笑みを浮かべながら頷く。話が終わった2人は談笑しながらその場を後にした。

 

 

 

 

 ちなみに・・・

 

「おい、同士よ。今のを見たか?」

 

「はい!この目にしっかりと焼きつけたであります!」

 

 烈火とはやてが去った後の廊下に6名の男子生徒が姿を現し、憤慨したような表情を浮かべていた。

 

「あ、あの野郎ぅぅぅぅ!!」

 

 リーダー格と思わしき丸坊主の少年が膝をついて蹲る。

 

「授業中、登下校、休み時間・・・周囲に見せつけるかの如く!ハラオウンさんと四六時中イチャイチャイチャイチャイチャイチャ!!!しているにも拘らず、次は我らがはやて様に手を出そうというのか!!!!???」

 

 全身をワナワナと震わせている少年は先ほどまでこの場所で談笑していた烈火に対して激怒しているようだ。他の5名も同様の表情を浮かべている。

 

 どうやら彼らは聖祥5大女神の中でも特にはやてに心酔している者たちなのであろう。

 

「高町さんとは幼馴染、ハラオウンさんとは半ばクラス公認の仲、我らの憧れである聖祥5大女神と行動を共にしているだけでも許されざる事態だ!!奴の魔の手からはやて様をお守りするために早急に対策を立てるべきではないかね?」

 

『『異議なし!!!!』』

 

 丸坊主の少年が発した魂からの叫びに対して周囲の面々も同意するように力強く頷いた。

 

「というわけで、奴を排除するための知恵を出し合おうではないか」

 

「は、排除でありますか?」

 

「何もそこまでしなくても・・・」

 

 リーダー格の少年に周囲にいる内の2名が難色を示す。

 

「ばかもんっっ!!!!奴が来てからのこの1ヵ月を思い返せ!!」

 

「この1ヵ月?」

 

「我々が苦汁を舐めさせられ続けている日々を!!先ほどのはやて様とのやり取りを!!!」

 

「先ほどのやり取り・・・」

 

 鬼気迫る表情の少年を前にして難色を示していた2人の眉が吊り上がっていく。

 

「先ほどの奴の位置に自分がいると想像してみたまえ!はやて様とこのような誰も来ないであろう場所で2人きり・・・」

 

「はやて様と2人きりで・・・」

 

「小柄なはやて様は踵を上げ、背伸びをして身長差を埋めようとするんだ。肩に手を置いて、体重をこちらに預けて来る。そして、あのお美しい顔が自分の顔の数cm隣に近づいて来られるわけだ。〈はやて萌え萌え隊〉の我らからすれば夢にまで見たシチュエーションと言えるのではないか!?」

 

 丸坊主のリーダー格の少年は体の前で拳を握り、力強く語りかけている。彼ら6名ははやての非公式ファンクラブに所属しているようだ。

 

「そうだ・・・あの美しくも愛らしいはやて様が奴の手に落ちるなど許されるわけがない!!」

 

 少年の1人が賛同の声を上げた。

 

「あんな顔だけの軽薄野郎にこれ以上好き放題させてたまるか!」

 

「そうだそうだ!何が騎士だ!」

 

 他の少年達も口々に不満を口に出している。

 

 

 というのも蒼月烈火という少年は何かと注目を集めているためだ。以前の体育の授業でフェイトを横薙ぎ・・・お姫様抱っこで抱き上げたことが噂となり、何時しか烈火の事を騎士、フェイトの事を姫と呼ぶものさえ出てきている。

 

 

 

 聖祥5大女神は男子から圧倒的な支持を誇っているが、5名いるために人気はそれぞれの面々へと分散している。しかし、女子から男子への人気度は東堂煉に一極集中していた。

 

 煉は初等部に転入してきた当時から王子様的な扱いを受けており、実際に豪邸に住んでいるほど裕福でもある。それは少年達にとっては既に当たり前となっている事柄でもあり、煉を恐れてか教師を含め、敵対する者は表れていない。

 

 煉に意見できるものなど、同じくスクールカーストの最上位に位置する聖祥5大女神のみである。

 

「美少女と幼馴染だとか、家が近所だとか、どこの世界のギャルゲーなんだ!!」

 

 そして、煉の一強に一石を投じたのが蒼月烈火という少年である。最も烈火本人にはその自覚が無いようではあるが・・・

 

 なのはやフェイトとは仲睦まじくしている様子を周囲から目撃されており、他の女子からの支持も集めているとあって、少年達からのヘイトを集めるには十分すぎる要因が揃っていた。

 

 加えて憧れであるはやてとも先ほど2人で密会を行っており、彼らが自分に向けてほしかった様々な表情を向けられている様を見てしまえば、抑えられない思いがあるのだろう。

 

 無論、ただの逆恨みではあるが・・・

 

 

「既に〈ラブリィなのはちゃん〉と〈究極女神フェイト様〉に所属している連中とコンタクトを取る算段は付けている」

 

 リーダ格の少年が不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

 どうやら、なのはやフェイトの非公式ファンクラブと協力する計画を立てているようだ。その2つに属している者達もはやての非公式ファンクラブの彼らと同様の想いを抱いているという事であろう。

 

「残る2人に心酔している者達にも声をかけてみよう。奴のすかした態度もこれまでだ!!」

 

 怨敵見つけたりと言わんばかりの少年たちの不気味な笑みが廊下に木霊する。周囲に人がいたら通報されるのもやむなしといった不気味な光景であった。

 

 この6名は時間も気にせずに密談を続けていた為、次の授業には当然間に合わず、教師から大目玉を喰らったとかなんとか・・・

 

 

 

 

 

 

「私達って言ったらやっぱり此処だよね!」

 

 なのはに引っ張られるようにしてきた烈火は高町家からそう離れていない公園へとやって来た。

 

「ここは、確か・・・」

 

 烈火は周囲を見渡し、過去の記憶を思い返しながら呟く。海鳴市を離れて時間が経っているからか、当時と遊具の色合いは違っているものの、この配置には見覚えがあった。

 

「うん。私達が初めて会った場所・・・」

 

 なのはも感慨深そうな表情を浮かべている。

 

 

 2人は公園内にあるベンチに並んで腰かけた。

 

「流石にもうあっちの子供用には座れないね」

 

 なのはは苦笑いしながら、自分達が座っている隣に在る子供用のベンチを指差す。出会った頃の2人にとっては休憩場所であったのだろう。しかし、成長した2人が座るにはベンチのサイズが小さすぎる。

 

「なのはが座る分には違和感無いと思うが?」

 

「むっ!?それどういう意味かな?」

 

「他意はない。気にするな」

 

「うそだぁー!絶対からかってるよね!?」

 

 腰を落ち着けたなのははからかうような烈火に対して不満げな表情を浮かべている。

 

「烈火君は私に対するデリカシーが欠けていると思うの!・・・って何なの、その驚いたような顔は!?」

 

「いや、なのはの口からデリカシーなんて単語が出て来るとはな。時代を感じるよ」

 

「どういう事!?私だって子供じゃないんだよ!レディーなんだよ!!」

 

「はいはい。分かった、分かった」

 

「むっかー!!ちょっとそこに直れなの!!!」

 

 更に不満を募らせたのか、頬をパンパンに膨らませているなのはは、烈火の左腕をブンブンと振り回している。感情が高ぶっているせいか、普段より幾分か口調が幼くなっているようだ。

 

 

 

 

 しかし、なのはの火山の噴火の如き勢いは目の前の光景によってすぐさま鎮火された。

 

 

「ま、まってよぉ~」

 

「遅いぞ!」

 

 2人の目の前で少年と少女が走り回っている。

 

 先導する少年と息を切らして追いかける少女・・・

 

 休日の公園である以上、人がいるのは当然ではあるが、その2人がかつての自分達を思い出させるものであったからだ。

 

 

 

 烈火となのはは寒空の下であるにもかかわらず半袖で駆けている2人をどこか懐かしいものを見るような眼で見つめている。

 

「あっ!?」

 

 なのはの目が見開かれた。目の前で少女が体勢を崩して倒れかけたからである。しかし、どうにか持ち直して転ぶことなく少年の後を追いかけて行った。

 

「お前だったら間違いなく顔面ダイブだったな」

 

 烈火は女児が転倒しなかったことに安堵した様子のなのはをからかうように声をかける。

 

「うぅ!?今だったら転ばないもん!!」

 

 残念ながら否定の言葉は出てこないようであった。

 

 高町なのはという少女・・・運動神経が切れていると言われるほど運動音痴である。

 

 現在はリンカーコアが目覚めた影響で体内を魔力が循環するようになったことによる身体能力の向上、今までの魔法戦の経験から、かなりの改善が見受けられるが、烈火と出会った当時は酷い物であった。

 

「俺が何回転んだお前を起こしたことか」

 

「うぅぅ!!」

 

「遊具から落ちそうになるし」

 

「う、うぅぅぅ」

 

「挙句、平地でこけて半泣きだったしな」

 

 なのはは昔を懐かしむように呟く烈火が晒す自分の黒歴史に対してぐうの音も出ないでいる。

 

「うぅぅ・・・烈火君がいじめるの」

 

 結局、なのはは反論できず唇を尖らせてむくれた。

 

 

 

 しかし、2人の間に流れているのは嫌悪な雰囲気とは程遠い物であり、むしろ両者ともに穏やかな表情を浮かべている。

 

 

 

 

「こうやって2人きりで話すのって、この前ぶりだね」

 

 なのはは数週間前に起きた時空管理局局員によるロストロギア無断持ち出し事件の事情聴取後の事を言っているのであろう。

 

 2人はクラスが違うため、顔を合わせるのは登下校と昼食の時くらいの物だ。そのどちらも他の面々と共に顔を合わせる事になり、自宅の方向も別だ。なのは自身も管理局の仕事で早退することもしばしばあり、2人きりというシチュエーションは久しぶりということになる。

 

 

「何か不思議な感じ・・・この場所で烈火君とお話しできるなんてね」

 

 なのはは烈火の肩に頭を置いて体重の全てを預けながら瞳を閉じた。

 

「そうだな。俺もまたここに戻ってこれるとは思ってなかったよ」

 

 烈火もなのはのぬくもりを感じながら瞳を閉じる。

 

2人の脳裏に蘇るのは此処で過ごした短くも穏やかな日々・・・

 

 

 なのはにとっては暗く沈んでいた自分の世界に色を取り戻すことになった出会いの記憶・・・

 

 烈火にとっては惨劇も戦争も、何も知らずにいた幼き日の記憶・・・

 

 

 そして、別れた後に自らが歩んで来た軌跡。

 

 

 弱かった私は魔法と出会って強くなった---

 

 大切なものを護る為に---

 

 

 

 

 惨劇の中で俺は力を得た---

 

 立ちはだかる全てを斬り捨てる為に---

 

 

 

 

 想いを魔法に乗せてぶつかり合って、沢山の人と心を通わせた---

 

 何もなかった私にも誇るべきものが、大切なものができた---

 

 

 

 

 慟哭と怒りを刃に乗せて、多くの命を奪って来た---

 

 移り変わる戦禍の中で己という存在を知り、家族も友人も失いながら、戦場を駆け続けた---

 

 

 

 

 私の魔法で困ってる人を助けたい---

 

 

 

 

 俺は何のために戦い、力を振りかざすのか---

 

 

 自分に自信を持てずに俯いていた少女は魔法という超常の力を手に入れる。そして、周囲の魔導師をして鬼才と言わしめる才能を実戦の中でいかんなく発揮し、母を妄信していた少女を、次元世界から忌み嫌われた魔導書を救済し、多くの絆を紡いできた。

 

 

 故郷を後にした少年は戦渦の中に放り込まれる。憤怒、欲望、悲壮、欺瞞・・・人間の負の感情が渦巻く戦場で大切なものを失いながら多くの命を奪って来た。

 

 

 

 

 隣にいるにも拘らず、互いに触れ合っているにも拘らず、共に魔法という力を操るにも拘らず・・・抱いている想いは余りにも違う。

 

 なのはは他人を救い、大切なものを護るために強くなった。

 

 烈火は他人を殺し、大切なものを失う中で力を得た。

 

 奇しくも2人の抱いている想いは、歩んで来た軌跡は真逆の物である。

 

 

 互いに思いを口に出すことはなく、隣にいる者が何を思っているのかは定かではない。

 

 目の前の幼馴染がどのように過ごしてきたのかも分からない。

 

 だが今は、隣から感じるゆくもりに身を預けている。

 

 魔法も戦いも何も知らず、ただ隣にいる存在と笑い合うだけで幸せだった幼き日の記憶に浸りながら・・・・・・

 

 

 

 

「時間か・・・」

 

「ふぇ?どうしたの?」

 

 なのはは烈火が携帯端末を神妙な顔で確認したのを見て首を傾げている。

 

「何でもない。それよりそろそろ日も暮れる。移動するぞ」

 

「あ!?ちょっと引っ張らないでよぉ!」

 

 先ほどまでとは逆に今度は烈火がなのはの手を握り、先導していく。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと・・・すずかちゃんの家?」

 

 烈火によって案内された目的地は月村宅であった。今日に関してはすずかと会う約束はしていなかったはずとなのははさらに疑問符を浮かべる事となる。

 

 程なくして、なのはと烈火は玄関先でノエルに迎え入れられて、月村家の広い廊下を歩いていく。

 

 

「この部屋になります」

 

 ノエルに案内されていた2人は月村家の大部屋の扉の前で立ち止まった。

 

「扉を開けろ、なのは」

 

「ふぇ!私が?」

 

「ああ、なのはが開けなければ意味がないからな」

 

「それってどういう・・・」

 

 なのはは烈火に促される形で大部屋の扉に手をかけて開け放てば・・・・・・

 

 

 

 

「に、にゃあああああぁぁぁっっっ!!!??な、な、何!?」

 

 大きな爆発音がなのはを襲った。素っ頓狂な声を上げたなのはの視線の先には驚くべき光景が広がっている。

 

 

 

 

『『なのは(ちゃん)お誕生日おめでとう!!!!!』』

 

 親友や仲間達が笑みを浮かべて勢揃いしていたのだ。その手にはパーティー用のクラッカーが握られており、大きな机には所狭しと料理が並んでいる。

 

「ほらほら、こっちこっち!!」

 

「今日の主役をご案内やでぇ~」

 

 なのはは目を白黒させて呆然としていたが、フェイトとはやてによって集まった面々の中心へ誘われた。

 

 

「なのは、誕生日おめでとう!」

 

「ふぇ!?ゆ、ユーノ君!?」

 

 なのはに対して1人の少年が声をかける。

 

 少年の名はユーノ・スクライア。かつての〈PT事件〉では、なのはと共に地球に四散したジュエルシードの封印に尽力した人物であり、彼女にとっては魔法の先生と言える少年であった。

 

 しかし、ユーノは管理局にある〈無限書庫〉で働いている為、地球にいる筈のない人物だ。長期連休などの際に予定を合わせて遊びに出かける事はしばしばあったが、今はそんな時期ではない。

 

 そんな人物が突然、目の前に現れたのだから、なのはが驚くのも無理はないであろう。

 

 

 

 そして、目の前にいるのはユーノだけではない。フェイト達を始めとした4人加え、ヴォルケンリッター、リインフォース・ツヴァイ、クロノ、エイミィ、美由希、アルフといった面々だ。

 

 

 

 

 突然の出来事に対して、驚きを隠せないなのはであったが、徐々に状況を飲み込み始めた。

 

 3月15日は高町なのはの誕生日であり、彼らはなのはの生誕を祝うためにサプライズパーティーを企画していたという事であろう。

 

 

「びっくりさせ過ぎちゃったかな?」

 

「ほら、主役がなんて顔してんのよ」

 

 すずかとアリサが苦笑いを浮かべて声をかけて来る。

 

「なのはも来たんだし、さっさと始めようぜ」

 

「賛成だねぇ!」

 

「こら!はしたないわよ2人共!今日はお食事会じゃないんだからね」

 

 ヴィータとアルフは用意された豪華な食事の数々を前に目を輝かせており、シャマルはそれを咎めている。

 

「なのはちゃんも14歳かぁ」

 

「ちょっと前まで小学生だと思ってたら来年で中学校も終わりだもんね」

 

 エイミィと美由希・・・通称〈お姉ちゃんズ〉はなのはに対してしみじみといった様子で語りかけて来た。

 

 

「おめでとう・・・か。それだけでいいのか?」

 

「う、うるさいな!まっくろくろすけは黙っててくれないか!?」

 

 クロノはユーノに対してからかうように声をかけ、ユーノは顔を真っ赤にして反論している。クロノが何をからかっているのかは言うまでもないであろう。

 

 

「なのは・・・おめでとう!」

 

「局の仕事の時は無茶して私らをびっくりさせてるんやから、たまにはこうやって驚かされる側の気持ちを味わってみるもんやで?」

 

 フェイトとはやてが隣にいるなのはに優しい表情で微笑みかけている。

 

「フェイトちゃん、はやてちゃん・・・みんな・・・」

 

 なのはは周囲を見渡して思わず声を漏らした。

 

 

 家族、親友、仲間、同僚・・・高町なのはという少女が築き上げて来た絆がそこには広がっていたのだ。

 

 

 気心知れた友人や優しい人たちに囲まれて過ごす何気ない日々。

 

 家族のぬくもりを求めて泣いていた少女、自分の事が好きになれずに俯いていた少女が夢にまで見た物であり、悲しみを抱えている者達と正面から想いをぶつけ合い、彼らを救ってきたことに対する結果でもあった。

 

 皆が笑い合っている。その輪の中に自分がいる。自分に笑いかけてくれる。

 

 

 

 

 高町なのはにとっての〈守りたい世界〉が此処にはあった。

 

 

 

 

 

 

 月村家のテラスに佇んでいる少年の頬を風が撫でる。

 

 烈火はなのは達のいる大部屋から退出し、この場所にいるようだ。若干距離あるテラスにもなのは達の楽しげな声が時折耳に入って来る。

 

「部屋を抜け出したと思えば、こんなところで黄昏ているとはな」

 

 テラスから見える街並みを眺めていた烈火に声をかける人物が現れた。

 

「そんな大したもんじゃないさ。それより、みんなの所にいなくていいのか?」

 

 烈火は声をかけてきた人物の方に視線をやることなく返事をする。

 

「それはこっちの台詞だ。主から高町をこの場に連れてきた後は皆と共に宴を楽しむように言われていたと思うが?」

 

 月夜に照らされ、風に舞う髪を手で抑えながら現れたのはシグナムであった。パーティーも半ばで退席した烈火を追って来たのだろう。

 

 

 先日の密会ではやてが烈火に頼んだのは、サプライズパーティー当日になのはを連れ出して欲しいといったものである。

 

 なのはを驚かせるべく計画されたこのパーティーは本人に悟られないよう、秘密裏に準備が進んでいた。サプライズという性質上、当日のその瞬間まで明かすことができないため、決行当日になのはが自分の予定を入れてしまえば、このパーティーはそもそも成立しなくなってしまう。

 

 そのため、誰かが事前になのはと会う予定を入れておき、パーティー当日に主役と連絡が付かないだとか、どこかに出かけてしまっているだとかという要因を潰すために先回りしておくべきという案が出され、一同はそれに賛成した。

 

 問題は誰がその役目を担うという事であったが、候補は6名選出されたものの、全員が諸々の事情で役割を全うできそうにないということで烈火に白羽の矢が立ったということだ。

 

 

 

 シグナムは烈火の隣に移動して、なのはのエスコートが終了した後は皆と共にパーティーに参加していたはずの彼がこのような場所に来た理由について尋ねる。

 

「正直な所、どんな顔をしてみんなの所にいたらいいか分からない。いや、分からなくなってたってとこかな」

 

 烈火はパーティーの中で皆が笑い合う楽し気な空間の中にいる自分に対して異物感の様なものを感じていた。

 

「俺も戦いが起こる前のソールヴルムではそれなりに普通の学生をやっていた。ここまで豪華じゃないが、似たようなものに誘われたこともあるし、参加したこともある。その時は何も考えずに楽しんでいたと思う。だが、今は違う」

 

 戦禍に巻き込まれる前は当たり前だった友人との語らいの時・・・

 

「俺なんかが此処にいてもいいのか?・・・そう思ったよ」

 

 戦時中という理由があったため裁かれてはいない。だが、烈火の手は既に多くの人間の血に塗れている。

 

 

 過去に背負う物があるのは烈火だけではない。〈闇の書の闇〉、〈夜の一族〉と理不尽でどうにもならない運命を背負っている者もいる。

 

 しかし、あの場所にいる面々は皆笑い合っていた。相手を思いやり、時にはぶつかり合い、辛いことも悲しいことも共有してきたからこそ、あの優しい空間なのであろうことは、なのは達と出会って日が浅い烈火ですら容易に理解できる。

 

 悲しみと怒りと、慟哭と・・・そんな想いしか魔法に乗せる事のできない自分が、血に汚れた自分がいる事で、あの眩しく尊い空間を穢してしまうのではないか・・・そんなことを考えていた。

 

 

「お前の気持ちは分からなくもない。我らも主はやての下に来たばかりの時には似たようなことを思っていた」

 

 シグナムが思い返すのは小さな主の下へと呼ばれた時の事。

 

 

 ある者は闇の書の魔導を求め、ある者はその膨大な力を悪用しようとした。ある者は突然現れた魔導書を忌み嫌い、ある者は呪われた魔導書やその守護騎士達を家族として迎え入れた。

 

「ヴィータやシャマルはすっかり馴染んでいるが、私はアレらほどこういった催しは得意ではない」

 

 はやてが聞けば悲しむのだろうが、戦乱の時代を歩んできた自分達が温かい日常を享受していいのか?そんな疑問は今もシグナムの胸に燻っているのかもしれない。

 

 先日のルーフィスでの事件から日が経っていないのだから尚更だろう。

 

「だが、私達は主と共に在り続ける。その御身を、主が望む日々を護る為に剣を取って戦い続ける」

 

 烈火はシグナムの想いを黙って聞いていた。

 

 確固たる意志、戦うための覚悟・・・

 

 

 先日の恭也とてそうだ。自らの譲れないもののために戦う強い意志を感じ取った。

 

 なのはもフェイトもクロノ達も、そういった思いを感じさせる節はこれまでの日々で見受けられている。

 

「そう、か・・・」

 

 そして、それが自分に欠けているとても大切なモノであると烈火は自嘲するように瞳を閉じ、夜風を感じていた。

 

 

 

 

「戦う理由も、此処にいる理由もお前自身が見つける物だ。最も、勝手に去ろうとすれば、話を聞くまで開放しないような面々ばかりだろうがな」

 

 シグナムは冗談交じりに言葉を紡いでいく。

 

 

「ゆっくり探せばいいだろう。お前の答えをな。それに・・・私個人としてはお前の存在を好ましく思っている」

 

 シグナムの穏やかな声音に烈火は閉じていた眼を見開いて驚きを示した。

 

 

 

 

 それ以降、両者とも口を開くことはなかった。月明かりが周囲を照らし、静寂が2人を包む込む。

 

 そこに重苦しさはなく、どこか心地よさを感じる・・・そんな静寂であった。

 

 

 

 

 

 

 

「第97管理外世界〈地球〉ね。そこに自らを人形化したそいつが潜伏しているという事か?」

 

 異質な雰囲気を纏ったスーツ姿の少年が気だるそうな表情を浮かべながら言い放つ。

 

 その眼前には頭から血を流して絶命する白衣姿の男性と、恐怖に震える1人の男性の姿がある。

 

「は、はい!それがコイツの残した最後の情報です!」

 

 男は白衣の男性を指差して震えながら答えた。

 

「どうやらそのようだな」

 

 少年は男の様子からこれ以上の情報は期待できないと思ったのか、溜息をつきながら視線を逸らす。男は若干、緊張が解けたのか僅かに一息ついたが、その表情はすぐさま恐怖に染まることとなる。

 

「とはいえ、捕縛命令が出ていた標的(ターゲット)をみすみす殺してしまったのはお前の責任だ」

 

「ひ、ひぃ!?これは事故だったんです。足を滑らせたアイツが転んで、頭を打って死んじまったんですよぉぉぉ!!!!!」

 

「任務失敗には変わりない。それが現実だ。魔導人形なんて出来損ないの型落ち品で我らの情報が出回ることはないだろうが、状況が変わってきている。故に情報源を取り逃がしたお前の責任は重い」

 

 少年が手を振りかざした次の瞬間には、震える男は文字通り潰れて動かない肉片と化していた。

 

「地球か。早いうちに手を打たなくては・・・」

 

 少年は神妙な顔で呟く。

 

 

 

 

「そうね!地球ってどんなところなのかしら!!」

 

「あ、姐さん!?」

 

 背後から金髪のスーツ姿の女性が姿を荒らし、少年は体全体を振るわせて驚きを隠せないでいた。

 

「ま、まさか一緒についてくるつもりですか!?」

 

「モ・チ・ロ・ン!そんな面白そうなとこ付いて行かないわけがないじゃない」

 

 少年の言葉を楽しげに肯定した女性の背後から、さらに数名の人影が現れる。

 

「だ、ダメですよ!それに皆さん、隠密行動って言葉知らないようなメンバーじゃないですか!遊びに行くんじゃないですよ!!」

 

 猛抗議する少年だったが・・・

 

 

「ふぅ~ん。これでも・・・ダメ?」

 

 女性はただでさえパックリと開いているスーツの胸元に手をかけて、指でインナーシャツをずり下げる。大事な所は絶妙に隠れているものの、巨大な山脈が作り出す深い谷間が惜しげもなく少年の目に晒される。

 

 

 女性について来た少女は思った。

 

(3秒で堕ちるな。それに鼻の下が伸びすぎてとんでもないことになってる)

 

 首まで真っ赤にしている少年を冷ややかな目で見つめている。色々騒ぎ立てながらも少年は女性の胸元を凝視しているからであろう。

 

 そして、その隣で1人の少女は自分の胸に手を当て、呪詛を呟きながら崩れ落ちた。彼女の名誉のために誰も指摘しなかったが、胸部装甲の戦闘力はあまりに貧弱である。

 

 

 

 

 平和取り戻した地球に悪意の影が迫ろうとしていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

モチベは高いのですが中々時間の方が取れませんでした。

比較的、ほのぼの()回だったかなと思います。

第3章はこれで終わりとなります。

そして次回の第4章は3章と打って変わって戦闘メインとなります。


感想等頂けましたらモチベ爆上がりで嬉しいです。
では次回お会いいたしましょう。

ドライブイグニッション!


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苛烈閃々のChaos Ring
Magic the Open fire


 桜舞う並木道を多くの少年少女が談笑しながら歩いている。そのほとんどが聖祥学園中等部に所属している者達であり、春季休業を終えて初の登校日に浮かれる者、学業が始まることに絶望する者と多種多様な反応を見せているようだ。

 

 

 少年少女たちの一番の懸念事項である新学年のクラス分けが学年ごとに張り出されている掲示板の前には多くの人影が見られる。

 

 憧れのあの子と同じクラスになれてガッツポーズをしている者もいれば、親しい友人と別クラスとなり下を向く者もいる。歓喜と絶望が渦巻く、学生たちの集いに一際、目を引く集団が姿を現した。

 

 

 

 

「あ!?見て見て!!今年は5人共同じクラスみたいだよ!」

 

「ホントに!?やったね。なのは!!」

 

 栗色の髪をサイドで纏めた少女と、煌めく金髪を靡かせる少女は嬉しげな表情でハイタッチした。

 

「ふん!まあ、よかったわね」

 

「またまたぁ~さっきまでアリサちゃんも不安そうな顔しとった癖に」

 

「なぁんですって!?そ、そんなわけないでしょ!」

 

 茶化すような小柄な少女に頬を赤らめて声を荒げる育ちのよさそうな金髪の少女。

 

「今年は一緒のクラスだね!そ、そのよろしくね」

 

「ん?ああ、よろしく」

 

 年齢不相応に発育が進んでいる黒髪の少女は大人びた容姿とは裏腹にその顔をさっと赤らめて、黒髪の少年にチラチラと目線を向けている。対する少年は少女の様子を見て、不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 周囲の視線を集めているのは、安定の人気を誇る〈聖祥5大女神〉と噂は落ち着いてきたものの、本人が意図しないところですっかり有名となってしまった蒼月烈火である。

 

 

 発表の結果、6名の所属クラスは3年1組となった。彼らの所属先の行方は男女共に注目を集める物であり、周囲の面々は全員が同クラスとなったことに少なからず驚いているようだ。同じく1組に所属することになった者達の殆どは喜びを表し、逆に学園のアイドル達や注目株と別クラスになった者達はその肩を大きく落としていた。

 

 

 

 

 その後、なのはら6名は和気藹々とした様子で自分の教室へと移動する。昨年度はなのは、はやて、すずかの3名は1組、アリサとフェイトは2組と仲良し5人組でクラスが分かれてしまったが、今年度は全員同じクラスということで皆の表情も明るい。

 

 それもそのはずで、高町なのはらにとって今年度は特別な意味合いを持っているためだ。

 

 単純に中等部最後の年という面もなくはないが、こちらは大学付属の私立学校ということで一部の生徒を除けばエスカレーター式に高等部に進級することができるために他の学校比べれば卒業的な意識は薄いと言えるだろうが、なのは、フェイト、はやてに関してそれは当てはまらないものと言える。

 

 なぜなら、彼女達3名は中等部卒業と共に生活拠点をミッドチルダへと移すため、これまでのように地球在住ではなくなるからだ。学生として過ごすのはこれで最後であり、なのは、はやてに関しては生まれ育った故郷を後にすることになる。

 

 正規の局員ではあるが、保護者サイドの意向で学業を優先してきたこれまでとは違い、管理局員としての活動も本格化することが予想される。いうなれば、高校、大学をすっ飛ばして正社員になるようなものだ。

 

 1年の殆どをミッドチルダで過ごすこととなり、地球に残るアリサやすずかとの時間もこれまでの様に取れなくなるであろう。

 

 なのは達5名は最後の年は精一杯思い出を残していこうと意気込んでいるようであり、全員が同じクラスになるということは間違いなく吉報と言えるということだ。なのはの幼馴染であり、付き合いは短いながらも彼女達から信頼を寄せられている烈火も同クラスとなれば、さらに拍車がかかっているようである。

 

 

 

 

 新たな教室内で談笑していた面々は始業の鐘と共に割り当てられた席へ着いて、今年度の担任教師が現れるのを待っている。クラス発表の掲示板には担任教師の名は記されておらず、自らのクラスの担任が誰になるかということは生徒側では分からない為、期待と不安を滲ませているようだ。

 

 そして教室の扉が開かれる。

 

 

 

 

「皆、揃っているな。私がこの3年1組を担当することになった東谷だ。既に顔見知りも何名かいるが、改めてよろしく頼む」

 

 黒髪を揺らして教壇に立ったのは昨年度2年2組の担任を務めていた、東谷琳湖であった。

 

 若いながらも生徒目線となって物事を考えてくれるという所から生徒からの人気の高い教師であり、男女問わず支持を集めている彼女の来訪に教室内にいる生徒の殆どが笑みを零している。

 

 因みに男子生徒は黒髪の美女が担任となったことに対して拳を握って喜びを表していた。

 

 

 

 

 新学期初日とあって本日は午前中で解散、そして授業もなくホームルームのみであるようだ。

 

 諸々の連絡事項の伝達を終えた最後の4限目では教室内に激震が入る。

 

「あー、ではそれぞれ、手にしたくじを開け!」

 

 琳湖の指示で教室中の生徒は手に持っている折りたたまれた紙を一斉に開いた。

 

 

 

 

 何が行われているのかというと、新学期早々の座席替えである。

 

 

 座席が変わるということは学生たちにとってはかなりの重要度を示す要因であるだろう。そのためか、教室内の殆どの生徒が血走ったような眼で自らの用紙に記されている番号と黒板に示された座席表を見比べているという異様な光景が広がっていた。

 

 特に男子生徒がそのようになっている理由に関しては言うまでもないであろう。

 

 

 

 

 そして・・・

 

 

「よろしくね。はやてちゃん」

 

「うん。なのはちゃんもよろしゅうな」

 

 座席が隣同士となったなのはとはやてが笑い合う。

 

「う、ううぅぅ。なんでぇ・・・」

 

「よ、よく分かんないけど元気出しなさいよ」

 

 すずかは忌々しそうに手に持っている用紙を穴が開かんばかりに睨み付けており、隣に座るアリサは苦笑いを浮かべている。すずかがどの座席を狙っていたかは言うまでもないだろう。その視線の先には・・・

 

 

「えへへ、また隣同士だね!」

 

「ああ、そうだな」

 

 フェイトが再び座席が隣同士となった烈火に対して花が咲いたように微笑んでいた。

 

 

 すずかはその光景を見て、大きく肩を落としたようである。

 

 

 とは言いつつ、それぞれの距離は若干離れてしまったものの、座席の隣は顔見知りということでなのは達は胸を撫でおろしている。

 

 他の生徒達も思い思いの反応をしており、琳湖はそんな皆を暖かく見守っているようだ。

 

 

 

 

 そして、授業は午前で終了し、部活動に勤しむ者、帰路につく者とそれぞれ分かれていく。

 

 なのはらは部活動に所属していない為、そのまま帰宅するようだ。並んで校門を潜ったところで鮫島が出した高級車に乗り込んだアリサとすずかは習い事の為に一団の中から離脱する。管理局組は3人共予定が入っていなかったようであり、烈火と共に歩きだした。

 

 

 

 

 談笑しながら歩く4人。

 

「あれ?シグナムとヴィータやないか」

 

 運動公園を横切っていた4人の目の前にシグナムとヴィータが現れ、突然の家族との遭遇にはやてが首を傾げながら問いかけた。

 

「はやてじゃん!アタシは今日の仕事を終わったとこで偶然シグナムと会ったから、一緒に帰ってる最中だ」

 

「ほぇ~そうやったんや」

 

「ええ。主達も本日は御帰りですか?」

 

「うん。今日は新学期初日やからな。午前中までなんや」

 

 ヴィータははやてとなのはの姿を見つけて嬉し気に表情を綻ばせており、シグナムははやてに微笑みかけている。

 

 

「きゃっ!?」

 

 シグナム、ヴィータと合流して帰路についている6名だったが、勢いよく走り込んで来た1人の女性がなのはの肩に肩をぶつけて、その衝撃で地面に転んだ。

 

「はぁ、はぁはぁ!す、すみません!?」

 

「私は大丈夫です。そんなことより、大丈夫ですか!?」

 

 なのはは管理局での訓練の賜物か、衝撃を受けても何とか踏みとどまっており、すぐさま転んだ女性の傍に駆け寄る。息を切らした女性の足は痙攣しており、なかなか立ち上がることができないでいるようだ。

 

「だ、だ、大丈夫です!?」

 

 女性は酷く動揺した様子で語気を震わせている。

 

「でもすごい勢いで転んでましたし、大丈夫そうには見えません。怪我だってしてるかもしれませんし、とにかくあっちに座りましょう?」

 

「お気になさらず!い、急いでいますので私はこれで!!」

 

 なのはだけでなくフェイトらも女性の下へと集まって来る。女性は震える脚で無理やり起き上がってこの場から離れようとしているが、なのはは心配そうな表情を浮かべて制止をかけた。

 

 

 

 

「待ってくれるか?」

 

「な、何でしょうか!?」

 

 女性に対して進行方向を塞ぐように立ちふさがったのは烈火だ。

 

 

「単刀直入に聞くが・・・お前何者だ?」

 

 烈火は女性に対して、鷹が獲物を刈るような鋭い眼差しを向けている。

 

「烈火、どうしたの?」

 

「いきなり何言ってんだ?」

 

 フェイトは厳しい表情の烈火に戸惑いを示しており、ヴィータは訝し気な表情を浮かべた。

 

「そうだよ。早く手当てしないと!」

 

 なのはも未だに膝を震わせている女性の傷の手当てを優先すべきだと声を上げる。

 

「その必要はない。そいつは普通の人間ではないからな」

 

「な、何を言っているんですか!?失礼にもほどがありますよ!!」

 

 烈火の言葉に戸惑いを隠しきれないなのは達、女性も憤慨していると言わんばかりに声を荒げた。

 

 尚も鋭い目つきのまま警戒を解かない烈火と動揺を隠しきれないでいる女性・・・急展開した状況に対して、フェイトが烈火に言葉の真意を訪ねようとした瞬間・・・

 

 

 

 

「全員、身を守れッ!!」

 

 シグナムの怒号が周囲に響く。

 

 

 そして、辺りを衝撃と共に光が包み込んだ。

 

 

 

 

「ここは・・・結界の中?」

 

 なのはは突然の現象に対して、自身の身体を桜色の防御障壁で包み込んで事なきを得たが、周囲の景色が先ほどまでとは違うことに戸惑いの声を漏らす。

 

「なのは!怪我はない?」

 

「うん。フェイトちゃんは?」

 

「私も大丈夫だけど、他のみんなの魔力反応がない」

 

 フェイトもなのは同様の方法で乗り切ったようで外傷はなさそうである。しかし、なのは同様に周囲の状況については何もわかっていない。ただ一つだけ言えるのは、仲間達の魔力反応が感じ取れないという事だけのようだ。

 

 

「貴方達の仲間なら他の結界で私達の同胞と遊んでると思う」

 

 そんな、なのはとフェイトの前に2人の少女が姿を現した。燃えるような赤髪の少女と透き通るような翠髪の少女、外見的な特徴から判断するに、なのは達と同世代と思われる。

 

 先ほど、口を開いたのは翠髪の少女だ。

 

 

 

「ふぅ~ん。どうやらアタシらはハズレを引いちまったようだな」

 

 赤髪の少女は周囲を見渡すと、地面に唾を吐き捨てながら気怠そうに言い放つ。

 

「こちらは時空管理局です。先ほどの攻撃行為は重大な法規違反となります。詳しい事情をお聞かせ願いたいのですが?」

 

「ふん!はい、そうですかってノコノコ従うならこんなとこ来てねぇよ」

 

 フェイトが赤髪の少女に対して襲撃に対しての説明を要求したが、答えは拒否。

 

 

「どこの子!?どうしてこんなことをしたの?」

 

「貴方には関係ないわ」

 

 なのはも翠髪の少女に対して問いただしたが、返って来たのは断固拒否。

 

「いきなり襲われて関係ないわけないよ。貴方達のお話を聞かせて!?私達が力になれる事はきっとあるよ!!」

 

「分かったような口を利かないで、不愉快よ。あなたに話すことなんてない。だって、此処で2人とも死ぬんだもの!!」

 

 翠髪の少女はなのはを睨み付けながら、敵意を剥き出しにしている。

 

 

 

 

「あら?あら、あら?どうやら大当たりを引いちゃったみたいね!!」

 

「いや、姐さん。標的(ターゲット)はこの結界の中にいませんよ。俺達はハズレを引いたんです」

 

 楽しげに笑う金髪の女性に対して、少年は冷静にツッコんでいた。2人の視線の先にいるのは烈火とシグナムだ。防護服(バリアジャケット)は展開していないものの、それぞれがウラノスとレヴァンティンを刀剣状態で握って臨戦体勢に入っている。

 

 既にシグナムから成された武装破棄、同行要求は拒否されているようだ。

 

 

「何言ってるのよ。私の標的(ターゲット)君なら目の前にいるじゃない!映像で見るよりもそそるわね」

 

 女性は自身の豊満な肉体を抱き締めて震えながら、烈火の方に熱っぽい視線を送っている。女性の細腕は自身の深い谷間に挟み込まれてしまい、押し出された胸が横に広がっており、内股で何かに悶えている様はいろんな意味で目に毒な光景であった。

 

 

 

 

「このような形でまた肩を並べる事になろうとはな」

 

「ああ、予定外の事態だ。また面倒事に巻き込まれたってことだな」

 

 シグナムの言葉に烈火が頷く。この結界内に他の仲間の魔力反応を感じ取ることができないでいる。つまり、2人はなのはやフェイト達とは別の結界に閉じ込められてしまったということだろう。

 

「ふざけた態度だが、連中は・・・」

 

「ああ、分かってる」

 

 シグナムと烈火は目の前の2人に対して鋭い眼差しを向けていた。

 

 

 

 

「ふふっ、どうやら私が当たりを引いたみたい」

 

「何の話だ!?」

 

 なのは、フェイトとシグナム、烈火とは別の結界に閉じ込められたヴィータの前で1人の少女が口元を嬉しそうに歪めている。ヴィータは黒髪を肩口で切りそろえている少女に対して噛みつくように声を荒げた。

 

「秘密よ。まあ、やることやってさっさと帰っちゃいたいんだけど・・・」

 

 少女の視線の先には白色の剣十字が形成されており、その中には先ほどなのはにぶつかった女性の姿がある。

 

「時空管理局です!武装を解除して、何が目的なのか教えてください!」

 

 女性の隣では、はやてが少女に対してこの状況に関しての説明を求めていた。この結界に閉じ込められたのはヴィータ、はやて、先ほどの女性ということになる。

 

「だから、言うわけないって。でも、障壁を張られたおかげで仕留めそこなっちゃったわね」

 

 少女は武装解除宣言を鼻で笑って一掃したが、言葉とは裏腹にその表情は真剣そのものであり、はやてらに対して警戒するように目を細めている。どうやら先ほど一同を襲った攻撃は彼女が繰り出していたようだ。そして、はやては自身と女性の周りに障壁を展開して、それを防いでいたということだろう。

 

 

 

 

 なのは達は襲撃者によって同時に展開された3つの結界にそれぞれ閉じ込められてしまった。3つ全てにおいて、話し合いでの解決は望めない。

 

 管理外世界に現れた謎の一団、正体不明の女性・・・不明点は多いが、ここまでの事態になってしまった以上成さなければならないことは明白だ。

 

 

 

 

「行くよ!レイジングハート!」

 

「来て!バルディッシュ!」

 

 なのはとフェイトが自身の愛機をその手に取った。

 

「ブチ燃やせ!プロメテウス!!!」

 

 赤髪の少女が・・・

 

「舞いなさい。ゼピュロス」

 

 翠髪の少女と共にデバイスをコールする。

 

 

 

 

「参るぞ!レヴァンティン!!」

 

「・・・ウラノス。抜刀!」

 

 シグナムと烈火は自身の剣の銘を呼んだ。

 

「楽しく踊りましょうか。ねぇ、ダーインスレイヴ!」

 

 女性もまた自身の剣を呼び出す。

 

「確かにハズレを引いたが、アイツは俺が・・・オルトロス!!」

 

 少年は敵意を隠すことなく剥き出したまま、デバイスを起動していく。

 

 

 

 

「アイゼン!さっさと終わらせるぞ!」

 

 ヴィータも自身の鉄槌を手に取った。

 

「そうね。早く終わらせましょう。アストラ!」

 

 少女も己の愛機の名を囁いた。

 

 

「リインがおらへんからちょっと不安やけど、何とかしよか!貴方にもお話聞かないといかへんしな」

 

 はやてはその手に金色の剣十字を取って、背後にいる自身の魔法陣で捕らえている女性に目配せする。

 

 

『セットアップ!!』

 

 そして、3つの結界に分散している11名の魔導師をそれぞれの魔力光が包み込む。奇しくも全員のデバイスの起動は図ったかのように同時であり、それが開戦の狼煙となった。

 

 

 

 

 吹きすさぶ烈風、煌めく多数の魔力光・・・

 

「・・・はぁ、はぁ。くそっ!!?何でこんなことに!!」

 

 はやての魔導に捕らえられている女性はその光景を見て思わずといった様子で声を荒げた・・・

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

第4章開幕です。

今までとは違い初っ端から飛ばしていきますよ!

敵対勢力のキャラが多数出てきましたが、振り落とされないように付いてきてくれると助かります。


劇場版の公開終了が迫って来て、なのはレスの恐怖に震えている今日この頃です。

時間が空いたらまた何度か足を運びたいと思っています。


感想等頂けましたら、モチベ爆上がりですので嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう!

ドライブイグニッション!


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Tempest Crisis

 金色と深紅の閃光が目まぐるしく空を駆ける。

 

「ちょこまかとウザってぇな!!!オラァァ!!」

 

「っ!!?このっ!!」

 

 漆黒の戦斧〈バルディッシュ・アサルト〉を展開したフェイトに追いすがるかの如く、赤髪の少女、エリュティア・プロミナートが深紅の10本爪〈プロメテウス〉を振りかざす。

 

 

 エリュティアの騎士甲冑は装飾が施された赤いレオタードの様なものであり、フェイトのソニックフォームに近いものを感じさせる。プロメテウスは赤をメインに黒いラインが入った腕を覆う籠手であり、両腕に装備されている。両腕の指部は巨大な鉤爪の様に鋭利に尖っているようだ。

 

「ガーネットストーム!!」

 

「クレッセントセイバー!!!」

 

 エリュティアが右手を振るえば5本の爪状の斬撃が飛翔し、フェイトが振るった大鎌から金色の刃が回転しながら飛んでいき、それを迎撃する。

 

 魔法同士のぶつかり合いで生じた硝煙の中からクレッセントセイバーで迎撃しきれなかった1本の爪状の斬撃が飛び出して、フェイトの頬を掠めた。

 

 さらにその後を追うようにエリュティア自身も右腕を突き出すように突貫してきている。腕部に格納されているカートリッジを炸裂させ、飛び出す薬莢を振り切るように爪部に深紅の魔力を纏った一撃をフェイトに向かって繰り出す。

 

 対するフェイトはバルディッシュのカートリッジをロードさせて、向かってくる鉤爪を防ぐように障壁を展開しながら離脱を試みる。

 

 

 だが、エリュティアの一撃はフェイトの障壁を熱した鉄でバターを斬り裂くかのように両断したのだ。

 

「大した速さだなぁ!!」

 

 しかし、一撃自体は直撃せずにフェイトはどうにか回避に成功したようである。エリュティアはフェイトの軌道に対して感心するように笑みを浮かべていた。

 

(今の威力は一体?それに殺傷設定・・・)

 

 フェイトの表情は険しい。魔力を纏っているとはいえ、手数で攻めるタイプに見えるエリュティアの攻撃があまりにも強力であったためだ。

 

 防御が薄いと言われることが多いフェイトではあるが、それはあくまでソニックフォーム等の機動力を有する形態のみだけの話である。魔力量自体は管理局でも一握りしかいないほどの高水準であり、フェイトの魔力障壁はかなりの硬度を誇っている。

 

 であるにもかかわらず、火力特化に思えない一撃で障壁をいとも簡単に斬り裂かれてしまったのだ。ここまでの戦いで爪を掠めた頬と左の二の腕には鮮血が流れている。怪我と言えない軽傷である為、戦闘自体には支障ないがこの状況は芳しい物とは言えない。

 

 さらにはエリュティアは相手に身体的外傷を与えることができる殺傷設定を使用しているようである。これはあくまで捕縛を目的とする管理局員が基本的に使うことのない機能であり、一撃を与えれば身体的損傷を与える事ができる殺傷設定と基本的に魔力ダメージしか与える事の出来ない非殺傷設定で打ち合えばどちらが有利なのかは明白だ。

 

「殺傷設定での魔法行使・・・またお話を聞かないといけないことが増えちゃいましたね」

 

「だから、話すことなんてねぇって!!言うこと聞かせたきゃアタシをぶっ殺すことだな!」

 

 対峙するフェイトとエリュティア・・・

 

「速さ以外はこっちが不利だね。行くよバルディッシュ!!ドライブッ!!!」

 

《Full Drive Ignition》

 

フェイトは自身の覚悟の形態〈ブレイズフォーム〉へと防護服(バリアジャケット)を換装し、その手のバルディッシュを身の丈よりも巨大な大剣〈ザンバーモード〉へと変化させ、フルドライブモードを起動する。

 

「ほぉ、顔に似合わないゴツイの使うじゃん!」

 

 エリュティアはフルドライブモードを起動したフェイトに対して、左手の鉤爪を軋ませながら好戦的な笑みを浮かべた。

 

「不安要素はあるけど、何とかしてみせます!!」

 

 フェイトは金色の大剣を正眼で構えてエリュティアに言い放つ。相手がどのような方法で障壁を突破したのかは定かでないし、厄介な殺傷設定で襲い掛かってくる。だが、そんなものはフェイトが立ち止まる理由とはなり得ない。

 

 

 互いに目の前の相手を見据える。

 

「じゃあ、楽しませてもらおうか!!!」

 

「行きますッ!!」

 

 エリュティアが通常形態の深紅の爪〈スカーレット・ネイル〉を振りかざし、フェイトが白いマントを靡かせて大剣〈ザンバー〉を振るう。再び、深紅と金の閃光が目まぐるしく空を舞う。

 

 

 

 

「どうしてこんなことをしたの!!?」

 

「貴方には関係ないと言っているのだけど?」

 

 フェイトとエリュティアの高機動戦闘とは対照に、なのはと翠髪の少女、スリネ・ソレイユは激しい砲狙撃戦を繰り広げている。

 

 桜色と翡翠の砲撃が戦場のど真ん中で激突した。

 

 砲撃同士の激突の余波で地面が(めく)れ上がり、衝撃が周囲を包み込む。魔力が四散しきる前に次なる砲撃がぶつかり合った。なのはの砲撃が桜が舞うように周囲を照らせば、スリネの翡翠色の砲撃が煌めく。

 

 低魔力保持者であれば一撃を放つことすら敵わぬほどの高威力の砲撃が連発される様は圧巻の一言であるが、徐々に戦況が片方に傾き始めた。

 

 

「ウインティルバスター!」

 

 スリネのデバイス〈ゼピュロス〉の砲身から翡翠色の砲撃が放たれた。体の右側に携えた白いフレームを基調とし緑色の外部パーツで補強されている巨大な砲身が火を噴き、矢継ぎ早に次なる砲撃が発射される。

 

「チャージが早すぎ!?レイジングハート!!」

 

 なのはは一撃目を〈ディバインバスター〉で相殺したが続く次撃に対して迎撃が間に合わないため、カートリッジをロードして強固な障壁を作り上げた。魔力障壁の強固さに定評のあるなのはだけあってどうにか砲撃を凌ぐことには成功したが・・・

 

 

「じゃあ、これで終わりね」

 

 攻撃を受け切ったなのはの背後では、スリネがゼピュロスを先ほどよりも砲身が短い、近距離戦闘形態〈マチェーテ・カノン〉へと変形させ、終幕を告げる砲撃を撃ち放とうとしていた。

 

 

「間に合ってッ!!!?エクセリオン・・・バスタァァァァ!!!!!」

 

 

 なのははレイジングハートのカートリッジを3発炸裂させ、振り向きながらフルドライブ〈エクセリオンモード〉へと移行させる。槍のように鋭くなったレイジングハートの穂先から打ち出されるのは桜色の極光・・・

 

 

「なっ!?ウインガルバスター!!!」

 

 スリネの表情が驚愕に染まる。目の前の少女は自身の砲撃に対処しながら、自らの魔力チャージを行っていたということだ。厳しい表情のスリネはチャージを完了していたショートレンジバスターで迎撃する。

 

 

 瞬間・・・周囲を爆風が包み込んだ。

 

 

 

「はぁ、はぁ。アレはッ!?」

 

 爆風の中から防護服(バリアジャケット)をところどころ焼き焦がしたなのはが飛び出す。円環上の魔導陣の上で息を切らしていたが、同じく爆心地から離脱したスリネの姿を見つけて驚愕の表情を浮かべた。

 

「なんて馬鹿魔力なのかしら。やることがめちゃくちゃね」

 

 表情を若干硬くしているスリネであったが、手傷を負ったなのはとは対照的に全く外傷がない。

 

 そして、彼女の周りには魔力障壁とは違う実体を持った盾が浮遊している。なのはの驚愕の原因はこちらであった。スリネの前方に展開された翡翠色の1基の大きな盾、なのはは似たようなものを紙面越しではあるが目撃したことがある。

 

 管理局と提携している民間企業〈カレドヴルフ社〉が開発している最新鋭の防衛機構〈独立浮遊シールド〉に酷似しているのだ。それを前面に展開し、自身の障壁と合わせて砲撃激突の余波を打ち消したということだろう。

 

「今回は久々に厳しい戦いになりそうだね。でも頑張れるよね?」

 

〈All Right My Master〉

 

 実戦投入に至っていないはずの最新鋭の技術を操る相手に苦戦は必至だ。しかし、なのははいつも通りに自身の愛機に問いかける。

 

「うん!じゃあ、行こっか!」

 

 なのははレイジングハートの返答に満足そうに微笑み、桜色の翼を翻して空に飛び立った。

 

 

 

 

「全くっ!ムカつくわね!!!!私が用があるのはあっちのボウヤなの!!」

 

「はい、そうですかと貴様の思う通りにさせるわけが無かろう!!!」

 

 〈ダーインスレイヴ〉の黒刃と〈レヴァンティン〉の白刃が爆轟を立てて激突する。

 

 デバイス起動と同時に金髪の女性が烈火に飛び掛かろうとしたがシグナムが間に割って入り、そのまま戦闘に突入した。以降2人の美女による激しい斬り合いが繰り広げられているようだ。

 

 

「何よ!この乳牛女!!」

 

「なぁ!?」

 

「あらぁ~自覚なかったのかしら?さっきから動くたびにブルンブルン揺らしちゃって下品な女ね!!」

 

 金髪の女性はシグナムを嘲笑うような表情で罵声を浴びせた。

 

「な、な、な・・・貴様にだけは言われる筋合いはない!!」

 

 シグナムの眉間に皺が寄り、女性の罵倒に声を荒げる。

 

 目の前の女性の騎士甲冑は黒を基調としたライダースーツの様なものに最低限の防具が付いたものとなっていた。大きく膨らんだ胸部、縊れた腰、肉付きのいいヒップと女性的な体のラインがこれでもかと周囲に晒されるデザインである。加えて胸元のチャックはへそ下まで完全に降ろされており、深すぎる谷間や白い腹部に至っては丸見えであるためだろう。

 

「私のボウヤとお話してちょっとイイ事するだけなんだから邪魔しないでくれるかしら?」

 

 女性はシグナムの憤慨など何のその、烈火の方を一瞥し、飄々とした様子で自身の刀剣型デバイス〈ダーインスレイヴ〉を上段から振り下ろす。シグナムは刀身や柄の部分が竜の鱗を思わせるかの様に刺々しい意匠となっている片刃の長剣を〈レヴァンティン〉で受け止めた。

 

「貴様のではない!!」

 

「じゃあ、何?貴女のだって言うの!?」

 

「そんなことは言ったつもりないが!」

 

 どこか人間離れした美貌を持つ2人の美女の表情がどんどん険しい物へと変化していく。鈍い鉄音を奏でて火花を散らしながらぶつかり合う互いの刀身・・・

 

「ふーん、嘘ね」

 

「下らん事ばかりベラベラと!」

 

「だって・・・ボウヤの方を見た時、一瞬だけ女の顔してたもの!」

 

「世迷言を!」

 

 シグナムは女性の指摘に対して、彼女らしからぬ間の抜けた表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐさまレヴァンティンを叩きつけ返した。

 

 激しい言い合いを繰り広げながらも黒刃と白刃の剣戟はさらに激しさを増す。

 

「その下品な発情乳牛で汚されたボウヤを私が救ってあげなくっちゃね!!」

 

 女性は固い素材で出来ている騎士甲冑を内側からはち切れんばかりに押し上げているシグナムの胸元を睨み付けながらダーインスレイヴを横薙ぎに振り払う。

 

 金髪の女性は胸元を強調している騎士甲冑のデザイン同様に自身の胸には相当の自信を持っているようであるが、目の前のシグナムは自分と五分、もしくは僅かにサイズで上回っていると思われる。先ほどの女性で言う〈女の顔〉と相まって珍しく怒りの表情を示しているようだ。

 

「仮にもベルカの血を引く末裔がそのような下劣な事ばかり言っていて恥ずかしくはならんのか!?」

 

 女性の傍若無人な振舞いを前に、シグナムも額に青筋を浮かべながらレヴァンティンで真っ向から迎撃した。

 

 両者はぶつけ合った剣に力と体重を込めて前のめりになり、額を突き合わせて睨み合う。人外じみた美貌を誇る美女同士が互いの吐息が顔にかかりそうな近距離で見つめ合っており、さらには前屈みになったせいで互いの超弩級の胸部装甲が突き合う様は何とも言えない物を感じさせなくもないが、両者が纏う鬼の様な殺気によって恐怖の光景と化している。

 

「特A級犯罪者、イヴ・エクレウス・・・」

 

「あら、私のこと知ってるのね?」

 

 その証拠に鍔迫り合っている互いの刀身は悲鳴を上げており、相手の腕を粉砕させんばかりに力が込められているのが遠目からでも見て取れるほどだ。

 

「貴殿は〈エクレウス家惨殺事件〉の首謀者とされている。その顔は管理局全体に知れ渡っているぞ」

 

 シグナムが語る〈エクレウス家惨殺事件〉・・・

 

 古代ベルカに連なる由緒正しい家系であったエクレウス家の正当後継者とされていたのが目の前にいる女性、イヴ・エクレウスだ。しかし、10年前、突如としてエクレウス家の人間が全て殺害される事件が起きる。これが〈エクレウス家惨殺事件〉であり、イヴはその首謀者とされている。

 

 その後は裏社会に名を轟かせ、管理局の凶悪次元犯罪者リストに名を連ねる事となった。彼女は最高ランクの1つ下である〈特A級犯罪者〉であり、総合、空戦、陸戦にかかわらず、AAランク以下の魔導師には即座の敵前逃亡が許されており、逮捕勧告なしで殺傷設定の魔法による問答無用の殺害が許可されているほどの危険人物ということになる。

 

 イヴは最高ランクの〈S級犯罪者〉に名を連ねる者達のような世界規模の大量殺人や危険な思想家、マッドサイエンティストと比べると起こしてきた事件の規模が小さいため、その1つ下のランクとして登録されているが、騎士としての実力的には管理局のトップエースと互角以上であり、実際に彼女と戦闘して生き残った局の魔導師はいない。

 

 危険性だけで言うのなら〈S級犯罪者〉と比べても何ら遜色がないと言えるだろう。

 

 

 

 

「そんな昔の事を持ち出して・・・有名人は困っちゃうわね!!」

 

 イヴは気怠そうな表情を浮かべたかと思えば、すぐさま目尻を吊り上げてダーインスレイヴの鍔の部分から薬莢を飛び散らせ、ダークレッドの魔力を刀身に纏わせた。

 

「紫電っ!?・・・一閃!!」

 

 シグナムもレヴァンティンの撃鉄を起こして、紅蓮の一撃を打ち放つ。だが、これは攻撃でも迎撃するための物ではなく・・・

 

 

 

 

「あら?今ので決まったと思ったけど躱されちゃったか」

 

 イヴは殺すつもりで放った魔法が躱されたことに驚いている。

 

「今のは・・・」

 

 シグナムはイヴの一撃に悪寒を覚え、刀身を戻しながら咄嗟に飛び退いていた。その手のレヴァンティンの刀身にはわずかであるが(ひび)が入っている。あのまま〈紫電一閃〉で迎撃していれば、レヴァンティンの刀身は粉砕され、深手を負っていたことが予測されるだろう。

 

「これは骨が折れそうだ」

 

 シグナムはレヴァンティンの(ひび)を指で撫で上げ、自動修復機能により損傷を回復させる。剛性に優れる〈アームドデバイス〉であるレヴァンティンの損傷は驚愕の事態であるが、謎の強敵を相手にしてもシグナムの表情に臆した様子は欠片も見られない。

 

 2人の美女は再び剣を携えて、相手に斬りかかった。

 

 

 

 

(アレは・・・怖すぎる)

 

 烈火は結界内で激しい剣戟を奏でているシグナムとイヴの姿を見て冷や汗を流している。額に青筋を浮かべた爆乳美女同士によるキャットファイト・・・

 

 加えて言い合いを繰り広げている美女2人であるがその実、戦いの内容自体は滅多にお目にかかれないほどの高次元な近接格闘(インファイト)であり、両者の剣圧や霊脚で自然に溢れていた公園が見るも無残な姿へと変わり果てている為であろう。

 

 

「余所見をしている場合ではない!!」

 

 そんな烈火の眼前を長槍が通り過ぎた。

 

 黒のメインフレームに青い装飾がなされた穂先が二股に分かれている長槍型デバイス〈オルトロス〉を振り回すのは銀の騎士甲冑に身を包んだ銀髪碧眼の少年、ヴァン・セリオンだ。

 

「フローレイスピア!!」

 

 ヴァンが持つオルトロスの穂先から氷刃が出現し、リーチを伸ばした刀身を烈火に向かって突き立てる。烈火はウラノスの刀身を氷刃に押し当て身を躱して距離を取ろうとするが、ヴァンは追撃とばかりに槍を突き出しながら氷の槍状の魔力スフィアを打ち出す。

 

「氷結の魔力か・・・」

 

 烈火は驚きの表情を浮かべて迫り来る魔力弾を躱していく。

 

 ヴァンの使用魔法に用いられているのは氷結の魔力。つまり彼は〈魔力変換資質・氷結〉の保持者ということだ。

 

 魔導師の中で魔力を別のエネルギーへと変換・付与する〈魔力変換資質〉を使える者自体は数多くいるが、変換技術自体の難易度が高いため実戦投入できるレベルとなるとその数は途端に減少する。

 

 魔力変換資質には〈炎熱〉、〈電気〉、〈氷結〉の3種類が存在し、特に氷結は資質持ちが少なく、技術習得も困難かつ、変換の難易度が他の2つに比べて跳ね上がる為、それを使いこなしているヴァンは非常に稀有な存在であるということだ。

 

 

 

 

 ヴァンは烈火を間合いから出さないと言わんばかりに身体強化、加速魔法を駆使して槍を突き出し続けている。剣と槍という時点で間合いの差があるにも拘らず、オルトロスは穂先の氷刃によってリーチも一撃の重みも増しており、烈火は突き、薙ぎ、払いを組み合わせた連撃の前に回避に専念せざるを得ない。

 

 

 重量を増したオルトロスを手足の様に操るヴァンの技能は凄まじいが、烈火は手の中でウラノスを逆手に持ち替えて、迫り来るオルトロスの穂先付近の柄を狙って下から斬り上げるように刀身を叩きつけた。僅かであるがヴァンの姿勢が崩れ、開いた胴に烈火はウラノスの機構を双剣形態である〈バニシング・エッジ〉へと変えて左の刃を振り下ろす。

 

「っ!?このっ!!!」

 

 ヴァンは迫り来る刃を防ぐ為に弾かれ気味だった槍を逆回転で引き戻し、穂先とは逆の柄の最後端でどうにか受け止めた。

 

 烈火は刃を押し込むことをせず、瞬間にオルトロスと鍔迫り合う左の剣を格納した。ウラノスを双剣のバニシングから通常の長剣形態である〈エクリプス・エッジ〉へと戻しながら身体全体を回してヴァンの腹部へと逆蹴りを撃ち込んだ。

 

 ヴァンは烈火の左の刃の上段からの一撃を無理な体勢で防いでいたため、蒼い魔力を纏った蹴りをまともにくらったが、衝撃に咳き込みながらも足元に白銀の剣十字を出現させ最小限で踏みとどまる。

 

「フォルストゥバスター!!!」

 

 ヴァンが頭上で長槍を1回転させればカードリッジを排出し、穂先のパーツが開いて姿を変える。通常形態である二又の長槍、〈フローレン・ランス〉から穂先部が大型化した砲撃形態の〈クルスタロ・ランサス〉へと機構を変え、砲身から霜を纏った白銀の砲撃が打ち出される。

 

「エタニティゲイザー!」

 

 対する烈火もウラノスの純白の刃に蒼い魔力を纏わせて斬撃を撃ち放つ。

 

 

 煌めく蒼い斬撃と白銀の砲撃が激突し、周囲を衝撃が包み込んだ。

 

 

 

 

 海鳴市に同時展開された結界の中では魔導師達が激戦を繰り広げているが、戦いは終わるどころかむしろ勢いを増している。

 

 このことから謎の一団の戦闘能力は時空管理局のエースであるなのは達と比べても遜色ないということだ。

 

 最新鋭の技術を携え、突如として襲撃を仕掛けて来た謎の一団の目的とは・・・・・・

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

オリキャラやオリジナル設定が多数出てきましたが皆様大丈夫だったでしょうか?

今回はバトル&バトル&バトルといった感じでございます。

実はこの作品30話以上も話がありますけど、ジュエルシードの暴走体を除けば、魔導師VS魔導師ってクラークVS烈火の模擬戦しかやってなかったんですよね。

まあ、今回も集団戦ではありますが(汗)

そして今回の話は情報量が相当多かったかと思いますが、色んな意味でこの作品の1つのターニングポイントとなっています。

なのはファンの皆様にとってはんんっ!!?という単語や描写がチラホラと出て来ていたと思いますので、大体予想が付いちゃうと思いますがね。

そして上記に書いた通り、オリキャラや独自設定が多数出てきて本格的に話の本筋に絡みだしたこともあって今話から新コーナーを設けました。

オリジナルキャラ、設定紹介のコーナーです!!

皆さん、設定やキャラ紹介で纏めてやれよと思われるかもしれませんが勘弁してください(土下座)

めんどくさ・・・いえ!まあその理由も大きいですが一番は本作の話の流れにあります。

自分は新しい小説を見る時に設定話があると思わず見てしまうタイプの人間ですし、少なからずそういう方はいるかと思います。

うちの主人公は物語冒頭は非魔導師として出てきますので思いっきりネタバレになってしまうんですよね。

まあ、話を見てれば大体予想が付く流れかと思いますが、やっぱり、やっと魔法を使ったか。というのと魔導師だったのか!?では後者の方が作品を楽しんでいただけるかなと思いこの場での紹介となります。


記念すべき1回目は今作のメイン主人公の彼から参ります。


蒼月 烈火(第4章時点)

年齢14歳

魔力光
蒼色

魔導師ランク空戦S+相当

術式
ソールヴルム式

男子にしては長めの黒髪と蒼い瞳が特徴でクールで物静かだが以外とノリはいい。
特別管理外世界独自のソールヴルム式を操る空戦魔導師。
幼年期は地球に滞在しており、高町なのはやその一家とはその折に知り合った。

ソールヴルムでは中等部一年までデバイスマスター科に所属していたが、入学当初の当年に勃発したヴェラ・ケトウス戦役と呼ばれる大戦の戦禍に巻き込まれ、同郷の友人達と共に戦争に身を投じる事となる。

多くの犠牲を払いながらも終戦まで戦い抜き、魔力を封印した状態で再び地球へと赴いた。

しかし、その地球では事件に巻き込まれ、早々に魔力を解放することとなる。
幼馴染である高町なのはとの再会や管理局との接触といった出来事を経て、現在も地球に滞在中。


所持デバイス

ウラノス・フリューゲル

バリアジャケットは白をメインに蒼と黒色の装飾がなされたロングコート。
基本形態である純白の長剣〈エクリプス・エッジ〉
高速戦闘に優れた双剣形態〈バニシング・エッジ〉
エクリプスを大型化させた一撃の火力に優れる〈アブソリュート・セイバー〉
中遠距離戦闘でのメインウエポンとなるエクリプスと同カラーの拳銃である〈ステュクス・ゲヴェーア〉

の4形態が確認されているがこれが全てかは定かではない。


フルドライブ

フリューゲルモード

各種の剣、銃モードや防護服のデザインがより洗練された物へ昇華する。
最も特徴的な変化が背に出現する三対十枚の蒼いウイングである実体可変翼〈フリューゲル〉である。
この翼を戦闘中にリアルタイムで動作させることにより、空中における空力・姿勢・重心制御を行うことで機動力、急制動能力、旋回性能を飛躍的に高めている。

またウラノスにはソールヴルムの最新鋭技術である〈スペリオル・タキオンシステム〉が搭載されている。これは飛行、加速魔法とは別に魔力を直接、光圧として推進力に変換するシステムである。

それが広域展開した〈フリューゲル〉の基部から蒼い翼として放出されることにより、更なる機動力を齎し、他の空戦魔導師とは一線を駕す超高機動戦闘を可能としている。

総評

多様な武装と距離と場所を選ばないで戦える汎用性が相まって全体的に高水準に纏まってと言えるだろう。
魔法無効の影響を受けにくい〈スペリオル・タキオンシステム〉が搭載されていることから、魔法無効や非魔導師との戦闘への対策がなされていることが予想される。
致命的な欠点を上げるなら、扱いの難しいイアリス搭載型デバイスをハイエンド仕様で組み上げたため、製作資金が鬼のようにかかることと。
この機体のフルスペックを発揮するには、戦闘中にリアルタイムでの動作が必要な実体可変翼に加えて、蒼い翼の制御も必要となる為、操作性に非常に難がある事が挙げられるだろう。



初めてのキャラ紹介でしたがいかがでしょうか?
ネタバレにならない程度に新情報もあったかと思います。

増えてきたオリキャラだったり、オリジナル魔法なんかの解説もこんな感じでこれからやっていきたいと思いますので、本編外でも楽しんでいただけると嬉しいです。

因みに魔導師ランクに関しては基本的に高い方が強いですが、原作ではAAAランク2人がかりで格下にボロ負けしたこともありますし、はっきり言って強さに直結はしません。
魔導師ランクが低いキャラが高いキャラに勝てないなんてことは全くないないので、雰囲気で楽しんでくださいw

とはいえ、設定やら執筆中に気づいてしまいましたが今回の新キャラのエリュティアちゃんは武器が手甲×2、鉤爪付き、術式が近代ベルカで次回以降のキャラ紹介で発表しますが魔導師ランクが空戦AAA-相当ということでクラーク君の完全上位互換になってしまっていたという事実・・・


Detonationは何回見ても泣けますね。
なのは熱が収まる気配がないですw

執筆の励みになりますので感想等頂けましたら嬉しいです。
では次回お会いしましょう!


ドライブ・イグニッション!!


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氷雪空間のAbsolute Blizzard

 赤い魔力を纏った鉄球が飛び交う。

 

「てめぇらの目的はなんだ!?」

 

 鉄球を打ち放ったのはヴィータだ。

 

「さあ、何かしら?」

 

 ヴィータと相対している女性は腰上まで伸ばされた灰髪を揺らしながら迫り来る鉄球を回避した。

 

 さらに返しとして、灰髪の女性、バイア・キュクノスは手に持っている銃剣型デバイス〈アストラ〉から灰色の魔力弾を3連射で撃ち放つ。

 

「そんなもん効くか!」

 

「凄い一撃ね!」

 

 ヴィータは迎撃などお構いなしに眼前にシールドを張りながら突っ込む。バイアが放った魔力弾を上空に弾きながら迎撃を突破し、鉄槌型デバイス〈グラーフアイゼン〉を体全体で振り抜いた。攻撃はバイアに回避されたものの、鉄槌が大気を引き裂く轟音により威力のほどが伺える。

 

 

 

 

「管理局の方!私を助けてください!!」

 

 管理局の面々の近くにいたため戦闘域である結界内に閉じ込められてしまった女性は、隣にいるはやてへと声をかけた。

 

「助ける?どういうことですか?」

 

 はやては黙っていた女性がいきなり助けを求めてきたことに対して驚きの表情を浮かべている。

 

デバイス起動前に目の前のバイアから視線を向けられていたことを見ていたはやてはこの女性が今回の一件に少なからずかかわりのある人物だとは予想はしていたが、女性の鬼気迫った様子と管理外世界にいながら管理局の事を知っているということから、それが確信に変わった。

 

 

「駄目よ。その男の言葉に惑わされてはね」

 

「お、男!?」

 

 パニックに陥っている女性を落ち着かせようとしていたはやての耳に飛び込んできたのはバイアの驚愕過ぎる一言であった。はやてはぎょっとした目で隣にいる者をマジマジと見つめる。

 

 顔も声も体つきも何をどこから見ても女性以外の何物でもないはずであるが・・・

 

「身体は確かに女・・・いえ、女性タイプの物ではあるけど、そいつの中身はオッサンよ」

 

「どういうことだよ!?」

 

 ヴィータはバイアに対しての警戒を緩めることなく事の次第を問いただす。

 

「管理局の方々!そんな妄言に惑わされないでください!!」

 

 顔面蒼白の女性の甲高い声がバイアの声を遮るように戦闘域に響いた。

 

「お前・・・とことんクズ野郎ね。悪党の風上にも置けないわ」

 

 バイアの視線が女性を射抜き、先ほどまで表情の起伏が少なかった端正な顔が怒りに歪んだのがはやてらにも見て取れた。

 

「そいつはいくつもの犯罪グループに加担して違法研究を行ってきた科学者よ。研究でドジって消されそうになったもんだから自分の作品に記憶データをコピーして逃げて来たってわけ」

 

 バイアは心底侮蔑するかのような表情で女性を糾弾する。

 

「違う!私は!?そのような事には一切関与していない!」

 

 女性は必死に否定するが、明らかに様子がおかしい。

 

 

 

「こん、な、はずでは・・・」

 

 呼吸を乱しながら女性はなぜこのような事になってしまったのだと後悔の念に苛まれながら、過去の記憶を呼び起こす。

 

 

 

 

 バイアの言うとおりこれまでずっと研究者として過ごしてきた。彼女---彼は優秀な頭脳を持っており、大企業をスポンサーに得て悠々自適に研究に明け暮れる日々を享受していたが、それは唐突に終わりを告げる。

 

 上層部の汚職が世間の目に晒されて企業が倒産したのだ。であるが、この程度なら次の働き口を探せばいい。経営者でも何でもない彼が今の企業にこだわる理由もないし、いくらでもやり直せたはずであった・・・

 

 

 しかし、関わっていないはずの汚職リストに彼の名前が載っていたことからやり直せたはずの人生の歯車が大きく狂い始める。

 

 フリーランスで活動していた彼自身のブランドに取り返しのつかない傷がついてしまったのだ。これまでのような大企業からの話は一切来なくなり、彼にとっては取るに足らないような小さな仕事がポツポツと舞い込んで来るだけになってしまったのだ。

 

 能力があるはずなのにそれに見合った地位も名誉も得られない。

 

 彼は絶望し、次第にアンダーグラウンドな世界へと足を踏み入れる。そこで出会ったのが無限円環(ウロボロス)であった。

 

 自分と同じような研究者を何名も抱えている組織によって彼は再び自身の頭脳を活用できる場に巡り合えたということだ。

 

 歓喜に包まれた彼が開発に着手したのが魔力を動力に動く自立型戦士〈魔導人形〉と呼ばれる物で室内戦に特化し、潜入、暗殺用のロボットである。

 

 

 しかし、開発自体は順調に進んでいたものの、謎の人物によって研究、開発されたものが公表されたことによって彼の立場は一気に危ういものとなった。

 

 

 それは自立型機械兵器〈ガジェットドローン〉と人と機械を融合させる遺失技術によって誕生するサイボーグ〈戦闘機人〉である。

 

 ガジェットは質量兵器を廃するという次元世界の常識から逸脱している為に違法研究とされ、戦闘機人は人間を改造するという特性から倫理的に問題であるということで研究完成を待たずに闇に葬られた技術ではあるものの、あくまで表舞台でのみの話だ。

 

 

 現在、裏社会の技術者達はこれらの技術の研鑽に余念がない状況となっている。

 

 その理由はこれらの技術は現状、次元世界の頂点に立っている魔導師にとって天敵となり得る物となりつつあるからだ。

 

 ガジェットは魔法をほぼ無効化できるAAAランク相当の防御魔法〈アンチ・マギリンク・フィールド〉、通称〈AMF〉を発生させることのできる個体がおり、この機体群自体の武装も質量兵器で構成されているため、フィールド内で殆どの魔法を無効化される魔導師と違い通常通りの戦闘が可能だ。

 

 戦闘機人も魔力に依存しない特殊な戦闘方法を備えており、魔法無効化空間でもフルポテンシャルを発揮できるという。

 

 

 実際にガジェットドローンは管理局のスーパールーキーとされていた高町なのはを撃墜し、世間には公にはなっていないが密かにロールアウトされたと言われている戦闘機人はガジェットと連携し、〈地上本部のストライカー〉ゼスト・グランガイツが率いていた部隊を壊滅させたという話もある。

 

 

 既に多大な戦果を上げているこれらの技術に対して魔導人形は劣っているという烙印を押されることとなった。生産性ならばガジェットが、ワンオフ性能では戦闘機人の方が遥かに優秀であるという結論に至ったからである。

 

 

 ガジェット、戦闘機人と魔導人形の評価を分かつ、最大の要因は魔法無効状態での戦闘を想定しているか、そうでないかということだ。魔導師相手に絶大な効力を発揮するAMF発動下でフルスペックを発揮できる前者達と逆にその影響をモロに受けてしまう魔導人形・・・

 

 魔導人形は単純に時代の流れに乗ることができずニーズに合わなかった。ただそれだけということだ。

 

 

 魔導人形は役立たずの烙印を押されてしまったが、男の能力自体は一定の評価を得ていた。男はこれらの技術の解析、研究に当たるようにという命を受けたが自身の魔導人形への情熱を捨てきれずにいたのだ。

 

 

 魔導人形を戦闘機人並みの完成度にするのだと意気込んでいた男は魔法以外の何かを求め、また性能向上のために情報を集めているうちに、ある管理外世界の遺失工学(ロストテクノロジー)へと辿り着いた。

 

 組織には内密で地球の遺失工学(ロストテクノロジー)について調べに向かうが、どこからか情報が漏れており無限円環(ウロボロス)上層部に知られることとなってしまう。

 

 彼は酷く焦った。自身が主導していた研究は頓挫し、命じられた研究には手を付けていない。このまま自らの有用性を示すことが出来なければ、自分がどのような目に合うのかは想像するまでもないだろう。

 

 多少なりとも組織の内情を知っている以上、逃亡も困難である。

 

 

 そこで思いついたのが、月村安次郎に貸し与えた〈トルヴ〉の内の1機に自身の記憶データのバックアップを取ることによって、自らの記憶と意志を持った分身を他の世界に逃がして再起を図るという物であった。

 

 

 

 

「どうして自分の居場所が分かったかって顔してるわね」

 

 バイアは青ざめている女性を睨み付けながら吐き捨てるように言い放つ。

 

「オリジナルのお前がちょっと脅されただけなのに簡単にゲロったそうよ。もっともその直後に転んで頭を打って死んじゃったそうだから居場所を探すのに時間がかかったけどね」

 

 女性に告げられたのは今までの計画が水泡と化したということであった。バイアは絶望の表情を浮かべている女性にアストラを向けるが、その瞬間、大きくその場から飛び退く。

 

 

 

 

「詳しい事情はその女とお前に聞く!それでこの一件は解決しそうだからな」

 

 鉄球を撃ち込んだヴィータは飛び退いたバイアを逃がすまいと、ハンマー投げの要領で回転しながらアイゼンのバーニアを吹かしてさらに追撃を繰り出した。

 

「痛いのは勘弁なのだけどね」

 

 バイアはヴィータに向けて魔力弾をフルオートで撃ちまくるが、強固な赤い障壁に阻まれて全て上空に弾かれてしまう。グラーフアイゼンのハンマーヘッドの推進部とは逆の自身に向けられているスパイク部の乱回転を見て思わず冷や汗を流す。

 

「逃がすかよッ!!」

 

 ヴィータの一撃は再び空を切った。威力とは対照に攻撃自体が大ぶりである為、身軽なバイア相手に直撃させることは厳しいようだ。

 

 

 だが、ヴィータはアイゼンの柄から薬莢を吐き出しながら自身の回転数を増やし、遠心力を味方につけて威力を増した一撃を繰り出す。

 

「流石にワンパターン過ぎないかしら?」

 

 火力は凄まじいが当たらない攻撃を繰り出し続ける様にバイアは呆れたような口ぶりで灰色の魔力弾をヴィータに向かって撃ちまくる。流石のヴィータといえども雨粒の様に向かってくる魔力弾を防ぎきれなくなりはじめ、そのうちのいくつかが甲冑を掠め始めた。

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 しかし、次の瞬間には飛び退こうとしていたバイアの全身に白い帯が巻き付くように絡まりつく。

 

「相手は1人じゃあらへんよ」

 

 これまで謎の女性の隣で成り行きを見守っていたはやてがバイアに向かって手をかざしている。これははやてが発動させた設置型のバインドであった。

 

「ようやく隙を見せやがったな」

 

 ヴィータはしてやったり顔で鉄槌を振りかざす。グラーフアイゼンでの一撃に目を取られがちであるが、ヴィータの強みは近、中、遠距離を選ばずに戦える汎用性といえる。

 

 本来の彼女であれば〈ラケーテンフォルム〉での一撃が外れた時点で別の攻撃方法に切り替え、柔軟に戦略を組み立てていくのであろうが、今回は愚直なまでにラケーテンでの一撃を繰り出し続けた。

 

 その理由はバイアの油断を誘い、はやてのバインドを確実に成功させるためである。

 

 はやてとヴィータはマルチタスクによる並列思考でバイアと女性の話を聞き取りつつ、思念念話で作戦を練っていたのだ。ヴィータが相手を猛追し、はやてが会話の最中に虚空に設置しておいたバインド位置に追い込むこと、さらにバインドを重ね掛けして相手の動きを完全に封じ込めて・・・

 

「今度こそ!ブチ抜けぇぇぇぇっっっ!!!!!!!」

 

 ヴィータはアイゼンの柄を握りしめて全力の一撃を叩き込む。バイアも灰色の障壁を張るが、鉄槌の騎士の一撃の前に大した効力を発揮できないようだ。

 

 

 

 

「な、なんやて!?」

 

 はやてが驚愕の声を漏らす。アイゼンのスパイクが障壁を貫いたはずであるのにその一撃が炸裂することがなかったためだ。

 

 アイゼンを受け止めるかのようにグレーを基調とした〈独立浮遊シールド〉が割り込んでおり、鋼鉄同士がぶつかり合う鈍い音が周囲に響き渡る。

 

 バイアはヴィータが最新鋭の防衛機構の出現に驚き、アイゼンと独立浮遊シールドがかち合って止まった一瞬のうちにアストラのカードリッジを炸裂させてより強固なシールドを形作った。

 

 

「ちょっとびっくりしたけど、これで終わりよ」

 

 バイアの言葉と共に上空から無数の魔力弾が降り注いでくる。

 

「グレールレイン・・・」

 

 バイアが先ほどまでの戦いで魔力弾を連射していた理由はここにある。ヴィータに弾かれて上空に四散した魔力素をスフィア状に再形成して留めておいたのだ。

 

 会話の最中に細工をしていたのははやて達だけではなかったという事である。戦場に灰色の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 飛び交う氷刃が白刃に砕かれ、儚い音を立てて割れ落ちる。

 

「ちぃ!?はああああああ!!!!」

 

 ヴァンの振るうオルトロスが空を切った。

 

 迫る長槍を身を反らして回避した烈火がヴァンの喉元へとウラノスの切っ先を突き立てるが、オルトロスの柄が間一髪でそれを受け止める。

 

 

 それに対して烈火は刃を止めることをせずにウラノスの刀身を寝かせて、接触しているオルトロスの柄を滑らせていくように斬りつけた。

 

 ヴァンは迫り来る白刃に対し、身体強化を最大にして極限まで高めた脚力で空中に展開されている自身の魔法陣を蹴って大きく距離を取ろうとする。烈火の振るうウラノスの間合いから逃れることができたものの、背後に飛んでいるヴァンに対して蒼い魔力弾が打ち放たれた。

 

 追撃の魔力弾は烈火の左手に握られているウラノスを銃へと機構変化させた〈ステュクス・ゲヴェーア〉の砲身から放たれたものである。

 

 ヴァンはオルトロスの持ち手を後端から柄の真ん中に替え、長槍を大回転させることによって迫り来る魔力弾を防ぐ。

 

「ヴァリアブルレイ!」

 

 しかし、烈火も魔力弾が防がれるのを見越してか、既にチャージを完了していた砲撃をゲヴェーアの砲身からノータイムで撃ち放つ。

 

「っ!ぁ!!」

 

 ヴァンは再び足元に魔法陣を展開し、それを足場に強引に真横へ飛んだが・・・

 

 

 

 

「・・・イグナイトエクスキューション」

 

 回避先には烈火が回り込んでおり、両手に携えた純白の双剣には煌めくように蒼い魔力が纏わりついている。零距離で振り下ろされた双剣から十字架の斬撃が飛翔し、周囲を衝撃が包み込んだ。

 

 

 

 

「まさか、管理局の魔導師がここまでできるとは思っていなかった。魔力を全開にするのが一瞬でも遅れていたら先ほどの一撃で戦闘不能にさせられていただろう」

 

 烈火の斬撃によって吹き飛ばされたヴァンが巻き上がる煙の中から姿を現す。その風貌は先ほどまで烈火と斬り結んでいた時とは異なるものであった。

 

 銀色のロングコート状の騎士甲冑はより機動力重視の軽装へと変化し、手に持っているオルトロスは大きく変化を遂げている。

 

「フルドライブ、ブリューナクモード。ここからが俺の全力だ」

 

 ヴァンは両手に握っている先ほどまでよりシャープな印象を与える2振りのオルトロスを烈火に向けて構えた。

 

 握られている2振りの槍は通常形態のフローレンより柄が短く、片腕でも扱えるようになっていると見受けられる。この二槍流形態がヴァン・セリオンの持つ、オルトロスのフルドライブモードという事だ。

 

 この形態になり、跳ね上がった魔力と上昇したデバイス性能によって烈火の攻撃を最小の被害で留めたのだろう。

 

 

 相対する双剣使いと二槍使い・・・

 

 

 互いの獲物がぶつかり合うかと思いきや、ヴァンが虚空を切るように右の槍を振るえば、全方位に氷の槍状の魔力弾が一斉に飛び出した。

 

 

 

 

「曲芸の様にクルクルと・・・一応、当たるように撃っているんだが」

 

 ヴァンは自身の氷刃を躱し続ける烈火に対して舌を巻きながら言葉を漏らす。全方位に打ち放たれて回避不能に思える氷柱のような魔力弾を雨の中を烈火はバレルロールを繰り返して天空を舞うかのように駆け抜けているからだ。

 

 

 攻撃範囲から出ようと大きく動いたり強固な防御障壁で防ぐのならまだ分かるが、緩急をつけた範囲攻撃であるにもかかわらず、攻撃範囲内に留まって防御魔法すら発動せずに被弾ゼロで回避し続けているため尚更であろう。

 

 

(何を狙っている?)

 

 対する烈火もヴァンの真意を測り知れないでいた。ヴァンの魔法は確かに強力ではあるが魔力弾を全範囲にばら撒くという性質上、攻撃対象が自分1人の状況で使うには余りに非効率すぎるのである。

 

「俺のフルドライブは機動力で押していくものだが、お前だけに時間をかけるわけにもいかない」

 

 ヴァンは足元に発現させた白銀の剣十字に左の槍の石突きを押し当てて、右の槍を回転させ始めた。同時に2人の周りに吹雪が吹き荒れ、辺りが雪原と化す。周囲を飛び交う氷の槍が白銀の魔力を帯びて光輝く・・・

 

 

 

 

 次の瞬間には全方位に飛び交っていた氷の魔力弾の攻撃範囲全て凍結している。まるで空中に氷山が浮いているかのような光景だ。

 

 

「大した反応と機動力だが、お前はもう・・・俺の攻撃に当たっている」

 

 ヴァンの視線の先、形作られた氷山の中には白いロングコートの少年の姿がある。

 

 ヴァンが放ったのは〈魔力変換資質・氷結〉の強みを最大限に活かした対軍用の大規模魔法。

 

 単純な物理攻撃力ならば〈炎熱〉・〈電気〉の方が優れている面もあるが、それを差し引いても〈氷結〉という変換資質はそれらよりも利点が大きいとされている。

 

 何故なら氷結魔法は温度変換魔法という枠組みに分類され、通常の魔法攻撃とは違って魔力障壁では防げないため、防御が非常に難しいと言えるからだ。

 

 

「ここまでの下準備の手間と魔力消費が割に合わないため、対人戦で使う魔法ではないのだがこちらにも目的がある。確実に仕留めさせてもらったぞ」

 

 この魔法〈リオート・グラキエス〉は周囲を凍結させる空間攻撃であり回避が非常に難しく、さらに防御魔法では防げない氷結の魔力である為に防御も容易ではない。

 

 しかし、強力な魔法である反面、デメリットも大きいと言える。周囲全てに攻撃するため魔力消費が尋常ではない事、魔法制御が難しいことが挙げられるだろう。そのため本来であるのなら対数10人相手に使う魔法を1人の相手と戦う際に使用するということは余りに非効率であることは誰の目にも明らかである。

 

 加えて機動力に優れる烈火に対して確実に攻撃を当てる為に通常の〈リオート・グラキエス〉を放つときの様に空間のみを凍結させるのではなく、魔法発生の特異点とすべく氷刃を全方位に撒き散らすという下準備も行っていたのだから、魔力消費は相当なものといえるだろう。

 

 

 

 

「そこで永遠に凍っていろ」

 

 ヴァンの碧眼が殺傷設定で放たれた大規模空間攻撃の氷山の中で凍結している烈火を射抜いた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は説明&箸休め回という感じです()


次回は皆さまお待ちかねの原作の主役2人のターンです。

そして、次世代に繋がる伏線がチラチラと出てきましたかね。



では第2回キャラ紹介のコーナー!

東堂煉(第4章時点)

年齢14歳

魔力光
黄金

魔導師ランク空戦AA+

術式
近代ベルカ式

短い金髪が特徴の端正な顔立ちの少年。

9歳の時には父が用意した数名の護衛とともに管理局の任務を体験するという名目で次元運航艦アースラに乗船しており、ジュエルシードを巡る事件に遭遇した。

その際に出会ったフェイト・テスタロッサには並々ならぬ感情を抱いている様子。

PT事件を後にアースラを降りていたため、闇の書事件には拘らなかったものの、裁判を終えて活動拠点を地球に映したフェイトを追うように当年に地球へと移住し、聖祥小学校へと転入した。

父を管理局の高官に持ち、自身も本局のエリートとして名を馳せつつある。
少々、素行に問題があるが容姿に優れ、高魔力保持者ということで東堂派の旗印としてはこれ以上ない人物であるため、管理局上層部からも高く評価されている。

現在は時空管理局と聖祥学園中等部に所属している。


所持デバイス

プルトガング

騎士甲冑は黄金を散りばめた煌びやかなもので、背には黒いマントを羽織っている。

基本形態は黄金の大剣である〈クリューソス・ソード〉
刀身を短くして小回りを利かせる〈アウルム・ソード〉
射撃戦に使用される鍔の部分が半回転した〈オーロ・バスタート〉

の三形態が確認されている。

フルドライブは現状未確認。


総評

東堂派の技術の推移を結集して制作資金を惜しまずに作られている為、全体的に高スペックといえる。
高性能のAIを搭載したインテリジェント型であるが並みのアームドデバイスにも強度では負けていない。

一般局員が目玉を飛び出すほどの開発資金がかかっていることから目を逸らせば、扱いやすく高スペックで言うことなしである。


最近出番がないですが皆様にある意味で大人気の彼の紹介でした。
フォローする気はないですが、実は普通にハイスペックなんですよ。
気になる部分もあるかと思いますがそこは今後のお楽しみということで・・・


執筆の励み、モチベーションの爆上げになりますので、感想等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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苛烈閃々のChaos Ring

 目にもとまらぬ速さの金色と深紅の閃光が結界内で何度も激突する。

 

 フェイトは白いマントを靡かせながら両手で握りしめている〈バルディッシュ・ザンバー〉を上段から振り下ろした。

 

 対してエリュティアは大きな刃を旋回して避けながら、フェイトに〈プロメテウス〉の指先を向けて突っ込んでいく。加速魔法を使用しながらカートリッジを炸裂させ、右腕の深紅の刃で紅の軌跡を描くように叩きつける。

 

 迫り来る5本の刃を身を捩るように躱したフェイトは振り向き様にザンバーを横薙ぎに振るうが、エリュティアは身体を跳ね上げるように刃を回避した。

 

 しかし、フェイトは刃が標的を素通りしたことに対して焦ることなく身体を一回転させて今度は斜めに斬り払う。ザンバーの巨大な刀身から放たれた気流の様な剣圧がエリュティアをその場に釘付けにした。

 

「プラズマランサー!発射(ファイア)!!」

 

 バルディッシュの剣圧を防ぐ為に腕を交差させて一瞬、身を硬直させたエリュティアに雷撃の槍が連続で撃ち放たれる。

 

「しゃらくせぇ!!ガーネットストーム!!!」

 

 エリュティアはプロメテウスのカートリッジを炸裂させながら、交差している腕を振り下ろした。10本の紅い斬撃がフェイトの雷撃槍を真っ二つに斬り裂き、魔力が減衰しながらもその背後にいる術者へと向かって行く。

 

 それに対してフェイトは一瞬驚きながらも宙返りをして攻撃を避けながらエリュティアから距離を取った。

 

 

 ここまでのやり取りは加速した世界の中を飛び回る2人によって、一瞬の間で行われた物である。

 

 

(このままじゃ押し切られちゃいそうだね)

 

 フェイトの表情は芳しくない。彼女の体には細い筋の様な切り傷が何ヶ所も見受けられる。これは接触時にプロメテウスの刃によってつけられたものである。

 

 対してエリュティアも騎士甲冑にいくつか焦げたような跡がついているがフェイトに比べると軽傷といえるだろう。

 

 

 元々、バルディッシュのフルドライブ〈ザンバーモード〉は高機動で相手を撹乱して必殺の一撃を撃ち込むことに特化している武装である。身の丈ほどもある巨大な大剣は生半可な防御の上からでも高火力の魔法を打ち込める威力と引き換えに通常形態と比べると取り回しに難があると言わざるを得ない。

 

 そのため近接格闘(クロスレンジ)で長時間斬り結ぶことに特化しているエリュティアのプロメテウスとの相性はお世辞にもいいとは言えないということだ。

 

 

(それにあのカートリッジ・・・私達と違う?)

 

 だが、それ以上にフェイトを追いこんでいるのがプロメテウスの出力上昇である。バルディッシュらに搭載されている〈ベルカ式カートリッジシステム〉は炸裂させるとともに魔法の威力が跳ね上がっていくが、プロメテウスの物は自身らのそれとどこか違うように感じられたのだ。

 

 カートリッジ炸裂後のプロメテウスにはフェイトの魔法攻撃が悉く通用しない。そしてプロメテウスの基礎出力はフルドライブ発動中のバルディッシュと大差ないと思われる。

 

 

 

 対峙したまま動かない両者・・・

 

 その最中、フェイトの口元が吊り上がった。

 

 

「そうだね。私は1人じゃない」

 

「いきなり何言ってんだ?」

 

 エリュティアはバルディッシュのコアを撫でながら笑みを零したフェイトを訝しげに見つめている。

 

「私には頼れる仲間達がいるってことだよ!!」

 

 フェイトはエリュティアの眼前で金色のツインテールを揺らしてバルディッシュを振り下ろした。

 

 

 

「何だこいつ!?自棄になりやがったか!」

 

 バルディッシュから放たれる剣圧がエリュティアを襲うが不意を突かれた先ほどとは違い、大きく攻撃範囲から逸れる事によってしっかりと対処する。

 

 であるにもかかわらずフェイトはバルディッシュを我武者羅に振り回し始めたのだ。

 

 竜巻の様な剣圧がエリュティアの動きを阻害するが魔法攻撃ではない為、直接的な有効打にはならず、端から見ても体力の無駄遣いと言わざるを得ない。

 

 

 

 

 エリュティアがフェイトの体力切れを待って一撃で仕留めようと僅かに気を緩めた瞬間に眼前で閃光が弾けた。

 

「このッ!!??」

 

 エリュティアは反射的に左腕を突き出して掌部から波紋の様に防御障壁を展開する。深紅の障壁と弾ける雷撃がぶつかり合い、光を瞬かせた。

 

 煌めく雷光の中でエリュティアの瞳に飛び込んできたのは刀身の無い大剣を構えているフェイトの姿・・・

 

 フェイトは大鎌形態の〈クレッセントモード〉の際に放つ〈クレッセントセイバー〉の要領でザンバーモードの閃光の刀身を打ち出して、それを爆散させるという攻撃方法に出たということだ。

 

 

「これで動きが止まった!トライデントスマッシャー!!!」

 

 フェイトはザンバーから左腕を離して眼前に構える。その左腕には金色の円環状の魔法陣が幾重にも絡みついており、掌から三ツ又の矛を思わせるような砲撃が分裂して発射された。

 

「ルージュサリュテロス!!!」

 

 エリュティアも右の掌から深紅の砲撃を打ち放ち、赤と金が激突する。

 

 

 

 

 激突の末、深紅の砲撃は金色の砲撃に飲み込まれる。ルージュサリュテロスはトライデントスマッシャーの威力を殆ど相殺したとはいえ、押し負けたことでエリュティアは大きく吹き飛ばされた。

 

 

 追撃に備えてすぐさま体勢を立て直したエリュティアの目の前ではフェイトが天高く大剣を突き上げている。

 

 バルディッシュ・ザンバーから炸裂した薬莢が飛び出すと同時に閃光の刀身がより巨大なものとなって再構成され、刃を雷が包み込む。

 

 

「そんなデカい獲物に当たるか!・・・っ!?」

 

 突然の奇襲に戦いの主導権を奪われかけたエリュティアがフェイトの方を向いてほくそ笑んだ。フェイトが放とうとしているのは必殺の一撃であろうが、強大な魔力が込められているのが目に見て取れるほどである反面、威力は増しても巨大化した刀身ではどう見てもエリュティアの機動にはついてこれないだろうことが予測されるためである。

 

 既に体勢を立て直した以上は敵に隙を見せるだけの大技・・・であったが、エリュティアの表情がここに来て大きく歪んだ。

 

 目の前のフェイト、そして自分・・・その対角線上に別の敵と戦っているスリネの姿がある為だ。

 

 自らがフェイトの攻撃を避ければ目の前の大出力攻撃が砲撃を打ち放とうとしている寸前のスリネに襲い掛かるであろう。スリネがフェイトの対処に当たれば彼女が相手をしているなのはが完全フリーとなってしまうため、自らはそちらの相手をすることになる。

 

 この位置取りに追い込んできた以上、そんなことはなのはとフェイトも承知のはずであり、何らかの策を講じている可能性が高い。下手に動き回って動きを止められる罠にでもかかろうものなら蜂の巣どころか高魔力の一撃にすり潰されるであろうことは想像に難しくない。

 

 

「やってくれたな・・・一撃だけもってくれよ!!」

 

 エリュティアの選択はその場での静止であった。赤い髪が魔力によって靡いており、脱力したように下げられている両腕には深紅の魔力が渦を巻く。

 

「行けよッ!クリムゾンファングッッ!!!」

 

 カートリッジを炸裂させ、プロメテウスの両指をなぞるように出現した10本の巨大な魔力刃をフェイトに向けて繰り出した。

 

 

「動いてこない・・・なら!貫け・・・雷神ッ!!!」

 

 フェイトもバルディッシュのカートリッジで魔力を高めた雷撃刃を振り下ろす。現状のフェイトが放てる収束砲撃(ブレイカー)を除いた場合の最強の魔法〈ジェットザンバー〉だ。

 

 

 嵐を思わせる10本刃と全てを斬り裂く閃光の刃・・・

 

 

 深紅と金色が再びぶつかり合う。

 

 

 

 

「あっちは動いてこないね。じゃあ、こっちも行っこか!!」

 

「さっきからニヤニヤと気持ち悪いわね」

 

 なのはとスリネが互いのデバイスの砲身を向けて対峙している。

 

「えー!そんなにはっきり言われちゃうと落ち込んじゃうんだけどな」

 

 なのはは辛口のスリネを前に肩を落とすが、その表情は零れる笑みを堪えきれないといった様子であった。戦闘中のほんの一瞬、遠目で視線を合わせただけのフェイトが自分と同じ考えの元に戦っていた事がよほど嬉しかったのだろう。

 

 

 これまでの戦闘はスリネの優勢で進んでおり、なのはは終始に渡って押されていた。その原因はフェイトと同じくデバイス自体の性能差にあると予測される。誘導弾と砲撃の打ち合い、バインドの掛け合いと魔法運用に関しては互角といったところであったが、砲撃のチャージや術式の発動速度、魔力とは別に身を守る最新鋭の〈独立浮遊シールド〉の分、なのはの方が後手に回ってしまっていたということだ。

 

 

 そんな時、遠くで戦っているフェイトと一瞬だけ視線が重なった。なのはは自身の意図を汲み取ったかのように頷いたように見えたフェイトを信じて、念話すら送らずにそのまま自身の戦闘へと舞い戻っていた。

 

 

 1VS1の状況でジリ貧になるのならそうならない状況へと持っていく。自分1人の力で困難であるのなら、仲間と共にそれを行えばいい。この戦場に立っているのは自分1人ではないのだから・・・

 

 

 

 

 結果としてエリュティアが留まってフェイトを迎え撃ったのは正解といえる。なのはとスリネの戦闘の影響で既にこの戦闘域の至る所には桜色と翡翠の設置型バインドが張り巡らされており、下手に援護に向かえば足を止められてしまってフェイトに撃墜されていた可能性が非常に高いためだ。

 

 なのははエリュティアがバインドを潜り抜けて向かってきた場合の事、スリネがフェイトと戦うことになるケース、はたまた2VS2で戦うことになる状況だけに留まらず、あらゆる場面での対策を戦いの中で打ち立てて動いていた。

 

 そして、なのはとフェイトはアイコンタクトとすら言えないような一瞬のやり取りでその情報を、想いを共有していたということだ。長きに渡って肩を並べて、共に大空を駆け続けて来た2人だからこそできた芸当であろう。

 

 

 この作戦で相手を追い込むことができれば、エリュティアもスリネも行動を起こさなかったとしても、下手に動き回れないのは全員に共通する事であるため、砲撃の連射速度でスリネに劣るなのはが唯一正面から撃ち勝てる可能性のある最高出力の砲撃の打ち合いに持ち込むことは最低限できる。

 

「いい加減終わりにしましょう!」

 

 スリネは自身のデバイス〈ゼピュロス〉の砲身を最大まで伸ばし、遠距離狙撃モードの〈グレイル・カノン〉へと姿を変えた。

 

「うん。何でこんなことしたのか、お話聞かせてもらうからね」

 

 なのはも〈エクセリオンモード〉のレイジングハートをスリネ向ければ、穂先の辺りから光が漏れ出して桜色の翼が形成される。

 

 

「本当にうっとおしいわね!!アイオロスバスター!!!!!」

 

 スリネがゼピュロスのトリガーを引き、なのはに向けて翡翠の極光が撃ち出した。

 

「フェイトちゃん、レイジングハート、バルディッシュ・・・みんなで作った最後のチャンス!無駄にはしない!!エクセリオンバスター!!!!!」

 

 なのはも収束砲撃(ブレイカー)を除けば最高出力の桜色の極光をレイジングハートの穂先から撃ち放つ。

 

 

 2つの極光が両者の中央で激突した。ぶつかり合う余波だけで結界全体が悲鳴を上げるほどの勢いだ。

 

 

「なんて馬鹿魔力!?押し返すッ!!!」

 

 スリネはこれまでと違い、4本に分裂した桜色の砲撃により自身の砲撃の端を捕らえられて押さえつけられているような感覚を覚えていた。ゼピュロスのカートリッジを炸裂させ、砲撃の威力の底上げを行って桜色の砲撃を押し戻していく。

 

「凄い威力・・・だけど!フォースバースト!!!」

 

 なのはもカートリッジを炸裂させて対抗する。その数は4発・・・

 

「なッ!?」

 

 スリネは思わず目を見開いて自身のデバイスを忌々し気に睨み付けた。〈アイオロスバスター〉を押さえつけているのは分裂した砲撃ではなく、4連射で放たれた〈エクセリオンバスター〉・・・・・・

 

 

「ブレイク・・・シュートッ!!!!!」

 

 そして、なのはの掛け声に合わせてその中央からフルパワーが込められているであろう弾けんばかりの極光が姿を現して全てを桜色に飲み込んでいく

 

〈エクセリオンバスター・フォースバースト〉・・・ただでさえ高出力を誇るエクセリオンバスターの4連射というありえない出力の砲撃を前にスリネにはこれ以上の打つ手はないようで徐々に翡翠色の砲撃が桜色の極光に喰われていく。

 

 

 

 

〈私はスリネ・ソレイユ。貴女は何て名前なのかしら?〉

 

 凄まじい砲撃の打ち合いの最中、なのはに対して目の前の翠髪の少女から念話が届いた。なのはは先ほどまで自分の話を聞こうともしなかった少女から突然名乗られたことに対して、戦闘中である為か顔に出すことをしなかったものの動揺を隠しきれないでいる。

 

〈私は時空管理局の高町なのはです!スリネさん達はどうしてこんなことをしたんですか!?〉

 

〈いきなりファーストネームを呼ぶなんてはしたないわね。タカマチ・ナノハ・・・その名前忘れないわ。貴女も私の事を忘れちゃダメよ〉

 

 なのははスリネに対して名乗り、改めて行動の真意を問いただすが一方的に言葉を投げかけられたのみであった。

 

 次の瞬間、ぶつかり合っていた砲撃から押し返される手ごたえが消失した。

 

 

 

 

 

 

「思った以上にやるじゃねぇか!!!」

 

 エリュティアは迫り来る巨大な雷撃刃に自身の10本の刃を押し込んでいく。

 

 

 両者の魔法の威力は互角・・・

 

 

 しかし、プロメテウスが薬莢を吐き出したかと思えば、深紅の魔力刃に渦が纏わりつき、フェイトの閃光の刀身を砕くようにその先端が食い込んでいく。

 

「みんなの為にも、私は負けないッ!!!」

 

 フェイトの気迫が籠った声と共にバルディッシュから3つのカードリッジが排出され、雷撃刃の勢いが増したと同時にエリュティアの魔力刃の内の3本が硝子の様に砕け散り、他の刃にも(ひび)が入り始める。

 

 

 

〈お前!名前は!?〉

 

〈え、えっと、時空管理局本局所属、フェイト・T・ハラオウン執務官です!〉

 

〈フェイトか・・・アタシはエリュティア・プロミナートだ!!次に会う時にお前を墜とす奴の名前だから忘れんなよッ!!!〉

 

 スリネと同様に念話でエリュティアが突然の名乗りを上げ、フェイトは戸惑いながら返事をする。

 

 

「え・・・」

 

 次の瞬間、フェイトの刀身を押し返す手ごたえが一切なくなった。

 

 

 突如としてエリュティアの姿が消失したのだ。

 

 

 

 

 威力をそのままに行く先を失ったジェットザンバーとエクセリオンバスターが結界内で激突し、結界全体を揺るがす衝撃が周囲を包み込む。

 

 

「に、逃げられた・・・」

 

「う、うん」

 

 巨大なクレーターの中で巻き上がる土煙の中からフェイトとなのはが姿を現した。激突の最中、全身を覆うように障壁を張って難を逃れたようである。しかし、エリュティアとスリネの魔力反応は結界内のどこにもない。

 

 どうやら事前に緊急用の転移魔法を仕込んでいたようであり、戦況が不利と見るや撤退してしまったということが予測される。

 

 

 戦闘中には砲撃を連射していた為、魔力が枯渇しているなのはと本来のコンセプトとは異なるザンバーの無茶な使い方をして体力切れのフェイト。どうにか襲撃者の撃退には成功したが追撃しようにも既になのはとフェイトは戦闘可能状態ではない。

 

「他のみんなは大丈夫かな?」

 

「みんな簡単に負けたりはしないと思う。でも、さっきなのはにぶつかった女の人の事も気になるし、みんなの無事を確認するためにも早くこの結界を解除しないと」

 

 

 殺傷設定で襲い掛かって来た謎の一団、その実力は紛れもなく本物であった。他の面々を心配するなのはとフェイト・・・

 

 同時刻、他の結界での戦闘が激しさを増していたことをまだ2人は知らない。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

何をとち狂ったのか連投です。

そして第3回のキャラ紹介です!

クラーク・ノーラン(第4章時点)

年齢14歳

魔力光
灰色

魔導師ランク陸戦B

術式
近代ベルカ式

時空管理局所属の若手魔導師。
刈り上げられた焦げ茶の髪から活動的な印象を受ける少年である。
エースやストライカーにあこがれて入局したものの、平均値を下回る魔力量に魔法適性の無さとお世辞にも魔導師向きとは言えず、部隊でも結果を出せずに腫れもの扱いを受けていた。

しかし、同年代の教導官、高町なのはとの出会いを通じてクラークに合った戦闘スタイルを見出されてからは徐々に部隊内でも認められるようになっていった。
彼女の仲間たちの魔導を参考にクラークでも使えるように術式を落とし込むなどといった協力を受けて使える魔法のバリエーションも増えつつある。

使用デバイス

バスターナックル

騎士甲冑は黒を基調とした中華の拳法家のミッドチルダ版というべきもの。

通常形態である両腕の手の甲に装備される手甲〈ナックル〉
チューンアップによって追加された肘部のパーツが開いて自身の魔力を推進力へ変えることで強力な一撃を放てる形態〈ブースト・ナックル〉

の2種類に形態変化が可能。


総評

近代ベルカ式を使う一般局員向けの量産型デバイスをなのはの知り合いであるデバイスマスター、マリエル・アテンザがチューンアップした非人格タイプのアームドデバイス。

マリエルの手が加えられたことによって通常に配備されている物よりは基礎スペックが引き上げられている。


午前中に上がった前話と共に感想等頂けましたら嬉しいです。
劇場版の公開が終わってしまい私のモチベの上昇ポイントが皆様のお声だけになってしまいました。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!!


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剣戟交叉のWindhose

 結界内で繰り広げられているのは白刃と黒刃による激しすぎる剣戟の応酬・・・

 

 

「はああああああぁぁぁっ!!!!」

 

 シグナムは兜割りの要領で対峙しているイヴを両断すると言わんばかりに自身の愛刀〈レヴァンティン〉を振り抜いた。

 

「暑苦しいのよ!脳筋乳牛騎士さん!!!」

 

 イヴは刀身に弾けんばかりの爆炎を纏っているレヴァンティンを受け止めることを嫌ってか、身を反らすことで迫る一閃を回避してその手に持つ〈ダーインスレイヴ〉でシグナムの喉を搔き斬ろうと一気に懐へと飛び込む。

 

 対するシグナムは爆炎を纏ったまま切っ先が下を向いているレヴァンティンを斬り上げるように振り抜いて迎撃する。

 

 

 鈍い音を立ててぶつかり合う互いの剣・・・

 

 レヴァンティンがダーインスレイヴを押し始めたかと思いきや、イヴのカートリッジロードに合わせるかのようにシグナムがその場から飛び退いた。

 

「逃がさないわよッ!!」

 

「ちぃ!?」

 

 イヴは猛追し、肉薄してダーインスレイヴで斬りつけるがシグナムは刃を斜めに傾けたレヴァンティンで衝撃を受け流すかのように防御する。

 

「腰抜け騎士様ね!大きいのは態度と胸だけかしら?」

 

 レヴァンティンの刃によって背後に流れていく身体を反転させたイヴの眼前にはシグナムの姿はなく、大きく距離を開けられていた。イヴは剣で打ち合うつもりはないのかとシグナムを罵倒している。

 

「好き放題言いおって・・・とはいえあのカートリッジをどうにかせねば勝機は無いな」

 

 シグナムはイヴの発言に対して内心思うところがないわけではないようだが、今は堪えて戦況の分析に勤めているようだ。

 

 シグナムとイヴは同じタイプの戦闘スタイルといえるだろう。術式は共に〈古代(エンシェント)ベルカ〉、メイン武装は長剣、機動力と攻撃力に優れ、ラウンド型のシールドを使用するベルカの騎士・・・

 

 イヴの剣技には目を見張るものがあるが、それはシグナムの剣技とて同様であり、現状の段階ではどちらかが大きく劣っているとは思えない。しいて言うのなら火力はシグナムが俊敏性はイヴが誤差の範囲で優れているといった印象である。

 

 両者の実力に大きな差はないがシグナムが防戦に回っている原因はイヴのダーインスレイヴのカートリッジにあるのだろう。

 

 ダーインスレイヴとの斬り合いでは剛性に優れる〈アームドデバイス〉の中でもさらに頑丈な部類に入るレヴァンティンの刀身に(ひび)が入る場面が何度かあった。

 

 さらに打ち合いでレヴァンティンが大きなダメージを受ける際に前動作としてダーインスレイヴのカートリッジシステムが起動していた。

 

そのためシグナムはイヴのカートリッジロードに合わせて衝撃を逃がすように剣を引いて、互いの刀身を正面からぶつけ合わせないよう立ち回っており、今の所はデバイスへのダメージを軽微で済ませることが出来ているようである。

 

 

 逆に言えば相手の高出力技に対して逃げの一手しか打てないという状況に陥っている裏返しでもあった。

 

 シグナムは自身が長らく使用している〈ベルカ式カートリッジシステム〉とイヴの使っているカートリッジシステムは似ているがどこか違うのではないかという違和感を感じ取っているようだ。

 

 

「喰らいなさいな!!!」

 

 イヴはカートリッジを炸裂させ、ダークレッドの魔力を纏ったダーインスレイヴをシグナムに向かって振りかざす。しかし、シグナムは迫り来るダーインスレイヴに対して炎を放出しているレヴァンティンの刃を斜めに添えるように向けて、その攻撃を最小限の衝撃で受け流した。

 

「もう!釣れないわねぇ」

 

 イヴは激しい剣戟の最中でシグナムに対して有効打を決め切れないことに少なくない驚きを覚えている。

 

(今の所はどうにか凌げているが、何かしらの対策を講じなければ此方が不利か・・・)

 

 シグナムもデバイスの性能をフルに引き出しているイヴの前に明確な突破口を見いだせないでいた。

 

 

 現状は互角であるが、瞬刻でも気を抜こうものなら相手に全て喰らい尽くされる。奇しくも戦いの中で互いにそんな確信じみた想いを抱いている。

 

 互いに戦っている相手の戦闘技能に対して称賛にも似た感情を抱いているのだ。

 

 

 イヴとて闇雲に剣を振るっているわけではない。流麗な剣捌きの中に織り交ぜるようにシグナムにとって最も有効であろうカートリッジ炸裂時の剣戟を通常時の斬撃と寸分違わぬモーションで撃ち出しているため、目算での判断はほぼ不可能だ。

 

 加えてイヴは通常の魔導師、騎士のように術式を発動させてから斬りかかるのではなく、剣を振るいながら術式の発動とカートリッジの炸裂を行っており、変幻自在な戦闘スタイルを見せているため剣戟の見極めは困難を極めている。

 

 さらにシグナムがカートリッジ炸裂後の斬撃を防ぐ為には〈紫電一閃〉並みの魔力を刀身に纏わせて受け流すか、回避のどちらかの手段しか講じることができない。

 

 前者はいつ来るか分からないその攻撃のために常時刀身に魔力を纏って戦うことになることを示しており、斬り合いに押し負ける事は減るであろうが魔力枯渇で戦闘不能になってしまう可能性が高い。

 

 速力に優れるイヴの剣戟を前に出力が跳ね上がった攻撃のみを見極めること自体の難易度が高く、全ての攻撃を回避し続ける事は不可能に近いため、後者の行動を取ることもまた困難である。

 

 

 しかし、シグナムは長年の戦闘経験によるものか、イヴの剣戟の中で対処が必要な攻撃を見極めてそれのみを高魔力技で受け流して見せていた。

 

 

 

 

 だがシグナムにとってもこの展開は決して良い状況とは言えないようである。本来のシグナムは高い火力と機動力を活かして自ら斬り込んでいく攻めの戦闘スタイルを見せるがこの戦いにおいてはその様子は全く見られない。

 

 現在、地球に滞在している魔導師達の中で単体戦闘能力という面では最強であろうシグナムがイヴの攻めの前に防戦一方となってしまっていることがこの状況を物語っているだろう。

 

 

「本ッ当に目障りな女ね!あんまり時間ないんだからさっさとボウヤのとこに行かせなさいよ!!!」

 

「させぬと言っているッ!!なっ!?」

 

 イヴは空に舞い上がるかのように浮かせた身体を縦回転させて遠心力を付けながらダーインスレイヴを振り下ろす。当然ながらシグナムも上に翳したレヴァンティンで弾き飛ばすが、その首に空中で体を横に寝かせるようにして突き出された鋼鉄のヒールが迫る。

 

 シグナムは首を逸らすようにイヴの蹴りを回避しようと試みたが、眼前のヒールの踵と足先からダークレッドの魔力刃が構成され、鮮血が宙に舞った。

 

 

「ぐううっ!!?」

 

 シグナムは大きく体勢を崩しながらも身体全体を捩って首への一撃の回避にどうにか成功させ、そのまま後方に距離を取ろうとしている。

 

 

 完全に不意を突かれた一撃に絶体絶命かと思われたシグナムであったが首に迫る刃に対して咄嗟に上半身の左半分に装身型のバリア〈パンツァーガイスト〉を展開して防御を試みていたのだ。

 

 しかし、イヴの手に持っているダーインスレイヴから薬莢が吐き出されると同時に加速した魔力刃がシグナムの身を覆う赤紫の魔力バリアを斬り裂いていく。

 

 それを見るや否やシグナムは再度の回避を試みた。身体全体を捻るようにして背後に飛んだことにより首元への一撃の回避には成功したが、左肩を斬り裂かれてしまい鮮血を流している。

 

 怪我を負ったとはいえ、迫る刃に対しては防御魔法〈パンツァーガイスト〉、騎士甲冑の一部である肩口を覆う白い羽織があったため傷は浅い物であり出血量も少ないようで戦闘に支障はなさそうである。

 

 

「逃がさないわよ!!」

 

 イヴは完全に不意を突いたはずの攻撃をシグナムが防ぎ切ったことに対して、一瞬だけ驚きの表情を浮かべたものの、相手が体勢を立て直す前にと上段からダーインスレイヴを振り下ろす。

 

「なっ!?がっ!!!」

 

 攻めきれれば勝てると突っ込んだイヴの前で体勢を立て直しきっていないシグナムがレヴァンティンの切っ先を向けている。

 

 苦し紛れの反撃かと思った瞬間、その切っ先が炎を纏って眼前に出現した。イヴは剣十字の障壁で受け止めようとしたが迫り来る炎の龍に魔力の壁を食い破られる。

 

 かろうじてダーインスレイヴの腹でレヴァンティンの切っ先を受け止めるが追撃に対してカウンターを決められ勢いを削がれてしまった。

 

 〈シュランゲバイゼン・アングリフ〉・・・レヴァンティンの連結刃形態で放たれる魔力を纏った刀身による空間攻撃である。シグナムは刀を振るえない状況で近接攻撃の間合いの外へと反撃の刺突を放ったということだ。

 

「逃がさないのは此方の方だ!飛竜一閃ッ!!!」

 

 シグナムはカウンターを成功させるとともに体勢を立て直し、刀身を引き戻したレヴァンティンを左腕に出現させた鞘に納めてカートリッジを炸裂させた。魔力を纏った炎の龍を上段からの振り下ろしと共に飛翔させる。

 

 ここに来て初めてシグナムが攻勢に出た。

 

 

「調子に乗らないで!!ドゥンケルハウリング!!!」

 

 イヴもシグナムの思わぬ反撃に対して取り乱すことなく赤交じりの黒の斬撃を横薙ぎに振るったダーインスレイヴの刀身から撃ち放つ。

 

 

 互いの砲撃以上の火力を誇る斬撃が戦闘域で激突した。

 

 

 しかし、拮抗したのは僅かの間・・・

 

カートリッジで威力が増している飛竜一閃がイヴの斬撃を斬り裂いて爆炎を上げた。

 

 

「ぐっ!!?抜かれちゃったわね・・・な、なっ!??」

 

 イヴはカートリッジ未使用の自身の斬撃が打ち負けることを予想していたのか高度を下げながら激突の衝撃から逃れたものの、その表情が驚愕に染まる。

 

 

 

 

「はああああああああああぁぁっっ!!!!!!!」

 

 爆炎の中心を突っ切って来たシグナムがレヴァンティンを構えて上空を陣取っていたのだ。3回の炸裂音を奏でながらレヴァンティンを振り下ろす。

 

 その刀身が視界を覆い尽くすほどの巨大な爆炎刃と化してイヴに迫る。

 

 それはイヴによって斬り裂かれていた白い羽織が自身の炎圧で吹き飛んでしまう程の勢いでの突貫攻撃であった。

 

「ここまでとはね!本当にムカつく女!!」

 

 イヴの予想を超えるシグナムの苛烈な攻め・・・

 

回避は不可能と判断し、魔力を刀身に纏わせてダーインスレイヴを突き出した。

 

 

 

 

 振り下ろされる炎と巻き上げられる闇が再び激突する。

 

 

 

 

「今ならばカートリッジは使えまい!!」

 

「なっ!?気が付いていたの?」

 

「私がただ防御に徹していると思っていたのか?そのカートリッジシステムは我々の物とは若干違うようであるが基本的には同様の使用用途であろう。我らの魔法に対する何かしらの耐性と大幅な出力上昇には目を見張る物があるが再使用までにタイムラグがある・・・違うか?」

 

 イヴはシグナムの指摘に目を見開いた。エリュティアのプロメテウスと同系統のカートリッジシステムの弱点を言い当てられてしまったからなのであろう。ここに来てイヴの想定をシグナムが完全に超えた。

 

 

「斬り捨てるッ!!!!」

 

「ぐぎっ!?こ、このぉ!!」

 

 シグナムが繰り出した上空からのカートリッジ3連ロードの紫電一閃によりダーインスレイヴの刀身が悲鳴を上げる。

 

イヴは攻撃を凌ぐためにダーインスレイヴを持つ手に力を込めるが、今のシグナムの斬撃を受け止めるということは爆炎を纏った隕石を受け止めるに等しく、その表情が苦悶に歪む。

 

 そして、ダーインスレイヴの刀身に(ひび)が入った

 

「私より上の女がいるわけないでしょ・・・舐めんじゃないわよッッ!!!!!!!!」

 

「何ッ!?」

 

 先ほどとは逆に今度はシグナムの想定をイヴが超えて行く。イヴは端正な顔を歪ませながらも紫電一閃を前に持ちこたえているのだ。

 

 

「ま、間に合っ!た!!」

 

「ちっ!?はあああああっっっ!!!!!!」

 

 ダーインスレイヴの刀身に黒い魔力が走り、その威力が絶大なものへと跳ね上がる。カートリッジ再使用までの時間を凌ぎ切ったのだ。

 

 シグナムもここまで来たら引くわけにはいかないと爆炎の出力を上げる。

 

 

 煌めく爆炎と広がる闇色の魔力・・・

 

 強大な魔力を付与された2つの刀身は半ば根元から砕け散り、その術者達は爆風の中に飲み込まれていく。

 

 巨大な爆発が周囲の地面を抉り取るように大きなクレーターを形作った。

 

 

 

 

 上から剣を振り下ろしたシグナムと下から押し上げていたイヴでは勢いの分、後者の方がダメージが大きかった様であり、よろめいたイヴにシグナムが迫る。両者の手は既に刀の柄は握られていない。

 

「やってくれたわね!!!」

 

 イヴの手元に小型のダーインスレイヴが現れた。緊急用のサブウエポンであろうそれをシグナムへと向ける。レヴァンティンを失ったシグナムはイヴと違い完全に無手であり、剣士の2人にとって獲物の有無は戦闘状況に大きな意味を齎すことであろう。

 

 小刀サイズの刀身に黒い魔力刃が宿る。

 

「お互い様だろう!!!」

 

 対するシグナムも無手となっていた右手に先ほども見せたレヴァンティンの鞘を出現させ、イヴに向けて突き出した。鞘の切っ先を中心に赤紫の魔力を纏わりつかせることによって刺突の威力を高めて緊急用の武器としているようだ。

 

 切っ先同士がぶつかり合う小刀と鞘であるが本来の用途から逸脱した使用方法をしている鞘が砕け、小刀の刀身が突き刺さった。

 

 しかし、間合いに勝る鞘を突き刺さっている小刀を払うかのように勢いよく横薙ぎに振るえば両者の掌から獲物が離れて宙に舞う。

 

 2人の美女は激突の際に食い込み合った獲物が空中で分離して地面に落ちていくことなど気にも留めずに互いに地面を蹴り飛ばして眼前の相手に飛び掛かる。

 

 

「や、るじゃない!!局員なんて辞めて格闘家にでもなればいいんじゃないかしら!?」

 

「貴様に!指図される謂れはない!」

 

 拳闘士も真っ青な勢いで叩きつけられ合う両者の拳、互いに主兵装である長剣を失ったにもかかわらずむしろ戦いの苛烈さが増しているようにすら感じられる光景であった。

 

 

 互いの拳は相手の身体に接触する前に拳によって叩き落され、躱されてしまう。

 

 シグナムの剥き出しになっている長い脚が白い軌跡を描いてイヴの顔目掛けて振るわれば、それを躱したイヴの鉄のヒールがシグナムの喉元目掛けて突き出される。

 

 イヴはこの状況で唯一、使用可能な斬撃武装である踵の魔力刃を肉弾戦の中でも活用していくが、シグナムも赤紫の装身バリアを局所展開し確実にそれを防いでいく。

 

 さらにシグナムは鞘での攻撃時と同様に防御に使用している〈パンツァーガイスト〉を拳や脚部にも纏わせ攻撃力も高めているようであり、徒手空拳においても魔力刃を扱えるイヴと大きな差はないであろう。

 

「これほどの力を持ちながらなぜこのような行いをする!?」

 

「貴方には関係ないでしょう!」

 

 羽織が吹き飛び肩を露出したインナー姿のシグナムとライダースーツの各所から白い肌を覗かせるイヴによる殴り合いはさらに激しさを増していく。

 

 互いの拳が蹴りが目まぐるしく交差し、先ほどの剣戟の応酬と同様に戦況は再び膠着状態へと陥っていた。

 

「管理局員として、同じベルカの騎士として貴様の行いを見逃すことはできんッ!!」

 

「真っすぐいい子ちゃんだこと!騎士道精神なんて何の役にも立たないモノはとっくの昔に捨てちゃったわよ!!」

 

 真っすぐ、ただ真っすぐにシグナムは拳を突き出しながら大きく飛び出すがイヴは中空にふわりと飛び上がってそれを躱した。イヴは落下しながら踵から魔力刃を形成し、攻撃を躱されて無防備となっているシグナムを仕留めようと背後からその足をしならせるように振り下ろそうとしたが・・・

 

 

「な、んですって!?」

 

 イヴの目の前には先ほど怒り狂う闘牛のように自分の前を通過していき、無防備に背中を晒していたはずのシグナムが拳を振りかざしている。

 

「でええぇぇぇぇぇいいっっ!!!!!!」

 

 シグナムの右拳が赤紫の軌跡を描きながら勢いをつけて捻じりこむように振り抜かれた。

 

「がっ!はっ!!??」

 

 イヴの腹部に捻りを加えた渾身の拳が炸裂し、余りの衝撃に身体が九の字に曲がる。目を見開いて呼吸が止まったイヴは弾き飛ばされるように自然公園の大木に背中を叩きつけられた。

 

 

 

 

「はぁはぁ・・・ここまでのようだな。イヴ・エクレウス、貴殿を拘束する」

 

 シグナムは呼吸を荒げ、左足を庇いながら自身の拳で打倒されて地に突っ伏しているイヴを前に実質的な勝利宣言をした。

 

 シグナムは空中に飛び上がって攻撃を躱したイヴに対して追撃を仕掛けた時、霊脚で地面を蹴り砕きながら強引に体全体を急反転させたため、その際に軸足とした左足には相当の負担がかかっていたようである。

 

 しかし、イヴは依然として地に伏せたまま動く様子がない。彼女が叩きつけられた自然公園を象徴する大木は見るも無残に根元からへし折れており、シグナムの拳撃の強烈さが窺い知れる光景が広がっていた。

 

 

 

 

「や、やってくれたわね。はっぁはぁ、はぁ・・・流石の私も今のは逝っちゃいそうになったわよ」

 

「まだ立ち上がるのか」

 

 ゆらりと体を揺らしながらイヴが立ち上がる。騎士甲冑の腹部は拳で抉られたように消し飛んでおり、震えている膝からも戦闘可能状態ではないことは明らかだ。

 

 これにはシグナムも目を見開いて驚きを表していた。

 

「当たり前でしょ。私より上の女がいるなんて事実を認めるわけにはいかないもの!」

 

 イヴは飢えた肉食獣の様な眼光と共に加速魔法を発動し、正面からシグナムへと飛び掛かかる。互いに手を掴み取りながらの力比べとなるが、先ほどの腹部への拳撃のダメージが決め手となってか徐々にシグナムが上から抑え込むような形へとなっていく。

 

 

「ぎ、がっ!?」

 

 突如としてシグナムの身体が衝撃を受けたかのように九の字に折れ曲がった。

 

「下品な胸が邪魔で足元がお留守だったかしらね!ほら、もう一発!!」

 

 押し負けて身体を仰け反らせていたはずのイヴの膝がシグナムの腹部に打ち込まれていたのだ。さらに膝部に魔力を纏っての蹴りが狙いすましたかのように同じ個所に炸裂し、今度はシグナムが吹き飛ばされて公園内の木々の中に放り込まれた。

 

 

「さっさと立ちなさいよ。ギブアップなんて許さないんだから」

 

 先ほどとは打って変わって今度はイヴが倒れているシグナムを見下ろしているが、その表情は獲物を狙う鷹の如く鋭いままであり、勝ち誇ったようなものではない。

 

「・・・今のは流石に効いたぞ」

 

 シグナムは腹部を抑えながら立ち上がる。

 

「ふん、バリアが間に合ってたから大したダメージじゃないでしょう?」

 

「それはお互い様だろう」

 

 1撃目はまともに喰らってしまったシグナムだったが、2撃目に関しては装身バリアを腹部に局所展開して防御した為、騎士甲冑の腹部損傷以外の傷はなく致命傷は避けたようであるが、それはイヴに関しても言える事であった。

 

 先ほどのシグナムの渾身の拳も衝撃が伝わり切る前にイヴの魔力障壁によりその威力が幾許か減衰してしまっていたために戦闘不能までのダメージを与え切ることができていなかったのだ。

 

 とはいえ、白い羽織が吹き飛んで肩を露出したインナー姿のシグナムとライダースーツの様な甲冑の至る所から白い肌を覗かせているイヴ・・・両者ともに既に肩で息をしておりかなりの消耗具合が伺える。

 

「徹底的にヤり合いましょうか。私か貴女、どっちかがぶっ壊れるまでね」

 

「悪いがお前の事情に付き合う気はない。お前が壊れてしまう前に捕縛して今回の件に関しての話を聞かせてもらおうか」

 

 イヴの全身をダークレッドの、シグナムの全身を赤紫の魔力が包み込んだ。光る黒い魔力と炎となる赤紫の魔力、どちらも力強さを感じさせるものであり、とても主兵装を失って消耗している者達とは思えないものであった。

 

 両者の切れ長の瞳が鋭さを増す。再び相まみえようと拳を構えて駆け出そうとした2人の動きが止まる。

 

 次の瞬間には2人を含め結界内の全てを突如として吹き荒れ始めた竜巻が包み込んだ。

 

「何?これは・・・」

 

(この魔力の質は・・・)

 

 イヴとシグナムは目の前の相手への警戒を怠らずに竜巻の発生源へと目を向ける・・・・・・

 

 

 

 

「何だ!?」

 

 ヴァン・セリオンは眼前に白銀の魔力障壁を展開し、目の前で発生した謎の突風を防いでいた。内部から打ち払われるように竜巻が消失し、その中心を碧眼で射抜く。

 

 

 渦巻く乱気流の中心で蒼い光が煌めいた。

 

 目の前にあったはずの氷山が消し飛んでおり、中心に佇むのは1人の少年。黒い髪と白の衣が風で揺れている。その背には三対十枚の翼が出現し、変換された魔力が光の翼を形成していた。

 

「俺の空間攻撃をあの体勢から凌ぎ切ったというのか」

 

 ヴァンは思わず目を見開いた。彼が放った空間凍結魔法〈リオートグラキエス〉は確実に目の前の少年の命を奪ったはずなのだ。

 

 通常攻撃とは違う空間攻撃を防ぐにはフィールド系の魔法で全身を覆うか攻撃範囲からの離脱、もしくは術式発動前に術者を潰すという手段があるだろう。しかし、目の前の相手とは初めての戦いであり、互いに手の内は分かっていない。初見で防ぐことは不可能に近いはずである。

 

「フルドライブが一瞬でも遅れていたら死んでいたな」

 

 少年の長めの前髪から蒼い瞳が垣間見えた。

 

「魔力を纏った氷山を内部から強引に吹き飛ばしたのか!!」

 

 ヴァンは烈火に流れを持っていかれる前に左の槍を風を引き裂くように突き出して向かって行く。〈オルトロス〉の穂先に氷刃を出現させ、烈火の首を絶ち穿とうと放たれた突きであったが、何かに弾かれるようにヴァンが距離を取る。

 

 

「それで俺の魔法を防いだという事か・・・」

 

 ヴァンの頬を雫が伝う。左に持っていたオルトロスの穂先が氷刃ごと消失していたためだ。その視線の先には烈火を守るように黒炎の剣山が突き出していた。

 

 周囲の絶対零度の世界を煉獄へと変えた全てを焼き尽くす黙示録の黒炎。

 

 烈火は空間が凍結しきる寸前に全身に黒炎を纏い、フルドライブと共に一気に魔力を解放してヴァンの魔法を力技で燃やし尽くしたということだ。

 

 周囲を渦巻く乱気流も凍結されていた空間が黒炎による温度の急上昇の影響を受けて発生したと思われる。

 

「次は此方から行く!」

 

 蒼い翼が光を増した。

 

 一瞬でヴァンの眼前に躍り出た烈火の白刃が乱気流を引き裂きながら振り下ろされる。

 

「ちぃ!?出力が上がっている!!」

 

 ヴァンは迫るウラノスに対してオルトロスの柄を滑りこませてどうにか受けとめるが体が大きく仰け反った。

 

 しかし、それを逃すまいと烈火の左の剣が火を噴く。刀身部分を失った左の槍を格納して一槍で応戦するヴァン。

 

 交差する2振りの剣と1本の槍。

 

 先ほどまで互角と言えた2人の剣戟であったが、今回に関しては一方的なものであった。

 

 ヴァンは氷空を舞うかのように白い軌跡を描く流麗な剣の舞を受け止める。だが、その表情に余裕は一切見られない。

 

《Eternity Gazer》

 

 ウラノスが光を纏いて振り上げられる。

 

「凍れッ!フォルストゥバスター!!!」

 

 蒼穹の斬撃に打ち放たれる氷結の刺突。蒼の斬撃がヴァンのすぐ隣の空間を斬り裂いた。

 

 ヴァンの砲撃は烈火の斬撃を押し返すことはできなかったがどうにか軌道を逸らすことには成功したのだ。

 

「そういうお前は随分と魔力が落ちているな。先ほどの大規模魔法の発動で堪えているようだ」

 

 ヴァンは弾かれたように背後を振り向く。

 

「もう遅い」

 

 蒼穹の剣が魔力の奔流を纏って眼前へ迫っていたのだ。

 

「させるものか!!」

 

 しかし、ヴァンもただでは終われないとオルトロスの柄でウラノスの斬撃を受け止めようとしている。

 

「な、何!?・・・ぐがっ!!」

 

 穂先では間に合わないと滑り込ませたオルトロスの柄が中心で両断された。これに驚愕したヴァンの鳩尾に烈火の蹴りが炸裂する。

 

 吹き飛ばされたヴァンが地面に叩きつけられた。

 

 

 空中から蹴り落されたヴァンの上空に佇んでいるのは白き天使。

 

「殺しはしない。だが、意識は奪わせてもらうぞ」

 

 烈火が(かざ)したウラノスに戦いを終幕へと導く蒼き光が宿る。

 

 

 俯きながら地面に膝をついているヴァンがオルトロスを握る腕に力が籠った。しかし、ヴァンは突如として頭を上げる。

 

「どうやらここまでのようだ。蒼い翼に黒炎を操る魔導師か。貴様の事は忘れん」

 

 ヴァンの足元に白銀の剣十字が現れて高速回転し始めた。

 

 

 

 

「凄いボウヤね。ますます欲しくなっちゃたわ!」

 

「ふん。奴ならあの程度は出来て当然だ!」

 

「やっぱりその澄ました理解者面がムカつくわね!」

 

 烈火とヴァンの戦いを尻目に再びシグナムとイヴによる拳撃の応酬が繰り広げられている。両者とも疲弊を一切感じさせない激しいぶつかり合いだ。

 

「はぁ・・・ここで時間切れかぁ」

 

 イヴは大きな溜息と共に背後に距離を取った。

 

「何の真似だ?」

 

「目的は達成したからもう家に帰らなくちゃいけないのよ。ホントは貴方の顔を泣きっ面に変えて、ボウヤの前で私にはかないませんって宣言させるつもりだったんだけどね」

 

「そんなことを許すと思うのか!!」

 

「許すも許さないも残念ながらもう手遅れよ」

 

 眉を顰めるシグナムに対して飄々とした態度を見せるイヴ。その足元にダークレッドの剣十字が出現した。緊急用の転移術式は戦いの前の時点で任意のタイミングで発現できるように予め術式が組み上がっていたため、既にいつでも跳べるのだろう。

 

「この私をここまで追い込んだのは貴方が初めてよ。ねぇ、シグナム」

 

「私の名を知っているのか?」

 

「あら?貴女だって有名人だもの知ってるわよ。炎の剣を振り回す牛みたいな胸をしてる凄腕の騎士がいるってね」

 

 イヴはなし崩し的に戦闘へ突入してしまったため、名乗りを上げていないはずのシグナムの名を紡いだ。

 

「私と戦って倒れずに立っているのも貴女が初めてよ。本当なら徹底的にヤりあって私の方が上だって白黒はっきりさせたいんだけどねぇ。あっちのボウヤも期待以上だし・・・でも、これ以上、此処にいたら私たち怒られちゃうし、此処でお別れよん!」

 

 イヴの瞳がシグナムを射抜く。

 

 シグナムも言葉とは裏腹に濃厚な殺気が滲み出ているイヴの瞳を一歩も引くことなく射抜き返した。

 

 睨み合う2人の美女・・・

 

「また逢いましょう。その時は騎士道精神もプライドも何もかも打ち砕いて完全に屈服させてア・ゲ・ル!」

 

 イヴが地面に落ちているダーインスレイヴの柄を蹴り上げてその手に収めた瞬間に術者本人の姿が消え、結界内から魔力反応が消失した。

 

 

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 烈火が双剣を重ね合わせるように振り下ろし十字架の斬撃を飛翔させる。先ほどまでとは込められている魔力量が段違いだ。

 

 

「次に会うときは俺がお前を・・・」

 

 ヴァンが立っていた一帯を爆炎が包み込む。烈火の斬撃〈イグナイトエクスキューション〉が大地を割って爆風を周囲に吹き荒らさせる。

 

「間に合わなかったか・・・」

 

 烈火の視線の先にヴァンの姿はない。イヴ同様、転移術式が発動してしまっていた為、追撃は間に合わなかったようである。

 

 

「そちらも逃がしてしまったか。怪我はないか?」

 

 烈火の背後から凛とした声が響く。

 

「ああ、危ない場面はあったがとりあえず問題な・・・いッ!!!???」

 

 声の主の方に振り向いた烈火の顔が実った林檎の様に深紅に染まった。

 

「どうしたのだ?まさかどこかやられたのか!?」

 

「い、いや!体は問題ない。それよりそれ以上近付かれると・・・」

 

 シグナムは様子がおかしい烈火を心配するように駆け寄ろうとしたが、烈火は慌ててそれを制した。烈火の行動に首を傾げるシグナムであったが、彷徨っている視線が時折、自身のある一点に注がれていることにようやく気が付いてしまった。

 

 

 烈火の眼前に佇んでいるシグナムは一言で言ってしまえば魔導師の収束砲撃(ブレイカー)よりも危険な代物である。

 

 未だに吹き荒れる乱気流に揺れる髪を抑えて立っているシグナム。

 

 羽織が吹き飛んだことと髪を手で押さえている為に普段は見られない白い腋が露になっており、更に吹き荒ぶ風によって甲冑のスカート部が舞い上がって肉感がありつつも引き締まった太腿が姿を覗かせている。

 

 ここまではシグナムの騎士甲冑のデザイン上まだ許容範囲であるが、そこから先が大問題であった。

 

 シグナムはイヴの膝蹴りを腹部に2発受けている。装身バリアで防御した為に大事には至らなかったが彼女の甲冑はそうではない。

 

 腹部の甲冑が吹き飛んだ影響で括れて無駄な肉が一切ついていない腰や腹が大胆にも露になっていた。

 

 その影響は腹部露出だけでは収まらない。普段は甲冑を中から押し上げている彼女の実りに実った果実の北半球が何もしていない状態でもほとんど剥き出しとなっているのだ。

 

 それに加えて周囲には激しい気流が吹き荒れている。

 

 シグナムは甲冑展開時に上の下着を身に纏っていない・・・

 

 

 

 

「っっっっっぅぅぅ!!!!!!???み、見るなぁッ!!!!」

 

 シグナムは自身の胸元を覆い隠すようにしゃがみ込んだ。烈火に負けず劣らずかそれ以上に顔中を赤らめている。

 

 

 時空管理局最胸と称されるシグナムの爆乳は戦闘で損傷した騎士甲冑が風で巻き上げられていた為、烈火の眼前にその全てを晒してしまっていたという事である。

 

 

「あ、あ、す、すまないッ!!!」

 

 パニック状態で言葉が出てこない烈火であったが慌てて身体をシグナムから反転させて視線を逸らした。

 

 しかし、視線を逸らしても男女問わずの理想を体現しているともいうべき女神的女体が頭から離れる事はない。

 

 振り向く寸前に勢いよくしゃがみ込んだシグナムのスカートから覗いた黒い下着や彼女の細腕で覆いきれず押し潰れている胸が一瞬見えてしまった為、より一層記憶に焼き付いてしまっていたようである。

 

 普段の様相とかけ離れてパニックに陥っている2人の様子はシグナムと付き合いの長いシャマルや烈火の幼馴染であるなのはが見たら腰を抜かしてしまうであろう程の物だったとかなんとか・・・

 

 

 

 

 程なくして周囲を覆っていた結界が硝子が割れるかの如く砕け散った。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

まともな休みが暫くなかったことといろんなことが重なって心身共にかなり参っており前話からかなり間が空いてしまいました。

現実世界以外でもいろいろ思うところもあり執筆開始以降初めてモチベーションがマイナス方向へ振り切っていたことも影響しているかもしれません。

今回はキャラ紹介のコーナーはございませんが活動報告にちょっとしたお知らせがございますので興味がある方はそちらへどうぞ。

皆様の感想が私のリンカーコアとなっています。
ですので感想、お気に入り等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!!


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これから為すべきこと

 海鳴市郊外に出現した3つの結界が消滅した。

 

 烈火とシグナムは自らを拘束していた結界が解除されたにもかかわらず周囲の景色が変化していないことに対して未だに警戒態勢を解かずにいる。

 

「シグナム!烈火!」

 

「2人共大丈夫!?」

 

 そんな2人の前に姿を現したのはフェイトとなのはであった。

 

「無論だ。そちらこそ無事か?」

 

 なのはの純白の防護服(バリアジャケット)は大きく汚れており、フェイトに関しては斬り裂かれたような筋が幾重にも入っているが当人達の外傷は既に治癒済みであるのか元気な姿を覗かせており、シグナムも2人を見て目尻を下げたようだ。

 

「苦戦しちゃいましたけど何とか!」

 

「でもお話を聞けませんでしたし、逃げられてしまいました」

 

 なのはは自らが無事であることを誇示するかのように握り拳を作り、フェイトはエリュティアらを取り逃がしてしまったことを悔いているのか沈んだ表情を見せている。

 

 フェイトと同様に隣のなのはも今回の一件に関して思うところがあるのかいつもの調子が出ておらず、どこか空元気に見える。

 

「そうか・・・我らも似たようなものだ。情けない話だがな」

 

 シグナムもイヴとヴァンを退けこそしたものの愛機であるレヴァンティンを中破させられてしまい、逃亡を許してしまった為か表情が硬い。

 

 

 

 

「いや、突然の襲撃者に対しても我々の陣営は全員無事だった。そう悲観する物じゃないよ」

 

「クロノ君!?」

 

「お兄ちゃん!」

 

 話し込んでいた一同の前に姿を現したのは漆黒の防護服(バリアジャケット)を着込んだクロノ・ハラオウンであった。

 

 そして、現れたのはクロノだけではなく、他にも武装隊員の姿が何名か受けられる。

 

 

「僕達は急な魔力反応に際して緊急で出撃して来たんだ。現在逃亡中の敵魔導師達はエイミィと支部のみんなが追ってくれているよ」

 

 結界解除当初に周囲の光景が変化しなかった原因は時空管理局の魔導師部隊がなのは達を閉じ込めていた3つの結界を覆うように大きな結界が形成していた為だったということだ。

 

 

「あぁ、ああ!!もうっ!!5つに分かれて連続転移とか!明らかに素人の動きじゃないね!!」

 

 逃亡したイヴ達5名に関してはオペレータとして古巣の東京支局の設備を借り受けたエイミィを始めとして、現地の局員による追跡が行われている。

 

 5名はレーダ追跡から逃れるように小刻みに高速で転移を繰り返しているようであり追跡は困難を極めているようだ。

 

 

 

 

「君達4名はとりあえず大丈夫そうだが、問題はあちらか・・・」

 

 クロノの視線の先には項垂れるように地面に座り込んでいるはやてとヴィータ、そして上半身が丸ごと吹き飛んでいる人間の下半身らしき物体が転がっていた。

 

 それの接合部は血肉ではなく機械で出来ているのが遠目からでも見て取れる。

 

「主ッ!ヴィータ!?」

 

 シグナム、なのは、フェイトは血相を変えてはやてらの下へ駆け寄って行く。

 

 

 

「私らは大丈夫やけど・・・」

 

「アタシの失態だ!」

 

「そんなことあらへん。私かて・・・」

 

 なのはらは外傷がない様子の仲間の姿を見て僅かに胸を撫で下ろすが、当のはやてとヴィータは暗い表情を浮かべたままだ。

 

 共に戦っていないなのは達からすればはやてらに何が起きたのかは予想の域を出ないが、結界発動前にいた女性の姿が消えていることと付近に転がる機械の脚という事柄から良い状況ではなかったことは伺える。

 

「ともかく今はこの件に関しての情報を得る事と君達の手当てが先だ。みんなで支部に向かおう。そして、蒼月烈火・・・また君か?」

 

「好き好んでこんな状況に巻き込まれてるわけじゃないんですけどね」

 

 クロノはこの地で起きた戦いについての情報を得るために戦闘を行った魔導師達に時空管理局東京臨時支局への移動を提案し、同結界内で防護服(バリアジャケット)を展開している烈火に呆れたように半眼を向けた。

 

「流石に今回の事については僕の家で済ませるわけにもいかないので君にも事情聴取に付いて来てもらうが構わないね?こちらからは君のデバイスには触れないし、君への制限もかさないつもりだが・・・」

 

「分かりました。この状況では致し方ないですね。俺も襲われた理由は知りたいですし」

 

 烈火はクロノの提案に頷いて答える。地球に来て事件に巻き込まれるのも早何度目か、すっかり互いの対応も慣れたものであるようだ。

 

 

 

 

 クロノに先導されるようになのはらの姿は光に包まれて第97管理外世界地球・日本に設置されている〈時空管理局東京臨時支局〉へと転移を果たし、そのブリーフィングルームへ腰を落ち着けた。

 

 

 室内中央のモニターにレイジングハートやグラーフアイゼンから抽出された今回の戦闘の映像データが再生される。

 

 

 謎の女性との遭遇から始まり突如として現れた5人の魔導師との戦闘・・・

 

 一同の注目を集めたのは特A級次元犯罪者イヴ・エクレウスの存在と彼らのデバイス、襲撃の理由が明らかになったはやてとヴィータの戦闘の3点であった。

 

「ともかく状況を一つ一つ整理していこう。襲撃者は5名の若い男女グループ、狙われたのは彼らと同じ組織に属していたであろう1人の女性か」

 

 クロノは座席に腰かけている一同の前に立ち、今回の事件に関わる重要人物であろう6名の姿をモニターに映し出す。

 

「5名の襲撃者はそれぞれが管理局のエース級に相当する実力を持っており、そのうち1名は特A級次元犯罪者だ。更に銀髪の少年を除く4名はデバイスに少々特異な意匠が見られるわけか。この機構について君の見解を聞かせてもらえるか?」

 

「うーん、この人達となのはちゃん達のデバイスの違いは大きく分けて2つかな」

 

 クロノに意見を求められたのは彼の後輩にあたる管理局のメンテナススタッフであるマリエル・アテンザであった。

 

 マリエル・アテンザ・・・通称マリーはクロノというよりエイミィと親交があり、かつての〈闇の書事件〉の折にヴォルケンリッターに対抗すべくレイジングハートとバルディッシュにカートリッジシステムを搭載するなどといった強化改修を施した人物でもある。

 

 

 

 

 モニターの操作を預かり受けたマリエルはイヴとエリュティアのデバイスが薬莢を吐き出すシーンで映像を止めて、皆に注目を促した。

 

「まずはこれだね。戦闘映像から見るとこの機構は〈電磁カートリッジシステム〉と見て間違いないと思う」

 

「電磁カートリッジ?私達のカートリッジとどう違うんですか?」

 

「一番大きな変化点は質量、エネルギー兵器との戦闘を想定してるってとこかな。対質量兵器用だけど単純にカートリッジシステムの発展形でもあるから今まで通りの用途でもレイジングハート達に搭載されてる物よりスペックも高いね」

 

 マリエルは聞きなれない単語に首を傾げていたなのはの問いに答えた。さらにイヴとエリュティアの隣に2枚のモニターを出現させる。

 

「もう一個は私が言うまでもないと思うけど術者のコントロールを受けて動作する盾武装である〈独立浮遊シールド〉だね。さっきの電磁カートリッジと同じで管理局の技術部門とカレドヴルフ社が現在開発中の新武装でようやく試作機の開発がされ始めたばかりの物なんだけど・・・」

 

「彼らはそれを実戦に投入してきた。管理局と同等以上の技術力を持った団体なのか、それとも内通者が開発データを横流ししたのか・・・」

 

 クロノとマリエルは本来ならばまだ実戦投入できる段階に達していないはずの最新鋭の武装を引っ提げて来た襲撃者に対して意見を交わしている。

 

「奴らの武装は確かに脅威ではあったが、戦闘中に違和感を感じる点がいくつか見受けられた」

 

「それは彼らのデバイスも未完成だからだと思います。そもそも電磁カートリッジはカートリッジから本体に常時給電させることによってデバイス自体の強化を施したり、接触した部分を分解、破断する〈電磁破断機構〉と併用してそこにブーストをかけるための物ですが、彼らの黒剣や深紅の爪にはそれらの意匠は見受けられませんでした」

 

 シグナムは最新技術を搭載しているデバイス使用者と戦闘を行った際に感じた違和感を疑問として投げかけ、マリエルが答えた。

 

「独立浮遊シールドについても同じことが言えると思います。本来は複数機装備することを想定していますが彼らは一機しか携行していませんでした。恐らくは対応装備を管制、コントロールするシステムが完成に至っていないからだと思われます」

 

「これでもまだ未完成か」

 

「はい。電磁カートリッジは従来のカートリッジの発展形ですのでこれまでの様に連続ロードも可能なはずですが彼らの物は常に一回の炸裂しかなく、再使用までにタイムラグがあるようです。独立浮遊シールドの方も一機での運用ですが想定しているスペックには達していないように思えます。従来のデバイスに最新技術の一部を搭載した試作機ではないかという印象を受けました」

 

「なるほどな。試作機でもこれほどの出力を有するとは・・・」

 

「一つ言えるのは、彼らのデバイスには魔力の物理変換効率の低さであったり、稼働するための対応システムの未完成といった問題もあるように見受けられますので、現状ではうちの技術部とカレドヴルフ社が想定しているスペックの半分にも満たないんじゃないかと思います」

 

 クロノはマリエルの見解に驚愕の感情を覚えながら重たい溜息を吐いた。

 

 

 

「私達もフルドライブしてようやく追いつけたって感じだったもんね」

 

 なのはもスリネらとの戦闘を思い返しているようだ。その隣ではフェイトも同意するように頷いている。

 

「でも、烈火と戦った銀髪の人以外はフルドライブを使わなかったね」

 

「うーん。多分、彼らのデバイスは新技術を搭載する上で本体に負担がかかる変形機構やフルドライブモードなんかに機能制限がかかってたんじゃないかな?そこの白い子と戦った人の槍は新技術が搭載されていない従来のベルカ式アームドデバイスだったから戦い方が違ったとか」

 

 マリエルは烈火とヴァンの戦いを再生して、フェイトが思いついたように声を上げた疑問に対して見解を示す。

 

「だが、今回はその機能制限に助けられたというわけか」

 

 シグナムは一線級のデバイスマスターであるマリエルの見解に合点がいったと頷いている。

 

 イヴのカートリッジ再使用までのタイムラグや魔導師にとって一種の切り札と言えるフルドライブモードを使ってこなかった理由と今回の戦闘でデバイススペックが劣る自分達が襲撃者に対抗できた要因に結びついたと断定できたためであろう。

 

 

 襲撃者が使用していたダーインスレイヴ、ゼピュロス、プロメテウス、アストラの4機は通常稼働時ですらレイジングハートやバルディッシュのフルドライブモードに匹敵するだけの出力を有しているため戦闘中は大きな脅威となり得たが、逆に言えば未完成の試作機である為に最高出力が制限されている。

 

 なのは、フェイト、シグナムは自らの最高火力の魔法とカートリッジの連続炸裂で制限がかかっている彼らの上限値を超えたことによりデバイススペックの差を強引に埋める事によって突破口を開くことができたということだ。

 

「しかし、機能制限を設けてまでも搭載する価値がある新武装には違いない。相手が君達でなければ間違いなく全滅していただろうからな」

 

 対質量兵器、エネルギー兵器の新武装であったが試作段階ですらその有用性が従来のデバイスを遥かに凌いでいるというのは映像記録ですら明らかであった。

 

 幾多の修羅場を乗り越えて来たなのは達でなければ一人一人がエース級魔導師を超える実力を持っている今回の襲撃者を撃退することは不可能に近かったであろう。

 

「それと君は氷漬けにされていたようだが体は大丈夫なのか?」

 

 クロノは現状できる一通りの考察を終えて一息ついたのか戦闘映像の中で大技をその身に受けていた烈火に声をかけた。

 

 最新鋭のデバイスに目が行きがちであるがイヴら5名の魔導師としての技術にも目を見張る物がある。

 

 実際、烈火と戦闘を行っていたヴァンは氷結魔法の特性をフルに活用しており、新装備を引っ提げていた4名とは別の脅威を感じさせる実力者であった。

 

 

「ええ、問題ありません」

 

「本当に大丈夫なの?やっぱり医務官さんを呼んできた方がいいよね」

 

「アレは魔法ごと吹き飛ばしたから大丈夫だ。それより近いぞ」

 

「・・・だって、あんな魔法受けたんだから心配だよ」

 

 烈火はヴァンの空間凍結魔法の影響はないと答えるが隣にいるフェイトが心配そうに顔を覗き込んでくるためにどこか居心地の悪そうな表情を浮かべている。

 

 全身を殺傷設定の魔法で氷漬けにされるという普通ならば間違いなく命を落としていたであろう攻撃をその身に受けたのだからフェイトの心配は無理もないのかもしれない。

 

「ん!んっ!!では次に行くが構わないか?」

 

 クロノはフェイトが烈火に体を寄せるように密着していくのを頬を引くつかせながら眺めており、咳払いと共に流れを断ち切った。

 

 

 次に画面に映し出されたのはこの襲撃の核心に迫る映像であったからか2人も画面に向き合うが、フェイトは時折、心配げな視線を烈火に向けているようだ。

 

 

 

 

 画面に表示されたのははやて、ヴィータとバイアとの戦闘映像であり、同映像内にはなのはらに接触してきた謎の女性も映し出されている。

 

 女性が襲撃者と同じ組織に属していた科学者であったことや研究成果である機械人形に記憶データだけを移植した男性であったことが語られる。

 

 その後、バイアを拘束したはやてらであったが突如として降り注いだ魔力の雨〈グレールレイン〉により取り逃がしてしまう。

 

 拘束から抜け出たバイアはその機動力を活かして女性の下へと一気に迫っていく。

 

 はやては白い羽のような魔力刃を手に応戦するが、広域型の彼女にとって近接格闘という専門外の距離(レンジ)でエース級のバイアと打ち合えるはずもなくいとも簡単に吹き飛ばされた。

 

「ひぃっ!!?」

 

 バイアの銃剣型デバイス〈アストラ〉が振り上げられ、女性の口から恐怖の声が漏れる。

 

「させるかよッ!!!」

 

 ヴィータは降り注ぐ魔力弾をものともしない勢いでアイゼンを携えて斬り込んでくるが独立浮遊シールドに阻まれてしまう。

 

(ギガントさえ使えればこんな盾ごとぶち抜けるのによぉ!)

 

 鉄槌の騎士の代名詞であるフルドライブ〈ギガントフォルム〉であればバイアの防御の上からでも攻撃を加えることができるだろうが威力の反面、周囲に与える影響が大きすぎる為、防護服(バリアジャケット)すら纏っていない非戦闘員の目の前で発動させるわけにはいかないのだろう。

 

「や、やめてくれ!!魔導人形のブラックボックスとなっている公開していないデータも全てお前達に渡すから命だけは!」

 

 先ほどの魔力弾の雨により女性---科学者の男性を包み込んでいたはやての結界に小さな(ひび)が見受けられバイアが刀身で小突けば硝子の様に砕け散ってしまう。

 

「自分で望んでこっち側に来たくせに立場がヤバくなったら逃げ出して、挙句の果てに管理局に命乞い。それでもダメだと思ったらまた私達に尻尾を振るなんてどこまで腐ってるのかしら?貴女の欠陥品に価値がないからこうなってるのがまだ理解できてないようね」

 

 無慈悲にもアストラが振り下ろされるが遠隔展開された白い剣十字がその刀身を受け止めた。

 

「やらせへんよ!」

 

「もう立て直してくるのね。でも遅いわ」

 

 バイアはアストラのカートリッジを炸裂させ灰色の魔力刃で目の前に展開されたはやての魔力障壁を斬り裂いた。

 

「わ、私が悪かった!!無限円環(ウロボロス)に歯向かったりしないから・・・」

 

「もう死になさい。フルゥーヴグレール」

 

 恐怖に全身を震わせる男性にアストラの銃部から灰色の砲撃が打ち放たれ、腰部から上をすべて吹き飛ばした。血飛沫が舞わずに断面から覗く機械部が彼が人間でないことの証明となっているようだ。

 

「て、てめええええぇぇ!!!!!」

 

「貴方も一手遅かったわ。もう会うこともないでしょう。じゃあね」

 

 ヴィータは無残に命を散らした男性の姿を目の当たりにした事により怒りを爆発させながら飛び掛かるが、勢い良く振り抜かれたグラーフアイゼンは空を切る。

 

 

 

 

 俯くはやてとヴィータ・・・アイゼンの攻撃が炸裂する寸前にバイアの姿は結界内から消え去っていたのだ。程なくして周囲を包み込んでいた結界が解除されたところで映像が終了した。

 

 

 

 

「アタシがしっかりしてれば・・・」

 

「いや、なのは達ですらどうにか撃退するので精一杯の相手だ。その相手に対して防衛対象を抱えたまま戦うのは不利どころの話じゃない。管理局員としてたとえ犯罪者だとしても人命を守れなかったことは遺憾だが、それは君達だけの責じゃないよ」

 

「そうね。しょうがないっていう言葉は使いたくないけれど、あの状況でエース級の魔導師5人に襲撃されちゃ誰が戦っても結果は変わらなかったと思うわ。それよりもこれからどうしていくかを考える方が先決じゃないかしら?」

 

 クロノと今まで静観していたリンディは敵組織の重要人物の防衛に失敗したことに責任を感じてか悔しさを滲ませるヴィータとはやてを励ますように声をかけた。

 

「そうですね。はやて達の戦いによって例の組織に関して少なくない情報を得る事が出来ました」

 

「ねぇ、クロノ君。例の組織って何のこと?」

 

 なのはは今回の襲撃によって得た情報を無駄にせずに次に活かしていくことが重要だとクロノが漏らした一言に気になる部分があったからか首を傾げながら問いかける。

 

「先ほど映像で出ていた無限円環(ウロボロス)という呼称はある組織の事を指しているんだ。その起源は管理局黎明期、伝説の3提督の時代まで遡る。歴史の闇に常に存在し続ける謎に包まれた犯罪組織・・・それが無限円環(ウロボロス)だ」

 

 クロノの口から語られるのは謎の犯罪組織〈無限円環(ウロボロス)〉についてであった。

 

「表舞台に滅多に出てこない為にこの名を知っているのは管理局に古くから所属している上役の一部だけだ。しかし、この無限円環(ウロボロス)という名が関わる事件は次元世界が消滅するなどといった多くの命が失われる大災害を(もたら)したという記録もある。組織単位で幾つものロストロギアを保有、凶悪犯罪者を戦力として迎えているなどといった噂が囁かれている危険組織という話だ」

 

「次元世界の消滅にロストロギアを持っているって・・・」

 

「ああ、危険度で言えば最高のSランクの範疇を超えているだろうな。そして彼らは〈ルーフィス〉で起きた事件の首謀者、フィロス・フェネストラに協力していた組織に間違いない」

 

「ルーフィスって、あの魔導獣の?」

 

 なのはとフェイトは記憶に新しい〈魔導獣事件〉と今回の襲撃者たちの繋がりに驚愕の表情を浮かべて顔を見合わせている。

 

「今回の襲撃者の実力は生半可な魔導師では相手にすらならないほど強大なものだ。そして、管理局ですら実稼働に至っていない最新鋭の技術を搭載したデバイスを保有している。前回の戦いで君達を苦しめた〈魔導獣〉に話にだけ出て来た〈魔導人形〉とやらの存在も気にかかるな」

 

 クロノの口取りは重い。

 

「僕らの脅威は無限円環(ウロボロス)だけではない。魔法を無効化する〈AMF〉に新たな質量兵器である〈ガジェット・ドローン〉。次元犯罪者がこれらの技術を我が物としたのなら僕たち魔導師が戦い抜くのは困難を極めるだろう」

 

 これまでの魔導師の戦闘は魔法という最強の力を以てしての潰し合いといった面が大きかったため、強大な魔力と戦闘技術を持つエース級の魔導師が戦場を支配してきたが、次元犯罪者たちは魔法という現象そのものを無効化するという手法を取り始めたため、今までの戦い方が通用しなくなる可能性が大いにあるということだ。

 

「だからこそ!僕達のすべきことは明白だ」

 

「魔法無効化状態への対策とデバイスの強化改修か・・・」

 

「その通りだ。次元犯罪者に好き放題されるのを指を銜えて見ているわけにはいかないからな」

 

 シグナムはクロノの意図を汲み取ったかのように呟いた。

 

 近接型で言うのなら物理攻撃の強化、射撃型で言うのやら多重弾殻射撃といったAMF対策の技術習得が例に挙げられるであろう。

 

 そして、何よりも優先すべきで最も効果が出るのがデバイスの強化である。

 

 質量兵器や通常エネルギー兵器、魔法無効化対策の新技術の有用性は今回の戦闘で証明されたばかりだ。

 

 しかし、無限円環(ウロボロス)の面々が使っていたデバイスですら規定スペックの半分にも満たない。完成された次世代デバイスを使いこなすことができれば強大な戦闘力向上となるのは誰の目から見ても明らかだ。

 

 

 

 

「それにスリネさん達が何でこんなことをしてるのかお話を聞かなくちゃね」

 

「うん。私もエリュティアがどうしてあんなに怒りに身を任せるのかを知りたい」

 

 なのはとフェイトは自身と相対した少女達の姿を記憶に呼び起こす。

 

 スリネとエリュティアに共通していたのは強い怒りの感情・・・だが、その瞳の奥からはどこか悲しみのような感情を感じさせた。

 

 その瞳の奥の悲しみはかつて家族内で孤立していた自分と母親の操り人形となっていた自分とどこか重なって見えたから・・・

 

 

 

 

「アタシもやられっぱなしでいるわけにはいかねぇ!」

 

「失態は取り戻さへんとなぁ」

 

 ヴィータ、はやても無限円環(ウロボロス)相手への闘志を燃やしている。

 

 

「デバイスの開発はできるだけ急ぐつもりだけどこればっかりは何とも言えないかな。とりあえず、なのはちゃん達で言う夏のお休みくらいには試作機をロールアウトさせれるように掛け合ってみる」

 

「頼むぞ。デバイスの強化改修は急務と言えるからな」

 

 クロノやマリエルも自らのやるべきことを明確に判断し、行動する意思を固めている。

 

 

(また無限円環(ウロボロス)か。今回の襲撃と月村の一件にこんな繋がりがあったとは・・・)

 

 烈火はこの短期間に無限円環(ウロボロス)関係の事件に連続で巻き込まれたことに対して考え込むように俯いている。

 

 

 シグナムとリンディはこれから先の未来に向けて意気込んでいる面々の輪に入らずにいる烈火へと視線を向けていた。

 

 

 エイミィらの追跡も虚しく今回襲い掛かって来た5名の逃亡を許してしまったこと、地球周辺の警戒態勢を強める旨が皆に伝えられたところで解散となり、支局に残る者と帰路に就く者に分かれて激動の一日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 どこかの施設の通路を5人の男女が歩いている。

 

「あーあ、目的達成したのに大目玉を喰らっちゃったわね」

 

 頭の後ろで腕を組みながら不貞腐れているのはイヴ・エクレウスであった。歩くだけで大きな胸が弾むように揺れている。

 

「バイアさん以外のデバイスは外部にしろ、内部にしろダメージレベルが大きすぎてメンテナンスルームに直行でしたから仕方ありませんね。標的を始末したとはいえ管理局に顔も見られてしまいましたし、暫くは本部で謹慎処分みたいですね」

 

「まあ、私もアストラ本体は無事だったけどシールドは壊れちゃったから似たようなもんよ。退屈だけどデバイスの完成を待つにはちょうどいいかもね」

 

 スリネとバイアはイヴを尻目に頷き合っている。

 

「奴らとはすぐにでも決着をつけてぇが、ボスに地球に行くなって言われちゃな」

 

 エリュティアはイヴの胸元を睨み付けながら不満げな表情を浮かべていた。

 

 エリュティア・プロミナート・・・バストサイズAカップ。残念ながら100cmオーバーのイヴとは天地の差である。

 

 因みに時空管理局のエース級魔導師が何人も滞在しており臨時支局まである地球に私用で向かうことは禁止されたようだ。

 

(俺達が目撃者を殺しきれなかったのはこれが初めてだ。管理局の警戒が高まっている中に攻め込むのは愚策だがこのまま放っておいていいのか?)

 

 ヴァンは話に入ることなく彼らの首領の指示に疑問を呈している。

 

 

 

 

(ふふっ、倒すべき女と私の予想以上だったボウヤ。久々に楽しくなってきたわね・・・)

 

 思い思いの面々を尻目にイヴは頬を染めて妖艶に微笑んでいた。

 




滅び、死にゆく星・・・

「何をしてるんですか!?」

「お姉ちゃんには関係ない!全部救うためにはこれしかないんだから!!」


混乱に包まれる地球・・・

「何なん?この機械は!」

「私達の魔法が!?」


永き眠りより蘇る魂・・・

「王よ。私達の力は貴方のために在る」

「んじゃ、やることやっちゃおうか!」

「我らは宿願を叶えるために!」


絡み合う数多の思い・・・

「母親として私はあの子を幸せにして上げられているのかしら?」

「フェイトさん。君のいるべき場所はそこではないはずだ」


「私は大丈夫だよ。今度はちゃんとお話を聞くんだから!」

(そういうことを言ってるんじゃないのよ。なのは・・・アンタ達が無事に帰ってくることが一番なんだから)




そして、悲しき物語が幕を開ける・・・

「さあ、始めましょうか。全ての終わりと私の復讐を!」


天空を煌めく光芒の星、激突する力と覚悟・・・

目を覚ますのは1羽の悪魔・・・

破滅へと向かう物語を是とせず戦い続ける救済者達・・・

「私が絶対ッ!助けます!!!」


「どんなことがあっても、最後に■■■■■■■■■■」




魔法少女リリカルなのは Preparedness of Sword 第5章 反鏡終焉のDetonation

ドライブ・イグニッション!



皆様、あけましておめでとうございます。

本年も今作をよろしくお願いします。

次回からは新章突入となります。

タイトルと予告で大体察しはついちゃいますねw

感想等頂けましたら嬉しいです。
ではでは!


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反鏡終焉のDetonation
岩海のHappiness Summer


本章を読む前にリリカルなのはReflection、リリカルなのはDetonationの視聴を強くおすすめします。

上記作品の核心に触れる要素が多数出て参ります故に・・・


 どこかの世界、遺跡のような洞窟の奥で1人の女性が青い板の様な物を手に取っている。

 

「分かってると思うけど、もう時間がないわ」

 

 板には橙色の髪をサイドテールに束ねた少女が映し出されており、何やら言葉を紡いでいるようだ。

 

「全部救うには本当にこれしかないんだよね?」

 

「ええ、私達の星を救うには・・・貴方の家族が幸せになるにはこの方法しかない」

 

「だったら、私はッ!」

 

 癖毛の桃髪を伸ばした女性は決意を固めたかのように顔を上げた。

 

 

 絞り出したかのような言葉。

 

 女性の持っている青い板には黄金の剣十字が描かれた一冊の書物が映し出されていた。

 

 

 

 

 時は流れ・・・

 

 地球で起きた無限円環(ウロボロス)の構成員による襲撃事件から三ヵ月余りが経過していた。

 

 地球在住の魔導師---蒼月烈火は夏服姿で通学路を歩いている。

 

 自らの世界から地球に来て息を吐くように事件に巻き込まれていた彼だがこの三ヵ月はようやく・・・ようやく普通の学生ライフを過ごせていたようだ。

 

 

「あ、そうだ!夏休みはみんなで旅行に行こうって話をしてるんだけど、烈火も一緒に行こうよ」

 

「俺もか?」

 

「ん?他に誰がいるの?」

 

 金色の髪を揺らしながら歩いている少女---フェイト・T・ハラオウンは共に登校している烈火に旅行への誘いをかけていた。

 

 彼女の学生服も冬服から夏服へと変わっており、以前までブレザーに包まれていた健康的な白い腕が姿を覗かせている。

 

「アリサのご両親の仕事の関係で今度、新しくできる〈オールストーン・シー〉っていう海上遊園地のオープン前の視察に私達も特別招待してくれるんだって。せっかくの夏休みだし、烈火も一緒にお出かけ出来たらなって思ったんだけど、その・・・迷惑だったかな?」

 

 フェイトは申し訳なさそうに烈火の顔を覗き込んだ。

 

 烈火は上目遣いでこちらを見つめながら瞳を潤ませるフェイトから目を背け、夏季休業の予定が一つ埋まったことを感じ取っていた。

 

 

 

 

 そして現在・・・

 

 蒼月烈火は高町士郎が運転する乗用車の後部座席に腰かけて窓越しに広がる海沿いの景色を眺めている。

 

 1学期の終業を迎え現在は夏季休業に入ったばかりであり、烈火は結局、押し切られる形でなのはらの旅行に同行することになったようだ。

 

 ブレーキ音と共に静かに車体が揺れ、目的地の〈オールストーン・シー〉へと到着したことが士郎の口から伝えられた。

 

 車両から降りれば、眼前に広がるのは青い海に面した巨大なテーマパーク。

 

 

「あ!来たわねぇ!」

 

 烈火が車両に乗っていた面々と共に歩いていると遊園地の入り口に端正な顔をした金髪の男性と同じく金髪の女性の姿がある。女性の方は一同に向けて笑みを浮かべながら大きく手を振っているようだ。

 

 アリサ・バニングスの両親---デビッド・バニングスとジョディ・バニングスであった。

このオールストーン・シーの建設を手掛けた張本人であり今回のオープン前の事前視察に皆を招いたのも彼らである。

 

 招かれたのは娘のアリサを除けば、高町士郎、桃子、美由希、なのは、リンディ・ハラオウン、フェイト、月村忍、すずか、蒼月烈火という面々であった。

 

 ヴォルケンリッター、アルフは管理局の仕事の都合上来られなかったようであり、八神はやても同様であったが彼女は後々、高町恭也と共になのはらと合流する手はずとなっているようだ。

 

 

「開演前だから動いてないアトラクションが何個かあるけどそれ以外は通常稼働しているよ。今日は君達みたいに特別に招かれた人しかいないからアトラクションは乗り放題!では、楽しんで行こうか!」

 

『おー!』

 

 皆を先導するデビッドに合わせて烈火と士郎以外の面々は楽し気に声を上げた。

 

 

 

 

 遊園地のアトラクションへ向かったのはデビッド、士郎、美由希、そして子供達である。

 

 

「子供達はお父さんズに任せて私達は羽を伸ばしましょうか!」

 

 桃子、リンディ、忍、ジョディの4名は歩いていく子供達を2階のテラスから眺めながら用意されたトロピカルジュースに口を付け、話に花を咲かせているようだ。

 

 

 やはりというか、彼女らの話題は自分の娘や妹の話が中心となっていた。

 

「そういえば、フェイトちゃんを引き取ってもう5年になるんですよね?うちより仲が良さそうで羨ましいわね」

 

「そんなことないですよ。まあ、色々不安でしたけどどうにかやってこれています。でも、時々思うの。母親として私はあの子を幸せにして上げられているのかしらって?」

 

「そんなこと・・・」

 

 ジョディの問いに答えるリンディの瞳には憂いのような感情が見受けられる。

 

 

 リンディ・ハラオウンとフェイト・テスタロッサはロストロギア〈ジュエルシード〉を巡る事件の折に知り合った。その事件でフェイトは自分の親であり創造主ともいえる人物に見限られ、全てを失って天涯孤独の身となる。

 

 その後、フェイトらの裁判期間中にリンディの方からフェイトとアルフを家族として迎え入れるという話を持ち掛け、彼女らはそれを受け入れて闇の書事件が終わった後、正式にハラオウン家の一員となった。

 

 しかし、そこに至るまでには様々な問題があったのだ。

 

 最たる物は養子縁組の話をリンディが先に付けていたにもかかわらず、東堂家がフェイトの親権を主張し、自らが親元となると名乗り出た事であった。

 

 東堂家の子息である煉が当時からフェイトに特別な感情を抱いているのは明白であったが、それだけで東堂派が動くとは考えにくい。何らかの思惑があっての事だと思われるが今とはっては知る術はない。

 

 しかし、フェイトの親権を得る為か、東堂派によるハラオウン排斥が始まったのはこの時からであった。

 

 その時点でも大きな派閥であった東堂派と違い、PT事件解決時点のリンディは今ほど大きな権力を持っていなかった。

 

 若い女性でありながら提督まで上り詰めた手腕は評価されていたし、魔導師としても一流の腕を持っているリンディであったが如何せん相手が悪すぎる。

 

 この養子縁組の問題によって東堂派とリンディやクロノの出世を妬む者達によってハラオウン派の立場は一気に悪化した。

 

 

 

 

 その当時には既にフェイトは地球のハラオウン家を拠点としており、聖祥大付属初等部に通っていた為に実質的に娘同然となっていたが、東堂派の介入で養子縁組の手続きが遅れていた。

 

 そんなある休日、いつも通り朝食の用意をしようとしていたリンディが赴いたリビングにはフェイトが座り込んでおり、肩を揺らして嗚咽を漏らしていた。

 

 リンディは何事かとフェイトに近づいていくが・・・

 

 

「わ、私のせいっ、で!リンディさんやクロノに迷惑が掛かってるって!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 

 フェイトは大粒の涙を零しながらリンディに向けて謝り続けていた。

 

 恐らくは今のリンディ達が置かれている状況を知ってしまったのだろう。

 

「フェイトさんは何も悪くないわ。私もクロノも大丈夫よ」

 

 リンディは小さな体を震わせて自らが罪人であるかのように懺悔をし続けるフェイトを見ていられなくなり、その華奢な体を抱き締めて大丈夫だと何度も言い聞かせ続けた。

 

 

 

 

 フェイトにとっての世界の全てはかつての母親であった。小さな少女の歪な世界はその母親によって無残にも打ち砕かれたがフェイトの心に寄り添った1人の白い少女がいた。

 

 母親との決着は叶わなかったが白の少女とぶつかり合うことによってフェイトは本当の自分を歩み出すことができた。

 

 小さな少女が背負うには余りに辛く、理不尽な過去。

 

 その過去を背負ってフェイトは自分の道を歩き出したばかり、ようやく友人を作って普通の少女として過ごせるようになったばかり、母親の人形であった少女が笑顔を取り戻した矢先に突き立てられた氷の刃はフェイトの心に暗い影を残すこととなった。

 

 

 それから数日、東堂派は突然鳴りを潜め、フェイトの親権関係に口を出してこなくなっていた。

 

 リンディの同僚であるレティ・ロウラン曰く、どこからか圧力がかかったらしいが、大きな派閥である東堂派を抑え込めるだけの派閥がどこにあるのか2人揃って首を傾げる事となったようだ。

 

 結果として、フェイトはテスタロッサの姓をミドルネームとして残し、ハラオウン家の一員となった。

 

 

 

 

「あの子に言われたことがないんです。何かが欲しいって」

 

 何時しか、フェイトからの呼び方はリンディさんから母さんへと変わった。両者の間には確かな信頼関係が築けている。

 

 だが、フェイトは我儘という物を1度も言ったことがなかったのだ。養子縁組の際の出来事が彼女の心に未だに巣食っているのだろう。

 

 しかし、どこか遠慮しているフェイトに対してリンディからの言葉は逆効果でしかない。どうすることもできず、そのままの関係で今日に至るというわけだ。

 

 

 

 

「難しいわよね。家族って・・・」

 

 桃子が小さく呟いた。高町家はハラオウン家よりも家庭環境に関しては複雑と言える。士郎の前妻の子である恭也と士郎の妹の子供である美由希を育てるにあたって、桃子自身も戸惑うことが多くあったのだろう。

 

 

 忍も静かに瞳を閉じた。夜の一族という特異な事情、すずかへの負い目といった感情と相まって思うところがあるのだろう。

 

 

 4人の周囲が重苦しい空気に包みこまれている。

 

 

「ごめんなさいね。せっかくのお休みだしもっと明るいお話をしましょ!!」

 

 リンディは明るい声音で顔を上げた。どこか無理をしているように見えなくもないが彼女の思いを汲み取ってか指摘する者は誰もいない。

 

「そ、そうですね!ところであの黒髪の彼って誰のボーイフレンドなんですか?」

 

 ジョディは暗くなった雰囲気に戸惑っていたが渡りに船と言わんばかりに会話の内容が明るい方へと向かうべく舵を切った。

 

 

 

 

 アトラクションコーナーへと向かった面々は小休止がてら園内にある水族館を見て回っているようだ。

 

 

(遊園地に水族館。こんな所に来たのはいつ以来だったか)

 

 烈火は円柱状の柱に背中を預けながら水槽を眺めている。その水槽はまだ準備が整っていないのか魚は泳いでおらず、上の照明すら点灯していない為に烈火がいる柱の影も含めて明るい館内とは対照的に周囲は暗闇と静寂に包まれていた。

 

---早く行こうぜ!!

 

---もう!そんなに急がなくても逃げたりしないわよ

 

 

 脳裏に蘇るのはかつて友と過ごした故郷での記憶。烈火は懐かしさと憂いを覚えながらその場に佇んでいた。

 

 

 

 

「こんな所にいたぁ!」

 

「1人でどっか行っちゃダメなんだよ」

 

 そんな烈火に声をかけたのは彼を非難するかのように不満げな表情を浮かべているなのはとフェイトであった。

 

「どうしたんだ?」

 

「どうした?・・・じゃないよ!後で来るはやてちゃんや他の友達に見せる写真をいっぱい撮るって行きの車の中で言ったじゃん!!」

 

「送るのはお前の友達なんだから俺が映ってもしょうがないだろう。終わったらまた呼んでくれ・・・っておい!?」

 

 烈火は膨れっ面で携帯端末を突き付けて来るなのはを軽くあしらったが、その直後に思わず声を漏らしてしまうこととなる。

 

 右腕をなのは、左腕をフェイトにがっちりとホールドされてしまっていたからだ。

 

 

「烈火君見つかっ・・・んなぁ!?」

 

因みにすずかは烈火の腕にしがみつくように身体を密着させているなのはとフェイトを見て、ショックのあまり次の言葉が出なくなっている。

 

 

 

 

「はい。もっと引っ付いて、自然な表情を浮かべてくれ」

 

 5人の子供達は大きな水槽を前に並んでおり、士郎は彼らに向かって携帯端末を構えている。

 

(なのはちゃんとフェイトちゃんがそういう風なら、私だって!)

 

「じゃあ、行くよ!」

 

 士郎の指が撮影ボタンへと向かって行くと同時にすずかは流れるような動作で烈火の胸に背中を預けてカメラへの目線を逸らすことなくこれでもかと体を引っ付けた。

 

 

「へ?、ちょ、ちょっと!?」

 

 両手に華状態の烈火を呆れて見ていたアリサは背後から体を前に押し出されるような衝撃を受けてつんのめる。

 

 いつの間にやら美由希がアリサの背後に回り込んでその背を押しながら士郎にサムズアップしており、指が端末の撮影ボタンに触れる前の一瞬で画面外に退避するという果てしなく無駄な超人技を見せていた。

 

 

 絶妙な力加減で押し出されたアリサは烈火の両肩に手を置いて、覆い被さる様にに密着することとなる。押されるシャッターボタン・・・・・・

 

 

 

 

 時空管理局・無限書庫と言われる全次元世界最大クラスの書庫に務める金髪の美少年---ユーノ・スクライアは通知を知らせる携帯端末を手に取って表情を綻ばせていた。

 

 差出人は高町なのはであり、送られてきた写真を見ながら画面を送っていくが、最後の1枚を見て思い切り頬を引くつかせている。

 

『お魚いっぱい!凄い!』

 

 大型水槽を背に5人の少年少女が映った1枚の写真が表示されていたからだ。

 

 以前のサプライズパーティーの際に見かけた黒髪の少年を中心にしてなのはとフェイトがそれぞれ片腕を抱いており、身体を預けるように密着するすずかと背後から抱き着くようなアリサという両手どころか全身に華と言わんばかりの画像であったからだろう。

 

 ユーノ的になのはの行動はいただけない部分があるようだ。

 

 

 

 

「みんな、ええなぁ。どうして急に仕事が入ってもうたんや」

 

 高町恭也の運転で都内を走行している車両の助手席では八神はやてがすずかから送られて来た同様の画像を見て頭を抱えていた。

 

「もうすぐ着くからそれまでの辛抱だよ。なのはもそうだが夏休みまで仕事とは管理局はそんなに忙しいのか?」

 

 恭也はそんな妹の親友の姿を見ながら苦笑いを浮かべている。

 

「ほどほどにですけど、私はちょっと特殊ですんで急にお呼ばれしちゃうことが時々あるんです」

 

 八神はやては夜天の魔導書の主という究極の一ともいえる存在であり、夜天の書自体の機能や保有する稀少技能(レアスキル)の多さと稀少性が相まって局内でも重宝されている人材と言える。

 

 はやては能力が戦闘に向いていないというだけで魔法の才能という意味合いにおいては高町なのはらすら軽々と超えるだけの物を有しているということだ。

 

 

「おっと、危ないな」

 

 恭也が運転する車両が大きく揺れた。大型トレーラーが強引な追い越しをかけて来たからだ。

 

 道を譲った恭也であったがそのトレーラーが道路内で車体を横に傾けて進行方向を塞ぐように急停止をかけてきた。

 

 それを見るや、恭也は急ハンドルとアクセル動作でドリフトをかける事によって衝突を回避するが車体が大きく傾く。

 

 迫る大型車両に対して恭也ははやてを横薙ぎに抱え、走行している車両のドアを中から蹴破って脱出し、道路に着地するというスタントマンも真っ青な超人技により危機を脱していた。

 

「あ、ありがとうございます。えっと、足に治癒魔法を!」

 

「大丈夫だ。これでも鍛えているからな」

 

「そういう問題じゃないと思うんですけど」

 

 助けられたはやてであったが、常人では不可能な行動を取った直後であるにもかかわらず平然と歩きだした恭也に思わず乾いた笑いを零している。

 

 

「なんかおかしい。ここは私に任せてください!封絶結界!!」

 

 はやては恭也に礼を言うと明らかに様子がおかしい車両群を目の前に封絶結界を展開し、周囲への被害を食い止めるべく行動に移す。

 

「リインもシグナム達もおらへんけど何とかするしかあらへんなぁ」

 

 都内の道路の中心で変形して襲い掛かって来る車両群と戦闘状態へと突入した。

 

 

 

 

「この地球に違法渡航者?」

 

《はい。先日未明に突如としてこの都内に現れました。渡航者は女性1人だけなのですが、追跡していたアルフとザフィーラはその女性と関連しているであろう未知の戦闘手段を行使する機械兵器によって突破されました》

 

「そんなことが・・・じゃあ休暇はお終いってことね」

 

《ええ。アルフとザフィーラが退けられ、他の守護騎士がいない以上は心苦しいですがなのは達に出てもらう必要がありそうです。できればこちらだけで片付けたかったのですが・・・》

 

「その渡航者に関係があると思われる大型車両の暴走で現地への被害も出てしまっているし、こればっかりはどうしようもないわね」

 

 リンディの下へクロノから通信が入る。地球へ違法な手段で渡航してきた者がいる事とその人物によって引き起こされたであろう大型車両の暴走、追跡していたアルフとザフィーラが退けられたという情報であった。

 

『なのはさん、フェイト。今の通信は聞いていたわね』

 

『うん。違法渡航者追跡の為になのはと一緒に出撃するね。バルディッシュとレイジングハートにデータの送信をお願いします』

 

 フェイトはクロノからの出撃要請を受けてなのはと共に夜の空へと飛び立っていく。

 

 

 

 

「なんだってこんな時に!?無事に帰って来なさいよね」

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん・・・」

 

 アリサとすずか、保護者達はなのはとフェイトが飛び立った方向に心配そうな視線を向けている。

 

 魔法という物に関して一通りの説明を受けているが、実際に自分の娘や同性代の少女が不審者に話を聞きに向かって行くという光景を目の当たりにして少なからず不安があるのだろう。

 

 

「そういえば、アンタは一緒に行かなくていいの?」

 

 アリサは魔導師組が皆、事件の対処へと当たっている中で魔法を使える烈火がこの場に残っていることに疑問を呈した。

 

「俺は管理局員じゃない。出撃する理由も権限も持ち合わせていない」

 

 持ち場へ向かおうとしたリンディの耳にアリサと烈火のやり取りが飛びこんでくる。

 

 リンディとて民間人の烈火を現場に出す気など始めからなく、たとえ烈火から出撃を申し出たのだとしても断るつもりであった。

 

(白いバリアジャケットに蒼い翼、黒い炎・・・きっとそういうことだものね)

 

 リンディは烈火の後姿を一瞥してこの場から去って行った。

 

 

 

 

「烈火君・・・なのはちゃん達は大丈夫かな?」

 

 なのは、フェイト、リンディを除く面々はオールストーン・シーに隣接するホテルの大部屋に集まっているようだ。

 

 すずかはこの中で唯一魔法が使える烈火に不安げになのは達について問いかける。

 

 先ほどからホテルに設置されている大きな液晶テレビに都内で大型トレーラーや工事車両が暴走し始めたというニュースが引っ切り無しに流れている為に彼女達の不安を掻き立てているのだろう。

 

「余程のことがなければ大丈夫だ。だが、相手の手口が少々気にかかる」

 

「どういう事?」

 

「無機物の車両を暴走させるという手口が魔導師の物とは思えない。その渡航者は何かしらのロストロギアを所持しているか、魔法ではない力を操るのか・・・」

 

 烈火自身が直接、刃を交わしたわけではないがなのは達の実力が高さは誰もが知るところであり、よほど特殊な事情でもなければ心配する必要などない。

 

 しかし、相手の動きに不可解な点が多すぎる以上、絶対に無事と断定もできないという所であろう。

 

 先日の無限円環(ウロボロス)の一件もあり魔法が絶対的な支配力を持っているという一般常識は徐々に覆されつつある。

 

 そして、なのは達は魔法無効という事象に対しての根本的な対策手段を持ち得ていない。違法渡航者が魔法に対して何らかの対処手段を持っているのだとすれば・・・

 

「何もなければいいんだがな」

 

 烈火の呟きは夜の空に消えて行った。

 

 

 

 

 管理局の魔導師部隊は〈惑星エルトリア〉からやってきた違法渡航者---キリエ・フローリアンと彼女の操る〈機動外殻〉と戦闘状態に陥る。

 

 戦いの最中、守護騎士らも増援として参戦するが魔法を解析・分解する力を有した〈エルトリア式フォーミュラ〉と限界を超えた力〈アクセラレイター〉の前に魔導の力は無効化され、使用武器のスペック差と相まって管理局の魔導師部隊は退けられた。

 

 残された者達に八神はやて、リインフォース・ツヴァイ、シャマル、ザフィーラ、アルフの5名とキリエを止めるべくやって来たもう1人の違法渡航者---アミティエ・フローリアンの撃墜、さらに〈夜天の魔導書〉が強奪されるという事実上の敗北通知が届いたのはそれから程なくしての出来事であった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

休み最高!!ということで久々にがっつり執筆できています。

そして!

とうとう始まりましたReflection&Detonation篇。

今作約40話目にしてようやく原作話となりますね。

気になる方がいるかもしれませんので今回は原作との変更点をいくつか述べておきます。

まず大前提としてキャラクターやら舞台の設定はリリカルなのはReflection&Detonationを主としております。
ヴィヴィオやアインハルト、トーマといったゲーム版のお祭り要素要因は一切出てきません。


そして、主要人物たちの年齢が原作より4歳上となっているのが一番の変更点ですね。

またオールストーン・シーに来るメンバーも原作と変わっています。

今作において、月村家はとらハ寄りの設定となっていますので両親は亡くなっており、そこに忍と恭也が収まる形としました。
月村家はとらハと劇場版で両親が別人ですのでRefに出てきた2人は存在していません。
ノエルとファリンは休暇中となっています。

それから負けイベント・・・もといキリエや機動外殻との初戦闘ですが、大きな流れは変わらない為、端折ります。

キリエ戦を掻い摘んで説明すると、前章までの話で魔法が効かない相手が出て来るかもっていう事だったので物理主体でキリエと渡り合うなのフェイ→機動外殻が投入されるも八神家参戦→新型武装の試作機を持っているシグナム、ヴィータが瞬く間に撃破→トゥルケーゼ未満、原作のこのシーンで出て来た機動外殻以上の大型が追加投入、フォーミュラスーツにダメージが通る可能性があるシグナム、ヴィータと邪魔な、なのフェイはそちらの相手をせざるを得ない→アクセラレイター・オルタ起動、シグナム、ヴィータの武装を破壊、なのフェイに手傷を負わせた後にはやてと周囲にいた面々を撃破、夜天の書を奪取して逃走といった流れですね。

アミキリの絡みは原作通りです。

変更点としては原作はキリエ1人に全員やられましたが、主要キャラが魔法が通用しない相手との戦いをある程度想定していた為、幾許か善戦しています。
結果として、武闘派4名は撃墜までされなかったが敗北みたいな感じになっていますね。

後、アルフが参戦しているところが変更点ですね。

ぶっちゃけこの時点じゃフォーミュラ使いにはどうやっても勝てないのでこればっかりは致し方ないです。

因みに東堂煉とフェイトが出会いはPT事件中ですので、リンディの回想の時にはもう知り合っています。
この辺はまた別の機会に本編で語ることになるでしょう。


あの感動の劇場版篇とあってかなり気合が入っています。

皆様の感想などが私の原動力となっていますので頂けましたら嬉しいです。

では次回会いましょう。

ドライブ・イグニッション!


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戦いへ向けて

 都内の大きな建物の展望台に1人の女性の姿がある。

 

「ねぇ、イリス。この本を開けばいいのね?」

 

 癖毛気味の女性---キリエ・フローリアンは八神はやてから強奪した夜天の書を手に取って不思議そうに眺めている。

 

「うん。夜天の書の使い方はある程度分かってるから私の言う通りにやってくれれば大丈夫よ」

 

 キリエの目の前に橙髪をサイドに束ねた少女が姿を現した。エルトリア内にある教会の石板プレートに宿った人工知能---イリスである。

 

 イリスはキリエが所持している石板の子機端末を通して地球に姿を現しているようだが、稼働に制限がかかっている為か現実世界での行動はキリエにその全てを任せていたようだ。

 

「私達の目的に必要ってのもあるけど、こっちの戦力も増やさないとこれから先かなり厳しそうだからね。まさかキリエがここまで消耗するなんて計算外だったし」

 

 イリスは傷だらけのキリエを心配そうに見つめながら呟く。当初の計算ではなのは達をまとめて相手取ったとしてもキリエと数機の機動外殻で戦力的には十分なはずであったが、蓋を開けてみれば予想外の大苦戦を強いられた。

 

 最終的にはイリスの手によってキリエのフォーミュラスーツに搭載された緊急救助用加速システム〈アクセラレイター〉を応用した強化版ともいえる〈システム・オルタ〉をフル稼働させることによってどうにか事なきを得た。

 

 しかし、システム・オルタは心身への負担が大きく稼働時間も短い。

 

 フォーミュラの固有技能である魔導の解析・分解だけで相手取れると想定されていた魔導師部隊に切り札であるオルタを見せた事、加えてシステム発動状態での予想を超えた長時間戦闘によりキリエにかかった負担はイリスの計算を超えていたという事だろう。

 

 キリエの手から夜天の書が離れ浮遊する。イリスの足元に浮かび上がるのは橙色の剣十字・・・

 

 イリスに呼応するように夜天の書が光を放ちながらページを撒き散らす。

 

 舞い散るページの中から紫の炎が出現し、人の姿を形作っていく。その人影を守るかのように深炎と蒼雷の光が周囲を飛び回る。

 

 イリスは夜天の書の奥底に眠るデータの封印を解き、〈王の魂〉と〈2人の僕〉を現代に呼び起こし、〈ヴァリアントシステム〉を用いて肉体を与えた。

 

「この子たちって・・・」

 

 姿を見せたのは3人の少女。キリエは目の前の少女たちの姿が先ほどまで戦闘していた者達と瓜二つであることに驚きを示しているようだ。

 

 

「おかえりなさい。王様」

 

 イリスは3人の少女に視線を向けながら小さく笑みを零していた。

 

 

 

 

「しかし、これは少々厄介なことになったな」

 

「うん、そうだね。まさかなのはちゃん達どころか守護騎士のみんなまでまとめてやられちゃうなんて・・・」

 

「エルトリア式フォーミュラ、魔導師にとっては天敵と言えるだろうな」

 

 クロノとエイミィは違法渡航者、機動外殻となのは達の戦闘映像を見返しながら重い溜息を吐いた。

 

 キリエ・フローリアンという少女の身体能力の高さには目を見張る物があったが主兵装の剣技に関してはシグナムの足元にも及ばない。高機動戦闘においても無駄が多くフェイトのそれに劣っているだろう。

 

 しかし、戦闘技術で優る管理局のエース達はキリエに敗北した。

 

 最後に見せた高機動戦闘も脅威であったが、魔法を解析して分解する力は魔導師にとって反則の一言に尽きた。

 

 事前に解答を持って試験に臨む、じゃんけんで言うのなら相手が出した手に対して勝てる手を後から用意できるというわけだ。

 

 魔力が多いだとか戦闘経験が長いだとかそういう次元の話ではなかったのだ。

 

 

「皆のデバイスの改修とカレドヴルフ社からの武装貸与はどうなっている?」

 

「マリーによると急ピッチで進めてるみたい。機能制限はいくつかあるけど実戦投入は可能でインテリジェントの2機は調整に手間取ってる。カレドヴルフ社の方は順調だね」

 

「レイジングハート、バルディッシュ、それとデュランダルの3機は出撃までに間に合いそうにないということか。他の機体についても万全とは言い切れない・・・」

 

「マリー達の頑張りに期待するしかないね。違法渡航者のアミティエ・フローリアン以外のみんなは軽傷だったからそれが唯一の救いかな」

 

 しかし、魔法が効かないからと手を拱いている管理局ではない。エネルギー、質量兵器に対抗すべく生み出された技術を実戦投入することによって新たな敵への対抗手段とするようだ。

 

 再出撃までの時間が足りないため完成形とは言えないまでも従来の物よりも格段に性能向上を果たし、魔力の物理変換機構の搭載によってフォーミュラや機動外殻との戦闘に投入される新型デバイス、それを操る魔導師達と戦闘準備は着々と進んでいるようだ。

 

「僕、はやて、シグナム、ヴィータを中心とした4部隊がこちらの主戦力になる。加えて本局から派遣されて来た面々の編成も考えなければな。こちらも頭が痛い話だ」

 

 キリエらの反応を追うため包囲網を盤石の物へとするべく頭を悩ませているクロノであったが思わず頭を抱えてしまっている。

 

「あの東堂煉も参加するんだもんね。この大変な時に部隊の指揮を取らせろだなんて」

 

 クロノの悩みの種は本局からの増援の中に東堂煉の名があったからであろう。

 

 煉の参加に人付き合いの良いエイミィにしては珍しく毒を吐いている。東堂派とハラオウン派の対立を知っているからか煉の事を余り良く思っていないようだ。

 

「エイミィ、任務に私情を持ち込むなよ。僕も似たような思いではあるがな。能力は優秀なんだが我が強すぎて扱いづらいのが難点だ。本当なら僕の部隊に加えて制御するつもりだったんだが彼の父親の依頼となると無下にはできないというのが正直な話だな」

 

 東堂煉のデバイス〈プルトガング〉と黒枝咲良のデバイス〈アイギス〉の強化改修は煉の父親による資金提供により既に完了しているため対機動外殻、フォーミュラとの戦闘も可能だ。

 

 煉の戦闘能力もエース級と言って差し支えなく戦力としては申し分ない。

 

 しかし、我の強い性格が指揮官向きではない為にクロノは自身の手元に置いておくつもりだったのが、大派閥のトップである煉の父の頼みとあれば犬猿の仲の派閥同士と言えど無視するわけにはいかないのだろう。

 

 

「まあ、こうなってしまった以上はどうしようもない。残る不安事項は1つだがそちらに関してはもう手は打ってある」

 

「ん、他になんかあるの?」

 

「東堂の様に実害的な被害はないだろうが、ある意味それ以上に扱いにくい不安事項がな・・・」

 

 クロノは増え続ける懸念事項を前に再度、重苦しい溜息を吐いた。

 

 

 

 

「蒼月烈火さんというのですね?では烈火さんと呼ばせていただきます!私の事はアミタと呼んで下さい!!」

 

「あの、フローリアンさん。近いです」

 

 蒼月烈火はオールストーン・シーに隣接しているホテルの一室で赤毛の女性---アミティエ・フローリアンに詰め寄られていた。

 

 烈火は初対面にもかかわらず押せ押せのアミティエに頬を引くつかせているようだ。

 

 

 

 

「フェイトちゃんの彼氏候補の子?いい子そうに見えるけど警戒する必要なんてあるの?」

 

「前者は違う!後者に関しては蒼月烈火という人物そのものに関しての懸念というより今回の一件に巻き込まれないようにという意味だ」

 

「ふーん。それで保護と監視を兼ねて管理局のお膝元に置いておくってわけだね」

 

「下手に事件から遠ざけたとしても違法渡航者が彼に接触する可能性もある。万が一、戦闘になったとして我々と違ってデバイスの改修を行っていない蒼月烈火は魔法を無効化してくるフォーミュラ使いに対して勝機はないだろう。そもそも民間人を現場に出す気などないし、中途半端に首を突っ込まれても皆が混乱するだけだ」

 

 クロノにとっては、行動がある程度予想ができる煉よりも未だに実力の図り切れない烈火の方が厄介だという事であろう。

 

 加えて、ミッドチルダ、ベルカの術式が解析された以上、ソールヴルム式もフォーミュラには通用しないと予測される。装備改修した管理局部隊はともかく、機動外殻やフォーミュラ使いは今の烈火が立ち迎える相手ではない。

 

「蒼月烈火の戦闘能力は無視できないものがある。何も知らせないのも不安だが、事件にも関わらせたくないという意味での中間択だ。全く、制御されていない大きな力ほど厄介なものはないな」

 

 クロノは烈火の身を守ることとその動きを把握するという意味で管理局の下に置くという選択を取ったようだ。

 

「色々考えてるんだねぇ。指揮官殿は大変だぁ」

 

「茶化さないでくれ・・・」

 

 今回の一件の最高責任者はリンディの旧友であるレティ・ロウランが務めているが現場の指揮は基本的にクロノに委ねられているようであり、リンディはその補佐という形になっている。

 

 エイミィは頭を抱えているクロノの頬を楽し気に指で突き回していた。

 

 

 

 

「なのは、大丈夫なの?」

 

「うん。今度は負けないよ。今度こそお話を聞いて、私の魔法で護れるものは全部護ってみせる」

 

(そういうことを言ってるんじゃないのよ。なのは・・・アンタやフェイト達が全員無事に帰ってくることが一番なんだから)

 

 なのはとアリサはホテルのテラスで夜空を見上げている。フォーミュラと機動外殻という新たな力に対抗する手段は得た。為すべきことは1つ・・・明白であった。

 

 

 しかし、アリサは隣に立つなのはに不安げに視線を向ける。なのはが負傷して戻って来た時、アリサの脳裏に蘇ったのは数年前の記憶。

 

 管理局の任務で一生歩けなくなるかもしれないほどの大怪我をしたなのはの姿。全身に管を繋いでどうにか生きていたなのはの姿を見て涙を零したのを覚えている。

 

 アリサもすずかも思いは同じであった。事件の詳しい事情は分からない。ただ、なのは達が無事に戻って来てくれさえすれば・・・

 

 言いようのない不安を胸にアリサはなのはの尻をパシンと叩いた。

 

 

 

 

「そうおっしゃらずになのはさん達の様にアミタと呼んでください!」

 

 烈火は迫ってくるアミティエに辟易しながら妙な類洞感の様なものを感じていた。

 

---昔みたいに笑えるようにお話聞かせてもらうんだから!

 

 どこか抜けたようなぽわぽわとした感じ。しかし、その瞳は眩しく輝いており、強い意志を感じさせる。

 

(ああ、アイツ(なのは)と同じ瞳なのか)

 

 烈火は目の前にいる陽だまりのような女性から思わず目を背けてしまう。

 

 違法渡航者としての烙印、暴走した妹を止める使命、深く傷ついた身体・・・様々な重責を背負っているにもかかわらずにさもそれが当然だと言わんばかりに振舞うアミティエの姿があまりにも眩しく思えたから・・・

 

 

 

 

《アミタさん。お身体の具合はどうですか?》

 

 烈火とアミタに通信が入る。モニターにフェイトの姿が映し出され、その背後ではリンディが壁に背を預けてもたれかかっている。

 

 

 

 

《このド天然!今から真面目な話をすんだよ!》

 

《ふ、ふえええぇぇ!!?》

 

 画面こそ表示されていないが聞こえてくる声からなのは達にも通信が繋がっているようだ。

 

 

「管理局の皆さんのおかげでだいぶ良くなりました。ありがとうございます」

 

《いえ、当然のことをしただけです。それで今から事件のお話を伺うわけなんですけど、どうして担当に私を指名してくれたんですか?》

 

「え、と、フェイトさんはお優しそうな方でしたので穏やかに話を進められるかなと・・・」

 

 フェイトが首を傾げながら問いかけるとアミティエは指で頬をかきながら恥ずかしそうに答える。

 

《ほら!私の言った通り!》

 

《ま、マジかよ・・・》

 

 得意げななのはと引き気味なヴィータ、他に笑いを堪えるような声が通信から零れていた。

 

 

 

 

 そして、アミティエから語られる事件の全貌・・・

 

 なのは達と戦闘を行った違法渡航者はアミティエの一歳年下である妹のキリエ・フローリアン。

 

 その目的は不治の病に侵された父親---グランツ・フローリアンと荒廃し、死にゆく故郷〈惑星エルトリア〉を救済する事であり、彼女はそのための力を夜天の魔導書に求めた。

 

 そして、夜天の書の使用方法は不明だが、キリエを手引きした謎の存在がいる事が明らかになる。

 

 

「この度は妹が皆様に多大なご迷惑おかけしてしまい申し訳ございませんッ!!でも悪い子ではないんです!どうか寛大な処置をお願いします!!」

 

 アミティエは手が白くなるほど拳を握りしめてフェイト達に向けて深々と頭を下げる。心中に渦巻くのは妹の暴走を止めきれなかった情けなさか、地球と管理局への申し訳なさか・・・

 

 キリエ捜索のために導入されている人員や設備とて無料ではない。それもこれだけ大規模に展開されている上にデバイスの改修と、とてつもない額の費用が掛かっていることだろう。

 

 それに頬に絆創膏を付けたフェイトの姿、他の面々も少なからず傷を負っていることだろう。

 

 加えてはやてにとって大切なものである夜天の書を強引に奪い取るという強盗紛いの行為まで働いている。

 

 

 アミティエはせめてもの力添えとしてなのはらの武装改修の際にフォーミュラの技術提供をして、その能力を格段に引き上げたがそんな物は何の償いにもならないだろう。

 

 結局のところ、エルトリアの状況がいかに劣悪と言えど既に成人を迎えているキリエの行動が許されるわけがないのだ。

 

 

 

 

《頭を上げて下さい。私達はキリエさんを酷い目に合わせる気なんて最初からありませんよ。どうしてあんなことをしたのかお話を聞いて、協力できることがあるなら惜しまないつもりです。お父さんの事、エルトリアの事、私達にもお手伝いさせてください》

 

 アミティエはフェイトの言葉に驚きの表情を浮かべながら顔を上げた。

 

《そういう事情があるなら最初から言ってくれれば力を貸したんやけどなぁ。夜天の書は返してもらなあかんけど》

 

《もう一回、今度はちゃんとキリエさんにお話を聞かないとだね!》

 

 単独で襲撃されて最も被害が大きかったであろうはやてや他の面々もフェイトに賛同するように声を上げている。

 

「み、皆さん!ありがとうございます!!」

 

 アミタは地球の魔導師達に再び頭を下げて感謝の言葉を述べた。

 

 

 

 

(フローリアン姉妹もエルトリアも救う、か・・・)

 

 管理局側の方針に驚きを示したのはアミティエだけではなかった。烈火も組織視点からすれば最適解とは言えないそのやり方に少なからずの驚愕を覚えていたのだ。

 

 今回の一件を引き起こして法治組織である管理局に襲撃を仕掛け、現地世界に少なくない被害をもたらしたのは間違いなくキリエ・フローリアン本人。

 

 戦闘映像を見る限り洗脳の様なものをされているようには思えず、自らの意思で行動しているように思える。キリエを唆したと言われている何者かという懸念事項こそあれ、彼女自身は立派な成人女性であり、善悪の判断などとっくについているはずなのだ。

 

 エルトリア側の事情もアミティエの証言によりあらかた把握し、結論から言えば今回の事件の原因はキリエ・フローリアンの暴走と言える。

 

 そして、管理局の最大目的は夜天の書の奪還とキリエの身柄確保だ。はっきり言ってしまえば管理外世界ですらなく、既に住民にすら捨てられた星がどうなるかなど二の次であろうし、管理局と聖王教会の重要財産である夜天の書を自らの意思を以て奪った相手に関してこれ以上話を聞く必要などないはずなのだ。

 

 加えて、機能の大半が失われているとはいえ夜天の書自体が危険性を秘めている事には変わりない。それこそ扱い方を間違えれば地球にも被害が出る恐れもあるのだから尚更であろう。

 

 

 

 

《一緒に頑張りましょうね!アミタさん!》

 

「本当に・・・ありがとうございます!」

 

 笑顔を浮かべるフェイトと涙混じりのアミティエ。

 

 フェイトに賛同する仲間達・・・

 

 

 

 

 烈火は目の前で繰り広げられているやり取りをどこか遠くの世界での出来事の様に感じている。

 

 キリエに奪われた夜天の書がはやてにとってどれほど大切であるかはルーフィスでの一件で目の当たりにした。

 

 しかし、なのは達ははやても含め、自分や友人の命以上に大切なものを強引に奪い、それを勝手な理屈で使おうとしている者にさえ救いの手を差し伸べようとしている。

 

 烈火はなのは達が一致団結していく光景を通信終了の時まで静かに見届けた。

 

 

 

 

「む、テスタロッサか?」

 

「遅れてすみません」

 

「そんなことはいい。デバイスは間に合わなかったようだな」

 

「大丈夫です。この子も優秀ですから」

 

 シグナムを先頭に海上を飛行する部隊にアミタとの情報交換を終えたフェイトが合流した。しかし、彼女の手にバルディッシュの姿はなく代わりに握られているのはカレドヴルフ社製の〈ハルバード〉と言われる試作電磁装備をフェイト様にチューンアップしたものである。

 

 

 そんな〈シグナム隊〉の上空から一つの隕石が飛来してくる。

 

「ここは私がやる。レヴァンティン!」

 

≪Explosion!≫

 

 シグナムは飛び出そうとしたフェイトを制し、納められていた〈レヴァンティン改〉を抜き放ち、電磁カートリッジを炸裂させながら鞘と連結させた。

 

「翔けよ・・・隼ァ!!」

 

≪Sturm falken!≫

 

 紅蓮の不死鳥が漆黒の空を飛翔する。

 

 電磁加速により神速の如き速さで喰らい付いた不死鳥の爆炎により隕石は見るも無残に砕け散った。

 

「新装備の感触は悪くない。しかし、これでもまだ試作機か」

 

 シグナムは電磁カートリッジを搭載し、姿を変えたレヴァンティンを見て小さく呟く。

 

 鍔のカートリッジ部を中心に内部フレームや刀身の材質も見直され、性能の大幅な向上と対フォーミュラ、機動外殻への戦闘能力を得た。

 

 しかし、このレヴァンティンはあくまで電磁カードリッジを緊急装備に対しての調整をしただけであり完成には程遠いとのことである。

 

「そして、あちらもこれで終わってはくれぬか」

 

 シグナムは爆炎に飲まれ砕け散った隕石の噴煙を厳しい表情で見つめていた。

 

 

 

 

 巻き上がる煙の中から青色の機械魔神の姿が垣間見えた。

 

 イリスが用意した大型機動外殻であろうそれは噴煙から半身を覗かせており、手には巨大な鉤爪、脚部に刺々しい意匠が施されており人型に近いという印象を受ける。

 

 

 

 

「なんだよぉ~もう!いきなり攻撃してくるなんて卑怯だぞ!何者だ!名を名乗れ!!」

 

「時空管理局所属魔導師、シグナムだ。お前を魔力の違法行使、大規模破壊の現行犯で逮捕させてもらう」

 

 大型機動外殻の傍に現れたのは青い少女。周囲がその姿を見て驚きに固まっている中、シグナムは少女に対して逮捕勧告を言い渡した。

 

 しかし、時空管理局という呼称や逮捕というこれからの彼女の身の振り方を聞いても少女は微動だにする様子が見受けられない。

 

「貴方の名前と出身世界は?どうしてこんなことをするの?」

 

 フェイトは目の前にいる自分と瓜二つの少女に対して戸惑いながらも問いかける。

 

「どこから来たか!何が目的かなんてボクは知らんッ!でも名前が知りたいというなら教えてあげよう!」

 

 反応を示さなかった青い少女はフェイトの言葉のある部分が琴線に振れたのか饒舌に口を開きだした。

 

「誰が呼んだかは知らないが!僕はレヴィ!・・・雷光のレヴィとはボクの事さぁ!!」

 

 青い長髪をツインテールに束ね、刺々しい戦斧〈バルフィニカス〉を手にしたフェイトと同じ姿をしている少女---レヴィは問いに応え、楽しげに口元を歪めている。

 

 

「さあ、遊んであげるよ。ボクの僕・・・〈海塵のトゥルケーゼ〉と一緒にね!」

 

 レヴィは玩具で遊ぶ子供のような満面の笑みを浮かべ、大型機動外殻〈海塵のトゥルケーゼ〉を包み込んでいた噴煙が収まったと同時に魔導師部隊に飛び掛かって行こうとしたが・・・

 

 

 

 

「あ、ああああぁぁあぁぁぁ!!!!??ボクのトゥルケーゼがぁぁ!!!」

 

 間の抜けた大声を出しながら空中で急停止をかけていた。

 

 全貌が明らかになったトゥルケーゼは左腕の鉤爪が3本ほど(ひしゃ)げるように焼き切れ、同じく左の脚の突起部は半ば中心で弾け飛んでいる。恐らくはシグナムのファルケンによって吹き飛ばされたものと思われる。

 

 海上での戦いの始まりは何とも締まらないものとなってしまったようだ。

 

 

 

 

「私と・・・」

 

「・・・同じ顔」

 

 他の戦闘区域にもフェイトそっくりのレヴィと同様にそれぞれなのは、はやてと瓜二つの少女が姿を現し、結界内に何機かの大型機動外殻が出現していた。

 

 時空管理局の魔導師部隊はそれらの対処すべく戦闘行動に入る。

 

 とうとう始まってしまった大規模戦闘・・・

 

 

 

 

「ようやく始まったわね。お互いに潰し合ってみんな死んじゃうと楽でいいんだけどね。じゃあ、私は私のやることをやりますか」

 

 その裏で誰かが心底愉快だと口元を歪めていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

休みが終わってまう。
地獄の日々が始まってしまいます。

今回は小休止回ですね。

因みにキャラクターの年齢ですが

Refとinnocentを照らし合わせると

なのは(小5)11歳

アミタ(高2)17歳

キリエ(高1)16歳

かなと思います。


今作ではその4年後となりますので

なのは(中3)14歳

アミタ    21歳

キリエ    20歳

となっています。


皆様の感想が私の動力源となっていますので頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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古の騎士と機械魔神

 星空の海を光が翔ける。

 

「少々、厄介な相手ですね」

 

「どうしてこんなことをするの!?」

 

 ショートヘアの髪型を除けば高町なのはと瓜二つの少女---殲滅のシュテルは自身の杖型デバイス〈ルシフェリオン〉から炎熱を纏った砲撃を打ち出す。

 

 それに対してなのはは新たに装備した〈ストライクカノン〉から撃ち出した桜色の砲撃で迎撃を図る。

 

「大いなる力を得るために・・・」

 

 シュテルは自身の砲撃が相殺されるや否や明星の誘導弾〈パイロシューター〉を出現させるがなのはの桜色の誘導弾〈アクセルシューター〉で全て撃ち落とされる。

 

 続けて追撃と言わんばかりにシュテルは再び砲撃を打ち放つがなのはも桜色の光で相殺した。

 

「これ以上、規模の大きい魔法は使えないね」

 

 なのはは2基携行している独立浮遊シールド〈ディフェンサー〉の内の1基で砲撃の余波を防ぎながら、自身の足元に広がるオールストーン・シーを一瞥した。

 

 

 

 

「子鴉風情が!我の道を阻むな!!」

 

「そういうわけにもいかへん!取られたもん取り返して貴方達の目的を教えてもらわなあかんからな!」

 

 はやてと熾烈な魔法の打ち合いを繰り広げているのは彼女と瓜二つの少女---ディアーチェである。

 

《はやてちゃん。攻撃来るですよ!》

 

「了解!クラウソラス!」

 

 リインフォース・ツヴァイからの攻撃報告を受け、はやては斜め上方向にチャージしてあった魔法を打ち放つ。

 

 そして、肩口までの白髪を揺らし、透き通るような青瞳でディアーチェを射抜く。

 

 

「塵芥が!ドゥームブリンガー!!」

 

 ディアーチェは杖状のデバイス〈エルシニアクロイツ〉を振りかざし、魔力刃を扇状に打ち放つが鏡合わせのようにはやての魔力刃と激突し攻撃が届かない。

 

「失態は取り返さなあかん。負けへんよ!」

 

 はやては融合騎であるリインフォース・ツヴァイとのユニゾンを果たした上にカレドヴルフ社製の電磁装備〈ロッド〉となのは機とは違う黒いカラーリングの〈ストライク・カノン〉を装備したことにより戦闘能力が格段に上昇しており、先のキリエ戦とは別人のような戦いぶりを見せていた。

 

 

 

 

 なのは達が上空で自らと瓜二つの少女と激闘を繰り広げている裏では巨大な機械魔神と魔導師達の戦いも熾烈さを増している。

 

「ちぃ!流石にこのデカさじゃ攻撃が通らねぇか!!」

 

 ヴィータは彼女用の深紅にカラーリングされた手持ち電磁砲〈カノン〉から砲弾を電磁射出して命中させるが目標が巨大すぎて効力を発揮できていない。

 

 陸上侵攻型大型機動外殻〈城塞のグラナート〉は堅固な装甲により魔導師部隊の砲撃を物ともせず、蜘蛛を思わせる巨大な脚部で目の前の物体をすべて破砕しながらオールストーン・シーへと侵攻している。

 

 先ほどまでは空中からヴィータが撹乱、なのはらが拠点設置電磁砲〈パイルスマッシャー〉による砲撃を行うことにより足止めをしていた。

 

 しかし、地上の主戦力であるなのはがシュテルの迎撃に向かってしまった為に一手足りなくなっており、突破口を見つけられないまま、グラナートの進撃を止めることができないでいるようだ。

 

 

 

 

「はやてちゃんから引きはがしたのはいい物の中々厄介ね」

 

 シャマルはディアーチェが操る大型機動外殻〈黒影のアメティスタ〉の爆撃攻撃を防ぎながら小さく息を漏らした。

 

「うむ。こちらの攻撃はあまり有効ではないようだな」

 

「外からぶん殴っても効かないってのは面倒な話だねぇ」

 

 ザフィーラとアルフもそれぞれ魔力障壁を展開して防衛に当たるが打撃を加えても動きが止まらない大型機動外殻を前に突破口を見いだせないでいる。

 

「何か弱点の様なものがあるといいんだけど」

 

 本来デバイスを所持していないアルフとザフィーラもフォーミュラ、機動外殻に対抗すべくカレドヴルフ社製の電磁手甲を装備している為に決め手としては申し分ない。打撃攻撃が通じないのはアメティスタの迎撃に阻まれて威力をフルに発揮できていないからと予測される。

 

 シャマルはアメティスタに付け入る隙か、決定的な弱点があれば一気に切り崩せると思考を巡らせていた。

 

 

 そんな彼女達に天空の機械魔神の砲火が迫る。

 

 

「チェーンバインド!」

 

 アルフは橙色の鎖をアメティスタの翼部に絡ませ、機体の角度を変えることにより砲塔の向きを逸らして攻撃の回避を試みる。

 

「させんッ!!でぇりゃっっっ!!!!」

 

 さらに下からかち上げるようにザフィーラの左拳が叩き込まれ、アメティスタの攻撃は見当違いの方向へ向かって行き、更に振るわれた右の拳によって下部の装甲を一部欠損しながら吹き飛んでいく。

 

 

 

 

「へぇ・・・試してみる価値はありそうね」

 

 シャマルはアメティスタの解析を進めながら戦況を見守っていたが、アルフとザフィーラに指示を飛ばしていた甲斐があったと小さく笑みを浮かべた。

 

《2人共、そういうわけだからお願いね》

 

《了解した》

 

《縛ってぶっ叩けばいいんだね。分かったよ》

 

 シャマルの指示を受け、ザフィーラとアルフはアメティスタの注意を引くべく2方向に分かれて飛び立った。

 

「行くよぉ!!チェーンバインドッ!!!!」

 

 アルフは橙色の鎖を幾重にも生み出してアメティスタの左の翼部を中心に巻き付かせ、動きを止めるつもりのようだ。

 

「縛れ!鋼の軛!!!」

 

 ザフィーラは地上から伸ばした無数の軛をチェーンバインドに対して回避行動を取ろうとしていたアメティスタの右舷を中心に突き立てる。

 

 対象が大型機動外殻とあってボディ部への物は何本か折れてしまっているようだが、無数の軛で右の翼を滅多刺して動きを止め、アルフの鎖が左の翼へと絡みついて動きを止めるまでの時間を稼ぐ。

 

 

 それに対して、爆雷を投下して退避しようとしたアメティスタであったが突然噴煙を上げて動きを止めた。

 

 アメティスタの砲門を塞ぐように新緑、白、橙の魔力障壁が展開されており、自身で発射した弾幕を跳ね返されダメージを受けているようだ。

 

「計算通りね」

 

 シャマルが小さく微笑んだ。

 

 先ほどまでの戦闘から黒影のアメティスタはディアーチェの指示を受けて戦闘を行う機体であることが予測される。ディアーチェがはやてとの戦闘に集中している現在では戦闘開始直後と比べ、明らかに動きが散漫になっているため攻撃が当てやすいと踏んだのであろう。

 

 

「じゃあ、最後の仕上げに!つっかまえたぁ!!」

 

 シャマルは自身のアームドデバイス〈クラールヴィント〉を〈ペンダルフォルム〉へと変化させ、輪上の鏡を作り上げてその中に右腕を突っ込めば、突如としてアメティスタの装甲が軋みを上げる。

 

 アメティスタの中央部にある動力核部を巨大化したシャマルの腕が掴み取り、握り潰さんばかりに締め上げているためだ。

 

 シャマルの転送魔法を転用した攻撃は機動外殻の分厚い装甲で覆われている動力核部に直接打撃を与える事に成功したということだ。

 

「やりな!ザッフィー!!」

 

 アルフがアメティスタの動きが鈍ったところを好機と見計らい、右の拳にチェーンバインドを巻き付けて中心へと叩き込めば、装甲が剥がれ落ちてさらに動作を鈍らせる。

 

「ておぁぁぁあああ!!!!!!」

 

 ザフィーラは右拳に白色の魔力を搔き集め、アルフが撃ち込んだ部位へと向けて突貫攻撃を繰り出していく。砲弾の如き一撃はアメティスタの核を貫いた。

 

《シグナム!ヴィータちゃん!》

 

 シャマルはアメティスタが噴煙を上げながら静かに高度を下げていくのを尻目に今も戦っているであろう仲間達へ念話を飛ばす。

 

 

 

 

「外からの攻撃は再生されちまうからあんまし意味はねぇ。動力核を潰せってことか・・・ちぃ!?」

 

 ヴィータはシャマルからの念話を受け取り、グラナートの動力核に攻撃を加えようとカノンを構えてトリガーを引いたが、出てこない弾丸に対して毒づいた。

 

「しゃらくせぇ!やっぱ、アタシはこっちじゃねぇとな!!」

 

 弾切れになったカノンを放り捨てて手に取ったのは〈レヴァンティン改〉と同様に電磁カートリッジを緊急装備して強化改修された〈グラーフアイゼン改〉であった。

 

「チマチマやんのは好きじゃねぇ。お前ら、一瞬だけ気を引いてくれればいい。一斉に打ちまくれ!」

 

 ヴィータは地上の砲撃部隊に一斉射の指示を出し、自身はグラーフアイゼンを握りしめ、パイルスマッシャーと砲撃が飛び交う中を多少の被弾を覚悟の上でグラナートの懐に潜り込むべく一気に急加速をかける。

 

 直撃を避けながら弾幕の中を赤い光が翔け抜ける。捌き切れないものが小さな騎士を掠めるが、堅固な魔力障壁により着弾を防いでいく。

 

「こないだは思いっきりやれなかったかんな。悪いがブチ抜かせてもらうぜ!デガブツ!」

 

 弾幕を越えグラナートの懐に潜り込んだヴィータ。前回のバイア・キュクノスとの戦闘の際に人質がいたために全力を出せなかったことを思い出してか苦い表情を浮かべながら、グラーフアイゼンをフルドライブモードの〈ギガントフォルム〉へと変化させた。

 

 ヴィータが振り翳したグラーフアイゼンはカートリッジの炸裂音を響かせながら柄が伸び、ハンマーヘッドが巨大化していく。

 

 

「轟・天・爆・砕!・・・ギガントシュラァァァァクッ!!!!!」

 

 ヴィータの咆哮と共に巨大化したグラーフアイゼンがグラナートの外部装甲を撃ち抜いて動力核ごと力づくで捻り潰す。

 

「ブチ抜けぇぇぇッ!!!!!」

 

 唸りを上げるグラーフアイゼン。ヴィータの最強魔法〈ギガントシュラーク〉をまともに受けて機能停止したグラナートは全身を軋ませながらオールストーン・シーから押し出され、海面上を転がって噴煙を吐き出した。

 

「鉄槌の騎士をなめんじゃねぇぜ!」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンを肩に担ぎながら撃破したグラナートの上で鼻を鳴らしている。周囲の面々はグラナートの巨体が吹き飛ぶ様を見て、暫くの間、開いた口が塞がらなかったようだ。

 

 

 

 

「ふむ。機体中央の動力部が弱点か」

 

 シグナムはレヴァンティンの切っ先から生み出す斬撃をトゥルケーゼの腕部に横から打ち込むことにより鉤爪の軌道を逸らしながら、シャマルからの情報を受け取っていた。

 

 フェイトはレヴィを追ってオールストーン・シーへと戻ったため戦域から離脱、他の隊員達は機動外殻の強固な装甲の上から核部に攻撃を撃ち込むには火力不足である為、距離を取らせて支援に回しており、実質的にトゥルケーゼと戦闘を行っているのはシグナムのみであるようだ。

 

「速く終わらせねばな」

 

 シグナムにとっても大切なものであり、同時に危険性を秘めている夜天の書が奪われた事、かつての自分達の様に自らの護るべき物の為に過ちを犯してでも行動している者がいる事、一個人として管理局員として様々な観点から見ても事件の早期解決は急務であるといえる。

 

 

 そして、映像越しに目に焼き付いたのは何かを考えこむように俯いていた少年の姿。

 

(私としたことが戦場(いくさば)の真っ只中で小僧1人に気を取られるとは・・・)

 

 トゥルケーゼの全身の砲門から撃ち出されるエネルギーの波状攻撃に晒されながらもシグナムの脳裏に浮かんでいるのは、この状況を如何にして脱するかではなく、かつて共に死地を潜り抜けた1人の少年の事という戦場には似付かわしくないものであった。

 

 常在戦場・・・シグナムにとって戦いとは己の全てであった。今代の主が戦いを望まなかった事や管理局員として仲間や民衆を護る為に剣を取るようになった今でも基本的には変わらない。

 

 そんな彼女が戦闘中、それも一歩間違えば命すら落としかねない機動外殻との戦いの最中にありながら全く別の事に気を取られている。

 

 蒼月烈火---彼の事が気にかかり、同時にシグナムの中で徐々に大きな存在になりつつあると認めざるを得ない瞬間であった。

 

 

 加えて、気の遠くなるほどの時間を生きてきたシグナムからすれば娘の様に慈しんでいるはやてと同年代の烈火など子供に等しいはずであったが、不意なアクシデントで上半身を晒してしまった際には彼女からすればあり得ないほどの痴態を見せてしまった。

 

 烈火と過ごした時間に起きた事は様々な意味合いで前代未聞でありえないことの応酬であったが・・・

 

 

「だが、存外悪くはない」

 

 シグナムは小さく呟いた。その表情は波状攻撃に晒されている為の苦悶や焦りではなく、口角を吊り上げた楽し気な笑みである。

 

 だが、程なくして自らが抱えた十字架に苦しんでいる烈火への感傷へとその表情を変えた。

 

「だからこそ・・・速く終わらせねばな」

 

 先ほどと同じ言葉を呟いたシグナムは一旦、トゥルケーゼから距離を取り、急旋回したと思いきや迅雷の如き速さで正面から突っ込んだ。

 

 トゥルケーゼは全身の砲門をシグナムに向けての一斉射で反撃行動に出る。死角の見つからない反撃を前に戦闘域から離れていた隊員たちは息を飲む。

 

 トゥルケーゼの反撃もそうだが、奇襲に対してカウンターを決められてしまっている以上、セオリー通りなら離脱して体勢を立て直すべきであるにもかかわらずシグナムにその行動が見られないからであろう。

 

 

 仮に突っ込むとしても普段のシグナムであれば、自身が使用する防御魔法である、装身型バリア〈パンツァーガイスト〉で全身を覆い、突貫した後に攻撃手段を整えるのであろうが、彼女はそれをしない。

 

 トゥルケーゼが放つエネルギー波の嵐の中に防御魔法すら発動させずに身一つで飛び込んだのだ。

 

 

 シグナムは蒼翼を抱きし少年の様にバレルロールを繰り返しながらエネルギー波の嵐を舞うように駆け抜けていく。

 

 その手に携えるレヴァンティンは防衛行動に使われることもなく、カートリッジを連続で炸裂させており、溢れんばかりの魔力を蓄積させながら静かにその時を待つ。

 

 そして、熱線を躱しながらトゥルケーゼの懐へと到達し、シグナムが上空へと舞い上がると同時にレヴァンティンから噴き出した暴力的なまでの魔力が紅蓮の轟炎となり顕現する。

 

 

「紫電・・・一閃ッ!!!」

 

 シグナムは刀身に轟炎を纏いて巨大化したレヴァンティンを神速の如き勢いで振り下ろした。

 

 上段から振り下ろされた必殺の一閃はトゥルケーゼを頭頂部から真っ二つに断ち穿ち、動力核を消し飛ばす。

 

 

 シグナムは動かぬ鉄の塊となり果てた機械魔神が噴煙を上げながら海中へと沈んで行く様を静かに見下ろしていた。

 

 

 

 

「〈八神隊〉、〈シグナム隊〉、〈ヴィータ隊〉が大型機動外殻を撃破したと報告が入りました」

 

 身の丈ほどの盾を装備した黒いボディースーツの少女---黒枝咲良は今回の任務で自身が配属された〈東堂隊〉の隊長である東堂煉に味方勢力の戦果を伝える。

 

「もう、この化け物を倒したというのか?」

 

「ヴォルケンリッターの面々が撃破したとのことです。どうやら機体中央部にある動力核が弱点の様ですが・・・」

 

 煉は苦い表情を浮かべながら迫り来る大型機動外殻〈憤激のサルドーニカ〉が振るう戦斧を旋回軌道を取りながら回避した。

 

 同様に攻撃を回避した咲良から現場の部隊に大型機動外殻についての情報がもたらされるが、皆が一様に余裕のない表情で付かず離れずといった距離を保つことに必死であり、とてもではないが反撃できる状態ではない。

 

 憤激のサルドーニカはメインフレームがトゥルケーゼに近い人型、背中にはアメティスタの物を小型化したウイング、脚部はグラナートを思わせる逞しい物となっており、右手には戦斧を携えている。

 

 それぞれ陸海空の戦闘に特化している3機とは違い、サルドーニカは汎用性を意識した機体と思われ、特筆した強みはないが攻め入る隙もないという状況であるようだ。

 

「隊の者と距離が離れすぎないように気を配りながら散開しろ!相手は一機だけなんだ!数の有利を活かして立ち回れ!!」

 

 煉は苛立ちながら隊の面々に指揮を飛ばしていく。苛立ちの原因は機動外殻に対して有効打が与えられていないことであろう。

 

 機動外殻の装甲は魔法に対して耐性があり生半可な攻撃は通用しない為に魔導師部隊の魔力攻撃は弱点の核に届かないでいる。

 

〈プルトガング改〉、〈アイギス改〉には電磁カートリッジを魔導師部隊のデバイスにも魔力の物理変換機構を搭載することによって対フォーミュラ、機動外殻への対抗手段とはしたが、あくまで大多数の魔法を無効化される状態から戦闘が可能になったというだけで基本的に不利であることには変わりない。

 

 加えて、戦闘対象であるサルドーニカは先のキリエとの戦いでなのはらと戦闘を行った機動外殻よりスペックが数段上昇している個体に見受けられ、さらにその影響が顕著なものとなっているようだ。

 

「他の小隊は既に撃破しているというのに!」

 

「このままではジリ貧です!こちらの方が先に力尽きてしまいます!」

 

「喚くな、役立たずが!今考えをまとめている最中だ!」

 

 サルドーニカに有効打が与えられないまま時間だけが経過していき、煉と咲良の表情が苦悶に歪み、部隊の面々にも不安が広がっていく。

 

 東堂隊は他の小隊と比べ総勢9名という多くの人員を有してこそいるが、シグナムの様に単騎で動力核を破壊できるだけの突破力と機動力を兼ね備えている魔導師はこの場におらず、シャマルの様に防御を無視できる反則じみた攻撃を繰り出せるわけもなかった。

 

 正にジリ貧であったが・・・

 

「なっ?この声は!?」

 

 煉を含めた小隊の面々が突如として頭の中に響いて来た念話に対して驚愕の声を漏らし、足を止める。

 

 続いて、その隙を突くように戦斧を振り下ろそうとしたサルドーニカの右腕にバインドが絡みついて動きを封じていた。

 

 

「え・・・はい。僕は中央で待機」

 

「私は右側で主兵装を封じるのですね」

 

 煉と咲良は突如として送られて来た念話の主の指示に従うように隊の陣形を変え始めた。その最中、サルドーニカがバインドを引きちぎり再び攻撃態勢に入ったが〈東堂隊〉の面々も己が役割を果たすべく空を駆ける。

 

「現れなさいッ!」

 

 咲良の大盾型デバイス〈アイギス改〉の内側から2基の小型ビットが発射され、藍色の光を帯びながら飛び出していく。

 

 さらにアイギスも魔力を帯びて魔力盾を形成するが、その大きさは通常の魔力障壁の比ではなくサルドーニカの戦斧を受け止めるに十分すぎるほどに巨大なものであった。

 

 

「振り下ろさせませんよ。ブレイブテュキオス!!」

 

 咲良は魔力盾の左右にビットを配置し、それを発生源に盾をさらに巨大かつ強固な物へと変化させて防御魔法〈ブレイブテュキオス〉を発動させる。

 

 自身が使えるであろう魔法の中でも上位に位置するであろう巨大魔力壁を構え、サルドーニカが振り下ろしかけた戦斧にぶつけ合わせ、鈍い金属音を奏でさせた。

 

「私がこの作戦の要・・・役割はこの機動外殻の主兵装を封じ込める事!」

 

 咲良は物静かな彼女からは想像もつかないほど声を張り上げながら、アイギスのカートリッジを3連続で炸裂させることによりブレイブテュキオスの出力を跳ね上げ、サルドーニカの戦斧を完璧に受け止めてみせた。

 

 

 念話の主は咲良の奮戦に笑みを浮かべながら次の指示を下す。

 

 サルドーニカが別の攻撃手段に出る前に左腕に3人、右足に2人がかりでバインドを施して動きを封じていく。

 

 さらに後方に下がった2人は自身のデバイスでは火力不足であると判断され、パイルスマッシャーでの攻撃に切り替えて最後の攻撃を着実なものとするべく援護射撃を行っている。

 

 

 

 

「最後はこの僕の役目だ・・・っ!?」

 

 煉はプルトガングを正眼で構え、部隊の連携で作った隙に対して間髪入れずに攻め込もうとしたがその足を止めた。

 

 サルドーニカのモノアイが煌めいたかと思えば、グラナートを思わせる逞しい脚部の隙間からトゥルケーゼを思わせる刃のような突起物が姿を現し、明らかに反撃手段を整えているように思えたからであろう。

 

 しかし、この静止によってここまで噛み合っていた部隊の歯車が綻びを見せ始めた。サルドーニカが左腕を縛っているバインドを力づくで引きちぎり、主兵装を封じ込めている咲良を握り潰そうと手を伸ばしていく・・・

 

 

《そのまま進みなさい!》

 

 念話の主が煉に対して追撃指示を下すと同時に突如として発生したバインドがサルドーニカの左腕を再び縛り上げ、さらに両足にも紐のように絡みついてその機体を地面に縫い付けた。

 

 復帰した3名の魔導師もそれぞれ杖型(ロッドタイプ)のデバイスから糸状のバインドを発生させ、サルドーニカの機体を少しでも抑えつけようと奮戦しており、パイルスマッシャー隊も射撃の手を緩めない。

 

 

「道は開けたッ!」

 

 煉は決定的な好機を前に一気に前進し、その手の中にある煌びやかな剣は新たに搭載した電磁カートリッジを2回連続で炸裂させて黄金の光を纏う。

 

「これで終わりにしてやる。ベルデガルドエレガンテ!!」

 

 煉はプルトガングの切っ先を中心に黄金の魔力を一点集中させた刺突---斬撃魔法〈ベルデガルドエレガンテ〉を繰り出した。

 

 東堂隊の面々と念話の主によって雁字搦めにされて反撃行動の取れないサルドーニカの胸部装甲を貫いてカートリッジの連続炸裂により威力が何倍にも増した斬撃が突き刺さり、トドメを刺した。

 

 

 

 

「なっ!?こいつ弱点を貫いたというのに!?」

 

 煉の斬撃で動力核を貫かれたにもかかわらずサルドーニカはモノアイを輝かせながらその肢体を躍動させている。

 

「きゃっ!?がっ!!?」

 

 戦闘が終了したと僅かに気を抜いてしまっていた咲良は戦斧に吹き飛ばされるように地表に叩きつけられた。

 

 そして、唯一バインドがなされていなかった主兵装を持った腕が拘束から抜け出し、煉に目掛けて振り下ろされる。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 

 煉は額に汗を滲ませながら息を荒げている。そのすぐ隣には主の手を離れた戦斧が地面に突き刺さっていた。

 

 そして、その主人である機械魔神は全身を魔力の糸で幾重にも縛られた状態で動かぬ鉄塊となっている。

 

 間一髪であった。攻撃の直前にサルドーニカの機能が停止し、最後の一撃が僅かに逸れたために煉は巨大な戦斧から逃れることができたようだ。

 

 

 真っ二つに穿たれたトゥルケーゼ、全身が拉げたグラナート、本体部に大穴が空いたアメティスタと動力核を潰す段階で機体自体に行動不能なまでのダメージを与えた3機と違い、サルドーニカの負った大きな損傷は胸部への刺突のみ。それも動力核(コア)付近を僅かに抉っただけであった。

 

 そのため、サルドーニカは動力を潰されてから機体が停止するまでにタイムラグが発生し、その間に最後に力を振り絞って攻撃を加えようとしたのだろうと予測される。

 

 

「現場指揮官殿に連絡しろ。木偶を1機討ち取ったとな」

 

「はい!」

 

 気を取り直した煉は隊の男性局員にクロノへの戦果報告を命じた。何はともあれ、大型機動外殻を撃破したことには変わりない。

 

「我々も違法渡航者の捜索に入ると伝えておけ」

 

「しかし、私達の役割は後方での拠点防衛のはずでは?」

 

「僕の命令が聞けないというのか?三度は言わないぞ。伝えておけ」

 

「りょ、了解しました!」

 

 しかし、男性局員は自身らに与えられた役割を半ば放棄して事件の元凶を追っている〈クロノ隊〉と同様にキリエ・フローリアンの捜索に向かうと言い放った煉に疑問を呈するが、返って来たのは鋭い眼差しと彼にとっては死刑宣告一歩手前の脅しに近い物であった。

 

 

 

 

「ん?なんだと!?勝手な行動は慎め!おい!」

 

 クロノはキリエ・フローリアンの反応を追跡しながら小隊を率いて飛行している最中に〈東堂隊〉から入って来た独断専行をするという連絡に対して苦々しい表情を浮かべている。

 

「やはり、言わんこっちゃない!とはいえ、敵の主戦力は撃破し、残るは大きな魔力反応3つ。そして、キリエ・フローリアンを捕らえるのみか。僅かではあるがこちらに風が吹き始めた。このままの勢いで早急に夜天の書を奪還する・・・皆、スピードを上げるぞ!」

 

『はいッ!』

 

 クロノは現在の戦果と状況を分析しながらキリエ捕縛の為に動き出した。統率の取れた部隊員たちと共に夜空を駆ける。

 

 

 

 

「最後の一機はともかくほぼ単騎でこれほど早く大型機動外殻が退けられるとはまた計算が狂うな。まあ、いいわ。お楽しみはこれからだもの」

 

 此方でも戦場一帯の状況を分析している何者かが、ディアーチェらに譲渡した大型機動外殻全てのシグナルが消えた事に少なからず驚きを覚えているようだ。

 

 しかし、その口元は吊り上がっており、表情から余裕は消えない。

 

 

 

 

 ここから先の戦いがさらに激化の一途を辿ることになることを理解しているのは彼女だけということなのだろう。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

劇場版とあって登場人数も情報量も半端ないですね(白目)
どんどん話が膨らんで行ってしまいます。

そしてリアル生活が辛すぎます(涙)

皆様の感想等が私の動力源となっていますので頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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星々の光が集う刻

 桜色と明星の光が瞬くように夜空を照らしている。

 

 時空管理局の魔導師---高町なのはは自身と瓜二つの少女---シュテルと空中を縦横無尽に駆け抜けながら互いに魔法をぶつけ合わせており、激しい砲撃戦の様相を呈していた。

 

「ディザスターヒート!」

 

 シュテルは〈魔力変換資質・炎熱〉を付与した砲撃を撃ち放つがなのはの桜色の光と激突し、攻撃が届かずに余波の魔力光が夜空を照らすのみであった。

 

 しかし、シュテルは正面からの砲撃を防がれることは先ほどまでの戦闘から想定済みだと言わんばかりに左手に装備した腕全体を覆う朱色の鉤爪〈ブラストクロウ〉を自身の顔前に(かざ)して余波を防ぎながら斜め前へと飛び出す。

 

 対する、なのはは砲撃の余波を防ぐべく、独立浮遊シールド〈ディフェンサー〉一基を身体の前方に持ってきており、自身の巨大な盾で視界が悪くなっていた。加えて彼女は利き腕の左手に主兵装〈ストライクカノン〉装備している為、正面がふさがった状態で体の右側に攻撃を加えられることを嫌うはずである。

 

 シュテルは死角気味となっているなのはの体の右側に回り込むように移動し、先ほどの砲撃に比べれば威力も射程も格段に落ち込むが、発射速度に優れるショートレンジバスターを撃ち放とうとルシフェリオンの砲身を向けた。

 

 

 従来のレイジングハートと比べて大きさも重量も増しているストライクカノンでは小回りが利かない上に手持ち武器ではないディフェンサーは体の前後に回されており、左右は完全にフリーとなっている。

 

 実際、読みは的中しており、なのはの無防備な横腹に明星の砲撃が打ち放たれようとしたが、シュテルは寸での所で体を捩りながら大きく飛び退いた。

 

(攻撃を誘われたようですね…)

 

 シュテルは先ほど自身がいた所を桜色の光が焼き払っていく光景を目の当たりにし、苦い表情を浮かべている。

 

 ここまで完璧に立ち回っていたなのはが視界を大盾で遮って脚を止めるという、隙を見せた為に攻勢に出るのは対面している魔導師として当然の事であろうが、その隙自体が相手の攻撃を誘導するために作られたものであったということだ。

 

 

 ディフェンサーで視界が遮られていたのはなのはだけではなく、大盾越しのシュテルも真正面からでは彼女の全貌を把握できない。

 

 そのため、側面から攻めて来ると予測し、砲撃をチャージしながら待ち構えてカウンター攻撃を繰り出したという事であろう。

 

「あの短時間で何という収束速度と射程…ですが!」

 

 シュテルは桜色の砲撃〈ディバインバスター〉を睨み付けながらも先ほどまでチャージしていたショートレンジバスターをなのはに向けて撃ち出すが体の後方にあったディフェンサーに阻まれる。

 

 先ほどの砲撃の衝突からわずか数秒、なのはに強襲を仕掛けるべく、発射速度を優先したとはいえ小規模砲撃を収束しきったシュテルの技量も凄まじいが、対するなのはは長距離砲撃魔法を撃ち放ってきた。

 

 シュテルはなのはの魔力収束技術に思わず舌を巻くが、これに動じずにルシフェリオンを構えて再び、火炎の砲撃を撃ち込んでいく。

 

 

「---ディザスターヒート!」

 

 心は冷ややかに放つ砲撃は熱く燃え上がる。

 

「エクセリオンバスター!」

 

 桜色の砲撃が夜空を焦がす。

 

 

 

 

 シュテルは振るったルシフェリオンから明星の砲撃を3連射で撃ち放ち、横に動きながら火炎の砲撃を放つ。

 

 さらに砲撃を途中で撃ち止め、威力を度外視してさらに連射で撃ちまくる。

 

 

「この数は!?」

 

 なのはがエクセリオンバスターを照射しながら左腕のカノンを横薙ぎに振るえば大多数の火炎を撃ち落とすが残りが迫り、自身への直撃ルートの物は2基のディフェンサーで防ぐ。

 

 しかし、砲撃に潜ませていた6基のパイロシューターが迫る。

 

「躱せ…ない!」

 

 回避行動を取ろうとしたなのはは足を止めて、シューターの射線軸上に魔力障壁を展開し、防御行動を取った。

 

 魔力壁の固さに定評があり、防御手段に用いることも多いなのはにしては障壁展開までの動きにどこかぎこちなさを感じさせ、僅かであるが隙ができる。

 

 畳みかけるようになのはに向けてシュテルの火炎砲撃〈ブラストファイアー〉が迫るが、間一髪でディフェンサーが滑り込む。実体盾と砲撃がぶつかり合い、なのはの視界を爆炎が遮った。

 

(体勢を立て直して反撃を---)

 

 どうにか防ぎ切ったと反撃に転じようとしたなのはは脇腹に感じる冷たい感触に目を見開いた。

 

 

「弾けなさい」

 

 シュテルの意思に合わせて左腕のブラストクロウの内部で魔力が炎に変換され、噴き出した爆炎がなのはの脇腹を焼き焦がす。

 

 

 なのはは新装した防護服(バリアジャケット)の防御と耐熱処理を超える威力で放たれたブラストクロウの爆風により園内上空を吹き飛ばされていく。

 

 この戦いで初めて…そして、あまりに大きすぎる直撃を受けたのはなのはであった。

 

 焼き焦げた脇腹から煙を上げながら吹き飛ばされているなのはに再び火炎を帯びたショートレンジバスターが迫る。

 

(回避してこっちも…駄目だ。私が避けたら…!)

 

 なのはは姿勢制御も不十分なまま、ストライクカノンのトリガーを引いて、最大速度で収束したショートレンジバスターを撃ち放つ。それを目の前の砲撃にぶつけ合わせるが、流石に威力が不十分であったのかシュテルの砲撃の威力を削ぐに留まり、余波の熱風がなのはの防護服(バリアジャケット)に煤を付ける。

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

 しかし、この衝突に乗じて両者の距離が僅かに開き、なのはは荒い呼吸を整えながら頬についた煤を拭った。

 

 

 

 

 同じ顔をした白と黒の少女が星々に照らされる夜空の下で向かい合う。

 

 

「貴女は何故、そんな不可解な戦い方をしているのですか?」

 

「ふぇ?」

 

「惚けても無駄ですよ。貴女の実力ならば私の誘導弾に対して足を止める事はなかったはずです。それに先ほどの近距離砲撃も無理な体勢で迎撃する必要はなかったはず…それに先ほどから動きに無駄が多すぎる」

 

 ほぼ無傷のシュテルと肩で息をして全身煤だらけのなのは…どちらが優勢かなど非を見るより明らかだが、シュテルにとって今、この状況は不可解なものでしかない。

 

 

「それは…私が何とかしないと、お城やアトラクションに魔法が当たっちゃうから…」

 

「貴女の発言は理解不能です。戦術、戦略の観点から見てもそれらの建造物に守る価値があるとは思えません。ましてやその行為のために自らの窮地を招くなど」

 

「にゃはは…確かにオールストーン・シーを気にしながら戦うのは大変だし、シュテルにとってはただの建造物かもしれない。でもこのテーマパークに関わってる人達にとってはお客さんの事を考えて、沢山準備して一生懸命作った物なんだよ。それが目の前で壊れちゃうのを見過ごすことなんてできないよ」

 

 なのははシュテルの言葉を否定するかのように首を振りながら答える。

 

「意味が分かりませんね。やはり理解不能です」

 

 シュテルもなのはの言い分が理解できないと首を振った。

 

「時空管理局は法の番人であり、危険なロストロギアを管理して人々を守る組織であると聞いています。その貴女が戦闘中に身を挺してまで人命も魔法も関係ない物を守る意味など…」

 

「意味ならあるよ。これも誰かを守ることだって思うから私はこうやってる。この事件が解決した時にボロボロになったオールストーン・シーを見たら沢山の人が悲しむと思う。それは本当にその人たちを守って、助けてあげられたって言えるのかな?」

 

 なのはは損傷した防護服(バリアジャケット)の修復を行いながら静かに瞳を閉じる。

 

 助ける…守る…

 

 それは人によって様々な意味合いを持つのだろう。

 

 立ち上がることが出来なくなった者に手を差し伸べて引っ張り上げる。助けを求める声に耳を傾け、共に歩む。次元犯罪やロストロギア関係の事例に巻き込まれ、命の危険に瀕した者を救出する…という事もあるのかもしれない。

 

 そして、その対象も千差万別…

 

 

「私はその人達の想いも心も助けたい。私の魔法でそれができる可能性があるなら、やれることは全力でやっていきたいって思ってる」

 

 窮地に立たされている人間を助けたとして、その人物が大切にしている物が失われたのだとしたら、その者は深い悲しみに囚われるであろう。

 

 命や身体を救えても心が救えなければ、結局の所、守れなかったのと大差ないのだ。

 

 なのはにとっての守るべき対象は家族、友人、同僚、名の知らぬ人々…

 

「それはシュテルに対してもだよ。私が力になれるんだったら協力したいって思ってる。だから貴方達がどうして戦っているかを話して欲しいな」

 

 なのはは自身と同じ容姿の少女を静かに見据え、淀みのない済んだ瞳でシュテルを射抜く。

 

「……我らが王の望みが私の宿願、この身はその為だけにある」

 

「その願いはこんな形でしか叶わないのかな?戦って傷つけ合うんじゃなくてもっと別の方法はないの?」

 

「私が王より受けた君命は障害となるものをこの炎で燃やし尽くす事…貴女がこちらの側について管理局と戦うというのなら我々が戦う理由はなくなりますね」

 

「それじゃ、何の解決にもならないよ!」

 

「そうでしょうね。貴女は私の要求を飲む事はできない。私は貴女方の下に降る心算はありません。つまり、我々には戦う以外に道はない。どちらかの理想が潰えるまで…」

 

 シュテルは淡々と事実のみを述べていく。

 

「私はこんな悲しい戦いは嫌だし、分かり合うことを諦めたくないよ。私が…ううん、私達がシュテルの力になれる事はきっとあるはずだって信じてる」

 

「貴女の考えは根本的に矛盾しています。何度聞いても理解に苦しみますね。そのような夢物語…いえ、傲慢な暴論が通用するとでも?」

 

「私は神様でも何でもない。全部が全部、上手くいくなんて思ってないよ。でも!それを通用させるために魔法の上手な使い方を教わって来た」

 

 なのはは非難するようなシュテルに対して小さく笑みを浮かべる。

 

「もう目の前で誰か悲しい表情(かお)をするのを見るのは嫌だから…私の魔法で通して見せるよ。無理でも無茶でも何でも!」

 

「どうやら…本気の様ですね」

 

 理想を否定されても、非難されても揺れない…折れない不屈の意思を前にシュテルは僅かにポーカーフェイスを崩して眉を歪める。

 

 

 

 

(このまま勢いづかせると危険かもしれません。ですが…)

 

 シュテルはルシフェリオンを握る腕に力を込める。

 

「貴方のお覚悟見せていただきましょう」

 

 なのはは両腕両足に絡みつく炎のバインドに対し、驚愕と共に目を見開いた。そして、その背を嫌な汗がつたう。

 

 

「集え、明星(あかぼし)---全てを焼き消す炎となれ」

 

 シュテルの下へ戦闘域に存在する魔力素が集い、巨大な火球へと形を変えていく。

 

 収束魔法…大気中に漂う魔力素を収束して撃ち放つ高難易度術式の一つであり、この技能を習得している魔導師にとっては切り札の部類に入るであろう高威力攻撃だ。

 

(収束砲撃!?このままじゃ!)

 

 なのははバインド解除を行いながら自身の足元を一瞥し、焦ったような表情を浮かべている。

 

 シュテルの行おうとしている事が理解できてしまい、何らかの対抗策を打ち出さねば不味いと判断したからであろう。

 

 攻撃を回避すればシュテルの収束砲撃がオールストーン・シーを焦土と変える。加えて、なのはの機動力では砲撃発射までに攻撃を阻止することは叶わないだろう。

 

 対抗手段は1つしかない。しかし、それを行っても余波だけでこの辺り一帯に甚大な被害が出ることが予測される。

 

 

(直撃よりは…!?)

 

 なのははバインドを解除し、カノンをシュテルに向けて表情を歪める。そんな時、眼下にあるオールストーン・シーが淡い翡翠色の光を帯びる。

 

 

 

 

《なのは!》

 

《ユーノ君、なんで!?》

 

 洋風な街並みの上に浮かび上がる円環状の魔法陣…その上に立つのは長い金髪を背で一つに纏めている線の細い少年‐‐‐ユーノ・スクライアであった。

 

《事情はリンディ統括官から聞いてるよ。せっかくの夏休みなのに大変なことに巻き込まれちゃったみたいだね》

 

 ユーノは〈無限書庫〉にいる筈の自分の存在に驚くなのはに対して念話越しに回答をすると同時に眼下の町並みに光を灯していく。

 

《下は僕ができるだけの事をやってみる。なのはは余計なことは気にしないで、いつも通りに前を向いて、全力全開で突っ走って!!》

 

《…ユーノ君!》

 

 

 

《いつまでウダウダやってんだ!?さっさと他の連中の援護に行くぞッ!》

 

《ヴィータちゃん》

 

 自身が全力で戦えるようにサポートを引き受けてくれたユーノ、今しがた大型機動外殻を撃破したばかりであろうヴィータがぶっきらぼうに発破をかけて来る。

 

 今まで信じて貫いてきた想い、絆は無駄なんかではなく確かに此処に在る。なのはは仲間達の激励に思わず目頭を熱くさせていた。

 

 

 そして、その口角を吊り上げながら、戦場に相応しくないであろう満面の笑みを浮かべてカノンを振り上げる。

 

 

 

 

「集え---星光(ほし)の輝きッ!!」

 

 大気が震え、空間中に漂う魔力素が星の光となりてなのはの下に集う。

 

 桜色の光が先に収束を始めたシュテルに追いつかんばかりに搔き集められ、夜天の空を照らしていく。

 

 

(収束が早すぎる!?)

 

 シュテルはなのはの恐ろしいまでの魔力収束速度に再び、驚愕を露わにした。

 

 

 現状、なのはが主兵装としているストライクカノンと比較して、魔法行使という意味合いでは従来のレイジングハートやシュテルのルシフェリオンに分がある。

 

 だが、ストライクカノンは砲撃、射撃魔法の行使においてはそれらを遥かに上回るスペックを持っており、魔力の収束においても同様であった。

 

 無論、なのはの天性の才と日々の努力という地力があってこその結果であるが…

 

 

 

 

 そして、刻が満ちた。

 

 

 

 

「ルシフェリオン---」

 

 灼熱を纏う火球が胎動する。

 

 

「スターライト---」

 

 桜華の星が光を瞬かせる。

 

 

『---ブレイカーッ!!』

 

 

 暴力的なまでの魔力がぶつかり合い、世界から音が消え去った。

 

 

 

 

「うっ!?なんて威力だ!」

 

 ユーノ・スクライアはなのはやフェイトのような一騎当千の戦闘能力こそ持っていないが、前線におけるサポート要員としては破格の能力を持った人材と言える。

 

 そのユーノの出力を最大まで高めた防御魔法が砲撃激突の余波だけで吹き飛ばされつつあることが2人の収束砲撃の凄まじさを物語っているだろう。

 

 

(でも、これくらいで諦めちゃダメだね。被害を少しでも食い止めるんだ!)

 

 ユーノは表情を歪めながら砲撃の余波を防ぐべく、魔力を込め続ける。だがその表情に絶望も諦めもない。

 

 〈PT事件〉、〈闇の書事件〉を最前線で戦い抜いて来た経験と今も敵に向かって行くなのはの存在が彼を奮い立たせているのだろう。

 

 

 その上空では明星と星光が互いを喰らい合うように双方から押し込まれて巨大な光球となり夜空を照らしていた。

 

 

 

 

「ぐっ!?これは…」

 

 シュテルは明星の光の隙間から流れ込んでくる桜色の光に対して、ブラストクロウを眼前に(かざ)して苦い表情を浮かべている。

 

 収束砲撃(ブレイカー)同士の撃ち合いはなのはに軍配が上がった。

 

 とはいえ、威力自体はほぼ同等であったのか互いに相殺し合った結果、相手に直接的なダメージを与えることは叶わなかったようだ。しかし、砲撃の余波を受けてシュテルの脚が止まっている。

 

 

「行くよ。シュテル!ストライクフレーム展開!」

 

 カノンの先端に血で染まったかのような深紅の魔力刃が形成された。

 

「A.C.S…ドライブッ!!」

 

 なのはは爆発的な加速を受け、収束が解かれ大気中を舞い散る魔力残滓を斬り裂きながら桜華の流星となり夜空を駆ける。

 

 狙いはただ1つ…一気に肉薄して零距離でエクセリオンバスターを撃ち込むことだ。

 

 

「なるほど…先ほどまで語っていた決意や発言は口先だけの物ではなさそうですが、私とて負けられないのですッ!」

 

 シュテルはなのはが何かを仕掛けて来る素振りを見せた瞬間、自身の右側にブラストクロウを向けて虚空に火炎を炸裂させ、その反動を使い強引に体を左へと押し出してS.L.Bの余波から逃れる。その結果、偶然であるがA.C.Sの軌道から逃れる事となったようだ。

 

 

 そして、なのはが繰り出しているのは正面からの突貫攻撃…砲撃型の魔導師としてはありえない速度での機動を可能とする代わりに急な方向転換はできない。

 

 加えて、偶然にも射線軸から逃れることができたため、直進しかできないなのはに対して、優位に立つことができた。高速で駆け抜けていくであろうなのはに対して、身体を捩り、後ろから回り込むように左腕の鉤爪でその頭部を掴み取ろうと最後の攻撃を繰り出す。

 

 

 

 

「なっ!?何をッ!」

 

 その刹那…シュテルの勝利への方程式は完全に崩壊した。

 

 槍を突き出す様に正面に構えられていたはずのカノンの砲身がなのはの体の右側を向いているためだ。

 

 

「エクセリオン…バスター!!届いてッ!」

 

 深紅の刃を包み込むように撃ち出されたのは桜色の極光…

 

 しかし、正面にしか撃ち放てない砲撃はシュテルとは見当違いの方へと向かって行く。

 

 

「てええええええぇぃ!!!!」

 

 なのはは急加速中の無理な軌道により、全身が軋み上がるのを感じながらも砲撃を照射しながら左腕のカノンを居合いさながらに振り抜いた。

 

 渦を巻きながら撃ち放たれた極光はシュテルの全身を飲み込んでも有り余るほどの出力を誇り、彼女を突き抜けて周囲一帯の雲を消し飛ばした。

 

 

 

 

「よっと、どうにか乗り切れてよかったよ」

 

 なのはは黒い防護服(バリアジャケット)から煙を上げながら吹き飛んでいるシュテルを抱き留めて一息つく。

 

 

「い、いくら何でも無茶しすぎだよ」

 

「そうかな?あのまま正面から行ってたら多分、やられちゃってたと思うんだけどな」

 

 ユーノはなのはの無茶っぷりに先ほどまでとは違う意味で冷や汗を流している。

 

「砲撃魔法の発動中に砲身の向きを反らすなんて聞いたこともないし、ましてや加速中にそれをやるなんて滅茶苦茶もいい所だよ!」

 

「にゃはは…でも、やられちゃうと思ったら体が勝手に動いてたんだ」

 

 ユーノはなのはの規格外っぷりに改めて戦慄を覚えていた。

 

 本来の砲撃魔法は脚を止めて照準を定めて一方向に撃ち放つものであるし、なのはの行った急加速もある程度の方向転換はできるとはいえ、その実は突撃システムであり基本的には前方に向けての攻撃しか繰り出すことはできない。

 

 しかし、なのはは身体のほぼ真横に向けて砲撃を撃っただけに飽き足らず、それを放った状態を維持したままに斬撃魔法の様に腕を振り抜くという前代未聞な砲撃魔法の使い方をした上に、それを高機動で突貫している最中にシュテルのカウンターに対して咄嗟に繰り出したというのだから開いた口が塞がらないのも無理はないだろう。

 

 

 なのはにも受け継がれている御神の血が危機に瀕した彼女を意識せずとも切り抜けさせたのかもしれない。

 

 

 

 

「あ、そうだ!ユーノ君、ありがとう」

 

「い、いや!結局、砲撃を抑えきれなくて被害は出ちゃったし…」

 

「でもユーノ君がいなかったらこの辺り一帯がボロボロになっちゃってただろうし、それにユーノ君がいたから私は思いっきり戦えたんだしね」

 

「う、うん…」

 

 なのはは笑みを浮かべて礼を述べ、ユーノは頬を染めながら俯いた。

 

 〈スターライトブレイカー〉と〈ルシフェリオンブレイカー〉という収束砲撃による激突の余波はすさまじく、ユーノ1人では抑え切ることができなかったのだ。

 

 そのため、オールストーン・シーにも影響が出てしまったようだが、テーマパーク全体が吹き飛んでも何らおかしくないほどの収束砲撃の激突の被害と考えると余りに軽微と言えるものであり、修復はそれほど難しくないだろう。

 

 

 暫くしてユーノも顔を上げ、なのはと健闘を称え合う。

 

 最初の物語を紡いだ2人は小さく笑みを浮かべ、シュテルを管理局員に預けた後、再び戦場へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 オールストーン・シー内に設置された作戦本部の一室で、烈火は小さくため息をついた。魔導の力こそ持っているが特別管理外世界の民間人ということで戦闘に参加せず、時空管理局によって事件に巻き込まれないように保護されるという形でこの場にいるようだ。

 

 

「私は…こんなところで何をやっているのですか」

 

 烈火は正面の座席に腰かけ、俯いているアミティエへ視線と向ける。彼女は先ほどの事情聴取の後からずっとこの調子であるようだ。

 

 事情聴取の最後に現場に向かうと言っていたフェイトに対して自らも出撃志願したアミティエであったが、彼女自身が先のキリエとの戦いで腹部を銃撃されるという深手を負っており、万全の状態ではないだろうとやんわりと却下されてしまった。

 

 

 そうだとしても彼女が今より数歳若く、精神的にもう少し幼かったのなら、キリエ達を止めるべく迷わず飛び出していったのかもしれない。

 

 しかし、今のアミティエは一時の感情に身を任せて行動に移すほど子供ではなかった。

 

 死にゆく故郷と弱っていく両親…それに伴い、実質的にフローリアン家の大黒柱として家族を支えていくようになったアミティエは自らの行動に伴う責任というものを自覚している為であろう。

 

 

「エルトリアの事情に皆を巻き込んでしまっているにもかかわらず、自分だけ動けない事を歯痒く感じている。フォーミュラの力を持つ自分が戦線に加われば管理局側の戦力増強となるが、待機を指示されている手前、この部屋から出ようとすれば局員達が迷惑を被る可能性もあり、無断出撃によって自分達の身の振り方も変わってくるかもしれない…そんなところか?」

 

「…っ!?」

 

「今のお前を見ていれば誰でも見当がつくさ」

 

 アミティエは驚きで顔を上げ、自分の心境を言い当てた烈火へと視線を向ける。

 

「このまま、皆さんが戻ってくることを信じて待つのが正しいのだと分かってはいるのですが…皆さんを危険に晒して、本来ならキリエを止めなければならない私だけ安全な所にいてもいいのでしょうか?」

 

「フローリアンが管理局の装備改修に協力したことによって連中のデバイスは大幅に強化された。フェイト達にした事件の情報提供によって捜査も進展した。それで十分だと思うがな」

 

「それは…」

 

「時空管理局員が有事の際に魔法を使って戦うのは当然のことだ。連中とて危険を承知の上で武装隊に入っているはず、フローリアンが気にすることじゃないだろう?」

 

 アミティエの胸に烈火の言葉が突き刺さる。彼女自身もエルトリアサイドの自分がどうすることが正しいかということを理解しているのだろう。

 

 事件に対しての情報提供と魔導師がフォーミュラに対抗するためのエルトリアの技術開示という現状できる協力は惜しまなかった。後は本職に任せて事件解決を願うばかり…それが一番賢い選択であるはずなのだ。

 

「それでもッ!私は…」

 

 だが…抑えきれない思いが込み上げてくるのも事実だ。

 

 

 

 

「戦場に赴いて後悔するか、此処に残って後悔するか、どちらを選択するかはフローリアン次第だ」

 

 

「選ぶのは、私自身……でしたら、もう答えは決まっているのかもしれません」

 

 烈火とアミティエの視線が交差する。

 

 そして、アミティエは小さく笑みを浮かべて席を立ちあがった。

 

「色々考えてみましたが、やはり考え込むのは私らしくありません。私達がどうなるかということよりなのはさん達がお怪我をされる方が嫌ですし、間違った道を歩んでいる妹を引き戻すのは姉である私の役目です。ですから、私も皆さんと共に戦います!」

 

 アミティエの表情から陰りは消え去り、翡翠の瞳には強い意志と覚悟の炎が灯る。

 

「それがお前の選択か……現在、この周辺に武装隊員の反応はほとんどない。他の局員も持ち場についていることだろう。上手くすれば誰にも見つからずに戦闘域に向かえるかもな」

 

 烈火は戦うことを自ら選択し、強い意志と共に立ち上がったアミティエから目を逸らし、周囲の魔力反応から現状の本部内の局員の配置をそれとなく伝えた。

 

 

 因みに2人の与り知らぬことだが、拠点防衛に下がってくるはずだった〈東堂隊〉が命令を無視して独断で動いている為に作戦本部の防御が手薄になっており、その結果として脱走が容易なものとなっているようだ。

 

「烈火さん。色々とお話を聞いていただきありがとうございました。おかげで私がやるべきことを見据えることができました!」

 

「俺は何もしていない。フローリアン自身が進むべき道を選択しただけだ」

 

「そんなことはありませんよ。烈火さんとお話しなかったらもっと悩んでいたでしょうし、答えを出せなかったかもしれません」

 

 アミティエは烈火に頭を下げて礼を述べ、出入口へと向かって行く。

 

 

 

 

「あ…そういえば、先ほども申し上げましたがフローリアンなんて他人行儀な呼び方ではなく私の事はアミタで構いませんからね!妹を連れて戻ってきたらどちらの事か分からなくなってしまいますし!」

 

「…煩い女だ。戦場に行くならさっさと行け…アミティエ」

 

「はい!行って参りますッ!!」

 

 アミティエは烈火の発言に対して満面の笑みを浮かべながら作戦本部から飛び出していった。

 

 為すべきことが明確になった。キリエの家族として、エルトリアに住んでいる者として今回の戦いに赴くのは当然の事だ。責任、使命、義務…様々な思いがアミティエを突き動かす。

 

そして、妹の間違いを正し、連れ戻してなのはやフェイト達や烈火と話をさせてやりたい。

 

 

 かつて自分達が絵本の世界で夢見た魔法使いがこんなにもいるのだと---

 

 

 

 

 烈火はアミティエが出て行ってから暫くして、再び小さくため息をつく。

 

 因みに彼女に対しての態度はとても、自分よりも5,6歳も年上に対しての物とは思えないが、容姿も口調も似ても似つかないものの、アミティエの雰囲気が幼馴染を連想させるものであったためか途中で敬うことを止めたようだ。

 

 そして、立ち上がった烈火は、戦闘域へ視線を向ける。遠目からでは各所で魔力光が煌めく様子しか見て取れず、詳しい戦況は把握できない。

 

「皆、自分の意志で戦っている。だが---俺の戦いはもう終わっている」

 

 小さく呟いた烈火は瞳を閉じて踵を返した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

そして、お久しぶりです。

相変わらずリアルが忙しい上に色々上手くいっておらず、中々以前の速度に戻せないのが現状です。

また、皆様からの感想が私のエネルギーとなっていますので頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!


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伝えたいコト

 光を失ったオールストーン・シーで2つの影が閃光の様に交差する。

 

「よっと、ほい!てりゃ!!!」

 

「あ、ちょっと!?待って!」

 

 気の抜けたような声とは裏腹に手にした戦斧〈バルフィニカス〉を豪快に振り回す少女---レヴィは青い軌跡を残しながら園内を縦横無尽に飛び回っている。

 

 レヴィは魔力光と同色のスフィアを牽制として3発射出し、追いすがる金色の閃光の脚を鈍らせて、その間に周囲を興味深そうに見渡していた。

 

 対するフェイトはレヴィが打ち放った牽制弾を試作電磁装備〈ハルバード〉で斬り払いながら制止をかけるが残念ながら意味を成していない。

 

「うるさいなぁ!せっかく外の世界を楽しんでるんだから邪魔しないでよね」

 

 レヴィは眼前に広がる多数のアトラクションや出店、コミカルなキャラクター達に彩られている華やかな園内を楽しげに見渡していたが制止を呼び掛けるフェイトに対して彼女に限りなく近い声音、どこか舌足らずな口調で不満げに頬を膨らませていた。

 

「それともなぁに?キミがボクと遊んでくれるの?」

 

 機動力に自信がある自分についてくるフェイトに対して八重歯を見せながら笑みを浮かべるレヴィは彼女を突き放すかのように一気に速度を上げる。

 

 まるでついて来れるならついてこいと言わんばかりだ。

 

 

 対するフェイトは白いマントを翻しレヴィを追いかける。

 

 2つの閃光が音を置き去りにして園内を飛び交うが、レヴィの攻撃を一つ一つ叩き落しているフェイトが僅かに遅れているといった様相を呈している。

 

「へぇ、やるじゃん!」

 

 レヴィは戦闘の最中、閉じているドアを叩き割って館内に飛び込み、同様にフェイトも後を追うように突入した。

 

「おぉ!魚が一杯だぁ!」

 

「ここは!?」

 

 周囲を見渡して楽しげなレヴィと驚いたような表情を浮かべているフェイト。2人が飛び込んだのは日中にフェイトらバニングス家御一行の年少組が訪れた水族館スペースであった。

 

 

「とぉりゃっ!!」

 

 レヴィは旋回軌道を描いて円柱状の水槽の周りを回転し、フェイトに向けてバルフィニカスを叩きつける。

 

「くっ!?」

 

 フェイトはレヴィの一撃を正面から受け止め、思った以上に重たい攻撃に表情を歪めた。レヴィはそんな様子のフェイトを尻目に彼女の傍から離れて再度攻撃といった一撃離脱の戦法で攻め立てる。

 

「あ~らよっと!ほい!ほい!」

 

「このままじゃ!ああ、もうっ!!」

 

「なぁっ!?ちょっと、いきなり出てこないでよ!」

 

 レヴィはこれが高機動型魔導師と言わんばかりのスピードを維持したまま館内を気分よく飛び回っていたが、攻撃の嵐に脚を止めていたフェイトが進路を遮る様に飛び出してきたことに対して素っ頓狂な声を上げた。

 

「無闇やたらに魔法をばら撒かない!物を壊さない!此処は遊んじゃいけない場所ですっ!!」

 

「えー、なんでー?」

 

 フェイトは多くの人々の想いが込められている大切な場所を壊してはいけないのだと注意を促したがレヴィは少しも悪びれる事もなければ聞き入れる気もないようだ。

 

 

 レヴィの高速機動やバルフィニカスを振り回す余波で周囲の水槽の強化硝子は震え、そのいくつかには亀裂が入っており、中から海水が漏れ出している。

 

 魔力弾然り、振り回される戦斧然り、フェイトはできるだけ被害を抑えるように立ちまわっていこそいるが、無邪気に遊ぶ子供の様に飛び回るレヴィを捕らえきれずにいた。

 

 ただの子供であれば捕らえて間違いを正すなど訳ないであろうが、レヴィにはあまりに大きく、危険すぎる魔法という力が宿っている。

 

 例え、悪意がなくとも戦場で魔法という力を振るう以上はそれ相応の責任を伴わねばならないがレヴィにはそれがない。気の向くままに新しい遊び場を駆け回る子供のようであるが、建造物の破壊に殺傷設定での魔法行使と遊びの範囲を逸脱した危険な行動を平然と繰り返している為、見過ごすわけにもいかない。

 

「何でも!どうしてもっ!!」

 

「むむぅ…」

 

 これには流石のフェイトも語気を強めるが、対するレヴィは唇を尖らせて不満げだ。癇癪を起した子供の様にフェイトを無視して天井部に向けてバルフィニカスを振りかざすが、すかさずハルバードが割って入る。

 

「あぁ…またっ!」

 

 バルフィニカス自体を受け止める事はできたものの2機の衝突の余波を受けて再び水槽に亀裂が走り、水が漏れ出す。

 

 戦闘中の自分よりも施設の保護を優先する様子を目の前で見せつけられたレヴィは更に不満を募らせ、フェイトを猛追する。

 

 フェイトは通路の広い方へレヴィを誘導し、余波ができるだけ周囲に影響しないように、先ほどの二の舞になるまいとハルバードでの防衛をせず、回避に専念しているが青い閃光はますます面白くないと眉を吊り上げて追いすがる。

 

 

「この辺の物、壊すとダメなの?」

 

「駄目ですっ!ここはみんなが頑張って作ってる大事な場所なんだから!」

 

「ふぅん…」

 

 レヴィの問いに即座に答えるフェイトであったが、その回答がお気に召さなかったためか勢いを増したバルフィニカスが上段から振り下ろされる。

 

 反撃も迎撃もせずに一方的に攻め立てられてていたフェイトにも限界が来たのか振り下ろされる戦斧をハルバードで受け止めざるを得ない。

 

 2つの戦斧が鍔迫り合いとなるが、重力と遠心力を味方につけたレヴィに分があるのかフェイトは力任せに吹き飛ばされてしまった。

 

 

「で、それってボクになんか関係ある?」

 

 レヴィは首を傾げながら純粋な疑問を呈した。

 

「そ、れは……」

 

 フェイトはその問いに即答する事ができないでいる。フェイト自身からすればオールストーン・シーを守ることは至極当然の事であるし、理由を上げれば片手で収まらないのかもしれないが、目の前の自分と瓜二つの少女にとってはそうではないのだろう。

 

 レヴィからすれば戦場となったのが偶々、ここであっただけであり、この場所には何の価値もない。

 

 

 

 

 時を同じくしてレヴィと同様、構成体(マテリアル)であるシュテルから全く同じ問いかけをされた高町なのははそれに対して即座に自分の想いを言の葉に乗せて相手にぶつけた。

 

 

 

 

 だが、フェイトは目の前の少女に何を伝えればいいのか、自分の想いを押し付ける事が正しいのかを迷ってしまっている。

 

 救いたい。守りたい。力になりたい。

 

 胸の内に秘めた思いは強くとも、それを言葉に出して伝えることができないでいた。

 

 だが、その強い思いを諦める事も出来ずに堂々巡り、出口のない迷宮の中をひたすら歩き回っているようなものだ。

 

 自分の想い---正義…エゴに他人を巻き込むことができずに迷い、立ち止まる---それこそがフェイト・T・ハラオウンという少女の弱さであり、高町なのはとの相違点であった。

 

 

 レヴィはハルバードを握りしめたまま、表情を曇らせたフェイトに対して言いようのない居心地の悪さを感じていた。

 

「う~ん。まあ、狭いとこが戦いにくいってのはボクも一緒だし、場所を変えよっか?」

 

 先ほどまで施設を破壊しようとしていたレヴィからの突然の提案。

 

 レヴィがディアーチェから受けた指示は向かってくる敵対勢力の排除。そして、彼女にとっての戦いは楽しいものであり、久々の外の世界だ。

 

 ならば、不調の相手を倒しても面白くないし、自分にとっても相手にとっても存分に戦える場所に戦いの舞台を移してしまおうという事であろう。

 

「えっとねぇ。お!いいとこみぃ~っけ!ボクについてきて!」

 

「あ、待って!?」

 

 オールストーン・シーのマップデータを参照しながら満足気な笑みを浮かべたレヴィはフェイトに自身の後を追ってくるように促して水族館エリアから飛び出していった。

 

 

「うんうん!思った通りの場所だ」

 

 黙って逃走を許すわけにもいかず、フェイトが水槽エリアから飛び立った先にはプール上の水面に浮かぶ丸い陸地とそれを囲む観客席のような物。そこにあったのは水族館で飼育している海洋生物による水上ショーを行う舞台であり、その上に滞空しているレヴィは得意げに鼻を鳴らしている。

 

 

 屋外に多数の観客を動員する予定地であるこの舞台は広さもそれなりであり、アトラクションエリアからもある程度距離がある。先ほどまでの水槽に囲まれた館内とは比べれば、戦闘の影響は周囲に出にくいと言えるだろう。

 

(それにしてもこの子、キリエさんとはいったいどういう関係なんだろう?それにあの姿…)

 

 フェイトはある程度、落ち着きを取り戻したのか自分と同じ姿をしているレヴィに対しての考察を巡らせていた。

 

 目の前の少女が襲撃犯の1人であるのは覆しようのない事実であるし、キリエの側についているのは間違いない。

 

しかし、厳戒態勢の中で閉演した為、給電が止まっている舞台を自らが出現させた落雷によってライトアップし、それを見て子供のようにはしゃいでいるレヴィはキリエらに脅されて事に及んだようは思えず、彼女らの救済目的を知った上で垣間見るに襲撃者としては余りに緊張感に欠けている。

 

 加えて、何故先の戦いで出てこなかったのか。何故、自分と瓜二つの容姿をしているのか…疑問は尽きない。

 

 

 

 

「レヴィ…貴女はどこの子?どうして戦うの?」

 

「どこの子ってボクは王様の臣下でシュテるんのマブダチさ!戦うのは王様から君達の事を足止めして、できるんだったら倒して来いって言われたから!だから、僕らは言われた通りに頑張るのだ!!」

 

「…王様って人はキリエさんの関係者?エルトリアの人…なの?」

 

 フェイトは王様とシュテるんという聞きなれぬ名前と、同時に自身の問いに対して含む所のなさそうな様子であっさりと答えたレヴィに対して目を細めるようにして疑問符を浮かべている。

 

「王様は、王様さっ!!そんなことより早く始めようよッ!」

 

 レヴィが肩に担いだバルフィニカスの刺々しい機構が開き、そこから青い魔力刃が姿を現す。

 

 そんな彼女が八重歯を覗かせながらバルフィニカスを横薙ぎに振るえば、有り余る力が雷となって周囲にぶちまけられる。

 

「場所も用意してあげたしもういいよね?ずっと眠ってたから退屈だったとこに良さげな遊び相手が見つかった特別に待ってあげてたんだよ。だからさぁ!一緒に遊んであげるから…かかってこぉいッ!!」

 

 レヴィは全身から迸らせる電流で眼下の海面を荒らしながら、フェイトに向けて斬りかかった。立ち上がる水柱を吹き飛ばしながらバルフィニカスが振り下ろされる。

 

「ッ!レヴィ!遊ぶのは、後じゃ駄目?」

 

「なんだよぉ!しつこいぞ!」

 

「今、キリエさんを中心にして事件が起きてて、たくさんの人が悲しんだり!苦しんだりするかもしれないの!私はそれを止めたくて…友達も大切な物を取られちゃってて……」

 

 フェイトはバルフィニカスの柄にハルバードの柄を押し付けるようにして進撃してくるレヴィを押し返しながら、自身の想いを打ち明け、彼女に制止を促す。

 

 

「僕は王様に君らをやっつけて来いって言われてるんだし、大体!他の人が困るって至って…」

 

 両者の得物が火花を散らしながら何度もぶつかり合う…

 

「ボクが知らないヒト…だし、ねっ!!」

 

 レヴィはフェイトの意見を一掃し、バルフィニカスを大きく振るえば魔力刃の部分が高速で射出される。

 

 斬撃魔法の様相を呈しているが、蒼月烈火の巨大な斬撃とは違い、ブーメランのように回転して迫る三日月は、フェイト自身が使用する〈アークセイバー〉、〈クレッセントセイバー〉に近い軌道を描いて宙を舞ったかに見えたが、中空で刃が幾重にも分裂した。

 

「これはッ!」

 

 フェイトは容姿だけならず戦闘スタイルも似通っていたレヴィが撃ち放った自身にはない標的を追う無数の刃に驚いたような表情こそ浮かべたものの、周囲を取り囲む攻撃に対しての対処法はこれまでの戦いで心得ていた。

 

 ハルバードを振りかざし、身体に迫る物から順に対処していく。振り下ろし、薙ぎ払い、残りの魔力刃を振り切るように加速しながら高度を上げる。

 

「はぁっ!!」

 

 自身を追尾してくるように誘導した魔力刃を身体を回転させる勢いを乗せた横薙ぎの一閃で全て斬り払い、華麗に宙返りを決めて高速機動から脱した。

 

「おぉ~っ!!やるじゃん!」

 

 レヴィは自身の魔力刃を全て撃ち落として見せたフェイトに対して表情を綻ばせている。

 

 そんな彼女の楽し気な様子からはキリエの様な鬼気迫った物を感じ取ることはできない。戦っているフェイトや周囲の物に一喜一憂している様子は純粋にこの状況や戦闘を無邪気に楽しんでいるようにさえ思えるものであった。

 

 戦いを楽しむこと自体は悪い事とまでは言い切れないし、フェイト自身も魔法技術の向上やなのはやシグナムとの模擬戦に関していえばレヴィと似たような思考を持っている。

 

 それでも、フェイトにはレヴィに伝えたい事があった。

 

「レヴィがさっき言ってた事…確かに困る人は貴女にとって関係のない人かもしれない。でも、その人がレヴィにとって大切な人になるかもしれないよ?」

 

 自身の母---プレシアと使い魔のアルフ、今は亡き師であるリニスと愛機のバルディッシュ以外の全てが有象無象であった、かつての自分…

 

 ある指令を受けて降り立った世界で1人の少女と巡り合い、自身の根幹ともいうべき出来事と向かい合う事になり、大きく傷付き、失った物もあったが大切な絆をいくつも紡ぐことができた。

 

 異なる世界、異なる文明、異なる考え方…

 

 それぞれの生き方が違うのは当たり前で相容れない部分もあるのかもしれない。

 

 しかし、そんなものを超えて紡がれた絆が、分かり合えた想いがあることを自身でも経験し、いくつも見て来た。それを知っているからこそ、他者の理想や想い、正義といった物をどうでもいいことだと、いとも簡単に否定して斬り捨ててしまうことが悲しく思えたのだろう。

 

「むむぅ…その発想はなかったなぁ。言われてみるとボクも大切な人が困るのは困っちゃうねぇ」

 

 レヴィは空中で器用に胡坐をかきながらフェイトの言葉にようやく関心を示し、何かを考えこむような表情を浮かべている。フェイトの真摯な思いが通じたのか、自身の戦う理由に思うところがあったのかは定かではないが、とにかく彼女の胸に響く何かがあったようだ。

 

 王様---ディアーチェからの指示は絶対だが、フェイトの言うことも決して間違っていないと感じ、僅かに瞳が揺れる。

 

「そうだよ!だから、誰かに命令されたりしても無差別に力を振るって物を壊したり、他の人に迷惑をかける悪いことはしちゃいけないんだ!!」

 

 フェイトは動き回っていたレヴィが脚を止めて話に関心を示してくれている為、自分の想いを伝えようとするが…

 

 

「っ!?…ちょいまち!」

 

「え…?」

 

「ちょい待ちだよ、フェイト!それってさぁ…ボクらの王様を悪い人って言ってるの?」

 

 それを伝えようとしたフェイトであったが先ほどまでとは明らかに違うレヴィの硬い声音に遮られる。

 

 変化を感じ取ったフェイトの眼前には俯きがちではあるが全身から稲妻を迸らせながら怒気を滲ませているレヴィの姿があった。

 

「え…いや、ちがっ…」

 

 フェイトは慌てて誤解を訂正しようとするが豹変したレヴィを前にうまく言葉が出てこない。

 

 管理外世界での許可なき魔法行使、殺傷設定の使用、大量破壊行為に違法渡航者への助力…悪いことを上げればキリがないし、それを止めて欲しい気持ちは本物だ。

 

 だが、あくまでそれは危険行為に対してであって、会ったこともないレヴィが言う〈王様〉という人物に対しての物ではなかった。

 

 改めて制止を促すフェイトを尻目に、敬愛する己が王を侮辱されたレヴィの怒りは臨界点を超え、説得にも対話にも耳を貸すような状態ではない。

 

 フェイトの事を完全に倒すべき敵だと認識し、その言い分を斬り捨てるかのようにバルフィニカスを宙に翳す。

 

「王様はこの世界でたった一人、この人について行くって決めた人なんだ!その王様を悪い人だとかいう奴は---」

 

 レヴィの激情を表すかのように周囲に弾けるスパークが勢いを増し、その手のバルフィニカスが姿を変えていく。

 

 基本形態である戦斧〈クラッシャー〉、先ほど魔力刃を撃ち放った薙刀形態〈スライサー〉…そして、第3形態が姿を現す。

 

 展開されていた魔力刃が引っ込んで、円型の両刃が形成され、破壊と火力に特化した大戦斧とでもいうべき風貌の〈ギガクラッシャー〉だ。

 

 

 

 

「---ボクがこの手でブチ転がすッ!!」

 

 レヴィは自身が慕う王を穢された怒りに震え、先ほどまでの戯れとは一転、本気でフェイトを潰しにかかる。

 

 フェイトは答えを急ぎすぎ、選択を誤ったことにより、この状態から対話での解決は望めないであろうことを痛感しているが、せめて先ほどの発言の誤解だけでも解こうと口を開こうとしたが、眼前を横切ったバルフィニカスによって遮られた。

 

 

 

 

 先ほどのディアーチェへの発言の意図がどんなものであったにしろ、自分の敬愛する大切な人を貶されたことには変わりない。

 

 だが、今までの語らいからもフェイトの言うことが全て間違っているとも思えない。

 

 しかし、そんなものは今のレヴィにとって何の価値もない物であった。

 

 これから先、誰に出会ったのだとしても、大切な人が増えたのだとしても王様(ディアーチェ)親友(シュテル)よりも大切な人ができるはずなどない。

 

「王様をDISる奴は悪い奴!僕はそのくらいシンプルでいいって、シュテるんが言ってくれたもんねっ!!」

 

 自身にとっての大切な味方を守ってそれ以外を全て倒す。

 

 戦う理由など初っ端から決まっている。

 

それ以外に考えるべきことなどないのだから…

 

 

「レヴィ!私は…!」

 

「さっきから!うっ、さい!なぁ!!」

 

 どうにか食い下がろうとするフェイトであったが、レヴィは最早話すことなどないと言わんばかりに力任せに彼女の身体を吹き飛ばす。

 

 怒りに身を任せて本能のままに突っ込んでくるレヴィの動きはセオリーが通じず、読みづらいことこの上なく、子供の癇癪のような乱暴な攻めであるが一撃一撃に込められている暴力的なまでな力は十二分に脅威となり得るものであった。

 

 大戦斧というバルフィニカスの形態上、攻撃が大振りとなっており、防戦に徹すればやられこそしないものの、フェイトは苛烈な攻めを前に何度も弾き飛ばされ、時には客席や壁に叩きつけられて動きを鈍らせてしまっている。

 

 

 

 

「がっ…ぐっ!」

 

 再び客席に向けて弾き飛ばされながらも空中で体勢を立て直そうとするフェイトであったが視界の端にバルフィニカスを横薙ぎに振るうレヴィの姿が映る。

 

 刀剣と比較すれば多少、柄が長いとはいえ自分がいるのは大戦斧の間合いの外…しかし、フェイトの身体は横方向へと大きく打ち飛ばされることとなった。

 

 フェイトは体の側面に咄嗟にハルバードを滑り込ませたことにより致命傷こそ免れたものの、空中を吹き飛ばされており、更に逆サイドから青い光が迫る。

 

 レヴィの攻めは留まることを知らない。

 

 

 フェイトに回避軌道を取らせる間もなく、空中で右から左に、上から下に、下から上にと何度も彼女にバルフィニカスを叩きつけている。対するフェイトは魔力障壁と得物でどうにか防いでいるものの、防戦どころか一方的に攻撃を受け続けてしまっていた。

 

 

 レヴィとフェイトの魔導師としての技量の差に大きな開きはない。それどころか総合力や経験値で言えばフェイトに分があると言っていいかもしれないが、現在の戦況はレヴィがフェイトを完全に圧倒している。

 

 

 フェイトは僅かに気持ちが揺らいでしまっており、レヴィは自らが戦う理由を明確にしている。加えて、非殺傷と殺傷設定の魔法の撃ち合いという差はあるが、何よりの違いは両者のデバイスであった。

 

 

 現在、フェイトが装備しているのは使い慣れた愛機〈バルディッシュ・アサルト〉ではなく試作型の電磁装備の中で戦闘スタイルに最も適したものをチューンアップしたものである。

 

 フォーミュラ使いと機動外殻に通常の魔法が効果的でない為に、各員は装備の改修を行ったが強度も低く、扱いの難しいインテリジェントタイプ…それもワンオフ機であるレイジングハートとバルディッシュはクロノのデバイスである〈デュランダル〉という例外を除けば、調整の難度も他のタイプの比ではなく、実戦配備に間に合わなかったのだ。

 

 

 だが、なのはのレイジングハートは待機状態で戦闘には直接参加せず、防護服(バリアジャケット)の維持と火器管制を司る〈フォートレス・システム〉の制御にリソースを割き、武装は〈ストライクカノン〉と〈ディフェンサー〉という外付けの物にしたため、完成度60%の状態でも実戦投入され、砲狙撃戦においての戦力増強となった。

 

 しかし、フェイトは高機動型の魔導師であり、砲撃型のなのはとは勝手が違う。戦闘に耐えうるレベルの完成度がなければデバイスを実戦投入する必要はないし、外付け装備を持ち出すのなら尚更だ。

 

 実際、バルディッシュで行使する今までの魔法は新たな敵に対して有効ではなく、ハルバードを装備したこと自体は、今回の事件に関しての判断としては間違っていないと言える。

 

 だが、あくまでそれは対フォーミュラ、機動外殻を想定しての話だ。相手が魔導師…それもAAA~Sランク相当の実力を持つであろう現状においては新型装備が悪手となってしまっていた。

 

 

 ハルバードではこれまでの大鎌形態やフルドライブの大剣形態といった機構変化は行えず、それに追従する魔法も使用不可能となっており、切れる戦略(カード)の種類が格段に落ち込んでいる。

 

 加えて、長年使い慣れたインテリジェントからストレージへのタイプ変更や機体重量の変化…これまでとは僅かにズレが生じてしまっているのだ。

 

 だが、フェイトは新デバイスの性能を十分に引き出しているし、ハルバードの性能に問題があるというわけではない…

 

 戦う相手と状況が悪かった…ただ、それだけであろう。

 

 

 

 

 フェイトは悪い状況を変えようと動きを見せようとしたがレヴィのバルフィニカスによって防御の上から力任せに吹き飛ばされ、水面に設置されている浮島に叩きつけられた。

 

「か…はっ!」

 

 叩きつけられた衝撃で思わず息が止まり、立ち上がることができない。しかし、這ってでも離脱しなければ…その思いがフェイトを突き動かす。

 

 高機動型の魔導師に対して一瞬でも隙を見せれば命とりとなる。そのことを誰よりも分かっているのはフェイト自身であるためだ。

 

 だが、残酷にも青い稲妻が迸る…

 

 

 

 

 レヴィの手にあるバルフィニカスが巨大な大剣へと姿を変えている。長いリーチを生かして、間合いの外からフェイトを迎撃したのはこの形態であろう。

 

 

 フルドライブモード〈ブレイバー〉…レヴィの切り札だ。

 

 ブレイバーは一見してフェイトのフルドライブを思わせる形態であるが、斬撃を主とする〈ザンバーモード〉とは違い、刃に鋭さこそないが標的を叩き潰して捻じり切ると言わんばかりに力が結集しているのが見て取れる。

 

 

「蒼破---極ッ~光!斬っ!!!!」

 

 

 そして、青雷の大剣が振り下ろされる。

 

「どっ!せぇぇぇぇいっ!!!!」

 

 雄叫びと共に真上から迫る青い光がフェイトを呑み込み、水面を割り、戦場となっているステージを破壊し尽くした。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

1話で収めるつもりが全く収まりませんでした。

因みに今まで伝えたかどうかは分かりませんがマテリアルズの外見年齢はなのはらと同じ14~15歳です。

皆様の感想が私の原動力となっていますので頂けましたら嬉しいです。
では!
ドライブ・イグニッション!


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Lightning Heat

 オールストーン・シー園内に位置する海上ショー用のステージは夜中であるにもかかわらず照明が点灯しており、各所に焼き焦げたような跡がみられる。

 

 その中央の水面は真っ二つに割れており、何とも異様な光景を呈していた。

 

 この惨状を引き起こした少女―――レヴィは……両腕をエメラルドの糸て縛り上げられた上に同色の物で全身を簀巻きにされ、波に漂う浮島の上を陸に上がった魚の様にぴょんぴょんと跳ね回っていた…

 

 

 

 

 轟音と共に一瞬、意識が暗転したフェイトであったが、雷が全身を焼き焦がす事も、海面に叩きつけられる激痛も無く、微睡(まどろみ)に身を委ねていた。

 

 

 

 

「……よかった…間に合った」

 

 フェイトの耳に飛び込んで意識の覚醒を促したのは聞きなれた穏やかな声音。

 

「ぅ…ぁ、か、母さん…?」

 

 見開いた瞳に映し出されたのは今の母親の顔…

 

 指揮官である彼女が前線に何故出て来たのかを訪ねようとしたフェイトの肢体は心地よい温もりに包み込まれていた。

 

 状況の把握は儘ならないものの、自分がリンディに助けられたという事…彼女に抱き締められていることだけはどうにか理解したのだが…

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい!私のせいで迷惑をかけちゃって!も、もう大丈夫だから…」

 

 フェイトは心地よい温もりに身を委ねかけたが、それとなく状況を察し、自身の為に最前線へと赴いてきたと思われるリンディに対して、どこか怯えたような表情を浮かべてその身体を押し返そうと彼女の肩に手を置いた。

 

「か、母さん…どうして?」

 

 しかし、リンディの抱き締める腕に力が込められ、フェイトの身体を放そうとしない。フェイトはいつもとは違う義母の様子に瞳を揺らしながら問いかける。

 

「大切な人が危ない目にあっていて、帰ってこないかもしれないのに…見てるだけなんて…もう、嫌だもの…」

 

 リンディは確かに此処にあるフェイトの温もりを噛み締めるようにその身体を強く抱き締めている。

 

「今度は間に合って…フェイトが無事で、本当に良かった…っ!」

 

 夫―――クライド・ハラオウンの時は命を賭して戦う彼をモニター越しに見ていることしかできず、失ったものの大きさにただ、泣いていただけであった。

 

 しかし、今回は危急の事態に間に合った。

 

 家族を…かけがえのない大切な人をこの手で護ることができたのだ。

 

 

 

 

「やっと、本当の母親らしいことができたかしら?」

 

「え…?」

 

 フェイトの心はリンディの言葉にざわつきを覚える。

 

「5年前…貴女がうちの子になる時の事、ずっと気にしてるんでしょう?」

 

 リンディはハラオウン家の人間がこの5年間の間、話題に挙げる事を意識的に避けて来た封鎖域を自らの手で紐解いた。

 

 〈闇の書事件〉の事後処理が終わった折にリンディから持ち掛けたフェイトの養子縁組の話…そして、その際に起きた東堂、ハラオウン派の小競り合いについての事であろう。

 

 その一件で起きていたハラオウン排斥の事をフェイトも知ってしまった。

 

 養子縁組を持ち掛けたのはリンディ、意図は不明だが強引に親権を得ようとしたのは東堂家…当時、10歳のフェイトにはどうすることもできなかったであろうし、大人の事情に巻き込まれただけの彼女に非はない。

 

 しかし、幼いながらに聡明であったフェイトはリンディらが自分を引き取ろうとしたことによって多大な損失、悪評、不利益を被ったことを理解できてしまい、幼い心に大きな傷を残すこととなったのだ。

 

 

「わ、私っ、は…っ!」

 

「フェイトが私達の事を大切に思ってくれてるのは分かってる。でも…私達の前でそんなに気を張らなくてもいいのよ?」

 

 リンディはフェイトを落ち着かせるように背を摩り、諭すような口調で語りかける。

 

「貴女を引き取ったことに何の後悔もしていないし、迷惑だなんて思ったことは一度もないわ。フェイトもアルフも良い子だもの、家族が増えて嬉しかったくらいよ」

 

 確かに東堂派との因縁で窮地に立ったこともあった。しかし、これまでフェイトと過ごしてきた5年間はそんなことが霞んでしまう程に笑顔が溢れ、尊いものであったのだ。

 

 

「で、でも…私の所為で母さんやお兄ちゃんにたくさん迷惑が掛かって、大変な目に合わせたって…だから、だから私は……みんなに迷惑をかけないように!その気持ちに答えられるように一人前の魔導師に、立派な管理局員にならなきゃ…っ!?」

 

 だからこそ、東堂派との一件に責任を感じてか、自分達に迷惑をかけまいとしていた小さな少女が吐露した己の気持ち…あまりに悲しいフェイトの言葉を遮る様にその身体を強く抱く。

 

 そして伝えるべきことがある。

 

 大人として、親として…

 

 

 

 

「フェイトの気持ちは嬉しい。でも、私は恩義を感じて欲しくて貴方を引き取ったわけじゃないわ。ましてや、迷惑をかけない?一人前になる?…思い上がるのも大概にしなさい」

 

 リンディはフェイトの瞳を正面から見据え、彼女らしくない強張った声で言葉を紡ぐ。

 

「え…?あっ…あ、あぁ…」

 

 フェイトの身体はその視線を受けて、凍り付いたように動かなくなった。

 

 血の気が引き、全身の震えが止まらない。

 

 母親に怒られる…それはフェイトが何よりも恐れる事であり、これまでそうならないように立ち回って来たのだから…

 

 

―――どうして貴女はアリシアじゃないの?

 

 

 自分にとって全てであった母親であり、創造主…プレシア・テスタロッサの姿が脳裏にフラッシュバックする。

 

 優しく微笑みかけてくれた母は何時しか自分に無機質な瞳を向けてくるようになった。期待に応えようと必死になったが、最後はその母親に自らの存在を否定され、生きる理由すら失ったこともある。

 

 そんな空っぽの自分と向き合ってくれたなのは、寄り添ってくれたアルフ。そして、居場所となってくれたリンディ達……

 

 

(やっぱり…私なんかじゃ…)

 

 大切な人に拒絶されることを恐れていた…居場所を失うことが怖かった。

 

 だから、前を向いて進み続けるなのは達の隣に立てるような、自分を受け入れてくれたリンディ達と共に在ることがふさわしい人間になると、彼女達への恩返しができるようにと毎日必死だった。

 

 だが、その歩みは他ならぬリンディによって一掃された。

 

 

 また居場所がなくなってしまう。大切な人に見限られてしまう。

 

 手にしていたハルバードが地面に落ち、心象を表すかのようにその柄が砕け散った。

 

 

 恐らくはレヴィの最高出力の攻撃に当てられて耐久度数を超過してしまったのだろうが、当のフェイトは戦場の真っ只中でデバイスを取り落としたことすら気が付かないほどに心を乱しているのだろう。

 

 

 

 

「か、母さん…?」

 

 そんなフェイトを現実へと引き戻したのは自身の頬に伝わる暖かい感触。

 

「私は貴女の本当の母親じゃない…それは覆しようのない事実よ。フェイトが今もプレシアとの事を引きずっているのも貴女からすれば当然の事。貴女にとっての〈特別〉がプレシアでも構わない」

 

 リンディはフェイトに頬を寄せ、穏やかな声音で語りかけた。

 

「それでも私はフェイトの事を大切に思っているわ。子供が親に迷惑をかけるのは当然のことだし、それを背負うのが私の役目。私達は家族……そうでしょう?」

 

 フェイトを抱き締めている身体が僅かに震える。

 

「これが嘘偽りのない私の気持ち。でもこの気持ちを伝える事でフェイトを傷つけてしまうかもしれない、私自身も拒絶されてしまうかもしれない。そんなことを考えて、私もどこかで臆病になっていたのかも、本当はもっと早くこうして向かい合うべきだったのに…そうしていればフェイトが5年間も重荷を背負う必要なかったのにね」

 

 

(私は何にもわかってなかったんだ。母さんの事も他のみんなの事も…)

 

 リンディ・ハラオウンは強い女性だった。

 

 事件で夫を失い、女性の身でありながら時空管理局の高官に上り詰め、クロノや養子のフェイト達を育て上げた。

 

 そんな彼女が見せた初めての弱音。そして、このような状況でも自分の事を気にかけてくれている。

 

 なのは達だってそうだ。大多数の人間ならばフェイトの生まれを知った時点で気味悪がって近づこうともしないはずなのに彼女らの態度はそれを知る前と何ら変わらない。

 

 

 ようやく知ったリンディの想い…今後こそ、答えねばならない。本当の意味で…

 

 

「わ、私は母さんの娘になれて、ハラオウンの子供になれて…すごく幸せです!だから、私の所為でみんなが大変な目に合ったって聞いて申し訳なくて、私を受け入れてくれた暖かい場所にいられなくなるかもしれないって怖くて…」

 

 恐る恐るといった様子でリンディにもフェイトの手が回され、紅瞳が揺れて大粒の雫が頬を伝う。

 

「プレシア母さんの事は今でも忘れられないけど、リンディ母さんの事も同じくらい大好きで…大切で…」

 

 嗚咽が漏れ、言葉を上手く紡げない。しかし、思いの丈を一生懸命にぶつけようとするフェイト…

 

「そんな風に思っていてくれたのね。ありがとう、フェイト。でも、大丈夫。貴女の帰ってくる所が無くなってしまう事は絶対ありません。だって…血の繋がりはなくても、貴女は確かに私の大切な娘…フェイト・T・ハラオウンなんだから…」

 

 リンディの言葉を聞いてフェイトの心を堰き止めていた防波堤が決壊した。彼女の体にしがみつくように、大声を上げながら涙を零す。

 

 

 本当の母に存在を否定され、捨てられてようやく立ち直りかけて新たな人生を歩んで行こうとした直後に刻み付けられた過去の傷(トラウマ)、小さな少女の心に巣食っていた黒い影が流す涙と大切な母親の温もりを受けて晴れていく…

 

 

 

 

「ふ、ふんぬっ!とおぉっ!!!」

 

 どこか気の抜けた声と共にステージの上空に青い雷が煌めいた。

 

「ようやく脱出ぅ!!」

 

 レヴィはリンディのバインドに雁字搦(がんじがら)めにされていたようだがようやくの脱出に成功した。

 

 固まった体を解す様に手足をプラプラと揺らしながら首を鳴らしている。レヴィ細かい魔法行使が得意ではない上にリンディのバインドが強力であったためか脱出に手間取ってしまったようだ。

 

 最も、バインド中も追撃への警戒は行っていたが、相手方の攻撃が来なかった為、徒労に終わったようだが…

 

 

 

 

「あ、あの母さん…そろそろ離してくれると」

 

「ふふっ、どうしようかしら?せっかくフェイトが甘えてくれてるんだし」

 

 フェイトは真っ赤に泣き腫らした目元と同じくらいに頬を赤らめながらリンディの身体を押すが、彼女のささやかな抵抗は母親の抱擁によって掻き消される。

 

 背後には自由の身になったレヴィがいるというのに何とも締まらない光景であった。

 

「まあ、続きは家でしましょうか。一緒にショッピングに行ったり、久しぶりにお風呂に入ったり、フェイトに好きな男の子ができたのか聞いたりしてね」

 

「もうっ、またからかって…」

 

 寄せていた身体を離したリンディの表情には憂いも迷いもない。フェイトも同様であった。

 

 

 とはいえ、彼女達も状況の把握を怠っていたわけではなく、これからの戦いの為に親娘の語らいは終わりを告げ、フェイトはリンディから離れ、自分の脚で地面を踏みしめる。

 

 先ほど、レヴィに対して自らの意思を即座に言葉にできなかったのはフェイト自身も迷っていたからだ。

 

 自分の生まれも、プレシアやアリシアの事も、養子縁組の件も受け入れた心算になって、心の奥底に拒絶への不安や孤独への恐怖を押し込めていただけなのだ。

 

 だから、それを連想する状況に陥った時に平静を保てなくなり、自らの行動理念を揺るがすようなことがあった時に意志を示すことができなかった。

 

(もう迷わないなんて言えるほど私は強くないのかもしれない。でもっ!!)

 

 だが、今は違う。

 

 憂いは晴れ、為すべきことが明確になった。

 

 存在も生きる理由も否定された自分を肯定してくれた優しくて強い人達がいる世界を守る。

 

 レヴィを説得し、夜天の書を取り戻してこの事件を収束させる。

 

 理解できぬ意見を持つ相手なら互いに理解し合えるように例えぶつかってでも、何度でも言葉をかければいい。

 

 身勝手に思われても疎ましく思われても、己の信じる道を進み続けるしかないのだから…

 

 

 揺らいでいた心に火が灯る。

 

 

 そして、フェイトに呼応するように金色の光が闇夜を照らした。

 

 

 

 

「お待たせ…バルディッシュ。また、一緒に飛んでくれる?」

 

≪Yes sir!≫

 

 待ちわびたと言わんばかりに〈閃光の戦斧(バルディッシュ)〉が眩い光の中から姿を現す。しかし、それは今までとは大きく姿を変えており、従来の戦斧や魔法の杖といった様相は微塵も見られず、在るのは持ち手と左右対称に突起が突き出た部分のみだ。

 

「うん、ありがとう」

 

 変わらぬ愛機の信頼に微笑みを零したフェイトの手に収まったバルディッシュは鍔の装甲が開き、雷音を奏でながら閃光の刃を形成する。

 

 

「あの子を説得して戻って来るよ。だから、行ってきます。母さん…」

 

 フェイトは背後のリンディから送られてくる暖かい眼差しに答えるように振り返った。その顔つきは先ほどまでとは別人のように晴れ晴れとしたものであり、それを見たリンディも優しい笑みを零す。

 

 

 自分の大切なものを守る為、自らの運命を切り拓く為、フェイトは再び空へと舞い上がった。

 

 

 元々、リンディが最前線に赴いたのは実戦投入が可能となった彼女の愛機を届けるためであったのだ。

 

 為すべきことは果たした。後はフェイトを信じるのみ…

 

 

 

 

「待たせちゃってごめんね。レヴィ!」

 

「別に待ってないし!仲間に助けてもらうなんてズルっこだ!!」

 

 フェイトはレヴィと向き合えるところまで高度を上げ、戦闘を中断させてしまったことを詫びている。対するレヴィはあっさりとバインドに捕まってしまったからか、脱出に時間をかけてしまった為かは定かではないが、不貞腐れたような表情を浮かべていた。

 

「あの人はもうこの戦いに手を出さないから、それで許してくれないかな?それに、レヴィだって機動外殻(ロボット)を使ってたしね」

 

「む、むぅ…」

 

 先ほどまでの沈んだ様子とは一転、どこか吹っ切れた様子のフェイトに今度はレヴィが言葉を詰まらせる。

 

「ねぇ、あのヒトがフェイトのお母さん?」

 

「うん。私の…母さんだよ」

 

 フェイトは半眼気味にリンディの方に視線を向けながら問いかけて来るレヴィに対して母親という単語を噛み締めるかのように穏やかに紡ぎ、至極当然の回答をした。

 

「んんっ!…ふんだっ!子供の喧嘩に親を呼ぶとは、ますます卑怯な!ボクが成敗してやる!!」

 

 レヴィは自身にはない母親という存在をどこか眩しいものと感じかけていた己の心の迷いを振り払うかのようにバルフィニカスを握る腕に力を込める。

 

「私はレヴィと喧嘩をするつもりなんてないよ。ただお話をしたいだけ。えっと、王様としゅてるん?でいいのかな?」

 

「あっー!それは僕だけが呼んでいい名だぞ!シュテんはシュテル!!」

 

「そうなんだ。じゃあ、王様やシュテルとも沢山お話したいな」

 

「む、むぅぅぅ!!!!」

 

 会話の主導権を握ったフェイトと口ごもるレヴィ…まるで先ほどまでとは逆の光景だ。直情型のレヴィが理詰めで調子を取り戻したフェイトに勝てる筈もない。

 

 

「無理だね!何故ならキミはここでボクにブチ転がされるからさっ!!」

 

「そうならないように…頑張るよ」

 

 互いの想いに、言葉に心を搔き乱された同士であるが、やはり戦闘は避けられない。それぞれが胸に秘めた思いを貫くために戦うのだ。

 

 

 

 

 フェイトとレヴィの雷が周囲に波を起こし、逆巻いた海が2人を遮るかのようにヴェールを形作る。

 

 

 その瞬刻…

 

 水のヴェールを吹き飛ばし、閃光のような速さを以て2つの雷が激突する。

 

 

 

 

 先ほどまでの剣戟とは打って変わり、互いに互角…いや、動けない青雷を金色が翻弄するかのように攻め立てていた。

 

(何だろう?体が軽い)

 

 フェイトは〈電磁カートリッジ〉を搭載して生まれ変わった愛機〈バルディッシュ・ホーネット〉の主形態〈ストレートセイバー〉でレヴィを斬りつけながら、今までにない感覚に違和感の様なものを感じていた。

 

 5年間もの間、彼女を苦しめて続けていた重荷を降ろすことができた事…自身の中で迷いを絶ち、進むべき道への答えに近づいたことがフェイトの本来の力を引き出しているのだろう。

 

 そして、より高機動戦闘に特化したバルディッシュもまたその一因となっている。

 

 新たなバルディッシュの主形態―――ストレートセイバーは意匠はこれまでのフルドライブ〈ザンバーモード〉に近いが、刀身の長さが身の丈ほどもあった従来のザンバーと比べるとかなり小さく、通常の刀剣サイズと言っていい。

 

 間合いこそ短くなったが、その分、取り回しに優れており、フェイトの高速機動での戦いに適しているだろう。しかし、手数を増やしただけで翻弄できるほどレヴィは甘い相手ではない。

 

「う、うぐっ!ふんっぬ!!!?」

 

 だが、レヴィはバルフィニカスを満足に振るうこともできずに防戦に回らざるを得ないでいる。

 

 従来のフルドライブと比較して間合い(リーチ)は短くなったが、これまで以上に高密度に圧縮された魔力刃とデバイス本体へのカートリッジ部からの常時給電により、通常稼働であるにもかかわらず、その剣戟の一太刀は以前までのザンバーモードのそれをも凌駕している為だろう。

 

「ぬ、ぬぐぅぅ…こんのぉ!!!…ん、にゃっ!?」

 

 レヴィはどうにかフェイトを押し返そうとバルフィニカスを振るうが、闇雲な軌道を描く太刀筋で今の彼女が捕らえられるはずもない。こうなったら周囲一帯を消し飛ばそうと、フルドライブを発動させようとしたレヴィであったが眼前に突き出された刀身に思わずよろめく。

 

 そして、フェイトはバルディッシュの剣先にバルフィニカスの斧部を引っ掛けるようにして横に剣を薙いだ。

 

 咄嗟に握力を強化したレヴィは愛機を手放すことは何とか避けたものの、大きく体勢を崩して身体が開く。そんなレヴィの両腕両足に〈ライトニングバインド〉が発動し、拘束する。

 

 

「う、うぇ…ウソぉ!?ぐっ!ぐぬぬぬっ!!!!この縛るヤツ、キライぃぃぃ~!!」

 

 全身を使ってジタバタと暴れるが両腕両足を拘束しているライトニングバインドが外れる事はない。身体を横に引っ張られた際にバルフィニカスの柄から左手を離してしまい、デバイスを右手のみで掴んだ体勢で拘束されているレヴィは両腕で柄を握れない。そのため、大剣の形状を取るフルドライブはおろか、戦斧状態ですら満足に扱えないでいた。

 

 

「行くよ、レヴィ!!」

 

 対峙するフェイトはバインド解除の隙など与える間もなくレヴィにバルディッシュを向ける。

 

「え…あ、ちょっ!?行くって!?」

 

 レヴィは焦ったように声を漏らすが、自身を見据える紅瞳が狙いを澄ますかのように細められた。

 

 

 

 

 フェイトの周囲に雷光が迸り、足元には金色の魔法陣が浮かび上がる。手にしていたバルディッシュが閃光の刃から漆黒の槍…砲撃形態〈ジャベリン〉へと形態移行し、これから行使される攻撃の衝撃に備えるかのように魔法陣へ楔を打ち込んだ。

 

 

「受けてみて…私とバルディッシュの全力全開ッ!!」

 

 漆黒の槍の矛先に金の雷が集い、周囲を取り巻く紫と空色の雷が金色の光に寄り添うかの様にスパークしながら超高密度に収束されてゆく。

 

 

 

 

「ホーネットジャベリンッ!!」

 

 フェイトの撃ち放つ閃光―――電磁加速された雷撃槍が一瞬の内にレヴィを呑み込んで魔力の奔流を巻き起こす。

 

 新たに習得した砲撃魔法〈ホーネットジャベリン〉が炸裂した。電磁カートリッジの恩恵を受け、弾速においては他の砲撃魔法と比較しても類を見ないほどの速さを誇るこの攻撃をバインドを施された状態で回避できるはずもない。

 

 

 そして、魔力の奔流が収まると同時に真っ逆さまに海面に堕ちていくレヴィをフェイトが受け止め、その様子を確認する。

 

 目を回してこそいるが、魔力ダメージと多少の外傷のみでバイタルへの異常は見られない。

 

 レヴィを気遣いながらゆっくりと高度を下げていくフェイトはリンディの方を向いて小さく笑みを浮かべ、リンディも穏やかにそれに倣って笑みを返す。

 

 そこに在ったのは紛れもなく1つの親子の姿であった。

 

 

 

 

(シュテルとレヴィが敗れおったか!)

 

 王様と言われていた少女―――ディアーチェは飛来する白銀の剣を相殺しながら、心中で毒づいた。

 

(だが、死んではおらん!兎にも角にも今は!この小鴉が鬱陶しい!!)

 

 ディアーチェは倒れた臣下達に念話を送りながら迫り来るはやてに忌々しそうに視線を向ける。

 

 自身の大願の前に、敵の手に堕ちた2人の臣下をどうにかせねばとはやてを突き放そうと速度を上げるが魔力の散弾を撒き散らしてくる彼女から逃れることができない。

 

 

 はやてもディアーチェも機動力に優れているタイプではなく、大規模魔法での物量戦に特化した広域魔導師であるため、相手を撃墜するためには大技を決めることが手っ取り早い決着手段となるであろうことは明らかだ。

 

「リイン!コントロールは任せたよ!!」

 

《はいですぅ!》

 

 逃げ切るよりも撃破へと思考を切り替えようとしていたディアーチェは迫り来る砲撃を魔力障壁で防ぐが、思った以上の出力に僅かによろめいた。

 

 何事かと視線を向けたはやての右腕にはなのは機とはカラーリングの違う黒い〈ストライクカノン〉が握られており、先ほどの強力な砲撃を繰り出したのはこれだと当たりを付ける。

 

 

 はやて自身も自覚しているが、彼女の射撃や魔法制御は洗練されているとは言い難いものがある。高町なのはの様な正確無比な制御も、フェイト・T・ハラオウンの様な制動性もない。

 

 そして、シグナム達が得意とする近接戦闘においては論ずるレベルにも値しないと言っていい。

 

 

 

 

 だが、はやてに求められているのは個の戦闘能力ではない。彼女は〈王〉であり、前線に出て露払いをするのは騎士たちの役目であるからだ。

 

 しかし、3ヵ月前に起きた無限円環(ウロボロス)構成員による襲撃事件の際に自らの力不足を実感し、個人戦闘の訓練も以前に比べれば積極的に取り組むようになった。

 

 であるにもかかわらず、今回の事件でも自らの命に等しい大切な〈夜天の魔導書〉をみすみす敵対勢力の手に渡してしまった。

 

「ツインカノン!撃つでぇ!!」

 

《了解ですぅ!》

 

 はやては左腕に握っていた杖から、もう一艇のストライクカノンへと換装し、両腕のカノンに自身が保有する膨大な魔力を注ぎ込んで砲撃として撃ち放つ。

 

「ぐぅぅっ!!!」

 

 ディアーチェは一射目は障壁でどうにか受け止めたものの、射撃制御を預かったツヴァイによって狙い澄まされた二射目に被弾してしまう。普段のはやてらしからぬ気迫を感じされる苛烈な攻めを前に、撃墜こそされなかったが彼女の怒りと屈辱は怒髪天を突いた。

 

 

 

 

 〈城塞のグラナート〉、〈海塵のトゥルケーゼ〉、〈黒影のアメティスタ〉、〈憤激のサルドーニカ〉…4機の大型機動外殻を失ったばかりかシュテルとレヴィは敵に捕らわれている。

 

 状況は最悪だ。そして、目の前のはやてと融合騎とのコンビネーションは十二分に脅威に値する。

 

「このような所で使いたくはなかったがっ!」

 

 ディアーチェは未だに噴煙を噴く甲冑の肩部を抑えながら、瞳を見開いた。

 

「高まれ、我が魔力!震えるほどに暗黒ッ!!」

 

 周囲に闇の深淵を思わせる孔が開く。

 

 尋常ではない魔力反応を受けて身構えたはやての眼前にディアーチェ自身が斬り込んでくる。自分同様、近接戦闘に不向きであろう彼女の接近に思わず虚を突かれた。

 

 鍔是り合う〈エルシニアクロイツ〉と〈ストライクカノン〉であったが、はやてがディアーチェを後追いしてきた無数の魔力弾に気を取られた一瞬を突いて、カノンの一機を魔力刃で斬り裂く。そのまま杖の石突ではやてを下方へと追いやって制空権を奪い取った。

 

「―――アロンダイトッ!!」

 

 ディアーチェは両腕に生成した膨大な魔力を一気に開放し、はやてに向けて叩きつける。大出力砲撃魔法〈アロンダイト〉が闇色の魔力の波となってはやてに迫り、さらに追撃と虚空に開いた孔から無数の魔力の雨を降らせた。

 

 

 

 

 眼下から吹き上がる噴煙を尻目に荒れた呼吸を整えるディアーチェであったがその左肩と腹部に白色の剣が炸裂する。

 

「ぐ、っ!?…ふん、融合騎に救われたか」

 

 ディアーチェは衝撃に表情を歪めながらも薄くなった噴煙から覗く白い光に向けて毒づいた。

 

「だが、その様子ではここまでのようだな」

 

 巨大なクレーターを背に未だに健在なはやてではあったが、髪色や騎士甲冑が彼女本来の物へと戻っているところから察するに、リインフォース・ツヴァイとの融合(ユニゾン)が解けているようだ。

 

「王様も相当にお疲れの様やけどね!」

 

 疲弊の色が濃いのははやてだけではない。端から見ても大技を使ったディアーチェが疲労しているのは明らかである。でなければ、噴煙越しとはいえ、ディアーチェが正面から射出された魔力刃〈バルムンク〉を回避も防御もせずにその身に受けることなどありえないだろうからだ。

 

 決死の覚悟を以て防御と回避に専念して力尽きたツヴァイ…奪われた夜天の書…

 

 戦況はディアーチェに分がある。しかし、はやてはここで引く理由など持ち合わせてはいない。

 

 

 

 

「減らず口を…っ!?」

 

「なんや、アレは?」

 

 両者の視界の端で空へ伸びる光の柱が輝いた。

 

 

 

 

 ディアーチェはその光景を目の当たりにした瞬間、はやての事などお構いなしに〈オールストーン・シー〉を目指して飛び出す。

 

 あの光がどのような現象であるのか、どのような意味を持つのかを理解はできていないが、とにかくあの場所へと向かわねばという想いを抱いて空を駆けていた。

 

 

 

 

「ちょぉ待って!王様!アレは一体、何なん!?」

 

「我とて分から…貴様に話す道理などあるか戯けが!ついて来るな!!」

 

 はやては状況を理解せんと、何か知っていそうなディアーチェに追いすがるが、前方から撒き散らされた魔力の散弾に足を止めてしまい、彼女との距離が開いてしまう。

 

ツヴァイの補助を失った今のはやてでは魔力に物を言わせた大規模攻撃の撃ち合いならいざ知らず、小技での応戦においてはディアーチェに後れを取ってしまっているようだ。

 

(何だこの感覚は…)

 

 ディアーチェは追って来るはやてに気をやりつつも、臣下達に指示を伝えながら空を駆ける。

 

 言いようのない焦燥感に苛まれながら……

 

 

 

 

 彼女達はまだ知らない。

 

 現在繰り広げられている戦いはこれから始まる戦乱へのほんの序章でしかないということを…

 

 たった1人の奏演者を除いては……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

なんやかんやでreflectionは大詰めとなってきましたね。

感想等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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虚構絶望のReflection

 周囲を丸く水槽に囲まれた区画には月光が差し込んでおり、どこか神秘的な様子を感じさせている。

 

 そこに広がっていたのは地獄ともいうべき光景…

 

 クロノ・ハラオウン、東堂煉、黒枝咲良を始めとした、〈クロノ隊〉、〈東堂隊〉の面々は大樹を思わせる結晶の様なもので全身を串刺しにされており、流れ出る鮮血でその身を汚しながら呻き声と悲鳴に苦しみ悶えていた。

 

この区画はオールストーン・シーの象徴足る巨大な緋色の鉱石が在ったはずの場所…

 

 

 そして…

 

 

「う、嘘…だよね?こんなのってッ!」

 

 巨大鉱石が展示されていた水槽の前に力無い様子で項垂れているのは―――キリエ・フローリアン。一連の事件の主犯格であった。

 

 癖毛気味の前髪から覗く瞳は困惑に揺れており、病魔に侵されている父を救うと必死だった先ほどまでのキリエからは想像もつかない雰囲気を感じさせる。。

 

「イリス…」

 

 キリエは何かに縋る様に、否定するかのように、今ここにいない親友の名を震える声で紡いだ。

 

 

 

 

―――この永遠結晶の中には悪魔が一羽眠っているの…途方もない力を持った悪魔がね

 

―――悪魔(此れ)は星を救うだとか、貴女のパパを助けるだとかっていう目的には使えない

 

 

 脳裏に残響するのはイリスの言葉。

 

 

―――だって此れは星を殺す悪魔だから

 

 

 キリエにはイリスの言っていることが理解できなかった。キリエの父を救うには、荒廃するエルトリアを救うには〈永遠結晶〉と言われるものが必要と聞かされていた。

 

 それがあるのが地球という惑星、永遠結晶の場所を捜索する為に必要なのが〈夜天の魔導書〉…その為に宿主である八神はやてからをそれを拝借し、永遠結晶の力を以て、父であるグランツ・フローリアンの病魔を祓い、エルトリアを救済が完了した後に夜天の書を彼女らに返還する…これこそが一連の事件の真相であった。

 

 

 そうであるはずなのに…

 

 

 

 

―――永遠結晶はエルトリア救済のための力だって言ったよね!?

 

―――ごめんね、嘘をついたわ

 

 

 全て悪い冗談だと…そう思いたかった。

 

 

―――パパの病気も治るかもって!?

 

―――それも嘘…こうでも言わないと貴方を手伝わせることができなかったから

 

―――必要だったのよ。実体を持たない私に変わって永遠結晶を探してくれる人がね

 

 

 キリエの想いは、長年抱いて来た信頼は悲しい現実によって切り刻まれる。

 

 抱いた想いは幻想であり、叶えたかった願いは夢想と化した。

 

 それでもキリエはイリスの事を信じていたかった。これまで過ごしてきた彼女との日々は決して…

 

 

―――イリス…嘘だよね?いつもみたいにからかってるだけだよね?

 

 

 否定の言葉が欲しかった。

 

 幼馴染であり、親友であり、もう一人の姉のような少女に違うと言って欲しかった。

 

 

―――そうね、嘘だったわ。貴女に話した事も、過ごした日々も、出会ってからの全部が嘘だったの

 

 

 そこにあったのは虚構と偽り。

 

 イリスはキリエの抱いていた想いも信頼も…過ごしてきた日々も、何もかもを踏みにじる様に全てを否定した。

 

 その瞬間、キリエの口には鉄の味が広がり、腹部に感じる激痛と共に理解が追い付かないままに跪く。

 

 イリスが自分を撃った…キリエにはこの現実を寛容できるはずもなかった。

 

 

 だが、イリスは今もまだ自分に縋ろうとしているキリエを罵倒し、これまで溜め込んで来たと言わんばかりに彼女への鬱憤を言葉に乗せて紡いでいく。

 

 くだらない事てうじうじと悩み、何かあれば自分の下へと泣きついて来た少女。

 

 時には親身に寄り添い、時には彼女を叱り、時には共に駆け回った。

 

 キリエの要領の悪い部分を窘め、彼女に進むべき道を何度も指し示してきた。

 

 それは地球へとやって来た今この時に至るまで…

 

 

 キリエは1人で何も為せないのだと、侮蔑の想いを込めて吐き捨てる。彼女は言われるがままに動くただの傀儡であったのだと、その役目は終わったのだと。

 

 

 

 

―――あたしは人工知能なんかじゃない…エルトリアで暮らしてた人間だった。だけど、この悪魔に命も家族も全部奪われて、心だけが生き残ったまま、あの遺跡板の中で眠ってた

 

 

 初めて聞くイリスの真実。

 

 

―――だからずっとずっと、眠ってる間もずっと探してたの。この悪魔に復讐するための方法を…

 

 

 イリスは背後で膝を抱いて目覚めぬ〈悪魔〉を憎悪の視線を以て射抜いた。

 

 復讐…それこそが彼女の目的…それはようやく理解した。そのために自分を利用していたことも…

 

 だが、なぜ自分にも目的を黙っていたのか、それを教えてくれされすれば、地球(他世界)への侵攻などせずに済んだのに…

 

 抱いていた信頼を踏みにじられたキリエがこのような思考に到達してしまう事は無理もないのかもしれない。

 

 これだけ理不尽な目に合わされたのだから、感情を持っているならば当然であり必然、だが…この場、この状況においてそれは何よりも間違った考えだ。

 

 

 

 

―――心から願った想いがあるなら…他人に迷惑をかけても仕方ない

 

 

 イリスの口元が妖しく歪む。

 

 

―――キリエだってそうやって願いを叶えようとしたでしょ?

 

 何故ならばキリエだけは決して抱いてはいけない想いであったからだ。

 

 

―――ぁ、あぁ、っ…

 

 

 心が砕けた音が聞こえた。

 

 行動指針を失ったキリエの心にはイリスの言葉と共に雪崩の様に罪悪感が押し寄せる。

 

 高速道路から叩き落したアルフとザフィーラ、撃墜したはやてやシャマル、アミティエ。小さな体で最後まで主を守ろうとしていたリインフォース・ツヴァイに対して引き金を引いたこと。

 

 

 それも全て背負うつもりであった。父の回復とエルトリア救済という願いを叶えるためには、仕方のない事なのだと、正しい事を成しているのだと…

 

 しかし、抱いていた気になっていた覚悟は硝子の様に砕け、幼い頃から抱いて来た信頼も憧れも全ては偽り、自分はイリスの復讐の片棒を担がされ、勝手な理屈を振りかざして、彼女らに対して危害を加えていただけなのだという現実を目の当たりにしてしまったのだ。

 

 八神はやてとヴォルケンリッターからもう1人の家族に等しい夜天の書を奪ったことがどれほど罪深い事であったのか、父を失いかけている自分と同じ…いや、生まれ落ちた環境的要因というある意味、天命と言えるものではなく、何の関係もない他者の理屈(エゴ)を押し付けられた末の……比べる事すらおこがましい事をしでかしてしまったのではないか…

 

 キリエは自分の願いを叶えるためにはやて達の想いを無視し、その身を傷つけた。イリスもまた、自らの願いを果たすためにキリエを利用した…両者のしたことは本質的には何ら変わりない。それが今ここにある現実であった。

 

 

 止めどなく涙が零れ、嗚咽が漏れる。

 

 

 イリスはキリエに興味を失ったかのように、視線すら向ける事もなく空へと消えて行く。

 

 

 

 

 キリエには最早、イリスに言葉をかける勇気も追いかける力も残ってはいない。

 

 今まで自分を導いてくれた存在は虚構であり、世界を超えてまで自らの過ちを正してくれようとした姉をこの手で撃った。

 

 切り捨て、切り捨てられた彼女には助けになってくれる誰か(・・)などいる筈もなく、月光に照らされる館内に残され、独りぼっちで泣くことしかできなかった。

 

 

 

 

 オールストーン・シーの上空ではイリスが伴った〈悪魔〉を文字通りその手で叩き起こし、目を覚ましたソレと周囲を取り囲む管理局の部隊が戦闘状態に陥っていた。

 

 

 ふわりとした金髪に小さな体躯、それに反比例した露出の多い騎士甲冑に非固定浮遊部位(アンロックユニット)ともいうべき巨大な盾を思わせる翼〈魄翼〉を携えた―――ユーリ・エーベルヴァイン…悪魔と言われていた少女はイリスが流し込んだ〈ウイルスコード〉によって楔を打ち込まれ、自らの意思に反して管理局員に牙を向く。

 

 

 

 

「止めるぞ!」

 

「はい!」

 

 蹂躙が始まろうとしていたその瞬間、シグナムとフェイトが到着し、間髪入れずに参戦の構えを取った。

 

「…ユーリ」

 

 イリスが呟いた一言…次の瞬間にはこの場にいる魔導師達の中でも屈指の実力者達は海面へと叩き落されようとしていた。

 

 

 ユーリは魄翼を巨大な腕部を持つ攻撃兵装〈鎧装〉へと変化させ、高速機動型のフェイトを上回るスピードでその頭蓋を掴み取り、シグナムに向けて投げつける。

 

 そして、フェイトを受け止めたシグナムを2人もろとも叩き落したのだ。

 

 

 しかし、海面寸前でレヴァンティンが轟炎を帯び、空打ちした紫電一閃が海面を割り、その反動を利用して激突を回避しつつ、2人は上空へと舞い上がった。

 

「逃げられた…?」

 

 イリスは退避と同時にフルオートで撃ち放たれたプラズマランサーの雨に対して鬱陶しそうに眉を顰め、ユーリの攻撃から逃れるばかりか、自分に牽制まで入れて来た2人に対して僅かに驚嘆の表情を浮かべていた。

 

 イリスからすればこれまでの戦いで手の内を解析した魔導師など襲るるに足らないと思っていたからであろう。キリエは随分と手を焼いていたようだが、ユーリのような例外を除けば、魔導師はフォーミュラ使いには勝てない。

 

 そして、キリエよりもイリスは強い。さらにユーリはそれすら上回る。

 

 加えてユーリには生命力を結晶化して奪い取る能力がある。イリスが失った体を取り戻せたのはこの能力によってクロノらから生命エネルギーを奪い取ったからであるし、この力は攻撃にも転用が可能だ。

 

 フェイトとシグナムを海面に叩き落した後に結晶樹で串刺しにして、エネルギーを奪い取りながら始末するはずであったにもかかわらず、発動前に躱されたのは予想外であったが、どちらにせよ僅かに寿命が延びた程度の差でしかない。

 

 攻撃有効範囲に入って足を止めた時点で戦闘不能…要は近づいただけで皆殺しなのだ。

 

 イリスが抱える戦力は自身も含めて2人。取り囲むのはエース級魔導師を含めた数十人の管理局員。しかし、ユーリが立っているだけで勝敗は決していると言っていいほどに圧倒的な戦力差がある。

 

 現在の戦力でユーリを打倒できる者はいないのだから…いや、ウイルスコードに縛られずに本来の力をフルに発揮できるユーリも〈システム・オルタ〉を操る者達をも、真正面から捻じ伏せる事の出来る存在はたった1人だけいたのかもしれないが、彼女はあの雪の日に氷空(そら)へと還って逝った。

 

 故に数的有利は何の意味もなさない。

 

 

 

 

「イリス…私は…」

 

 ユーリは自分がイリスにどう思われているのかを理解しているのだろう。自分だけならばどうなってもいい、だが関係のない者達を巻き込みたくはないのだと懇願するかのようにウイルスコードを振り払って言葉をかける。

 

 イリスはユーリに対して無機質な瞳を向けるのみで返答はしない。ユーリはもっと苦しみ悶えねばならない。この星の全てを壊すためには彼女の力が必要で自分が味わった消失も、理不尽も、痛みも全てを味合わせなければ彼女の復讐は完遂されないのだから…。

 

「…意思も力も自由にはさせない。大切な命も、無関係な命も、その何もかもを壊し尽くした世界で、独り泣き叫びなさい」

 

 しばしの時を置いてイリスの口が開いた。

 

 この場に参戦したディアーチェと彼女が開いた門を伴ってやってきた傷だらけのシュテルとレヴィ。そして、同じく姿を現したはやてや先ほどユーリに臆することなく向かって来たフェイトやシグナム。そして他の魔導師達を一瞥し、心底愉快だと口元を歪める。

 

 イリスにとっての復讐は此処が始まりなのだ。自分や大切な者達を殺し尽くし、裏切った悪魔への復讐は…

 

 

 

 

「…へぇ、意外ね」

 

 次の瞬間、表情にしっかりと現れるほどに驚きを見せたイリスは背中に感じる冷たい感触の正体を確かめるように背後を振り向く。自分の手足となり働いてくれた事への些細な感謝として生命力は奪わなかったとはいえ、心を打ち砕かれた彼女がここまで追って来るのは少々予想外であった。

 

 

「イリス…私は…」

 

 そこにいたのはキリエ・フローリアン。その手に持った小銃型を握る腕に力が込められる。

 

「撃ってもいいわよ?一撃だけは反撃しないであげる。でも、その引き金を引いたら貴方のパパもママもお姉ちゃんも死ぬより酷い目に合わせるけどね」

 

「ぇ…っ…」

 

「やっぱり撃てないのね。アンタはあたしがいないと何もできない臆病者」

 

 銃口の震えと共にキリエの心も揺らいでいく。

 

「弱くて、泣き虫で…冴えない娘」

 

 子供の様な身勝手な理屈を振りかざして、この青い星に災厄を(もたら)し、用済みとなった傀儡人形。

 

「ち、違う…私は!」

 

「違わないわよ?」

 

 キリエは覚悟を以てこの場に来たわけではなかったということだ。ただ、目の前の現実から目を背けながらも、何かをしなければという焦燥感に駆られてやってきてしまっただけ…そんなキリエに、イリスは淡々と真実を、現実を述べていく。

 

 

「現実は絵本とは違うの。一人じゃ何もできない女の子は大人になってもそのままだし、願いが叶う指輪もただの絵空事。そんなものはこの世界のどこにもないわ」

 

 自分達が生きる現実は理不尽に溢れている。時には何かを失い、何かを諦め、辛い思いを押し殺して生きていく…それがこの世界の理。

 

 この世界で叶えることができる願いは自らの能力の範疇の物だけ、才能、境遇、容姿…才覚に溢れる者ほどその範囲が広がっていく、ただそれだけの話なのだ。

 

 その範疇を超えた願いを抱けば、それ相応の報いを受ける事になる。1人では何もできないお前が大願を抱いたばかりに地球はこうなったのだと、まるで嘲る様にイリスは言葉を紡ぐ。

 

「悲しい物語は悲しいまま終わるの。幸せな終わり(ハッピーエンド)なんてものはただの幻想よ。ましてや、あたしの人形でしかないアンタがそれを掴もうするなんて滑稽を通り越して…もう、言葉が出てこないわね」

 

 報われない不条理が、圧し潰されそうな理不尽が当然の、絶対的な法則として成り立っているこの世界で意志も覚悟も伴わない大きすぎる理想を追い、溺死する事のなんと無様な事か…そう言い残したイリスは言葉を締めくくり、その腕に〈ヴァリアントユニット〉を生成し、キリエに砲身を向けた。

 

「っ…ぅ、ぅ…っっ!!」

 

 淡々と告げられる現実に視界が涙で歪み、思考が掻き乱されていく。キリエは力の限りザッパーを握りしめるが、そのトリガーを引くことはなく、銃身が下を向いていく。

 

 彼女の心は限界を超えていた。残酷な嘘、認めたくない現実…だが、目の前で悲劇が起ころうとしているのもまた現実…しかも、その原因が自分にある。だから止めなければと戦場に出て来てみればこの様だ。

 

 もう何も考えたくない…キリエは思考を放棄し、迫り来る痛みに身を固くしたが、視界の端で青い光が煌めいた。

 

 

 

 

「そうやっていろんなことを諦めて来たんですね」

 

 キリエは余りに聴き慣れた声と、ここにいる筈のない人物の出現に驚愕を隠しきれない。

 

 全身に青き光を纏った赤毛の女性…なぜ彼女が此処にいるのか。なぜ自分を庇うように、守るかのようにイリスと対峙しているのか…許されないことをしたはずの自分を……

 

「アミ、ティエ…ッ!?」

 

 イリスは頬を掠めた銃弾を放った人物―――アミティエ・フローリアンを忌々し気に睨み付けた。

 

「貴女にも悲しい事があって、沢山の綺麗だったものを失ったのだと思います。そのことに関して私がとやかく言えることはありません。世界は理不尽に満ちている…私もそう思いますから…」

 

 アミティエはどこか憂いを感じさせる表情を浮かべ、イリスと相対している。キリエはいつも笑顔を絶やさず、憎らしいほど前向きな姉の初めて見る表情に呆気に取られていた。

 

 キリエは今現状、フローリアン家が置かれている現状を彼女ほど詳しくは知らない。それらの全てをアミティエが一手に引き受けているからだ。

 

 住民達にすら見捨てられ、荒廃した惑星で暮らし、未だに惑星再生という夢物語を掲げている変わり者一家をエルトリアからコロニーに避難した人々はどう見ているであろうか。

 

 

 〈サンドワーム〉を始めとした危険生物相手に真っ先に飛び出していくのは誰かであったか。

 

 彼らとの戦闘を重ねるたびにアミティエは感じていた。エルトリアに巣食っている〈死蝕〉という病の進行は手のつけようがないほどに酷いのだと、あの砂ばかりになってしまった故郷は命を育む船には、もうなり得ないのだと…

 

「ですが…自らが感じた絶望を祓うために他者を陥れることが許されるはずがありません。たとえ、どんなに悲しい事があったのだとしてもです」

 

「こ、小娘がッ!分かったような口を…っ!!」

 

 イリスはアミティエの言葉が気に障ったのか、瞳を見開いてキリエが見たこともないような表情を浮かべている。死にゆく世界の中で失う事に向き合うだけのただの良い子が、自分が味わった絶望を知らない小娘が、これまで歩んで来た軌跡をまるで悟ったかのような口ぶりで語るなと言わんばかりに激昂したのだ。

 

 しかし、対するアミティエはあくまで冷静であった。

 

 目の前の怒気から視線を逸らすことなく、イリスに対してどこか憐れむように否定の意を込めて、真っすぐに翡翠の瞳を向けている。

 

「こ、…のっ…」

 

 反論しようとしたイリスであったが彼女自身も自らの行いが道理から逸脱している部分を自覚している為か、昂る感情とは打って変わって、アミティエの正論に言葉を詰まらせている。

 

 しかし、イリスは復讐の為だけに生きてきた。目の前の小娘に諭された程度でその歩みが止まるはずもない。とどのつまりは邪魔者でしかないのだ。そして、自分に銃を向けたキリエも同様…

 

 ならばすべきことは一つしかない。

 

 

 

 

「やりなさい。ユーリ……皆殺しよ」

 

 序曲(トリガー)は引かれた。

 

 停止していた悪魔が場を地獄に染め上げようと動き出す。

 

 ユーリは瞳を赤く染め、手始めと言わんばかりに巨大な拳をアミティエに向けて振りかざした。対するアミティエも〈アクセラレイター〉を発現させ、自らの得物を構える。

 

 イリスはそんなアミティエの様子を受けて内心でほくそ笑む。彼女1人であればどうにか回避可能であったのかもしれないが、背後にはまだ戦闘に参加できるような精神状態でないキリエがいる。故に回避という手段はとれず、ユーリの一撃はフォーミュラスーツを纏っていようと受け止められるわけがないからだ。

 

 そして、周囲を取り囲む管理局員には命を吸う結晶樹が迫る。

 

 

 

 

「な、何ッ!?」

 

 始まろうとした殺戮を斬り裂くかのように、夜の闇の中で煌めいたのは桜色の極光…

 

 視界を埋め尽くす星光は防御に回った悪魔の翼を軋み上がらせ、ウイルスコードに囚われているユーリの表情すら変えて見せた。

 

 ただ、それだけの戦場に置いて相手の攻撃を防御するという何気ない行為であったが、イリスにとってはそれすらも驚愕に値するものであったということだ。

 

 彼女が従えている悪魔は個人という戦闘単位を逸脱した存在…多少の計算違いはあったものの、突起戦力とされていたエース級の魔導師ですら自身に劣るキリエに歯が立たなかったのだ。それを遥かに超える戦闘能力を持っているユーリに対して僅かでも脅威を感じさせる相手がいる…またしてもイリスの予想が覆った。

 

 

 

 

 新たに戦場へと現れた存在はアミティエと似た色彩を纏い、左腕の白と青を基調とした巨大な砲塔を虚空へと向けている。

 

「…なのは?」

 

「なのはさん…」

 

 フェイトは初めて見る親友の姿に、アミティエは彼女と彼女のデバイスに頼み込まれて用意した置き土産が無事に稼働していることに対して声を漏らした。

 

 

 

 

「フォーミュラ・カノン―――フルバーストッ!!」

 

 星光が再び輝きを増す。

 

「…っ!?この力はっ!…まさか、アミティエのフォーミュラを…ッ!」

 

 煌めく光の中で表情を歪めるイリスであったがもう全てが遅い。

 

 放たれた砲撃は再び悪魔の翼を軋ませ、砲身が横薙ぎに振るわれれば、周囲を取り囲んでいた結晶樹は跡形もなく粉砕されていたのだ。

 

 

 

 

 目まぐるしく移り変わっていく状況について行くことができず、その光景をどこかぼんやりと眺めていたキリエにアミティエが声をかける。

 

「ねぇ、キリエ。魔導師って、この世界の言葉で魔法使いっていう意味なんだそうです」

 

「…まほう、つかい?」

 

 魔法使い…それは今は忘れ、記憶の奥底に沈んだ、幼き日には口に馴染ませた言葉。

 

 だが、キリエはその言葉と目の前の状況が結びつかないのか、困惑気に視線を向け、アミティエの解を待っている。

 

「…イリスが言うように、貴女が経験したように現実は絵本の世界のようには出来てはいない。沢山の不条理があって、自分の夢を叶えてくれるような物が溢れる優しい世界ではないのかもしれません。ですが―――」

 

 アミティエはかつて絵本を読んでいた時の様に、優しく諭すような口調でキリエに語り掛ける。

 

「悲しい物語の中でも、どれだけの傷を生むような闘いがあるのだとしても、泣いている子を助けてくれるような―――そんな、優しい魔法使い達は確かに此処にいました」

 

 目の前で始まってしまった悲しい物語…だが、そんな中にも光り輝く希望はある。そう言ったアミティエの視線を追ってキリエも並び立つ魔法使い達を見据えた。

 

 迫り来る理不尽にも、絶望的な状況にも、真っすぐに全力で向き合う光り輝く者達の姿がそこにはある。

 

 彼女達の姿を見ていると己の弱さが浮き彫りになり、胸が軋む。だが、目を逸らしてはいけない…キリエはそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

「待っててください―――」

 

 戦場の中心で一際大きな輝きを放つ魔法使いはイリスに、キリエに…そして、この場の全ての人々に向けて己が想いを解き放つ。

 

 

 

 

「―――今度は必ず、私が絶対助けますッ!!」

 

 もう誰かが悲しい思いをしなくてもいいように、これ以上の悲劇を生み出させないために…

 

 

―――この物語を悲しいままで終わらせたりはしない

 

 

 それを誓うかのように、折れぬ決意と確かな覚悟…不屈の心を以て、高町なのはは混迷の戦場に舞い降りたのだ。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今作を書くにあたってref、デトネの事を思い出してモチベは高まっているのですが、如何せん時間が取れず、更新速度が落ちていますがご了承ください。

そういえば、先週の後半くらいでとうとうデトネの国内上映分が終了してしまったそうですね。

てか、公開したのが約5ヵ月前かと思うと時間の流れの速さを感じますね。

refの外伝が連載中とはいえ、なのはレスがそれだけの期間続いているかと思おうと辟易してしまいます。

来年でリリカルなのはシリーズは15周年ですし、また劇場版とかアニメ新シリーズをやってほしいですがデトネを見る限り、シリーズの集大成感を感じさせる内容でしたので続編どうなることやら(涙)

正直、vividとforceは人気的にも厳しいでしょうし、内容が劇場版向きではないと思うのでやるとしたら中学編でオリジナルエピソードか、STSだとは思います。
映画向きではないのはSTSも同様かもしれませんが。


そして、今作もなんやかんやでreflectionは大詰めというか後半戦に突入します。
オリジナルのキャラクター達がいる事によって変わってくる掛け合いや展開を楽しんでいただけれは幸いです。

皆様からの感想が私のモチベーションとなっておりますので頂けましたら励みになります。

では次回会いましょう。

ドライブ・イグニッション!


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超越する極光

 2人の女性が星空の下で銃口を突きつけ合う。青を基調としたフォーミュラスーツに身を包んだアミティエ・フローリアンとユーリ・エーベルヴァインの結晶樹によって多くの管理局員から生命エネルギーを奪い取ったことによって得た〈武装侵攻形態アスタリア〉へと装備を換装したイリスである。

 

「そこまでです」

 

「しつこい良い子ちゃんね。そんなボロボロの身体で何ができるの?」

 

 瞳を鋭くするアミティエとおどけるような口ぶりで彼女を嘲笑うイリス。

 

 アミティエの体には先のキリエとの戦いでの負傷以外にも真新しい傷が刻まれており、まるで何かと一戦交えて来たかの様な風貌で合った為だろう。

 

「貴女が放った機動外殻に足止めされてしまいましたが、この程度はどうという事はありません。私は頑丈ですから!」

 

 力強く言い放つアミティエ。その言葉にイリスの眉が僅かに吊り上がるが、両者の意識は後を追いかけてきたキリエへと向いたため、当人を含めてその変化に気づいたものはいなかった。

 

 

 

 

 桜色の光が空を薙ぐ。

 

 アミティエ・フローリアンが所持していた予備の〈ヴァリアント・コア〉を搭載し、更に彼女の手によって改良が加えられたフォートレスモード…〈エルトリア式フォーミュラ〉と従来の魔導を合わせる事によって爆発的な出力を誇る新形態〈フォーミュラモード〉を駆る魔導師―――高町なのはは永遠結晶の中で眠っていた少女―――ユーリ・エーベルヴァインとの望まざる闘いに興じる事となった。

 

 カノンのトリガーを引く前に制止を呼び掛けたなのはだったが、イリスが撃ち込んだ専用のウイルスコードに意識を蝕まれ、どこか悲痛そうな表情を浮かべながらも巨大な腕部を持つ攻撃兵装〈鎧装〉を振りかざしてくるユーリにそれは届かない。

 

 そして、高町なのはには時間がない。

 

 フォーミュラモードによる出力上昇は桁違いだが、その裏返しとして術者とデバイスへの負担も跳ね上がる為、戦闘可能時間が僅か3分間である為だ。加えて、なのはが使用している武装自体の完成度も6割程度であり、その戦闘可能時間もあくまでも目安でしかなく、今の彼女は非常に不安定な状態と言っていい。

 

 その証拠にユーリからの直接的なダメージを一撃も受けていないはずであるにもかかわらず、なのはの純白の防護服(バリアジャケット)は時間の経過と共に腐食が進むかのように灰色に染まっていっている。

 

 

 

 

 暴力的なまでの戦闘能力を持つユーリ相手に1人奮戦していたなのはであったが、徐々にその均衡が崩れ始めていた。

 

 鎧装とフォーミュラカノンが鍔迫り合う…

 

 しかし、ここまでの代償を払っているにもかかわらずユーリがなのはを押し始めたのだ。

 

 苦手な近距離(クロスレンジ)での戦闘は分が悪いと遠距離(アウトレンジ)へと退避すべく、大出力の砲撃を零距離から撃ち放ち、迫るユーリを薙ぎ払ったかに見えたなのはに巨大な拳が迫る…

 

 

 

 

「ファランクスシフト!!」

 

「バルムンク!!」

 

 ユーリの四方から帯電した魔力弾と白い剣群が襲い掛かる。1つ1つは大した脅威にはならないのかもしれないが、雨のように降り注ぐ魔力弾に思わず足を止めてしまう。

 

「ボサッとしてんな!連携行くぞッ!!」

 

「ヴィータちゃん!…うんっ!」

 

 ヴィータはユーリに向けてシュワルベフリーゲンの大球を撃ち放ちながらなのはの前に躍り出て彼女に発破をかけた。

 

 ここにいるのはなのはだけではない。

 

 エース級の魔導師達も混迷の戦場へと参戦を果たしたのだ。

 

 

 

 

 ユーリはなのは以外にも自らの障害となりえそうな者達が現れた事を鬱陶しく思ったのかフェイトのファランクスの比ではないほどに膨大な数の魔力スフィアを出現させ、周囲の景色を埋め尽くさんばかりに連射する。

 

「なっ…ベルカ語!?」

 

 その際の詠唱がベルカ語であったことにはやてを始めとした一同が驚愕したのもつかの間、迫り来る大量の魔力弾〈炎の矢〉への対処を迫られることになった魔導師達の脚が止まる。

 

 エース級の魔導師らからすれば数が膨大で並の威力ではないとはいえ、所詮は牽制用の散弾であり十分に対処可能な範囲ではあるが、他の魔導師にとってはそうではないようだ。

 

 牽制で撃たれた炎の矢の一撃一撃が必殺となり、数発同時に迫ろうものならその時点で撃墜は必至…加えてこれまでの戦いからエルトリア側の戦闘員が非殺傷設定を使っていないのは明白であり、まともに一撃受けるだけでも死に至る可能性すらあるのだ。

 

 迫り来る炎の矢に対して身を固くし、魔力を絞り出して防衛行動に入ろうとした魔導師部隊の眼前には(おびただ)しい数の新緑と銀色の剣十字が出現する。

 

 補助に秀でたシャマル、防御に秀でたザフィーラが魔導師部隊を守るかのように大量の障壁を展開していたのだ。

 

 安心もつかの間、さらに第二射が迫るが今度は白の剣十字と金色の円環も防衛に加わり、無数の魔力弾を1つ残らず遮断している。

 

 その向こう側では煌めく桜色、轟く爆炎、破壊の鉄槌…そして、理不尽なまでの巨大な力が入り乱れるように夜天の空を翔けていた。

 

 

 

 

 多くの武装隊員は目の前で起きているその光景をどこか別の世界での出来事ではないかとさえ感じていた。目の前で空を舞う化け物達の戦闘を現実の出来事として受け入れることができないでいるためだ。

 

 自らの魔力を全て投げ売った攻撃でさえ、彼らの牽制攻撃の足元にも及ばないだろう。彼らが片手間で放った攻撃は避ける事はおろか、防ぐことすらできないであろう。

 

 自分達の戦いを拳銃の撃ち合いと称するならば、目の前の化け物(エース)達の戦いは弩級ミサイルの撃ち合いに等しい…援護はおろか、支援にすら回ることができない。ユーリの散弾にすら歯が立たず、守られているだけの自分達が一歩でも動けば、逆に彼らの足を引っ張ることになる。

 

 残酷なまでの実力差…魔導師部隊はシャマルたちの障壁越しに己の力不足すら感じ取る事の出来ないほどに、文字通り次元が違う者達の戦いを黙って見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 ユーリは飛来する鉄球を弾き飛ばし、狙いすましたかのようなタイミングで迫る桜色の砲撃を巨大な拳で殴り飛ばす様に防ぐが、想定以上の出力を持っていたなのはの攻撃に対して僅かであるが姿勢を崩す。

 

 火力、速力、防御力…どれをとっても理不尽と言わざるを得ないユーリの戦闘能力であるが、外付けのウイルスコードで強制的に戦闘を行っている弊害か、付け入る隙が無いわけではない。

 

「此処だッ!!轟・天・爆・砕ッッ!!!!」

 

 一瞬身体を硬直させたユーリにハンマーヘッドが巨大化したフルドライブ〈ギガントフォルム〉の〈グラーフアイゼン改〉が叩きつけられる。

 

 ユーリは不意を突かれた強撃を回避不能と判断したのか、鎧装の4本腕を正面に向けたと思えば、あろうことかなのはの収束砲撃(ブレイカー)にも勝るとも劣らないほどの威力を誇るヴィータの最強の技〈ギガントシュラーク〉を受け止めた。

 

《Explosion!》

 

電磁カートリッジを炸裂させて強引に押し込もうとするヴィータであったが、ユーリの贅力もそれに比例する…いや、押し返さんばかりの勢いで高まっていく中、両者の中心で爆炎が煌めく。

 

 シグナムが紅蓮の炎を纏いて巨大な刀身を形作った〈レヴァンティン改〉を携えて迫っていた。

 

 ユーリは迫る危険対象に生気が抜け落ちたかのような瞳を向けたかと思えば、シグナムが突っ込んでくる方向に炎の矢を撃ち放ち、第ニ波として結晶樹を差し向けるが、女騎士は陽炎の如き残像を残し、空を舞い踊るかのように物量攻撃を潜り抜ける。

 

「…はぁっ!一閃ッ!!」

 

 夜天の空を爆炎が染める。

 

「なっ…」

 

 驚きを表すかのようにユーリの口が僅かに開く。

 

 シグナムがレヴァンティンの切っ先を鎧装の腕部と装甲部の間に存在する僅かな隙間の空間に突き入れて剣を振り抜き、大小からなる鎧装の4本の腕部を纏めて斬り落としたためだ。

 

 迅雷のような勢い高速機動の最中においても硬固な装甲部を避けつつ、比較的硬度が低いであろう腕の関節部を狙い撃ち、両断するという芸当をやってのけたシグナムは表情一つ変えることなく、斬り抜けるように離脱すると同時にレヴァンティンに魔力を流し込む。

 

「…っ…っ!?」

 

 シグナムに気を取られた僅かな瞬間、迫り来る脅威を前に自動展開された魔力障壁が軋む音を上げ、ユーリは海上を吹き飛ばされていた。

 

「ブチ抜けぇぇぇっっっ!!!!」

 

 鉄槌を押し留めていた鎧装が失われたため、唸りを上げて襲い掛かってきたギガントシュラークの直撃を受けたためだ。

 

 ユーリの身体は振り下ろされる鉄槌と共に小さな島へと叩きつけられる。

 

 しかし、ユーリは吹き飛ばされながらも即座に張った障壁に魔力を注ぎ込み、巨大化した鉄槌から成る強撃の威力の殆どを殺し、傷を負った様子もなく上体を起こした。先ほど破壊された鎧装を再構築をしながら、空域へ飛び上がろうとウイルスコードの計算式が浮かび上がっている瞳を空へ向けようとしたユーリであったが、上空から飛来した3つの爆炎槍によって動きを止める。

 

 シグナムが三射同時に放った〈シュツルムファルケン〉が再構築が完了した鎧装を貫通し、地面へと縫い付けるように突き刺さったためだ。

 

 着弾した轟炎の矢は何時ものように爆散することもなく、不死鳥の翼を翻すこともなくあくまで鎧装に喰らい付いたまま微動だにしない。

 

 大出力のギガントシュラーク、一射が通常の魔導師のフルドライブ状態を上回るシュツルムファルケンを立て続けに受けたにもかかわらず、何事もなかったかのようにユーリは壊れた鎧装を破棄し、上空のシグナムらに夥しい数の炎の矢を差し向けながら、再びの再構築を始めた。

 

発射(ファイヤー)!」

 

「行ってッ!!」

 

 しかし、後方に下がっていたはずのフェイトとはやてが前線へと赴いており、両者の魔力弾によって炎の矢はその殆どを叩き落される。

 

「鋼の軛ッ!!」

 

 今度は再生途中の鎧装に地面から出現した白い軛が突き立てられる。さらに援護するかのように赤い魔力を纏った鉄球が形を固定しきれていない鎧装を歪める。

 

 この戦いはユーリが望んだものではなく、目の前の者達と戦っているのはイリスが植え付けたウイルスコードの影響によるものだ。故に力を抑えており、全力を出し切ってはいないユーリであったが、エース級魔導師達による波状攻撃は彼女の予測を超えており、防衛本能からか思わず力を解放していくが、それを遮る様に彼女の両手足に橙色の鎖〈チェーンバインド〉が絡みついた。

 

「これは…」

 

 魔導に精通しているユーリだけあって、アルフが出現させたバインドを一瞬で破壊した。しかし、後を追うようにユーノとシャマル、そして再びアルフのバインドが動きを止めようと身体に纏わりつく。

 

 しかし、それもほんの一瞬の出来事だ。

 

 サポートに特化した3人でも動きを長くは止めていられない。それはシャマルらも承知の上だ。

 

 だが、今のユーリは主兵装である鎧装が使用不可、発動させようとする誘導弾も砲撃も上空のエース達によって未然に対処され、攻撃オプションをすべて失った上で一瞬ではあるが動きを止めている。

 

 ようやくできた一瞬の隙…

 

 

 

 

 ここにいる誰もがこの時の為に力を注いできた。

 

 シグナムが鎧装にシュツルムファルケンを撃ち込み、身体ダメージではなく武装の破壊を優先したのは何故か…

 

 フェイト達がユーリ本人に攻撃するわけでもなく、発動する魔法の妨害に徹しているのは何故か…

 

 ユーリに対して手傷を負わせる機会ならこれまでの戦闘でも幾度かあった。しかし、中途半端な攻撃をいくら加えても決定打にならなければ意味はない。

 

 だからこそ……

 

 

 

 

 上空で光が煌めく。

 

 尋常ではない量の魔力が一点に収束され、巨大な光を放っているのだ。

 

 巨大な魔力とは裏腹を収束しているのは年場もいかぬ華奢な少女。しかし、その水晶の様な瞳はフォーミュラ特有の燐光を放ち、腰部の桜色の光翼は膨張するかのようにその大きさを増していく。

 

 

 

 

 今回が〈フォーミュラモード〉の初の実戦投入である。制約も多く、使い慣れていない未知の力であるが彼女なら問題なく使いこなすであろうとここにいる誰もが信じて疑わない。

 

 だからこそ、自分達はユーリを戦闘不能にできるだけの出力を持った一撃を確実に打ち込む隙を作る。

 

 最後の一撃は彼女に託すと決めたのだ……

 

 

 

 

 収束している魔力がさらに膨れ上がる。

 

 彼女の戦闘スタイルは魔力を収束して撃ち放つという物であり、常にエネルギーが流動しているエルトリア式フォーミュラとの相性は決していいとは言えない。

 

 加えて、魔導とフォーミュラという全く違う力の同時運用…

 

 はっきり言って発想の時点で常軌を逸脱していると言っていい。

 

 現にフォーミュラドライブの活動限界は最大でも180秒。さらに術者とデバイスへの負担は殆ど考慮されておらず、〈アクセラレイター〉に対抗しうる高出力を得るために次元を異にする力を半ば強引に掛け合わせたものだ。

 

 前例もなく、成功する保証もない。

 

 だが、そんなものなど眼中にはないのだろう。目の前の悲しい物語を悲しいままで終わらせないためには、無理でも無茶でもやり遂げてしまうのが高町なのはという少女なのだから…

 

 

 

 

 天高く突き上げられたフォーミュラカノンが振り下ろされる。

 

「エクシードッ!ブレイカーッッッ!!!!」

 

 なのはは引き金(トリガー)を引き、暴力的なまでの魔力を解き放った。放たれるのは魔力の奔流…渦巻く桜色の極光は一瞬にしてユーリを呑み込んだ。

 

 

 

 

「う、うぁっ!!?うううっっ!!!??ああっ、あっああああああああっっっ!!!!!??」

 

 ユーリは持てるだけの力を以て障壁に魔力を注ぎ込むが、エース級の魔導師達の攻撃をも耐えて来た壁は浸食されるかのようにいとも簡単に砕け散り、その身を桜色の光に焼かれる。

 

 星光(スターライト)を超え、加速(フォーミュラ)の力をも吸収した超越(エクシード)の一撃…元々、スターライトブレイカーが持っていた防御障壁を喰い破る性質はこの〈エクシードブレイカー〉にも受け継がれている。

 

 つまり、なのはの収束砲撃(ブレイカー)に対して、防御という手段を講じた瞬間に既に当たっている(・・・・・・)のだ。

 

 だがユーリは痛みの中にありながら、この地球(ほし)の全てを殺し尽くす前に自分を止めてくれた魔導師達に対して胸の内で感謝を述べていた。そして、イリスが撃ち込んだウイルスコードがなのはの砲撃によって破壊されていくのを身をもって感じていた。

 

 ユーリは光の中で小さく微笑んだ。

 

 

 

 

「はぁはぁ…はぁ…何とか、撃ちきった…」

 

 なのはは荒い呼吸を繰り返しながら震える腕を庇うように通常形態へと戻ったストライクカノンの砲身を下げる。フォーミュラドライブの稼働時間は制限時間180秒を若干超えてしまったが、収束砲撃を着弾させることができた事に安堵している様子だ。

 

 しかし、その姿はなんとも痛ましいものであった。

 

 外的損傷はユーリと単独戦闘を行っていた際に強引な方向転換を行った為に負った右足の負傷のみであるが、全身を包んでいる純白だった防護服(バリアジャケット)の殆どはまるで腐敗しきったかのように色を変え、一部は崩れてしまっているためだ。

 

 

 

 

「…っぁ、ぁぁっ!?」

 

 余りに強力な収束砲撃を目の当たりにした管理局員達は思わず言葉を失っていた。自分よりも若く、明るい笑顔が特徴的な少女が放った砲撃は周囲を焦土へと変貌させ、文字通り地形すら変えて見せたのだ。

 

 驚愕冷めぬ局員達の前には夜天の書の紙片に包まれるように守られている満身創痍のユーリの姿が浮上してきた。

 

 そして、その瞳が見開かれる……

 

 

 

 

 八神はやては目の前のディアーチェと茶を酌み交わしながら、先ほどまでの出来事を思い返していた。

 

 

 はやてはザフィーラを伴って意識を取り戻したユーリに真っ先に接近した。事件の関係者という事は勿論だが、彼女がベルカ語を話した事、夜天の書に関して何らかの関係があることが窺い知れたために気が気でなかったのだろう。

 

 同じく接近してきた怪訝そうな表情を浮かべているディアーチェ達3人と共に呼びかけたはやてであったが、呼びかけに答えるように夜天の書の紙片を片手に何かを伝えようとしている様子であったユーリが言葉を紡ぐことはなかった。

 

 戦域を離脱してアミティエとキリエが追っていたはずのイリスが再び姿を現し、背後からの攻撃で味方であるはずのユーリに攻撃を加え、その口を塞いだ為だ。

 

 

 

 

―――便利よねぇ。夜天の書(コレ)…精々、壊れるまで使い潰させてもらうわ

 

 

 

 

 ユーリを始め周囲の面々が驚愕に呑まれる中、イリスは手に取った夜天の書に対して吐き捨てるかのように言い放ち、その力を以て今度こそ戦域から離脱してしまい、彼女らの逃走を許してしまった。

 

 

 そして、イリスらの反応消失に伴い、休息と情報整理、今回の実践データを踏まえて更なるデバイスの強化改修のために臨時本部へと帰還し、一息ついているといったところだ。

 

 現状としては、ユーリ戦で負傷したなのはと無断出撃に加え同じく負傷したアミティエ、事件の重要参考人であるキリエとそれらの付き添いとして執務官のフェイトが本局へと向かった為、地球から離れている。

 

 先の戦いでは容疑者を追跡していたクロノであったが結晶樹により負傷…こちらは見た目ほどの重症ではなかったようで調整と改修を間もなく終えるであろう彼のデバイス〈デュランダル〉を伴って次の出撃までに復帰可能とのことであり、怪我の具合に関しては東堂煉も同様であった。

 

(私らに残された事件の手掛かりはユーリが渡そうとしてきた夜天の書の紙片…)

 

 はやては青色の棒付キャンディーを舐めながら、手元を凝視して唸り声を上げるレヴィを一瞥する。ユーリははやてが今代の夜天の魔導書の主であることが分かると、イリスの救済を懇願してきた。事情は不明だが、その際にはやてに渡そうとしてきたのが今レヴィの手の中にある一枚の紙片…

 

 最も、イリスによってユーリが刺され、その紙片は殆どが燃え尽きてしまったのだが、事件の関係者として管理局で身柄を預かったディアーチェ達の身体データから彼女らが夜天の書の中から出現したこと、ユーリ・エーベルヴァインという少女と何らかのかかわりを持っていたであろうことが窺い知れる節があった。

 

 その為、紙片について事情を聞いたところ、その物自体に関しては知っていることはないが、恐らくは修復が可能であるということでレヴィがその役を担っている。

 

 

「…できたッ!!うーん、なんかの映像データみたいだけど…」

 

 レヴィの一言に周囲の面々が一様に視線を向けた。ヴォルケンリッターは、はやての指示によって映像の読み込み準備と本局への通信回線を開く。

 

 

 

 

「じゃあ、再生するよ」

 

 一同はレヴィの言葉に表情を引き締める。臨時本部では八神家、マテリアル、アルフ、別モニターではクロノとエイミィ、レティ。本局からはなのは、ユーノ、フェイト、リンディ、アミティエ…そして、キリエが固唾を飲んでその映像記録を見守った。

 

 紙片に残された映像記録は想像を絶するものであった。

 

 

 

 

 時系列にして約40年前の出来事…

 

 〈死蝕〉という病に侵されて死に行くエルトリアを救おうとしていた〈惑星再生委員会〉と呼ばれる組織。今回の事件の首謀者とされているイリスは彼らが作成した惑星一つを作り変えてしまう程の力を持つ〈生体テラフォーミングユニット〉であったこと。

 

 ユーリ・エーベルヴァインと呼ばれていた少女が当時〈闇の書〉と呼ばれていた夜天の書を安全に管理、運用するために、古代ベルカで開発された古代遺物保守管理システムの生体端末であった事や、主不在の空白の期間に彼女が夜天の書と共にエルトリアに来訪しており、イリスに発見される形で暫くの間、惑星再生委員会と共に過ごしていたことが明らかになった。

 

 だが、ユーリの存在は守護騎士達も知りえぬことであったため、ヴィータが怪訝そうな表情を浮かべている。

 

「我らは主が覚醒し、夜天の書が起動するまで表に出てくることはない。だからこそ、あの少女の存在を知りえなかったのだろう。アインスはこのことを知っていたのだろうか?」

 

 ザフィーラが小さく呟いた。

 

 アインス…かつての事件で氷空へと還っていた夜天の魔導書の管制人格であった〈祝福の風〉―――リインフォースの事であり、現在はその名を受け継ぐ2代目が稼働している為、呼び分けの為にリインフォース・アインスと呼ばれているようだ。

 

「ある意味では彼女自身が夜天の書と言っていい存在だ。恐らくは知っていたのだろう」

 

 シグナムは当然とばかりに言葉を零す。

 

 今回の事件に夜天の書が関わっているとあって、ヴォルケンリッター達にとっても思うところがあるのだろう。

 

 

 

 

 ユーリは持っている〈生命操作〉能力と天文学レベルのエネルギーを秘めている夜天の魔導書は朽ち果てていくばかりであったエルトリアにとっては希望の光と言えるものであった。

 

 イリスと絆を深めたユーリは彼らの友人として、〈惑星救済〉プロジェクトの中核として正式に協力を仰がれ、夜天の書が次の主を見つける間という条件付きで彼らに賛同し、惑星再生という目標に向けて尽力するようになっていた。

 

 ユーリは破壊と憎しみを生み出し、人々に恐れられるようになってしまった夜天の魔導が命を救うために役立っていること、イリスや惑星再生委員会の局長、所属研究員たちとも心を通わせた事に喜びを感じており、惑星救済プロジェクトも軌道に乗って来た…そんな最中、悲劇が起きる。

 

 

 

 

 イリスはアミティエ、キリエの両親である当時子供であったグランツ、エレノアと共に出かけていた。その帰り道、自らの携帯端末に入って来たメッセージに思わず言葉を失ってしまう。

 

 

―――ユーリが暴走した!委員会はお終いだ!!

 

 

 委員会へと駆け込んだイリスの前に広がっていたのは地獄絵図…

 

 見知った顔の仲間達が血の海に沈んでいる。

 

 顔面を撃ち抜かれ絶命した者、内臓を吹き飛ばされた者…仲間だと、年の離れた兄姉だと慕っていた者達が一様に血の花を咲かせていたのだ。

 

 震える脚で向かった局長室ではユーリの結晶樹に串刺しにされた自らの父ともいうべき局長の変わり果てた姿…

 

 その傍で血に汚れているユーリに問いかけた。

 

 

―――私が殺しました

 

 

 親友の返答は余りに残酷なものであった。

 

 他にも何か言いかけていたようだが、その瞬間、イリスは脳が沸騰せんばかりの怒りと共にユーリを殴り飛ばし、最大出力でアクセラレイターを発動させ、彼女を斬り裂かんばかりに襲い掛かる。

 

 

 

 

 結果はイリスの敗北。

 

 十字架に磔にされたイリスは力の大半を失い、件の遺跡版に封印されることとなる。

 

 しかし、ユーリもまた、心身共に決して軽くはない傷を負っており、絶望の中で夜天の書に自らを蒐集させ、エルトリアを去った。

 

 この後も何人かの主の下を渡り、クライド・ハラオウンが殉職した先の事件や、八神はやての元へ転生してきた夜天の書を巡る記憶にも新しい〈闇の書事件〉を経て、ユーリも地球にやって来たということが推測される。

 

「前に闇の書の闇を切り離した時にユーリちゃんのデータも一緒に分離した」

 

「そいつが海ん中に沈んでてオールストーン・シーを造る時に発見されたってことか」

 

 永遠結晶と呼ばれていた物質は闇の書の自動防衛プログラム〈ナハトヴァ―ル〉と管理局、ヴォルケンリッターの共同戦線の最中で密かに切り離され、東京湾に沈んでいた闇の書の紙片の一部であったのではないかとシャマルとヴィータが呟いた。

 

 

 そして、この一件により惑星再生員会は壊滅。エルトリアを救おうとする者は、後のフローリアン夫妻を除いて誰もいなくなり、今に至る。

 

 

 映像内であれほど仲が良かったイリスとユーリの殺し合いになのは達の表情もやるせなさや悲しみといった表情が色濃く出ていた。

 

 しかし、だからこそ、この事件を悲しい結末のままで終わらせたくはない。イリスと、ユーリとちゃんと話をしたいという決意を再確認することとなった。

 

 

(ユーリ…なぜその名を聞くとこれほどまでに心がざわつくのだ)

 

 ディアーチェは霞かかった記憶に苛立ちながら内心で毒づいた。シュテルとレヴィもどこか落ち着かない表情を浮かべている。

 

 

 

 

 一同が思い思いの考えを巡らせている中、何かに気が付いたようにはやてがモニター越しの女性に対して声をかけた。

 

「アミタさん?どないしたんです?」

 

「あ!?い、いえ、何でもありません!いらっしゃらないならいいんです」

 

「何でもないようには見えませんよ。で、誰がいないんですか?」

 

 はやては画面越しではあるがこちらを見渡すように視線を動かしているアミティエの余りに分かりやすいその様子に対して苦笑いを浮かべながら質問を投げかけている。

 

「え、っと、では…蒼月烈火さんをお願いします!」

 

 アミティエが口にした名前に対して首を傾げるマテリアル達を除いた面々が僅かに硬直し、同時に栗色のサイドポニーと金色のストレートロング、桃色のポニーテールが僅かに揺れた。

 

 

 

 

《アミティエか、何の用だ?》

 

 エイミィが繋いだ回線を通じてモニターが黒髪の少年の姿を映し出す。キリエは自らの姉に対してファーストネームを呼び捨てにしたばかりか、不遜な態度を全開にしている烈火に引き攣ったような表情を浮かべている。

 

「アミ、ティエ…」

 

 烈火とアミティエの通信中に茶髪のショートカットの少女が眉間に皺を寄せ、どこか面白くなさそうな顔をしていたことに気づいたものは誰もいなかったようだ。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

そして、お久しぶりでございます。

リアルの方に余裕がなさ過ぎて中々ここまでこぎつける事が出来ませんでした。
多少落ち着いては来ましたので、以前ほどまでとはいかないまでも、ペースを戻していければなと思っています。

そして、今回はこれまでとは打って変わってかなり話が進んだかなと思います。

皆様の感想等が私の原動力となっておりますので頂けるとモチベが非常に高まります。
ではまた次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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Bestimmung Rest

 少年と少女が時空管理局が此度の事件での臨時本部としている拠点の一室で向かい合っている。

 

「なるほど、元凶は逃走中、夜天の書は戻って来ずか…」

 

「うん。やから、烈火君にはもう暫くここにいてもらう事になるんやけど…」

 

 対面しているのは蒼月烈火と八神はやてである。どうやらはやてが今回の事件について新たに明らかになった情報を烈火に伝えているようだ。

 

 レヴィが復元した夜天の書の紙片に眠っていた映像記録は衝撃的な物であり、事件の核心に迫る内容である。

 

 本来であれば、レティやクロノらが吟味した最低限の情報をシグナムが烈火へと伝える手筈になっていたが、はやてがその任を担うと強く申し出た為、リインフォース・ツヴァイを伴って烈火の下へとやって来ているようだ。

 

「いや、構わない。それで管理局はどう動く?」

 

「今は交代部隊がイリスさん達を捜索中やから、足取りがつかめるまでは待機。その間にデバイスの改修と調整、休息として帰還してきたって感じやな。体制を整えて次の出撃でイリスさん、ユーリとちゃんとお話しして夜天の書を取り戻す心算や」

 

「そう、か…」

 

 烈火はこの事件に対しての管理局の方針を尋ね、答えを返したはやてから視線を外す。

 

 行動方針としては予測の範囲内であり、特筆する返答ではなかった。しかし、自らの問いに返答してきたはやての瞳から眩しいまでに力強い意志を感じ取ったからであろう。

 

 自らの命に等しい夜天の書を奪われたどころか、それが今回の事件の根幹にかかわっていただけに飽き足らず、さらには真犯人によって行使されている…仮に烈火自身がはやてと同じ状況になったとしてこれほど落ち着いていられるとは思えない。

 

 加えて自身を襲撃し、家族と友人に怪我を負わせ、八つ当たりのような理由で生まれ故郷を滅ぼそうとしている相手に対して懇情をかける意志さえ見せている。

 

 やられたからやり返すのではなく、憎しみに憎しみをぶつけるのではない。そんな彼女…彼女達(・・・)の在り方は余りに眩しく思えたのだろう。

 

 

 

 

 時空管理局臨時本部の室長室とされている場所に浮かび上がっている電子モニターには今回の事件とは全く関係のない記録映像が流れている。

 

≪舞え、黒炎…!≫

 

 映し出されていたのは蒼月烈火が〈ウラノス・フリューゲル〉の長剣形態〈アブソリュート・セイバー〉に漆黒の炎を纏わせ、斬撃魔法〈クレセントリベリオン〉を撃ち放つ光景。

 

 黒炎の斬撃が神話の生物の遺骨を依り代に暴走した竜種の放つ火炎を燃やし尽くし、その半身を消し飛ばしたところで映像が停止する。

 

 かつて〈特別管理外世界ルーフィス〉で起きた〈魔導獣事件〉の最終局面での出来事だ。

 

「貴女から話は聞いていたけど、あの男の子がこれほどの戦闘能力を持っているなんてね。この黒い炎は一体…?」

 

 今回のエルトリアからの違法渡航者による事件を担当する最高責任者であり、〈違法渡航対策本部長〉の任に就いている女性―――レティ・ロウランは停止した映像を見て驚嘆の声を漏らした。

 

「それにソールヴルム式か。身柄を抑えておくのも納得ね」

 

 レティは指で眼鏡を上げながら目の前の女性―――リンディ・ハラオウンへと視線を向ける。仮に烈火が管理世界から管理外世界に移住してきただけのただの民間人ならば、アリサやすずかの様に事件から遠ざければいいが、彼の戦闘能力はどう低く見積もっても管理局でも一握りしかいない魔導師ランクAAAに匹敵するであろうことは明らかであり、管理世界では稀有なソールヴルム式の使い手でもあるためそうもいかないのが現状だ。

 

 さらに夜天の紙片から明らかになった事実から想像するにこの事件は思った以上に根深く、夜天の書に関係するユーリ・エーベルヴァインという存在から既にただの違法渡航者捕縛という単純なものでは済まされなくなっている。

 

 それこそ、この事件は地球とエルトリアという2つの惑星の命運を左右するという所まで発展してしまっているのだから、失敗や敗北は許されない緊迫した情勢と言っていいだろう。

 

 先の出撃の前にクロノがエイミィに言葉を漏らしたように蒼月烈火という不確定要素はユーリやフォーミュラという目の前の脅威とは、また違ったベクトルで危険な存在であるのだ。

 

 エルトリアからの来訪者が他にいないとも限らないし、外部から烈火への接触がないとも限らない。

 

 加えて、現在この周囲を覆っている巨大な封絶結界は管理外世界である地球の中で魔導師達の全力戦闘を可能にしていると共に逃走中のイリスらを閉じ込める働きを果たしている。

 

 今回のアミティエの無断出撃は功を奏し、戦局的には有利に働いたがそんなことは何度も起こらないだろう。万が一、烈火が無断で動き、結界に異常を(きた)そうものならイリス達の逃走を許してしまう事にもなりかねない。

 

 ユーリを結界外に逃がしてしまえば、地球は死の星となるであろうし、夜天の書の悪用を許してしまえば、それこそ次元世界レベルでの災厄を齎すことになる。故に彼らの野望は此処で阻止しなければならない為、不確定要素は潰しておかなければならないということだ。

 

「それに…今の彼には戦って欲しくないもの」

 

「リンディ?」

 

 レティは複雑そうな表情を浮かべているリンディに対して、普段の彼女らしくない様子に首を傾げながら問いかける。

 

 リンディ・ハラオウンは身寄りのなかったフェイト・テスタロッサを養子として引き取るなど心優しい性格であることは言うまでもないが、彼女も利権と欲望渦巻く派閥争いをこれまで生き抜いて来た猛者であり、任務に私情を持ち込むことは珍しいと言えるからであろう。

 

「やけにあの子の事を気にかけてるのね」

 

 蒼月烈火の身柄を保護することを真っ先に提案したのはリンディであった。無論、事件への影響を考えてという理由が最大の物であろうし、理屈も筋が通っている為に反対する者は誰1人として現れなかったが、長年リンディと付き合いのあるレティには明らかに蒼月烈火という少年に何かしら思うところがあるのだろうという節が感じ取られたのだ。

 

「ソールヴルムの事を調べてちょっとね。それに…もしかしたら将来の義息子になるかもしれない子だしね」

 

 一瞬、複雑そうな表情を見せたリンディだったが、冗談交じりに言葉を返す。

 

「また、そうやって冗談ばっかり……って、あら?もしかしてあの子ってフェイトさんとそういう関係なの?」

 

「残念だけれどまだ違うと思うわ。可能性は十分あると思うけれど」

 

「でも、貴女がそこまで言うってことは、冗談じゃなさそうね…ちょっと話を聞かせなさいよ」

 

 レティはリンディに何らかの考えがあることには気がつきながらも、敢えてそのことを指摘せずに話を進めていく。両者の長年の付き合いから成る信頼と結びつきの強さを感じさせるやり取りであった。

 

 事件の話題から離れ、出会って今年が6年目になる少女に来たかもしれない春についての会話をしている様子は時空管理局高官とは思えない、どこにでもいるただの母親同士のようであった。

 

 

 

 

 烈火は最低限の情報共有を終えたにもかかわらず自身の方を見つめて微動だにしない、はやてに対して怪訝そうな視線を向けている。

 

 不満げに目を細めて睨み付けて来るはやてであったが、烈火にはそのような態度を取られる心当たりがないため、表層には出していないが内心では戸惑いを抱いているようだ。

 

「なんや、自分…本妻(フェイトちゃん)がおらへん間に随分と年上のお姉さんと仲良くなったようやなぁ」

 

「…話の流れがよく分からんが、何をそんなにキレてるんだ?」

 

 はやては烈火にジト目を向けている。若干頬を膨らませているその様子は彼氏の浮気の有無を問いただす彼女というよりは拗ねた子供のようだ。

 

 対する烈火は彼女が何に憤っているのかまるで理解できず、首を傾げるのみであった。

 

 

「烈火さん!烈火さん!はやてちゃんは烈火さんがアミタさんと仲良くなったのが面白くないですよ!!」

 

「り、リインっ!?何を言うとるんや!そないな子供みたいな事を私が言うはずあらへんやろ!!」

 

 これまで相槌を打っていただけであったリインフォース・ツヴァイは小さな体をふわりと浮かして何やら烈火に耳打ちしたが、彼女の甲高い声は若干離れていたはやての耳にも届いてしまったようであり、憤慨するように否定の声を上げるが、羞恥から来た真っ赤な顔と相まって些か迫力に欠ける。

 

「烈火君もええな!勘違いしたらあかんよ!」

 

「ん?ああ、分かった。といってもアミティエと仲良くなったつもりはないんだがな」

 

 はやては顔に集まる熱に浮かされながら、やいのやいのと騒ぐ自分の事を不思議なものを見るかのように黙って視線を向けて来る烈火に先ほどのリインの発言を否定するかのように指を突き付けるが、彼の返答内容に僅かに眉が吊り上がる。

 

 皆の前で行われた烈火とアミティエの通信に特筆すべき点はなかった。ニコニコと笑みの絶えないアミティエの様子が若干気にならなくもなかったが、烈火の方はいつも通りの不機嫌面であり平常運転と言えたであろう。

 

 シグナムから伝達の任を引き継いだのは、そんな通信の中で気になる要因があり、今回の事件の情報を伝えるついでにちょっとした嫌味を言ってからかってやろう程度の思いつきからであった。

 

 だからこそ、烈火の前で狼狽えているこの状況ははやての意図するものではない。

 

「事件についてはあらかた理解した。次の出撃も近いだろうし、八神はもう休んだ方がいい」

 

 本来ならば、こんなはずではなかったのだ…

 

(アミティエと…八神、かぁ…)

 

 八神はやてと蒼月烈火が出会ってから間もなく半年が経とうとしている。彼女から見た彼は親友の幼馴染、家族を助けてくれた恩人、学校のクラスメートといった物であり、少々特殊な経緯があったとはいえ、最近親しくなった友人という所には変わりなく、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 烈火の幼馴染であるなのはが彼と親しいのは当然の事であろうし、自宅が隣同士のフェイトは他の面々より彼と過ごす時間が長いのは致し方ないことだろう。だが、出会ったばかりのアミティエと名前で呼び合う彼の姿を見てどこか思うところがあったのも事実だ。

 

 しかし、だから何だというのだ。

 

 はやては今、家族との絆の証である夜天の魔導書を取り戻すため、地球とエルトリアの存亡をかけた戦いに臨もうとしている。

 

(せや…落ち着くんや。リインの発言は子供が思わず口に出したことが大人が答えにくいもんやったみたいな感じなんや)

 

 瞳を閉じて大きく息を吸い、静かに吐き出す。

 

(落ち着くんや…対人対話の場数は同年代と比較にならんはずや!私がこんなことで動揺するはずがない)

 

 経験が浅いとはいえ、はやては捜査官として勤務しており、仕事として人と話す機会も多い上にその内容も腹の内を探り合うような物ばかりだ。良くも悪くも感情を表に出しやすいなのはやフェイトよりもこの手の腹芸には長けている自信もある。

 

 乱れた心を立て直すなど造作もない事だ。

 

(せやせや!ロッサのチャラい言い回しにも動じへんようになってきたやないか…だから落ち着くんや)

 

 相手が本当に付き合っている相手ならば致し方ないにしろ、蒼月烈火に関してはただの友人だ。彼が誰と親しくしていようがどうでもいい事であり、大事な戦いを前に心を乱すような事柄ではない。

 

 自分から近づいて来ない烈火と比較するまでもなく、最近知り合った〈聖王教会〉の高官であるカリム・グラシアの義弟であり、やり手の捜査官として知られるヴェロッサ・アコースの方が異性として意識させられる機会は多い。

 

 最も、彼の場慣れした態度とはやての異性との密着経験の無さによるところが大きく、ヴェロッサ的には狼狽える彼女をからかって楽しんでいるだけであろうし、恋人というよりは兄妹のような関係と言えるだろう。

 

 そんなヴェロッサの態度にも最近はようやく耐性が付いて来たのか、徐々に動じなくなってきている。

 

 それを思えば取るに足らないことだ。

 

 まあ、烈火に対しても異性として意識した事がない…わけではない。

 

 

―――お、おい八神?

 

―――…ぁぁ…ぁうう

 

 

 初めて八神家に烈火を招いた時にちょっとしたトラブルが重なり、身体を抱きかかえられるように密着したことを思い出してか、はやての顔に熱が差す。

 

(あかん!あかん!あんなもん事故や!ノーカンや!!呼吸を整えて目を開くんや…なんてことはない…よし!)

 

 目の前にいるのはクラスの男子と同じ自分の顔と身体を見て鼻の下を伸ばしているようなただの男の子であり、自分は末っ子の思わぬ発言に動揺してしまっただけのちょっとした事故であり、どうということはない。

 

 はやては熱を振り切る様に何度か首を振り、意を決したかのように瞳を開く。

 

 

 そう…前髪をかきあげられ額に感じる冷たい掌の感触も、眼前に広がる端正な顔立ちもはやてにとってはどうということはない。

 

 顔のパーツの一つ一つが整っており、ユーノ・スクライアほどではないが線が細く中性的な印象を感じさせ、女装でもすれば女性と区別がつかないのではないかと、目の前の光景にぼんやりと思考を巡らせている。

 

「八神、大丈夫か?体調が悪いのなら次の出撃から外れた方がいいかもな」

 

 烈火の氷のような蒼い瞳が困惑と僅かな心配の感情を覗かせながらはやてを射抜き、その一言が彼女を現実に引き戻した。

 

 1人で忙しなく百面相していたはやてに困惑していた烈火であったが、彼女が首まで顔を赤らめて唸っている様を見て、前回の戦いのダメージがここに来て響いて来たのだろうか、熱でもあるのだろうかと手近な方法で体温を測ってみたのだろう。

 

「な、な、なななななっっ!!!???」

 

 突然の接近に整えた呼吸が乱れ、心臓が跳ね回る。

 

 完全に虚を突かれた…

 

 はやては身体中を真っ赤にして今日一番にテンパっていた。浮かされる熱に思考が掻き乱され、瞳が潤む。

 

 程なくして、ボンという爆発音とともに顔から湯気を出し機能停止(フリーズ)したはやての膝が折れ、へなへなと床に崩れ落ちようとしたが、その身体は伸ばされた腕によって支えられる。

 

「とても調子が良いようには見えんな。夜天の書の事で気合が入るのは結構だが、その状態では次の戦いは厳しいだろう。事情を説明して配備から外してもらった方がいいんじゃないか?」

 

 間違っていないようで間違っている烈火の発言に対して、違う…そうではないと声を大にして言おうとしたはやてであったが……

 

「ぅ…ぁ…あ、ぅぅ…」

 

 烈火の腕の中に収まっているこの状態においては残念ながらそれどころではなく、真っ赤な顔をして蚊の鳴くような声で唸るのみであった。

 

 そして……

 

 

 

 

「全く…ああ見えて我らの主は繊細な御方なのだ。余りいじめてくれるなよ」

 

「いや、別にそんな心算はなかったんだが…」

 

 リインからの念話によって部屋に招かれたシグナムは聞かされた事の顛末に溜息を零した。むしろ気を使ったはずなのにと不満げな烈火の額を白魚のような長い指で軽く小突き、完全にショートしてしまい気を失ってソファーに横たわっているはやてを穏やかな顔で見下ろしている。

 

(夜天の書の事を御一人で抱え込み、肩に力が入っていた主の気を紛らわせてくれた事には感謝せねばな)

 

 シグナムは大きめのソファーで丸くなるように眠っているはやての目にかかっていた前髪を指で退ける。

 

「…んぅ、んふ…ふぅ…」

 

 シグナムは心地良さそうな寝顔を浮かべるはやてを姉のように母のように慈しむかのような表情を浮かべながら見下ろしていた。はやての耳元には彼女を真似るように同じような体勢でリインも眠っており、小さな体で相当な疲労を抱えていたという事を感じさせる。

 

 普段は最前線に立つことの少ないはやてとリインにとっては此度の激戦に次ぐ激戦による疲労は心身共に色濃く残っている事は想像に難しくない。

 

 加えて夜天の書を奪取されてしまった。しかも、自分が単独行動を取っていた時を狙われたばかりか夜天の書が今回の事件の根幹部を担ってしまっている。夜天の魔導を用いてこれ以上の被害者を出すわけにはいかないとこの事件にかける思いはアミティエやキリエにも負けていないだろう。

 

 それでも気丈に振舞っていたのは奪取された夜天の書の事を思っての事だ。必ず取り戻す…そして、この事件をより良い形で終わらせる。その思いが今のはやてを突き動かしているのだ。

 

 しかし、主である彼女は闇の書の罪も被害者遺族の恨みも自らの内に抱え、それについての苦悩や悩みを周囲に打ち明けることは少ない。はやてが抱える闇の書…夜天の書の宿主という肩書き…奪われたままにしておくわけにはいかないという責任の重さは若干、15歳の少女が背負うには余りも重い。

 

 だからこそ、夜天の書の主でも、管理局の若きエースでも、聖祥五大女神でもない…ただの八神はやてとして接してくる烈火との会話が知らず知らずのうちに彼女の肩の荷を軽くする要因となっていたのかもしれないということであろう。

 

(とはいえ…こちらはそうでもなさそうだが)

 

 シグナムは椅子に腰かけ、窓の向こうを眺めている烈火の意識を引き戻すように咳払いをする。

 

「…今は立ち止まっていてもいい。よく考えて後悔の無い選択をすればいい」

 

 言葉は少ないが重みを感じさせる発言に僅かに驚愕を滲ませた烈火を尻目にはやてを横薙ぎに抱え、シグナムは部屋を後にした。

 

 烈火が胸の内に抱えていることは彼自身が折り合いをつけて行かなければならない事であり、強引に道を定める事は彼の為にならないであろうし、現状の限られた時間の中で出来る事は皆無であろう。

 

 無言で今の烈火を置いていくこともしたくはないが、彼と共にいる猶予は今のシグナムにはないのだ。複雑な心境を押し殺し、シグナム自身も迫る決戦へと向けて心の撃鉄を静かに叩き上げていく。

 

 

 

 

 シグナムの気遣いに僅かに動揺している烈火は自身の通信端末が着信を知らせている事に気がつき、画面を空中に出力した。

 

《あ!やっと繋がったよ!!もう、何やってたの!?》

 

《な、なのは…ちょっと落ち着いて》

 

 出力したモニターには高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの姿が映し出される。背後には食器を御盆に乗せた管理局員達が疎らに往来しており、本局に滞在していると聞かされていた彼女達は管理局の食堂施設のような場所にいることが窺い知れる。

 

「立て込んでいて気が付かなかったようだ」

 

《ようだ…じゃないんだよ。全然、悪びれる様子もないし》

 

 無言の烈火が端末の画面をスクロールするとそこには〈高町なのは〉が何件かと〈フェイト・T・ハラオウン〉が疎らに表示されていた。

 

 頬を膨らませたなのははプンスコという擬音が聞こえてきそうな様子で不満げな表情を浮かべており、隣のフェイトはそんな彼女を窘めるように苦笑いを浮かべている。

 

「それで出撃前の大事な時に俺に通信なんてよこしていていいのか?」

 

 烈火は先ほどのはやてといい、目の前の2人といい、緊急事態であるにもかかわらず、随分と気楽な様子だと画面越しの2人を半眼で見つめながら肩を竦めた。

 

《体調管理くらい自分で出来るもん!それにフェイトちゃんが烈火君とお話ししたいって言ったから…》

 

 なのはは烈火の不遜な態度に形の良い眉を歪めていたが、コホンという咳払いと共に気持ちを切り替えて本題に入るようだ。ちなみになのはの口から体調管理というワードが出た瞬間、フェイトがジト目で隣を流し見た事に当人は気が付いていない。

 

 

 

 

《う、うん。あのね…ごめんなさい》

 

 フェイトは申し訳なさげに烈火に対して謝罪をするが当の本人は先ほどのはやての時以上に心当たりがないようで彼にしては珍しく呆気にとられたような表情を浮かべている。

 

《私がこの旅行に誘ったりしたから烈火は事件に巻き込まれて動けなくなっちゃてるでしょ?烈火は魔法関係の事にあんまり関わりたくないって言ってたのに……》

 

 もしも烈火がこの旅行へ赴かなければ、彼は違法渡航者達が起こした事件に巻き込まれることはなかったのかもしれない。加えて彼は人前で魔法を使うことを嫌い、とりわけ管理局の前ではその様子が顕著に表れていたため、今の身柄を保護されている状態は事件の危険からは遠ざかっているが、あまり気持ちのいいものではないだろう。

 

 そして、オールストーン・シーへの視察旅行に烈火を誘ったのはフェイトである。以前の事件での管理局との一悶着を間近で見た経験のある彼女なりに今の彼の境遇に責任を感じているのかもしれない。

 

「なんだ、そんなことを気にしてたのか」

 

《そんなことって…》

 

「フェイトに誘われなくても他の誰かに声をかけられて参加したかもしれないし、参加せずに海鳴に残っていたとしてもお前達と接触前に都内に降り立っていたという違法渡航者と俺の方が先にかち合ってしまっていたかもしれん。そもそも、お前達に同行したのは俺自身の意志だ」

 

 烈火は深刻な様子のフェイトに対して、その謝罪を突っぱねた。

 

 確かに蒼月烈火にとって時空管理局が味方と言えるかは微妙な所であり、リンディ・ハラオウンや高町なのはらとは比較的有効な関係を築けてこそいるが、局全体を見れば状況次第では敵対する事になる可能性すらある。

 

 とはいえ、烈火がこの旅行に参加しなかったとして、永遠結晶を探し求めてオールストーン・シーにたどり着いたキリエ達が最初に降り立ったのは都内の某所であり、進行ルート次第では魔導師組と別行動をとっていた彼と何らかの接触があったかもしれないし、そうなった場合は彼女らと戦闘状態に陥るのは想像に難しくない。

 

 魔法で言う殺傷設定に位置する攻撃と魔導の分解を併せ持つ彼らと単独で戦闘に陥っていたとすれば、それこそ命がけの戦闘となるだろう。それを思えば軟禁…とはいかないまでもリンディが取り計らってくれたこの状態はそう悪いものではない。

 

 もしもの想像ならばいくらでもできるがそれに意味はないのだ。

 

 どこかに出かけて事故に合ったとして、その原因は旅行を企画した、招いた者だとはならない。無理やり連れてこられたならまだしも、烈火は最後は自身の意志でフェイトらに同行したのだから、単純に間が悪く、エルトリアからの渡航者と管理局の思惑に振り回されることになった…ただそれだけなのだ。

 

「まあ、その…なんだ。フェイトはこんな下らん事に気を使わなくていい。そんなことよりエルトリアだかフォーミュラだか知らんが、こんな事件はさっさと終わらせてくれ。せっかく、地球で過ごす長い休みだ。こんなことで潰れたら勿体ないしな」

 

《烈火……うん。分かった》

 

 フェイトは烈火の発言に目をぱちくりとさせていたが、彼なりの激励に表情を柔らかくし、小さく微笑んで答えた。

 

《むうううぅぅううぅ…》

 

 そんな2人のやり取りを聞いていたなのはの頬が面白くありませんとばかりに膨らんでいる。

 

《なんか、私とフェイトちゃんとで随分、態度が違うと思うんだけど》

 

 なのはとはどちらも本気ではないとはいえ、出会い頭から軽く言い合っていたが、フェイトに対する態度は丁寧というというか…こう、女性に対する気遣いのような物を節々に感じさせるものであり、自分との差異が無性に面白くないのだろう。まあ、距離感が近いと言ってしまえばそれまでだが…

 

「ん?なんだ、フェイトと同じように扱ってもらえると思ってるのか?」

 

《な!?…差別なの!贔屓なの!!》

 

「違うな…差別じゃない、区別してるだけだ。俺だって目上の人間にはそれなりの対応をするし、女子相手には最低限は気を遣っている」

 

《わ、私だって女の子だもん!烈火君はもっと気を遣って接するべきなの!》

 

「ふっ…」

 

《は、鼻で笑ったの!!うぅぅ…フェイトちゃ~ん!!》

 

 なのはは烈火に言い負かされると助けを求めるように隣に座っているフェイトの胸に飛び込んだ。

 

《あはは、烈火もあんまりなのはをいじめちゃダメだよ》

 

 フェイトは胸に顔をうずめるなのはの頭を撫で、じゃれ合っていた2人に巻き込まれたのだなと苦笑いを浮かべながら烈火に対して一応、苦言を呈したようだ。

 

《フェイトちゃんはどっかの誰かと違って優しいの》

 

 なのはは目を細めて心地よさそうに撫でられながら、フェイトの胸のフニフニとした感触と心地よい暖かさを堪能することで機嫌を戻したようだ。

 

「そんなこと言われずとも分かり切ったことだろう?」

 

《改善の色が全く見られないの…》

 

 ジト目を向けるなのはに対して我関せずといった様子の烈火…

 

「俺はいいがお前達は出撃も近い、そろそろ休んだ方がいい」

 

《あ、うん》

 

 暫く会話を続けていた3人であったが、なのはとフェイトはこれからの戦いに備えて休息を取った方がいいという烈火の発言に頷いた。

 

《色んな人が色んなことを思って起きちゃった悲しい事件だし、エルトリアの事とか難しいことも多いけど、アミタさんやキリエさん、シュテルやレヴィ達と協力して…》

 

《イリスさんやユーリとちゃんとお話をして、夜天の書も返してもらって、悲しい物語を終わらせてみんなで帰って来るから、烈火ももう少しだけ待っててね》

 

 烈火はなのはとフェイトの強い意志を感じさせる言葉に何かを感じ取ったのか、湧き上がる思いを表に出さぬように小さく息を吐く。

 

「……ああ、健闘を祈っている」

 

 彼女らに悟られぬよう、いつもと変わらぬ様子で言葉を送り、通信を切った。

 

 

 ちなみに食堂施設のど真ん中で抱き合っていたなのはとフェイトには周囲からの視線が突き刺さっていたのだが、百合フィールドを形成していた当の本人たちは全く気が付いていなかったとかなんとか……

 

 

 

 

 激戦続きだった魔導師達に訪れた暫しの休息…それぞれが地球とエルトリアの命運を握る決戦に備えて英気を養った。

 

 そして、時空管理局の武装隊がイリスの拠点を発見したという連絡と共にイリスの反応が無数に分裂したという報が伝えられ、魔導師達は夜天の空へと飛び立っていった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

平成最後の更新には間に合いませんでしたぁぁぁ!!

まあ、REIWAになっても特に変わり映えはしませんが、今後ともよろしくお願いします。

では、次回の更新でお会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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螺旋交差のGedanke

 機関車は薄暗い地中に敷かれている鉄の道の上を低い振動音を立てながら直走る。

 

 人々の雑踏で賑わっているはずの車両…所謂、地下鉄は何とも不気味な様相を呈していた。既に日は沈んでおり、稼働を停止しているはずの列車が何故か動いており、搭乗しているのは気怠そうな表情を浮かべる学生でも社会の歯車として身を粉にして働いている会社員でもない。

 

 車内を埋め尽くす搭乗者は乗客どころか車掌に至るまで全てがくすんだ桜色の髪を短髪にし、赤色の結晶体が付いた銀のバイザーで顔を隠した女性である。誰一人言葉を発することもなく、俯いて立っている様は異質の一言に尽きる。

 

 列車は異様な雰囲気を放ちながらも金属が軋む音と共に目的地を目指して進んで行くが、照明が照らす薄暗い暗闇の中に陽炎の様に人影が現れる。

 

 一つに束ねられた桃色の髪、切れ長のサファイアの瞳、厳格な騎士甲冑を以てしても抑える事の出来ない女性的な肢体を持つ人物は、リミッターを外されて通常の倍以上の速度で突っ込んでくる鉄の塊に対して表情一つ変えることなく、鞘から剣を解き放つ。

 

 抜刀された剣が鞘と連結し、機械的な弓矢へと姿を変えた。女性は弓に矢を(つが)え、巻き上がる炎と共に不死鳥のさえずりを木霊させる。

 

 地下を直走っていた鉄の塊は飛来した爆炎の矢によって射抜かれ、車体を跳ね上げて横転した。

 

 暴走する列車へと爆炎の矢(シュツルムファルケン)を放ったシグナムは〈レヴァンティン改〉を弓矢形態〈ボーゲンフォルム〉から長剣形態〈シュベルトフォルム〉へと戻し、炎を噴き上げながら横たわる列車から視線を逸らさないでいる。

 

 補給と改修を終えたシグナムらに伝えられたのは、魔導師部隊がイリスの潜伏拠点を発見したという事…そして、そのイリスの生体反応が無数に分裂し、結界内に散ったということであった。

 

 その反応は10や20では済まされず、探知における本物の特定は不可能と判断され、イリスの身柄を確保すべく出撃したというわけだ。

 

 地表では先の戦闘でも姿を見せたものに近い巨大機動外殻が出現しており、高町なのはを筆頭とした魔導師部隊が対処に当たっている。それとは対照的にシグナムは単騎で地下へと赴いた。

 

 理由は単純…密閉された空間での戦いで魔導師は地表や空中と比較して戦闘能力の減衰が大きいためである。正確には魔導師が弱くなるのではなく、周囲を気にして全力を出し切れないことが多いという意味であるが…

 

 地中の空洞である地下で高出力の魔法を使えば、内部から崩れて現在も戦闘中の地表に思わぬ被害をもたらす恐れもある上に、この場所で対処に当たる魔導師も危険に晒されるだろう。

 

 部隊の8割以上が中、遠距離戦を主とするミットチルダ式の魔導師であり、密閉空間での戦闘に不向きである。加えて、武装隊員達にも〈カレドヴルフ社〉からの武装貸与がなされており、以前までより上がっている出力に慣れていないと予測されるため、その危険はさらに高まり、当然ながら地下という性質上、飛行魔法も満足には使えない。

 

 そのため、密閉空間の戦闘において周囲への影響が出にくい近接戦闘(クロスレンジ)を得意とし、素早く離脱できる機動力を兼ね備えるシグナムがこの場を任されたのだ。

 

 最も、戦闘能力の減衰は他と比べれば少ないというだけであり、出力に大幅な制限をかけなければならない事には変わりなく、先ほど放ったシュツルムファルケンも(つが)えた矢は1本だけであり、その威力、爆発、貫通力の何れも通常時の10分の1以下に抑えていたようだ。

 

 シグナムの眼前で燃え盛る列車から1つの影が飛び出し、細身のシルエットを描く。

 

「酷いことをするものだ」

 

 長い茶髪をセンターで分け、銀のボディースーツに紫の長い腰布を巻いた女性は地下に降り立って言葉を紡ぐ。ボディースーツの女性はシグナムほどではないが起伏に富んだ肢体を惜しげもなく晒しており、長身と相まって厳格な印象を受けるが、容姿が全く異なっているにもかかわらず彼女の生体反応はこの事件の首謀者であるイリスと全く同様の物であった。

 

「喋れるのか?」

 

「そういう個体もいるということだ。量産型のアレらと固有型の私の違いといったところかな」

 

 シグナムは目の前の女性…イリスが自身の能力で生み出した分身である〈イリス群体〉の〈固有型〉に位置する存在の発言に僅かに目を見開いた。列車内から感じ取れる生体反応から1人の生き残りがいた事には最初から気が付いていたが、その存在がこれまで戦って来た数人のバイザーの女性〈量産型〉とは異なり、明確な意思を持っていた事に驚いたのだろう。

 

「…こちらは時空管理局だ。貴殿らの行いは法規違反に該当するため身柄を預かりたい。できる限りの便宜を図る用意はある。互いに対話の卓に付くことは叶わぬか?」

 

「ぬかせッ!」

 

 シグナムは目の前の固有型がこれまでの量産型とは異なり、意思疎通が可能である為に撃破ではなく対話を試みるが、固有型は言葉ではなく長剣状のヴァリアントウエポンでの剣戟で返答とした。

 

 固有型はシグナム目掛けてヴァリアントウエポンを振り下ろすが、間に挿し込まれたレヴァンティンに受け止められ、重なった刀身が火花を奏でて鍔是り合う。それを見るや否や、受け止められたヴァリアントウエポンを力任せに押し込むことをせずに反動を使って距離を取る。

 

 母体であるイリス本体からの命令が彼女らにとっての絶対であり、存在理由…故にそれに反する物は全てを叩き潰す…そんな意志を感じさせる一太刀であった。

 

「推して参るッ!!」

 

 固有型は様子見は終わりとばかりに地を蹴り、橙の光を靡かせ、シグナムへと襲い掛かる。

 

 迎え撃つシグナムは、更なる改修により機体スペックが上昇し、僅かに重量と大きさを増したレヴァンティン改の切っ先を地面へと突き刺し、柄から手を離した。

 

 

 

 

 魔導師の行使する魔力が、機動外殻が放つ巨大な光芒と絡み合い、都心の天空を彩っている。

 

 先の戦闘で出現した〈黒影のアメティスタ〉を思わせる巨大な飛行型機動外殻が都心の中心に新設された巨大な超高層タワーに群がる様に押し寄せる。爆雷を投下し、噴煙を巻き上げながら進む巨大な影が滞空防御に当たっている魔導師部隊の脅威となっていることは言うまでもないだろう。

 

 東京のシンボルたるツリーに向けて砲塔を開いた機動外殻は突如として出現した新緑の腕によって中心核(コア)を握り潰され、煙を吹いて高度を下げた。

 

「やっと完成した東京の新名所!そう簡単に壊されてたまるもんですか!!」

 

 新緑の剣十字の上に立つのは金色の髪をボブカットにした女性―――シャマルだ。自身のデバイス〈クラールヴィント〉を輪上の鏡に変化させ、その中に腕を突っ込めば、何倍にも巨大化した魔力の腕が出現する。

 

「てええええぇぇぇい!!!」

 

 出現した新緑の腕は機動外殻の翼部を毟り取り、頭部を薙ぎ潰す。

 

「シャマルゥゥ!パーンチッッ!!!」

 

 シャマルの振るう拳が数体の機動外殻を纏めて薙ぎ倒し、時にはその巨大な本体をぶん投げて破砕していく。

 

 治療とサポートが本分のシャマルであり他の守護騎士の影に隠れがちであるが、その戦闘能力は決して低くはない。彼女の防御を無視してダメージを与えられる攻撃オプションや古代ベルカの戦乱を生き抜いて来た温和な雰囲気の裏に併せ持つしたたかさと相まって一定の条件下であれば、フォーミュラの力を得て〈特殊戦力〉として配備されている高町なのはや他の守護騎士よりも厄介な存在と言えるだろう。

 

「ておぁぁぁあああっっ!!!!!!」

 

 その逆サイドではザフィーラが拳に白い魔力を纏わせ、機動外殻の装甲の上から動力核(コア)を押し潰しながら突き抜けていく。

 

 ザフィーラは機動外殻を撃破しながらも、高度を下げる機体本体や投下される爆雷に対し、〈鋼の軛〉を展開し、地表への被害を最小限に留めている。

 

 個人戦力としてはシグナムらに一歩劣るかもしれないが、防衛戦というこの状況においては〈湖の騎士〉と〈盾の守護獣〉両名の防衛ラインは最高の布陣と言えるだろう。

 

 因みに普段は医務室で怪我の治療をしてくれる無茶をしなければ優しい天然気味の美女として知られているシャマルの無双っぷりに一般局員達は開いた口が塞がらず、暫くの間は使い物にならなかったようだ。

 

 

 

 

 都心の大通りでも光が交差する。

 

(ちぃ!?やり難いったらねぇぜ)

 

 ゴスロリ風の騎士甲冑に身を包む少女―――ヴィータは迫り来る光に表情を歪めている。

 

 色の濃い橙色の髪をした少女…イリス群体〈固有型〉の一機を相手取っているヴィータであったが、相手との相性が悪いためか攻めあぐねている様だ。

 

 ヴィータからすれば目の前の固有型の戦闘力はそこまでの脅威とは言えない為、普通に戦えば、まず間違いなく勝てるであろう。しかし、遠距離戦を本分としているであろう固有型はヴィータが接近する素振りを見せた瞬間に周囲の町々を攻撃し始めたのだ。

 

 幸いなことにヴィータが引き連れていた男性局員が展開した魔力障壁によって事なきを得たが、新たに固有型が放ったエネルギー弾は都市防衛に意識を割いていた彼らに対して牙を向く。

 

 そこには遠隔展開した赤い剣十字が滑り込んで彼らを守るが今度はヴィータ本人にホーミングした光弾が襲い掛かる。

 

 周囲の環境が足枷となり全力を発揮しきれていないヴィータにとって、直接戦闘に持ち込まず、相手のペースを乱す戦闘スタイルはある意味では最悪の相手と言えるということだ。

 

 とはいえ、実力差から何れは目の前の固有型を捕縛することは可能であろう。しかし、このまま時間をかけるのはイリス本体らが逃走しているこの状況的から察するに芳しくない。

 

 だからこそ…ヴィータは地を蹴り、加速をかけながら〈グラーフアイゼン改〉を握る手に力を込めて、固有型に飛び掛かる。

 

 背後の局員達の正面には障壁が展開されたままであり、彼らは自らの身の安全を考える事なく都市防衛に専念できる。多少の危険はあるがこれで懸念事項はなくなった。

 

 後は目の前の敵をぶちのめすだけということだ。

 

「でええええぇぇぇいっ!!!!」

 

 ヴィータはグラーフアイゼンのハンマーヘッドを回転させながら推進剤を爆発させて遠心力を最大限に使いながら鉄槌を振り下ろす。固有型はヘッドではなく柄の部分に武器を差し入れてどうにか受け止めたかに見えたが、炸裂音と共にロードされた電磁カートリッジによるブーストを得たヴィータの突貫攻撃を止めきれず、その足が地から離れた。

 

 

 

 

 オールストーン・シー園内にも巨大な機動外殻が何機も姿を現している。

 

「ここには良い鉄がたっぷりあるねぇ!!素材も掘りたい放題じゃん!!」

 

 濃い青色の髪をショートにし、胸元を開けたボディースーツを身に纏うイリス群体固有型と見られる少女は手元のヴァリアントウエポンを弄りながら上機嫌に笑みを浮かべている。

 

 ヴィータと戦っている少女より外見年齢が若く見えるにもかかわらず、胸元はしっかりと膨らみを見せており、美少女と言って遜色がないであろう。流石にシグナムと戦闘中の女性とは比べるまでもないようだが。

 

「…やっちゃえ!エクスカべータ!!」

 

 固有型は目の前の機動外殻…〈海塵のトゥルケーゼ〉の発展型である〈エクスカべータ〉に自身らイリス群体の肉体の生産に必要な素材採掘を行うと共に破壊活動の指示を出した。

 

「…えっ?」

 

 しかし、エクスカべータの1機に突如として出現した翡翠色のバインドが巻き付き、掘削作業を停止させられたかと思えば、その中心部に白色の砲撃が撃ち込まれて胸部に大穴を開けられた機体は四肢から力を失っていく。

 

 機動外殻の動きを停止させたのは円環状の魔法陣の上に立つユーノ・スクライア。

 

 白銀の砲撃を撃ちこんだのは二艇のストライクカノンを携行し、融合騎とのユニゾンを果たした八神はやて。

 

「ユーノ君!こっちもお願い!」

 

 空中から響く鈴の音のような少女の声。

 

 固有型が対処の指示を出すよりも早くエクスカベータの動きは再び強制的に止められた。

 

「カノン…撃ちますッ!」

 

 渦巻く桜色の砲撃が装甲を捻じ破り動力核(コア)を押し流すかのように破砕する。

 

 

 最後に現れたのは、桜色の光を全身から放つ新たな翼を携える高町なのはだ。

 

 先の出撃で使用した〈ストライクカノン〉に調整を加え、完成度60%の状態から格段に性能が向上した〈フォーミュラカノン〉の改良型は〈レイジングハート・ストリーマ〉と名付けられ、再びレイジングハートの名が冠せられた。

 

 身に着ける防護服(バリアジャケット)もそれに応じ姿を変化させ、こちらも調整を受けて操作、耐久性が上昇した2基の〈ディフェンダー〉を併せ持っている。この状態が高町なのはの基本形態となったようだ。

 

 先ほどの砲撃の際になのはは自身の主兵装をカノンと呼称していたが、〈ストライクカノン〉、〈フォーミュラカノン〉を指す場合は間違いないのだが、現在彼女か装備している物を指すのなら〈ストリーマ〉が正しいため、厳密に言えば正しくない…それを指摘する者はいなかったが……

 

 

 

 

 赤い三つ編みを風に靡かせ、青いフォーミュラスーツに身を包んだ女性―――アミティエ・フローリアンは大型バイクを華麗に乗りこなし、都市部の高速道路(ハイウェイ)を暴走するトレーラーを追跡している。

 

「…っ!」

 

 アミティエはトレーラーの荷台から出て来たバイザー姿の女性達が腕に結合されている砲塔を追跡中に自分に向けて来た事に対して顔をしかめた。

 

 イリス群体〈量産型〉達のくすんだ桜色の砲撃が雨のように降り注ぐ。

 

 アミティエは片手でハンドルを取りながら空いた方の手に小銃状の〈ヴァリアントザッパ―〉を出現させて応戦して何機かの量産型を撃破するも、多勢に無勢とあって捌き切れなかったエネルギー弾がタイヤを掠め、バイクから投げ出されるように弾き飛ばされた。

 

「アクセラレイタァァァッッ!!!!!」

 

 トリガーワードと共に全身を青の燐光で包み込んだアミティエは弾かれたかのように加速の世界に身を委ねる。

 

 量産型達が反応しきれない超加速を以て周囲を飛び回り、桜色のエネルギー弾を宙に置く(・・)

 

 次の瞬間…同時に動き出したエネルギー弾によって量産型は体の各所を損傷し、機能を停止していた。

 

「くっ!!?」

 

 しかし、量産型の撃破と共に彼女らが足場としていたトレーラーが爆散した為、それに巻き込まれたアミティエも道路を転がるように吹き飛ばされる。

 

「この程度…どうということは…えっ!?」

 

 アミティエは頬についた煤を手で拭いながら立ち上がった。次の反応を追うべく、周囲の素材から移動手段であるバイクを再構成しようと手を翳した彼女に通信が入り、その瞳が驚愕に見開かれた。

 

 

 

 

 市街にある上が空いたドーム状のスタジアム。普段ではスポーツ観戦やアーティストのライブ等で盛り上がるその場所は混戦の様相を呈していた。

 

 結界を構成する〈要〉の一角であるこの場所の守備を任された局員達も必死に奮闘しているが、大槌を操る固有型と多数の量産型の襲撃を受けて窮地に立っているようだ。

 

 しかし、この場所をイリス群体らに占拠されるということはこの戦いにおいて管理局の生命線ともいえる関東全域を覆う巨大な結界の構成に綻びができる恐れがあるということだ。そうなればイリスらが結界を破壊して、外部に脱出することが容易なものとなってしまうだろう。

 

 それだけは何としても避けなければならない…

 

 だが、局員達を嘲笑うかのように戦況は悪化の一途を辿っている。

 

 固有型と量産型の連携を前に攻め手を失っているのだ。イリス群体の連携に隙が無いわけではないが、射撃を掻い潜り、懐に潜り込もうとした局員達は華奢な容姿からは想像もつかないほどに強力な拳や蹴りによって弾き飛ばされてしまう。

 

 量産型といえど、イリス本人と同様に膂力に関しては通常の魔導師を遥かに上回っており、正面からの力比べでは勝ち目がないということだ。

 

 個の戦闘能力で劣っているにもかかわらず、数的有利も握られているとあっては勝ち目もないだろう。しかし、自らが引けばこの場で戦っている全ての者の想いが無に帰してしまうかもしれない。

 

 正に八方塞がりだ。

 

 防御に関しては大勢の魔導師で障壁を束ねれば、ある程度の時間は稼げるであろう。彼らに不足しているのは多数の相手を前にしても捕らえることができない機動力と、絶望的な状況を打破できるだけの火力を持った魔導師…だが、この場所にはエース級の力を持った魔導師は存在しない。

 

「…終わりだ」

 

 振り下ろされる鉄槌に局員達の顔が絶望に染まる…

 

「ふんッ!とりゃぁ!!」

 

 青い雷と共に現れた少女―――レヴィは振り下ろされた鉄槌を受け止めていた。そればかりか、二つ括りの青髪をふわりと揺らし、術者の固有型が吹き飛ぶほどの勢いで鉄槌を蹴り飛ばした。

 

「全く、キミら弱っちいなぁ~助けてやるから感謝しろよぉ…って、あでぇ!?」

 

 レヴィは局員達が知る少女よりも僅かに鋭いツリ目で固有型を睨み付けながら、苦戦していた者達へ呆れるような声をかけたが、再び展開された光の弾幕に晒されてしまい、格好の良い登場とはかけ離れたものとなってしまった。

 

「…ったく、なんだよぉ…もぉ!」

 

 イリス群体達の無粋な攻撃を大量に展開した障壁で防ぎながら、眉を顰めるレヴィであったが戦場の、ど真ん中でいらぬ隙を見せた彼女にも非がある為、今回に関してはイリス群体らの方が正しいと言えるだろう。

 

「待ってくれ!此処は結界の要なんだ!この場所を落とされるわけには!!」

 

 とりあえず視界に入るイリス群体を消し飛ばしてしまおうと魔力を高めるレヴィであったが、管理局員達の制止に苦しげな表情を見せる。

 

 レヴィの戦闘能力を以てすればこの集中砲火から抜け出すことは容易と言える。自身のデバイス〈バル二フィカス〉のフルドライブモードを発動させ、周囲全てを消し飛ばしてしまえばそれで済む。しかし、それをしてしまえばこのドームもただでは済まず、結界に対して何らかの異常が出る事は想像に難しくない。そうなればイリス群体にこの場所を占拠されることと同義であるし、わざわざ救援に来た意味がなくなってしまうと言える。

 

 勢いを失ったレヴィを嘲笑うかのように降り注ぐ銃弾の勢いは増していき、固有型も鉄槌を構えて舞い戻って来た。魔力障壁をさらに追加展開して対処するレヴィであったが、このままではいずれ力尽きてしまうのは自明の理…しかし、攻勢に出ることもできないでいた。

 

 必死な表情(かお)をして何かを守ろうとしている者達などお構いなしで目の前の相手を何も考えずに倒す闘いならば等の昔に終わっているはず…だが、彼らを見捨てる事、彼らの想いを踏み躙ることを考えた時にレヴィの胸には棘が刺さったような気持ちの悪い感覚が湧き上がった。

 

 だから此処に来た。

 

 自分は物事を考える必要はないと言い切ったレヴィはある少女との出逢いを通じて、そうではない道もあるのだと知った。

 

 

―――守るための戦い

 

 

 それは今まで遊び半分で力を振るってきたレヴィにとって初めての経験であり、ただ倒すだけではない…そんな戦いに戸惑っている彼女は自身の力を発揮しきれずにいる。

 

 

 その瞬間…天から金色の雷が降り注ぎ、イリス群体の間を一条の光が駆け抜けた。

 

 続けて大量に出現した橙の鎖が量産型達の砲撃を打ち払う。

 

 さらに黄金の斬撃が周囲を薙いだ。

 

 レヴィと同じく髪を二つ括りにし、若干ツリ目気味な少女―――フェイト・T・ハラオウンは遠方狙撃を行っていた量産型を斬り払い、ドームの中心に着地した。

 

「あれ?レヴィ…どうして此処に?王様達と一緒に行ったんじゃ…」

 

 

 フェイトの色彩はレヴィとは異なり、絹のような黄金の髪にルビーを思わせる深紅の瞳、身に纏う戦闘装束(ドレス)は黒と白、その手には先ほどの戦いから姿を変えた閃光の刃〈バルディッシュ・ホーネット〉を携えており、この場にいる筈のないレヴィに対して不思議そうな表情を浮かべ可愛らしく小首を傾げている。

 

「そ、それは…通りがかったらあいつらがピンチそうだったからちょっと寄り道したんだ。王様達にワガママ言って…」

 

 レヴィはフェイトの問いに対して朱に染まる頬を隠す様に顔を背けて彼女らしからぬ小さな声でボソボソと言葉を紡ぐ。

 

「だ、だから!誰かが死んじゃうことはよくないんでしょ?…フェイトがそう言った。知らないヒトでも誰かの大切な人かもしれない。ボクにとっても大切なヒトになるかもしれないって……」

 

 悪戯好きで素直でなかった子供が誰かの為に何かを成そうと必死に考えて他者への気遣いを見せる。何となく気恥ずかしさを覚えたレヴィは頬に集まる熱に戸惑っていたが自分の想いをはっきりとフェイトに伝えた。

 

 フェイトはレヴィの心境の変化に表情を綻ばせながら思わずその身体を優しく抱き留める。

 

 レヴィ自身も思わず感極まったかのように瞳を潤ませ、優しい抱擁に…感じる温もりに緩む口元を抑える事が出来ず、その背に手を回していく。

 

 

 

 

―――フェイト…アンタは本当に強くなったね

 

 抱き合う少女達を温かく見守っているのはフェイトと共にドームに現れた彼女の使い魔―――アルフである。

 

 アルフは目の前の光景が、かつて海風を感じながら目にした白と黒の少女の抱擁と重なり、感慨深いものを感じていた。

 

 

 

 

「…って、まだ敵居るから!!」

 

「あ、そっか」

 

 レヴィは心地よい温もりに身を委ねかけたが視界の端に移った光弾に対して我に返ったように声を上げて身体をジタバタを動かすものの、当のフェイトはどこか間の抜けたような声でのそのそと長剣を構える。

 

「…此処はもう大丈夫だから、レヴィは王様達の所に行って」

 

「え?でも…」

 

 エース級の魔導師を加えて戦闘再開かと思われたが、フェイトの思わぬ発言にレヴィは戸惑ったような表情を見せた。イリス群体の個々の戦力ならば大したことはないが、防衛戦の難しさは先ほど痛感したばかりだ。フェイト1人で大丈夫なのかという心配もあるのだろう。

 

「平気だよ」

 

 だがそんなレヴィの不安はフェイトの自信に満ちた微笑みによって掻き消された。言葉と共に閃光の刃が横薙ぎに振るわれ、力強い黄金の光と共に紫電と空色の雷が周囲に迸る。

 

 

「…私、強いんだからっ!!」

 

 そんなフェイトの姿にレヴィも微笑みを浮かべ、この場からの離脱を選択し、ドームから飛び立っていった。

 

 

 

 

「じゃあ、こっちも行くよッ!…はぅっ!?」

 

 フェイトの紅瞳が細められ、閃光の異名通りに自慢の機動力を活かした攻勢に出ようとした所でその身体は首根っこを掴まれて持ち上げられる。

 

「な、何するのアルフ!?」

 

「ちゃんと格好付けるとこまでは待ったんだから文句は聞かないよ。ここはアタシだけで大丈夫だ。ここで結界を守るよりフェイトにはもっとやることがあるんじゃないのかい?」

 

 アルフは虚を突かれて目を白黒させているフェイトにレヴィと同様にこの場は自分に任せて離脱をしろと言い放った。

 

「で、でもアルフ1人じゃ!?」

 

「ふぅ~ん。フェイトは自分の使い魔が信用できないのかい?」

 

「そういうわけじゃないけど…」

 

「あんな連中にやられたりはしないさ。それよりもフェイトはなのは達のとこに行ってやりな。きっとフェイトの力が役に立つはずさ」

 

 フェイト・T・ハラオウンという魔導師の強みを上げるとしたら真っ先に思い浮かぶのは〈アクセラレイター〉使用時のフォーミュラ保持者を除けば最速と言える機動力であり、それは拠点防衛よりも広大な結界内を自由に飛び回り、遊撃行動を行う事に適しているだろう。

 

「…アルフ…分かった」

 

 しかし、イリス群体の戦闘力も侮れないものがあることも事実。だからこそアルフのみを残していくことを躊躇していたフェイトであったが、自らの使い魔の強い意志を感じ取り、静かに頷いた。

 

「東堂!2人きりだからってフェイトにヘンなコトしたら……毟り取るからね!」

 

 アルフはフェイトの頭を一撫でし、自身らと行動を共にしていた黄金の大剣を手に事の成り行きを見守っている東堂煉に対し、目を細めながら睨み付けるように忠告をした。

 

「僕がフェイトさんに望まないことをさせるわけが……いや、心得た」

 

 普段は自信満々の煉であったが、この時ばかりは素直に了承したようだ。一見、いつもと同じように思えるが顔は青ざめており、心なしか内股になって膝が震えている。アルフにナニを毟り取るのかを聞き返す勇者はこの場にはいなかったようだ。

 

 フェイトは煉に限らず、周囲の男性局員が前屈みになって震えていることに対して不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 

 

(それでいいんだよ。フェイトを守るのはもうアタシの役目じゃない。アンタは本当に強くなった…心も、身体もね)

 

 アルフはドームを離れ、飛翔したフェイトに視線を向けることなく小さく笑みを浮かべる。

 

(きっかけはなのはとの出逢い…辛い別れがあって、色んな人と出会って、沢山の人の笑顔をリニスに教えて貰った魔法で守って来た)

 

 大切な母親に笑って欲しい…その一心で、手を汚し、泥を被っても健気に戦い続けたかつてのフェイト。

 

 何かと危なっかしいフェイトには何度も肝を冷やしたし、報われない彼女の想いに涙を流したこともあった。

 

 フェイトの分岐点となったのは間違いなく高町なのはとの出逢いである。そして、本当の母親…プレシア・テスタロッサとの別離、新たな家族…ハラオウン家に引き取ってもらった事、〈闇の書事件〉を始めとした誰かと思いを通わせ、時にはぶつけ合うという事……

 

 それらを経験してきたフェイトは今や管理局のエースと呼ばれ、執務官として多数の事件を解決に導いて来た。母親の操り人形だった少女は誰かの想いを守り、未来を斬り拓く存在となっているのだ。

 

 

(アタシのやるべきことは終わった。これ以上、一緒に戦ってもフェイトの為にはならない……ここらが潮時かねぇ)

 

 アルフはフェイトの使い魔であり、その魔力を以てこの世界に現界している存在だ。故にアルフが存在する以上は常にフェイトの魔力を消費しているし、魔力消費が激しい戦闘行動などを行えばその消費速度はさらに高まる。

 

 フェイトは9歳の時点で管理局でも一握りしかいないAAAランクの魔力を持っており、その使い魔とだけあってアルフ自身も一般的な魔導師の水準よりは高い魔力を持っている。その為、基本的にはそちらを行使するので戦闘行為を行ってもフェイトへの影響は出にくいが、決して0とは言い切れない。

 

 フェイト自身も執務官として誰かに指示を出すことも増えて来たし、それだけの実力と実績を着実に積み上げて来た。直向きに誰かの為に努力し続けるフェイトに対して〈PT事件〉の事を蒸し返して揶揄してくる輩も今ではほとんどいないと言っていい。それだけの信頼を勝ち取って来たのだ。

 

 それだけの力を持っており、尚も成長を続けるフェイトの傍に居続けることは本当に彼女を支える事になるのか、甘えを生むことになるのではないか…アルフはここ半年近くずっとそのことについて考えながら過ごしていた。

 

 そんなアルフの想いを知らずか知ってか、今まではフェイトの出撃には基本的に同行していた彼女でも出撃を許されないような機密任務を扱うことも少しずつ出て来た。その際はフェイトの消費魔力を抑えるために、小さな少女の姿へ肉体を縮めたりや子犬モードで過ごす事も多々あったし、戦闘はともかく執務官業のメインであるデスクワークに関しては完全に戦力外であることも自他ともに認めるところである。

 

 そして、敵同士であったレヴィと心を通わせ、彼女の道標となった今のフェイトには、かつて彼女を救った星光の少女(高町なのは)と同じ、折れない不屈の心が宿っていることを改めて実感し、ようやく結論を出すことができた。

 

 

 

 

 量産型が陣形を取る中心部に1つの影が飛来し、振るわれた拳で数機が吹き飛ばされて宙を舞う。

 

「はぁ~ごちゃごちゃ考え込むのはアタシらしくないね!フェイトはもう大丈夫…だからアタシはあの娘が帰ってくる場所を守ることにしたッ!!」

 

 アルフは頭を掻きながら量産型を殴り、蹴り飛ばす。周囲をイリス群体が取り囲んでいるにもかかわらず、そんな者たちなど視界に入っていないとばかりに自身の決意を確かなものとしたようだ。

 

 フェイトはまだ知らないであろうが、彼女にとって義理の姉になるであろう女性と新たに芽吹いた命の灯を守る事…自身の主が何の気負いもなく十全に力を発揮できる環境を作る事が共に肩を並べて戦うことよりも重要であるという結論に至ったのだろう。

 

「こんな風に全力で暴れられるのはこれで最後かもねぇ~」

 

 量産型の一機は振るわれた拳によって周囲の何機かを巻き添えに吹き飛ばされる。固有型を含め、意思の無い量産型までもが眼前から吹き上がる闘気に身震いした。

 

 そこにいたのは一匹の猛獣だ。

 

 見開いた瞳と剥き出しになった犬歯、逆立つ髪と両腕に絡みつく様にスパークする橙色の魔力……

 

「…オラァッ!!オラオラオラッ!!!!」

 

 量産型の目障りな砲身を力任せに腕ごと圧し折り、拳の一撃で頭蓋を叩き割る。数機を〈チェーンバインド〉で絡めとり、巻き付けたそれをハンマー投げの様に振り回す様は正に暴風といえるだろう。当然ながら周囲にいた量産型も巻き添えを受けて大破していく。

 

「最後に地球を守るために戦うってのも粋な計らいってとこかね。まあ、向かってくるなら全員ぶっ飛ばすだけさね。んじゃ、アタシの花道!アンタらが飾ってくれよッ!!!」

 

 母体の命令を果たすために結界の破壊へと向かうイリス群体達であったが、皮肉にも彼女らは自分達が追い詰めていた局員達と同じ状況に陥っていた。

 

 しかし、意思のない彼女らは局員達と違って気が付くことができない。

 

 肉食獣としての本能を解き放ちながらも、主のために戦う矜持を持ち合わせる気高き狼に対し、自らが喰われる側となっていることを……

 

 

 

 

 制服姿の局員達がそれぞれに自らの役目を果たそうと必死になっている中、私服姿の少年は窓の外を眺めながら小さく呟く。

 

「始まったか……」

 

 黒髪の少年―――蒼月烈火は結界内を動き回る多数の魔力反応から、各所で戦闘が発生していることを確かに感じ取っていた。

 

 

 当然ながらその中には見知った魔力反応も幾つかあるが、烈火は同じ結界内で繰り広げられている戦闘をどこか遠い世界での出来事のように感じている。

 

―――色んな人が色んなことを思って起きちゃった悲しい事件だし、エルトリアの事とか難しいことも多いけど、アミタさんやキリエさん、シュテルやレヴィ達と協力して…

 

―――イリスさんやユーリとちゃんとお話をして、夜天の書も返してもらって、悲しい物語を終わらせてみんなで帰って来るから…

 

 

 先のなのは、フェイトとの通信に思うところがあったのだ。

 

 彼女達は犯人を捕縛し、夜天の書を取り戻すだけではなく、この事件を起こした者達まで救おうとしている。

 

 確かに事件の背景を聞けば、イリスらに同情の余地がないわけではない。しかし、烈火には明確な悪意を持って侵攻してきた者達と分かり合おうと、その心さえも救済しようとする、なのは達の行動が理解できない…いや、どうしてそのような行動がとれるのかを理解できないでいた。

 

 さらに先の戦闘では殺し合いを演じた構成体(マテリアル)やキリエ・フローリアンを戦力として部隊を再編成したと聞いた時には素直に驚いた。呉越同舟とは言うが実際に後ろから撃ってくる可能性すらある相手に対してどうして信頼を寄せることができるだろうか…

 

 しかし、魔導師部隊は善意にしろ、打算にしろ、何らかの思惑があるにしろ、現在は一丸となって事に当たっている事も事実…だが…

 

 

 

 

 全てを救ってみんな笑顔でハッピーエンドなど物語の中だけの話であるはずなのだ。

 

―――こんな形でしかお前を救うことができない

 

―――俺はお前を救う(殺す)

 

 あの日、剣を以て肉を、骨を断ち穿った…命の灯を消した感触はまだこの手の中に残っている。

 

 多くの物を取り零して、奪って、壊して、その果てに在ったのは悲しみと虚無、未だ終わらぬ憎しみの連鎖…

 

 

―――何かを犠牲にしなければ護れるものなどない…ましてや皆が笑い合える幸せな終わり(ハッピーエンド)など…

 

―――そんなものがあるのなら今、俺は地球(此処)にはいないのだから…

 

 

 

 

 烈火は思考の海に溺れかけたが、重苦しい溜息と共に立ち上がり扉を開いて部屋を後にする。喉を潤すために水分を摂取しようと向かった先には管理局の制服を身に纏う少女の姿があった。少女は背後から歩いてくる気配に気が付いたのか黒い髪を靡かせながら振り向けば、黒曜石のような瞳と烈火の氷刃のような瞳が交差する。

 

「あ、貴方は…」

 

「ん?君は確か…」

 

 規則正しく整えられた長い黒髪と黒い瞳の少女―――黒枝咲良は烈火の姿を視界に入れると、目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 一律に思えていた事柄は徐々にその均衡を崩し、真実だと思っていた事柄は矛盾を孕み、破綻していく。

 

 事件を収束させようとする者、奪われたものを取り返そうとする者、己の目的を叶えるために他者の犠牲も厭わない者、自分自身の在り方を模索する者…幾多の思惑が入り混じり、螺旋の様に捻じれ曲がる。

 

 だが、真実へ至る(みち)は既に開かれた。

 

 その真実に辿り着ける者がいるのかは定かではない…しかし、たった一つだけ確定しているのは、混迷の戦場は更なる混沌に包まれるであろう…ということだけである。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

いよいよ最終決戦が始まりました。

それぞれの人物がそれぞれの思いを持ち、複雑に絡み合って行く様をお楽しみに…

そして、私情ではありますが今作は2日前に1周年を迎える事が出来ました!!

これも読んで下さった皆様、感想、評価をして下さった皆様のおかげと思っており、感謝の極みでございます。

一周年を迎えたこの作品ですが今までと変わらず…今まで以上に頑張って執筆していきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたします。


皆様の感想が私のモチベーションとなっていますので頂けましたら嬉しいです。
では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!!


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GET BACK Your Soul

 多くの思惑と意志が交差し、激戦を極める戦場とは対照的に、静寂に包まれる東京タワーの展望台。此度の事件の主犯格と目される少女―――イリスはそこに佇んでいる。

 

「結界はまだ壊せないの?」

 

 イリスは苛立ちを隠す様子もなく、通信拠点へと配置した量産型に問いかける。オリジナルに気圧されたのか、言葉を詰まらせた量産型が返答をした。

 

《機動外殻を配置したエリアが広域攻撃の影響を受けており……》

 

 量産型は現在の戦況を伝えようとイリスに件の映像データを送る。そこに広がっていたのは真夏の夜にはありえない、一面の銀世界…

 

 街々を呑み込む吹雪によって多数の機動外殻が機能停止をさせられている物であった。

 

 結界という隔離空間だからこそ有効な広域魔法…純粋な高威力の攻撃と違い、消費する体力も周囲への被害も最小限に留める事ができ、天候を味方に付けて機体や駆動系にとって天敵ともいえる冷気を発生させるという大胆な攻撃はイリスの想定を遥かに超えている。

 

 あくまで現実の物質(エレメント)による質量、エネルギー行使しかできない〈エルトリア式フォーミュラ〉では無しえない攻撃手段であるため無理もないであろう。

 

 イリスが怒りと感嘆が入り混じったような表情で雪原を睨み付けていると、量産型との通信が突如として切断され、代わりに男性の物と思われる声が聞こえて来た。

 

《―――イリス、聞こえているか?》

 

 その声には聞き覚えがあった。〈オールストーン・シー〉で肉体を再構築するべく結晶樹によって生命エネルギーを吸い取った際にいた管理局員の1人であろう。

 

《此方の制圧は順次完了している。それに君達の事情も多少なりとも把握している。できる限りの配慮はする。大人しく投降してくれ…》

 

 魔導師部隊の戦闘に立って指揮を執っていた男性―――クロノ・ハラオウンはイリスに対して戦闘行動の停止と、管理局への投降を促した。

 

「助けなんていらない。自分の事は自分で出来る。あたしはテラフォーミングユニット……理想の世界を作る為、邪魔するものを排除する事も役目の一つ…その事を証明することも、()の目的の一つなんだから…」

 

 イリスが言葉を紡ぎ終わったと同時にクロノ側からか量産型がハッキングをプロテクトしたのかは定かではないが、図ったかのように通信が切れ、モニターがノイズに包まれる。

 

 ノイズ塗れのモニターを境に、片方は何かを確信するかのように…もう片方は粘りつく様な不快感に…それぞれに表情を変化させた。

 

 しかし、軋む音を立てて回りだした歯車はもう止まることはない……

 

 

 

 

 黒枝咲良は表情を強張らせながら、臨時本部内にあるベンチに腰かけている。

 

(ど、どうしてこんなことに…)

 

 咲良は自身がこの状況に置かれることになった経緯を思い出しながら落ち着きのない様子を見せていた。そんな彼女の眼前にミネラルウォーターの入ったペットボトルが差し出される。

 

「…これでいいか?」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 手を差し出していたのは、黒髪の少年―――蒼月烈火であった。咲良は差し出された容器を受け取り、蓋を開けて口を付け、隣に座って炭酸飲料を飲む烈火に視線を向ける。

 

(情けない事この上ないです)

 

 咲良は意外な人物と遭遇したとはいえ、同い年の少年に声をかけられた程度で動揺して盛大に転んでしまった事を思い返していたのだ。挙句、転んだ所を引き起こして貰い、このベンチまで共にやって来たというわけだ。

 

「そういえば…君は…」

 

「く、黒枝です。黒枝咲良…」

 

「なら、黒枝でいいか?」

 

「はい。では私は蒼月さんと呼ばせていただきます…っ!?」

 

 この両者は共に聖祥学園中等部に所属している魔導師という共通点こそあるが、直接的な面識は殆ど無いと言っていいレベルであり、烈火側からすれば難癖をつけて来た煉と共にいた少女…程度の印象しか抱いていなかったのだろう。

 

 対する咲良は烈火が海鳴にやって来た直後に身辺を探ったことがあったため、彼に対してある程度の情報を持っている。その為か言葉に詰まった烈火と違いスムーズに彼の名前を呼んでしまった己の失策を悟り、顔を青ざめるが幸い追及はされなかったようだ。

 

「黒枝も魔導師だってのは知ってたが、こんな所にいて大丈夫なのか?」

 

「本当ならば緊急時にこの場所にいるべきではないのでしょうが、前回の戦闘で負傷してしまいまして、クロノ・ハラオウン提督に本部防衛を命じられてしまいました」

 

 咲良は烈火の至極当然ともいえる問いに対し、首から胸にかけて巻かれている包帯を見せるように衣服をずらしながら答えを返した。

 

 所属していた〈東堂隊〉は侵攻型機動外殻〈憤激のサルドーニカ〉との戦闘において、大苦戦を強いられた。途中参戦したリンディ・ハラオウンによるサポートと指揮によってどうにか撃破したが、その最中、空中から叩き落された際に首を負傷してしまっていたのだ。

 

 

―――この程度の傷ならば治癒魔法でどうにでもなる!湖の騎士だっているんだしな!

 

―――しかし、彼女は首を負傷している。戦力が欠けるのは痛いが無理をさせるべきではない

 

 出撃前の部隊の編成発表での煉とクロノのやり取りは咲良にとっても記憶に新しい出来事であった。

 

 咲良の傷は応急処置こそ済んでいるが、負傷箇所が頭部の次にデリケートな部位である頸椎部の為、より専門的な機器のある本局での治療を受けさせるべきだと主張したのは、クロノ・ハラオウン。

 

 先の戦闘で負傷した魔導師は数知れずいた。外的負傷はそう酷くない咲良の出撃は可能であり、自身の副官として出撃させるべきだと強く主張したのは―――東堂煉。

 

 結果としては、クロノの意見はある程度通り、咲良は臨時本部守護という実質的な出撃免除となった。しかし、煉がフェイトと行動を共にするという条件に加え、治療のためになのはらと共に本局へ向かうことは許されなかったようだ。

 

 理由としては前者は言うまでもなく、後者はハラオウン派の戦力が活躍しているにもかかわらず、東堂派の時期旗頭の副官が負傷して後方待機という派閥の面子に傷が付く可能性を恐れてであろうことの予測は容易である。

 

 咲良はこの事件が無事に終結したとして、後で煉に何を言われるのだろうかと憂鬱な気分を抱えながら僅かに視線を落とした。

 

「ん、んんっ!…事情は大体把握した。それより早く隠した方がいい」

 

「隠す?……へ?、は、うっっっぅぅぅぅぅ!!!!!??」

 

 烈火の咳払いが深層に意識を落としていた咲良を呼び戻す様に周囲に響く。何故か正面を向いている烈火に対して咲良はキョトンとした表情を浮かべていたが、次第にその意味が分かったのか、背中を丸めるように胸元を隠した。

 

「お、お見苦しいものを見せてしまいすみません…」

 

「いや、俺の方こそ配慮が足りなかった」

 

 羞恥からか頬に朱が差した咲良は隣の烈火に向けてチラチラと視線を送っている。対する烈火は怪我の包帯部を自らに見せるために襟を持って洋服をずらした際に、肩口の下着のラインが視界に入ってしまった為か、気まずそうな表情を浮かべ、視線を逸らしていたようだ。

 

 包帯の存在や露出したのが肩部だけであったため、咲良が肌を晒したわけではないが、両者の間には何とも言えない雰囲気が立ち込めていた。

 

 

 

 

「…俺が言うことではないのかもしれないが、黒枝といい、あの連中といい少々無防備すぎると思うんだが……」

 

 烈火は口で言えば済む物をわざわざ衣服をずらして傷を見せて来た咲良と自分の身の回りにいる少女達を重ねるように小さく溜息を零す。

 

「私の場合は不注意ですが、あの方達は多分違うと思いますよ」

 

 咲良は苦笑いを浮かべながら呟いた。烈火の言うあの連中というのが誰を指しているのかは付き合いの浅い咲良にも容易に想像がついた為であろう。その5名とは初等部時代から同学園に所属しており、内3人とは魔導師という共通点もある為、付き合いで言えば相応に長いものと言える。

 

 東京支部や本局、学園内で顔を合わせた際になのはやフェイトは管理局の同僚として他の面々と変わらず接して来るため、それなりの交流もあると言っていい。ただし、煉が明らかに彼女達に避けられているという関係上、咲良の方から彼女らに近づくことはできないようではあるが…

 

 しかし、交流が深くなくとも烈火よりはなのはらと共に過ごした時間が多い咲良だからこそ分かることもある。

 

 聖祥5大女神と言えば、烈火の転入前から学園内で最も有名な一団であり、美少女5人組として本人達の意図とは関係なく注目を集めてしまっていた。

 

 特に異性を意識するようになった中等部以降はそれが顕著に表れ、高等部からも彼女らに声をかける者まで出てきたと言えば、その注目度は伝わる事であろう。

 

 大学付属の私立校とあってお坊ちゃま、お嬢様が多い聖祥であり、他の学校よりも生徒の精神年齢も比較的高いため、中等部でも交際している者も少なくはない。フェイトにお熱の煉を始めとして、5大女神への告白の嵐は留まることを知らない。

 

 告白をする者の中には成績優秀者、運動部のエース、高等部のイケメンなどもおり、他の女子が進んで交際を願い出るような憧れの男子からの物も多数あったが、5大女神の誰1人としてこれまで交際をしたことはないそうだ。

 

 自分に自信がある男子や5大女神に嫉妬を向ける女子からすれば長年の謎であり、最近では異性に興味がないのではないかという噂すら立っているほどであった。

 

 それは何故か…

 

 ある意味、彼女らと似た立場の咲良にはその理由の想像はついている。はっきり言って周囲の面々の行動や言動が子供過ぎるということだ。

 

 

 命を懸けて戦うということ…誰かを守るということ…誰かを傷つけるということ…

 

 そして悲しい事件や不条理な出来事、誰かの為に働くという事…

 

 時空管理局所属という実質的な社会人経験とその業務が咲良を含め、なのはらの考え方に大きな影響を与え、結果として彼女らの精神年齢を大幅に引き上げさせたのだろう。

 

 加えて大人と接する機会も多く、同年代の管理局員も地球の一般的な中高生よりも大人びており、そんな中で生活していると学校の彼らを異性として意識できないのも無理はない。なのはら程の素質があれば何れは活動拠点を管理世界に移すであろうし、それならば何れ別れるのだろうから、尚の事だ。

 

「貴方だから…」

 

 咲良は小さく微笑みながら烈火に視線を向ける。

 

 少なくともフェイト・T・ハラオウンや八神はやてが普通の少女とは比べ物にならないものを背負っていることは咲良も知るところである。それぞれが様々な事件を扱う執務官と捜査官であり、人が良さそうで明るい普段の様子とは裏腹に頭の回転も速く警戒心も低くはない。

 

 彼女らも以前は転入生、復帰生であったがすっかり今では学校に溶け込み、周囲とも上手くやっているが、やはり5人組とそうでない者への接し方は明確な違いがあると言える。それに気が付いている者はそういないだろうが……

 

 故に彼女らの雰囲気に呑まれさえせず、話しかける事が出来れば、元来の人の良さから友人関係になること自体は難しくないが、親友や深い仲になる事は中々に困難と言え、その証拠に5大女神はある種の聖域と化しており、それに関しては聖祥付属の誰もが知るところだ。

 

 そんな5大女神と言われる少女達であったが、ここ最近では学校内でも年相応の表情を見せる事が増えた。

 

「蒼月さんだから…高町さんやハラオウンさん達はそれだけ無防備でいられるんですよ」

 

 彼女らが望むと望まざると背負ってしまった管理局のエース、元犯罪者、聖祥5大女神といった称号や、それに対しての憧れ、嫉妬、時には毛嫌いするというような、なのは達と接する上で対して大多数が抱く劣等感…烈火はそれらのフィルターを外し、ありのままの彼女らと対等に接している。

 

 ただの15歳の少女としていられる場所が増えた。きっとそういうことなのだろう。

 

 かつて烈火の身辺を探ったことがあると咲良が一方的に気負っていただけなのかもしれないが、敵対とはいかないまでも難癖をつける煉の近くにいる自分に対しても、彼の側近ではなく、初対面の黒枝咲良として接してくれた。

 

 東堂家に仕える者としてでもなく、時空管理局の一員としてでもない。何の気負いもなく、誰かとの会話に楽しさを覚えたのは人生でも初めて……いや、咲良にとっては2度目(・・・)の出来事であった。

 

 

 

 

 長い運河に架かる大橋の下では邂逅を果たした4人の少女が空を翔ける。

 

「―――アロンダイトッ!!」

 

 ディアーチェの雄叫びと共に開いた闇色の孔から噴き出す魔力がユーリ・エーベルヴァインを呑み込むように襲い掛かる。

 

 ユーリは迫り来る魔力への対処をするべく脚を止めるが、待ってましたとばかりに距離を詰めたレヴィによって振り下ろされた〈バルニフィカス〉の刃によって〈鎧装〉の一部を叩き壊されるという追撃を加えられ、大きくなった隙を突くようにシュテルが懐へと飛び込んだ。

 

 攻撃を加えようとしたシュテルを迎撃すべく空いているもう片方の〈鎧装〉が襲い掛かるが左腕の〈ブラストクロウ〉で流す様に受け止めながら、内部で火炎を炸裂させてユーリを吹き飛ばす。

 

「…っ!」

 

 勢いに押されるユーリであったがすぐさま体勢を立て直し、両腕の鎧装を振り上げ、近距離(クロスレンジ)まで接近してきていたシュテルとレヴィへと差し向ける。

 

 それに際し、ディアーチェははやてから借り受けた〈魔導書型ストレージ「グリモワール」〉の(ページ)をユーリに向けて飛ばし臣下を守護すべく行動に移るが、動きと止められたのは一瞬…だが、闇、炎、雷の一斉射がユーリの進行を塞き止めた。

 

 シュテルとレヴィによって受けた損傷は、ユーリが反撃に出た段階ですでに回復済みであり、ディアーチェらの連携攻撃を以てしても攻撃が通っていないことは明確である。3つの砲撃も徐々に押し返されつつあり、戦況は芳しくはない。

 

 しかし、波状攻撃によりユーリの防御は確実に薄くなっている。その隙を突くようにレヴィが先陣を切った。

 

 

「雷光招来ッ!」

 

 腕を天に突き立てれば図ったかのように青い雷がその身へと降り注ぐ。

 

「う、うぅぅ…っ!?」

 

 天雷をその身で受け止めるその行為の意図は、自身の保有魔力だけでユーリの防御を突破できないことを悟ったが故に編み出した〈魔力変換資質・電気〉を持つ彼女ならではの底上げ手段。自身の魔力で天候を操り、発生させた膨大な自然エネルギーを取り込んで攻撃魔法へと転化する…一種の充電のような物だ。

 

 だが、それは諸刃の剣―――

 

「ぅ…がぁ、っ!!?」

 

 レヴィは想像を絶する痛みに耐え、飛びそうになる意識を抑え込みながら掌を前方に(かざ)す。

 

「ぐっ…ぅぅぅ……うぅ、ああああああッッッ!!雷ぃ神っ!!槌ッ!!」

 

 痛みに構うことなく取り込んだ魔力を乗せて雷の鉄槌を振り下ろした。繰り出されたのは、単純で愚直なまでの砲撃…魔力が余りに膨大である為に収束しきれておらず、膨張して弾けそうなほどに帯電している決死の一撃は鉄壁を誇るユーリに轟き迫る。

 

「う…ぁ…あああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!」

 

 ユーリの悲鳴にも似た叫びが木霊する。その光景を見てレヴィの表情が歪むのは今も尚、全身を貫く激痛の為だけではない…だが、そのまま魔力を放出し続ける。

 

「今、ユーリを操作しているのは〈フォーミュラシステム〉による〈ウイルスコード〉……」

 

 レヴィに続けとシュテルとディアーチェも魔力砲撃を加え、青の雷を後押ししてユーリに更なる〈魔力負荷〉を与えていく。

 

「連続攻撃で負荷を与え続ければユーリを縛る呪い(いと)は焼き切れる…ッ!!」

 

 ディアーチェの表情も苦悶に歪む。ユーリを助けるためには彼女を傷つけねばならない。その矛盾に苦しんでいるのだ。

 

 ユーリ・エーベルヴァインを操っているのはイリスが仕組んだ〈ウイルスコード〉…その支配から彼女を解き放つ方法は、操っている術者にコードを解除させるか、外部から負荷をかける事によって直接破壊するかの2択と推測される。

 

 前者はイリスの行方が見つからぬ以上、物理的に不可能…ならば後者を取るしかない。

 

「ゴメン…ごめんね。ユーリ、痛いよね?―――でもッ!!」

 

 全身を焼き焦がす血の吐くような痛みは今も尚、レヴィを蝕み続ける。

 

「―――泣かないで…ユーリが泣いてると、ボクらもずっと悲しいんだ……ッッ!」

 

 レヴィにとって身に降りかかる痛みなど―――ユーリが望まぬ戦いに駆られ、目の前で苦しみ、悲しんでいることに比べれば、取るに足らない事象なのだ。己の手でユーリを傷つけている事実から目を逸らさずに想いの丈をぶつけていく。

 

 

「ぁ、ぁ――—うぅぅ、っ!…ぅ、あああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 シュテル、レヴィ、ディアーチェの全霊の一撃…しかし、ユーリは巨大な結晶樹を発生させ、周囲を取り巻く魔力に干渉させながらそれを力任せに押し退けようと力を爆発させる。更には黒い枝が結晶樹を伝い、砲撃を放って脚を止めているシュテルとレヴィに纏わり付いた。

 

 ディアーチェはグリモワールの(ページ)をばら撒いて、臣下に憑り付いた黒い影を払いながら結晶樹ごと砲撃で押し留めようと力を込める。

 

 しかし、3人の決死の砲撃はユーリに決定打を与える事が出来ずに無情にも四散した。歯噛みするディアーチェらだが、全くの徒労に終わったというわけではなかった。

 

「―――シュテル…レヴィ……ディアーチェ…」

 

 構成体(マテリアル)の少女たちの視線の先には、今までと違い確かな自我を取り戻しかけているユーリの姿がある。自分達のしてきたことは無駄ではない…このまま魔力負荷をかけ続ければ彼女を呪縛から解き放つことができると、傷ついた身体に鞭を撃って魔力を練り上げていく。

 

「イリスは私がきっと止めます…ですから貴女達は…」

 

 ユーリは自我を奪われ、自由に動けない身体で命すら他人の思うままにされている状況においても、ディアーチェらの身を案じ、撤退するようにと懇願した。

 

「その為に私達に退け…と?」

 

「ダメ…ダメだよ!ユーリ!!」

 

「…ッ!?馬鹿者が!それが動けもせず、泣いている子供の言うことか!!」

 

 突然の懇願は3人の胸に少なくない衝撃を与えたが、その言葉一つで尻尾を巻いて戦場を離れるのならこんな所には来ていないとそれぞれの感情を乗せて言葉を紡ぐ。

 

 

 だが、それでも……

 

 

「貴女達まで失いたくないんです…ッ!!!!!」

 

 

 ユーリもまた、ディアーチェらに負けないほどの強い何か(・・)を以て、大粒の涙で顔を濡らしながら叫びを上げる。

 

 断ち切りかけていた呪いは再びユーリを繋ぎ留め、望まぬ殺戮の引き金を引かせようとしていた。姿を変えた〈魄翼〉から放たれる規格外の砲撃…

 

 しかし、3人は退くことをしなかった。大いなる力を欲し、破壊するために存在するだけだった自分達が初めて会ったはずの少女に固執している理由は定かではない。

 

 だが、湧き上がる感情の渦に身を任せるようにディアーチェらは光条となって空を翔ける。

 

 数的有利など何の意味もなさないほどに圧倒的な力の前に構成体(マテリアル)の少女達は徐々に押され始めていく。無尽蔵に存在するのではないかという程の圧倒的な魔力を行使して、誘導弾を放つような気軽さで連射される砲撃…

 

 要塞の如き防御を以て、先の連携砲撃以降は決定打を与える事は出来ず、近接戦闘においても理外の超火力を以て一撃でもまともに受ければ再起不能(リタイヤ)といったところだろう。

 

 ユーリの行動がウイルスコードによって縛られており、思考と肉体の動きにラグが発生している事、何故かは分からないが精神的に動揺している事からどうにか撃墜されずに済んでいるといった状況にまで追い込まつつあった。

 

 そして、迎撃をものともせずに正面突破したユーリが拳を突き出しながらディアーチェに迫る。

 

「くっ…!?」

 

 ディアーチェはグリモワールの(ページ)をばら撒きながら勢いを減衰させようと試みるが、紙片の乱流でさえも足止め程度にしかならないのか、着実にユーリとの距離が狭まっていく。

 

 技も技術もあった物ではない。ただ、子供が腕を突き出して向かって来るかような稚拙な攻撃でさえも、ユーリの膨大な魔力によって必殺の一撃と化す。

 

 受け止めきれないまでもどうにか離脱の切欠を作ることができないかと思考をフル回転させていたディアーチェの眼前で涙に濡れた顔が上がった。

 

 

 

 

「―――あの惨劇の中で…私が残せたのは、イリスの心と貴方達だけだった…ッ!!」

 

 ユーリは涙でぐしゃぐしゃになった顔で己の罪を懺悔するかのように…強引に喉を動かして、胸の内を吐露していく。

 

「いつか故郷に還るため!誓った夢を叶えるため…ッ!!貴方達までいなくなってしまったら……私は…っっ!!」

 

 ディアーチェはそんなユーリを見て言い知れぬ感覚を覚えながら、脱するべき危機的状況にあるにもかかわらず、あろうことか突き出されている拳に向けて自ら手を伸ばした。

 

 

 15歳の八神はやての肉体を元にしたディアーチェからすれば、容易に包み込めてしまう程に重なった手は余りに小さく頼りないものであった。

 

 触れ合った手の感触…眼前に広がるユーリの顔…その光景はディアーチェ…そして、シュテルとレヴィに何かを訴えかける。

 

「―――ぁ、っ…」

 

 3人の脳裏に雪崩のように押し寄せるのは失われた過去の記憶…

 

 目の前にいる少女、この小さな手によって自分達は救われ…彼女のために生きて来たのだ。

 

 全てが繋がるような感覚を覚えながら、ディアーチェらは全ての記憶を思い出した。

 

 

 

 

 自分達がどういう存在であったのか…

 

 それは、エルトリアでは絶滅寸前であり〈死蝕〉の影響を受けていない元生種の猫科の生物であった。

 

 しかし、エルトリアの劣悪な環境と食糧不足、他の生物の狂暴化により、戦う術を持たない小型生物の自分達は死の淵に瀕していた。そこを拾い上げてくれたのが、当時〈惑星再生員会〉と行動を共にしていたユーリ・エーベルヴァインであった。

 

 ユーリによって命を救われ、住処と食糧と、暖かな日々を与えられた3匹は息を吹き返し、それまでとは比べ物にならないほどに豊かに過ごせるようになっていた。

 

 

 

 

―――夜天の書は憎しみと死の連鎖に覆われた子です。だけど、私や夜天の魔導は星や命を救う力にもなるんだって…そう思い出させてくれたのはイリスとあの子達です。

 

―――どうしようもない現実も諦めなければいつか変えられるかもしれない。一人で出来ない事もみんなでなら出来る。私はイリスからそんなことを教わったんですよ?

 

―——や、やめてよ。恥ずかしいからさぁ…

 

―――ふふっ、あの子達の元気な姿がそれを証明してくれてます

 

―――あ、そうだ。名前つけたんだよね…何だっけ?

 

 

 委員会の敷地内にある家畜達の居住スペースの近くの柵に座ったユーリと、隣に立つイリスが話し込んでいる。

 

―――星光(シュテル)雷光(レヴィ)…それから闇王(ディアーチェ)ですよ

 

 そして、ユーリは草原に差し込む陽だまりの様に穏やかな声音で…3匹の猫を指す名を呼んだ。

 

 

 尚も続いていく思い出の日々…

 

 星によって定められた滅びの中で、名も命も彼女にもらった。

 

(そうだ…命をくれて、育ててくれた)

 

(飢えとも乾きとも無縁の暖かな暮らしをくれた)

 

(それに報いるために強くなりたい…だから欲しかったのだ)

 

 自分たちの多くの物を与えてくれたユーリの為に、居場所をくれたイリスや惑星委員会、エルトリアの力になりたい。

 

 貧弱で弱々しい子猫の体躯ではなく、言葉を話せない口でもなく、遊び道具にしかならない尻尾でもない。

 

 ディアーチェらが求めてやまなかったのは、周囲を壊すための物ではなく―――

 

(優しいこの娘を守れるような…)

 

 死に行くはずであった自分達に与えられた優しさと思いやりに報いるため…

 

(この子の願いを叶えられるような…沢山の力を…ッ)

 

 その為の力は惑星一つを変えてしまう程に大きく強い物でなければならない。星によって決められた自然の摂理から救い出してくれたユーリを守れる程の物でなければ意味がないのだ。

 

(無限に湧いてくるような…そんな力を…ッ!!)

 

 だが、小さな子猫たちの抱いた叶うはずのない願いは巡り巡って此処に果たされた。運命の悪戯か今の彼女らには言葉を話せる口も、誰かを抱き留める事が出来る腕もあり……そして〈魔法〉という主人(ユーリ)を縛り付ける呪いから解き放つための力を携えている。

 

 

 止まっていた時計は壊れ…時空(とき)は再び動き出す。

 

 

「…っ!?」

 

 シュテルとレヴィは残った力を振り絞るように空を翔け、ユーリに向けて拘束魔法(バインド)を撃ち込んだ。

 

「ディアーチェ!助けますよ…私達の主人を!!」

 

「ボクらの大切な娘を…ッ!!」

 

 拘束対象の理外の膂力に腕が引き千切れそうな感覚を覚えるが、意地でも離すものと繋いだ鎖を壊させはしない。

 

「応ッ!……我が得たこの力を以て―――貴様の絶望を…その鎖を、この闇で打ち砕いて見せようッ!!」

 

 ディアーチェの足元に闇色の剣十字が出現する。ユーリはウイルスコードの自動反応によりシュテルとレヴィのバインドの解除を試みながらも、肉体から乖離した意識でその光景に視線を向ける。

 

 

 その直後―――ユーリの視界が闇に染まった。

 

 

「暁に吼えよ、我が鼓動!出よ巨獣―――ジャガーノートォォォ!!!!」

 

 闇統べる王の眼前に出現した5つの魔法陣から成る極大砲撃〈ジャガーノート〉がユーリの全てを呑み込んだ。

 

「ぁ、ぁぁ…ッ…あぁ―――ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

 

 黒い闇が自分を呑み込んでいく。

 

 しかし、ユーリは高密度の魔力に全身を焼かれる痛みにも勝る程の幸福すら感じている。死にかけていた小さな命が自分の為にこんなにも戦ってくれた。自分の力で歩いて行けるようになっても、どこにでも飛んでいける翼を得ても、自分の為に尽くしてくれた。

 

 守るはずの者に守られたこと…複雑な心境であるが、それでも酷く嬉しく思ってしまう自分に溜息を零しながら心地よい闇に抱かれるように瞳を閉じた。

 

 

 

 

 頬を伝う冷たい感触と共に瞳が光を取り戻す。

 

 レヴィは離れ離れとなっていた主人を取り戻した事を再確認するかのように涙を零しながらユーリの身体を強く抱きしめる。

 

 その背後には安堵したかのようなシュテルとディアーチェ。

 

 そんな彼女らを見てユーリの瞳からも雫が溢れ出す。

 

 だが、これは先ほどまでの涙とは一線を画する…そう、小さな子猫達に対する感謝の思いが籠った嬉し涙なのだから……

 

 

 

 

 そんな彼女らの長き時を経ての再会は、たった一発の銃弾によって無残にも打ち砕かれた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

そして、異端分子を抱えながら物語は徐々に動き出していきます。
原作からしてですが、オリキャラの存在もあり、群像劇の側面が強い章になっていますね。


本日あったリリカルなのはシリーズの重大発表により、テンションが爆発しております。

やっぱりコンテンツが動くとモチベーションの向上が著しいですね。


こちらも執筆の励み、モチベーションの爆上げになりますので、感想等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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暴虐の嵐

 3人の少女が主人を取り戻そうと奮闘している頃。

 

都市部の地下に走る線路脇では茶髪をセンターで分けた大人の女性―――固有型イリスの苦悶の声が響いていた。

 

「…ぉぇ…ぐぎっ!?…がぁ!」

 

 固有型は地に這い蹲って起き上がることもできずに、驚愕に目を見開いていた。視線の先には女騎士―――シグナムが佇んでいる。

 

 肉体生成時にイリスからフィードバックされた魔導師達のデータから参照するに、目の前のシグナムに勝つことはできないまでも足止め程度なら十二分に可能という検証結果が出ていたはずであるし、できる事ならば排除するつもりで戦闘に臨んだ。

 

 しかし、結果は―――初撃の振り下ろしを躱されたばかりか、シグナムの騎士甲冑から剥き出しになっている太腿が鞭のように(しな)り、白い軌跡を描いて撃ち放たれた強烈なハイキックによって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて動けなくなっているという物であった。主兵装の〈ヴァリアントウエポン〉は落下の衝撃で既に手元から弾かれてしまっている。

 

 エルトリア人は故郷の劣悪な環境に適応した為に、身体スペック、強度は地球、ミッド人とは比較にならないほど高水準である。同郷のテラフォーミングユニットが生み出した彼女ら〈イリス群体〉に関してもエルトリア人と同等…耐久性に関してはそれ以上を誇っているにもかかわらず、たった一撃で立てなくなるまでのダメージを受けているこの状況は完全に想定外と言える。

 

「ふ、ふざけるな…」

 

 固有型は身体を震わせながら、無理矢理立ち上がりシグナムを睨み付ける。母体の命令を果たす―――それ以上に、この状況を寛容したくないという衝動に駆られての事だろう。

 

 相手は女性型で背格好も似ている剣士であるにもかかわらず得物を抜かせることもできずに地面に這い蹲る自分……

 

「ッ!…はあああああああぁぁぁ!!!!!」

 

 固有型は踏み出した勢いで地表を蹴り壊しながら、シグナムへと飛び掛かる。その手に剣は無く―――身一つで我武者羅なまでに…

 

 オリジナルからの指令を遂行する為だけに産み出され、それ以外には何の価値も抱かないはずである〈群体〉の一員の自分が何故、目の前の女との戦いにこれほどまでに意志を揺さぶられるのかは分からない。

 

 結界破壊も敵の足止めも最早、彼女の頭の中には存在しない。ただ―――シグナムに勝利したい…その為だけに拳を振り(かざ)す。

 

 その瞳にはシグナムも…自身の拳を握り、迎え撃とうとしている光景が映りこむ。正面からの力比べ……固有型は自らの口元が緩んでいることに気づかぬままに気流を纏った拳を振り抜いた。

 

 

 交差する両者の拳…

 

 

「―――ッ!」

 

 片方の女は頬に赤紫を纏った拳を撃ち込まれた衝撃で地下を転がり、もう片方の女はその光景を静かに見下ろしている。

 

 シグナムの拳は相手の頬に突き刺さり、逆に固有型の拳は相手の横髪を揺らすに留まり空を切った。クロスカウンターのような形で拳を交えた女の戦いはシグナムに軍配が上がったのだ。

 

 大の字になって横たわる固有型は呻き声すら上げられずに意識を手放していた。

 

 ちょうど戦闘が終了したタイミングで、列車に打ち込まれた〈シュツルムファルケン〉の魔力反応を感知してか、シグナムと同様に地下に派遣された魔導師部隊が姿を見せる。

 

 噴煙を巻き上げて横たわる列車、顔を腫らして倒れている女性と薙ぎ払われた量産型……

 

「―――誰か彼女の拘束を頼む。私はその系統には疎くてな」

 

 魔導師部隊は地面に突き刺した〈レヴァンティン改〉を鞘に納めているシグナムに声をかけられ、弾かれたかのようにイリス群体達の捕縛に取り掛かる。

 

 主兵装の剣を使うまでもなく決着した余りに一方的な戦闘。決して固有型の戦闘能力が低水準というわけではない。一般的な魔導師であれば単体で打倒することは難しいほどの力を有していたと言える。

 

 しかし、剣水晶の竜皇(クリスタルドラゴニア)や魔導獣との戦闘、特A級次元犯罪者イヴ・エクレウスとの死闘―――天穹の翼を抱きし少年の存在…この数ヵ月の間に起きた幾つもの戦いは八神はやて達と過ごす穏やかな日々の中で失いかけていた、シグナムの戦士としての本能を呼び醒ます結果となっていたのだ。

 

 仮にこれらの出来事が起きず、この事件がもっと前に起きていたとしても戦闘の結果は変わらなかったであろう。だが、これほどまでに一方的な戦闘となったのは、死線の中を潜り抜ける中で研ぎ澄まされた騎士としての本能…暖かな主と過ごす中で得た優しさという強さ…どちらも内包した今のシグナムだからこそと言えるだろう。

 

 

 シグナムは倒れた敵に視線を向けることなく線路内を駆けていく。

 

 

 

 

 最初に固有型を討ち取ったシグナムに続くかのように各所の戦闘も集結へと向かっている。

 

 大通りではヴィータが〈グラーフアイゼン改〉で吹き飛ばした固有型を深紅のバインドで縛り上げている。

 

 

 オールストーン・シー園内には、なのはとはやての砲撃で胸元に大穴を開け、各所を損傷している機動外殻が転がっており、その近くには翡翠のバインドで拘束されている固有型の姿。これでイリス群体の肉体生成の為の素材採掘の供給を大幅に制限することができる事であろう。

 

 

 結界維持の要所の一角とされていたドームでも鉄槌を柄から圧し折られて気を失っている固有型をアルフが拘束している。

 

 

 

 

 都心部への侵攻を仕掛けた固有型を捕らえ、機動外殻部隊をを退けたシャマルはシグナムへと通信を繋いでいた。

 

「―――シグナム、そっちはどう?』

 

『線路内の量産型は殲滅した。そちらはどうだ?』

 

「こっちも全員拘束完了よ」

 

 シャマルは離せと喚きながら拘束を外そうと足搔いている固有型を流し見ながら、シグナムからの良い報告に僅かに目尻を下げた。

 

『ならば良いが、本体と他の戦況はどうなっている?』

 

「そっちは大丈夫、リンディさんと本部が本体を探してくれてるから」

 

 現在はリンディを始めとした部隊がイリス本体の行方を捜索中だ。先ほどクロノが僅かとはいえ本体との通信を繋げることができた為、そちらでも反応を追っている。本体の反応を補足できるのも時間の問題と言える。

 

「群体イリスの退治も各地で頑張ってるわ。このまま行けば結界から逃がす心配はなさそうよ」

 

『そうか…早く本体が見つかるといいのだが……』

 

 シグナムは各所の仲間たちの奮闘の報告に胸を撫で下ろすが、未だに残る懸念事項が脳裏を過ってか僅かに表情を曇らせる。

 

「後はユーリちゃんと戦っている王様達…」

 

『……そうだな』

 

 浅からぬ因縁を抱えている4人の少女…

 

 彼女らの結末が悲しいものとならぬようにと祈るシャマルの思いとは裏腹に―――

 

 飛び込んで来たのは救援申請……

 

 終幕へと向かっていたはずの一連の事件は新たな歯車を加え…狂ったように変質していく……

 

 

 

 

 長きに渡る因縁に決着を付け、ユーリとの再会を果たしたディアーチェ達―――

 

 突如として飛来し、彼女らに迫る1発の銃弾はシュテルの〈ブラストクロウ〉を掠め、その衝撃でダメージを与えた。

 

「…シュテルッ!この…ッ!」

 

 新たな脅威を感じ取りすぐさま反撃の魔力弾を放つディアーチェだが、魔力の枯渇により弾速も威力も普段とは比較にならないほど弱々しい物であった。

 

 そんな彼女達を嘲笑うかのように柱の支柱を足場にしていた存在が姿を現すように接近して来る。

 

 まさに異様―――その一言に尽きる。

 

 身に着けている〈フォーミュラスーツ〉からイリス群体の1人であることは確定的だが、それにしては他の個体は一線を駕していた。

 

「―――中々、思い通りにはいかないものだね」

 

 がっしりとした無骨な体躯に、低く響く声―――

 

 姿を現したのはこれまで確認されていない男性型の個体……

 

 技術的な観点から見て、群体個体を男性型で生み出すこと自体は可能ではあろうが、これまでのイリス群体は量産型から固有型に至るまで、皆等しく女性型であった。

 

 関東全域を攻め落とす勢いで大量戦力を投入しなければならないイリスが、わざわざこの個体だけ手間をかけて男性型にする必要がどこにあるのだろうか……

 

 しかも、この局面まで来て一機だけを戦線投入して来る意味は限りなく薄いはずであるにもかかわらず―――

 

 

 

 

 男性を包んでいた紫の光が身体を縁取る発光線へと変わり、近づく距離と共にその姿が露になる。

 

「ま、さか―――ッ!?」

 

 ユーリはその姿を瞳に捕らえ、酷く動揺した。

 

 だが、襲撃者は構う事なく言葉を紡いでいく。この状況を…この戦闘を…全ての事柄を楽しむかのような夢見心地な表情を浮かべてさえいる。

 

「ユーリと猫と魔女達―――全部をイリス(・・・)が相手にするんじゃ、流石に手に余るらしい。可愛い娘の為だ、ここは一肌脱ぐとしよう」

 

 襲撃者はあろうことが母体であるイリスに対して、その名を直接口にして見せた。

 

 そして…母ではなく娘という呼称―――

 

 全ての線が一つに繋がっていく―――

 

「そんな…貴方は…ッ!?」

 

 ユーリが()の名を口にしようとした瞬間……

 まだ全てを明かすには早すぎるとユーリの言葉を遮る様に機構発動の解号を紡ぐ。

 

 

「―――アクセラレイター・オルタ」

 

 その舜刻―――

 

 暴虐の嵐と化した()の剣が振り下ろされた。

 

「な―――にッ!?」

 

 油断などしていない…油断できるような状況ではない…ただ、理外を超える疾さを以て振り下ろされた剣に反応すらできなかったのだ。

 

 シュテルは力の奔流を受けて、前のめりに倒れようとしている。痛みと衝撃を感じる間もなく、自らの眼前で宙を舞うブラストクロウの存在を垣間見てようやく攻撃を受けたのだと認識できたほどだ。

 

 そして、彼女が水面に倒れた頃には、レヴィが、ユーリが吹き飛ばされていた。レヴィは反応速度の差から、ユーリには手加減をしていたのか素手で殴り飛ばしただけであったためか、シュテルと違い失った物は無いようであった。

 

―――勝てない…

 

 目の前の存在は、例え魔力が十全にあって3人で挑んだとしても勝てる見込みのない相手……シュテルの中にある戦術の切り札(エースオブエース)の少女の魔導師としての勘がそう訴えかけて来た。

 

―――それでも…ッ!

 

 傷付いた身体に鞭を撃ってディアーチェの前に躍り出れば、腹部の焼けつくような痛みと口に広がる鉄の味…

 

 せめて自らの王だけは守りたい。最後の意地を貫いたシュテルは迫る刃からディアーチェを庇ったのだ。

 

 

「―――むっ…」

 

 その光景を尻目に、襲撃者はシュテル達とは見当違いの方向に視線を向けて、僅かに眉を顰めた。このまま3人を仕留める事は容易いが、これ以上の長丁場を嫌ってか、急所を斬り裂くことはなく剣先を引き抜き、峰でディアーチェを殴り飛ばして、ユーリの下へと歩を進めていく。

 

「じゃあ、この娘は連れて行くよ。また()達に邪魔されるのは想定外だったかな。ここまでもトラブル続きではあったけれど、それも一興か。とはいえ念には念を(・・・・・)入れておくべきか―――なぁに……最後に笑えばいいのさ」

 

 ようやく取り戻した主人(ユーリ)を目の前で奪われ、手に入れた(魔法)は捻じ伏せられた。

 

(く―――そっ!)

 

 ディアーチェは襲撃者にユーリを連れ去られる光景を目の当たりにし、無力感に打ちひしがれながら意識を闇へと落としていった。

 

 

 

 

 ディアーチェらが襲撃者と戦闘をしている頃、臨時本部の一角で談笑を続けていた咲良の下に通信が届く。

 

《―――黒枝…むっ!そこは指令室ではないのか?》

 

「は、はい。煉様…本部内を見回っていた最中でして…」

 

 咲良は煉からの通信に僅かにどもりながら対応していた。実質的な療養措置とはいえ、名目上は臨時本部の防衛を言い預かっており、見方によっては任務放棄とも取られかねない為であろう。

 

「…まあ、いいだろう。それよりも指令室でやってもらいたい事が―――何故、君風情がそこにいるんだ?」

 

 煉は咲良に指令室に行くように命じようとしたが、その表情が一瞬で強張り、まるで敵を睨み付けるかのように鋭い視線をモニターに向けている。

 

 咲良は出来る限り表情には出さぬよう心掛けながら、何の考えなしに通信端末に応答してしまった己の不用心さを呪うように顔を青ざめていく。

 

 普段の咲良であれば着信相手が煉と分かった段階で一旦、烈火から離れて応答したであろうし、彼の気分を損ねない為のやりようはいくらでもあっただろう。であるにもかかわらず、それをできなかったということは相当気を緩めていたという証拠であった。

 

《答えろ!蒼月烈火!!》

 

「答えろと言われてもな…文句があるならハラオウン兄に聞いてみたらどうだ?」

 

 煉は咲良の隣に居る烈火に対して怒鳴りつけるように声を荒げるが、対する本人は煩わしげな表情を浮かべ肩を竦めていた。そんな時、咲良と烈火が見つめるモニターの端で金色の影がふわりと舞う。

 

《あれ―――烈火?》

 

「ん?フェイトか…」

 

 金色の少女―――フェイト・T・ハラオウンは聴き慣れた名が煉の口から漏れた事に興味を惹かれたのか、飛行高度を上げて覗き込むように端末に視線を向ければ、モニター越しの珍しい組み合わせに大きな目をぱちくりとさせて驚きを表していた。

 

 蒼月烈火と黒枝咲良……東堂煉とフェイト・T・ハラオウン―――普段の彼らを知る者からすれば目を疑うような真逆の組み合わせは確かに珍しいものと言えるであろう。

 

「―――戦場のど真ん中でなんて表情(かお)をしてるんだよ。それより戦果はどうだ?」

 

《むぅ……今の所はみんな順調みたい。このままイリスさんやユーリの身柄を確保できれば、事件は終わりに一気に近づくって……》

 

 フェイトは無防備な顔を烈火に茶化されたのが恥ずかしかったのか、不貞腐れるように頬を膨らませていたが、気を取り直して、皆の奮戦により戦況が優勢に傾いていることを告げた。

 

「皆も奮戦しているか。フェイトも無事だな?」

 

《うん!ばっちりだよ!!》

 

 烈火もなのはらの戦いが良い方向に作用していることと、目の前のフェイトが大事無いことが確認できたためか、僅かであるが安堵したような表情を浮かべている。

 

《―――フェイトさん!別の回線で通信が来た!》

 

《あ…うん。烈火、また後でね》

 

 フェイトはいつの間にやら他人の端末で烈火と話し込んでしまっていたが、煉の言葉を受けて画面から消えて行った。

 

《ふん!多少魔法が使えるようだが、君のような素人の出番はないよ!そこで僕達が犯人を捕らえるまで震えているといい!!…それから黒枝!お前への用は後回しだ!!》

 

 煉はフェイトが自身の端末で通信回線を開く為に距離を取ったところで画面の向こうの2人に向けて吐き捨てるよう通信を切る。そして、通信に出ようとしたフェイトを遮る様に彼女に声をかけた。

 

 

 

 

「前からずっと言おうと思っていたが…何故だ、フェイトさん。君の居るべき場所はあそこではないはずだ」

 

「えっと、何のお話かな?」

 

「決まっている――—あの男の事だ」

 

 フェイトは煉に訝し気な視線を向ける。両者の端末にクロノからの通信が来ていることは事実であり、それに出るべく先ほどのやり取りを終わらせたにもかかわらず、引き留められる理由(わけ)を理解できなかったからだろう。

 

「どうして僕ではなくあんな奴と親しくするんだ?何か弱みを握られているのか?それとも何か理由があるのかい?」

 

 煉は呆気に取られているフェイトに対して、捲し立てるように言葉を紡いでいく。

 

「だってそうだろう?僕も君も将来が約束されているといってもいい―――君の傍に居る八神はやて達だって選ばれた人間だ。それに関しては認めたくはないが純然たる事実であり、君と共に歩んでいく資格はあるだろう……だが、何故あんな奴なんだ!」

 

 東堂煉にしろフェイトにしろ、親が管理局の高官であり、管理世界で一種のステータスともいえる魔法資質も飛び抜けて高いといえる。若干15歳にして数々の任務をこなし、多数の資格を取得して着実にキャリアを積み重ねている両者は余程のことがなければ、このまま管理局で上まで昇り詰める事は約束されているだろう。

 

 そんなフェイトの周りにいる面々も夜天の主とヴォルケンリッター、若き提督に無限書庫の次期司長候補、戦術の切り札(エースオブエース)錚々(そうそう)たる顔ぶれであり、彼ら彼女らも優れた資質を持っていることは否定しようのない事実である。

 

 だが―――蒼月烈火は違う。

 

「局側からすれば、稀少な術式とデバイスを持っているという以外は特筆すべき所は何もない!特別管理外世界だか知らないが、所詮は管理局の思想を理解できない田舎世界だろう!?そんな田舎者が使う魔法など3流以下……デバイスだって大したことないに決まっている!!挙句、管理局への情報開示を断ったそうじゃないか!!」

 

 以前の事件で烈火が魔導師だと周囲に知られた際、管理局側からは現地協力者になってこれまで通り過ごすか、魔力リミッタ―をかけた上でデバイスを局員に預けて魔法関係の事柄に関わることを止めるべきだという提案がなされたが、その時に一悶着あった事はそれとなく煉の耳にも入っていた。

 

「管理局に明かせないような(やま)しい過去があるということかもしれない…いや、きっとそうに違いない!でなければ情報を隠す必要などないのだから!」

 

 元を辿ればその事件は管理局員が引き起こした物であり、管理外世界に滞在していて巻き込まれただけの烈火に個人情報と所有物の明け渡しを要求すること自体は個人の観点から見ればいい迷惑や理不尽と言えるが、法治組織としては必ずしも間違いとは言い切れない。

 

 世界の均衡を保つ法の守護者である自分達の管理を受けようとしなかった烈火を不審に思う気持ちも分からなくはないだろう。

 

 現に今も尚、烈火が地球に滞在しているのは、最初の事件の担当が穏健派のハラオウン派であったことと、高町なのはの幼馴染であるところが大きく、一般的な局員であったならばこうは行かなかった可能性が高い。万が一、過激派であったのなら一悶着では済まなかったであろうことも想像に難しくない。

 

「奴はきっとろくでなしだ!!奴は君には相応しくない。早く離れるべきなんだ!―――その為だったら僕は協力は惜しまない!!」

 

 煉は鬼気迫る様子でフェイトを捲し立てる。過去の経歴も分からなければ自分達の様に実績もない。正義を貫く法の守護者である自らが間違っているはずがないのだと、自信満々に、声高らかに―――

 

「だから僕にだけは話してくれ!一体アイツに何をされたんだ!?―――あんな奴と共に居たらフェイトさんが不幸になってしまう!!だから―――ッ!?…っ!?」

 

―――だから、君は僕と共に在るべきだ……

 

 言葉を紡ごうとした煉は頬に感じる熱さに目を白黒させ、眼前の少女に視線を向ける。そこにいたのは、この6年間で一度も見た事のない表情を覗かせるフェイト。煉でなくても彼女を良く知る者からすれば、驚愕を覚える光景であろう。

 

 魔法関係ではともかく、日常生活においては、温厚、お人好し、天然が服を着て歩いていると言われるフェイトが他人に手を上げるなどということは前代未聞の事態であった。

 

 

「―――フ、フェイトさん…?」

 

 煉はフェイトに頬を張られた事に理解が追い付いていないのか、間の抜けた表情で呆然とした様子だ。

 

「確かに烈火にもよくないところはあるよ。自分の事を話そうとしないし、独りでどっか行っちゃうし、みんなの和には入ってこないし、素直じゃないし、いじめっ子だし……でもね―――ホントはとっても強くて優しい人」

 

 フェイトは呆然としている煉に想いの丈をぶつける。

 

「私だって烈火が今までどうやって過ごしてきたのか気になってないわけじゃない。どうしてあんなに辛そうなのか、何を悩んでるのか知りたい……力になりたい―――そう思ってる」

 

 烈火の過ごして来た軌跡が気になったことがないと言えば嘘になるのだろう。時折見せる悲しそうで辛そうで、消えてしまいそうなほどに儚げな表情……きっと彼がそんな表情をする原因は過去にある。

 

 何故かは分からない。しかし、烈火のその表情を目の当たりにするたびに胸が締め付けられ、同時に彼にそんな顔をして欲しくないと思った。

 

「だって―――大事な友達だもん」

 

 脳裏に浮かぶのは、烈火と出逢い、過ごしたこの半年間……

 

 幾つもの事件に巻き込まれたこともあったし、自宅に招いたことも一泊させたこともあった。贈り物選びに付き合って貰った際には共に出かけたこともあった。

 

 親友の幼馴染でしかなかった烈火の隣にいる事がいつの間にか当たり前になっていたのだ。

 

「誰にだって反りが合わない人はいるよ。だから、東堂君(・・・)が烈火の事を嫌いならそれはしょうがない。でも私は烈火と一緒に居たいし、その事で不幸になるなんて思ってないよ。彼の事を良く知らないでそんなことを言う()に話す事なんてない」

 

 煉が烈火の事を何故ここまで忌み嫌うのかを理解できていないが、誰にも相容れない人物という物が存在することも確かであり、それに関しては当人以外にはどうしようもない事は分かっている。

 

 だが、フェイトからすれば蒼月烈火は、隣人であり、クラスメートであり、親友の命を救った恩人であり、大切な友人であるのだ。そんな彼に対しての頭ごなし―――それも烈火の過去や人格を否定するかのような発言は温厚なフェイトといえど寛容できる範囲を逸脱していたということなのだろう。

 

 

「今はこんなことをしてる場合じゃない。早くみんなの所に行かなくちゃ…」

 

 現在進行形で2つの惑星の行く末を決定づける決戦の最中であり、本来ならば一分、一秒が惜しい状況なのだ。端末は未だに着信を知らせているし、情勢は刻一刻と変化している事だろう。フェイトは踵を返し、戦域へと舵を取る。

 

だが、飛び立つ前に背後に視線を向けた。そこに在るのは茫然自失…信じられないという表情を浮かべ固まっている煉の姿……

 

「さっきも言ったけど、どう思うかは自由だよ。でも、私だってそれは同じ……次に周りにいる人たちに対して同じようなことを聞いたら、多分―――貴方(・・)の事を許せないと思う」

 

 恐らく言われたのが自分の事ならば感情を心の内に留めておくことができたはずだ。しかし、周囲の者達が侮辱されることは我慢ならなかった。自分ではなく他人の事を想う…それがフェイト・T・ハラオウンという少女なのだろう。

 

 フェイトは煉を一瞥し、月光に煌めく金色の髪を夜風に靡かせ、再び戦場へと舞い戻って行った。

 

 

 

 

 煉は去ったフェイトを追うこともなくその場に佇んでいる。どこか虚ろな表情でブツブツと何かを呟いていた。

 

「…だ…何故だ」

 

 彼が命じられたのは結界各所を回りながら、圧されている拠点に加勢する遊撃任務であったが、そんなことはどうでもよくなってしまっていた。

 

 煉の活動拠点はあくまでミッドチルダであり、地球は別荘程度の価値しかないと言っていい。エルトリアなどそれこそどうなろうが知った事ではない。

 

 もっと優先すべき事象があるのだから……

 

「アイツの所為だ。アイツが来て彼女は僕以外の男に心を許してしまった」

 

 本来フェイトの隣に居るはずの自分が彼女に蔑ろにされるようになった原因の心当たりは1つしかない。

 

「覚えておけよ…貴様はいつか必ず……そして―――君を取り戻して見せる」

 

 顔を上げた煉は濁った瞳で彼女が去った方向へ愛し気な視線を向けた。

 

 

 

 

 此度の元凶であり、戦況の観測者―――イリスは困惑の表情を浮かべている。

 

「どういう事なの?これは…」

 

 その原因は群体からの通信にあった。

 

 

 

 

 少しずつ綻びを見せ始めた物語―――

 

 人の想いが絡み合う―――

 

 善意…悪意…理念…誇り…執念…

 

 明らかになる真実と共に混迷の戦場は最終楽章へと到達した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

真打登場とばかりに皆さん大好きなあの黒幕が出て参りましたね。

劇場版+オリジナルの人物達が共演しているだけあって登場人物がものすごい事になってますので、この章における主要人物の立ち位置というか軌跡を纏めてみます。


蒼月烈火
本作の主人公、これまでと違い戦線に加わることなく事態の成り行きを見守っている。

高町なのは
ご存知原作主人公
事件収束のために奮闘中。新型レイジングハートと新たにフォーミュラの力を得てチートに磨きがかかったようだ。

フェイト・T・ハラオウン
脱げば脱いだだけ強くなる少女
要所要所の描写が多く、出番の多さで言えばダントツ。
最近の悩みは下着のサイズがすぐに合わなくなることだとか…

八神はやて
TA☆NU☆KI
夜天の書を取り戻すべく奮闘中。
責めるのはいいが責められるとヘタレる事が最近発覚した。

シグナム
デカパイ騎士
イリス勢トップの巨乳を持つ推して参るさんを瞬殺。巨乳程度では爆乳には勝てんとばかりに格の違いを見せつけた。

シャマル
サポート役()
機動外殻相手に無双ゲーばりの活躍を見せ、鉄子ちゃんを半泣きさせた。

ヴィータ
エターナルロ(ry
着実に戦果を挙げている。小っちゃいのに…

ザッフィー
もふもふ
強い、固い、ムキムキ

クロノ・ハラオウン
リア充満喫中の実質主人公
前半は不遇だったが、後半はデュランダルと共に多数の区画を制圧し、トップクラスの戦果を挙げているMVP枠。

アミティエ・フローリアン
エルトリアサイドの主人公

キリエ・フローリアン
あれ…私の出番は…?
A.貴方は次回です

マテリアルズ
記憶と主人を取り戻したかに思えたが……

ユーリ・エーベルヴァイン
囚われのお姫様

こんな感じですかね。

では次回お会いいたしましょう。
感想等頂けましたら嬉しいです。

ドライブイグニッション!


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闇影真実のLostMemory

 情報は錯綜を極め、戦場は更なる混乱の様相を呈している。今回の事件を引き起こし、キリエ・フローリアンを傀儡として、暗躍していた少女―――イリスは通信を司る個体から入ってきた情報に対して動揺を隠せないでいた。

 

 通信内容は至極単純な物であり、自らが(けしか)けた戦闘の結果についてであった。

 

《ユーリ意識消失…私達の誰かが身柄を確保する事には成功したようですが、通信が繋がりません。ですが、交戦相手の猫に再起不能の重傷を負わせたようです》

 

 それに対しての回答は一つ。在りえない―――だ。

 

「―――何が起きてる…」

 

 此度の戦いは全て自分の支配の下に成り立っているはずなのだ。確かにあの3匹が管理局側に回ったことは予定外ではあるが、どうということはない。どのみちユーリと敵対させるために蘇らせたのだから……

 

 であるにもかかわらず、計画が最終フェイズまで進みつつあるこの期に及んで自分達(・・・)の中から不穏分子が発生するなどあっていいはずがないのだ。

 

 

 掌から致命的な何かが零れ落ちていくようなそんな感覚―――

 

 

 そんな想いを抱きながら、イリスは戦闘区域を忌々し気に睨み付ける。自らの群体と多数の機動外殻を投入し続けているにもかかわらず、戦闘が長期化の様相を呈していることが理解出来ないのだろう。

 

 思えばキリエの夜天の書奪取時点からここに来るまでにイリスの想定外の事態が多数発生しており、その都度、計画の修正を迫られていた。加えてここに来ての完全なイレギュラー……

 

 このままでは埒が明かないと戦局を変えるべく、各地の量産型へ指示を出そうとしたが、それは叶わなかった。

 

 画面の向こうでは僅かな呻きを残して量産型が凍り付く。

 

 各所の群体に指示を飛ばせなくなる最悪のタイミングだった。

 

 イリスは怒りで沸騰しそうになる感情を押し殺しながら、冷たく無機質な声で呟いた。

 

「…君か……」

 

 意識の向こうにいたのは、拠点確保のために踏み込んできた管理局員達の最後尾にいる黒衣の青年―――クロノ・ハラオウンであった。

 

《此方の制圧は順次進行している。先ほども言ったが、出来る限りの配慮もする心算だ。抵抗を止めて投降してくれ……それに、君達の方でも何か想定外の事態が起こってはいないか?》

 

「……さあね」

 

 クロノは先ほどと同様の武装解除宣告に加えて、イリス側の内部情勢を言及してきた。対する本人は肩を竦めるように冷たく答えるのみ。

 

《それからもう一つ。各地の戦闘報告を受けて一つの疑問が出て来た。君が目的と言っている行為、それは本当に君自身が定めたものか?》

 

「―――ッ!?」

 

 イリスは淡々と核心を突いてくるクロノの発言を前に無機質な表情を保てなくなっている。

 

 気づいてはいけない、知ってはいけない、これ以上は踏み込んではいけないと彼女の頭の中で何かが蠢く。

 

「…ユーリが過去を漏らしたんでしょ?」

 

《君はユーリ・エーベルヴァインの思考を奪って制御していたな。ならば、君自身がその処置を受けているという可能性は―――》

 

「煩いッ!!」

 

 イリスは切り捨てるように否定する。クロノはその様子を見てそれ以上の追及はしなかったが、複雑そうな表情を浮かべながら疑念が確信に変わったことを感じ取っていた。

 

《提督、市街地エリアに新たな機動外殻が出現しました》

 

《分かりました。ボクが凍結を……》

 

 耳に聞こえて来る彼らの会話…自分の把握していない機動外殻の出現を受けて、動揺からか心が揺らぐ。

 

《イリス…僕達は君達に対して出来る限りの配慮を取る用意がある。もう一度、よく考えてみてくれ。本当に取り返しがつかなくなるような出来事が起こってしまう前に……》

 

 クロノは揺れ動くイリスを一瞥し、新たな脅威に対処すべく戦場に舞い戻る。

 

「…アタシは、アタシだ」

 

 自分が何者であるのか、そう考えているこの思考すら本当に自分自身の物であるのか…それすら確証が持てなくなっている。

 

「星を救うために生み出されて…大切な人達に愛されて育って、ユーリに全部奪われた―――アタシはアタシ…他の何を否定されてもいい。だけど!エルトリアで生きたあの日々は!あの時間は…アタシの思い出だけは誰にも否定させないッ!!」

 

 イリスは自らを抱くようにして身体を抑え込む。そうしなければ震える自分自身がどうにかなってしまいそうだったから……

 

 自分が過ごした思い出の日々を否定させたくなかったから……

 

 否、誰もイリスを否定しようとしていたわけではない。むしろ否定しようとしたのは他ならぬイリス自身であった。

 

 だからこそ、自分の過去を否定させないために…あの日々を肯定するためにイリスは自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいた。

 

 自分が自分で無くなるような感覚、これまでの過去がすべて否定されるような虚無感…そんな感情に蝕まれる様にイリスは自分を強く抱きしめる。支えてくれる親も友だった者ももういない。

 

 星一つを埋め尽くすほどの分身を生み出せても、それは彼女自身に他ならない。結局、今の彼女はどうしようもなく独りぼっちだった。

 

 

 

 

 そこへ、静寂に包まれる展望室に何者かの足音が木霊する。

 

 量産型に帰還命令は出していない。つまりは発生したイレギュラーか、敵対している魔女の接近に他ならない。

 

 イリスが嗾けようとした護衛に残した量産型は、次の瞬間には弾丸に撃ち抜かれて地に崩れ落ちる。

 

 その光景を見てイリスの眉が不愉快そうに吊り上がる。

 

 あれだけズタボロにして、過去の全てを否定してやったにもかかわらず……

 

「…何しに来たの?」

 

 イリスは低い声で問いかけた。

 

 

 

 

「助けに来たの」

 

 

 

 

 問いかけの返答は至極簡潔。

 

 驚愕に見開かれた瞳は正面に立つ人物を写し取った。

 

 今や新装されたツリーに名所としての座を奪い取られた暗がりの展望台。戦況の把握と迅速な指示を送るために適した場所だ。とはいえ、それは敵側とて同様…何れは何者かが此処に辿り着くだろうとは思っていた。

 

 だが、それ自体はイリスにとって脅威と呼べるものではない。

 

 何故ならイリスは魔導師に対して圧倒的なアドバンテージを有しているからだ。魔導師であるにもかかわらずフォーミュラを体得した高町なのはという不確定要素の塊に関しては一概に言い切れないが、それ以外の者であれば、誰が来ようと返り討ちに出来る。それに関しては絶対の自信があった。

 

 それは管理局側とて把握しているはず…だが、よりにもよって送り込まれて来たのは、自分が捨てた傀儡(キリエ)だったと知り、ぐちゃぐちゃになっていた思考が怒りに包まれる。

 

「アンタが、今更…誰を、助けるって……ッ!?」

 

 鬼のような形相で、イリスはキリエに斬りかかる。

 

 ずっと誰かの掌の上で踊らされ続け、独りでは何もできない甘ったれ…先ほども姉と魔女の足を引っ張り続けたにもかかわらず、またこうして戦場にしゃしゃり出て来たかと思えばあろうことか〈助けに来た〉と宣う等、ナンセンスにも程がある。

 

 怒りを抑えることなく鬱憤を晴らすかのようなイリスの剣がキリエを襲った。イリスの〈ヴァリアントウエポン〉とキリエの〈ストームエッジ〉が鍔是り合う。しかし、抵抗するそぶりを見せないキリエに対して、苛立ちを募らせるイリスは彼女を吹き飛ばし、即座にウエポンを片手剣(ブレード)から追撃砲(ブラスター)へと形態移行し、銃弾をばら撒いた。

 

 硝子が砕け散る音と、噴煙が立ち込める中でキリエは夜景を背にして、銃弾を防ぐべく突き出していた刃を降ろして、静かに口を開く。

 

「イリス…聞いて。イリスは過去の出来事を誤解している。ううん、誤解させられてるの―――ある人に……」

 

 ある意味ではこの事件の全容を最も把握していなかったキリエの諭すような口ぶりに苛立ちを覚えながらも訝し気に視線を向ける。そんなイリスの目の前にかつて自らがキリエに渡したであろう〈遺跡板〉の欠片が放られた。

 

「ユーリが残してくれた鍵を使って、エルトリアにいるママと通信ができたの。あの日の事…惑星再生委員会の最後の日……ママに聞いたんだ。でも、ママも全部を知ってたわけじゃなかった。だから調べて貰ったの。本当の事、残されたものがないのかどうか……調べて貰った結果がそれなの―――あの日の真実を……」

 

 イリスは戸惑いながらも、遺跡板を手に取った。そこに在ったのは夜天の紙片に残された日々よりも以前の記憶と、自らが知りえない記録……

 

 自らにもたらされた幸福と、全ての崩壊の真実……そして、その裏にあった事象の全容であった。

 

 

 

 

 普段ならば目を疑うほどの人々の雑踏が行き交うはずの都心の駅……

 

 その屋根にユーリを連れた男性が降り立つ。

 

 見下ろす広間には軍勢の如き量産型が控えている。その様子は、母体ではない自らと同存在に対して忠誠を誓っているようにさえ思える。むしろ…此れこそが本来在るべき形かのように……

 

「生産ペースは順調かい?」

 

「はい。現在の拠点とは別にラインを確保してあります。量産型躯体、機動外殻、その他車両等についても順調との報告を受けております」

 

「素晴らしい…それでアレはどうなっているかな?」

 

 男性は娘を見守る父親の様な慈愛に満ちた表情を浮かべ、どこか誇らしげに量産型に称賛の声を送った。

 

「そちらももう間もなく配備可能になるとのことです。」

 

「そうか……ん?」

 

 量産型の返答に表情を緩めた男性は視界の端に広間へと突っ込んできた一台のバイクを捉える。

 

 結界破壊の侵攻中とはいえ、現状それは成されていない。封鎖領域内で自由に動き回れる人物と言えば、管理局か自分達しかいない。そして目の前の車両に乗っている人物には認識番号は存在しない。つまり敵襲だ。

 

 量産型が腕を向け、銃を以て迎撃態勢を取る。

 

「構わない。道を開けてあげなさい」

 

 男性はむしろ歓迎するかのように量産型に指示を出した。それを受けた量産型は即座に広場中央を開けるように再整列を取る。

 

 空いた広間に車体を滑り込ませた女性―――アミティエ・フローリアンは機械染みた動きを取る量産型の異様な光景を目の当たりにし、目を細めるが、その元凶たる存在に静かな怒りを滲ませながら言い放つ。

 

「……貴方だったんですね。この事件を起こしたのは」

 

 男性はその言葉を聞き、懐かしい少女の面影を受け継いだであろう、目の前の女性

に対して楽しげに口元を歪める。

 

「君と面識はないはずだが―――」

 

 まるで言葉遊びだ。だが、続く言葉は断ち切られる。

 

 

 

 

《―――ですが、私とはありますよね?》

 

「ほぅ……そういうことか。ではまずこう言っておくべきかな。久しぶりだね」

 

 モニターに映し出された女性―――エレノア・フローリアンの姿を目の当たりにした男性は納得がいった様子で笑みを深める。

 

「実に久しいよエレノア。グランツとの間にこんな大きな子供達を育てるようになるとは…時が経つのは、本当に早い。何せ、君達を最後に見たのは、まだこんな子供の頃だったからねぇ」

 

 男性は感慨深そうに自分の腰より下に持っていった手を水平に切る。それはちょうど子供の背丈を表すほどの高さであった。

 

「確かに君達は見ていて微笑ましい位、仲が良かったけど、こうして実物を目の当たりにすると本当に感慨深いものがあるね」

 

 まるで久々に会った親戚の子供の成長を喜ぶ叔父の様な戦場には似付かわしくないほど穏やかな表情を浮かべ、2人の赤髪の女性を見比べながら何度も頷いている。

 

《本当に…貴方なんですね……》

 

 エレノアはイリスの理外で動き回り、ユーリを攫い、事態を混乱へと導いたこの人物を知っている。

 

 40年前……自分達の故郷を救おうと皆の先頭に立ち、指揮を執った。彼はかつて幼かった自分達にとって憧れであり、こうなりたいと思えるような人物であった。そして、志半ばで潰えた彼らの夢を自分達が受け継いだ……

 

 エレノアは彼の事を良く知っている。当然だろう……彼と過ごした日々はエレノアとグランツにとってもかけがえのない日々だったのだから……

 

 

 

 

《惑星再生員会―――フィル・マクスウェル所長》

 

 彼は久しく呼ばれることのなかった自身の名を呼ばれ、小さく笑みを浮かべた。

 

 むしろ、自らがこの場にいる事へ実感を改めて抱き、目的が着々と完了しつつあるこの状況を受けてより、いっそう笑みを深めていた

 

 

 

 

 黙殺されていた真実が明かされていく中、イリスは自らの過去……秘められていた物と向き合うこととなった。

 

 思い返すのは彼女にとって最も古い記憶……

 

 

 自らは造られた命。

 

 普通の人間とは違い、幼児期は存在しない、生まれる寸前の記憶も持っていた。

 

 そして、死に行く星〈惑星エルトリア〉を救うために彼女は、人が何十年かけて覚えるべきことを始めから全て頭の中に刷り込まれ、自らが人成らざる者であることを始めから認識していた。

 

 

―――もうすぐですね……

 

―――ああ。良い子だ。早く生まれておいで……

 

 

 生体テラフォーミングユニット。〈形式番号『IR-S07』〉、付けられたマスコットネームは〈イリス〉。彼女は紛れもなく皆に望まれた命であった。

 

 生まれて間もない頃はいつも誰かと共に居た。

 

 自分の父親であったフィル・マクスウェル。姉のような存在であった所長秘書、ジェシカ・ウェバリー、気さくに話しかけてくれたアンディ・ペントンを始めとした委員会のメンバー達…イリスにとって彼らは兄姉のような存在であった。

 

 委員会の施設の中には自分より年下の子供達もおり、彼らの面倒を見ているうちに弟妹のように可愛い存在になっていた。そして、突如として舞い降りた親友……ユーリ・エーベルヴァインと、言うことを聞かないが、何処か憎めない猫達……

 

 

 

 

―――本当に、幸せだった……

 

―――とても幸福な時間だった

 

 

 

 

 惑星再生という目標に向けて皆が一丸となって手を取り合う。苦しい状況ながらも、誰もが輝きに溢れ、希望に満ちていた。

 

 

 

 

 だが、惑星再生委員会が抱えていた問題は徐々に彼らを蝕んでいく。

 

 政府から通達されたのは、エルトリアを救うための予算…委員会の運営資金の更なる削減というものであった。役人達の中ではエルトリアを救える見込みがないという考えが大多数を占めており、その為に動いている委員会の存在自体を疑問視する声が高まっていた。今まではマクスウェルの尽力で騙し騙し運営してきたがそれも限界が見え始めていたのだ。

 

 ユーリという存在により惑星再生への道がようやく見えかけた…そんな矢先の出来事だった。

 

 

 

 

 そして…とうとうその日はやって来た。

 

《誠に遺憾であるが〈惑星再生委員会〉の運営は中止が決まった。職員達にはコロニーの緑化や設備整備に就いてもらう事になった。それから委員会の制作物…〈イリス〉と言ったか?アレも政府の備品として取り扱うことが決まった》

 

「―――そうですか」

 

 告げられたのは惑星再生委員会の運営停止。だが、これが名目上の物であることは明らかだ。エルトリア政府はこれ以上あの星に手を加える事よりも、その為に彼らが培ってきた技術を別の事象に活かす事を選んだということだ。

 

《君には査問が待っているぞ、マクスウェル。不透明な予算運用や明らかに惑星再生を逸脱した研究の内容についてのな》

 

「……あなた方のやり方ではエルトリアを救えなかった!」

 

《君のやり方でも救えなかった。結局はそういう事だよ。解散の日時については追って連絡する》

 

 通信はそこで終わった。

 

 

 

 

「所長……」

 

 ジェシカはマクスウェルに不安げな視線を向ける。

 

「……希望はこれで無くなった。残念だよ。でも、大丈夫―――なぁに、最後に笑っていればいいのさ」

 

 かねてより彼が持っていた物が表層に現れたのか、それとも彼の中で何かが変わってしまったのか……だが、一つだけ言えるのは惑星再生員会はこの時に死んだということであった。

 

 

 

 

 それから間もなくして、委員会が銃声と悲鳴に包まれる。床に無造作に転がるのは惑星再生のために全てを賭けたスタッフ達の無残な骸。ちょうど外に出ており委員会に居なかったイリスはこのことを知らなかった。いや、全て計算された事象だったのだろう。

 

 

 次々と無抵抗のまま命を奪われる人々、その中には頭蓋に大穴を開けて絶命しているジェシカの姿もある。

 

殺戮を繰り返すのは機械染みた少女達…〈イリス群体〉であった……

 

 

 一機一機は大した戦闘力ではないが如何せん数が多すぎる。ユーリは立ちはだかる量産型を退け、これから先の指示を仰ぐべく所長室に飛び込んだ。

 

 そこにいたのは余りにも落ち着いている……不自然なほどに落ち着きすぎているマクスウェル。その傍ら…部屋の端では檻に入れられた見覚えのある猫達の姿があり、その鳴き声が薄暗い所長室に響いている。

 

 マクスウェルと対峙したユーリは驚愕を露わに……そして脳裏を過った不吉な想像を否定してくれとばかりに言葉を紡いだ。

 

「貴方がやらせてるんですか!?」

 

「そういう事になるね」

 

 ユーリの剣幕に動じることなく、マクスウェルは淡々と、顔色一つ変える事もなく返答をした。目の前にいるこの機械染みた冷たい目をした人物が、自分やイリスにいつも笑顔を向けていた、皆に信頼されていた人物と同一なのか…とユーリは余りの変貌ぶりに言葉を失っている。

 

 

「政府の意向で惑星再生の仕事は終わりになった。成果を上げられなかった私達は、碌でもない閑職に回される―――そんな未来は御免被りたいだろう?」

 

 夢は潰えた。惑星再生の為に費やしてきた全てが無駄になる。その為に生み出してきた技術が何もしていない他人の為に使われる。そして、自分達は無謀な夢を抱いて失敗した愚か者としての烙印を押され、これから先の未来を生きていく。

 

 マクスウェルにとっては耐え難い物であった。

 

 

 確かに、人生を懸けて臨んだことを理不尽に奪われるのは不条理な事であろう。だが、自分と共に歩んで来た者達にとっても次の舞台は相応しくない…きっとそう思っている…その思いだけで命を奪っていいはずがない。

 

 否、大切であることを自覚しながらも、自らの描いた通りにならないと分かった途端に彼らを道端に捨てるが如く殺せてしまうのか……

 

 

 

 

「私の技術とイリスを買いたい…という団体があるんだ。私達はそこに身を寄せる事にした。勿論ユーリ、君にも来て欲しい」

 

「……軍事団体ですか?」

 

「ああ。この星の人間が逃げ出した先にも、その先にある遠い異世界でも、戦乱はどこにでもある。そう言った場所でなら、私の技術や経験も存分に活かせる」

 

 マクスウェルは鉄仮面のようだった表情を僅かに軟化させ、楽しげに答えた。

 

「イリスの設計思想は星を人間が住めるように作り変える生体テラフォーミングユニットなどではない。本来の設計思想は……無限に増殖する人造兵士―――材料と動力源さえあれば壊すも創るも思いのまま。どんな環境でも役立つ、便利な兵士さ」

 

 種明かしをするかのように雄弁に語るが、親友の真実を聞いてもユーリの様子が思ったほど変化していないことにマクスウェルは驚いたような表情を浮かべている。

 

「―――イリスがそういう風に生み出されたことには気づいていました」

 

 ユーリは〈夜天の魔導書〉を顕現させ、戦闘可能状態に入るが、マクスウェルは聞き分けの無い子供を窘めるかのように肩を竦めた。普段の様子からは想像がつかないが、ユーリとて古代ベルカの戦乱を経験したこともある。そういう意味では委員会の中でも悪意や血の匂いを感じ取る感覚に優れており、イリスの違和感にも気が付いていた。

 

 不自然すぎるほどの腕力や耐久性、〈ヴァリアントシステム〉によって生成される武具の数々や異常なまでの戦闘能力……実戦を想定している装備であろうことには予想がついていた。

 

 だが、これまでは〈死蝕〉の影響を受けた危険生物との戦闘や危険地帯での活動のみに限定されており、委員会とイリスの友好的な関係性を垣間見るに少なくともこのような事態が起こる事はないだろうと思っていた。

 

「貴方もみんなも、あんなにイリスを愛していたのにッ!」

 

 ユーリは必死に想いの丈を伝える。自分達が過ごしてきた時間は間違いではないはずなのだと…

 

「そうだね」

 

 マクスウェルは淡々と答える。

 

「愛情は、人の心を動かすための動力源だろう?イリスは私の愛情を受けて、想定していた性能以上のスペックを発揮してくれた。だから私はイリスを愛しているよ(・・・・・・・・・・・・・・・)―――私の子供であり、都合の良い道具としてね」

 

「…マクスウェル、貴女は!…‥ッ!!」

 

 ユーリは激高し、マクスウェルへと向けて魔法を発動させようとした。

 

 今までの笑顔は娘のようなイリスへの慈愛でも何でもない、全て計算尽くのものであったのだ。

 

 もし…もしもだ…イリスに何らかの欠陥があって彼の思い描いた性能に達していなかったとしたら彼は自分を父のように慕っている彼女を今の様に扱っていたのだろうか……

 

 友を貶し、陥れた相手に対して怒りを爆発させたユーリの魔法は発動されることもなく彼女の苦悶の表情と共に魔法陣が四散した。

 

「ぇ…これ、ぁ…は……?」

 

 マクスウェルの文字の羅列が浮かんだ眼差しに射抜かれた瞬間、ユーリの動きが止まり、膝から崩れ落ちた。そんな彼女にマクスウェルはゆっくりと歩み寄りながら、優しく諭すように語り掛ける。

 

「イリスだけじゃあない。君も私にとっては愛しい子供(・・)だ。魔法(・・)という素晴らしい力を有している。その力はイリスと共に在るべきものだ。仲良し2人で…私と共に新天地へと赴いて働こうじゃないか」

 

 意識はある…体の自由が利かない。

 

 だが、何れは自分の意識が消えるのも時間の問題であろう。この真実をイリスに伝えなければ彼女は―――

 

 その時、主人を危機を感じ取ったのか、檻の中の猫達がマクスウェルへ飛び掛かる。相手は人間、それも成人男性との体格差に勝てる筈もなく、いとも簡単に振り払われて、床に叩きつけられてしまった。

 

 だが、その刹那―――

 

 マクスウェルの胸は結晶樹によって貫かれていた。

 

 ユーリの魔法がウイルスコードの呪縛から解き放たれた一瞬の間に発動し、彼の急所を刺し穿ったのだ。マクスウェルは呆然としているユーリへと視線を向け嘲笑うかのような笑みを浮かべながら絶命した。

 

 為すべきことは果たしたのだと……

 

 最後の詰め(チェックメイト)は抜かぬなく……

 

 

 

 

「どぉ…して…なんで?ねぇ、ユーリ…嘘…だよね?―—―ユーリがこんな事するなんて…ッ!?」

 

 タイミング悪く(・・・・・・・)施設へ戻って来たイリスは自らの父が親友によって無残に殺される場面を目撃してしまう。

 

 

 全てはマクスウェルの掌の上―――

 

 

 イリスに愛情を捧げ、彼女にとってかけがえのない父親を殺した相手…それを誰が行ったのかということを明確に認識してしまえば、どうなるか…

 

 

「…んで、だよぉ……何で殺したぁぁぁッ!!!!」

 

 思考誘導…一種の刷り込みに近い……

 

 怒りと悲しみに駆られて、イリスはユーリを殴りつける。最早、ユーリの言葉に耳を貸す筈もなかった。

 

 なぜなら、ユーリは大切な友達であり、そんな相手が父を殺したという現実にイリス自身も感情を掻き乱され、正常な思考を失っているのだ。

 

 加えて、殴られている彼女も困惑と罪悪感…マクスウェルの真実を伝えるという使命の間で揺れており、イリスの剣幕と相まって自分の意志を伝える事が出来ていない。

 

 

 

 

「あ、ああ…ぁ?―――ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああぁあああああッッッッ!!!!!!」

 

 イリスはかけがえのない2つの存在の板挟みに合い、知らず知らずの間に刷り込まれていた強迫観念のままに力を解放する。

 

 人造兵士としての力を始めて解放したイリスは〈ヴァリアントウエポン〉を手にユーリへと襲い掛かった。当時の彼女は群体生成を戦闘手段として認識しておらず、数的有利を取ることはできず、火力、機動力、戦闘経験値……全てユーリが勝っていたが為…

 

 イリスは敗北し、身体と家族、居場所を失い…幼少のキリエ・フローリアンと出逢うその時まで遺跡板の中で眠りについた。

 

 そして、ユーリも傷つき、夜天の書に自らを蒐集させ、エルトリアを去る。

 

 

 

 

 これこそが、今回の事件の裏側に隠された真実(こたえ)―――

 

 一人の男が自らの夢を実現させるべく奏でた序曲(プレリュード)―――

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

所長が出てから妙に筆が進んだのでまさかの連投です。

エルトリア組以外一切出てきてませんがリリなのSSですよ。

これまでは結構、まどろっこしい展開が続いていたかと思いますが謎解き回も終わり、次回からはお待ちかねの戦闘回です。

では次回お会いいたしましょう。
ドライブイグニッション!


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Accelerated on Brave

 月光に照らされる都心の駅前、戦闘装束に身を包んだ男性―――フィル・マクスウェルを見上げているのは、大型バイクに跨る青いフォーミュラスーツの女性―――アミティエ・フローリアン。彼女の周囲を付き従う多数の量産型が取り囲んでいる。

 

 そこで語られたのは、この事件の真相―――

 

《―――そして、ユーリは旅立ち、イリスはあの場所で眠りについて、私の娘と出逢いました。どこまでが貴方の計画だったのかは分かりませんが……》

 

「全部さ―――と言っておくよ」

 

 マクスウェルは画面越しのエレノアに軽い調子で答える。

 

 始めからイリスでユーリに勝てるとは思っていない。だが、それも彼の計略の一部であった。

 

 マクスウェルには二つの計画があった。まず一つ目はユーリとイリスを連れてエルトリアを旅立つ事……だがこれの成功率は限りなく低いだろう。イリスはどうとでもなるが、ユーリという障害があるためだ。

 

 だからこそ本命の第二の計画……惑星再生委員会を襲わせた量産型に自壊機構を搭載しておき、職員を殺し終わった後に証拠を隠蔽。遅れてやってきたイリスにユーリが施設を襲い皆を殺した犯人だという思考の誘導を促した。

 

 この状態でユーリとイリスを戦わせる。

 

 全ての真実を知ってしまったユーリはイリスを殺すことができない。イリスはユーリを殺してでも皆の仇を取る。そういう状況を作り出したのだ。

 

 確かにユーリの戦闘能力は常軌を逸脱している。だが、明確な殺意を向けてくる相手に対して、殺さずに無力化することほど難しい事はない。加えて、イリスもユーリが手心を加えた状態で打ち倒せるほど弱くはない。

 

 当時の〈夜天の魔導書〉は主不在、未完成である為に魔法を使えば使っただけ(ページ)を消費してしまう。消費した(ページ)を蒐集で埋めなければ次なる主を求めて自動転生してしまうことだろう。しかも、現在と違い〈闇の書〉と呼ばれていた頃だ。闇の書の均衡が崩れれば、自動防衛プログラム(ナハトヴァ―ル)の暴走の危険性すら秘めている。

 

 となれば、ユーリが取る行動は予測が付く。

 

 ユーリはイリスを殺さぬように彼女を降し、消費した(ページ)を埋めるべく、自らを蒐集させてこの地を去る。

 

 残されたイリスは、自分を殺さずに全てを奪って消えたユーリを恨み続ける事だろう。

 

 そうして何時の日か、ユーリに立ち向かう手段を得て、イリスは彼女を見つけ出し、巡り合う。

 

 たとえ長い年月がかかったとしてもこの2人に年齢という概念はない。時間さえあれば、最後には巡り合う運命なのだ。

 

「記憶データの一欠片さえあれば、イリスは何度でも蘇る。だからこそ私の記憶と意志もそこに託した。娘たちを戦わせたことに心は痛む。だが、この遠い青い星で再び巡り合うことができたのならそれも些末な事さ。これは賭けだった―――」

 

 マクスウェルは眼前に広がるエルトリアとは比べ物にならないほど豊かな街々を感慨深そうに眺めている。

 

「もしも、イリスが完全に消去(デリート)されてしまったり、ユーリがイリスに無抵抗に殺されてしまっていたら私の願いは叶わなかったのだからね。そして、見事に私達は新天地へと辿り着いた」

 

 高揚感に浮かされ、アミティエなど視界に入っていないかのように言葉を紡ぐ。

 

「私の宝物も返って来た。これでやっと、あの終わりの続きが始められる。その為の舞台として巡り合えたのがこの星だったことも私にとってはこの上ない幸運だ。……この地球(ほし)は良い星だ。材料や資源に満ち満ちている。新たな拠点にはちょうどいいだろう?」

 

「よくも、そんな…ッ!!」

 

 アミティエはその言葉に怒気を強めるが、マクスウェルは気にした素振りすら見せようとしない。

 

「それに……〈魔法〉という物にも興味がある。ユーリは計画実行の為の最重要因だから、丁重に扱ってきたが、此処には魔法使いが腐るほどいる。実験サンプルとして彼らにも協力して貰わなければね」

 

「…ッ…っっぅぅ!!!!…ッ!!」

 

 アミティエは目を見開き、奥歯が砕けんばかりに噛み締めて、マクスウェルを睨み付ける。今まで生きてきた中でこれほどの憤りを感じた事はなかったからだ。

 

 

 グランツは死の病に侵されて床に臥せている。エレノアもエルトリアに留まり続けた結果、同様の病を発症してしまった。

 

 しかし、惑星再生という目標は今も色褪せる事はなく彼らの胸に息衝いている。

 

 そんな両親が命を懸けて挑んだ惑星再生……それを抱くようになった憧れの存在がこんな男だったのだ。

 

 それだけではない。目の前の男―――フィル・マクスウェルの口ぶりから、自分がイリスやユーリ、委員会へ行って来た仕打ちを……命を、未来を奪われ、被害を被った人々の事を認識すらしていないのかもしれない。

 

 エルトリアと袂を別つのだとしても、惑星再生が叶わず、自分の力を活かすべく新天地を目指して旅立とうとしていた。それだけならば…許された。

 

 だが、マクスウェルがしたのはそんな生易しい事ではない。

 

 イリスの過去を全て虚構で塗り潰し、夜天の書と共に在る使命を抱えていたユーリを利己的な理由で無理やり縛り付けた挙句、勝手な信頼を抱いて親友同士で殺し合わせた。しかも、自分勝手な理論を振りかざし、新たな未来へ進もうとしていた同胞達の未来をも無残にも奪った。

 

 それだけではない。イリスが復讐の為に起こした行動によってキリエは犯罪者の汚名を背負うことになり、エルトリアと全く無関係の地球と管理局を巻き込むこととなった。

 

 それに引き換え、なのは達は見ず知らずの自分達の為に命を賭けて戦ってくれている。はやてにとってかけがえのない夜天の書を彼女の事情も考慮せずに強奪し、地球や仲間を理不尽に戦いに巻き込んでしまったにもかかわらず……だ。

 

 その彼女達を実験動物(モルモット)呼ばわりしたばかりか、それが当然であるかのような発言……

 

 この男の自己顕示欲を満たす為という目的に一体どれほどの人々が巻き込まれたのだろうか……目の前の男はその事すら気にした素振りを見せる事もなく……

 

「そこまで変な話というわけでもないだろう?愛情を注いだ子供達の力を正しく使うべく導くというだけさ。他の人達も壮大な計画の礎となれるのだから、最初は反発していても、きっと本望さ。そうだ―――同郷の君達に此処で会ったのも何かの縁だ。良かったら強力して―――」

 

「アクセラ…ッ!レイター……ッッッ!!!!!」

 

 何が悪いのだと不思議そうに首を傾げるマクスウェルに対し―――これ以上は沢山だと言わんばかりに周囲に叫び声を轟かせ、アミティエの身体を燐光が包み込む。超加速を以て広場を駆け抜け、マクスウェルへと飛びかかる。周囲の量産型が食い止めようと動き出すが、一迅の光となったアミティエの進行を止めるには余りに虚弱過ぎた。

 

 しかし、高速で振り下ろされようとしていた〈ヘヴィエッジ〉は空を切り、マクスウェルは剣の腹でアミティエの側腹部を叩きつけ、広場へと突き落とした。

 

「ぐ…がっ…ぁぁ…!?」

 

 アミティエは身体を起こそうとするが肉体が言うことを聞かないのか、苦悶の声を覗かせながら呻くのみだ。そんな彼女に光弾の嵐が襲い掛かる。

 

「慣れない次元移動に、此方に来てからはずっと闘い続けて……」

 

 マクスウェルは複雑そうな表情を浮かべ、無抵抗のまま量産型の弾丸を受け続けるアミティエを見下ろしている。ある意味ではアミティエもマクスウェルの求めていたものの一つに他ならないためだ。

 

 エルトリアの劣悪な環境に適応した新しい人の形……あの当時、自分達に足りなかったモノの完成系を此処で自らの手で壊すことになる。それも、かつての同士であるエレノアの娘となれば情も感じる部分もあるのだろう。

 

「が、ッ!?ぁああぁぁぁあぁッッ!!!!―――ああああぁぁぁあああッッッッ!!!!!!」

 

 既にアミティエの肉体は限界を超えており、戦闘前から満身創痍と言っていい状況であったため、今の弱り切った身体では量産型の弾丸にすら歯が立たない。連戦で溜まりに溜まった疲労と負った怪我の影響……自慢の回復速度も落ちており、戦場にいる事すら驚くべき状態なのだ。

 

「そんな身体じゃ、抵抗するだけ無駄だよ。イリスの言った通りさっさと帰ればよかったのに……どうして関わろうとする?」

 

 マクスウェルから向けられる憐れむかのような眼差しに晒され、悔しさに歯噛みしたアミティエの口元から赤いものが滴っていく。だが、どんなに絶望的な状況でも譲れないものの為に言葉を紡ぐ。

 

「―――同じ、だからです!!」

 

 目の前の男性が失ってしまったのか、始めから持ち合わせていないのかは定かではない。だが、この星で沢山の人から貰った想いを…護るために……

 

「この星も沢山の人の故郷です。必死に生きている人がいる。大切なものを守ろうとする人がいる。見知らぬ何処かの誰か(・・・・・・)の為に必死になってくれる人がいる……ッッ!!!!」

 

 地球にはエルトリアより多くの人々がいる。平穏な穏やかな日々がある。そんな日々を侵し、乱して事件に巻き込んでしまった……知りもしない星から勝手な理屈を振りかざされ不条理に齎された災厄に親身になって向き合ってくれた人達がこんなにも多くいた。

 

 〈何処かの誰か〉……厄介事を持ってきた他人の為に必死になって……

 

 その気持ちに応えたかった。彼らの想いに報いたかった。

 

「同じだからですッ!!この地球(ほし)も―――私達の故郷も……ッ!!!!」

 

 アミティエの心からの叫び―――マクスウェルはその様子を見て小さく溜息を零す。

 

 

「それに―――貴方のような人には負けるわけにはいきません。背中を押してくれた方に顔向けできませんからッ!!」

 

 違法渡航者であり、これからのフローリアン家を支えていく自分が勝手な行動を取れば、死に行く故郷に病に侵されている両親を残してしまうことになるかもしれない……自分の身柄を預かっている管理局にも何らかの責任問題が発生してしまうかもしれない……

 

 そんな誰かの為を想って苦しんでいたアミティエの背中を押したのは一人の少年……

 

 苦しんでいる自分を肯定してくれた。その上で行くべき道を指し示してくれた。その想いも背負っているのに、他者の事などお構いなしで癇癪を起した子供の様な理屈を振りかざす事の男にだけは負けたくない……アミティエは心底そう思い、傷ついた身体に鞭を打って立ち上がる。

 

 これには流石のマクスウェルも驚きを滲ませながら感心したような視線を向けた。如何にアミティエが頑丈であっても、フォーミュラスーツが直接的な傷を防いでいると言えど、被弾の衝撃までは完全に殺しきれない。先ほどの攻撃で肋骨の数本は逝っており、呼吸する事すら困難な状態であろう…それで立ち上がったのだから―――

 

 だが、そこまでだ……

 

「……そうだね。同じだ」

 

 マクスウェルの声音が先ほどまでと打って変わり冷たい物へと変質し、銃剣状に機構を変化させた、ヴァリアントウエポンがアミティエへと向けられる。

 

「どちらも同じ……私の実験場だ」

 

 興味を失ったかのような冷たい声音と元に光弾が射出される。

 

 心はこれほどまでに燃え上がっているのに、身体は役目を果たしてくれない。アミティエはその事が悔しくて堪らなかった。何も果たすことが出来ずに此処で散りゆく自分が情けなくて……他の皆に申し訳なくて……

 

 誰かの為に戦い続けた女性に死神の弾丸が迫る―――

 

 

 

 

―――桜華の光が夜天を裂いた

 

 

 鈍い金属音が響き、銃弾はアミティエの身体に到達する前に何かに遮られるように四散した。視界を遮る衝突の硝煙が晴れた先には青と白…そして、漆黒が混じり合った戦闘装束(ドレス)を身に纏った少女が悠然と立っている。左腕には装束と同色の大型砲塔が抱えられ、彼女の周囲にはアミティエを守り抜いた大盾が浮いている。

 

 出会ってから僅か数刻しか経過していない。だが、アミティエの記憶に鮮烈に刻まれた…その魔法使いは―――

 

「……なのはさん…」

 

 アミティエは掠れた声で彼女の名を呼ぶが、なのはは上方のマクスウェルを真っすぐ見据えている。周囲を未だに多数の量産型が取り囲んでいるというのに……

 

 その瞬間、なのはとアミティエだけを避けるように白銀の剣群が雪崩の如き勢いを以て量産型を殲滅する。さらには、アミティエを迎撃するために位置取りを変える前、マクスウェルが立っていた場所にいる量産型を閃光の刃が斬り捨てた。

 

「フェイトさん…はやてさん……」

 

 アミティエは新たに現れた魔法使いの名を呼んだ。この悲しい物語を終わらせるために、かつて次元世界に災厄を齎した闇に果敢に立ち向かった3人の勇者が一堂に会したのだ。

 

 

 

 

「警告です。武器を捨てて投降してください」

 

 なのはの鈴の音のような声が響くが、数的有利を逆転されたはずのマクスウェルは楽し気な笑みを浮かべている。アミティエは彼の身体を紫の燐光が包み込む光景を目の当たりにし、傷だらけの身体を強引に加速の世界に追いやって、飛び出した。

 

 ぶつかり合う両者の剣……

 

「私と同じ……アクセラレイターをッ!?」

 

 アミティエは驚愕に目を見開いた。マクスウェルの行使した力に心当たりが有りすぎたためだ。

 

だが……

 

「同じではないよ」

 

 それが間違いだと気づいたのはそれからすぐの事……強められた腕力に弾かれるように……否、押し出されるかのようにアミティエは全力で振り下ろしたザッパ―をいとも簡単に防がれた。

 

「加速、出力、機動性、安定性、持続時間……全てにおいて君達の物とは次元を異にしている。稼働効率も遥かに上だ」

 

 本来想定されている〈アクセラレイター〉とは緊急時の離脱、及び救助を目的とし、その為の加速と筋出力の強化を行う物であり、そこには使用者を守るための出力制限(リミッター)が成されている。

 

 イリスとキリエが行使する〈システム・オルタ〉はその制限(リミッター)を取り払い、瞬間的な出力を極限まで高める事に特化している。しかし、規格外の高出力を得られる反面、これには大きな欠点があった。戦闘の最中、機動性に比重を傾ければ火力不足へと……特に本来の設計思想ではない戦闘用の出力に比重を乗せれば、あっという間に稼働限界に達してしまう。

 

 不安定な出力や稼働時間の短さ、術者への負担などといった欠点を補い、これまでの稼働データをフィードバックし、より戦闘に特化した調整で組み直したのが〈アクセラレイター・オルタ〉なのだ。

 

 正に完成系……マクスウェルの用いる加速機構(アクセラレイター)はアミティエやキリエの完全上位互換と言えるだろう。

 

 奏演者の資質や練度によって発揮される能力が左右される部分もあるのだろうが、両者のアクセラレイターには元来の性能に差がある上に、設計思想の段階で運用を異にしている為、そこには隔絶した溝が存在するということだ。

 

 そして、迫る脅威はマクスウェルだけではない。フェイトの足元、横たわっていたユーリの瞳が見開かれ、全身から黒く蠢く影が出現した。

 

「…っ!?」

 

 フェイトは足元から纏わりついてくる影を一閃の下に斬り捨て、即座に退避した。その眼前でユーリはディアーチェ達のと戦いで失われた武装の代わりとして新たな鎧を造りだしていく。

 

 〈鎧装〉の第二形態とでもいうべき巨大な武装―――箱舟の様な鎧は宛ら機動兵器と言って差し支えないほどの威圧感を放っており、なのは達を射抜くユーリの瞳は赤く縁取られ、数式の羅列が飛び交っている。一度取り戻したはずのユーリが再びマクスウェルの支配下に堕ちた事を如実に物語る光景であった。

 

「私は君達と戦っても負けないが、そもそも戦う必要すらないんだ」

 

 マクスウェルは自身を捕縛すべく取り囲んでいる魔導師達に向けて宣言……否、断言した。背後に控えるは夥しいほどの戦力を見せつけ、個人の戦闘能力でも魔導師達を取るに足らぬ存在と悠然と見下ろしている。

 

「武器も兵士もいくらでも産み出せる。そして、私は手にした戦力の全てを自由に操ることが出来る。イリスは勿論、ユーリもね。魔法使いの中でも突出した力を持つ君達だ―――出来る事ならば、壊れることなく私の手駒になってくれると嬉しいのだがね」

 

 最後にそう言い残したマクスウェルは光学迷彩を伴って姿を消した。

 

 主犯格の逃走を易々と許すわけにはいかないが、マクスウェルを追跡しようとする魔導師達を圧し留めるようにユーリと数多の機動外殻が立ちふさがる。

 

 眼前に聳える壁は途方もなく高い。超えていくのは困難を極めるであろう。

 

 しかし、挑む魔法使い達の瞳には絶望など微塵も感じさせないほどの強い不屈の光が宿っている。

 

 信じ貫くは、己の覚悟―――障害を撃ち抜くのは、携えた魔導―――

 

 悲しい物語を悲しいままで終わらせぬため、魔法使い達の戦いは終曲(Coda)へと突入していく。

 

 

 

 

 全ての真実が明かされ、守護天使(あくま)が再び暴虐の枷に縛り付けられた頃、もう一つの物語も佳境を迎えていた。

 

「ぅ、ぁぁ……が、ぁぁぁ……うぁあぁっ……ぁっっっ!!??」

 

 イリスは突然襲ってきた頭痛に対し、身悶えるように床に崩れ落ちる。意識を押し流すように何かが脳裏を焼き焦がしていくような感覚を以て、語られた過去と自らの存在理由を認めざるを得なかった。

 

 これまで享受し、与えられてきたと思っていた()の裏に込められていた真実……全ては自分を兵器として扱うための策略であったのだと……

 

(何て……無様……)

 

 親子の絆を感じていた創造主には道具程度にしか思われていなかった。自分が信じていたはずのモノは全て偽物で、本当に自らが大切にしなければならなかったモノはもう切り捨ててしまった。挙句の果てには自らが弄び、傷つけて用済みと捨てたはずの相手に案じられてさえいる。

 

「イリス……!」

 

 自分がユーリやキリエにしたことと同じことをされている。胸を裂くような痛みを前に、これまでにしてきたことの残酷さを突き付けられながら、イリスは焼き焦げそうな頭に響く声を拒絶した。

 

「逃げ、なさい…ッ!!アンタじゃどうする事も出来ないッ!……ンだから…ぁ!!―――これ以上、あたしを……どうしようもない奴に、しない、でぇ……ッッ!!!!」

 

 自分のしてきたことの重さに圧し潰されそうになり、逃げ出してしまいたかった。どこかで一人消えてしまいたかった。しかし、今のイリスには指一本、思考の一欠片すら自由にする権利は与えられず、瞳に浮かぶ呪縛(ギアス)は、彼女に残酷なまでの決定を降す。

 

―――敵対勢力ヲ殲滅セヨ

 

 瞬間……薄暗い展望台に緋色の光が迸る。

 

「う、ぁぁぁ…ぐ…っ!がっ…ァ!?……ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁッッッッ!!!!!!」

 

 イリスが手にしていた追撃砲(ブラスター)が斬鞭へと機構を換装し、キリエに迫る。振るわれる鞭は三つに枝分かれし、先端の刃を向けて、地を這う蛇の様に不規則的な攻撃となって襲い掛かった。

 

「イリス……目を覚まして!!」

 

 キリエの呼びかけにも返事は無く。イリスの変幻自在な攻撃の前にあっという間に劣勢に立たされている。イリスは剣先が付いた三つ枝の鞭という独特の武装を時には刃に、時には盾として巧みに操りながらの高速戦闘で翻弄し続け、逆にキリエの銃も大剣も全く届く気配すらない。

 

 一合の撃ち合いすら成立しない程までに両者には明確な力の差が存在しているということだ。しかし、全身を鞭で嬲られ、皮膚を焦がされ、身体を何発もの銃弾が貫いて行こうと、キリエは諦めようとはしていなかった。

 

「が…ッ!…ぎ、ぃ……ッッ…うっ!!」

 

 傷だらけの身体を無理やり動かそうと足搔くが、如何せんダメージを受けすぎた。キリエやアミティエの膂力、回復力、耐久性は地球、ミッド人の優に十数倍を誇るが、イリスのそれはそんな姉妹をも遥かに凌駕する。如何に身体が頑丈なのだとしても積み重なっていくダメージから復帰するまでに僅かな空白が発生してしまう。

 

 そして……それは戦闘中というこの状況においては致命的な隙を敵に与えてしまうこととなる。其処を逃すほど目の前のイリスは甘くはない。

 

 ダメージから立ち直りつつあったキリエが顔を上げたその先で……突き付けられた追撃砲(ブラスター)の引き金が引かれようとしていた。

 

 迫ろうとしている銃弾が、これまでキリエを撃ち抜いて来た攻撃とは比べ物にならぬほどの威力を誇ることは明らかだ。ここまでどうにか喰らい付いてきたが、アレを受ければ本当に全てが終わってしまう。

 

 脳は身体を動かす指令を送り続けるが、身体側はそれを拒否している。

 

 ここで死ねば、アミティエとの約束を果たせない。ここで死ねば、一度間違えた自分に戦う機会を与えてくれた者達に恩を返せない。ここで死ねば、自分の死をイリスに背負わせることになってしまう。

 

 どれほど強く念じても、込めた願いは天へは届かない。

 

「―――あ、っ……」

 

 向けられた銃口が一発の光弾を射出する。

 

 その時……キリエは既に失ってしまっていた筈の誰かの声を聴いた気がした。

 

 

 

 

 寸分なくキリエに向けて放たれた筈の銃弾は大きく横に反れた。

 

「こ、の……ッ!ぉぉぉぉおおおおおお……ッッ!!!!」

 

 イリス自身にも自らの行動の意図が理解できなかった。だが、その口から漏れる決死の叫びと共に目の前の女性から追撃砲(ブラスター)の銃身を反らす様に弾丸を放ったのだ。

 

「……イリ、ス?」

 

 キリエもあり得る筈のない事象を受けて、呆然とした表情でイリスへと視線を向ける。イリスにはその表情の一つ一つが酷く苛立たしいものに思えた。

 

「同情なら、要らないわよ!アタシはアンタをずっと騙してたッ!自分の目的に利用するために……だけど、アタシも嘘に気づかずに踊らされてた……これって報いなんだわ」

 

 瞳から零れ落ちるのは大粒の雫……

 

 イリスは止めどなく流れる涙を抑える術も分からず、自嘲するように言葉を紡いだ。

 

「―――教えてあげようか?」

 

 僅かに自由の利くようになった口でイリスは自らの胸の内を語りだした。これまで秘め続けて来た彼女の胸の内……

 

「アンタが初めてアタシのとこに来た時、チビだったアンタを見て、アタシはもうどうやって騙して利用しようか考えてた!」

 

 まるでキリエを突き放す様に、どうしようもない自分を蔑むかの様に言い放つ言葉の数々とは裏腹に、呪縛(ギアス)による殺戮命令に抗う様にその手で銃口を圧し反らしていく。

 

―――まるでキリエを撃ちたくないと思っているかの様に……

 

「アンタがアタシを頼ってくる度に、くだらない悩み事を打ち明けられる度に、これでまた信用させられるって思ってた!」

 

 だが、そんなことは有りえない。自分のしてきたことは全て偽りでしかなく、誰かのついた嘘に踊らされ続けてここまで来た道化でしかないのだから。

 

 故に、自らが抱く感情すら全て嘘で塗り固められたものであり、誰かに造られたものでしかないのだ。

 

 復讐に身を窶し、全てを捨てたイリスに在った最後の矜持―――己が星を救う存在であるという仮面(ペルソナ)すら取り払われてしまった。

 

 何もかもが紛い物……ならば、殺戮兵器となり果てた自分を突き放して、消えて欲しいとすら思った。

 

「アンタの面倒を見たのも、一緒になって笑ったのも……全部、全部!アンタを利用する為だったんだからぁ……ッ!!」

 

 所詮は偽りの絆……そんなものに縋るなどという馬鹿げたことをしていないで、騙された相手の事など放ってどこへでも行ってしまえばいい。

 

「だから、さっさと…っ!逃げなさいよぉぉぉぉぉ……ッッッッ!!!!!!」

 

 イリスの慟哭が展望室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――逃げないよ」

 

 

 キリエは静かに……しかし、確固たる意思を以てイリスと対峙する道を選んだ。

 

 イリスが否定しようとした、共に過ごしたあの時間を決して無に帰させない為に……

 

「どんな理由が合ったって、二人で過ごした時間は嘘じゃないもの!」

 

 故郷に咲いていた僅かな花々について語り合った。時には些細な悩み事を聞いて貰った。勉強も運動もそつなくこなして、誰が見ても可愛らしいと思えるアミティエと比べて、癖毛で野暮ったい自分が好きではないと伝えれば、お洒落の仕方を教えてくれた。

 

 夜空を見上げて星々を見つめ、その向こうにある遠い世界の事を想いながら二人で夜を過ごした。

 

 一つ一つは小さなことだったのかもしれない。目的があるイリスからすれば、取るに足らない事だったのかもしれない。だが、そうした瞬間を重ねるごとにキリエはイリスの事を好きになっていった。

 

 例え、イリスにどんな思惑があったのだとしても、嘘に塗れた日々だったのだとしても、キリエが彼女を大切に想う事は嘘ではないのだ。

 

 イリスは自らを否定することを拒んだように、キリエも自分の過ごしてきた時間を否定したくなかった。

 

 

「あの時間は……私の宝物だからッ!!」

 

 キリエは真正面からイリスを見据え、互いの痛みから目を逸らして逃げる事を許さないとばかりに彼女と向き合った。

 

 あの日々は、過ごした時間は……例え、その裏にどれほど大きな計画があったのだとしても、嘘塗れだったのだとしても、あの瞬間の笑顔は、共に過ごした時間そのものは決して偽りではないのだ。

 

 嫌われたっていい。憎まれたっていい。身勝手な感情の押し付けなのだとしても、イリスの苦しみと涙を止められるのならば、自分がどうなったとしても構わない。

 

 キリエは自分自身の想いを真っすぐにイリスにぶつけた。

 

 そして、立ち上がり、彼女に向かって駆けだしていく。イリスは自身の意志に反するように引き金を引き、迎撃行動に入った。

 

 

 必死になって自分と向き合ってくれるキリエを前にして、イリスは漸く自らの感情を理解できた。

 

 何故、ウイルスコードに抗って無理やり銃口を反らしたのか……キリエに攻撃する度に胸が張り裂けそうになるのかを……

 

「……っ、ぁぁ……ぁっ……ぁぁ……ッ!」

 

 言葉にならない叫び。嗚咽と共に止めどなく流れる大粒の涙……

 

 嘘をつき、多くを傷つけ、殺戮兵器となり果てたこんな自分を案じてくれる誰かがいる。父親にすら否定された自分を肯定してくれる存在がいる。

 

 抱くのは懺悔の念と、込み上げてくる嬉しさ……

 

 

「イリスがどう思ってたって、私にとっては大事な友達なんだもん!そんな大好きな友達を……泣いてる友達を!放ってなんて置けないよ……ッ!!」

 

 キリエは大切な誰かを救うため、加速の世界に身を委ねて桜色の銀閃を振りかざした。

 

 

 展望台を飛び出して夜天の空で切り結ぶのは二つの光芒……

 

 

 独りぼっちで泣くことしかできなかった少女は、自らの大切なものの為に剣を振るう。

 

 自分の過ちを気付かせてくれた魔法使い達にまざまざと見せつけられた本当の強さ(・・・・・)。それは正に、今までの自分に欠けていたモノ……

 

 手に入らないと嘆くのではなく、そう成れるように自らの足で歩んでいく。

 

 キリエの瞳には、これまでの彼女には無かった決して折れる事のない不屈の光が爛々と輝きを増していた。

 

 

 

 

 新たな風が折れぬことのない決意を以て、偽りという呪縛(ギアス)を斬り崩し始める。

 

 誰かが切り捨てた過去を置き去りにするのではなく、全てを背負って未来へと繋げていく―――崩壊の終曲(Coda)幸せな終わり(ハッピーエンド)へと変えるために……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

キリエとイリスにとって大きな転換となった話でしたね。
そして、原作主人公組の圧倒的な頼もしさに震えます。

デトネのBDがあと数週で出ますね!
楽しみでたまりませんな。
私は予約開始初日に特典マシマシ版で予約済みです。

それと補足と説明を幾つか……

色んな方から度々言及されており、今章における本作の主人公の彼について答えた方がいいのかなと思いましたので……

まず前提として、今章はアニメの1期、2期だとか、劇場版だとかという大きな区切りの物語ではなく、これまで通りのお話の一つとして読んで下さるとありがたいですということをお伝えさせていただきます。

全章、全戦闘で主人公が活躍するわけではありませんし、単純に戦闘方面で出番の少ない章だということです。

今章の烈火はなのはやアミタ、ディアーチェや所長といった人物達が戦場で思いをぶつけるという事柄についてははっきり言って蚊帳の外です。作中登場頻度自体はそこそこありますがね。

原作も全体の主人公はなのはだけれど、場面、場面で主人公が変わってるんじゃないかという程に様々なキャラクターに活躍の機会がありましたし、今作ではそこに加わるオリジナルの人物達も相まって登場人物が多数となっている事。
私自身も群像劇の方が好みということもあって、魔導師男オリ主が最新の劇場版の世界でなのは達と協力して事件解決にあたったり、マテリアルズと仲を深めたり、ユーリ救出に協力したりといった王道展開が見たかったであろう大多数の方にとっては物足りない展開となっているのかなと思っています。

だからと言って当初予定していた展開から話を転換する心算はありませんが、楽しんでいただけるように執筆に努めていく所存です。


それと、マクスウェル所長ですが、セリフの追加や言い回しを変えている面が多々ありますので、原作とイメージが若干違うと思われてしまったかもしれません。

私の中で彼は〈愛情も優しさも持っており、目指すべき到達点や信念も明確な悪ではないが、何処か大切な何かを欠落or失ってしまった人〉といったイメージを持っています。前話くらいからの言い回しではその欠落した部分というのを強調したくて、原典よりも悪役っぽい印象を抱かれてしまったかもしれませんが、本質は変えていないつもりです。

彼のしたことは許されませんが、絶対悪ではないといった感じでございます。


最後に…ここまで色々語ってきましたが、皆様の望む形か定かではありませんが、原典に居なかったキャラクター達もこの事件の中での出番は終わっていないとだけ言っておきます。

物語も佳境を迎え、更なる展開を見せていくと思いますが、次回も読んでいただけたら幸いです。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!!


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鮮烈なる星光

 タワーの上空で緋色と嵐が斬り結んでいる頃、駅前でも激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 高町なのはら時空管理局の魔導師の前に立ち塞がるのは、フィル・マクスウェルの残した手駒達……それらに戦線を任せた彼は現在も逃走中だ。アミティエが追跡中だが、今の彼女は誰がどう見ても本調子ではない。

 

 故に早くこの場を突破して、彼女の後を追うべきだが相手が相手であるだけにそれは容易なものではなかった。

 

 なのははフォーミュラモードを起動し、ユーリと相対している。フェイトは機動力を活かし、なのはの支援をしつつ、量産型イリス群体、機動外殻への牽制を入れながらの柔軟な立ち回りを見せている。はやてもまた、フェイトと同様に混戦の中で空を翔けているが、その表情は芳しいものではないようだ。

 

 親友達と共闘しているこの状態ならば、圧倒的な戦闘力を持つユーリとも、地表から弩級レーザーを放って来る機動外殻とも、圧倒的な物量を誇るイリス群体とも渡り合えるだろう。しかし、それだけでは何の意味もない。

 

 マクスウェルを止めなければ、機動外殻やイリス群体は無限に生み出されるであろうし、そうなった場合、こうも多勢に無勢ではユーリより先に自分達の魔力が尽きる事は自明の理……一刻も早く、膠着状態を脱して元凶を捕らえなければ、疲弊していく一方なのだ。

 

『みんな、このままじゃあかん!手分けして対処しよ。地上の機動外殻は私が引き受ける……ッ!ユーリは―――』

 

 いち早く念話で指示を飛ばしたはやては自らの持つ広域能力を最大限発揮できる相手である機動外殻を―――

 

『私に任せて、無力化は出来なくても引き付けるだけなら―――』

 

 フェイトは敵の最大戦力であろうユーリの相手を申し出た。単体での撃破は難しくとも、負けない闘いに徹するのであれば彼女の機動力は最適と言えるだろう。最悪、切り札とは言えないまでも奥の手(・・・)もある。

 

『なのはちゃんは敵の親玉の捕縛へ向かってな!』

 

『了解ッ!』

 

 フォーミュラの力を行使できるなのはは、最重要人物であるマクスウェルの身柄確保へと舵を取った。

 

『決まりやね。ほんなら行こか!』

 

「「うん!」」

 

 はやての言葉になのはとフェイトは強く頷いてみせる。その言葉を皮切りに三つの光は袂を分かつように空を翔けていった。

 

 なのは、フェイト、はやて、アミティエ、キリエ―――覚悟を背負い、己が使命の為に動き出していく者達と時を同じくして、傷付いた身体で戦場(いくさば)へと赴こうとしていた少女の存在があった。

 

 

 

 

 先ほどまで交戦状態にあった大橋には緊急信号を受信し、赴いてきた医療班と回収された三人の少女の姿がある。医療班を率いるシャマルは移動担架(ストレッチャー)の上で傷だらけの身体を引き起こそうとしているディアーチェを宥めるように寝かしつけていた。

 

「は、なせ……ッ!」

 

 制止を振り切るように暴れるディアーチェであったが、シャマルとの体格差以前に弱り切った身体では上体を起こす事すらままならないようで、振りほどこうとする抵抗も弱々しいものであった。

 

 三人の中で最も外傷の少ないディアーチェですらこの状態なのだ。他の二人は当然の事、この状態の彼女が戦線に復帰すればそれこそ、命を捨てに行くようなものだ。

 

「―――ユーリが泣いておるのだ!」

 

 ディアーチェの言葉に身体を押さえつけるシャマルの腕から力が抜けていく。医者として彼女がしようとすることを寛容するわけにはいかない。

 

 だが、シャマルとて医者である前に一人の騎士だ。時には自分の命を投げ売ってでも戦わねばならない時がある事も、命を賭けてでも貫かねばならない想いがある事も知っている。

 

「――—それでも、貴女を行かせるわけにはいきません」

 

 今も尚、戦場ではシャマルの仲間達が戦っている。ユーリ救出も作戦プランの一つであり、彼女達が完遂させることだろう。自分の手でユーリを助けたいというディアーチェの気持ちは痛いほど理解できる。しかし、管理局側としても、今の弱り切ったディアーチェが戦線に戻るメリットが何一つない。

 

 洗脳が解けて戻って来るであろうユーリやここで横たわる彼女の臣下達も、ディアーチェがいなければ悲しみに暮れる事だろう。故に、心を鬼としたシャマルはディアーチェを縛り付けてでも戦場に出さない心算であった。

 

「ディアーチェ……そこまでです」

 

「―――シュテル、貴様ぁ!」

 

 無理やりにでも出撃しようとしているディアーチェに制止をかけたのは、臣下であるシュテルであった。ディアーチェは引き下がれと言わんばかりの口ぶりであったシュテルに対し、怒りを露わにして食って掛かる。

 

「何か勘違いをしているようですが、私が言ったのは貴女が思っているような事でありません。むしろ、手はある(・・・・)といった心算ですが?」

 

 ディアーチェはシュテルの言葉に目を見開いて驚愕を示した。シュテルは自身の王が落ち着きを取り戻したところを見計らって、隣の担架のレヴィと頷き合い、周囲の局員に願い出て自身らを広い場所へと移動させてもらったようだ。

 

 シャマルはその光景を見て何かを察したように悲しげな表情を浮かべた。

 

「あの子達……まさか……」

 

 しかし、もう儀式は始まってしまっている。

 

「王よ。手を―――」

 

「ボクらの残った力と魔力……その全部を王様にあげる」

 

 シュテルとレヴィはディアーチェに手を差し出す様に申し出た。彼女らのしようとしていることを理解したのか、ディアーチェの瞳も揺れ動く。

 

 だが、そこにある確かな覚悟を感じ取り、臣下の嘆願を拒むことはせずに、ディアーチェは両者の腕を握りしめた。

 

 それを皮切りに三つの魔力光が折り重なるように一つに束ねられていく。

 

 闇と、炎と、雷と……

 

 三つの魂は一つとなり、暁の空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 なのは、フェイトと別れたはやては地上を這いずり回る大型機動外殻……先の戦闘でシュテルが伴っていた〈城塞のグラナート〉の発展型、〈ヘクトール〉の対処にあたっている。

 

 しかし、はやての力を以てしても増え続ける機動外殻を圧し留める事は容易ではない。

 

 彼女は広域型の魔導師であり、多数の敵の殲滅は得意分野であるが、あくまで十全に魔力を扱える状態で……という条件付きである。一気に相手を圧し潰せるほどの魔法を繰り出すための下準備を整えようするには多勢に無勢で単独戦闘を行っているこの状況は芳しくないということだ。

 

 増え続け、地表を負い尽くす機動外殻に対して、ただの砲射撃では埒が明かないことは非を見るより明らか……

 

『目視範囲の敵は〈ウロボロス〉で吹き飛ばせます。味方各員の完全離脱まであと少し、はやてちゃんは発射準備を!』

 

 例え困難でも、解決策が一つしかない以上は行動するしかないと、リインフォース・ツヴァイは主の意図を汲み取ったかのように侵攻阻止ではなく敵機殲滅のサポートへと切り替えていく。

 

「了解やで!」

 

 はやてはヘクトールから距離を取るように市街の上空を陣取った。白銀の光を放つ魔力スフィアを形成してその時を待つ。

 

 これこそが八神はやての真骨頂……単体の戦力として見れば馬鹿けた魔力ランク程の武力は持ち合わせていないかもしれない。しかし、圧倒的火力を以てしての広範囲殲滅……状況さえ整ってしまえば、はやて一人で魔導師数百名に匹敵するほどの力を発揮できるのだ。

 

 侵攻阻止の為に一機ずつ落としていては、押し切られてしまう。ならば戦域の敵戦力を纏めて薙ぎ払おうということだ。幸いにも殆どの戦闘は終了しており、味方戦力の離脱が確認でき次第、魔法を発動させてしまえば、戦況は一気に優勢に傾くはずだ。

 

『発動まで、あと九十秒……!?』

 

 しかし、そんな彼女らの思惑に対して更なる詰め手を用意していたと言わんばかりに、はやての下に更なる機動外殻の群れが押し寄せる。

 

「増援か!?」

 

 〈黒影のアメティスタ〉が夥しい数を以て上空から迫って来たのだ。歯噛みするはやてであったが、敵の侵攻は留まることを知らない。

 

『地上からも来ます!』

 

 リインの言葉に弾かれるように眼下を見下ろせば、そこには地表にも更なる機動外殻が展開している様が見とれる。

 

 はやては逃げ場を奪うかのように空域を侵し始めた機動外殻の大軍に対して、並列思考(マルチタスク)をフル回転させ思考を走らせる。

 

 無数の敵機に対し、彼女達はたったの二人だ。それもリインはユニゾン状態であり、実質はやて単騎と言っていい。加えて、地表への被害を与えずに無数の敵機のみを殲滅するべく、〈ウロボロス〉の精度調整を施している最中であるため、そちらにリソースを割かなければならず全開戦闘もできないと来た。

 

 地表と空中、現在の戦力では両方の困難に対処することは不可能ということだ。味方の退避報告も上がってきていない以上、まずは空から潰していこうとはやてが指示を飛ばすが……

 

「リイン、ウロボロスの照射角を修正して!」

 

『大丈夫です、はやてちゃん。その必要はありません』

 

「え?それって……!?」

 

 リインは現状維持を促した。はやてがその意図を理解するまでに時間は不要であった。

 

 その刹那―――

 

 猛々しい雄叫びと共にアメティスタの群れに白い光が突っ込んで行った。

 

「でぇぇぇぇぇええええいやぁッッ!!!!」

 

 青き守護獣が黒き機械魔神を殴り潰す。

 

「せぇええええええええいッッッッ!!!!」

 

 絵本の世界から飛び出して来たかのような小さな少女が身の丈とは余りに不釣り合いな程に巨大な鉄槌を振るえば、視界を覆い尽くしていた機動外殻が粉砕される。

 

「―――ふっ!」

 

 月光が照らす空を三体の不死鳥が駆けていき、夜天を爆炎に染め上げる。撃ち放ったのは、紅蓮の戦女神。

 

 はやての表情が歓喜に染まるが、そんな彼女を狙うように地上から大きな砲塔が光を放とうとしていた。

 

「私もいますよッ!!」

 

 小、中型の機動外殻は新緑の光を纏う鋼糸で雁字搦めに拘束され、巨大な掌によって呑み込まれていった。

 

 はやては駆けつけてくれた家族へ向けて言葉を紡ぐ。

 

「おいで、私の騎士達―――」

 

 足元に出現した白銀の剣十字……その端に重なる様に四つの剣十字が出現する。

 

「我ら夜天の雲……ヴォルケンリッター―――主に害なす障害を全て斬り捨て、御身を御守り致します」

 

「シグナム……」

 

 彼らの将が……

 

「こんな事件さっさと終わらせて、ウチに帰ろうぜ!」

 

「ヴィータ……」

 

 妹の様に思っている少女が……

 

「主、参りましょう」

 

「ザフィーラ……」

 

 頼もしい守護獣が……

 

「生産拠点の方はクロノ提督が対処に当たってくれてます。味方各員も広域攻撃に備えてほぼ離脱済み。後はタイミングだけです!」

 

「シャマル……」

 

 そして、参謀役の癒し手が……

 

四人の騎士が自分を守る様に立っていた。

 

 最早、不安も恐れもない……

 

「ほんなら、私達は―――!」

 

『ええ、地上の敵を薙ぎ払いましょう!!』

 

 はやての感情に呼応するように白銀の太陽が輝きを増していく。全ての幕引きを告げるために―――

 

 

 

 

 アミティエ・フローリアンはバイクに跨り、高速道路(ハイウェイ)を走り抜けている。目的は主犯格と目される、フィル・マクスウェルの捕縛だ。しかし、アミティエは逃走中のマクスウェルが空路を使用しているにもかかわらず、追跡を陸路を利用している。

 

 そもそも、通常運用においては〈エルトリア式フォーミュラ〉は〈魔法〉程、空戦には特化していない。加速装置(アクセラレイター)を使用すればその限りではないが、先の戦闘では全力の一撃をいとも簡単に防がれてしまったことから正攻法での突破は困難であることは明白……下手な攻撃はかえって自身の危険を招くであろうことから、距離を詰めながら、仕掛けるタイミングを見計らっているのだろう。

 

「アミタさん!」

 

 そんなアミティエの傍らになのはが近づいて来た。

 

「私が犯人確保の担当になりました。一緒に捕まえましょう!」

 

 頼もしい援軍には違いないが、それと同時に溢れる申し訳なさが口を突いて出る。

 

「本当にご迷惑をお掛けするばかりで……」

 

 これはエルトリアの問題なのだ。本当ならば、地球や管理局の手を煩わせることなく、自分の手で決着を付けてしまいたかったのだろう。

 

 なのはの胸にもアミティエの心情が伝わって来る。だが、こうして関わってしまった以上、傍観者となって終わるまで待っていることなどできない。それが高町なのはという少女なのだから……

 

 

 

 

 一方のマクスウェルも光学迷彩(ステルスモード)を発動させながらの浮遊の中で二人の追跡を察知しており、迎撃の機会を窺っていた。フォーミュラは索敵においても魔法に劣る。その為、仕掛けるならば奇襲しかないという考えに至ったようだ。

 

 自身と追跡者達の距離は目算で五〇〇mも離れていないといったところか……

 

 この距離ならば〈アクセラレイター・オルタ〉射程内だ。向こうが仕掛ける前にと光学迷彩(ステルスモード)を展開したまま肉薄したマクスウェルが目にしたのは、搭乗者が消えた空の車体が疾走している姿であった。

 

 それを認識した時には……

 

 

 

 

「「―――はぁあああああああああああああッッッ!!!!」」

 

 

 

 

 虚を突くように紅色と桜色が飛びこんで来ていたのだ。

 

 完全に極まった挟撃……しかし、それしきではマクスウェルは沈まない。

 

「甘い!」

 

 マクスウェルは〈ヴァリアントウエポン〉を瞬時に大型の剣に換装し、完璧に反応してみせる。二人纏めて吹き飛ばさんばかりの勢いで振るわれた剣であったが、出力差を気合で埋めると言わんばかりの一撃は、想像を絶する重みを感じさせた。

 

 先ほどは自らに手も足でも出なかった死に体のアミティエに押し切られかける状況に僅かに驚きを示すが、迫り来る〈ヘヴィエッジ〉に添えられるように桜花の魔力砲が重ねられる。

 

 膨大な魔力圧に圧し負けるように地表に押し戻されたマクスウェルだったが、傷は皆無であり、すぐさま迎撃に出ようとしたが、四肢に絡みついた桜色の拘束魔法(バインド)によって動きを止められる。

 

 魔導師にとっては基本的な戦法にいとも簡単に嵌められていた。

 

 そんな彼に大剣と大型砲塔が狙いを定めている。

 

「言ったはずだろう?私は君達と戦っても負けない……とッ!!」

 

「くっ!」

 

 アミティエは僅かに焦燥を孕みながらも、そのまま剣先を振り下ろす。

 

 しかし、戦場に響くたった一言が全てをひっくり返した。

 

 

 

 

「アクセラレイター・オルタァァァァァッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 紫の燐光と共にマクスウェルの姿が掻き消える。

 

 かけられていたバインドを基礎出力のみで吹き飛ばし、加速状態へと突入したのだ。先に繰り出されていたはずの振り下ろされた剣を躱し、背後に回り込んだ勢いを以てアミティエを建造物へを向けて蹴り飛ばした。壁を割るほどの勢いでめり込んだアミティエのダメージは大きい。動きの鈍った彼女へ容赦なく剣が刺し向けられる。

 

 それに対して、アミティエも燐光を纏いながら、傷だらけの傷に鞭を打って迎撃とばかりに剣を突き立てる。常人ならば反応すら困難であろう〈アクセラレイター〉の一撃だったが、マクスウェルにとっては止まっているのと変わらない。足搔くアミティエを嘲笑うかのように剣で斬り上げ、その身体を上空へと吹き飛ばした。

 

 さらに追撃に向かうが、それはもう一人の主兵装を封じるために遮蔽物の中を飛び回っていたマクスウェルが滞空中の間、無防備を晒すことを示していた。

 

「―――ぁ、ッッ……!」

 

 絶好の機会を前になのはの動きが止まる。このまま砲撃を撃ち放てば、マクスウェルに距離を詰められているアミティエを巻き込んでしまうからだ。非殺傷設定といえど、痛みは勿論の事、余波による傷は負ってしまう。しかも、今のアミティエは満身創痍の身体を気力で動かしているような状態だ。其処に砲撃を撃ち込めばどうなるかは想像に難しくない。

 

 無防備な相手と刃を向けられた仲間―――

 

 しかし、迷っている時間はない。今にもアミティエの腹部には剣先が押し迫っているのだから……

 

 マクスウェルは自らが作り出したこの状況を冷静に分析していた。例え、攻撃を加えてこようが、来ると分かっている砲撃を防ぐことはさして難しくない。加えて、その余波によってアミティエは戦闘不能となり、孤立したなのはを仕留めるのみだ。仮に砲撃を撃てなかったのならば、自らがアミティエの命を刈り取ってしまえば同じことだ。

 

 そして、砲撃はやってこない―――

 

「さようなら、アミティエッ!!」

 

 再びアクセラレイターを起動したマクスウェルはまずは一人目と剣を差し向けるが、彼の耳に飛び込んで来たのは……在りえないはずの言葉―――

 

 

 

 

「―――アクセラレイタァァァァァァァッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 マクスウェルは目の前の出来事を理解することが出来なかった。

 

 思考AIが迫り来る脅威に対し、迎撃を試みるべく身体を動かそうと指示を出しているが、眼前に広がる現象に対して、意識が追い付いていないのだ。

 

 鮮血交じりの桜色とでもいうべき燐光を纏って飛び込んで来る少女。本来は高機動型でない彼女であるが、接近速度はマクスウェルが使用する〈アクセラレイター・オルタ〉にすら匹敵するほどであった。

 

「―――っ!?ぅぅぉぉおおお!ぁぁぁぁああああああああああああッッッッ!!!!!?」

 

 在り得ない……在り得る筈がない。

 

 桜華の極光によって地に墜とされたこの状況……先の攻防に自分が敗れた事も理解できた。それでも尚、目の前で年端もいかぬ少女が起こした事象を信じられないでいた。

 

 常に最善手を打ち続け、全ての事象を掌の上で操って来たマクスウェルにとって初めての誤算……だが、空を舞う桜色の翼がその不条理が現実であるという何よりの証明であった。

 

 

 

 

「アミタさん……大丈夫、ですか?」

 

「なのはさん!また、無茶を……」

 

「えへへ……何度も見せて貰ったから、出来るかなって……でも、ちょっとだけキツいですね」

 

 なのはが発動させた力によって一命を取り留めたアミティエは、自身を助けた少女と無事を確かめ合っている。だが、アミティエの表情は悲痛に歪んでいた。

 

 僅か一秒にも満たない時間であったが、なのはが見せた加速機動は間違いなく〈アクセラレイター〉に相違ない。

 

 確かにフォーミュラを運用するべくなのはの体内にはアミティエが持っていたナノマシンが注入されているし、それらの最大解放により〈アクセラレイター〉の発動自体は理論上可能ではある。

 

 だが、〈レイジングハート・ストリーマ〉はフォーミュラの運用の為の調整は受けていても〈アクセラレイター〉の発動までは想定されていない。つまり、〈アクセラレイター〉を制御する機構が一切搭載されていない。

 

 なのはが発動させたあの力はアミティエが使用する〈アクセラレイター〉とも、マクスウェルが使用する完成系である〈アクセラレイター・オルタ〉とも違う。一番近いのは

制御(リミッター)を外したイリスやキリエが使用する〈システム・オルタ〉であろう。

 

 しかし、〈システム・オルタ〉ですら加速と筋強化に出力を振り分ける機構が備え付けられている。だが、なのはにはそれすらない。故に出力の上限が存在せず、〈アクセラレイター・オルタ〉すらをも圧倒してみせたのだろう。

 

 しかし、その代償はなのはの肉体への膨大な負荷として襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 アミティエの考察は間違っていない。しかし、本質はそこではない。

 

 マクスウェルはなのはが引き起こした事象に対しての回答を導き出した。

 

 

 

 

「エルトリア式フォーミュラと魔導の融合―――イリスとユーリを使って、私が成し遂げようとしていた事を……あんな、子供が……何故?」

 

 それは在り得ない事……否、イリスが〈夜天の書〉の力を一部行使できたことから、何れは可能になる日は来たのかもしれない。しかし、今はまだ一部のみ……

 

 フィル・マクスウェルという優秀な科学者が、星一つを造り変える事すら可能であるイリスと天文学のレベルである代物〈夜天の魔導書〉とその守護天使を用いて、長い年月をかけて漸く一部を行使できるところまで来た。

 

 それを目の前の子供―――高町なのはは、フォーミュラと出逢って僅か数刻、行使に至ってはまだ十数分程度であるにもかかわらず―――相反する二つの力の融合を完全に成し遂げた。加えて、他人の機動を見ていたら出来そうな気がした―――などとふざけているにもほどがある。

 

 これを不条理と言わずして何という。

 

 自分が出来ないことを他人が成してしまったのだ。マクスウェルの心中は悔しさと妬みに染まっていた。

 

 だが、それ以上に……

 

 

 

 

「―――素晴らしい」

 

 次にマクスウェルの口から吐いて出たのは、賞賛の声であった。

 

 自らが魅入られ、生涯を賭けて完成させていこうとしたものが目の前にあるのだ。

 

 

―――彼女が欲しい

 

 

 其れの前には悔しさも妬みも些末な事であった。

 

 自分の理外を超える少女に対して抱いたのは果ての無い欲望―――

 

「……ク、ククッ!……」

 

 笑みを抑えることが出来ない。

 

 マクスウェル自身もこれほどの高揚感と熱に浮かされた経験がなかったからだ。イリスを造りだした時よりも、ユーリとの出逢いよりも……

 

どうしようもないほどまでに目の前の少女を欲している。

 

 途方もない狂気(よろこび)を全身で発するマクスウェルは起き上がりながらもなのはから視線を逸らすことはない。

 

 

 対するなのはは瞳を閉じて思考を巡らせた。最早、迷うことなど何もない。眼前にいるのはやり方を間違えてしまった、止めなければならない存在だ。

 

 彼の欲望が悲劇を生み出した。

 

 そして、彼の狂気によってたくさんの人が苦しみ、悲しむのならば―――高町なのははその狂気を超越し、皆を守らねばならない。

 

 

 

 

「アミタさんは支援に回ってください」

 

「ッ!そんな……私はまだ!!」

 

 アミティエの胸になのはの言葉が突き刺さる。事実上の戦力外通告……

 

 無理もない。立っているだけでもやっとの状態の彼女が最前線で戦い続けてきたことの方が異常であるのだから……

 

「大丈夫なのは分かってます」

 

「なら!!」

 

 なのはは言い縋るアミティエに対して柔らかに笑みを零し、愛機を改めて構え直した。アミティエが言葉を新たな紡ぐ前にレイジングハートは光に包まれ、新たな姿へと形を変えていく。

 

 実戦で使うこと自体は初めての新形態であるが、様相としてはむしろ原点回帰……といったところか。

 

 左腕全体を覆っていた大型砲塔が長槍を思わせるように形態変化したのだ。魔導師としてはもっとも一般的な(ロッド)形態―――なのはは手に馴染むその感触に小さく口元を綻ばせた。

 

 アミティエの気持ちはなのはも痛いほどに理解している。恐らく逆の立場で同じことを言われても、戦う事を諦めたりはしないだろう。

 

 だとしても今現状は―――

 

「私の方がもっと大丈夫っていうだけです!!」

 

 〈レイジングハート・エストレア〉を構えたなのはから溢れ出る闘志と覚悟に魅せられたアミティエには次に言葉はなかった。

 

 そして、マクスウェルは目の前の少女の新たな形態―――途方もない可能性をさらに見せつけられたことにより悦びに打ち震えている。

 

「素晴らしい……君は本当に素晴らしい。欲しいね……その力!!」

 

 黒々とした狂気を隠すこともなくマクスウェルは眼前の少女に手を差し伸べた。

 

 

 

 

「君も私の子供(・・)にしてあげよう―――ッ!」

 

 自身が欠落し、足りなくなったナニカを追い求めるかのような歪んだ笑み。

 

 しかし、対峙するなのはの視線は一層鋭さを増す。

 

 なのはは女神の名を冠する不屈の心(レイジングハート)を駆り、最後の戦いへと舞い戻った。

 

 

 

 

 管理局臨時本部の一室。扉が開き、宛がわれた部屋に一人の少年が帰って来た。少年―――蒼月烈火は窓際まで歩いて行き、眼下に広がる街並みに目を向ける。目視でも各所で噴煙が上がっているのが見て取れ、今も尚、戦闘が継続している事を感じさせる光景であった。

 

「無限に生成される人造兵士か……」

 

 烈火の瞳が僅かに揺れる。

 

 黒枝咲良を指令室まで送り届けて自室に戻ってきた烈火であったが、その際に予期せぬ出来事が発生した。咲良が指令室の扉を開いた正にその時、クロノを通じて、前線の主要メンバーと指令室にアミティエとエレノア、マクスウェルの応答がリアルタイムで中継されている真っ最中であった。

 

 そのため、偶然にも今回の一件がただの違法渡航者捕縛ではなく、惑星の命運を左右する闘いだという事……主犯格と目されていたイリスの背後で全てを操っていたマクスウェルの存在……そして、彼が何を思い、何を成そうとしていたのかという情報の一端を偶然にも聞いてしまったのだ。

 

 

 

 

 今現在、関東全域を覆う封鎖領域では、彼のクラスメートや知り合い、その同僚たちが命を賭けて戦っている。それだけではない。

 

 指令室で彼らをサポートしている局員を始めとして、この結界の中にいる誰もが事態の収束に向けて自らの為すべきことを果たすべく奮闘している。

 

 

 蒼月烈火を除いては―――

 

 

 拳が固く握りしめられる。

 

「だが……俺に何が出来る?」

 

 今の自分が戦場(いくさば)に赴いたとしてすべきことはない。むしろ戦っている者達の足を引っ張り、混乱させるだけだろうと小さく息を吐いた。

 

 魔導師としての戦力には少なからずなる事は間違いない。しかし、この事態を打開するために必要な物はそれではない。もっと本質的な要因なのだ。

 

 

 故に今できる事は、皆が無事に戻ってくることを信じる事のみ。

 

 烈火は眼下の街々一瞥し、握っていた拳から力を抜いた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

いよいよデトネのBD発売が迫ってきましたね!


そして、今回はなのはさんマジパネェっすに一言に尽きますね。

長い劇場版篇も残り片手で数えられるくらいまで進んで参りました。
間もなくクライマックスです。

最後までお付き合いくださると嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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反鏡終焉のDetonation

 戦いが最終局面を迎えていた頃、市街地の建物を縫う様に金色の閃光が駆けていく。白いマントを靡かせた少女―――フェイト・T・ハラオウンは巨大な影に対して付かず離れずの距離を保ち、その注意を自らに引き寄せるように牽制を入れながら飛び回っている。

 

 初見こそ不意を突かれたが、フェイトの機動力と反射速度であれば、常軌を逸脱した戦闘能力を持つユーリに対してであっても善戦は可能であった。

 

 だが、逆に言えば、守勢に徹しても有効打を与える術がないということであり、何れはフェイトの方が力尽きるのは自明の理……

 

 しかし、この戦いの目的はユーリを打倒する事ではない。本懐はなのはらがマクスウェルを捕らえて〈ウイルスコード〉を解除するまでの時間を稼ぐ事にあるのだから……

 

 分の悪い戦いと言えるが、感情を失ったユーリの攻撃は単調である為、まだ幾分か余裕はある。そんな時、フェイトは眼前の光景に目を見開くようにして驚きを露わにした。

 

「……ディアー、チェ…?」

 

 魔法陣の上に立っているのは紛れもなくディアーチェに違いないが、フェイトの記憶にある姿とは随分と様相が異なるためか、戸惑いを隠しきれない様子だ。

 

「手間を掛けたな。後は任せよ」

 

 肩口までの長さであった髪がロングストレートと言って差し支えない長髪に変わっている。加えて、身長も僅かに伸び、胸元や腰回りなどの曲線がより増しており、成長途中のフェイトと比較して成熟したような印象を醸し出している。

 

 答える声音も幾分か低くなっているように感じ取れた。

 

「な、一人じゃ無理だよ!私も―――」

 

「一人ではない」

 

 自らでユーリの相手をすると申し出たディアーチェに対して抗議の声を上げるフェイトであったが、彼女の言葉の節々から感じ取れる決意を察してか、僅かに勢いを削がれた。

 

 そして、ディアーチェはフェイトの間違いを正す様に言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

「シュテルもレヴィも……我と共に在る」

 

 

 

 

 次の瞬間……フェイトは全身に感じる熱量に身体を強張らせた。

 

 ディアーチェが魔導書の(ページ)をばら撒いてユーリの動きを牽制しながら、三色の砲撃を撃ち放ったのだ。

 

 凄まじいまでの破壊力。それは明らかに魔導師単騎の出力を逸脱していた。

 

「元よりユーリを確保するのは我らの役目、助けがいるのはナノハ達の方だろう?……行ってやれ」

 

 ディアーチェは事情が呑み込めていない様子のフェイトに対して突き放す様に言い放つ。何らかの覚悟をしてここに来た事は明白であり、為すべき役割に関しても的を得た発言であった。

 

 今回の一件における最重要人物は間違いなく、フィル・マクスウェルだ。彼の打倒はウイルスコードの呪縛を受けているユーリとイリスの開放を意味している。つまり彼の身柄を確保することがこの事件解決に繋がると言っても過言ではなく、戦力は可能な限りそちらへ回すべきなのだから……

 

 

「分かった。気をつけてね」

 

「―――ああ」

 

 フェイトは短く言葉を交わして、この戦いに幕を引くべく戦域を後にした。

 

 

 

 

「待たせたな。行くぞ、ユーリ!!」

 

 再び主人を顔を合わせたディアーチェに対しての返答は〈鎧装〉での拳撃であった。正気を取り戻させて僅か数刻―――ユーリは先ほど以上の呪縛に蝕まれて傀儡と化していた。

 

 ディアーチェは迫る拳を右手に出現させた青雷の薙刀で鎧装を斬り裂いてみせる。

 

 僅かに驚きを滲ませるユーリであったが残った片腕を突き出していく。ディアーチェはその拳を掌で受け止めて、轟炎の手甲から魔力を噴射させて術者ごと吹き飛ばした。

 

 攻撃兵装を失ったユーリは腕の再生を試みるが、ディアーチェはその隙を逃さずさらに畳み掛ける。再生時の僅かな硬直を狙い、ユーリの腕に闇色の拘束魔法(バインド)を仕掛け、動きを止めさせた。

 

 シュテル、レヴィの魔力を自身と融合させた三位一体ともいうべき姿〈トリニティブラッド〉となり、ユーリに比肩しうるほどまでに戦闘能力を上昇させたディアーチェであるが、あくまで単騎で善戦できるようになったというだけであり戦局を大きく変えるほどの力を有しているわけではない。

 

 加えて、三人分の膨大な魔力を全てコントロールする行為により、ディアーチェ自身の躯体は軋みを上げ、今にも暴発寸前といった状況だ。再生能力を持つユーリを撃破できる可能性があるとすれば短期決戦しかないと一気に責め立てていく。

 

「ディアーチェ!ダメです!そんなことをしたら!!」

 

 ユーリはディアーチェが行おうとしている事を悟り、悲鳴にも似た声を上げた。三人分の魔力の最大解放―――そんなことをすれば、ディアーチェへの負荷は計り知れないものとなるだろう。それこそ、彼女を構成している根幹部にすら被害が及んでしまうかもしれない。

 

「元より拾った命と仮初の力!貴様の涙を止められるのなら……投げ捨てたとて、悔いはないッ!!」

 

 しかし、覚悟なら当に済ませているとディアーチェが立ち止まることはない。ユーリによって救われた命、偶然の重なりで得た力……元々無かったものを捨てて、守るべきモノを取り戻せるのなら、成し遂げる以外の選択肢は存在しないのだ。

 

 ディアーチェと此処にはいない二人の臣下の想いは一つ。

 

「貴様と共に過ごせた日々は、誠に温かで……幸福であった!!」

 

 その思いに呼応するかのようにディアーチェから迸る魔力が爆発的なまでに膨れ上がっていく。

 

 燃え滾る炎と鳴り響く雷鳴……それを包み込む闇光……

 

 三つの魂に刻み込まれた最大火力を一手に束ねて放つ一撃。

 

 救われた恩と与えられたぬくもりに報いるための彼女達の想いの集合体……

 

「ぐっ!ッ、ぅぅ……ッ!!」

 

 同時に強すぎる想いはディアーチェの肉体を内部から傷つけ、焼き焦がしていく。正に命懸け……決死の一撃だ。

 

 エルトリアで……この地球で……二度も失った彼女の笑顔……

 

 ならばこそ……

 

「故に今度は!我らが貴様の未来(あした)を切り拓くッ!!」

 

 恐れるものは何もない。

 

 ただ……あの日の笑顔を取り戻すために……

 

「我らの渾身の恩返し!う、けとれぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ……ッッ!!!!!!」

 

 心からの叫びに魔導を重ね、撃ち放つ。

 

〈エクスカリバー・トリニティ〉……彼のブリテンの騎士王が携えし、勝利を約束する聖剣の銘を模した極大砲撃……三つの光がユーリの小さな体を呑み込んだ。

 

 

 

 

 全身を包み込む光に焼かれながらユーリは瞳を開く。

 

 周囲を見渡せば、街並みは消え失せており、焼き焦げるような香りと共に焦土と化しているのが見て取れた。

 

 もう、脳が劈くような痛みもなく、身体の自由も戻っている。

 

 これが意味することは……

 

「ッ!?ぅぅ……」

 

 ユーリは周囲をもう一度見渡した。吹き上がる噴煙の切れ目に小さな影を見つけた。

 

 軋む体を無理やり起こして、そこへ向けて距離を詰めていく。

 

 

 

 

「は、ぁ……ァ……っ!ぅぅ……!」

 

 たどり着いたその場所で小さな命を抱き留め、嗚咽と共に大粒の雫が零れ落ちていく。

 

「恩返し、なんて……私の方が、ずっと……ずっと、沢山の幸せを貰ったのにっ!」

 

 ユーリは声を震わせ、涙と共に言葉を紡ぐ。

 

 零れ落ちる雫に呼び起こされるように腕の中の彼女は小さく鳴いた。小さな前足()でユーリの頬を撫でるが、ヒトの物ではないそれでは涙を拭うことは叶わない。

 

 再び泣かせてしまった彼女……しかし、これは止める必要のない優しい涙だ。

 

 懐かしい温もりに抱かれるように腕の中で小さな猫は笑みを零し、盟友達が舞う空の彼方へと視線を向ける。

 

 

 こうして暁へと向かう空で一つの戦いが終幕を告げた。

 

 

 

 

 機動外殻の殲滅準備が着々と整い、最大戦力であろうユーリ・エーベルヴァインの撃破と移ろい変わる戦況の中で一際激しい戦いが繰り広げられている。

 

 

 峻烈にして剛腕……早さと力強さを兼ね備えた剣戟を目の前に、なのはは砲撃を撃ち放つ。

 

 高速機動に優れる相手には悪手ともいえる弩級砲撃であるが、その光はマクスウェルを呑み込んだ。着弾させにくい相手であるのなら、別の手段を取るのではなく、当てるための状況を作り出す。

 

 高速で舞う剣を柄と大盾で防ぎ、迫り来る弾丸は自らの光弾で撃ち落とし、行動を予測した先へバインドを設置し、僅かな隙へ喰らい付くように愚直なまでに砲撃を撃ち続ける。

 

 動じる事もなく、揺れる事もなく、自らの道を突き進み続けるのだ。

 

「ぬ、っ!!ぐ、ァァああああああああああああああああ!!」

 

 しかし、マクスウェルもそう簡単には倒れない。先のシュテルとの戦闘でなのはが行ったように、砲撃の中を無理やり突破してきたのだ。

 

 そして、〈アクセラレイター・オルタ〉の機動力を最大限に活用してなのはへと剣先を向ける。どこか焦ったような彼らしからぬ正面攻撃であった。

 

(何故……倒れない!?)

 

 マクスウェルは閃光の世界に身を置きながら、内心で吐き捨てた。目の前にいるのはイリスやユーリとそう変わらない年場もいかぬ少女。

 

 そうであるはずなのにマクスウェルは、目の前の少女に薄さ寒いモノを覚えていた。

 

 状況は万全だ。

 

 フォーミュラは魔法に対して有利である。

 

 加えて、フォーミュラの極致も言える〈アクセラレイター・オルタ〉を有しており、イリスの群体化によって肉体を得た事で、アミティエらエルトリア人をも超える身体スペックも手に入れた。

 

 自身という本体は此処に在るが、いざとなればイリスへデータを飛ばすことで復活は可能であるし、それこそ、バックアップもいくらでも効く。

 

 絶対に負けない状況を作り出したにも関わらず、目の前の少女に圧倒されかけている事に理解が追い付かない。

 

 否、圧倒などという生易しい物ではない……マクスウェルは高町なのはに対して確かな恐怖を覚えているのだ。

 

 それは万能の肉体を得て、想定以上の新天地へと辿り着き、イリスとユーリを手中に収めても尚、拭い去ることが出来ない程に大きなものとなっていた。

 

 

(―――何だ。何なんだ……コイツは……ッッ!?)

 

 

 打算も計略も通用しない理外の範疇にある決して折れない意志。光り輝く不屈の心。

 

 誰もが抱く善意でも、自己犠牲でもない。

 

 高町なのはから感じられるそれは、何かもっと別のもの。

 

 それは娘を仲間を、世界の全てを道具として操ろうとしたマクスウェルをして垣間見る事の出来ない一つの狂気(・・)であった。

 

 焦りは攻撃を鈍らせる。マクスウェルは機械駆動と生前では成し得ない程に高位に位置する戦闘能力を手に入れたが、彼の根幹部は人間の精神のまま……故に思考AIと身体稼働にズレが生じ始めていた。

 

「う、ぁっ!?がぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!???」

 

 桜色の奔流に吹き飛ばされていくマクスウェルであったが、彼なりにこの戦いに一つの結論を出した。

 

 目の前の少女が自らの手の及ばない領域に立っている事を認め、一度は欲したが、強すぎる力は手に余るということを認識し、諦めたのだ。

 

 それと同時に、彼女はこれから自分が再び研究を進めていく上で最大の障害となる事を意味している。

 

 マクスウェルは自身に襲い掛かるこの感覚を払拭できないままでは、これ以上先へ進むことが出来ないと桜色の眼前に躍り出る。

 

「ッッ!!うぐっ!!おおおおおおおぉぉぉ!!!!」

 

 紫の燐光が輝きを増し、渾身の剣戟を撃ち放った。

 

 躯体への損傷も稼働エネルギーへの負担も省みない、次の戦いの事も大局の流れも一切考慮しない全力の一撃……アクセラレイターによって最大限まで高められた純粋な破壊は漸くなのはへと到達した。

 

「う……っ!?」

 

 なのはが防衛へと回した〈独立浮遊シールド〉を力技で斬り裂き、その勢いを以て命を刈り取るべく剣を振り翳す。

 

(取った……ッ!!)

 

 マクスウェルはなのはを葬ることが出来る確信と共に狂気にも似た愉悦に打ち震えた。これで得体の知れない恐怖から、自らの理外にある存在から解放されるのだと確信していた……筈だった。

 

 

 

 

 しかし、高町なのははそんな想いすらも超越()えていく。

 

 

 

 

「はぁぁぁ!!!!―――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 

 なのはは自身に迫る剣に対して、防衛でも回避でもなく……むしろ、前のめりに突っ込んで来た。自分自身への余波もお構いなしに制動を一切無視した超弩級砲撃を撃ち放ったのだ。

 

「ぐ、ぁ……っ!?」

 

 吹き飛ばされたマクスウェルは呆然に目を見開いた。自分と同様に砲撃に巻き込まれたなのはが此方へ向かってきているのだ。

 

 そして、その身体を砲撃が呑み込んでいく。

 

 だが、マクスウェルは光の乱流に呑まれながらも、脳裏を染め上げる恐怖を振り払うために、目の前の少女を殺し尽くそうと加速の上限値を大きく引き上げて、更なる閃光の世界に身を移し、なのはも追走するように出力を引き上げる。

 

 一瞬と言える刹那の時間すらも置き去りにする超高速戦闘。

 

 後先を考えずにただひたすらに全力で斬り結び、撃ち合う両者。

 

 正に頂上決戦……

 

 敵の防御を剥ぎ取り、必殺の一撃を打ち込む……その一点のみを狙い、そこへ辿り着いたのは―――

 

 

 

 

「終わりだ!今度こそッ!!」

 

 

 

 

 マクスウェルだ。

 

 制動機構を振り切り、全身から鳴り響くアラートを無視して、高町なのはを殺すためだけに剣を執った。何度も口にした終焉を体現するために、目の前の少女を切り伏せるために刃を振り下ろした。

 

「……ッ!」

 

―――間に合わない

 

 なのはは自身の終わりを確信した。だが、不屈の心が、諦めきれない心が迫り来る剣戟(げんじつ)への足掻きを見せている。

 

 マクスウェルもそれを感じ取っているが、最早手遅れ……

 

 

 悲しい現実を撃ち砕こうと皆の想いを背負う少女……

 

 他者の想いなど歯牙にもかけず自らの探求心に駆られる男……

 

 

 二人の道は、歩んで来た軌跡が示す様に、始めから決まっていたかのように分かたれた。

 

 

 

 

 前線から外されて支援へ回ることを承ったアミティエであったが、名目上の物であり、実際は回復の為に下げられた様なものだ。

 

 現実問題として、初めての次元移動から慣れない地球での戦闘に此処までに負った傷の数々……目に見えて酷いのはマクスウェルに張られた頬の腫れだが、骨折も一ヶ所や二か所ではなく、満身創痍と言って差し支えない状態だ。

 

 実際、アミティエは立ち上がることもままならず、ビルの上に横たわって荒い呼吸を繰り返しながら頭上を駆ける二つの光を見つめている。

 

「なのはさんが押している……でも……」

 

 戦況はなのはに分があるようだが、アミティエの表情は晴れない。

 

 先ほど、なのはの胆力よって窮地を脱したアミティエだからこそ分かることもある。

 

 気丈にも笑って見せていたが、苦悶に歪む表情……自身を抱えた彼女の腕は、身体は震えていた。

 

 外傷こそ少ないが、なのはもとっくに限界など超えてしまっているのだ。

 

 無理もない話だ。キリエ、シュテル、ユーリ、イリス群体、多数の機動外殻……そして、フィル・マクスウェル……これだけの戦闘をこの一夜の中で連続で繰り返しているのだから当然だろう。

 

 そこに加え、使い慣れない〈フォーミュラモード〉に〈エルトリア式フォーミュラ〉と〈魔導〉の融合を成し遂げ、自身達と違い制御機構の無い〈アクセラレイター〉まで使いこなして見せた。

 

 限界を超え、今も尚、マクスウェル相手に戦えている現状の方が異常となのだ。

 

 だが、これ以上長引けば、それこそ―――

 

 

「こん、な所で立ち止まって、る場合じゃ……っ」

 

 

 アミティエの予感に圧されるように次第に戦いの主導権をマクスウェルが握っていく。せめて援護を……隙を作り出すために、この身を盾にするだけでもと戦線に復帰しようとするアミティエだったが、その意思に反して一度、歩みを止めた身体は力を取り戻すことはない。

 

 それでも少しずつ体を起こしていく。

 

 自分達のために戦ってくれている人の命を散らせるわけにはいかない。自分達の星から齎された災厄へ立ち向かっている少女がいて、自分が立ち止まるわけにはいかないのだと……

 

「動け……動け……っ」

 

―――助けたい

 

―――力になりたい

 

 そんな思いがアミティエの口を吐いて出る。

 

 

「う、ごけぇぇぇえええええええええええええぇぇぇっっ!!!!!!」

 

 

 自身に残された在らん限りの気力を以てアミティエは叫びを上げる。

 

 しかし、無情にも彼女の身体は膝を震わせて辛うじて立っているような状態に留まり、その願いが叶うことはなかった。

 

 

 

 

 だが、彼女の気迫が……込められた願いが……一つの希望を呼び寄せる。

 

 

 

 

 アミティエの頬を風が撫でる。驚愕に振り向く間もなく、金色の閃光が激突の中心部へと飛び込んで行く。

 

 

 

 

 それは星光が紡いできた絆の証明……

 

 彼女に寄り添う金色の死神の胎動であった。

 

 

 

 

「な……にッ!?」

 

 マクスウェルの驚愕の声が響く。なのはへと振り下ろした刃を金色の魔力刃によって薙ぎ払われたのだ。

 

 そして、腕を開き、ガラ空きになった隙を突くように両手首を先ほどまで術式を組み上げており、発動寸前であった桜色の円環に縛り付けられる。更にそれに重なる様に金色の四角(キューブ)が組み付いた。

 

(また……なのか!何度も何度も!!)

 

 在り得ないことがマクスウェルに降りかかる。それはこの夜の間に幾度も降りかかってきた不条理に他ならない。

 

 予想外に深手を負ったキリエ、管理局側と連携するディアーチェ達、三度も撃破されたユーリ、クロノの広域攻撃に、相反する二つの力の融合を成し遂げたなのは……思い返せば、想定外の事態により計画(プラン)の修正を何度測った事であろうか……

 

 それだけではない。

 

 ユーリのような例外を除けばエースと呼ばれる魔導師であっても、フォーミュラの前には太刀打ちできないはずであった。

 

 相手の戦力を分析し、常にそれを上回る戦力を投入し続けて来た筈であった。

 

 完璧なシナリオだった……絶対に負ける筈のない戦いであった。

 

 マクスウェルは歯噛みした。

 

 理解ができない……

 

 だが、彼は知っていたはずの事象である。

 

 ヒトが限界を超えていくために必要なモノは彼が燃料(・・)と称したそれに他ならないのだ。

 

 どんなに完璧に状況を整えても、大局を支配しても足りなかったモノ。それを持ちえない彼は、誰かの為に戦い続ける魔法使い(・・・・)達に勝利することは始めから不可能だったのかもしれない。

 

 

 

 

 拘束を振り払おうとするマクスウェルの眼前、白と黒の少女が空を踏みしめた足元で二つの円環が重なり合う様に渦を巻く。

 

 最早、言葉も念話も、目を合わせる必要すらない。隣に立つ存在の思考が手に取るように理解できてしまう。二つの翼は皮肉にも他者の意志を縛り付け、己の意のままに操って来たマクスウェルとは対極に位置していた。

 

「ぐ、アクセラ―――ッッ!?」

 

 目の前の事象から逃れようと筋強化を最大限まで引き上げようとしたが、マクスウェルは驚愕に目を見開いた。これまでの負荷によって、全身に鳴り響くアラートが加速機動(アクセラレイター)の発動を良しとしなかったのだ。

 

 奇しくも、これまでの戦いで消耗していたなのはにしていたことと同じ現象によって今度は自らが追い詰められている。そして、彼女の様に限界を超えることは出来なかった。

 

 ならば解析をと手元の術式に目を向けたのならば、下方から放たれた無数の銃弾が襲い掛かる。〈アクセラレイター〉を筋出力のみに振り切ったアミティエはよろける身体に鞭を打ち、何度も引き金を引いていた。

 

 多少狙いは甘いが、威力を増した銃弾がマクスウェルの両手の得物を撃ち落とし、一発の銃弾が吸い込まれるように頬へ炸裂する。

 

 

 全ての戦闘手段を失って丸裸にされたマクスウェルの眼前で二つの光が煌めいた。

 

 それは終焉を告げる最後の魔法……

 

 

「ホーネットジャベリン!!」

 

「エクシードエストレア!!」

 

 

 なのはとフェイトが天に掲げた魔法の杖の下へと星と雷が集う。

 

 無数の戦いの中で編み出された中距離殲滅コンビネーション。

 

 

 

 

「「ブラストカラミティ―――発射(ファイアー)ッッ!!!!」」

 

 

 

 

 〈ブラストカラミティXF〉―――〈レイジングハート・エストレア〉によって形成されたバレルフィールドにより効果範囲を限定し、〈バルディッシュ・ホーネット〉による砲撃を軸になのはの砲撃でフィールド内を満たす広域魔法だ。

 

 フィールド内での回避は不可能。二重バインドまで施されており、檻の中から逃れる術もなく、折り重なる星光と雷光がこの世界を掻き乱し、多くの悲しみを生んだ根源を打ち払う。

 

 

 

 

「ブラスト、シュ―――――トォッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

―――救うと決めた

 

―――二つの世界の明日の為に

 

―――目指した道の果て、何が待っていても

 

 

 幾度も運命を切り拓いて来た撃ち抜く魔法。

 

 

 二人の少女に呼応するように魔法の出力が跳ね上がる。魔力飽和空間の中で、マクスウェルは断末魔を残響させ、極光の中へと消えた。

 

 

「う、おおおぉぉおおおおおぉ、がぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!???」

 

 

 迫り来る暴力的なまでの光によって鋼鉄の躯体は崩れて外装が剥がれ、四肢は千切れ飛び、胸元から下は全て蒸発して行く。

 

 マクスウェルにとって最大の誤算を孕みながら、全身を燃やし尽くされて、魔力の渦へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 時を同じくして―――

 

「―――え、ぁ……?」

 

 脳裏に過り続けていた大切なものが砂嵐(ノイズ)の中へ消えていく。

 

 遠い日の記憶、大好きだった笑顔……

 

 そうして、緋色の少女は嵐のような剣戟から一転して制止した。程なくして、奏演者を失った傀儡の様に弛緩した身体が空へと投げ出され、地表へと向けて墜ちていく。

 

「イリスッ!」

 

 彼女の名を呼びながら受け止めた女性が一人。

 

 キリエはイリスを抱きかかえながら安心したような表情を浮かべ、ゆっくりと地上へと降りて行った。

 

 フィル・マクスウェル、ユーリ・エーベルヴァイン、イリス……事件の根幹を担っていた者達との戦闘はこれで終幕となった。

 

 

 

 

 残されたのは地表を覆い尽くす〈機動外殻〉と一部の〈イリス群体〉のみだ。

 

 しかし、それらを撃ち払うべく白銀の太陽が天高く輝きを増している。

 

 はやてがシャマルから戦闘行為の終了と味方各員の離脱の報を受けて杖を振り上げると共に、リインによるカウントダウンが始まった。

 

《ウロボロス発動―――発射6秒前。5、4、3、2、1……0!!》

 

「響け!ウロボロスッ!!」

 

 リインの掛け声に合わせてはやてが杖を振り下ろし、術式の発動と共に白銀の太陽から散る光が関東全域に魔力の雨を降らせていく。

 

 はやての傍らに控える守護騎士、クロノ、ユーノ、煉を始めとした戦域の魔導師達……

 

 なのはに肩を貸しながら空を見上げるフェイト、イリスと寄り添うキリエ……

 

 座り込んでいるアミティエと誰もが幻想的な白銀の光へ視線を向けている。

 

「……」

 

 蒼月烈火も窓辺に立ち、降り注ぐ白銀の雨を見上げていた。

 

 

 

 

〈ウロボロス〉は建造物を避け、街々を侵攻し続けた機械魔神のみを鉄槌を降すかのような浄化の光によって全て消し去った。

 

 

 

 

 はやての広域攻撃を受けての本部からの報告と共に張り詰めていた戦闘区域が緊張から解放されていく。

 

「ウロボロス発射、範囲内の敵の殲滅を確認!」

 

「残りの機動外殻と群体イリスの捜索を続けて頂戴。はやてやなのはちゃん達には帰還命令をお願いね」

 

 レティ・ロウランは指示を飛ばすと共に他の面々に悟られぬよう安堵の息を漏らした。

 

 

 

 

 フェイトはなのはを休ませると地面に転がされたマクスウェルの下へと歩み寄る。

 

 爆心地の中心には居たのは四肢を失い、頭部と僅かな胸部が残された機械人形であった。鋼鉄の躯体は無残に千切れ跳び、焦げ付いた人工筋肉が残骸の様に散乱している。顔の人口皮膚も焼け爛れ、眼球に位置するアイパーツは片方を欠損し、もう片方は剥き出しになっている。

 

「フィル・マクスウェル所長、貴方を逮捕します」

 

 文字通り手も足も出なくなった彼に告げられた最後通告。同時にこの事件の終わりを指し示していた。

 

 

 

 

 これまで饒舌であった彼らしからぬ様子で閉口していたマクスウェルは暫しの間を置いて言葉を紡ぐ。

 

 その頭上……雲を超え、空の上の成層圏の向こう側で、一つの星が瞬いた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

デトネのBDを視聴して創作意欲を養っていましたが、尊すぎて何回も見直してしまいました。


さて、少しずつ…着実にですが物語は進んで参りました。

なのフェイは尊い。
本編では単独戦闘が多くて不遇でしたが、はやての広域攻撃が一番エグイなぁって回でしたかね。


やってることは外道で許されないはずなのに主人公の所長がラスボスのなのはに立ち向かうようにしまって読み直した時に自分でもびっくりしました。

戦闘終盤に機械の体で参戦して体力の有り余ってる所長と消耗した魔導師達ですからどっちが有利なのかは明白なんですけどね。

実際、なのはがベストコンディションだったのなら……もしくはフォーミュラ運用の機会がもう少しあって技術を身に着けていたのなら勝てなかったんだろうなぁって思います。

デバイスも急遽改修した物ですし、フォーミュラの運用も2回目、レヴァンティンはシュランゲが凍結されたままだったり、魔導師サイドがまだ万全の状態じゃないってのが、ヤバいですね。

劇場版本編で言えばあと3~4話で終了の予定です。
感想等頂けましたら嬉しいです。

ドライブ・イグニッション!


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魔法の意味

 全ての戦いが終結した。

 

 フェイトがこの事件において暗躍していた首魁フィル・マクスウェルを拘束しようとした時、不敵な笑みと共に言葉が紡がれた。

 

 

―――空をご覧……そうすれば分かるだろう

 

―――君達の敗北がね

 

 

 オープンチャンネルで中継された通信を聞き、戦域の面々は空を見上げた。

 

「なんか、変や。あんな明るい星が……」

 

 真っ先に声を上げたはやてに合わせて誰しもが空に瞬く不自然な星の光とその真意に気づき始める。

 

 はやての放った〈ウロボロス〉の余波が引き次第、残された量産型への対処を行うのみだと僅かに気が緩んでいた司令部の面々の表情が凍り付き、戦慄が走る。

 

 軌道上に浮かぶ謎の建造物……それは悪足掻きというには些か冗談が過ぎていた。

 

「まだ……こんなものを残していたなんて!」

 

 作戦中は感情的なることが少ないレティですら思わず歯噛みした。

 

 そこに在ったのはこの街一帯を吹き飛ばすことのできる威力を誇る〈衛星砲〉であった。

 

 

 

 

「ここに来る前に()を仕込んでおいたのさ。イリスを生み出すための種を、ね。あの衛星砲はちょうどこの辺りを狙える位置に来ている。小型ではあるが街一つくらいならば吹き飛ばすのは容易い。そして、アレは今、命令一つで何時でも発射できる状態にあるんだ」

 

「そんなことをしたら貴方も死にますよ!?」

 

 フェイトは全てを失って自暴自棄になり、皆を巻き込んで死ぬ気なのかとマクスウェルに詰め寄るが、返答は否であった。

 

「死なないのさ。少なくとも私の記憶(・・)意志(・・)はね」

 

 マクスウェルはまるで自分の命などいくらでも替えが効くと言わんばかりに淡々と言葉を紡ぐ。時間をかけさえすれば何れは元通り……今を生きる事にすら興味を抱かず、自分の目的を探求し続ける狂人にフェイトは言葉を失っていた。

 

「―――取引といこう」

 

 そんな様子などお構いなしにマクスウェルは時空管理局に取引を持ち掛けた。

 

「今、此処に居る私(・・・・・・)とイリス、ユーリの三人を離脱させて貰いたい。そうすれば君達とこの街は見逃そう。もし了承しないというのなら、この一帯へ向け衛星砲を放つ。そうなれば君達の命が失われるのは勿論……友達や家族もいるんだろう?」

 

「ッ……!」

 

 脳裏に浮かぶのは海鳴で待つ親友と自分を抱き締めてくれた母親の姿。そして、不機嫌そうな表情で自分の隣を歩いていく少年。

 

 歯噛みするフェイトに本部からの緊急通信が飛びこんで来た。イリス群体が施設の一部を改造し、造り上げられていた打ち上げ台から小型のロケットが発射されたというものであった。

 

「さて、どうするね。正義の味方(じくうかんりきょく)としては……時間はあまり残されていないと思うがね。嗚呼、それからあの打ち上げは気にしないでくれていい。空で待っている娘へのちょっとした差し入れだ」

 

 現場を重苦しい沈黙が包み込む。相手側の主戦力を全て撃破し、機動外殻もイリス群体も封殺した。未知の力を扱う相手と全てのイレギュラーにも対応してみせた管理局側の動きには非はない……戦闘には……勝負には間違いなく勝利したといっていい。

 

 だが、最後の最後で試合に負けたといったところであろうか。

 

 〈オールストーン・シー〉で活動していたイリス達の目的が素材収集であるという先入観に囚われ、製造プラントの建設等で施設に手を加えるという行為自体に何の疑問も抱かなかった事、この施設自体が開園(オープン)前で内部情報を知り尽くしている人間が局側に居なかった事が見逃してしまった要因と言える。

 

 これに関しては管理局側の敗北と言って差し支えないだろう。しかし、対抗策が全くないわけではない……だが、建設的な方法とは言えない。

 

 結界班により町全体を防御魔法で覆い尽くし、その間に魔導師部隊による強襲を仕掛けて衛星砲を破壊するという手段が最も現実的であろうがそれも不確定要素が多すぎる。

 

 軌道上の衛星砲まで自力で辿り着いて、宇宙空間での超高高度戦闘が可能な魔導師はこの中でも極一部だ。

 

 無論、転送魔法を用いるという選択肢もあるが、これを行えるのはシャマル、アルフ、ユーノの何れかになるだろう。だが、彼らの本分は支援であり、瞬間火力には些か不安が残る。また、地表を守るのならば、彼ら三名とザフィーラは欠かせない戦力となるため、出来る事なら宇宙(そら)には上げたくないというのが正直なところだ。

 

 加えて、どんなに優れた使い手であったとしても転送直後には僅かな硬直時間がどうしても出来てしまうため、衛星砲に自動迎撃機能が搭載されていた場合は、無防備な所を狙い撃ちにされてしまう可能性が非常に高いと言える。

 

 それに、衛星砲の射角も次弾発射までの時間も不明だ。一度防げても海鳴市以外を狙われてしまえば、そこで終わりであるし、万が一連射可能であれば、最早手詰まりだ。

 

 正に八方塞がり……王手(チェックメイト)をかけられてしまったといったところか……

 

 

 だが、皆の絶望を振り払うかのように少女の声が響き渡った。

 

 

 

 

《みんなゴメン、勝手に空に上がった!》

 

《なのは、何を!?》

 

《皆さん、申し訳ありません、私も共に上がらせて貰ってます!》

 

《アミタさん!》

 

 なのはとアミティエの独断先行にフェイトを始めとした面々が驚愕の声を漏らす。誰もが無茶を制止させようとするが……

 

《勝手は承知ですが、私達ならまだ追いつけます!そもそも、所長が持ち掛けた取引は成立していないんです!》

 

 アミティエの言葉に皆が耳を傾ける。

 

《今の所長が外部と通信できるような状態ではありませんし、ましてや封鎖結界によって範囲外にある衛星砲に向けて、発射指示を出す事なんで出来ないんです!そして、私達が追っている小型飛行艇には恐らく彼の記憶データが積まれています。それが軌道上のイリスに届いてしまえば、それこそ、本当にどうしようもなくなる》

 

《だからゴメン!フェイトちゃんは所長さんに悟られないように、そのまま話してて!!》

 

 マクスウェルは〈ブラストカラミティXF〉によるダメージによって通信機能を破損しているようであり、そもそも彼が〈イリス群体〉を結界の外部へ差し進めていた根本は外部との通信を遮断している関東全域を覆う封鎖結界から脱出する為であったのだ。

 

《危険だ、二人共戻れ!!僕が変わる!デュランダルなら高高度戦闘も―――ッ!!》

 

 現場指揮を預かるクロノが独断先行など許すはずもなく、改めて制止を呼び掛けるが……

 

 

《私達の方が、速く飛べる!!》

 

 

 なのはとアミティエは聞く耳を持たないとばかりに更に速度を上げた。残念であるがこの場にいる面々であれだけの速度に並走できる者がいないことも事実であった。

 

 単純な速度のみであればフェイトの〈ソニックフォーム〉でも希望が見えるかもしれないが、あくまで戦闘中のみの高機動形態であり、軌道上の宇宙空間で防御を捨ててまで機動力にリソースを割く形態は好ましいとは言えないだろう。

 

 キリエやイリスの〈システム・オルタ〉は制限なしでの出力を強化であるため、速度は申し分ないが長時間の移動には適していない。

 

 

 

 

 機動力、超高高戦闘に耐え得る頑丈性、瞬間火力……その条件をクリアしているのはこの二人だけなのだ。

 

 

 様々な要因はあれどこの二人に託す以外道はない。

 

 

《大丈夫です!逆転なんかさせません。協力して撃ち落としてきますよ!》

 

《軌道上の衛星砲もしっかりと!!》

 

 地上に残る面々に言葉を残し、制止の声が消えた二人は速度をさらに高めながら宇宙(そら)への路を昇り続けている。

 

 

 ここまでの意志を見せつけられてしまえば、地表の面々も腹が座ったとそれぞれが成すべきことの為へ全力で当たり始めた。

 

 

「で、どうするかね?」

 

「……本部と相談して検討を―――お兄ちゃん?」

 

 戦場に立つだけが戦いではないと自らの時間稼ぎ(たたかい)に臨もうとしたフェイトの肩に白銀の杖を携えた黒衣の青年の手が置かれた。

 

「現場指揮官のクロノ・ハラオウンだ。彼女に変わって僕が貴方との交渉をさせて頂くが構わないな」

 

「私は誰でも構わないよ。随分若い指揮官殿だね」

 

 クロノはフェイトの代わりに交渉人を務めると名乗り出て、マクスウェルもそれを了承したようだ。

 

『ここは僕が引き受ける。フェイトは―――』

 

 フェイトはクロノの指示に頷きながら、静かにこの場を去って行った。

 

 なのは達が今も戦いへ臨もうとしているように、彼らも彼女らを支えるために再び動き出していく。

 

 

 

 

 赤と桜色の光は雲を超え、空を超え、成層圏を超え、更に高い宇宙の果てまで昇り詰めようとしていた。護るべきものと皆の想いを背負いながら―――

 

 二人の眼前に小さな光が飛びこんで来た。

 

「―――射程距離です」

 

 アミティエは第一目標を撃破すべく、〈ヴァリアントザッパ―〉を狙撃銃形態へと換装し、狙いを定める。

 

 既に彼女らの速度は小型飛行艇を凌駕しており、最早、撃破は容易いといった状況だ。アレに積まれているのはこの事件の、そして惑星再生委員会に多くの悲しみを齎した根源(げんきょう)だ。

 

 こんな状況だからか引き金に指をかけたアミティエは複雑な思いに駆られていた。

 

 

 

 

―――四十年前。

 

 

 もしもエルトリア政府が惑星再生の望みを捨てていなかったのならば―――彼は今も、イリスやユーリ、仲間達と共に〈エルトリア〉の為に働いていたのだろうか……

 

 IFの物語を想像することに意味はないと知りながらもそう思わずにはいられなかったのだ。照準固定(ロック)した先に在るのは、フィル・マクスウェルの記憶(・・)意志(・・)―――アレを打ち砕くことに、止める事に対してどこか躊躇している自分に僅かに口元を歪める。

 

 どんな思惑があったとて、彼の惑星再生に対しての功績は決して小さなものではない。

 

 だが、これだけの事件を起こした彼に対して同情すること自体が被害者や地球の人々へ申し訳が立たないだろう。しかし、アミティエは彼に対して同情の念を感じざるを得なかった。嘘で塗り固められたのだとしても彼が惑星再生のために費やした時間は決して無駄ではない。

 

 グランツとエレノアがそうであったように―――自身とキリエがそうであったように―――

 

 自分の先達の命を奪う代価として、彼の想いを引き継ぐ。惑星再生を成し得て見せるのだと弔いと決意を以て引き金を引いた。

 

 深紅の弾丸は狙いすましたかのように小型飛行艇を撃ち抜いて小さな星となる。

 

 だが、それと同時に天空から差し込んだ一筋の光がアミティエの身体を貫いた。

 

 

 

 

「ッ、……ぁ?―――が、ぁっ!」

 

 

 

 

 アミティエが撃ち抜かれたと共になのはは弾かれたように飛び出した。彼女を抱きかかえ、前方に〈独立浮遊シールド〉を回して防衛行動に入る。

 

 そんな二人に先ほどアミティエを撃ち抜いた翠銀の閃光が降り注ぐ。その場から動かずに必死に耐え続けるなのはであったが程なくして砲撃は止んだ。クロノの想定通り、どうやら〈衛星砲〉に近づくもののみを排除するという役割を持つ守護者(ガーディアン)―――イリスは自動防衛ユニットであると当たりが付けられる。

 

 近づく標的を排除する、それだけならば……

 

 

「―――アミタさん。ここから先は任せてください」

 

 

 この高度からでも自分が注意を引くように衛星砲に近づいて行けば、アミティエを退避させられるということだ。戦えない彼女をこれ以上、傷つけずに済む。

 

「なのはさん……ですが、私はッ!」

 

 アミティエの苦悶と悲痛が混じり合ったような表情に僅かに揺らぐなのはであったが、断固として譲る気はなかった。

 

「このままゆっくりと降りて行けば、多分大丈夫ですから……」

 

 その言葉を受けたアミティエの表情になのはの心にも痛みが走る。だが、慰めもしない、同情もしない。彼女には返るべき場所と家族が、救わなければならない惑星(ほし)があるのだ。

 

 彼らの下へ彼女を返すこともなのはにとっては譲れない一線であるのだから……

 

 アミティエが悔いたのは、彼女の身を危険な戦いへ向かわせてしまう事、戦えなくなった自分自身への叱責だろう。自分より年下で体も華奢な少女一人に地球とエルトリアの運命を背負わせてしまうのだから……

 

 だが、最早どうすることもできない。

 

 刻限は迫っている。今、行動しなければ最悪の事態となってしまうのだ。

 

 迷うことは許されない。引き留める力も覚悟も持ち合わせていない。

 

「なら……せめてこれを……」

 

 アミティエは手にしていた〈ヴァリアントザッパ―〉をなのはへ差し出した。余分な荷物となり得るかもしれないが、危険地帯での活動を想定した機構が備え付けられている為、万が一の際に彼女の助けとなる事であろう。

 

 〈アクセラレイター〉の領域まで踏み込んだ彼女なら、武装としての使用も可能であろうし、誰かから託されたモノ(・・・・・・・・・・)が彼女が戻って来るための指標となれば……そんな想いも共に託して……

 

「分かりました、お預かりします―――直ぐにお返ししますからね(・・・・・・・・・・・・)

 

 彼女の心に響いたのかは定かではないが、少なくとも理解を示してはくれた。

 

「ええ……絶対の約束(・・)ですよ」

 

 だからこそ、アミティエは一つの約束を取り付けた。素直で優しい彼女に対して卑怯な気もしたが、自らの本音と彼女を待つ者達の想いをありのままに伝える。

 

 

 

 

「はい!行ってきます!!」

 

 

 

 

 花が咲いたように満面の笑みを浮かべて天空へ舞い上がって行った白い天使の背を見送るアミティエの表情は焦燥と怒り、やるせなさと申しけない気持ちが入り混じったようなこれまでと違い、憑き物が落ちたかのように晴れやかであった。

 

 自分の出来る事をやり切ってしまったと悟ったのだろう。白い背中に希望を託し、アミティエは静かに降りて行った。

 

 

 

 

 なのははアミティエと別れ、浮足立っているような落ち着いているような不思議な感情を抱きながら一人軌道上を目指して飛び続けていた。

 

 愛機との会話と楽しみながら、思わず笑みを零す。

 

 昔、転んだ自分を起こしてくれた少年に言われた気がした。

 

 

―――危なっかしくて見てられないな

 

 

 当時は気にもしていなかったが、それ以来、彼に手を引かれる事が増えた様に思える。一人で歩くだけでもたどたどしかった自分が皆の想いを背負って、これほど高い空を飛べるまでになった。

 

 それがどこかおかしかったのだろう。

 

 なのはは天から降り注ぐ光を舞踏(ダンス)を踊るかのように躱して、先へと進む。

 

 そして―――彼女は其処へと辿り着いた。

 

 

 

 

 軌道上では小さな建造物の前に佇む女性と白い少女が対峙している。

 

 アミティエと自身に攻撃を仕掛けてきた相手であるが、なのはは武器を構えずに静かに語りかける。

 

「初めまして―――武器を降ろして、少しお話しできないかな?」

 

 なのはは戦闘が避けられないこの状況においても言葉を交わそうとしていた。綺麗事だということも偽善だということも分かっている上で、それでも戦わずに済むのなら―――

 

 なのははずっとそうしてきたのだ。魔法に出会った時から変わることなく貫いて来た。

 

 だからこそ、今もこうして誰かの想いと向き合っている。目的や望み、考え方の違いからぶつかってしまうのだとしても、何も分からないまま、知らないままでいるのは嫌だから……

 

「――――――」

 

 返答は無い。

 

 言葉を話せないのか、それとも彼女自身の意志によるものなのか……

 

 それは定かではないが、ただ一つ指し示られた現実は、ここから先はもう闘う以外に道はないということだけであった。

 

 

 

 

 一瞬の静寂―――音のない宇宙空間で二つの砲口に光が灯る。

 

 程なくして、二つの光が激突した。

 

 

 なのはは激しい砲狙撃戦の中で目の前の女性に悲しげな瞳を向けている。目の前に居る固有型のイリスはこれまでの個体と違い、自我を与えられていないのだろう。どちらかと言えば、これまで何度か戦闘を行って来た〈ガジェット・ドローン〉に近いものを感じさせる。

 

 衛星砲に迫る敵を排除するというただそれだけの為に行動していることが攻防の中ではっきりと感じ取れてしまい、それがどうしようもなく悲しい事だと思えたのだ。

 

 戦うこと自体が虚しく、悲しい物だと判っている。きっと誰もがそうだ。それでも人は自分の心をぶつけ合う。

 

 

―――色んな場所で、色んな人が色んなことを考えていて……時々、こんな風に分かり合えずに、折り合えずにぶつかることがあって……

 

 

 人は一人一人違う生き物だ。幸せ、悲しみ、愛、夢、希望、絶望……皆にそれぞれの形があって、誰もがそれを感じている。

 

 自分と違う形を受け入れられず、自らを正しいと信じて押し付け合うから人々は今も尚、憎み合って戦わなければならないのだろう。

 

 世界中にこんな矛盾と悲しみが溢れていて、憎しみの連鎖となって絡み合う。小さな一つ一つが、星全体を巻き込むまでの渦となる事もある。

 

 

―――戦って意志を通すなんて、本当は良くない……でも、戦わなきゃ守れないものもある!

 

 

 自分の想いも守りたいものも、どちらも譲れないもので失いたくないものに他ならない。

 

 

―――守りたいもの、守れなかったモノを!私の背中にある大切なもの(・・・・・)を守る為……ッッ!!

 

 

 なのはの背には青い惑星(ほし)がある。これは彼女にとって大切な人が暮らす場所であり、絶対に守りたいものだ。それを傷つけようとする悪意の刃を打ち砕く為にフォーミュラで得た機動力を最大限活用し近距離(クロスレンジ)へ飛び込んで砲撃を放った。

 

 なのはの放った砲撃と固有型の放った砲撃とが零距離でぶつかり合い、ストリーマの砲身が砕け、機体そのものが溶けていく。対する相手の主兵装もかなりのダメージを負ってはいるが、まだ使用可能なレベルを保っていた。

 

 押し比べで敗北したのはなのはであったのだ。

 

 固有型は表情一つ変えることなく、主兵装が大破した相手に砲身を向ける。だが、今のなのはにはまだ攻撃オプションが残されている。

 

 アミティエから託された〈ヴァリアントザッパ―〉を突き出すように撃ち放った。

 

 結果は両者の手に合った武装が蒸発するという痛み分けに終わり、共に勢いに負けて吹き飛ばされた。これで、武装保持という優位性を示すことが両者ともに出来なくなったのだ。

 

 しかし、無手同士となってしまえば、圧倒的に優位に立つのはイリス群体の方だ。武装を失った今、なのはは普通の女子中学生でしかないのだから……それに引き換え、固有型は地球人の十倍以上の筋出力と身体スペックを誇っている。勝ち目などあるはずもない。

 

 子供相手にも慈悲の一つも見せない剛拳を向けられても尚、なのはは退くそぶりを見せない。

 

 なのはの足元で桜色の翼が大きく羽ばたいた。

 

 この事件で〈レイジングハート〉の改修を行ってから使わなくなった、慣れ親しんだ飛行魔法……それが再びなのはを前に進ませるための力を与えている。

 

 なのはは推進力をフルに使って、固有型の頬へ右の拳を見舞った。右手が軋み上がり、鈍い激痛が襲い掛かるがそんなものはお構いなしだ。

 

 そして、迫り来る拳を左腕で受け止めた。

 

 

 魔法は誰かを傷つける事も何かを壊す事にも使えてしまう。それは、変えようのない現実だ。だが、それだけではない。

 

 それこそがなのはにとっての〈魔法〉という力であり、その意味となる。

 

 

 

 

「私達の魔法は、その為にあるんだ!!」

 

 

 

 

 護る為の力、想いを伝えるための力―――そんな覚悟を秘めた叫びと共になのはは最後の砲撃を撃ち放つ。

 

 

 彼女が初めて使った攻撃魔法……

 

 高町なのはの代名詞ともいうべき魔法を……

 

 光り輝く桜色の極光は底知れぬ悪意を照らし、今度こそ全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 空を超えた宇宙空間で桜色の星の瞬きが終わると、そこには衛星砲の残骸が漂っていた。

 

 砲身と制御機構を失ったなのはは左の掌から〈ディバインバスター〉を撃ち放ち、固有型の群体イリスごと衛星砲を破壊してみせたのだ。

 

「ぅ…ぅぅ、ぁ……」

 

 なのはは荒い呼吸と共に刹那の交錯から意識を呼び戻した。防護服(バリアジャケット)の損傷こそ大きく、一部が喪失しているが、致命傷に至るような傷は負っていない。

 

 

 周囲は自分以外に誰もなく、音一つ聞こえない静寂に包まれていた。

 

 衛星砲を破壊し、脅威を払い除けたにもかかわらず、なのはの表情は優れない。そこに在るのはこの事件への……自身が消し飛ばした固有型への追想か……

 

 だが、この一瞬の追想、彼女の優しさは皮肉にも自身に危険を齎すこととなった。

 

 冷たい鉄の腕によって羽交い絞めにされて、拘束されたのだ。僅かな隙を突いて奇襲を仕掛けて来た固有型によって……

 

 全身をスパークさせ、今にも止まりそうな状態であるにもかかわらず、顔色一つ変えていないその様子から、少なからず痛覚を持っている他の群体イリスでは不可能な奇襲だったと言えるだろう。

 

 だが、その拘束はなのはを倒すためのモノではない。

 

 人口肉が抉れた顔部で剥き出しになっている固有型の瞳が何かを刻むように赤く点滅していた。

 

 なのはも逃れようと足搔くが、単純な腕力ではどうやってもかなうはずもなく……

 

 勝敗を歪ませ、戦いの決着を告げる一つの星が光り輝いた。

 

 

 

 

 宇宙(そら)で輝いた桜色の光と、その後の不自然な発光は地上からでも見て取れるほどの煌めきであった。

 

 本部から現場各員へと軌道上の衛星兵器消失の報が飛びこんできた事、先ほどまで降り注いでいた翠銀の光の気配が消えた事から、彼女達が役目を果たし、街の命運を守ったのだとその場の誰もが理解した。

 

 だが、まるで世界から取り残されたように空を見上げている者達がいた。

 

「……なのは」

 

 ユーノとリンディはまるで何かを願う様に空の彼方を見つめている。

 

 ヴィータ、シグナムもクロノも、エイミィらも彼女と親しい者達は皆一様に空を見上げているのだ。誰しもの脳裏に最悪の結末が過るが、それを否定するように彼女の無事を案じている。

 

 しかし、彼女が戻って來ることなく、無情にも時計の針は進み続けていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

デトネのBDの影響か僅かではありますが、なのはSSが増えたような気がしなくもないですかね。

では次回お会いいたしましょう!
ドライブ・イグニッション!


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Returner of World

 固有型イリスの自爆に巻き込まれ、爆発の中で意識を失ったなのはは目を覚ました。

 

 瞼を開き、飛び込んで来たのは先ほどまでの宇宙空間でも、管理局の医療施設でもない、霞掛かった不思議な空間であった。

 

 よく分からない場所で自分が仰向けに転がっている……その現状を理解しながらもどこか他人事のように感じていた。

 

 そんな、なのはを覗き込む小さな影がある。

 

 栗色を短く二つ結びにした特徴的な髪型、青い瞳に見覚えのある顔立ち……それは幼い頃の彼女(なのは)自身であった。

 

『ねぇ……あなたはこれで満足?』

 

 幼き自分は今の自分に対して、無垢な瞳を向けながら問いかけて来る。

 

「……うん、満足だよ」

 

 その問いかけになのはは一呼吸を置いて答えた。中破した防護服(バリアジャケット)で固有型イリスの自爆をあの至近距離で受けたのだ。自分が助からなかったとして、仮に此処が死後の世界だとしても、この事件の中でしてきたことに関しては胸を張って満足だと答えることが出来るだろう。

 

『ホントに満足なの?』

 

 小さな自分(なのは)は再度問いかけて来る。一度目は即答できたはずなのに今度は直に答えることが出来なかった。先の答えを口に出すことが出来ず、それどころか全く逆の感情すら浮かび上がって来る。

 

 しかし、それを素直に口に出すことは高町なのは(・・・・・)には出来なくて……

 

『なら、貴方はきっと、あんまり自分の事が好きじゃないんだね』

 

 その一言は、自らの中にある何かに響いて来た。

 

 

『誰かの役に立って、誰かを助けてあげられる自分じゃないと、好きになれないんだ』

 

 なのはに否定の言葉は無い。その指摘は決して間違いではなかったからだ。

 

 ちょうど目の前の自分くらいの頃に抱き続けていた、辛くて痛い、ずっと昔の記憶……それは高町なのはの根幹ともいえる物であった。

 

『辛いね』

 

「……少し、ね。だけど……」

 

 病床に臥せる半死半生の父親、それを受けて鬼気迫る様子の家族達を眺めるだけだった無力な自分……

 

 

「魔法に出会ってから……みんなと出逢ってから、随分と辛くなくなったよ」

 

 

 彼女の抱いていた感情は数多の出会いによって満たされていった……それは胸を張って断言できるものに違いなかったのだ。

 

 普通の小学生であったなのはに訪れた非日常……突然の出会いが彼女の心に巣食っていた檻を打ち壊し、大空へと翼を広げていくための切欠……〈魔法〉となり、新しい〈つながり〉となった。

 

「魔法と出会うきっかけをくれたユーノ君は、今でも魔法の先生で大切な友達……」

 

 自分が歩んでいくことで助けられた人たちが居て、自分の事を助けてくれる人達が居て……

 

「クロノ君やリンディさん、エイミィさんはいろんなことを教えてくれるし……楽しそうにしてるはやてちゃんや八神家のみんなを見てると、切なくなるくらい幸せな気持ちになって、胸の中が温かくなって……」

 

 無力な自分、良い子(・・・)に成れない自分に自信を持てなかったなのはにとっては、それがとても嬉しかった。自分(なのは)を必要としてくれる場所にいる事を許された……この上ない幸福であったのだ。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんが、何時も話を聞いてくれて、心配してくれて……」

 

 大きな瞳から雫が止めどなく零れていく。

 

 人はなのはの事を天才と呼ぶ。若きエースだと、戦術の切り札(エースオブエース)だと、実際彼女はそれだけの事を成してきて、二つの世界へ狂気をばら撒いたマクスウェルにさえも年不相応なまでに毅然とした態度で己の想いを貫いた。

 

 

「フェイトちゃんと友達になれた時……そうやって、みんながわたしの名前を呼んでくれるのが……それ、が……うれしく、て……」

 

 

 それだけの強さを持っている彼女は……否、彼女だからこそ、小さな己自身に向き合うことに恐怖を抱いているのかもしれない。

 

 

 

 

 嘗て、己だけの価値を欲した少女がいた。

 

 将来のビジョンを確立し、それに向けて邁進しているアリサやすずかが眩しかった。彼女達と自分を比較し、心のどこかに空虚な思いを抱えながら日々を過ごしてきた。

 

 魔法との出会いはそんな彼女の欠落を埋めてくれた。何をやっても平凡だった自分にも他の人に誇れるものが出来た。自分と同じように悲しそうにしている誰かを助けることが出来た。

 

 その事が嬉しくて、高町なのはは大空を駆け続けた。自分の事を顧みないまでに我武者羅に……

 

 胸の内にある根源的な恐怖から目を逸らすかのように……

 

 なのはが魔法と出逢って数年後、奇しくもそれは彼女自身に降りかかることになった。

 

 

 あの雪の日……高町なのはは撃墜されたのだから……

 

 

 共に任務に参加していたヴィータらによってすぐに手当てが施されたにもかかわらず、立って歩くことすらままならないほどの重傷を負ったがどうにか一命は取り留めた。

 

 ステルス性の高い新型相手とはいえ、普段の彼女ならば後れを取るはずのない〈ガジェットドローン〉如きに敗北したのだ。

 

 原因は至極単純……疲労の蓄積と言える。それに加え、当時の〈ベルカ式カートリッジシステム〉は現在の物よりも身体的な負担が大きく、同じく限界を超えた力を発揮するフルドライブ〈エクセリオンモード〉との併用も相まってなのはの身体には相当の負荷がかかっていたため、躱せるはずの奇襲に対して反応が遅れてしまったというのだ。

 

 幾ら魔力量が多いとはいえ、当時11歳の少女が扱うには大きすぎる力とは言えなくもないが、それでもなのはがしっかりと休息を取って普通に過ごしていさえすれば、このような事態にならなかったと言えるだろう。

 

 では何故こうなってしまったか……高町なのはは、恐れていたのだ。

 

 無力な自分に戻ってしまうことを……何もできない自分が愛されてしまうことを……

 

 

―――魔法を使っていない自分に愛される価値などないのだから

 

 

 家族や親友が自分に見せてくれる態度から察するに自分が愛されていること、大切に思われていることへの自覚はあった。それはとても幸せなことで自分が望んだことでもある。だが同時に、何も成せない自分でさえも肯定されてしまうということでもあり、高町なのはにとっては何よりも許せない事でもあった。

 

 そして、魔法を使って誰かを助けている自分は紛れもなくかつて夢見ていた良い子(・・・)であり、それを体現できることに至上の喜びを感じていた。誰かの役に立つことが嬉しくて……だからこそ、魔法に没頭し続けたのだ。

 

 良い子である自分であれば、あの素晴らしい仲間たちの和の中に居てもいいのだと、そうでなければいけないのだと思いながら……

 

 

 

 

 そして、起きた今回の一件……

 

 自分の手で故郷を、守りたい人達を守ることが出来た。

 

 その事に一つの充足感を覚えた事は紛れもない事実であり、先ほどの満足とはそういう意味なのだろう。

 

 

 だが、全く別の想いが胸から湧き上がっている事もまた事実……

 

 

『直ぐに自分を好きになれなくてもいいよ。でも、貴女を好きで大切に思っている人たちがいる事を、忘れないで……大切な人達を泣かせるのは、嫌でしょう?』

 

「……うん」

 

 なのはが魔法はおろか、歩くことすらできなくなるほどの大怪我を負った時、周囲の面々は皆、悲痛な表情を浮かべていた。フェイト達に至っては、自分よりも辛そうな顔をしていたように思える。

 

 その仲間たちは魔法を使える(・・・・・・)高町なのはの事を心配していたのだろうか……

 

 

 

 

『それに、約束を破ってもいいの?』

 

「……約束?」

 

 なのはの脳裏に先ほど交わした言葉が蘇る。

 

 

―――必ずお返ししますからね

 

―――ええ、約束ですよ

 

 

 軌道上に上がる前にアミティエと交わした約束であった。彼女から預かった〈ヴァリアントザッパー〉を返すという物であったが、戦闘中に見事に大破させてしまったと、苦い表情を浮かべている。

 

「……返そうと思ったのに壊しちゃったな」

 

『じゃあ、その事を謝らないとね……それに、ここで満足しちゃったら、もう一緒にいられなくなっちゃうよ?』

 

 なのはは自分からの返答に思考を巡らせる。

 

―――誰と……何と……一緒に?

 

 眼前にいるのは小さな自分(なのは)……何かの約束……

 

 

 

 

―――明日も、その次の日も、これから先もずっと一緒なの

 

 

 

 

 夕焼けの中、初めてできた友達と交わした何気ない……そして、果たされることのなかった約束……

 

 

 

―――なのは、サヨナラしちゃうけど、俺が大きくなったらまたこの街に来るよ。なのはともう一回会うために

 

―――大きくなってからじゃ嫌なの。ずっといっしょだもん

 

―――ごめん……今は一緒にはいられない。でも絶対にこの街に帰ってくる。何年後になるかわからないけど絶対に……

 

―――ホントに帰ってくるよね!?なのはに会いに来てくれるよね!!?

 

―――うん、約束するよ。だからそれまで……お別れだ

 

 

 そして、長い時を経て少年と少女は再会を果たした。

 

「にゃはは……私の方から約束破ったら、何言われるか分かんないや……」

 

 いつも自分の前を歩いていて、守ってくれて、立ち止まっていると手を引いてくれた彼……

 

 気が付けば涙も止まっていた。

 

「それにちゃんとお話もできてないし……」

 

 でも、再会した彼はどこか辛そうで、その視線の先にあるものを知りたくて……

 

―――眠るのは今じゃない

 

 なのはの瞳に光が灯っていく。

 

 

 

 

『もう一回聞くよ。あなたはこれで満足?』

 

「……今のままじゃ、満足は出来ないかな」

 

 小さな自分(なのは)は回答を聞いて微笑みながら自分(なのは)の胸に手を当てた。

 

『そっか……なら、自分を好きになれる日も、きっと来るよ』

 

「……ぅ、ん……っ!」

 

『だから、ほら……』

 

 小さな手にそっと押され、身体が後ろへと倒れていく。だが、それに抗おうとする気は起らず、頬を撫でる一陣の風を感じながら、暖かなぬくもりに身を任せた。

 

 

 霞掛かった光景が徐々に変わって行く……

 

 

 そして、眼前に広がるのは無機質な空間ではなく鮮やかな花畑。どこまでも広がる青い空、浮かぶ白い雲……暖かな陽光が花畑を照らしている。

 

 なのはは傍らに咲く花々を眺めて見た。

 

 大地に根を張り、翠の葉と茎の先から、黄色の花が咲き誇っている。

 

 

―――菜の花

 

 

 両親が付けてくれた自分の名前……大好きな人達が自分を呼んでくれる道標……

 

 黄色の花々はなのはを優しく包み込んでいた。

 

 優しく静かな時間はまるで夢の様……

 

 なのはは自分自身と向き合ったこの時間を自らの胸に刻み込むかのように、種子なのか蕾なのか定かではない自分も、この花々の様に咲き誇る時が来るようにと瞳から一筋の雫を零した。

 

 

 

 

―――いつか、きっとね!

 

 

 

 

 小さな自分(なのは)が微笑んだような気がした。

 

 そして、夢のような世界は静かに暗転していく。だが、今度は先ほどまでとは違う……真っ暗な暗闇の中でもなのはは暖かなぬくもりに包み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 なのはは再び目を覚ます。

 

 暗い宇宙(そら)の果てで、誰かの腕に抱かれていた。

 

 

「……っ?」

 

 運命の名を冠する女神のような少女によって抱き締められていたのだ。なのはは大きな瞳に涙を溜めてこちらを見る親友達に朧げな意識の中で言葉を返す。

 

「ダメだよ……こんな、むちゃして……」

 

「なのはにだけは言われたくありません」

 

「ホンマになぁ」

 

 大気圏すらも超えて自身を迎えてに来てくれた二人の少女は安堵したかのような表情を浮かべていた。なのはも親友達の存在と、どうやら自分が生きているのだという実感を噛み締めるように抱いている。

 

「あれ……身体……あんまり痛くない?」

 

 とはいえ、あの至近距離で固有型の自爆を受けたにしては体の調子が良すぎる事に首を傾げていた。意識を失っていた為、どれほどの火力が出ていたのかは定かではないが、少なくとも生きていることが奇跡と言えると予測できるにもかかわらず、なのは自身は五体満足でむしろ、先ほど眠る前よりも楽になっているとさえ思えるほどだ。

 

 調子を確かめるように両腕を上げ下げしているなのはにはやてが声をかけた。

 

「お礼ならフェイトちゃんに言うことやね。凄かったんやでぇ~」

 

「わ、私っ!?」

 

 その隣ではなのはを抱き留めているフェイトの頬に朱が差した。

 

 

 

 

 クロノはマクスウェルの取引相手として対峙していたフェイトを退かせ、はやてと共にある指示を与えていた。

 

『ここは僕が引き受ける。フェイトははやてと共に宇宙(そら)へ上がった二人を追ってくれ!なのはもだがもう一人も口で言って聞くタイプではなさそうだ。間に合えば援護、戦闘が終了していたら両名の回収をしてくるように!』

 

『分かった。お兄ちゃん!』

 

『二人を頼んだぞ』

 

『うん!』

 

 フェイトは、出撃前にアミティエから残っていたナノマシンを受領したことで得た奥の手……フォーミュラ融合型防護服(バリアジャケット)である〈ブレイズ・ネクサス〉へ、はやては自前の危険地帯での戦闘可能を想定した形態〈フォルセティ〉へと換装し、軌道上へと飛び立った。

 

 なのはの〈フォーミュラモード〉とは雲泥の差とはいえ、フォーミュラの力を経て出力が上昇しているフェイトははやてよりも先行して目的地を目指していたが、戦闘域が目視範囲に入った時点で既に終結の様相を呈していた。

 

 だが、加速し続けるフェイトの紅眼にイリス群体に組み付かれて動けなくなっているなのはの姿が映し出される。状況の詳細把握は叶わないが、全身に走った悪寒に従う様に閃光となったフェイトは〈バルディッシュ・ホーネット〉を構えて一気に飛び出した。

 

 爆発寸前に飛び込んだフェイトは、自爆シーケンスに入っていた固有型が背後からなのはに組み付いている腕を魔力刃を小剣状にしたバルディッシュで斬り裂いて、身体を蹴り飛ばし、魔力を搔き集めてシールドを形成することで、自身らを守ったのだ。

 

 結果として、なのはは比較的軽傷で済み、遅れて到着したはやてによって治癒魔法をかけられて、身体の調子も最低限には保たれているというわけだ。

 

「二人共……ありがとう……」

 

「お礼を言うくらいなら無茶せんといてや、毎回肝が冷えるで」

 

「全くです!」

 

 宇宙の果てまで自分を迎えに来てくれた親友達に礼を述べたなのはであったが、返答は辛辣なものであった。だが、両者の優しい表情から、自分を想っての事だということが痛いほどに使わって来る。

 

 

「あのね、夢を見たんだ……小さな私と話す夢を……」

 

「ちっさいなのはちゃんは何て?」

 

 はやては穏やかな顔つきでなのはの話に耳を傾けている。

 

「……私は、幸せ者だね……って!」

 

 大粒の涙を宙に漂わせて笑うなのはとそんな彼女を抱き締めるフェイト……はやても両者を包む込むように手を回して抱擁した。

 

 こうして戦いは終わりを告げた。

 

 

 

 

 なのはは親友達に両肩を支えられ、大気圏を降下している。

 

「……ぁ、っ!?」

 

 見慣れた街並み……そこには戻ってくる自分を迎えてくれる大勢の仲間達がいた。

 

 

 高町なのはは自らの深淵と対峙し、僅かながらの答えと勇気を得た。幼い頃から抱き続けてきた良い子(・・・)でなければならないという一種の強迫観念……

 

 それによって自分で自分を許すことが、認めることが出来ないでいた。

 

 だが、この光景を見て改めて先ほど幼い自分と交わした応答が無駄ではないと実感している。

 

 戻ってくることが出来た自分の無事を祝ってくれる仲間達……嘗て瀕死の重傷を負った時に寄り添ってくれた親友や家族達……

 

 彼らは良い子(・・・)の高町なのはだから心配してくれたのではない。高町なのはという一人の人間を想っているのだと、少しだけ……少しだけではあるが、そう思うことが出来るようになっていた。

 

 こんな素晴らしい仲間達が認めてくれる自分なら……少しは赦してやってもいいのではないか……そうしていくうちに少しは自分の事が好きになれるのではないか……

 

 なのはは降下している自分達へ向かってくる仲間達を見ながら小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 高町なのはにとっての〈守りたい世界〉は今も此処に在るのだから……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

連投でございます。
今回の話は第3章最終話を意識しているというか、あの誕生日回自体がreflection&Detonation篇を書こうとしたことで生まれた話という裏話があったりなかったり……

此処に来て原作と大きな相違点が出てきましたが、お察しの通りなのはの怪我の具合の差と今作のなのはは劇場版と違い、例の撃墜をされてしまっているという所ですね。

怪我に関しての分岐点はクロノとなのは達の付き合いの長さの差にあります。
原作では出会って3年目ですが、今作はその倍以上の年数が経過していますので、行動をある程度予測しており、フェイト達を向かわせるタイミングが早かったこと、なのはがかつて大怪我をしたこともあって、心配になったフェイトそんがはやてをぶっちぎって成層圏まで飛んでったことによって軽傷で済んだという感じです。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!


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月下の円舞曲

 クロノ・ハラオウンは空から降りて来た流星となのは達の帰還の報を聞き、表情を緩ませるが、すぐさま眼下に転がっている人物へ厳しい視線を向ける。

 

「フィル・マクスウェル……これで貴方の交渉カードは全て潰えた事になる。今度こそ、貴女を逮捕、拘束させてもらう」

 

 マクスウェルは暫くの間黙りこみ、漸く口を開いた。

 

「……まさか、ここまでとはね。魔導師というのは一体どういう連中なんだい?」

 

「それは此処で議論すべき話題ではないな。話は牢の中で聞かせてもらう」

 

「全く……計算違いもここまで来るといっそ清々しくあるものだね」

 

 クロノは噛み合わない会話に眉を顰める。

 

 

 

 

「……おかげで此方も形振り構ってはいられなくなってしまったじゃないか」

 

「一体何を……?」

 

 マクスウェルを拘束しようとした瞬間……

 

 

『聞こえるかね。時空管理局の諸君』

 

 戦域の各員にオープンチャンネルである通信が届いた。

 

「嘘……」

 

「この声は……」

 

 低く響く男の声、この戦域にいる大半の人間にとって聞き覚えのある声であり、特にシャマルによって怪我の治療を受けている、なのはとアミティエの驚き様は相当なものであった。

 

 

『……では取引と行こうか』

 

 

「ちぃ!そういう事か!!」

 

 クロノは足元に転がるマクスウェルを忌々しげな表情で睨み付ける。

 

 

『指揮官殿の足元にいる()とイリス、ユーリを此処から離脱させて貰いたい』

 

 

 戦域の各所に電子モニターが出現し、其処に映し出されたのは紛れもなくフィル・マクスウェル。先ほどの戦闘で〈ブラストカラミティXF〉の直撃を受け、戦闘能力を奪われた上で撃墜され、今も尚、地面に転がっているの男の姿であった。

 

「今此処にいるのも、あそこで通信をしているのも私自身に他ならない」

 

「……どういう意味だ」

 

「状況を理解できていない者達に現状を認識させようという魂胆かい?ふふっ、君はどうやらかなり賢いようだね。君自身は既に答えに辿り着いている……有り体に言ってしまえば、私はフィル・マクスウェルであり、彼ではないということさ。画面の向こうも彼も、ね……」

 

 マクスウェルは戸惑う局員達を嘲笑うかのように第三の計画(サードプラン)の詳細を話し始める。

 

「私はフィル・マクスウェルの記憶と意志を継いだ群体イリスの一基に過ぎないということさ。既に個としての生命への執着というくだらない領分を脱している。そして……」

 

『フィル・マクスウェルの記憶と意志を持っていさえすれば、それは彼自身であり、私に他ならないということさ。思想も行動も、勿論、戦闘能力もね』

 

 まず明らかになったのは、先ほどのロケット発射台の時と同様に、イリス本体の目を掻い潜り、〈オールストーン・シー〉内に開設した独自の生産プラントで自分自身と同じ記憶と意志を持った分身をもう1機生み出していたということだ。

 

「先ほど君は、私のカードがもう無いと言ったね?そして、彼方の私は再び取引を持ち掛けた。つまり、私には切れるカードがまだあるということさ」

 

 クロノはマクスウェルの言葉に耳を傾けながら、焦燥感に浮かされるように彼の居場所を探っていた。新たに現れた彼が使っている回線が管理局の物である事、此処にいるマクスウェルが余裕を取り戻している事から状況が切迫していることは明らかであるためだ。

 

 程なくしてもう一人が開いているオープンチャンネルの出所が特定される。

 

「なッ!?ここは……」

 

 そこに表示されたのは、ヴィータやディアーチェらが旗艦としていた連絡船でも、東京支局でもなく、園内からそう離れていないところにある臨時本部……

 

 今回の戦いとしても通信仲介点程度の重要度しか持っておらず、結界外への脱出を目的としているマクスウェルらが狙うはずのない拠点であった。

 

 居場所が特定された事を受けてか、モニターの向こうのマクスウェルは身を反らして、自身の背後を皆に向けて映し出す。

 

『さて、取引内容については先ほど、其方の私が言った通り……そして、此方のカードはこの、彼らさ……』

 

 そこにいるのはデスクに腰かけたまま、怯えた表情を浮かべている管理局員達……

 

(くっ!エイミィ!!)

 

 そこにはクロノを公私共に支え、なのはらにとっても親しい相手であるエイミィ・リミエッタの姿もある。

 

「君達は私を裏切って衛星砲を破壊してくれたようだね。君達とまともに取引をすることができないということが分かった。つまり、彼らは人質兼カウントダウンさ。私の要求が呑まれるまでのね」

 

 人質という単語を受けて現状を認識した戦域にいる局員達の表情が青褪めた。

 

『―――君達は私の要求事項に応えるべく準備をした方がいいと思うがね』

 

「一分だ。私の要求が呑まれない場合は一分ごとにこの場にいる人質を一人ずつ殺していく。人質など一人いればいいのだから、他の方々は有益に使わせてもらうさ」

 

 二人のマクスウェルは不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「だが、先ほどのお礼をしなければね。私の覚悟を知っていただくために、まずは……一人目だ」

 

 マクスウェルの指示を受け、臨時本部にいる彼がその手に出現させた〈ヴァリアントウエポン〉の銃口を局員に向ける。

 

『そういう事だ。お嬢さん』

 

『ッ!?』

 

 標的にされたエイミィは身を固くする。先ほど〈衛星砲〉を破壊したことへの報復か、取引に応じる間を与えないと、有無を言わせぬ様子であった。

 

『恨むのなら、私との取引を蔑ろにした管理局を恨んでくれ』

 

 そして、押し込まれた引き金に合わせて、紫弾が撃ち放たれ、皆の表情が驚愕に染まる。

 

 

 

 

「―――行きなさいッ!!」

 

 銃弾が迫るエイミィの前に黒髪の少女が漆黒の大盾を持って射線軸に割り込んだ。黒枝咲良はその手にある〈アイギス改〉で銃弾を弾き、本体部裏側から二基のビット兵装〈ゴルゴーン〉を射出し、藍色の魔力弾を吐き出させながらマクスウェルを強襲する。

 

「我々のフォーミュラにはない思想を持つ兵装か……興味深いね」

 

 対するマクスウェルは咲良の〈ゴルゴーン〉に興味こそ示したものの、室外へ退避しようとした局員達への牽制射撃をする余裕まで見せながら、右へ左へと軽やかに魔力弾を躱していく。歯噛みする咲良の背後……開けられたままの扉の向こうで黄金の光が煌めいた。

 

 

 

 

「よくやった!!そのまま動きを止めていろよッ!!」

 

「む……新手か?」

 

 響き渡る少年の声に眉を顰めたマクスウェルは迫り来る煌びやかな大剣を右手に新たに出現させた〈ヴァリアントウエポン〉で受け止め、腕力で新手の身体ごと押し返した。咲良は突如として現れ、自身の隣に着地した東堂煉に対して戸惑いを見せているようだ。

 

「煉様、どうして此処に?」

 

「煩い!!お前は黙って僕の援護だけしていればいいんだ!!はあああああああっ!!!!」

 

 咲良は聞く耳を持たないとばかりにマクスウェルに飛び掛かって行った煉に対して内心苦い顔を浮かべながら、再びゴルゴーンを操作する。

 

「今の僕は気が立っていてね。ただで済むと思うなよ!!」

 

 東堂煉は大剣型デバイス〈プルトガング改〉をマクスウェルに向けて叩きつけていく。機動外殻〈憤激のサルドーニカ〉戦以外は体力を温存していただけあり、疲労を感じさせない猛ラッシュを繰り出して一気に責め立てる。

 

(最前線にいる筈の彼がどうして此処に?しかし、このままでは少々マズいですね)

 

 フェイトと共に遊撃を任されて戦場を飛び回っているはずの煉が姿を見せた事に驚きを見せる。戦力が増えたにもかかわらず、咲良の表情は先ほどよりも焦燥に駆られているように見受けられた。

 

「フォーミュラなどという低俗な力、僕の魔法で打ち砕いてみせよう!!」

 

 煉は回避に徹して防戦一方であるマクスウェルに対してほくそ笑みながら攻撃仕掛け続ける。

 

 今回の一件……ハラオウン派の魔導師達は獅子奮迅の活躍を見せているが、自分達の派閥の戦果は、はっきり言って芳しくないといえよう。〈憤激のサルドーニカ〉戦においてもリンディ・ハラオウンの助力がなければ、撃破は難しかったという評価すら下されており、例え事件が解決したとしても、これでは恥をかいただけで終わってしまう。

 

 だからこそ、この状況は取りようによっては好機と言えるものであった。先ほどのフェイトとの一件も重なったことで、自暴自棄になり、現場処理を他の面々に押し付けてさっさと帰還してきたところに主犯格と鉢合わせしたのだ。

 

〈PT事件〉、〈闇の書事件〉で活躍したエース達を撃破した〈エルトリア式フォーミュラ〉を操る敵の首魁を単身で捕らえたとなれば、誰もが認めざるを得ない功績となろうし、そうなれば彼女もきっと……

 

 

「はぁ……アクセラレイター・オルタ」

 

 煉の猛攻に晒されるマクスウェルであったが、退屈そうな溜息と共にトリガーワードを紡いだ。

 

 次の瞬間……

 

「が……っ!?」

 

 反応する事すらできなかった煉は吹き飛び、局員達がいる中心部に叩きつけられて痛みに悶絶していた。腰元から肩口に向けて〈ヴァリアントウエポン〉で斬り上げられ、鮮血が溢れ出しているようだ。主兵装である〈プルトガング改〉はその手を離れ、天井に深々と突き刺さっている。

 

「ぼ、僕の血がぁ!!!?い、いだいっ!!あああああああぁぁっっっ!!!!!!」

 

 すぐさま、咲良は〈ゴルゴーン〉を呼び戻して、〈アイギス改〉を正面に構えるが……

 

「くぅっ!?」

 

 一瞬のうちに移動したマクスウェルの一刀の下に二基の〈ゴルゴーン〉を破壊され、追撃の一閃で彼女自身も大きく吹き飛ばされた。

 

「ほう、アクセラレイターの一撃を遠距離兵装を犠牲にして躱すとはね」

 

 〈ゴルゴーン〉を囮にして初撃をそちらへ誘導し、迫り来る二撃目を大盾の中心で受けながら、衝撃を逃がす様に後方に飛び退くことにより、出力を大分抑えてあるとはいえ〈アクセラレイター・オルタ〉の奇襲を受け切った咲良に対し、感心したような視線を向けるマクスウェルの眼前で〈アイギス改〉から二度の炸裂音が響く。

 

≪Brave Tychios!≫

 

 咲良と煉、局員達とマクスウェルを分かつ境界線の様に藍色の魔力壁が出現した。

 

(これで少しは時間が稼げるはず……後は皆さんが来るのを待つだけ!!)

 

 展開されたのは防御魔法〈ブレイブテュキオス〉……咲良が使用する魔法の中でもかなりの出力を誇るものだ。性質上、相手にダメージを与えることは出来ないが、そんなことは二の次なのだ。

 

 咲良には分かっていた。自分ではマクスウェルには到底かなわないということが……

 

 例え、煉と連携しても結果は大差ない。ならば、戦域にいるエース級の魔導師に頼る他に道はないという事。つまりこの状況で最優先すべきことは、マクスウェルの撃破ではなく、取引そのものを成立させないようにして、増援部隊が心置きなく戦えるようにするために人質の安全確保をすることだ。

 

 その為、自分からマクスウェルに斬りかかって行った煉に対して、苦い表情を浮かべていたのだろう。普通に戦ったとしても時間稼ぎすらできない程に実力差がある。それこそ、自分達も人質にされてしまい、状況が悪化する可能性が高くなるのだから……

 

 

 

 

《各員転送準備を!人質の安全を最優先に、新たに現れた首魁を捕らえるぞ!》

 

 クロノは状況の変化を受けて、マクスウェルに悟られぬように念話を使い、現場各員へと指示を飛ばしていく。

 

 

「二人とも準備は良いね?」

 

「ああ、やってくれ」

 

「おう!」

 

 ユーノはシグナムとヴィータを戦闘域まで転送するべく術式を起動する。

 

「フェイトちゃん、こっちも行くわよ」

 

「お願いします!」

 

 シャマルはフェイトの転送用意を進めていた。

 

 

(出撃待機させておいた彼女がこれほど合理的に動いてくれるとは、嬉しい誤算だったな)

 

 クロノは怪我で戦線から外した咲良の予想外の健闘に驚きを感じながらも、内心で称賛を送っていた。彼女の働きによって人質が解放され、マクスウェルとの取引に応じずに済むのだから当然であろう。

 

 残るは戦闘可能状態の面々の中でも選りすぐりの魔導師達を投入し、首魁を捕らえるのみだ。

 

 だが、突入しようとしていた面々が転送魔法の発動を取り止めざるを得ない出来事が起こる。

 

 

 

 

 銃声と共に華奢な身体と漆黒の大盾が倒れ込み、床を鮮血で濡らしている。

 

「この私が一杯食わされるとはね。だが、相手が悪かった」

 

 マクスウェルが向けた銃口から放たれた弾丸が咲良の左肩を狙い撃ったのだ。咲良の対処は相手が魔導師だったのなら、質量兵器を持つ犯罪者だったのなら完璧だったと言えるだろう。

 

「私に魔法は効かないよ」

 

 だが、相手はフォーミュラ使い。カートリッジを二つ使った硬固な防壁であったが、魔法を解析して無効化できるマクスウェルに対しては有効な策ではなかった。

 

 マクスウェルが弾丸を放つ寸前に〈ブレイブテュキオス〉は四散し、無防備な状態で攻撃を受けてしまったということだ。これにより、元居た局員を含めて、二人の魔導師も人質状態となってしまったことを意味している。

 

「どうやら向こうで転がっている彼よりも君の方が厄介そうだ。悪く思わないでくれ」

 

 倒れ込んだ咲良の眼前に銃口が付きつけられる。

 

 

 

 

(ここまで、ですか……結局何もできませんでしたね)

 

 咲良は己に迫る死を受け入れた。

 

 彼女にとって生きるということに大きな意味はない。生への執着など元よりない……黒枝咲良に自由はないからだ。

 

 過去も現在も、未来をも東堂家と黒枝家に縛られ、全てを支配されている。進むべき将来も伴侶も、何もかもが家の決定によるものだ。そこに彼女の意志が介在することは一切ないと言っていい。

 

 だからこそ、死が迫り来るにも関わらず、抗うこともなく受け入れるかのように瞳を閉じた。

 

 

 籠の中の鳥……たった一時の幼い頃の思い出を除いては……

 

 

―――何してるんだ?

 

―――ふぇ!?

 

 

 脳裏に蘇るのは、咲良にとって人生で唯一楽しいと感じた宝物の記憶……

 

 

―――あのさ、今日遊ぶって言ってたやつが来れなくなって暇なんだけど……君も?

 

―――わ、私は父が大事な話をしに行くからって、終わるまで待ってるだけ

 

―――ふーん、じゃあそれまでは暇なの?

 

―――う、うん。特別することはないけど……

 

 

 知らない世界に赴いて、父親が参加する会合が終わるまで一人で待たされている自分に声をかけてきた少年。

 

 

―――じゃあ、付き合ってくれよ。俺もやる事ないしさ

 

―――え……ちょっと!?

 

 

 自分の手を引いて走り出した少年に戸惑っていたのを憶えている。

 

 でも……

 

 ただ友人と遊ぶだけの何ということもない日常……

 

 たったそれだけの事が楽しくてたまらなかったのを憶えている。初めてだったのだ、あんなに楽しかったのは、あんなに笑ったのは、誰かと言葉を交わしたのは……

 

 結局、逢ったのはそれっきり……だが、唯一の思い出として咲良の深層に刻み込まれていた。

 

 

「さようなら、お嬢さん」

 

 マクスウェルは引き金に指かける。

 

 

 確かに心残りは無い。だが……

 

 

 

 

―――せめて、最期に一目だけでも会いたかったな……

 

 

 

 

 自分に笑いかけてくれた少年の面影を想いながら、一筋の雫が零れ落ちた。

 

 

 

 

 そして、悲劇の始まりを告げる銃弾が放たれる。

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 それは誰の声であっただろうか。

 

 映像が暗転したと思えば、突如として臨時本部から噴煙が上がっており、その光景を目の当たりにした皆が動きを止めている。

 

 

 

 

「ちぃ!?」

 

 そんな最中、マクスウェルが腕を交差させながら、臨時本部から飛び出してきたことに誰もが驚愕を隠しきれないでいた。

 

 マクスウェルは人質というイニチアシブを失ったからか、飛び出してきた方向へ忌々し気に視線を送る。つまり、これはマクスウェルですら予想外の出来事だということだろう。

 

 誰もが混乱する中で、吹き上がっていた噴煙が内部から振り払われるかのように掻き消された。

 

 

 

 

 黒枝咲良は襲ってくるはずの痛みがいつまで経ってもやってこない事と、身体ごと吹き飛ばされそうな突風を受けて閉じていた瞳を開く。

 

 眼前に広がるのは先ほどまでの室内ではなく、空いた大穴から月と星の光を差し込ませる夜天の空……

 

 

 そして……

 

 

「何者だね。君は?」

 

 マクスウェルの言葉に弾かれるように皆の視線が一ヶ所に集まる。

 

 そこに在るのは……

 

 風に靡く黒髪と、氷のような蒼い瞳、ロングコートを思わせる戦闘装束に、携えるは純白の剣……そして、三対十枚の蒼翼を広げる少年の姿。

 

「ただの民間人さ。三流悪党さん」

 

 少年―――蒼月烈火は問いかけに対し、表情一つ変えることなく、手にした剣―――〈ウラノス・フリューゲル〉の剣先をマクスウェルへと向けた。

 

 

 

 

 再来した狂気と煌臨した天使……月下の円舞曲(ワルツ)はまだ終わらない。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

本来なら前話の終わりでエンディング寸前ですが、ところがどっこいという感じですな。

何とうちの主人公がデバイスを起動するのは、現実時間で言えば半年以上ぶりという……
非戦闘員系ならともかく、戦闘力を持った主人公でこれは前代未聞ですかね?

初期案ではマテリアルズ関係、エルトリア過去話もモノローグだけにして、話数も現状の半分以下に抑えるつもりでしたが、気が付けばこんなことになって話の進み方が、想定の倍以上スローペースになったことによる影響ですね。

次回は皆さまが待っていてくれたかどうかは分かりませんが、再びのバトルパートです。

では次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!


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天空神炯眼

 星光の少女は自らの護りたいものを護るために戦った。

 

 欲望の探求者は狂気ともいえる理想を体現せんと他者の犠牲を厭わなかった。

 

 ならば、天穹の翼を抱きし少年は……

 

 

 

 

 此度の戦いは各々の思惑が複雑に絡み合いながら、混迷の一途を辿っていた。そんな中、時空管理局の魔導師達とそれに味方した〈惑星エルトリア〉の者達の奮戦により、戦闘が終結したかに思われたが、この事態の元凶であるフィル・マクスウェルが発動させた第三の計画(サードプラン)によって、狂乱の幕が再び開く。

 

 だが、狂気的ともいうべき目的への執着を見せるマクスウェルの前に何れの勢力にも属していない一人の少年が立ち塞がった。

 

 

 

 

「……アクセラレイター・オルタ」

 

 突然の乱入者に虚を突かれたマクスウェルであったが、すぐさま加速機動(アクセラレイター)を発動させて紫の光となる。乱入者の脇を抜けて、狙うは背後にいる取引材料だったが……

 

「ちぃ!……なっ!?」

 

 射線軸上に割り込んで来た白剣によって軌道を止められてしまった。ならばと勢いをそのままに突破を試みるが、乱入者の背にある実体翼から蒼白い光が漏れだしたかと思えばそのまま押し留められ、マクスウェルの〈ヴァリアントウエポン〉と烈火の〈エクリプスエッジ〉が鍔是り合う。

 

 程なくして、両者は弾かれる様に距離を取るものの、マクスウェルの表情は芳しいとは言えない。既に烈火の背後にある大穴には翠の障壁が張られており、その眼前に立ち塞がる様に、金色の死神と紅蓮の戦女神が構えているためだ。

 

 

(こんな所で……まあ、いいだろう)

 

 フェイトとシグナムが転移魔法で現れた管理局の増援であることは想像に難しくなく、状況はやはり芳しくない。だが、この状況下だとしてもまだ焦る段階ではない。

 

 乱入者の少年に関しての情報を持ち得ておらず、〈Unknown〉として識別してこそいるが……逆に言えは、烈火は事前にイリスに調べさせた地球を拠点としている高町なのはを始めとした突危戦力に含まれないという事を示している。最悪の場合は目の前の少年を生け捕りにしても取引材料となり得るのだ。そもそも単騎の魔導師など恐れるに足らないのだから……

 

 とはいえ、取引材料(ひとじち)にするのなら、この戦いの中で常にマクスウェルの計算を狂わせ続けて来た魔導師よりも非戦闘員の方が好ましいと、まずはそれらの身柄確保を最優先にと再び紫の光となって、加速をかける。対する烈火も蒼翼を最大展開し、放出される光を瞬かせて一迅の流星となった。

 

 

 そして、二つの光が夜明け前の空で激突する。

 

 

 

 

 シャマルの治療を受けている者達は電子モニターに表示されている映像に食い入るように目を向けている。驚愕に染まる面々の中で不思議そうな顔をしたイリスが口を開いた。

 

「あの子、誰?」

 

 イリスは地球に来訪するに際して、キリエの戦闘を優位に進めるべく現地の魔導師への対策のために、この星で起きた大きな事件で活躍した者達を突危戦力としていたし、戦闘中においても群体に危険な魔導師についての情報を収集させていたが、蒼月烈火についてはその一切を持ち得ていない為だろう。

 

「よく分かんない、けど……」

 

 

 問いかけられたキリエも首を傾げながら、以前モニター越しに彼と会話していた自身の姉へと視線を送る。

 

「わ、私も詳しい身の上話はちょっと……」

 

 アミティエも出逢って数刻、それこそ会話をした時間など数十分の相手に対しての情報を持っているわけもなく困った表情でシャマルへと視線をパスした。

 

「えっと、管理局じゃないけれど、味方の魔導師って言っておけばいいのかしらね?」

 

 皆の視線を一様に受けたシャマルは苦笑いを浮かべながら問いに答える。そんな中で響いた大きな金属音に誘われるように面々は再び電子モニターへ目線を戻した。

 

 

 

 

「それにしても……烈火さん。凄いですね」

 

 現在、戦闘映像を見ている者の気持ちを代弁するかのようにアミティエから感嘆の声が漏れる。高速で飛び回る両者の戦闘に映像が追い付いていないとはいえ、断片的に入ってくる情報だけを受け取ってもかなり高度な高速戦闘が繰り広げられている為だろう。

 

 

 マクスウェルが激しく攻め立てる剣戟を繰り出せば、それを回避した烈火も相手を斬りつける。

 

〈アクセラレイター・オルタ〉の急加速を生かしたマクスウェルがすぐさま烈火の背後へと回り込んで〈ヴァリアントウエポン〉を斜めに振り下ろせば、烈火はフル展開している実体可変翼(フリューゲル)を重ね合わせるように折り畳みながら身体を滑らせて半身となり、腰から降り抜く動作を見せた左腕にもう一振りの剣を出現させて、迫る剛剣を回避しながら双剣形態〈バニシングエッジ〉へと換装した二刀を以て撃ち込んでいく。

 

 蒼い魔力を纏った刀身から逃れるように距離を取るマクスウェルに対して、烈火は即座に右手の剣を銃形態である〈ステュクスゲヴェーア〉に換装して魔力弾を撃ち放った。

 

 正確無比な射撃に歯噛みするマクスウェルは自慢の加速と耐久性を活かし、被弾覚悟で烈火の懐に飛び込んで、その喉元へ剣先を向けるが、その行動を予測していたかの様に烈火の左腕に持っている剣が魔力の渦を巻いて振り上げられる。

 

 マクスウェルは斬撃魔法〈エタニティゲイザー〉に呑み込まれながらも、紫の燐光を纏って射線軸から強引に脱出し、攻撃を放った直後の烈火に超高速で動き回りながら多角的に銃弾の雨を降らせていく。

 

 しかし、再び可変翼を最大展開した烈火は上下左右から迫り来る弾丸を空を舞うかのように錐揉みしながら回避している。マクスウェルは着弾しないことに業を煮やしたのか、左腕の銃で弾幕を張りながら、右手の銃にエネルギーを装填し、収束射撃(チャージショット)の要領で高出力攻撃を敢行した。

 

 烈火は高出力射撃に対して、振り向きながら引き金を引いて魔力弾を撃ち込む。だが、威力はマクスウェルが上回っていたのか減速こそしたが、防ぎきるには至らなかったエネルギー弾が迫り来れば、これまで度重なる回転機動で自らの天地すら入れ替えながら攻撃を回避し続けて来た烈火も対処に迫られて足を止めてしまう。

 

 それを見るや、加速の世界に身を置いたマクスウェルはここが好機とばかりに瞬時に烈火の左側に回り込み、剣形態に形を変えた〈ヴァリアントウエポン〉を差し向けるが、突如として飛来した()()()()()()のエネルギー弾によって噴煙を上げながら大きく吹き飛ばされることとなった。

 

 

 

 

「……烈火君」

 

 なのはは皆が乱入者の存在に困惑している中で、複雑な表情を浮かべてモニターを見つめている。自分達にとって初の対フォーミュラ戦であったキリエとの戦闘を考えれば、烈火の奮戦は素晴らしいものと言えるだろうが、それでも不安を拭いきれないでいるようだ。

 

 実際に全力のマクスウェルと戦ったなのはだからこそ、今の彼が力を出し渋っていることに気づいてしまったのだ。恐らくは烈火を撃破した後の事を考慮して、余力を残していると言っていいだろう。

 

 様子見を兼ねて負担の少ない安定可動域で〈アクセラレイター・オルタ〉を使用しているところに乱入者の思わぬ奮戦に困惑して流れを掴み損ねたようだが、全力とはいかないまでもマクスウェルが本気で仕留めに来たとしたら烈火は……

 

 

 

 

 

 

 戦闘域のフェイトとシグナムは高速戦闘を繰り広げる烈火とマクスウェルを注視しながらも行動を起こせずにいた。

 

「本当に援護に行っちゃダメなんですか!?」

 

「ああ、どこから聞きつけたのかはわからんが、上からはそのような指令が下っているそうだ」

 

「そんな事って!」

 

「ロウラン本部長やハラオウン統括官も掛け合ってくれているようだが、戦いの終わりには間に合わん。そして、今のままでは烈火の勝機は薄いだろうな」

 

 フェイトは転移前に本局から下されたという指令に対して納得がいかないといった表情を浮かべて興奮気味な所をシグナムに窘められていた。

 

 

―――ソールヴルム式魔導師ト、エルトリア式フォーミュラ使用者トノ戦闘ヘノ介入ヲ禁ズ

 

 

 他にもいくつかあるが、指令の内容を大まかに纏めるとこのようになる。

 

(ロウラン本部長すら手の及ばない何者かがなぜこんな管理外世界の事件に介入してきたのだ?それも、それなりに情報が秘匿されていた筈の烈火を名指しして……)

 

 思考に耽る前のシグナムの予測通りに、先ほどまで危なげなく立ち回っていた烈火の戦況が次第に悪い方向へと流れ始めていた。それを受けたフェイトは飛び出していこうとするがシグナムによって肩を掴まれて制止させられているようだ。

 

「離して下さい!このままじゃ烈火が!!」

 

 

「……抑えろと言っているッ!!」

 

「し、シグナム……」

 

 フェイトは手を振り払って戦闘に割り込もうとしていたが、シグナムの一喝によって萎縮するように勢いを削がれる。自身を掴んでいた手が離れたところで、シグナムの方を振り向いたフェイトは思わず息を飲んだ。

 

「テスタロッサ……自分の立場を弁えろ。今の我らが動くわけにはいかんのだ」

 

 鞘に収まっている剣の柄を血が滲むほど握り締め、自身以上に怒りに震えるシグナムの姿があったからだ。

 

 今回の指令は戦闘員の自分達よりも階級が大幅に上であるレティやリンディですら手の及ばない領分からの物だということであり、これを無視するとなれば相応の処罰を受ける事になる。

 

 加えて今回の事件において、違法渡航者によって撃退され、〈夜天の魔導書〉を奪取された挙句、事件に利用されるという失態を侵している上に命令無視をしたとなれば、管理局に所属する者として致命的なウィークポイントとなってしまう。

 

 それでも、処罰を受けるのが自分だけならば飛び出していったことだろうが、責任を問われるのは指揮官であるレティやクロノは勿論の事、はやて達も含まれることだろう。自らの独断行動によって周囲の者達に火の粉が降りかかることは想像に難しくなく、下手に動くことが出来ないというわけだ。

 

 ここ数年で急激に勢力を伸ばしたハラオウン派や〈闇の書事件〉の事で自分達を煙たがっている者達も多数存在する事もあってさらに拍車をかけている。先日のルーフィスでの事件を思えば尚更だろう。

 

 

(烈火……)

 

 シグナムは大人しくなったフェイトの頭を一撫でして、空を翔ける蒼い光を祈るような表情で見つめている。

 

 

 

 

 

 

 夜明け前の空を目まぐるしく駆ける二つの光だったが、先ほどの攻防で高出力弾と死角からの挟撃を烈火が防いで以降は、紫の燐光が蒼い光を追い立てるような展開へとシフトしている。

 

「それなりに驚かされはしたが……!」

 

 マクスウェルは基礎出力を抑えていたとはいえ、勝負を決めに行ったはずの一撃を予想だにしない方法で防がれた事に対して若干の感嘆を覚えている様だ。

 

 並の魔導師なら反応する事すら難しいであろうアクセラレイター発動状態の高出力弾に対して、烈火は銃身から放った魔力弾をぶつけ合わせるという方法を以て迎撃を行ったが、威力を殺しきるには至らずにその対処を迫られることとなっていた。

 

 それに対してマクスウェルは射撃で倒せれば良し、何らかの防衛手段を講じるならば、烈火の理外から筋出力を高めた最速の一撃で仕留めるという計画であったのだが、そのマクスウェルを襲ったのは弾道が変化した自身の放ったエネルギー弾だった。

 

 

 先ほどまでの攻防において、想定外の挙動を見せた烈火に翻弄されていたことは間違いないと言えるだろう。

 

 迫り来る高出力弾を回避するのならばまだ分かる。迎撃して撃ち落とすのも、武器や障壁で防ごうとすることも理解の範囲内だ。

 

 だが、烈火は高速戦闘の最中に飛来する銃弾に銃弾を撃ち当てるという離れ業に加え、自身の魔力弾で減速させたエネルギー弾を左の前腕を翳す様にして出現させた六角形を引き延ばしたかのような蒼い魔力盾を滑らせるようにして防ぎ、腕を横に振り切りながら、迎撃失敗と判断して意気揚々と決着を付けに来たマクスウェルに対して、軌道を変える事で着弾させるという予想外の方法で反撃を行った。

 

 それを受けたマクスウェルは烈火を排除すべき対象と改めて認識したのか、〈アクセラレイター・オルタ〉の出力を引き上げる事によって暴力的なまでの戦闘力を以て押し切るつもりのようだ。

 

 

「……っ!?」

 

 烈火は正面から迫るマクスウェルの〈ヴァリアントウエポン〉を背後に滑るかのように後退しながら回避するが、次の瞬間には蒼翼を展開してふわりと浮くように高度を上げた。先ほどまで烈火のいた位置に対して背後から紫弾が通り抜けたかと思えば、既に上空に回り込んでいたマクスウェルの上からの斬撃を二刀を重ね合わせるように防ぎきる。

 

 

「私には勝てないよ」

 

 

 こうなってしまえば、最早戦闘技能云々の問題ではなくなってしまい、出力差によって烈火の防戦一方となっているのだ。

 

 右の剣を交差している〈ウラノス〉に押し当てながら、マクスウェルは左の剣を銃に換装して、紫弾を雨の様に撃ち下ろす。

 

 烈火は即座に鍔迫り合いから逃れ、バレルロールを繰り返しながら被弾する事なく躱している。そのまま一度、距離を取ろうとしている様だ。

 

「逃がさないよ!」

 

 しかし、既に超加速を以て逆サイドに回り込んでいるマクスウェルの斬り上げが迫る。

 

「く、っ!?」

 

 烈火は向かってくるマクスウェルの〈ヴァリアントウエポン〉の刃の前に自身の剣を滑り込ませることで外傷こそ負わなかったものの、勢いに圧されて空中へ大きく弾かれることとなった。体勢を崩すように身体を投げ出された烈火だが、追撃の為に突っ込んで来たマクスウェルに対して、銃身からでなく虚空に出現させた剣状の魔力スフィアを一発撃ち放つ。

 

 姿勢を崩しながらも放たれた魔力剣は寸分の狂いもなく目標へと迫るが、対するマクスウェルは何の迷いもなく正面から突っ込んだ。すると迎撃に放った魔力剣は烈火の目の前で大気に溶け込むように四散してしまった。

 

「苦し紛れかい?しかし、私に魔法は効かないよ」

 

 マクスウェルは無数の計算式を弾き出して、咲良の〈ブレイブテュキオス〉と同様に烈火の魔力剣を解析して無効化しながら、右腕を突き出して高出力弾を撃ち放った。

 

 烈火は体勢を立て直した直後に間髪入れずに飛来した高出力弾を魔力盾で防ぎ切ったものの……

 

「私は時空管理局との大事な話の最中でね、君に構っている時間はないんだ。だからさっさと終わらせてしまおうか……」

 

「ぐ、ぐっ!」

 

 さらに一瞬で眼前に現れたマクスウェルが両の銃を重ね合わせるようにして、ほぼ零距離で撃ち込んだ高出力弾も左腕だけでなく、右腕からも魔力盾を出現させて防いでこそ見せたが、至近距離からの一撃によって盾を吹き飛ばされるように消失しながら、空中に投げ出されてしまう。

 

 姿勢制御を乱して空中へ吹き飛ばされた烈火を尻目にマクスウェルの口角が吊り上がる。

 

 

「さようなら、奇妙な乱入者君。G.O.D(ギアーズ・オブ・デスティニー)!」

 

 

 終焉を告げる紫の燐光が夜空に煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 なのはは疲れ切った肉体に鞭を打って起き上がろうとしているが、シャマルによって体を押さえつけられている。

 

「何をやってるの!?今のなのはちゃんは戦えるような状態じゃないわ!!」

 

「でも、このままじゃ烈火君が!!」

 

 マクスウェルと戦闘中の烈火へ加勢に行こうとしているようだが、先ほどまでの軌道上での戦闘で愛機の〈レイジングハート〉が中破しており、防護服(バリアジャケット)も解除されて私服に戻っているなのはにはもう闘えるだけの力は残されていないだろう。

 

 フォーミュラと魔法の無理な運用に連戦に次ぐ連戦で既に満身創痍であり、立ち上がる事すら困難といえるこの状況……なのは自身も頭では理解しているのであろうが、追い詰められていく幼馴染を見てジッとしていることなどできなかったのだ。ましてや、敵対勢力のフォーミュラ使いは魔導師の非殺傷設定の様なものを一切使用していないのだから尚更であろう。

 

 奇しくも彼女の発した言葉はシグナムに窘められているフェイトと殆ど同じであった。

 

 

 そんな二人であったが、突如として鳴り響いた轟音に反応して電子モニターに視線を戻せば、視覚範囲が焼けつくような爆炎で塞がれており、激しい攻撃を思わせるかのような凄惨な様子が映し出されている。

 

 

「烈火さん……ッ!?」

 

 アミティエは全方位からなる無数の包囲式弾に呑み込まれた烈火を見て、瞳を揺らしながら息を飲む。

 

 マクスウェルが繰り出したのは多方向からの攻撃で相手を釘付けにした上で〈アクセラレイター〉の加速を活かすことにより無数の砲弾で包囲して一斉射といった物であり、アミティエ自身の大技と酷似していた。加えて、災害救助用の〈アクセラレイター〉と戦闘用に調整された〈アクセラレイター・オルタ〉の出力差からか、包囲弾数はアミティエの五倍超であり、姿勢制御を乱された烈火に回避できる手段などあるはずもなかった。

 

 

 戦闘映像に見入っていたシャマルは脱力して倒れかけたなのはの体を慌てて支える。先ほどまで無理にでも動こうとしていた様子から一転して茫然自失といった様子だ。

 

「……嘘、だよ。約束したもん」

 

 どこか焦点の合わない瞳で電子モニターを見つめるなのはが呟いた言葉を聞き取れたのは近くにいるシャマルだけであったようだ。

 

 

 

 

 

 

 マクスウェルは臨時本部へと意識を移した。彼の為すべきことは、フォーミュラと魔導の融合という自身の目的を果たすために必要不可欠なイリスとユーリの確保と戦域からの脱出。その為の交渉材料を手に入れる事に変わりはない。乱入者によって少々計算を狂わされたが、計画の修正は十分に可能であった。

 

「さて、次は君達かな」

 

 烈火を撃破したものの、彼を人質とするとなると些か危険すぎるため、臨時本部の非戦闘員を確保すべく〈ヴァリアントウエポン〉を構える。それを守護するフェイト、シグナムとの戦闘は避けようがないだろうと内心で辟易している様だ。

 

 それに対し、俯いたまま動かないフェイトだったが、マクスウェルの言葉が耳に入ってきた瞬間に様子が豹変した。

 

「……ぃ……さない……許さない!!貴方だけは!!」

 

 足元で乱回転する金色の魔法陣。変換された魔力が全身から雷となって迸る。

 

 烈火の命を奪って平然としているマクスウェルと、この事件と無関係だった彼を守れなかった自分自身への怒りからか、強く握りしめた〈バルディッシュ〉がそれを体現するかの震えている。

 

「おや、彼とは知り合いだったのかね?それは気の毒な事をしてしまったようだ。私の夢を阻もうとさえしなければ、何もするつもりはなかったのだがね。まあ、仕方のない事と割り切ってくれ」

 

 人を殺しておきながら、表情の一つも変えていない……それどころか、さも当然であるかのような口ぶりに、何が悪いのかと言わんばかりに首を傾げてさえいるマクスウェルを許すことが出来そうにもなかった。

 

「君達も優れた魔導使いと聞く。できれば手駒(むすめ)にしたいと思っているのだが、この状況ではそういうわけにも……」

 

 もう沢山だと言葉を遮る様に斬りかかろうとしたフェイトだったが、真横から突き出された刃によって足を止めてしまう。

 

 

 

 

 程なくして戦場(いくさば)に響く凛とした声音に誰もが意識を奪われた。

 

 

「やはり、素人だな」

 

「どういう意味かね?」

 

「言葉のままだ。貴様は技術屋であって戦士ではないということだ」

 

 シグナムは目的達成を目の前にして息巻いているマクスウェルを侮蔑と嘲笑を込めて流し見る。

 

「興味深い意見だが、私の戦闘能力は君達とは次元を……」

 

「確かに出力と機動力は大したものだが、所詮はそれだけだ。後で取って付けた強さなど、本当の強さではない」

 

「理解に苦しむね。力の強いものが勝つ、そこに本当も何もあるはずがないだろう?」

 

 マクスウェルは当然とばかりに持論で返すが、シグナムの視線に憐愍が混じっただけであった。嫉妬でも憎しみでも称賛でもない、これまでの自分の軌跡の中で全てにおいて結果を残してきたマクスウェルは初めて向けられる憐れみの感情に僅かばかりの怒りを抱いているようだ。

 

「不愉快だよ。君はッ!」

 

 紫の光を身に纏ったマクスウェルが新たな標的に斬りかかろうとした……

 

 

 その瞬刻……眩い煌光が弾けた。

 

 

「何だね……これは!?」

 

 周囲の面々すら呑み込みかねないほどの光の渦に対し、マクスウェルは顔を腕で覆い、その中心を目を細めながら注視している。

 

「ふっ、馬鹿者が……」

 

「これって……!」

 

 巻き起こっていた噴煙を吹き飛ばす蒼い光にシグナムは口角を吊り上げ、フェイトは目を見開いて驚きを露わにした

 

 

 

≪Disaster drive Ignition!≫

 

 

 

 光が掻き消えた先にいるのは装いを変化させた白い大天使。

 

 

「天穹より光焔纏いて顕現せよ……ウラノス・ストライクノヴァ・フリューゲル」

 

 

 後ろ髪が跳ね上がり、身に纏う戦闘装束はさらに洗練されたモノへと変化し、携える剣の刀身に走っている蒼いラインも光を帯びている。放たれた〈G.O.D〉による負傷も一切見受けられない様子の蒼月烈火は双剣の右を換装し、静かにマクスウェルへと銃口を向けて引き金(トリガー)を引いた。

 

 

「防いだ……というのか?しかし!先ほどまでと大差ないようにしか見えないがね。それ以前に魔法は私に効かないのだから!!」

 

 マクスウェルは余裕綽々と言った表情で迫る魔力弾を解析して無効化しようと試みるが、先ほどまでの〈フルドライブモード〉よりも鋭角(シャープ)な印象を与える三対十枚の蒼翼を展開した烈火の姿が視界から消え、右斜め上から撃ち放たれた砲撃魔法が視界に入った事によって解析を中断してしまう。

 

「な、何だこの出力は!?アクセラ!レイ……」

 

 右斜め上から撃ち放たれた砲撃魔法(ヴァリアブルレイ)はどこか神秘的な透き通るような蒼い魔力と裏腹に周囲を喰らい尽くさんばかりの途轍もない出力を誇っている。先程までの比ではない。

 

魔法解析(ソレ)は一度視た。もう俺には通用しない」

 

(なっ!私の背後を!?)

 

 マクスウェルは驚愕の表情を浮かべながら、超高速で背後に回り込んだ烈火に対して、筋出力を高めた剣戟を浴びせようとするが……

 

「……遅いッ!」

 

 ()()()()()()()()()()、眼球の中心に浮かび上がった()()()()()()を輝かせる烈火が〈ウラノス〉を振り下ろすことで刀身から放たれた斬撃魔法(エタニティゲイザー)と、先に放たれていた砲撃魔法(ヴァリアブルレイ)に挟まれ、回避が追い付かずに爆炎の中に呑み込まれていった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

かなり間が空いてしまいましたが、続きでございます。

うちの主人公、現実時間で言えば半年ぶりの戦闘シーンとなりますね。

そして、58話目にしてようやく主人公の全力戦闘を描写するという前代未聞の事態に……
話数だけ見れば、普通のアニメで言うところの2年目途中ですね。
こういうのもこの手の小説でしか許されない事でしょうし、楽しんでいただけると幸いです。

シリアス&バトルパートはまだ続きます。

そろそろ、日常パートが恋しくなってきました。

皆様からの感想が私のモチベーションとなっていますので頂きましたら非常に喜びます。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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戦渦慟哭のSpiral

 蒼穹の光が夜明け前の空に爆炎の花を瞬かせている。そんな中、空を彩る魔力の奔流に弾き飛ばされた紫光が姿を現した。

 

「はぁ、はぁ……何だ今の動きは……」

 

 マクスウェルは〈アクセラレイター・オルタ〉の出力を最大まで引き上げて防御する事により烈火の魔力挟撃に吹き飛ばされながらもどうにか戦闘不能になることだけは避けられたようだが、全身に傷を負っており、腕部のフレームパーツも焼き切れたように欠損している。

 

「それに先ほどの口ぶりは……」

 

『……一体、どういう事だ』

 

 二人のマクスウェルは戸惑いを隠すこともなく、信じられないといった様子で荒い呼吸を繰り返していた。

 

(戦闘前にアミティエから情報を……)

 

「アミティエや管理局からお前についての詳しい情報は聞かされていない。目的についてはそれなりに知ってはいるがな」

 

『な、ッ!?』

 

 画面の向こうのマクスウェルは、烈火の発言を受けて思考を先回りされたかのような感覚に襲われていた。惑星再生委員会、イリス、ユーリを始めとして常に誰かを掌の上で転がしてきたマクスウェルにとって、自分の狂気を目の当たりにして真正面からぶつかって来た高町なのはに対してとは、また別種の戸惑いを抱いている様だ。

 

「君は管理局の魔導師ではないのか?そこの少女はえらく動揺していたが……」

 

「……こんな局面になるまで戦線に参加していないどころか、主犯格の情報もまともに持っていないで前線に出て来た奴が局員に見えるのなら、お前は不良品だ。今すぐ分解修理(オーバーホール)することを勧めるが?」

 

 戦闘していたマクスウェルは先ほどのフェイトの様子を思い返しながら問いかけたが、烈火は肩を竦めただけであった。

 

『君もあの少女と同じようにイリスやユーリ、エルトリアを救うために私を止めようというわけか……』

 

「何か勘違いをしていないか?」

 

『どういう意味かな?』

 

「お前が誰の事を言っているのかは知らんが、俺は管理局の目的に同調はしていない。それにエルトリアなんて世界の事を聞いたのはついさっきだ。悪いがそんな世界の奴ら同士がどんなに根深い因縁を持っていようが、知った事ではないな」

 

 更なる問いに対する烈火の返答に眼前のマクスウェルを含めて、通信越しのエルトリア来訪組、なのは達は呆気に取られる様に固まっている。意識の大小はあれど、前線のエース級の者達に共通していた目的を一掃されたのだから無理もないだろう。

 

 思考が止まっていないのは神妙な顔をしているリンディとレティ、小さく笑みを零したシグナムくらいのものだ。

 

『では、何故今になって……』

 

 返答を受けたマクスウェルは訝し気な様子で脳裏を過る疑問を呈し、烈火は指を立てながらそれに答える。

 

「一つ……お前の野望を叶えさせるわけにはいかない。二つ……顔見知りの所有物を強奪して悪用しようとしている。三つ……その下らん野望に本来関わるべきでない者達を巻き込もうとした。お前を斬る理由としてはそれで十分だと思うが?」

 

 烈火は〈ウラノス〉の切っ先を目の前のマクスウェルに向けた。

 

『君達には理解できないかもしれないが、私の目的が達成され、その技術が完成すれば人類は更なる叡智を手に入れるも同然なのだがね』

 

 二人のマクスウェルは自分が長年抱いて来た目的や実行するための手段を否定するかのような烈火の発言に理解ができないと言った様子を示している。

 

「資源があれば無限に生成される人造兵士……そんな技術が世に出回れば、世界は更なる混乱に包まれる筈だ」

 

『混乱?その逆だよ。私のイリスが兵士の役目を担う様になれば、これまでの様に無益な血が流れる事が無くなると言えるのではないかな?』

 

「本当にそうかな?」

 

『何を……』

 

 烈火は臨時本部で偶然鉢合わせした黒枝咲良を指令室まで送り届けた際に耳にしたマクスウェルの目的について更に言及していく。

 

「お前の技術を買った勢力が半無尽蔵に生成される兵士を手にすることになる。それを技術を持っていない勢力の生身の兵士と戦わせたとすればどうなる?」

 

 此度の戦いにおいて〈群体イリス〉という力は魔導師達を大きく苦しめたと言っていい。地球の資源が良質でエルトリアと比較すれば無尽蔵と言っていい水準であった事も影響しているのだろうが、量産型でさえ一般魔導師に対しては一機で互角、もしくはそれ以上の力を見せており、更にその上位個体である固有型に少々特殊であるがマクスウェルのような個体も存在している。

 

 今回の事件においては、トップエース級の魔導師が複数で対処に当たったために事なきを得たが、これに関しては管理外世界にもかかわらず、異常な戦力が集結している地球だからこそ可能だった事柄であり、他の世界で同様の侵攻活動が行われた場合はその限りではないだろう。

 

「そしてお前の言う様に両軍が人造兵士の技術を持ち得ていたとすれば、最前線でそれらを差し向け合うのは自明の理と言える。撃破されても自軍の損害も軽微、再生成も容易かつ自立稼働(スタンドアローン)で戦闘可能な人造兵士が戦場を席巻するようになれば、その先に待っているのは果ての無い憎しみの連鎖だけだ」

 

『ふむ……イリス同士が戦う様になったとして、前線で傷つく人間が減るのだから君の言うようなことにはならないのでは?』

 

「ヒトは自らが傷つくこともなく戦い続けられる手段を目の前に提示されてより多くの物を手中に収めることが出来ると判ってしまえば、剣を置いて話し合いの卓に付けるほど優れた生物ではない。むしろ、意気揚々と戦場に駆り立てられる。そうなれば今以上に戦乱は混迷を極める筈だ」

 

 烈火は何かを思い返す様に僅かに表情を歪め、剣の柄を強く握りしめた。

 

「人造兵士や無人稼働の機動外殻同士の戦いは最早戦争ですらない。盤上の駒を操る遊戯(ゲーム)になり果てる。人を殺すという業を背負わずに、討った痛みも討たれた痛みも味わうことなく引き金を引くことに罪の意識すら持たなくなったまま戦い続ければ、戦乱の渦は広がり続け、何れは取り返しがつかなくなる」

 

 

―――我らの世界に浄化の光を……ニルヴァーナ・ヴァーミリオン発射!!

 

―――くそぉぉぉぉ!!意地でもアレを沈めろぉぉ!!奴らを滅ぼすんだよ!!!!プリズナー隊の第二波、第三波を特攻させろ!!

 

 

 脳裏に過ったのは自らの世界での出来事……憎しみの連鎖を断ち切ることは叶わず、より多くのものを求めるために最終的には大量破壊兵器の撃ち合いにまで発展してしまった、この世の地獄の様な凄惨な記憶……

 

 しかし、ソールヴルムの人々は戦争という痛みを知った。また戦乱が起こったとしても、それを是としない者達が少なからず現れるだろう。

 

 だが人々が罪の意識を、誰かを討つ覚悟を忘れたまま戦い続けてしまえば、戦争という事柄に対して疑問すら抱かなくなってしまうことは想像に難しくない。人間同士の戦争ですら虐殺という行為が平然と行われる。銃を撃つ側が痛みを背負わなくなれば、それらはむしろ加速してしまうかもしれない。

 

 そのまま戦い続けていけば、やがて理性のタガは外れ、勝利するための手段を選ばなくなっていく。かつてソールヴルムで起きた〈ヴェラ・ケトウス戦役〉よりもさらに凄惨な戦いが起こる可能性は十二分にあるのだ。

 

『それの何がいけないのかね?自軍の損失は最小限に、敵軍の損失は最大限に……その為に死んでも変わりが効く兵士が無限に手に入るのだから言う事なしではないのかな?放っておいても戦乱など勝手に広がっていくんだよ。ならば、その中で自分がどれだけ上手く立ち回れるか考える事が基本だと思うがね。ましてや敵を討つことに何の躊躇いがあるのか……』

 

 烈火の心は冷え切っていた。

 

『……と言っても、私は私の技術がどれだけ有益なものかを知りたいだけで、戦っている者達がどうなろうが知った事ではないがね』

 

 結局のところマクスウェルが望んでいるのは自らの探求心を満たす研究を心置きなくすることが出来る環境と、その技術を他者に評価される事だ。

 

 それ自体は何の問題もない事であるが、その為に彼が引き起こしてきたことに関しては許されていいわけがない。ましてや技術が有益性を証明できれば、それに巻き込まれる者達や起きる事象がどれほど残酷で自らが齎した技術でそれが広がって行こうとも知った事ではないのだろう。

 

 嘗ての〈ヴェラ・ケトウス戦役〉において、マクスウェル以上の狂気に憑り付かれ戦争を拡大させた者もいた。敵を全て滅ぼせば戦いが終わると数えきれない人間の命をボタン一つで奪った者もいた。

 

 だがどれほど許されない事をしたのだとしても、たとえ狂気に呑まれていたのだとしても、彼らには彼らなりに主義や主張、覚悟と決意、譲れないものがあった事は事実……しかし、マクスウェルはそれすら希薄な状態であり、自分の技術で引き起こされるかもしれない事象に対して何とも思っていない。

 

 自分の好きなことだけをして、それを他人から評価される。その為にどれほどの犠牲が出ようと構わない。最後に自分が笑ってさえいればそれでいい。

 

 まるで子供の理屈だ。

 

 

『なぁに、最後に笑えてさえいれば、それでいいのさ』

 

 

 マクスウェルの技術自体は評価に値するものであるし、始めからこのような人物であったのかは定かではない。何かによって歪んでしまったのかもしれないが、既に多くの人々の人生を弄び、その命を奪って来た彼は取り返しのつかない領域まで踏み込んでしまっている。

 

 

「……反吐が出る!」

 

 

 烈火の目付きが鋭くなったかと思えば、瞳が漆黒に変化し、深紅の四芒星が浮かび上がると同時に蒼翼が最大展開された。

 

 

「夜天の書の強奪に関して言うことはない。お前達の星の下らん内輪揉めで顔見知りの所有物が奪われ、それを悪用しようとした奴を目の前で見逃す程は白状ではない心算だ」

 

 マクスウェルがイリスに探させて、彼女を通じてキリエに命じた〈夜天の魔導書〉の強奪と、その為の戦闘ではやてらが少なからず負傷したことに関しては烈火も多少なりとも思うところがあったようだ。烈火自身も〈闇の書事件〉の被害者遺族が駆り出された〈魔導獣事件〉の当事者であり、はやて達とは親しい間柄なのだからそれなりに気にはかけていたのだろう。

 

 

「そして……お前は光の中を生きる者達を、その野望に巻き込もうとした」

 

『……地球の優秀な魔導使いや良質な資源を最大限活用できるのは、私しかいないと自負している心算だが……今よりももっと効率的かつ有益に使えるようになると……』

 

「だからお前は敗けたのさ」

 

『敗けた?この、私が?』

 

「連戦で疲労を残している管理局相手にそれだけズタボロにされて勝ち誇ることが出来るのか?」

 

 マクスウェルは烈火の言葉につられる様にこれまでの戦いを思い返した。魔導師にとっては未知の力かつ、魔法に対して圧倒的に有利な〈エルトリア式フォーミュラ〉と〈機動外殻〉、単一戦力としては最高クラスであろうユーリを有しており、事前になのは達のデータや戦闘スタイルを把握した上で対策を立てて絶対に勝利できると確信して戦いを挑んだ。

 

 〈夜天の書〉を奪ってユーリを発見したところまでは多少の計算違いはあれど計画通りといえたが、それ以降は計画が破綻したと言っていいレベルの修正を迫られることとなった。

 

 〈群体イリス〉は固有型を含め足止め程度にもならず、〈機動外殻〉も大型侵攻用でさえ対処されてしまう。イリスもキリエに抑えられ、ユーリに至っては三度も撃破された。加えて、マクスウェル自身が戦場に出向いて計画の修正を図ったが、逆に真正面から魔導師によって撃墜され、自身のバックアップデータを他の個体に飛ばすことが出来ないほどに損傷してしまった。

 

 それを受けて発進した最新のバックアップデータを積んだ小型ロケット、軌道上の固有型と衛星兵器も全て対処され、撃破された。

 

 これだけの事をキリエ戦から戦い続けてきた相手にしてやられたのだ。圧倒的に有利な状況から全滅寸前の被害を被っており、お世辞にも優れた戦果とは言えないだろう。

 

 

 

 

「彼らには俺やお前にはない力がある」

 

 

 烈火が地球に滞在するようになってからずっと感じ続けて来た奇妙な感覚……

 

 

―――お話、聞かせてもらうんだから!!

 

―――なまえをよんで……昔ね、とっても大切な友達に言われた言葉なんだ

 

―――蒼月君、いや!烈火君と呼ばせてな……今回は本当にありがとうございました!!!!

 

―――お前がいたから私は此処にいる。再び、主達の下へ戻れるのはお前のおかげだ……それでは、不満か?

 

―――相手が強大だとしても、御神の剣士が歩むのを止める理由にはならないんだ。俺の大切な人達を奪われてたまるものか……

 

―――選ぶのは、私自身……でしたら、もう答えは決まっているのかもしれません

 

 

 今日までに多くの事件に巻き込まれ、多くの出会いがあった。

 

 烈火がこれまでに出逢った多くの人々から感じたのは、誰かを救う、護ると決めたものを護りぬくという強い意志であった。それが例え、敵対している相手だとしても……そして、偽善ではなく、純粋にそう思っている。やると決めたのならばどんな困難が待っていても突き進み続けるのだろう。

 

 刃を向け合って憎しみや慟哭をぶつけ合うのではなく、救うために分かり合うために自分の命を賭けて戦っている。

 

 烈火が、ソールヴルムで戦った者達が、無限円環(ウロボロス)を始めとした次元犯罪者が、マクスウェルが、そして……彼女らと同じ正義を掲げる時空管理局の局員の殆どの者達ですら捨ててしまった理想論。だが、なのは達は英雄願望を掲げるでもなく、苦しみながら、傷つきながらも誰かの為に本気で戦っているのだ。

 

 そして、幾度となく激戦を潜り抜け、多くの者を救い、奇跡を起こしてきた。

 

 その強さは戦い合うばかりの憎しみの連鎖を断ち切る可能性を秘めているのではないか……烈火はそう感じ始めていた。

 

 

 ならばこそ、ここでマクスウェルの探求心と自尊心を満たすという目的の為に失われるかもしれないということを許容出来なかったのだ。

 

 

「……どうやら君と私は相容れないようだね。私が魔導師風情(かれら)に劣っているわけがない」

 

 ここに来て目の前のマクスウェルが烈火を嘲笑するように発言し、その身を紫の燐光が包み込む。

 

「語ることはもうない。俺はお前を討つ」

 

 烈火の実体可変翼(フリューゲル)から蒼白い光が放出される。その生成された光翼は、先ほどまでの〈フルドライブモード〉よりも輝きを増し、どこか神秘的ともいう程に流麗なものであった。

 

 

 

 

 そして……夜明けの空に最後の暁光が煌めく。

 

 

 

 

 烈火とマクスウェルが繰り広げているのは光の軌跡すら視認することが出来ない超高速戦闘。両者互角に思われたが……

 

 

(追いつかれる!?私が!)

 

 

 マクスウェルは酷く焦った様子で烈火に向けて引き金を引くが、掠る気配すら感じられない。逆に自身に迫る魔力弾は何度も身を掠めており、それが焦燥となっている様だ。

 

 お得意の超加速も〈ディザスタードライブモード〉を発現して機動力が大幅に上昇した烈火には大きなアドバンテージとは言えなくなっている。

 

「行け……ッ!」

 

 対する烈火は最大展開している蒼翼から光の翼を射出した。射出された翼は光の剣となり……六本の魔力剣〈トワイライトメサイア〉は誘導兵装のように縦横無尽に空を翔けてマクスウェルを狙い撃つ。射出と同時に光翼は再生成されており、機動力の低下は見受けられない。

 

「こんなものッ!打ち消して……なッ!?」

 

 厄介な攻撃手段に歯噛みしたマクスウェルは再び魔法の解析を試みるが、正確無比な魔力弾に襲われて驚愕を露わにした。烈火は六基の誘導兵装を並列操作しながら、自身も先ほどと何ら変わらぬ超高速機動を見せているのだ。

 

 

 

 

(アミティエの妹がなのはやフェイトの魔法を無効化したと聞いてはいたが……フォーミュラ使いの魔法無効化のプロセスは凡そ把握した)

 

 烈火はマクスウェルに魔法の無効化をさせず、さらに追い詰めるような立ち回りで上空へと追い立てている。

 

 先程、マクスウェルは烈火がアミティエや管理局からフォーミュラ使いの戦闘について説明を受けていると勘ぐっていたが、それは間違いであった。あくまで民間人として扱われている烈火は事件の概要こそ説明を受けたが、第一次ユーリ戦時点の簡単な情報までであり詳細な部分は知らされていない。

 

 たまたまアミティエとマクスウェルの応答を聞いた為に、事件の真相を多少なりとも知ってこそいたが、なのは達に知らされたような〈エルトリア式フォーミュラ〉と〈機動外殻〉への対策については、本来戦闘するはずもなかったのだからノータッチもいい所である。

 

(その為に、一度奴らの手の内を把握しておく必要があった)

 

 闇雲にぶつかり合うのではなく魔法に対して有利に立ち回ることが出来るフォーミュラ使いと戦闘するに際して、彼らが魔法を無効化する瞬間を()()、その術を見極める価値は十二分にあるといえよう。そして、それを見切る()を烈火は持っている。

 

(魔法という事象そのものを無効化するのだとすれば、勝ち目など始めからないに等しかったろうが、あれなら予測の範囲内だ。対処法などいくらでもある)

 

 烈火はなのは達の魔法が通用しなかったという情報から二つの仮説を立てた。

 

 一つ目は、()()()()を完全に無効化しているのかという事。

 

 二つ目は、発動している魔法の()()に外部から手を加えて、不発にしているのではないかということである。

 

 仮説の一つ目に関しては、烈火も僅かに閲覧したキリエとの戦闘映像において、なのはやフェイトの魔法で無効化されたものとそうでないものがあった事により、間違いだと選択肢から切り捨てた。

 

 全ての魔法を無条件で完全無効できるのならバインドや魔力弾だけでなく、なのは達の身体強化や飛行魔法も無効化してしまえば手傷を負わずに管理局の魔導師達を全滅させることが出来たのだから、それを行わなかったということは魔法が効かないというマクスウェルの発言自体は間違いとみて問題ないだろう。

 

 その為、二つ目の仮説が最有力となった。そして、戦闘の最中、烈火自身が魔力剣を()()()()()()事により、その真偽を確かめたのだ。

 

 結論はまさにその通りでマクスウェルとの戦闘を行っていくうちに対抗手段も確立された。

 

(魔法術式を解析して無効化するだけで魔法自体の発動を止められるわけではない。そして、解析という行動自体に少なからずリソースを割かなければならない)

 

 つまり、フォーミュラ使いが魔法を無効化するためには魔法の術式を解析するという手順を踏まなければならず、並列処理で戦闘をこなすこと自体は可能だが、解析中は動きが鈍くなるという弱点が見受けられる。

 

 加えて、なのはの収束砲撃やフェイトの大規模斬撃などは技の発生から術式を解析して無効化したとしても、魔法の出力自体が膨大である為、分解されるよりも攻撃が着弾する方が早く、実質的に無効化することは出来ないと予測される。そもそも実体武器に魔力が付与されており、攻撃速度に解析が追い付かないであろうシグナムの剣戟や、完全に物理攻撃であるヴィータの鉄槌に関しても無効化は容易ではないだろうとも予測が付いた。

 

 確かに魔導師にとっては天敵ともいえる能力だが自動無効でも完全無効でもなく、あくまで戦闘技術の一つであれば対処法は自ずと見えて来る。

 

 既に対処法は幾つかあり、理論的に攻めていくこともできたが……

 

(奴の処理負荷を超える最速の攻撃で一気にけりを付ける!)

 

 烈火は右手の〈ステュクスゲヴェーア〉を双剣形態へと換装し、重ね合わせるように十字架の斬撃を飛翔させると同時に自らも天空目掛けて最高速度で翔け上がった。

 

 

 

 

 フィル・マクスウェルは優秀な男であった。惑星再生においても、兵器製造においても、魔法とフォーミュラを掛け合わせるという着眼点一つとっても能力的に見れば優れた人物と誰もが口を揃えて言うだろう。

 

 惑星再生委員会、夜天の魔導書、ユーリ・エーベルヴァイン、イリス……それらを利用して自らの目的を叶えんとするために暗躍し、時空管理局という組織相手に戦いを挑んだ結果、望みを叶えることが出来るかもしれないという所まで来た。

 

 誰かを操って、騙して自分の都合の良いように誘導し、物事を思い通りに動かして自分が欲しい物は絶対に手に入れる……マクスウェルは、それが当然だと思っていた。

 

 

 だが……

 

 

「くっ!?何故だ!何故思う通りにならない!!」

 

 

 マクスウェルは高度を上げながら、吐き捨てるように叫んだ。

 

 六基の光剣は全方位(オールレンジ)から舞い踊るかのように迫り来る。それを擦れ擦れで避けたかと思えば、正確無比な魔力弾が追撃をかけるように撃ち放たれる。射撃、砲撃、斬撃、光剣、入り乱れるような攻撃の嵐に晒され、マクスウェルは焦燥に駆られるあまり、どうにか致命傷を負わないように回避に徹するだけで手一杯となっていたのだ。

 

 単純な機動力ならばユーリにも劣らないという自負があった〈アクセラレイター・オルタ〉を最大出力しても尚、自分が行動に移すよりも、思考AIが回答を導き出すよりも早く攻撃が襲って来る。機動躯体を手に入れ、生前とは比べ物にならないほど強化された反応速度を上回る敵との戦闘により、脳内に鳴り響くアラームと多数のError信号……こんな事態は正しく想定外であった。

 

 そんなマクスウェルに烈火の〈イグナイトエクスキューション〉が迫り来る。

 

 

「アクセラレイタァァァ!!!!オルタァァァァッ!!!!!!」

 

 

 マクスウェルは反射的に加速装置(アクセラレイター)の出力を強引に限界以上まで引き上げて、十字架の斬撃の回避に成功した。

 

 そのままの加速を以て一度距離を取り、体勢を立て直そうと画策していたマクスウェルだったが……

 

「な……ッ!?」

 

 加速の世界で背筋が凍り付くような感覚に襲われた。

 

 

 

 

 翼を広げた天空神が空高くから見下ろしている所へ、自ら突き進んでいるからだ。

 

 先ほどの斬撃は〈アクセラレイター〉の急加速を使わせて軌道を変更させ、自らの方へと誘き寄せるための陽動……

 

 マクスウェルがそのことに気が付いた時には、もう全てが手遅れであった。

 

 

 

 

 眼前で妖しく輝いた深紅の四芒星……煌きを増した蒼い光の翼……

 

 

「舞え、黒炎……ッ!!」

 

 

 烈火の剣が纏う黒い炎……マクスウェルが認識できたのはそこまでであった。

 

 

 

 

 

 

 この世の全てを燃やし尽くす煉獄の炎……烈火の放った黒炎の斬撃は、接触した瞬間にマクスウェルを灰も残さず消し飛ばして眼下の大地を割った。余波でビル群は薙ぎ倒され、物理現象などお構いなしという勢いで燃え広がった黒炎が着火すると同時に、周囲の全てが一瞬で溶解していく。

 

 誰一人言葉を発することが出来ない中で紅い瞳のままの烈火が街へ視線を落とし、魔力を込めれば、轟々と燃え滾っていた黒炎が静かに鎮火した。

 

 

 

 

 烈火は最大展開していた実体可変翼(フリューゲル)から光の翼を四散させ、可変翼を重ね合わせるよう折り畳むと同時に〈ウラノス〉を通常稼働に戻し、防護服(バリアジャケット)と〈エクリプスエッジ〉を見覚えのある姿へと変化させた。瞳もいつもの蒼色に戻っている。

 

 予期せぬ戦闘に首を突っ込んでしまった烈火はリンディかクロノ辺りに話を通しておくべきかと彼らの反応を探ろうとしたが……またもや予期せぬ出来事と相対する事となった。

 

 

 

 

「烈火!!大丈夫!?怪我はない!?」

 

 金色の閃光の名に恥じない速度で接近してきたフェイトが防護服(バリアジャケット)越しに烈火の身体に手を這わせている。

 

 普段のフェイトを知っているからこそ、先ほどまでの戦闘での負傷を心配しての行動だということは明白だが、年頃の女子が人前で同年代の男子の身体を(まさぐ)るのは、色々と問題行動だろう。烈火でなければ、自分への好意と勘違いする可能性とて十分あるのだ。

 

「あ、ぅ!?」

 

 周囲の困惑を他所に、とうとう烈火のインナーを捲り上げようと手をかけたフェイトは、頭を軽くはたかれてようやく離れた。しかし、暫く黙り込んだかと思えば、大きな瞳を潤ませて烈火の顔を覗き込むようにして言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

「心配したんだから……もう……」

 

 フェイトは烈火の胸に頭を預け、身体を寄せた。

 

 

 

 

 突然のフェイトの行動に目を白黒させている烈火に更に人影が近づいて来る。

 

 

「お前の力、しかと見届けたぞ。伝えたいことは多くあるが、ともかくよくやった……お前なら必ず打ち倒すと信じていた」

 

 シグナムは烈火に称賛と労いの言葉をかけながら、白魚のような長く美しい指で烈火の額を軽く小突く。だが、その表情はこれまでにも烈火の前で何度か見せた慈愛に満ちたものであった。

 

 

 

 

 東堂煉に迫られているはずの巨乳美少女(フェイト)から抱擁と、騎士道精神に溢れ、厳格な人物と周知されている爆乳美女(シグナム)が普段の様子からは想像もつかない程に柔らかい笑みを向けた事……その相手は謎の少年魔導師。

 

 この様子は戦域にライブ中継されており、これを見た管理局員……主に男性局員は先ほどまでとは別のベクトルで石になったかのように固まっていたとか何とか……

 

 

 

 

 皆の緊張が解け始めた中で、クロノ・ハラオウンは静かに最後の宣告をする。

 

「フィル・マクスウェル……貴方を逮捕する」

 

「……」

 

 なのは、フェイト、アミティエに撃破された一人目のマクスウェルは、口を閉ざし反抗の意志を見せないままに管理局員に拘束された。

 

 

 

 

 そうこうしている間に太陽の光が空を照らし、長い長い夜の終わりを告げる。

 

 地球、時空管理局、エルトリア……様々な想いが複雑に絡み合い、ぶつかり合い、分かり合う切欠となった、この事件は各々の心に何かを残しながらもこうして終わりを迎えた。

 

 自らが選び取った世界は新しい朝を迎え、その先の未来へと繋がっていく……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

長かった劇場版篇も9割9分終了しました。
まだエピローグ兼、事後処理等がございますので、もう1、2話ありますが……

フォーミュラに関しては、独自に解釈した部分が多々ありますが、本作上ではこの設定で行きますのでご了承ください。

また、地の文でサラっと触れて敢えて説明していない事柄も多くあるかと思いますが、少しずつ回収していくつもりです。

事件後の各キャラクターの進展は、なのはの怪我の具合以外は原作と相違ないですが、よくよく考えたら原作通りでもイリスはエルトリアに帰れなくて地球に残るんですよね。

ここまで来てまさかの準レギュラー昇格という自分でもびっくりな展開です……実際はマリーとかレティさんくらいの登場頻度でしょうけど……

長々と続いて来た劇場版篇もクライマックスです!
感想等頂けましたら嬉しいです。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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Rebirth and Restart

 あの長い夜が明けて既に一週間の時が流れ、一連の事後処理も落ち着きを見せ始めていた。

 

 

 事件に関わった者達の処遇も概ね決まり……

 

 

 まずは高町なのはだが、度重なる連戦と〈魔導〉と〈フォーミュラ〉の融合という無茶により全身に途方もない負荷がかかっていた為、入院生活を余儀なくされた。悲鳴を上げている肉体……筋組織もズタボロで地球の技術では年単位の治療を要する重症であったが、ミッドチルダ、ベルカの魔法技術とエルトリアの治療用ナノマシンの投与によって凄まじい速さで快復へ向かっている。

 

 次にフェイト・T・ハラオウンだが、彼女は入院しているなのはに付きっ切りであった。今回の事件で無茶を続けた挙句、入院中も魔法やフォーミュラの考察を続けるなのはに対して、当初は膨れっ面であったが、次第に女神の様な微笑みを浮かべて詰め寄る様になっていったようだ。

 

 多少は自重する意思を見せ始めたとはいえ、病室でのなのはの様子に笑顔でキレたフェイトは、林檎の皮向きから、着替え、入浴に至るまで彼女の生活を徹底的に管理したとか……

 

 八神はやてだが、〈夜天の魔導書〉をイリスから返還され、奪われたものを取り戻すことが出来た。事件で悪用された夜天の書だが、使用方法をある程度把握しているイリスが運用した為、目立った機能不全もなく、はやて自身が今回の事件に関するエルトリア側の事情を既知しており、遺恨を残すことはなかったようだ。

 

 

 

 

 シュテル、レヴィ、ディアーチェは、事件の中で人間としての躯体を維持できないほどの損傷を負ったものの、ユーリ、はやてを中心として躯体の再構築を行った結果、十五歳相当だった肉体は五、六歳ほどまでに縮んでしまったが、再び人間形態を取り戻すことに成功した。時間の経過と共に躯体の外見年齢も元に戻る様子だ。

 

 事件内での自我を以ての破壊行為と、それに関する魔法行使が法規違反とみなされたが、管理局に協力し事態収束の為に戦ったことと、それぞれになのは、フェイト、はやてが対峙して彼女達に撃退された為か、目立った破壊活動を行えなかったことが功を奏してそれらに関しては不問となった。

 

 ユーリ・エーベルヴァインだが、多数の局員に重傷を負わせたとはいえ、彼女に関しては行動の全てをイリスやマクスウェルに操られていたことが大きく減刑に繋がり不問。また、ディアーチェ達と同様に戦闘中はトップエース級が常に対峙しており、それ以上の被害を出さなかったことも影響しているのだろう。

 

 イリスに関しては、流石に不問というわけにはいかず、多数の罪状が課されることになった。だが、イリス自身に更生と管理局へ協力する意志が見られることと、彼女の置かれていた状況や事件の原因を加味した結果、重罪を問われる事はないようだ。

 

 とは言ったものの、どんな事情であれ、エルトリア来訪組が犯した法規違反、並びに破壊活動は目に余るものがある。だが、これほどの軽罪で済んだことの理由は二つ。

 

 

 一つ目は事件の首謀者であり、一連の元凶を作り出したフィル・マクスウェルの存在、二つ目は〈エルトリア式フォーミュラ〉が魔法との親和性を少なからず持っていた事である。

 

 

 逮捕されたマクスウェルは戦闘能力を完全に封印され、最低限に人の形を保つことが出来る状態まで回復された上で収監された。一週間経った今も事件に関して一切口を割ることがなく、証言を取ることが出来ないが、彼がこの事件の裏で暗躍していたことに関しての証拠自体は山ほどあり、言い逃れは不可能だろう。

 

 結果として当初は主犯とみなされていたイリスや、実行犯となったキリエ、破壊活動を行おうとしたユーリとマテリアル達の罪のほぼ全てを背負うことになったのだ。

 

 

 

 

 二つ目に関しては……

 

 

 装飾華美な一室に並べられた机と、椅子に腰かける十名ほどの管理局員。そんな彼らは此度の事件で存在が明らかになった〈エルトリア式フォーミュラ〉について議論を交わしていた。

 

 

「魔法の解析と無効化……この力は余りに危険すぎる!直ぐに凍結し、技術自体を闇に葬るべきだと提案する!」

 

「そうだな。世界の均衡を崩してしまう可能性を秘めている」

 

「エルトリアという世界の存在は公表せず、渡航を禁ずるべきだろう」

 

 

 レティ・ロウランは声を上げる高官達の応答に対して、静観の姿勢を見せている。

 

 フォーミュラと魔法とを比較すると戦闘という面においては前者が圧倒的に有利と言えるだろうことは疑いようのない事実であり、一部のエース級魔導師以外はまともに対抗する事すらできず、戦闘中に何度も辛酸を舐めさせられたことからもそれは明らかだ。

 

 だが、今回の事件によって魔法とフォーミュラの親和性に関しては、その融合を果たした高町なのはの存在もあって、完全に証明されたと言えるだろう。アミティエが齎した僅かな技術協力で魔導師達の戦闘能力が飛躍的に上昇したことから、〈エルトリア式フォーミュラ〉の技術をさらに利用すれば、魔法運用の発展が望める事は想像に難しくない。

 

 しかし、管理局側としてはフォーミュラの技術を導入することに対して消極的な姿勢を示しているようだ。

 

 その最たるものは、リンカーコアや魔法適性など先天性な要因で強さの上限が決定する魔法とは違い、フォーミュラに関しては、ナノマシンの注入という手段でその運用を行うことが出来るため、理論上では魔力を持たない人間でも行使することが可能と言えるためだ。

 

 フォーミュラを取り入れる事で魔導師の戦力強化が狙える半面、次元犯罪者に技術が流出した場合は、危険な思想を持った人間が魔法の天敵といえるその力を行使できることになってしまう。

 

 そうなれば、今以上に次元犯罪は加速するであろうし、この場にいる面々は直接言及していないが、時空管理局が法の守護者として君臨している最たる要因である戦闘能力(まほう)の優位性が揺らいでしまうという懸念があるのだろう。

 

 

 

 

 議会はフォーミュラ技術の凍結と隠蔽という方針で纏まりかけていたが、そのうちの一人が机を殴りつけた事によって全員の注意が其方に向いた。

 

「先程から聞いていれば、古い考えばかりで話になりませんな」

 

 強面に髭を蓄えた中年男性が、議論に一石を投じる。

 

 

「無理やり乗り込んできて、随分な口ぶりですな。レジアス・ゲイズ中将?」

 

 議論を交わしていた初老の男性が中年男性―――レジアス・ゲイズに対してあからさまな様子で溜息を吐いた。他の本局の高官たちもどこか冷めたような視線を送っており、その態度に対し、眉間に皺を寄せたレジアスは怒りを滲ませながら声を張る。

 

「そのフォーミュラという力、棄てるにはあまりに惜しいと思われるが?それほどの汎用性と有用性があれば、魔力を持たない一般局員達も戦う力を得ることが出来る。そうなれば戦力が増える事は間違いない。例え、次元犯罪に利用されたとしても、此方も増えた戦力で対抗できるのではないのか!?」

 

 レジアスが実質的な責任者となっている〈時空管理局地上本部〉は、非常に険しい状態に追い込まれていると言っていい。

 

 ミッドチルダの首都〈クラナガン〉を守ることを使命とする地上本部であるが、人員不足と増え続ける次元犯罪が相まって、それらに対応しきれずに、治安の悪化が懸念されている。〈クラナガン〉の住民は少なからず不安に駆られており、それが表面化してしまう事件が半年前に起きた事も後を引いているのだろう。

 

 

「君の言うことは皆承知している。だが、大きいメリットと引き換えに、デメリットもあるのだという議論をしている心算なのだが?」

 

「魔力資質を持たないがために前線に立つことを諦めた者は貴方方が思っているよりも遥かに多い!その力を集結すれば、そんなデメリットなど、どうとでもなりましょう!そもそも、魔導師頼りな今の体制では地上の平和の維持は不可能だと何度も申し上げている!!」

 

 今年の春先にミッドチルダの臨海空港で大規模火災が発生した。空港が全焼しかけるほどの大火災に対して、人手不足から対応が遅れてしまった上に、そもそも地上本部の設備や人員では対処することが叶わず、結果として偶々、火災現場に居合わせた本局次元航空隊所属の高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての劇的な活躍によって、たった一人の死者も出すことなく解決されてしまう。

 

 地上本部の大人達は成す術もなかったが、容姿端麗な少女達はたった三人で、上がる火の気や崩れる建造物をものともせずに鉄筋を斬り刻み、壁をぶち抜きながら鮮やかに人々を救助していき、大規模火災を建物ごと凍結して、人名、建造物への被害を最小限に留めて火災を鎮火してみせた。

 

 このような様子を目の当たりにした住民たちの支持がどちらに集まるのかは言うまでもないだろう。

 

 空港火災の一件に伴って、地上本部は存在意義すらも危ぶまれる程に信用を失ってしまっているのが現状……これらを解消するために必要なのはは、対処可能な人員と機能と言える。

 

 その為、魔力資質に依存せず、魔導師と同等以上の戦闘力と汎用性を非魔導師に付与できると()()()()〈エルトリア式フォーミュラ〉を手に入れる事は、地上本部の信用回復にこれ以上ないファクターとなり得る可能性は非常に大きい。是が非でもフォーミュラを手に入れたいのだろう。

 

 

 

 

 纏まりかけていた議論はレジアスの発言と共に白熱の一途を辿っていく。

 

(言っていることは過激だけれど、一理なくはないわね。でも……管理外世界で起きた事件に対して地上本部の彼がどうして詳細な情報を持っているのかしらね?)

 

 レティは会議冒頭で無理やり入室してきたレジアスに対して怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 リンディ・ハラオウンは応接室で特製のお茶を啜りながら、レティから聞かされた数日前の会議内容を思い返していた。

 

(キリエさんとイリスの減刑の最大の要因はフォーミュラの技術協力ってところかしらね)

 

 会議は荒れに荒れたが、結果として、フォーミュラに関しては試験的な導入が検討されている。その為、管理局はフォーミュラの詳細な情報をさらに欲する事となったのだ。エルトリア側の技術の全面開示をイリスに要求し、承諾した……というよりは、相手の立場を利用して承諾させたために、まずは第一段階完了といったところであろう。

 

 無論、強引に承諾させたわけではない。首謀者がマクスウェルであったとはいえ、イリスの罪は十分に重く、少なからず罪状が課されるところであったが、この技術協力でそれらを実質的に無罪にまで減刑するという条件付きではあった。

 

 キリエに関しても、事件中のアミティエの技術協力と、彼女自身が事態収束の為の協力したことにより罪状は不問となっている。

 

 

 これらの判決により、イリス以外は直ぐにでもエルトリアに戻れることが決定し、それらをエルトリアからの来訪者達に伝えたのがちょうど会議の翌日……

 

 

 そして、この応接室では、つい先ほど前まで、事件に関わったフローリアン姉妹と蒼月烈火に対して今後の身の振り方の再確認が行われていた。

 

 内容自体は、本日をもってエルトリアに戻るフローリアン姉妹の今後と、公の場で魔法行使をした烈火への対応がメインとなったようだ。

 

 フローリアン姉妹に伝えられたのは、アミティエらと後発のイリスの帰還時は例外として、エルトリアへの渡航禁止令が正式に決定したことであった。これに関しては、表向きは死蝕の影響を受けて劣悪な環境であるエルトリアに無闇に立ち入らない事という意味合いが大きい。

 

 

 蒼月烈火に伝えられたのは、事の次第を把握した三提督が直々に動いた結果、マクスウェルとの戦闘映像が既に凍結されており、閲覧することは一部の高官を除けば不可能だということであった。

 

 加えて、戦闘していた両者ともに高機動型ということもあり、繰り広げられた超高速戦闘は、リアルタイムで見ていた者達でも、映像越しであろうが、肉眼であろうが、まともに視認することは困難であったことだろう。

 

 魔法陣がミッド、ベルカと異なるソールヴルム式とはいえ、魔法は魔法、たった一度の戦闘で術式を見分けるだけの力を持っている面々は既に烈火の事を知っている者達であるため、()()()に情報の流出に関しては心配する必要はない。

 

 さらには、詳細データまで開示された未知の技術であるフォーミュラの存在も大きい。烈火の行使する力は結局のところ魔法の範疇である為、仮に戦闘映像だけ閲覧したところで大きな技術発展は見込めないであろうことは明らかだ。

 

〈イアリス搭載型デバイス〉と〈ソールヴルム式〉はセットで解析しなければ意味を成さない。それらを手に入れるために手間を掛けるよりも、目の前のフォーミュラを解析して、運用可能にする方が建設的であるし、技術者達も其方に興味を持つことだろう。

 

 

「このまま穏やかに時間が過ぎてくれるといいのだけれど……」

 

 大きな戦いを乗り切り、得たものは確かに大きい。

 

 だが、戦闘の最中に下された不可解な命令や新技術の導入……リンディは急激に変わりゆく現状に一抹の不安を抱えながら言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 東京支局を後にした烈火とフローリアン姉妹は、白の少女と黒の少女がかつて友情を紡ぎ、再会した海浜公園へと赴いた。彼らを除いた少女達は既に集っており、楽し気に言葉を交わしている。

 

 

「これでお別れ、だね」

 

「ええ、貴女との再戦が叶わなかったことが心残りですが」

 

 所々に白い包帯を覗かせるなのははすっかり小さくなってしまったシュテルと握手を交わした。

 

「レヴィも元気でね」

 

「フェイトもな~」

 

 フェイトは膝を折って屈みながら、妹をあやす様にレヴィの頭を撫でている。

 

「もう王様とお別れなんて寂しいなぁ~」

 

「ふん!世話になったな」

 

 名残惜しそうなはやてに対して、ディアーチェは鬱陶しそうに手を組んで鼻を鳴らすが本意ではないのが誰にでも分かる程に透けて見えており、何処かのバーニングと遜色ないツンデレっぷりであった。

 

 

 別れを惜しむかのような面々に烈火達が合流したと思えば、そんな彼らに私服姿のイリスが申し訳なさそうな表情をして近づいてくる。

 

 今後の自分の処遇と、彼らに対する懺悔と、伝えなければならない事は幾つもあるのだろう。

 

 キリエとユーリがイリスに駆け寄っていき、他の面々もそのやり取りを見守っている。

 

 

 

 

 そんな、なのは達を尻目にアミティエは烈火と共に一団から距離を取った。

 

「どうした?改まって話なんて」

 

「えっとですね……この度はご迷惑をかけてしまい、すみませんでした。そして、ありがとうございました」

 

「……それを言うのなら、俺に対してじゃなくて管理局の連中だと思うんだが?」

 

 烈火は突然のアミティエからの謝罪に僅かに困惑気味な様子だ。

 

「そんなことはありません!烈火さんにお世話になったことは事実です。本当ならば直ぐに声をかけるつもりだったのですが、機会に恵まれず烈火さんにはお礼が言えていなかったものですから……それと、他の皆さんには、もうお伝えしてあります。」

 

 身体的外傷で言えば、前線メンバーの中でも群を抜いて重症であったアミティエは戦闘終了後に即座に集中治療に入った。

 

 そこからは、取り調べに事情聴取、自分達の今後を考える事と迷惑をかけた人々への謝罪と、慌ただしい日々を送っていた事に加えて、局の施設から出ることが出来なかったため、戦闘が終了して翌日の夕刻には自宅に戻っていた烈火とはこれまでに話す機会がなかったのだろう。

 

 

「元はと言えば、妹の暴走が原因ですし、あれだけの啖呵を切っておきながら、なのはさん達の手を借りっぱなしで、特殊な事情を抱えてらっしゃると聞いた烈火さんの手も煩わせる結果となってしまいました……」

 

 アミティエは申し訳なさそうな表情で頭を下げる。

 

 エルトリア側の事情が発端で起こってしまった今回の事件……管理局、ましてや地球側に関しては巻き込まれただけで非は一切ない事は明らかだ。

 

 さらに万が一とのことだったが、リンディから烈火の戦闘に関しては、本局での取り調べなどでも極力言及しないようにと念を押された為、彼が魔法を使うことに何らかの事情があることは想像に難しくなく、そんな彼を戦わせてしまった。

 

 加えて、以前の烈火との語らいの中で宣言したことについてだが、確かにキリエに正気を取り戻させることには成功し、連れて帰って来る事こそできたが……

 

 戦闘自体は魔導師達が主軸となっていた為、戦果という意味合いでは芳しくなかった。最終決戦もなのはに任せてしまい、最後の最後では烈火というイレギュラーによって事なきを得たのだから、その際に力になれなかったこと事を改めて悔いているのだ。

 

 

 やれるだけの事は全力でやり通した。

 

 ただ、思う所はやはりあるのだろう。

 

 

 

 

「礼はいらない。お前は成すべきことを果たした。俺は俺の意志で戦った。だから、気に病むことは何もない」

 

 烈火は、まるで礼を言われる筋合いなどないというようにそっけない対応と共にアミティエに頭を上げさせた。

 

「それに……本当に大変なのはお前達の方だろう?」

 

 そして、目をぱちくりさせているアミティエに対して言葉を紡ぐ。それが何を示しているのかは、アミティエも直ぐに理解した様子であった。

 

 アミティエらが故郷に戻って再開しようとしているエルトリアの再生という目的は、多くの人々が匙を投げ、両親が病に倒れた為に、一度は自分達も諦めてしまった途方もなく困難な事なのだ。特にグランツが倒れてからは自宅周辺に残った僅かな原生生物を守る事しかできず、この事件が起きる前にはエルトリアを棄てる事すらも決まっていた。

 

 

 

 

「ええ……両親の病気を治す事が最優先です。そして、少しずつ水と緑を取り戻して、まずは自給自足の生活ができるように……それと並行してコロニーや新しい移住先に行った人たちにコンタクトを取って協力を仰がなければなりません」

 

 だが、今のアミティエの絶望した様子など微塵も感じられない。

 

 自分達がすべきことを客観的に……そして、明確に見据えているのだ。

 

 

 加えて、ユーリの持つ生命操作能力は〈死蝕〉の影響を受けるエルトリアに対しても有効であることは過去のデータから明らかだ。更には両親を蝕んでいる病に対しても何らかの手が打てる可能性があるという。

 

 ディアーチェ達に関しても、回復さえすれば暴走した生物との戦闘に関しては問題ないどころか余りある戦闘能力を誇っている。自分とキリエしか戦闘員がいない状況をようやく脱することが出来るし、単純に人手も増える。

 

 裁判を終えて何れ帰還するイリスに対しても全く遺恨がないというわけではないだろうが、時間が解決する事だろう。それに彼女が持つテラ・フォーミングユニットとしての能力は理論上では惑星一つを造りかえることも出来るため、惑星再生の大きな力となる。

 

 

 

 

「委員会から私達の両親へ……両親から私達へ受け継がれたエルトリアの再生を途絶えさせるわけにはいきません!そして、私達の代で完遂させ、再び人と緑に溢れる星にすることが目標です!」

 

 だが、死ぬ寸前の惑星を再生させることは、数年でどうにかなる事ではないのだろう。

 

 しかし、嘗ての惑星再生委員会は、イリスとユーリの能力を駆使して緑を広げていた。恐らくはその頃が最も惑星再生が進んでいたと言える。活動資金の工面がなく活動を続けていれば、〈死蝕〉の浸食具合は今とは違う物となっていたはずだ。

 

 当時の委員会ですらそこまでのことが出来たのだ。四十年の時の中でグランツ達が研鑚してきた惑星再生の技術と再び手を取り合ったイリスとユーリの能力を結集すれば、アミティエ達の目標達成の可能性も決してゼロではない。

 

 

「そして、エルトリアに来てくれた人達、移住を考えてくれようとしている人達に言うんです。私達の星は綺麗でいい星ですから……って」

 

 

「……それが、お前達の戦い……か」

 

 烈火は以前よりも確固たる決意を秘めたアミティエから視線を逸らした。自分とは違う眩しいものを見るかのように……

 

 

「で、ですから……その時は烈火さんもエルトリアに来てくれますか!?」

 

 アミティエは頬を薄く染めながら、上目遣いで烈火を見つめる。

 

 

「……考えておこう」

 

「……はいッ!早く来ていただけるように頑張りますね!」

 

 視線を戻した先のアミティエの様子にキョトンとしていた烈火は小さく笑みを浮かべた。対するアミティエも烈火の答えを受けて満面の笑みを浮かべる。

 

 潮風に髪を靡かせる両者を穏やかな雰囲気が包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 そして、別れの時……

 

 エルトリアに帰る者達と、現地の魔導師達にイリスを加えた面々に分かれて、対するように並び合う。

 

 アミティエは沢山の人々に迷惑をかけ、家族と和解し、新たな絆を紡ぎ、自分のすべき事への覚悟を確かにすることとなった、この一週間あまりの出来事を胸に刻み込むように見送りに来てくれた一人一人へと視線を向ける。

 

(正直に言ってしまえば、名残惜しいのでしょうね)

 

 ここで別れてしまえば、次に彼らと会えるのは何時になるか分からない。だが、故郷で待つ両親と自らの使命を遂げる事が協力してくれた彼らへの報いであろうし、地球で自分達がすることはもう何もない。

 

 だからこそ、旅立たなければならないのだろう。

 

 いつか再会した時に、彼らに負けていないくらい前に進み続けるために……

 

 そんな、アミティエ達の身体を青い光が包み込んでいく。次元移動が始まったのだ。

 

 視線の先のなのは達もどこか寂しそうな表情を浮かべてくれている傍らで、澄ました顔をしている少年が一人……

 

 

 烈火の蒼い瞳とアミティエの翡翠の瞳が交差する。

 

 

―――いつか、また……

 

 

 再会を誓ったアミティエは、小さく微笑みながら、光の一筋となって家族達と共に青空の彼方へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから程なくして、六つの光は枯れたような空を切り裂いて農場の一角に集められた藁の中に飛び込んだ。

 

 アミティエとキリエにとっては一週ぶりの、ディアーチェらにとっては初めての次元移動である。荒っぽい着地に文句を垂れる初見組であったが、まるで皆の帰りを待つかのように目の前に佇んでいる女性に視線が注がれる。

 

 

「みんな、おかえりなさい」

 

 

 エレノア・フローリアンは落ち着いた微笑みを浮かべながら、皆の帰還を祝福した。

 

 その言葉を受けて、弾かれるように飛び出したアミティエとキリエ……遅れてユーリやディアーチェらも駆け出していく。

 

 

 過去の悲劇の連鎖を断ち切って、大願を成せるかもしれない希望の光と新しい家族と共に漸く故郷に戻って来た。

 

 その半面で果たすべき使命、向き合わなければならない問題も数多く存在する。

 

 

 

 

 だが、今だけはただ純粋に再会の喜びを享受することも許されるはずだ。

 

 

 

 

 改めて自分達の口から語ろう。

 

 この一週間で何があったのか、何を失って何を得たのか……

 

 本当の強さを教えてくれた魔法使いの事を……

 

 地球で出逢った素晴らしい人達の事を……

 

 

 

 

『ただいま!!』

 

 

 

 

 満面の笑みを浮かべた少女達は、帰還の喜びを噛み締めるように母の胸に飛び込んだ。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

これにて最新作の劇場版篇は終わりとなります。

え?終わり?と思われる方も多いかもしれませんが、これでこの章は終わりです。

何度も申し上げていますが、劇場版という一つの話ではなく、この作品におけるお話の一つですので、今章で解決していないことなどは、また次回以降の話で……となります。


何と劇場版篇だけで20話を超え、執筆期間も半年を大幅に超えてしまいました。

まあ私自身も含めて言いたいことは多いかと思いますが、何といっても長すぎましたね。
本当はもっとテンポよく終わらせるつもりだったのですが、色んなキャラを活躍させたくてとんでもない長さになってしまいました。

原作キャラが活躍しなければ、リリカルなのはで小説を書く意味はないですし、オリジナルの要素も入れて、でも原作の話というかテーマは極力壊したくないということも話数が増えた原因でしたね。

ぶっちゃけ、マテリアルズにはそれぞれ元になったなのは達が、イリスにはキリエ、ユーリにはマテリアル、所長にアミタみたいに相対するキャラがきちんと割り振られており、下手に組み合わせを変える事はしませんでした。

なのはが自分と向き合うことは必要不可欠ですし、ユーリとディアーチェをぶつけなければ、彼女らが話に存在する理由もなくなってしまいます。
主人公がイリスと戦ってしまえば、キリエは成長できませんしね。

結果として、このような結末と相成りました。


そして、今回の話では気になるワードがちらほら出て来たかと思いますが、原作関係に関してはそういう事です……とだけ言っておきますね。

皆様のコメントが私のモチベーションとなっていますので頂けましたら嬉しいです。
では、次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!!


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驚天動地のsummer impact
邂逅遭遇のdinnertime


 時空管理局に存在を認知されていながら、管理世界には属していない“特別管理外世界・ソールヴルム”から地球へとやってきた少年——蒼月烈火は、今現在……迫り来る剛剣に冷や汗を流していた。

 

「さあ、もっと打ち込んで来い!!」

 

「食前の運動にはちょっと激しすぎると思うん、だが!!」

 

 烈火と対峙しているのは、爛々と瞳を輝かせる美女——シグナムだ。私服姿の両者の手には、反りの無い片刃の木刀が握られており、烈火は二刀、シグナムは一刀を以て常人では軌跡を追うことすら困難な速度で振るわれている。

 

 

 現在の時刻は夕刻時、場所は八神家内の訓練スペース。

 

 

 なぜこのような状況になっているかというと……

 

 

 

 

 八神はやては溜息をつきながら活気横溢な駅前の町並みを歩いていると、喫茶店から出て来た蒼月烈火と出くわした。

 

「あ、っ……」

 

「ん?おう」

 

 両者はまさかの遭遇に僅かに驚きを見せたが、互いに知らぬ間柄ではない為、軽く挨拶を交わすと喫茶店の入り口を開けるように脇に反れるが……

 

 

「で……なんで自分はこんなとこにおるん?」

 

 休日の学生らしい会話が始まるかと思いきや、開幕からジト目のはやてが烈火の顔を覗き込む。宛ら容疑者に対する取り調べのようだ。

 

 それもそのはずで、彼らが所属する“私立聖祥大付属中等部3年1組”は本日、学園に集まり、夏季休業明けに行われる体育祭の練習を行っているはずにもかかわらず、私服姿の烈火が駅前をうろついている為であろう。

 

 しかも、ここからそう距離も離れていない“翠屋”でない店舗から出て来た辺りから、その理由について何となく察しはついているようだが……

 

「……そういう八神こそ、どうして此処にいるんだ?」

 

 烈火はジト目のはやてに悪びれる様子もなく澄まし顔で答えを返す。

 

「私はサボりの烈火君と違って仕事帰りや。予定より早く終わってもうて時間も中途半端で学校行ってもしゃーないから、ちょっと買い物に来たんやけど……」

 

 はやては練習へのサボタージュを否定しようともしない烈火に呆れるようなそぶりを見せながら、自らがこの場にいる理由の正当性を主張した。

 

 夏季休業に伴い仕事量を落としているとはいえ、来年から“ミッドチルダ”に活動拠点を移し、自身の夢の為に管理局員としての活動の幅を広げようとしているだけあって、学生と管理局員の二足の草鞋を履いている平常よりは幾分か時間に余裕があるものの、それなりに忙しい事には変わりない。

 

 今回は“聖王教会”へ赴いていたようだが、予定の案件の最中に会談相手が急用で席を外してしまい、会談に戻れないとのことで、本来の目的を果たすことが出来ずに解散となった。

 

 本日は、その会談が夕刻時までかかるであろうというタイムスケジュールを組んでいた為、予定が空いてしまったという事だ。午前中に自宅に戻って来れたのならば、クラスの練習に顔を出すなりできたのであろうが、地球に戻ってきた時点で既に昼食時であり、それから学園に顔を出したとしても参加時間などたがが知れている。

 

 自宅に戻ろうにも、本日仕事であるのは家族内ではやてのみであり、皆が家内にいる為に料理以外の家事はしっかりとこなされているであろう。

 

 せっかくの休業中にすることのない様子で家にいるのも忍びなく、何をするにも中途半端な時間であったため、久々に街に繰り出して、ウインドウショッピングにやって来たというわけだ。

 

 

「全く、フェイトちゃんがおらんとすぐサボるんやからなぁ」

 

「自由参加なんだから、問題ないだろう」

 

 

 はやては大義名分を明らかにし、自分はサボったわけではないと鼻を鳴らすと、更に目を細めながら、烈火の顔を覗き込む。

 

 体育祭と文化祭の準備や練習を夏季休業に行うということは、恐らくどの世代の誰にとってもお馴染みであり、聖祥付属であっても例外ではないが、どうやら他の学園とは若干、事情が違うようで……

 

この手の行事……体育祭はともかく、文化祭については、中、高等部に所属している者達の中で、受験を控えた三年生が中心となって学内で何かを企画するというケースはあまり多くないというのが一般的な動きであろう。

 

 しかし、聖祥大付属は初等部から大学までエスカレーター式の一貫教育を行っており、世間一般で言われる受験戦争には一部を除いて縁がない。進級試験をパスさえできれば自動的に上の学部に進学できるのだから、他の面々が行っているような受験勉強をする必要性は薄いということだ。

 

 つまりは、この手のイベントごとにおいて最上級生であっても主体となって参加できるということを意味している。

 

 だからこそ、休業中でありながらクラス単位で学園に集まる機会が多々あるのだ。

 

 例に漏れず、はやて達のクラスでも様々な準備のために組まれたスケジュールが休業前に配布されているが、参加自体は強制ではなく、あくまで自由参加となっている。

 

 とはいえ、中等部最後の年とだけあって優勝、入賞へと気合を入れている者も少なくなく、管理局員としての側面を持つはやてらですらも可能な限り出席するようにしているにもかかわらず、明らかに欠席するほどの予定がなさそうな烈火の様子を見て、怪訝そうな表情を浮かべるのも無理はないだろう。

 

 最も、どこか別のニュアンスが含まれている気がしないでもないが……

 

 

「つまり、奥さんのお迎えがないと出てきぃへんちゅうこっちゃな」

 

「何だよ、それは……大体アイツが毎回、玄関前に立ってるんだから仕方ないだろう?」

 

 

 烈火は自由参加と聞いてもれなく最初の一回に参加せず、二度目にも出席する心算はなかったが、その際には体操着姿のフェイトが玄関前で待っており……

 

 

「おはよう。あれ……烈火、着替えてないの?」

 

 共に学園に向かおうと烈火を誘いに来ているようであったのだ。どうやらフェイトは初回の際、先の事件で怪我を負ったなのはに付き添っていた為、今回が初参加かつ、烈火が前回出席しなかった事を知らなかったようであり、出かける様子の無い彼に対して小首を傾げている。

 

 結果、予定もないのに参加しないことに対して可愛らしい、めっ!を頂き、その後は練習のたびにフェイトが迎えに来るようになったようだ。

 

 

「ふぅん。仕方なく?その割には随分、仲良さそうやけど?」

 

「なんだか、今日はやけに突っかかるな」

 

「別に……」

 

 

 それから、烈火とフェイトは練習の度に普段通り二人で登校するようになった。それだけならばいつもの事であろうが、夏季休業中は普段の始業の時ほど時間に厳しくない為、遅刻してくるものも疎らにいたり、クラスごとに練習時間も違う。

 

 加えて、生徒会、部活動もあり、各々が普段の学校生活よりも学内を自由に動き回っている。そんな人目の多い中で、ただでさえ人目を引く二人が並んで歩いていればどうなるかは想像に難しくない。

 

 そんなフェイトであったが、今日は管理局関係でミッドに飛んでおり、練習には参加していない。そして、目の前の烈火も……

 

 はやてはそんな様子に自分でも気が付かないうちに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 

「まあいい。俺は適当にその辺を見て帰る。じゃあな」

 

「……って!ちょい待ち!?」

 

「ん、なんだ?」

 

 

 烈火は話題に一区切りがついたと判断して歩き出すが、彼をはやてが引き留める。

 

「まだ、話は終わってへんし、私かてその辺を見て帰るつもりやから一緒に行く」

 

「お、おい!?」

 

「それに……」

 

 

 結局、烈火とはやてはそのまま駅前周辺を数時間見て回り、現在の時刻は午後17時前……二人はある場所を目指して肩を並べて歩いている。

 

 

 

 

「でも、いいのか?急に押し掛けたりして」

 

「全然ええよ。うちは家族が多いから今更一人や二人増えたって大した手間にならんし、前のお礼も結局できてなかったしなぁ」

 

 二人の目的地は、はやての自宅である八神家であった。

 

 先ほどはやてが烈火に付いていくと言い出した際に、彼女の方からある提案がなされていたのだ。それは、もしよければ夕食を振舞うので自宅に来ないか、というものである。

 

 当初は断ろうとした烈火であったが、“魔導獣事件”の折にはやてとした約束を思い出してか、ご同伴にあずかっている様だ。

 

 とはいえ、予定外の来訪となったからか、烈火は改めてはやての様子を窺うが、先ほどまでの膨れっ面からは想像もつかないほど上機嫌であったので詮索を止めた。そうこうしているうちに八神家に到着し、以前も通されたリビングへと案内されれば、お昼寝中のリインフォース・ツヴァイ以外の面々に迎え入れられる。

 

「じゃあ、出来たら呼ぶから、それまではみんなと一緒に楽にしててな」

 

「ああ、分かった」

 

 烈火とエプロンを纏ったはやてはキッチン前で会話をしており、リビングではそんな二人の会話に二つの人影が聞き耳を立てていた。早々に切り上げられた会話に対して、シャマル面白くなさそうな表情を浮かべ、ヴィータは安心した様子であったが……

 

 

「……意外と様になってるな」

 

「ん、何がや?」

 

「エプロン姿……」

 

「な、なっ!?」

 

 烈火は振り向き様にはやてを流し見て小さく呟いたかと思えばリビングへ向けて歩いていく。

 

 そして、僅かに頬を染め、固まっていたはやてが動き出したのはそれから暫く経っての事であったようだ。

 

 

 

 

 キッチンから戻って来た烈火を迎えたのは目をキラキラと輝かせているシャマルと思いっきり睨み付けてくるヴィータからの視線の槍……そして、斬り合い(デート)のお誘いであった。

 

「ふふっ、ほら速く歩け。訓練スペースは上の階だぞ!」

 

「ち、ちょっと待ってくれ!?これは色々とマズい!」

 

 シグナムは上機嫌にポニーテールを揺らしながら、烈火の肩を掴み、背を押して階段へと向かっているが、押されている側は相当に狼狽している。

 

 その原因が、今にもスキップしそうなシグナムの動きに合わせて大きく弾み、烈火の背に押し付けられて、強烈な存在感を放ちながら自己主張する母性の塊にある事は言うまでもない。

 

 

 

 

 はやてには待っていろと言われた烈火であったが、他人の家である八神家でやることなどあるはずもなく、とりあえずは点灯中のテレビでも見ながら、周囲の面々に話しかけられた時には対応すればいいだろうと思っていたが、状況は一瞬で変化した。

 

 何か言いたげなシャマルとヴィータが口を開くよりも早く、眼前にシグナムが顔を覗かせて、模擬戦の誘いをかけてきたのだ。

 

 いつものように断ろうとした烈火であったが、魔法無しの食前の運動程度だと力説するシグナムの勢いに圧される様に思わず頷いてしまった。その条件ならば、シャマルとヴィータに絡まれるよりは楽だという側面もあったようだが、結果的に、予想の斜め上から“ディバインバスター”を撃ち込まれたかのような衝撃を受けてしまうこととなっているようだ。

 

 訓練スペースで木刀を手渡してくるシグナムは、先ほどまでの自分達の密着具合など眼中になかったようで、烈火も互いの名誉のために口を噤んだ。

 

 

 

 

 そして、現在……

 

 

 

 訓練スペースでは、依然として激しい剣戟の応酬が繰り広げられている。峻烈にして豪快、そして、流麗な剣の舞は最早芸術の域に達している。

 

 しかし、この場にそれを賛美する者はいない。ただ、二人による剣閃が目まぐるしく飛び交うのみであった。

 

 

 

 

 横薙ぎに振るわれたシグナムの剛剣が大気を引き裂いて空を切る。

 

(改めてだが、本当に呆れた反応速度だな。だが……)

 

 シグナムは背後に飛びながら自分の剣から逃れた烈火に対して、内心で驚嘆を覚えながらも、緩む口元を抑えることが出来なかった。

 

 烈火はシグナムが剣を振るう際の体重移動や腕のモーションから攻撃の方向を予測、時折織り交ぜられるフェイントにも対応し、その斬撃の殆どを回避している。避けきれないものは二刀を使って受け流し、回避ばかりではなく俊敏な動きに合わせて流麗な剣閃を奔らせる。

 

 この戦闘における烈火の動きはシグナムの御眼鏡に適っているということだろう。

 

(だが、動きに無駄がある)

 

 しかし、その立ち回りは剣術の達人であるシグナムから見て、まだ未熟……というよりは鍛錬を積んだ剣士のものには感じられず、高い身体能力に超反応と空間認識、そこに後付けのような形で僅かな剣術の基礎が上乗せされているような動きであると言えた。

 

 この模擬戦は地上での白兵戦、それも近接武装のみという様相を呈している為、烈火の本来の戦闘スタイルである、近~中距離での超高速空中戦闘を行うことが出来ない。加えて正確無比な射撃に遠距離での砲撃戦にも秀でている烈火は、ベルカの騎士の様に近接一辺倒に技術を磨く必要がなかったのだろう。

 

(だからこそ……惜しい。魔導師としてだけではなく、騎士としても大成できるだけの才能を秘めているというのに……鍛えればまだまだ強くなる)

 

 蒼月烈火の魔導師としての戦闘能力は既に“時空管理局”のトップエースと遜色ない。これまでの戦いでも6つのジュエルシード暴走体となった魔導師、剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラゴニア)、フィル・マクスウェルという強敵を打倒してきたということがそれを指し示している。

 

 加えて、烈火はまだ若い。なのは達と同様に魔導師としての伸びしろも十二分に感じさせる。それに加え、騎士としての才気を伸ばしていけば、烈火の力は今以上のものになる事であろう。

 

(しかし、それは……)

 

 シグナムは強敵との剣戟による高揚感と、烈火がこれほどまでの力を得てしまった過去の一端を知っているが故の悲しみとの板挟みに合い、複雑そうな表情で目を細めながらも薙ぎ払った剣を引き戻して上段から振り下ろすが、烈火は更にそれを回避する。しかし、そのままの勢いを以て、踏み込みながら剣で斬り上げた。

 

 回避不可能と判断したのか、烈火は左の剣で受け止めようとするが、シグナムの剛剣に圧されて、その手から木刀が零れて宙に舞う。

 

 更に畳みかけようとしたシグナムであったが、眼前に一筋の閃光が迫って来る。

 

「……ッ!?」

 

 だが、シグナムは臆することなく前進しながら、烈火がバックステップを取りながら投擲した右の刀を打ち払う。得物を放るという大胆な攻撃で不意を突いたが、前進しながら対処されたために、シグナムの足は止まることなく、既に次の攻撃モーションに移行していた。

 

(ここまで、か……)

 

 シグナムは得物を失って無防備な烈火へ剣の切っ先を向けて突きの姿勢に入っていた。

 

 決着……その言葉がこれ以上ないくらいに相応しい状況であったが……

 

 

 

 

 その瞬間、全てを見透かすような蒼い瞳と視線が交わったシグナムは背筋が凍り付くような感覚と共に、これ以上ない程の昂りに襲われた。

 

 上に掲げた烈火の左手の中に回転しながら飛来した剣が収まり、その切っ先が自らに向けられたのだ。

 

(先ほど弾いた……若しくは()()()()()()片割れの落下地点を予測していたのか。この立ち合いの中でそこまで……)

 

 烈火は上空に弾かれた片方の剣の落下地点と速度を計算に入れながら、シグナムとの剣戟を繰り広げていたということになる。これだけでも超人的であるが、先ほどの木刀を投擲しての迎撃方法も一歩間違えば、全ての武器を失うという大きなリスクを背負っていたであろうに、何の躊躇いもなくそれを実行した。

 

 仮にあの場で片方の剣で戦う手段を取ったとしても、回避から攻撃に移る烈火と既に攻撃可能であったシグナムとでは、どちらが先手を取ることが出来るかは言うまでもない。

 

 だからこそ、継続して戦うのではなく何らかの形で戦況を変える必要があったのだろう。戦いの中で得物を失ったと思わせることで相手は確実に勝負を決めに来る。そうして行動を抑制して誘い込んだ相手に対し、意表を突く投擲後の武装補充によって自身の体勢を整えながら、それを成したということだ。

 

(全く、お前はいつも私の予想を超えていく)

 

 それを認識したシグナムの闘気が爆発するように膨れ上がる。かつての“ルーフィス”で見せた“黒炎”と、先の事件で見せた“フルドライブ”を超えた姿……誰もが予想だにしない方法で危急の場を脱してきた烈火が見せた更なる底知れ無さに対して改めて感嘆を抱く。

 

(だが、こうして初めて剣を交えた事で垣間見えた。このままでは、何れ……)

 

 善意、悪意、怒り、慟哭、迷い……剣には、振るう者の深層が宿る。

 

 そして、力のある者同士が刃を交えれば、剣を通して否が応にでも相手に深層が伝わってしまうのだ。例え、表面上はどれほど上手く覆い隠そうとも……

 

 

 既に両者の剣の切っ先は相手に向けられている。この突きで決着が付くであろうことは誰が見ても明白であろう。

 

 爆轟するシグナムの、流麗な烈火の剣気が互いの切っ先に収束され、渾身の一突きが撃ち放たれようとした瞬間、突如として両者は静止し、その眼前を二つの深紅が過ぎ去っていく。

 

 

 

 

「……ったく、何時までやってんだ。オメーらが来ねえと飯が始まらねーんだよ」

 

 戦っていた両者が視線を向ければ、呆れたような表情を張り付けたヴィータが“グラーフアイゼン改”を肩に担いだ状態で佇んでいる。

 

「はやてが待ってる。さっさとしろよ」

 

 ヴィータは用件を伝えると二人を待つこともなく踵を返してさっさと食卓へ戻って行った。

 

 烈火は、そんなヴィータの様子を受けて、地面に転がっているもう一本を拾い上げながらシグナムへ視線を向けるが、当の彼女も肩を竦めるのみであった。

 

 

 

 

 そして、場所は八神家の食卓へと移る。

 

 お昼寝中であったリインフォース・ツヴァイも既に起床しており一家で囲う夕食は、先ほどまでの激しい斬り合いとは一転して穏やかな時間が流れている反面、烈火にとってはあまり居心地が良いとは言えないようであり、何時かのハラオウン家での一幕と同様であるようだ。

 

 一家団欒……そんな言葉が相応しい食卓に自分がいる事に対して違和感を覚えているのだろう。そんな心情とは裏腹に、時々相槌を打つ程度であった烈火も話題の渦へと巻き込まれていくこととなる。

 

「ねぇねぇ、烈火君!」

 

 烈火の眼前に瞳をキラキラとさせたシャマルの顔が広がる。中々の勢いに茶碗を片手に僅かに身を引くが、いつの間にか苗字呼びからファーストネームに変わっている事に関しては敢えて詮索することはしなかったようだ。

 

「この料理、はやてちゃんが一人で作ったんだけど、お口に合ったかしら?」

 

「ええ、とても美味しいと思います」

 

「そう、それはよかった()()

 

 シャマルは意味深な言い回しと共に視界の端ではやてが胸を撫で下ろす光景を見て小さく微笑んだかと思えば、まるで悪戯でも思いついたかのようにその表情が変わる。

 

「ちなみに烈火君はお料理ができる女の子ってどう思うかしら?」

 

「そうですね……出来ようが出来まいが、気にする方ではないですが、自分は料理はしませんし、中学生でこれだけのものが出せるのは凄いと思います」

 

「う~ん……じゃあ……」

 

 残念ながら烈火の回答はお気に召さなかったようであり、口元に人差し指を当てて小首を傾げるような動作をするシャマルは更に踏み込んで言葉をかける。

 

「このお料理を毎日、自分の為に作ってくれたら嬉しい?」

 

「……ええ、そうですね」

 

「げほっ……っくっ!?」

 

 烈火の回答に反応したのはシャマルではなく、思い切りむせているはやてであった。顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら、かなりの勢いで咳き込んでいる。

 

(この反応……はやてちゃんの方は満更でもないようね。まあ、本人は自覚していなそうだけれど、家に招待して手料理を振舞いたいなんて余程の事だもの)

 

 シャマルは先ほどまでのはやての反応を思い返しながら、楽しそうに考察している。いつも以上に気合を入れて作ったであろう夕食の品々に、手に持った茶碗で目線を隠しながらも先ほどから烈火の様子を窺う様にチラチラと視線を送っていた。

 

 八神はやてという少女は“夜天の王”という特異な立場となり得てしまった為に様々なものを背負っている。シグナムやシャマルに対して母性を求めるように甘える事は多々あるが、それを差し引いても年齢不相応に大人びていると言っていいだろう。そんな彼女が家族や親友以外の前で年相応な反応をすること自体、稀な事なのだ。

 

 そんな、はやての反応を見て微笑ましく思ってしまうのも仕方のない事なのであろう。

 

(でも……烈火君の方は質問の意図を分かってないのかしら?)

 

 シャマルの視線の先には、むせたはやてと駆け寄るヴィータ、その様子を見ながらも味噌汁を啜っている烈火の姿がある。

 

 所謂“俺の為に毎日~”の様な意図で伝えたつもりであったのだろうが、思いっきり動揺しているはやてに対して我関せずの烈火……

 

(まさか鈍感(なのはちゃん)天然(フェイトちゃん)と同じタイプってことはないわよね?)

 

 烈火の様子を受けて、シャマルの脳裏には、六年来の親友に想いを寄せられながらも無意識中で歯牙にもかけない少女と、幼馴染五人組の中でも男子から告白率NO.1の撃墜王である金髪少女が過ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 白衣の男性が見据える硝子張りの部屋の中には、ベルカ式の騎士甲冑の上に青いアーマープレートを着込んだ青年が佇んでいる。彼に指示を出すために、その眼前の虚空に電子モニターを浮かび上がらせた。

 

「では、始めてくれ」

 

《了解、フォーミュラシステム起動》

 

 部屋の外から通信をしてきている白衣の男性に促された青年は、“マギカアームズtype-BF”と仮称された“ヴァリアントコア搭載型デバイス”の最大の特徴であるシステムを起動した。程なくして、携える長剣と全身のアーマープレート、内部の騎士甲冑の至る所から濁ったような真紅の燐光が溢れ出す。

 

「デバイス稼働率40……47、48……55、57、59……60%を超えました」

 

「体内ナノマシン稼働良好、身体への悪影響も見られません!」

 

「さらに上昇、77、78……80%を超えて安定可動域へ突入!」

 

 白衣の男性は同様に白衣を着こんだ若い女性達のオペレートを耳に入れながら、極力表情に出さぬように内心でほくそ笑んだ。

 

「主任、これは完璧ですね!」

 

「まだまだだよ。この技術を実戦に投入した魔導師の稼働率100%越えには及ばないわけだしね」

 

「あれは若きエース殿が素体だったからで例外中の例外でしょう?それには及びませんが、こちらのテスターであるマグナス陸士の出力予測データはオーバーSランクの魔導師と遜色ない……状況次第では十二分に打倒できるほどに高まっています!!」

 

 白衣の男性は称賛の声を浴びるも、あくまで謙虚な姿勢を崩さないでいる。だが、内心では更に自分に酔いしれていた。

 

(海の連中が汎用的な方式に落とし込めていない新技術……これを自在に使いこなすことが出来れば、魔導師によって管理されて来た世界構造は大きく変わる)

 

 現在、テスターとしてフォーミュラの技術を搭載した試作型デバイスを起動している青年の魔導師ランクは“陸戦A”と人員不足の地上本部ではかなりの使い手と言える。

 

 それに上乗せする形で、件の“フォーミュラシステム”による恩恵を得た際の予想出力、特に筋出力と近接戦闘能力においては“魔導師ランクS”にも匹敵、凌駕しうるほどのものであった。これを量産化し、一般的な魔導師の力を底上げすることに成功したのだとすれば、それこそ魔導師の戦闘能力の平均値が現在のトップエース級にまで引き上げられることになるわけだ。

 

(その祖となることは、私が更に上に昇りつめるための足掛かりになるという事……私は地上本部(こんなところ)の一科学者で終わるつもりはない。いや、終わっていいわけがないのだから!!)

 

 白衣の男性は、極力平静を装いながら歓喜の表情を浮かべる部下たちに指示を飛ばし、“ヴァリアントコア搭載型デバイス”の試験稼働の日取りを決めるべく、関係各者への連絡を仰ぐ。

 

 狂気に憑りつかれた男が嘗て夢見た“魔導”と“フォーミュラ”の融合……それはこのような形で実現しつつあった。

 




>めっ!
 KWAIIお仕置きwith体操着装備のフェイトそん

>母性の塊
 おっぱい魔神が誇るS.L.Bに匹敵する最強武装

>マギカアームズtype-BF
 後半の英語は“タイプ フォーミュラ:ベルカ”の略
 ブラックフェザーでもビーフォースでもない


最後まで読んでいただきありがとうございます。

そして、お久しぶりでございます。

リアルでいろいろ有りすぎて中々、更新できていませんが、少しずつ続きを上げていくつもりではいます。

そして、魔法少女リリカルなのは……15周年おめでとうございます!!
思い出を語ればキリがないのですが、偶々、深夜に起きてた時に偶然見たA'sの第一話とエタブレの衝撃は忘れようがありません。
其処から沼にハマり、気が付けば自分で作品を題材にしてこんなものを執筆するまでに至ってしまいました。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!!


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Collapse Force

 第?世界・??

 

 この世界に晴天は無い。

 

 常に空を覆い隠す灰色の雲が薄暗さを、降りしきる雨が不気味さを醸し出しており、人影一つ見当たらない酷く閑散とした光景が延々と広がっているだけである。

 

 一見すれば文化に乏しい無人世界とも思われる様相を呈しているが、その裏側には近代的……むしろ最先端ともいえるレベルの意匠を受ける建造物が幾つも存在していた。

 

 明るすぎず、暗すぎずない照明を炊き、高級そうな酒瓶とインテリアを備えた、落ち着いた雰囲気のバーもその一つだ。一流の趣を感じさせるバーだが、現在の時刻が昼前とあって店内にはバーテンダーを除けば、テーブル席のこれまた高級そうなソファーに腰かける女性以外に客の姿は見受けられない。

 

 そんな店内に新たに一人の女性が姿を現し、ソファーに腰かけて電子モニターを眺めながら黄昏ている女性に対して親し気に口を開いた。

 

 

「はぁい、隣いい?」

 

「ん、マム?……って、まだ返事をしていないのに勝手に座らないでくれるかしら」

 

 ソファーに腰かけていた赤いドレスを纏った女性―――イヴ・エクレウスは、我関せずといった態度で隣に座ってきた女性に対して、僅かに眉を顰めた。

 

「あら、いいじゃない。私達の仲なんだし」

 

「相変わらず自分勝手な女ね」

 

「ふふっ……貴女だけには言われたくないのだけれど」

 

「ふん、それにしたって無限円環(ウロボロス)が誇る砲爆女帝さんがこんな真昼間から何の用?」

 

 イヴの隣の腰かけて来たのは、砲爆女帝と呼ばれた女性―――ディオネ・アンドロメダ。藤色の長い髪に灰の瞳をしており、空色の露出の激しいドレスを纏っている。

 

「あらら、闇麗女帝さんは随分とご機嫌斜めねぇ。原因は……」

 

「ちょっと、離れなさいよ!」

 

 ディオネは、あからさまに不機嫌になった様子のイヴになどお構いなしで、彼女の身体の左側に小さめのサイズで出力されている電子モニターを右隣に座った状態から覗き込むように身体を乗りだした。

 

 両者のドレスは細部の違いは有れどほぼ同一のデザインであり、胸元も背中もぱっくりと開いている意匠が施されている。加えて、イヴだけでなくディオネに関しても組織どころか次元世界を探しても指折りの素晴らしいプロポーションを誇っている為、少しでも激しい動きをすれば中央や両サイドから、双丘が零れてしまいそうなほどである。

 

 そんな格好の二人が身体を寄せて密着すれば、起きる現象は一つ。イヴの張りのある、ディオネの柔らかそうなソレが圧し潰し合うように重なってしまい、案の定ドレスから半分以上零れ落ちるような格好となってしまっていた。

 

 当然ながらそんな状態に甘んじる事なく、イヴが圧し掛かってくるディオネを押し退けたのも束の間……

 

「んー?あら、可愛い!!」

 

 その指先が先程までの密着中にイヴから奪い取ったであろう虚空に浮かぶ電子モニターを操作している。両者の中央まで持ってこられたモニターに映し出されているのは、白い防護服(バリアジャケット)に三対十枚の蒼い翼、純白の剣を手にしている黒い髪の少年の姿であった。

 

「これが例の地球に居るっていう現地戦力の一人ねぇ。それから、貴女のお気に入りといったところかしら?ふーん……ねぇ!」

 

「ダメよ」

 

「ん?」

 

「この子は私のモノなんだから、此処に連れてきてもマムには指一本触れさせない」

 

 イヴは、表示された映像を前に目を輝かせているディオネを殺気交じりに睨み付けながら、電子モニターを毟り取る様に自分の正面へと移動させる。

 

「……へぇ、イヴがそこまでご執心だなんて益々興味が湧いてきちゃった。別に取ろうってわけじゃないのよ。偶に貸してくれるだけでいいのだけれど?」

 

「ダ・メ・よ!!」

 

「じゃあ、間を取ってボウヤを連れて来るのに協力してあげるから、三人でシましょうか?みんな気持ちよくなれてWIN—WIN—WINよね!」

 

「……っさいわよ!歳を考えてものを言いなさいよ、このババア!!」

 

「ぶー、イヴのいじわるぅぅ!!」

 

 妖艶な表情でしなだれかかって来たかと思えば、ゆさゆさと大きな胸を揺らしながら駄々を捏ね始めた目の前の女性が自分の倍以上の年齢だと思うと、頭が痛くなる想いであった。

 

 だがそれ以上に、イヴの機嫌を下降させる出来事が起きた。先ほどから視界の端にチラついていながらも意識の外も追いやっていた、もう一つの懸念事項が表層に浮かび上がって来たためだ。

 

 

「ンフフゥ……そうですよ。Ms.エクレウス。我らの組織の母であるMs.アンドロメダに対してその口の利き方は如何なものかと思いますね」

 

 毛先が編まれた長い金髪と紺色のシルクハットにステッキが特徴的な男性が二人の美女に対して声をかけて来たのだが、イヴの表情は先ほどまでのディオネに対しての対応時とは比較にならないほどに歪んでいた。

 

「別にマムが年増なのは本当の事だし、私達がどう付き合おうがアンタには関係ないわ」

 

「ンフフゥ……我々がこの組織の幹部に名を連ねているのは事実ですが、Ms.アンドロメダはその上に立たれるお方。その使い分けもできないようでは、闇麗女帝の名が廃ってしまいますよ」

 

 肩を竦める奇術師風の男性―――シェイド・レイターに対して、イヴは心底不快そうな表情を浮かべており、それを隠す気も更々ないようであった。

 

「幹部と言っても末席のアンタには、周りから異名で呼ばれることが羨ましいのかもしれないけれど、私にとってはどうでもいいの。それより用が無いなら、さっさとどっかいけば?」

 

「……これは手厳しい。ですが、今回は重要な報告事項が御座います故……Ms.アンドロメダ、お邪魔しても?」

 

「残念だけど、ここは二人用なの。座りたかったらあの辺が空いてるわよ」

 

 嫌味ったらしいシェイドの様子に不機嫌そうなイヴは彼がディオネと共に腰かけているソファーに同席を預かろうと言い出した瞬間に、条件反射で別の座席を指差した。どう見ても後二人は座れそうなスペースが残っているにもかからわらず、店内の一番端の席に誘導した辺り、相当嫌なのだろう事が伺える。

 

「Ms.アンドロメダ……」

 

 シェイドは雑すぎる扱いに対してあくまで冷静に振舞いながらも、同席の許可を得るべくディオネを流し見るが……

 

「ごめんなさいね。うちの長女がこうだから、そのまま報告して貰えるかしら?」

 

 返ってきた答えは、NOであった。

 

「え……ええッ!?ンフフゥ……まずは先日、Ms.エクレウス達が作戦行動を行った際に揃ってデバイスを損傷させられた“第97管理外世界・惑星〈地球〉”にて、ある事件が起こったそうです。その中で遠い次元世界から齎された新技術を魔法に用いることによって、戦闘能力の爆発的な向上が期待できるいうことが証明され、管理局内で大きな話題となっています」

 

 あくまで表情には出さぬように杖の持ち手を力いっぱい握り締めているシェイドであったが、魔法と相互互換とまで言えるほどの戦闘能力が得られる可能性の新発見とだけあり、流石に興味を惹かれる内容であったのか、二人の美女は報告に耳を傾け始めた。その様子を受け、先ほどまでのアウェイから一転して、意気揚々とフォーミュラについて得た情報を開示していく。

 

 

 

 

「ふーん……体内に取り込んだナノマシンと武器に搭載するヴァリアントコアで稼働する、エルトリア式フォーミュラ……って、ちょっと何やってるのマム!?」

 

「ん?」

 

 イヴは神妙な顔つきで新たな技術に対しての考察を巡らせていると隣に座っているディオネがやたら静かなことに違和感を覚え、視線を向ければいつの間にやら電子モニターを身体の前に持ってきており、先ほどから出力されっぱなしであった少年の画像を次々と切り変えて一人で堪能していた。

 

「全く、油断も隙も無いんだから!」

 

「あら、取られちゃった」

 

 眉を吊り上げたイヴは我慢できないとモニターを再び毟り取って、今度は電源を落としてしまう。

 

 そんなディオネの様子を受けて、シェイドはシルクハットを深く被って目線を隠す。その表情は、姦しく言い合っている二人の美女からは窺い知ることが出来ない……というか、そもそも眼中にすらないようだが、冷静さの欠片もない血走った視線は、イヴと先ほどまでモニターに映し出されていた白い少年へと向いていた。

 

 

 

 

 

 

 未知の世界“惑星エルトリア”からの来訪者が去って既に一週間以上の時が経過している。

 

 

 夏季休業の真っ只中であるが、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、ヴィータの四名は“時空管理局本局”へと赴いていた。

 

 理由は現在進行形で管理局の技術部と武装隊員の間で噂となっている新技術“エルトリア式フォーミュラ”の導入を兼ねた試験稼働が本日行われる事となっており、その見学にあるようだ。

 

 管理局の訓練スペースでは“フォーミュラシステム”を搭載したデバイスの試験稼働のテスターに選ばれた数名の武装隊員がアップを行っており、技術者や高官、なのは達を始めとした一部の武装隊員は観覧席に腰かけている。

 

 実際に地球で戦闘を行った魔導師以外の面々にとっては、魔法や完全な質量兵器ではない力ということもあって、かなりの関心を集めているようであり、試験稼働を今か今かと待ちわびているようだ。

 

 そして、訓練スペース内で、白衣姿の男達が自身に満ち溢れた表情でゴーサインを出したことによって試験稼働の開始が宣言された。

 

 

「あ、いよいよ始まるね!」

 

「そうだな……しかし、テスターの連中は地上本部ではそこそこ名の知れた奴らばっかだけど、()()()は大丈夫なのか?」

 

「えっと……どうだろ?テスターに選ばれたから、凄く頑張ってたってのは聞いてるけど……」

 

 それを見たなのはも声を漏らし、ヴィータもはやてとの会話を止めて訓練スペースに視線を戻すが、“ヴァリアントコア搭載型デバイス”の試験型である“マギカアームズtype-BF”、“マギカアームズtype-MF”と呼称された2種類のデバイスの内、術式が適している方を手にしているテスターの顔ぶれを一瞥した二人は心配そうな表情を浮かべながら顔を見合わせている。

 

「あ……始まるよ!」

 

 フェイトは動きを見せた訓練スペースを注視しながら、皆の視線を眼下に戻させた。

 

 

 

 

 その視線の先では、若い武装隊員が“マギカアームズtype-BF”を起動し、出現した数基の“ガジェットドローン”に対して迫る様に地を駆けていく。

 

 今回の試験稼働は、一対多数の状況を想定した数基のガジェットとの戦闘に加え、ある魔導師との模擬戦形式となっている。

 

 戦闘は市街地戦を想定しており、戦闘用シュミレーターのプロトタイプによって、訓練スペースにはクラナガンの街並みが再現されている。それに加えて、現れたガジェット達もAMF発生機構以外は現物と遜色ないほどに再現されており、局の技術部が訓練用に手を加えた発展型も数基見受けられる。

 

 

 

 

 地上本部の若い武装隊員———ライネル・マグナスは、歓喜に打ち震えていた。

 

 ライネルの魔導師ランクは“陸戦A”とあって、地上本部であれば重宝される優秀さであるが、魔導師全体としてみれば、決してエリートというわけでもない。だが、19歳という年齢を考えれば、これからの努力次第ではエースやストライカーといった上に昇りつめられる可能性もありえることは自他ともに認める所だ。

 

 しかし、剣と体術を合わせた戦闘スタイルで“近代ベルカ式”を使う平均的な騎士でしかない、ライネルが先ほどまでから見せている動きはこれまでとは別次元……間違いなく“陸戦A”で為せるものではない事がこの短時間でも実感できたからであろう。

 

(す、すげぇ!この速さ!)

 

 新機構である“フォーミュラドライブ”を発現させた状態で地面を蹴って前進すれば、高速機動型の魔導師に匹敵……或いは、それ以上の速度での移動が可能となっており、濁ったような深紅の燐光を撒き散らしながら、ガジェットの砲身が自身に向けられるより早く戦場を駆け抜けることが出来る。

 

(そして、このパワーッ!!)

 

 平均的な大きさの長剣としたアームズを振るえば、ガジェットを熱した鉄でバターを引き裂くが如く一刀両断して撃破出来てしまう。

 

“AMF”の有無は有れど、普段は何度か攻撃を加えて、中心核部を破壊しなければ撃破出来ない鋼鉄のボディを持つガジェットを次々と蹴散らしていく様は正に一騎当千といえる事であろう。

 

 体中を押さえつけられるような感覚など何のそので、自分の力に酔いしれるように剣を振るっている。

 

 

 

 

 指示を終えて観覧席に腰かけた白衣の男性は、周囲からの称賛の声を受けて緩みそうになる口元を必死に抑え込んでいた。

 

「ほう……これが噂のフォーミュラと魔法の掛け合わせか」

 

「凄まじいものを感じるな。これが局員に普及すれば、魔導師の生存率、ひいては新規育成のコストも大幅に削減される」

 

「よくやったものだ。エルトリア式フォーミュラの正規採用の際には君を主任技術士官にすべきかもしれんな」

 

 地上本部の幹部クラスだけに在らず、本局の高官たちも驚愕と好意的な評価を示していた為、無理もないだろう。次々とガジェットを蹴散らしていくライネルを見た彼らの反応は想像通りかつ、最高のものといえた。

 

 そして、八基のガジェットを順調に撃破したライネルの前には最終関門として一人の騎士が立ちはだかる。

 

 長い桃色の髪を一つに束ね、サファイアの瞳をした美女―――シグナムである。

 

 局内でも知らぬ者の居ない“古代(エンシェント)ベルカ”を操る近接格闘戦(クロスレンジ)のスペシャリストと新たな力である“エルトリア式フォーミュラ”の激突とあって皆の視線も一手に集まっていく。

 

 

 

 

「……フォーミュラ運用のイニチアシブと地上本部の威信も掛かっている。とはいえ、件の解析技術以外は、新機構発動中のエース・オブ・エースの小娘を一回り小さくしたスペックとのことだ。まあ、相手がSランクでも問題なかろう?」

 

 地上本部の責任者であるレジアス・ゲイズも別室で試験運用を観覧しているようであり、髭を蓄えた口元を歪めながらその光景に目を向ける。

 

「ええ、提出された出力値を見る限りは、7割から8割の確率で勝利できるでしょうね」

 

 背後に控えている女性―――オーリス・ゲイズは、実父であるレジアスに答えるように試験運用中のデバイスと魔導師のデータから弾き出した勝率を冷静な声音で読み上げた。

 

「元犯罪者に慈悲などいらん。思い切り叩きのめしてしまえ」

 

 当初計画されていた試験運用では、“ヴァリアントコア搭載型デバイス”を使用した魔導師とガジェットとの戦闘によるデモンストレーションのみが予定されていたが、この模擬戦形式に変更したのは、レジアスの意向によるものであった。

 

 理由は多くあるが、主となるものは二つ。

 

 一つ目は、地上本部の技術部を“エルトリア式フォーミュラ”と“魔法”を合わせて運用するデバイス開発の主軸とするために、新技術の完成を本局よりも先に示す必要があったためだ。

 

 ただでさえ魔導師の質で遥かに劣っている上に、支給されるデバイスも最新鋭の機種は本局の魔導師に回されてしまい地上本部に回ってくるのは、型落ち品や量産機体ばかりであり、加えて魔法技術のノウハウと技術士官の質、資産面でも劣っている為、この差は歴然としたものとなっている。

 

 今更、魔法面で張り合っても勝ち目はないが、フォーミュラにおいてはスタートラインはほぼ同じであり、そちらに全勢力を裂いて開発して本局の完成発表よりも早く正式運用に漕ぎ着ければ、この差は大幅に狭まる事であろう。

 

 

 二つ目は、地上本部の信用回復とフォーミュラの有用性を分かりやすく示す事だ。一流の魔導の使い手を叩きのめすことでフォーミュラが魔導師にも劣らない……それ以上であることを視覚的に指し示すための予定変更であった。トップエース級の空戦魔導師を打倒せる力を示威できれば、周囲からの地上本部への見られ方も大きく変わり信用回復にもってこいという側面も秘めている。

 

 

「全ては我らの正義を成すためだ。そうだろう……ゼスト……」

 

 

 そして、レジアスの眼前で騎士甲冑の各部から燐光を撒き散らしている一陣の風がシグナムへと迫りゆく……

 

 

 

 

「な……ッ!!?」

 

 

 

 

 次の瞬間には周囲の面々の表情が驚愕に染まる。

 

 

 何故なら……

 

 

「がぁ!?……ぁぁぁ……」

 

 

 ライネル・マグナスは暴風に吹き飛ばされたかのように、ビルの壁面へとその身を叩きつけられていたのだ。

 

 胸のアーマープレートは罅割れ、背にしている壁にめり込んだままピクリとも動かない。新装備の“マギカアームズtype-BF”はその手を離れて無残に地を転がっており、素人が見ても勝敗は明らかであった。

 

 

 

 

「……ッ!?ど、どうやら、テスターの方が経験不足でスペックを引き出しきれなかったようですね。では、次のテスターをお願いします」

 

 白衣の男性は周囲の視線が称賛から疑惑に変わりつつあることを肌で感じながら、焦ったように指示を出す。今回の試験運用テスターは6名おり、残るは5名。まだ立て直しは効くことであろう。

 

 

 だが……

 

 「「な、何だ……これは!!!?」」

 

 それを受けた別室のレジアスと観覧席の白衣の男性の声は皮肉なことに一字一句違えることなく重なってしまっていた。

 

 “フォーミュラドライブ”を発現させて力を示威するはずであった6人のうち、既に4人が医務室送りとなったためだ。

 

 まず最初に対戦したライネルであるが、フォーミュラの加速を生かして初撃として繰り出した上段からの高速振り下ろしの際に、胸部に蹴りを入れられて吹き飛ばされ、ノックアウト。

 

 二人目の青年も“近代ベルカ式”の使い手であり、ライネルとは違い徒手空拳を用いた。此方もガジェットを圧倒したものの、最終関門のシグナムに対して一気に懐に飛び込んでの一撃を浴びせようと大気を振るわせる勢いで右拳を討ち放つが、容易に躱されてしまい、アイアンクローの様に額と頭部を掴まれるとそのまま地面に叩きつけられて戦闘不能。

 

 三人目の少女はこれまでのテスターと違い“ミッドチルダ式”の使い手であったため、“マギカアームズtype-MF”を拳銃形態で用いて試験運用に当たったが、ガジェットに対しての射撃命中率が()()()()()、突破に十分以上かかってしまい、いくつかの被弾も受けてしまった。当然そんな稚拙な射撃が通用するはずもなく、迫り来る魔力弾を回避するまでもなく接近してきたシグナムに一撃も浴びせられないまま、拳銃を取り上げられて敢え無く降参してしまう。

 

 四人目の女性も“ミッドチルダ式”の使い手であったが、先ほどの少女と違い地上本部では稀有な砲撃型のようであり、新装備を杖形態で用いて稼働した。若干()()()()()()()事がありながらも華麗にガジェットを突破してシグナムへと向かって行ったが、これまた初撃を回避され、いとも容易く懐に飛び込まれてしまう。杖先を掴み上げられて腹部に拳を叩き込まれ、その場に崩れ落ちて戦闘不能となった。

 

 そして、五人目……“近代ベルカ式”を操る岩の様に大柄な青年は、巨大な戦斧型のアームズを振り回して重みのある一撃でガジェットを粉砕してシグナムの眼前に躍り出たが、その瞬間……凍り付いたように動きを止めてしまう。

 

 岩のような青年は刃を交わす前からガチガチと歯を震わせ、今にも膝を折りそうになってさえいたのだ。

 

 眼前に立ちはだかる浮世離れした美貌を持つ女性は、地上本部が誇る猛者達を剣を抜くことすらなく、たったの一撃で粉砕してしまった。これが何を指し示しているのかは、赤子でも分かる。

 

 自分達は目の前の女性にとっては剣を執るにすら値しない……フォーミュラだの魔法だのそういう次元の話ではないのだ。つまりは、勝てるか勝てないかではなく、そもそもが闘いとして成立していないということだ。

 

 それを実感として感じ取ってしまい、完全に竦んでしまっているが……

 

 

 次の瞬間、癖のない前髪から覗いた無機質な蒼い瞳に射抜かれた。

 

 

「う、うああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 

 恐怖を打ち払う様に大声を上げながら無我夢中で斧を振り下ろす。大きな得物と太い腕にフォーミュラの筋出力の上昇がブーストされた一撃“アースクエイク”は文字通り、訓練スペース全体を揺らし、大地を割りながら凄まじい威力を周囲に見せつけた。

 

「はぁ!はぁ!はぁ!!」

 

 息を荒げる青年であったが、“フォーミュラドライブ”を用いた事による自身が誇る最大の一撃である魔法“アースクエイク”の威力の向上具合に対して内心で驚愕しており、これなら……と淡い期待を抱くが、砂煙が晴れると共に全身が硬直してしまう。

 

 

 地面にめり込んでいる戦斧の上に悠然と立つ戦女神(ヴァルキュリア)の双眸に射抜かれてしまったのだ……

 

 次の瞬間……青年の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 斧の上に乗った状態からのサマーソルトキックで五人目のテスターを撃破したシグナムの前に慌てた様子の研究者が幾人も飛び出して来る。そこで告げられたのは、本来であれば後半の最終関門として設定されていた、もう一人との交代であった。

 

 当初の予定では、最初の三人をシグナムが、残りの三人をフェイトが受け持つ手筈となっていたが、予想外の展開に対して交代を告げる事すら忘れていたのだろう。

 

 この期に及んでの交代に意味はないように思えるが、シグナムにとっても異存はない。観覧席から防護服(バリアジャケット)を纏って降りてくるフェイトと入れ替わる様に訓練スペースを後にした。

 

 

 

 

 シグナムは騎士甲冑と“レヴァンティン改”を格納した状態で観覧席へと続く通路を歩いている。

 

(……心底、無駄な時間だった)

 

 その表情はあまり芳しくはない。

 

(誰も彼もが新しい力に浮かれるばかりで、まるで新たな玩具を得た子供の様だ。全く制御できていないどころか、逆に振り回されている)

 

 先ほどまでの五連戦において、フォーミュラ運用の反省点を上げようとすれば星の数ほどあるが、戦った面々に関しては、それ以前の問題であったようだ。

 

(力を持ち、戦ったことによって苦しんでいる者もいるというのに……)

 

 深い溜息と共に脳裏に過るのは……

 

 儚さと鋭さを内包した蒼い瞳、流麗な純白の剣、悠然と空を切り裂く蒼い翼、全てを燃やし尽くす漆黒の炎……

 

 

 次の瞬間……全身を突き抜けるような昂りを感じ、思わず自分の身体を両腕で抱き締める。腕によって張りのある豊満すぎる双丘が突き出されるように押され、固い制服を突き破らんばかりに飛び出しかけているが、そんなことは既に眼中にない。

 

 共に危急の空を駆け抜けた事、刃を交えた事……

 

 先程まで前に立っていた者達の邪剣など、比べるのも烏滸がましいほどの剣筋……舜刻でも気を抜けば、斬り刻まれるかのような剣戟の嵐……

 

 長年の付き合いがあるシャマルやザフィーラが見れば腰を抜かす様な妖艶な表情を浮かべ、浮かび上がってきた昂りを抑えるように()の名を呼んだ。

 

 その感情の昂りは騎士としてか……それとも……

 

 

 

 

 そして、訓練スペースでは最後のテスターがスタート地点に立つ。

 

「相手はハラオウン執務官……だけど、全力でやるだけだ!」

 

 地上本部の魔導師―——クラーク・ノーランは、“マギカアームズtype-BF”を手甲状にした状態で、開始の合図を待っていた。

 

 他の五人とは違い、地上本部に限定しても魔法資質に優れていないクラークがテスターに選ばれた事には、とある理由があるが、それでも此処に立つことを許されたのは事実である。

 

(気持ちで負けるわけにはいかない。絶対勝つんだ!)

 

 相手は噂の“ガジェット・ドローン”と圧倒的に各上の魔導師……先ほどまでの先輩たちの醜態もまざまざと見せつけられた。しかし、“地球”で起きた事件では、戦闘訓練こそ受けていたものの、民間人である女性がフォーミュラを使用し、あの高町なのは達トップエースを圧倒したというデータもある。

 

 魔法資質に影響されない上に、使いこなせばエース級の魔導師を上回りかねない力が“エルトリア式フォーミュラ”である()なのだ。通常の魔法戦での勝ち目はないが、この“フォーミュラドライブ”を使いこなせさえすれば、決して0%ではなくなる。

 

(ここで結果を残せば、本局に行ける可能性だってあるかもしれない。俺もエースになるんだ!!)

 

 クラークが決意を新たにすると同時に開始の合図が成された。

 

「まずはガジェットッ!」

 

 開始と同時に“フォーミュラドライブ”を起動して眼前を浮遊するガジェットに向けて飛び掛かる。

 

 だが……クラークは奇妙な感覚に襲われることとなった。

 

 最初の一歩を踏み出して以降、まるで全方位から押さえつけられるように全身が動かないのだ。

 

(あれ……ハラオウン執務官って、あんなに背が高かったか?)

 

 そんな中で眼前に目を向ければ、自身より背の低いはずのフェイトを見上げる格好になっていた。

 

 そして、驚愕の表情を張り付けているフェイトの姿が掻き消えたかと思えば、周囲に黄色の魔法陣が展開され、ガジェット達は突如として全機爆散した。全く状況についていけていないクラークの眼前に“バルディッシュ・ホーネット”を三角形のバッジ状にして格納したフェイトが駆け寄って来る。

 

「クラーク!?しっかりして!早く医療班を!!」

 

 クラークは心配そうな表情を浮かべたフェイトや観客席から文字通り飛んで来た、なのは、ヴィータ、シャマルの存在と、その鬼気迫る表情に内心で首を傾げたくなる想いであった。

 

(まだ戦ってるはずなのに何で……それに医療班……?)

 

 新緑色の剣十字に全身を包まれながら担架に乗せられる際に()()()()から()()()に体勢を変えられた際に全てを理解した。

 

(あれ?俺……なんで寝転がって……ッッッ!?)

 

 全身には無数の擦り傷が付いており、殴りかかろうとした際に突き出した右腕と軸とした左足があらぬ方向に曲がっているではないか。右足の感覚も無く、唯一無事そうであった左腕も自分の意志では指一つ動かすことが出来ない。

 

 

「あ、ああぁぁ……ぁぁっ!?……ッッッ!!うああああっっ!!!!……ァァァ!!!!??」

 

 そして、加速した世界に置き去りにした痛みの逆流にクラークの叫びが木霊した。

 




>この子は私のモノなんだから、此処に連れてきてもマムには指一本触れさせない
 おっぱいの大きいお姉さんにロックオンされています……その1

>……へぇ、イヴがそこまでご執心だなんて益々興味が湧いてきちゃった
 おっぱいの大きいお姉さんにロックオンされています……その2

>駄々を捏ね始めた目の前の女性が自分の倍以上の年齢だと思うと、頭が痛くなる
 見た目は20代前半……実年齢は(返り血で塗り潰されている)

>マギカアームズtype-MF
 後半は、ミッドチルダ・フォーミュラの略

>妖艶な表情を浮かべ、浮かび上がってきた昂りを抑えるように彼の名を呼んだ
 おっぱいの大きいお姉さんにロックオンされています……その3


最後まで読んでいただきありがとうございます。
夏休みは日常話多めと言いましたが、後書きでふざけないといけない程度にはシリアスになっちまっていますね。HAHAHA!
水着回とかもございますので、そのうちカオスな話もそこそこ出て来るかと思います。
また、フォーミュラ関係に関しては、殆どオリジナルとなりますので、ご了承ください。
というか、劇場版篇が終わったので、話自体もほぼオリジナルなんですけどね。

現在、STS配信中ということもあり、ちょっと補足しておくと、本作の今の時間軸でも既にスバルとギンガはなのはとフェイトに会っていたりします。
本人たちは出ていませんが、一応本編中でも言及していたりもしていますよ。

感想等頂けましたらモチベが上がり、投稿速度も上がる?かもしれませんのでくださると嬉しいです。
では、次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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Reflect Pain

 夏季休業の真っ只中に “時空管理局・地上本部” の主催で行われた“ヴァリアントコア搭載型デバイス”の試験稼働が終了し、既に数時間が経過していた。

 

 その試験稼働に出向いた、高町なのはらとは別口で地球から“時空管理局・本局”に赴いて来た者達も自らの用事を済ませ、帰路に着こうとしている様だ。

 

「お休みの最中に呼び出しちゃってゴメンなさいね。疲れちゃったかしら?」

 

「いえ……寧ろこんなに穏便に済んでしまって良かったんですか?」

 

 蒼月烈火は怪訝そうな表情を浮かべながら隣を歩くリンディ・ハラオウンに問いかけた。

 

「そうねぇ……こういうことが初めてだったら、もうちょっと色々聞いたりしないといけなかったと思うけれど、今までの事もあって私達が貴方の事情を把握しているから問題ないでしょうということよ。それに今回は正当防衛ってことで済ませる方がお互いにとって都合がいいでしょう?」

 

「それはそうですし、此方としては願ったり叶ったりですけど……」

 

 烈火が本局に赴いた理由は、先の事件での最終局面にて演じた大立ち回りついての対応に関する管理局側との最終確認の為……だったのだが……

 

 リンディ同伴で通されたのは、かの“伝説の三提督”が集う会議室であり、そこで行われたのは、体良く言えば面談、悪く言えば世間話のような物であったのだ。無論、事件に関する話題が主であった事は言うまでもない。

 

 会話を重ねる中で内容に()()()と思われる箇所が見受けられはしたが、藪を突いて蛇に噛まれるよりも提示された条件を飲む方が今後の行動に関する制限が付かないだろうと静観を選択したようだ。

 

 結果として、最終確認は多少の腹の探り合いがあったとはいえ、つつがなく終了したというわけだ。

 

 

 

 

「……あら?あの子達、こんな時間になってもまだ地球に戻っていないのね」

 

 烈火はリンディが携帯端末を覗き込みながら発した呟きに対し、思考の海から意識を拾い上げられるように隣へと視線を移す。

 

「例の試験稼働はとっくに終わってるはずなのだけれど、まだみんな本局(こっち)に残ってるみたい。戻るのは声をかけてからでいいかしら?」

 

 端末に表示されていたのはフェイトからのメッセージであり、予定外の事態で帰宅が大分遅れるということと、本局を発つときにもう一度連絡を入れるという物であった。そして、二度目の連絡が来ていないということから、フェイトを始めとしていつもの面々はまだ本局に滞在しているということを指し示している。

 

「ええ、構いません」

 

 ならば、トラブルが起きた風な皆の様子を見に行きがてら地球に戻っても構わないかという申し出であり、烈火としても異存はないようだ。

 

 こうして行動指針が決まって歩き出した二人であったが、程なくして聞こえて来た耳障りと言って差し支えない複数人の怒号を受けて思わず足を止めた。

 

 

 

 

 様々な式典や“戦技披露会”といったイベントに用いられるようなアリーナこそ数が限られるが、“時空管理局・本局”にはいくつもの訓練スペースが設営されており、その中の一つである小隊訓練用の小型スペースに繋がるロッカールームでは陸士制服を着た三名の男性が、ツインテールの少女と岩のように大柄な青年に対して、嘲笑うような表情を浮かべながらもこれでもかと言わんばかりの怒鳴り声を上げていた。

 

「揃いも揃って負けたばかりか、あの無様な戦いぶり……全く、お前達は地上本部の恥晒しだ!」

 

「地上本部の精鋭が聞いて呆れる。しかも、たった一度の模擬戦でお前たち以外の四人は入院中とは……」

 

「俺達が態々、機会を()()()やったのに見事に台無しにしてくれたなぁ?ええ!?」

 

 三十代半ばと見受けられる三名の男性局員の口ぶりと身に纏う制服から、彼らが地上本部の所属であることは言うまでもなく、囲まれている二人は先ほどまで“ヴァリアントコア搭載型デバイス”の試験運用テスターとなっていた者達であり、男性達と同じく地上本部所属の魔導師であった。

 

 

「…ッ…っ!」

 

 藍色の長い髪をツインテールにしている少女―――ミア・ローラシアは、目線を下に落としながら男性達からの非難を甘んじて受け入れていた。

 

 結果的にではあれど、彼らの言い分は決して間違っておらず、大勢の高官の前で醜態を晒して“地上本部”の名誉挽回の機会を棒に振ってしまった事自体は間違いないのだから……

 

 ミアの隣で大きな体を震わせている青年―――ライズ・フェルゼンも同様に非難を受けており、二人からの反論がないのをいいことに三人の罵倒はさらにエスカレートしていく。

 

「今から特別訓練だな」

 

「そりゃいいな!軟弱な後輩には指導が必要だろうし、な!!」

 

 三人の内二人が威圧するような声音でミアたちに詰め寄っていく。そのうちの一人が指差す先には訓練スペースがあり、今から魔法戦を行おうとしているということは想像に難しくないが、ミアたちは首を縦に振ることなくどこか苦しげな表情を浮かべている。

 

「まさか……断ったりはしないよなぁ?選ばれたテスターさんたちは……なぁ?」

 

 リーダー格の男性はニタニタと勝ち誇ったような表情を浮かべながら、デバイスの待機状態であろうカード状の板を掌で弄んでいるが……

 

 

「貴方達、何をしているの!?」

 

 

 そんな時……翡翠の髪を束ねた美女―――リンディ・ハラオウンが解錠した扉からロッカールームへと入室して来た事によって、場の空気が一変する。

 

「なっ……!ハ、ハラオウン統括官!?」

 

 普段の柔らかい笑みからは想像もできない能面の様な無表情を張り付け、感情を悟らせない冷たい目つきをしたリンディに対して三人の表情がこれでもかと言わんばかりに強張った。内二人は、誰が見ても分かる程に体を震わせてさえいるようだが……

 

「お見苦しい所を見せてしまいました。後輩への指導の一環ですのでお気になさらず……」

 

 しかし、リーダー格の男性は一瞬の硬直の後には元の調子を取り戻しており、リンディに対しても飄々とした口ぶりで対応している。

 

「指導?年齢的に立場の低い相手を脅しているようにしか見えませんわよ」

 

「おっと、これは失礼致しました。本局と違って地上本部(ウチ)のやり方は少々荒っぽいのが伝統ですのでお見逃し頂けると幸いです」

 

「あら?そうでしたか。ですけどデバイスまで持ち出すのは少々やりすぎに思えますわ。それにロッカールームで魔法を行使されたりすると、少々困ってしまいますわね」

 

「我々とてそこまで無粋でありませんよ。ちゃんと訓練スペースで指導を行いますのでご安心して……」

 

「おかしいですわね?後ろの訓練スペースの使用予定は入っていないようですのにお使いになられるのかしら?」

 

 三名の中では最年長に見受けられるリーダー格の男性とリンディの会話に対し、澄ました表情を浮かべている一名を除いて皆一様に肝を冷やしているようだが、訓練スペースの使用有無を境に会話の応酬が一方的なものとなっていくことに対して、それ以上にある種の恐怖を感じ始めたようだ。

 

「本局の訓練スペースを使うなとは言いませんけれど、しっかり許可を取ってからにしていただかなくては困ってしまいますわ」

 

 明確に罵倒するわけでもなく、皮肉交じりに淡々と事実のみを発していくリンディの口ぶりに対して、リーダー格の男性の応答がどんどん鈍くなっていく。次第に感情的になっていく男性とはうって変わって、ポーカーフェイスと笑みを使い分けながら鋭利な言葉の刃で相手を論破していく様は戦場で舞うエースとはまた別種の凄みを感じさせるほどであったためだ。

 

 経験豊富なベテランとはいえ、地上本部の武装隊員と本局の統括官では話術一つとっても隔絶しがたい技量の差があったのだが、こうなってしまえば後の祭りだ。しかし、このままおめおめと引き下がってしまえば、両脇の同僚や先ほどまで罵倒していた両名からどう思われるのか想像に難しくない。

 

 両の拳を握りしめ、激しい歯軋りと共に苛立ちで全身を震わせる男性は自らの失策を悟りながらも、引くに引けないこの状況をどうにかしなければと退路を探していた。

 

 そして、怒りと暗闇の中に一筋の光が差したと言わんばかりに口元を歪めながら呟いた。

 

「大変申し訳ございませんでした。此方の非を詫びさせて頂きます。そこで一つお願いなのですが、先ほど言われたこの訓練スペースの使用許可を統括官に取っていただきたいのです。我々では許可一つ承るのも一苦労でして、それにこうして顔を合わせたのも何かの縁……魔導師としてのかなりの腕前と聞いているハラオウン統括官のお手並みも見せていただきたいのですが……あぁ、申し訳ありません。やはり我らの様な一兵卒が統括官殿の御手を煩わせるわけにもいきませんね。では行くぞ、お前達!」

 

「は、はい!」

 

 リーダー格の男性は先ほどまでの感情的な様子から一変して、恭しく頭を下げながら地上本部所属の者達に退室を促した。

 

「地上本部に戻ったらみっちりと訓練しないとな!!覚悟しとけよぉ!」

 

 そのままリンディの隣を通り抜ける際にわざとらしく大声を上げながら扉へと歩いていく。

 

 そんな男性を横目で見るリンディの胸の内には侮蔑の感情が湧き上がるが、これ以上の口撃を行うわけにはいかなかった。例えここで彼らを見逃したのだとしてもリンディ自身にとって不利益を被ることなど在り得ないが、それでも言い返すわけにはいかなかったのだ。

 

 目の前の男性達など何の脅威にもなり得ないが、彼らに詰め寄られていた二人にとってみれば話は別だ。

 

 先ほどの男性の発言を要約すれば、リンディ達が乱入するまでにやろうとしていたことを地上本部に戻ってから行うということを大々的に宣言しただけでなく、話術では敵わない為に魔法戦の申し込みを行ったといったところであろう。

 

 つまりは、恐喝染みた行為を止めようとしたが為に守ろうとした対象への風当たりが強まってしまったかもしれない。それでは本末転倒であろうし、目覚めも悪い。

 

(はぁ……最近運動不足だったし、誘いに乗ってみるのも悪くないかしら)

 

 言葉の応酬で負ける気はなく、ここから目の前の男性達の心を折る事も出来なくはないだろうが、将来のある若い魔導師達の前でそれを行うのも忍びない。自ら首を突っ込んだのだから、敢えて見え見えの誘いに乗ってみるのも悪くないかと、内心で溜息をついたリンディであったが、今まで維持されていた仮面のような表情を崩して、驚きと共に大きく目を見開いた。

 

 

 

 

 地上本部の局員が一悶着を起こしている頃、同じ所属であり新機構の試験稼働で重傷を負ったクラーク・ノーランは意識を取り戻した。

 

 霞む視界の焦点が徐々に合っていき、真っ先に広がったのは白い天井。麻酔でも効いているのか指一つ動かせない不快感に呻き声を漏らせば、白一色の景色に整った可愛らしい顔立ちと特徴的な栗色のサイドテールが映り込む。

 

「た、たか、高町教導官!?」

 

 クラークは眼前に突如として出現した想い人に対して、これでもかと言わんばかりにテンパり始めた。

 

 試験稼働はどうなったのか、自分がどういう状況に置かれているのかなどといった疑問が吹き飛んでしまう程に衝撃的な出来事が目の前で起きているということだ。

 

 それと同時にクラークにとっては指一つ動かせないこの状況は幸いであった。そうでなければ驚愕の余り、横たわっているらしいベッドから転げ落ちる所だったことであろう。

 

 とはいえ、呂律もまともに回らない状況となってしまっているが……

 

 

「……クラーク君は訓練の最中に怪我をして倒れたんだ」

 

「な、なん……ッッ……ぅ!!??」

 

 試験稼働……怪我……倒れた……クラークの中で朧気だった記憶が脳裏にしっかりと再構築されていく。

 

 地面に倒れ伏す自分、在り得ない方向に折れ曲がった四肢……

 

 僅かに動く首を使って、自らの怪我の具合を確かめようと視線を向けるが被せられている白いシーツによってそれを阻まれる。

 

「後遺症なんかは無くてちゃんと直るみたいだけど、暫くは安静にしなきゃだよ」

 

 なのはは察したように白いシーツを捲り上げ、クラークにとって最悪の事態は回避できているのだと怪我の度合いを実際に見せながら伝える。全身に包帯が巻かれており、各所をギプスで固められているような状態だが、意識を失う前に見た凄惨な状態からすれば雲泥の差と言えるだろう。

 

「それから、ちゃんとリハビリをこなして、速く現場に……」

 

 自らの状態を聞いた後、天井を眺めたまま微動だにし無くなったクラークに対して、明るく励ましの言葉をかけようとしたなのはであったが……

 

 

「俺……折角貰ったチャンスに何もできませんでした。しかも、どうしてこんなことになってるのかすら自分でわからないなんて……」

 

 声音を震わせるクラークに対して思わず口を噤んでしまった。今のクラークに必要なのは、ありきたりの励ましではない事を感じ取ったなのはは、教導官として彼の進む道を指し示そうと真剣な表情で言葉を紡ごうとするが、それが発されることはなかった。

 

「クラークッ!?」

 

 クラークの幼馴染であるエメリー・ギャレットが息を荒げながら病室に飛び込んで来たためだ。

 

「もう!こんなになって!!バカバカバカ!!おじさんもおばさんもすっごい心配してるんだからね!」

 

 青くなったり赤くなったり忙しい様子のエメリーを見て、思わずなのはの表情も綻ぶ。本当にクラークの身を案じていることがこれでもかという程に伝わって来たためだろう。声をかけられた本人も困ったような顔こそしているが、先ほどまでの沈んだ表情が吹き飛んでしまっている。非常にいい傾向と言え、今はそっとしておくべきとそんな二人の様子を見守っていると、病室の外で待機していた面々が入室してきた。

 

「あ、フェイトちゃん、みんな!」

 

 ヴィータとシャマルはクラークの、フェイト、はやて、シグナムはなのはの元へと集まる格好となっていた。

 

「クラークは大丈夫なの?」

 

「うん。怪我は重たいけど、ちゃんと良くなるみたいだよ」

 

 対戦相手を務めたフェイトは心配げな表情を浮かべながら、なのはにクラークの状態を問いかけ、その返答にとりあえず胸を撫で下ろした。

 

 今回のクラークの怪我の仕方は明らかに普通ではない。加えて、地上本部製の“ヴァリアントコア搭載型デバイス”の試験稼働を行った他のテスター達も身体の異常を訴えているとあって、試験運用の場は騒然となった。

 

 その為、クラークが意識を失っていた数時間の間に技術士官がテスター達のメディカルチェックを行った。その検査結果と新型デバイスを使用に当たってどのような異常を引き起こしてしまったのかということの説明を症状の軽い順に行っていくということになったのだ。

 

「詳しい症状と今回どうしてこんなことになっちゃったのかを説明してくれる人も、もうすぐに来る……はず……」

 

 最も重症であったクラークの下にも間もなく誰かしらが現れるだろうと、なのはが病室の扉に視線を向けた瞬間……扉が開き二人の女性が姿を現した。

 

 一人はなのは達にとっても馴染み深いマリエル・アテンザ。もう一人の白衣を纏った長身の女性は始めて目にする人物であった。

 

「やっ、はろはろ!」

 

 癖のない長い銀髪と青い双眸、前が空いている白衣からは大きく突き出た双丘とそれを強調するかのような胸元が大きく空いた桃色のインナー、黒いタイトミニが覗いており、グラビアモデルも涙目のスタイルを誇る女性は、一同の視線を受けても何のそのといった様子で、なのは達へにこやかに手を振っている。

 

「えっとぉ……今回の一件について皆さんに色々教えてくれるのは、“時空管理局・特別技術開発局”の局長である」

 

「私、エクセン・アヴラムだ。シグナム嬢以外とは初対面かな?宜しく頼む」

 

 突き刺さる視線の嵐に居心地の悪そうなマリエルからの紹介を受けて名乗った女性―――エクセン・アヴラムは、人懐っこそうな笑みを浮かべている。

 

 そして、エクセンの言い様に引っかかる箇所の合った一同が一歩後ろに立っていたシグナムへ視線を向けると同時に銀色の風が駆け抜けた。

 

「ふぎゅっ!!??」

 

 何事かと思えば、全力ダッシュから両腕を広げてダイブした格好となっているエクセンの頭部がシグナムの右手に収まっている。

 

 一同はマリエルを含めて状況の変化に追いつけずに呆然としているが、程なくして耳にしたことのない技術部とはいえ、局長相手にアイアンクローを咬ましている家族に対して珍しくテンパっているはやての制止を受けてエクセンの頭部は解放された。

 

「う、うぅぅ……酷いじゃないか。あんなに激しく肌を重ねた仲なのに、私からの愛の籠ったハグを受け取ってくれないなんてぇ……」

 

 地べたに座り込んだエクセンの衝撃発言に一同は目を向きながら、シグナムを凝視した。

 

「訓練終わりで汗を流していた時に彼女が個人用シャワールームの鍵をハックして、無理やり入って来ただけだ!」

 

 羞恥からか僅かに頬を染めながら憤慨した様子のシグナムだったが……

 

「でも、肌を重ねたのは事実だろう?」

 

「なッ!?」

 

 ニヤニヤとおちょくるようなエクセンと青筋を浮かべるシグナム。

 

「まあ……実際は、噂の“おっぱい魔神”に興味があったからシャワールームに忍び込んで乳相撲を挑んだは良いものの、中々その気になってくれないから色々煽ってたらガチギレされて、その爆乳で胸を押し潰されながら落とされたって間柄なんだだけどね!」

 

 更なる衝撃発言に凍り付く一同。

 

「あっという間にシャワールームの壁に追い込まれて、返り討ちにされてしまったよ。たはは……しかし、私は諦めない!更なる修練を積んでリベンジマッチを……」

 

「……局長殿、皆が説明を求めています。私語は程々にしていただけると助かるのですが」

 

 皆を置き去りにしていたエクセンのマシンガントークであったが、渦中のシグナムの一言によって強制的に止められる事となった。

 

 シグナムの表情は普段の彼女を知る者からすれば、まず目にすることのない程の満面の笑みに染まっており、微笑みとは対照的に全身から獄炎を思わせるオーラが発せられているからだろう。

 

「あー、コホン!では、ちゃんとお仕事をしようかな!」

 

 これ以上、突き回すと三枚に下ろされると本能が悟ったのか、ダラダラと冷汗を流しているエクセンはわざとらしい咳払いと共に主題を切り出した。

 

 はやてらからしても根掘り葉掘り聞きたい内容であろうが、エクセンと同様に命の危険を察してか、この場ではシャワールームの一件に関して追及することはなかったようだ。

 

「えー、ではまず……えっと、ノーラン陸士?君に起きた現象について説明していこうか。これに関しては他の“ヴァリアントコア搭載型”を使用した面々に起きた事の結論としても言える事なのだが、現象としては単純明快、“魔導”と“フォーミュラ”の併用に際して発生した過負荷に肉体が耐え切れなかったということだね。……ん、以上だ。では、私としては次の話題が本題なのだが……」

 

「アヴラム局長!話を端折りすぎです!みんなついて来れてませんよ!!」

 

「むぅ……早く次の話題に行きたいのだがなぁ。分からないことがあったら好きに聞いてくれ、手短にな」

 

 なのは達は過程をすっ飛ばして結論だけを述べた技術屋二人の様子に呆気に取られっぱなしではあったが、マリエルの制止を受けたエクセンの申し出に対して疑問をぶつけていく。真っ先に声を発したのは、なのはであった。

 

「クラーク君やテスターの方々はなんで身体が耐え切れなかったんですか?私もフォーミュラを使ったことは有りますけど、こんな風な怪我はしませんでした」

 

 なのはの疑問は最もだろう。“魔導”と“フォーミュラ”の融合という現象に関しての先駆者は、何を隠そう高町なのはなのだ。

 

 エルトリアからの来訪者との戦闘で未完成ながらも“フォーミュラドライブ”を使用したが、通常稼働よりも心身、デバイスにかかる負荷は比べ物にならなかったとはいえ、自傷での負傷はここまで酷いものではなかった。

 

 そうであるにもかかわらず、自分以外のフォーミュラ使用者が次々と倒れた事が解せないのだ。

 

「単純な事さ。言っただろう?過負荷に耐え切れなかったとね」

 

 エクセンの説明に対して、大多数の者達は合点がいってないという表情を浮かべている。

 

「ふむ。では、例えを挙げようか。海の底に潜ろうとしたとしよう。なのは嬢ならどうするかな?」

 

「えっと……潜水服みたいな深く潜っても大丈夫な装備を用意します」

 

「そう、普通ならその通りなのだが、今回は違った」

 

 肩を竦めたエクセンは溜息交じりに答える。

 

「厳密には違うプロセスではあるのだが、ここでは分かりやすく海に潜るダイバーを魔導師、耐圧装備を魔法、水圧をフォーミュラと例えよう。フォーミュラの出力を上げれば上げるほど、水圧が大きくなっていくようなイメージだ。それを中和していくのが魔法というわけだね。当然ながら水圧が大きくなれば魔導師にかかる負荷も大きくなる。中和するにはよりスペックの高い耐圧装備が必要になって来る」

 

 一同はエクセンの語りに黙って耳を傾けている。

 

「先ほども言った通り、耐圧装備は魔法……身体強化や防護服(バリアジャケット)といった身体を保護する手段の事を指す……結論から言ってしまえば、本当の意味でフォーミュラの出力を引き出せるのは、その負荷に耐えられるだけの耐久性を持ち、魔力運用に長けた魔導師ということになるわけだが……地上本部の馬鹿者共はこの法則を無視……いや、確かめようともせず強引に試験運用に踏み切った。それが全ての元凶なのだよ」

 

 吐き捨てるように言い放つエクセンの表情は先ほどまでの飄々としたものではなく、嫌悪を超えて見ている側がゾッとしてしまう程に無機質なものであった。

 

「あの馬鹿者共は新型デバイスの設計に際して、なのは嬢の先の事件でのデータを基盤としたのだろう。稼働効率百%越えの理想的なデータを参考にすること自体は当然だが、奴らはやり方を間違えた。出力上昇値も魔力エネルギーの収束率もそっくりそのまま落とし込んだのだろうね。大した解析を行うわけでもなく、内部データの調整を行ったわけでもない。単純に既に稼働に成功しているという事実だけを元にコピーしたデータを従来のデバイスに組み込んで新型の完成としたということだ」

 

 エクセンはなのはへと視線を向ける。

 

「それの何が悪い?といった風な様子だが、はっきり言ってしまえばなのは嬢、君は広義的に見れば魔導師だが、決して()()の魔導師ではない。」

 

「そ、そんな事……」

 

「事前訓練も無しにフォーミュラの力を使い、“夜天の守護天使”と正面切って戦えたこと、稼働が想定されていない状態で“アクセラレイター”と呼称される最大稼働を御しきったこと……君の規格外を挙げればキリがないがこれだけを取っても驚異的だ。故に君は他の魔導師とは一線を駕しているという事、つまりなのは嬢は無事で他の面々が倒れた原因は魔導師としての隔絶しがたいスペック差にあるわけだ」

 

 徐々に結論へ向けて話が移り変わって行く。

 

「勘違いしないでくれ、別に責めているわけではないよ。君の優秀さは称賛に値するし、誇るべきことだろう。だが、皆が君と同じよう……というわけにはいかないというのが現状だよ。先ほどの例えで言うのなら、耐圧装備も持っていない、海で泳いだこともない人間にウェットスーツとシュノーケルを着せて、なのは嬢クラスのトップエースでなければ活動不可能な深海へと無理やり沈めたような物さ。そんな状態であるから、水圧に耐え切れず全身が潰れたというわけだね」

 

 要はエース仕様の新装備を一般局員に使わせた結果、バックファイアによる自傷で全身が破壊されてしまったということだと、エクセンの話には取り敢えず合点が言ったという様子だが、それに対して誰一人として言葉を発することはなかった。

 

 

 

 

「そして、ここからが私にとっての本題だ。今回の不祥事を受けて地上本部には任せておけないということで、私が管理局におけるフォーミュラ運用の責任者に選ばれた訳なのだが……高町なのは嬢、フェイト・T・ハラオウン嬢、八神はやて嬢、シグナム嬢、ヴィータ嬢に対して正式に“ヴァリアントコア搭載型デバイス”のテスターとなって欲しくて来たのさ。無論、今回の様な事は絶対に起こさないと約束しよう」

 

 そして、エクセンからの提案は再びなのは達を固まらせるに足るものであった。だが、ある意味では好都合と言える。

 

 ここから先の戦いを今のまま潜り抜けるのが容易ではないというのは、なのは達にとっても共通認識である為だ。より激しくなる次元犯罪に“ガジェット・ドローン”と“戦闘機人”……そして、“無限円環(ウロボロス)”と脅威は数多く存在する。

 

 これらに対抗する為には“魔導”と“フォーミュラ”の融合による爆発的な出力上昇を手に入れる事は急務と言える。自分達の愛機の調整を長年任せているマリエルが信用を置いている存在と合って、敢えて断る理由も見当たらない事も大きな要因だろう。

 

 

 

 

「こ、これって!?ちょっと、え、えぇぇぇっっ!!!!??」

 

 そんな時、真剣な空気を打ち破るようにマリエルの大声が部屋中に響いた。

 

「ぷ、ProtoType02が稼働しています!!」

 

「ほう、君が今朝失くしたアレがかい?」

 

「はうっ!……そうですぅ!私が今日の朝に本局で落としてしまって、ずっと探し回ってるアレですよ!!」

 

 なのは達はエクセンらへと視線を向ける。会話内容が気にならなくもないが、さっきの今で流石に二人のノリについて行けそうにない上に、フォーミュラ関係でもないようであるため、敢えて口を挟むことはしていない。

 

「メンテナンス終わりで主電源まで落としていたせいで、反応が追えなかったと思ってたら今度はなんで訓練スペースで起動してるの……ともかく回収して!?」

 

「ちょっと、その端末を貸してくれ。ほい、ほい、ほいっと」

 

 不安そうな表情で外へと全力ダッシュしようとしていたマリエルから通信端末を奪い取ったエクセンは流れるような指捌きで、目的の場所の監視カメラの映像を外部に出力した。正規のルートではない方法で本局のカメラ映像を拝聴する事は規定に反するのだが、その場にいた誰一人としてその事に突っ込むことはなかった。

 

 何故なら……

 

 映し出されたのは、長方形の無機質な大部屋。なのは達、管理局武装隊員にとっては余りに見慣れた光景……一般的な訓練スペースだが、今回は少しばかり様子が違う。

 

 鬼のような形相で横並びに立っている三人の男性局員、相対するは三人の若者。ツインテールの少女と岩のように大きな青年は先ほどアリーナで見かけた人物……そして、あまりに見覚えのありすぎる少年―――蒼月烈火が漆黒の戦闘装束に身を包み、鉛色の角ばった柄をした身の丈ほどもある杖を肩に担ぎながら、何食わぬ表情で佇んでいたからだ。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

お久しぶりです。

リアルが忙しすぎた事と、ポケモンマスターを目指して旅に出てたことが遅れた原因ですね。
目指せマスターボール級!ということで漸く厳選も終わり、今日からランクマッチにデビュー致しました。

キャラソン集でモチベが上がってどうにか此処まで書きあげられました。

一応、年内に後1,2話は更新したいなと思っています。

エタってはおりませんのでご安心を。

感想等頂けましたら嬉しいです。

ドライブ・イグニッション!


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Dual Magica

 地上本部所属の魔導師―――ミア・ローラシアは隣に立つ自分よりも一、二歳年下と思われる少年―――蒼月烈火を不安げな表情で見つめている。

 

 自分達と先輩局員、リンディとのやり取りに対して静観を貫いていた烈火が口を開いたことによって事態が大きく動き、改めて模擬戦という形で雌雄を決することとなった。

 

 彼が放った皮肉めいた正論を受けて思わず言いよどんでいた先輩局員達の反応に関していえば、胸がスッとする感情を抱かなかったわけではないが、結果としてヘイトを買ってしまった烈火がリンディの代わりにこのような場に立つ羽目となってしまったのだ。

 

 しかも、話を聞けば局員どころかデバイスも持っていない魔法を使えるだけの一般人だということでミアの不安は更に高まったのだが……

 

「こうなってしまった以上は貴方にも付き合って貰うわね。フェルゼンさんは前衛、私が中盤で援護、貴方は最後衛で支援をして……」

 

「……俺が最前衛に出ます。二人共下がって自衛に専念してください」

 

 出来る限り烈火に戦わせず何とかこの場を乗り切ろうとしたミアだったが、まさかの返答に驚きを露わにした。

 

「あ、貴方何を言ってるか分かってるの?彼らだって正規の武装隊員……それもベテラン揃いなのよ!しかも3人相手に!」

 

 烈火の発言が余りに分不相応で無謀すぎるものであったためだ。それもそのはずであり、目の前に立つ男性局員達は先ほどまでの態度とは裏腹に地上本部ではそれなりに名の通った武装隊員である。

 

 恐らくこの騒ぎを起こした要因は、新型デバイスのテスターを選出するべく行われた試験において、彼らを破って選ばれたミア達への腹いせという何とも子供染みたものであろうが、それを差し引いても決して弱くはない相手であることは間違いなく、アマチュアですらない少年が一人で相手取る事は考えるまでもなく不可能なのだ。

 

「……そんな身体で前に出られるくらいなら一人の方がマシです」

 

「ッ!?貴方!」

 

 烈火が自分達の状態を言い当てた事に対し、ミアの瞳が更に驚きで見開かれる。実際の所、ミアもライズも烈火の言う様に本調子には程遠い。

 

 原因はクラーク・ノーランと同様に“ヴァリアント・コア搭載型デバイス”の試験稼働の際のバックファイアにあった。

 

 テスターとなった六名の内、怪我の度合いの酷かった四名が入院、ミアとライズは重症ではあったものの治療を施され、戦闘行為は不可だが、デスクワーク等の業務と日常生活には大きな支障はないということで地上本部への帰還を命じられた。

 

 だが、その渦中にこのような事態となってしまった。手足が曲がったり、内臓への直接的ダメージこそなかった二人とはいえ、フォーミュラ稼働によるダメージを受け手足の骨は罅割れ、全身の関節が悲鳴を上げていた。治癒魔法でどうにか回復こそしたが、その反動は数時間経過した今も尚、心身を蝕んでおり、二人共戦闘行為を行える状態ではない。

 

「それでも、私達は譲るわけには!」

 

 だとしてもそんなことは関係ないのだ。市民の平和を守る管理局員として烈火の発言を許容することなどできるはずもない。

 

 しかし、断固反対だと上げようとした声が最後まで紡がれることはなかった。

 

「……大丈夫、すぐに終わらせます」

 

 氷のような双眸に射抜かれたミアはそれ以上声を上げることは出来なかったのだ。痺れを切らした先輩局員が怒号を上げるまで、ライズと共に横並びの状態で固まっており、二人から一歩先に出て、正規の武装隊員と戦うつもりの烈火へと視線を送っていた。

 

 

 

 

 リンディ・ハラオウンは観戦室の椅子へ腰かけ、複雑そうな表情を浮かべながら訓練スペースへと視線を落とす。

 

(きっと、私の事を庇ってくれたのね)

 

 そんなリンディの脳裏に地上本部の隊員と繰り広げていたやり取りが過る。

 

 

 武装隊員の悪足掻きに乗ってやろうと口を開こうとした際に烈火が自身の前に出てきたことに思わず驚いてしまった。

 

 その後は、丁寧な言葉使いで皮肉交じりに彼らを罵り、リンディへ向かうヘイトを自らが買い、自身がこの戦いに参加することになるように仕向けたのだろう。まるでリンディへかかる火の粉を振り払うかのようだ。

 

 だが、烈火に庇い盾されずともリンディがあの程度の魔導師に対してどうにかされる事はないだろう。

 

 確かに前線で戦うタイプではなく補助型であるリンディだが、かつては“時の庭園”で発生した次元震を一人で抑え込むだけの魔法運用と出力を見せ、扱いの難しいデバイスである“デュランダル”問題なく運用できる技量を兼ね備えており、地上本部で多少名が知られているだけの魔導師に負ける道理などないのだから。

 

 ベテラン局員に追い詰められていた二人がリンディと彼らのやり取りを聞いてどう思ったのかは定かではないが、高速機動型の万能魔導師であるフェイトと同様に多方面に高い適性を持っていると思われる烈火が自分達の力関係を見抜けないはずはない。

 

 それでも、前に出て来たということは……

 

(やっぱり、根は素直な良い子なのね。余り表には出さないけれど……)

 

 局員として、本来ならば無理やりにでも止めるべきなのだろう。だが、同じく局員としての観点から見て、偶発的な事態ではあるが烈火の戦闘データを取ることが出来るまたとない好機でもある。

 

 とはいえ、烈火がこの場で戦う際の懸念事項に関しては、本人から()()()と共にある申し出があったため、管理局が求める結果にはならないと断言できる。

 

 寧ろ、この戦いのデータを有効利用できれば“ソールヴルム式”の秘匿が容易になる可能性も十二分にあるのだ。

 

 彼の為になる可能性が高いとはいえ、リンディは打算塗れの自分に対して自嘲するような表情と共に烈火の横顔に視線を向けた。

 

 そんな時……

 

 

「母さんッ!?これは一体どういう事?」

 

 突如として開かれた扉から一人の少女が絹の様な黄金を揺らしながら駆けこんで来た。

 

「フェイト……それにみんなも……」

 

 リンディの瞳が小さく見開かれる。眼前に愛する娘と、遅れながらやって来た見慣れた面々が姿を見せたためだ。どうして彼女がたちが此処へ辿り着いたのか、皆より遅れて最後尾から姿を現した白衣の女性が何者なのかとリンディが疑問の声を上げるよりも早く、眼下の訓練スペースから中年男性達の野太い怒号が響き渡った。

 

 それを受けて、全員の視線が訓練スペースに集まる。

 

「え?……アレって、何で?」

 

 そんな中、なのは達は思わず驚きで固まってしまっており、事情を知っているリンディ、烈火の事情を知らないエクセンを除いた全員の視線が一点に集中した。

 

 始めて目にする漆黒の戦闘装束を纏っている烈火は、足元に蒼い()()()の魔法陣を出現させ、身の丈ほどの大きな杖を翳しながら一基のシューターを撃ち放ったのだ。

 

 

 

 

「くそッ!ビュンビュン鬱陶しいな!おいッ!?」

 

 三人の意志を代表するかのようにリーダー格の男性が声を荒げる。半ば一対三のような状況でありながら、目の前の少年との距離が詰められないからだ。

 

 リーダー格の男性が長剣、後の二人は長槍と徒手であり、三人共がガチガチの近代ベルカ式の使い手である。故に誘導弾と射撃魔法で戦う典型的な()()()()()()式の使い手であろう少年に対しては接近しなければ有効打を与える事が難しい。

 

 フォーメーションを取ろうにも最悪のタイミングで飛来する魔力弾に統制を乱され、自身らが使用できる数少ない中距離攻撃を放っても、軽やかな身のこなしで障壁に頼ることなく回避されてしまう為に足を止められない。

 

 近接向けの戦闘スタイルと術者の魔力量の関係で飛び道具を連発するスタミナもなく、カートリッジを使用しての攻撃を仕掛けるのも現状ではリスクが高すぎる。だが、それは相手にとっても同じことだ。

 

 正確な射撃と素早い身のこなしには、どこか非凡さを感じざるを得ないが、逆に言えばそれだけだ。使用してくる魔法も誘導弾と射撃系のみであり、管理局員ならば誰もが使える程度の基本的なものばかり、攻撃の威力も一般的な地上本部の局員と()()()()()()()、このまま撃たせ続ければ何れあちらがガス欠になる事は明白……

 

《一ヶ所に集まれ!あのガキが疲れ始めるまで耐えるんだ!!攻め時を間違えるなよッ!》

 

 リーダー格の男性の指示を受けて、他の二人が烈火に悟られぬようにジリジリと集まり始める。消耗を最小限に抑えて、烈火の攻めが鈍ると同時にカートリッジを炸裂させる高出力攻撃で一気にけりを付けるつもりのようだ。

 

(ふん、統括官が連れていたからエリートの卵かと思ったが、態度がデカいだけでうちの若い奴らと大して変わりねぇな!!ボコボコにしてエリート統括官殿の前に突き出してやる!)

 

 多少なりとも会話をしたミアらと違い男性達にとってみれば、リンディが連れて歩いていた烈火は本局所属のキャリア組か、将来が有望視されている人材と思ってしまうのも無理はないだろう。

 

 この年代の地上本部の局員からすれば、本局所属……しかもキャリア組への印象は良いものではないだろう。リンディ本人に鬱憤をぶつけることは叶わなかったが、この烈火を痛めつければ彼女の鼻も明かせるだろうと目論んでいるのだ。

 

 だが、そんな思惑とは裏腹に、烈火の足元で蒼い()()()が煌めくと杖の先端部が起き上がり、魔力光と共に刃を形成していく。

 

 在り得ない光景に言葉を失う男性達を置き去りにするように時計の針は進み始める。

 

 

 

 

「……烈火があそこで戦うことになった理由は分かったけど、あのデバイスは何?それにどうしてミッド式とベルカ式を使ってるの!?」

 

 リンディから事の次第を聞いた一同はとりあえず納得するものの、訓練スペースで行われている光景について疑問が尽きる事はない。

 

 その最たるものはフェイトが述べたとおりである。

 

「彼からの要望で局のデバイスを一機貸し出したのよ。それに魔法適性があるんだから魔法が使えて当然でしょう?」

 

 リンディはフェイト達の疑問に対して、エクセンやマリエルの目があるからか敢えて暈すような言い様で答える。

 

 烈火が模擬戦に参加するということで真っ先に問題となるのが使用デバイスだろう。幼馴染たちにすら詳細スペックを語ることを拒否した“ウラノス”を管理局の訓練スペースというデータの記録と解析をしてくれと言わんばかりの場所で使うわけにはいかない為だ。

 

 これに関しては、自らの専用デバイスを持っていない局員が公務や訓練に使用する申請させすれば貸出可能なデバイス群から使用するという形でクリアされた。

 

 もう一つの問題である“ソールヴルム式”であるが、此方に関しての回答は烈火が目の前で立ち回っている通り、使用することで注目を集めてしまうのなら使わなければいいという至極単純なものであった。

 

 管理世界の人々が認知している“魔法”における発動プロセスは一部の“古代(エンシェント)ベルカ”や“稀少技能(レアスキル)”を除けば、“ミッドチルダ式”、“近代ベルカ式”を問わず大きな差異はないといっていい。

 

 二つの術式を区別する差異となっているのは、術者の魔力を組み上げて発動させる術式の方なのだ。

 

 魔導師は基本的に自分にとって適性の高い術式を選択して使用していくことになるわけだが、戦闘スタイルを見直して術式ごと転換(コンバート)するといったケースも存在する。

 

 これらの事実から、他の魔導師と同じく“リンカーコア”を持ち、魔法を行使している烈火が“ミッドチルダ式”や“近代ベルカ式”を使用すること自体は適性があれば決して不可能ではないのだ。

 

(……とは言ったけれど。まさか戦闘中に二つの術式を使い分けるなんてね。それにあのデバイスは本当に貸し出し用なのかしら?)

 

 二つの術式に互換性があり、“ソールヴルム式”にも少なからずその事象が適応されること自体については予想の範疇であったが、烈火の戦いについてはリンディ自身も驚きを隠せない。

 

 これでもかと言わんばかりに典型的な“ミッドチルダ式”の使い手であるリンディだが、“ベルカ式”の魔法も多少なりとも使用できる。逆もまた然りだ。

 

 だが、八神はやての様な例外を除いて“ミッドチルダ式”と“ベルカ式”を使い分けて戦うなど、聞いたことがない。

 

 加えて、烈火のデバイスも一般局員への支給デバイスにしてはオーバースペックであるように見受けられ、“夜天の魔導書”の様なレアケースを除けば不可能であろう単機運用下での両術式発動を可能としているのだから驚きを覚えるのも無理はないだろう。

 

「ふむ、やはりあれは私が開発を依頼されているミッド、ベルカ複合型デバイスの試作二号機に間違いないようだね……うちの部下がドジっ娘を発揮して無くしてしまっていた物だが、このような形で発見されるとは、私も驚きだ」

 

 そんな疑問は肩を竦めるようにして言い放ったエクセンによって解消されることとなった。

 

 この模擬戦の映像をクラークの病室で出力する前の彼女とマリエルとのやり取りを思い返してか、なのは達は此方に関してはあまり大きな驚きを抱かなかったものの、新しい疑問が浮かび上がる。

 

「あの……ミッド、ベルカ複合型デバイスって……?」

 

 おずおずと手を上げたなのははエクセンへと疑問を呈する。普段は武装隊員に教鞭を振るう立場である為か、皆以上に興味を示している様だ。

 

「言葉の通りさ。一機のデバイスでミッド、ベルカの魔法をフル出力で運用可能をコンセプトとした新型デバイスだよ。最も、オーダーメイドで依頼されているから一般配備されることはないだろうね。生産コスト的にも、術者の適正的にも、ね」

 

 何ともざっくりとした回答だが、先ほどのフォーミュラの解説に比べれば理解は容易だろう。

 

 そもそも、根本的に術式を使い分けることのメリットはこの領域まで至る為の修練期間に対して釣り合っていない。

 

 汎用性が売りの“ミッドチルダ式”といえどフェイトの様に並の騎士以上に近接戦闘をこなす者もいれば、単体戦闘能力が売りの“ベルカ式”にも補助を専門とするシャマルのような者もいる。

 

 つまり、“ミッドチルダ式”にも近接戦闘(クロスレンジ)用の魔法は存在し、“ベルカ式”にも遠距離戦闘(ロングレンジ)用の魔法が存在している。術式ごとの得意分野ではなくとも適正さえあれば、それらの魔法を身に付ける事が可能なわけだ。

 

 ならば、技ごとに術式を変えるよりも一つの術式を極める方が強くなるためには何倍も効率的ということだ。

 

 加えて、局の生産ラインも両術式の切り替えを実戦レベルで利かせることが出来るほどのハイスペックデバイスを量産できるまでには至っておらず、従来通り各術式ごとにデバイスを生産する方がコスト的な面でもお得なのだ。

 

(しかし、このデバイスを初見でここまで扱いこなすとは……いやはや、()()というべきかな)

 

 生産コスト面においても量産向けの性能をしていない“ProtoType02”だが、何より両術式を実戦レベルで扱えるだけ魔法適性と戦況に応じて瞬時に最適な魔法を繰り出せる判断能力を兼ね備えた魔導師でなければフルスペックを発揮することは叶わない。

 

 これらの資質を持つ魔導師は稀有であり、ましてやリンディからの説明を受けたところから目の前の少年はこの特異なデバイスを扱う為の訓練をしたわけでもなく、事前知識も持っていないと推測される。

 

 初見で彼と同じことが出来る魔導師が管理局の中に何人いる事か……という衝撃的な光景を前に、エクセンの口元は愉快そうに吊り上がっていた。

 

 

 

 

 訓練スペースでの戦いも佳境を迎えつつあった。

 

「はぁ、はぁ……はぁ」

 

「クソがっ!」

 

「なんだ……どうなってんだよ!?」

 

 騎士甲冑を土煙で汚した三人の局員が眼前に立つ少年を驚愕交じりの血走った瞳で睨み付けている。

 

 烈火の手に握られているのは身の丈ほどの長柄に三日月の様に弧を描く巨大な魔力刃を備えた武装……かつての“バルディッシュ・アサルト”を大鎌と称するのであれば、これは処刑鎌といったところか……

 

 戦闘中に二つの術式を使い分ける魔導師などお目にかかった事のない三人が困惑するのも無理はない。

 

 加えて、距離が離れれば“ミッド式”、距離を詰められて奇襲の様に迫って来る“ベルカ式”……はたまた、近距離での“ミッド式”、遠距離での“ベルカ式”魔法と変幻自在な戦闘スタイルに苦戦を強いられていることも相まって、相当に焦っている様だ。

 

「これで……終わりだ」

 

「ちくしょう!……フォーメーションΔ(デルタ)だ!!」

 

 処刑鎌が振り上げられようとした瞬間、フォーメーションを取りながらカートリッジを炸裂させた三人が烈火へ向けて飛び掛かる。長年の感か、やけっぱちかは定かでないが反応できたのは奇跡に近く、この場を切り抜ける可能性のある唯一の方法ではあったが……

 

(俺達の十八番を受け取りやが、れぇぇ!!!!)

 

 それぞれの武器にブーストをかけた魔力を纏わせて別々の方向から向かって行く三人……

 

(フォーメーション……どれほどのものかと思えば……)

 

 烈火は迫り来る長剣を処刑鎌の長柄で受け止める。

 

「終わるのはそっちだ!!」

 

 

 無防備になっている烈火の背に仲間達が飛び掛かっていく光景を見て、リーダー格の男性がほくそ笑む。

 

 長剣のリーダー格が正面から迫り陽動をかけ、斜め後ろに回り込んだ二人が背後から攻撃を繰り出すというフォーメーション……これこそが彼らが長年の戦いの中でトライ&エラーを重ねた末に編み出したものである。

 

 三角形の頂点を模した三方向からの同時攻撃……それもカードリッジ付与魔法となれば、まともに当たればお陀仏だろう。

 

 ようやく終わり……そう思っていたのだが……

 

 右側から迫っていた長槍の男性は突如として出現した魔力弾を顔に受けて体勢を崩す。左側から迫っていた徒手空拳の男性は四肢にバインドが絡みついて動きを封じられる。

 

 正面を向いたままノーモーションで繰り出された攻撃によって奇襲に失敗し、その光景を目の当たりにして鍔迫り合いの状態で足を止めてしまったリーダー格の男性は、蹴りを入れられて弾かれた。

 

 こうして三方向からの同時攻撃はいとも簡単に跳ね除けられたのだ。

 

「ち、ちくしょうがぁぁぁっ!!!!」

 

 十八番のフォーメーションを顔色一つ変えずに崩された男性は逆上しながらも、怒りをパワーに変える様に上体を持ち直して迫るが、迎撃として烈火から繰り出された魔力刃を射出する斬撃魔法を斬り払うとそこに彼の姿はない。

 

 視線を巡らせれば、その先には同じく体勢を立て直した仲間が長槍による突きを放っていたが、身体を捻って回避され、下から掬うようにかち当てられた長柄によってその手から得物を吹き飛ばされている光景が飛びこんでくる。

 

 そのままの勢いで地を蹴って自身の天地を逆転させた烈火は処刑鎌を一閃。腰から肩口にかけて斜めに斬り上げられた男性は宙を舞う。

 

 もう一人の仲間も吹き飛んでいく同僚に目をやりながら、どうにか片腕のバインドを解除して、掌から砲撃魔法を撃ち放っていた。身体を一回転させて着地するであろう烈火に対して最良の攻撃と言えたが……

 

「な……に……っ!?」

 

 その場で着地するしかなかったはずの烈火が滞空したまま大きく横にスライドするように移動したのだ。気が付けば、砲撃を回避して着地と同時に魔力刃を再構成した烈火が、先ほどの非ではない速度で接近しバインドに縛られたままの男性を斬り捨てた。

 

 陸戦魔導師ではありえない浮遊移動でありながら、空戦魔導師の飛行魔法とも一線を駕す軌道にリーダー格の男性は、思わず立ち竦む。

 

 確かに試作二号機の処刑鎌(サイズ)形態の刃部分の反対には“グラーフアイゼン”を思わせるスラスターが搭載されている。最も、鉄槌と処刑鎌という武器の性質の違いと、“アームドデバイス”程の耐久性がない本機に搭載されているのは、あくまで一撃の威力と運用性を向上させる補助的なものであり、“グラーフアイゼン”よりも小型だ。とても人間一人をホバー移動させられるだけの推力は持っていない。

 

 しかし、烈火は形成されている魔力刃を分離(パージ)して爆破、そのタイミングで先端部を稼働させ、刃とスラスター面を入れ替えて推進剤を吹かせることによって足りない推進力を無理やり補ったがために、空中での攻撃回避と一時的な高速移動を可能にしたのだ。

 

 そして、恐ろしく速い速度で再構成された魔力刃に反応できなかった仲間の一人は打倒されたということだろう。

 

(あんな、ガキ一人に引き下がれるわけねぇ!!絶対倒す!)

 

 たった一人残されたリーダー格の男性は長剣の柄を強く握りしめて、残存魔力の全てを刃に込めて烈火へと斬りかかる。

 

 長年現場を潜り抜けてきた自分が、地上本部では名の通った自分が、成り上がりの統括官のお気に入りというだけで、すかした態度を取る子供に負けることなどあってはならない……意地でも勝つという気迫が全身から滲み出ている様だ。

 

 だが……迫り来た四つの光矢は両腕、膝に着弾し、そんな男性の意志をいとも簡単に踏み壊していく。

 

 手から愛機が零れ落ち、全身から力が抜けて地に這いつくばるように手を付いてしまう。

 

 顔を上げれば、眼前には先端に蒼い魔力を滲ませた刃の無い長柄を振り上げている烈火の姿が……

 

 

≪Full Drive Ignition!≫

 

 

 そして、眩い光と共に先ほどまでよりも一回り大きな魔力刃が生成される。

 

 生きとし生ける者を狩り取らんばかりの巨大な処刑鎌を振り上げている様は正しく……

 

 

「し、死神……!?」

 

 

 真一文字に振るわれた処刑鎌によってリーダー格の男性は訓練スペースの壁に激突し、噴煙の中に消えて行った。

 

 

 

 

 結局、ミアとライズは烈火の戦闘に対して身動き一つとることが出来ないまま、決着の時を迎えてしまった。

 

 そんな二人を尻目にデバイスを待機状態であろうカード状に戻した烈火は、踵を返して出入り口へと向かって歩いていく。

 

「言ったでしょう。すぐに終わらせるって……じゃあ、お大事に……」

 

 戦いの前と何ら変わらぬ表情で呟いた烈火はミアたちの隣を通り抜けていった。彼の背を茫然と見送れば、出入り口から高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが姿を見せて烈火へと駆け寄って来る。

 

 “ヴァリアント・コア搭載型デバイス”にミッド、ベルカの術式を一機で発動させるデバイス、超エリートの統括官、管理局の若きトップエースに、正規武装隊員を圧倒する自称民間人と短期間に濃密すぎる情報を取り込んだ二人は完全に処理落ち(フリーズ)してしまっていたが、少なくとも死ぬまで今日の事を忘れられないだろうという確信と共に深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 烈火はなのはとフェイトに事情を説明され、先ほどまで戦闘していた訓練スペースの観戦室へと案内されていた。

 

「……そうでしたか、これはお返しします」

 

「いえ~元はといえば私が紛失したのが原因ですから、寧ろ見つけて頂いて感謝ですよ」

 

 待機状態の試作二号機を受け取ったマリエルは安堵の表情を浮かべている。

 

 

 フォーミュラの試験稼働を終え、烈火らの本来の用事も済ませ、ついでにいざこざを解決し、紛失していた最新鋭の試作デバイスも発見してこれにて一件落着といったところだろう。

 

「そうだな。私からも礼を言わせてくれ……そして、すまなかった」

 

 烈火へと声をかけようとしていたはやてらはエクセンの言いように思わず動きを止める。上司としてマリエルのミスを謝罪するといった風貌ではない為だ。

 

 

 

 

「……“ソールヴルム”そして、勃発した“ヴェラ・ケトウス戦役”」

 

 エクセンの呟きに烈火の瞳が大きく見開かれる。

 

「かの戦争に終止符を打った魔導師にこんな試作品を使わせてしまったことを謝罪しよう……心から、ね」

 

 そう言い放ったエクセンは小さく笑みを零した。

 




あけましておめでとうございます。

お久しぶりです。

年末と年始に1話ずつと思っていましたが、まさかここまでずれ込むとは……

何はともあれ、60数話やっててようやくなのは達が主人公の経歴を垣間見ることに……

因みにクラークとエメリーは病室に残ったままです。当然戦闘映像も端末が移動したので途切れています。まあ、動ける状態ではありませんし、事情を知らない彼らに映像を見せるメリットは何もありませんから仕方ない。

では次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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深淵の胎動

 ある日の正午前、天高く昇る太陽が焼き付くような日差しを以て街々を照らす中で空調の効いた寝室で蒼月烈火は規則正しい寝息を立てて眠りについていた。

 

『……まだ寝てるの?』

 

 烈火の形の良い眉が頭の中に響く声を受けて僅かに歪む。

 

『ねえ、起きて。起きてよ……』

 

 永遠に聞いていたいとさえ思えるほどの凛として美しい声音が烈火の頭の中を駆け巡る。

 

 

『もう!……起きなさーいッ!!!!』

 

 しかし、次の瞬間、大音量で脳内に響いてきた美声を受けて、ふらつくように頭を揺らしながら烈火の上体が起き上がった。

 

『今出るから、玄関で待ってろ』

 

 念話で返答をした烈火は、寝ぼけ眼を擦りながら送り主の下へと赴く。玄関の扉を開けば、体操着に身を包んだ金髪美少女にジト目で睨み付けられた。

 

「おはよう……今何時か分かるかな?」

 

「十一時過ぎか?」

 

「そうだね。じゃあ、体育祭のクラス練習の開始時間は?」

 

「八時半頃だったか?」

 

 フェイトはクラス練習に現在進行形で大遅刻しているにもかかわらず、悪びれない様子の烈火に眉を引くつかせている。

 

「今から支度をするから上がって待ってろ」

 

「むぅ……分かった。お邪魔します」

 

 不満げに頬を膨らませてむくれるフェイトだったが、これ以上は不毛だと判断したのか烈火に促されると蒼月宅の扉をくぐった。

 

「適当に寛いでてくれ」

 

「ん、了解」

 

 リビングへと通されたフェイトは慣れた様子で冷蔵庫を開けると炭酸飲料のペットボトルを取り出し、食器置き場から蒼色のマグカップと()()の黄色のマグカップを用意して机に並べる。

 

 気持ちのいい音とともに開栓された飲料をカップ注いでいると体操着へ着替えた烈火が姿を現した。

 

「はい、烈火はジュースだよね」

 

「ああ、ありがとう」

 

「えへへ、今日は熱いしちょっと疲れたから私も……」

 

 冷え切った炭酸飲料が寝起きで起動しきっていない烈火と一仕事終えて来たフェイトの喉へと流し込まれ、身体全体へと染み渡る。

 

 そして、一息ついた両者は蒼月宅を後にして聖祥学園への道のりを歩いていく。

 

 

 

 

「もう、全く烈火は…‥アリサなんてカンカンだったよ」

 

「はぁ……このまま引き返すか?」

 

「みんな出席してるんだから、用事が無いなら烈火も来ないとダメです」

 

 烈火はフェイトの発言と携帯端末に残っているアリサ・バニングスからの不在着信を見て辟易したような表情を浮かべ、学校に行くの止めようかと提案するが隣の少女がそれを許すはずもない。

 

「……夜中まで“ウラノス”のメンテをしてたんだから眠いんだよ」

 

「メンテナンスって自分で?」

 

「ああ、まあな」

 

 改めて烈火のクラス練習への遅刻を非難するフェイトだったが、その原因を聞くと大きな瞳をぱちくりとさせて驚きを露わにした。

 

「そっちこそ、今日は本局で試験稼働って話だったが、もう戻って来れたってことは何か問題でも起きたのか?」

 

「ううん、アヴラム所長が改修した“マギカアームズ”を使った試験稼働は順調だったよ……というか、進捗が良すぎて今の時点だとやれることが無いんだって。今日の稼働率を見る限りだと“フォーミュラ”の運用はもう実戦レベルだって褒められちゃった」

 

 照れくさそうな様子のフェイトだったが、僅か数時間で“ヴァリアントコア搭載型デバイス”を御しきったという成果をなんてことない風に口に出せてしまえる辺り、なのはに負けず劣らずのセンスの高さといえるだろう。

 

 因みに通院中のなのはを除いた、はやて、ヴィータ、シグナムと共に試験稼働に臨んだが、稼働率は上からシグナム、フェイト、ヴィータ、はやてという結果になったようだ。

 

 

(アヴラム所長に“ウラノス”か……)

 

 フェイトは一連の会話の流れを受けて先日、本局にて烈火とエクセンが繰り広げたやり取りを思い返していた。

 

 

 

 

 地上本部所属の魔導師との模擬戦が終了し、烈火が偶然にも手にして使用した試作型デバイスを開発者であるエクセン・アヴラムに返還した際に受け手の彼女が言い放った“ソールヴルム”という単語を含んだ発言に場の雰囲気は支配されていた。

 

「……何の話ですか?」

 

 烈火はエクセンから得体の知れなさを感じてか警戒するような表情を浮かべている。

 

「そう身構えないでくれ。私としては君と是非仲良くしたいのだから」

 

 そんな烈火に対して飄々とした態度のエクセンだったが、場の空気が軽くなることはなく、周囲のなのは達も困惑した様子で思い思いに両者へ視線を送るのみだった。

 

「管理局におけるフォーミュラ運用の責任者になるにあたって、先の事件の戦闘は全て閲覧させてもらった。君と蘇ったフィル・マクスウェルとの戦いも含めてね。そして、映像内での君の戦闘スタイルに思い当たる節があって何事かと記憶を遡れば、一年ほど前に局の一部の者の中で噂になったある魔導師へと行きついた」

 

 まるでパズルを組み上げていくように言葉を紡ぐエクセンを止める者はいない。

 

「白き衣、白亜の剣、天使の如き蒼い大翼を翻す年場もいかぬ少年、操るは蒼い四芒星に黒い炎……それは“特別管理外世界・ソールヴルム”において勃発した“ヴェラ・ケトウス戦役”の最終局面、次元震の発生抑止の為戦闘の即時停止という大義名分の元に戦局へ介入した管理局艦隊とも戦い、四つ巴の乱戦の中で局の旗艦である“マグニフィセント”を轟沈させたと言われている魔導師の特徴と合致している」

 

 リンディを除いた、なのは達が驚愕に包まれる中でエクセンは自らの探求心が満たされていくことに気を良くしたのか先ほどまでよりも饒舌な様子で烈火を見据えている。

 

「結局、管理局艦隊は情報機器系統まで大破した二隻を残して撃破されてしまい、戦局半ばで撤退せざるを得なかったわけだが、英傑と多数の局員の死は当時話題になったものさ。まあ、()()は大失敗で敗走という形になってしまったから、詳細情報は一部の者にしか明かされなかったがね」

 

 エクセンが語る内容は突拍子のないものであるが、与太話と断言できる根拠がない……何故なら、なのは達は蒼月烈火という少年の過去を殆ど知り得ていないからだ。そして、この話を総括すれば、こじ付けではあるが烈火の異常性を語る上で、ある程度辻褄を合わせられる内容となっている為、否定の声を上げる事も叶わない。

 

 

 これまでの戦いを見てきた者達からすれば、烈火をミッドでいう一般学園中等部に所属している魔法が使えるだけの民間人と同列に扱う事は不可能だ。

 

 管理局の理解が及ばない“ソールヴルム”という特異な世界とはいえ、民間人の学生が管理局のトップエースに比肩しうる異常なまでの戦闘能力を備え、先の事件で強化改修された“レイジングハート・ストリーマ”に見劣りしないほどの性能だと予測されるデバイスを所持しているとは考えにくい。

 

 確かに “DSAA”を始めとした魔法競技選手の中には、管理局のエースクラスの実力を持つ者もいる。しかし、それはあくまでルールに守られた競技の中での話であり、実戦においてはその限りではない。ましてや暴走する“ロストロギア”や魔法の天敵といえるフォーミュラ保持者を退ける事など、どう考えても不可能だ。

 

「……そんなに怖い顔をしないでくれたまえ。別に大将閣下や“ヴァールナイツ”の大半が死した事に関して君の責を問うつもりでこの話を持ち出したわけではない。そもそも戦局に無理やり割り込んだのは管理局(こちら)側だ。犠牲が出たとて自業自得というものさ。致し方ないだろう?」

 

 モーションこそ見せないが瞬時に“ウラノス”を起動できる状態に入っている烈火と、楽し気なエクセンのやり取りに戸惑いを強めているなのは達を尻目に場の空気は重苦しさを増していく。

 

 詳細な事情が分かったわけではないが受け取り様によっては、なのは達にとって()()の人物を軽んじる発言をエクセンがしたことも重苦しさに拍車をかけているようだ。

 

「それに……局側も“アルカンシェル”まで使ったのだ。君達の陣営とて無傷だったというわけではあるまい?それでお相子さ」

 

「……ッ!」

 

 エクセンの言葉に烈火の表情が歪み、拳が固く握りしめられる。

 

「ん……先ほども言ったが私としては君と末永く良い関係を築けていけたらと思っているのだが……英傑達が散った戦乱の中で驚異的なまで戦果を挙げ、最強と謳われた魔導師を目の当たりにして些か興奮しすぎてしまったことは謝罪しよう。だが、兼業とはいえ私もデバイスマスターの端くれ、そんな私でも君と話せる機会はとても貴重で……」

 

「アヴラム局長……」

 

 先ほどまでよりも僅かに落ち着いたように思えるエクセンの言葉を凛とした声音が遮った。

 

「我らにとっては予定外の長居故、そろそろ失礼させていただきたいのだが?」

 

 エクセンの言葉を遮った主は烈火の前に出たシグナムだった。

 

「そうね……お話中に申し訳ないのだけれど、みんなも疲れているわ。今日はこの辺にして頂けると助かるのだけど?」

 

 続くようにリンディも声を上げる。これが決め手となり、次回の試験稼働の日程を追って伝える旨を受けて、この日は解散とされた。

 

 

 

 

「……」

 

 フェイトは隣を歩く烈火の横顔を不安げな表情で見つめている。

 

 エクセンが烈火の過去と思わしき出来事に言及したあの日から、彼が自分達に対してどこか距離を置くようになったと感じているからだ。

 

 そして、確かにエクセンが語った内容は衝撃的なものだったが、それが事実だったとして、どうしてそうなるに至ったのかを烈火本人に尋ねようとこの数日間、何度も試みようとしていた。

 

(知りたい……なんで管理局と戦ったのか、どうしてそんなに悲しそうな瞳をしているのか……)

 

 しかし、今まで自分の過去を語ろうとしなかった烈火に対して、あんな出来事の直後に無理やり問いただす事は出来なかった。

 

 怖かったのだ。

 

 

―――もし、過去の事を聞き出そうとしたとしたら、彼がどこか遠くに行ってしまうような気がして……

 

 

 烈火が何かに悩み、苦しんでいるのは、この半年間共に過ごしてきたフェイトも少なからず気が付いていたし、先日のやり取りの様に直接的ではないにしろ言及してこなかったわけではない。

 

 しかし、そんなものは何の気休めにもなっていなかった。あの過去を聞いてしまえば、尚更に想いは募る

 

 確かに相手に気を遣って接することは大切だ。何事にも適切な距離感があるのだろう。

 

 実際、今の距離感はお互いが必要以上に干渉しない適正値なのかもしれない。

 

(でも……それじゃダメだよね)

 

 母を妄信し、その為に手を汚そうとしていた自分と向き合ってくれた……存在理由を失って絶望の内に居た自分を支えてくれた少女は、相手を思いやりながらも距離感などお構いなしに、倒れても傷ついても真正面からぶつかってきた。

 

 なら、彼女に救われたように今度は自分が彼の力になりたいと強く想う。嫌われたり、疎ましく思われたりすることに竦んでしまう弱い自分ではいけないのだから……

 

 

「……烈火!」

 

 突然左手を両手で優しく包み込まれた事を受けて烈火が隣へと顔を向ければ、大きな瞳を揺らして、正面から見据えてくるフェイトの姿がある。

 

「あの……ね。この前、アヴラム局長が言ってたことだけど……その……答えにくい事だって分かってる。多分、烈火にとっても思い出したくないような出来事だってことも……」

 

 烈火は真摯な表情を浮かべて正面から向き合って来ようとしているフェイトから視線を外すことが出来ないでいる。

 

「でも、烈火がどうして辛そうなのか、悲しそうな顔をするのかを知りたい。私が力になれるなら協力したいんだ。だから……お話を聞かせて欲しいな」

 

「……フェイト」

 

 両者の双眸が交錯する。

 

 刹那にも永遠にも思える交錯の中で混ざり合いかけた蒼と紅は、互いの意図しない形で遮られることとなった。

 

 

 

 

「は、ハラオウン執務官ですよね!?」

 

「ふぇ!?え、ええ……そうですけど」

 

 突如として声をかけられて流れを断ち切られたフェイトと烈火がその原因へと視線を向ければ、頬を赤く上気させて興奮した様子の自分達と同年代くらいだと見受けられる少女が綺麗な敬礼姿で熱い眼差しを向けてきていた。

 

「まさかいきなりご本人にお会いできるとは恐縮の限りです!」

 

「え、えっと、あの……?」

 

「ハラオウン執務官達のお噂は遠征先にも轟いていまして、何時かお会いしたいと思っていたんです!わ、私……あ!自分は……」

 

 キラキラとした視線を送って来る少女に対して困惑を隠しきれないフェイト、その隣では烈火が怪訝そうな表情を浮かべている。

 

 管理外世界である“地球”において、管理局の制服姿の人物にいきなり声をかけられているのだから、フェイトが困惑するのも無理はないだろう。

 

 そんな二人を置き去りにして気分が高揚している様子の少女だったが……

 

 

 

 

「……ったく!!いきなり走り出したかと思えば、着任前に何をやっとるか!?」

 

「あ、いでぇっ!?」

 

 突如として現れた人物から頭に拳骨を落とされて目に涙を浮かべながら、その場で跳ね回る事となった。

 

「いやー悪い悪い、うちの若いのがやかましくてすまんかったな」

 

「あ、貴方は……」

 

「よう、2年とちょいぶりってとこかな。ハラオウンの嬢ちゃんはすっかり別嬪さんになってて、おじさんびっくりだぞ。高町の嬢ちゃんや八神の嬢ちゃんは元気か?」

 

 落とした拳を開き、ひらひらと手を振りながら白い歯を覗かせて人懐っこい笑みを浮かべている大柄な男性を前にしてフェイトの瞳がこれでもかといわんばかりに見開かれる。

 

「ぐ、グラゴウス二等空佐!?」

 

 大柄の男性―――アダイ・グラゴウスの階級を耳にした烈火も極力表情に出さぬようにしてこそいるものの、決して少なくない衝撃を受けていた。

 

 フェイトらと過ごした半年間で管理局の運営システムについてはそれなりに理解を深めており、“二等空佐”という高位の階級を持つ人物が平時の管理外世界に姿を現したのだから、何かを勘繰ってしまうのも無理はないだろう。

 

「まあ、そう驚きなさんなって、ちゃんと説明してやっからよ。それに驚いたのはおじさんたちの方だぞ。遠征から戻ってすぐにこんな管理外世界に派遣されたんだからなぁ」

 

「えっと……それってどういう……」

 

「まあ、無限円環(ウロボロス)って言えば、俺よりも嬢ちゃんの方がピンと来るんじゃねぇか?」

 

 アダイが口にした無限円環(ウロボロス)という単語に聞き覚えがあった。数ヵ月前に起きた幾つかの事件に関わっていた犯罪組織であり、その構成員とは実際に刃を交えた事もあるのだから忘れようもないだろう。

 

「逃げだした研究員を追ってって話らしいが、管理局黎明期から存在する滅多に表に出てこない大組織が姿を見せて襲撃してきた……しかも、その構成員を現地の滞在している戦力だけで退けたとなれば、奴さんらも嬢ちゃん達を大なり小なり意識しているだろう。今んとこ再襲撃ってこともなさそうだが、可能性がないとも言い切れねぇ」

 

 件の組織が活動した際には目撃者は残らず消され、関係のない多数の人命までもが失われたり、果ては次元世界の崩壊にまで発展しかねないと言われている中で、彼らの襲撃を受けたにもかかわらず小規模の被害で済み、今では何ら変わりない日常を取り戻しているこの状況はある意味では異常事態ともいえる。

 

「前回は偶々戦力が揃ってたが、もし次に襲撃があったとして万全の状態で迎え撃てるとも限らねえから、嬢ちゃんらが局の仕事でこの世界を空けている時にも常駐戦力を保有しておけとの上からのお達しを受けて俺達が派遣されたってわけだな。普通なら管理外世界にこんな措置は取らねぇんだろうが、何分この“地球”ってのが厄介なんだろうなぁ」

 

 疲れたような様子で溜息をつくアダイ様子を受けてフェイトは小首を傾けた。

 

「嬢ちゃんよぉ、よく考えてもみろ。まずは、何といっても“闇の書事件”だろ?その前には使いようによっては次元世界が消し飛びかねない代物が暴走した“PT事件”、ついこの間には“FM(フィル・マクスウェル)事件”が起きて、新体系の“エルトリア式フォーミュラ”が発見され、挙句の果てが無限円環(ウロボロス)構成員による襲撃事件だ。局員やってても数十年に一回遭遇するかしないかってレベルの規模の事件がこうもポンポンと……しかも他にも挙げればキリがねぇ程の事件が魔法文化の無い筈の管理外世界に集中して起きている」

 

 上司のマシンガンの様に飛び出してくる言葉を受けて、制服姿の少女も苦笑いを隠せない様子だ。

 

 

「しかも、局にもほんの一握りしかいないオーバーSランクの魔導師がゴロゴロ出てくる管理外世界って一体どうなってんだって話だよ」

 

 しかし、アダイの指摘はどれも的を得たものだ。様々な観点から見て、“地球”という惑星は余りに異常だ。だが、いくら優秀な魔導師が発掘されようが、高町なのは、八神はやて等の例外を除けば、現地人や多くの生物は魔法を行使する事はおろか、その存在すら創作上のものとしか認知していない為、あくまでも魔法文化の無い管理外世界に分類されることには変わりない。

 

 その為、管理世界に加盟するという選択も取りづらく、かといって放っておくには警戒が必要だということで“東京支局”を一般企業に偽装して設営したのだが、立て続けに起きた二つの大事件を受けて本局側も更に動きを見せたということだろう。

 

「まあ、俺達は繋ぎだけどな」

 

「繋ぎ……ですか?」

 

「ああ、今は正規の着任者を検討中だそうで、それまでは手が空いてる連中の中で纏まった時間引っこ抜かれても局の運営に影響が少なくて、即戦力になるやつが必要ってことで俺の部隊に白羽の矢が立ったらしい。……因みにぃ、聞いた話だが、次の連中の選考には上もかなり頭を悩ませてるようだぞ」

 

 先ほどの気怠そうな表情から一転して、アダイはにんまりとした笑みを浮かべてフェイトへと視線を向ける。

 

「仮に再襲撃があったとしても相手が相手だ、その辺の奴らじゃ時間稼ぎにもならんから腕が立つのが最低条件。常駐とはいえ、支局への出向じゃなく、あくまで嬢ちゃん達の居ない時間の穴埋めになるから、平行して自分の部隊での仕事もそれなりにこなさにゃならん。何より……コイツぐらいの若けぇ魔導師が挙って立候補したせいで、倍率がとんでもない事になってるそうだぞ」

 

 アダイが隣の少女を指差しながら言い放つ。指差された少女も首を縦に振りながら、納得といった表情を浮かべている。

 

「それもこれも、嬢ちゃん達がアイドル並みの人気者だからってのが原因だなぁ」

 

「もぅ、からかわないでください!」

 

 羞恥からか頬に朱が差したフェイトが抗議の声を上げるが、アダイの言っていることは強ち間違いではなかった。

 

 なのはとフェイトに関していえば、ミッドチルダでも誰もが知る雑誌等で特集が組まれたり、本人達は乗り気ではなかったものの、記者からのインタビューを受けて記事が掲載された事もある。

 

 これらの影響、両者の華々しい戦歴と鮮烈なバックストーリーが相まって、特に若い世代からの支持は高く、目の前の制服姿の少女を始めとした十代の局員や市民からはそれが顕著にみられるため、アダイが言った立候補者が乱立したという事柄についても説明が付くだろう。

 

「……ってなわけで、正規の着任者が決まるまでだが、またよろしくな!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 既知の仲であった男性の変わらぬ姿に小さく笑みを浮かべたフェイトは軽く会釈をした。

 

 

 

 

「……にしても、ハラオウンの嬢ちゃんよぉ。やっぱり嬢ちゃんも年頃ってことかねぇ。彼氏まで作って色気づいちまって、おじさんは時代の流れを感じざるを得ないぞ」

 

「か、彼氏!?」

 

「だってよぉ~さっきからこれ見よがしに仲良く手なんか繋いで、独身のおじさんに見せつけてんのかと思っちまったぜ」

 

 言われるがままに目線を下げたフェイトの視界には、烈火の左手をしっかりと握り締めている自分の手が飛びこんでくる。これが意味することは、少女とアダイに声をかけられ、身体の向きを変えた際に片手は離した様ではあるが、その時からずっと手を繋いだ状態でいたということであり……

 

「こ、これは、そういうんじゃなくてですね!!」

 

「あー、分かった分かった。いやーアツアツですなぁ。おじさんも若い頃は……」

 

「百合疑惑までかかっていた敏腕執務官には、現地世界にイケメンの彼氏有りと……これは大スクープですね」

 

 フェイトがわたわたと否定するが顔を真っ赤にして慌てているせいか、何処か取り繕うような雰囲気を醸し出しており、かえって逆効果となっていた。

 

 

 

 

「……で、着任前って言ってましたけど、東京支局の位置は分かってるんですか?」

 

「ああ、端末には入ってる。自力で行けるから問題ないぜ。引き留めちまって悪かったな」

 

「いえ、じゃあ私達はこれで……」

 

 さんざん弄られた事へのささやかな報復かジト目で睨み付けるフェイトだったが、気にした素振りもないアダイはからからと笑っている。

 

 そして、話も一区切りとフェイトは烈火と共に聖祥学園への道のりを再び歩き出した。

 

 

「俺達もさっさと行くぞー」

 

「はい!……ってアレ?私、自己紹介すらしてなくないですか!?」

 

「暫くはこの世界に居るんだ。そのうち嫌でも顔を合わせるだろうからそん時にでもしろ」

 

「う、うぅぅぅ……」

 

 憧れのエリート執務官に対して、所属や階級はおろか、名前すら名乗れなかった少女は大きく肩を落としながら、東京支局へと向かうアダイの後を追う。

 

 

「……全く、人生ってのは儘ならんもんだなぁ……」

 

 

 歩き出したアダイが背後で仲睦まじく肩を並べて歩いている少年少女を流し見ながら呟いた言葉は、誰の耳に届くことなく風の中に消えて行った。

 

 

 

 

 第108管理外世界・アルゲム

 

 

 魔法文明のない世界を彩っている街並みの入り組んだ路地をくたびれたカッターシャツ姿の男性が息を荒げながら駆けている。まるで死が間近に迫っているかのような必死な形相だ。

 

「はぁはぁ……はっ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

 そして、目的の場所に辿り着いた男性は、心臓が口から飛び出してしまいそうな程の緊迫感からの解放と目的を完遂した達成感を抱きながら、荒れた呼吸を整えて眼前の人影を見据えて、胸ポケットから小箱を取り出した。

 

「貴方からの依頼の品です」

 

「ンフフゥ!ご苦労様です。よくやってくれました。上の方々もさぞお喜びになるでしょう」

 

 毛先が編まれた長い金髪、紺色のシルクハットに長いステッキと、宛ら奇術師といった出で立ちをした男性は口角を吊り上げて男性から小箱を受け取った。

 

(これで私の価値を理解できない無能に私ではなく他の研究者を評価したことが間違いであったと示すことが出来る)

 

 カッターシャツ姿の男性は奇術師風の男性の満足そうな表情を見て胸を躍らせている。先日の失態で出世コースから完全に外れてしまい、左遷が決まったところに持ちかけられたこの交換条件を見事に果たし、これから先の未来へと望みを繋げられた為、これ以上ないくらいに満たされているのだろう。

 

「……ええ、本当にご苦労様でした」

 

 奇術師風の男性は目を輝かせている男性に対して称賛するような笑みを浮かべながら、ステッキの先で地面を二度小突いた。

 

「は、え……っ!?」

 

 鉄が地面を撃ち叩く音と共にカッターシャツ姿の男性の表情が凍り付いた。黒と灰が混ざり合ったような濁った色の光が全身に絡みついていたからだ。

 

「この品……非常に有益なものですが、貴方自身はただの凡人でしかない。我が組織に貴方の様な三流以下の人間は必要ないのですよ」

 

 奇術師風の男性の言葉を受けて驚愕と絶望で固まっている男性が声を上げるよりも早く、顔全体に魔力が纏わりついてその行動はおろか、呼吸すら困難な状況とした。

 

「残念ですが、貴方の出番はこれで終わりです。せめてもの情けで、私が描く脚本の中の名前もない末席程度には加えておいてあげましょう。では、さようなら……」

 

 笑みを浮かべた奇術師風の男性が杖先で地面が弾くと光の帯が全身を絞め上げ、何かが折れる音と共にカッターシャツの男性の身体が何度か痙攣し、程なくしてその四肢が力なく投げ出された。

 

「これにて任務完了ですか……おや?やれやれ、この期に及んでまだこんなものを……」

 

 男性の首の骨をへし折り、四肢を破壊した魔力の帯が術者の影へと沈んでいく。その場を後にしようとした奇術師風の男性が足元に転がってきた一枚のカードを見て呆れたように肩を竦めたかと思えば、何かを思いついたのか愉快そうな表情を浮かべて口角を吊り上げる。

 

「ンフフゥ……このまま任務達成といっても些かインパクトに欠ける。あの方の寵愛を受け、私の脚本をもっと盛り上げていくためにも手土産は必要かな?」

 

 奇術師風の男性は掌のIDカードを握り潰すと杖先で地面を小突く。次の瞬間には、惨劇の場となった路地裏に何時も通りの静寂が回帰した。

 

 既に奇術師風の男性も謎の光も忽然と姿を消している。ただ一つ異なるのは、全身の皮膚が焼け爛れ、かつて人間であった肉塊が見るも無残な姿で横たわっているということだ。

 

 その傍らで“時空管理局”の関係者以外が持ちえない筈のIDカードが腐食したかのように液状となって溶けていった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

リリカル☆ライブ!等の影響でモチベは非常に高かったのですが、随分お久しぶりとなってしまいました。

恐らく皆様が期待していたような過去話ではなかったかと思いますが、着実にシナリオは進んでいます。
読んでいる中で??と思われたであろう色んな箇所はこれからの話で回収していく予定です。

では、また次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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戦々恐々のRaid Dimension

 線が細く顔立ちも整っている少年———蒼月烈火と学園が誇る美少女———フェイト・T・ハラオウンは目的地である聖祥学園へ到着したが、重役登校の傍らグラウンド横を通った際に、体育祭に向けて練習に励んでいるはずの所属クラスの面々はおろか、他クラスの生徒の姿すら見当たらなかったことに疑問符を浮かべながら校舎を歩いている。

 

「みんなどうしちゃったんだろ?お昼にはまだ早いと思うんだけど……」

 

 自身らの教室があるフロアへの通り掛けに流し見ただけでも他学年、他クラスの教室の殆どが締め切られており、その中に多くの生徒が籠っているのが見て取れる。そのせいか、廊下を歩く生徒も自分たち以外はおらず、何とも異様な雰囲気が校舎中に蔓延していた。そんな学園の様子を受けて、フェイトは困惑の色をさらに強めていた。

 

「さあな……というか、誰かさんのせいで俺は朝も昼も用意出来なかったんだが?」

 

「烈火がまたコンビニで済まそうとするからだよ。毎日買い食いなんて栄養が偏って身体に悪いんだから」

 

 烈火も周囲の異様な空気に眉を顰めてはいるものの目下それよりも重大事項を口にして隣の少女へジト目を向けるが、対するフェイトも膨れっ面で反論する。

 

 寝起きで出発した烈火は当然ながら朝食を取ったはずもなく、遅い登校の中で昼食の確保をしなければならなかったのだが、その為に最寄りのコンビニに寄ろうとした際にフェイトに腕を取られ、そのまま左腕を胸の内に抱き込まれてぴったりとくっつかれてしまい“大丈夫だから”の一点張りで、寄り道をすることが出来ずにここまで辿り着いてしまっていた。

 

 確かにフェイトの言わんとしていることは正論であるが、常はともかく今日に関しては学校に来るまでの一連の流れを垣間見れば烈火の行動も致し方ない部分があるだろう。何より年頃の男子が朝、昼抜きで運動というのも辛いものがあると思われるが……

 

「ちゃんと烈火の分のお弁当も作ってあるから大丈夫だよ。お昼休みになったら一緒に食べよう」

 

 フェイトはスクールバックの口を開き、中にある二つの弁当袋を烈火に見せつける。満面の笑みを浮かべ臆面もなく言い放つフェイトに対して、数秒間固まった烈火は照れ隠しからか、徐にその額を指で軽く弾いた。

 

「あうっ!?……もぉ、いきなり何するの!」

 

 加減されており痛みはないとはいえ、突然の衝撃に両手で額を抑えて身じろぎしたフェイトは頬を膨らませて、烈火の肩に自分の肩をぶつけるようにして反撃する。こちらも軽く小突いているだけであり、両者の表情に相手への嫌悪感は微塵も見受けられない。何時ものじゃれ合い、周囲の面々に言わせれば痴話喧嘩といったところか。

 

 そうこうしている内に二人は所属クラスである“聖祥学園中等部・3年1組”の教室に到着し、後方の出入り口である扉に手をかけたが……

 

 

「……ったく!いい加減にしなさいよ!!」

 

 

 扉を開くと同時に劈くような甲高い声が教室中に響き渡った。突然の事態を受けて烈火とフェイトも扉の前で立ち尽くしてしまっている。

 

 程なくして、扉の開閉音に気を引かれたクラスの面々と視線が重なった。ある者は不安を滲ませ、ある者は気怠そうに下を向き、ある者は怒りに震え、千違万別といった様子であったが全員に共通しているのはマイナス感情が表層にまで色濃く出ており、事情を知らない烈火とフェイトにも教室の雰囲気が最悪だということがはっきりと理解できたほどだった。

 

 

 良くも悪くも途中入室で教室内の空気を断ち切った二人が自身の座席についたところで、仕切り直す意味も込めてか事の詳細を知らされ、教室の険悪な雰囲気と校舎中に蔓延している異様な雰囲気の原因が()()()()()()()を除いて、体育祭で一人当たりの個人競技出場数に大幅な制限が設けられるという仕様変更が生徒会から公布されたということであると明らかになった。

 

 このような仕様変更が既に競技への参加者が確定して、各クラスが練習に励んでいる夏季休業真っ只中に決定された事に関して様々な憶測が飛び交ったが、学内の情報通やこれまでの体育祭の歴史を垣間見れば、聖祥学園に所属している大多数にとって理解できなくもない理由ではあったようだ。

 

 その最たるものが、運動能力が突出し過ぎている一部生徒の存在にある。体育祭というだけあって、運動能力が高い生徒が競技で活躍することが多く、その面々が主役となりがちなイベントであることはこの行事の醍醐味であろうが、現在の最上級生が中等部に上がってきたここ二年間においては大いに物議を醸す結果となっていた。

 

 私立聖祥学園における体育祭において中等部は、全学年全クラスが共通プログラムの下に競技に参加し、それらで獲得した配点を競い合うというスタンダードな方法を用いている。

 

 私学だけあってスポーツ推薦を受けた者も少なくなく、学年間でも白熱した戦いが繰り広げられるのだが、二年前に行われた際には一年生のクラスが優勝するという大番狂わせが起こった。

 

 その優勝クラスに所属していたのが、今回のルール変更の最大要因となったフェイト・T・ハラオウンと月村すずかである。トラックを走らせれば運動部や最上級生を置き去りにして先頭を独走し、高跳びやボール投げといった種目においても常にどちらかが首位をキープし続けた。男女混合競技においても両者が上級生の男子生徒ですら太刀打ち出来ない程の余りにも突出した成績を残したことによって、見事なまでのジャイアントキリングが起きたということだ。

 

 昨年度はフェイトとすずかは別クラスに振り分けられたものの、やはりというべきか両者が配点の大きな競技にエースとして出場し、力と速力に勝るすずかと状況判断と反射神経に優れるフェイトによる激闘が繰り広げられた。

 

 個人成績としては誤差ですずかが上回ったものの、全体の成績としてはフェイトが所属していた2年2組が全体優勝、次点で2年1組という結果となり、またもや最上級生が優勝を逃し、これまた大番狂わせで2年生がワンツーフィニッシュという結果になった。

 

 加えて同学年の東堂煉もフェイトら程、精力的に競技に取り組んでいたわけではないが出場した競技では上級生や運動部を一掃して全競技でぶっちぎりの首位を獲得しており、この三名に隠れがちではあったが、アリサ・バニングス、黒枝咲良の両名に関しても似たような結果を残していた。

 

 アリサに関しては純粋に素のスペックの高さによるものだが、他の面々は吸血鬼の末裔である“夜の一族”、“時空管理局・武装隊”のエースを凌ぐ実力を誇る魔導師であり、これを加味すれば一般生徒が太刀打ちできないのも当然の結果だが、事情を知らぬ人間にとってみれば、帰宅部がスポーツ推薦を受けるほどの生徒を涼しい顔で屠っていく姿は常識外れもいい所だろう。

 

 実際、やっているゲームが違うと言って差し支えない程の力量差を見せつけられ、面子が丸つぶれとなった当時の上級生や運動部生徒、フェイトらと同クラスになった生徒以外は体育祭への気力を失っていた。

 

 さらには体育祭を観戦した父兄からも少なくない反発の声が上がった事も今回のルール変更の後押しとなったのだろう。

 

 上位を競うという競技の仕様上致し方ないのであろうが、子供の活躍を楽しみにして来てみれば、一部の生徒のみが圧倒的に結果を残し続けており、玉入れ等の全体競技においても運動が苦手な生徒が玉の補充をし、運動能力の高い生徒が投擲し続けられるように補助に徹するといった光景も散見され、まるで主役の引き立て役の様な役回りをしていた。

 

 これには親として流石に思うところがあったようであるし、生徒の中にはアリサやすずかの様な令嬢も少ないが存在する。会社間の力関係や自身の面子という観点からしてもこんなものを寛容できるはずもなく、学園へクレームが入ったというわけだ。

 

 更にはこの結果に納得しきれていないのは生徒と父兄だけではない。なんと、教師の中からも不満の声が上がっていた。

 

 担任であれば自分のクラスが優勝してほしいと思っているであろうし、目にかけた生徒が帰宅部に手も足も出ない様をまざまざと見せつけられた運動部の顧問や体育教師にとっても、この機会を利用してルールを変えられる事は渡りに船といえる。

 

 結果として、一人当たりの個人競技出場数に制限を厳しくすることによって、フェイトやすずかの単騎無双を不可能にし、運動能力の平均値が高いクラスを有利にするというルールを施行したというわけだろう。

 

 玉入れ等で見られた作戦も、単純に効率を突き詰めていくのであれば決して間違っていない方法であったが、体育祭はあくまで体育の授業の延長でありそれらを逸脱した行為と思われたものに関しては多くが禁止となり、各競技においても多数のルール変更が成された。

 

 これらの煽りを受けて、どのクラスも競技参加メンバーの再編成を余儀なくされており、烈火らの3年1組も同様の状況にある。そして、競技メンバーを決める中で一悶着起きており、その真っ只中に烈火とフェイトが登校してきたというわけだ。

 

 

 

 

 事情の説明が終わると壇上に立っている男女それぞれのクラス委員を中心に性別ごとに分かれて、個人競技の選手決めが再開されたが……

 

『……原因は分かったけど、代わりの人を決めるだけでどうしてこんなになっちゃったんだろう?』

 

『知らん。興味もない』

 

 再開された選手決めだが、おっかなびっくりといった様子のクラス委員が希望を募る声を発して以降、口を開く者はおらず教室は嫌な静寂に包まれており、時計の秒針が進む音だけが響いている。

 

 周囲の沈黙に耐え切れなくなったフェイトは烈火へ念話を送るが、この状況に辟易しているのか素っ気ない答えが返ってきたのみであった。

 

 参加者の選定の中で最大の問題となっているのが、フェイトやすずかを始めとした運動が得意な生徒が出場できなくなった分の穴埋め要員の確保であり、それを示すかのように黒板に書き出されている競技出場者一覧には空欄がいくつも見受けられる。だが、女子の残り一枠に対して、特に男子の側はそれが顕著に表れている。

 

 女子サイドは今年度を除いて、毎年クラス委員を務めていたアリサが現行委員をサポートし、各員の希望を募った上で成績や性格に合った競技を効率よく割り振って男子との意見の擦り合わせが必要な残りの枠以外を早い段階で埋めてしまっていた。

 

 その反面、男子サイドは挙手制で選出しており、序盤は女子以上の早さで参加者が決まっていたのだが、ある一定のラインを超えた瞬間に手を挙げる者がいなくなり、枠が埋まらなくなってしまった。

 

 早期に挙手して名乗り出た者達は運動部の所属であったり、運動能力が上位に位置しており、自分が活躍したい、誰かにいいところを見せたいと理由はどうであれ、体育祭に精力的に参加するタイプの面々だ。

 

 帰宅部であったり体育祭が楽しみでない者も少なからずいるが、そういった者達も友人付き合いであったり、毎年恒例と割り切って自分の希望を述べて出場競技を決めていた。

 

 運動が壊滅的に苦手であろう面々に関しては、男子サイドの中心メンバーの計らいで全体競技のみの参加としたりとここまでは順調であったのだが、程なくして残っている運動能力が中間層よりも若干下の面々が揃って口を閉ざしてしまった事により選出が止まってしまうこととなった。

 

「……出る競技が決まってない奴はさっさと決めてくれよな。いい加減ウザったいんだけど」

 

「だな、俺達だって出たくても出れないし、お前らしかいないんだから」

 

「てか、もう時間の無駄だし帰っていいか?また怖い誰かさんに怒鳴られちゃうかもしれないしなぁ」

 

 男子数名が静寂を破る様に不満の声を漏らし、競技が決まっていないメンバーは下を向いて俯いてしまう。

 

 残っている面々は運動が得意でない事もあって、体育祭に対してのモチベーションは皆無を通り越してマイナスといっていいレベルであったが、これまでは全体競技だけに出ればよかったが為にクラスの一員として最低限は参加していた。しかし今年度は突如として決定した競技出場制限によって個人競技……しかも、人気のない残り物への参加を余儀なくされつつある状況が原因で口を閉ざしてしまっているのだ。

 

 注目される個人競技に出たくないという思いもあるのだろうが、何よりこの中の数名が挙手をして残りの枠が埋まってしまえば、これまで通りに全体競技への参加だけで済む可能性が少なからず存在することが沈黙への拍車をかけてしまっていた。

 

 烈火らが来るまでにこんな沈黙が二十分近く続いていたのだから、既に出る競技が決まっているメンバーが我慢の限界を迎えた事も致し方ないのかもしれない。

 

「てか、残ってる中ならお前が一番運動できるんだからもう決定でよくないか?」

 

「え、えぇっ!?む、無理だよ」

 

 とうとう不満が爆発し、業を煮やした者達が強引に出場者を指名した。既に競技が決まっている者達は賛同するような声を上げ、それ以外は自分に火の粉がかからないように下を向く。指名された本人は血の気が引いたように顔が真っ青だ。

 

 

 

 

(どいつもこいつも自分の事ばっかり!)

 

 だが男子側の態度を受け、すんでの所で踏みとどまったがアリサも噴火寸前といった様子を見せている。

 

 確かに最大の原因は自分の嫌なことから逃げるように口を閉ざして、他力本願極まりない残った面々にあるが、アリサの憤りの対象は彼らだけではない。ノブレス・オブリージュを強要しようとまでは思っていないが、運動に関しては優れた能力を持っているにもかかわらず、自分達の好きなように好きな競技に出る事だけを決めて後はほったらかしの主要メンバーや皆を纏め切れておらず壇上で黙り込むクラス委員に対しても同様の感情を抱いていた。

 

 そして、自己保身と自分勝手が過ぎる上に段取りが杜撰なやり取りを隣で繰り広げられ、余りの幼稚さに烈火やフェイトが来る寸前に一度我慢の限界を超えてしまい、先ほどは声を荒げてしまったのだ。

 

 それほどまでにアリサ・バニングスと同年代の中学生では精神的な成熟度が違いすぎた。

 

 アリサの両親は一族経営の企業において夫婦揃って要職に就くほどの人材であり、自身も彼らに恥じぬようにと学業、資格取得、素行面に限らずあらゆる物事に全力で取り組んで来たし、常に結果を残し続けている。

 

 学生の身ではあるが、企業関係のパーティーに出席してコネクションを築いたり、最近では両親の仕事や経済学についても本格的に学んでおり、そこらの大学生などよりもよっぽど大人の世界に足を踏み込んでいると言っても過言ではない。

 

(こんなことでこの世の終わりみたいな顔しちゃって……もっと辛い事や大切なことはいくらでもあるってのに……)

 

 例えば、夏休み初日に起きた謎の車両暴走事件。奇跡的に死者は出なかったため、事情を知らない者からすれば怪奇事件の一つでしかないのだろうが、この裏では “地球”と“エルトリア”の存亡をかけた闘争が繰り広げられた。その最前線を、なのはを始めとしたアリサもよく知る者達が駆け抜け、仲間の管理局員の為、地球の為、エルトリアから来た者達の為、悲しくて泣いている人の為に文字通り命を賭して戦った。

 

 誰かの為にと命を賭けて戦っている者達を間近で見て、彼らに負けないように、これからも対等な関係でいられるようにと、将来を見据えて日々邁進しているアリサからすれば、体育祭如きに尻込みするなど理解に苦しむ事柄であった。

 

(それに……アイツだって……)

 

 アリサは教室の端の席に腰かけている烈火を流し見る。

 

 先の事件において最初は自分達と共に管理局に保護された烈火であったが、戦局が変わるにつれて彼だけが引き離されてしまった。魔法が使える烈火に対しての特別処置であくまで安全確保だと説明を受けたが、全てが終わった後に一連の事件の首謀者と戦ったと聞かされて、すずかと共に驚愕したことは記憶に新しい。

 

 しかしそれを聞いて、どこか納得してしまっていた自分がいた。

 

 脳裏を過るは、半年前の出来事……

 

 突如として襲撃を受け、人質という形で悪意渦巻く戦場へと放り込まれた。

 

 そして悪意と憤怒を向けられて恐怖した。時空管理局員でも夜の一族でもないアリサは、あれほどまでの純粋な負の感情をその身で浴びた経験がなかったからだ。

 

 だが、それ以上に恐怖に駆り立てられた出来事があった。それは自分達が枷となった所為で、親友達が本来の力を発揮できずにその命を散らしてしまうかもしれなかったことだ。

 

 そんな状況を、たった一つの理外の事象が打ち砕いた。

 

 世界に逆流する蒼い光の奔流———白亜の戦闘装束を纏った華奢な後ろ姿———

 

 全ての恐怖が払拭された、その瞬間を忘れることは出来ないだろう。

 

 

「あ……」

 

 

 思考の海に沈んでいたアリサは頼りなさげな声を聴いて現実に引き戻されると同時に己の失策を悟った。

 

「そ、そういえば、蒼月君はどの種目に出るの……出ますか?」

 

 所なさげに視線を彷徨わせていた男子委員長は、アリサの視線の行く先に居る烈火が事前に出る競技を殆ど確定させていたフェイトと違い、遅刻と相まって出場競技が決まっていない事を思い出して縋るように声をかけたのだ。

 

「そういや、まだ決まってなかったけな」

 

「運動は結構得意そうだし、他に出たい奴がいないならしょうがないよなぁ」

 

 主要メンバーが嫌味ったらしく毒を吐く。残っている競技は、障害物競走、借り物競走と男女ペアの二人三脚……

 

 前者二つはハイリスクハイリターンという言葉が似合う通り大き目の配点に比例して、毎回厳しいお題を出され完走者が少ない競技とされている。後者は男女ペアという特性が難しい部分となっていた。加えて、“聖祥五大女神”も他の個人競技に出場することになっており、彼女らと組める確率も皆無なのだから、男子のモチベーションも上がらない。女子サイドも男子が決まるまではと空き枠としている辺り、思春期の生徒にとっては重要で気恥ずかしい面が大きいのだ。

 

 実際の所、他ほど運動神経が必要とされる競技ではないと思われるが、所謂ハズレ枠個人競技の代名詞を押し付けようとしているのだろう。

 

「……好きにしろ。それでこの下らん時間が終わるならな」

 

「な……っ!?」

 

 だが、それに対して余りに自然体で猛毒を吐き捨てた烈火に対してクラス中が騒然となった。

 

 顔を真っ赤にして怒りに震える者、茫然と視線を送る者、ホッと胸を撫で下ろす者と皆反応は違うが、当の本人は椅子を近づけて身を寄せて来たフェイトによる先ほどの態度に対してのお説教を涼しい顔で聞き流しており、余り気にしていない様子であった。

 

 

 

 

 最後に二人三脚の女子側を決めないといけないわけだが……

 

「アタシがやる……何、文句あるの?」

 

 既に出場競技が埋まっていたはずのアリサが頑として立候補し、蛙の子を散らす鶴の一声を受けて、縮み上がったクラス委員が承諾したことで二人三脚の組み合わせが決定した。尚、男子側の出場者が烈火となった事を受けて、アリサと同様に自分の種目を変更してでも、競技に立候補しようとしていたすずかはこの結果に涙を流したようだ。

 

 そして、女子側での若干の変更を経てようやく出場競技が決まり、クラスの面々は解放されたといった様子で校庭へ向かうべく教室を後にする。

 

「……ッ!?」

 

 そんな中、椅子を引いて席を立った烈火と目が合ったアリサは勢いよく顔を反らすと、顔に集まった熱を冷ます様にに首を振り、校庭へと向かって行った。

 

 アリサの態度を受けて、烈火は不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 昼休憩、午後の練習を終え、3年1組の面々は帰路に就こうとしていた。それは烈火も例外ではなく、夕焼けに照らされながら下校しているが、いつもとは様子が違っており……

 

「なあ?」

 

「……何よ」

 

「どうしてついて来るんだ?」

 

 烈火と隣り合って歩くフェイト……此処までは何時も通りだが、その逆側にはアリサの姿がある。

 

「練習……体育祭の……いつやるか決めないといけないでしょ?」

 

 言い淀みながら言葉を返すアリサの様子は常の自慢気な彼女からは想像できない弱々しいものであった。

 

「でも、アリサがわざわざ二人三脚に出るなんて、ちょっと意外だったかな」

 

「別に……相手がコイツならそれなりに点数取れるだろうし、残ってた子を出して捨て競技にするのが勿体なかった……それだけよ」

 

 フェイトもアリサらしからぬ言動や態度に対して言及したが、当の本人はこれ以上は聞くなと言わんばかりに腕を組んでそっぽを向いた。

 

「あ、あのっ!?」

 

 そんな中、学園から離れていく三人が聞き覚えのある声を受けて背後を振り向けば、そこには息を荒げた体操着姿の少年。昼前の会議で最後に個人競技を押し付けられかけていたクラスメートの一人であった。

 

 だが、三人が彼の姿を視認した瞬間……世界は眩い光に包まれる。

 

 

 

 

「な、何よ……これ!?」

 

 アリサの悲鳴じみた甲高い声が周囲に響く。その原因は、夕焼けに照らされていた筈の周囲の景色が一変しており、道路を闊歩していた人々や車両の姿が忽然と消えてしまったことに起因していた。

 

「……どうやら結界の中のようだな」

 

「結界……それよりフェイトは!?」

 

「フェイトもこの結界に居るようだ。それに八神も……なのはは結界外、もしくは別の結界か……ともかく他の連中と合流するぞ」

 

 烈火は戸惑うアリサを落ち着かせるように行動指針を示す。

 

(この結界……管理局のものではない。それに以前にも……)

 

一方で三ヵ月程前に体験した似たような現象が脳裏を過る。

 

 その瞬間、烈火はアリサを横薙ぎに抱えて地を蹴り、弾かれる様にその場から飛び退いた。

 

「きゃぁっ!?」

 

 状況について行けずに悲鳴を上げるアリサを尻目に厳しさを増した烈火の視線は、先ほどまで自分達が立っていた地点を射抜いている。

 

 射抜かれた視線の先、二人がいた地点には、目元以外の全てを覆うような黒装束に右袖の先から西洋風の剣先を露出させた人物が右腕を下に向けて振り抜いていた。

 

 その人物が脱力したようにゆらりとよろめいたかと思えば、次の瞬間には烈火達の眼前で剣を振りかぶっており、迫り来る凶刃にアリサは身体を強張らせ、固く目を閉じた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 衝突音に鼓膜を襲われこそしたものの、迫り来る衝撃はない。男のものと思われる低い驚愕の声を受けて固く閉じた瞳を開けば、視界いっぱいに蒼い光が広がっている。

 

「バニングス……少しじっとしていてくれ。直ぐに終わらせる」

 

 右手に生成した魔力剣で斬撃を受け止め、男を跳ね除けた烈火の氷のような双眸に射抜かれると不思議と恐怖の感情が消え去っていった。まるで半年前の様に……

 

 

 

 

「時空管理局・本局所属、フェイト・T・ハラオウンです。この結界を展開したのは貴方とお見受けします。支局で詳しい事情をお聞かせ願いたいのですが?」

 

 同結界内の別座標……烈火達から引き離されたフェイトは、不審な男と対峙していた。

 

「ンフフゥ!これはこれは、金色の閃光殿……まさかこんな所で相見えようとは……脚本に修正を加える必要がありますねぇ!」

 

 先端が編まれた金髪に目元を覆う白い仮面(マスク)、灰色のシルクハットに黒いマント、ハットと同色を基調とした奇術師を思わせる防護服(バリアジャケット)を纏い、杖を携えて宙に立っている様はどこから見ても魔導師であり、加えて管理局の識別信号(シグナル)を持っていない。つまり“地球”にいる筈のない人間だということを示していた。

 

「……どうか武装を解除して支局の方へ同行を願います。事情があるのなら、まずはお話から……可能な限りの便宜は図りますし、お力になれるかもしれません」

 

 フェイトは突如として悦に浸る様に笑い始めた男に対して、困惑しながらも同行を呼び掛けていた。あくまで対話からと、既に起動済みの“バルディッシュ・ホーネット”の切っ先は下を向いている。

 

「これは失敬。レディを前に紳士として恥ずべき対応をしてしまいました。ですが、この高揚感を抑えることなど不可能というもの!」

 

 奇術師風の男性―――シェイド・レイターは天を仰ぐように両手を広げ、最高に愉快だと言わんばかりに笑みを深くした。

 

(新しい脚本に沿っていけば、彼の首とあのデバイスだけではなく、金色の閃光の首に、夜天の主と魔導書も手に入る。これならマムも私を認め、さらに重用して下さるはずだ。いや……それどころかあのいけ好かない小娘や小僧達より上の地位を与えて下さるだろう……全く嬉しい誤算ですねぇ)

 

 シェイドが手に持っているステッキは光を纏い、その姿を変容させていく。腰ほどまでだった杖の全長が1.5倍近くまで伸び、先端には灰色の結晶とそれを取り囲むように刺々しい装飾が、長い柄の中心には黒灰のラインが奔っている。まるで安全装置(セーフティー)を外して、戦闘状態になったと言わんばかりの風貌であった。

 

「ンフフゥ!キュートなレディからのお誘いは嬉しいですが、残念ながらご一緒することは叶いません。何故なら、貴女はここで物語から退場するという脚本となったのですから!」

 

 黒灰色の光が煌めき、シェイドのマントを靡かせる。

 

「……えっ?……あれ、は!」

 

 その光景を目の当たりにしたフェイトは信じられないものを見るかのように瞳をこれでもかと見開いて驚愕を露わにした。

 

 何故なら、シェイドの足元で回転している魔法陣……その紋様は円環でも剣十字でもなく、見紛う事なき()()()であったのだから……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

楽しい?夏休みも程々に、そんなに久々でもない戦闘パートに突入します。

では、また次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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Out Break

 変容した街並みの中で白銀の光が空を裂く。

 

「なんなんや!一体ッ!?」

 

 黒金の騎士甲冑を纏った少女―――八神はやては眼前の状況に歯噛みしながら、両手に備えた二艇の大型砲塔“ツインカノン”から大出力の砲撃を撃ち放った。

 

 

 休日に出校した帰り道に突如として展開された封絶結界……外部との通信は不可能、ジャミングにより同結界内にいるフェイト達との連絡も取れぬまま謎の一団との戦闘に突入した。

 

「ああ!もうっ!これじゃあ、詠唱できんやないか!!」

 

 襲撃者は六名。何れも目元以外を隠す黒装束に右袖から露出する剣先という出で立ちで統一されており、何とも不気味さを感じさせる。

 

 何よりはやてを苦しめているのは、出で立ちと同様に統制の取れた波状攻撃にあり、六対一という数的不利に加えて、一団の戦闘手法は特に勘所が掴みにくいものとなっていた。

 

 はやては“広域型”に区分される魔導師であり、“夜天の書”の魔導を使役して広範囲の相手を一気に殲滅することに特化している為、個としての戦闘能力は魔導師ランク程の強さとは言い難い。それを補うのが“融合騎”と“守護騎士(ヴォルケンリッター)”の存在であり、現在の様な最前線での単独戦闘は想定された事態ではない。

 

 つまり、“融合騎”と“守護騎士(ヴォルケンリッター)”不在での孤軍奮闘は、はやてにとって最悪の展開だということだ。

 

「ぐぅ!?こなくそ!!」

 

 相手の動きに照準が合わせ切れていないままに放った砲撃は空を塗り潰すに留まり、その間を縫う様に接近してきた黒装束の剣を右の“ストライクカノン”で受け止めて砲身を振るいながら弾き返すが、それを皮切りに黒装束は次々と迫って来ている。

 

「でも……うちの子達の方が全然強い!こんなもんッ!」

 

 二撃目は左の“ストライクカノン”で受け止めて、三、四撃目は“ブラッディダガー”で撃ち込まれる前に牽制射撃。五撃目への対処は、後退しながらフリーとなっている右のカノンでの砲撃。

 

「この前みたいな失態を何度もしてられへんッ!“クラウソラス”!!」

 

 最後の六撃目は振り下ろされた剣を身を反らして回避し、すぐさま両方のカノンからショートレンジバスターを放出して距離を取ると同時に剣十字の魔法陣を乱回転させ、白銀の砲撃を放って六連撃を見事凌ぎ切ると共に一団に対して砲撃を着弾させた。

 

 つい先日には襲撃者によって“夜天の書”を奪取され、数ヵ月前には防衛対象を目の前でみすみす殺されてしまった。これを受け、実戦的な個人訓練を少なからず行ってきたことが功を奏した結果と言えるだろう。

 

「はぁ……何とか切り抜けられた。早くフェイトちゃん達と合流せえへんと……って、な、なんやと!?」

 

 最悪の状態での戦闘をどうにか乗り越えることが出来たと一息ついて、黒装束にバインドを施そうとしたはやてであったが、陽炎の様に揺らめきながら立ち上がった一団に対して驚きを隠しきれない様子だ。

 

 非殺傷設定とはいえ、黒装束の魔力量で防ぎきることが不可能な出力で放った砲撃は間違いなく直撃した。普通であれは魔力ダメージでノックアウト、意識を失うか暫くは動けなくなるダメージを負うはずであるにもかかわらず、黒装束達は剣先を向けて一斉に襲い来る。

 

 一瞬身を固くしたはやては、とにかく近距離(クロスレンジ)での戦闘は避けなければと砲撃を乱射して、それを目くらましに距離を取ろうとした。膨大な魔力からなる連続砲撃が視界を埋め尽くし、黒装束も白銀の光の中に呑み込まれていくが、その中の一人が右腕を突き出しながら迫り来ていた。

 

「ッ!?これくらい!」

 

 対するはやては苦い表情を浮かべ、“ツインカノン”を構えるが、そんな両者に割って入る様に理外の方向から砲撃が撃ち込まれた。

 

「な……何やっ!?」

 

 警戒を強めるはやてを他所に黒装束の男は追撃の魔力弾を受けて地に落ちていく。新たな魔力反応にはやてが目を向ければ……

 

「や、八神はやてさんですよね!?わ、私は本局所属のキュリオ・グリフ准尉であります!本日付けで“東京支局”に出向となりました!」

 

 自分と同年代と思われる少女が背筋をピンと張り、お手本のような敬礼姿で宙に浮いていた。

 

「出向?あ、えと、八神はやてで間違いはありませんけど……」

 

 突如として現れた魔導師―――キュリオ・グリフに対して目をぱちくりさせているはやてであったが、管理局のIFFが積まれているデバイスを所持している所からとりあえず警戒レベルを引き下げても問題ないと判断したようだ。

 

(管理局員っちゅうのは本当みたいやし、ここの増援はありがたいけど……)

 

 何より、目をキラキラさせながら全身がガチガチに硬直するほどに萎縮しているというある意味で器用な状態を見て、背後から襲われることはないと当たりを付けた。

 

「……って、後ろ危ないですよ!」

「え?きゃ!?ちょっとッ!?」

 

 初対面の増援に意識を持ってかれていたはやては、そのキュリオの真後ろを指差し、大声を上げながら援護に回ろうとしている。当のキュリオがポカンとした様子で背後を振り向くと既に黒装束の一人が剣先を向けて襲い掛かって来ており、悲鳴じみた驚愕の声を漏らしたが……

 

「え……ッ!?」

「あ、はは……お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません」

 

 魔力弾を連続射出して黒装束を叩き落したキュリオの姿を目の当たりにして、はやては驚愕といった風に声を漏らす。先ほどまでの落ち着きのない様子から一転して、正確な射撃と魔力運用に思わず面食らったようだ。

 

「何はともあれ、乗り切らないとですね。キュリオ・グリフ准尉、戦線に加わります。指示を願いますッ!」

「……分かりました。詳しい指示は戦闘中に念話で行います。どうやら敵さんもフォーメーションを組む暇を与えてはくれへんようですし」

 

 はやては増援の頼もしさに顔がほころぶが、すぐさま厳しい表情で黒装束達を睨み付ける。

 

 その視線の先には、機械じみた動きで右腕の剣を突き出しながら向かって来る()()()の黒装束が姿があった。

 

 

 

 

 蒼光の軌跡を残して振り抜かれた魔力剣によって吹き飛ばされた黒装束は砲弾のような勢いで地面に叩きつけられた。

 

「どういう事だ。こいつら……それに、この魔力の質は……」

 

 右腕の剣を支えに上体を起こした黒装束に対して、制服姿の少年―――蒼月烈火は前髪から覗く瞳を僅かに細め、訝しげな表情を浮かべて呟く。

 

(見極める必要がある、か……)

 

 どうやら襲撃者の挙動や在り方にどこか思い当たる節がある様子だ。

 

「……」

 

 そんな烈火の眼前では、吹き飛ばされた黒装束がまるで痛みを覚えていないかのように立ち上がり、地を蹴って一気に駆けだした。更にその背後からは、発動された転移魔法と思われる術式によって現れた十四人が一人目に続くように迫り来る。

 

 それに伴ってか、烈火の出で立ちが学生服からロングコートを思わせる戦闘装束に変化し、右手には白亜の剣が収まった。同時に刀身へ蒼穹の魔力を纏わせ、術式の発動と魔力収束を瞬時に完了させている。襲撃者達への迎撃準備は万端のようだ。

 

「……ッ!」

 

 非魔力保持者でありながら結界に囚われたアリサ・バニングスは、烈火らが剣を向け合う姿に対して、周囲を覆う蒼い魔力壁越しに不安げな視線を送っている。

 

 

 移ろう日常の中に突如として出現し、明確な殺意を以て迫り来る謎の襲撃者―――黒装束を射抜く烈火の双眸は蒼が漆黒に染まり、中心に真紅の四芒星を思わせる紋様が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 管理局執務官―――フェイト・T・ハラオウンは、愕然とした表情で空中に立つ奇術師風の男性を見上げている。

 

「ンフフゥ!!お嬢さん、どうかされたのですか?」

 

 奇術師風の男性――—シェイド・レイターは、自身に対して驚きを隠しきれないフェイトの様子に気を良くしたのか、愉快そうに口角を吊り上げた。

 

 シェイドの風貌は戦闘装束に見えないデザインの防護服(バリアジャケット)に加えて武器とは思えないステッキ……確かに少々珍しくはあるが、フェイトが驚きを示したのはそこではない。その足元でゆっくりと回転する魔法陣にあった。

 

 魔法を発動させる上で主流となっている術式は大きく分けると二種類。各術式ごとに“ミッドチルダ式”なら円環、“ベルカ式”なら剣十字を思わせる魔法陣が出現するはずだが、シェイドのそれはどちらにも当てはまらない。

 

 シェイドの描く魔法陣は鋭角な四芒星。普通の管理局員であれば見覚えのない形状を受けて稀少技能(レアスキル)の類と疑るだろうが、フェイトにとってはそうではない。

 

「あれは……“ソールヴルム式”?烈火と同じ……」

 

 眼前でゆっくりと回転する四芒星の魔法陣は魔力光の差異を除けば、蒼月烈火が使役する“ソールヴルム式”に酷似しているのだ。これまでも度々話題となった管理局では使い手のいない稀有な術式と思われるものを目の前の襲撃者がいきなり行使したのだからフェイトの驚愕も無理はないだろう。

 

「おやおや、そういえばお嬢さんは()とは顔馴染みでしたね。あの少年とは同郷でね。まあ、そういう事とだけ言っておきましょうか」

 

 シェイドは他人にイニチアシブを取っている現状に更に気を良くし、雄弁な様子で杖先で魔法陣を小突いた。すると周囲に黒灰色の魔法陣、加えて烈火やはやてらの前で起動したものと同種と思われる転移魔法の術式が幾重にも出現した。

 

「これは……一体何?」

「彼らも今回の脚本におけるキャストというわけですよ、お嬢さん。私の魔法と、我が組織が創り出した最高のね」

 

 奇怪な光景に目を細めるフェイトの眼前で回転している魔法陣から、黒装束に剣を装備した襲撃者と中世の甲冑を思わせる出で立ちをした者が数十人という規模で姿を見せる。少女一人に対して、二十人を超える襲撃者とあって端から見ての戦力差は歴然だ。

 

「では、ガンルゥ。後は任せます。生け捕りが無理なら殺してしまって構いませんが、あのお嬢さんだと身元が判別できるように身体の損傷は控えめでお願いしますね」

「承知……」

 

 シェイドは隣に転移してきたガンルゥと呼んだ黒装束の男に声をかけると黒いマントを揺らしながらゆっくりと後退していく。その光景を目の当たりにしたフェイトは、襲撃者の指揮官と思われるシェイドを射程距離から逃がさぬように持ち前の機動力を活かして奇襲攻撃を敢行しようと一気に飛び出した。

 

「なッ!?」

「いい反応だ。その歳で大したものだ」

 

 閃光の刃と鈍く輝く鉛色の刃が火花を立てて鍔是り合う。

 

 囲まれている状態からの脱出の意味も込めての高速機動であったが、ガンルゥが割り込んできたために強引に塞き止められてしまったのだ。

 

(この人、隙がない。強引に横を抜こうとしたら間違いなく斬られる)

 

 フェイトは立ち塞がるガンルゥに歯噛みした。鍔是り合っている刃を強引に押し込もうにも力任せに無理くり突破したとして、シェイドに辿り着く刹那の間にガンルゥからの追撃で大きなダメージを負わされる可能性が高いと魔導師としての勘が囁いており、踏み込むことを躊躇せざるを得ない状況にある為だ。

 

「誘いに乗って来ないとは、流石は管理局のエースといったところか。確かに厄介な魔導師に違いない。だからこそ此処で消えてもらう……やれ!」

「くっ!?やるしか……ないッ!」

 

 ガンルゥの右腕に備え付けられた剣により押し返されて後退したフェイトに対して、周囲の黒装束と甲冑がそれぞれの剣の切っ先を向けて迫り来る。一人一人ならともかく、これだけ人数差が開いている状態での波状攻撃には対応しきれない。ましてや先ほどの動きを見せたガンルゥもいるのだから尚更だ。初っ端から奥の手を切らざるを得ない状況に表情を歪めるが……

 

 

 

 

「行きなさいッ!“ゴルゴーン”!!」

 

 虚空から迫り来る藍色の魔力弾がフェイトの周りに降り注ぐ。

 

「ッ!?……これならッ!はあああぁぁぁッ!!」

 

 想定外の事態と見覚えのある現象に呆けた表情を浮かべたフェイトだったが、すぐさまバルディッシュを振り抜き斬撃を撃ち飛ばす。斬撃が正面の敵達に着弾することを確認せぬままに流れるような動作でもう二発の斬撃を放ったかと思えば、魔力スフィアをフルオートで乱射し、アクロバティックな機動を取りながら高度を引き上げて敵に囲まれている状態から脱することに成功した。それと同時に先ほどまでフェイトがいた地点で巻き上がる噴煙の中から二つの小さな影が飛び出し、所有者の下へと返って行く。

 

「どうして、ここに君が?」

 

 それを受けたフェイトは、乱入してきた所有者へと疑問を呈する。

 

「煉様はご党首と大切なお話があるということで、私の方はお暇をいただいていたのですが……登校日の帰り道に、この結界に閉じ込められてしまいまして……」

 

 先程、フェイトを援護したのは二基の黒いビット兵装であり、“ゴルゴーン”という名称を冠している。それを操るのは、黒曜石の様な髪色と瞳、身の丈ほどの大盾を携えた少女―――黒枝咲良であった。

 

「しかし、この物量差は少々厄介ですね」

「うん。それに奥の大きな剣を持った男の人と杖を持った人は特に注意した方がいい。かなりの手練れだと思うから」

 

 フェイトは思わぬ援軍に表情を軟化させたが、周囲への警戒を怠らぬ様子で合流した。

 

「ンフフフゥ!!これは脚本にないキャストの御登場ですね。アドリブもまた一興……脚本の大筋を乱さない程度に楽しませてくださいねぇッ!」

 

 突如現れた咲良の存在に対しても動じる様子を見せないシェイドがステッキの先を二人の少女へと向ければ、大乱戦開幕の号令といわんばかりに周囲の一団が津波の様に襲い掛かって来る。

 

「行くよッ!」

「はいッ!」

 

 対するフェイトと咲良は、弾かれる様に左右に分かれて応戦体勢に入った。

 

「……戦い慣れているな」

 

 ガンルゥは物量差に対抗するべく二人で固まって行動するだろうと予測し、一気に取り囲んで仕留める指示を下したが、互いにつかず離れずの距離を取りつつ周囲を取り囲まれて各個撃破されないよう連携しながら応戦しているフェイト達に改めて感嘆の声を漏らした。

 

「だが、それもここまで……厄介な方から仕留めさせてもらうッ!」

 

 黒いマスク越しに口元を歪めたガンルゥは漆黒の軌跡を残しながら一気に空を駆ける。

 

「ぐッ!?」

「やはり、良い動きをする!」

 

 閃光の刃と鉛色の剣先が再び火花を散らす。

 

「これだけの強さを持っていて、どうして管理外世界での法規違反をッ!?」

()()()に君命を授かった!!それが我らの戦う理由だ。そこに善も悪もない!あるのは成功か失敗か……それだけだッ!」

「そんな理由で!」

「随分な言われようだが、我らにとっての君命は何よりも重要視すべきもの……他者はおろか、己の命より重い!!」

 

 ガンルゥの標的となったのは、咲良よりも保有魔力が多く、先ほどから非凡な戦闘技能を垣間見せていたフェイトだ。

 

「命を賭して果たすべき使命を持つという崇高さは貴様には分からないだろうが、な!!」

「そんな独りよがりに他の人を巻き込むなんて間違ってます!……貴方をッ!貴方達を捕縛しますッ!!」

 

 互いに相容れぬ思想を持つ者同士が高速で空を駆けながら何度も己の剣をぶつけ合う。

 

 

 

 

 ガンルゥがフェイトに襲い掛かる中、咲良も多くの襲撃者による波状攻撃に晒されている。流れるように迫り来る黒装束の剣先を“アイギス改”で受け止め、鈍重な動きから繰り出される甲冑の重たい一撃は身を翻して回避し、射出した二基の“ゴルゴーン”で反撃を加えて二人、三人と撃破していくがその表情は芳しくない。

 

「この状態もそう長くはッ!ぐぅぅ!?持ちそうにありませんね!」

 

 黒装束三人が同時に放った斬撃を藍色の魔力壁で受け止めながら、その衝撃に苦い表情を浮かべ背後に吹き飛ばされる。

 

「ジリ貧とはまさにこのことですかッ!」

 

 そして、先の斬撃を打ち込んで来た三名は咲良が撃墜したはずの者達であった。個々の戦力相手であれば対応可能ではあるが、如何せん物量差が大きく、倒した襲撃者も復活するとあっては、何れ消耗してしまい各個撃破されるのは自明の理といえる。

 

 しかし、これまでの統制の取れた戦闘パターンから黒装束はガンルゥの指示、甲冑はシェイドの術元にあると予測を立てるのは容易だ。だからこそ、尖兵に構っているよりも術者、指揮官の打倒を第一とすべきと頭では理解しているのだが、暗殺者(アサシン)染みた戦闘手法に苦戦を強いられている。

 

 どうにか唯一の味方であるフェイトと連携を取ろうとしても、あちらにはガンルゥが張り付いており、合流は容易ではない。

 

 そんな時、黒装束三人を一太刀で斬り飛ばし、ガンルゥの剣を魔力障壁で受け止めたフェイトと視線が交錯した。

 

『突破口を開いて形勢を逆転する。協力して欲しい』

『ッ!?協力は惜しみません。ですが、この状況では!』

 

 共に優秀な魔導師とあって戦闘時の考えは同じと念話で意志を共有した二人だが、咲良の表情は苦いままだ。

 

『形勢をひっくり返すには指揮官を倒すしかない!こっちの人は厳しくても……』

『余裕綽々と言った様子のあちらに奇襲を仕掛ければ……ということですか?』

 

 敢えて名前を出すまでもなく、フェイトの意図していることを汲み取った咲良は小さくい頷いてみせた。

 

『うん。そうすれば、こっちの人にも隙が生まれる筈……勝負を決めるのはスピードと攻撃力……カウント3で私がこの人達を振り切って、そっちに行くから砲撃系の大技を撃つ用意を!』

『了解しました!』

 

 なのはとの阿吽の呼吸ではないが、此方の意図を汲み取って行動に移している咲良を見て、気持ちを引き締めたフェイトは逆転へのカウントダウンを刻み始める。

 

『カウントッ!3……2!』

 

『ッ!』

 

『1ッ!!』

 

 そして、鳴り響く雷鳴と共に逆転の一手が今打たれた。

 

「アイギス、フルドライブッ!!」

 

《Ignition!!》

 

 咲良の全身からこれまでとは桁違いの出力で藍色の魔力光が放出され、身に纏う防護服(バリアジャケット)には各所に藍色の装飾が施される。身の丈ほどの大きさであった黒を基調としている大盾は左前腕に小型化する形で装着され、藍のクリアパーツで縁取られた。

 

 そして、盾の裏から出現した持ち手を一気に引き抜くと、細身のレイピアが形成される。

 

「これがアイギスのフルドライブ……アクテリオンモードッ!」

 

 凛とした声音で腰を落として腕を引いていく。主兵装と同じく藍色のクリアパーツを増設されて一回り大きさを増した“ゴルゴーン”も射出され、レイピアの刀身と共に魔力が収束される。

 

 それを受けて押し寄せる波のように攻撃を繰り出し続けていた周囲の襲撃者の動きが硬直した。何故なら咲良は、全くの無防備状態で明後日の方向へ剣先を向けている為だ。

 

 セオリーにない咲良の行動に対して僅かに身を固くした襲撃者達であったが、隙が出来たと見るや相変わらずの機械染みた統制の取れた攻撃を仕掛けようと一様に右腕の剣を振りかぶり、接近して来る。

 

 そんな状況にありながら、咲良は周囲の攻撃に対して対処する素振りすら見せないでいた。

 

 

 

 

「ど、どういうことだ。自棄にでもなったのか?」

 

 安全圏に退避し空中で椅子にでも腰かけるような優雅な体勢で、二人の少女が暗殺者(アサシン)と自らが生成した甲冑に追い立てられる様を満足そうに見物していたシェイドだったが、一連の行動に対して目を見開いて驚きを露わにした。

 

 突如として膨れ上がった魔力と奇怪な行動を受けて思わず咲良を注視すれば、黒衣の暗殺者に囲まれている中で僅かな微笑みすら浮かべている様子を目の当たりにし、愕然とした表情で空中に立ちすくんでしまう。

 

 茫然としているシェイドを尻目に咲良の背後に居る黒衣の襲撃者は雷光の渦へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

「……“トライデントスマッシャー”!!」

 

 フェイトが撃ち放った雷の砲撃は咲良を避けるように三方向へ分かれ、襲撃者を一掃した。しかし、円環の魔法陣が絡みついて帯電している左腕を突き出した砲撃姿勢で動きを止めたフェイトに対してもガンルゥを先頭にした襲撃者が迫っている。

 

 味方の援護の為とはいえ、敵陣のど真ん中で砲撃を放つという行動が隙を生むことになるのは自明の理……だが、フェイトは周囲の襲撃者に対しての迎撃アクションを起こすこともなく、白いマントを靡かせて前進体勢に入っていた。

 

 ガンルゥはまるで自分達の事など眼中にないと言わんばかりのフェイトの様子に訝し気に目を細めながらも好機を逃すまいと、首を刎ね飛ばして確実に仕留めるべく剣を振り翳す。

 

 その瞬間……弾かれる様に障壁を展開したガンルゥを含めた襲撃者達は理外の方向から飛来した藍色の光の中へと消えて行った。

 

 

 

 

「な、何が起きているのです!?」

 

 二ヶ所で発生した爆風で視界が塞がっているシェイドは瞬時に変化する戦況についていけていないのか、ヒステリックな声を上げて喚き散らす。

 

「こ、こんなものは私の脚本にはないッ!!」

 

 黒灰色の魔力をステッキに集めて癇癪を起した子供の様に何度も振るえば、巻き起こった風圧で視界を塞いでいる爆風を払い除ける事に成功した。

 

「そ、そんな……ッ!」

 

 状況の把握に努めようとしたシェイドの口から擦り切れたように枯れた悲鳴が漏れる。

 

 爆風が晴れた先では、フェイトと咲良が既に砲撃発射体勢を完了させていたのだから……

 

 

 

 

「行くよ、咲良!!」

「ッ!?は、はいッ!!」

 

 愛機を砲撃形態(ジャベリン)へと移行したフェイトが合図を出す際にファーストネームを呼ばれたことに驚きの表情を浮かべた咲良であったが、直ぐに平静を取り戻して藍の細剣(レイピア)と二基の“ゴルゴーン”に収束した魔力を解放する。

 

 

「“ホーネットジャベリン”ッ!!」

 

「“アクテリオンバスター”ッ!!」

 

 

 雷槍の砲撃と三方向からなる光が一つとなった藍色の砲撃が折り重なりながら、茫然と宙に立ち尽くしているシェイドへと迫っていく。

 

「ひ、ひいいいいいぃぃぃぃ!!??」

 

 先ほどまで余裕そうな表情を浮かべていたシェイドは情けの無い声を上げながら身を固くし、迫り来る二重砲撃(ダブルバスター)に呑み込まれていった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今章で散々フォーミュラ関係の話をやって来たとおり、本作では劇場版で追加された要素はそのまま引き継ぐ形で発展していくので、フェイトそんやはやての武装はRer&デトネ編のまま据え置きとなっています。

因みに新キャラのキュリオは前話で出てきた彼女です。

ようやく烈火以外に今作オリジナル魔法体系の使用者が出てきました。
まあ、今まで作中で言及した通り、稀少度で言えば古代ベルカの方が遥かに上なので、実はそんなに珍しくないという。

毎度の如く個人戦闘をさせられるはやてちゃん。はやてがこんなに戦う作品はそうない気がします。

その代わりと言ってはアレですが、劇場版終盤以降目立った活躍のないなのはちゃんにそろそろ消し炭にされそうだなとひやひやしていますが……

さらにさらに、何と次話も既に完成済みといっていい状態ですので明日にも投稿予定です。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!


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奇術師の再演

 完璧な連携から織りなす二重砲撃(ダブルバスター)が結界内を彩り、この事態の元凶を撃ち貫く。

 

 着弾の衝撃からなる爆炎で視界は不安定となったが、周囲を取り囲んでいた黒衣の襲撃者は地に堕ちて倒れ伏せたまま起き上がる事もなく、甲冑達は砲撃の着弾と同時に消滅した事は確認できた。

 

 

「やったね。咲良!」

「え……は、はい。ハラオウンさん」

 

 微笑みながら掌を向けて来たフェイトに対して、咲良は戸惑いながらおずおずと掌を差し出して叩き合う。

 

「んー、フェイトでいいよ。ちゃんとお話しした事あんまりなかったけど、付き合い長いんだし」

「で、ですが……」

 

 咲良はフェイトの申し出にどこか気後れした様子を見せた。フェイトに気がある東堂煉の事を思えばの反応であろう。

 

「ちょっと馴れ馴れしかったかな?」

「い、いえ……ではフェイトさんと……」

 

 これまでは煉の事もあって出来るだけ関係性を深めないようにと立ち回って来たが、フェイトの言う通り咲良が地球在住の魔導師達と出会ったのは“闇の書事件”の直後であり、付き合いの年数だけで言えばもう五年近くとなる。ここで突き放す方が不自然であるし、関係性が悪化すれば今後の動きに制限が出るという観点からフェイトの名を呼んだ。

 

「うん!改めてよろしくね、咲良」

 

 咲良には笑顔を浮かべたフェイトを直視することが出来なかった。

 

 フェイト達が嫌いなわけではない。寧ろ好感が持てる部類の人間であると認識している。

 

 だからこそ関係性を深めたくはなかった。

 

 

 

 

―――彼女達はこれ以上ないくらいに眩しすぎるから……

 

 

 

 

 五年来の関係性が僅かに変わって行く最中、噴煙を呑み込むようにして放出された魔力砲撃がフェイトと咲良に襲い掛かる。

 

「ぐぅぅっ!?なんて出力ッ!」

 

 盾の透明部から魔力を放出し、巨大な魔力壁を形成して砲撃を受け止める咲良であったが、カートリッジを炸裂させても尚、迫り来る大出力を前にして思わず顔を顰めた。

 

 迫り来る砲撃は、魔力ダメージで意識を失うかどうかという状態の相手が放つには余りも高出力であった為だ。

 

 しかし、爆風で視界こそ塞がれていたが、索敵を怠っていたわけではない。現に黒装束は戦闘不能。甲冑も消滅し、残る()()の魔力反応も戦闘不能と判断して差し支えないレベルまで落ち込んでいた為、捕縛処置が可能になるまでの僅かな間の談笑であり、不意を突かれた形で攻撃を受けてしまったが、どうにか押し負けぬように出力を上げながら魔力壁を張り続ける。

 

「ふッ!」

 

 フェイトも自身の魔力障壁を展開し、咲良の支援に回って砲撃を防ぐ。

 

 迫り来る砲撃を防ぎ切った二人の眼前で噴煙は晴れ、眼下には砲撃を撃ち放った人物が佇んでいた。

 

「……全くやってくれましたねぇ!!この……小娘共がぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

 

 二重砲撃(ダブルバスター)の余波で出来たクレーターの中に居たのは、全身土塗れ、加えて奇術師風のハット、ステッキと背のマントは途中で焼き切れたように消失しているが、間違いなくシェイド・レイターに他ならない。一度弱まったはずの魔力反応は先ほどまでの比ではない程の高さに跳ね上がっており、血走った眼でフェイト達を睨み付けている。

 

「どうして、私の脚本通りに動こうとしない!?そんなことが許されるわけがないじゃないかッッッ!!!!」

「な、何を言って……」

 

 フェイトは喚き散らすシェイドに対して訝しげな表情を浮かべた。

 

「大体貴様もだぞ!!今回の脚本に貴様の退場はないのだから、早く起き上がって役割をこなせ!起きろと言っているだろう!?」

「…ッ…!?」

 

 シェイドは手に持っていたステッキを乱雑に投げ捨てると、足元にうつ伏せで倒れているガンルゥの腹を何度も蹴り始めた。

 

「この!役立たずがッ!全く何故どいつもこいつも私の思う通りに動かない!?さあ、立て!!立て!脚本に描かれた役を忠実に再現するんだよ!!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立て!立てぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

「何をしているんですか!?その人は仲間じゃ……」

 

 ヒステリックな声を上げながら、力の限りガンルゥの腹を蹴り続けているシェイドの奇行に言葉を失っていたフェイトであったが、襲撃者同士とはいえ明らかに人道外れた行動を食い止めようと魔力弾を両者の間に差し向けて射出した。

 

「ひぃ!?また、貴様かぁぁぁぁ!!!!」

 

 元より牽制射で当てるつもりはなかったが、大きく体をよろめかせたシェイドが振り返り様に向けて来た血走った瞳に射抜かれると更に困惑の色を強めていく。奇声を上げ、歯軋りを強めて髪を掻きむしっているシェイドの様子が、先程までの紳士染みた行動と余りにかけ離れすぎているからだ。

 

 何より、先に撃ち込まれた咲良の砲撃を被弾しながらも強行突破し、二重砲撃(ダブルバスター)の射線軸に割り込む形で、身を挺して自分を守った相手に対して感謝はおろか、役立たずなどという言葉を吐き捨てて狂ったように危害を加える様は異常の域を超えつつあった。

 

「ッ!?」

「あ、あぁぁ……あ、あああぁぁぁッ!?」

 

 そんな時、ガンルゥは突如として出現した魔法陣に身体を呑み込まれるようにして時空の彼方へと消えて行き、シェイドはその光景を目の当たりにすると両腕で頭を抱え込み地団駄を踏みながら奇声を上げた。

 

「今のって、エリュティアと同じ……この人達!?」

 

 フェイトも目の前の現象に思い当たる節があるのか驚愕を露わにした。ガンルゥの転移方法と数ヵ月前に交戦した一団……無限円環(ウロボロス)と呼ばれる犯罪組織の構成員の去り際と移動手段が酷似していた為だろう。

 

「フェイトさん?」

「咲良……フルドライブは解いちゃダメ。それと気を引き締めて……」

「ッ!?はい!」

 

 相手が管理局黎明期より時代の影で暗躍している犯罪組織である可能性が出て来た為、フェイトは警戒度を最高まで引き上げながら咲良に檄を飛ばし、唸り声をあげているシェイドを見据える。

 

 

 

 

「フゥー!フゥー!ンフゥゥゥゥ!!!!脚本家を舞台に上げるなどという暴挙を侵した馬鹿者にお仕置きの時間だぁぁぁ!!!!投与出力最大!リミットリリース!!さぁ、やれぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 二人の眼前でシェイドが両腕を広げながら吼えれば、それに合わせるように周囲に倒れ込んでいたはずの黒装束達がゆらりと立ち上がり、弾丸のような勢いでフェイトに向けて雪崩れ込む。

 

「くっ!?このっ!?」

「フェイトさん!?」

 

 咄嗟にバルディッシュで防御したフェイトであったが、驚愕の表情を浮かべながら次々と迫る黒装束によって押し流される様に後退していく。

 

「だ、大丈夫だけど……さっきまでの比じゃないッ!」

 

 フェイトに襲い掛かるのは人間離れした膂力と並の“高速機動型”魔導師を上回る機動力……先程の戦闘時よりも段違いに跳ね上がっていた。

 

 加えて、相違点は膂力と機動力だけではない。瞳には生気を感じさせない鈍い光が灯っており、腕に装着された太い反りのある剣も刀身半ばで捻じ曲がり、そこから上に向かってもう一度折れ曲がったかのような歪な形状へと変化している。

 

 最大の相違点は、先ほどまでの機械染みた統制の取れた動きとはかけ離れた攻撃の数々。連携もフォーメーションも滅茶苦茶で獲物に群がるピラニアの様にただ闇雲に向かって来るのみ……先ほどから友軍誤射(フレンドリーファイア)も何度か垣間見えており、その様は理性を失った獣のようだ。

 

「奴は後回し!まずは最初に私の脚本を台無しにしてくれたお前からだぁぁぁ!!!!」

「な!?先程の砲撃といい、出力上昇が尋常ではないですね!」

 

 フェイトのフォローに入ろうとした咲良にシェイドが襲い掛かる。シェイドの手には先程投げ捨てたステッキの代わりにデバイスの武装形態と思われる鋭角な槍の様な長物が握られており、それを力任せに叩きつけられれば、“アイギス改”を腕部装着状態から手持ちに切り替えて防御した咲良はそのままの体勢で背後に流されていく。

 

 さらにシェイドは衝撃に顔を歪めている咲良に対し、マントの下に隠れる形で装備しているバックパックから蠍の足を思わせる形状の外骨格に覆われたアームを左右一本ずつ起こし、その先端を鋏の様に開いたかと思えば、中心の砲門から間髪入れずに砲撃を連射した。

 

「こ、この武装は!?これ以上は“電磁カートリッジ”を搭載したこの“アイギス”でも……」

「ンフフゥゥゥ!!ほら!逃げろ!怯えろ!!私の脚本を無碍にしたことを後悔しながら、この“タルタロス”に蹂躙され尽くして死ねぇぇぇ!!!!」

 

 左右のアームから各一門ずつ、シェイド本人から一門の計三門からなる砲撃の嵐に晒されている咲良はどうにか耐えきろうと奮戦しているが、表情は芳しくない。

 

 フルドライブモードの発現によって機動力が並の魔導師以上に引き上げられているとはいえ、シェイドの特殊兵装“タクティカルアームズ”が上下に動き回りながら放つ多角的砲撃に手を焼かされているのだ。

 

(このままゴルゴーンを出しても撃ち落とされるのは目に見えている。泣き所は……近接格闘(クロスレンジ)!!)

 

 咲良は盾を手持ちから腕部装着へ切り替えると同時に身を翻して一気にシェイドへと肉薄する。

 

「ぐぅ!?これでッ!!」

 

 必要最小限の動きで砲撃を躱し、避け切れないものは正面から受け止めるのではなく盾の表面を滑らせるようにして受け流しながらシェイドの包囲網を潜り抜けていき、とうとうその眼前へと躍り出でて、リーチの長いアーム、槍の様な手持ち武器の死角となっている懐へと潜り込んだ。

 

「アクテリオン、バス……」

 

 カートリッジの炸裂音と共に藍色のレイピアに魔力が灯る。だが、起死回生の零距離砲撃を放とうとしている咲良の表情が凍り付く。

 

「……ンフフゥゥゥ!!いらっしゃいませぇ!地獄の入り口に自ら飛び込んでくるとは愚かな……では、さようなら!!」

 

 咲良の眼前では稼働している二本とは別にバックパックより左右一対ずつ起き上がったアームが獲物を前にして大口を開けた肉食獣の如く、その先端部に魔力を迸らせながら待ち構えていたのだ。

 

「泣き叫びながら死になさいッ!解体ショーの時間ですよぉぉぉ!!」

(やられるッ!?)

 

 既に高速機動による奇襲から攻撃態勢に入っていた咲良にアームによる刺突を回避する手段はない……

 

 

 

 

「ンフフゥゥゥゥッッ!!!!……な、ッ!!!???」

 

 咲良が死を覚悟した瞬間、シェイドが蒼い光に呑み込まれて視界から消え去り、間髪入れずに戦域全体に蒼刃が降り注ぐ。

 

「ッ!?はあああぁぁぁっ!!!!」

 

 フェイトも追いすがってくる黒装束が飛来した多数の蒼い刃状の魔力弾によって撃ち落とされていく光景に目を丸くして驚きを示したが、そのまま一回転するように閃光の刃を振り抜き、周囲の襲撃者を斬り飛ばして密集状態からの脱出に成功して再び咲良との合流を果たした。

 

 援護射撃が来た方向へ視線を向ければ……

 

「烈火!……とアリサ?」

「……今なら安全バーなしでジェットコースターに乗っても身じろぎしない自信があるわ」

 

 太陽を背に三対十枚の蒼翼を広げた蒼月烈火が高度を下げながら近付いてきており、横薙ぎに抱かれて小さくなっているアリサ・バニングスは遠い眼をしながら青ざめた顔で烈火の防護服(バリアジャケット)を握りしめている。

 

「やっぱり烈火もこの中に閉じ込められてたんだね。でも、何でアリサまで?」

「さあな。だが、俺達の近くにいなかった筈の黒枝がここにいるということは結界効果範囲内の魔力保持者とその近辺にいた人間を無作為に巻き込む形で展開されたって所だろう」

 

 非魔力保持者であるアリサまでもが結界に巻き込まれたことに対してフェイトが疑問を呈し、烈火は推測論を答えた。

 

「では、バニングスさん以外に民間人が巻き込まれた可能性も……」

「ないとは言い切れないな」

「だったら、尚更早くここを切り抜けないとね」

 

 魔導師三人は厳しい表情で眼下を見下ろしながら言葉を紡ぐ。

 

「この人達……」

「ええ、あれだけ攻撃を受けて起き上がれるはずがないと思うのですが」

 

 その視線の先では、見るからに満身創痍である黒装束が再び起き上がろうとしており、非殺傷設定で攻撃していたとはいえ、いくらなんでも打たれ強いの範疇を超えている。フェイトと咲良は困惑の色を強め、烈火も鋭い双眸で黒装束を射抜く。

 

 だが、そんな三人に対して新たな脅威が迫っていた。

 

「だ!か!ら!!何故、私の脚本通りに動かないぃぃっ!?大体、小僧!!貴様の出番は金色の小娘の後だというのにぃぃぃぃッッ!!!!!!」

 

 噴煙から飛び出したシェイドは三人目掛けて、みすぼらしくなった奇術師風の防護服(バリアジャケット)をはためかせながら、四本のアームと手持ち武器を差し向けて最高速度での奇襲攻撃を敢行する。

 

「きえええぇぇぇぇぇぇぃぃっっ!!!!!!」

 

 鬼のような形相で奇声を上げながら突っ込んでくる様は凄まじい迫力だが……

 

「ふっ!」

「はっ!」

「……ふん!」

 

 フェイトが右のアーム二本を刀身で、咲良が左のアームを盾で受けて進撃を抑え込み、迫り来る槍は烈火が身を反らして躱し、高度を上げながらその場で一回転……踵をシェイドの頭頂部へと叩き込んだ。

 

「へぶぅぅぅぅぅっっ!!!?」

 

 流れるような連携攻撃を受けたシェイドは、コマ送りの様に空中から真っ逆さまに墜落して、自身の身体で出来た大の字のクレーターにめり込んで全身を痙攣させている。

 

「なあ、今の変態は一体何なんだ?」

「えっと、この結界を張った人で多分エリュティア達と同じ無限円環(ウロボロス)のメンバーだと、思うんだけど……」

 

 シェイドの圧のある勢いに対して引き気味な烈火は、先ほどまで交戦していたフェイト達に事情を尋ねた。フェイトは、今しがた叩き落した人物が数ヵ月前に予期せぬ形で死闘を繰り広げた無限円環(ウロボロス)構成員だと思われるという推測を伝えるのだが、これまで見せられた醜態の数々を受けて、どこか自信なさげな様子だ。

 

「でも、あの人が使う魔法は烈火と同じ……ッ!?」

「な!?……これは一体!?」

「な、によ……これっ!?」

 

 シェイドについての最重要事項を烈火に伝えようとしたフェイトであったが、眼下の光景を目の当たりにし、思わず口元を手で押さえながら絶句した。度重なる不意打ちを受けて、警戒を厳にしていた咲良も同様であり、アリサも口元に手をやって込み上げてくるものを必死に抑え込もうとしていた。

 

 

 その原因は変容した黒装束達にあり、ある者は犬歯が顎より下に突き出るほどに伸び、ある者は背中に鳥類の翼を生やし、ある者は破損した戦闘装束の隙間から鱗を覗かせ、爪先が鋭利な刃物の様に突き出ている。

 

 合成獣(キメラ)の様にこれらの特徴が幾種も出ている者や地に横たわってもがき苦しむ者、全身から出血しながら動かなくなる者なども続出しており、フェイト達の眼前に広がる光景は、まさに地獄絵図と化した。

 

 

《■■■……■■■■……!!!!》

 

 

 最早人間と定義付けしていいか分からなくなる程までに常識からかけ離れた姿となった黒衣の襲撃者が理性を失い、気が狂ったようにもがき苦しみながら獣を思わせる雄叫びを上げている光景に対して、皆が言葉を失う中、蠢いている黒装束達の中心から喝采の声が響き渡る。

 

「ンフフゥゥゥゥ!!これは実に興味深い!素体への身体ダメージが限界を超えるとこのような現象が起こるとはッ!!それに各々、侵行度合いも違うようですねぇ!!」

 

 特徴的な笑い声の主は当然ながらシェイドであり、優雅に前髪をかき上げる動作をしながら思わぬ暁光に歓喜の表情を浮かべているが、度重なる戦闘によって全身ズタボロになっており、浮浪者一歩手前といって差し支えない風貌での余裕ぶった態度は些か滑稽だ。

 

「これは、一体どういうことですか!?どうして、こんな……」

 

先ほどから異常な打たれ強さを見せていた黒装束への疑念と、人道を超えたこの光景に対してフェイトは声を固くしてシェイドを問い正す。

 

「貴方達如きに、この崇高な実験の意図が理解できると思えませんがぁ……冥途の土産に説明して差し上げま……」

「魔導獣……」

「……しょう……は!?」

 

 再びイニチアシブを奪った事に気を良くしたシェイドはこれからがショータイム……ようやく自分が主役なのだと皆に見せつけるように両腕を開き、さあ種明かしと目を見開いた体勢のまま固まってしまう。

 

「異常な生命力に異形の姿。複数の生物を無理やり掛け合わせたかのような歪な魔力……魔導師を素体に魔導獣の細胞とリンカーコアの一部を移植したといったところか?」

「なっ!?ン、ンフゥゥゥゥ!中々の観察眼……」

「ああ、解析(そういうの)はそれなりに得意だからな。しかし、魔導獣(アレ)は強靭な魔法生物ですら躯体の維持が困難だったはず……魔導師の身体強化込みとはいえ、よくヒト型に押し込めて制御できたものだ」

「ンフゥゥゥゥ!!それは我が組織の科学力の賜物ということで……最も、まだ試験段階の生体兵器ですが。しかし、流石は噂に名高い“ヴェラ・ケトウス”の“天空神(ウラノス)”だ。目の付け所が違いますねぇ!!」

「……ッ!?」

 

 黒装束の正体を言い当てられて呆然としていたシェイドであったが、持ち前の切り替えの早さか、含みを持たせて口元を歪める。シェイドの反応をつまらなそうに見ていた烈火であったが、看破できない言い回しに対して目を見開いて驚きを露わにした。

 

 フェイトは、そんな烈火の防護服(バリアジャケット)の袖を不安そうな表情で握りしめ、先ほど伝えられなかったことを言葉に出す。

 

「……あの人の使う魔法術式は、烈火と同じ……“ソールヴルム式”……」

 

 地面に立つシェイドの足元で黒灰色の四芒星が乱回転する。

 

「そう、管理世界で“ソールヴルム式”を使うのは貴方だけではないッ!」

 

 シェイドは背のアームを再稼働させながら、自慢気な表情で烈火を指差した。

 

「お前は……」

「この“爛命の奇術師”シェイド・レイターもまた、同じなのですよ!そして、このデバイス“タルタロス”も貴方の“ウラノス”と同様に大戦末期に少数生産されたXナンバーの機体……つまり“ゼニスイアリスコア”を搭載しているのですッ!!」

 

 烈火は四本のアームから魔力を迸らせているシェイドを厳しい表情で見据えている。そんな様子を受けて、フェイトは無意識に烈火の袖を握る力を強める。

 

「ンフゥゥゥゥゥゥ!!少々計算外もありましたが、私自身が手を加える事によって結末は脚本通り!我が祖国の技術の結晶にして、数多くの戦果を挙げて来た “ウラノス”をマムに献上すれば私の価値は不動の物となる!!そこに奴らが討ち漏らした貴方達の首を添えれば、私を最も寵愛して下さるに違いない!!あぁ……全ては輝かしい未来の為……さあ、“爛命の奇術師”が奏演する狂獣の闘技場で死の舞踏(ダンス)を踊りなさいッ!!!!」

 

《■■■……■■■■……!!!!!!》

 

 自分に酔いしれながらの高らかな宣戦布告と共に、狂獣と化した魔導師達の咆哮が結界全体を震わせた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
久々の連続投稿です。

今更ですけど、最初から読まないとお話が理解できないので、あんまり推奨されないのかもしれませんが、私は章を跨いで話が展開されていくのが好きなので、以前の章で出てきたことが最新話で出てきたり、逆に敢えて触れずに置いたりする事が多々あるのはご了承ください。

因みにシェイドの爛命の奇術師という呼び名は、なのはやシグナム、イヴや烈火なんかの戦いっぷりから付いた異名ではなく自称です。実は数話前に異名云々についてのやりとりをしていたり……
中々に不憫……とは思えないのが、このキャラの良い所?まあ、作中の行動を振り返れば自業自得ともいえるんですけど。

作品についての感想等頂けましたら嬉しいです。
では、次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!



閑話休題

フェイト「そういえば、何でアリサはあんなにグロッキーだったの?」
アリサ「ああ、それは……」

***

アリサ「にゃ、にゃにすんのよ!?」
烈火「ん?何って、バニングスを運ぶ為に決まってるだろ?」
アリサ「だ、だからって運び方があるでしょぉぉ!?お、お姫様抱っこじゃなくたって!」
烈火「そもそも実体可変翼(フリューゲル)が使えなくなるから、おぶるのは無理だ。戦場のど真ん中に置き去りにされたいならそうするが?」
アリサ「う、ううぅ……」
烈火「不用意に喋ると舌を噛むから、俺がいいというまで口を開かないように……怖いなら目は閉じてていい」
アリサ「わ、分かったわよ!」
烈火「後、大切なことが一つ……」
アリサ「な、何よ!?」

烈火「……漏らしたら投げ捨てるからそのつもりで頼む」

アリサ「なッ!?アンタ、最、低……ちょっと、まだ心の準備が!にゃああああああああっっ!!!!」

***

アリサ「……というわけよ。アンタ達はあんなに飛び回ってよく平気よね」
フェイト「そうかな?私は慣れちゃったし、特に変な感じはしないけど」
なのは「そうだよ。空を飛ぶのってすごく気持ちいいしね!」

アリサ「なんか、アンタ達が魔導師が特別だって改めて思い知らされたわねぇ~」
はやて「安心しぃ。私はまだアリサちゃん側や」


すずか「へぇ~アリサちゃん、烈火君にお姫様抱っこされて仲良く空中散歩したんだぁ。へぇ~そうなんだぁ」

アリサ「す、すずか!?」
はやて「あ、あかん!完全に目が据わってもうてる。てか、ハイライトすらないで!!これは怖いッ!」

すずか「アリサちゃん?ちょっとオハナシ聞きたいんだけどいいかなぁ?ついでにはやてちゃんも今の発言についてちょっと聞きたいことがあるんだけどぉ?」

アリサ・はやて「「いやああああああ!!!!」」


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Over light

 無限円環(ウロボロス)に所属し、管理局では使い手のいない“ソールヴルム式”を操る魔導師シェイド・レイター。その真の狙いは、蒼月烈火が駆る“ウラノス”にあった。

 

 烈火達はそれぞれの戦場において脚本という名の筋書きに沿って襲って来た敵を次々と打倒していき、とうとうシェイド本人を追い詰める。しかし、脅威の生命力と天運で立ち上がるシェイドは、偶発的に起きた暴走までを脚本に盛り込む形で数的優位を奪い返して再び反撃に出た。

 

 

 

 

「バニングスさん、大丈夫ですか?」

「……ゴメン、迷惑かけて……」

 

 アリサは自身を抱きかかえている咲良に対して絞り出すような声で答えた。

 

現在の戦況は烈火とフェイトが敵戦力と交戦中。咲良はシェイドたちの侵攻を受け、非戦闘員であるアリサを烈火から受け取る形で最前線を退いていた。

 

「いえ、そんなことはありませんよ。それよりも私達は自分達の安全確保が最優先です」

 

 咲良は一時の安全の為に烈火やフェイトのいる空域から大きく距離を空けすぎると孤立状態となってしまい、別動隊や撃ち漏らしの黒装束と戦闘になった場合にアリサを抱えながら再び波状攻撃に晒される可能性が高いと踏んだ為、敢えて危地である交戦空域から付かず離れずの距離を保ちながら戦況を見守っている。無論、二基の“ゴルゴーン”を周囲に停滞させており、戦闘態勢は維持したままだ。

 

「でも……アタシのせいで加勢に行けないんだったら……」

「置いてなんていけませんよ。それにあのお二人でしたら、きっと大丈夫です」

 

 アリサは自身の身柄の安否の為に最前線から下がることになった咲良に対して気後れした様子だが、戦闘空域付近である位置取りを選んだ通り、元より結界内に安全な場所などない。そんな中に民間人を放置するなど見殺しにするも同然であり、前線に投入できる戦力が落ちるのだとしても、その選択肢はありえない。

 

「ハラオウンさんは管理局が誇るトップエース……それに……」

 

 数的不利は相変わらずだが、先陣を切って戦っているフェイトの戦闘能力は折り紙付きであるし、もう一人は……

 

 

 流麗に広がる蒼穹の翼……狂気の世界に煌臨した大天使……月光に照らされた彼の姿が脳裏を過る。

 

 

「……どうしたの?」

「あ、いえ……」

 

 アリサは心此処に在らずといった様子の咲良に疑問符を浮かべた。

 

「……とにかく今はあのお二人を信じましょう。二人の邪魔にならないようにすることが今私たちが出来る最大限の協力ですから……」

 

 ハッとした表情を浮かべた咲良であったが、取り繕うように首を振って意識を切り替えると激しい戦いが繰り広げられている戦場へと視線を戻した。

 

 

 

 

 かつての事件で猛威を振るった“魔導獣”の力をその身に取り込んだ生体兵器……黒装束の男であった者が、狂ったような雄叫びと共にフェイトへと襲い掛かる。

 

「一人でも多く私の方へ引きつけないと……」

 

 フェイトは烈火、咲良との位置取りを確認しながら、暴走状態の多くの黒装束を引き連れて飛行している。早急に黒装束を退けてシェイドと引き付けきれなかった残存戦力と交戦している烈火の援護に行きたいところではあったが、反撃に転じることが出来ずにおり、その表情は芳しくない。

 

「下手に攻撃をしてもまた起き上がって来る。でも、このまま逃げ続けても……何れは……」

 

 黒装束が異常なまでに打たれ強いのは先ほどまでの戦闘から明白だ。再び撃墜したとしても戦線に復帰して来るのは自明の理。

 

 これだけでも十分に厄介だが、フェイトが危惧しているのは黒装束達の心身にかかっている限界を超えた負荷にあった。

 

 今の彼らは正に狂獣と化している。素体となった魔導師の技量を超える力を有し、そのままの出力で調節などお構いなしに魔法の発動、高速移動を行っているが故に負荷のフィードバックに身体が耐え切れないことが目に見えて明らかである。

 

 つまり、異常な耐久力を見せる黒装束に対して立ち上がれなくなるまで非殺傷設定の魔法を撃ちこみ続けるという魔導師のセオリー通りに戦闘を行って倒してしまえば、彼らが無事に済む保証は限りなく低い。

 

 かといって人間離れした膂力を持つ数十人の襲撃者を一人一人バインドで拘束するという手段も現実的ではないだろう。

 

 しかし、これまでの戦闘で負ったダメージの蓄積だけでも既に限界を超えている様子の黒装束が狂獣化の余剰負荷によって力尽きるまで逃げ回るというのも彼らを見殺しにするも同じ……更には追撃を諦めて烈火や咲良を標的(ターゲット)とし、そちらに雪崩れ込む可能性もある為、手を拱いているわけにもいかないのが実情……正に八方塞がりだ。

 

 歯噛みするフェイトの眼前に翼をはためかせた狂獣が躍り出て、前腕から伸びた鉤爪を振り翳す。

 

「……どうすれば!?このままじゃ……くうッ!」

 

 襲撃者に囲まれないように足を止めないまま、“バルディッシュ・ホーネット”を左に持ち替えて右手の前に黄色の魔力障壁を展開すると、迫る爪ごと身体を押し返す様に右腕を突き出した。

 

「■■!?……■■■……!!??」

 

 シールドバッシュの要領で押し返された黒装束の一人は直接攻撃されていないにもかかわらず、身体を痙攣させながら地へと墜ちていく。

 

「今のは……もしかして……」

 

 フェイトは思いがけない襲撃者の挙動に驚きながらも神妙な表情で自身の掌に視線をやると、この事態を瓦解するために行動を起こしていく。

 

 

 

 

「■■■……■■■■……!!!!!!」

 

 一種の暴走状態に陥った黒衣の襲撃者が烈火へと襲い掛かる。

 

「ふっ!」

「きえええええぇぇぇぃぃぃ!!!!」

 

 烈火は手にした“白亜の剣(エクリプス・エッジ)”で迫り来る黒装束達を斬り払うが、そこにシェイド本人が魔力を全開にして主兵装である“スコリウムシェイバー”を突き出しながら奇襲攻撃を敢行した。

 

「この程度で不意を突いたつもりか?」

「ッ!?いえ……」

 

 烈火は奇襲に対して表情一つ変えることなく上段から剣を振り下ろす。奇襲からの刺突をいとも簡単に防がれたばかりか、ランスの腹でどうにか“ウラノス”を受け止めている状態に陥ったシェイドであったが、その口元が吊り上がる。

 

「……本命はこちらですよぉぉ!!!!」

 

 シェイドが駆る“イアリスコア搭載型デバイス・タルタロス”に搭載された特殊兵装“タクティカルアームズ”がバックパックから起き上がり、先端部を鋏の様に開きながら足を止めている烈火を強襲した。

 

「……だろうな」

「なッ!ぎょえっ!?」

 

 烈火の実体可変翼(フリューゲル)から放出された光の翼が煌めくと、シェイドの視界からその姿が掻き消える。全く反応できていない様子のシェイドが驚愕の声を上げた頃には、超高速機動で背後に回り込んだ烈火が剣を振り上げて攻撃態勢に入っていた。

 

「ちッ!立ち直りの早い奴らだ」

 

 奇襲に対してのカウンターで一気にシェイドを仕留めようとした烈火であったが、斬り捨てた黒装束が群がるように迫って来ると舌打ちと共に高度を上げ、即座に“長剣形態(エクリプス・エッジ)”を“拳銃形態(ステュクス・ゲヴェーア)”へと換装して魔力弾を撃ち放つ。

 

「■■■!!!!」

「ンフゥゥゥゥゥ!!ほぉら、ほらほらほらほらほらほらほらほら!!!!」

 

 シェイドは黒装束を撃ち落としていく烈火に追いすがりながら四本の“タクティカルアームズ”を連続で突き出してラッシュを仕掛ける。

 

「ッ!?何故、無限円環(ウロボロス)に手を貸す!?」

「ぐぅぅ!!??ンフゥゥゥ!!私の才能はもっと広い世界で評価されるべきなのですよ!“ソールヴルム”の中だけで収まるものではなかった。全ては世界を私の脚本で染め上げる為に!!」

 

 迫り来る四本の外骨格を“双剣形態(バニシング・エッジ)”へと換装した“ウラノス”で捌いていく。

 

「それよりも、戦後のどさくさに紛れて行方をくらませたと聞いていた貴方がまさかこのような辺境世界に居ようとは、何たる暁光ッ!!貴方とそのデバイスを手見上げにして私は上へと伸し上がる!主役には相応しい役回りでしょう?」

「……あれだけ脚本と宣っておきながら自らが主演(アクター)を語るとはな。自分が中心に世界が回らなければ我慢ならないとは、役者以前に三流脚本もいい所だ」

「なッ!?わた、私の脚本をお前も否定するのか!?ッ!う、ぎぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!??」

 

 シェイドは烈火の剣を受け止め、目を見開きながらヒステリックな声を上げた。出力差で刃を押し込まれそうになると、手持ち武器のランスと先程から動き回っていたアームズを全て使って歯を食いしばりながら寸での所で踏ん張っている。

 

「機体に振り回されている様でよく大きな口が叩けるな」

「何ぃぃ!!??」

「思えばその機体のカタログスペックは俺も閲覧したことがある。特殊兵装の先端部は誘導(オールレンジ)兵装としての運用を想定されていた物だった筈……にもかかわらず、先ほどから遠隔操作される様子がない。つまりお前は搭載された特殊兵装を操る適性がないということだ」

「ぐっ!?そ、そんなことはない!私にだってぇぇぇっっ!!」

 

 シェイドは必死に腕を突き出しながら何かを覆い隠す様に声を荒げた。

 

「その機体……お前自身が受領したものじゃないだろう?そして、俺の“ウラノス”と同時期に開発された機体だ。戦後の混乱に乗じて非正規のルートで手に入れたはいいが、その為に“ソールヴルム”に居られなくなって管理世界へと脱し、アウトローを気取っているといったところか?」

「違う!私は“ソールヴルム”を見限って新たな世界に目を向けたのだ!!」

 

 先ほどまで烈火を煽っていたシェイドであったが、図星を突かれたのか逆に平静を失っているようだ。

 

 実際、烈火の“ウラノス・フリューゲル”は先の“MT事件”において管理局の魔導師と異なり特別なチューンを受けることなく完成系の“アクセラレイター”を操るフィル・マクスウェルと渡り合って見せた。シェイドの“タルタロス”も同時期に開発された同系統の機体であるのなら、そのマシンスペックは相当なものであるはずだ。

 

 それだけのマシンスペックを誇るであろうにもかかわらず、咲良一人に対して手に焼いていた事からも烈火の推測は強ち間違いではなかったのだろう。

 

「煩いッ!うるさい!!やれぇぇぇぇぇ!!!!」

「■■……■■■!!!!」

 

 シェイドの雄叫びと共に先ほど斬り捨てられた黒装束が起き上がり、ある者は開いた口から吐息(ブレス)を思わせる砲撃を放ち、別の襲撃者は背の翼をはばたかせて硬質化した羽毛を射出して烈火へ向けて中距離(ミドルレンジ)から攻撃を放った。

 

「ほうほう……これはこれは、想定外!愉快な現象ですねぇぇ!!素晴らしい出力……目算でも魔導師ランクAAオーバーといったところですか。まあ、些か品性にかける風貌なのは私好みではありませんがね」

 

 素体に組み込んだ“魔導獣”の特性が色濃く出た人間離れした攻撃手段と下手をすればエース級に匹敵する魔法出力はシェイドにとっては嬉しい誤算だったのだろう。

 

 相変わらずの立ち直りの早さを見せたシェイドは歓喜の高笑いと共に自身もアームズから魔力弾を連続で撃ち放つ。

 

「大戦の英雄といっても所詮は子供。キャストでしかない貴方は主役である私の前では所詮逃げ惑うことしかできないのです!やはり真に評価されるべきは私だったということですよ!!ンフフハハァーーーーハッハ!!!!」

 

 戦において最優先されるのは、戦術単位の一騎当千ではなく、戦略単位の複数戦力である。管理局の様な組織においても同様であり、AAAランクの魔導師一人よりAランクの魔導師十人の方が作戦成功率、戦力的な観点から見ても上といえるだろう。

 

 故に相手がSランク級の魔導師とは言え戦力差は圧倒的であり、眼前で一方的な飽和射撃に晒されている烈火を見て、セオリー通りの王手(チェック)をかけた事で勝利を確信したシェイドは狂喜に酔いしれた。

 

 だが、“実体可変翼(フリューゲル)”による空力制御を最大限に発揮しながらバレルロールを繰り返して飽和射撃の中を舞う様に駆け抜けている烈火への被弾は未だにゼロ。

 

 そんな烈火は高笑いを上げるシェイドを尻目に脳内に響いて来た聞き覚えのある声音に対して僅かに口角を吊り上げると、光の翼を煌かせながら身を翻して急旋回軌道を取った。

 

「ンフフ、ンフウウウ!!!ンンハハーーーーハッハッ!!!!……はッ!?はぁぁぁ!!??」

 

 当初予定されていた脚本を滅茶苦茶にされながらも都度アドリブで修正を加えての完璧な勝利……自分に酔いしれていたシェイドであったが、周囲の光景を目の当たりにすると態度を百八十度反転させてしまう。

 

「ま、また……なんだよ、これはああぁぁぁぁぁ!!!!??」

 

 シェイドの視線の先では、予想を遥かに超えた戦闘能力を得た筈の黒装束達が次々と捻じ伏せられていく。ある者は蒼穹の斬撃に呑まれていき、ある者は正確無比な射撃魔法によって撃ち落とされ、またある者は実体可変翼(フリューゲル)から射出された光剣による刺突によって跳ね飛ばされるかのように地に堕ちてしまう。気が付いた時にはシェイド自身を除き、残された黒装束はたったの二人のみ。

 

「ひ、ひいいいいいぃぃぃぃ!!!!??奴を止めろぉおおおぉぉっっ!!!!」

 

 迫る脅威に向けて迎撃を指示するシェイドであったが、烈火は黒装束が反応する間もなく超高速で強襲し、両者の中央でバレルロールしながら斬り抜けると両手の剣の柄を連結させ刃渡りの長くなった刀身に黒炎を纏わせた。

 

 

「逆巻け、黒炎ッ!」

「あ、あぁぁ……あ、あぎいいぃぃぃぃ!!!???」

 

 

 左手に携えた“両剣形態(アヴァランチ・フューリー)”を上から薙げば、迫る剣戟を受け止めようと突き出した“スコリウムシェイバー”、四本の“タクティカルアームズ”をいとも容易く両断する。

 

 シェイドは無意識下の奇跡的な危機回避能力で烈火の一撃から命からがら逃れたものの、爆散した主兵装が巻き起こした噴煙に呑み込まれながら情けない悲鳴を上げた。

 

「はっっっ!?ンフフッゥゥッッ!!これが因果を燃やし尽くすと言われる絶対破壊の“魔力変換資質・黒炎”ですか!?我が“タルタロス”を両断するとは聞きしに勝る破壊力ですが……“タクティカルアームズ”は六本あるのですよぉぉ!!きええええぇぇぇぇぃ!!!!」

 

 取り繕う様に立ち直ると咄嗟の判断で噴煙を目隠しに烈火へと接近し、隠していた残り二本の延伸アーム付き鋏を差し向ける。

 

「……」

 

 だが、視界を防ぐ噴煙という突発事項をも戦略に組み込み、“無限円環(ウロボロス)”の技術者に新造させた烈火も知り得ぬ隠し腕を使用した渾身の時間差二撃であったが、瞳に真紅の紋様を浮かび上がらせた烈火の超反射……天空を舞うかような軌道を取ったダブルアクセルに躱されて空を切った。

 

「な、に!?……私の……脚本……ぐがぁぁっっ!!??」

 

 シェイドは決着を付けると脚本に記した最高の攻撃が無に帰した事で茫然自失……その隙を見逃すはずもなく接近してきた烈火の後端部の刃で残った二本の腕も切断され、再び爆炎に呑み込まれる。

 

「ッ!はあッ!!」

 

 烈火は実体可変翼(フリューゲル)を重ね合わせて左右一対に折りたたむと共に横に一回転……右脛に蒼光を纏わせ、魔力スパイクと化した蹴撃をシェイドの側頭部に叩き込んだ。

 

「がっ!?ぐっ!がああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!???」

 

 シェイドは砲弾の如き勢いで蹴り飛ばされていく。

 

 だが、タイミング良く烈火の斬撃の影響でパックパックが爆散して偶然にも分離(パージ)されたことにより、剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラコニア)の強靭な皮膚やフィル・マクスウェルの強化装甲を焼き尽くした黒炎が身体に燃え移る最悪の事態を回避するという悪運の強さを見せていた。

 

「ぐひいいいいいいいぃぃぃぃぃっっっ!!??」

 

 しかし、バックパックの爆風に煽られ、奇声を上げながら空中で乱回転して吹き飛んでいる大の大人が脚本家を語って皆を掌の上で操ろうとしていたのかと思えば些か滑稽であった。

 

「……“ヴァリアブルレイ”!」

 

 烈火は右手に“拳銃形態(ステュクス・ゲヴェーア)”を出現させると蒼穹の砲撃を撃ち放つ。

 

 だが、その射線上にシェイドの姿はなかった。

 

 

 

 

 戦闘中の烈火、民間人を抱えている咲良との距離感に注意しながら逃げ回っていたフェイトは突如として襲撃者を振り切るように加速する。

 

(この魔力反応……今だッ!)

「■■■!?」

 

 獲物を狙う猛獣の如き黒装束達は移動速度が上昇したフェイトを身体を投げ出してでも捕らえようとしたが、突如として出現した黄色の魔力障壁に真正面から激突して前衛に後続の面々が次々と追突していく玉突き事故を引き起こしていた。

 

 フェイトは、その間に黒装束から距離を空けて足元に円環の魔法陣を出現させる。

 

 

 しかし、揉みくちゃになりながらも、玉突き事故から抜け出だした一部の黒装束が足を止めて滞空しているフェイトに対して飛び掛かっていこうとしたが、思わぬ事態にたたらを踏まざるを得なかった。

 

「■■■■!!??」

 

 フェイトと自分達を断ち別つ運河の様な蒼穹の砲撃に眼前を塗り潰されたのだ。

 

 

「……あ、あああああぁぁッッッ!!!!ひいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!???誰か私を助けろおおおぉぉぉっっっっ!!!!!!」

 

 そんな時、サッカーボールよろしく烈火の回転蹴りによって吹き飛とばされながら絶叫しているシェイドが玉突き事故の真っ只中に飛び込んできたことにより、黒装束全体に更なる混乱が広がっていく。

 

「ぐ、ぐぅぅぅっ!?何という……この私がッ!」

 

 上部が全損した防護服(バリアジャケット)、目元を覆っていたマスクも吹き飛んでおり、今や耳に白い布がへばり付いているのみという、何ともみすぼらしさが増した風貌のシェイドであったが、襲撃者達がクッションとなったことによりどうにか無事であるようだ。

 

「この役立たず共が!何故私が戦っているのに貴様らはガキの尻を追いかけているんだッ!!くそっ!!?」

 

 シェイドは自身の窮地を幾度となく救い、指示を守ってフェイトを追っていた黒装束に対して癇癪を起したように喚き散らしている。しかし、現状を考えればそんな場合ではないと必死に紳士染みた仮面を被ろうとしたが、眩い光を放っていた砲撃が晴れた先にある上空の光景を目の当たりにして顎が外れんばかりに大口を開いて驚愕の声を漏らした。

 

「……ぁぁっっ!?ぁぁぁぁっっ!!??」

 

 シェイドの現前、蒼穹の砲撃に覆い隠されていた先に帯電している無数の魔力スフィア……

 

 

「ありがと……烈火!」

 

 

 その中心で金色の死神が左腕を天に翳し、雷にマントを靡かせていた。

 

 

「行きますッ!!“プラズマランサー・ファランクスシフト”……発射(ファイアー)!!!!」

 

 

 フェイトは烈火がいる方向を一瞥し、小さく笑みを浮かべると腕を振り下ろす。それを合図に滞空しているスフィアからの一斉射撃が完全に動きを止めている襲撃者へと降り注いでいく。

 

《■■■……!!??■■■■……!!!!??》

「……ッ!」

 

 黒装束の叫びに苦い表情を浮かべるフェイトだが、攻撃の手は緩めない。

 

 かつての“PT事件”時点における最大攻撃魔法“フォトンランサー・ファランクスシフト”の発展進化……フェイト自身の魔力運用技術の向上と魔力量の増加、“アサルト”、“ホーネット”と生まれ変わりマシンポテンシャルが引き上げられた“バルディッシュ”が織りなす8秒間に1万発を超える魔力弾の雨……否、魔力の津波とでもいうべき雷撃の槍が空を覆っていた黒の狂獣を叩き落していった。

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ!ぐッ!?この私が、こんな……くそっ!くそぉぉぉ!!!!」

 

 周囲が噴煙に囲まれる中、毒づくシェイドは盾にした黒装束達の下から這い出るように姿を現した。正に精も根も尽き果てたといった様子で立ち上がることすら出来ずにおり、うつ伏せで横たわった状態で力なく地面に拳を付けている。

 

 ただでさえ、烈火との戦闘で武装を全て破壊された上に顔を含めた上半身の防護服(バリアジャケット)が全損に近い状態であったのに加えて、黒装束の下敷き状態から脱出する際に爪や牙に引っ掛けたのかは定かではないが、黒いズボンはハーフパンツ程の丈まで引き裂かれていた。更には、フェイトの一斉射の影響か頭髪も傷み切ってしまい、一昔前のコメディーアニメの様に大きく膨らんでいるようだ。

 

 その風貌は他の“無限円環(ウロボロス)”構成員が見ても彼だとは気が付かない程に一変してしまっていた。

 

 

「私はシェイド・レイターだぞ。この脚本の主役にして唯一無二の存在……こんなのは何かの間違いだ……そうに違いない!出来損ないの肉人形共ぉぉ!!さっさと立って奴ら、を……血祭、に……」

 

 俯きながら呪詛を唱えるように呟いていたシェイドはまだ勝ちの目がないわけではないと怒号と共に顔を上げるが、次の瞬間にはその表情が凍り付く。

 

「…■■……■■■!?」

 

 常識外れした打たれ強さと“魔導獣”の戦闘本能故、死ぬまで戦い続ける筈の黒装束は胸の鼓動を止めぬままであるにもかかわらず、シェイドの指示を受けても地に伏せて起き上がる様子を見せない。

 

 

 そして……

 

 

「ここまでだな」

「次元法違反につき、身柄を拘束させていただきます。それに、お聞きしなければならないことが沢山ありますので……」

 

 眼前に並び立つのは、断罪の大天使と閃光の死神……

 

 

「……私がこんなガキ共に見下ろされるなど……あっていいはずがない……私が、私が、私、ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシがぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

 

 

 絶体絶命の状況の中、シェイドは自分を見下ろしている烈火とフェイトを血走った眼で睨み付けながら声が枯れ果てんばかりに絶叫した。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

作中初のオリジナル術式使用者同士の戦闘や何気にウラノス初お披露目のモードが出たりと、バトルバトルバトルといった回となりました。


そして、なんと!リリカルなのはDetonationとシンフォギアXDのコラボが決定!!
実はこの件に触発されてモチベが上がったことで今話をこれほど早く書きあげることが出来たと言っても過言ではありません。
いやー楽しみ……ですが、両作品のファンというか私個人の視点でいうとシンフォギアメンバーが完成された物語であるDetonation劇中に介入してってのはちょっと勘弁していただきたいと思っているので早くストーリー詳細が知りたいところであります。
オリジナルで劇場版篇を書いた私が何言ってんだって話ですが、あのハートフルボッコの血飛沫舞うドシリアスの中でみんなで手を繋ぎましょう!、だとか、理屈なんかどうでもいい!歌でぶん殴る!みたいなノリをされるのは……ちょっと厳しいものがありますね。

因みにですが、私自身もシンフォギア作品についての構想をちょっとだけ練っていたこともあったりしたので、コラボ内容や設定的に本編に組み込めそうなら、もしかしたら!本作においてもシンフォギア篇なんて章が……。

基本的にとらハ以外とのクロスオーバーをする気なかったですけど、本家同士がやるなら是非もないよね!ということであります。まあ、あくまでまだ可能性の話ですが……




では、次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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驚天動地のsummer impact

 シェイド・レイターは周囲の光景に絶句した。

 

 素体とした魔導師に魔導獣の細胞とリンカーコアを移植することによって、フィロス・フェネストラが残した研究を別の形で発展させることを進言したのは他ならぬ自分自身。

 

 結果、試作品として生み出されたのが此度の襲撃における黒装束であった。彼らは素の状態でも空戦B~Aランク相当の戦闘能力を誇るとされている。いくら相手が大戦の英雄と呼ばれていても所詮は子供一人。更に同世界に管理局の支局が設営されているとはいえ、データ収集と監視目的の少数常駐制、それを思えばシェイド側の保有していた戦力は一般的な観点から見れば、潤沢と判断できるものであった。

 

 そんな戦闘の最中、黒装束は身的損傷が原因と思われる暴走状態に陥った。予想外の事態ではあったが、出力だけなら魔導師ランクAAに匹敵するだけのポテンシャルを発揮し、跳ね上がった戦闘総量は開戦当初の比ではない。間違いなく勝利への王手(チェック)となった筈であるが……

 

「な、お前達ッ!何故、立ち上がらない!私の言うことが聞けないのか!?立て立て立てぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 シェイドは黒装束に対して、眼前に立ち塞がる蒼月烈火とフェイト・T・ハラオウンに背後から襲い掛かるようにと喚きながら指示を出すが、肝心の襲撃者は倒れ伏せたまま動かない。

 

「……生命活動を停止していない状態で私の指示を無視するなどということは……ありえないはずだ!」

 

 黒装束達は魔導獣と同様に生命が尽きる時まで戦い続けるように処置が施されている為、この現象はシェイドからすれば完全に理外の物であったのだ。

 

「電気を纏った魔力射撃で、この人達の体内電流を乱して強制的に意識を失って貰いました。上手くいって良かったです」

 

 フェイトは微弱な電流を帯電させた左腕をシェイドに見せつけるようにして言い放つ。

 

 黒装束達は元より痛覚を持っているのかすら疑問視される程の打たれ強さを見せつけていたが、そこに加えて自身の力量を超える出力を発揮する為のバックファイアにより、文字通り自分の身体を糧に戦闘を行っていた。

 

 そんな黒装束を撃破するにあたり、常の戦いの様に非殺傷設定で撃墜し続けて動けなくなくなるまで打ちのめすということは彼らの死と同義であった。ならばと彼らの自滅を待つという戦法も撃墜し続けるのと何ら変わりなく、戦況的にも芳しい作戦とは言えない。

 

 こんな状況の最中、フェイトは黒装束への負担を最小限に留めつつ、彼らを突破する糸口を見出した。

 

 それは、“魔力変換資質・電気”を付与した魔力弾を全ての黒装束に着弾させ、体内電流を乱して強制的に意識を奪って沈黙させるという物である。質より量を優先し、普段よりも魔力変換効率を高めつつ威力が最小限に留められた魔力弾は暴れ回る猛獣へ撃ち込まれた麻酔の如き作用を発揮し、結果として黒装束はその命を燃やし尽くすことなく無力化されたのだ。

 

「あ、ありえない!戦略が戦術に凌駕されるなどということはあってはならない!!」

 

 シェイドは拳を強く握りしめ、目の前の現実に打ちひしがれる。

 

 互いに改修されているとはいえ同時期に生産された同系統のデバイスを所持し、数的有利というアドバンテージまで有していたにもかかわらず烈火には手も足も出ずに敗れ、頼みの戦力であった黒装束はフェイトの大規模魔法によって完全に沈黙させられてしまった。

 

 シェイドが抱えた戦力は自身を含め五十を優に超える。それに引き換え、相手は僅かに二人であり、自身が敗れる要因など皆無に等しい筈であったのだ。

 

 だが、突出した個人技によって戦力は全滅。敗北といって差し支えない状況にまで追い込まれていた。

 

 

 

 

「……この結界と武装の解除を願えますね?」

「こ、このシェイド・レイターが小娘の言う通りになどッ!」

 

 シェイドは厳しい表情を浮かべて周囲に倒れ伏せている黒装束を一瞥したフェイトから事実上の降伏勧告を言い渡されると、年下の女子にイニチアシブを奪われた屈辱に打ち震える。

 

「御託はいい。どうして“ウラノス”を狙った?」

 

 烈火は勧告に従う様子を見せず、血走った瞳で睨み付けてくるシェイドの眼前に“ステュクス・ゲヴェーア”を突き付け、此度の襲撃の核心へと迫った。

 

「わ、私は……私が正当な評価をされるためにも、そのデバイスが必要だったのだ!!そうすればマムも私の事を認めて下さり、全てが在るべき姿に戻る。それこそがこの世の真理なんだぞ!?」

 

 シェイドは“無限円環(ウロボロス)”内における作戦実行部隊に所属し、幹部クラスに該当する待遇を受けている。

 

 今回の黒装束然り、末端隊員然り、容易に切り捨てられる有象無象とは一線を駕してはいる。だが、それはシェイドにとって決して満足とは言い難いものであった。

 

 何故ならば幹部とは名ばかりで、他の実行部隊と異なり任務を与えられる事はなく、ある()()を受け継いだ者にしか十全に運用することが不可能な“イアリスコア搭載型デバイス”の稼働データ収集の為に組織の施設内に缶詰め状態にして、危険から遠ざけて手元に置いておく……所謂、飼い殺しも同然の扱いを受けていたのだ。

 

 愛機とした“タルタロス”の解析も十分だろうと申し出た所、稀に指令を回される様にこそなったが、とても幹部クラスに与えられるとは思えない容易な内容のものばかりであり、シェイド自身が評価される場は皆無に等しく、データ提供をするだけのお飾り幹部から上に昇りつめることが出来ずにいた。

 

 つまり現在、“無限円環(ウロボロス)”において求められているのは、シェイド・レイターという人材ではなく、管理世界では稀有な“ソールヴルム式”と“イアリスコア搭載型デバイス”だけであるということは明白であった。

 

 だからこそ、組織内で蔑ろにされていると感じていたシェイドは本懐である任務だけでの成り上がりは不可能と悟り、何らかの方法で評価を得る事を模索していた。

 

そんな時、思わぬルートから蒼月烈火と彼が駆る“ウラノス・フリューゲル”の所在の特定に成功した。

 

特にディオネ・アンドロメダは“イアリスコア搭載型デバイス”に強い興味を示しており、この事がシェイドを幹部クラスへ押し上げた大きな要因となっていた。

 

 これらの事から察するに“ヴェラ・ケトウス戦役”の渦中において、採算を度外視して生産され、多大な戦果を挙げた実績のあるハイエンド機を献上すれば、ディオネからの信頼を得られる事は想像に難しくなく、個人的に気に食わない実行部隊の面々と互角に渡り合った魔導師を仕留めることが出来れば、彼らよりも自身の評価が上がるだろうという事を想定しての襲撃であったのだ。

 

「そんな事の為に……関係ない人間まで巻き込んで……」

 

 烈火は内から湧き上がる感情を抑え込みながら、目の前で喚き散らすシェイドを冷めた瞳で見下ろしている。

 

「そんな事……そんな事とはどういうことだ!私の脚本に沿って物事が動くのは当然のことだ!!それなのに!それなのに!!」

「……では、詳しい事情は支局の方で聞かせていただきます」

「ぐ、ぐぐっっ!!ぐぎいぃいいいいぃぃぃぃ!!!!!」

 

 怒号を張り上げるシェイドであったが、これまでの奇天烈な言動を目の当たりにしてきた烈火とフェイトは最早意に返すこともなく、うつ伏せ状態で歯軋りを大きくした張本人の捕縛処置に入ろうとしたが……

 

「ンフフゥゥゥ!!!ンフウウウゥゥゥゥ!!!ンンンンハハッーーーーハッハッッ!!!!!!」

 

 抵抗する気力も残っていないと思われたシェイドであったが、何を思ったのかは定かではないが突如として高笑いをあげた。

 

「やはり、私の脚本は完璧だッ!!所詮お前達の役回りは悪役でしかない!後ろを見ろおおおぉぉぉ!!」

 

 烈火とフェイトは怪訝そうな表情を浮かべ、眼前への警戒を解くことなく背後を流し見る。

 

「……」

「ッ!?これは……」

 

 二人の瞳が大きく見開かれ、その表情が驚愕へと変化した。

 

「私は超一流の脚本家ですからぁ!予定されていた脚本が突発事態で変更になろうとも完結までもっていけるように常に二手三手先を読んでプランを組んでいるのですよぉ!!」

 

 勝ち誇ったようなシェイドの声に苦い顔をした二人の視線の先では、学生服姿の二人の少年が両手をバインドで拘束されて宙に吊られており、その傍らでは黒装束が右腕の剣先を向けながら控えている。

 

 その光景を目の当たりにしたフェイトの脳裏に先ほど烈火達と合流した際のやり取りが過った。

 

 

―――やっぱり烈火もこの中に閉じ込められてたんだね。でも、何でアリサまで?

―――さあな。だが、俺達の近くにいなかった筈の黒枝がここにいるということは結界効果範囲内の魔力保持者とその近辺にいた人間を無作為に巻き込む形で展開されたって所だろう

―――では、バニングスさん以外に民間人が巻き込まれた可能性も……

 

 

 現在、黒装束に捕縛されている二人の少年が身に纏っているのは“私立聖祥大付属中学”の物であり、魔法とは無縁の民間人であることは明らかだ。しかも、内一人は結界発動前に自分達に声をかけて来た同じクラスの男子生徒であることから、先ほどまでの懸念事項が現実となった事を示していた。

 

「ンフウウウウゥゥ!!!!形勢逆転、といったところですねぇ!!まぁ、主役の私が逆転するのは当然ですが!!さて、人質を前にして管理局はどうするのですかねぇ?」

 

 主導権を奪い返したシェイドは、ニタニタと口元を歪めながらゆっくりと立ち上がる。

 

「ンフフフ!!当然、武装解除してデバイスをこちらに引き渡して頂けますよねぇ?無論、要求に応じて頂けないというのなら、彼らが無事で済む保証はありませんがね。いやー、最後の最後で大逆転!まさに神作品誕生の瞬間ですねぇ!!これでマムも私を寵愛すべきと理解してくださることでしょう!ンフフーーハッハッ!!!!」

「……民間人を盾にするなんてッ!!」

「お嬢さん、負け惜しみは見苦しいですよぉ!むしろ魔法も使えない有象無象を見事にキャスティングしてみせた、私への称賛を送るべきではないのですか!?」

 

 フェイトは民間人の少年達を戦いに巻き込んだことを悪びれるどころか、意識を失わせて交渉材料に使う事を是とするシェイドに対して憤慨し、怒りを露わにした。

 

「そういうことです、貴方もいつまで私に銃を向けているのですか?さっさと武器を棄てないと、彼らがどうなるか……」

「……烈火ッ!?」

 

 シェイドは先程までと態度を一転させ、自身に対して武器を向けたままの烈火を見下し、勝ち誇ったような表情を浮かべる。だが。烈火は銃を下ろすことはなく……

 

「お、おいお前!私に銃なんぞ向けていいと思っているのか!?早くデバイスを待機状態に戻してこちらに渡せと言っているんだ!」

「仮に俺達が武装を解除したとして、お前が他の奴らを無事に返すという保証はない。そもそも、人質の解放条件すら告げずに一方的に自分の要求だけを飲ませようとしているお前とのやり取りは交渉にすらなっていないわけだが?」

「違う違う違う違う違う!!!!そうじゃぁないんだよ。ここでお前達が武器をこちらに渡して、決め台詞と共に私が勝利するという脚本になったんだからそうやって動けよ!!」

 

 シェイドは自分の言う通りに動こうとしない烈火に対して激怒しているようだが、当の本人には相手にされていないようだ。

 

「生憎……脚本(そんなもの)は眼中にない」

「ひぃっ!?あ、ああぁぁ……」

 

 その態度が気にくわなかったのか烈火に掴みかかろうとしたシェイドであったが、研ぎ澄まされた抜身の刀を思わせる威圧感と共に蒼い双眸に射抜かれた事で顔を恐怖に歪ませ、声を裏返しながら数歩後退した。

 

「こ、こちらには、人質がッ!」

 

 烈火から放たれた殺気に怯え切った様子のシェイドは自身を射抜く双眸が真紅に染まり、威圧感が膨れ上がったことで思わず腰まで抜かしかけていたが、人質となっている少年達を改めて認識させることでどうにか優位を取り戻そうと躍起になり、彼らがいる方向を指差すが……

 

「な、なぁ!?」

「行きなさい!“ゴルゴーン”ッ!!」

 

 驚愕するシェイドを尻目に黒装束の死角から黒枝咲良が駆る“アイギス改”から射出された誘導兵装“ゴルゴーン”が襲い掛かる。不意を突かれた黒装束は二基の“ゴルゴーン”から吐き出された藍色の光を浴びて大きくよろめいた。

 

 

「今だ!バルディッシュ……フォーミュラ!!」

≪Blaze Nexus!≫

 

 

 フェイトはこの好機を逃すものかと奥の手を発動し、背に燐光(フレア)の翼を出現させると発光する頭髪を靡かせながら最高速度で少年達の下へと急行する。

 

 これこそが現在のフェイトが誇る最高出力形態であり、先の“MT事件”において “バルディッシュ”に搭載された“フォーミュラ融合型バリアジャケット『ブレイズ・ネクサス』”だ。

 

「……絶対に助ける!」

(あちらはフェイトに任せておけば問題ない。俺は……ッ!?)

 

 眼前で今にもへたり込みそうな元凶を捕らえるべく、フェイトが向かった背後から視線を外そうとした烈火であったが、真紅の紋様を浮かび上がっている瞳が見開かれ、その表情が凍り付いた。

 

「駄目だ!行くな、フェイトッ!!くそっ!間に合わない!」

 

 眼前にシェイドがいるにもかかわらず、踵を返した烈火は再び出現させた“実体可変翼《フリューゲル》”から光の翼を形成し、最大加速でフェイトの後を追う。その表情には普段の烈火らしからぬ鬼気迫るものがあった。

 

 

 

 

(意識は失ってるけど、とりあえず怪我はしてなさそう。バインドも解除したし、これで……)

 

 フェイトは正しく閃光の如き移動速度で少年達の下に辿り着き、鮮やかな手際でバインドを破壊して二人を抱えながら離脱しようとしたが……

 

「え……ッ!?」

 

 突如として膝を折り、地面へ向けて倒れ込んで行く。

 

 

 

 

「はぁはぁ、ははははっ!!ンフフフッゥゥゥゥ!!!!やはり最後に勝つのは私ということですねぇぇん!!!!!!」

 

 殺気を向けられた影響で未だに膝が笑い、腰が曲がっているシェイドであるが、口角だけはこれ以上ないくらいに吊り上がっていた。

 

「私の脚本を蔑ろにした報いですよ!」

 

 シェイドが烈火とフェイトを射線軸に収めるように右腕を差し向ければ、その掌から残った全ての魔力を注ぎ込んだであろう黒灰色の砲撃が人質と化した少年達の下に奔走し、無防備に近い状態となっている二人へ無慈悲にも迫っていく。

 

「ここに来ての再逆転!私の有能さが際立ちますねぇ!!」

 

 満身創痍へと追い込まれ、何度も思惑を破られようとも己が信念を貫き通してようやく勝利を得ることが出来たと、シェイドは歓喜に打ち震えていた。

 

 シェイドの魔導師としての技量はハイスペック機である“タルタロス”の性能を差し引いた場合は、空戦A+ほど、対してフェイトは空戦S、烈火もそれに匹敵する戦闘能力を誇っており、黒装束という駒は有れど単騎でこの二人を討ち取ったとなれば“ウラノス”鹵獲と同等以上の評価を得られることは想像に難しくない。

 

「ン、ンフフフフフウウウウウウゥゥゥゥ!!!!ンンーーーハッハッ!!!!!!!」

 

 奇術師を名乗る男の自分自身への称賛と喝采の声と共に周囲は吹き上がる噴煙に呑み込まれた。

 

 

 

 

 焼け爛れた身体が転がり、鮮血が大地を汚していく。

 

 その身体は辛うじて首から上は無事なようだが、右半身を抉られたように喪失しており、宛ら焼死体一歩手前といったところか。

 

「……ッ!?……ぁぁ……ぁぁっっ!!??」

 

 地に倒れ伏したのは少年少女ではなく、自らを“爛命の奇術師”と名乗り、脚本の名のもとに全てを意のままに操ろうとした男であった。

 

「ぁぁ……ぁぁっ!?……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっっっぅ!!!!!!????」

 

 暫く茫然とした表情を浮かべていたシェイドであったが、程なくして喉が裂けんばかりに絶叫した。右半身の喪失を認識し、思考が現実が追い付いて来たのだろう。

 

 そして、視線の先には、急反転してシェイドの砲撃を斬撃で掻き消した白き大天使……

 

 

 

 

「天穹より光焔纏いて顕現せよ……」

 

 後髪が跳ね上がり、より洗練された戦闘装束と流麗な翼を纏い、二刀の白亜の剣を携えている烈火の姿があった。

 

 先日の“MT事件”における最終局面で見せた“ディザスタードライブ”と呼称される最大解放形態を発動し、圧倒的な出力で迫り来る障害を薙ぎ払ったのだろう。

 

「……ッ!?フェイト……!?」

 

 絶叫が止むと同時に動かなくなったシェイドを一瞥した烈火は、“実体可変翼(フリューゲル)”を消すと振り返った先の光景に思わず息を飲んだ。

 

「ん……はぁ!はぁ……はっ、ぅ!?」

 

 息苦しげな呻き声を上げて今にも絶息しそうな様子で地に倒れているフェイトと黄色の魔力壁の中で規則正しい呼吸をしている二人の少年……

 

「これは……くそっ!!」

 

 表情を歪ませた烈火は剣の柄を力の限り握り締め、黒炎を纏った左の剣を“ゴルゴーン”による奇襲を受けた後、倒れ伏せたままの黒装束目掛けて振り払う。巻き起こった小規模な黒炎の斬撃は、全身を肥大化させ、内部から何かを放出している様子の襲撃者を灰一つ残さずに消し飛ばした。

 

『黒枝!民間人に張られている障壁の維持をフェイトと代われ!』

『は、はい!』

 

 更に右の剣を掲げ、蒼い波動を巻き起こして周囲の淀んだ空気を大気中へ四散させると、巻き込まれた二人の少年を覆う結界の維持を咲良へ委託する形で念話で指示を出した。

 

「……相変わらずのお人好しめ。お前一人ならどうにでもなったものを、こんな状況でも他人を守るとは……」

 

 烈火は抱き起したフェイトに真紅の双眸を向けるが、宛ら全身が燃えているかのように感じる程の熱を帯びた腕の中の彼女の苦悶の表情は強まるばかりだ。

 

「おい“バルディッシュ”とかいったか?今の形態は維持したまま、術者の生命維持を最優先に……いや、もうやっているか、優秀なデバイスだ……連中への汚染処置はもう必要ない。フェイトへの負担を極力抑えろ」

 

 長年の付き合いからか自身の意志で術者を守ろうとしている“バルディッシュ”に対して、僅かに表情が綻ぶが、依然として状況は芳しくない。自身のロングコートを脱いでインナー姿となった烈火は荒い呼吸を繰り返し、起き上がる事すらできない様子のフェイトの下に折り畳んだコートを枕の様に敷いて、頭の位置を胸より高い状態で固定する。

 

『ハラオウンさん達に何が……?』

『これは、毒だ……あの変態奇術師がここまで計算していたとも思えないが、恐らく襲撃者に組み込まれた“魔導獣”、もしくはそちらの素体となった原生魔法生物が持っていたであろう致死性の猛毒物質……組み込まれた生物は攻撃を受けるか、意識を飛ばされると気化性の毒性物質を発生せる習性でも持っていたんだろう』

『そ、んな!他の方々は!?』

『民間人は間一髪でフェイトが庇ったから大丈夫だ。今はお前に守られているしな』

『そうですか…‥そ、それよりも貴方は大丈夫なんですか!?』

『ああ、生憎ウイルスや毒の類は俺には効かない。それに発生源は潰したし、漂っていた毒も吹き飛ばした。これ以上の被害は出ないだろう』

 

 烈火は顔が青ざめているだろうことが念話越しに分かる程に動揺している様子の咲良に対して己の解析結果を伝えた。

 

 

 

 

(しかし、どうする!?このままでは……ッ!)

 

 だが、当の烈火も苦しむフェイトを前にして些か冷静さを欠いていた。しかし、そんな烈火を嘲笑う様に更なる危機が迫る。

 

「あらあら……これは派手にやらかしたわねぇ」

「ちぃ!?この非常事態にッ!!」

 

 烈火が新たに出現した強大な魔力反応を受けて戦闘態勢で背後を振り向けば、そこに佇んでいたのは、艶めかしい曲線を描く身体をこれでもかと強調したライダースーツを思わせる騎士甲冑を纏った絶世の美女……

 

「はぁい、久しぶりね。会いたかったわ」

 

 誰もが見惚れる妖艶な表情で手を振って来るのは、シェイドと同じく“無限円環(ウロボロス)”構成員にして“時空管理局”が特A級に指定する次元犯罪者―――イヴ・エクレウスであった。

 

 だが、楽しげなイヴとは対照的に烈火はこれ以上ないくらいの焦燥感に駆られている。

 

(どうする!?コイツは他の奴らとは格が違う!民間人を庇って突破できるのか!?それに、このままではフェイトが!!)

 

 実際に剣を交えたわけではないが、以前のシグナムとイヴの戦闘は肌で感じていたし、映像記録も閲覧した。だからこそ、イヴが次元世界でも指折りの戦闘能力を持っていることは既知であり、全力で応戦しなければ逆に自身が墜とされるということを理解している為だろう。

 

 それに加えて、一騎討ちでも確実に勝てる保証のない相手に対して、三人の民間人というあまりに重すぎる足枷を抱えている。そして、このまま戦闘に突入すれば猛毒に苦しむフェイトは……

 

 足の速い烈火がフェイトらと共に離脱、黒炎で結界を破壊して管理局員に彼らを引き渡すと共に援軍と戦域に舞い戻るというのがセオリー通りの作戦となるだろうが、その間、殿を務める頼みの綱の咲良もイヴ相手では三秒も立っていられれば御の字といったところであり、この作戦は不可能に近い。

 

 しかし、逆に烈火がイヴと戦闘を行うのだとしても、咲良の火力では結界内から脱出できると思えない上に、この戦域以外にも襲撃者は存在する。そんな中を三人の民間人、戦闘不能の怪我人を連れて単独で移動するなど自殺行為にも等しい。

 

 手詰まりに等しい状況を受け、焦りからか烈火の頬を汗が伝う。

 

「んー、そんなに怖い顔しないで。お姉さんも仕事で来てるから、今回はボウヤと遊ぶわけにはいかないのよねぇ」

「どういう、ことだ?」

 

 烈火は戦闘意志をおくびも見せないイヴに対して怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「お仕事よん。道草を食ってる変態野郎の回収に来たの。あー、やだやだ……でも、ボウヤと会えたから帳消しかしらね」

 

 無論、言葉一つで烈火が警戒心を解くわけはないのだが、そんな様子を尻目にイヴは、何時の間にやら“タルタロス”が待機状態に戻って、喪失した右半身からの出血で私服を鮮血に染めているシェイドの近くに降り立つと、“刀剣型アームドデバイス・ダーインスレイヴ”の剣先を向けた。

 

「まだ生きてるの?ゴキブリ並の生命力ね。で、例のモノ、例のモノっと……」

 

 イヴは向けた剣でシェイドを串刺しにするわけではなく、余程触れたくないのか、わざわざ剣先で私服の胸元を軽く何度か突き、ポケットの辺りに切れ目を入れていく。意識を失いながらもまだ呼吸しているシェイドに対して呆れたような表情を浮かべていたが、最後の内ポケットを斬り裂くと、中から何かが転がり落ちた。

 

「あら、ちゃんと持ってた。デバイスも無事か、運の良い奴ね。優先事項一、二位は死守したみたいだし、不本意だけれど連れて帰りましょうか。ホントは一緒に帰るならこんな変態ゴキブリ似非紳士じゃなくて……」

 

 意外そうな顔で地に落ちた小箱を拾い上げたイヴは、シェイドを一瞥すると大きな溜息と共に足元に魔法陣を出現させる。

 

「じゃあ、今日の所はこれで失礼するわ。次は愉しい事を沢山しましょうね。私のボ・ウ・ヤ!」

 

 頬を赤らめ妖艶な表情を浮かべたイヴは、戦闘態勢を維持したままの烈火に対し、語尾にハートマークが付かんばかりの甘い声音を残して結界内から姿を消した。

 

 

 

 

「魔力反応は完全に消えた……撤退したのは間違いないか……だが、要らん置き土産を残してくれていったな」

 

 イヴという最大の脅威とオマケ程度の指揮官であったシェイドが戦域から去って行ったが、悪状況の根本が解決したわけではない。どうやらフェイトが撃墜した面々は先の転移の際に術者と共に消えたようだが、少なからず結界内に残された黒装束は今も尚、他の魔導師との戦闘を継続している上に……

 

「げほっ!……んくっ……ぁっ!?」

 

 依然としてフェイトは致死性の高い猛毒に侵され苦しんでいる。

 

「フェイトッ!?」

「ハラオウンさん!?」

 

 万が一にもイヴの標的となって烈火の足を引っ張らぬようにと身を隠していた咲良と腕に抱かれているアリサも姿を見せたが、苦悶に塗れるフェイトの様子を受けて悲痛な叫びを上げた。

 

「黒枝はバニングスと民間人の保護を続けてくれ……」

「そんな事よりフェイトは大丈夫なの!?」

「ッ!?」

 

 烈火はアリサに対して言葉を返すことが出来ない。

 

(……このままでは!)

 

 今のフェイトは非常に危険な状態にあるからだ。

 

 唯一幸いといえるのは、毒を受ける前から今に至るまでフェイトが“ブレイズ・ネクサス”を纏っている事だろう。この形態は劣悪な惑星環境に適応した“エルトリア式フォーミュラ”の流れを汲んでいる為、高速戦闘用に装甲が薄めでも下手な災害救助用防護服(バリアジャケット)よりも安全性に富んでいる。

 

 加えてフェイト自身も専門ではないが治癒魔法適正を有しており、術者のバイタル異常を受けて“バルディッシュ”が治療魔法を即座に発動したことから、本来は即死級の猛毒ではあったが、その進行が非常に緩やかなものとなっているのだろう。

 

 だが、進行が緩やかなだけで、解毒という根本的な解決策には至らない。ただの延命処置に過ぎないのだ。

 

 現に烈火が真紅の瞳でフェイトを見れば、体内魔力は大きく淀み、循環が乱れているのが見て取れた。このまま手を拱いていれば間違いなくフェイトの命は……

 

(どうする!?俺達でどうにかできる症状でないことは明らかだ。結界を破ってフェイトを支局まで……しかし、今の状態で下手に動かすと、かえって毒の回りが早くなる可能性も……仮に支局に辿り着けたとして、この猛毒を打ち消せる奴が都合よく居るとも思えない。黒枝経由で本局に運び込むか?……いや、そもそも奴らが猛毒性に着目して“魔導獣”に組み込むような生物に対して解毒の方法が確立されているのか?)

 

 思考をフル回転させて様々な対処法をシミュレートするが、思い当たる方法はどれも確実性に乏しい神頼みの様なものばかり、焦る烈火を嘲笑う様に時計の針は刻一刻と進んで行く。

 

「な、何とか言いなさいよ!」

「ジャミングの影響は残ったまま、長距離念話はまだ使えません!」

 

 縋るようなアリサと悲鳴染みた咲良の声音が烈火の焦燥を更に掻き立てる。

 

(……夜天の書なら、この状況をひっくり返せる解毒魔法も……いや、仮にそれがあったとして、そもそも八神を此処に連れて来るまでにどれだけの時間がかかる!?)

 

 不可能の文字が烈火の両肩に重くのしかかっていく。

 

「……くそっ!!」

 

 地面を殴りつける烈火……それがアリサへの回答であった。

 

「そ、んな……」

「……ッ!!」

 

 アリサはその場に崩れ落ち、咲良はやり切れなさを滲ませる様に唇を噛み締める。

 

(……誰かを助け、護り、導いてきた……光の中を進んでいくこいつが!何故、あんな奴のエゴのために死ななければならない!?)

 

 叩きつけられた拳から鮮血が滲む。

 

 

―――我が祖国の技術の結晶にして、数多くの戦果を挙げて来た “ウラノス”をマムに献上すれば私の価値は不動の物となる!!

 

 

 だが、この襲撃の原因……シェイドの狙いは……

 

(俺が地球に居るせいで……俺が呼び寄せた災いのせいでフェイトは……!!)

 

 烈火は忌むべき己自身を呪った。

 

 

 

 

―――まだだぞ!少年ッ!!まだ私と君の戦いは終わっていない!!

―――どう、して?……帰って来る…‥って、言ったのに……

―――馬鹿だよなぁ。俺って……でも、やっぱりどうにもならなかったよ。俺さ、ホントは……

 

 

―――貴方はどうか強く生きて。幸せになって……

―――俺達はお前を愛している

 

 

―――あのね、烈火。私ね、貴方の事……きっと生まれ変わっても……

 

 

「また失うのか!?俺は!!……ッ!?」

 

 絶望に暮れる烈火……だが、手の甲に齎された感触を受けて、その目が驚愕に見開かれた。

 

「……フェイト?」

 

 燃えているのかと思える程の熱を持った少女の掌が弱々しい力で烈火の拳を包み込んでいたのだ。まるで“自分を責めないで”と言わんばかりに……

 

 荒れた呼吸を繰り返し、咳き込みながら朦朧とした意識の中で尚、これまで見た事のない表情を見せて自分を責めている烈火を気にかけているのだろう。

 

 

 その瞬間、二人の双眸が交差する。

 

 

(ふざけるな!こいつがこんな所で死ぬなんて許されるものか!!何かある筈だ!この状況を瓦解できる何かが!!……失ってたまるか!これ以上ッ!!)

 

 そして、烈火の瞳から絶望の色が消え去った。

 

 

 

 

(……ッ!?いや……有る、かもしれない。たった一つだけ、可能性は限りなくゼロに近いが、フェイトを救命して完璧に解毒出来る方法が!!)

 

 烈火は、フェイトに握られていない左の掌を緊張した面持ちで見やる。

 

これまでの戦いにおいて、神話の時代より蘇った剣水晶の竜皇(クリスタル・ドラコニア)や魔法に対して耐性を持っていたフィル・マクスウェルの強化装甲すら燃やし尽くした黒い炎は“ソールヴルム”において“稀少技能(レアスキル)”に分類される能力であり、その力は“魔力変換資質・黒炎”と呼称されている。

 

 しかし、魔力変換資質という区分にカテゴライズされてはいるが、燃え移った物を全て……元素や概念すらも焼却する黒炎は対象が生きてさえいれば、神をも殺すことが出来るとすら言われ、人智を超えうると称されることもあった。

 

 性質だけを見れば戦闘面で真価を発揮する強力な魔法資質であることは明白だが、現状を打破する手段とはなり得ない。しかし、この能力には思わぬ副産物があった。

 

 それは烈火の体内を巡る魔力にも微弱ではあるが黒炎の性質が宿っているということだ。先ほど烈火が口にした毒やウイルスが自身に効かないという発言の解はここにあり、この性質を逆手に取ることで解毒への突破口を見出したということだ。

 

 つまり、烈火の策はフェイトに黒炎の魔力を供給し、体内の毒を燃やし尽くして解毒するというものであった。実際、魔導師間での魔力の受け渡しという技術自体は確立されており、“ミッドチルダ式”には“ディバイドエナジー”という術式も存在している。譲渡間で術式の差異は有れど、本局で烈火が“ミッドチルダ・ベルカ複合型デバイス”を使いこなしていたという事例もあり、その辺りの互換性は問題ないだろう事が予測される。

 

 しかし、最良の結果が得られる可能性を捻出できた反面、この方法には大きな問題が点在し、同時に重たいリスクも背負わなければならない。

 

 大きな問題点として、“稀少技能(レアスキル)”に該当する特異な魔力、それも破壊力と殺傷力に極限まで特化した黒炎を通常の方法で与えても害になってしまうという事が挙げられる。加えて、通常方法で魔力を譲渡した場合に起こるであろう害と大きなリスクは密接に繋がっており、その場合の具体例として黒炎が内側からフェイト自身を灰も残さずに燃やし尽くしてしまうだろうといったことも挙げられ、これらを踏まえて解毒の為には、黒炎の攻撃性をどうにかして烈火の体内を循環しているのと同様の状態で魔力供給をしなければならないという事実が浮かび上がった。

 

 だが、体内に黒炎の性質を持つ魔力が巡っている烈火自身に悪影響がないのは“術者である”の一言に尽きる。これに関しては細胞が体を形作るだとかというレベルの問題であり、術者本人の体内循環を人為的に再現できるのかという懸念事項も立ちはだかる。

 

 ましてや切り札級の攻撃魔法である黒炎を攻撃性のみを取り除いて運用する事など想定外もいい所であるし、烈火にとっても未知数……いや、そもそも攻撃魔法を治療に転用するなどという発想自体が前例のない事なのだろう。

 

(……本当に出来るのか?黒炎の攻撃性を殺し、フェイトの体内に魔力を送り込んで循環させるなんてことが)

 

 これから行おうとしていることには、針の穴を通す程の正確さという言葉が生易しく思えるほどの精密な魔力制御が要求される。

 

 烈火本人もピーキーな性質を持つ黒炎を常の魔力運用の際よりも、更に精密に御しきれる自信がないのだ。

 

 もし僅かでも制御を誤ればフェイトの身体は黒い炎で灰一つ残らずに消失してしまうのだから……

 

 

 

 

「……フェイト、よく聞いて欲しい。単刀直入に言って、このままではお前は間違いなく助からない」

 

 下を向いたままの烈火から放たれた一言によって、先ほどから周囲に漂っていた空気がより重苦しさを増した。

 

「色々と考えてはみたが、お前を救える方法は成功確率が限りなく低い、たった一つの手段しか思いつかなかった。そして、俺がそれに失敗してもお前は……死ぬだろう。だが、俺は……」

 

 俯いていた烈火の顔が上がる。

 

「俺はお前を死なせたくない。今だけお前の命を俺に預けてくれるか?」

 

 瞳に強い意志を宿した烈火はフェイトを一瞥して言い放つ。

 

『……う、ん。分かった』

「ッ!?フェイト……本当に、いいんだな?」

『烈火、に、なら……いいよ』

「……了解した」

 

 毒に浮かされ、苦し気に途切れ途切れの念話で返答をしてきたフェイトの頬に手を添え、上から顔を覗き込む。

 

「最後に一つだけ謝らないといけないことがあるが、今は緊急事態だ。悪いが無視させてもらう。無事に帰れてフェイトが元気になった時にでも俺の事は好きに殴ってくれ」

 

 そう言い放ち、再び瞳に真紅の紋様を出現させた烈火は、フェイトとの距離を詰めていく。

 

 

 

 

 両者の距離は狭まり……互いの唇が重なり合った。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

あと、フェイトちゃん、はやてちゃんは誕生日おめでとうございます。

モチベが上がり気味で早めの投稿が出来ました。
圧倒的な長さ……
本章も残すところ後1~2話となります。

因みに、人質を取っていた個体が毒持ちだったのは偶然です。
それどころか、そこそこ優秀な仲間を頭数揃えて戦えば絶対に勝てるといった作戦以外の要素は全て現地調達ですので、さも自分がやったかのように言っているだけで某奇術師さんの脚本の薄さが見て取れますね。
巻き込まれた民間人を人質として使えるかもしれないから捕らえろという指示は出しましたが、間に合ったのも偶然です。嬉しくて笑ってしまったんですね。

はてさて、なのはコラボの方は、なんとこれまで1年半放置してきて最近復帰したのにもかかわらず、なのは、フェイト、はやて共にレベル上限解放まで漕ぎつけられそうで何よりな今日この頃。
狂ったように周回しています。

しかし、コラボで高まる執筆欲に身体の方が付いてこないです。年ですねぇ。

……お暇でしたら、活動報告の方も覗いて行ってください。
最新のやつは追加シナリオが来る前ということだけご承知ください。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!


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憎悪蹂躙のFragment

 フェイト・T・ハラオウンは全身を駆け巡る熱に浮かされていた。

 

 痛み、苦しみ、寂寥感……毒に侵され、薄れゆく思考の中で脳裏を過る負の感情が何かに燃やし尽くされる様に消えていく。

 

 

―――なんだろう?身体が熱い

 

 記憶に残っているのは、人質となっていた少年達を無我夢中で守ろうとした事。

 

―――アリサや咲良も無事、良かった

 

 微睡む意識の中で友人の声が聞こえる。

 

―――烈火、は?

 

 最後に瞳が映したのは、苦しげな彼の表情。そんな表情(かお)をして欲しくなくて必死に手を伸ばした。

 

 

 皆の無事を確かにして僅かな安心感を得たのも束の間、漸く自身の事を気にかかり始めたが、霞がかった思考は麻痺しているかのように停止し、上体を起こすどころか身体は動いてすらくれない。

 

 漠然ともう駄目なのかと思い始めた頃、自身の身体に起こっている異常に意識が向く。

 

 

―――何か、フワフワする

 

 

 そう、痛くもなければ苦しくもない。

 

 

―――もっと……

 

 

 全身に奔る焼き焦がすような灼熱は寧ろ心地良くすらあったのだ。

 

 

 

 

 地に描かれた四芒星が巧遅な様子で回転している。

 

 淡い蒼光を帯びた魔法陣の上では、少年と少女が口づけを交わしていた。

 

「んぁ、あっ……んぅ、んっ……んんんんっ!!!?」

 

 少女は金色の髪を振り乱し、艶めかしく股を擦り合わせ、身体を捩りながら脳が蕩けそうなほどの甘い声音を漏らす。頬を朱に染め、半開きの瞳に少年の真紅の瞳を映しながら、貪る様に舌を絡め合う。

 

 二人の息遣いと時折漏れる甘い声音、舌が絡み合い唾液が行き来する水音が周囲に響き渡る。

 

「あぁぅ!?ん、ふぅ……んっ!!!!」

 

 描かれた魔法陣から発せられる蒼光に黒の魔力が混ざり合うと少女の身体が不規則に痙攣し始めるが、尚も二人の口づけは深さを増していく。

 

 

 そして……

 

 

「ん、むっ……あ、んっ……んあっ!?んううぅぅっ!!!!」

 

 

 幻想的な蒼黒の光が周囲に満ちると共に少女は身体を弓の様に仰け反らせ、全身を大きく震わせると力尽きたかの如く脱力した。

 

 少女が力なく四肢を投げ出すと同時に地に刻まれていた魔法陣が弾けるように消失し、二人の距離も離れていく。程なくして、両者の口元に架かっていた銀色の橋がプツリと途切れた。

 

 

 

 

「はっ!?な、な、な、な、何やってるのよぉぉぉ!!!!!!」

 

 戦闘に巻き込まれた民間人―――アリサ・バニングスは、そんな二人の様子を受けて呆気に取られていたが漸く我に返ったのか、戸惑いの表情を浮かべながらも甲高い声を上げ、フェイトの近くで膝を付いている蒼月烈火の肩に掴みかかる形で両手を伸ばした。

 

 先程の光景は端から見れば、体調が優れない女子に男子が無理やりキスを迫った風にしか思えないものであり、アリサの戸惑いも当然と言えるだろう。

 

「ちょっと、何か言いなさ……っ!?」

 

 アリサは事の真意を問いただすつもりで詰め寄ったものの、肩を掴んだ瞬間に烈火が体勢を崩して地面に座り込んでしまった為、巻き込まれる形で倒れかかる。

 

「……ったく!何なのよ……何、これ……ッ!?」

 

 烈火に抱き着くような体勢で密着してしまい、顔に集まる熱を振り払うかのように強めの物言いをしようとしたアリサであったが、頬に感じる生暖かい感触に怪訝な表情を浮かべて指を這わせると付着したものを受けて、顔から血の気が引いていく。

 

「ちょッ!?……アンタ、どうしたの!?大丈夫なの!?」

 

 指先に付着したのは鮮やかな赤。

 

 ギョッとして視線を向ければ、烈火に起きている異変を否応なく認識してしまい、愕然とした表情で問い詰める。

 

 

「はぁ、はぁ……ああ、もう大丈夫だ」

「何が……ッ!?」

 

 

 息を荒げた様子の烈火は問いに答えることなく、視線を斜め下へと向けた。アリサも釣られるように目線を下げれば、その先には規則正しい呼吸をしているフェイトの姿があった。依然として顔色は芳しくなく衰弱した様子ではあるが、先ほどまでの絶息していた状態とは明らかに違うというのが素人目でもはっきりと分かる。

 

「とりあえず、危険な状態は脱した。後は医務官にでも診て貰えば問題ない筈だ」

「フェイトッ!よかった……」

 

 処置の結果、異常をきたしていた魔力循環が正常に戻っており、全身を蝕んでいた淀みが消え去っているのが烈火の瞳で見て取れた。それは、“魔力変換資質・黒炎”の性質を利用した解毒が成功した事を意味しており、烈火の発言を受けたアリサは目尻に涙を浮かべながら、その場に座り込んでしまう。

 

「ホントによかった……ッ!?フェイトは助かったけどアンタはどうなのよ!?」

 

 危急のフェイトが一命を取り留めた事で全身から力が抜けてしまった様子のアリサであったが、それと並行しての緊急事態について烈火に再追求する。

 

 それというのも、目の前の烈火の様子が普段とはかけ離れたものである為だ。

 

 今の烈火は顔色を青白くして額に汗を滲ませており、呼吸も整っていない。それに加えて身体にも力が入っておらず、先ほどアリサを支えきれずに倒れ込んでしまったのだろう。普段の烈火ならありえない現象であった。

 

「はぁ……はぁ、問題、ない」

「問題ないわけないでしょうが!?」

 

 何より酷いのは両目から溢れ出る鮮血だろう。まるで涙を流しているかのように血が頬を伝って滴り落ちている。

 

 どう見ても普通ではない状態であるにもかかわらず、何という事はないといった様子で答える烈火に対して憤慨したアリサは、白いレースのいかにも高級そうなハンカチを片手ににじり寄っていく。

 

「……流石に今回は少々無茶をした。まあ、俺の方も治癒魔法は使ったし、時期に止まる……おい、バカ!汚れるぞ!」

「うっさい!そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!!」

 

 ハンカチ片手ににじり寄るアリサとそれを止めようとする烈火との攻防が始まった。先程までの緊迫した状況下では考えられないようなコミカルなやり取りであったが……

 

 

「私がどれだけ心配したと思ってるのよ!いきなり戦いが始まっちゃうし、フェイトは倒れちゃうし、アンタはそんなだし……」

「バニングス……」

「でも……フェイトを助けてくれて、その……ありがと……」

 

 アリサの瞳から零れる透明な雫を目の当たりにして烈火の瞳が驚愕に見開かれた。

 

 

 例え、親友に魔導師がいたとして、魔法という物をある程度身近に感じていたとしても、やはり民間人。日常の中で突如として謎の男達に襲撃され、あまつさえ“魔導獣”の力が作用した凄惨な暴走状態を目の当たりにしたのだ。正規の管理局員ですらたじろいでしまってもおかしくない状況に突然放り込まれたアリサの心境は想像に難しくない。

 

 それに加え、その親友が目の前で死の淵に瀕していた。状況を受け入れられず、パニックになって喚き散らしても、何ら不思議ではないのだ。

 

 だが、アリサはそのような愚行を犯さなかった。

 

 周囲の足枷にならぬようにと都度状況に合わせて彼女なりに最善の選択肢を取り続けていた。例えば、烈火がアリサを抱えて戦闘していた時、フェイトが黒装束の注意を引いていた時、咲良とともに避難していた時……癇癪を起して戦闘に影響が出ていたのだとしたら、もっと多くの被害が出ていたかもしれない。状況が異なっていれば、フェイトだって助からなかったかもしれない。

 

 例え、魔法で敵と戦えなくともアリサにはアリサの戦いがあったということだ。

 

 

―――そうか、やはりコイツも……

 

 

 その瞳に宿るのは、誰かを守り、気遣い、前を見据える強い意志……

 

 この街に来て烈火が出会って来た人々と紛れもなく同種の光であった。

 

 

 

 

「ん、んっ!!盛り上がっている所、申し訳ないのですが……」

「ッ!?な、なな、何言ってんのよ!?」

「……」

 

 咲良が咳払いと共に何処か刺々しさを感じさせる口調で声をかければ、至近距離で見つめ合う二人……主にアリサは飛び上がる様にして反応する。その頬は真っ赤に染まっており、平静を失っているのが丸分かりであった。

 

「フェイトさんが一命を取り留めたのは幸いですが、これからどうしますか?今なら結界からの脱出もそれほど難しくないと思いますが……」

 

 咲良は烈火に問いかけると上空を見据える。前回の襲撃と同種であろう、“無限円環(ウロボロス)”構成員が展開した結界であるが、術者と思われるシェイド・レイターが戦域を離れた影響か、僅かに綻びを見せ始めていた。現在の状態であれば、内側からの突破は一定の威力以上の魔力攻撃が出来る者であれば容易といえる。

 

 結界さえ破ってしまえば、負傷者と民間人の安全確保が出来る上に、恐らく結界外に既に展開している管理局部隊とも合流できるだろうという事から安定策であることは間違いない。

 

「いや、結界が崩れる前に全ての敵を撃破する」

「撃破……ですか?残存戦力が先ほどの黒服の方々と同じだとしたら、尚更合流した方がいいのでは?」

「その逆だ。さっきの連中が相手だとして増援がシグナムやハラオウン兄達なら問題ないだろうが、半端な魔導師が来て不用意に突かれるとかえって状況が悪化する可能性の方が高い。幸いな事に今も戦闘中なのは一ヶ所だけ……そこを突破すれば、この戦闘にけりが付く。これ以上、不確定要素を増やしたくない。それに……」

 

 烈火は眼下で眠るフェイトへ視線を向けながら返答をした。

 

 黒装束の脅威は先ほど目の当たりにしたばかりであり、死ぬまで戦闘を続ける彼らに対して初見での対処は想像以上に難しいものがある。先程はフェイトの機転で事なきを得たが、決して誰もが出来る事ではないのだ。

 

 加えて、彼ら全てがそうであるかは定かではないが、一定以上のダメージを負うと“魔導獣”の力を抑えきれなくなり暴走状態に陥る事が予測される。その際の戦闘能力は、決して侮れないものがあり、先の“MT事件”において、“群体イリス”の量産型にすら苦戦を強いられていた一般局員が戦局に割って入って来たとしても、頭数が増えるだけで戦力に数えられないどころか、足手纏いもいい所だろう。

 

「……どうしたんですか?」

「ッ!?いや、何でもない。それよりも黒枝は此処に残ってくれ……もう襲撃はないだろうが、万が一の時はみんなの事を頼む」

「分かりました。では、蒼月さんは……」

「俺はこの戦闘を終わらせてくるよ」

 

 烈火は咲良の言葉を受けて下げていた目線を反らし、左手に“エクリプス・エッジ”を携えると未だに戦闘が継続している空域に鋭い視線を向ける。

 

 そして、幾許か顔色が良くなってきた様子のフェイトを再度一瞥すると、一同に背を向け“実体可変翼(フリューゲル)”を展開した。

 

 

「……待ちなさいッ!」

「バニングス?」

 

 

 アリサは飛翔体勢に移行しかけていた烈火を呼び止める。

 

「……わ、私の事、守ってくれたお礼……ちゃんとしたいから、無事に帰って来なさいよね!……えっと、その……わ、分かった!?」

 

 普段のアリサらしからぬ、しおらしい態度であったが、最後には照れ隠しがはっきりと分かってしまう程に顔を真っ赤にして、何時も以上に強い口調となってしまっているのはご愛敬か。しかし、アリサの表情からは、再び戦場に舞い戻る烈火に対しての心配と不安が垣間見えた。その戦場において、つい先ほど親友が死の淵を彷徨うことになったのだから、其処へ戻ろうとする烈火が無事で済むかどうかという不安は尚更に募るのだろう。

 

「俺は俺の果たすべきことをしただけで、別に礼を言われる覚えはないが……まあ、ここで死ぬつもりはない。だから、安心して待っていてくれ」

 

 烈火は不器用なアリサからの激励に僅かに表情を綻ばせると、その想いに答えるべく振り向き様に彼女の不安が少しでも取り除ければと言葉を紡いだ。

 

「……分かった。絶対よ!」

「ああ、了解した」

 

 そして、アリサと言葉を交わした烈火は、“ウラノス”の柄を握る力を強めて、再び戦闘空域の方向を睨み付けた。

 

 

(これ以上、無関係な人間を巻き込むわけにはいかない)

 

 瞼を閉じれば、苦しむフェイトや恐怖に駆られるアリサの姿が蘇る。

 

 確かにこの戦況において一般局員が戦力と言い難いのは事実であったが、それ以上に烈火はこの戦闘に関わって傷つく人間を増やしたくなかったのだろう。

 

(この戦闘の引き金が俺だというのなら……終わらせるのは俺の……)

 

 決意を新たにした烈火が目を見開くと同時に蒼い翼が三対十枚に展開され、その身体が宙へと舞い上がる。

 

 

 その場に残った少女達は、天空を駆ける蒼い光を祈る様に見つめていた。

 

 

 

 

 結界内最後の戦闘空域では、二人の少女が疲労困憊といった様子で眼下を睨み付けながら肩で息をしていた。救援に来たキュリオも含めて、はやてらは黒装束相手に孤軍奮闘の様相を呈していた。物量差に押し切られかけたものの、キュリオが囮役を買って出た事で稼いだ時間で、どうにか発動させた起死回生の広域魔法を黒装束に叩き込み、全ての襲撃者を撃墜したのだが……

 

 

「はぁ、はぁ……流石に……打たれ強すぎやで……」

「え、ええ……少々、異常ですね……」

 

 

 八神はやてとキュリオ・グリフの視線の先では、地表に出来た巨大なクレーターの中では、攻撃を加えて倒したはずの三十人近い黒装束が既に起き上がりつつあった。

 

 その中には何度か撃墜したと思われる者達も混じっており、宛らゾンビ映画のような光景を目の当たりにして二人の困惑と疲労の色は増していく。

 

(何とかして、もう一発強力なのを撃ち込まへんとちょっとヤバい。でも、私もそろそろ体力が限界やし、かといってグリフ准尉にこれ以上無理はさせられへん!)

 

 はやての表情にも焦りが見える。この状況を瓦解できるのだとすれば、自身の広域魔法で全ての相手を沈黙させることだが、先ほど撃ち込んだものでは仕留めきれなかったため、もっと強力な魔法を行使しなければならない。

 

 だが、そもそも広域魔法は実戦において個人が最前線で使うことが想定されておらず、圧倒的な攻撃範囲と出力の反面、他の魔法とは比較にならないほどの前準備が必要であり、運用に難があるのは誰もが知る所であった。しかし、切り抜けるにはそれしか方法がない事も事実だ。

 

 しかし、圧倒的な物量差に“融合騎《ユニゾンデバイス》”不在という悪条件、更に壁役を担わせてしまうキュリオも体力、魔力共に限界を迎えつつあり、その証拠といわんばかりに垂れ下がった左腕から鮮血を流し、飛行すら覚束ない様子であった。

 

《■■……■■■!!》

「……ッ!?」

 

 このまま立ち上がって来るとして、今の状態で迎え撃つのでは勝機は薄いと相手が動くよりも先に詠唱を開始したはやてであったが、思わずよろめいてしまう程の咆哮を受けて眼前の光景に目を見開き、驚愕を露わにした。

 

《■■■……!!■■■■……!!!!》

「アカンッ!グリフ准尉!!」

「う……くっ!?」

 

 暴走状態へと移行して全身を変容させた黒装束が雄叫びを上げ、四つん這いの状態から獣が地を駆けるように一気に急上昇し、機械染みた動きから一転して荒々しい軌道で迫り来る。

 

 対するはやては回避が間に合わないと判断するや即座にキュリオと自身の前に障壁を展開して防衛態勢に入るが、牙や爪、翼を突き立てられると早くも綻びが生じ始めてしまう。広域魔法の詠唱中に突貫で多面展開した為か、普段の障壁よりも幾許か耐久性が落ちているのだ。

 

「凄まじい、突進力です!?」

「くっ!?……ッ!!??」

 

 なけなしの魔力でバインドを行使し、黒装束を塞き止めようとしたキュリオだったが、拘束は人外じみた膂力で力任せに引き千切られて意味を成さない。そして、苦悶の表情を浮かべて迫り来る凶刃を受け止め、広域魔法の詠唱を諦めて発生の早い砲撃魔法での反撃にシフトしようとしたはやては、カノンを前方に構えたところで鳴り響いたアラートに全身を凍り付かせる。

 

 二人の抵抗を嘲笑うかのように俊敏な動きで背後に回り込んでいた襲撃者達が、右腕の鋭利な刃が折れ飛びそうなほどに高密度の魔力を纏わせて襲来していた。

 

 背後にも障壁を展開しようとするはやてだが、終わりの見えない戦況への疲労と豹変した襲撃者への困惑、戦闘不能寸前の味方へのフォローと慣れない単独長期戦闘の中で蓄積されたものが吹き出したのか、対応がワンテンポ遅れてしまう。

 

「間に合わへんッ!!??」

 

 迫る脅威に身を固くしたはやてであったが、眼前を蒼い光が彩り、迫り来ていた黒装束が視界から消え失せた。

 

 

「これって、まさか……」

「……八神、無事だな?」

「烈火君ッ!」

 

 

 眼前で翻された蒼い翼にはやての表情が綻ぶ。

 

 視線の先には自身達を守護するかのように、最大解放形態“ウラノス・ストライクノヴァ・フリューゲル”を纏った烈火が黒装束達の前に立ち塞がっていたのだ。

 

 

「気を付けてな。この人達、ちょっと普通じゃな……って、どないしたん!?」

 

 思わぬ援軍に胸を撫で下ろしたはやてであったが、烈火の顔に奔った血涙の跡に気が付いたのか、顔を強張らせて不安げな表情を浮かべる。

 

「ん?ああ、頭と能力に負荷をかけすぎた反動ってとこだな。もう問題ない」

「せやかて……」

「それに、事情も原因も知っている。後はこいつらを処理すれば終わりだ」

 

 烈火の態度に納得がいっていない様子だが、澄ました瞳を唸り声をあげる黒装束に向ける彼に釣られるようにして眼下への警戒を強めた。

 

「えっと、この方は?」

 

 嬉しそうなはやてとは真逆に、キュリオは突如として戦局に割ってきた烈火に対して警戒心を隠せないでいた。今日の昼前にフェイトと共に現地の学校に通っているところを目撃し、はやてとも親しい様子である所から見て知らぬ仲ではないと予測できるが、使用しているデバイスに管理局のIFFが搭載されておらず、“所属不明《Unknown》”扱いとなっている為だろう。

 

「ああ、そか、今日赴任したばかりやもんね……大丈夫、この人は味方やからデバイスの設定を変えといてな」

「え、ええ……そういう事なら……」

 

 他の海鳴市在中の魔導師と違い、赴任してきたばかりであるキュリオのデバイスには烈火の情報が記憶されていなかった。その為、所属不明の魔導師扱いとなっており、この戦闘と関係のある次元犯罪者ではないか、という懸念を抱いていたからか、怪訝そうな表情のままではあるが、警戒した様子が見えないはやての指示に従ってデバイスの識別を“所属不明《Unknown》”から味方へと変更した。

 

「じゃあ、三人でどうにか乗り切ろか!!……って、烈火君ッ!?」

「ちょっと、貴方ッ!?」

 

 自身が最後衛で詠唱、キュリオは中盤でサポート、烈火が前衛で揺動というフォーメーションを執れば、盤石とは言い難いが先ほどまでとは比較にならない安定性を得ることができ、広域魔法で数の差をひっくり返すことが出来ると踏んだはやてであったが、指示を出す前に“ステュクス・ゲヴェーア”が火を噴いた。

 

 連携以外に勝ち目がないと踏んでいた二人は突然の烈火の行動に目を見開いて驚愕を露わにする。

 

「ここは俺一人でやる。お前達は下がれ」

「貴方、何を言っているんですか!?」

「いくら烈火君でも無茶や!」

「……ガス欠と怪我人はすっこんでいろ」

「「うっ……」」

 

 戦闘を一人で引き受けると言い放つ烈火に対して、納得がいかずに声を荒げる二人であったが、痛い所を突かれてぐうの音も出ない。はやては体力切れ、キュリオに至っては片腕が使えない上に飛行すら危ういような状態であり、強ち間違っている指摘ともいえないのだ。

 

「さっき……ちょっと無茶をしてな。悪いが加減が出来る状態じゃないんだ」

「それって、どういう……」

 

 困惑するはやてを他所に、“実体可変翼(フリューゲル)”から光の翼が放出される。

 

 

「言葉のままだ。今はお前達を巻き込んで殺さない自信はない!」

 

 

 烈火の背後に浮かんだ蒼い光輪が波動を撒くかのように弾け飛んだ瞬間、その姿が掻き消えた。

 

「なんや、この出力……」

「凄まじい魔力ですッ!?」

 

 加速時に“実体可変翼(フリューゲル)”から放出された高出力の波動に思わずよろめいた二人であったが、烈火が消えた事を認識するとすぐさま進行先であろう戦域へと視線を向ける。だが、戦域で起きている光景を目の当たりにすると、驚倒に染まった表情を浮かべ、まるで全身が凍り付いたかのように動けなくなってしまった。

 

「な、何を……」

「烈火君ッ!?」

 

 何故なら、次々と斬り刻まれていく黒装束が、()()を撒き散らしながら物言わぬ肉塊へと変わっていく光景を目の当たりにしてしまったのだから……

 

 

 

 

 戦域へと飛び出した烈火は、眼前に立ちはだかる狂獣と化した男達を悲しさを滲ませる双眸で射抜いた。

 

《■■……!?■■■!!??》

 

 攻撃されたという事実に認識が追い付いていないのか、身体と銅が分かれて地面に墜ちていく同胞を見て動揺を隠しきれていない。

 

「……貴方達も、この世界の被害者なんだろう。誰かのエゴで理性を奪われ、未来を奪われ、ヒトとして生きていくことすら出来なくなってしまった」

 

 今となっては彼らの素性を掴む術はなく、仮に分かったとて、最早どうにかなる問題ではない。だが、自ら身体を差し出したのか、元々アンダーグラウンドな世界の住人であったのか、アリサと同様に巻き込まれた民間人なのかは定かでなくとも、犯罪組織が行った実験、ひいてはそうした組織を生み出した世界の被害者とはいえるのだろう。

 

《■■■■!!!!》

 

 そして、血走った瞳を見開き、口元から牙を覗かせ、だらしなく体液を垂れ流しながら威嚇するように唸り声を上げている彼らがヒトでも獣でもない“ナニカ”になり果ててしまったことは、覆しようのない事実であった、

 

「すまない。俺は貴方達を救ってはやれない」

 

 先ほどのフェイトの様に無力化して、身柄を抑えた後に局の施設で治療を受けさせれば、何らかの救いの手立てが見つかる可能性は決してゼロではない。この場に地球に居る魔導師の誰が居合わせたとしても、その為に尽力するのだろう。

 

 だが、烈火はその可能性を切り捨てた。

 

 仮に身柄を確保できたとして彼らが元のヒトの形を取り戻せることはないだろう。なのは達はともかく、そもそも“時空管理局”が彼らに救いの手を差し伸べるとも思えなかった。

 

「誰かのエゴで奪われた貴方達の人生を、今度は俺のエゴで終わらせる」

 

 法の守護者を司る管理局とて一枚岩ではない。それはこれまで関わってきた様々な事柄でも明らかであった。

 

 そして、巨大犯罪組織の構成員、研究途中とはいえ組織が開発した実験体としての付加価値は、破格のモノがあるだろうことは想像に難しくない。助け出せたとして彼らに待ち受けるのは、実験体(モルモット)として使い潰されるだけの未来だ。

 

 だが、管理局だからどうこう、という問題ではない。恐らく誰が同じ立場になるのだとしても恐らく、皆同じことをするだろう。実験体(モルモット)としての価値は高くとも、彼らという()()を救う事へリターンは皆無に等しいからだ。利己的な感情と欲望には逆らえない、それが人間という生物だということを嫌という程に思い知らされてきたのだ。

 

 彼らと真摯に向き合い、本気で救おうとする者など、ほんの一握りのお人好しだけなのだから……

 

 

《……■■……■■■■!!!!!!》

 

 黒装束達は宙を蹴って飛び出した。

 

「だから、どうか……俺を許さないで逝ってくれ。貴方達の憎しみは全て俺だけに……」

 

 烈火は迫り来る凶刃を前にして、祈るように呟くと“ステュクスゲヴェーア”を構え、光の翼を煌かせる。

 

 

「一瞬で終わらせる。“ネメシスフルバースト”……」

 

 

 銃口から発射された魔力弾と、“実体可変翼(フリューゲル)”から射出された無数の刃状の魔力が、黒装束へと降り注いだ。

 

 

 

 

 キュリオは地面に蹲るようにして身体を震わせている。

 

「……な、何なんです……あの人……どうして……」

 

 血の気が引いた青い顔で全身を震わせながら口元に手をやって込み上げてくるものを抑え込んでいた。

 

「いくら犯罪者相手とはいえ、魔法を()()()()で人に向かって撃つなんて……ッッ!?」

 

 先ほど目の前で起きた惨劇を思い出してしまったのか、とうとう耐え切れなくなり地面に嘔吐物をぶちまけてしまう。

 

 烈火が放った広範囲攻撃は、乱射の様相とは裏腹に射撃の域を超え、狙撃と称しても遜色ない命中精度で全ての襲撃者を撃ち貫いた。首を、胸を撃ち抜かれた黒装束は得意の打たれ強さを発揮する間もなく、命の灯を掻き消されて殲滅された。

 

「……どうして、こんなことが出来るんですか!?」

 

 それは一種の禁忌とされた行為であり、管理局員として許容できるはずもない。かつての“古代ベルカ”時代や管理局黎明期ならいざ知らず、年若い管理局員には地獄のような光景であったのだろう。

 

「……烈火君……ッ!」

 

 はやては目の前で震えるキュリオの問いに答えることが出来なかった。

 

 何故なら、自らもその解を持ち合わせておらず、眼前で起きた惨劇に言葉を失っていたのだから……

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。

今章も残すところ残り僅かとなりました。

XDコラボも終了し、構想も練れて大分お話も組み上がって参りましたので、次章は唄と魔法が交差する時、物語が始まる かと思います。

感想等頂けましたら嬉しいです。
では、次回お会いいたしましょう。

ドライブ・イグニッション!


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崩壊へのカウントダウン

 シェイド・レイターが起こした襲撃事件は、現地の魔導師達が敵対戦力を退けた事によって終結した。四名の民間人が巻き込まれた襲撃であったが、魔導師達は大なり小なり負傷こそしたものの、百名近い襲撃者を相手に全員が無事に生還でき、正しく最良の結果と言えるだろう。

 

 そんな襲撃事件の翌日、“時空管理局・東京支局”に赴き、会議室にてリンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、アダイ・グラゴウスに対して、当事者である八神はやてと共に詳細事項の報告を終えた蒼月烈火は支局の廊下を重たい足取りで進んでいた。

 

 はやてとは会議室を出てすぐ別行動を取ることになり、現在一人きりである烈火は突き刺すような視線の嵐に対して煩わしさを感じながらも、もう一つの目的を果たす為にリンディから聞いたある場所へと向かって歩みを止める事はしない。

 

 程なくして目的地に到着し、一呼吸置くと取っ手に手をかけて白い扉を開き、医療施設独特の香りがする室内へと足を踏み入れた。

 

「あ、烈火……」

 

 専用個室には白いシーツのベッドに腰かけ、入院着に身を包んだフェイト・T・ハラオウンがおり、入室してきた烈火を視界に収めると、若干頬を紅潮させながら驚きを示した。

 

「……おう。身体の具合はどうだ?」

「えっと、本局で精密検査を受けたんだけど、何の異常もないって。バルディッシュに残ってた私が倒れちゃったときのバイタルデータを見た医務官さんがどうやって助かったのかって、ひっくり返っちゃったくらいだよ」

「そう、か……」

「烈火のおかげだね……ありがとう」

 

 烈火はフェイトからの報告を受けて幾許か表情が綻ばせるが、依然として何かを押し殺すかのように重たい空気を纏ったままだ。

 

「いや、俺には礼を言われる資格などない。……すまなかった」

「ふぇ!?え、ええっ!?ちょっと、どうしたの!?」

 

 フェイトは戦場での凛々しい姿とは真逆のぽわぽわとした表情で解毒についての礼を述べたものの、それに対する返答は頭を下げての謝罪であり、普段の烈火らしからぬ態度を受けて思わず慌てふためいてしまっているようだ。

 

「お前がそんな目に合った責は俺にある」

「と、とにかく頭を上げてよ!それに……あの人が一方的に因縁を付けてきて襲って来ただけだし、烈火が謝る事なんて……」

 

 シェイドの狙いが烈火の持つ“ウラノス・フリューゲル”であった事は襲撃者本人の証言から確実だ。つまり、見方を変えれば“蒼月烈火”が居なければ、発生する事のなかった襲撃事件ともいえる。

 

「私は管理局員だから、こういうのはしょうがないっていうか……」

「俺が皆を巻き込んで、この事態を引き起こしたも同然だ。……すまなかった」

 

 時空管理局員として次元犯罪者と戦い、仲間や民間人を守るのは当然の事であるという主張と、元凶はどうであれ、原因は自身にあるという真実……両者の想いは、恐らくはどちらも間違ってはいないのだろう。

 

「それに解毒処置とはいえ、お前に大きな負担を強いてしまった」

「そんな事……って、か、解毒っ!?」

 

 フェイトは烈火が発した言葉を受けて、顔中を紅潮させながら思わず飛び上がってしまう。驚愕の原因は言うまでもなく、一通りの検査が終わった際に知った自身に施された処置についての事だろう。実際の所は、リンディと共に医務官から聞いたというか、愛機に保存されていた映像を閲覧してしまっていた。

 

「と、とにかく!烈火は皆を守って戦ってくれたし、謝らないといけない事なんてないよ。襲って来たのは、あの人達なんだし……みんな無事に帰ってこれたんだから、今はそれでいいんじゃないかな?」

「フェイト……」

「それに私はもう大丈夫だから……ね」

 

 立ち上がったフェイトは、依然として自責の念を滲ませている烈火に対して手を伸ばし、固く握られている手を解き解すかのように包み込む。それを受けて、驚愕に目を見開いた烈火と覗き込むフェイトの双眸が交錯した。

 

「あ……でも、一つだけ聞いていい?」

「……何だ?」

 

 フェイトは烈火から視線を逸らすと、忙しなく目線を泳がせ始める。

 

「えっと、その、わ、私……キ、キスしたの、昨日が初めてだったんだけど、烈火はどうだったのかなって?」

 

 程なくして決心を付けたのか、消え入るような声音で烈火に問いかけた。羞恥のあまりか、赤い瞳が潤み、白い肌がこれでもかと紅潮しきっている。戦場のど真ん中でのファーストキス、それも初めてとは思えないほど濃厚なモノであったのだから、フェイトの動揺も無理はないだろう。

 

「まあ、その……なんだ、俺は初めてじゃない……な」

「そ、そうなんだ……じゃあ、その人って私が知ってる人?」

 

 しかし、烈火の思わぬ返答を受けて胸の高鳴りが鳴りを潜めていくのを感じた。そして、胸の内から湧き上がって来たよく分からない感情に浮かされるように、声音を強張らせて烈火を問い詰めた。

 

「いや、フェイトとは会ったことはない」

「……その人とは、そういう関係なの?」

「違う。直近でそういうのは昨日のアレだけだ」

「そっか……私だけ、か……」

 

 フェイトは、追及の末にようやく平静を取り戻すことが出来たようで、自分でもよく分からないうちにホッと一息ついた。

 

 対する烈火は、動揺しきっていたかと思えば、宛ら取り調べのような雰囲気で詰め寄って来て、直後に機嫌を取り戻すという一人百面相といった具合のフェイトに内心首を傾げていた。そのせいか最後の一言を聞き逃してしまっており、フェイトにとって幸いだったというべきだろう。

 

「あ……えっと、その……」

「な、なんだ……」

 

 とりあえず、ひと段落といった様子だが、普段と異なる話題に何処かむず痒さを感じてか、両者ともしどろもどろで言葉が続いて来ない。

 

 先ほどまでとは別の意味で居心地の悪そうな烈火と、頬を紅潮させていじらしい様子のフェイトは完全に膠着状態へと突入してしまったようだ。

 

 

 

 

 そんな時、ドギマギとした均衡を打ち破るかの様に扉が開かれ、栗色のサイドポニーが舞った。

 

「フェイトちゃん!お見舞いに来たよ……って、烈火君?」

 

 病室に現れた少女―――高町なのはは、先客である烈火の存在に驚きを示した直後、顔を赤くして不自然な距離感で向かい合っているフェイト達に対して不思議そうに首を傾げた。

 

「二人ともそんなとこで何してるの?」

 

 それもそのはずであり、手を取り合って顔を覗き込み合っていた二人が突然の来訪者を受けて、咄嗟に空けた距離感は何とも不自然なものとなっていたからだ。加えて、先ほどまでは部屋の中央で会話をしていた為、ベッドや備え付けの椅子があるにもかかわらず、中途半端な立ち位置で両者が向かい合っているというよく分からない構図となっていた。

 

「あ、えっと……これは……」

「別になんでもない……にしても勢揃いだな」

 

 烈火は何処か取り繕う様にわたわたと慌てふためいているフェイトの言葉を遮り、なのはの後に続いて入室して来た面々に視線を向ける。

 

「フェイトの様子が気になって……」

「アリサちゃんから聞いた時は心臓が止まっちゃうかと思ったよ」

 

 アリサ・バニングス、月村すずかが顔を覗かせたかと思えば、その後ろからは八神家も姿を現し、むず痒い静寂に包まれていた病室もいつの間にやら随分と賑やかになっていた。

 

 

 

 

「……じゃあ、もう何ともないんやね?」

「うん。今日一日は念のため泊まっていきなさいって言われたけど、明日からはいつも通りだから、皆も心配しないでね」

「それはよかったわ~。あ、そういえば、咲良ちゃんにもこのこと伝えた方がええと思うで。昨日別れた時にかなり心配してたようやったし……」

「咲良は烈火が来る少し前に病室に顔を出してくれたから、その時に話したよ」

「そか、なら大丈夫やね」

「うん。無事でよかった……って、むっ!?」

 

 烈火以外の面々はフェイトの現状を聞いて、息災な様子に改めて胸を撫で下ろしたようだが、なのはは話題の中に許容できない部分があったようで目敏く反応する。

 

「二人は何時の間に黒枝さんと仲良くなったのかな~?」

「昨日一緒に戦った時に、余所余所しいのは止めようって……」

「私は局の部隊に回収されたときにちょっと話してな」

「むぅ……私だって色々お話したいのに、二人ばっかりずるいよ~」

 

 なのはは、フェイトとはやてに対して不満げに頬を膨らませて抗議した。フェイトがそうであったように五年以上の付き合いがありながら、咲良との関係性は思った以上に薄いようだ。

 

「私らでもこんな事件があってやっとしっかり話せたって感じやったし、なのはちゃんは……なぁ」

「そんな事……ないとは言えなそうだね」

「ちょっと、それってどういうことなの!?」

 

 顔を顰めたなのはは、言葉を濁した様子のフェイトとはやてに対して猛抗議するが、精一杯のフォローをしようとして諦めた両者に曖昧な返答をされていた。

 

(咲良ちゃんは兎も角、()()()が問題やろうなぁ~)

 

 フェイトに続いてちゃっかり名前で呼び合うようになった、はやてはある少年の姿を連想しながら内心溜息をついた。

 

 実際の所、なのはと咲良の間に問題はないだろうが、親睦を深める障害として東堂煉と高町なのはの関係性が立ちはだかる。

 

 両者の間に何かがあった事は、エイミィ・リミエッタから“PT事件”の渦中に傷ついたアルフがバニングス家に保護されるより前の出来事だと、それとなく聞かされていた。その為、病室にいる面々の中で“魔導師”としてのなのはと付き合いが最も長いフェイトも含めて、詳細を知り得る者はいないようだ。

 

 しかし、その影響か現在は煉が一方的になのはを毛嫌いしているというような関係性となっている。なのはが、煉と共に居る時間の長い咲良とお近づきになる機会は滅多にないだろう事が今までの経験からして、容易に考えついてしまったからだろう。

 

「はぁ……お前ら、病室なんだしちょっとは静かにしろよな」

「うっ!?何だかヴィータちゃんに注意されると、こう胸に来るものがあるの」

「お、お前、喧嘩撃ってんのか!?」

 

 ヴィータはアリサとすずかも加えて、姦しくなり始めた五人娘に対して呆れたような表情を浮かべて釘を刺したが、何とも言えない表情を浮かべたなのはに幼い少女染みた外見を茶化されたと感じたのか、小柄な体躯を振り乱して声を荒げてしまう。

 

「こら、ヴィータちゃん!病室で騒いじゃ隣近所に迷惑でしょ!」

「あ、アタシが悪いのか!?」

 

 そんなヴィータに対して、思わぬところからカウンターパンチが飛来した。シャマルが唖然とするヴィータを窘める様は、両者の西洋風の外見と雰囲気が相まって完全に母娘そのものであるが、少々娘側に理不尽を敷くものとなっている。

 

「は、はやてぇ~」

「うーん。今のはちょっとうるさかったかもしれへんな」

「ざ、ザフィーラぁ!」

「ウム……騒ぐなら時と場所を弁えた方がいい」

 

 母親の理不尽に耐えかねた娘であったが、敬愛する主と頼れる守護獣に裏切られて撃沈した。

 

「……お、お前らぁ!!私をからかってそんなに楽しいかぁっ!?!?」

 

 

 しかし、皆のニヤつく口元を目の当たりにしたヴィータはとうとう怒りを噴火させて、手近にいたなのはへと飛び掛かるが、椅子に腰かけたシャマルが発生させた新緑色のバインドに簀巻きにされると、抱きかかえられるように膝の上に収まった。

 

「ヴィータ、からかって悪かったなぁ。これで許してや」

 

 はやては不貞腐れた様子のヴィータの頭を謝罪の念を込めて撫で回す。

 

「……後、五分このままなら許す」

 

 照れ隠しか頬を染めてそっぽを向きながらも、しっかりと撫でられてご満悦なヴィータを見て、周囲の面々の表情も思わず綻んだ。

 

 今回の襲撃事件や、“無限円環(ウロボロス)”という存在、フェイトや民間人が危険な目に合った事に対して皆思うところがあるのだろう。しかし、今この時は誰もが穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

「……」

 

 

 烈火は、眼前に広がる暖かな光景を目に焼き付けると、小さく笑みを零した。

 

 

 その儚げな横顔を見つめている者がいるとも知らないまま……

 

 

 

 

 東京支局の執務室に大きな溜息が響き渡る。

 

「気が休まる時がないわねぇ~」

「……全くですね」

 

 リンディ・ハラオウンは緑茶擬きを飲み干すと溜息と共に沈んだ声音を漏らす。それに反応したのは執務室にいるも一人、フェイトが倒れたと聞いて文字通り本局から飛んできたクロノ・ハラオウンであった。尚、アダイは現支局長との打ち合わせの為、現在は不在であるようだ。

 

 今回の襲撃事件は管理局で大きな波紋を呼び、特にシェイドと直接対峙した烈火が齎した情報に関しては、思わず頭が痛くなるばかりであった。

 

 襲って来たのは、巨大犯罪組織“無限円環(ウロボロス)”。更に以前の事件でも遭遇した“魔導獣”の流れを汲み、より非道な方法で生み出された生体兵器の存在……極めつけに敵の指揮官が“ソールヴルム式”の魔法を使用していた事だろう。どれも危惧すべき重大なものである。

 

()()()……」

「クロノ、分かっているわ。私達も見極めないといけないわね」

 

 リンディはクロノを制すと、苦し気な表情を浮かべる。

 

 半年ほど前に突如として管理外世界に現れ、単騎で暴走するロストロギアを鎮圧した少年―――蒼月烈火に対し、これまで水面下で燻っていた不満と疑念の声が今回の一件を経て爆発し、局内で大きな波紋を呼んでいるのだ。

 

 実際問題、蒼月烈火という少年はイレギュラーの塊のような存在であり、現在のような不可侵という形で管理局が彼を認めているという事は、本来ならばありえない事であった。

 

 何故、烈火の存在を周囲が黙認せざるを得なかったのか、それは彼が積極的に戦闘を行わなかったことと周囲の面々の顔ぶれにあった。

 

 大前提として“ソールヴルム”自体が“特別管理外世界”に指定されている事、支局が設営されているとはいえ、“地球”が“管理外世界”であることを加味すれば、単純に烈火が地球で生活する分には管理局が口を出すような問題ではない。実際、烈火自身も当初は魔力を封印しており、戦闘目的での滞在でない事は既に明らかとなっている。

 

 魔法を使用して戦闘を行ったことは多々あったものの、“魔導獣事件”を除けば、基本的に相手から攻撃を受けて反撃せざるを得ない状況でのみの戦闘行為かつ、正当防衛を主張できる内容ばかりであり、差し当たって非難すべき点は見つからない。

 

 加えて、リンディを始めとしたハラオウン派とは滞在当初から友好関係を築き、例外であった“魔導獣事件”では、伝説の三提督から一目置かれる事となったのだから、烈火の事を噂でしか知らない他の一般局員や上昇志向のある者達からすれば、これ以上ないくらいに妬ましい存在であることは想像に難しくない。

 

 だが烈火はそれに恥じぬほどの戦果を挙げて来た。“暴走するロストロギア”、“神話の時代の生物”、“魔導師ランクSに匹敵する次元犯罪者”、“最強のフォーミュラ使い”、“巨大犯罪組織が生み出した生体兵器”……どれをとっても危険な戦闘ばかりであり、これらを相手取って打ち勝つことが出来る魔導師など管理局でもほんの一握りであろう。

 

 さらには、“エースオブエースの幼馴染”、“烈火の騎士のお気に入り”、“ハラオウン派の特殊戦力”、“三提督のお墨付き”など、古参の英雄や将来有望なエース達に信頼を寄せられ、彼らの威光と烈火自身が結果を出し続けてきたことが相まって、他の面々も口を噤まざるを得なかった為、何時の間にやら不可侵扱いとなっていたというのが現状であった。

 

 だが、今回ばかりはそうもいかないようであり、漸く突破口を見出したと一部局員が行動に起こしかねない状況となっている。

 

 

 今回の襲撃に際して問題視されているのは、大きく分けて三つ。

 

 一つ目は、次元犯罪者相手とはいえ、“殺傷設定”で魔法を使用した事。

 

 二つ目は、その魔法によって数十名の人間を殺害した事。

 

 三つめは、倒れたフェイトに対しての救護活動。

 

 一つ目、二つ目は同義の問題であり、それを受けての声も皆が似たようなものであった。まずは過剰防衛だという事、これに関してはリンディやクロノも同じような感情を抱いていた。

 

 実際、襲撃時に展開された結界の周辺には既に管理局の部隊が展開しており、結界さえなくなれば突入可能な状況にあった。術者を退けた事で内側から結界の破壊を行える状況であったとの報告も上がっていた為、管理局員と連携を取れば襲撃者に対しての対処も民間人と負傷者の保護も万全の状態で行えたと誰もが思っている為だ。全員を五体満足で逮捕できるかどうかの保証はないが、少なくとも敵対戦力を殲滅するなどといった結果で終わらなかったことは間違いないであろう。

 

 特に“殺傷設定”の使用は、管理局においても凶悪犯罪者相手にやむを得ない場合のみに限定される。大多数の局員は“殺傷設定”を向けられることはあっても、自身で行使する事のないままに退役なり殉職なりで魔導師生命を終えていく。特に先の襲撃の状況においては、犯人捕縛が望める状況の中で独断先行をして数十人を手にかけたという事から、人道、法的面も含めて烈火の行動は非常に問題視されることとなった。

 

 三つめに関して結果だけを見れば、特異な魔力変換を逆手に取り、神懸かり的な精度での魔力運用でフェイトを蘇生させたこと自体は誰もが認めざるを得ないが、これに関しても烈火の行動を問題視する声は多かった。

 

 まず、烈火が行った処置は前例がない上に個人の能力頼りで失敗した時のリスクが大きかったことや、管理局の施設に運び込むことが出来た状況であったにもかかわらず、局員でもなければ医療知識に精通しているわけでもない民間人が処置を行ったことに関して、越権行為だという意見が多数上がっている。

 

 ただ、これに関しては、その当時のフェイトのバイタルデータを確認した所、あの場から動かしていたとすれば助かる確率が極めて低かったことや、仮に助かったとしても重度の後遺症が残ることが確実であったという結果から、蘇生手法やリスクは兎も角、リンディからすれば烈火には感謝しかなかった。

 

 

 しかし、結果はどうであれ、今回の一件でこれまで公然の不可侵となっていた手の出せない部分に他の面々が切り込める口実となってしまっていた。

 

「……彼にも事情があることは分かっているけれど、今回ばかりは何らかの決着は付けないといけないわね」

 

 クロノはリンディの呟きに小さく頷く。

 

 この状況下で現在の関係性のまま付き合いを続けていくことは不可能であり、互いの立場を明確にしなければならない段階に来てしまっている事を理解している為だ。

 

 烈火の事はこの半年を経て、信頼に足る人物だという認識を持っている。恩もある、絆もある、義理もある……だが、今この状況下において、多くの管理局員に疎まれており、襲撃者の標的にもなった烈火を抱え込んだ場合、大きなリスクを背負わざるを得ないという事は誰の目から見ても明らかだ。

 

 そもそも、リスクに見合うだけの能力を持っているのだとしても、それ以前に蒼月烈火という人間について知らないことがあまりに多く、どう対応していくのが正しいか分からないというのが、リンディを悩ませる最大の要因でもあった。

 

 無論、烈火について何も調べてこなかったわけではなく、凡その見当はついているが、本人から語られたことは皆無と言っていい。現状、烈火自身の素性や行動理由が明確に分かっていない以上、いくら人柄や能力を認めていても自身達への風当たりが強まるリスクを冒してまで下手な介入を行うわけにもいかないのだ。

 

 実際、烈火は管理局員でもなく、嘱託魔導師ですらない。三提督に能力を認められたとはいえ権限を持っているわけでもない上に、周囲がハラオウン派の保有戦力だと勝手に思い違いをしているだけで与しているわけでもない。

 

「いつかこんな日が来るとは思っていたけれど……」

 

 烈火が黒装束に対して行った事や周囲の熱の入り方には面食らったが、リンディ自身はこの状況に陥ったことについて、それほど驚いているわけではなかった。

 

 管理局の目に留まる程の魔法資質と稀有な魔法体系……何れは似たような事態になると兼ねてより予測を立てていた為だ。

 

 結局の所、誰もが蒼月烈火というイレギュラーを恐れ、このような状況となったのだ。人間は自らを守るために、自分達とは()()()()()()()()存在を恐れ、排除しようとする。それは何時の時代もどこの世界も変わらないという事なのだろう。

 

 

「ここが、分岐点……かしらね」

 

 

 リンディの悲しげな呟きは、虚空へと消えて行った。

 

 

 

 

 事件についての報告を終え、フェイトを見舞った烈火は自宅へと戻っていた。既に夜も更け、天高くから降り注ぐ月光に家々が照らされている。

 

「……」

 

 当の烈火は、就寝時ではあるものの寝付く様子はなく、PC前の椅子に腰かけていた。

 

「……潮時、か……いや、結論ならとっくの昔に出ていた」

 

 烈火は自嘲するように呟いた。

 

 烈火自身も今の自分の立ち位置が極めて特殊であり、酷く歪であるという事についての自覚はあった。本来であれば、地球に来訪した当初にイーサン・オルクレンらが起こした事件で時空管理局に魔導師であるという事が露呈した時点で“ソールヴルム”に帰還する事が最善であった筈であるのにもかかわらず、結果として地球に残ることを選んだからだ。

 

 幼馴染との再会や管理局と比較的友好に接することが出来たという理由にかこつけて、なのは達が傷つけあうばかりの自身とは違うやり方で前に進み続けていくところを、彼女らが織りなす眩しくて暖かな日常をもう少し見ていたくて今の曖昧な関係性を享受し続けて来た。

 

「俺が彼らの好意に甘えていただけなんだろうな」

 

 今回の襲撃事件、確かに一方的な因縁が原因ではあったが、それでも標的として狙われたのは烈火個人であった。つまり地球に烈火が居なければ、フェイトの命が危機に晒されることはなかったのだ。

 

「……ここまで、だな」

 

 これは問題を先延ばしにしてきた自身への罰なのだと、虚空に目をやった。

 

 

 

 

「ッ!?……この魔力は……」

 

 そんな時、烈火は今ここに来るはずのない人物が接近を感知し、驚愕に目を見開いた。

 

 

……決断の刻はすぐそこにまで迫っていた。

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。

前話の烈火の心象と今回のみんなが思ってることが全然違う!どうなっとんねん!と思われた方に関しましては、互いの認識がそういう事ですとお伝えします。

いろいろ気になる所があるかと思いますが、この章は終了となります。
考えに考えた結果、とりあえず予定通りに話を進め、シンフォギア編は次々章としました。

ちょうど区切りもいいし早く書こうと思っていたのですが、物語の展開的にちょっと後にしようかなと思いましたので。
次の章はかなり特殊な展開になる事は間違いないので、付いてきてくださると嬉しいです。
今話だけ見てもお分かりいただけるかと思いますが、いよいよ人間関係にもいろんな変化があるかと思いますので。

執筆の励みになりますので、感想等お待ちしています。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!


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深淵追憶のTragedy despair
慟哭の呪縛、炎の鎖


 蒼月烈火は月光に照らされながら自身の前に佇む女性に対して、驚きを隠しきれないでいた。

 

「どうして、ここに……」

「ふっ、何となく……だな」

 

 夜風に髪を靡かせる女性―――シグナムは、烈火と視線を交わすと小さく微笑んだ。

 

「……」

 

 対する烈火は月夜の中で微笑むシグナムの前で立ち尽くしたまま動けないでいたが、凛とした声音に現実に引き戻される。

 

「話がしたい……お前と……」

 

 瞳に映したシグナムが浮かべる切なげな表情は、かつての“ルーフィス”での語らいの時と重なっていた。

 

 

 

 

 烈火は客間にシグナムを通すと向かい合う形で椅子に腰かけた。

 

「それで、改まって話なんて一体どうしたんだ?」

「少々気になる事があってな……単刀直入に言わせてもらうが、今何を想っている?」

「別に大したことは……」

「本当か?」

 

 核心を突くようなシグナムの言葉を受けて内心驚きを隠せない烈火であったが、表情に出さぬように平静を装って答える。しかし、その反応を受けてシグナムの瞳は細められ、僅かに悲しみの色が浮かんでいた。

 

「……聡いお前の事だ、今自分がどんな状況に置かれているのか、どうしてこうなってしまったのかは、私に言われずとも理解しているのだろう。その上で言わせて貰うが、これはお前一人で背負う問題ではない」

「だが……」

「確かに敵の口ぶりからして、お前を狙っての襲撃である事は間違いないだろう。しかし、それは奴らの言い分だ。お前にどうにかできた問題ではないだろう?」

「俺という存在がなければ……」

「それが今お前が考えている事か?」

「ッ!?」

 

 烈火は胸の内を言い当てられたからか、目を見開いて驚きを露わにする。

 

「今回の一件を通して、前回の襲撃を乗り切った我らの事を“無限円環(ウロボロス)”が少なからずマークしているということが分かった。お前が居なくとも、遅かれ早かれ奴らからの接触はあったやもしれん」

「だが、俺の所為でフェイト達が巻き込まれた。もっと早く地球を離れるべきだったんだ」

 

 苦しむフェイトの姿が脳裏を過り、膝の上の拳が固く握られて表情が歪む。

 

 もう曖昧なままではいられない、だから混乱の中心にいる自分が地球を発って元の世界に戻る。これこそが烈火が行おうとした事なのだ。

 

「本当にいいのか?」

「良いも悪いもない。こうするしかないんだ。これがもう誰も傷つかない正しい選択だから」

「……そうだな。確かにお前が居なくなれば、少なくとも今回のような理由では何も起こらず、これ以上管理局が“ソールヴルム”を詮索をすることも出来なくなり、双方が不利益を被る事もなく元通りの関係性に戻るのだろう。だが……」

 

 烈火は己がしなければならない事を見定め、まるで悟ったかのような表情を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

 確かに原因が無くなれば誰もが争う事もいがみ合う事もなく、今回のような被害を被る事もない。正しく合理的な選択肢だ。

 

「……ッ!?」

 

 しかし、烈火は突如として訪れた暖かく柔らかい感触に目を見開いた。

 

「それでは、お前だけが全ての重荷を背負うことになる。本当の理由(わけ)を話さずに地球(ここ)から居なくなるつもりだったのだろう?」

 

 シグナムは両腕で烈火の頭を押さえつけ、胸元へ抱き込む様に彼を誘った。驚愕に身じろぐ烈火を決して離さぬよう、強く、強く抱き締める。

 

 僅かばかりの抵抗もシグナムを振り払うことは出来ず、強張った身体から力が抜けて行った。

 

「自身の胸を内を明かさぬままに向けられる悪意も、お前だけが知る真実も全てを抱えて皆の前から消えるつもりだった……違うか?」

「……」

 

 シグナムは烈火が身体を預けてくると顎を頭に乗せ、黒い髪を梳くように撫でながら悲しげに呟いた。

 

 本来であれば、今の烈火の状況は齢十五歳の少年からすれば、自身の事を語っていないという非があったのだとしても、容易に受け入れられるような物ではないだろう。言われない理由で殺されかけて必死に友人を救ったにもかかわらず、周囲の仲間から非難を浴びせられたのだから、不条理を嘆いて周囲に当たり散らしても何ら不思議ではない。

 

 仮に大の大人が同じような状況になったとして、自身にも非があると感じていたとしても、それ自体を正当化して耳を塞いでしまう事だろう。

 

 そんな中で周囲の全てを守るという選択は確かに合理的だ。しかし、その傷付かない面々の中に烈火自身は勘定されていないのだ。本来、守られるべき立場の子供が自らを犠牲にする選択をした……選択出来てしまったという事に、これ以上ないくらいの悲憤を感じていた。

 

「お前が居なければ、確かに今このタイミングでの戦いは起らなかったのかもしれん。だが、違う形で戦いが起きたのだとすれば、もっと凄惨な結末を迎えていた可能性も大いにある。そもそも、お前が居なけれれば、我らはこれまで戦い抜くことは出来なかったはずだ」

 

 この半年間を思い返す。人質となったアリサとすずかを守ってくれた事、悪意と狂気を相手に肩を並べて戦った事、エイミィや咲良を背にして未知の力の体現者に立ち向かっていった事……

 

「お前は主を、その友人達を、そして……私を護ってくれた。あの時、お前の存在がなければ、私は此処に居なかったのだ。だから、もう少し自分を許してやってもいいのではないか?」

 

 確かに烈火の存在がなければ、起こらなかった襲撃だったのかもしれない。しかし、彼が戦ったことよって護られたものが、救われた人々は確かにいるのだと、シグナムは烈火の頭を撫でながら諭すように言葉を紡ぐ。

 

 しかし、烈火は自責の念を滲ませながら拳を固く握り、俯くのみであった。

 

「……だが、俺は……シグナムや他の奴らに感謝されるような資格はない。血に塗れた俺なんかが……ッ!?」

 

 そんな烈火の言葉は、唇を塞がれて強引に断ち切られた。

 

「……前にも言った筈だ。お前なんかではない。これまで共に駆けたお前だから、蒼月烈火だからこそ、我らは信頼を置いているのだ」

 

 烈火は唇を重ねてきたシグナムに驚いて彼女を見やれば、眼前に広がる慈愛と切なさとやりきれなさを織り交ぜたような表情に思わず言葉を失う。

 

「だが、今の我らにそれ以上は出来ん。お前の過去の一端を知ってはいても、所詮はその程度でしかない。お前の踏み込んで欲しくないという想いも分かっている心算だ。しかし、私は……お前一人が全てを背負って、我らの知らぬところで擦り切れて壊れていく事など、耐え切れんのだ……」

「シグ、ナム……」

 

 シグナムは血を吐くように己の心の内を吐露した。

 

 烈火が嘗てその手を血に汚した事、多くの悪意の中で戦ってきたこと、それを思い悩んでいる事は理解していた。この半年間、もどかしい思いを抱きながら烈火を見続けて来た。

 

 そして、先ほどまでのやり取りの中で、かつて剣を交えた時に感じてしまった深層は確信に変わった。

 

 

 蒼月烈火という少年は多くを背負って、既に限界を超えていたのだと……

 

 

 思えば当然の事なのだろう。

 

 戦争という特異な状況において、烈火の優れた魔法資質と戦闘適正を戦いに臨む者達が知って、どんな役割を押し付けたのかは想像に難くない。

 

 そして、エクセンが語ったことが真実なのだろうという事は、これまでの烈火を見ていれば容易に想像がつく。大戦の中で多くの戦果を挙げて来たという事は、その異名に比肩するだけの人間を手にかけた事に他ならないのだ。

 

 その上、家族も失ったのだという。

 

 訓練を積んだ兵士ですら、味方の死や敵兵を殺して精神を病むことは珍しい事ではない。

 

 ましてや烈火はただの十五歳の少年。しかも、当時は今よりも若かったのだ。そんな無垢な少年が凄惨な戦渦の中に放り込まれて心身共に耐え切れるはずがなかったのだ。烈火はスーパーヒーローではないのだから。

 

(この華奢な身体に一体どれほどの……)

 

 強く抱き締めれば折れてしまいそうな細い身体でどれだけの重責を、血の十字架を背負うことになってしまったのか、遠い昔に戦乱の世を駆けて来たシグナムにとっても息の詰まる思いであった。

 

 だからこそ、大戦を戦い抜いて惨劇の中で摩耗しきった烈火は“ソールヴルム”を離れたのだろう。彼を英雄にまで押し上げた()()を完全に封印までして……

 

 魔法が使えるから魔導師なのであり、その恩恵を受けて地位を維持している者も少なくない。つまり、魔導師が魔力を棄てるなどというのは並大抵の事ではないのだ。

 

 だが、烈火にとってはそれ以上に、もう魔法を使いたくないという想いがあったのかもしれない。

 

 しかし、そこまで追い詰められていた烈火を再び戦いの矢面に立たせてしまったのは、イーサン・オルクレンらであり、他らならぬ管理局だ。そして、“無限円環(ウロボロス)”やフィル・マクスウェルを始めとした凶悪犯罪者との戦い。今にして思えば、惨劇に摩耗した烈火に新たな重責を敷いていた事だろう。

 

 管理局との関係一つとってもそうだ。恐らく烈火自身も何らかの勢力に属しており、安易に自らを語るわけにもいかず、“ウラノス”も軍事機密の塊であり、出会ったばかりの管理局に調べられるわけにはいかなかったのだろう。

 

 しかも、大戦の英雄が管理局の下に付くなどという事があれば、局と“ソールヴルム”との関係性にも何らかの影響が出る可能性もある。だからこそ、徹底した不干渉を貫いていたのだろうことも理解できないわけではない。

 

 いくらリンディ達が窓口であったとはいえ、巨大な組織相手にたった一人で毅然とした態度を取り続けた事も少なからず重荷となっていた筈だ。

 

 だが、他の誰もが、恐らくリンディでさえも、烈火がこれほど追い詰められていたとは思っていない。何故ならそんな事などおくびにも見せず、どの戦いにおいても常に周囲の予想を遥かに超える戦果を挙げ続けてきたのだから。

 

 嘗て死地にて共に語らい、時空(とき)は違えど戦乱を体験してきたシグナムだからこそ、気が付く事が出来たのだろう。

 

 

 

 

 烈火の慟哭に……

 

 

 

 

「だから……私は……今のお前をこのまま旅立たせたくはない」

 

 そして、戦争を経験した多くの人間を見て来たシグナムだからこそ、分かってしまったのだ。

 

 戦渦の傷が癒える間もなく背負うものを増やして、かつて摩耗しきった彼の地に今の烈火が戻るようなことがあれば、今度こそ間違いなく致命的な破滅を迎えるであろうことが……

 

「だが、もうどうしようもない……」

「……私にも背負わせろ。お前が抱えているものを……」

「それは、それだけは駄目だ。話したところでどうにかなる問題じゃないし、俺が向き合っていかなければならない事だ」

「私では不服か?」

「違う!シグナムだから、光の中を歩いていく人間だから、こんな事は知る必要もな……ッ!?」

 

 シグナムは視線を逸らした烈火の頬に手をやり、再び口を無理やり塞ぐ。

 

「ん、んむぅ……っぁ!」

「っぅ!?……シ、シグナム!?」

 

 烈火は舌を絡めてきたシグナムに対して固まってしまうと、そのまま浮遊感に襲われ、気が付けば目の前の女性に馬乗りになるような体勢で床に倒れ込んでしまった。起き上がろうとしたものの首の裏で組まれた手によって引き寄せられてしまい、至近距離で見つめ合う。

 

「主や管理局には伝えん。私個人がお前に尋ねているのだ」

「しかし……」

「烈火の将を見くびるな……お前一人の闇でどうにかなるほど柔ではない」

 

 眼前に広がるのは、まるで慈しむような表情。

 

「お前の事だ。向こうでも多くを語って来なかったのだろう?そして、全てを背負ってここまで来た。肩の荷を下ろせとは言わん。お前のこれまでが間違っていたとも思わない。だが、もう一人で背負うことはない。私ならお前を受け止めてやれる」

 

 白魚のような指が頬を這うと再び唇が重ねられる。

 

「……吐き出してしまえ、これまでのお前を……全て……」

 

 そういってシグナムが妖艶な笑みを浮かべると共に今度は烈火から唇を合わせ、舌を絡ませる。

 

 そして、月明かりが照らす中で二人の影が重なり、互いを貪り合うかように一つになった。

 

 

 

 

 朝焼けの中、シグナムは全身を包み込む心地よい気怠さを感じながらも、隣で眠る烈火の前髪を愛おし気に撫でる。しかし、烈火の寝室のベッドに一糸纏わぬ姿で寝転がっている自分に対しての自嘲も織り交ぜられており、その表情は複雑を極めていた。

 

(我ながららしくない事をしたものだ)

 

 言葉で諭して説得する心算であったのにこれほどまでに熱くなるとは予想外であり、恐らく彼女自身も戸惑っているのだろう。

 

「これでは、まるで……」

「…ん…っ……」

 

 シグナムのという次の言葉は、烈火の吐息に遮られる。

 

「宛ら眠り姫か……ふふっ……まだ、私にこんな感情が残っていたとはな」

 

 少女と見紛うほどにあどけない寝顔を見せている烈火を見て、何処か達観した様子で戦場を舞う普段とのギャップに思わず表情を綻ばせる。だが、先ほどまでの激しい行為が脳裏を過れば、全身が疼き、下腹部が熱くなるのを感じた。

 

 

(……確かに他人がどうこう言うような問題ではなかったのかもしれん。だが……)

 

 何度も肌を重ねた後、烈火の口から壮絶な過去が語られた。正直に言ってしまえば、言葉を失い、運命の残酷さに打ち震えた。

 

 悲しみと憎しみの連鎖が複雑に絡み合ったこれほどものをずっと抱え込んで来たのかと思うと、胸が張り裂けそうな想いであったのだ。

 

 だが、隣で眠る烈火の表情に安らぎが見られることから、自らの行いは決して無駄ではなかったのだと胸を撫で下ろす。

 

 烈火は胸の深淵でこそ救いを求めてはいたが、救われたかったわけではなかった。責任も十字架も背負っていくつもりだったのだ。だからこそ光り輝く星光と交わる事もなく、フェイトの様に、闇の書の様に、イリスらの様に救われることもぶつかり合う事もなかった。慟哭を自分の中に抑え込んでしまう烈火だからこそ、ここが最初で最後の分岐点だったのだろう。

 

 例え、烈火の優しさに付け込んだ行為だったとしての構わなかった。少なくとも、彼が自分自身の行く末を真に見据え、翼を広げて飛んで行くその時まで……剣に確かな覚悟を乗せることが出来るその時まで……自らを烈火を縛り付ける鎖としたのだ。

 

(認めざるを得ないのだな……)

 

 だが、同時に自身を焼き焦がす感情を自覚してしまった事だけが、唯一の計算外だったのかもしれない。

 

 

「ん……っ!」

「……起こしてしまったか?もう少し寝ていてもいいのではないか?」

「いや……」

 

 そんな時、目を覚ました烈火は寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こす。

 

「なぁ、シグナム」

「どうした?」

 

 シグナムはそんな烈火にしなだれかかり、身体を押し付ける。髪紐が解かれ、ロングとなっている鮮やかな髪が垂れて烈火の肩口を擽った。

 

「皆が俺の事を知りたがっているのは、分かっていたつもりだ。だが、こんなことは知らない方がいいと今でも思ってる。でも、俺がどこに進むにせよ、伝えないといけない責任があるんじゃないかと思うんだ」

「……」

「俺が狙われた所為でフェイトは危うく命を落とすところだった。少なくとも今回に関しては、助かったんだからいいだろうと結果だけを突き付けるのは違うんじゃないかと思い始めてる。だから、皆の知りたいことに対して出来る限り答えるよ」

「本当にいいのか?」

「勿論、全部に答えるわけじゃないさ。でも、俺自身も“闇の書事件”なんかのお前達が他人に知られたくない過去を色々知ってしまってもいる。お互い様だろ」

 

 烈火はどこか吹っ切れたように淡々と言葉を紡ぐ

 

「終戦当時の最新鋭のデバイスを持つシェイド・レイターが“無限円環(ウロボロス)”に加担していた。しかも、組織内に“タルタロス”があったにもかかわらず、情報を得られず“ソールヴルム”に違法渡航したフィロス・フェネストラの様な下っ端ではなく、奴が言う様にそれなりに中枢にいるんだろう。だからこそ、もう少し調べてみる必要があるんじゃないかってのもあるんだ。多分、向こうに戻ったら出来なくなるし、今自由に動ける俺がすべき事なんじゃないかと思う。その為にはきっと必要な事なんだ」

 

 誰かに話したからといって、烈火の憂いが消えたわけではない。どんな理由があっても誰かを傷つける時点でそれは間違っているだとか、正義の為にだとか、他人に道を矯正されることを烈火は望んでいないのだから、きっとこれからも多くの悲しみを背負って苦しんでいくのだろう。

 

「そう、か……お前が決めたのなら、私がとやかくいう事ではないな」

 

 だが、それはこれまでとは意味合いが違う。ただ責任感で十字架を背負うのではない。今までの想いを胸に、その先にある物へ目を向け始めたのだから。

 

 

 

 

 

 

「ん、んっ!?と、ところでだな!お、お前もそのままでは辛かろう?」

 

 シグナムは頬を紅潮させ、引き締まりながらも肉付きの良い白い太腿を擦り合わせながら、烈火の顔を覗き込む。時折下を向く視線の先には、熱を帯び滾ったアレが……

 

 しかしながら、烈火を責めることは出来ない。

 

 先ほどから、グラビアアイドルも泣きながら逃げてしまうであろう、張りに張ったダイナマイトバストが胸板に押し付けられており、余程特殊な性癖を持っていない限りは反応してしまうのは男として当然なのだ。

 

「まあ、その……なんだ……私なら、まだ大丈夫だぞ………………んっ!?んっむうぅぅ!?あ、んッ!?」

 

 昨晩散々交わったにもかかわらず、再び互いの激情が交錯する。

 

 結局、シグナムが八神低へ戻ったのは、この日の夕食時だったという。

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。
新章開幕です!
これまでの色んな事を踏まえて、漸く本格的に蒼月烈火に踏み込む回となりました。

これまでの本作は、細かい事はいいんだよ!やぁぁってやるぜぇぇ!!!!、俺がみんなを守る!!、皆俺に力を貸してくれ!!、俺は強くなるんだァァ!!みたいな王道主人公が織りなす胸熱で楽しい物語と違い、最初から強くて落ち着いている烈火や独自設定多数で非常にとっつきにくい物語だったかと思います。
リリカルサイドもA’sから数年経っていて、原作主人公のなのはも、なのはちゃんからなのはさんに半分以上足を突っ込んでいるような状態で頼りになる年代だったので余計にだったかもしれません。

ですが、今話を見て頂けれはお分かりかと思いますが、この章は次話から所謂過去編、実質第0章であり、ある意味では烈火にとって始まりの物語となります。
本来ならば、海鳴を離れてなのはと再会するまでにやるべき話でしたが、紆余曲折を重ね、漸くお披露目です。


執筆の励みになりますので、感想等頂けましたら嬉しいです。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!!


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Lost Days

 白き天空神と烈火の将が情交を結んでから早数日、世間一般でいう所の夏季休業は継続中だがハラオウン邸には、高町なのはを始めとした聖祥大付属中学の五名に加えて、ヴォルケンリッターとリインフォース・ツヴァイ、家主一家とエイミィ・リミエッタという面々が集結していた。

 

 以前にも事情聴取を行った事もあるリビングに介した面々は、事情を知り得るシグナムを除いて一様に緊張した面持ちを浮かべており、何とも異様な光景と言える。

 

「……全員揃ったようだ。みんなも君の事が余程気になるらしい」

「あんまり期待されても困るんですけどね」

「それは無理な相談だろう。僕も含めてな」

 

 クロノ・ハラオウンに連れられた蒼月烈火がリビングに姿を表せば、皆の緊張も否応なく高まっていく。

 

 今回皆が集まった理由はただ一つ。

 

「お忙しい中、集まっていただきありがとうございます。今日はこれまで話さなかった俺自身の事に関してお答え出来る範囲でですが、答えようかと思います」

 

 そう、皆が集まった理由はこれまで口を閉ざしていた烈火が自身の過去について話すことを承諾したからだ。

 

 情報開示の条件は三つ。

 

 一つ目は、管理局への報告の際に“ソールヴルム”における機密事項について極力配慮する事。

 

 二つ目は、この場での会話は基本的に他言無用であり、記録もしない事。

 

 三つ目は、烈火を“無限円環(ウロボロス)”が関係しているとみられる状況の中で自由に動けるようにする事というものであった。

 

 一、二つ目に関しては二つ返事で了承し、三つ目に関しては軽く一悶着あったものの条件を飲むこととした。三つ目の手続きが少々手間取ってしまい、烈火に伝えられてからこの場を設けるまでに若干の日が空いてしまっていたということだ。

 

「では、まずどこから話せばいいのか……って、どうした?」

 

 烈火は自身に向けられる視線の嵐に対して軽い溜息を吐き、改めて伝えなければならない情報量の多さに辟易しかけていたが、最前列を陣取っている少女のビシッとした挙手が眼前を通り、目を丸くして視線を向ける。

 

「えっと、効きたいことは沢山あるんだよ。地球から離れて何で魔法がある世界に行ったのかとか、どんな風に魔法と出会ったのかとか、今までどうやって過ごしてきたのかとか……」

「ちょっと待て、いくら何でも飛ばし過ぎだ」

「だって、烈火君が全然お話してくれないし、はぐらかされてばっかりだったもん」

 

 なのはは不満げに頬を膨らませながら、これまでずっと疑問に思っていた事柄を質問として指折り数えて羅列していく。要は烈火がこれまでどうしてきたのか、エクセンが語ったようなことは本当にあったのかという事を訪ねたいのだ。そして、周囲から否定の声が上がらないという事は、恐らく皆が同じ気持ちなのだろう。

 

「こうなるだろうと思っていたが……まあいい。口で伝えるより手っ取り早いしな」

 

 皆の総意を再認識した烈火は、小型の記憶媒体を取り出して端末に差し込むと大型のエアディスプレイを出現させる。

 

「これは“ソールヴルム”で起きた記録の一部。機密事項に引っかかる部分は見せられないが、皆が知りたいことに対しての回答にはなっていると思う」

 

 記憶媒体に保存されているのは、“ソールヴルム”で起きた出来事の記録であり、先の“MT事件”の渦中で雷刃のレヴィによって修復され、皆に“惑星再生員会”の末路を刻み込んだ“夜天の紙片”の現代版といったところか。

 

 そして、固唾を飲む一同の眼前に一人の少年の軌跡が映し出された。

 

 

 

 

 新暦68年―――“アステリズム”と“ソールレギオン”の両勢力において発生した戦争は激化の一途を辿っていた。誰もが宇宙コロニーを拠点にしている“アステリズム”に対し、惑星“ソールヴルム”の国々、大多数の集合体であり、数に勝る“ソールレギオン”の勝利を予想していたが、この戦争は膠着状態へと突入し、既に十ヵ月以上の時が流れていた。

 

 

 朝日が街々を照らし、穏やかな一日の始まりを告げる。特別管理外世界“ソールヴルム”における国家の一つ“アマノカグラ皇国”の宇宙コロニー“シラヌイ”においても例外ではない。最もコロニーである“シラヌイ”に降り注ぐのは人工的に作られた光ではあったが。

 

 そんな“シラヌイ”に構えられた一軒家では、断続的にインターホンが鳴り響いている。

 

《現在も“セレトラル”での戦闘は継続しており―――》

 

 数分ごとに奏でられる呼び出し音に辟易した様子の学生服姿の少年は女性アナウンサーが中継している様子を映すエアディスプレイを消し、スクールバックを片手で担ぐと玄関の扉を開く。

 

「……遅い!」

「なら先に行けばいいだろ、一緒なのは途中までだしな」

 

 黒髪蒼眼の少年―――蒼月烈火は、扉の前に仁王立ちしている幼馴染の少女―――ティア・エフェメラルに対して悪態をついた。しかし、言い合うような様子とは裏腹に両者の間に嫌悪な雰囲気はなく、慣れた様子で肩を並べて歩き出す。

 

「……また遅刻しておばさまに怒られても知らないんだから」

「別に始業には間に合ってるんだからいいだろ、それより何で毎朝ウチに来るんだよ」

「何でって……それは、その……」

 

 長い髪を揺らし、顔を向けて頬を紅潮させるティアと訝しげな表情を浮かべる烈火、進級したての中等部一年生同士の少年少女のやり取りはどこか微笑ましさを感じさせるものである。

 

「オッス!二人共!!」

「轟。おはよー」

「ああ……」

 

 目的地へ向けて歩を進めていく二人に短い黒髪の少年―――(ひじり)(ごう)が合流した。

 

「かーっ!ティアのエンジェルスマイルも、烈火の仏頂面も相変わらずだな!」

「もうっ!」

「ほっとけ」

 

 朝一番から快活な様子の轟に対して、咎めるティアと嘆息する烈火であったが、常のやり取りであるのか、さして気にした様子もなく目的地へと足を進めていく。その最中、何かに気が付いた様子の轟がその場から駆け出し、眼前で手を繋ぎながら歩く男女に声をかける。

 

「おっ!……アツアツですな!お二人さんッ!」

「ちょっ!?」

「な、何言ってんのよッ!!」

 

 冷やかされるような声を受けると、茶色の髪を短く切り揃えた少年―――ラルム・セルトザムは大きく肩を揺らし、セミロングヘアの少女―――月谷柚子(つきやゆず)はこれでもかと顔を赤くして大振りに反応した。

 

「おはよ、二人共!」

「朝からやかましい奴らだ」

「おはよ、ティア。烈火はうっさい!」

「あはは、二人ともおはよう」

 

 合流した五名の男女は挨拶もそこそこに談笑しながら足を揃えて目的地へと向かう。五名の目的地は彼らが所属する学業施設であった。

 

「じゃあ、アタシと烈火はこっちだから」

「おう!また後で!!」

 

 程なくして目的地に到着し。校門を潜ったところで柚子が控えめに別れを告げれば、轟が大きく手を振りながら返事をした。

 

 五名の所属している学業施設は中等部ながら普通科を含めて、いくつかの学部が存在している。烈火と柚子はデバイスマスター科、ティア、轟、ラルムは魔導師養成科に所属しており、二人と三人という組み合わせでそれぞれの校舎へと別れていく。

 

 

 烈火は割り当てられた座席へ腰かけると、学校中が何処か浮足立っているのを感じ取った。

 

 原因は本日行われる個別班ごとでの校外見学というカリキュラムにあり、その影響を大いに受けて一年生は三学科共に軽い遠足の様な状態となって皆が浮ついているのだが、烈火だけは内心で嘆息を零していた。

 

 その理由とは……

 

 

 

 

「息子成分を補給中~」

『母さん、苦しい。後、鬱陶しいんだけど』

 

 烈火の顔は現在進行形で巨大な柔らかい感触に包み込まれている。口が塞がっている為、念話で抗議する烈火であったが、青みがかった髪を長く伸ばした女性は意に返すこともなく熱い抱擁を交わしていく。

 

(だから“エヴォーク社(ココ)”に来るのは、嫌だったんだよな)

 

 顔全体を挟み込むように包んでいる母性の塊を意識の外にやりながら、烈火は改めて嘆息を零していた。

 

 朝集まった五名を含めた個別班が訪れたのは、デバイスの開発と製造を行っている“アマノカグラ皇国”の国営企業“エヴォーク社”。烈火にとっては両親の職場でもあった。

 

「あ、あの、おばさまもうそのくらいに……」

「あら~ティアちゃんもいたのね。昨日はこっちに泊まってたから愛しの息子に逢えなくてつい、ね!」

 

 烈火を抱き締めている女性―――蒼月朔夜(さくや)は、全身をわなわなと振るわせるティアに笑いかけながら烈火を解放し、悪びれた様子もなく舌を出しておどけてみせる。因みに、男子は朔夜の豊かな胸元を凝視しながら烈火に呪詛を送っており、ティアを含めた女子は自身の胸部装甲とのギャップに肩を落としていたようだ。

 

 

「……ったく、自分の歳を考えて行動してくれよ」

「そんな!?烈火が私をいじめるの~」

「こらこら、反抗期なんてカッコ悪いぞ。母さんをいじめるんじゃない」

「話を聞かない人間が増えた……」

 

 朔夜は烈火にジト目を向けられると背後で資料を片手に他の職員と会話をしている男性の腕に縋り付く。端正な顔立ちをした男性―――蒼月弦斗(げんと)は、周囲の職員に一言告げると一同の下に歩み寄り、冗談交じりに声をかけた。

 

 対する烈火は、仲睦まじく腕を組む両親を前にして重たい息を零す。

 

 そんな様子を目の当たりにし、ティア以外の面々は目を丸くして硬直してしまった。弦斗は二十代前半、朔夜は女子大生で通じてしまう程に若々しい容姿をしており、加えて美男美女の組み合わせで非の打ち所がないことも困惑に拍車をかけているのだろう。

 

 

「じゃあ、親子の再会はここまでにして、みんなで社内見学に行ってきなさいな」

 

 ひとしきりのやり取りを終えて満足した朔夜に促され、烈火達は案内員と共に“エヴォーク社”の社内見学へと乗り出していく。

 

「お~デバイスってこんな風に作られてんのか!」

「計器が多すぎて目が回りそう」

 

 一名を除いた面々は普段ならまず見ることが出来ない精密機器やデバイスの製造工程を目の当たりにして感嘆の声を漏らしている。

 

(まあ、初見なら驚くか……しかし、今更だな)

 

 忙しなく視線を泳がせる面々を尻目に、烈火は案内担当職員の言葉を聞き流していた。それもそのはずであり、烈火にとってみれば幼い頃より何度も訪れた事のある両親の職場で、最早顔パスで入場できてしまう程に職員にも認知されており、機密事項に引っかからない範囲の事柄に関しては凡そ理解している為だ。

 

 その為、案内職員は集団から一歩距離を空けて最後尾を歩く烈火に対して苦笑いを浮かべると、気を取り直して業務を進めていこうとしたが、そんな一同を炸裂音と共に大きな揺れが襲う。

 

「きゃぁぁ!!??」

「な、何だッ!?」

「お、落ち着いて下さい!」

 

 一同は建物全体が揺れたのかと感じさせるほどの衝撃を受けて、悲鳴と共に壁に叩きつけられた。

 

(何だ……何が起きてる?)

 

 烈火も衝撃に顔を歪めながら周囲を見渡した。驚愕の表情を浮かべる案内職員と戸惑う友人達……そんな一同を尻目に先ほど以上の揺れが襲い掛かって来る。

 

「な、何なんだよ!?」

「と、とにかく早く建物から出ないと!」

 

 現在足を止めている通路の壁には亀裂が走っており、明らかなまでの異常事態に際して、轟とラルフが声を荒げる。だが、皆を嘲笑う様に亀裂音が増す。

 

「ッ!?ティアッ!!」

「え―――?」

 

 背筋が凍り付くかのような感覚に襲われた烈火は弾かれるように床を蹴り、ティアの身体を男子二人目掛けて突き飛ばした。咄嗟の事で受け止めきれなかった二人と共に床に座り込んでしまうティアであったが、眼前の光景を見て声を失った。

 

「烈火ッ!?」

「おい!大丈夫か!?」

 

 視界を覆うのは瓦礫の山。烈火とそれ以外の面々を分断するように間に立ち塞がるのは、崩れ落ちて来た上階の床であった。ティアと轟は瓦礫の向こうの烈火へと悲鳴のような声を上げる。

 

「ああ、何とかな。だけどそっちに戻れそうにない」

「だったら、俺の魔法でこんな瓦礫なんか……ッ!?」

 

 瓦礫の向こうの烈火はどうやら無事な様子ではあるが、物理的に合流は不可能。瓦礫を吹き飛ばすと勇み立つ轟であったが、再度襲い掛かって来た衝撃に全身を強張らせる。

 

「……こんな様子じゃ、何時建物が倒壊するか分からない。下手なことをする方がかえって危険だ。俺は俺で外に出る。お前達は職員の人の言うことを聞いて脱出するんだ」

「で、でも、烈火を一人で……」

「この研究所の事はそれなりに知ってる。大丈夫だ。非常口でも何でも使って外に出るから」

「わ、分かった。絶対また会うんだから!約束だよ!!」

 

 今にも泣きだしそうなティアを含めた面々は瓦礫の向こうに後ろ髪を引かれる思いを押し殺しながら案内職員に連れられて、屋外への脱出を試みる。

 

「外に出るとは言ったものの、これではまともに進めないな。しかし、本当に何が起きてるんだ?……ッ!?」

 

 烈火も屋外を目指して勝手知ったる研究所を進んで行くが、通路のそこかしこが崩れており、建物中に立ち込める噴煙も相まって思ったように脱出に結びつかないようだ。

 

 加えて口元を抑えながら瓦礫を避けて進む烈火の表情は困惑に染まっている。コロニーである“シラヌイ”で地震が起きる事など在り得ない。火災としても、建造物全体を揺るがした衝撃の説明がつかない。大きな炸裂音と衝撃、立ち込める噴煙と、素人からしても明らかな異常事態であった。

 

 そんな時、通路の曲がり角を超えた烈火の瞳が衝撃に見開かれる。

 

「……父さん、母さんッ!?」

「烈火ッ!?」

 

 弦斗と朔夜を視界に収めた為だ。しかも、白衣越しに装甲の様なアーマーパーツを身体の要所に展開しており、弦斗は剣、朔夜は杖を携行している。合流した両者も息を切らして余裕が無さげな表情を浮かべており、突然遭遇した息子の存在を受けて、此方も表情を強張らせた。

 

「貴方一人で一体どうしたの!?みんなは!?」

「瓦礫が降ってきてはぐれて……それよりも、何があったんだよ!?」

「……ともかく歩きながら話す。ココは危険だ」

 

 烈火もまた、両親の鬼気迫る表情を目の当たりにして、思わず息を飲む。

 

「危険ってどういうことだよ」

「それは……今この施設が“シュラウド”からの攻撃を受けているからだ」

「……“シュラウド”って、“アステリズム”の正規軍じゃないか!それがどうしてこんな会社を!?」

 

 弦斗の口から“エヴォーク社”が“アステリズム”の正規軍“シュラウド”によって襲撃されているという現状が知らされれば、烈火の戸惑いは更に強まる。

 

 確かに“エヴォーク社”で開発、生産されているデバイスが現在も大規模な戦争を継続している両軍に少なからず恩恵をもたらしていることは純然たる事実。だが、一般的な考えでいけば、“アマノカグラ皇国”の国営企業を正規軍が襲撃するなど正気の沙汰ではない。

 

「彼らにとってここにあるモノが脅威になるかもしれないからよ」

「一体どういう……」

「ここよ。入って」

「なッ!?これは!」

 

 両親と共に歩んでいくのは烈火が知り得ない機密区画。朔夜の発現に怪訝そうな表情を浮かべる烈火であったが、見知らぬ区画の一室に通されると眼前に広がる光景に目を見開いた。

 

 部屋中に点在するモニターと計測機器、更に強化硝子で隔てられた室内の半分の面積を占める実験室と思われる箇所には台座の上に突き刺さった薄灰色の長剣が鎮座している。長剣には無数のコードが張り巡らされており、室内の計測機器と連動しているようであった。

 

「デバイス!?それも新型か……?」

 

 だが、これは勇者の剣などといったファンタジックなものではない。

 

 魔導師が魔法を行使するために用いるデバイスに他ならないのだ。それもデバイスマスター科に所属し、“アステリズム”、“ソールレギオン”両陣営のメジャーなデバイスの姿形を知っている烈火にとっても未知な型式のモノであった。

 

「ええ、そうよ。此処では“ソールレギオン軍”によって、目の前のアレを含めた五機の新型デバイスと新造戦艦が極秘裏に行われているの」

「此処を襲ってきた奴らの目的は十中八九新型デバイスだろう。だが、破壊工作どころかこれほど派手にやらかすとはな。既にこのコロニーは戦場と言っていい状態だ……一部職員を除けば、皆民間人だというのに!」

 

 両親に告げられた真実に烈火は思わず表情を強張らせる。

 

「……だったら、一刻も早くここを出ないとマズいだろ?他の連中の事も気にかかるしッ!?」

 

 そんな三人を幾度となく揺れと爆音が襲う。容赦なく迫り来る“シュラウド”と倒壊寸前の建造物。こんな危険地帯に何時までも留まっているわけにはいかないのだ。

 

「……俺達も出来る事ならそうしたいが」

「ちょっと厳しいわね」

 

 焦燥に駆られる烈火とは対照的に弦斗と朔夜は室内のコンソールを叩き、流れるような動作でキーボードを操作すれば、長剣に繋がれていたコードが取り外される。

 

 両者の操作を受けてか、長剣が姿を変えて左右二対翼を思わせる灰色の形状に変化し、ネックレスのエンドパーツほどの大きさになると実験室から朔夜の下へと渡った。

 

「烈火、いらっしゃい」

「あ、ああ……」

 

 脱出するそぶりも見せずに機器を操作している両親を見て、更に焦燥を募らせる烈火であったが、妙に落ち着いた様子の朔夜に呼び止められる。言われるがままに朔夜の下へ向かえば、先の灰色の翼を鎖に通し、ネックレスの様にして首にかけられた。

 

「母さん……?」

「これが私達が貴方にしてあげられる最後の……」

「最後ってなんだよ!?父さんも何をそんなに落ち着いて……!」

 

 断続的に響く爆音と建物全体が軋む音、両親が言う襲撃が事実なら既にここは殺し合いの戦争なのだ。落ち着き払った両名に対して、烈火が戸惑うのも無理はないだろう。

 

「……いいか、烈火。よく聞きなさい。少なくとも“シュラウド”は新型デバイスの奪取と共に、この研究所も破壊し尽くすだろう。友達の事を探して外をウロウロするのは危険だ。此処からはお前一人で行動してシェルターに避難するんだ」

「シェルターに行くのはいい!でも、なんで俺だけなんだよ!二人も一緒に!?」

「いいえ、それは出来ないの」

「なん、で……ッ!?」

 

 両親の指示に納得できない様子の烈火が声を荒げるが、眼前の二人の姿を見て思わず言葉を失った。

 

「技術屋が慣れない事をするもんじゃないな。生憎、さっき一発良いのを貰っちまってな」

 

 弦斗は白衣の下、腹部を鮮血に染めており、青白い顔をして呼吸すら辛い様子だ。

 

「アナタが庇ってくれたから、私は大きな怪我はしていないけれど、私達にもう闘える力は残っていないのよ。ましてや、この倒壊寸前の建物の中で正規軍を切り抜けるなんて不可能なの」

 

 朔夜に関しては、弦斗ほどの負傷はしていないようであるが、魔力は尽きかけに等しく、既に戦闘能力を失ったに等しい状態であった。魔力切れにより、実質丸腰かつ、怪我人を抱えてこの状況を打開する事は、素人目に見ても不可能である。

 

「そういうことだ。だが、ここで全滅してやる気はない。だから、お前を転移魔法で屋外に逃がす」

「私達の残った魔力でどうにか貴方を送り届けるわ」

 

 弦斗と朔夜はまるで何かを覚悟したかのような強い瞳で烈火に対して、唯一の生存策を言い放つ。

 

「な、何を言ってんだよ……二人も一緒に……ッ!?」

 

 目まぐるしく押し寄せてくる非日常。当然ながら烈火が受け止めきれるはずもなく、瞳を揺らしながら、茫然とした様子で縋るように言葉を紡ぐ。仮に両親の言うとおりにしたとすれば、残された二人がどうなるかは想像に難くない。

 

「ごめんね。烈火。私達はもう一緒にいてあげられない」

 

 朔夜は震える烈火に視線を合わせると、優しく、力強く抱き締める。

 

「か、母さん……!?」

「本当はずっと一緒にいたいのよ。烈火が成長していくところを見ていたいし、お嫁さんや孫の顔を見せて欲しい……もっと、もっといろんな事をしたかったし、教えたい事も沢山あった。貴方とずっと過ごしていたいのっ!」

 

 烈火は、声音を震わせて涙を流す朔夜を茫然と見つめている。

 

「烈火、お前は優しい子だ。ちょっとそれを表に出すのが苦手なだけでな。そして、きっと誰よりも強くなれる。俺達の自慢の息子だ……例え、どんな事があってもな」

「……父さんッ!母さんッ!」

 

 名残を惜しむかのような表情の父の大きな掌が頭の上に置かれる。まるで、これが最後だと言わんばかりに……

 

 そんな両親の様子を目の当たりにし、烈火の頬に雫が伝う。

 

「上ではきっと今も戦闘をしてるでしょうから、研究所から少し離れた所のシェルターに一目散に向かいなさい。戦わなくていい、とにかく逃げるのよ。私達の事もティアちゃん達の事もその後に考えること。いいわね?」

「“シュラウド”に追われて、どうしても駄目だと思った時には、そのデバイス―――“ヘリオス”を使え。この研究所から出て来たお前を見つければ、黙って見過ごしてくれるような奴らじゃないからな。だが、連中の狙いもそのデバイスだ。それを使うのは、あくまでも最終手段だぞ。正規軍の目を盗んで、朔夜が言った通りとにかく逃げるんだ」

 

 烈火は、二人の別れの言葉に思わず顔を伏せる。そんな烈火を尻目に足元に弦斗と朔夜が転移魔法を行使し始めた事を証明するかのように四芒星の魔法陣が二重に刻み込まれていく。

 

「……貴方はどうか強く生きて。幸せになって……」

「……俺達はお前を愛している」

 

 光に包まれて消えゆく烈火の瞳が最後に映した両親の顔……それは、これ以上ない程に慈愛に満ちたものであった。

 

 

 

 

 愛しい我が子を見送り、まるで役目を終えたかのように弦斗はコンソールによりかかり、そのまま座り込んでしまう。腹部からの出血が止まる様子はない。朔夜もまた、力ない様子でその場に座り込んでしまった。

 

「……行ったか」

「ええ……」

「そう、か……いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたが、まさかこれほど早くにとはな」

 

 爆炎轟く研究所の中で言葉が交わされる。

 

「俺達は烈火の…………」

「きっと大丈夫。あの子は聡い子よ。そうじゃなきゃ、私達にあんな表情(かお)を向けてはくれないわ」

 

 どこか不安げな弦斗を安心させるかの様に朔夜が寄りかかる。

 

 最早、心身共に限界を超え、助かる見込みもなく終着点はただ一つ。だが、両者の表情には、恐怖などは欠片もなく、ただ愛しい我が子の事を想うばかり。

 

 

「そう、だな。信じよう。俺達の…………」

「ええ、そうね。私達の大切な……」

 

 

 そして、これまで家族で過ごしてきた日々に想いを馳せ、烈火の無事をただ願いながら、互いに寄り添う二人の身体は周囲の灼熱とは裏腹に冷たく、動かなくなっていく。

 

 程なくして、全てが炎に包み込まれる。

 

 それは両親との別離……

 

 だが、蒼月烈火の物語は、まだ序章を終えてすらいない。

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。

今週は色んな方の結婚報告が盛り上がった一週間でしたね!
残念ながら、今回はフェイトそんの出番はあまりありませんでしたが。

お祝い報告が吹き荒れる中、私はリアルが荒れに荒れてちょっとヤバい状態です。

コラボが終わってからもシンフォギアXDはぼちぼちやっていて、速くコラボ編を書きたいと思いつつも、本編は過去編突入でこざいます。
あれ?リリカルなのは?と思われた方も多いかと思いますが、暫くリリカルサイドの出番は殆どありません。
そもそも、物理的に絡ませようがないんですけどね。

全部描写すると劇場版篇くらいの長さになりそうなので、ある程度端折りながら展開していきます。
まあ、これが第1章として過去編をやらなかった一番の理由ですね。


執筆の励みになりますので、感想等頂けましたら嬉しいです。

では、次回お会いいたしましょう。
ドライブ・イグニッション!!


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